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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その442

b0083728_22165366.jpg個人的経験:
フランソワ1世の時代
(在位:1515年-1547年)
の時代に活躍した、
フランスの作曲家では、
日本では比較的有名な
クレマン・ジャヌカン
(1480年頃-1558年)
の他に、あまり知られていないが、
いろいろな本を眺めると、
クローダン・ド・セルミジ
(1490年頃―1562年)
という人が重要らしい。


私は、この人の名前を聴いた記憶がなかったが、
ジャヌカンがそれほど要職にはなかったのに、
フランソワ1世の宮廷礼拝堂の楽長であり、
同時代の作曲家よりは、
優雅で洗練され、ポリフォニーからの脱却が見られ、
イタリアの作曲家にも影響を与えた、
などと書かれると聞いてみたくもなるというものだ。

いろいろ探してみたが、
セルミジの作品が入ったCDは、
結局、ジャヌカン・アンサンブルが、
1981年と、四半世紀も昔に録音したものしか、
入手できなかった。

しかし、セルミジのものは、
以下のように10曲も入っている。

このCDにつけられた、
日本語解説によると、
「フランソワ1世の時代はシャンソンの黄金時代」
とか、
「セルミジは、王室礼拝堂の音楽家としては最高の地位」
にあったとか、
「詩人クレマン・マロの新しい詩の活動に刺激を受け」
とあって、このマロの詩による
新様式で書かれたものが、
4曲収められているとか、
かなりそそられる感じである。

新様式のものは、
最上声部に親しみやすい
ホモフォニックな音楽を付けているという。

岩波現代文庫の
「曲説フランス文学」(渡辺一夫著)
によると、フランソワ1世の周りには、
数多くの才女がいたようで、
「三人のマルグリット」というのが、
当時の文芸の記録を残していたりして有名らしい。

王の娘のマルグリット、
王の孫娘のマルグリットにも増して重要なのが、
ナヴァール公妃、姉のマルグリットらしく、
マロを庇護したなどと書かれている。
マロは中世伝来の詩形に、
新しい趣向をくわえた人としての紹介しかないが、
フランソワ1世の生きた環境を彷彿させる。

Track.2:
「あなたは私を悩ませる」
これは、マロの詩によるものらしいが、
とても、神妙な感じの歌で、
「あなたは手紙もくれないが、
気持ちを変えるくらいなら死んだ方がましだ」
という内容。
リュートが分散和音を補って、
しみじみした情感をかき立てる。
ここでは、つれない女性について嘆いているが、
ナヴァール公妃の肖像画を参考にしてもよかろう。

「エプタメロン」などを執筆した文人で、
「平和女王」とも呼ばれるこの人は、
コレージュ・ド・フランス(高等教育機関)の
設立の支援もしたようで、
さすが、理知的な美女に見える。

Track.3:
「私にはもう愛情はない」
これは、まるで斉唱されているかのような、
平明で静かな音楽だが、
詩は、愛だの恋だのに疲れたという
内容のようだ。

Track.4:
「私にはもう愛情はない」(ル・ロワ編)
上述の曲のリュート版である。

Track.5:
「ラ・ラ・ピエール先生」
これは、ジャヌカン風に活発な、
戯れ歌みたいな感じ。
詩を読むと、酔っ払いの歌である。

Track.7:
「助けて下さい,愛するいとしいひとよ」
これもマロの詩によるもの。
「あなたが来てくれないと死ぬ」、
という情けない詩で、
よわよわしい歌。
「これほどの辛さはあなたにはないでしょう」
と恨み節で、リュートの伴奏が、
うらぶれた感じを出している。
Track.2といい、マロの詩は、
冷たい女性が基本テーマなのだろうか。

Track.12:
「どうしてあなたは」
これもマロの詩による。
「もうあなたには恋人がいらないようですね」
とか、これまた、冷たい女性に対する、
情けないめそめその歌。
確かに、ホモフォニー的に、
しっとりとしたメロディが流れ、
あきらめきれない恋心を、
さらにかき立てるような趣向になっている。
こんな音楽をサロンで披露したら、
確かに寵児となるだろう。

