excitemusic

クラシック音楽への愛と悲しみの日々
by franz310
ICELANDia
カテゴリ
全体
シューベルト
音楽
現・近代
古典
オンスロウ
レーガー
ロッシーニ
歌曲
フンメル
どじょうちゃん
未分類
以前の記事
2017年 05月
2017年 01月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 09月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
フォロー中のブログ
メモ帳
最新のトラックバック
http://venus..
from http://venuspo..
http://while..
from http://whileli..
http://while..
from http://whileli..
http://www.v..
from http://www.val..
バッハが人類に残したメッ..
from dezire_photo &..
ミュージカルかファンタジ..
from dezire_photo &..
バッハが『ロ短調ミサ曲』..
from dezire_photo &..
ルター派のプロテスタント..
from dezire_photo &..
ダンテの『神曲』 ”地獄..
from dezire_photo &..
バッハとヘンデルの音楽性..
from dezire_photo &..
ライフログ
検索
タグ
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


タグ:ピアノ ( 31 ) タグの人気記事

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その250

b0083728_22421538.jpg個人的経験:
前回聴いた、
プルトニョフらによる、
グリンカの室内楽、
今回は、残りの、
いささか奇妙な2曲について、
耳を澄ませてみよう。
先のCDにも収録されていたが、
このポリムニア・アンサンブルの
CDにも入っているので、
聞き比べも出来る。


「ロシアの室内楽の贈り物」と題された、
ポリムニア・アンサンブルのCDは、
このイタリアのアンサンブルが、
1999年1月13日、ロシア新年を祝う形で、
ロシア大使の邸宅にて演奏した、
ロシアの作曲家による室内楽のアンソロジーの
ライブ録音である。

つまり、イタリアに渡って、
美しい室内楽を残したグリンカへの、
イタリア側からの心温まる返礼を思わせる録音だ。

ここに収められた曲目は、
グリンカのベッリーニ奇想曲15分、
チャイコフスキーのハープ五重奏曲3分半
グリンカのドニゼッティ・セレナード21分半
グラズノフの「東洋の夢想」8分
バラキレフの八重奏曲11分、
ボロディンの「スペインのセレナード」2分半
というもので、グリンカだけを取り上げたものではない。

ただし、多くは小品で、
グリンカの2作品だけが際だって長い。

沢山の演奏家が並んだ写真を見ながら考えた。

これらの曲目を演奏するには、
ピアノ1、ヴァイオリン2、ヴィオラ1、
チェロ1、コントラバス1、ハープ1、
フルート1、オーボエ1、
ファゴット1、ホルン1、クラリネット1と、
全員で12人必要。
管楽器では持ち替える人もいるのだろう。

ロシア大使が退屈しないように、
様々な編成が取られている。

そうした環境のせいか、何だか豪勢な室内であり、
いささか緊張した面持ちのメンバーは、
かしこまっているようにも見える。

中央には、紅一点で楽器なしの人がいるが、
その横の男性も手持ちぶさたの感じで、
横を向いてしまっている。

彼等は、手に持ちきれない、
ピアノ、ハープ、コントラバス等を担当したのであろう。
などと無責任な事を書くのも、
メンバー表もなく、解説もなく、
ブックレットには、ロシア大使による、
「素晴らしいイタリアのアンサンブルが、
ロシアの音楽を演奏した」みたいな挨拶が、
ちょこっと書かれているだけなのだ。
イタリア語なので、よく分からないが、
ECA(Enrico Castiglione Arts)というレーベルは、
聴いたことがないが、いったい、何を考えて、
このCDを発売したのだろう。

この写真に出ているメンバーは、10人しかいない。
弦楽四重奏分、管楽器もフルート、オーボエ、
クラリネット、ホルンは見える。
ファゴットは不明。

ポリムニア・アンサンブルのホームページを見ると、

「1992年のナポリでデビュー。
定期的に音楽イベント、国際的音楽祭に参加。
1985年以来、
モスクワ音楽院やサンクトペテルブクなど、
定期的にロシアを訪問。
Musikstrasseレーベルのためのロッシーニ、
ドニゼッティ、およびメルカダンテの室内楽。
ブソッティや、クレマンティなどの作曲家が、
その演奏に触発されて作曲している。
2003年以来、子供用音楽祭を運営。
重要なスポンサーのIBMがある。」

ロシアとの繋がりやアメリカの名門企業との繋がりが、
我々を混乱させる。いったい、何者たち?

メンバー表には、
ヴァイオリン:Marco Fiorentini 、Antonio De Secondi
Manfred Croci
ヴィオラ:Gabriele Croci
チェロ:Michelangelo Galeati
コントラバス:Antonio Sciancalepore
オーボエ:Luca Vignali
フルート:Carlo Tamponi
クラリネット:Ugo Gennarini
バスーン:Francesco Bossone
ホルン:Luciano Giuliani
ピアノ:Angela Chiofalo
とある。

ここでもファゴットはいない。
これがないと、グリンカのドニゼッティ・セレナードは、
演奏できないはずなんだが。

表紙中央の女性は、
ピアノのチオファロさんではないかと思われる。
しかし、この表にはハープがなく、
女性の横のそっぽを向いた男性は、
コントラバスのシャンカレポーレ氏であろうか。

さて、この編成なら、シューベルトの「ます」の五重奏曲を
演奏することも可能そうだが、
彼等のホームページのレパートリーには出ていない。

下記のように、ベートーヴェン、モーツァルト、
シュポアの管とのピアノ五重奏や、
モーツァルト、ブラームス、ウェーバーの
クラリネット五重奏のような名品、
シューマンのピアノ五重奏をやっているのに、
シューベルト、ブラームス、フランク、ドヴォルザーク、
ショスタコーヴィチらのピアノ五重奏はやっていない模様。

しかし、さすがイタリア、ドニゼッティやケルビーニ、
レスピーギやカゼッラは、しっかりと押さえている。

彼等のレパートリーの「五重奏曲」の表:
Baerman :Adagio clarinet, 2 violins, viola and cello
Beethoven :Quintet in E flat maj. op. 16
Brahms Quintet in B minor op. 115
Casella Serenade violin, cello, clarinet, bassoon and trumpet
Ciajkovskij Quintet harp and string quartet
Cherubini Quintet 2 violins, viola and 2 cellos
Donizetti Quintet 2 violins, viola, cello and guitar
Dussek Quintet violin, viola, cello, double bass and piano
Glazunov Reverie orientale clarinet and string quartet
Jolivet Chant du Linos flute, violin, viola, cello and harp
Mozart Quintet in A maj.K 581
Mozart Quintet in E flat maj. 452
Respighi Quintet strings quartet and piano
Roussel Serenade flute, violin, viola, cello and harp
Roussel Elpenor flute and string quartet
Schumann Quintet op. 44
Spohr Great Quintet op. 52
Spohr Fantasy and Variations on a Theme by Danzi op. 81
Prokofiev Quintet in G min.
Weber Quintet clarinet and string quartet
Weber Introduction, Theme and Variations

こんな表を眺めているだけで、
様々な想像が去来するので、丸写しにしてしまった。

例えば、チャイコフスキーのハープ五重奏曲は、
このCDでも聴けるが、
いったい、何時、どんな機会に書かれたものなのだろう。
伝記には、ハープと弦楽四重奏の習作が1863年頃にあるが、
これであろうか。
音楽院に入学した将来の大作曲家が、
様々な編成の作品を書いて実験していた時の一つ。

ゆったりした弦楽による序奏から、
後年のチャイコフスキーを彷彿させる、
懐かしい響きが聞き取れ、
ハープの登場は、妖精が現れるかのように美しい。
それにしても、いったい、誰がハープを弾いたのだろう。
が、やはり習作だけあって、特に何も起こらぬ前に消えてしまう。

また、五重奏からは離れるが、
最後に収められたボロディンの弦楽四重奏、
「スペイン風セレナード」が、
これより短い2分半の作品。

だが、これは、習作ではない。
有名な第2番の5年後に書かれている。
機会音楽で、ある音楽会のために書かれたらしく、
単純ながら、何だか、不思議な情緒を湛えた作品。
スペイン風かどうか分からないが、
妙にほの暗い情感が悩ましい。

あと、7分47秒で後半の始めを飾る、
グラズノフの「東洋的夢想」は、
クラリネットのエキゾチックな音色を活かした、
聴き応えのある小品。
弱音で弦楽四重奏がまさに夢のような儚さを奏でる中、
光が射すようにクラリネットが、
魅惑的な音色を聴かせる。
が、終始、弱音なので、これまた、
何だか分からないまま、終わってしまう。

習作と言えば、バラキレフのピアノ八重奏曲は、
1855年の作品とされるので、10分48秒。
1837年生まれの作曲家にしては若書きと言えるだろう。
これは、しかし、なかなか興味深い作品で、
シュポア風のピアノの名技が目を眩ませるし、
中間で出てくる主題は、懐かしさいっぱいで、
いかにもロシア的なオリエンタリズムを感じさせるものである。

バラキレフというと、チャイコフスキーに、
交響曲を書け書け、とせかしていた人、
という感じばかりがあるが、
自身、すぐれた音楽を書いていたのである。

バラキレフでは室内楽というのは珍しく、
この曲もピアノ協奏曲風である。
そうした珍しいレパートリーが、このCDでは聴ける。
このアルバムでは最大編成で、ロシア大使の家に、
音があふれ出したことであろう。

一応、このポリムニア・アンサンブル、
こうした弦、管の混成を得意としていて、
管楽を駆使したシューベルトの「八重奏曲」は、
彼等のレパートリーに入っている。
シューベルトが嫌いというわけではなさそうだ。

彼等のCDは、アゴラレーベルから主に出ていて、
このECAのものは一つしかない。

以上、書いて来たように、このCDでは、
グリンカは全体の6、7割を占める重要度ながら、
解説が皆無なので、前回の解説を流用して、
グリンカ作品を聴いてみよう。

ここには、グリンカのイタリアでの、
様々なアバンチュールに関する逸話が書かれていて、
非常に興味をそそられる。

「イタリアにいた間、
彼は1832年にはミラノ滞在した。
二年前に、この地に来た時は、
フランチェスコ・バジーリに学んだ対位法は、
彼には無味乾燥に思われ、場所を移したのだった。
彼のミラノへの帰還は、
『女を捜せ(事件の影に女あり)』によるものか、
あるいは、この際、女を捜したのか、
二人の愉快なレディーたちが、彼をそこに引き寄せた。
彼女たちは非常に音楽的で、
それゆえに彼の音楽能力を刺激した。」

しかも、この女性(たち)の影が、
これらの音楽に投影されているとすれば、
これらの作品を聴く時にも覚悟がいる。
はたして、どんな影が見えて来るのだろうか。

「彼の音楽、特に、室内楽シリーズは、
この年を通じて、絶え間ない流れとなった。
特に、興味深いのは、通常とは異なる編成、
ピアノ、ハープ、バスーン、ホルン、ヴィオラ、
チェロとダブルベースのために書かれた、
ドニゼッティのオペラ、
『アンナ・ボレーナ』の主題によるセレナーデと、
ピアノと弦楽五重奏曲のために書かれた、
ベッリーニのオペラ『夢遊病の女』の主題による、
華麗なる喜遊曲、そして、
ピアノと弦楽五重奏のための、
大六重奏曲変ホ長調である。」

怪しげに書かれていたので、
何だか、ヤバい筋の女性かと思ってしまったが、
下記を見ると、かなり良いお宅の子女という感じだ。
グリンカ自身、良家の子息であるから、
当然の成り行きなのかもしれないが。

「1832年の春に書かれた、
『アンナ・ボレーナ』セレナーデの作曲について言えば、
どうして、弁護士のブランカ一家、
特に、その娘で、
それぞれピアノとハープの優れた演奏家であった、
シリラとエミーリアと知己を得たか
についてグリンカは説明している。
また、このことが、
この曲の通常と異なる楽器編成となった理由である。
『仕上げのリハーサルで、
この曲は非常にうまく行った。
各楽器は、スカラ座の最高の奏者が受け持った。
有名なローラによって、
ヴィオラソロが演奏されたのを初めて聴いた時、
私は感激して涙した。』」

見えて来たのは、怪しい妖女の影ではなく、
ロシアの貴公子にふさわしいイタリアの令嬢たちの影であった。
しかし、ピアノとハープが掛け合う音楽とは、
何と、上品なイメージであろうか。
グリンカは、いったい、どちらの娘が気に入っていたのだろう。

では、この優美な作品、
ドニゼッティの「アンナ・ボレーナ」の主題による、
セレナードを聴いてみよう。

この曲は、ポリムニア・アンサンブル盤では3曲目に、
ロシア国立交響楽団の独奏者たちの盤では、
2曲目に収録されている。

こう書いて、妙な感慨に耽ってしまった。
つまり、作曲した側の国の演奏も、
作曲された側の国の演奏も聴けるということ。
両国の音楽家たちが、
これらの音楽を大事にしている感じが、
妙に微笑ましいではないか。

私は、ハープの分散和音に続いて響く、
ピアノの音色が金属的に響いて、
芯があるような、ロシア勢の演奏に、
何となく惹かれているが、
音のブレンドや、ムードを重視した、
イタリア勢を悪く言うつもりもない。

グリンカも半分プロで、
半分アマチュアのようなメンバーの演奏を、
想定して書いたに相違ない。

「このセレナーデは、序奏と6つのセクションが、
切れ目なく演奏される。
ほとんどの主題はオペラのタイトルロールの音楽から取られ、
序奏の後、第1幕の『カヴァティーナ』の楽想を、
ピアノとハープが奏で出す。
(カヴァティーナからの他のモチーフは、
モデラートセクションの二つの変奏で使われる。)
ラルゲットは、第2幕の三重唱から主題が取られ、
プレストはエンリコの『Salira d'Inghilterra sul trono』からのもの。
アンダンテ・カンタービレでは、
第2幕のアンナのカヴァティーナが聞こえ、
終曲はオペラの様々な主題を含んでいる。」

この曲のもととなった、
「アンナ・ボレーナ」とは、
イギリスのヘンリー八世の妃で、
不倫の罪を着せられ、
ロンドン塔で斬首された王妃、
アン・ブーリン(エリザベス一世の母)の事で、
上記史実をモデルにしたものである。

上記エンリコは、ヘンリー八世、
つまりアン王妃の夫で、彼女を死に追いやる人である。

第1幕のカヴァティーナとは、
アンナが、自分の地位の儚さを歌うもの、
こういう歌であるから、
おのずから、しっとりしたものである。
が、管楽器の七色に変化する音色や、
曲想のしっとりした微妙な移ろいは、
グリンカならではのものだ。
第2幕の三重唱とは、
王妃アンナ、王エンリコと、
彼女を愛するパーシイによるもので、
このメンバーから分かるとおり、
かなりヤバいシーンである。
アンナは、すでに罪人として扱われている。

エンリコの『Salira d'Inghilterra sul trono』は、
別の者が王妃になると王が歌う部分の歌詞であるが、
アンナを打ちのめすかなり威勢の良い曲想のもの。

第2幕のアンナのカヴァティーナとは、
このオペラでは特に有名なもので、
すでに罪を着せられたアンナが、
「懐かしい故郷のお城」と幼い日を回想するもの。

このように、ほとんどそのまま、
ドニゼッティの主題が利用されているが、
この夢幻の色調を誇る楽器編成で演奏された方が、
私には、ずっと美しく感じられた。

令嬢たちが奏で合ったピアノとハープを支え、
その他の楽器たちが、花道を用意していくような音楽。
ぴちぴちと跳ね回るピアノとハープは、
シューベルトの「ます」の幸福感を放ち、
至福の時を繰り広げていく。
このような音楽を作ってもらって、
それが、作曲家自身を感涙させる程、
効果的に演奏されたとすれば、
人生最高の時になったかもしれない。

しかし、筋書きやモデルとなった史実を見ても、
陰惨を極め、まともなものではない。
これから、令嬢たちの夢を紡ぎ出すとは、
いったいなんたるこっちゃ。

そんな夢も希望もなく、
怪しい陰謀を張り巡らせた悪が勝ち、
誰も彼もが情念をぶつけ合うものから、
こうした、幸福感に溢れた室内楽を書く、
ということはいったいどういった事なのだろうか。
換骨奪胎も良いところだ。

かなり、音楽というものに割り切りが出来ないと、
とても出来ない仕事であろう。

とはいえ、こうした仕事が求められた事も事実で、
ベートーヴェンですら、多くの変奏曲を残している。

シューベルトは、ロッシーニの音楽に心酔しながらも、
それをそのまま、売れる形態にするような事はなかったが、
何故だったのだろうか。

それとは違う切り口で、
グリンカの楽器活用の才能こそが、
それ程、秀でていたと言ってもいいのかもしれないが。

もし、シューベルトが、同様の仕事をしていれば、
下記のように、次々と仕事が舞い込み、
もっと楽な生活が出来たかもしれない、
などと空想する解説が続く。

「オペラをポピュラーにするため、
(今日ならCDに録音されるのだろうが)
当時、こうした楽曲は非常に重宝された。
有名なミラノの楽譜出版者、リコルディは、
このセレナーデを出版することをすぐに決定、
これが同様のジャンルの作品を書くことを、
グリンカに、自然に駆り立てたのかもしれない。
『華麗な喜遊曲』は、同様に1832年の春に書かれ、
もっと通常編成にて楽譜にされた。
ピアノとダブルベースを含む弦楽五重奏である。」

とはいいながら、グリンカ自身、これ以後、
こうした作品を書いていないので、
あるいは、まっとうな、
志高い作曲家の仕事とは考えなかったとも考えられる。

また、グリンカの色男ぶりは、
次の作品が、別の演奏家、
というか女性を想定している点からも見て取れよう。

「グリンカは書いている。
『この作品は、若い学生、ポリーニ嬢に捧げられた。
彼女は、ミラノの芸術家仲間の前で、
この曲を素晴らしく演奏した。』
この曲のピアノパートは非常に困難なもので、
我々は、書かれたとおり、ポリーニ嬢は、
名手だったと信じることが出来る。
この場合もまた、ほとんどの材料は、
タイトルロールと、オペラの最も劇的な場面から来ているが、
前の作品よりラプソディックではない。
序奏を除くと、この作品は4つの部分からなっている。
最も印象的なのは終曲で、
名技的な6/8拍子、
変イ長調のヴィヴァーチェで、
まさにタイトルのとおり華麗なもので、
グリンカの技法の、
長足の進歩を開陳している。」

この作品は、ロシア勢の盤では、
作曲された順なので、
ドニゼッティの主題によるものに続き、
3曲目に入っているが、
イタリア勢はCDの最初に入れている。

もの思いにふけるような序奏から、
当時の上流階級の夢を伝えて止まない。

こちらの曲は、シューベルトの「ます」に、
編成もそっくりで、ヴァイオリンが一つ多いだけである。
コントラバスを含むということで、
独墺圏の大作曲家によって書かれれば、
かなり大騒ぎされるはずのもの。

が、ピアノの名技性が前面にでて、
ピアノ協奏曲的であって、
ピアノ以外が弦だけということもあって、
前の作品ほど、色彩的ではない。

解説が特筆したように、
終曲だけが優れているわけではない。

管楽器の七色の音色がなくなったとはいえ、
途中、内省的とも聞こえる、夢想的、
あるいは焦燥感溢れる部分も登場する。

スケルツォ的に敏捷な部分もあって、
連続して演奏される
かなり変化に富む作品である。

が、原曲が、別の作曲家の作品である点を忘れるところだった。
そう考えると、グリンカ自身も、感涙にむせびながらも、
この美しさが、自分の実力かどうか、自問自答する一瞬が、
あったかもしれない。

その点、他の作品を引用するにせよ、
自作を引用したシューベルトは正解であった。
それにしても、他の作品を引用して、
室内楽を作るということは、
シューベルトの場合では特筆されているが、
こうしたケースではごく普通であったわけだ。

さて、解説の人が書いているように、
最後の部分は、ピアノが縦横に駆け巡って、
めざましい効果を上げるが、
ロシア勢の演奏の方が華麗である。

ポリムニア・アンサンブルのものは、
ライブらしく盛大な拍手こそあるが、
やはり、大使宅での社交の機会という雰囲気があって、
それほどの大演奏とも思えない。
が、こんな感じで、初演のポリーニ嬢も演奏したのではないだろうか。

得られた事:「グリンカの室内楽には、当時の上流階級の才女の影がちらつき、彼女らの夢見た幸福が見え隠れするようである。」
「が、こうした作品を書いて感涙するほどに、原曲が別にあるというジレンマを、グリンカは感じたのではなかろうか。」
[PR]
by franz310 | 2010-11-06 22:42 | 音楽

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その248

b0083728_1440399.jpg個人的経験:
ボロディン・トリオの
CDと言えば、
やはり本場物の先入観で、
ロシアのアレンスキーの
トリオの方を良く聴いた。
この作品は、
非常に甘美なもので、
表紙絵画の、
爛熟の花々は、
それらしくこの曲を表現している。


この絵画はしかし、スコットランドの
ナショナル・ギャラリーにある、
ガスパール・フェアブリュッヘンの
「果物と花」というもので、
17世紀オランダ絵画と思われ、
曲の文化的背景とは全く関係なさそうである。

このCDは、1986年6月に、
英国エセックスのLayer Marney教会でなされたという。

この時代、この作品の録音は、あまり多くなく、
その意味でも興味をそそるものであった。

併録されているのが、
グリンカの「悲愴トリオ」というのが、
また気になるではないか。

が、こちらは、あまり悲愴ではなく、
まったくもって、どこが悲愴か悩ましいものが、
それに関しては、解説にも書かれているので、
請うご期待。

「これら二つの作品は、
60年以上も時を隔てているとはいえ、
共にロシアの作曲家によるもので、
共にメロディの才能があり、
甘美な和声を愛し、
その熱狂を後継者に引き継がせた者たちであった。
偶然ながら、ロシアから遠く離れて客死しており、
アレンスキーはフィンランドで、
グリンカはベルリンで亡くなっている。」

という風に、このCD、
作曲家の組み合わせが、非常に苦しいもので、
ロシアの作曲家であるだけで、
1804年生まれのグリンカは、
アレンスキーが1961年に生まれる4年前の、
1857年に亡くなっており、
2世代以上の隔たりがある。

グリンカがシューベルトの同時代人であるのに対し、
アレンスキーは、マーラーの同時代人なのである。
しかし、グリンカは53歳、
アレンスキーは45歳で亡くなっており、
どちらも若くして亡くなった人である点は、
共通しており、
ここに収められた二曲も、
グリンカが28歳で作曲したものと、
アレンスキーが33歳で作曲したものであるから、
そういう意味では初々しい作品たちと言えよう。

まず、アレンスキーについてのお話が、
このCD解説では出てくるが、
この人は、チャイコフスキーとラフマニノフを、
繋ぐような役割であって、
そこから連想されるとおり、
非常に甘美な音楽を書いた人である。

「アレンスキーは、ペテルスブルク音楽院にて、
リムスキー=コルサコフに学んだこともあったとはいえ、
彼の音楽嗜好は、チャイコフスキーに似ており、
リムスキー=コルサコフを含む『五人組』の国民楽派と、
折衷的なアプローチをしたチャイコフスキーとバランスをとった、
モスクワ音楽院に近く、
ペテルスブルクで金メダルを取った後、
彼は、理論と作曲の教師としてここに赴任した。
彼自身の最も重要な弟子にはラフマニノフがいる。」

チャイコフスキーは、かなりブルジョワ的な仕事をしたし、
ラフマニノフは、ソ連政権を嫌って戻らなかった亡命貴族であったが、
それに連なって、アレンスキーは、ソ連時代、
あまり評価されなかったのではないだろうか。
これは憶測であるが。

このような憶測をしたのは、
下記のような、
演奏会で主要演目になりうるような大作を、
かなり多く書いているのに対し、
日本ではレコードに恵まれなかったからである。

1987年のクラシックレコード総目録でも、
アレンスキーの名前では、
エルマンが弾いた「セレナード」一曲しか出てこない。

「アレンスキーは3つのオペラ、2つの交響曲、
ピアノ協奏曲、シェークスピアの『テンペスト』への付随音楽、
多くの合唱曲、2つのピアノ三重奏曲を含む室内楽などがある。
ピアノ三重奏曲第1番は、
『五人組』結成者であるバラキレフが、
聖ペテルスブルク王室聖堂の音楽監督の
後継者にアレンスキーを任じた、
1894年に出版された。」

この他、ヴァイオリン協奏曲や、
弦楽四重奏曲、ピアノのための組曲などがあるようだ。
どれも私は聴いたことがない。
チャイコフスキーとラフマニノフに似ているなら、
そちらの有名な方を聴けば良いという心理が働くのであろうか。
いや、そもそも、録音自体、まだまだ少ないのである。

しかし、この三重奏曲は美しい。
「この三重奏曲は、5年前に亡くなっていた、
カール・ダヴィドフに霊感を受けている。
ダヴィドフは、ロシアのチェロ流派創始者、
チェロの名手で、この三重奏曲は、
彼が1876年から86年まで監督をつとめた、
1863年以来の聖ペテルスブルク音楽院での、
彼の業績の死後の証言となっている。
第1楽章は3つの主題からなり、
第1のものは劇的で、
第2のものは叙情的、第3のものは激しい。」

第1楽章の解説はこれだけであるが、
曲の冒頭から、劇的というか、
憂愁を秘めたメロディを、
たっぷりとヴァイオリンが奏で出す。
そこにチェロが絡んで来て、
ピアノの音色も深く美しい。

この主題を歌う時、ドゥビンスキーの胸は、
共感でいっぱいになっていたはずで、
彼には珍しく、望郷の歌のようなものが感じられる。

1986年と言えば、彼等が亡命してから10年、
このような形であれ、節目の年、
祖国を思う機会があったことは、
おそらく貴重な体験であったはずである。

しかし、名チェリスト、
ダヴィドフを偲ぶという楽想ではあろうが、
最初からチェロで歌わせてやれば良かったのに。
ダヴィドフは、
20世紀の名女流、デュプレが弾いていた楽器の名前ではないか。

