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クラシック音楽への愛と悲しみの日々
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その416

b0083728_23304236.jpg個人的経験:
トスカニーニが指揮する
シューベルト録音は、
LP時代から、
最後の二曲の交響曲が、
広く日本でも知られていたが、
私が驚き、息を飲んだのは、
TESTAMENTから、
「グランド・デュオ」の
ヨアヒム編曲版が出た時であった。
これは、ありがたい事に、
「第2交響曲」との組み合わせで、
こちらも、知られていなかった。


今回、改めて録音年月日を見て、
これまた、感慨を新たにしてした。
「第2交響曲」が、
1940年3月23日。
これは、1939年秋に、
「未完成」で始めたシーズンで、
有名なベートーヴェン・チクルスを
振った流れに位置している。

3月も23日と言えば、
ほとんどシーズンも終わりであろう。
ある意味、二曲のシューベルトで、
ベートーヴェン・チクルスを含む、
偉業たる、このシーズン全体を、
サンドウィッチした形になる。

また、「大二重奏曲」は翌年のもので、
1941年2月15日の録音。
この後、巨匠はNBC交響楽団と、
仲たがいして、この年の秋に、
フィラデルフィア管を振って、
「グレート」の名演を残すことになる。

つまり、さらに年単位で考えると、
戦前に、トスカニーニが、
ベートーヴェンなど、
(交響曲の演奏会シリーズに、
ハイフェッツとの協奏曲録音も続いた)
ドイツ古典に集中した時期に、
「未完成」と「大ハ長調」を演奏し、
その間に、この二曲が挟まれている構図とも言える。

1939年のベートーヴェン・チクルスに関しては、
様々なレコード会社からCDが発売されているが、
その有名なシリーズと同列に語られるべき流れに、
これらのシューベルト録音を位置付けてもよさそうだ。

最近でこそ、「第2」は、
演奏会の最後に、締めくくりの曲として
取り上げられたりもするが、
当時は、まだ、少年期に書かれた、
知られざる習作みたいな
位置づけではなかっただろうか。
(CD解説にも、それが触れられている。)

このあたりのシューベルト受容史も気になるので、
このCDを無視して先に行くことはできない。
この時期のベートーヴェン演奏の勢いからして、
演奏も、きりりと引き締まったものであると予想され、
こうして、凝集されたシューベルトへの思いが、
フィラデルフィア管弦楽団での、
自信に満ちた壮麗な演奏に繋がったものであろう。

このように、演奏の時期からして、
非常に期待の出来る録音ではなるが、
このCD自体の表紙デザインは、
あまり薦められるものではない。

単なる白黒のスナップ写真のようで、
これでは、この不機嫌な顔立ちの人物が、
何者かすら分からないではないか。

何も知らない人が贈られて、
嬉しくなるような代物ではない。
クラシック音楽が好きな人のうちで、
トスカニーニが好きな人で、
シューベルトが好きな人だけ、
仕方なく買うような仕様であろうか。
ほとんど、自殺行為の商品である。

しかし、好意的に解釈すれば、
この鋭い眼差し、意志の強そうな口もとから、
トスカニーニの研究者としての側面を
見事に捉えたもの、と言っても良いかもしれない。

トスカニーニが、
いかに、楽譜を研究し、
ベートーヴェンに関する、
あらゆる書物を読み漁り、
原点に戻った解釈を聴かせたかが、
これまで日本では、
あまり語られてこなかったが、
そんな記述を、このトスカニーニ像から、
思い出してみるのも良いかもしれない。
(解説にも、そのような記述もあり驚いた。)

この「グランド・デュオ(大二重奏曲)」は、
初めて公になるものとあるが、
1989年に出た、諸石幸生著の
「トスカニーニ」の巻末ディスコグラフィには、
ヨアヒム編「ガシュタイン交響曲」と記載されている。

同日には、モーツァルトの協奏交響曲(VnとVa)が
演奏されたようで、やはりウィーンの古典、
この本には、1940年3月23日の
「第2」の方が記載されておらず、
1938年11月12日に、
この曲が演奏されたような記述になっている。

ただし、この3月23日の「第2」は、
ナクソスからも、
「パルシファル」のハイライトと一緒に、
同日の演奏として発売されたから、
日付としては正しいものと思われる。

解説は、「トスカニーニ、NBCイヤーズ」の著者、
モティマー・H.フランク(Frank)で、
Wave・Hill・トスカニーニ・コレクションの、
キュレーター(学芸員)だとある。

最近、キュレーターという言葉は、
ややこしい事を分かりやすく、
情報整理する事として、
この情報過多の時代に重要と、
流行りであるが、
このCD解説は2006年のもの。

「1954年に、トスカニーニが
空前の68年のキャリアを終えた時、
彼の名前は、指揮という言葉と結びついていた。
そのキャリアは、その長さだけでなく、
スカラ座の監督としての
3回にわたる任務(1898-1903、
1906-08、1921-29)や、
メトロポリタン歌劇場との8年の関係、
彼の名前をオーケストラの監督に結びつけた
1926年に始まる10年にわたる
ニューヨーク・フィルとの関係など、
それが影響した範囲もまた、
どえらいものであった。
フィルハーモニックとの10年は、
彼のキャリアを劇場から、
コンサート・ホールへと、
おおきく変遷させた。
1936年、69歳の年のリタイア時、
アメリカは彼を見る最後だと考え、
トスカニーニも自身、
どのような職業がどうなるか、
確かなものを持ってはいなかった。
70歳の誕生日に、
『私は病気ではないが、
70歳を超え、何をしている。
どこかに出て行き、指揮をするべきだろうか。』
と書いたように、
彼にとっては、人生とは仕事であり、
仕事のない人生は、死への委託を意味した。」

このように、シューベルトとは、
無関係な事が列挙されているので、
最初の部分は、私にとっては、
良いキュレーターの仕事ではない。

「幸運なことに、RCAの社長の、
デヴィッド・サーノフや、
RCAの子会社のNBCが、
別の道に導いた。
彼の野心と予見は、
後世のために、交響楽の歴史の
ユニークな遺産を残すことになる。
トスカニーニのフィルハーモニック離任時、
サーノフは、トスカニーニが率いる
このオーケストラの全米ツアーを思いつき、
NBCがそれを放送すればよいと考えた。
トスカニーニが、その提案を蹴った時、
サーノフは、ラジオ放送と、
トスカニーニのために、
新たなオーケストラを組織するという、
さらに練った、驚くべき提案を行った。
1931年に、BBCのための、
放送用オーケストラは作られていたが、
アメリカには、こんな冒険をする経営者は、
ひとりもいなかったのである。
トスカニーニが、この提案を受け入れるや、
ものすごいスピードでオーケストラが組織された。
他のアンサンブルで首席についていた、
21人が職員として採用され、
何人かはNBCでも同様のポストに就いた。
その中には、コンサートマスターの
ミッシャ・ミシャコフ、
ヴィオラのカールトン・クーリー、
オーボエのロバート・ブルーム
がそうだった。
他のメンバーは、才能ある若手から選ばれた。
特に弦楽は、オーケストラ以外に、
重要な並行したキャリアを身に付けた。
特にチェロのアレン・シュルマンは、
作曲家としても有名で、
その兄弟でヴァイオリン奏者であった、
シルヴァンは、契約メンバーで、
Stuyvesant四重奏団の一員だった。」

このあたりの話は読んだ事がなかったので、
それなりに参考になるが、
21人以外は、正規採用ではなかったのだろうか。
そもそも、NBC交響楽団については、
雇用関係が微妙で、良くわからない。

「モントゥーとロジンスキー
(彼がトスカニーニのためにオーケストラに練習をつけた)
による、予備放送の後、
1937年のクリスマスの夜、
トスカニーニは、彼のNBC交響楽団を、
デビューさせた。
ヴィヴァルディの合奏協奏曲作品3の11、
モーツァルトの交響曲第40番、
ブラームスの交響曲第1番というプログラムは、
各曲が、音楽史の別の時代から選ばれ、
いずれも短調、いずれも劇的で、
マエストロの厳粛さへの冒険を予告していた。
そして、典型的なコメント、
『ラジオがベストを尽くしてラジオが賞賛された』
という風に、
誰も予想できなかった程、聴衆は熱狂した。」

ということで、
NBC交響楽団創設時のエピソードに終始しているが、
この後は、サーノフとトスカニーニの偉業が語られ、
最後には、シューベルトの話が出てくる、
という構成のようだ。

「この頃は、トスカニーニが、
この冒険によって、
スカラ座での16年を超える、
17年もの仕事への関わりを
この後のキャリアに加えることになろうとは、
誰も予想してはいなかった。
しかし、このプロジェクトで、
最も注目すべき点はその遺産であった。
NBC交響楽団のすべての放送は、
技術的に優れた録音で保存された。
当時の他のどの指揮者の仕事も、
これほど豊富に記録されたものはない。
事実上、サーノフのヴィジョンが、
そこを通ることによって、
人々が歴史の中を歩き、
どのようにトスカニーニが、
レコーディング・スタジオでの真空状態より、
背後の聴衆と共にある、
解釈者として振る舞ったかを
学ぶことが出来るドアを作ったのである。
さらに、彼が、自身の中心となる
レパートリーについて、
常に再検討していたかを
知ることが出来る。
同様に重要なのは、
トスカニーニがスタジオ録音しなかった、
曲目についての演奏である。
それは、このCDにおける2作品についても言え、
今回のリリースで、初の商業発売となる。」

これまで、トスカニーニが偉い、
という話は多く読んできたが、
企画したサーノフが偉いというのは、
確かに強調しても良いことだろう。

「4手用ピアノ・ソナタである、
シューベルトの『大二重奏曲』を、
ヨーゼフ・ヨアヒムが、
1856年にオーケストレーションしたのは、
疑いなく、ロベルト・シューマンと、
誰よりも、この作品が、
失われた『ガシュタイン交響曲』
のスケッチであると考えた
ジョージ・グローブに後押しされた、
信念によるものに相違ない。
この説は近年の学者が否定しているものだが。
1936年、サー・ドナルド・トヴェイが、
『音楽分析のエッセイ』の中で、
『ヨアヒムの編曲のおかげで、
シューベルトの最大級の交響形式の実例を
聴く機会が出来た』と書いて、
間接的にこの考えを後押しした。
トスカニーニはトヴェイの著作を信奉しており、
それが、トスカニーニにオーケストレーションを
促したものと思われる。
しかし、NBCのアナウンサーの、
ジーン・ハミルトンが放送で言っているように、
総譜もパート譜もフィラデルフィアの、
公共図書館から調達しなければならなかった。」

この「オーケストレーションを促した」
という言葉は、
オーケストラでの演奏を促した、
と読むべきなのであろうか。

トヴェイ(Sir Donald Francis Tovey)は、
トーヴィーと読まれるらしく、
単なる評論家ではなく、
CDも発売されている、
作曲家であった人らしい。

1875年生まれというから、
トスカニーニより若い同時代人であるが、
何と、この演奏がなされた1940年、
7月10日に、エディンバラで亡くなっている。

スコットランド独立反対多数の
ニュースが流れた後なので、
かの地に、しばし、思いを馳せた。

音楽の研究が、こうした演奏に繋がっているとは、
何も、近年の古楽に限った話ではなかった。
トスカニーニは、単なる、
ガテン系の頑固一徹親父ではなく、
同時代の研究を無心に読み解く
文人風の面影も持っていたわけだ。

反対に、トーヴィーは、
トスカニーニが演奏した、
シューベルトの音楽を、
ラジオなどで聴くことが出来たのだろうか。

「興味深いことには、トスカニーニは、
明らかに、フィナーレをヨアヒムが、
アレグロ・ノン・トロッポにしたことに反対で、
この演奏からも分かるように、
シューベルトの
アレグロ・ヴィヴァーチェの指示に戻している。
多くの見地から、
このオーケストレーションには、
この作曲家の最後の交響曲のエコーが響き、
特に野心的な金管の扱いがそうである。
トスカニーニが指揮すると、
テクスチャーは透明度を保ち、
過度の重々しさから解放されているが。」

この演奏が、同曲の演奏より、
簡潔に引き締まって聞こえるのには、
こうした理由もあったのである。

「おそらく、この放送は、
ヨアヒムの仕事の
最初のアメリカでの演奏だった。
全ての状況を照らし合わせて、
これはトスカニーニのただ一度の演奏であった。」

これはまた、貴重な記録が入手できたものである。
放送された機会も一度きりだったのだろうか。
ますます、トーヴィーが聴いていたことを、
願わずにはいられない。

「ある方面からは、
トスカニーニのNBC時代は、
概して、彼のニューヨークでの
10年に劣ると言われる。
NBC放送の研究をすると、
しかし、この意見には賛同しがたい。
事実、彼のNBC時代は、
フィルハーモニック時代には手がけなかった、
広大なレパートリーを含んでいる。
こうした作品の中に、
シューベルトの『第2交響曲』があって、
これは、明らかにトスカニーニが、
NBCに来てから取り組んだものだ。
今回のこの記録は、3回ラジオ放送されたものの、
2回目のものである。」

第2交響曲は、「大二重奏曲」よりは、
聴くチャンスが多かったようだが、
そういえば、ニューヨーク・フィルを振っていた、
バルビローリがこの曲を好んでいたことを思い出した。

トスカニーニが、1940年3月23日に振った前後の、
ニューヨーク・フィルの演奏曲目をHPで調べると、
1939年3月と11月に、
また、1940年1月21日にも、
バルビローリがこの曲を振っていた事が分かる。

バルビローリ・サイドから見ると、
ニューヨーク・フィルへの敵愾心を、
露わにしたレパートリーとも見えなくもない。
が、「大二重奏曲」は、ニューヨーク・フィルは、
演奏したことがなさそうだ。

さて、3回も放送した、「第2」であるが、
この時の演奏が採用された理由が続く。

「それは、これらの中で、
最も音質が良いからで、
これは、主に、
ドライな8Hスタジオで、
反響を捉えようと、
NBCの技術者らが
補助マイクを持ち込んだ
時期のものだからである。
78回転時代は、この交響曲は、
国際的知名度のない指揮者による、
レコードが一種あっただけだった
と言うことも特記しておく価値がある。」

バルビローリの例があるので、
これは、それほど特記する必要はなくなった。

「この3つの放送は、
無視されていた作品に対しての、
彼の興味を示すもののみならず、
快活で優美なカンタービレのラインや、
引き締まったバランスのとれたソノリティ―は、
18世紀のスタイルにルーツを持つ音楽への、
彼のセンスを表している。」

今回聴く2曲の録音は、いずれも、
悪評の高い、8Hスタジオのものだが、
それほど悪くない。

CDは、まず、この解説とは異なって、
「第2交響曲」から始まるが、
序奏部からして、夢を孕んだ緊張感が聴きもので、
各声部が躍動して、木管楽器などの装飾音も楽しい。

この時期のトスカニーニに共通する、
体中が火照ったような表現ゆえに、
細かい音形が重なって行く展開部では、
ヴァイオリン群が崩壊寸前である。

デジタル・リマスタリングは、
Paul Bailyという人が担当したらしい。
ライセンスは、Eroica Productionによる、
とあるが、変な名前である。

この音源は、よほど保存が良かったのか、
先のマイク利用の効果ゆえか、
同シーズンのベートーヴェン・チクルスより、
音質的には聴きやすいような気がする。

第2楽章も、各楽器の歌わせ方が愛らしく、
高齢の巨匠も、青春時代の夢を慈しむような感じ。
弦の広がり感や、管楽器の奥行き感が美しく、
名残惜しげな余韻も痛切である。

トスカニーニのような巨匠が放送していながら、
この演奏が、ほとんど知られていないのは、
不思議としか言えない。

第3楽章は、リズムを激しく叩きつけながら、
造形がしっかりした格調の高い表現で、
トリオ部のオーボエなど木管の無垢な表現にも、
心打たれるものがある。

第4楽章も、第3楽章同様、
激しいリズムだが、弾力があって快適である。
オーケストラが体を張って推進力を生みだし、
爆発的に共感を発散させている。

拍手も収録されているが、
ブラボーがないのが不思議なほどだ。

後半に、「大二重奏曲」が収録されているが、
第2交響曲に、この大曲を収めて、
収録時間が60分51秒で済んでいるのは、
こちらの曲が、かなり、広がりよりも、
逞しく引き締まった力感に
重きを置いた演奏になっているからだろう。

シューベルト特有の、
あふれ出るメロディが、
次々と生まれては消えて行く。
休止があまりない感じだろうか。
音楽が常に律動して、
脇目も振らずに目的地に向かって行く。

この曲あたりになると見て取れる、
シューベルト後期の崇高さや寂寥感も、
この逞しい流れの中では、
さっと描きこまれた陰影に過ぎない。

コーダ部では青白く焔を上げて興奮し、
音楽が大きく膨らんで、
いかにも英雄的で自信にあふれた、
成長したシューベルト像である。

第2楽章は、歌謡的な楽章だと思っていたが、
落ち着きがないほど、何か先を急いでいる。

この時期のトスカニーニのベートーヴェンは、
余分なものを取り去って、
本質のみを語ろうとした、
ノミで削った後も生々しい潔癖さが魅力だったが、
この曲の演奏でも、その傾向が認められた格好だ。

この美しい楽章には、
録音にも、もう少しうるおいが欲しい。
が、この指揮者ならではの音楽が、
しっかりと聞き取れるレベルではある。

第3楽章は、いかにもスケルツォらしく、
無骨でごつごつしているが、
ほとんどベートーヴェンの第9に迫る程に、
豪快かつ、眼もくらむような巨大さが新鮮である。

シューマンを先取りするかのような、
トリオ部の幻想性も素晴らしい。
予測の出来ない痛みを伴って、
弦楽群が唸っている。

第4楽章は、トスカニーニが、
ヨアヒムの指定を変えたと書かれた所であるが、
様々な楽器が生命力を持って鳴り響き、
細かい音形が増殖していくような迫力は、
このテンポで生きて来るような気がする。

いろいろと、難癖が付けられることの多い、
ヨアヒムのオーケストレーションであるが、
この演奏を聴く限り、
寄せては返す波のごとく、
素晴らしい活力に満ち、
幻想的でもあって、まったく文句はない。

コーダの燃焼も熱く激しく、
演奏も共感に溢れていて、
トスカニーニが、何故、一回しか、
この曲を演奏しなかったか、
理解できないほどである。

これらのシューベルト演奏を聴きながら、
再び、このCDの表紙を見ると、
何となく、忘れられていた交響曲を、
復活させようと意気込んでいる、
「指揮者の中の王」の志のほどが、
表情からも読み取れるような気がした。

得られた事:「1939年の、トスカニーニは、ベートーヴェン・チクルスの流れに乗って、シューベルトの再評価を行った。」
「トスカニーニは、英国の作曲家で音楽学者であった、トーヴィーの研究を読んで、シューベルトの『大二重奏曲』を演奏会で取り上げた。」
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by franz310 | 2014-09-20 23:32 | シューベルト

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その415

b0083728_1414341.jpg個人的経験:
20世紀前半を代表する
イタリアの名指揮者、
トスカニーニは、
ベートーヴェンを得意としたが、
シューベルトもまた、
大変、愛していたと思われる。
伝説とも言える、
ベートーヴェン・チクルス
が行われた、
1939年というシーズンも、
実は、シューベルトの
「未完成」で始まったのである。


私は、さらに重ねて言いたい。
トスカニーニは、
ベートーヴェンの交響曲全集をメインに据えた、
戦争の年、渾身の1939年シーズンを、
まずは、シューベルトをもって始めたのである。

この10月14日のコンサートは、
Guildレーベルから
2002年に出されたCDで、
すべて聴くことが出来る。

解説にもいきなり、
「このディスクは、1939年10月14日の、
コンサートを収録したもので、
これは、トスカニーニが、
NBC交響楽団の指揮者として、
3度目のシーズンを始めた時のものである。」
とあるとおりである。

「プログラムは、シューベルトの『未完成交響曲』、
リヒャルト・シュトラウスの交響詩『ドン・ファン』、
フランツ・ヨーゼフ・ハイドンの、
めったに演奏されない『協奏交響曲』変ロ長調、
オットリーノ・レスピーギがオーケストラ用に編曲した、
J.S.バッハの『パッサカリアとフーガ』ハ短調からなる。」

「音楽の父」とも呼ばれるバッハに、
「交響曲の父」、ハイドンを加え、
シュトラウスはともかくとして、
シーズン開始に相応しい原点模索がある。

「未完成交響曲」は、
その中でも先鋒を承って、
まことに頼もしいばかりの責任を、
負うことになっている。

このCDの背面を見ると、
「不滅の演奏記録音楽協会」だかの
エクスクルーシブ録音だとある。

これも、何やらありがたいが、
プロデューサーはJ.Wearn、
復刻はリチャード・カニエルと、
ナクソスと同じ布陣である。

ナクソス盤と同様、放送時の
ブロードキャスト・コメンタリーも収録、
1939年のラジオ放送を、
21世紀の我々が聴くという、
タイムスリップ効果も残されている。

ただ、レーベルが変わったことで、
解説もゴージャスになって、
研究価値はさらに上がった。

ナクソスは、曲目解説がベースで、
演奏に関しては、情報がほとんどなく、
たまたま同じ演奏会を記録したものを
CD化していた
Music&Artsなどの
解説を読むしかなかった。

ここでは、コンサートの意義のようなものばかりか、
詳細な演奏に関する記載が素晴らしく、
下記のような音源に関する解説もあって、
14ページのブックレットは、
盛りだくさん、読み応え満点である。

「音源と技術的な詳細:
トスカニーニの演奏会のこれらの録音は、
マエストロお気に入りの
RCAビクターの技術者で編集者であった、
Richard Blaine Gardner
に由来するものである。
ガードナーは、
特に、マエストロ引退後、
パウリーネ荘で、
トスカニーニと協業した、
リバーデール・プロジェクトにおいて、
トスカニーニ自身や、
その息子のワルターから、
1940年から50年代に、
テープやディスクを直接受け取っている。
ガードナーは、1949年から1983年の間に、
トスカニーニの演奏会やリハーサルの、
テープのコピーやテスト・プレス盤、
アセテート盤などを譲り受けており、
それについての詳細は、
カニエル氏の著書『トスカニーニの放送遺産』に、
見ることが出来る。
1980年にカニエル氏は、
不滅の演奏記録音楽協会を設立、
ガードナーから受け継いだ、
トスカニーニの第1世代のテープや、
数多くのディスクを復刻する技術に注力した。
しかし、それらはざらざらやパチパチは取らず、
電気的な残響も付加していない。
これによって、オリジナルのアコースティックや、
演奏の環境を守り、
楽器の音色の色つやを落とさないようにした。
これはCD化でノイズ除去する一般の方法とは異なる。
オリジナル録音に近づけたこのシリーズを、
Guildは、『放送録音の中の最良のもの』と、
自信を持って宣言したい。」

