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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その432

b0083728_2153378.jpg個人的経験:
嫌なデザインのCDである。
カレル・デュジャルダンという、
オランダの画家が描いた
キリスト磔刑図であるが、
薄気味が悪いばかりで、
これを見て、
このCDを聴きたくなる人は、
まず、いないと思われる。
が、これらの音楽が始まると、
知られざる迷宮に
紛れ込んでしまったような、
とても、不思議な
奇妙な感覚に包まれる。


CPOレーベルは、
マルティン・ハーゼルベックの指揮、
ウィーン・アカデミーの演奏で、
ハプスブルク王朝の、
君主自らが作曲した作品集
を出しているが、
ここに取り上げるのは、
レオポルド1世の作品集である。

独唱者として、
ユルク・ヴァシンスキ(S)
ダーヴィト・コルディア(S,A)
ヘニング・フォス(T)
アーヒム・クラインライン(T)
マルコス・フィンク(B)
が参加しているが、
美しい歌声でどこか遠くに誘う、
ソプラノもアルトも
男性歌手であるところなども、
迷宮の怪しい魅力に拍車をかけているのだろう。

音楽の都ヴィーンを生んだ、
ハプスブルク朝の、
世界帝国の地位からの崩壊、転落過程で、
異色の芸術家君主が輩出された。

マリア・テレジアの治世に到る、
約100年の話。

彼ら、バロック君主たちは、
多くの有名作曲家を援助したばかりか、
当時の作曲技法の粋とも言える筆の力で、
様々な宗教曲の楽譜を残していることが、
今回のCDシリーズなどからも分かる。

30年戦争の惨禍の中から、
フェルディナント3世は
清澄なメロディを生み出していた。

戦禍が収まったせいか、
その子、レオポルド1世は、
熱狂的な音楽ファンであったこともあり、
大スペクタクルのオペラを演じさせた。

彼自身、聴くだけにとどまらず、
より大規模な作品を書く事もあったようだ。

彼の作曲の才能は当時から高名であったようで、
シェーファー著(音楽の友社)、
「ハプスブルクの音楽家たち」
でも、全9章のうち4章までが、
この皇帝に関しての記述に当てられている。

この知られざるバロック君主たちの100年こそが、
実は、シェーファーの本のテーマと言っても過言ではない。

17世紀中葉から18世紀中葉まで、
日本史でも、庶民の活力を底辺にした、
元禄文化に代表される時期が含まれ、
まさしく、レオポルド1世の治世は、
この時代と時を同じくしている。

なお、このレオポルド帝は、
イエズス会との関係が深かったようで、
日本の歴史と強引に比較すれば、
彼の生まれる二年前に、
「島原の乱」が起こっている。

レオポルド帝のお抱えの作曲家、
ベルターリやチェスティの作品などは、
尾形光琳や俵谷宗達の
豪華な絵画世界を連想しても良いのだろうか。

そして、イタリアの作曲家として、
現代では特に高名な人となっている、
アレッサンドロ・スカルラッティが、
このレオポルド1世の同時代人で、
ヴィーンを訪れた事もあって、
皇帝に影響を与えたと言われている。

暗黒の30年戦争の印象と、
この南国のホープの登場は、
恐ろしく対称的な印象を私に与えている。

A.スカルラッティの生まれた年は、
1660年と覚えやすいので、
この際、覚えておくとしよう。
レオポルド1世の生没年は、
1640-1705とあるから、
スカルラッティは20歳年少、
さらに進んだイタリアの音楽が流入した。

今回は、この稀有な君主の、
帝王とは思えない程の、
繊細さを見せる
この大規模な宗教曲を聴きながら、
往時を偲んでみたい。
先のシェーファーは、
レオポルド帝の心的状態を、
「静かな憂鬱」と呼んでいる。

