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クラシック音楽への愛と悲しみの日々
by franz310
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タグ:協奏曲 ( 16 ) タグの人気記事

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その430

b0083728_9273825.jpg個人的経験:
ヴィヴァルディが、
時の皇帝に献呈したという、
ヴァイオリン協奏曲集は、
名品「四季」を含む
作品8に続くもので、
同様に、音楽出版のメッカ、
アムステルダムで出された。
このアムステルダムで
2011年から12年にかけ
録音されたのが、
このポッジャーとHBSによる
2枚組のCDである。

写真は、音響効果抜群だが、
赤線地帯にあるとあった、
Walloon教会での
録音風景であろうか。


前回は、1枚目を聴いたので、
今回は作品9の7以降が収められた、
2枚目を聴いていきたい。

同時に、この曲集がカール6世に捧げられた、
経緯なども、再度、解説を紐解いてみたい。

このCD解説は、独奏を務めたポッジャーと、
オランダ・バロック・ソサエティ(HBS)
を代表する形で、ジュディス・ステーンブリンクが
そこそこのものを書いている。

ただし、彼女たちは、主に、
各曲への賛辞を中心にしているので、
クレメンス・ロミンという人が書いた、
「アントニオ・ヴィヴァルディ
12のヴァイオリン協奏曲集 作品9
『ラ・チェトラ』(1727)」という
全曲を包括した解説の文章も、
読んでおく必要があるだろう。

この人をネットで調べると、
「Hidden Harmonies:
the Secret Life of Antonio Vivaldi」
「隠されたハーモニー、
アントニオ・ヴィヴァルディの秘密の生涯」
という、気になる題名の本を書いていることが分かった。

オランダ海軍に務めた後、
出版業に転職し、イギリス在住という
ヘンテコな経歴の人らしい。

「18世紀初頭、バッハ、テレマン、
そしてヘンデルが、まだ若かった頃、
ヴェネチアは音楽の聖地にほかならず、
そのもっとも素晴らしい見世物と言えば、
司祭であり作曲家であった
アントニオ・ヴィヴァルディの
激しく技巧的なヴァイオリン演奏であった。
彼の演奏は1713年以降、
市の観光ガイドで推薦されてもいた。
このヴァイオリンの偉業に対する熱狂は、
この巨匠からのレッスンを受けるべく、
全欧の音楽家たちをヴェネチアへと向かわせた。」

先のロミン氏の著書も、
ヴィヴァルディの生涯を包括的に扱ったものらしいから、
このあたりの記述はお手の物であろう。

彼は様々なヴィヴァルディの文献を漁ったというが、
このような記載も、前に読んだ事があるものだ。

「例えば、1715年の2月、
フランクフルトの法律家で興行師でもあった、
ウッフェンバッハは、
サンタンジェロ劇場のオペラを見て、
『終曲に向かってヴィヴァルディは、
最も見どころとなる独奏を受け持った。
最後に即興を見せたが、
これが私を最も驚かせたものだった。
こうした事は、これまでも、
これからもあり得ないようにも思えた。
彼の指はブリッジと髪の毛の幅ほどに近づき、
弓に与えられた隙間がないほどで、
彼は4つの弦の全てを使って、
信じられないような速さでフーガを弾いた。」

マンゼのCDでも以上の事は書かれていたが、
下記のところを読むと、
ウッフェンバッハ氏は、「注文した」とあるから、
ヴィヴァルディのプロモーターでもあったのかと思わせる。

「ウッフェンバッハは、この後、
『食事の後、有名な作曲家で、
ヴァイオリニストのヴィヴァルディ氏は、
何度も私が促していたので、
私のところに立ち寄った。
私は、欲しかった数曲の協奏曲について、
彼と語らい、それを注文した。
私は、彼のためにワインを何本か用意していた。
彼は、とても真似できないような、
非常に複雑なヴァイオリン奏法で、
即興演奏を披露した。
このような近づきで、
私はさらに彼の巧妙さを賞賛することとなった。
彼は、恐ろしく難しい変化の多い曲を演奏したが、
それは心地よく流れるようなものではなかった。』」

最後の一節は、どう解釈してよいか分からない。
これは、とてもシリアスな音楽である、
ということを断っているのであろうか。

ロミン氏が以下に書くように、
ヴィヴァルディは、当時、
最先端の前衛だったはずだから、
こうした注釈も必要だったのかもしれない。

「赤毛の作曲家かつ司祭で、
ヴァイオリンの名匠、
アントニオ・ヴィヴァルディは、
ヴェネチアで暮らし仕事をしたが、
欧州の半分を旅し、
自作を演奏したり出版したりした。
生前、彼は非常に有名であったが、
はるか二十世紀になるまで、
忘れられ、無視されて来た。
彼の音楽は1920年代に再発見され、
以来、彼がいなければ、
音楽史は異なった歴史を
歩んだであろうこと、
そして、18世紀前半の作曲家では、
最も影響力のあった
作曲家だったことが明らかになった。
ヴィヴァルディはテレマン、ヘンデル、バッハ、
その他多くの作曲家たちの輝かしい模範であった。
彼ら自身の様式の開発に連れて、
ヴィヴァルディの協奏曲を
作曲技法の成熟の糧として、
解きほぐして模倣した。
何十年もの間、ヴィヴァルディの技巧的な演奏と、
革命的な協奏曲集は、全欧州のヴァイオリニストや
器楽曲の作曲家の規範であった。」

ものすごい入れ込みようだが、
一般には、バッハとヴィヴァルディの関係が知られ、
テレマンやヘンデルというのは言い過ぎではないのか。

例えば、ヘンデルなどは、
ヴィヴァルディ的な協奏曲を作曲していない。

「バッハのように、外に出なかった者でさえ、
ヴィヴァルディの流行を追っていた。
ヴェネチアの音楽は、
まず、アムステルダムで出版されたが、
ワイマール、ドレスデン、ベルリン、
ロンドンといった音楽の中心地に拡散していった。
欧州のどこででも、
ヴィヴァルディの情熱的ま様式は、
センセーションを巻き起こした。」

これは、楽譜の拡散からして
そうかもしれないが、
ひっぱりだこだったのかまでは
わからないのではないか。

「彼は、その特別な表現力を持つ、
技巧的な音楽を創意する巨匠であり、
聴衆を、高度に凝集された
器楽による感情の爆発で魅了し、興奮させた。
ムードの最も卓越した描写で、
彼らを席巻した。」

海軍出身のせいか、
非常に威勢が良い書きっぷりで爽快である。

「そして赤毛の司祭は、ヴェネチアの人たちを、
これ以上なく興奮させ、『その音楽は、
彼らの優しい繊細な魂に大きな影響を与えた。』
同時代の人は、多くの婦人が、彼の音楽で、
『涙にむせび、啜り泣き、歓喜に浸る』
のを見たと報告した。」

この曲集とピエタとの関係は定かではないが、
やはり、ヴィヴァルディの包括的な解説としては、
この孤児の使節との関係を、
外すわけにはいかないのだろう。

「彼はおおよそ500曲もの協奏曲を、
ヴェネチアのピエタ養育院のために書いたが、
ここで、彼はヴァイオリンを教え、
指揮し、作曲した。
ここはヴェネチアの数百人もの
孤児となった娘たちが身を寄せていた
4つの女子修道院の一つであった。
少女たちはおそらく修道僧のような
ヴェールをまとっていたはずだが、
ヴィヴァルディの時代、
このピエタのコミュニティの背後にあった、
新しい考え方が、音楽院の道を開いた。」

難しい表現だが、ピエタは、
自立した成人にするために、
特に音楽教育に注力したので、
確かに、音楽院という側面を持っていた。

「少女たちは一人寂しく暮らし、
尼のように隠棲する義務があったが、
音楽に秀で、
天使たちのように歌う事が求められた。
シャルル・ド・ブロスの報告によると、
『少女たちはヴァイオリン、フルート、
オルガン、オーボエ、チェロやバスーンを演奏し、
いかに大きな楽器であっても、
彼女らを驚かせることはない』とある。
ピエタのオーケストラは、
テクニックといい、音響といい、
技術面からも表現面からも、
明らかにヨーロッパで最も素晴らしいものだった。」

このあたりも、資料を駆使して本を書いた人としては、
どうしても引用しておきたい報告であろう。

「少女たちの独奏は、
オーケストラでの技術と同等であった。
『何と、完璧で正確な演奏だろう。
ここでしか、
最初の弓のアタックは聴くことは出来ない。
パリのオペラばかりを賞賛することはない。』
と目撃者は証言している。」

以上は、今回の「ラ・チェトラ」と、
どういう関係があるかはわからないが、
ヴィヴァルディが、こうしたオーケストラを指導した、
卓越した指揮者であり、教育者であったということ、
あるいは、このような最高の手兵を持つことで、
最高級の音楽が書けた、
ということなどが言外にあるのかもしれない。

以下、ようやく、この曲集の話となる。
ただ、これは、すでにマンゼやチャンドラーが、
紹介していた内容である。

「1728年の9月、
ヴィヴァルディはハプスブルクの皇帝、
新しい港建設の視察に来たカール6世に
トリエステ近郊で会っている。
カール6世はヴィヴァルディの賞賛者で、
ナイトの称号とメダリオン付き金の鎖を与え、
ヴィーンへと招待した。
そのお返しとして、
ヴィヴァルディは皇帝に、
『ラ・チェトラ』と名付けられた
協奏曲集の手稿を渡している。」

マンゼは、ここで、ヴィヴァルディが、
もっと欲しかったものを分析していたが、
「お返しとして」というのは、
やはり不自然であろう。
メダリオンをもらったからと言って、
即座に書いた訳ではあるまい。

「これはおそらく、
この作曲家が、ここに収められた
12曲のヴァイオリン協奏曲集
作品9『ラ・チェトラ』(リラ)に、
同じタイトルを付けたことと関係していて、
これは前年にアムステルダムの『ラ・セーヌ』から、
皇帝への献辞付で出版されていた。」

ここで、どうして二つの曲集が現れたかについて、
今回の記載は、いささか物足りないが、
手稿版は、今回の議論の対象外なので、
やむを得ないかもしれない。

「ヴィヴァルディ研究家の
マイケル・タルボットによると、
リラは、ハプスブルク家の、
音楽への愛を象徴したものである。
これより前、1763年に、
ジョヴァンニ・レグレンツィは、
時の皇帝レオポルド1世に、同様に、
『ラ・チェトラ』と題した曲集を捧げている。
タルボットはさらに、
第6番と第12番の協奏曲のヴァイオリンの
スコルダトゥーラ(調弦の補正)
は、ハプスブルクの皇帝への賛辞だと考えている。
スコルダトゥーラの習慣は、
ビーバーやシュメルツァーの
ヴァイオリン曲で見られるように、
オーストリアやボヘミアでよく見られる習慣である。」

タルボットが、
リラはハプスブルクの象徴と
書いたのは知っていたが、
スコルダトゥーラにも
そうした意味があるとは知らなかった。

ある意味、ローカル言語だったのだろうか。

「1728年、トリエステで行われた、
カール皇帝とヴィヴァルディの
注目すべき会合に関して、
アッベ・コンティは、
『皇帝は音楽について、
ヴィヴァルディと長い間、語り合った。
2週間の間に、皇帝は、
2年の間に大臣たちと話したより長く話をした、
と言われている。」

この話は、このブログで紹介するも
三回目になるかもしれない。

では、今回は、2枚目のCDの各曲を味わって行こう。

CD2、Track1.
第7協奏曲は、変ロ長調の作品で、
この調の持つ開放的で平明な感じは、
明快なアレグロから感じられる。
序奏からわくわく、浮き浮きとした感じで、
全編を彩る繊細な弦楽器のテクスチャーが、
聴くものの耳を虜にしてしまう。

Track2.
夢想的なラルゴで、
弱音が支配的。
前の楽章から続いて、
独奏ヴァイオリンには名技性は乏しい。

Track3.
爽快で朗らかで、
大きく広がる楽想が、
前の楽章を受けるかのように、
憧れの感情を大きく羽ばたかせ、
ヴィヴァルディの作品の中でも、
極めて魅力的な一曲と思ったが、
唐突に終わってしまう。

この曲に関しては、
演奏者たちからのコメントはない。

CD2のTrack4.以降
第8協奏曲:
「第1楽章のテクスチャーにおいて、
そのリトルネッロは半音階的で複雑、
各声部は互いに綱引きをしているように見える。
J.S.バッハは好きだったのではないかと妄想。」
レイチェル・ポッジャー(RP)

いかにも、演奏者が言うとおりの、
切迫感に満ちたもので、ニ短調。
バッハ風の楽想が繰り広げられる。
そのようなリトルネッロをかいくぐるかのように、
名技的な独奏ヴァイオリンが冴えを見せる。

Track5.ラルゴで、
ここでも、低音に引きずるような音型の繰り返しがあり、
ヴァイオリン独奏は、嘆きの歌のようでもある。

Track6.アレグロ。
この楽章などを聴くと、
バッハの受難曲風の楽想が、
レチタティーボのようなもので、
爆発的な情念を漲らせる、
アリアのための前置きのように感じられる。

そんな風に、ばーんと感情の限りに歌われるアリア。
オペラの一シーンを思い描いた。
バスの連中も乗りに乗っている。

2枚目、Track7.以降
第9協奏曲:
「この曲集でたった一曲の二重協奏曲。」(RP)

これも変ロ長調であるが、
ヴィヴァルディの二重協奏曲の中でも、
出色の愛らしさで魅了する。
むしゃぶりつきたくなるにフレッシュな、
魅力的な楽想に、独奏楽器が二つ、
それぞれにアプローチする。

Track8.
ラルゴ・エ・スピッカートとある。

オルガンの豊かな低音の上を、
ロマンティックなメロディを、
ヴァイオリン二つが心を合わせるように歌い、
さしはさまれる、時の刻みのような部分が、
心臓の鼓動のようにも聞こえて、
胸がうずくようだ。

Track9.アレグロ。
ここでも、二つの独奏楽器の扱いは、
親愛の情に溢れている。

このCDの表紙写真は、
レイチェル・ポッジャーと、
オランダ・バロック・ソサエティのヴァイオリン、
ジュディス・ステーンブリンクの、
陶酔した表情が印象的だが、
まさしく、この楽章などのワンシーンであろうか。

2枚め、Track10.以降
第10協奏曲:
この曲は、序奏から、
単調な動機の繰り返しが強調された、
杓子定規な感じの音の力感が特徴的だが、
ヴァイオリン独奏も強烈で、
演奏家としてはやりがいがあるのだろう。

なお、昔は、この曲の分散和音が、
「ラ・チェトラ(竪琴)」に相応しいとあるが、
分散和音は、先にも書いたように、
激烈なので、とても簡素な竪琴で
弾けるようなものではない。

二人の奏者が、下記のように、
演奏上のポイントをかなり熱く語っている。

「第1楽章は、ほぼ絶え間ないアルペッジョで実験。
その高度に技巧的な書法は、
冷静さとテキパキとした手を要求する。
私は、あまりにも面白くて、
返って心が落ち着くほどだ。」(RP)

「本当にチャーミング。
ラルゴ・カンタービレでは、
コンティヌオ奏者のバスラインから、
高い弦楽器群が支配権を奪う。
ヴァイオリンやヴィオラが
一緒になってかき鳴らす音符に、
バスラインは柔らかく優しく丁寧に寄り添う。」(JS)

Track11.
ジュディスが言っていることは、
聴けば分かるという感じか。
バスはなくて、弦楽器群が、
シンプルなぽろぽろ音を鳴らしているだけで、
そこに独奏ヴァイオリンが控えめな
メロディを差し挟んでいく感じ。
ラルゴ・カンタービレとある。

Track12.
この楽章も、メロディの美しさより、
力と動きで、多面的な構造体を作って行く感じで、
正直言って、演奏家たちのモチベーションと、
聴衆の求めるものは、必ずしも一致していない、
という感じを露呈したト長調。

が、ヴィヴァルディの類型的なものではなく、
その意味では、実験的であって、
もっと良く聴きこむべきなのかもしれない。

CD2枚目のTrack13.
第11協奏曲であるが、これは、
さきのものと比べると、
ずっと手慣れた領域にあるものと思え、
ヴィヴァルディの音楽に期待する、
豊かな情感とメロディに満ちている。

リトルネッロ部の、小粋でニヒルな感じもよい。
ハ短調のもので、適度に深刻な感じ。
強いアタックを伴い歌われる独奏部は、
ほとんど人の声のようでもある。
浮かび上がるチェロの音色も劇的だ。

Track14.
切々たるオーケストラのため息を背景に、
ヴァイオリンが歌謡的な、
心を奪うような歌うが、
わずか二分ほどで終わってしまう。

Track15.
合奏が飛び跳ねるようなリズムを強調し、
独奏ヴァイオリンは、熱狂的な節回しで高まって行く。
エキゾチックで陶酔的な舞曲。

この曲も、演奏者たちは言葉を寄せていないが、
私は、この曲にも特別の愛着を感じる。

2枚目、Track16.以降
第12協奏曲:
ポッジャーのお気に入り。
スコルダトゥーラの調弦をした2曲目。

ロ短調協奏曲で、出だしのメロディから、
覚えやすく、これまで、ニ短調、ハ短調と聞いて、
この曲後半の短調協奏曲は、
いずれも魅力的な情感に溢れていることを実感。
合奏部の方が、十分に感情をかきたてる効果を持っているが、
独奏ヴァイオリンの不思議な音色も、
下記のようにポッジャーが書いた通り、
どこか心ここに在らずといった、
虚ろな響きが独特の効果を上げている。

「ヴァイオリンの音はヴィオールのような響きで共鳴。
内向的で物思いに耽るものだが、
進行するにつれ、劇的な興奮にも至る。
この音色は、開始部から聴かれ、
これによって強く、パワフルだが、
同時に不安定さを感じさせる。」(RP)

第1楽章は5分程度で、この曲集では、
突出して最大規模である。

Track17.ラルゴ。
虚ろな響きと書いたが、
この楽章では、全体的に喪失感の漂うもの。

Track18.アレグロ。
この楽章は、強い意志で、
運命を変えてやるぞ、みたいな、
強い意志が漲っていて、
いかにも、皇帝に捧げるに相応しい楽想だと思える。

やはり、独奏部を声に変えて、
オペラの中ででも歌われると、
聴衆の興奮は高まって行くような音楽。

しかし、ヴァイオリン独奏の、
この楽器ならではの技巧の開陳を聴き進むと、
これは、声では無理だという結論に至る。

得られた事:「『ラ・チェトラ(竪琴)』の名称の由来であるとされた、第10協奏曲の分散和音は、とても竪琴と呼べるような情緒的なものではなく、かなり実験的かつ激烈なものであった。この曲は、今回の演奏者も興奮して語っているが、私にはよくわからない。」
「後半の6曲では、劇的な第8番(ニ短調)、第11番(ハ短調)、第12番(ロ短調)が、オペラの一場のような、感情の高ぶりが聴かれて忘れがたいものであった。」
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by franz310 | 2015-05-17 09:35

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その429

b0083728_232138.jpg個人的経験:
ヴィヴァルディが、
自らの手で、
皇帝に捧げた協奏曲集、
「ラ・チェトラ」を聴いた。
が、それは作品9として
広く流布している
「ラ・チェトラ」とは、
まったく異なるものだった。
ヴィヴァルディは、
出版用の「ラ・チェトラ」と、
献呈用の「ラ・チェトラ」の
2種を用意していたのだ。


前回は、マンゼが再構築した、
手稿譜版(そして作曲家自ら、皇帝に渡した)
を聴いたが、今回は、作品9をちゃんと聴きたい。

幸い、私は、レイチェル・ポッジャーが録音した
チャネル・クラシックスのものを持っている。

このSACDの表紙は、陶酔した表情で弾く、
この演奏家の演奏風景を収めたものだが、
右隣で、どうように陶酔しているのは、
この曲集で唯一の、
2台のヴァイオリンの協奏曲で共演した、
もう一人の独奏者、ステーンブリンクなのだろう。

黒いバックに黒い衣装で、
どうも目立たない写真のはずだが、
ポッジャーの金髪と、
演奏者の名前と、曲名のアイコンが華やかで、
妙におしゃれな装丁に仕上がっている。
ロッテルダムのデザイン事務所の作。

私は、昔、ピノックがバッハを演奏した時、
新任のコンサート・ミストレスになったばかりの、
この女流ヴァイオリニストを聴いたので、
この人の録音を見るたびに、あの頃の事を思い出す。

このように、表紙にばーんと出る事の多い人でもある。

あれから20年くらい経って、
ポッジャーは自分でアンサンブルを組織したりして、
すっかり大家になってしまったが、
熱く語っている解説を読んでも、
そのことが実感される。

「2003年にヴィヴァルディの
ヴァイオリン協奏曲集
『ストラヴァガンツァ』作品4を録音して以来、
私はモーツァルトとバッハに、
ディスクでは集中して取り組んできた。
しかし、今や、私は、
このヴェネチアの巨匠の許に
戻って来るべき時だと感じている。」

立派な世界的名声を背景にしなければ、
こういう言葉はなかなか書けないが、
彼女にあやかって言えば、
ヴィヴァルディの音楽には、
確かに、何か、原点として、
常に戻って来たくなる気持ちが働くのは確かである。

これは、まさしく、
こうした一線の名手にとっても、
ヴィヴァルディが、
単なる「四季」の作曲家ではなく、
古典だということであろう。

「今回、私は『ラ・チェトラ』と題された、
12曲のヴァイオリン協奏曲からなる
作品9を選んだ。
この曲集には、ちょうど、
『ストラヴァガンツァ』のように、
沢山の宝石が詰まっているが、
多くの、しばしばエキゾチックな、
実験効果を含んで、
独奏者にさらに高い要求を突き付けるものだ。
そのうち二曲は、
スコルダトゥーラという、
選ばれた故意の非正規の調弦をするもので、
特別な共鳴を楽器に与え、
普通の調弦ではできないような指遣いを可能とした。」

この曲集は、音楽好きの皇帝を喜ばせるべく、
かなり前衛的なものである。

「この曲集が私を捉えるのは、
オーケストラのリトルネッロ、
ソロのパッセージからなる、
ヴィヴァルディ一流の確固とした形式の中、
様々な曲の性格や表現があるからだ。
これは親しみやすく、魅力的で、
聴くものを高度に満足させるもので、
娯楽のために書かれ、
楽しめるものなのだ。
一例に最初の協奏曲を取り上げると、
それは、ハ長調という調性が、
テクスチャーを通して、
明かりが漏れてくるような感じを与える。
これは、空虚で喪失感さえ感じさせる
ハ短調の緩徐楽章と、
強いコントラストをなす。
雰囲気は終楽章の楽しい舞曲に移るが、
最初の生き生きとした、
希望ある音楽となる。」

第2協奏曲のコメントはないが、
この文章の最後に、ちょっと紹介がある。
まず、第3協奏曲の解説が来る。

「ト短調の第3協奏曲は、
開始部のリトルネッロでは、
ため息の音型が現れ、
衝撃的な、書き下されたメイン・ビートの
アッポジャトゥーラの素晴らしい効果によって、
私たちを異なる世界へと我々を連れ去る。
リトルネッロでくり返される音型で表現され、
それらはメランコリックな物語を、
忘れられない情感で語る。
この一見、無垢に見える装飾の中の、
表現の深さを発見することは、
一種の啓示である。
最初は単調に見えるパッセージが、
リハーサルの間に、
命を吹き返し、
解き放たれる。
私は、いつも、こうした暗示された表現を、
引き出して強調するのが好きで、
たった一つのフレーズにも、
もっと多くのものを、
真実として見出す。」

第4協奏曲は、かなりすっきりとした紹介。

「ヴィヴァルディのドラマは、
何度も何度も繰り返される
コントラストと驚きによってできている。
私たちは、これを第4協奏曲では、
大きな音の和音と、
優しい16分音符の対比に聴く。」

第3、4、5の協奏曲は、
続けて解説されている。

「第5協奏曲には、
熱狂する幻想の感覚があるが、
それは、ゆっくりとした和音の
断固たる序奏に続く、
短くリズミカルな8分音符の連続と、
ヴィヴァーチェのトリプレットの
ソロ・ラインによって高められる。」

第6、第7協奏曲の紹介はなぜかない。

「第8協奏曲はまったく異なり、
第1楽章のテクスチャーにおいて、
そのリトルネッロは半音階的で複雑、
各声部は互いに綱引きをしているように見える。
私は、J.S.バッハは、
この曲が好きだったのではないか
などと考えてしまう。」

第9協奏曲はダブル・コンチェルトだが、
この文章の最後に少し触れられる程度。

「第10番の第1楽章において、
ヴィヴァルディはソロの
ほぼ絶え間ないアルペッジョで実験をしており、
アルペッジョが好きな、
あるいは、それが大嫌いな
彼の生徒のために書いたのかもしれない。
その高度に技巧的な書法は、
冷静さとテキパキとした手を要求する。
私は、あまりにも面白くて、
返って心が落ち着くほどだ。」

第11協奏曲ハ短調の紹介はない。
しかし、下記のように、ポッジャーのお気に入りが、
しっかり語られるのは良い。

「現時点で、私のお気に入りは、
おそらく最後の協奏曲、第12番ロ短調である。
これは、この曲集で、
スコルダトゥーラの調弦をした2曲目で、
今回は、最低弦をGからBに長三度上げて、
最高弦をEからDに一音下げている。
ヴァイオリンの音は、
この方法でヴィオールのような響きになり、
ロ短調で美しく共鳴する。
この作品の書法は内向的で物思いに耽るものだが、
進行するにつれ、劇的な興奮にも至る。
この音色は、開始部から聴かれ、
変わらず効果的で、
これによって強く、パワフルだが、
同時に不安定さを感じさせる。
もちろん、最高の意味でだが。
オランダ・バロック・ソサエティ(HBS)は、
これに楽しんで取り組み、
このプロジェクトの間に、
彼らが作りだした
落ち着いた、しかし、
エネルギッシュな雰囲気が、
私は好きだった。
私たちのコラボは自然で問題なく進んだ。
この曲集でたった一曲の二重協奏曲での
ジュディスとの共演は、実り多かった。
第2番の緩徐楽章でオッタヴィーノを加えるのは、
ティネケのアイデアで、
この協奏曲に魔法の触感を加えた。
私は、特にHBSのコンティヌオ・セクションとの、
積極的なアイデアのやり取りを楽しんだ。
ティネケ、トメック、ダニエーレの
語られざるチームワークと心の交流を見ることは、
良い経験となり、本当に刺激となった。」

ここで紹介されている、
オランダ・バロック・ソサエティ(HBS)は、
この国の志ある奏者たちが、
自発的に集まって作った団体のようで、
このCDのように、
プロジェクトごとに、
有名な演奏家を招いて共演することでも知られる。
だから、物申すコンティヌオ・セクションなどが
存在するのであろう。

さすが、こうした団体ゆえ、
ポッジャー一人に解説を任せることはない。

「オランダ・バロック・ソサエティから、
アントニオ・ヴィヴァルディへの手紙」なる、
趣向を凝らした一文が寄せられている。

書いたのは、先のポッジャーの文章にも出てくる、
「ジュディス」、つまり、
この団体の女性ヴァイオリニスト、
ジュディス・ステーンブリンクである。

「著名なるアントニオ・ヴィヴァルディ閣下、
これらの12の協奏曲集を謹んで奉ります。
あなたのスタイルや味わいにしたがって、
出来る限り説得力を持って、
私たちはあなたの曲集にベストを尽くしました。
この録音を進めるうち、
各曲はまったく新しい音楽を開陳し、
私たちの楽器は次々に新しい驚きに導いてくれました。
何とあなたは魅力的な作曲家なのでしょうか。
たった2.5小節のフレーズだけを見ても、
そこには半分になった主題があり、
それが何の予告もなく思いがけない調へと飛ぶのです。
このCDに収められた協奏曲は、
ヴィヴァルディ閣下、
本当にあなたらしいもので、
珍奇なものではなく自然で、
輝かしく驚きに満ちています。」

