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クラシック音楽への愛と悲しみの日々
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その438

b0083728_17153256.jpg個人的経験:
「セルバンテス時代の音楽」
を前回は聴いてみたが、
サヴァールたちは、
ローペ・デ・ベーガ
(1562-1635)
に関するCDも作っている。
私は、岩波文庫で出ている、
このもう一人の
スペイン古典の大文芸家の、
「オルメードの騎士」
という悲恋物語を読んで、
感銘を受けた事がある。


これは、岩波文庫のもので、
「プラテーロとわたし」の翻訳で知られる
長南実氏の訳。
このスペイン文学者の最後の仕事だということだ。

400年も前に書かれた作品ながら、
生き生きとした言葉が弾み、
前半の粋な恋物語から、
どんどん終幕の悲劇に向かっていくのに、
様々な人間模様が絡んで生々しく、
ついつい、引き込まれずにはいられない。

このような作品を書いた、
ローペ・デ・ベーガに関わる音楽となれば、
セルバンテスの時と同じように、
様々な発見をもたらしてくれるはずである。

サヴァールが創設した、
ARIAVOXのCDで、
演奏はエスぺリオンXX、
表紙は、スペイン黄金時代の絵画の巨匠、
素晴らしい明暗の対比で知られる画家、
スルバラン(1598-1664)
の「Las Tentaciones de San Jeronimo」
(聖ジェロニモの誘惑)
の誘惑する音楽奏者の部分が使われている。

竪琴を弾く若い女性の、
目力が印象的で、絵画全体より、
ずっと心に残る意匠に仕上がっている。

ちなみに、このALIAVOXレーベルは、
この絵画が好きなようで、
別CDでも、この絵画の別の部分を使っている。

誘惑される聖人はアントニウスが有名だが、
聖ジェロニモは別の人のようだ。
修道僧の起源のようなアントニウスは、
悪魔や魑魅魍魎に誘惑されたが、
ジェロニモは、セレナーデで誘惑されている。
このCDではわからないが、スルバランは、
聖ジェロニモを痩せこけた老人として描いたので、
まるで、「若さ」の前に屈服する「老い」、
といった絵画にも見える。

そう思わせるほどに、このCD表紙部の乙女は、
りんごのような頬、サクランボのような唇で、
輝かしい自信に満ちている。

このCD、Track1から13までが「Ⅰ」、
Track14から23までが「Ⅱ」となっていて、
前者が1978年の録音、後者が1987年の録音で、
約10年が経過している。
前者には、平尾雅子の名前が見える。

いずれも声楽曲はモンセラート・フィゲーラスが歌っている。
二つの録音を合わせたせいか、
収録時間77分というお買い得盤である。

Track13.はゲレーロの器楽曲で、名残惜しく終わるが、
Track14.は、マテオ・ロメーロ(1575-1647)
の歌曲で、晴れやかなファンファーレで始まる。
が、それも最初だけで、妙に物悲しい音楽となる。

ロマンスで、「サンザシからブドウは」というもので、
「夏の終わりのこと、サンザシからブドウの蔓は滑り落ちた。
かつては、優雅に絡み合っていたものを」と歌いだされる。

Track1.は、このCDのタイトルにふさわしく、
ローペ・デ・ベーガ(1562~1635)
の詩によるロマンスがおかれているが、
作曲家は不明とのこと。

「どんな風に櫂は水を掻くの」とでも訳すのか。
「朝の新鮮なそよ風の中、
水の中をくぐる時、お母さん、
どんな風にオールは水しぶきを上げるの」
という感じ。

かなり、コケティッシュな音楽で、
後半は、聖アエギディウス や聖ヨハネの名が出されるが、
これも、戯れ歌の特徴かもしれない。

こうした音楽が、ローペの劇には、
必要不可欠、といった事が解説では読めるはずだ。

Track2.
バルデラバーノの「Soneto Ⅷ」というビウエラの曲。
サヴァールの初期を支えた名手、
ホプキンソン・スミスの歯切れのよい音色が、
さわやかな風を伝えるような優美な楽曲を奏でる。

