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クラシック音楽への愛と悲しみの日々
by franz310
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タグ:ハイドン ( 15 ) タグの人気記事

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その340

b0083728_23173339.jpg個人的体験:
ハイドンの「騎士オルランド」
というオペラを聴いている。
このDVD、表紙写真は、
孤独な老人を撮影したもので、
寂しそうな印象を与えるが、
実際は、裏表紙に垣間見えるように、
ほとんど、どたばた喜劇である。
この裏表紙の写真では、
海賊みたいなロドモンテが、
松葉杖を機関銃みたいに構え、
東洋人のイム・スンハエが、
エウリッラ役で目を見開き、
何が起こるかを見定めている。
メドーロとアンジェリカのカップル、
後ろにいる巨漢はパスクワーレ。
オルランドの従者である。


このパスクワーレは、
ヴィクター・トレスという人が演じているが、
ロッシーニで見られるような戯画的な役回りも、
歌もうまい。

この裏表紙写真で、
彼等がおどろき呆れているとすれば、
見ている方向にいるべきは、
主人公、オルランドでなければならない。

つまり、骸骨の落書きが書かれた場所には、
この集まりに荷担していない重要人物、
この物語の主人公が隠れているに相違ない。

この落書きの下手さ加減からして、
へんてこ演出であることは分かるであろう。

前回、半分読んだが、このDVDの解説は、
Guido Johannes Joergという人が書いている。
ここに見るように、深く、この作品を掘り下げたものではない。

「ハイドンは彼の『新しいイタリア・オペラ』に着手したが、
しかし、それは、彼にとってそれほど新しいものではなく、
同じ材料で同じリブレットでさえあるものを、
かつて自作の音楽をもとに上演することを構想していた。
彼の台本作者、興行主のヌンツィアート・ポルタは、
グリエルミの劇音楽もそれなりに知っていて、
以前、個人的にリブレットを改訂していたりしていた。
今回は、すっかり最初から作り直し、
『英雄喜劇、騎士オルランド』が期日通りに出来上がった。
が、予告されていた来訪はなかった。
ロシアの大公夫妻は、旅程を変更し、
エステルハーツィ訪問はなくなった。
それゆえ、この作品の初演は、
ニコラウス王子の名の日、
1782年12月6日となった。」

ということで、この作品のよく知られた、
成立の由来が述べられる。

「この作品が成功した理由は、
良く知られた主題に帰するべきであろうか。
それもあるかもしれないが、
むしろ、このような重要な来訪を考慮して、
特別に心血を注いだことが、
傑作とするのに貢献したのかもしれない。
とりわけ、音楽の高い質には感服せずにはいられず、
騎士オルランドはハイドンの生前に最も演奏された、
オペラとなった。
1813年にはペテルスブルクでさえ上演された。
しかし、1796年に母親のカテリーナ二世から王位を受けた、
ロシアの皇帝パーヴェル一世は、
もともとは、彼のために企画された、
このオペラの演奏を生きて見ることは出来なかった。
彼は1801年、暗殺者に殺されていたのである。」

当時のロシアの政情が垣間見える、
興味深い記載である。

「ハイドンのオペラが忘却の淵に沈んでから、
彼の劇音楽領域への技能も単純に信用を失い、
1970年代後半のアンタル・ドラティによる、
舞台作品の全録音という転換点以来、
この数十年、ようやくその反対の流れが出てきた。
以来、ハイドンの劇音楽は、以来、各ケースの反証となり、
ハイドンのオペラは実は、
全体を通じて極めてドラマチックで劇作法に優れ、
最高のレベルに達しており、
その高い音楽性と泡立つウィットを持つことが証明された。
英国の監督ナイジェル・ロヴェリイが、
2009年5月にベルリン州立歌劇場で、
ハイドン没後200年を記念したプロダクションは、
イランの振り付け師、アミア・ホッセンポーアの色彩的で、
フレッシュでユーモラスな振り付けは、
歌手たちの音楽性と共に賞賛された。
良く知られた歌手たちと共に、
古楽の専門家レネ・ヤーコブズの指揮の下、
フライブルク・バロック・オーケストラが、
生き生きと美しいサウンドを引き出している。
聴衆は音楽にも舞台にも引き込まれ、
各シーンで自発的な拍手を送っている。
このプロダクションはヨーゼフ・ハイドンの舞台作品に、
新しい境地を築くものである。」

このように、このDVDに記録された、
オペラ上演は、高く評価された、
ということなので、期待を高めて、
思い切って後半のDVD2を見ていこう。
第2、第3幕を含み、かなりのボリュームである。

Track1.幕が開く。
開始していきなり、
悲鳴や爆音が響き、戦争の状況の模様。
オルランドが武装して舞台を駆け抜ける。
「私が憧れる、残酷な女の事が思い出される」
「彼女の流し目が私を殺すのだ」
などと、オルランドは、
こんな状況下でも嘆いている。
だから、ロドモンテが現れて、
剣を抜け、と戦いを挑んでも、
エウリッラが、
「アンジェリカが来るわ」などと言うだけで、
決闘を投げ出して、どっかに行ってしまう。

ロドモンテは、何故、邪魔をするか、と、
エウリッラに詰め寄ると、
彼女は、「どうして殿方は、みな女性を巡って決闘するの」
とか、無邪気な質問をする。

Track2.
この展開から、
何故、このアリアになるか分からないが、
「フランク人どもを皆殺しにした」などと、
威勢の良い歌を歌い出す。
剣を振り回し、自分の手首を切り落としてしまうが、
エウリッラが拾ってつけてくれるという演出付き。

Track3.
格好良くフラメンコ・ギターみたいな効果がかき鳴らされ、
メドーロが旅支度で登場。
「隠れ場所が探せるだろうか」という場面。

エウリッラがつきまとう演出。
何だか、怪しい戦士がこちらに向かっている、
などと言って恐れている。

Track4.
いきなり、メドーロは、上着の内ポケットを探り、
手紙を取り出し、エウリッラに渡し、
私の恋人に、「彼は死んだ」と言って欲しいと歌う。

内容は悲壮感極まるものながら、
リリカルな、穏やかな情感に見たされたもの。
いかにも、モーツァルトのオペラで聴けるようなもの。
この演出は、ロドモンテの手首が、
簡単にちょん切れてしまうように、
極めてコミカルなものゆえか、
彼が、感情を込めている場面の後方では、
すでにアンジェリカが登場しており、
気がついたエウリッラは、
彼女に、メドーロが渡したばかりの手紙を、
手渡している。

背景で、そんな風になっているのに、
つまり、彼女はすぐそこにいるのに、
メドーロは、胸をかきむしるような声を出している。

しかし、彼女が彼に見えるわけではないらしく、
アンジェリカは森の中に消えて行く。

最後に、彼女は、森の魑魅魍魎に、
(ヒゲもじゃでよく見えないが、アルチーナか?)
手紙を奪われてしまうが、
こうした難しい演出はやめて欲しい。

Track5.パスクワーレが、
ヴァイオリンを取り出し、
どんどこどんどこと、
威勢の良い歌を歌おうとするが、
エウリッラが、メガホンを使って、
影から彼をびっくりさせる。

彼がおびえるので、
エウリッラが出て行って、
おちょくるシーン。
ロッシーニみたいな少し斜に構えた愛の情景。
そんな中で、さりげなくプロポーズがされている。

Track7.
エウリッラが、
「あなたの愛らしいお顔」と、
まんざらでもないような歌を歌い出す。
これまた、いかにもウィーン風というか、
古典派時代の軽快な音楽。

二人は、どたばたしながらも、

部屋の中に仲良く入って行く。

ぬいぐるみの馬を振り回したり、
いろんな動作が多くて、
この演出はかなり難解であるが、
パスクワーレの歌う歌詞、
「馬と主人は、愛に駆られたら押さえられない」
にちなんだものであろうか。

Track8.
ヒゲもじゃの化け物が、出て来て、
意味不明なポーズで手紙をかざしているが、
アンジェリカのアリアである。

これはCDで聴いて夢想したイメージではない。
「穏やかな微風」、「静かな波」と、
海のほとりの涼しげな風景を想起したのだが、
彼女は、森の中で、暑苦しい服装をしている。

背景で、化け物がパントマイムを演じているが、
メドーロがどこに行ったのか、
と、悩んでいるシーン。
落ちていた手紙を見つけ、
「メドーロ、どこにいるの」などとやっている。

Track9.
女王の恰好で、アルチーナ登場。
アンジェリカを助けてあげましょう、
というが、
Track10.
アンジェリカの方は、城の前で、
かなり混乱していて、
「彼なしでは生きて行けない」と、
身投げしようとするはずであるが、
ここでは、以下を転げ回っている。


すると、メドーロがやって来る。

Track11.
当然ながら、二人の愛が高まっている時、
まるで、古代人のような出で立ちで、
オルランドが剣と盾を持って飛び出して来る。

狂人なのであるから当然のことながら、
恋人たちの説得を聞き入れる耳も持たず、
我らが英雄オルランドは、剣を振り回す。

ハイドンのオペラでは、オルランドは、
すでに第1幕で発狂しているので、
狂いっぱなしで後半も進行する。

すると、アルチーナが現れ、
恋人たちの逃げる時間を作るように、
彼の力を一瞬削ぐが、
再度、オルランドは怒りを露わにする。

後は、活発なオーケストラの伴奏に乗って、
幻覚を訴える。

Track12.は、
彼の、幻影との戦いが表されるアリア。
狂乱のアリアとしては、メロディは晴朗なものだが、
暗闇の中、様々な妄念にもだえている。

Track13.
またまた、お気楽カップルの方。
高校生の制服のようなネクタイをつけたエウリッラが、
部屋の中で、将軍姿のパスクワーレから、
自慢話を聞かされている。

Track14.
愉快なパスクワーレのアリア。
いきなり、素晴らしい息の長さを披露して、
イタリア式オペラを模倣して見せる。

いかに自分の音楽の才能がすごいかを、
エウリッラに自慢する。
カストラートのようだ、
と言いながら、高い声を披露するのも、
ハイドンが、そうした音楽に、
いかに通暁していた事を示して興味深い。

時折、エウリッラが、ちゃちゃを入れて、
彼をからかったりするが、
声が透明で美しく、
眼鏡も取って、色っぽい表情や仕草で、
聴衆を魅了する。

合いの手を入れる時の、
高音の装飾も素晴らしい。

そのせいか、最後のトラックで、
この歌手が、カーテンコールで出て来ると、
すごい拍手がわき起こることを、
ここで紹介しておこう。

パスクワーレの方は、
オーケストラの中に入って行って、
指揮者に話しかけたりするので、
聴衆からは笑いがわき起こっている。

いっしゅん、変質者のようにオルランドが現れる。
彼は、部下であるパスクワーレのヴァイオリンを踏みつけて去る。

このような演出に、深い理由があるのか、
単なる受け狙いであるのかが良く分からないのが、
今回の演出の悩ましいところだ。

Track15.
アルチーナが現れ、もったいぶって、
皆に入会証のようなものを渡し、
洞窟に行くように勧める。

アルチーナは、オルランドをやっつけるという。
その舞台が、宿屋の一室みたいで、
なおかつ、アルチーナの衣装が、
いかにも女王という感じなのがへんてこな効果を出している。

Track16.
洞窟だからであろうか、
青い光の中、謎の煙が立ち込めている。
音楽は極めてのどかなもので、
時折、勇ましくなる。

オルランドと、恐れるパスクワーレが、
右往左往していると、
どーんと銅鑼が鳴り、
アルチーナが登場する。

オルランドは怒り狂ってアルチーナを罵るが、
床が開いて、オルランドは穴に落ちてしまう。

Track17.
もう、オルランドはいなくなったのだから、
別に、来る必要はなさそうなものだが、
メドーロとアンジェリカが、
朗らかな歌を歌いながらやって来る。

盛り上がって弦が刻む場面など、
いかにもヴィーン古典派の美学に満ちている。
そこに、何故かエウリッラもやって来て、
ロドモンテまでが合流。

アルチーナは、オルランドは石になったと言い、
みんなは、石を持って回す。

が、彼等は、その事実に驚きつつも、
そこまでは望んでいないというので、
アルチーナは彼を元に戻すが、
オルランドはなおも意気盛んに罵倒を続ける。

アルチーナは壁に下手などくろの絵を描く。
すると、今度は、太鼓が連打され、
オルランドは壁に吸い込まれてしまう。
このあたりが、表紙裏の写真のシーンである。

これは洞窟が崩れたシーンである。

Track18.
シーンが地上に代わり、
オルランドが消えての安堵の合唱となる。

これでもかこれでもかと、
オルランドをいたぶって、
いじめ礼賛のようなオペラになっている。

第3幕も続く。
Track19.
不思議な青い光に満たされた、
冥界の世界で、登場人物が、
立ち尽くす中、忘却の川を渡すカロンテが、
彼等をひとりずつ去らせて、
最後にオルランドが一人残る。

こうした演出は、かなり頭を使って疲れる。
先に書いたように、ただ、ふざけているのか、
よく伏線などを考えているのか、
そのあたりが不明瞭なのである。

Track20.
アルチーナは、カロンテに、
オルランドの頭から、アンジェリカを消すよう命じる。

Track21.
オルランドは、何故、みんないなくなった、
とか言うので、Track19の演出は、
この台詞に由来するのかもしれない。
彼は、カロンテの姿を見ていぶかしむ。

Track22.
この部分こそは、このDVDの表紙となったシーンで、
オルランドは、「ここは静寂の王国だ」と、
煩悩が去ったかのような、
清らかなアリアが歌われる。

カロンテの意味ありげなポーズが、
背景に影絵となって浮かび上がっている。
このあたりも解釈が難しい。

ただし、この巨大な影の力で、
オルランドは自ら、
棺桶の中に入って行くようにも見える。

オルランドのアリアは、
声の質のせいか、どれもが渋く、
まるで華やかさがないが、
内向的、思索的で、いかにもドイツの音楽だという感じ。

トム・ランドルという人が歌っているが、
テノールであろうか、
華やかな部分よりも瞑想的な部分で勝負で、
白痴美はまるでない。

Track23.
実際には、ここで、カロンテが、
オルランドに忘却の水を注ぐ。
表紙写真にも出ていた舞台手前の棺は、
オルランド復活のための大道具となっている。

巨大なハサミは、煩悩を裁つイメージであろうか。

Track24.
アーノンクールのCDではカットされたシーンであろう。
ヒゲも長髪もとれたオルランドが、
ローマの執政官のような出で立ちで、
パスクワーレをせかし、
戦場に連れて行く。

エウリッラは、それを止めようとするが、
連れられて行ってしまうシーン。
さらに、アンジェリカを襲う敵たちが、
メドーロを突き刺してしまう。

何と、オルランドは兵隊、
というか警官、あるいは大佐といった恰好をして登場。

Track25.
勇ましい音楽に太鼓が連打され、
オルランド大佐とロドモンテは戦闘に向かう。

Track26.
指揮者のヤーコブズが写され、
アンジェリカの伴奏付きレチタティーボの
美しい序奏を丁寧に盛り上げて行く。
アンジェリカはメドーロが死ぬと大騒ぎで、
序奏とは打って変わって、
激しい音楽を背景に、激情を吐露する。

このような音楽を聴くと、
完全にウェーバーやシューベルトに直結しており、
パパ・ハイドンという感じではない。
かなり表現主義的にも傾く。

Track27.
青いバックのまま、
黒いコート姿で現代的な出で立ちの、
金髪のアンジェリカがアップで写されて、
髪をかき上げている。

まるで、英雄劇風でもなく、ハイドン風でもなく、
まるでワイドショーか雑誌のピンナップみたいだが、
いかにも狂乱のシーンにふさわしい、
感情を吐露した絶唱、
「もうこの心は耐えられません」のアリアを歌う。

彼女は、体当たりの演技で、
自分の肖像画も破り捨て、
真の愛に目覚めた感じの演出であろうか。
このマリス・ピーターゼンは、
こうしたアップの映像やにも耐えられ、
演技を伴っても均質な声を聴かせるので、
人選としては良い。

ただし、少し個性が弱いかもしれない。
情念の陰影が欲しいところだ。

Track28.
えらく爽やかな好漢となったオルランドと、
ロドモンテが勝利に終わった戦闘の報告をする。
アンジェリカに対する未練はさっぱりの顔が、
かえって憎い感じである。

Track29.
ヤーコブズ指揮のオーケストラが、
勇壮な音楽を聴かせ、
ハイドンのどの交響曲よりも、
華やかな序奏を響かせ、
女王の恰好でなくなったアルチーナが、
学校の先生みたいに、
アンジェリカの修復された肖像画を見せながら、
輝かしいアリアを歌い上げる。

いろんな魑魅魍魎が現れては消えるが、
何を意味しているかは不明。

Track30.
アルチーナは、すべてが変わりました、
などと自画自賛するし、
「何という奇蹟」などと、
アンジェリカは反応するし、
せっかく狂人だったオルランドは、
戦士の心に憧れはない、などと偽善的。
まるで去勢されたみたいになっている。

「みなは、この平和を楽しめ、俺は行く」
みたいな感じで、いかにも作り物めいている。
前、読んだ解説で、狂ったオルランドの方が普通で、
あとはみんな変、という感じが強調されている。

Track31.
アンジェリカは、「ASIA PACIFIC」
と書かれたたすきをかけ、
ミス・太平洋みたいな感じの出で立ちになり、
メドーロは、跪いて、彼女を称える。
完全に絵空事の幸福感になっている。

二人とも、完全に漫画風でにたにたしている。
しかし、さっきから気になっていたが、
背景の田園風景もへたな絵で、
まさしく絵空事という感じだろうか。

Track32.
全員のコーロ。
オルランド「大佐」みたいなのが中心で、
「私は混乱している。男が狂人に見えるなら、
それはあなたたちの残酷さゆえ」という、
この劇の本質をおちゃらけた感じで歌い上げ、
続いて、あらずもがなの教訓、
「幸せでいたいなら、あなたを愛する人を愛しなさい」
という合唱。
そこに、エウリッラ、ロドモンテ、アルチーナと、
それぞれの立場が歌われるが、
「魔法の力のおかげでみな、満足に生きるでしょう」
という歌詞は意味不明だ。
その後、メドーロとアンジェリカも唱和するが、
「不変の愛を保ったなら、それは正しかった」とか、
「キジバトが忠誠を教えます」などなど、
あってもなくても良い歌詞になっている。

最後の拍手は、
劇中で散々いたぶられたオルランドへの拍手が少ない。

最後の最後まで、狂ったオルランドこそ、
本物であったのだという事が、
多くの聴衆には分からなかった感じ。

何だか腹立たしいオペラになっている。
エステルハーツィのお城で、
こき使われていたハイドンの目からすれば、
こうした偽善的な価値観では、
自分のような芸術家は、オルランドみたいなもの、
などと感じていたのではなかろうか。

最後は、何と、背景の田園風景もちぎれ落ちる。
これは、完全に、この演出者も、
最後を大団円とは見ていないという意志表示であろう。
演出家は、ナイジェル・ローリー、アミール・ホセインプール。

得られた事:「ハイドンの『騎士オルランド』は、真実が偽善に負けるという内容。理性が戻ったオルランドは、まるでロボットのようである。」
「ヤーコブズ指揮の上演記録もまた、その側面を強調。ただし、時として、受け狙いの小手先技が見られる。」
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by franz310 | 2012-08-04 23:18 | 古典

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その339

b0083728_110278.jpg個人的経験:
ハイドンの作品鑑賞と言えば、
ベートーヴェンの場合と同様、
交響曲や弦楽四重奏曲、
そしてピアノ・ソナタなどが
取り上げられることが多い。
その他、オラトリオやミサ曲も
聴かれる機会が多いようだが、
例外はあるものの、
どのジャンルをとっても、
渡英(1790年)前後以降の
作品の人気が高い。
従って、それより遙かに前に
作曲されたオペラなどには、
興味の範囲を広げるのは難しい。


が、今回、聴いたDVDなどの表紙写真などを見ると、
オペラも聴いてみようかな、と思うような、
ヤバさがにじみ出ていて良い。

長髪の白髪の物乞いのような老人が、
画面の端に写っていて、
画面中央には、謎の人物の影が浮かび上がっている。
シンプルな舞台で、手前の棺のようなものしか、
何の手がかりもない。

このように、このDVDの表紙から紹介していくと、
やはり、へんてこなだけで、これゆえに、
ハイドンのオペラに興味が出るような代物ではない。
前言撤回である。

オペラと言えば、社交界の名士が集まり、
舞台上の美男、美女に我を忘れるもの。
このハイドンのDVDには、
そうした意味でのわくわく感はまるでない。

シェークスピアのリア王みたいに、
人間性をえぐり出す作品だとすれば、
華やかな世界を夢見て劇場に足を運ぶ人が、
うんざりするかもしれない。

やはり、ロンドン時代以前に書かれた作品は、
ハンガリーの片田舎で書かれたもので、
そうした華やかさに乏しく、
ちょっと格下扱いされてもやむを得ないのであろうか。

交響曲が良い例で、
ロンドンのための12曲は、
特別扱いされているし、
弦楽四重奏曲なども、
1790年の作品64などが頂点であろう。

実際、これらの作品より前の作品では、
色彩とか立体感、規模などで、
明らかに一線が画されたような感じがある。

あるいは、モーツァルトとの交流が、
ハイドンの創作に対する態度に、
変化をもたらしたのかもしれない。

モーツァルトが、ハイドンの四重奏を規範とした、
「ハイドン・セット」を完成し、
ハイドンに聴かせたのが、1785年ではなかったか。

このハイドンのオペラは、それに先立つ作品で、
ハイドンが自分より24歳も若い
モーツァルトから影響を受ける前夜、
1782年の作品である。

したがって、ハイドンの後年の作品を彩る、
豊かな情緒性を期待してはいけないような気がする。
事実、この表紙写真は、
幻想的な色調に期待させられる面もあるが、
あまりにも華がない。

ハイドンが弦楽四重奏曲作品33で、
かなり実験的な技法を確立したのが1781年で、
それに近い時期の作品となれば、
かなり、強引で緊密な音楽を、
連想してもおかしくはないだろう。

と、かなり前振りが長くなってしまった。

ところが、これがかなり、予想と違うのである。
音楽には広がりや変化があり、
感情の起伏も大きい。
しかも、抱腹絶倒のばかげた作品で、
「リア王」を連想されるところなど皆無である。

ハイドンが、モーツァルトから、
学んだことがあったとすれば、
あるいは、こうした劇音楽の情緒性を、
器楽曲に入れ込む工夫だったのではないか、
などと考えてしまった次第である。

今回、聴くDVDは、このオペラ、
「騎士オルランド」のぴちぴち感を、
より前面に押し出したもので、
ハイドン没後200年の2009年に、
ベルリン国立歌劇場で上演されたライブであり、
ルネ・ヤーコプスが、先鋭かつスタイリッシュな、
フライブルク・バロックオーケストラを指揮している。

演出は、ローリーとホセインプールのコンビで、
人気のある人たちだという。
そういう偏見に満ちた目で、
このへんてこな老人が彷徨っている表紙写真を見直すと、
この、いあにもの出で立ちからも、
そのへんてこさが伝わってくるようである。
この老人が恋に焦がれる、
勇猛な騎士、オルランドそのひとの姿であろうとは、
誰が考えるであろうか。

中の映像を見ていっても、
絶世の美女とされる、アンジェリカ役に、
マリス・ペーターゼンという
1968年生まれのドイツ出身の
美人ソプラノを持って来ているところが嬉しい。

このDVD、Euroartsという、
レーベルが出している2枚組DVDである。
買ってから気づいたが、
この映像は一部、YouTubeでも流れていた。
お持ちでない方は、適宜それを見て、
DVD購入に踏み切っていただければ良い。

いくら万能のネットでも、
「英雄喜劇の傑作」と題された、
Guido Johannes Joergの解説までは、
出ていないようだ。

まず、これを読んで、聴きたい感を高揚させよう。

「『英雄喜劇』という一般用語は、
オペラ文献では、極めて稀なものである。
騎士道が、遠い過去になって、嘲笑のまとになった頃、
特に17世紀、ヴェネチア・オペラにおいて
『お祭り騒ぎ(カーナヴァライズド)のようなもの』になった。
その文学的典型は、これまで最も影響力のあった、
イタリアのみならず広く読まれた英雄喜劇の一つ、
『オルランド・フリオーソ』からの物語である。」

ということで、冒頭から、この作品が、
お祭り騒ぎの要素を持っていることを予告している。
たぶん、このような見方が、今回の演出の背景にあるのだろう。

「自身、貴族で騎士でもあった、
イタリア・ルネサンス期の詩人、
ルドヴィコ・アリオストの叙事詩で、
マッテオ・マリア・ボイアルドの、
未完成の『恋するオルランド』の続編として書かれた。
これらの詩作の背景は、サラセンに対する、
シャルルマーニュの軍事行動で、
シャルルマーニュ伝説の記録としては、
古いフランスの『ロランの歌』や、
古くからの騎士の物語があった。」

「ロランの歌」は岩波文庫にも出ていたが、
これは、どちらかというと、
友情の物語であったように記憶する。

「主人公はシャルルマーニュ伝説からの、
ドイツの英雄ローラントで、
彼はシャルルマーニュの甥とされた。
イタリア貴族のエステ家の家系は、
もう一つの重要なテーマで、
アリオストはエステ家の外交官、顧問であったので、
伝説の中の重要人物に所縁あるものとして、
家系図を彼等のために描き上げ、
トロイのヘクトール神話にまで遡った。
両方の詩は、ローラントを広く、遠くまで有名にした。」

ここの記述、少し分かりにくい。
アリオストがエステ家に仕えていたことも知らなかったが、
彼は、エステ家の家系をヘクトールまで遡ったことは分かった。
が、シャルルマーニュの甥のローラントとは、
どのような関係になるのであろうか。

エステ家は、リストが「エステ家の噴水」など、
ピアノ曲を作っているが、
ローマ近郊に素晴らしい庭園が今でも観光地になっている。
中世以来のイタリアの名門である。

しかし、ネットでこのあたりを調べると、
「狂えるオルランド」がウィキペディアに出ていて、
オルランドはイスラムとの戦いを無視して、
アンジェリカを探していたので発狂したとか、
女戦士、ブラダマンテが、
敵軍のルッジェーロに恋をして、
エステ家の起源になった、
とか、いろいろ書かれていた。

何と、実は、ルッジェーロの方が重要人物で、
この人は、むしろイスラム方の戦士だったとは。
メドーロといい、ルッジェーロといい、
かっこいい若い英雄たちは、
みんなイスラムの兵士であった。

