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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その424

b0083728_13155322.jpg個人的経験:
AVIEレーベルによるCD、
「北イタリアの
ヴァイオリン協奏曲の興隆」
全三巻は2006年の企画だが、
2008年録音の今回の第三巻、
「黄金時代(ゴールデン・エイジ)」
で終わりである。年1のペース。
ここでは、
ヴィヴァルディに影響を受けた、
ロカテッリ、サンマルティーニ、
タルティーニが取り上げられ、
解説も大部となって来る。


表紙デザインも第一巻の、
暗い貴族の館の楽団というより、
もっと公の場での音楽会のような感じで、
華やかで寛いだ空気が感じられる。

ようするに、年代が下って来た様子が
実感される仕掛けになっている。

チャンドラー率いるセレニッシマの演奏、
チャンドラーはヴィヴァルディおたくなので、
当然、ここでもヴィヴァルディがあって、
アルバムの最初と最後を飾っている。

これまた、楽曲ジャンル分類の
リオム番号で、
RV569、RV562aという、
一癖も二癖もありうそうな協奏曲である。

最初から種明かしをすると、
ハイドンと並んで、交響曲の開祖とされる、
サンマルティーニが登場している辺りからも
予想できるように、
チャンドラーは、ヴィヴァルディから、
交響曲への流れを導こうとしている。

かなり、意欲的な仮説検証アルバムが、この第三巻。
ロカテッリやタルティーニを、
ヴィヴァルディと並べたアルバムなら、
カルミニョーラなども出していたが、
ヴァイオリンとは無関係に見える
サンマルティーニを潜り込ませた点が新奇である。

また、ここに収められたリオム番号は、
かなり大がかりな協奏曲のもので、
前者はヴァイオリン、2つのオーボエ、
バスーン、2つのホルンが独奏楽器のもの、
後者はさらにティンパニまで入っていて、
確かに交響曲並み以上の編成となっている。

というか、ヴァイオリン独奏がなければ、
ほとんど、シューベルトの交響曲と変わらない。

ただ、どんな交響曲が鳴り響くかと思うが、
一聴して思うのは、やはり基本は協奏曲で、
冒頭からホルンは高らかに鳴り響き、
祝祭的な雰囲気に溢れ、
まったく、シューベルト的ではない、
というのが第一印象である。

では、解説を読んで見よう。

「1730年代までに器楽の協奏曲は、
アンサンブル・ソナタの過渡期から派生した時から、
40年以上を経て、完全に完成形となった。
初期の発展は、トレッリ、アルビノーニ、
ヴァレンティーニのような作曲家によって、
多く推進されたが、
おそらく、最大の功績は、
ヴィヴァルディにあった。」

このように、いきなり、ヴィヴァルディ様宣言が出る。

「彼の協奏曲の手稿や印刷譜の広い普及によって、
ヨーロッパ中の作曲家によって、
ヴィヴァルディのスタイルが手本とされ、
タルティーニやロカテッリといった、
2人のヴァイオリンの技巧家もそこに含まれていた。」

と、追従者の名前も出てくる。

「ジョゼッペ・タルティーニは、イストリアの街、ピラーノで、
4人の男兄弟、3人の姉妹の4番目の子供として生まれた。
父親はフィレンツェの商人、
ジョヴァインニ・アントニオ・タルティーニで、
この地方のカテリーナ・ザングランドと結婚し、
ジョゼッペを教会に入れようとしたがうまく行かず、
彼は法律勉強のためパドゥアに行き、
その地の有名な大学に入った。
しかし、友人のカルリによると、
彼は、一日に8時間練習したヴァイオリンや、
フェンシングに明け暮れて勉学は怠った。」

こういう、ヘンテコな脱線は面白い。

「アッシジ(1713-1715、1719)や、
アンコーナ(1717)に住んだ後、
タルティーニは1721年、
有名な名手となってパドゥアに戻り、
すぐに、聖アントニー大聖堂の
オーケストラのリーダーに任じられた。
ここは、9年前、ヴィヴァルディが、
聖人の祝日のために協奏曲を書き、
演奏した場所であった。」

9年といえば、かなり昔の話であり、
これが、どんな影響を及ぼすかは、
少し怪しい感じもするが。

また、この間に、ヴァイオリンの猛特訓とか、
いろいろドラマがあったようだが、
その話はヴィヴァルディと関係がないからか省略されている。

「主にこの大聖堂で演奏するために、
タルティーニは約130曲のヴァイオリン協奏曲を書いており、
それらの彼の手稿の大コレクションがここに保管されている。
その中で残っているものでも
最初期(1730年くらい)のものは、
変ロ長調の4楽章の協奏曲(D117)で、
この曲の豪勢な開始部と対位法的アレグロは、
祝祭的な祭日に演奏されるに相応しい。」

という感じで、いきなりタルティーニの協奏曲の
具体的な話が始まるが、
CDでは、この曲は終わりから2曲目、
かなり大詰めの形で入っている。

Track14.はグラーヴェの序奏で、
クリスマス協奏曲のような静謐さすら感じられる。

Track15.アレグロは、
タルティーニの楽器、ヴァイオリンが大活躍して、
やたら跳躍する名人芸的な音楽。
このような音楽を聴くと、
どこまでが技巧で、どこまでが音楽なのか、
よく分からなくなる。

恐らく優等生的には、
どちらも合わさって音楽ということなのだろうが、
では、この技巧がないと音楽が成り立たないか、
と言われると、
ここまでぴょんぴょんする必要はないと思う。
最後に強烈なカデンツァが来る。

祝祭的な協奏曲とあるが、
かなり世俗的なお祭りのようだ。

Track16.は、ラルゴで、
ヴァイオリンも落ち着いて、
夢想的なメロディに酔っている。
かなり息が長いもので、
そういった意味では、
ヴィヴァルディよりも新世代と言えるかもしれない。

Track17.は、
終楽章のアレグロで、ギャラントな舞曲調。
ヴァイオリンが技巧を交えながら歌うのも、
緩徐楽章同様、息が長いメロディで、
うまく、オーケストラに繋いでいく。
ヴィヴァルディの独奏部分が、
オーケストラとは無関係に発展していくのと、
少し違うかもしれない。