Track3.ディエゴ・オルティスの
「Passamezzo modern Ⅲ」というヴィオール曲。
これも、非常に晴朗な楽想で、
ヴィオールというと、どうも悲しげなイメージがあるが、
ここでは、開放的で伸びやかな音楽が味わえる。

Track4.作者不詳のエンサラーダ、
軽妙な音楽で、曲名も「僕の鋭い剣で切る」という。
切るのは「そのおしゃべりな舌」だということで、
いかにも、劇の途中で、さらっと歌われる感じ。

どうやら、メイドが、困った噂話をまき散らした様子。

Track5.カベソンのティエント。
カベソンというと、オルガンの大家のように感じるが、
ここでは、ヴィオール合奏で演奏している。
しかし、細かな音型からして、
オルガン曲がオリジナルなのであろう。

Track6.バスケスのビリャンシーコ、
かつて、ピラール・ローレンガーも歌っていた、
「ポプラの林から」である。
フィゲーラスの声を、ヴィオールやフルートが彩り、
単なるギター伴奏より膨らみを持った音楽になっている。
母親に恋人と会って来た事を報告する歌である。
私には、なぜ、そんな事をいちいち報告するのかわからないが。
どのような劇の、どのような場面で歌われたのだろうか。

Track7.再びバルデラバーノのビウエラ曲。
「Soneto ⅩⅢ」で、いくぶん、内省的なもの。
ビウエラらしい音楽かもしれない。

Track8.モラータのマドリガル。
「彼が語ったその心のそこのところ」という、
ややこしい題名のもので、
物悲しい、悩ましい曲想からして、
失恋の歌であろうか。

「息を殺して私は聞いた。
怒りというか不安というか、
何度も何度も言った。
あなたが好きなの。」

ローペ・デ・ベーガの戯曲の、
生々しい情感には感動したが、
この曲なども、400年の時を超えて、
息苦しくさえ思えるリアリティである。

この曲に続いて、
カベソンのディフェレンシアスが演奏されるが、
前の曲の情感を受けて、神妙である。
この曲などは、解説にもあるので、
そちらを見て行こう。

解説は、RUI VIEIRA NERYという人のもの。
Evora大学の人であるそうだが、
エヴォラはスペイン国境に近い、
ポルトガルの学芸都市だということで、
天正の少年使節も立ち寄ったという
由緒正しい街の大学のようだ。

そのせいで、というわけでもないが、
解説は各言語5ページ、
英独仏伊にカタロニア語合わせると、
かなりの分量である。
CDのケースに入るようなものではなく、
別冊となっている。

「スペインのホワン・デル・エンシーナや
ポルトガルのジル・ヴィセンテのような
16世紀初期の劇に始まる
イベリア半島の豊かな演劇の伝統の
最も特徴的な性格は、
コンテクストに織り込まれた音楽によって
重要な役割が演じられていることである。
17世紀の幕開けまでに、
半島各地の主要都市では劇場での演奏が許されており、
周りに観客用の簡単な座席が設えられた
パティオ(中庭)で、もっぱら演じられた。
神聖劇も世俗のコメディも
通常、4声のtonoと、
Cuatro de empezarと呼ばれるコンティヌオで奏され、
時に、loa(鳴り物)に続いた。
宮殿風ファンファーレ、
軍楽のトランペットと太鼓連打、
雷鳴と豪雨などの、
音楽的な特殊効果は、
合唱、舞踏などとともに、
劇の中に挿入され、
最後には『祝祭の終わり』という、
音楽が演奏された。
さらに、劇の進行に合わせて、
Bailesとかentremesesと呼ばれる間奏曲が、
音楽的にも劇的にも発展した。
当時スペイン最大の劇作家と言われた、
他ならぬ
フェリックス・ローペ・デ・ベーガ(1562-1635)
の台本による『La selva sin amor』が、
マドリッドの王宮の劇場であった、
Coliseo del Buen Retiroで演奏され、
全編が音楽で彩られた劇、オペラは、1627年には、
イベリア半島にもたらされていた。
ローマのバルベリーニ家のサークルに、
ステーファノ・ランディが関わっていた時に、
ローマ教皇大使、ジューリオ・ロスピグリオーシが
オペラの台本を書いていたが、
その影響を受けて、
宮廷の進歩的で国際的な芸術性を
公的にアピールするために、
若い王、フェリペ4世が関わった、
芸術的なイベントであったと考えられる。
現在は失われたが、
その音楽とセットは、
二人のイタリア人、
作曲家のフィリッポ・ピッチニーニと、
ステージデザイナーの
コジモ・ロッティによるもので、
ローペ・デ・ベーガは、
その後の劇の出版の前書きで
この初のオペラの試みに対し、
上演を興奮して称えたが、
すぐには、それに直接つながるものはなく、
30年も待たねばならなかった。」