エステ家にとっては、
オルランドのような狂人よりも、
むしろルッジェーロやブラダマンテの方が重要だったようだ。

そう言えば、ヘンデルやハイドンの「オルランド」では、
この二人はすっかり消えてしまって、
オルランド、メドーロ、アンジェリカの三角関係の物語に、
すっきりさせられている。

エステ家と関係のない、ロンドンの王族や、
エステルハーツィの宮殿では、
よりアクティブで怪しいオルランドだけで良く、
アルチーナの魔法でへべれけになっている、
単なる優男のルッジェーロなどはお呼びでなかったわけだ。

そう考えると、ブラダマンテとルッジェーロは、
ヴィヴァルディのオペラでも、
どうも話を複雑にするためにしか出て来ない感じ。
さすが、お膝元のイタリアでは、
この二人を外すわけには行かなかったのかもしれない。

このように、
ハイドンの英雄喜劇の話を読んでいたつもりが、
エステ家の家系図や、ホメロスの叙事詩にまで遡り、
トロイのヘクトールにまで連なる話として紹介された。

このヘクトールが、どのようにエステ家と繋がるかが問題だが、
ルッジェーロが、実は、ヘクトールの子孫という伝説があるようだ。

ということで、オルランドやローラントは、
エステ家にとっては、
単なる、余所の家の馬鹿兄ちゃんという設定でも、
まったく差し支えなかったのであろう。

ただし、シューベルトのオペラでも、
このローラントは出て来るように、
ロランの方は、どんどん有名になって、
ヨーロッパの代表的な英雄になる。

「ヨーゼフ・ハイドンも、この主題に関しては、
よく通じた人であった。
彼がアリオストを読んでいなかったとしても、
エステルターツィの居城で、
17世紀の最後の四半世紀に大流行した、
数知れないアリオストの伝説、
神話中の人物に関する音楽劇に親しんでいたに相違ない。
彼は全ヨーロッパで100曲もの劇場作品が上演されていた、
当時の大オペラ作曲家、イタリア人の、
ピエトロ・アレッサンドロ・グリエルミによる、
『ドラマジョコーソ、狂気のオルランド』を、
上演しようとしていたと考えられている。
グリエルミの『オルランド』は、
1771年、ロンドンのキングス・シアターで初演され、
ある時は『騎士オルランド』、
ある時は、『オルランド・フリオーソ』として、
何度も再演されていた。
それはどんなものかと言うと、
美しい王女のアンジェリカが、
サラセンの戦士メドーロと恋に落ち、
気違い沙汰の嫉妬によって、
騎士オルランドが二人を殺そうと追いかけるもの。
妖精アルチーナの魔法があって初めて、
オルランドは、回復して、恋人たちは救われる。」

ハイドンは、このように、「狂気のオルランド」について、
とても良く知っていたと思われる。
が、それは「英雄喜劇」ではなく、
「ドラマ・ジョコーソ」(音楽のためのおどけ劇)であったようだ。
このように読むと、グリエルミが、
オルランドをどう扱っていたかが気になって来るが、
先に進むしかあるまい。

「貴賓の訪問がアナウンスされ、
エステルハーツィにおける、
この作品の新上演は明らかに行われなかった。
そして、宮廷詩人と宮廷楽長による新作初演で、
それは飾られることになった。
結局の所、エステルハーツィの王子は、
壮大に、『エステルハーツィの妖精王国』を、
こうした機会に開陳したかった。
驚く無かれ、ハイドンの雇い主は、
贅沢な宮廷ゆえに、『奢侈愛好家』とあだ名をつけられていた。
当時のヨーロッパの名士だったハイドンもまた、
この来賓、1780年代の初頭、
ヨーロッパ中を旅していた
ロシアの大公パーヴェル・ペトロヴィッチと、
彼の妻、マリア・フェードロヴナには、
すでにヴィーンで会ったことがあって、
さらによく知られていた。
彼は、ヴュッテンブルクの皇女として生まれた大公妃に、
『彼の作品の一つをレクチャーし』、
それゆえに『ロシア四重奏曲』と呼ばれる
作品33の弦楽四重奏曲の印刷したものを彼女に捧げた。
1782年の8月、大公夫妻はヴィーン再訪を望み、
さらにエステルハーツィにも足を運ぼうとした。」

今は2012年の7月の終わりであるから、
230年前のエピソードということになる。

このようにして、ハイドンは、
新しいオペラを書く事にしたのである。

解説はまだ半分あるが、これは、
次回、読み進めることにする。

では、このDVDの1枚目(第1幕)を聴いて行くことにしよう。

Track1.オープニングであるが、
シュターツオパー・ウンター・フォン・リンデンの外観から拍手。

Track2.
序曲は、弦楽器奏者がひしめいて、
かなり大編成に見えるオーケストラを、
ヤーコブズが柔軟に指揮し、
アーノンクールで聴いた時より、
情感に満ちた演奏に聞こえた。

時折写る管楽器やチェンバロの古風な感じも良い。

Track3.
ミニスカートに変な帽子をかぶって、
眼鏡をかけて鉄砲を振り回す、
めちゃくちゃなエウリッラに、
山賊風のリコーネの前に、
海賊風のロドモンテが現れる。

まったく羊飼いの親子と中世の戦士の
遭遇には思えない。
最初こそ、山間の村みたいな背景が見えているが、
途中から、真っ暗な森の中になる。

Track4.
かなり乱暴者のロドモンテが、
フランスの騎士を見たかという問いかけに、
エウリッラはアンジェリカとメドーロの事を教える。

Track5.
彼等がいかにいちゃついていたかを、
アリアで報告するエウリッラ。

Track6、7.
ロドモンテは、オルランドを探しに行くという。
自分が実はバルバリアの王で、
いかに強いかを語るロドモンテは、
剣を振り回して武勇団を歌う。
その間、リコーネの腕を切りつけてみたり、
懐から取り出したデジカメをエウリッラに渡し、
ポーズを取っているのを撮影させたりしている。

Track8.
塔の中にいる設定であるが、
どこであろうか、宿屋のような広い室内で、
アンジェリカが、
「この恋する魂はどうなってしまうの」
などと、歌っている。
この曲の豊かな情感など、
完全にモーツァルトやシューベルトに直結しそうである。
何だか、宿屋の女将みたいなのが一緒にいる。

Track9.
アンジェリカが、メドーロの事を思い、
魔術を使ってでも、苦痛を和らげたいと、
レチタティーボ。

Track10.
すると、いきなり、電灯が明滅し、
二人の女たちは、金縛りに会ったみたいに、
痙攣を始める。
オーケストラは、激しく雄渾な音楽を奏でる。
このTrack8、10などは、
この路線でハイドンが交響曲を書いていたら、
ロマン派はもっと早く来たのではないか、
などと思わせる程の色彩感と情緒性を持っている。

女将みたいな女性はいきなり表情がヤバい感じになって、
「魔女に何を求めるか」とか言って、
オルランドを恐れるアンジェリカを慰める。
何と、これがアルチーナだったのである。

Track11.
アルチーナはいきなり服を着替えて、
地味なものから白いドレスになって、
自分の力を誇示し始める。
この部分の音楽も、打楽器が炸裂し、
サーベルのようなものがガチャガチャ言って、
ものすごい迫力のものである。
怪しい魔物たちが現れるが、
みんなやっつけてしまう。

Track12.
メドーロ登場。
なかなかのイケメンで、アンジェリカと、
美男美女で、かなり説得力のある配役だ。
オルランドがどんなだかは分からないが、
このカップルには勝てない。
メドーロは、オルランドの従者に会った事を、
アンジェリカに告げる。

Track13.
メドーロがくよくよ悩むアリア。
ここにいれば、狂ったオルランドがやって来て、
アンジェリカに迷惑がかかると考えているのである。
このアリアも控えめなものながら、
情感としては深い広がりがあり、
弾奏されるハープの音色も美しい。

また、音楽が激しく高まるところも、
かなり、聴き応えがある。

ハイドンは、宮廷の音楽監督として、
数多くのイタリア・オペラを上演してきたから、
オペラに慣れていたそうだが、
実に、うまい曲作りである。

メドーロは鞄を持って行ってしまう。

Track14.
オルランドの従者、パスクワーレ登場。
色恋のことを妄想したアリア。
猟師だろうか、分厚いコートに、
でかい荷物を背負い、そこにはシカ一頭の姿もある。
口笛も使って、非常に効果的な演出。

Track15.
いきなりロドモンテが剣を抜いて襲いかかって来る。
非常に危ないキャラである。
そこに、エウリッラが、
オルランドがいた、などと報告したので、
パスクワーレは救われる。
すかさず、彼はエウリッラに言い寄る。

Track16.
早口によるパスクワーレのアリア。
面白い遍歴の日々が語られ、
日本にも行ったことになっている。
エウリッラはダンスなどに付き合いながら、
結構、喜んで聴いている。

背後の森の中では、
かなりヤバい恰好の乞食風の男が、
何か苦しんでいる。

Track17.
チェンバロの素敵な音色の序奏に続き、
森の中に、メドーロとアンジェリカが迷い込んで、
あいかわらず、付いて行く、それは望まない、
などとやっている。

「あなたは、もう私を愛していないのね」、
とアンジェリカが言い放つと、
Track18.の祈りのような後悔のような、
敬虔な情感に満ちた序奏が始まって、
「行かないで、愛する人」と、
アンジェリカは一転して、すがるような声を出す。
途中、「正義の神様、なんとひどい日なのでしょう」と、
技巧的な楽句を縦横自在に操る。
オーケストラの活躍もめざましく、
すごい拍手がわき起こっている。

Track19.
メドーロはアンジェリカを置いてくるが、
反対に、「嫌われたら生きていけない」などと言っている。

Track20.
何と、背後で苦しんでいた乞食風の白髪男が、
オルランドだったのである。

頭を抱えて森の中で苦しんでいる。
メロドラマ風に活発な管弦楽を背景に、
レチタティーボで呻き、
木々に刻まれたアンジェリカとメドーロの名前を見て、
遂には木を放り投げ、抱きしめて、
Track21.のアリアとなる。

木々が、クリスマス・ツリーの、
大きい版みたいなので出来る。
「幸せなメドーロとある、これは何事か」と大騒ぎし、
「アンジェリカ」の名前を連呼する。

このアリアはメロディ的な要素に乏しく、
とにかく、勢いで推進するもの。
途中、乱入して来る闘牛士みたいなのは、
リコーネだろうか。
オルランドはそれに突進を繰り返し、
遂には、再び、森の中に消えてしまう。

Track22.で再び、
パスクワーレとロドモンテが邂逅するシーン。
ロドモンテは、「どこにオルランドを隠した」と叫び、
行ってしまう。
すると、今度は、オルランドが現れ、
一緒に戦え、とパスクワーレに迫る。
すると、エウリッラが来て、
ややこしい状況に突入。

Track23.
「あの残酷な女はメドーロを愛しているのか」
「話さないと殺すぞ」と、オルランドは、
エウリッラに詰め寄る。
パスクワーレも一緒になって、
どたばたの三重唱になるが、
オーケストラは、この状況をあおり立てて迫力がある。

Track24.
舞台は変わって、あの宿屋で、アンジェリカが歌っている。
何故か、アルチーナは暇そうに、床に座り込んでいる。
管弦楽が奏でるのは、非常に劇的な喚起力のある音楽で、
「何てひどい苦しみの日」などと言う歌詞を盛り上げる。

そこに、パスクワーレやエウリッラが突入、
怒り狂った男が迫っております、
と注意するが、何とロドモンテまで入って来て大騒ぎ。

Track25.
何故かメドーロが戻ってきて、
恋人たちは向かい合って見つめ合い、
愛を確認し合う二重唱を歌い上げる。

「誰が僕を保護してくれるの」、
「誰が不幸な者を救ってくれるの」と、
あなたしかいない感が濃厚、お熱い限りである。
二重唱の密度が高まるにつれ、
音楽はどんどん崇高な雰囲気となって行く。
これは、全曲屈指の聴き所であろう。

シューベルトも、こうしたメロディを、
愛好したような気がする。
木管のオブリガード付きで、極めて優しい雰囲気が立ち込める。

このように平明でありながら、
心にしみいるメロディの創出は、
古典派から初期ロマン派において、
究極とも思える命題であったが、
ハイドンは、ここでは、素晴らしい高みに達している。

この演出では、ついついつられて、
パスクワーレまでが口ずさんでいる。

すると、魔女アルチーナが立ち上がって張り切って、
「愛と運命のご加護があれば、
ユピテルの雷にも打たれはしません」などと、
唐突に威勢の良い歌を歌い出す。

このような不自然な感じが、
このキャラクターの信用できない部分を表している。

さらにロドモンテが乱入して、
「守ってしんぜよう」と騒ぎ出す。
早口の大騒ぎが始まり、
躍動感のある音楽が、
終曲の盛り上がりを用意する。

パスクワーレなどは、
「主人がオルランドが大きな剣を手にしてやって来る。
ああ、恐ろしい」などと言っているのが面白い。

何と、オルランドが外から宿の壁を壊し始め、
銅鑼の大音響と共に、顔を突っ込んで騒ぎ出し、
斧を持って突入してくる。

原作では、オルランドは鉄の檻に閉じ込められるが、
ここでは、アルチーナの服でぐるぐる巻きにされている。

アルチーナは大騒ぎを扇動し、
魑魅魍魎が現れて一緒になって大騒ぎして幕となる。
音楽には再び雄渾なメロディが流れ始め、
爽やかに第1幕を閉じている。

第2幕以降は、2枚目のDVDに入っているようなので、
今回は、このくらいにいて次回、
第2幕以降を聴いて行こう。

得られた事:「『オルランド』や『アルチーナ』のような、ヘンデルのような名作の後で、ハイドンの作品は、第1幕のフィナーレのような大きな構成を生かした曲作りで、ヘンデルにない世界を獲得している。」
「『オルランド・フリオーソ』の隠れた重要人物は、エステ家の祖となるルッジェーロとブラダマンテであった。」
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by franz310 | 2012-07-29 11:01 | 古典

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その338

b0083728_13162835.jpg個人的経験:
シューベルト渾身の大作、
「フィエラブラス」は、
「 3幕の英雄ロマンオペラ」
とされていたが、
ハイドンの「騎士オルランド」は、
「3幕の英雄喜劇」である。
フィエラブラスは、
くよくよしている英雄であるが、
オルランドは、
前後見境ない英雄である。


そればかりか、何が英雄なのか、
ということも考えさせられるのが、
これら二つの大オペラの悩ましい点である。

二人には共通点がある。
それは、まったく英雄的ではない。
つまり、オルランドも、フィエラブラスも、
好きな人には、まったく相手にされないのである。
そればかりか、恋敵に腹立たしい現場を、
見せつけられるばかりなのだ。

つまり、ふたりとも、
単に失恋した主人公であるにすぎず、
我々が普通に想像するような、
英雄的な働きをしているわけではない。

もしも、英雄的であるとすれば、
共に騎士道盛んなシャルルマーニュ時代の物語、
という点しかない。

ただし、ここで断っておくべきは、
「フィエラブラス」の脇役であるローラントが、
イタリア語では、オルランドになっているということ。

つまり、「フィエラブラス」の中で、
最も英雄的な活躍をするローラントこそが、
オルランドの正体なのである。

さて、前回、この「騎士オルランド」を、
アーノンクールの指揮によるCDで第1幕を聴き、
このCD解説の前半を味わった。

結局、オルランドは、愛するアンジェリカが、
オルランドにとっては恋敵のメドーロと、
ラブラブ・メッセージを木々に書き付けたのを目撃。
失恋の苦悩に狼藉を働く寸前で、
魔女アルチーナによって、鉄の檻に閉じ込められてしまう。

このCDの海外盤解説は、ザビーネ・M・グルーバーという、
心理学者、音楽家、作家という顔を持つ人が書いている。

この前は、ハイドンのオペラ「騎士オルランド」の
成立の背景や、登場人物の概観までを記している部分を読んだ。

彼女の基本的問いかけは、
この作品のどこがおかしいのか、
ということであった。
オルランドが発狂して、めちゃくちゃするのも、
彼女には、まったく笑えないようなのだ。

解説の題名も、「現実的で真実」とあり、
失恋で狂気に至るオルランドが、
単なる「狂気の愛」に囚われた狂人ではない、
という結論だと言わんばかりである。

「プロットはテキストもそうだが、シリアスでも滑稽でもない。
しかし、ハイドンは、我々の予想を嬉しくも裏切って、
シリアスで滑稽な音楽をつけた。が、それもまんべんなくではなく。
彼は私たちを、様々な庭園の小道を導くが、
それがどこに行き着くのかは知りがたい。
どうしてハイドンはそうしたのか。
どうして、何故。
彼は明らかにユーモアと正確な心理的直感に対し、
素晴らしいセンスを持った輝かしい作曲家であった。
しかし、そこには他にも心に持つべきものがある。
我々が知らず、1782年の聴衆とは共有出来た何かを、
彼は知っていたのではないか。」

これが、グルーバー女史の仮説である。
これに対する考察が続く部分で展開されている。
しかし、難解至極で、私自身、理解できているか自信がない。

「『騎士オルランド』は、
19世紀にグリム童話が普及したのと同様、
国際的に普及したベストセラーからのエピソードである。
喜劇的な傑作、『オルランド・フリオーソ』は、
ルネサンス期の詩人、ルドヴィコ・アリオストが、
最初、1516年に出版したものである。
この叙事詩は46歌からなり、多くの幻想物語の母体となった。
リブレット作者は必要なものは、
それらのお決まりから持って来ることが出来、
今日に至るまで、
アリオストの作品は詩人、作家、映画製作者たちの、
隠された創造力の源泉となっている。
『オルランド・フリオーソ』を特別なものにしているのは、
大胆にも時間や空間を無視した作りにしている点である。
しかも、しばしばそれらは高度に個人的なコメントを伴う、
進行によって妨げられる。
歴史的背景はシンプルである。
シャルルマーニュ帝の時代で、
キリスト教の騎士(パラディン)たちは、
異郷のサラセンやムーア人とスペインで戦っていた。
しかし、アリオストは、これだけの中に、
恐ろしい逸話を盛り込んでいる。
1700ページをくだらない中、
彼は読み手に、イマジネーションの花火を開陳する。
ブラック・ユーモア、ずるがしこさ、様々な人生模様。
男らしい英雄は、くだらないことのために戦闘に参加し、
彼等の玩具、つまり馬や武器や妻などを守るために、
これらが基本原理になっている。
最後にはもっぱら、名声や栄誉に興味が行くのだが、
恋に駆られ、女を追い求める。
女らしい女たちも男たちのように戦うが、
それは愛のためである。
両方の性は、最新の技術を使って、
ナビゲーション・システム内蔵のトランスポート手段、
光のサーベル、タイム・マシーン、パリから中国、
果ては月まで行って帰る光速の航空機。
必要に応じて、大天使ミカエルや、
預言者聖ヨハネを、異なる星雲からおびき寄せることも出来る。
ラブ・シーンは、すぐに野蛮な戦闘シーンに取って変わられ、
そこでは頭蓋骨が裂け、ちょん切れた手足が、
キャベツの茎みたいに空中に飛び散る。
しかし、この戦闘もまた、しばしば中断し、延期される。
例えば、大理石のように白い裸体の処女が、
岩に鎖で繋がれ、海の怪物から救われるのを待っている時など。
一つのことは明らかである。
勇敢な英雄たちとされる人たちも、
おそらく、最も明らかなことを先にする。
人生はそのように生きなければならない。
この人生こそ、自由意志と、
天上と冥界からの両方からの超自然の力との、
最も現実的な混合物なのである。」

こんな考察で、ハイドンが、
シリアスで滑稽なオペラを書いた理由が、
納得できたであろうか。

よく分からないが、ハイドンは、
そこに人生そのものを見て取ったから、
と解釈すべきであろうか。

そして、人生は、意志にのみ帰することが出来るものではない、
ということ。この人生哲学を語らせたら、
ハイドンの右に出るものはいなさそうである。

グルーバー女史の次の命題は、
下記のようにあるから、いよいよ、
このオペラの解説の本題ということか。

「私は、さらに長さについて指摘することも出来よう。
私は不能の僧についての物語について語ることも出来よう。
また、高貴な女性が恋をした男が、実は女性だったという話も。
しかし、ハイドンのオペラに戻る時である。
または、その登場人物のさらに正確な経歴に注意を向けよう。
このことが、シリアスな側面でも、喜劇的な瞬間についても、
物語の緊張感に重要な影響を与えている。」

これらの人物に経歴(past)などあるのだろうか。
「アンジェリカが不安に思うのも不思議ではない。
これまで、彼女は男性を使うことはあっても、
何も関わったことがなかった。
次から次に、彼女は男たちに、
ばくぜんと、彼女の処女性を褒美にして、
彼女の取り合いをさせていた。
彼が必要としていたのはボディーガードであって、
もはや、これを必要としなくなった時、
彼女は彼等をふるい落として来た。
もちろん、処女性は保ったまま。
可愛そうなオルランドは、特にひどい仕打ちを受けている。
この方何ヶ月も彼は彼女のために、
日夜をいとわず彼女の敵たちと命をかけて戦ってきた。」

ヘンデルやヴィヴァルディのオペラ解説も読んだが、
こんな背景は、これまで、誰も語ったことはなかった。

「彼は叔父シャルルマーニュへの忠誠心の、
騎士としての誓いを、彼女のために破りさえした。
彼女を誠実に愛したことが、彼の不幸であった。
これによって、彼のみが理性を失うに到った。
そして、遂に、彼女が裏切り者と分かった時、
彼は衣服を裂き、武器を投げ捨て、馬を追い払って、
三ヶ月の間、気が狂ったように国中を駆け巡った。
彼は加害者なのか犠牲者なのか。
キューピッドは彼の味方をして復讐を決め、
槍を次々にアンジェリカに投げつけた。
ひどく傷ついたメドーロという、
サラセンの若者の上にかがみ込むまでに。
彼はブロンドの巻き毛を持ち、
彼女と同様に燃えるような瞳を持っていた。」

このあたりの背景は、
アリオストには描かれているのであろうか。

「優しい性格で、しかし、決して卑怯者ではない彼は、
彼の主人の亡骸を、命を賭けて埋葬したこともある。
アンジェリカは献身的に彼を介護し、
健康を取り戻させた。
そして、初めて恋に落ちた。
たぶん、これが、貰うだけでない、
与える恋を彼女がしたからであろう。
そして、それがメドーロを特別な存在にした。
アルチーナは、アンジェリカより良い存在であろうか。
良い妖精?冗談でしょう。
最初から、彼女は島の楽園の半分を、
妹から奪い取り、両方を手中に収めた。
彼女のお気に入りの活動は、
様々な薬で男たちを夢中にさせ、
したいようにして、飽きた時には、
彼等を木や植物や石にしてしまったのである。
ロドモンテは、荒々しく勇敢な戦士であった。
しかし、彼の恋人は、彼が向こうを見ていると、
他の男に身を委ねた。
彼は傷ついたからこそ、このように怒っているのである。」

これらの事も、どこまでが女史の妄想で、
どこまでがアリオストかは分からないが、
アルチーナが男たちを木や石に変えたことは、
ヴィヴァルディやヘンデルでも衆知である。

次の命題は、
「わたしはそれをすぐに聞き取った。
しかし、多くのリブレット作者は、
登場人物を改変したとはいえ、
オリジナルな個性は残っていた。
ほら、ハイドンの音楽そのものが良い証拠になっている」
というものだが、
グルーバー女史は、アリオストの精神が、
この19世紀も間近にした時期のこの作品から、
聞き取れるかということを模索しているようだ。

「作曲家はオルランド以外の登場人物をすべて誇張して描き、
キャラクターの本質にまで探りを入れ、
その本質をさらけ出す。
ハイドンはシリアスからコメディにジャンプして、
彼等を等身大の人物にする。
アンジェリカは苦しみ愛するほどに、
彼女の悪意が表に出て来る。
メドーロも好んでくよくよするが、
そうすればするほど真実の愛から隙間が出来る。
エウリッラとパスクワーレは、屈託のない魂だが、
彼等は、一緒にいるというより、愛の理想や愛の象徴の中にいる。
怒り狂ったロドモンテは、実際は好人物であることを隠せない。
アルチーナな何事にも大騒ぎし、
真実であるためには良い人に過ぎる。」

私は、このアルチーナが「悪い奴に決まっておる」
という感じの表現がたまらなく感じた。

つまり、ハイドンの書いたリブレットを鵜呑みにせず、
ハイドンの音楽を良く聞け、ということであろうか。
もっと言うと、当時の聴衆にとっても、
アルチーナなど、悪い奴に決まっているだろう、
という感覚があって、それを、
ハイドンは、ちゃんと表現しているということだ。

「オルランドが出て来た時のみ、
私たちは疑念から解放される。
そこのあるのは本物の感情であり、
真実の嘆き、真実の愛、真実の狂気である。
こうした狂人だけが本物であるとは、
何という悲劇的なイロニーであろうか。」

このように考察が終わるが、
最後に、女史はこう書いている。

「ハッピーエンドを好むすべての人のために、
私は一つの慰めを提供したい。
アリオストの物語として。
オルランドは決して改心薬で治癒されたのではない。
彼は本当に治ったのである。
どうやってそうなったのか。
アンジェリカで失われた、彼の心を、
アリオストによれば、
地上でしばし失われたものを保存してある月から。
彼の従兄が彼に戻したのである。
これがアリオストが月について言った全てであり、
月で探す他のものは書かれていない、馬鹿馬鹿しいことに。
それは、すでに地上にあるということであろうか。」

このように、アリオストを良く読んだ結果が、
反映された解説がようやく出て来たわけである。

では、前回聴けなかった第2幕以降を聴いて行こう。
CD2のTrack1.は、いったいどうしたわけか、
森の中のロドモンテとオルランドの立ち会いから始まる。

この前、オルランドは鉄の檻に閉じ込められたはずだが、
どうしたことであろうか。

ロドモンテが挑み、オルランドは、
「狂人め」と応えている。
狂人は自分であろう。

このCDの日本盤の解説には、
解説に当たった水谷彰良氏が、
最後に、
「この録音にはレチタティーヴォにカットが多く、
ブックレットの台本ではシェーナや舞台設定、
ト書き、人物の入退場の指示、
カット部分の台詞がすべて削除されています」
と苛立ちの言葉を残している。

「その結果、対話の繋がりに流れや整合性を欠き、
ドラマの理解のさまたげになっています」と、
ところどころで意味不明になることを断っている。

まあ、そう言うことなのだ。
深く考えずに聴き進もう。

Track2.ロドモンテのアリアで、
自分が強いということをアジテートするお盛んな歌で、
ゲルハーエルの渾身の熱唱が聴ける。
オーケストラも猛り、声と一体となった、
素晴らしい表現が聴ける。

しかし、この後、彼は去ってしまう。
何事だ?

