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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その156

b0083728_0285220.jpg個人的経験:
『ソロモン王とダヴィデ王は、
楽しい楽しい生活をした。
楽しい楽しい女友達と、
楽しい楽しい奥方たちと。』
ロンドンでの日々を、
このように総括したとされる
ハイドンが、いったい、
どんな生活をこの出張先で、
送っていたかの一端を
知ることが出来るCDがある。


シューベルトも、楽しい旅の日から、
美しい五重奏曲の想を練ったが、
ハイドンはいったいどうだったのだろうか。

ナクソスレーベルが、昨年発売したもので、
何と、ハイドンが訪問した邸宅で、
2007年の5月から6月に演奏し、
録音したという、興味深い企画である。

題名には、「ハイドンとアビンドン伯爵、歌曲と室内楽」とある。
ややこしいが、演奏団体は、カフェ・モーツァルトという名称で、
デレク・マカロックという人が、
(Proprietorとあるが、オーナー??創設者か発起人と解釈)
古楽器で18世紀後半の音楽を研究するために、
1985年に創設した英国の団体で、
何と、「英国滞在中のハイドン」に焦点を当てているという。
まさしく、願ったり適ったりのCDである。

マカロック自身は、シュトッツガルトで学んだカウンターテナーで、
イギリスで、2009年のハイドン記念祭のプランを練っているという。
それなら、「カフェ・ハイドン」にして欲しい、という気もするが、
ハイドンよりモーツァルトの方が、情緒に訴えるのは確かであろう。
無念、ハイドン。

が、このCD、ナクソスには珍しく、
演奏者の写真が沢山出ているが、
美人揃いで、このようなメンバーが演奏したのか、
と想像するだけで嬉しくなる内容となっている。
ハイドン、良かったな。

マカロック以外に、特に記載されているソリストには、

Sophie Baven:1983年、サマセット生まれのソプラノ。
写真は、ふんぞり返って足を組み、楽譜を読んでいる。

Rachel Elliot:有名古楽合奏団(エイジ・オブ・エンライトメントや、
ラザール・フロリサンなど)と競演しているソプラノ。
こちらを見て口を開けて何か言っているようなフレンドリーな写真。

Rogers Covey-Crump:ヒリヤード・アンサンブルなどに所属、
グラミー賞も取った、40年のキャリアを持つテノール。

の3名がいて、写真には、他に、
Jenny Thomas(フルート、リコーダー)、マカロックと一緒に笑っている。
Edwina Smith(フルート)、楽譜を見て笑っている。女教師風。
Katherine May(ハープシコード、スクエアピアノ)、
髪をリボンで結い、真剣な表情で下を見ている。
Oliver Sandig(ヴァイオリン)、カッコいいポートレートの好青年。
Michael Sanderson(ヴァイオリン)、実務派っぽい眼鏡。
Ian Gammie(バス・ヴィオル、ギター)、好々爺に見える。
の6人がいて、この方々がカフェ・モーツァルトの中核ということか。

このメンバーが、雑多な編成の雑多な曲を演奏していて、
CD解説の1面は小さい字で曲目と演奏者の略号がずらっと敷き詰められ、
CD解説の2面の半分は奏者名と楽器の来歴が敷き詰められている。
トラックは30もある。
頭の中が混乱する内容だが、そうならないように、
10のセクションに分かれている。
1. 歌(教会と国家)
2. 室内楽(ハイドンのForsterトリオ第四番)
3. 歌(シェイクスピアのプロローグ)
4. 舞曲(アビンドン伯爵の作曲)
5. 歌(アビンドン伯爵の作曲)
6. 室内楽(ハイドンの英国トリオ第二番)
7. 歌
8. 舞曲(アビンドン伯爵の作曲)
9. 室内楽(ハイドンの英国トリオ第一番)
10.歌(シェイクスピアのエピローグ)
なので、8、9以外は器楽曲と歌が交互に現れる感じ。
ただし、驚いたことに、英国トリオ第二を聴こうとすると、
歌が始まるのでのけぞる。
これはアビンドン伯爵の歌を主題にした変奏曲だからで、
主題部はもとのものを演奏しているのである。