叙情的とされる第2主題は、
遠くを力強く見やるような、
これまた美しいもの。
激しい第3主題は、
民族舞曲的なリズム感を持ち、
少し、心を高ぶらせるが、
すぐに、暗い情念に落ちていく。

とにかく、全編が、
ラフマニノフばりの泣き節であるから、
この曲を聴いて、
まったく感情が揺さぶられないでいる事は難しい。

「これに、『アレンスキーのワルツ』と呼ばれるものの、
一例のような陽気なスケルツォが来るが、
第1楽章のもの思いにふけったコーダから自然に続く。
このスケルツォは形式というより、
ムードの上のもので、本質は中心部のトリオのワルツにあり、
主部の明るいスケルツォと激しい対象をなし、
メンデルスゾーン風の繊細な色合いを持ち、
ピッチカートのパッセージのスパイスがきいている。」

この第2楽章は、ここに書かれているように、
メンデルスゾーン風に、妖精が飛び跳ねる楽しいもので、
中間部のワルツは、ピアノがじゃんじゃか打ち鳴らされて、
ゴージャスでさえある。

ちなみに、ダヴィドフは、メンデルスゾーンの
ピアノ三重奏曲を演奏によって世に出たとされるが、
こうした背景までは、作曲家も知っていたのだろうか。
ダヴィドフは、1838年生まれなので、
アレンスキーより23歳も年長である。

ただし、アレンスキーがペテルスブルクで学んだ、
1879年から82年といえば、
ダヴィドフが音楽院の院長を務めていた時期であり、
そうしたエピソードを聴く機会もあったのだろうか。

また、ダヴィドフは、それ以前、
ライプツィッヒにいて、
ゲヴァントハウスの独奏者になったり、
音楽院で教えたりしていたから、
メンデルスゾーンとは、
切っても切れない関係にあったのかもしれない。

「エレジーもまた中間部を持ち、
主部の弱音器付きのチェロと、
ヴァイオリンの会話と軽い対比がなされている。
この中間部ではピアノが暗い色調の点描風の伴奏を行い、
リラックスしたムードを醸し出して秀逸である。」

この第3楽章も濃厚にロマンティックで、
泣かせるメロディーが嫋々と歌われる。
この解説にあるように、
ヴァイオリンとチェロがもぞもぞやっている中を、
ピアノがちょんちょんとやって見たり、
泉のような分散和音をピアノが奏でる中を、
ヴァイオリンが瞑想的な歌を聴かせるなど、
中間部も独特で面白い。
これは、後で回想されるので忘れてはならない。

「終楽章は、劇的なロンドで、
二つの主題を持ち、一つは強く活発で、
第2のものは、二つの弦楽によってより優しい。
アンダンテのエピソードでは、
エレジーの中間部が回想され、
さらに第1楽章の最初の主題が現れ、
作品の統一感を出している。」

これは激しい音楽である。
ダヴィドフが51歳という若さで亡くなった事に対する、
理不尽さの現れであろうか。
それを慰めるような、二つの弦楽器の精妙な掛け合いが美しい。
そして、前楽章の泉のような楽想が現れる。
この水の流れに乗って、ダヴィドフの魂は運ばれていくのであろうか。

そして、再び、最初の嘆きの主題が出るあたり、
まさしく、この曲も、ロシアの伝統である、
「悲しみの三重奏曲」であると感じさせられる。

ユリウス・ベッキー著の
「世界の名チェリストたち」の、
ダヴィドフの項を読んで驚いた。
「チャイコフスキーは彼を『チェロの皇帝』と呼び、・・
ダヴィドフの特別の崇拝者の一人だった
アントン・アレンスキーは、
彼の想い出を素晴らしいピアノ三重奏曲に作曲した」
と明記されていたからである。
きっと、この曲は、例のメンデルスゾーンとの関係以上に、
秘められた意味があるのだろう。

ダヴィドフ自身、多くの作曲も残しているようなので、
それもまた興味があるが、今回は深追いしない。

さて、シューベルトと同時代人で、
ロシアの生んだ大作曲家としては、
グリンカを忘れるわけにはいかない。
しかし、グリンカはアレンスキー以上に、
私たちにとっては把握しにくい存在ではなかろうか。

ここでもかつて、
彼が書いたピアノ曲が含まれるCDを聴いたが、
まったくロシア的ではなかった。
これと同様の事は、このCDの作品でも言えるようで、
いきなり、それについての解説が始まる。

「グリンカのトリオは、
『五人組』の活動を通じて、
ロシア国民楽派の灯りを導いたバラキレフの、
初期の発展に重要な励ましを与えた、
『ロシア音楽の父』の作品と認める事は、容易ではない。」

ピアノ曲の場合も極めてサロン的で、
別にロシア的ではなかった。
ややこしい事に、夜想曲の創始者、
フィールドがロシアで活躍したために、
フィールドとグリンカのイメージがごっちゃになり、
フィールドから直接連想される繊細なショパンと、
のちに荒くれたちを排出するロシア音楽が相容れない雰囲気なので、
グリンカを無視したくなるのである。

しかも、それらは、散発的な現象であり、
まともに大曲になっているものがこれまた少ない。
オペラは有名だが、器楽曲となると、
アレンスキーと違って、交響曲も協奏曲もなく、
室内楽でも、初期のものがぱらぱらあるだけ。
いったい、この人は何なのだ、と言いたくなる。

ここに収められた、ピアノ三重奏は、
そうはいっても、日本では古くから、
オイストラッフの演奏で知られたもので、
このオイストラフのビクター盤には、
チェリストであり、ロシア音楽研究の第一人者であった、
井上頼豊氏が簡潔な解説を書いておられる。

「グリンカの室内楽作品は9曲あるが、
すべて初期の作品で、そのうち5曲までが、
イタリア留学中の作品である。
グリンカは1830年春、
イタリアへ出発し、3年をすごし、
その間に歌曲・変奏曲・室内楽曲を書きながら、
南国の陽気な旋律がロシア人とは合わないと感じはじめていた。
この「悲愴」は1832年9月から10月にかけて、
28歳のグリンカがスイス国境に近い
バレーゼで書き上げたもので、
原曲は、ピアノとクラリネットとファゴットのために書かれたが、
現在では管楽器のパートをヴァイオリンとチェロで受け持つほうが、
一般的になっている。
グリンカはこの曲の扉に、
『悲愴三重奏曲の断章。コモ湖畔にて』と書いているが、
まさにこの曲は4楽章だが多分に断片的で、
後年の病いの原因となった
<はげしい絶望感>に満ちている」
と書いているが、どこがはげしい絶望かは意味不明。

このシャンドスのCDにも、この「悲愴」のタイトルは、
かなり疑問視されている。
「ピアノ、クラリネット、バスーンのために書かれた、
オリジナル出版時、付けられたタイトルも変である。
ピアノ、ヴァイオリン、チェロのための、
Hrimaldyによる編曲によって、
この作品はレパートリーに残ることになった。
この作品は、28歳のグリンカが、
健康上の理由でイタリアに滞在していた、
1832年に作曲され、
ミラノ音楽院の音楽監督と共に、
作曲に取り組んだことから、
ドニゼッティやベッリーニの影響下にあり、
医者によって、毎日、彼が胸部に塗る必要を命じた、
薬の臭いがする。
哀れな作曲家は、自伝に、
『私は、愛が運んでくる痛みによってのみ、
愛というものを知った』と書いたような環境下は、
基本的に朗らかで叙情的なこの作品が、
『悲愴』という見当外れなタイトルを、
持つ口実にするには十分であろう。」

難しい事を書いてくれている。
胸部に塗られる膏薬の臭いがする音楽とは、
いったい、どの部分を指すのであろう。

イタリアの作曲家からの影響は、井上氏も、
「ドニゼッティの影響も見えるが」と書いて認めているが、
「グリンカ特有のロシア的パトスが顕著である」と、
反対の結論で終わっている。

いったい、この曲は、「悲愴」なのかどうなのか。
「ロシア的パトス」はあるのかないのか。
そもそも、「グリンカ特有」というのが良く分からない。

さて、今回、CDの解説を見るとこうあるではないか。
「ロシア的パトス」はいいから、このイタリア的な官能を、
見つける方が楽しそうである。

「この作品は4楽章からなるが、
4つの関連する部分からなる、
1楽章の作品の性格を持つ。
それは、全編を通じ、グリンカが、
『小さなイタリアのベッドルーム、
窓を通じて、美しい月光が輝き、
そこには、美しいイタリアの少女が横たわっている。
彼女の黒い髪は、すべてではないが乱れ、
肩に、胸にと落ちかかっている。
彼女は素晴らしい。いやそれ以上だ。
彼女の全てが、その情熱と妖艶を確信させた』
と書いているような、
イタリアの温もりを想起させる。
彼の友人が、グリンカについて、
『彼は音楽を愛し、ペチコートを愛した』
と書いたとしても驚くには値しない。」

この曲は、一応、CD背面にあるように、
第1楽章、アレグロ・モデラート(5:55)
第2楽章、スケルツォ、ヴィヴァーシッシモ(3:53)
第3楽章、ラルゴ(5:48)
第4楽章、アレグロ・コン・スピリート(2:04)

やたら、終楽章が短く、
それに先立つラルゴが、
終楽章の3倍近くの長さになる点、
第2楽章にスケルツォが置かれ、外見的には、
ベートーヴェンの「第9」みたいだということが分かる。
が、そんな大がかりなものではない。

が、井上頼豊氏が言うように、
「断片」であるのだとしたら、
本来の構想は、もっと別にあったのかもしれない。
そもそも完成作として聴くべきかどうかも悩ましい。

私は、これらの解説を読んで、完全に混乱気味である。
イタリアの官能を聴くべきか、
ロシア的パトスを聴くべきか、
さっぱり分からなくなっている。

あるいは、イタリア的官能の中の、
ロシア的パトスを聴くべきなのだろうか。

「最初の3楽章は、中断なく演奏され、
フィナーレでは、すでに出てきた材料を利用した、
短いエピローグが付く。
アレグロ・モデラートにおいて、
主要主題は、最初から、
エネルギッシュで興奮しており、
叙情的な第2主題と対比されながら、
展開されるに連れ、情熱を増す。」

これはCD解説であるが、井上氏は、
こう書いて、いきなり「悲愴」的であると断言傾向。
「第1楽章は劇的な主題を中心に各楽器が激情的に高揚する。」

確かに叩き付けるようなヒステリックな主題で始まり、
第2主題は、その緊張を和らげるような、
なだらかなもの。

何だか、アリャビエフの
「ナイチンゲール」みたいな趣きもあって、
そこがロシア的パトスかな、
とも思うが、終始歌い続けるピアノなど、
フンメル風でもあり、
ロシア的というよりはるかにそちらに近い。

というか、発想そのものが、
ベートーヴェン的でなく、
フンメル的と言える。

フンメルのピアノ入り室内楽は一世を風靡したが、
元は、弦楽ではなく管楽を使っていた。
そういった意味でも、
もともと管楽器のために書かれたという、
このグリンカ作品との、関係は濃厚に見える。

「スケルツォ風のヴィヴァーチッシモは、
チェロによって導かれる、
美しいメロディのトリオを持つ。」

この楽章は、シューベルト風とも言える、
中間部のメロディが美しい。
これに関しては、井上氏は述べず、
こう書いている。
「第2楽章は第1楽章の要素を受けて、
旋律的で、比較的短い。」

この楽章の屈託のなさは、
まさにロシア的パトスからは遠く、
南国の香りの方が強い。

「イタリア風のカンティレーナは、
愛らしい『ラルゴ』(第3楽章)に明白で、
愛する追憶の、もの思いに沈んだ優雅さで終わる時、
主要主題がひらひらと舞う。」

この部分は、確かに美しく、
特に、シャンドス盤では、トゥロフスキーのチェロの、
朗々たる音色を堪能することが出来る。
必ずしもイタリア的かどうかは分からないが、
感情の充満した音楽で、オペラの一場面、
チェロとヴァイオリンが歌い交わす、
まさしく名場面にふさわしい内容である。

井上氏も、
「第3楽章はヴァイオリンと
チェロの比較的長い独白が美し」いと書いている。
完全に愛のデュエットであるが、
ここからは、膏薬の臭いやロシア的パトスは感じられない。
むしろ、かぐわしい夜の気配が濃厚である。

CD解説には、
「これら全ての着想は、
この作品を劇的勝利に導く拡張されたコーダまで、
フィナーレで強調される」とあるが、
風雲急を告げて、悩ましい愛のひとときが、
完全に破局に到った感じが「悲愴的」かもしれない。

井上氏の解説は、より直裁的で、
「第4楽章は短く、終曲というより全曲の結尾に近く、
第1楽章の楽想を変奏的に再現したものである」
と書いている。

こうやって、あれやこれやを考えつつ聴くと、
ロシアかイタリアか知らんが、
中間の2楽章は、
快活で幸福感に満ち、愛の気配が充満しているが、
最後に、過去のものとして崩れ去る音楽として、
「悲愴」というより、「悲劇的」である。
第1楽章は、それを回想する時の痛々しい音楽である。

これは、標題音楽として聴くと、
かなり納得できる音楽かもしれない。

同年代に奇しくも、ベルリオーズがいるが、
彼が、音楽で失恋を描いたように、
この三重奏曲も、第1楽章を「夢と情熱」と呼び、
終楽章を、「断頭台」と呼んでも良さそうだ。

ただし、ベルリオーズと違うのは、
グリンカは、心から、イタリア留学を楽しんだようで、
中間2楽章が幸福感に満ちている点であろう。

シャンドスのボロディン・トリオの演奏は、
しかし、幾分、この不思議な音楽に戸惑いを覚えているようだ。
何となく統一感が不足し、散漫な印象を受けた。
各部は、感情の起伏のまま、
細部まで表現され、十分に歌われてもいるが、
この解説の影響で、何が何だかわからなくなったのか、
ひたむきさが不足する。

b0083728_1441742.jpg一方、昔、ビクターから出ていた
オイストラフ・トリオ盤は、
ハイドンのホ長調のトリオと一緒に、
A面に、このトリオが詰め込まれ、
B面はスメタナの
ピアノ三重奏曲が入っているという、
贅沢収録LPであった。
こちらの表現は、
ボロディン・トリオとは異なり、
一気に駆け抜ける感じ。
これなら「悲愴」っぽい感じになる。


もともと何年の録音かは分からない。
しかし、この3人の巨匠を集めながら、
ジャケット写真はオイストラフだけ。


モノーラルではあるが、今回、聞き直してみて、
音に不満はなく、非常に美しい演奏だと思った。

曲の性格ゆえに、オイストラフやクヌシェヴィツキーより、
オボーリンのピアノの落ち着いた美しさに耳を奪われた。
しかも、シャンドス盤よりひたむきな感じで、
全曲を15分半で弾ききっている。

特に第1楽章の推進力は、
焦燥感を感じさせて迷いなく、
これなら「ロシア的パトス」と呼ばれても
おかしくはない、という印象。

ただし、第2楽章は素っ気なく、
第3楽章のラルゴも香気よりも内省的で、
クヌシェヴィツキーのチェロ独奏も妙に厳しく、
オボーリンのピアノは沈潜して、暗い情念をたぎらせる。
ただし、一気に弾ききっているので、
何だか騙されたような感じがしないでもない。

CD解説にあるような、
なまめかしい留学の日々を聴くなら、
冒頭の絶叫からして、
ボロディン・トリオの方がそれらしく聞こえる。

この聞き比べ、同じ曲でありながら、
かなり違う印象を与える内容となっていて興味深かった。
「悲愴」的に聞きたいならオイストラフ盤だし、
青春の追想を味わうにはボロディン盤だ。

得られた事:「グリンカの『悲愴三重奏曲』は、フンメル的という意味で、『ます』の五重奏曲の兄弟かもしれない。」
[PR]
by franz310 | 2010-10-24 14:37 | 音楽

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その247

b0083728_9341100.jpg個人的経験:
ボロディン四重奏団の、
名誉あるリーダーでありながら、
仲間を見捨てて亡命した、
ヴァイオリニストの
ドゥビンスキーは、
新天地でピアニストの妻と、
ピアノ・トリオを結成したが、
彼等はすぐに、シャンドスに
シューベルトを録音して、
好評を博した。


b0083728_9143098.jpg例えば、
早く録音された「第2」は、
1981年6月11日、12日に
ロンドンで録音されたとされ、
彼等が得意としていた
ショスタコーヴィチよりも、
2年も先の仕事なのである。
これは、湖面のきらめきを
写した表紙写真の、
抽象的な美しさでも、
印象に残るもの。


こちらのCDブックレットの終わりの方には、
「コンパクトディスクにおける、
シャンドスのスペシャル・サウンド」
と書かれたカタログがあるが、
ブライアン・トムソンによるバックスの交響曲第4番、
「11月の森」などの交響詩集など、
私が、夢中になった初期のCDや、
アレクサンダー・ギブソンの、
シベリウスやチャイコフスキーなど、
そういえば、そんなのもあったなあ、
というCDが1ダースほど列挙されている。
(LP&Cassette)と並記があるのが泣ける。

これらの録音は、とにかく録音が良いので知られ、
演奏はどのような評価であったかは忘れてしまったが、
まだ、LPとCDが一緒に出るような時代に、
私は、このトリオの「第2番作品100」を購入した。
ひょっとすると、他にCDがなかっただけかもしれない。

当時、シャンドスは新興レーベルとして、
脚光を浴びており、その録音の良さと、
日本的とは言えぬ、ヨーロッパの雰囲気を伝える選曲などで、
強い印象を放っていた。
が、購入したシューベルト、
あまり、これといった印象はなかった。

今回、このボロディン・トリオを聞くにあたり、
ボロディン四重奏団のオリジナルメンバーとしての、
ドゥビンスキーから味わって来たが、
トリオを始めてすぐの時代の彼の演奏はどんな感じだったのだろうか。

ここでは、表紙写真に、
ずらりとトリオのメンバーが揃った、
第1番のCDを取り上げてみよう。
このCDは、「第2」の翌年、
1982年6月2日と3日に、
やはりロンドンで録音されており、
この時代、彼等は初夏になると、
ロンドンでシューベルトを
演奏したい気分になったと見える。

もちろん、シャンドスの思惑があっただろうが。

私の持っているCDには、
日本フォノグラムが輸入・販売した時の
日本語解説が挿入されている。

しかし、これは、英文解説にある、
Jean Wentworth氏の解説を訳したものではなく、
日本を代表した大家、
志鳥栄八郎氏が新たに書いたものとなっている。

英文の方は、ボロディン・トリオなんか知らん、
という感じだが、志鳥氏は、
最初からボロディン・トリオの、
各メンバー、ドゥビンスキー、エドリーナ、
そしてトゥロフスキーを順次紹介し、
「腕達者な連中の集まりだけに、
その息の合ったアンサンブルは、
驚くべきものだ」と、
いつもの激賞をしている。
「腕達者な連中だけに」という表現は、
妙に心に残るフレーズではないか。

女性のエドリーナまで、乱暴にひっくるめて、
「連中」と言ってしまうあたり、
さすが大家の筆遣いである。

さて、その後、
「明るく透明なヴァイオリン、
中低音をしっかりと支えるチェロ、
まろやかで、しかも、生鮮な表情をもったピアノ、
これらが一体となって、
活きいきとした音楽を作り上げている」
と、やや具体的になるが、
ピアノ以外はその楽器の特徴を言ったにすぎない。

「みずみずしい表情で、うたい、
かつ流している。これは、心のなごむ演奏である」
と締めくくっているが、
これまで聴いて来たボロディン四重奏団のイメージは、
冷徹な精密機械みたいな部分もあり、
本当だろうか、と首を傾げたくなった。

こうなったら、どっちが本当だ?
と疑問も湧いて、鑑賞意欲も湧いて来る。
さすが、志鳥先生、ついつい乗せられてしまう、
名解説である。

また、この曲については、
この作曲家の「超人的な創作力」、
62曲にものぼる室内楽が、歌曲に次いで重要だということ、
ハイドン、モーツァルトのピアノ三重奏から離れ、
ベートーヴェンが、
「この分野で、最初に決定的な勝利を収め」
それにシューベルトが続いたと、
音楽史的な位置づけも押さえてある。

かなり力の入った解説になっている。

この曲自体についても、
シューマンの賛辞も織り込みながら、
各楽章を「千変万化するハーモニー」、「夢見心地」、
「ウィーン生まれのシューベルトらしい屈託のなさ」、
「曲の組み立て方や転調のしかたなどいかにもシューベルト的」
とかなり詳しく書いている。

まさしく、レコード解説の模範である。
ただ、この手のものは、ここ半世紀くらい、
繰り返されているものが多く、
どのCDを買っても同じのを読まされる、
という情けない事態にもなりがちなのが問題であろう。

では、シャンドスのCDの、
元の英文解説はどうなっているのだろうか。

「この変ロ長調のトリオは、
スタイルからだけでなく、まさしくその存在そのものが、
精神世界から吹き寄せて来たものにも見える。」

と、いきなり文学的で、高尚な気配がする解説である。
平易な表現で、庶民にやさしい志鳥先生とは正反対である。

「事実上、シューベルトの生前には、
その存在が知られていなかったのに、
1831年に作品99としてディアベリのリストに現れ、
さらに超然とした作品100が有名になって8年後、
1836年に出版された。」

この手のややこしい言い回しも、
この解説のありがたさを増幅させる。

ちなみに、第2番作品100は、
1828年に、すでに有名だったかと思い描くと、
そういえば、出版には手間取ったとはいえ、
シューベルト死の年の自作演奏会で、
取り上げられていたのだった。

「現在では、もちろん、それは、
祝福された『ます』の五重奏曲を除く、
すべての室内楽を人気の上でしのぎ、
そこには、シューマンが大ハ長調交響曲について書いた、
素晴らしい一節、『永遠の若さの種子』がある。」

このように、何にでも当てはまる表現の羅列だとしたら、
志鳥先生の解説と何ら、変わるものではない。
文学的なだけ、読みにくい弊害が気になって来る。

「作品99の開始部は、
落ち着きのある自制と、
あふれ出る無限の喜びの特別な融合である。
ピアノをベースとした、大きな付点リズムが、
主題のほとばしりを完璧に引き立てており、
弦楽のはるか高音で、鍵盤にメロディが聞こえると、
三連符や、16分音符の流れがはしゃぎ、
まさに創造の喜びに興奮を覚えずにはいられない。」

確かに第1主題の前半では、
ピアノの歩みが悠然としており、
後半では、高音でぺちゃくちゃと騒ぎ立てる。

このような分析と主観が交錯する文章は、
私は、決して嫌いではないが、
非常に疲れる文章であることは確か。

志鳥先生は、このあたりを、
「序奏なしに、明るく生気にあふれた第1主題が、
ヴァイオリンとチェロのユニゾンで現れ、
ピアノがそれに伴奏をつけてはじまる。」
と書いているが、
こちらの方がはるかに分かりやすい一方で、
この人は、この曲に、どう向き合っているのだろう、
という意味では、かなり意味不明である。

音楽を言葉に置き換えるのが、
いかに難しいかを考えさせられる。

ボロディン・トリオの演奏は、
ボロディン四重奏団のオリジナルメンバーの演奏と同様、
熱い共感はあるのだろうが、
極めて鋭い音によるかっちりした演奏である。

このCDの表紙写真を改めて見て欲しい。
ドゥビンスキーの、まっすぐこちらを見据えた、
素晴らしい視線。
この視線のように、びしっと決める美学が、
この演奏にも感じられる。

それを考えた後、このエドリーナ女史の、
自信に溢れた微笑みを見ると、
何と、これまた、この演奏の含蓄を伝えていることだろう。

トゥロフスキーの表情は、
この夫婦の前では力に不足するが、
この温厚なまなざしのとおり、
まったく過不足なく演奏を引き立てている。

「第2主題の穏やかな愛らしさに優しくチェロが歌う、
典型的にシューベルトらしい持続音まで、
三連符と付点リズムは、
興奮した経過句でさらに目立って活躍する。
その静かなメロディの跳躍は、
いくつかの変容を経て魔法のように引き延ばされ、
半音階的な変容を前に、
再びチェロが提示部の終わりを告げる。」

この提示部の終わりを告げる時のチェロは、
かなり幻想的な色調になっている。

このように英文解説が書くところを、
志鳥先生は、
「チェロが、美しい生鮮な表情の第2主題をうたい出し、
すぐにヴァイオリンがこれに加わる。
この主題は、さらにピアノによって受けつがれ、発展する。」
と書いている。
著者が、この曲にのめり込む度合いは、
やはり、原文の方に分がある。

さすが、この一曲だけでCDを埋めてしまうだけあって、
提示部が繰り返されて、
しかし、きりりとした演奏であるがゆえに、
くどさが感じられないのはさすがだ。
言い方を変えれば、やせた音のデッサンが鋭く、
ぐいぐい突き刺さって来るという感じ。

「みずみずしい表情で、うたい、
かつ流している。これは、心のなごむ演奏である」
と書いた志鳥先生には悪いが、
この演奏は、かなり厳しいもので、
心が和むという類のものではないだろう。

「いくらか力ずくの『グランドマナー』の開始ながら、
展開部は、ピアノがフォルテを繰り返す上を、
シューベルトが書いたものの中で最高の感情表現である、
愛らしい弧を描き下降する第2主題の変形に向かう。」

最高の感情表現かは分からないが、
ものすごい迫力で力がせめぎ合う部分。
演奏も息をつかせない。

グランドマナーと書かれているが、
この演奏、かなり音楽を大きく描いていて、
非常に雄大な印象を受ける。
このスケール感は、緩急自在な、
リズムや節回しによっているものと思われる。
基本は、前へ前へと進むリズム感ながら、
ここぞという所では、
音をたっぷりと伸ばし、作品を堪能させてくれる。

「ついには、再現部を予告する、
優美な4小節のフレーズに解放される。
巧妙な転調、痛快なリタルダンドは、
単なる繰り返しではなく、
主音の変ロのメイン主題をピアノが取り上げ、
大きなクライマックスの後、
すべてのものが静止し、ためらい、
魔法のような16分音符のさざ波の中で、
終結の7小節に飛び込む、
最後の変容の瞬間が来る。」