このあたり、演奏者たちの興奮が伝わってくるようである。
ポッジャーも同様の事を書いていたので、
よほど、スリリングな体験だったのであろう。

この人は、何故か、「第4」から書き始めている。
この曲も、ポッジャーがまた特筆していたから、
きっと録音中に、何か気づきがあったのだろう。

「例えば、第4協奏曲には驚かされます。
騒がしいフォルテの和音と、
ピアノの16分音符が対比されており、
オランダ・バロック・ソサエティは、
尋常ならざるスケールとディナーミクを強調しました。
アントニオ・ヴィヴァルディさん、本当にありがとう。」

彼女の記憶に、特に残った協奏曲が、
取り上げられているのだろうが、
「ラルゴ・カンタービレ」の表記を持つものは、
下記、第10だけのようだ。

「協奏曲第10番のラルゴ・カンタービレでは、
この曲集で、他にも見られますが、
コンティヌオ奏者のバスラインから、
高い弦楽器群が支配権を奪っていますね。
私たちは、第10協奏曲は、
本当にチャーミングに作られていると思います。
ヴァイオリンやヴィオラが
一緒になってかき鳴らす音符に、
バスラインは柔らかく優しく丁寧に寄り添います。」

ここで、最初の協奏曲の解説となるが、
何故、最初にこれを書かなかったかは不明。

「第1協奏曲の第1楽章を作った方法は、
フランス語で言うところの
『mignon(キュート)』だと思います。
五度圏の最初の調性、ハ長調は、
しばしば、明るく、平明、
センプリーチェだと言われています。
そして、それこそ、あなたが、
この協奏曲の音色に与えたものです。
さらに言うと、高貴なるヴィヴァルディ閣下、
あなたは、口ずさんだり踊ってみたくなったりすることが、
困難なような、
とっつきやすいシークェンスを書きました。
ああ、しかし、私たちは、
あなたのピエタの生徒たちではない。
その特権は私たちのものではない。」

この「特権」とは、ヴィヴァルディが、
想定したのは、彼の生徒たちであった、
ということを強調しているのであろうが、
この曲集がカール6世を想定したものであることを、
この「手紙」では忘れているか、
無視しているようである。

「しかし、レイチェル・ポッジャーの
素晴らしいヴァイオリン演奏の音色は、
ピエタの比類なき首席ヴァイオリニスト、
あなたの一番弟子、アンナ=マリアを
想起させるものでした。」

このあたりも皇帝閣下のことを無視しすぎであろう。

「閣下、あなたは、
出版社のエスティンネ・ロジャーと近づいた、
アムステルダムの事を知っているでしょう。
今、その300年後、ワローン教会で
あなたの協奏曲集は演奏されました。
ここは、赤線地区内にあるものの、
非常に素晴らしい音響で知られているからです。
しかし、あなたの音楽がその天上に届くや、
私たちは、ラ・ベラ・ヴェネチアにいるように感じます。」

この教会は、
Waalse Kerkというのが、
オランダ語表記のようで、
ネット検索すると、外観は控えめながら、
清潔で広々としたアーチ空間が美しい内部の写真が出てくる。

また、ベラ・ヴェネチアは、
「歴史ある16世紀の建物内にある
ホテル・ベッラ・ヴェネチア・ヴェニスは、
伝統的なヴェネチアン・スタイルは保ちつつ、
完全改装されています」という四つ星ホテルがヒットする。

「私たちは、多くの献身と努力と楽しみの許、
このCDを作り上げました。
そして、ヴィヴァルディ閣下、
あなたが、この技法と色彩を楽しみ、
私たちが、あなた様の素晴らしい協奏曲集を演奏した時の、
喜びまでを聴きとって下さることを祈ります。」

このように、各曲の楽しみ方は、
レイチェル・ポッジャー(RP)や、
ジュディス・ステーンブリンク(JS)が、
かいつまんで紹介してくれている。

それを下記に、再度、書きだして、
CDの鑑賞に入ろう。

Track1.~3.
第1協奏曲:
「テクスチャーを通して、
明かりが漏れてくるような感じを与える。
空虚で喪失感さえ感じさせる
ハ短調の緩徐楽章と、
強いコントラストをなす。
雰囲気は終楽章の楽しい舞曲に移る。」(RP)

「『mignon(キュート)』なもの。
ハ長調で、明るく、平明、
口ずさんだり踊ってみたくなったりするもの」(JS)

オルガンの鄙びた響きに、
打楽器的な扱いのチェンバロや、
リュートが重なって、
いきなり、はちゃめちゃな色彩感、
民族音楽みたいな序奏で圧倒される。
増強されたコンティヌオが、
グラマラスに膨らみ、
そんな中から艶やかなヴァイオリンが立ち上って来る。

テクスチャーから漏れ出す光とはこのことであろうか。

確かに協奏曲という感じより、
ヴァイオリン独奏付、
これが出たりひっこんだりする舞曲みたいな感じがする。

第2楽章のラルゴでも、
物憂げなヴァイオリン独奏を、
かなりおせっかいな通奏低音たちが、
豊かな響きで取り囲む。

第3楽章は、いくぶん影がある音楽で、
オーケストラがはやし立てる中、
独奏ヴァイオリンは、
一心不乱に没入するような旋回を続ける。

ポッジャーが言うような、
「楽しい舞曲」で始まるが、
どんどん、喪失感が蘇るような感じもする。
実際に演奏している人が言っている事の方が、
きっと正しいのだろうが。

この後の曲でも思うのだが、
これだけ通奏低音群が多彩に強大になると、
さすがの独奏ヴァイオリンも、
いささか分が悪く、何となく、
多勢に無勢という感じがしなくもない。

ステーンブリンクは、
「キュートな協奏曲」というがそうだろうか。

Track4.~6.
第2協奏曲:
「緩徐楽章でオッタヴィーノを加えるのは、
ティネケのアイデアで、魔法の触感を加えた。」(RP)
とあるだけのもの。

ごろごろした音楽の、
気難しい序奏から、
朗らかなヴァイオリンが歌い出すイ長調協奏曲。

第2楽章、オッタヴィーノは、
高い音の出るチェンバロのようだが、
オルガンのふわふわした触感に、
きらきらとした点描を散りばめている。

終楽章は、朗らかで楽しい、
誰からも好かれそうな直球の音楽であるが、
時折、屈折した影がよぎる。
こうした点を、ポッジャーもステーンブリンクも
特筆しているのであろう。
刻一刻と気分を変えながら、
まったくもって不自然さなく移ろう。

Track7.~9.
第3協奏曲:
「開始部のリトルネッロでは、ため息の音型が現れる。
衝撃的なメイン・ビートの
アッポジャトゥーラの素晴らしい効果によって、
私たちを異なる世界へと我々を連れ去る。
リトルネッロでくり返される音型で表現され、
それらはメランコリックな物語を、
忘れられない情感で語る。
無垢に見える装飾の中の、表現の深さ。」(RP)

この曲は、オペラの中の悩ましい場面を想起させる、
かなり劇的なもの。
ポッジャーが「異なる世界」と書いたのは、
妙にうまい表現だと思った。
単純な音形を繰りかえすほどに、
切迫した感情が掻き立てられるのも確か。

ト短調といえば、モーツァルトが有名だが、
この協奏曲の情念のたぎりもすごい。

第2楽章の悩ましさも、
そのまま心の形になりそうだ。

第3楽章は、いささか外向的であるが、
悩ましいソロと、
風雲急を告げるオーケストラの嵐は、
いかにもヴィヴァルディ的である。

Track10.~12.
第4協奏曲:
「大きな音の和音と、
優しい16分音符の対比に、
繰り返されるコントラストに聴く、
ヴィヴァルディのドラマ。」(RP)

「騒がしいフォルテの和音と、
ピアノの16分音符が対比され、
尋常ならざるスケールと、
ディナーミクを強調して演奏。」(JS)

この曲は、二人の意見がほとんど同じで、
彼らが、意気投合して事に当たった事が想像される。

じゃんじゃんじゃんと、
ちょこまかちょこまかの対比がくどい。
よくも、これだけで音楽になっているな、
などと考えてしまう。
この隙間で、独奏ヴァイオリンが、
何やら、ちまちまと言いたい事があるような、
もどかしい音楽を奏でている。

オーケストラのじゃんじゃんじゃんで、
この逡巡を叩ききって欲しい。
そう思うと、本当にそんな風に終わった。

この強烈な序奏のやり方にすることで、
晩年のオペラの序曲のイメージが重なって来る。

第2楽章もまた、もどかしさの音楽。
澄んだ音色の独奏ヴァイオリンが、
この込み入った状況を、
素晴らしい透明感で聴かせる。

終楽章は、ばんばんと撥弦楽器がかき鳴らされて、
非常に勢いのある音楽で、
歯切れの良いリズムと、痛快なヴァイオリンで、
前半2楽章のいじいじ感が払しょくされる。
音楽が大きく深呼吸している感じが気持ち良い。

Track13.~15.
第5協奏曲:
「熱狂する幻想の感覚。
ゆっくりとした和音の断固たる序奏に続く、
短くリズミカルな8分音符の連続と、
ヴィヴァーチェのトリプレットの
ソロ・ラインによって高められる。」(RP)

凶暴なイ短調協奏曲。
あるいは、フラメンコの熱狂。
戦場の砲火をかいくぐるような音楽であり、
一瞬の油断もならない。
オーケストラの主力部隊に、
どんぱちと合いの手を入れる通奏低音軍団。
独奏ヴァイオリンは生きて敵地から帰れるのだろうか。

続けざまに呪術的な第2楽章に入るところも、
まるで、フラメンコのように粋である。

終楽章は、非常にゴージャスなメロドラマ。
独奏チェロのニヒルな響きも効果的。
そこに、ばちんばちんと低音楽器のリズムが入る。
それにしても、変幻自在な曲集である。

Track16.~18.
第6協奏曲:
この協奏曲には、ポッジャーも
ステーンブリンクも言葉を残していないが、
スコルダトゥーラの調弦をした不思議な音色の曲。

序奏からして期待感が高まる、
楽しい感じの名曲で、フーガ的な処理や、
大胆な陰影など、非常に魅力的である。

独奏ヴァイオリンが、スコルダトゥーラの効果か、
いくぶん、エキゾチックな憂いで響き、
共鳴の効果か、何だか、分身を伴うような錯覚があり、
神秘的ですらある。

第2楽章は、礼儀正しいご挨拶のような楽想で始まるが、
独奏ヴァイオリンは、そんな建て前は横目で見ながら、
こそこそと影で不満を述べている。

終楽章は、楽しくリズミカルな跳躍舞曲。
ヴァイオリンは、調弦のゆえか、どうも、
心に何かを秘めているような感じがするが、
一応は、この舞曲の中で主体的な働きを見せている。
そんな個人の思惑は別にして、
大きな流れが、押し寄せては去る。

あるいは、これは、皇帝の力の前に屈する、
作曲家自身の肖像画であろうか。

今回は、このように二枚組CDの1枚目を聴いた所で、
一区切りとする。

得られた事:「ヴィヴァルディの作品9『チェトラ』は、独奏ヴァイオリンの特殊調弦など、『エキゾチックな実験効果を多く含むもの』である。私は、前半では5番、6番が好きだ。」
「独奏部はいじけた感じ、あるいは一物を秘めた感じのものも多く、豪快なオーケストラと、強大な伏兵のような通奏低音群によって、こてんぱんにやられている。王と音楽家の関係か。」
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by franz310 | 2015-04-25 23:21 | 古典

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その428

b0083728_13354965.png個人的経験:
ヴィヴァルディの「四季」は、
彼の8番目の出版された曲集、
作品8に含まれる4曲であるが、
それに続く作品9は、
曲集全体で「ラ・チェトラ」
と題され、前作から2年して、
アムステルダムで出版された。
「ラ・チェトラ」は竪琴とされ、
作品9の10などに、
分散和音が散りばめられているので、
この曲集を代表するものとされた。
が、ここで述べるのは、同名異曲である。


イ・ムジチやグリュミオーの
LPの帯などで、昔から、
「お気に入り」とか、「恋人」といった、
ヘンテコなタイトルの曲が
ヴィヴァルディの協奏曲には
あることは知っていたものの、
何しろ、膨大な作品を残した人の仕事であるから、
おおかた、彼とは無関係の誰かが、
勝手につけたニックネームであろうと、
それらが、どのような経緯で作られたものかなど、
考えようと思った事もなかった。

実は、この「お気に入り」も「恋人」も、
作品9の「ラ・チェトラ」には含まれていないが、
今回、聞いて見ることにした、
「ラ・チェトラ」という曲集を扱ったCDには含まれている。

このように、実にややこしいのが、
この「ラ・チェトラ」なのである。

チャンドラーのCDなどで、この曲集が、
実は、「竪琴」そのものよりも、
統治のために、それを操る
皇帝を表していることが分かった。

やり手興行主でもあった、
ヴィヴァルディ一流のおべんちゃら作戦で、
これらの曲集は、当時の神聖ローマ帝国皇帝、
カール6世に捧げられているらしい。

今回のCDは、マンゼが演奏したものだが、
まさしく、タイトルには
「皇帝のための協奏曲集」とある。
晩年のヴィヴァルディが、
カール6世を頼ってヴィーンに向かった話は、
「メッセニアの神託」のCDで読んだが、
皇帝に実際に渡したと思われ、
実際、ヴィーンに保管されていた曲集が、
このCDには収められているわけだ。

ただし、この表紙の絵画は、
ガブリエーレ・ベッラという、
ヴィヴァルディより2世代ほど若い画家が描いた、
「サンマルコ広場のざんげ火曜日のお祭り」
とあって、皇帝と何か関係があるわけではない。

「ざんげ火曜日」とは、「灰の水曜日」の前日とあるが、
様々な反省を行う「四旬節(レント)」を前に、
民衆が浮かれているのであろうか。

よく見ると、聖職者みたいなのが建物の回廊に並び、
彼らを観客として、見世物を披露しているように見える。

では、演奏しているアンドリュー・マンゼ自身が書いた、
解説を読んで行こう。
ちょうど、シューベルトが亡くなった年から、
100年前の話から書き始められている。
ヴィヴァルディの野心と、世の習いが、
読み取れて泣ける内容である。
ヴィヴァルディは1678年生まれだから、
ちょうど、50歳の年のこと。
カール6世は、1685年の生まれで43歳。

「1728年9月、ハプスブルクの統治者、
オーストリアの大公でドイツ、ハンガリー、ボヘミア、
そしてスペインの王、神聖ローマ帝国の皇帝であった、
カール6世は、トリエステの港を視察すべく、
カルニオラ公国を訪れた。」

読み始めてすぐで情けないが、
私は、これがどのあたりか、
良くわからなかった。
ネット検索すると、オーストリアとイタリアの
境目の東あたりに、挟まれた地域があり、
スロベニアと呼ばれている国がヒットした。

「ヴィヴァルディは、ヴェネチアの北東
80マイルを旅して、皇帝に謁見した。
彼らが会った事があったか、
少なくとも文通していた事を示唆する、
作品9の『ラ・チェトラ』と題された
12曲の協奏曲を、
ヴィヴァルディは前年、皇帝に献呈していたが、
この二人が、これより前に、
会った事があったかどうかは分からない。
ヴェネチアの神父、アントニオ・コンティが、
フランスの女性、Mme de Caylusに
書き送り、今でも残っている2通の手紙によると、
この面会は、得る事の少なかった旅における、
皇帝にとってのハイライトだったようである。
9月23日、コンティは、
『皇帝は、トリエステで不機嫌であった。
彼は、ヴィヴァルディと音楽について、
長時間語り合い、彼は、2週間の間に、
大臣と2年間の間に話す以上に、
ヴィヴァルディと話をしたと言われる。
彼の音楽に対する入れ込みはとても強いのです。』
そして、もう一つの手紙では、
『皇帝は、ヴィヴァルディに多額の金銭、
チェーンに金のメダルを贈った』と書いている。」

ここまでは、うまく行った話、
50歳を迎えた円熟のヴィヴァルディが、
遂に、皇帝にまで認められた瞬間にも見える。
多くの人は、これは、これで、ヴィヴァルディの芸術が、
遂に、認められた美談として満足するところである。

が、さすが、マンゼ、良いところを読み取っている。

「現金や宝飾品はヴィヴァルディが、
歓迎するものではなく、
おそらく、彼が望んでいたもの、
つまり、宮廷楽長の一人になること、
ではなかった。」

社長賞は貰ったが、出世は叶わなかった、
という感じであろうか。
もし、ヴィヴァルディが、それを期待して、
いそいそと、200キロだかの旅をしていたとしたら、
栄光の瞬間ではなく、大いなる失意の瞬間であったに相違ない。

大臣との会話より、多くの時間を割いたという、
皇帝に対しても、ヴィヴァルディの心は空しく、
心ここにあらずで、会話していたのかもしれない。

この失望は、約100年後に、
シューベルトが味わう事になるものである。
1826年4月、シューベルトは、
宮廷教会副指揮者の公募に応募し、
翌年1月の最終決定で、望みが砕かれた。

50歳のヴィヴァルディは200kmの旅をしたが、
30歳のシューベルトは9か月待って、
現実を突きつけられる事になった。

「全ての芸術の中で、皇帝は特に音楽を愛好した。
彼の祖父、フェルディナント3世と同様、
また、父のレオポルド1世と同様に、
カール6世は、特に教会音楽の有能な作曲家であって、
寛大なパトロンであった。
彼は、作曲の師匠であり、宮廷楽長であった、
ヨハン・ヨーゼフ・フックスの著した、
西欧音楽理論として、最も影響力を持った、
『パルナッソス(芸術の山)への階梯(階段)』
の1725年の出版資金も出しているし、
フックスや副楽長のカルダーラによる
オペラの監督をするほどの技能を有していた。
カールは、イタリアの芸術家、
特にヴェネチアの人材を雇う、
ハプスブルクの伝統を維持した。
宮廷楽長フックスの前任者であった、
カルダーラや、マルク・アントニオ・ツィアーニは、
ヴェネチアの出身であったし、
皇帝の新しい教会の祭壇の飾り絵は、
セヴァスティアーノ・リッチ、
ジョヴァンニ・アントニオ・ペレグリーニなど、
ヴェネチア出身者が担当し、
宮廷詩人のアポストロ・ゼーノや、
ピエトロ・メタスタージオも同様だった。
ヴィヴァルディも疑いなく、
彼もまた、ヴィーンの同郷者に合流できるものと、
大きな期待を寄せていた。
それも、フランチェスコ・バルトロメオ・コンティと
同じように、演奏家であり作曲家として。」

以下は、いかにも世俗的な事情を表している感じで、
音楽史ではあまり語られない事項で非常に興味深い。

「コンティは、上記の手紙を書いた人とは、
関係がないのだが、宮廷作曲家であると同時に、
第1テオルボ奏者としても、長年、宮廷に仕えていた。
2つの役職を持つ事は、
2倍の俸給が得られることを意味し、
これによって、コンティはフックスより高給取りであった。
おそらく、ヴィヴァルディの作曲のスタイルは、
皇帝や、フックスの保守的な嗜好に比べて、
新しすぎた。
2、3年後、新しい宮廷楽長が選ばれた時は、
古典スタイルの巨匠とされた、
マッテオ・パロッタが選ばれている。
これはパレストリーナ風の古い様式で、
フックスは、その『Gradus』の中で、
『音楽に最高の輝かしさを与え、
彼に対する記憶は、最高度の敬意と切り離すことが出来ない』
と書いている。」

シューベルトもまた、傑作「ミサ曲第5番」を、
宮廷楽長のアイブラーに見せたが、
「皇帝を喜ばせるスタイルではない」と、
演奏を断られている。

自分の信念と出世との関係は、かくも、
織り合いを付けることが難しい。
全力を尽くせば尽くすほど、
目的のものから離れて行くこともあるという実例である。

「1728年の彼らの会合の間、
ヴィヴァルディは印刷された、
前年の作、作品9ではなく、
同様に『ラ・チェトラ』として題された、
12曲の協奏曲のパート譜の束を差し出している。
これは、今では残念ながら、
ヴィーンのオーストリア国立図書館に、
独奏第1ヴァイオリン・パートが
紛失した形で残されている。
これは、250年にわたって、
作品9と同じ曲だと考えられ放置されていた。
1970年代、音楽学者マイケル・タルボットが、
この手稿譜を研究して、
RV580のロ短調協奏曲の1曲を除いて、
2つの『ラ・チェトラ』は、
完全に別の曲集であることが分かった。
この録音では、この別稿から再構成された、
6曲の協奏曲を、初めて一緒にして届けるものである。」

マンゼが、わざわざ「6曲を初めて一緒に」と書いたのは、
いったいどんな意味が含まれているのだろう。
どうせなら、12曲を一緒に録音した、
と威張って欲しいものである。

後の6曲は、実はまだ、
肝心の独奏パートが復元できないのだろうか。

その観点からすると、
2つの「ラ・チェトラ」に含まれる
RV391は、ここでは録音されていない。
CDの収録時間の関係もあるだろうが、
残る5曲がどんなものであるかを
教えて欲しいものである。

なお、タルボット(トールバット)は、
この大発見を、自身の著、
BBCミュージック・ガイドの
「ヴィヴァルディ」では、
「すでに出版された曲集と同じ『ラ・チェトラ』の
標題をもつ筆写譜集は、パート譜に1728年の日付をもち、
やはり12曲のコンチェルトから成っている
(しかし出版曲集と共通の作品は1曲(RV391)
しか入っていない)。」(為本章子訳)
と書いているだけである。

「なぜ、2通りの『ラ・チェトラ』があるのか、
これはおそらくミステリーのままであろう。
ヴィヴァルディは、カール6世に渡す、
作品9の出版譜を持っていなかったのだろうか。
そうだとしたら、作曲家と、
アムステルダムの出版者、
マイケル・チャールズ・ル・セーヌの間に、
何かトラブルがあったのかもしれない。
ル・セーヌは、作品9のタイトル・ページに、
自身の費用でこの版を出版した、
と、明確に書いている。
ヴィヴァルディは、アムステルダムに送るべき、
公費を着服したのだろうか。」

これは、先の、金の亡者みたいな
書かれ方からすると、
いかにもありそうな話だが、
ヴィヴァルディが勝手に、
皇帝に献呈するべく、
アムステルダムで出版するものに、
公費が必要なのかどうかは分からない。

あるいは、ヴィヴァルディの、
そうした一面を感じて、
ル・セーヌは当てこすりで書いたのだろうか。

「あるいは、ヴィヴァルディは、
作品9を買うような一般の人を必ずしも楽しませなくとも、
カール6世のような通人を喜ばせるために、
特別な協奏曲セットを編纂したのだろうか。
ヴィヴァルディは出版しない協奏曲を書くときには、
しばしば、より大胆で実験的であった。
当時の印刷された音楽は、
商業的な冒険ではなく、
芸術的な自己表現や
探索のはけ口の要素の少ないものであった。
慣れない語法の出てくる、
あるいは、恐ろしい技術的要求のある音楽は、
単純に売れないだけであった。
この一般論を証明するために、
このディスクの中で、
もっとも果敢で創意豊かな協奏曲の2曲、
RV202と277は、
1729年、作品11の一部として出版される。
このセットは、いまだ、もっとも、
ヴィヴァルディの中で人気がないものだ。
ヴェネチアのある器楽の権威は、
このヴィヴァルディの書いたもので、
最も精巧で情熱的なものを却下し、
『一貫性がない』と書いている。」

このような議論の流れからすると、
むしろアムステルダムの出版社の方が、
「ラ・チェトラ」出版をびびった、
と考える方が自然ではなかろうか。

ヴィヴァルディは、たくさんの協奏曲を渡して、
こっから、売れそうなのを編纂してくれ、
などと頼んだ可能性はないのか。

また、ここでは、ずっと、
ヴィヴァルディは、作品9を皇帝に捧げ、
「ラ・チェトラ」として出版したくせに、
翌年、同じタイトルで別の曲集を渡しているのが、
ミステリアスだ、という点が強調されているが、
むしろ、皇帝に捧げたものから、抜き出して、
皇帝の名前抜きで別に出版する方が、
道義的にやばい感じがするのは、
私だけだろうか。

こういうことをしたから、
宮廷音楽家の地位が得られなかった、
なんて妄想はあり得ないのだろうか。

このあたりから、一曲ごとの解説が織り込まれて行く。
トラックナンバーを付記しながら読んで行こう。

まず1曲目:
「Track13:
RV277は、誰の命名かは分からないが、
『お気に入り』と題されている。
おそらく、カール6世自身によってか。」

このホ短調の曲の冒頭の主題は、シューベルトの、
弦楽四重奏曲第9番ト短調の冒頭にそっくりである。

とても、威厳をもったものであるが、
続くヴァイオリン独奏もまた、
この気難しい、解決困難そうな主題を受けて、
思索的、思弁的な展開を見せる。
さすが、帝王がお気に入りになるだけの事はある。

急速なパッセージが風雲急を告げ、
時折、内省的な独白が出たりして、
一筋縄には語れない。
作品11の2として出版されたもので、
実に、一貫性がない。
なお、「ラ・チェトラ」での番号は11番である。

Track14.アンダンテ。
これも、お気に入りになるとは思えない、
意味有り気な独白に満ちた、
妙に硬派の音楽で、
口当たりの良い音楽に囲まれていた皇帝には、
何となく、新鮮に思えたのであろう。
だからといって、こんなのを、
毎日聴かされたのでは、
精神が病んでしまいそうでもあり、
この時点で、ヴィヴァルディが、
宮廷楽長になる夢は消えてしまいそうだ。

Track15.アレグロ。
これも、稀有壮大な主題が、
頑固なリズムで高飛車な姿勢を見せ、
ある意味、軍楽調。

皇帝が、この曲は、わしの進軍に似ておる、
と言って気に入ったとしてもおかしくはない。
だんだん音楽はふくらみを増し、
行く手に向かうものなし、みたいな体裁になっていく。

2曲目:
「Track4.同様の事は、
RV271(『ラ・チェトラ』の10番)にも言え、
このタイトルと特徴は、異なる演奏スタイルを示唆する。」

このように書かれているように、
この曲は、「お気に入り」のような居丈高の様子はなく、
無理に、シューベルトの弦楽四重奏曲でいえば、
「ロザムンデ」の冒頭のような優しい風情。

恋する人の繊細な心情だろうか。
あるいは恋人たちが手を繋いで行く
草が風に揺れる美しい野辺の情景であろうか。
波打つような、憧れの感情が、
独奏もオーケストラも一体になって、
ひたすら歌われる。

「我々はここでハープシコードを省き、
恋人の楽器、バロック・ギターを、
コンティヌオに入れる事を選択した。」

この効果は、注意していないとよく分からない。

「さらに全オーケストラにミュート効果を持たせ、
ヴィヴァルディがある種の繊細な協奏曲
(RV270『安らぎ』のような)で時に要求したのに倣った。
これは、(第2ヴァイオリンの)ウィリアム・ソープの、
主張でなされた。」

こちらの効果は良くわかる。

Track5.第1楽章からして、
緩徐楽章みたいだったが、
第2楽章は、もっと物憂げで、
野辺の情景は霧に満たされ、
あの晴れやかな情景は夢だったか、
と思わせる。
手痛い破局のような。

Track6.再び、恋人たちの心は、
一つになったようで、さっきの心配はなんだったの、
みたいに、幸福感に胸が膨らむ音楽。

中間部では、少し、物憂げになるが、
すぐに、音楽は、すがすがしい空気を深呼吸する。

時折、合いの手のように、
バロック・ギターのパンチが入る。

3曲目:
「Track16.RV286の原稿には、
『聖ロレンツォの日のために』という
タイトルが書かれている。」

聖なる日なのだろう、
とても、晴朗な感じのヘ長調の音楽で、
序奏から、まさしく新鮮な朝の空気を思わせる。
ヴァイオリンの独奏も喜ばしげに羽ばたいて、
広々とした空を雲が行くような感じ。