Track3.情景が変わって、
海に面した野原で、メドーロが隠れ場所を探している。
エウリッラが、同情している。
わざわざ付いて来たのであろうか。

グルーバー女史が書いたように、
彼の心には、アンジェリカがあるのかないのか。

Track4.メドーロのアリアで、
私の心配が通じたのか、
「彼女に言って下さい。不運な恋人がここで死んだと」
とか、アンジェリカを思う歌である。

しかし、途中、
「ああ、それを言ってはいけない」とか、
「僕を愛して下さい」とか、かなり錯乱している様子。
こんなうじうじした内容ゆえか、
あまり華やかな歌ではない。
ドイツ・リートの源泉風の表現であろうか。

Track5.うって変わって、
陽気な方のカップルの話に移る。
エウリッラはパスクワーレが来るのを見つけ、
木の後ろに隠れる。

Track6.パスクワーレの勇壮なカヴァティーナ。
ティンパニが連打され、トランペットが打ち付け、
「偉大なパスクワーレを称えよ」と意味不明の展開である。

Track7.一人で酔いしれているのを、
エウリッラが驚かせる。
彼等の、いちゃついた会話が続く。

Track8.待ってました、
と言いたくなるような、
素朴な二人のデュエット。
完全にモーツァルト風のギャラントと、
民謡風を混ぜたような音楽。
途中、短調に変わるあたりもそんな感じ。

マリー・アントワネットが、
羊飼いの女に扮して歌っているような趣きである。

「私も愛の思いが、
ますます燃え上がるのを感じます」とあるように、
屈託のない愛の情景である。

Track9.
アンジェリカのアリアで、
彼女はアルチーナのところに身を寄せている。
もちろん、メドーロのことを思っている。

「穏やかな微風、緑の月桂樹、静かな波」
と歌われるお城からの雰囲気がうまく表され、
妙にエキゾチックな空気感がある。
ふっと浮かび上がる木管のソロの妙味であろうか、

終始、静かに情感を歌われ、
さりげなく技巧が凝らされているのも憎い。
非常に詩的な楽曲となっている。

Track10.アンジェリカは去り、
アルチーナが現れ、
「私はアンジェリカの愛を幸福に変える」
とか言っている。
グルーバー女史の言うとおり、
妙に、もったいぶった登場である。
同情しているというより、
暇つぶしという感じが良く出ている。

Track11.またしても、アンジェリカ。
「この森でむなしく恋人を探しています」という内容で、
レチタティーボで、海に至り、うねる波の中で死のうという。
このあたり、オーケストラが、彼女の決意の重さを、
じゃんじゃんじゃんと簡素ながら効果的に表している。

「死と向かい合いましょう」と、
身を投げようとするところでは、
かなり盛り上がって、
波の砕ける様子を示しているのだろうか。

すると、メドーロ登場。
「ぼくの偶像よ」、「生きているの」と、
盛り上がって、
Track12.の二重唱へとなだれ込む。
ちょっと月並みに、なだらかに歌う感じで、
「愛する心のなんと素敵な瞬間」、
「なんと嬉しいこのひととき」という所で、
少し、陰影がつけられる。

Track13.レチタティーボで、
「行きましょう」、「逃げましょう」とやってるうちに、
オルランドに捕まってしまう。
「わが胸に慈悲などない」と怖いが、
アルチーナが現れて、彼の力を失わせてしまう。
恋人たちやアルチーナが去った後、
彼には、くすぶっていた怒りが込み上げる。
そして、妙な幻覚を見るに至り、
Track14.のアリアに続く。
「私は何を見、何を聴いているのだ」と、
自分が混乱していることを苦悩したアリアである。

オーケストラもそれに輪をかけて、
へんてこな音型を発して、狂気を増幅する。

Track15.は、城内での呑気な方のカップル。
さっき、お城に行きましょうよ、
というのが、ここでは実際にまだ続いているのであった。
パスクワーレは、「私は卑しいしもべです」などと言い、
エウリッラは、「とても優雅に話すのね」と、
気に入った様子である。

Track16.では、
調子に乗ったパスクワーレが、
パリで百人の美女を魅了したという、
音楽の技を自慢している。
ヴァイオリンで魅了したと言っているが、
ヴァイオリンの妙技が出るわけではなく、
「スタッカート」とか「アンダンティーノ」とか、
田舎娘を煙に巻いているような趣き。
が、音楽のうまさをカストラートになぞらえ、
面白おかしく、高音を聴かせているところが興味深い。

この馬鹿騒ぎに合わせて、
オーケストラは様々な装飾で、
楽しい音楽を奏でている。

Track17.
ここに、ロドモンテとアルチーナが来る。
めまぐるしいオペラである。
ロドモンテは、「アンジェリカはどこにいるのだ」
とか言っているが、
彼は、オルランドを探しているのではないのか。
アルチーナは忌まわしい光景を見せるという。

Track18.
魔法の洞窟に、
オルランドとパスクワーレの主従がやって来る。
パスクワーレは、恐れまくっている。
オルランドは、彼に、魔女への伝言を伝える。
うまくいかないので、アルチーナを呼びつける。

ここでは、「復讐だ」とか、「残酷な鬼婆」とか、
オルランドが罵るごとに、
パスクワーレが、
「言ったのは私の主人ですよ」と補足しているのが面白い。
アルチーナは怒って、
遂に、オルランドを石に変えてしまう。

そこにアンジェリカやエウリッラたちもやってくる。
いったい、どうしたわけだろう。
とにかく、第2幕のフィナーレで、
めいめいが、それぞれの思いを口にしていて、
ついていけないくらいの展開である。

オルランドは、いったん、石から戻してもらえるが、
なおもアンジェリカを罵り、
アルチーナが去ると、それを追いかけて行くと、
洞窟が崩れる。

「恐怖が去り、不安が薄れ」という、
爽快な合唱で第2幕が終わる。

この主人公たるオルランドへの、
サディスティックなまでの扱いは、
いったい、どうしたことであろうか。

しかし、これまで見てきた、
どの幕も、オルランドがひどい目に会って終わる。
解説によると、オルランドの事は、
まったく笑えない、とあったので、
我々は、まるで身を切られるような、
自嘲を持って、この扱いを甘受しなければならない。

第3幕はいきなり、「レテ(忘却)の川のほとり」
となっているが、オルランドは、
さすがに死んでしまったのだろうか。

Track19.
冥界への案内役、船頭であるカロンテが、
幽玄な舟歌風の伴奏にのって、
「埋葬されていない霊は、冥府に行けません」
とか、呑気な歌(アリア)を歌っている。

Track20.レチタティーボ。
アルチーナが、偉そうに、カロンテに、
「忘却の水」をオルランドの額に注げ、
とか命令している。
悪い魔女のはずのアルチーナも偉くなったものだ。

Track21.伴奏付レチタティーボで、
オルランドが、夢うつつの声で、
「ここはどこなのか」とか言っている。
アンジェリカ、メドーロ、ロドモンテと、
暗い洞窟にいたのに、
何故、自分ひとりになったのか、
とか、妙に冷静な声になっている。

「あのヒゲもじゃの男は誰だ」などと言いながら、
まどろみに落ちながら、
Track22.のアリアを歌う。

眠いので、まったく迫力のない、
「ここは静寂の王国だ」などと言う、
錯乱の歌。

Track23.
ここでは、カロンテがオルランドに、
何らかの処置を行ったようだ。
「お前の失くした理性を呼び覚まさんことを」
とか言うと、オルランドは苦しみ、
「ああ、何と残酷な苦しみ」とか言っている。

Track24.
ここでも物語は急展開している。
「森の中」とあるが、メドーロは、
何らかのトラブルに巻き込まれたようである。

どうやら、戦闘があって、
彼は血だらけになっている。
恐ろしい事に、アンジェリカは、
「彼は死んでしまう」などと口走って、
逃げてしまうのである。

その後に、クレイジーな二人、
オルランドとロドモンテが駆けつける。

Track25.
「戦闘」という、勇ましい管弦楽曲。

Track26.
城の中庭で、アンジェリカ独り。
「これで私の悲しい人生の修羅場も終わりました」
と、メドーロが死んだと思って、
嘆きのレチタティーボ。

管弦楽伴奏は、かなり雄弁で、
その優雅な佇まいや、恋人の死を思う錯乱が交錯し、
極めて絵画的な情景となっている。

4分半にわたって、神頼みしたり、
絶望したり繰り返している。
第3幕で一番長い曲なので、
このあたりがクライマックスなのかもしれない。

Track27.
「無慈悲な定め、邪悪な運命」、
「この心はもう耐えられません」という、
何となく定石的な言葉が並び、
最後はコロラトゥーラで舞い上がって行く。

Track28.では、いきなり、
メドーロ回復の報が、アルチーナによってもたらされ、
ロドモンテが、オルランドが敵を敗走させたと報告する。
メドーロが現れ、オルランドも「もう忘れました」などと言う始末。
ちょっと待て、これでお仕舞いですか、
と言いたくなる結末である。

Track29.全員によるコーロ。
朗らかに鳴り響くホルンも爽快な終曲。
「もしも幸せでいたければ、
あなたを愛する人を愛し続けなさい」と、
分かったような分からないような歌詞が、
高らかに歌われる。
オルランドは、愛してくれない人を、
ひたすら愛するがゆえに不幸であった。
ということか。

得られた事:「ハイドンのオペラ『騎士オルランド』は、虚飾に満ちた展開の中、一番まともなのが狂人であるという物語。」
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by franz310 | 2012-07-22 13:19 | 古典

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その337

b0083728_13263029.jpg個人的経験:
ヨーロッパで大ヒットした、
アリオストの長編詩、
「オルランド・フリオーソ」
は、水戸黄門のような、
決まり文句によって、
(印籠や入浴シーンではなく、
英雄の発狂や魔女の活躍)
数多くの逸話が派生し、
それもあってか、
多くの大作曲家がオペラにした。


ヴィヴァルディの「オルランド・フリオーソ」、
ヘンデルの「オルランド」、
(他にも「アリオダンテ」と「アルチーナ」)が有名で、
次の世代(次の次くらいか?)のハイドンにも、
「ハイドンのオペラでは最高」とされる、
「騎士オルランド」がある。

ハイドンのオペラでは、「薬剤師」(1867)とか、
「月の世界」(1777)とか、
「むくいられたまこと」(1780)とか、
へんてこな題名のものが有名であるが、
私は良く知らない。

この「騎士オルランド」(1782)が、
それらより優れているかは、
当然、よく分からないが、
国内盤の水谷彰良氏の解説によれば、
「ハイドンの生前、最も人気を博し」たとあり、
作曲された当時30年間で、24都市で上演されたとある。

なお、この1782年という年は、
「まったく新しい方法で書かれた」、
作品33の「ロシア四重奏曲」の翌年、
「パリ交響曲」に先立つ年という感じである。

例えば、マルク・ヴィニャル著「ハイドン」
(音楽之友社、『不滅の大作曲家シリーズ』)
(岩見至訳)によれば、
「一七七三年から八三年にかけてハイドンは、
そのすべての注意を傾けていた八つのイタリア語オペラと、
マリオネット劇のための七つのドイツ語オペラを作曲する」
と書かれており、この時期の集大成のような位置に、
「騎士オルランド」が位置していることが分かる。

が、この本では、「勘違いの不貞」(1773)と、
「まことの操」(1776)を代表作としている。

しかし、このCD解説は違っていて、
「『騎士オルランド』は、音楽と着想の豊かさにおいて
ハイドンの歌劇創作の頂点をなすとともに、
18世紀喜劇的オペラの最高傑作の一つといっても過言ではない」
と解説を結んでいる。

実際にこれを購入し、これから鑑賞しようとする者には、
非常に期待が込み上げるものである。

ただし、ハイドンの音楽には、
からりと乾いたような爽快さや明晰さがあって、
このどろどろの三角関係を扱ったオペラに、
ふさわしいかどうかには疑問が残る。

最初の序曲からして、ぼくとつな音楽が打ち付けられ、
弦楽主体で、管楽器は補助的の域を出ず、
色彩にも乏しく、しっとりとした要素はあまりない。

主人公の猪突盲信ぶりを表しているのかもしれないが、
あまり美しい音楽という感じはしない。
単調な繰り返しが多い感じで、
この段階で、聴くのをやめた聴衆も多いと思う。

この演奏、日本盤帯には、
「2005年シュティリアルテ音楽祭で絶賛された」とあり、
「豪華歌手陣を動員した決定的解釈」と書かれているように、
アーノンクールの名演の一つのようである。

歌手には、プティボンやゲルハーエルを揃え、
オーケストラはウィーン・コンツェルトゥス・ムジクス。
かなり演奏としては期待して良さそうだ。

原盤はドイツ・ハルモニア・ムンディから出され、
日本ではBMGジャパンが06年に販売している。

ざっと解説を見回しても、
ヴィヴァルディやヘンデルともまるで違う内容で、
さきほども書いたように、
キーワードである、
失恋によるオルランドの発狂と、
魔女の登場が共通項か。

もっとも、ヘンデルの場合は、魔女の部分は、
アルチーナという別作品に集約されてしまったが。
(しかし、ゾロアストロという謎の人物が、
オルランドを治す。)

ヴィヴァルディとヘンデルの場合と同様、
主人公オルランドが発狂した原因である、
アンジェリカとメドーロの恋は健在。
ただし、魔法使いの存在は、どちらかというと、
人の恋路を邪魔するオルランドを懲らしめる感じで、
良い役のように見える。

CD1のTrack2.
山間の平原のシーンにふさわしく、
伸びやかな序奏の後、
このCDのブックレットに収められた写真で、
可愛い笑顔を振りまいている、
ソプラノのマリン・ハリテリウスが歌う、
羊飼いの娘、エウリッラが日々の退屈を嘆いていると、
父親のリコーネ(ヨハネス・カルパースのテノール)が来て、
妙な戦士が来たから逃げろという。

サラセン人を従えたロドモンテという戦士を演じる
クリスティアン・ゲルハーエルが、
英雄的な声を響かせる。
ただし、おとぼけの戦士らしく、
「わしは腹を立て憤慨しておるぞ」
などと、理不尽な戯言を叫んでいる。

Track3.レチタティーボで、
「フランスの騎士がここを通ったか」と、
オルランドを想定してロドモンテが訪ね、
エウリッラは、メドーロとアンジェリカが通ったと応える。

三角関係の3人の名前が出たところで、
当時の聴衆は、いよいよオルランドの物語が始まったことに、
期待に胸を膨らませたに相違ない。

Track4.
それに応えるように、わくわく感に満ちた、
エウリッラのアリア、「もし、あなたに言えたら」。
内容は、恋人たちの愛嬌や愛撫を見た、
という報告をしたもので、
かわいらしい羊飼いの娘が歌うことによって、
劇場はお色気で染まったことであろう。

Track5.
そんな報告を聞いている暇はないと、
ロドモンテは怒っている。
オルランドに劣らぬきちがいキャラである。

Track6.は、興奮が込み上げて、
ロドモンテのアリア。
「わしはバルバリアの王であるぞ」と名乗りを上げ、
いかに、怪物や巨人と戦って来たかを説明している。
ゲルハーエルは、シューベルトの歌曲で有名になった人だが、
そのせいか、今一つ、えげつない芝居っけでのど迫力はない。

ここで、我々は、この破壊的な男が、
オルランドと激突するのではないか、
などと想像すべきだと思う。

Track7.
ここは情景が変わって、「塔の下」とされ、
フルートの独奏によって、
雅な雰囲気が漂って、
いかにもという風情に切り替えられていく。
モーツァルトの室内楽でも聴いているような一瞬である。

そして、人気歌手プティボンの歌う。
ヒロイン、アンジェリカの登場。
「絶えず震えているの私の心は」と、
恋する女の心情をしっとりと歌い上げる。

Track8.は、レティタティーボで、
「魔術の力で苦痛を和らげる」とか、
「メドーロのためを思いましょう」
などと言っているので、
どうやら、魔女と手を組んだことが察せられる。
これは、ヴィヴァルディなどの例と似たパターンである。

ということで、このヒロイン、
なんとなく悪い奴という感じがつきまとう。

Track9.は、激烈なシンフォニアで、
「アルチーナ現る」とあり、
Track10.で、アルチーナのレティタティーボ。
「何を求める」。
アンジェリカが凶暴な騎士オルランドが
私のことで怒り狂っているので、
メドーロとここに身を寄せたと説明する。

Track11.はアルチーナのアリアで、
エリーザベト・フォン・マグヌスのメッゾによる、
モーツァルトを思わせる晴朗なメロディによって、
「私の眼差しだけで深淵ざわめき」という、
魔力が誇示されていく。

面白いリズムや楽器の音色も工夫され、
ハイドンは、劇音楽で、こうした多様さを実現したのに、
交響曲や弦楽四重奏曲においては、
もっと四角四面の表情しか見せなかったのは、
いったいどうしたことであろうか。

Track12.レティタティーボで、
アンジェリカが、
「アルチーナの言葉が慰めてくれる」というと、
メドーロは、なさけない感じで、
オルランドの従者と会ったことを告げる。
アンジェリカは、どこかに隠れるように言う。

Track13.メドーロのアリアである。
ヴェルナー・ギューラのテノールは、
ナイーブなメドーロの性格がよく出たもので、
とても格調高く、古典的なものながら、
低音の不気味な音型が、
「行くか、留まるか」の選択の出来ない、
彼の立場を際だたせる。

途中は、非常に英雄的な表現になって、
これがまた、ハイドンの作曲という、
先入観を打ち破る迫力を持っている。

Track14.はアンジェリカ。
メドーロ様が側にいてくれたら、
怖いものはない、と短いレティタティーボ。

Track15.では、
再びシーンが変わって森の中。
これは、ヘンデルのオペラにも通じそうな、
伸びやかな小唄になっていて、
オルランドの従者パスクワーレが登場。

マルクス・シェーファーというテノールが歌っている。

これまた、色っぽいもので、それに、
たららららららと楽しげである。
完全に、最初から、先ほどの羊飼いの娘、
エウリッラと好一対になっている。

時々、弾ぜられる素敵な音色はチェンバロか、
あるいはハープか。

何だか、オルランドの物語が、
ドン・キホーテのような物語になっている。
本来、シャルルマーニュの軍勢で、
一番の勇将であるオルランドの配下は、
一騎当千の猛者ばかりであるはずなのだが。

Track16.
呑気なパスカーレに、怒り狂ったロドモンテが、
声をかけ、挑戦して来るが、
うまい具合に現れたエウリッラが、
オルランドのことを口にするので、
ロドモンテは、「いざ一騎打ち」と行ってしまう。

パスカーレは、そのまま、
エウリッラに自分の自慢話をし始める。
どうやら、自分では、「戦士」で、
「立派な騎士」だと信じている様子。

Track17.
パスクワーレのアリアで、これまた陽気で楽しいもの。
いろいろな国を渡り歩いた話を歌にしたもので、
俺は日本にも行った、とあるから驚いた。

「俺は日本に行った、
クロアティアにも、ブレッサノーネにも、
プーリアにもソーリアにも」と続くが、
クロアチアはバルカン半島の国、
ブレッサノーネ、プリア、ソリアはイタリアの街だと思われ、
彼の頭の中で、日本がどうなっているかまでは分からない。

その前に「北京にも行った、タタールも見た」
とあるから、何やら東洋の国、
という認識はあったのだろうか。

しかし、どうやら彼は腹ぺこで、
何か食べたいらしい。

Track18.
今度は「噴水のある美しい庭」のシーン。
メドーロのレティタティーボで、
この場所を離れると言い出す。
アンジェリカは、オルランドは強くて危険だと諭す。

Track19.
アンジェリカのアリアで、最初は、
いかにも古典派の時代の歌曲という感じ。
しっとりした夕暮れの情景のオーケストラ。
「行かないで、私の美しきともしび」、
「あなたなしでは死んでしまう」と、
感情のこもった声で、アンジェリカは歌うが、
「その悲しげな目を私に向けて下さい」の部分では、
不思議な色調に沈むかと思えば、
強烈に声を張り上げるなど千変万化して楽しませてくれる。

交響曲や四重奏曲のハイドンからは、
こんな音楽は想像できない感じ。

Track20.
メドーロは、かなり動揺しており、
「誰か近づいて来る」
「もうお仕舞いだ」と、やけっぱちな台詞で行ってしまう。

Track21.
なんと言うことであろうか、
第1幕も大詰めに来て、
ようやく、主人公登場。
遠くから、「アンジェリカ、わが愛しの人」、
「どこに隠れているのですか」と聞こえて来て、
完全に恋の虜の状況であることが分かる、
ほとんどアリアのようなレチタティーボで現れる。

「呪う。宿命を背負うという者という
特権を私に与えた運命を」と、
狂気に至るにふさわしい名言を吐く。

そして、ロドモンテが現れるのを待つために、
泉で身体を休めるという。

が、彼が、そこで発見したのは、
アンジェリカとメドーロの名前が刻まれた木。
これこそは、オルランドを狂気に至らしめる、
水戸黄門の印籠のような小道具である。

ヴィヴァルディやヘンデルの場合、
木に二人の名前が書かれていたと思ったが、
このハイドンのオペラでは、
至るところに「幸せなライヴァルの憎らしい名前が」、
そして、ある木にはアンジェリカの名前が刻まれているとある。

Track22.
待ってましたのタイトルロールのアリアであるが、
「彼女はどこにいるのか」、
「何と奇妙な不安が私の心に押し寄せ」と、
完全に失恋に耐えられない、
男の心を打ち付ける傷手がぎりぎりする苦い歌である。
活発なオーケストラと一体となって、
この錯綜した音楽は、まことに不思議な印象を残す。

ミヒャエル・シャーデというテノールが受け持つ。

Track23.
せっかく出て来た主役であるが、
また、情景が森になって、
ロドモンテがパスクワーレをせっついている。
オルランドはどこにいるのかと怒っている。
すると、エウリッラが現れ、
何かを隠しているのをオルランドが見抜く。
話せ、というオルランドの調子に押されて、
エウリッラは、アンジェリカの事を話してしまう。

Track24.
ここからが、第1幕のフィナーレ。
ヘンデルでは、このような大きな終曲はなかったが、
これはこれで不思議な構成である。

まず、ここでは、オルランドとエウリッラ、
そしてパスクワーレを交えての三重唱が、
快活な音楽と共に盛り上がる。

Track25.
が、いきなりアダージョとなり、
「美しい庭」で、アンジェリカが、
死の恐怖を歌っていて、
そこにはちゃめちゃな感じで、
パスクワーレとエウリッラがなだれ込んで来る。
二人は、なんとパスクワーレまでが、
「お逃げ下さい、怒り狂った男がそこまで迫っています」
などと言っている。
アンジェリカは悩んでいるが、
そこにロドモンテがやって来る。

今一つ、アンジェリカとロドモンテが、
どういう関係の位置づけか分からないが、
ロドモンテはオルランドを宿敵と思っているし、
アンジェリカはオルランドを、
どうにかしたいと思っているのであるから、
一悶着あることを聴衆は期待せずにはいられない。

みなはロドモンテにも逃げろというが、
それがかえって、ロドモンテを発憤させる。
当然であろう。

Track26.はまたまたアダージョとなって、
物憂げな、しかし、爽やかなメロディが流れる。
何と、メドーロがまだまだぐずぐずしていることが分かる。
「ぼくはここで命を終えるのか」。

そこにアンジェリカが加わって、
「誰が救ってくれるのですか」などと唱和する。

この高貴な恋人たちに、
俗っぽい恋人たちが加わって、
「大いなる苦悩」とか、
精妙な四重唱となるが、
じゃーんと銅鑼だかシンバルだかが鳴って、
アルチーナが現れる。
アルチーナ役の声は、凛々しい感じで、
非常に印象的である。

ロドモンテまでが現れて、
アルチーナに、
「人間の能力では彼は屈服させられない」
などといさめられている。

ここでは、エウリッラがロッシーニみたいに、
早口でアンジェリカ、メドーロらに早く逃げろとせかし、
彼等もまた、パスクワーレまでが、
ぺちゃくちゃとものすごい騒ぎである。

これは面白い。

当然、ロドモンテが納得しているはずもなく、
アルチーナと一緒に、
オルランドを待ち受けようとするが、
アルチーナに姿を変えられてしまう。

私としては、大言壮語を吐くロドモンテのお手並み拝見、
という感じであったが、残念な気がしないでもない。
それにしても、人間業ではどうすることも出来ない、
オルランドの失恋パワーのすさまじさはどうだろう。
この時代の人は、こうした力がものすごいものであることを、
現代の我々よりも、強烈に実感していたのかもしれない。

オルランドは錯乱しているので、
誰が誰だか分からなくなっている。
遂に剣を抜こうとすると、
アルチーナの魔法が炸裂し、
じゃんじゃんとシンバルが鳴って、
オルランドは鉄の檻に閉じ込められる。

「何という奇蹟」という人間たちの合唱に、
アルチーナも混じって、
最後の合唱が繰り広げられて、
第1幕が終わる。

ということで、第1幕だけでも十分、
ものがたりとしてまとまっているようにも見えなくもない。
これでめでたしめでたしでも良さそうなものである。

このような構成は、ロッシーニのオペラにも見られ、
例えば、「試金石」のような作品は、
第1幕でそれなりに終わっているのに、
第2幕では、さらにめちゃくちゃ度合いが増す感じである。

ヘンデルやヴィヴァルディのオルランドでは、第1幕では、
まだ、木の幹のシーンすら始まっていない。
第2幕で、仲良くメドーロとアンジェリカが名前を刻み、
オルランドはそれを見て暴走してしまうのである。
ヴィヴァルディの場合、木々をなぎ倒すらしく、
オルランドの振るうのが、恐ろしい力であることが分かる。

さて、このCD、ドイツ盤は、
心理学者で音楽家、作家でもあるという、
ザビーネ・M・グルーバーが、
かなり難しい解説を書いていて、
これがまた、興味深い内容になっている。

題名が、
「騎士オルランド、現実的かつ真実の物語」
という意味深なもの。

「多くの人たちが芸術家は、
純粋に内的な衝動から作品を生み出すと信じている。
個人的には、偉大な作品はしばしば、
明らかに偶然の結果であると考えずにはおられず、
それが予想外の結びつきを経て、
芸術家を最終的に行動させるのである。」