CDの方の解説は、
Herbert Seifertという人が書いたもの。

「皇帝レオポルド1世は、
フェルディナント3世の次男で、
1640年に生まれている。
彼は、もともと、
聖職者としての道を歩むものと
考えられており、
それに相応しい教育を受けていた。
彼が相続権のある王子とされ、
1655年にハンガリー王、
1656年にボヘミア王の戴冠を受けたのは、
兄のフェルディナント(4世)が
亡くなってからだった。
彼は1658年に、
前年に亡くなった彼の父親の後を継いで、
フランクフルトで神聖ローマ帝国皇帝に推挙され、
彼は、1705年に亡くなるまで、
その地位にあった。
彼は優柔不断な傾向で、
音楽や祭典、宗教や狩猟に比べ、
政治に興味がなく、
問題視される人物である。」

ということで、成りたいとも思わなかった、
皇帝になってしまった道楽者という感じではないか。

以下を読むと、父親からして、
すごい皇帝、という感じもしないのだが。

「彼は、父親から長年教え込まれ、
音楽への愛や才能を受け継いでいた。
フェルディナントは、
イタリア語のテキストを駆使する、
詩人として活躍し、
作曲家として、一曲のオペラ、
少なくとも一曲のセポルクロや、
(聖墓のための聖金曜日オラトリオ)
(注:ネット検索すると演技付のもののようである)、
多くの作品を書いているばかりか、
30年戦争で削減していた
宮廷合奏団を揃えることに、
多大な関心を寄せていた。」

戦争が終わった後、
様々な復興策があったのは良かったのだろうが、
年がら年中、個人的関心で動いている
王様のような印象が残る。

「レオポルドはこの慣習を推し進め、
音楽一般に熱中した。
子供時代は、宮廷オルガニストの、
マークス・エブナーにハープシコードの指導を受け、
おそらく宮廷音楽監督の
アントニオ・ベルターリから作曲を学んでいる。
ベルターリは、14歳から17歳までの
若い頃のレオポルドの作品をまとめており、
時折、器楽部を書きこんでいる。」

ベルターリは、多くのCDで、
その名前を見かける有名な作曲家。

「レオポルド1世の69曲もの
独立した作品が残されているが、
多くのそれらは短い宗教音楽であるが、
9曲のオラトリオとセポルクリ、
2曲のミサ曲、一曲の長いイタリアオペラと、
一曲の短いイタリアオペラ、
他の3幕のオペラのうちの1幕、
2つのスペイン語のインテルメッツォ、
6曲の付随音楽が含まれている。
今回のCDには、彼の彼の別のオペラから、
何とか一曲残っているアリアが含まれている。
それに加えて、皇帝は、彼の治世中に演じられた、
200曲ものオペラの多くに、
アリアやシーンの音楽を挿入している。
近年、3人の作曲家皇帝(レオポルトの長男、
ヨーゼフ1世も作曲をしている)の、
2人めの音楽に注目が集まり重視されている。
インテルメッツォ、オラトリオ、レクイエムやミサ曲、
そしてモテットが演奏され、録音されてきている。
モテット、大きなミゼレーレ、
埋葬ミサ用の聖務日課などを収めた
このCDでは、彼の宗教曲の素晴らしい入門となる。」

ということで、政治的には優柔不断ながら、
道楽には果敢に挑戦した皇帝の遺品を見て行こう。

「そのタイトルが示すように、年代不詳のモテット、
『Vertatur in luctum(聖母マリアの7つの悲哀のモテット)』
は、聖母の7つの悲哀の祝日用のものである。
この祝日は、受難の週の金曜日にお務めがあり、
棕櫚の日曜日の二日前に当たる。
この日のミサ用の、
セクエンツァ(続唱)と奉献唱として
『スターバト・マーテル』とモテットが用意され、
トランペットを除く通常の器楽編成等で
奏でられる音楽が付いている。」

何と、ペルゴレージやヴィヴァルディ、
シューベルトやドヴォルザークも作曲した、
スターバト・マーテルが、
こんなところで語られるとは思わなかった。

「テキストは聖書によるものではなく、
オリジナルのラテン語の詩である。」
とあるが、
「スターバト・マーテル」の歌詞ではない。

スターバト・マーテル(悲しみの聖母)は、
「十字架の傍らに立って嘆く聖母の姿を見て、
私も一緒に嘆かせて下さい」
みたいな内容のものだが、
確かに、この皇帝の作品も、
同様の状況を歌っている。

