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クラシック音楽への愛と悲しみの日々
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その435

b0083728_1954211.jpg個人的経験:
長らく異教の文化が
根付いていたせいか、
山脈に隔てられ、
乾いた山岳地帯からなる
地域的な特殊性ゆえか、
あるいは、植民地からの
異文化の流入もあってか、
スペインの音楽は、
いつの時代にも
個性的であったようだ。
何世紀にもわたる音楽が、
一つのレコードに刻まれても、
それほど違和感がないようだ。


昔、愛聴したLPには、
イエペスが録音した、
「スペインのギター音楽」の2枚があり、
そこにはルネサンスのムダーラから、
現代のピポーまで、
数百年にわたる音楽が収められていても、
なんら違和感を感じることはなかった。

テレサ・ベルガンサの録音した、
「ベルガンサ・スペインを歌う」も、
同様の趣向だった。

ひょっとすると、
古い時代のギターの一種、
ビウエラの鄙びた音色が、
この国の乾いた空気や、
光と影の交錯する風土に、
あまりにもマッチしていたからだろうか。

音楽が豪華になり、複雑なポリフォニーや、
通奏低音の時代を変遷しながらも、
この素朴な弦の弾む音の連なりに、
人々の心は、常に回帰していたのかもしれない。

そこに、さらに、そこに人の声が重なれば、
もう、十分にスペインの揺りかごが描かれる、
ということなのかもしれない。

人気のスペインの歌姫、
ヌリア・リアルが、
「The Spanish Album」という2枚組CDを
グロッサ・レーベルから出しているが、
これもまた、そうした特色に根差したもので、
ルネサンスからバロックを貫く特集となっている。

スペイン系ハプスブルク家の最後の花、
ともいうべき、
マルガリータ王女が、
嫁いでからも聴きたがった、
スペインの音楽とは、
いったい、どんな音楽だったのか。

今回のCDは、絵画ではないが、
マルガリータ王女同様に若々しい
女性の肖像の表紙。
これを聴けば、何かヒントがあるだろうか。

ホセ・ミゲル・モレーノが前半はギターで伴奏し、
CD1は、「ルネサンス時代の音楽」、
同じ人が指揮もしての、
「ルネサンス&初期バロックの音楽」が、
CD2の前半を占め、
さらに、エミリオ・モレーノが
ヴァイオリンと指揮をして、
「後期バロック時代の音楽」として、
コルセッリという人の作品のみを取り上げ、
CD後半を埋めている。

帯に、「ポートレート・シリーズ第1弾」
と書かれていたので、
しばらく前の事だが、購入する際にも、
何か寄せ集めのCDだとは思っていた。

しかし、表紙が素敵なので購入だけはしておいた。

そもそも1999年から2004年の間に録音され、
それから何年も経った2011年に出たものなので、
このことからも、
どう考えてもいかがわしいと思っていたのだが。

今回、こうした機会に、再び取り出して、
よくよく調べてみた。

以下、それで分かった事実と不満を並べる。
やはり、リアル無名時代に一度出したものを、
彼女の容姿を前面にして出し直したのののようだ。

中のブックレットを見ても、
どの部分が、いつどこで録音されたのかも分からず、
まったく、製作の意図が読み取れないのが不安だが、
この手の商売は、常にこうした措置が取られがち。

もっと言うと、歌詞は付いているが、
スペイン語だけなのが痺れる。
というか、曲目からしてよく解らない。
2枚にして、廉価にしたから、
省いても、何が悪いか、という乗りなのだろう。

「ポートレート・シリーズ第1弾」
などと、声高に宣伝するほどの内容なのか、
さっぱりわからない。

という感じで、やはり、
腰を据えた仕事でないような感じが気になるが、
気を取り直して、ここからも、
何か学ぶものを探してみたい。

あれこれやって見つけた、
グロッサのホームページは、
二番煎じであるにもかかわらず、
商品紹介がそこそこ凝っているので、
このあたりから解読してみよう。

「ここ十年ほどで、スペインから、
新世代の声楽家たちの存在が花開き、
その多くが古楽の分野を得意としています。
この一連の流れの先頭に立つのが、
ソプラノのヌリア・リアルで、
感情的な魅惑の中に、
甘さと親密さを併せ持ち、
純粋、かつ、説得力に恵まれています。
近年、リアルは、
ペルゴレージや、
多くのイタリアの1600年代の音楽に加え、
バッハ、ヘンデル、モーツァルト、
ハイドンなど、続く時代の音楽に挑んでいます。
この新しいグロッサのアルバムでは、
時間を遡り、
バーゼルの音楽アカデミーで研鑽した直後の、
このカタロニアのソプラノの
若々しい声を捉えた録音を集めました。」

リアルは1975年生まれであるから、
確かに、1999年は24歳の年、
全体として20代の声を集めたとなれば、
若くして亡くなった皇女であり、王妃である人を、
偲ぶには悪くないかもしれない。

スペインのマルガリータ王女は、
嫁ぎ先のヴィーンで、
わずか22歳で亡くなっているのだ。

また、その後、大レーベルに移って、
ヒットを飛ばす前の、
無垢の時代の歌手の肖像というのも興味深い。

解説は、以下のように続く。

「この録音の中で、ホセ・ミゲル・モレーノの、
アンサンブル・オルフェニカ・リラと共に、
リアルは、単に輝かしい声の美しさをアピールするだけでなく、
様々な撥弦楽器の巨匠、モレーノが与える
ルネサンス期からバロック期までの
スペイン音楽のニュアンスに深い理解を感じさせています。
ムダーラ(Mudarra)、ピザドール(Pisador)、
フェンリャーナ(Fuenllana)やダサ(Daça).
のような音楽が持つエモーショナルな情感を、
リアルは、直観的に捉え、
技能と喜びを持って、表しています。」