Track.15:
「ああ、悲しいこと」(ミラノ編)
リュート独奏曲。
メロディを支えるポリフォニックな音の交錯が美しい。
セルミジはイタリアの作曲家にも影響を与えた、
とあったが、ミラノはイタリアの作曲家ではないか。

Track.17:
「私はあなたに楽しみをあげましょう」
これもマロの詩による。
これは、旅立ちの歌であろうか。
「私が死ぬときには、あなたの事を思い出します」、
という切々とした嘆き節に、
「あなた以外は愛しません」という、
心に迫る「応答歌」が後半に続く。

まるで、ダウランドの歌曲のような情感、
セルミジの歌では、私は、これが一番、感じ入った。

Track.18:
「きれいな森の金盞花の陰に」
再び、めそめそ調の歌で、
失恋の嘆きに恨み節があけすけである。
ただ、音楽は、高らかに声を上げて、
ほとんど斉唱のように訴えている。

Track.19:
「あなたはわたしがそれで死ぬっていったけど」
は、「嘘つきね」と続く女性の非難の歌で、
かなりジャヌカン風で、猥雑な感じがする。

以上、セルミジは、比較的上品ながら、
すこし弱弱しいジャヌカンという感じがした。

さて、ここに収められた残りの曲はジャヌカンのもの。
このCDには、セルミジだけが入っているわけではなく、
やはり、この団体の名前となり、
得意としたクレマン・ジャヌカンの作品が、
数多く収められているのである。

そもそも、日本で出た時に、
「16世紀パリのシャンソン集」などと、
タイトルを高尚な感じに改めているが、
原題は、最初に収められた曲から、
「パリの物売り声」というもので、
「ジャヌカンとセルミジのシャンソン」が副題なのだ。

このCD、94年にキングレコードが出した時に、
日本語解説を付けたもので、
歌詞が和訳されていてありがたいが、
私は、実は、ここで大きな困惑を味わう事となった。

その困惑は、まったくもって冗談ではなく、
完全にブログ更新が出来なくなるほどであった。

前回、ジャヌカンのシャンソンを、
このジャヌカン・アンサンブルは、
メンバーを変えて、80年代と90年代に、
2回録音しているような事を書いて、
2枚のCDを紹介したが、
どちらにも、ここではメインとなっている
「パリの物売り声」は入っていなかった。

とり急ぎ、まず、これは聴いてしまおう。

Track.1:
「パリの物売り声」
描写シャンソン、標題シャンソンとか、
解説で説明されているが、
基本的に「鳥の歌」などと同様の、
物売り版と言ってよい。

どんなものが食べられていたかがわかる、
とあるが、まさしく、その通りで、
ワイン、ミルクといった飲み物から、
ソラマメやホウレンソウのような野菜や、
桃やオレンジなど果物の他、
お菓子のたぐいも売られていて、
あまり、今の暮らしと変わらない感じがする。

フランソワ1世は、カール5世との戦争では、
よく、焦土作戦をとったが、
今と変わらぬこうした生活が、
そこにはあったのだなあ、などと考えさせられる。

Track.6:
「ある夫が新妻と」
Track.8:
「美しい乳房」
Track.9:
「さあ、ここにおいでよ」
は、我々が想像するジャヌカンに近い、
きわどい歌詞のものだが、
こうしたものが、セルミジに挟まれて歌われると、
いかにも、ジャヌカンがパワフルであるかがわかる。

が、Track.8は、マロの詩によるらしい。
理想は「小さな象牙の玉」だということだ。

Track.10:
「戦争」
が、問題で、これは、90年代に
ドミニク・ヴィス(カウンター・テナー)、
ブルーノ・ボテルフ(テノール)、
ジョゼップ・カブレ(バリトン)
アントワーヌ・シコ(バス)、
のメンバーで録音しているのに対し、
今回のCDには、80年代の、
ミッシェル・ラプレニー(テノール)、
フィリップ・カントール(バリトン)、
が入ったメンバーで歌われている。

つまり、80年代にジャヌカン・アンサンブルは、
日本でヒットした「鳥の歌」とほぼ同時に、
ジャヌカンのもう一つの有名曲、「戦争」も録音していた、
という、ただ、それだけのこと。