カデンツァも、元の主題から離れず、
近代的な様相を呈している。

「手稿には協奏曲が書き始められる前に、
3ページのスケッチがある。
タルティーニは、最初のアレグロの主題を、
さらに発展させられるものに書き換えているが、
皮肉な事に、
ドレスデンの図書館に収められている、
ピゼンデルが筆写した楽譜(D116)に見るように、
後から加筆した時には、
これは元のアイデアに戻っている。
彼が書いた音楽の多くで、
タルティーニは2タイプのカデンツァを書いているが、
ここでは、ここでも見ることが出来る。
モーツァルトのアインガングのような、
彼が好んだ短い、演奏者によって即興で演奏されるものは、
フィナーレの終わりで現れるが、
もっと名技的なカプリッチョは、
最初のアレグロの終わりにある。
タルティーニは後者をあまり好まなかったが、
聴衆がそれを聴きたいなら、
それを弾くべきだと認めており、
彼は、主題や動機を協奏曲の本体から、
カプリッチョに取り入れた最初の作曲家であったが、
それは、彼の初期作品にも遡って、
それを認めることが出来る。」

タルティーニは、肖像画が偉そうなこともあって、
あまり関心が持てる作曲家ではないが、
主題の一貫性やメロディの息の長さなど、
音楽づくりはかなり近代的であることを確認した。

ただし、少し悩ましいのは、
別に設けられた曲目解説を見ると、
この作品の自筆譜が、かなり完成形には遠い点で、
チャンドラーは、
楽譜がパドゥアのバジリカ図書館にあるもので、
かなり、資料的な価値は高いとしながら、
ヴァイオリンのパートがスラーの記号が省略されており、
これらをセパレートボウで弾けるわけもなく、
ピゼンデルの楽譜などを参考にした、
と書いている。

最後のページなども、
タルティーニが熱中して筆が追い付かず、
自分で弾くからいいや、
みたいに、カデンツァの前のリトルネッロが、
どこで終わるかも示していないと書いており、
ここでもピゼンデルを参考にしたとある。
カデンツァも即興を求めているから、
タルティーニの論文から装飾法を検討して、
自作したらしい。
よって、音楽を聴いて解説を聴いて、
なるほどと思うのは、
チャンドラーの自作自演の世界に入っているからと、
いぶかしむことも可能である。

さて、ここまでがタルティーニの話であって、
続いてロカテッリの話になる。
ロカテッリは、「ヴァイオリンの技法」といった、
いかにもヴァイオリン奏者兼作曲家
みたいなイメージだけが強く、
私の中には人物像は皆無であった。

「トレッリの協奏曲(ペルフィディアと記載)や、
ヴィヴァルディの協奏曲(カデンツァと記載)から、
カデンツァは使われているが、
『ヴァイオリンの技法』(作品3)の12曲の協奏曲で、
それを一般的慣習にしたのは、
ピエトロ・ロカテッリであった。
これらは1733年、アムステルダムで出版され、
ローマ、マントヴァ、ヴェニス、ベルリンで、
傑出した活躍をした後、
1729年、彼はその地に移り住んでいた。
このベルガモ出身の作曲家は、
アムステルダムを終生の地と定めたものの、
1740年代中盤以降、
その作曲家としての活動は、
急速に下火になっている。
『ヴァイオリンの技法』に続き、
1735年に、第1番から6番の『劇場風序曲』と、
第7番から12番の『協奏曲』からなる、
合冊をアムステルダムの
同じ出版社マイケル・チャールズ・レケーンから再び出版、
ロカテッリはやがて、そこに協力して、
校正係の主任を務めた。
これらの協奏曲はローマ風の、
コンチェルト・グロッソと、
3楽章からなるヴェネチア風の
ソロ協奏曲の混成である。」

ということで、
やはりヴァイオリン気違いであって、
さっさと作曲をやめてしまっていたりして、
19世紀以降の芸術観に染まった考えでは、
ちょっと芸術家としてどうなのかなあ、
などと考えてしまう。

ここでは、
有名な「ヴァイオリンの技法」ではなく、
作品4から、その11番の「コンチェルト・ダ・キエサ」と、
12番の4つのヴァイオリンのための協奏曲が選ばれて、
Track4.から11.までに収められている。

「このセットは時代遅れの、
ヴェネチア風の分割されたヴィオラ・パートを要し、
コンチェルト・ダ・キエサでは、
2つを独奏者として利用、
ここでロカテッリは、面白げに、
『ソロとあればソロで弾け』と書いている。
それらは、まさしくローマ風に、
2つの独奏ヴァイオリンと、
独奏チェロと合奏されて、
初期の北イタリアのアンサンブル・ソナタを想起させるが、
この場合は、通常、各パートにつき一人が受け持った。」

この作品4の11については、
Track4.からTrack8.までの
5トラックを要しているが、
1721年に出版され、1729年に改訂された、
クリスマス協奏曲のパッセージなどが再利用されている
といった曲別解説もあるように、
静謐な雰囲気の序奏楽章からして、
いかにも教会コンチェルト(教会ソナタ)である。

第2楽章で、複数のヴァイオリンが、
細かい生地の音楽を織り上げる中、
情感を高めていく部分が美しい。
コンティヌオのオルガンも清らかである。

第3楽章は、1分にも満たないラルゴで、
単に、場面転換のための、
切迫した和音が連なるだけの部分だが、
第4楽章は、清澄な緩徐楽章が流れ出す。
第5楽章は、ヴィヴァーチェ-アレグロとあるが、
中庸なもので、第2楽章同様、
二つの合奏群が、寄せては返すようなもの。
全体的に上品だが地味な作品であった。

作品4の12となると、
明確に「4つのヴァイオリンのための協奏曲」であるから、
すっきりと見通しも良い。
Track9.はお決まりのアレグロで、
ヴィヴァルディ風に華やかに駆け回る独奏と、
それを支える合奏部がある。
下記のような解説がある。

