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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その153

b0083728_973434.jpg個人的経験:
もう、20年近くなるだろうか、
横浜の県民ホールで、
ハイドンを取り上げた
演奏会シリーズがあった。
往復葉書の抽選性の
無料コンサートだった為、
人気があって、
当選しないことがあったので、
私は、何枚も葉書を出したものだ。
郵政省は儲かったことと思う。

どういった経緯で集められた楽団かは忘れてしまったが、
研究者として知られていた大宮真琴さんが、
自ら、指揮棒を持って、見事な演奏を聴かせてくれ、
なおかつ、示唆と滋味に富む解説が、
これまた、味わい深かったものである。

前回、ベルンハルト・パウムガルトナーの指揮した、
ザルツブルク音楽祭におけるマチネーについて取り上げたが、
最近、オイロディスク・ヴィンテージ・コレクションで復刻された、
パウムガルトナーのCDの解説を、
あの大宮真琴さんが書いているのを見て驚喜した。

1972年のLPからの転載とある。
この時代のLPに、こんなに豊富な情報量の解説があったのか、
と改めて驚いてしまった。
よく分からないが、私の印象では、当時のLPでは、
もっぱら、作品の啓蒙活動が主眼とされた解説が多く、
演奏家に対して、これだけたくさんの記述があるのは、
珍しかったのではないだろうか。

そこまで、大宮氏は、パウムガルトナーに惚れ込んでいる。
どうやら、氏は、ザルツブルクで、音楽堂の講堂や、
聖ペーター教会で、この指揮者の演奏会に接したようで、
非常に大きな感銘を受けたことを書いている。
「パウムガルトナーの大柄な身体全体が、
モーツァルトへの愛情の中でひたひたと揺れ動いているような演奏ぶり」
などと書いている。

それは、そのまま、あの横浜のハイドン演奏会シリーズでの、
大宮真琴氏の演奏姿そのままと言っていい。
氏は大柄ではなかったが、非常な情熱を持ってアンサンブルを鼓舞し、
舞台上では、本当に大きな存在に見えたものである。

そして、パウムガルトナーの、
有名な協奏曲と、無名の交響曲に、声楽作品を組み合わせた、
モーツァルテウムでのマチネーが、
ひょっとすると、
大宮真琴氏の理想の演奏会だったのかもしれない、
などと思いを馳せるのである。

私の中でも、あの演奏会は、非常に心温まるものとして、
心に残っている。
演奏の完成度も高く、確か古楽器の演奏ではなかったと思うが、
要所要所でオリジナル楽器の紹介をしていたような記憶がある。
ハイドンの時代を紹介しながら、
ハイドンを現代に蘇らせるように、
作品に息を吹き込むことに主眼を置いた演奏だったと記憶する。
繰り返しになるが、非常に素晴らしい演奏で、
無料だったというのだから、まるで夢のような話であった。

押しかけた人々も、その時には、
その演奏会の真の価値には気づいておらず、
ただただ、大宮氏の解説に微笑み、笑い、思いを馳せ、
知らず知らずのうちに時を過ごしていたのである。

そういえば、あれもマチネーであった。
大宮氏の心の中では、パウムガルトナーとの会話があったに相違ない。

今回、このCDを入手して、ようやく、
私もあの演奏会シリーズを思い出し、
改めて素晴らしい企画を立ててくれた、
県民ホールか県か、とにかく、大宮先生を含め、
関係者に感謝したい気持ちである。

あるいは、バブル崩壊前の束の間の夢だったのだろうか。

さて、このCDに聴くモーツァルトの「ジュピター」と「ハフナー」も、
まさしく、ザルツブルクのマチネーシリーズを担当した楽団、
ザルツブルク・モーツァルテウム・カメラータ・アカデミカが受け持っている。
1958年7月、ザルツブルクでの録音とある。

この前の、マチネーの記録が1957年8月の記録であったから、
それから1年も経っていないが、非常にみずみずしい録音。
しかも、ステレオとある。

まさしく、音楽に息を吹き込んでいくような演奏で、
音楽が膨れあがって、勢いがある。
さすが、「ジュピター」といいたいぐらいに、
さまざまなものを放射して突き進む感じである。
「英雄」的なジュピターで、提示部の繰り返しを実行し、
第一楽章だけで、11分半もかけている。

当時のレコードは、ワルター、ベーム、カラヤン、フリッチャイ、
イッセルシュテット、クーベリック、どれも7分半から8分半で演奏している。

この放射する感じは、指揮者とオーケストラが、
一体となって興奮しているために自然にそうなった事もあろうが、
各楽器が、強めのアクセントで、
気合いを入れるように奏されているからと思われる。

また、第二楽章は、瞑想的とも言えるような表情で色濃く色づけられており、
まさしく、「英雄」の「葬送行進曲」が見え隠れする。
木管楽器の音色も、ほとんど現実の世界のものとは思えない。