また、このCDの解説は、
William H.Youngren
という人が書いているが、
有難い事に、この人のことも
きちんと紹介しているのが嬉しい。

「ウィリアム・H.ヤングレンは、イリノイ州、
エヴァンストンで生まれ、
Amherst大学に学んだ。
彼はさらにハーバードで英国文学を学び、
1961年には博士号を取得している。
彼は、M.I.Tやスミス・カレッジで教壇に立ち、
1971年からはボストン・カレッジで教えている。
彼は、結婚して3人の子供をもうけ、
マサチューセッツのウェスト・ニュートンに住んでいる。」

このような紹介だけなら、
不要と言いたいところだが、
どんな研究をしているかも、
一応、下記のように紹介されている。

「彼は、『意味論、言語学と批評』
(1972年 Random House)
の著者であり、
18世紀の美学や批評に関する
いくつかの論文を書いている。
近年、彼は主に、
『パルチザン・レビュー』、『ハドソン・レビュー』、
『イエール・レビュー』、『アトランティック』、
『ファンファーレ』、その他の雑誌に、
音楽やレコードについて書いている。
1983年、ブランディスで、
音楽史の博士課程に入り、
1999年に博士号を取得している。
現在、C.P.E.バッハの
歌曲についての論文を、
本にして出版する準備を進めている。」

読むだけ無駄な紹介で、
トスカニーニとの関係は不明なままだが、
マエストロの遺産を引き継ぐ、
オタク軍団に任されるのであるから、
おそらく、こんな紹介で、
終わるような人ではないのだろう。

CDの最初のトラックは、
ブロードキャスト、コメンタリーであり、
「トスカニーニがNBC交響楽団に帰ってきました。
新しいシーズンのプログラムが始まります。
3回目のシーズンで、放送用に創設されたオーケストラは、
アメリカ屈指の一つになりました。
重要な第1夜のため、
ホールは著名な音楽家や批評家、
選ばれた人たちでいっぱいですが、
これらのコンサートは、
あなたがたのために企画され、
あなたのために演奏されるのものです。」
みたいな解説が始まる。

シューベルトの「未完成」の解説は、
以下のように書かれており、
とても参考になった。

「1828年11月19日、
シューベルトが31歳で亡くなった時、
彼の交響曲は一曲も出版されておらず、
公開演奏すらされていなかった。
しかし、それらは19世紀後半に、
ウィーンで次々と発見され、
シューベルトは正しく、
第一級の大作曲家に位置付けられることとなった。
事実、1822年に作曲された『未完成交響曲』が
1867年にようやく発見されると、
今日、最も知られた彼の作品となった。
トスカニーニは、しばしば、この曲を取り上げ、
彼の演奏は、しばしば染まりがちな、
ロマンティックな憂愁とは違う、
その率直な力感と劇的なエネルギーで、
際立ったものになった。」

1939年の放送用ライブ録音と言えば、
ベートーヴェンにおいても、
マエストロ自身が、
SP化転売を許可した「英雄」や、
演奏時間最短の「第9」のように、
きりりと引き締まった
彫琢の冴えを見せるものが多く、
上述のような形容は、
おそらく、この年の演奏において、
最も際立ったものになったと思われる。

「第1楽章を開始する、
短いチェロとコントラバスの宣言は、
我々が聴きなれたものよりもあっさりと演奏され、
痛切なオーボエとクラリネットの
小さな第1主題を伴奏する、
ヴァイオリンの、
鼓動のような16分音符を導く。
王手をかけるような恐ろしい緊張感を、
漲らせたパワーが潜んでいることを感じる。」

このように、序奏部から、
端的に言うべきは言って、
先に進んでいくのは、
1939年のベートーヴェン・チクルスで、
おなじみのやり方である。
が、腹に響く低音に、
焦燥感を秘めたヴァイオリンの刻みは、
瞬く間に、我々を、ドラマの中に連れ去る。

「音楽が力を凝集するかのように、
次第に主張を始め、
チェロによる、有名な、
ト長調の第2主題に向かう。
トスカニーニはチェロを非常に優しく、
しかし、しっかりと、率直に弾き始めさせ、
(スコアにはないが、)テーマの中間部に向かって、
断固たるクレッシェンドをかける。」

このあたりの移行も緊張感に満ち、
チェロがたっぷりと歌うところも美しい。

「嵐のような中間部を経て、
まず弦楽が、そして木管、弦楽という風に、
各声部が次々と光輝に満ちて花咲く、
ト長調の主題によって、
提示部は締めくくられる(mm.94-104)。
この美しいパッセージは、
約束が満たされたように響き、
事実、ほとんど勝利の歌のようでさえある。
しかし、勝利は束の間のものだ。」

この部分、トスカニーニは、
陶酔したような唸り声を上げている。
提示部は、ベートーヴェンの場合同様、
くり返されて行くが、
確かに、メロディが思い入れたっぷりに、
こぶしを聴かせて歌われている点、
激しい和音のぶつかり合いにも、
どこか、明るさがある。

「不吉な下降する弦のピチカートが、
展開部(または提示部の繰り返し)を導き、
すぐに移行する。
展開部は同様に嵐のようでパトスに満ちているが、
トスカニーニは再びそれを率直に扱い、
パトスをことさら強調することはない。
しかし、音楽を前へ前へと、
推進させることに集中させている。
展開部は無数の弦の突き上げによって終わるが、
短調でありながら、これも再び勝利のように響く。」

沈潜していく音楽であるが、
絶叫ではなく、重大な局面の遭遇を、
冷静に受け止めているようにも聞こえる。
したがって、展開部は、これはこれで、
試練を乗り切った、という感じで解決している。

「再現部は再び葛藤と混乱によって影が差すが、
この楽章の暴力的で力ずくの終結部にも関わらず、
再び第2主題(ロ長調)の小さな楽句が、
勝利の歌のように、あるいは、
第2楽章の清澄さを期待させるように、
対位法的に花咲く。」

解説者の聴き方に染まってみると、
再現部も、混乱は混乱として受け止めつつ、
それがどうした、という、
妙に強靭なシューベルト像となっている。

第2主題の憩いがあれば、
乗り切れるではないか、
といった余裕すら感じられる。
コーダでも、波瀾万丈なれど、
来るなら来いという感じである。

第1楽章には、かなりの事が書かれているが、
以下、フルトヴェングラーの演奏との比較になって、
第2楽章の話は出てこない。

しかし、続く楽章も、
第1楽章と同様、
メロディは、たっぷりとした、
ふくらみを持って歌われ、
憂いはあるものの、
深呼吸が出来る安全な退避圏となっていて、
厳しい強奏の連なりからの、
完全なる救済ポイントとなっている。

そして、音楽はやがて、
自信にあふれた、歩みさえ見せ、
ややこしい音楽の錯綜を、
振り払うような境地に至る。

コーダもまた、
祝福の中で歩みだすような希望に満ちている。

以下、トスカニーニの、
こうした、いわば健康的なシューベルトに対し、
いかにも疲れ果てた人間が見る悪夢として、
この交響曲を描くのがフルトヴェングラーである、
という感じで、以下の解説が続く。

「トスカニーニと同時代の、
若い偉大なドイツの指揮者、
フルトヴェングラーによって録音された、
いずれの演奏を比べた人であれば、
『未完成』の第1楽章を、
このように扱うのは、独特であると思うかもしれない。
もっと言うと、フルトヴェングラーには、
1951年12月にベルリン・フィルと、
『未完成』のオープニングをリハーサルしている、
4分ほどの興味深いフィルムがある。」

このフィルムは、テルデックから出ていたLDの、
「アート・オブ・コンダクティング」でも、
見ることができるが、
確かに以下のような部分が記録されている。

「オーボエとクラリネットの小メロディを導く、
2、3小節で、フルトヴェングラーは奏者を止め、
そして、とりわけ、
『すべてはヴェールのように』と言う。
そう言いながら、彼は、
印象的なジェスチャーをする。
両手を前にかざし、指を伸ばし、
手のひらを下に向ける。
そして、彼は両手を水平に広げて行く。
まるで、ベッドの上のカバーを伸ばすように。
そこから起こる事について、
彼が求めているのが、
16分音符のヴァイオリンが、
メロディを伴奏するというよりも、
神秘的に、とらえどころなく、
すぐには分からないように、
それをぼかして隠すことであることが分かる。」

私は、ベルリン・フィルが、
この微妙なニュアンスの要求を、
よくもこなしたものだと思う。

それと同時に、このフィルムに先立つ、
1950年の1月に録音された、
ヴィーン・フィルとのこの曲の録音でも、
同様の効果を聞き取ることが出来る。

「彼はさらに、メロディそのものを、
完全にメランコリックであることを求めている。
三度目に、ヴァイオリンはようやく求めに応じられ、
めくるめく効果が現れ、
聴くものは、どれがメロディで、
どれが伴奏であるか分からなくなる。」

メロディは虚無的であって、
悪夢の中に放り込まれた弱い人間、
みたいな感じの音楽になっている。

「しかし、これはトスカニーニとは、
まったく異なるやり方である。
彼は、痛切なメロディを
聴衆に聴かせたいのであって、
伴奏の16分音符を溶け合わせたり、
ぼかせたりすることなく、
まるで、まったく異なる
二つの独特の力であるかのように、
高鳴らせる。
続いて起こる音楽のドラマを演じる
二つのキャラクターが、
それぞれの役割を演じるかのように。
しかし、音楽は同様にミステリアスで、
フルトヴェングラーのように、
誰が主人公であるかがミステリーではなく、
そのぶつかり合いがどうなるかに神秘性がある。」

トスカニーニの演奏には、
確かに、運命との戦いのような側面があって、
とにかく、それを耐える事によって、
浄められた世界に入って行くような希望がある。

雲行きの怪しいヨーロッパから離れ、
遠くアメリカにいる指揮者として、
開戦を前にした心境としては、
こうでもなければ耐えられないような、
環境でもあっただろう。

その点、フルトヴェングラーの演奏は、
ナチスの国に留まった、
被害者の心境ではないか、
などと思うほど、
無抵抗に嵐の中に漂っている。

「トスカニーニとフルトヴェングラーの、
『未完成』演奏の残りすべてで、
このような具合である。
たっぷりとしたチェロのメロディが、
がっしりと演奏されるにも関わらず、
フルトヴェングラーは、断定的にならず、
そして、提示部や再現部の終わりで、
メロディの声部が入れ替わる時に、
(束の間であっても)
それは勝利の凱歌ではなく、
むしろ、救いを求める、
最後の絶望的な嘆願のように響く。」

と、解説にあるように、
出来るのは嘆願だけ、という感じがしなくもない。
第1楽章と、第2楽章にも、
トスカニーニほどの対比は感じられず、
いずれの楽章も、次々に見えて来る、
幻影の連なりの連続し過ぎない。

冒頭のヴァイオリンと木管の
絡まりへのこだわりからして明らかだが、
この表現が続く部分に、どう関係あるかなどは、
あまり重要ではなく、
解説の人とは違って、
少なくとも、ヴィーン・フィルのスタジオ盤での、
チェロによる第2主題は、
幻覚にすぎないような頼りなさを感じた。

「この点で、トスカニーニが、
フルトヴェングラーより
良いというわけでも、
フルトヴェングラーが
トスカニーニより良いというわけでもない。
共に、非常にすぐれた指揮者だった。
この点では、この場合、こんな感じであるが、
時に、トスカニーニとフルトヴェングラーの比較は、
反対の結果になることがある。
トスカニーニはフルトヴェングラーより、
細かい効果には気を使わず、
音楽の進行での統一や、
次第に盛り上がる劇的なインパクトに気遣う。
トスカニーニのアプローチの中心となる切り口が、
このシューベルトの『未完成』には、
特によく表れており、
特にこの放送用の演奏では、
より知られている、焦点の定まらない、
1950年の録音より、
もっとはっきりと表れている。」

フルトヴェングラーの演奏では、
すべてのメロディが引き伸ばされ気味で、
脳裏からこびりついて離れない思念が、
いつまでも吹っ切れない状況を表しているかのようだ。

その他、このCDでは、
R・シュトラウスの『ドン・ファン』が続き、
これは、きりっと引き締まった名演。
しなやかに弾みながら、
快速でドライブされて行く純音楽的表現で、
この曲の尻切れトンボ感を、
苦手とする私でも、十分楽しめた。

続く、ハイドンの、
ヴァイオリン、チェロ、オーボエ、バスーンのための、
『協奏交響曲』は、
トスカニーニが録音した後年(1948)
のものよりも、リラックスしていて良いと書かれ、
スリリングであるが刺々しいパオロ・レンツィではなく、
ロバート・ブロームがオーボエを受け持っているから、
と書かれている。

ちなみに、1948年のものを復刻した、
BMGジャパンのCDには、
ヴァイオリンは、ミッシャ・ミシャコフ、
チェロは、フランク・ミラー、
ファゴットは、レナード・シャロウとあるが、
このCDには、各奏者の名前は明記されていない。

確かに、戦後のトスカニーニは、
四角四面でぎすぎすしている印象があるが、
今回、このCDも取り出して聴いてみたが、
確かに、オーボエはきんきんしている感じはしたものの、
それほど大きな演奏上の違いは分からなかった。

この1939年の演奏の方が、
オーボエは伸びやかで癒し系であり、
録音も、独奏楽器の雰囲気がたっぷり感じられた。

最後に演奏された、
バッハの『パッサカリアとフーガ』は、
オルガン曲をオーケストラ曲に編曲したものとして珍しく、
解説でも、『ディナーの時に恐竜を見たようだ』と、
トスカニーニの時代の風習を大げさに書きたてているが、
レスピーギが編曲したもので珍しく、
トスカニーニが演奏したバッハであることも、
非常に興味深い。

解説によると、トスカニーニは、
フリッツ・ライナーが振る、
『トッカータとフーガ』ニ短調を聴いて、
翌年、友人のレスピーギに編曲を依頼したとある。

「素晴らしい繊細さと力で演奏されて素晴らしい」
と書かれているとおり、
荘厳なラメントのように曲は始まり、
木管がきめ細やかな綾を見せながら、
峻厳に音楽を立体的に組み立てて行く。

まるで、天に向かって蔓を伸ばして行く植物が、
大樹に成長していくかのようなめくるめく管弦楽法は、
さすがレスピーギという感じがした。

この曲は、ストコフスキーの編曲や演奏でも名高いが、
手元には1929年にこの指揮者が、
名門、フィラデルフィアを振った録音があった。

策士ストコフスキーということで
連想されるように、
極めて感傷的な音楽で、
意味有り気に慟哭するような低音に、
悲劇的な、あるいは物思いに耽るような、
木管のソロが絡み合って行く。

まるで、エネルギーを貯め込むかのように、
むしろ沈潜していく印象。

トスカニーニの方は、
切れの良い楽句の集積体のような印象。
ストコフスキーのような沈潜ではなく、
楽器が鳴りまくり、律動しながら芽生えて行く。
最後には、法悦のカタルシスのような、
手に汗握る大咆哮となる。

拍手喝采の聴衆の中には、
興奮して叫びまくっている人もいるようだ。

得られた事:「トスカニーニは、シューベルトの『未完成』の中で、清澄な世界への足取りを音にしているが、フルトヴェングラーのものからは、霧の中での堂々巡りのような感じを受ける。」
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by franz310 | 2014-08-30 14:08 | シューベルト

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その413

b0083728_21483048.jpg個人的経験:
スイスのレリーフ・レーベルが、
トスカニーニの「英雄」を
CD化した時の解説には、
RCAの技術者が試みた、
テープ録音が残っていたので、
それを使って復刻した、とあった。
しかし、日本クラウンが
同じ、レリーフ音源によって、
国内発売した「第9」には、
「アセテート・ディスクに起因する
ノイズ、音揺れの発生する
箇所があります」という記載がある。


きわめて混乱した状況だが、
それ以上の探求をここではしていない。
このCDは1990年代初頭に出たものである。

日本クラウンは、1963年に創業したようだが、
クラシックのレーベルとしては印象がまるでなく、
演歌や歌謡曲、J-POPで有名である。
が、調べると、英国のASVなどのCDを
出していたこともあるようだ。

このCDは、表紙のトスカニーニが、
芸術的なまでに完成度の高い白黒写真で、
決定的瞬間を捉えながら、左手のぶれも生々しく、
その峻厳な芸風を表していて良い。
解説には、歌詞対訳までついていて、
とても親切なものだ。

気になる音源についてであるが、
解説にも、
「スイス、レリーフ社が行った、
オリジナル・アセテート・ディスクからのマスタリングは、
かつてない鮮明なサウンド・クオリティを誇るものとなっており」
と書かれていて、テープ録音などではなさそうだ。

矛盾をあえて好意的に解釈すれば、
1939年のベートーヴェン・チクルスは、
初日の「英雄」は当時最新のテープ録音に挑戦したが、
うまく行かなかったので、
RCAは実験はやめてしまったのかもしれない。

そして、RCAビクターは、
シェラック盤に刻む方にしたのかもしれないし、
そもそも録音はNBCに任せてしまったとも考えられる。

さらに言うと、
チクルス最終日の「第9」は、
演奏会場が、8Hホールから変わって、
カーネギーホールでの演奏だったこともあり、
技術が確立していた方にしたのかもしれない。

今回、レリーフ・レーベル音源のものは、
NAXOSよりもエネルギー感が足りない分、
ぎらぎら感が押さえれれていて、
ある意味、聴きやすいような気もする。

本家本元を標榜する、
Music&Artsのものは、
すこしやかましい程で、
隙間がなく分離が悪いような気がする。
しかも、この「全集」は、
あくまで「交響曲全集」であって、
同じ日に演奏された、
「合唱幻想曲」が収められていない。

GRAMMOFONO2000のものは、
レリーフ社のものや、NAXOSのもの同様、
「合唱幻想曲」まで入れて77分に迫る長時間だが、
実際に演奏された順とは反対で、
後が「幻想曲」になっている。

全体的にもっさりした印象だが、
ホルンの深々とした感じや、ティンパニの迫力など、
情報量が詰まっているような気がする。

ちなみに多く出回ったはずのNAXOSのものは、
放送時のアナウンサーの声もあるので、
80分と、最も収録時間が長く、
その意味ではお買い得感を感じる。

以上、説明した、
この事実からも分かるように、
合唱幻想曲まで一緒に入ってしまうので、
この演奏の特徴は、演奏時間の短さであろう。

噂のレベルかもしれないが、
CDの収録時間は、カラヤンの「第9」が入る、
という時間に合わせたとも言われており、
それなりの大作である「合唱幻想曲」と、
「第9」が一枚に入るなどと、
私は想像できず、ナクソスのものなど、
最初は二枚組かと思っていた。

トスカニーニならではの、
そうした凝縮感がエネルギーとなって、
放射しているような演奏である。

さて、この日本クラウンのものは、
かなり解説も力作で、
この伝説のライブが、
日本で発売された事を心から喜んでいる。

これは、とても共感できる。
90年代初頭では、まだNAXOSのものは出ておらず、
Music&Artsなど、
多くの日本人が、イタリアのメロドラムなどと同列の、
アメリカの粗悪レーベルだと思っていたはずだ。

また、この解説には、トスカニーニが、
この曲をいかに大切に扱っていたかを、
その演奏史、共演者、リハーサルの回想まで交えて、
よく書きこんである。
こうした解説に出会えた愛好家は幸いである。

トスカニーニは「第9」で、
エリザベート・シューマンや、
ルイーズ・ホーマーなどと共演した事もあるらしい。
これらの歌手は、どちらかと言うと、
第九で声を張り上げるイメージではないが、
解説には、マエストロは、
「女声には清楚で輝くような気品」を求めた、
と書かれている。

それから、トスカニーニは、「第9」を、
ミラノ、ニューヨーク、トリノ、
ウィーン、ブタペスト、パリ、ロンドン、
ブエノスアイレスで演奏したそうである。
解説には、
「他のベートーヴェンの交響曲と
同じウェイトをおいて取り上げた」
と書かれている。

この「同じウェイト」というのは、
何とも、すわり心地が悪い表現なのであるが、
実は、この演奏の本質を、
捉えているかもしれないと思った。

CD1枚に「合唱幻想曲」と一緒に収められる、
かなりコンパクトにまとめられた「第9」は、
突然変異で現れた、
ドイツ音楽の至高の逸品というよりも、
ベートーヴェンが今まで書いて来た交響曲の、
正しい継承者で、また終着点、という、
ごく当然の解釈となっているわけだ。

それは、神がかり的に有難いといった、
ものものしさではなく、
ひたむきな求道心と情熱が強調されたものとなった。

また、日本クラウンのCDの解説に戻って、
もう一つ、是非とも強調しておきたいのが、
この「第9」のリハーサル時における、
ヴァイオリン奏者(サミュエル・アンテク)
の回想について触れている点である。

演奏側にとっては、
身の毛もよだつ話であろうが、
聴き手にとっては、ただただ興味深い逸話である。

そこには、第1楽章のある部分のフレーズを、
「無神経に弾いた」ということで、
チェロのセクションを罵倒して、
トスカニーニは怒り狂って出て行った、書かれている。

「無神経に弾く」というのは、
心をこめて弾かなかったということであろうか。
適当に流していたのだろうか。
リハーサルなので、
本盤まで、心をこめるのは取っておこう、
と考えたりしたのがいけなかったのだろうか。

いずれにせよ、
トスカニーニは、こうした事に激怒する人だった、
ということであろう。

が、このような逸話は、
リハーサルからして入念に仕上げられた、
この演奏を聴く者に幸福感を与える。
そのような入魂の演奏を、
これから聴くことが出来るわけだ。

「第9を汚そうとでもいうのか!」
とトスカニーニは怒ったらしい。
ますますもって、
信頼感が増すばかりである。

この日本クラウン盤は、
この解説があるので、
かなり価値が出ていると思う。
早く聞いてみたい、という気持ちを、
高ぶらせるものだからである。

Music&Arts盤の解説は、
このチクルスを味わうのに、
非常に参考になるものだが、
この逸話は初めて見るものであった。

が、Music&Arts盤は、
本場のものならではの確実性がある。

たとえば、クラウン盤には、
「ここに収められた演奏は、
1939年のベートーヴェン・チクルス最終日、
12月2日の演奏会のライブである。
従来この日の演奏会は、
8Hスタジオかどうか疑問視されていたが、
原盤データはカーネギー・ホールということになっており、
ここでもそれに従っている。」
とあるが、Music&Artsには、
何の迷いもなく、こうある。

クリストファー・ディメントが書いたものだ。

「1939年12月2日の第6回で最後のコンサートでは、
楽団はカーネギーホールに移り、
『第9』の前に、トスカニーニの唯一の演奏である、
『合唱幻想曲』が置かれていた。」

また、トスカニーニが、
いかに多くの「第9」演奏を行ったかは、
先に書かれていた事と同じように紹介されている。

「それとは違って、
『第9』は、ザックスの見積もりでは、
いつも彼の活動の中心としており、
ミラノ、ニューヨークに加え、
トリノ、ウィーン、ブタペスト、パリ、
ロンドン、ブエノスアイレスと51回も演奏した。」

