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クラシック音楽への愛と悲しみの日々
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その403

b0083728_21391282.jpg個人的経験:
トスカニーニの歴史的録音は、
様々なレーベルから発売されている。
戦前、戦後に市場に流通した、
78回転盤を使ったCD化は、
著作権も切れていることから、
誰にでもチャンスがあるようだ。
同じ演奏なのに、
こうも違うのか、という感じで、
いろんなレーベルのCDを
聴き比べるのは確かに面白い。
もはや、生演奏は聴けないので、
想像力の戦いが聞き取れるわけだ。


前回、Biddulphレーベルの、
トスカニーニ指揮、BBC交響楽団の演奏を聴いたが、
面白い事に、技術が進歩して、
もともとは、録音が良いはずの
後年のNBC交響楽団のCDなどより、
聴きやすい音質になっているような気がした。

聴きにくいという事では、
NBC交響楽団の演奏で出されて来たもので、
トスカニーニは、かなり損をしている。
何らかの強調処理が、押しつけがましく、
柔軟性に乏しく、堅苦しい印象を与え、
それが、トスカニーニ自身の外見、
頑固一徹のイメージやその年齢が不思議に調和して、
こんなおっさんの演奏なら、
こういう特徴があってもおかしくないと、
妙に納得してしまったのであった。

しかし、私は、ひょっとすると、
このBBCの一連の演奏によって、
トスカニーニの先入観から解放されたかもしれない。

というのも、
この演奏の中のいくつかを集めた、
GRAMMOFONO2000
というレーベルから出されたCDを
たまたま持っていて、
こっちのほうで、「田園」の方は、
これまで何度も聴いていた。

そして、この「田園」が良いのである。
オバート=ソーンが復刻した、
Biddulphのものより、
何となくジューシーで、
みずみずしく感じられるので、
私は、このCDが手放せずにいる。

しかし、このレーベルは、あるいは、
やばい海賊版レーベルなのであろうか。

Music&Artsのホームページなどは、
「Hall of Shame(恥の殿堂?)」という
特設ページを設けて、海賊盤糾弾を行っている。

その中で、
Iron Needle、
Dante、Lysなどと並べて、
このGrammofono2000も、
いっしょくたにされて弾劾されているのである。

Pearl、Biddulph、
Tahra、APRや、
このMusic&Arts社からの
違法コピーを行っている、
と名指しで非難しており、
消費者に買わないように勧告している。

先にも書いた、オバート=ソーンも、
被害に会っているようで、
「よく知られた技術者のオバート=ソーンや、
パールで長年、プロデューサーを務め、
今は、Arbiterレコード社長である、
アレン・エヴァンス氏が、ネット上で、
苦情を言っている」
などという記載が見える。

オバート=ソーン氏は、
「フレデリック・ストックの『ポップス・コンサート』」の
ダンテやリースから出ているCDが、
ビダルフのCDの違法コピー商品だと書いている。

さらに、ある雑誌で高く評価された
Grammofono2000の
ストコフスキーのCDは、
自分が手掛けたパールのCDによるものだとも言っている。

実に、オバート=ソーン氏ほど、
Grammofono2000に、
苦しめられ、被害にあった人はいないようである。

彼は、さらに、1934年の、
ストコフスキー/フィラデルフィアの
『第九』のMusic&Artsの
自分が行った復刻(transfer)が、
グラモフォノとマジック・タレントに
コピーされたとも書いて、次々に悪行を列挙している。

こうした事が、新しい復刻を行わせることを阻む、
とさえ書いているが、
市場は確かに、過去の復刻なのだから、
権利も切れているだろうから、
安いのを買っても問題なかろう、
という感じで、コピー商品を優遇するだろう。

こんな感じで、オバート=ソーン氏は、
グラモフォノに対して、激しい憤りを表明している。

ただし、この海賊行為が、
グラモフォノのすべての商品に該当するのかどうか、
そのあたりが読み取れない。
普通は、その全部が怪しいと考えるべきなのだろうが、
私には、グラモフォノの音がすべて盗作だ、という確証はない。

ただし、先の、Music&ArtsのHPには、
このような文章が続いているのが悩ましい。

「これから、これらのものがバーゲン品だと考えて、
購入を考えている消費者は、
これらの海賊レーベルが、
オリジナルのトランスファーに対して、
未熟で不器用な方法による
様々なコンピューター処理のノイズ除去を施し、
時折、人工的な残響や、ステレオ効果すら、
付加していることに気付くべきです。」

私は、ひょっとすると、
このトリックに引っかかっているのだろうか。
たとえば、オバート=ソーン氏が復刻したものに、
微妙な効果を施して、聴きやすくしているものを、
私は喜んで聴いていたということだろうか。

確かに、すくなくとも私が持っている、
トスカニーニの「田園」のCDなどでは、
グラモフォノは、たいした解説もなく、
表紙デザインも意味不明である。

眼鏡橋のような石造りの橋であろうか、
そんな風景画が白黒ならぬ白青で再現され、
その中にトスカニーニの肖像を入れたものだから、
結局、その風景画が何なのかが、
さっぱり分からなくなっている。
青白の基調に例外的にトスカニーニが、
金色の枠で囲まれ、レーベル名と、
新しいリマスタリング・システムの名称が、
誇らしげに書かれている。

Toscanini in London
1935-1939 VOL.5とあるが、
残念ながら、他のVol1-4は、
私は店頭で見たことがない。

Biddulphのものが93年の商品で、
このGRAMMOFONO2000の商品は、
1996年とあるから、
盗作可能な時系列になっているのは確かである。
ちなみに、オバート=ソーンは、
2004年に、ナクソスのために、
再度、この音源をリマスタリングしている。

イタリアのレーベルは、
いつも胡散臭いが、当然、このレーベルも、
胡散臭さではその例に漏れない。

また、ブックレットには、
こんな文章が載っているだけである。

「すべてが、最初に78回転盤で出た、
このシリーズに含まれるこれらの録音は、
二つの大きな目的のためのものである。
まず、初めに、プロデューサーは、
この半世紀分のレコードが、常に、
国際的なマーケットで、
しかも、CDという便利なフォーマットで、
入手可能であるべきだと信じている。
私たちは、20世紀の偉大なアーティストの
芸術の証言を、コレクターや、音楽愛好家に届けたい。
GRAMMOFONO2000シリーズは、
3つのセクションに分かれている。
それらは、特別な色で識別可能で、
特別なレパートリーごとに分けられている。
ブルーは、交響的、または、合唱のセクション、
ボルドーは、オペラやリサイタルのセクション、
グリーンは偉大な独奏家、室内楽のセクションである。
このカタログは、芸術解釈の50年分の
最も重要な演奏を提供することになろう。
第2の理由は、GRAMMOFONO2000が、
まったく新しい革命的な
デジタル・リマスタリング・システムである、
CEDAR SOUND RESTRATION SYSTEM
を使うことで誰にでも分かる音質改善がなされていることである。
この特殊なソフトウェアによって、
リアルタイムで、オリジナル音源の含む、
様々なパラメーターを補正することが出来る。
このシステムのプログラムによって、
扱いが悪かったり、摩耗したりして生じたスクラッチ同様、
背景ノイズや、ヒスはほとんど完全に除去できる。
そのほかの問題があっても、オリジナルの音質の、
基本的な特徴を再現することができ、
同時に、古い録音特有の歪なども除去可能である。
これまでのリマスタリングシステムとは異なり、
全工程を、オリジナルの周波数や、
信号に影響するフィルター効果なしで済ませることが出来る。
GRAMMOFONO2000シリーズのすべての商品は、
この驚くべきシステムを使用したものである。」

ものすごく、高い志が書かれているが、
確かに、他のGRAMMOFONOのCDに出ている、
商品カタログは、かなり膨大である。

トスカニーニだけでは当然なく、
ブルーのものだけを見ても、
ワインガルトナー、メンゲルベルク、
フルトヴェングラー、ワルター、
クナッパーツブッシュ、ストコフスキーと、
ヒストリカル・ファンには、
垂涎のラインナップである。

なお、トスカニーニ/BBCのものは、
6つのCDが出ているようで、
カタログ上は、
ワーグナー、ブラームス、モーツァルト、
ロッシーニ、ドビュッシー、エルガー、
ウェーバー、メンデルスゾーン、シベリウス
とあって、エルガー、シベリウスなど、
BIDDULPHでオバート=ソーンが
復刻していないものもあるようだ。

しかし、このGRAMMOFONOは、
インターネットのホームページも見たことがなく、
明らかに怪しい。

このような状況を吟味しながら、
改めて、GRAMMOFONO2000の
このCDを聴くと、確かに、
後から付加された残響の効果によって、
ふっくらとした響きになっているようにも聞こえなくもない。
が、それ以上に鮮やかな印象があるのは何故だろう。

高音がぎらぎらしていたりするわけではなく、
低音の存在感も大きいので、
バランスは良いと思う。
BBCの魅惑的な木管群も存在感がある。

手抜きの仕事ではないと信じたいものだ。
せっかく買って愛聴していたので、
何とか、いいところを見つけたくなってしまう。

実は、この「田園交響曲」の録音は、
SP時代の面と面のつなぎがうまく行っていない所があり、
第2楽章で3面あったうちの2面から3面への移行が、
BIDDULPH盤ではごまかし切れておらず、
オバート=ソーンは、
NAXOSでの復刻時は、うまくやった、
と書いている。

では、このGRAMMOFONOのCDはどうかというと、
そこそこうまく行っているように思える。
このレーベル自慢のCEDARシステムの効果だろうか。

さて、海賊レーベルなどではない、
しっかりしたネット上の情報もある、
BIDDULPHの人には悪いが、
このCDを聴きながら、
BIDDULPHの解説を読んでしまおう。

人工的に残響が付与されているのか、
何がどうなっているのか、
良くわからないのだが、
このCDの音質は、
何となく、ふっくらとマイルドな感じがして聴きやすい。

仮にGRAMMOFONOのCDが海賊盤で、
元になる録音があるのであれば、
ぜひ、それを紹介して欲しいものだ。
私も、やはり、しっかりした解説が欲しいし。

何と言っても、トスカニーニ/BBCの「田園」は、
下記のようにHarris Goldsmithという人が、
「最高」と賞賛しているものなのだ。

「BBC交響楽団との『田園』は、
さらに高次元の素晴らしさで、
オーケストラの演奏にも、技術的破綻は見られない。
これは、1937年の6月から10月と長くかかった、
少なくとも4回のセッションで、
録音されたことにも、一因があるのかもしれない。
彼は、承認可能な、この交響曲の録音を生み出すのに、
非常に厳しい仕事ぶりを示した。
(1933年、ニューヨーク・フィルとの試みがあった。)
すこしずつ録音されたにも関わらず、
結果として現れた解釈は、
直線的な直接性と牧歌的な自発性を溢れさせている。
彼の1952年のNBCとの録音も、
同様に素晴らしいとする人も正直いるはずだが、
アメリカのオーケストラのスタイルとは比べることが出来ない。
BBCの管楽セクション、特にオーボエは、
ずっと人懐っこい手際を見せ、
後の録音に行きわたる、
じりじりしたラテン的な集中よりも、
(これは、サバータ指揮の、
ローマ・アウグスティノ管でも聴かれる)
私は、その弦楽セクションの暖かさや親密さを好む。
1937年の録音では、
ベートーヴェンの楽譜に手が加えられておらず、
『嵐の音楽』に補強用のエキストラのティンパニはなく、
『小川のほとり』では、ヴァイオリンのトリルの、
優雅な後打音(ナーハシュラーク)もない。
1933年のニューヨーク・フィルとの演奏は、
もし残っていたら、
トスカニーニ研究家をずっと悩ませた、
疑問が解決されるはずである。
この指揮者は、こうした校訂を、
この後の時代だけ行っていたのだろうか。
1938年1月の、
最初のNBC交響楽団との演奏では、
同様に、これらの措置はなく、
私は、単に、両方の機会に、
新しいオーケストラとの演奏に際し、
単に、彼の書き込みが入った楽譜ではなく、
彼らが使っていたものを使ったからではないか、
と推測している。
それがどうであれ、この『田園』は、
私にとって、トスカニーニ/BBCの最高の演奏である。」

第1楽章から、丁寧に丁寧に演奏されているが、
同時に、これほどまでに、
明確な意思で、句読点を打たれた演奏もないかもしれない。

すみずみまで意志が通っている感じで、
要所、要所が、びしっ、びしっと決まって行く。
よって、田舎に着いた時の長閑な感じとは違うが、
空気は清冽で、生命感に溢れ、弾力に富んで、
これはこれで、リフレッシュできる「田園」である。

第2楽章の夢見るような風情も、
ものすごく美しい。
トスカニーニも感慨無量であったと想像される。
これはめくるめく幻惑すら感じさせる絶美の世界だ。

第3楽章の軽やかなリズム、
ダイナミックレンジをいっぱいに使った、
いくぶんドライな第4楽章を経て、
終楽章で立ち上ってくる楽器群の美しいこと。

BIDDULPHのCDの解説の終わりは、
トスカニーニとBBCの良き時代を語って寂しい。

「1939年5月の彼の最後の訪問では、
トスカニーニは、全9曲の交響曲、
『ミサ・ソレムニス』、いくつかの序曲、
最後の弦楽四重奏曲作品135からの2楽章、
(協奏曲もあったが、ボールトが指揮した)
からなるベートーヴェン・チクルスで、
オーケストラの能力を試した。
おそらく、全員が少し疲れてしまったようだ。
しかし、何らかの理由によって、
1939年6月1日の、
たった一回の録音セッションでは、
ベートーヴェンの『第4』、
『レオノーレ序曲第1番』、
『プロメテウス序曲』の演奏が
慌ただしい演奏が録音されたが、
これらは、かつて、トスカニーニ/BBCの
コラボレーションが持っていた、活力と人間性を失っている。
(私は、未発表のままになっている、
『コリオラン』序曲についてはコメントできない。)
非人間的に堅苦しいメトロノームと、
機械的なシンメトリーが、
かつてのニュアンス豊かな柔軟性にとって代わっている。
1939年のこれらの録音では、
以前のセッションよりマイクも遠く、
演奏における非人間的な無気力のオーラに
一役買っている。
トスカニーニの録音嫌いや、
戦争前の欧州の不安な雲行きなど、
その他の要因に加え、
むろん、過労も原因であろう。
しかし、それは、単に、4年の音楽活動を経て、
トスカニーニとBBCのハネムーン期間は、
終わりを迎え、
もっと普通の仕事の関係に、
なっただけなのかもしれない。
この関係もまた、ヒトラーの爆撃機によって、
まさに終わりを迎えようとしていた。」

得られた事:「GRAMMOFONO2000というイタリアのレーベルは、Music&Artsなどが海賊レーベルとして糾弾しており、限りなく怪しいが、このCDは、非常に聴きやすい音質である。怪しいレーベルには残響を人為的に付加するものもあるようだが、それはよく分からない。」
「トスカニーニ/BBCの『田園』、第2楽章の幻惑の絶美。」
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# by franz310 | 2014-03-02 21:39 | 古典

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その402

b0083728_2323994.jpg個人的経験:
トスカニーニが、
英国のBBC交響楽団と、
一連の名曲を録音したことは、
日本の音楽愛好家にとって、
この指揮者には不相応な
二流オーケストラに客演した、
むしろ残念な出来事として
捉えられることが一般的であった。
当時、多くの人が参考にした、
あらえびすの「名曲決定盤」でも、
英国のオーケストラへの評価は、
散々と言ってもよい。


このオーケストラを使ったことによって、
トスカニーニ指揮でも、「田園」については、
「質の低下を免れなかった」と書かれたし、
同様に人気のあったブルーノ・ワルターの
同時期のこのオーケストラとの録音は、
ほとんど説明が省略されているか、無視されている。

A.ボールトを扱った項では、
「英国の放送協会(BBC)が設立され、
無名の指揮者アドリアン・ボールトが
その専属オーケストラを指揮して
じゃんじゃんレコードに入れたのは、
確かに目ざましいことであった」と、
書かれているが、
何か軽薄な表現で、尊敬の念はつゆほどもない。

とにかく、このオーケストラは、
どのような発展を遂げるかも分からない、
発足して間もない楽団だったわけだ。

しかし、最近では、名技性を主体とした、
アメリカのオーケストラより、
自発性とか楽器の音色とか、
あるいは、録音の特性によって、
むしろ、BBCでの録音を、
貴重な遺産とする向きもあるようだ。

確かに、エルガーやヴォーン=ウィリアムズの、
弦楽合奏のための名品を少し想像すれば分かるが、
この国の弦への愛着は並々ならぬものがある。

トスカニーニの指揮においても、
そのあたりの美質が生かされていれば、
剛と柔がブレンドされて、
素晴らしい音楽になるような予感がする。

そもそも、トスカニーニは、
あまり欧州のオーケストラを振って、
録音を残しておらず、
何故、英国か、それも、BBCか、
という感じがなくもない。

ただ、BBCでのトスカニーニの指揮は、
1935年6月に登場した、
最初から絶好調であったようだ。

残されている初期のものは、
正式なセッションではなく、
ライブ録音ばかりで、
後半になって、ようやく、指揮者が認めた、
スタジオ録音となる。

今回のCDも、1937年のものが最も早く、
最後のものは1939年のもので、
これを最後にトスカニーニは、
もはや、このオーケストラを振ることはなかった。

このBiddulphのCDは、
もう20年も前に出されたものであるが、
これらのセッション録音を2枚にまとめたもので、
トスカニーニが指揮棒を持った表紙がかっこいい。

Biddulphと言えば、
こうした古い録音を復刻する老舗であるはずだが、
このかっこいい表紙の作者についての記載は、
残念ながら、ブックレットにも裏表紙にもない。

また、高名な復刻エンジニア、
マーク・オバート=ソーン(Obert-Thorn)が、
リマスタリングを担当しているのが嬉しい。

この人がからむと、いろんな博識を披露した、
解説を読むのが楽しいが、
このCDでプログラム・ノートを担当しているのは、
Harris Goldsmithという人である。
ピアニストとして、批評家として活躍する人らしく、
トスカニーニに一家言持つ人のようだ。

「このアンソロジーは、トスカニーニが、
BBC交響楽団と共演したもので、
発売を承認したもののすべてである。
二つの追加の録音があったが、
彼は承認しなかった。
実際のコンサートの録音のいくつかと同様、
彼らの最後のセッションによる、
2曲のベートーヴェンの序曲がそれであるが、
後世の我々は、この伝説の指揮者と、
彼が録音を残したのとは似ていない楽団との、
関係の発展を追体験し、検証するという、
独特の体験が可能である。」

最初は、読み飛ばしていたが、
この「関係の発展の追体験」というのが、
このアンソロジーの重要なファクターであることが、
最後に分かる仕掛けになっている。
なかなか憎い書きぶりになっているのである。

「この関係は短いものであったが、
多くの証拠から、集中して親密なものであった。
1935年6月に幸先よく始まり
(トスカニーニは、以前にロンドンに来たことがあり、
それは、彼が率いたニューヨーク・フィルとの
1930年の欧州ツアーの、最後の4公演であった)
1936年を除いて、1939年まで毎年続いた。
トスカニーニは1937年に70歳になったので、
『若い芸術家の肖像』とまではいかないが、
これらの録音は、この偉大なイタリアの指揮者の、
ずっと優しい側面、
さらにあえて言うと、実践的な側面を見せてくれる。
事実、これらの演奏、少なくともそのいくつかは、
『優しい暴君』とでもいうような、
トスカニーニを描き出している。
(そこには、残忍なリズムの渦巻きなど、
何か専制的なものがあり、
特に、ブラームスの『悲劇的序曲』や、
後半のベートーヴェンの演奏などにそれがある)。」

ここで、後半のというのは、
「第1」と「田園」が、1937年の録音であるのに対し、
「第4」と「レオノーレ序曲第1番」が1939年のもので、
完全に二分割できるからであろう。

つづいて、このオーケストラにいた、
名手たちの紹介があるのも貴重である。

「これらの演奏の音楽的現象を理解するためには、
このオーケストラの背景の歴史を知る必要がある。
この楽団は、1930年に英国放送協会によって創設され、
主にラジオ番組用、
さらに、演奏会、レコーディング用に使われた。
オーブリー・ブレイン(ホルン)、
テレンス・マクドノー(オーボエ)、
フレデリック・サーストン(クラリネット)、
アーチー・カムドン(バスーン)、
ヴァイオリンにはマリー・ウィルソンがいて、
首席ヴィリストはバーナード・ショアだったり、
著名な器楽奏者が含まれていたものの、
この団体は、ニューヨーク・フィルの
熟成して国際的魅力や、
多くは音楽院をでたてで、
眩い名手を集めた
新星NBC交響楽団のような
息を飲むばかりの名技性を持っていなかった。
むしろ、彼らには、成長途中ではあったが、
落ち着いた音楽性や、
押しなべて成熟した総合性があった。」

ということで、ニューヨーク・フィルや、
NBC交響楽団より、
BBCの演奏を好む人がいてもおかしくはない。

これら器楽奏者のうち、
オーブリー・ブレインやサーストンは、
良く聴く名前であるが、
マリー・ウィルソンもまた、
女性奏者の走りとして知られる存在らしい。

「BBCはドクター・エイドリアン・ボールト
(彼は、1939年に叙勲される)を信頼し、
音楽的指導を受け、
初期の一連のボールトとの録音によって、
このオーケストラは急速に、
英国の最も熟達したオーケストラとなり、
サー・ハミルトン・ハーティのハレ管弦楽団や、
サー・ヘンリー・ウッドの
新クイーンズ・ホールと並ぶようになった。
(サー・トマス・ビーチャムが刷新した、
LPOがすぐにライヴァルとなって、
彼らすべてを越えて行った。)
ベートーヴェンの『第8』、
シューベルトの『大ハ長調』、
ブラームスの『悲劇的序曲』、
バックハウスとのブラームスの『ニ短調協奏曲』など、
ボールト指揮によるBBCの仕事は、
鋭敏さと、格調の高さがあったが、
何かカリスマ性に欠けていた。」

あらえびすも、「何をやらしても手落ちはないが、
非常な傑作も一つもなく、
レコードで聴く範囲では、
悉く無事な演奏であり、
どれも同じような出来栄えである」などと、
突き放したような書き方をしている。

そういう情報に洗脳されて来ているので、
残念ながら、私にも同様の印象しかない。

ただし、バックハウスの初期の録音として、
ブラームスの協奏曲は良く知られたものである。

「このように欠けた要素を対策するべく、
華やかな客演が、ある種のコンサートに招かれ、
この急成長するアンサンブルと録音を行った。
1930年代初めのビクターには、
ブラームスの『第4』やモーツァルトの『39番』
を録音したブルーノ・ワルターや、
シベリウスの『第7』の
エキサイティングなライブを残した、
セルゲイ・クーセヴィツキーや、
モーツァルトの『リンツ』や、
リヒャルト・シュトラウスの『ティル』を含む、
ブッシュの演奏が含まれている。
メンゲルベルクやシュトラウス、
フェリックス・ワインガルトナーもこの時期に、
このオーケストラを振ったが録音はない。」

ということで、日本だけでなく、
世界的に見ても、この楽団は、
何だか、良くわからない集団として捉えられていたようだ。
それを、克服するために、
トスカニーニやワルターが呼ばれ、
録音を残していたわけである。

以下、前にも読んだ、トスカニーニとBBCの、
初対面の一コマの描写がある。

「そして、トスカニーニがやって来た。
ボールトは脇に立って、
最初のリハーサルで、
マエストロを団員に紹介した。
そして、短いスピーチで、『天才的』とか、
『最も偉大な』といった形容をした。
トスカニーニは、さっとそれをとどめ、
陽気に肩を叩くと、
『ノー、ノー、ノー、ノー、ノー。
そんなのではまったくない。
ただの誠実な音楽家だよ』と言った。
誠実な音楽づくりは、
驚くほど少ない技術上のミスと共に、
トスカニーニ/BBCの録音からも聞き取ることができる。」