ムダーラといえば、
イエペスやベルガンサの録音でも
取り上げられている作曲家。
が、他の人々はぴんとこない。

「また、不当な評価を受けている、
ピアツェンツァ生まれの作曲家、
フランシスコ・コルセッリの
一連のスペイン語の音楽に、
リアルはもう一人のグロッサの強力な布陣、
エミリオ・モレーノと、
彼のエル・コンチェルト・エスパニョーレと共に、
心から共感しています。」

このコルセッリは、1705年生まれ。
イタリア人ながら、
マドリッドの宮廷礼拝堂の音楽監督を務めた人らしい。
スペインのハプスブルク家は滅びた後の話になる。

ちなみに、
このギターとヴァイオリンの両モレーノは兄弟で、
このレーベルの創設メンバーであり、
いささか自画自賛調なのが気になる。
録音や演奏は申す分ないので、
まあ、いいのだが。

「ヌリア・リアルの
官能的な解釈によって、
古い時代のスペイン音楽の豊穣さが、
強烈に想起させされ、
快く再現されています。」

以上が、広告の能書きだが、
いちおう、そそらせる内容である。

CDの中に入っているブックレットは、
Javier Palacioという人が書いた、
やはりヌリア・リアル賛みたいな感じ。

「『人類、有史以来、
自然に獲得された歌唱様式は、
一度も採用されなくなった事はなかった。
平地では農夫が、
森を抜け、山に羊の群れを御する羊飼いたちが、
その退屈を紛らわすために自然に歌を口ずさんだ。
その恐ろしい苦役を、胸の中から晴らすように。
男と女が創造され、我々の時代に至るまで、
人間はこのように歌いつづけて来たのである。
このような歌唱は、彼らが死に耐えるまで、
世界が終わるまで、なくなることはないだろう。』
修辞的、誇張された華美なものを取り去った
歌い方の要請に関するこれらの言葉は、
(『Dialogo della musica antica e della moderna』
という16世紀の専門書を書いた、
ヴィンツェンツォ・ガイレイによる)
今日にまで、その残響が届くように感じられる。
よく知られているように、
事実、ここ何年か、幸いなことに、
洗練され研究された音楽の世界は、
より自然なデクラメーション、
クリアで自発的なアクセントと共に、
ルネサンス期やバロック期からの
流行歌や詠唱の
古い時代の歌唱様式を再発見している。
それは新鮮で溢れるような活気に満ちている。」

ということで、
ベルガンサやローレンガーのような、
オペラ歌手で親しんできた、
これら古い時代のスペイン歌曲は、
今や、オリジナル楽器的なアプローチで、
聴き直す必要があるらしい。

「古典期、ロマン派時代の声楽の様式は、
その時代に作られた壮大な音楽用に相応しいように、
古い時代の音楽のためには限界があり、
それは、優美さ、単純さ、エレガンスに欠け、
投影図のようなものにすぎなくなっている。
演奏家、器楽奏者、歌い手は、
水晶のように澄んだソノリティー、
重々しさや、わざとらしさから
表現を解放することを追及し、
過ぎ去った世紀の演奏様式を
研究し、学び、再発見しようとしている。
しかし、ある種の演奏家にとっては、
こうしたプロセスは苦痛を要するものではなく、
最初から、恵まれた声と特別な直観で、
最も繊細な感情の鍵盤を奏でることが出来る。
ヌリア・リアルは、こんな歌手だ。
このカタロニアのソプラノの武器は、
素晴らしいパレットの音色の広がりを、
光沢を持って歌える声であり、
わざとらしさのないデクラメーションから、
さらに印象深い芸術的成果を生みだせ、
甘く、暖かく、それでいて親密である。」

なかなか、スペインの音楽の話にならないが、
おそらく、「ポートレート・シリーズ」なので、
この歌い手の特徴を描き尽すまで終わらないのであろう。

ここまで賞賛されると、
もっと耳を澄ませて聴かないといけない、
という気持ちになってくるのも事実。

同時に、シューベルトの歌曲などは、
どのように歌われるべきか、
などと考えさせられたりもしている。
フィッシャー=ディースカウのような歌手は、
その明晰なドイツ語によって、
歌に革命を起こしたというが、
そうした不自然な芸術性の追求の流れとは、
一線を画しているということだろうか、
などと考えながら読んでいる。

「伝統的なアプローチにとって代わる、
コンサート・プログラムの新しい形や
聴衆の嗜好の変化が進む現代の声楽界で、
聴くものの心に、優しいながら、
様々な刺激と印象を放つ声が、
リアルを、スペイン最強の世界的スターにした。」
とか言う話題は、そろそろ疲れて来たので、
ばっと読み飛ばすとして、
次には、彼女がマンレサで生まれ、
11歳でカタロニアで学び始め、
古楽の専門の学校ではなく、
様々な時代の音楽を学ぶ音楽アカデミーで研鑽を積み、
20歳で室内合唱団とのコラボを始めた、とある。
それから少しして、
ホセ・ミゲル・モレーノと、
フェンラーナ、ムダーラなどの歌曲で、
記念すべき最初の録音を行った、とある。

ここから後は、誰それと共演したとか、
私にはあまり興味のない記述が続く。

事実、CD屋に行くと、リアルの名前は、
ソニーから出ているCDなどで、
すでに十分おなじみになっていて、
こうした情報は、書かれなくても想像できる、
という感じであろうか。