さらに、トスカニーニは、
名指揮者としても知られた、
マーラーの演奏をも凌駕していたというのである。

「プレス・レビューによると、
彼が全曲を演奏したスカラ座以来、11年経った、
1913年4月のメトロポリタンでの演奏で、
彼は交響曲指揮者として成熟した姿を見せた。
多くの人が1909年と10年のマーラーを凌ぎ、
ニューヨークの聴衆が聴いた最良の演奏と考えた。
さらに、当時のニューヨークの批評家、
リチャード・アルドリヒによると、
『トスカニーニは偉大な交響曲指揮者として、
完全に成熟させた姿を見せた』とあり、
その長いレビューの中に、
ほんの些細な意義しか書かれていなかった。
『アダージョはもう少しゆっくりである方が、
良いという人もいるかもしれない』。
後のニューヨークの批評家も、
全体的にこの演奏を越えるものはない、
と繰り返している。」

演奏回数のみならず、
トスカニーニが残した
「第9」の録音についても書かれている。
このあたりが、ディメントの解説の魅力である。

「1927年から1952年の進化に先立つ、
スカラ座での演奏の他に、
ニューヨーク・フィルとは13回、
NBCとは5回プラス、レコーディング
といった演奏があった。」

さらに、トスカニーニの「第9」観も、
下記のように象徴的に表されている。

「トスカニーニの書簡には、
この作品が彼に与えていた深い効力が読み取れる。
第1楽章のコーダが、いかに、彼に、
ダンテの地獄門の描写を思わせたか、
アダージョのあるパッセージでは、
高い所から楽園の光が下りてくるか、など。」

このイメージは、我々にも伝わりやすいものだ。
が、この演奏には、「地獄門」を思わせる、
ほら、ここから地獄に入りますよ、
といった描写的なものは何もない。

あえて言えば、第1楽章のコーダで、
そんな感じがあるかもしれない。

それまでは、
ただただ、奔流のように、音があふれ出し、
異常な焦燥感というか使命感で、
あらゆるパッセージが生まれては消えて行く。

「彼は、そのキャリアの終盤でも、
第1楽章の解釈に自信がないことを漏らしているが、
ある人は、それはある一部に関してだろうと考えている。
一方で、彼は、この作品が、
どのように演奏されてはならないかを確信しており、
1937年にヘンリー・ウッドが指揮したものが、
ロンドンからラジオで届られたのを聴いて、
第1楽章と第3楽章はのろのろして飽きるし、
第2楽章は、まさに正しい、
ベートーヴェンのメトロノーム記号より早すぎるとし、
終楽章は支離滅裂だと怒りだした。」

このように、ここでも、「第9」の演奏で、
トスカニーニが怒った逸話がある。
決して満足することのないこの指揮者の、
人間性が、これらの逸話には色濃く表れている。

以下、この著者が得意とする、
トスカニーニの演奏変遷論が登場する。

「1937年に、トスカニーニは、
ここでの演奏を直前にして、
ベートーヴェンのメトロノーム記号を、
正に正しい、と考え、
考え方を変えたはずだが、
スケルツォの一部などを含め、
いくつかの部分で彼は記号より速くしている。
これは全体として、残された録音の中で、
最も猪突猛進で、
最もタイトで、圧縮された演奏である。
特に最初の2楽章がそうで、
このチクルスを通してのアプローチとして言える、
彼の心にあったプレッシャーの好例となっている。
それは、解釈上の変遷のカーブの頂点であり、
1936年3月のニューヨーク・フィル、
1937年11月のBBC、
1938年2月のNBCと、
比較的幅広く、リラックスしたスタイルからの、
各楽章の圧縮の進展が見て取れ、
この録音の怒りに満ちた凝集となる。
この後、1941年7月のコロンのもの、
1952年のNBCの演奏、RCA録音は、
テンポはどんどん1936年のものに近づいている。
テンポの問題は全体像の一部で、
切り立ったインパクト、
恐ろしい力の火山のような爆発で、
ブエノスアイレスの演奏は個性的である。」

私も、このブエノスアイレス盤は、
驚愕すべき記録だと思っているので、
これに対して、いったい、
この盤がどのような扱いを受けているのか、
気になって仕方がない。

「しかし、それに先立つNBCの演奏のものは、
よりよく訓練されたオーケストラと言う点で有利であり、
この演奏は、
マエストロの18か月ものトレーニングを経た優位性があり、
1952年の演奏や録音と比べても、
指揮者が無比の力を誇っていたことが分かる。
聴く人の中には、最初のアレグロ・ノン・トロッポが、
アレグロにしか聞こえないかもしれないが、
疑うことなく、オーケストラは、
指揮者の高度な要求に応えており、
正確さは無比、驚くほど明晰で、
オーケストラを通じて放射される
トスカニーニのイマジネーションは絶対的である。」

各楽器が一体感を持って突き進み、
著者が、オーケストラの技量の差異を語りたくなったのは、
分からなくもない。

「彼が作曲家の心を満たしたかどうかは、
ずっと議論されるかもしれないが、
批評家たちは疑うことなく彼を支持した。
翌日、ダウンズは、こう書いた。
『彼は、この偉大な音の詩に、
これまでになく、激しくノミを入れた。
結果として、
さらなる発展が芸術家にもたらされ、
その洞察力と誠実さは、
彼をベートーヴェンの思想の中心に運び去った。
確かに終楽章は、
この指揮者のどの演奏をもしのぎ、
その法悦は宇宙的でもあった。』
さらに3週間後、『Musical America』は、
『とてつもないもの―
トスカニーニ氏が、
我々にもたらしたものは、
おそらくその力と輝きとで、
最も圧倒的なものであった』と書いた。」

私は、この演奏を聴いていて、
いったい、今、どこを聴いているのだろう、
と、聴きなれた演奏では、
まったくありえないような、
体験をしたりする。

第2楽章などは、
無機的とも言えるような非情さで、
疾風のように吹き過ぎてゆく。

続く第3楽章も、
ひたすら純粋なものが追及された結果でもあろうか、
弦楽のピッチカートの脈動は、
人間存在のない太古からの律動にも聞こえ、
あたかも、原初の生命が、
有機物として生み出されて行く瞬間を眺めるがごときである。

「楽園からの光」を、
彼が、ここに感じたとしても、
様々な欲望が渦巻き、戦争を突き進んでいた当時の、
人間世界に差し込むものではない。

1939年12月2日と言えば、
ソ連が、フィンランドに侵攻した事が、
生々しい時期でもあった。

そんな人間行為の下卑た出来事など、
まるで意に介さぬように、超然と、
天体が運行しているような趣きの第9である。

欧州情勢に対し、
誰よりも心を痛めていたはずの彼ではあるが、
一方で、なるべく、ニュースは見ようとしなかった、
という逸話もあったと思う。

トスカニーニ自らが、
現実世界から目を背けすぎ、
異常な世界に突入してしまったのかもしれない。

トスカニーニがアメリカにわたって、
2年が経過していた。
欧州の実感は、かなり薄れていたかもしれない。

「第9は、それまで録音されたものの中で、
最も明快、劇的で集中力のある、
このベートーヴェン・チクルスを、
みごとに締めくくっている。
多くの人たちが、これこそ、
作曲家の広範なヴィジョンとして捉え、
他に並ぶものなきものと証言するだろう。」

まさしく異常な状況下で行われた、
ベートーヴェン・チクルスであった。

締めくくりに呼ばれたのは、
女声としては、我々にも親しい歌手たちである。
ソプラノには、チェコ出身で美貌で知られたノヴォトナ、
メゾ・ソプラノには、ワルターとの「大地の歌」で知られる
トルボルクが起用されている。

男声はテノールに、
トスカニーニのお気に入りのジャン・ピアーズ、
バスには、ギリシア生まれとされる、
ニコル・モスコーナという名前が出ている。
合唱団は、ウェストミンスター合唱団である。

「これで、トスカニーニは、
NBCとの3期目の第一部が締めくくられた。
ひと月後、彼はチャリティー・コンサートを開いたが、
イタリアは、彼に門戸を閉じた。」

という感じで、
この解説は締めくくられているが、
実際に門戸を閉じていたのは、
トスカニーニの方であった。

「彼は、休息でグランド・キャニオンを訪れ、
さらに西に向かって、相応の休暇を取った。」

という、意味深長な一言が添えられているのは、
そういう状況を表しているように思われる。

「合唱幻想曲」のピアノは、
トスカニーニお気に入りの女流、
ドルフマンで、この曲もまた、
「第9」の延長上の透徹した表現である。

得られた事:「戦争開始と共に、トスカニーニは世間から隔絶して人間世界から目を閉じて、無機質から有機物が生成されて行くような独特の『第9』を作り上げるに至った。」
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by franz310 | 2014-07-19 21:50 | 古典

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その412

b0083728_2137479.jpg個人的経験:
トスカニーニが演奏する
NBC交響楽団は、
放送局用のオーケストラである。
当然、放送用の演奏を
くり返していた。
ところが、あくまで、
放送を聴かなかった
我々にとっては、
特に、戦後にこの巨匠が、
大量のLP録音に使い、
そして、すぐに解散した、
管弦楽団でしかなかった。


このLPの録音をしたのが、RCAビクターであるが、
RCAとはRadio Corporation of Americaという、
これまた、ラジオが名前の最初に付く、
巨大なエレクトロニクス企業であり、
この傘下に、放送会社の
NBC(National Broadcasting Company)と、
RCAレコード(RCAビクター)があった。

前者は、アメリカの三大ネットワークの一つであり、
後者は、1960年代まで、コロムビアと並ぶ、
アメリカの二大レコード会社である。
共に名門企業であった。

(こうした当時の世界企業も、
1986年にRCAがGEに買収されるや、
哀れな事に、翌年には、
RCAにおける家電部門はトムソンに、
RCAレコードは、ドイツのBMGに売却されて、
その華麗な歴史に終止符を打っている。)

ということで、NBCで放送された、
トスカニーニの演奏は、時として、
兄弟企業であるRCAレコードからレコードが出ることがあり、
1939年の放送の交響曲の中では、
第3「英雄」が、
唯一、トスカニーニの眼鏡にかなったとして、
レコードとしても発売されていた。

が、ここでややこしいのが、
RCAレコードになったものと、
NBCで放送されたものは、
はたして、親会社が同じだからといって、
同じ音質と言えるか、という点である。

スイスのレリーフ・レーベルから出ていた、
トスカニーニのベートーヴェン録音、
「ライブ・シリーズ」の解説を読むと、
そのあたりの事が少し垣間見える。

このレリーフ・レーベルのCDは、
巨匠の行った、1939年のチクルスから、
一夜ごとにまとめるのではなく、
たとえば、「第1夜」のメインであった「英雄」を、
チクルス後半の「第5夜」の
始まりと締めくくりを担当した、
「レオノーレ序曲」の第1と第2と組み合わせる、
といったように、
かなり変則的な編集をしていた。

このような具合に、このCDには、
RCAから出ていた「英雄」が収められていることから、
うまい具合に、RCA盤との聴き比べが可能となるのだが、
聴いた印象は、曲の冒頭から、かなり違う感じである。

いずれも、元は同じなのかもしれないが、
80年近い歳月の中で、様々な事があったのであろう、
とにかく違う。
あるいは、録音の最初から違うのかもしれない。

このCDの解説は、こんな感じである。

「1939年の秋、50年以上にわたる
ベートーヴェンの交響作品への芸術的な取り組みを経て、
アルトゥーロ・トスカニーニは、
彼のNBCラジオの聴衆に、
全ベートーヴェン・チクルスを披露した。
これは、彼の生涯で4度目の取り組みであった。
全6回の演奏のうち、最初の演奏会は、
ラジオ・シティの8-Hスタジオで、
10月28日に行われた。
『フィデリオ』序曲と第1交響曲に、
1926年以来、トスカニーニが50回以上演奏してきた、
『英雄交響曲』の演奏が続いた。
『マイスタージンガー』序曲や、
ドビュッシーの『海』に続き、
マエストロがもっともよく取り上げた曲目であった。
1938年3月の
トスカニーニのセッション録音開始以来、
(その間、ベートーヴェンの
『第5』と『第8』が作られている。)
これらは8-Hスタジオで行われてきたが、
聴衆がいる中、『英雄』を、
初めて、RCAビクターは、
『ライブ』でテープ録音することを決めた。」

この記述に、私は、一瞬、何がなんだか分からなくなった。
確か、少し前までのトスカニーニのライブ録音と言えば、
ディスクをとっかえひっかえのアセテート盤録音だったはずである。

ドイツで磁気録音が開発されたのが、
トスカニーニの演奏会の前年の1938年で、
戦時中のドイツの録音は、
切れ目がないということで、
連合国が驚き、戦後になって、
テープ録音が広まった、というのが、
これまでの大筋理解であったが、
トスカニーニのい1939年録音は、
テープ録音が試みられたのだろうか。

あるいは、磁気テープではなく、
異なる種類のものなのだろうか。

「技術的には、不幸なことに、
結果として、
『ビクターによるトスカニーニ録音の最低のもの』
(R.C.Marsh『トスカニーニとオーケストラ演奏の芸術』
となってしまった。
聴衆の存在が、残響の最後を弱め、
また、マーシュがまさしく『虐殺』と呼んだ、
深刻な音響上の不純さが、
シェラック録音には残された。」

テープ録音の話の直後に出てくる、
このシェラック録音というのが難解である。
これは、とっかえひかえのシェラック盤の事だと思う。
テープ録音とシェラック録音が、
同時に行われていたと言うことなのだろうか。

「明らかに、『ライブ録音』のプレッシャーによって、
ビクターの技術者たちは、
音楽のフレーズのいくつかや、何小節をも台無しにした。
これは、ディスクのある面の真ん中で、
音楽が欠落するような事になった。
それにもかかわらず、RCAビクターの委員会は、
指揮者不在の中、この録音(M-765)を、
修正して発表することを決定した。」

この部分、「指揮者不在で」と勝手に書き換えたが、
英語では、「作曲家不在で」と書いてある。
それでは意味が分からなくならないだろうか。

ちなみに、M-765は、SPの番号である。

「ワルター・トスカニーニが、
コンサートのラジオ放送のテープを持っていたが、
これはシェラック盤より音質が良いもので、
シェラック盤の技術的失敗が、
明らかに改善された後でも、
この『英雄』は、RCAがLPとして、
米国でも欧州でも発売することのなかった、
権威的バージョンの一つとなっている。」

ここでも、私には、かなりの混乱があって、
「コンサートのラジオ放送のテープ」が、
エアチェックしたものなのか、
先に出て来たテープ録音のことなのか、
あるいは、それをダビングしたものなのか良くわからない。

しかし、先に、テープ録音した、
とあるので、それそのもの、あるいは、その複製、
と考えるのが自然であろう。

このスイス・レリーフ盤は、
このテープに基づいての復刻なのだろうか。
肝心の事をびしっと書かずして、
下記のような、どうでもよい事が続く。

以下は、おなじみのトスカニーニの、
演奏解釈の変遷の話である。

「トスカニーニは、この作品を、
1949年にカーネギーホールで録音しており、
RCAは、1953年12月6日に行われた
演奏会の録音も発売している。」

ちなみに、日本で多く聴かれているのは、
このうちの後者で、
1949年盤が忘れられているのは残念である。

「この指揮者の、この作品の解釈上の見方は、
年々、進化しており、
B.H.ハギンズは、『トスカニーニとの会話』で、
1944年のマエストロとの会話について触れている。
トスカニーニは、11月5日の『英雄』の放送を準備していたが、
1939年の録音を聴いて恥じらったという。
『40年前、私が『英雄』を最初に演奏する際、
ドイツの指揮者の演奏を聴きました。
リヒターも聴いたし。
そして、私は同じように演奏しないと
いけないと考えたのです。』
それから、77歳の指揮者はピアノの前に座り、
ゆっくりとしたテンポで第1楽章の、
『アレグロ・コン・ブリオ』を演奏した。
『しかし、その後、私は、
この作品を信じるように演奏するにつれ、
今や、遂に正しいテンポに自信を持ちました。
簡単なことです。
ドイツ人はすべてを遅くし過ぎて演奏します。』
しかし、1930年代初期までは、
トスカニーニは『英雄』で、
フルトヴェングラーよりもさらに、
幅広いテンポを取っていた。
1930年のNYPとのベルリン公演の後、
ドイツの指揮者たちは、『葬送行進曲』の、
有機的でないリズム構成や、
引き伸ばされた大げさで感傷的な解釈を批判している。
残っている最も初期の音の記録である、
1934年12月のストックホルムのものは、
『葬送行進曲』が1939年のものよりも、
1分半も長くかかっていて、
スコアにあるメトロノーム指示より明らかに遅い。
しかし、その後の15年に記録されたり、
発売されたりした、
トスカニーニとNBC交響楽団との
『英雄』の演奏時間は、全曲でも、
70秒くらいの違いしかない。
広く考えられているのとは反対に、
彼の後年の演奏は基本的に、
前のものより速くはない。
一例を上げれば、
『葬送行進曲』の基本テンポは、
1949年のものや1953年のものの方が、
1939年のものより堂々としている。
しかし、フィナーレではそうではない。」

ということで、テンポの話は、
これまでも読んできたとおりのもので、
特に新しい知識にはならない。

以下、少し、目新しい事が書かれている。

「スタイル上、基本的な違いは、
テンポではなく、陰影法(shading)にある。」

音楽における「陰影法」とは何だろうか。

「年を重ねたトスカニーニは、
書かれていないテンポの変化を許さず、
しばしば、ほとんど知覚できないような様式で、
各々の基本テンポからの
わずかな絶え間ない速度変化を行い、
ダイナミクスやフレージングを洗練させており、
彼の初期のNBCとの解釈は、
時として劇場的なしぐさで
際立って伸縮自在、効果的である。
これこそが、ハギンズが1939年版を、
『トスカニーニの最大傑作のひとつ』と、
呼んだ所以である。」

さきほど、ハギンズに向かって、
「お恥ずかしい」と言ったとあったから、
トスカニーニ自身は、
この録音を認めていなかったのかと思ったが、
「お恥ずかしいが、それこそが、
現在の私の解釈です」という事なのであろうか。

さきほど、この録音をこき下ろした、
マーシュの意見は異なるようである。

「対称的にマーシュは、
ここにはまだまだイタリア的な要素があって、
『フーガは、ロッシーニの序曲の
長い加速するクライマックスようであり、
和音は崩れ、膨らんで暴力的に、
フレーズは予期せず伸縮する』。
あらゆる面で、マエストロの変遷するスタイルと、
『正しい』解釈に対する絶え間ない探求の、
貴重なドキュメントである。」

これは前にも読んだことであるが、
このロッシーニ風の歌心がまた、
トスカニーニの魅力であるに違いない。

特に、一緒に収めらた『レオノーレ』からの
序曲では、実にロッシーニ的な痛快さが聞き取れる。

このCDの解説の最後は、
この序曲に当てられていて、
ようやく、第5夜の話になる。

「この演奏会シリーズの
最後から二番目のコンサート
(1939年11月25日)のハイライトは、
『第8交響曲』だったが、これは、
『レオノーレ』序曲、第1番と第2番に挟まれて演奏された。
RCAビクターは、スタジオ8-Hで、
序曲第2番のライブをテープ録音したが、
『正規盤』であるにもかかわらず、
米国で発売することはなかった。
シェラック盤はHMVで出たことがある。」

最後に、今回のCDが、
テープからのものであることが書かれているが、
いきなり「放送用のアセテート・テープ」とあって、
混乱は極みに達する。

が、アセテートとは、合成繊維の一種で、
アセテート盤に使われるのみならず、
磁気テープの基材のような感じでもあるようなので、
そこを混乱しないように読めばよさそうだ。

「我々は、よく保存された
ラジオ放送のアセテート・テープを、
この録音に利用した。
レコーディング・スタジオの音響的な問題にかかわらず、
我々は、慎重なデジタル・リマスタリングによって、
オーケストラのサウンドを出来るだけ忠実に再現しようとした。」

なお、この解説は、
Peter Aistleitner
という人が書いている。

このように、レリーフ社は、テープ録音の良さを強調しているが、
同じ時の録音でも、例えば、NAXOSの録音の方が、
ずっと聴きやすい。
ただ、ナクソスが、テープから持ってきたのか、
シェラック盤から持って来たのかわからないが、
こちらは、RCAビクターのサウンド・エンジニアであった、
リチャード・ガードナーが関わっているので、
シェラックを修復して出した「英雄」と同じプロセスなのか、
あるいは、放送時のコメントも入っているから、
それこそテープ録音なのか。

良くわからないが、
やたら出ている、このトスカニーニ録音、
とにかく、生まれながらにして、
異なる方式で録音されていたものがあった、
という事は理解できた。

私は、レオノーレ序曲の第1を、
トスカニーニが指揮した、
BBC交響楽団との録音を聴いてから、
すっかり好きになってしまったが、
この曲の解説は、
ナクソス盤から持って来よう。

「ベートーヴェンは、たった一曲のオペラ、
『フィデリオ、夫婦の愛の勝利』を書いたが、
1805年11月にウィーンで初演された時には、
フランス軍によって首都が落ちた後で、
わずかな成功しか収めなかった。
1806年3月に第2版がウィーンで上演されたが、
最終版は1814年5月の上演であった。
オペラはオリジナルは、『レオノーレ』として知られ、
政治囚フロレスタンが、
忠実な妻、レオノーレによって救出されるもので、
彼女は、少年フィデリオに変装し、
看守のロッコに仕える。
彼女は、牢を担当する役人、
宿敵ドン・ピザーロが、
夫を殺そうとするのを防ぎ、
その邪悪が明らかになるや、
うまく、これを懲らしめる。
ベートーヴェンは、このオペラのために、
4つの異なる序曲を書いた。
このうち、『レオノーレ』第1番
として知られているものは、
1807年にプラハでの上演を想定して書かれた。
これは1828年にウィーンでのコンサートで、
初めて演奏された。
『レオノーレ』第2番として知られている序曲は、
1805年のウィーンでのオペラ初演のために書かれた。
これに続いて、1806年にウィーンでの上演のために書かれ、
最後の『フィデリオ』序曲は1814年の舞台用であった。
当初、『レオノーレ』第1は、初演用に書かれたが、
軽すぎるとして、取り下げられたと考えられていた。
しかし、手稿から、
この良く知られた話は間違いであると分かる。
ハ長調で書かれた『レオノーレ』第1は、
オペラや続く部分に関係しない、
ヴァイオリンの主題で始まる。
これが、作品の主部『アレグロ・コン・ブリオ』を導き、
一般的な調性の構成ではないものの、
ソナタ形式の二つの主題を予期させる。
作品の中心は、しかし、
展開がアダージョ・ノン・トロッポに入れ替わり、
彼がその運命を嘆く、
フロレスタンの地下牢のシーンを予告する。
すでに出て来たテーマが再現部で現れ、
強勢された主音の和音で終結する前に、
音楽を鎮める。」

まさしく、このオペラとは無関係に見える、
不思議な序奏部の色彩が、私には魅力的である。

この部分、ナクソスの録音は、
ほとんど何も気にせず聴けるが、
このレリーフ・レーベルのものは、
パチパチ音が目立ち、
ダイナミック・レンジ的にもひしゃげ気味に思える。

また、演奏そのものも、
BBC交響楽団とのスタジオ録音が、
伸びやかであり、高雅な楽器の音色が美しい。
指揮者もオーケストラもないような一体感がある。
わずかにかかっているポルタメントも、
妙にぞくぞくする。
ホールの遠近感も美しい。