ここからは、解説者は、各曲の詳細な、
演奏上の特色を上げていくが、
これが、なかなか勉強になる。

「たとえば、ベートーヴェンの『第1交響曲』において、
2年前の最初のコンサートで演奏された、
ブラームスの『第4』の演奏同様、
いくつかの和音のずれはあるが、
それ以外は説得力がある。
導入のピッチカートの小節は揃っていないし、
メヌエット(形ばかりで、
実質はベートーヴェンらしい陽気なスケルツォ)
のテンポ(トスカニーニにしてもいくぶん速い)は、
奏者たちにしっくり行っていないようである。
一方、ここから現れる音楽は素晴らしく、
フィナーレの舞曲調の生命力には、
羽根のように軽い弦楽のスタッカートがある。
いくぶん、ポルタメントやルバートがかかった
アンダンテのカンタービレは、
後年のトスカニーニのスタイルしか知らない者を驚かせる。
ふだんはこの指揮者がやらない、
第2楽章のものを含め、
繰り返しがすべて行われている。
時にマエストロは一緒に歌っており、
これは、通常、彼のリラックスと、
喜びに浸ったことを示すものである。
1937年10月の解釈は、
もっと定石的な1951年のNBC交響楽団の演奏より、
さまざまな点から見て、好ましいものである。」

CD1のTrack1から、この「第1」が収録されているが、
ここに書かれているように、冒頭から和音が合っていない。
しかし、トスカニーニは、お構いなしに行ったのだろうか。

この若いベートーヴェンの世界には、
自発的な活力が必要で、それを大切にしたかったのだろうか。
しかし、トスカニーニだけでなく、
オーケストラだって、これくらいのミスは、
録り直したいと思わないだろうか。

トスカニーニは、彼には珍しく、
小さい事は気にしない風で、
鼻歌まじりで、音楽に酔いしれている様子が、
ありありと分かる。

解説にあるように、木管楽器の丁々発止の掛け合いも、
非常に印象的で、活力に満ち、音楽が進んでいく。

この交響曲は、小粋な展開が多く、
たっぷり歌う部分が少ないが、
たとえば、第2楽章の冒頭などの、
ちょいちょいと歌われて発展する弦楽の音色も、
表情の変化が立体感を与え、
深い味わいのようなものを感じさせる。

こういった部分では、
トスカニーニもご機嫌で、
もう一つの声部となって歌っている。

第3楽章は、速すぎるとされるが、
私にはトスカニーニ的と感じられる。
が、オーケストラはあおられて大変だっただろう。
トスカニーニ的とはいえ、
あまり、びしっと決まった感じがない。

終楽章の冒頭の和音は、
録音の古さを感じさせるが、
「羽根のようなスタッカート」による音楽進行が、
いかに一丸となった演奏であったか、十分に分かる。
心地よいリズムでクライマックスに繋がって行く高揚感も、
トスカニーニならではである。

次に、このCD解説には、
「田園」の紹介があるが、
これは飛ばして、先に行くことにする。
ちなみに、解説者は、これを、
このアンソロジーの最高傑作としている。

「1937年の最後の録音は、
ブラームスの『悲劇的序曲』で、
ベートーヴェンの『第1』と同じ、
10月25日のセッションでなされていて、
これらの2作品は、一緒に78回転盤として出された。
興味深い事に、このオーケストラの演奏は、
ここではさらに統率が効いていて、
この演奏は、いろいろな事を考え併せても、
常に、この作品を熟慮し、内省的に扱った、
トスカニーニにあって、
速いテンポの解釈が最も成功した例である。
(1953年のNBCの放送録音では、
異なるアプローチがなされている。)」

NBCの演奏では、
冒頭のティンパニ連打もおどろおどろしく、
耳をつんざく金管の表現もものものしい。

録音のせいか、このBBCのものは、
こうした突出がなく、その分、聴きやすい。
テンポが速いので、オーケストラも、
緊張感が漲っており、
その後で流れ出す美しい弦の主題の、
ポルタメントのなまめかしさが生える。

トスカニーニは陶酔して歌っているし、
これを聴いた後では、
NBCの録音には、明らかに、
トスカニーニの統率力が年齢のせいで、
落ちてしまっていることが分かる。
各楽器のバランスが、デジタル的なのだ。

バランスよく浮かび上がる、
みずみずしいピッチカートの音色を聴くだけで、
BBCの録音が好きだと言う人の気持ちがよく分かる。

私は、この曲の鬱屈した曲想に、
いつも辟易していたが、
イタリアの巨匠の、爽快なテンポと、
フレッシュな歌心は、
この曲のイメージをリニューアルし、
ついつい、耳を澄ませて聞き入ってしまった。

しかし、トスカニーニは、
1936年には、「ハイドン変奏曲」を入れていて、
翌年、すぐに「悲劇的序曲」を録音したのだから、
ものすごく、ブラームスの演奏が好きだったものと思われる。

「故B.H.ハギン(Haggin)は、
1938年録音のロッシーニの『絹のはしご』序曲を、
素晴らしく機敏な名技性を見せた、
1934年のニューヨーク・フィルの演奏とは、
同列には語れないとしている。
同様の事は、1949年3月のNBC交響楽団との、
放送と、このBBC盤を比べても言える。
一方で、トスカニーニに応答して、
魅力的で楽しげな自発性を、
BBCの音楽家たちが見せており、
たとえば、展開部(これはロッシーニには珍しく展開部がある)
に入る時の、ここでの幅広いフレージングには注目すべきである。
ハギンは、彼の疑念を差し置いて、
この演奏をすぐれたものとしており、
同様に私もまた、いろんな面で、
1949年のもっと集中力はあるが、
ありがちな演奏より、この演奏を好む。」

私も、この「幅広いフレージング」の大胆な即興性に、
舌を巻いてしまった。
これは、本当に心から音楽を楽しんでいる演奏家たちにしか、
許されないような表現だと思った。
音楽から微笑みが零れ落ちてくる。

というか、冒頭の木管の主題からして、
一瞬で、ロッシーニのオペラの世界に、
運び込まれてしまう。
木管アンサンブルの超俗的な雰囲気が、
完全に非日常を演出している。
弦楽の小粋な表現にも泣かされる。
この曲こそが、このアルバムの最高傑作ではないか、
などと思ってしまった次第である。

「そして、『魔笛』の序曲は、確かに、
1949年のNBCの録音に聴かれるものより、
トスカニーニがこの曲のリハーサルで求めた、
必要な『微笑み』がここにはある。
これは、疑いなく、彼のモーツァルトの録音では、
最高のものである。
しっかりとしていて、敏捷で快適である。」

この曲はCD1のTrack1を占めている。
トスカニーニのモーツァルトでは、
BBCでのライブの「ハフナー」も美しかった。
よって、最高かどうかは分からない。

楽団員も乗っていて、
微笑みに満ちたモーツァルトではあるが、
この曲の場合、もう少し、
落ち着いた表現でも良さそうな気もする。

「逆に、ウェーバー作曲、ベルリオーズ編曲の、
『舞踏への誘い』は、無愛想で、ばらばらな感じである。
それはある意味、『ゲミュートリヒカイト』かもしれないが、
後年の1951年のものは、もっと厳しく、
造形がよく、ずっと透明度が高い。
BBCのチェリストは締まりがなく、
NBC盤のフランク・ミラーの雄弁さはない。」

これは、1938年、6月14日のものである。

混乱して来たので、時系列に、これらの録音を並べると、
このようになる。()内は解説での表現。

1937年
6月22日~10月22日:
ベートーヴェン『田園交響曲』(最高)
10月25日
ベートーヴェン『第1交響曲』(特別)
ブラームス『悲劇的序曲』(良い)

1938年
6月2日
モーツァルト『魔笛』序曲(微笑み)
6月13日
ロッシーニ『絹のはしご』序曲(自発性)
6月14日
ウェーバー『舞踏への勧誘』(だるい)

というところまで来た。

1938年の録音は小品ばかりで、
最後の曲(CD2のTrack8)では、
少し、弛みも出て来たのだろうか。
いくぶんシャープさや造形への意志に欠け、
何とか、ところどころの音色で聴かされる感じか。
が、良く取れば、息のたっぷりした、
典雅な表現とも言える。

だから、解説者は、ゲミュートリヒカイト、
などという言葉を持ち出したのか。
トスカニーニも、この曲は、
こんな曲ですよ、と言いたいようだ。

1938年の3曲は、うまく、
その曲ごとの性格を描き分けた、
とも言えるかもしれない。

むしろ、後年のトスカニーニの方が、
すべての曲をトスカニーニ化してしまった、
とも言えそうだ。
事実、この「舞踏への勧誘」は、
終盤に向け、すごい推進力でドライブされ、
かなりの満足感で聴き終えることが出来る。

そして、この少しゆるい感じは、
何か、19世紀的な、余韻を伴ったものなのかもしれない。
アメリカのオーケストラにどっぷりと浸かっていた
トスカニーニは、ひょっとすると、
古きヨーロッパへの憧れを、
そっと、ここに描いて見せたのかもしれない。

1938年といえば、ナチス・ドイツが、
オーストリアを併合した年であり、
トスカニーニは、そうした事に、
古き良きヨーロッパの行く末を垣間見ていた、
などと考えるのは考え過ぎか。

こうして、1937年と38年の3曲ずつを聴いた。

残すところは、1939年の録音だけとなったが、
解説は、少ししか書かれていない。

つまり、この解説の著者は、
最後の年の録音には、
あまり価値を認めていないようなのだ。
残りについては、次回、書くことにする。

得られた事:「BBC交響楽団は、創立当初から名手を集めていたが、カリスマ性がなく、大指揮者を次々に招聘した。」
「彼らの頂点としてロッシーニの『絹のはしご』序曲があり、即興的な息遣い、見事なアンサンブルの色調で、我々を別世界へと連れ去る。」
「『舞踏への勧誘』には、古き良きヨーロッパへのオマージュがある。」
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# by franz310 | 2014-02-15 23:04 | 古典

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その401

b0083728_20243296.jpg個人的経験:
プロデューサーから
現場のエンジニアまで、
大きな悩みを抱えずに
いられなかった
1930年代の
トスカニーニの演奏記録。
半世紀を超えてようやく、
その全貌が見えてきている
感じなのかもしれない。
が、あるところにはあるもので、
このBBCのCDも、
大曲を惜しげもなく収めている。


表紙はトスカニーニの鬼気迫る表情の写真で、
あまり、手にしたくなるものではないが、
このシリーズ共通のシンプルな色のコンポジションで、
かなり、印象が緩和されている。

たとえば、1989年に出た、
諸石幸生著「トスカニーニ」(音楽之友社)では、
1935年のBBC交響楽団のライブ録音として、
5曲しかディスコグラフィに載せていないが、
前回聴いたWHRAの4枚組では、
倍以上の曲目が収められていた。

今回のCDでは、この1935年のライブでも、
大きな反響があったとされる、
ベートーヴェンの「第7交響曲」が再び聴けるが、
クレジットによると、2夜あった公演の最初の方、
6月12日のものだと書かれている。

信じがたい事だが、2日後の「第7」は、
先のWHRAレーベルの最新復刻で聴けるのだから、
21世紀に生きる我々はぜいたくなものである。
とはいえ、WHRAが採用した6月14日の「第7」は、
諸石本のディスコグラフィにも出ている。
こちらのものは、さすがBBCレジェンズ、
未発掘のものを掘り出して来た。

ただし、6月3日のケルビーニの序曲と、
6月14日のモーツァルトの交響曲は、
ディスコグラフィにはないが、
WHRAには入っていたもの。
とはいえ、あちらは2012年の発売で、
こちらは1999年のものだから、
このBBCのCDが初発売で、
さすがBBCレジェンズということになる。

しかし、この2枚組のBBC盤の本命は、
1939年5月28日の「ミサ・ソレムニス」で、
後半のCDまるまると、前半のCDの最後を占めているので、
演奏時間の55%を占め、まったく躊躇することなく、
WHRAの4枚組と一緒にコレクションすれば良いのである。

BBCレジェンズは、BBCなのだから、
もともと、BBC交響楽団の演奏は、
全部、持っているのではないかと類推できるが、
あえて、これら4曲しか出さなかったのは不思議である。
ブラームスの4番とか、EMIに持って行かれたものは、
しかたなく省いたのかもしれない。

解説は、そんなに長いものではないが、
かなり興味深く読める。
「天上からの光」と題されている。
Harvey Sachsという人が書いている。
イギリスのレーベルなのでイギリス人かと思ったが、
フィラデルフィアのカーティス音楽院で学び、
ヨーロッパにも長く住んだという、
トスカニーニの本を多く出しているアメリカ人であった。

フィラデルフィアに縁のある人だけに、
「トスカニーニ、フィラデルフィアとニューヨーク」
などという本を書いている。

「アルトゥーロ・トスカニーニは、
20世紀で最も名高い指揮者であったが、
彼のキャリアは、60歳を過ぎるまで、
主に、イタリア、米国、
わずかアルゼンチンでしか知られていなかった。」

ここで、あえて、one of とか、
みみっちい事を付けずに言い切っている点がうれしい。
それだけ、トスカニーニに心酔している人なのだろう。
上記の本は1978年に出されていて。
32歳の時の仕事、ハーベイ・ザックスにとって、
トスカニーニは音楽の象徴なのかもしれない。

「たとえば、ほとんどの英国の音楽愛好家は、
彼がニューヨーク・フィルのツアーで演奏した、
1930年代まで、生で彼を聴くことができなかった。
そして、トスカニーニは、
68歳になった1935年まで、
イギリスの楽団と共演することはなく、
この時、クイーンズ・ホールで、
創立5年のBBC交響楽団を指揮した。
ここに聴かれる素晴らしい演奏は、
彼の最初と最後のコンサート・シリーズの間で
録音されたものである。
『私は、皆が、トスカニーニ来訪こそが、
BBC交響楽団のキャリアの頂点であり、
ゴールだったと思っていたと思う。』
この楽団の創設指揮者のエイドリアン・ボールトは、
そう回想した。
『このオーケストラを彼に紹介しながら、
世界最高、という言葉を使って、
みんなが願っていた我々の到達点について、
私は何か挨拶をした。
その時、マエストロは優しく、
私の肩を叩き、
“ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう。
それは全然違う。
ただの誠実な音楽家だよ“と言った。
したがって、みんな笑うので、
私はそのまま放っておき、
椅子に座って、
いったい、何がいつ起こるだろうと、
最初の爆発を待った。
しかし、それは結局なかった。
実際、ブラームスのホ短調交響曲の
真ん中の2つの楽章は中断なく演奏された。
“祈れ、祈れ、祈れ”、彼は言った、
“ただ、3つのことだ。”
それから、彼は3か所ほどパッセージを見つけ、
それを正し、さらに続けた。
トスカニーニは、一度、良しとすると、
さらに鋤を入れることは良いと思っていませんでした。
言うまでもなく、オーケストラは、
この最初のリハーサルからマエストロを賞賛しました。』」

ここまでは、最初のリハーサルの模様を伝えるもので、
ブラームスについては、ごく順調に練習が終わったことが分かった。

このCDに収められている曲目についてが気になるが、
この後も、おそらく、うまく言ったのであろう。
下記のような文章で、
トスカニーニと英国の関係が締めくくられている。

「この感覚は共通のものだったようで、
続く4年、トスカニーニはBBC交響楽団を4度訪れ、
トータルで22公演を振り、
(コレルリからショスタコーヴィチに至る)
7回の録音セッションを持った。
戦争がなければ、トスカニーニとBBCのコラボが、
さらに続いたであろうことは間違いない。
戦争中、マエストロはロンドンに来ることはなく、
1952年、85歳の時、
新しいロイヤル・フェスティバル・ホールで、
フィルハーモニア交響楽団と2回のコンサートを行い、
英国に別れを告げた。」

トスカニーニのBBCとの演奏は、
上記セッション録音は、非常に有名であるが、
演奏会の記録としても、
WHRAが出してくれた1935年のものの他、
ベートーヴェンの「第9」や、
ヴェルディの「レクイエム」など、大作が、
ぽつぽつと復刻されている模様。

そういうものと比べても、
今回のCDの1939年の「ミサ・ソレムニス」などは、
音質は古いが聴きやすいのでありがたい。

リマスターは、20bitとあり、
Arthur M.Fierroなど、
3人のエンジニアによるらしい。

解説は、ザックスという人の力量発揮で、
そもそもトスカニーニは、
という感じの部分もある。

「トスカニーニのキャリアは、
1886年、この演奏の半世紀も前に始まっているが、
ここに聞く曲目のうち、
たった1曲のみが、
この期間の半分以上の演奏経験に入っていた。」

私は、こんな書き方の解説は初めて見た。
つまり、これらの曲が、何時、彼のレパートリーに入ったか、
ということをザックスは気にしているのである。
さらりと書いているが、かなりの研究を経ないと、
こんな記載はできないだろう。

では、その1曲、つまり、この中で、
もっとも古くから手掛けていたものはどれか。
それは、モーツァルトらしい。

「彼は、モーツァルトの『ハフナー交響曲』を、
1908年という早い時期から、
スカラ座のオーケストラで指揮しており、
トリノ、ニューヨーク、ヴィーン、フィラデルフィア、
そしてNBC交響楽団とも演奏している。
彼はスタジオ録音も2回しており、
抒情的で柔軟、今の基準からすると、
極めてロマンティックなバージョンによる、
1929年ニューヨーク・フィルとのものと、
1946年の、いささか硬いNBC交響楽団とのもの。
この1935年のBBCでの演奏は、
ニューヨークとのコンセプトに近い。」

1908年から1935年までは、
27年経過しているので、
確かに、半世紀の半分は経過しているわけだ。

この演奏はWHRAのCDで聴いた時にも感じたが、
まったく、解説者に同感である。
柔軟で、歌に満ち、どうも、後期6曲として紹介される、
モーツァルトの交響曲の中では、
一本気な、お硬い長男みたいな感じを受けがちな、
この交響曲の中に、優しい心情を見せてくれた。

じゃーんという序奏に続く楽句が、
ためらいがちに演奏され、
ばーんと出る主部の華やかさを強調しているが、
これが、決して強引ではなく、
丸みを帯びた微笑みを伴っている。

経過句における楽器のやり取りも、
後年のピアノ協奏曲のような、
典雅な風情を漂わせている。
こうした間の取り方や、
音の伸びやかさなど、
メンバーの自発性を生かした感じで、
ニューヨーク・フィルとの演奏以上かもしれない。

WHRA盤に劣るのは、
トスカニーニの歌声あたりに、
フィルタ特性がかかっているのか、
それがかすかにしか聞こえず、
指揮者と一緒に共感するための情報が、
薄まっている点であろう。

「トスカニーニは、ケルビーニのオペラ・バレエ、
『アナクレオン』への序曲を、
1925年にスカラ座のオーケストラで、
最初に振っている。
輝かしいが名作とも言えないこの曲を、
彼は8つのオーケストラと演奏している。
指揮者の死後、RCAは、1953年の
NBCでのこの序曲の放送録音を発売している。」

ちなみに、アナクレオンは、酒と愛の詩人。
軍人でもあったらしい。
ゲーテが、「アナクレオンの墓」という詩を書いているので、
18世紀から19世紀の疾風怒濤の時代に、
流行った人物なのであろう。
1803年の作品で、
「逃げた愛の神」という副題があるように、
軽妙な要素もあったのだろうか。

トスカニーニ好みの潔い序奏に、
鮮やかなメロディが続く作品で、
複雑に声部が交錯して発展して爆発するのが快感である。
このBBCレジェンズの音質は、
非常に聴きやすい。

WHRA盤は、ノイズを取らずに、
色彩が生々しい反面、
ざらざら感にデッドなイメージが付きまとうが、
このBBC盤は、なめらかに仕上げている。
迫力や立体感はいくぶん劣るが悪くはない。

楽想に、きらきらと輝くパッセージあり、
軽妙な弦楽の弓使いあり、
豪壮な金管の咆哮ありと、
リヒャルト・シュトラウスの古典版みたいな感じ。

かつての大指揮者たちがこぞって取り上げたのも、
良くわかる管弦楽のパレットの豊かな作品である。
トスカニーニの密度の高い音の采配が、
説得力を持って迫る。

「ベートーヴェンの『第7』交響曲は、
彼が49歳になるまで、
そのレパートリーに入らなかったものである。
『第2』と『第8』以外は、10年、20年前に、
ベートーヴェンの全曲を取り上げていた。
彼は、『第7』をスカラ座時代に頻繁に取り上げ、
1920年から21年に、イタリアや北米で、
マラソンツアーし、その後も全欧やアメリカで演奏した。
1951年のNBCとのスタジオ録音は、
良く知られているが、
1936年のニューヨーク・フィルとのバージョンが、
これまでなされた交響楽録音の中でも
最高のものとされるのがふさわしい。
『ハフナー』交響曲の場合同様、
コンセプトにおいてBBCとのものは、
ニューヨーク・フィルとのものに近く、
この演奏の時、トスカニーニと会って、
2週間しか経っていなかった楽団が、
マエストロとの10年の共演の中で到達した、
ニューヨーク・フィルの突出した名技性や、
意志の統一に迫っている。
演奏は息を飲むもので、
音質も当時のものとしては素晴らしい。」

この「第7」は、重心が低い音質で、
WHRA盤のような、
楽器の分離を生かしたものに比べると、
ずーんと来る序奏からの密度の高さに圧倒される。

主部に入ってからも、
ティンパニの連打を伴って、
すごい迫力で脈打って盛り上がる。
トスカニーニの魅力は、
これまで、なかなか言葉にすることが出来なかったが、
ここに聞くような、
内部から膨らんでくる生命感のようなものが、
その一つかもしれないと思った。

第2楽章の悲壮感も、
このしっとり気味の音質はマッチしている。

トスカニーニは終始歌っているが、
彼の声のあたりの周波数帯をいじっているのか、
このCDではWHRA盤よりはっきり聞こえない。

リズムが息づくように刻まれ、
まったく生命体のように音楽が脈動する。
聴けば聴くほど、ベートーヴェンの「第7」とは、
こんな音楽だっただろうかと、
新鮮な気持ちになる。

もっと力ずくの、単調な割にあくの強い音楽、
というのが私の先入観であったが、
強引な指揮をするはずのトスカニーニが、
そうではなく、むしろ、すっきりとした、
律動感と生命感にあふれた演奏を聴かせてくれ、
まったくこの曲のイメージが変わってしまった。

第3楽章では、トスカニーニの声は、
あちこちで響きまくりである。
ここでの、執拗なリズムも、
何故か嫌味にならず、
むしろ、軽快で洒脱な感じがする。

第4楽章なども、豪壮な表現だと思うが、
その跳躍の柔軟さに、無重力感すら感じてしまう。
いったい、この演奏のエネルギーは、
どうなっているんだ、などと考えているうちに、
あれよあれよと曲は進んでいて、
目を回しているうちに、
ぶわーっと巻き込まれて音楽は終わっている。

この演奏など、聴衆の拍手も録っておいて欲しかった。

「トスカニーニが最初に『ミサ・ソレムニス』を
演奏したのは、1934年のことで、
ニューヨーク・フィルの演奏であった。
彼はこの曲を1935年、1942年に、
同じ楽団と演奏し、1936年にはヴィーン・フィルと、
1939年にはBBC交響楽団と、
1940年、1953年には、
NBC交響楽団と演奏している。
7つもの非正規な商品が出た、
1940年のNBC盤と同様に、
このBBCとのものは、
輝かしい解釈で演奏されている。
しかし、この録音に使われた、
マイクのすぐれた配置によって、
トランペットとティンパニの
突出したバランスが気になる
アメリカ録音より優れている。」

録音時の楽器のブレンドは、
演奏のイメージが変わってしまうので、
たいへん、重要だと思う。

一聴すると、このレジェンズ盤は、
平板で奥まった感じがしたが、
確かに、M&Aなどから出ている、
NBCとのライブのやかましさに比べると、
ずっと聴きやすく、上品で、
この時代のトスカニーニのイメージに合っている。

「両方の盤に登場するソプラノ、
ジンカ・ミラノフは、この録音では、
クレドの終わり前の23小節で、
明らかなミスをしているのが分かるが、
それ以外は、他の歌手同様素晴らしい。」

このように、最初のキリエとグローリアについては、
すっとばして、クレドの話になっているが、

「キリエ」の独唱とオーケストラ、
合唱のブレンドも大変美しく、
しっかりと刻まれて膨らむ音楽の歩みも素晴らしい。

私は、この演奏なら、
この大曲を聴きとおすことが出来そうだ、
などと感じてしまった。

「グローリア」の爆発的な歓喜のファンファーレも、
推進力があって、宗教曲という抹香臭さがない。
トスカニーニの決然とした音楽作りが、
この曲に、どうも親しみを覚えられない私も、
巻き込んでくれてありがたい。
もう、この部分などを聴いていると、
1939年という古い録音だなどとは、
意識していないで聴ける。