Track17.
第2楽章は、オーケストラの激しいリズムといい、
独奏ヴァイオリンの孤高のメロディといい、
火あぶりされながら、平然と口をきいていたとされる、
かつての殉教者に思いを馳せたのか。

マンゼ自身のカデンツァも付加されて、
両端楽章と変化をつけて、
緊張感を出して、変化がつけられている。

「Track18.第3楽章を通じて奏でられる
第2ヴァイオリンによるエンドレスのチャイム音が
ヴィヴァルディが働いていたピエタから、
そう遠くない、
ヴェネチアの聖ロレンツォ修道院の鐘を
おそらく想起させるものである。」

明るく弾けるような音楽で、
第2ヴァイオリンは、別に、パガニーニの、
鐘のような音を使うのではなく、
ごーんごーんという感じの音型をくり返している。

ただし、ヴァイオリン独奏は、
いくぶん、内省的でふっきれない感じ。
聖ロレンツォは、教会の財産を民に与えて殉教したようなので、
オーケストラの民衆の喜ばしい感じと、
独奏ヴァイオリンとが、
ちぐはぐなのは仕方がないのだろうか。

4曲目:
「ハ長調の協奏曲は二曲残されているが、
これ以上になく異なったものである。
Track10.RV183は、
明るく、両端楽章は簡潔で、
しばしばカデンツで中断されるラルゴは
和声的に移ろいやすく、
これらの中で、もっともヴィヴァルディ的なものである。」

これは、「ラ・チェトラ」では7番の協奏曲で、
軽やかに刻まれるリズムに沸き立つ序奏に乗って、
愛情豊かな朗らかな主題が出て、
ヴァイオリンが自由な楽句で走り回るのは、
確かにヴィヴァルディ的である。

Track11.第2楽章は、
物憂げなチェロに対して、
独奏ヴァイオリンが慰めるような歌を歌う。

Track12.
終楽章もいかにも快活な楽想で、
自由奔放なヴァイオリンが即興的であるが、
これはマンゼが追記したものかもしれない。

こういう曲も書きながら、
シリアスな音楽も書けるヴィヴァルディの
多面性を持ってすれば、
音楽好きな皇帝と、
何時間も話が出来るということは納得できる。

5曲目:
「Track1.RV189は、
メロディやヴィヴァルディにしては個性的な和声、
予期せぬ変化の奔流である。
開始部の勝ち誇った音階は、
すぐに短調のミステリアスな第2の着想に道を譲り、
全曲、長調と短調とが拮抗している。」

このような意味不明の音楽が、
冒頭に収められていることからして、
このCDは、第一印象は聴きやすいものではない。

私は、ずっと前からこのCDを所持してはいたが、
この情緒が安定しない風情に悩み、
最後まで聴きとおした事がなかった。
ちなみに、この曲は、演奏時間17分近くを要し、
RV183の9分半の倍くらいの規模である。

Track2.
第2楽章は、虚ろな音楽で、
放心状態で辛気臭い。

マンゼの解説には、
「ハ短調の第2楽章は、チェロ協奏曲RV401の、
第1楽章と似ている」との事である。

「ラルゴとして、もちろん、もっと痛切であるが」
と追記している。
「独奏者は、ヴァイオリンと
ヴィオラの最小限の伴奏の上を漂う」
としているように、
第1楽章同様、放心状態の音楽。

Track3.第3楽章は、
ようやく、生気を取り戻した、活力ある音楽だが、
むしろ躁状態と言っても良い。

オーケストラの楽想も弾けるように魅惑的ながら、
陰影のある展開も古典的で美しく、
それを押しのけて駆け回る独奏ヴァイオリンは、
特徴的なリズムを引き継ぎながら、
さらに自由自在に音楽を高揚させて行く。
このCDの一番の聴きどころかもしれない。

マンゼも、
「アレグロ・モルトはヴィヴァルディの
最も奔放な楽章である」と書いている。

「メロディが現れては消え、
多くの協奏曲で、
そのオープニングの材料がくり返されるが、
ヴィヴァルディは
『恋人』の第3楽章の独奏者の最初のフレーズを、
最初は長調で、それから短調と2回、
面白がって引用している。(3:39で)」

なるほど、不自然なまでの陰影で強調されているし、
どこかで聴いたメロディが出て来た、
という感じはするが、
これは極めて「通」向きの遊びで、
とてもふつうの聴衆には付いていけるものではない。

しかし、マンゼはいたくお気に入りのようで、
ここでは、強烈なカデンツァを自作して、
4分50秒あたりから、
細かい高速のパッセージを高音で繰り広げ、
あるいは、大きなボウイングで圧倒し、
ヴィヴァルディの在りし日の姿を再現しようとしている。
これについては後で解説が入る。

このような様々な実験の結果、
この極めて魅力的な楽章は、
6分24秒の大作となって、
このCDのトラックで最長の時間を記録している。

「この録音では、
十分に作曲家によって書きこまれたRV277を除いて、
すべての緩徐楽章で、3つの即興的なカデンツァと
即興的な装飾を含んでいる。
今日、歴史的な研究結果を採用するヴァイオリニストでも、
演奏において活気を与える要素を重視する人は少ないが、
ヴィヴァルディの時代、
即興の芸術は高度に開発されていて、
協奏曲演奏では重要な部分になっていた。
ヴィヴァルディの即興に関しては、
いくつかは記録され今日に伝えられるが、
その技巧性とリズムの自由な扱いが魅力的なものだった。
1715年、日記で有名な、
ヨハン・フリードリヒ・アルマンド・フォン・ウッフェンバッハが、
有名な記録を残していていることからも、
それは裏付けられる。
『・・・終わりに向かって、
ヴィヴァルディは独奏部を素晴らしく弾き、
加えられたカデンツァは私を実に驚嘆せしめた。
それは、誰もが弾いた事がなく、
これからも弾けないようなものであった。
その指は駒に触れそうで、
藁も入らないほどの隙間で、
弓を、全ての4つの弦に対して、
あり得ないスピードで行き来させた。』」

6曲目:
Track7.ハ短調RV202については、
何も書かれていないが、これまた強烈な自我を主張するもので、
私としては、この重大な局面を伝えるような序奏から、
最も、ただならぬ気配を感じた。

これは、作品11(の5)として
出版されたもののひとつなので、
詳しくは、その曲集で調べれば良いという事だろうか。
ヴァイオリン独奏は、この荘厳な状況下で、
ちょこちょこと我が身だけを案じる、
人間の悲しい性のようなものを感じさせる。

この1728年といえば、ヴィヴァルディは、
ヴィヴァルディはオペラの作曲家としても大家であり、
そこでの不条理な運命の世界が、ここには感じられる。

Track8.
緩徐楽章も同様で、内省的で孤独、
運命を嘆くばかりの音楽である。

Track9.
最後まで、大げさな音楽というべきか、
主題も悲壮感に溢れ素晴らしいものだが、
独奏部もはちゃめちゃな動きを見せ、
実に大胆かつ野心的な作品と肯くことが出来る。

得られた事:「ヴィヴァルディは、皇帝に献呈した『ラ・チェトラ』という協奏曲集(作品9)を出版したが、翌年、彼が皇帝に直接手渡したのは、同名の別の曲集であった。」
「アムステルダムの出版社は、ひょっとしたら、ヴィヴァルディが送りつけて来た曲集から、売れそうなものを選んで出版したのではないだろうか。」
「皇帝に手渡した『ラ・チェトラ』は、独奏部が欠落したパート譜らしいが、12曲の曲集なのに、マンゼは6曲しか録音しなかった。残りは修復できないのだろうか。」
「『お気に入り』という曲名などは、皇帝の命名ではないか、というのがマンゼの見解。」
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by franz310 | 2015-04-12 13:42 | 古典

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その424

b0083728_13155322.jpg個人的経験:
AVIEレーベルによるCD、
「北イタリアの
ヴァイオリン協奏曲の興隆」
全三巻は2006年の企画だが、
2008年録音の今回の第三巻、
「黄金時代(ゴールデン・エイジ)」
で終わりである。年1のペース。
ここでは、
ヴィヴァルディに影響を受けた、
ロカテッリ、サンマルティーニ、
タルティーニが取り上げられ、
解説も大部となって来る。


表紙デザインも第一巻の、
暗い貴族の館の楽団というより、
もっと公の場での音楽会のような感じで、
華やかで寛いだ空気が感じられる。

ようするに、年代が下って来た様子が
実感される仕掛けになっている。

チャンドラー率いるセレニッシマの演奏、
チャンドラーはヴィヴァルディおたくなので、
当然、ここでもヴィヴァルディがあって、
アルバムの最初と最後を飾っている。

これまた、楽曲ジャンル分類の
リオム番号で、
RV569、RV562aという、
一癖も二癖もありうそうな協奏曲である。

最初から種明かしをすると、
ハイドンと並んで、交響曲の開祖とされる、
サンマルティーニが登場している辺りからも
予想できるように、
チャンドラーは、ヴィヴァルディから、
交響曲への流れを導こうとしている。

かなり、意欲的な仮説検証アルバムが、この第三巻。
ロカテッリやタルティーニを、
ヴィヴァルディと並べたアルバムなら、
カルミニョーラなども出していたが、
ヴァイオリンとは無関係に見える
サンマルティーニを潜り込ませた点が新奇である。

また、ここに収められたリオム番号は、
かなり大がかりな協奏曲のもので、
前者はヴァイオリン、2つのオーボエ、
バスーン、2つのホルンが独奏楽器のもの、
後者はさらにティンパニまで入っていて、
確かに交響曲並み以上の編成となっている。

というか、ヴァイオリン独奏がなければ、
ほとんど、シューベルトの交響曲と変わらない。

ただ、どんな交響曲が鳴り響くかと思うが、
一聴して思うのは、やはり基本は協奏曲で、
冒頭からホルンは高らかに鳴り響き、
祝祭的な雰囲気に溢れ、
まったく、シューベルト的ではない、
というのが第一印象である。

では、解説を読んで見よう。

「1730年代までに器楽の協奏曲は、
アンサンブル・ソナタの過渡期から派生した時から、
40年以上を経て、完全に完成形となった。
初期の発展は、トレッリ、アルビノーニ、
ヴァレンティーニのような作曲家によって、
多く推進されたが、
おそらく、最大の功績は、
ヴィヴァルディにあった。」

このように、いきなり、ヴィヴァルディ様宣言が出る。

「彼の協奏曲の手稿や印刷譜の広い普及によって、
ヨーロッパ中の作曲家によって、
ヴィヴァルディのスタイルが手本とされ、
タルティーニやロカテッリといった、
2人のヴァイオリンの技巧家もそこに含まれていた。」

と、追従者の名前も出てくる。

「ジョゼッペ・タルティーニは、イストリアの街、ピラーノで、
4人の男兄弟、3人の姉妹の4番目の子供として生まれた。
父親はフィレンツェの商人、
ジョヴァインニ・アントニオ・タルティーニで、
この地方のカテリーナ・ザングランドと結婚し、
ジョゼッペを教会に入れようとしたがうまく行かず、
彼は法律勉強のためパドゥアに行き、
その地の有名な大学に入った。
しかし、友人のカルリによると、
彼は、一日に8時間練習したヴァイオリンや、
フェンシングに明け暮れて勉学は怠った。」

こういう、ヘンテコな脱線は面白い。

「アッシジ(1713-1715、1719)や、
アンコーナ(1717)に住んだ後、
タルティーニは1721年、
有名な名手となってパドゥアに戻り、
すぐに、聖アントニー大聖堂の
オーケストラのリーダーに任じられた。
ここは、9年前、ヴィヴァルディが、
聖人の祝日のために協奏曲を書き、
演奏した場所であった。」

9年といえば、かなり昔の話であり、
これが、どんな影響を及ぼすかは、
少し怪しい感じもするが。

また、この間に、ヴァイオリンの猛特訓とか、
いろいろドラマがあったようだが、
その話はヴィヴァルディと関係がないからか省略されている。

「主にこの大聖堂で演奏するために、
タルティーニは約130曲のヴァイオリン協奏曲を書いており、
それらの彼の手稿の大コレクションがここに保管されている。
その中で残っているものでも
最初期(1730年くらい)のものは、
変ロ長調の4楽章の協奏曲(D117)で、
この曲の豪勢な開始部と対位法的アレグロは、
祝祭的な祭日に演奏されるに相応しい。」

という感じで、いきなりタルティーニの協奏曲の
具体的な話が始まるが、
CDでは、この曲は終わりから2曲目、
かなり大詰めの形で入っている。

Track14.はグラーヴェの序奏で、
クリスマス協奏曲のような静謐さすら感じられる。

Track15.アレグロは、
タルティーニの楽器、ヴァイオリンが大活躍して、
やたら跳躍する名人芸的な音楽。
このような音楽を聴くと、
どこまでが技巧で、どこまでが音楽なのか、
よく分からなくなる。

恐らく優等生的には、
どちらも合わさって音楽ということなのだろうが、
では、この技巧がないと音楽が成り立たないか、
と言われると、
ここまでぴょんぴょんする必要はないと思う。
最後に強烈なカデンツァが来る。

祝祭的な協奏曲とあるが、
かなり世俗的なお祭りのようだ。

Track16.は、ラルゴで、
ヴァイオリンも落ち着いて、
夢想的なメロディに酔っている。
かなり息が長いもので、
そういった意味では、
ヴィヴァルディよりも新世代と言えるかもしれない。

Track17.は、
終楽章のアレグロで、ギャラントな舞曲調。
ヴァイオリンが技巧を交えながら歌うのも、
緩徐楽章同様、息が長いメロディで、
うまく、オーケストラに繋いでいく。
ヴィヴァルディの独奏部分が、
オーケストラとは無関係に発展していくのと、
少し違うかもしれない。

カデンツァも、元の主題から離れず、
近代的な様相を呈している。

「手稿には協奏曲が書き始められる前に、
3ページのスケッチがある。
タルティーニは、最初のアレグロの主題を、
さらに発展させられるものに書き換えているが、
皮肉な事に、
ドレスデンの図書館に収められている、
ピゼンデルが筆写した楽譜(D116)に見るように、
後から加筆した時には、
これは元のアイデアに戻っている。
彼が書いた音楽の多くで、
タルティーニは2タイプのカデンツァを書いているが、
ここでは、ここでも見ることが出来る。
モーツァルトのアインガングのような、
彼が好んだ短い、演奏者によって即興で演奏されるものは、
フィナーレの終わりで現れるが、
もっと名技的なカプリッチョは、
最初のアレグロの終わりにある。
タルティーニは後者をあまり好まなかったが、
聴衆がそれを聴きたいなら、
それを弾くべきだと認めており、
彼は、主題や動機を協奏曲の本体から、
カプリッチョに取り入れた最初の作曲家であったが、
それは、彼の初期作品にも遡って、
それを認めることが出来る。」

タルティーニは、肖像画が偉そうなこともあって、
あまり関心が持てる作曲家ではないが、
主題の一貫性やメロディの息の長さなど、
音楽づくりはかなり近代的であることを確認した。

ただし、少し悩ましいのは、
別に設けられた曲目解説を見ると、
この作品の自筆譜が、かなり完成形には遠い点で、
チャンドラーは、
楽譜がパドゥアのバジリカ図書館にあるもので、
かなり、資料的な価値は高いとしながら、
ヴァイオリンのパートがスラーの記号が省略されており、
これらをセパレートボウで弾けるわけもなく、
ピゼンデルの楽譜などを参考にした、
と書いている。

最後のページなども、
タルティーニが熱中して筆が追い付かず、
自分で弾くからいいや、
みたいに、カデンツァの前のリトルネッロが、
どこで終わるかも示していないと書いており、
ここでもピゼンデルを参考にしたとある。
カデンツァも即興を求めているから、
タルティーニの論文から装飾法を検討して、
自作したらしい。
よって、音楽を聴いて解説を聴いて、
なるほどと思うのは、
チャンドラーの自作自演の世界に入っているからと、
いぶかしむことも可能である。

さて、ここまでがタルティーニの話であって、
続いてロカテッリの話になる。
ロカテッリは、「ヴァイオリンの技法」といった、
いかにもヴァイオリン奏者兼作曲家
みたいなイメージだけが強く、
私の中には人物像は皆無であった。

「トレッリの協奏曲(ペルフィディアと記載)や、
ヴィヴァルディの協奏曲(カデンツァと記載)から、
カデンツァは使われているが、
『ヴァイオリンの技法』(作品3)の12曲の協奏曲で、
それを一般的慣習にしたのは、
ピエトロ・ロカテッリであった。
これらは1733年、アムステルダムで出版され、
ローマ、マントヴァ、ヴェニス、ベルリンで、
傑出した活躍をした後、
1729年、彼はその地に移り住んでいた。
このベルガモ出身の作曲家は、
アムステルダムを終生の地と定めたものの、
1740年代中盤以降、
その作曲家としての活動は、
急速に下火になっている。
『ヴァイオリンの技法』に続き、
1735年に、第1番から6番の『劇場風序曲』と、
第7番から12番の『協奏曲』からなる、
合冊をアムステルダムの
同じ出版社マイケル・チャールズ・レケーンから再び出版、
ロカテッリはやがて、そこに協力して、
校正係の主任を務めた。
これらの協奏曲はローマ風の、
コンチェルト・グロッソと、
3楽章からなるヴェネチア風の
ソロ協奏曲の混成である。」

ということで、
やはりヴァイオリン気違いであって、
さっさと作曲をやめてしまっていたりして、
19世紀以降の芸術観に染まった考えでは、
ちょっと芸術家としてどうなのかなあ、
などと考えてしまう。

ここでは、
有名な「ヴァイオリンの技法」ではなく、
作品4から、その11番の「コンチェルト・ダ・キエサ」と、
12番の4つのヴァイオリンのための協奏曲が選ばれて、
Track4.から11.までに収められている。

「このセットは時代遅れの、
ヴェネチア風の分割されたヴィオラ・パートを要し、
コンチェルト・ダ・キエサでは、
2つを独奏者として利用、
ここでロカテッリは、面白げに、
『ソロとあればソロで弾け』と書いている。
それらは、まさしくローマ風に、
2つの独奏ヴァイオリンと、
独奏チェロと合奏されて、
初期の北イタリアのアンサンブル・ソナタを想起させるが、
この場合は、通常、各パートにつき一人が受け持った。」

この作品4の11については、
Track4.からTrack8.までの
5トラックを要しているが、
1721年に出版され、1729年に改訂された、
クリスマス協奏曲のパッセージなどが再利用されている
といった曲別解説もあるように、
静謐な雰囲気の序奏楽章からして、
いかにも教会コンチェルト(教会ソナタ)である。

第2楽章で、複数のヴァイオリンが、
細かい生地の音楽を織り上げる中、
情感を高めていく部分が美しい。
コンティヌオのオルガンも清らかである。

第3楽章は、1分にも満たないラルゴで、
単に、場面転換のための、
切迫した和音が連なるだけの部分だが、
第4楽章は、清澄な緩徐楽章が流れ出す。
第5楽章は、ヴィヴァーチェ-アレグロとあるが、
中庸なもので、第2楽章同様、
二つの合奏群が、寄せては返すようなもの。
全体的に上品だが地味な作品であった。

作品4の12となると、
明確に「4つのヴァイオリンのための協奏曲」であるから、
すっきりと見通しも良い。
Track9.はお決まりのアレグロで、
ヴィヴァルディ風に華やかに駆け回る独奏と、
それを支える合奏部がある。
下記のような解説がある。

「四つのヴァイオリンのための協奏曲は、やはり、
ローマ風と、北イタリア、ヴェネチア風の要素の混合体で、
こうした協奏曲は、ヴィヴァルディ、トレッリ、
そしてヴァレンティーニによって普及されたが、
この人はおそらく、ロカテッリを教えた人の一人である。
ただ、初期の作品は、
ずっと規模の大きなアンサンブル・ソナタだったが、
ロカテッリの協奏曲は、ソロが4人もいるが、
ヴィヴァルディ風の独奏協奏曲をモデルとし、
伴奏の弦楽と2つのコンティヌオ群からなる。」

Track10.第2楽章は、
切々たる感情を秘めたメロディも美しく、
約4分にわたって、ビートが効いて、
どきどきしながら時を刻むような音楽が繰り広げられる。

Track11.第3楽章は、
ちょこまか動くヴァイオリン群が粋な節回しを効かせ、
喜ばしげな囀りも聴かせ、
解放的な伴奏部の楽想も爽やかである。

同じ作品4でも、11番の曲とは、
かなり性格が異なるものである。
それにしても、ロカテッリが、
このCDで取り上げられた理由がよく分からない。

「4つのヴァイオリンのための協奏曲の人気は、
しだいに下火になったが、
類例は、ナポリ楽派のレオナルド・レオや、
ミラノのオーボエ奏者、
ジョヴァンニ・バティスタ・サンマルティーニ
によって書き継がれ、
彼のイ長調協奏曲、J-C74は、
2つの独奏オーボエ、2つのヴァイオリン、
ホルン(複数)、トランペット(複数)、
弦楽とコンティヌオのために書かれ、
スタイルの上では驚くほど古典派風で、
1750年代の前半の作曲とされている。
サンマルティーニは、
交響曲作曲家の最初の一群の主導者であり、
たくさんの交響曲を書き、
大量の宗教曲を書いた。
彼は、30年以上をかけて、
新ヴィヴァルディ様式から始まって、
成熟した古典派の作曲家に育ち、
同時代の人々の多くから賞賛された。
彼はさらにグルックを教え、
若き日のモーツァルトが、
1770年に、最初のオペラ・セリア、
『ポントの王、ミトリダーテ』K87を
舞台にかけるのを援助した。」

グルック、モーツァルトとくれば、
ほとんど、ドイツ古典派の直系の師とも思える。
サンマルティーニに関しては、
ヴィヴァルディに続く、
タルティーニやロカテッリと異なり、
ヴァイオリンの系譜にはないことが、
下記のように紹介されている。

「フランスからの移民であった彼の父親(アレッシオ)も、
ジョゼッペとアントニオという二人の兄弟も、
オーボエ奏者で、
彼の母親ジェロラマ・フェデリッチは、
おそらく、ミラノのオーボエ奏者の一族、
フェデリッチ家の関係者であろう。
よって、ジョヴァンニ・バティスタ・サンマルティーニが、
ソロのオーボエを使った、
現存する唯一のオーケストラの協奏曲であることは、
奇妙な事である。
ほとんどが、タルティーニ風のベル・カント様式の、
ヴァイオリンやフルート用のものである。」

しかし、4つのヴァイオリンの作品の話から、
無理やり、オーボエの話に持ってこられた感じ。

ここでは、Track12.から13.に、
ラルゴとジェストの2楽章の
2つのヴァイオリン、2つのオーボエ、
2つのホルン、2つのトランペットのための協奏曲が
収められている。

冒頭の序奏は、これらの楽器が喜ばしげに、
華やかで壮大な音楽を予告するが、
これだけ聴いても、ヴィヴァルディの時代から、
ずっとハイドンの時代に近づいた感じが実感される。

主部が始まると、ヴァイオリン協奏曲の性格が強く、
そこにオーボエなどが絡んでいく感じ。

これらの楽器が掛け合う所の、
夢幻的な美しさは、このCDの白眉かもしれない。

チャンドラーの眼の付け所はさすがで、
協奏曲的なところも交響曲的なところも、
ここでは、両方が聞き取れる。

この協奏曲の曲別解説によると、
この作品は人気があったのか、
3つ以上の原稿が残されていて、
それぞれに違いがあって困った、
といった事が書かれている。

あるものは筆写ミスと分かるが、
それ以外は、音楽的に納得できる方を選んだようである。

第1楽章の独奏ヴァイオリンに対して、
チェロのピッチカートがあるものとないものがあるが、
ここでは、より美しい、ピッチカート有を選択している。

コンティヌオも、オルガンは相応しくないと抜いて、
当時、下火であったかもしれないが、
テオルボは入れたという。

これにも根拠をつけていて、
1726年に
サンマルティーニを訪問したクヴァンツが、
1752年に自身のオーケストラに
テオルボを入れた事跡によるらしい。

また、同様の理由によって、
チャンドラーは、この演奏では、
バスーンも勝手に入れたようだ。
バスーンはオーボエ対と一緒に使われる事が多かった、
というのが、その根拠のようである。

第2楽章は、第1楽章より短く、
舞曲調のリズムの中に、同じような楽想が繰り返され、
様々な楽器をブレンドした重量感もあって、
ほとんど、音楽の質感としては、
初期のハイドン、モーツァルトの世界と変わらない。

ここまで書いたら、
ヴィヴァルディの後継者の事は、もう十分、
もっと書きたい事を書かせてくれよ、
と言わんばかりに、下記のごとく、
いよいよ、チャンドラーの真骨頂たる、
ヴィヴァルディの解説が続く。

「ロカテッリ、サンマルティーニ、
そしてタルティーニは、それぞれ、
強烈な音楽的個性を持っていたが、
特に、後二者の作曲による音楽が、
ヴィヴァルディその人の作曲のものと、
間違って考えられたりしており、
それらが、バロック期の協奏曲の巨匠、
アントニオ・ヴィヴァルディに負っている、
ということは、言い過ぎとは言えない。
彼らは皆、この先輩作曲家に
会った事があるかもしれない。
ミラノのテアトロ・レジオ・ドゥカーレに、
オーボエ奏者として雇われていた時、
ヴィヴァルディは、1721年、
そこで、ミラノ用オペラ、
『シルヴィア』(RV734)を舞台にかけている。」

こんな会っただけの理由で、
影響を受けたと言い切るのは、
どうかとも思うが、
チャンドラーはどんどん行ってしまう。

「ヴィヴァルディが1723年から4年に、
ローマで任務を得ていた時、
ロカテッリも、オットボーニ卿に雇われており、
タルティーニが、しばしば、
パドゥアからヴェネチアを訪れた時期、
バジリカのオーケストラのチェリストであり、
ヴィヴァルディが務めていた事で知られる施設、
ピエタで、短期間、チェロの先生をしていた、
アントニオ・ヴァンディーニと交友した。」

といった具合。
さらに、チャンドラーは、ヴィヴァルディの、
オーケストラ発展への寄与についても書き尽くす。

「ヴィヴァルディは、協奏曲の歴史における、
偉大な作曲家であるばかりでなく、
彼は、オーケストラの発展の中でも、
イタリアで指導的な位置にあって、
20曲を越える、独奏や二重奏以外の
管楽器と弦楽のための協奏曲の遺産を残した。
それらのうち、
5曲と1曲の異稿は、
ヴァイオリンと2つのオーボエ、
2つのホルン、バスーンと弦と通奏低音のもので、
この編成は、古典的なオーケストラの、
バックボーンとなって、
モーツァルトのヴァイオリン協奏曲に見いだされるものだ。
1710年代後半に書かれた
ヘ長調協奏曲RV569のように、
このような試みは、
ヴィヴァルディを時代の最先端に押しやっていた。」

このRV569は、このCDの冒頭を飾るものであるが、
曲別解説はない。

しかし、このような文脈で聞き直すと、
Track1.の華やかな序奏に漲る清新な雰囲気からして、
よくも、こんな作品が、ヴィヴァルディの活動の初期から、
生まれ出たものだと感心してしまう。