演奏時間は、こちらの方が短いが、
NBCのものより、余裕があるように聞こえる。

それはさておき、この緊張感を盛り上げていく、
序奏部は、他の序曲にはない、
幻想的な趣きがある。

主部のメロディも勇ましいが、
影が差して、様々な感情が込み上げては消える感じも良い。
しかし、この前に前に推進する音楽づくりには、
確かに歌があり、ロッシーニがあるように思える。
コーダに向かっての爆発などは、
ロッシーニ以外の何ものでもない。

しかし、ロッシーニが現れるのは、
この序曲が書かれてから、
数年以上後の事になる。

ベートーヴェンに、
すでにロッシーニ的なものがあったようだ。

「『レオノーレ』第2は、
三つの下降音形からなるユニゾンで始まり、
GからFシャープに繰り返し下降して、
フロレスタンのAフラットの牢獄のアリアを
このオープニングの『アダージョ』は、
チェロのテーマの『アレグロ』を導き、
フル・オーケストラがこれを引き継ぎ、
アリアからの第2グループを導くが、
これは展開部を締めくくる
トランペットのファンファーレの後で再現し、
急速なコーダが続く。」

私は、この曲にあまり親しんだ記憶がない。
最初に書かれたということだろうか、
ちょっとくどい感じがしなくもない。

が、トランペットが出てくる前後の、
ヤバい感じはよく予告されている。
レリーフのものは、音が荒れていて、
あまり浸ることはできない。

GRAMMOFONO2000の全集では、
この曲は省略されている。
Music&Artsの全集では、
なかなか深い響きを聞かせている。
しかし、主部はやたらやかましい。

なお、このMusic&Artsの解説では、
トスカニーニのこれらの曲の他の演奏と比較があり、
「著者の見方では、1939年の6月1日に、
HMVによって録音された、
BBC交響楽団との『第1』が、
その自発性と抒情性で賞賛に値し、
数か月の間にマエストロの演奏が
変わったかを知ることができる。
1946年のルツェルンにおける
スカラ座管弦楽団との『第2』が、
その幅広さと力で、この演奏を上回る。」
としている。

1946年と言えば、
トスカニーニは、もう80歳になる。
これは戦後のものであるし、
音質の向上を期待したいところでもある。
(ダイナミックレンジを圧縮した感じで、
格段に良いわけではない。)
演奏時間は1分ほど長くなって、
序奏部のものものしさ、
各声部の粒立ちなどは、
大伽藍を前にしたような印象を受ける。
ティンパニの迫力が効いている。
ブラームスの「第1交響曲」の序奏の予兆すらある。

戦争が終わった解放感をも想起させる、
主要主題の輝かしさなども特筆すべきであろう。
コーダの直前ではつんのめったような感じもあるが、
これがこれですごい興奮を伝えてくる。

ついでに、チクルス「第2夜」で演奏された、
「レオノーレ」第3のナクソスの解説も読んでおく。
「ゆっくりした序奏で序曲は始まるが、
Gから低いFシャープの柔らかい下降があり、
牢獄でのフロレスタンの音楽を導く。
第1ヴァイオリンとチェロに、
続くアレグロの主要主題が委ねられ、
フロレスタンのアリアが、第2主題群を形成する。
『レオノーレ』第2同様、ドラマティックな、
舞台裏のトランペットが響き、
ここで2回目の繰り返しが救援の合図となって、
序曲は拡張された急速なコーダに続く。」

これについては、
Music&Artsの解説では、
Musical Americaのダウンズの、
「荒々しく劇的」という言葉を紹介、
「バランス、明晰さ、音の磨き上げ、構成の結合の驚異、
活力と魅力的なリズム」を賞賛しており、
1951年2月の演奏まで、
トスカニーニ自身、このレベルの演奏はできなかった、
と書いている。

改めてNAXOSのCDで、
この1939年の演奏を聴いてみると、
「レオノーレ」第2より聴きなれているせいか、
清潔で、見通しの良い演奏にも、
いっそうの説得力が感じられる。

ナクソスの場合、
テープをオリジナル・ソースとしているのではなく、
NBCのTranscription discs(1935-1943)を、
プリズムサウンドというシステムで、
CD化したように書かれている。

これは、本放送の終了後も、
再放送や他の地域での放送ができるようにした
放送用原盤なので、放送局内のオリジナルか、
そのコピーくらいであろう。
ディスクというだけあって、
へなへなになりそうなテープよりは、
保存が効きそうな気がする。

しかし、さすがのRCAグループにとっても、
聴衆入りライブの録音は、
こうしたどえらい機会でもないと、
ふんぎりがつかなかったのだろうなあ、
と妙に感じ入ってしまった。

コーダの推進力もたくましく、
安定感があって危なげなく爆発に至る。
ただし、最後の一音は弱くないか?

喜んで聴衆も興奮しているし、いいか。

なお、この曲の場合、RCAレーベルからも、
「英雄」と組み合わされて、CD化されている。

これは当然、シェラック盤のものであろう。

気になるのは音質であるが、
最初聴いた時には、
このレーベルに対する先入観からか、
堅いイメージがあったが、
むしろ、4分をすぎて主題が爆発するあたりの、
天井に張り付いたような、
ダイナミックレンジの苦しさが難点かもしれない。

GRAMMOFONO盤などでは、
このあたりの高まりもうまい具合に補正されているようだ。

「フィデリオ」関係4序曲の最終作、
「フィデリオ」序曲は、このチクルスの初日の冒頭に演奏されている。

4曲の中で、私が、最初に聞いたのは、
この序曲なので、最も、長い付き合いであるが、
序奏が昔から、軽薄ではないか、と思っていた。

これも、ナクソスの解説で読んでおこう。
「ベートーヴェンの唯一のオペラを聴く聴衆には、
現在、この序曲が最初に演奏されている。
一般的には、『レオノーレ』第3が、
フロレスタンの拘束からの解放の前から、
最後のシーンの間に現れる。
愛情、葛藤、恐れとレオノーレと、
その夫、フロレスタンの喜び、
これらが、最終的な全ドラマの要約であるが、
フロレスタンは、無実の罪で牢獄におり、
我々は、音楽の始まりと共に、
フォルテッシモの和音が9つの音で下降して、
彼の牢獄の深さに下ろされ、
恐ろしい光景を心に浮かべる。
そこに弦と木管に助けられ、
荘厳で、惨めなパッセージが続き、
愛するものと切り離された、
彼の悲しみや歎きがさっと描かれ、
次第に、力と自責が込み上げてくる。」

何と、へんてこな序奏だと思っていたが、
こんなものがいっぱい詰まっていたのか。

「そこから希望を新たにし、
序曲の主要主題が飛び上がって、
より良きものへの希望に確信が生まれる。」

ここからは、単に、興奮が続く音楽だと思っていた。

「全オーケストラはしっかりとクレッシェンドで鳴り、
熱狂したパッセージワークが熱狂の頂点まで続く。
突然、調性が変わって、
遠くでトランペットが響き、
レオノーレの感謝の歌も交えて、
解放の内務大臣が到着する。」

このけたたましい楽想の奔流の中で、
いろいろなことが暗示されていたようである。

「前に出た主題が興奮した終結部で繰り返され、
歓声と結果としての幸福が続く。」

私は、「フィデリオ」序曲を今回ほど真面目に聴いた事はなかった。
トスカニーニの興奮も尋常ではない。
ちなみに、Music&ArtsのCDでは、
この序曲は切り捨てられており、
GRAMMOFONOとNAXOSとLYSで聴ける。

得られた事:「トスカニーニの1939年のベートーヴェン・チクルスは、テープ録音とシェラック盤の二つの方式が試されていた模様。レリーフ・レーベルは、オーセンティックなテープを採用した、とあるが、明らかに経年劣化が痛ましい。NAXOSは、トランスクリプション・ディスクを使用とあり、こちらの方が聴きやすい。」
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by franz310 | 2014-06-28 21:36 | 古典

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その411

b0083728_1946599.jpg個人的経験:
トスカニーニが挙行した、
1939年秋の意欲的な
ベートーヴェン・チクルス。
第4夜「第7」は、七重奏と
組み合わされるなど、
少し変わった
プログラムの夜もあり、
「第5」、「第6」といった
誰もが聴きたくなるような
第3夜とのギャップが甚だしい。
中でも、もっとも奇妙なものが、
第5夜のものであろう。


交響曲全曲演奏会である以上、
最後は、ばーんと大交響曲で閉めるイメージだが、
何と、この日のメインは、最も軽量級の「第8」のみ。
最後は、「レオノーレ序曲」第2番で閉めているし、
その前に置かれているのは、
「プロメテウスの創造物」からの抜粋と、
弦楽四重奏からの断章である。

つまり、交響曲は、決してメインではなく、
最初の「レオノーレ序曲」第1番と共に、
前半に演奏されたものと思われる。

極めて興味深い内容であるとはいえ、
トスカニーニは「第8」が得意という感じもないし、
同じ「レオノーレ」なら、
何故、最も有名な「第3」をやらないか、
(これは、「第2」、「第4」交響曲と共に、
すでに第2夜で演奏されていた。)
などと考えると、
まるで落穂拾いみたいな印象である。

1939年11月25日、
NBCの8Hスタジオで行われた、
この不思議な一夜の演奏全部も、
ナクソスは、CD一枚に収めてくれていて、
非常にありがたい。

何となく、肩の凝らない印象の、
この演奏会に相応しく、
ベージュ基調の地味な表紙デザインであり、
トスカニーニの写真も、背景の黒ばかりが目立って、
一連のヒストリカル・シリーズの中でも、
最も印象の薄いものとなっている。

ただし、トスカニーニにとっては、
ここでの曲目には、こだわりがあったはずで、
「弦楽四重奏曲」も、「レオノーレ第1」も、
非常に愛着のある曲目のようでもある。

この四重奏曲の断章は、
前の年の1938年の元旦から演奏していて、
その時の録音も、Music&ArtsのCDで、
聴くことが出来るからである。

また、「レオノーレ序曲」第1番は、
わざわざイギリスのBBC交響楽団とも、
録音を残した、思い出の序曲である。

先に述べたMusic&ArtsのCD
(1938年の「第九」と「四重奏の断章」が収められている)
には、
Christopher Dymentの、
「Toscanini and Late Beethoven」
という、非常に参考になる解説がついている。

「多くの音楽家と同様、トスカニーニは、
この作曲家の最も偉大な作品だと考えていた。
しかし、それは、トスカニーニが、
60代前半に、ブッシュ四重奏団を聴いて、
その価値を見出した時からであった。」

このような記述に、私は驚嘆したことがある。
ドイツ音楽の権化のようなブッシュ四重奏団と、
トスカニーニの間に、関係があるなどと、
これを読むまでは、想像すらしたことがなかった。

「彼は、この四重奏団に1920年代初期に
スカラ座で遭遇、(彼は、この時、交響楽団と
米国楽旅の途上で、1921年の1月に、
かの地に初めて登場した。)
そこで、彼らの演奏を聴いて以来、
出来る限りそれを鑑賞し、
常に、いささか威圧するかのように、
最前列に席を取った。」

ブッシュ四重奏団の演奏会で、
最前列で聞き入るトスカニーニ、
これは想像するだに恐ろしい構図である。

なお、1921年の楽旅は、
スカラ座の管弦楽団とのもので、
米国楽旅の途上で、
イタリア楽旅も行ったようである。

「トスカニーニとブッシュ一家、
特にアドルフと間で長く続いた友情は、
この頃から始まり、
四重奏団はしばしば、彼のミラノの家でも弾いた。
賞賛と影響は疑うべきもなく相互的で、
アドルフは、兄弟のフリッツ同様、
彼を高潔な、より高い情熱的な指揮者と見做していた。
1931年にトスカニーニと共演した後、
『彼は基本的なテンポについて、
私以上に厳格でありながら、
細部においては最高の自由さを持っていた』
と語った。
このような親密さの中で、
トスカニーニは四重奏のリハーサルに立ち会える、
わずかな人に選ばれた。
1930年の10月には、
チューリヒで二日にわたって特権を満喫し、
四重奏団の英国デビューに先立つ、
後期四重奏曲の何曲かの準備を見ることができた。
このすぐれた鑑賞者は、
作品130のカヴァティーナに涙し、
弦楽四重奏曲が正しく演奏されるのを初めて聴いた、
と賛嘆したばかりでなく、
この二日間を、生涯で最も美しい日々だったと語った。
この『クエスト・アダージョ』の思い出は、
(トスカニーニは繰り返し、うっとりとして、
このことを、語っている)
1944年のNBC交響楽団との、
カヴァティーナの演奏にも影響を与えている。」

こう書かれてはいるが、
このカヴァティーナの演奏が、
この解説を載せたCDで聴けるわけではない。

また、今回、1939年のチクルスで演奏されたのは、
ここで述べられている作品130ではなく、
ベートーヴェン最後の四重奏、
作品135からの2つの楽章である。

とにかく、前回聴いた
ベートーヴェンの七重奏曲もそうであったが、
トスカニーニは、意外に室内楽とは、
深いかかわりがあったようである。

Music&Artsにある解説の先を読むと、
いよいよ、今回聴く、作品135の話が出てくる。

「それにもかかわらず、
ブッシュ四重奏団ですら、
トスカニーニを満足させなかったものがあり、
それが、『恐ろしく難しく』、しかし、『神々しい』
作品135からの『レント・アッサイ』であった。
(1939年11月28日の手紙でそう述べている。)」

この1939年11月28日というのは、
今回聴くCDの演奏の3日後にあたる。

「ブッシュ四重奏団の演奏の、
どこがトスカニーニに不満だったかは、
推論することが出来る。
1933年の彼らの録音を聴く限り、
それは10分半を越えており、
(私の持っているDUTTONのCDでは、
11分31秒となっているが。)
非常にたっぷりしたものになっていて、
その異常な長さは、
マエストロにとっては、
不要なほど前進の阻止に見えたようだ。
四重奏団のヴィヴラートや、
(彼らは制約していたにもかかわらず)
わずかなポルタメントが、
完全には、深さと、厳格さとの融合という
トスカニーニの望みと一致しなかった。
このように、彼は、経験上、
ブッシュ四重奏団、
フロンザリー四重奏団を含む、
いかなる四重奏団の演奏からも、
それが良く演奏されたのを
聴いた事がなかったのである。」

ということで、ようやく、
ここまで書かれたことが、
このトスカニーニ版四重奏曲の説明に繋がる。

「彼が、この曲の弦楽オーケストラ版を
1934年1月のニューヨーク・フィルの演奏会に、
初めてプログラムしようと決心したのは、
明らかにこのことによる。
1939年のBBC交響楽団との演奏で、
一回だけは省略したが、
彼は、演奏会を締めくくれるように、
レントに続くヴィヴァーチェも付けて完成させた。
トスカニーニのアプローチは、
ブッシュ四重奏団の演奏のような、
四重奏的なものではない。
彼は、これを愉悦的なものとせず、
『第九』の厳しいスケルツォ以上のもの
としていたことからも明らかで、
後にブタペスト四重奏団は反対に、
トスカニーニから影響を受けて、
同様の見方をした。」

ということで、
ベートーヴェン演奏の本流とも言うべき、
(というか、言われて来た)
ブッシュ、ブタペスト四重奏団が、
まさか、トスカニーニと関係しているなどと、
ほとんどの日本人は考えたこともなかっただろう。

そもそも、日本では、ブッシュ、ブタペストは、
EMI、CBS系で、RCAのトスカニーニからは、
まったく連想できない位置に配置されていた。

「トスカニーニにとって、
『レント』が重要かつ魅惑的であったことは、
1937年のクリスマスに行われたデビュー公演に続く、
第2のNBC交響楽団との演奏会で
取り上げたことからも分かる。
この演奏は、第1ヴァイオリンの名手の一人、
ヨーゼフ・ギンゴールドが覚えており、
『素晴らしい体験だった。
いかなる四重奏団も彼に匹敵するものはなかった。
ラルゴの細部に全身全霊を込め、
スケルツォの燃焼。
そして、第1ヴァイオリンに委ねた、
複雑な弦の交錯。
私は、彼にベートーヴェンの四重奏曲の
全曲を取り上げて欲しかった。』
二か月後の3月8日に、これを再録音して、
彼は拒絶、のちになって発売を認め、
やはりそれを後悔したように、
この機会のレントの演奏には、
トスカニーニは満足していなかった。
1939年11月25日まで、
彼はこの曲をプログラムに入れなかったが、
彼は、初めて、そこそこできたと思った。」

このように、このナクソス盤の演奏が紹介されている。
CD番号まで、81101813と書かれているが、
まさしく今回のCDである。

「トスカニーニが、何故、
初期のレント演奏に満足しなかったのか、
今日、これを類推することは困難である。
1938年3月の録音は、
1分ほど長く、テンポが最も遅く、
暗く内向的である。
1938年1月の録音と、
1939年の録音は、
2秒ほどしか違わない結果となった。
可能性があるのは、
後の演奏は、連続性とフレーズの息遣い、
そして強弱の凝縮で他のものを凌いでいる。
しかし、これらのものは些細な違いである。
一方で、ここでのヴィヴァーチェは、
ギンゴールドが書いていた、
新鮮な準備の効果が出ている。
もう一度書くと、1938年から1939年の、
三つの演奏はすべて、テンポは似ているが、
この演奏がもっともリラックスしている。
もっとも素早く、スフォルツァンドや
フォルテピアノの記号に反応しており、
『第9』のスケルツォに近づいている。」

ということで、今回の演奏は、
二回の駄目だしの後の三度目の正直をかけた演奏のようだ。

が、それほど大きな違いはないともある。

放送録音を使った、
このシリーズのナクソスのCD、
トラック8はラジオ放送時の、
第8交響曲終了時のアナウンサーのコメントで、
拍手も一緒に収められている。
そのくせ、CD9の
この曲のはじめの拍手もコメントもないのは、
ちょっと不自然で、最初聴いた時には、
この演奏は、別の機会のものかと勘違いしたほどである。

さて、今回、これを聴いてブッシュ四重奏団の、
この曲を聴き直してみたが、
トスカニーニと似たところはまるでなく、
深く沈潜して、確かに遅すぎるような気もした。

しかし、これは、古くから、
ロマン派の伝統を伝える滋味豊かなものとされて、
大木正興氏などは、「優麗玄妙」という、
日常では聞けない言葉を使って表現していた歴史的名演。

まるで、黄泉の国に下降していくような音楽で、
非常に超俗的なビジョンを音にしている。
各楽器は、それに忠実な友として寄り添い、
気高く、劇的ですらある。
昔のドイツの巨匠が振るベートーヴェンは、
ワーグナーのようだ、と書いていた人がいたが、
これはまさしくワーグナー的な音楽と言える。

アドルフ・ブッシュのヴァイオリンと、
ヘルマン・ブッシュのチェロが、
あたかも、オルフェウスと
エウリディーチェの嘆きのように、
情感のこもった会話をしていて、
これはかなり危ない世界に接近している。

冥界における別れの音楽とも言える。
没落の歌とも聞こえる。

こんなにもややこしい背景を背負った音楽は、
明晰で張り詰めたスタイルの
トスカニーニを聴いた直後であっては、
単に晦渋と感じても無理はないだろう。

トスカニーニの「レント」は、
7分半から8分半くらいで演奏されており、
まず、弦楽群の立体感によって、
ブッシュ四重奏団で聴くより、
見通しのよさを感じる。

分厚い弦の響きが、
弦楽四重奏の抽象的な世界から、
一歩、人間的なものに近づいて感じられ、
諦念と希望が交錯する音楽になっている。

1938年1月の録音は、
Music&ArtsのCD復刻がうまく行っていて、
非常に深々とした印象を与えるが、
初めての演奏ということで、
とても慎重に演奏している、という感じがする。

また、別のナクソスのCD(8110895)で、
ハイドンやモーツァルトの交響曲と一緒に、
1938年3月8日(ハイドンの「V字」と同じ日)
の第2回録音も聴くことが出来る。

これは、演奏時間が最長とされたものだが、
ためらいがちなもので、息を潜めるように、
深く沈潜する感じは、ブッシュの演奏にも近い。
とても心をこめて演奏している様子が聞き取れて、
この内省的な情感は、私は好きである。

さすがスタジオ録音、
慎重に慎重に、という感じだろうか。
なるほど、密室での作業、
グールドの自問自答の世界かもしれない。
後半の清らかな歌も、
昔を回想しているかのように響く。

自己愛的にセンチメンタルで、
トスカニーニが後悔した理由もよく分かる。

再びライブである1939年のチクルス版は、
もっと、ストレートに歎きの歌になっている。
そして、慰めのような清らかな歌が、
素直に救いの音楽として感じられる。
ただし、録音は少し平板に聞こえる。

差がないと書かれていたが、
演奏状況や楽員の関わり合いなど、
かなり環境に差異があって、
それがそのまま音になっていると思う。

あと、ブタペスト四重奏団(旧全集)の
この楽章の演奏を聴いたが、
さすがに、弦楽四重奏曲だけあって、
鋭い鉛筆でのデッサンのように響きが固く堅固、
トスカニーニほど豊潤に明快なものではない。
演奏時間は、トスカニーニの最長と最短の間を取った感じ。

さて、トスカニーニの編曲であるが、
本来の第2、第3楽章を反転させ、
まずは優麗玄妙な方の第3楽章を聴かせ、
第2楽章のスケルツォで活気を付けて終わる、
という構成になっていて、
原典に帰るを良しとした、
トスカニーニらしからぬ仕事である。

が、不自然さはあまり感じない。
よくできていると思う。

このスケルツォも、
今回、ブッシュ四重奏団で聴くと、
録音のせいもあるのだろうが、
どうも切れが悪く、ごにょごにょしている。

ブタペスト四重奏団のものは、
さすがにトスカニーニ風と言えるかもしれない。

トスカニーニの演奏で聴くと、
明るいヴァイオリンのきらきら感と、
低音弦の機動性で、
そのあたりの歯切れを良くして、
コンサート・ピースのエンディングとして、
爽快な感じをうまく出している。

この四重奏曲の演奏の後には、
ベートーヴェンには珍しいバレエ音楽、
「プロメテウスの創造物」から、
「アダージョとアレグレット」で、
ハープとフルートの響きが可愛らしいアダージョは、
第2幕のパルナッソスの情景の第2曲にあたり、
石をも動かしたとされる、
竪琴の名手アムピーオーンと、
抒情詩の女神エウテルペーの合奏に、
楽人アリオン(バスーン)や、
オルフェウス(クラリネット)が唱和するという部分。

前半は、様々な楽器の妙技が聴ける、
穏やかな音楽で、
後半の強烈なチェロの独奏は、
アポロの参入を表すという。
ここに来て、トスカニーニの、
強靭な意志を感じさせる。

ちなみに、ナクソスのCD解説は、
「プロメテウスの創造物」の序曲の解説になっているが、
CDには、序曲は収められておらず、
この曲では、このバレエ音楽の一曲が、
ぽつんと収められているだけである。

