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クラシック音楽への愛と悲しみの日々
by franz310
ICELANDia
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その439

b0083728_13475113.jpg個人的経験:
いくつかの泉から、
水の流れが集まり、
一つの川となって
海に注ぐように、
作曲家の仕事も、
様々な源流が想定される。
モーツァルトなどは、
まさに全欧の音楽を、
体現したような
立ち位置の人として
紹介されることも多い。
が、帝国が誇る
正規の音楽機関で、
早くから英才教育を受けた、
フランツ・シューベルト
の場合はどうか。


あまり考えたこともなかったが、彼こそ、
ハプスブルクの威信を担う人材候補として、
想像に余るほどの
過去の音楽の洗礼を受けていた人に相違ない。

ハプスブルク家は、
スペインも王国として統治した事があり、
このあたりの影響も
想定してよさそうなものだが、
シューベルトの音楽から、
スペインの影響を
直接的に聞き取ることは難しい。

しかし、何か手がかりでもないか、
などと考え、
かつて、スペインから輿入れした、
マルガリータ王女のお話あたりから、
この方面を聴き進めてきている。

そんな中、うまい具合に、
体系的にスペイン音楽紹介する
サヴァールのライフワークに
ついつい乗せられて
しまった感じもする。

この前、彼のレーベル、
ALIAVOXから出ている、
「ローペ・デ・ベーガの時代」
というCDを聴き進み、
オルガン音楽にもスペインの
特殊性があると教えられた。


文字数の関係で省略したが、
前回のCD解説の最後は、
こんな感じで、
スペイン・オルガン音楽まとめ、
という形になっていた。

以下、サヴァールのCDの解説の続き。
今回、取り上げるナクソス盤は、
後で紹介したい。

「最後にこの録音では、
この時期の鍵盤楽器の作曲家で
3人の主要なスペインの作曲家を取り上げた。
フェリペ二世の宮廷礼拝所の
偉大なオルガンの名手、
アントニオ・カベソン(1566年没)、
ザラゴザ・カテドラルとして傑出した、
セバスティアン・アギレラ・デ・エレディア(1627年没)、
それに、17世紀全般を通じてイベリア半島で流布し、
最も影響力あるオルガンの曲、
『Facultad Organica(1626年)』
で知られるアンダルシア人、
フランチェスコ・コレア・デ・アラウホ(1654年没)である。」

彼らの音楽は、まずカベソンから聴いた。
フェリペ二世が大事に取り立てた、
盲目の作曲家カベソンは、
かつて、ヒスパボックスの
「アントニオ・カベソン作品集」などで、
日本でも広く紹介されていた。

このCD、解説が非常に充実していて、
「スペインのバッハ」と紹介しつつ、
19世紀にはすでに、再発見が始まっていたとあった。
フランツ・リストの書簡にも登場するとある。

聴きものは、しみじみとしたメロディによる、
「騎士の歌によるディフェレンシアス」であった。

騎士の歌は、勇ましい騎士を表すものではなく、
騎士に想いを寄せる貴婦人の恋文のような内容。

解説を読んで驚いたが、
この「騎士」が、ながらく、
ローペ・デ・ベーガの戯曲、
「オルメードの騎士」の騎士だと、
考えられていた事があったようだ。

オルガンが、様々な音色で、
この歌謡を変奏していくが、
恋文が変容して、
壮麗な賛歌のように立ち上がる。

サヴァールのCDでは、この有名な曲は含まれず、
サヴァール盤:
Track5.にティエント第3番。
Track9.に、ほかのディフェレンシアスが収められている。

これも、「ご婦人の望みによるディフェレンシアス」
とあるから妙に内省的な音楽であっても、
驚いてはならない。
元の主題は、騎士の歌と同様のものであったのだろう。

解説にも、こんな事が書いてあるだけ。
「カベソンの作曲した作品は、
ティエント(イタリアのリチェルカーレに似た、
典型的なイベリア半島の対位法的な器楽曲ジャンル)と、
当時流行していた
(ここでは、『ご婦人の望み』であるが)
フランドルの対位法的なシャンソンによる
16世紀中ごろの鍵盤楽器の変奏曲の流れを汲んでいる。」

シューベルトも、歌曲を主題に変奏曲を書いたが、
この時代の伝統を受け継いでいる、
などと書く事は出来るのかできないのか。

エレディアからは、サヴァールのCDでは、
Track15.に「戦いのティエント」がある。

あちこちから軍勢が集まり、
どんどこ太鼓が鳴って、こりゃすごい。
だんだん盛り上がって、剣がびしびしと、
ちゃんちゃんばらばら。

「コレアやアギレラの作品の中にあって、
イベリア半島のオルガン曲の典型として、
いわゆる『バタラ(戦い)』、
これはおそらくミサの聖体奉挙の時に演奏された、
神と悪の神秘的な苦闘を音楽的に表した
一種の戦いの音楽を強調しておきたい。
その声楽曲版である、
『戦いのミサ』と同様、
戦場での音響効果を模した、
ジャヌカンの有名なシャンソン、
『戦争』の劇的効果の動機を使っている。
イベリア半島のオルガンの、
増加して様々な音色を持つリードストップが、
この音楽的描写の音色の選択を助け、
地方の聖堂に集まった人たちに、
異常にドラマティックな衝撃を与えたことであろう。」

オルガン曲ではなく、合奏で演奏されているが、
オルガンでも聞いてみたいものだ。

サヴァール盤、
Track21.「エンサラーダ」。
これもエレディアのもの。
エンサラーダは、何でもありのてんこ盛りサラダだが、
ここでも、太鼓鳴りまくり、ラッパ鳴りまくり。

本当に、教会で演奏されたのか。
むしろふさわしいのは、
かなり開放的な野外劇用であろうか。
劇の始まりの高揚感のようなものがある。

アラウホからは、サヴァールのCDでは、
Track19.に「モラーレスの戦い」がある。
これまた、戦いの音楽。
オルガンと戦いがこうも関係深いとは思わなかった。

「上述のジャヌカンのシャンソンをモデルにした
クリストバル・デ・モラーレスのミサを
直接の基にしたコレア・デ・アラウホのものは、
このジャンルの最初の発展形であり、
彼の同時代人、
アギレラ・デ・エレディアの作品のみならず、
ペドロ・デ・アロウホ、ディエゴ・ダ・コンセカオ、
ホセ・シメネッツ、ホアン・カバニレスなど、
のちのスペイン、ポルトガルの巨匠たちによる、
異常な流行の元となった。」

これまた、「戦い」ということで、
やはり、どんどこ登場の音楽で、
カベソンと並ぶ、オルガン曲の巨匠とは思えない。
ラッパも晴れやかに、輝かしい響きが交錯する。
こうした劇的情景が、大聖堂の中で響き渡ったとすれば、
私のオルガン音楽観も、大幅な修正を要する。

オルガンが戦いの楽器であることは、
ヒスパボックスのカベソンのCDの、
表紙写真を見れば実感できる。
鉛の塊のようなリード群が、
いかにも大砲や鉄砲を思わせる。

そもそもカベソンが鉄砲伝来の時代の人であるが。

今回は、NAXOSで偶然発見した、
「イベリア半島の初期オルガン音楽」というCDで、
このあたりの勉強をさらに進めてみよう。
うまい具合に、ナクソスというレーベルは、
もうちょっと、という場合に、
ポイントを突いたCDを出している。

ただし、これは、諸経費を押さえて、
良質な演奏を安く提供しようという、
このレーベルらしい割り切りによって、
演奏しているのは、アメリカのオルガン奏者、
大学教授ロバート・パーキンスで、
スペイン本場の人ではなく、
驚くべき割り切りと言うべきか、
楽器も彼の職場、つまり、アメリカの、
ということは、当然、歴史的にも新しい、
デューク大学の「Frentropオルガン」、
なるものを使っている。

このFrentropオルガンとは何かと調べると、
オランダの権威ある、
といっても、新しい事は事実の、
有名工房で作られたオルガンの名前のようだ。

このフレントロップ・オルガンは、
CDの表紙写真を見る限り、
イベリア半島風ではない。

そもそも、デューク大学という教育機関は、
ノースカロライナ州にある、
南部の名門らしいが、
ネット検索して写真を見る限り、
荘厳なゴシック風の塔が威圧的な、
ある意味、第一印象は、かなり時代錯誤的。

このヨーロッパとも見まがう教会の中には、
北ヨーロッパ様式によるフレントロップ・オルガン、
後期ロマン派様式によるエオリアン・オルガンと、
イタリア後期ルネサンス様式オルガンと、
なんと、3つものオルガンがあるらしい。

ネット上には、パーキンス教授が、
これらのオルガンで、
様々な勉強会的コンサートをしている旨が
読み取れたりもする。

ここは、イタリア後期ルネサンス式を、
なぜ、使わなかったか、
という気もするが、
おそらく、教授の判断は正しいはずだ。

とにかく、このいかにも、
アメリカ南部で、
いかにも肩肘を張って欧州文化を守っているぞ、
という感じの大学の時代倒錯チャペル、
そのフレントロップ・オルガンで、
当大学の名物教授が、
カベソンからエレディア、アラウホといった、
スペインのオルガン音楽の大家たちの曲を披露している。

こういう人であるから、
解説も自分で書くに決まっている。

アメリカ南部平原の
ノースカロライナの大地に、
空中楼閣のごとくそびえ立つ、
ゴシック様式の大聖堂に彷徨い入る感じで、
解説を読んでみよう。

「スペインとポルトガルのオルガンの
最も目立つ外観上の特徴は、
疑うことなく、メイン・ケースのファサードから、
腕木で水平に伸ばされたリードパイプ群である。
しかし、この特別な工夫は、
17世紀の最後の1/3の時期に現れ、
1550年から1700年の
イベリア半島のオルガン音楽の黄金時代の
最後に当たる時期であった。」

ということで、
垂直に突き出したパイプ群が、
このCD表紙のオルガンにないことは、
解説の冒頭から断られている。

「初期イベリア半島の音楽用の
オルガンについて、
膨大な文献が書かれているが、
確かに、それは独特ではあったが、
多くは、たった一つか二つのキーボードと、
初歩的なペダルがあるかないかで、
それほど派手なものではなかった。」
アントニオ・マルティン・イ・コールが編纂した
手稿から編曲した、
作者不詳の『イントラーダ』が、
特に、華やかな水平トランペット
(クラリーネ)を要求したのは、
18世紀を過ぎてからのことである。」

ということで、最初の曲目の解説と思われるが、
次に、カンシオンの話が出てくるのはなぜだろう。

「カンシオン(イタリア風マドリガーレのことか?)は、
水平リードの導入からすぐの時期の
スペインのオルガン機能を開発し、
同様の響きを持っている。」

Track1.イントラーダ
実に豪壮なファンファーレが鳴り渡るもので、
壮麗な儀式か、ありがたい事が始まる予感ばっちり。
そのあとは、比較的、明朗なメロディの掛け合いが始まる。
このあたりの木霊の効果は、
メロディが展開されても付きまとい、
これがカンシオンなのだろうか。

とにかく、このあたりが主部で、
冒頭のファンファーレは、
オルガンの発展に合わせての、
後世の継ぎ足しのもの、ということだろうか。

次に、大家、カベソンの曲が4曲並ぶが、
ティエントとディフェレンシアスが2曲ずつである。
そのためか、ティエントの解説がある。

「イベリア半島の鍵盤楽器音楽は、
16世紀中葉には十分発達していた
ティエント(ポルトガル語ではテント)の歴史の
延長と言える。
多くの初期のティエントは、
当時のポリフォニーのモテットの鍵盤楽器用編曲であって、
オルガンで演奏しやすいように、
複数の主題にそれらしく対位法的な構成を織り込んだものだった。」

ヒスパボックスから出ていたスペイン古楽集成の
「アントニオ・デ・カベソン作品集」では、
ティエントの3番、5番、7番~10番が収められていて、
カベソンの作品の中核が、
ディフェレンシアスとティエントだと書かれていた。
このCDでは、ティエント1番と、
「誰が語れよう?に基づくティエント」
が収められている。

アントニオ・デ・カベソン
Track2.ティエント1、
Track5.「Qui la dira」によるティエント、
についての解説。

「アントニオ・デ・カベソンのティエント1は、
これらのものより、ずっと特徴的で洗練されているが、
シャンソンに基づく『誰が語れよう?に基づくティエント』は、
もっと単純な声楽の様式を残している。」

ティエント1は、瞑想的な音楽で、
この偉大な作曲家が、自己の内面を、
紡ぎだしているような感じ。

「誰が語れよう」も、基本的には、
ばーんとすごい音だって出せるオルガンを使いながら、
ぶつぶつぼそぼそと、逡巡しているようなもの。

Track3.イタリア風パヴァーヌによるディフェレンシャス
Track4.ミラノ風ガリャールダによるディファレンシャス

「疑うべくもなく、18世紀以前のイベリアのオルガン音楽のうち、
最も霊感に満ちた天才は、盲目のカベソンが、
変奏曲の形式で第一人者に他ならなかった。
流行曲に基づく鍵盤楽器のための変奏曲(ディフェレンシアス)
については、欧州各国に比べ16世紀スペインでは、
作曲も演奏も、すでに驚くべき高度な域に達していた。
カベソンのイタリア風パヴァーナと、
ミラノ風ガリアルダに基づくディフェレンシアスは、
それぞれ、当時、よく知られた舞曲に基づく、
変奏曲セットである。」

これらの変奏曲は、
先ほどのティエントよりも主題が朗らかで、
様々な声部が、寄り添って、
人気のあった音楽に声を合わせる風情であろうか。

これは息抜きの音楽だから当然、
というべきなのか、
よりシリアスでありがたい、
二つのティエントより曲の長さも短い。

アントニオ・カレイラ
Track6.第1音上のファンタジア
「カベソンと同時代のポルトガル人、カレイラは、
ここで、『第1音上のファンタジア』と記した曲に、
なんのタイトルも与えていないが、
複雑ではないのに模倣様式で効果的な作品で、
おそらく、簡単に『テント』だとわかる。」

さすが、「イベリア半島の」
と銘打っただけのことはある。
ポルトガルの音楽も取り上げている。
大航海時代、我が国まで来た、
というか、最近までマカオをおさめていて、
妙に身近に感じられる、
ポルトガルの当時の響きに浸れるのは嬉しい。
まるで、教会のステンドグラスから差し込む光のように、
神秘的なスペクトルを放つ音楽。
たった2分であるが、
まさしく浸されるような時間。

