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クラシック音楽への愛と悲しみの日々
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その427

b0083728_20513817.jpg個人的経験:
ヴィヴァルディの音楽の、
南欧的な華々しさ、
自由闊達さ、
豊穣さを思う時、
彼が、何故に、
遠くアルプスを越えて、
ヴィーンにまで出かけ、
野垂れ死にしなければ
ならなかったのか、
考えずにはいられなくなる。
その答えを、何らかの形で
見出さずには落ち着かない。
しかし、残された資料は極度に少ない。
日本に紹介されていない
だけかもしれないが。


比較的、勉強になったのは、音楽之友社の
「ハプスブルクの音楽家たち」(カミロ・シェーファー著)で、
ここで、読んだ事は、かなり重要な基本となっているようだ。

ビオンディやチャンドラーのような
ヴィヴァルディの使徒も、
おそらく、そういう状況に、
もどかしさを感じているのであろう。

彼らも、盛んに、
晩年のヴィヴァルディを調べてくれているが、
自ら書いたCDの解説などにも、
このシェーファーの取り上げた事実が、
同様に取り上げられている。

そこに書かれている基本は、
ヴィヴァルディは皇帝に寵愛されすぎた。
落ち目になった時にも、
一番にすがろうとした。
が、ちょうどその時、運命の悪戯か、
皇帝は崩御した、という感じである。

皇帝、カール6世は、
「国母」マリア・テレジアの父であるが、
亡くなった時、56歳で、そんなに高齢ではない。

よく企業などでも、誰かが失脚すると、
その腰巾着もまた消えてしまうが、
それと同じと考えるには、
私は、ヴィヴァルディに好意を寄せすぎている。

そもそも、ヴィヴァルディの戦いは、
腰巾着にしては、したたかである。

ダーウィンの名言、
「変われるものだけが生き残れる」のとおり、
彼は、時流に対して、しなやかに対処した。
自らの美学を最低限残しながら、
円熟してもなお、
新しい音楽も積極的に吸収していった。

彼が、最後に再起をかけて用意していたオペラ、
『メッセニアの神託』も、
半分は流行に乗った内容で、
ここぞという所で、自分の芸術をさく裂させている。

下敷きにしたのは、当時、評判をとっていた、
ジャコメッリの作品「メローペ」で、
この王妃を主役から降ろして、
その息子を主役級に引き上げ、
この王子と婚約者の愛の物語を強調した感じだろうか。

ヴィヴァルディが、まず、
最初のバージョンの『神託』で、
追加したナンバーのシーンは、
以下の部分とされる。

第1幕第4場:
悪役ポリフォンテと大臣トラシメーデ。
王子の味方であるが、
そうとは、ばれていない
公使リチスコの訪問を告げる場面。

第1幕第9場:
不明、CDではカットされている。

第2幕第2場:
ポリフォンテと王子エピタイデ、公使リチスコ。
ポリフォンテが、王子に母親の悪口を言う所。
そして、人質と結婚するように言う所。

第2幕第3場:
エピタイデ、リチスコ。
リチスコが、エピタイデに人質は、
他ならぬ王女エルミーラだと言う所。
前王の夫を殺されたメローペが、
王位簒奪者に求婚される悲劇から、
その事件の中で、
王子であるべきエピタイデが、
愛を勝ち得る物語に、
重点が変えられている一例であろう。

元は古代ギリシャの悲劇詩人エウリピデスの
「クレスフォンテス」という散逸した戯曲で、
日本大百科全書に、下記のような内容だったとある。

「義兄弟のポリフォンテスに
夫(クレスフォンテス)と子供2人を殺されたうえ、
むりやりその妻にされたが、
末子アイピトスをひそかに落ち延びさせる。
やがて成人した彼が仇討(あだうち)に戻ってきたとき、
メロペは敵と勘違いをして危うく殺しかけるが、
母子であることを認め合い、協力して仇討を果たす。」

このように書かれると、
いかにもギリシア悲劇にありそうな内容だと得心する。

ただし、ヴィヴァルディが台本とした、
ゼーノの作品では、
単にメローペは、悩んでいるだけであって、
「協力して仇討を果たす」ほどの活躍はしていない。

では、解説者のデラメアが書いた、
「ヴィヴァルディのメローペ」という章の、
途中から読み続けてみよう。
ヴィヴァルディが挿入した自作についての解説。

「これらの中には、それほど前の作品ではなく、
『ウティカのカトーネ』のために書いた、
上品な『Sarebbe un bel diletto』、
第1幕の最後に、エピタイデに歌わせた。
また、同様に『カトーネ』の1734年のアリア、
『Sento gia che invendicata』を、
ジャコメッリの『Fiamma vorace』と、
今回は、第2幕の最後にアナサンドロに、
置き換えて、歌わせている。
再び『カトーネ』から、
見ごたえのある『S’in campo armato』を、
第3幕第5場、トラシメーデに、
2つの独奏ホルンと歌わせている。
どの程度、ヴィヴァルディが、
ジャコメッリ自身から持って来たかは分からない。
ガコメッリがファリネッリのために書いた、
エピタイデによって、第2幕第4場で歌われる、
『Quell`usignuolo』をそのまま使ったか、
この時期の翌年、
『ファルナーチェ』のフェラーラ公演用に、
これらの詩句で、彼自身が作ったものを使ったかは、
良くわからない。」

このような感じで、『メッセニアの神託』の
1737年の第1版は構成され、公演も成功した模様。

「『メッセニアの神託』は、聴衆にも大いに受けた。
地元紙『Pallade veneta』は、
この作品が『注目すべき成功』であったと報じており、
『Diario ordinario』の言葉によると、
『興奮した喝采』で迎えられ、
『しっかり受け入れられた』。
それゆえ、1740年にヴィヴァルディが、
新しくヴィーンに拠点を移す時、
彼の重要な多くの皇室のパトロンの前での、
同様の勝利を夢見て、
ケルントナートーア用に、
1737年版『神託』を改訂した事は、
驚くには値しない。」

デラメアの解説の最終章、
「故アントニオ・ヴィヴァルディ博士の音楽」
に移ろう。

「ヴィーン版の『神託』は、
リブレットだけが残っており、
改訂の広範な過程の証拠となるが、
それでも、この最終版は、
まだ、ジャコメッリ風を基本とし、
ゼーノのオリジナルのリブレットから取られたアリアや、
ヴィヴァルディの以前のオペラからのナンバー、
(第2幕第1場のメローペの大アリア
《グリゼルダからのNo,non meriti pietaのような》や、
他の作曲家のアリア《第2幕第7場のアリア、
おそらくブロスキの『アルタセルセ』からのもの》を
挿入したものであることが分かる。
これらの変更は、ヴィヴァルディが、
新しい聴衆に受け入れられることを計算し、
彼の才能の多面性を印象付け、
作曲のみならず、改訂や編集にも手を回せる、
驚くべき自在さを持つ音楽家であることを、
示そうとしたものである。
自身の能力や
幸運の星が付いている自信から、
ヴィヴァルディはその努力が、
報われることを疑うことはなかった。
しかし、運命は、
1740年10月20日、
伝えられる所によると、
毒キノコを食べたことによって、
カール6世は、突然崩御した。
ヴィーン到着からほどなくして、
かくして、ヴィヴァルディは、
最も重要なパトロンを失い、
皇室の劇場の閉鎖を見せつけられ、
彼のオペラシーズンの計画は灰燼に帰した。
彼の死に至る9か月間の、
ヴィヴァルディの活動については、
ほとんど知られていない。
皇帝の死によって引き起こされた、
恐ろしい相続争いに頭がいっぱいになった、
オーストリアのパトロンの援助は
もはや期待できなかった。
いくつかのドキュメントは、
作曲家の最期の時期について、
悲しい情景を映し出すだけである。
1741年2月8日に、
1723年から最も信頼していた
クライアントであった、
ザクセン=マイニンゲンの、
アントン・ウルリヒ王子を訪問したが、
得るものがなかった。
疑いなく、彼は、何らかの委嘱、
財政支援、または、雇用か何かの希望を持って、
この訪問をした。
しかし、王子は、摂政政府の仕事で、
煩わしい事に専念していて、
『老ヴィヴァルディ』と、
日記に否定的に書くような人物に
援助をするような余裕はなかった。」

王子とあるが、1687年生まれなので、
1741年といえば、50歳を過ぎたおっさんである。
いわば、脂の乗り切った、
政治の一線にいたおっさんが、
60歳を超えた、落ち目の芸人に、
眼をかけている暇がなかったとしても、
まったくおかしくはない。

「2月11日、王子は、次のような記入をしている。
『作曲家のヴィヴァルディが2回目の訪問。
しかし、またも彼は謁見かなわず。』
ヴィヴァルディは残酷にすべての希望が打ち砕かれた。
彼には、生き延びるためには、
スコアを売る以外の選択肢はなかったように見える。
事実、彼は、それらを最低価格で叩き売りした。
1741年6月26日に、
ヴィンチグレア・トマーゾ・ディ・コラルト候の
秘書にエージェントを通じて、
彼は、非常に多くの楽譜を、
総額12ハンガリードゥカートのはした金で、
売り払っている。
ヴィヴァルディがサインしたレシートは、
彼がヴィーンにいた最後の証拠であり、
彼の全生涯の最期の証言となった。
一か月後、彼はワーラー未亡人の家で亡くなった。
彼の葬儀は異常に質素で、
聖ステファン聖堂ですぐに行われた。
少し前に亡くなった
帝室楽長のヨハン・ヨーゼフ・フックスや、
その補佐のアントニオ・カルダーラとは異なっており、
彼らのステファン聖堂での葬儀では、
印象的な鐘が鳴り響いたが、
ヴィヴァルディの場合は貧者の鐘であった。
Spitaller Gottsackerか病院の墓地か、
おそらく共用墓地への
ヴィヴァルディの埋葬に先立って、
最後の運命の気まぐれのように、
この短い儀式の聖歌隊の中には、
9歳のヨーゼフ・ハイドンが混ざっていたかもしれない。」

9歳といえば、小学校も3年生くらいだろうか。
私は、あまり、そんな時代の記憶はないのだが。
日常茶飯事の行事であっただろうから、
早く終わって帰れないかなど、考えていたら、
それがヴィヴァルディだか誰だかなど、
知りもしなかったかもしれない。

以下に書かれた部分は、おそらく、
このCD解説の白眉であろう。

「この悲痛な最後が、
ヴィヴァルディの生涯の
最終章とみなされるが、
数か月後、もっと目出度いエピローグが続いた。
1742年のカーニバル・シーズンの間、
ケルントナートーア劇場は、
印刷されたリブレットによれば、
『故アントニオ・ヴィヴァルディ博士』による、
『メッセニアの神託』というオペラを上演した。」

この事実から、ビオンディの今回の来日公演や、
このCDも成立したのだが、
ヴィヴァルディは、何時の間に、
ドクターになっていたのだろうか。

そして、以下のような疑問が浮かぶのは確か。

「どうすれば、
このような死後の公演が可能になるだろうか。
作曲家の死後は、オペラは、
レパートリーから消え去るのが普通の時代、
皇帝の死後、ようやくオペラ公演が
再開した時期にあって、
あらゆる理由を考えても、
あまりにも尋常ならざる出来事である。
記録文書には二つの手がかりも記載されている。」

ということで、このCDの長い解説も、
最後の部分に差し掛かる。

「最初のものには、ザクセン=マイニンゲンの、
アントン・ウルリヒ王子の関与が認められる。
1945年に破壊されるまで、その図書館には、
1742年の『神託』のリブレットがあった。」

1945年の時点では、
ヴィヴァルディの研究は進んでおらず、
そんなものがあっても重要視されなかったはずで、
私は、実は、この記載に胡散臭さを感じている。
あるいは、目録だけは残っているのだろうか。

なお、このザクセン=マイニンゲン公国の末裔は、
いまだ、ザクセン=マイニンゲン家を守っているらしく、
何らかの生き証人がいるのだろうか。

「第2に、アンナ・ジローの仲介がある。
リブレットには、メローペの役を歌ったとある。
このように、パトロンの後悔と、
忠実な友人の忠誠の行動が結びつき、
この感動的な蘇演がなされたのかもしれない。
かくして、ヴィーンの人たちは、
赤毛の司祭のオペラのキャリアの、
感動的な後書きを聴くことが出来たのである。」

これで、解説はくまなく読んだ。

これまで、第1幕、第2幕を聴いたので、
ヴィヴァルディ最後の秘密兵器を聴いてしまおう。
今回は最後の第3幕を聴く。

第3幕
第1場のポリフォンテと王女エルミーラ。
この部分も、ヴィヴァルディが挿入した部分とある。

CD2のTrack11.
「ポリフォンテは、遠回しに、エルミーラに、
クレオンの正体を知った事をほのめかすが、
彼女が残った最後の息子まで殺すかもしれないので、
メローペには言わないように警告する。」

このようにエルミーラに葛藤を与えるようにして、
メローペの主役色を薄めようとしたのだろうか。
そもそも、恋人という噂もあったアンナが演じる部分を、
クローズアップしすぎるのはまずかろう、
という配慮があったのかもしれない。

ほの暗いチェロの力強い独奏が印象的な部分だが、
誰が作曲したものだろうか。

Track12.
ジャコメッリの「メローペ」をそのまま使った、
エルミーラのアリア「この心が愛しい人を守るでしょう」。

伴奏も悪くない。
ヴァイオリンのちょこまか動く部分も、
かなり、効果を上げていて、
ジャコメッリのすっきりした様式感に感じ入る。

このように、ジャコメッリのナンバーが使われており、
解説に、この部分は、ヴィヴァルディが、
ニュー・ナンバーをインサートした、
と書かれている意味が分からない。

ひょっとしたら、それがどんなものかわからず、
今回の復刻では、そこまで再現はできなかった、
ということだろうか。

Track13.
「ポリフォンテは、今度は、
アナサンドロが、これ以上、余計な事を言わないよう、
木に括り付け、射撃手たちに処刑させようとする。」

このCDでは、カウンター・テナーの、
サバータの声が特徴的で、
日本公演では、女声だけで揃えたのが、
本当に正解だったのか、ちょっと疑問になる。

Track14.
ポリフォンテの激烈なアリア。
縦横無尽に駆使される豊穣な管弦楽に、
これは、ヴィヴァルディのオリジナルに
相違ないと思った。

「セミラーミデ」からのアリアだという。

サディスティックな内容で、
「合法的な殺戮の考えが、
私を喜ばせ、楽しませる」というもの。

Track15.
「主人に裏切られ、アナサンドロは、
リチスコに、誰が殺人の首謀者であるかを明かす。
リチスコは、彼の縄を解き、
秘かに宮殿に連れ去る。」

Track16.
リチスコのアリアは、どれも鮮やかなもので、
ここでも、日本でも歌っている、
ゴットヴァルトのクリアな声には、
強い印象を受ける。
「夜の暗闇の中で、私は疲れた旅人」というものだが、
高く舞い上がる声といっしょに、
私たちの心も天空を飛翔する。

ホルンも勇壮な、活発に躍動する
極めて古典的な管弦楽にも圧倒されるが、
ハッセの「シロエ」という作品からだという。
冒頭から、ジャコメッリ、ヴィヴァルディ、ハッセと、
次々に声のオリンピックを聴くかのようだ。

Track17.
「メローペはポリフォンテの手紙を受け取るが、
そこには、クレオンこそエピタイデを殺した男だ、
と書いて、彼女に復讐させようとする。
メローペは、まず、部屋を出た時には、
彼を殺せと、トラスメーデに命じておき、
クレオンを部屋に招き入れる。」

Track18.
ここでは、まだクレオンは来ていない。
まず、出て行く前に、トラスメーデが、
これまた、技巧の限りを尽くした、
変幻自在の歌を聴かせるからだ。

「戦場で私を試したいなら
あなたに従います」と、
メローペの命令に嫌でも従うような、
悩ましい内容を、曲芸的な名人芸で、
小柄で若いレージネヴァが、
無理やり聴衆を圧倒して納得させる。

このアクロバティックな歌が、
ヴィヴァルディのオリジナル
(「カトーネ」からのもの)とは思わなかった。

なお、この曲は、実際のヴィーン版リブレットでは
カットされていたようであるが、
オリジナルのヴェネチア版では歌われたので、
ビオンディは復活させたらしい。

これは、音楽的には変化が生まれて有難いし、
これがないと、ヴィヴァルディのオリジナル部分が減り、
ヴィヴァルディを聴きに来た人への
おもてなし度が減ってしまう。

Track19.
「それから、彼女は彼に来たるべき死で脅し、
彼が、いくら彼女の息子だと言っても、
信じようとしない。」

メローペの急き立てる声と、
ジュノーの演じるエピタイデの狼狽する声が交錯する、
緊張感あふれるレチタティーボ聞き入ってしまう。

Track20.
「エピタイデはエルミーラを呼び、
弁護を頼むが、それが彼を救うと考えて、
知らないふりをする。」

Track21.
エピタイデが、追い詰められて歌い出すアリアで、
ようやく、主役級のジュノーの歌が聴ける。

切迫した序奏からして、期待が高まる。
この人の声は、あまり透明感があるものではなく、
激烈な表現を繰り出して貰わないと、
その真価を味わえないが、
ここでは、「花嫁よ、私がわからないか」と、
切迫したアリアで、彼女の芸が堪能できる。

これは、ヴィヴァルディが、すでに、
「バヤゼット」で使ったものらしいが、
原曲はジャコメッリだという。

この曲のように、感傷的な声の抑揚と、
シンプルで効果的な伴奏の協調では、
ジャコメッリは天才的な人だったようだ。

ジュノーも共感豊かに、
これでもかこれでもかと声の妙技を繰り出し、
日本公演でもブラボーの声が上がった。

Track22.
「エピタイデは絶望して立ち去るが、
女たちは、メローペは、息子であるエピタイデを、
うっかり殺そうとしていたという事に気付く。」

かなり取り乱して、
演技で聴かせる部分。

Track23.
「入って来たポリフォンテは、
彼の処刑執行を取り消すように言うが、
メローペはせせら笑って拒絶する。」

エピタイデを殺すのをやめようとしていたはずが、
敵に言われると、それを覆す。
この辺りの心理は意味不明である。

Track24.
「メローペは取り乱し、自身の死を願う。」
3分半にわたって、自問自答し、
ヴィーン初演した、
アンナ・ジローの面影を追わずにはいられない。
ヴィヴァルディが亡くなったと聞き、
彼女はどんな思いでアルプス越えをしたのだろうか。

彼女は、歌よりも感情移入で聴かせた歌手だったという。

Track25.
このアリア「アケローンの水面の上に、
息子の黒い影が見える」は、
本来主役であったメローペの声を堪能する、
最大の見せ場である。

ジャコメッリの「メローペ」からの歌を、
そのまま使っているが、
かなりの大作で、
すっきりと疾走する管弦楽を背景に、
感情の赴くままに錯綜する声の効果もすごい。
実は、このオペラの最後のアリアである。
メローペは立ち去る。

Track26.
「最後のシーンでは、大広間であって、
その一部はカーテンで仕切られている。」
ポリフォンテが、宮殿の大広間で、
彼女を引っ立てろと言う。

Track27.
メローペがガードマンに連れられてくる。
ちなみに、日本公演では、
この無言のガードマン二人が、
日本人の若者であったが、
彼らが、二人だけで、様々なシーンで、
効率的に劇のイメージを膨らませていた。

「ポリフォンテは、メローペに、
エピタイデの死体は、カーテンの後ろにあり、
彼女もまた、彼女の息子の死体に、
鎖で繋がれて死ぬのだ、と告げる。」

Track28.
「ポリフォンテが勝ち誇って、
カーテンを開けると、
生きているエピタイデが現れる。」

全員が勢揃いするシーン。
「リチスコは、アナサンドロに、
エピタイデは殺されそうだと警告され、
トラスメーデにその命を救うよう頼んだのだった。
エピタイデはポリフォンテを殺し、
アナサンドロは追放する。」

Track29.
「そして神託の成就を、母親と新婦と共に祝う。」
ここでは、「激しい恐怖の後は、
平和と喜びが我らの胸を満たす」と、
ありきたりの明るい合唱が歌われる。

それもシンプルで短いもので、
あっけなく幕となる。

得られた事:「ヴィヴァルディは死の直前に、物乞いのように、ヘッセン=ダルムシュタットの王子を訪ねたが、虚しく追い返されている。しかし、それがゆえに、彼のオペラは作曲家の死後という状況ですら、首都で演奏されるに至った。肉を切らせて骨を断つような話である。」
「『メッセニアの神託』では、ヴィヴァルディの盟友、アンナ・ジローが演じるメローペによる最終シーン『歎きか怒りか』が感情の高まりのクライマックスとなっている。」
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by franz310 | 2015-03-21 20:57 | 古典 | Comments(0)

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その426

b0083728_19445580.jpg個人的経験:
再起をかけた
ヴィヴァルディが、
ハプスブルクの都で
披露すべく企画していたのが、
他の作曲家の作品も入れ込んだ
パスティッチョであった事は、
驚くには値しないのだろう。
彼は、素寒貧だったので、
無益なプライドに拘っている
余裕などなかったのである。
それより、即効性、
スピードを重視した戦略である。




21世紀になって、エレクトロニクス産業は、
オープン・プラットフォームだとか、
ソリューション・ビジネスとか言われるが、
社内にないものは、外部から調達すればよい、
という割り切り戦略は、
昔から、普通に行われていた。

各機能で最高なものを提供されるのなら、
ユーザーにとっては、
いいとこどりは非常に有難い。

そう考えると、
ベートーヴェンが、
聴衆がへとへとになろうが、
「運命」と「田園」を一緒に披露してみたり、
シューベルトが、
最晩年に「自作だけの演奏会」に拘ったりしたのは、
その時代特有の戦略だったような気さえしてくる。

サン=サーンスのような
19世紀後半に活躍した作曲家も、
「オルガン交響曲」のような
畢生の大作を初演した時、
合わせて演奏したのは、
いくつもある自分の協奏曲ではなく、
ベートーヴェンの「ピアノ協奏曲」であった。

このように考えると、
興行師でもあったヴィヴァルディのオペラ観は、
エンターテイメントのカタログみたいなものだった、
などと考えても良いのかもしれない。

ヴィヴァルディは、ヘンデル同様、
声の技巧に偏重した、ナポリ派オペラの台頭に苦慮したが、
人間の官能に直接訴えるような表現を重視した、
それを阻止することは不可能と判断、
むしろ、同じテイストを自作に入れたり、
そこに便乗したりして、時代の流れを乗り切ろうとした。

ちなみにヘンデルは、オペラでは破産するので、
オラトリオに乗り換えた。
ヴィヴァルディはオペラの中で、
同様の価値観見直しを行ったように思える。

ビオンディが、ヴィヴァルディの作戦に共鳴して、
現代にその考えを復活させるような勢いで、
ヴィヴァルディが最後まで上演を夢見て、
果たせなかったオペラ、
「メッサニアの神託」を蘇演したのは、
極めて喜ばしいことである。

このCDでは、ヴィヴァルディのみならず、
当時の嗜好をも考察しながら、
ジャコメッリのような人気作曲家の作品に、
耳を澄ませることが出来る。

前回、途中まで聞き進み、
解説も途中まで読んだので、
今回は、その続きを見て行きたい。

まずは、ヴィヴァルディの碩学、
フレデリック・デラメアの解説で、
ヴィヴァルディが、
最終的にヴィーンに向かった時の事を、
読んでみることにしよう。

「ヴィーンへの召喚」と題されている。

「1737年12月16日に書かれた、
有名な手紙において、
ヴィヴァルディは自分の生涯を要約し、
ヴィーンから召喚された事を、
そのキャリアのハイライトの一つとして挙げている。
おそらく、皇帝自身からか、
そのごく近い側近から来たもので、
トリエステで受け取った。
1729年9月、
コンティが書いている皇帝謁見の翌年、
ヴィヴァルディの父親、
ジョヴァンニ・バティスタ・ヴィヴァルディは、
彼の息子の一人が、
ドイツに行くのに同伴するということで、
サン・マルコ聖堂の職の休暇を得ている。
この場合、ドイツとは、欧州の中心たる、
オーストリア帝国に支配された、
ドイツ語圏に他ならない。
息子はアントニオに違いなく、
ジョヴァンニ・バティスタの子供たちの中で、
こうした旅行に相応しい職業なのは、
そして、さらに重要なことには、
ヴェネチアとそこにいる家族と離れる心構えをした、
その目的に敵う、唯一の存在はアントニオであった。
ヴィヴァルディ父子は、
ドイツに7か月ほど滞在し、
ヴィーンやおそらくはプラハ、ドレスデンにも行った。
この旅は実りあるもので、
彼がヴェネチアに帰って来た時には、
アントニオは、ロレーヌ公とリヒテンシュタイン王子の
聖堂の楽長という地位を手にしており、
首都において、彼のオペラの一つを、
初めて演奏したとも自慢できたかもしれない。
1730年、ケルントナートーア劇場で上演された、
『アルジッポ』の印刷されたリブレットの発見は、
その年にヴィヴァルディが、
皇室の後ろ盾で、ヴィーンの公の劇場との結びつきを、
得たことの証拠となる。
彼の『皇室の高貴な方』である、
皇帝の認可を得た劇場
『Teatro Privilegiato da S.M.Reale』が、後に、
『メッセニアの神託』のヴィーン版のリブレットで、
言及されることになる。」