このように、アビンドン伯爵とハイドンが音楽で交友した様子が、
偲ばれるという内容となっている。

表紙の絵画は、Francis Rigaudが1793年に書いた、
「アビンドン伯爵とその家族」というもので、
アビンドン伯爵が大柄の奥さんと、6~7人の子供と犬とに囲まれている。
小娘がハープを弾いていて、音楽愛好家であることが分かる。
伯爵は、ハイドンより8歳若く、1740年生まれとあるので、
53歳の時の絵画だろうか。
が、それにしては乳飲み子までいる。

伯爵はハイドンより10年も早く、
世紀の変わり目を見ないで1799年に、
59歳で亡くなっているので、
これから、わずか6年で神に召されたことになる。

乳飲み子は6歳。ハープの小娘も、
18、9という感じで亡くなったのだろうか。

解説はマカロック自身が書いているが、この方々が、
どのように、ハイドンと交友したのかが気になる。
早く読みたいが、結構、難解。

この記事を書くのは、2009年の正月早々だが、
いきなり227年前の正月の話で解説は始まっている。

「1782年の正月にヨハン・クリスチャン・バッハが亡くなって、
有名なバッハ・アーベルコンサートの組織者の役割が、
ウィロバイ・バーティ(アビンドン伯爵4世)のもとに回って来た。
彼は1783年と4年の2期だけ、この仕事を引き受けた。
1783年になるとさっそく、この機会に、伯爵は、
ハノーヴァー・スクエア・グランド・コンサート
(アビンドン卿コンサートとしてよく知られる)に、
ハイドンをロンドンに招待した。
ハイドンが実際に来た、1791年の正月までに、
伯爵はこのコンサート主催をやめて久しく、
さまざまな財政上の問題を抱えていたために、
ハイドンは、1791年から92年、
1794年から95年に
ロンドンでの嵐のようなコンサート生活において、
別の形で援助されることとなった。
二人の人物は、ハイドンが日記に書いたように、
ひんぱんに交流した。」

ということで、アビンドン伯爵は、
コンサートを運営をした経験もあり、
長らく、ハイドンを英国で待っていた人物だったと分かる。

以下に各曲の解説がある。
廉価を誇るナクソスの常として、
残念ながら歌詞はついていない。

なるべく混乱しないように箇条書きでまとめてみたい。

トラック1-5:4番目のもののみハイドン作の歌曲:
「トラック1-5は、『教会と国家』にテーマを絞り、
1.「あなたの一番すきなものを取って」
は、2つの同じ音楽に違うテクストがついていて、
両方とも、彼の思想のまさしくエッセンスである。
政治的、宗教的忠誠の執着への嫌悪。
これらはここではソプラノとテノールで交互に歌われる。」
伴奏は充実していて、フルート、ヴァイオリンが各二つ、
ハープシコードにバス・ヴィオールが、
態度の悪い写真ながら魅力的な声のSophie Bevanと、
ベテランのCovey-Crumpが歌っている。

この音楽、非常に面白い。
歌詞はお堅いかもしれないが、
各楽器による素晴らしい装飾ラインが見事で、
レハールの「メリー・ウィドウ」の100年前の先祖という感じがする。

CDの解説は、曲順がめちゃくちゃに解説されているので、
伴奏はかっこいいヴァイオリンとハープシコードにバス・ヴィオールで、
歌はテノールだけになって、妙に神妙な、トラック2の解説を先に書くと、
「2の『試合の効果』は、
特に競馬といったギャンブルへの偏愛など、
自分の悪癖に対する自虐的な歌。」
確かに、友人たちの前で歌うと爆笑されたかもしれない。
が、歌とは何のためのものか、
と考える時に、なかなか、考えさせられるものである。