「イエスが世界の罪を、
自らの血で洗い流したとはいえ、
処女の胸を狂おしい痛みが走り」とか、
「イエスが乾きに苦しんだゆえに、
マリアの眼から涙がほとばしり出た」とか、
妙に仰々しい言葉が使われているとはいえ。

このような内容に、いかにも、
ふさわしい音楽になっているようで、
下記のような解説が続く。

「彼のレクイエム同様、
レオポルドは、5人の独唱者と合唱部を用いて、
テキストの悲しみに溢れた音色のために、
4つのヴィオール、1つのヴィオローネに、
コルネット1つ、ヴィオラ1つ、3本のトロンボーンを、
合唱部の補強のためだけに使っている。」

これは、音色の調合だけでも楽しめそうだが、
下記の部分に表されるソナタ部の開始からして、
非常にしっとりした響きで酔わせてくれる。
ぽろぽろ鳴る通奏低音も気持ち良い。

「弦楽セクションは導入部のソナタを奏でる。
ソナタの最初の部分のホモフォニーと、
第2の部分のポリフォニーがコントラストを成す。」

やがて、声楽が入って来るが、
独唱に絡み付くような合唱の扱いが、
ちょっと、これまで聴いた事ないような陰影。

この事は、この曲の解説の最後に書いてあった。

「3人の独唱者は、次々とレチタティーボを詠唱し、
フーガのようなラメントのアンサンブルと合唱となる。
慣習に則り、
『Lachrymantem et dollentem piisfletibus comitemur』
(マリアは泣きむせび、われらもそれに倣い)
というテキストは、
半音の下降半音階の動機で現れる。」

独唱のアリアが始まると、
器楽は陰影をつけるような役割に回るが、
豊かな情感で聴くものを包み込む。
A.スカルラッティの時代の人、
というのも肯ける内容である。
豊穣で情感も濃やかである。

「2つの詩節で、
リトルネッロを挟んで3回出てくる
最初のソプラノのアリアは、
当時のオペラ的な音楽である。
バスも同様に独唱での開始を任され、
弦楽がレチタティーボや
短いアリアを伴奏している。
この構成は、最後の曲を導く、
アルトのレチタティーボでも同様である。
この曲では、一人または複数の独唱者が
合唱の中で語るような役割をする。」

それに加え、バスーンやトロンボーンの、
柔らかい響きが、
マリアの嘆きを暖かく包むような
感じなのである。

2曲目は、「ミゼレーレ」だが、
寺本まり子著の「詩篇の音楽」(音楽之友社)
によると、この「詩篇51(50)」に関しては、
アッレーグリ、オケヘム、
ジョスカン、パレストリーナ、
ミヨー、モーツァルト、ラッスス、
リュリなど名だたる大家が曲を付けているとある。

アレグリの「ミゼレーレ」は、
少年モーツァルトの凄まじい天才ぶりが、
語られる時に、
かならず引き合いに出される有名作品であるが、
これは確か、10分ほどの作品ではなかったか。

ところが、この皇帝レオポルド1世の曲は、
このCDの真ん中に鎮座する長い曲で、
このCDの半分の時間、
33分半もかけて演奏されている。

なお、アレグリは1582年の生まれとあるから、
さらに2世代ほどさかのぼる人である。

J・アブリ著の「詩篇とその解説」では、
「ミゼレーレ」は、「罪びとの痛悔」として、
「個人の訴え、罪びとが聖とされることを願うところである」
とあり、
「神の精霊の働きによって新しい心をもった新しい人間存在に」
することこそが、キリストの回復のわざであるとし、
以下のように各部が構成されているとしている。

「(神への)呼びかけと祈願」、
ここでは、「わが罪よりわれを清めたまえ」と歌われる。

「ミゼレーレ」とはじまる部分は、
「mercy」に相当し、「慈悲を」という事のようだ。
このレオポルド帝の曲でも、
ここは、しめやかな合唱で、
こみ上げるように歌い出される。