また、ジャヌカン・アンサンブルが取り上げていない、
と書いた、
ジャヌカン・アンサンブルが取り上げなかった、
「マルタンは豚を市場に」も、
こちらのCDには入っていた。
重大な見落としがある状態であった。

しかし、それだけの事、
とも言い切れない事態が発生した。
前回のCDでは、斉藤基史という人が解説していたが、
今回のCDは、音楽史家の今谷和徳氏が解説している。

「戦争」というシャンソンは、
若き王、フランソワ1世の率いる
フランス軍の戦いを描いたものだが、
前に聴いたCDの歌詞対訳には、
「かのブルゴーニュの輩を殺すのだ」という、
あまりにも物騒な訳が付いていたのに、
今回のものは、そんな言葉が入っておらず、
「敵は壊滅した」とかしか書かれていない。

そして、ひょっとして、
歌われる歌詞まで違うのかと、
いくら、耳を澄ませても、
どちらも同じ歌詞に聞こえ、
「ブルゴーニュ」という言葉は出てこないようなのだ。

斉藤基史という人は、ブルゴーニュ嫌いなのか、
いったい、いかなる根拠で、こんな歌詞が、
日本語対訳になっているのだろうか、
そもそも、ブルゴーニュだって、
フランスではないのか、
と頭を悩ませているうちに、
中世をにぎわした英仏百年戦争やら、
ブルゴーニュ問題やらの本を読み進めると、
わからないことが芋蔓式に出てきた、
という塩梅である。

そもそもブルゴーニュはフランスか、
という問題からして難しい。
佐藤賢一氏の言葉では、
「複雑怪奇な主従関係で結び合わされた
無数の領主の集合体」(「英仏百年戦争」(集英社新書))
なるものが、
中世のフランス王国だったということだ。

このフランソワ1世より400年も昔のこと、
12世紀、フランスの北西に勢力を持っていた
アンジュー伯は、イギリスに植民地を持つ、
ノルマンディー家のマチルドと結婚したことで、
英仏にまたがる領地を得た。

さらにその息子アンリは、
南西フランスに領地を持っていた、
アリエノールと結婚したことで、
巨大帝国を築き、イギリス王ヘンリー2世となった。

つまり、このフランス伝来の英国勢力、
プランタジネット家が、
大陸側への覇権を唱え続けたのが、
百年戦争と言えるようなのだが、
フランソワ1世が出るヴァロワ家とは、
ややこしい因縁の関係にあった。

つまり、ヘンリー2世から5代あとの、
エドワード2世は、ヴァロワ朝の前の、
カペー朝フランスの最後の皇帝の
姉を妻としたりしており、
その息子エドワード3世が宣戦布告、
この家系の分家である
ランカスター家が没落するまで、
何代にもわたって英国王は、
フランスとの戦争を繰り広げたのである。

カペー王朝の男系が途絶えたという事で、
フランスは、王朝が代わる時の転換期であり、
ヴァロワ朝の初代フィリップ6世から、
5代続いて、この挑戦を受けなければならなかった。
王朝の基礎を築くための試練でもあろうか。
緒戦はイギリス優勢であったが、
最終的には、ジャンヌ・ダルクのような例もあって、
フランスは大陸からイギリス勢力(といっても、元はフランス出)
を追い払ったのである。

これによって、フランソワ1世の代には、
南のイタリア方面に野心を燃やすことが出来るようになった。

英仏百年戦争に戻ると、
初めのころ、天下分け目の大戦のような感じで、
クレシーの戦い、ポワティエの戦いとあって、
これらはすべて、
フランス王軍側の徹底的な大敗で終わっている。

ポワティエの戦いでは、
全軍が総崩れする中、
ヴァロワ家二代目のジャン2世が孤軍、
末の息子のフィリップが励まし続けたので、
フィリップは褒美として、
母親が相続していたブルゴーニュ公領を、
彼に譲った。
この瞬間が歴史の転換点である。
(ちなみに、ブルゴーニュには、
侯領と公領があるようだが、
ややこしいので省略する。)

このフィリップ豪胆公は、
さらにフランドルの領主の娘と結婚した事で、
オランダ、ベルギー、ルクセンブルクと、
ブルターニュ地方といった、
ドイツとフランスの間に、
第三の王国を築く足がかりを得た。
このブルゴーニュ公国ともいえる勢力は、
四代目のシャルル突進公の代に、
フランスに対抗してその野心最大となった。