「ヌリア・リアルは、コンサートのステージで、
聴衆と繋がっていることを非常に重視するので、
比較的、レコーディング・スタジオは苦手とする。
それにもかかわらず、
彼女のディスコグラフィに関連した、
重要なルートにそって、
継続的に結果を出して来た。
素晴らしい色彩の新鮮な声の質感や、
集中した活力を披露し、
劇的な対比の形式や様式に満ちた、
16世紀のスペインから、
18世紀に至るまでの旅であった。
これは、前古典派への入場門ともなる
バロック期とルネサンス期を
繋ぐものでもあった。」

1枚目は、かつて、
「スペインのギター音楽第3集『清く澄んだ川』」
として出ていたものらしい。
タイトルはムダーラの曲による。

このディスクについては、
以下のような解説が続く。

「『清く澄んだ川』に、
このソプラノは特別な愛情で接している。
当時の印象的なビウエラ音楽に仕えて、
リアルは、ホセ・ミゲル・モレーノの弦に
優美に伴奏されながら声を添えている。」

オリジナルの企画は、
「スペイン・ギター音楽」という
シリーズだったようなので、
声は、添え物的立場だったかもしれない。

ちなみにこれの第1集、第2集は、
1994年と6年に録音された、
ナルバエス、ミラン、ムダーラから、
ソル、メルツ、タレガ、リョベートに至る、
ギター音楽史なので、リアルは関与していない。

1枚目はかつて出ていたものを、
そのまま出しているので好感度は高い。

「ここでは様々な曲集から音楽を集め、
洗練されたものも、通俗的なものも一緒にした。
衝撃的なリズムのカデンツが、
穏やかで、より内省的なシーケンスに
コントラストを与え、
全てが素晴らしい音響の美しさの中にある。」
と書かれているのも、
オリジナル企画時の方針なのだろう。

1.作者不詳:私に何をお望みですか,
2.ダサ:ファン・パストール、なぜお前はそうした,
3.バスケス:バラのしげみの泉にて,
4.ダサ:異国の地に,
5.フレチャ:可愛い妹テレサよ
6.モラレス:ムーア人はアンテケラから馬に乗って去っていく,
7.ダサ: ブルネットの少女の叫び
8.作者不詳:クラロス伯によるディフェレンシアス
9.ムダーラ:恋人達の嫉妬,
10.ピサドール:夜の闇が訪れ,
11.ムダーラ:イサベルはベルトを無くした,
12.モラレス:ベネディクトゥス
13.ピサドール:エンデチャス,
14.フェンリャーナ:エンデチャス,
15.バルデラーバノ:愛する人よ、どこから来たの
16.ムダーラ:ロマネスカ,
17.ムダーラ:彼らが私を呼べば,
18.ムダーラ:澄みきった清らかな川,
19.ムダーラ:幸せな男
20.バケラス:私のために嘆いてください
21.ピサドール:バプテスマのヨハネの祭日の朝に,
22.フェンリャーナ:ファンタジア,
23.フェンリャーナ:ムーア人の王は散策していた
24.ピサドール:騎士に告げよ

「リアルは、これらのビリャンシーコで、
変奏形式、インタヴォラトゥーラ
(ビウエラにて演奏可能とした初期作品の編曲)に、
各曲の音楽的特徴、情緒的な性格を、また、
コレクションのタイトルにある、
『みずみずしさと明晰さ』の質感を見失う事なく、
親密にしっとりと、また、ある時は、
より敏捷にリズミカルに、
自然に移行する才能を発揮している。」

ここまで書かれると、これに付け加える事はない。
というか、こうやって聴くのか、
という感じさえする。

器楽と声の絡み合いというのは、
タイミングや強弱だけが重要なのではなく、
そこでの躊躇いや気負いなどを
感じさせては駄目なのだなあ、
と考えさせられた。

本当に、「澄み切った清らかな川」のように、
各曲は、香しい大気の中の水音のように流れて行く。
だから、すべてが自然すぎて、
いかに各曲にコントラストがあろうと、
聖歌に浸っているかのような時間経過だ。

24曲をすべて、これはどう、あれはどう、
という感じではなく、
すべてが一続きの小川の水音のようである。

ビウエラの鄙びた乾いた音がまた、
この無垢な印象を際立たせている。
非常に美しいアルバムであるが、
すべて同じ曲に聞こえるような感じもあるので、
タイトルになったTrack.18のみを、
よく聞いてみよう。

寂しげな歌である。
幸い、ベルガンサが歌っている日本盤に、
この曲も入っているので内容は分かる。
が、歌詞が古すぎて、
すべて了解というものではない。

山の中での孤独を歌ったもので、
詩人は、川や鳥や樹木に向かって、
自分の声を聴いてくれと頼む。
と言う内容だが、
それだけ、誰もいない状況なのだ。

ムダーラは、ネット検索すると、
1510年頃生まれ、1580年に亡くなった、
ギター曲を最初に出版した人として知られるという。

残念ながら、
ベルガンサは第1節しか歌っていなかった。

細かいヴィヴラートがかかり、
明らかにリアルとは異なる。
イエペスの伴奏はギターによるもので、
モレーノのビウエラの不思議な音より、
現実味がある音色となっている。

ベルガンサ、イエペスの仕事は1974年のもの。
今、聴き直しても、
録音も、素晴らしく空気感が良い。

改めてよく見ると、
アルフォンソ10世から、
フェンリャーナ、ルイス・ミランなどを組み合わせ、
ほとんど、リアル、モレーノのCDの
コンセプトと同じではないか。

リアルの第3曲、バスケスも、
「バラの木の泉に」というタイトルで、
最後から2番目にベルガンサも楽しげに歌っている。

「泉で乙女と若者が洗っている」という、
微笑ましく、眩しい光景に相応しい。
24歳のリアルの当事者的な
ひたむきな歌唱に対し、
39歳のベルガンサは、余裕の解釈である。