このような一般的な命題のように書かれながら、
このあと、例証として、この作品特有の成立事情が語られている。

「『騎士オルランド』の台本は、そもそも、
ハイドンのために用意されたものではまったくなく、
ピエトロ・アレッサンドロ・グリエルミ(Guglielmi)の
オペラのためのものであった。
ハイドンは、1782年に、自身で、
エステルハーザ宮の楽長の職務として、
このオペラを作曲するということになると、
予想すらしていなかったと思われる。
彼の職務は、グリエルミのオペラの上演であるはずだった。
言い換えると、ルーティン・ワークであった。
しかし、突如、二人の貴賓到来のニュースが入る。
後のロシア皇帝になるパーヴェル・ペトローヴィチ大公が、
ビュルテンブルクの王女であった、
マリア・ヒョードルヴナとエステルハーツィ家に、
逗留したいというのである。
この音楽通に10年前の作品を再演して見せるなど問題外で、
あまりにもリスキーであった。
その代わり、グリエルミのリブレットを使って、
ハイドンは新作の準備を命じられた。
リブレット作家はカルロ・フランチェスコ・バディーニであるが、
グリエルミは、二度変更し、
一つはヌンツィアート・ポルタによるものであった。
この同じ、ヌンツィアート・ポルタが、
エステルハーザ宮の劇場監督に任命されていて、
レパートリーを選ぶ権限を持っていた。
しかし、状況は一変し、大公とその夫人は、
シュトゥットガルト(偶然、シラーがこの混乱を利用し、
有名なマンハイム脱出を図った)への旅程を変更、
その後もエステルハーザを訪れることはなかった。」

シラーは、このとき、23歳。
前年、マンハイムで、反権力的な「群盗」を上演して、
大目玉をくらい、監禁されたような身分であった。
マンハイムへの脱出は苦難の亡命生活の始まりであった。

「いずれにせよ、ハイドンはオペラを書き続け、
1782年12月6日、エステルハーザの劇場で、
ニコラウス公の名の日に初演された。
『英雄的喜劇』、『騎士オルランド』は、
ヨーゼフ・ハイドンの最もへんてこなオペラである。
何故だろうと思わずにはいられない。」

このように、この解説では、「へんてこなオペラの一つ」などとは書かれず、
「funniest opera」と断定されているのである。

「騎士はあるお姫様を愛しており、
しかし、彼女は別の人を愛している。
報われない愛は、騎士を精神病に追い込み、
彼はお姫様とライヴァルを亡き者にしようとする。
最後になって、良い妖精が無実の恋人たちを悪い騎士から救う。」

確かに、単純化すれば、それだけの話で、
これまで聴いた第1幕だけでも、
それはすべて描き尽くされている。

「それのどこを面白がらなければならないのだろう。
これは非常に深刻な物語に、私には思える。
メイン・キャラクターたちを、より良く見ることで、
もっとそれが明確になるであろう。
それから、何人かの登場人物を見ていこう。」

とあるが、次に続くのは、各人物の概略説明で、
彼女の分析の真骨頂はまだまだ後で出て来る。

今回は、この各登場人物の概観までを見ていこう。

「お姫様の名前はアンジェリカで、
中国北部のカタイから来ている。
彼女は魅力的で美しい。
事実、その美しさは伝説的で、
すべての中世の男たちが、多かれ少なかれ心に留めていた。
オルランドという名前で通っているくだんの騎士は、
フランク王国の者で、シャルルマーニュの甥である。
気違いで悪いオルランドは、
アンジェリカが他の男を愛しているというだけで、
彼女の追跡を開始した。
何も知らない哀れな子供。
アンジェリカの心を占めるオルランドのライヴァルは、
ハンサムなサラセンの戦士メドーロである。
当然のことながら、彼女は自身のこと、恋人のことで、
心胆を寒からしめることになる。
何という幸運の到来、良い妖精と知り合う。その名はアルチーナ。」

この名前を聞いただけで、
ヴィヴァルディのオペラ(1727)の時代の聴衆なら、
そりゃ、悪代官の方でしょう、となるはずだが。
ヘンデルの「アルチーナ」(1735)で、
可愛そうな魔女として同情を引いたわけでもあるまいが、
半世紀を経て、このオペラ(1782)では、
「かげろうお銀」ほどの名脇役になっている。

「人間を助ける良い妖精が、一種の洗脳テクニックによって、
悪いオルランドの狂気の愛を癒し、メドーロ共々お姫様を助ける。
ストーリーが単純すぎないように、
愚かな異教徒サラセンのロドモンテが、時々現れ、
クリスチャンや、フランクと見るや殺戮しようとする。
中世の一種のターミネーターが、
さまざまな状況で手当たり次第に突進するなど、
ロドモンテは、感情処理に問題を抱えており、
永久に怒り狂っている。
また、物語をシリアスにしすぎないよう、
高貴ではない恋人たちが、劇中で、
くちゃくちゃとりとめなくしゃべる。
羊飼いの娘、エウリッラとオルランドの従者パスクワーレである。
しかし、これら最後の三人の登場人物は、
語られる進行にはほとんど何の関係も持たない。
いわんや、羊飼いのリコーネ(エウリッラの父親)と、
オルランドの洗脳の仕上げをする、
黄泉の世界の舟人カロンテは、単純なエキストラでしかない。」

得られた事:「ハイドンの『騎士オルランド』は、ヘンデルのものより、さらに軽妙かつドラマティックで、早口でのまくし立てや、アンサンブルによる盛り上げなど、ほとんどロッシーニ。古典形式のシリアスな器楽作品群とは全く異なるハイドン像が発見できる。」
「劇の内容も魔女付きドン・キホーテの風情。従者は遍歴自慢で『日本』とも口走る。」
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by franz310 | 2012-07-15 13:28 | 古典

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その212

b0083728_2147374.jpg個人的経験:
前回、「緩徐楽章を、
メヌエットで挟む構成は、
当時の楽曲では、
もう1つの正当派であった」
などと書いたが、
これは今回聴くCDによって、
経験則としては納得できる。
このCDの解説は、
痒いところに、
ちょっと届きそうな解説付き。


というのは、ヨーゼフ・ハイドンが、
若い頃書いた、カッサシオとか、ディヴェルティメントを、
そこそこまとまった形で4曲聴くことが出来、
そのうち2曲が、上述の構成を取っているし、
解説にもこのあたりのことは、少しだけだが、
触れられているのである。

Ulrich Tankという人の書いた、
このCDの解説は、実に、これらの怪しい曲種について、
歴史的資料も用いて解説してくれているのである点が嬉しい。
私は、セレナードとかディヴェルティメントは、
シューベルトやモーツァルトの名品があるので、
身近に感じられるが、カッサシオンになると自信がない。

「ヨーゼフ・ハイドン:ディヴェルティメント集。
カッサシオン、ディヴェルティメント、ノットゥルノ、
これらの言葉は、18世紀には一般的であったが、
それが実際に何を意味して、
このように指定されたものには、
どんな違いがあったのだろうか。」

このような書き始めで、
大いに興味をそそってくれる。

ディヴェルティメントといえば、
モーツァルトが大きな管弦楽曲を多数残しているが、
ハイドンのものは微妙で、多いのか少ないのか、
実は、私もよく分かっていない。

大宮真琴著の新版「ハイドン」でも、
【管弦合奏曲】としては、
「管弦合奏用ディヴェルティメント(11-6声部)」
として、12曲(消失曲1曲)となっていて、
「9声部」が、Ⅱ:9、17、20、G1の4曲とされ、
「6声部」が、Ⅱ:1、11、21、22、10となっていて、
10は消失曲となっていたり、21、22は、
弦楽四重奏曲(作品2の3と作品2の5)に混入、
などと、複雑な事態になっていることが分かる。

とにかく、このうちの20,G1、1、11が、
このCDで聞けるので、以上の9声部、6声部ものの半数が、
上手い具合に収められているということになる。

さらに、「その他の声部数のディヴェルティメント」として、
Ⅱ:24(11声部)、Ⅱ:16(8声部)、
Ⅱ:8、Ⅱ:D22(7声部)の三曲があるらしい。

さらに、【管楽合奏曲】としては、
「管楽合奏用ディヴェルティメント」として、
「7曲;消失曲5曲;真偽不明曲1曲」とされている。
また、【弦楽合奏曲】としては、バリトンという謎の楽器のものが、
うじゃうじゃある。

弦楽四重奏曲のところを見ると、先に出てきた、
「作品2の3」と「作品2の5」は、
含まれていない形でナンバリングされている。
頭の中での整理は不可能に近い。

また、このCDでも、二曲が、
「カッサシオ(ディヴェルティメント)」と題されているように、
どちらにカウントして良いのか分からない状況のものは、
他にもいろいろあろう。

ホーボーケン番号も、
ここにある三曲目などは、
「Hob.Ⅱ:G1」となっていて混乱気味で、
番号ではなくアルファベットになっていたりする。
ちなみに、他の三曲は、Hob.Ⅱ以下が、
20番、11番、1番である。

「以下の定義は、当時権威のあった基本文献、
1802年オッフェンバッハで出版され、
『音楽理論、実践、古代、近代の技術用語の定義、
古代と近代の楽器に関する百科全書的網羅』を含む、
ハインリッヒ・クリストフ・コッホの『音楽事典』
から取って来たものである。」

ということで、ハイドン存命中、
われらがシューベルトは5歳の頃、
出版されたものすごい書籍のお出ましである。

私は、このコッホ氏に、
是非、ハイドンに直接、この曲は、
カッサシオですか、ディヴェルティメントですか、
と聴いて欲しかったと思うくらいだ。

なぜなら、下記にあるように、
どの曲種の解説も、まことに、心許ないからである。

とはいえ、カッサシオの解説を読むと、
『カッサシオしよう』などという言葉さえあったというのだから、
驚倒ものである。

「カッサシオ、イタリア語でカッサツィオーネは、
言葉上では解放するとか、解散するとか言う意味で、
実際には器楽曲のプログラムの終わりに演奏される楽曲を意味した。
しかるに、これは一般には、特にイタリアでは、
屋外や街路で夕方演奏される楽曲として知られている。
4つ以上の楽器のために書かれ、
どのパートもソロで演奏されるもので、
個々の楽章に決まった性格はない。」

ということで、いきなり、今回の主題である、
メヌエットが緩徐楽章を挟んだ形式というのは偶然、
という結論が出された感じがする。

「これらの作品は、
夜、美しい若い女性を窓辺に呼び寄せ、
恋愛のきっかけを作るために利用されたので、
恋愛アドヴェンチャーを捜すことを指す、
『カッサシオンしよう』という表現が生まれた程である。」

ちなみに、このCDの3曲に、
このカッサシオという名称が使われている。
カッサシオンするための楽曲集というわけだ。

「ディベルティメントは、2つ、3つ、
または、4つ以上の楽器のため、
また、それらが、それぞれ一人のプレイヤーのために
書かれた楽曲のジャンルの名前である。」

と続いて、何が、カッサシオンと違うんだ?
という感じがする。

違いが分からないから、このCDでも、
二つの名前が並記されているのであろうが。

「ポリフォニックでもなく、
ソナタのように、大きく展開されてはいない、
沢山の楽章からなる。
大部分、決まった性格はなく、単に音の絵画であり、
特別な感情や感覚を表現したものでもなく、
耳の楽しみに重点を置いたものである
ディヴェルティメントは、
先に人気のあったパルティーの人気が下降してから、
前世紀後半の初めに一般に流布した。
ハイドンやモーツァルトによって、
ソナタ形式が、入念に開発され、完成され、
長い年月を経て、いまや、四重奏や五重奏の土台となった。」

以上の説明で、もうここに収められた作品の作品名は、
すべて取り上げられたはずだが、
解説者は、「ノットゥルノ」についても書いている。
実は、シューベルトのピアノ三重奏の
小品の名前にも使われたノットゥルノという名称は、
このCDの曲目一覧にはでていないももの、
解説の中では、Hob.Ⅱ:20はノットゥルノだ、
と書いているので、非常にややこしい。

「ノットゥルノは、屋外、室内問わず
夜に演奏されることを想定された一般的名称である。」

ショパンやフォーレ、ドビュッシーの
ノクターンだかノクチュルヌが「夜想曲」と題されるように、
これくらいなら、想像はつく。
が、これが、19世紀初頭の権威的書物の解説だ、
という点を、じっくり味わうべきであろう。

「ソナタと同様、各パートは独奏で、
三つ、四つか、それ以上の楽器のために書かれたものを指すが、
特定に定まった性格は持たず、音の絵画で、
想像力や耳を楽しませるものである。」

ラフマニノフには、「音の絵」という、奇妙な作品があるが、
この1802年の時点で、そうした概念があったということになる。
決して、ベルリオーズが「幻想交響曲」まで、
こうした分野がなかった訳ではなかったということだ。

「これらの定義から、二つの基本的性格が明らかになる。
1.最も顕著な違いは演奏場所にある。
カッサシオンはもっぱら屋外の演奏用であり、
ディヴェルティメントは特に室内用であるにも関わらず、
ノットゥルノは、どちらでもよい。
2.これら三つの言葉は、偶然ながら、
特に、『決まった性格』のない複数楽章を、
複数の独奏楽器で演奏するもので、
まず第1に、『音の絵画』と、
『耳の楽しみ』のために意図されたものである。
これら三つの言葉は、『軽い』作品を指す言葉として、
カテゴライズすることも可能で、
ディヴェルティメントは、コッホが強調しているように、
より高尚なジャンル、弦楽四重奏曲の基礎として
位置づけられていた。」

このように、古い権威的な書物からの引用を含む、
曲種の解説は終わったが、以下、ハイドンにおける、
上記音楽の作曲に関する解説が続く。
しかし、成立に関しては、よく分からん、とのこと。

「ハイドンのこれらの、
管楽の、あるいは管楽と他の楽器との、
アンサンブルのために書かれたディヴェルティメントの、
明確な日付入りの手稿はほとんど残っていないが、
これらを彼の創作活動の初期のものと仮定と考えて差し支えない。
この想定は、ゲオルグ・アウグスト・グリージンガーの、
『ハイドンの年代ノート』(1810年、ヴィーン)によっても支持され、
ここでは、1750年代、若い作曲家が、
ヴィーンに住んでいた頃を述べた一節で、
『夕方になるとハイドンは、友人の音楽家を連れて、
通りに演奏に出かけたものだが、
彼らが演奏したものは彼が作曲したものであった』
と書いている。
(H.C.コッホに敬意を表するものの、
『カサッシオンしよう』というのは、
むしろ、めちゃくちゃなラテン語で、
『通り(Gassen)で演奏する』を意味するのに、
グリージンガーが使っている『cassaten gehen』に、
由来するのではなかろうか。)
初期作品だという他の糸口としては、
ハイドンが約一年(1759-60)、
ボヘミアのカール・ヨーゼフ・フランツ・モルティン伯の
宮廷楽長として働いていた時、
ピルゼン近郊のLukavecの城で夏を過ごし、
屋外でも室内でも、
こうした軽い音楽が奏でられたという事実がある。
また、1760年代中頃からの、
エステルハーツィ公への伺候の初期に、
こうした作品に集中していた事も知られている。」

このあたりのことは、大宮真琴氏の著書にも書かれていて、
「モルツィン家の楽団のおもな仕事は、
セレナーデや食卓音楽を演奏すること」とか、
「ハイドンが副楽長になって以来、
エステルハージ家の音楽家の職務は、
従前の教会音楽や食卓音楽および野外奏楽という仕事の他に、
大規模な管弦楽演奏や、弦楽四重奏などによる室内楽演奏が
活発におこなわれるようになった」
とか書かれている。

以下、CD解説は、各曲の解説となる。
「この録音にある4曲は、
とりわけ編成から、しかしそれだけではなく、
二つのペアからなる。
カッサシオンHob.Ⅱ:1とディヴェルティメントHob.Ⅱ:11は、
ノットゥルノHob.Ⅱ:20とカッサシオンHob.Ⅱ:G1がそうであるように、
作曲時期も近く(1765年頃)、
フレームワークや内部の詳細などの構成も類似である。
ト長調のカッサシオンHob.Ⅱ:1と、
ハ長調のディヴェルティメントHob.Ⅱ:11は、
6重奏曲であり、フルート、オーボエ、2つのヴァイオリン、
チェロとヴィオローネにより、
類似の4楽章構成:
1.ソナタ形式の速い楽章(アレグロ/プレスト)、
2.緩徐楽章(アンダンテ)、
3.メヌエット、
4.変奏曲(モデラート)、
である。
この型にはまった形式に、
息を吹き込まれた生命は、彼の熟達を証言するものだ。
ヴィオローネ以外の全ての楽器は、
その独奏や、様々な組み合わせでパッセージを強調する場面がある。
いくつかの例を挙げると、
フルート、オーボエ、第1ヴァイオリンが、
カッサシオン(Hob.Ⅱ:1)の第2楽章で、カデンツァのような、
コンチェルタンテなパッセージを見せ、
二曲ともトリオでは、
ピッチカート伴奏によるチェロ独奏があり、
二曲とも終楽章で、バスの通奏を背景に、
各楽器が独奏曲のように振る舞う。
両曲の特徴で、特別なのは、
いくつかの標題的な書き付けがあることで、
カッサシオンの終楽章は、『幻想曲』とされ、
ディヴェルティメントの第2楽章は、『夫婦』とされ、
ディヴェルティメントの全体は『誕生日』と書かれている。
これらの由来や意味は分かってないが、
ハイドン自身の創案でないことだけは確かである。」

このように、このCDに含まれる、
2曲目と4曲目の解説が先になっている。
ヴィオローネというのはあまり聴かない楽器であるが、
ヴィオラ・ダ・ガンバ属の最低音楽器なので、
コントラバス相当と考えればよさそうだ。
これは独奏がなくても仕方がない。

さて、ここで、各曲を聴くと、
まず、「誕生日」のディヴェルティメント(Hob.Ⅱ:11)
これは、ハ長調ということで平明でありながら、
非常に快活で楽しいもので、他の演奏を聴いたこともある。
さしずめ、ハイドンのディヴェルティメントの代表曲と考えてよさそうだ。
題名の由来は分からんとあったが、いかにも、そんな雰囲気の音楽。

Track6:プレスト(2分37秒)
非常に楽しげなお祝いの音楽に聞こえなくもない。
ヴァイオリンとフルートが活発にかけ合って、
ほほえみがもれて来る感じ。

Track7:アンダンテ「夫婦」(3分22秒)
ここでは、ヴィオローネの低い音と、
ヴァイオリンの高い音が並行して穏和なメロディを奏で、
これまた、年配の夫婦の落ち着いた会話を思わせ、
ハイドンもそんな風景を想像して作曲したのではないか、
などと自然に思える。

Track8:メヌエットとトリオ(3分4秒)。
典雅で上品なメヌエットである。
いくぶん取り澄ました感じも、何となく初々しく、
トリオのチェロ独奏も、ここぞと威厳を見せているようで楽しい。

Track9:終曲、主題と変奏、モデラート(9分36秒)。
主題は第2楽章に似て、ヴァイオリンとバスが、
並んで進んでいくような感じ。
チェンバロの音色も美しく、
モデラートというだけあって、
後のソナタの主流となるような快活さはないが、
とても心温まる終曲である。
チェロ独奏、フルート独奏、ヴァイオリン独奏、
オーボエ独奏と、各奏者が楽しげに出番を待ち、
このゆっくりとしたテーマを繰り返していくので、
10分近くかかるのである。

ベートーヴェンが「英雄交響曲」で、終曲を変奏曲としたのは、
こうした前例を見ると、別に新機軸でもなさそうだ。
モーツァルトのクラリネット五重奏曲もそうだった。

次に、カッサシオン ト長調 Hob.Ⅱ:1。
これは、晴れてホーボーケン番号1に分類されているもの。
Track15:アレグロ(3分27秒)。
出だしから弦楽と管楽の対比が美しく、
特に、フルートとオーボエの管の重なりが、
夢のような色彩を醸し出して美しい。
楽想も、緊張感をはらむ一瞬もあって、
前の曲より立体的である。

Track16:アンダンテ・モデラート(6分47秒)。
これは、内省的なヴァイオリンの歌に、
木霊のような木管の和声が唱和する音楽で、
叙情的で、エマーヌエル・バッハを思い出したり、
もっと後のロマンティックな音楽を思い出したりした。

Track17:メヌエットとトリオ(1分57秒)。
無骨なメヌエットである。
性格的には曖昧でもよいというカッサシオンながら、
完全に交響曲などの原型になている。
トリオのチェロも雄弁で短い楽章ながら、
印象的な効果を持つ。

Track18:幻想曲。モデラート(7分48秒)。
広がりのあるメロディーで、
大きくバスが波打って、
CD解説にあったように、
その上を各楽器が活躍し、
パッサカリアみたいに荘厳である。
あるいは、パヴァーヌのように優雅と、
言っても良いかもしれない。

ハイドン研究の権威、
故大宮真琴氏は、これらの作品に対しては、
いたって冷淡で、「両曲とも1750年代の作曲と考えられている」
と書いているだけであるが、
とても聴き甲斐のある音楽である。
どの曲、どの楽章も、何よりもメロディーが美しいし、
楽器の魅力を、前面に引き出している。

しかし、古典期の弦楽四重奏曲が、第1ヴァイオリン主導型というので、
てっきり古い音楽は、みなそうかと思っていたが、
意外にソロイスティックなものも多く、
シューベルトの「ます」などは、
そうした原点に戻ったという側面がありそうである。

また、ハイドンの初期作品が、
あまり演奏されないのは、詰まらないから、
というのもウソのようだ。

では、残りの9声部のものも、CD解説を見てみよう。
「他のペアをなす二曲、
Hob.Ⅱ:20とG1は、もっと大規模なもので、
二曲同様に9つの楽器、
2つのオーボエ、2つのホルン、2つのヴァイオリン、
2つのヴィオラ、バスによるもので、
同様に5つの楽章、アレグロ、メヌエットⅠ、
アダージョ、メヌエットⅡ、終曲(プレスト)からなる。
その機知と若々しいひらめきは、
先の二曲と同様である。
性格的には、それほどコンチェルタンテではなく、
おそらく、それが、この曲らが、
もっと早い時期のものであるという証拠になろう。
ハイドンの伝記を書いたC.F.パウルが、
『庭園の音楽』と書いたような性格を持つこれらの二曲は、
1757年以前のものであろう。
カッサシオン ト長調 Hob.Ⅱ:G1は、
絶対にハイドン作品であるかどうかは分からない。
彼を作者とする直接的な証拠はまだ見つかっていない。」

ということで、後にアイブラーが採用する、
緩徐楽章をメヌエットが挟んだ形式の原型の一つを、
ここに聞き取ることが出来る。

しかも、二曲あって、いずれも同じである。
今回聴いた4曲のうちの2曲が、
交響曲やソナタの原型のような4楽章であるのに対し、
他の2曲が、この形の5楽章構成なので、
昔は5割の確率で、こうした、
メヌエットサンドウィッチがあったと考えても良さそうだ。

カッサシオン(ノットゥルノ) ヘ長調 Hob.Ⅱ:20。
この曲は、一連のHob.Ⅱのものでは、大きめの数字を持っているが、
どういった順番なのだろうか。

カッサシオンは、窓辺に女性を呼び出す音楽とあったが、
そんな感じはせず、室内の祝典のための音楽に聞こえる。
宮殿の室内調度の、品の高さを感じさせる。
編成が大きいことも、それを助長する。

しかし、チェンバロが入っていないので、
屋外用とされているのだろう。
解説では、「ノットゥルノ」と呼ばれていたが、
「夜曲」として聴いてもいいかもしれない。

Track1:アレグロ(モルト)(4分7秒)。
総奏で始まる力強い音楽である。
ホルンの豪壮な響きも野趣を感じさせ、
ヴァイオリン主導的に、ぐいぐい進んでいく感じ。

Track2:メヌエットとトリオ(4分3秒)。
この楽章も、シンプルながら、
響きが厚く、メヌエットと言っても、
もっと雄大な感じがする。
トリオは、ヴァイオリンの掛け合いに、
木管が応えて、幻想的である。

Track3:アダージョ(5分47秒)。
物憂げで、楽器の綾も美しい緩徐楽章である。

Track4:メヌエットとトリオ(2分54秒)。
のんびりと間延びしたような、
いかにもハイドン的なユーモアを感じさせるメヌエット。
トリオも、何だかおどけたようなもので、
ホルンが響き渡って、オーボエの強い音色が華を添える。

Track5:終曲(プレスト) (2分7秒)。
この楽章は、ゆっくりとしたメロディーに、
急速なパッセージが絡まって、とても、変化に富む、
スリリングなものである。

あと、真作か分からない「G1」という謎のナンバリングのものがある。
しかし、聴くと分かるが、最も変化に富み、
充実した楽曲だと分かる。
この曲には活発にチェンバロが入る。
屋外音楽として演奏してはいない模様。

カッサシオン ト長調 Hob.Ⅱ:G1。
Track10:アレグロ・モルト (1分58秒)。
力強く推進力があり交響曲風の迫力がある。
しかし、2分に満たないというのが面白い。
中間部で木管が影を差す情緒も美しい。
ハイドンの真作として認定したい作品である。

戸外でこんな楽しげで魅惑の音楽が鳴り始めたら、
どんなにお高く止まったお嬢さんでも、
顔は出さずとも、窓辺で聞き惚れること請け合いである。

Track11:メヌエットとトリオ (3分41秒)。
楽器の音色の重なりも重厚なメヌエット。
荘厳で、しっかりしたメロディーも美しく、聴き応えがある。
トリオも、瀬戸物細工のように愛らしい。

Track12:アダージョ (3分24秒)。
繊細なヴァイオリン独奏が滑り込んできて、
夜の庭園のかぐわしい空気を感じさせる、
ロマンティックな音楽。バスの動きが、情感を盛り上げる。
この曲がハイドンの目録から外れたら、
かなり寂しく思えることだろう。

しかし、これら9声部の管弦楽アンサンブル曲を、
大宮真琴氏は、1760年前後の作曲と考えられる、
と書いているのみ。

Track13:メヌエットとトリオ (3分34秒)。
楽しげな楽想で、屈託なく、独奏的な装飾も美しい。
トリオでは弦楽のピッチカートを背景に、
ホルンとオーボエが天空に舞う。

Track14:終曲(プレスト) (1分58秒)。
つま弾きのような開始部から、
何かわくわくさせる雰囲気で期待を高める。
非常に魅力的なプレストである。

カッサシオンが、通りの音楽だろうと、
恋愛の音楽だろうと、女性を窓辺に呼び寄せるものに相違なく、
一緒に遊ぶ感じを出すにはメヌエットが一番だったかもしれない。
しかも、その間に、アダージョという叙情的な部分を入れる。
もちろん、男性の心理描写であろう。

このト長調のカッサシオンを見ると、両端楽章は、
共に2分に満たない。
つまり、初めは女性を呼び寄せるもの、
終わりは立ち去るか連れ去るためのもので、
アバンチュールの交渉用としては、
本質的ではないので短いのかもしれない、
などと勝手な空想をしてしまった。