ここは、読んでいて、何のことか分からないと思ったが、
第1主題のメロディが停止寸前まで引き延ばされることを、
書いたものに相違ない。

再現部では、ヴァイオリンもチェロも、
さりげない、しゃれた表情を少しずつつけて愛らしいが、
あくまでも作品への向かい方はストイックで、
身が引き締まる演奏である。

「私の気に入っているお話は、
ジュリアード音楽院の校長、
Irwin Freundlichの晩年に関するもので、
彼は、学生が世界で最も美しい曲を演奏する、
と笑いながら言ったことだ。」

唐突に、解説者の回想が入って、第2楽章の話になるが、
このような話を書きたくなるほど、
この楽章は美しいということだろう。

志鳥先生も、
「この楽章は、全曲中最も半音階的な動きに満ちており、
そこはかとない夕暮れの情緒のようなものが感じられる。
シューマンが述べているように、
『人間的な美しい感情が豊かに波打っ』た、
シューベルトならではのすばらしい音楽である」
と激賞している。
その点は同じだ。

オリジナルの解説に戻る。
「彼が言ったのは、
『即興曲』作品142変ロの事だったが、
その誇張は、作品100のトリオの緩徐楽章主題、
または、この編成で唯一、単独で残された成熟作品で、
ほとんど静止してメロディとも言えないような、
神々しい『ノットゥルノ』の主題まで、
その他多くのシューベルトの主題に当てはめることができる。
事実、この変ホの『アンダンテ・ウン・ポコ・モッソ』は、
そのまどろみ揺れる8分音符、
その単純すぎる2音の音型から流れ出す主題に、
曰く言い難い寂しい感情を引き起こすほどの
この洞察力ある表現、
美への鋭い感覚がある。」

このように、この著者も、
美しすぎて寂しい点を特筆しているが、
志鳥先生の言う、「夕暮の情緒」であろう。

「この楽章は、事実上、変形されたメヌエットの形式で、
激しいハ短調のトリオ部以外は、
シューマンの謎に満ちた、
舞曲は人を悲しく物憂げにするという意見を想起させ、
我々は、主に、作曲家が、
その空想に深く沈潜している感覚を持つ。」

この解説も、シューマンの引用がある点が面白い。
美しすぎる時、頼みの綱はシューマンということか。
この作曲家は、こうした美には、
いち早く反応して、すべて言ってくれているのだろう。

しかし、志鳥先生が複合三部形式と書いた、
この楽章はメヌエットだったのか。

「激しいハ短調のトリオ部」
と書かれた中間部分は、
まさしく、この団体の演奏の、
ぴりりとした演奏が映える所で、
エドリーナのピアノの打鍵が、
曰わく言い難い強さで、胸を打つ。

「特筆すべきは、型どおりのダ・カーポながら、
ヴァイオリンが、本来正しくない調性である変イに沈み込む、
うっとりするような瞬間であろう。」

まさしく、この見解には首肯せずにいられない。
不思議な浮遊感が我々を包み込む瞬間である。
さすがの志鳥先生も、ここまでは書いていない。
が、まさしく、この部分は特筆すべきかもしれない。

ボロディン・トリオの演奏では、
それが単なる夢見心地ではなく、
何か、恩寵に満ちた空間に、
引き上げられるような感覚を感じさせて素晴らしい。
陶酔的でありながら、
何か、強い意志を感じさせるがゆえであろう。

「めったに冗談を言わないシューベルトが、
ジョークを言う時は、最高のジョークになる、
などと言われて来たが、
スタッカートの4分音符と8分音符による
その息もつかさぬ長大なフレーズ、
関係調と無関係な調との目が眩むような進行、
技巧に満ちた対位法の模倣などに満ちた、
このスケルツォなどはその好例である。」

第3楽章の解説も、
こんな風に、あっけに取られる話から始まる。
ウィットに富むと言うべきか。

「作品100のより深い表現レベルではないが、
これは実に魅惑的な音楽である。」
後半は、こんな風に、作品100と比べるだけで、
あっけない。

従って、前半の修飾語の数々を味わい直す必要がある。
トリオについては、何も書いていない。

志鳥先生は、この楽章について、「民族的色彩」とか、
「シューベルトらしい屈託のなさ」とか書いている。
トリオについては、「ワルツ風の性格」と書いている。

「終曲は、『ロンド』と称され、
主要主題が、
主音で何度も繰り返されるわけではなく、
主音では一度、繰り返されるのみである。
全体としてその童心のような陽気さゆえに、
このメロディは、これから起こるさらに肥沃な素材より、
重要ではないように見える。」

志鳥先生は、
「この楽章を通じて繰り返し現れるロンド主題は、
民謡風の素朴な感じの強いもの」と書いているが、
やはり、
「あいだを縫ってちりばめられる美しい副主題」
が、曲を盛り上げると書いてある。

確かに、主要主題は、
形式的に反復されて出てくるだけのような音楽だ。

「そのリズムの結合は、その神秘的な単純さを気づかせないものだ。」
とあって、以下のように、
単純なものから、様々な効果が生み出されている点が特筆されている。

b0083728_975437.jpg「aのパターンが
全楽章に広がっており、
第15、16小節のbパターンが
メロディのように、
単純な下降から、
大きくスキップする。」


何だか、著者、直筆みたいな譜例が出てきて、
変な感じだが、伝えたいことは分からなくもない。
音楽が伸縮して、基本は変わらないのに、
玄妙に変容していくのは確か。

「これは、間違いなく、数小節後の、
とげとげしい総奏の中断の源で、
これは、付点リズムのパターンcから導かれた、
ト短調のジプシー風主題となる。
この中断動作は、
ピアノの下降するトレモロの上を上昇する
ヴァイオリンのパッセージや、
わざとらしい見せかけの終結部や、
もう一つの変ニのピアニッシモのエピソード
の基礎となる。
これにおなじみの変ホの見せかけの繰り返しが続き、
変形されたオリジナルの材料の反復がある。
最後に、突撃するプレストが、
ひらひらと元気のよいピアノの和音と、
弦楽の繰り返しによる、
つむじ風の終結に向かって、作品を駆り立てる。」

ショスタコーヴィチの変幻自在な音楽を料理してきた、
「腕達者な連中」ゆえ、ボロディン・トリオは、
こうした錯綜した楽想を正確にさばいていく。

この楽章では、気のせいか、
ドゥビンスキーのヴァイオリンが、
いつもより、艶やかに輝いている。

ショスタコーヴィチなどの世界から戻ってみると、
かつて、混乱していて冗長とされた、
シューベルトの音楽のこの錯綜感こそが、
現代にダイレクトに、
つながっているような感じさえするのが面白い。

私たちは、いったい、シューベルトに、
何を聴いて来たのだろう、
と、ふと、感慨に耽ってしまった。
彼等は、それを口当たり良く加工することなく、
そのまま、我々に提示する。
その生々しさ、痛々しさが、シューベルトの不気味さ、
この演奏家たちの複雑な運命を、
妙にさらけ出すような気がして来た。

最後にこのCDの解説は、
ちょっと、ほろりとさせられる
シューベルトの友人のエピソードに、
さりげなく触れているのが憎い。

「シューベルトの死後、40年近く経ってから、
それでも忠実な友人として、
モーリッツ・フォン・シュヴィントは、
『ヨーゼフ・フォン・シュパウン家における、
シューベルトのある夕べ』のスケッチを始め、
シュパウンの姪ヘンリエッテに宛てて、
『私たちの古い友(シュパウン)は、
まさしく、こう言った時、正しかったのです。
”私たちは、全ドイツで最も幸福だった。
いや、全世界でだ”。
それはシューベルトの歌曲のみならず、
そこにいた、素晴らしい、謙虚で、心温まる人たちが、
一緒にいたからだ。”
何と、追憶は悲しいことか。
それにもかかわらず、
作品99の陽光に満ちた活力を聞くと、
これらの素晴らしいシューベルティアーデが、
その読書、ジェスチャーゲーム、音楽とダンスに満ち、
不幸や惨めさや早すぎた死によっては、
中断されなかったと、信じることが出来てしまいそうだ。」

それにしても、この録音、
CDというのに、両曲とも1曲ずつしか入っていない。
最近は2曲を1枚に収めたものもある中、
これは非常にぜいたくな作りである。

小品を収録するというサービスもなく、
1枚1曲の剛球勝負である。

しかし、そのからみで、
このCDを見直して、重大な欠陥を発見した。
トラックと時間の関係がどこにも書かれていないのである。

日本語解説では、さすがに、これではまずいと考えたのか、
ちゃんと、15:34、12:25、6:39、9:03
と書かれている。
「第1番」は43分ということで、やはり、大演奏である。
短い方のこの曲でこの長さであるから、
2曲を1枚など無理な相談にはなっている。

得られた事:「ボロディン・トリオの方が、ボロディン四重奏団のオリジナルの美学に忠実な、真摯で直球勝負の音楽作りをやっている。」
「シューベルトの音楽に聴く錯綜感は、ボロディン・トリオで聴くと、それこそがシューベルトの本質のようにさえ聞こえる。」
[PR]
by franz310 | 2010-10-17 08:49 | シューベルト

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その236

b0083728_1049389.jpg個人的経験:
ショスタコーヴィチの
「24の前奏曲」は、
私は、ニコラーエヴァのものを
持っていたが、
あまり聞き込むことなく、
おそらく10年が過ぎている。
このCD、デザインも印象的で、
忘れ難いものだが、
どうも音楽の印象が、
ぴんと来てない感じである。


問題のデザインは、1881年生まれの、
Leon Spilliaertという画家の作品らしく、
「眩暈、魔法の階段」と題されている。
バベルの塔のような階段の頂点に、
黒ずくめの女性が立ち尽くしているが、
女性の顔は、いったいどうなっているのか?
影になっていて分かりにくいが、
骸骨のようにも人形のようにも見える。
まん丸で猫の顔というと一番近い。

マフラーのたなびきからして、
強風の吹きすさぶ、やばい状況と見て取れる。
白黒画面が、ますます緊迫感を増す。

いったい、ここに収められているのは、
どんな内容なんだ、と思うと同時に、
あまり、こんな音楽は聴きたくないなあ、
という感じがしないでもない。

今回のCD、1951年に書かれた代表作、
作品87の「前奏曲とフーガ」を含んでいないとはいえ、
1922年作曲の「3つの幻想舞曲集」、
10年後の1932年から33年に書かれた「24の前奏曲」、
さらに1943年という危険な時代の、
「ピアノ・ソナタ第2番」が収められているが、
ちょうど10年おきの作品で、
ショスタコーヴィチは、結局、
10年に1曲ずつピアノ曲を書かなかったのではないか、
という印象すら受けてしまう。

また、演奏しているニコラーエヴァといえば、
ずっとバッハの大家と知られていただけあって、
一言で言えば、地味な印象。

曲や演奏者の地味さが、
この辛気くさい表紙デザインと相まって、
何となく、聴く前から、要を得ない感じである。

地味というのは、取り付く島がない、
という感じにつながる。
が、恐れ多くも、作曲家直伝の演奏家である。

解説を書いているのは、
ロバート・マシュー・ウォーカーという人であるが、
日本人には困りものの文体の人である。

さきに書いたように、
彼はまず、ショスタコーヴィチのピアノ曲全般について、
概説してくれている。

「これまで、一般の音楽愛好家にとっての、
ドミトリー・ショスタコーヴィチが
20世紀の巨匠の一人であるという評価は、
もっぱら、15曲の交響曲と15曲の弦楽四重奏曲、
それにいくつかの協奏曲、その他の作品によるものだった。
しかし、ショスタコーヴィチの専門家は、
これらの40曲ばかりの他に、
さらなる100曲以上がある事を知り、
ひとたび、これらを検証すれば、
この個性的な作曲家は異なる概観を見せるのである。
ショスタコーヴィチの音楽は大きなパラドックスを孕むが、
これは比較的少数だが重要な、
ピアノ独奏用作品にも見られるものだ。」

有名な諸作品と同じように聴け、
ということだろうか。

「ショスタコーヴィチ自身、優れたピアニストであって、
1927年にはワルシャワの最初のショパン・コンクールで、
チャイコフスキーとプロコフィエフの第1協奏曲を弾いて、
受賞した程であるが、
明らかに優れた能力にも関わらず、
比較的少数の作品しか、ピアノ用作品を作曲していない。
最初のパラドックスはこれで、
高度な技巧を有するピアニストであるにもかかわらず、
彼は比較的少数の作品しか残していない。
そして、彼のピアノ曲は、
この楽器の深い知識によって書かれたにも関わらず、
非常に知られたものがある一方で、
この数十年、ほとんど知られていないものがある。」

何だかまどろっこしい書き方であるが、
結局、優れたピアニストだったのに、
あまりピアノの作品は知られていない、
ということを繰り返しているにすぎない。

「ショスタコーヴィチのピアノ曲は、もっぱら、
1950年から51年に書かれた、
作品87の『24の前奏曲とフーガ』で知られ、
これはほとんど、ピアノ独奏のための、
ショスタコーヴィチの最後の言葉であり、
1918年の中頃、12歳の誕生日を迎える頃から、
書き始められたことが確かめられる、
ピアノ作品の総括である。
ペトログラード音楽院のピアノ教授、
アレクサンドラ・ロザノヴァの所蔵に、
最後の作品が未完成の3つのピアノ小品が見つかっており、
1917年に、まだグネッシン音楽学校の生徒だった頃、
彼女のために、これを弾いたとされる。
1919年、彼は音楽院に入り、
ピアノをレオニード・ニコラーエフに学び、
(彼の思い出のために第2ソナタを作曲した)
1年後の1920年、マキシミリアン・シュタインベルクに、
最初の作曲のレッスンを受け、
知られている最初の作品で、
生前、5曲のみが出版され、
1966年まで知られなかった、
ピアノ用の『8つの前奏曲』作品2を完成させた。
ショスタコーヴィチは24曲の前奏曲を完成させるべく、
さらなる8曲を書いたが、
他の16曲は二人の級友、
パーヴェル・フェルトとゲオルギ・クレメンツ
に平等に分けた。
作品2のセット同様、これらの知られざる作品は、
他の5曲とグループ化されて出版される
1966年まで知られていなかった。」

よく分からないが、
ショスタコーヴィチは、若い頃から、
前奏曲が大好きだったようである。

このCDの最初に収められた3つの幻想舞曲もまた、
前奏曲とは題されていないながら、
ドビュッシーのような風情。
軽やかなもので、スクリャービン風にも聞こえる。
3曲で4分程度の短いものである。
最後の作品のみ、リズムが明解で、
舞曲の感じが出ているが尻切れトンボみたいに終わる。

この曲の解説にはこうある。
「前年に書かれた、8曲の前奏曲のうち、
失われた3曲が、まさしくこの曲で、
書き直されたかもしれない、と考えたくもなるが、
これらは舞曲で、抽象的な前奏曲ではないので、
こうした見解はふさわしくなかろう。
さらに、これらはさらに大きな音色の自由さがあり、
16歳の作品とはいえ、
もっと経験を積んだ作曲家の作品であることは明らかだ。
奇妙なことに、ショスタコーヴィチは、
これらの出版にもまた乗り気ではなく、
1937年まで出版されなかった。
(ある資料では1926年出版と書かれているが。)
これらの舞曲は、アメリカでは、1945年まで出版されず、
さらなる混乱があって、
本来は管弦楽のためのスケルツォ嬰へ短調の作品番号の
作品1として出版された。
しかし、級友のヨーゼフ・シュバルツに献呈された、
この3つの幻想舞曲は、1925年3月、
モスクワで、ショスタコーヴィチのリサイタルで初演された。
(ここでは、二台ピアノのための組曲作品6や、
ピアノ三重奏曲第1番作品8やチェロとピアノの3つの小品作品9も、
初演されている。)」

この4分の小品に、えらく長い解説である。
この人はショスタコーヴィチの
若い頃の研究が好きなのだろうか。

確かに、ショスタコーヴィチの音楽的ルーツが、
いったいどこにあるのかは、
非常に興味深い。

「最初の『行進曲』は、ハ長調の支配が強いもので、
導音のロは、フラットのスーパートニックに
引き寄せられる傾向にあり、痛快なカデンツァに至る。
中心のワルツは、ト長調で、
後にショスタコーヴィチがしばしば取り上げる、
ヴィーン風でないワルツの走りである。
最後のポルカは、
20世紀の音楽の特徴的な声の1つとなる、
後に作曲家が好んだ舞曲の最初のものである。」

どの曲も、後年の萌芽があるから、貴重ということだろう。

次に、24の前奏曲作品34の解説が始まるが、
この曲がCDで鳴り始めると、
やはり風格が大きくなっていることを感じさせる。
ニコラーエヴァも、意外に、濃い味付けをしていたのである。

「ショスタコーヴィチのピアノ独奏用、
24の前奏曲は、1932年から33年の冬の、
比較的短い期間に作曲された。
各曲は、出版された時の順番に従って、
12月30日から、3月2日まで、
最初は、1日1曲のペースで書かれ、
これは、作品87の『24の前奏曲とフーガ』も同様で、
いずれも12の長調と12の短調の調性から成っている。
作品34の前奏曲がしばしば独立して演奏され、
何曲かのセレクションで演奏されるとしても、
その作曲の様式や上昇5度のサイクルなどの要素は、
セットで演奏される方が良いことを示唆している。
作曲家は全曲ではなく、一部だけを録音しているが。
24の前奏曲は、すべて1930の10月から、
32年の秋に書かれた、大量の付随音楽や映画用音楽、
それに、『マクベス夫人』という大規模なオペラの後で書かれた。
このいくぶん長い期間、大量の管弦楽曲を書いたばかりか、
必然的に、彼自身の楽器のための作曲も行った。
劇場や映画の『公式』な性格に比べ、
前奏曲は引きこもって内輪のものである。
(作品87が1949年から51年にかけての、
公式作品や映画音楽の合間に書かれたように。)」

このように、この解説者は、
ショスタコーヴィチのピアノ曲は、
弦楽四重奏曲などよりも、さらに内輪向け、
と定義づけている。

10年に一回、独り言言うみたいな?

「前奏曲の特徴は短く箴言的で、
(しかし、ピアノのための箴言作品13とは似ていない)
次の作品、前奏曲のたった4日後に書かれた、
第1ピアノ協奏曲とリンクしている。
いくつかの作品は1ページほどの、
24の短い各曲は、ムードと性格がはっきりしていて、
各曲のエッセンスは明らかに純化されて、
印象的な個性はたちまち明らかになる。
これらの作品の多くが異なる演奏形態、
大オーケストラ、シンフォニック・バンド、
クラリネットとオーケストラ、
ヴァイオリンとピアノなどに編曲されている。
管弦楽バージョンでは、
第14番変ホ短調をストコフスキーが編曲したものを、
思い起こすだろう。
これは、1933年の終わり、
作品34がアメリカで出版されたわずか数週間後に、
ストコフスキーによる、
ショスタコーヴィチの『第1交響曲』初録音に、
フィルアップされて発売されたものである。
このような作品が最初から編曲で録音されるのは奇妙だが。
それにしても、ショスタコーヴィチは、
大規模な交響曲の巨大なキャンバスと同様、
曲の長さや、演奏される楽器に限らず、
求められれば、短い期間で、その天才を抽出して見せることが出来た。」

そもそも、さらに内輪の音楽だ、と言われながら、
結局、シンフォニックバンドに編曲されちゃうって何?
何がいったいインティメートなわけ?

今回、私としては、ヴァイオリン編曲版で、
なかなか洒落ているな、と感じた原点があるので、
「楽興の時」的に忘我的、
「束の間の幻影」的に感覚的な音楽として、
再鑑賞してみたい。

では、前回の解説を引用しながら、
オリジナルの各曲を聴いていこう。
ここでのVn版というのは、
作曲家の盟友ツィガーノフ編曲のもので、
前回のCDに収録されていたものの事。

「第1番は、『シェヘラザード』の主題にヒントを得たもの。」
これは、やはり、ヴァイオリンが冴え渡って初めて、
シェヘラザードを想起できるものであろう。

トゥロフスキーの演奏のヴァイオリン版は、
もっとたっぷりしたテンポを取っている。
これも今回、聞き直すと、かなり抑えた表情である。
シェヘラザードの域とは隔たりがある。

「第2番:舞曲作品5を想起させる。」
軽やかに舞うスクリャービン風なので、
ピアノの美感の方が、神秘的な感じが良い。

トゥロフスキーのヴァイオリンは豪華な弓裁きで、
これはこれで面白い。

「第3番は、『無言歌』、バスのトレモロで最高潮に達する。」
プロコフィエフの「束の間の幻影」風で、
特にヴァイオリン版でなくとも良い。

が、トゥロフスキーが、無言歌をしみじみと歌うのも美しい。
純粋に感覚に訴えるという意味では、
ヴァイオリン版の魅惑は抗しがたい。

第4番:Vn版なし。
この控えめなメロディを、ヴァイオリンで、
羽ばたかせてみたいような気がしないでもない。

「第5番、モト・ペルペトゥオ。」
何故、こんなのをヴァイオリンにしないといけないか、
と思われる程、打楽器的にリズミカルである。

トゥロフスキーは、めちゃくちゃ苦労して、
細かい音符を追いかけ回している。

「第6番は、マーラーのスケルツォ風。」
不思議なことに、前回聴いた方が、マーラー的に聞こえた。

トゥロフスキーのヴァイオリンで聴くと、
ひなびた感じの音色が、いかにも、
屋外での行進を想起させて面白いのである。

第7番:Vn版なし。
これは、静かに控えめな独白調。

「第8番は、シューベルトの『楽興の時』。」
これまた、前回の方がシューベルト風であった。

トゥロフスキー盤では、ピアノのリズムが、
いかにもそう聞こえたのだが。

第9番:Vn版なし。
プレストで、軽妙でプロコフィエフ風である。
これもヴァイオリンは困難と見た。

「第10番は、フィールド風の『夜想曲』。」
ほとんど聞こえない音楽なので、
ヴァイオリンで、すかっとやっても良い。

トゥロフスキーは最初にこれを演奏していたが、
綿々と歌われるのがとても良いものの、
決して、すかっとやってるわけではなかった。

「第11番、バッハのジーグから『アモローソ』となる。」
めまぐるしい動きがピアノ発想で、
よくヴァイオリン版を作ったなあ、
という感じである。

音色が多彩になり、ヴァイオリン版も、これがまた面白い。

「第12番の前奏曲は、アルペッジョの練習曲。」
これも同上。ピアノの練習曲風。

意外にヴァイオリン版も良い。
アルペッジョはピアノに任せて、
憧れに満ちた部分をすっかり取ってしまっている。

「第13番はドラム連打の伴奏を伴う行進曲。」
旋律の断片みたいなのが、見え隠れするので、
ヴァイオリンではっきりさせてくれよ、
と言いたくなる。

その期待に応えてくれているのが、
トゥロフスキー盤であると言ってもよい。

第14番、Vn版なし。
やたら重苦しく低音を強調したアダージョで、
鬱々と苦悩している感じ。
ストコフスキーが編曲したくなりそうな、
壮麗な可能性を感じさせる。
2分30秒と比較的大きく、
最後は詠嘆調になるので、ヴァイオリン版でも聴きたい。

「第15番はバレエの情景そのものである。」
非常にシンプルなので、何で演奏をしてもOKという感じ。

トゥロフスキーの演奏を聴くと、
意外にも、リズムの強調をヴァイオリンの方が、
手を変え品を変えやっていて面白い。

「第16番、幽霊のように音色が変化する行進曲。」
これも、同様。
ニコラーエヴァのピアノでも、十分美しい。

が、ヴァイオリン版では、さらに多彩になって、
解放的な感じで気楽に楽しめる。

「第17番は夢想的。」
この作品は、もっと耽美的に解放させてみたい、
ヴァイオリニストの気持ちはよく分かる。
ニコラーエヴァも、丁寧に、この情緒を味わっている。

トゥロフスキーの演奏を聴くと、
実はこちらの方が、控えめな弱音で、
丁寧に丁寧に弾いている。

「第18番『二声のインヴェンション』。」
これは、ピアノ的発想のもので、
曲調からしても、むしろニコラーエヴァにぴったりであろう。

こうした明確なものは、ヴァイオリンで聴くと、
音色の変化が加わって、期待以上の効果が得られるようだ。

「第19番は、舟歌の形式で書かれ、甘くて、苦い。」
とても美しい。
これもまた、ニコラーエヴァは、
しっとりした情感を大切に弾いている。
が、その抑制された雰囲気が彼女の持ち味であると共に、
限界となっている可能性もある。

美しいアンダンティーノで、純粋にヴァイオリン曲として楽しめる。
ここでも抑制された雰囲気はあるが、
時に扇情的にヴァイオリンがヴィブラートを聴かせると、
ぞくぞくするということになる。

「第20番、軍隊調二拍子のアレグレット・フリオーソ。」
明解な楽想なので、ピアノ版で十分。

ヴァイオリン版では、そこにヒステリックとも言える、
激情が加わり、トゥロフスキーは、この曲をエンディングに使った。

「第21番、5/4拍子のぴりりとしたロシア舞曲。」
これも、粒だった音色がピアノ的で、
あえて、ヴァイオリン編曲が必要とは思えないが、
ニコラーエヴァの演奏は、すかっとした解放感はない。
作曲家をよく知れば知るほど、こんな演奏になりそうだ。

ヴァイオリン版では、
ピッチカートの効果も鮮やかで、期待通りに楽しめる。

「第22番、表情豊かなゆっくりした楽章。」
これになると、停止寸前の音楽がモノクローム。
はっきりしゃっきりさせてくれよ、
と感じる人がいてもおかしくはない。

これもまた、一本の旋律が筋を通してくれている感じで、
ヴァイオリン版は味わい深い。

「第23番、Vn版なし。」
水の戯れのような、美しい光のきらめきが印象的な曲。
が、だんだん低音が響き、現実離れして来る。
これも、極めて心象的で、ピアノに語らせておくか、
という感じかもしれない。

「第24番は、突飛なガヴォット、最後は予期しない静謐さ。」
比較的元気が良い作品で、楽想も明解である。
全曲を締めくくるには、情けない感じの終曲だが、
幻影が現れ、そして消える感じであろう。