ベルナルド・クラビホ・デル・カスティーリョ
Track7.第2旋法によるティエント

「『第2旋法によるティエント』は、
ベルナルド・クラビホ・デル・カスティーリョの、
たった一つ、残された作品である。
その清澄な様式は、ティエントの類似ジャンルで、
17世紀スペインで一般的になった、
ティエント・デ・ファルサスの先駆であろうと考えられる。」

これまた、押し殺したような響きが印象的な、
内省的な音楽。
敬虔な祈りの中で、
よほど心を澄ませて聴かなければ、
音楽に近づく事が出来ないような佇まいである。

まるで、少年合唱のような無垢な響き。
1545年生まれ、没年1626年というから、
シューベルトの200年以上も前ながら、
苦難の後半生だった天正の少年使節が、
次々と世を去る時期まで生きたのだな、
といった事を、ふと考えた。

パーキンス教授に乗せられて、
ついつい、余計な妄想までしてしまった。

が、こうしたポリフォニーの合唱曲が、
スペインのオルガン音楽の
発展に寄与した事は
明らかなことのようで、
合唱音楽と来たら、
少年合唱団で歌っていた、
シューベルトとも、
何らかの関係が
あってもおかしくはない、
などという妄想すらできるのである。

フランシスコ・デ・ペラサ
Track8.メディオ・レジストロ・アルト

「16世紀の最後の1/3世紀の間、
注目すべき工夫が起こり、
イベリア半島のオルガンを永久的に変えてしまった。
オルガン製作者たちは、バスとトレブルの中間に、
一つかそれ以上のストップを作り始め、
同じキーボードで二つの異なる音栓利用を可能とした。
ペラサのMedioレジスターアルトは、
トップラインの独奏と低い声部の伴奏音型の二つに、
レジストレーションを分けるもので、
これは、恐らく、
この技術を使った最初期のティエントであろう。」

こうした、楽器の技術的な発展と、
演奏技法の発展を語らせるには、
おそらく、この教授は適任なのであろう。
妙に、解説にも膨らみが出てきたような気がするし、
この音楽も、素晴らしい和声の色彩感が、
すごい力強さと深みを感じさせるものだ。
生年は1564年で、
1598年に亡くなっているので、
34年の生涯だったのだろうか。

セバスティアン・アギレラ・デ・エレディア
Track9.第4旋法による偽ティエント

「セバスティアン・アギレラは、
サラゴーサを中心とした、
アラゴン派の重要な人物で、
彼の18曲からの作品は、
17世紀スペインに花開いた
数多くのジャンルの典型となっている。
彼の第2ティエントである、
第4旋法によるデ・ファルサスは、
ファルサスという題名を使った最初の例に含まれる。
ゆっくりとした半音階の係留音
(和音の変化する部分で前の和音の音が
非和声音として引き継がれるときの音)が、
この瞑想的な声楽様式を特色づけている。」

神秘的なトリルで始まる音楽で、
ゆっくりと進行する中、
係留音の効果か、
深いため息や悔悟を感じさせる音楽。
この人も、天正年間に生きた人のようだ。
半音階の駆使で知られるという。

マヌエル・ロドリゲス・コエリョ
Track10.第4旋法によるティエント
「17世紀全般を通じて、
鍵盤楽器の曲集は、たった二つだけが、
イベリア半島で出版された。
それらの一つが、ポルトガルの巨匠、
マヌエル・ロドリゲス・コエリョによる
1620年の『音楽の花束』で、
各モードの3つのティエントを含めた。
その最初の第4旋法によるティエントが、
もっとも、魅力的で、4つの主題は、
微妙に関連している。」

「音楽の花束」というのは、
フレスコバルディ(1583-1643)
の作品が有名だが、
これは1635年のもののようだ。
フレスコバルディの曲も、
ミサに使うオルガン曲の集成であった。

コエリョもアギレラなどと、
同時期に活躍した人のようで、
この曲は、非常に晴朗で明快な、
歯切れの良さで際立っている。

フランシスコ・コレア・デ・アラウホ
Track11.バスの音域による第1旋法のティエント

「フランシスコ・コレア・デ・アラウホの、
『オルガンの学科』は、
すぐ後の1626年に出版された。
コレアは、この巻で、
分割された音域のために、
多くのティエントを含めた。
『Tiento de medio registro de baxón』
はバスのソロのもの。
この特別な小品の最も魅力的な点は、
終わり近くにあらわれる7/8拍子である。」

始まってしばらくしてから、
バスの太い音色に、
しっかりとした独白が聞かれるが、
むしろ、天上の光が飛び交うような、
明るい伴奏部に耳を澄ませてしまう。

パブロ・ブルーナ
Track12.聖母のための連祷によるティエント

「パブロ・ブルーナは、
尊敬すべきカベソン同様、
目が不自由で、アラゴン派に属した。
『聖母のための連祷によるティエント』は、
タイトルにはないものの、
異なる音域で演奏されることを想定した
自由な変奏曲である。」

ブルーナは、1611年に生まれ、
1679年に亡くなっているから、
マルガリータ王女が生きた時代の人である。

つまり、先にあげた黄金時代の作曲家たちとは、
2世代くらいあとの人かもしれない。

マルガリータ王女は、1673年に、
22歳になる前に亡くなっているから、
異郷の地で散った、
この王女の事に想いを馳せ、
この作曲家も、何か、考える事があっただろうか、
などと考えてしまった。
1674年に、彼はダロカの教会の楽長となったが、
スペインは、もう、どうしようもない時代に、
突入していたはずである。

この曲だけを聴いて、
「聖母」を連想することはできないが、
演奏に7分を要し、このCDの中では、
最も長い、変化に富んだ曲である。
変奏の都度、現れるメロディも明快で、
ポリフォニー的ではない領域に入っている。

フアン・カバニリェス
Track13.パサカーユ Ⅰ
Track14.シャカラ

「イベリア半島のオルガン音楽の『黄金時代』の、
最後の偉大な作曲家は、フアン・カバニリェスである。
彼の多産な作品は、
カベソン以降の時代以降衰えた作曲技法、
変奏曲など、
この文献のほとんどすべてのジャンルを含む。
『パサカーユⅠ』は、5曲あるうちの5番目のもので、
和声的な4拍子のテーマによる簡単な18の変奏曲集である。
名技的な『Xacara』は、
粗野なストリート・ダンスの
繰り返しパターンをもとに展開した、
より複雑で解放的な曲である。」

多作家という事であろう、
カバニリェスの作品は、
サヴァールも取り上げてアルバムを作っている。

1644年に生まれているから、
この人などが、
最もマルガリータ王女(1651~1673)
に近い世代、ということになろう。

亡くなった時には、
18世紀になっている。

『パサカーユ』は、
パッサカリアという事であろう。

これまた、内省的な作品で、
ほとんどモノローグで、
途中で、音色を変えて近代的な展開を見せ、
19世紀のフランクのオルガン曲、
と言われても、わからなかったかもしれない。
サヴァールも、この曲を、合奏曲として、
別のCDで取り上げている。

「Xacara」は、CDの日本語曲目一覧には、
「ハカラ」とある。
解説にあるような「粗野な」という感じは、
あまりしないが、だんだん、テンポが高まり、
まさしく、前に聴いた、「Jacaras」みたいな、
熱狂的なものがベースにあることがわかる。
しかし、神妙なイメージのオルガンで演奏されているから、
解説を読まない限り、
そのルーツに想いを馳せることはなかっただろう。

作者不詳
Track15.ガイタによる変奏曲
「作者不詳の『ガイタによる変奏曲』は、
このCDのオープニングの『イントラーダ』同様、
アントニオ・マルティン・イ・コールの曲集に由来する。
『ガイタ』という言葉は、
スペインのガリチア地方で
特にポピュラーだった楽器、
バグパイプを意味する。
この魅力的な小品は、
この時期のイベリアのオルガン曲が、
必ずしも、厳格であったり、
厳粛ですらあるというわけではない、
ということを思い出せるように
取り上げておいた。」

この曲は楽しい。まさしく、これこそ、
ストリートミュージックを模したオルガンという感じ。
様々な音色が次々に繰り出され、
最後は鳥の声が騒ぎ立てるような効果まで現れ、
楽しい以上に、楽器の王様たるオルガンの、
驚くべき威力に舌を巻いてしまう。

以上、全15トラックを聴いた。
何せ、廉価盤のナクソスであるから、
簡素をもって美徳としているはず。
簡単に読めて、しかも、勉強になることが望まれた。

実際、その通りの、
読み応えがあるもので、楽器の置き場所こそ、
米国中西部の蜃気楼の中だったかもしれないが、
さらりとイベリア半島めぐりを楽しませてもらった。

得られた事:
「何と、戦いの描写も神と悪とのせめぎあいを描く時に重要で、教会から現れた様式であった。」
「総じて、劇場や教会は、何でもありの音楽創作の影の立役者であり、オルガンもまた、必ずしも『祈り』の楽器というわけではなく、何でもありの描写を繰り広げた。」
「イベリア半島のオルガンは、ポリフォニー合唱曲の影響を受けて語法を増し、時代を経て継ぎ足しのように強烈な水平パイプ群を備えるに至った。」
「黄金時代のスペインでは、俗謡による変奏曲が多く作曲されたが、歌曲を主題に変奏曲を書いたシューベルトとの関係はいかに。」
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by franz310 | 2016-07-31 13:51 | 古典

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その438

b0083728_17153256.jpg個人的経験:
「セルバンテス時代の音楽」
を前回は聴いてみたが、
サヴァールたちは、
ローペ・デ・ベーガ
(1562-1635)
に関するCDも作っている。
私は、岩波文庫で出ている、
このもう一人の
スペイン古典の大文芸家の、
「オルメードの騎士」
という悲恋物語を読んで、
感銘を受けた事がある。


これは、岩波文庫のもので、
「プラテーロとわたし」の翻訳で知られる
長南実氏の訳。
このスペイン文学者の最後の仕事だということだ。

400年も前に書かれた作品ながら、
生き生きとした言葉が弾み、
前半の粋な恋物語から、
どんどん終幕の悲劇に向かっていくのに、
様々な人間模様が絡んで生々しく、
ついつい、引き込まれずにはいられない。

このような作品を書いた、
ローペ・デ・ベーガに関わる音楽となれば、
セルバンテスの時と同じように、
様々な発見をもたらしてくれるはずである。

サヴァールが創設した、
ARIAVOXのCDで、
演奏はエスぺリオンXX、
表紙は、スペイン黄金時代の絵画の巨匠、
素晴らしい明暗の対比で知られる画家、
スルバラン(1598-1664)
の「Las Tentaciones de San Jeronimo」
(聖ジェロニモの誘惑)
の誘惑する音楽奏者の部分が使われている。

竪琴を弾く若い女性の、
目力が印象的で、絵画全体より、
ずっと心に残る意匠に仕上がっている。

ちなみに、このALIAVOXレーベルは、
この絵画が好きなようで、
別CDでも、この絵画の別の部分を使っている。

誘惑される聖人はアントニウスが有名だが、
聖ジェロニモは別の人のようだ。
修道僧の起源のようなアントニウスは、
悪魔や魑魅魍魎に誘惑されたが、
ジェロニモは、セレナーデで誘惑されている。
このCDではわからないが、スルバランは、
聖ジェロニモを痩せこけた老人として描いたので、
まるで、「若さ」の前に屈服する「老い」、
といった絵画にも見える。

そう思わせるほどに、このCD表紙部の乙女は、
りんごのような頬、サクランボのような唇で、
輝かしい自信に満ちている。

このCD、Track1から13までが「Ⅰ」、
Track14から23までが「Ⅱ」となっていて、
前者が1978年の録音、後者が1987年の録音で、
約10年が経過している。
前者には、平尾雅子の名前が見える。

いずれも声楽曲はモンセラート・フィゲーラスが歌っている。
二つの録音を合わせたせいか、
収録時間77分というお買い得盤である。

Track13.はゲレーロの器楽曲で、名残惜しく終わるが、
Track14.は、マテオ・ロメーロ(1575-1647)
の歌曲で、晴れやかなファンファーレで始まる。
が、それも最初だけで、妙に物悲しい音楽となる。

ロマンスで、「サンザシからブドウは」というもので、
「夏の終わりのこと、サンザシからブドウの蔓は滑り落ちた。
かつては、優雅に絡み合っていたものを」と歌いだされる。

Track1.は、このCDのタイトルにふさわしく、
ローペ・デ・ベーガ(1562~1635)
の詩によるロマンスがおかれているが、
作曲家は不明とのこと。

「どんな風に櫂は水を掻くの」とでも訳すのか。
「朝の新鮮なそよ風の中、
水の中をくぐる時、お母さん、
どんな風にオールは水しぶきを上げるの」
という感じ。

かなり、コケティッシュな音楽で、
後半は、聖アエギディウス や聖ヨハネの名が出されるが、
これも、戯れ歌の特徴かもしれない。

こうした音楽が、ローペの劇には、
必要不可欠、といった事が解説では読めるはずだ。

Track2.
バルデラバーノの「Soneto Ⅷ」というビウエラの曲。
サヴァールの初期を支えた名手、
ホプキンソン・スミスの歯切れのよい音色が、
さわやかな風を伝えるような優美な楽曲を奏でる。

Track3.ディエゴ・オルティスの
「Passamezzo modern Ⅲ」というヴィオール曲。
これも、非常に晴朗な楽想で、
ヴィオールというと、どうも悲しげなイメージがあるが、
ここでは、開放的で伸びやかな音楽が味わえる。

Track4.作者不詳のエンサラーダ、
軽妙な音楽で、曲名も「僕の鋭い剣で切る」という。
切るのは「そのおしゃべりな舌」だということで、
いかにも、劇の途中で、さらっと歌われる感じ。

どうやら、メイドが、困った噂話をまき散らした様子。

Track5.カベソンのティエント。
カベソンというと、オルガンの大家のように感じるが、
ここでは、ヴィオール合奏で演奏している。
しかし、細かな音型からして、
オルガン曲がオリジナルなのであろう。

Track6.バスケスのビリャンシーコ、
かつて、ピラール・ローレンガーも歌っていた、
「ポプラの林から」である。
フィゲーラスの声を、ヴィオールやフルートが彩り、
単なるギター伴奏より膨らみを持った音楽になっている。
母親に恋人と会って来た事を報告する歌である。
私には、なぜ、そんな事をいちいち報告するのかわからないが。
どのような劇の、どのような場面で歌われたのだろうか。

