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クラシック音楽への愛と悲しみの日々
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その422

b0083728_156036.png個人的経験:
イギリスの古楽団体、
セレニッシマを率いる
チャンドラーのヴィヴァルディは、
収録された各曲への思い入れや、
膨大なこの作曲家の作品の中から、
いかにして選曲してCD化したかを、
きちんと説明してくれていて、
彼のヴィヴァルディ傾倒に、
ついつい引きずられて
聞き入ってしまうことになる。
AVIEというレーベルは、
良く知らないが装丁も美しい。


気鋭の奏者が共感に富んだ演奏を聴かせ、
録音も良いので、ついつい聴き進めたくなる。

そんな彼らが、2000年代後半に、
「北イタリアのヴァイオリン協奏曲の興隆」
と題したCDを三つ出している。

これは、さぞかし、勉強になりそうだと、
まず一巻から聴き始めた。
「ヴィルトゥオーゾの夜明け」というタイトルから
気になってしょうがないが、
アルビノーニとか、ヴィヴァルディの作品もあり、
無名の先達ばかり集めたCDにあり勝ちの、
興味本位に陥ることはなさそうだ。

いかにも素性の悪そうなおっさんばかりの
表紙の絵画からして、興味半減になるが、
さすが、このオタク向けレーベル、
これに関しても、いろいろ能書きがあった。

アントニオ・ドメニコ・ガビアーニ(1652-1726)作
「1685年、メディチ家の
フェルディナント王子宮廷の音楽家たち」
(カンバスに油彩)とある。
「この録音のトラック1-24の
アンサンブルと同様の器楽アンサンブルが
見て取れる」とあるが、
7人のうち5人が弦楽四重奏+アルファの弦楽で、
マンドリンとチェンバロが見える。

あまり、協奏曲を演奏しそうなメンバーとは思えないが、
この中の何人かが、超絶技巧を聴かせるのだろうか。

「この音楽家たちを抱えていた、
メディチ家のフェルディナント公は、
ヴィヴァルディがのちの1711年に、
『調和の幻想』作品3を献呈する人である」
とあるから、狭いスペースに、
おっさんたちが緊張してポーズを取った、
非常にむさ苦しい構図ではあっても、
これは、ヴィヴァルディを演奏する際、
何らかの参考にするべき、
極めて重要な絵画であると考えられる。

どのような編成で演奏されたかが、
よくわかったところで、
ブックレット内の「セレニッシマ」という、
このCDの団体のメンバーの寛いだ写真を見ると、
チャンドラーが、本当に、
この絵画を参考にしたのか、
疑わしくなる。

13人のメンバーが写っているし、
3人は若い女性で、華やかな感じ。

さらに演奏者名を追っていくと、
ヴァイオリン6、アルト・ヴィオラ1、
テノール・ヴィオラ2、チェロ、ダブルベース各1で、
弦楽だけで10人もいる。
テオルボにバロック・ギター、
ハープシコード、オルガンと、
通奏低音が豪勢である。

が、このCD、トラックが39もあって、
アルビノーニだのヴィヴァルディだの、
有名な人が出てくるのは、
まさしくトラック25からなのである。

「セレニッシマは、ヴィヴァルディの
『セーヌの祭典』(RV693)を演奏するために、
1994年に創設され、
10年後に正式に、ヴィヴァルディと、
その同時代の音楽を演奏する、
指導的な団体として発足した」とあるから、
劇場音楽に対応できる編成を持っているようだ。

表紙の編成で演奏されるトラック24までは、
フランチェスコ・ナヴァラのシンフォニア、
作曲家Xの「ラウダーテ・ペウリ」、
ジョヴァンニ・レグレンツィの「3つのバレットとコレンテ」、
再び、ナヴァラの「シンフォニア」が並ぶ。

後半は4曲あって、最後の2曲がヴィヴァルディで、
その前に、トマゾ・アルビノーニの協奏曲、作品2の8と、
ジュゼッペ・ヴァレンティーニの協奏曲、作品7より、
が収められている。

つまり、「ヴァイオリン協奏曲の興隆」とはいえ、
前半のものは「協奏曲」という
タイトルではなさそうである。

一筋縄ではいかなそうなので、
さっそく、解説の本文を見ていこう。

「1600年代の初期には、
器楽曲の出版が劇的に増加し、
それが今度は、その消費者によって、
さらなる技法の熟達がもたらされた。
最も好まれた楽器は、
ヴァイオリンとコルネットであったが、
ヴァイオリンは機敏なゆえに生き残り、
コルネットを駆逐した。
広い音域、大きな跳躍、
ダブルストップやエンドレスな楽句演奏で、
ヴァイオリン族は、
器楽でも声楽でも作曲家に不可欠となった。
北イタリアから、
こうした名手が出て来た事は偶然ではなく、
この地は良く知られた、
この楽器発祥の地であり、
クレモナとブレスチアという、
二大産地を抱えていた。」

ということで、期待にたがわぬ書き出しぶりである。

「トリオ・ソナタと、
4声か5声からなるオペラ用のシンフォニアが
1650年代に現れ、
アンサンブル・ソナタの創造の引き金となった。
このジャンルは、ベルガモ出身で、
1672年にヴェネチアに移り住んだ、
ジョヴァンニ・レグレンツィなどの作曲家の、
基本形式となった。
彼の作品8(1663)や作品10(1673)は、
ジョヴァンニ・ガブリエリの
『サクラ・シンフォニア』(1597)の伝統に則った、
様々な編成で書かれたアンサンブル・ソナタであるが、
彼の甥のジョヴァンニ・ヴァレスキーニによって、
死後に出版された作品16は、
その30年に起こったアンサンブル・ソナタの
基本的編成を反映している。
全てのセットが、北イタリアの、
2つのヴァイオリン、アルト・ヴィオラ、
テノール・ヴィオラとチェロの5部に、
ハープシコードの通奏低音という編成となっている。」

という事で、最初は、ヴェネチアの器楽の基準は、
ガブリエリのような管楽だったのが、
古典的なものに近い弦5部となっていったが、
その流れに乗った人として、
レグレンツィが取り上げられたようだ。
この人の作品は3曲目に出てくる。