ということで、
「Teatro Privilegiato da S.M.Reale」とは、
何か、という事になるが、
次の章のタイトルがまさしく、
「Teatro Privilegiato da Sua Maesta Cattolica Reale」
となっている。

まるで、推理小説を読むような解説である。

「ヴィーンにおいて、カール6世の劇場世界は、
2つの別個の部分に分かれていた。
一方は宮廷劇場で、その目的は、
王位の力と栄光を祝賀するためのもの。
これらは、選ばれた人のためのもの。
もう一方は、たった一つ、
広く公衆に開かれたもので、
古い『Carinthian Gate』近くにあるため、
ケルントナートーアと呼ばれる、
『公衆劇場』であった。
1709年に建設された、
ヴィーンの最初の大衆劇場は、
1728年から、テノールの
フランチェスコ・ボロジーニが、
宮廷の舞踏音楽の作曲家でダンサーでもあった、
ヨーゼフ・カール・シラーと共同で運営していた。
この二人に宮廷は免許を与え、
歌付きの幕間劇を伴う、
コメディーを上演させていたが、
正規のオペラ・セリアは禁じていて、
これは、宮廷劇場に委ねられていた。
この規制は、しだいに検閲が甘くなり、
そのため、ヴィヴァルディは、
『アルジッポ』を上演することが出来た。
この時代からのヴィーンの劇場との
ヴィヴァルディの関係の実体は、
まだ良くわかっていないが、
『アルジッポ』の初演後10年、
ケルントナートーア劇場で、
少なくとも、台本を変えながらも、
繰り返し演奏されていた事を
示唆する証拠がある。
この時期、ケルントナートーア劇場で演奏されたもので、
ヴィヴァルディが関係したオペラのリストは、
(そのいくつかは単独で手掛けた)
再考を促すものである。
1731年のNerone
1733年のTito manlio
1734年のArtabano
1735年のTeuzzone
1737年のFarnace。
1737年には、さらに、
リブレットも、ヴィヴァルディのスコアも、
『忠実なニンファ』を下敷きにした、
田園オペラ『幸福な一日』の初演があり、
これは、フランソワ3世(マリア・テレジアの夫)の最初の娘、
大公女マリア・エリザベートの誕生を
祝うことを意図したものだった。
翌年、同様にヴィヴァルディ作曲の主題による、
『La Candace』が
ケルントナートーア劇場にかけられている。
ある意味、ヴィヴァルディの音楽は、
ヴィーンで流行になっていた。
ヴェネチアの聴衆の、
彼への支持が落ちて行ったときだったので、
この流行が、
1740年春、故郷を離れ、
ケルントナートーア劇場から、
それほど遠くない家に、
ヴィヴァルディを住まわせたのだろうか。
40年近く関係があった、ピエタ養育院は、
1740年の5月、
多くの彼の作品を買い取っている。
ヴィヴァルディは最新のオペラを持って、
ヴィヴァルディはヴェネチアを離れた。
その中には、『メッセニアの神託』のスコアもあった。」

ヴィヴァルディは、何度かヴィーンに行っただけ、
というイメージであったが、
大量のオペラを提供していたということだ。

カール6世の死去で、
ヴィヴァルディが苦境に立ったのは知っていたが、
その孫の誕生祝いにまで関わっていたとは知らなかった。

次に、「ヴィヴァルディのメローペ」という章が来る。
メローペとは、「メッセニアの神託」のヒロインとも言うべき、
王妃の名前である。

「ヴィヴァルディの『メッセニアの神託』の初演は、
1737年の12月28日に、
ヴェネチアのサンタンジェロ劇場で行われ、
カーニバルのシーズンが始まった。
このシーズンは、異常に短期間に企画され、
たった一ヶ月前に、ヴィヴァルディは、
フェラーラで演奏されるはずだった、
『Siroe』の改訂版など、
いくつかのオペラすべてを発表した。
フェラーラの大司教で、
ローマ教皇の特使であった
トマゾ・ルッフォ卿が、
聖職者に関わらずミサもあげず、
歌手のアンナ・ジローと『友人関係』にある、
という理由で、
突然、ヴィヴァルディの市への
立ち入りを禁じた時、
フェラーラのシーズンのため、
上演の準備はかなり進んでいた。
『不運の大海』に落とし込まれ、
彼がすでにつぎ込んでいた、
財政上の義務による破産への恐れから、
フェラーラ公演の放棄以外、
ヴィヴァルディには選択の余地はなく、
このような事業を監督できる、
代理の者もいなかった。
ヴェネチアにおける
『メッセニアの神託』の作曲と企画は、
こうした躓きの成り行きであった。」

ヴィヴァルディは、興行主であったから、
かなりの大金を動かしていたはずだが、
一度の失敗で、破産まで追い込まれるものであろうか。

しかも、1737年と言えば、
ヴィヴァルディも59歳、
今の社会でも定年間際みたいな年になっている。
この年での失敗は痛かったであろう。

病気や家族の死や、リストラといった事は、
年を取れば、よく聴く話であるが、
ヴィヴァルディのように、
大きな負債を抱えた大作曲家というのも珍しい。

悲劇の早世で知られるモーツァルトやシューベルトも、
貧乏であったようだが、
彼らが動かしていたお金は、
ヴィヴァルディの百分の一とかそれぐらいではないか。

「ローマ教皇の特使の決定の撤回が
無理であることが分かった、
1737年10月30日から、
ヴィヴァルディは、
おそらく、
重要なアンナ・ジローをはじめ、
フェラーラで使う予定であった、
アンサンブルを使って、
サンタンジェロのオペラシーズンを、
大急ぎででっち上げた。
このような素早いシーズンの企画は、
『メッセニア』、『ロズミーラ』、『アルミーダ』
といった、
3つの異なる作品を揃えていた。
これは、同時に、
秋のシーズンからこの劇場お抱えだった、
興行師チェーザレ・ガルガンティによって、
組織されたアンサンブルを、
サンタンジェロから立ち退かせたことを意味し、
ヴィヴァルディがなおも、
かつての勢力範囲に影響力があった事を示している。
フェラーラでの失敗の後、
ちょうど一か月後、
ヴィヴァルディは、ヴェネチアで契約を結び、
そこで流行っているものに、
プログラムを適合させた。
『メッセニアの神託』での
ヴェネチアシーズンの即席のオープニングは、
芸術的にも、実利的にも意味があり、
アポストロ・ゼーノの台本『メローペ』の改作は、
彼自身の音楽アプローチと、
彼のお気に入り歌手に理想的な曲を提供することで、
ヴィヴァルディに、完璧に劇的な構成を与えたし、
短い時間で、火花を散らすようなスコアを、
短期間で構成することを可能とした。
ヴィヴァルディは、メローペのリブレットに、
何年も関心を持っていた。
プロットは、エウリピデスの悲劇
『クレスフォンテス』によっており、
その著者によって、
『私の劇の中では悪くないもの』と呼ばれていた。
アクションの効果的な取扱いと、
力強い性格描写で、
それは、ゼーノの輝かしい『改革』時代の
眩い実例である。
ヴィヴァルディは、
1711年のカーニバルのシーズン、
ヴェネチアのS.カッシアーノ劇場で上演された、
彼の最初のオペラの師匠であった、
フランチェスコ・ガスパリーニによる、
最初の付曲について、明らかに知っていたはずである。
彼は、このオペラが、
フィレンツェ(1713)、ミラノ(1715)、
トリノ(1716と1732)、
ボローニャ(1717)、ミュンヘン(1719と1723)、
ローマ(1721)、ペルージャ(1731)、
カールスルーエ(1729)そして、
プラハ(1731)で、
アレッサンドロ・スカルラッティ、
ステファーノ・フィオーレ、
マリア・オルランディーニ、
ピエトロ・トッリ、
リッカルド・ブロスキらの音楽で、
上演されたことを知っていたかは分からない。」

とにかく、この物語は、作家自らが自慢することが
不思議でないほどに、様々な作曲家が取り上げた。
しかも、イタリアのみならず、
プラハやミュンヘンでも上演される
人気作だったということだ。

師匠が作った作品の他、
もう一つの有名な作品も、以下のように、
ヴィヴァルディは愛好したようである。

「しかし、彼は、個人的に、
ヴェネチアの
テアトロ・S.ジョバンニ・グリソストーモで、
1734年のカーニバル・シーズンに上演された、
ジェミニアーノ・ジャコメッリの
人気作は良く知っていて、
ここでは、当時の最も有名なカストラート、
偉大なファリネッリと
嵐のようなカファレッリが共演した。
ジャコメッリの『メローペ』は、
ヴィヴァルディの『オリンピアーデ』が、
ほぼ同じころ、サンタンジェロ劇場のシーズンを
締めくくったのと同様に、
ヴェネチアの最も名声ある劇場のシーズンを閉じ、
明らかに深い印象を彼に残していた。
一年後、ヴェローナにて、
ヴィヴァルディは、
ジャコメッリのスコアから、
2つの偉大なアリア、
『Barbaro traditor』と、
『Sposa…non mi conosci』を
こっそり引用し、
パスティッチョ・オペラの
『バヤゼット』を作った。
それから、1736年のシーズンに、
フィレンツェのデル・ペルゴラ劇場から
アントニオ・サルヴィの旧作リブレット
『ジネブラ』によるオペラを委嘱された時、
代わりに『メローペ』はどうかと提案して失敗している。」

このような有名な劇であるから、
ヴィヴァルディも、これに曲を付けたい、
と思ったとしてもおかしくはないが、
あえて、人気作がある所に、
連なろうとしたところが面白い。

この時代以降は、むしろ、
この作品は、この人の音楽があるから、
などと遠慮する傾向が強まって来る。

ヴィヴァルディは大変な自信家だったのか、
あるいは、興行師としての彼の本性のなせる技なのか。

「ヴィヴァルディの
ゼーノのリブレットへの親近感と、
ジャコメッリのスコアへの賞賛が、
1737年の12月、
サンタンジェロでの即席シーズン、
非常にタイトなスケジュールの仕事に迫られた時、
彼が、『メッセニアの神託』を
選んだ理由であることは、
疑うことが出来ない。
彼が新しいスコアを用意するとき、
彼がかつて『バヤゼット』で
行なった方法を取ったようで、
ジャコメッリの音楽を、
多くここにも有効利用した。
『神託』のリブレットは、オペラの作曲家は
ヴィヴァルディだけのように思わせるが、
情報を総合するに、
『メローペ』の物語の
彼の最初のバージョンそのものが、
実際、もう一つのパスティッチョなのである。
公式にヴィヴァルディ作と考えられるリブレットによって
パスティッチョであることが分からなくなることは、
同じシーズンにヴィヴァルディが、
サンタンジェロ劇場で上演した
『ロズミーラ』によっても、
疑いもなく証明される。
同様に、彼は非常にタイトなデッドラインに直面したが、
多くの流用可能な素晴らしい素材を持っていたのに、
ヴィヴァルディが新しい音楽を書いたりして、
無駄な時間を費やしたとは全く思えない。
最初の『神託』のバージョンのスコアは失われたが、
リブレットが残っていて、ヴィヴァルディが、
ジャコメッリのオリジナルをテンプレートとして、
新しいナンバーを挿入するとか(第1幕第4、第9場、
第2幕第2、第3場、第3幕第1場など)、
最近、彼自身が書いた最高のアリア集を再利用するとか、
新しい材料をそこに差し込むという作戦で、
どんな音楽を作品に適合させたかが分かる。」

このように、ヴィヴァルディは、
その時代の集大成のような、
一大絵巻を我々に残してくれようとした、
とも考えられるし、
絶対、失敗しないような作戦で、
背水の陣を敷いたとも言えるだろう。

では、今回は、第2幕を聴き進んでみよう。

第2幕:
「クレオンは勝利を収めて戻る」
と、この時代のオペラらしく、
イノシシは見られずに終わってしまう。

CD1.Track24.
第2幕は、いきなり、エピタイデの凱旋で、
イノシシを倒したらしく、勇ましい角笛を表すような、
ホルンの響きも素晴らしい音楽が始まる。
この部分は、古典的に平明なまでの曲想で、
かなり風通しが良く、エピタイデのアリア
「親しい岸辺よ、私は勝利者として戻った」も、
簡潔かつ、朗らかである。

この状況は、ロッシーニの「タンクレディ」を思わせる。
なお、ここは、ジャコメッリの「メローペ」そのままのようだ。

Track25.
この部分は、レチタティーボで、
下記のようなややこしい状況を説明していく。
が、原作が「メローペ」だけあって、
この王妃の猜疑心の高まりが見どころである。

「彼はポリフォンテの抱擁は拒むが、
死にゆくエピタイデにこうして欲しいと頼まれた、
として、メローペの右手へキスする。
彼は、王室に返す貴重な宝石も貰ったとし、
疑り深いメローペは、クレオンの報告を怪しみ、
この見知らぬ若者を強盗だとして、
息子を殺したと糾弾する。」

Trac26.
当然、彼女の感情が高まって行くので、
アリア「お前は、慈悲に値しない、残酷なものよ」。

ここは、ヴィヴァルディの
「グリセルダ」の音楽を持って来ているが、
このような、いくぶん凝った、
管弦楽と歌の交錯や、畳み掛ける跳躍が来ると、
「待ってました」と言いたくなる。

が、これは、ナポリ派的な技巧を凝らされたものではなく、
アンナ・ジローの演技力を引き立てる、
情念のほとばしりに注力したものだ。

Track27.
「ポリフォンテは、彼を擁護し、
王室の捕われ人を花嫁に与えると約束する。」
このあたりはヴィヴァルディが挿入したナンバー。

Track28.
ポリフォンテの、強烈なアリアである。
「メッセニアが、喜びで怪物の死を祝うように」。

声だけが強烈なのではなく、
管弦楽のアタックや、渦巻きと、
みごとに調和したアリアが全体として、
ものすごい集中力を感じさせる。
少々、調子を外したチェンバロの音色が、
屈折した状況を表すのか、
素晴らしい効果を上げている。

ヴィヴァルディの「モンテズマ」からのアリア。
さすがだ、と言いたくなる。
しかし、ポリフォンテが、エピタイデを、
何故、ここまで重用するのかは、
よく分からない。

Track29.
「エピタイデは、リチスコから、この捕われ人が、
他ならぬ愛するエルミーラだと知らされ狂喜する。」

Track30.
が、ここで、狂喜しているのは、
むしろリチスコだったようで、
「天が与えた花嫁は、愛情深い人です」
というアリアで盛り上がっている。

日本公演でも素晴らしい声と演技を聴かせた、
ゴットヴァルトが、楽しげに歌うのは、
小唄風で、分かりやすく、
ジャコメッリの作品。

Track31.
ここでは、メローペが、大臣トラシメーデに、
前王殺しの下手人、
アナサンドロを連れてくるように
命じているだけである。

もう10年も経っているのに、
何故、今更、といった展開で、
ゼーノは、「この作品は悪くない」と言いながら、
このあたり、気にならなかったのだろうか。

Track32.
アナサンドロは、鎖に繋がれて現れる。
「メローペはアナサンドロに、
クレスフォンテと息子たちが殺された事について
問い詰めるが、
アナサンドロは、公開の裁判でのみ、
それは明らかにするという。」

Track33.
「メローペは、トラスメーデに、
民衆を集めるように命じる」という後で、
この大臣は一人、もんもんと悩む。

Track34.
トラシメーデのアリアで、
7分にわたって、超絶技巧が聴かせられる。
ただし、いきなり、この人がここまで興奮するかは、
ちょっと微妙。

何と、ここで使われているのは、
ブロスキのもの。
「私は危険な揺れる船で」。
これは、日本公演でも、
ユリア・レージネヴァが、小柄な体格で、
いくぶん、声量に限界を感じさせながらも、
素晴らしい集中力で、すごい迫力で歌い切り、
ものすごい拍手に繋がったものである。

なお、日本公演パンフレットでは、
各アリアの出典が書かれていないが、
この曲については、
「映画『カストラート』でも歌われていました。
・・・気づけたらお見事!」
と特記されている。

CD2:
Track1.
ここは、恋人たちが束の間の喜びを語りあうシーン。

「その間、エルミーラは、
エピタイデの死は謀略であると知り、
彼らは喜んで再会するが、
エピタイデの正体は、
秘密のままにしておくことに同意する。」

Track2.
エルミーラのアリア、「優しい希望よ」で、
序奏からして、上質な織物の質感。

ヴィヴァルディの「テンペのドリラ」から持って来たもの。

陰影の豊かさ、管弦楽の繊細さ、
これまた、ヴィヴァルディを聴く醍醐味であろう。

Track3.
「裁判に先立って、
ポリフォンテは民衆の裁きに従うふりをするが、
アナサンドロは、彼の命令で、
メローペが殺人をそそのかしたと糾弾する。
ポリフォンテは、
彼女が死の宣告を受け入れることを求める。
メローペは絶望する。」

Track4.
王妃メローペのアリア、
「私に味方してくれる口も心もありません」で、
楽しげな序奏にチェンバロが明るい響きを散りばめる。
ジャコメッリの作品そのままである。

歌が始まると、切々とした調子を歌い上げ、
中間部では切迫した表現も見られ、
なかなか聞きごたえのあるもの。

Track5.
「エピタイデだけが、
この急な評決を非難する。」
などと、余所者がでしゃばるのは、
いかがなものか。

Track6.
主役のようなものなので、
でしゃばっても良いし、
彼がしゃしゃり出ないと、
続く緊迫感に繋がらない。

しかも、ジュノーの声を、
このあたりで聴きたいではないか。

アリア、「王家の血を訴えるものは」で、
ジュノーのいくぶんくすんだ、飛び上がらない声が、
公演でも、すこし、もの足りなかったが、
このCDでも、もっと突き抜けた世界を要望したくなる。
ジャコメッリの「メローペ」のもので、
技巧が散りばめられている。

Track7.
「アナサンドロはポリフォンテに、
クレオンは、エピタイデに他ならないと警告し、
ポリフォンテは怒りをぶちまける。」

Track8.
ポリフォンテのアリアである。
「荒れ狂う海も、恐ろしい稲妻も」で、
ヴィヴァルディの「フェルナーチェ」からのもの。
木管楽器の装飾も楽しく、協奏曲のように目立ち、
弦楽群の激しいアタックが、情感を盛り上げて行く。

日本公演でもオーボエの音色が印象的だった。

Track9:
アナサンドロ一人。
「アナサンドロは、彼は悪人だが、
自分の名前は、その大罪を負うのだと考えて、
自らを奮い立たせる。」

Track10.
アナサンドロのアリア、
「私は殺された前王の影がさすらうのを感じる」と、
かなり恐ろしい鬼気迫るもので、
手を下した本人であれば、恐ろしい幻想であろう。
ちょこまか動く弦楽や、めくるめく執拗なリズムが、
いかにもヴィヴァルディ。
「ウティカのカトーネ」から採られたもの。

得られた事:「パスティッチョ・オペラの中に入っても、ヴィヴァルディのアリアは、めくるめく情動と、上質な織物を思わせる管弦楽の陰影で、独自の輝きを放っている。」
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by franz310 | 2015-03-15 19:45 | 古典 | Comments(0)

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その425

b0083728_2241213.png個人的経験:
最晩年のヴィヴァルディが、
不退転の決意で再起をかけて
ウィーンに進出した時に、
持参したオペラが、
「メッセニアの神託」だという。
しかし、ヴィヴァルディは、
このオペラが、
ウィーンで演奏される事を
見ることなく失意の中、死去。
作曲家が亡くなったのに、
不思議なことに、ウィーンには、
この作品の演奏記録があるという。


そのような不思議な作品ゆえか、
ヴィヴァルディの使徒、ビオンディは、
この曲をCD化しているだけでなく、
2015年、日本に来て演奏もするという。

このCDは、2012年に録音されたもので、
歌手も少し日本公演とは異なる。
最も大きな変更は、
悪役ポリフォンテの腹心、
アナサンドロを、
CDでは、カウンター・テナーの
クサーヴァー・サバータが受け持ち、
公演では、メゾのマルティナ・ベッリが受け持っていた点。

しかも、ビオンディは、
今回の公演に先立って、
カウンター・テナーは、
裏声なので不自然とまで言っていた。

あと、王妃がCDでは
スウェーデンのメゾ、アン・ハレンベルクで、
公演では、ノルウェーの
マリアンヌ・キーランドとなっている。

これは、初演時は、
アンナ・ジローが受け持ったと言われる、
技巧ではなく表現力で勝負する役柄である。

また、婚約者がCDでは、
ロミーナ・バッソだったのが、
公演では、マリーナ・デ・リソになっている。

実は、私は、このCDが出た時、
美しい表紙写真の不思議なイメージもあって、
すぐにネットで注文していた。

表紙の下に、かなりの大きさで、
「ウィーン・コンツェルトハウス」と
特記されているが、
この劇場がヴィヴァルディを、
当時、受け入れていれば、
ヴィヴァルディはもっと長生きしていたはずなので、
複雑な気持ちになった。

さらに、ビオンディのヴィヴァルディでは、
代表作とされた「バヤゼット」でも重要な役割を演じていた、
超絶技巧のヴィヴィカ・ジュノーが、
重要な役柄で登場するのが、とてもそそるではないか。

このCDの表紙写真では、
女性がアクロバティックなポーズで、
そこに蜘蛛の巣のようなヴェールが巻き付いている。
これを手にして、ヴィヴァルディ最後のオペラとは、
いったい、どんな物語なのだろう、
と想像力をかきたてたものだった。

が、内容を知ってしまった今、
ネタをばらすと、
この表紙のイメージとは全く違って、
主人公は、亡命していた王子であって、
その母も婚約者もまったく無策で、
運命に翻弄されるだけの人たちで、
まったくこの表紙のイメージからは遠い。

神託を告げる巫女であろうかとも思ったが、
神託を告げるのは、大臣である。

ビオンティは、このCDで、ヴィヴァルディの碩学、
フレデリック・デラメアと共著の形で、
この作品をこう紹介している。

「1734年のカーニバルのシーズン中、
ピアチェンツァ出身で、ナポリ楽派の、
最も輝かしい代表選手だった、
作曲家のジャミニャーノ・ジャコメッりは、
アポストロ・ゼーノがリブレットを書いた、
彼のオペラ『メローペ』を、
ヴェネチアのジョヴァンニ・グリソストーモ劇場で
お披露目した。
その4年後、このドラマの、
彼自身のバージョンを、
『メッセニアの神託』のタイトルで、
同じ都市のサンタンジェロ劇場で上演した。
このオペラの成功が、
ゼーノが、ヴィーンの宮廷の
前の桂冠詩人だった事によることに疑いなく、
1740年にヴィーンに向かった時、
ヴィヴァルディは、このオペラの総譜を携え、
ヴィーンのケルントナートーア劇場で、
再上演しようとしていた。
1738年の版も、
最終的に1742年に
ヴィーンで上演された後のバージョンも、
オリジナルのスコアは残っていないが、
印刷された二つのリブレットを比較すると、
これら二つの版の間には、
ヴィーンのための作品として、
ヴィヴァルディが構想を膨らませた、
いくつかのアイデアが読み取れる。
ヴィーン版は、ヴェネチア版から、
思い切った変更はしていないが、
オリジナルの4つのアリアを外す代わりに、
3つのバレエや7つの新しいアリアを加えて、
洗い直している。
登場人物の一人の名前を変え、
王女アルギアがエルミーラとなっているのは、
それほど重要ではない。
ヴィーン版はパスティッチョで、
ヴィヴァルディ自身の作を含め、
他の作曲家のアリアを借用している。」

ということで、このヴィヴァルディの、
劇場での活躍の総決算と思われる作品が、
今日的感覚では、
いくぶん、価値が低いとされる、
ごった煮作品だったということが分かる。

「ヴェネチア版は、
ジャコメッリの『メローペ』からの
アリアがあったと思われるが、
ヴィーン版にも採用されたことだろう。
ヴィーン版のリブレットを用いた、
我々の再構成版には、
オリジナルのスコアの中にあった精神で、
ヴィヴァルディや
(前に書かれたオペラでも作曲家自身が借用したもの)
ジャコメッリの『メローペ』のアリアを混ぜ合わせた。
ほとんどのレチタティーボは、
ジャコメッリの作品を採用している。」

日本公演でも、ビオンディは、
このようなごった煮でも、
ヴィヴァルディ自身が調合したので、
彼は、自分の作品だと思っていたはずだ、
と何度も強調し、
むしろ、当時の人気アリアが勢揃いした、
こうした作品を楽しむことの重要性を説いていた。

ヴィヴァルディは作曲家であると同時に、
凄腕興行師でもあったのだから、
確かにそうかもしれない。

このCDには、どの曲がどこからの借用かが、
解説の前に明記されているのがありがたい。

この後、デラメアによる、
ヴィヴァルディ最後のオペラの解説が続く。

これから解説が始まるところで、いきなり、
「ヴィヴァルディのあとがき」と題され、
書きだされている。

「1741年の7月28日の夜明け、
鞍作りの未亡人、マリア・アガーテ・ワーラーが営む、
ケルントナートーアやキャリンシアン・ゲート近くの
『鞍作りの家』と呼ばれていた建物が、
誰にも知られることなく、
音楽史の重要な出来事の舞台となっていた。
遠く故郷ヴェニスから離れ、
高名なる『赤毛の司祭』、
アントニオ・ヴィヴァルディが、
息を引き取ったのである。
その同じ日、ヴィーンの役所の死亡届に、
内臓熱によって、
『尊敬すべきアントニオ・ヴィヴァルディ、
神聖なる司祭』が亡くなったと短信が載っている。
モーツァルトの50年前、
全欧を制覇した『四季』の作曲家は、
貧困の中に亡くなり、ハプスブルクの首都では忘却された。
音楽史の中でも特筆すべき時代が終わったのである。
ヴィヴァルディは前年、イタリアを出て、
自身の国では明らかに自分の星が陰り始めていた時、
新しい芸術の地平が、
アルプスの向こうで開かれることを、
確信を持って望んでいた。
しかし、幸運はすでに彼の側にはなく、
躓きと失望が彼をなおも追いかけていた。
ヴィーンでの彼の滞在は、
災難を証明し、彼とハプスブルク帝国の関係の、
長く複雑な物語の悲しい結末となった。」