独唱者が出たり入ったりするところや、
合唱が包み込む時の雰囲気の豊かさは、
奇跡的な感じさえする。

「クレド」では、トスカニーニは、
もう、渾身の指揮ぶりだったと思われる。
ミサ曲の中心をなす、この複雑な音楽を、
すごい緊張感で解きほぐしていく感じ。
ティンパニの一打一打が入魂に思える。

「1953年のVBC-RCAの正規録音は、
音質の点では、他のトスカニーニが指揮した、
このミサ曲より良いが、演奏はと言えば、
しばしばそれ以前の演奏のような深みに欠ける。
事実、マエストロは86歳になって、
70代で持っていたような、
驚くべき技術を失っていたのである。
BBCでの演奏の多くで、
トスカニーニのテンポは、
1953年のものよりも
明らかに遅いが、
1940年のものよりはいくぶん速い。
1939年の盤における、
アニュス・デイは、しかし幅広く、
3種の中では、おそらく最も美しい。
この作品の最後にベートーヴェンが書き込んだ、
『内部と外部の平安への祈り』は、
戦争が始まる3ヶ月前に、
トスカニーニが英国に捧げた、
最後の捧げものであった。
『ミサ・ソレムニス』の
トスカニーニの解釈は、
印象深く、かつ衝撃を、
ロンドンの音楽愛好家にもたらした。
たとえば、『タイム』の批評家は、
1939年5月27日の記事で、
ミサの中でベートーヴェンは、
声楽と交響的に扱っていることを認めながら、
『多くの指揮者はこうしたやり過ぎを、
これまでやわらげようとして来たし、
聴衆もそれに満足していたが、
トスカニーニは、そこに狂喜している。
“et vitam venturi”
(クレドの最後の「来世の生命を待ち望む」)の
主題における管楽器のスタッカートは強調され、
声楽も同様にそれに倣い、
わずかに主題の荘厳さを加える。
“アレグロ・コン・モート”の部分では、
歌手たちは、それに相応しく忘我に至る。
このベートーヴェンが作品を書くときに、
異常なまでにこだわった書法によって、
彼の思い描いたものまでに、
至ったかについては疑問がある。
明らかにベートーヴェンのスコアには誤算がある。』
しかし、トスカニーニは、スコアの特異性を、
単に眺めて悦に入っているわけでも、
音楽テキストの字義に、
自身を縛り付けているのでもなく、
ベートーヴェンの、音楽コンセプトや、
感情の驚くべき扱いという挑戦に対し、
ただ、受けて立っている。」

このCDは、このように、
「クレド」の最後について、
ソプラノが間違っているとか、
声楽が器楽のように扱われているとか、
やたら集中した部分で具体的な話題が多いが、
確かに、このコーダ部の高速さは、
ほとんど、何を歌っているか分からないくらいで、
声楽部が交響曲のパート化している。
難しい独唱者たちの交錯はこの後で来る。

1940年のNBC盤などは、
このあたりは、ラッパが合唱を飛び越えて、
最後の審判みたいになっている。
それに比べると、BBCの録音は素晴らしい。
ワルターの「大地の歌」で独唱を受け持った、
スウェーデンのコントラルト、
トルボルイが共演しているのも、
聴いていて嬉しくなる要素である。

ちなみに、テノールは、
Koloman von Patakyという、
ハンガリーの人、
バスは、Nicola Mosconaという、
ギリシャの人で、
国籍が多彩である。
ちなみに、Milanovはクロアチアの人らしく、
南欧、北欧、東欧の歌手が集まっている。
合唱はBBC合唱協会。

「サンクトゥス」の導入部の、
独唱も、そんな連想からか、
マーラーの世界を想起してしまった。
何か、原初的なものが現れるような、
神秘的で秘めやかな雰囲気がまた、
ドライに割り切ったトスカニーニのイメージが、
間違っていた事を証明している。

そんな事を考えながら聴きながら解説を見ると、
下記のように、トスカニーニ自身が、
このあたりの雰囲気を、
いかに神聖視していたかが書かれていて、
まるで、マエストロと心が通じたような、
厳粛な感動を覚えた。
私も、この楽章だけは、
常に、非常な感動を持ってしか、
聴くことが出来ない。

「典礼用の作曲を越えて、
ニ長調のミサ曲は、
複雑で抽象的な音楽の象徴を通して、
人間的な精神の追及がなされている。
テクスチャーは透明な時でも、
その内容は濃密で、いかなる試みも完成、
または、ほとんど完成されていて、
作品の演奏は不可能なほどである。
トスカニーニは、これを知っていたが、
挑戦を続け、他の指揮者たちが、
到達しえなかったような水準に至った。
ボールトは、トスカニーニが、
『ベネディクトスの独奏ヴァイオリンの
危険性について恐ろしい不安』について、
語ったことを報告している。
『事実、彼は金管とティンパニの
スフォルツァンドで、打ち切ろうかと、
私に相談しました。』
しかし、ベネディクトゥスの序奏の論議では、
トスカニーニは、ボールトにこう言った。
『あまりの素晴らしさに、
そこを指揮している時に眼を瞑る。
目を瞑ると、ついにはオルガンが響いてくる。
それは天上の光なんだ。』
この合唱と管弦楽の最高の傑作のひとつの、
圧倒的で啓示的な演奏に触れると、
今日の聴衆もまた、
同様の隠喩を完全に感じることが出来るだろう。」

トスカニーニは、まるで、
彼自身の鼓動のように低音を響かせ、
跪いて、天上の光にひれ伏さんばかりの、
痛切な表現を聴かせている。

この時のヴァイオリニストは、
Paul Beardという人だったらしい。
線が細く、いくぶん特徴に乏しいが、
格調が高く、トスカニーニやボールトの信頼が厚かった。
バーミンガムのコンサートマスターを皮切りに、
ビーチャムのロンドン・フィルを経て、
BBCに移ったという。

最後の「アニュス・デイ」は、
かなり、オーケストラも疲れているのではないか。
これだけの集中の後なので、
もう、勢いだけで持っている感じもする。
私も、「ベネディクトス」の美しさに触れた後は、
かなり満足しているので、
ちょっと唐突な終わり方でも言うことはない。
暖かい拍手が沸き起こっている。

得られた事:「初対面から2週間で、トスカニーニとBBC響は、10年来の主兵、ニューヨーク・フィル並みの名演を聴かせた。」
「トスカニーニは『ベネディクトゥス』で『天上の光』を感じ、我々もまた、同じ光を感じることが出来る。」
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# by franz310 | 2014-02-08 20:24

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その400

b0083728_19501959.jpg個人的経験:
トスカニーニの決定盤とされた
1936年録音の
ベートーヴェン「第7」は、
当時のスタジオ録音の限界を行く
細心の工夫を凝らされて
記録されたものであったようだが、
これほどまでに愛聴された
名盤であるにも関わらず、
手を変え品を変え、
様々な復刻の試みが市場に流出、
結局、どんな演奏なのか、
分からなくなってしまった。


しかし、この演奏を補足するような、
同じ「第7交響曲」の記録が、
同時期に残されているのが面白い。

何故、面白いかと言うと、
当時のトスカニーニの録音嫌いは有名で、
ほとんど、生前には、これらの存在は、
少なくとも指揮者本人にとっては、
認めることのできない記録であったはずだからである。

1936年のニューヨーク・フィルとの、
先の「第7」交響曲は、連続録音時間の限界から、
4分半くらいずつ、休止を入れ、
録音機器を繋ぎかえる時間まで作ったとされる。

しかし、それに先立つ、
1935年7月に、彼は、イギリスにわたり、
BBC交響楽団を指揮して、
聴衆を興奮のるつぼに落とし込んだ。
このライブの記録が、CD化されて聴けるのである。
ニューヨーク・フィルの努力は何だったのか、
と思えるような事が実際に行われたのである。

今回、WHRAというレーベルが、
2012年新復刻と銘打って出したCDには、
そのあたりの事情をよく書いた解説がついている。

この4枚組のCDは、
「トスカニーニ・アット・ザ・クイーンズ・ホール」
と題され、誰もいない客席の前で、
リハーサルを付けていると思われる、
トスカニーニの白黒写真が、
セピア色で使われていて、
非常に格調高い趣きを持っている。

トスカニーニを復刻するレーベルは、
このオーケストラ所縁のBBCレジェンズや、
ナクソス、ビダルフ、パール、
ミュージック&アーツなど多数あるが、
WHRA盤は解説も充実していて別格の感がある。
CDの盤面も黒くて風格を感じさせる。

本家のEMIからも、BBCでの録音は、
最近、廉価盤の6枚組で出ているが、
何となく、安さを全面に出して、
心をこめて復刻していないのではないか、
などと考えて、このCDが出たのは嬉しかった。

CD3では、1936年4月、ようやく、
トスカニーニがマイクの前に立って録音した、
ニューヨーク・フィルとの名盤、
ベートーヴェン「第7交響曲」の10か月前の
ライブでの「第7」が収められている。

最新リマスタリングを謳うだけあって、
ノイズもほとんどなく、
トスカニーニらしい、鋭いアタックや、
各楽器の鮮やかな歌い回しなどはさすがである。

が、オーパス蔵にあったような、
ノイズの海から立ち上る猥雑さや、
その喧騒の中から立ち上る熱気というのは、
残念ながら、ここからはあまり聞き取れない。

リマスタリングは、リストレーション技術者として、
Gene Gaudetteという名前が特記されている。
Biddulphのオバート=ソーン復刻の、
トスカニーニ/BBCの復刻より、ノイズがない。

とはいえ、この曲の演奏として、
聴きやすく、古典的ですらある印象は、
パール、ナクソスのオバート=ソーンや、
本家、BMGの、
Andre Gauthierの路線と同じである。
ただし、第1楽章主部になると、
ライブ録音であるせいか、
かなり、熱気が湧き上がってくる。
終結部などは、感興に満ちている。

このCDでは、写真も多用され、ブックレットが良い。
Christpher Dymentという人が、
オバート=ソーンに対抗するような、
丁寧な解説を書いてくれている。

ニューヨークで試みられた事の、
再現のような事が、ここでも語られている。
このような記載を味わうにつれ、
いかに、こうした記録が貴重な至宝であるかと、
思いを馳せずにはいられない。

そんな思いを補足するかのように、
ベートーヴェンの「第7」の第2楽章は、
心にざわめきをかきたてるような、
情感豊かさで響きわたる。
トスカニーニは、歌っているのではないか。
いや、最後などは、明らかに鼻歌が、
オーケストラより雄弁だ。

解説は、「コンサート」、「レコーディング」、
「パフォーマンス」と章立てされているが、
これまでの流れからして、この真ん中の部が興味深い。

「1934年の11月、
HMV/EMIが最初に、
トスカニーニの演奏会のニュースを聴いて以来、
彼らはそれを商業ベースで、
それらを録音してやろうと考えた。
彼らは、まず、トスカニーニが、
ずっと録音嫌いで譲らないことを知っていたが、
EMIの興行師フレド・ガイスベルクの剛腕交渉術を盾に、
1935年早々から奮闘を始めた。」

このあたり、ニューヨークで起こった事と、
まったく同じではないか。
が、ニューヨークには、この剛腕ガイスベルクがいなかった。

「1935年2月、夫の演奏会に付き添っていた、
娘のワンダを通じ、
トスカニーニは、演奏会の放送は受け入れるが、
HMVのためにもBBCのためにもお断り、
と明言してきた。
ガイスベルクの説得力のある言葉で、
しかし、ワンダやカルラからは、
密かに助力が得られる公算が大きく、
彼女らは、6月5日、
(2回目のコンサートの昼間)
ガイスベルクの催した、
サヴォイ・ホテルでの昼食会に、
トスカニーニを参加させることが出来た。」

ということで、ビジネスの基本は、
接待ということであろうか。
RCAビクターは、これをやったんだっけ。

とにかく、今から80年も前の事とは思えないほど、
現代の私たちにも勉強になるような記載が生々しい。
トスカニーニが、ニューヨークよりも、
こちらの方で興奮していたのは、
「第7」の第3楽章のリズムにのって、
楽しげな鼻歌を聴かせていることからも明らかである。
トスカニーニは、ガイスベルクから、
よほど、気持ちよくもてなされたものと思われる。

「和やかな会話が交わされる中、
ガイスベルクは、焦げ付き状態の、
BBC演奏家の録音の問題について切り出した。
トスカニーニは、信念どおりに、大嫌いな録音を拒絶、
大事な主兵であるニューヨーク・フィルに対しても、
この信念は曲げていないと言った。
再度、ガイスベルクは、
カーネギーホールでのRCAビクターによる、
少なくともトスカニーニが実況録音の失敗と比べられるように、
テスト録音をする許可を求めた。
最後にしぶしぶトスカニーニはそれを許可した。」

さすが剛腕ガイスベルクである。
テスト録音さえできれば、次のステップに進むことが出来る。

しかも、ガイスベルクは非常にしたたかである。
トスカニーニの返答などはそっちのけで、
実は、臨機応変に、すでに事を起こしていたのである。

「実際は、トスカニーニの許可なく、
HMVは6月3日の最初の演奏会を録音しており、
続く3つもカバーするつもりであった。」

実は、この7月3日のコンサートの録音は、
私にとって、非常に重要である。

というのは、このトスカニーニと、
BBC交響楽団の一連のコンサート録音の中で、
私が賛嘆せずにいられないのが、
ブラームスの「第4交響曲」で、
この交響曲は、ここでは1面に入っているが、
6月3日、5日録音とされている。

また、他に6月3日の録音としては、
ケルビーニの「アナクレオン序曲」が、
この4枚組の冒頭に入っていて、
これもまた、珍しい曲目ながら、
多様に脈打つ音楽の発展が目覚ましく、
トスカニーニらしい透徹したというか、
純度の高い節回しに、つい、耳を澄ませてしまう。
10分以上かかる、そこそこの大曲である。

さらに、2枚目に入っている、
エルガーの「エニグマ変奏曲」もまた、
6月3日の録音とある。

これは、諸石幸生著「トスカニーニ」で、
「イギリス的でない」と言われながら、
識者には絶賛されたものとされているが、
多少、違和感のある、
いくぶん情感をそぎ落とした感じの演奏になっている。
が、拍手はすごい。

「ガイスベルクの若いアシスタントの
デヴィッド・ビックネルの技術監修によって、
ロンドン北部のHMVのエイヴィ・ロードのスタジオの、
機械室にホールから有線で効果的につながれた。
この部屋は、遠隔地からの録音用で、
スタジオ1、2、3を補助する部屋であった。
何年かして、ガイスベルクは、結果に対する心配を語った。
『柔らかなチェロのパッセージにおいても、
ティンパニ奏者が太鼓を雷のように鳴り響かせるたびに、
コントローラーが心臓麻痺を起しそうだった。
トスカニーニの歌うメロディは、
独奏楽器をかき消しそうだった。
ディスクの表面にピアニッシモは聞こえず、
フォルテッシモは、溝を跳び越すようだった。』
しかし、この時は、ずっと楽天的であって、
録音の決定で、いくつかサイドエンドの不備はあろうが、
EMIにとって初の快挙となると考えていた。」

例のランチの翌日、6月5日には、
このCDの二枚目に収められた、
ワーグナーの「ファウスト序曲」などが演奏されており、
この曲は特に、ガイスベルクの心臓が縮みそうな、
ダイナミックレンジで演奏されている。

「6月12日のジェミニアーニの合奏協奏曲だけは、
最初に録音機が正しいスピードにならず、
不完全なものとなった。
このCDで初めて、この不備を補正して発売する。」

このジェミニアーニ復活は、この時代特有の、
情念豊かなロマンティックなバロック音楽演奏で、
私としては非常にうれしい。

すこし、ぎくしゃく感のある開始部だが、
大きな問題はなく、陰影の豊かな、
感情の幅の激しい音楽となっていて、
入魂の演奏の証拠として、
トスカニーニの強烈な唸り声が持続する。

期待通りに、通奏低音部の迫力もすさまじい。
独奏弦楽器と合奏の質感の対比にも立体感がある。

同じ日の録音のロッシーニ、
「セミラーミデ序曲」も、恐ろしい音楽である。
ピッチカートや木管の歌による静かな部分と、
総奏による激烈な動機の対比に、
当時でなくとも、現代のスピーカーすら、
大破しそうなダイナミックレンジだからである。

この曲は、トスカニーニのお気に入りで、
翌4月には、ニューヨーク・フィルと再録音される。
が、ライブの熱気のせいか、
ニューヨーク盤の復刻の丸みのせいか、
これもベートーヴェン同様、
このCDに収められたものの方が勢いを感じる。

「トスカニーニに非公式の了解を得たHMVは、
演奏会の録音発売の許可をも模索したが、
トスカニーニがロンドン出発前に、
結果を聞いて見たいとまでは言ってくれたものの、
これには失敗した。
彼らは、
1936年のBBCとのコンサートで、
彼が戻って来る時を捉え、
最高の状態で、それらを聞いて貰える機会をおいてしか、
トスカニーニの了承はあり得ないと考えた。
1935年の終わりまで、
それゆえ、彼らは不完全な、
サイドエンドの補修などもしなかった。
それから、RCAとの交渉でトスカニーニは、
先のライブ録音についての考え方を変えたと知った。
彼は、録音を許可したことを悔やみ、
それを聴くことも断固、拒絶したのである。」

読んでいて、気の滅入る話ではないか。
トスカニーニの考え方に振り回され、
レコード会社はへろへろであったろう。
が、そんな中で、何とか録音が残って良かった。

しかも、ここに聞く録音は、
いずれも素晴らしい音質で、
ずずんと響く低音が少し足りないくらいで、
聴いていると、音楽に浸るばかりで、
まったく不満はない、と言って良い。

「1936年2月から4月に、
カーネギーホールで、
トスカニーニにニューヨーク・フィルと、
素晴らしい一連の録音をさせ、
RCAが成功したことによって、
HMVの地位はさらに下がった。
アーネスト・ニューマンの
HMV録音に対する意見があり、
『海』やブラームスの交響曲に対する、
批評家の賞賛があったにも関わらず、
1936年初めの
トスカニーニとHMVの折衝は、
マエストロの心を動かすに至らなかった。」

確かに、CDの4枚目に収められた「海」も、
素晴らしい感興に溢れた演奏で、
トスカニーニは、ずっと歌いっぱなしである。
こんなにも朗々と鳴らされるドビュッシーは貴重で、
何だか雰囲気だけでまとめられた演奏より、
遥かに聴き甲斐がある。
録音も優れている。

ちなみに、続いてモーツァルトの
「ハフナー」が収録されているが、
これも、非常にチャーミングで、
トスカニーニで連想される強引さはみじんもない。

というか、トスカニーニは、
音楽に酔いしれて機嫌よくハミングしている。
ずっとよく知られた、
RCAビクターの録音を聴いて、
トスカニーニが、こんな優しく、
愛でるように音を出す人だと、
想像できる人は少ないかもしれない。

ひょっとすると、
機能的すぎるアメリカの文化から離れ、
より情緒的な文化が残るヨーロッパの楽団を演奏して、
トスカニーニも、ようやく、
深呼吸が出来たのではないか。

あらえびすは、「名曲決定盤」で、
このオーケストラを指揮しての「田園」を評して、
「イギリスのオーケストラ
(B・B・C交響管弦楽団)を用いたことで
多少質の低下を免れなかった」などと書いたが、
むしろ、BBCの演奏の方がホールの残響もあるのか、
ずっと情緒的に聞こえる。

オーケストラはできたてで、
大指揮者の登場で、委縮しそうなものだが、
不思議な協調感の方が優先して感じられる。

「1936年5月、パリ滞在時に、
トスカニーニが要請し、
送られていたプレス盤に対する返答もなかった。
演奏会の録音発売の、
トスカニーニの同意を確実にする時間は、
HMVにはなくなってしまった。
彼らの運命は、
BBCとトスカニーニの当時のマネージャー
(カルラが主にそれを演じた)との折衝の失敗により、
彼は1936年のロンドン公演をキャンセルし、
HMVは、その録音を、
クラリッジホテルで、
ゆったりと聴いて貰う事をもはや諦めた。
最後に、パリにいたトスカニーニに、
ガイスベルクは特にブラームスの交響曲について、
ワンダ、ホロヴィッツ、トスカニーニの親友、
アドルフ・ブッシュの義理の息子ゼルキンの求めに応じて
再生した後で、
『あなたがこれを聴いたら、
非常に心を動かされることと思います。
私たちは全員一致でこのようなものはかつて聴いた事がなく、
素晴らしい成果だと口を揃えました。』
遅すぎた事であるが、
この沈黙の回答によって、
これらの演奏会の録音は半世紀も地下室に眠ることになった。」

このCD解説には、
「演奏、そのスタイルと重要さ」というパートが続いていて、
「ガイスベルクがブラームスについて書いた事は正しかった」
という言葉で始まっている。

つまり、ここで聴かれる「第4交響曲」は、
作曲家直伝のような、
フリッツ・シュタインバッハ(1855-1916)の
演奏に繋がるという論旨だ。

1909年9月にトスカニーニは、
この指揮者がミュンヘン・ブラームス祭で指揮するのを聴き、
「ブラームスは偉大だ。シュタインバッハは素晴らしい。」
と書いたというのである。

シュタインバッハのブラームスの特徴は、
柔軟なリズムと細部のニュアンスにあって、
これがトスカニーニに強い印象を残し、
何と、シュタインバッハが1911年に、
トリノに来た時には、
ブラームスの「第2」の下練習をしていて、
「何もすることがない、誰が練習を付けたのだ」
と言わせしめたというのである。

1924年6月、チューリッヒで、
スカラ座のオーケストラを振った際、
それを聴いたフルトヴェングラーと口論になって、
トスカニーニは、静かにこの逸話を語ったらしい。
トスカニーニが食いついて、
フルトヴェングラーがなだめそうだが、
この場合は違ったようだ。

このシュタインバッハの影響は、
この1930年代の録音に聞き取ることが出来、
その特徴は、持続する脈動の微妙な柔軟さにあるという。
特にアンダンテは、トスカニーニの後期のものと異なり、
この変動する脈動が、特別な性格を与えているという。

さて、このブラームスの「第4」は、
4枚組のCD1のTrack2以降に収録されているが、
これまた、トスカニーニの歌によって彩られた、
生々しくも共感豊かな名演奏である。

この録音は、かつて、1980年代末に、
EMIの「Great Recordings
of The Century」
のシリーズでも出ていたが、
これを聴いた時から、私は圧倒されている。

実は、私は、この曲で圧倒される事が多いので、
あまり当てにならないかもしれないが、
めったに実演でも感動できず、
私が新録音として聴くもので、
感動できたものは皆無であることは事実。
この曲ほど、過去の巨匠たちが偉大に見える曲はない。

最初にワルター/コロンビアで聴いた時の、
何とも言えない人生の寂寥感、
次に、フルトヴェングラーで聴いた時の、
感情を鷲掴みにするような情念の渦。

そして、このトスカニーニの輝かしく、
歌いぬかれ、柔軟に呼吸する音楽の、
仰ぎ見るような存在感は、
ブラームスの時代から続く、
リズムと細部の彫琢の見事さから来ていたのか、
と、今回の解説を読んで、
納得させられたような形である。

確かに、ブラームスというと、
北ドイツの霧の幻想を思わせるが、
ここでの演奏では、
心臓の鼓動を思わせるような、
鋭いパルス音の雄弁さによって、
ずっと明瞭な見通しの良さがあって、
そこに、胸を焦がすメロディが、
ためらいがちにこみ上げて来る。

第2楽章などは、鬼のような要求で知られる、
激烈な性格のトスカニーニも、
忘我の境地に陶然としながら、
ブラームスと心を通わせているようだ。

低音をたっぷりと響かせたバランスもまた、
胸にびりびりと迫るではないか。

第3楽章でも、鞭のようにしなるリズムは、
トスカニーニならではないかと思わせる。
いったい、どうやって、オーケストラに、
こんなフレージングを伝えたのだろうか。
まさしく神業にも思えてくる。

第4楽章で、聴くものを揺さぶるのは、
血しぶきが上がるようなティンパニの連打であろう。
メロディもぎりぎりまでに引き延ばされて絶叫する。

これには、ロンドンの聴衆も、くらくらになったに相違ない。
が、拍手は、ブラボーっとかならないのが不思議。
演奏のテンションに合っていないが、
圧倒されているのか、この人たちは。

いや、こんな演奏を聴いてしまうと、
NBC交響楽団との後年の演奏に、
手を伸ばす余裕などなくなってしまう。

なお、この曲の場合、EMIのCDも悪くない。
音が歪み、ちりちり音などがあるが、
小細工をしていない感じの、
割り切った迫力がある。
拍手なども、こちらの方が臨場感を感じた。