「作品16は、9対の小品からなり、
おのおの、バレット(舞曲の動きの包括的呼称)と、
コレンテ(舞曲形式)の組み合わせで、
バレットでは、レグレンツィは、
多くの場合、アルマンドとし、
コレンテは、3/4、6/4、
3/8、6/8、12/8拍子といった、
様々な拍子の舞曲の複合体とした。
ここで、おそらく売上を増やすためであろう、
コレンテはポピュラーなヴェネチアのダンスであった。
ダンスはジーガ(第2コレンテ)、
サラバンダ(第5コレンテ)、
フォルラーノのスタイルのフランス風ロンド(第7コレンテ)、
それからシャコンヌ(第9コレンテ)を含んでいる。」

レグレンツィのバレッティは、
最初に解説があるくせに、
登場するのは、Track15.になってからである。

ジーグやアルマントとあると、
バッハの時代の組曲のようだが、
1分前後の曲の集合体で、
シューベルトの「レントラー集」みたいな規模。

各曲は、異なる舞曲であって、
それぞれが、気分転換とか、
口直しみたいな音楽になっている。
シンプルな音楽だが、
演奏には、共感と活気があって、
打楽器の扱いや、節回しには、
様々な工夫を凝らしている。

次に、もう一人の知られざる作曲家、
ナヴァラの解説に入る。

「1695年、フランチェスコ・ナヴァラは、
マントヴァ宮廷の楽長に任命された。
彼の生涯についてはあまり知られておらず、
(英国の?)ダラムの大聖堂図書館に収蔵された、
2つのシンフォニアなど、
ほんのわずかな曲が残されているにすぎない。
イ短調の作品の手稿は1697年のもので、
マントヴァ宮廷礼拝堂の楽長のナヴァラ作とあり、
他の手稿には『カティ夫人に献呈』とある。
おそらくマントヴァの知られざる人物であろう。
両作品とも、レグレンツィの作品16と
同様の編成のために書かれているが、
ヴァイオリンのパートが、
その頃、ヴィオラ・パートを得て新鮮になり、
合奏協奏曲のプロトタイプになった、
ローマのトリオ・ソナタに似て印象的な、
もっと新しい形式で書かれている。」

Track1.~Track4.
にハ長調のものが収められているが、
鮮やかに音楽を先導する、
ヴァイオリンの推進力が美しい。

第1楽章の冒頭はソステヌートと題され、
低音弦がぶんぶん言う中を、
ヴァイオリンが混沌をかき分けるような感じで、
アダージョになったり、ヴィヴァーチェになったり、
なかなか劇的なものになっている。

それを序奏のように、
アレグロが続くが、独奏と合奏の変化や、
独奏同士の掛け合いもあったりして、
楽しい進行である。

続くアダージョは、
多彩なコンティヌオの活躍の中、
ヴァイオリンは思慮深く歌い、
あたかも、ヴィオール・コンソートのように、
深々とした感触。

最後のアレグロでは、
舞曲調の大団円になっていて、
確かに、協奏曲の原型という感じがする。

ただし、全曲でわずか5分半しかない。

Track21.~24.には、
このナヴァラのイ短調のシンフォニアがあるが、
これも「ソステヌート」の導入曲があって、
この部分は、調性からしても、神妙な感じ。

アレグロ・アッサイは、
第1ヴァイオリン主動型ながら、
勢いもある中、各声部の交錯が目立ち、
曲に立体感を与えている。

アダージョで奏される43秒ほどの部分は、
扇情的なこぶしを聴かせ、
続く情熱的なダンスのアレグロへの、
効果的な移行となる。

このアレグロは、ふしも艶めかしく、
フラメンコを想起させる。

ナヴァラの曲に対しては、
以下のような解説もある。

「これは、1714年に、
コレルリの死後発表された、
合奏協奏曲作品6に似ているというより、
1680年代の
コレッリのローマの演奏会について、
ムファットが記載した、
増強されたトリオ・ソナタに近いと思われる。
アンティフォンの合唱によって培われた
音を強くしたり優しくしたりする効果の
イタリアの伝統は、
カスティーリャ風のエコー・ソナタと共に、
このジャンルの普及の肥沃な土壌となった。」

このように形式とか、編成の話があったが、
今度は、語源の話が続く。

「『コンチェルト』という言葉は、
イタリアで長い間使われて来たが、
(モンテヴェルディやガブリエリは、
彼らの作品の修正にこの言葉を充てた)
現代の意味で使われるようになったのは、
1690年代になってからであった。
トレッリの作品5(1692)にそれが使われ、
1696年のタリエッティの作品2が続き、
1698年のトレッリの作品6と、
グレゴリの作品2の協奏曲集が共に、
4部の弦楽を有する。
1700年に、
アルビノーニが作品2を出すまで、
その創生期には、
シンフォニア/ソナタ・タイプは、
出版時はしばしばコンチェルトとペアとなっており、
二つを分離することはあまりなかった。
ナヴァラのシンフォニアは、
トレッリの初期のコンチェルトや、
トリオ・ソナタの曲集である、
タリエッティの作品2と形式的には同じである。」

このように、シンフォニアやトリオ・ソナタや、
コンチェルトがごちゃ混ぜであった時代が展望されたが、
以下、まさしく、今と同様の意味での
協奏曲の発展が語られる。

「もっとも重要な発展は独奏パッセージの導入と、
さらなる弦楽奏者の追加が薦められる、
トレッリ、ヴァレンティーニらの作品によってもたらされ、
オーケストラのテクスチャーが形成された。」

確かに、これまで聴いた作品は、
各奏者ががちゃがちゃやっている感じで、
すっきりと、独特の技巧を見せる独奏者と、
バックで、それを支える合奏部、
という感じはなく、いわば、室内楽であった。