トラック3と5は、ひとくくりになっている。
「3の『Partiesの転覆』と、5の『政治的合理主義』は、
これらの考えを反復している。」
とあるのは、1の考えである。
3は、テノールに、フレンドリーなRachel Elliotが、
鮮烈なソプラノを聴かせる。
5は、リコーダーとギターの伴奏でテノールが歌う。
非常に鄙びた感じである。

トラック4は、遂にハイドンの作曲。
スクエアピアノのみの伴奏。テノール。
スクエアピアノというのは、近代ハープシコードのような音に聞こえる。
「4の『水兵の歌』は、ハイドンの英国歌曲の試みで、
彼の友人のウィリアム・シールドの愛国歌のスタイルを取り入れている。
ハイドンは海戦が好きだった。
伯爵の娘のシャルロッテに捧げられた、
『イギリス・カンツォネッタ』の第二集に含まれる。」

シャルロッテは、いったい、家族の絵のどの人だろうか。
やはり、ハープを弾いている小娘だろうか。

ここから、トラック6-8の解説である。
「最初の招待から実際のハイドンの訪英まで、
言い訳三昧で遅れに遅れた8年の間に、
ハイドンは様々な作品を英国に送っていた。
こうして、1784年、ウィリアム・フォレスターは、
二つのヴァイオリンとチェロ、
または、フルート、ヴァイオリン、チェロのための、
『6つのトリオ、または喜遊曲』
(作品38としてロンドンで出版、しかし、
後にドイツとヴィーンで作品59、100としても出版)
を受け取っている。」
このようにいきなり、フォレスターが出て来るので面食らう。
誰だ。
一応、フォレスター・トリオと呼ばれるらしい。
「フルートでの演奏も可という、こちらの演奏の方が、
フルートの熱狂的な愛好家であった伯爵には、
相応しいと思われる。
これらの曲集の多くは旧作や改作であったが、
ここで録音されたものは、20年以上も前の作品で、
パウル・アントン・エステルハーツィ公の誕生日に書かれたものである。」
ということで、ハイドンの作品がややこしい理由がここにある。
同じ曲が違う機会に利用され、かつ、作品番号も違って、
なおかつ、いろんな人が関係者として登場する。
ここで、フォレスター氏と、アビンドン伯爵との関係が分からないのに、
「フォレスター・トリオ」が演奏されて、収録されている理由は、
イギリス繋がりという以外、よく分からない。
この三重奏曲、誕生日のお祝いとしては、
妙にかしこまったアダージョで始まる。
演奏は、マカロックと一緒に写っていた、ジェニー・トーマスのフルートと、
かっこいいセンディングと、好々爺の競演である。
第二楽章はスケルツォとあるが、楽しげで、
終楽章のプレストは、バロック音楽の名残を残している感じ。
特に、ヴァイオリンがフルートと掛け合うと、
ヴィヴァルディみたいな感じである。
ヴァイオリン二丁より、響きがメロウな感じでよい。

しかし、アビンドン伯爵のように、
熱狂的フルート愛好家がいたということは、
ハイドンの交響曲の編曲が、フルートが活躍するように書かれたという、
社会背景を彷彿させて嬉しくなる。

次に、「シェイクスピアのプロローグ」というパートで、
2曲が歌われるが、いずれもハイドンの歌曲。
一曲目は、スクエアピアノの伴奏でテノールが、
二曲目は、同様の伴奏でソプラノが歌う。

「1790年12月、ロンドンをベースとした、
興行主で、ヴァイオリニスト、作曲家の、
ヨハン・ペーター・ザロモンが、
予告無しにヴィーンのハイドンを訪れ、
二週間後にハイドンをロンドンに連れ出した。
ハイドンの『都会への不慣れ』を心配して、
若い同僚、モーツァルトのアドバイスに反し、
このお誘いは受け入れられた。」