アナウンサーの解説も、
単に、アダージョとアレグレットと言っているだけ。
ラジオの番組としては、かなり、不親切である。

ただ、とても美しく楽しい音楽で、
ベートーヴェンの違う側面が聴けるという意味で、
この夜のコンサートは、
他のプログラムとは違った幸福感に、
彩られていたはずである。

そもそも、「第8交響曲」は、
ベートーヴェンの中では、
異質とも言える幸福感が味わえる交響曲である。

これを爆発するような表現で、
トスカニーニは聴かせ、
RCAからも古いスタジオ録音が出ていた。

日本のBMGファンハウスから出ていた
「赤盤復刻」シリーズでも、
この曲はCD化されていて、
モーティマー・H・フランクの解説(許光俊訳)で、
「響きが粗く、テンポが速いという点で、
トスカニーニの第8解釈の典型とは言えない」とあるように、
実は、このよく出回った演奏は、
聴いていて疲れるものであった。

第1楽章の再現部の冒頭で、
第1主題をティンパニで補強しているとあるが、
これがまた、ややくどく、やかましい感じを増幅していた。

つまり、同じ1939年のスタジオ録音の「第8」は、
典型的な、「嫌なトスカニーニ」だったわけだ。
つまり、音が硬直していて、広がりがなく、
押しつけがましく、何がいいのか分からない歴史的録音。

「第8」については、
Music&Artsの全集盤CD集の解説で、
やはり、DYMENT氏が演奏比較を行ってくれている。

「『第8』は、1897年という早い時期から、
彼のレパートリーに含まれていたが、
アメリカ時代には、それほど多く演奏されていない。
4回の機会にニューヨーク・フィルとは11回、
NBCとは6回の演奏が、RCAの録音後につづいた。
1936年3月のニューヨーク・フィルとのエアチェックは、
それほど統率は効かせておらず、
曲に相応しい気楽さで、
古典的に構成されているが、弛緩があり、
例えば、トリオのルバートは危なっかしく、
しかし、曲の様々な局面に合わせた、
力強い主張は完璧である。
今回の演奏(1939年のチクルスのもの)は、
それと対照的に、トスカニーニの決めたムードによる
効果が強烈に反映されていて、
速く、容赦ないテンポ、
突然のアクセントが、
温和さが不気味なユーモアに変化させ、
歯を食いしばった笑いといった
この後録音される演奏群の青写真となっている。
唯一、1952年11月のRCA録音のみが、
ニューヨーク時代の
好ましいユーモアを取り戻しているが、
NBC響は初期の、
きっちりとしたアンサンブルを発揮できずにいる。
この録音のクリアさによって、
トスカニーニが追加した、
第1楽章の再現部のティンパニが聞き取れる。
明らかに、ここにはこの指揮者のジレンマがあり、
ベートーヴェンでは珍しい
フォルテッテシモがあるにも関わらず、
低音での主要主題は、
上声部の強弱を押さえないと聞き取れない。
ここでトスカニーニは、
ティンパニでメロディ・ラインを強調する
ワインガルトナーの勧めにしたがっている。
これは、その唯一の例ではなく、
エグモント序曲の勝利のエンディング、
334小節から336小節にも見られ、
これもまた、後年の演奏からは見られなくなる。」

今回、後年のものも聴き比べてみたが、
ユニークなのは、やはり1939年のライブであろう。

恐ろしいエネルギーが冒頭から放射され、
さすがにライブならではの熱気がある。
スタジオ録音における、
行き場のない苛立ちのようなものは感じられず、
第1楽章の細かいリズムの刻みが、
聴衆の心の動きと共に高まり、
この貴重な一夜の時間が、
濃密に流れていく事が感じられる。

それは、親密な情感を第1とする、
「第8交響曲」にはなくてはならぬものだと思う。

それにしても、再現部主題を補強するティンパニが、
何と、胸の高鳴りを煽り立ててくれることであろうか。
ライブの興奮の最中、ティンパニなしでも、
この瞬間、聴衆の心には、
こうしたスイングが生まれていたに相違ない。
私は、この瞬間を聴くだけでも、この録音には価値があると思った。

解説にあったように、
歯を食いしばった笑み、といった要素が、
この大戦前夜の録音にはあるかもしれないが、
それはそれで必然とも思え、
その他の楽章で、かき鳴らされる、
突然の音楽の変化もまた、
推進力となって、
この平易な交響曲の演奏でありがちな、
無風地帯を感じることがない。

独奏で浮かび上がる楽器の響きも楽しめる。

得られた事:「トスカニーニは、ブッシュ四重奏団を最前列で聴くほど愛好し、ドイツの本流を受け継ぐ彼らと、ブタペスト四重奏団の架け橋でもあった。」
「スタジオ録音のすぐあとで行われた『第8』演奏会のライブ録音は、居合わせた聴衆の胸の高鳴りのように、第1楽章再現部のティンパニがスイングする。」
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by franz310 | 2014-06-15 19:47 | 古典

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その410

b0083728_23102522.jpg個人的経験:
トスカニーニ指揮の
「第7」と言えば、
戦前から、NYフィルのものが
決定盤とされるほど有名で、
戦後に録音したものも、
JVCがXRCDで復刻した程、
名盤とされていた。
これらは、カーネギーホールでの
収録ということもあって有利。
逆に、いわば、戦時中に、
8Hスタジオで録音されたものは、
あまり知られていなかったはずだ。


トスカニーニが亡くなってから、
むしろ、最近になってから、
こうした貴重な音源が、
数多く出て来た背後には、
アルトゥーロ・トスカニーニ協会なる団体があって、
そこが、収集していた音源が出所になっているらしい。
今回のCDには、少し、そのあたりことが書かれていた。

1939年の年末と言う、
この緊迫した状況下で録音された、
一連のトスカニーニ録音は、
これまでも聴いて来たとおり、
一種、独特な世界を作り上げていて、
多くの聴衆を魅了してやまないが、
私は、いったい、どこからこれらが出て来たのか、
ちょっと悩ましく思っていた。

本当に多くのレコード会社が、
同じ音源から製品を出しては、
不慣れな我々に混乱をきたしている。

これまでも、有名なNAXOSや、
Music&Artsの他、
かなりいかがわしいが音は聴きやすい
GRAMMOFONO2000、
いかがわしいだけに見える
LYSなどのCDを聴いて来たが、
今回のものは、かなり、日本では、
日本クラウンが90年代に広く頒布したので有名な、
スイス、レリーフ・レーベルのものである。
(ただし、これは日本盤ではない。)

このCDのデザインは白黒写真を基調として、
日本で出されたトスカニーニのスケッチ仕様より、
私にとっては好ましいものだ。

このレリーフ社の「全集」は、
「第1」と「第4」、「第2」と「第5」といった
実際の演奏会の曲目とは異なっていて、
GRAMMOFONO盤なみにめちゃくちゃだが、
幸い、この「第7」は、
「七重奏曲」や「エグモント」序曲と組み合わされ、
演奏順も、11月18日演奏会の完全収録となっている。

なお、ナクソスのものも、
同じようにこの3曲が一枚のCDに収められているが、
ナクソスにある、ハミルトンによる放送用解説は、
このレリーフ盤では省かれている。

ナクソス盤の弱点は、
演奏の質感を大切にしたのか、
若干、ノイズが目立つことだが、
このレリーフのものは、
そのあたりは、条件が良いよいように思われる。

音楽之友社から出ていた、
「輸入盤CD読本」には、
GRAMMOFONOやLYSといった、
謎のイタリア系復刻レーベルは出ていないが、
この、RELIEFは出ていて、
「スイスの歴史的録音のリリースを専門にしているレーベル」
ろある。

日本語のあいまいさで、
「スイスの歴史的録音」か、
「スイスのレーベル」か分からないが、
トスカニーニのニューヨークでの演奏を出しているので、
後者と考えるべきであろう。

このレーベルの実体はよく分からないが、
CDの作り自体は、イタリア系のものより、
しっかり、かっちりしている感じはする。

ブックレットの最後のカタログには、
トスカニーニの他、フルニエとヘスのリサイタルや、
ホルショフスキのベートーヴェンなどがあり、
YUVAL TRIOなる団体のディジタル録音もあるので、
単に、著作権切れビジネスをやっているわけではなさそうだ。

このユーバル・トリオは、
グラモフォンからもレコード、CDが出ていた、
それなりに高名な団体である。

また、LISA DELLA CASA
Ricital Tokyo 1970というのがある。
何なんだこれは。

このトスカニーニのCDに関して言えば、
Disco Tradingのライセンスを受けている、
とあるが、これがまた、何のことだか良く分からない。
プロデューサー名は、Rico Leitnerとある。
この名前をネット検索すると、
スイスのマジシャンだとある。

ということで、意味不明であることにかけては、
少なくとも現状は、このレーベルも、
他のイタリア系レーベルと何ら変わることはない。

解説は、Peter Aistleitner
という人が書いていて、
これもネット検索してみたが、
何者か、該当する人物はヒットしなかった。

解説者がはっきりしている点では、
LYSの方がマシではないか。
GRAMMOFONO2000の解説者も、
特定不可能であったが、
内容はディープで面白かった。

これはどうか。

「19歳のアルトゥーロ・トスカニーニ(1867-1957)の
リオ・デ・ジャネイロにおける指揮者としての
目を見張るような成功は、
指揮棒を下して、再びチェロ奏者に戻ることを許さなかった。
1886年12月、トリノのオーケストラのチェリストは、
非常に評判の高かったジョバンニ・ボルツォーニの指揮で、
初めて、ベートーヴェンの交響曲(第2)を演奏した。
トスカニーニがベートーヴェン(第1)を
指揮するまでには10年を要した。
1896年5月3日、ミラノ・スカラ座での
デビュー・コンサートの一環であった。
同時代の批評家は、これを、
『un grande successo di cassetta:
ma un successo artistico ancora superiore』
だと書き、
聴衆も、終楽章のアンコールを、
『con insistenza eccessiva』に求めたが、
トスカニーニの後のキャリアでもそうだったように、
これは拒絶された。」

このように、この解説は、
ところどころ、イタリア語になっていて、
スイスのレリーフ社が、どの程度のものか、
推察できる内容になっている。

「ベートーヴェン没後100年記念に、
1926年10月、一週間かけて、
スカラ座のオーケストラと200人の合唱団で、
全9曲の演奏を行った。
これは、マエストロの最初の全曲演奏であったのみならず、
ミラノでも初めての試みであった。
父親のリハーサルを録音するために、
ワルター・トスカニーニは、
スカラ座に機材を送り込んだが、
残念ながら、結果は失敗に終わった。
トスカニーニは、あと4回の全曲チクルスを行っている。
そのうち二回は1934年と42年の、
ニューヨーク・フィルハーモニック交響楽団とのもので、
放送や私家録音はあるものの、
発売されたものはない。
1933年から1936年の記事では、
よく計算されたルバートと、
よく伸縮するスタイルが賞賛されており、
ハーヴェイ・ザックスは、
これがこの時期のマエストロの特徴だと、
RELIEF821の解説に書いている。」

RELIEF821は、
ブックレット最後のカタログに出ていないので、
何のことやらわからない。

「1939年、72歳の年に、
トスカニーニは全曲チクルスを二回も行っている。
5月には、ロンドンのクイーンズ・ホールで、
BBC交響楽団と、
10月28日から12月2日には、
6週間にわたり、スタジオ8Hで、
NBC交響楽団と演奏している。」

このあたりの事は、
Music&Arts盤に、
ばっちり書かれているので、
あまり貴重なものではない。

「B.H.ハギンズの証言、
『トスカニーニとの会話』(1979年第2版)
によれば、
このNBCの放送は、
『最初の何年かの、
トスカニーニが、
沢山の若い弦楽の名手の応答性や、
卓越した能力に触発され、
また、彼らもまた、彼のすさまじいパワー、
カリスマ性、献身性に発奮された、
異常なエネルギーと熱気を孕んだ演奏』
の証拠である。
この演奏会シリーズの第4演奏会
(1939年11月18日)
は、『エグモント』序曲で始まったが、
これは、HMVからシェラック盤で出ていたものだ。
1953年のRCA盤の発売後も、
これに先立ったライブ演奏が、
『トスカニーニの最高のもの』(ハギンズ)
とされていた。」

この曲のこの録音は、RCAからも、
「第5」、「第8」のスタジオ録音との
組み合わせで出されていた。

「プログラムは、
トスカニーニ自身の編曲による、
ベートーヴェン『七重奏曲 作品20』
のアメリカ初演が続く。
これは、トスカニーニが若い頃から、
特別に愛着を持っていた曲である。
ある逸話によると、
パルマ音楽院にいた時、
この曲のスコアを買って、
級友たちと演奏するために、
何日も肉料理を我慢したと言われている。」

この曲が、RCAからも出ているのは、
このような背景があるからで、
この逸話は、ぜひ、載せて欲しかったが、
これはかなえられた。
ナクソスのCDの解説は、
曲の解説だけで、こうした内容はない。

七重奏曲は、シューベルトの「八重奏曲」との関係が
語られる曲であるだけに、
トスカニーニのこうした趣向は、
是非とも知りたくなる。

「1970年代中盤には、
ごく限られた時期のみ、
全曲演奏の一部だけが、
アルトゥーロ・トスカニーニ協会が、
オリンピック・レコードと共同で、
LPで発売していた。
CR1861、CR1871から、
レリーフ社は、
この有名な演奏会シリーズを、
デジタルリマスターしてCD化して
発売し続けている。」

このCR1861は、前述の「第1」と「第4」で、
CR1871は、「第2」と「第5」である。

これを見ると、
レリーフ・レーベルは、
トスカニーニ協会の正統な後継者だ
と言っているように見える。

ただし、このトスカニーニ協会というのは、
非常にややこしく、
諸石幸生著の「トスカニーニ、その生涯と芸術」
によれば、
1969年に活動を開始した、
テキサスの団体があり、
70枚ものLPを出し、
一部はオリンピック・レーベルからも出されたが、
これは、1973年に活動を休止したという。

何と、トスカニーニ家とのトラブルのため、
とあるので、
これは、正統性を疑われた形となっているわけだ。

また、ロンドンにもトスカニーニ協会があるという。

レリーフ・レーベルのものが、
初代とも言えるテキサスの団体が
持っていた記録を使っているとすれば、
あるいは、もっとも最も状態のよいものと
考えることもできるかもしれないが、
必ずしも、そうではないようにも思える。

さて、この1939年のチクルスでは、
Music&ArtsのCDの解説が、
大変、読み応えがあるが、
ここには、この「第7」を含む演奏会について、
このような文章が載せられている。


「(第6、第5の)一週間後の11月18日の、
第4回演奏会は、
トスカニーニによるオーケストラ版の
『七重奏曲』の初演に加え、
『エグモント』序曲、『第7交響曲』が含まれていた。」

ちなみに、「七重奏曲」は、交響曲全集には関係ないので、
Music&Artsの5枚組にも、
GRAMMOFONO2000の5枚組にも含まれていない。

このレリーフ盤、それから入手しやすいナクソス盤は、
これを含んでいて貴重である。

「『レオノーレ第3』と共に、
『エグモント』はトスカニーニの最も好んだ序曲で、
テープ録音が可能になった後、
スタジオで録音した唯一のものである。
しかし、後年のものは素晴らしい事は確かだが、
この録音の思い悩むような力に比べると、
音もきんきんして、幅広さに欠ける。
約4年前、アーネスト・ニューマンは、
1936年1月1日の演奏会の前に、
現地のオーケストラに対し、
この序曲のリハーサルをするトスカニーニを、
モンテカルロで聴いている。
彼は、自分が求めていたことができるまで、
オーケストラをどうして良いか分からず、
153小節のフレーズを10回も繰り返した。
『書かれたものの向こうにある、
曲線や密度の最もかすかなニュアンスによって、
トスカニーニが表したかったことなどは、
原則、演奏においてはどうでもよく、
ベートーヴェンが意図したものが何であるか、
まさしくそれが何であるかを彼は我々に感じさせた。』
こうした体験が、この後のもの同様、
この演奏にも反映されているはずである。」

トスカニーニのような指揮の達人でも、
どうやって、それを表現してよいか分からず、
オーケストラと共に試行錯誤しているかのようで、
非常に考えさせられる一節である。

「『田園』同様、『第7』は、1897年という早い時期から、
トリノでレパートリーに入っていたが、
『英雄』や『田園』に比べると、
少ない回数しか演奏していなかった。
しかし、1930年のニューヨーク・フィルとの欧州公演、
1940年のNBC響との南米ツアーでは、
お気に入りの演目となって、
1936年のRCAへの録音の結果か、
他の何よりも、トスカニーニの交響曲指揮者としての
全世界的な名声の確立に寄与したものとなった。
今回の演奏は、よく統制され統合されたという意味で、
トスカニーニは、早くもNBC響によって、
ニューヨーク・フィルの驚異的アンサンブルを再現し、
それに近づけたものだ。
全チクルスを通じ、ここでの演奏は、
最も磨き上げられ、統合されている。」

この「第7」は、
ニューヨーク・フィルのものではどうしても聞き取れなかった、
低音弦の存在感が圧倒的な分が効くのか、
ものすごく中身が詰まった、雄渾な演奏に聞こえる。

名盤とされるニューヨーク盤の音質が、
どうしても弱々しい以上、
三年しか録音年が違わない、
こちらの演奏で、トスカニーニの「第7」を、
代表したくなってしまう。

このように、Music&Artsの解説は、
ニューヨーク・フィルほどに、
まだ、新星NBCは、到達していない、
ということが前提になった文章だが、
今回は、先に、B.H.ハギンズの
NBCは、ニューヨーク・フィルとは、
別の可能性を持ったオーケストラであった、
という解釈も目新しかった。

「解釈の点でも、1936年のものよりも、
広がりはないものの、
(戦後の彼の録音よりも)すばらしく制御されていて、
その結合部で、
ニューヨーク・フィル時代の特徴である柔軟性は残し、
第1楽章の再現部では、強調された表現が見られ、
第1主題の木管による優しい語りが続く。」

自然に燃え上がった演奏で、
冷徹なものが多い1939年のチクルスでは、
異質な感じかもしれない。

第2楽章なども、
素晴らしい緊張感が持続して、
強烈な牽引力を感じる。
ここでは、透徹したトスカニーニの本領も聞き取れる。

「全体として、効果は適度に圧倒的で、
ダウンズが、今度ばかりは言葉を失って、
満足してこう述べたとおりである。
『大騒ぎの終曲にも、
何かを読み取ろうとするわけでもなく』
『これ以上になく心からの、
効果狙いの効果がまったくない』。
今日、これを聴いてもわかるが、
このようなスリリングな再創造に対して、
批評家も反応を抑制できなかったことが
明らかに見てとれる。」

第3楽章も、興奮しながらも抑制されていて、
この執拗な楽章がまったく嫌味に感じられない。
トリオの簡素さも好感が持てる。

終楽章も、ダウンズが圧倒されたのも当然だと思える。
まったくこれ見よがしなことがなく、
普通の事が行われているだけなのに、
呼吸するように前進し、
音楽は内部から膨れ上がる感じである。
非常に充実した音楽だと感心する以外ない。

得られた事:「トスカニーニの解釈は、NBC交響楽団の名技性を獲得したことによって深化した。」
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by franz310 | 2014-06-07 23:11 | 古典

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その409

b0083728_1939451.jpg個人的経験:
戦争の年、1939年の
ベートーヴェン。
トスカニーニのチクルスの記録を
最初から聴き進めて、
ようやく「第5」を越えた。
この「第5」は「第6」と
同じ演奏会で演奏され、
実は、後半が「第5」、
第6「田園」は前半だった。
これは、曲の盛り上がりから、
多くの演奏会で、
よく取られる措置である。


日本の音楽好きには、カール・ベームが、
ウィーン・フィルを連れて来た時の事などが、
すぐに印象深く思い出されよう。

トスカニーニの39年の録音は、
著作権が切れているせいか、
いろんな会社がCD化したが、
ここで聴くのは、
Music&Artsなどが、
ヨーロッパの泥棒レーベルと呼ぶ、
LYSから出ているものである。

1996年に出た商品であるが、
当時の一つの試みとして、
プラスチック・ケースの回りを覆う、
厚紙ケースが付いている。
コンパクトさを損なう、
大げさな迷惑仕様である。

が、こうした歴史的録音を、
大切な宝物のように扱う姿勢には、
文句を言いたくはない。
が、宝物にするなら、
もっと気合いを入れて欲しいものだ。

デザインとしては、トスカニーニの白黒写真を中央に、
回りはオレンジ色で田園風景の絵画があしらわれている。
が、この絵画の正体が何であるかは分からない。

何となく、トスカニーニも年寄り臭くて、
田園風景も妙に感傷的で、
あまりスタイリッシュなものではない。

私は、LYSの出したトスカニーニは、
これしか持っていないが、
「トスカニーニの遺産」と書かれ、
「ベートーヴェン・チクルス Vol.3」
とあるので、このレーベルも、
包括的にトスカニーニの録音を発売したのかもしれない。

合わせて収められているのが、
「エグモント序曲」、「コリオラン序曲」、「フィデリオ序曲」と、
といった序曲集なので、
まるでLP時代の乗りである。

昔、私が持っていたクレンペラーの「田園」は、
確か、「フィデリオ序曲」が合わせて収録されていた。

マスタリングは、Studio DANTEの、
Christophe Henaultという人が担当。

解説は、Jean Charles Hoffeleとある。
ネット検索すると、ファリャの本などが出てくる。
ファリャとトスカニーニと何か関係があるのだろうか。

ブックレット3ページにわたって解説があるが、
内容は、トスカニーニの簡単な評伝である。

かいつまんで、この録音の頃を抜き出すと、
「戦時中、アメリカでの活動を拡大した。
1938年には、
デヴィッド・サーノフ、サミュエル・チョジノフが、
彼のために特に創設した交響楽団の指揮を依頼した。
有名なNBC交響楽団である。
約10年の間に、
彼は、ほとんどの彼の交響曲のレパートリーや、
オペラのレパートリーの多くを取り上げた。
1946年、彼はミラノに帰り、
再建されたスカラ座を指揮し、
1954年4月4日、
NBC交響楽団と、
ワーグナーに捧げたコンサートで、
お別れ演奏会を行った。
灼熱のトスカニーニの芸術は、
ヴィーン古典派や、
ベートーヴェンの交響曲に大改革をもたらした。」

私は、ここまで読んで、
具体性のない、ありきたりな表現に、
飽き飽きして訳出するのをやめようかと思った。

しかし、続く一節などは、まさしく、
この1939年のベートーヴェンに、
相応しい表現かもしれない。

「彼の切れの良い、断固たる指揮は、
音色に集中することなく、
むしろ彼の解釈の白黒の様相によって、
その芸術にある力の印象を強調する」

同じトスカニーニの指揮でも、
BBC交響楽団では、
名手ぞろいの管楽器奏者たちが、
伝統と個性で楽曲を彩ったが、
NBC交響楽団の演奏では、
確かに、まったく色彩が感じられない。