さらに、このCDの解説には、
「オーストリア人としてのヴィヴァルディ」
という、極めて興味深い一章が設けられている。

「キャリアの最初から、
ヴィヴァルディは、
作曲家、興行師としての自由を束縛されない形で、
委嘱や収入の流れを確保するために、
コネや将来のパトロンの緊密なネットワークを築くことに、
重点を置いていた。
貴族や王族、高位の聖職者、大使や政治家、
ヨーロッパの高貴な家柄の代表者など、
こうした人たちが次々と、
ヴィヴァルディのアドレス帳に追加されていったので、
1737年までには、
彼は、『9人の高貴な王子たち』と文通していることを
自慢するに至った。
オーストリア帝国や、そのもっとも影響力のある代表者は、
ヴィヴァルディの個人的な
ヨーロッパ貴族のWho’s Whoに、
特別な地位を占めた。
ハプスブルクのヴィーンは、
特異な音楽の小宇宙であって、
長年、イタリア音楽を暖かく迎え、
芸術移民の波を受け入れていた。
数世代にわたる、音楽を愛する帝王が、
ツィアーニからカルダーラに、
そしてボノンチーニ兄弟、
コンティ、バディア、ポルサイル、
そして、数え切れぬ歌手や器楽奏者に到る
この流れを奨励し、
帝室宮廷の音楽活動は、
イタリア人が大々的に取り仕切ることになった。
ヴィーンとオーストリアすべてが、
多くのイタリア人芸術家たちに、
約束された土地に見え、
その他の者にも真の金鉱に見えた
としても驚くにはあたらず、
ヴィヴァルディは、
この恩賞を確かなものにするために、
そのもっとも著名な代表の好意を得るべく、
慎重に計画を練った。
最初に記録された、
オーストリアの契約は、
1714年から帝国のマントヴァ大使を務めた、
ヘッセン=ダルムシュタットのフィリップ公で、
1718年、ヴィヴァルディは、
彼の宮廷音楽監督となり、
ヴィヴァルディのマントヴァ時代は、
1736年のその死の時まで、
芸術の愛好家で寛大なパトロンで擁護者であった、
このオーストリアの貴族の確固たる保護を得て、
彼のキャリアの重要な1ページとなった。
ヴィヴァルディをヴェニスの帝国大使で、
ヴィヴァルディがカール6世に初めて、
献呈した作品である、カール6世の名の日のための
セレナータ『Le gare della giustizia e della pace』をおそらく委嘱した、
ヨハン・バプティスト・フォン・コロレドに紹介したのは、
フィリップ公であった。
コロレドは、今度は、ヴィヴァルディを、
ミラノのオーストリア大使であった、
ヒエロニムス・フォン・コロレドに紹介し、
その事務所を通じて、
ヴィヴァルディはその妃の、
エリザベート・クリスティーネに献呈した唯一の作、
パストラル・オペラ、『シルヴィア』を
1721年の夏、
彼女の30歳の誕生日に書く委嘱を受ける。」

という風に、ヴィヴァルディが、
オーストリアの皇室とのつながりを深めていった
過程がよくわかった。

次に、「皇帝のための協奏曲集」という章になるが、
もちろん、これは、すでに、チャンドラーのCDなどで、
特筆された、「ラ・チェトラ」などの事である。

「こうして、ヴィヴァルディは彼の欧州での名声を
確固たるものにしていくように、
ハプスブルクとの強い結びつきを築き上げていくが、
1727年、その作品9の『ラ・チェトラ』を
皇帝に献呈するのに、十分な近さとなった。
その考えられたタイトル、『竪琴』は、
ハプスブルク家の象徴を表したもので、
オーストリア皇帝の杓は、
『竪琴と剣』の上で安泰と言われ、
フェルディナント三世を表すのに、
弟のレオポルド・ウィルヘルム太公が使った、
詩的な表現である。
この成熟した協奏曲の、
素晴らしい曲集によって、
ヴィヴァルディは、
『最も温和で、寛大、慈悲深いパトロンであり、
洗練された芸術の推進者』と、
賞賛して献辞に書いたカール6世に、
最初の直接的なコンタクトを持った。
『ラ・チェトラ』が、どのように、
皇室で受け止められたかの記録はないが、
カール6世との直接の繋がりが、
可能となることを意図したものである、
この畏敬の行為は受け入れられた。
1728年9月、港の建設の視察のため、
皇帝がトリエステを訪問した際、
彼は、公式な祝賀や祭典より、
ヴィヴァルディとの何度も実りある会話を楽しんだ。
『皇帝はヴィヴァルディと音楽に関して、
長い時間、語り合った』と、
イタリアの学者で哲学者であった、
アントニオ・コンティは、
その後、短いメモを残し、
『二週間の間、皇帝は、
大臣と二年の間にしゃべる以上に、
ヴィヴァルディと
個人的に語り合ったと言われている』
と追記している。
12曲の新しいセットの、
ヴァイオリン協奏曲集
(またしても、『ラ・チェトラ』と題され、
一曲だけが、前の曲集と同じだった)を、
カール6世に献呈したのは、
この機会であったことは疑う余地がない。
トリエステからヴェネチアに帰ったヴィヴァルディは、
いっそうオーストリア人になっていた。
ヴィヴァルディのアドレス帳には、
さらに重要な関係が追加され、
その中には、リヒテンブルクの王子で、
皇室顧問官のヨーゼフ・ヨハン・アダム、
ロレーヌ公で、将来のカール6世の義理の息子で、
後継者となるフランソワ三世が含まれていた。
そして、おそらく、彼の最後のスケジュールには、
遂に、皇帝の宮廷への招待が加わった。」

この後、デラメアの解説は、
さらに興味深い部分に入って行くが、
これ以上、ここで語ると、オペラの内容が、
何時まで経っても分からない。

ということで、物語の内容として、どのような作品か、
CD解説にある「SYNOPSIS」を見ながら、
音楽を聴き進めてみよう。

Track1.~3.
はシンフォニアで、「グリゼルダ」のものに
金管を加えて演奏したものだという。
ただし、ビオンティは、ヴィヴァルディが、
最後まで、「バヤゼット」の序曲を持っていたので、
本当は、これが「メッセニアの神託」で
使われる予定だったのではないか、
とも推測している。

「メッセニアの王、クレスフォンテは、
二人の息子と共に、
クレスフォンテの妃メローペの守衛、
アレッサンドロに謀殺された。
末の息子、エピタイデは、殺戮から逃れ、
母親によってエトリアに送られ、
ティデオ王の宮廷で育てられ、
王の娘、エルミーラと恋に落ちる。
メッセニアの王位を狙ったポリフォンテの命で、
この殺人が行われ、
その地位を正統化すべく、
クレスフォンテの未亡人を妻にしようとする。
メローペは、10年の後であれば、
と許諾する。」

これだけ読めば、この物語が、
メッセニアの王権簒奪と、
それに対する報復の物語であることが予測される。

メッシーナ(メッセニア)は、
シチリア島にある古代都市であるが、
ネット検索すると、ギリシア神話をもとに、
メロペ(メローペ)について、こう解説されている。

「アルカディアの王キプセロスの娘で、
メッセニアの王クレスフォンテス
(ヘラクレスの後裔(こうえい))の妻。
義兄弟のポリフォンテスに夫と子供2人を殺されたうえ、
むりやりその妻にされたが、
末子アイピトスをひそかに落ち延びさせる。
やがて成人した彼が仇討(あだうち)に戻ってきたとき、
メロペは敵と勘違いをして危うく殺しかけるが、
母子であることを認め合い、協力して仇討を果たす。」

まさしく、この物語が下敷きになっている。
下記のような物語が展開するが、
単純な復讐物語と異なるのは、
せっかく息子が帰って来たのに、
それを敵だと考える母、という部分か。

また、息子アイピドスは、
エピタイデという名前になっていて、
イノシシ狩りをする部分も取ってつけたような感じ。

ベルンハルト・ドロビッヒが書いたものを、
パウラ・ケネディが英訳した概要を読む。

第1幕:
「オペラが始まった時、
メローペが許諾して10年が経とうとしている。
そして、エピタイデは、今や若者に成長し、
クレオンの名に変えて、
強奪者から国を取り戻すべく、
メッセニアに帰っていた。
彼の素性を知っており、
復讐の計画を練るのは、
エトリア公使のリチスコのみである。」

このような状況なので、
いきなり、主人公とも言える、
亡命の王子、エピタイデが、
故郷メッセニアにやって来たシーンで、
レチタティーボを歌い始める。

Track4.「ここがメッセニアか、
私の父コレスフォンテは、
ここの支配者であった」とかやっていると、
ト書きに、
「古代の街メッセニアの広場、
背景の寺院の扉が開くと、
ヘラクレス像と祭壇が見える」などとあるように、
Track5.で、いきなり合唱になり、
何やら、お祈りが始まる。

「エピタイデは、ヘラクレスの祭を見たが、
そこでは、メッセニアの人々が、
国土を荒廃させた、
凶暴なイノシシからの救いを祈っていた。」
とあるとおり。
このあたりは、ジャコメッリの音楽らしい。

Track6.は、エピタイデは、
そこにいた立派な身なりの男
(トラシメーデ、若いロシアのソプラノ、
ユリア・レージネヴァが担当)に、
何故、みんなが嘆願しているか、と尋ねるところ。

Track7.は、シンフォニアとなり、
悪役の登場である。
ジャコメッリ作とされる、
音楽そのものは楽しいが。

Track8.
「王ポリフォンテは寺院から出て来て、
メッセニアの首相トラスメーデに、
神託の反応を読ませる。」

ここで、トラシメーデは、神託を読む。
「メッセニアは、まず勇気ある行動と、
次に怒りの結果によって、
2つの怪物から解放されるであろう、
そして戦利者は、王家の血筋の奴隷と結ばれるとある。
メッセニアの誰も、イノシシを退治する用意はなく、
エピタイデは、志願して、その大役を引き受け、
メッセニアの人々を救おうとする。」

このような不気味な神託なのに、
悪役ポリフォンテは、何ら怪しむこともなく、
イノシシ退治を主役のエピタイデに命じ、
「若いヘラクレスみたいだ」とか言って、
完全に他人事モードである。

Track9.ここで、漸く、
お待ちかねのアリアがさく裂。
ジュノーが歌う、エピタイデの、
「私の勇気は自然の恵みではなく、
恐れのない心があれば、
腕に力は漲るものだ」という内容の、
高揚した、晴れやかなものである。

これも、ジャコメッりの人気作、
「メローペ」からのもの。


Track10.
ここで、ポリフォンテに、
トラスメーデが、リチスコが来た事を告げる。
リチスコは、バッハの演奏でも有名な、
ドイツのメゾ・ソプラノ、
フランツィスカ・ゴットヴァルトが演じている。

この人は、すらりと端正で、
声もまた格調が高い。

Track11.は、
ポリフォンテとリチスコの交渉シーン。
「リチスコは、ポリフォンテの前に現れ、
エトリア王がエピタイデを引き渡すように、
ポリフォンテがかどわかして人質にした、
エルミーラの解放を要求する。
リチスコは、ポリフォンテに、
エピタイデ引き渡しは、
彼が死んでいる以上、無理だと言う。」

Track12.
強烈な刻み音で、いかにも残虐な支配者を思わせる、
エルミーラは返さないという、ポリフォンテのアリア。
ノルウェーのバイキングを思わせる、
マグヌス・スタヴランが、白熱した歌唱。

それもそのはず、これはヴィヴァルディの作。
「アテナイーデ」から持って来たという。

「怒りを持って聴き、復讐を持って対応する。」
という悪人ぶり、
「無実のいけにえにも、
王は悪人どもの殺戮を約束する。」
といった歌詞が、
川崎の少年の事件の直後にあって、
妙に、生々しく感じられる。

Track13.
リチスコは一人になって、
それにしても、エピタイデはどこにいるのだ、
と案じる。

Track14.このあと、リチスコのアリア。
「あの暴君が力をなくし、王位を追われるまで、
息をするのも苦しい」と、
正義の味方に相応しい、高らかな宣言の歌を歌う。

この曲は、要所要所に華麗な装飾が入って、
極めて難易度が高いものだと思われる。
豪快なホルンも伴奏に加わり、
澄んだ声が跳躍するところは、
オペラを聴く醍醐味にも思われる。

さすが、当時の人気作、ジャコメッリのもの。
当時の人が拍手喝采した様子が忍ばれる。

Track15.
ポリフォンテに夫を殺されて10年、
結婚を迫られるメローペの嘆きである。
「遂に、この日が来た」という感じ。

Track16.
大臣のトラシメーデが来て、
「私はあなたが他の人の妻になるのを見たくはない」
などと言っている。

「メローペは、トラスメーデに、
逃亡しているアナサンドロを探すように命じ、
彼から、誰が夫と息子を殺すように命じたのかを
知ろうとする。」

Track17.
そこにポリフォンテが、
略奪してきた隣国の王女、
エルミーラを伴って現れる。

ポリフォンテは、イノシシ狩りを成功させた者に、
この娘を与えようとしていて、
それをここで告げるのだが、
エルミーラは、自分には、すでに決まった人がいる、
と言う。

解説に、
「ポリフォンテは、エルミーラに、
もし、彼がイノシシを殺したら、
神は、エルミーラを、
異国の者に与えると言った、と伝えるが、
彼女は、エピタイデへの忠誠を誓う」とある部分だ。

「私は、私が選んだ人を愛するの」と言って、
感情が高ぶって、型にしたがってアリアとなる。

Track18.エルミーラのアリア。
これはすばらしいオーケストレーションが施された、
序奏からして、極めてジューシーなもので、
ヴィヴァルディ自身の「グリゼルダ」からのもの。

その繊細な陰影や、立体的な楽器法もあって、
このオペラの1幕の白眉ともなっている。

「私の涙とため息で、
私が弱っていると思うかもしれないけど、
死ぬことなど全然、怖くないのです。」

このCDで歌っているのは、
バロック・オペラでは高名な歌手、
ロミーナ・バッソであるが、
ちょっと年を感じさせる。

日本公演では、世代交代した感じで、
リソの歌唱になっていた。

Track19.
全王の妃、メローペと、
簒奪者ポリフォンテの息詰まる応酬のシーン。

「メローペは、殺人に関与していそうな
ポリフォンテへの蔑視を隠そうとせず、
来たるべき婚儀を呪う。」

Track20.は、当然、
メローペの激しい怒りに震えた、
これまた、このオペラの白眉とも思える、
「野蛮な裏切り者よ」である。
ただし、これは、ジャコメッり作とされる。

しかも、ヴィヴァルディは、
この曲は「バヤゼット」でも使っている。

この役柄は、ヴィヴァルディの最も信頼を寄せた歌手、
技巧より味で聴かせた、アンナ・ジローが歌ったとされるが、
これは、突き刺さる感情表現が求められる。

オーケストラのヴィルトゥオージもすごいが、
このCDのアン・ハレンベルクも非常に説得力がある。

この激烈なリズムの中、
何度も、感情の爆発が繰り返され、
聴くものを否応なく同調させてしまう。
ジャコメッリの力量は、
ヴィヴァルディも買っていたようだ。

Track21.
「ポリフォンテは、応酬して、
隠れていたアナサンドロを呼び出し、
メローペを殺人犯と告発するよう命じる。」

Track22.
アナサンドロが去ると、
ポリフォンテは、ドアを開けて、
守衛に、異国の者を連れて来るように命じる。

クレオンの名を騙っている、
主人公のエピタイデが、
「私は、この国を危機から救いたい」と現れる。

「ポリフォンテは、
クレオンをイノシシ退治に送りだし、
若き英雄は、すべての希望を、
来たるべき報酬にかけて出発する。」

Track23.
エピタイデのアリアで、
愛するエルミーラはどこにいる、
と言った後、
ジュノーが、軽い小唄風の、
「愛のための涙は甘いが、それが何時ものことだと辛い」
という、控えめなものを歌って、第1幕が終わる。
これは、「ウティカのカトーネ」から持って来ていて、
ヴィヴァルディ自身の作らしい。

今回は、この辺で、続きは次回に回す事にする。

得られた事:「ヴィヴァルディは、遠い異国で客死した、と言われるが、本人は、自分の国の首都で息絶えた、と考えていたかもしれない。」
「ヴィヴァルディ最後のオペラとされる『メッセニアの神託』は、他人の作を多く含むパスティッチョ(ごった煮)作品であるが、当時のヒット曲を集めた最高のエンターテイメントであった。」
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by franz310 | 2015-03-07 22:42 | 古典 | Comments(0)

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その355

b0083728_1443313.jpg個人的経験:
ヴェネチア外に活路を模索していた
ヴィヴァルディが、3年間の忍従の後、
再度、故郷での起死回生を狙った
野心作が、このオペラ、
「試される真実」だという。


主人公の名前が、ずばっと、
タイトルになっている作品が多い、
ヴィヴァルディのオペラ中、
この作品は、和訳すると漢字が多い点でも、
へんてこな感じであるが、
相当な力作であることがすぐに分かる。

この力作を蘇演させたのは、
フランスの指揮者スピノジである。
このブックレット内に収められた、
情熱的な指揮ぶりを示す写真でも、
その熱意がびんびんに伝わってくる。

前回は第1幕を聴いたので、
今回は、その続きを聴いてみたい。

解説によると、
この作品を復活演奏させることは、
かなりの困難を伴ったらしい。

このオペラの場合、多くの後期のオペラの場合とは、
どうやら事情が異なったようで、
「ウティカのカトーネ」のように、
素材が欠落していた、という状況ではなかった。

スピノジとデラメアが書いた、
「スコアの再構成についてのノート」には、
「『試される真実』は、1720年の秋に、
一連の上演がなされただけなのに、
ここまで豊富で複雑な素材が残された、
ヴィヴァルディのオペラも少ない。」
と書かれている。

「主な材料は、最後の合唱のみが欠落した、
トゥリンの国立図書館に保管されていたスコアで、
ヴィヴァルディが演奏に使った写譜である。
しかし、このスコアは恐ろしく混乱していて、
数多くの削除や挿入を含み、
トゥリンとミュンヘンの州立図書館に保存されていた、
20曲のアリアからなる追加材料や、
印刷された異なる3バージョンのリブレットの助けなしには、
首尾一貫した再構成は不可能であった。」

ということで、この指揮者と研究家は、
涙ぐましい努力を行い、
四つもの版を仮定して、
この録音に至ったという。

バージョン1.
最初の版で、ヴィヴァルディがもともと書いたもので、
トゥリンにあったもの。
バージョン2.
リハーサル中に歌手の要望などで書き直されたもので、
最初の印刷リブレットによる。
ボローニャにあったもの。
バージョン3.
実際の公演中の何かの理由でアリアが変えられ、
二つのシーンが省かれたもの。
印刷リブレットの第2、第3による。
Rovigoのコンコルド・アカデミーに、
保存されていたもの。
バージョン4.
最後にいくつかのアリアを、
ヴィヴァルディが差し替えたもの。
これは、アリアをアレンジしたものが、
ミュンヘンにあって、
1720年秋に演奏されたに違いないもの。

最終的に彼らは、メリンドのアリア(第1幕の8)が、
より説得力があるものとして差し替えた他は、
オリジナルのものを採用したという。

「再発見を求めるものの出発点としてふさわしい」
という理由だそうである。

ということで、このオペラは、
なるほど、めったに演奏されないわけだ、
と納得できたと同時に、
これから、まだまだ、別バージョンが出てきそうだ、
などとも考えた次第である。

さて、第2幕から聞くが、
第1幕がCD1とCD2のTrack2.までと、
かなりの長さであったのに対し、
第2幕はCD2のTrack3.から、
最後のTrack18.までと、
それほど長くない。

そもそもこのオペラ、台本としては、
極めてシンプルで、
こんなもので、よくオペラになるものだ、
などと思ってしまうものである。

登場人物が6人しか
出てこないのがシンプルで、
第1幕では、2回アリアを歌った、
ダミーラ、ルスターナ、ゼリムもお休み気味で、
ダミーラはアリアなし、
ゼリム、ルスターナはアリア1回、
ヒロイン、ロザーネがアリアを2回、
君主マムードと息子の一人、メリンドがアリア1回である。

彼らの関係は、

         マムード(カンバヤ王)
             ↓結婚を要望
   ゼリムを後継者に推挙→←ロザーネ(ヨゲ王の娘)
    ↑   ↑        ↓本当はメリンドが好き   
    ↑  異母兄弟メリンドが反発
    ↑   ↑
    ↑  側室ダミーラが後押し
   マムードの正妻ルスターナの子

という感じだが、実は、マムードは、
これまで、この兄弟をわざと、交換して育てていた、
というややこしい状況なのである。

したがって、オペラの題名、「試される真実」は、
「真実」とは、今まで、嫡子とされたゼリムこそが、
王位継承者であった、ということであり、
スルタン、マムードの主張である。

一方、「試される」とは、
こうした状況に混乱する、
兄弟たちや、その母親たち、
そして、王子のどちらかと結婚する
ロザーネの大騒ぎを意味し、
まったくもって、このヘンテコなタイトルは、
このオペラの内容にぴったりなのである。

第1幕は、スルタンが、実はゼリムが後継者じゃ、
と言ったあたりであるが、
第2幕以下も、同様に混乱した人々(特にダミーラ)が、
いろいろ画策する内容。

シノプシスを見ていくと、こんな事が書いてある。

第2幕:
Track3.
「ロザーネに二人の息子たちを、
生まれた時に交換したことを話したマムードは、
ゼリムを助け、彼女にメリンドを忘れるように言う。」

このようにあるが、当然、ロザーネは、
寝耳に水なので、「信じられませんわ、
私にメリンドを忘れることなどできませんわ」
とか言っている。

Track4.
解説に「国家的な理由を訴える。」
とあるアリア「克服せよ」であるが、
きわめてエキゾチックなメロディの、
さすが君主の、高らかなアリアである。

Track5.
ここでは、驚いたことに、
ロザーネは何となく納得した模様。

「スルタンの言い分に従って、
心の命令に反し、
ロザーネはメリンドに、
ゼリムを愛する必要を語る。」

このような状況ゆえ、極めて深刻な二人の様子が、
レチタティーボで語られる。

Track6.
アリア「さようなら私の愛」は、
「極めてあいまいな言葉で、メリンドに別れを告げる」
とあるもの。

明るく、悲愴な感じはあまりない、
かわいらしいアリアである。

「まだ、愛しているわ。
でも、その甘さや良さは、
その希望がなくなると、
悪い毒になるの。」

Track7.
メリンドは、「不実な父親」と言い、
メリンドの母親だと思っていたルスターナも、
「あの頑固な心は変えられない」などと言っている。
メリンドは、実の母と分かった、
ダミーラに、「あなたが諸悪の根源だ」などと言う。

ゼリムは純情に、
「王位などより、あなたが母と分かったことが嬉しい」
などとルスターナに言う。
が、ルスターナは、「あなたは息子ではありません」
と言っている。

解説には、
「スルタン夫人の子であることを知ったゼリムは、
こうした出来事があっても、
子としての愛情に影響はないと言うが、
ルスターナは、そんな交換がなされた事は認めず、
母と呼ぶことを許さない。」

Track8.
メリンドも、「この世界の半分を統治する、
2つの王冠を手にできてよかったね」
などと、僻み根性たっぷりである。

Track9.
ゼリムのアリア、
「私の優しい感情が、あなたを愛せと言う」
は、
「ゼリムは子としての母親への愛情を、
感動的に宣言する」と解説にある部分。

これまた、いくぶん、異教的なメロディが、
からまるような、錯綜した様相で聞かせる。

Track10.
「ルスターナはメリンドに対し、
ダミーラと一緒にスルタンの計画を阻止する、と言い、
そして、ロザーネも戻ると慰める。」

Track11.
ルスターナのアリアで、
「その愛らしい眼も顔も、
あなたの心を愛らしく捉え、
あなたのため息を勝ち得るでしょう」という、
妙に焚き付ける内容である。

Track12.
メリンドのレチタティーボで、
「二人の母親が出て行くと、
メリンドは絶望にとらわれ、
恋人の心が揺れ動きやすいことを糾弾する。」

Track13.
メリンドのアリアで、焦燥感に駆られたもの。
スタッカートで、激しいアタックの弦楽伴奏。
「彼女は見ない、笑わない、涙も流さず、嘘もつかない。」

Track14.
チェンバロのじゃらじゃら伴奏に続き、
マムードの声が響く。
「公式謁見室、マムードとゼリムは並んで座り、
ゼリムが後継者であることと、
過去の過ちを公にした。
すると、ルスターナが突然現れ、
民衆に直接、騙されてはいけないと、語りかける。
ずるいダミーラは、今度は、
スルタンに悲愴なしぐさを見せつけ、
息子を王位につけようと、
王の愛と寛大を讃え、
その計画の放棄を懇願する。
寵姫の計画に気づいたマムードは、
信用できない女に罵りの奔流を浴びせ、
真実を隠そうとする狡猾なたくらみを非難する。」