「自分の罪の告白」、
ここでは、「わが罪は常にわが前にあり」、
としながらも、
「されどみまえにて正しき心を持つ者は、
おんみによせらるる者なり」と言い、
「おんみはわが心のうちに、
おん自らの知恵を知らせたもう。」と結ぶ。

「自分がもっと内的熱意をもつようになるため、
神の精霊を満たされたいとの願い」
とされる部分は、
「神よ、われに清き心を作りたまえ
わがうちに耐え忍ぶ霊を、新たになしたまえ」、
「われにふたたび、救いの喜びを与えたまえ」
と切実である。

さらに、「感謝の約束」と分類された部分では、
「おんみの正義によりてわが口に、
喜びの歌を歌うを許したまえ」と、
神の誉れを伝えることを望む。

私は、この詩節では、
「神よ、わがいけにえは砕けたる精神なり」
という部分が気になっている。
1972年に出た岩波新書の、
浅野順一著「詩篇」でも、この部分は、
親鸞の「悪人正機」になぞらえられたりしていて、
「ありのままの自己を神に捧げればよい」
と書いてもいるが、
もっと単純に、心が砕けた時こそが、
救済を求めるものではなかろうか。

なお、この著書は、「ダビデの歌」としての、
詩篇解釈も差し挟んでいるのが面白く、
ダビデの母が罪のうちに彼を孕んだ事、
ダビデが部下のウリアの妻、
バテセバを犯した件にまで、
言及している。

さて、最後は、「エルサレムのための祈」とあり、
「かくて人々はおんみの祭壇に、雄牛を献げまつらん」
とこの詩篇は結んでいる。

シェーファーの本ではこの曲は、
「もっとも成熟度が高く、完璧な作品」
と表現されている。

CDの解説に戻ると、
「詩篇50のミゼレーレは、
豊かなコントラスト、かつ、
基本的に悔い改めたテキストに基づいている。」
とあって、上述の脱線記述が参考となろう。

「器楽のない単純な曲付けの場合は、
聖週間と葬儀の際用という宗教的意味合いがある。
祝祭的な器楽伴奏の場合は、
レントの祝日用である。
19世紀の間、この曲は、
彼の息子、カール6世の作曲とされていたが、
そのスケッチから、
皇帝の作品のコレクションの最初の校訂者、
グイド・アドラーによって、
レオポルドの部分的筆跡が確認され、
17世紀の最後の四半世紀に作曲されたものだと特定された。」

ちなみにアドラーはウェーベルンの師匠でもあり、
19世紀とはいえ、1855年生まれで、
戦前まで生きていたから、
さすがに、レオポルド公の作品の研究もまた、
ヴィヴァルディ同様、つい最近まで進んでいなかった、
と考えても良いのだろう。

また、ヴィヴァルディのパトロンであった、
カール6世が、こんな形で出てくるとは思わなかった。

先に紹介した「詩篇の音楽」では、
この17世紀後半の時代を、
「中期バロックの時代に入ると、・・・
実質的にカンタータを確立していく」として、
ブクステフーデやパッヘルベルなどの活躍を総括しているが、
このレオポルド帝の音楽もまた、
歌い手が変わるごとに曲調も変わるので、
多楽章のカンタータに近い。

しかし、このCDでも、
トラックが分かれていないように、
粛々と行われている儀式に臨んでいる感じで、
そうした近代的なイメージから離れて、
いかにも、宮殿の中の秘曲という趣きである。

「アドラーは、この曲を、
『皇帝の作品で、最も音楽的に成熟し、
最も完成度の高い作品』と呼んだ。
ここでは4人の独唱者と合唱のパートが指定され、
2つのソプラノ声部は、
『ヴィオレット』(おそらくヴァイオリン)とされ、
ソプラノ、アルト、テノール、バス声部の
4つのヴィオール、
3つのトロンボーン、バスーンとオルガンからなる、
器楽部の暗い色調は、テキストやレントに見合っている。
レオポルドは、主音にハ短調を選び、
歎きの感情を表すのにふさわしい響きとなっている。」