「グレゴリはその第4協奏曲のフィナーレでは、
独奏者である第1ヴァイオリンから
独立したトゥッティを含み、
おおきく前進したとはいえ、
独奏パッセージは、初期には珍しかった。
通して独奏パッセージを用いた最初の作曲家
(そして、協奏曲形式を採用した最初のヴェネチアの作曲家)
は、1700年に、5声のソナタ集と6声の協奏曲集を、
その作品2として出したトマゾ・アルビノーニであった。
(これも、出版パート譜の表紙には、シンフォニアとある。)
その事実上の独奏部の動きは、しかし、
ヴィヴァルディの初期の協奏曲と比べると地味なものである。
一番の見どころは第4協奏曲(作品2の8)にあって、
これには独奏チェロも登場し、
これはいくつかの初期のアルビノーニの協奏曲の特徴で、
1711年のセレナータ『アウローラ』の、
2つのゼッフィーロのアリアにも出てくる。
実際は、これはハープシコード・パートの
華々しい装飾にすぎず、
ヴェネチアではよく見られた習慣で、
アンサンブル・ソナタの古いスタイルの名残であり、
ハープシコード奏者は、
ラインを単純化して、時として、
(レグレンツィの作品16のように)
さらにオクターブ下を弾いた。
さらに、短く、しばしば和音だけの緩徐楽章は、
(第4協奏曲でのみ、実際に6声ある)
17世紀中盤のはじめにマリーニが、
そのシンフォニアで多用したものに似ている。」

これだけ書いただけあって、
興味が高まった、アルビノーニの、
作品2の8は、このCDにも収められている。

Track25.はアレグロで、
ちょこまかとヴァイオリンが囀りながら、
明るく楽しげな音楽が始まる。
じゃかじゃかと活発に鳴るチェロも豊かな感じ。
確かに、ヴァイオリンは技巧的であるが、
合奏部に対比的な価値があるようには感じられず、
ヴィヴァルディとナヴァラの間にいる感じがする。

Track26.はアダージョ、
じゃーん、じゃーん、ぽろぽろぽろ、
という典型的な経過句の連続みたいな音楽で、
1分しかない。

Track27.はアレグロ、
再び、ヴァイオリンが舞い上がるが、
それによって、他の楽器も興奮するので、
独奏楽器と合奏が分離している感じは、
今一つである。
この曲も、全体で5分半弱しかない。

ただ、このように、
3楽章でぴしっと決まっている点は、
多くの人が彼の功績と考えた。

「アルビノーニが、
急緩急の断固とした3楽章形式を採った重要さは、
彼が古い4楽章形式を協奏曲で捨てた、
最初の提唱者であるという以上の評価はできるものではない。
1690年以前からヴェニスで人気があった、
3楽章のトリオ・ソナタを知っている人には簡単なことだった。
彼は、ナポリのチャペル・ロイヤルに移って、
アレッサンドロ・スカルラッティに影響を与えたような、
ピエトアンドレア・ツィアーニの、
オペラ用の3楽章のシンフォニアも、おそらく、知っていた。」

読んで見ると、チャンドラーは、
まったくアルビノーニを評価していないようである。

「形式は進化したが、アルビノーニの作品は、
バロック期の協奏曲に必要な名技性が欠けている」
と追い打ちをかけて手厳しい。

「この要素を最初に導入した作曲家は、
フィレンツェの人で、
多くのキャリアをローマで積んだ、
ジュゼッペ・ヴァレンティーニである。
彼の協奏曲作品7(1710)は、
ボローニャで出版されたもので、
2つのヴァイオリンのもの、
2つのヴァイオリンとチェロのもの、
ヴァイオリンとチェロ、
ヴァイオリンのもの、
そして、11番目の協奏曲では、
4つのヴァイオリンのものという、
華やかなスコアで、
レグレンツィの作品8を先取りしている。
後者は、彼の風変りな和声の偏愛を示し、
特に量感のあるフーガの第2楽章に見られる、
すべての声部が均等に主張するものである。
これまでの協奏曲の平板な外観に対し、
この曲集の登場はまさしく興奮を与えた。」

後者とあるが、これは、レグレンツィではなく、
ヴァレンティーニの事を説明しているようで、
このCDには、Track28.~Track33.
の6トラックかけて、
ヴァレンティーニの作品7の11が収められ、
第2楽章のTrack29.は、
これだけで5分半もあって、
ナヴァラやアルビノーニの1曲分の長さがあり、
マッシブである。
しかも、ちょこまかと動き、
まさしく生彩を放つフーガになっている。

このような楽章を持ち、
なおかつ楽章数が6つもあるので、
17分半の演奏時間を要する。
この点から見ても、桁違いの作品のように見える。

確かに、BGMのように、
このCDを聴いていても、
この作品になると、目が覚めたように生彩を放つのが分かる。
Track28.は厳かな序奏風。
Track29.は変化に富んだ、超絶のフーガ。
Track30.グラーヴェとアレグロで、
レチタティーボ風の嘆きが、
ヴァイオリンの急速パッセージを伴う、
パガニーニ風の技巧誇示部に移行する。
複数の楽器による掛け合いもスリリングである。

Track31.はプレストで、
一番短い2分たらずの部分。
そのくせ、押しの強い主張が一筋縄ではいかず、
頑固な感じが、作曲家の姿を連想させる。

Track32.アダージョが来るが、
これは確かに奇妙な自己懐疑のような音楽で、
作曲家は変なにいちゃんだかおっさんだったに違いない。

Track33.
終楽章でアレグロ・アッサイ。
ここでも、執拗なリズムが脅迫観念のように響き、
悪夢のようにヴァイオリンが交錯する。

1681年生まれとあるが、ヴィヴァルディより若い。
ヴァレンティーニは、どうやら無視できない作曲家のようだ。
1710年に出版した曲であれば、29歳の作品。

「これらの協奏曲の多楽章のレイアウトを見ても、
北イタリアでは嫌われた、
一つのヴァイオリン・ラインなど、
ヴァレンティーニの
ローマ風コンチェルト・グロッソとの親近性を感じる。
しかも、第6協奏曲には、
ヴェネチア的な要素もあって、
アルビノーニの3楽章形式を取り、
さらに作品2の8の主題の盗用もある。」

以上のように、ヴィヴァルディ出現前の、
協奏曲の歴史を概観した形だが、
実は、このCD、かなり意外な選曲を行っており、
協奏曲やその原型の器楽曲のみならず、
声楽曲が含まれて、
マイリ・ローソンというソプラノが歌って、
彩りを豊かにしている。

