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クラシック音楽への愛と悲しみの日々
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その419

b0083728_22432662.png個人的経験:
トスカニーニが演奏した、
バロック音楽は少ないとはいえ、
さすがにバッハやヘンデルは
しっかり押さえている事に
驚きは少ないものの、
ヴィヴァルディの
無名のヴァイオリン協奏曲を
録音していることについては、
いささか気になってしまう。
録音も、「四季」などが、
レコードで普及する以前のもので、
「作品3」のような有名曲でもない。


ただ、アメリカ初演の記録とされる、
「変ロ長調」のヴァイオリン協奏曲を収録した、
NAXOSのCDの記載には、
ヴィヴァルディ作品の整理ナンバーで、
RV370とあるが、これは、間違っている。

1947年にトスカニーニが振り、
コンサートマスターのミシャコフが独奏を受け持った、
ヴィヴァルディの珍しいヴァイオリン協奏曲は、
今でも録音が少ないが、
2013年録音という、
新しいCDで聴くことが出来るのは、
とてもありがたいことである。

しかも、このCD、
「A tale of Two Seasons」
というタイトルが興味をそそる。
今年、2014年に結成20周年となる、
英国の団体「LA SERENISSIMA」
(ADRIAN CHANDLERの指揮/ヴァイオリン)
が演奏している。

ヴィヴァルディとその同時代の作曲家に
フォーカスした活動を行う団体だけあって、
かなり憎い企画と言える。

「SEAZONS」というのは、
おそらく、有名な「四季」に仮託したものであろうが、
これは、音楽の興行シーズンであって、
しかも、連続したシーズンではない。

ここでは、ヴィヴァルディの生涯の断面を
切り取る形で、ここでは、
1717年と1733年が選ばれている。
ヴィヴァルディの年齢換算では、39歳と55歳に相当。

ヴィヴァルディの作品で最初にブレークして、
バッハも知っていた「調和の幻想」作品3が、
1711年のものであるから、
1717年と言えば、それに続く飛翔期であろうし、
最も有名な作品、「四季」は、
1724年頃のものであり、
ヴィヴァルディは1741年に亡くなっているので、
1733年といえば、かなり円熟も極まった時期となる。

このような企画ものCDに、
トスカニーニがアメリカ初演した、
RV367の協奏曲が、
たまたま取り上げられている。

この曲は1733年の作品の代表、
つまり後期のヴァイオリン協奏曲に相当するが、
「後期ヴァイオリン協奏曲集」などというタイトルで、
カルミニョーラが、ソニーに集中的に録音したCDには、
この曲は含まれていなかった。

では、どのような理由で選ばれたものか、
演奏しているチャンドラー自ら書いた、
CDの解説を読み進めてみよう。

まずは、器楽曲で有名なヴィヴァルディが、
オペラの作曲家として、
激務に追われるようになった点から
書き起こされている。
つまり、オペラ作家としての活動が、
いかに器楽の世界に影響を与えたかという点が、
ここには概説されているのである。

「1713年に彼の最初のオペラ、
『離宮のオットーネ』の初演の後、
ヴィヴァルディのキャリアは激動した。
彼の残りの生涯において、
彼は、音楽、人生、オペラ界の政争に
翻弄されることになる。
彼は、毎シーズン、オペラを上演していた、
5つの劇場を有する、生地ヴェネチア以外に、
フェラーラ、フィレンツェ、マントヴァ、
ミラノ、レッジョ、ローマ、ヴィンツェンツァ、
ヴェローナのためにオペラを書いた。
ヴェネチアの最大のオペラハウスは、
サン・ジョヴァンニ・グリソストーモと、
サン・サッシーノであったが、
ヴィヴァルディのオペラは、
より小さい、サン・サミュエーレ、
サン・モイーズや、
特に、サンタンジェロで上演された。」

このサン・モイーズ(モイゼ)は、
後に初期のロッシーニが、
ヒットを飛ばした場所であるが、
ロッシーニの時代に閉鎖されたものの、
モンテヴェルディの作品も演奏されたという、
重要な劇場であったようだ。