Track7.再びバルデラバーノのビウエラ曲。
「Soneto ⅩⅢ」で、いくぶん、内省的なもの。
ビウエラらしい音楽かもしれない。

Track8.モラータのマドリガル。
「彼が語ったその心のそこのところ」という、
ややこしい題名のもので、
物悲しい、悩ましい曲想からして、
失恋の歌であろうか。

「息を殺して私は聞いた。
怒りというか不安というか、
何度も何度も言った。
あなたが好きなの。」

ローペ・デ・ベーガの戯曲の、
生々しい情感には感動したが、
この曲なども、400年の時を超えて、
息苦しくさえ思えるリアリティである。

この曲に続いて、
カベソンのディフェレンシアスが演奏されるが、
前の曲の情感を受けて、神妙である。
この曲などは、解説にもあるので、
そちらを見て行こう。

解説は、RUI VIEIRA NERYという人のもの。
Evora大学の人であるそうだが、
エヴォラはスペイン国境に近い、
ポルトガルの学芸都市だということで、
天正の少年使節も立ち寄ったという
由緒正しい街の大学のようだ。

そのせいで、というわけでもないが、
解説は各言語5ページ、
英独仏伊にカタロニア語合わせると、
かなりの分量である。
CDのケースに入るようなものではなく、
別冊となっている。

「スペインのホワン・デル・エンシーナや
ポルトガルのジル・ヴィセンテのような
16世紀初期の劇に始まる
イベリア半島の豊かな演劇の伝統の
最も特徴的な性格は、
コンテクストに織り込まれた音楽によって
重要な役割が演じられていることである。
17世紀の幕開けまでに、
半島各地の主要都市では劇場での演奏が許されており、
周りに観客用の簡単な座席が設えられた
パティオ(中庭)で、もっぱら演じられた。
神聖劇も世俗のコメディも
通常、4声のtonoと、
Cuatro de empezarと呼ばれるコンティヌオで奏され、
時に、loa(鳴り物)に続いた。
宮殿風ファンファーレ、
軍楽のトランペットと太鼓連打、
雷鳴と豪雨などの、
音楽的な特殊効果は、
合唱、舞踏などとともに、
劇の中に挿入され、
最後には『祝祭の終わり』という、
音楽が演奏された。
さらに、劇の進行に合わせて、
Bailesとかentremesesと呼ばれる間奏曲が、
音楽的にも劇的にも発展した。
当時スペイン最大の劇作家と言われた、
他ならぬ
フェリックス・ローペ・デ・ベーガ(1562-1635)
の台本による『La selva sin amor』が、
マドリッドの王宮の劇場であった、
Coliseo del Buen Retiroで演奏され、
全編が音楽で彩られた劇、オペラは、1627年には、
イベリア半島にもたらされていた。
ローマのバルベリーニ家のサークルに、
ステーファノ・ランディが関わっていた時に、
ローマ教皇大使、ジューリオ・ロスピグリオーシが
オペラの台本を書いていたが、
その影響を受けて、
宮廷の進歩的で国際的な芸術性を
公的にアピールするために、
若い王、フェリペ4世が関わった、
芸術的なイベントであったと考えられる。
現在は失われたが、
その音楽とセットは、
二人のイタリア人、
作曲家のフィリッポ・ピッチニーニと、
ステージデザイナーの
コジモ・ロッティによるもので、
ローペ・デ・ベーガは、
その後の劇の出版の前書きで
この初のオペラの試みに対し、
上演を興奮して称えたが、
すぐには、それに直接つながるものはなく、
30年も待たねばならなかった。」

ということで、フェリペ4世は、
ちょっとお馬鹿な王様として知られるが、
文化、芸術に関しては前向きな人だったとわかる。

ベラスケスは、マルガリータ王女と共に、
この王様を描いたが、スルバランやムリーリョなども、
この時代の人らしい。

「スペイン宮廷は、
2つの新しいオペラの制作を、
(今度はペデロ・カルデロンのテキストによる
La purpora de la rosaとCelos aun del ayre matan)
1660年まで待たねばならなかった。
これらのうち後者の試みは決定的な成功をおさめ、
このときは、フィレンツェやローマの知的なサークルの
いささかエキゾチックで無関係に見える作り物ではなく、
特にイベリア半島の演劇の伝統に深く根ざした音楽で、
スペインでの新ジャンル確立を確かなものにした。
このように、
17世紀のはじめの三分の二を通じ、
スペイン、ポルトガルの演劇は、
イタリア風のオペラのモデル採用ではなく、
語り言葉と、
それに合わせて様々な変化を見せる音楽を融合した
それ自身にふさわしい
長く称賛される伝統を模索した。」

晩年のベラスケスが描いた
マルガリータ王女の肖像画は、
スペインの至宝とされるが、
ベラスケスの没年は、
1660年である。

この頃、スペインのオペラが
産声を上げたと考えれば良いのだろうか。
ローペ・デ・ベーガの生誕100年も近い頃である。

「これらの劇では、
テキストと音楽のコンビネーションは、
通常とは異なるように起こっており、
それぞれの特色ある作品において、
音楽家が受け持つ部分の数にしろ質にしろ、
いくつかの場合、
そこに登場する役者の音楽的才能によって
多かれ少なかれ広がりを持つ。
例えばローペ・デ・ベーガの
半数以上のコメディや演劇は、
特別な歌と関連を持っており、
あるテキストはローペ自身のものであり、
あるものは、彼の時代の流行歌集に拠っている。
また、多くの場合、これらの歌われたものは、
手稿であれ、印刷譜であれ、
当時のイベリア半島の、
特定の音楽に典拠が求められる。」

このように読み進むと、
ふと、あることが思い出される。
岩波文庫にあるローペ・デ・ベーガの
有名な戯曲「オルメードの騎士」もまた、
そういえば、俗謡の歌詞をもとに作られた、
と解説にもあった。

つまり、この時代の演劇と音楽は、
二つで一つというほどの融合芸術だったようだ。

CD解説に戻ると、以下のようにある。
「非常に柔軟性のある音楽構成要素によって、
実際の舞台は特徴づけられたと思われ、
印刷された、公式版の劇作品にある歌の選択、
特別なプロダクションに
どのような歌が採用されるかによって、
広がりのある結果となるため、
我々、近代の音楽的『原典版』の概念とは、
それは、かなり違ったものであった。
ローペの劇に流れ込む
17世紀の世俗歌曲の文献は、
一世紀以上前に起源をもつ、
『Cancionero de Palacio』にある
ポリフォニーの曲集と、
1536年以来の
ミラン、ナルバエス、その他の、
ビウエラ曲集から、
器楽の伴奏を伴う
独唱のビリャンシーコ、ロマンス
の2つの伝統を持つ。
リフレインが頻発するビリャンシーコと、
有節歌曲のロマンセは、古い分類で、
その間、違いが不明瞭となったが、
しかし、ロマンセという言葉は、
今では、リフレインがあってもなくても使われ、
最も変化に富む形式となって、
新しいコンテクストでは、
ほとんどメロディの同義語になっている。
こうしたジャンルの他の名称としては、
tonada、solo、tonillo、chanzoneta、
letra、baile、jacaraがあり、
これらはすべて一声から四声のための
世俗歌曲を呼ぶものにほかならず、
器楽伴奏を伴うものと伴わないものもある。」

以前にも、jacaraとは何だろうか、
と悩んだ事があったが、
ここでは、単に歌曲一般名称の一つみたいに書かれている。
(Track20.に「Jacaras」がある。)

とにかく、こうしたメロディが、
ポリフォニーと対比されて紹介されていることに、
注目しておきたい。
シューベルトの歌曲の源流に、
スペインの音楽があるなど、
ちょっと考えにくいのだが、
そうした流れを想定すべきか否か。
とにかく、解説に戻ると、
これらの歌曲集は、かなり流布した事がわかる。

「この世紀の前半を通じて、
これらのレパートリーは、
数冊の歌曲集としてまとめられ、
現在、さまざまな国で保存されている。
とりわけマドリッド国立図書館に2つ、
スペインのプライヴェート・コレクションに2つ、
リスボンのAjuda Palaceのライブラリーのもの、
トリノの国立図書館、ローマのCasanatense図書館、
ミュンヘンのバイエルン州立図書館のものなど。
後者は、スペイン王立礼拝堂の筆写者、
クラウディオ・デ・ラ・サブノナーラの編纂による。
これらの手稿に、さらに、印刷されたものが加わる。
スペインの教皇庁大使パストラーナ公の
お抱え音楽家、フアン・アラーネスによる、
1624年ローマ出版の
『Libro Segundo de tonos y villancicos』がある。
それでも、サブロナーラのコレクションこそ、
ローペ・デ・ベーガの劇に直接関係する、
最も多くの歌が収められたものなのである。」

王室対大使であれば、
王室の方が本格的になるのは当然かもしれない。

サブロナーラの名前は、
本人の素性はともかく、
「サブロナーラの歌曲集」などが、
検索でヒットする。

一方、大使お抱えの音楽家とされたアラーネスは、
「チャコーナ」の作曲家だと思っていたが、
ひょっとすると、単なる編纂者なのだろうか。

「このコレクションの中で、
特に重要な位置を占めるのが、
アラゴンの作曲家、
フアン・ブラス・デ・カストロ(1631年没)
のもので、
彼は、ローペの友人であり、
ローペは『二重に神がかりの音楽家』と彼を呼び、
彼ら二人はアルバ公の宮廷で、
ほぼ同時期に奉職していた。」

このカストロの名前は、
CD収録曲目録後半、
Track16.と22.に見える。

Track16.ロマンス「二つの緑のポプラを編んで」。
神がかりとあるせいか、
まるで、後光が差したかのような、
精妙な和声の中でフィゲーラスの声が冴える。

「頭上にアーチをかけ、
そこの鳥たちを起こさないように。
タホ川が静かに波を打つ。
愛の抱擁のように、
木と木はつながっていたが、
妬んだ川は、その枝と枝を引き離した。」

かなり、昔語り的な、状況も鮮やかな内容。
まさしく、その通りの曲想で驚く。
それにしても、スペインの歌曲には、
やたらとポプラが出てくるようだ。

Track22.ロマンス「魂の幽閉場所から」。
これは、このCDの最後から二番目の曲で、
かなり、名残惜しい情感のもの。
「千のたくらみの罠にかけられ、
聡明さは眠り、理性の声が上がる」

しかし、途中からコルネットや太鼓も登場して、
かなり迫力のある中間部の盛り上がりを見せる。
「目覚めよ、戦いの呼び出しに結集」

最後は、再び、ふにゃふにゃとなり、
Balardoの意志は潰えた様子。

ローペには、「狂えるベラルド」
という劇があるそうだが、
それと関係があるのだろうか。

「ローペ・デ・ベーガは同時に、
その礼拝用の詩集、Rimas Sacrasで、
宗教的な主題を幅広く手掛け、
印象的なSi tus penas no pruevo, Jesus mio
(神と語る愛の独白)などが含まれる。
重要なことは、この詩は、
16世紀の最後の三分の一世紀の、
ポリフォニーの宗教曲の作曲家で、
最も、劇的で熱烈な
フランシスコ・ゲレーロ(1599没)に取り上げられ、
ヴェネチアで1589年に出版された、
彼の曲集『Canciones y Villasescas espirituales』
における、最も感動的な曲の歌詞となっている。」

最も感動的とあるように、
このCDでは、最後に収められている。
9分近い大曲で、
Track23.「優しいイエスよ、あなたの裁きには無力です」。

私はゲレーロを、もっぱらポリフォニー合唱曲を書いた人、
と考えていたが、ここでは、切々と朗唱するような音楽が聴ける。
伴奏も、ぶーんとヴィオールがうなっているだけ。

とても、訴える力の強い音楽で、
「わが愛、あなたなしの人生など、無いようなもの。」
といった内容が訴えられる。
途中で、お祈りのように、語る部分もあって、
まさしく、神様の前では何でもあり、
という感じがしないでもない。

ゲレーロの作品は、ここではほかにも2曲あって、
Track13.「Glosas soble Hermosa Catalina」
(「麗しきカタリーナ」によるグロッサ)という器楽曲。
これは、すでに紹介したように、
名残惜しい感じの曲だが、
ここで、ふと思い出した。

何だか、マルガリータ王女が嫁いだ、
レオポルド1世なども書きそうな音楽である。

Track10.「En tanto que de rosa」
(薔薇と百合はまだ染めず)があるが、
これは、フィゲーラスの歌でガンバ四重奏伴奏。
平尾雅子の名前が見えるのがうれしい。
が、主役はあくまでフィゲーラス。
息遣いも、臨場感たっぷりである。

高揚した初々しい音楽で、
「薔薇と百合の花の色は君の顔を染めないけれど、
君の激しくまっすぐなまなざしは輝き、
もう、心をつかむ。」
極めて、ダイレクトに心の高ぶりを描く。

神妙な宗教曲の作曲家と思っていたゲレーロであるが、
こんな熱っぽい世俗曲を書いていたのかと、
妙に感動した。

さて、このように、いよいよ解説は、
収録曲の説明の部分に入っていく。

「今回の録音に含まれるほかの多くの声楽作品から、
明らかに異なるスタイルながら、
ローペの当時の音楽との関わりの幅広さを、
もっとも普遍的に表したものである。
もちろん、私たちは、
対位法の曲集に収められた
この磨き上げられたバージョンが、
ローペ・デ・ベーガの時代に、
実際に劇場で演奏されたと言えるわけではない。
最も考えられるのは、
メインのメロディは即興の器楽伴奏で、
俳優によって歌われたことで、
このアンサンブルは時として、
16世紀中葉からのイベリア半島の音楽理論として
語られ、例示された、Contrapunto concertado
の原理によって、
よく確立された様式で演奏された事である。
これは、時に、単に一本のギターや、
ハープシコードやハープなど、
その他の和声楽器のみで伴奏される。」