それにしても、作曲者が、
「コンポーザーX」というのは、
いかなる理由によるものか。

「アントニオ・ヴィヴァルディは、
おそらく、この華麗な作品集を熟知しており、
翌年、彼の最初の協奏曲集『調和の幻想』(1711)
を出版する。
1690年代の彼の音楽の修行は、
司祭になる勉強と一緒になされたが、
同時に音楽界が大きな変化を起こしており、
その頃、19曲の宗教曲を勉強に使った。
これらはトリノの国立図書館に収蔵されている。
これらの作品集は5つのグループに分けられ、
最大の13曲を占めるものは、
すべて作者不明の自筆譜で、
同じ筆跡で書かれている。
これは、1650年頃生まれた、
ヴェネチアの作曲家、
『コンポーザーX』のものと認定されている。
多くのものは、4声か5声の声楽部を有し、
時折、コルネットやトランペットが付加される
5声のヴェネチア式の弦楽合奏部を有する。
5曲の詩篇への付曲は、しかし、
ソプラノとい弦楽のためのもので、
ヴィヴァルディのトレードマークの一つとなる、
華やかな協奏曲スタイルに導く厳かな序奏も、
同じテキストに後年、ヴィヴァルディが付曲するものの
青写真のような感じである。
音楽は全体として懐古的なもので、
ある個所では、
モンテヴェルディの残照が感じられる。」

この中の「ラウダーテ・プエリ・ドミヌム」
(詩篇第113番「主のしもべたちよ、ほめたたえよ」)は、
CDの2曲目に早くも取り上げられ、
Track5.では、前述のような、
啓示的にも聞こえる、
器楽による控えめな序奏がある。
シンフォニアと題されている。

Track6.はソプラノが入って来て、
アレグロで「ラウダーテ・プエリ」が歌い出される。
声は、協奏曲のソロのように浮かび上がって美しい。
通奏低音の動きや、ヴァイオリンの助奏も美しい。

Track7.では、
「シット・ノーメン・ドミニ」が、
やはりアレグロで歌われるが、
「主の御名はほむべきかな、
今より、とこしえに至るまで」という内容ゆえか、
いかにも神妙な感じ。

Track8.は、
「日の出ずるところより、日の入るとこまで、
主の御名はほめたたえられる」という内容で、
リズムがアジテーション風に強い。

Track9.は、
アダージョからアレグロに変化するのが
「主はもろもろの国民の上に高くいらせられ、
その栄光は天よりも高い。」
という内容なので、恐れ多くかしこまった感じだが、
声の装飾が多く、古風な感じがする。
やがて、器楽合奏がリズム感に乗って高まる。

Track10.は、
「われらの神、主にくらぶべき者は誰か、
主は高きところに座し、
遠く天と地とを見おろされる。 」
というアレグロで、
ヘンデルのオラトリオのような、
すっきりとした音楽になっている。

Track11.は、ようやく、
この詩篇の特徴的な歌詞になるが、
「主は貧しい者を塵からあげて
乏しい者を糞土からあげて」という内容ゆえに、
前半は貧しくて震えるようなプレストと、
塵にまみれたようなアダージョの悲痛に続き、
後半の上がっていくように、
さーっと光が射しこむような
喜ばしいアレグロとの対比が劇的である。

Track12.は、
「もろもろの民の君たちとともに座らせられる」。
ここではアレグロで速いテンポで、
神様のありがたさが宣言されるが、
声の揺らし方がオペラティックでもある。

Track13.の「グローリア」は、
意外にも、切実な感じさえするモノローグで、
「父と子と聖霊に御栄えあれ」と歌われる。
Track14.は決まり文句の
「はじめにあったごとく、
今も、いつも、 世々に限りなく」であるが、
ここも、妙に改まった音楽で、
歓喜の爆発などではなく、
優等生的な説教調な曲調。
器楽が入って来て明るさが増してほっとする。
やがて、「アーメン」の部分に入っていくが、
ここでも、粛々と歌われるような感じ。

この曲の各部で、声楽と器楽合奏、
あるいは独奏との交錯が見られたが、
ヴィヴァルディが、こうした楽曲を教科書にしていた、
というのも面白い。

このように声楽曲が入った事で、
協奏曲形式確立前の、
いくぶん性格に乏しい器楽曲の曲集に、
変化を与えて、このCDの価値を高めている。

このCDの解説の最後は、
いかに、ヴィヴァルディが優れた作品を書き、
協奏曲の形式を完成させて行ったかが熱く語られている。
このCDでも、最後に現れるヴィヴァルディの協奏曲は、
異才、ヴァレンティーニの後でも、
扉が開かれたかのような新鮮さで響いた。

まだまだ解説は続くが、紙面も尽きたので、
以上の点をまとめると、このCDの内容は以下のようになる。

Track1.~Track4.
フランチェスコ・ナヴァラのシンフォニア、
ヴァイオリン声部がヴィオラの参加で刷新され、
合奏協奏曲のプロトタイプになった例。

Track5.~Track14.
作曲家Xの「ラウダーテ・ペウリ」、
ヴィヴァルディが若い頃勉強に使った教科書のような曲。
協奏曲のような序奏や主部がある。

Track15.~Track20.
レグレンツィの「3つのバレットとコレンテ」、
ヴェネチアの器楽の基準が、
管楽から弦5部となっていった例。
基本的に舞曲の集合体。

Track21.~24.
ナヴァラの「シンフォニア」イ短調、
同上、知られざる夫人に献呈されたもの。

Track25.~27.
トマゾ・アルビノーニの協奏曲、作品2の8、
3楽章形式の協奏曲の確立。
独奏パッセージが見られ、チェロも活発に動く。
ただし、まだ名技性がない。

Track28.~33.
ヴァレンティーニの協奏曲、作品7の11、
独奏声部に名技性が入り、
協奏曲に魂が入った例。

Track34.~36.
ヴィヴァルディの作品3の3、
Track37.~39.
ヴィヴァルディの作品3の10、
これらは、今回、十分鑑賞できなかったが、
有名な作品ゆえ、またの機会もあるだろう。