この頃、絵画、音楽にフランドル派が出た事から、
このブルターニュ公国に興味を持つ人は多く、
ホイジンガの「中世の秋」のような、
魅力的な読み物が、約100年前に出ている。

日本でも、これを訳した堀越孝一教授などが、
このあたりの歴史を幅広く紹介している。

b0083728_22163342.jpg特に講談社現代新書にある
「ブルゴーニュ家」は、
読みにくさから言って
ぴか一の書物で、
私は、何度も
投げ出そうと思ってやめ、
何とかラインマーカーで
線を引きまくって読み終えた。

この本だけでは、
いくら読んでも、
おそらく、
ブルゴーニュ侯家(公国)の
概略すらわからないだろう。



どうして、ここまで、わけのわからない書物が出来たのか、
と、「中世の秋」を読んでみると、
その理由がよく分かる。
堀越教授は根っからの中世おたくで、
中世人になりきっているものと思われる。
堀越訳で読むと、
「制限ということを知らず、統一を生み出すことがない」
のが中世的なのであった。

教授の書いた「ブルゴーニュ家」は、
4代のブルゴーニュ侯を、時系列に描くことはせず、
下記のように、いろいろな切り口で、
この国だか領国だかで起こった事を、
書き連ねているのである。

1.ガンの祭壇画(主に三代目の話)
2.三すくみのフランス(初代の話)
3.アラスで綱引き(主に三代目の話)
4.おひとよしはネーデルラントの君主(三代目の話)
5.王家と侯家の通貨戦争(主に三代目の話)
6.ブルゴーニュもの、フランスもの(二代~四代目の話)
7.もうひとつのブルゴーニュもの、フランスもの(同上)
8.金羊毛騎士団(主に三代目の話)
9.むこうみずの相続(主に四代目の話)
10.垂髪の女たちのブルゴーニュ侯家(主に四代目の話)
11.ねらいはロタールの王国か(四代目の話)
12.シャルルの帰ってきたとき払い(四代目の話)

ただ、年表や地図が充実しており、
これを見ているだけで楽しい。
(その方が混乱せずにすむ。)

例えば、第3章の最後に、
「ブルゴーニュ侯フィリップ二世は、
さて、いったいだれに対して、
またなにに対して『おひとよし』であったのか。」
と書かれているが、
その答えが、
続く、第4章に書かれているわけではなかったりする。

そもそも、「おひとよし」と、
「善良侯」を訳しているのは、
あなたでしょ、とも言いたくならないか。

また、文中、「アラス」という言葉が頻出して、
拾い読みしていると、何のことかわからずイライラするが、
これは、先の「おひとよし」の三代目が、
1435年に、アラスという街でフランス側と同意して、
イギリスを仲間はずれにしたという点で、
英仏百年戦争を長引かせた三角関係のこじれに、
一応、めどが付いた事を指す。

いずれにせよ、この本、どこの部分を読んでも、
なぜ、こんな事を読まされるのだろうか、
という疑念が付きまとう内容ばかりであるが、
当時の画家、ヤン・ファン・アイクが、
祭壇画に、どうしてこまかく、
いろんな対象物を書き込みすぎたか、
といった問題と同じ事と考えればよさそうだ。

この「ブルゴーニュ家」という本、
面白かったのは、「おわりに」の部分で、
シャルル突進公の最後を、
ドイツの作家、リルケが書いている事を引用する部分で、
私は、この闇雲に、
幻の欧州縦断国家を創設しようとした男の情熱、
そしてその夢の終わりに思いを馳せた。

シャルルは、ハプスブルク家に近づき、
神聖ローマ帝国の皇帝の座すら狙っていた、
などともいわれる。

シャルル公死後、一人娘のマリーもまた、
フランスから逃れるかのように、
神聖ローマ帝国皇帝の息、マクシミリアンと結婚する。
この夫婦の孫が、名君カール5世で、
カールの名は、曾祖父シャルルを受け継いだものらしい。
そして、この「むこうみず」の夢の通り、
カール5世は、日の沈むことなき帝国の主となるのである。