ベルガンサ盤は、濱田滋郎氏のきめ細かい解説で、
ビウエラの音楽家が残した楽曲集を、
ポリフォニー歌曲と並んで、
「ルネサンスのスペイン歌曲が花咲く第二の花園」
だとしている。

氏はビウエラを、「はえぬきの宮廷楽器」、
オルガンと並ぶ「スペイン器楽の粋」と呼んで、
ビウエラ曲集には、独奏曲に交じって、
歌曲が入っていることを教えてくれている。

いずれにせよ、このビウエラ伴奏の歌曲、
という時点で、スペインの音楽には特殊性が十分。
素朴で開放的。
マルガリータ王女が、
音楽はスペインでなくては嫌じゃ、
と言ったとしてもおかしくない、
のかもしれない。

さて、このリアルのCDの2枚目は、
計3枚のアルバムの抜粋である。

その一枚目は、1500年頃に生まれ、
1579年に亡くなった、
フェリペ2世の宮廷の盲目の音楽家、
ミゲル・デ・フェンリャーナの曲集
『オルフェニカ・リラ』(1554)を
特集したCD。
これは、楽団の名称にもなった。

フェンリャーナが編曲した、
様々な作曲家の作品が入っている。
1999年の録音で、18曲入っていたのから、
以下の7曲が選ばれている。

イエペスとベルガンサの名盤でも、
フェンリャーナは取り上げられているが、
重複はなく、比較できず残念である。

このフェンリャーナの曲集は、
濱田氏が書いたビウエラの7つの曲集の一つ、
ということになるのだが、
このリアル盤では、笛や太鼓までが現れる。

解説には、
「16世紀のビウエラ音楽の
異なるコンセプトを提示したかったとある。
基本的にデリケートな精神を、
より幅広く、リッチな編成で演奏しても、
それを打ち消したりすることなく、
むしろ、もっと深く感覚に訴え、
それを増幅する」とある。

1.「La Bonba」は、
メキシコの「ラ・バンバ」と同じなのだろうか。
いかにもの大騒ぎの舞曲。
したがって、
デリケートな精神を、
などと言われてもぴんと来ない。

2.ただ、CD1にも入っていた、
「モーロ人の王は散策していた」で、
ガンバの深々とした音色が添えられて、
非常に深い情感を醸し出している。

これは、モーロ人の王が戦に負けて、
街を出て行く時の悲しい情感を
歌ったものということで、
まさしくスペインならではの情景と情緒である。

3.器楽曲で、オルティスの「おお、幸せな私の目」と、
4.バスケスの歌曲「それは、私を動かしません」は、
簡素な編成で奏され、いにしえに思いを馳せることが出来る。

5.フレッチャの「 La Girigonça」は、二重唱で、
お祭りのどんちゃん騒ぎを思わせる。

6、7.ともに原曲はバスケスで、
共に、控えめな編曲、
「何を使って洗いましょう」は、
貧しい娘の歌で悲しく、
「ポプラの森まで行って来ました、お母さん」
は、あいびきの報告。ロマンティックで優しい。

これらは、ローレンガーにも、
嫋々、朗々と歌った録音がある。
前者を歌ったベルガンサは折り目正しい。

リアル盤は、前奏から雰囲気たっぷりで長く、
リアルも、ぎりぎりまで声を伸ばして、
「この顔をどうやって洗おうか」という、
若い女性の歎きの深さを描き出している。

CD2は、3枚のCDからの寄せ集めと書いたが、
その2枚目は、2005年に出た、
『《ドン・キホーテ》のための音楽
~ロマンス、歌曲、器楽による小品集』
という26曲のアルバムから4曲。

8.ルイス・ミラン: パヴァーヌ VI、
1500年頃に生まれた人なので、
これはバロックではない。

9.作者不詳:Jacaras、
カスタネットと合唱で、
エキゾチックでこれは大変、面白い。

10.作者不詳: 「何とかわいい坊や」は子守唄か。
愛情たっぷりの歌いくち。

11.フアン・アラネス( ~1649)の
チャコーナ「素敵な人生」
1624年頃の作曲とされ、ぎりぎり、
マルガリータ王女の時代に近い、
バロック期のものと言える。

この曲は、ネット検索すると、
古井由紀子(リコーダー、コルネット)
中川洋子(歌、リコーダー)
といった方々によるグループ『葦』
という団体の演奏した
演奏会のチラシがヒットし、
こんな歌詞が分かった。
以下はその引用。

「チャコーナの夜 薔薇の咲く季節
たくさんの秘め事 そして噂はまわる
素敵な人生
チャコーナを踊りに行こう
アルマダンが結婚するんだ
すばらしい月になる
アナオの娘たちが踊ってる」
という部分までは、
夏の夜の陽気な時候が偲ばれる。

が、
「ミランの孫たちと
ドン・ベルトランの舅と オルフェオの義姉さんは
めくばせをかわし
それでアマゾネスのお話はおしまいとなった」
とは、何のことだか分からない。

おそらく、こんな夜なら、
何だっていいのだろう。
以下のような歌詞が、すべてを帳消しにする。
「そして噂はまわる
素敵な人生
チャコーナを踊りに行こう。」

いかにも、小粋な小唄という感じだが、
この曲は、いかにも、
スペインにしかなさそうな雰囲気で楽しい。

Track9.の「Jacaras」と共に、
マルガリータ王女万歳、
という気持ちにもなって来る。

CD2の中の最後の三分の一は、
『コルセッリ: スペイン宮廷の音楽』
と題された2002年のアルバムより、
コルセッリという、18世紀の作曲家の作品集。
このアルバムの大半が収められている。

12.歌劇《スキュロス島のアキレス》より 行進曲
13、14.《美しい声でさえずる姿の見えないうぐいす》より
レチタティーボとアリア
15、16.《アスタ・アクイ、ディオス・アマンテ》より
レチタティーボとアリア
17.歌劇《スキュロス島のアキレス(シロのアキレス)》より 序曲