様々な作品を書いた作曲家の、
どれが代表作かを選ぶのは困難なことだが、
当面、この作品を聴けば、
レオポルド1世の芸術の真髄に触れることが出来そうだ。

「合唱は、長大なホモフォニックの、
独立した器楽部のない開始部となっており、
4人の独唱者は、それぞれがテキストの一節から、
2つのヴィオレットを伴いながら、
次々に言葉を発する。」

独唱者たちは、フーガ的な動きを見せ、
「慈悲によりて、わが罪を消したまえ」と歌った後、
次々と詩句を歌い継ぐ。
ぽろぽろと、古雅な伴奏がつく。
ソプラノが、冴え冴えと、
「おんみに向かい罪を犯したり」と懺悔する。

「次のセンテンスは、再び合唱から始まり、
同様の様式で繰り返されるが、
この時には、テキストの繰り返しや、
器楽の扱いは長くなっていて、
様々な独奏を伴っている。
ソプラノ声部はヴィオレット一つ、
バスーンによるバス、
2つのトロンボーンによるテノール、
4つのヴィオールによるアルトからなる。」

ここでも、ソプラノの、
「ヒソポもてわれに注ぎたまえ、
さらばわれは清まらん」の部分は、
ヴァイオリンの掛け合いも美しい。
シュメルツァーのような名手がいた、
宮廷ならではの天使の響きである。

バスでは、はずむように、
「歓呼を聴くを許したまえ」が歌われる。
ファゴットの伴奏が虚無的な響き。

「わがとがを、すべて消し去りたまえ」の、
テノールを伴奏するトロンボーンは厳粛、
「われに清き心を作りたまえ」のアルトは厳粛だが、
ヴィオールの動きに、新たな胎動を感じる。

フーガ的な合唱は、「われを捨てたもうな」で、
切迫感で取りすがる。

「次のパッセージは、
喜びの再来を嘆願するテノールで始まるが、
それはそれに相応しい、
舞曲調の6/8拍子である。」

「寛大の霊によりて、われを強めたまえ」と、
切実である。

「アルトとバスのデュエットと、
2つのトロンボーンとバスーンで伴奏される、
アルトの独唱、
短い合唱が続き、
さらに二重唱があるが、
今回は、ソプラノとアルトであって、
神の賛美のテキストに相応しい、
喜ばしい音楽を伴う。」

このあたりは、「感謝の約束」で、
「罪びともみもとに帰り来たらん」
という二重唱があり、音楽も中盤に入っている。
アルトによる「リベラ・メ」
(「血を流す罪より救いたまえの部分」)を含め、
いくぶん、満たされたような響きが続く。
高音の二重唱は美しく、
「わが唇を開きたまえ」と歌い上げるが、
それは、「おんみの誉れを述べ伝え」るためである。
この部分は装飾も入ってながく、
曲の2/3まで行ってしまう。

「4人の独唱者すべてが、一体となって、
合唱は、次のセンテンスを歌う。
ソプラノ、アルト、バスの三重唱は、
たちまちその前のパッセージを強調して、
3つのトロンボーンを伴うテノール独唱がある。」

ここは、いよいよ、
この詩篇ならではのクライマックスという感じで、
「おんみはいけにえを好みたまわず」から、
あの、「わがいけにえは砕けたる魂」という部分が、
歌い上げられる。
三重唱で舞い上がって、
そして、平穏の中に落ち着いていくが、
さすがレオポルド帝、「砕けたる魂」を知っているようだ。

というか、彼こそが、
「砕けたる魂」の典型だったはずである。
フランスやトルコの猛攻を受け、
ペストに帝国を蹂躙され、
内乱に苦しめられながら、
戦地にて死去したとされる。

テノールは、「エルサレムの祈り」に相応しく、
ものものしいトロンボーンを背負っている。

「また、合唱が始まり、
テキストの最後のセクションを歌い始める。
この部分も、ヴィオールとトロンボーンを伴う
四重唱によって強調される。
これも次に合唱部に続く。」