「contrapunto concertado」は、
対位法的な伴奏なのだろうか。

「対位法的に作曲されたものでも、
特別な解決策が求められ、
演奏における基本である装飾や変奏のみならず、
ディエゴ・オルティス(1553)、
ジュアン・ベルミュード(1555)、
トマス・デ・サンタ・マリア(1565)などの
理論家によって紹介された原則などを考慮して
器楽の利用法に関しては、
現在、様々な復元の可能性が残されている。
ローペの演劇の中で用いられた音楽の多くの出典は、
しかし、入手可能な楽譜などから特定可能なものではなく、
『ここで、皆はギターに合わせ歌う』や、
『ここで彼らは歌い踊る』、
単なる『ここで音楽が聞こえる』
といった一般的な指示しかない。
彼の舞台の音楽環境を再構成する際、
様々な選択肢があるということで、
それは特に器楽曲に言える。
声楽曲の曲集の器楽バージョンを除いても、
イベリア半島には、
様々な楽器用の独奏曲のレパートリーがある。
オルティスのヴィオール用の『リチェルカーダ』(1553)や、
1530年代半ばから始まった、
ビウエラや鍵盤楽器の出版楽譜の膨大な一群が、
この用途用に適したものとなっている。
今回のアルバムでは、
これらの器楽のレパートリーから、
様々な領域を代表する作品を集めた。
彼の革新的な『Trattado de glosas』
(『ヴィオラ・ダ・ガンバ演奏の装飾論ならびに変奏論 』)
の中で、
オルティスは、当時流行した
オスティナート・バスラインに従って、
様々な技巧的変奏をものした。
それらの中から、『Passamezzo moderno』、
『Romanesca』をここでは録音した。」

これらは、Track11とTrack3に、
かなり離れて配置されている。

オルティスのパッサメッツォとロマネスカは、
共に、わかりやすいメロディのヴィオール曲。
後者は、情熱的な歌の後、
ちょっとした息抜きのように置かれている。

「豊富なスペイン16世紀の
ビウエラのレパートリーからは、
器楽の対位法の洗練された伝統を代表して、
エンリケ・デ・ファルデラバーノの
1547年に印刷された曲集から、
2つのソネットを選んだ。
これはヨーロッパの撥弦楽器の
作品発展の先駆をなすもの。」

これは、Track2.とTrack7.で、
すでに聴いたものである。

途中、カベソンなどの解説があるが、
紙数が尽きたので、省略した。

解説は以下のように結ばれる。

「ローペ・デ・ベーガの傑作戯曲は、
純粋な文学作品、劇作品としてだけでは理解できず、
オリジナルでは、語られる独白と、
ステージで演じられる音楽との間で、
常時行われる相互作用を意識しなければならない。
しかし、ローペの劇場で演じられた
オリジナルのパフォーマンスでの即座の連携を超えて、
16世紀、17世紀のイベリア半島全体の、
統合できない文化的、精神世界のビジョンの
基本的要素を規定し、
当時、その場所の音楽の深い解釈についても、
同様の事が言える。
このレパートリーにおける称賛された
古典的な録音の編纂によって、
モンセラート・フィゲーラスと
ジョルジュ・サヴァールは、
魅惑的なスペインのSiglo de Oroの遺産によって、
劇場の音楽的側面と音楽の劇場的側面を同時に照らしだした。」

ローペ・デ・ベーガの作品には、
「日本諸王国における信仰の勝利」などという、
キリシタン受難関係のものもあるという。
もっと、日本で知られる必要がある。

得られた事:
「ローペ・デ・ベーガは、スペイン黄金時代の大戯曲作者であるが、ちょうど鎖国前の日本の知識もあり、無視できない存在である。」
「ポリフォニーと対比されるメロディは、リフレインが頻発するビリャンシーコや、有節歌曲のロマンセなど、この時代にやたら発展したが、それは、演劇の時に俳優によって歌われて普及した。」
「ゲレーロは、マリアの作曲家などとされ、宗教曲の作曲家かと思っていたが、とても初々しいソネットなどで、歌曲作曲家としても無視できない。」
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by franz310 | 2016-06-26 17:18 | 古典

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その437

b0083728_2310076.jpg個人的経験:
サヴァールが、
独エレクトローラに録音した、
「セルバンテスの時代の音楽」を
聴き進んだが解説が面白く、
しかも参考になった。
スペインは、
「たまに大天才を生む国」
などと言われるが、
逆に言うと、大天才以外は、
日本ではなかなか調べる事が困難だ。
そこで、仕方なく、図書館で、
このあたりの本を探してみた。


前回、かなり書き飛ばしたが、
ドイツ製CDの解説にあった、
「この時期、サンタ・テレサ・デ・ヘススや、
サン・フアン・デ・ラ・クルスなど、
深い宗教的信仰の欠如した
有名なスペイン神秘文学が現れた」とか、
「ゴゴラ、ローペ・デ・ベーガ、
クエヴェド、フィグエロアなど
有名な詩人や無名の詩人の詩に、
ロマンセ、セギュディーリャ、ノヴェナス、
セスティーネ、カンショネス、デシマスなどの
音楽をつけた。」
という一節などは、
ちょっと気になっていた部分。

牛島信明著「スペイン古典文学史」(名古屋大学出版会)
によると以下のようになる。

テレサ・デ・ヘススは、日本では、
「イエズス会の聖テレジア」と呼ばれる、
とあるが、この人は、
「スペイン神秘主義文学の代表」であるとともに、
カトリック強化のために、
各地行脚で32の教会を建てた
「女傑」とされている。

また、デ・ラ・クルスは、
テレサ・デ・ヘススの弟子で、
日本では「十字架の聖ヨハネ」と呼ばれる、
「神秘主義者のなかの最高の詩人」だとある。

この人も、修道会改革運動に奔走して、
牢獄内で、非常に官能的な表現で、
詩人の魂と神の合一の神秘を著わした。

「文学史」によると、
実践活動と没我的瞑想こそが、
スペイン神秘主義の特異性であり、
スペイン精神の象徴だ、とのこと。

ゲーテの「ファウスト」の終幕合唱で現れる、
法悦の博士のようなものであろうか。

こんな実践と没我のやばい連中が、
当時の日本に来たら、
キリシタン禁制になること請け合いである。

先にあげた「文学史」の第9章が、まるまる、
「神秘主義文学」に充てられている。

また、私がゴゴラと書いたのは、ゴンゴラであった。
上記「文学史」では、第13章がまるまる充てられている。
セルバンテスが「最高の賛辞」を贈った詩人で、
「スペイン・バロック期最大の詩人」と紹介されている。

しかし、その詩風は難解で、ロルカらが1920年代に
復権を企むまでは、「誇飾主義」、「ゴンゴリスモ」などとされ、
紹介される詩でも、14行のものが、3ページの解説なしには、
意味不明なほど、隠喩で埋め尽くされている。

語順を変更、借景、隠喩などの駆使が、
その詩の特徴とあるが、
17世紀の常識がなければ、
手に負えるものとは思えない。
スペイン語でしか歌詞がないCDなど、
スペイン人でもわからないであろうから、
日本人が正しく鑑賞するのは、
恐ろしく困難であることが理解できよう。

ということで、
下記に私が、スペイン語の部分を、
何とか機械検索した部分は、
まるであてにならない、
と考えてよさそうだ。

ゴンゴリズムは、
「宇宙としての自然は、無限の迷宮である」、
という思想に裏付けられた、
知覚の過程そのものを目的とする高踏的な芸術、
ということらしく、
どうやら、こんなところで、
腰掛程度で語れるものではなさそうだ。

あと、私が、「クウェベド」だと思っていたのは、
ゴンゴラに続いて、上記「文学史」では、
第14章で、「ケベード」として現れる。

ド近眼でがに股でありながら、
剣の達人で最高の恋愛詩人とされ、
めちゃくちゃ破天荒なイメージの存在である。

ゴンゴラが現実から逃避したのに対し、
ケベードは、17世紀初頭の
スペインの衰退を憂えた憂国の士であるとされる。

国粋主義者にして、迷信深く、敵を作り、
「破廉恥博士、悪徳教授」と酷評されながら、
政治的策動に明け暮れ、翻弄されて死んだ。

ロペ・デ・ベーガは、
岩波文庫でも読めるので、
比較的知られており、
この人の作品にちなんだCDもある。

改めて「文学史」を読むと、
人妻であった女優との恋、
貴族の娘との蓄電、
別の女優との内縁関係、
金銭目当ての結婚、
三十歳近く年下の商人の妻とのスキャンダルなど、
「すさまじい生き方」ばかりが脳裏に残る。

しかし、そのすさまじさが、
創作の方面でも現れていることが重要だ。

千八百ものコメディアを書き、
現在でも五百篇が残るという超人的作家で、
「ロペのようだ」というのは、
「素晴らしい」と
同義語になるほどの時代の寵児だったという。

しかし、今回の主人公は、
セルバンテスである。

同じ、牛島信明著で、
岩波文庫の「セルバンテス短編集」を、
改めて手にしてみると、
サヴァールがわざわざ特筆したくなる理由がよく解った。
ここには、音楽愛好家なら、
是非とも聴いてみたくなるような、
音楽の話が、確かに沢山出てくるのである。

それにしても、岩波書店も、
これを文庫化してくれたものだ。
もちろん、作品は面白いし、
当時のスペインを研究するにも重要な資料だと思うが、
どんな読者をイメージしたのだろうか。

収められた4編の最初に収められた、
「やきもち焼きのエストレマドゥーラ人」は、
音楽の持つ、有無を言わさぬ力が主題であるし、
最後に収められた「麗しき皿洗い娘」では、
この「皿洗い娘」の働く旅籠の前で、
彼女の気を引く、小夜曲やロマンセが歌われる。

まさしく音楽愛好家必読の書であるが、
そんな読者層が、私とサヴァール以外に
いるのかどうかわからない。

この「皿洗い娘」は、結局、主人公ではないのだが、
とても可憐なイメージが初々しく、
この物語の詩的な雰囲気を
象徴的に表す存在であるとも言える。

旅籠の客たちが、踊りの会を開き、
主人公の一人がみごとなギターと歌を聴かせる。
「今はやりの陽気なサラバンダでも、
いささか卑猥なチャコーナでも、
ポルトガル渡来のフォーリアでも何でも、
好き勝手な踊りの曲を弾くがいいさ。」(牛島信明編訳)

目の前に光景が浮かび上がるようなシーンで、
とても、17世紀初頭のものとは思えない。

そして、驚くべき事に、
ここで、歌い始められるのが、
まさしく、私が気になっていた、
「チャコーナ」のようなのである。

「それじゃお入りみんなして
小粋な妖精も若い衆も
チャコーナ踊りは海より広い踊りだから」
などと、べたで紹介するかのように歌われている。

実は、サヴァールのCD
「セルバンテス時代の歌と踊り」の最後、
Track23.もまた、
アラネス作曲の「チャコーナ」。

これは、曲目解説には、
「このダンスを起源として、
様々な異なるセオリーが提供されているが、
オリジナルはアメリカ由来のものと、
明らかに早くから言われており、
セルバンテスは、『混血様式のインディアンの踊り』
と呼んでいて、
(作家の)ケベードも、
『混血様式のチャコーナ』と呼んでいる。
セルバンテスの『麗しの皿洗い娘』では、
もっとも興味深い記述を見ることが出来る。」
とある。

そして、何と、先の小説に出て来た、
「それじゃお入りみんなして」の歌詞が、
CDにも掲載されていた。

小説では、
「チャコーナ踊りでこの世は楽し、
アメリカ生まれで混血の
魅惑的な美女たるこの踊り」
と書かれているが、
このCDでも、
カスタネットのリズム刻みも鮮やかに、
若い頃のモンセラート・フィゲーラスの声が
扇情的にまくしたてられている。

いかにも、
「だいそれた冒瀆行為を
犯したとの噂はかくれもない」
という風情である。

なお、フィゲーラスは先年亡くなったが、
1942年生まれなので、
77年の録音であれば、35歳の声である。

CDの曲目解説にはさらに、
「ダンスも歌もあって、
道徳家をからかったこの曲は人気を博した。
この曲はなんとかその人気を維持し、
17世紀を通じて成功を収め続けた。
この時期、シャコンヌとして全欧に広がったが、
その過程で明らかにオリジナルの活力を失って、
フォリアやサラバンド同様、
ずっと荘重で儀式的なものとなって行った。
アラネスのチャコーナは、
コンティヌオを伴う四声のもので、
1624年に出版されている。」

私は、スペイン出身のマルガリータ王女が、
遠いヴィーンで聴きたくなったのは、
このような曲ではなかったか、
などと考えたりもしたが、
王女の生まれた年より早い出版であれば、
輿入れしてから欲しがったりしないかも、
などと考え直したりもしている。

が、スペイン由来の躍動感あふれる舞曲が、
ピレネーを超えると活力を失う事も知った。
王女が早世したのも理由があるということだ。

ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」は、
この王女を偲んだものとされるが、
この曲なども、完全に儀式的で荘重なものになっていて、
王女が喜んだとは思えないではないか。


さて、もとに戻って、
このCD解説でサヴァールが書いた部分を読んでしまおう。
まず、以下のように「ドン・キホーテ」に関する部分。

「多くの彼の作品の主人公は音楽家であり、
何らかの形で音楽に結びついている。
サンチョ・パンサが侯爵夫人に取り入る時の
有名なせりふを引用してみよう。
『マダム、音楽あるところに、
悪魔は入りこめません。』
ドン・キホーテは、
『サンチョ、わしは、お前に、
昔の遍歴の騎士たるものはなべて、
偉大な詩人であり、偉大な音楽家だったと
教えてやりたいのじゃ』と言い、
アルティシドーラは、
『ドン・キホーテが何か悪い事を思いつかないよう、
何とか音楽でも演奏するように、
リュートを置いておかないといけないわ』と言う。
ドン・キホーテは音楽家であって、
おそらく、即興演奏の能力も持っていた、
と考えることが出来る。
セルバンテスの多様なスタイル同様、
その語彙の音楽的な点も、
重要ポイントとして強調すべきであろう。
例えば、ドン・キホーテは、
『彼の意見で言えば、最も壮麗でメロディアスな名前』
であるロシナンテという名で、
愛馬を呼んでいるし、
彼の思い姫は、『音楽的で奇跡的な名前』、
ドゥルネシア・デル・トボーソと呼ばれている。」

この準主役たちの名前は、
日本でも有名かもしれないが、
音楽的な名前だと考えながら読んではいなかった。

「セルバンテスは、彼の全作品を通じて、
その深い音楽への造詣と、
とりわけ、彼の共感豊かな音楽理解の証拠を示しているが、
それは、人間の声が彼に恍惚と
影響を及ぼしていることからも明らかである。
私たちはしばしば、
それが、『魅惑的な歌』のように響くことを感じる。
時折、『あなたを驚嘆で満たし、
最後まで聴き通すしかなくなるような
かくも素晴らしく愛らしいハーモニーで歌う声』を感じる。
最も優れた例は、彼が晩年に創造したキャラクター、
歌手であるフェリシアーナ・デ・ラ・ボツで、
それは、彼女が世界最高の声を持っていたからで、
彼女の声と歌に身を委ねた
全聴衆を驚嘆させたからであった。」