ということで、フェリペ4世は、
ちょっとお馬鹿な王様として知られるが、
文化、芸術に関しては前向きな人だったとわかる。

ベラスケスは、マルガリータ王女と共に、
この王様を描いたが、スルバランやムリーリョなども、
この時代の人らしい。

「スペイン宮廷は、
2つの新しいオペラの制作を、
(今度はペデロ・カルデロンのテキストによる
La purpora de la rosaとCelos aun del ayre matan)
1660年まで待たねばならなかった。
これらのうち後者の試みは決定的な成功をおさめ、
このときは、フィレンツェやローマの知的なサークルの
いささかエキゾチックで無関係に見える作り物ではなく、
特にイベリア半島の演劇の伝統に深く根ざした音楽で、
スペインでの新ジャンル確立を確かなものにした。
このように、
17世紀のはじめの三分の二を通じ、
スペイン、ポルトガルの演劇は、
イタリア風のオペラのモデル採用ではなく、
語り言葉と、
それに合わせて様々な変化を見せる音楽を融合した
それ自身にふさわしい
長く称賛される伝統を模索した。」

晩年のベラスケスが描いた
マルガリータ王女の肖像画は、
スペインの至宝とされるが、
ベラスケスの没年は、
1660年である。

この頃、スペインのオペラが
産声を上げたと考えれば良いのだろうか。
ローペ・デ・ベーガの生誕100年も近い頃である。

「これらの劇では、
テキストと音楽のコンビネーションは、
通常とは異なるように起こっており、
それぞれの特色ある作品において、
音楽家が受け持つ部分の数にしろ質にしろ、
いくつかの場合、
そこに登場する役者の音楽的才能によって
多かれ少なかれ広がりを持つ。
例えばローペ・デ・ベーガの
半数以上のコメディや演劇は、
特別な歌と関連を持っており、
あるテキストはローペ自身のものであり、
あるものは、彼の時代の流行歌集に拠っている。
また、多くの場合、これらの歌われたものは、
手稿であれ、印刷譜であれ、
当時のイベリア半島の、
特定の音楽に典拠が求められる。」

このように読み進むと、
ふと、あることが思い出される。
岩波文庫にあるローペ・デ・ベーガの
有名な戯曲「オルメードの騎士」もまた、
そういえば、俗謡の歌詞をもとに作られた、
と解説にもあった。