「四つのヴァイオリンのための協奏曲は、やはり、
ローマ風と、北イタリア、ヴェネチア風の要素の混合体で、
こうした協奏曲は、ヴィヴァルディ、トレッリ、
そしてヴァレンティーニによって普及されたが、
この人はおそらく、ロカテッリを教えた人の一人である。
ただ、初期の作品は、
ずっと規模の大きなアンサンブル・ソナタだったが、
ロカテッリの協奏曲は、ソロが4人もいるが、
ヴィヴァルディ風の独奏協奏曲をモデルとし、
伴奏の弦楽と2つのコンティヌオ群からなる。」

Track10.第2楽章は、
切々たる感情を秘めたメロディも美しく、
約4分にわたって、ビートが効いて、
どきどきしながら時を刻むような音楽が繰り広げられる。

Track11.第3楽章は、
ちょこまか動くヴァイオリン群が粋な節回しを効かせ、
喜ばしげな囀りも聴かせ、
解放的な伴奏部の楽想も爽やかである。

同じ作品4でも、11番の曲とは、
かなり性格が異なるものである。
それにしても、ロカテッリが、
このCDで取り上げられた理由がよく分からない。

「4つのヴァイオリンのための協奏曲の人気は、
しだいに下火になったが、
類例は、ナポリ楽派のレオナルド・レオや、
ミラノのオーボエ奏者、
ジョヴァンニ・バティスタ・サンマルティーニ
によって書き継がれ、
彼のイ長調協奏曲、J-C74は、
2つの独奏オーボエ、2つのヴァイオリン、
ホルン(複数)、トランペット(複数)、
弦楽とコンティヌオのために書かれ、
スタイルの上では驚くほど古典派風で、
1750年代の前半の作曲とされている。
サンマルティーニは、
交響曲作曲家の最初の一群の主導者であり、
たくさんの交響曲を書き、
大量の宗教曲を書いた。
彼は、30年以上をかけて、
新ヴィヴァルディ様式から始まって、
成熟した古典派の作曲家に育ち、
同時代の人々の多くから賞賛された。
彼はさらにグルックを教え、
若き日のモーツァルトが、
1770年に、最初のオペラ・セリア、
『ポントの王、ミトリダーテ』K87を
舞台にかけるのを援助した。」

グルック、モーツァルトとくれば、
ほとんど、ドイツ古典派の直系の師とも思える。
サンマルティーニに関しては、
ヴィヴァルディに続く、
タルティーニやロカテッリと異なり、
ヴァイオリンの系譜にはないことが、
下記のように紹介されている。

「フランスからの移民であった彼の父親(アレッシオ)も、
ジョゼッペとアントニオという二人の兄弟も、
オーボエ奏者で、
彼の母親ジェロラマ・フェデリッチは、
おそらく、ミラノのオーボエ奏者の一族、
フェデリッチ家の関係者であろう。
よって、ジョヴァンニ・バティスタ・サンマルティーニが、
ソロのオーボエを使った、
現存する唯一のオーケストラの協奏曲であることは、
奇妙な事である。
ほとんどが、タルティーニ風のベル・カント様式の、
ヴァイオリンやフルート用のものである。」

しかし、4つのヴァイオリンの作品の話から、
無理やり、オーボエの話に持ってこられた感じ。

ここでは、Track12.から13.に、
ラルゴとジェストの2楽章の
2つのヴァイオリン、2つのオーボエ、
2つのホルン、2つのトランペットのための協奏曲が
収められている。

冒頭の序奏は、これらの楽器が喜ばしげに、
華やかで壮大な音楽を予告するが、
これだけ聴いても、ヴィヴァルディの時代から、
ずっとハイドンの時代に近づいた感じが実感される。

主部が始まると、ヴァイオリン協奏曲の性格が強く、
そこにオーボエなどが絡んでいく感じ。

これらの楽器が掛け合う所の、
夢幻的な美しさは、このCDの白眉かもしれない。

チャンドラーの眼の付け所はさすがで、
協奏曲的なところも交響曲的なところも、
ここでは、両方が聞き取れる。

この協奏曲の曲別解説によると、
この作品は人気があったのか、
3つ以上の原稿が残されていて、
それぞれに違いがあって困った、
といった事が書かれている。

あるものは筆写ミスと分かるが、
それ以外は、音楽的に納得できる方を選んだようである。

第1楽章の独奏ヴァイオリンに対して、
チェロのピッチカートがあるものとないものがあるが、
ここでは、より美しい、ピッチカート有を選択している。

コンティヌオも、オルガンは相応しくないと抜いて、
当時、下火であったかもしれないが、
テオルボは入れたという。

これにも根拠をつけていて、
1726年に
サンマルティーニを訪問したクヴァンツが、
1752年に自身のオーケストラに
テオルボを入れた事跡によるらしい。

また、同様の理由によって、
チャンドラーは、この演奏では、
バスーンも勝手に入れたようだ。
バスーンはオーボエ対と一緒に使われる事が多かった、
というのが、その根拠のようである。

第2楽章は、第1楽章より短く、
舞曲調のリズムの中に、同じような楽想が繰り返され、
様々な楽器をブレンドした重量感もあって、
ほとんど、音楽の質感としては、
初期のハイドン、モーツァルトの世界と変わらない。

ここまで書いたら、
ヴィヴァルディの後継者の事は、もう十分、
もっと書きたい事を書かせてくれよ、
と言わんばかりに、下記のごとく、
いよいよ、チャンドラーの真骨頂たる、
ヴィヴァルディの解説が続く。

「ロカテッリ、サンマルティーニ、
そしてタルティーニは、それぞれ、
強烈な音楽的個性を持っていたが、
特に、後二者の作曲による音楽が、
ヴィヴァルディその人の作曲のものと、
間違って考えられたりしており、
それらが、バロック期の協奏曲の巨匠、
アントニオ・ヴィヴァルディに負っている、
ということは、言い過ぎとは言えない。
彼らは皆、この先輩作曲家に
会った事があるかもしれない。
ミラノのテアトロ・レジオ・ドゥカーレに、
オーボエ奏者として雇われていた時、
ヴィヴァルディは、1721年、
そこで、ミラノ用オペラ、
『シルヴィア』(RV734)を舞台にかけている。」