チャンドラーの共感も、これまでの作品の比ではなく、
天駆けるヴァイオリンと共に、音楽全体に、
内部から膨らむような高揚感があってすばらしい。

高らかに、青空にこだまするホルン、
立ち上がって来るような、
木管群の存在感たっぷりの囀りも
音楽を立体的にしている。

Track2.グラーヴェは、
ヴィヴァルディらしい夕暮れの音楽で、
完全にモーツァルトに直結しそうな、
極めて近代的な情感である。

ただし、ここでは、
完全にヴァイオリン協奏曲になっている。

Track3.のアレグロでは、
再びホルンの活躍が始まり、木管群も呼応。
ヴァイオリンが織り上げた生地の上に、
管楽器群が彩を添え、
チェロ独奏も独特の色調で陰影を与えるような主部。

以下の解説が続くが、
これは、ここには収められていないものの話だろう。

「類似編成の第2の協奏曲は、
ザクセン=ポーランド王子、
フレデリック=アウグスト2世の命によって、
1716年遅くか1717年初めに
サンタンジェロ劇場で演奏された、
ヴィヴァルディのオペラの序曲で、
ヴィヴァルディの生徒であった、
ピゼンデルによって演奏された。」

おそらく、この第1の曲も同様に、
こうした晴れやかな舞台と関係するものだ、
とチャンドラーは言いたいのだろう。

さらに、各楽器についての話も出てくる。

「ヴィヴァルディは、
ホルンに関して、18世紀で最も重要な、
イタリアの貢献者で、かつ作曲家で、
9曲の協奏曲の中で、
また、多くのオペラで、
CornoとかCorno da caccia
という名称でこれを使っている。
これは、ローマの凱旋を先導する
類似形状の金管楽器である
ラテン語のcornuに由来する。
RV569の協奏曲の2つのアレグロの冒頭で、
ヴィヴァルディは、そのイメージを想起させている。」

ということで、先ほど、
「高らかに、青空にこだまするホルン」
と書いたのは、正しかったようだ。

「ヴィヴァルディは、ほとんど、
Fのホルンのために書いており、
RV562/562aの両バージョンのみが、
Dのホルン用のものである。
RV562のオリジナル・バージョンは、
『聖ロレンスの祝祭のための協奏曲』と題されているが、
後の版では、これはなくなっている。
しかし、彼は、これは異なる緩徐楽章を持ち、
ヴィヴァルディの協奏曲では唯一となる、
ティンパニが追加されている。」

このCDでは、このティンパニ入りの豪壮な版が聴ける。

「後者の版は、1738年、
アムステルダムのショウブルク劇場の、
100周年の時に演奏された。
有名な俗説とは異なり、
ヴィヴァルディ自身はそこにおらず、
午後4時から始まって、
全部で5時間もかかった、
その進行については何も知らなかったはずである。
この協奏曲は、ジャン・デ・マレの寓話劇
『Het Eeuwgetyde van den Amstedamschen Schouwburg』
の幕開け(第1楽章)と、
雲が出てきて低くなる所(第2楽章)と、
雲が明け、アポロが登場して、
さらに雲が下りてくる所(第3楽章)の
伴奏音楽として使われた。」

Track18.この曲をCDの最後に持って来た、
チャンドラー一派の意欲はすさまじく、
待ってました、とばかりに意欲的な、
渾身の演奏が繰り広げられていく。
ティンパニの強烈さに鼓舞されて、
ホルンも木管群も弾けるように呼応している。

ここでも、主部ではヴァイオリン独奏が重要。

Track19.は、雲が低くなる感じというより、
神秘的な夜を思わせる。
ヴァイオリンが、慰めに満ちたメロディで微笑む。
通奏低音の豊かさも心地よい。

Track20.アポロの登場を思わせるかは分からないが、
変化に富んだ音楽で、
中間部では、ヴァイオリン独奏が妙義を聴かせ、
オーボエが歌うが、
両端部は、すさまじいホルンとティンパニの凱歌である。

なお、このCD、ピッチについても解説があり、
18世紀には各地でピッチがばらばらで、
ピッチの微修正が困難な木管楽が問題になるらしい。
これらはアルプス以北で作られたものが多く、
しかも、現在のものより低いピッチなのだという。
よって、このCDでも、特にヴィヴァルディのこの曲では、
木管楽器は新作したらしい。
ヴィヴァルディに取り組む時、
エイドリアン・チャンドラーに一切、妥協はない。

得られた事:「ヴィヴァルディの協奏曲には、古典派の交響曲と同様の編成を取るものがあり、それは、早くも1710年代から現れる。ヴィヴァルディは、古典派に向かう管弦楽様式の推進者であった。」
「タルティーニ、サンマルティーニは、ヴィヴァルディの様式から古典派様式への架け橋となった世代で、カデンツァの扱いや、楽器のブレンドなどに、より新しい美学への胎動がある。」
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by franz310 | 2015-02-15 13:23 | 古典

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その423

b0083728_2183148.png個人的経験:
英国有数のヴィヴァルディおたく、
チャンドラーのCDを、
ネット検索していて、
ずっと前から気になっていたのが、
今回、紹介するAVIEレーベルのもの。
「ヴィルトゥオーゾ・インプレサリオ」
というタイトルは、
「いかさま興行師」みたいに感じる。
「ヴィルトゥオーゾ」は、
「技巧家」みたいな意味だろうが、
どんな「技巧」か分かったもんじゃない、
という感じがして、ヤバい感じ。


検索していると、
チャンドラー率いるセレニッシマのCDの中でも、
表紙デザインからしていかにも怪しい。

作曲家の顔があしらわれているだけではないか、
などと感じられるかもしれないが、
緑の帯と服の赤の対比が安っぽく、
その影響か、ヴィヴァルディの眼も口も、
何やら、悪巧みを考えていそうな謎の表情である。

確かに、技巧家でも興行師でも、
これくらいでないと務まるまい。
いかにもお人よしの技巧家とか、
いかにも分かりやすい興行師とか、
我々が求めているとも思えない。

さらに、このCD、ヴィヴァルディでありがちな、
先のタイトルからしても、
単に協奏曲の名曲集ではあるはずはなく、
「協奏曲、アリアとシンフォニア」と書かれている。
いったい、どんな曲が、どう集められているのだ。

あるいは、私は、この多産な作曲家に対し、
どこからどう手を付けて良いか分からず、
このような企画に飢えているのであろう。
膨大な作品を、どのように整理して考えるべきなのか。

これを考えると、ベートーヴェンやシューベルトが、
初期、中期、後期が把握しやすい、
年代順の作品番号やドイチュ番号で整理されているのが、
いかにありがたい事かを再認識してしまう。

ヴィヴァルディの場合、
作品番号がある曲は限られており、
リオム番号などは、曲種ごとの分類にすぎず、
どんなジャンルがどれぐらいあるか、
という情報くらいしか得る事が出来ない。

では、さっさと、このCDの解説を読んで行こう。

「1711年のヴィヴァルディの
作品3『調和の幻想』の出版は、
莫大な成功を収めた。
彼は、今や、さらに名誉ある依頼に相応しい存在となり、
1713年には、最初のオペラ
『離宮のオットーネ』、RV729や、
オラトリオ『教皇ピウス5世の予言した海戦の勝利』、
RV782が、ヴィンツェンツァから依頼を受け、
まったくもってキャリアが変転した。
ピエタでの職位も、一時的に『合唱長』となった。
このポストは4年で終わったが、
彼は50曲に及ぶオペラの作曲を、
その生涯にわたって続けることになる。
多くの作曲家が、ヴェネチアの劇場で失敗したが、
ヴィヴァルディは、こうしたオペラの世界が、
残酷な女主人であることを知っており、
ヴェネトのはずれの地でデビューすると決めたのは、
賢明なことであった。
それでも、彼はさらに用心深く、
RV370のヴァイオリン協奏曲変ロ長調の
第1楽章として改作される、
協奏曲的なシンフォニアを、
『オットーネ』のオープニングに選択した。」

オペラ「オットーネ」の話から、
いきなり、協奏曲の話になるのは、
いささか唐突であるが、
このCDでは非常に重要な事で、
最初に収められたのがこの曲なのである。

したがって、それを知らずに以下を読むと、
何がどうなったかと戸惑ってしまう。

なお、このRV370は、
私にとっては忘れがたい曲である。

トスカニーニがNBC響を振ったライブに、
この曲が入っているとされ、
NAXOSのCDにはそう記載されていたのだが、
実は、トスカニーニが振ったのは、
RV367であった。

私は、現代の演奏と聴き比べようとして、
ネットで検索して即時購入したのだが、
期待して待っていたものを聴いて、
ようやく、全然違う、と気づいたのである。

面白い事に、この時、今度は、
同じ変ロ長調でもRV367をネット検索して、
チャンドラーのCDに行き当たったのである。
それまで、この人については、
まったく知らなかった。
そして、このCDについてはかつて書いた。

「彼の初期の技巧家的なスタイルで書かれ、
1712年の『パドヴァにおいて
聖アントニウスの聖なる舌に捧げられる儀式のために』
RV212に使われた、
急速なパッセージワークやマルチ・リトルネッロの
レイアウトの余韻がある。
閃光のような音階、
超絶なボウイング・パターンは、
1716年にヴェニスに滞在し、
ヴィヴァルディに学んだ、
若いザクセンのヴィルトゥオーゾ、
ヨハン・ゲオルグ・ピゼンデルの、
並外れた技巧を想起させる。
(おそらく、この頃、この協奏曲は書かれた。)
そして、この人の手で筆写譜が、
ドレスデンのザクセン州立図書館に保存されており、
他の自筆譜はトリノの国立図書館に収められている。
初期の大規模なヴァイオリン協奏曲の多くに、
ヴィヴァルディは終楽章にカデンツァを入れた。
時々、彼は、聖アントニウス協奏曲のように、
それをすべて記載したが、
しばしば、単に、『よきにはからえ』と書いただけで、
オペラのアリアでそうしたように、
そして、それをベネデット・マルチェッロに非難されたように、
即興で弾くことをほのめかしている。
『オットーネ』の『Guarda in quest’occhi』は、
ヴァイオリンのカデンツァが要求されたもので、
現存するものである。」

こう書かれると、このアリアも、
このCDに収められているのか、
と期待したくなるのだが、
残念ながら、これは含まれていないようだ。

しかし、「離宮のオットーネ」は、
たくさんのCDで出ているので、
それを参考にしても良い。
第3幕のカイオのアリアである。

確かに、グリエルモのCDでも、
ヴァイオリンが大活躍している。
そして、最後に短いが強烈なカデンツァがある。

私は、かつて、この人の演奏による、
このオペラのCDを聴いて、
その序曲からして協奏曲的であることを
驚いた経験があるので、
チャンドラーが書いていることは、
いちいち納得できる。

ヴィヴァルディは、あえて、処女作では、
安全な自分の土俵で戦ったということだ。

Track1.協奏曲RV370第1楽章。
序奏からして、
グリエルモの「オットーネ」で聴き親しんだ
快活な主題が出てくる。
が、さすが協奏曲だけあって、
ヴァイオリン独奏が前景に飛び出て来ており、
それゆえに、超絶な感じはするが、
「オットーネ」に比べておおらかさが減退し、
音楽の広がり感は小さくなったような気もする。

Track2.第2楽章は、
グラーヴェとあり、荘重な歎きの音楽。
序奏は荘厳で、
ヴァイオリンの強い線が、
簡単な伴奏のオーケストラの前で、
ぎゅうぎゅうと悲しい音をふりしぼる。

Track3.再び、アレグロ。
じゃんじゃんと威勢の良いオーケストラに、
颯爽と入って来るヴァイオリン。
同様の音型を繰り返し、
「閃光のような」と形容されたのが良くわかる。

雷を表すようなぎざぎざの進行が、
興奮を盛り上げて行ったに相違ない。

チャンドラーがヴィヴァルディ風だと信じて
新たに作曲したカデンツァは、
終わり近くで聴かれるが、
ヴィヴァルディがどんな演奏をしたかを彷彿とさせる、
気品があって嫌味なく、しかし華麗なもので、
非常に楽しめた。
このカデンツァは、以下のように紹介されている。

「今日、カデンツァは、
協奏曲本体から動機を再導入するが、
しかし、ヴィヴァルディのカデンツァは、
ロカテッリの作品3の
『ヴァイオリンの技法』(1733)同様、
急速な音階や、楽器を上下するアルペッジョ、
頻繁なダブル・ストップ、トリプル・ストップを
駆使することを好む。
それゆえ、これらのカデンツァは、
協奏曲から独立して、
ヴィヴァルディは遠慮なく拍子記号を変えている。
この協奏曲はヴィヴァルディ自身のものが
欠けている曲の一つで、
私は、彼のスタイルで即興的なカデンツァを作曲した。」

以上が1曲目の説明で、
以下、2曲目の説明が始まる。
読んで分かるように、
2曲目は変化をつけてアリアである。

しかも、一気に3曲、
「ソプラノ、弦と通奏低音のための、
『愛と憎しみの誠実の勝利』RV706からのアリア」
と銘打たれている。

「1716年という日付は、
この協奏曲が、二つのヴェネチアでのオペラ、
サンタンジェロ劇場のための、
『ポントスのアルシルダ王妃』(RV700)や、
サン・モイーゼ劇場のための、
『愛と憎しみの誠実の勝利』(RV706)と、
同時期のものだということである。」

ということで、
1716年のヴィヴァルディを、
協奏曲とオペラの両面から描こうとしている。

「『アルシルダ』のスコアは残っているが、
『誠実』の方の音楽は何曲かのアリア以外は、
失われている。
2001年、バークレー城で、
主に1716年から17年の、
ヴェネチアのオペラ・シーズンの
50のナンバーの手稿が発見された。
ソプラノのための2曲のうち、
たった1曲だけが、
演奏会でもかけられるようなものだが、
それらのうち8曲は、
『誠実』のものとされている。
ベルリンの州立図書館でも、
さらに3曲のアリアが見つかっている。
『Se vince il caro sposo』は、
しかし、スカスカのスコアである。
『Hei sete di sangue』は、
G.C.Schurmannのパスティッチョ、
『アルチェステ』の中に含まれ、
『Amoroso caro sposo』は、
どのオペラのものか分からないような感じで、
別に見つかっている。」

これはすごい事である。
散逸したオペラが、
こんな遠く離れた所で発見されているとは。

このCDでは、
Track4.に「Sento il cor brillemi in petto」とあるが、
これは、上記のどれなのであろうか。

ソプラノのMhairi Lawsonが歌っているが、
「私の胸に、心が燃えるのを感じるわ、
だから、苦しみとよ喜びの間に捕えられ、
私に痛みをもたらすの」という内容らしく、
楽しい陽気なリズムと、悩ましい歌唱が交錯して、
確かにいきなり、ヴィヴァルディの劇場音楽の世界に、
引きずり込まれてしまう。

Track5.には、
他人のパスティッチョから探し出された、
「Hei sete di sangue」が置かれ、
これは、「血に飢えたあなたでも、
私の心は傷つけることは出来ない、
恥知らずの恩知らず」という歌なので、
ざっくざっくとした荒々しいリズムの
切迫した音楽が、罵りの感情を盛り上げる。

パスティッチョでは、
裏切りに対する怒りのシーンで使いやすそうだ。

Track6.に、保護された迷子のように見つかった、
「Amoroso caro sposo」が来る。

これまた、ヴィヴァルディらしい、
真実味と華麗さを兼ね備えた美しい音楽で、
「愛する夫は、過酷な嵐の海の中」という語句で、
悲嘆にくれた歌かと思いきや、
「それが、あなたを安心させるだろうが」と続き、
敵を毒づく音楽と思われる。

したがって、英雄的でもあり、
様々な感情が渦巻くように、
管弦楽の効果が目覚ましい。

「これらのアリアは
ヴィヴァルディ初期の
オペラ様式の典型的なもので、
彼の楽器をもてあそぶような、
リトルネッロや独奏部の挿句がたくさん現れ、
初期の協奏曲様式にも似ている。」
と、解説では総括されている。

「1720年代は、ナポリ派の、
新世代の作曲家たちが勃興し、
近代的なベル・カント歌唱法で、
世界中をとりこにした。
アルビノーニのような古い音楽家たちは、
流行について行くことが出来なかったが、
ヴィヴァルディは、
ヴェローナの『アカデミア劇場』用の
『忠実なニンファ』(RV714)のように、
ギャラントスタイルを自作に導入して適応した。
シピオーネ・マフェイのテキストにより、
『ニンファ』は、8人の独唱者がおり、
印象的なトランペット群、打楽器、ホルン、
リコーダーが、通常の弦楽合奏に加えられた。
ヴィヴァルディの通常のものとは違って、
オペラは二重唱、四重唱、五重唱を含み、
第3幕ではバレエ音楽も含んでいる。
しかし、ここにも2曲取り上げたアリアが、
創造力をかきたてる、素晴らしい例となっている。
ロンバルディア風のリズムによる、
『Dolce fiamma』は、ヴィヴァルディの中でも、
最も優美なアリアの一つで、
『Alma oppressa』では、
コロラトゥーラの離れ業と、
巧みなオーケストラ書法が見られ、
作曲家が芸術の力の絶頂にあった時の
自信にあふれた作品になっている。
ダ・カーポ・アリアは、今や規則正しく、
三つの独唱部分とリトルネッロを有し、
後期の協奏曲と同様である。
もっとも、後者は最後のリトルネッロを要するが。」

初期のオペラから絶頂期のオペラの話に移ったが、
CDでは、これらのアリアは、
最後の一曲の前を飾るものである。

Track16.の「Dolce fiamma」は、
確かに、浮遊するような、
羽根のタッチのオーケストラをバックに、
ソプラノがシンプルながら、
時にコロラトゥーラを響かせるナポリ派風で、
6分半も歌われる。
「私の胸の中の甘い炎よ、
運命の力によって、名前も素性も変えてはいるが、
心までは変えられない」という、
これまた、かなり鬱屈した感情を歌うものであるが。

Track17.の「Alma oppressa」は、
待ってました、と言いたくなる、
ヴィヴァルディの代表的なアリアで、
激烈な管弦楽の書法の網目を縫うように、
声が縦横無尽に飛翔するのは、
鳥肌が立つような感じ。

「残酷な運命に魂も虐げられ、
愛で悲しみを慰めるのも無駄で、
その愛がまた悲しみなのだ」
という悲惨な八方塞がりの状況。

このCDのソプラノは、
超絶技巧ということはないが、
美しい声で、スリリングな難所を切り抜けて、
素晴らしい聴きものである。

以下、解説には、
後期協奏曲の特徴が語られている。

「『モト・ペルペトゥオ(無窮動)』
のパッセージワークは、
メロディの声楽書法のために抑えられ、
RV243の協奏曲 『センツァ・カンティン』の
このことは緩徐楽章で前面に出され、
その典型的なサンプルである。
この協奏曲は、ヴァイオリニストに、
『E線なしで(センツァ・カンティン)』
という異例の指示があり、
最低音の弦は、最終楽章の、
長いbariolage(静的な音と変化音の急速な変化)楽句の
持続音のために調弦して使われる。」

この曲は、Track13~15.で、
アリアの前に置かれている。
最初にこのCDを聴き流した時から、
この緩徐楽章は強い印象を残すものであり、
オペラのアリアが始まるのではないか、
などと身構えた程であった。

Track13.アレグロは、
どっぷりオペラの世界に浸かった
ヴィヴァルディの面目躍如の音楽で、
いきなり序奏から、がっつり聴き手を掴む感じ。

極めて強い意志、あるいは運命の力を感じるような楽想で、
真ん中で現れる長大な無窮動のカデンツァが、
がむしゃらである。

Track14.アンダンテ・モルト。
夢見るような物憂げな歌謡楽章で、
解説に、歌のラインを大切にして、
器楽的な効果を押さえている旨あったが、
これと「E線なし」は、何か関係あるのだろうか。

あるいは、終楽章でE線を使うようにして、
制約を設けたら、無窮動がしにくくなったとか。

Track15.
ここでは、前の楽章で我慢していた、
パッセージワークが頻出するが、
全体の印象は、
ベートーヴェンのスケルツォのように無骨なもので、
重いリズムがばーんばーんと打ち付けられ、
ヴィヴァルディ的な快活さとは一線を画し、
巨大なエモーションに突き動かされている感じがする。

以下には、最後に収められた協奏曲の解説が続く。

「拡張されたbariolageのパッセージワークは、
ヴィヴァルディの後期作品で優れており、
協奏曲変ホ長調RV254は、
いくつかの特に美しい好例を含んで、
全編のベル・カント風を引き立てている。
この協奏曲はおそらく、
彼のオペラの導入に使われたに相違ない。
第1楽章に、『senza cembali』
(ハープシコードなしで)という記載を含むように。
劇場外でハープシコードが一台以上あるという事は、
あり得なくもないが、不自然である。」

Track18.疾風のような楽句が吹きすさぶ、
これまた大仰とも言える楽想。
大作のオペラを予告するのか、
ヴァイオリンの主題も稀有壮大さと、
英雄的な推進力を併せ持っている。

オーケストラも寄せては返す波のように激しい。
チェンバロなしの指定は、
ここでチャラリンと鳴ると、
急にお上品になるからであろうか。
それを避けてまで、緊迫感を盛り上げるもの。
ここでのカデンツァも強烈である。

Track19.またまた、情感豊かな緩徐楽章。
ここでは、思索的な状況で、
盛んにチェンバロが鳴っている。
ヴァイオリンも、
何やら難しい事を考えているようなメロディ。

Track20.ようやく肩の力が抜けたアレグロ。
このCDの後半は、緊張感がありすぎであろう。
ようやく、楽しげなヴィヴァルディである。
オーケストラの疾風はおさまり、
爽やかな風が流れる。
だが、ヴァイオリンが奏でるメロディは、
いささか珍妙であって、
わざと操り人形のような、
ぎくしゃく感を出しているのか。

CD最後の曲は終わっても、解説は続く。

「彼の弦楽と通奏低音のための作品を見てみると、
たくさんの独立したシンフォニアが見つかるが、
『誠実』の場合に見たように、
多くのヴィヴァルディのオペラは、
長い間、行方不明のものが多い。
RV134のような協奏曲は、
シンフォニアに後に改作され、
タイトルは異なる色のインクで、
変えられていたりする。
その素晴らしいフーガの開始を見ると、
オペラハウスで演奏されるには
ふさわしくなさそうである。
むしろ、オラトリオの開始部か、
あるいは自由独立の室内交響曲(リピエーノ作品)
なのかもしれない。」

このように、Track10~12.
として収められたRV134の解説となるが、
同じように大型の声楽曲なのに、
チャンドラーはオペラとオラトリオを、
厳しく峻別しているようだ。

音楽を聞いて見ると、
劇的な緊張感に溢れたフーガは、
かなり集中力を持って聴かせる力があり、
極めてシリアスである。
ただ、第2楽章は、内省的であるものの、
とても情緒があって悩ましく、
オペラの一部であってもおかしくはない。

終楽章は、活力があり、
メロディの晴朗さも、
古典派の作品といっても良さそうな新鮮さがある。

弦楽合奏のための協奏曲は、
ヴィヴァルディの中では地味な部類の曲種であるが、
このような曲を、こうした共感豊かな演奏で聴くと、
改めて、ヴィヴァルディを聴く喜びが再認識される。

「ヴィヴァルディのアンサンブル協奏曲は、
おそらく1720年代中盤から後半にかけて作られた、
ヴァイオリンと2つのチェロのための
協奏曲RV561に見られるように、
未だ、リズムの興奮と色彩の対比に依存している。」

と書かれて、Track7-9の作品に移るが、
これは、逆に言えば、
協奏曲は外面的な効果で乗り切れたが、
シンフォニアでは、
そうはいかなかった、というニュアンスであろうか。

「ヴィヴァルディは、
5曲以上の協奏曲と、
『ディキシッド・ドミヌス』RV595の
最初の付曲において、
2台のチェロ独奏を使っている。
この場合、木管楽器群を持つ協奏曲同様、
独奏部の一番おいしいところは、
ヴァイオリンが持っていっている。
緩徐楽章は全編、ヴァイオリン用で、
ニ長調、RV564の協奏曲の対応する楽章同様、
チェロは、単にアルペッジョで付き合っているだけである。」

何だか、良い事を書いていないようだが、
Track7.に始まるハ長調協奏曲は、
生き生きとしたヴァイオリンに対抗して、
ど迫力でチェロ軍団が襲いかかるような
第1楽章からして極めて面白い。

しかし、チェロはがちゃがちゃ言っているだけで、
特に美しいメロディを奏でるでもなく、
音色の対比をして、陰影をつけているだけ、
と言われれば、そんな感じもする。

Track8.問題のラルゴである。
これは、どんぶらこどんぶらこと、
短調な音形をくり返すチェロを伴奏にした、
ヴァイオリンの舟歌みたいなものであった。

Track9.アレグロは、
ものすごいスピードで駆け巡るが、
チェロが動くので、重量級の迫力。
ヴァイオリンの囀りを、重火器が駆逐しながら進む。

「それらのすごい変則性によって、
ヴィヴァルディ初期の実験的な作品は、
バロック・スタイルの真の典型となっている。」

変則なのに、突き詰めれば「典型」だと。

「続く20年間、彼の遍歴は、
ここに取り上げた、
後期のヴァイオリン協奏曲、その他多くのように、
ソナタ形式のプロトタイプさえ利用して、
古典形式のすれすれまで導いた。
欧州の大部分では、
もう20年も前に亡くなっていた、
アルカンジェロ・コレッリの、
コンチェルト・グロッソの形式が
くり返されていたが、
そこから離れて、
新しい流行に夢中になったサークルのために。
しかし、ヴィヴェルディの協奏曲のスタイルは、
多くの若い作曲家の意識に浸透し、
その名技性や、
タルティーニのような衒学的な経験と共に
18世紀後半や19世紀の、
偉大な協奏曲の作曲家を導くことになる。」

以上で、チャンドラーが作った、
「北イタリアのヴァイオリン協奏曲の興隆」
シリーズの「第2巻」の解説が終わるが、
最後に、「第1巻」で取り上げられながら、
ここで訳出できなかった、
「調和の幻想」の解説部分を持って来て、
ヴィヴァルディ初期の協奏曲についても、
振り返っておこう。

「『調和の幻想』は、トスカーナの大公、
フェルディナンド王子(3世)に捧げられており、
「和声の誕生」とでも訳せばよいもので、
当時のピタゴラス派の音楽による天球の調和を表している。
何よりも重要な数字「7」が、
この楽曲の4つのヴァイオリン、
(彼の協奏曲には珍しい)2つのヴィオラ、
そしてバスという編成や、
作品の循環的な特徴に現れている。
最初の協奏曲は4つの独奏ヴァイオリンが使われ、
2番目のは2つのヴァイオリン用、
3つめのは1つのヴァイオリン用で、
全曲でこのパターンが繰り返される。
アルビノーニのものの残照か、
チェロ独奏を含むものが、第1番、第2番、
(短いが)第7番、第10番と第11番である。
このいかにもヴェネチア的な協奏曲集は、
彼の協奏曲集の中でもユニークで、
形式の点でアルビノーニの作品2や、
スコアの点でレグレンツィの作品8や10に負っている。」

何と、トラック・ナンバー(前のCD)で、
Track34-36.が作品3の3。
独奏用のヴァイオリン協奏曲で、
澄んで、快活なチャンドラーのヴァイオリンが楽しめる。
楽器は、アマティのコピーだとある。

Track37-39.には、作品3の10。
これはバッハが編曲したので有名なもので、
上記3パターンの4順目の最初の曲で、
4つのヴァイオリンが登場、時々、チェロが聞こえる。

楽器が多い分、
ものすごく豊穣なもので、
演奏の推進力も素晴らしい。
サラ・モファットや、
ジェーン・ゴードンといった美人奏者も、
この中で、音楽の綾を紡いでいると思うと、
想像するだに、リッチな演奏風景である。