マルガリータ王女が生きた時代とは、
一世紀が経過している。
コルセッリはイタリア人であるようで、
そのせいか、特段、スペイン風でもなく、
ヴィヴァルディの次の世代、という感じ。
以上の劇音楽も感情表現も明快で、
リアルの声も朗らかで楽しめる。

ただし、
18.聖土曜日の第2朗読
「なにゆえ、黄金は光を失い
純金はさげすまれているのか」
と歌われるエレミアの哀歌や、
19.聖木曜日の哀歌
「幼子は母に言う
パンはどこ、ぶどう酒はどこ、と。
傷つき、衰えて、都の広場で 」
という悲痛な哀歌では、
この作曲家のシリアスな側面が見える。

得られた事:「カタロニアのソプラノ、ヌリア・リアルの20代前半からの録音を集めたCDであるが、自然なデクラメーションで、甘く、親密な歌唱で古謡が楽しめる。」
「『どうやって洗いましょう』などは、豊かな伴奏も一体となって、人生の一コマの情景をたっぷりと描き出している。」
「『Jacaras』や、チャコーナ、『素敵な人生』のリズミカルな人生の謳歌などは、若いスペインの姫君が、故国を懐かむイメージと重なる。」
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by franz310 | 2016-03-20 19:55 | 歌曲

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その434

b0083728_19513229.jpg個人的経験:
ベラスケスが連作で、
その成長ぶりを描いた事、
傑作「女官たち」の中央に、
彼女の姿を描いた事から、
スペインのマルガリータ王女は、
絵画史の中では、
非常に有名な愛らしい存在だが、
音楽史など歴史の上では、
作曲もしたハプスブルクの皇帝、
レオポルド1世と結婚し、
豪華な婚礼をあげた王妃であり、
また、すぐ死んでしまったという
悲劇の王妃でもある。


ベラスケスが、
このスペインの王女を描いたのは、
そもそも、遠く離れてヴィーンにいる
このレオポルド1世に、
王女の成長ぶりを見せるためだった、
ということらしい。

だから、ヴィーンに、
子供時代の「薔薇色のドレスの王女」、
「白いドレスの王女」、「青いドレスの王女」
というあどけない表情が
残されているというのだが、
本当にこんなに小さい頃から、
この国との結婚話が決まっていたのだろうか。

ベラスケスは、8歳の王女を描いて亡くなったので、
成長してからのマルガリータ王女の肖像を、
この巨匠が残していないのが残念でならない。

レオポルド1世との関係は悪くなかったようで、
マルガリータが、生国スペインの音楽を聴きたいというので、
王様は、楽譜を取り寄せようと努力したという。

いったい、マルガリータ王女は、
どんな音楽が聴きたかったのか。

彼女は、1651年7月12日生まれで、
1673年3月12日に、
わずか21歳で亡くなっている。
しかし、この時代に、
スペインにどんな作曲家がいたかというと、
カベソン、ゲレーロ、ビクトリアなどは、
前の世紀の人々だし、スカルラッティやソレールは、
次の世紀の人である。

かろうじて、
ガスパール・サンス(1640-1710)の名が、
「ある貴紳のための幻想曲」でロドリーゴが、
オマージュを捧げた作曲家として知られているくらいか。

サンス自身の作曲も、ギター曲の印象が強く、
王侯貴族が、ゴージャスに聴いた音楽という感じではない。
純粋な器楽曲に耳を澄ます若い姫君というのも、
ちょっと、違う感じがする。

もしも、レオポルド1世が、
あんなに音楽気違いでなければ、
「いいかげんにせい、
わがヴィーンにはイタリアから、
ボヘミアまで作曲家を取りそろえ、
音楽なら何でもあるではないか」
とプライドを傷つけられ、
「スペインに何があるんじゃ」、
と怒りそうな気さえする。

さしずめ、マルガリータ王女は、
スペイン音楽愛好家にとっては、
スペイン音楽後援会名誉総裁などとして。
位置づけても良いのかもしれない。

そのせいか、というのも強引かもしれないが、
フランスの古楽のレーベルで、
好録音でも有名なASTREE(アストレ)が、
「ESPANA」(スペイン音楽のアンソロジー)
というサンプルCDを出した時にも、
この王女の肖像が表紙を飾った。

このレーベルは、フランスの名プロデューサーで、
2006年に亡くなった、
ミシェル・ベルンシュタインの創設したレーベルらしい。
スペインの古楽の星、ジョルジュ・サヴァールを
EMIから引き抜いての事業であった。

M.ベルンシュタインは、
VALOIS(ヴァロワ)という、
古楽以外のレーベルも設立していて、
スペイン音楽のアンソロジーを作るには、
こちらの音源も必要だったので、
このCDの表紙には、二つのレーベル名が並んでいる。

なお、これらは、AUVIDISという会社に
買収されており、このCDには、
この社名も入っている。
恐ろしく複雑な経緯のものであることが、
表紙の左下に並ぶロゴによっても読み取れる。

なお、AUVIDISもまた、
1998年に、
naiveに買収されてしまったので、
これらのレーベルで録音された音源は、
naiveからも出ているのがややこしい。
なお、この際、サヴァールも離脱している。

このCDは、前述したように、
サンプルCDなので、
ブックレットを見ても、解説はなく、
寄せ集めした際の各曲の、
元のCDのカタログになっているだけであるが、
20枚以上のCD表紙のカラー画像が出ているので、
めくっているだけで幸せな気分になれる。
各CDがそれぞれ、絵画を中心にした、
素敵な装丁が施されているからだ。