それにしても、トスカニーニの振る
BBC交響楽団の録音集について、
私は、かなり混乱していたかもしれない。

なぜなら、ブラームスの素晴らしい交響曲は、
先に書いたように、
すでにずっと前にEMIから発売されていたし、
特に、ベートーヴェンの「田園」などは、
戦前の「名曲決定盤」(あらえびす著)でも、
「最近に入ったベートーヴェンの『交響曲第六番』は、
実に見事な指揮である」と紹介されていたからである。

そうした流れから、1935年の録音も、
早くからレコード化されたものと思っていた。

ベートーヴェンの「田園」は、1935年ではなく、
2年後のスタジオ録音(やはりクイーンズ・ホールだが)
であった。

トスカニーニのBBC交響楽団との録音とは、
これらが入り混じっていたのであり、
1935年のものは、
ニューヨークでの「第5」同様、
お蔵入りになっていたわけだ。

さすが、硬骨漢トスカニーニは、
大西洋をまたいでも、一本、筋が通っていたようだ。
なお、EMIから出たBBCレコーディングは、
こうした事情を無視して、
いっしょくたにされていることが分かった。

さて、このWHRAの解説は、実は、まだまだある。
「The concerts」と書かれた章には、
トスカニーニが最初にロンドンに来たのは、
1930年のニューヨーク・フィルの
欧州ツアーの時であった事であった。
サンデー・タイムズのアーネスト・ニューマンなどは、
『英国の現代の音楽愛好家にとって、
記憶すべき素晴らしい1週間だった』などと評し、
熱狂的に迎えられたことなどが書かれている。
同じ年に、近代的なオーケストラとして、
BBC交響楽団が創設され、
ボールトの薫陶を受けて、
クーセヴィツキーを招聘するまでになる。

1934年にホロヴィッツを招いたのをきっかけに、
トスカニーニ招聘の動きが本格化し、
1935年6月のロンドン音楽祭に、
4つのコンサートと20回のリハーサル、
各コンサートごとに、
今日の価値で400万円という条件で
マエストロを招くことになった。

これだけの額が出せるのはBBCだけであった。
BBC交響楽団が委縮せずに、
巨匠と協調関係が築けたのも、
実は、背景にこの財力があったからであろうか。

1935年5月29日に、
68歳の指揮者が妻カルラと娘ワンダ、
その夫ホロヴィッツがイタリアから到着し、
クラリッジホテルに入った。
6月3日の演奏会は、
ブラームス「第4」、
ワーグナー「ジークフリート」、
エルガー「エニグマ変奏曲」だった。

ボールトは、オーケストラとトスカニーニの
初対面を記録していて、
トスカニーニは自然に接し、
ボールトが「最高の指揮者」だと紹介するのを遮り、
「ただ、誠実な音楽家なのです」と反論したという。
アルパカのジャケットで指揮台にあがると、
頭を垂れ、しばらく忘我の状態になり、
ブラームスのリハーサルはスムーズに終わった。

ふと、私は思ったのだが、
熱演のブラームスが、何故、
かくも簡単に終わったか、
そのあたりが不思議ではないか。

ひょっとしたら、前年に、
ワルターが、この楽団を使って、
同曲を録音したりしていたからかもしれない。
などと考えてしまった。

続いて、「エニグマ変奏曲」の練習になったが、
多くの楽団員に、大きな印象を残した。
「別世界の人」、「何かを吹き込み音楽を蘇らせる」、
「音楽の最高の祭司のようだった」などなど。

すぐに売り切れた最初の演奏会の後、
「もっとも稀有な最高の音楽体験」といった批評が集まり、
特にブラームスは、「直接的で雄弁、
バランスがとれエネルギーに満ちて美しく、
それでいて、人間的」とされ、ニキシュと比肩された。

2日後の2回目の演奏会では、
エルガーの代わりにワーグナーの「ファウスト序曲」、
「パルシファル」からが演奏され、
批評家は圧倒され、若いブリテンもそうだった。

6月12日と14日の演奏会は、
ドビュッシーの「海」とベートーヴェン「第7」がメインで、
12日にはジェミニアーニとロッシーニ、
14日にはモーツァルトとメンデルスゾーンが演奏された。
ドビュッシーとメンデルスゾーンは、
1930年にも聴かれたものだったが、
ベートーヴェンの「第7」はトリオの速さが注目され、
ニューマン以外は賛同し、一貫して説得力があるとした。

得られた事:「1935年、初めてBBCを振った時の、トスカニーニの演奏会のすべての曲目を収めた、どえらいCDである。」
「トスカニーニとBBC交響楽団のCDには、ニューヨークでは感じられなかった、深呼吸できるような伸びやかさがある。」
「トスカニーニのブラームスは、作曲家直伝とも言える、フリッツ・シュタインバッハの伝統を受け継ぐものであった。ここに聞く『第4』は素晴らしい。あるいは、前年にワルターが振っていたお蔭か。」
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# by franz310 | 2014-02-02 19:50 | 古典

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その399

b0083728_1675864.jpg個人的経験:
ニューヨーク・フィルを使って
トスカニーニが録音した、
ベートーヴェンの「第7」は、
永遠のスタンダードのような
評価を受けているが、
それほどの説得力を持つだけの
録音かというと、
1936年という音の古さから、
今一つ、釈然としなかった。
が、そういえば、
このレーベルがあったと、
思い出したのがオーパス蔵だった。


このレーベルは、録音した会社に保管されているような、
マスターテープや原盤至上哲学や、
ノイズは当然、悪でしょうという原理主義から離れ、
「音楽・音質を最優先に考え、
スクラッチノイズを敢えて残している」と書き、
そもそも、当時はどんな音で鳴らされていたか、
という切り口で、レコード文化に向き合っている。

手に入ったSPレコード(やLPレコード)から、
最良のものを選んで、それを鳴らして復刻するので、
たとえば、あらえびすが聴いて感動したのと、
恐らく同じような響きを、
我々もまた楽しめるわけである。

今回、使われたSP盤は、
「アメリカ盤か日本盤か迷ったが、
結局日本盤の音に艶が感じられたので日本盤を採用した」
とあった。
まさしく、あらえびすが聴いたであろう音と妄想した。
(実際には、あらえびす氏は、
輸入レコードをよく物色していたようだが。)

同様の方法は、オバート=ソーンなども、
もちろん、行っているが、
彼は、演奏はこんな感じだったはず、
という視点で、
聴きにくいぱちぱちノイズを除きました、
みたいな復刻をする中、
あえて、ぱちぱちざらざらノイズが
「残す」と断言してくれている点がうれしい。

私は、オーパス蔵のCDのいくつかを持っているが、
トスカニーニの「ボエーム」などは、
こんなに美しい演奏を、何故、今まで知らなかったのか、
といった感動を覚えながら聴いたものである。

が、まさか、よりによって、
もう10年も前(2004年)に、
ニューヨーク・フィルとの「第7」も、
このレーベルで復活していたとは、
ノー・チェック状態であった。

「ボエーム」は46年の録音なので、
トスカニーニのベートーヴェンと言えば、
当然、有名で、これまた名盤とされる
NBCとの全集(「第7」は51年)
を優先すると思っていたが
さすが、こうしたこだわりレーベルは、
着眼点が異なるようである。

ということで、店頭で発見して歓喜した。

私は、RCAの録音なら、
XRCD化とか、SACD化できそうだが、
きっと、ここまでは、
手が回らないだろうと思っていた。
思わぬ伏兵が援軍に現れた感じである。

このCD、まず最初に、1940年、
NBC交響楽団を使っての、
ハイフェッツを独奏とした、
ベートーヴェンの「ヴァイオリン協奏曲」が
収録されている。

ハイフェッツには、ミュンシュと共演した、
ステレオでの再録音があるが、
トスカニーニとの演奏の方が冴えているとされる。

しかし、ルービンシュタインとの
「ピアノ協奏曲第3番」と
抱き合わさた形のCDで聴いた感じでは、
あまりに録音が悪いという印象しかなかった。

よって、この曲も、どのように蘇るのか、
非常に興味があったので、
迷わず、本盤も購入してきた。

聴いてみていきなり聞こえるのは、
サーフェス・ノイズというのか、
針をこするサーサー音が続いていることである。

が、ヴァイオリンの音色は、明らかに繊細な表情、
ジューシーな滴りを見せ、
オーケストラも、印象ではべたっとしたイメージだったが、
今回のものでは、比較的、風通しがよく抵抗が軽減された。

解説を読むと、このあたりの感想は、
多くの人が持っていたようで、
非常に、納得できてしまった。
創業者の相原了氏が、
こだわりの音源選択を書いている。

今回使われた、アメリカ盤SPは、
「あじがある演奏」であるらしい。
実際は、もっとニュアンスや、
品のある演奏だったのが、
戦時下という状況もあって、
強引演奏的に聴かれて来たのではないか、
などと書かれている。

さらっと書かれているが、
これは恐るべき言葉ではなかろうか。
実演の特徴など、レコード化するときに、
いかようにも変えられます、
みたいな感じである。

確かに、こうした記載は、
様々な機会に、読んできた事ではあるが、
そもそもトスカニーニが共演したという時点で、
繊細、上品というイメージから離れてしまうのが、
少なくとも私の先入観であった。

が、演奏が目指すものは、
その音を、どのようなバランスで捉えて録音したかとか、
どこをどう補正してレコード化したかとか、
演奏家に張られたレッテルや、
名盤が語られる時の世評、
さらには、レコードのジャケットなどによって、
どんどん、見えなくなってしまう事がありそうだ。

私が最初にこの演奏を知ったのは、
トスカニーニの横顔もいかめしいLPで、
いかにも、頑固おやじが、
オレ様の演奏をするぞ、というイメージばかりが残った。

今回、しかし、改めて、
このCDを聴いて確かそうなのは、
推進力のある速めのテンポで流れる音楽、
ハイフェッツのきっちりした音の制御と、
オーケストラの隙のない応答であった。

びしっと決まるアタックの迫力は、
残響のなさや、ダイナミックレンジの狭さによって、
本来の役割と違った作用を及ぼすことになったようだ。

ハイフェッツは、一本調子ではなく、
かなり細かく表情を与えて、
素晴らしい集中力を見せているし、
歌うべきところを、すかっと歌わせる、
トスカニーニならではのカンタービレにも、
もっと耳を澄ます必要があったのだ、
と考え直してしまった。

この古くて、本来、硬い録音でも、
演奏家のこうした特徴は、
しっかり刻まれていた。

ここにも、こんな特徴が残っている、
ここにも、こんな発見があると、
ついつい、最後まで聞いてしまい、
その時には、サーサー・ノイズは、
すっかり意識になくなっている。

しかし、こうした復刻の喜びは、
復刻「前」の録音の印象を知ってこそ分かるもので、
恐ろしく深みに入ったオタクの世界と言えまいか。
良くない復刻と比べることで、
良い復刻が分かるので、
結局、両方、所有することになってしまう。

では、私が、様々なCDで聴いて来て、
さっぱり、往年の世評を共有できなかった、
「第7交響曲」はどうなっているのであろうか。

これまた、壮大なざらざら音から始まるが、
遂に、腹に響く、低音の迫力がその中から蘇った。
私は、最初の和音に続く、
透徹した表情で緊張感を漲らせた序奏部からして、
これまで聞いて来たのは、何だったのだろう、
と思った。

あらえびすが、この演奏を聴いて、
「奔騰する美しさ」と評したのに、
ようやく同意することが出来た感じがする。

第1主題が始まってからも、
どんどんテンションが高まっていくが、
こんな所も、あらえびすの言うとおりである。
もし、木管楽器のソロなどの、
軽やかな歌い回しがなければ、
同じ演奏とは、まったく思えないではないか。

私は、この復刻と、例えば、オバート=ソーンの復刻では、
レコード再生の回転数が違うのではないか、
と考えた。
きっと、このCDの方が、回転を上げて、
スピード感で緊張を増しているのだろう。

しかし、第1楽章の収録時間を見ると、
逆に、以下のようになった。

トスカニーニ・コレクション:11分27秒(テイク2)
ナクソス、グレート・コンダクターズ:11分26秒(テイク2)
                 :11分49秒(テイク1)
オーパス蔵:12分04秒(テイク1)

ということで、どのCDよりも、
オーパス蔵盤は、時間がかかっているのである。
テンポを速めれば、緊張感が高まるのではなさそうだ。

私は、この10秒以上の差が、
何を意味するのか分からない。
ちなみに、第2楽章以下は、
すべて、数秒以内の差異しかない。

が、これらの楽章も、
ヒステリックなまでに、
高揚した雰囲気は共通である。
静かな部分が、すごく緊張感を持っていて、
盛り上がる部分になると、
音が汚くなるのは承知の上で、
割れるようなアタックを響かせている。

したがって、音のレベルが、
たとえば、3から10の間で鳴っている感じで、
他のCDでは、これが1から8の間で鳴っている印象。

その10の部分で初めて、
強烈な低音が再生されている感じである。
第4楽章でも、ティンパニの連打が、
分離こそ悪いながら、
ずんどこずんどこと腹に響いて、
かなりの迫力で、聴くものを圧倒する。
低音弦は、ぶんぶん唸っているし、
びしっと決まるアタックが耳をつんざく。

ナクソスの解説によると、
そのレーベルの復刻を担当している
オバート=ソーンについて、
「彼は、最も状態の良い78回転盤を使い、
オリジナル録音を現在所有する会社による、
メタルパーツを使った復刻技術者たちより、
すぐれた成果を出し続けている。
彼の復刻は、古い録音本来のオリジナル・トーンを保ち、
中高音のディティールや低音周波数を最大限生かし、
多くの商業的な復刻商品にはない、
音楽的高基準に達している。」
と、書いたが、
聴き比べてみると、
ノイズのしわをアイロンで伸ばし、
音楽をより滑らかにしている感じがする。

オーパス蔵の音質は、
もっと猥雑な感じがして、
演奏家たちの息遣いというか、
存在感を想起させるような、
ざわざわ感が残っている。

しかも、鋭いアタックによって刻まれていく、
音楽の句読点、足取りのようなものが、
ずっと生かされていて、
一歩一歩踏みしめられながら高揚していく、
音楽づくりがよく分かるようになっている。

私は、何度か、聴き比べたが、
オーパス蔵で聴く「第7」の第1楽章は、
このような足取りの確実さによって、
RCAやナクソスのものとは、
かなり違う演奏に聞こえた。

こうなって来ると、
何が本当で、何が嘘か、
何が本家で、何が本元か分からなくなるばかりである。
が、今回の効き比べで感じたのは、
ぐっと足を踏みしめながら進み、
要所要所で、ばーんと、
弾け散るような効果の素晴らしさであった。

この弾け散る時に飛び散るものが、
ノイズ除去によって失われてしまうのではないか。
単に音が割れて、
ざらざら感が増しているだけにも感じるが、
踏みしめの確実さと、
蹴り出しの瞬発感の対比が、
音楽を多彩に息づかせていると思われるのである。

フルトヴェングラーの演奏で言われていた、
「緊張と弛緩」は、
トスカニーニの演奏においても、
十分に聞き取ることが出来るもので
フルトヴェングラーでは、
ここに、ある種のおどろおどろしさが、
伴って強調されているようだ。

オーパス蔵には、フルトヴェングラーの振った
ベートーヴェン「第7」があって、
私は、メロディア「青レーベル」から
復刻されたもの(1943)を持っているが、
トスカニーニのものと比べると、
このおどろおどろしさが、
音をすぱっと切って爽快な、
トスカニーニとは違って、
残照のような微光を残す、
息の長いフレージングによって、
生み出されていることが分かる。

今回、トスカニーニの音というものが、
レコード購入者の期待を予測して、
いろいろと変えられている可能性があることも分かった。

得られた事:「確実に足を踏みしめるような、鋭いアタックの刻みに、そこからさく裂して広がる弾け飛ぶ音のふくらみが対比されて、トスカニーニ特有の緊張感が生まれている。」
「時代が好む音作りについて。」
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# by franz310 | 2014-01-26 16:14 | 古典

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その398

b0083728_2317829.jpg個人的経験:
1936年に録音され、
当時の人々を驚かせ、
その後のスタンダードとなった
トスカニーニのベートーヴェン。
パールや、ナクソスのCDで、
リマスタリングを担当したのは、
どういうわけか同じエンジニア、
オバート=ソーン氏であったが、
音質に明らかな違いがあって
驚いてしまった。
機材や原盤が違うのだろうが、
演奏のイメージも変わるのには困った。


しかも、ナクソスの
日本語ホームページを見て、
さらにびっくりした。

ナクソスは、「復刻エンジニアの第一人者」、
オバート=ソーンと契約しているが、
「音響復刻技術の発達」によって。
同じ人が、前に行った復刻より、
「良い音がする場合がある」と書いてあるではないか。

やはり、音が違うのは間違いではなかったようだが、
トスカニーニの「第7」(36年)に関しては、
ナクソスの勝ちという感じはしなかった。

ナクソスの復刻がどうかという以前に、
トスカニーニの36年の「第7」から、
いったい、多くの人は何を聞き取って来たのだろうか。

オーケストラの華やかさを全面に押し出した、
この曲は、ショーピース的な側面もあって、
ベートーヴェンの交響曲では珍しく、
初演時から成功したものであったとされる。

野村あらえびすの時代から、
この曲は、「不思議な情熱を持った曲」、
「奔放な表現を要するもの」とされており、
言外に、どんな理由で、ベートーヴェンが、
こんな興奮した音楽を書く必要があったのだろう、
というような疑問が感じられるが、
私も、そういう意味の「不思議」さには共感できる。

あらえびすは、さらに、
「この曲の奔騰する美しさは、
トスカニーニの表現を以て
第一とすべきである」と書いているが、
この録音から感じられるのは、
「奔放」とか、「不思議さ」からは、
かなり遠いものではないか。

トスカニーニには、この3年後、
NBC交響楽団とライブで、
ベートーヴェン・チクルスをやっているが、
そちらの演奏の方が新しいせいか、
あるいはオーケストラが変わったせいか、
もちろん、ライブのせいもあるだろうが、
あらえびすが、36年盤に対して書いた、
「燃え上がる焔のような激しさ」が、
生々しく記録されている。

私は、「36年盤」から、どうやったら、
「奔放さ」、「奔騰する美しさ」や、
「燃え上がる焔のような激しさ」が聞き取れるのか、
むしろ、それがよく分からなくなってきた。
「激しさ」よりも、「均衡」とか「抑制」が、
感じられてしょうがないのである。

もちろん、この演奏のしなやかで、
晴朗さすら感じられる古典的な格調によって、
私は、これらのCDで聴ける音楽を、
否定することはできないのだが。

そこで、改めて、1991年に出た、
RCAビクターの遺産を引き継ぐ、
BMGの「トスカニーニ・コレクション」の
同じ曲を聴いてみることにした。

このBMGの「トスカニーニ・コレクション」は、
82枚にも及ぶ、トスカニーニの録音の集大成で、
いっかつで買っても中古では、かなり安く入手できる。
ただし、私は、数えるほどしか持っていない。

これは、日本で出た、30タイトルの
「トスカニーニ・ベスト・コレクション」や、
20タイトルの「エッセンシャル・コレクション」の、
もとになったものと思われるが、
私の印象では、日本で出たものより、
音が自然なような気がしている。

表紙は、トスカニーニの
指揮姿の写真をベースにしていて、
白黒を基調にしていて、シックで悪くない。
解説もそこそこしっかりしていて、
「ベスト・セレクション」にあるような、
いい加減なものではない。

この「トスカニーニ・コレクション」で聴くと、
ざらざらノイズが目立つ代わりに、
アタックの強靭さなどが、
ナクソスやパール盤より、
再現されているような気がしてきた。

解説も読んでみると、こんな事が書かれていた。
「トスカニーニ/フィルハーモニックの録音の中で、
ベートーヴェンの『第7』は、
もっとも高く評価されたものだ。
これは、マエストロの解釈のスタイルの、
ほとんどすべての美徳が表された演奏である。
常にぴんと張った彼の手綱さばきによって、
成し遂げられた劇的な緊張に至る、
フィナーレの統御されつくしたドライブがある。」

私は、どちらかと言うと、
曲の冒頭で、だんだん高まって行く、
感興のようなものを期待していたが、
この解説によると、
フィナーレこそが最初に語られるべきもののようである。

いや、確かに、このBMG盤で聴くと、
フィナーレでは、トスカニーニの興奮した唸り声と共に、
するどいリズムの切り込みから、
次第に高揚して行く音楽の確かな足取りが小気味よく、
気迫と集中で煽り立てられていく様子が、
より明確に感じられるのである。

この解説は、Mortimer H.Frankが
書いたものだが、このように続く。

「そして、ここでは、
きびきびとした推進力によって、
第1楽章が長短短のリズム構成で鮮やかに描かれ、
その表現力を豊かにしている。」

長短短の話が出たので、
リズムパターンを気にして聴いてみると、
序奏部は、たたたた・たー、たたたた・たーと、
背景から、後にシューベルトが影響を受けそうな、
音形の集積が聞こえてきて興味深かった。

解説にあるように、第1楽章は、きびきびと、
むしろすいすいと描かれて行く方が目立つ、
とてもなだらかな音楽であって、
尖がっているリズムよりも、
リズムをしなやかに歌わせている感じが強い。

「また、第2楽章と第3楽章のトリオは、
しばしば、テンポが正統的ではないと言われ、
これらは、当時の慣習よりも速く演奏されている。
疑いなく、これらの特徴は、
1930年のフィルハーモニックのヨーロッパ・ツアーで、
トスカニーニがこの曲を演奏した時、
欧州の聴衆を驚かせたものである。」

第2楽章は、十分、慟哭する感じで、
今日的には早すぎるとは思えず、
トリオは、素っ気ないので、
速すぎるように感じてもおかしくない。

このように、速いテンポで、
きびきびと演奏されているのは分かるが、
「燃え上がる焔」を感じるまでにはいかない。

そんな私の感じ方を代弁してくれるように、
この解説は、こうも書いてくれている。

「のちのトスカニーニの録音と比べても、
この録音は、多くの点で異なっている。
彼の4種類のNBC交響楽団との、
放送録音と比べても、軽めで、音がよりまろやかで、
第1楽章では、リズムに柔軟性があり、
(再現部直前のリタルダンドのように)
アレグレットはいくぶんゆっくりで、
終楽章はたっぷりと演奏されている。
とはいえ、テクスチャーの明解さ、
推進力やどんどん増大する力など、
後年の彼の解釈に刻印されているものは、
ここでも同様に聞き取れる。」

そして、最後に括弧書きで、
「この再発売では、
第1楽章の導入は、
より推進力があり、良い録音の、
第2テイクを使っている。
すべてではないが、
過去、多く発売されたものは、
トスカニーニの好みを無視していた。」
と、記載してある。

このあたりは、前回、ナクソスのCD解説で、
読んだものと同じである。
この演奏のピュアなコンセプトや、
ノイズも厭わず、ストレートな音質を、
より追及した姿勢からすると、
このような選択は十分、妥当性が感じられる。

が、総じて、腹に響く低音があまり感じられない。
これは、この時期のトスカニーニの特徴なのか、
録音上の制約なのかは結局、判然としなかった。

さすがに51年、カーネギーホールにおける、
NBC交響楽団との放送録音とされる、
有名で、広く流通した演奏では、
いきなりズーンと来る低音が聴ける。
(97年にBMGジャパンから出た、
トスカニーニ・ベスト・コレクション)

このCDでは、「厳格なる情熱」という言葉で、
演奏の特徴が述べられているが、
低音が響くのはともかく、
高音も刺激的な音響が多く、
演奏がどうかを語る前に、
全体として下品な印象を残す録音となっている。

第2楽章も声を張り上げるような盛り上がりが、
微妙なテンポの揺れを伴いながらの、
精妙な息遣いをかき消してしまう。
ヒステリックなまでに盛り上がろうとする気配に、
耐えがたくなってCDを止めてしまった。

「燃え上がる焔」ではなく、
アクセルを踏みっぱなしのエンジンみたいに、
いかにも戦後のアメリカ文化を象徴し、
人工的なゴージャス感に疲れてしまう。
つくづく、ニューヨーク・フィルの録音を、
よい音で聴きたいものである。

一方、ニューヨーク・フィルとの、
貴重な演奏を集めた、
先のBGMのCDでは、
続くハイドンの「時計」交響曲なども、
序奏から雰囲気が豊かで、繊細さすら感じさせ、
ついつい、引き込まれてしまう。
1929年と、ずっと古い録音ながら、
木管が軽やかに舞う空気感も良い。