「ヴィヴァルディのオペラ、『ダリオの戴冠』は、
1717年にサンタンジェロ劇場で
演奏された3番目のもので、
1月23日に初演された。
この作品は、当初、
『ペネロープ』に続く上演のはずだったが、
この作品は、
作曲家のフォルチュナート・ケレーリが、
報酬を巡って折り合わず、投げ出し、
楽譜を持って逃げ、興行は中止され、
歌手や音楽家たちへの支払いも停止するという
深刻な事態に陥った。
不満を持った二人の歌手の
要請だと報告されている
二人の刺客に、
ケレーリが刺されるという騒ぎも続いた。
作曲家は数か所の傷を負ったものの、
一命は取り留めた。
1716年の秋に、非常に成功していた、
ヴィヴァルディの『アルジルダ』が、
急きょ、改作された。
無名の作者による風刺詩にそのことは記録され、
ヴィヴァルディの立ち回りは、
下記のように書かれた。
『赤毛の司祭はみっつめのオペラに取り掛かったが、
夕食分のお金は稼いだのだろうか。
彼は名手で弓の達人だから、
二三時間もあれば、みんなを教えられる。
彼らはすぐに、前に演奏した最初のオペラに取り掛かった。
誰も、二番煎じになるかもしれないと思わないのだろうか。』」

この詩は、ヴィヴァルディが、名人芸の演奏や、
旧作でお茶を濁したことを風刺しているのだろうか。

「『アルジルダ』とヴィヴァルディの新作『ダリオの戴冠』の、
成功が一緒になって、明らかにその場は凌げた。
さらに、そこには、ヴィヴァルディや、
時には、その弟子、ザクセンの名人、ピゼンデルによる、
習慣的な導入協奏曲(エントランス・コンチェルト)
(偉大な『ムガール大帝』のような)
の演奏という客引きもあった。
この作品は、オペラ『ムガール大帝』の幕間に、
演奏されたものと考えられている。
オペラの台本はヴィヴァルディの同僚の、
ドメニコ・ラッリ(『離宮のオットーネ』や、
その他の、ヴィヴァルディの作品のリブレット作者)
によって書かれ、音楽は、もう一人のヴェネチア人、
ジョヴァンニ・ポルタが書いたものである。」

この「ムガール大帝」(RV208)という
ヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲は、
その題名が、ものものしいので、
いかなる音楽かと思っていたのだが、
このCDで、曲も聴けるし、
こうして、その来歴も読めてよかった。

「このオペラは、サン・カッシアーノ劇場の、
贅沢な内装の中で演じられ、
この華美な雰囲気は、
東洋風に聞こえるレチタティーボや、
2つの大きなカデンツァなど、
名技性の誇示に相応しいものだった。
問題のムガールとは、
東インドのムガール人、Tisifaroの事で、
このオペラの中で、彼は、様々な愛の諍いを解決し、
3人の死刑を命じる(全員、助かるが)。
その極端な技術上の要求によって、
ヴィヴァルディ自身が自ら、
ソロ・パートを演奏したものと思われる。」

明確な記載はないが、
ここまでが、1717年のヴィヴァルディの話で、
ここからは、「後期」の話が出てくるので、
1733年のヴィヴァルディの話に飛ぶものと思われる。

CDの裏表紙にも、
「1717年と1733年のオペラ・シーズンの
協奏曲とアリアは、この間のヴィヴァルディの
様式変化を強烈に示している。
アルジルダの平易な魅力から、
2曲の後期協奏曲の大胆な創意まで。」
という能書きがあるのだから。

「トリノの国立図書館が所有する、
ヴィヴァルディの個人的な手稿コレクションの中には、
恐らく、劇場用に書かれたと思われる、
多くの後期の協奏曲がある。
驚異的に声楽的なベル・カント・スタイルの
ヴァイオリン書法に加え、
これらの作品はすべて、
弱音のパッセージで、
『ハープシコードなし』の指示がある。
他ならぬ、こうした豪華さを楽しむための劇場では、
おそらく、たった一つしかない
ハープシコードというのは通常ではなく、
そこには多数のものがあったという推測が成り立つ。」