大部分がアストレのもので、
ヴァロアのものは、
アルベニス、ファリャ、ジェラール作曲のもののみ。

また、このCDは、録音が素晴らしい。
雰囲気たっぷりの中、
様々な楽器特有の音色が冴えている。
スペインというタイトルのもと、
適当に持ってきたはずの内容だが、
どの曲も美しく響くので、
全体の統一感など気にならず聴き進んでしまう。

楽器編成も様々で、
チェンバロ、オルガン、ビウエラ独奏、
合奏、オーケストラ、独唱、合唱と、
まったくてんでんばらばらで、
本来であれば、
それぞれのオリジナルCDを聴くべきであろう。

しかし、上述のように、
めちゃくちゃな変遷を経たレーベルなので、
これら全部を集めるのは大変なのではなかろうか。
それを別にしても、どんどん聴けてしまう。

Track1.は、「シビラ(巫女)の歌」からで、
10世紀から11世紀のものとされる、
「ラテンのシビラ」の抜粋が6分聴ける。

サヴァール夫人、故モンセラット・フィゲラスの
十八番だったらしく、
ここでも、聖堂内の豊かな残響の中、
らっぱであろうか、エキゾチックな角笛のような独奏のあと、
たっぷりとした合唱の中から、
サヴァールのヴィオールと、
彼女の澄んだ声が浮かび上がる様は、
完全に異空間に我々を連れ去る。

このあたりは、かなり異教的なものを感じるが、
スペイン独特の要素があるのかないのか、
不勉強にして分からない。
オリジナルCD表紙は天使のタイル画のように見える。
少々、イスラム風かもしれない。

フィゲラスは42年生まれなので、
45歳くらいの時の声である。

Track2.
スペインの16世紀の作曲家、
バルトロミュー・セルセレス
(Bartomeu Càrceres)の
「ビリャンシーコとエンサラーダ」で、
打ち鳴らされる太鼓を背景に、
管楽器のアンサンブルが、晴朗な合奏を繰り広げている。
これもサヴァール指揮。

オリジナルのCD表紙は、古雅な聖母像である。

Track3.
流麗なハープの弾奏が美しいので、
これは、と思うと、ラマンディエのものであった。
歌が入って来て、いっそうぞくぞくする。

有名なアルフォンソ賢王
(アルフォンソ10世)の「マリアの頌歌」である。
13世紀の名君とされるが、
音楽ファンにとっては、
400曲以上の聖母頌歌を編纂したことで重要。
ここでも384番のカンティーガ(頌歌)が歌われている。

オリジナルCDの表紙は、
アルフォンソ10世のもとに
馳せ参じる人々が描かれた絵である。

このような曲になると、
ケルト文化的というか、
ヨーロッパの源流のようなものを感じてしまい、
スペイン的かどうかわからない。
ラマンディエが早口言葉的に歌うのが、
独特のリズム感を感じさせる。

アルフォンソ10世編纂のカンティガは、
かなり多くの演奏が録音されているから、
別の機会にでも、改めて紐解いてみたいものだ。

Track4.
作者不詳「Propinan de Melyor」
勇壮な太鼓に金属的な鳴り物が入り、
らっぱが吹き鳴らされ、
いかにも異教的な音楽である。

コロンブスの時代のもので、
オリジナルCDの表紙は、
船が新大陸に到着したところを描いたものであろうか。

Track5.
いきなり撥弦楽器のリズミカルな弾奏に、
サヴァールのヴィオールが、
情緒的にからんでくる。

太鼓がどんどんと響き、
エキゾチックな雰囲気が満ちて来て、
男声合唱が、単調ながら陶酔的な歌を聴かせる。

「el cancionero de palacio(宮廷の歌本)」
(サヴァール指揮、エスペリオンXX)
というアルバムから、
「3人のムーア人の娘」という、
15世紀の古謡らしい。

これは、スペインの名歌手
ピラール・ローレンガーが、
ドイツのギターの巨匠、
ジークフリート・ベーレントの伴奏で
歌った名盤がグラモフォンにある。

このアストレのCDのリッチな伴奏と、
男声の合唱の迫力とは大違いだが、
確かにメロディは同じである。

ローレンガー盤の濱田滋郎氏の解説によると、
「王宮の歌曲集」に収められているもので、
「アラブ風のビリャンシーコ」だという。

ムーア娘に誘惑された男の歌であるが、
「私のこころを虜にする」という部分以外は、
彼女らがオリーブを摘みに出かけた、
という意味不明というか、意味深というか、
へんてこな展開を見せるもので、
未練というか虚しさというか、悩ましいもの。

オリジナルCDの表紙は、
細密画であろうか、
男女が王冠を戴いているので、
カトリック両王、
フェルナンド2世とイサベル1世
に違いあるまい。

この時代の歌曲集ということだが、
15世紀も大詰めで、レコンキスタが成り、
ムーア人にとっては受難の時代であろう。

Track6.
ここで、
ビウエラ独奏(ホプキンソン・スミス)が来て、
編成がいきなりすっきりするが、
スペイン風という貫禄か、
極めて反響が独特な音色の魅力かで、
それほど違和感はない。
1536年の「マエストロ」と題された曲集より、
典雅な微笑みを感じるパヴァーヌ4番。

スミスはアメリカ人ながらサヴァールの盟友で、
この後の曲にもしばしば登場する。

オリジナルのCD表紙は、
天使がリュートを弾いている絵画。

Track7.
太鼓が打ち鳴らされ、
ビウエラもやかましく、
らっぱも鳴る中、
合唱とフィゲラスが歌いかわす。

こういった感じの曲は前にも出て来たので、
スペイン風に聞こえるが、
サヴァール風とも言えないのだろうか。

15世紀から16世紀スペインの
詩人であり劇作家であり作曲家であった、
ファン・デル・エンシーナ作曲の
ロマンスとビリャンシーコより、
「¿Si Habrá En Este Baldrés?」。