つまり、この時代の演劇と音楽は、
二つで一つというほどの融合芸術だったようだ。

CD解説に戻ると、以下のようにある。
「非常に柔軟性のある音楽構成要素によって、
実際の舞台は特徴づけられたと思われ、
印刷された、公式版の劇作品にある歌の選択、
特別なプロダクションに
どのような歌が採用されるかによって、
広がりのある結果となるため、
我々、近代の音楽的『原典版』の概念とは、
それは、かなり違ったものであった。
ローペの劇に流れ込む
17世紀の世俗歌曲の文献は、
一世紀以上前に起源をもつ、
『Cancionero de Palacio』にある
ポリフォニーの曲集と、
1536年以来の
ミラン、ナルバエス、その他の、
ビウエラ曲集から、
器楽の伴奏を伴う
独唱のビリャンシーコ、ロマンス
の2つの伝統を持つ。
リフレインが頻発するビリャンシーコと、
有節歌曲のロマンセは、古い分類で、
その間、違いが不明瞭となったが、
しかし、ロマンセという言葉は、
今では、リフレインがあってもなくても使われ、
最も変化に富む形式となって、
新しいコンテクストでは、
ほとんどメロディの同義語になっている。
こうしたジャンルの他の名称としては、
tonada、solo、tonillo、chanzoneta、
letra、baile、jacaraがあり、
これらはすべて一声から四声のための
世俗歌曲を呼ぶものにほかならず、
器楽伴奏を伴うものと伴わないものもある。」

以前にも、jacaraとは何だろうか、
と悩んだ事があったが、
ここでは、単に歌曲一般名称の一つみたいに書かれている。
(Track20.に「Jacaras」がある。)

とにかく、こうしたメロディが、
ポリフォニーと対比されて紹介されていることに、
注目しておきたい。
シューベルトの歌曲の源流に、
スペインの音楽があるなど、
ちょっと考えにくいのだが、
そうした流れを想定すべきか否か。
とにかく、解説に戻ると、
これらの歌曲集は、かなり流布した事がわかる。

「この世紀の前半を通じて、
これらのレパートリーは、
数冊の歌曲集としてまとめられ、
現在、さまざまな国で保存されている。
とりわけマドリッド国立図書館に2つ、
スペインのプライヴェート・コレクションに2つ、
リスボンのAjuda Palaceのライブラリーのもの、
トリノの国立図書館、ローマのCasanatense図書館、
ミュンヘンのバイエルン州立図書館のものなど。
後者は、スペイン王立礼拝堂の筆写者、
クラウディオ・デ・ラ・サブノナーラの編纂による。
これらの手稿に、さらに、印刷されたものが加わる。
スペインの教皇庁大使パストラーナ公の
お抱え音楽家、フアン・アラーネスによる、
1624年ローマ出版の
『Libro Segundo de tonos y villancicos』がある。
それでも、サブロナーラのコレクションこそ、
ローペ・デ・ベーガの劇に直接関係する、
最も多くの歌が収められたものなのである。」

王室対大使であれば、
王室の方が本格的になるのは当然かもしれない。

サブロナーラの名前は、
本人の素性はともかく、
「サブロナーラの歌曲集」などが、
検索でヒットする。

一方、大使お抱えの音楽家とされたアラーネスは、
「チャコーナ」の作曲家だと思っていたが、
ひょっとすると、単なる編纂者なのだろうか。

「このコレクションの中で、
特に重要な位置を占めるのが、
アラゴンの作曲家、
フアン・ブラス・デ・カストロ(1631年没)
のもので、
彼は、ローペの友人であり、
ローペは『二重に神がかりの音楽家』と彼を呼び、
彼ら二人はアルバ公の宮廷で、
ほぼ同時期に奉職していた。」

このカストロの名前は、
CD収録曲目録後半、
Track16.と22.に見える。

Track16.ロマンス「二つの緑のポプラを編んで」。
神がかりとあるせいか、
まるで、後光が差したかのような、
精妙な和声の中でフィゲーラスの声が冴える。

「頭上にアーチをかけ、
そこの鳥たちを起こさないように。
タホ川が静かに波を打つ。
愛の抱擁のように、
木と木はつながっていたが、
妬んだ川は、その枝と枝を引き離した。」

かなり、昔語り的な、状況も鮮やかな内容。
まさしく、その通りの曲想で驚く。
それにしても、スペインの歌曲には、
やたらとポプラが出てくるようだ。

Track22.ロマンス「魂の幽閉場所から」。
これは、このCDの最後から二番目の曲で、
かなり、名残惜しい情感のもの。
「千のたくらみの罠にかけられ、
聡明さは眠り、理性の声が上がる」