さて、サヴァールの筆致も冴えてくる。
CD解説の以下の楽器の羅列は、
通常のオーケストラ音楽の多様性を超えており、
半分くらいが、すぐにどんなものか分からず、
五分の一は、楽器名も初耳であった。

「さらに言うと、最も興味深いのは、
楽器やその組み合わせに対する
セルバンテスの記述である。
そこには、弦楽器、鍵盤楽器が記載され、
レベック、ギター、ビウエラ、リュート、
ハープシコード、プサルテリー、オルガン、
管楽器では、フルート、ピファノ、ショーム、
ホイッスル、パンパイプ、ガイタ・ザモラーナ、
トランペット、ハンティング・ホルン、
トロンボーン、ビューグル、
トロンペタ・バスターダ、ホルン、
打楽器では、タンブリン、ドラム、
パンデロ、ジングル、太鼓、カスタネット、
カウ・ベル、ラチェットなどなど。」

また、以下の記述は、
「ドン・キホーテ」で知られる
世界文学の巨匠が生きた時代が、
波乱万丈の激動の時代であったのみならず、
音楽の面でも、極めて多様な土壌を持っていた事を
教えてくれる。

「セルバンテスの記載した音楽作品も、
その時代の音楽趣向のために、
多くの情報を与えてくれる。
彼が言及した数多くのロマンセ、
『del Conde de Montalban』
(これはTrack6にある)
有名なロンセスバリェスの戦いを描いた
『Don Beltran』(これはTrack7に収録)
ムーア人のロマンス、
『Abindarraez y Jerifa』 (Track2)
などは、この録音にも含めた。
後者のタイプの歌は、
非常に流行したが、
ムーア人の反乱を防ぐために禁じられた。」

ムーア人の郷愁をかき立てるものや、
やばいリズムでまくしたてる音楽には、
悪魔が住むのであろうか、
禁じられる事のあったのだろう。

しかし、現代の生活では、歌で嘆く習慣、
踊りを踊る習慣など、ほとんどなくなったが、
当時は、重要な人間としての生物活動だったのだなあ、
などと考えてしまった。

「セルバンテスが取り上げた
ビリャンシーコや歌曲、
『Madre, la mi madre』(Track15)
『Tres anades, madare』(Track12)
などはここでも歌われている」とあるから、
このあたりから聴くのを再開しよう。

前回、Track10まで聞いてきたから、
Track11から15の、
「愛のビリャンシーコ」と題されてまとめられた部分。

Track11.
バスケスの「Quien amores tiene」
「メロディックな断章をソプラノで変奏する
オスティナート歌曲様式の4部からなる作品。」
縦横に動く伴奏が面白く、
健康的で開放的な歌唱である。

Track12.
セルバンテスが取り上げたという
アンチエータ作曲の「Dos anades, madre」。
解説に「Tres anades, madare」(お母さん、3羽の鴨)
とあったのは、歌詞の冒頭である。
「彼の『Tesoro de la lengua』(言語の宝)で、
セルバンテスは、スペイン人がこの歌を歌うのは、
彼の肩に重荷を背負う事なく、
楽しく人生をやり過ごしたい時だ、
と説明している。
よく知られた以下の古謡に関する。」

「Tres anades, madre
pasan por aqui
mal penan a mi」とある。
なんの事やらさっぱりわからない。

が、次に親切な解説が来る。
「セルバンテスは、同様の意図で、
この歌を、『麗しき皿洗い娘』で使っており、
カリアーソがサーラからバリャドリーに、
いかに旅したかを表すのに、
道すがら、この歌を歌っている。」

これを頼りに、岩波文庫を取り上げると、
「気軽に鼻歌を歌いながら旅を続けて」とあって、
完全にこの歌の手がかりは消えてしまった。

スペイン文学の第一人者の訳ですら、
そうなっているのだから、
匙を投げてもよかろう。

これは、鈴の音を伴う、リズミカルな伴奏が面白く、
ギターとガンバの音色も渋い。
歌は、取り澄ました感じのものだが、
気楽に人生を過ごす心情であろうか。

アンチエータといえば、
ベルガンサが、ラビーリャの伴奏で、
「母さま、私は恋を抱いて」を歌っているが、
音楽は同じような気がする。

Track13.
「Al rebuelo de una garca」
これは上記題名のビリャンシーコの器楽バージョンで、
Venegas de Henestrozaの1557年の曲集にあるようだ。

いかにも、いにしえの歌、という風情の、
ガンバの合奏がしみじみとした感情をかき立てる。
とても美しいもの。

Track14.
オルテガの「Pues que me tienes, Miguel」。
(あなたには私がいます、ミゲル、)

「伝統的なメロディによる
カスティーリャの愛の歌の好例で、
対位法的、ホモフォニー的に作曲され、
ルネサンス期の宮廷の好みを示す。」

ちょこまかと早口で動いたり、
しっとり聞かせたり、変化の多い曲想。
小粋な若妻の歌であろうか。

Track15.「Madre, la mi madre」。
(お母さん、私のお母さん)
「これはセルバンテスの喜劇、
「エントレテニーダ」でトレンテが言及するもの。
この有名な歌は、
Pedro Rimonteが1614年に作曲したもので、
伝統的なメロディの2部のリフレインを持つ。」

これは、抑揚のあるメロディと、
ぽつりぽつりと朗唱風の部分が交錯するもの。
いかにも、口上を述べるようで、
スペイン的なからっとした、
「mas si yo no me guardo」のリフレインが繰り返される。

Track16以下は、
「歌と鐘のダンス」とあるが、
手拍子やカスタネットを含む様々な打楽器を伴う、
激しいリズムの曲が8曲並ぶ。
これらは、フォリア、バイレ、ヤカラス、
チャコーナなどと題されており、
以下の解説が役に立つ。

「セルバンテスは当時流行した、
フォークダンスや宮廷舞踏も
よく記載しており、
それらの中でも、
『folia』、『canarie』、『chacona』、
『gallarda』、『jacara』、『moresca』、
『seguidella』、『villano』、『zarabanda』、
そして、『perra mora』など。
『Perra mora』は舞曲名で、
最初に踊られた時のテキストの
最初の言葉から取られ、
後の変形判で使われた。
多くの『villano』(カントリー・ダンス)の
様々な変形もまた、
セルバンテスの作品から考えるに、
宮廷で洗練された。
『フォリア』(言うなれば狂騒舞曲)は、
『ザラバンダ』、『セグイディーリャ』、
『チャコーナ』などと同様、
当時、非常に荒々しい踊りであったが、
(セグイディーリャはすぐに忘れられたが、)
17世紀を通じて、
ほとんど全欧で流行した時には、
よりゆっくりと穏やかなものとなっていた。」

ということで、
私が前に、ヌリア・リアルが歌ったCDで聴いて、
スペイン風だと喜んだのは、
すべて、こうした舞曲の類だと分かった。

おそらく、その中には、
宮中では聴く事が禁じられ、
民衆のみが楽しんでいたものもあろう。
そうしたものを姫が、
何かの機会に耳にした事もあろう。

むしろ、そうした粗野なものにこそ、
大きな誘惑が隠れているであろうし、
異郷の地で、思い出さずには、
いられないものになった可能性もあろう。

夜な夜な、窓の下で、
甘いセレナードを奏でられた「皿洗い娘」に、
マルガリータ王女の姿が重なる。

Track16.
オルティスの「フォリア8番」。
「ディエゴ・オルティスが1553年の曲集には、
オスティナート・バス上の変奏の例がいくつかあるが、
このリチェルカーダは、有名なフォリアによるもの。
チャコーナやサラバンデを除くと、
セルバンテスの時代、
フォリアは最もよく知られ、
ポピュラーなダンス形式であった。」

オルティスのこの曲集は、サヴァールは、
別に、コープマンらと再録音を残している。

フォリアとは思えぬ、
風格のある印象深いガンバ曲で、
ガンバ奏者であるサヴァールにとって、
特別な作曲家であるのかもしれない。

Track17.
マテオ・フレッチャの「La Gerigonza」。
彼のエンサラーダに含まれる有名な曲で、
赤ちゃんのガラガラ遊具を模して、
手拍子や指鳴らしを含む楽しいもの。
有名すぎて、スペイン各地から楽譜が見つかるらしい。

リアルのCD(グロッサ)にも入っていた。
ヌリア・リアルのものは、
オカリナだかリコーダだか鄙びた笛や、
まさしくガラガラのようなものが入っていて、
軽快に鮮やかに二重唱で歌われているが、
サヴァール盤は、よりモノトーンで、
フィゲーラスの独唱を手拍子と、
ギター、ガンバなどが支えている。

歌詞を見ると、「悪魔のもとへ」
「ペテン師」などの単語。
ちなみに「がらがら」は魔除けである。

Track18.
マーティン・イ・コルの「El Villano(農民ダンス)」。
17世紀風の即興を交えて演奏される、
1708年の曲集より。
セルバンテス時代にあった確証はないようだが、
考察の上、ここに収録された。

ここで笛やヴァイオリンが登場。
太鼓も聞こえて楽しい踊りである。

Track19.「セギディーリャ、De tu vista celoso」
(嫉妬深いあなたの眼)
この曲種はセルバンテス時代に先端であったが、
すぐにすたれたものらしい。
作者不詳のもので、1600年頃の曲集より。
ドン・キホーテで、セギディーリャは言及されているらしい。

ここでも、フィゲーラスが、
一心不乱に歌っているが、
激しいアタックを伴う伴奏が煽り立て、
題名にふさわしく劇的な情景なのであろう、
気の毒なほど、声をふり絞っている。

Track20.
アントニオ・デ・サンタ・クルーズの「ヤカラス」。
物憂いまとわりつくようなメロディを、
一人、ギターが弾奏し、
カスタネットも鮮やかな、
いかにもスペインのお国もので、
ステレオ効果が面白い。

解説も興味深く、
「こそ泥や悪党がはびこる『裏社会』から、
おそらく出てきたものと思われ、
当時、いわゆるピカレスク小説が表現したような、
特にアンダルシアなど、
スペインにおけるある種の流れ者の社会集団のもの」
などと差別用語を列挙してある。

Track21.マテオ・ロメオ「フォリア」。
歌がついていて、
「A la dulce risa del alva」
(暁の甘いほほえみ)
という歌いだし。
「フォリアは文字通り荒々しい舞曲だったが、
チャコーナやサラバンデ同様、
17世紀を通じて落ち着いたものになって、
1700年頃にはゆっくりとしたダンスになっていた。」

このトラック収録曲でも、
「その様子がうかがえる」とあるが、
何か特別な打楽器が打ち鳴らす
特徴的なリズムが目立つものの、
フォリアとは思えない小粋な歌曲。

Track22.マーティン・イ・コルの
「Danza del hacha(斧のダンス)」。
「この宮廷舞曲は15世紀から知られていたが、
17世紀、18世紀になっても踊られていたもの。
このディスクのためには、
17世紀風であるという考察から、
1708年のマーティン・イ・コルのものを使用。
16世紀に流行したロマネスカの一種。」

これも、いかにもルネサンスの舞曲集、
などに登場しそうな素朴だが、
それなりに、古雅で格調も高いもの。
非常に控えめなもので、
最後の「チャコーナ」を盛り上げるようになっている。

Track23.
アラーネスの「チャコーナ」で、
このCDは閉じられている。

サヴァール自身が書いた解説は、
次のように閉じられる。

「セルバンテスの時代の世俗音楽の
魅惑的な多様性を概観するべく、
この偉大な作家の作品における重要作品から、
その音楽的クオリティや歴史的重要さ
という理由のみならず、
その洗練されたパワーや
代表的な性格を理由に選曲した。
300年以上前に作られた音楽では、
容易ではない事でもあり、
これらの曲の演奏については、
当時の典型的なものから、
歴史的、技術的、形式的要素について、
異なる取り扱いを行った。
これらのロマンセ、歌と踊りが、
古の人々の魂の表現であった
という事実を考えると、
これを歴史的出来事としてではなく、
無比の音楽の反映や結晶化として、
現代の我々が体験し、理解できるような、
永続的な表現になっているか、
これらは基本的な問題となる。」

このような、様々な思考と趣向を凝らして
出て来たレコードであるから、
これまでのような寄せ集め商品からは得られない
充足感を感じずにはいられない。

なお、このCDは、のちに、ヴァージン・レーベルで、
ものすごく廉価な寄せ集めCDとなって出回っているが、
それには、このような解説はない。
私は、解説が読みたくて買いなおした。

得られた事:
「岩波文庫にある『セルバンテス短編集』を片手に、サヴァールのCDは楽しむべし。」
「特に、『麗しき皿洗い娘』を読むと、この理想化された娘がまとう雰囲気も手伝って、詩情豊かに、当時の音楽や風俗に思いを馳せることができる。」
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by franz310 | 2016-05-03 23:11 | 古典

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その436

b0083728_16483338.jpg個人的経験:
はからずも、
スペイン古楽の大御所たち、
サヴァールとモレーノ
のアンソロジーのCDを
続けて聴いてしまったが、
残念ながら、
いずれも寄せ集め的で、
スペイン音楽に対する解説は、
十分とは言えなかった。
これらの元になった、
CDも聴いてみたいものだ。


前回聴いた、グロッサ・レーベルの、
ホセ・ミゲル・モレーノの演奏、
ヌリア・リアルの歌ったCDでは、
「Jacaras」や、
チャコーナ「素敵な人生」が
いかにもスペインのエネルギーという感じだった。

私が不案内だっただけのようで、
この業界では、これらの曲は有名な模様。

「Jacaras」は、
サヴァールのアンソロジーのCDでも、
収録されていて、
「素敵な人生」も、サヴァールは、
「セルバンテス時代の歌と踊り」という、
大昔の録音(1977、EMIエレクトローラ)で、
締めくくりの楽曲として使っていた。

今回取り上げたCD、
「チャコーナ」や「ヤカラス」とは、
いったい何なのだ、
ということが取り上げられているのもうれしい。

さて、前述のように「ドン・キホーテ」という
世界文学の傑作で知られるセルバンテスだが、
「レパントの海戦」に従軍しているから、
フェリペ二世の時代の人で
1547年生まれなので、
マルガリータ王女より100年前の人である。