ということで、「劇場用コンチェルト」の例として、
トスカニーニ(とミシャコフ)が取り上げた、
RV367のヴァイオリン協奏曲の話となる。

「こうした作品の一つが、
変ロ長調の協奏曲(RV367)で、
自筆スコアと、不揃いのパート譜が残っている。
両方の原典(これらには作曲家による大量の修正がある)からは、
ハ長調の協奏曲(RV191)の第1ヴァイオリンのパートや、
『モンテズマ』や『セミラーミデ』のアリアが、
再利用されていることがわかる。」

ありがたい事に、このCDには、
この「モンテズマ」のアリアと、
RV191も収録されている。

「ヴィヴァルディの協奏曲の年代特定は、
恐ろしく困難なのだが、
このアリアによって、変ロ長調の協奏曲の
作曲の最終期限が分かる。
『モンテズマ』の初演が、
1733年の11月14日であるのに対し、
『セミラーミデ』は、
マントヴァのアルキデュカーレ劇場で、
1731年の12月26日以降に
初演されている。
従って、1733年が、
変ロ長調協奏曲とハ長調協奏曲の、
作曲の日付である可能性がある。
残念なことに、協奏曲に含まれる
(L‘aquila generosa「偉大な鷲」?)
『モンテズマ』のアリアは、
スペイン軍の将軍フェルナンドという
キャラクターによって歌われるが、
部分的に残っているスコアにはなく、
ここでは、それに変えて、
フェルナンドの兄弟である、
ラミーロの役を歌った、
メゾ・ソプラノのアンギョーラ・サヌッチ
のために書かれたアリア2曲を収めた。」

ということで、ちょっと、混乱する。
変ロ長調協奏曲に再利用されたとされるアリアは、
残っていないとあるのに、
どうして、再利用していると分かるのか?

そのあたりの事は、最悪、
完全に理解できなくとも鑑賞はできる。

もし、私が、トスカニーニが演奏した、
ヴィヴァルディの協奏曲に、
複雑な楽想の変遷と、
技巧が技巧を呼び起こすような、
驚異的な展開を見たとすれば、
その理由も、こうした、
様々な引用の影響があるのかもしれない。

全体解説は、以下のように結ばれている。
当然、昇竜期のヴィヴァルディと、
後期のヴィヴァルディが比較されていなければならない。

「1717年から1733年の間の、
ヴィヴァルディのスタイルの変化は注目に値する。
声楽曲、器楽曲とも、
華やかなナポリ派の作曲家の影響を受けている。
ソロのエピソードが概して長く、
オーケストラのリトルネッロの重要さが減っている。
ヴィヴァルディの後期のオペラを研究すると、
歌手の限界を追及し、
ヴァイオリン協奏曲では、
弓の技巧を開陳して、
左手の名技性を引き出している。
(その素晴らしさは、
すでに1710年代に知られていた。)
様々な難しい異なる音の変化パターンや、
複雑なスラーのパッセージを伴う、
アップボウのスタッカートに使われていた。
ソティエ(跳弓)という弓使いが見える。
ヴィヴァルディが、
同じ協奏曲を400回書いたのではない
という証拠を必要とするのであれば、
これを聴けば良い。」

以下は、各曲の解説になる。
このCDには、4曲の器楽曲と、
4曲のアリアが含まれているが、
前半の2曲の器楽曲(シンフォニアと協奏曲)と、
3曲のアリア(器楽曲に挟まれている)が、
1717年のヴィヴァルディのプロフィールであり、
後半の2曲の協奏曲と、
2曲のアリア(これも協奏曲に挟まれている)が、
1733年のヴィヴァルディを代表するものとして、
紹介されている。