かなり早めに押し切っている第三楽章でも、
時折見せる、幻のワルツのような儚さも美しい。

第四楽章も、深い低音に、牧歌的な木管の響きが印象的で、
色彩的には豊かであるものの、噛みしめるようなテンポで奏され、
これまた、筋肉がぱんぱんに張った感じ。

ものすごく力の漲ったモーツァルトで、
前述のように、現代に限りなく引き寄せて、
隣人として付き合うべきモーツァルトとなっている。

「ハフナー交響曲」も、楽器が鳴り切っている感じで、
非常に恰幅がよい。
第一楽章も、私はこれまで、もっと一直線の音楽と思っていたが、
いろいろな声部が自発的に鳴り響き、
まさしく祝典的な華麗さを放っている。
これがまた、いいではないか。
この曲の場合、速いテンポでありながら、
立体的な広がりも感じられ、
一本調子になっていないのが良かった。

ただし、全体的に、興奮しているので、
優美さとか、典雅さのようなものは犠牲になっている。
こういったハイな気分に共感できない時には疲れる演奏かもしれない。

私は、同じ1958年7月の録音なら、長く愛聴してきた、
ハンス・シュミット=イッセルシュテットの演奏に、
その自然体の充実、天上的な趣きゆえに軍配を上げたいが、
パウムガルトナーのものは、おそらく、別次元で語られるべきものであろう。

この演奏は、パウムガルトナーの生き様を反映したものでもあろう。

それにしても、何故、1972年にもなって、
58年の録音が出て来たのだろうか。
「この機会に、彼の残した偉業を反芻してみるのは、まことに意義深いことだ。」
と解説にあり、
71年の7月27日に、パウムガルトナーが亡くなったことが。
解説にあるので、追悼盤も兼ねていたのだろうか。
だとすれば、詳細な解説も理解できるというものである。

このCDの解説には、前回のオルフェオ盤にも増して、
パウムガルトナーに関する情報が載せられているので、
合わせてこの人についての勉強が出来る。

例えば、父親がピアニスト、母親は歌手で、
ピアノやホルンなども学んだとある。
また、
「モーツァルト伝」というのが有名な著作である他、
前のCDにも紹介があった、
シューベルト研究(1943)、バッハ研究(1950)という著作の、
出版年も明確になった。

彼は、戦争中は、亡命先のフィレンツェで、
モーツァルトの初期の研究をしていたはずだが、
シューベルトの本も出していたということだ。

しかし、同名の人が、シューベルトに、
「ます」の五重奏を依頼したことについて、
この著書の中では何か触れられているのだろうか。

彼は音楽院の教授であったが、一方でオーケストラを組織し、
ロンドンに演奏旅行までしているようなので、
完全に型破りの人物である。
さすがに大宮真琴氏も、海外遠征はしていなかったと思う。

「教育者、学者、そして指揮者を一身に兼ねた活動をしめした」とあり、
それがゆえに、「つねに傾聴に値する」と解説にはある。

また、このCD、曲目解説も充実しており、
CDのブックレットで3ページ半に及ぶ。
分析的でありながら、曲の良さを全面に出したもので、
まずは満足すべきものである。

表紙デザインも、時代を感じさせるが、格調高いもので、
ザルツブルクの古い展望図に、ジュピターを思わせる、
古代ローマ風の彫像が配置されている。
それがすべて白黒基調なので、精緻な版画のようにも見える。

b0083728_98944.jpgさて、このDENON盤の
CDには、前述のように、
録音データや、
Licensed by Ariola-Eurodisc
という表示もあるが、
私が持っている、
もう一つのパウムガルトナーの
モーツァルトの
名作交響曲のCDには、
何のインフォーメーションも
ないので、非常にヤバい感じ。

昔、学研が、Kapelleというレーベルで、
音楽ソフトを作っていた時、出ていたもので、
私のよく知らない指揮者、アルベルト・リッツオの「プラハ」と共に、
パウムガルトナーの「40番」が入っている。

ジャケット写真として、渡辺真という名があり、
カメラータ・アカデミカ、指揮:ベルンハルト・パウムガルトナー
とあるだけで、まったく、来歴不明の音源である。
リッツオの方は、ミュンヘン交響楽団とある。

宇野功芳氏がしっかりした解説を書いているので、
おそらく、パウムガルトナーの演奏に間違いはなかろう。
最後のページに「CDの特徴」とか、
「CDを取り扱う上での注意」という注意書きがあるので、
15年くらい前の商品ではないか。

ちなみに表紙写真はモーツァルトの銅像で、無難な線である。
しかし、空は灰色、背景の木は枯れ果てており、
非常に気が滅入る空模様とみた。
さらに、この構図、女性像ならセクハラになりそうな、
極めてローアングルである。
コンパニオンが集まるいろんな展示会でも、
「ローアングルでの撮影はご遠慮下さい」とあるので、
昨今のトレンドとしては違和感がないだろうか。