得られた事:「ヴェネチアには管楽合奏の伝統があったが、ヴァイオリンの普及に伴う技法の開発によって、器楽の主流は弦楽合奏となり、ヴァイオリンならではの超絶技巧とオーケストラの質感の対比が追及され、ヴィヴァルディの登場となった。」
「3楽章形式はアルビノーニが徹底し、異才ヴァレンティーニがヴィルトゥオージイを持ち込んだ。」
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by franz310 | 2015-01-18 15:08 | 古典

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その421

b0083728_20545654.jpg個人的経験:
ヴィヴァルディの、
大量の協奏曲群を前に、
この作曲家は、
同じ曲を数百回書き直した、
などと言って誤魔化すのは、
時代遅れであって、
カルミニョーラのような
第一人者は、
それぞれの楽曲の個性を、
よく味わえるような
世界初録音のCDを多数発売し、
聴衆を啓蒙しつつある。


が、もっと若い世代の、
アドリアン・チャンドラーなどは、
自ら研究者としての側面を前面に出し、
解説までを自らの手で記載しながら、
テーマ性の高い選曲でCDを作り続けている。

1974年生まれとあるから、
年齢不詳の怪人サルデッリや、
カルミニョーラ(1951年生まれ)、
アレッサンドリーニ(1960年生まれ)、
ビオンティ(1961年生まれ)、
スピノジ(1964年生まれ)、
マンゼ(1965年生まれ)などより若い。

ヴィヴァルディの生年は、1678年であるから、
約300年を経て、
ようやく、ここまで研究が進んだ、という感じがする。

ヴィヴァルディは、死後、急速に忘れられたが、
生前は、破竹の勢いで頭角を現したラッキーボーイでもあり、
晩年まで、皇帝お気に入りの作曲家として寵愛を受けており、
皇帝の死がなければ、貧民墓地に葬られ、
その場所が分からなくなるような事はなかっただろう。

ということで、神聖ローマ皇帝カール6世と、
この作曲家の関係に着目したCDとして、
チャンドラーは、セレニッシマを率いて、
「アントニオ・ヴィヴァルディ
神々と皇帝たちと天使たち」と題したアルバムを作っている。

このタイトル、月とすっぽん並みに、
無関係なものを集めただけに見えるし、
すべて複数形なので無神教のように見えるので
非常に分かりにくいのが、
チャンドラーの頭の中では、
何らかのつながりがあるようである。

一応、これらの表すものが、
解説を読んでいくと読み取れる(ようだ)。

「私は9人の高貴な方々と文通する栄誉に浴し、
私の手紙は全ヨーロッパを旅しています。」
(アントニオ・ヴィヴァルディ 1737年11月)

チャンドラー自身が書いた解説は、
いきなり、このようなヴィヴァルディの、
誇らしげな言葉から始まっている。

「これはヴィヴァルディがその中で活動していた、
高貴なサークルを指しているのだろうが、
その中でも最高位にあったのが、
神聖ローマ皇帝、
カール6世(1685-1740)であった。」

こんな風に始まるので、皇帝たちとは、
いったい他に誰がいるのか、
と思ってしまう。

ヴィヴァルディは、この皇帝には寵愛されたが、
次の、マリア・テレジア帝とは無関係であった。

「この人は、すぐれたアマチュアの作曲家で、
伴奏者であり、
ハプスブルク家直系の最後の皇帝であった。
この皇帝の庇護を得るための彼の努力の中で、
ヴィヴァルディは、
2つの華やかな弦楽の協奏曲を献じている。
1727年の作品9と、
1728年の9月10日から12日の間、
皇帝のトリエステ訪問時に、
個人的に手渡した手稿譜である。
これらは共に、『チェトラ(竪琴)』と題され、
ヴァイオリンになぞらえた
竪琴を操るアポロと比べることによって、
皇帝を喜ばせようとしたものである。」

ということで、アポロが出て来たが、
キリスト教的な神ではなく、
このCDのタイトル「神々と皇帝たちと天使たち」
にある「神々」は、
ギリシャ神話的な神々であることが分かる。

「1728年の曲集の5つのパート・ブックは、
独奏ヴァイオリンの譜が欠けているが、
7曲が何らかの形で現存しており、
第10協奏曲(RV271)
(『恋人』と題されたもの)は、
トリノの国立図書館に、
ヴィヴァルディの自筆譜が収められている。
一方、2つの二重協奏曲は、
第1のヴァイオリン独奏パートは、
ここに示した変ロ長調(RV526)のように、
第2のヴァイオリン独奏パートから、
簡単に修復ができる。
1728年にヴィヴァルディが、
2曲の二重協奏曲を含む献呈をしたのは、
1727年の出版の1曲の二重協奏曲が、
好評だったことに直接影響されているのだろうか。」

ところで、このCDには、
こうしたテーマに関する解説と共に、
各曲に関する解説もあって、
かなり贅沢に楽しめる。

ただし、解説の順番と曲順は、
一致したものではない。

この「ラ・チェトラ」協奏曲第6番(RV526)
についても、このような記載があるが、
これはCDのTrack13-15に収録されている。
解説では冒頭であるが、
全9曲中のど真ん中、5曲目に登場する。

Track13.追いかけっこのような、
でこぼこをくり返す、変なリズムの音楽で、
リコンストラクション、アドリアン・チャンドラーとあるが、
2つのヴァイオリンの独奏部は、
絡まり合いながら模倣する感じで、
新たに復活させたものとは思えないような自然な音楽になっている。

「前述のように、
この協奏曲の第1の独奏ヴァイオリン・パートは、
第2の独奏パートから再構築されたものである。
残念ながら、今日の音楽家たちは、
音楽をもとに戻す事に関して控えめである。
我々が再構成する際に遭遇したのは、
オープニングのソロだけであった。
我々は、ここで、ヴィヴァルディが、
第2ヴァイオリン・パートを、
コピーした時のミスを利用した。
バス・ペダルの持続音の2ビート後に、
ここでの音型が変わっている。」