これで、皆がいなくなるようだ。

Track15.
「ロザーネとゼリムは、
メリンドが来ると彼らの困惑を口にする」
とあるが、
いきなり、メリンドがけんか腰で現れる。
「マムード、ゼリム、そしてロザーネに、
順番に話しかけ、マムードには不正に対し復讐すると言い、
ゼリムを脅し、ロザーネには、非難を積み上げて見せる。

マムードも、ゼリムも何も言わず、
ロザーネは、「私を不実と呼ばないで、
あなたは私を傷つけている」と言い、
マムードにも、王女に対し、何たる仕打ち、
と怒っている。
「ロザーネは運命を決めるよう懇願し、
メリンドへの愛を改めて認める。」

Track16.
ロザーネのアリアで、
「あなたは、私の心の唯一の甘い喜び」
という、高らかな誇り固い王女の愛の宣言である。
激しいリズムが押し寄せ、
興奮した様子もよく表されている。
弦楽は声楽の線をなぞり、声は激しく上昇する。

Track17.
「起こったマムードは、真実にこだわり続けるが、
ゼリムは、矛盾した状況に圧倒され、
心情的な苦しみを吐露し、王位を放棄することを選ぶ。」

Track18.
ロザーネを除く、二組の母親と息子たち、
そして父であるスルタンを交えたアンサンブル。
「混乱の中で、スルタンが叫ぶが、
みながダミーラやルスターナを母親だと呼ぶ。」
これがすごいフィナーレの五重唱で、
かなり圧巻のもの。

極めて抒情的な弦楽合奏の序奏に続き、
育ての母が、交互に、息子たちに声をかける。
「私の愛」、「私の子供」と、母親たち。

ダミーラはシュトゥッツマンの強い声、
ルスターナは優しい声である。

メリンドとゼリムも、育ての母に、
「お母さん、私こそ息子です」と、
しっとりと泣かせる四重唱に、
リズミカルな舞曲調の音楽が重なる。

すると、混乱の様相となり、
マムードは、「お前らは間違っている」としかりつけ、
皆が、彼を責める。
抒情的な部分と混乱が舞曲調の音楽に押し流されて、
第2幕はお開きとなる。
粋な効果である。

第3幕:
Track1.
「スルタンの部屋。
ゼリムはその不信を表明し、
メリンドは恨みを述べる。
二人とも、マムードに命令に従うよう命じられ、
マムードは間もなく、民衆にゼリムの正当性に、
反駁不能な証拠を見せるという。
しかし、ゼリムは疑いと絶望に引き裂かれたままである。」

Track2.
ゼリムのアリア「光輝が私をそそのかすが」
という、希望と不安が混ざり合った感情を歌い上げる。
軽妙なリズムの中、ジャルスキーの純朴さを讃えた声が、
軽やかな震えを持って舞い上がる。

Track3.
「ゼリムが立ち去ると、メリンドは、
父親を残酷さや不正で非難し、
暴君であると罵る。」

いきなり、二人の言い合いである。
「この自意識過剰が」、
「この残酷さよ。しかし、神様が天にいます。」

Track14.
メリンドのアリア、
「残酷さよ、私が栄光をあきらめると願っている。」
管楽器の激しいコンチェルタンテな活躍を伴う、
ものすごいアリアである。

王子の誇りが、輝かしいトランペットから、
その悩みが、悲しげな木管の音色からもうかがえる。
サラ・ミンガルドの声は、それなりに男らしい。

Track5.
「マムードは、ダミーラに言うとおりにするよう、
二人の子供たちを交換した公式承認にサインを求める。
サインをするなら死んだ方がましと、
この寵姫は、これを断る。
すると、マムードは、『大逆罪』で、
メリンドに死刑を宣告するといい、
ダミーラが固執すると、それにサインすると脅す。
しかし、機敏な策略家は、時間稼ぎをすると決め、
供述としてサインをする。」

Track6.
「マムードは満足し、この行為の正当性を宣言する。」
マムードのアリア、
「強い心の厳格さには理由があり、残酷ではなく、義務なのだ」
は、なんだか自己陶酔した、
夢想の世界に遊ぶような風情。
素晴らしい繊細なオーケストレーションである。

あほみたいに、自画自賛して舞い上がり、
かなり、権力に対する風刺になっている。

Track7.
「スルタンが去るや、ルスターナは、
ダミーラに合流する。
側室は正室に反撃に備えるように言い、
愛するふりをせよと教える。」

「恐ろしいニュースがあります」とダミーラは、
いかにも悪そうである。
「メリンドは私の子である、という書類に、
サインをさせるのです。暴力の下、
彼の命か、彼をあなたを引き離すしかなかったのです。」

Track8.
ダミーラのアリア「ちょっと涙を浮かべれば」は、
いかにもアラビア風のメロディが、
絡まり合うような、挑発的なもので、
ダミーラは魔女のようだ。

Track9.
「舞台に一人、ルスターナは、
息子や夫や王冠を失えば、
もう、何も残らないことを悟り、
再度、不運を嘆く。」

「私はもはや母ではなく、妻でもなく、
女王でもない」と言っている。

Track10.
ルスターナのアリア、
「誠実な夫が隣にいる、無垢な自然にいる人は幸せです」
というもので、リコーダの素晴らしい助奏がついている。
このひなびた笛の響きが、幸福な自然を表している。
「彼女は苦しみから遠く離れている。」

つまり、まだ、ルスターナは、
メリンドが実の子であると信じているので、
妾の子、ゼリムが王位後継者になることは、
自身の地位も危ないと考えたのである。

Track11.
ト書きに、「寺院の入り口で、
ゼリムは、メリンドの攻撃をかわしながら、
中に入る」とある。

荒れ狂った弦楽の序奏、緊迫感が漲る。
「すぐにロザーネとゼリムが結婚すると知り、
メリンドは嫉妬に狂乱する。
彼は凶暴に義兄弟を脅し、
一時、正気を失ってしまう。」

オーケストラの強奏も緊張感を保持して、
これは、メリンドの攻撃だろうか。

「ロザーネのとりなしも甲斐がない。」

Track12.
「不幸な人は去り、ゼリムとロザーネが残り、
ロザーネは、正当な後継者に、結婚をあきらめ、
分かれた恋人に幸福を戻してあげて、と言う。
ゼリムは、そうすると言い、
王女は、制止していた喜びの表現を解放する。」

Track13.
ロザーネのアリアであるが、
せわしなく技巧的であって急速で、
弦楽の落ち着きのない伴奏からも、
あまり幸せそうではないが、
「チャーミングな恋人に百回のキスを」と歌う。

Track14.
「ゼリムは一人残され、この放棄による嘆きにも、
高貴にも立ち向かう。」

Track15.
ゼリムの優しいアリア、
「君の傷が癒えたら」で、
さわやかな曲想が、
苦しみからの解放を感じさせる。

「寺院の中で、マムードは、ルスターナに、
ゼリムを息子として抱擁し、
夫の言葉を受け入れるように頼む。
ダミーラは、サインを強制された書類について語って、
彼らを仲裁する」とあるが、

Track16.
は12秒しかなくて、
ダミーラが、「何が真実?
王様によってではなく、おそらく暴君によって、
私から奪い取られた息子にとって」というと、
マムードが、「神に嘘をつけと言うのか」と答えるだけである。

とはいえ、この会話こそが、
このオペラ「試される真実」の主題が、
凝集された部分なのかもしれない。

あくまで、杓子定規なスルタンの「真実」は、
いきなり王位継承者ではなくなった、
メリンドや、その取り巻きの環境によって、
厳しくゆすぶられ、「試され」、
さらに、メリンドを推すダミーラにも、
やはり、「真実」は「真実」であり、
何が何だか分からなくなって来たということであろう。

そして、いったんは王位継承者となった、
ゼリムによって、遂に大団円が導かれる。

Track17.
「ゼリムは最終的に寛大にも、メリンドには、
ヨゲの王冠を与え、
自身はカンバヤの王冠だけを受けることを決める。
自分の野望と真実とを調和させるものだったので、
ダミーラも、この提案を認める。」

メリンドは、ヨゲの王女との結婚によって、
二つのスルタン領は、別々に管理されることとなる。
実際的には、内紛の種を抱えた先延ばし策に見えるが。
このオペラを通じては、ダミーラとメリンドの性格は、
私には、かなりやばいものと見受けられるが。

Track18.
最後のコーラスは、極めて朗らかなもので、
ヘンデルもかくやと思わせるものである。

「登場人物は全員、こうした苦しみの末の、
幸福の再来を歓迎する。」
とにかく、音楽的な大団円感は素晴らしい。

このように、ヴィヴァルディが再起をかけた、
野心作「試される真実」は、多彩なアンサンブルと、
オーケストレーションによって、
非常に立体的な作品となった。

このような様式は、次第に、ナポリ派の、
技巧歌唱一本勝負歌合戦のようなオペラによって、
次第に駆逐されていった、ということであろうか。

ということで、本編の鑑賞は、ここまでで終わったが、
ヴィヴァルディを聴きこむと、
それで、初演の歌手はどうだったのだろう、
などと、よけいな事が気になってならなくなる。

個人的には、この作品あたりで、
マントヴァで知り合ったアンナ・ジローなどが、
出てきてほしい所だが、それはないようだ。

以下、解説にあることをかいつまんでみた。

スルタン、マムードを歌ったテノールは、
ヴィヴァルディがマントヴァで発見した、
レッジョ・エミーリア出身のアントニオ・バルビエリ。
この作品でヴェネチア登場。
極度の名技性と劇的効果を持つアリアを担当。

正室ルステーナはチアラ・オルランディ。
「マントヴァニーナ」というニックネーム。
1717年に「ティエテベルガ」で登場して以来、
ヴィヴァルディによって紹介され、これは第五の共演となった。
特別な難易度は要求されないが、
明らかに演技力が求められる役割で、
このメゾ・ソプラノは、脇役ながら、
ヴィヴァルディには劇的な方面で信頼されていた。

側室ダミーラには、同様に、信任篤い、
当時の最も重要なコントラルトとされる、
アントーニア・メルゲリータ・メリジ。
ボローニャ出身で、そこでセネジーノに学んだらしく、
1714年にフィレンツェでデビュー、
ヴィヴァルディによってヴェネチアに紹介された。
傑出した名手で、ヴィットリア・テシのライヴァルとされた。
ヴィヴァルディもそれにふさわしい曲を与えている。

ロザーネには、駆け出しのアンナ・マリア・ストラーダを起用。
このベルガモ出身の若手は、ミラノ公の被後見人で、
前年、この地において、知られざる作曲家の
「シラクサのアクイリオ」でデビューしたばかりで、
「試される真実」が彼女のヴェネチア・デビューであった。

この人は後に大成するが、
この役は、この繊細で集中力の高い歌手としての、
初期の仕事であるが、ヴィヴァルディは、
ヴィヴァルディは、注意深く声を節約し、
ここぞと名技性を発揮させた。

この歌手はやがてロンドンを訪れ、
ヘンデルの信頼を勝ち得ることとなる。
これは、私が追記した。

ゼリムの目もくらむような役割は、
ジロラモ・アルバティーニという、
このオペラでは唯一のカストラートが受け持った。
同じ名前の歌手が二人いたので、
この人の経歴を追うのは難しい。

この役柄のためにヴィヴァルディが書いた、
美しく技巧的なアリアは、あまり知られていない、
謎の男性ソプラノについて、
私たちが知っていることとあまり一致しない。

衝動的なメリンド役を演じたのは、
有名なアントーニア・ロウレンティで、
ボローニャの音楽一家の出身で、
1714年からキャリアを開始して、
「コラルリ」と呼ばれていた。

バドゥア、ボローニャ、モデーナ、フィレンツェで、
名声を博し、1718年、ヴィヴァルディによって、
「アルミーダ」のアドラスト役に起用され、
故郷を離れマントヴァで紹介された。
「試される真実」は、ヴェネチア・デビューとなり、
豊かにオーケストレーションされた技巧的アリアは、
「コラルリ」嬢に対するヴィヴァルディの高い評価の証拠である。

なお、この解説には、アンナ・ジローのことにも触れており、
このオペラのアリアを再利用したパスティッチョ、
『La ninfa infelice e fortunate』によって、
1723年にトレヴィソで、彼女はデビューしたという。

得られた事:「ヴィヴァルディのようなやり手が書いたオペラでも、リハーサル中にも修正が入っていて、どの楽譜で演奏するかが困難な問題となる。」
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by franz310 | 2012-11-24 14:44 | 古典 | Comments(0)

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その354

b0083728_23324689.jpg個人的経験:
ヴィヴァルディの
弦楽合奏のための協奏曲、
コンチェルト・リピエーノには、
RV159というのがあり、
これは、彼自身のオペラ、
『試される真実』のアリアから、
主題を取ったものである。
このようにオーケストラでも
演奏可能にしたオペラとは、
いったい、どのようなものだろう。


シューベルトが歌曲をもとに器楽曲を作ったことは、
常に特別なことのように書かれているが、
ヴィヴァルディにおいては、
それは特別なことではなかったようだ。

そのあたりの事情が知りたくて、
今回は、このオペラを取り上げて見た。

うまい具合に、先の協奏曲に使われた主題は、
いずれも第1幕のものなので、
3枚組のCDの最初の1枚を聴けば良い。

オペラ全曲を聴こうとすると、
かなりの気合いがいるが、
そう自分に言い聞かせて、
プレーヤーにかけてみたが、
これはまた、非常に美しい作品である。

また、解説を読んでも、
この作品がヴィヴァルディのオペラの中でも、
出色の作品である旨が強調されている。

いつもの碩学、フレデリック・デラメアが、
「ヴィヴァルディのヴェネチアでの課題曲」
という思わせぶりな題で、
解説を書いているので、急いで読み進めてみよう。

「『試される真実』は、ヴィヴァルディが、
作曲家兼興行師として作曲した25のオペラ作品のうち、
13番目のもので、1720年の秋、ヴェネチアで初演された。
この大作は、彼がマントヴァ宮廷に仕えての3年の不在の後、
再度、故郷の街の劇場生活に復帰したときのものである。」

ということで、ヴィヴァルディのオペラの、
ちょうど中期とでも言うべき位置にあることが分かる。

このブログでも、これまで、いくつかの
ヴィヴァルディのオペラ全曲を聴いてきたが、
これらを年代順に並べるとこうなる。

「離宮のオットーネ」(1713)
「狂気を装うオルランド」(1714)
「エルコーレ(ヘラクレス)」(1723)
「オルランド・フリオーソ」(1727)
「バヤゼット」(1735)
「ウティカのカトーネ」(1737)

ちょっと、ナポリ派の影響を受けた、
後期作品に偏っていたようなので、
これを聴くことによって、バランスが取れる。

「ヴェネチア音楽界における、
ヴィヴァルディの地位向上の空白は、
市の劇場との関係悪化によるものだったが、
3年の間に身に着けた、
再征服のオーラを伴って帰郷することになった。」

「オルランド」の解説を読んだ時、
私は、まだ、この作曲家の生涯に疎く、
この「四季」の作曲家は、ヴェネチアで愛され、
ずっとそこを拠点にしていたと思っていたので、
このような記述に戸惑ったものである。

「所有者の激しい嫉妬によって、
市の上流の劇場の一つへの
カムバックはならなかったが、
ヴィヴァルディは、最初に成功した
サンタンジェロ劇場で支配的地位を、
再び手に入れる機会を
手にすることを望んでいた。
しかし、彼が不在だった間における、
新進の作曲家たちの運気の上昇と、
新しい興行師たちの体制確立は、
その計画を阻止し、
彼が手にしようとした完全な権力を、
奪うように見えた。」

劇場となると、様々な利害が衝突する舞台でもある。
そう簡単に行くとも思えない。

「事実、『試される真実』が上演された秋には、
サンタンジェロ劇場への彼の影響力は、
限られたものとなり、
続くカーニバルのシーズンでも、
それは限られたこのとなり、
彼は、ヴェネチア人、
ジョゼッペ・ボニヴェンティとの共作で、
『マケドニアのフィリッポ』の第三幕を、
作曲できただけであった。
他の二つのカーニバルでのオペラは、
おそらく、彼の守備を越えて、
カルロ・ルイジ・ピエトラグルアの、
『Il pastor fido』と、
ジョゼッペ・マリア・オルランディーニの、
『アンティゴネ』の再演であった。」

こう読むとヤバそうだが、
結局はヴィヴァルディはうまいことやったようだ。

「彼の特権のこれらの制限にも関わらず、
ヴィヴァルディは、
サンタンジェロへのマネジメントに十分食い入り、
『試される真実』のリブレットや、
1720年の秋とカーニバルのシーズンの、
4舞台作品の歌手の選定には影響力を発揮した。
リブレットや歌手たちの選択という、
この二つの要素こそが、
彼の熟達の主要要素であり、
作曲において、欠くことのできない補助物であり、
事実、この2つのキーファクターは、
彼が再征服したかったものであった。」

こうした記事を読むと、
本当にオペラとは、複雑怪奇なもので、
シューベルトのような作曲家には、
手におえなくて当然と思え、
また、ヴィヴァルディの辣腕ぶりを、
改めて痛感する。

「トゥリンの国立図書館の
フォア・コレクション33として保存された、
『試される真実』のスコアを調べてみると、
これがヴィヴァルディの、
最もまばゆいオペラの一つであることが分かる。
この新しいヴェネチアのためのオペラのために、
作曲家が与えた細心の注意は、何よりも、
アリアやアンサンブルが、過去に使われたものではなく、
新作であることからも明らかである。
さらに、ヴィヴェルディの霊感の豊かさ、
アリアやアンサンブルの美しさと力強さは、
ほぼ10年のわたる劇場体験の後、
今や、円熟期の開花を迎えた、
彼のオペラ語法が目覚ましい発展を示している。
ホルン、トランペット、オーボエ、バスーン、
フラウト・グロッソ、フラウティーノなど、
彼は特に独奏楽器を有効利用し、
弦楽に加えてスコアに要求し、
とりわけ、繊細な洗練された弦楽の扱いや、
声とオーケストラの巧みな扱いに、
作曲家の並外れた抒情的天才が見られる。」

このCDを一聴すれば、この指摘には肯くばかりである。
かずかずの楽曲で、不思議な楽器の色彩が浮かび上がる。

また、声楽アンサンブルのきめ細かな綾が聴けるが、
それについても抜かりなく指摘されている。

「サンタンジェロ劇場との新しいコラボに当たって、
ヴィヴァルディが、若いヴェネチアのリブレット作者、
ジョヴァンニ・パラッツィとの作業を決定したことは、
明らかに、彼の個人的立ち位置が、
ゼーノやその弟子たちによる
文学的、劇的改革に傾倒したことを表している。
『試される真実』の均整のとれたプロポーションや、
合理的構成は、アルカディア派の様々な派閥から離れた、
ヴィヴァルディの劇の理想を示している。
その限られた声楽の人数、
ダ・カーポ・アリアに与えられた重要な位置、
控えめながら、それでいて重要な役割が、
アンサンブル(三重唱1、四重唱1、合唱)に与えられ、
アリアの破格も、劇場にマッチして、
『試される真実』は、アルカイックとモダンの総合する、
作曲家の嗜好を示した個性的な構成を示している。
それに加え、『オリエンタリズム』や『トルコ風』の装いは、
明快に描かれたキャラクターの、
真の感情のぶつかり合いの裏に、
イロニーとユーモアを加え、
ヴィヴァルディの霊感に刺激を与えている。
事実、『試される真実』でのアクションの扱いの特別さは、
シリアスとコミカルが慎重にバランスされ、
音楽劇の領域における作曲家の根本的野望を、
表明しているように見える。」

この後、ヴィヴァルディは、ナポリ派の興隆に悩まされるが、
この曲では、まだ、その脅威はなかったのだろうか。
流行よりも、自らの流儀を通している。

「1720年秋の演奏のために組織された歌手団は6人で、
全員が秋のオペラと、
続くカーニバルのシーズンの3作品のために契約された。
ズボン役を含め、女声が支配的であるにもかかわらず、
カストラートを一人に制限し、
テノールにスルタン・マムードを主役にして、
『試される真実』のキャスティングは、
男声をも目立つようにしている。
この声のバランスは、
芸術的な慣習にとらわれず、
流行のスターのギャラの要求を満たす、
例外的な配役を集めようとした、
この作曲家・興行師の素晴らしい技量の一例である。
いつものように、ヴィヴァルディは、
新星のプライドを満たしつつ、
ベテランや声の自然さを信頼した。」

このような事は、ヘンデルのオペラでも指摘されるが、
ヴィヴァルディの結成する歌手団は、
とりわけ念入りに選ばれているようだ。

ということで、以下、初演時の歌手たちの紹介がある。

が、いきなり、それに触れる前に、
このオペラが、いかなる物語であるかを知りたい。
この作品が、ヴィヴァルディの野望の結集であることは、
非常によくわかった。

序曲は、CD1のTrack1-3を占め、
これは、すでに序曲集でも紹介されていた。
幸い、この曲は、序曲もついた形で保存されていたようだ。

直線的にじゃかじゃかが突き進む第1楽章、
メランコリックで物憂げな第2楽章、
明るく晴れやかな組曲の終曲風。

解説書のSynopsisにはこうある。

「二つの勢力の長い政治的対立を終わらせるために、
Jogheのスルタンの後継者であるロザーネは、
Cambajaのスルタンの息子メリンドと結婚することになった。
この企ての達成にいかなるリスクをも排除すべく、
スルタンのマムードは、スルタン妃ルステーナと、
寵姫ダミーラがそれぞれ生んだ、
二人の息子を、交換していたことを、
明らかにしようと決意した。
正当の後継者であると思われていたメリンドは、
ダミーラが生んだ庶子であり、
ダミーラの息子として育てられたゼリムは、
実は、ルステーナの息子なのであった。
カーテンが上がると、スルタンは、
真実を公表することによって、
ダミーラにこのすり替えを、
終わらせるよう宣言したところである。」

まことにややこしい状況だ。

真実の関係は、   (正)
正妻ルステーナ← マムード(スルタン) →寵姫ダミーラ
     息子ゼリム      息子メリンド

という感じだが、
今までは、下記の関係にすり替えられていたというのだ。
          (誤)
正妻ルステーナ← マムード(スルタン) →寵姫ダミーラ
     息子メリンド      息子ゼリム

第1幕:
Track4.
アンソニー・ラルフ・ジョンソン(テノール)
によるスルタンと、
ナタリー・シュトゥッツマン(アルト)の
による寵姫ダミーラの対話である。

ト書きには、「宮殿内の人目に付かない場所、
たくさんの部屋がある」とある。

女声の方が多いのに、バランスが取れている、
と書かれていた作品だけあって、
冒頭から、非常に存在感のあるスルタンの威厳である。

シュトゥッツマンの声は、
例によって低く、男性的なので、
これまた、妙に威厳がある。
かわいらしい寵姫ではなく、
一癖ある側室で、淀殿みたいな感じである。

「王冠がメリンドから滑り落ちるということで、
怒ったダミーラは、スルタンの決定に反対し、彼を脅す。
しかし、彼は動ぜず、その心の痛みと解決を表明する。」

Track5.
スルタンのアリアで、断固としたリズムが刻む、
「息子への愛で私は誤った」
と、苦悩と英雄的な高ぶりが感じられるもの。
メロディも異教的と言えるだろうか。
伴奏の弦楽もちょこまかと面白い効果を出す。

Track6.
ダミーラとゼリム。
ゼリムは、ジャルスキーのカウンターテナーで、
どうもシュトゥッツマンの声より、
きんきんして、どっちが息子か分からないので、
要注意である。

「ロザーネを愛しているゼリムは、
想い人がメリンドと結婚すると知ったところである。
彼は、まだ母と信じているダミーラに、
スルタンにとりなして味方になってほしいという。」

Track7.
「ダミーラは曖昧な言葉で、彼を慰めるふりをする。」
これまた、エキゾチックなリズム、
明快な魅力あふれるメロディのアリア。
「私だって息子の幸福を見たいもの。」

Track8.
ゼリム、そして、スルタン夫人、
ロザーネ、そしてメリンド。
先のジャルスキーが嘆いているのをよそに、
メゾ・ソプラノのグレメッテ・ローレンス(夫人)、
ソプラノのジェマ・ベルタニョリ(ロザーネ)、
コントラルトのサラ・ミンガルド(メリンド)が、
喜びを口にするという残酷なシーン。

どうも、前半は、本当は庶子のメリンドが、
ロザーネと結婚する段取りで進む模様である。
スルタンは、まだ、決定を布告していないようだ。

「正妻のルステーナはメリンドとロザーネの、
来たるべき婚礼を楽しみにしている。
しかし、ゼリムは、嘆いている。」
とあるが、メリンドもロザーネも喜んでいる。

Track9.
ロザーネのアリアである。
唯一のソプラノなので、
軽やかに舞い上がる感触が心地よい。

まさに、これこそが、コンチェルト・リピエーノ、
RV159の第1楽章のメロディに使われた、
ロザーネのアリア『あの美しい魅惑的な』である。

リズムもぴょんぴょん跳ねて、
ロザーネはゼリムの失恋に無関心である。

解説には、
「幸福に酔いしれたロザーネは、
面倒なことはごめんと、ゼリムを退ける」とある。

Track10.
ルステーナ、ゼリムとメリンド。
「ロザーネが出て行くと、
ルステーナは、ゼリムに中立を申し立てながら、
息子の喜びをかみしめる。」
(実際は、ゼリムが息子であるのに。)