しかし、おかげさまで、モーツァルトの使う譜面台の裏に、
不気味な顔がついていることが分かった。

最初に入っているリッツオの「プラハ」も、
何となく、音の感じとしては、先に聴いた、
DENON盤に似ていて、華やかだが、
あまりしっとり感はない。
推進力があって聴かせるが、もうすこし、落ち着いた風情も欲しい。
とはいえ、木管など、コクのある味わいを出していて好感が持てる。
録音に立体感がないのが難点なだけで、演奏会で聴けば、
満足できる演奏のような気もする。

解説には、ミュンヘンを中心に活躍するドイツの中堅で、詳細不明とある。
中心とか中堅とか、ほとんど情報がないに等しい。

とにかく異常に速いお手軽版で何と22分で、この大曲を演奏し終わっている。
昔、セラフィムで出ていたスイトナーのLPは、
「ハフナー」、「リンツ」、「プラハ」の3曲が入って強烈だったが、
それでも「プラハ」は26分くらいかけていた。

そんなことから、これはこれで特殊な演奏のような気がするが、
パウムガルトナーの「40番」はさらに特異な解釈に思えた。

まず、冒頭の有名な主題も、よれよれのメロディの歌い方。
たらら、たらら、と小さく切って演奏しているのか、
今にもぶったおれそうな、ヴィヴァルディの「四季」の「冬」で、
「氷の上をこわごわ進む」みたいな感じ。

いかにも、この表紙写真の冬空に相応しく、
息も絶え絶えの主題提示である。
それは、もう、足が先に進まないようなくらいに、
絶望に包み込まれているという風情なのだ。

それが、2回目に繰り返される時、
ぱっと日が差すように明るくなるのが、
強烈な対比になっていて私は驚いた。
こんな歌わせ方があったのである。
まさしく、この時代に歌われるに相応しい歌のように思える。
坂本九が、「上を向いて歩こうよ」と歌っているのと同時代の音が聞こえる。

その勢いで急に元気になって、テンポが速まるので、
まったくト短調の交響曲ではないみたいになる。
先に聴いた「ジュピター」もそうだったが、
力こぶが入っている。

第二楽章も、「ジュピター」のときのように、
抑えようとしても吹き出すような沈潜の仕方が悲痛である。
これまた、葬送行進曲になっていると言ってもよいだろう。
ここでも各楽器が、この強烈な圧力から解放されて、
多彩な彩りを加え、味わいを加えている。

第三楽章もメヌエットではなく、アクセントが強く、
もっと推進力のある音楽。
トリオで立ち上る木管やホルンの残響が美しい。

第四楽章も、第一楽章と同様、出だしは訥々としながら、
強引なドライブがかかる。
対位法的な処理のとき、パウムガルトナーは、
各声部に思い切った強調を許して、
まるで管弦楽のための協奏曲みたいに料理してしまうのも嬉しい。

私は、このユニークな「40番」は、何となく好きである。
何となく、「走り去る悲しみ」といった、
ワンメッセージの音楽として捉えていたが、
何だか、もっといろいろな側面を感じさせる、
いわば、「40番」的でない「40番」として、
心に残るものである。

このCD、解説もとても面白い。
モーツァルトの曲目解説は、作曲家の生涯を切り取り、
さらには聞き所までを明示した親切なもの。

さらにパウムガルトナーについては、
リッツオとは大違いで、いろいろ書いてある。
ここでは、父親はピアニストのみならず、
音楽評論家であったと書かれている。
また、フィレンツェでは、戦争から逃げていただけではなく、
「ヴィーン大学のイタリア・バロック音楽研究所所長」をやっていたとある。
給料も出ていたのだろうか。
あるいは名誉職か?単なる自称か?

しかも、最後から2つ目の一節が新しい情報として有り難かった。
「わが国には1958年に訪れ、ABC交響楽団等を指揮した。」
これは、近衛秀麿のオーケストラだと思うが、
あの「ジュピター」を録音した年に、
あるいは、前年、ハスキルと共演していたような別世界の人が、
日本に足を運んでくれていたとは、妙に、パウムガルトナーが、
身近に感じられるではないか。
87年生まれなので、70歳を越えての活躍に頭が下がる。

よく調べると、この人はベームやイッセルシュテットなどより、
ずっと年配で、フルトヴェングラーやパレーの翌年の生まれ。
さぞかし、得られたものも大きかったのではないだろうか。

得られた事:「ベルンハルト・パウムガルトナーは、自由闊達に音楽に生命を吹き込む指揮者であった。」
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by franz310 | 2008-12-14 09:08 | 音楽
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