何と言うことのない解説ではあるが、
一曲一曲を大切に吟味して演奏している感じが、
伝わってくるだけでも良いではないか。

Track14.ラルゴ。
一方のヴァイオリンが、懐かしい情景に思いを馳せる中、
そっともう一方のヴァイオリンが、
優しく寄り添う風情なのが良い。

Track15.アレグロ。
はち切れるような楽想で、
ハイドンやベートーヴェンが好きそうな、
ギクシャクとしたごつごつの展開ながら、
この楽章も中間部で、懐古的な楽想が出て、
ヴァイオリンが夕空を駆ける。
第2ヴァイオリンの寄り添いも泣ける。
オルガンを使った低音が、
不思議な色彩を放つ。

この曲のどこが、
皇帝を思わせるのかは分からないが、
カール6世は、こうした軽妙さや、
そこはかとない情感を愛する君主だったのだろう。

もう一曲、「ラ・チェトラ」からの協奏曲、
カラヤンなども演奏した超有名曲「恋人」RV.271は、
このCDの最後に収められている。

また、曲別解説にも、
「このアフェットゥオーソ・スタイルは、
ヴィヴァルディにとっては
非常に珍しいものである」とある。

「3つの楽章すべてに、
アッポジャトゥーラ(前打音)が多用されており、
タルティーニやロカテッリが、
そのソナタで採用したスタイルを偲ばせる。」

Track22.アレグロは、
流れるように優美な楽想で、
春のそよ風を思わせるが、
カール6世は、こうした気取った、
あるいは洒落た表現も好きだったのだろうか。

Track23.ラルゴ/カンタービレで、
打って変わって寂しげな曲想で、
終始、独白調で、慰めるような伴奏に対し、
ヴァイオリンが感情を押し殺したように、
相談するともなく、感情を披歴し、
いかにも劇の一場である。

Track24.アレグロは、
あっかんべえの音楽で、
さっきの悲嘆は嘘でした、みたいな楽想。
激しい推進力の中、
ヴァイオリンが縦横に活躍する。

中間部では、ふと、
寂しげな本音が出ているのか。

3分40秒頃から55秒頃にかけて、
かなり目立つカデンツァがあるが、
演奏しているチャンドラーの作ともある。

「最終楽章に現れる短いカデンツァは、
タルティーニやロカテッリの長いカプリッチョより、
タルティーニやテッサリーニの短いカデンツァのスタイル。」

ちなみに、ロカテッリは、
協奏曲にカプリッチョ楽章という、
技巧誇示楽章を設けたことで知られている。

この作曲家は、1695年生まれと、
ヴィヴァルディの次の世代に属する。
カール6世(1685-1740)は、
おそらく、自分より若い、
この世代の作曲家は知らなかったはずで、
ヴィヴァルディは、かなり新しい音楽を、
それに先駆けて、皇帝に献上していたということか。

私は、すべてがこの調子で、
このように、カール6世一人に献じられた協奏曲が、
単に集められたCDかと思っていた。
これでは、CDのタイトルの
「皇帝たち」に合わないのだが。

が、下記にも王族として、
別の人物が出てくるので、
これが、きっと「皇帝たち」の一人に
カウントされているのだろう。

「我々はヴィヴァルディが1729年の終わりから、
1730年の初めまで、
サンマルコ教会のヴァイオリニストであった
父、ジョヴァンニ・ヴァティスタ・ヴィヴァルディが、
ヴィヴァルディと共に、
今日のオーストリアとボヘミアまでを含む、
『ゲルマニア』の地に付き添うのを許されたのに合わせ、
ヴェニスを留守にしていた事を知っている。
この地の多くは、ボヘミア王を兼ねていた、
カール6世に統治されており、
ヴィヴァルディの以前の好評に
助けられたものではないか、
と考える人もいる。
この滞在は、ヴィヴァルディが、
ボヘミアの貴族、ウェンツェル・フォン・モルツィン伯と、
再会する機会となったに相違ない。」

ボヘミアのモルツィン伯と言えば、
ハイドンが若い頃に仕えたことでも有名な音楽好きである。
下記のように皇帝に連なる人であったようだ。

「この人は、ホーヘネルベの世襲貴族で、
皇帝カール6世の相談役でもあった。
ヴィヴァルディは、この伯爵とは、
何年かの付き合いがあって、
不在ながら宮廷楽長として振る舞い、
1725年には作品8の協奏曲集を、
彼に献じていたりしている。
他の作品も、
伯爵の『名人芸楽団』のために書かれており、
RV496のバスーン協奏曲ロ短調などは、
彼の名前が冠されているし、
おそらく、ボヘミアの紙がつかわれた、
自筆譜が残された、
他の二つのバスーン協奏曲も同様であろう。
これらの一つはイ短調(RV500)であり、
RV482のニ長調の断章も、
同様の作曲上の工夫があるゆえに、
同時期に作曲されたものと思われる。」

さすが古楽の研究成果である。
この種の手法は、シューベルトの作品分析でも、
かなり進んでいるはずで、
ボヘミアの紙が、いかなる特徴のものか、
調べてみたい気もする。
和紙もこのたび、世界遺産になった事であるし。

ただし、このRV482が、
何故、断片に終わったかが書かれていないのは、
いささか残念である。

この断片の方のバスーン協奏曲は、
もう一曲のバスーン協奏曲が、
CD前半にあるのに対し、
CDの後半のTrack20.に入っている。

伴奏の激しい情念からして、
いかにもオペラの世界の音楽を思わせる。

決して、楽想が続かなくて放棄された曲とも思えず、
その強い感情掻き立て効果によって、
断片に終わらせるには惜しいような気もする。

断片ではない方の、RV500の協奏曲は、
Track7-9に収められている。
この曲には、曲別解説はないが、
以下に述べるように、
聴きごたえのある音楽である。

Track7.アレグロ。
風雲急を告げる、イ短調の協奏曲で、
劇的であり、苦悩の表情もあって、
楽想としては、かなり英雄的。

バスーンの独奏も、
楽器の音色に相応しく内省的で、
モルツィン伯爵の名人芸集団に敬意を表した感じもする。

Track8.ラルゴ。
微睡むようなリズムであるが、
メロディはまさしく夢見心地で非常に美しい。
バスーンのふくらみのある、
柔らかな質感を生かしたという意味では、
古今のこの楽器の協奏曲を代表しても良いくらいだ。