こんな会っただけの理由で、
影響を受けたと言い切るのは、
どうかとも思うが、
チャンドラーはどんどん行ってしまう。

「ヴィヴァルディが1723年から4年に、
ローマで任務を得ていた時、
ロカテッリも、オットボーニ卿に雇われており、
タルティーニが、しばしば、
パドゥアからヴェネチアを訪れた時期、
バジリカのオーケストラのチェリストであり、
ヴィヴァルディが務めていた事で知られる施設、
ピエタで、短期間、チェロの先生をしていた、
アントニオ・ヴァンディーニと交友した。」

といった具合。
さらに、チャンドラーは、ヴィヴァルディの、
オーケストラ発展への寄与についても書き尽くす。

「ヴィヴァルディは、協奏曲の歴史における、
偉大な作曲家であるばかりでなく、
彼は、オーケストラの発展の中でも、
イタリアで指導的な位置にあって、
20曲を越える、独奏や二重奏以外の
管楽器と弦楽のための協奏曲の遺産を残した。
それらのうち、
5曲と1曲の異稿は、
ヴァイオリンと2つのオーボエ、
2つのホルン、バスーンと弦と通奏低音のもので、
この編成は、古典的なオーケストラの、
バックボーンとなって、
モーツァルトのヴァイオリン協奏曲に見いだされるものだ。
1710年代後半に書かれた
ヘ長調協奏曲RV569のように、
このような試みは、
ヴィヴァルディを時代の最先端に押しやっていた。」

このRV569は、このCDの冒頭を飾るものであるが、
曲別解説はない。

しかし、このような文脈で聞き直すと、
Track1.の華やかな序奏に漲る清新な雰囲気からして、
よくも、こんな作品が、ヴィヴァルディの活動の初期から、
生まれ出たものだと感心してしまう。

チャンドラーの共感も、これまでの作品の比ではなく、
天駆けるヴァイオリンと共に、音楽全体に、
内部から膨らむような高揚感があってすばらしい。

高らかに、青空にこだまするホルン、
立ち上がって来るような、
木管群の存在感たっぷりの囀りも
音楽を立体的にしている。

Track2.グラーヴェは、
ヴィヴァルディらしい夕暮れの音楽で、
完全にモーツァルトに直結しそうな、
極めて近代的な情感である。

ただし、ここでは、
完全にヴァイオリン協奏曲になっている。

Track3.のアレグロでは、
再びホルンの活躍が始まり、木管群も呼応。
ヴァイオリンが織り上げた生地の上に、
管楽器群が彩を添え、
チェロ独奏も独特の色調で陰影を与えるような主部。

以下の解説が続くが、
これは、ここには収められていないものの話だろう。

「類似編成の第2の協奏曲は、
ザクセン=ポーランド王子、
フレデリック=アウグスト2世の命によって、
1716年遅くか1717年初めに
サンタンジェロ劇場で演奏された、
ヴィヴァルディのオペラの序曲で、
ヴィヴァルディの生徒であった、
ピゼンデルによって演奏された。」

おそらく、この第1の曲も同様に、
こうした晴れやかな舞台と関係するものだ、
とチャンドラーは言いたいのだろう。

さらに、各楽器についての話も出てくる。

「ヴィヴァルディは、
ホルンに関して、18世紀で最も重要な、
イタリアの貢献者で、かつ作曲家で、
9曲の協奏曲の中で、
また、多くのオペラで、
CornoとかCorno da caccia
という名称でこれを使っている。
これは、ローマの凱旋を先導する
類似形状の金管楽器である
ラテン語のcornuに由来する。
RV569の協奏曲の2つのアレグロの冒頭で、
ヴィヴァルディは、そのイメージを想起させている。」

ということで、先ほど、
「高らかに、青空にこだまするホルン」
と書いたのは、正しかったようだ。

「ヴィヴァルディは、ほとんど、
Fのホルンのために書いており、
RV562/562aの両バージョンのみが、
Dのホルン用のものである。
RV562のオリジナル・バージョンは、
『聖ロレンスの祝祭のための協奏曲』と題されているが、
後の版では、これはなくなっている。
しかし、彼は、これは異なる緩徐楽章を持ち、
ヴィヴァルディの協奏曲では唯一となる、
ティンパニが追加されている。」

このCDでは、このティンパニ入りの豪壮な版が聴ける。

「後者の版は、1738年、
アムステルダムのショウブルク劇場の、
100周年の時に演奏された。
有名な俗説とは異なり、
ヴィヴァルディ自身はそこにおらず、
午後4時から始まって、
全部で5時間もかかった、
その進行については何も知らなかったはずである。
この協奏曲は、ジャン・デ・マレの寓話劇
『Het Eeuwgetyde van den Amstedamschen Schouwburg』
の幕開け(第1楽章)と、
雲が出てきて低くなる所(第2楽章)と、
雲が明け、アポロが登場して、
さらに雲が下りてくる所(第3楽章)の
伴奏音楽として使われた。」

Track18.この曲をCDの最後に持って来た、
チャンドラー一派の意欲はすさまじく、
待ってました、とばかりに意欲的な、
渾身の演奏が繰り広げられていく。
ティンパニの強烈さに鼓舞されて、
ホルンも木管群も弾けるように呼応している。

ここでも、主部ではヴァイオリン独奏が重要。

Track19.は、雲が低くなる感じというより、
神秘的な夜を思わせる。
ヴァイオリンが、慰めに満ちたメロディで微笑む。
通奏低音の豊かさも心地よい。

Track20.アポロの登場を思わせるかは分からないが、
変化に富んだ音楽で、
中間部では、ヴァイオリン独奏が妙義を聴かせ、
オーボエが歌うが、
両端部は、すさまじいホルンとティンパニの凱歌である。

なお、このCD、ピッチについても解説があり、
18世紀には各地でピッチがばらばらで、
ピッチの微修正が困難な木管楽が問題になるらしい。
これらはアルプス以北で作られたものが多く、
しかも、現在のものより低いピッチなのだという。
よって、このCDでも、特にヴィヴァルディのこの曲では、
木管楽器は新作したらしい。
ヴィヴァルディに取り組む時、
エイドリアン・チャンドラーに一切、妥協はない。