改めて思えば、ホイジンガの「中世の秋」も、
最初は、「ブルゴーニュの世紀」
という内容で書き始められながら、
最終的に中世末期の文化一般を論じる本になったという。
この本とて、百年戦争の概要を掴んでないと、
何だかわからない読み物の集合体
のように感じられるかもしれない。

さて、この中世の秋にも、
このCDで取り上げられた、
ジャヌカンが出て来るのである。
ジャヌカン(1485?-1558)は、
前述のように、フランソワ1世の時代の人なので、
ブルゴーニュの世紀(1356-1477)が、
終わった頃に現れる人なのだが。

ホイジンガの本では、
第14章「美の感覚」に、
このように紹介されている(堀越孝一訳)。
「十六世紀のはじめ、ジョスカン・デ・プレの弟子
ジャヌカンの『作品集』は、
さまざまな狩りの光景、
一五一五年、ミラノ近郊マリニャーノで、
スイス傭兵隊とフランス、
ヴェネチア連合軍とのあいだに戦われた
マリニャーノの戦いの喧騒、
パリのもの売りの声、
「女たちのおしゃべり」、
鳥のさえずりを、音楽に仕立て上げている。
かくのごとく、美概念の分析は、ふじゅうぶんであり、
感動の表現は、表面を流れてしまっている」。

ということで、100年前のホイジンガには、
ジャヌカンの音楽などは、
何か皮相なものとしか聞こえなかったようである。
それにしても、彼は、誰の演奏で聴いたのであろうか。

そもそも、ジョスカンとかジャヌカンとか、
日本では、ここ30年ほどの間に知られるようになった作曲家が、
ほいほい出て来るところに、
驚いてしまった。

これは、シャルル突進公が音楽愛好家であったからで、
やはり、歴史家たるもの、
その頃の音楽を研究せざるを得なかった、
ということであろう。

ここでも書かれているとおり、
「マリニャーノの戦い」で、
ブルゴーニュをやっつけろ、
と言う歌詞が出て来るのは、
どうも自然ではないが、
フランソワ1世の最大の敵が、
カール5世であり、彼が、もともと、
ブルゴーニュ侯国ゆかりの血筋、
ということであるのなら、
ありえない話ではないのかもしれない。

長々と書いたが、
同じキングレコードから出たCDで、
このように異なる対訳が付いていたおかげで、
私の中世への興味がいや増してしまった、
という事である。

なお、このCDの解説には、
セルミジは、「これまでのブルゴーニュ風のシャンソンに代わる
新しい様式のシャンソンを、宮廷の人々のために生み出した」
とあり、あくまで、フランスにあって、
ブルゴーニュは克服すべき何かであったことがわかる。

脱線したが、続きを聴いてしまおう。

Track.11:
「ヴェルノンの粉ひき娘は」
「ティルティルティルどんどんどん」という、
面白い掛け声の挟まれる戯れ歌。
楽しい。

Track.13:
「愛と死と人生は」
これは、セルミジ風に、抑制された歌だが、
「人生は死を望み、死は生きる事を望む」
という、歌詞が興味をそそる。

Track.14:
「マルタンは豚を市場へ連れていった」
この曲は、ジャヌカンの代表作と呼んでも良いくらい、
おもしろく、楽しい音楽だが、
ジャヌカン・アンサンブルは、
あえて羽目を外すような表現で、
素晴らしい活力を与えたが、
すこし、メロディがわかりにくくなった。

Track.16:
「すてきな押し込み遊び」
楽しくてたまらない、といった感じの、
いかにものジャヌカン。
早口言葉にリズムが弾け、
破裂音の感触もぞくぞくさせるものがある。

得られた事:「ホイジンガの『中世の秋』は、100年ほど前に書かれたが、ここでも、ジャヌカンは取り上げられていた。」
「フランソワ1世の周りには、理知的な才女が多くいて、こうした環境が、マロの詩やセルミジの抑制された恋を歌う音楽の土壌となった。」
「フランス宮廷は、ブルゴーニュ風のものからの脱却を狙った。ブルゴーニュは、少し前まで、フランスとドイツの間で、独特の文化を誇っていた。」
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by franz310 | 2017-01-08 22:20 | 古典