得られた事:「協奏曲とオペラが合い携えて、ヴィヴァルディの音楽を発展させていった様子を魅力的に紹介した、極めて充実した内容のCDであった。」
「ヴィヴァルディの必殺技は協奏曲だったので、オペラ界に乗り出す時も、これを有効活用し、アリアにも楽器をもてあそぶようなリトルネッロや独奏部の挿句がたくさん現れる。」
「1720年代は、ナポリ派の作曲家たちが勃興し、ベル・カント歌唱法で、
世界中をとりこにしたが、ヴィヴァルディは、ギャラントスタイルを自作に導入して適応した。そして、それが、彼の後期協奏曲に広がりを与えて行く。」
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by franz310 | 2015-02-08 21:09 | 古典

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その422

b0083728_156036.png個人的経験:
イギリスの古楽団体、
セレニッシマを率いる
チャンドラーのヴィヴァルディは、
収録された各曲への思い入れや、
膨大なこの作曲家の作品の中から、
いかにして選曲してCD化したかを、
きちんと説明してくれていて、
彼のヴィヴァルディ傾倒に、
ついつい引きずられて
聞き入ってしまうことになる。
AVIEというレーベルは、
良く知らないが装丁も美しい。


気鋭の奏者が共感に富んだ演奏を聴かせ、
録音も良いので、ついつい聴き進めたくなる。

そんな彼らが、2000年代後半に、
「北イタリアのヴァイオリン協奏曲の興隆」
と題したCDを三つ出している。

これは、さぞかし、勉強になりそうだと、
まず一巻から聴き始めた。
「ヴィルトゥオーゾの夜明け」というタイトルから
気になってしょうがないが、
アルビノーニとか、ヴィヴァルディの作品もあり、
無名の先達ばかり集めたCDにあり勝ちの、
興味本位に陥ることはなさそうだ。

いかにも素性の悪そうなおっさんばかりの
表紙の絵画からして、興味半減になるが、
さすが、このオタク向けレーベル、
これに関しても、いろいろ能書きがあった。

アントニオ・ドメニコ・ガビアーニ(1652-1726)作
「1685年、メディチ家の
フェルディナント王子宮廷の音楽家たち」
(カンバスに油彩)とある。
「この録音のトラック1-24の
アンサンブルと同様の器楽アンサンブルが
見て取れる」とあるが、
7人のうち5人が弦楽四重奏+アルファの弦楽で、
マンドリンとチェンバロが見える。

あまり、協奏曲を演奏しそうなメンバーとは思えないが、
この中の何人かが、超絶技巧を聴かせるのだろうか。

「この音楽家たちを抱えていた、
メディチ家のフェルディナント公は、
ヴィヴァルディがのちの1711年に、
『調和の幻想』作品3を献呈する人である」
とあるから、狭いスペースに、
おっさんたちが緊張してポーズを取った、
非常にむさ苦しい構図ではあっても、
これは、ヴィヴァルディを演奏する際、
何らかの参考にするべき、
極めて重要な絵画であると考えられる。

どのような編成で演奏されたかが、
よくわかったところで、
ブックレット内の「セレニッシマ」という、
このCDの団体のメンバーの寛いだ写真を見ると、
チャンドラーが、本当に、
この絵画を参考にしたのか、
疑わしくなる。

13人のメンバーが写っているし、
3人は若い女性で、華やかな感じ。

さらに演奏者名を追っていくと、
ヴァイオリン6、アルト・ヴィオラ1、
テノール・ヴィオラ2、チェロ、ダブルベース各1で、
弦楽だけで10人もいる。
テオルボにバロック・ギター、
ハープシコード、オルガンと、
通奏低音が豪勢である。

が、このCD、トラックが39もあって、
アルビノーニだのヴィヴァルディだの、
有名な人が出てくるのは、
まさしくトラック25からなのである。

「セレニッシマは、ヴィヴァルディの
『セーヌの祭典』(RV693)を演奏するために、
1994年に創設され、
10年後に正式に、ヴィヴァルディと、
その同時代の音楽を演奏する、
指導的な団体として発足した」とあるから、
劇場音楽に対応できる編成を持っているようだ。

表紙の編成で演奏されるトラック24までは、
フランチェスコ・ナヴァラのシンフォニア、
作曲家Xの「ラウダーテ・ペウリ」、
ジョヴァンニ・レグレンツィの「3つのバレットとコレンテ」、
再び、ナヴァラの「シンフォニア」が並ぶ。

後半は4曲あって、最後の2曲がヴィヴァルディで、
その前に、トマゾ・アルビノーニの協奏曲、作品2の8と、
ジュゼッペ・ヴァレンティーニの協奏曲、作品7より、
が収められている。

つまり、「ヴァイオリン協奏曲の興隆」とはいえ、
前半のものは「協奏曲」という
タイトルではなさそうである。

一筋縄ではいかなそうなので、
さっそく、解説の本文を見ていこう。

「1600年代の初期には、
器楽曲の出版が劇的に増加し、
それが今度は、その消費者によって、
さらなる技法の熟達がもたらされた。
最も好まれた楽器は、
ヴァイオリンとコルネットであったが、
ヴァイオリンは機敏なゆえに生き残り、
コルネットを駆逐した。
広い音域、大きな跳躍、
ダブルストップやエンドレスな楽句演奏で、
ヴァイオリン族は、
器楽でも声楽でも作曲家に不可欠となった。
北イタリアから、
こうした名手が出て来た事は偶然ではなく、
この地は良く知られた、
この楽器発祥の地であり、
クレモナとブレスチアという、
二大産地を抱えていた。」

ということで、期待にたがわぬ書き出しぶりである。

「トリオ・ソナタと、
4声か5声からなるオペラ用のシンフォニアが
1650年代に現れ、
アンサンブル・ソナタの創造の引き金となった。
このジャンルは、ベルガモ出身で、
1672年にヴェネチアに移り住んだ、
ジョヴァンニ・レグレンツィなどの作曲家の、
基本形式となった。
彼の作品8(1663)や作品10(1673)は、
ジョヴァンニ・ガブリエリの
『サクラ・シンフォニア』(1597)の伝統に則った、
様々な編成で書かれたアンサンブル・ソナタであるが、
彼の甥のジョヴァンニ・ヴァレスキーニによって、
死後に出版された作品16は、
その30年に起こったアンサンブル・ソナタの
基本的編成を反映している。
全てのセットが、北イタリアの、
2つのヴァイオリン、アルト・ヴィオラ、
テノール・ヴィオラとチェロの5部に、
ハープシコードの通奏低音という編成となっている。」

という事で、最初は、ヴェネチアの器楽の基準は、
ガブリエリのような管楽だったのが、
古典的なものに近い弦5部となっていったが、
その流れに乗った人として、
レグレンツィが取り上げられたようだ。
この人の作品は3曲目に出てくる。

「作品16は、9対の小品からなり、
おのおの、バレット(舞曲の動きの包括的呼称)と、
コレンテ(舞曲形式)の組み合わせで、
バレットでは、レグレンツィは、
多くの場合、アルマンドとし、
コレンテは、3/4、6/4、
3/8、6/8、12/8拍子といった、
様々な拍子の舞曲の複合体とした。
ここで、おそらく売上を増やすためであろう、
コレンテはポピュラーなヴェネチアのダンスであった。
ダンスはジーガ(第2コレンテ)、
サラバンダ(第5コレンテ)、
フォルラーノのスタイルのフランス風ロンド(第7コレンテ)、
それからシャコンヌ(第9コレンテ)を含んでいる。」

レグレンツィのバレッティは、
最初に解説があるくせに、
登場するのは、Track15.になってからである。

ジーグやアルマントとあると、
バッハの時代の組曲のようだが、
1分前後の曲の集合体で、
シューベルトの「レントラー集」みたいな規模。

各曲は、異なる舞曲であって、
それぞれが、気分転換とか、
口直しみたいな音楽になっている。
シンプルな音楽だが、
演奏には、共感と活気があって、
打楽器の扱いや、節回しには、
様々な工夫を凝らしている。

次に、もう一人の知られざる作曲家、
ナヴァラの解説に入る。

「1695年、フランチェスコ・ナヴァラは、
マントヴァ宮廷の楽長に任命された。
彼の生涯についてはあまり知られておらず、
(英国の?)ダラムの大聖堂図書館に収蔵された、
2つのシンフォニアなど、
ほんのわずかな曲が残されているにすぎない。
イ短調の作品の手稿は1697年のもので、
マントヴァ宮廷礼拝堂の楽長のナヴァラ作とあり、
他の手稿には『カティ夫人に献呈』とある。
おそらくマントヴァの知られざる人物であろう。
両作品とも、レグレンツィの作品16と
同様の編成のために書かれているが、
ヴァイオリンのパートが、
その頃、ヴィオラ・パートを得て新鮮になり、
合奏協奏曲のプロトタイプになった、
ローマのトリオ・ソナタに似て印象的な、
もっと新しい形式で書かれている。」

Track1.~Track4.
にハ長調のものが収められているが、
鮮やかに音楽を先導する、
ヴァイオリンの推進力が美しい。

第1楽章の冒頭はソステヌートと題され、
低音弦がぶんぶん言う中を、
ヴァイオリンが混沌をかき分けるような感じで、
アダージョになったり、ヴィヴァーチェになったり、
なかなか劇的なものになっている。

それを序奏のように、
アレグロが続くが、独奏と合奏の変化や、
独奏同士の掛け合いもあったりして、
楽しい進行である。

続くアダージョは、
多彩なコンティヌオの活躍の中、
ヴァイオリンは思慮深く歌い、
あたかも、ヴィオール・コンソートのように、
深々とした感触。

最後のアレグロでは、
舞曲調の大団円になっていて、
確かに、協奏曲の原型という感じがする。

ただし、全曲でわずか5分半しかない。

Track21.~24.には、
このナヴァラのイ短調のシンフォニアがあるが、
これも「ソステヌート」の導入曲があって、
この部分は、調性からしても、神妙な感じ。

アレグロ・アッサイは、
第1ヴァイオリン主動型ながら、
勢いもある中、各声部の交錯が目立ち、
曲に立体感を与えている。

アダージョで奏される43秒ほどの部分は、
扇情的なこぶしを聴かせ、
続く情熱的なダンスのアレグロへの、
効果的な移行となる。

このアレグロは、ふしも艶めかしく、
フラメンコを想起させる。

ナヴァラの曲に対しては、
以下のような解説もある。

「これは、1714年に、
コレルリの死後発表された、
合奏協奏曲作品6に似ているというより、
1680年代の
コレッリのローマの演奏会について、
ムファットが記載した、
増強されたトリオ・ソナタに近いと思われる。
アンティフォンの合唱によって培われた
音を強くしたり優しくしたりする効果の
イタリアの伝統は、
カスティーリャ風のエコー・ソナタと共に、
このジャンルの普及の肥沃な土壌となった。」

このように形式とか、編成の話があったが、
今度は、語源の話が続く。

「『コンチェルト』という言葉は、
イタリアで長い間使われて来たが、
(モンテヴェルディやガブリエリは、
彼らの作品の修正にこの言葉を充てた)
現代の意味で使われるようになったのは、
1690年代になってからであった。
トレッリの作品5(1692)にそれが使われ、
1696年のタリエッティの作品2が続き、
1698年のトレッリの作品6と、
グレゴリの作品2の協奏曲集が共に、
4部の弦楽を有する。
1700年に、
アルビノーニが作品2を出すまで、
その創生期には、
シンフォニア/ソナタ・タイプは、
出版時はしばしばコンチェルトとペアとなっており、
二つを分離することはあまりなかった。
ナヴァラのシンフォニアは、
トレッリの初期のコンチェルトや、
トリオ・ソナタの曲集である、
タリエッティの作品2と形式的には同じである。」

このように、シンフォニアやトリオ・ソナタや、
コンチェルトがごちゃ混ぜであった時代が展望されたが、
以下、まさしく、今と同様の意味での
協奏曲の発展が語られる。

「もっとも重要な発展は独奏パッセージの導入と、
さらなる弦楽奏者の追加が薦められる、
トレッリ、ヴァレンティーニらの作品によってもたらされ、
オーケストラのテクスチャーが形成された。」

確かに、これまで聴いた作品は、
各奏者ががちゃがちゃやっている感じで、
すっきりと、独特の技巧を見せる独奏者と、
バックで、それを支える合奏部、
という感じはなく、いわば、室内楽であった。

「グレゴリはその第4協奏曲のフィナーレでは、
独奏者である第1ヴァイオリンから
独立したトゥッティを含み、
おおきく前進したとはいえ、
独奏パッセージは、初期には珍しかった。
通して独奏パッセージを用いた最初の作曲家
(そして、協奏曲形式を採用した最初のヴェネチアの作曲家)
は、1700年に、5声のソナタ集と6声の協奏曲集を、
その作品2として出したトマゾ・アルビノーニであった。
(これも、出版パート譜の表紙には、シンフォニアとある。)
その事実上の独奏部の動きは、しかし、
ヴィヴァルディの初期の協奏曲と比べると地味なものである。
一番の見どころは第4協奏曲(作品2の8)にあって、
これには独奏チェロも登場し、
これはいくつかの初期のアルビノーニの協奏曲の特徴で、
1711年のセレナータ『アウローラ』の、
2つのゼッフィーロのアリアにも出てくる。
実際は、これはハープシコード・パートの
華々しい装飾にすぎず、
ヴェネチアではよく見られた習慣で、
アンサンブル・ソナタの古いスタイルの名残であり、
ハープシコード奏者は、
ラインを単純化して、時として、
(レグレンツィの作品16のように)
さらにオクターブ下を弾いた。
さらに、短く、しばしば和音だけの緩徐楽章は、
(第4協奏曲でのみ、実際に6声ある)
17世紀中盤のはじめにマリーニが、
そのシンフォニアで多用したものに似ている。」

これだけ書いただけあって、
興味が高まった、アルビノーニの、
作品2の8は、このCDにも収められている。

Track25.はアレグロで、
ちょこまかとヴァイオリンが囀りながら、
明るく楽しげな音楽が始まる。
じゃかじゃかと活発に鳴るチェロも豊かな感じ。
確かに、ヴァイオリンは技巧的であるが、
合奏部に対比的な価値があるようには感じられず、
ヴィヴァルディとナヴァラの間にいる感じがする。

Track26.はアダージョ、
じゃーん、じゃーん、ぽろぽろぽろ、
という典型的な経過句の連続みたいな音楽で、
1分しかない。

Track27.はアレグロ、
再び、ヴァイオリンが舞い上がるが、
それによって、他の楽器も興奮するので、
独奏楽器と合奏が分離している感じは、
今一つである。
この曲も、全体で5分半弱しかない。

ただ、このように、
3楽章でぴしっと決まっている点は、
多くの人が彼の功績と考えた。

「アルビノーニが、
急緩急の断固とした3楽章形式を採った重要さは、
彼が古い4楽章形式を協奏曲で捨てた、
最初の提唱者であるという以上の評価はできるものではない。
1690年以前からヴェニスで人気があった、
3楽章のトリオ・ソナタを知っている人には簡単なことだった。
彼は、ナポリのチャペル・ロイヤルに移って、
アレッサンドロ・スカルラッティに影響を与えたような、
ピエトアンドレア・ツィアーニの、
オペラ用の3楽章のシンフォニアも、おそらく、知っていた。」

読んで見ると、チャンドラーは、
まったくアルビノーニを評価していないようである。

「形式は進化したが、アルビノーニの作品は、
バロック期の協奏曲に必要な名技性が欠けている」
と追い打ちをかけて手厳しい。

「この要素を最初に導入した作曲家は、
フィレンツェの人で、
多くのキャリアをローマで積んだ、
ジュゼッペ・ヴァレンティーニである。
彼の協奏曲作品7(1710)は、
ボローニャで出版されたもので、
2つのヴァイオリンのもの、
2つのヴァイオリンとチェロのもの、
ヴァイオリンとチェロ、
ヴァイオリンのもの、
そして、11番目の協奏曲では、
4つのヴァイオリンのものという、
華やかなスコアで、
レグレンツィの作品8を先取りしている。
後者は、彼の風変りな和声の偏愛を示し、
特に量感のあるフーガの第2楽章に見られる、
すべての声部が均等に主張するものである。
これまでの協奏曲の平板な外観に対し、
この曲集の登場はまさしく興奮を与えた。」

後者とあるが、これは、レグレンツィではなく、
ヴァレンティーニの事を説明しているようで、
このCDには、Track28.~Track33.
の6トラックかけて、
ヴァレンティーニの作品7の11が収められ、
第2楽章のTrack29.は、
これだけで5分半もあって、
ナヴァラやアルビノーニの1曲分の長さがあり、
マッシブである。
しかも、ちょこまかと動き、
まさしく生彩を放つフーガになっている。

このような楽章を持ち、
なおかつ楽章数が6つもあるので、
17分半の演奏時間を要する。
この点から見ても、桁違いの作品のように見える。

確かに、BGMのように、
このCDを聴いていても、
この作品になると、目が覚めたように生彩を放つのが分かる。
Track28.は厳かな序奏風。
Track29.は変化に富んだ、超絶のフーガ。
Track30.グラーヴェとアレグロで、
レチタティーボ風の嘆きが、
ヴァイオリンの急速パッセージを伴う、
パガニーニ風の技巧誇示部に移行する。
複数の楽器による掛け合いもスリリングである。

Track31.はプレストで、
一番短い2分たらずの部分。
そのくせ、押しの強い主張が一筋縄ではいかず、
頑固な感じが、作曲家の姿を連想させる。

Track32.アダージョが来るが、
これは確かに奇妙な自己懐疑のような音楽で、
作曲家は変なにいちゃんだかおっさんだったに違いない。

Track33.
終楽章でアレグロ・アッサイ。
ここでも、執拗なリズムが脅迫観念のように響き、
悪夢のようにヴァイオリンが交錯する。

1681年生まれとあるが、ヴィヴァルディより若い。
ヴァレンティーニは、どうやら無視できない作曲家のようだ。
1710年に出版した曲であれば、29歳の作品。

「これらの協奏曲の多楽章のレイアウトを見ても、
北イタリアでは嫌われた、
一つのヴァイオリン・ラインなど、
ヴァレンティーニの
ローマ風コンチェルト・グロッソとの親近性を感じる。
しかも、第6協奏曲には、
ヴェネチア的な要素もあって、
アルビノーニの3楽章形式を取り、
さらに作品2の8の主題の盗用もある。」

以上のように、ヴィヴァルディ出現前の、
協奏曲の歴史を概観した形だが、
実は、このCD、かなり意外な選曲を行っており、
協奏曲やその原型の器楽曲のみならず、
声楽曲が含まれて、
マイリ・ローソンというソプラノが歌って、
彩りを豊かにしている。

それにしても、作曲者が、
「コンポーザーX」というのは、
いかなる理由によるものか。

「アントニオ・ヴィヴァルディは、
おそらく、この華麗な作品集を熟知しており、
翌年、彼の最初の協奏曲集『調和の幻想』(1711)
を出版する。
1690年代の彼の音楽の修行は、
司祭になる勉強と一緒になされたが、
同時に音楽界が大きな変化を起こしており、
その頃、19曲の宗教曲を勉強に使った。
これらはトリノの国立図書館に収蔵されている。
これらの作品集は5つのグループに分けられ、
最大の13曲を占めるものは、
すべて作者不明の自筆譜で、
同じ筆跡で書かれている。
これは、1650年頃生まれた、
ヴェネチアの作曲家、
『コンポーザーX』のものと認定されている。
多くのものは、4声か5声の声楽部を有し、
時折、コルネットやトランペットが付加される
5声のヴェネチア式の弦楽合奏部を有する。
5曲の詩篇への付曲は、しかし、
ソプラノとい弦楽のためのもので、
ヴィヴァルディのトレードマークの一つとなる、
華やかな協奏曲スタイルに導く厳かな序奏も、
同じテキストに後年、ヴィヴァルディが付曲するものの
青写真のような感じである。
音楽は全体として懐古的なもので、
ある個所では、
モンテヴェルディの残照が感じられる。」

この中の「ラウダーテ・プエリ・ドミヌム」
(詩篇第113番「主のしもべたちよ、ほめたたえよ」)は、
CDの2曲目に早くも取り上げられ、
Track5.では、前述のような、
啓示的にも聞こえる、
器楽による控えめな序奏がある。
シンフォニアと題されている。

Track6.はソプラノが入って来て、
アレグロで「ラウダーテ・プエリ」が歌い出される。
声は、協奏曲のソロのように浮かび上がって美しい。
通奏低音の動きや、ヴァイオリンの助奏も美しい。

Track7.では、
「シット・ノーメン・ドミニ」が、
やはりアレグロで歌われるが、
「主の御名はほむべきかな、
今より、とこしえに至るまで」という内容ゆえか、
いかにも神妙な感じ。

Track8.は、
「日の出ずるところより、日の入るとこまで、
主の御名はほめたたえられる」という内容で、
リズムがアジテーション風に強い。

Track9.は、
アダージョからアレグロに変化するのが
「主はもろもろの国民の上に高くいらせられ、
その栄光は天よりも高い。」
という内容なので、恐れ多くかしこまった感じだが、
声の装飾が多く、古風な感じがする。
やがて、器楽合奏がリズム感に乗って高まる。

Track10.は、
「われらの神、主にくらぶべき者は誰か、
主は高きところに座し、
遠く天と地とを見おろされる。 」
というアレグロで、
ヘンデルのオラトリオのような、
すっきりとした音楽になっている。

Track11.は、ようやく、
この詩篇の特徴的な歌詞になるが、
「主は貧しい者を塵からあげて
乏しい者を糞土からあげて」という内容ゆえに、
前半は貧しくて震えるようなプレストと、
塵にまみれたようなアダージョの悲痛に続き、
後半の上がっていくように、
さーっと光が射しこむような
喜ばしいアレグロとの対比が劇的である。

Track12.は、
「もろもろの民の君たちとともに座らせられる」。
ここではアレグロで速いテンポで、
神様のありがたさが宣言されるが、
声の揺らし方がオペラティックでもある。

Track13.の「グローリア」は、
意外にも、切実な感じさえするモノローグで、
「父と子と聖霊に御栄えあれ」と歌われる。
Track14.は決まり文句の
「はじめにあったごとく、
今も、いつも、 世々に限りなく」であるが、
ここも、妙に改まった音楽で、
歓喜の爆発などではなく、
優等生的な説教調な曲調。
器楽が入って来て明るさが増してほっとする。
やがて、「アーメン」の部分に入っていくが、
ここでも、粛々と歌われるような感じ。

この曲の各部で、声楽と器楽合奏、
あるいは独奏との交錯が見られたが、
ヴィヴァルディが、こうした楽曲を教科書にしていた、
というのも面白い。

このように声楽曲が入った事で、
協奏曲形式確立前の、
いくぶん性格に乏しい器楽曲の曲集に、
変化を与えて、このCDの価値を高めている。

このCDの解説の最後は、
いかに、ヴィヴァルディが優れた作品を書き、
協奏曲の形式を完成させて行ったかが熱く語られている。
このCDでも、最後に現れるヴィヴァルディの協奏曲は、
異才、ヴァレンティーニの後でも、
扉が開かれたかのような新鮮さで響いた。

まだまだ解説は続くが、紙面も尽きたので、
以上の点をまとめると、このCDの内容は以下のようになる。

Track1.~Track4.
フランチェスコ・ナヴァラのシンフォニア、
ヴァイオリン声部がヴィオラの参加で刷新され、
合奏協奏曲のプロトタイプになった例。

Track5.~Track14.
作曲家Xの「ラウダーテ・ペウリ」、
ヴィヴァルディが若い頃勉強に使った教科書のような曲。
協奏曲のような序奏や主部がある。

Track15.~Track20.
レグレンツィの「3つのバレットとコレンテ」、
ヴェネチアの器楽の基準が、
管楽から弦5部となっていった例。
基本的に舞曲の集合体。

Track21.~24.
ナヴァラの「シンフォニア」イ短調、
同上、知られざる夫人に献呈されたもの。

Track25.~27.
トマゾ・アルビノーニの協奏曲、作品2の8、
3楽章形式の協奏曲の確立。
独奏パッセージが見られ、チェロも活発に動く。
ただし、まだ名技性がない。

Track28.~33.
ヴァレンティーニの協奏曲、作品7の11、
独奏声部に名技性が入り、
協奏曲に魂が入った例。

Track34.~36.
ヴィヴァルディの作品3の3、
Track37.~39.
ヴィヴァルディの作品3の10、
これらは、今回、十分鑑賞できなかったが、
有名な作品ゆえ、またの機会もあるだろう。

得られた事:「ヴェネチアには管楽合奏の伝統があったが、ヴァイオリンの普及に伴う技法の開発によって、器楽の主流は弦楽合奏となり、ヴァイオリンならではの超絶技巧とオーケストラの質感の対比が追及され、ヴィヴァルディの登場となった。」
「3楽章形式はアルビノーニが徹底し、異才ヴァレンティーニがヴィルトゥオージイを持ち込んだ。」
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by franz310 | 2015-01-18 15:08 | 古典

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その421

b0083728_20545654.jpg個人的経験:
ヴィヴァルディの、
大量の協奏曲群を前に、
この作曲家は、
同じ曲を数百回書き直した、
などと言って誤魔化すのは、
時代遅れであって、
カルミニョーラのような
第一人者は、
それぞれの楽曲の個性を、
よく味わえるような
世界初録音のCDを多数発売し、
聴衆を啓蒙しつつある。


が、もっと若い世代の、
アドリアン・チャンドラーなどは、
自ら研究者としての側面を前面に出し、
解説までを自らの手で記載しながら、
テーマ性の高い選曲でCDを作り続けている。

1974年生まれとあるから、
年齢不詳の怪人サルデッリや、
カルミニョーラ(1951年生まれ)、
アレッサンドリーニ(1960年生まれ)、
ビオンティ(1961年生まれ)、
スピノジ(1964年生まれ)、
マンゼ(1965年生まれ)などより若い。

ヴィヴァルディの生年は、1678年であるから、
約300年を経て、
ようやく、ここまで研究が進んだ、という感じがする。

ヴィヴァルディは、死後、急速に忘れられたが、
生前は、破竹の勢いで頭角を現したラッキーボーイでもあり、
晩年まで、皇帝お気に入りの作曲家として寵愛を受けており、
皇帝の死がなければ、貧民墓地に葬られ、
その場所が分からなくなるような事はなかっただろう。

ということで、神聖ローマ皇帝カール6世と、
この作曲家の関係に着目したCDとして、
チャンドラーは、セレニッシマを率いて、
「アントニオ・ヴィヴァルディ
神々と皇帝たちと天使たち」と題したアルバムを作っている。

このタイトル、月とすっぽん並みに、
無関係なものを集めただけに見えるし、
すべて複数形なので無神教のように見えるので
非常に分かりにくいのが、
チャンドラーの頭の中では、
何らかのつながりがあるようである。

一応、これらの表すものが、
解説を読んでいくと読み取れる(ようだ)。

「私は9人の高貴な方々と文通する栄誉に浴し、
私の手紙は全ヨーロッパを旅しています。」
(アントニオ・ヴィヴァルディ 1737年11月)

チャンドラー自身が書いた解説は、
いきなり、このようなヴィヴァルディの、
誇らしげな言葉から始まっている。

「これはヴィヴァルディがその中で活動していた、
高貴なサークルを指しているのだろうが、
その中でも最高位にあったのが、
神聖ローマ皇帝、
カール6世(1685-1740)であった。」

こんな風に始まるので、皇帝たちとは、
いったい他に誰がいるのか、
と思ってしまう。

ヴィヴァルディは、この皇帝には寵愛されたが、
次の、マリア・テレジア帝とは無関係であった。

「この人は、すぐれたアマチュアの作曲家で、
伴奏者であり、
ハプスブルク家直系の最後の皇帝であった。
この皇帝の庇護を得るための彼の努力の中で、
ヴィヴァルディは、
2つの華やかな弦楽の協奏曲を献じている。
1727年の作品9と、
1728年の9月10日から12日の間、
皇帝のトリエステ訪問時に、
個人的に手渡した手稿譜である。
これらは共に、『チェトラ(竪琴)』と題され、
ヴァイオリンになぞらえた
竪琴を操るアポロと比べることによって、
皇帝を喜ばせようとしたものである。」