トゥロフスキーの演奏は、大きな表情が、
幾分、わざとらしいが、これくらいやっても良い曲想。
音色の変化も様々な可能性を試み、楽しい。

これを聴いてしまうと、
やはり、ニコラーエヴァの演奏は辛気くさい。
作曲家直伝ということで、おそらく、
ショスタコーヴィチのコアなファンならこれでよかろう。
ただし、私のような中途半端なファンでは、
このような小品であれば、
もっと、ばーんと押しつけがましい位でもよい。

かと言って、ニコラーエヴァに、
そんな演奏を期待したくもないが。
今回のように、他の演奏で聴いたものを、
さて、そもそも、と聞き直す時のスタンダードとして、
絶対に必要な演奏記録なのである。

今回、ピアノソナタ第2番にも、
初めて真面目に耳を澄ませたが、
とても、個性的な作品だということが分かった。

以下、ピアノソナタ第2番ロ短調作品61(1943)の解説である。
「一般の規則同様、ショスタコーヴィチは、多くの作品で、
第1楽章に感情の巨大な増幅や深さを置き、
最初の楽章よりは深くはないが、
よりリラックスした楽観的なムードを、
終楽章に持って来ることが多かった。
とりわけ異常ではないが、
奇妙なことに、1943年作曲で、
その年の11月11日、作曲家の手によって初演された、
第2ピアノソナタでは、終楽章が最長で、
第1楽章は、矛盾して『アレグレット』と書かれながら速い、
最も軽い楽章になっている。
これは実際よりそう見えるが、
しかし、第1楽章の素早いパルスは、
エネルギッシュな騒がしいパレードなどではなく、
より凝集してよく練られた内容である。」

ソナタの開始部としては、
極めて異例なのは、
その規模だけでなく、音色の軽さにもあり、
不明確なもやもやから始まって、
何だか、音楽が始まったみたいだな、
という感じで曲は始まる。

ぶつぶつと途切れる楽節が、
連なっているだけみたいなのも奇妙である。
が、そこから、何だか、意志的なメロディが、
格好良く見え隠れするのが気になってしょうがない。

決して短い楽章ではなく、
8分39秒もかかっている。

「この楽章を、(全楽章で比較しても良いが)
ショスタコーヴィチの同時期のもっと公式な作品、
特に、この曲の2、3週間後に完成された、
『第8交響曲』と比べると、
広く同様の動きを見せ、
同じような深い印象を感じることが出来る。」

むう、そう来たかという感じである。
「第8交響曲」のような、人気作と比較され、
似てるはずだ、と言われると、
そうかもしれないし、違うかもしれない、
と答えざるを得ない。

こうした名品と比較されると、何だか、
もっと耳を澄ます必要を感じて来た。

「第2楽章は、嘆きのラルゴで、
第1楽章の動き回る音楽を完全にかき消し、
さらに巧緻なものとなっている。
先に述べたように、あるいは、第2ピアノ三重奏と同様、
ロ短調ソナタは追想の音楽である。
これは、1941年のナチス侵攻によって、
疎開していたタシュケントの地で、
1942年10月、64歳で他界した、
ロシアピアノ界の大御所で、作曲家でもあった
レオニード・ニコラーエフの思い出に捧げられている。
彼はショスタコーヴィチのペトログラード音楽院時代の、
初期の教師の一人であった。
彼はそこで1906年から教授をしていた。
このソナタのラルゴの楽章で、
この高貴な音楽家に対する悲歌で、
深く痛々しい音楽となっている。」

「第8交響曲」も、不思議な虚無感に満ちた傑作だが、
ここでも、大きな喪失感を感じさせる音楽になっている。
ただし、音符の数が異常に、すかすかな感じがする。
あるいは、音はあっても良く聞こえない感じ。

何だか、押し殺した感情は、妙に濃い。
7分11秒の楽章。

「比較的明らかなこのソナタの調性の役割に沿って曲はすすみ、
当然、ロ短調に根ざしており、
第1楽章と終楽章のホーム・キーとなっている。
ラルゴは、主音から同じ音程間隔を置いた
短三度、変イ長調/短調になっている。
これはソナタの第1楽章第1主題の調である。
調性は、拡大された終曲で上昇し、
ソナタの3楽章それぞれの、
各第1主題は、短三度で始まり、
第2主題は減四度、終曲は増五度で、
この驚くべき終曲は、独立した作品にもなり得よう。
まるでアイデアのスクラップを集めたような、
幅広い、回りくどい、奇妙にも印象深い主題による、
拡張された変奏曲で、
そのムードは様々に変容し、凝集したもので、
常に変化する。」

面白い表現であるが、
つぎはぎだらけのようなぎこちなさを感じさせるのは事実。
この楽章は、これまでの楽章のような曖昧さはなく、
明確なタッチが求められ、変奏曲の展開もリズミカルである。
15分を越えるので、
第1楽章と第2楽章を足した程の長さ。
総計31分を越える大曲である。

「最後のページにおいて、ようやく、
このソナタを統一する素晴らしい手法が現れる。
動き回る第1楽章の16分音符と、
ラルゴの荘重さが終楽章の主題を介して結合される。
これは驚くべき作曲技法の到達点で、
交響曲や弦楽四重奏同様、ショスタコーヴィチが、
ピアノソナタを書き続けなかった事を嘆くしかない。」

さすがに故人の追悼を公言した作品。
曲想は、どんどん暗くなっていく。
不気味な低音が冥界に降りていくような感じの後、
さっと明るくなって、清澄な気分が差し込んで来るのは、
非常に美しい。
コーダで、3つの楽章が絡み合い、
最終的に深い祈りの中に消え入る効果も精妙である。

得られた事:「作曲家直伝の世界に閉じこもっていると、未知の可能性に行き当たらない。」
「ショスタコーヴィチの第2ピアノソナタ、無視できぬ。」
[PR]
by franz310 | 2010-07-25 10:49 | 現・近代

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その232

b0083728_2251274.jpg個人的経験:
前回、ヴァリッシュのCDで、
改めて、この曲の構想の
途方もない姿に感じ入ったが、
もう30年も前から、
シューベルトの
未完成のピアノソナタ、
通称「レリーク」ソナタの、
全容をさらけ出して、
多くの人を驚かせていたのは、
リヒテルであった。


フィリップスから出たその録音は、
1979年12月17日のライブ録音とされ、
西ドイツ放送局との共同制作のものであった。

このCD、表紙デザインの不気味さでも、
かなり印象に残るものである。
リヒテルは、完全に挑戦的な表情である。

これを聴いたら、後は知らんぜよ、
という感じである。
そして、確かに、強烈な音楽である。

私は、これ以前は、確か、
ブレンデルのLPを持っていた位で、
他の録音は聴いたことがなかったが、
LPのB面の曲みたいな扱いのこのソナタが、
ここでは、何と、CDという豊かな容量を、
まるまる1曲で使っているのである。

LPにすれば、第1楽章でA面が終わってしまう分量である。
21番変ロ調を、リヒテルがビクターのLPで出した時も、
第1楽章だけでA面を終わらせていた事を思い出す。
今回、くらべて見ると、
第2、第3楽章は21番のソナタより長く、
第4楽章も未完成なのに、ほとんど、
変ロ調のソナタ並の演奏時間になっている。

前回聴いたヴァリッシュのものも、
第1楽章は12分であった。
しかし、これをリヒテルは、
22分もかけていたりするので、
全曲はヴァリッシュが31分に対し、
リヒテルは45分程度の演奏時間になっている。

第3、第4楽章が完成されていたら、
シューベルトのどのソナタをも、
凌駕する勢いの規模になった事は当然予想できる。

以前、リヒテルのライブの解説を書いた、
Shris de Souzaという人が、
「リヒテルが、堂々とした形式感で、
音響の巨大建築のように、
いわゆる『レリーク』と呼ばれる
未完成のハ長調ソナタを演奏した録音を、
初めて聴いた時、
私は啓示的なものを感じた」
と書いていたが、私も、同様の印象を持ったものである。

ヴァリッシュの解説は、
リヒテルのすごさ以上に、
曲そのものの構想を称賛していて、
このような聴き方で、
改めて、この超弩級の演奏を聴いたら、
どんな感じに聞こえるのだろうか。

とにかく、リヒテルの演奏は遅い。
「サウンド・カテドラル」と表現した、
ヴァリッシュの演奏の方が、
縦の線がよく感じられて、
そのような印象が強い。

非常にクリアな音色が、
ステンドグラスを通す光をも思わせたが、
リヒテルの演奏は、聖堂というより、
魔の迷宮に聞こえる。

ステンドグラス越しの光は、
あまり届いて来ない。

録音の場所も機会も明記されていないが、
暗闇の孤独の中から、響いて来るような感じである。

ヴァリッシュが言ってくれなかったら、
ブルックナーよりマーラーを予告したものとして、
捉えるばかりだったかもしれない。

未完成のまま、
4楽章形式の作品として演奏するなどという事は、
リヒテルのような特別な存在にしか許されていない、
という訳ではない、という感じもこみ上げる。

このリヒテルのフィリップス盤、
Stefan de Haanという人が解説を書いている。

が、この革命的な録音を語るには、
少し弱い内容に思えるのは私だけであろうか。

「ハ長調ソナタD840は、
シューベルトが数多く残した未完成作品の1つである。
2つの完成された楽章では、
霊感が満ちあふれ、集中しており、
何故、この作品が突然中断してしまったのか、
また、シューベルトが、
最も困難であるはずの、
第1楽章のソナタ形式という課題を解決しながら、
これを放棄してしまったのか、
という疑問が頭をもたげる。
その答えは、彼が作曲しようとしたものの、
真の巨大さや、様式の中にある。」

これはこれで肯ける。
「四重奏断章」や「未完成交響曲」は、
その後で、より「完成された」曲を書いているのだから。

しかし、ヴァリッシュ以降、
この考え方は、ちょっと違うのではないか、
という感じを私は持っている。

「1810年頃、彼が13歳の頃から、
彼の死の1828年まで、
彼は常に作曲を継続していた。
彼がせき立てられるように、
作品から次の作品へ取りかかったので、
彼は前に作曲したものを、
完成したか未完成のままで放置したかを、
忘れてしまったのだろう。」

これもまた、牧歌的な伝説の域を出ない、
いつも繰り返される話である。

これも、先のヴァリッシュ体験以来、
私は信じることが出来ない。

何故なら、「レリーク」ソナタの後で書かれた、
16番のソナタの後半2楽章は、
15番のソナタの構想とはまるで違うものになているからだ。

「多くの未完成作品は、
全く新しい、または、
もっと拡張された形式への試みであり、
次第に成熟する語法の実験であった。
多くの輝かしい例では、
偉大な完成された作品への道を模索するものであり、
その目的に達するや、
どこまで書き進んでいたにせよ、
それらは放棄された。」

この点は同意するが、
ここまで書いておきながら、
結論が何故か、
かなりお決まりの結びになっているのが釈然としない。

「シューベルトの自然な表現形式は歌曲であり、
最初は大きな形式のものには不慣れであった。
ベートーヴェンはソナタ形式を自分のものとし、
これ以上発展不可能なものにしてしまった。
シューベルトは、このことを十分意識しており、
多くの未完成作品は、
慎重にベートーヴェンに近づかないようにしていて、
独自のアプローチを求めている。」

このあたりも、「歌曲王」シューベルトの先入観の強い発言。
シューベルトの最初の現存する作品は、
ピアノの連弾の大規模な作品であった。
また、シューベルトはオーケストラに親しみ、
少年時代から交響曲の作曲家としての方が、
有名であったくらいではなかろうか。

「この独自性への探究は、
1815年の初期のピアノソナタにおいて始まり、
シューベルトの未知の領域への
実験であるかのように、
すべて未完成になっている。
最初の完成されたピアノソナタは、
1817年のものである。
それから2年、さらなる断片があって、
また1823年に2曲の完成されたソナタが続いた。
最後に彼は、1825年から、
後期の大規模なピアノ作品群に着手した。
これらの最初の作品がD840である。
これはまた、彼のこの領域における、
最後の未完成作品となった。」

第13番と第14番の話だと思われるが、
第13番は1819年の作品ではないのだろうか。

このイ長調ソナタは、自筆楽譜がないので、
1823年に紛失した、などと書かれることもあり、
作曲されたのも、この時代という説もある。

「1825年初頭、シューベルトは、
遂に自己完成をする時だと考えた。
ハ長調のミサや、ピアノ連弾の変奏曲に加え、
多くの歌曲が出版され、
これに鼓舞されて、1825年4月、
このソナタD840に取り組んだ。
彼は、第1楽章『モデラート』に聴かれる、
主題を後からも再現させることによって、
作品を統一することを推し進めることを意図した。
これらは、完成された『アンダンテ』や、
未完成のメヌエットにもこうした動機が現れる。
『モデラート』は、そうあるべきソナタ形式だが、
伝統的な対比効果はない。」

このような作品の凝集力は、
ひょっとすると、ブレンデルの演奏などの方が、
その性格を表していたかもしれない。

最初にこの作品を、ブレンデルで聴いた時、
まさしく鐘の音で埋め尽くされた曲のように感じたが、
リヒテルの演奏では、そうした感じはない。

また、ヴァリッシュの演奏では、
鋭い線で描かれた鮮やかな素描のようで、
構成感が明解であったが、
リヒテルの演奏には、簡単には謎を明かさない、
スフィンクスの不敵さがあり、
別種の異質な作品にも聞こえる。

「『アンダンテ』において、
より劇的な、対照的主題による
展開が見られるにもかかわらず、
第1楽章では、第2主題は、
ほとんど第1主題の続きであり、
展開部で使われることもない。」

こう書かれると分かるが、
第1楽章の第1主題は、
中間部に特徴的な鐘のきらめきを持つ、
荘厳なものだが、
第2主題はこの鐘の響きに導かれる、
メロディアスなもので、
大きな1つの流れの中にあって、
寄り添うような趣きが強い。

しかし、音楽之友社の作曲家別名曲ライブラリーでは、
「驚かされるのは第2主題の調性である。
主調から非常に遠いロ短調を採っている」
と書かれていて、
「ロマン主義的な色彩変化の象徴的な選択」
と特筆されている。

なお、この解説では、
私が、「鳴り響く鐘」と書いたあたりを、
ベートーヴェンの「運命交響曲の動機」を思わせる動機、
と書いている。

この「鳴り響く鐘」が四方から迫って来て、
私は、この楽章の展開部も、
そのすごい効果があると思っているが、
リヒテルの演奏では、
そもそも、この動機がねばねばしていて、
全く、神聖な鐘の主題の感じがしないで、
面妖な効果を形成している。

よく聴くと、たあーんたたたと、最初の一音が長いので、
運命動機的な、たたたたーんの軽快な感じもしない。

第2主題は、このねばねばの中、
可憐な夜の花を咲かせている。
提示部の繰り返しでリヒテルは12分をかけて、
ヴァリッシュの演奏した第1楽章と、
ほぼ同じ長さになっている。

鐘が鳴り響く展開部も、
四方から鳴り響くのではなく、
遠くから列車が近づいて来て、
去っていく感じで、
リヒテルの演奏では、
神聖な感じが薄い。

無機質なカテドラルでの祝福ではなく、
葛藤の音楽で、終わって再現部で救われた、
というような感じが強い。

突き放されたような孤独な表現が、
リヒテルの独壇場であろう。

一方、第2楽章の方にこそ、
対照的主題があると書かれているが、
瞑想的な優しい主題に対し、
気味の悪い不吉なパッセージが低音から響き渡って、
そもそも不安を湛えたものであるが、

妙に不安な音楽となっている。


「シューベルトは彼が簡単に完成できそうな、
第3楽章と第4楽章の多くを書いた。
おそらくイ短調ソナタD845の着想が、
心に浮かんだのであろう、
翌月の終わりを前にして、
こちらを完成させている。」

通常演奏されない後半2楽章を、
こんな解説で良いのだろうか。

第3楽章でも、ヴァリッシュの演奏は、
しなやかで初々しい。
執拗な打鍵は、大ハ長調交響曲の終楽章を思わせる。
それは軽快に進むもので、足踏みをして苦渋するものではない。

リヒテルのメヌエットは、
ヒステリックになる程に、
リズムを強調した演奏になっていて、
まるでディオニソスの豪快な踊りのようだ。

トリオ部は、もの思いにふけるようなニュアンスが詩的である。
こうした表現はリヒテルは深い。

第3楽章は、未完成というが、
これ以上の発展の必要はなく、
こんな感じで終わることを、
シューベルトは構想していたのかもしれない。

第4楽章は、ヴァリッシュは、
軽快にすぎると思ったが、
リヒテルはこれに輪をかけて無邪気な表現を見せる。

様々なタッチを開陳して、
心から楽しげな表現を聴かせる。

リヒテルは、完全に身を委ねて陶酔している、
・・・ように聞こえる。

ロシアピアニズムの重戦車が、
軽やかな響きを求めて悪戦苦闘していて、
当惑してしまうが、
はたして、幻視者リヒテルが見たものは、
何だったのだろうか。

「D840は、1861年に、
シューベルトの最後の作品と間違われ、
『レリーク』という不適当なタイトルで
出版された。
いくつかの完成版の試みがあるが、
スビャトスラフ・リヒテルによるこの録音では、
シューベルトが書き残したままの形で演奏されている。
メヌエットは80小節で、ロンドの終曲は120小節で、
中断している。」

終楽章は、ぷつりと切れるが、
このCDの表紙写真のリヒテルが言いたかったのは、
あるいは、ここではあるまいか、
などと考えてしまった次第。

98年に私は入手した記録があるが、
10年ぶりに、改めて聞き直してみると、
リヒテル尊師の占いは当たっているところも、
外れているところもあったように思えた。

しかし、当時は、どえらい音楽だと思ったものだ。

この録音は、確か、「冬の旅」か何かと、
最初は一緒にCD二枚組で出されていた。

これは、「冬の旅」を聴くのに、
CDの交換が必要だし、
組み物だと高くてたまらんと思っていたら、
後にそれぞれ一枚物で出た。

最初に二枚組で買った人は怒らなかったのだろうか。
それとも、これがオリジナルである、
と稀少盤になっているのだろうか。

歌手はシュライヤーだったが、
この後、日本でも歌っている。
ピアノ伴奏はもちろん、リヒテルではない。

さて、このように、
次の第16番イ短調ソナタでは、
ハ長調「レリーク」のような、
新しい地平を切り開こうとした終楽章は諦められている。

この2つのソナタは、
アインシュタインなども、
「両ソナタは双生児なのである」
「わたし流にいえば、両ソナタの大宇宙は同一である」
と断言しているが、
ハ長調で打ち立てようとした壮大な構想の、
立体的でモニュメンタルな終楽章は、
遂に、シューベルトによって完成されることはなかった、
とも書けるような気がする。

その代わりに、シューベルトは、
終楽章を前へ前へと前進するような音楽にして、
解決を先送りするような解決策で妥協した、
とも言える。

リヒテルは、あるいは、こうした点までは、
透視していなかったのではないか。
闇の迷宮から、解放に向かう作品として、
一元的に捉えていたのではなかろうか。

とはいえ、
この録音を大きな転換点として、
2楽章の未完成作品として、
前座に終わらせられる時代は終わった。

4楽章の大作として、
希有の価値を持つメインレパートリーであることを、
リヒテルは強烈に印象づけたのである。

残念ながら、アンドラーシュ・シフのようなピアニストには、
全く受け入れられなかったが、
ダルベルトなどは、この方法に従って、
シューベルトの全集を作っている。

得られた事:「リヒテルの『レリーク』ソナタの録音は、歴史的名盤と思われるが、直線的な情念に突き動かされたもので、ヴァリッシュのような立体感はないような気がする。」
[PR]
by franz310 | 2010-06-26 22:05 | シューベルト

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その231

b0083728_12564537.jpg個人的経験:
シューベルト20歳の
6曲のソナタ群は、
未完成のものも多く、
取り扱いが悩ましい。
しかし、これまでのように、
各曲を見て来ると、
モーツァルトの6曲にあやかって、
「ハイドン・セット」とか、
「ベートーヴェン・セット」とか、
格好良く呼びたくなって来る。


それほどまでに、
シューベルトは集中して研鑽し、
多岐にわたる研究を尽くした。
今回のCD解説にもあるように、
過去の巨匠をよく研究して、
独自の色彩を加えた、
多様な性格を誇る曲集と思えるのである。

モーツァルトの6曲の四重奏曲もまた、
ハイドンに学びながら、
彼独自の美学を掘り起こした傑作となり、
「ハイドン・セット」と呼ばれながらも、
決して、ハイドンのまねごとだと考えている人はいない。

さて、この頃、シューベルトは教職を離れ、
父親の了解を得られぬ生活をしていたが、
そうした牧歌的な日々が、
やがて終わりを告げる予感かもしれない、
などと考えてもいたが、
今回のCD解説にも、
興味深い見方が紹介されている。

前回も取り上げたヴァリッシュの演奏のものだが、
さらに、ここでは、これまで実体がよく分からなかった、
ソナタ第12番嬰ハ短調D655も聴くことが出来る。

このCDのメリットを、まだまだ上げれば、
この分野の処女作、第1番のソナタを、
演奏者自身が、高く評価している点、
壮大なトルソである、第15番「レリーク」の、
あまり演奏されない第3、第4楽章を、
収録している点などが上げられる。

このようにして初めて、
この幻のスーパーソナタの構想が明示され、
改めて、私は言葉を失ったのである。

前回、このヴァリッシュの未完成ソナタ集のCDは、
ナクソスが落ち穂拾い的に始めたのではないか、
などと書いたが、前回のCDが、
2002年11月の録音だったのに対し、
今回のものは、2005年12月21日、22日と、
録音日時が書かれていて、
3年も準備して臨んでいることが分かる。

ただし、前回のプロデューサーが、
アンドリュー・ウォルトンという人だったのに、
今回のものは、マイケル・ポンダーという人に
代わっているのは何故か。

前者はエルガーの第3交響曲のプロデューサーで、
後者はグリーグの管弦楽曲集のプロデューサーで、
どちらも変わった領域を攻める人のようだが。

単に、出すか出さないかで、
もめた結果の3年だとしたら、
ヴァリッシュがかわいそうである。
その間、ナクソスのロゴも、
青地に変化しているではないか!