まず、前半には、冒頭に、
オペラ「ダリオの戴冠」RV719のシンフォニアがあり、
続いて、同曲のアリアが2曲。
さらにオペラ「アルジルダ」RV700のアリアが1曲。
それから、「ムガール大帝」というRV218の、
ヴァイオリン協奏曲が演奏される。

「ダリオの戴冠」の序曲とも言うべき、
シンフォニアの解説は、以下のようになっている。

「この作品はヴィヴァルディの手稿と、
その弟子、ピゼンデルの手によるコピーでの、
オペラ全曲の手稿と一緒に残されている。
第2楽章に付されたアンダンテのテンポは、
ピゼンデルの手稿にのみ見られるもので、
おそらく、ピゼンデルが、
実際のオペラ上演に接したうえで、
書き加えたものと考えられる。
フィナーレのプレストは、
とても速く演奏するという事より、
活力とエネルギーを持って演奏すべき指示だと、
私は考えている。
このような指示はヴィヴァルディの初期作品にみられ、
『オットーネ』の『Gelosia』などがそうだが、
『ニンファ』における『アレグロ』と記譜された、
『Alma oppressa』と同様に、
これは、コロラトゥーラ・アリア部と
同様の速さで演奏されただろう。」

演奏者のとった解釈の根拠にすぎない、
この解説は、我々にとって、
特に意味があるものとは思えない。

Track1から3が、
この曲に当てられているが、
冒頭の尖ったギザギザ音型からして、
沸き立つようなリズムと推進力で、
そこに、クールなメロディが織り込まれ、
とてもわくわくして、オペラを待ちたくなる。

解説にあった第2楽章だが、
第1楽章でも繊細な音色を響かせていた、
テオルボの音の上を、
痛切なメロディが流れて美しい。

第3楽章は、確かにプレストではなく、
適度な速さで、娯楽に対する心の高まりを
誘うような趣き。

私は、ヴィヴァルディの最初のオペラ、
「離宮のオットーネ」の美しさからして、
魅了されつくしたのだが、
ここでも、初期の作にカウントされている、
Track6.「ダリオの戴冠」の
「枝の中から穏やかで平和な囁きが聞こえる」
と歌われるアリアの繊細さに、
まずは、うっとりとした。

その他のアリアも含め、ここでは、
このような解説でひとくくりにされている。

「これらのアリアは、
ヴィヴァルディの初期のオペラに見られる
典型的なもので、1720年代や30年代のものより、
一般的に短い。
時を経るにつれ、ヴィヴァルディは、
アリアの中のテキストを変更するようになり、
時として、ヴェネチアの方言を入れ込むようになった。」

Track4は、「ダリオ」の音楽で、
王の娘、アルジェーネが、
「鎖も足かせも、血も死も、
怒りで鍛えられた心には、
何の恐れも感じさせはしない」と、
勇ましく歌うもの。

Track5は、「アルジルダ」のアリアで、
タイトルロールである。
これも、妙に痛々しい音形が繰り返される、
悲痛なもので、
「歎きに溢れたこの胸に、
傷ついた心が泣きながらため息をつくのを感じる」
と歌われている。

写真で見ると、きりりと美形の、
サリー・ブルーチェ=パイネという、
英国のメゾが歌っている。

しかし、初期作品として紹介されている器楽曲は、
いずれも、野心的なもので、
「ムガール大帝」と呼ばれるものは、
「大帝」に相応しく、かなり規模が大きい。

「この作品は、3つの原典があり、
一つ(手稿)はトリノにあり、
一つはシュウェーリン、
もう一つはアッシジにある。
このタイトルを有するのは、
P.J.フィックの手になる、
シュウェーリン保存のもののみである。
アッシジのものもカデンツァを有するが、
この出典はこの録音で使われた
それとはかなり異なるカデンツァを含み、
二番目のカデンツァは、
『ポントッティ(Pontotti)氏のために』
という書き込みがある。
自筆譜にはカデンツァがないが、
ヴィヴァルディの書き込みで、
『Qui si ferma a pincimento』
という止める指示があり、
それが実際には想定されていたことがわかる。」