ということで、アポロが出て来たが、
キリスト教的な神ではなく、
このCDのタイトル「神々と皇帝たちと天使たち」
にある「神々」は、
ギリシャ神話的な神々であることが分かる。

「1728年の曲集の5つのパート・ブックは、
独奏ヴァイオリンの譜が欠けているが、
7曲が何らかの形で現存しており、
第10協奏曲(RV271)
(『恋人』と題されたもの)は、
トリノの国立図書館に、
ヴィヴァルディの自筆譜が収められている。
一方、2つの二重協奏曲は、
第1のヴァイオリン独奏パートは、
ここに示した変ロ長調(RV526)のように、
第2のヴァイオリン独奏パートから、
簡単に修復ができる。
1728年にヴィヴァルディが、
2曲の二重協奏曲を含む献呈をしたのは、
1727年の出版の1曲の二重協奏曲が、
好評だったことに直接影響されているのだろうか。」

ところで、このCDには、
こうしたテーマに関する解説と共に、
各曲に関する解説もあって、
かなり贅沢に楽しめる。

ただし、解説の順番と曲順は、
一致したものではない。

この「ラ・チェトラ」協奏曲第6番(RV526)
についても、このような記載があるが、
これはCDのTrack13-15に収録されている。
解説では冒頭であるが、
全9曲中のど真ん中、5曲目に登場する。

Track13.追いかけっこのような、
でこぼこをくり返す、変なリズムの音楽で、
リコンストラクション、アドリアン・チャンドラーとあるが、
2つのヴァイオリンの独奏部は、
絡まり合いながら模倣する感じで、
新たに復活させたものとは思えないような自然な音楽になっている。

「前述のように、
この協奏曲の第1の独奏ヴァイオリン・パートは、
第2の独奏パートから再構築されたものである。
残念ながら、今日の音楽家たちは、
音楽をもとに戻す事に関して控えめである。
我々が再構成する際に遭遇したのは、
オープニングのソロだけであった。
我々は、ここで、ヴィヴァルディが、
第2ヴァイオリン・パートを、
コピーした時のミスを利用した。
バス・ペダルの持続音の2ビート後に、
ここでの音型が変わっている。」

何と言うことのない解説ではあるが、
一曲一曲を大切に吟味して演奏している感じが、
伝わってくるだけでも良いではないか。

Track14.ラルゴ。
一方のヴァイオリンが、懐かしい情景に思いを馳せる中、
そっともう一方のヴァイオリンが、
優しく寄り添う風情なのが良い。

Track15.アレグロ。
はち切れるような楽想で、
ハイドンやベートーヴェンが好きそうな、
ギクシャクとしたごつごつの展開ながら、
この楽章も中間部で、懐古的な楽想が出て、
ヴァイオリンが夕空を駆ける。
第2ヴァイオリンの寄り添いも泣ける。
オルガンを使った低音が、
不思議な色彩を放つ。

この曲のどこが、
皇帝を思わせるのかは分からないが、
カール6世は、こうした軽妙さや、
そこはかとない情感を愛する君主だったのだろう。

もう一曲、「ラ・チェトラ」からの協奏曲、
カラヤンなども演奏した超有名曲「恋人」RV.271は、
このCDの最後に収められている。

また、曲別解説にも、
「このアフェットゥオーソ・スタイルは、
ヴィヴァルディにとっては
非常に珍しいものである」とある。

「3つの楽章すべてに、
アッポジャトゥーラ(前打音)が多用されており、
タルティーニやロカテッリが、
そのソナタで採用したスタイルを偲ばせる。」

Track22.アレグロは、
流れるように優美な楽想で、
春のそよ風を思わせるが、
カール6世は、こうした気取った、
あるいは洒落た表現も好きだったのだろうか。

Track23.ラルゴ/カンタービレで、
打って変わって寂しげな曲想で、
終始、独白調で、慰めるような伴奏に対し、
ヴァイオリンが感情を押し殺したように、
相談するともなく、感情を披歴し、
いかにも劇の一場である。

Track24.アレグロは、
あっかんべえの音楽で、
さっきの悲嘆は嘘でした、みたいな楽想。
激しい推進力の中、
ヴァイオリンが縦横に活躍する。

中間部では、ふと、
寂しげな本音が出ているのか。

3分40秒頃から55秒頃にかけて、
かなり目立つカデンツァがあるが、
演奏しているチャンドラーの作ともある。

「最終楽章に現れる短いカデンツァは、
タルティーニやロカテッリの長いカプリッチョより、
タルティーニやテッサリーニの短いカデンツァのスタイル。」

ちなみに、ロカテッリは、
協奏曲にカプリッチョ楽章という、
技巧誇示楽章を設けたことで知られている。

この作曲家は、1695年生まれと、
ヴィヴァルディの次の世代に属する。
カール6世(1685-1740)は、
おそらく、自分より若い、
この世代の作曲家は知らなかったはずで、
ヴィヴァルディは、かなり新しい音楽を、
それに先駆けて、皇帝に献上していたということか。

私は、すべてがこの調子で、
このように、カール6世一人に献じられた協奏曲が、
単に集められたCDかと思っていた。
これでは、CDのタイトルの
「皇帝たち」に合わないのだが。

が、下記にも王族として、
別の人物が出てくるので、
これが、きっと「皇帝たち」の一人に
カウントされているのだろう。

「我々はヴィヴァルディが1729年の終わりから、
1730年の初めまで、
サンマルコ教会のヴァイオリニストであった
父、ジョヴァンニ・ヴァティスタ・ヴィヴァルディが、
ヴィヴァルディと共に、
今日のオーストリアとボヘミアまでを含む、
『ゲルマニア』の地に付き添うのを許されたのに合わせ、
ヴェニスを留守にしていた事を知っている。
この地の多くは、ボヘミア王を兼ねていた、
カール6世に統治されており、
ヴィヴァルディの以前の好評に
助けられたものではないか、
と考える人もいる。
この滞在は、ヴィヴァルディが、
ボヘミアの貴族、ウェンツェル・フォン・モルツィン伯と、
再会する機会となったに相違ない。」

ボヘミアのモルツィン伯と言えば、
ハイドンが若い頃に仕えたことでも有名な音楽好きである。
下記のように皇帝に連なる人であったようだ。

「この人は、ホーヘネルベの世襲貴族で、
皇帝カール6世の相談役でもあった。
ヴィヴァルディは、この伯爵とは、
何年かの付き合いがあって、
不在ながら宮廷楽長として振る舞い、
1725年には作品8の協奏曲集を、
彼に献じていたりしている。
他の作品も、
伯爵の『名人芸楽団』のために書かれており、
RV496のバスーン協奏曲ロ短調などは、
彼の名前が冠されているし、
おそらく、ボヘミアの紙がつかわれた、
自筆譜が残された、
他の二つのバスーン協奏曲も同様であろう。
これらの一つはイ短調(RV500)であり、
RV482のニ長調の断章も、
同様の作曲上の工夫があるゆえに、
同時期に作曲されたものと思われる。」

さすが古楽の研究成果である。
この種の手法は、シューベルトの作品分析でも、
かなり進んでいるはずで、
ボヘミアの紙が、いかなる特徴のものか、
調べてみたい気もする。
和紙もこのたび、世界遺産になった事であるし。

ただし、このRV482が、
何故、断片に終わったかが書かれていないのは、
いささか残念である。

この断片の方のバスーン協奏曲は、
もう一曲のバスーン協奏曲が、
CD前半にあるのに対し、
CDの後半のTrack20.に入っている。

伴奏の激しい情念からして、
いかにもオペラの世界の音楽を思わせる。

決して、楽想が続かなくて放棄された曲とも思えず、
その強い感情掻き立て効果によって、
断片に終わらせるには惜しいような気もする。

断片ではない方の、RV500の協奏曲は、
Track7-9に収められている。
この曲には、曲別解説はないが、
以下に述べるように、
聴きごたえのある音楽である。

Track7.アレグロ。
風雲急を告げる、イ短調の協奏曲で、
劇的であり、苦悩の表情もあって、
楽想としては、かなり英雄的。

バスーンの独奏も、
楽器の音色に相応しく内省的で、
モルツィン伯爵の名人芸集団に敬意を表した感じもする。

Track8.ラルゴ。
微睡むようなリズムであるが、
メロディはまさしく夢見心地で非常に美しい。
バスーンのふくらみのある、
柔らかな質感を生かしたという意味では、
古今のこの楽器の協奏曲を代表しても良いくらいだ。

Track9.アレグロ。
弦の透徹した音で始まる、
いくぶんシニカルな音楽。

この楽章では、あの大きな木管楽器に、
細かい音形をひっきりなしに吹かせ、
また、ある時は、しみじみと歌わせ、
多様な楽器の魅力が味わえる。

バスーンはピーター・ウェランという、
アイルランド出身の知的なイケメンが担当。

「ボヘミアの紙がつかわれている
もう一つの作品は、RV163の
華麗な協奏曲『Conca(Conch)協奏曲』で、
約60曲ある、独奏なし、
弦楽とコンティヌオのための作品の一つである。
タイトルは、楽器のホルンかトランペットのような、
巻貝(conch shell)の使用をほのめかし、
これはネプチューンとアンフィトライテの息子の
トリトンが使うもので、
ネプチューンの従者たちは、
これまた一括してトリトンたちと呼ばれる。
ヴィヴァルディの時代のボヘミアでは、
(第1楽章に聞き取れるように)
法螺貝は、差し迫る嵐を表し、
船乗りには、霧笛やセイレーンを連想させた。」

神々というタイトルに無理やりこじつけたのではないか、
と思われる程、この解説では、
ネプチューンやらトリトンまでが出て来た。

さて、この曲は、
曲別解説にも取り上げられているが、
そこにはこう書かれている。

「聴くものは、この協奏曲が、
トニックとドミナントの
2つの和音に強く依存していることに気付く。
これはヴィヴァルディが法螺貝を模倣したもので、
これは主音とその上、
属和音ともう一つの主音4音しか吹けない。
ユニゾンのオクターブの多様は、
ヴィヴァルディが、
2マイル先まで届く、
耳をつんざく
法螺貝の騒音を呼び起こそうとしたものである。
さらに特筆すべきは、
ヴィヴァルディが演奏指示に書いた、
battuteで、
これは、最初の2つの楽章に出て来るが、
『打たれた』という意味である。
もう一つは『stricciate』で、
これは、strisciateの変形で、
こそこそする、とか、這うという意味である。
この形容詞は、嵐が近寄るときに用いられ、
無数のトレモロのボイングの際に現れる。
これは、1627年のフェリーナの
『カプリッチョ・ストラヴァガンテ』以降、
最も早い時期の例である。」

この曲は本CDの冒頭を飾っている。
いろんな事が書いてあるが、
第1楽章は2分に満たず、
全曲のTrack1~3でも
4分程度で終わってしまう。

多くの場合、弦楽のための協奏曲の一曲として、
さらりと流されてしまいそうな小品であるのに、
よくも、ここまで書いたという感じもする。

Track1.アレグロ―アレグロ・モルト。
短いながらもいろんな事が起こる音楽で、
ホルン(法螺貝)信号のギクシャクした楽想から、
ギャロップのようなリズミカルな部分に移る。
聞き取ろうと思えば、嵐の接近や、
それに身をすくめる様子なども音になっている。

Track2.アンダンテで、
嵐の後の団欒のように、気持ちが良い。

Track3.アレグロ。
再び、法螺貝信号が頻出する、
リズミカルな楽想に戻る感じ。

では、メインの解説の続きを読んで、
いったい、何時、タイトルにある
天使たちが出てくるのかを見てみよう。

「ヴィヴァルディが、
何故、作品9の協奏曲をカール6世に
選んで贈ろうとしたかは分からないが、
スペイン継承戦争で、
1707年にオーストリアの手中に落ちた、
マントヴァの宮廷に彼が仕えたことから、
その入り口が開いたのかもしれない。
ヴィヴァルディは、この宮廷のために、
ヘッセン=ダルムシュタットのフィリップ王子の
オーケストラの持つ華々しい楽器群をフル活用して、
いくつかのすぐれたオペラを書いてもいる。」

むむむ、ここでも高位の人が出てきている。
カール6世、モルツィン伯、そしてフィリップ王子。

「1730年代初めまで協奏曲の中で、
それを活用することはなかったが、
これらのオペラの中で、ヴィヴァルディは、
フラウティーノ(ソプラノ・リコーダー)のために、
初めて曲を書いた。
これらの3曲は、
独奏者にヘラクレス的な技巧を求めており、
特にRV445の協奏曲はそうである。」

おお、ここでは、技巧を表すだけのために、
神話のヘラクレスが出て来た。
神々も皇帝たちも勢揃いした感がある。
では、天使たち、はいつになったら出てくるのだ。

残念ながら、このすごいリコーダー曲には、
特別な曲別解説はない。
この曲は、4曲目に登場。

CDの構成を見てみると、
前半から中盤にかけて、
「ラ・チェトラ」の二重協奏曲が2曲あって、
その間に、先のバスーン協奏曲と、
このリコーダー協奏曲が挟まっている。
どちらもイ短調で、シリアスな感じ。
さすが、王侯というものは、
こうした曲想がお似合いである。

Track10.アレグロ。
規模も大きく、リコーダーという、
甲高い音色の楽器のために作品には似合わぬ大協奏曲。
有名な作品10などが、こうした楽器で演奏されるが、
この曲のような悲劇性はあっただろうか。

冒頭からして、不安感が込み上げる、
悲劇の一大アリアの様相。
天駆ける感じのリコーダーに、
あえて神話で例えれば、
イカロスのような志を感じてしまう。

オーケストラも妙に雄弁で、
一場の舞台を華やかに盛り上げている。
恐ろしい難関のカデンツァ風の技巧を、
かいくぐらなければ終わることが出来ない。

Track11.ラルゴ。
この楽章は、安らぎのひと時かと油断していると、
これはいったい何なんだの悲壮感である。
オーケストラは、不安な音形で忍び寄り、
リコーダーは、超然と思いのたけを、
独白している。

Track12.アレグロ・モルト。
最後まで、この調子で押し通すのか、
と言いたくなるくらい、
独奏楽器は、確かにヘラクレス的に縦横無尽、
劇的で、孤独かつ英雄的な音楽。
ピエタのための音楽でなくて良かった。

が、演奏しているのは、
短髪のやり手お姉さんみたいな、
パメラ・トービイという人である。

「こうした曲を書いた作曲家は他にいないことから、
ヴィヴァルディは、限られた演奏会での、
一人の奏者のために書いたものと考えられる。」

こういうさらりとした一文も、
私には大きな啓示となる。

ヴィヴァルディはむやみやたらに、
協奏曲を書き殴った感じがあるが、
実は、ちゃんと演奏家など、
その演奏環境をよく吟味しており、
こうした名手なしには、
多くの曲は、残されなかった、
ということになる。

「恐らく、ヴィヴァルディが大量の作品を書いた、
ヴェネチアの孤児院ピエタで、
有名であった奏者の一人のためのものである可能性が高い。
ヴィヴァルディの時代、
ピエタではリコーダーが演奏されており、
非常に初期の協奏曲RV585には、
4本ものリコーダーが登場し、
1716年の
オラトリオ『勝利のユディッタ』(RV644)
にも、1740年の、
様々な楽器のための協奏曲RV556にも、
それは登場する。」

リコーダーは、マントヴァの象徴であり、
ピエタの象徴でもあったそうだが、
ヴィヴァルディ以外に、
この楽器を有効活用した人は少なかった、
ということのも読み取れる。

バロック時代にはいっぱい協奏曲が書かれたから、
探せば、リコーダーの曲もざくざく出てくるだろう、
などと考えていてはいけなかったようだ。

最近亡くなった、リコーダーの神様、
フランス・ブリュッヘンは、若い頃、
テレフンケン・レーベルのいくつかのアルバムで、
我々に素晴らしいリコーダーの魅力を教えてくれたが、
確かに、ヴィヴァルディやテレマンの協奏曲が、
メインの曲目を占めていたような気がする。

解説を続けて読んでみよう。

「さらに我々は、このオーケストラが、
当時最高の演奏家を抱えていたことを知っている。
ヴィヴァルディ自身の弟子、
アンナ・マリア(ある人の言うには欧州最高の奏者)は、
そうした好例であり、
その力量は、当時の作者不詳の詩にも、
下記のように書かれた。
『彼女のヴァイオリンはこんな風。
彼女を聴くとパラダイスに飛ぶ。
まじで本当にそこに行ったら、
天使たちがそんな風に弾いてる。』
他の同時代者は、こう報告している。
『彼女らは天使たちのように歌い、
リコーダー、オルガン、オーボエ、
チェロ、バスーンを弾く。つまり、
こんな楽器より大きな楽器はない。』」

先の文章には、ヘラクレス的な技巧とあったが、
今度は、「天使」のような演奏表現が出て来た。
つまり、タイトルの「天使たち」とは、
ピエタの女性奏者たちを意味していたのである。

何と言うことだ、
「皇帝たち」と「天使たち」の間に、
何の関係もないのだから、
このCDは、言うなれば
「寄せ集め」のCDである事を暴露しているようなものだ。

ただ、来歴が推定できる曲を集めた、
という感じで、逆に言えば、
ヴィヴァルディの守備範囲の広さ、
ひいては、彼の協奏曲の背景にあるもの、
その活動の特徴を概括したCDとでも呼べるかもしれない。

さらには、下記のような記述によって、
ヴィヴァルディが協奏曲を、
書き飛ばしていたわけではないことも読み取れる。

「トリノにある国立図書館の
ヴィヴァルディ・アーカイブには、
他のフラウティーノ協奏曲ト長調(RV312)
の一部が残っている。
この曲は彼が『フラウティーノのための協奏曲』
と題したのを消して、
『2つヴァイオリンのための協奏曲』としたが、
バツして消す前に、
再度、『フラウティーノ協奏曲』と書いていたりして、
彼は何らかの困難にぶち当たったようだ。
最終的にヴァイオリン協奏曲が好ましいとして
オリジナルのコンセプトを放棄する前に、
彼は第1楽章の最後まで、
ほとんど書き進んでいた。」

ここで、いったい何が、
ヴィヴァルディの障害になったのだろうか。

この「協奏曲断片RV.312」は、
「演奏上のノート(音楽家の視点から)」という
曲別解説にも取り上げられている。
やはり、未完成の断片をわざわざ取り上げる以上、
何らかの補足が必要と考えたのであろう。

「録音にこの曲を含めたのは、
紆余曲折した作曲過程を持つ作品を、
我々に探索する機会を持たせてくれる
実験となるからである。
この協奏曲の独奏者を変えた、
ある一つの理由としては、
最期の独奏パートのf’’’シャープが、
リコーダーでは演奏できないからであろう。」

ものものしい書き出しだったわりには、
かなり安易な結論だな。
演奏家を良く見て書いた、
と私が賛嘆したのは嘘だったみたいではないか。
楽器が吹けないからと、
楽器ごと変えてしまうとはどういうことだ。

下記のように妥協策もかなり安易であった。
なお、この曲は、CDの最後から二曲め、
Track21に入っている。

冒頭から、フォルテでリコーダーは、
弦楽と一緒に飛び出してくる、
元気のよい楽想で、
細かいパッセージで、鳥が歌い騒ぎ、
すがすがしい青空を仰ぎ見るような感じ。

よって、ヴァイオリンでも演奏可能であろう。
吹けないところは、下記のような回避を行ったとある。

「そのため、このパッセージは、
伴奏の高音の弦楽より、
1オクターブ下げている。
最後のいくつかの小節は、
ヴァイオリン協奏曲のもので補った。」

そろそろ規定量を越えたので、この辺で終わる。

得られた事:「貴族のオーケストラの抱える名手から、ピエタで育てた弟子まで、ヴィヴァルディは楽器の名手に囲まれており、その力量に応じた作品を書いたが、そこにいる名人によって作品の種類が固まる傾向にある。」
「ハイドンが仕えたとされるモルツィン伯はヴィルトゥオーゾ・オーケストラを持っていて、ボヘミアの紙が楽譜に使われていることから、バスーン協奏曲がここで多く書かれたことが分かる。」
「リコーダーはピエタやマントヴァで使われており、そこにいた程の名手はあまりいなかった。」
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by franz310 | 2015-01-01 20:57 | 古典

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その420

b0083728_21351357.png個人的経験:
ヴィヴァルディの協奏曲、
たくさんあるけど、
どれも同じ、という考え方に、
多くの演奏家が異議を唱えている。
その一つ、この前聴いた、
セレニッシマのCDは、
昇竜期と円熟期の
ヴィヴァルディを比較して
秀逸なものだった。
ここでの協奏曲とオペラのアリアを
並べて聴かせる企画も
有難かった。


これは、AVIEというレーベルのものだったが、
それよりも早く、ジュリアーノ・カルミニョーラは、
アルヒーフやソニーといった、
メジャー・レーベルに、
「後期ヴァイオリン協奏曲」などを録音して、
同様の主張を行っていた。

ただし、いかんせん、
CDに収められたどれもが、
ヴァイオリン協奏曲であったので、
大筋は、やはり、
同じような曲のような錯覚に陥って、
私は、それほど聴きこんでいなかった。

しかし、セレニッシマのCDを聴き、
例えば、ハ長調、RV191の協奏曲が、
いかに、普通のヴィヴァルディと異なるかが、
力説されていると、ちょっとそそられてきた。

同様のコンセプトで、
珍しい協奏曲ばかりを集め、
同じ曲をも収めた、カルミニョーラ盤を、
改めて、聞き直してみたくなるではないか。

このCDは、カルミニョーラのポートレートが、
強烈に全面に出されたデザインで、
ヴァイオリンを手にした円熟期の演奏家が、
神殿の柱ような大理石の建築に寄り添って、
いかにも古い時代の音楽を祀る司祭のようなイメージ。

このヴァイオリニストは渋いイケメンなので、
見た目は悪くはないが、
決して、肝心のヴィヴァルディの音楽を、
直接的に連想させるものではない。

さて、前に聴いたAVIEレーベルのCDで、
ヴァイオリンを弾いていた、
アドリアン・チャンドラーは、
そのCD解説で、RV191について、
いきなり、このように書いていた。

(なお、チャンドラーのCDは、
古い絵画をあしらったデザインで、
かなりな硬派と言える
カルミニョーラ盤の表紙よりは、
ずっと人に薦めやすい。)

「この協奏曲には、
典型的なヴィヴァルディのものから、
多くの違った点が見られる。
それは、彼のオリジナルの自筆譜から見られ、
消された独奏部のいくつかは、
まったくの伴奏だけになっているが、
ヴィヴァルディの場合、
先にメロディを書き、
後から伴奏を付けるのが通例である。
これは、
特に、ヴィヴァルディの特徴であるが、
独奏ラインの華々しさに注力しがちな、
ヴァイオリニスト=コンポーザーには
ありがちな事である。
変ロ長調協奏曲同様、
この協奏曲には、
1710年代後半から1720年代初期に流行した、
声楽的ベルカントスタイルへの
ヴィヴァルディの傾倒が見られる。
そこには、なおも、(bariolageのような、)
輝かしい急速なパッセージが見られるが、
これは、『ムガール帝王』などで明らかに開陳された、
1710年代の単純な、
moto perpetuo(モート・ペルペトゥオ)
常動曲スタイルに依存することなく、
これらはしばしば困難な弓使いのパターンと一体となっている。
ヴィヴァルディは、
このカンタービレ・スタイルを最初に開発した人で、
これは、後に、フランスのヴィルトゥオーゾたち、
(彼の弟子であったジョヴァンニ・バティスタ・ゾメスを経て)
同胞のジョゼッペ・タルティーニによって普及することになる。
タルティーニがヴィヴァルディの声楽曲を、
自身のスタイルがそこまで発展していないのに、
批判していたことは皮肉なことである。
ヴィヴァルディがいなければ、
モーツァルトや、その先の協奏曲は、
異なる形になったであろう。」

この曲は、変ロ長調にも増して、
抽象的な音楽に聞こえる。
Track16.第1楽章は、
急速に渦巻くパッセージで始まるが、
何の、感情をも触発することなく、
単に鳴り響いているだけの感じ。
まったく味気ない序奏である。

そこに、少し不安なメロディが重なるが、
実は、それが隠されたテーマであるわけでもなく、
そこから特に、その不安さが発展することもない。

独奏ヴァイオリンが入って来て、
忙しなく奏でるメロディも、
いくぶん、物憂げではあるが、
特に不安なものではない。

様々な音形をもてあそんで、
まるでフィギュア・スケートのように、
時々、跳躍を交えながら、
細かい装飾演技を
刻んでいるだけの感じがしなくもない。

フィギュア・スケートに例えると、
細かいパッセージの繰り返しは、
スピンの形が刻々と変化しているような感じで、
ふと偶然、思いついた連想ながら、
妙にこれらの曲とマッチするではないか。

むしろ、通奏低音でぽろぽろと鳴り響く、
テオルボの音に魅惑を感じる。
思索的で語るようなヴァイオリンとも言える。

Track17.第2楽章は、これまた、
かなりざっくりした音楽で、
ひと息で、ひと刷毛で、
夕暮れの色をキャンバスににじませただけの、
かなり達人の技となっている。
このような感想は、後期協奏曲などと呼ばれるから、
反射的に思い浮かぶものなのかもしれない。

ヴァイオリンは、ここでも、
流れる雲を追っているだけのような、
伸びやかなもの。

Track18.第3楽章は、
跳ねるリズムが特徴的で、
やたら、繰り返すだけのもの。
そこに、メヌエット風の優雅なメロディが絡む。

ヴァイオリン独奏は、
勝手気ままに、即興演奏を繰り広げるだけで、
オーケストラは、そこに、さりげない陰影を施すのみ。

最後は、オーケストラが刻むリズムに、
独奏が一緒になって騒いでみたり、
いきなり、それに飽きたような歌を歌ってみたり、
気まぐれな、統一感のない騒ぎで終了する。

チャンドラーが、この曲を、
私が聴いて来たように、
気まぐれで抽象的な性格ゆえに、
後期の代表作として取り上げたのかどうかはわからない。

しかし、現代を代表するヴィヴァルディ弾きの、
カルミニョーラも、大手のソニーに、
他の5曲と一緒にこの曲を、
2000年に入れているのであるから、
(これには、「初録音集」と書かれている)
やはり、この曲は、
それなりの位置づけのものなのだろう。

また、チャンドラーが、2013年に、
この曲を録音した時に、
この録音を知らなかったとは思えない。

カルミニョーラの演奏は、
第2楽章など、ずっとロマンティックで、
アンドレア・マルコンの指揮する、
ヴェニス・バロック・オーケストラも、
リュートのぽろぽろ言う伴奏が、
情感を盛り上げている。

このイタリア勢の演奏は、
両端楽章も、それなりに歌っていて、
理屈っぽい?英国の団体、
セレニッシマほど割り切っておらず、
情感を盛り込んでいる。

それでも、音楽は、
意味不明な情念を感じさせ、
やはり、この曲を書いた時、
ヴィヴァルディが、
奇妙な境地にいた事は感じさせる。

セレニッスマの演奏は、
カルミニョーラが持っていた、
ヴィヴァルディ的な要素を、
かなり思弁的に切り捨てた演奏と言えるかもしれない。

それは、ここで敢えて言うなら、
シューベルトの後期の歌曲への、
伝統的なアプローチにも似て、
表現主義的であるとも言える。

このソニーのCDの解説は、
ベンジャミン・フォークマンという人が書いていて、
「中間楽章は、ほとんど即興的」
という言葉を使っていることからも、
私の感じる奇異なイメージを、
この人も感じていることが察せられる。