得られた事:「ヴィヴァルディの協奏曲には、古典派の交響曲と同様の編成を取るものがあり、それは、早くも1710年代から現れる。ヴィヴァルディは、古典派に向かう管弦楽様式の推進者であった。」
「タルティーニ、サンマルティーニは、ヴィヴァルディの様式から古典派様式への架け橋となった世代で、カデンツァの扱いや、楽器のブレンドなどに、より新しい美学への胎動がある。」
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by franz310 | 2015-02-15 13:23 | 古典

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その423

b0083728_2183148.png個人的経験:
英国有数のヴィヴァルディおたく、
チャンドラーのCDを、
ネット検索していて、
ずっと前から気になっていたのが、
今回、紹介するAVIEレーベルのもの。
「ヴィルトゥオーゾ・インプレサリオ」
というタイトルは、
「いかさま興行師」みたいに感じる。
「ヴィルトゥオーゾ」は、
「技巧家」みたいな意味だろうが、
どんな「技巧」か分かったもんじゃない、
という感じがして、ヤバい感じ。


検索していると、
チャンドラー率いるセレニッシマのCDの中でも、
表紙デザインからしていかにも怪しい。

作曲家の顔があしらわれているだけではないか、
などと感じられるかもしれないが、
緑の帯と服の赤の対比が安っぽく、
その影響か、ヴィヴァルディの眼も口も、
何やら、悪巧みを考えていそうな謎の表情である。

確かに、技巧家でも興行師でも、
これくらいでないと務まるまい。
いかにもお人よしの技巧家とか、
いかにも分かりやすい興行師とか、
我々が求めているとも思えない。

さらに、このCD、ヴィヴァルディでありがちな、
先のタイトルからしても、
単に協奏曲の名曲集ではあるはずはなく、
「協奏曲、アリアとシンフォニア」と書かれている。
いったい、どんな曲が、どう集められているのだ。

あるいは、私は、この多産な作曲家に対し、
どこからどう手を付けて良いか分からず、
このような企画に飢えているのであろう。
膨大な作品を、どのように整理して考えるべきなのか。

これを考えると、ベートーヴェンやシューベルトが、
初期、中期、後期が把握しやすい、
年代順の作品番号やドイチュ番号で整理されているのが、
いかにありがたい事かを再認識してしまう。

ヴィヴァルディの場合、
作品番号がある曲は限られており、
リオム番号などは、曲種ごとの分類にすぎず、
どんなジャンルがどれぐらいあるか、
という情報くらいしか得る事が出来ない。

では、さっさと、このCDの解説を読んで行こう。

「1711年のヴィヴァルディの
作品3『調和の幻想』の出版は、
莫大な成功を収めた。
彼は、今や、さらに名誉ある依頼に相応しい存在となり、
1713年には、最初のオペラ
『離宮のオットーネ』、RV729や、
オラトリオ『教皇ピウス5世の予言した海戦の勝利』、
RV782が、ヴィンツェンツァから依頼を受け、
まったくもってキャリアが変転した。
ピエタでの職位も、一時的に『合唱長』となった。
このポストは4年で終わったが、
彼は50曲に及ぶオペラの作曲を、
その生涯にわたって続けることになる。
多くの作曲家が、ヴェネチアの劇場で失敗したが、
ヴィヴァルディは、こうしたオペラの世界が、
残酷な女主人であることを知っており、
ヴェネトのはずれの地でデビューすると決めたのは、
賢明なことであった。
それでも、彼はさらに用心深く、
RV370のヴァイオリン協奏曲変ロ長調の
第1楽章として改作される、
協奏曲的なシンフォニアを、
『オットーネ』のオープニングに選択した。」

オペラ「オットーネ」の話から、
いきなり、協奏曲の話になるのは、
いささか唐突であるが、
このCDでは非常に重要な事で、
最初に収められたのがこの曲なのである。

したがって、それを知らずに以下を読むと、
何がどうなったかと戸惑ってしまう。

なお、このRV370は、
私にとっては忘れがたい曲である。

トスカニーニがNBC響を振ったライブに、
この曲が入っているとされ、
NAXOSのCDにはそう記載されていたのだが、
実は、トスカニーニが振ったのは、
RV367であった。

私は、現代の演奏と聴き比べようとして、
ネットで検索して即時購入したのだが、
期待して待っていたものを聴いて、
ようやく、全然違う、と気づいたのである。

面白い事に、この時、今度は、
同じ変ロ長調でもRV367をネット検索して、
チャンドラーのCDに行き当たったのである。
それまで、この人については、
まったく知らなかった。
そして、このCDについてはかつて書いた。

「彼の初期の技巧家的なスタイルで書かれ、
1712年の『パドヴァにおいて
聖アントニウスの聖なる舌に捧げられる儀式のために』
RV212に使われた、
急速なパッセージワークやマルチ・リトルネッロの
レイアウトの余韻がある。
閃光のような音階、
超絶なボウイング・パターンは、
1716年にヴェニスに滞在し、
ヴィヴァルディに学んだ、
若いザクセンのヴィルトゥオーゾ、
ヨハン・ゲオルグ・ピゼンデルの、
並外れた技巧を想起させる。
(おそらく、この頃、この協奏曲は書かれた。)
そして、この人の手で筆写譜が、
ドレスデンのザクセン州立図書館に保存されており、
他の自筆譜はトリノの国立図書館に収められている。
初期の大規模なヴァイオリン協奏曲の多くに、
ヴィヴァルディは終楽章にカデンツァを入れた。
時々、彼は、聖アントニウス協奏曲のように、
それをすべて記載したが、
しばしば、単に、『よきにはからえ』と書いただけで、
オペラのアリアでそうしたように、
そして、それをベネデット・マルチェッロに非難されたように、
即興で弾くことをほのめかしている。
『オットーネ』の『Guarda in quest’occhi』は、
ヴァイオリンのカデンツァが要求されたもので、
現存するものである。」

こう書かれると、このアリアも、
このCDに収められているのか、
と期待したくなるのだが、
残念ながら、これは含まれていないようだ。

しかし、「離宮のオットーネ」は、
たくさんのCDで出ているので、
それを参考にしても良い。
第3幕のカイオのアリアである。

確かに、グリエルモのCDでも、
ヴァイオリンが大活躍している。
そして、最後に短いが強烈なカデンツァがある。

私は、かつて、この人の演奏による、
このオペラのCDを聴いて、
その序曲からして協奏曲的であることを
驚いた経験があるので、
チャンドラーが書いていることは、
いちいち納得できる。