なお、ハイドンのこの曲も、
トスカニーニは、戦後に再録音しているが、
強奏になると、たちまちやかましくなって、
いかにも、放送用の狭いスタジオで録音された感じ。

この曲は、悪名高い8Hスタジオより狭い、
3Aスタジオでの録音とのこと。
経費の節約でもあったのだろうか。

ひょっとして、トスカニーニの戦後の録音の、
息苦しい感じは、こうした商業主義の影響を、
間接的に受けているのではあるまいか。
貴族的なおおらかさが、
ニューヨーク・フィル時代にはあった。

第2楽章のような静かな部分は、
このスタジオでも悪くはないが、
第3楽章のような、てきぱきした部分では、
ぎらぎら感が出てしまう。

トスカニーニが目指したとされる、
室内楽的な表現の部分なら、
狭いスタジオなら、むしろ好ましいはずだが、
指揮者はともかく、
時代は、そこまで成熟していなかったのだろう。

さて、パールのCDで、
オバート=ソーンが書いていた事を、
読み終えてしまおう。

「ベートーヴェンを録音してすぐに、
トスカニーニとフィルハーモニックは、
ブラームスの『聖アントニー』変奏曲に取り掛かった。
これは、ネヴィル・カーダスが、
BBC交響楽団との他のブラームス演奏(『第4』)
で、絶賛してから10か月後の記録となっている。
『彼は、もっとも満足のいくブラームスを聴かせてくれた。
雄弁かつ率直、そのバランスされたラインの美しさ、
そしてエネルギーに満ちている。
それでいて、常に人間的で多面的である。
これは男性的なブラームスであると同時に、
人生における優しさを愛するブラームスである。』
こうした質感は、この作品56aについても言え、
恐らく、マエストロによる、
この最初のブラームス録音の素晴らしさは、
明るさ、透明さ、解釈の流れにあって、
当時のブラームス演奏家たちの多くに見られる、
退屈にリズムが変化するような、
ブラームスへのアプローチではない。」

このトスカニーニによるブラームスは、
私は素晴らしいものと断言せずにいられない。

交響曲を書く前の試作品のように語られてきた、
この大変奏曲に、これほどの愛情をこめて演奏したのは、
初めて聴いたような気がするのである。
木管楽器などの寂しげな風情や、
機動的に動く弦楽器群の精妙さなど、
表現の上で聴くべき所が満載で、
録音も立体感や生き生きとした立ち上がりが素晴らしい。
唯一の難点は変奏曲ごとにトラックが振られていない点で、
BMGのトスカニーニ・コレクションでは、
その点、変奏曲ごとのトラックに加え、
変奏曲ごとの解説まである。

これは、やはり、
Mortimer H.Frankが書いたもの。
この人は、生粋のニューヨーカーで、
トスカニーニの演奏に若い頃から心酔し、
音楽評論の道に入った人で、
ニューヨーク市大学の名誉教授の肩書を持つらしい。

「ブラームスの『ハイドン変奏曲』は、
トスカニーニお得意の演目。
長年にわたり、彼のコンセプトは変わらず、
演奏の違いは、もっぱらバランス上のものか、
第7変奏(Track14)の第2のリピートが
あるかどうかの違いである。
多くのマエストロの現存する演奏の中でも、
1936年の録音は、その音響の豊かさ、
オーケストラの技量の魔術、
後年の演奏では、ここまで強調されていない、
いくつかの劇的な対比によって傑出している。
特に目覚ましいのは、
第6変奏のホルンの豊かさや、
第5変奏の跳ね回るユーモア、
さらには、パッサカリア終曲の開始で、
低音弦が歌いだす時の
異常なまでの壮大さである。
同様に、素晴らしいのは、
このパッサカリアに対する、
トスカニーニのしなやかさである。
たとえば、誇らしげな結尾の主題爆発での、
わずかなリズムの弛緩や、
いかに、かように微妙な脈動の変化が、
この主題が古典的な変奏の過程を経て、
素晴らしく変容したかを強調しているか、
が注目される。」

トスカニーニの後年の録音は、
日本でも廉価盤で大量に出回ったので、
「ハイドン変奏曲」の1952年の録音も、
簡単に入手することが出来る。

最初から、このNBC交響楽団との演奏で失望するのは、
痩せた音で、割れ気味になるオーケストラの音響で、
新しい録音だけに、明るく色彩的ではあるが、
乾いていて堅苦しく、1936年盤で聴けた、
魔法のようなひらめきが捉えられていない点であろう。

やたら、威勢よく鳴っていて、
微妙な節回しも慌ただしく落ち着きがない。
したがって、前述の第5変奏も、
機動戦車部隊みたいであり、
第6変奏もこのスピードで鳴る事が重要、
みたいな一過性のアプローチに聞こえる。
ニューヨーク・フィルの録音には、
もののあわれの風情があったのだが。

最後のパッサカリアは、
NBCの録音でも、ためらいがちに始まるが、
すぐに絶叫気味の力技がさく裂するので、
聴いていて、しみじみできない。
それどころか、リズムが先走って、
混乱、錯綜の様相さえ示すのはいかなることか。
爆発するような主題回帰も唐突で、
この演奏では、何度も聞き直す気にならない。

さて、これまで、4回に分けて読んできた、
パール盤の解説は以下のように語り終えられている。
「RCAビクターは、ベートーヴェンとブラームスに、
2つのフル・セッションを用意していたが、
すべて順調に行ったため、
2日目には時間が余った。
トスカニーニは個人的に、
残った時間で、
2曲のロッシーニの『序曲』を
録音することを希望した。
(『セミラーミデ』はとっさの思いつきに見え、
12分を12インチの4面にたっぷりと収めてある。)
6面のうち、1面のみが録り直しされたが、
何年もかかって、これほどまでに、オーケストラは、
マエストロの要望に沿えるようになっていた。
それに引き替え、
このコレクションの最後に収めた、
『セヴィリャの理髪師』序曲は、
1929年11月21日のものだが、
録音中に5回のセッションを必要とされた。
そのため、ユーモアをたたえながら、
自然な響きを持っている。
7年後のロッシーニ録音を比較して聴くと、
フィルハーモニックとの時代を経て、
トスカニーニの解釈アプローチにも、
明らかな進化が見られるのが良くわかる。
後の録音の方がずっと微妙で、
明白な修辞的な手段に依存していない。
全体的なコンセプトが流れるようである。
一方で、初期の録音では、
幅の広い歌うような線が、
当時のオーケストラの習慣での
弦でのポルタメントの使用が、
心に触れ、輝かしい完璧さの
1936年のシリーズにはない、
自然な魅力を垣間見せる。
1929年の時点で、
ブラームスの『変奏曲』や、
『ジークフリート牧歌』などが残されたら、
さぞかし、後年のものとは違ったものになっただろう、
と推測すると楽しい。
いかなる場合においても、
フィルハーモニックの録音は、
トスカニーニの芸術の鑑賞や、
当時の聴衆や
多様なバックグランドを持つ音楽家たちから、
何故、それほどまで彼が尊敬されたかを
理解するのに絶対的に重要な
グループをなすものである。
後の、より高忠実度をもつ、
NBCの録音以上に、
彼の力の絶対的な頂点や、
10年を超す共演で得られた
第1級のアンサンブルとの境地を、
これらの録音は示している。
これらの録音のほとんどが、
これまで30年にわたって、
一般には手に入りにくかったり、
手に入ったとしても単発だったのは、
信じがたい事である。
パールによるこれらのCD登場で、
こうした状況は正されることになり、
アルトゥーロ・トスカニーニの、
並外れた力を、後世にまで、
正しく伝えることが出来た。」

BMGジャパンから出ていた、
トスカニーニ・ベスト・セレクションに続く、
トスカニーニ・エッセンシャル・コレクションからも、
ベートーヴェンの「第7」、ハイドンの「時計」など、
ニューヨーク・フィルの演奏が出ているが、
リマスタリングを行ったのが誰か分からず、
たまに中古で見かけても、購入には至っていない。

そもそも、BMGファンハウスの時代になって、
20世紀の終わりに出た、
「不滅のトスカニーニ」シリーズでは、
先の「トスカニーニ・コレクション」を否定し、
「前回より良好な状態のマスターテープを発見した」とか、
「前回のものは概して硬く、メタリックで、
しかも厚みのないサウンドであった」とか、
無責任な能書きが書き連ねられているのである。

ここでは、トスカニーニの孫までを駆りだして、
正統性を主張しているが、
「かつて出していた商品はすべて嘘の音でした」、
と謝っているのがすごい。

とはいえ、ワルターの録音などは、初期のCDの方が良い、
という伝説もあって、
何が何だか分からないのが、この世界である。

そもそも、「不滅のトスカニーニ」シリーズには、
ニューヨーク・フィルとの録音は含まれていなかった。
確かに、「20bitリマスタリング」
と強調しているだけあって、
きめ細かい感じはするが、
音源が遠ざかって、
無理に彩色したような印象が出た。
ダイナミックレンジはやはり狭く、
金管などが割れ気味なのは同じで、
最悪なのは、表紙デザインが手抜きであることだった。

その点、ほとんど満足する音質のものはないのだが、
BMGジャパンの「ベスト・セレクション」や、
「エッセンシャル・コレクション」は、
オリジナル・ジャケットを使用していて、
眼で見る楽しみは100倍も大きい。

得られた事:「トスカニーニ、ニューヨーク・フィルの録音で、ただ、足して欲しいのは、腹に響く低音であるが、彼の場合、新しい録音になると、低音と引き換えに、ぎらぎら音がついて来る場合がある。」
「ナクソスはパールなどのリマスタリングより、良い場合がある、と書いているが、例外もあり、BMGは、過去の自身の復刻を完全否定しているが、過去の復刻も悪くなく、ナクソスより良い場合もある。」
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# by franz310 | 2014-01-12 23:21

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その397

b0083728_20163766.jpg個人的経験:
2014年の1月になった。
2013年は相次ぐ、
異常気象の年であったが、
地球温暖化が進む中、
こうした気候が異常ではなく、
定常的になるということで、
何が起こっても
おかしくはない元年として、
2013年は記憶されるように
なるのであろうか。
そのせいか、年末年始の、
神聖な雰囲気が感じられない。


年末の掃除で出て来た本の中に、
「動物農場」などで知られる
イギリスの作家、詩人、評論家、
ジョージ・オーウェルの評伝があった。
ぱらぱらとめくってみて、
彼が、
「ビクター蓄音機工場付近の荒れ果てた農場にて」
という詩を書いていることを知った。

「野原に立ち込める悪臭、
そびえ立つコンクリート」、
などと、
荒廃する故郷を歌ったものらしい。

残念ながら、出典までは確認していない。

この詩人は、1903年に、
父親が働いていたインドで生まれているが、
母親は翌年、子供たちを連れて、
オクスフォード州、ヘンリー・オン・テームズに
帰ったとある。
テムズ川が流れる落ち着いた街とあり、
ロンドンの西55kmというから、
相模川が流れる厚木あたりを想像した。
そのあたりにビクターの工場があったのだろうか。
そういえば、日本ビクターの横浜工場というのもあったな。

私は、昨年末から、
トスカニーニのニューヨーク・フィル常任時代の、
録音を聴いて、いろいろ初期の電気式吹き込みについて、
読んできたが、
まさか、蓄音機工場が公害の象徴のように、
描かれることがあったとは知らなかった。

トスカニーニのレコードや、
それを鳴らす蓄音機は、
オーウェルの故郷の田園地帯を、
悪臭で覆う工場の産物だったのだろうか。

さて、この時代、
昭和14年に出た、
あらえびす著「名曲決定盤」
(今読めるのは中公文庫)は、
「トスカニーニ」の項を、
「今日世界の大指揮者といわれるものは、
恐らく十指にも余るだろうが、万人が認めて
一流中の一流指揮者とするものは、
トスカニーニ、フルトヴェングラー、
ワルター、メンゲルベルクらであろう。」
と書きだしている。

当時から、トスカニーニは、
指揮者の王様のような存在だった事が分かる。

また、この著作では、
「さてトスカニーニのレコードでは、
ニューヨーク・フィルハーモニーを指揮したのが、
今のところ最も良い。
その条件に叶った新しいレコードは、
ベートーヴェンの『交響曲第七番=イ長調』(作品92)
(ビクター、JD819-23、名曲集622)
であろう。」と結論づけている。

このあらえびすの著書でも、
トスカニーニは、すでに、
ニューヨーク・フィルを離れたことが書かれているが、
この「第7」は、1936年4月9日、10日の録音で、
4月29日にはラスト・コンサートがあったというので、
トスカニーニが常任だった最後の記録となった。
この時、ブラームスの「ハイドン変奏曲」も録音された。

ただし、あらえびすはブラームスについては触れておらず、
この人は、そもそもブラームスの演奏をあまり、
文中に取り上げていないような気がする。

この「第7」の録音は、
有名なところでは、1990年代に、
BMGの「トスカニーニ・コレクション」でも出たし、
事あるごとに、「赤盤復刻」シリーズなど、
日本盤も出ていたので、
非常に良く聴かれた演奏のはずである。

また、1980年代の終わりには、
英Pearlから復刻されており、
今世紀になってからも、
ナクソスから「グレート・コンダクターズ」
のシリーズでCDが出た。

ただ、不思議なことに、
パールもナクソスも、
マーク・オバート=ソーン氏が、
リマスタリングをしたとある。
さらに、ややこしいことに、
ナクソスは、すでに1933年の「第5」を、
別の人が復刻してCD化しているのに、
ここでも併録されているのは同年録音の、
トスカニーニの「第5」となっている。

同じ曲からいろんな演奏が出てくるのが、
クラシック業界の面白い所であるが、
同じ音源から、いろんな復刻が出るという、
無限のビジネスモデルが確立されつつあるようだ。

このうち、ナクソスのCDは、
プライヴェート・コレクションからの、
カバー・フォトグラフということで、
いかにも、演奏会に居合わせた人が撮った、
といった感じのトスカニーニのスナップとなっている。

トスカニーニも、また、虚を突かれたような面持ちに見える。
記録として自然ではあるが、
商品としては、お薦めのデザインではない。

とはいえ、このCDの良い点は、
他にもいくつかあるのだが、
オバート=ソーン氏に関する解説も出ているのは嬉しい。

「マーク・オバート=ソーンは、世界で最も尊敬されるべき、
トランスファー・アーティスト/エンジニアの一人である」
とあって、その復刻技術の技は、
すでに芸術の域に達しているようだ。

この人は1956年、フィラデルフィア生まれなので、
まだ、そんな年ではない。

「彼は、パール、ビダルフ、ロモフォーン、
ミュージック・アンド・アーツを含む、
多くの専門レーベルで業績を残している。
彼の復刻したものの3つはグラモフォン賞に
ノミネートされている。
傑出したピアニストであり、
音楽、歴史、プロジェクトへの取り組みに熱意を持っている。
この三つの領域すべてを統合し、
歴史的録音からの復刻という道を見出した。
オバート=ソーンは、
古いアコースティックな録音に、
何かを追加したり、大きな変更を施したりする、
『純粋主義』、『再構成派』を嫌い、
むしろ、『適度な仲介役』だと自らを表現している。
彼の考えでは、良い復刻とは、
それ自身に関心がいくようなものではなく、
素晴らしい明晰さで、
演奏が聴かれるようにするもので、
あるべきなのである。
オバート=ソーンの復刻では、
過度な反響の『カテドラル・サウンド』も、
多くの権威的な商業発売のような、
『貧弱な低音と甲高い中域』しかないものでもない。
彼は、最も状態の良い78回転盤を使い、
オリジナル録音を現在所有する会社による、
メタルパーツを使った復刻技術者たちより、
すぐれた成果を出し続けている。
彼の復刻は、古い録音本来のオリジナル・トーンを保ち、
中高音のディティールや低音周波数を最大限生かし、
多くの商業的な復刻商品にはない、
音楽的高基準に達している。」

このように書かれると、いかにも、
ビクターのオリジナル音源から復刻する、
いわゆる正規の筋の商品は、
へんてこな音がするような感じだが、
この発言に影響されたのか、
BMGから出た、
トスカニーニ・コレクションの
Andre Gauthier氏の復刻のものは、
それほど悪くないと思う。

トスカニーニ・コレクションには、
その最後の演奏会の時の様子が、
下記のように解説に書かれていて、
(ファンファーレやステレオファイルの
コントリビューティング・エディター、
モアティマー・H.フランクによるもの
(Mortimer H.Frank))
これはこれで私は好きなCDである。
特に、ここに示した第65巻は、
ハイドン変奏曲(36年4月録音)に、
ジークフリート牧歌(36年2月録音)という、
両雄激突の感のある、
2人の大作曲家の管弦楽の代表作が
収められているのが嬉しい。


表紙のトスカニーニの写真も、
さすがに本家のもので、
ナクソスのものなどより、
すっとさまになっている。

「1936年、4月29日、
馬に跨った警官たちが、
5000人の群衆を制御するために、
カーネギーホールに集められた。
彼らは、トスカニーニの
ニューヨーク・フィルとの、
さよならコンサートの
数少ない立見席券を買うために
売り出しを待っていた。
多くは、トスカニーニをアメリカで見るのは、
これが最後だと考えていた。
これこそ、
トスカニーニがフィルハーモニックと、
成し遂げた素晴らしい成功を物語る、
聴衆の反応であった。」

なお、この最後の演奏会で演奏会で、
演奏された曲目は、
前半がベートーヴェンで、
「レオノーレ序曲」第1番と、
ハイフェッツを独奏者にしての
ヴァイオリン協奏曲が演奏され、
トスカニーニだけが主役ではなかった模様。

後半はトスカニーニ的で、
ワーグナー・プログラムで、
「マイスタージンガー序曲」を手始めに、
トスカニーニお気に入りの演目が並ぶ。
つまり、「ジークフリート牧歌」、
「トリスタンとイゾルデ」より前奏曲と「愛の死」、
そして、「ヴァルキューレの騎行」である。

ちなみにその前の演奏会では、
シューベルトの「大ハ長調」が演奏されていて、
トスカニーニが、シューベルトを好んでいた事が、
垣間見える。

フランクの解説は、以下のように続くが、
今度は、トスカニーニ登場の頃の話になっている。

「オーケストラによる、彼への尊敬は、
彼が1926年に最初に、
彼らの前に立った時の
音楽家たちの反応からも明らかだった。
フィルハーモニックのコントラバス奏者だった、
マーティン・バーンスタインが言うには、
『オーケストラのメンバーは、
集まった時に練習ものだと一般に考えていましたが、
トスカニーニと一緒なら、
最初に彼が何を演奏するかを書庫に調べに行き、
家でパート練習してきたのです。』
しかし、おそらく、
マエストロと彼のフィルハーモニックに対する、
最大の賛辞は、
1967年にジョージ・セルから出た物で、
彼は1930年のヨーロッパ・ツアーにおける
アンサンブルを聴いていた。
『このオーケストラの演奏は、
我々皆にとって、まったく新しい何かでした。
テクスチャーの明晰さ、バランスの正確さ、
オーケストラの各セッション、各独奏者の名技性、
そして、その頂点では、
それらが目立つことなく統合し、
文字通り一夜にして、
新しい見たこともない基準が出来たのです。』
そして、この水準は、
トスカニーニとオーケストラの
残りの7年にわたって維持された。
重み、音の純粋さと豊かさ、
アタックの正確さ、柔軟なコントロールなど、
この楽団とマエストロが残した録音は
セルが観察したことを強調するものである。
事実、我々が、今日、
最高のオーケストラから聞く素晴らしい演奏は、
多くはトスカニーニが、
フィルハーモニックと作り上げた基準に負っている。」

トスカニーニとニューヨーク・フィルが、
オーケストラの世界に新しい境地を拓いた。

このような事は、ナクソスのCDにも、
以下のような表現で書かれている。

ハリー・ポッターならぬ、トゥリー・ポッター
(Tully Potter)と言う人の筆。
イギリスの音楽学者で、弦楽四重奏が専門らしく、
非常に興味深い一節が出てくる。

「まだ、オーケストラのスタンダードは、
我々が今日想像するよりもひどいものであった。
細部まで気を配ったリハーサルを通し、
トスカニーニはこれらの水準の向上に、
大きな役割を演じた。
彼は、現代のオーケストラが、
より厚く、より激しい音に発展した期間を通じて、
それを統轄した。
彼は、19世紀的な出自を
忘れたことはなく、
長い生涯を通じて、
明るいサウンドを保持した。
コントラバス奏者のクーセヴィツキーや、
オルガン奏者のストコフスキーが、
12本のコントラバスを投入して、
重々しい音の壁を作り上げたのに対し、
チェロ奏者だったトスカニーニは、
バスラインを軽く、たくましくした。
内声部は今までになく重視され、
バランスのとれた弦楽パートと対等とされた。
トスカニーニは多くの弦楽四重奏曲を良く知っていて、
ブッシュ四重奏団の練習を聴くのが好きだった。
歌うようで、しなやかな優美さを持つ、
同僚のチェロ出身のバルビローリのような、
チェロのラインの必要以上の強調は、
彼にとっては、必要なものではなかった。」

南欧の暴君トスカニーニが、
実は、北国の弦楽四重奏団を好んでいたとは、
初めて知ったが、
ポッター氏は、このようなトスカニーニを育んだのは、
同郷の作曲家、ヴェルディだと言う。

「明らかにトスカニーニが、
ヴェルディから学んだある一つのものは、
一つの音符、和音のインパクトであり、
鳴り響くアタックの正確さが、
その重みより重要だということである。
彼の和音は、鞭の一撃のようであり、
特にベートーヴェンでは、
他の指揮者の朗々とした和音より、
興奮を高めることに貢献している。」

このように、トスカニーニによって、
近代的なオーケストラが出来た事が、
これらの解説のどちらからも読み取ることが出来る。
そして、二つのCDの解説が、
共に、アタックの正確さを取り上げているのが重要である。

いかにも、一点一画もおろそかにしないとか、
一音入魂という感じがする。

トスカニーニの演奏を聴くと感じる、
しなやかさや風通しの良さは、
こうした、鋭いアタックによるものかもしれない。

さらにこのナクソスのCDにはすごい点があって、
「第7交響曲」の再発売時、
SPの原盤が壊れたことによって、
代替されたテイク2を使った版での録音も、
収められているのである。

たとえば、諸石幸生著「トスカニーニ」(1989)でも、
「このレコードのLPとSPは完全に同じものではない」
という謎の一節に巡り合うが、
そのあたりの経緯が詳しく語られている。

碩学のオバート=ソーンが、
以下のような「プロデューサーズ・ノート」
で説明しているのである。

「ベートーヴェンの『第7』の第1楽章は、
3面を要したが、2つのテイクが要求された。
トスカニーニは、このセッションが終わると、
ヨーロッパに出航したが、
どちらのテイクを発売するかは、
サミュエル・チョジノフ
(Samuel Chozinoff)ら、
親しいサークルに一任した。
第1面のテイク1が、第2、第3面のテイク2と一緒に、
オリジナルで発売された。
1942年になって、第1面の原盤が摩耗したと考えられ、
代わりが求められたが、第1面に差し替える、
テイク1Aなどは存在せず、
RCAには2つの選択肢が残された。
第1面を追加録音するか、
(これは音響的な妥協となる)
残された代替物であるテイク2を使うかである。
指揮者の承認を得て、後者が選ばれた。
トスカニーニは後に、
彼自身は好きだった方のテイクだったと述べている。
しかし、彼の賞賛者たちは、
幅広い最初のヴァージョンと、
12秒短い、より引き締まった第2の試みと、
どちらを支持するかで意見が分かれた。
今回初めて、続けざまに、全楽章を収めたので、
現代の我々は、好きな方を選んで聴くことが出来る。」

このように、厳格なトスカニーニであっても、
かなり違ったテンポで演奏することがあったことが分かる。

この最初の4分半は、ほぼ、
「第7」の第1楽章の序奏部に相当する。

まとめて書くと、
オリジナル版:
ゆっくりしていて、12秒長い。
このCDのTrack5(録音時のテイク1)

こちらは明らかに厳かに、
何かが形成されていく感じで、
極端なことを書くと、
「第9」の乗りである。
最初なので、慎重に行ったのかもしれない。
マトリクスNo.で、
CS-101200-1とあって、
パールのCDと同じ音源であるようだ。

摩耗対策版:
このCDのTrack6(録音時のテイク2)
引き締まっている。
やり直しによって、勢いが出たという感じか。
トスカニーニはむしろこちらが良いとする。