これは、かなり猥雑な歌のようで、
「皮袋の中を開けたなら」とか題され、
「街の3人娘、上流気取り女から、むしり取り
3人分の上着のために足りない帯を探しに行った」
という内容だという。

この曲も有名な曲らしく、
ネット上に演奏風景の動画もたくさん出ている。
どの画像でも合唱になりもの多数で、
当時のエネルギッシュな民衆パワーみたいなのを感じる。

こうした音楽は、
どんなCDに収録されているか、
探すのが難しいから、
このようなダイジェスト版で聴けるのは、
ラッキーと考えて良いかもしれない。

しかし、歌詞等がブックレットにないのは、
ものすごく困るのでやめて欲しい。

この作曲家は、恐怖のアルバ公の付人だったらしい。
田園劇を創作し、当然、自ら作詞作曲した。
イタリアの音楽(マドリガル)を
スペインにもたらした人とも言われる。

オリジナルのCDの表紙は、
ヒエロニムス・ボスの「干し草車」。
何故に、フランドルの画家か?
と思うが、何と、フェリペ2世が持っていたらしい。
アルバ公は、フェリペ2世の代官であるから、
かなり繋がっている。
干し草の上には、ビウエラを弾いている人が描かれている。
干し草は、この世の富の象徴らしい。

「太陽の沈まぬ帝国」を作り上げた人の時代、
確かに、富の奪い合いの光景は、
日常茶飯事だったのだろう、
などと納得してしまった。

Track8.
サヴァール節全開のヴィオールの闊達な演奏。
16世紀のナポリの楽長、
ディエゴ・オルティスのリチェルカーダ。
1分17秒で疾走する。

イギリスのヴィオール・コンソートは、
よく話題になるが、
スペインにおいても、
ヴィオール重視の時代はあったということか。

オリジナルCDの表紙は、
デューラーの弟子、
1484年生まれの画家、
ハンス・バルドゥングの肖像画だという。

Track9.
ふたたびルイス・ミランの曲だが、
今回は歌曲。
ホプキンソン・スミスのビウエラ伴奏で、
フィゲラスが清楚な声を聴かせる。

ネット検索すると、
平井満美子という歌手の
コンサートのHPが見つかった。

「愛は誰が持っている?
最後にはあなた達のもの
それは彼女のものではない。
愛は誰が持っている? 
はるかカスティーリャの人は愛を娘に捧げる。」
と、そこでは訳詩されている。

オリジナルCD表紙は、
悲嘆にくれた女性の顔の絵である。

Track10.
華やかなオルガンが響き渡るが、
キンベルリー・マーシャルが弾く、
カベソンのFabordonとある。
約3分の作品だが、いくつかの部分からなる。

オリジナルCD表紙は掲載されていないが、
「イベリア半島のオルガンの歴史」という、
壮大なタイトルだったようである。

Track11.
カベソンのオルガンの後は、
モラーレスのミサ曲。
「Pie Jesu Domine」
(慈悲深き主よ)
カベソンといい、モラーレスといい、
黄金期ルネサンス・スペインを出ていない。

半分ほど聴いたが、
なかなか、マルガリータ王女の時代の音楽にはならない。
しかし、非常に心洗われる音楽で、
やはり、スペインの音楽を語るには抜かせない。
ビクトリアが出てこないのが不思議だ。

モラーレスもオリジナルCDは掲載されていない。

Track12.
アロンソ・ムダーラのビウエラ曲。
1546年の曲集からのようだが、
歌謡的なメロディに装飾がついて、

カベソンらと同時代の人だが、
この曲などは、かなり近代的な感じがする。
ホプキンソン・スミスも乗っていて、
とても爽快である。

オリジナルCDは、ギターを弾く人の絵。

Track13.
いかにも南国の風を感じさせる合唱曲。
ここでも、太鼓がずんどこ鳴って、
木のばちがばちばち鳴っている。
やはりサヴァール指揮のエスペリオンXX。

エンサラーダと呼ばれる、世俗的なフュージョン。
フレッチャ作曲のLa Bombaとある。
フレッチャは、また古い時代の人だが、
非常に楽しく、リズム感がスペイン風である。

オリジナルCDは、何故かマリアと御子と、
東方の博士が出ている。
かなり騒がしいクリスマスではないか。

Track14.
これはさらにどんぱち言う音楽。
これはしかし器楽曲。

だんだんクレッシェンドして、
ラヴェルのボレロではあるまいな。
「La perra mora」
ゲレーロの曲とされていたりする。
「ムーアの雌犬」というものだろうか。
2005年にサヴァールが来日した時の記録に、
ペドロ・ゲレロ、
「ムーアのメス犬(器楽演奏)」(身分あるはしため)
とある。

オリジナルCDは、
カルロス5世の宮廷音楽ということで、
またまた16世紀前半になってしまった。
かくも、黄金時代の吸引力は強いものなのであろうか。

スペインの17世紀は、没落の世紀であったが、
音楽もなくなってしまったのだろうか。

しかし、CD収録曲も、
もうのこすところ1/3で、
遂に、17世紀の作曲家が来た。
ただし、2分半の短いバロック・ギター曲。
Track15.
フランチェスコ・ゲラウ(1649-1722)
の「カナリオス(カナリア舞曲)」。

生まれた年は、ほとんど、
マルガリータ王女と同じ。

先ほどから出ている
ホプキンソン・スミスの演奏で、
ビウエラよりは、
力がある楽器と言えるのだろうか。
非常に優美かつ技巧的、流麗な感じ。

とはいえ、この孤独な音の向こうに、
ハプスブルクの姫君の姿を垣間見るのは、
束の間の幻影でしかない。

オリジナルCDの表紙は、
ギターを弾く青年を描いたもの。

Track16.
セレロールスのミサ曲より、「グローリア」。
ミサ曲には、「戦争」という名前が付いているが、
とても、清澄な音楽で、
セレロールスが、ビクトリアなどより若い、
1618年生まれの人であることを再認識した。