ヴィヴァルディは、あえて、処女作では、
安全な自分の土俵で戦ったということだ。

Track1.協奏曲RV370第1楽章。
序奏からして、
グリエルモの「オットーネ」で聴き親しんだ
快活な主題が出てくる。
が、さすが協奏曲だけあって、
ヴァイオリン独奏が前景に飛び出て来ており、
それゆえに、超絶な感じはするが、
「オットーネ」に比べておおらかさが減退し、
音楽の広がり感は小さくなったような気もする。

Track2.第2楽章は、
グラーヴェとあり、荘重な歎きの音楽。
序奏は荘厳で、
ヴァイオリンの強い線が、
簡単な伴奏のオーケストラの前で、
ぎゅうぎゅうと悲しい音をふりしぼる。

Track3.再び、アレグロ。
じゃんじゃんと威勢の良いオーケストラに、
颯爽と入って来るヴァイオリン。
同様の音型を繰り返し、
「閃光のような」と形容されたのが良くわかる。

雷を表すようなぎざぎざの進行が、
興奮を盛り上げて行ったに相違ない。

チャンドラーがヴィヴァルディ風だと信じて
新たに作曲したカデンツァは、
終わり近くで聴かれるが、
ヴィヴァルディがどんな演奏をしたかを彷彿とさせる、
気品があって嫌味なく、しかし華麗なもので、
非常に楽しめた。
このカデンツァは、以下のように紹介されている。

「今日、カデンツァは、
協奏曲本体から動機を再導入するが、
しかし、ヴィヴァルディのカデンツァは、
ロカテッリの作品3の
『ヴァイオリンの技法』(1733)同様、
急速な音階や、楽器を上下するアルペッジョ、
頻繁なダブル・ストップ、トリプル・ストップを
駆使することを好む。
それゆえ、これらのカデンツァは、
協奏曲から独立して、
ヴィヴァルディは遠慮なく拍子記号を変えている。
この協奏曲はヴィヴァルディ自身のものが
欠けている曲の一つで、
私は、彼のスタイルで即興的なカデンツァを作曲した。」

以上が1曲目の説明で、
以下、2曲目の説明が始まる。
読んで分かるように、
2曲目は変化をつけてアリアである。

しかも、一気に3曲、
「ソプラノ、弦と通奏低音のための、
『愛と憎しみの誠実の勝利』RV706からのアリア」
と銘打たれている。

「1716年という日付は、
この協奏曲が、二つのヴェネチアでのオペラ、
サンタンジェロ劇場のための、
『ポントスのアルシルダ王妃』(RV700)や、
サン・モイーゼ劇場のための、
『愛と憎しみの誠実の勝利』(RV706)と、
同時期のものだということである。」

ということで、
1716年のヴィヴァルディを、
協奏曲とオペラの両面から描こうとしている。

「『アルシルダ』のスコアは残っているが、
『誠実』の方の音楽は何曲かのアリア以外は、
失われている。
2001年、バークレー城で、
主に1716年から17年の、
ヴェネチアのオペラ・シーズンの
50のナンバーの手稿が発見された。
ソプラノのための2曲のうち、
たった1曲だけが、
演奏会でもかけられるようなものだが、
それらのうち8曲は、
『誠実』のものとされている。
ベルリンの州立図書館でも、
さらに3曲のアリアが見つかっている。
『Se vince il caro sposo』は、
しかし、スカスカのスコアである。
『Hei sete di sangue』は、
G.C.Schurmannのパスティッチョ、
『アルチェステ』の中に含まれ、
『Amoroso caro sposo』は、
どのオペラのものか分からないような感じで、
別に見つかっている。」

これはすごい事である。
散逸したオペラが、
こんな遠く離れた所で発見されているとは。

このCDでは、
Track4.に「Sento il cor brillemi in petto」とあるが、
これは、上記のどれなのであろうか。

ソプラノのMhairi Lawsonが歌っているが、
「私の胸に、心が燃えるのを感じるわ、
だから、苦しみとよ喜びの間に捕えられ、
私に痛みをもたらすの」という内容らしく、
楽しい陽気なリズムと、悩ましい歌唱が交錯して、
確かにいきなり、ヴィヴァルディの劇場音楽の世界に、
引きずり込まれてしまう。

Track5.には、
他人のパスティッチョから探し出された、
「Hei sete di sangue」が置かれ、
これは、「血に飢えたあなたでも、
私の心は傷つけることは出来ない、
恥知らずの恩知らず」という歌なので、
ざっくざっくとした荒々しいリズムの
切迫した音楽が、罵りの感情を盛り上げる。

パスティッチョでは、
裏切りに対する怒りのシーンで使いやすそうだ。

Track6.に、保護された迷子のように見つかった、
「Amoroso caro sposo」が来る。

これまた、ヴィヴァルディらしい、
真実味と華麗さを兼ね備えた美しい音楽で、
「愛する夫は、過酷な嵐の海の中」という語句で、
悲嘆にくれた歌かと思いきや、
「それが、あなたを安心させるだろうが」と続き、
敵を毒づく音楽と思われる。

したがって、英雄的でもあり、
様々な感情が渦巻くように、
管弦楽の効果が目覚ましい。

「これらのアリアは
ヴィヴァルディ初期の
オペラ様式の典型的なもので、
彼の楽器をもてあそぶような、
リトルネッロや独奏部の挿句がたくさん現れ、
初期の協奏曲様式にも似ている。」
と、解説では総括されている。