しかし、このCDの表紙絵画は、
前回のものと同様の雰囲気で、
見ると画家は同じジルマーのもの。

不安げな空の風景画で、
この梅雨時にふさわしいし、
さらには、シューベルトの危機の時代、
あるいは、ロマンティックな感情をかき立てるものとして、
私は歓迎したい。

こうした格調高い絵画をあしらったCDは、
特に大手レコード会社の
スターミュージシャン売り出し路線では、
なかなかお目にかかれない。

題名は、「慈悲深いサマリア人の怪我をした人の救護」
と書かれているが、善きサマリア人は、
こうした、窮地にある人を、
損得をか顧みずに救う有徳の人である。

山賊に襲われて身ぐるみ剥がれた人を、
通りがかりのサマリア人が介抱しているが、
作者にはもちろん、そんな事は口実にすぎず、
むしろ人里離れた大自然の方を描きたかったに相違ない。

これを見ていると、私も、どこか、
人里離れたところに行ってみたくなった。

さて、今回の解説も、
ピアニストのヴァリッシュ自身が、
「ピアノソナタ集1815-25
スケッチ、断章、未完成作品集」
というタイトルで書いている。

読み応えのあるものなので、
これを読みながら、各曲を見ていくことにしよう。

「この録音はフランツ・シューベルトの
ピアノソナタ作曲の広い範囲にわたるものだ。
最も早いソナタに始まり、
中期の3つのソナタの断片が続き、
コンセプトも野心的で、
驚くべき進化した作品である、
最後の未完成ソナタで閉じる。
シューベルト最初期のソナタ群は、
実験する喜びに満ちている。
変化に富み、一部断片のもの、
単独の楽章のみ残存する
と言う形で伝わっている。」

実験する喜びに満ちた作品を聴くのもまた、
発見の喜びに満ちている。

さて、冒頭で、
私も同様の事(当時のシューベルトの境遇)に
思いを馳せていた事に触れたが、さすが、
ヴァリッシュは、さらにそれを検証している。

「作曲の機会に関する情報も、
当時の演奏の記録もないので、
1815年から1817年の
シューベルトの生涯の環境を
ここで垣間見てみることは有意義である。
1815年2月、17歳のシューベルトが、
彼の最初のソナタを作曲した時、
ヴィーンで父親の学校で、
彼は助教員として働いており、
粗末なピアノと一緒に
狭苦しい部屋で暮らしていた。
(友人の詩人ヨハン・マイヤーホーファーの回想)」

確かに、ヴァリッシュ君の言うとおり、
何となく、そんな環境下で、
ピアノ曲の実験をしていたか、
と思い描いてしまった。

あるいは、シューベルトに出来たこと、
それは、狭い部屋に閉じこもって、
ピアノと戯れることだけだった、
などと空想する。

最近のたとえで言えば、
TVゲームに打ち興じていた、
と読み替えてもよいかもしれない。
そのうち、彼は新しいゲームの
プログラムにも興味を持つようになるだろう。

以下のように、公式には、
声楽曲の訓練しか受けていないので、
いっそう、ピアノ曲には、
現実逃避の余地が残されていたとも考えられる。

「アントーニオ・サリエーリが、
作曲の無償授業を授けており、
同時代の証言によれば、
声楽曲の書き方によるもので、
独立した器楽曲が入り込む余地はなかった。
シューベルトは明らかに
サリエーリの弟子である事を誇りにしていて、
いくつかの作品の最後には、
『サリエーリ閣下の弟子』と書き入れている。」

また、3楽章のソナタなのに、
1番のソナタが未完成とされ、録音されている理由は、
下記のように、前回の5番のソナタと同様である。

「最初のソナタ、ホ長調D157は、
ロ長調のメヌエットとトリオを終楽章に持つ、
3つの完成された楽章からなる。
終楽章のメヌエットが
そこそこ効果的に締めくくっているとは言え、
基本の調であるホ長調でないがゆえに、
この作品は未完成作品とされている。
シューベルトはこの作品に集中し、
数カ所の書き直しも認められる。
第1楽章は弦楽四重奏を手本にしたようで、
独奏声部と音色の交錯で特徴づけられる。」

第1楽章は、軽快な明るいメロディで始まり、
確かにシューベルトの解放的な喜びが満ちている。
弦楽四重奏風とあるが、これを頭の中で、
弦楽合奏に置き換えて聴くと、
闊達に動き回る
第1ヴァイオリンの活躍の様が目に浮かぶようだ。

「ホ短調のゆっくりとした中間楽章は、
驚くべき深さと成熟を示している。」

この習作のようなソナタに、
こうした見解を示すピアニストは、
何と頼もしい存在であろうか。

私が聴き始めの頃、
シューベルトの交響曲第1番などは、
演奏されるたびに、
「ここが習作風だ」という論調で、
埋め尽くされていたが、
様々な指揮者の努力によって、
最近では希有な作品と認められつつある。

こう見ると、このソナタ、そこそこの規模を誇り、
全曲演奏するのに20分近くかかっている。

さて、この第2楽章、憂いを秘めた佇まいが詩的で、
下記のようにヴァリッシュが書くのも当然と思えた。

「そこでシューベルトは、
内向的な主要主題を、
ト長調の温かい叙情的な主題や、
ハ長調のリズムに創意があって、
生き生きとした中間部と対比させている。
ここでのシューベルトの熟達は、
驚くべきもので、
幅広いアーチと大きなメロディーラインで、
形式を広げたりバランスを崩したりすることはない。」

憂いを秘めた楽想は、
ひっそりと可憐な花が咲くようなメロディに変わって、
これがまた美しい。
こうした音画的な楽章は、
彼の1817年のソナタにはあっただろうか。
リズミックな部分も胸の高鳴りを覚える。

「しめくくりのメヌエットは非常に急速で、
この形式には珍しい
アレグロ・ヴィヴァーチェと記され、
生の喜びとエネルギーが火花を散らしている。」

これまで、単なる習作と思われていた、
この曲が、演奏家自身によって、
ここまで激賞される解説がついているだけで、
このCDは「買い」ではなかろうか。

終楽章はスカルラッティ風の典雅なもので、
これまた楽しいが、
終曲としては落ち着きがないかもしれない。

幻の終楽章はあったのだろうか。

とりあえず、この曲は、
こんな風に、一応、各楽章に関しては、
尻切れトンボ部はなく、すっきりと聴ける。

次に第8ソナタが収録されている。

下記のように書かれた、
1817年のシューベルトの境遇も、
妙に想像力をかき立てるものである。

「1816年の4月、シューベルトは、
ライバッハの音楽教師のポジションに応募し、
失敗に終わった。
同月、彼はゲーテに、その詩に付曲した、
『野ばら』、『さすらい人の夜の歌』、
『魔王』などを含む、
一冊の歌曲アルバムを送ったが、
これはコメントもなく送り返されて来た。
この年の秋、ヴィーン中心に住み、
明らかにずっと良いピアノのために、
家を見つけた。
これに勇気づけられ、
1817年8月にかけ、
6曲のピアノソナタを書いた
(D537、557、566、567、571、575)。」

前田昭雄著の「シューベルト」(新潮文庫)では、
藤本一子による「シューベルトはどこにいたのか」
という表が巻末にあるが、
これを見ると、1816年の秋というと、
「トゥーフラウベンのショーバーの家」となっている。
裕福な家に転がり込んだということか。

「ひょっとすると、彼は、
すでにその時代は過ぎ去っていたのに、
ハイドン、クレメンティ、またはモーツァルトといった、
伝統的な古典ソナタと考えていたのかもしれない。
これらの作品はしばしば、
強い舞曲との類似性が認められる。
半分以上の作品は、三拍子で書かれている。」

前田昭雄氏も、第7ソナタを「舞曲調」と書いていたが、
全体にわたって、こんな特徴があったということだ。

また、ショーバーの家なら、
こうした昔の作曲家の作品集も揃っていたかもしれない。

第1番に比べ、第8に関しては、
ヴァリッシュはいささか辛口で、
以前、ここで取り上げた、
バドゥラ=スコダなどとは大違いである。

「シリーズの最後から2番目の嬰ヘ短調ソナタは、
フラグメントとして残されている。
ここで、シューベルトがモデルにした、
ベートーヴェンの影が濃厚である。
特に、第1楽章と終楽章に、『月光ソナタ』との、
強い親近性が見て取れる。
現存する第1楽章の141小節は、
聴衆を、対比もドラマもない、
遠い憂愁の世界に運び去る。
これはもっぱら、シューベルトが、
単一主題の原理で書いているからである。
主要主題は、特に叙情的で、
ソナタの第1楽章の文脈における、
弁証法的集中に不十分だからである。
この楽章は、まさに予想される再現部直前で終わっている。
ベートーヴェンとの類似にも関わらず、
シューベルトは、
その『幻想ソナタ』の形式に則ることにも、
自身の形式的解決を見いだすことにも成功しなかった。
このソナタはベートーヴェンの圧倒的な類例ゆえに、
未完成のまま残されたのだろうか。」

スコダがシューマン、ブラームスを例に挙げて、
この曲のオリジナリティを強調したのに対し、
ヴァリッシュは、猿まねの失敗作として片付けている。

「このソナタの4つの楽章のうち、
3つは、元々別々に伝えられ出版されたが、
オリジナルのページの紙質の解析や、
調性の選択から、
それらが4楽章のソナタを構成することが、
現在、確かな事とされている。
よりよい楽章間の結合のため、
私はこの録音で、第1楽章の中断部分から、
直接、ニ長調のスケルツォD570を続け、
それにイ長調のアンダンテD604を続けた。
これら2楽章は、シューベルトは完成させている。
嬰へ短調のアレグロD570は、
まさしく第1楽章と同様、
再現部の前で中断されているが、
このソナタを終わらせるための、
終曲の性格を明らかに備えている。」

が、演奏はかなり情緒を重んじたもので、
クリアなタッチが輝いて美しい。
この曲の場合、尻切れトンボ部が2箇所あるが、
ヴァリッシュは、続く部分を活かして、
うまく連続感を出している。
ただし、終楽章はそういうわけにもいかず、
かなり、唐突な感じ。
しかし、続く2曲に比べると、
かなり書き込まれているので、
堪能した感じはある。
そういう意味では、スコダ説のように、
あとは機械的に仕上げられるから、
後回しにして放置したのだ、
という意見にも納得できる。

問題は、多くのソナタ全集も割愛している、
第12番嬰ハ短調であるが、
これは確かに、どうしようもない代物で、
下記のように提示部があるに過ぎない、
という感じで、展開部も再現部もなく、3分に満たない。

「シューベルトの次なるソナタの試みとして、
主題や、より大きなひらめきと、
展開の可能性と格闘していた、
1819年から1823年にかけての、
非常に短い、嬰ハ短調D655と、
ホ短調D769a(以前はD994と呼ばれていた)
が認められる。
これらがこんなすぐに
中断してしまった事を
説明することは出来ない。
テンポ指示のない嬰ハ短調の作品の場合、
2つの対照的な主題が結合された
提示部が残されている。
ここでシューベルトは、
新しい表現の可能性を求め、
非常に珍しい嬰ハ短調と変ト長調を使っている。
しかし、作品は73小節後、
2つの小節と繰り返し記号の後、
中断されて、この作品の残りについての
一切の指示は残されていない。」

ここに書かれているように、
かなり緊密に書かれているようにも思え、
まったく、これでやめにする必要はない。
冒頭こそつっけんどんだが、
これは、「第16番」のソナタなどにも言えることである。

様々な魅力的楽想が現れては消えて行く。
終わった後、上記、2小節部が、
覚え書きのように演奏されているのが興味深い。

この動機で、もう一度、トライしようという、
メモのようにも思える。

次の断片も、開始部は憂いを秘めて、
この作品もその中で興味深い色彩を放つ。
が、1分で終わってしまうというのが痛ましい。

「ホ短調のフラグメントもまた、
ソナタ・アレグロ楽章のための
単純なスケッチと言われている。
わずか38小節の中で、
提示部の最初部のように、
シューベルトは、ホ短調の三和音の伴奏を、
ところどころに記譜している。
先立つソナタと比較すると、
小さな部分ですら劇的な対比を行うこと、
それに主題に明確な輪郭を与えることに成功している。
この最も短い断片は、
1958年に初めて出版された。」

開始部30秒で、早くも激高し、
50秒以降、跳躍をしようとして失敗した、
という感じだろうか。

あと一晩考えれば、
初期のソナタと同様のものは出来たであろうが、
シューベルトの野心はもっと大きかったという事だろう。

この1819年から23年といえば、
器楽では、「ます」や「未完成交響曲」が知られるが、
もっぱら劇音楽の年であって、
様々な努力がなされている。

さて、最後に収録された「レリーク」(聖遺物)ソナタに関しては、
再び、ヴァリッシュの最大限の称賛が読み取れる。
作品の収録時間も30分を超えて長大だが、
解説も全体の40%は、この作品にあてられている。

この作品は「未完成交響曲」のように、
完成された2楽章のみ演奏される事が多く、
全集を完成させないピアニストでも愛奏しているが、
2つの楽章では語り尽くせないところがあるのも事実のようだ。

「この録音最後の、そして間違いなく最も偉大な作品、
ハ長調ソナタD840は、
シューベルトのソナタ作曲において、
2年の空白の後、新しいスタートを切ったものである。
1825年の春、このソナタは、数ヶ月のうちに書かれた
3つのソナタ(D840、845、850)
を含む新しい創造ステージにの最初に立っている。
すでに1824年3月、
シューベルトは、よく引用される、
友人のクーペルウィーザー宛の手紙で、
弦楽四重奏や他の室内楽を通じて、
大交響曲への道を拓きたいと言っているが、
1822年作曲の『未完成交響曲』によって、
すでに何かを掴んでいたと思われる。
『レリーク』と呼ばれる、
4楽章からなるハ長調ソナタは、
第1、第2楽章のみ完成で、
未完成に終わっているとはいえ、
この道のりにおける大きな一歩であった。
ピアノ書法は管弦楽的で、
個々の部分や形式構成において、
この時点では知られざる交響曲の特徴を持っている。
注意深く耳を澄ませば、
ハ長調大交響曲D944の予告が聞こえる。
特に第1楽章モデラートでは、
オーケストラの色彩やニュアンスを
直接的に取り入れたピアノ書法で、
シューベルトは新しい音響領域に乗り出している。
この楽章における特別なピアニスティックな挑戦は、
巨大な構成を取り扱う点と、
個々の楽器の音色をピアノに移している点にある。
この楽章の叙事的な息の長さと、
多くの魅惑的な和声は、当時の音楽の限界を超えていて、
ブルックナーのサウンド・カテドラルを想起させる。」

西欧では、ブルックナーの交響曲は、
すでに、「音響聖堂」などと表現されているのだろうか。
初めて聴いたが、いかにもぴったりである。

そして、シューベルトのこのソナタが、
それに例えられるのも分からなくはない。
全編に神聖な動機が鈴のように鳴り響いている。

「ハ短調の第2楽章アンダンテは、
形式的に第1楽章よりずっと把握しやすく、
厳格に四声で書かれている。
バラードの性格を持ち、
その展開におけるクライマックスは、
まるで両楽章を通じての終結部とも言える、
拡張されたコーダにある。
『未完成交響曲』のように、
これらの驚嘆すべき最初の2楽章の後で、
シューベルトが作品を、
続けて完成させる気にならなかったか、
完成できなかったのではないかと考えることもできる。」

ヴァリッシュ君のこのような表現は、
他の人からも聴けるので、
是非、「この曲は第2楽章まででは、
まったく理解された事にはならない」
などと書いて欲しかった。

が、この訥々とした音楽が、
コーダになって、やおら、
大きなアクションを見せるのは事実。

また、ヴァリッシュも、
下記のように、続く楽章も、
かなりの意欲作であることを強調、
期待に応えてくれている。

「しかし、4楽章の伝統的な形式原理に従って、
彼は続きを書いている。
完成されたトリオ変ト短調を有する、
変イ長調のメヌエットも、
ハ長調の終曲と同様、
まさに展開を始めようというところで中断している。
メヌエットにおいて、シューベルトは、
イ長調から変イ長調の主題の繰り返しへの、
無骨な転調を避けようとした。」

このメヌエットもまた、第1楽章同様、
神聖な動機が鐘のように鳴り響いて、
大きくこれが呼吸する様が圧倒的で、
いかにも巨大な構想を想像させる。
トリオ部は完成しているということで、
不連続に演奏されているが、
「楽興の時」のように、詩的である。

しかし、終楽章の構想を下記のように書き出されると、
シューベルトでもなくとも、その野望の大きさに、
眩暈を感じる程である。

「終曲では、
この楽章では、解決されるべき、
少なくとも3つの主題が提示されており、
非常に複雑な展開部が必須だったろう。
主題の数や、
最初の238楽章が残された、
野心的なこの終楽章のプロポーションからして、
この終楽章が、指示されたように、
ロンドとして意図されたか、
ソナタ・アレグロとして構想されたかはわからない。」

よく言われるが、この15番を中断して、
仕切り直しで16番のソナタを完成したシューベルトであるが、
16番の終楽章は5分程度の疾風で終わっている。

それに比べ、何と、第15番の終楽章は、
モニュメンタルなソナタ形式なのかもしれず、
主題提示だけで、5分弱を要しているのである。
まさしくブルックナー級の大ソナタだ。

「シューベルトの死から2、3年して、
シューマンは、熱狂的に、その作品の紹介を開始した。
1839年、シューマンのヴィーン滞在中、
シューベルトの兄、フェルディナントによって、
このハ長調ソナタの全手稿はシューマンの手に入った。
同年3月、シューマンは、ライプツィッヒにて、
大ハ長調交響曲の初演をアレンジするのに成功し、
そのすぐ後、この未完成ソナタの第2楽章を、
共同事業していた定期刊行物『新音楽時報』
の中に載せた。
シューマンの死後、最初のシューベルト全集のために、
原稿は使われ、1861年にライプツィッヒで出版された。
編集者は、間違って、
『シューベルトによる最後の未完成のソナタ、レリーク』
と呼ばれ、これが、このソナタの通称のもととなった。」

このように、碩学シューマンは、
この曲の全容を知っていたようだが、
果たして、彼はこのスケッチをどう捉えたのだろうか。

「作曲者自身が未完成のまま放置したソナタを集めた、
この録音が、聴く人をいらだたせることはないだろう。
むしろ反対に、これら断片は、
我々をシューベルトの感情に、
直接的にアプローチすることを可能とし、
彼やその作品を全体的に捉えることを可能とする。
最も忠実なシューベルトの友人の一人、
シュパウンは、こう書いている。
『シューベルトをよく知る人は、
いかに深く彼が作曲に熱中し、
いかなる苦しみの中から
作品が生まれたかを知っているだろう。
一度でも、彼が、
朝作曲しているところを見た人は、
目を輝かせて顔を火照らせて、
夢遊病者のごとき、その様相を、
忘れることは出来ないだろう。』
これらの断片作品は、
特別神秘的な詩情を時に息づかせる。
それらはシューベルトの創造過程、
音楽的思考を同時に、完全に示し、
彼の探究と検分を、我々に生き生きと蘇らせる。」

シュパウンの回想の引用は言わずもがなだが、
確かに、このようなCDの存在価値を、
強烈に感じさせる1枚になっている。

得られた事:「良いピアノと部屋ゆえにかき立てられた創造意欲。」
「第12ソナタは、他の20曲と比べ、あまりにも断片すぎる。」
「恐るべし、カテドラル・サウンド。」
[PR]
by franz310 | 2010-06-20 12:57 | シューベルト

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その230

b0083728_12405322.jpg個人的経験:
シューベルトのピアノソナタ第7番、
決定稿である「変ホ長調」の前に、
第1稿「変ニ長調」があることは、
たびたび語られることである。
また、ブラームスは、
第2楽章が嬰ハ短調であるがゆえに、
第1稿を好んでいたと言われるが、
問題の第1稿の録音は、
この2002年録音の
ナクソス盤以外にあるのだろうか。


書き直しの多いブルックナーの交響曲などは、
すでに、いろんな指揮者が様々な楽譜選択を行い、
様々な嗜好のファンが、
どの稿がよいかという議論を繰り広げているが、
ようやく認知の進むシューベルトのソナタ、
しかも20歳の若書きとなれば、
こうした議論はこれからという事だろうか。

この第1稿と第2稿決定稿の間には、
移調の他、楽章の追加、細かい展開の調節が行われていて、
プロコフィエフなら、きっと、これは全く違う楽曲だ、
と声高に主張しそうである。
彼の場合、チェロ協奏曲を改作して、
チェロと管弦楽のための交響協奏曲、
などという大仰な題名に変えた例もある。

シューベルトも3楽章版を、
4楽章にしているのだから、
ソナタを大ソナタにしてしまった、
という意識もあっただろう。

ということで、元のものは、
あまり知られておらず、
この貴重な第1稿は、
ヴァリッシュという人が弾いているのしか、
私は知らない。

この人、ヴィーンの音楽一家の出だと言うが、
1978年生まれということで、かなりの若手である。
2002年の時点では24歳という新進である。

この人は本場ヴィーンの人ながら、
ドヴォワイヨンやマイゼンベルクといった、
フランスやロシアの異文化の大家にも学び、
アメリカでは、ハイドン賞や、
ストラヴィンスキー賞を受賞しているという。

このような変幻自在な経歴を見ると、
まさしくカメレオン、
ストラヴィンスキー賞を、
私からも贈呈したくなる。

1999年に、エリザベート王妃国際コンクールで、
歳年少のファイナリストになったとあり、
以来、日本や中近東、欧米で
コンサート・ツアーを行ったとある。
いつの間に来たのだ?

しかし、このCD、
単に、第7番の初稿を含むのみならず、
その他の未完成ソナタも集めたもので、
CDの表記通りには、
「第5、第7a(未完成)、第11(断章)、第12番(断章)」とある。
この表記、非常に紛らわしく、
第5、第7aはともかく、第12番はリヒテルなどが、
第11番として弾いているD625のヘ短調の作品である。

ということで、ここで言う第11番も、
一般には「第10番」として知られる
ハ長調D613を指している。

第5番はルプー、第11番は前記リヒテルを始め、
多くのピアニストが弾いているので、
それほど珍しいものではないが、
第7a番は表記からして珍しく、
第10番もまた、
あまり録音される機会に恵まれないものであるため、
超貴重な録音と言わざるを得ない。

ナクソスは、このレーベルの看板ピアニスト、
ヤンドーが、シューベルトのピアノソナタ集を
録音しているので、
若造には、落ち穂拾いをさせたのだろうか。
それでも、ナクソス様々である。

表紙絵画も、
時代はやや下って1851年のものながら、
シューベルトの危機の時代を思わせる、
暗雲垂れ込める風景画なのが嬉しい。
1807年生まれということで、
シューベルトとほぼ同世代の画家、
ヴィルヘルム・ジルマー(63年没)の、
「森のはずれの小道」だという。

それにしても、24歳にして、
こんな録音からチャレンジする若者には、
まったく敬服するしかない。
そして解説もまた、ピアニストの
ゴットリープ・ヴァリッシュ自身が書いているのである。

「音楽における『断片』の着想から、
特にシューベルトの場合、悲劇と失敗が読み取れる。
交響曲ロ短調D759『未完成』や、
完成されなかったオラトリオ劇『ラザロ』D689、
あるいは『弦楽四重奏曲ハ短調』D703などの、
有名作品に加え、沢山の断片的なピアノソナタがある。
これらの大部分は、
ここに録音した4曲を含め、
シューベルトのいわゆる危機の時代、
1817年から1823年の間に書かれた。
この時期にシューベルトが格闘した多くの作品は、
彼の最も大胆かつ奇妙な作品や、
作曲の実験のような断片として残った。
これら中期の弦楽四重奏曲やピアノソナタを通じ、
シューベルトは大交響曲への道を模索していた。」

確かに、後年、シューベルトの発言に、
そうしたものもあるが、
しかし、この変ニ長調、1817年時点では、
シューベルトは順調に交響曲も発表していたし、
むしろ、ピアノ音楽の可能性を、
純粋に追求していたと見るべきだろう。

「これらソナタの断片は、11曲の完成作ソナタに対し、
12曲の未完成作品という、比較的、数が多いという点でも、
シューベルトの創造的人生の中で、特別な意味を持つものだ。」

ここで、さらりと12曲と言っているが、
彼は、この12曲を3枚のCDに収め、
今回のものはその中の1枚である。

このうち、全集でみんなが録音する、
「第2」、「第3」、「第6」を収録した1枚は、
多少、希少性が劣る。

「すでに強固な伝統的形式、
『ソナタ形式』として確立していた、
形式的パターンに対する作曲家の足掻きの印である。
すでにシューベルト独自のスタイルが、
強烈に刻印されているものの、
これらの作品には、
ハイドン、モーツァルト、フンメル、ウェーバー、
とりわけベートーヴェンが、
しばしばモデルとして登場する。」

ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンの例は、
みんなが指摘するが、フンメル、ウェーバーの例も、
是非、指摘して欲しい。

「強烈な感情表出の内容を示唆する、
シャープやフラットの調性が多用され、
これがこの時期ソナタの特徴ともなっている。
一般的に2タイプの未完成ソナタが確認可能で、
一方に、ソナタの提示部の断片があり、
これらは展開部の途中、
遅くとも再現部の開始部で中断していて、
もう一方で、個別楽章が完成されていないものもある。
ピアノソナタの断片は、
シューベルトが何故、そこで中断し、
また二度と取り上げなかったかという、
永遠の命題に対する解答ではなくとも、
シューベルト内部の作曲手法の深い探索を可能とする。」

ということで、この録音の特徴は、
あえて尻切れトンボみたいになった、
シューベルトのソナタを集めることで、
あえて、事実をさらけ出し、
シューベルトが抱えた問題意識を共有しよう、
という試みにも見える。

決して、落ち穂拾いをやっているのではなく、
完成作を取り上げない自分こそが、
よりシューベルトに近いのだ、
という宣言にも見える。

ヴァリッシュの演奏は、非常に明晰なもので、
これらの作品の骨格みたいなものは、
非常によく見える。

一方で、後で出てくるように、
この録音、未完成作品を、必ずしも、
そのまま演奏しようというものではなく、
臨機応変に対応している。

実際、第5番は「未完成」とか、
「断片」とは記されていないが、
下記のような理由で、ここに収録されている。

「1817年5月作曲のソナタ変イ長調D557では、
シューベルトによる一連の断章が発見されている。
三楽章の完全性にも関わらず、
この作品は、調性のグルーピングが難問である。」

ということで、この作品が、
今だ謎の作品であることを証拠立ててくれている。

「変イ長調の第1楽章に、
慣習的なソナタ通り、ドミナントの調性である
変ホ長調の第2楽章が続く。」

このように、前半2楽章は問題がなさそうだ。

「しかし、第3楽章も続けて変ホ長調なのである。
この楽章は明らかにフィナーレの性格を持つが、
シューベルトはこの曲を変イ長調ではなく、
変ホ長調で終わらせようとしたのか、
4番目の楽章がないのか失われたのか、
といった疑問がわき起こる。
近年の調査でも、この命題には、
明確には答えられておらず、
このソナタは相変わらずソナタ断章として数えられる。」

確かに、変化をつけるために、
第3楽章があり、別の調で書かれていたとも考えられるが、
終楽章でもとの調性に戻さなかった謎がまだ残る。

こう書かれると、悩みこんでしまうが、
聴いていて、こりゃ変だと感じるべきなのか、
慣習的におかしい、と感じるべきなのかは、
よく分からない。
私は、特にそれは気にしないで聴いて来た。

「ハイドンやモーツァルトを思わせる、
単純なピアノ書法と、
第2楽章中間部の変ホ長調部は、
バッハの厳格なリズムを思わせる。」

愛らしい第1楽章も、この楽章の単純さも、
ヴァリッシュのピアノもそうだし、
24ビットの解像度で行われた録音もそうだからか、
クリアでとても満足が出来る。

「第3楽章開始主題には、
2年後のイ長調ソナタD664の、
終楽章と興味深い類似がある。
この非常に小さな作品の中に、
シューベルトは、愛らしく幸福で、
非常に古典的に影響を受けた側面を見せている。」

この指摘も、
言われてみてなるほど、
と思う程度。

第5番の解説は、実は、もっと後に出てくるのだが、
何故、「未完」とも「断章」とも書かれていない、
「第5」がここに収められているかを、
まず、すっきりさせて見た。

また、続く、第7a番、
前回の解説から懸案であったソナタについても、
「未完成」とするかどうかが悩ましい。

ヴァリッシュはこう書いている。

「1817年6月に書かれた、
変ニ長調ソナタD567で、
シューベルトは特別な集中を見せる。
自筆譜の第3楽章の最終ページは失われたが、
一連の断片は残っている。
シューベルトの友人のアンゼルム・ヒュッテンブレンナーは、
その回想に、このソナタのことを書いている。
『それは大変難しく、
シューベルト自身、気合いを入れずには弾けませんでした。』
『彼は、外国の出版社にこれを送りましたが、
こんなに恐ろしく難解な作品は、
出版するにはリスクがあると書いて、
送り返されて来ました。』」

以上のように、ヒュッテンブレンナーに
シューベルト自身、弾いて聴かせたとあり、
出版社に送ったともあるので、
おそらく、この作品は、
CD表記にあるような「未完成」作品ではないのだろう。

前回のCDにあった、
「オリジナルの終曲は未完成だが、
シューベルトは的確に最後の17小節を書き加えた」
という解説も性格ではなさそうだ。

ちなみに、
ドイッチュの「友人たちの回想」(石井不二雄訳)には、
さきほどの表現、
「彼自身、つっかえずに弾くことは出来ませんでした」
とある。
シューベルトは、弾けたのか弾けなかったのか、
この書き方では、非常に悩ましい。