器楽も交え、しめやかさや荘厳さを増す部分。

「ヴェスプレの詩篇を締めくくる
頌栄部、『Gloria Patri et Filio..』の
豊かなコロラトゥーラによるバスで唱えられ、
その他の3人の独唱者らに受け継がれ、
テキスト『Et in saecula saeculorum. Amen.』は、
合唱のフーガで締めくくられる。
フーガの主題は、
例えば、2人の特別な例で言うと、
バッハやヘンデルにあるように、
18世紀前期に良くみられる様式である。」

最後の2分で、この華やかな終結部が始まる。
フーガは、確かに、バッハの時代まで通用するような、
「はじめあったことは、これからもある」という、
いかめしく、悠久な感じを出した頌栄。
しかし、王宮での秘儀という感じは濃厚である。

ということで、レオポルド帝の没年からして、
時代を先取りした作風ということだろうか。

「ある外交官の報告によると、
レオポルドは、とりわけ、
悲しいメロディの付曲にすぐれていたとされる。
この事実は、彼が姪や、
1673年、結婚後、たった5年で亡くなった
最初の妻インファンタ・マルガリータ・テレサ
のために作曲した、美しいレクイエムにも当てはまる。」

この最初の婚礼の一大どんちゃん騒ぎで演奏されたのが、
チェスティの祝典オペラ「黄金の林檎」である。

「1676年、結婚後、
わずか3年半で亡くなった、
彼の2人めの妻、
インスブルックのハプスブルクの
グラウディア・フェリチタスの死に際しては、
礼拝用に、第1番 ノクトゥルニのための、
三つのルソンを書いた。」

ということで、この最後の曲は、
皇帝40歳頃の作品と類推することが出来る。

1680年といえば、バッハ、ヘンデルが生まれる前夜。
「ルソン」といえば、
クープランやシャルパンティエが思い出されるが、
シャルパンティエが、レオポルド帝と同時代人、
クープランは一世代後の人であった。

「Tres Lectiones 1. Nocturni」とあるが、
英訳されると、
「第1のNocturnより3つのReadings」となっていて、
最初の晩祷の夜半課に読まれた、
聖書の3つの部分を歌にしたものであることが分かる。

なお、シャルパンティエのルソンは、
旧約聖書の「エレミアの哀歌」を読む感じのもの。

事実、CDにもトラックが3つあって、
全曲で22分の大作である。

「この曲は、1705年、彼自身の葬儀の折にも演奏され、
それから毎年、彼の命日5月5日には演奏されており、
1720年、彼の3番目の妻、
エレオノーレ・マグダレーナの死後も演奏されている。」

ということで、この曲は、少なくとも、
当時、40年は命脈を保っていたということになり、
相応の名品と考えて良いのだろう。
シェーファーの著書では、カール6世も、
この曲に畏怖の念を抱いていたとある。

これらの王妃についてであるが、
シェーファーの本では、
先妻二人は音楽的教養のある人とされていて、
最後のエレオノーレ妃は、音楽嫌いだったと書かれている。
ちなみに、カール6世らは、彼女の生んだ子である。

ほとんどのテキストはヨブ記から取られているそうで、
最後はレクイエムの一節で終わるとある。
解説は続くが、もう、規定のページに達したので省略する。

シェーファー著「ハプスブルクの音楽家たち」でも、
「彼の作品のどれをとっても、
二度目の妻クラウディア・フェリチタスのための
三つの葬送読誦ほどに深い弔意を表現している曲はない。」
と特筆されている事は特記しておく必要があるだろう。

1曲目から、「私の日々は無なのです」と歌われ、
2曲目も、「私は人生に疲れ果てた」と言い、
3曲目では、「何故、あなたは目を背けるのです」と問う。

得られた事:「レオポルド1世は、フランスやトルコの猛攻を受け、ペストに蹂躙させながらも、何とか帝国を護った皇帝であったが、静かな憂鬱に悩まされ、常に音楽の中に迷宮の離宮を作って逃げ込んでいた。」
「当時の情勢であるカンタータの成立などとは離れ、楽器の選択もあって、イエズス会の神秘の奥義という趣き。」
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by franz310 | 2016-01-16 21:56 | 古典