フェリペ二世といえば、
「黄金時代」を築いた苛烈な君主というイメージで、
このセルバンテスをタイトルに飾るCDに、
この「素敵な人生」が入っているのは、
少々、違和感を感じないでもない。

が、確かに、「ドン・キホーテ」も、
フェリペ二世とのつながりなどが、
あるようにも見えないのだが。

このCD解説、
そのあたりの事から書き起こしているのも、
歴史観を検証する上でも、
音楽史を概観する上でもありがたい。
マルガリータ王女が生まれ育った国を、
少し前の時代から俯瞰しても良いだろう。

表紙はヒエロニムス・ボス風。
割れた卵が意味深で、真珠がこぼれ落ちている。
これがスペインやセルバンテスと、
どう関係するのかは不明。

前回聴いたリアルが歌う、
ホセ・ミゲル・モレーノのCDは、
アンソロジーもので、
元の企画が、
「《ドン=キホーテ》のための音楽」
(ロマンス・歌曲・器楽による小品集)
というものだったから、
セルバンテスのCDと重なりある収録となっても
おかしくはないのであろう。

このCDは、「歌と踊り」という事で、
いわば、「歌」を担当するサヴァールの
演奏家としての立ち位置とは別の観点で、
このCDには、さらなる解説がある。
それは、Ursula Vencesという人が書いたもので、
いわば、「踊り」の方を担当した解説のようだ。

「スペインでおそらく最も有名な詩人、
不滅の『ドン・キホーテ』の作者、
ミゲル・デ・セルバンテスの時代は、
文化的にも政治的にもスペインの黄金時代であった。
厳格で禁欲的なハプスブルクの王様、
フェリペ2世の治世で、
欧州では宗教戦争、
特にトルコなどでは異教との戦いに明け暮れた。
スペインに、再度、地中海支配を保証した、
有名なレパントの海戦(1571)によって、
詩人で兵士であったセルバンテスは左手を失う。」

このように、このCDは、
言い換えると、
セルバンテスの名を借りた、
「スペイン黄金時代の歌と踊り」
という内容になることが分かる。

「宗教上の論争では、
スペインは異端裁判で対応し、
信仰や文学に厳しく目を光らせていた。
この時期、サンタ・テレサ・デ・ヘススや、
サン・フアン・デ・ラ・クルスなど、
深い宗教的信仰の欠如した
有名なスペイン神秘文学が現れた。」

さすが、絶頂期ということで、
セルバンテスのような普遍的なものも現れた一方で、
日本では知られていないような、
独特のものも多数花開いたことが分かる。

「この時代は、同時にスペインが領土を大きく拡張し、
巨大な富が海外植民地から流入、
しかし、一部の豪華だが無駄な装飾の多い、
壮麗なカテドラルや宮廷以外は、
下層階級のみならず、
(ピカレスク小説にあるように)
手仕事を見下すがゆえに、
生活を擦切らしていた
ジェントリー階級にも
非常な貧困がはびこっていた。」

このCD解説のこの部分もなかなか味わい深い。
いわば、文化的な労働観などが、
なんと、セルバンテスや、
その時代の音楽と関連付けて語られるなど、
あまりにも思いがけない展開ではないか。

「これが、セルバンテス時代の
公式のスペインである。
マドリッドに対して、
不毛の高地に設けられた、
フェリペ2世が創建して住んだ、
宮廷兼修道院、
エスコリアルの建設に、
こうした事は反映されている。
しかし、こうした、いささか厳しい
スペイン描写に対し、
もう一つの快活で
人懐っこいスペインを、
その様式や習慣、
その踊りや歌と共に忘れるのは
不完全なことである。
セルバンテスは、かつて、
『踊り手になるべくして生まれない
スペイン女はいない』と言った。
そして、ドン・キホーテの第2巻でも、
宮廷の女性たちのダンス狂いについて、
明確なイメージを与えてくれている。
彼女らは、騎士がホールの真ん中で、
座り込むまで、その回りを回り、
疲れ切って忘れがたいため息を残す。
『Fugite,partes adversae』」

これは、「聖アントニオの要約」とされるもので、
邪悪な誘惑から逃れる
「敵どもよ、去れ」という意味の
お呪いらしい。

どうやら、この舞踏は、
恐ろしい誘惑の悪魔が宿るようだ。

確かに、「フォリア」などは、
「狂気の」「ばかげた」
という意味から来た舞曲だと言われている。

サンチョ・パンサが言った言葉とは異なり、
実際、悪魔が宿るような音楽もあったはずであり、
岩波文庫にある、セルバンテスの「短編」でも、
音楽は、むしろ、悪用されていたりする。

「貴族の間での最も人気あるダンスは、
アルマーナとガラルダで、
ダンスというより、
気品あるステップで、
器楽の音色に合わせ、
紳士は手袋やハンカチで淑女を誘う。
人気のあったダンスでは、
カスタネットで伴奏される
生き生きとしたbaileが流行り、
比喩的な厳かなダンスにどんどん置き換わっていった。
最も典型的なダンスは、
一人で踊るカポニアや、
狂ったようなテンポと
生き生きとした身振りが特徴的な
ラストレアドがあった。」

後述のサヴァールの解説も、
楽器名で頭がくらくらするのだが、
ウルズラ・ベンチェスの解説でも、
踊りの名前の列挙が頭の思考を停止せしめる。

このような解説が、はたして、
このCDの鑑賞に意味があるのか、
だんだん分からなくなってきたが、
ヤカラスやチャコーナも、
セルバンテスの小説を読む以上に、
詳しく出てくるのだろうか。

さて、CD解説を読み解くと、
「セルバンテスの小説、
『やきもちやきのエストレマドゥーラ人』
にあるように、
サラバンドの『悪魔的な響き』は、
何か新しいとあるように、
最新の流行についての記述に、
多くのインクが使われている。」
と続くが、
確かに、「聖なる主題を扱ったサラバンダ」
という記述がある。

サラバンドは、野卑にすぎるということで、
16世紀末にスペインでは禁止になったとも聞く。
セルバンテス一流の皮肉かもしれない。

「他のレポートによると、
これは、1588年に、
悪名高いセビーリャの女性が発明したらしい。
ザラバンダは一般には、愛と風刺の滑稽な歌を伴奏に、
婚礼や同様の儀式で踊られるものであった。
カスタネット、ギター、タンバリン、
タンブラン、バグパイプが、
最も重要な伴奏楽器であった。」

このような解説からも、
おそらく、この演奏もまた、
こうした資料を根拠に編成されて、
演奏されているものであると類推できる。

「danza de cascabeles(鈴の踊り)
は、くるぶしに小さな鈴が付けられた。
他のダンス、例えば遍歴の学生によって、
フォリアが踊られ、
『セギュディーリャ』や『セラニラス』は、
同名の歌詞によるものである。
これらの踊りの他に、
無数の形式のダンスが記録されているが、
これらは、おそらく流行による
自発的な変形例だったと思われる。」

この解説者は、踊りの専門家なのであろうか。
まだまだ、ダンスの話は続く。

「すべての教会でのお祭りでもまた、
ダンスをする機会があった。
人々は教会内でも踊り、
祭壇の前でも踊った。
このように、祝祭は、
その祝典性、幸福な性格を帯びて行った。
例えば、セルバンテスの
同名の短編に出てくる
『小さなジプシー娘』のように、
神聖なビリャンシーコ、
聖なる舞踏の歌を、
聖アンの絵の前で、
カスタネットや鈴をつけて
踊らなければならなかった。
さらに、数え切れないほどの、
守護聖人を讃える
列聖式、列福式や、
聖遺物の遷移や修道院や教会の叙階式、
特に毎年の聖体祝日のお祭りは、
しばしば熱狂的な踊りで中断され、
祝砲やファンファーレがあって、
器楽と聖歌が繰り返された。」

かなり、宗教行事としては俗っぽいが、
そうでもしないと、
こうした異教も混ざり合う地域では、
信徒を集める事が出来なかったのかもしれない。

「これらのソロのダンスの他、
同業組合の群舞や職業群舞もあった。
絹織物職人は『danza de los palillos』を踊り、
それは、色のリボンが付いた、
小さな棒を持つものだった。
『danza del cordon』では、
各16人の踊り手が、
17番目の踊り手が持つ、
中央を花で飾ったロッドに繋いだ
色のリボンで円形をなして踊るものだった。
戦いの真似を含む剣舞、
『danza de las espedas』もあった。」

どんちゃん騒ぎの描写ばかりが続くようだが、
これがまた、色鮮やかな情景が、
目の前に展開されるような感じもする。

それにしても、人間本来の表現手段の一つとして、
これほどまでに踊りが重要であったのか、
という事実までを考えさせられる。
限りなく完全に、
現代では失われてしまった文化かもしれない。

「装飾的な衣装による踊りも人気があった。
ムーア人支配からの解放などの、
国のイベントでは、そうした振り付けもあった。
最後に大事な事を述べると、
群舞の中には、単に楽しいものだけではなく、
教訓的な寓意ダンスもあった。
ハプスブルク王朝時代の
舞踊での中世スペイン芸術は、
まだ、この地域が発展途上でもあり、
アラブの習慣や伝統に影響を受けていたに違いない。
それにしても、イギリスのモリス・ダンスは、
いかにスペインのムーア人の踊りが、
はるか北に伝わり、
発展したかを示している。」

なるほど、スペインの特殊性が、
こうしたムーア人からの政治的独立と、
文化的癒着の狭間で育まれた、
というのも、妙に納得できるではないか。

このようにして、
教会でさえ演じられる、
スペイン舞曲の多様性、特殊性が語られたが、
それだけで終わるものではない。

「スペインのコメディアは」とはじまる部分が続くのである。
「黄金時代、人気のあった劇場は、
ダンスが挟まっていた。」

当然、神聖な場所でも踊られるのであるから、
こうした楽しい場所でも、
ダンスは盛んであったと想像できる。

「ある種の専門家の意見によると、
スペインの演劇のアトラクションの中心で、
民族舞踊が実際に使われた。
これらの舞曲の騒がしさ熱狂性は事実、
劇場をめちゃくちゃにするほどで、
こうした事が禁止される理由にもなった。
最後に、コメディアからのダンスは、
バレに発展し、
独立した劇的な舞踊演目となった。
これは、一種の幕間劇で、
一部または、全部に歌があった。
ダンスは、歌や音響と離れることはなく、
民族音楽はほとんどが歌と踊りが一緒のものである。
ギターは最もポピュラーな国民楽器、
民族楽器で、沢山の短い詩歌に作曲された。
ギターの他に、ハープ、マンドリン、
タンバリン、バグパイプが
もっとも人気のある楽器であった。
作曲家は、教会の歌手であったり、
合唱長であったり、
宮廷の室内楽演奏家であったりしたが、
とりわけ、ゴゴラ、ローペ・デ・ベーガ、
クエヴェド、フィグエロアなど
有名な詩人や無名の詩人の詩に、
ロマンセ、セギュディーリャ、ノヴェナス、
セスティーネ、カンショネス、デシマスなどの
音楽をつけた。」

こうした研究は、
いかにも見てきたように語られているが、
それが、どういう根拠かを教えてくれるのが、
以下の記載で、なるほどと思わせる。

「現在、ミュンヘンの州立図書館にある、
ドイツの王子がスペインから故郷に持ち帰った
1624年10月から1625年3月に
クラウディオ・デ・ラ・サブノナーラ
によって、
ウォルフガング・ウィルヘルム・フォン・ノイブルク
のために編纂された高価な楽譜によると、
良く知られたコミック・ソングやラブ・ソングは、
宮廷や中流階級の家庭のみならず、
路上でも歌われ、演奏された。」

当時の地域を超えた交流の中で、
各地域の特性というものが紹介され、
伝わっていったのだろうが、
こうしたドキュメント類は、
現代に向けた重要レポートにもなっている、
ということであろう。

「一般的なダンス・ソング形式は、
16世紀初期から用いられていることが記録され、
その人気の高まりが分かる。
セルバンテスの短編、
『麗しき皿洗いの娘』は完璧な例であって、
ここでは古典的なソネットが、
ハープ、ビウエラの伴奏で歌われ、
典型的な歌による表現である、
バラードのスペイン系であるロマンセを、
プロの音楽家が歌い、
自発的にダンスが起こっている。
当時の宮廷音楽と同様、
ダンスと歌と器楽が一緒になって、
相互作用として理解することが出来るのである。」

さて、このCDの解説の半分は、
演奏、指揮しているサヴァール自身が、
自ら認めている部分であって、
これがまた、恐ろしい博学ぶりを披歴したもの。
音楽と文学をクロスオーバーして、
非常にスリリングである。

「16世紀、17世紀のスペイン音楽では、
ミゲル・デ・セルバンテスは、
スペイン人の音楽嗜好、生活を考察するのに、
無尽蔵な源泉となっている。
ドン・キホーテのみならず、
「やきもち焼きのエストレマドゥーラ人」、
「ジプシー娘」、「麗しき皿洗い娘」など、
彼の作品の多くにおいて、
音楽が基本的な要素となっていて、
とりわけ、喜劇や幕間劇において、
各要素が異なるシーンと関連付けられている。
セルバンテスは、音楽で多くの部分を際立たせている。」

「ドン・キホーテ」しか知られていない
セルバンテスであるが、
これらのいくつかは岩波文庫で読める。

さて、このCDの内容であるが、
Track1.に収録された、
「La perra mora」
からして、
実は、どう解釈してよいかわからない、
悩ましい表題のものだ。

CDの曲目別解説部によると、
「このダンスは、彼の小説『麗しき皿洗い娘』で、
チャコーナ、サラバンダ、ペサメ・デーロと一緒に
セルバンテスによって述べられているものである」
とあるから、
岩波文庫を見てみると、
若者が歌う歌に、こんな風に出てきていた。

「やんごとなきあの婦人も
心浮き立つサラバンダ踊り、
さらに、流行りのペサメ踊りや
ペーラ・モーラ踊りに誘われて」

ということで、
サラバンダ、サラバンド並みにやばい踊りだったと、
推測することができる。

翻訳した牛島信明氏も、
「La perra mora」
をそのまま、カタカナにしただけであった。

さらに、曲目解説では、
マドリッドの北東の街にある、
「メディナセリ図書館に手稿として所蔵の
ペドロ・ゲレーロによるバージョンで、
5/2拍子、複雑な四声のリズミカルな構造のもの。
テキストは不完全で以下の部分のみが残っている。」
とされている。