こうした微妙な言い回しの差異から、
シューベルトは弾けもしないものを作った、
というロジックに繋がる場合もあっただろう。

「この異議は、
シューベルトに翌年、
第3楽章にメヌエットとトリオを追加して拡張し、
より簡単な変ホ長調に移調させることとなる。」

とあるのも悩ましい。
1817年に集中して書かれた
6曲のうちの1曲として語られるが、
1817年に書かれた部分は、
第1稿なのか最終稿なのか。

もし、第2稿だとすれば、
初稿は、第7番ではなく、
第4番に位置させる必要がある。

また、このような経緯が本当だとすると、
シューベルトは本来、変ニ長調で決定していたものを、
仕方なく変ホに書き換えたように見える。

そう思って聴くと、
この調性の変更によって、
この曲の性格はかなり変わっているように感じられた。
第1稿の方が低い調のせいか陰影に富み、
決定稿は、妙にふわふわした感じになっている。
ちょっと浮世離れしたものになって、
下記にあるような「野心的」な感じは、
多少失われている。

「この4楽章版は1829年、
作品122として、ヴィーンで出版された(D568)。
オリジナルの変ニ長調版は、
シューベルトのソナタの中で、
最も野心的で扱いにくいものとして数えられる。
外側の楽章は、
ほとんどビーダーマイヤー風の晴朗さが支配的で、
ロマンティックで叙情的な主題が拡張されていくのに対し、
嬰ハ短調の中間楽章は、
ベートーヴェンの厳格で表出力ある世界にある。」

ブラームスはしかし、
ベートーヴェン風だからと好んだわけではあるまい。

改めて聞き比べると、
この楽章は、いぶし銀のような響きから、
感傷的な響きになってしまったようである。

前回の解説に、
「シューベルトは、第1楽章の改訂に際し、
提示部の終わりから展開部への入りの部分をスムースにして、
再現部の最初のメインテーマに装飾を施した。
また、もともとあった不意のフォルテッシモの和音を外して、
この楽章の終わりをデリケートにしたりした。
終楽章では第2主題の視界を広げ、
リラックスした要素を導くことによって、
展開部の開始部を完全に書き直している」
と書かれていたが、これらも全て、
この録音のおかげで、耳で確認することが出来た。

まず、第1楽章の変更であるが、
「展開部への入り」は、
5分25秒あたりで聴けるが、
スムースにしなくても劇的で良い。

もともとあった不意の和音は、
最後の2音だが、
これは確かになくても良いような気もするが、
次の楽章の孤独さを突き放すような感じもあって微妙。

終楽章は、「第2主題」を拡張、
「展開部の開始部を書き直した」とあるが、
4分11秒以降で、このあたりの変化は聞き取れる。
変ホ長調という調性以外にも、
平板な雰囲気になった理由はあったのだ。

シューベルトは第9番ロ長調が挑戦的な作品になったので、
こちらは幾分、マイルドにしたのかもしれない。

さて、第5、第7aの2曲の解説を先に紹介したが、
以下、もう一度、ヴァリッシュの取り組み姿勢に戻る。
いったい、シューベルトを突き動かしたものは何か、
という真摯な姿勢が好ましい。

「主題材料はその限界まで追求され、
形式による要求と合致していないという感覚、
あるいは、もっと胸高鳴らせて、
やりがいを探すといった、
単に、新しいものに変化させたいという、
内的な圧力だろうか。
こうした解析からは、
必ずしも決定的な答えが出るわけではない。
最後に、それゆえに、音楽自身が語るべきだし、
音楽は、こうした場合、常に、
ちょっとした難問と謎を運ぶだろう。」

このあと、あえて完成させない方が、
研究に役立つといった見解がなされているが、
これについては、
例えば、マーラーの「第10」のように、
完成させてみて始めて、
その構想が明らかになるものもあり、
一概には言えないかもしれない。

「指導的なピアニストやシューベルト学者は、
これらの残された断片を使って、
作品を完成させようと試みて来た。
今回の録音では、しかし、
シューベルトのオリジナルを明確に分けるよう、
事実をそのまま残し、
他人による完成部分はなしに行うことにしたので、
これらの作品は断片性が強調されることとなった。
二つの作品は、しかし、
類似楽節の適用で完成可能であった。
ソナタ変ニ長調D567では、
フィナーレの最後の欠如部は、
この作品の変ホ長調版を参照した。
ヘ短調ソナタD625/505では、
終曲の欠如した和声(201小節から270小節)は、
楽章開始部の類似パッセージから類推した。」

このように、完成できるところは、
極力、完成させようとしているようでもある。
確かに、第7aの場合など、
こうなるに決まっている、という感じはする。

さて、今回、第10番D613(このCDでは11番)が、
D612のアダージョと一緒に録音され、
それなりに3楽章形式15分の作品として、
ケンプ、ツェヒリン、シフなどの全集でも、
この曲は取り上げられていない。
(さすがにスコダのにはあるようだ。)

では、解説を読んで見よう。

「全ソナタの中で、
ベートーヴェンの大きな影が明らかなのは、
1818年のハ長調D613/612と、
ヘ短調D625/505である。
この偉大な規範とこれらの作品の関連は、
前者が、『ワルトシュタイン』の第1楽章の、
13小節から19小節を引用しており、
後者のテクスチャと技巧が、
『熱情』の第1楽章を示唆し、
調性を厳格に引用している点にある。
『熱情』と同様、シューベルトは、
ヘ短調から、緩徐楽章の変ニ長調、
ヘ短調、さらにスケルツォのホ長調に、
調性を進行させている。」

ヘ短調については、リヒテルの解説でも読んだ。
ということで問題はハ長調であるが、
出だしから、ハ長調という調性にふさわしく、
屈託なく広がるメロディで、ベートーヴェンというより、
何となく、モーツァルトを思わせる。
第2主題も優美きわまりなく、
「ワルトシュタイン」の作者よりも、
フンメルのような粋な同時代人を思わせる。
ヴァリッシュは、下記のようにウェーバー風と書いているが。

「ハ長調ソナタD613は、一連の断章で、
二つの未完成の楽章からなり、
その二番目のものは、
興味深いことにテンポ指示もない。
これは終楽章として構想されたに相違なく、
軽快な6/8拍子からアレグレットと思われる。
明解で技巧的で、非常にピアニスティックな効果の書法は、
ウェーバーからの影響が感じられる。
紙や筆記の研究に基づけば、
この断章は、緩徐楽章と考えられる、
ホ長調のアダージョと同時期のものと見え、
これは第1楽章と和声的、主題的に直接の関連を持つ。」

最後の3行を要約すると、
シューベルトの書き方や、楽譜として使った紙に、
相関があるがゆえに、
D613とD612は1曲のソナタを構成しているはず、
ということだろう。

第2楽章も夢見るような楽想で、
もう、完全にショパンの夜想曲である。
フンメル風と言ってもよさそうだ。

何故、では、Dナンバーでは分けられているか、
ということの方が問題になりそうである。

アインシュタインの著作では、
D613は、2楽章からなるとされ、
「前者は展開部の真ん中で中断し、
後者は再現部の直前で中断している」
と書かれていて、
「メロディー法と形式の点でも、
彼が当時陥っていたに違いない、
ひどい混乱の証拠文献をなしている」
と書いていて、
あまり評価していない事を示しているが、
D612との関係は示唆されていない。

一方、このD612については、
「彼が1818年4月の
ホ長調アダージョなどにおけるように、
本当ヴィルトゥオーゾ性に、
装飾に犠牲を捧げている場合には、
われわれはほとんどシューベルトを見失ってしまう」
と散々な評価である。

いずれにせよ、これらの作品は、
非常に特殊な感じがして、
シューベルトとて、
新しいピアノ楽派に対しても、
何らかの興味を持っていたという証拠になって嬉しい。

「野ばら」や「ます」など、
ほとんど民謡的に単純な
シューベルト作品しか知らない人なら、
この第10ソナタには、喜んで身を委ね、
シューベルトはピアノソナタもきれいねえ、
と言いそうである。

が、「入念さを欠いている」と、
アインシュタインが示唆したように、
だらだらした印象があるのは事実。
しかし、ヴァリッシュのきれいな音色は、
それ自体快感なので、普通に聴けてしまう。

第1楽章は、それなりの容量があって、
かなり聞かされた後、
似たような第2楽章に滑り込むので、
尻切れトンボ感はあまりない。

が、終楽章はぷつんと切れてしまう。

では、最後に、第11番の解説。
ベートーヴェンの影響があるというが、
トリルにちりばめられ、これはシューベルトの刻印明瞭である。
一連のフラグメント集の中で、
何故に未完成か分からない作品の最たるものであろう。

「1818年と1824年の夏の何ヶ月かを、
エステルハーツィ家の娘達の教師として過ごした、
ハンガリーのツェリスで、
シューベルトは、1818年9月、
彼のヘ短調ソナタD625/505に取り組んだ。
特にこのソナタの第1楽章には、
ベートーヴェンの影響が見られるが、
シューベルトは新しい道を模索していた。
提示部で、もはや彼は二つの主題を対比させず、
一方から一方へと受け渡し、
このようにして提示部の最高の部分が、
息を呑む効果の転調と、
たゆみなく頻発するトリルを伴い、
(これは最後のソナタD960を予告する)
一種の展開部に転じる。
この楽章は再現部の開始部で中断している。
ホ長調のスケルツォと、
先に独立してD505として出版されたが、
近年の研究にてヘ短調ソナタに含まれるとされた、
変ニ長調のアダージョは、
共に完成している。
劇的で、シューベルトにとって、
異常に技巧的な終楽章は、
非常に強い対比がなされた二つのテーマが現れる。
これは驚く程、時空を越えたスタイルで、
ショパンやリストの作品との親近性がある。」

前回のシフなどは、
「さらにはD625やD505のように、
音楽学者が、いくつかの楽章が、
あるソナタの一部だと唱えるものもあるが、
その示唆が正しいかを知るすべはない」
と書いていたが、
ヴァリッシュは、率先してこれらを活用する意見である。

この曲も、ヴァリッシュのピアノの
クリアなメリハリ感は心地よく、
若々しい高揚感もあって、非常に好感が持てる。
また、第1楽章と終楽章の未完の終結部は、
フェードアウトして消えるので、
これはいっそう、未完成感が軽減されている。

ストラヴィンスキー賞をもらうピアニストゆえ、
この曲のスケルツォなど、
もっとはちゃめちゃにやって欲しかったが、
非常に良心的に清潔にまとめている。
むしろ、第3楽章の深い叙情に共感が明らかである。
ただし、さっぱりしているだけ線が細い印象で、
終楽章の交響的な大きさとは少し合わないかもしれない。

が、全体的に素描のようなタッチで、
これがこうした作品の鋭い筆致にふさわしいものと言える。
偉大な画家の場合、デッサンですら展覧会で人を引き寄せるが、
今回のCDは、そんな感じのものである。

得られた事:「シューベルトの第7ピアノソナタ初稿は、ほの暗いロマン性が渋く、シューベルトが出版を企て、友人たちも喜んで演奏に挑戦しようとした野心作であった。」
[PR]
by franz310 | 2010-06-13 12:41 | シューベルト

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その229

b0083728_22492937.jpg個人的体験:
リヒテルのロンドン・ライブ、
プロデューサーは、
ミッシャ・ドナートという人だったが、
この人はBBC放送の
要職についていたばかりか、
英国でシューベルトの解説をする時、
よく登場するようである。
内田光子のフィリップス盤でも、
今回のシフのデッカ盤でも、
英文解説はこの人が担当している。


1817年に、20歳のシューベルトが書いた、
6曲のピアノソナタの中で、
私として、一番安心して聴けるのは、
あまりにも冒険的な第9番や、
個性的な第6、第8よりも、
第7番変ホ長調ということになるが、
どうも、ある方面の意見には近いようである。

このドナートの解説でも、
「初期作品の中にあって、最も新鮮で、
深くヴィーン的なものの一つだったので、
出版時、当然のように、すぐに人気を博した」
などという表現が出て来るからである。

とはいえ、このように、
この第7ソナタを表現した人は、
あまりいないのではないか。

このCDも、また、
この曲のみをクローズアップしたものではない。

「全集」の一環であって、
演奏しているシフ自身、
シューベルトのソナタの中で、
特に、この曲に愛着があるかどうか不明である。

聴きようによっては、こわごわ弾いているようにも見える。

とはいうものの、流麗で丁寧な、
彼のスタイルには合っているような気はする。

このシリーズのCDの表紙は、
シフが座っていたり、
ピアノの前に向かっている写真だが、
この第4集は、演奏中のもの。
背景がグレーで、切り抜き写真みたいなのと、
上1/3が、塗りつぶしでタイトルが書かれている点が、
独特のデザインである。

私は、あまり良いデザインとは思っていない。
Paul Rolloという人が、
アートディレクションと書かれている。

このシューベルトのピアノソナタ全集は、
本間ひろむという人が書いた、
平凡社新書「ピアニストの名盤」によると、
シフの、「満を持して」の録音で、
「スタインウェイの音の輝きを捨てて」、
ヴィーンのピアノ、ベーゼンドルファーを利用し、
「シューベルトの精神を表現しようと試みた」
とある。

この著書で、シフの録音は、
「詩的なアプローチと構成力で他者を圧倒している」
と紹介されているが、
確かに、非常にデリケートな音色で、
優しくソフトに描かれたシューベルトである。
しかし、「圧倒」する類の演奏ではあるまい。

ということで、中庸の美を持っており、
それでいて、極めてシューベルト的なこのソナタは、
シフが弾くと説得力を持つような気がする。

一緒に収録されている第19番ハ短調も、
一般に、最もベートーヴェン的とされるソナタなので、
是非、マイルドなシフの演奏で聴きたいものだ。
これをがんがん弾かれると、
ちょっとシューベルトでなくなってしまう。

シフでは、EMCレーベルで、
「さすらい人幻想曲」があって、
私は、先にそれを聴いていたが、
ウゴルスキなどに、
ぼろくそにけなされたあの曲が、
かなり清新なイメージに生まれ変わっていて、
非常に好感が持てた。

しかし、こうしたアプローチだと、
初期の実験的な、いくぶん攻撃的とも思える作品は、
はたしてうまく行くのだろうか。

なお、シフのシューベルトは、
かつて日本でも連続演奏会があって、
かなりの好評を博したそうである。

渡辺和彦という人が書いた、
「クラシック極上ノート」という本でも、
「1998年11月に
東京オペラシティ・コンサートホールで
連続して行われたアンドラーシュ・シフによる
シューベルトのピアノ・ソナタ演奏会は
じつによかった」と書き出される一文があって、
「日本でのシューベルト演奏の金字塔」とまで、
賞揚されている。

ちなみにCDは、1992年11月、
ヴィーンのムジークフェライン、
ブラームスザールでの録音とある。

私は、同時期のものと思っていたが、
きっかり6年もの差異がある。
この間、ずっと同じ気持ちで、
シューベルトに向き合っていたのだろうか。

少なくとも私の中では、
1992年と1998年では、
20世紀と21世紀ほどの差異がある。
日本が失われた20年に入る前と後のような感じ。

日本での演奏はさらに進化したものだった可能性もある。
録音時のシフは、30代の最後にあって、
来日時のシフは四捨五入で50代になる。

さて、録音年代への感傷や、
シフの変化の類推はともかくとして、
この録音時の、シフのシューベルトに対するアプローチは、
自身の言葉で、
「シューベルトのピアノソナタを弾くということ」
というタイトルで、海外盤には明記されていて、
これは、この演奏から聞き取れる
シフという人の印象と、ぴったりと重なるものだ。

ただし、少なくとも、私が持っている、
他の曲の日本盤には、この言葉は紹介されていない。

「フランツ・シューベルトのピアノソナタは、
疑うべくもなく、この楽器でこれまで書かれた作品の中で、
最も崇高なものに含まれる。」

このような文章を書くピアニストが弾くシューベルトは、
どうしても傾聴しなくてはなるまい。
「さすらい人幻想曲」は、聴衆に受けるから弾いただけ、
などと公言するピアニストとは正反対である。

「シュナーベル、エルドマン、ケンプ、ブレンデルといった、
偉大な賛美者や開拓者の並々ならぬ努力にも関わらず、
D664やD960のような二・三の作品を離れると、
それらはなおも比較的未知なもので、過小評価されている。」

1992年12月30日の日付を持つこの文章から、
20年近くの歳月が過ぎ、
状況はかなり変わっているだろうが、
初期のソナタについては、
まだまだという気がしている。

「ベートーヴェンの32曲のソナタは、
すでに『新約聖書』とされて久しく、
それらは堂々とした論理的な作品群を形成している。
シューベルトにはこうした論理的な流れはないので、
シューベルトが書いたすべてのソナタ楽章を、
今回の録音に含めることはしなかった。」

無理矢理完成させて録音する、バドゥラ=スコダや、
切れ端のまま録音するリヒテルとは、
これまた異なるアプローチだということだろう。

「完成された作品群に加え、
いくつかの未完成作品をシューベルトは残した。
D840のハ長調ソナタの場合など、
完成された楽章に、断章が続いている。
また、D571のように、
どの楽章も完成していないものもある。
さらにはD625やD505のように、
音楽学者が、いくつかの楽章が、
あるソナタの一部だと唱えるものもあるが、
その示唆が正しいかを知るすべはない。
これは、これらの作品の演奏家が、
並々ならぬ研究を行い、大きな音楽的結論と、
向き合う必要があることを意味する。
何よりもまず、
それが短かろうが、未完成だろうが、
存在意義があり、学者の要望に応じた、
すべての断章やスケッチや初期稿を含む、
全作品のクリティカル・エディションとは、
コンサートやレコーディングは異なるものである。
この録音では、完成された楽章のみを含むようにした。
ただ、二つの特筆すべき例外を残して。
それは、D571とD625の第1楽章である。
素晴らしい音楽的クオリティを持つ、
これら二つの断章は、完成されなかったのは、
大きな損失であった。
(D625の最終楽章は、シューベルトのスケッチの
ソプラノラインから再構成は容易である。)
多くの音楽家たちが、これらの断片を完成させようと、
様々な試みを行っていて、あるものは成果をあげている。
これらの完成版を演奏するかどうかは、
単に嗜好の問題である。
このような天才の作品に手を触れるというのは、
恐るべき勇気や無謀さを要するが、
それは本当に必要なことなのだろうか。
シューベルトが若い時代に、
いかに形式と格闘していたかを見るのは、
興味本位のものではあるまいか。
また、D840のアンダンテの後、
『未完成交響曲』と同様、
どう語れと言うのだろう。」

このように、
シューベルトが完成した作品以外は、
なるべく見ないとうにしながら、
結局は、第8番嬰ヘ短調D571と、
第11番ヘ短調D625については、
その魅力に抗しきれず、録音してしまった、
という点も好感が持てる。

「シューベルトの手稿は、
アクセントとデクレッシェンドの指示が、
判読困難である。
彼の手稿やスケッチ、
またはそのファクシミリを研究するのに、
これは最も重要なポイントである。
それらが入手できない時には、
現在、ヘンレ版が最も優れたものである。
無数の間違いのある、
いくつかの非常に悪い版があるが、
これらは使うべきではない。」

自然体のシフであるが、
徹底的にこだわったのが、
おそらくこの点であろう。

アクセントが比較的丸いシフの演奏は、
このような知識による、アクセント恐怖症のような感じで、
それゆえに「さすらい人幻想曲」など、
灰汁の強い音楽も、すっきりと聴くことが出来たのであろう。

「リピートの問題は吟味されるべきで、
ここでは一度だけ行っているが、
杓子定規なものではない。
我々は初演の場所や時に身を置くべきで、
提示部が反復される場合、
聴衆に楽章の主題を
知らせる機会を与えることとなる。
ハイドンやモーツァルトの場合と違って、
シューベルトは、
めったに展開部や再現部を繰り返さない。
最後の二大ソナタの第1楽章は、
展開部の最初の終わりに、
いくつかの非常に独創的で重要な小節を含むが、
これらの省略は四肢の切断のようなものである。
シューベルトを信頼しようではないか。
その作品は一秒たりとも長すぎず、また、
ある種の人々の我慢できる時間はあまりに短い。」

ブレンデルなど、短縮版愛好家に愛する批判であろうか。
また、下記のような言葉は、スコダをはじめ、
シュタイアーやタンなど、
古楽の大家をどう捉えた言葉なのだろうか。

「シューベルトのピアノソナタは幸いにも、
まだ、グラーフのフォルテピアノを演奏する
専門家によって発見されていない。
彼の音楽は最も音色に敏感で、
特に、柔らかく、
柔らかすぎるほどのダイナミクスを有する。
彼はまた典型的なヴィーンの音楽家で、
これが、この録音の楽器として、
ベーゼンドルファー・インペリアルが
選ばれた理由である。
現在、多くの聴衆と批評家が、
スタインウェイの響きに慣れている。
恐らく、レンジの上では、
聞き慣れたスタインウェイほど優れてなくとも、
別の音色の価値があることを考える価値がある。
ト長調ソナタD894の開始部に見るように、
シューベルトの音楽はそうした音色に満ちている。
これらの素晴らしい作品にアプローチするのには、
無数の方法があるが、私がここで行ったことは、
一人の演奏家として試みた事にすぎない。
もっともっと沢山の人が、
シューベルトが、最高の歌曲作曲家というだけではなく、
誰にも負けないピアノソナタを書いたということを、
知るようになればと願う。」

まるで宣誓書のような、
理想主義に燃えたプリンスを思わせる言葉で、
音色や表情に対し、
きわめて清潔に向き合った演奏と言えよう。

この後、冒頭に書いた、
イギリスのシューベルトおたく、
ミッシャ・ドナートの解説による、
各曲の解説が続く。

ブックレットでは、ハ短調が最初に解説されているが、
ここでは収録順に従って、
第7番変ホ長調D568から訳出してみよう。

「変ホ長調のソナタ、D568は、
1817年にシューベルトが作曲した、
数曲のソナタの一つである。
この年は彼がピアノソナタの実験に目覚めた年で、
いくつかの作品は未完成の状態のまま放置され、
シューベルトはロ長調、嬰ヘ短調、変ニ長調といった、
通常使われない調性の探索を、
楽しんでいるかのようである。
ここに収録されたより有名な作品の原型が、
この変ニ長調であって、
シューベルトは明らかに、元の調性が、
出版時の障害になりうると考えたようで、
このソナタをより易しい変ホ長調に移調した。
それにもかかわらず、このソナタは、
彼の死後3年するまで現れなかったが、
これら初期作品の中にあって、
最も新鮮で深くヴィーン的なものの一つだったので、
その時は、当然のように、すぐに人気を博した。」

冒頭に紹介した部分だが、
実は、私には、この一節は、
非常に不思議な感じがする。
シュナーベルもブレンデルも、
このソナタを録音していないからである。

もっと言うと、私がこのソナタに惹かれる理由を、
えらく簡単に書いてくれたなあ、
という気もしている。

「オリジナルバージョンについて言えば、
1890年代に、
最初のシューベルト全集が準備されるまで、
日の目を見ることはなかった。
編集者の一人だったブラームスは、
嬰ハ短調という暗い調性である緩徐楽章ゆえに、
明らかに変ニ長調ソナタの発見を喜んでいた。
その作品の変ホ長調版の出現は、
しかし、オリジナルからの単なる転調では全くなく、
この改変を、全体の改訂の機会とした。
そのまま残されたのはアンダンテだけであって、
もともと、トニックマイナーを、
維持しようとしていたのにも関わらず、
シューベルトはそれを放棄して、
もっと悲劇的なト短調を採用した。」

ここでアンダンテと書かれているのは、
第2楽章のことである。
確かにト短調と言えば、
モーツァルトの必殺技みたいな、
悲劇的調性であった。

しかし、このもの思いにふけるような楽章は、
モーツァルトの作品のような、
強烈な悲劇性を振りまくものではない。

「(奇妙なことに、彼はニ短調という離れた調性で、
最初にこの作品をスケッチした際、
その楽想を書き留めるのに、
ベートーヴェンの初期の歌曲、
『君を愛す』の自筆譜を使ってしまった。
彼はさらに、それを二つに破って、
友人のアンゼルム・ヒュッテンブレンナーにプレゼントし、
ベートーヴェンの手稿をもっと台無しにした。)」

昔、「三巨匠自筆譜」だか何だかという記述を
「シューベルト友人たちの回想」で読んだ事がある。
それはベートーヴェンの楽譜に、
シューベルトが書き込んだものを、
ブラームスが持っていたというものだったと思うが、
これだっただろうか。

改めてドイッチュの「回想」をひもとくと、
「シューベルトはベートーヴェンの自筆譜の裏面に
ソナタの楽章を書き付け、また音楽の初歩の生徒の練習用紙として
これを濫用した」と解説にある。

ここで書き付けられたソナタが、
どうやら、最終的に変ホ長調ソナタになった模様。

「シューベルトは、第1楽章の改訂に際し、
提示部の終わりから展開部への入りの部分をスムースにして、
再現部の最初のメインテーマに装飾を施した。
また、もともとあった不意のフォルテッシモの和音を外して、
この楽章の終わりをデリケートにしたりした。
終楽章では第2主題の視界を広げ、
リラックスした要素を導くことによって、
展開部の開始部を完全に書き直している。
オリジナルの終曲は未完成だが、
シューベルトは的確に最後の17小節を書き加えた。
シューベルトはいつも4楽章のソナタを書こうとしていたのに、
オリジナルは明らかに3楽章構成である。
2曲のスケルツォ(D593)が、
1817年のピアノ曲に含まれるが、
二曲目が変ニ長調である。
この曲の変イ長調のトリオは、
ソナタD568のメヌエットのトリオと同じもので、
変イ長調は、変ホ長調の作品の文脈に、
ぴったりのものの一つだったので、
シューベルトは移調をせずにすんだ。
従って、メヌエット部分のみを、
新たに作曲すれば済んだのである。」

何だか分からない解説で、
D568の解説ではなく、
初稿のD567の解説を読んでいるような感じ。
肝心の変ホ長調は、いったいどこがヴィーンなのだ、
と問い詰めたくなった。