カルミニョーラが、
何時頃から有名になったのか知らないが、
近年、アバドやムローヴァなどとも共演して、
最初から巨匠みたいな感じである。

この人は、若い頃は、フェニーチェ歌劇場管弦楽団の
コンサートマスターだったらしいが、
80年代からバロック音楽に集中したようだ。

90年代には、Divoxというレーベルから、
「ソナトリ・デ・ラ・ジョイオーサ・マルカ」という団体と、
基本として「四季」から始まって、
「人間的情熱」と題した、
「お気に入り」、「不安」、「疑い」、
「恋人」、「喜び」のような、
タイトル付作品を集めたCDなどを出し、
ヴィヴァルディの専門家としての基本を築いている。

これらは廉価盤でも出されたので、
多くの人が聴いているはずだが、
21世紀になってから、
アルヒーフ、ソニーに、
アンドレア・マルコン指揮の
ヴェニス・バロック・オーケストラと、
ほとんど知られていない作品群を
集中的に紹介している印象が強烈である。

このコンビのものは、
2001年に、ソニーから、
「後期ヴァイオリン協奏曲集」として、
RV177、375、222、273、
295、191が発売されている。
この最後の曲が、今回、チャンドラー盤と比較したもの。

2003年には、同じくソニーから、
「後期ヴァイオリン協奏曲集」の第2集として、
RV235、251、386、296、
258、そして、389が集められて、
2002年の録音として発売された。

ちなみにヴィヴァルディの協奏曲は、
年代特定が難しいらしく、
簡単に「後期」と扱われていても、
何故、後期に分類したか、
などの情報が解説にある。

例えば、「第1集」(とは書かれていないが)の
最初に収められた曲RV177は、
1734年という円熟期に書かれた、
オペラ「オリンピアーデ」序曲の、
強烈な楽想で始まることから、
「後期」と分類されているようである。

ちなみに、ヴィヴァルディの場合、
「四季」を含む「作品8」ですら、1925年の作品で、
作曲家は47歳とかなりの年齢である。
作品13以降は素性や来歴が怪しく、
作品10~12は、1729年頃の作品とされるから、
1730年代以降のものは、
「後期」として良いのかもしれない。

1741年に、63歳で亡くなった、
ヴィヴァルディの最後の約10年の作品を、
「後期」作品として考えたくなるのは理解できる。

Track1.とにかく膨大な作品の識別を単純化すべく、
オリンピアーデと仮名を付けてもよい、
この「RV177」は、
解説のフォークマン氏によると、
「ヴァイオリンはむしろ
夢見るような詩的世界に遊んでいる」
と表現されているが、
確かに、「オリンピアーデ」の、
どろどろした愛憎劇の世界とは無関係に、
この協奏曲の独奏部は、
ひとり澄んだ境地に向かって、
瞑想しているような音楽になっている。

したがって、ほとんど個性的な印象を残さない。
演奏家は聴衆とは別の場所で、
好きな事をやっている感じ。

つまり、音楽としての推進力や、
ロジックのようなものは、
オーケストラに任せっきりで、
これを隠れ蓑に、
自分の世界に籠っている。

タイスの「瞑想曲」などは、
聴衆に瞑想を促すが、
ヴィヴァルディのここでの瞑想は、
聴衆とは無関係である。

オーケストラは、
立派な風景画となっている。
独奏楽器によって、そこに、
仙人が描きこまれているのだが、
その人が何を考えているのか、
どこに向かっているのか、
そこはさっぱりわからん、
といった風情である。

Track2.第2楽章などは、幽玄境を行く仙人の世界で、
ヴァイオリンは美しい響きを纏綿と奏でるが、
まったく口笛で吹けるようなものではなく、
とりとめがなく、どこから始まって、
どこで終わるのか分からない、
といった響きであって、
これまた聴いた後は、何だか、
狐につままれたような感じしか残らない。

Track3.第3楽章は、解説に、
「ソロの飛翔を促すが、
その風変わりなクライマックスは、
ほとんど涙を誘うかのような印象を与える」
とあるのは至言で、
第1楽章同様、激しいリズムが刻まれる、
オーケストラの推進力を受けて、
独奏ヴァイオリンは、時に、調子よく、
時に、機嫌さえよろしく音楽を奏でるが、
どこか主体性がなく、
最後の部分では、力を失って悲しげである。

実に、抽象的で、感情の世界から切り離された、
俗世界から遊離した協奏曲なのである。

次に収められた、RV222は、
解説者は、緩徐楽章が「ヴィヴァルディの大ヒット」
と絶賛しているが、
Track4.の第1楽章は、
オーケストラの序奏からして、
単純音型がひたすら繰り返されるといった、
屑箱から拾ったような、どこか投げやりな主題で、
颯爽と独奏ヴァイオリンが奏でているのも、
適当な楽句を気まぐれに装飾しているだけの音楽に見える。
極限まで切り詰めた即席主題によるショーピースのようだ。
どこにもメロディがないような音楽である。

Track5.の、美しい緩徐楽章も、
上述のことは、そのまま言えなくもない。

偶然見つけた感傷的な素材を、
気の向くままに、
くり返しているだけのようなもの。

Track6.終楽章は、
快活な主題が魅惑的だが、
オペラの世界を垣間見せる、
ほの暗い情感が忍びこんで来る。
しかし、これはオーケストラ部の話。

ヴァイオリンは、これまた、
オーケストラを肴に、
ひとりくだを巻いている音楽。

メロディという意味では、
これまで聴いた楽章で、
最も覚えやすい楽章。

「この協奏曲の成立時期については
1737年あるいはそれ以降」と書いてあるが、
「証拠が存在している」とあるだけで、
詳細がないのが気になってしょうがない。

次のRV273は、ホ短調で、
このCDの中で唯一、短調の音楽。

解説によると、
作曲家の死の前年に、
パトロンに売却した作品だという。

Track7.それゆえに、
第1楽章から、暗く、激しい。
焦燥感溢れるオーケストラ部は、
かなり強烈に情念をかきたてる。

ぱちんと入る、通奏低音の合いの手も痺れる。

低音のリズムには、
トスカニーニがアメリカ初演した、
変ロ長調RV367の余韻のような楽想も聞こえる。

独奏ヴァイオリンは、
短調の楽節を扱うせいか、
ここでは、情緒性が豊かで、
これまで聴いたものの中では、
もっとも、心の機微に触れることが出来る。

「四季」の余韻も感じられ、
情感も立体的なので、
演奏会で取り上げられれば、
「大人用四季」として、
かなり好評を得ることが出来そうだ。

Track8.第2楽章は、簡素な伴奏の中で、
ぽろぽろと鳴るリュートだかチェンバロだかが悲しい。
ヴァイオリンのメロディも切々として泣かせる。
解説には、「悲劇的なオペラを思わせる」とある。

Track9.終楽章の楽想は、
典雅なメヌエットを思わせ、非常に美しい。
ヴァイオリンも小刻みな装飾を輝かせながら、
曲全体を覆う、悲しみの感情を背負って、
かなり説得力が高い。

次に、解説者が、
これまた緩徐楽章と終楽章を特筆している、
RV295が来る。
Track10.第1楽章は、
だだだと雪崩を打つような軽快な主題で、
オーケストラが走り始めるが、
ここでも、一瞬の物憂さが滲み、
そこにヴァイオリンが入って来る。
このヴァイオリンは、かなり楽しげであり、
音階のようなものも多用して、
心浮き立つ雰囲気を醸し出しているが、
どれもこれも、生まれ出ては消えて行くもので、
一つとして心に残るメロディはなく、
全体の印象としても、とらえどころがない。
最後に、リュートの経過句が出て、
Track11.の第2楽章に滑り込む。
これは、繊細なリュートの伴奏に乗った、
ヴァイオリンの物憂げな心情吐露であって、
恋煩いのようにも、素寒貧の不安とでも、
どうとでも取れる悲歌である。

「メランコリックなカヴァティーナ」と書かれているが、
わずか、2分で終わってしまう。

Track12.解説者は、
「1台のヴァイオリンではほとんど不可能な」
変化に富んだアルペッジョの連続に驚いているが、
確かに、弾力に満ちて進むオーケストラに対し、
ヴァイオリンは、好き勝手な音型を、
ほとんど偏執狂的に装飾しては投げ出して行く。

次は、RV375で、
この前聴いた、トスカニーニが演奏していた、
続き番号のRV376と同様、
後期の変ロ長調である。

ヴィヴァルディの作品整理用の、
RV、リオム番号は、曲種と調性によるもので、
同じ調性なので類似番号になっている。

が、類似だからと言って、
同時期の作品とは限らないだろう。
しかし、このように、これらは同様に、
後期のものと分類されているようである。

解説には、ここでの6曲の中で、
「最も気前の良い作品」とされている。
これは、多くの間断なく、
「名人芸的なパッセージ」が、
用いられているからだという。

Track13.第1楽章の冒頭からして、
深々とした音色の、神秘的な序奏が素晴らしい。
オルガンの和音であろうか。

急速なパッセージに続いて出る独奏は、
解説にある通り、次々と挑発的な楽句を繰り出し、
まさしく装飾品の陳列棚のようだが、
この曲も同様に、重厚かつ超俗的とも言える序奏部とは、
まったく関係ない代物で、
ちょんちょんと跳ねるような伴奏に乗って、
単に、そのテンポを生かしただけの、
技巧集一覧みたいになっている。

通奏低音が、そうした機能を持つのかどうか知らないが、
合奏の部分と独奏部で共通なのは、
この低音の刻むリズムだけだと言って良い。

Track14.第2楽章は「ラルゴ」とされ、
「明らかにオペラ的な愛の音楽」とある。
これは、いかにもヘンデルの情感豊かなアリアを思わせる、
本当に典型的な愛の歌となっていて、
このCDでは、最も具体的な音楽になっている。
管弦楽の高まりと共に思い起こされる、
切ない回想の音楽に合わせての、
リュートの弾奏も効果的である。

フィギュア・スケートの技巧と優雅さを、
これらのヴァイオリン協奏曲は想起させるが、
この部分のヴァイオリンの独奏は、
イナ・バウアーあたりを連想すれば良い。

Track15.いつもと同様、
リズミカルな終楽章も、
独奏ヴァイオリンのメロディも悩ましく、
お決まりの装飾音型の陳列や、
めくるめく管弦楽の色彩の変遷と共に、
とても変化の楽しい音楽になっている。

さて、こうした、渋い作品群のみならず、
ソニーは「四季」なども、
この演奏家のものを録音させていた。

そのことと関係あるかないか知らないが、
この後は、アルヒーフ・レーベルに移り、
表題もなく、「後期」だかも何だかも、
一見してテーマが分からないヴィヴァルディを、
連発し始めている。

2005年に出たものは、
恐らく、後期作品の一環で、
RV583とRV278が収められているが、
ロカテッリやタルティーニの協奏曲が組み合わせれ、
コンセプトが少しずれたことが分かる。

しかし、2006年には、
RV331、190、325、217、303、
といった純粋ヴィヴァルディ路線に戻り、
やはり、これが良いと方向が定まったのだろうか。

同じアルヒーフから、2008年には、
ムローヴァと共演して、RV509、511、514、
516、523、524といった、
2つのヴァイオリンのための協奏曲集が出ている。
すべてヴィヴァルディ作品である。

ごく最近、2013年にも、
伴奏を変えてではあるが、
ダントーネ&アカデミア・ビザンティーナと、
RV281、187、232、254、243と、
知られざるヴィヴァルディの協奏曲の
シリーズを継続させている。

得られた事:「ヴィヴァルディの後期ヴァイオリン協奏曲は抽象性が高く、スピンとジャンプと滑走を組み合わせた、フィギュア・スケートのような芸術的スポーツを思わせる。」
「あるいは、即興で一筆で描ききる、水墨画のような勢いがあり、シューベルトの晩年の歌曲に見られる切りつめられた音楽の境地を想起した。」
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by franz310 | 2014-11-23 21:36 | 古典

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その419

b0083728_22432662.png個人的経験:
トスカニーニが演奏した、
バロック音楽は少ないとはいえ、
さすがにバッハやヘンデルは
しっかり押さえている事に
驚きは少ないものの、
ヴィヴァルディの
無名のヴァイオリン協奏曲を
録音していることについては、
いささか気になってしまう。
録音も、「四季」などが、
レコードで普及する以前のもので、
「作品3」のような有名曲でもない。


ただ、アメリカ初演の記録とされる、
「変ロ長調」のヴァイオリン協奏曲を収録した、
NAXOSのCDの記載には、
ヴィヴァルディ作品の整理ナンバーで、
RV370とあるが、これは、間違っている。

1947年にトスカニーニが振り、
コンサートマスターのミシャコフが独奏を受け持った、
ヴィヴァルディの珍しいヴァイオリン協奏曲は、
今でも録音が少ないが、
2013年録音という、
新しいCDで聴くことが出来るのは、
とてもありがたいことである。

しかも、このCD、
「A tale of Two Seasons」
というタイトルが興味をそそる。
今年、2014年に結成20周年となる、
英国の団体「LA SERENISSIMA」
(ADRIAN CHANDLERの指揮/ヴァイオリン)
が演奏している。

ヴィヴァルディとその同時代の作曲家に
フォーカスした活動を行う団体だけあって、
かなり憎い企画と言える。

「SEAZONS」というのは、
おそらく、有名な「四季」に仮託したものであろうが、
これは、音楽の興行シーズンであって、
しかも、連続したシーズンではない。

ここでは、ヴィヴァルディの生涯の断面を
切り取る形で、ここでは、
1717年と1733年が選ばれている。
ヴィヴァルディの年齢換算では、39歳と55歳に相当。

ヴィヴァルディの作品で最初にブレークして、
バッハも知っていた「調和の幻想」作品3が、
1711年のものであるから、
1717年と言えば、それに続く飛翔期であろうし、
最も有名な作品、「四季」は、
1724年頃のものであり、
ヴィヴァルディは1741年に亡くなっているので、
1733年といえば、かなり円熟も極まった時期となる。

このような企画ものCDに、
トスカニーニがアメリカ初演した、
RV367の協奏曲が、
たまたま取り上げられている。

この曲は1733年の作品の代表、
つまり後期のヴァイオリン協奏曲に相当するが、
「後期ヴァイオリン協奏曲集」などというタイトルで、
カルミニョーラが、ソニーに集中的に録音したCDには、
この曲は含まれていなかった。

では、どのような理由で選ばれたものか、
演奏しているチャンドラー自ら書いた、
CDの解説を読み進めてみよう。

まずは、器楽曲で有名なヴィヴァルディが、
オペラの作曲家として、
激務に追われるようになった点から
書き起こされている。
つまり、オペラ作家としての活動が、
いかに器楽の世界に影響を与えたかという点が、
ここには概説されているのである。

「1713年に彼の最初のオペラ、
『離宮のオットーネ』の初演の後、
ヴィヴァルディのキャリアは激動した。
彼の残りの生涯において、
彼は、音楽、人生、オペラ界の政争に
翻弄されることになる。
彼は、毎シーズン、オペラを上演していた、
5つの劇場を有する、生地ヴェネチア以外に、
フェラーラ、フィレンツェ、マントヴァ、
ミラノ、レッジョ、ローマ、ヴィンツェンツァ、
ヴェローナのためにオペラを書いた。
ヴェネチアの最大のオペラハウスは、
サン・ジョヴァンニ・グリソストーモと、
サン・サッシーノであったが、
ヴィヴァルディのオペラは、
より小さい、サン・サミュエーレ、
サン・モイーズや、
特に、サンタンジェロで上演された。」

このサン・モイーズ(モイゼ)は、
後に初期のロッシーニが、
ヒットを飛ばした場所であるが、
ロッシーニの時代に閉鎖されたものの、
モンテヴェルディの作品も演奏されたという、
重要な劇場であったようだ。

「ヴィヴァルディのオペラ、『ダリオの戴冠』は、
1717年にサンタンジェロ劇場で
演奏された3番目のもので、
1月23日に初演された。
この作品は、当初、
『ペネロープ』に続く上演のはずだったが、
この作品は、
作曲家のフォルチュナート・ケレーリが、
報酬を巡って折り合わず、投げ出し、
楽譜を持って逃げ、興行は中止され、
歌手や音楽家たちへの支払いも停止するという
深刻な事態に陥った。
不満を持った二人の歌手の
要請だと報告されている
二人の刺客に、
ケレーリが刺されるという騒ぎも続いた。
作曲家は数か所の傷を負ったものの、
一命は取り留めた。
1716年の秋に、非常に成功していた、
ヴィヴァルディの『アルジルダ』が、
急きょ、改作された。
無名の作者による風刺詩にそのことは記録され、
ヴィヴァルディの立ち回りは、
下記のように書かれた。
『赤毛の司祭はみっつめのオペラに取り掛かったが、
夕食分のお金は稼いだのだろうか。
彼は名手で弓の達人だから、
二三時間もあれば、みんなを教えられる。
彼らはすぐに、前に演奏した最初のオペラに取り掛かった。
誰も、二番煎じになるかもしれないと思わないのだろうか。』」

この詩は、ヴィヴァルディが、名人芸の演奏や、
旧作でお茶を濁したことを風刺しているのだろうか。

「『アルジルダ』とヴィヴァルディの新作『ダリオの戴冠』の、
成功が一緒になって、明らかにその場は凌げた。
さらに、そこには、ヴィヴァルディや、
時には、その弟子、ザクセンの名人、ピゼンデルによる、
習慣的な導入協奏曲(エントランス・コンチェルト)
(偉大な『ムガール大帝』のような)
の演奏という客引きもあった。
この作品は、オペラ『ムガール大帝』の幕間に、
演奏されたものと考えられている。
オペラの台本はヴィヴァルディの同僚の、
ドメニコ・ラッリ(『離宮のオットーネ』や、
その他の、ヴィヴァルディの作品のリブレット作者)
によって書かれ、音楽は、もう一人のヴェネチア人、
ジョヴァンニ・ポルタが書いたものである。」

この「ムガール大帝」(RV208)という
ヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲は、
その題名が、ものものしいので、
いかなる音楽かと思っていたのだが、
このCDで、曲も聴けるし、
こうして、その来歴も読めてよかった。

「このオペラは、サン・カッシアーノ劇場の、
贅沢な内装の中で演じられ、
この華美な雰囲気は、
東洋風に聞こえるレチタティーボや、
2つの大きなカデンツァなど、
名技性の誇示に相応しいものだった。
問題のムガールとは、
東インドのムガール人、Tisifaroの事で、
このオペラの中で、彼は、様々な愛の諍いを解決し、
3人の死刑を命じる(全員、助かるが)。
その極端な技術上の要求によって、
ヴィヴァルディ自身が自ら、
ソロ・パートを演奏したものと思われる。」

明確な記載はないが、
ここまでが、1717年のヴィヴァルディの話で、
ここからは、「後期」の話が出てくるので、
1733年のヴィヴァルディの話に飛ぶものと思われる。

CDの裏表紙にも、
「1717年と1733年のオペラ・シーズンの
協奏曲とアリアは、この間のヴィヴァルディの
様式変化を強烈に示している。
アルジルダの平易な魅力から、
2曲の後期協奏曲の大胆な創意まで。」
という能書きがあるのだから。

「トリノの国立図書館が所有する、
ヴィヴァルディの個人的な手稿コレクションの中には、
恐らく、劇場用に書かれたと思われる、
多くの後期の協奏曲がある。
驚異的に声楽的なベル・カント・スタイルの
ヴァイオリン書法に加え、
これらの作品はすべて、
弱音のパッセージで、
『ハープシコードなし』の指示がある。
他ならぬ、こうした豪華さを楽しむための劇場では、
おそらく、たった一つしかない
ハープシコードというのは通常ではなく、
そこには多数のものがあったという推測が成り立つ。」

ということで、「劇場用コンチェルト」の例として、
トスカニーニ(とミシャコフ)が取り上げた、
RV367のヴァイオリン協奏曲の話となる。

「こうした作品の一つが、
変ロ長調の協奏曲(RV367)で、
自筆スコアと、不揃いのパート譜が残っている。
両方の原典(これらには作曲家による大量の修正がある)からは、
ハ長調の協奏曲(RV191)の第1ヴァイオリンのパートや、
『モンテズマ』や『セミラーミデ』のアリアが、
再利用されていることがわかる。」

ありがたい事に、このCDには、
この「モンテズマ」のアリアと、
RV191も収録されている。

「ヴィヴァルディの協奏曲の年代特定は、
恐ろしく困難なのだが、
このアリアによって、変ロ長調の協奏曲の
作曲の最終期限が分かる。
『モンテズマ』の初演が、
1733年の11月14日であるのに対し、
『セミラーミデ』は、
マントヴァのアルキデュカーレ劇場で、
1731年の12月26日以降に
初演されている。
従って、1733年が、
変ロ長調協奏曲とハ長調協奏曲の、
作曲の日付である可能性がある。
残念なことに、協奏曲に含まれる
(L‘aquila generosa「偉大な鷲」?)
『モンテズマ』のアリアは、
スペイン軍の将軍フェルナンドという
キャラクターによって歌われるが、
部分的に残っているスコアにはなく、
ここでは、それに変えて、
フェルナンドの兄弟である、
ラミーロの役を歌った、
メゾ・ソプラノのアンギョーラ・サヌッチ
のために書かれたアリア2曲を収めた。」

ということで、ちょっと、混乱する。
変ロ長調協奏曲に再利用されたとされるアリアは、
残っていないとあるのに、
どうして、再利用していると分かるのか?

そのあたりの事は、最悪、
完全に理解できなくとも鑑賞はできる。

もし、私が、トスカニーニが演奏した、
ヴィヴァルディの協奏曲に、
複雑な楽想の変遷と、
技巧が技巧を呼び起こすような、
驚異的な展開を見たとすれば、
その理由も、こうした、
様々な引用の影響があるのかもしれない。

全体解説は、以下のように結ばれている。
当然、昇竜期のヴィヴァルディと、
後期のヴィヴァルディが比較されていなければならない。

「1717年から1733年の間の、
ヴィヴァルディのスタイルの変化は注目に値する。
声楽曲、器楽曲とも、
華やかなナポリ派の作曲家の影響を受けている。
ソロのエピソードが概して長く、
オーケストラのリトルネッロの重要さが減っている。
ヴィヴァルディの後期のオペラを研究すると、
歌手の限界を追及し、
ヴァイオリン協奏曲では、
弓の技巧を開陳して、
左手の名技性を引き出している。
(その素晴らしさは、
すでに1710年代に知られていた。)
様々な難しい異なる音の変化パターンや、
複雑なスラーのパッセージを伴う、
アップボウのスタッカートに使われていた。
ソティエ(跳弓)という弓使いが見える。
ヴィヴァルディが、
同じ協奏曲を400回書いたのではない
という証拠を必要とするのであれば、
これを聴けば良い。」

以下は、各曲の解説になる。
このCDには、4曲の器楽曲と、
4曲のアリアが含まれているが、
前半の2曲の器楽曲(シンフォニアと協奏曲)と、
3曲のアリア(器楽曲に挟まれている)が、
1717年のヴィヴァルディのプロフィールであり、
後半の2曲の協奏曲と、
2曲のアリア(これも協奏曲に挟まれている)が、
1733年のヴィヴァルディを代表するものとして、
紹介されている。

まず、前半には、冒頭に、
オペラ「ダリオの戴冠」RV719のシンフォニアがあり、
続いて、同曲のアリアが2曲。
さらにオペラ「アルジルダ」RV700のアリアが1曲。
それから、「ムガール大帝」というRV218の、
ヴァイオリン協奏曲が演奏される。

「ダリオの戴冠」の序曲とも言うべき、
シンフォニアの解説は、以下のようになっている。

「この作品はヴィヴァルディの手稿と、
その弟子、ピゼンデルの手によるコピーでの、
オペラ全曲の手稿と一緒に残されている。
第2楽章に付されたアンダンテのテンポは、
ピゼンデルの手稿にのみ見られるもので、
おそらく、ピゼンデルが、
実際のオペラ上演に接したうえで、
書き加えたものと考えられる。
フィナーレのプレストは、
とても速く演奏するという事より、
活力とエネルギーを持って演奏すべき指示だと、
私は考えている。
このような指示はヴィヴァルディの初期作品にみられ、
『オットーネ』の『Gelosia』などがそうだが、
『ニンファ』における『アレグロ』と記譜された、
『Alma oppressa』と同様に、
これは、コロラトゥーラ・アリア部と
同様の速さで演奏されただろう。」

演奏者のとった解釈の根拠にすぎない、
この解説は、我々にとって、
特に意味があるものとは思えない。

Track1から3が、
この曲に当てられているが、
冒頭の尖ったギザギザ音型からして、
沸き立つようなリズムと推進力で、
そこに、クールなメロディが織り込まれ、
とてもわくわくして、オペラを待ちたくなる。

解説にあった第2楽章だが、
第1楽章でも繊細な音色を響かせていた、
テオルボの音の上を、
痛切なメロディが流れて美しい。

第3楽章は、確かにプレストではなく、
適度な速さで、娯楽に対する心の高まりを
誘うような趣き。

私は、ヴィヴァルディの最初のオペラ、
「離宮のオットーネ」の美しさからして、
魅了されつくしたのだが、
ここでも、初期の作にカウントされている、
Track6.「ダリオの戴冠」の
「枝の中から穏やかで平和な囁きが聞こえる」
と歌われるアリアの繊細さに、
まずは、うっとりとした。

その他のアリアも含め、ここでは、
このような解説でひとくくりにされている。

「これらのアリアは、
ヴィヴァルディの初期のオペラに見られる
典型的なもので、1720年代や30年代のものより、
一般的に短い。
時を経るにつれ、ヴィヴァルディは、
アリアの中のテキストを変更するようになり、
時として、ヴェネチアの方言を入れ込むようになった。」

Track4は、「ダリオ」の音楽で、
王の娘、アルジェーネが、
「鎖も足かせも、血も死も、
怒りで鍛えられた心には、
何の恐れも感じさせはしない」と、
勇ましく歌うもの。

Track5は、「アルジルダ」のアリアで、
タイトルロールである。
これも、妙に痛々しい音形が繰り返される、
悲痛なもので、
「歎きに溢れたこの胸に、
傷ついた心が泣きながらため息をつくのを感じる」
と歌われている。

写真で見ると、きりりと美形の、
サリー・ブルーチェ=パイネという、
英国のメゾが歌っている。

しかし、初期作品として紹介されている器楽曲は、
いずれも、野心的なもので、
「ムガール大帝」と呼ばれるものは、
「大帝」に相応しく、かなり規模が大きい。

「この作品は、3つの原典があり、
一つ(手稿)はトリノにあり、
一つはシュウェーリン、
もう一つはアッシジにある。
このタイトルを有するのは、
P.J.フィックの手になる、
シュウェーリン保存のもののみである。
アッシジのものもカデンツァを有するが、
この出典はこの録音で使われた
それとはかなり異なるカデンツァを含み、
二番目のカデンツァは、
『ポントッティ(Pontotti)氏のために』
という書き込みがある。
自筆譜にはカデンツァがないが、
ヴィヴァルディの書き込みで、
『Qui si ferma a pincimento』
という止める指示があり、
それが実際には想定されていたことがわかる。」

シュウェーリンを調べると、
かなりドイツも北の地方であり、
ヴィヴァルディがよく、
そんな所まで普及していたものと、
改めて感心してしまう。

ポントッティは、
北イタリアのチヴィダーレ出身の音楽家らしい。

「出典によって、かなりの違いがある。
トリノ版は、ヴィヴァルディ自身による改訂が多数なされ、
しかし、書き換えられる前の材料は、
シュウェーリン版に似ているので、
このドイツのものがオリジナルのものだと考えた。
このような理由から、このCDでは、
この版を主にして演奏したが、
適宜、ヴィヴァルディの手稿を参照した。」