これを読んで信じないように。

そう考えると、このメヌエットサンドウィッチ構成は、
とても合理的な楽章配置ではないか。

演奏は、以前、ハイドンの交響曲の室内楽バージョンで取り上げた、
リンデ・コンソートのもので、自信に満ち、
楽器の音色も輝かしく、傾聴せざるを得ない名演奏である。
録音もしっとりとして美しい(1986年、教会内の録音)。

表紙デザインは、エステルハーツィの宮殿の風景画であるが、
人も閑散として、庭園もよく見えず、砂地が殺風景である。
まさか、こんな所まで、若き日のハイドンが引き連れたような、
流しの楽隊は来たのだろうか。

ということで、デザインは格調高いが、少々、物足りない。
これまで読んできたように、カッサシオンは、
限りなくパッショネートな側面があったはず。

しかも、作曲したのは若き日のハイドンである。
1750年代、60年代といえば、32年生まれのハイドンは、
まだ20代だったかもしれない。

もっとギャラントできらびやかなデザインがよい。
夜中にぎらぎらする下品なものでもよい。
そうしないと、先入観で、
いつまでもハイドンは、パパ・ハイドンで、
死後200年を超えても復活しないかもしれない。

まあ、この絵画のような宮殿に、
お抱えになった後で書いた音楽は、
そんな下心はないのかもしれないが、
それだと誰にも無関係な飾り物になってしまう。

ハイドンの機知は、本来の意図を封じ込めているに相違ない。

得られた事:「カッサシオンは、ナンパ活動に重要で、かつ、需要ある音楽。二人で戯れるメヌエットに、心情告白のアダージョが挟まる。」
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by franz310 | 2010-02-06 21:33 | 古典

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その163

b0083728_0313582.jpg個人的経験:
ハイドンが晩年に、
集中して作曲した
ピアノ三重奏曲は、
3曲セットで
出版されたものが多いが、
2曲だけが、
各々、単独で出た。
そのうちの一曲、
HobⅩⅤ:30は、
前回のCDに収録済み。


ということで、今回のCDは、もう1曲、HobⅩⅤ:31を含むものだ。
何だかわからないが、一応、ハイドンのピアノ・トリオは、
後期の18曲を、いろいろなCDでかき集めることが出来た。

さすがに、HobⅩⅤ:31だけではCDが埋まらないので、
このCDには、作品75から、HobⅩⅤ:27、29が収録されている。
また、冒頭には、あの「ジプシー・ロンド」の、
HobⅩⅤ:25が収められている。

何故、作品75のHobⅩⅤ:28を仲間はずれにしたのかは分からない。
演奏しているアベック・トリオ(Abegg Trio)は、どうやら常設の3重奏団なので、
ハイドンの名作は、このあたり、と取捨選択したのだろうか。
確かに、代表作のような作品75を中心に、有名なHobⅩⅤ:25を加え、
さらに、不思議なタイトルを持った、HobⅩⅤ:31を加えたと、
考えることも出来よう。

このCD、TACETレーベルというドイツのもので、
目の赤い気持ち悪いハイドンの肖像画が表紙になっているが、
CDのケースを開くと、チェロのBirgit Erichsonが美人で許す、
という感じである。

ピアノは、Zitterbartという、小太り&ロン毛。
ヴァイオリンはBeetzという無精髭。
いずれも変なおっさんたちで、にやけている。
ただし、彼らが、使う楽器は現代のもので、ピアノは、
ベーゼンドルファー・インペリアルとある。

ちなみに、カバー・ペインティングは、
ホルスト・ヤンセンという人が書いたようだ。
スケッチで、紙の質感が独特だが、
この人は、ハイドンをどう思っているのだろうか。
見た感じ、とにかく、怖い。
我々が、シュレーター夫人との密会の場に、
突然、踏み込んでしまった時のハイドン、
といった感じだろうか。

この表紙にも増して、解説が独特である。

例えば、先のHobⅩⅤ:25に関して言えば、
こんな感じなのである。

「ト長調のトリオは、活発なハンガリー風ロンドと、
いつも併せて語られているのは、理解できないことではないが、
コントラストをつけるための中間部を持たないかわりに、
それにもかかわらず、いや、おそらくそれゆえに、
終わることないような緩徐楽章(slow movement)については、
どこかで、もっと適切に語られたであろうか。
ありがたくも、これは、ハイドンの最も美しい
カンティレーナの一つではないだろうか。
(恐らく、このことは、チェロを細心の考慮で演奏した、
この録音を通じて、初めて正しく評価されることであろう。)」

といった具合に、
このCDは、自分たちの解釈が最高であると、
決めつけてくれている。
確かに、この曲は対抗馬が多く、
新しい録音を放つサイドには、
これくらいの乗りを期待したいものだ。

オリジナル楽器ではなく、現代の楽器で弾いているせいか、
響きがたっぷりとして、非常に豊かな印象。
ピアノは輝かしく、
ヴァイオリンも、鈴のように鮮やか、かつ愛らしく響く。
チェロは滑らかなビロードの質感をキープして、
不思議に心地よい音響空間を形成している。
この解説者が言うことも分からなくはない。

柔らかな敷物の上に置かれた、上等の調度品のようである。
なるほど、ハイドンは、こうした構成感を重視していたのか、
という感じ。

ベートーヴェン以降のトリオでは、何となく、
3つの楽器がタッグを組んだ、
トライアングルのような構図が目に浮かぶが、
ハイドンの美学では、おそらく、それはお下劣。
母なる大地のチェロの上に、ピアノの小川が流れ、
その水面には、ヴァイオリンの花が咲いている、
そんな風景である。

緩徐楽章も、夢見るように美しい。
終楽章も非常に冴えた音楽。
かつて取り上げた、
ロンドン・フォルテピアノ・トリオの演奏は、
ここが全く面白くなかったが、
アベッグ・トリオで聴くと爽快である。

それにしても、この解説者は、アベッグ・トリオの、
アドバイザーか何かなのだろうか。

「1795年、ハイドンは、
他の二つと一緒にこの三重奏曲を、
レベッカ・シュレーターという、
1792年の最初のロンドン訪問で知り合った、
美しい未亡人に捧げている。」

ついに、「60歳を越える」と書かれていた婦人は、
「the beautiful widow」にまで格上げされた!

「『私は、本当にあなたにお会いしたく、
耐えきれずにいます。
そして、私はもっともっと出来るだけ、
あなたの近くにいたい。
事実、愛しいH様、人として可能な限り、
あなたに、最も深い、最も優しい愛情を感じております。』
このような手紙に対するハイドンの答えを、
1795年の日付を持つこのトリオのポコ・アダージョに聴くのは、
それほど的外れではないだろう。」
これは、第二楽章のことである。

「彼にはこうした方法で感情を伝えることを、
確かによく行っており、貴族の友人、
ゲンツィンガー夫人に敬意を表して書いた、
ソナタのアンダンテについて、
『はっきりと、その重大さを、あなたにお伝えします。
機会があれば、あなたに言葉でお話ししますが。』
彼は年を取っても人を魅了するほど賢明で、
特に婦人に対してそうであった。
そして、そのことを一番驚いていたのは、
彼自身で、それが、彼にこうした皮肉な言葉を吐かせた。
『私の外見の美しさによるものではありえない。』
それは、事実ではなかっただろうが、
その音楽そのものにも言えることかもしれない。」

このような解説を書いているのは、いったい誰かと、
見ると、Jan Reichowとある。

何故か、この曲は冒頭に収録されているのに、
解説では最後に登場する。

今回、特に聴きたいと思った、HobⅩⅤ:31は、
このHobⅩⅤ:25の次に収録されているが、
以下のような解説で紹介されている。

この曲は、たった二つの楽章しかなく、
第二楽章に、「ヤコブの夢」という、妙な標題がついている。
それが何であるかが、ここには明快に書いてある。

E flat minor Trio
「ハイドンは1795年に作曲されていた、
表出力豊かな変ホ短調のアンダンテ・カンタービレの楽章を、
前年に書かれていたアレグロ(ベン・マルカート)と一緒にして、
後の楽章に書かれていた、
『ヤコブの夢のソナタ』というタイトルを消去した。
このほのめかしは、最初の演奏者であった
アマチュア・ヴァイオリニストが、
楽器の高音を響かせることを好んでいたことを、
ヤコブが夢の中の天国に続く梯子になぞらえたものである。
ハイドンは、恐ろしい高音で、また、
最も困難なところが終わったと思った所で、
ヴィルトゥオーゾですらマスター困難な、
高音の6連符を繰り出して、彼を驚かせた。」

確かに、リズムが、よっこらせ、よっこらせ、
といった感じで、梯子を登って行くような感じがするし、
高音で意味不明の囀りを繰り返すヴァイオリンの効果も面白い。

このように、絵画的に特徴的な第二楽章から、
先に記述されているが、その3倍近い長さを持つ、
第一楽章がより重要である。
非常に意味深な、ニヒルなメロディで始まるもので、
それについては書かれていないが、
そこから派生し、展開されて行く音楽については、
うまいこと書いてある。

「こんな機知に富んだ伝記的詳細も、
この楽章が、巨大な第一楽章と同様、質的に重要な、
『精巧で洗練されたスタイルのドイツ舞曲』(ローゼン)
であることを無視させることは出来ない。
ハ長調のトリオの第一楽章にも似て、
『連続したダンスの軽快さが常にあるものの、
メロディも何もない、断片から、
組み立てられているように見え、
長い経験からしか考えつくことが出来ないもの』(ローゼン)
となっている。」
まったく、何も起こっていないような音楽でありながら、
気がつくと、このCDの中でも最大の規模の楽章に発展されている。
独白のような内省的な音楽で、続く楽章の華やかさとは、
好一対となっている。

以上、見てきたように、このCDの解説は、非常に凝ったもの。
全5ページ以上あり、最初の1ページあまりを使って、
「鑑定、偏見」という題名で、
後期ピアノ・トリオに対する彼の見識を披露している。
が、非常に饒舌かつ衒学的であり、難解。
しかし、何となく主張は分かる。
これまで、何度か出て来たが、
チャールズ・ローゼンという音楽学者
(ピアニストでもあった)の、
「The Classical Style」という著作を正々堂々と参考文献に上げている。

「音楽の鑑定と偏見は演奏会の合間の会話を活気付け、
他の分野の鑑定と偏見より根強いものである。
『アルバート・アインシュタインは誰か』という問に対し、
誰も2流のヴァイオリニストという答えを受け入れはしまい。
また、『フリードリヒ・ニーチェは誰か』という問に、
『平凡な作曲家』という答えも受け入れがたい。
しかし、ハイドンのピアノ三重奏曲に対し、
『かわいそうなチェロ!』と言っても、
すべての人がそれを受け入れるであろう。
ほとんど知られていないがゆえに、
音楽そのものが到達した高さについては何も語られておらず、
実際の、または想像上の弱さだけが、一人歩きしているのである。
ハイドンのトリオのチェロは、
いつも、単にピアノの低音の補強にすぎないと言いながら、
しかも、誰も、それがどんなに魅力的に響くかを聴いた事もない。
当時、それは、単に愛らしく響いたのみならず、
実用にも適っていて、ハンマークラヴィーアだけの低音は、
全く弱すぎたのである。
アーヘンから来た素晴らしい女流ピアニスト、
テレーゼ・ヤンセン、彼女の結婚の際には、ハイドンは証人になった。
それから、彼のために写譜をした若い未亡人レベッカ・シュレーター、
彼女の誠実な愛情に彼は確かに報いた。
彼女らのために書いたロンドン・トリオを、
ハイドン自身は、実際のところは『ソナタ』と呼んでいた。
すでに60歳を越えていた、作曲家の人生に、
想像力の跳躍をもたらしたのは、
ロンドンの街の文化的背景だけがあったわけではなかったのだ。
現代に到るまで、これらのトリオに対する最も的確な評価は、
英語圏から発信されている。
『バランスよく、形式的にも磨かれ、
アイデアと情熱、独創に溢れ、
これまで書かれた最も完璧な三重奏曲。』(William Klenz,1966)
『これまで書かれた最も偉大な音楽を、
弁護しなければならないとは、
何と奇妙なことであろか。』(Charles Rosen,1983)
これは誇張された事に聞こえるが、
チャールズ・ローゼンによって表明された意見は、
彼の重要な著作、『The classical style』に出ていることから、
非常に重要である。
これは、音楽学の偏狭な視野から離れて、
いかに素晴らしい音楽に正確に、かつ、分析的に接するかを、
教えてくれる本なのである。
ローゼンの評価は、ピアニストであれば無理もない、
いっときの思いつきから来たものではない。」

この後に、前に、ブラームス・トリオの解説に出ていたのと、
同様の言葉が出て来る。さては、あの唐突な言葉は、
ここからの引用だったのだろうか。

「『これらのトリオは、実際、モーツァルトの協奏曲と並んで、
ベートーヴェン以前に書かれた、最も華麗なピアノ曲集なのだ。』」

「このようにローゼンは書き、ハイドンの交響曲、四重奏曲といった、
巨大な作品群と同等、
むしろ、ハイドンの作品群の中では、特に類例を見ない、
そして、実際、古典の三巨匠の作品の中においても希有な、
『即興性』という点において、それ以上と評価しているのである。
ハイドンは作曲時にピアノを必要とする作曲家であったが、
これらの三重奏曲は、仕事中のハイドンを見るようである。
この作曲家にはあまり見られない、自由な質感があり、
これらの霊感は、四重奏曲や交響曲と比べると、
時として、ほとんどまとまりがないほどで、
リラックスしていて何の強要もされていない。」

ということで、ほとんど、手放しの評価である。
即興的な感興に溢れた、ピアノの古典の至宝、
そう言っているわけである。

この論調の流れから、作品75の1の長大な解説が始まるが、
曲の詳細な分析を割愛すると、だいたい、こんなことが書いてある。
前回のビルスマたちのCDの解説が手抜きだったので、
非常に参考になるが、5ページの解説のうち、
2.5ページをこの曲に費やすバランス感覚はいかがなものか。
とはいえ、この曲の演奏は、この解説ゆえか、
非常に輝かしいものに聞こえているのは確か。

まるで、水しぶきを上げるような音楽である。

C major Trio
「ローゼンの論旨は、非常に鋭く、
まばゆいハ長調トリオ(HobⅩⅤ:27)を語る時には、
そのまま当てはまる。
火花を散らす第一楽章の高揚した精神が始まる時に、
感じられることである。
行儀の良いメイン主題はともかく、
あり余る着想があまりにも圧倒的。
すべてがばらばらのようにも思え、
特別なプランに従っていないようにも見えるが、
開始部の衝撃、たくさんの経過句、
終結部の装飾楽句、解決など、その他が、
まるで時計仕掛けのような、
16分音符と6連符の推進力によって、
結びつけられているが、時計仕掛けなどではない。」
とにかく、いっぱいのものが詰まった音楽で、
素晴らしい推進力の中に、様々な要素が現れては消えて行く。
7分半という、このCDでは、2番目に長い楽章。

「ハ長調の第二楽章は、変ホ長調の三重奏の第二楽章と同様に、
『無邪気な』という指示以外の何ものも必要でない。
この楽章の中間部では、即興の精神が前面に解放され、
モーツァルトのヘ長調のピアノ・ソナタ(K332)からの着想か、
執拗なリズムによって、すべてがメロディの完結を拒もうとする。」
穏やかだった音楽が、人を苛立たせる音の繰り返しによって、
いきなりかき乱されて行くが、再び、美しいメロディが戻って来る。

「ドラマティックな和声の終楽章が始まると、
外側楽章のハ長調の輝きが、いっとき、放たれる。
手に負えない短調部分の動機によって、
ハイドンが改めて作り直し、
再解釈しようとした優美さの効果。
ついでながら、このリズムは、
緩徐楽章の中間部から来ていて、
終楽章のつむじ風のような名人芸に溶け込んでいる。」
最初は、軽妙なリズムで始まるので、
ドラマティックかどうかはよく分からないが、
確かに次第に速度が増し、圧倒的な終曲となる。
短調楽節の挿入は、それほど大規模ではないが、
シューベルトを先取りして印象的。

アベッグ・トリオの演奏は、音色に切れ味があって、
非常に冴えた感じがする。
こうした推進力のある音楽にはぴったりである。
感性もみずみずしい。

E flat major Trio:
「チャールズ・ローゼンが、
『ハイドンがその生涯の最後において、
単純なABAの形式に与えた個人的な見解』
と表現したようなものが、
変ホ長調トリオ(HobⅩⅤ:29)の初めの楽章には見られる。
ハイドンにはまだ14年の人生が残っていたではないか、
などとあえて反論も出来ようが、
チャールズ・ローゼンによると、
『BはAの主題材料のドラマティックな展開であり、
Aが二度目に現れる時、Aは変奏となり、
長めのコーダでは材料はさらにドラマティックに変容する。
このように、変奏曲の装飾は、
ハイドンのスタイルを踏襲しながら、
劇的な枠組みを得る。』
これと同様な手順(材料のドラマティックな変容)の反対が、
ローゼンが何故か、額面通りにロ長調と受け取った、
緩徐楽章に見られる。
素朴なバグパイプ風の低音、
忘我的なメロディの繰り返し、
『mezza di voce』や、
『無邪気に』といった指示に見られる、
故意なる『やましい』表現への自制は、
あらゆる所に見られるが、
『無邪気』は、少なくとも、
モーツァルトの『ハフナーセレナード』の
アンダンテの『センプリーチェ』の主題と、
全く同じように見えるメロディの、
最初の16小節の後で終わる。
その類似というのも、
童謡の韻律そのものというよりは、
楽しみと同様に苦しみも知った大人を満たす、
童謡の韻律の回想である。
最終楽章について、ローゼンは、
『村の楽隊の下卑た喜劇を再現した、
田舎風のドイツ舞曲であって、これは、
交響曲よりは親密で、弦楽四重奏よりは気取らない
三重奏曲にとっても低級コメディの表現が難しく、
名人芸という意味ではピアノにとっても難しい』と書いた。
低級コメディ?
彼は、それの華やかなパロディと言いたかったのであろう。」

この曲の解説も難解ながら味わい深い。
個々の楽章のすみずみまで、味わい尽くそうと思わなければ、
書けるような解説ではない。
特に、第二楽章の子守歌風の音楽については、
演奏も非常に繊細で、感動的。
終曲の鮮やかさも、この団体ならではの、
躍動感、爽快感が素晴らしい。


得られた事:「チェロの緑の絨毯の上に流れるピアノの小川、ヴァイオリンが影を映す構図。」
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by franz310 | 2009-02-28 00:32 | 音楽

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その162

b0083728_22401341.jpg個人的経験:
ハイドンが書いたもう一つの重要ジャンル、
ピアノ三重奏曲を、
作品59、70、71、73と
聴いて来た。
これらは全て、3曲からなる曲集であった。

やはり3曲からなるピアノ三重奏の曲集に、
あと一つ、作品75が残っている。
これらは、Hobナンバーでは、
HobⅩⅤ:27~29となる。

以前の作品が、すべて、素人の音楽愛好家の、
女性に関係して献呈がなされていることは既に述べた。
最後の曲集になると、このあたりが、少し、変わって来て、
ハイドンから、この曲集を受け取ったのは、
同様に女性ながら、プロの音楽家である。

大宮真琴氏の著書によれば、
この女性、テレーズ・ジャンセンは、
「クレメンティに学んだピアニストで、
1795年5月16日にハイドンが立会人となって、
銅板製作者フランチェスコ・バルトロッツィの息子、
ガエターノと結婚した」とある。
生年は1770年頃とあるから、25歳という妙齢である。

この時期、ハイドンはイギリス滞在中であり、
忙しく演奏会に飛び回っていたはずだが、
こうした一こまもあったと見える。

いずれにせよ、このようなプロの音楽家に献呈されたものであるから、
その人が演奏することを想定していたと考えられよう。

この曲集あたりになると、
大手レコード会社も触手をのばし、
日本でも著名な演奏家たちが取り上げており、
ここでは、チェロの世界的名手、ビルスマたちの演奏が聴ける。
(ソニー・クラシカル、ピアノはレヴィン、ヴァイオリンはヴェス。)
また、このCD、解説を見ると、書いているのが、
何と、ロビンス・ランドンであった。
1993年の執筆。

題して、「ハイドンの最後の4つのピアノ・トリオ」とある。
「1795年の晩夏、彼は、その2度めの、
素晴らしく成功した英国楽旅から戻って来た。
この2回の滞在で、彼は24000フローリンという、
1790年に、彼がニコラウス・エステルハーツィから貰った
年金の24年分に相当する金額を得た。
ロンドンでは、出版社は、ピアノ三重奏の新作を求めてせき立て、
ハイドンは多忙のスケジュールを縫って、時間を見つけて、
1792年から1795年にかけて、11の作品を作曲した。
素晴らしい一連の作品を締めくくる、
ここに録音された、残りの4作品は、
大陸の出版社に売却されているものの、
ハイドンがイギリスの出版社を念頭においていたという、
明らかな証拠がある。」
とあって、これらの「最後の4つのトリオ」が、
あのロンドンを意識しながら、ロンドンから帰った後、
書かれたような記載である。
しかし、11の作品とは、上記作品70、71、73の9曲と、
あと2曲という計算になるが、
私にはHobⅩⅤ:31の1曲しか思い浮かばない。

また、気になるのは、ジャンセン嬢から、
バルトロッツィ夫人となったテレーズが、イギリスの人なので、
彼女がこれらを弾くところを、ハイドン自身、聴いたのかどうかということ。

さて、ロビンス・ランドンは、どうやら、
HobⅩⅤ:27~29の作品75に触れる前に、
HobⅩⅤ:30の作品を何とかしたいようだ。

が、CDの収録順は、ホーボーケン番号順になっているので、
注意を要する。
ちなみに、ロビンス・ランドンが付けたナンバリングでは、
この作品を42番として、作品75を、続く43番から45番と、
番号を振っているので、彼の中では、こちらの作品の方が、
作曲が早いと考えていたと思われる。

「トリオ変ホ長調(HobⅩⅤ:30)は、
ロンドンのCorri&Dussekと、ライツィッヒの、
ブライトコップフ&ヘルテル社が版権を買った。
ハイドンがロンドンを去るに当たって、
そこで出版する作品を引き続き送ることを約束していて、
この作品は、ハイドンの友人に送られた。
Corri&Dussekは、1793年の『ザロモン四重奏曲』
(1795年と96年に出版された作品71と74)の他、
有名なハイドンの英国歌曲(1794、95)を
出版していた。」

なるほど、ハイドンのピアノ三重奏曲が、
他の出版社で当たったら、当然、他の出版社も、
競い合って、作曲依頼して来たという感じであろうか。
こうなると、出版社が多く、市場も大きい土地というのは、
作曲家にとっては、恐ろしく魅力的な場所である。

「Corri&Dussekの一家は、ハイドン=ザロモン演奏会の出演者でもあった。
(Sophia Corriはソプラノで、
彼女は作曲家でピアニストのドゥセックと結婚した。)
ハイドンはライプツィッヒの大出版社、ブライトコプッフ&ヘルテル社と、
長い交友関係を結んでいた。
1786年、この会社のメンバーである、
ヨハン・ゴットローブ・イマニュエル・ブライトコプッフが、
エステルハーザにハイドンを訪れたが、
今や、副社長になっていた、彼の息子のクリストフ・ゴットローブに対し、
ハイドンはヴィーンから1796年4月16日付けの手紙を出し、
ブライトコプッフからの手紙に返信が遅れた事をわび、
大ピアノ三重奏曲変ホ長調となる新曲と、
ハイドンが注文していた英国製版の代金を送る旨を約束している。
ハイドンは彼の名付け子で、
作曲家のヨーゼフ・ヴァイグル・ジュニアに、
1796年11月9日付けの手紙と、
現金15フローリンを持って、ライプツィッヒに赴かせた。
ブライトコプッフ&ヘルテルは作品を1798年11月に出版したが、
その間、ハイドンは、それをヴィーンのアルタリア社にも売りつけており、
1797年にそれは世に出ていた。」
何だか、最近、自分の作曲した歌の著作権を巡って、
詐欺問題が発覚して、大問題となったが、
ハイドンがやったことは、それと違うとは思えない。

さて、この解説は2ページしかないので、
最初のページが終わろうというのに、
まだ、あのジャンセン嬢についての話は出て来ないのが気になる。
まだ、HobⅩⅤ:30の作品にかかり切りだからである。

とにかく、この曲は、3曲セットにしなかっただけあって、
余程の自信作であったということか。
確かに、他の3曲が8分前後の第一楽章を持つのに対し、
この作品のそれは、提示部の繰り返しがあるとはいえ、13分にも及ぶ。
こんな長大な第一楽章は、ハイドンの場合、交響曲でもないだろう。

「この作曲家の三重奏曲の中で、最大の規模を誇る、
この変ホ長調の作品は、その豊富な和声的語法と、
転調の大胆な使用によって、常に賞賛されてきたものだ。
(最初の楽章の中間部のC flat majorの楽節は、
1795年『太鼓連打交響曲』(103番)の
メヌエットにも現れる。)」

「太鼓連打」のメヌエットといえば、
幾分、つっけんどんなスケルツォ風の音楽で、
幾分、破壊的な武骨そのものの主題に、
ホルンや木管が、合いの手を入れながら進むが、
トリオには、ヨーデル風と評される、
不思議な旋回するような音形を含むもの。

交響曲に思いを馳せる程、
この曲は、楽想も非常に雄大なもので、
まるで、ベートーヴェンの「英雄」のように、
どこからどこまで主題か分からないような、
一息で際限なく広がっていく、
力強い歩みを始めるようなメロディで始まる。
そこに、ヴァイオリンの美しい夢想の音楽、
ピアノによる内省的な経過句などが混ざり合って、
一筋縄ではいかない曲調である。
曲の進み具合も緩急の変化が激しく、
大きく息づいている。

そう考えると、個人の室内から放って、
これは交響曲にしてしまいたいような、
音楽となっている。
その変転の中に、確かに、室内楽ならではの、
親密な瞬間もあるが、ヴァイオリンもチェロも、
響きがたっぷりとしていて、
ピアノも、それ自体の音色や技巧を聴かせるというより、
各楽器が、渾然一体となって、
渦を巻いて突き進んでいるように見える。

この曲が、誰にも献呈されなかったというのも、
何となく、理解できるような気がした。
そう考えると、この曲あたりになると、
チェロの目立つ場面もかなり増えて来ている。

「ハ長調の第二楽章の三度の関係にあり、その第一主題は、
前の楽章のオープニングテーマのメロディラインを巧妙に引用している。」
確かに、この楽章は、
第一楽章をふぬけにしたような曲想である。
ここでも、チェロはぶんぶん響いており、
ようやく、チェロが独り立ちする瞬間に立ち会うような感じ。
アンダンテ・コン・モートとあるが、
何だか、よれよれ歩いているような感じで、
中間部になると、夢の中に駆けだして行くようにテンポが速まる。
ただし、それは長くは続かず、少しくたびれた感じである。
コーダになると、ため息をつくような感じだが、
終楽章に流れ込んで、ベートーヴェンのピアノ・ソナタのように、
力強く立ち上がって行く。