こちらの方が最初の部分との対比が明解で、
雄渾な感じが出ている。
マトリクスNo.で、
CS-101200-2とある。

いずれの版で聴いても、
トスカニーニ/ニューヨークの「第7」は、
非常にしなやかで透明度が高く、
弦楽セクションなどは、速く細かい動きでも、
合奏というより、一つの楽器が演奏しているかのように、
音の塊の密度が高く、ばらつきがない。

したがって、重量感や押しつけがましさがなく、
先入観として持っていた、
アメリカの拝金主義の象徴のような、
RCAというレーベルとトスカニーニの印象とは、
まったく異なるベートーヴェンになっている。

第2楽章(Track7)も、
纏綿と歌われる感じで、
あらえびすが書いて、
この指揮者の代名詞のようになった、
「燃え上がる焔のような激しさ」というのは、
あまり感じられない。

むしろ、室内楽的な精度、精緻さの方が、
前面に出ているような気がする。

第3楽章(Track8)も、もったいぶった点が皆無で、
さらさらと進んでいくので、素っ気ないほどである。
芝居がかった表現を良く聞く音楽だけに、
もうちょっと、演出を頼みたいような気もするが、
これが古典的明晰さなのかもしれない。

第4楽章(Track9)では、
いくぶん、リズムの伸縮が見られるが、
ちょっと、味付けしただけという程度で、
気違いじみたリズムの共演よりも、
一糸乱れず、格調高い音楽が紡がれていく感じがする。
ただし、終結部になると、ものすごい集中力が見られ、
トスカニーニの咆哮も聴かれるような気がするが、
それほど興奮できないのは、
当時の録音技術の限界であろうか。

前述した諸石氏の本によると、
トスカニーニは、
「毎週4、5回のリハーサルと、
3、4回の演奏会、
とくに1つのプログラムで3、4回の演奏に疲れたため」
ニューヨーク・フィルを辞任したとあるが、
まさか、10年も付き合って、
マンネリになっていたのではあるまいな、
などと考えてしまった。

そう考えながら、
まさか、違いがあったりしないだろうな、と、
同じオバート=ソーン氏による復刻であるが、
一応、パール盤を比較して聴いてみることにした。

私はびっくりした。

ナクソスより、パールのCDの方が、
音に勢いがあるような気がするのは気のせいだろうか。
一応、収録時間を比べると、
何と、どの楽章も、パールの方が時間が短い。
これは何を意味しているのだろうか。

第4楽章の迫力は、まるで渦を巻くようで、
もっと、濃厚な表現に聞こえる。

では、ちょうど良いので、
同じマーク・オバート=ソーンが、
2001年にナクソスで仕事をする10年前、
1989年にPearlレーベルのCD用に書いた、
解説を読み切ってしまいたい。

よく考えたら、オバート=ソーンは、
この時、まだ、30代になったばかりの頃の仕事である。
まさか、オバート=ソーン氏の若さや覇気が、
むしろ、このパール盤に出ているわけではないだろうな。

この解説では、前回に引き続いて、
エンジニアたちの涙ぐましい苦労が語られている。

「1930年代に先立って、
トスカニーニが録音プロセスに対して感じる事は、
78回転盤の片面分の、
4分半ごとに演奏を、
中断したり始めたりすることであった。
マエストロにマイクの前に戻るよう、
懇願するべく、
彼がうんざりしないように、
ビクターやHMVも
様々な工夫を経験していた。
このシリーズの先立つ巻で見て来たように、
カーネギーホールにおける
トスカニーニとフィルハーモニックの
ベートーヴェンの実演を
フィルムに録音するために、
RCAは、1931年、33年に、
3度の試みを行っていたが、
マエストロはそのどれをも認可しなかった。」

ここで3度というのは、
出来そこないとされる31年の「運命」と、
33年の失われた「田園」と、
何とか残された「運命」を指すものと思われる。

「1935年6月、HMVは、
ワックス材料に直接記録することで、
トスカニーニがBBC交響楽団に客演した際の演奏を、
クイーンズホールで『ライブ』録音した。
マエストロはテストで聴くことさえも拒絶した。
アーネスト・ニューマン(Ernest Newman)
の意見も、聴くべく送られたが、
どれも許可されなかった。
(これらのいくつかは、
賞賛を得てLPとしてはリリースされている。)」

ここで、唐突にしゃしゃり出て来た、
アーネスト・ニューマンという人は、
サンデー・タイムズを中心に活躍した、
トスカニーニと同世代の英国の批評家である。
ワーグナー、ヴォルフ、シュトラウスに著作がある。

トスカニーニは、その強烈なパーソナリティに関わらず、
自分の録音を聞き返すことが嫌いな人だったようだ。
先の、「第7」でも、他人任せにしているが、
ロンドンでも同様の事が起こっているのが興味深い。

「1937年から39年の、
後の正式なBBCとの録音セッションでは、
HMVの技術者たちは、
リレー式に録音できる一連のカッティング台を用意し、
彼らが必死にマトリックスからマトリックスに
カッティングを切り替えている代わりに、
マエストロが序曲や交響曲の楽章を、
通しで演奏できるようにした。
(この方法が完璧でないことは、
トスカニーニのベートーヴェン『田園交響曲』の、
第2楽章の終結部のサイドに、
数秒の失われた部分があることからも分かる。
最近のEMIの復刻では、
未確認のソースから脱落が補われている。)
ここに収められた1936年の録音では、
RCAビクターは、マエストロと折衷案を取った。
彼は、各面の終わりで演奏を止めたが、
それは一瞬だけであった。
これによって技術者には、
マイクロフォンの線を、
一方のターンテーブルから他方に切り替えるのに、
十分な時間が与えられた。
この修正されたスタート・ストップ方式は、
これまでのやり方同様、
困惑させるものだったかもしれないが、
それにもかかわらず、
ここに記録された演奏には、
指揮者とオーケストラ両方の
集中と制御の証拠、
と誤って伝説となった程の勢いがある。
ここでのコレクションは、
トスカニーニの録音記録でも、
正統的に有名な『第7』で始まる。
これに関しては、
過去半世紀にわたって、
これに関して花開いた賛美に、
加えるものはほとんどない。
最初に登場した時から満足され、
この真の伝説的録音は基準とされ、
多くの対抗馬は、多かれ少なかれ、
不足が見出されてジャッジされた。
マエストロ自身でさえ、
1951年のNBCとの再録音をもってしても、
この特別のたいまつに点火することはできなかった。
まさしく理想郷の一端に遭遇するような、
完璧な交響曲解釈に近いものである。」

まだまだ解説は続くが、規定の字数をオーバーするので、
これまでとする。

得られた事:「トスカニーニは、ヴェルディ譲りの一音入魂のアタックを基本に、ブッシュ四重奏団などとも交流して室内楽的精緻さを追及、近代オーケストラの基準を確立した。」
「PearlとNAXOSから、オバート=ソーン氏のリマスタリングによるトスカニーニの歴史的録音が発売されているが、Pearl盤の方が迫力があるように思える。」
「当時の録音時間の限界の問題のため、トスカニーニは、マイク切り替えのために休止させながら通しで演奏するという変則的な妥協策を取った。」
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# by franz310 | 2014-01-04 20:17 | 古典

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その396

b0083728_23132535.jpg「個人的経験」
ナチスの政策に対し、
激しい抵抗感を覚えた
トスカニーニは、
ヒトラーに対して
公開質問状で抗議したという。
その記事が出た日のコンサートでは、
ニューヨークの聴衆に、
スタンディング・オベーションで
歓迎されたらしい。
このような状況下で、
どのような壮絶な演奏がなされたか、
とても興味が湧いてくる。


が、この日演奏された、
「エロイカ」の録音はないようだ。
そもそも、この時期、トスカニーニは、
完全に録音技術に対して不信感を持っており、
レコード会社には、録音したものを捨てるよう、
指示したこともあったという。

が、奇跡的に、といっても良い状況で、
同じこの1933年、1週間後の4月9日の
同じベートーヴェンが残されている。

例の公開質問状が新聞に出た翌週のコンサートである。
このような展開を見ると、
戦争を前にした危機的状況が、
技術革新を推進したような感じにも取れる。
トスカニーニの演奏は、
何としても、この時代に聴かれなければならない、
そんな高揚感が、
エンジニアたちにもあったのではないだろうか。

今回の、このNAXOSレーベルのCDには、
4月4日の録音と書いてあるが、
日本語の帯には、英文の表記は間違っています、
と注意喚起がなされている。

しかし、それ以上に、許し難いのは、
このCDの手抜き表紙デザインで、
何故、このような写真を使う必要があったかと思うほど、
不気味な陰影の老醜をさらすマエストロが写っている。
トスカニーニの事を知らない人は、
むしろ買ってくれるな、
と言わんばかりの、いやなデザインである。
ナチスにNoを突きつけた英雄の演奏を、
飾るにふさわしい表紙ではない。

が、ここには、1942年、
まだ、バルビローリがいた時代に、
トスカニーニがニューヨーク・フィルを振ったという、
珍しい時期の録音で、
ベートーヴェンの「三重協奏曲」が収められている。
(この日は、ニューヨーク・フィル創立100年の
特別コンサートの一環で、他に「第7」が演奏された。)

なお、パールのCDは、
丁寧なリマスター技術で知られる、
マーク・オバート=ソーンが復刻したが、
このナクソスのCDは、
プリズム・サウンドSNSプロセスとか言う別方式で、
リマスタリングされているようだ。

Restoration、Richard Caniellとある。
この人の名前でネット検索すると、
GuildやNaxosの大量の復刻CDが出てくるが、
元RCAビクターの社員として、
トスカニーニの演奏に立ち会った人のようだ。

解説には、こうある。
「このトスカニーニ・コンサート・エディションは、
RCAビクターの社員で、
この指揮者お気に入りの音響技術者で編集者であった、
リチャード・ガードナー(Gardner)が集めた、
マエストロ、アルトゥーロ・トスカニーニ
の指揮による演奏からなる。
ガードナーは後に、
リチャード・カニエル(Caniell)が受け継ぐ、
不滅の演奏協会の記録を、
ワルター・トスカニーニから受け継いだ。
それらの第一弾は、
ベートーヴェン『コリオラン序曲』の
トスカニーニによるリハーサルの
アセテートコピー盤である。
1948年からガードナーは、
リチャード・カニエルにテスト・プレスや、
テープを託していたが、
1965年、彼のコレクションの一部が、
そして、1983年に癌の宣告を受けてからは、
残りも託すこととなった。
このトスカニーニ・コンサート・エディションに
含まれる作品は、彼があまり演奏しなかったものや、
良く知られたものながら、
RCAビクターから出されたものより、
すぐれた放送用録音で、
これらを聴く機会を提供するものである。
この全プロジェクトは、リチャード・ガードナー、
それから、リチャード・カニエルといった、
トスカニーニや、その伝説的な演奏に、
どっぷりと浸かった、
所縁の深い人たちの御恩によるもので、
前者はプロとしての実力があり、
後者はガードナーの思い出によって、
その音楽経験が磨かれた熱狂家であった。
これら伝説は、さらに広く聴衆に受け渡され、
70年にわたるキャリアを持つ
最大の指揮者であり音楽家の仕事を、
聴くことが出来るのである。」

こんな風に、このCDの音源が、
かなり貴重な大指揮者所縁のものであることが、
これでもかこれでもかと書かれている。

それにしても、こうした、昔取った杵柄みたいな、
箔の付け方は、どこまで信用して良いのだろうか、
もし、リチャード・ガードナー氏が、
主観を入れてトスカニーニの音楽と向き合っていたら、
この復刻でも、トスカニーニ本人の美学ではなく、
ガードナー氏の好みが、
いくばくか反映された再生音になるような気がする。

それにしても、こうした指揮者所縁の人が監修しているのに、
トスカニーニ本人の事については、
ほとんどこのCDには書かれていない。

ただ、この復刻技術については、
いろんな事が書かれている。
わざわざ解説の最後には、
こんな囲み記事がある。

「これらのCDの音質は、
2つのCEDARプロセスを使って復刻された。
大英図書館ナショナル・サウンド・アーカイブ
による研究資金によって、
ケンブリッジ大学によって推進されたもので、
クリック音やパチパチ音など不要な欠点を、
音響信号より取り除くものである。
これらの問題が正しく特定され、
ひとたび除去されると、
オリジナルの音質は、パワフルで洗練された、
ディジタル的な補間によって復元可能となる。
この結果、これら年代ものの録音につきものな、
スクラッチやサーフェス・ノイズがほとんどない、
より高度な音質の音声信号が再現される。」

ほとんど、おまじないのような言葉の羅列だが、
「補間処理」がポイントだということが良く分かった。

それにしても、ここに収められている三重協奏曲の方は、
トスカニーニがニューヨーク・フィルを離れて、
久しぶりに、記念行事でこのオーケストラを振った、
歴史的な記録なので、何か一言欲しいような気がする。

協奏曲の独奏を務めるピアストロは、
当時のコンサートマスターだし、
ヨーゼフ・シュースターは、
ベルリン・フィルから移籍した首席チェロ、
まことに堂々とした演奏を繰り広げている。

また、アニア・ドルフマンは、
トスカニーニがかわいがった女流ピアニストである。
ここでは、おっさんに囲まれて、少々、存在感がないが。

ちなみに、この3人の記事は、こうなっている。
「ミシェル・ピアストロは、
1891年、クリミアのKertzの街で生まれ、
レオポルド・アウアーの門下であった、
父親から最初のヴァイオリンのレッスンを受けた。
彼自身も、聖ペテルスブルクで、
ハイフェッツ、エルマン、ジンバリストらと共に、
同じアウアーのクラスで学んでいる。
1910年、音楽院を出るにあたって、
クーセヴィツキーが創設したオーケストラの、
独奏者として雇われ、
革命以前は、幅広く楽旅を行った。
1920年に彼は合衆国に渡り、
その年にデビューを飾り、
1921年には、リヒャルト・シュトラウスと、
国中を演奏旅行した。
1925年、サンフランシスコ交響楽団の
コンサートマスターになり、
6年後には、トスカニーニに招かれ、
ニューヨーク・フィルの同じポストに就いた。
トスカニーニの引退後もオーケストラに在籍したが、
独奏者としても、リサイタルでも国際的な名声を博した。」

ニューヨーク・フィルとひとくくりに言っても、
こうして、トスカニーニの子飼いのような人が、
中枢を占めていたわけだ。

チェロのシュースターはどうだろう。
「チェリストのヨーゼフ・シュースターは、
ロシア人の両親のもと、
1905年、イスタンブールに生まれ、
チェロのみならずバラライカの演奏で、
その地で、神童として最初のコンサートを開いた。
1915年、グラズノフに認められ、
聖ペテルスブルクの音楽院に入学し、
そこで、1917年の革命まで、
ヨーゼフ・プレスのもとで学んだ。
ベルリンの音楽高等学院に移り、
シュースターは、最終的に、
フルトヴェングラーに見いだされ、
ベルリン・フィルの首席チェロ奏者として採用され、
そこで5年勤めた。
1934年、第三帝国の人種政策から、
彼はアメリカに移住し、
ハイフェッツとの弦楽四重奏でデビューした。
その二年後、彼はニューヨーク・フィルの首席となったが、
アルトゥール・シュナーベルの姪にあたる妻と一緒に、
独奏者、リサイタル奏者としてニューヨークで活動した。」

この人は、トスカニーニが
辞任した年の採用のようで、
どれぐらいシンパかは分からない。

アニア・ドルフマンは、他にもたくさん、
トスカニーニとの共演が残っている。

「ピアニストのアニア・ドルフマンは、
オデッサに生まれ、
パリ音楽院でイシドーア・フィリップの生徒となったが、
14歳の時に、革命の混乱下のロシアに戻った。
彼女は後に、フランスや全欧で名声を確立した。
彼女は、1936年、ニューヨークでアメリカ・デビューし、
トスカニーニとNBC交響楽団と共演したことで知られる。」

この豪華な独奏者たちによる、
この「トリプル・コンチェルト」の演奏は、
トスカニーニも興が乗っていたようで、
唸り声を上げて、オーケストラを雄弁にドライブしている。

しかし、プライヴェート録音とあるだけあって、
33年の「運命」と比べてもノイズは酷い。
が、意外にも、特に独奏弦楽器の存在感は、
しっかりしていて、音色も深々と捉えられている。
ノイズの雨の中、鑑賞には耐える点は評価できる。
これは、かなり引き込まれる演奏だと言って良い。

ニューヨーク・フィルも、
久しぶりに迎えた、かつてのボスを歓迎し、
熱演を繰り広げていて集中力も高い。

ニューヨーク・フィルは、バルビローリの時代、
トスカニーニ率いるNBC交響楽団から、
激しいチャレンジを受けたが、
そうした確執のわだかまりはなかったのだろうか。

第2楽章での独奏楽器の対話も濃厚で、
どうして、この曲が、駄作などと呼ばれていたのか、
理解不可能な内容となっている。

トスカニーニは、この音楽祭で、
ミサ・ソレムニスを皮切りに、
ベートーヴェンの交響曲も全曲振ったはずだが、
これらの録音が残っているとは聴いたことがない。

NBC交響楽団との1939年のチクルスが、
名演の誉れ高いだけに、
ニューヨーク・フィルとの同時期の演奏は、
さぞかし、充実したものであったことだろう。
そんな中、このトリプル・コンチェルトの録音が聴けることは、
ものすごく幸福な事を考えて良いのではないか。

このCDの解説は、しかし、トスカニーニの事よりも、
楽曲解説(ビル・ニューマン)と、
何故か独奏者たち(解説者不詳)、
先に書きだしたような、
リマスタリング技術に関する記述(解説者不詳)に、
重きをおいており、
トスカニーニの事をもっと知るには、
パール盤の解説を見た方が良い。

マーク・オバート=ソーンは、
PearlのCD3枚組で、
反対に、期待通りの丁寧な解説も手掛け、
トスカニーニ本人の事以外に、
この頃の業界動向までを、
かなり詳しく解説してくれている。

先の、4月2日の「エロイカ」を聴いて、
レコード会社の技術陣は
奮起したのであろうか、
翌週4月9日の「第5」は、
どうしても録ってやろうと挑戦したようだ。

「一週間後、RCAビクターは、
この演奏会チクルスの次の機会、
ベートーヴェンの『田園』
(この曲のマスターは失われて久しい)と、
『第5』を録音するため、
ホールの中にマイクロフォンを設置した。」

今回聴く「第5」の充実を思うと、
この「田園」が聴けないのは非常に残念である。
「第5」は、いろんな人が復刻して、
年季が入っているのか、本当に、録音に不満がない。

が、このオバート=ソーンの記述の面白いのは、
次のようなエピソードに飛ぶあたりである。

「この会社が、マエストロの
『ライヴ』録音をしようとしたのは、
これが初めてのことではなかった。
The Fabulous photographの中で、
ローランド・ジェラットは、
今では有名になった、
1931年3月4日に、ビクターが、『第5』の
トスカニーニ/フィルハーモニック・コンサートを
記録しようとした顛末を語っている。
(1977年、Macmillanの第2版P271)
『二つの録音機を用い、
4分ごとにそれぞれを切り替えて、
技術者たちは、一小節も漏らすことなく、
全作品をワックスの上に留めることが出来た。
トスカニーニは、RCAビクターが、
この録音のテスト・プレスを聴かせ、
驚かせるまで、何も知らなかった。
それを聴いた時、
それは救いがたい酷さで、
ただちにマスターを破棄せよを主張した。』
録音そのものは、
マエストロを驚かせたかもしれず、
彼がそれを破棄せよと言ったこともあり得るが、
他の文献によると、修正を求めたともある。
実際、この作品は、3月4日と6日の、
2回の演奏から採られており、
ここに聞く1933年のバージョン同様、
コンサートは、RCAのニューヨーク・スタジオまで、
有線で中継されていて、
ここでフィルムに記録され、
78回転の原盤に落とされた。
トスカニーニが発表を禁じたとはいえ、
マスターは保存され、現存している。
1931年の『第5』のテスト・プレスは、
気力のない、ふらふらしたアンサンブルで損なわれ、
かなりぼやけた音で再現された、
特徴のない演奏である。」

ということで、私は、この時代、
4分くらいしか録音できなかったはずなのに、
当時の技術者が、どうやって苦労して取り組み、
レコードが出来て行ったかを知ることが出来た。

このワックスというものは、
「証言 日本洋楽レコード史」(音楽の友社)などで、
いかに扱いが難しいものであったかが、
よく書かれている。
音の振動を刻み込むために、
蜜蝋に松脂を混ぜたもので、
松脂の量によって硬さが変わって来るので、
夏と冬で量を変えていたとか、
カッティングの最中に状態が変わってしまった
というトラブルもあったようだ。

また、このカッティングを行うカッターも、
サファイア性で、録音対象の特性によって、
いろいろ調整などが大変だったとある。
回転数の調整なども、恐ろしく困難を極めたらしい。

とにかく、NAXOSが、リチャード・カニエルという、
トスカニーニの音を聴いた人の耳に頼ったのに対し、
Pearlのマーク・オバート=ソーンは、
あくまでエンジニアの仕事という感じがする。
「文系」対「理系」のリマスタリング勝負、
みたいな感じがしないでもない。
あるいは、心象と科学の戦いのようなイメージがある。

さて、そのオバート=ソーンの解説を、
さらに読み進んでみよう。
これを読むと、このエンジニアが、
非常に、この録音に入れ込んでいて、
演奏にも惚れ込んでいることが分かって気持ちが良い。

「1933年の録音は、
しかし、まったく異なるレベルにある。
(残っているエアチェックや録音と照らしあわせてみても)
トスカニーニは推進力と豊かさのバランスを取って、
同曲でも無比の演奏を行っている。
同様に特筆すべきは、トスカニーニが、
まだ、修辞学的なタッチを、
当時はまだ、その芸術に残していた事である。
批評家のウィリアム・ヤングレンは、
第1楽章の210小節からffのパッセージで、
木管の合奏のエコーが、
ニキシュやそれ以前に遡るであろう、
リタルランドをしていることを指摘している。」

この部分は、気配を伺うような、
いかにも時代がかった演出かもしれないが、
これはこれで劇的である。

「さらに、第4楽章の最初を導くクレッシェンドは、
破裂寸前まで抑えられ、
我慢しきれない集中となって、
いっそう息を飲むような、
第4楽章の主題の導入となっている。
おそらく。これらは、
聴衆のノイズを拾わないようにした、
近接マイク方式のようなもので捕えられた、
強烈なインパクトと存在感の音である。
RCAビクターは、これを9面に配分し、
驚くべき演奏の配布を認めると確信していた。
しかし、またも同意はさらにお預けとなった。
マエストロのレコード製作に関する、
グラモフォン社のフレッド・ガイズベルクから
HMVへの問い合わせに対し、
RCAのA&R担当、チャールズ・オコネルは、
彼を思いとどまらせようとしている。
『我々のトスカニーニに対する2度にわたる対応は、
彼をもう録音することはもうたくさんという感じで、
さらに言えば、これらの試みで1万ドル相当が消えています。
こんな風に、我々のこの方向の野心はすっかり冷めました。』
(1987年のEMIのトスカニーニ/BBCの『海』、
『エニグマ変奏曲』のLP再発売時の
トニー・ハリソンの解説による。)
この指揮者の、
フィルハーモニックの音楽監督としての
最後のシーズン、
1936年2月まで待つ必要があったが、
幸い、二人のプロデューサーも指揮者も
その態度を変えた。」

このように、最初は、発売が認められなかった、
「第5」は、こうして発売される方向になったようだが、
状況がすぐに好転したわけではない。

先に紹介した、「日本洋楽レコード史」によると、
1936年にベートーヴェンの「第7」、
翌年、ワーグナーの管弦楽曲集、
翌々年にはBBCとの「田園」のみならず、
NBCとの録音が発売され始め(ハイドンの「V字」)、
何と、1939年(昭和14年)の、
特筆すべき話題として、
トスカニーニ、NBCの「運命」が、
「5万セット売れた」という事件が語られている。

先のニューヨーク・フィルの「第5」は、
9面にカットされていたとあったが、
これは4枚組と書かれている。

「15円もした」とあるが、
コーヒー一杯15銭とあり、
コーヒー代の100倍だったということが分かる。
500円のコーヒーとすれば5万円ということになる。

おそるべき日本人のクラシック音楽需要、
というべきだろうか、
ここでは、それについてはあえて深追いせず、
こうして、ニューヨーク・フィルの「運命」は、
お蔵入りになった、と考えるべきだろう。