「1720年代は、ナポリ派の、
新世代の作曲家たちが勃興し、
近代的なベル・カント歌唱法で、
世界中をとりこにした。
アルビノーニのような古い音楽家たちは、
流行について行くことが出来なかったが、
ヴィヴァルディは、
ヴェローナの『アカデミア劇場』用の
『忠実なニンファ』(RV714)のように、
ギャラントスタイルを自作に導入して適応した。
シピオーネ・マフェイのテキストにより、
『ニンファ』は、8人の独唱者がおり、
印象的なトランペット群、打楽器、ホルン、
リコーダーが、通常の弦楽合奏に加えられた。
ヴィヴァルディの通常のものとは違って、
オペラは二重唱、四重唱、五重唱を含み、
第3幕ではバレエ音楽も含んでいる。
しかし、ここにも2曲取り上げたアリアが、
創造力をかきたてる、素晴らしい例となっている。
ロンバルディア風のリズムによる、
『Dolce fiamma』は、ヴィヴァルディの中でも、
最も優美なアリアの一つで、
『Alma oppressa』では、
コロラトゥーラの離れ業と、
巧みなオーケストラ書法が見られ、
作曲家が芸術の力の絶頂にあった時の
自信にあふれた作品になっている。
ダ・カーポ・アリアは、今や規則正しく、
三つの独唱部分とリトルネッロを有し、
後期の協奏曲と同様である。
もっとも、後者は最後のリトルネッロを要するが。」

初期のオペラから絶頂期のオペラの話に移ったが、
CDでは、これらのアリアは、
最後の一曲の前を飾るものである。

Track16.の「Dolce fiamma」は、
確かに、浮遊するような、
羽根のタッチのオーケストラをバックに、
ソプラノがシンプルながら、
時にコロラトゥーラを響かせるナポリ派風で、
6分半も歌われる。
「私の胸の中の甘い炎よ、
運命の力によって、名前も素性も変えてはいるが、
心までは変えられない」という、
これまた、かなり鬱屈した感情を歌うものであるが。

Track17.の「Alma oppressa」は、
待ってました、と言いたくなる、
ヴィヴァルディの代表的なアリアで、
激烈な管弦楽の書法の網目を縫うように、
声が縦横無尽に飛翔するのは、
鳥肌が立つような感じ。

「残酷な運命に魂も虐げられ、
愛で悲しみを慰めるのも無駄で、
その愛がまた悲しみなのだ」
という悲惨な八方塞がりの状況。

このCDのソプラノは、
超絶技巧ということはないが、
美しい声で、スリリングな難所を切り抜けて、
素晴らしい聴きものである。

以下、解説には、
後期協奏曲の特徴が語られている。

「『モト・ペルペトゥオ(無窮動)』
のパッセージワークは、
メロディの声楽書法のために抑えられ、
RV243の協奏曲 『センツァ・カンティン』の
このことは緩徐楽章で前面に出され、
その典型的なサンプルである。
この協奏曲は、ヴァイオリニストに、
『E線なしで(センツァ・カンティン)』
という異例の指示があり、
最低音の弦は、最終楽章の、
長いbariolage(静的な音と変化音の急速な変化)楽句の
持続音のために調弦して使われる。」

この曲は、Track13~15.で、
アリアの前に置かれている。
最初にこのCDを聴き流した時から、
この緩徐楽章は強い印象を残すものであり、
オペラのアリアが始まるのではないか、
などと身構えた程であった。

Track13.アレグロは、
どっぷりオペラの世界に浸かった
ヴィヴァルディの面目躍如の音楽で、
いきなり序奏から、がっつり聴き手を掴む感じ。

極めて強い意志、あるいは運命の力を感じるような楽想で、
真ん中で現れる長大な無窮動のカデンツァが、
がむしゃらである。

Track14.アンダンテ・モルト。
夢見るような物憂げな歌謡楽章で、
解説に、歌のラインを大切にして、
器楽的な効果を押さえている旨あったが、
これと「E線なし」は、何か関係あるのだろうか。

あるいは、終楽章でE線を使うようにして、
制約を設けたら、無窮動がしにくくなったとか。

Track15.
ここでは、前の楽章で我慢していた、
パッセージワークが頻出するが、
全体の印象は、
ベートーヴェンのスケルツォのように無骨なもので、
重いリズムがばーんばーんと打ち付けられ、
ヴィヴァルディ的な快活さとは一線を画し、
巨大なエモーションに突き動かされている感じがする。

以下には、最後に収められた協奏曲の解説が続く。

「拡張されたbariolageのパッセージワークは、
ヴィヴァルディの後期作品で優れており、
協奏曲変ホ長調RV254は、
いくつかの特に美しい好例を含んで、
全編のベル・カント風を引き立てている。
この協奏曲はおそらく、
彼のオペラの導入に使われたに相違ない。
第1楽章に、『senza cembali』
(ハープシコードなしで)という記載を含むように。
劇場外でハープシコードが一台以上あるという事は、
あり得なくもないが、不自然である。」

Track18.疾風のような楽句が吹きすさぶ、
これまた大仰とも言える楽想。
大作のオペラを予告するのか、
ヴァイオリンの主題も稀有壮大さと、
英雄的な推進力を併せ持っている。

オーケストラも寄せては返す波のように激しい。
チェンバロなしの指定は、
ここでチャラリンと鳴ると、
急にお上品になるからであろうか。
それを避けてまで、緊迫感を盛り上げるもの。
ここでのカデンツァも強烈である。

Track19.またまた、情感豊かな緩徐楽章。
ここでは、思索的な状況で、
盛んにチェンバロが鳴っている。
ヴァイオリンも、
何やら難しい事を考えているようなメロディ。

Track20.ようやく肩の力が抜けたアレグロ。
このCDの後半は、緊張感がありすぎであろう。
ようやく、楽しげなヴィヴァルディである。
オーケストラの疾風はおさまり、
爽やかな風が流れる。
だが、ヴァイオリンが奏でるメロディは、
いささか珍妙であって、
わざと操り人形のような、
ぎくしゃく感を出しているのか。

CD最後の曲は終わっても、解説は続く。

「彼の弦楽と通奏低音のための作品を見てみると、
たくさんの独立したシンフォニアが見つかるが、
『誠実』の場合に見たように、
多くのヴィヴァルディのオペラは、
長い間、行方不明のものが多い。
RV134のような協奏曲は、
シンフォニアに後に改作され、
タイトルは異なる色のインクで、
変えられていたりする。
その素晴らしいフーガの開始を見ると、
オペラハウスで演奏されるには
ふさわしくなさそうである。
むしろ、オラトリオの開始部か、
あるいは自由独立の室内交響曲(リピエーノ作品)
なのかもしれない。」

このように、Track10~12.
として収められたRV134の解説となるが、
同じように大型の声楽曲なのに、
チャンドラーはオペラとオラトリオを、
厳しく峻別しているようだ。