「終楽章は、早い3/4拍子であって、
主題が反転するような、目も眩むような対位法が駆使され、
和声的な大胆さは、今日であっても息を飲むようなものだ。
ここでハイドンは、彼の高度な知性を開示し、
その天才を大きなスケールで見せつけている。」

途中、ヴァイオリンが飛翔するや、チェロもピアノも、
それを追いかけるように羽ばたき始める。
これはすごい効果である。
さらに、対位法的なモニュメントが打ち立てられて、
この素晴らしいが、短いプレストは全曲を閉じる。

ここで、全4曲の1曲の解説が終わったところで、
すでにCDの解説の半分は経過。

幸いなことに、このHobⅩⅤ:30は、
高名なハイドン研究家のロビンス・ランドンも、
激賞するような傑作だったと分かった。

そのような音楽を含むCDであるにもかかわらず、
この表紙のデザインは、ゲオルグ・ダヴィッド・マティウの、
「シュヴェリーンのルートヴィッヒ王子の音楽の楽しみ」
などと言う、王侯貴族登場の風俗画などというもので、
的外れも良いところである。
このような一こまとは、まったく、
無関係な世界を確立したものと言えよう。

作曲家自身が、ロンドン、ライプツィッヒ、ヴィーンで、
出版したくなるのも分かるような野心作である。
言うなれば、これは、ハイドンが、
誰にもこびへつらう事なく書けた、
自身の声の三重奏曲だと言うことも出来るだろう。

「最後の三つのトリオは、イギリスの華麗なピアノ奏者、
バルトロッツィ夫人(旧姓ではテレーズ・ジャンセン)用のもので、
1794年、ハイドンは彼女のために、
最後の3つのピアノ・ソナタを作曲していた。
彼は、1795年、ロンドンで、
ガエターニ・バルトロッツィ
(1791年にハイドンのポートレートを掘った、
有名な版画家フランチェスコの息子)と、
彼女との結婚の立会人を務めており、
新しい3曲のピアノ三重奏曲を、
彼女のために作曲することを約束していた。」

この場合、ハイドンの方が調子に乗って、
若い美人に酔いしれて、言い出したのか、
彼女が甘えて、それを依頼したのか。

それはともかくとして、私は、まずピアノ・ソナタが書かれ、
その後、ピアノ三重奏曲が書かれた事に着目したい。
彼女は、この有名なピアノ・ソナタだけでは満足しなかった、
あるいは、ハイドンもそれだけだと不十分だと考えた、
などと考えることも出来よう。
ピアノ三重奏曲は、ピアノ・ソナタより格上、
と、この二人は考えていたと、
想定してもよいかもしれない。

あるいは、ソナタは、未婚の女性用、
三重奏曲は既婚の三重奏曲用、などと考えていた、
などと想定するのも楽しい。

既婚女性は、こうした三重奏曲のパートナーを探して、
新しい家族と仲良くなったり、友達と合奏したりした、
などという妄想も膨らむ。

あるいは、ピアノを中心に、周りが盛り上げていく、
協奏曲のようなカテゴリーとして、考えていたかもしれない。

「この3曲の最後の作品(HobⅩⅤ;27-29)は、
おそらく1796年に作曲されており、翌年に、
ハイドンの一番重要な英国での出版社、
Longman&Broderipから出版され、テレーズに献呈されている。
このセットは常に愛され、賞賛されてきた。」

ロビンス・ランドンは、always been admiredばかりである。

解説には特筆されていないので、
仕方なく補足すると、作品75の第一番(HobⅩⅤ:27)は、
ハ長調、激しく、全楽器が主題を打ち付けると、
ピアノがその続きの楽句をつぶやくような始まり方が、
いかにも、華やかなひとときの始まりという感じで、
忙しく、ピアノが名人芸を繰り広げ、
完全にシューベルトの「ます」の世界と言ってよい。

まさしく楽興の時、という感じである。
しかも、ピアノ独りが楽しんでいるのではなく、
すべての楽器が寄り添って、楽しげに語らう様子も微笑ましい。
笑みを浮かべながら、ピアノを披露する、
テレーズの顔までが想像できるようである。

第二楽章は、静かなアンダンテ。
ピアノのモノローグに、弦楽が答えて、
遂には、中間部で、ヴァイオリンの美しい声が響くが、
急に雲行きが怪しくなり、暗雲が立ちこめる。
が、それも、印象的にチェロが刻むリズムの中に収まって、
ピアノもヴァイオリンも優美な歌を奏で、しっとりと平和が訪れる。
結婚生活にはこうした一幕もある、
といった感じであろうか。

第三楽章は、プレストで駆け抜け、
第二楽章での赤裸々な内情をごまかすような感じで、
ラヴェルのピアノ協奏曲の大先輩となっている。
が、かなりの大曲で、7分近くを要し、
中間部では、テンションが上がって熱狂的になったりもして、
その気分のまま最後になだれ込み、
演奏会でも聴き映えするような変化が付けられている。

これは、完全にヴィルトゥオーゾのための作品である。

最初の曲については、ロビンス・ランドンは、
あまり語っていないが、以下のような感じで、
2曲目については、かなり良く解説してくれている。

「ピアノ書法のヴィルトゥオーゾ的性格は特異であって、
HobⅩⅤⅠ:52のピアノ・ソナタ変ホ長調を想起させる。
前に書かれた作品同様、和声のパノラマはエンドレスで、
驚くべき様々な効果はエキセントリックなまでのもので、
特に、第二番の三重奏曲のホ長調のオープニングで、
弦楽のピッチカートを伴奏とした、ピアノの右手は、
素早い前打音と、長いレガートとが組み合わされている。
HobⅩⅤ:30がそうであるように、
緩徐楽章は、たびたび、三度の関係の調である。
(HobⅩⅤ:27はハ長調で、緩徐楽章はイ長調、
HobⅩⅤ:29は変ホ長調で、緩徐楽章はロ長調だが、
D-sharp minor=変ホなので、
異名同音にあるということになる。)」

このように、途中から脱線するが、
第2曲のピッチカートとピアノを重ねる、
不思議な効果については、特筆されているようだ。
この曲(HobⅩⅤ:28)は、ホ長調。
単に、出だしが面白いだけでなく、
この調性に相応しく、ほがらかな主題、
屈託のない曲想が素晴らしい。
アルペッジョを全編に響かせるピアノも、
まさしく、ピアノ的美観で終始、美しい音色を訴えかけている。

が、この曲の特徴は、次に来る第二楽章。
全3曲のど真ん中を占めるこの音楽は、
一体、何なのだろう。
「再度、HobⅩⅤ:28に戻り、
その緩徐楽章を見ると、
バロック風の、3つの楽器のリトルネルロのように始まり、
そこからピアノが、高音と低音の間に大きなギャップで、
二つの声部を奏でる悪夢のようなホ短調の音楽。
これはあまりにも、まったくもって薄気味悪いもので、
マントヴァのゴンザーガ王宮の廃墟、
Faustino Bocchiやベルガマスク派が描いた、
こびとの絵画のようだ。
このぞっとする楽章の終わりに、
聴いて見ないと分からないような、
大きく異常なカデンツァが来る。」

ロビンス・ランドンが、何故、ハイドンが行ったり、
見たりしたことがなさそうなものを例に上げて、
我々を幻惑しようとする意味がよく分からないが、
それほどまでに独特ということであろう。

いったい、ゴンザーガ王宮には何があるのか、
そんなに怖いものなのか。
ぜひ、教えて欲しい。
ただ、ゴンザーガ公は、芸術の愛好家で、
居城には様々な、絵画が飾られているようだ。

ロビンス・ランドンは、
きっと、モーツァルトも訪れたこの街に行ったことがあって、
その思い出が、忘れられないのであろう。
極東の音楽愛好家には迷惑な話である。

また、ファウスティーノ・ボッチは、
日本語ではネット検索不能。
アルファベットで入れると、不気味な絵画が拝見できる。
これまた、ロビンス・ランドンは、どこで見てきたのか。

それにしても、何故、テレーズへの結婚祝いに、このような、
不気味な音楽を混ぜ合わせたのか、非常に気になるが、
とにかく、ここで、突然、何だか変なことが始まったぞ、
という感じで、極めて異例の音楽である。

聴いてみないと分からないというのは、
マーラーの第六交響曲のエンディングのような、
強烈なインパクトを持つからであろう。

テレーゼとの会話の中で、こんな怪奇体験などがあったのかもしれない。
もう、これは、彼ら二人の秘密の領域なのかもしれない。

この曲、しかし、終楽章も、なかなか聴かせる。
先ほどの怪しすぎる墓場の一人歩きのような中間楽章に続き、
まるで、自由に空を羽ばたいていくかのような、
素晴らしい飛翔である。

さて、第3曲は、ややこしいことに、
またまた変ホ長調である。
HobⅩⅤ:29だが、冒頭紹介のHobⅩⅤ:30と、
連続で同じ調だと非常に紛らわしい。
ただでさえ、ハイドンのピアノ三重奏曲は、
番号からして混乱しやすいのである。

この曲は、ハイドンの、このジャンルに対する別れであるが、
そのせいか、第一楽章からして、妙に心うつろな曲の運びである。
途中、ヴァイオリンが印象的な歌を歌うが、
あとは、ぽつりぽつり消えていくようなピアノの動きばかりが、
印象に残る。
終わり近くでは、ピアノが独り、沈潜していくような楽節もある。
心、ここにあらずか、あるいは、別れの寂しさが、
この曲になって、ようやく実感されて来たのか。
しかし、この楽章も、最後はスパートをかけて、
空元気で盛り上がる。

第二楽章は、まさしく嘆きの歌と言ってもいいかもしれない。
が、次の終楽章の解説を見て欲しい。

「これらの終曲の中では、HobⅩⅤ:29のものを選ぼう。
これは、『ドイツ風のフィナーレ』または、
大陸版では、『アルマンド』と表記されており、
ドイツ舞曲を純化したもので、
ラヴェルの『ラ・ヴァルス』のように、
正真正銘のヴィーン産の作品とは異なり、
不自然で、気まぐれなものである。」

何だかよく分からないかもしれないが、
かなり誇張された、ワルツ風に聞こえるのである。
ラヴェルの、「ラ・ヴァルス」もまた、ヴィンナ・ワルツへの、
追想の賛歌であった。

もちろん、ハイドンの時代、そんなものはまだない。
が、そんな時代の訪れを、
ロンドンの街の活気から予想したかのように、
極めて大げさで、ピアノの活躍も大仰な大円舞曲として、
この様々な曲調に富む曲集を締めくくっている。
テレーズもまた、ドイツへの思いを、
ひいてはハイドンの元への思いを巡らせたものと思われる。

ということで、このCDの解説、
テレーズのための素晴らしい3曲を収録しながら、
そのうちの2曲の、しかも一部だけ、
つまりHobⅩⅤ:28の緩徐楽章、
HobⅩⅤ:29の終楽章しか、
詳しく書いていないのが残念である。

「全作品を通じて華麗で、機知に富み、
このジャンルへの感動的な別れは、
最も冒険を犯した筆法への挑戦を、
ハイドンにさせているように見える。
ハイドンはこれらの後期のピアノ・トリオを、
『ヴァイオリンとチェロを伴奏にするピアノ・ソナタ』
であると考え、そう題したが、それはおそらく、
強調する必要はないだろう。
弦楽器は明らかに、ハイアマチュア用、
しかし、ピアノの書法は高度なプロ用になっている。」

このように締めくくられると、途中、このCDを聴きつつ、
解説も読みながら考えたことが、一層、確信も深まり、
ピアノ三重奏曲は、ピアニストを最大に引き立てるための室内楽として、
いわば、協奏曲の代用として、発展したような感じがしてきた。

それにしても、こうした傑作群を無視して、
長い間、ハイドンのピアノ三重奏曲が、
「傍流的」、「大きな成果がない」などと考えられていたことが、
不思議でならない。
こうした、室内楽的な内省と、演奏会向けの華やかさが、
結実したものとして、ハイドンのピアノ曲集に、
まず、指を屈するべきなのかもしれない。

得られた事:「ハイドンは、ピアノ三重奏曲の可能性を開拓しつくして、この曲集に別れを告げたが、それは、オーケストラ的な広がりまでを志向していた。」
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by franz310 | 2009-02-21 22:46 | 音楽

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その161

b0083728_12155541.jpg個人的経験:
ハイドンが、ロンドンで、
生涯の総決算をしたころの
ピアノ三重奏曲を
聴き進めているが、
雇い主であるハンガリーの領主、
エステルハーツィ家、
特に奥方に捧げた曲集が多い。
ロンドンとは無関係に思えるが、
そんな中で、今回のものは、
正真正銘の英国用と言える。

この作品73の解説を読めば明らかだが、
献呈した相手に、
さらに個人的な繋がりが興味深い曲集である。

そもそも、このCDは、
表紙を飾るハイドンの肖像画によっても、
妙に印象的なもので、
見ると、これまで発表されていなかった
「ミニチュア・ポートレート」とある。

さらに怪しいことには、ここには、
彼の髪の毛も収められていたとある。
何じゃこりゃ。

それだけのハイドンの人気を物語るものか、
あるいは、もっとプライヴェートなものか。

日本でも人気を誇った、イギリスの、
ハイペリオン・レーベルの一枚。

さらにこの解説を読むと、
ロンドンにおける彼の私生活の一端に触れるようで、
妙に生々しい感じを受ける。
ミニチュア・ポートレートを持っていたのが、
もしかして、さる婦人であったとしたら、
などと考えるのも愉しい。

解説は、NICOLAS ROBERTSONという人が、
1989年に書いている。

「1790年代に行われた
ハイドンの二度にわたる英国滞在によって、
彼は、この国と人々に対する
恒久的な愛情を育んだ。
そして、その愛情は、
十分に報われたと言える。
多くの人々に
賛嘆の目を持って受け入れられた傑作群は、
60代の人とは思えぬエネルギーに満ち、
音楽などはヘンデルで十分、
などと思っていた、
ジョージ三世をも巻き込むもので、
国王は、
『ハイドン博士、
あなたは沢山のものを残された』と語りかけ、
ハイドンは控えめに、
こう答えた程であった。
『いかにも閣下、良いというのも度を越しました。』」

こんな一こまがあったとは知らなかった。
が、それは公式の話で、それほど面白いものではない。

ハイドンも、もう、憔悴した感じである。
60歳の年齢に相応しい分別をもったコメントにも聞こえよう。

問題は次である。
還暦とは思えない、若々しいハイドンの姿が思い浮かばれる。

「あるケースなどには、少なくとも、
単に打ち解けたというものを超えた関係の暖かみがあった。
ハイドンの最初期の伝記作者で画家のアルベルト・クリストフ・ディースは、
ハイドンが長い生涯の最後の時期をどのように過ごしたかを記述したが、
ハイドンは、ノートブックに書き写した書簡の揃いを見せてくれたという。」

ハイドンも生涯も終わり近くになって、
いよいよ、秘められた過去を語り出したわけである。

「『これらは私を愛してくれた、ロンドンの英国未亡人からの手紙です。
彼女は60歳でしたが、いまだ愛らしく、愛嬌があり、
私が独身であったなら、彼女と結婚していたでしょう。』
ハイドンかディースか、どちらかの記憶は正確ではない。
レベッカ・シュレーターは、1782年の夏にシャルロット王妃の、
音楽教師に任じられ、1788年にわずか38歳で亡くなった、
彼女の夫ヨハン・サミュエルより若かったと考えられる。」

ここで、相手の婦人も60歳だったという、
旧来からの通説に疑問が投げかけられている。

前回、紹介したブラームス・トリオのCDには、
やはり作品73からの2曲が含まれている。

ここでの解説では、ハイドン、ディースの証言のまま、
「これらの3曲は、ハイドンの第1回イギリス滞在中の弟子で、
既に60才を越えるシュレーター夫人に献呈された」
と記載されている。
ちなみに、こう書き添えられている。
「彼女はハイドンのロマンスの対象ともなった女性である。」

もう一つ、大宮真琴氏の著作「新版ハイドン」でも、
「この婦人は当時すでに60歳をこえた未亡人で、
夫のヨハン・サミュエル・シュレーターは1782年に、
クリスチャン・バッハの後任として
シャルロット王妃の音楽教師をつとめた人物であった」
と書かれている。

したがって、これまでの多くの人は、
ハイドンは60歳になって、同年代の婦人と、
年相応の仲良しになった、という感じで理解していたはずである。

しかし、今回のCDの解説のとおり、
仮に、夫人が、その亡き夫と同じ年だったとしたら、
ハイドンが第1回ロンドン滞在時は、夫の死から3年後なので、
41歳くらいということになる。

ハイドン自身が60歳だったのだから、
別に相手が同じような年齢でもよいような気もするが、
やはり、我々としては、この曲集を聴く際に、
心に思い描く女性像をこの20年で変える必要はある。

そのような事を考えながら、今回のCDの解説に戻ろう。
「ある研究家によると、夫のシュレーターは、
英国における最初のピアノフォルテ紹介者で、
卓越した技量を持っていたということである。
レベッカも明らかに才能ある奏者ではあったが、名人ではなかった。
そこで、ハイドンの最初の訪英時、1791年の夏から、
レッスンを受け始めたと思われる。しかし、それは直に形式的なものとなった。」

形式的な弟子であって、実際は、恋人同士であったということだ。

「ハイドンは1792年の夏にオーストリアに戻り、
1794年の2月にロンドンに戻ったが、
彼女は2年間、ハイドンに対し、
魅力的にのびのびとした言葉で頻繁に手紙を書いている。
『あなた様に感じる愛情、
親愛の念の半分ほども、
表現できる言葉はありません。』
ハイドンの第2回訪英の際の手紙は残っていない。
それは完成されなかった4冊めのノートに、
書かれるはずのものだったかもしれないし、
住居が近くてその必要がなかったのかもしれない。」

現代の研究の恐ろしいことに、
彼らの住居までが解説には書かれて、
暴かれている。

「レベッカはバッキンガムゲートのジェームス道6、
ハイドンはおそらくレベッカによって探してもらい、
セント・ジェームズ公園を越えたところにある、
セント・ジェームズのバリー道1
(だいたい、現在のキング道の
シェリスティーズ付近)に、
部屋を見つけていた。
レベッカが1796年に出版契約書の連署人となっており、
6年後の『天地創造』の出版の予約にサインしていることから、
ロマンスが冷めたということはなかったようだ。
そして、1795年8月、
ハイドンの2度目で最後となる出立の後、
ピアノ三重奏曲集が、彼女に捧げられ、
ロングマン&ビショップから
8月の終わりに出版されている。」

以下、レベッカからは離れ、
音楽そのものの話となる。
「この最初の版は、
『ヴァイオリンとチェロの伴奏を持つ
ピアノフォルテのための三つのソナタ』と題されたが、
こうした記述は、それに先立つ40年以来のピアノ三重奏曲の、
ハイドンのラディカルな開発経過を思うと、
いささか時代錯誤めいている。
1755年から1760年の彼の記述からすると、
これらのジャンルは、
ハープシコード、ヴァイオリンとバスのためのもので、
2楽章の作品。
何だかよくわからない、
パルティータ、喜遊曲、カプリッチョなどと、
題されたものを指すものであった。
しかし、1780年代に、
ピアノ三重奏曲の作曲が再開された時には、
鍵盤楽器としてはピアノフォルテを想定、
バスはチェロとして、音色に暖かさを増し、
鍵盤楽器の音域が重要なものとなった。」

このあたりは、以前から書かれていたものである。

「彼の手になる弦楽四重奏曲が、
その頃までに、完全に古典形式になっていることに比較すると、
これらのピアノ三重奏曲は、気分によって、
2楽章になったり、3楽章になったりして、
各楽章のスタイルは未だ折衷的で、
その音楽も多かれ少なかれ2次的であるが、
1781年に『ロシア四重奏曲』の出版に際し、
彼が宣言して、これにモーツァルトが影響を受け、
ハイドンに捧げる四重奏曲を書いたような、
『まったく新しく特別な様式』が、
これら1790年代のピアノ三重奏曲にも結実している。
主題の扱いの継続性、主要主題から発展した、
メロディや対位法的な展開が見られる。」

これまでも聴いて来たように、
確かに、これらの作品は、弦楽四重奏や交響曲以上に、
身近な奏者を想定したゆえか、
より実験的とも言える側面が目立つ。
この後、個々の曲の解説でも、それは垣間見えよう。

「四重奏曲ほどには、三重奏曲では、
各楽器の使用法に関しては開発されていない。
しかし、リズムや転調など、突然の変化による展開と、
最も親密な室内楽のスタイルがミックスされ、
三重奏に素晴らしい魅惑を添えられることになった。
HobⅩⅤ:26の第一楽章で、まず嬰へ短調に始まり、
変ホ短調への移行などは、当時の聴衆を驚かせたものと思われる。」

ちょっと、ここで、楽曲に耳を澄ませてみよう。
このHobⅩⅤ:26は、この作品73の3曲では唯一、
前回のブラームス・トリオのCDには収録されなかったもの。

ということで、あまり良く聞いていなかったのだが、
確かに、非常に微妙な陰影の織物で、悲しい不思議な色調のものである。
当時の聴衆がどう思ったかはともかく、妙に訴えるもののある、
押し殺したような感情が秘められているような感じ。
そんな技法よりも、何だか深刻な音楽だなあ、という感じがする。
シュレーター夫人との別れは影響しているのだろうか。

この嬰へ短調の曲に関しては、
解説の最後に再度、取り上げられる。

ここでは、チェロの役割について、
おそらく3曲共通の話になっている。
「ヴァイオリンは、ここではピアノと対等なパートナーとなっている。
ベートーヴェンが最終的に解放するチェロは、
未だ、バスパートにとどまっているように見えるが、
それは想像力の不足というより、鍵盤楽器と弦楽器の協調による、
音響上の必要性として理解する方が適当であろう。
(ベートーヴェンのピアノ三重奏曲作品1すら、
ハイドンの行った、深くシリアスな冒険の高みと、
果たしてどれほど差異があろうか。)
後にもっと強力なピアノがこれを不要にするが、
このことこそが、こうした高度に洗練された音楽を、
元来想定された楽器に近いもので演奏されるのを、
鑑賞することの重要な意味となる。」

わかりにくいが、ピアノが非力だった時代、ピアノの下支えとして、
バスは必要不可欠だったということだろう。

が、改めて、シューベルトの五重奏曲「ます」の、
成立ストーリーを思い出した。

シューベルトはチェロ奏者でもあった、
パウムガルトナー氏に依頼されて、この五重奏曲を書いたが、
その時、はたして、どのようなピアノが想定されていたのだろうか。

1819年のオーストリアの片田舎のピアノと、
1795年頃の最新鋭のイギリスのピアノと。
もしも、低音に不足のあるピアノであった場合、
ハイドンと同様、低音をチェロで補足する必要があっただろう。

が、そのチェロは、補足以外にも、活躍の場面を求めたとしたら、
そこを支える楽器として、もう一つの低音楽器、
コントラバスが求められたとしても不思議ではない。

例えば、「ます」の解説には、
低音が充実したことによって、ピアノが高音で活躍することが出来た、
といった内容のものも見かけるが、
ピアノが性能不足で、低音を補足せざるを得なかった、
という時代背景はなかったのか。

ここで、もとのハイドンに戻ろう。

「選ばれた楽器の限界を考慮することによって、
この録音での三つのトリオは、驚くほど異なる性格を露わにする。
これらは等しく3楽章からなり、
どの楽章も拡張されたソナタ形式や変奏曲、三部形式を基にしている。」

以下、各楽曲の解説に入る。
「ト長調のトリオは、二つの外側楽章がロンド形式で書かれていて、
ユニークである。しかし、最初の二楽章は終楽章への序奏にも見える。
最初のものはゆっくりとしており、
第2のものは、愛らしい二重変奏曲であり、
やはりゆっくりしたもので、
向こう見ずな終楽章を強調するかのようである。
これは様々な編曲でも有名なジプシーロンドである。」

この曲は、恐らく、今では、
ハイドンの代表的三重奏曲とされているもの。

前回聴いた、ブラームス・トリオの解説には、
何故、この曲のみがとりわけ有名なのかが、
このように詳細に書かれていた。
「・・この曲だけが有名になった。
・・ペータース版の第一番に置かれたことにより、
更に一層演奏回数を増したと言われる。」

まじっすか、という感じである。

楽譜屋が、どんな基準で曲順を決めたかは知らないが、
そんなことで、有名になり方が変わるの?という感じ。

一方で、有名になりそうだから、
ペータースが一番に持って来たはず、
とも考えられないのか。

「とりわけジプシー・ロンドで有名なこの曲は、
2/4拍子の愛らしい主題とその変奏による緩徐楽章で始まる。」

どうもこの著者のこのような文章構成は気になる。
ジプシー・ロンドは第三楽章のことなのに、
第一楽章の変奏曲と1センテンスの中で同居させたりして、
非常にわかりにくい。

例えば、こんな文もある。
「ホ短調で終わった第一楽章は更にゆったりした
ポコ・アダージョ、ホ長調、3/4拍子の第二楽章へ進む。」
どうして、箇条書きにしないのか。
二つの楽章を、何故、一文にするのか。
・第一楽章はホ短調で終わる。
・それに対し、第二楽章はホ長調となって、さらにゆっくりとした、
3/4拍子である。
主語の前の修飾が多すぎて、わかりにくいという見方もあろう。

一文の表わす色調が統一されていないのである。
また、字が小さいので、よけい読みにくく、
読み飛ばすと、ジプシー・ロンドが愛らしいのかと、
勘違いしてしまう。

馬鹿を言うな、と思って読む気をなくしてしまうような感じ。
が、良く読むと、非常に参考になる情報満載なのだが。

箇条書きにすると、こうなる。
・ 第一楽章:愛らしい主題のゆっくりとした変奏曲。
長調、短調の対比が美しい。
ピアノの上を歌うヴァイオリンが印象的。
・ 第二楽章:旋律豊かでさらにゆったりしている。
中間部で魅惑的なヴァイオリンの旋律。
ピアノは、当時の楽器の最低音まで駆使。
以上の2楽章は、プレストの終曲の効果を引き出すべく、
ゆっくりした楽章配置になっている。
・ 第三楽章:「ジプシー様式のロンド」。
リズミカルで素朴かつ、色彩的に洗練。
ハイドンの仕えたエステルハーツィ家がハンガリーの血を引くせいか、
ハイドンは、こうしたジプシー音楽を好んだ。