以下の部分はこの解説の締めくくりであるが、
トスカニーニによって多くの才能が、
霞んでしまった、というような、
苦言とも見える内容になっている。

「トスカニーニの全世界に及ぶ名声は、
完全に評価されているとはいえ、
ベルナルディーノ・モリターリ、ジーノ・マリヌッツィ、
ウィリー・フェレーノ、ヴィクトール・デ・サバータ、
アントニオ・グアルニエリといった、
セルジョ・フェイローニからフランコ・フェラーラに至る、
多くのイタリアの指揮者の才能をかき消してしまった。
トスカニーニは公式に、
若い指揮者のグイド・カンテッリを、
その後継者として指名し、
指導したこともあったが、
この人も37歳で亡くなり、
20世紀後半の最高の指揮者となりえた人は、
我々から失われてしまった。」

さて、トスカニーニの「田園」では、
この1939年の録音は、
どんな位置づけになるのであろうか。

GRAMMOFONO2000では、
「第5」の解説の後に、
こんな解説が続くが、
ここでも即物的で色のない世界が語られているようだ。

「よりトスカニーニが愛した交響曲、
『第6』は、
決して終末論的な高揚もなく、
あくまで現実の世界のもので、
湿った地球の香りが漂い、
夜の香気がある、
さっと描かれ、さっぱりした田園風景の再発見で、
時として、ほとんどコミカルで無邪気である。」

また、Music&Artsの解説には、
もっと、精密な分析があり、
「『田園交響曲』を取り上げた、
トスカニーニのプログラムは、
1897年から1954年の間、
『英雄』以外のどの交響曲よりも多い。
しかし、『第5』とは違って、
この曲の録音は、
この演奏から、たった2年しか遡れず、
1937年6月と10月のBBC交響楽団とのもので、
1938年2月にはNBCでの演奏がある。
これら三つは、細部しか異ならず、
好みによっては、この演奏は、
HMVの録音では省かれた、
第1楽章のリピートがあるゆえに重要である。
トスカニーニとしては、このチクルスでは、
最大限のリピートを実施すると決めていたようで、
彼が常に履行していたとはいえない、
第1楽章では、『英雄』と『第7』以外で、
(これらを彼が反復した例は知られていない)
これが行われている。
因習にとらわれず、
ここで見られる彼の純粋に音楽的、
直観的なアプローチは、
バーナード・ショーが、『16曲の交響曲(1951)』
で紹介した、
トスカニーニが1937年のコンサートのために、
BBC交響楽団と『田園』をリハーサルした時に関する、
首席ヴィオラ奏者による、
あまり知られていないが印象的な証言、
をよく表している。
『あの時、トスカニーニは決められなかった。
“どうしよう、私は、
これまでいつもダ・カーポしていたが、
どうも、間違っていたようだ。
この楽章のバランスを考えると、
こうする方が良さそうだ。
よし、戻ろう。“
リピート以外では、
これらの3つの演奏は、
いずれも、その抑揚に愛情が溢れ、
特にアンダンテがそうだ。
BBC盤がその自発性や、
無比の木管群で輝くとすれば、
この録音に聴く統合力、コントロール、
そして明晰さもまた、同様に満足すべきもので、
これら3つは、これらの観点で、
いずれも1952年の、
RCAレコーディングより優れている。」

ということで、
私が聴いたことのない、
1938年のものがベスト、
などという結果にならずに済んでよかった。

ただし、RCAのレコーディングを、
一聴すると、実は、この最晩年の演奏も、
伸びやかさがあって悪くないことが分かる。

モーティマー・H・フランクという人は、
「年を取るにつれて、演奏のテンポが速くなり、
リズムもいっそう堅くなっていったという定説」
が間違っているという証拠がここにある、
と強調している。

「こと、この交響曲に関して言えば、
よりテンポが速いのは初期の演奏で、
リズムやフレージングが素晴らしく柔軟なのは
後期のものなのだ」。

なお、「田園」からは話が逸れるが、
1938年という年の録音では、
R・シュトラウスの「ドン・キホーテ」
(何と、チェロはフォイアマン)と同日に演奏された、
10月22日の「第5」はGuildレーベルのCDで聴ける。

これは、東京エムプラスから出た時に、
山崎浩太郎氏が、コメントを書いていて、
「初期のNBCの『運命』では、
『これがベスト』」という評価を書いており、
「田園」も出ていたら聴きたいものだ。

この1938年の「運命」は、
マエストロが後で聞き直してみたい、
という要求に応えるために
保存されていたものらしいが、
翌年の演奏よりも、録音が良いように思えるのはなぜか。

この1938年の「運命」に関して言えば、
第1楽章提示部の繰り返しを行っているし、
1939年のものよりもテンポが速く、
全ての楽章の演奏時間が短く、
ちょっとあっさりと小ぶりか。

第4楽章が来る前の、きらきら感も、
1939年の演奏の方が見事である。

この調子の「田園」であれば、
ちょっと即物的にすぎ、
楽しめないかもしれない。

いずれにせよ、1939年の「田園」が、
様々なレーベルから簡単に入手できることはありがたい。

ただし、何度も書いたが、
実況放送のコメントまで入って、
当時にタイムスリップできるのは、
NAXOS盤のみである。

「ベートーヴェンの
全交響曲のプログラムは、
第6交響曲ヘ長調
『田園交響曲』へと続きます。
これは、最初のアレグロに、
『小川のほとりの情景』
と名付けられた緩徐楽章、
『村人たちの楽しい集い』のタイトルのスケルツォ、
『嵐と雷雨』を表す楽章と、
フィナーレの『嵐の後の祈りの感情』からなります。」
と、ジーン・ハミルトンが、
テキパキと手際よくしゃべっている。

トスカニーニが演奏する前に終わらないといけないので、
かなりのドキドキであったと思われる。

ナクソスのCDは「運命」と、
「コリオラン序曲」が入って、
1枚で済みお得であるが、
1999年に出たもので、
24ビットのプリズム・サウンドの技術を使い、
音質的にも満足の行くものである。

したがって、私がLYSのCDを持っている意味は、
ほとんどない。

「田園」は、出だしから自信なさそうで、
第1楽章で活躍する木管楽器などは、
弦に埋もれがちで、よく聞こえない。

第2楽章の水墨画的な陰影も、
悪いわけでもないが、何となくふらついて、
心もとない感じが無きにしもあらずである。

第3楽章も録音が少し遠い感じか。
第4楽章は、じゃーんと来るところであるが、
金管楽器が割れたりせず、
ティンパニのごろごろが、
ずしんと来るかがポイントであろう。

特に過不足はないが、
ナクソスでは、始まって
咳払いなどがリアルに聞こえて、
うれしくなってしまう。
悪名高いホール8Hとは、
こんな感じなんだろう、
と思わせるきちっとした音。

ただし、ナクソスのものは、
放送した音源を使っているせいがあるのか、
かなり、パチパチノイズが他のものより目立つ。
特に気になるのが、第2楽章の第2主題前からのもの。
逆に言うと、よけいな処理が入っていないようで、
それなりに貴重で、弦楽の表情は分離度がよく繊細さがある。

しかも、当時の聴衆が、楽章と楽章の間に、
拍手をしているのまでが収録されていて、
記録として非常に興味深い。

Music&Arts盤はその点、
ノイズがあまり気にならない。
咳はなまなましく、
切れがあって迫力がある。
このCDは全集だが、「第5」との組み合わせ。

LYSも時々パチパチ音があるが、
それ以前に、音が歪み気味。
戦前の録音を、まともに聴かせるには、
やはり、いろいろやらないとだめだ、
と考えさせられる部分もある。

ヴァイオリンは優美で悪くないが、
ナクソスほど、低音弦の迫力はない。
終楽章の最後の高揚感も輝かしい。
私は、トスカニーニが感興に乗っている声を、
そこそこ再現している点に関しては、
ついつい高く評価したくなる。

が、曲が終わっての拍手が収録されていないのは、
少しずる賢い感じがする。
「田園」に序曲を組み合わせた
CD化における曲の組み合わせからしても、
ライブ録音である点をごまかしているのではないか、
などという意地悪な見方もできる。

一番、色彩的に聞こえるのは、
GRAMMOFONO2000ではなかろうか。
弦のざわざわ感も良く、
ティンパニに重量感があるせいか、
リズムの粘りさえ感じられる。
あるいは、いくぶん、残響を付加しているのかもしれない。
第2楽章のぱちぱちノイズもナクソスよりは抑えられている。

ヴァイオリンの明るい響きは、
このCD特有のもので、
音に密度があるので、
押しつけがましい点もあるかもしれない。

トスカニーニの唸り声が、
同様に、存在感を持って聞こえている。

終楽章の感謝の歌では、
トスカニーニの声があることによって、
私もまた、そこに参加できる感じ。
音質で文句がない分、
ホルンがつっかえたり、
オーケストラの破たんが気になる場合もある。

ちなみに、このGRAMMOFONO2000のCDは、
意表をついて、「第7」との組み合わせ。
「第6」と「第7」を抱き合わせたCDなんか、
これまであっただろうか。

それにしても、
GRAMMOFONO2000の
CD解説に書かれていた、
「終末論的な高揚もなく、
あくまで現実の世界のもの」
という表現は、どう捉えたら良いのだろう。

戦争が始まった年の記録で、
夢物語を語らなかったというのであれば、
確かに、そういった感じがないわけではない。

「湿った地球の香りが漂い、夜の香気がある、
さっと描かれ、さっぱりした田園風景の再発見」
という表現も悩ましい。
これなどは、ファリャの専門家が書いた、
LYSの解説に載せて欲しい名文句である。

ちなみに、GRAMMOFONO2000の音質は、
確かに、そんな感じの音質で、
最後の「感謝と喜び」も、
しめやかに夜の気配が偲びこんで来る感じがする。

そう聞いてから、ナクソスなどで聴いても、
やはり、昼日中の輝かしい光景というより、
コンサート会場での儀式のような感じすらある。

したがって、
このような聴き方になってしまうと、
「時として、ほとんどコミカルで無邪気である。」
などと書かれた部分も分からなくもない。

これまで私は、嵐の後、青空が見えて、
村人たちが、それを見上げている感じの音楽
だと思っていたのが、
ここでは、海の向こうでは戦争、
ここでだけは、慎ましく平和を享受しましょう、
みたいな表現に矮小化されているのだろうか。

LYSのCD解説で、ファリャが専門の、
Jean Charles Hoffeleが、
「白黒の田園」と評したように、
この田園は「夜の田園」なのだろうか。
ファリャの夜は、しかし、神秘の夜である。

ついつい比較したくなる、
BBC交響楽団との演奏(スタジオ録音)は、
その意味で、もう少し開放的な広がりがある。
オーケストラが、飛び出してきて、
乗りに乗っている感じがする。

テンポが上がって行く第3楽章から、
各奏者のでしゃばり方は微笑ましく、
様々な光が明滅していて、
この流れは、第4楽章に突入していくが、
弦楽の軽快さ、金管のさく裂、
まことに神業のような輝きである。
惜しむらくは、ティンパニが良く聞こえない点だが、
終楽章の清らかな調べで、
そのあたりの不満は消し飛んでしまう。

ポルタメントをかけた弦楽群の押しの強さや、
晴れやかなホルンが印象的で、
楽器の遠近感が広がりを感じさせ、
刻むリズムも息づいている感じ。

1937年という古い録音ながら、
決して白黒写真にはなっておらず、
これは明らかに日の光の下の音楽だ。
トスカニーニもためらう事なく、
気合いの入った声を響かせ、
オーケストラをどんどん高揚させていく。

一方、NBCの39年の演奏は、
各フレーズが、かちっ、かちっと決められていて、
輪郭が濃く描かれている感じが強い。
特に、ナクソス盤で聴くと、
妙に、低音弦のごうごうした感じがよく再現されており、
これがまた、すごい影を宿すことになっている。

得られた事:「トスカニーニの1939年の『田園』は、克明に描かれた輪郭が濃く、ニューヨークの狭い空間に描かれた束の間のユートピア、『夜の田園』と書く人もいる。」
「LYSのCDは、少し歪が気になるが、音質としては平均的。トスカニーニの唸り声は、そこそこ再現されていて引き込まれる。」
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by franz310 | 2014-05-25 19:41 | 古典

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その408

b0083728_235562.jpg個人的経験:
1939年という、
物騒な時代に、
トスカニーニが、
あえて全曲演奏した
ベートーヴェンの交響曲。
その異常な時代の
異常なテンションの演奏に、
多くの人が惹かれるようで、
Music&Artsや
NAXOSなど、
複数のレコード会社が、
これをCD化している。


NAXOSのものは、トスカニーニが開いた、
演奏会ごとの編集となっていて、
非常に資料的にも価値が高いと思われる。

「第5」は、初演時と同様、
「田園」と同じ日に演奏されたが、
こんな演奏会は、
特別なファンならずとも、
垂涎のものと言わざるを得ない。

いや、少し前の私であれば、
あるいは、トスカニーニのベートーヴェンなどは、
干からびたシシャモのようなイメージばかりがあって、
いくら当時のニューヨークにいたとしても、
聴きに行きたいと思わなかった
可能性がないとは言えない。

が、行かなくても、多くの人は楽しめた。
この歴史的演奏会は、
ラジオの電波にのって放送されたからである。

この日の演奏会の演目に、
このラジオのコメンタリーまでを収めた
NAXOSのCDは、
表紙のトスカニーニも朗らかで、
この指揮者の暑苦しい雰囲気を払しょくして好感が持てる。

実際、このCDのTrack1は、
アナウンサー、ジーン・ハミルトンの
ブロードキャスト・コメンタリーとなっており、
「再び、トスカニーニがベートーヴェン演奏会のために、
指揮台に戻ってきました」みたいなアナウンスがあって、
そこに、聴衆の拍手が重なって、
Track2のコリオラン序曲に繋がって行く。

ただし、このNAXOSのCD解説は、
この特別な機会のトスカニーニの演奏のことではなく、
楽曲解説に重点が置かれている。

「ベートーヴェンは1808年の夏、
『田園交響曲』を完成した。
この頃、ヴィーンを囲む森は今日よりずっと緑濃く、
それゆえ、ベートーヴェンは、
簡単に一人静かな散歩を楽しめた。」
といった感じである。

トスカニーニについては、
「1867年にパルマに生まれたトスカニーニは、
1876年にその地の音楽院に入り、
チェロとピアノと作曲を学んだ」とはじまる、
一般的な略歴があるだけ。

つまり、マエストロ72歳の時に行われた、
1939年のこのチクルスについての解説はなく、
「1937年にNBCにオーケストラを創設したから、
指揮をして欲しいという要請を受けて、
ニューヨークに戻ってきた」みたいな一節で終わっている。
(しかし、この1937年という年を覚えておこう。)

音源は同じながら、各レコード会社で、
音質は大きく異なり、装丁や解説などに、
各社のポリシーや色合いが出るようだ。

トスカニーニの演奏比較なら、
Music&Artsの解説がよい。

そこには、前の「第2」、「第4」の演奏会に続いて、
「11月11日に行われた
このチクルスの次のプログラムは、
最もトスカニーニが愛したと思われる『田園』と、
『第9』と共に最も彼が問題視していた『第5』が、
この順番で演奏された。」
と書きだされており、
「第5」は、1931年と33年の
ニューヨーク・フィルとのものがあって、
これらと比較でき、
その解釈の変容が分かることで重要だとある。

これらはRCAが商業的に発売は失敗したものだが、
より幅広いテンポとこの時代ならではの伸縮自在が見られ、
第1楽章のコーダでの加速が、
トスカニーニが気に入らなかったため、
発売を許さなかったのではないか、
などと、クリストファー・ディメントは書いている。

RCAへの録音を含め、
1938-39年の初期のNBCとの演奏を見ると、
彼は、この楽章をもっとタイトにして、
もっと推進力を与えて統一したかったようだ。
後の1945年5月の欧州終戦記念日(VEデー)の演奏も、
ピッチは興奮気味であるが、
1952年の彼の最後の記録では、
再びリラックスを見せているという。

ここに書かれているうち、
1939年のRCAへの商業録音は国内盤でも、
VEデーの演奏記録もMusic&Artsで、
聴くことが出来るが、
このうち、1939年の録音について、
特に、下記のような解説が続いている。

「トスカニーニは、このコンサートの、
わずか数か月前に『第5』の録音を丹念に行っていた。
彼が満足するために、
それは2月27日、3月1日、29日の3セッションを要した。
明らかにこの特別な経験によって、
この演奏会での演奏で、彼は、
このスコアでの満足すべき主張が出来、
NBC時代における、
トスカニーニの最も満足できるものが出来たことが聞き取れる。
それは適度に激しく、たっぷりしているが、
劇的で、抒情的な要素を与えており、
アンダンテの終わりに向けて小さな混乱や、
フィナーレでホルンが外すことはあるものの、
のちに、ここまで達することが出来なかった程に、
オーケストラは指揮者の激しい要求に呼応している。」

また、この演奏会シリーズの歴史的意義のようなものなら、
GRAMMOFONO2000の解説に見ることが出来る。

ただし、GRAMMOFONOの解説は、
Alessandro Navaという、
イタリア人が書いた文章を、
Timothy Alan Shawという人が、
英訳したもので、
どっちが悪いのか分からないが、
おそらく両方悪いのだろうが、
非常に高踏的で難解である。

とにかく、どの文章もカンマが多く、
単語もやたら難しく、様々な比喩と、
あまり馴染みのない固有名詞が頻出する。
もう少し、普通に書けないのか、
と文句を言いたくなるが、
上記人名の人は沢山いるようで、
何者なのかよく分からない。

この胡散臭さが、ますますもって、
読むべきか、読まざるべきか、
悩ましい状況に追い込んでくれる。

そもそも題名からして、
「The Scream and the frenzy」。
「叫びと狂気」とでも訳すのだろうか、
非常に物騒なものである。

果たして、このトスカニーニのベートーヴェンは、
金切声を上げて、狂乱したものなのであろうか。

「1939年の秋、ヨーロッパは、
まだ、出入港禁止にはなっておらず、
まだ、東欧の街や平原での無差別の殺人の愚かさに、
憤る感情を持つことが出来た。
ツヴァイク、マン、クローチェ、
ブルム、エリオットの欧州は、
は二重の運命に苦しんでいた。」

ということで、第二次大戦勃発時の、
きな臭い話から、このCD解説は始まっている。
あまり読んだことのない内容である。

トーマス・マン、シュテファン・ツヴァイクは、
日本でも有名な小説家で、
ヨーロッパから亡命している。

トーマス・マンは、
裏切り者扱いされたので、
つらい立場に引き裂かれたのは分かる。

しかし、改めて調べると、
ツヴァイクの方がめちゃくちゃで、
ブラジルまで行って、
戦争に悲観して自殺までしている。

ベネデット・クローチェは反ムッソリーニのイタリアの思想家、
ブルムはフランスの政治家で、国内にとどまった。
T.S.エリオットはアメリカ生まれで英国に帰化した詩人。

では、彼らの二重の運命とは何か。

「一方で、
西洋の精神の衰退の最終衰退のごとき、
恐ろしい戦争の恐怖を知りながら、
自身に蓋をして、
もう一方では、まだ生き残っている
古い啓蒙的、リベラルな精神を守るための
生きるための浄化作用として、
個人の逃亡を捉えた。
しかし、すぐに、旧世界の運命は、
力ずくで決められることになる。」

内容がまことに難しいが、
見て見ぬふりをしたり、
亡命をしたということであろう。

「多くの独伊の亡命者の中でも、
トスカニーニは、世界的な名士として特権を持ち、
その断固とした伝説的なイメージは、
米国のマスメディアでも有名であった。
NBCの重役の一人、
デヴィッド・サルノフのはからいによって、
ここ2年は、彼は新設されたばかりの
NBC交響楽団を指揮していた。
彼は歴史上初めて世界中に聴衆を持った指揮者であり、
生ける伝説であった。
彼は、アインシュタインやルーズヴェルト、
ツヴァイクからも手紙を受け取っていた。
ヒトラーやフルトヴェングラーからは憎まれたが、
フルトヴェングラーは、ドイツとイギリスの一部だけでしか、
トスカニーニ並みの名声は得てはいなかった。」

先に特記しておいたように、
1937年に彼はすでに、
NBCに来ていたわけで、
この1939年といえば、
それから2年が経っていたわけである。

ということで、すでに2年の実績があり、
ニューヨーク・フィル時代もあったので、
祖国から離れたと言っても、
トスカニーニの個人的、物質的な境遇は、
まったくもって、多くの人がうらやむようなものであった。

「しかし、この国際的名声とは別に、
マエストロは深い苦悩の時期に入りつつあった。
ヨーロッパでの戦争の勃発は、
まったく心の準備の出来ていないものであったし、
自分が恐らく、二度とイタリアや
ヨーロッパを見ることのできない、
米国で一生を終える単なる流刑者にすぎず、
これがドイツの兵力に、
屈した都市だけの問題ではないこと、
結局、屈するのは、ヨーロッパ文明そのものの、
最高かつ一級のものであろうことを、
今や、彼は気づいていた。」

ということで、このチクルスが決行されたのは、
トスカニーニがまさしく、ヨーロッパと決別した年、
のっぴきならない状況下の記録
としてこれらの演奏を捉えることが出来るようなのだ。

「ドイツがポーランドに侵攻した50日後に、
トスカニーニがニューヨークで、
ベートーヴェンに捧げた、
大きな交響楽チクルスを行ったのは、
おそらく偶然のことではない。
短波ラジオに乗せて、
彼の反抗の叫びが、ここに託された。」

以下、トスカニーニがベートーヴェンを選んだ理由、
選ばずにはいられなかった状況が語られるが、
文章は難解を極めていて困った。

「他ならぬベートーヴェンこそ、
ワーグナー以上に、
ナチスのイデオロギーに閉じ込められた芸術家で、
さらに悪い事に、
恐ろしく、暗く、脅迫的な記念碑に変えられて、
彼の音楽は、ドイツの民衆の前途たる
血の海を指し示すための準備がなされていた。
私たちは、単に公平な目をもって眺め、
ただ、遅れて来た後期ロマン派の堕落が、
ベートーヴェンの解釈を
推し進めていたことを知るべきである。」

後期ロマン派の解釈で、
ベートーヴェンが演奏されてきた事は、
後期ロマン派の権化のごとき、
マーラーのような指揮者が指揮してきたので、
それはまず良いとして、
そのままナチスに繋がるという所に、
ロジックの飛躍がある。

また、後期ロマン派は血の海を志向するのだろうか。

とにかく、原点に戻ることで、
トスカニーニは、下記のような、
健全なベートーヴェン像を打ち立てたかった事は
わからないこともない。

「軽快でくっきりと眩く、
実験精神と誌的な光で湯あみした、
啓蒙思想下の初期ロマン派の作曲家が、
ドイツ楽界の指揮者たちによって
重々しく荘厳な顔を一方に持ち、
大げさで常に威圧的な顔を一方に持つ、
二つの顔を持つ怪物に変容させられてしまった。
つまり、
いつものように一本調子の司祭が、
ワーグナー風の神のために、
あるいは、あたかも、
作品が似つかわしくない
婦女子は飲み込んでしまうような
ダッハウ強制収容所の煙突のために、
芸術の領域での儀式を取り仕切っている。
『全世界の愛の賛歌』たる『第九』を書いた
まさにこのベートーヴェンは、
主治医モレルによって処方された薬で、
おかしくなったヒトラーの如く、
すさまじい壮大さで傷つけられ、毒され、
ヴァルハラの巨人のように巨大化され、
1942年という時期には、
フルトヴェングラーが総統の誕生日に、
何ら罪の意識もなく指揮した作曲家となった。」