音楽を聞いて見ると、
劇的な緊張感に溢れたフーガは、
かなり集中力を持って聴かせる力があり、
極めてシリアスである。
ただ、第2楽章は、内省的であるものの、
とても情緒があって悩ましく、
オペラの一部であってもおかしくはない。

終楽章は、活力があり、
メロディの晴朗さも、
古典派の作品といっても良さそうな新鮮さがある。

弦楽合奏のための協奏曲は、
ヴィヴァルディの中では地味な部類の曲種であるが、
このような曲を、こうした共感豊かな演奏で聴くと、
改めて、ヴィヴァルディを聴く喜びが再認識される。

「ヴィヴァルディのアンサンブル協奏曲は、
おそらく1720年代中盤から後半にかけて作られた、
ヴァイオリンと2つのチェロのための
協奏曲RV561に見られるように、
未だ、リズムの興奮と色彩の対比に依存している。」

と書かれて、Track7-9の作品に移るが、
これは、逆に言えば、
協奏曲は外面的な効果で乗り切れたが、
シンフォニアでは、
そうはいかなかった、というニュアンスであろうか。

「ヴィヴァルディは、
5曲以上の協奏曲と、
『ディキシッド・ドミヌス』RV595の
最初の付曲において、
2台のチェロ独奏を使っている。
この場合、木管楽器群を持つ協奏曲同様、
独奏部の一番おいしいところは、
ヴァイオリンが持っていっている。
緩徐楽章は全編、ヴァイオリン用で、
ニ長調、RV564の協奏曲の対応する楽章同様、
チェロは、単にアルペッジョで付き合っているだけである。」

何だか、良い事を書いていないようだが、
Track7.に始まるハ長調協奏曲は、
生き生きとしたヴァイオリンに対抗して、
ど迫力でチェロ軍団が襲いかかるような
第1楽章からして極めて面白い。

しかし、チェロはがちゃがちゃ言っているだけで、
特に美しいメロディを奏でるでもなく、
音色の対比をして、陰影をつけているだけ、
と言われれば、そんな感じもする。

Track8.問題のラルゴである。
これは、どんぶらこどんぶらこと、
短調な音形をくり返すチェロを伴奏にした、
ヴァイオリンの舟歌みたいなものであった。

Track9.アレグロは、
ものすごいスピードで駆け巡るが、
チェロが動くので、重量級の迫力。
ヴァイオリンの囀りを、重火器が駆逐しながら進む。

「それらのすごい変則性によって、
ヴィヴァルディ初期の実験的な作品は、
バロック・スタイルの真の典型となっている。」

変則なのに、突き詰めれば「典型」だと。

「続く20年間、彼の遍歴は、
ここに取り上げた、
後期のヴァイオリン協奏曲、その他多くのように、
ソナタ形式のプロトタイプさえ利用して、
古典形式のすれすれまで導いた。
欧州の大部分では、
もう20年も前に亡くなっていた、
アルカンジェロ・コレッリの、
コンチェルト・グロッソの形式が
くり返されていたが、
そこから離れて、
新しい流行に夢中になったサークルのために。
しかし、ヴィヴェルディの協奏曲のスタイルは、
多くの若い作曲家の意識に浸透し、
その名技性や、
タルティーニのような衒学的な経験と共に
18世紀後半や19世紀の、
偉大な協奏曲の作曲家を導くことになる。」

以上で、チャンドラーが作った、
「北イタリアのヴァイオリン協奏曲の興隆」
シリーズの「第2巻」の解説が終わるが、
最後に、「第1巻」で取り上げられながら、
ここで訳出できなかった、
「調和の幻想」の解説部分を持って来て、
ヴィヴァルディ初期の協奏曲についても、
振り返っておこう。

「『調和の幻想』は、トスカーナの大公、
フェルディナンド王子(3世)に捧げられており、
「和声の誕生」とでも訳せばよいもので、
当時のピタゴラス派の音楽による天球の調和を表している。
何よりも重要な数字「7」が、
この楽曲の4つのヴァイオリン、
(彼の協奏曲には珍しい)2つのヴィオラ、
そしてバスという編成や、
作品の循環的な特徴に現れている。
最初の協奏曲は4つの独奏ヴァイオリンが使われ、
2番目のは2つのヴァイオリン用、
3つめのは1つのヴァイオリン用で、
全曲でこのパターンが繰り返される。
アルビノーニのものの残照か、
チェロ独奏を含むものが、第1番、第2番、
(短いが)第7番、第10番と第11番である。
このいかにもヴェネチア的な協奏曲集は、
彼の協奏曲集の中でもユニークで、
形式の点でアルビノーニの作品2や、
スコアの点でレグレンツィの作品8や10に負っている。」

何と、トラック・ナンバー(前のCD)で、
Track34-36.が作品3の3。
独奏用のヴァイオリン協奏曲で、
澄んで、快活なチャンドラーのヴァイオリンが楽しめる。
楽器は、アマティのコピーだとある。

Track37-39.には、作品3の10。
これはバッハが編曲したので有名なもので、
上記3パターンの4順目の最初の曲で、
4つのヴァイオリンが登場、時々、チェロが聞こえる。

楽器が多い分、
ものすごく豊穣なもので、
演奏の推進力も素晴らしい。
サラ・モファットや、
ジェーン・ゴードンといった美人奏者も、
この中で、音楽の綾を紡いでいると思うと、
想像するだに、リッチな演奏風景である。

得られた事:「協奏曲とオペラが合い携えて、ヴィヴァルディの音楽を発展させていった様子を魅力的に紹介した、極めて充実した内容のCDであった。」
「ヴィヴァルディの必殺技は協奏曲だったので、オペラ界に乗り出す時も、これを有効活用し、アリアにも楽器をもてあそぶようなリトルネッロや独奏部の挿句がたくさん現れる。」
「1720年代は、ナポリ派の作曲家たちが勃興し、ベル・カント歌唱法で、
世界中をとりこにしたが、ヴィヴァルディは、ギャラントスタイルを自作に導入して適応した。そして、それが、彼の後期協奏曲に広がりを与えて行く。」
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by franz310 | 2015-02-08 21:09 | 古典