一方、ハイペリオン盤では、
以下のようなもっともらしい逸話が付いている。
「ハイドンには、オーストリア政府が、
占領地から取り立てた兵士たちの士気を高めるために、
無理矢理利用していた、流しの楽団の香りの思い出があって、
これらを有効に活用した。
1791年、エステルハーツィの領地にあったハイドンの旧居で、
こうした楽団が演奏したことは、深く胸に刻まれていた。
彼は、特に短調の部分で、ぎすぎすした音や、
かき鳴らしの伴奏の効果を取り入れている。」

ということで、この「ジプシーロンド」を持つ、
HobⅩⅤ:25は、特にこの3曲でも有名であることから、
最初に特筆されている。

しかし、ここで演奏している団体、
有名なモニカ・ハジェットのヴァイオリンによる、
ロンドン・ピアノフォルテ・トリオのこの曲は、
どうも楽しめない。
特に、この「ジプシーロンド」が全く面白くない。

前回紹介のブラームス・トリオ(現代楽器利用)と、
この古楽器利用の2組を比較すると、こんな感じ。
第一楽章:
ハジェットのヴァイオリンは、耽美的に美しい。
ブラームス・トリオのホフマンのヴァイオリンは、
それに比べると、音色的に平凡である。
ただし、愛らしく無垢な感じはよく出ている。
シュレーター夫人は、おそらくこんな人だったのだろう。

第二楽章:
ロンドン・トリオの演奏は、古楽器の繊細な音色、
控えめな表現ゆえに、少し、地味な感じがする。
三つの楽器が混色して、その陰影を失いがちで、
ハジェットのヴァイオリンは瞑想的。

ブラームス・トリオの深々とした、
現代のピアノに、音の余裕があって、
音域的には安心して聴ける。
中間部のヴァイオリンも憧れに満ち、
それを導くチェロの音色も美しい。

この楽章に期待するものが、全く異なった演奏である。
前者はあくまで、内省的、後者は、いくぶん夢想的。

終楽章:
ロンドン・フォルテピアノ・トリオの演奏は、
前の楽章の沈思黙考からの弾け方が唐突である。
せかせかして、余裕がない感じ。

ハジェットのヴァイオリンには、はったりが欠ける。
ピアノも木を打つような響きで、きらきら感に欠ける。
あるいはオリジナル楽器の限界であろうか。
この曲が名作であるという実感を伴わずに聞き終えた。

ブラームス・トリオも演奏時間はほぼ同じながら、
間の取り方がうまいという感じであろうか。
まるで遊園地に迷い込んだような楽しさがある。
ホフマンのヴァイオリンは、良い意味で俗っぽく、
ヨハン・シュトラウスの時代までぶっ飛んだ感じ。
が、非常に楽しい。
ピアノの響きもまるで、クライスラーみたいな感じ。
演奏会でこれを聞かせたら、拍手喝采となるだろう。

私の中では、このように、ロンドンのメンバーのものは、
尻すぼみに評価が下がる形となった。
2007年のハイペリオンのカタログにこの盤が出ていないのは、
こうした経緯からだろうか。

次に、この曲集の1曲目の解説となる。
「ニ長調のトリオ(HobⅩⅤ:24)は、同様に個性的である。
最初の楽章の、誇張されてドラマティックな休止は、
単一のテーマから発展させるという、
ハイドンの『新しく特別な様式』の完璧な例と組み合わされており、
附点リズムを持ち、
バロック風の第二楽章とコントラストをなす。
第二楽章は不気味にも墓場に導くようで、
終曲の舞曲に続く。」
と簡単に書かれていて、第一楽章が休止を使いまくって、
第二楽章が、不気味であるということくらいしか分からない。

前回聞いた、ブラームス・トリオの解説では、
もっと明快に魅力が書かれている。
第一楽章:休止とフェルマータでドラマティック。
単一テーマから曲をまとめ上げようとしている。
大胆で力強く、火花を散らす。

ロンドン・トリオの演奏は、冒頭から気迫十分で、
まさしく火花を散らすような効果に迫力がある。
古楽器特有の余裕のない中で、
その機能の限界を行くような感じの迫力は、
ブラームス・トリオ以上かもしれない。

ピアノの音色など、ブラームス・トリオも、
きらきら感が美しい。

ハイドンが誇る新様式も、
出し惜しみ様式というか、
なかなか、主題が全貌を現わさないで、
最後の最後で、雄大なメロディーとなって、鳴り響く様や、
一部だけが、微分されるように展開されていく緊張感が素晴らしい。
まるで、無限の地平を広がっていくような感じ。
いずれにせよ、この3曲の中で、もっとも野心的、冒険的な楽章であろう。

第二楽章:バロック特有の附点リズムが特徴。
アタッカで終楽章に入る。
墓場の不気味さは書かれていない。

いずれにせよ、嘆息に満ちた、切羽詰まった音楽。
劇的緊張感が大げさであるが、二人の離別は、
こんな感じだったかもしれない。
ここでは、音楽を構成する各楽器の使い方にも、
精妙な設計を感じて、ついつい、感心してしまうような部分も多い。

第三楽章:ドイツ舞曲楽章。
素材は同じながら、ABA三部形式で、
Aは長調のドルチェで静か、Bは短調で立体的。

確かに第二楽章の、逃げ道の無いような絶望感から、
この軽やかなドルチェに流れ込むと、
かなり心は安らぐ。

ハイドンが戻って来た、という感じがする。
が、先の一悶着の中間部を経て、何だか、
未解決な感じで終わる。

「最後のトリオの調性(嬰へ短調)は、
1770年代、ハイドンの『疾風怒濤』時代の、
余韻のようだが、ムードや熟達は、全く異なったものとなっている。
行きすぎた個人主義は、エネルギーを無駄にすることなく、
張り詰めたメランコリーに道を渡す。」
この作品の解説の一部は、すでにあったとおり。
以下、その続きのようなものが、このCDの解説を締めくくっている。
残念ながら、この曲は、ブラームス・トリオには収録されていない。
したがって、解説の比較も演奏の比較も出来ない。

「緩徐楽章はおそらく改訂されて、
1795年2月の初演にて、モーニング・クロニクルによって、
『崇高な魔法』と賞賛された交響曲第102番の同じヘ長調の楽章と、
何の目的で作曲されたか分からないが、同等のもので、
これを改訂したものである。」
交響曲第102番の第二楽章は、荘重にティンパニが鳴り響き、
終始、オブリガードのチェロが低音を装飾するといった、
非常に印象深いものである。

これを聴いたシュレーター夫人が、
私、これが好きだわ、と呟けば、おそらく、
ハイドンは、すぐに、このようなものを用意したとは思う。

ただし、交響曲の方は、
この三重奏曲の第二楽章の2倍の6分もかけて演奏され、
演奏によっては、英雄のための葬送行進曲のようにも聞こえる。
あまり室内楽と直結するものではない。

が、あの印象的なチェロのオブリガードは、
ここでは、ピアノの左手に現れて、
可能な限り、交響曲の魅力は圧縮されているようだ。

この後で、交響曲も三重奏曲も、
メヌエットになるので、この部分も交響曲の編曲を、
持って来れば良さそうなものだが、
ハイドンは、何故か、虚無的な終楽章を用意した。

「深く、ぴんと張った終曲は、
おそらくハイドンが最終的に英国を去るに際して、
他のものと合わせて出版社に渡したもので、
作曲家としての人生で、最も多産であった日々から、
こうした作品を捧げ、それを誇りとした英国を去るにあたっての、
ハイドン自身の心情を、最もありありと、
思い出させるものであろう。」

と書かれており、解説を書いたROBERTSONは、
ハイドン帰国の心情を、この、いささか途方に暮れたような、
投げやりにも聞こえる虚無的な楽曲から聞き取れという。

ピアノは、まるで、ツインバロンのようにかき鳴らされ、
情熱の切れ端のようだ。

翻って、シュトレーダー夫人の立場からすると、
確かに、こうした喪失感があったことと思う。
最後は、何だか怒ってる女性のような感じもする。

このように、まったく性格の異なる3曲ながら、
ハイドンの第1回訪英後の離別からの再会、
そして第2回訪英と、最終的な別れといった、
シュレーター夫人との日々が刻まれているとも思え、
その意味でも、真ん中の曲が、一番、憂い無いものであることも、
妙に納得できてしまうのである。
もちろん、ハイドンの最前衛とも思える冒険がちりばめられており、
決して、枯淡にあった人が書いたり、弾いたりできるようなものではない。

得られた事:「ハイドン時代のピアノは、低音の音域または深みが不十分で、その延長のようにチェロの音色の豊かさが不可欠であった。」
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by franz310 | 2009-02-15 12:20 | 音楽

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その160

b0083728_23121375.jpg個人的経験:
ハイドンがロンドンで作曲した、
ピアノ三重奏曲には、
いくつかの曲集があって、
前回は、HobⅩⅤ番号で、
21番から23番を取り上げたが、
これは、ハイドンが仕官していた、
エステルハーツィ家の
当主ニコラウス2世の奥方、
マリア・ヨゼファ妃のために
書かれたものであった。

しかし、先代のアントン公の后も存命で、
ハイドンは、ちゃんとマリア・ヨゼファ妃の作品71に先駆けて、
姑を立てて、ピアノ三重奏曲を作曲、献呈している。

ややこしいことにもうひとりのマリア妃である、
このマリア・テレーゼ・エステルハーツィ侯爵夫人は、
アントン公の2度目の夫人であったらしく、
後に、シュヴァルツェンベルク侯爵と再婚したという。
それ以前であろう、ハイドンが献呈した作品は、
作品ナンバーで70番。HobⅩⅤ番号では、
18番から20番に相当するものだ。

和宮に捧げる前に、しっかり天璋院にも捧げて、
筋を通しているという感じであろうか。
アントン公は、音楽に興味がない人物だったとされるが、
アントン公の父、ニコラウス1世候は、
ピアノ三重奏曲HobⅩⅤ:15~17によって、
愛妻(これまた、マリア妃、マリア・エリザベス妃)の死から、
立ち直ろうとしたとされるので、
ピアノ・トリオの連作9曲は、歴代エステルハーツィ家の、
3人のマリア妃にからんで作曲されたことになる。

HobⅩⅤ:15~17(作品59)は、
フルートを伴うものであったが、
18番以降はヴァイオリンを伴うものに統一され、
近代的なピアノ三重奏曲の範疇に入って来るせいか、
オリジナル楽器を使ったものではない演奏も入手できるようになる。

例えば、この天璋院、ではなく、マリア・テレーゼ妃のための、
作品70に関しては、3曲とも、何故か、モダン楽器の演奏で、
揃えることが可能である。

まず、1980年3月に録音された、HobⅩⅤ:19と20が、
ヴァイマール・ブラームス・トリオの演奏で、
ドイツ・シャルプラッテン・レーベルのCDで入手できる。

表紙デザインは、作曲家所縁の何かでも、演奏家に関するものでもなく、
クレーを思わせる色彩。現代アートのような感覚の塗り絵みたいな感じ。
これに関してのインフォーメーションはない。
したがって、可もなく不可もない。

この解説は、村原京子という人が書いているが、
ハイドンの研究家なのであろう、
ハイドンの作品目録作成の苦労が書いてあるのが面白い。

「作品数が膨大な事、多くの学説による作曲年、
作品番号の不一致等々」で、音楽史研究の基本、かつ重要な、
作品目録の完成が、ハイドンの場合、恐ろしく困難で、
日進月歩で変化している状態だというのである。

「ホーボーケン(Hob)番号に依るのが、
今日の正統と言えようが、通称作品番号、
或いはブライトコプフ版、ペータース版等の
実用楽譜の番号が横行しているジャンルもある。
ピアノ・トリオもそうしたまぎらわしいものの代表であり、
様々な番号を持っている。」
と、私が、かつて苦言を呈したことがまとめられている。

「当ディスクの頭に記されている番号は、
ロビンス・ランドンに依るものであり、
更にHob番号が加えられている。」
とあって、第38番(HobⅩⅤ:24)、
第39番(HobⅩⅤ:25)、第33番(HobⅩⅤ:19)、
第34番(HobⅩⅤ:20)が収められている。
先のマリア・テレーゼ妃のためのものは、後半の2曲である。

何と、これら後期作品は、この解説が書かれた当時、
まだ、ハイドン全集には未収状態であったという。
第3巻までは刊行されていたが、
そこには32番までしか含まれてなかったという。

新しいピアノ・フォルテとの遭遇が、
ハイドンの創作意欲を揺さぶって、
これらの三重奏曲群が生まれたとあり、
「イギリスのピアノは全体の構造がはるかに逞しく、
機構上も優れていたし、そのアクションははるかに重く、
弱音ペダルもつけられ始めた」と具体的である。

これらの作品を、
「モーツァルトのピアノ協奏曲と共に、
ベートーヴェンへの重要なステップを形成している」
と総括しているのが心強い。
バッハの息子たちの線上で聴く時、
「汲めども尽きぬ彼の創意が溢れ伝わってくる」ともある。

さて、前回、オリジナル楽器で、
ハルモニア・ムンディから出ている、
コーエンらのCDも紹介したが、
はたして、ここでは、この作品70は、
どのように書かれているだろうか。

「『ヴァイオリンとチェロの伴奏を伴う
ピアノ・フォルテのための3つのソナタ。
ハイドンによって、旧姓ホーエンフェルト、
エステルハーツィ妃のために作曲され、
捧げられた作品70。
ロングマン&ブレーデリップNo.26で印刷』
1794年11月15日のオリジナル版に、
このように書かれたタイトルページは、
後に、世紀の終わりに、
パリ(プレイエル、Imbault、Naderman、Sieber)、
オッフェンバッハ・アン・マイン(Andre)、
ヴィーン(アルタリア)、ライプツィッヒ(ブライトコプフ)
などで出版されたものにも印刷されている。
これは、まだ、ハイドンがトリオと呼ばなかった
これらのソナタが成功作だったという証拠である。」
これだけ、たくさん印刷されたら、確かに、
番号の混乱などは容易に起こるだろう。
また、出版されたのは1794年だろうが、
何時作曲されたかなどは、ここからは読み取れないだろう。

「最終的に英国を離れる前に、
1971年1月から1795年8月まで、
英国のために、または、英国において作曲された作品を、
ハイドンは数え上げて目録にしたが、
ここにも、『ブローデリップのための三つのソナタ』、
と書いてあるように、
二つの高音声部が、バスにサポートされたハープシコードによる、
装飾された低音に伴奏される、バロック時代のトリオ・ソナタのような、
古風なものとして扱うことにする。
装飾低音の役割を終えるにつれ、
鍵盤楽器は次第に支配的になり、
パートナーの弦楽器を時に、伴奏のような付属に追いやった。
ハイドンは、この鍵盤楽器解放に大きな貢献をしており、
これら英国の三重奏曲は、明白な証拠となっている。」
ということで、ピアノにあまりに魅了されたがゆえに、
ハイドンは、その左手をも駆使して、独自の美学を探究したのであろう。

しかし、ロンドン以前のトリオでは、
ピアノがプアで、左手が単に、
たららたららと装飾しているだけなのだろうか。
改めて、Badinageの演奏したHobⅩⅤ:15などを聞き直して見た。
確かに、右手は左手と明確に役割分担していて、
右手は活発に動き回るが、左手は、ちょん、ちょん、
ぱっぱっぱっぱ、たらたらたらと、
単にやっているだけのように聞こえる。
が、この演奏、悪くない。

とすると、この頃亡くなった、モーツァルトなどは、
こうしたピアノ書法に留まっていて、その革新的な発展を、
最後まで見届けることが出来なかったということだろうか。

「アントン侯の未亡人、
マリア・アンナ??(テレーゼじゃないのか?)・エステルハーツィ夫人
への献呈は、1793年にヴィーンで書き始められたとも思わせるが、
手稿が失われているので、確かなことは分からない。
3曲のスコアには、まったく類似点がないにもかかわらず、
ハイドンはさらに3回も
(HobⅩⅤ21~23、24~26、27~29)、
3曲のトリオをまとめて出版したのは注目に値する。」

これが何を意味するのかや、何ゆえに、
夫人に献呈したかが書かれていないので、
非常に後味の悪い解説である。

以下、各曲の解説が始まる。
ここでも、ロビンス・ランドンの番号で書かれているのが、
混乱を招くので、ここでは、ホーボーケン番号で押し通す。
ちなみに、大宮真琴氏の本では、すべてホーボーケン番号を使っているが、
同僚ロビンス・ランドンの意見には納得していなかったのだろうか。

まず、18番、先のブラームス・トリオのCDでは、
取り上げられなかったものである。

コーエン盤は、解説は番号順ながら、
収録は違っているので、要注意。
確認してよかった。
やはり、この曲は最後に入っていて、
トラック8から聴かないといかん。

「HobⅩⅤ:18。
三つの力強い和音に導かれるイ長調のアレグロ・モデラートは、
非常にしなやかなカンタービレのメイン・テーマと、
付点リズムのモチーフと組み合わされる。
これらの二つの要素はかなり短い展開で、
いわば、再現部からの新しい要素で、拡張されている。」

イ長調と言えば、シューベルトの「ます」の五重奏曲と同じ、
調性であるが、じゃんと始まるところも、「ます」に似ている。
ピアノの喜ばしげな、活発に動き回る活躍も、
それを想像させるものがある。

このような類似を感じるのは、やはり、ピアノが、
通奏低音の役割という負担を逃れて、
両手が渾然一体となっての美学を模索しているからであろう。
ヴァイオリンの澄んだ響き、
チェロも、ばあんと、独特の音色を聴かせて印象的。

10分30秒もかかって、作品70、71を通して最大の楽章であるが、
確かに、4分くらいの所で、気味悪い感じになって、
何だか違った方向に展開されていく。
こうした、さまようような転調も、
シューベルトの世代への遺産であろうか。

「短調のアンダンテは、特にその中間部の、
長調によるヴィーン的な魅惑によって驚かされるが、
再現部の装飾によって、終曲のアレグロに導かれる。」
何だか、気が滅入るようなメロディの第2楽章。
物憂い感じだが、まるで救いがないと思いきや、
確かに、それを慰めてくれるような天上の声が聞こえてくる。
ひょっとして、亡くなったアントン侯を思う、
奥方の気持ちに応えたのだろうか。
とすると、上記解説のように、
93年、ヴィーンで書き始められた、
というのはおかしい。
アントン侯は、第2回ロンドン行きのためのハイドン出立の直後、
94年に亡くなっているからである。

しかし、第1回出発は、先代の死によって挙行され、
ハイドンとロンドンの関係は、完全にエステルハーツィ家の、
悲嘆のネガのような感じの成功であった。

この慰めの後は、再び、物憂いメロディが始まるが、
それは、上述の突然の変化で楽しいアレグロが始まる。
「ここでのハンガリー風ロンドは、10年前の、
ピアノ協奏曲ニ長調HobⅩⅦ:11を締めくくったものに似ており、
また、これは、翌年のHobⅩⅤ:39(おそらく25の間違い)
の終曲にも類似のものが現れる。」
これは、非常に心浮き立つもので、エキゾチックでもあって、
楽器の扱いも多彩である。
全体に、聴き応えのある音楽。

さて、次の曲はトラック4から7を占めるが、
どういうことであろうか。4楽章形式?

「HobⅩⅤ:19は、気まぐれなリズムを持つ、
何だかひねくれた主題による変奏曲で始まる。」
私は、このsinuousという言葉をイメージできず、
音楽を聴きながらでは、「しなやかな」と、「気まぐれな」では、
後者だと思えた。

このような摩訶不思議なピアノ三重奏曲は、
というか、ソナタ形式の楽曲は、聴いたことがない、
といった感じである。
音も小さく、ちまちましていて、これまた物憂さを感じさせ、
いじいじ、うねうねと、続いて行く感じである。
スカルラッティのソナタにありそうな、
非常に繊細な感情表現である。
そういった意味では、弦楽器はなくてもよさそうだ。
こんな楽曲をアントン侯が生きている間に考えていたとしたら、
いくら相性が悪かったからと言っても、悪すぎハイドンであろう。
ロンドンで、侯の死を知り、妃を慰めるべく書いた、
と考えて初めて、共感を覚えるような音楽である。

変奏が進むと、活気が戻って来る。
が、その時にトラックナンバーが変わっており、
第1楽章を二つに分けているので、
トラックが4つあるのであって、4楽章形式ではない。

さて、この曲は、ブラームス・トリオで聴けるので、
先のCDの解説をひもといて見る。
ややこしいナンバリングがすべて書いてあって、
感動する。さすが。
「HobⅩⅤ:19、作品70-2、
ペータース版第Ⅱ巻第12番」とある。

「1794~5年のトリオ・セットの中で唯一の短調の作品。
アンダンテ、2/4拍子の第1楽章はピアノ・ソロで開始される
二重変奏楽曲である。第1グループは短調で、フランス序曲風の
附点リズムは精神的にはバロックを思わせるが、
第2グループはカンタービレな長調で、附点リズムを用いず、
いかにも古典派楽曲の風格をみせ、第2変奏はそのまま6/8拍子の
プレストへ移行する。」
このように書いてくれた方が、ずっと、わかりやすい。

次に第2楽章の解説を、コーエン盤で見てみよう。
「しかし、変ホ長調のアダージョ・ノン・トロッポは、
その素晴らしいメロディで、我々を魅了せずにはいない。」
このHoweverの感じは、第1楽章は、
あまりにも奇異ということだろうか。
確かに、この第2楽章、完全にベートーヴェンを先取りして、
心に直接染みこむようなものである。
ピアノ協奏曲「皇帝」の第2楽章を思い出した。

何と、村原京子氏の解説では、こう書かれている。
「変ホ長調の第2楽章はアダージョ、
ハイドンお気に入りの3/4拍子で、
ピアノの右手は入り組んだ装飾的な旋律を歌い、
弦楽器がピアノ協奏曲のオーケストラを思わせる、
晴朗で美しい楽章。」

第3楽章もまた、妙に暗い情念を感じさせる。

また、コーエン盤の解説から見よう。
「ソナタ形式によるプレストの終曲は、
三つの楽器の目も眩む掛け合いが効果を生む。」

ブラームス・トリオ盤解説は、
「終楽章は第1楽章の終わりの部分と同じ6/8拍子の
威嚇的なプレスト。ピアノ・パートは、
エチュード的とさえ感じられるが、
華やかに響くフィナーレである。」

このあたりになると、ヴァイオリンの音、
チェロの音が立体的に響く中、
ピアノが水しぶきを上げて駆け巡り、
名人芸を際だたせるようになって来ている。
果たして、エステルハーツィのご婦人は、
こんなものまで弾きこなしたのだろうか。

さすがハイドン。第1楽章の、ピアノだけのぼそぼそは、
こんな感じを際だたせるための布石だったのかもしれない。

しかし、日本盤の解説の質の高さに感動した。
コーエン盤のJean-Yves Bras氏のものより情報量が多い。
ただし、事実が書いてあるだけなので、
良い曲かどうか、もっと言うと、
この曲を著者が好きなのかどうかが良く分からない。
私が解説を書くならば、もっと、この曲の特異な点を際だたせたい。

そして、これは注目すべき問題作だと言うだろう。
ハイドン恐るべしを痛感したのが、この曲であった。

さて、ブラームス・トリオの演奏で聴くと、
第1楽章のぼそぼそ言うような、不思議な繊細さが、
やはり現代の楽器による限界を感じさせ、
せかせかテンポも早く、
バロックからの延長としてのハイドンは見えにくい。

しかし、第2楽章は、非常に美しく、
ロマンティックですらある。テンポもたっぷりとって、
詩情豊かで泣きたくなる程である。
ピアノの硬質の輝きも素晴らしい。

しかし、ブラームス・トリオの録音を出した、
徳間ジャパンの解説、文句を言いたいことも多い。

文字が小さく、1ページに、30行以上が2列もあるので、
読みにくいこと限りない。

また、解説者の文章もまったく段落が変わらないのは、
いったいどういうことか?