Track11.
ここで、コンチェルト・リピエーノ、
RV159の第3楽章の主題となった、
ルステーナのアリア、
『あなたの甘い眼差し』が始まる。

これは、怪しげな序奏の歩みを持つもので、
不思議な色調で、異教的な雰囲気を漲らせている。
前半は、メリンドに向かい、
「あなたの甘い眼差しに、私の幸福はいや増すの」
と言い、後半はゼリムに、
「その美しさを愛するなら
彼女の喜びを嘆いてはなりません」
と諭している。

ということで、Track25まであるCDの前半で、
コンチェルト・リピエーノの2つの楽章に引用された、
2つのアリアが聴けた。
前者は、愛の喜びを歌ったもので、
後者は、それに喜ぶもの、嘆くものの、
二人の立場に同調した、
より複雑な状況を歌ったものであった。

なぜ、これらがコンチェルト・リピエーノに、
使われたかは分からない。
とにかく、胸にしみるメロディではある。

Track12.
「スルタン夫人の退出後、
二人の兄弟でライヴァルは、
面と向かい合う。」
とあるが、
ミンガルド対ジャルスキーで、
ジャルスキー(ゼリム役)の方が、
きんきんして無垢な感じ、
ミンガルド(メリンド役)は影があって、悪者風。
「しかし、メリンドが軽蔑したようにしても、
ゼリムが痛切な誠実さで、兄弟愛を乱すことはない。」

Track13.
ゼリムのアリアで、
「君が侮辱しても、僕の兄弟愛は変わらない」。
ジャルスキーのこの世ならぬ声が、
冴え冴えと響いて美しい。

Track14.
メリンドは、今や、舞台に一人。
ゼリムの友愛の主張は、
嫉妬を隠そうとしているだけと、
なおも信じている。」

Track15.
メリンドのアリア、「ナイルの岸で」。
「弱った蛇が嘆いて死んでいく」という内容。
解説には、
「彼はここで憎しみの手綱をほどく」とあるから、
憎悪の感情を発散させているのであろう。

が、これも推進力があって明快なものだ。

Track16.
このような状況で現れれば、
非常にややこしくなりそうだが、
ようやくスルタン再登場。
「スルタンとダミーラ、
スルタンのプライヴェート・ルームにて」。

「スルタン、マムードは、自責に苦しみ、
愛情は二人の息子たちに二分したのに、
王権は二分することはできぬと嘆く。
ダミーラが現れて、メリンドのために再度、
仲立ちを試みる。
彼は、その言いなりになりそうになるが、
急に、それを止めて、荒々しく、彼女を追いかえす。」

このように、非常にややこしい状況であるが、
緊迫したレチタティーボが、7分近くに及ぶ。

Track17.
ダミーラとルステーナ。
正妻対側室のシーンだが、敵は夫である。
「ダミーラは、スルタンの計画を邪魔立てしようと、
計略を実行に移す。ルステーナの信頼を得て、
彼女はマムードがあなたを騙そうとしているとすっぱ抜き、
ルステーナを説得しようとする。」

Track18.
ダミーラのアリア、「王冠を手にすれば」。
これは、ナポリ派風に、
急速なパッセージで煽り立てるもので、
じゃんじゃんと合いの手を刻むリズムに、
旋回する弦楽が目覚ましい効果を発揮し、
シュトゥッツマンも、あえて、
変な声も出したりして、技巧の限りを尽くす。

Track19.
「ルステーナ一人になって、
騙された女として悲しい運命を嘆く。」
Track20.
そのアリアで、「繊細な花は」。
笛の伴奏も霊妙な、
素晴らしい色彩に彩られたもの。
「咲くとすぐに萎れる」という、
極めて古雅な情感に満ちたもの。

ローレンスの声も、この繊細さを湛えて美しい。

Track21.
恐ろしく幻想的な三重唱であり、
ロザーネ、ゼリム、メリンドの三角関係で歌われる、
「静かなうららかなそよ風よ」。

「シトロンの木々の庭、ロザーネ、ゼリム、メリンドが、
彼らの衝突した心情を田園的に表現する。」

独白が木霊するような感じ。

Track22.
先の三人によるレチタティーボ。
「そして、ロザーネはゼリムに言い訳をしようとする。
彼は、彼女の説明を聴こうとせず、絶望を露わにする。」

Track23.
ゼリムのアリアで、「いや、もう僕は信じない。」
これは、ヴィヴァルディのアリアでは、
よく聞かれるような、
強いアクセントで、リズミックに明るく言葉を強調するもの。
中間部では、なだらかに美しいメロディが出る。
「その偽りの媚態、意味のない眼差し、うそつきがすぐわかる」
という部分。

ジャルスキーが歌うと、
その澄んだ声質のせいか、
どろどろとした情念ではなく、
妙に民謡風に聞こえる。

Track24.
「メリンドはロザーネがゼリムにかけた憐みの言葉に立腹し、
嫉妬の気持ちを爆発させる。」

ゼリムはアリアの後、いなくなって、
痴話げんかが始まったのである。

Track25.
メリンドのアリア、「僕を騙そうとしている」。
これも、先のゼリムのアリアの対をなすもので、
リズミックでぴちぴちしているが、
もっと暗い情念で突き進む。

ミンガルドが歌うが、これまた、ナポリ派風に、
強烈な音の高低やスピード感が要求されている。

第1幕は、CD2にまたがるが、
最後に、三角関係の残りの一人、
もてもての女王様、ロザーネの番が残っているだけ。
最初の二つのトラックだけ聞いてしまおう。

CD2、Track1.
「彼女は一人残され、自分がどんな行動をし
ようと、自分の権利だわと主張する。」

Track2.
これはどこかで聞いたような音楽である。
ロザーネのアリア、「恋人よ、私の希望、光」。
精妙な弦楽の伴奏が月光のように冴え冴えと、
あるいは優しく、清澄なソプラノの声を包みこむ。

このメロディは、「エルコーレ」か何かで聞いたような気がする。
今回は、第1幕の鑑賞までで終わる。

得られた事:「ヴィヴァルディが、弦楽のための協奏曲に利用したメロディは、三角関係の恋人たちの物語の中で、純粋な愛の喜びと、それを寿ぐ部分のアリアのメロディが使われている。」
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by franz310 | 2012-11-17 23:33 | 古典 | Comments(0)

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その352

b0083728_19585124.jpg個人的経験:
前回聴いたシモーネ指揮の
ヴィヴァルディ「序曲集」、
今回聴くサルデッリ指揮
のものと比べると、
あまりにのんびりして、
ひと世代前の録音と
感じずにはいられない。
しかし、このサルデッリ盤も、
あまりに強引な感じが
しないでもない。


このような演奏の性格は、
怪しげなカーニバルの仮面の表紙デザインが、
図らずも、よく表しているように思える。
何となく、真意を見せずに、
聴き手を驚かせようという魂胆か。

演奏はモード・アンティコである。
そうは言っても、
彼らの演奏には、
私は、ちょっと弱いかもしれない。

勢いが乗ってくると、
完全にフォルクローレ的な陶酔に陥って、
リズムと楽器の過激なかき鳴らしで、
とにかく我々を揺さぶりまくろうとする。
しかも、ヴィヴァルディに対しては、
全幅の信頼を寄せていることが感じられる。

いかに、過激にさく裂しようとも、
大将、あなたなら、きっと、
こうやりたかったはずですよね、
と語りかけているような感じがしないでもない。

2001年11月の録音ということで、
11年の年月が経っているが、
あるいは、もう少し気負いのない、
より自然で落ち着いた表現が、
この十年の間に出てきているような気もする。

このCDは、Frame Recordsのライセンスとあるが、
ブリリアントレーベルのもので安く入手できるし、
収録曲目が多いので、それだけで価値がある。

シモーネ盤が11曲だったのに対し、
こちらは14曲入っていて、3曲多い。
これは、オペラでなくセレナータである、
「祝されたセーナ」から二曲、
シンフォニアと序曲が入っているからで、
あと一曲は、「忠実なニンファ」の「海の嵐」である。
これは1分程度のもの。

あと、これらの序曲(オペラの前のシンフォニア)は、
急緩急の3つの部分からなるが、
一般に最初の急の部分が長いので、
これを前半、残りを後半として、
それぞれにトラックが振られているのもうれしい。

解説を、ヴィヴァルディ気違いの、
フェデリコ・マリア・サルデッリ自身が
受け持っているのも価値がある。

「『いずれにせよ、全ヨーロッパは、
私が作曲した94のオペラによる名声と、
私の名前を無視できません。』
1739年の1月2日に
グイド・ベンティボーリョ侯爵に宛てた、
心からの嘆願書の途中にある、
このいかにもプライドを感じさせる表現から、
この年配の作曲家は、
自分が作曲したオペラの総量を見積もっている。
現在では、我々はヴィヴァルディのこうした数字の傾向を、
例えば彼がハンズワースに、
17のエディション(12ではなく)を出版したと書き、
ベンティボーリョには、
彼の家賃が200ドゥカーティ(136ではなく)
と書いた傾向から、疑いたくもなるだろう。」

このようにいきなりペテン師ヴィヴァルディへの、
誹謗中傷かと思いきや、
さすが、サルデッリ氏は違う方向に舵を切る。

「こうして残されたドキュメントを、
ふるいにかけ、もはや、釈明が出来ない人に代わって、
こうした計算をするのは、後世の人の勝手である。
が、公正を期するなら、
ヴィヴァルディにも言い分があることを、
受け入れる必要がある。
彼はおそらく、分冊を含め17冊と言ったのであり、
また、94という数字は、
今日、散逸しているもののみならず、
再構成したもの、彼自身が繋ぎ合わせたものや、
ほかの誰かのものを含むパスティッチョも、
そこに含めたものかもしれない。」

ということで、ほら吹きというより、
神経質に計算した結果となった。

「結局、こうした活動は、
オペラ作曲家の公式な仕事の中で、
他の仕事の一部でしかなかった。
しかし、1713年の『離宮のオットーネ』から、
1739年の『忠実なロズミーラ』まで、
おそるべき数量ではあった。
我々は47の作品を数えることが出来る。
もちろん、音楽として残っているのは31曲で、
その中の14曲のみが完成していて、
8曲は不完全で9曲は断片である。
18世紀のオペラのプロダクションは、
こうしたもので、
しきりに変化する要求によって育まれたもので、
(流行に追従し、大衆の好みの急変に
対応しなければならなかった。)
オペラの作曲家は、
新しいアリアやレチタティーボを提供し、
昔の作品に新しいテキストを当てはめ、
旧作を改作し、自作や他人の作も縫い合わせ、
常に上演ニーズの変化に
立ち向かう必要があった。
つまるところ、すでに上演された
オペラからの音楽材料は、
要求に合わせて自由に使える
一種の宝箱のようであった。」

まったく、肯けるもので、
芸術のための芸術を追及する余裕はなかったのである。
うまくすれば大きな金が入り、
失敗したら素寒貧という博打業と言ってもよい。

博打というのは悪い表現に見えるが、
ハイリスク・ハイリターンのベンチャー精神であり、
むしろ、現代の日本人が学ぶべき点であって、
大企業で寝てても給料がもらえる方が、
こうした全力を賭けた賭け事と比べると悪い事に決まっている。

「シンフォニアであれ、オペラの序曲であれ、
交換や変更が前提となっていた。
ヴィヴァルディのたった15曲のシンフォニアが、
確かに実際の上演のタイトルと関連づいていて、
2曲はセレナータ『祝されたセーナ』という
準舞台作品に属し、
もう一曲は英雄田園劇
『忠実なニンファ』の第三幕の開始部である。
他の多くのシンフォニアのスコアは、
独立した器楽曲として残され、
オペラと一緒にするべきか分からず、
同時に特定のオペラのタイトルや
上演との関係をつなげる証拠もない。
これらのシンフォニアは、
自由に別のオペラにくっつけられ、
今日、同じ曲が別のオペラの序曲として使われたり、
他のシンフォニアの一部がばらされて、
一つの楽章になっていたり、
また、あるオペラの手稿から外されて、
別のオペラの序曲になっていることに出会う。」

結局、グルックが、オペラ改革で、
序曲が、そのオペラの雰囲気に合わせないとだめよ、
と言いたくなるのもわかるほど、
めちゃくちゃ見境ない状況ということであろう。
ヴィヴァルディは、それどころではない、
と言うであろう。

「この最初のシンフォニア完全録音では、
こうした、ほかのオペラにも流用された状況から、
最初に演奏された時のヴァージョンを選んだ。
たとえば、『テルモダンテのエルコーレ』へのシンフォニアは、
一度しか記録がなく、『エルコーレ』より5年前に演奏されていた、
『アルミーダ』のシンフォニアとした。
されに変なのが一つあって、
1727年から1738年の謝肉祭で成功したオペラ、
『ファルナーチェ』のシンフォニアの最初の二つの楽章が、
1726年に初演された『ドリラ』のそれと同じなのである。
明らかに、これは『ドリラ』のシンフォニアが、
終楽章のみ変えて『ファルナーチェ』に転用されたのであるが、
我々が使った『ファルナーチェ』は、1731年の演奏時のもので、
『ドリラ』のリヴァイヴァルは1734年なので、
実際にはもっとややこしい。」

同じオペラが10年も流行ったという事実にも、
私は驚いてしまうのだが。

しかし、ヴィヴァルディのオペラ、
単に、レチタティーボとアリアを、
単に並べたものという感じもするが、
そういった構成にしておかないと、
適宜、差し替えなどが出来なくなってしまう。

人気のあったものは、すぐに別の曲でも代用、
などが出来るようにしておくとは、
まるでユニット設計ではないか。
現代の工業製品の大量生産を先駆けた作戦の、
一つの解だということになる。

「したがって、このシンフォニアが、
これらのオペラの初演時に使われていたかは、
我々には判断不可能で、
残された楽譜の順番を優先した。
『ファルナーチェ』のシンフォニアを通して演奏し、
有名な『春』の協奏曲のテーマで、
このオペラのオープニングの合唱で使われた、
『ドリラ』のシンフォニアの第三楽章は、
もれなく補遺として録音した。」

このあたり、この前に聞いたシモーネ盤とは、
完全に反対のアプローチで、
両方聴く者にとっては好ましい。

「楽章の代用やほかのオペラへの貸し出しは、
音楽的内容の変更を伴い、
すべてのヴァリアントを録音した。
『ジュスティーノ』のシンフォニアの中間楽章は、
『セーヌ』に流用され、さらに、
『セーヌ』と『ファルナーチェ』の終楽章にも利用されたが、
表面的に一致するだけである。」

ということで、同じ楽想でも使われ方によって、
演奏の仕方を変えたということであろう。

「通常のオペラのシンフォニアの楽器法は、
四部からなる協奏曲に等しい。
しかし、オーボエを重ねる慣例があるので、
状況に応じて、演奏にこれを添えた。
三つのケースのみ、ヴィヴァルディは管楽による、
コンチェルタンテな書法を使った。
二つのヴァイオリンと二つのオーボエを使った、
『離宮のオットーネ』と、
二つのホルンを使った『バヤゼット』と、
『忠実なニンファ』の『海の嵐』である。
この最後の作品は、注目に値する音画で、
序曲ではなく、ヴェローナの
フィラーモニコ劇場の落成式のための、
田園劇の三幕を飾る前奏曲である。
この機会に、ヴィヴァルディは、すでに名声を得ていた、
横笛のための協奏曲(RV98/570、RV433)や、
ヴァイオリン協奏曲(RV253、RV309)を発展させ、
さらに、ホルンを加えた。
激しい弦楽とこれらの楽器の活躍によって、
色彩と描写力の傑作となった。
ヴェネチア駐在のフランス大使、
ヴィンセント・ランゲ公のための、
1726年作曲のセレナータ、
『祝されたセーヌ』の二つのシンフォニアで、
管楽器はすでに使われている。
ここでは、スコアにヴァイオリンのユニゾンに、
二本以上のフルートを伴い、
二本以上のオーボエを伴い、
と明記されている。」

もしかして、この一例をもって、
オーボエを重ねてよい、という判断をしたのだろうか。

「オペラのシンフォニアがいかに発展したかを知る、
今日の聴衆には、この時代の作品は、
やかましい聴衆の注意をひきつける、
鳴り響くシグナルとしての起源の、
大胆な和声に過度に拘束された小型のもの、
と思われるかもしれないが、
ヴィヴァルディの作品を知れば、
その意見を変えたくなるであろう。」

そんな単純なものではない、という事であろうか。

「慣習的に、同じ調で、
決まった和声で書かれているにも関わらず、
ヴィヴァルディは、驚くべき転調をさしはさむ。
開始部のアレグロは、彼のコンチェルトの、
素晴らしい輝かしさを利用するが、
緩徐楽章は抒情的魅惑を放射する瞬間で、
まさしく、この中間のアンダンテこそが、
彼のシンフォニアに斬新さを与えている。」

短い、控えめな中間楽章、
便宜的に第二楽章こそを聴け、
ということか。

「目覚ましい表出力や、
恥じらうことなき繊細な音色によって、
同時代の誰も到達できなかった、
郷愁のメランコリーの雰囲気に包み込み、
これらの作品は、まさしく、
最も手におえない聴衆にも、
てきめんの効果あるシグナルとなったのである。」

ということで、さすが、サルデッリ師匠、
うまい具合に聞きどころまでを、
ずばっと言い切っている。

では、各曲を聴いてみよう。

Track1.忠実なニンファ
弦と管が交錯して進む目まぐるしいアバンギャルド風。
解説にあったように、
(まるでヴァーグナーみたいだが)
第三幕への前奏曲で、かなり短い作品だが、
いきなりこの団体の強烈な音楽作りのドライブが見られる。

いくら「海の嵐」でも、
やりすぎではないの、という感じもする。

「海の嵐」にしては周波数が高すぎて、
描写的ではなく、むしろ、警報風。

テンポの対比も強烈で、
ファンファーレのような豪快な管楽合奏で終わる。

以下の曲は、「オペラの前のシンフォニア」で、
三つの部分からなるが、
便宜的に第一楽章、第二楽章、第三楽章と呼んでみた。

Track2.「アルジルダ」。
がちゃがちゃちょこまかの
極端な強弱が対比されたもので、
前の作品に近い豪快さで進む。

煽るような推進力は疲れるが、
鮮烈さは、作曲家の情熱を彷彿とさせる。

Track3.同曲の第二楽章、
ぽろぽろとテオルボが鳴り、
チェロがぼそぼそ鳴る中を、
弦楽が緊張感のある音楽を進行させる。
同じトラックの第三楽章は、
警戒に跳ね回る田園舞曲。

Track4.「ジュスティーノ」。
またかと思わせるように類型的な、
弦がかき鳴らされる突進風主題は、
後半では、ためらう奇妙な表情を見せる。

それに反発するような主題も、
同様に途中で力が弱まる。
展開部風の部分はいろいろ変化があって面白い。

特にこれ以上に先鋭には出来ないくらいに、
この演奏は密度が高い。

Track5.第二楽章は、寂しげな、
夢遊病のような音楽であるが、
まるでショスタコーヴィチみたいなギクシャクと、
跳び跳ねる終楽章が来る。

Track6.「バヤゼット」。
まさしく、待ってましたみたいな感じで、
この勇壮な序曲が炸裂するが、
ゴニョゴニョした動機は、
変化をつけてチェロの独奏になっている。

Track7.第二楽章は、主人公の英雄に相応しく、
孤高の音楽だが、終楽章は、
これまた激烈な金管の咆哮がこの演奏のコンセプトに合っている。

Track8.「オリンピアーデ」。
この曲なども乗りまくって、
飛び跳ね回る表現が過激である。
チェンバロのかき鳴らしが、打楽器的である。
神経質に強弱、スピードが激変する。

Track9.第二楽章は、
リズムがカリカリしていて、
いくぶん潤いがないが、
終楽章は、ひねくれた主題をこねくりまわして面白い。

Track10.「祝されたセーナ」のシンフォニア。
この曲は、オペラへの序曲ではない。
祝典的なセレナータについているもので、
シモーネの序曲集にはなかった。
しかし、シモーネは、このセレナータ全曲を録音しいる。

何となくヴィヴァルディへの微笑みを感じさせるとはいえ、
恣意的で挑発的なものが続くサルデッリの演奏の中で、
不自然さがないのは、この辺りだろうか。

即興的なのか、思いつきで突発的なのか
よく分からない解釈だが、
この曲では、比較的抵抗がない。

Track11.第二楽章は、
ポツポツと流れが途切れるが、
晴朗な終楽章への流れ込みは素晴らしい。

エマーヌエル・バッハくらいの時代を思わせる爽快さである。
チェンバロのきらびやかな技巧も同様の時代感。
が、このセレナータ自身は、それほど後年のものではない。

Track12.「祝されたセーナ」の序曲。
緩やかな序奏を持ち、解説にあったように、
管楽器のオブリガードがついている。

バロックのマニエリズムと言いたくなる
不思議に立ち上る楽想が幻想性を深める。
エル・グレコの絵画の背景みたい。
これは美しい。

あるいは、バロックそのものなのかもしれない。
まさしく「いびつな真珠」である。

Track13.終楽章の田園舞曲は、
木管楽器が古雅な長閑さを感じさせ、バッハの管弦楽組曲風。

Track14.「グリセルダ」。
これまた、強烈なアタックで始まるものだが、
アクロバットのような音の連続が爽快。
テオルボだろうか、立ち上る撥弦楽器の音色も、
ハイセンスで気が利いている。

Track15.第二楽章は、
へんてこな音の切り方で面妖な音楽になったが、
終楽章の武骨なリズムの破れかぶれの音楽は、
是非、これくらい思い切りやって頂きたい。

Track16.「テウッツォーネ」。
じゃんじゃかやかましい上に
過激なアタックが積み重なって、
もうベートーヴェンも脱帽の音の建築である。
個々の楽想は煉瓦のようだ。

この指揮者のかき鳴らし嗜好がよく活かされている。

Track17.第二楽章は、
悩み多い複数の声部が絡まってうねうね行く感じ。
終楽章は、弾けてお開きにするような陽気なもの。

Track18.「離宮のオットーネ」。
待ってましたの序奏から興奮が掻き立てられる。
二つのヴァイオリンの技巧的な絡まりも、
管楽器の応答も個性的で美しい。

Track19.第二楽章は、
短いがメロディもシンプルで情感豊か。
終楽章は、それの高速版。

Track20.「ファルナーチェ」。
この曲などは推進力に明快な流動感が加わって、
とても分かりやすい音楽である。

Track21.第二楽章は、
その代わりリズミックでスケルツォ風、
終曲は爽やかで晴朗な解放感のある音楽。

Track22.「ダリオの戴冠」。
じゃじゃじゃ系の強引系。
そこに優しいメロディが絡まる感じ。
これは、前古典派の交響曲といった雰囲気。

Track23.第二楽章は、
モノローグ風で長い。
終楽章は、これは、短く破れかぶれ系。

Track24.「アルミーダ」。
これまた暴発の冒頭。
基本じゃんじゃかで、
そこにヴィヴァルディ的な
詩情豊かな経過句が織り込まれていくのを、
決して聞き逃してはならない。

Track25.第二楽章は、
かなり抽象的に空中に浮かんでいる。

終楽章では、急に意識を取り戻したように、
短く強烈な舞曲が縦のラインを強調する。

Track26.「テンペのドリラ」。
解説にあったように、これは前の曲の、
第一、第二楽章に続けて演奏されて、
完全なシンフォニアとなるが、
ここでは終楽章だけ録音されている。

ヴィヴァルディの四季の冒頭の切れ端である。
これで終わりなの?という感じもする。

得られた事:「ヴィヴァルディのオペラは、十年にもわたって人気を保った演目もあるが、それは人気曲を流用し、流行に合ったものに差し替えながらの上演を可能にしたユニット設計戦略による。」
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by franz310 | 2012-11-03 19:59 | 古典 | Comments(0)

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その351

b0083728_18152315.jpg個人的経験:
前回、ヴィヴァルディの、
オペラから、アリアの他、
シンフォニアを集めた
CDを聴いたが、
シンフォニア(序曲)のみを
集めたCDもいくつか出ている。
このCDも、
ヴィヴァルディの、
「オペラの前のシンフォニア」
というタイトルになっている。


かつて、エラート・レーベルで、
ヴィヴァルディのみならず、
イタリア・バロック関係の録音では一世を風靡した、
シモーネ指揮のイ・ソリスティ・ヴェネティの演奏。

表紙のGiovaneの絵画も美しい。
サンマルコ広場を描いたもので、
ヴィヴァルディが生まれた年に亡くなっている画家らしいが、
当時のヴェネチアの活気を表していて、
何とも言えぬ味わいがある。

単に活気というのではなく、
この夕陽色の色調が、すでに、
最盛期は過ぎ去った街の印象をもって、
私の胸に刻まれる。
作者がそう思って書いたかどうかはわからないが。

このCD、録音は1978年と、
30年以上も前のアナログ録音であるが、
オリジナル楽器が当然となる前の解釈で、
弦楽合奏も分厚く、第一ヴァイオリンだけでも、
9人の奏者の名前が連ねられている。

チェンバロには、名手スグリッチの名前が見えるが、
このチェンバロが、素晴らしい銀色の響きを聞かせることは、
この演奏を通じて、耳にしみることで、
改めて名前を見てうれしくなった。