私は、ハイドンの出立がこんなにも慌ただしかったとは知らなかった。
まるで夜逃げ、高飛び並である。
しかし、運命やチャンスとは、
時として、こんな速さで訪れるものであろうか。

さて、ここで、何故、シェイクスピアの名前が出て来るか、
そのあたりの解説が入る。
「恐ろしい海峡横断の後、正月にハイドンはドーヴァー着、
『音楽のシェイクスピア』と、新聞報道されたハイドンは、
ロンドンへの最終行程に入った。
彼がその前に作曲したのは、物思いに沈んだ歌曲、
『この世で何も得ようとは思わない』(トラック9)であった。」
これはドイツ語で歌われている。

「1795年、イギリスを離れる少し前に、
音楽のシェイクスピアは、
彼がシェイクスピアのテクストに作曲した、
知られている唯一の歌曲、
トラック10の、『彼女は決して恋について語らない』
を出版、これもまた、シャルロッテに捧げられた。」
この歌曲は、フレンドリーなエリオットが歌っている。
ここでのスクエアピアノは、曲想からして、落ち着いた響きを聴かせる。

マカロックが、「シェイクスピアのプロローグ」と書いたのは、
ハイドンが「音楽のシェイクスピア」と呼ばれたからであろう。
ロンドンにいる間は、ハイドンはシェイクスピアとして、
振る舞っていたということだ。

以下、伯爵作曲の舞曲が続くが、
これには、以下のような解説がある。
フルート2本、淑女二人が吹き、ヴィオールが低音を奏でる。
「伯爵の作曲のほとんどはフルートを含み、
多くは二つのフルートが二つのヴァイオリンと、
ユニゾンやオクターブで奏され、
1787年の12のカントリーダンスと三つのカプリッチョは、
二つのフルートとバスのためのもので、トラック11-14は、
それぞれカントリーダンスから取られ、風変わりな、
描写のようなタイトルを持っている。」

この舞曲のタイトルは、以下のようなものである。
「Fops Alley」:すいすい行く感じ。
「Bella Donna」:これはベラドンナという花?可憐な感じ。
「April Showers」:Showerの感じはなく、可愛いお遊戯みたい。
「Hop Tops」:軽快。

以下、3曲のアビンドン歌曲。
一曲目は、ぴよぴよとリコーダーが歌う。ギター伴奏。
足を組んで写真に写った、新進ソプラノのベヴァンが、
ベテラン・テノールと競演。
ベヴァンは、若いだけあってエリオットより勢いがあって逞しい感じ。
「トラック15-17は、『鳥と蜂』をテーマにした歌曲。
15の『幸福な鳥かご』は、ほとんど伯爵の人生の暗喩であって、
沢山の慣行行事に縛られ、名誉毀損による拘留や、
議会などに悩まされながら、それでも健康的で、
抑えきれない『生の喜び』を歌っている。
16の『いたずら蜂』は、『12の歌曲と2つのキャッチ』の一曲で、
あまり一般的ではない通奏低音を持ち、明確な指示なしでも、
フルートよりヴァイオリン伴奏の方が好ましい。」
と書いているが、二つのフルートがリフレインのような間奏を奏する。

「17の『眠れないナイチンゲール』は、
伯爵お得意の二つのヴァイオリンと二つのフルートのために書かれ、
追加に『ナイチンゲール』パートがピッコロのために書かれているが、
ここでは、ソプラニーノのリコーダーを用いた。」
これは歌は、ソプラノのみ。

さて、ここに、この録音の重要な点が出て来る。
「1794年12月、伯爵は、ハイドンを連れて、
『ロンドンから26マイル』に、アストン準男爵とその奥方を訪問した。
この村は、実際はロンドンから36マイル(約60km)の
HertfordshireのHitchinの近くにあって、
この録音は、このハイドンが連れて行かれた屋敷でなされた。」

「場の力」というものはあるもので、
同じ演奏でも、良いホールで聴いた時の方が、
演奏が印象深く感じられることがある。
このように、ハイドン所縁の場所での録音は、
アーティストに何か、見えない力を与えたに相違ない。