カタロニアの団体を指揮しているが、
やはりサヴァールの指揮による。

オリジナルCDは、
横たわるキリストの横で嘆くマリアの絵で、
「スターバト・マーテル」という感じ。

Track17.
アントニオ・ソレールのチェンバロの音楽。
ソナタのアレグロをアスペレンが弾く。

ものすごく表現主義的などろどろとした音楽で、
1729年の生まれの作曲家で、
あっさり18世紀に入ってしまった。

オリジナルCDは、12巻からなるすごいもので、
表紙はエル・エスコリアル宮であろうか。
もう、マルガリータ王女の実家の、
スペイン・ハプスブルク家は途絶えた後、
ブルボン朝になってからの宮廷楽人。

Track18.
またまた、モンセラート・フィゲラスが登場。
岩波文庫にも、「オルメードの騎士」という戯曲が入っている、
ロペ・デ・ベガという16世紀から17世紀の戯曲作者の、
台本による舞台作品からの歌であろうか。

元のCDのタイトルは、
バロック期スペインのインテルメッツォとある。
タワーレコードHPには、
「黄金世紀の口直し―ロペ・デ・ベガとその時代 1550-1650」
と題されていた。

作者不詳の「jacara no hay que decirle el primor」
という題名だが、非常に小粋で、
打楽器もカスタネット的な動きを見せる。

機械訳では、
「陽気なダンスは、彼に美しさを語るために必要ない」
となった。

この曲になると、完全にスペイン的要素が感じられるが、
何時頃の音楽なのだろうか。
これもネット検索してみると、
大量に演奏風景の動画がアップされているから、
この辺りの音楽を愛好する人には、
よく知られた歌曲だと考えられる。

この「jacara(ハカラ?)」は、英語のWikiには、
演劇やダンスに伴う、器楽伴奏のアラブ起源の歌曲とあり、
まさしく、そんな勢いを感じる。
どうも日本では、知られているかどうかわからない。

先入観としては、
スペインからヴィーンに出て来た
マルガリータ王女が、
こうした音楽を聴きたくなった、
というストーリーなら、
何となく肯けるような気がする。

オリジナルCDは、合奏している男女の姿を描いた絵画。

Track19.
アントニオ・メストレスのオルガン曲で、
「トッカータ」とある。
奏者はフランシス・シャペレットで、
スペインのオルガンの歴史の第9巻とある。

これも、バッハの次の世代という感じの、
解放感を感じる。

Track20.
これまで聞いて来た曲の中では、
もっとも不気味な葬送行進曲風の、
オーケストラ付合唱曲。
黒々と太鼓が響き、
らっぱが吹き鳴らされる。
フィゲラスがカタロニアの古謡を集めた、
「De La Catalunya Mil-lenària」というアルバムから。

しかし、「Els Segadors(収穫人たち)」というのは、
カタロニアの国家だそうである。
ウィキにも、
「スペインの圧制に対して起きた
1640年の収穫人戦争時に生まれた。」などとある。

ほとんど、民衆蜂起の歌だとしたら、
同時代に歌われていた歌だとしても、
マルガリータ王女が聴きたい歌ではなかろう。

Track21.
フェルナンド・ソルの歌曲で、
これは、オリジナルのCDの表紙が
ゴヤの「日傘」なのが明るくて素敵だ。

しかし、これはもう19世紀の人である。
ちなみにギターは、ホセ・ミゲル・モレーノが担当。
後にグロッサ・レーベルを立ち上げる人だ。

ここまで、わりと、すんなり、
統一感も何となく感じながら聞いて来た。
ただし、続いて、ハイドンが混ざっているのは、
さすがに違和感がある。
ハイドンは、スペインからの依頼で、
「十字架上のキリストの最後の7つの言葉」
を作曲したからで、ここでも、Track22.で、
その終曲、「地震」が、サヴァールの指揮で収められている。

この後(Track23.)の
マルティン・イ・ソレールの
コミック・オペラ「椿事」からの、
「Viva viva la Regina」は、
コケティッシュで楽しい声楽が聴け、
非常に楽しい事を特筆しておく必要がある。
これまた、声楽アンサンブルも、
伴奏も恐ろしくジューシーな録音である。
これもサヴァール指揮のもの。

この後、明らかにマルガリータ王女とは異なる雰囲気の、
Track24.
アルベニス「イベリア」より「港」の管弦楽版、
(ガルドゥフ指揮のヴァレンシアの楽団)
Track25.ファリャの「三角帽子」終曲、
(コロマー指揮スペイン国立ユース管弦楽団)
Track26.ジェラールの「舞曲」
(ペレーツ指揮シンフォニカ・デ・テネリウフェ)
が続いて終わるが、
どれもさすが本場なのか、
血が通った噴出するような表現が聴けて素晴らしい。

得られた事:「マルガリータ王女が聴きたいスペイン音楽が、このCDの中にあるとすれば、インテルメッツォ、『陽気なダンス』のようなものだったのではないか、というのが私の妄想。」
「仏アストレ・レーベルのスペイン音楽ダイジェスト版は、、録音の良さで、どんどん聴き進んでしまう。サヴァールがほぼ全曲を担当しているせいか、意外な統一感で約1000年の歴史を垣間見ることができる。」
「アストレ時代のサヴァールは、naiveレーベルに吸収されており、市場ではかなり混乱をきたしているので、要注意である。」
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by franz310 | 2016-03-13 19:53 | 古典