シュウェーリンを調べると、
かなりドイツも北の地方であり、
ヴィヴァルディがよく、
そんな所まで普及していたものと、
改めて感心してしまう。

ポントッティは、
北イタリアのチヴィダーレ出身の音楽家らしい。

「出典によって、かなりの違いがある。
トリノ版は、ヴィヴァルディ自身による改訂が多数なされ、
しかし、書き換えられる前の材料は、
シュウェーリン版に似ているので、
このドイツのものがオリジナルのものだと考えた。
このような理由から、このCDでは、
この版を主にして演奏したが、
適宜、ヴィヴァルディの手稿を参照した。」

このような解説以外にも、
「ムガール大帝」は、
作品7の11(RV208a)を改作したもの、
という紹介のされ方もある。

ただし、作品4の「ストラヴァガンツァ」と、
「四季」を含む作品8の間に挟まれて、
この作品7自体が、作品5、6と同様、あまり有名ではない。

Track7.第1楽章は、
「ムガール大帝」という、
強そうなタイトルに相応しく、
かなり横柄なリズムと、
激烈なカデンツァが特徴的で、
ばん、ばん、と強引で異国風の伴奏の上を、
ヴァイオリンが美しさよりも、
名技性をひけらかしながら飛翔する、
といった、変な音楽である。
中間部でオーケストラが様々な音を、
虹色に交錯させると、
ヴァイオリンも華やかな虹をかけて輝く。

しかし、その後には、またまた、
強烈なパッセージを散りばめたカデンツァが現れ、
合奏が音型を模倣しながら盛り上がる。

Track8.第2楽章も、
ドローンのような効果で、
伴奏がどろどろと音を響かせる中、
独奏ヴァイオリンのぎらぎら感を丸出しにして、
また、時に嘆き節を響かせ、
ジプシー風に気まぐれな
一筋縄ではいかない音楽。

Track9.第3楽章になって、
軽快なリズムが戻るかと思いきや、
これまた小技を効かせながら、
独奏ヴァイオリンが休みなくけしかけて、
音楽を盛り上げて行く。

ヴィヴァルディのイメージは、
イタリアのカンタービレたっぷりに、
豊潤な音楽がジューシーに溢れ出すようなものだが、
そんなものは、この曲には、
ほとんど感じることが出来ない。

後期のヴァイオリン協奏曲の、
曰く言い難い魅力を探ろうとして
聴き始めたこのCDであるが、
初期に数えられるこの協奏曲も、
十分ヘンテコである。

長大なカデンツァが、取って付けたように、
他の演奏者を黙らせて、延々と続いて行く様は、
やり手のオペラ興行主でもあった、
ヴィヴァルディその人の姿を彷彿とさせ、
呆れてしまうような傍若無人さである。
さすが、ムガール大帝であると納得した次第。

この曲は16分もかかっており、
このCDに収められた音楽の中では最長である。
その中で占める独奏の比重は強烈。

さて、後期作品に移ると、
協奏曲変ロ長調RV367は、
以下のような解説がある。

「この曲は、1730年代にヴィヴァルディが書いた、
数曲の劇場用協奏曲の一曲である。
これは、トリノに保管されている、
二つの自筆の典拠がある。
一方は総譜であり、
もう一方は、第1ヴァイオリンとバスのパートがない、
パート譜のセットである。
前に書いたように、ヴィヴァルディは、
第1ヴァイオリンのパートは、
協奏曲に変えて適合させるべく
他の作品のものを再利用した。
もう一曲の変ロ長調の劇場協奏曲(RV365)
にも、同様の手稿のパッチワークが見られる。
一般に、こうした変更は、
意図的な剪定であって、
概してヴィヴァルディの手稿は、
作曲に実質的な素材の追加を行うものではない。
この協奏曲の通常とは異なる性格は、
『Solo a piacimento』
(勝手に弾く?)の指示が、
緩徐楽章の独奏に見られることである。
これはヴィヴァルディが、独奏のラインを
念入りに装飾することを求める時の指示である。
レオポルド・モーツァルト、クヴァンツ、
タルティーニのような18世紀の理論家は、
この実践を論じ、
我々は、ヴィヴァルディ自身が残した、
1、2の例を知っている。
特に素晴らしい例は、
後期のヴァイオリンと二重オーケストラのための
ハ長調協奏曲(RV581)の緩徐楽章である。
自筆譜に装飾付版は見られないが、
ヴェネチアのベネデット・マルチェッロ音楽院に
保管されている、ヴィヴァルディの弟子の
アンナ・マリーアのための楽譜に見ることが出来る。
ヴィヴァルディの2、3の指遣いを参考に、
私は自身の装飾で、当時の雰囲気を与えてみた。」