先の演奏家写真集のバックに見え隠れしているのが、
このアストン準男爵の邸宅なのだろうか。
すっきり簡素な木造の広間に見えるが、断片なのでよく分からない。

あと、このアストン準男爵は、いったい何者なのか。
さっきのフォレスターと違って、伯爵の友人であるらしいが。

「後に(1799)、アビンドン伯爵も、アストン準男爵も、
ハイドンに書いて貰ったトリオをそれぞれ、
ロンドンの出版者モンツァーニに送っているが、
先の舞曲と同様、二つのフルートとバスのために書かれている。
伯爵に書いたトリオは、
ハイドンの第三日記に書き留められた、
『The Ladies Looking Glass』のテクストの歌による変奏曲である。
彼は、ここにメロディと鍵盤楽器による伴奏を書き留めた。
この歌は実際、伯爵の3声の『キャッチ』、
『淑女の鏡』と同じ歌で、1797年に出版された、
『21の声楽曲』の第三である。
トラック18:この録音では、1794年に、
二人の貴族とハイドンが最初に会った時にやったように、
伯爵による、同じ男声(テノール)の和声付けの声楽曲を、
主題の最初に演奏している。」

ということで、私が冒頭書いたように、三重奏曲と思って、
聴くと、おっさんの声が聞こえてぶっとぶ、という仕掛けとなった。
テノールは、ベテランのCovey-Crumpしかいなかったはずだが、
ブックレットを見ると、声楽出身のマカロックと、
ヴァイオリンのマイケル・サンダーソンが声を張り上げていることが分かる。
まるで、聖歌のようで、ハイドンの「皇帝賛歌」を彷彿とさせる。
誰が、いったいハイドンの声の役をやったのだろうか。

この、幾分厳かなメロディに、変奏曲がついているが、
非常に格調高い音楽で、大人の音楽という感じ。
フルート2本というような、華麗さより、
精妙な感じがする。英国トリオと言っても、
変奏曲なので、4分ちょっとで終わる。
最後は、楽しげにフルートがさえずる。

今回は、何故か、ハイドン没後200年に合わせたように、
ハイドンを取り上げているが、このブログそのものの主題である、
シューベルトの「ます」と同様の音楽活動が、
シューベルトがちょうど生まれる頃の英国で、
行われていたという事が確認できた。

シューベルトも旅先で、歌曲を主題にした変奏曲を持つ、
「ます」の五重奏曲の委嘱を受けたが、
ハイドンもまた、同様の経緯から、三重奏曲を作曲したのである。
しかも、その人が演奏する楽器を念頭において。
このあたり、風流人の作法といったものを感じてしまった。
もちろん、こうした伝統は、バッハの「音楽の捧げ物」というような
最高の先例があるが、あれはあくまで「捧げ物」。
ハイドン、シューベルトのような、心の交流に関しては疑問もあろう。
(バッハの研究者からは反論もあるかもしれないが。)

ただ、「ます」の変奏曲の最後に、歌曲「ます」を、
歌わせる企画は良くないだろう。
五重奏曲ではせっかく釣針から逃れた魚が、
再び、捕まってしまうのは耐え難い。

さて、次のパートは、『恋の病』である。

何故、「必然的に(Inevitably)」かは分からないが、
こう書かれて、アビンドン伯爵の歌曲の解説が続く。
「必然的に、伯爵の歌曲の主題は『恋の病』が多く、
トラック19の『愛の力』は、
彼が1788頃予約出版した、歌曲集『6つの歌曲と二重唱曲』
から取られたもので、ハイドンが来る前のものである。
これらはすべて二つのフルート、二つのヴァイオリン、
通奏低音のために書かれている。
トラック15も20もこの歌曲集から持って来たものである。」
ベテラン、クランプと新進ベヴァンの男女二人の二重唱で、
実にほのぼのとしたもの。
伴奏も美しい。
しかし、単に歌曲にこの重装備の伴奏には、
何か考えることがありそうだ。