エラートでバロック音楽のLPを楽しんだ世代には、
何となく懐かしさを感じさせる名前であろう。

なお、バスーンには、日本人名、
WAKABAYASHI MICHIOがある。

「当時の劇場の雰囲気の中で作曲された、
アントニオ・ヴィヴァルディの『オペラの前のシンフォニア』は、
『赤毛の司祭』の才能と個性を表した、
非常に興味深い証拠となっている。」

と、演奏をしているクラウディオ・シモーネ自身の解説も、
かなり期待される書き出しである。

「オペラ分野において、ヴィヴァルディは、
非常な熱意と努力で取り組んだ。
華麗で想像力にあふれる音楽で『赤毛の司祭』は、
ヴェネチアのバロック芸術の頂点を表している。
大胆にも、最初の器楽曲群に、
『放たれた音楽のイマジネーション』とか、
『過度の』といった名前をつけた男は、
ヴェネチアの劇場のきらきらした飾りや、
魅力的なアトラクションとして片づけられる存在ではなかった。
これらの劇場は、すべての偉大な文学家たち、
劇作家、カナレットのような華麗な振付師、
当時の最も重要な作曲家たちの戦場であり、
継続的に公衆に『驚き』を提供していた。
彼の死(1741)を前にした手紙によると、
ヴィヴァルディは94曲のオペラを作曲した。
彼は、四分の一世紀にわたって、
音楽ショーの監督であり興行師で、
彼が、いかに劇場に直結していたかが分かる。
さらに言うと、彼は、生涯を通じて、
歌手のアンナ・ジローと非常に親密な関係にあり、
彼女は、彼の作品を歌い、多くの作品に登場した。
さらに、マルク・パンシェルルがすでに指摘したように、
多くの器楽曲での革新的書法が、
形式的にも表現の領域でも、
劇音楽に直接的な影響を与えている。」

確かに、パンシェルルの著書(早川正昭訳)を見てみると、
「器楽とオペラが並行して作曲されていった
この自然な結果として、
この2つの分野は互いに影響を及ぼしあった。」
とあったり、
「ヴィヴァルディの第一の独創性が、
コンチェルトの中にオペラ的な要素を持ち込んだことにある」
とあったり、
「ヴィヴァルディの音楽性は、両方に同じように貫かれている」
とあったりする。

「この巨大な作品群のほんのわずかしか、
残念ながら今日まで残っておらず、
その重要性はようやく認められはじめられたところである。
我々は20作品かそこらしか知らず、
いくつかは不完全であり、
すべてのページが『赤毛の司祭』のものではないものもある。
いくつかは疑いなく傑作であって、
音楽史に残るいかなる傑作とも比較できる。
『オペラの前のシンフォニアは、
ヴェネチアのバロックのメロドラマの発展の中、
ロマンティックな前奏曲や交響曲の先祖となった。
ヴィヴァルディの時代を通じて、
それらは比較的単純なパターンのものであったが、
我々は、それら大多数を、
一連のシリーズのように見ることが出来、
ちょうど、コンチェルト・リピエーノや、
合奏協奏曲、独奏コンチェルトなど、
ヴェネチア風の協奏曲への
出発点となった。
当初、これらのシンフォニアは、
厳密な意味での音楽作品ではなく、
聴衆にオペラの開始を告げるための、
アナウンスの和音の連続にすぎなかった。」

ということで、ヴィヴァルディの場合、
協奏曲が序曲になったように見えるが、
もともと、オペラがあって、
それらが協奏曲的な形態をとって行った、
という解釈のようである。

「1609年のマルコ・ダ・ガリヤーノの、
『ダフネ』のまえがきを見てもそれは明らかである。
彼は、シンフォニアを、様々な楽器で奏し、
カーテンが上がる前に聴衆の注意を引けと書いている。
この聴衆の注意を引くことは、
最近の例では、開演のベルを想起させるが、
これがシンフォニアの芸術性を支配することになった。
長い間、これらの作品は、
和音を繰り返すファンファーレであったが、
協奏曲のように、三つの部分を持つようになり、
ゆっくりした和音が前にあって、
速い楽章が続くようになった。
このあまりにも単純な音楽による警報は、
1642年のカヴァッリの『愛の矢の美徳』に明らかに見られ、
一つの和音が260回も繰り返される。
このパターンは多くの和声や、
異なるリズムを有することで豊かさを増した。
この、器楽のコンサートを導く、
『オペラの前のシンフォニア』の新しい形式にもかかわらず、
少なくとも18世紀の前半においては、
これらのシンフォニアは慣習的で類似のものであった。
ベネデット・マルチェッロは、
彼の『ファッショナブル・シアター』において、
手厳しく皮肉っている。
『シンフォニアは一般にフランス風か、
三度の和音の16分音符の急速な和音からなり、
短三度を伴う同じ調性のピアノ部が続き、
時代遅れな、フーガや、
ブリッジ・パッセージや主題はなしで、
再び短三度を伴うメヌエット、ガヴォット、
またはジグで終わる。』
『赤毛の司祭』の爆発性の才能は、
色彩や目もくらむような名技性の、
素晴らしい豊かさを加えた。
彼の『オペラの前のシンフォニア』は、
名人芸に満ち、明るく輝かしく、
聴く者に、純然たる喜びを感じさせる。
ヴィヴァルディが劇場のために書いた時代をカバーして、
シンフォニアは残っていることを特筆したい。
そして、それらのある特徴は、
常に繰り返されていることが分かる。」

このように、シモーネは書いて、
いくつかの特徴を列記している。

「1.非常な単純な形式で書かれており、
マルチェッロの書いたような感じで、
生涯を通じて、それはほとんど変わっていない。
調性はほとんどがハ長調か、関係調である。
最初の部分は一般に明るく器楽的で色彩的、
ダブル・ストッピングや繰り返しが、
オーケストラで奏される。
第二の部分は表出力があり、
出だしから優雅であり、
第三の部分は、非常に短く、
三拍子で踊りやすく、時にメヌエットと題される。
2.器楽的な見地からすれば、
これらの作品は、際立って類似であり、
第1、第2ヴァイオリンはユニゾンで奏され、
ある作品では、三度で奏される。
これは第二、第三の部分で顕著である。
ヴィオラはバスに重なっている。
3.オペラの前触れにもかかわらず、
シンフォニアは何の説明関係にもない。
最も血なまぐさい物語も、
他のものと同様に、
長調で生命力にあふれている。」

ということで、多くの作品は、
見分けがつきにくいが、
よく聞くと、様々な魅力に満ちている。

「すべてのオペラが、
専用のシンフォニアを持っているわけではなく、
ヴィヴァルディはしばしば、
同じシンフォニアを異なる複数のオペラに流用した。
したがって、シンフォニアがないオペラは、
他のシンフォニアを使って演奏されたものと思われる。
バヤゼットのためのシンフォニアは、
序曲とリブレットが無関係というルールの
例外であるように見える。
第二の部分に聞く、間合いや東洋的な色彩が、
物語の雰囲気からヒントを受けたように見える。
最初のシンフォニアは、
『離宮のオットーネ』のもので、
これはヴィヴァルディの最初のオペラとして知られ、
1713年にヴィンセンツァで上演された。
この作品では、ヴィヴァルディは、
上述の例外を示し、
合奏協奏曲のようなスタイルで、
オーケストラと二つのヴァイオリンと、
二つのオーボエが対話をする。
先立つ年に、アムステルダムで、
『Estro Armonico』を出版、
この形式に、彼は重要な貢献を行っている。
もともとは『ファルナーチェ』のために書かれた、
『テンペのドリラ』のシンフォニアの、
最後のセクションでは、
ヴィヴァルディの作品で最も有名なもののひとつ、
『春』の協奏曲の最初のトゥッティが聴かれる。
ヴィヴァルディは、もともと、
『ファルナーチェ』のために書いたオリジナルを、
『ドリラ』の最初のシーンに合わせて書き直した。
オペラは、春のお祭りのシーンで始まるのである。
ここでは、『四季』の有名な主題が登場する。」

では、各曲を聴いてみよう。()内は、私が補った。
音楽の友社の「名曲解説ライブラリー」にある数字だ。

Track1.「テンペのドリラ」
(テンペーのドリッラ)(1726)。
先ほど、解説に書かれていた作品が冒頭から登場する。

分厚い弦楽が、
モコモコした音形を繰り返しながら勢いよく飛び出すが、
テンポを落として、ヴァイオリン独奏が、
何度か繰り返されただけで、
何だか、静かに情念を秘めた次の部分になる。
そして、多くの人が驚くのが終曲部で、春のメロディ、
という感じ。

「四季」の演奏で鳴らした団体でもあり、
このあたりの表情は、実にそれっぽい印象を醸し出して、
演奏者自身が喜んでいる感じ。

Track2.「ファルナーチェ」。
これが、先の序曲のオリジナルの終曲である。

情感豊かな、さえざえと広がる弦楽のうねりが美しい。
「春」の協奏曲に負けずに、春の陽気である。
しかし、何の展開もなく終わってしまう。
1分半もない。

Track3.「ジュスティーノ」(ユスティヌス)(1724)。
これもざわざわするぎくしゃくした合奏に、
ヴァイオリン独奏の名技が絡まっている。
驚くべきは途中のものがファルナーチェ序曲の、
終曲のメロディと同じである点。
活発で、強弱の激しい音楽進行が、
かなり不格好な中断をともないながら悲愴感あふれる
メロディの中間部に流れ込む。
それもすぐに簡潔で元気一杯の終曲部に入る。

Track4.「離宮のオットーネ」(1713)。
これは、カークビーが歌ったアリアのCDに入っていた。
ヴィヴァルディの「四季」の後に入っていても
おかしくないような、ほとんど合奏協奏曲の外観ながら、
強弱の激しい起伏は、耳に適度な刺激を与え、
いかにも、舞台が始まるわくわく感を高めていく感じである。

中間部の寂しげな木管の佇まいも、
詩的ではかなげである。
終楽章はそれを勢いよくしただけ。

Track5.「ダリオの戴冠」。
(ダレイオスの戴冠)(1717)。
ファンファーレのような弦楽の激しい強打に続いて、
優しい応答が応え、目まぐるしい音形が駆け巡り、渦巻く。
その部分が展開部に見えて古典的な形式感はそこまで来ている。

逍遥するような繊細で情感をかきたてる中間部は、
いくぶん神経質な合いの手が入る終曲に続く。

Track6.「グリセルダ」(1735)。
この曲もカークビーが歌ったアリアのCDに入っていたもので、
この演奏の時代を感じさせる。
編成が大きいせいか、妙に重々しく、
ロマンティックで、もたもた感がある。
じゃっじゃっじゃっという即物的な序奏により、
でんぐり返りのような主題が導かれるが、
悲劇的な物語を反映してかしないでか、
なにか透徹した気分も低流している。

従って、中間部は何か昔話を語るような風情。

Track7.「試練の中の真実」(1720)。
ヘンテコな題名のオペラである。
この序曲(シンフォニア)は、たらららたらららと、
これまた直截的な開始で、
それがそのまま主部になっているのか、
たいした展開なく、
孤独なメロディが流れるゆっくりした中間部に続く。
躍動感のある終楽章はヘンデルの組曲みたいな感じ。

Track8.「エジプト戦場のアルミルダ」。(1718)
この曲になると、明るくざわめきのある序奏から、
明快なメロディが流れだし、
序奏のざわめきもこのメロディも展開があって、
少し古典派の交響曲みたいに明快さが心地よい。
中間部は少し物語を語るような風情がある。
題名につられて、エジプト風にも聞こえる。

終楽章は短いが、メヌエット風で優雅であり、
かつ爽やかな風を感じさせる。

Track9.バヤゼット(1735)。
これもカークビーのCDで聴いた、ホルンも勇壮なもの。
もたもた感はないが、ゆっくりゆっくりやっているなという印象である。
大編成ゆえに弦の分厚さによる
ロマンティックな情感を期待したいが、
まるで学生オーケストラの練習に聞こえるのは残念。

終楽章はものものしく、唯一、納得できる内容。
二人の王が対立する、このオペラの雄大な背景を喚起している。

Track10.「オリンピアーデ」。
(オリュンピアス)(1735)。
このシンフォニアは、
CDの大詰めに置かれるだけあって、
ヴィヴァルディの序曲の中では、
規模と構想と個性の上で特筆すべきものである。

乱暴で猥雑な冒頭からして注意を引き付け、
続く主題も表情豊かで、期待感に満ちている。

中間部の悩ましい情感も印象的で、
終楽章は合奏協奏曲のような解放感で、
ヴィヴァルディならではの爽快さが聞き物である。

この演奏では鈴のように、
チェンバロが鳴り響き、典雅さを盛り上げている。

Track11.「ポントスのアルシンダ王妃」(1716)。
「オルランド・フリオーソ」(1727)の序曲でもあるらしい。

ついに最後の曲であるが、これまた、序奏に続いて、
ヴァイオリンの技巧的な独奏部がある。
いかにも、ヴィヴァルディがさっそうと指揮をして、
ヴァイオリンも演奏している様子が思い描かれる。

これも、がちゃがちゃ系の出だしであるが、
稀有壮大な感じの楽想が現れるのが素晴らしく、
ピッチカートを伴う中間部の、
幻想的な効果は素晴らしい。
この部分、たっぷりとして、
この時代のヴィヴァルディ解釈の、
最も美しいページであるような気がする。

終楽章は、チェンバロの装飾も美しく、
爽快で、優雅なメロディが快適である。

得られた事:「生涯を通じて、オペラの序曲は、類似品と書かれたヴィヴァルディであるが、私の聞いた印象では、初期の方が古典的で、後期のものほど、表現主義的な感じ。」
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by franz310 | 2012-10-28 18:16 | 古典 | Comments(0)

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その350

b0083728_11242956.jpg個人的経験:
ヴィヴァルディ後期の
貴重なオペラ、
「ウティカのカトーネ」
の中のアリアを収録した
CDアルバムとして、
2009年に出た
ジュノーのものを聴いたが、
それから15年前の、
カークビーの録音にも、
二曲が収められている。


イギリスのハイぺリオン
のもので、表紙も美しい。
ロイ・グッドマン指揮の
ブランデンブルク・コンサートが共演している。

ティエポロの描いた、
「アルミーダの魔法の庭における、
リナルドとアルミーダ」という絵画で、
ヘンデルのオペラにふさわしい表紙だが、
このCDと、直接関係があるとは思えない。

なぜなら、
「ヴィヴァルディ:オペラ・アリアとシンフォニア」
と題されたこのCDには、
「グリセルダ」(1735)、
「ティト・マンリオ」(1719)、
「離宮のオットーネ」(1713)、
「アテナイーデ」(1728)、
「バヤゼット」(1735)、
「ダリウスの戴冠」(1717)、
「ウティカのカトーネ」(1737)といった、
どちらかと言えば、歴史ものが収録されていて、
魔法的要素はなさそうだからである。

また、このアルバムは、
単なるオペラ・アリア集というより、
啓蒙的なヴィヴァルディの
オペラ入門みたいな選曲になっていて、
最初の作品として知られる、
「ヴィラにおけるオットーネ」(1713)から、
序曲と2曲のアリアが選ばれて、
後期の作品である、
「タメラーノ」(1735)の序曲に、
「ウティカのカトーネ」(1737)から
2曲のアリアなどと、
比較できるようになっているのである。

マントヴァ時代の「ティト・マンリオ」なども、
選ばれて、解説の中で、この時期についても、
触れられている。

また、同じく後期の「グリゼルダ」からも、
序曲とアリア2つが選ばれて並べられ、
さながら、短縮オペラ集の趣向になっている。

どうやら、この「グリゼルダ」などが、
イギリスでは早く復活していたようで、
ERIC CROSSという人が、
1994年に書いた解説も、
こんな風に締めくくられている。

「ヴィヴァルディの現代によるリヴァイヴァルは、
特に、彼の生誕300年だった1978年がきっかけになったが、
英国では、ただ、『グリゼルダ』だけしか、舞台にかかっていない。
このアリア集は、いくつかは初録音になり、
各曲の印象的な劇的なパワー、
そのスタイルの多様性について導きになろうが、
オペラ・セリアのジャンルについて共感するプロダクションによって、
いくつかの彼の最高作品が上演されて初めて、
ヴィヴァルディのオペラ作曲家としての重要性が、
正しく計れることになるだろう。」

ということで、約20年前には、
ヴィヴァルディのオペラ作品は、
まだ、保留状態にあったということが分かる。

では、解説を見て行こう。
啓蒙的なCDであるがゆえに、概括的で非常に勉強になる。
表現がシンプルなのも読みやすい。

「現在、ヴィヴァルディは、多くの器楽作品でよく知られているが、
彼はまた、多作のオペラ作曲でもあった。
1713年、35歳でのオペラでのデビューの時までに、
彼はすでに協奏曲の作曲家として、
国際的な名声を博しており、
これらの活動は残りの彼の人生においても並行して続けられた。
彼が何曲のオペラを作曲したかは正確にはわからないが、
ヴィヴァルディは1739年の手紙で94曲と書いている。
しかし、この数字は、ヴィヴァルディの誇張趣味もあり、
再演や、自身の作品や他人の作品の再構成作品も、
疑いなく含んだ数である。
しかし、50曲以上のリブレットが残っており、
20曲ばかりのスコアも残っていて、
ほとんどが完成作品である。
ヴィヴァルディがオペラに関わったのは、
単に作曲家としてだけではない。
彼は、その人生を通して、興行主としても活動した。
劇場を運営し、歌手と契約し、しばしば値切ったりもし、
自身の作品と同様、ほかの作曲家の作品も上演した。
事実、彼のオペラの契約は、ヴェネチアの外へも、
彼を多くの楽旅に旅立たせ、
ローマやフィレンツェのような中心地を離れ、
ヴィーン、たぶん、プラハにも赴いた。」

このあたりのことは、
ぜひ、いきなり全曲録音などを聴く前に、
読んでおくべきであった。

しかし、面白い事に、
ジュノーもカークビーも、
私が最初に聞いた、
「オルランド・フリオーソ」(1727)などは、
まったく無視した選曲を行っている。
また、ヴィヴァルディのオペラでは、
「テルモドン川のヘラクレス」(1723)
なども聞いたが、
いずれも、今回のCDでは手薄な、
1720年代のものであることが、
今回の解説で、改めて意識された。

「すべての現存するヴィヴァルディのオペラの序曲では、
作曲家は『シンフォニア』と題して、
彼の膨大な協奏曲同様、3楽章形式になっている。
『テンペのドリラ』では、シンフォニアの最終楽章が、
オペラの開始部のコーラスと同じ材料、
有名な『四季』の『春』の協奏曲の最初の部分を共用しているが、
これはただ一つの例外で、
普通、序曲とオペラに主題的なつながりはない。
事実、その手稿を見ても、
シンフォニアはタイトルページの前に置かれ、
また、前の作品のシンフォニアを、
いくつかのヴィヴァルディのオペラは流用している。」

こんな具合に、序曲の解説だけでもかなり手厚いのが、
このCDの特徴で、確かに、トラックが18あって、
3つの序曲用に9トラックが使われている。

「オープニング楽章が、3つの楽章では最長で、
性格的にはブリリアントである。
最初の主題は、ヴィヴァルディの協奏曲でよくある、
マルチストップの『スリー・ハンマー・ストローク』など、
ヴァイオリンのテクニックが目立つように利用され、
1735年の2つのオペラ、
『グリセルダ』と『タメラーノ(作曲家の自筆譜ではバヤゼット)』
では、これで開始される。」

こう書かれているので、聴き比べると、
確かにTrack1.の「グリゼルダ」も、
Track13.の「バヤゼット(タメラーノ)」も、
じゃっじゃっじゃっとはじまり、
同じ曲かと思ったくらいである。

が、「タメラーノ」では、勇壮なホルンが活躍し、
第2主題は木管で演奏されて、より古典的な感じがある。
「グリセルダ」では、より執拗な主題の弦楽による反復が目立つ。
それゆえに、もっとねちねちした感じがつきまとう。
したがって、ロマンティックな感じ、
と言い換えてもよいかもしれない。

「こうして、聴衆の関心を引いた後、
ヴィヴァルディは対照的な楽想を繰り広げる。
しばしば繰り返され、少し短縮され、
リピエーノ協奏曲と同様の構成となる。
需要な部分は、しばしばゆっくりと、短調で、
『グリゼルダ』では、半音的な進行や、
前打音アッポジャトゥーラが見られるのに対し、
『タメラーノ』では、高音の弦楽が持続音を続ける中、
驚くべきことに、低音にメロディが現れる。」

このように、二つの主題の対比で、
曲が緊張感をもって立体的に聞こえ、
ほとんど、交響曲の世界である。

「これら2つの序曲の中間楽章では、
典型的ヴィヴァルディで、
優しい短調のアンダンテが来る。
ハープシコードなしで、
低音の弦が鼓動のように繰り返す中、
ユニゾンのヴァイオリンが抒情的なラインを描く。」

これらの楽章では、ヴァイオリンの独奏が、
悩ましいトリルを聞かせて、
これまた、非常に似た双生児である。
Track2.の「グリセルダ」の方は、
何となく、物語を語り聞かせるような楽想で、
中間部は、ふと、現実に返るような楽想、
「バヤゼット」の方は、より内省的で、
中間部には、心やすめになる主題が出る。

「フィナーレは、生き生きとした、
三拍子の舞曲で、長調への短い回帰がある。
ここでも再びヴァイオリンはユニゾンで、
『タメラーノ』ではホルンだが、
短調の静かな中間部があって、
これがテクスチャーに加わる。」

Track3.の「グリセルダ」の方は、
野趣あふれるリズムが強烈で無骨。
Track15.の「バヤゼット」の方は、
ホルンの響きも牧歌的なメヌエット風である。

「初期のオペラ『離宮におけるオットーネ』の序曲は、
『タメラーノ』と同様例外的に管楽器を含む。
ここでは、しかし、ヴィヴァルディは、
2つのオーボエを採用、
その素晴らしい3度のソロ・パッセージは、
第1楽章で繰り返され、
より技巧的な独奏ヴァイオリンと交代する。」

Track7.の『オットーネ』序曲は、
明るく晴朗な感じで、誰にでも楽しめる。
非常に典雅なもので、上記オーボエもさることながら、
2つのヴァイオリンによる、
唐草模様のような装飾が美しい。

「第2楽章は、後年のシンフォニアの通常形と違って、
二部形式で、最初の半分は、ヴァイオリン伴奏のオーボエ、
そして、後半はヴァイオリンを補助するオーボエ付きの弦楽合奏。
同じ8小節の最初の部分はイ短調からイ長調に変えられて、
終曲のアレグロとなる。」

Track8.の第2楽章は、
ロマンティックな情感溢れ、
詩的なヴィヴァルディの芸術のエッセンスのよう。

「第1楽章の32小節のオーボエのパッセージが回想され、
3つの楽章が、珍しくも主題でリンクされる。」

Track9.の終楽章は、
単に、前の楽章を早くしただけだが、
まことに爽快で、爽やかな風のように、
吹き抜けてゆく。

この時代の、希望いっぱいのヴィヴァルディの、
心境を描き出したような感じもする。

このように、今回のこのCDの解説、
序曲だけで、かなりの語りが繰り広げられている。

私は、すでに、「離宮におけるオットーネ」を、
この欄で取り上げたことがあったが、
まさか、ほぼ処女作の方が、
むしろ多様な工夫がされているとは思っていなかった。

さて、このCDは、いきなり、
後期の作品「グリセルダ」から始まるが、
この作品は、この英国製CD発売時点で、
英国で唯一、上演されたヴィヴァルディのオペラだったようなので、
何か、代表作的な位置づけにあったということであろうか。

あらすじを見ても、
別に、この作品が特別なもののようにも思えないが、
ひょっとすると、オペラを離れても、
文学者として高名な、ゴルドーニがリブレットを担当したから、
みたいな理由があるのだろうか。

「『グリゼルダ』は、ヴィヴァルディのキャリアの終わりにかけて、
ヴェネチアのテアトロ・サン・サミュエレのために書かれたもので、
1735年、昇天祭のシーズン、5月18日に上演された。
この上演のために、ゼーノのポピュラーなリブレットは、
若い劇作家カルロ・ゴルドーニによって改作され、
彼のメモワールには、
当初、未知の作家の能力に懐疑的であった作曲家が、
ゴルドーニが筋に沿って、新しいアリアを作った時、
いかに、完全に納得させられたかが書かれている。」

このように、ゴルドーニとヴィヴァルディの出会いも興味深い。
このイタリアを代表する劇作家は、
1793年にパリで85歳で没するが、
あと、4年でシューベルトが生まれる年まで生きたわけで、
ヴィヴァルディとシューベルトの距離感が分かるような気がする。

「テッサーリアの王グァルティエロが、
どのように質素な小作農のグリセルダを、
自分の妻にしたかが語られる。
民衆の不安は、娘のコスタンツァが生まれたことによって、
頂点に達する。
反乱を抑えるため、王は子供は死んだことにして、
アテネに密かに送って育てさせることにする。
何年か後、グリセルダの忠節を試すため、
グァルティエロは、コスタンツァを街に呼び寄せ、
彼女は本当の身の上を隠し、
新しい妻にするようなふりをする。
第2幕の第2場で、コスタンツァは、
夫となるべき人への義務と、
幼馴染の恋人、ロベルトを巡る葛藤を語る。」