しかし、途中からコルネットや太鼓も登場して、
かなり迫力のある中間部の盛り上がりを見せる。
「目覚めよ、戦いの呼び出しに結集」

最後は、再び、ふにゃふにゃとなり、
Balardoの意志は潰えた様子。

ローペには、「狂えるベラルド」
という劇があるそうだが、
それと関係があるのだろうか。

「ローペ・デ・ベーガは同時に、
その礼拝用の詩集、Rimas Sacrasで、
宗教的な主題を幅広く手掛け、
印象的なSi tus penas no pruevo, Jesus mio
(神と語る愛の独白)などが含まれる。
重要なことは、この詩は、
16世紀の最後の三分の一世紀の、
ポリフォニーの宗教曲の作曲家で、
最も、劇的で熱烈な
フランシスコ・ゲレーロ(1599没)に取り上げられ、
ヴェネチアで1589年に出版された、
彼の曲集『Canciones y Villasescas espirituales』
における、最も感動的な曲の歌詞となっている。」

最も感動的とあるように、
このCDでは、最後に収められている。
9分近い大曲で、
Track23.「優しいイエスよ、あなたの裁きには無力です」。

私はゲレーロを、もっぱらポリフォニー合唱曲を書いた人、
と考えていたが、ここでは、切々と朗唱するような音楽が聴ける。
伴奏も、ぶーんとヴィオールがうなっているだけ。

とても、訴える力の強い音楽で、
「わが愛、あなたなしの人生など、無いようなもの。」
といった内容が訴えられる。
途中で、お祈りのように、語る部分もあって、
まさしく、神様の前では何でもあり、
という感じがしないでもない。

ゲレーロの作品は、ここではほかにも2曲あって、
Track13.「Glosas soble Hermosa Catalina」
(「麗しきカタリーナ」によるグロッサ)という器楽曲。
これは、すでに紹介したように、
名残惜しい感じの曲だが、
ここで、ふと思い出した。

何だか、マルガリータ王女が嫁いだ、
レオポルド1世なども書きそうな音楽である。

Track10.「En tanto que de rosa」
(薔薇と百合はまだ染めず)があるが、
これは、フィゲーラスの歌でガンバ四重奏伴奏。
平尾雅子の名前が見えるのがうれしい。
が、主役はあくまでフィゲーラス。
息遣いも、臨場感たっぷりである。

高揚した初々しい音楽で、
「薔薇と百合の花の色は君の顔を染めないけれど、
君の激しくまっすぐなまなざしは輝き、
もう、心をつかむ。」
極めて、ダイレクトに心の高ぶりを描く。

神妙な宗教曲の作曲家と思っていたゲレーロであるが、
こんな熱っぽい世俗曲を書いていたのかと、
妙に感動した。

さて、このように、いよいよ解説は、
収録曲の説明の部分に入っていく。

「今回の録音に含まれるほかの多くの声楽作品から、
明らかに異なるスタイルながら、
ローペの当時の音楽との関わりの幅広さを、
もっとも普遍的に表したものである。
もちろん、私たちは、
対位法の曲集に収められた
この磨き上げられたバージョンが、
ローペ・デ・ベーガの時代に、
実際に劇場で演奏されたと言えるわけではない。
最も考えられるのは、
メインのメロディは即興の器楽伴奏で、
俳優によって歌われたことで、
このアンサンブルは時として、
16世紀中葉からのイベリア半島の音楽理論として
語られ、例示された、Contrapunto concertado
の原理によって、
よく確立された様式で演奏された事である。
これは、時に、単に一本のギターや、
ハープシコードやハープなど、
その他の和声楽器のみで伴奏される。」