この39年のスタジオ録音のNBCとの「運命」は、
「第8番」や放送録音の「エグモント序曲」と組み合わされ、
何度も日本でもCDで発売されたので、
多くの人が、今日でも愛聴しているものと思われる。

が、今回聴いた、1933年の「運命」は、
私には、ずっと好ましい鑑賞対象だと思われる。

たとえば、第2楽章の後半なども、
大見得を切ったような演出が雄渾であるが、
リタルダンドは、この美しい楽章の、
名残惜しい感じを出すように、
随所で聴くことが出来る。

このような躊躇いが、
トスカニーニの音楽で語られがちな、
直情径行的な先入観を取り去ってくれる。
あるいは、この指揮者が、
後述のように、発売を認めなかった理由は、
こんな迷いのような一瞬が見られるからであろうか。

第3楽章なども、緊迫感と共に、
焦燥感も漂わせ、人間的な感じがして、
下記のような、ありがちな演出が凝らされているのに、
何度でも聞き直せる、嫌みのない自然さがある。

私は、1939年のスタジオ録音の、
自信に満ちた「運命」では、
もう分かった、といった、
押しつけがましい感じあるが、
(第1楽章の提示部反復があるからだろうか)
この33年の演奏は、録音が悪いせいもあるのか、
柔らかく、飽きが来ないのである。

パールのCDには、29年録音の、
グルックの「精霊の踊り」が、
「運命」の前に収められているが、
これがまた、トスカニーニって、
こんな人だったっけ?
と思わせる精妙な音楽になっている。

さて、ナクソスのリチャード・カニエルと、
パールのマーク・オバート=ソーンの復刻対決であるが、
カニエルの方がノイズのざらつきを出してでも、
力感を押し出して、いかにもこの時代のアメリカ風、
オバート=ソーンの方は、もうすこし線が細いが、
さわやかな感じがする。

後年のNBCのスタジオ録音が嫌で、
ここにトスカニーニを聴きに来た私としては、
オバート=ソーンの方が目的に合致している。

が、そんなに大きな差異はない感じ。

では、解説の続きを読もう。
ただし、以下は、パールのCDに入っている、
ワーグナーについての話になる。

「さらに正式な録音セッションで、
マエストロは再びマイクの前に立った。
レパートリーは、彼の好きなワーグナーで、
力強い『ラインへの旅』。
1895年、『神々の黄昏』の
イタリア初演を行った指揮者にとって、
長らく親しんだワーグナーの音が、
レコード溝からほとばしり出た。
『ローエングリン』のきらきらとした
第1幕の前奏曲が、
特にエネルギーいっぱいの
第3幕の前奏曲(これらは、
2ヶ月後に取り直されたが)
6年前に友人であり、この曲を捧げられた
作曲家の息子を偲んでバイロイトでも演奏した
優しい『ジークフリート牧歌』
と組み合された。
『Musical Masterpiece』は記しても、
アルバムのカバーには演奏者名は記さない、
通常の方針から離れて、
ビクターは、『ワーグナー・コレクション』に、
『トスカニーニによる傑出した指揮による』と明記した。
あらゆるレコード愛好家にとって、
巨匠が帰って来た。
そして今、このCDによる再発売によって、
記録された彼の最も輝かしい到達点は、
もはや忘れらることはない。」

この36年の一連のワーグナーが、
パールのCDでは、「運命」の後に収められている。

SP時代の日本人が見たら、
卒倒しそうな名曲集である。

これらも、爽やかな風通しが良い音楽で、
ワーグナーなのに、嫌みな威圧感がない。
雄渾な「ジークフリートのラインへの旅」でも、
さっそうと行く若者が感じたであろう、
新鮮な大気の感覚があり、
極めて豊かな情感に富んでいる。

胸が弾むような、真実味があって、
丁寧に演奏されており、
トスカニーニが愛したワーグナーの真髄が、
これらの録音群には詰まっている。

「ローエングリン」の第1幕への前奏曲も、
響きも呼吸も清純そのもので、
「運命」でも書いたことだが、
まったく飽きが来ない。
何度も聞き直して聴き惚れられる。

トスカニーニは、息を潜めて、
慈しむように演奏している。

第3幕の前奏曲では、
トスカニーニの唸り声が聞こえ、
オーケストラを鼓舞し、
高らかに、気高い感じを、
ごく自然に、すっと引き出している。

また、こよなき愛しさに響くのが、
最後に収められた、
「ジークフリート牧歌」である。

全てのフレーズに微笑みと幸福があり、
冷徹無血と思われていた、
トスカニーニ本来の目指す世界が、
実は、このような豊かさを持っていたと、
これまで知らなかったのが恥ずかしくなる。

音楽そのものが、
秘めやかな佇まいで恥じらい、
聴くものは、思わず、こちらから、
足を運ばずにはいられなくなるような雰囲気。

こうした演奏は、やはり、老舗、ニューヨーク・フィル
(フィルハーモニック=シンフォニー
オーケストラ・オブ・ニューヨーク)
の気品あるサウンドを前提にしたものなのかもしれない。

得られた事:「1933年のトスカニーニの『運命』、録音のせいか威圧的でなく、まさしく古典的にすっきりと美しい。」
「ナチス政権への批判活動で、トスカニーニの演奏が聴衆に支持されたのをきっかけで、技師たちの録音チャレンジが再開。」
「リチャード・カニエルと、マーク・オバート=ソーンの復刻対決、私は後者を取る。」
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# by franz310 | 2013-12-22 23:14 | 古典

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その395

b0083728_18415257.jpg個人的経験:
バルビローリの評伝を読むと、
大指揮者トスカニーニが、いかにも、
強力なライヴァルとして描かれていて、
トスカニーニという稀代の大物が、
この頃、どんな活動をしていたのか、
気になってきてしまった。
20世紀最大の指揮者として、
フルトヴェングラーやワルターと、
並び称される人だが、
カラヤンやバーンスタインはどうだ、
などという疑問が起こるばかりで、
この人の良さはぴんと来ていなかった。


今回は、ざらついた白黒写真のトスカニーニの写真も、
その時代を感じさせる表紙であって、
絶対に良い音がするはずのないCDで、
そもそもPearlというレーベルそのものが、
復刻ばかりで有名なだけに、全体として、
何となく辛気臭いイメージがある。

が、今回に手を伸ばして、驚愕したと言って良く、
改めて、この巨匠の足跡を巡ってみたい。

20世紀と言っても、後半以降、
先の三大指揮者らが鬼籍に入る頃、
生まれた世代の日本人にとって、
どうしても、大手のレコード会社が、
声高に宣伝した指揮者ばかりが、
有名どころと思ってしまう。

が、歴史的見地からすると、
それは、むしろクラシック音楽という、
限られた世界における、
その狭い業界主導の
ルーチンワークの産物だったのかもしれない。

そもそも、トスカニーニの録音は、
基本的にモノラル録音時代のものしかなく、
しかも、NBC交響楽団という、
トスカニーニ用に作られた人工的な放送用の楽団、
みたいなオーケストラとの共演が圧倒的数量を占めるため、
どうも、偏った評価で見てしまいがちである。

バルビローリが苦労した、
彼のニューヨーク時代と、
同時期のトスカニーニの録音を調べるまで、
私は、この指揮者を完全に誤解していた。

今回、聴く3枚組のPearlのCDも、
どうしても欲しくて買ったものではない。
たまたま安く売っていたので、
買うだけ買っておいておいたものであった。

が、これが、ちょうど、バルビローリが、
ニューヨーク・フィルに着任する前位の、
トスカニーニのニューヨークにおける活動を、
ほぼ網羅する記録であることであることを知って、
慌てて、積んであったCDを積めた箱を、
ひっくり返したところである。

そもそも、トスカニーニは、
録音の機会を持っては、
すぱっと切り替える傾向があり、
共演する団体によって、
時代が分類しやすい。
ニューヨークやBBCのものは古く、
フィルハーモニアなどは新しい。

「アルトゥーロ・トスカニーニと、
フィルハーモニック・シンフォニー・オーケストラ
・オブ・ニューヨーク」と題され、
「ザ・グレート・レコーディングス1926-1936」
と副題にある。
10年の歳月で、CD3枚しかないのも驚きだが、
この解説を読むと、
これらが、まさしく、当時のレコード会社が、
トスカニーニとの悪戦苦闘で録音できた、
本当に限られた貴重な記録となっていることがわかった。

「アラウとの対話」などで知られる、
ヨーゼフ・ホロヴィッツという批評家が、
「トスカニーニの理解」という本で、
「これらは、NBCでの録音より、
美しく演奏され、説得力を持つ解釈の、
トスカニーニ最良の商業録音」と書いたものらしい。

確かにここで聴くトスカニーニは、
後の、NBCの録音のように、
呼吸困難には陥っておらず、
極めてしなやかに息づき、
繊細な情緒にあふれ、
優美とさえ思えるほどに、
ハートフルな感じがする。

冒頭に収められたメンデルスゾーンの、
1926年2月録音の
「真夏の夜の夢」の「夜想曲」と「スケルツォ」を、
聴いただけで、それは感じられ、
ノイズは多いが、豊かなニュアンスが、
十分に伝わって来るだろう。

有名なマーク・オバート=ソーンが、
リマスタリングしているらしいが、
(解説もこの人によるものである。)
そのせいかどうか、
鑑賞時に、私は、録音年代のハンディは、
まったく感じられなかった。

しかし、その後、1929年の3月まで、
トスカニーニのレコードはないようだ。
生で聴ける聴衆以外にとっては、
3年以上も沈黙していた事になる。

この1929年3月録音とされるのが、
「椿姫」からの前奏曲2曲で、
これまた、精妙な演奏で、
剛毅で力任せな印象のトスカニーニのイメージとは、
まったく異なるものだ。

かつて、あらえびすの「名曲決定盤」で、
「絶品的なレコード」とされ、
「トスカニーニの最高の良さが表れている」
と激賞されたものである。

実は、レコード批評の古典的名著である、
あらえびすの本でも、トスカニーニには、
高齢のせいか録音が少ないとされている。

バルビローリが、早くから、
ハイフェッツ(34年)、フィッシャー(35年)、
といった著名な独奏者の伴奏を務め、
多くの録音を残していたのに対し、
前の世代に属するトスカニーニは、
この時代でも録音を毛嫌いしていてたようだ。

ひょっとしたら、
当時最新のレコード作りに関して言えば、
バルビローリの方が、
経験豊富だったのではないだろうか。

前読んだ解説には、
バルビローリの録音の手際の良さは、
業界でも有名だったということだ。

バルビローリが、
ニューヨークに呼ばれたのは、
そもそも、いろんな共演した人たちの
推薦があったからだと言われている。

いかに、この頑固爺さんを説得するかが、
当時の技術者の大きな課題であった。

では、このCDの解説を読んで見よう。

「オペラ・ハウスで彼が到達していたほどに、
トスカニーニがシンフォニックなレパートリーの解釈で、
尊敬されなかった時代があるなどとは、
想像することが困難である。」

この一節は、一瞬、何を言っているか良くわからないが、
ニューヨークに来る前までのトスカニーニは、
スカラ座のオペラ指揮者であって、
オーケストラのコンサートに専念するのは、
実は、トスカニーニにとってもチャレンジだったのである。

「彼は、1896年(ラ・ボエームが初演された年)、
という早い時期に、結局、
最初のオーケストラ演奏家を開いている。
1926年の1月に先立ち、
それでも、ニューヨークの聴衆は、
1913年のベートーヴェンの『第9』を皮切りにした、
メトロポリタン歌劇場のわずかなコンサートでしか、
彼を知らなかった。
1920年から21年の冬、
スカラ座のオーケストラのツアーで、
その時のアンサンブルを、
ビクターが記録している。
こうして、1926年1月14日に、
トスカニーニは、ニューヨーク・フィルの、
客演指揮者として、
カーネギーホールのステージに立った時、
聴衆は、どう反応していいか分からない状況であった。
プログラムは『魔弾の射手』序曲や、
『神々の黄昏』の葬送行進曲など、
マエストロが熟知していたと思われる
オペラの世界からいくつか採られていた。
しかし、ハイドン、シベリウス、レスピーギもあり、
特に後者2つは同時代の作品で、
これらを彼は、どう扱ったのだろうか。
彼は、それを抜群の手腕で扱い、
彼自身がどう思っていたかは分からないが、
それによって、彼の長いキャリアの
歴史的な新しいフェーズを開いた。」

このように、トスカニーニは、
たまに交響曲も振るオペラ指揮者だったのが、
交響楽演奏会における巨匠としても、
認められるための重要な一歩を踏み出したのである。

「最初のプログラムでは、
指揮者の同時代人、レスピーギといった、
比較的新しい作品があり、
『ローマの松』の『ジャニコロの松』で、
作曲家は、背景で鳴くナイチンゲールの声を、
レコードで再現することを要求している。
この目的のため、コンサートでは、
新しい電気的増幅による、
ブルンスウィックの
パナトロープ・マシーンが据えられた。
ブルンスウィック録音研究所の、
部長、ウィリアム・A・ブロフィイによると、
指揮者は、この音色に魅了されたという。
『トスカニーニ氏が
ブルンスウィックのパナトロープの
大きな可能性に気付いた
楽器演奏の公演の成功は、
音楽の将来の発展に影響を与えた。
我々の研究所の訪問によって、
トスカニーニ氏は、
ブルンスウィック社によって
今、採用されている
独自の録音過程の実際のデモを、
見聞きする機会を持った。
彼はこのプロセスによる、
方法と結果に感心し、
レコードを作りたいという要望を語った。』
Victor/HMV経営との、
34年の録音キャリアの唯一の例外は、
フィルハーモニック・コンサートで取り上げた、
メンデルスゾーンの『真夏の夜の夢』からの2曲である。
各面は、1926年2月のどこかで、
ブルンスウィックの初期の電気録音、
(欧州のポリドールの初期録音にも使われた)
『light-ray(光線)方式』によって、
カーネギーホールの5階、
『チャプター・ルーム』で記録された。
『スケルツォ』における発売されたテイクで、
はっきり聞こえる咳(2分38秒あたりのこと?)
からも、この遅い時期でも、
この録音プロセスが、
おどろくべき杜撰さで行われたことが分かる。
この録音セッションにおける辛い体験と、
その結果の両方から、
トスカニーニは、さらなる録音をやめてしまった。」

この一節は、理解するのに、
非常な困難を伴う。

まず、光線方式とは何なのか。
これに関しては、ネットで調べると、
音響を捉えて振幅する膜のようなもののたわみに、
光を当てて、その光電変換した信号を増幅する図が出ている。
振動を信号に変えるには悪くない仕掛けである。

また、何故、カーネギーホールではなく、
5階の会議室で録音されたのか。
また、咳が、どのプロセスで入ったのか。
トスカニーニが、以上のどの点に不満を覚えたのか、
このあたりがどうも整理できない。
勝手な妄想をすると、装置の関係から、
実験室みたいなところに押し込まれて演奏させられた、
みたいな感じなのだろうか。

いずれにせよ、空気感まで感じられるような、
きれいな音で採られているように思えるが、
(なお、ここで聴いているPearl盤は、
BMGが出した全集盤より鮮やかに聞こえる。)
かなりの苦痛を伴う作業だったようだ。
以降、ブルンスウィックでの録音はない。

このようにブルンスウィックでの録音を行ったのは、
初期のビクター録音に不満を持っていた
メンゲルベルクの示唆によって、
オーケストラがすでに25年12月、
ブルンスウィックでのテスト録音をしていた、
という経緯があったからである。

なお、この時のトスカニーニは、
客演指揮者の立場であった。

「再び、マイクの前に立つまでに3年ほどが経ったようで、
今回は、カーネギーホールのメインの音楽堂。
再び、ビクターのトーキングマシーン社のためだった。
この間、フィルハーモニックは、
ウォルター・ダムロッシュのニューヨーク交響楽団と合併し、
混成のフィルハーモニック・シンフォニー・オーケストラ・
オブ・ニューヨークの発足シーズンさなかに行われた。
トスカニーニは1926年から27年のシーズンに、
メンゲルベルクとフルトヴェングラーと共に、
副指揮者の立場で、
(この特筆すべき日々は、ニューヨークの愛好家が、
選択に困るような状況であった。)
翌年は、メンゲルベルクのみと分け合った。
この合併によって、オーケストラは、
世界で類を見ない名人芸集団となった。
1929年2月に、このオーケストラと、
初めてビクターのために録音した、
デュカスの音詩『魔法使いの弟子』を聴けば、
それは何よりの証拠である。
12年後に彼がNBC交響楽団と行った録音より、
まる1分も短くなるテンポの速さにもかかわらず、
他の指揮者たちのどの録音よりも細部が彫琢されている。」

このCDでは、この曲はTrack5に収められている。
最初からみずみずしい色彩で楽器が飛び跳ね、
敏捷ではあるが、まったく騒々しくなく安定している。

東京創元新社の「トスカニーニ」(1966)には、
トスカニーニが残した録音の寸評がついているが、
「鮮麗を極めた」とか、「リズムさばきが舌を巻かせる」
とあるが、そんな感じである。

「二つの『椿姫』の前奏曲は、
トスカニーニの芸術が、もっとも光り輝いた好例で、
彼がリハーサルでよく使った、
『カンターテ・ソステナーレ(もっと歌って)』が、
音に結実している。
第1幕の前奏曲の幅広いテーマを、
弦は文字通り歌っている。
そして、筆舌に尽くしがたい美しさで、
深く感じいった第3幕の前奏曲の演奏に、
トスカニーニのフレージングの天才の証明がある。
ヴィオレッタの深刻化する健康、
アルフレッドの帰りを待つ憧れ、
その歎き、そして断念が、
完璧に捉えられ、下手をすると冒涜となり、
贔屓目に見ても過剰な第三幕を予見している。」

この曲はTrack4に入っているが、
確かに、フレージングが刻一刻と、
こうした感情の交錯を交えていくのが聴きものだ。

「近代のオーケストラが、
ほぼ常に、全力で、古典的なレパートリーを、
演奏しているような時代にあって、
トスカニーニが、
ハイドン(55人)や、
モーツァルト(58人)の交響曲を、
切りつめた編成で演奏しているのは特筆すべきである。
これらの作品に対して、
この後の演奏では、過剰な表現が見られる中、
(特に、NBC交響楽団とは、
『ハフナー』を再録音している。)
これらの録音は、
求められれば、音楽固有の活力を漲らせる
思いやりがあり、
リラックスしたアプローチである。
よく知られたNBCのリハーサルで、
モーツァルトを演奏するとき、
トスカニーニは、オーケストラに、
『微笑み』を求めている。
ここでフィルハーモニックは、そのような、
見かけでは分からない困難な仕事を、
両交響曲で成し遂げている。」

ハイドンの「時計交響曲」はTrack6-9、
モーツァルトの「ハフナー交響曲」は、
Track10-13に収められており、
それぞれ、「名曲決定盤」でも、
「非常に傑出したもの」とか、
「極めて美しいもの」とか書かれて、
日本でも古くから知られたものであった。
「名曲決定盤」を愛読した人には垂涎の録音が、
惜しげもなく並べられているのが、
この3枚組CDの1枚目と言っても良い。

なお、「名曲決定盤」では、トスカニーニが高齢であることが、
繰り返し述べられていて、

ハイドンは、序奏からして、
非常に丁寧に美しさを模索しており、
モーツァルトでは、この曲特有の活力を漲らせたもので、
時折、探りを入れるようにテンポを落とす効果も面白い。
トスカニーニで連想される力ずくの演奏ではない。
ニューヨーク・フィルの集中力も素晴らしい。

「このアルバムをしめくくるに当たって、
(同様に、1929年の春に、
マエストロが行った一連の録音をしめくくる)
ビクターは、『真夏の夜の夢』のスケルツォを再録音した。
トスカニーニは、ブルンスウィックの録音に、
特に不満を持っていたので、
(これは彼が行ったこの曲の6種の商業録音を、
比較していえば、一番遅い)、
彼はこの素早く適度に快活な演奏で、
記録を正す機会を歓迎した。」

Track14に再び「スケルツォ」があるが、
全部で78分半に及ぶお得な収録となっている。

こちらの演奏の方が、チャプター・ルームに、
閉じ込められていないせいか、
よりのびのびとして、低音の迫力も倍増している。
空間の広がり感、ティンパニの存在感が全く違う。

が、チャプター・ルーム録音も、
実験室のようなところで、
こわごわ録音しているような風情で、
これはこれで室内楽的な親近感を感じる。

1929年の録音としては、
春ではなく少し離れて11月の録音だが、
この3枚組に、まだ、2曲収められていて、
これらは2枚目の最初と3枚目の最後に、
泣き別れになっている。

CD2のTrack1は、
グルックの「オルフェオとエウリディーチェ」の
「精霊の踊り」で、フルート独奏はジョン・アマンズ。

非常に上品な古雅な音楽。
ダイナミックレンジが小さい曲なので、
この時代のものであっても、
実に、おちついて聴ける。

CD3のTrack8に、
ロッシーニの「セヴィリアの理髪師」序曲。
こちらは、じゃじゃーんとやかましく始まるので、
少し、音にひずみが残ったが、
すぐにそれは気にならなくなる。

こちらは、トスカニーニと聞いて連想される、
やや性急でデッドな響きが、
だんだん、立体的で、
色彩的な響きに変わっていくところに耳を澄ませた。

カーネギーホールでの演奏ということか、
独奏楽器の立ち上がる感じも遠近感があって香しい。

先に述べたように、メンデルスゾーンを
再録音して喜んだからと言って、
トスカニーニが、録音技術を、
信頼するようになったわけではなかった。

CD2(第2巻(VolumeⅡ))の解説冒頭は、
こんな言葉から始まっている。

以上聞いて来た、1929年までの録音の、
総括のような言葉になっている。

トスカニーニがUgo Ojettiという人に、
1930年5月に語った言葉だそうだ。

「レコードについて話すのはやめてほしい。
まるで受難だよ。
やればやるほど、原盤は良くなるように見える。
しかし、録音が終わってみると、
髪の毛を引きむしりたくなるんだ。」

この前に行われたのが、先に聴いた、
グルックとロッシーニである。
確かにロッシーニの音量変化を、
当時の技術で捉えるのは、
さぞかし困難であっただろうと考えた。

「トスカニーニは、1929年11月29日の
ビクターのセッションの終わりで、
『もう二度とごめんだ』という前に、
レコーディングから2度、
すでに足を洗っていた。
(機械式録音で1921年に、
最初の1926年の電気式録音で。)
マエストロはこの時、一面を、
4月に初めて録音した
『オルフェオ』のやり直しと、
『セビリャの理髪師』序曲の、
生き生きとした演奏を録音する計画だった。
恐らく、初期のビクターの
『オルトフォニック(Orthophonic)』
プレスのサーフェースノイズの深い霧と、
それが音質に与える悪影響があって、
(すべてのHMVのイシューと同様)
(実際のレコーディング・セッションで、
ワックス基盤がプレイバックされた時、
マエストロは、それと格闘しなくても良かった)
オジェッティに対する歎きになったのだろう。
いずれにせよ、
世界中の、熱心なレコード収集家にとって、
続く6年はトスカニーニ沈黙の年であった。」

このように、ここでは書かれているが、
実際は、この間、トスカニーニは、
ザルツブルク音楽祭や、BBCに招かれて、
本人の思惑と合ったかどうかはわからないが、
そこで、膨大な記録が残されることとなった。

これらは、当時、日本でも紹介されていたようで、
あらえびすの本でも、
BBCとの「田園」が取り上げられている。

現在も、その時の録音は、CDで大量に入手できる。
が、正規の録音に関しては、
マエストロはうるさかったようだ。
ここには、そのあたりの事がよく書かれている。

「指揮者とオーケストラが、
前例のない賞賛を受けていたことからすると、
1929年のこの最後のセッションの後の、
この成り行きは、非常に不満な状況であった。
1930年4月、コンサートシーズンの終わり、
トスカニーニは、フィルハーモニックを、
輝かしいヨーロッパ・ツアーに連れ出し、
これが、単に、
当代の偉大なオペラ指揮者としてだけではなく、
同様に、最も世界的に賞賛されるべき、
交響曲指揮者としての、
マエストロの名声を確固たるものにした。
同様にフィルハーモニックは、
無比の名技性が賞賛された。
ツアーのすぐあと、
マエストロはバイロイトに赴き、
最初のドイツ人以外の指揮者として、
ワーグナー祭に現れた。
1931年の夏にも彼は客演したが、
翌年計画された音楽祭(1933)は、
ナチス台頭を理由に辞退している。
この決断の時期、ナチスの政策を非難する、
ヒトラーへの公開質問状に、
自身の名前を書きこんでいる。
これは1933年4月2日の、
日曜の朝刊に印刷された。
この日の午後の、
フィルハーモニック演奏会では、
ちょうど、別の独裁者を非難したエロイカを含む、
オール・ベートーヴェン・プログラムで、
カーネギーホールの舞台に現れるや、
いかなる指揮者も体験したことのない、
スタンディングオベーションを受けた。」