このような解説以外にも、
「ムガール大帝」は、
作品7の11(RV208a)を改作したもの、
という紹介のされ方もある。

ただし、作品4の「ストラヴァガンツァ」と、
「四季」を含む作品8の間に挟まれて、
この作品7自体が、作品5、6と同様、あまり有名ではない。

Track7.第1楽章は、
「ムガール大帝」という、
強そうなタイトルに相応しく、
かなり横柄なリズムと、
激烈なカデンツァが特徴的で、
ばん、ばん、と強引で異国風の伴奏の上を、
ヴァイオリンが美しさよりも、
名技性をひけらかしながら飛翔する、
といった、変な音楽である。
中間部でオーケストラが様々な音を、
虹色に交錯させると、
ヴァイオリンも華やかな虹をかけて輝く。

しかし、その後には、またまた、
強烈なパッセージを散りばめたカデンツァが現れ、
合奏が音型を模倣しながら盛り上がる。

Track8.第2楽章も、
ドローンのような効果で、
伴奏がどろどろと音を響かせる中、
独奏ヴァイオリンのぎらぎら感を丸出しにして、
また、時に嘆き節を響かせ、
ジプシー風に気まぐれな
一筋縄ではいかない音楽。

Track9.第3楽章になって、
軽快なリズムが戻るかと思いきや、
これまた小技を効かせながら、
独奏ヴァイオリンが休みなくけしかけて、
音楽を盛り上げて行く。

ヴィヴァルディのイメージは、
イタリアのカンタービレたっぷりに、
豊潤な音楽がジューシーに溢れ出すようなものだが、
そんなものは、この曲には、
ほとんど感じることが出来ない。

後期のヴァイオリン協奏曲の、
曰く言い難い魅力を探ろうとして
聴き始めたこのCDであるが、
初期に数えられるこの協奏曲も、
十分ヘンテコである。

長大なカデンツァが、取って付けたように、
他の演奏者を黙らせて、延々と続いて行く様は、
やり手のオペラ興行主でもあった、
ヴィヴァルディその人の姿を彷彿とさせ、
呆れてしまうような傍若無人さである。
さすが、ムガール大帝であると納得した次第。

この曲は16分もかかっており、
このCDに収められた音楽の中では最長である。
その中で占める独奏の比重は強烈。

さて、後期作品に移ると、
協奏曲変ロ長調RV367は、
以下のような解説がある。

「この曲は、1730年代にヴィヴァルディが書いた、
数曲の劇場用協奏曲の一曲である。
これは、トリノに保管されている、
二つの自筆の典拠がある。
一方は総譜であり、
もう一方は、第1ヴァイオリンとバスのパートがない、
パート譜のセットである。
前に書いたように、ヴィヴァルディは、
第1ヴァイオリンのパートは、
協奏曲に変えて適合させるべく
他の作品のものを再利用した。
もう一曲の変ロ長調の劇場協奏曲(RV365)
にも、同様の手稿のパッチワークが見られる。
一般に、こうした変更は、
意図的な剪定であって、
概してヴィヴァルディの手稿は、
作曲に実質的な素材の追加を行うものではない。
この協奏曲の通常とは異なる性格は、
『Solo a piacimento』
(勝手に弾く?)の指示が、
緩徐楽章の独奏に見られることである。
これはヴィヴァルディが、独奏のラインを
念入りに装飾することを求める時の指示である。
レオポルド・モーツァルト、クヴァンツ、
タルティーニのような18世紀の理論家は、
この実践を論じ、
我々は、ヴィヴァルディ自身が残した、
1、2の例を知っている。
特に素晴らしい例は、
後期のヴァイオリンと二重オーケストラのための
ハ長調協奏曲(RV581)の緩徐楽章である。
自筆譜に装飾付版は見られないが、
ヴェネチアのベネデット・マルチェッロ音楽院に
保管されている、ヴィヴァルディの弟子の
アンナ・マリーアのための楽譜に見ることが出来る。
ヴィヴァルディの2、3の指遣いを参考に、
私は自身の装飾で、当時の雰囲気を与えてみた。」

この曲は、Track10~12に収められている。

概して、1946年のトスカニーニの演奏と、
2013年のセレニッシマの演奏で、
曲から受ける印象は同じである。

トスカニーニ盤の独奏のミシャコフの方が、
ロシア派のヴァイオリニストらしい、
たっぷりとした音を響かせているが、
セレニッシマ盤のチャンドラーも、
やはり、鬼気迫る音楽を奏でており、
トスカニーニたちが、
70年近く前に演奏していた
ヴィヴァルディが、
アメリカ初演なのに、
ほとんど古さを感じないのに感じ入った。

第2楽章は、侘しい情感を湛えた、
虚無的な緩徐楽章であるが、
チャンドラーの方が、恣意的な表現を効かせ、
むしろはったりを感じたりもできる。

第3楽章のラプソディックな、
狂乱のタランテラみたいな楽想も、
ヴァイオリンが忘我の境地のようになって、
初めて活きてくるような所があるが、
そのあたりも、両盤とも期待に応えてくれている。

ただし、通奏低音は、当然、
最新の研究を盾に、様々な工夫を入れ込んだ、
セレニッシマの方が華やかである。

続く、オペラのアリアには、
「モンテズマRV723からのアリア。
残念ながら、このオペラの
60パーセントしか残っていない。
ベルリンのジングアカデミーに、
自筆ではない原稿が保存されている。
この部分的欠落は、
明らかにヴィヴァルディの生前からのもので、
第1幕3部に、作曲家とリブレット作者の名前が、
共に、同時代者の手で記されている。
マニュスクリプトのいくつかのレイアウトは、
ヴィヴァルディの内輪のサークルから、
このコピーが出て来たものと思われ、
近年の校正者は、しばしば、
このコピイストが、ヴィヴァルディの正確な、
弦楽部のスラー表示を適当に扱っていることに、
直面しなければならない。」
という解説があるが、
何だか、鑑賞には関係ないものである。

ヴィヴァルディの内輪のサークルとか、
ベルリンにコピーがあるとかが気になるが。

Track13.ラミーロのアリア。
解説には、これが、
どんな状況で歌われるものか、
などを書くべきではなかろうか。

モンテズマは、スペイン人のメキシコ征服の物語で、
ラミーロは、メキシコ王の娘と恋に落ちた、
征服者側の兄弟の名前である。

「あなたが私の顔が赤らむのを見ても、
それは、尊敬の印ではない。
私のため息は恐れから来るものではない。」

切々たる訴えが、
豪華な色彩の通奏低音の上で、
伸びやかな声で歌われる。

Track14.同様に2幕からの、
ラミーロのアリア。

「嵐の中で、小舟が翻弄される」という、
いかにもこの時代らしい、
困難を打破する高らかなアリア。
ナポリ派風の、声の装飾がけばけばしく、
器楽の活発な伴奏も、
このテンポの速いめくるめく音楽を、
効果的に盛り上げて行く。

Track15~17は、
ヴァイオリン協奏曲ハ長調RV191。

この曲も大作で、14分18秒という演奏時間。
「四季」の各曲の1.5倍はある規模である。

今回は、この曲まで調べる時間がなかった。

得られた事:「ヴィヴァルディの後半生は、ナポリ派のオペラとの戦いだったが、その様式が、協奏曲の作風にも現れている。」
「『劇場用協奏曲』。ヴィヴァルディは、オペラ興行の盛り上げ役として、自らの超絶技巧を劇場でも披露した。」
「トスカニーニが70年前にアメリカ初演したヴァイオリン協奏曲は、最新の演奏と比較しても遜色のない、現代にも通用する出来栄えであった。」
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by franz310 | 2014-10-27 22:44 | 古典

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その353

b0083728_225256.jpg個人的経験:
ヴィヴァルディには、
「弦楽のための協奏曲」という、
作品群があって、
まとめて録音されることがある。
イ・ムジチも録音を残していたし、
ここに聞くOPUS111にも、
アレッサンドリーニが、
印象的、鮮烈な表紙写真のCDを
10年近く前に出している。
2003年の録音とある。


真っ赤な背景に真っ赤なシャツのイケメンが、
目を閉じてカラスを持っている。

このレーベルのヴィヴァルディ・エディションは、
極めて意味不明なファッション系モデル撮影を、
表紙に据えたもので知られるが、
目を瞑ってしたり、鳥を持っていたりと、
とりわけわけの分からない写真である。

さて、ここに収められた「弦楽のための協奏曲」は、
弦楽の独奏部を持つ、たとえば、
ヴァイオリン協奏曲のようなものではなく、
弦楽合奏曲である。ソロらしいものはない。

三楽章形式であるし、
つまり、彼がオペラの序曲として、
書いた作品と外見が何ら変わりない。

また、一方で、これらの作品を利用して、
オペラの序曲として流用し、
これに続けて演奏したオペラの録音も多い。

たとえば、マルキ指揮の
「狂人を装ったオルランド」では、
RV112の協奏曲が、
スピノジ指揮の「オルランド・フリオーソ」では、
RV116の協奏曲が、
序曲として使われていた。

マルク・パンシェルルの
「ヴィヴァルディ生涯と作品」では、
第2部「その音楽」に、
「コンチェルト・リピエーノ」という章がある。

「リピエーノ」は、合奏協奏曲などを調べると、
必ず出てくる言葉で、
「合奏協奏曲は、ソロ楽器群(コンチェルティーノ)と、
オーケストラ(リピエーノ、大グループ)が、
交互に演奏する楽曲」などと書かれている。

したがって、バルトーク同様、
「オーケストラのための協奏曲」という感じにも見える。
しかし、ヴィヴァルディに関して言えば、
このオーケストラは弦楽合奏団であって。
バルトークの楽曲のように、
各楽器がソロのように活躍するものでもない。

ということで、言うなれば、
独奏楽器なし協奏曲みたいなニュアンスとなる。

パンシェルルの本では、シンフォニアと序曲と、
この4声のためのコンチェルト(コンチェルト・リピエーノ)が、
どのように分類されるべきか、
この研究家がいかに悩んでいるかが、
いろいろと書かれている。

ヴィヴァルディは、同じように、
ほぼ、急緩急の三楽章形式の弦楽合奏曲を書き、
ある時は、シンフォニアと言ってみたり、
協奏曲と言ってみたりして、
わけわからんということである。

この本の早川正昭訳では、
ヴィヴァルディが大量に残した、
外見が似た楽曲に対し、
「《コンチェルト》と呼ばれているシンフォニアと
《シンフォニア》と呼ばれているシンフォニアが
まったく同一だということはないが、
また相違点と思われるものもわずかしかない」とある。

そして、相違点は、
「一番簡単に片付けていいのは
オーケストレーションについてである」
といくぶん、破れかぶれ的に結論づけている。

コンチェルトは、
宮廷のあらゆる条件のそろったオーケストラ用、
オペラの序曲であったシンフォニアは、
劇場の貧弱なオーケストラ用、
と簡潔に補足が書かれている。

また、オペラの序曲集を聴いても思ったことが、
列挙されている点は以下のとおりである。

1.コンチェルトと違って終楽章がやたら短い。
2.アレグロのテーマが調子のはっきりした性格を持つ。
3.簡単なものを執拗に繰り返して活発に展開。
4.緩徐楽章に特色があり、情感は深くないが音色が独特。

といった感じであろうか。
これは、サルデッリ氏も書いていた事だ。

パンシェルルは、こうした点に加え、
ポリフォニー的な手法を強調し、
これが、のちの交響曲の起源に重要な役割を果たした、
と書いている。

意外に、私は、この結論が好きである。
つまり、ヴィヴァルディは、要所要所で、
その目的に合わせてこうした合奏曲を書いた。

言うことの聞かない楽師たちが集まって演奏する
オペラのシンフォニアとして作る場合、
何よりも、即効性を持って、
こけおどしをするように作り、
たとえば、ピエタのすぐれた合奏団、
自分の意のままに応じる楽団のためには、
洗練された楽曲を書いた。

音楽之友社の「作曲家別名曲ライブラリー」でも、
「どの曲もあまり長くはなく、
独奏協奏曲ではほとんど見られなかった対位法も導入されている」
と書かれている。

なお、この音楽之友社の本では、
RV120、121、128、141、142、
145、151「アラ・ルスティカ」、152、158の、
9曲が取り上げられているが、
もっとたくさんの楽曲がある。

ピノックが「アラ・ルスティカ」というタイトルの、
CDを出したことがあったが、
あまりに短い作品で驚いたことがあった。

今回のOPUS111レーベル、naiveシリーズ、
ヴィヴァルディ・エディションのアレッサンドリーニ指揮、
コンチェルト・イタリアーノの演奏によるCDでは、
12曲もの協奏曲が収められているが、
いずれも数分の作品なので、65分くらいしかかからない。

「四季」などは四曲で一枚のLPになっていたので、
規模としては、一曲が、あの協奏曲の半分以下、
場合によっては一楽章相当しかない。

さて、今回聴いてみたこのCDであるが、
前述のRV128の代わりに123が、
RV142や145の代わりに143が、
151「アラ・ルスティカ」、152の代わりに、
RV153、154、156、159などが収められている。
また、RV115というのも入っている。

さて、フレデリック・デラメアは、
このCD解説で、どのように書いているだろうか。

「ヴィヴァルディのオーケストラのためのコンチェルト、
オペラのシンフォニアか、演奏会用の作品か?」
というタイトルが、完全に、これまで論じて来た事に、
答えを与えてくれるようで、
時宜にかなっており、極めて興味をそそる。

「ペーター・リオムのアントニオ・ヴィヴァルディの
作品レパートリーによるカタログナンバーで、
通しのRV109~169にあたる、
オーケストラと通奏低音のための作品群は、
性格的にも機能的にも様々なバラエティを持つ作品である。」

この数字からすると、61曲もあるということか。
12曲くらいを聴いて、全貌を知ろうとしたら、
大間違いという感じがしてくる。

「『オペラの前のシンフォニア』は、
『音楽劇』の序曲であり、
これらは世俗的であれ宗教的であれ、
教条的なものであれ、娯楽的なものであれ、
コンサート用の作品と混ざっている。
しかしながら、これらの作品を、
タイトルの用語で分類するのは困難で、
ヴィヴァルディ自身、
コンチェルトと書いたり、
コンチェルト・リピエーノと書いたり、
シンフォニアと書いたり、
題名を二重に書いたり重ねてみたりして、
混乱させることを楽しんでいるようである。」

このような状況なら、各曲、
どのような題名がつけられていたか、
書き出してほしいくらいである。

「ある作品は、シンフォニアとコンチェルトと、
二つの名前を持っていて、
自筆譜には続けて書いているが、
音楽内容はそれによって変わってはいない。
同様にある協奏曲は、
ある楽章だけが変えられて、
セレナータやオペラのシンフォニアとして、
再登場する。
多くの作品は自筆譜が失われており、
名称が気まぐれに付けらてているので、
これがまた問題を難しくしている。
この録音にあるRV123などは、
エステルハーツィの宮廷の音楽目録には、
『シンフォニア』と書かれているのである。」

ということで、さらりと書かれているが、
ハイドンゆかりのエステルハーツィの話が出てくるだけで、
嬉しくなってしまう。

「この用語的な混乱は、しかし、
類型学にはさほど問題とはならない。
作品の分類によって、ある程度まで、
それらを、それぞれの用語体系の
本来の地位に戻すことが出来る。
ジャン・ピエール・デモウリンの調査では、
ヴィヴァルディの舞台作品のために
残された11曲のオペラの前のシンフォニアの研究によって、
典型的なヴェネチア・オペラの序曲の
プロファイルを知ることが出来た。
コンサートのために書かれたオーケストラ作品とは、
長調へのシステマチックな依存によって分類でき、
その生き生きとした最初の楽章は、
もっぱら、劇的な和音と和声進行によって支配されており、
中央のメロディの豊富な楽章は、
通常、アンダンテのテンポで、
第一楽章の関係短調である。
二部形式の終楽章は、プレストかアレグロ・モルトである。
これらの特徴が、オペラのシンフォニアと、
コンサート用の楽曲を分けるのに、
はっきりした線を引くというのは確かであるが、
これらのジャンルの交差点のような、
狭いあいまいな部分もある。
たとえば、この録音にあるRV141などである。」

ということで、何でも単純に割り切れる、
というもではない方が、
ミステリアスなロマンが感じられて良い。

「オペラのシンフォニアとは異なり、
コンサート作品は、性格が多様で、
単一のカテゴリーに収めきれない。
これらはいくつかのサブ・グループに分けることが出来る。」

以下、このコンサート用作品の、
サブ・グループについて語られている。

「これらの中で主要なものは、
短調のもので、しばしば、
二三小節の単なる経過句のように切りつめられた
半音階的な中間楽章を持ち、
ヴィヴァルディによる『フーガの技法』の好例のような、
彫琢された終楽章からなる。
このサブ・グループは、
RV120、121、123、
143、153、156などで、
すべて、この録音に含まれている。
そして、すべての曲が、
一つ以上のこれらの特徴を備えている。」

ということで、これらの
「コンチェルト・リピエーノ」は、
前回聴いた「オペラの前のシンフォニア」が、
長調で書かれ、単純な終楽章を持っており、
むしろ中間楽章のメロディに特徴があったのに、
まったく異なる特徴があることが分かった。

「第2のサブ・グループは、このCDに収められた、
『マドリガーレ風協奏曲RV129』に見られるように、
通常のものとは異なる作品のシリーズで、
スタイルや構成が異種混合である。
時に描写的、しばしば伝統的な三楽章構成を逸脱する。」

このように、分かりやすくグループ分けされていて、
鑑賞の助けとなる。

「第3のグループは、明らかに教育用で、
疑いなく、もともとピエタのオーケストラのために
書かれたものである。
これらの作品は、ここでは、
協奏曲RV121やRV115で代表され、
初歩的な主題材料からなり、
リズムやドラマ的効果を積み上げ、
明らかにソノリティやニュアンス、均質性の訓練に、
適するように書かれている。」

この解説を読んでいて、
かなり高度な音楽家集団であった、
ピエタの少女たちに思いを馳せ、
練習用とはいえ、おそらく、
彼女らは、これらの曲を演奏会で披露して、
聴衆に質の高さをアプローチしたこともあっただろう、
などと考えてしまった。

「第4の、そして最後のサブ・グループは、
本質的にメロディの基づくもので、
ヴィヴァルディ自身の声楽曲の主題を借りて、
オペラの世界と予期せぬ関係を築いている。
作曲家のオーケストラ作品の
この魅惑的な側面は、この録音では、
協奏曲RV154とRV159によって、
例証されている。」

この記載には驚いた。
シューベルトは、声楽曲をベースにした、
室内楽や器楽曲の創作によって、
様々な音楽的変容を見せ、
特殊な作曲家として語られることが多かったが、
100年前の大先輩に、
そうした事を積極的にやっていた人がいた。

「後者(RV159)の第1楽章は、
『試される真実』(RV739)の
ロザーネのアリア
『あの美しい魅惑的な』(第1幕第3場)が、
同じテーマに基づいており、
第3楽章の主題は、同じオペラの
ルステーナのアリア
『あなたの甘い眼差し』(第1幕第4場)のものである。」

ということで、この1720年のオペラが気になってきた。
いずれも第1幕で、しかも続く情景での音楽であるが、
何か意味があるのだろうか。

大変、勉強させていただいた、
この解説は、次のようなセンテンスで、
ヴィヴァルディの知られざる一面を強調して結んでいる。

「しばしば自己引用が多くて非難される
ヴィヴァルディではあるが、
これらの楽しい祝典的なコンサート作品は、
多様な変奏によって、
一つの主題を展開させていく、
素晴らしい能力を開陳し、
その知られざる才能の一面を示している。」

実は、このCD、指揮をしている
アレッサンドリーニ自身の解説もあるが、
ここでは、「エゴを主張するかわりに、
絶対音楽としての美観を追及した曲集」
みたいなことが書かれている。

2つのヴァイオリン群がユニゾンになり、時に抗争して、
「ノイジー・スタイル」の輝かしいアレグロで、
演奏の始まりを告げる。
フーガの終曲が目立つ、など、共通の特徴を書いている。
ヴィヴァルディは、その力量を見せつけたかったのだという。

また、自作からの引用があることを、
アレッサンドリーニも列挙している。

以下、ここに収録された各曲を聴いたイメージを、
RV番号順に並べてみた。

RV.115(Track17-19)ハ長調。
これはいったいの破れかぶれ系音楽である。
是非、オルランド・フリオーソくらいの序曲として、
もっと普及させて使って欲しい。
強烈なビートで、じゃんじゃかかき鳴らして、
かなり忘我系のもの。
第2楽章は、うってかわって、
弱音が支配する冥界の、
あるいは夢うつつの情景。
ほとんど音楽と言うよりハーモニーの連続。
非常に詩的である。
終楽章は、これまでのことを、
みんなご破算にする健康なかけっこである。
何だか意味深。

が、この曲は、先の解説では、第3分類。
練習曲に分類されていた。

RV120(Track26-28)ハ短調。
極めて実験的な音楽と聞こえる。
ほとんど主題になりそうでならない
メロディの切れ端が繰り返されているだけ。

第2楽章も、低音部で繰り返される
ゴンドラを漕ぐような動きに、
高音でハーモニーが重なっているだけ。

第3楽章はフーガである。
これは、しかも、モーツァルトも好きそうな
ジュピター式の開始。
ただし、晴れやかなものではない。
むしろ、バッハの「音楽の捧げ物」みたいな感じもする。
いずれにせよ、それらの名曲と比較したくなる存在感である。

この曲は、先の解説では、
第1分類、典型的なコンチェルト・リピエーノである。

音楽之友社の「作曲家別名曲解説」にある。

RV.121(Track7-9)ニ長調。
この作品は激しいユニゾンによるリズム強調で始まって、
オペラの序曲のように、実用的な、
あるいは機能的な音楽である。

しかし、そのあとに爽やかに流れる
流動的な楽想が来て、
モーツァルトの喜遊曲のような風が吹き抜ける。
そのせいか、この曲はイ・ムジチなども録音している。

短い第2楽章は、沈鬱に沈みこむが、
これをバネにするように機械仕掛けのごとき、
がちゃがちゃ系終楽章が来る。
ペチャクチャしゃべくりまくる音楽。

この曲は、第1分類、
または、第3分類の練習曲とされた。

音楽之友社の解説にある。

RV123(Track35-37)ニ長調。
この曲はいわく言いがたい。
何だか明るいのだが無機的な楽想の繰り返しを、
それらしくまとめただけにも思える。

第2楽章は、独奏的な、
即興も絡む謎かけのような音楽。

第3楽章は澄んだ空気がみなぎった
微妙な舞曲調の対位法的のものでこれまた神秘的である。

この曲は、先の解説では、第1分類とされた。
対位法の駆使からしてその通りと思える。

RV129(Track10-13)ニ短調。
「マドリガーレ風」とされる。
この曲には意味ありげな序奏がついているが、
この緊張感に続いて現れる
まさしくフーガの技法のごとき、
展開はなんという世界だろうか。
これがヴィヴァルディ?という凄い空間。

さらに、またまた緊張感みなぎる部分が、
精一杯引き伸ばされると、
ちょっと明るさを持ってはいるが、
これまた、抽象的な錯綜した音楽となる。

これは先の分類では、唯一、第2分類とされたもの。
様々な様式の寄せ集めというわけだ。

何が「マドリガーレ風」かはよく分からないが、
4楽章形式だし、他の曲とはかなり違う。

アレッサンドリーニは、
「自身のマグニフィカト、キリエのいろいろな要素を、
再構成したものに他ならない」と書いている。

RV141(Track23-25)ヘ長調。
ちゃっちゃらちゃっちゃらとお祭り騒ぎの主題に、
これまた、かき鳴らし系のかき乱し楽想がからむ。

この中間楽章は何だ。
小唄を口ずさむようなお気楽感に満ちている。
ヴィヴァルディ版「道化師の朝の歌」。

じゃんじゃか系の終楽章と相まって、
全体的に官能的な交響詩になっている。

この曲はデラメアの解説では、
特に分類されていないが、
RV121が2回分類されているので、
どちらかが間違いなのかもしれない。

音楽之友社の解説にある。
ただし、この解説群は身が入っておらず、
終楽章がシンコペーションとあるくらいで、
たいがい、そうした事しか書かれていない。

第1楽章についても明確な形式を指摘できない、
と書いている。

RV143(Track20-22)ヘ短調。
いきなりフーガである。
ヴィヴァルディの技巧集成といった趣で、
何だか建築作業が始まる。
そうした創意工夫を始めるぞ、
と言わんばかりのよっこらしょ系の主題である。
そこに、多少、超越したような表情のメロディがまとわりつく。

第2楽章は、研ぎ澄まされ系の導入部という感じで
素晴らしく高潔なメロディに満ちた終楽章に続く。
何だかセンチメンタルでもあり、ナルシスティックでもある。

当然、第1分類。

RV.153(Track4-6)ト短調。
この曲の第1楽章の寄せては砕け散る
海の嵐を想起させる劇的な表現は、
ニヒルなメロディが歌われる第2楽章と共に、
作曲家のこだわりの個性的な刻印を感じるが、
終楽章も同様な雰囲気で孤高である。

この協奏曲は、かなり力作ではあるまいか。
RV.156と共に自画像的。

これも第1分類とされて当然かもしれない。

RV154(Track14-16)ト短調。
この曲はシューマンの音楽のように
気紛れな雰囲気とリズムが、
これまた、「錯綜する」、という感じの楽章で始まる。

第2楽章も衒学的で、
いかにも、意味深で深刻な張り詰めたもので、
終楽章はがっちゃんがっちゃん言うリズムに、
やけっぱちなメロディが無理矢理付けられている。

この作品は第4分類なので、
オペラから主題が採られたのか。

RV156(Track29-31)ト短調。
粋ないなせなメロディで、
肩で風を切るヴィヴァルディで、格好いい。
北風が吹こうとたじろがぬ自信に満ちた足取りである。

中間楽章は幾分、失意を感じさせる。内省的なもの。

終楽章のメロディも素晴らしく推進力があり、
この協奏曲は不遜とも言える作曲家の肖像画に見える。

あるいは、あえてベルリオーズを先駆けた、
自伝的協奏曲と書いて問題提起しておこう。

これも第1分類とあるが、私は、RV153と共に、
もう一つ、別の分類にしたい。

RV158(Track32-34)イ長調。
開放的な楽想をおおらかに展開し、
途中、マニエリスティックな確信犯的な、
ぎこちないジグザグをさしはさむ。

第2楽章も、ぎっちょんぎっちょん系の
スケルツォとかフモレスケ。

終楽章は、これまた、開放的なもの。
合いの手のような動機が吹き抜け、
停滞しがちなリズムの繰り返しの推進を助けてくれる。
アレッサンドリーニは、ペルゴレージ風と書いている。

この曲も、デラメアの解説では分類されていなかった。

RV.159(Track1-3)イ長調。
明朗な楽想で微笑みが感じられる開始部ながら、
袋小路的な、意地悪がある。

中間楽章はメロディとしては、
ものすごく引き伸ばされた子守唄のような感じ。

終楽章は、このCDの中では目立って個性的なもので、
エキゾチックな色調で目立ち、苛立たしく停滞する。

この作品は、先に、「試される真実」の、
第1幕の音楽の焼き直しとされた。
第4分類。

アレッサンドリーニは、解説を、
「メロディ発明の才能、巧妙なリズム処理、
いたるところにヴィヴァルディの天才を感じる。
そして、ヴェネチアの器楽の伝統に明らかに則っている。」
と結んでいる。


得られた事:「ヴィヴァルディのシンフォニア(序曲)と弦楽合奏協奏曲は、外見が似ているが、前者は長調が支配的で中間楽章のメロディに特徴があるのに対し、後者は短調の場合が多く、対位法的で終楽章に力点がある。」
「ヴィヴァルディの器楽曲にも、シューベルトと同様、声楽曲を改変したものがある。」
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by franz310 | 2012-11-10 22:06 | 古典