ここで、出てくるテオドール・モレル博士は、
かなりイカサマ師風の医者だったようで、
ヒトラーの主治医で、彼をヘンテコな薬漬けにした。

「半世紀にわたる旅行やキャリアを経て、
トスカニーニがこうしたタイプの人物に、
たくさん会ったであろうことは想像に難くない。
言葉では言い表せない行為で、
6000万人を死に至らしめることを、
今や準備しながら、
交響曲を身請けしようとする人たちを。
少し努力して、
偉大な音楽家が、
修辞学で侮辱されつくし、
ニーベルンゲンの人物のように、
カリカチュア化された、
感傷的なベートーヴェンが、
どのように彼に見えたかを想像してみよう。
こうして、もう一度、恐ろしく精力的に、
マエストロは
ドイツ文化が全欧で消滅させようとしていた、
理性の光をかきたてようと決心した。」

実は、このような文章は、
それほど大げさなものではないように思える。
たとえば、今回、「第5」などを聴いていると、
特にそう思えてしょうがない。

トスカニーニ72歳。
老骨と言って良い。
その人が、原点を求め、語るべきは語り、
無駄はざっくり切り捨てて、
改めて提示したベートーヴェンの真実。

ざっくり切り捨てたのは、
終楽章などのコーダなどに明らかで、
芝居がかったところが皆無で、
拍子抜けするくらいである。

この後、この解説者は、
フランス革命の精神をまさに受け継いだ、
20世紀に刻印を残す
ベートーヴェン全曲演奏として、
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮の1962年のもの、
そして、
1965年にイタリア-スイス放送の、
ルガーノのオーケストラを振った、
ヘルマン・シェルヘンのチクルスがあると書いている。
そして、それらはすべて、
この1939年のトスカニーニのものを
モデルにしているとある。

そして、今回の演奏をこう書いている。

「タイトなリズムの韻律、
きっちりとして透明な
オーケストラの織り上げ方、
容赦ないアゴーギグ、
これらが30年代のライブ、
40年代後半から50年代初頭の
スタジオ録音を支配する要素となっている。
もっとも、後者は本質的に騒々しくなっているが。
1939年10月28日から、
12月2日に行われたライブの録音、
そして、全世界に放送された、
交響曲と序曲からなる大きなチクルスには、
こうしたベートーヴェン経験の核心がある。
この巨匠の重要な研究家たちが、
その長いキャリアの頂点であるとした時期。
2年前、最後のザルツブルク公演で、
オペラの世界と決別して、
トスカニーニは、今や、ベートーヴェンのスコアに、
ヴォルテールのような見方で向き合った。
ウィルヘルミーネ文化による地層の上に乗って、
石膏のようになった、
恐るべき硬化した堆積物が完全に消し去られた、
きれいな黒板の前に立っていたようなものだ。」

この一文はかなり難解だが、
ウィルヘルミーネとは、
ブランデンブルク=バイロイト辺境伯
フリードリヒ3世の妃で、
フリードリヒ大王の姉であった、
ヴィルヘルミーネ・フォン・プロイセンの事だと思われる。

ヴォルテールを庇護し、
文化にも通じていたので、
この人が作った層とは、
ロマン主義以前の古典的な啓蒙主義の事だと思われる。

それで、ようやく下記の文章が分かるのである。

「ワーグナーの救済やドイツ哲学は、
このラテン的な啓蒙主義の中にはある場所がなく、
まず何より、ベートーヴェンの楽譜や音符を見れば、
それらは明らかなのである。
それは絶対的に明晰で精緻である。
彼は、一種、ソクラテス的なあり方で、
勇敢な放棄をもって、
反抗と忍従の混合した精神を想起させようとしていた。」

この最後の部分は難解であり、
ベートーヴェンとソクラテスの関係も知らないが、
とにかく、こうした所からは、
自信満々のワーグナーのオレ様思想は出てこないととは分かる。

では、この解説で、トスカニーニが振った、
「運命」として知られる「第5」は、
どのように記載されているだろうか。

「『第5』では、トスカニーニは、
きっぱりと汎ドイツ的な大言壮語に対して、
きっぱりと答えを出している。
恐ろしい韻律による最初の部分は、
あたかも、ベートーヴェン流の
『そうでなくてはならぬ』が、
要塞のような堅固な信念には
屈することになる
甲高い凶暴な力に抗っているように見える。」

このように、このベートーヴェン・チクルスの、
「第5」は、トスカニーニの明らかな変化を語る上で、
聞き逃すことが出来ないもののようである。

つまり、1930年代前半のややロマンティックなものと、
最晩年のリラックスした表現の間にあって、
緊張感が高く、研ぎ澄まされた表現の極致となっている。

指揮者とオーケストラは、
レコード録音のためのリハーサルをした後でもあって、
技術的にもこなれており、
そこにライブならではの高揚感が加わって
いかにも戦争への挑戦といった具合に、
時代の証言が鳴り響く感じなのだ。

先に「研ぎ澄まされた」と書いたが、
「ドライ」という感じではない。
この39年ライブでは、
トスカニーニは、唸り声も激しく、
感興のままにふるまっている感じもする。
が、第2楽章などは、まったくもって、
休息の音楽などではない。

第3楽章も、1点1画もゆるがせない、
雄渾な表情に決然としたものが感じられる。

そのせいか、この文章を書きながら、
遠くから、きらきらと、
希望の光がやってくるような瞬間を経て、
終楽章の高揚が来た時には、
GRAMMOFONO2000の解説にあったような、
ヨーロッパ文明破壊への抗議以上に、
最後には、こうしてそれは復興するであろう、
といった祈りと確信表明の音楽にも聞こえて胸が震えた。

私は、33年のニューヨーク・フィルの、
何となく高雅な表現も好きであるが、
そこでは省略されていた、
第1楽章提示部の繰り返しが、
しっかりと行われていることからも、
妥協のない、確固たるものを
残そうという意気込みが伝わってくる。

また、日本では、同じ39年のスタジオ録音が有名であるが、
これは、まったく感興の起こらない、硬い音楽で、
聴いていて疲れる感じの音質もその印象に輪をかけている。
3回ものセッションを持ったということなので、
こねくり回してすぎたのか、
音楽の息吹が打ち消されてしまった。

得られた事:「トスカニーニは、ヒトラーを生み出したドイツ・ロマン派的英雄主義によって、捻じ曲げられたベートーヴェン像を見直すことで、ナチズムに挑戦した。」
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by franz310 | 2014-05-10 23:06 | 古典

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その407

b0083728_2225412.jpg個人的経験:
トスカニーニの戦前の、
ベートーヴェン録音は、
どれも聞き逃せず、
ニューヨーク・フィルとの、
「第5」と「第7」、
BBCとの「田園」など、
ファン垂涎の名盤が並ぶが、
私にとっては、
「第4」が貴重である。
人気があるとは言えないが、
何故か、同時代の演奏が、
聴き比べられるからである。


NBC交響楽団では、伝説的と言われる
ベートーヴェン・チクルスのものがあり、
第2夜に「第2」と一緒に演奏された、
1939年11月4日の放送用の録音がある。

また、同じ1939年には、
これより半年前の、6月1日に、
英国のBBC交響楽団との最後の記録として、
演奏されたのが、
やはり、この交響曲であった。

さらに、3年さかのぼれば、
1936年2月2日の
ニューヨーク・フィルとの録音があり、
まことに贅沢なことに、
トスカニーニ所縁の3つのオーケストラの違いを
聴き比べることが出来る。

それだけではない、1936年と言えば、
トスカニーニがニューヨーク・フィルを辞任した年で、
その後任となった、バルビローリの演奏が、
やはり1936年12月13日の演奏がCD化されていて、
これは、以前、紹介したことがある。

トスカニーニのライヴァルということでは、
フルトヴェングラーも、
少し遅れるが、戦時中、1943年に、
この曲の代表的名盤とされるものを録音している。

さらに下れば、バルビローリのライヴァル、
トーマス・ビーチャムもこの曲を、
1945年に録音しており、
ここまで時代を下れば、
トスカニーニの1951年のライブを聴いて、
さらに比べても良いかもしれない。

「英雄」や「第9」も、
トスカニーニはやたら演奏が残っていて、
聴き比べできるが、
肝心のニューヨーク・フィルのものがない。
(あるのかもしれないが、私は知らない。)

ということで、この「第4」を軸に、
いろんなことを考え、非常に楽しい体験ができる。
「第4」は、なかなか表題を付けにくい作品だが、
極めて個性的で、一筋縄ではいかない交響曲だ。

そのせいかは分からないが、
アンセルメのような、
ベートーヴェンとは関係なさそうな指揮者が、
1958年にライブ録音を残していたり、
東独の大御所コンビチュニーが、
西側のザルツブルクに出てきて演奏した、
という興味深い録音がぽつんとあったりする。

カラヤンが最後に日本で演奏したのも、
この曲だったのではなかろうか。

全くの偶然であるが、こんな聴き比べは、
実は、ドナルド・キーン氏も行っていて、
中公文庫の「音楽の出会いと喜び」に、
「アメリカ人演奏家のために」という一章がある。

ここでは、ちまたで言われているように、
本当にアメリカのオーケストラはだめだめなのか、
と検証するべく、
ラインスドルフ、ショルティ、
マゼール、セル、バーンスタイン、
オーマンディ、カラヤン、ベームという、
いかにも1979年に実施したに相応しい録音で、
この「第4交響曲」を聴き比べしているのである。

彼が、この曲を聴き比べに使った理由は、
この曲には、「人間みと暖かみ」が必要とされるから
(本当にアメリカの楽団には暖かみがないかを調べるために)
であった。

また、キーン氏は、
「この曲は、多くの解釈の余地を残す偉大な作品」
と書いてもいるが、多くの指揮者が、
様々なアプローチを行う理由もここにあるのだろう。

しかし、この時代に比べると、
レコード産業はかなり衰退したらしいが、
確かに、上に並んだ指揮者による、
「第4交響曲」がすべて出ていた時代は、
違う意味で「すごい」とも言える。

実際のところ、
私は、どれも聴きたいと思わないからである。
あえて言うなら、セルだろうか。

ちなみに、私が最初にこの「第4」を聴いたのは、
ちょうどこの時代であって、モントゥーが指揮したものが、
廉価盤LPで出たのを機にしてのことだった。
この時、モントゥーは、「第2」も出たが、
どちらも美しい音楽で、
調べると、ウィーン・フィルとの録音だったらしい。

「人間味と暖かみ」が必要であるとすれば、
この組み合わせの録音で、
この曲を知った私は幸福であったと言えよう。

ちなみに、私は、レギュラー価格で出ていた、
カラヤン、ベーム、マゼールなどは、
とても買える境遇ではない学生であった。
その「恨み」のような感情が、
ひょっとすると、
これらの指揮者を聴きたくなることを
妨げているのかもしれない。

ということで、トスカニーニの「第4」であるが、
1939年の録音は、連続演奏会の放送用のもので、
多くのレーベルで入手可能。
NAXOSのものはコンサートごとにまとめており、
しかも、放送用のアナウンサーの声も入っている。

Music&Artsのものは、
基本はコンサートごとだが、
アナウンサーの声はなく、
「第7」と「第8」は、
コンサートとしては別の日であったが、
同じCDに詰め込まれている。

また、私が音質的に好きなのは、
GRAMMOFONO 2000のものだが、
これは、交響曲の番号順にまとめてある。
今回は、このCDで聴いたが、
1998年に出たもので、
「NEW 24-BIT RESTORATION」
と大きく書いてある。

全体が黒を基調にまとめられ、
トスカニーニの横顔があしらわれたデザインだ。

ただし、Music&Artsの解説が、
聴き比べをする際には便利なので、
再び、これを読んでいくことにしよう。

「第4交響曲は、NBCのプログラムで、
1951年のライブ録音を含め、
たった3回しか演奏されておらず、
比較的演奏されなかった、
もう一つの交響曲である。」

ということで、トスカニーニの演奏は、
たまたまこの時期に重なっていただけで、
彼自身、この曲を好んでいたかは、
分からない記載である。

「この曲においても、1936年2月の
ニューヨーク・フィルとの、
早い時期のバージョンでは、
特に第1楽章で、リラックスしたテンポ、
古典的な抑制が見られ、
同様に、1939年5月の
BBCのバージョンでは、
この場合、木管が遠くて、
録音の解像感がないことによって、
いくぶん、損なわれているとはいえ、
親しげな自発性が見られる。」

このように、各楽団とのアプローチの違いが、
いきなり強調されている。

「そして、1939年5月のBBCの演奏会のものや、
古いワインガルトナー、LSOのような敏捷さが、
少し硬いスケルツォには欠けているとはいえ、
ここでも、真の劇的な迫力、
演奏の正確さと、堂々とした点で勝っている。」

ということで、聴くときのポイントは、
1.第1楽章の序奏のテンポ
2.スケルツォの俊敏さ
3.演奏が堂々としているか
ということにあるようである。
「堂々としているか」は難しいが、
テンポの遅い速い、
俊敏であるかないか、
は、そこそこ簡単に聞き分けられそうである。

「そうは言っても、トスカニーニは、
38小節に及ぶ序奏部を、
ミクロコスモスの世界を創造しており、
興味深いことに、BBCでの録音同様、
正確に3分半をかけており、
ニューヨーク・フィルとの超拡張アプローチから、
30秒も短くしている。
しかし、ここでも録音にいささか難があり、
8HスタジオのX線のような音響効果は、
伴奏バスと低音木管の繊細なバランスが残ることを許さず、
すべての魔法の痕跡が消え失せている。
事実、この録音の音には、
こうしたことを考慮する必要がある。」

ということで、録音が良いかどうかも重要そうである。
特に、BBCのものは、スタジオ録音で、
最も、条件が良いはずだが、
木管の音が「遠い」と文句をつけられている。

「この夜の魔法は、翌日のダウンズの記事、
『第4交響曲の演奏は、
ベートーヴェンが牧歌的な気分で書いたことを、
しばしば想起させるオーケストラの、
まるで神秘的な沈黙と憂鬱のような部分に、
音の透明性を与えて素晴らしかった。』
からも推し量ることが出来よう。」

この後は、同日演奏された他の曲目の
演奏会評であるから、第4に関しては、
影のある部分の透明性が重要だったようである。

では、序奏の印象勝負:

1936年2月ニューヨーク・フィル盤:
最初の木管楽器の音色がずっと続いて、
しかも、かなり、ゆっくりとした音楽。
まるで、荒涼たる荒野を彷徨っているような風情。

ちなみに、主部になると、猛烈なドライブで、
オーケストラが煽られていくが、
第2主題では、テンポが落ち着く。

経年変化であろうが、
目立つがりがりノイズがあるが、
鑑賞の妨げになるものではない。

1939年6月BBC交響楽団盤:
緊張感が増し、何かが起こりそうな、
不気味さが冒頭から充満している。
しかし、霧が晴れていくように、
少しずつ、隙間が開けてくる感じ。

主部に入る前のじゃーんは、
英国風なのか、マイルドな感じで、
主部に入ってからも、
何やら微笑みのような余裕を感じる。
格調高く曲は進むが、
確かに木管による主題の登場は、
いささか分離が悪い。
しかし、逞しく、余裕があり、古典的である。

1939年11月NBC交響楽団盤:
かなり即物的で、
それほど、神秘感も不気味さもない。
ただ、リズムをがつがつと踏みしめて、
平常心で先に進む感じである。

演奏会場が、悪名高い8Hスタジオのせいか、
いささかダイナミックレンジに余裕がない。

主部に入る前の爆発はさく裂系であるが、
ここに入ってからも、
テンションは高いが、
基本的にきちっとした感じが強い。
戦争が始まって規律重視になったのだろうか。
音がぎゅうぎゅう締め付けられているようだ。

この時期(以降)のトスカニーニに
共通して感じるのは、
木管のふっくらした感じなどは、
どうでも良い解釈ではないかということ。

1936年12月バルビローリ、ニューヨーク・フィル盤:
序奏のテンポは遅く、
ねばねばするくらいに音が延ばされている。
が、各楽器の音色が出ては消えて、
無重力感というか、不思議な空間に迷い込んだ感じ。

主部に入る前のじゃーんも、
長く延ばされて、
主部に入ってからも、
バルビローリらしい優雅さを感じる。

木管主題も、色彩的だが、
トスカニーニのような推進力よりも、
流麗な音の連なりを重視した音楽である。

1943年6月フルトヴェングラー、ベルリンPO盤:
(ソ連変換からのライブ)
ものものしい中、静かな緊張感が目指されたか、
客席の咳などノイズが目立つ。
じゃーんになるまでの、
テンポのゆらぎがフルトヴェングラー的である。
テンポはトスカニーニのニューヨークPO盤より速く、
思ったより遅くはない。

この交響曲に、
かくも強烈なティンパニのさく裂がある事は、
この録音まで気づかなかった。
木管主題は、そこそこ印象的であるが、
この前後のテンポの揺らぎの方が気になる。

なお、これを聴いて注意して聴きなおすと、
トスカニーニ、ニューヨーク・フィル盤も、
かなり、ティンパニを強打していた。

1945年8月、10月ビーチャム、ロンドンPO盤:
かなり速く、妙にギクシャクしたテンポの序奏、
かなり肩の力は抜けている。
神秘感はよく漂っているが、
主部も軽快で、走り抜けて行く感じ。

1951年2月、トスカニーニ、NBC交響楽団盤:
1939年盤同様、神秘性などはなく、
また、39年盤のような緊迫感もない。
ただ、主部が来るのを待っているだけみたい。
この曲で序奏が、これほどまでに軽くみられると、
第4のありがたさは半減した感じもする。

主部では、新しい録音だけに、
木管の響きなどが明晰ではあるが、
かなり気忙しい音楽で、むやみな激情型。

よく言われることだが、
高齢のトスカニーニは、
微妙なニュアンスを
伝えることが出来なかったのではないか、
という意見に納得せずにいられない。

第2楽章比較編:
トスカニーニ、ニューヨークPO盤:
かなり音質が悪いが、
そんな中から聞こえてくるクラリネットの音色など、
あえざえとして美しく、夢いっぱいの音楽である。
8分56秒かけていてトスカニーニの中では長いが、
他の指揮者は、トスカニーニよりけた違いに長い。

トスカニーニ、BBC交響楽団盤:
確かに、クラリネットがよく聞こえない難点はあるが、
きわめて格調が高いなか、微笑みを感じる。

トスカニーニ、NBC交響楽団盤(1939):
毅然とした感じで、強い意志を感じさせる曲の進行。
音がデッドで、クラリネットの音色の魅力は乏しい。
しかし、うっとりと歌っている感じは伝わる。

バルビローリ、ニューヨークPO盤:
10分12秒かけていて、恰幅が良い。
最初から、弦のたっぷりとした魅力的な歌で聴かせる。
クラリネットも印象的で、
テンポの動かし方も丁寧な演奏である。

フルトヴェングラー、BPOライブ(1943):
11分59秒という、意識が遠のいていくような、
恐ろしいテンポ設定で、ほとんど音楽が止まっている。
そこに、ティンパニが撃ち込まれながら、
活力を増して行って、クラリネットで忘我の歌が出る。

ビーチャム、ロンドンPO盤:
9分35秒。
陶酔的なものではなく、ロマンティックでもない。
よく流れる音楽で、クラリネットも格調高い。

トスカニーニ、NBC響(1951年)盤:
これはカーネギーホールでのライブなので、
もっと、豊かなニュアンスが欲しいところだが、
録音のせいもあるのか、平板な印象の音楽に聞こえる。

第3楽章のスケルツォ比較編:

トスカニーニ、ニューヨークPO盤:
音が悪くてかなり不利だが、
ストレートで気迫にあふれた音楽で、
木管楽器はここでも美しい。

トスカニーニ、BBC盤:
さすがスタジオ録音で、解像度が増し、
ロンドンのクイーンズ・ホールの録音であるためか、
このがちゃがちゃした音楽の残響や、
楽器の遠近法のようなものが堪能できる。

トスカニーニ、NBC(1939年)盤:
ここでは、1点1画をおろそかにしない、
きちっきちっとした音楽が、
抽象的な美学にまで達しているような感じ。
楽器の出たりひっこんだりも、
かちかちっと決まっている。
「少し硬いスケルツォ」とされたが、
確かにそんな感じ。
「俊敏さに欠ける」というのは、
オーケストラの機能が悪いと言うか、
この演奏の量感を生かした解釈によるものだろう。

バルビローリ、NPO盤:
これは、トスカニーニ、NBC(1939)とは、
明らかに異なる美学を感じる演奏である。

量感をぶつけるのではなく、
あくまでも音の美質を追及していて、
どの瞬間にも破綻がなく、
各楽器の音色が際立っている。
音楽の自然な流れが、この指揮者には、
非常に重要だったことが分かる。

フルトヴェングラー、BPO(ライブ):
噛んで含むような、妙に落ち着いたスケルツォで、
ぎくしゃくとした音の面白さを楽しむ風情、
各楽器のブレンド感も立体的で良い。
この巨匠にしては、ここで、ひと息つきたかった感じか。

ビーチャム、LPO:
これだけいろいろ聴くと、
それほど特色があるものではない。
ただし、トリオに入る前には、
効果を狙った入魂の一瞬がある。

トスカニーニ、NBC響(1951年)盤:
力ずくでごりごりしているが、
木管楽器が出たり引っ込んだりするときの、
立体感や、色彩感は印象に残る。

終楽章比較編:

トスカニーニ、NPO盤:
非常に雄渾かつ開放的で胸躍る演奏である。
劣悪な録音ながら、
カーネギーホールでの演奏であるせいか、
楽器の魅力が聞き取れる。

この演奏はあまり普及していないものだが、
全体的にトスカニーニ、ニューヨーク・フィルの、
魅力を現代に伝える貴重な録音と言わざるを得ない。

有名なRCAとの「第7」は、
この演奏の2か月後のものだが、
大交響曲のはずなのに、立体感に乏しく、
どうも単調な感じがしていたが、
この「第4」は、色彩的で推進力もあり、
何かしら柔軟、繊細ですらある。

トスカニーニ、BBC盤:
古いながら録音条件が良かったため、
音質は格段に良いと思える。
確かにファゴットなどの軽妙な音色を、
もっと捉えて欲しかった気はするが。

音楽の活力、よく言われる自発性に加え、
推進力や迫力、楽器の音色の魅力も
言うことがない。

トスカニーニ、NBC盤:
一心不乱で突き進み、
ざっくりと切り刻んでいく迫力はすごい。
ダイナミックレンジに限界がある録音がまた、
この感じを強調しているようだ。
トスカニーニの入魂の度合いも、
全二者とは違うようで、パンチがある。