この日の、聴衆も指揮者も高揚したであろう、
ベートーヴェンの演奏は残っていないようだが、
何と、一週間後に行われた、
「第5交響曲」の演奏については、
録音が残っていて、この3枚組でも、
しっかり聴くことができる。

このあたりの経緯は紆余曲折が涙ぐましいので、
次回、改めて見てみたい。

いずれにせよ、この時期、現在のニューヨーク・フィルは、
合併のすえ、名手を揃えるスーパー・オーケストラに変貌、
「フィルハーモニック・シンフォニー・オーケストラ・
オブ・ニューヨーク」として、ヨーロッパにまで名声を轟かせた。

トスカニーニは、それは、自分の成果だと思ったかもしれないし、
当然、このオーケストラに対する思い入れも強かっただろう。
自分が育て上げたオーケストラに、
やがて、若い無名のバルビローリが、
ふらふらと紛れ込んで来るのだから、
確かに、この二人を巡るドラマが深刻になることは、
必然として納得できた。

得られた事:「トスカニーニはレスピーギの『ローマの松』で使われる録音された鳥の声の効果で、再びレコード技術に向かい合うことになった。」
「ブルンスウィックのライト・レイ方式がその時の技術だったが、結局、その方式での録音では、トスカニーニは納得できなかった。」
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# by franz310 | 2013-12-07 18:42 | 古典

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その394

b0083728_21123042.jpg個人的体験:
バルビローリは、
シューベルトの音楽を、
実際、我々が知っている以上に
大切にしていたようである。
「コロンビア・マスターズ」として、
まとめられた1940年前後の、
彼の録音集にはないのだが、
コロンビアでの録音を始める前の、
「ビクター・レコーディング」には、
その「第4交響曲」があって、
「ドイツ舞曲」D90も、
別のCDだが聴くことができる。


10分に満たない小品集ではあるが、
バルビローリは、この曲が好きだったようで、
ニューヨーク・フィルで、
「シューベルトの夕べ」を特集した時は、
この曲で始め、「大ハ長調」で閉じている。

「ビクター・レコーディング」の、
このCDの表紙は、前回、紹介した、
シューベルトの「第4」が入ったものと、
あまり大きくは変わらないデザイン。
前のが黒基調に赤だったのが、
赤基調に黒になっただけの感じ。

ただし、The Victor recordingsと書かれた、
メダル型のアイコンが付いている所が違う。
ただし、こちらの方は、やっぱり出そうか、
という感じで付け足しで出て来たものに見える。
製品番号が19も離れているし、
発売時期も3年も違う。

ここでは、おそらく、レスピーギの
「ローマの噴水」がメインの曲目であるが、
表紙には堂々と、それに並んで、
シューベルトの名前が見える。

あと、付け足し的に見えるのは、
最後にクレストンとメノッティという、
アメリカの作曲家の作品が、
こっそり収められているからで、
1939年までに行われた、
一連のビクター・レコーディングとは、
明らかに違う出所のもので、
1942年あたりの録音、とあって、
バルビローリのニューヨーク時代最後期であるらしく、
データ的にも心もとないものである。

「何となくミステリー」と書かれていたりする。
バルビローリ協会のメンバーが持っていた、
78回転シェラック
(当時のレコード素材で虫から取ったとされる)
からの復刻で、アメリカ戦争情報局が、
海外派遣された軍人用に作ったものとされる。

受け入れられやすい音楽が選ばれたようで、
Track17.ポール・クレストンの「哀悼歌」は、
静かなゆっくりとした、10分半の、そこそこの規模の音楽。
この時代に相応しい悲しさとはかなさと安らぎが感じられる。
途中、泣き節や、打楽器による緊張感もあって、
バルビローリに相応しく、かなり聴きごたえがある。
ハープが刻む終結部もおしゃれである。

Track18.メノッティの「老女中と泥棒」序曲は、
3分ほどの小品だが、題名に相応しく
楽しく、リズミカルな音楽で、爽快である。
バルビローリが同時代の作曲家を大事にした証拠。
これらの作品が聴けることも、
このCDの価値を上げている。

Track1~4は、レスピーギの「ローマの噴水」。
むしろ、トスカニーニが得意にしていそうな音楽だが、
これがまた、まったく悪くない。

1939年2月録音という、
ものすごく昔のものであるが、
多少、ざらざら感のある経年劣化は、
仕方ないが、このレスピーギのみずみずしさには、
妙に心を引き寄せられる。

ぴちぴちと弾ける楽器群の心のこもった雰囲気、
バルビローリならではの、優しさが感じられる、
丁寧かつホットな語り口のおかげであろう。

Track4の「黄昏のヴィラ・メディチ」の噴水の、
忘れがたい寂寥感のあたりまで来ると、
黄昏を追い求めるように、
この演奏が終わらないで欲しいという感じになる。

Track5.レスピーギの「古代のアリアと舞曲」、
第3番より、第2曲「宮廷のアリア」の、
たっぷりとした情感も美しく、
ここでは、弦の優秀さがよく分かる。

この昔日の回想の念は、バルビローリにぴったりで、
まるで、エルガーの音楽を聴くようだが、
「ローマの噴水」ともども、復刻されて良かった。
しかし、何故、全曲録音してくれなかったのか。

Track6-11は、
バルビローリ編曲のパーセルに基づく、
「弦楽、ホルン、フルート、コールアングレのための組曲」。

この手の古い音楽の編曲ものは、
バルビローリが実演でもよく演奏していたもので、
「エリザベス朝組曲」など共々、多くの録音がある。

これまた、懐旧の音楽で、ものすごい慟哭のような、
低音弦から始まる。

Track6.情念の弦楽の渦に、ホルンが気高く響く。
「ほどかれたゴルディウスの結び目」という劇音楽の序曲。
バルビローリは、これでもかこれでもかと、
マエストーソの地鳴りを引きずり、
主部の壮麗なアレグロに続けるが、もとは、
アレキサンダー大王の故事に由来する劇らしい。

Track7.「高潔な妻」という音楽からの
メヌエットで、フルートのひなびた響きが印象的だが、
悲しい情緒に満たされている。

Track8.「アーサー王」からの、
アンダンティーノで、物思いにふけるような音楽。

Track9.「アブデラザール」の「エア」による、
アンダンティーノ・ジョコーソで、
ようやく、楽しげなリズムになるが、
雲が晴れることはない。

Track10.3分半もかけ、
ものすごくゆっくりと奏される
「ディドとエネアス」のラメント。
「ラルゴ」と題され、コールアングレが、
喪失感たっぷりの響きで立ち上がって来る。

Track11.「アーサー王」からの「アレグロ」。
いかにもバロック期の組曲で、
弦楽や金管が活発に活躍する対位法的な終曲。
が、1分ちょっとで、ばーんと盛り上げて、
名残惜しそうに終わる。

この曲は、ハレ管弦楽団との、
ステレオによるスタジオ録音があるが、
これは1969年という
録音の良さも相まって、
広がりや空気感に満ちた、
ものすごく雰囲気豊かな名品となっている。

バルビローリの最晩年ということもあって、
必聴の名演であるが、この時期の、
張り詰めたバルビローリの心境を、
1938年のニューヨーク盤に聞き取るのも、
あながち間違いではなさそうな気がする。

前回の「コロンビア・マスターズ」のCD解説は、
素晴らしく充実しているが、
そのため、前に紹介した部分は途中までであった。

今回は、このビクター・レコーディングスについて、
関係しそうな内容も出てくるので、
残りの部分を紹介しよう。

その解説は、「桂冠指揮者、バルビローリ」という、
1971年の本から採られた内容で、
2003年に著者ケネディが書き直した模様。

まだ若かったバルビローリが、
神格化されつくした巨匠、
トスカニーニの後釜として、
ニューヨーク・フィルの指揮者になったのは、
彼が考えていた以上に恐ろしい責務だった。

様々な陰謀があって、いろんな噂が飛び交う中、
彼は、追い詰められていく。
そんな話の途中であった。

「彼のいつもの不安の中、
長く何もできない期間の後、
バルビローリはようやくシーズンにこぎつけた。
『最初のリハーサルを待ちわび、
私に残される音楽があるのだろうかと考えると、
いつも心配でたまらない。』
彼は、落ち込みの周期的発作にかかっていた。
『しかし、僕はこの仕事の中に慰めを求めた』。
このシーズンを通して彼は不眠症に悩み、
その手紙はしばしば朝の3時と記され、
6時に書かれることもあった。
眠れない時間、指揮の練習をしたり、
スコアに書き込んだりして過ごした。
『コンサートには有り余るエネルギーがあるが、
僕は精神的に疲れ果てた』と、
イブリンに書いている。
ホワイトハウスにおける、
ルーズヴェルト大統領との夕飯や、
ピアストロ、コリアーノ、
プリムローズらとの四重奏で、
アメリカで最初にチェロの腕を披露した、
ニューヨークの紳士会、ロータス・クラブでの、
12日節の前夜祭で彼の栄誉をたたえる晩餐会など、
楽しいものもあったが、社交界での活動が多すぎた。」

このあたりも、かなり、私としては、
読んでいるだけで、彼が気の毒になった部分である。

はたして、このような、いかにもチャラい世界に対し、
気難しい老人だったトスカニーニは、
どう接していたのだろうか。
あるいは、バルビローリは、
それよりはまだまし、という感じで、
ちやほやされることもあったかもしれない。

「彼は、ほとんど何も言っていないが、
トスカニーニとNBC交響楽団に対し、
ライヴァル意識を常に持っていたはずである。
特に、共にベートーヴェンの『第5』を、
連続して演奏するようになったシーズンの初めにおいては。
批評家のハーバート・ラッセルは、
バルビローリを賞賛したが、
ミュンヘンを意識して、こう付け加えた。
『英国にもまた、こうした勝利がどうしても必要だ。』
バルビローリのすぐあとに、
トスカニーニが同じ作品を指揮することは、
よく言われることであった。
フィルハーモニックのプログラムは、
当然、NBCの十分前に決められて印刷されていた。」

これなどは、何じゃこりゃの裏話である。
いくら、バルビローリにその気がなくとも、
トスカニーニ(というか、NBCの経営層)側が、
こんな事をしかけて来たのなら、
自然と、世の中は、そういった目で見るようになるであろう。

「こうした陰謀は続いたが、
ジョンには効かなかったように見える。」
と、解説は続くが、
そこまであからさまであったのかは、
疑問を持っても良いかもしれない。

「彼は、何よりも、オーケストラと聴衆と良好な関係にあり、
そして2月、次の年の契約が始まると共に、
彼は、イブリンに書き送った。
『昨日、重役会議で満場一致で、
私の契約が終わっても、
さらに何年かの再契約となることに、
熱狂的な賛同を得た。
A.J.は、5年契約にも出来た、
と言っていた。』
マージョリーとの離婚届は、
1938年12月5日に承諾されていて、
翌年の6月に実効となり、
イブリンをニューヨークに呼び寄せての
結婚生活に向けて集中することが出来た。
『僕は自分にたくさん欠点があることを知っている』
と彼は書き、
『しかし、僕が考えているある事が分かれば、
時々、気難しくなる事も分かって貰えると思う。
誰かを傷つけることも恐れている。
僕は公的な生活の中で一種のサイの皮で自分を武装し、
悪意や無知や羨望の矢を受け止めて来た。
しかし、それらはすべて痕を残しているんだ。』
彼は、そのオーケストラについても付け加えている。
『僕は、Tや他の人たちに指導されて、
こんなにも冷酷になっていたアーティストたちが、
今や、その才能と人間性に輝いていることを、
誇りにも思う。
後世の人が、僕の音楽家としての価値を判断するだろう。
しかし、むしろ、僕がここに来たことで、
彼らの演奏の基準を保つのみならず、
彼らに優しさや幸福の感覚を与えられたことを、
僕はむしろ感謝しているのだ。』」

このように、バルビローリは、
トスカニーニを意識し、さらには、
巨匠との違いを、
「a conception of kindness and happiness」
だと認識して、言葉にしている点に驚いた。

我々が、何となく考えている、
音楽に対して、一点もゆるがせにしない、
妥協なき暴君、トスカニーニのイメージは、
当時のものとあまり変わっていない、
という事であろう。

もし、若手の指揮者が、そんな先輩に対抗するとすれば、
やはり、「優しさや幸福感」を、
そこに追加して差を出そうとするだろう。

が、冒頭に書いたように、
このような戦略のせいか否か分からないが、
歴史解釈は、トスカニーニ以降の時代を、
ニューヨーク・フィルの低迷期と位置付けた。

オーケストラの楽員の幸福感は、
もろ刃の剣でもある。
うまくすれば、それが音楽に現れて、
聴衆をも幸福にするだろうが、
うまく行かない時には、
単なるぬるま湯体質の温床となる。

「優しさ」などとなると、さらに危険である。
「厳しさ」の欠けた、甘い団体になってしまうと、
せっかくのトスカニーニの遺産を台無しにしてしまう。

もちろん、バルビローリの後、
トスカニーニ路線の再来のようなロジンスキや、
振り子が戻るように、音楽の殉教者、
ミトロプーロスの時代が、
ニューヨーク・フィルにはあった。

「1939年3月、シュナーベルを独奏者として、
オーケストラをボストンでの演奏会に率いて行った。
『ボストン・ポスト』は、この指揮者に率いられた、
フィルハーモニックを祝福した。
『安心感、安定、揺るぎなく、全般的に満足を、
今や、人々は彼の中に感じる』。
これは、ダウンズが、3月23日に、
エルガーの『第2交響曲』に対して、
『長くて壮大でブルジョワ風。
それは、ソファーカバーや、婦人帽の、
ポークパイ・ボンネットの時代の、
満足と退屈を反映したもので、
後期ロマン派の大げさなオーケストラ様式と、
センスの悪さに突き動かされたものだ』。
もし、バルビローリに、
ダウンズを嫌う理由がなかったとしても、
これだけで十分だっただろう。
ダウンズは、ニューヨーク万国博覧会の
音楽監督であって、ジョンはイブリンに、
喜んで報告している。
『4月30日、日曜日、
万博オープンをオーケストラで飾ったが、
(前日のコンサートで疲れていたが。)
これは嬉しかった。
ダウンズの野郎は、
ストコフスキーとフィラデルフィアで
やりたかったみたいだからね。』
ダウンズがバルビローリに宛てた手紙は、
一つだけ残っていて、
万博のためのプログラムのもので、
最後に、『あなたの完璧なバトンさばきに』
とお世辞で終わっている。
それ以上のことはなく、
彼は、おそらくそう感じたのだろう。」

この1939年の春の出来事に先立って、
バルビローリは、ビクターへの最後の録音を行っている。

1939年2月21日のレスピーギとシューベルトである。

「彼は、6月に英国に戻って、7月5日、
ホルボーン・レジスター・オフィスで結婚式を挙げた。
ジョンは39歳、イブリンは28歳だった。
花婿付添人はトミー・チェーザムで、
スコティッシュ・オーケストラの、
ランカスターの同僚だった。
セレモニーの後、
ゲストはパガーニのエドワード7世の部屋で昼食をとり、
ロッティンディーンで一夜を過ごした後、
ノルマンディーへの新婚旅行のため、
ニューヘブンからディエップに渡った。
5年後には、血なまぐさい戦闘が繰り広げられる街を、
彼らは訪れ、滞在したが、そこで、何よりも、
カルバドスというリンゴ酒の効用を発見した。」

このあたりは、あまり、音楽とは関係なく、
地名も列挙されてややこしいが、
1939年の7月を挟んで、
前のシーズンには、先のCDに収められた、
ビクターへの録音があり、
その年の秋、11月には、
チャイコフスキーの「第5」などの録音がある。

ここでトスカニーニとの関係を思い出せば、
トスカニーニは、チャイコフスキーは、
交響曲でいえば、
「悲愴」と「マンフレッド」しか、
興味を示さなかったと言われている。

「彼は、その頃、ヴェネチアの指揮者、
ジョルジオ・ポラッコと親交を結んでおり、
彼がコヴェントガーデンにいた時、彼らは初めて会い、
ポラッコは、国際シーズンのレギュラー客演であった。
バルビローリが『蝶々夫人』のリハーサルをしていると、
偶然、ポラッコが居合わせて、
この若手の仕事ぶりに感銘を受けて、
最後まで聞きとおしていた。
ジョンの方は、ドビュッシーのペレアスを指揮する
ポラッコに魅了され、それを理想とした。
今回、シカゴでの仕事を引退して、
ポラッコはニューヨークに来たので、
彼らは再び交友をはじめ、
コンサートの後はイブリンとジョンと3人で、
イタリアレストラン『ママ・ブロンゾズ』で、
演奏について論じるのであった。
ポラッコは、必要な時には、
決して無批判ではなかったが、
ジョンを勇気づけ、自信を取り戻させた。
他に、信奉者のような友人としては、
テオドール・スタインウェイとその妻など、
ピアノ会社を運営していたスタインウェイ家があった。」

このあたり、かなりのバルビローリ気違いでないと、
どうでも良い内容であるが、
傑出した先輩指揮者が、バルビローリの若い頃から、
一貫して、バックアップしてくれていた、
ということは、覚えておいても良いかもしれない。

ポラッコは1875年生まれというから、
バルビローリより24歳年長で、
1939年といえば、64歳。
トスカニーニより10歳若いが、
引退してもおかしくない年の大先輩にあたる。

「ジョンは、ニューヨーク在住の
チェコの作曲家、ワインベルガーが、
(バグパイプ吹きのシュワンダの作曲家)
献呈してくれた新作の研究にも没頭していた。
これは、『古い英国の歌による変奏曲』で、
ジョージ6世がボーイ・スカウトで、
『大きな栗の木の下で』という歌を、
ジェスチャーを交えて歌っていた
ニュース映画を見て、霊感を受けたものであった。
『10月8日、午後10時45分:
私は、ワインベルガーのフィナーレに、
チューバを加筆したところだ。
金曜日に会った時に、
彼にこのことを言うと、
どんな風に響くか知りたいと言った。
それから、ちょうど、
明日、オーケストラに言うべき言葉を思いつき、
それを書きつけたところだ。
私たちはいかなる国籍、信仰にあろうとも、
太陽の下に生きている。
音楽を奏でるという、
ただ一つの目的のために、
カーネギーホールにいる、
ということが分かって欲しい。
そこでは、いかなる政治的な議論も許さない。』
『変奏曲』は、10月12日、
第98回フィルハーモニック・シーズンの
オープニングに初演された。
ハワード・タウブマンによれば、
『新鮮に、否応なく乗せられる、
アクセントと輝かしさで演奏された。
聴衆は歓呼した。』」

このワインベルガーの曲は、私は聴いた事がない。

さて、1939年の秋冬の話となる。
下記のようにあるから、
バルビローリのニューヨークでの
正式契約は、1937年からのようだ。
1936年にトスカニーニが辞任し、
その秋からは、前に紹介した、
モーツァルトやベートーヴェンの
交響曲の録音が残っているが、
これは、正式契約前と言うことになる。

「バルビローリの当初の契約の、
第3シーズンは、多彩な魅惑的な、
今日では、垂涎ものの演奏会が並んだ。
アメリカ作品が再び前面に出て、
バーバーの『弦楽のためのアダージョ』の、
フィルハーモニックにおける最初の演奏、
バーナード・ハーマンの
カンタータ『白鯨』初演は、
作曲家と指揮者の長い友情の始まりとなり、
マクダウェルのピアノ協奏曲第2番、
フライハンの『協奏交響曲』、
サンダースの『小交響曲』、
ギルバートの『ニグロの主題によるコメディ序曲』、
その他があった。
他に珍しいもの、または知られざる作品では、
ウォルトンの『ポースマス・ポイント』、
カステルヌオーヴォ=テデスコのピアノ協奏曲、
ディーリアスの『ブリッグの定期市』、
ブリスのダブル協奏曲、
ヴォーン=ウィリアムズの『ロンドン交響曲』、
ショスタコーヴィチの『黄金時代』バレエ組曲、
ドホナーニの『女道化師のヴェール』バレエ、
交響的小品集作品36などがあり、
このシーズンの他のハイライトとしては、
『シューベルト・コンサート』、
ラヴェルの『ダフニスとクロエ』第1、第2組曲、
ヘレン・トローベルとの『ワーグナー・コンサート』、
これは、9月に亡くなった批評家、
ローレンス・ギルマンの思い出に捧げられた。
ドビュッシーの『サクソフォン・ラプソディ』、
イベールの『サクソフォン協奏曲』、
フランチェスカッティの弾くパガニーニの協奏曲、
クライスラーは論議を呼んだ版による、
チャイコフスキーの協奏曲、
フォイアマンで、ハイドンのニ長調協奏曲、
メニューインでベートーヴェンの協奏曲、
シベリウスの第2交響曲
(1940年1月14日、
バルビローリはこの時、
チェロを右、全ヴァイオリンを左にした)、
ブルックナーの第7交響曲、
(ほとんどニューヨークの全批評家が完全に誤解した)
ラフマニノフを独奏者にしての、
ベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番。
この曲はラフマニノフが演奏した、
唯一のベートーヴェンのピアノ協奏曲で、
彼は、ジョンにこう言ったとされる。
『他のはピアニストにとって退屈だね。』
ミシェル・ピアストロを独奏者にしての、
ブラームスのヴァイオリン協奏曲は、
イブリン・バルビローリの回想では、
素晴らしい演奏だった。
ブライロフスキーとのショパンの、
ホ短調ピアノ協奏曲、
ロザリン・テュレックとの第5協奏曲。
ホロヴィッツとのチャイコフスキーの変ロ短調協奏曲は、
ダウンズも完全に兜を脱ぎ、
ルドルフ・ゼルキンとは、ブラームスのニ短調協奏曲を演奏した。」

ということで、1939年のシーズンの、
一つの目玉のように書かれているのが、
「シューベルト・コンサート」である。

冒頭にも書いたように、
このコンサートの最初に演奏されたのが、
シューベルトの「5つのドイツ舞曲と7つのトリオ」D90
である。

バルビローリは、1939年にも
1月4日に、同様のコンサートをしていて、
この曲、「第4」、「第9(大ハ長調)」を演奏しているが、
何と、1月7日にも、この曲、
さらに「ペレアス」の組曲、
ブスタボ独奏で、シベリウスの協奏曲を連ねた演奏会があった模様。

1940年の1月21日が、この解説にあるコンサートだろうが、
ここでは、上記の演目のうち「第4」が、
シューベルトの「第2」に変えられたものが演奏されている。

バルビローリ指揮のシューベルト、
「第2交響曲」もあったのである。

さて、このCDのTrack12-16が、
「5つのドイツ舞曲」だが、
ドイッチュ番号が90とあるように、
シューベルトがまだ若い時期の作品。
トリオの数が多いのは、最初の舞曲などに、
2つのトリオが含まれているからである。

この曲、舞曲こそ、はつらつとしているが、
各曲に挟まれたトリオの気だるい情緒は、
典型的なウィーン風で、
これが、むせかえるような表現で、
むしろ、舞曲の部分は言い訳で、
トリオのねっとり、むらむらの情感が本質なのかもしれない。
いや、絶対、そうだ。
うっとりした男女の眼差しが見えるような音楽。
最後は、後ろ髪を引かれるような切なさで、
消えるように終わる。

こうした音楽は、シューベルトの若い頃の音楽として、
はやくから知られていたようで、
1831年のディアベリによる目録にも、
1814年の作品として整理されている。
1813年という説もあるが、
シューベルト17歳前後の作品で、
アインシュタインなどは、「考察外」と書いたが、
バルビローリはよく取り上げてくれた。

得られた事:「シューベルトが若い頃に書いたドイツ舞曲(D90)は、むしろ、トリオの悩ましい表情に青春の火照りが感じられる。」
「ニューヨーク時代、バルビローリの得意のプログラムにシューベルトの夕べがあった。」
「ニューヨーク・フィルとNBC交響楽団の関係は、ほとんど現代のビジネス書を読むようで、バルビローリは、トスカニーニ陣営の様々な攻勢に、不眠症になりながらも、仲間と一致団結し、音楽に集中した。」
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# by franz310 | 2013-11-23 21:15 | シューベルト