「Di perra mora
di, matadora
por que me matas
y, siendo tuyo
tan mal me tratas?」

そもそも、このCDでも歌はないようで、
異教的な太鼓のリズムに、
弦楽やら撥弦楽器が絡まり合って、
エキゾチックな雰囲気を漂わせていく。

サヴァールの解説にも、
「セルバンテスは当時流行した、
フォークダンスや宮廷舞踏も
よく記載しており、
それらの中でも、
『folia』、『canarie』、『chacona』、
『gallarda』、『jacara』、『moresca』、
『seguidella』、『villano』、『zarabanda』、
そして、『perra mora』など。」
とセルバンテスが、
様々な踊りを取り上げたことを力説し、
最後にこの「ペーラ・モーラ」を持ってきて、
「『Perra mora』は舞曲名で、
最初に踊られた時のテキストの
最初の言葉から取られ、
後の変形判で使われた。」
と結んでいる。

Track2.
ピサドール作曲「アビンダラーエスのロマンセ」
もまた、この岩波文庫の短編で、
色男の兄ちゃんが、
「なにしろおいらは、
モーロ人アビンダラーエスと
美姫ハリーファの恋を歌ったやつや、
アレクサンドリアの名将
トムンベーヨの偉業を称えたものなら
ひとつ残らず知ってる」
と言っているもののひとつであろう。

しばらく前に亡くなった、
フィゲーラスの声が聴けるが、
かなり、朴訥なもので素朴な民謡風。
どんぶらこどんぶらこ、
どっこいしょどこいしょと、
とても、美しい姫が出てくる歌とは思えない。

曲目別解説では、
「アビンダラーエスとハリーファのロマンスは、
広く知られていて、1ダース以上の版が残っている。
あるものは史実に基づき、あるものは小説由来である。
ここでは、1552年のディエゴ・ピサドールのもの」
とある。

Track3.
ムダーラのファンタジアとガリャルド。
素朴でスペイン的なビウエラの独奏。

Track4.
バスケスの「モーロの王のロマンセ」。
もの悲しい、フィゲーラスの歌。
急襲を受け、グラナダの領地を失った王様の悲歌。

Track5.
フォルクローレ風に笛が吹かれる、
「Cancionero de Palacio」
に基づく器楽曲。

以上は、セルバンテスとの関係は不明。

Track6.
ムダーラのロマンセ、「クラーロス伯爵」。
ビウエラ独奏曲。
ドン・キホーテで、
この歌の最初のフレーズが出てくるらしいが、
「クラーロス伯爵」の歌が収められているわけではない。
ムダーラが有名すぎて、元が何なのか分からない。

ヒスパ・ヴォックスから出ていた、
スペイン古楽集成の「ビウエラの音楽家たち」
のCDにも、ムダーラ作曲のものと、
ナルバエスのものが、
「クラーロス伯爵、ディフェレンシアス」として、
収録されていた。

ここの解説でも、「よく知られていたロマンセ」の主題、
とあるだけで、それ以上の情報はない。

Track7.バスケス作曲の
「ドン・ベルトランのロマンセ」は、
このドン・キホーテに関係するものらしい。

これは、778年のロンスヴァルの戦いに関するもので、
16世紀には、非常に知られていたものだ、
という理由で、ここに収められた模様。
「死が私を捉える」という、フィゲーラスの悲しげな歌。

しかし、ドン・キホーテが、昔の騎士の時代に憧れ、
時代錯誤に陥っていたという状況設定は、
こうしたシャルルマーニュ時代の物語が、
親しまれていた、ということであろうか。

Track8.
Track9.
これらはヴィオラ・ダ・ガンバの合奏曲で、
深々とした響きが、悲しげな雰囲気である。
ルイ・ヴェネガスが書いた変奏曲。
ロマンセによる。
これも、ドン・キホーテが、
高尚な気分に浸りたくなるような音楽かもしれぬ。

Track10.
ゲレーロのマドリガル、「Dexo la venda」
田園詩で、恋愛を歌ったものらしいが、
とても簡素ですがすがしいもの。
詩と器楽の発展が、微妙な調和を育んだ、
初期の例として、サヴァールは取り上げた模様。
清潔感のある器楽伴奏もフィゲーラスの声も小粋である。

この曲もセルバンテスとの関係は不明であるが、
こうした曲も入れないと、
セルバンテスの時代は、どんちゃん騒ぎか、
悲痛な音楽ばかりだと錯覚してしまうところだった。

歌詞は、Balthasar de Alcazarによるとあるが、
これも何者か、私にはわからない。
ゲレーロはむしろ宗教曲で有名な作曲家だが、
シューベルトの死の年のちょうど300年前に生まれている。

このCD、まだまだ、続きがあるが、
今回は、このくらいで終わりにする。

得られた事:
「スペインのダンスは、ムーア人支配からの解放の祝典などで発展し、宗教的な場でありながら、どんちゃん騒ぎを伴うという奇抜な独自性を誇った。」
「シューベルトの300年前の作曲家ゲレーロは、早くも歌と器楽部展開の調和を模索した歌曲(マドリガル)を書いている。」
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by franz310 | 2016-04-16 16:50 | 古典

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その435

b0083728_1954211.jpg個人的経験:
長らく異教の文化が
根付いていたせいか、
山脈に隔てられ、
乾いた山岳地帯からなる
地域的な特殊性ゆえか、
あるいは、植民地からの
異文化の流入もあってか、
スペインの音楽は、
いつの時代にも
個性的であったようだ。
何世紀にもわたる音楽が、
一つのレコードに刻まれても、
それほど違和感がないようだ。


昔、愛聴したLPには、
イエペスが録音した、
「スペインのギター音楽」の2枚があり、
そこにはルネサンスのムダーラから、
現代のピポーまで、
数百年にわたる音楽が収められていても、
なんら違和感を感じることはなかった。

テレサ・ベルガンサの録音した、
「ベルガンサ・スペインを歌う」も、
同様の趣向だった。

ひょっとすると、
古い時代のギターの一種、
ビウエラの鄙びた音色が、
この国の乾いた空気や、
光と影の交錯する風土に、
あまりにもマッチしていたからだろうか。

音楽が豪華になり、複雑なポリフォニーや、
通奏低音の時代を変遷しながらも、
この素朴な弦の弾む音の連なりに、
人々の心は、常に回帰していたのかもしれない。

そこに、さらに、そこに人の声が重なれば、
もう、十分にスペインの揺りかごが描かれる、
ということなのかもしれない。

人気のスペインの歌姫、
ヌリア・リアルが、
「The Spanish Album」という2枚組CDを
グロッサ・レーベルから出しているが、
これもまた、そうした特色に根差したもので、
ルネサンスからバロックを貫く特集となっている。

スペイン系ハプスブルク家の最後の花、
ともいうべき、
マルガリータ王女が、
嫁いでからも聴きたがった、
スペインの音楽とは、
いったい、どんな音楽だったのか。

今回のCDは、絵画ではないが、
マルガリータ王女同様に若々しい
女性の肖像の表紙。
これを聴けば、何かヒントがあるだろうか。

ホセ・ミゲル・モレーノが前半はギターで伴奏し、
CD1は、「ルネサンス時代の音楽」、
同じ人が指揮もしての、
「ルネサンス&初期バロックの音楽」が、
CD2の前半を占め、
さらに、エミリオ・モレーノが
ヴァイオリンと指揮をして、
「後期バロック時代の音楽」として、
コルセッリという人の作品のみを取り上げ、
CD後半を埋めている。

帯に、「ポートレート・シリーズ第1弾」
と書かれていたので、
しばらく前の事だが、購入する際にも、
何か寄せ集めのCDだとは思っていた。

しかし、表紙が素敵なので購入だけはしておいた。

そもそも1999年から2004年の間に録音され、
それから何年も経った2011年に出たものなので、
このことからも、
どう考えてもいかがわしいと思っていたのだが。

今回、こうした機会に、再び取り出して、
よくよく調べてみた。

以下、それで分かった事実と不満を並べる。
やはり、リアル無名時代に一度出したものを、
彼女の容姿を前面にして出し直したのののようだ。

中のブックレットを見ても、
どの部分が、いつどこで録音されたのかも分からず、
まったく、製作の意図が読み取れないのが不安だが、
この手の商売は、常にこうした措置が取られがち。

もっと言うと、歌詞は付いているが、
スペイン語だけなのが痺れる。
というか、曲目からしてよく解らない。
2枚にして、廉価にしたから、
省いても、何が悪いか、という乗りなのだろう。

「ポートレート・シリーズ第1弾」
などと、声高に宣伝するほどの内容なのか、
さっぱりわからない。

という感じで、やはり、
腰を据えた仕事でないような感じが気になるが、
気を取り直して、ここからも、
何か学ぶものを探してみたい。

あれこれやって見つけた、
グロッサのホームページは、
二番煎じであるにもかかわらず、
商品紹介がそこそこ凝っているので、
このあたりから解読してみよう。

「ここ十年ほどで、スペインから、
新世代の声楽家たちの存在が花開き、
その多くが古楽の分野を得意としています。
この一連の流れの先頭に立つのが、
ソプラノのヌリア・リアルで、
感情的な魅惑の中に、
甘さと親密さを併せ持ち、
純粋、かつ、説得力に恵まれています。
近年、リアルは、
ペルゴレージや、
多くのイタリアの1600年代の音楽に加え、
バッハ、ヘンデル、モーツァルト、
ハイドンなど、続く時代の音楽に挑んでいます。
この新しいグロッサのアルバムでは、
時間を遡り、
バーゼルの音楽アカデミーで研鑽した直後の、
このカタロニアのソプラノの
若々しい声を捉えた録音を集めました。」

リアルは1975年生まれであるから、
確かに、1999年は24歳の年、
全体として20代の声を集めたとなれば、
若くして亡くなった皇女であり、王妃である人を、
偲ぶには悪くないかもしれない。

スペインのマルガリータ王女は、
嫁ぎ先のヴィーンで、
わずか22歳で亡くなっているのだ。

また、その後、大レーベルに移って、
ヒットを飛ばす前の、
無垢の時代の歌手の肖像というのも興味深い。

解説は、以下のように続く。

「この録音の中で、ホセ・ミゲル・モレーノの、
アンサンブル・オルフェニカ・リラと共に、
リアルは、単に輝かしい声の美しさをアピールするだけでなく、
様々な撥弦楽器の巨匠、モレーノが与える
ルネサンス期からバロック期までの
スペイン音楽のニュアンスに深い理解を感じさせています。
ムダーラ(Mudarra)、ピザドール(Pisador)、
フェンリャーナ(Fuenllana)やダサ(Daça).
のような音楽が持つエモーショナルな情感を、
リアルは、直観的に捉え、
技能と喜びを持って、表しています。」

ムダーラといえば、
イエペスやベルガンサの録音でも
取り上げられている作曲家。
が、他の人々はぴんとこない。

「また、不当な評価を受けている、
ピアツェンツァ生まれの作曲家、
フランシスコ・コルセッリの
一連のスペイン語の音楽に、
リアルはもう一人のグロッサの強力な布陣、
エミリオ・モレーノと、
彼のエル・コンチェルト・エスパニョーレと共に、
心から共感しています。」

このコルセッリは、1705年生まれ。
イタリア人ながら、
マドリッドの宮廷礼拝堂の音楽監督を務めた人らしい。
スペインのハプスブルク家は滅びた後の話になる。

ちなみに、
このギターとヴァイオリンの両モレーノは兄弟で、
このレーベルの創設メンバーであり、
いささか自画自賛調なのが気になる。
録音や演奏は申す分ないので、
まあ、いいのだが。

「ヌリア・リアルの
官能的な解釈によって、
古い時代のスペイン音楽の豊穣さが、
強烈に想起させされ、
快く再現されています。」

以上が、広告の能書きだが、
いちおう、そそらせる内容である。

CDの中に入っているブックレットは、
Javier Palacioという人が書いた、
やはりヌリア・リアル賛みたいな感じ。

「『人類、有史以来、
自然に獲得された歌唱様式は、
一度も採用されなくなった事はなかった。
平地では農夫が、
森を抜け、山に羊の群れを御する羊飼いたちが、
その退屈を紛らわすために自然に歌を口ずさんだ。
その恐ろしい苦役を、胸の中から晴らすように。
男と女が創造され、我々の時代に至るまで、
人間はこのように歌いつづけて来たのである。
このような歌唱は、彼らが死に耐えるまで、
世界が終わるまで、なくなることはないだろう。』
修辞的、誇張された華美なものを取り去った
歌い方の要請に関するこれらの言葉は、
(『Dialogo della musica antica e della moderna』
という16世紀の専門書を書いた、
ヴィンツェンツォ・ガイレイによる)
今日にまで、その残響が届くように感じられる。
よく知られているように、
事実、ここ何年か、幸いなことに、
洗練され研究された音楽の世界は、
より自然なデクラメーション、
クリアで自発的なアクセントと共に、
ルネサンス期やバロック期からの
流行歌や詠唱の
古い時代の歌唱様式を再発見している。
それは新鮮で溢れるような活気に満ちている。」

ということで、
ベルガンサやローレンガーのような、
オペラ歌手で親しんできた、
これら古い時代のスペイン歌曲は、
今や、オリジナル楽器的なアプローチで、
聴き直す必要があるらしい。

「古典期、ロマン派時代の声楽の様式は、
その時代に作られた壮大な音楽用に相応しいように、
古い時代の音楽のためには限界があり、
それは、優美さ、単純さ、エレガンスに欠け、
投影図のようなものにすぎなくなっている。
演奏家、器楽奏者、歌い手は、
水晶のように澄んだソノリティー、
重々しさや、わざとらしさから
表現を解放することを追及し、
過ぎ去った世紀の演奏様式を
研究し、学び、再発見しようとしている。
しかし、ある種の演奏家にとっては、
こうしたプロセスは苦痛を要するものではなく、
最初から、恵まれた声と特別な直観で、
最も繊細な感情の鍵盤を奏でることが出来る。
ヌリア・リアルは、こんな歌手だ。
このカタロニアのソプラノの武器は、
素晴らしいパレットの音色の広がりを、
光沢を持って歌える声であり、
わざとらしさのないデクラメーションから、
さらに印象深い芸術的成果を生みだせ、
甘く、暖かく、それでいて親密である。」