シフの演奏は、第1楽章冒頭から、
たっぷりとしたテンポで丁寧に歌うもの。

この楽章、晴朗で魅力的な楽想が次々に現れるが、
ひとつひとつに思いを込めており、
提示部の繰り返しも行って、
10分近い大曲にしている。

第2楽章も、とても感情を込めていながら、
何故か、それほど陰影が濃くない。

第3楽章もトリオも含め、
最小限の味付けという感じ。
ソフトフォーカスで、
かすんで見える風景のようだ。
ピアノがベーゼンドルファーというのは、
何か関係あるのだろうか。

第4楽章も、鮮やかな色彩に彩られ、
きらきらと輝いて美しい。
この楽章特有のさすらい感も、
劇的な展開も欠けていないが、
のどかな春の陽光が支配的である。

全体的に、よどみなく流れて清潔な感じ。
ピアノの美感を最大限活かしている。
ただし、味付けは非常にヘルシーで淡泊、
菜食主義のシューベルトと言える。

アクセント恐怖症と書いたゆえんであるが、
まったく嫌味のない音楽で、
いくらでも聴いていたい感じがする。

安心して身を委ねられるが、
しかし、どの曲も同じに聞こえてしまうのが
最大の難点のような気がする。

以下は、傑作、名作、第19番ハ短調の解説。

「1828年9月、
彼の死の何週間かまえ、
シューベルトは、大規模な
三曲からなるピアノソナタシリーズを完成させた。
これらはシューベルトがベートーヴェンの死後書いた、
唯一のピアノソナタ集であり、
遂に、自身の土俵で、
偉大な作曲家の挑戦することが出来るようになったと
彼が感じたという印象がぬぐい去れない。
これら3曲のそれぞれは、
明らかにベートーヴェンのオマージュであり、
最初のものは、最もベートーヴェン的な、
ドラマティックな調性をとり、
最初の主題は、明らかに、
そのハ短調の『32の変奏曲』を想起させる。
それだけでなく、
終楽章のリズム進行は、
ベートーヴェンの作品31の3の、
終楽章のタランテラの木霊である。
この作品31のソナタ集は、
シューベルトの第2作イ長調にも影を落とし、
その終曲は愛情を込めて、
ベートーヴェンのその曲集の最初の曲の、
ロンドの後をなぞっている。
シューベルトのソナタ変ロ長調D960に関しては、
その終曲のロンドは、
ベートーヴェンの最後の作品、
大フーガの代わりに作曲した、
作品130の変ロ長調弦楽四重奏曲の新しい終楽章を、
同じ調性のアウトラインを辿っている。
これまで、シューベルトの最後のソナタ群は、
興奮状態のうちに数週間で書かれたと言われて来たが、
全3作の細かいスケッチの発見によって、
彼がこの作品に断続的に、
数ヶ月間取り組んでいたことが分かった。
それはともあれ、
これら3作の到達した芸術的高みは、
どのように見ても、
1788年夏の6週間の短期間で、
交響曲作家としての締めくくりをした
モーツァルトの3作と同様の奇跡である。」

さすがドナートの解説。
いろいろ教えられることがある。
この3曲は、ベートーヴェンの死を契機に、
その衣鉢を継ぐ後継者が、
所信表明するような作品集だったわけだ。

しかし、ベートーヴェンの最後の弦楽四重奏曲も、
シューベルトはしっかり知っていたのだなあ、
などと感慨に耽ってしまった。

「ハ短調ソナタは、これまでシューベルトが書いた、
最も密度の高い、劇的な鍵盤の動きで始まる。
その最初のステージの力強さは、
霊感に満ちた聖歌風の開始テーマによる、
第2主題群によって相殺される。
後者の着想は、
振動して、鳴り響く終結主題だけでなく、
展開部の大部分を占める、
ピアニッシモが続くパッセージの萌芽を導く、
半音のインターバルである。
展開部は、半音階の神秘的な連鎖で最高潮に達するが、
この時、その下では、主要主題のリズムが、
低いバスに単音で現れる。
完全にベートーヴェン的な緊張の瞬間である。」

完全に脳みそがぐるぐるしそうな解説で、
こう書かないと、音楽は言葉にならないのだろうか。
確かに、書かれているような事は起こるようだが、
「半音のインターバル」が、第2主題群の根本かは分からない。

シフの強みは、この手の押しの強い音楽を、
押しつけがましくなく、聴かせる点であろう。

「緩徐楽章全編にもベートーヴェンの影響は色濃く、
これは、シューベルトの成熟したソナタでは、
唯一のアダージョ楽章である。
ここで、特に、ベートーヴェン風に、
16分音符の揺れる三連符の伴奏の上に展開される
主要主題の繰り返しに、
『悲愴ソナタ』のアダージョの
木霊を聴く人もいるだろう。
(シューベルトの場合、より興奮した、
先立つエピソードのリズムが伴奏に継続する。)
シューベルトの最後の主題回帰では、
スタッカートの伴奏の上を
メロディがなめらかに流れ、
ベートーヴェン好みのテクスチャが現れる。」

この解説はまったくもって同感である。
シフも美しく深い歌を聴かせてくれる。

「終楽章の急速なパルスを見ると、
イ長調や変ロ長調のソナタのスケルツォとは異なり、
第3楽章は、明らかにメヌエットである。
シューベルトの暫定稿では、
最終稿のよりピアニスティックな伴奏音型とは異なり、
開始メロディは和音の連続でなっていた。
メヌエットの後半は暫定稿に近づき、
開始主題の回帰に備え、
左手にはオリジナルの和音が保持されるが、
息を吸い込んで欠伸するかのような
突然の静寂がメロディを中断するのは、
後からのアイデアである。」

このようにスケッチから、どのような修正を経たか、
などという解説は珍しい。
さすがドナートさんという感じか、
あるいは、それがどうした、
という感じを受ける人もいるだろう。

要約すると、無骨に発想されたものが、
彫琢を経て、洗練された、と読み取るべきであろうか。
これだけ、よく考えられたソナタですよ、
と言いたいのかもしれない。

シフの演奏は、このいらだたしい楽想の楽章を、
ヒステリックでなく表現して聞きやすい。

「終曲は、幅広い音階で作られ、
その材料は、基本的にロンド風だが、
展開部のエピソードの前に
主要主題の回帰がなく、ソナタ形式的になる。
展開部は、楽章全体に行き渡るギャロップのリズムが
しばらく休止すると共に、
短調から長調へとまず立ち上がる主要主題が変容し、
憧れに満ちたロ長調の幅広いメロディで始まるが、
第2部は嬰ハ短調で閉じられ、
シューベルトの半音で隣接した調性の使用が、
めざましい効果を上げる。」

これまた、無理矢理音楽を言葉にした、
涙ぐましい解説で、よく分からなくて涙が出た。
曲のスケッチを語られるより手強い。
お互いに涙が出る解説というものは、
いったいどうしたものだろうか。

シフは、素晴らしいリズム感で、
白馬に乗った王子のごとく
さっそうと駆け抜ける。
ここでは、時に、アクセントを強調し、
ベーゼンドルファーの、
多少くすんだ歪みを響かせて効果的である。
さすが、この曲ともなると、
かなりデーモニッシュになっている。

得られた事:「1817年の変ホ長調のソナタは、初期のソナタの中では比較的早く出版され、人気もあった。」
「3巨匠自筆譜について、いきさつが分かった。」
[PR]
by franz310 | 2010-06-05 22:49 | シューベルト

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その228

b0083728_20481866.jpg個人的体験:
リヒテルは、1979年の
シューベルト・リサイタルでは、
前回のピアノソナタ3曲や、
「楽興の時」の他、
ソナタ14番もまた、
演目に加えていた。
同年の「東京ライブ」は、
9番と11番が表裏のLP、
13番と14番が表裏のLPで紹介されたが、
ロンドンでの演奏も全てCDになっていた。


しかし、私なら、前回の「13番」のソナタで息を呑んだ後、
さらに「14番」のような凝集された作品を、
聴くのに戸惑いを感じた事であろう。

前のCDが、限界を行く78分の収録時間で、
このソナタ14番が25分、休憩も入れると、
おそらく二時間を超すコンサートだったことが分かる。

リヒテルというと晩年、小品ばかり弾いていた印象があるが、
当時はまだ64歳で、勢いもあったものと思われる。

レコード芸術は、先のLPを両方特選にしたが、
初期作品については、
作品はともかく、演奏が良い、
という気配濃厚だったのに対し、
「特に14番は傑出している」、
「深く生きることの重みを語っている」と、
13番、14番については、
ほとんど激賞状態。

今回のものも、続いて聴かないわけには行かない感じである。

もともと、私は、この14番のソナタイ短調は、
あまりにも個人的色彩が強いものと感じ、
妙に生々しいものをぶつけられて来る感じに、
いささか抵抗もあって、苦手に感じていた。

後期の大作を予見させつつも、
何故か3楽章しかないのも、
ちょっと、考えるところがあった。

あるいは、最初に聴いたレコードが良くなかったのかもしれない。
アシュケナージだったか、
ブレンデルだったか、
いずれにせよ、どちらも現在は、
あまり聴きたくない感じだ。

この作品、25分程度で短く、
あまり、シューベルトが好きではないピアニストなども、
プログラムに変化をつけるためだけのように、
利用することがよくあり、
そうした人々が手垢にまみれさせた感じがなくもない。

1987年の「レコード総目録」では、
「ソナタ16番」のレコードを出していたのが、
クラウス、ツェヒリン、
ハスキル、フィルクスニー、
ポリーニ、ルプーといった、
渋めの布陣に対し、
「14番」は、
ツェヒリン、中村紘子、
フィルクスニー、宮沢明子、
リヒテル、ワッツといった、
花のある陣容となっている。

この名前を見ると、
ショパンやリストの前座に、
このソナタを利用しそうな雰囲気がある。

この手のリサイタルでは、
シューベルトのソナタなど、
聴いたことがない人たちが多数参集して、
休憩時間以外は、
寝ているイメージがある。。

それにしても、前回のリヒテルのCD、
同じBBCレジェンド・レーベルのものが
98年のものだったのに対し、
今回のものは、デザインも似ていて、
連続して出されたもののような印象を受ける割には、
2007年の印が付いている。

20bit DIGITALLYという記載もあり、
世紀が代わって、新技術でのマスタリング利用、
という感じが強調されている。

ただし、朗らかな前回のリヒテルの写真に対し、
今回は、集中する演奏風景になっている他、
中のブックレットの添付写真が、
まったくなくなっているなど、
実は、細かいリストラが進行している。
前回は4枚の白黒写真が掲載されていて、
いかにもレジェンドにふさわしいものだった。

前回のものが、「IMG Artists」という組織が
からんでいたのに対し、
今回のものは、「Medici Arts」となっている。

とにかく、経営権の変更と共に、何らかの意志決定が代わり、
当然、収益重視の方向に舵を切ったものと思われる。

こうした効率重視の方策と、
関係があるかどうかは不明だが、
中の解説も、前回のものの流用部分が多いのが気になる。

しかし、ところどころ、微調整がかかっている。
Souzaさんが、
「Fascinated and Fascinating」という、
抽象的な題名で書いているが、
演奏会当日のFascinated具合を、
思い出させる内容は完全に削除。

「20世紀の最も個性的なピアニストの一人、
スビャトスラフ・リヒテルは、1915年に生まれ、
作曲家でオルガン奏者であった父親が、
最初の音楽手ほどきをした以外は、
事実上、独学であった。
15歳にして、オデッサオペラの練習ピアニストになって、
3年後、主席指揮者の補助となった。
1937年、モスクワ音楽院の
有名なハインリヒ・ネイガウスのクラスに入るまで、
すでに音楽的人格を形成しており、
実践的音楽家としての経験を積んでいた。
入学試験もなしに、教えることはない、
と言いながらも、ネイガウスは入学を許し、
『最後の時までリヒテルから学ぶだろう』と言った。」

このあたりは、前回と変わっていないが、
この後も、カットアンドペーストしたくなる内容が続く。

「リヒテルは1960年まで西側に現れなかったが、
すぐに聴衆の愛顧を得た。
彼の登場は非常に待ち望まれていて、
この実況のBBC放送の録音からも知ることが出来る。」

前回、読み飛ばしてしたが、ライブ放送とあるから、
この演奏会の様子は、放送で多くの人が聴いたのだろう。
カセットに録音した人もいたかもしれない。

「リヒテルはシュナーベル後、
恐らく最初のシューベルト弾きで、
ソナタを包括的に取り上げた。」

確かに、シュナーベルは、
多くのシューベルト録音が残しているが、
もっぱら後期の大作群であり、
リヒテルのように1817年のソナタを、
取り上げたことがあったのだろうか。

「19世紀と20世紀の大部分、
シューベルトは、一般に器楽の作曲家としては、
何となく未完成、
ピアニストとしてはそこそこで、
最後の偉大な作品群での高みを完全に掴む前に亡くなり、
それは、形式的には修行中で絵画的で叙情的ではあるが、
『若書きの作曲家』と思われ、
それゆえに、ハイドンやベートーヴェンのような、
彼の神々の隙のない主題展開には未熟だと思われていた。」

このあたりも前回と同様であるが、
憎いことに、ここから、さりげなく、
イ短調ソナタの話になだれ込んでいく。

「リヒテルのシューベルトを聴くと、
次の瞬間、『至言』だが、これらの批判が、
覆されていく。
1823年、このイ短調ソナタが作曲された年に、
診断された不治の病によって、
若くして老成してしまった作曲家が体験した、
苦さ、孤独、苦痛といったレイヤーにまで、
リヒテルの解釈は浸透していく。」

前回、1823年のソナタは収録されていなかったのに、
この作曲家の苦みや苦しみや孤独に、
この解説者は触れていたではないか。
前回の作品から、シューベルトの孤独を聞き取ったのは、
間違いだったのだろうか。
シューベルトの孤独は、病気だけが原因だったのか。

姑息な手段の手抜きである。

とにかく、この14番、イ短調ソナタは、
病気の診断ゆえに、
苦く、寂しく、痛々しいということだろう。

青柳いづみこ著、
「ピアニストが見たピアニスト」には、
今回取り上げたリヒテルが、冒頭から登場している。

この著者は、欧米のピアニストは、
リヒテルのようなピアニストになりたいというが、
それには、高校の年齢まで正規教育を受けず、
いきなり練習ピアニストになって、
という経験をしなければならない、
などというロジックを展開しているが、
それにあやかれば、シューベルトのような作品を書くには、
若くして不治の病に罹患しなければならない。

トーマス・マンの「ファウスト博士」は、
そんな内容だったかな。

「これは明らかにシューベルトの残したもので、
最高のものの一つで、
ムードの上では、荒涼として寒く、不屈のもので、
完全に独創的なものである。
むき出しの和音の書法は、
生の実感の耐え難さよりも、
むしろ、感情の骨格をさらけ出している。」

「むしろ」、というのは、どういうことか分からないが、
多くの人は、このソナタに、
実在の耐え難さを聞き取るのだろうか。

しかし、私は、露骨な感情のむき出しなどより、
むしろ、実在の耐え難さを聞き取りたいのだが。
この筆者は何を言いたいのだろうか。
あるいは訳出を誤ったかもしれない。

ひょっとしたら、こんなところが、
私がこの曲を敬遠するゆえんかもしれない。

しかし、解説者が「最高のもの」と書いていることは嬉しい。
多くの解説者は、好きでもない作品を解説する。
まずは適任だと言える。

「流れ出すトレモロはひょっとすると、
これはもう一つの『未完成交響曲』ではないかと思わせる。
ピアニストは、他の作品以上に、
荒涼たる光景を、
オーケストレーションする必要がある。
リヒテルのオーケストラ的アプローチは、
練習ピアニスト時代や、
ヴァーグナーの『リング』のヴォーカル・スコアを研究した、
その幼少時を思わせ、強い特徴の一つとなっている。
シューベルトのごつごつしたスコアから、
時として恐ろしい力を持って、
ダイナミックスが形成される。」

リヒテルはEMIから13番のソナタを出していたし、
15番「レリーク」はフィリップスから、
16番、17番はメロディアから出していたので、
14番も、おそらく射程内にあったと思うが、
この曲は、何やらデーモニッシュなものの表出を得意とする
リヒテルの力を借りずにも十分に不気味な音楽である。

今回の演奏を聴いて、リヒテルゆえに、
それが倍加したとも思えない。

「不気味」という言葉で片付けず、
シューベルトの叫びを聞け、ということだろうか。
あるいは、ここにあるように、
交響的な効果を味わえ、という事か?

確かに、「未完成交響曲」自体、
この曲の第1楽章と同様、激しい部分と、
癒されるようなメロディの交錯で出来ている音楽なので、
これが交響曲であってもおかしくはない。
この曲は1823年の2月、「未完成交響曲」は、
前年の秋の作品である。

これが冬の音楽だとして、
「未完成」には秋の突き抜ける青空があるのは、
季節は関係ないだろうか。

「単純な歌曲のような第2楽章は、
不満げな音型が平穏を擾乱するとはいえ、
この楽章はつかの間の休憩を提供しようとしている。」

つまり、激烈な両端楽章の間の小休止ということだが、
リヒテルの演奏は、13番と同様、
この楽章でその個性を全開にしている。
非常にゆっくりとしたテンポで、
噛みしめるように一瞬を味わい、
苦渋の足取りにも見える。

不満げな音型というより、
私には、急に何かこみ上げて来た音型と思える。
何だか切迫した感情である。
こうした表現はリヒテルに合っている。

また、第1楽章での解説も、
この楽章に応用したいところだ。
リヒテルは、このシンプルな音楽にちりばめられた、
様々なピアノの響きに、多彩な色彩を当てはめている。

私は、この楽章は好きである。

「打ち寄せる三連符や、
対照的な動きのアルペッジョ、
そして怒りに満ちた耳障りな和音に満ちた、
終曲の悲劇的な突進の前に、
短い間奏曲を設けている。」

これは、主題は第2楽章なのに、
その形容詞ゆえに第3楽章を主とした解説。

「多くのピアニストはテンポを誤り、
三連符のダブルオクターブゆえに、
最後にテンポを落とすが、
リヒテルにとって、技術的な問題は皆無で、
全体のスキームをみごとに完成させる。」

終楽章の第1主題部と経過句の部分、
あまりシューベルトの音楽には、
類例を見ない凝った作りである。

この部分の木枯らしの表現も、
何やらが砕け散るアルペッジョも、
リヒテルは魔法のように、
色彩の魔術を使い尽くしている。

コーダでは、猛然と衝動が起こり、
それを強烈な意志で弾き通し、
どすんとした和音で締めくくる。
すごい歓声が上がっている。

おそらく実演では興奮するであろう、

先に挙げた、「ピアニストが見たピアニスト」では、
リヒテルの頭の中には強烈なイメージがひしめいていて、
彼は音楽の中に、そうしたものを見ないではいられないとある。
この曲の強烈な振幅は、恐らく、
リヒテルの頭に、かなり強烈なイメージを形成したことだろう。

次に、これまでリヒテルが弾いたとは知らなかった、
シューベルトの珍しい作品が併録されている。

1817年、ピアノソナタの年に書かれながら、
同様に初期作品として、あまり演奏に接する機会のない、
この親友の作った主題による変奏曲を、
リヒテルが愛情を込めて弾いてくれているのは、
シューベルト・ファンには、
何よりもの贈り物ではなかろうか。

1817年のピアノ作品は、こんな感じで書かれた。

3月 第4ソナタ
5月 第5ソナタ
6月 第6、第7ソナタ
7月 第8ソナタ
8月 第9ソナタD575、変奏曲D576。

つまり、この変奏曲は、
手近な材料を利用したものではあるが、
大規模なソナタを書くための習作などではなく、
ソナタ群を書き終わるか終わらないかの時点で、
ピアノ書法の集大成のように書かれたことが分かる。

改めて聴くと、非常にしっかりした作品で、
リヒテルのこのCD、各変奏ごとに、
トラックが入っていることも嬉しい。

(トラック多用でありがたい、
DENONレーベルの、
ダルベルトの演奏でもトラックはなく、
インデックスのみだ。)

「イ短調はシューベルトの好みの調性と見え、
D784は、この調性の3つのソナタの
2番目のものであったが、
1817年の『ヒュッテンブレンナー変奏曲』も、
この調性で書かれている。
アンゼルム・ヒュッテンブレンナーは、
シューベルトの最も親しい友人の一人で、
『未完成交響曲』の自筆譜を保管していた。
この曲の主題は、ヒュッテンブレンナーが、
1816年に作曲した最初の弦楽四重奏曲から来ていて、
ベートーヴェンの『第7交響曲』の緩徐楽章の余韻がある。
しかし、シューベルトはしかし、
老巨匠の交響的手法の模倣には陥らず、
いつものようにリヒテルが心を込め、
確信を持って探求しているように、
様々な性格の小品の集積として完成させている。」

解説にも、「心をこめ」とあるのでびっくりした。
各曲の微妙な色調を丁寧に描き分け、
しかも、一本、筋を通して、
終曲に向かって音楽が、
よどみなく流れていくのはさすがである。

先のダルベルトの演奏では、
さらさらと流れていくだけで、
全く各変奏ごとの思い入れが感じられない。

昨夜、日本の若手が、ピアノで表す、
曲のイメージがつかめなくて苦しむ様子を紹介した、
NHK番組があったが、
ダルベルトの演奏からは習作のデッサンしか見えず、
一方、リヒテルの描き出すイメージは、
鮮烈に完成された油彩である。

音楽之友社の「名曲解説ライブラリー」にも、
この曲は取り上げられていて、
()内のようなことが書かれている。
ざっくり、こんな感じの曲である。

Track4:(主題)
英雄的な葬送行進曲のような主題。
Track5:変奏1、(左手スタッカート)
左手の動きが特徴的で、急に陰影が増す。
Track6:変奏2、(華麗な装飾)
スカルラッティのような典雅さが魅力
Track7:変奏3、(16分休止符)
リズムが激しく、劇的に傾斜する。
Track8:変奏4、(装飾的旋律)
ぴちぴちとリスト的。
Track9:変奏5、(イ長調)
静かになって、明るい日向でもの思いに沈む感じ。
Track10:変奏6、(嬰へ短調)
さらに深く思う感じ。切ない感じもする。
Track11:変奏7、(イ短調)
再び激しくリズムを刻み、何かがこみ上げて来る感じ。
Track12:変奏8、(内声分散和音)
対位法的に繊細。真珠のような音色。
Track13:変奏9、(微妙ニュアンス)
シューベルト的な憧憬。夢見るような風情で微笑ましい。
Track14:変奏10、(下降分散和音)
激しく打ち鳴らされ、夢は完全に吹き飛ぶ。
Track15:変奏11、(対位法的)
失意の音楽、力もなくうなだれる感じ。
Track16:変奏12、(跳躍進行)
再び、仕方なく歩き出す感じ。
Track17:変奏13、(拡大されたフィナーレ楽章)
おしまいの音楽で、おちゃらけた感じ。
冗談音楽みたいである。
それを強烈なリズムがかき消そうとするが、
しぶとく生き残るパバゲーノみたいな感じ。
最後は、それを踏みつぶしておしまい。

このように、極めて変化に富む音楽で、
リヒテルの共感豊かな演奏で、音楽は見事に息づいている。
変奏曲というより、一幅の交響絵画になっている。

終曲で、ベートーヴェンやブラームスのように、
フーガでも始まれば、これは傑出した名品になったと思われる。
最後の変奏が、妙に軽いので印象を薄くしているが、
これはこれで、何らかの意図を感じさせる。

何やら、隠されたプログラムがあるのではないか。

この演奏は、ソナタとは異なり、
1969年のリサイタルのもののようだが、
シューベルトをテーマにしたわけでもないのに、
この曲を取り上げている点、さすがである。

また、10年後のものと比べ、
音質にそれほど差異はないのが嬉しい。
むしろ、マンチェスターの聴衆の方が、
ロンドンの聴衆より静かである。

また、同じ日から、さらに2曲が選ばれている。
シューマンの「幻想小曲集」と、
ドビュッシーの「映像第2集」から「葉末を渡る鐘の音」である。

ちなみに、この、マンチェスター自由貿易ホールでのリサイタルでは、
さらにラフマニノフが弾かれたようである。

さて、次のシューマンは、リヒテルの得意の演目である。
かなり期待が持てる。
最初の瞑想的な深い音色からして、すっと、
その世界に引き込まれてしまう。

「ベートーヴェンとシューベルトの精神は、
一緒になってシューマンのミューズとなった。
そして、リヒテルの激しくも静謐な演奏は、
彼をシューマンの理想的な解釈者としている。」

これはよく言われることだが、
このCDでも、これは痛感させられる。

「マンチェスターのリサイタルで、
『幻想小曲集』作品12の、
第4曲、第6曲を省略しているゆえに、
問題視する人もあろうが、
彼は残りの曲の核心に迫っている。
各曲の異なる性格ゆえに見えにくいが、
全体としてこの曲は、
への音を中心にその回りを戯れ、
緻密な調性で結ばれている。
この曲の2曲をリヒテルが弾かない理由は、
今や分からないが、荒々しさを交えつつ、
彼の夢見心地の叙情を欠くことがない。」

「幻想小曲集」は、以下の8曲からなるとされる。
1.夕べに
2.飛翔
3.なぜに
4.気まぐれ
5.夜に
6.寓話
7.夢のもつれ
8.歌の終わり

「気まぐれ」と「寓話」が省略されたようだが、
これは、リヒテルが昔、メロディアのLPで出していた時も、
同じ選曲だった。

これはモノラルの時代のもので、
「フモレスケ」作品20とのカップリングで、
私は、何度も聞き込んだものだ。

私は、先年、この曲の実演に接したが、
リヒテルが省略した曲も弾かれると、
いきなり道に迷った感じになって困ったものである。

つまり、リヒテルはこの曲が好きで、
演奏する時は、この選曲をしていたということであろう。
そういえば、グラモフォンからも、
リヒテルのシューマンはLPが出ていて、
これも同様の選曲になっていた。