Track9.アレグロ。
弦の透徹した音で始まる、
いくぶんシニカルな音楽。

この楽章では、あの大きな木管楽器に、
細かい音形をひっきりなしに吹かせ、
また、ある時は、しみじみと歌わせ、
多様な楽器の魅力が味わえる。

バスーンはピーター・ウェランという、
アイルランド出身の知的なイケメンが担当。

「ボヘミアの紙がつかわれている
もう一つの作品は、RV163の
華麗な協奏曲『Conca(Conch)協奏曲』で、
約60曲ある、独奏なし、
弦楽とコンティヌオのための作品の一つである。
タイトルは、楽器のホルンかトランペットのような、
巻貝(conch shell)の使用をほのめかし、
これはネプチューンとアンフィトライテの息子の
トリトンが使うもので、
ネプチューンの従者たちは、
これまた一括してトリトンたちと呼ばれる。
ヴィヴァルディの時代のボヘミアでは、
(第1楽章に聞き取れるように)
法螺貝は、差し迫る嵐を表し、
船乗りには、霧笛やセイレーンを連想させた。」

神々というタイトルに無理やりこじつけたのではないか、
と思われる程、この解説では、
ネプチューンやらトリトンまでが出て来た。

さて、この曲は、
曲別解説にも取り上げられているが、
そこにはこう書かれている。

「聴くものは、この協奏曲が、
トニックとドミナントの
2つの和音に強く依存していることに気付く。
これはヴィヴァルディが法螺貝を模倣したもので、
これは主音とその上、
属和音ともう一つの主音4音しか吹けない。
ユニゾンのオクターブの多様は、
ヴィヴァルディが、
2マイル先まで届く、
耳をつんざく
法螺貝の騒音を呼び起こそうとしたものである。
さらに特筆すべきは、
ヴィヴァルディが演奏指示に書いた、
battuteで、
これは、最初の2つの楽章に出て来るが、
『打たれた』という意味である。
もう一つは『stricciate』で、
これは、strisciateの変形で、
こそこそする、とか、這うという意味である。
この形容詞は、嵐が近寄るときに用いられ、
無数のトレモロのボイングの際に現れる。
これは、1627年のフェリーナの
『カプリッチョ・ストラヴァガンテ』以降、
最も早い時期の例である。」

この曲は本CDの冒頭を飾っている。
いろんな事が書いてあるが、
第1楽章は2分に満たず、
全曲のTrack1~3でも
4分程度で終わってしまう。

多くの場合、弦楽のための協奏曲の一曲として、
さらりと流されてしまいそうな小品であるのに、
よくも、ここまで書いたという感じもする。

Track1.アレグロ―アレグロ・モルト。
短いながらもいろんな事が起こる音楽で、
ホルン(法螺貝)信号のギクシャクした楽想から、
ギャロップのようなリズミカルな部分に移る。
聞き取ろうと思えば、嵐の接近や、
それに身をすくめる様子なども音になっている。

Track2.アンダンテで、
嵐の後の団欒のように、気持ちが良い。

Track3.アレグロ。
再び、法螺貝信号が頻出する、
リズミカルな楽想に戻る感じ。

では、メインの解説の続きを読んで、
いったい、何時、タイトルにある
天使たちが出てくるのかを見てみよう。

「ヴィヴァルディが、
何故、作品9の協奏曲をカール6世に
選んで贈ろうとしたかは分からないが、
スペイン継承戦争で、
1707年にオーストリアの手中に落ちた、
マントヴァの宮廷に彼が仕えたことから、
その入り口が開いたのかもしれない。
ヴィヴァルディは、この宮廷のために、
ヘッセン=ダルムシュタットのフィリップ王子の
オーケストラの持つ華々しい楽器群をフル活用して、
いくつかのすぐれたオペラを書いてもいる。」

むむむ、ここでも高位の人が出てきている。
カール6世、モルツィン伯、そしてフィリップ王子。

「1730年代初めまで協奏曲の中で、
それを活用することはなかったが、
これらのオペラの中で、ヴィヴァルディは、
フラウティーノ(ソプラノ・リコーダー)のために、
初めて曲を書いた。
これらの3曲は、
独奏者にヘラクレス的な技巧を求めており、
特にRV445の協奏曲はそうである。」

おお、ここでは、技巧を表すだけのために、
神話のヘラクレスが出て来た。
神々も皇帝たちも勢揃いした感がある。
では、天使たち、はいつになったら出てくるのだ。

残念ながら、このすごいリコーダー曲には、
特別な曲別解説はない。
この曲は、4曲目に登場。

CDの構成を見てみると、
前半から中盤にかけて、
「ラ・チェトラ」の二重協奏曲が2曲あって、
その間に、先のバスーン協奏曲と、
このリコーダー協奏曲が挟まっている。
どちらもイ短調で、シリアスな感じ。
さすが、王侯というものは、
こうした曲想がお似合いである。

Track10.アレグロ。
規模も大きく、リコーダーという、
甲高い音色の楽器のために作品には似合わぬ大協奏曲。
有名な作品10などが、こうした楽器で演奏されるが、
この曲のような悲劇性はあっただろうか。

冒頭からして、不安感が込み上げる、
悲劇の一大アリアの様相。
天駆ける感じのリコーダーに、
あえて神話で例えれば、
イカロスのような志を感じてしまう。

オーケストラも妙に雄弁で、
一場の舞台を華やかに盛り上げている。
恐ろしい難関のカデンツァ風の技巧を、
かいくぐらなければ終わることが出来ない。

Track11.ラルゴ。
この楽章は、安らぎのひと時かと油断していると、
これはいったい何なんだの悲壮感である。
オーケストラは、不安な音形で忍び寄り、
リコーダーは、超然と思いのたけを、
独白している。

Track12.アレグロ・モルト。
最後まで、この調子で押し通すのか、
と言いたくなるくらい、
独奏楽器は、確かにヘラクレス的に縦横無尽、
劇的で、孤独かつ英雄的な音楽。
ピエタのための音楽でなくて良かった。