バルビローリ、NYP盤:
これまた音質に限界があるが、
さすが、バルビローリの美質は、
この初期の録音から健在という感じで、
とにかく、音の有機的なつながりも、
情熱的な表現も、この指揮者らしさを放っている。

ぼわーんという盛り上げも、
自然に湧き上がってくる感じが素晴らしい。

フルトヴェングラー、BPOライブ盤:
出だしこそ抑え気味であるが、
ベルリン・フィルの機動力解放という感じ。
ティンパニが連打され、
どうしても戦時中の音楽を意識してしまう。
この演奏は、繊細さと剛毅さのバランスが、
緊張感に耐えられず雪崩を打つような演奏。

この楽章だけで、
これだけのドラマを描いて行くのは、
どえらい演奏の証しなのであろう。

ビーチャム、LPO盤:
オーケストラからぴちぴちした表現を引き出し、
楽器の美観も良く、大騒ぎせず節度がある。
大人の音楽という感じ。

トスカニーニ、NBC盤(1951):
何だかヒステリックで、
1867年生まれなので、
84歳という高齢になっていたトスカニーニは、
すでに難聴気味にでもなっていたのではないか、
などと考えてしまった。

「第2交響曲に対しては、
彼はいくらか保留をしており、
『最初の二つの楽章は、
そうであって欲しいという理想的なもので、
トスカニーニ氏がラルゲットでとったテンポは心地よく、
流れるようで愉悦感に溢れ、
歌を弛ませたり、感傷的に堕したりすることがなかった。
しかし、スケルツォには、我々は、
無愛想で身なりの悪いベートーヴェンより、
もっと、デリケートで18世紀的な清潔さを期待する。
もう少し礼儀正しいベートーヴェンを、
スケルツォやフィナーレでは期待する。』
これに引き替え、『レオノーレ序曲第3番』では、
彼は、『荒々しく劇的』であるとしている。
『Musical America』誌では、
『バランス、明晰さ、音の磨かれ方、
構造的な結合、生命力、リズムの説得力の驚異』と、
列挙し、トスカニーニの演奏は『圧倒的』としたが、
実際、トスカニーニは、これ以降、
いくつかの試みを行ったものの、
1951年2月まで、同様の高みまで至ることはできなかった。」

ちょうど、今回、1951年2月録音の、
RCAへ録音した「第4」までを聴いてみたが、
この時期のトスカニーニは、
気忙しく、音楽の美しさに酔わせてくれない。

トスカニーニが振った
ベートーヴェン「第4交響曲」の
各楽章のタイミングを見てみると、
1936年のニューヨーク・フィル盤と、
1951年のNBC交響楽団盤の演奏は、
ほぼ同じ長さになっているが、
その印象はかなり違う。

1936年のものは当然音質は劣悪なのだが、
ずっとニュアンスが豊富で、
音楽に詩的なものが多く含まれている。

しかし、戦争が始まるころから、
トスカニーニは、そうした情緒的な要素を、
極力排除して、力学的、構造的な方向に向かっていったようだ。

なお、1939年のベートーヴェン・チクルスは、
多くの復刻で入手可能だが、今回は、
GRAMMOFONO 2000のもので聴いた。

得られた事:「トスカニーニにとって、1939年は大きな変化の年で、前半のBBCの録音と、後半のNBCとの録音で、かなりの差異がある。」
「1936年の前半と後半とで、トスカニーニとバルビローリが、同じニューヨーク・フィルを振ってベートーヴェンの『第4』の録音を残したが、トスカニーニのものはむしろ主情的、バルビローリのものは造形的である。この後の動きを見ると、むしろ、それぞれが反対の路線に近づいたような感じすらする。」
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by franz310 | 2014-04-26 22:05 | 古典

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その406

b0083728_17211873.jpg個人的経験:
1939年にトスカニーニが、
すさまじい集中力で振った、
ベートーヴェン・チクルス。
その伝説的連続演奏会の
第2夜(11月4日)は、
比較的演奏機会の少ない、
「第2」と「第4」を
集めたものであった。
これでは足りないと思ったのか、
最後に一連の序曲の中では有名な、
「レオノーレ序曲第3番」
が演奏されている。


このNAXOSのCDは、
この夜の演奏をすべて収めたものだが、
タイミング表示を見ると、
短めなはずの「第2」も「第4」も、
かなりたっぷりとした演奏で、
いずれも両者とも33分ほどの時間をかけていて、
CDも2枚組となっている。

LP時代のトスカニーニは、
これらを30分程度で演奏して、
LPの片面ずつに入れていたが、
ちょっと様子が異なるようである。

トスカニーニというと、
どうも豊穣なイメージではなく、
無機質で窮屈な感じが付きまとうが、
以上のような特徴から、
この2枚組CDは、
その先入観を打破するかもしれない。

表紙写真の、トスカニーニの表情からして、
いったい何なのだ、と言いたくなる。
が、この指揮者の一面を表し、
他に類例がないので、貴重なものではないか。

ただし、この表紙写真については、
残念なことに、何も書かれていない。

さらに、このCD(シリーズ)には、
トスカニーニの演奏の解説もない。

また、実際にCDを聴き始めると、
アナウンサー、ジーン・ハミルトンの、
放送当時のラジオ放送用のコメントから始まって、
この人の存在感が、妙に大きいことが分かる。

「グッド・イブニング、
レディーズ・アンド・ジェントルマン」
から始まって、
「土曜の夜、大きなスタジオは、
ナショナル・ブロードキャスティングの、
シンフォニー・ホールとなって、
大勢の聴衆で埋め尽くされて、
開演を待っています」
という感じで、
聴くものを、録音や放送があった、
当時のアメリカに誘ってくれるかのようである。

「先週から始まった、
歴史的なベートーヴェン・シリーズも第2回」とか、
「次々の交響曲の全曲と重要作品が演奏される」
とか、スリリングなイベントに立ち会っている、
という感じがこみあげてくる。

「アルトゥール・トスカニーニが袖に現れ、
ステージ上のマエストロのオーケストラの前に立ち、
ベートーヴェンの『第2交響曲ニ長調』を聴かせてくれます。」
というアナウンスに合わせて、
どんどん拍手も大きくなって行き、
我々の期待も大きく膨らむのである。

トスカニーニの演奏がどうだった、
という記事はないが、
このCD、曲目解説は、
廉価盤レーベルにしては、
かなりしっかりしたものと言って良い。

たとえば、「第2」などは、以下のように、
この曲が、いかに革新的な傑作であるかを、
十分に伝える内容になっている。

「ベートーヴェンの難聴は、
彼に語りきれない苦しみと苦悩を与えたに相違ない。
しかし、彼は、それにもかかわらず、
1802年の夏、
ウィーン近郊のハイリゲンシュタットで、
二番目の交響曲の作曲に取り掛かった。
彼の主治医、シュミット博士は、
神経を休めるために、彼をそこに送り、
そして、彼は、村の外の丘の家に住み、
シュミットと、弟子のリースだけを、
客人として迎えながら過ごした。
ここで、秋になって、
彼は弟たちに、後に、
『ハイリゲンシュタットの遺書』
として知られる手紙を書き、
内に込めた思いを書き、
音楽だけが、
自殺を思いとどまらせると宣言した。」

第2交響曲が、
この遺書と関連付けて語られるのは、
毎度の事だが、同時期のことであっても、
それがどう関係するのかは、
良く書かれてはいない。

ちなみに、指揮者の金聖響は、
講談社現代新書の「ベートーヴェンの交響曲」で、
「ハイリゲンシュタットの遺書」には2つあって、
一方は悩み、もう一方は、
「決意や未来への希望」が読み取れるとして、
これら2つの間の5日に、
悩みぬいて「再スタートを決意した」
と書いている。

また、この著書では、
この曲を聴くときは、楽譜を見ながら聴くべし、
などというアドバイスが書かれていて、
「何度でもながめて一生繰り返し楽しめる」
というコメントが補足されているのが面白い。

さて、NAXOSの解説に戻ると、
このような奮起のための交響曲というより、
当初、おそらく発表当時、この交響曲が、
極めて異質な作品として、
受け取られた事が書かれている。

「第1交響曲を歓迎した聴衆も、
ある批評家などが、
作曲家は、故意に、
新奇性と驚きを与えようとしている
と書いたように、
この新作は奇妙なものとして受け取った。
他の人たちも、あまりにも長く、
衝動的であるとしたが、
ある人々は、それにもかかわらず、
新手法を歓迎した。
終楽章で、ある批評家は、
不快でたまらなくなって、
作品を、『ぞっとする怪物』となぞらえた。
『傷ついた、尻尾を痙攣させた蛇が、
荒々しく悶え、恐ろしい息を吐いて、
最後は死の苦しみに息絶える。』」

ハイリゲンシュタットの苦しみで書かれたとしたら、
このような表現であってもおかしくはないが、
このような意見があったことは参考になる。

この書き方からは、ベートーヴェン自身が、
苦しみ悶えるのが聞き取れる音楽、ということになる。

ただし、ニ長調という輝かしい調性からしても、
そこまでこじつけるのは難しい。
初めてこんな巨大な音楽を聴かされた、
当時の人々ならともかく、
現代の我々からは、これほどまでに、
極端な意見は出てこないだろう。

が、このような評論を紹介されることによって、
ベートーヴェンが陥っていた、
そもそもの境遇を想起できるのは良い事である。

一方、
「もっと偉大な革新者であった、
ベルリオーズは、全体として、
音楽に、より明確なメッセージを読み取っている。」
という書き出しで、
以下のような文章が続く。

ベルリオーズ自身の言葉であろう。
このベルリオーズには、
「ベートーヴェンの交響曲」という
著書があるから、
そこからの引用かもしれない。

「1.序奏:アダージョ・モルト、ニ長調3/4;
アレグロ・コン・ブリオ、ニ長調4/4。
この交響曲は全曲を通じ気品があり、
エネルギーに満ち、誇り高い。
序奏は傑作である。
最も美しい効果が、
整然と次々と流れ出し、
しかも、予期することが出来ない。
歌は心を打ち、荘厳で、
すぐに敬意を感じずにはいられず、
聴くものの感情を高ぶらせる。
リズムは、常に大胆で、
楽器法は豊かで、朗々としており、多彩である。」

この10行ばかりは、わずか3分たらずの
序奏部33小節だけの解説であり、
ベルリオーズともなれば、
ここから、これだけのものを聞き取るのである。

このベルリオーズを手掛かりに、
金聖響の著書にしたがって、
楽譜を眺めながら聴くと、
確かに、いろんなことが見えてくる。

「じゃじゃーん」の後、オーボエが歌う、
流れ出すメロディ、繊細で慎重であるが、
確かに、「流れ出し」、「心を打つ」。
奇妙なリズムが刻み、「大胆」。
ホルンの応答の中、
不安や期待も「高ぶらされ」、「荘厳」。
フルートとファゴットが、
ヴァイオリンの楽句を模倣し、
以上書きだしただけでも「楽器法は豊か」。

序奏の中間部では、
スフォルツァンドのホルンが
アクセントを付けながら、
低音がぐるぐる旋回すると、
他の楽器が、
ああでもない、こうでもないと、
思い悩むような音形が繰り返される。

確かに、様々なものが実験されている序奏部である。

それにしても、このような文体は、いかにも、
ベルリオーズその人を表しているようで、
まるで、彼自身の交響曲の解説を読んでいるようである。

この作曲家が、どんなに、
ベートーヴェンに私淑していたかを、
体感できるような内容でもある。
ベルリオーズも高名な指揮者であったからか、
金聖響氏の意見とも、非常によく合致している。

「幻想交響曲」の、
あの神秘的な序奏も、
ベートーヴェンのこの曲を念頭に、
かくあるべし、と、
考えながら書いたのではないか、
などと考えずにはいられない。

「心を打つ歌」、「予期できぬ展開」、
といったものは、どれを取っても、
ベルリオーズが目指したものではなかろうか。

この序奏部の解説だけでも、
ベルリオーズの交響曲を聴いているような
気分に浸れる。
金聖響氏の著書に書いてあることも、
妙に肯けるのである。

トスカニーニの指揮は、
この悩ましい序奏部から、
恐ろしい気合いの入れ方で、
唸り声がひんぱんに出てきて、
魂を入れ込もうとしているかのようだ。

が、ここまで、峻厳な音楽を聴いていると、
改めて、この曲の初演時に、
初めてこの曲を聴かされた聴衆の気持ちも、
分からないではないような気がしてくる。

通常、もう少しほんわかとした印象を持つ、
この交響曲の、研ぎ澄まされた側面が、
びしびしとさく裂していき、
圧倒的なエネルギーがぶつけられてくるのである。

トスカニーニの後年のRCAへの録音は、
序奏部から飛ばし過ぎていて、
ベルリオーズの書いたような、
次々と繰り出される魔法が、
十分に味わえるようにはなっていない。

「アレグロ・コン・ブリオの魅惑的な疾走が、
この賞賛すべきアダージョに続く。
ヴィオラとチェロのユニゾンで導かれる
主題の最初の小節に見られる
けばけばしい装飾のグルペットは、
やがて独立して、クレッシェンドや、
木管や弦楽によって発展する。」

これもそう。
劇的交響曲「ロミオとジュリエット」が、
騒がしく駆け回るリズムで始まるのを想起した。

トスカニーニの演奏は、
直進するエネルギー感のようなものを、
重視して、火の玉が飛んでいくようなイメージ。
各楽器の反応も明敏極まりなく、
目まぐるしく、楽器が入り乱れる音楽進行が、
鮮やかに捌かれて行く感じである。
思いきりが良く、ティンパニの連打が強烈で、
すごい波にのまれていくようで心が高鳴る。

「2.ラルゲット、イ長調、3/8。
ラルゲットは、第1楽章の様式で捉えてはならない。
古典の模倣による主題ではなく、
むしろ、率直な歌である。
それは、最初はまず弦楽で奏され、
明るく滑らかな音形によって、
素晴らしく優美な刺繍を施される。
その性格は主要な着想が持つ、
独特の性格を形作る優しい憂愁から、
遠く離れることはない。
これは無垢の喜びの美しい描写であり、
ときおり、物思いのアクセントが、
わずかな影を宿す。」

ベルリオーズにも、
やはり、このような瞬間があった。
「愛の情景」を思い出すだけで十分だ。

トスカニーニの音楽は、
透明度が高く、色彩的ではないが、
硬質のペンで一息に描かれたような、
しっかりとした流れが魅力である。
陰影も最低限の斜線のような感じで、
べたつきがないのが、私には快感である。

ベルリオーズの意見に戻ると、以下に続く、
スケルツォの描写はいかがであろうか。
恐ろしく誇大妄想的で、
完全にベートーヴェンのイメージを突き抜けている。

いや、ベートーヴェン自信、
巨大な存在なので、
こういった要素も包含しているのだろうが。

ベルリオーズの書きぶりは、
同時代のシューマンが書いた、
シューベルトの交響曲の賛辞すら木霊しているようだ。

「3.スケルツォ:アレグロ、ニ長調、3/4。
スケルツォは、幻想的な気まぐれの中、
単純に陽気なもので、
第2主題は、全体的に晴朗な幸福感を持ち、
この交響曲に笑顔を見せる。
最初のアレグロの戦闘的な爆発は、
完全に暴力からは遠く、
そこには気高い心の青春の情熱だけがあり、
汚れなく、最も美しい人生の幻影が保たれている。」

私は、この打ち付けるような主題が、
戦闘的であって、情熱的であるが、
暴力的でないことは認めよう。

「作曲家はいまだ、愛や、不滅の栄光や、憧れを信じている。
この陽気さには、放棄されるものはない。
何と言う機知、何という皮肉。」

しかし、ここまで読み取るのは難しい。

「第2主題」とは、トリオの部分であろうか。
これもあっさりしたものではあっても、
「晴朗な幸福感」までを感じるのは困難だ。

特にトスカニーニの場合、
すごい起伏で、このスケルツォを責め上げ、
そのドライブへの没入が激しく、
時折、その頂点で唸り声を上げている。

「様々な楽器を聴いていると、
どれも完全な形をなさぬ、
主題の断片の上で論争し、
これらの断片が、千ものニュアンスで彩られ、
互いを呼び交わし、
オベロンの優雅な妖精たちの、
神秘的な遊戯を見ているような気持ちになる。」

楽譜を眺めれば、
様々な楽器に、音符が散りばめられて、
ベルリオーズが書いたような内容が、
そのまま図形になっているようにも見える。

さすがに、ここまで書き連ねて、
ベルリオーズも反省したのだろうか。
最後の楽章の解説は、
ショパンのソナタのように短い。
楽譜では、400小節以上もあって、
実は、それだけ変化に富んでいる。

「4.終曲:アレグロ・モルト、ニ長調、2/2。
終曲は、自然そのものである。
2/2拍子の第2のスケルツォのようで、
ふざけているように見えるが、もっと繊細で、
もっと愉快なものだ。」

トスカニーニには、ぜひとも、
この楽章のような、ぎくしゃくした音楽を、
結局、こういうことだろう、と、
男気を示して解釈して欲しいところだが、
この演奏では、それが裏切られることはない。

ということで、この解説は、
トスカニーニでもベートーヴェンでもなく、
ベルリオーズの存在感がやたら大きな解説である。

このCDの主役であるトスカニーニは、
「幻想」は振らなかったが、
ベルリオーズに心酔していたので、
それも許されるのかもしれないが。

肝心の1939年の、
ベートーヴェン・チクルス。
読み物としては、
Music&Artsの全集ものの解説が、
興味深いことを教えてくれる。

クリストファー・ディメントという、
トスカニーニの研究家が書いている。

「11月4日に行われた、
第2回めの演奏会は、
第2交響曲と第4交響曲を含み、
『レオノーレ第3番』序曲で閉じられるものであった。
他のどのベートーヴェンの交響曲より演奏頻度が少ないが、
この第2交響曲は、トスカニーニの残したものの中で、
もっとも初期のもので、しかも最良のものである。」

ということで、トスカニーニの、
ベートーヴェンの「第2」なら、
この演奏と、お墨付きがいきなり貰えるのが嬉しい。
フルトヴェングラーの場合も、
「全集」を作る時に、
この「第2交響曲」の録音が、
なかなか見つからなくて、
しばらく欠番だったはずである。
この曲は、「エロイカ」の成熟を前に、
しかも、「第1」の硬さも取れて、
良い感じの青春交響曲になっているはずだが、
何故、この両巨匠は、この曲を敬遠したのだろう。

下記のように演奏機会そのものが少なかったようである。

「ニューヨーク・フィルとは4度の機会に、
11回の演奏を行ったが、
NBC交響楽団とは、RCAへの録音を含め、
たった4回しか演奏していない。
この演奏では、彼は、いくぶん、
ドラマティックな説得力を孕ませ、
いかなる競合盤を凌いでいる。」

この解説を書いているディメント氏は、
ワインガルトナーの研究家でもあるので、
参考に書きだされているのが、
ワインガルトナー盤であるのが微笑ましい。

「ラルゲットに牧歌的な抒情性を持ち、
スケルツォにははち切れんばかりの機知がある、
1938年、ワインガルトナーが、
LSOを振った演奏とこの演奏のスピードが、
あまりにも似ていると考える人がいるかもしれないが。
彼はトスカニーニ同様、第1楽章を推進させる、
沢山のスフォルツァンドの機能を意識している。
しかし、ワインガルトナーは、
NBC交響楽団のようなオーケストラも、
トスカニーニのような劇的な天性も持っていなかった。
そして、この序奏の異常なまでの広がりや、
アレグロのダイナミズムは、
1949/51年のRCA録音を軽く凌駕する。
さらに、この楽章323小節で、
木管がいかにも自発的に刻々とテンポを変え、
340小節以降、コーダの最終ページで、
少しリタルダンドして、
後の録音で平板になったものより、
より複雑なテクスチャーとリズムを
取り入れていることも注目に値する。」

この解説では、後年の録音との差を、
「序奏の長さ」、「ダイナミズム」、「自発性」と要約し、
後年のものを「平板」と書いたようだが、
このあたりは、この交響曲の真髄とも言えるもので、
ここは押さえて欲しいところだ。

このCDのTrack7は、
オーケストラのチューニングに重なって、
アナウンサーの紹介で、
サミュエル・シャッツナー氏が語る、
「第2交響曲」の解説となる。

最初は、第2交響曲が何を表しているか、
などの話題から入り、
ある人は、これは「喜び」の表現だと言っている、
などと続けている。
「第1楽章はいささか荘厳で、いささか内省的だが、
すぐに、素早く明るい気持ちの音楽に飲み込まれる。」
「第2楽章のラルゲットは、
愛らしい歌だが、悲しくはなく、
ある人は抒情的で楽観的であるという。」
「第3楽章のスケルツォは、そこにあるべき、
機知に富んだユーモラスなもので、
第4楽章は、雲一つない
きらめくような喜びである。」

そして、
「明らかに、第2交響曲は、
成功した32歳の作曲家の
バイタリティや、高邁な精神、
自信、健康を表しているが、
ベートーヴェン自身は、
精神的にも肉体的にも、
最悪の状況にいた」
として、
後半はハイリゲンシュタットの遺書の紹介となっている。

「ハイリゲンシュタットの農家の、
小さな2部屋に引きこもっていたが、
弟子のリースがやって来て散歩に出た」
といった、伝記の一節のような記述が読み上げられ、
「羊飼いの笛が聞こえなかった」
という有名なエピソードが語られる。

ハイリゲンシュタットの遺書の内容は、
「難聴を隠すことによって、
社交から遠ざかり、
誤解されることが私を二重に苦しめる。
半年ばかり田舎に住んでいるが、
隣にいる人が聞こえる羊飼いの笛が聞こえないとは、
何と言う屈辱だろう。
そして自殺も考えたが、『芸術』がそうさせなかった。
求められた全てを創造するまでは、
死ぬわけにはいかない。」
というものだが、
「『徳』こそが、人間を幸福にする」という、
有名な言葉がこれに続く。

言うなれば、「徳のある芸術」が、
この第2交響曲などを支えた考え方なのかもしれない。
したがって、めそめそしたり、
悲劇ぶったりする交響曲は書かれず、
力強く、人間の生きるエネルギーを、
神に感謝するような音楽が生まれ出たというわけである。

なるほど、「ハイリゲンシュタットの遺書」と、
「第2交響曲」は、こんな関係で捉えられるわけだ。

なお、このCD(1枚目)最後(Track8)には、
最後の演目である「レオノーレ序曲」の解説が、
アナウンサーの声で入っているが、
おそらく、休憩時間の残り時間を利用したものなのだろう。

得られた事:「ハイリゲンシュタットでの絶望を克服するとき、ベートーヴェンは恨みつらみではなく、『徳と芸術への感謝』で復活したので、生まれ出た交響曲(第2)も、様々な楽器がその存在感を溢れ出させる輝きの交響曲となった。」
「ベートーヴェンの『第2』のトスカニーニの39年盤は、その輝かしさの中に、エネルギー感とパンチ力があり、ハイリゲンシュタットでベートーヴェンを追い込んだ運命の苛烈さや、ベートーヴェンの反発力の強さがびしびしと感じられる。」
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by franz310 | 2014-04-13 17:22 | 古典