第2曲も、交響的な色彩とダイナミックスで聴かせ、
第3曲の秘め事風情も愛くるしい。
次に第5曲「夜に」が来る。

以下、このCDの解説、以下の部分が、
今回、最も印象的であった。

「『夜に』を書き上げたところで、
シューマンは、これが、ヘロとレアンドロスの物語を、
語っていることに気づいた。
レアンドロスは、恋人の点す明かりを元に、
闇の中を泳いで通っていたが、
ある晩、それが吹き消されたために溺死する。
リヒテルの解釈も同じである。」

この黒い渦を巻く作品が、
何故に、「夜に」という題名なのかが、
ようやく分かった。
昔から、こんな解説があったのだろうか。
中間部の静けさは、灯台の明かりが消えて、
途方に暮れた感じであろうか。
後半、確かにめちゃくちゃになって、
無我夢中の感じがこの演奏からもよく出ている。

しかし、シューマンの言ったのは、
他の曲とは無関係であろう。
続いて、第6曲は省略され、第7曲「夢のもつれ」で、
錯綜した感じになって、
リヒテルもへべれけの一歩手前まで行ってるのは、
ギリシャ神話の引用では解明不能。

終曲(第8曲)は、壮大なクライマックスであるが、
最初は晴れやかな祭典のファンファーレが鳴り響き、
明るい情景が繰り広げられるのに、
何故か、シューベルトの変奏曲同様、
尻すぼみ傾向である。

「終曲『歌の終わり』では、シューマンは、
秘密の婚約者、クララにあてて、
『最後に、喜ばしい結婚に向かって全てが身を委ねるが、
やがて、悲しみが戻って来て、婚礼のベルと弔いの鐘が、
同時に鳴り響くのだ』と書いている。」

この解説は、先のリヒテルのLPにも出ていたと思う。
私は、「結婚は人生の墓場」ということかと思っていた。

しかし、今回、これを読むと、
幸福と不幸が切り離せない、
シューマンの悲劇的な人生を暗示しているようで、
もっと切実なもののように思えて来た。

シューベルトも、
「愛を歌おうとすると、愛は苦しみになった」
と書いている。

さて、最後はドビュッシーである。

「このドビュッシーのアンコールは、
CD未発売のもので、リヒテルの他の面を見せる」
とあるが、
LPでなら、出た可能性はあるのだろうか。

BBCの正規録音なので、放送されたであろうから、
海賊盤が出たとしてもおかしくはない。


「すべての作曲家に、彼は個人的なアプローチをするが、
ドビュッシーでは、鍵盤自身が、
魅惑の対象となって、優れた技巧が色彩を探求し、
多彩な糸を織り込んで行くようである。
それに対するリヒテルが幻惑され、まるで、
演奏時に作曲されて行くように見える。」

ここに、このCD解説のタイトルの理由が出てくる。
「魅惑されて魅了する」とは、
リヒテル自身がピアノの音色に幻惑された結果を聴いて、
聴衆が魅了されるということなのだろう。

私には、この数分の演奏から、そこまで聞き取る力はないが、
繊細な演奏で、耳をそばだたせるのは確か。
とても美しい。

とはいえ、今回のCD、
最大の聴きものは、私にとっては、
シューベルトの「ヒュッテンブレンナー変奏曲」であった。

これを書き終わったところで、
ふと、アインシュタインあたりが、
この曲について、どんな事を書いているだろうと思い、
白水社の本を開いてみると、
なんと、私が思った事に似たことが指摘されている。

曰く、
「和声的な奇跡に充ち満ちている」
「特に上げるべきは嬰ヘ短調の変奏である」
「残念ながら終結部には最後の強化が欠けている」。

得られた事:「1817年はソナタの年であるばかりか、ピアノのための変奏曲の年でもあった。」
[PR]
by franz310 | 2010-05-29 20:48 | シューベルト

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その227

b0083728_14523996.jpg個人的経験:
シューベルトの
ソナタ第9番ロ長調は、
リヒテルが録音するまで、
まったく私の視野外にあったものだ。
だが、どうやら、
この英国の歴史的ライブ録音を集めた、
「BBC LEGENDS」シリーズにある
リヒテルのCD解説を読むと、
これは極東特有の現象ではなかったことが
よく分かる。


このシリーズでは、さすが大英帝国のライブラリーから、
という感じで、夢のようなライブ録音が多数出ているが、
今回の1979年3月31日の、
ロイヤル・フェスティバル・ホールでの録音は、
それほど貴重ではないかもしれない。

何故ならリヒテルは、同じ年の2月、
ユーラシア大陸を横断した島国で、
同種のプログラムのリサイタルを行い、
ビクターがめざとくこれに目をつけ、
当時最新のディジタル録音で収録、
「ライブ・イン・東京」というレコードとして、
早々に発売してしまったからである。

前述のように、私が、この曲を意識したのも、
この貴重なビクターの仕事があったからこそである。
しかし、当然、こうしたレコードは高価ゆえ、
学生であった私がほいほい買えるものではなかった。

このレコードは評判もよく、
レコード芸術では特選盤となったが、
中を見ると、
「厳格さより親密さを志向しているが、
情におぼれない強さを持つ」とか、
「作品としての問題点を感じさせる以前に、
ある真実の表現をもった音楽として直接心に訴える」
など、
変な曲だけど、リヒテルだから許す、
みたいな乗りの評価を読むと、
あまり欲しくはならない。

ということで、
このリヒテルの弾くシューベルトの初期ソナタ、
知っていたが、聴いたことはない。

この頃になると、リヒテルは、
何だか教祖的存在になっていて、
変人ピアニストが、変な曲を集めてきたぞ、
といった印象の方が強かったような気もする。

私も、リヒテルの弾くシューベルトの、
例えば13番D664など、
古くから有名なレコードに、
何となく、重苦しい気分を感じ始めていた。

そして、「ます」の五重奏曲などでは、
私は完全にリヒテルに失望することとなった。
リヒテルは出来不出来が激しく、
スタジオ録音では生気を失ってしまうという話も出てきた。

さて、今回のこのCDだが、
ライブ録音なので、期待が持てる。

デザインはこのシリーズ特有の抽象的なものだが、
セピア調の写真が、
往年の大ピアニストを偲ぶ感じになっている。
しかも、この神経質な巨人が、
比較的温厚な表情を見せているのもうれしい。
1998年の発売のようで、
リヒテルの没後1年というタイミングである。

収録は9番、11番、13番のソナタに加え、
楽興の時から1曲が選ばれている。

解説は、まず、
20世紀を代表するピアニストだった、
このピアニストの生い立ちから、
この解説は始まっている。
Shris de Souzaという人が、やはり1998年に書いたものだ。

「スビャトスラフ・リヒテルは、
今や、20世紀最大のピアニスト
としての地位を確立している。
彼は同時に、
力強いと同時に特異な演奏スタイルにおいて、
最も個性的なピアニストであった。
リヒテルは1915年に生まれ、
作曲家でオルガン奏者であった父親が、
その最初の音楽の手ほどきをしたとはいえ、
彼はピアニストとしては独学であった。
わずか15歳でオデッサオペラの練習ピアニストになり、
3年後に主席指揮者のアシスタントとなった。
1937年、モスクワ音楽院にて、
高名なハインリヒ・ネイガウスの
ピアノ・クラスに入るまでに、
リヒテルは人格的にも成熟しており、
経験を積んだ実践的な音楽家になっていた。
1942年、プロコフィエフの第6ソナタを初演、
さらに後年、第7や、彼に捧げられた第9を初演、
オデッサ以降、彼が指揮をしたのは、
ロストロポーヴィッチが独奏を受け持った、
プロコフィエフの改訂された、
『交響協奏曲』の初演が最後であった。」

私にとっても、リヒテルは、
プロコフィエフのスペシャリストとして
早くからインプットされており、
モノラルではあったが、
これらソナタ7番、9番のLPは、
私が学生時代に安く出ていたので、
ロストロポーヴィチと共演した、
チェロ・ソナタなどと同様、
愛聴盤になっていた。

また、ピアノソナタ第6に関しては、
当初、リヒテルが了承していないLPが、
大手レーベルから出回って大問題になり、
CD時代には、リヒテルが承認したということで、
マイナーレーベルからライブ録音が出た。

プロコフィエフの伝記を読んで、
必ず出てくるのが、
この「交響協奏曲」初演のエピソードだが、
指揮はリヒテル、とあって、
混乱しそうになった。

瞑想的なピアニストと思えるリヒテルが、
かくも長大かつ複雑な作品を、
指揮している姿が想像できなかったのである。

が、オペラの練習ピアニストから、
指揮者のアシスタントをしていたとあるから、
そうした事も起こりえたということだろう。

「彼は1960年まで西側に現れなかったが、
たちまち聴衆に愛されるようになった。
その登場は実に待ち望まれたもので、
その雰囲気はこのBBC放送の録音からも感じることが出来よう。」

50年代の録音から、リヒテルの演奏は、
西側で広く知られているが、
これは機材を東側に運んで行われたものである。

「1979年、ロンドンのこの演奏の録音まで、
リヒテルは神秘的な存在であった。
この時のプロデューサー、
ミッシャ・ドナートによると、
このホールで決してリヒテルは練習しなかったので、
バランスチェックの際には、
他のピアニストが代役に立つ必要があった。
彼はコンサートにただ現れ、
演奏し、BBCのプロデューサーと、
一言も言葉を交わさず会場を去った。
恐らく、これらの作品を、
このような深く集中して演奏するためには、
どうでも良いことだったのだろう。
同様に、ドナートと録音技師もまた、
こうしたクオリティーで、
多くの商業録音が捉え損ねた、
リヒテルの演奏を忠実に捉えたことに対し、
称賛を受けるに値するだろう。」

私は、これを読んで驚愕した。
ミッシャ・ドナートは、
前回、内田光子のシューベルトのCDの、
英文解説を書いていた人である。

あの解説を読む限り、ドナートは、
かなりのシューベルト通であるから、
このリヒテルの録音を担当した時には、
ものすごく興奮していたに相違ない。

「リヒテルは、シュナーベル以降、
シューベルトのソナタをまじめに取り上げた、
最初の偉大なピアニストの一人であった。」

という風に、私が冒頭に書いた、
リヒテルこそが、シューベルトの重要紹介者、
という説が展開されている。

先のプロコフィエフのLPを買った頃、
私は、リヒテルの弾く「変ロ長調D966」のLPも購入し、
こちらは廉価盤ではないので、
かなりの勇気を必要としたが、
聴いて驚いた衝撃は、プロコフィエフの比ではなかった。

プロコフィエフの演奏もすさまじいものだったが、
このシューベルトは、恐ろしいものを見た感じであった。
リヒテルは、非常に音楽に妄想する音楽家であったらしく、
様々な黒々としたもの、
あるいは、喪失感のようなものが暴き出されて、
それが聞き手の前に披露されていくのである。

「19世紀の大部分と20世紀の最初の半分は、
シューベルトは、最後のいくつかの
偉大な作品で到達したものを、
完全に利用する前に亡くなった、
いわゆる未完成の
器楽曲作曲家と見なされていて、
その音楽は若書きにすぎず、
形式的に未熟で、絵のようで、とにかく叙情的
と考えられていた。
しかし、シューベルトのソナタを一見するだけで、
喜ばしい音の繁茂の下に隠れた、
強固な構成、
キーポイントが見事な転調によって、
強調された神秘的な和声の支配力が明らかになる。」

これでは、初期のシューベルトの作品が、
思ったよりいいじゃん、というレベルで終わってしまうが、
おそらく、リヒテルは、
それを単に紹介したかっただけではあるまい。

第4や第7など、完成したソナタを押しのけて、
未完成の「11番ヘ短調」にこだわっているのも、
大変、気になる点である。

「若者が書いた音楽という点では、
そうかもしれないが、
それ自体が悲劇である。
彼は若く、若くして死んだ。
モーツァルトのように。
しかし、そうした感傷に耽っていたら、
我々はその音楽に充満した、
苦さ、孤独、深い絶望を見のがすことになる。
これらが、リヒテルがこれらのソナタを弾く時に、
我々が感じるものであって、
おそらくドイツの伝統の外で訓練されたピアニストゆえに、
こんなにも徹底的にこれらの要素を暴くことがのであろう。
彼のシューベルトのアプローチは、
経験的に得られたもので、
独学のピアニストにふさわしい。
それは自然かつ辛辣で、うわべを飾るものではない。」

ということで、
これらの「苦さ」、「孤独」、「絶望」が、
最後のソナタ「変ロ長調」のみならず、
20歳のシューベルト作品にも、
聞き取れるということであろうか。

「そして、一度、彼が、力強い独創性で、
これらのスコアの真実をさらけ出すと、
西欧における意見が変わった。
リヒテルが、堂々とした形式感で、
音響の巨大建築のように、
いわゆる『レリーク』と呼ばれる
未完成のハ長調ソナタを演奏した録音を、
初めて聴いた時、
私は啓示的なものを感じた。」

先に、私がリヒテルの弾く、
「変ロ長調ソナタ」について書いたが、
同じように、このSouzaさんも、
「ハ長調ソナタ」を引き合いに出した。

それにしても、この例えも、非常に分かりやすくてよい。
原文には、「massive columns」とあり、
つまり、「どっしりとした柱廊」といったニュアンスである。

この「レリーク」は、フィリップスの録音で聴けるが、
メロディアから出ていた「16番」「17番」も、
これまた素晴らしい演奏であった事も、ふと思い出した。

しかし、こうした後期作品ではなく、
初期作品ですら、シューベルトは、
絶望や孤独を歌っているのだろうか。

私もSouzaさんも、引き合いに出す曲が悪かった。
後年、成長するシューベルトと、
20歳のシューベルトが同じだという暗黙の了解となっているが、
本当にそうなのだろうか。

同じように聴けばよいのだろうか。

「シューベルトがロ長調ソナタを作曲した時、
彼はたったの20歳であったが、
たちまち、最も先鋭な挑戦者の姿を現した。」
と、Souzaさんは書いているが、
挑戦者が、いきなり、
「絶望」や「孤独」で挑戦するというのも、
変な感じがするだろう。

さて、以下、各曲の解説が始まる。
一曲目は「第9番ロ長調」である。

基本的にテンポはゆっくりめで、
最初の和音からフォルテッシモまでも、
それほど攻撃的ではなく、
極めて自然な流れになっているのは素晴らしい。

「第1主題の広い跳躍は、明らかに、
演奏行為の最中の喜びから来ている。」
と、解説にもあるが、
「不機嫌なソナタ」と思われたこのソナタが、
妙に楽しいソナタになっているのはどうした事だ。
いったい、どこに、絶望や孤独があるのだろう。

打ち鳴らされる和音が、まるで、痛くない。
リヒテルは、むしろ、
シューベルトの霊との交感を楽しんでいるようである。

「シューベルトは、我々が想像している以上に、
ソナタを自由に弾きこなした。
ベートーヴェンも同様の跳躍を楽しんだが、
それほどまでに見境のない様式ではなく、
シューベルトはさらに展開部の可能性を探究する。
彼は、第2主題のためにト長調、
終了時に予想される、
ロ長調への回帰の前にホ長調へ、
何度も調性記号の変更を行って、
和声のさすらいを図る。」

この解説はさらりと書いているが、
第1楽章における調性の推移は、
後の楽章の調性を予告するというのである。

「続く楽章の調性にも同様のことが起こり、
ホ長調のアンダンテ
(第1楽章で暗示される調性シーケンスからすると、
これは本来、第3楽章におかれていたと思われる)
ト長調のスケルツォと非常に短いトリオ、
第1楽章と同様、独創的な終曲の調性も例外ではない。」

という風に、かなり野心的な設計がなされた作品ということだ。

「第2楽章は、静かに沈思する開始部から、
大きく跳躍する左手のオクターブによる、
シューベルトの多くの緩徐楽章で見られる、
力強い中間部に展開される。
中間部のさざ波のような部分は反復時にも続き、
最初の主題の性格を変容させる。」

この楽章の瞑想的な歌わせ方などは、
いかにもリヒテル的で、たっぷりと深い響きで、
そこから、心が高鳴るところも、
刺激的ではなくむしろ自然で、
弱音を織り交ぜながら、
密やかに心を高ぶらせていく点が味わい深い。

スケルツォの解説は抜けているが、
リヒテルの演奏は、単に丁寧にゆっくりなのか、
惰性でこうなったのか、
そこに何かを見ているのか、
ちょっと分かりにくい。
トリオでは生気を取り戻すが、
いくぶん、攻めあぐねているようにも見える。

「終曲はロンド形式の変形で、
展開部に軽快な第3主題を有する。」

終曲は、これまた、陽気なもので、
じゃららんじゃららんでかき乱す部分以外は、
シューベルト初期の交響曲の、
青春の香りを放つ推進力を想起させて美しい。

後期作品に、Souza氏が見たような「孤独感」などが、
この演奏にあるかと言えば、そんな事はなさそうである。
むしろ、喜ばしい感情がみなぎっていて、
聞きやすさでは随一のロ長調ソナタになっている。

したがって、変ロ長調D960や、
レリークD840の衝撃を期待してはならない。

次に収録されているのは、
第11番とされるヘ短調D625である。
この作品になると、比較的録音が多くなるが、
あくまで未完成作品。

多くのピアニストは、シューベルト以外が、
補筆したものを弾くが、
リヒテルは未完成作品をそのまま提示して見せた。

「ロ長調ソナタの後、一年後、
シューベルトが彼女らのために、
ピアノ連弾の成功作を書いたほど、
すぐれたピアニストだった
エステルハーツィ家の姉妹の、
音楽教師をしていた間に、
ヘ短調ソナタが書かれた。
スタイルの点で、それはすでに前の作品から、
別世界を拓き、シューベルトの心と指は、
当然、新しいピアノの音響をめまぐるしく開拓し、
ショパンを予測させる。
奇妙なことに、彼は第1楽章を、
未完成のまま残した。
リヒテルは、そのまま弾いていて、
突然の中断を予測させることなく、
あえて弾き終え、ここで、聴衆を困惑させる。」

東京ライブも同様で、
楽章途中で未完成のままの作品を、
そのままにして演奏したレコードなど、
当時、珍しかったのではないだろうか。

こうした事も、私がこのLPを買うのを妨げたと思う。
しかし、未完成交響曲の第3楽章のような、
ちょっとだけ書かれて未完成ではなく、
ほとんど完成間近のものを放置したという感じで、
あまり、そこは強調するべきでもない。

ショパンを想起させるかはともかく、
バラード調のニヒルな作品で、
冒頭主題から、強烈な魅力を発散しており、
リヒテルのピアノは、ここから、
濃厚な幻想を羽ばたかせて美しい。

ロ長調作品は、時折、ぎくしゃくした響きが、
苦みを残していたが、
この作品もまた、アクが強い楽想が頻出し、
不連続なパッセージが置き去りにされていたりで、
その後継者であることは間違いない。

しかし、より自然な流れ、楽想の魅力で聴かせ、
後のイ長調D664などより、後期ソナタを予告するものを感じる。

執拗なリズムの反復や、まるで独白のような、きらめく装飾音など、
遠くヴィーンを離れ、エステルハーツィでの寂しい体験が、
何か彼の心に影響したのであろうか。
みゃくみゃくと息づいて流れる楽想は、
最後のソナタに直結しそうである。

特に、未完成部分に続く最後の部分など、
シューベルトの迷いが生々しく感じられて面白い。
作品はほとんど完成されているが、もう一息、
最後の羽ばたきをすると、
冗長になりすぎはしないか、
完成度が低くなってしまわないか、
そのあたりの心配があったような感じ。

その迷いを打破するような、
第2楽章スケルツォの入り方が、これまた面白い。
何となく、逡巡している後ろ姿を見て、
背中を後押しするような風情である。

解説はややこしいことに、
先に緩徐楽章の解説を書いているが、
実際は、奇想曲風のスケルツォが演奏されている。

「変ニ長調の緩徐楽章は、
『アダージョとロンド』作品145(D505)として、
独立して出版されていたもので、
恐らくシューベルトの兄、
フェルディナントによる手書きのカタログは、
これがこのソナタの第2楽章であることを示している。」
下記のように、ベートーヴェンの「第九」型の楽章配置。

「リヒテルは通常、第3楽章とされる、
スケルツォの後に弾いている。
スケルツォの調性はホ長調で、
両調性の共通の主音3度である、
変ト=変イになるまで、
ヘ短調からずっと離れた感じがする。」

この緩徐楽章は、これまた美しいが、
聴衆がまだ咳をしているのに、
リヒテルはおかまいなしに演奏に入って、
このソナタの楽想の流れの連続性を重んじている。

このダイナミックなソナタの中で、
異彩を放つ、静謐さで、星もきらめく
ロマンティックな夜の音楽となっている。
シューベルトのピアノソナタの中で、
ここまで静謐さに徹した緩徐楽章も珍しい。

「終曲は、
ベートーヴェンを崇拝しながら、
まったく異なる個性であることを、
完全に意識していた若い作曲家が、
おそらく意識的に、
やはりヘ短調である
『熱情ソナタ』の影を引きずっていて、
おそらく、それが、この楽章をやはり、
未完成に終わらせたのかもしれない。」

ということで、終楽章もきず物という事で、
満身創痍のソナタであるが、
確かにベートーヴェン風に推進力のある終楽章である。
リヒテルは、魔術のように音楽を巨大化させ、
ものすごいモニュメントを打ち立てる。

シューベルトは、書こうと思えば、
こうしたものも書けたのだが、
シューベルトらしいのは、こうした楽章でも、
中間部では、時間が静止して、
大きく呼吸するような歌謡性を取り入れている点。

しかし、この楽想とて、非常に英雄的になり、
さらに、ファンファーレのような楽想も出て勇壮無比。
これまた、第1楽章と同様、そのまま終わればいいのに、
という状態で、ぷつりと立ち消えになる。

そんな事情があっても、未完成楽章は、
いずれも6分以上の演奏時間があって、
後は、想像にまかせる、といった風情もある。
小説の中には、こうした作品も多いので、
これはこれで、私は不満は感じなかった。

ロ長調ソナタは平易になり、ヘ短調ソナタは劇的になって、
後期ソナタの演奏で、リヒテルに期待出来るような、
エキセントリックな世界が提示されているわけではない。

東京ライブは2曲がLP両面に収められていたが、
ここでは、さらに13番のソナタが収録されている。

「シューベルトの次のソナタは、
イ長調D644で、ヘ短調の翌年に書かれた。
一見、天才の無尽蔵の源泉によって、
より個性的で技巧的に優美な前の作品を、
はるかに引き離している。
それは、彼の、
『最も簡潔なソナタにして、最も完全なもの』
の一つとされてきた。
その歌謡的なオープニングから、
典型的なシューベルトで、
穏やかで簡単すぎないアルペッジョの伴奏から、
よりロマンティックな
ブラームスのピアノ書法を思い描く。
この作品が、事実、
何年も後に思い出された、
シューベルトの友人、
ヨゼフィーネ・フォン・コラーという、
若いピアニストのために書かれたのだとしたら、
彼女はかなりの能力だったはずである。
そして、シューベルトは、
第1楽章展開部の、劇的なオクターブの頻出によって、
彼女を賛美する。
リヒテルのオクターブの扱いは興味深い。
彼は、それらを怒鳴り散らさず、
すべての楽章のコンセプトとして利用している。」

ずっと一般論でシューベルトを述べていたSouzaさんは、
ここに来て、遂に、リヒテルの演奏にまじめに向き合うが、
確かに、この聞き慣れた明るい曲になると、
リヒテルの重厚な音楽作りが、妙に不気味である。
すべての音が主張しあっており、
あちこちでぶつぶつと声がして怖い。

実に怖い。
この楽章12分もあったっけ。

「緩徐楽章のアンダンテは、
音階の第六音への依存が、
素朴な性格を与えている。
しかし、インターバルをもった
音階の上昇下降が、
遠く離れた山脈をほのめかし、
悲嘆に打ち勝つための
一抹の悲劇的崇高さを加える。」

この楽章も驚倒もので、
静かに息をひそめた表情で押し通して、
客席の咳の方がうるさい位である。
密やかなメロディが立ち上がる時の神秘。

これまた、恐ろしい演奏である。
ピアニストは、完全に向こう側の人になってしまっている。
この緊張の後、聴衆は堪えきらずに咳をしているが、
続けざまにリヒテルは、次の楽章で音楽を解放する。
ものすごい拍手である。

「この後にメヌエットを続けるのは、
ふさわしくないと考えたシューベルトは、
3楽章のソナタは多く書かなかったが、
急速な指遣いのアレグロで終えた。
この設計は、展開部の代わりに、
陽気な新しい主題の登場で興味深い。
最初の主題が出るが、正しいイ長調ではなく、
ニ長調になっている。
ここまで、シューベルトは、
ソナタの調性をあいまいにして、
最後にそれを強調する工夫をした。
第1主題から最後に第2主題が現れる際、
ニのサブドミナントで再現し、
あたかも、同じ調性の
第1主題の繰り返しのようにして、
単純な再現よりも強調している。」

よく分からないが、音楽之友社の、
「名曲解説ライブラリー」では、
「再現部は、まず下属調のニ長調で
第1主題が奏されて始まる。
・・経過句を経て、・・第2主題がイ長調で再現される」
等々が書かれている。

「アンコールとして、
リヒテルはシューベルトの『楽興の時』の
第1曲を演奏している。
これは彼の成熟期の作品で、
新しいジャンルのもので、
後のピアニストコンポーザー、
シューマン、ショパン、ブラームスの、
沢山の自立した小品が追随した。
長いソナタの一部よりも、
形式的に自由で、
性格作りやムード、雰囲気に、
作曲家の天才が発揮されている。」

この曲の録音は予定されていなかったのだろうか、
あるいは、リヒテルがいきなり弾き始めたのか、
妙にノイズが多い録音となっている。
これも大変ゆっくりと、
幻視者は作曲家との語らいを楽しんでいる。

得られた事:「リヒテルのシューベルトは世界現象であった。(今回も、13番のソナタの巨大な感情の振幅に圧倒される。)」
「ただし、リヒテルが弾く初期ソナタは、特に巨大な問題を提示するものではなく、むしろ、シューベルトの魂との親密な交感を感じさせるものである。」
[PR]
by franz310 | 2010-05-23 14:52 | シューベルト