グリセルダより、コスタンツァの方が、
主人公のような書かれ方をしている。

「『アジタータ・ダ・ドゥ・ヴェンティ』(Track5.)は、
嵐の海に揉まれる船を、彼女の状況になぞらえる。
おなじみの比喩は、彼の『海の嵐』の協奏曲の、
生き生きとした描写を思わせる。
これは、同じアリアを、先立つ年に、
マルガリータ・ジャコマッツィが、
『アデライーデ』の中のマティルデ役で歌っていたので、
さぞかし人気のあるアリアだったと思われる。
名技的な声楽書法は、明らかに、
ジャコマッツィの印象的な技巧を万全に生かすように、
設計されていることは明らかである。
急速に繰り返される同様の音符、広い跳躍などが、
オーケストラのリトルネッロに彩られた声楽部に見られる。」

この素晴らしい飛翔を見せるアリアは、
ひょっとすると、ヴィヴァルディを代表するものかもしれない。
少なくとも、技巧の点ではそうだし、
音楽の推進力、上昇力の点でも、ものすごい効果を持つものである。

しかし、このカークビーの歌は、
歌のお姉さんが歌う同様みたいで、
人畜無害でひたすら明るいが、これでいいのだろうか。
歌に微笑みすら感じさせ、
まるで、苦悩の歌には聞こえない。

このアリアは、「Vivaldi AGITATA」と入れるだけで、
ネット上で大量の動画検索が可能であるが、
ジュノーも、バルトリも、複数聴けるが、
激しく突き上げるように高速で曲をドライブして、
切迫した状況をうまく表現している。

表情なども、微笑している暇がないほどに、
恐ろしくゆがみ切っている。

こう並べて聞くと、バルトリは、
その表現の多彩さにおいて新境地を拓き、
ジュノーのような世代が、そこに、
さらに柔軟さを加えていることが分かる。
スミ・ジョーの動画も見たが、
ちょっと優等生的で、カークビーに近い。
カバリエの歴史的ヴィヴァルディでは、
古典歌曲みたいな位置づけで歌われている。

ついつい、アジタータで足踏みしてしまったが、

「オペラの最後の幕では、ロベルトとコスタンツァは、
ぞっとしたグリゼルダによって発見されるが、
彼らが驚いた事に、グァルティエロは彼らを許す。
『虚しい影、不正な恐怖』(Track4.)という、
コスタンツァの優しいハ長調のアリアは、
息つく間もない中間部は、彼女の過去の苦しみを思い出させるが、
より幸福な未来を待望するものである。」

このような幸福を願うアリアは、
技巧と詩情が両立した極めて美しいもので、
カークビーのような清潔感で聞かせる歌手には、
よく合っているのではないだろうか。
中間部の狂乱の部分、
「もはや、こんな苦しみは耐えられません」も、
ちょっと影が差す程度である。

このCDの解説は、時代順になっておらず、
いきなり、初期から中期にかけての話になる。

「1718年から1720年に、ヴィヴァルディは、
マントヴァ宮廷の宮廷楽長に任命された。
まずは、オペラ興行に着手、
彼は、1718年と19年のカーニバル時期、
『ティト・マンリオ』や、『テウッツォーネ』といった、
自身のオペラの全権を握った。」

ということで、マントヴァ時代の作品が登場。
ヴィヴァルディは、この時代に、
生涯の盟友とも言うべき、
アンナ・ジローに会っているので、
とても気になるではないか。

「『ティト・マンリオ』は、このローマの執政官が、
反抗的なラティウム人に罵るところから始まる。
そして、息子や、ラティウム族の騎士、
ルッチオまでが従う。
彼は、ティトの娘のヴィッテリアを愛していたからである。
彼女は、しかし、ラティウムの首領、
ジェミニオを愛するがゆえに、そんな罵りに反抗する。
ティトは、彼女が祖国を裏切るなら、死ぬべきだと言う。」

この物語など、ティトをカトーネに、
ジェミニオをカエサルに置き換えれば、
ほぼ20年後の「ウティカのカトーネ」そっくりの構図である。
当時のオペラの筋は、20年くらい、
平気で同様のパターンだったようだ。

「第2幕冒頭のアリア、
『残酷さに惑わされてはならない』(Track6)で、
ルッチオはティトに娘への憐みを見せてほしいと乞う。
ヴィヴァルディの自筆譜は、
このCDにも収録されている『ダリオの戴冠』の、
『Non mi lusinga vana aperanza』というアリアを流用し、
新しい歌詞をつけたものだとわかる。
後者のアリアは、オーボエと通奏低音だけが伴奏し、
声に寄り添う独奏楽器の扱いを示した、
ヴィヴァルディの素晴らしい一例である。
二つの線は時に互いに親密で、特に三度に近づく。」

これは、この解説にあるとおりで、
夕暮れの空を仰ぎ見た時のような情感の
オーボエ協奏曲の第2楽章のような趣で、
声と、器楽の調和が、ものすごく詩的である。
カークビーの情念を超越した声が、
この場合、器楽の協奏曲にぴったりな感じ。
これは、極めてヴィヴァルディ的な世界と思える。

しかし、シューベルトにも、
木管のオブリガードを持つ歌曲やアリア、
宗教曲があるが、ここには、大先輩の傑作が聴ける。

この後、初期(1713年)の「離宮のオットーネ」の解説があるが、
これは、前に聞いたので少し省略。
このオペラから、以下の2曲が採られている。

Track10.には、
「嫉妬、すでにお前は我が心を地獄より恐ろしい状態にした」
というアリアも、ヴィヴァルディらしい活気に満ちた、
素晴らしい名曲であるが、この爽やかな歌唱から、
この恐ろしい歌詞を想起することは不可能である。

中間部で、不安を掻き立てる部分も、
ヴィヴァルディらしい詩的情緒が発散している。

Track11.の
「影よ、私の嘆きの木霊よ」もまた、
処女作にかけるヴィヴァルディ一流の才気が漲るもので、
素晴らしい木管やヴァイオリン独奏の活用、
木霊のような二重唱の効果がぞくぞくする。
ここでは、リリアナ・マッツァーリという人が、
木霊のような、恋人の声を受け持っている。

恋人同士の木霊のような二重唱といえば、
ロッシーニの「試金石」が思い出されるが、
ここでは、あのような洒脱さはなく、
何とも、恐ろしい、悲しい性の、
詩的絵画のようなものになっている。

以下、1720年代の作品についての解説となる。
中期の脂ののった時期であろうか。
(こんなことはどこにも書いていないが、
1710年代、20年代、30年代という区分では、
そんな風に当てはめられるように見える。)

「『グリゼルダ』同様、『アテナイーデ』は、
ヴィヴァルディが、
ゼーノのテキストにつけた、
数少ない作品の一つである。
ヴィヴァルディのオペラの、
1720年代半ばにローマで人気によって、
多くの劇場が彼に委託したが、
1727年の初頭には、『ヒュペルメストラ』が、
フィレンツェのペルゴラ劇場で上演された。
その成功を受けて、翌年の12月には、
『アテナイーデ』が初演されたが、
これはあまり評価されなかった。
批評家は、特に、
プルチェリアの役を歌った
ヴィヴァルディの被保護者、
メゾ・ソプラノのアンナ・ジローを非難した。」

まさか、ここに来て、
アンナ・ジローが出てくるとは思わなかった。
というか、待ってました、という感じだろうか。

とにかく、ここでは、
1720年代のオペラの代表として、
「アテナイーデ」が取り上げられている。

「アテネの哲学者の娘、アテナイーデは、
ペルシアの王子、ヴァラーネの愛情から逃れるため、
コンスタンティノープルに逃れていた。
彼女は今や、偽りの名前、エウドッサとして、
皇帝テオドラシス二世と婚約している。
しかし、ヴァラーネは彼女をコンスタンティノープルに追い、
アテナイーデは、彼らを選ばなければならない。
彼女はテオドラシスへの忠誠を決め、
その証拠として彼に送った宝石は奪われ、
彼女の知らないところでヴァラーネに送られてしまう。
このように、第3幕では、テオドラシスの妹、
プルチェリアに裏切りを責められ、
驚いた事に、彼女は皇帝に拒絶され追放されてしまう。」

ヒロインが、ここまで、追い詰められるのは、
ロッシーニのタンクレーディなども同様で、
このような趣向は、20年どころか、
一世紀以上も続いていたということであろう。

が、せっかくアンナが出て来たのに、
彼女が歌った歌ではないところが物足りない。
プルチェリアの歌も収めるべきであろう。

「彼女は、その苦しみを、劇的なシェーナ、
『待って、テオドラシス、聴いて』(Track12.)
で吐き出す。
これは単純なレチタティーボと、
伴奏つきのレチタティーボと、
アリオーソとのミックスでなり、
その柔軟な様式は、
ヴィヴァルディというより、ヘンデルを思わせる。」

とあるが、確かに、9分を越えるアリアで、
まさしくヘンデルの「アルチーナ」の
「わが心」などを思い出す情念の大作となっている。

「彼女は、テオドラシスに行かないでといい、
彼はぶっきらぼうに立ち去って、
それがハ短調で終わる
短い6小節のラメントの引き金となる。
伴奏つきレチタティーボの劇的な部分に続き、
彼女は、自らの運命と皇帝の追放命令を思い出す。
それから、攻撃的なアレグロ・モルトは、
時折、無垢の愛を思う優しいラルゴが、
散りばめられているものの、
逃げることを決めたような、
声楽にも弦楽にも16分音符が敷き詰められた、
狂ったようなプレスト部を導く。
最後は、短いレチタティーボ部の後で、
彼女は、貧しい羊飼いのような、
追放の人生を受け入れて、
異常なヘ短調、
無慈悲なシンコペーションのリズムで、
フルスケールのダ・カーポ・アリアを開始する。」

まさしくここに書かれているような、
素晴らしい変幻の妙を見せ、
シューベルトの「フィエラブラス」などの、
後半を盛り上げる、メロドラマの融合なども、
こうした前例があると考えてはならないのだろうか。

まさしくこのCDの頂点を極めるのにふさわしい名曲で、
圧巻と言ってもいい内容だが、
カークビーが歌うと、むしろ、時代をさかのぼって、
モンテヴェルディのマドリガルみたいな感じにも聞こえる。
意外にも、そうしたルールを掘り当てた歌唱なのかもしれないが。

「ヴィンセンツァでの、
オペラ作曲家としてのデビュー後、数年は、
ほとんどのヴィヴァルディの劇作品は、
故郷のヴェネチアで上演された。
1717年の『ダリウスの戴冠』の中で、
オロンテは、人々に人気のあるハンサムな青年で、
キュロス王の死後の3人の後継者候補の一人である。
流血を避けるため、高潔なダリウス(候補者の一人)は、
キュロス王の長女のスターティラを娶った者が、
王冠をも受けるべきだと提案する。
第2幕6場で、太陽の神託によって承認され、
アポロとオロンテは、
アリア『虚しい希望で悩ませないで』
(Track16)の中で、
自分が選ばれることを願う。
この忘れがたいシチリアーノは、
オリジナルは、カストラート、
カルロ・クリスティーニによって歌われ、
ヴィヴァルディの初期オペラの様々な特徴を示している。
オープニングのメロディの間合い、
ナポリ6度の頻繁な利用、
低音楽器を使わないで、
声楽が活躍する部分の伴奏を、
軽やかにしていることなどである。」


続いて、「ウティカのカトーネ」の解説があるが、
このオぺラもここで取り上げたので、
すべての解説を訳出はしない。

Track17.は、第2幕5場で歌われる、
「顔に風を感じたら」というアリア。
政敵カトーネの娘、マルツィアから、
カエサルが、父との和平を促された時のもの。
ソプラノ・カストラートのロレンツォ・ジラルディのために書かれた。
弱音器付のヴァイオリンと、
ヴィオラのピッチカートを伴う雰囲気たっぷりのもの。
ここでは、カエサルは愛に酔いしれているので、
カークビーの澄んだ表現は好ましい。

Track18.は、戦争を想起させる、
「戦場で、我を試せ」。
トランペット付の勇壮なアリア。
カークビーは、カストラート役を担える感じではないが、
どれもこれも格調高く、音楽的に高水準、
飽きさせない、安心できる完成度の高い歌唱である。

グッドマン指揮のブランデンブルグ・コンソートも、
全編を通じて、作為なく充実した演奏を聞かせている。
分かりやすい解説も良かった。

得られた事:「鑑賞上の仮説。ヴィヴァルディオペラ作品、1710年代(初期)は器楽の比重が高く詩的、1720年代は実験的、1730年代(後期)はナポリ派的な明晰な技巧勝負、といった感じ。別途、検証を要するが。」
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by franz310 | 2012-10-21 11:28 | 古典 | Comments(0)

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その349

b0083728_18495011.jpg個人的経験:
1739年と40年、
謝肉祭のシーズンに、
アルプスを越えて、
はるばるグラーツでも、
上演されたという、
ヴィヴァルディ
最晩年のオペラ、
「ウティカのカトーネ」には、
多くの素晴らしい
アリアが含まれているが、
あまり有名とも思えない。
そんな中、
このジュノーのCDは、
そのアリア2曲を収録。


今回、ここに示したのは、
Virginレーベルから出たCDの裏面であるが、
真紅のたっぷりとした生地の衣装をまとったジュノーが、
ちょっと、いつものボーイッシュなイメージとは、
違った感じで映っている。

髪の毛の盛り上がり方も尋常ではない。
よく見ると、ヴァージン・クラッシックス・クラブの
ホームページに行くと、ボーナス・マテリアルが見られるとある。
さっそく、レジスターして入ってみた。

トップページには、別に、そんな案内はない。

せっかく登記したので、やみくもな感じで、
演奏家の中から歌手、ジュノーと選び、
さらにこのCD表紙写真をクリックすると、
下記のような能書きと、動画の画面が出て来た。

「ヴェネチアのうららかな湾は、
アメリカの最北の寒い海からは遠いが、
アラスカ生まれのメゾソプラノ、
ヴィヴィカ・ジュノーは、
現在ヴェネチアの近くで暮らしており、
彼女は、ヴィヴァルディをよく取り上げる。
ヴィヴァルディのアリアを集めた、このアルバムは、
その1ダースぐらいのオペラから選曲され、
初録音のアリアも5曲含むものだ。」

なぜ、彼女がヴェネチアの近くで暮らしているかと言うと、
彼女の夫がイタリア人だということだ。
インタビューで、彼女が答えている記事がネット上にあった。

ヴァージン・クラシックスのこのCDのPRのページ、
動画の方は、奇妙な構成で、同じものが続けて入っている。

最初の方は字幕なしで、
後半が英語字幕付きになっている。
極めて美しい映像で、イタリアの古い町並み、
古い教会での演奏(収録)風景などに、
インタビューが挟まれる。

指揮をしているビオンティは、
「ヴィヴァルディの才能のショーケースのような録音だ」
といい、
ジュノーは、
「それはとてもリリカルだが、一面、ハッセのようにけばけばしい」
などとこれらの収録曲を形容し、
本当に、この録音でいいものをたくさん発見した、
みたいなことを語っている。

教会の回廊を回るジュノーは、ロングヘアだが、
録音時には、髪を束ねているのであろう、
いつものボーイッシュな雰囲気になっている。
「バヤゼット」の付録のDVDを見た時にも、
こりゃあ、すごい歌い方だと感じ入ったが、
これは今も健在だ。
エピソード的に子供が出て来るが、
彼女の子供であろうか。

とにかく、これは良いCDを手に入れた、
という感じがするプロモーションで、
非常に満足した。

実は、私は、このCDにおけるジュノーの声は、
ちょっと抜けが悪いような気がしていたが、
この映像を見ると、それ以上の価値があると感じられた。

また、このホームページには、
ニューヨークタイムズが、
「名人芸のレパートリーが彼女のトレードマーク」
としながら、
この歌手を評した時の記事を引用している。

「彼女の声は、彼女の外見同様、イケている。
明るく自由な高音や豊かなチョコレートのような低音が、
削岩機のようなスピードで、
マシンガンのような正確さから、
春の雨だれのような不規則な連続性まで、
彼女の繰り出すコロラトゥーラの流れに譲るにしても。
ジュノー自身が言っている。
『バロック音楽では、声楽とオーケストラの相互作用が好き。
オーケストラは単に伴奏するだけでなくて、
歌手が言おうとしていることに句読点をつけ、
真の意味での器楽との競演になるから。』」

さて、このように、
素晴らしい聴きどころ満載のアルバムであるが、
何しろ、ヴィヴァルディの碩学、
デラメアの解説なので、語られることも多く、
前回は半分しか聞き進むことが出来なかった。

今回、めでたくもノーベル賞を取った山中教授は、
見ちゃおれんほどのハードスケジュールで、
飛び回って取材や講演や方々での会見に忙しいが、
私は一枚のCDを聴くのに、時間ばかりかかっている。

何年か前に、私は教授の講演を真ん前で聞いたことがあったが、
非常に精力的な人であることはすぐに感じられた。
早く特許を整備しないと、競争に負けてしまうと、
しきりに訴えていた頃である。
まだ、研究所が出来るとか、出来ないといった時期である。

ただし、あの時には、ノーベル賞という言葉は、
まるで想像していなかった。
そういう意味では、ものすごい速さの受賞であった。
特に、文学賞を逃した村上春樹氏とは対照的な印象だ。

それはさておき、前回はTrack7.まで聞いたので、
今回は、Track8.から聞いて行きたい。

このオペラ「ファルナーチェ」からのアリアは、
「いや、戦士にとって愛は弱みではない」などという、
レチタティーボから入っている。

「『ナイチンゲールの孤独な歌は』は、
もともと、『メッセーナの巫女』のために書かれたものだが、
『ファルナーチェ』の後のバージョン(フェラーラ、1738年)
でも使われている。
『ファルナーチェ』では、ベレニーチェ軍の司令官、
ギラダによって歌われ、
兵士たちと女王との対立が続く。」

これだけだと、なんのことやらわからないが、
王女というのは、ベレニーチェのことである。
ヘンデルのオペラに「ベレニーチェ」というのがある。

とにかく、この歌い手、司令官のギラダは、
恋人を亡き者にしないといけない状況のようだ。
残念ながら、ギラダという人はヘンデルの作品には、
登場しないようである。

とにかく、そうしたムカつきから、
上述の対立になる、という図式なのであろう。

「ギラダは、ベレニーチェから殺すように言われた、
ゼリンダへの愛に思いを巡らす。」

とあるように、レチタティーボは、
ギラダは、ベルニーチェからの命令で苦しんでいる。

「田園的な哀歌のスタイルで、
アルカディアの木立で鳴くナイチンゲールの、
伝統的な比喩が採用されている。
『ナイチンゲールの孤独な歌』は、
技巧的困難さに満ちているが、決して、
声の体操のために表現が犠牲になることはない。
ヴィヴァルディはしかし、
単に困難なパッセージを書いただけでなく、
(このアリアを歌手にとっての難関としているのだが)
彼のペンから生まれた最も身を切るようなメロディを、
作り上げることに成功している。」

主部は、こうした緊迫した状況にふさわしくなく、
ちょこちょこした、かなり愛らしい感じのメロディである。
テオルボだかの撥弦音も愛らしい。

「ナイチンゲールは、枝から枝へと、
友を求めて呼ぶ」と歌詞のとおりに、
さえずりを取り入れたコロラトゥーラである。
「何という残酷な運命と言いながら」と、
しなやかな陰影がある。

ただし、中間部は、緊迫感を増す。
歌詞は、
「愛する答えが森の奥から聞こえ」という部分の、
胸の高鳴りを示す。

「浮き浮きした気持ちで枝伝いに歌いながら行く」
という歌詞が続く。

このように、歌詞の内容を見ると、
ベレニーチェも、ファルナーチェも、
メッセ―ニアの巫女も関係ない。

Track9.
このアルバムを聴いて、私が、一番、強烈に思ったのは、
この曲の、蒸気機関車のようなリズムの推進力で、
エキゾチックで、情念に満ちている。

「再び感情が支配するのは、
『ティト・マンリオ』の第二版(1720年ローマ)
からのコロラトゥーラ『私の美しい太陽はまだ』である。
ローマの慣習上、カストラートによって歌われた、
女性役サーヴィラによって歌われるもので、
若い女性が、
執政官ティートの命令を拒んだことによって捕えられ、
鎖に繋がれた、愛するマンリオと会う支度中の歌。
この差し迫った状況の悲劇的雰囲気は、
はっきりと、この不安な作品で示唆され、
ヴァイオリンとヴィオラのなだらかなラインと、
旺盛で間断ない低音の16分音符のコントラストが織りなす。
セルヴィラのパートは、しなやかに波打ち、
デリケートなコロラトゥーラのパッセージで強調されている。
これは、ヴィヴァルディが、1720年代初頭に、
カストラートの声の扱いを、
完璧にこなしていたことの例証である。
この心打つラメントでの火花は、
比較的、自制的であり、ドラマに完全に奉仕している。」

歌詞は、「美しい太陽をまだ見ない。
西にそれが沈むと、その光を私はまた崇める。」
などという、単純なものである。

Track10.
「忠実なロズミーラ」からの「悲しみを語りましょう」。

次のアリアもなだらかなメロディーラインに、
夢見るような感じだが、
晴朗なイメージ、ギャラントな感じもする。
「私の唇から、悲しみの言葉を。
私の心にそれは返り、
より、痛みを増す木霊となる。」

中間部では、切迫感を増し、
「つぶれる胸は、ただ、ため息の間に喘ぐばかり。」
と、極めて内容はただ事ならぬ状況。

コロラトゥーラは、一節ごとに、
控えめに付けられて行く感じだが、
最後に華麗な見せ場がある。


「『私の美しい太陽はまだ』は、
欠くことのできないマルゲリータ・ジャコマッティが、
『忠実なロズミーラ』(1738年ヴェネチア)の中で歌った、
『悲しみを語りましょう』のような、
ヴィヴァルディ後期のジャンルに見られるような、
洗練からは遠い。
ここで王子アルセースは、
ロズミーラに、恐れながらもつつましく、
愛を打ち明ける。
このドラマティックな文脈の中、
様々な当惑の表情を見せる。
パルテノペ女王を選んだことで、
すでにロズミーラは裏切られており、
彼が拒絶した女主人が、ライヴァルの宮殿に、
男装して突然現れ、
彼女な気まぐれな求婚者に、
上品な復讐をしようとしていていることに、
対処しなければならない。」

「感動的な自制された愛の歌は、
王子の恐れと罪の意識にあふれ、
『悲しみを語りましょう』は、
優美なラルゲットで、
フレーズのギャラントな変更によって、
声楽ラインは木目が細かい。」

Track11.
いよいよ、ヴィヴァルディ晩年のオペラ、
「ウティカのカトーネ」からのアリアが聴ける。

これは、豪壮なホルンの響きが雄大な、
手負いのライオンの最後をを描いた歌で、
独特の風格と聞かせどころを持っている。

レチタティーボもついていて、
「私と同じような不幸があって?
多くの人たちには、嵐は収まる時が来る。
闇も明るくなる。
私にだけ、運命は容赦なく、
永遠の夜、永遠の嵐が続く。」
などと、言っている。

「『ウティカのカトーネ』のエミーリアの最後のアリア、
『森の中の最後のライオン』では、再び、
見世物芸が中心に来る。
弦楽オーケストラと二つのホルンのために書かれ、
この壮大なヘ長調のナンバーは、
カエサル暗殺のエミーリアのたくらみが潰えた所で歌われる。
計画のほつれで挫折し、
エミーリアは、自身の苦痛を、
致死の深手を負ったライオンのそれになぞらえ、
その呻きは、風が森中に伝えて行く。
『鳴り響く』(ファ・リーソナール)という言葉の、
長いコロラトゥーラのパッセージは、
傷ついた野獣の叫びを鮮やかに示唆し、
ホルンの呻きと遠吠えによって、
そのイメージは強化される。」

ホルンの豪壮さは明らかだが、
声の方の表現も、
「ファ・リーソナール、
ファ・リーーーーーーソーーーーナーーーール」
という感じか。

Track12.
「『お前はかつて女王だった』
もまた、勇壮な花火となる。」

これも「ファルナーチェ」の中のもの。
Track8.はジラーダのアリアだったが、
こっちは王様ファルナーチェ自身のアリア。

「名技的なヴァリアントが聴かれ、
オリジナルからの改訂がある、
『ファルナーチェ』の、
後のバージョン(1738年フェラーラ)から。
恐ろしく困難な声楽パートは、
おそらくカストラート用であろう。
オペラの最初で、傲慢な王様、ファルナーチェは、
妻、タミーリに、子供を殺して、
自殺せよと言う。
彼は、妻の母親、ベレニーチェに敗れたのである。
このアリアでは華美なコロラトゥーラのパッセージが、
キーワード『主権』(マエスタ)や、
『妬み』(ジェロサ)を強調する。
これらの許、彼は集団自決を迫られており、
誇大妄想的な君主のポートレートを描き、
辱めによって、さらに傲慢に、
駆り立てられた様子が表されている。」

序奏部は、楽しい協奏曲の始まりのようだが、
内容は、このようにえげつないものだ。

「お前はかつて、女王であり、
母であり、妻だったことを思い出せ。
油断なく(ここでジェロサ)誇りを護るべきだ。
お前の身分(ここで、マエスタ)からして。」

ここで、私は知ったのだが、
英訳の詩句の順番と、イタリア語の順番が、
入れ替わっている。
英訳は、「お前の身分(statue)から、
護るべきだ」と書かれているのに、
節の最後に、マエスタああああああ、マエスタ、
と言っているからである。

ということで、これまで、
英語訳の最初を題名として扱っていたが、
間違っている可能性が高い。

楽しげにも聞こえる、
追い詰められた王様の歌であるが、
「痛々しい奴隷の鎖より、
この哀れみ深い残酷な仕打ちに従うのだ。」
という、詩句後半部(音楽では中間部)の冷徹な音楽は、
この状況を明らかに表している。

「思い出せ」の、「リコーダティ」もやけに耳に付く。

Track13.
ここでは、美しい木管の序奏が、
夢のように美しい情景を想起させるが、
この推進力あるリズムは、
まるで、広々とした草原を馬車で行くような感じだ。

最も、当時の馬車は地獄の難行であったようだが。

それをデラメアも意識しているのであろう。
このアルバムの最後に持ってきて、
「ヴィヴァルディが書いた最も美しいアリアの一つで、
この名人芸集の最後を華々しく締めくくる」
と書いている。
題名は、『静かな広がりの中ででも』か?
「Sin nel placido soggiorno」とある。

「祝福された、永遠のエリジウムの
静かな広がりの中ででも、
私の魂はあなたに憧れる。」
という前半部(主部)は、
私のイメージ通りの歌詞で、
ヴィヴァルディの描写力、
イメージ喚起力のすごさを見せつけられる。

それにしても、なんという、雄大な風景であろう。
底知れぬ蒼さの大空を、悠々と、
飛行しているような気持になる音楽だ。

少し、陰影を宿す中間部は、
「しかし、私の死んだ兄の冷たい影が、
私をただ、脅すのだ」と歌われており、
のっぴきならない状況だとわかる。

では、急いで、興奮して解説を読んで見よう。
「ホ長調のアンダンテ・モルトで書かれた、
この興味深いスコアは、
『裏切られ復讐した忠誠』(1726年ヴェネチア)
のために作曲されたヴァリアントである。
半分は愛の宣言で、半分は、復讐の叫びである。
この作品から、ヴィヴァルディは、
その魔術的な大火災のような、
花火の打ち上げを開始する機会を得た。
最初のパートの神秘主義から、
第二部の陰鬱なカオスに進み、
ここで、ヴィヴァルディは、
その花火師としての真髄を開陳する。」

もう、解説者も興奮のさなかにある。
最後の一文は、難しい単語が、
それこそ花火のように繰り出され、
訳す方もへとへとになる。

「燃えるように、圧倒的に、無比。
これは、彼の全作品の小宇宙である。」

ここまで熱くなって解説されたものは、
二度に分けて、注意深く聞き進んだ甲斐があったというものだ。

が、結局、この歌い手は、
兄を殺した女を愛してしまった、
という設定なのだろうか。
そのあたりの事が書かれていないのが不満である。

なお、このCDは、発売3年を経た現在でも、
ネット上で激安で売られているが、
いったいどうしたことか?