レコード会社がケチをしたせいかもしれない。
これはあまりにもひどい。
四角四面の文章が4ページに詰め込まれている。
が、自社のカタログは8ページにもわたって列挙されている。
ふざけるな、と声を上げるべきであった。

なぜなら、このCDはずっと前に入手していたのだが、
まるで、読みたくなかった理由が、きっとこれが原因だったと、
思い至ったからである。

ハルモニア・ムンディ盤の解説ブックレットの格調高さは貴重極まりない。

さて、マリア・テレーゼ妃のためのピアノ・トリオ、
もう1曲残っている。
3曲目はどうか。
まず、コーエン盤の解説。
「HobⅩⅤ:20は、ブリリアントな変ホ長調で終わる。
アレグロのテーマは、高度に創意に富み、感情豊かな展開を前に、
数回の変奏を行う。」

これだと何だか分からないが、
村原氏の解説もまた、途中、
音楽史の解説が混入して共感しにくい。
ハイドン不在である。

「輝かしいアレグロの第1楽章は
後期18世紀のピアノの最高音から開始され、
レガートとスタッカートの交錯する書法を見せている。
それに続く第5小節の迅速な上昇パッセージは、
いかにも当時のロンドンの聴衆の求めに応えるものであったろう。」

これらの曲は、前述のように、エステルハーツィの王女様に捧げられたもので、
ロンドンの聴衆と言われると、抵抗を覚える。
ロンドンのピアノ製作者の求めとかなら、まだ分かる。
高貴な奥方が、聴衆の前に姿を現わすという発想が、私には付いて行けない。

「新しいピアノ・フォルテは」と始まる部分も、
非常に示唆には富むのだが、
音楽に浸るのを許してくれない感じ。
「従来のスピネットやチェンバロと違い、
素晴らしいレガート奏法が可能となった。」

これは何を書いているのかな、と考えながら、
読んでいる間に音楽が終わってしまうではないか。
曲の解説ではなく、その前に書いて欲しかった。
どの楽章の解説を読んでいるのだったっけ。

「新しいピアノと優れたピアニストたちとの出会いという
イギリス旅行の成果は、ここにレガートとスタッカート、
小節を挟んでのカンタービレ奏法という結実を見せているのである。」
何だか、ハイドンがピアノ会社の営業マンに思えて来た。
そんな人の音楽はあまり聴きたくない。

第1楽章は、独特のリズム、剽軽な楽想で、
スケルツォ風。軽やかなようで、人を小馬鹿にしたような感じもある。
この解説にあるように、機械的な音楽なのかもしれない。
それが、だんだん凝集していき、
緊張感溢れる展開部に到るので、コーエンは、
エクスプレシッブと表現したのだろうか。
展開部を聴くと、何か、強烈な情念を秘めた、
謎の楽曲という感じがしなくもない。

特に、オリジナル楽器で聴くと、まるで、
ピアノがツィンバロンをかき鳴らすように、
独特な効果を生み出して強烈である。

では、2楽章以下、コーエン盤とブラームス・トリオ盤の解説を見てみよう。
「アンダンテ・カンタービレは、ピアニストの左手独奏で始まり、
次第に音楽を豊かにして、輝かしい終わり方をする三つの変奏曲になる。」

「ト長調、アンダンテ・カンタービレ、2/4拍子の第2楽章は、
ピアノ・ソロで開始される。
初版楽譜に“左手だけで”と記された20小節の厳格な2声対位法パッセージは、
やがて変奏、装飾され、8分音符から16分音符へそして32分音符へと音価、
テンポを増していく典型的な変奏技法に依っている。」

どれもこれも、とんでもなく面白くない解説である。
音楽は、ここから感じられるのとは大違いで、
暖かい血が流れ、胸を打つ、情緒豊かなもの。

ちなみに、終楽章も、美しい。
第1楽章の、諧謔調の奔放さのバランスを取るかのように、
続く2楽章は格調高く、気品をもって優雅である。
ただ、終曲中間部で、ヴァイオリンがほの暗く蠱惑的な歌を歌う。

ベートーヴェンのチェロ・ソナタ第四番が、
こんな感じの異形のソナタではなかったっけ。

コーエン盤解説は短い。
「フィナーレのアレグロは、ヴァイオリンの独奏のトリオを持つ、
メヌエットである。」

ブラームス・トリオ盤は、メヌエットではないと書いている。
「続く最終楽章は、ドイツ舞曲を思わせる3/4拍子のアレグロ楽章。
ハイドンは晩年のトリオに於て、テンポ・ディ・メヌエットよりも、
逞しいこうした楽章で曲を閉じることを好んだようである。」

この楽章のヴァイオリン独奏は、印象に残るようで、
「ヴァイオリン・ソロによる変ロ短調の中間部の後、
動き廻るパッセージが続き、音型を6回繰り返し、
ffにのしあげて曲を閉じる」とあるが、残念ながら、
これを読んで、この音楽を聴きたくなることはないだろう。

6回の繰り返しは、そこから聖なる数字の神秘とか、
そういったお話が続けば面白いだろうが、
数える必要があるのだろうか。

失礼なことを列挙してしまったが、
CDの解説というものが、いったい何のためにあるのか、
今回は、妙に考えさせられた。
ヴァイオリンは、終曲のトリオで、魅力的な音を振りまいているので、
いちいちそれを説明しなくても、聴けば分かるという考え方もあろうが、
私のような聴衆は、それほど賢くはない。

どれどれ、と興味を持って耳を澄ませなければ、
ほとんどCDも出ていないような楽曲は、
聞き流して終わりであろう。

そこを、「ちょっと待って、一緒に聴きましょう」、
とするのが、よき解説のような気がする。

私は、最初、そんな風に聞き流すように、
ブラームス・トリオを聴いていて、
ふと、トラック8(HobⅩⅤ:19の2楽章)にさしかかり、
何と美しい音楽、これは、古楽器は不利だな、
と思ったりもした。

しかし、丹念に聞き直すと、ニュアンスの点で、
現代の楽器は大味、古楽器の音色の多彩さに舌を巻いた。
特に、同じ楽曲の第1楽章の変奏曲の孤独感など、
現代の楽器では、ニュアンスが出ないこと、甚だしい。
とはいえ、ブラームス・トリオの演奏で聴いても、
ハイドンのトリオの面白さはよく分かる。
特に、先の楽章のクリスタルな感じ、
弦楽のふっくらとした暖かみは、
こちらの方が強烈かもしれない。
ここまで耳を澄ますのに、解説に助けられた点も少なくない。

ベートーヴェンの作品70もピアノ三重奏曲であったと思うが、
師匠の作品70の方が、私にははるかに創意と躍動に富んだ、
すぐれた楽曲に思われた。

あと、このCDには、作品73からの2曲も収められているが、
これまた、興味深い事例なので、次回、改めて触れてみたい。

得られた事:「ハイドンのピアノ三重奏曲は、まずHobⅩⅤ:19の第2楽章を聴け。」
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by franz310 | 2009-02-07 23:12 | 音楽

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その159

b0083728_22162137.jpg個人的経験:
ハイドンの
ピアノ三重奏曲は、
長らく交響曲や、
弦楽四重奏曲、
あるいは、
ピアノ・ソナタ
の影に隠れて、
知られざる分野であったが、
近年、見直しの動きが
見られるようだ。

全集のたぐいもいくつか完成され、
進行中のものもあるようである。
特に驚くべきは、その作品数で、何と30曲以上、
また、生涯にわたって、ほぼ連作されており、
先の交響曲、弦楽四重奏曲、ピアノ・ソナタに続く、
重要ジャンルであることが、このことからだけでも、
十分読み取れるのである。

シューベルトの先達として、
ハイドンは、決して見逃すことの出来ない存在であるがゆえに、
ついつい、その生涯で、最もドラマを感じる英国時代を見て行くと、
(ちょうど、これはシューベルトが生まれる少し前に当たる)
このピアノ三重奏曲という分野が、
どうしても見逃せないということになってくる。

シューベルトの時代、
例えば、「ます」の五重奏曲が書かれるのは、
それから30年ほど後になるが、
それに先立って、ハイドンはピアノの可能性を、
主に、このピアノ・トリオで開拓しているのである。

英国楽旅によってもたらされたものは大きく、
そこでの流行や、最新技術での楽器との遭遇が、
こうしたイノヴェーションを誘発する要因となった。

先達の活躍の上に、シューベルトの「ます」の如き、
ピアノと弦楽が高度に融合された室内楽が生み出されたのではないか。

うまい具合に、ハイドンにおけるピアノ三重奏曲が、
どのように概観できるかを簡単にまとめてくれている解説を見つけた。
ハルモニア・ムンディから出ている、
「ハイドン ピアノ・トリオ nos.32-37」
という2枚組である。

このCD、ハイドン没後200年の記念シリーズの一環のようで、
2008年の発売だが、おそらく旧録音の再発売盤と思われる。
録音は1990年とか92年とあり、
2枚組の廉価価格で売られていたからである。

ハイドン・ハルモニア・ムンディ・エディションと記され、
中にはシリーズの他のものが列挙されている。
ヤーコブズによる交響曲や「天地創造」に「四季」、
アラン・プラネスによるピアノ・ソナタなどが出ている。

これらの中では、私はこのピアノ三重奏曲に、一番触手が動く。
パトリック・コーエン、エーリヒ・ヘバース、
クリストフィー・コインらが、オリジナル楽器を使って演奏している。

しかし、このCDのデザインは、
表紙にシャルダンの「しゃぼん玉」が使われていて、
ハイドンを連想させるものが皆無であるのが残念だ。
おそらく、これを見て、このCDの内容を空想し、
欲しくなるリスナーは少ないだろう。
申し訳程度の表紙である。

などと思って、分厚い別冊の解説書を見ると、
中には素晴らしい絵画や写真が数多くあしらわれ、
外面より内面に秀でた、素晴らしい商品であることが理解できる。

オックスフォードにあるハイドンの肖像画(レスラー画)は、
これまでも見たことがあるが、
荒波を超えて船に乗るハイドン像の想像図というのは初めて見た。
当時のテムズ河畔を描いた風景画や肖像画、
スクエアピアノやハンマークラヴィーアの写真、
エステルハーザ王宮のホールなどなど。
私は、これらを見て、早く、音楽を聴いてみたくなった。

まず、このCDの上述の分厚い解説の、
「ハイドンとキーボード・トリオ」という部分には、
こんなことが書かれ、その量が膨大、
かつ生涯にわたって書き継がれたことが書かれている。
著者は、Andreas Friesenhagenで、2008年に書いた模様。

「ハイドンの鍵盤楽器、ヴァイオリン、チェロのための三重奏曲は、
年代的に3つのグループに分類できる。
最初のものは1760年くらいの作品群で、
そのうちのいくつかは、
おそらくエステルハーツィの宮廷に就職する前のものもある。」

1760年、1732年生まれのハイドンであるから、
30歳前後のものと言える。
バッハの死後、10年しか経っていない。
ハイドンが宮廷に仕えるのは翌年である。
30歳前後といえば、シューベルトの場合は、
このあたりで最晩年になるわけだが、
ハイドンは、これが初期となるわけだ。

「Hob番号のⅩⅤ番の1、2、34-38、40、41、C1、f1、
そして失われた2曲の33とD1がこれに含まれる。」
ここで、我々は、かなりのけぞる必要がある。
というのは、1番と41番が同じ時期の作曲だからである。
モーツァルトの最後の交響曲41番「ジュピター」が、
初期の作品だ、と言われるような感じがするではないか。

おそらく、このHob番号、まだ、十分、作曲年代が確定する前に作られたか、
早々と作って、後から、ハイドンの作品が続々と出て来た、
といった事情があるのであろう。
それを後に付け足すのはやめて欲しいものだ。

また、いかにも付け足しのC1とかf1っていうのは何だ。
そもそも、Cが大文字で、fが小文字というのも何なんだ。
いずれにせよ、30歳前後でハイドンは6曲ばかり書いた。

「第二のグループは、HobⅩⅤの5-14で、
20年以上後、1784年から1790年の間に書かれている。
ここにはこのグループには、HobⅩⅤ:15-17の、
鍵盤、フルート、チェロのための三重奏曲が含まれている。」
これらについては、前回紹介したとおりである。
このあたりになると、番号順になっているようで助かる。
フルートのものを含めると、13曲もある。

「最後のグループは、数の上でも、作品のすばらしさの点でも、
最も重要なもので、HobⅩⅤ:18-32が含まれ、
ほとんどが1794年から5年に、
ハイドンの2回目のロンドン訪問の間かその直後に書かれている。」
ということで、前回、HobⅩⅤ:15-17を聴いて、
終わりにするわけにはいかなくなってしまった。
かつて、代表作と見なされたHobⅩⅤ16だけを聴いて、
ハイドンを断じてはいけなかったのである。

というか、コーガンやらロストロやらギレリスら、ソ連の大家が、
わざわざ選んで、これを取り上げたことによって、
みんな、これがきっと代表作だと思ったのかもしれない。

この時期、15曲ものピアノ・トリオが書かれた訳だが、
何故に、わずか2ヶ月に1曲といったペースで、
カタログを満たしていったのだろう。

最初に書いたように、英国の空気を吸っての、
可能性の限界の打破でもあっただろう。
演奏会活動のほか、様々な社交もあり、
作品では、他にも、重要な交響曲の連作などがある。
すごい活動力、創作力である。

先の6曲、13曲と、この15曲も合わせると、
34曲もの楽曲が残されたことになる。
1760年から95年、35年の間に、
集中して取組む時期があったということだ。

解説を再度読んでみると、
「様式的に、最初のグループは、あまり共通点はなく、
ヴァイオリンパートの独立によって、
当時、オーストリアに広く知られていたタイプに従って、
バロック時代のトリオ・ソナタの名残がある。
当時、ロンドン、パリでは、すでに、より近代的な、
従属的なヴァイオリンとチェロのパートを伴う、
鍵盤用ソナタが出ていたのだが。
初期のハイドンの三重奏曲では、
鍵盤の高い方と、ヴァイオリンはトリオ・ソナタの二つの高音部に対応し、
チェロは単に、通奏低音として機能しているだけであった。
一般に、第一楽章の提示部の主題の材料や展開部の最初は、
鍵盤楽器の独奏で始められ、
それは鍵盤楽器と同格に扱われたヴァイオリンで反復されている。
ヴァイオリンが素材を提示している間、ハイドンは、しばしば、
その2、3小節を鍵盤楽器に担当させて、通奏低音の役割を負わせている。
このように、鍵盤楽器の低音部は時折、装飾を行う。」

次に、第2期の作曲についての話が始まる。
「約20年ぶり、1784年に、ハイドンは、
キーボード・トリオの作曲を再開したが、
トリオHobⅩⅤ:5は、この間に、
彼のこのジャンルへの取り組み方がいかに変化したかを示している。
鍵盤楽器は、作曲上の重要な楽器となり、
ヴァイオリンとチェロを従えた、楽器の音色の中心となっている。
その結果として、
ハイドンはしばしば、ヴァイオリンに独自の主題を与えて、
これを鍵盤楽器から分離したり、
時折、鍵盤楽器と対話させたりしたが、
弦楽器は構成的というより色彩的なものとなった。
例えば、HobⅩⅤ:5の第一楽章は、
ヴァイオリンは鍵盤楽器と交錯するだけであり、
HobⅩⅤ:9のアダージョでは、チェロを、
主題の展開に利用したりしている。
再現部の開始後、すぐに、ヴァイオリンとチェロは、
その楽章を通して、鍵盤楽器が取り上げることのない、
とっておきのメロディを奏でる。
こうした、チェロの重視が見られるものの、
あくまでハイドンのトリオの中では例外である。
初期のものに比べ、リズムや技術上の挑戦はあっても、
一般に低音の弦はキーボードの低音の補強となっている。
1784年以降の鍵盤と弦のための三重奏曲は、
原典にはソナタと書かれ、当時の版には、
一般に、『ヴァイオリン、チェロの伴奏付き、
ハープシコードまたはピアノフォルテのためのソナタ』といった
タイトルが書かれている。」
以上が、第2期の作品に対する説明である。

「ハイドンの2回目のロンドン滞在中、または、その直後のトリオで、
彼は、1780年代にこのジャンルで乗り出したところより、
さらに形式と内容において、個性的な飛躍をしている。
これらの作品に対する志は、その楽章のレイアウトにも現れ、
1780年代の13のうち7曲が、
喜遊曲風に2楽章しかなかったのに、
後期のトリオのほとんどでは、もっと高尚な3楽章を採用し、
31番と32番のみが、2楽章に制限されているのみである。
最初の版は、一般に3曲ずつまとめられ、
エステルハーツィ一家や個人的に知り合った女性ピアニストなど、
彼に身近だった女性への献呈が多くなっている。」

このように、ハイドンの後期の三重奏曲は、女性用の作品群とも言える。
ここで、Friesenhagenの解説を離れ、Jean-Yves Brasが書いた、
このCDに含まれる楽曲の内容を見ていこう。
ここでは、後期トリオの口火を切る、
HobⅩⅤ:18-20の3曲と、
続くHobⅩⅤ:21-23の3曲が演奏されている。

今回は、先に、後者から見て行きたい。
ややこしいことに、この解説は、
「Piano Trios nos.35,36,37」となっていて、
Hob番号でないので混乱してしまう。
大宮真琴氏の本などでは、Hob番号をそのまま使っているし、
多くのCDの、Hob番号のみなので、対応付けるために、
ここでは、すべてHob番号に直して書いて見よう。

この35番というのは、
作曲順に誰かが付け直したものなのだろうか。
さらに、問題をややこしくしているのは、
このCDの内容は、解説とは違って、
番号順の収録になっていない。
したがって、目次を見て、ちゃんと把握して聴かないと、
解説とは異なる楽曲が流れ出す。
ふざけるな、と言いたくなってしまう。

「ピアノ三重奏曲 HobⅩⅤ:18、19、20。
これらのトリオは、ロンドンで出版された、
各3曲4群からなる、驚くべき連作に属している。
これらは、1794年の2月から、1795年8月にかけての、
ハイドンの2度目のロンドン訪問の際に作曲され、
プレストンによって出版され、
1794年に父親、アントンの後を継いだ、
ニコラウス二世の妻、Marie Hermenegild Esterhazy妃に捧げられた。」

ということで、前述のように、ハイドンの身近な女性、
つまり、上司の奥さんへの献呈である。
ちなみにエステルハーツィ家は、アントンとニコラウスが交代して現れ、
非常にややこしくもシンプルな一族である。
モルツィン伯爵のところにいた、ハイドンを引き抜いたのが、
アントン・エステルハーツィ侯であったが、
この人は、ハイドンを雇った翌年1762年に死んでしまう。

次に家督を継いだのが、
ニコラウス侯であったが、この人はアントン侯の弟である。
ハイドンはこの人に28年仕えた。
そして、ニコラウス侯は、前回書いたように、
1790年に妻の後を追うように、77歳で死去。

その後、これら先代が大事にしていた楽団を解散したのが、
後継者のアントン侯である。この人はニコラウス侯の息子であった。

しかし、このアントン侯も、1794年に亡くなって、
その後を、その息子のニコラウス二世が継いだ。
曾祖父が生きていたら81歳なので、30歳くらいの君主、
奥方といえば妙齢であったことだろう。

この奥方のために4代目のアントン侯もまた、それほど、
音楽に理解があったわけではなかったようである。
ヴィニャルの本では、
「幸いにも侯の夫人のマリアがよい音楽家で、
ハイドンの崇拝者であることから二人の関係を滑らかにした」
と書かれているから、
まさしく身近にいた、信奉者でもある妙齢の麗人に捧げた曲集が、
これらのHobⅩⅤ:21-23と考えることにする。
私は、このマリア妃の肖像画こそ、
こうしたCDの表紙にするべきではなかろうかと、
声を大にして訴えたい。

実は、私は、このCDの解説なら、マリア妃とハイドンの関係が、
何か書いてあるかと思っていたのだが、それについては、
結局見いだすことは出来なかった。

「この時期のハイドンの仕事の集中ぶりは、
99番から104番の交響曲を初演し、
さらに1795年2月から5月の間の9つのコンサートを指揮し、
これが成功したので、さらに二つのコンサートを、
アレンジしなければならない程であった。
彼がロンドンを去る時、インコや、
クレメンティからプレゼントされた、
銀で装飾された椰子の実のみならず、
そのロンドンでの大成功によって、
彼以上に評価されるべき先駆者や著名人は、
ドイツにはいないという認識までを持ち帰っていた。
簡単に手に入った大金や、
数多くのアマチュアの音楽家たちが楽しめるトリオの、
出版社からの熱心な作曲依頼がその明白な証拠であった。
1975年5月に出版されたこのトリオは、
おそらく、冬の間に作曲されたものであり、
これに先立つ三部作と同様のタイプに属するものである。
しかし、2曲目は、その独奏的な響きで注目すべきものである。」

このように、何故にマリア妃に捧げたのかは書かれていない。
アントン侯は、ハイドンがロンドンに出立するや亡くなっているので、
ニコラウス二世が即位しているので、なるべく早く、
ごますりをしようと考えていたのだろうか。
そもそも、マリア妃とハイドンが、
最初に会ったのは何時だったのだろう。

また、前述のように、この第2曲を聴こうと、
トラック4を押してもだめである。
HobⅩⅤ:21-23の2曲目といえば、
HobⅩⅤ:22のはずで、これは最後に収められているので、
トラック7を押さなければならない。

気になるので、この曲(no.36というらしい)の解説を先に読むと、
「トリオHobⅩⅤ:22 変ホ長調は、その書法の複雑さと、
偉大な独創性において、ずっと先進的なものである。
アレグロ・モデラートの最初の小節からして、
すべては非常に単純に開始されるが、
ピアノの左右の手による16分音符の6連符の連続が、
弦楽の奏でる幅広いメロディの上に浸透していく。
さらに驚くべきは、転調や変イで未解決の再現部など展開部である。
ハイドンは、もっと個人的で、集中した表現のために、
伝統的な構成を締め上げているように見える。」

これは、不思議な情感を湛えて、流れ続ける音楽である。
とても移り気で、とりとめのない感情が、
未解決のまま、めんめんと綴られていくような。
後半で、訳の分からない呻き声が、これを中断するが、
再び、バルカロールのような曲調が現れ、
ピアノはひたすらによどみなく流れて行く水のようである。

「ポコ・アダージョの緩徐楽章は、ト長調で、
前のトリオと同様、いっそう個人的なページとなっている。
ロビンス・ランドンは、このように書いた。
『あまりにも個人的で、時折、限度を超え、エキセントリックなほど。
これまでのハイドンのどの作品も予言しなかったような、
自由で輝かしいピアノ・パートによって、
非常にオープンでありながら、非常によく練られた、
まったく新しいピアノ書法に、ハイドンはひと飛びで到達した。』
まず、緩徐楽章に反復はなしといえ、
ソナタ形式が採用されている点が異常である。
両手の交差を含む、音域の変化がある、
ピアノ・パートの83小節の解析をすると、
ドラマティックでリズミックで、
他にもエキセントリックな部分が散見される。」

解説は長いが、曲は5分弱。
ぽつりぽつりと呟くような曲想で、
弦楽部が単調な音型を保持しているので、
そのまま聞き流してしまいそうだが、
確かにピアノは、大きく脱線しながら波打って、
音楽に微妙な陰影を与え続けていく。

「アレグロの終曲で、ホ長調が戻って来て、
これは、より厳格でもっと十分展開されたソナタ形式で、
これまで、ジャンルで知られていなかった広がりを見せる。」

ここに来て、音楽は、明確な構成感を初めて感じさせる。
快活な終曲で、ブリリアントなピアノの高まりが、
爽快感を感じさせる。

では、この前に書かれたHobⅩⅤ:21は、
解説にどう書かれているか。
HobⅩⅤ:22では、前の作品より、いっそうパーソナル、
とあったので、これまた、それなりに内省的な作品なのだろうか。
この曲集の最初の作品に相応しく、トラック1から始まる。
「ハ長調のトリオHobⅩⅤ:21は、
すぐにヴィヴァーチェ・アッサイが続く、
そのゆっくりとした6小節の序奏、
アダージョ・パストラールで特徴づけられる。
A・ピーター・ブラウンは、この田園曲が、
ペダル効果とバグパイプを模した、
羊飼いのジーグに変わって、
相変わらず印象的なソナタ形式を司る、
情緒の土台となっていると言っている。
ほとんど必然的にハイドンにおいては、
第二の主題は、第一主題のドミナントへの移調のようになっている。
展開部でも陽気な雰囲気は継続するが、
ハ短調の急な侵入があって、再現部に入る。」

確かに、田園での羊飼いのダンスのような音楽だが、
ちょっと思うのは、どの曲も、繰り返しが頻出することで、
教育用に、同じフレーズを様々な感情で演奏できるような仕組みかもしれないが、
ちょっとくどいような気もする。

特に、この曲では一度、終わったかと思うと、
また、始まったりするので、盛られたせっかくのアイデアが、
台無しになっているような気がしなくもない。

「ト長調のモルト・アンダンテは、2/2拍子の穏やかなひとときで、
シューベルトを予告するしなやかなマーチのリズム、
悲痛なメロディが脳裏に染みこむ。
この楽章が初期ロマン派の性格を持っていて驚かされるというのは事実である。
変ホ長調、ハ短調、ト短調、ホ短調と束の間の移調を経ての歌曲のようで、
コーダがついている。」
この解説では、シューベルトの名前が出て来て助かった。
シューベルトを主題としつつ、ハイドンあたりで立ち止まっているのは、
ちょっとまずいような気もしていたが、確かに、内面的な情緒を湛えた楽章である。
シューベルトの初期作品の中には、こうした単純なものもあるが、
そのルーツとして、ハイドンが上げられるということもありえよう。

「プレストの終曲は、いくつかの脱線はあるものの、
陽気な音楽で、第一楽章の自然さの中に帰って行く。」
この曲も、第一楽章がへんてこなソナタという感じだったが、
終楽章になると、古典的な推進力が出て来て、
そこに容易に身を委ねることが出来る。
ただし、繰り返しが多いのも確か。
が、その執拗な繰り返しは、シューベルトのものとは違うと思われる。

では、この曲集最後のHobⅩⅤ:23はどうだろうか。
これは、とても不気味な開始部を持つ、へんてこな音楽である。
とても、高貴な麗人に贈るようなものではない。
私は、この曲のデーモニッシュな雰囲気に、非常に興味を覚えた。

解説を早く読みたいではないか。
しつこいが、「トリオ37番は」と始まる部分など、混乱するので、
書き換えて読む。
「ホ短調のHobⅩⅤ:23のトリオは、伝統的な構成に戻る。
しかし、ここでもやはり最初の楽章には驚きがある。
このモルト・アンダンテは実は、
一つの主題はニ短調、もう一つはニ長調である、
二つの主題による二重変奏曲である。
ここで作曲家は再び、薄暗いものと光を放つもの、
厳粛なものと気楽なものといった、
相反するものの対比の効果を試しており、
32分音符による輝かしい結びまで、
楽器同士の受け渡しにも着目している。」
長調の部分の推進力は素晴らしいが、
冒頭からの短調の部分が非常に目立つので、
気味悪い感じがつきまとう。
最後は、急速に夜が明けて、めでたしめでたしとなるから、
眉をひそめていた麗人は、ぱっと微笑むことであろう。

「アダージョ・マ・ノン・トロッポは、
ハイドンが、変化を付けるために様々な装飾を施す、
変ロのカンタービレの主題を導く。」
この楽章も悪くない。
しっとりした美しいテーマには、
ゆったりと身を委ねることが出来る。
物思いに沈む、その微妙な陰影もよい。

「ヴィヴァーチェの終曲は、再び光を放つニ長調。
ここには影を落とす雲はなく、この三重奏曲と、
続く多くの傑作群に先立つ偉大な三部作をみごとに締めくくっている。
なぜなら、ハイドンは最後の言葉を言い終えていない。」
これは、さらにハイドンは様々な事を成し遂げた、
とも読めるし、ベートーヴェン、シューベルト以下、
続く作曲家たちに、大いなる可能性を示した、とも読むことが出来る。

いずれにせよ、この終曲は爽快で素晴らしい。

このように書きながら、このCDでは、
続いて、例のHobⅩⅤ:22が開始するのだからたちが悪い。
やはり、曲順どおりに収録して欲しかった。

このように見て来ると、この3曲だけでも、
様々なアイデアが次々と具現化されており、
そんな試行錯誤の中で、ロマン派を先取りするような書法が、
ひらめいて行った模様である。
最初の曲の牧歌的な伸びやかさは、饒舌な繰り返しが気になったが、
曲を追うに従って、感情の微妙な綾が絶妙になり、
その表現の幅も広がって、不気味な葛藤から、晴れやかな解決に至る、
最後の曲では、傑作と言って良い完成度に達している。
これまで、あまり演奏されることはなかったようだが、
これらは、決して無視できない音楽であろう。

この演奏で使われたピアノは、1790年のアントン・ワルターとあるが、
復元したものではなく、そのまま使ったのだろうか。

ちなみにこのCDには、もう一つの三部作、
HobⅩⅤ:18-20が収録されているが、
これについては次回取り上げて見たい。

一方、このHobⅩⅤ:18-20の方の使用楽器には、
ワルターをもとにクラークが作ったもの、と書かれているが。

ヴァイオリンは1683年のグァルネリ、
チェロは、1758年のものだとある。

得られた事:「シューベルトが生まれる少し前に、ハイドンはピアノの可能性を追求したピアノ・トリオを大量に連作したが、これらは、驚くべき実験を盛り込んだ曲集であった。」
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by franz310 | 2009-01-31 22:23 | 音楽