「トラック20の『プラトニックな愛』は、
格言的な詩によるもので、
ハイドンが第三の日記帳に書き留めていて、
ハイドンは、伯爵がこの詩に付曲したことを知っていたらしい。
この録音では、フルバンドの版ではなく、通奏低音の版を用いた。」
テノールが簡素なギター伴奏で歌う。

上記二曲はアビンドン卿のものだったが、ハイドン歌曲が続く。
魅力的なエリオットが、ギター伴奏で歌う。
「トラック21は、報われない愛を歌った、
ハイドンの『愛の応答』で、1781年にピアノ伴奏で出版されたが、
ここでは、誰かによって、少し歌詞が変えられた、
1790年頃のギター伴奏版で演奏した。
各詩句の後のピアノ・パートは、ピアノ版から修復して、
最後にギターで演奏している。」

「トラック22、このグループ最後の『恋の病の乙女』は、
再び、二つのフルートと二つの弦楽器が付けられ、
予期せぬ響きの効果、感動的なメロディ書法が見られる。」
確かに、転調の陰影が美しく、恐るべしアビンドン伯爵、
という感じである。

私は、最初、アビンドン卿の部分はいらないなあ、と思っていたが、
そんなことはなかった。

これで、このCDを構成する10のグループのうち、7つまでを紹介した。
あと、舞曲、もう一つの英国トリオ、歌曲が二曲残っている。

次のグループは、再び、舞曲集である。
「伯爵の1789年の『9つのカントリーダンスと三つのメヌエットは、
11-14のものと大きく異なる。
前のものは、二つのフルートとバスだったが、1789年の舞曲では、
二つのメヌエットがフルート、ヴィオラ、バスのために書かれているものの、
すべて、二つのヴァイオリンとバスのために書かれている。
ここでは、フルート、ヴァイオリン、バス用に編曲して演奏している。」
ちなみに、演奏者は、マカロックと一緒に写っている淑女と、
イケメンと好々爺である。

「すべての舞曲は、ダンスの示唆が書かれ、
前の曲集で風変わりだったタイトルはすべて、
特別な友人や家族などに献呈という形になっている。」
ちなみにタイトルは、
23:「シャルロット、カプリッチョ」、くるくる回るような感じ。
24:「シャルロット、デライト」、優雅にお辞儀をする感じ。
25:「ジェーン・アストン、メヌエット」、さすがに最も優雅。
である。

前の曲もそうだったが、30秒とか1分とかの短い音楽であり、
すぐに終わってしまう。

「23と24のシャルロットは、伯爵の長女、
25は、ジェーン・アストンで、この人は、ハイドンと伯爵が、
1794年の11月に訪問したアストン準男爵の、
音楽好きの奥方である。」
アビンドン卿も、こんな奥さんがいたからこそ、
ハイドンを連れて遠方まで出かけたのであろう。

また、シャルロットは、ハイドンからも沢山の音楽を献呈され、
父からも音楽を書いて貰って、音楽的才能のある、自慢の長女だったのであろう。

以下の解説も面白いが、いったん、ここで切る。

このように、アビンドン伯爵は、ハイドンの英国滞在中に、
非常に、ハイドンを歓待した貴族の一人であった。

前回、ザロモンの肖像画を飾ったが、もう一人の恩人が、
こうして、絵画で残っていて見られるのは嬉しいことだ。

ザロモンの抜け目のない様子は、この肖像画からも読み取れない。
国務からは逃れたくて、競馬には、はまってしまい、
財政が厳しい貴族、しかし、非常に芸術の才のある人の肖像、
と言われれば、そんな気もしてくるのである。

得られた事:「ハイドンは、英国滞在中、常に交響曲を書いていたわけでも、常にザロモンと一緒にいたわけでもなかった。」
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by franz310 | 2009-01-11 00:28 | 音楽
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