なかなか、スペインの音楽の話にならないが、
おそらく、「ポートレート・シリーズ」なので、
この歌い手の特徴を描き尽すまで終わらないのであろう。

ここまで賞賛されると、
もっと耳を澄ませて聴かないといけない、
という気持ちになってくるのも事実。

同時に、シューベルトの歌曲などは、
どのように歌われるべきか、
などと考えさせられたりもしている。
フィッシャー=ディースカウのような歌手は、
その明晰なドイツ語によって、
歌に革命を起こしたというが、
そうした不自然な芸術性の追求の流れとは、
一線を画しているということだろうか、
などと考えながら読んでいる。

「伝統的なアプローチにとって代わる、
コンサート・プログラムの新しい形や
聴衆の嗜好の変化が進む現代の声楽界で、
聴くものの心に、優しいながら、
様々な刺激と印象を放つ声が、
リアルを、スペイン最強の世界的スターにした。」
とか言う話題は、そろそろ疲れて来たので、
ばっと読み飛ばすとして、
次には、彼女がマンレサで生まれ、
11歳でカタロニアで学び始め、
古楽の専門の学校ではなく、
様々な時代の音楽を学ぶ音楽アカデミーで研鑽を積み、
20歳で室内合唱団とのコラボを始めた、とある。
それから少しして、
ホセ・ミゲル・モレーノと、
フェンラーナ、ムダーラなどの歌曲で、
記念すべき最初の録音を行った、とある。

ここから後は、誰それと共演したとか、
私にはあまり興味のない記述が続く。

事実、CD屋に行くと、リアルの名前は、
ソニーから出ているCDなどで、
すでに十分おなじみになっていて、
こうした情報は、書かれなくても想像できる、
という感じであろうか。

「ヌリア・リアルは、コンサートのステージで、
聴衆と繋がっていることを非常に重視するので、
比較的、レコーディング・スタジオは苦手とする。
それにもかかわらず、
彼女のディスコグラフィに関連した、
重要なルートにそって、
継続的に結果を出して来た。
素晴らしい色彩の新鮮な声の質感や、
集中した活力を披露し、
劇的な対比の形式や様式に満ちた、
16世紀のスペインから、
18世紀に至るまでの旅であった。
これは、前古典派への入場門ともなる
バロック期とルネサンス期を
繋ぐものでもあった。」

1枚目は、かつて、
「スペインのギター音楽第3集『清く澄んだ川』」
として出ていたものらしい。
タイトルはムダーラの曲による。

このディスクについては、
以下のような解説が続く。

「『清く澄んだ川』に、
このソプラノは特別な愛情で接している。
当時の印象的なビウエラ音楽に仕えて、
リアルは、ホセ・ミゲル・モレーノの弦に
優美に伴奏されながら声を添えている。」

オリジナルの企画は、
「スペイン・ギター音楽」という
シリーズだったようなので、
声は、添え物的立場だったかもしれない。

ちなみにこれの第1集、第2集は、
1994年と6年に録音された、
ナルバエス、ミラン、ムダーラから、
ソル、メルツ、タレガ、リョベートに至る、
ギター音楽史なので、リアルは関与していない。

1枚目はかつて出ていたものを、
そのまま出しているので好感度は高い。

「ここでは様々な曲集から音楽を集め、
洗練されたものも、通俗的なものも一緒にした。
衝撃的なリズムのカデンツが、
穏やかで、より内省的なシーケンスに
コントラストを与え、
全てが素晴らしい音響の美しさの中にある。」
と書かれているのも、
オリジナル企画時の方針なのだろう。

1.作者不詳:私に何をお望みですか,
2.ダサ:ファン・パストール、なぜお前はそうした,
3.バスケス:バラのしげみの泉にて,
4.ダサ:異国の地に,
5.フレチャ:可愛い妹テレサよ
6.モラレス:ムーア人はアンテケラから馬に乗って去っていく,
7.ダサ: ブルネットの少女の叫び
8.作者不詳:クラロス伯によるディフェレンシアス
9.ムダーラ:恋人達の嫉妬,
10.ピサドール:夜の闇が訪れ,
11.ムダーラ:イサベルはベルトを無くした,
12.モラレス:ベネディクトゥス
13.ピサドール:エンデチャス,
14.フェンリャーナ:エンデチャス,
15.バルデラーバノ:愛する人よ、どこから来たの
16.ムダーラ:ロマネスカ,
17.ムダーラ:彼らが私を呼べば,
18.ムダーラ:澄みきった清らかな川,
19.ムダーラ:幸せな男
20.バケラス:私のために嘆いてください
21.ピサドール:バプテスマのヨハネの祭日の朝に,
22.フェンリャーナ:ファンタジア,
23.フェンリャーナ:ムーア人の王は散策していた
24.ピサドール:騎士に告げよ

「リアルは、これらのビリャンシーコで、
変奏形式、インタヴォラトゥーラ
(ビウエラにて演奏可能とした初期作品の編曲)に、
各曲の音楽的特徴、情緒的な性格を、また、
コレクションのタイトルにある、
『みずみずしさと明晰さ』の質感を見失う事なく、
親密にしっとりと、また、ある時は、
より敏捷にリズミカルに、
自然に移行する才能を発揮している。」

ここまで書かれると、これに付け加える事はない。
というか、こうやって聴くのか、
という感じさえする。

器楽と声の絡み合いというのは、
タイミングや強弱だけが重要なのではなく、
そこでの躊躇いや気負いなどを
感じさせては駄目なのだなあ、
と考えさせられた。

本当に、「澄み切った清らかな川」のように、
各曲は、香しい大気の中の水音のように流れて行く。
だから、すべてが自然すぎて、
いかに各曲にコントラストがあろうと、
聖歌に浸っているかのような時間経過だ。

24曲をすべて、これはどう、あれはどう、
という感じではなく、
すべてが一続きの小川の水音のようである。

ビウエラの鄙びた乾いた音がまた、
この無垢な印象を際立たせている。
非常に美しいアルバムであるが、
すべて同じ曲に聞こえるような感じもあるので、
タイトルになったTrack.18のみを、
よく聞いてみよう。

寂しげな歌である。
幸い、ベルガンサが歌っている日本盤に、
この曲も入っているので内容は分かる。
が、歌詞が古すぎて、
すべて了解というものではない。

山の中での孤独を歌ったもので、
詩人は、川や鳥や樹木に向かって、
自分の声を聴いてくれと頼む。
と言う内容だが、
それだけ、誰もいない状況なのだ。

ムダーラは、ネット検索すると、
1510年頃生まれ、1580年に亡くなった、
ギター曲を最初に出版した人として知られるという。

残念ながら、
ベルガンサは第1節しか歌っていなかった。

細かいヴィヴラートがかかり、
明らかにリアルとは異なる。
イエペスの伴奏はギターによるもので、
モレーノのビウエラの不思議な音より、
現実味がある音色となっている。

ベルガンサ、イエペスの仕事は1974年のもの。
今、聴き直しても、
録音も、素晴らしく空気感が良い。

改めてよく見ると、
アルフォンソ10世から、
フェンリャーナ、ルイス・ミランなどを組み合わせ、
ほとんど、リアル、モレーノのCDの
コンセプトと同じではないか。

リアルの第3曲、バスケスも、
「バラの木の泉に」というタイトルで、
最後から2番目にベルガンサも楽しげに歌っている。

「泉で乙女と若者が洗っている」という、
微笑ましく、眩しい光景に相応しい。
24歳のリアルの当事者的な
ひたむきな歌唱に対し、
39歳のベルガンサは、余裕の解釈である。

ベルガンサ盤は、濱田滋郎氏のきめ細かい解説で、
ビウエラの音楽家が残した楽曲集を、
ポリフォニー歌曲と並んで、
「ルネサンスのスペイン歌曲が花咲く第二の花園」
だとしている。

氏はビウエラを、「はえぬきの宮廷楽器」、
オルガンと並ぶ「スペイン器楽の粋」と呼んで、
ビウエラ曲集には、独奏曲に交じって、
歌曲が入っていることを教えてくれている。

いずれにせよ、このビウエラ伴奏の歌曲、
という時点で、スペインの音楽には特殊性が十分。
素朴で開放的。
マルガリータ王女が、
音楽はスペインでなくては嫌じゃ、
と言ったとしてもおかしくない、
のかもしれない。

さて、このリアルのCDの2枚目は、
計3枚のアルバムの抜粋である。

その一枚目は、1500年頃に生まれ、
1579年に亡くなった、
フェリペ2世の宮廷の盲目の音楽家、
ミゲル・デ・フェンリャーナの曲集
『オルフェニカ・リラ』(1554)を
特集したCD。
これは、楽団の名称にもなった。

フェンリャーナが編曲した、
様々な作曲家の作品が入っている。
1999年の録音で、18曲入っていたのから、
以下の7曲が選ばれている。

イエペスとベルガンサの名盤でも、
フェンリャーナは取り上げられているが、
重複はなく、比較できず残念である。

このフェンリャーナの曲集は、
濱田氏が書いたビウエラの7つの曲集の一つ、
ということになるのだが、
このリアル盤では、笛や太鼓までが現れる。

解説には、
「16世紀のビウエラ音楽の
異なるコンセプトを提示したかったとある。
基本的にデリケートな精神を、
より幅広く、リッチな編成で演奏しても、
それを打ち消したりすることなく、
むしろ、もっと深く感覚に訴え、
それを増幅する」とある。

1.「La Bonba」は、
メキシコの「ラ・バンバ」と同じなのだろうか。
いかにもの大騒ぎの舞曲。
したがって、
デリケートな精神を、
などと言われてもぴんと来ない。

2.ただ、CD1にも入っていた、
「モーロ人の王は散策していた」で、
ガンバの深々とした音色が添えられて、
非常に深い情感を醸し出している。

これは、モーロ人の王が戦に負けて、
街を出て行く時の悲しい情感を
歌ったものということで、
まさしくスペインならではの情景と情緒である。

3.器楽曲で、オルティスの「おお、幸せな私の目」と、
4.バスケスの歌曲「それは、私を動かしません」は、
簡素な編成で奏され、いにしえに思いを馳せることが出来る。

5.フレッチャの「 La Girigonça」は、二重唱で、
お祭りのどんちゃん騒ぎを思わせる。

6、7.ともに原曲はバスケスで、
共に、控えめな編曲、
「何を使って洗いましょう」は、
貧しい娘の歌で悲しく、
「ポプラの森まで行って来ました、お母さん」
は、あいびきの報告。ロマンティックで優しい。

これらは、ローレンガーにも、
嫋々、朗々と歌った録音がある。
前者を歌ったベルガンサは折り目正しい。

リアル盤は、前奏から雰囲気たっぷりで長く、
リアルも、ぎりぎりまで声を伸ばして、
「この顔をどうやって洗おうか」という、
若い女性の歎きの深さを描き出している。

CD2は、3枚のCDからの寄せ集めと書いたが、
その2枚目は、2005年に出た、
『《ドン・キホーテ》のための音楽
~ロマンス、歌曲、器楽による小品集』
という26曲のアルバムから4曲。

8.ルイス・ミラン: パヴァーヌ VI、
1500年頃に生まれた人なので、
これはバロックではない。

9.作者不詳:Jacaras、
カスタネットと合唱で、
エキゾチックでこれは大変、面白い。

10.作者不詳: 「何とかわいい坊や」は子守唄か。
愛情たっぷりの歌いくち。

11.フアン・アラネス( ~1649)の
チャコーナ「素敵な人生」
1624年頃の作曲とされ、ぎりぎり、
マルガリータ王女の時代に近い、
バロック期のものと言える。

この曲は、ネット検索すると、
古井由紀子(リコーダー、コルネット)
中川洋子(歌、リコーダー)
といった方々によるグループ『葦』
という団体の演奏した
演奏会のチラシがヒットし、
こんな歌詞が分かった。
以下はその引用。

「チャコーナの夜 薔薇の咲く季節
たくさんの秘め事 そして噂はまわる
素敵な人生
チャコーナを踊りに行こう
アルマダンが結婚するんだ
すばらしい月になる
アナオの娘たちが踊ってる」
という部分までは、
夏の夜の陽気な時候が偲ばれる。

が、
「ミランの孫たちと
ドン・ベルトランの舅と オルフェオの義姉さんは
めくばせをかわし
それでアマゾネスのお話はおしまいとなった」
とは、何のことだか分からない。

おそらく、こんな夜なら、
何だっていいのだろう。
以下のような歌詞が、すべてを帳消しにする。
「そして噂はまわる
素敵な人生
チャコーナを踊りに行こう。」

いかにも、小粋な小唄という感じだが、
この曲は、いかにも、
スペインにしかなさそうな雰囲気で楽しい。

Track9.の「Jacaras」と共に、
マルガリータ王女万歳、
という気持ちにもなって来る。

CD2の中の最後の三分の一は、
『コルセッリ: スペイン宮廷の音楽』
と題された2002年のアルバムより、
コルセッリという、18世紀の作曲家の作品集。
このアルバムの大半が収められている。

12.歌劇《スキュロス島のアキレス》より 行進曲
13、14.《美しい声でさえずる姿の見えないうぐいす》より
レチタティーボとアリア
15、16.《アスタ・アクイ、ディオス・アマンテ》より
レチタティーボとアリア
17.歌劇《スキュロス島のアキレス(シロのアキレス)》より 序曲

マルガリータ王女が生きた時代とは、
一世紀が経過している。
コルセッリはイタリア人であるようで、
そのせいか、特段、スペイン風でもなく、
ヴィヴァルディの次の世代、という感じ。
以上の劇音楽も感情表現も明快で、
リアルの声も朗らかで楽しめる。

ただし、
18.聖土曜日の第2朗読
「なにゆえ、黄金は光を失い
純金はさげすまれているのか」
と歌われるエレミアの哀歌や、
19.聖木曜日の哀歌
「幼子は母に言う
パンはどこ、ぶどう酒はどこ、と。
傷つき、衰えて、都の広場で 」
という悲痛な哀歌では、
この作曲家のシリアスな側面が見える。

得られた事:「カタロニアのソプラノ、ヌリア・リアルの20代前半からの録音を集めたCDであるが、自然なデクラメーションで、甘く、親密な歌唱で古謡が楽しめる。」
「『どうやって洗いましょう』などは、豊かな伴奏も一体となって、人生の一コマの情景をたっぷりと描き出している。」
「『Jacaras』や、チャコーナ、『素敵な人生』のリズミカルな人生の謳歌などは、若いスペインの姫君が、故国を懐かむイメージと重なる。」
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by franz310 | 2016-03-20 19:55 | 歌曲