「contrapunto concertado」は、
対位法的な伴奏なのだろうか。

「対位法的に作曲されたものでも、
特別な解決策が求められ、
演奏における基本である装飾や変奏のみならず、
ディエゴ・オルティス(1553)、
ジュアン・ベルミュード(1555)、
トマス・デ・サンタ・マリア(1565)などの
理論家によって紹介された原則などを考慮して
器楽の利用法に関しては、
現在、様々な復元の可能性が残されている。
ローペの演劇の中で用いられた音楽の多くの出典は、
しかし、入手可能な楽譜などから特定可能なものではなく、
『ここで、皆はギターに合わせ歌う』や、
『ここで彼らは歌い踊る』、
単なる『ここで音楽が聞こえる』
といった一般的な指示しかない。
彼の舞台の音楽環境を再構成する際、
様々な選択肢があるということで、
それは特に器楽曲に言える。
声楽曲の曲集の器楽バージョンを除いても、
イベリア半島には、
様々な楽器用の独奏曲のレパートリーがある。
オルティスのヴィオール用の『リチェルカーダ』(1553)や、
1530年代半ばから始まった、
ビウエラや鍵盤楽器の出版楽譜の膨大な一群が、
この用途用に適したものとなっている。
今回のアルバムでは、
これらの器楽のレパートリーから、
様々な領域を代表する作品を集めた。
彼の革新的な『Trattado de glosas』
(『ヴィオラ・ダ・ガンバ演奏の装飾論ならびに変奏論 』)
の中で、
オルティスは、当時流行した
オスティナート・バスラインに従って、
様々な技巧的変奏をものした。
それらの中から、『Passamezzo moderno』、
『Romanesca』をここでは録音した。」

これらは、Track11とTrack3に、
かなり離れて配置されている。

オルティスのパッサメッツォとロマネスカは、
共に、わかりやすいメロディのヴィオール曲。
後者は、情熱的な歌の後、
ちょっとした息抜きのように置かれている。

「豊富なスペイン16世紀の
ビウエラのレパートリーからは、
器楽の対位法の洗練された伝統を代表して、
エンリケ・デ・ファルデラバーノの
1547年に印刷された曲集から、
2つのソネットを選んだ。
これはヨーロッパの撥弦楽器の
作品発展の先駆をなすもの。」

これは、Track2.とTrack7.で、
すでに聴いたものである。

途中、カベソンなどの解説があるが、
紙数が尽きたので、省略した。

解説は以下のように結ばれる。

「ローペ・デ・ベーガの傑作戯曲は、
純粋な文学作品、劇作品としてだけでは理解できず、
オリジナルでは、語られる独白と、
ステージで演じられる音楽との間で、
常時行われる相互作用を意識しなければならない。
しかし、ローペの劇場で演じられた
オリジナルのパフォーマンスでの即座の連携を超えて、
16世紀、17世紀のイベリア半島全体の、
統合できない文化的、精神世界のビジョンの
基本的要素を規定し、
当時、その場所の音楽の深い解釈についても、
同様の事が言える。
このレパートリーにおける称賛された
古典的な録音の編纂によって、
モンセラート・フィゲーラスと
ジョルジュ・サヴァールは、
魅惑的なスペインのSiglo de Oroの遺産によって、
劇場の音楽的側面と音楽の劇場的側面を同時に照らしだした。」

ローペ・デ・ベーガの作品には、
「日本諸王国における信仰の勝利」などという、
キリシタン受難関係のものもあるという。
もっと、日本で知られる必要がある。

得られた事:
「ローペ・デ・ベーガは、スペイン黄金時代の大戯曲作者であるが、ちょうど鎖国前の日本の知識もあり、無視できない存在である。」
「ポリフォニーと対比されるメロディは、リフレインが頻発するビリャンシーコや、有節歌曲のロマンセなど、この時代にやたら発展したが、それは、演劇の時に俳優によって歌われて普及した。」
「ゲレーロは、マリアの作曲家などとされ、宗教曲の作曲家かと思っていたが、とても初々しいソネットなどで、歌曲作曲家としても無視できない。」
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by franz310 | 2016-06-26 17:18 | 古典