ジュノーは人気のある歌手だし、
ヴィヴァルディ・ルネサンスは、
息切れ気味なのだろうか。

日本では、「四季」の作曲家から、
いや、大島真寿美の小説からして、
「調和の霊感」あたりから、
あまりヴィヴァルディ探求は進んでいないようにも見える。

こうしたアリアをやるコンサートがあれば、
ぜひ、出かけたいと思うが、
まったく、そんなイベントは見当たらない現状である。

裏表紙には、先のボーナス・マテリアルの他、
www.vivicagenaux.comとか、
www.europagalante.comとか、
宣伝がいっぱいなので、大量に売りさばいて、
これらのプロモーションを狙ったのかもしれない。

ジュノーのサイトには、彼女は、昨シーズンの秋も、
ヴィヴァルディの「ファルナーチェ」などに出演したとある。
今頃は、フランスでカルメンを歌っているとある。

得られた事:「ヴィヴァルディは(というか、当時の習慣か?)、歌詞のキーワードに強烈なコロラトゥーラを付けて強調した。」
「ヴァージン・クラシックスのネット誘導作戦、満足度高く、さすがだ。ボーナス・マテリアル良し。」
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by franz310 | 2012-10-13 18:52 | 古典 | Comments(0)

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その348

b0083728_16395727.jpg個人的経験:
ヴィヴァルディの
晩年のオペラ、
「ウティカのカトーネ」は、
第1幕に欠落が
あるせいか、
あまり知られていない
作品となっている。
ヴィヴァルディの
アリアを集めた
CDなどにも、
この中のものが
含まれることは稀である。
しかし、ここに聞く、
ジュノーのCDは違う。


いきなりTrack1に、
「ウティカのカトーネ」の、エミーリアのアリア、
「荒れた海原が岸を打ち付け、岩を叩きつけようとも」が、
収められているし、
Track11にも、
同オペラの中でも屈指のアリア、
やはり、エミーリアによる、
「森の最後のライオン」が収められているのである。

さらに、マルゴワールが、
「カトーネ」の1幕を補筆した時に、
引用してきた、ヴィヴァルディのオペラの断片、
「セミラーミデ」からのアリア、
「囚人として、王として」が、
Track2に収められてもいる。

このCDは、2009年のもので新しく、
しかも安く出回っていたので、
「ウティカのカトーネ」の雰囲気を、
少しでもいいから味わいたい人には、
良いかもしれない。

表紙もゴージャスだし、
超絶の技巧の持ち主とされる、
ヴィヴィカ・ジュノーの歌と、
ビオンティ指揮のエウローパ・ガランテの、
活力ある演奏の激突が味わえる。

タイトルの「PYROTECHNICS」は、
花火技術とか、打ち上げ花火という意味であるが、
まさしく、花火のような作品が、
どんどん打ち上げらて行くCDだ。

ジュノーの声は、しかし、花火というほど華やかではなく、
どちらかというと陰影を生かした感じであるから、
ど派手なものではなく、飽きが来ない。

このCDについては、ジュノー自身、
かなり、作るのが嬉しかったようで、
ブックレットを開くと、
こんな事が書かれている。

「『打ち上げ花火』!
その喜ばしい音階、アルペッジョ、
跳躍、トリルの稲妻が、
物思いのため息がデリケートに
蔓のように絡み付いてやわらげられ、
再度、爆発的感情で解決されるといった、
バロックスタイルの完璧な要約。
このヴィヴァルディのアリア集は、
いくつかは世界初録音で、
その華麗なスタイルの全領域をカバーしている。
これらの音楽の構成も設計も、
いつか、誰かが私に言っていた、
『噴出するバロック』を表している。
この華麗さは、洗練された基礎の上に重ねられた、
金細工の装飾のようで、
私がバロック期のもので大好きなところ。
ヴァイオリンの名手ファビオ・ビオンティと、
活気にあふれた、エウローパ・ガランテと一緒に、
この音楽を発見していったことに、
私は特に本当に興奮しました。
ヴァイオリンと声の競演は、
ヴィヴァルディの高度に技巧的で、
器楽的な書法によるもので、
ビオンティの共演のおかげで、
私の興味は常にひきつけられました。」

そして、最後を、こう締めくくっている。

「フレデリック・デラメアの、
このプロジェクトに対する驚くべきリサーチに、
また、この機会を与えてくれたヴァージン・クラシックに、
ビオンティさんの無限のエネルギーとイマジネーション、
そして、師クラウディア・ピンツァの愛と献身に、
感謝を込めて。」

ということで、ヴィヴァルディ研究の権威、
デラメアにも賛辞が贈られているが、
解説も、この人が受け持っている。

「ヴィヴァルディのファイヤーワーク」
と、またまた、花火になぞらえた題名のもの。

この解説が、コロラトゥーラなどについて、
改めて概説してくれているのが嬉しい。

「グレゴリオ聖歌の即興的なメリスマ以来、
コロラトゥーラは、西洋の歌唱芸術の基本要素であった。
聖オーガスティンは、この歌唱の『感謝の賛歌』様式を、
言葉より強すぎるという感想を書いていた。」

とあるように、最初から、この技法は、
言葉との相性が悪い事が明記されている。
詩の言葉を重視するシューベルトの歌曲などで、
これがあまり出てこないことは、
当然、ということだろうか。

「しかし、アカデミー・フランセの辞書が、
『言葉のない声楽のパッセージワーク』と記述したものは、
イタリアのバロックオペラの声楽技法を新しい高みに至らせた、
高名なカストラート歌手たちの卓越した技量によって、
18世紀にようやく最盛期を迎えた。」

この文章も味わい深い。
極めて特殊な歌手であった、
カストラート歌手の必殺技が、
コロラトゥーラであり、
これが、最盛期を導いたというのである。

特殊な状況下で、
音楽は、特殊な状況に追い込まれ、
遂に、未踏の世界に突入したという感じであろうか。

「『音楽劇』の長期間にわたる王国を通じて、
アルペッジョ、スケール、トリル、スタッカート、
そしてパッセージワークは、
ブラヴーラ・アリア(シャルル・ブロスは、
その『イタリア書簡』で、それらを、
目もくらむような声のための音楽と和声に満ちた、
見世物アリアと呼んだ)を輝かせ、
それを正真正銘の声楽の花火大会にした。
これらのアリアでは、
歌手たちの名技性は、オーケストラのそれと拮抗し、
ある時は決闘を演じ、それから、
コロラトゥーラは、オペラの見世物の
メイン・アトラクションとなった。」

ということで、その特殊領域は、
ある意味、袋小路であった、という感じがにじみ出る。

「この連続は、必然的に超過を引き起こし、
多くの作曲家たちが、劇の要求を無視して、
名技性のみを目的とし、
美を越えた空虚なスペクタクルにする罠にかかった。
このようなオペラは、
息を飲む声楽の見世物の連続みたいなものになってしまった。
『それはもはや、情熱を呼び起こし、
補足する人間の声を描いたものではなく、
ナイチンゲールやカナリアの声を真似たものである」と、
コンティ師は1729年のヴェネチアの謝肉祭に書いている。」

これは、確かに異常な進化であったようだ。
が、ふと、このような状況に、
器楽奏者としてのヴィヴァルディのセンスが、
マッチしたような気もした。

「長期間、こうした超過は、
名技的なイタリアオペラを傷つけ、
モーツァルトなども、
『後宮からの逃走』のアリアを書いた後、
父親に書いた手紙で、
『イタリアのブラヴーラが許す限りで、
彼女の感情表現を試みました』と書いている。
18世紀前半のオペラ・セリアを盛り上げた、
この技法の乱用にもかかわらず、
この重要な声楽ジャンルを、
普遍的に非難させるまでにはならなかった。
『打ち上げ花火』のスタイルは、
メジャーなアート・スタイルになり、
その発展と完璧を目指すために、
多くの輝かしい音楽家たちが、
コロラトゥーラを新しい高みに導き、
音楽のための劇の重要な声楽形式の中心となった。
これらの作曲家にとっては、
名技性は、空虚なものではなく、
逆に、ドラマに生気を与える重要な要素となり、
台本作者によって示唆されたテキストから、
作曲家による強調が始まるポイントとなった。
意味のない発展ではなく、この花火は、
声楽のジャンルの典型として美学となり、
ありふれたリアリズムの拒否となった。
これをヴィヴァルディ以上に実践した作曲家はいなかった。」

ということで、さすがヴィヴァルディおたくのデラメアさんである。
コロラトゥーラ芸術の極致に、ヴィヴァルディを置いた。

「ヴィヴァルディは、その音楽キャリアを、
この故郷ヴェネチアの劇場の外から始め、
ピエタ養育院での教育者と、
ヴァイオリンの名手としての二足のわらじを履いた。
しかし、すぐに、器楽曲の作曲家として名をなし、
それから宗教曲に進んだ。
1713年5月(彼の最初のものとされるオペラ
『ヴィラのオットーネ』の初演)以来、
声楽曲は、彼の作品の主たるものとなり、
30年近くにわたり、北イタリアの劇場、
ミラノのレッジオ劇場やフィレンツェのペルゴラ劇場、
ローマのカプラニカ劇場といった最も栄えある劇場から、
パヴィアのオモデオ劇場やアンコナのフェニーチェのような、
地味な舞台までをまわり歩いた。
イタリアの北、プラハ、ハンブルグ、ヴィーンやグラーツや、
はるか遠くのロンドン、キングス・シアター
(ヘンデルの『テーセオ』と『アマディジ』の間で上演)
まで、ヴィヴァルディのオペラや個々のアリアは、
すぐに評価され、同様の成功を収めた。
この長い劇場キャリアは、ヴィヴァルディの死後一年、
1742年の謝肉祭に演じられた
『メッセ―ニアの巫女』の演奏で、頂点に達した。
この二つのランドマークとなる年の間に、
音楽史上、最も傑出したオペラのキャリアにおいて、
ヴィヴァルディは、アレッサンドロ・スカルラッティや、
ラインホルト・カイザーの後を継ぎ、
カルダーラ、ハッセ、ヘンデルに先だって、
最も多産なオペラ作曲家となった。」

ということで、さすがデラメア、
ヴィヴァルディのオペラ作曲家としての活動を、
音楽史上の快挙に位置付けてくれているではないか。

しかも、野垂れ死にしたはずのヴィーンで、
死後に、その名声の頂点を画したというのが、
ものすごい解釈ではなかろうか。
多くの愛好家は、死後、すぐに忘却の淵に沈んだ、
と思っているはずである。

「この重要な作品群で、何が残っているかを調べると、
ヴァイオリンの名手として名声を馳せた
ヴィヴァルディの到達点が分かり、
特にその華々しいスタイルとリンクして、
歌手の声が、あたかも、
人間ヴァイオリン(human violin)として、
声楽作品で扱われているのが分かる。
しかし、この検証によって、
何よりも、彼が、単なる声楽のアクロバットのレベルに、
歌うことを貶めるのを拒絶していたこともわかる。
彼のキャリアの最終段階に至るまで、
彼は並ぶものなき技巧と、
表現の多彩さのせめぎ合いを求めており、
直接的にその協奏曲から霊感を受けた
洗練されたオーケストラのテクスチャーに包み込み、
劇の要求に従うことを保証していた。
ここに聞かれるアリアたちは、
ヴィヴァルディの異なるフェーズや形式の、
声楽花火を表しており、
これは、広い感情の振幅、劇的な状況、
驚くべき多彩さの管弦楽、
調性やテンポを追及したジャンルであった。」

ここからは、個々のアリアの解説となる。

Track1.
「『荒れた海原が』は、オペラ、
『ウティカのカトーネ』(ヴェローナ、1737年)の中で、
メゾ・ソプラノのジョヴァンナ・ガスパリーニが
歌うために書かれたもの。
このヴィヴァルディの高度な名技主義は、
ポンペイウスの未亡人エミーリアが歌うものである。
貴族的で気位が高い彼女は、
カエサルへの復讐方法を考えて、
何ものも彼女の目的を阻むことはできないと言っている。
アリアは、ハ長調、印象的なアレグロ・モルトで、
ここでの花火発射は、ドラマに必要なものである。
声の稲妻は、2オクターブを越えて、
超絶のコロラトゥーラ・パッセージは、
『恐れさせる』という言葉で絶頂に達する。
12小節にわたって二度、転がり回り、
恐怖から決断に至るエミーリアの動揺を、
素晴らしく陰影をつけられた声楽運動が描き出す。」

なるほど、こうやって書かれると、
どれどれ、と聞き返したくなる。

「海原が荒れて岸を打ち付けても無駄なように、
カエサルの誇りも、私を恐れさせることはない」
という前半部分を、
「私をおそれええええええええええさせることはない」
と歌っている感じになる。

直線的な推進力のある楽想のものであるが、
このあたりでは、浮遊が始まり、
大風に翻弄される凧のように空中で激しく旋回する。

Track2.
これは、心ふるわすような繊細な序奏に導かれ、
非常にロマンティックな情感にあふれた、
ゆるやかで静かなアリアで、第1曲と対比をなす。
背景で鳴る撥弦楽器の音色も、得も言われぬ効果を持っている。
「囚人として王として」という題なので、
男性の歌と思われるが、
ひたすら、前半の歌詞が繰り返される。
「囚人としても、王としても、
わが心臓は、まだまだ強く高鳴っておる。」

これが、後半の詩、
「盲目の運命の裏切りによっても、
それを鎮めることはできぬ」となると、
ばーんと爆発して、
花火が上がる構成である。

では、解説にはどう書かれているか。

「より控えめな表現も、
1732年マントヴァでの『セミラーミデ』で、
ゾロアストロの役を受け持ったソプラノ、
テレサ・ザナルディ・ガヴァッツィのために書かれた、
『囚人として王として』にも、
見て取れる。
このデリケートなアリアは、
暴君のニーノに死刑を宣告された王様の、
冷静な熟慮を表している。
予測のつかない運命に思いを巡らし、
ゾロアストロは、理不尽な運命を前にしても、
自分の心臓が動いていることを確信する。
ヴィヴァルディは霊妙なオーケストラの生地に、
声楽を包みこみ、
コンティヌオの調和のない、
単純なバスラインに伴奏された
痛切な弦楽の繰り返しが、
デリケートでほとんど内省的とも言える、
コロラトゥーラのパッセージの連続に添えられ、
この優雅なアリアを政治的な衝突の狭間での、
つかの間の静寂を表している。」

Track3.
これは、再び激烈なもので、
まさしく花火のような序奏、
強烈な焦燥感がこみ上げ、
ヴィヴァルディの協奏曲の特徴がにじみ出る。
そこに、すーっと入って来る声の美しさ。

焦燥感のつのる様子は、この管弦楽が、
活発に、伴奏して苛立たせるからである。
声楽部は、変幻自在の表情を見せながら流れて、
聴くものをどんどん連れ去ってしまう。

アリア集にはよく取り上げられる、
オペラ「忠実なニンファ」からのもので
「残酷な運命に苛まれた魂は」というもの。

「きっと愛が癒してくれるけど、
愛はまた次の苦痛を呼ぶの」
と続く。

解説には何とあるだろうか。
「『苛まれた魂』は、やはり、
『カトーネ』のエミーリア役を演じた5年前、
ジョヴァンナ・ガスパリーニが、
『忠実なニンファ』(1732年ヴェローナ)で、
リコーリ役を歌った時のためのものである。
この強烈なホ短調なアリア・ブラヴーラは、
この中で繊細なリコーリが、
羊飼いのオスミーノの誘惑を軽蔑して歌うもので、
歌手は、狂ったような技巧部と、
活発なオーケストラ書法と激突しなければならない。
田園的な神話の劇的な凝集は、
情け容赦ない曲芸的な歌唱で頂点をなし、
傷ついた処女の憤怒を生き生きと描いている。」

Track4.
これまた、有名なアリア「アジタータ」で、
いかにもジュノーが得意としそうな、
強烈なパッセージが、きらびやかに敷き詰めらた、
しかも、明るい陽光に満ちた名品。

「ぶつかる風に打ち付けられて、
嵐の海の波が揺れる。
恐れた舵手はすでに難破を覚悟する。」

という状況を歌ったものにしては、
あまりに威勢が良いのが気になるが、
覚悟の上の状況ということであろうか。

いつものように、強烈なコロラトゥーラは、
この最初の歌詞の最後で繰り広げられるので、
「難破あああああああ」と言っている感じであろう。

後半は、この船乗りの状況になぞらえて、
「義務と愛に引き裂かれ、心は無抵抗。
降参して、もうだめだ。」
と続く。

解説には、
「打ち上げ花火は、『アジタータ』のドラマでも、
重要な助けになっている。
『グリゼルダ』(1735年ヴェネチア)
のスコアに残っているが、
この変ロ長調のアレグロは、
数か月前の『アデライーデ』(1735年ヴェローナ)のために、
書かれたものである。
これらのオペラは、共に、
ヴィヴァルディが才能を見出して育てた、
傑出した技巧家、
マルガリータ・ジョアコマッツィによって演じられた。
このアリアは、グリゼルダ女王の隠し子、
優しいコンスタンツァが、心理的な緊張の果て、
ターニング・ポイントに達した時のもの。
彼女は、向かい風の中の船乗りのように、
対立する感情にとらわれていた。
ヴィヴァルディは、いささか常套的なメタファーを、
コンスタンツァのジレンマを表すものとして、
魂を与え、目もくらむようなヴォーカルラインで、
その狂気を表している。」

Track5.
ここで、再び、「忠実なニンファ」からのアリア。
長いレチタティーボがついた形での録音。

「敵意に満ちた運命よ、これでも不足なの。
私をもっと苦しめようというの。」
みたいなものが、最初に語られる。

続く、「しみったれた運命よ、
絶え間なく苦い涙を私は流した。
彼女を失ってからは」というアリアは、
かなり絶望的な状況のはずだが、
これまた空元気か、勇ましいような、
焦燥感にあふれたようなもので、
いきなり、技巧的なパッセージが繰り広げられる。

伴奏部は、それほど出しゃばりではないが、
ぎざぎざした楽想が時折、強烈なスパイスを利かす。

「『しみったれた運命』は、
『忠実なニンファ』の中のもので、
カストラートの
ジュゼッペ・ヴァレンティーニのために書かれた。
ヴィヴァルディの表現力のパレットの豊かさを示す。
モラストは、愛するリコーリが、
他の男に抱かれているのを見て、
アリアは、この不幸な男が、
深い絶望に陥るときのもの。」

その割には生気にあふれたものである。
後半は、「その涙を終わることのない川に流し続ける」
とあるが、ほとんど、コロラトゥーラだらけと言ってもよい。
苦しすぎて、もう言葉にならんという感じは出ている。

「ヴィヴァルディは、モラストの苦痛の嘆きを、
驚くべき劇的正確さで描き、
休息で荒々しいオーケストラが合いの手を入れ、
取り乱したコロラトゥーラは一緒になって、
素晴らしく様式化された表現で、
そのみじめさを呼び起こす。」

Track6.
これは未知のオペラからのアリアで、
「私の唇がお世辞を言い」。
清新な息吹が感じられ、
私は、バッハの息子の音楽を思い出した。

伴奏部のギャラントな感じも、
背景に聞こえるぽろぽろ音も、
まことに優雅である。

と書いたら、いきなり、同様のことが書かれていた。

「知られざるオペラのために書かれた
『私の唇がお世辞を言い』は、
ヴィヴァルディの声楽における、
もっとギャラントなアプローチで、
彼の生涯の終わり向けての
時代の精神を反映している。」

ここで、注釈があって、そちらを見ると、
先ほど、「ヴィヴァルディが才能を見出して育てた
傑出した技巧家」とされていた人の名前が出てくる。

「これは、マルガリータ・ジョアコマッツィによって歌われた、
『忠実なロズミーラ』(1738年ヴェネチア)の中の、
『La bella mia nemica(美しい我が敵)』の
オリジナルバージョンである。
このパスティッチョを作る際に、
ヴィヴァルディは、
『私の唇が』のテキストを、
『美しい我が敵』のそれに置き換えた。
この時、ジョアコマッツィが成功したのか、
ヴィヴァルディはさらに次のオペラ、
『アルミーダ』でも、このアリアを使った。
ここでは、オリジナルの意図の歌詞で録音している。」

さて、ここは注釈だったので、
もとの解説に戻ると、
「心地よいメロディラインの
デリケートなアラベスクの中、
魅惑と感情が競い合って、
不運の愛の苦しみを表現する。」

Track7.
じゃんじゃんじゃんという序奏からして、
元気いっぱいのアリアであるが、
スケルツォ的で、しっとりしたところはない。

「剣をちらつかせているが、どちらが深く傷ついているかは、
私はもう知っているのだ」というしゃれた内容である。

これを知ると、まるで、あのロマンティックな、
プロコフィエフの「ロメオとジュリエット」が、
こうしたテンポの舞曲の集合体だということを思い出した。
激しいリズムの中に、焦燥感が盛り上がる。

したがって、解説でも、このアリアは、
Track6のアリアと対比されている。

「もう一つの怒りのアリア、
『剣をちらつかせ』は、これとはコントラストをなして、
好戦的なコロラトゥーラの古典的傾向が探求され、
怒り狂った16分音符が絶え間ない戦闘を表している。」

ここでも、通釈が出る。
「『剣をちらつかせ』は、
ヴィヴァルディの作品でも、
最もミステリアスなもののひとつである。
これは、カルフォルニア大学のバークレイ校に、
他の作曲家も含まれるアリア集の中に、
ヴィヴァルディの『Ipermestra(イペルメストラ)』
の3つの断章と一緒にあるものであるが、
このテキストは1726年に、フィレンツェで、
先のオペラが演奏されたときに、
同時に印刷されたものとは異なる。
しかし、典型的なヴィヴァルディのスタイルの書法で、
いくつかの状況の手がかりからして、
『Ipermestra』の差し替え用アリアであると考えられるが、
すでにリブレットが印刷されてから、
編入されたものと思われる。」

もとに戻って、解説には、
「ここでは劇的な内省などはお呼びでなく、
しかし、スリリングなコロラトゥーラによって、
強調された打ち震えるエネルギーは、
単純にメカニカルな妙義からも遠く離れ、
そこで解放される感情の激変によって、
ドラマを盛り上げる効果を有するものである。」

全編、コロラトゥーラの技法で埋め尽くされ、
凝集したエネルギーの塊のような曲で、
このアルバムは半分まで来た。

今回は、このあたりで終わって、次回、後半を聴くことにしよう。

得られた事:「ヴィヴァルディのオペラ創作30年は、音楽史の中でも特筆すべき快挙であった。」
「ヴィヴァルディの打ち上げ花火は、空虚なものではなく、ドラマに生気を与える重要な要素であり、台本から飛翔して作曲家の創造活動の起点となった。」
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by franz310 | 2012-10-07 16:41 | 古典 | Comments(0)