が、演奏しているのは、
短髪のやり手お姉さんみたいな、
パメラ・トービイという人である。

「こうした曲を書いた作曲家は他にいないことから、
ヴィヴァルディは、限られた演奏会での、
一人の奏者のために書いたものと考えられる。」

こういうさらりとした一文も、
私には大きな啓示となる。

ヴィヴァルディはむやみやたらに、
協奏曲を書き殴った感じがあるが、
実は、ちゃんと演奏家など、
その演奏環境をよく吟味しており、
こうした名手なしには、
多くの曲は、残されなかった、
ということになる。

「恐らく、ヴィヴァルディが大量の作品を書いた、
ヴェネチアの孤児院ピエタで、
有名であった奏者の一人のためのものである可能性が高い。
ヴィヴァルディの時代、
ピエタではリコーダーが演奏されており、
非常に初期の協奏曲RV585には、
4本ものリコーダーが登場し、
1716年の
オラトリオ『勝利のユディッタ』(RV644)
にも、1740年の、
様々な楽器のための協奏曲RV556にも、
それは登場する。」

リコーダーは、マントヴァの象徴であり、
ピエタの象徴でもあったそうだが、
ヴィヴァルディ以外に、
この楽器を有効活用した人は少なかった、
ということのも読み取れる。

バロック時代にはいっぱい協奏曲が書かれたから、
探せば、リコーダーの曲もざくざく出てくるだろう、
などと考えていてはいけなかったようだ。

最近亡くなった、リコーダーの神様、
フランス・ブリュッヘンは、若い頃、
テレフンケン・レーベルのいくつかのアルバムで、
我々に素晴らしいリコーダーの魅力を教えてくれたが、
確かに、ヴィヴァルディやテレマンの協奏曲が、
メインの曲目を占めていたような気がする。

解説を続けて読んでみよう。

「さらに我々は、このオーケストラが、
当時最高の演奏家を抱えていたことを知っている。
ヴィヴァルディ自身の弟子、
アンナ・マリア(ある人の言うには欧州最高の奏者)は、
そうした好例であり、
その力量は、当時の作者不詳の詩にも、
下記のように書かれた。
『彼女のヴァイオリンはこんな風。
彼女を聴くとパラダイスに飛ぶ。
まじで本当にそこに行ったら、
天使たちがそんな風に弾いてる。』
他の同時代者は、こう報告している。
『彼女らは天使たちのように歌い、
リコーダー、オルガン、オーボエ、
チェロ、バスーンを弾く。つまり、
こんな楽器より大きな楽器はない。』」

先の文章には、ヘラクレス的な技巧とあったが、
今度は、「天使」のような演奏表現が出て来た。
つまり、タイトルの「天使たち」とは、
ピエタの女性奏者たちを意味していたのである。

何と言うことだ、
「皇帝たち」と「天使たち」の間に、
何の関係もないのだから、
このCDは、言うなれば
「寄せ集め」のCDである事を暴露しているようなものだ。

ただ、来歴が推定できる曲を集めた、
という感じで、逆に言えば、
ヴィヴァルディの守備範囲の広さ、
ひいては、彼の協奏曲の背景にあるもの、
その活動の特徴を概括したCDとでも呼べるかもしれない。

さらには、下記のような記述によって、
ヴィヴァルディが協奏曲を、
書き飛ばしていたわけではないことも読み取れる。

「トリノにある国立図書館の
ヴィヴァルディ・アーカイブには、
他のフラウティーノ協奏曲ト長調(RV312)
の一部が残っている。
この曲は彼が『フラウティーノのための協奏曲』
と題したのを消して、
『2つヴァイオリンのための協奏曲』としたが、
バツして消す前に、
再度、『フラウティーノ協奏曲』と書いていたりして、
彼は何らかの困難にぶち当たったようだ。
最終的にヴァイオリン協奏曲が好ましいとして
オリジナルのコンセプトを放棄する前に、
彼は第1楽章の最後まで、
ほとんど書き進んでいた。」

ここで、いったい何が、
ヴィヴァルディの障害になったのだろうか。

この「協奏曲断片RV.312」は、
「演奏上のノート(音楽家の視点から)」という
曲別解説にも取り上げられている。
やはり、未完成の断片をわざわざ取り上げる以上、
何らかの補足が必要と考えたのであろう。

「録音にこの曲を含めたのは、
紆余曲折した作曲過程を持つ作品を、
我々に探索する機会を持たせてくれる
実験となるからである。
この協奏曲の独奏者を変えた、
ある一つの理由としては、
最期の独奏パートのf’’’シャープが、
リコーダーでは演奏できないからであろう。」

ものものしい書き出しだったわりには、
かなり安易な結論だな。
演奏家を良く見て書いた、
と私が賛嘆したのは嘘だったみたいではないか。
楽器が吹けないからと、
楽器ごと変えてしまうとはどういうことだ。

下記のように妥協策もかなり安易であった。
なお、この曲は、CDの最後から二曲め、
Track21に入っている。

冒頭から、フォルテでリコーダーは、
弦楽と一緒に飛び出してくる、
元気のよい楽想で、
細かいパッセージで、鳥が歌い騒ぎ、
すがすがしい青空を仰ぎ見るような感じ。

よって、ヴァイオリンでも演奏可能であろう。
吹けないところは、下記のような回避を行ったとある。

「そのため、このパッセージは、
伴奏の高音の弦楽より、
1オクターブ下げている。
最後のいくつかの小節は、
ヴァイオリン協奏曲のもので補った。」

そろそろ規定量を越えたので、この辺で終わる。

得られた事:「貴族のオーケストラの抱える名手から、ピエタで育てた弟子まで、ヴィヴァルディは楽器の名手に囲まれており、その力量に応じた作品を書いたが、そこにいる名人によって作品の種類が固まる傾向にある。」
「ハイドンが仕えたとされるモルツィン伯はヴィルトゥオーゾ・オーケストラを持っていて、ボヘミアの紙が楽譜に使われていることから、バスーン協奏曲がここで多く書かれたことが分かる。」
「リコーダーはピエタやマントヴァで使われており、そこにいた程の名手はあまりいなかった。」
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by franz310 | 2015-01-01 20:57 | 古典