この曲は、Track10~12に収められている。

概して、1946年のトスカニーニの演奏と、
2013年のセレニッシマの演奏で、
曲から受ける印象は同じである。

トスカニーニ盤の独奏のミシャコフの方が、
ロシア派のヴァイオリニストらしい、
たっぷりとした音を響かせているが、
セレニッシマ盤のチャンドラーも、
やはり、鬼気迫る音楽を奏でており、
トスカニーニたちが、
70年近く前に演奏していた
ヴィヴァルディが、
アメリカ初演なのに、
ほとんど古さを感じないのに感じ入った。

第2楽章は、侘しい情感を湛えた、
虚無的な緩徐楽章であるが、
チャンドラーの方が、恣意的な表現を効かせ、
むしろはったりを感じたりもできる。

第3楽章のラプソディックな、
狂乱のタランテラみたいな楽想も、
ヴァイオリンが忘我の境地のようになって、
初めて活きてくるような所があるが、
そのあたりも、両盤とも期待に応えてくれている。

ただし、通奏低音は、当然、
最新の研究を盾に、様々な工夫を入れ込んだ、
セレニッシマの方が華やかである。

続く、オペラのアリアには、
「モンテズマRV723からのアリア。
残念ながら、このオペラの
60パーセントしか残っていない。
ベルリンのジングアカデミーに、
自筆ではない原稿が保存されている。
この部分的欠落は、
明らかにヴィヴァルディの生前からのもので、
第1幕3部に、作曲家とリブレット作者の名前が、
共に、同時代者の手で記されている。
マニュスクリプトのいくつかのレイアウトは、
ヴィヴァルディの内輪のサークルから、
このコピーが出て来たものと思われ、
近年の校正者は、しばしば、
このコピイストが、ヴィヴァルディの正確な、
弦楽部のスラー表示を適当に扱っていることに、
直面しなければならない。」
という解説があるが、
何だか、鑑賞には関係ないものである。

ヴィヴァルディの内輪のサークルとか、
ベルリンにコピーがあるとかが気になるが。

Track13.ラミーロのアリア。
解説には、これが、
どんな状況で歌われるものか、
などを書くべきではなかろうか。

モンテズマは、スペイン人のメキシコ征服の物語で、
ラミーロは、メキシコ王の娘と恋に落ちた、
征服者側の兄弟の名前である。

「あなたが私の顔が赤らむのを見ても、
それは、尊敬の印ではない。
私のため息は恐れから来るものではない。」

切々たる訴えが、
豪華な色彩の通奏低音の上で、
伸びやかな声で歌われる。

Track14.同様に2幕からの、
ラミーロのアリア。

「嵐の中で、小舟が翻弄される」という、
いかにもこの時代らしい、
困難を打破する高らかなアリア。
ナポリ派風の、声の装飾がけばけばしく、
器楽の活発な伴奏も、
このテンポの速いめくるめく音楽を、
効果的に盛り上げて行く。

Track15~17は、
ヴァイオリン協奏曲ハ長調RV191。

この曲も大作で、14分18秒という演奏時間。
「四季」の各曲の1.5倍はある規模である。

今回は、この曲まで調べる時間がなかった。

得られた事:「ヴィヴァルディの後半生は、ナポリ派のオペラとの戦いだったが、その様式が、協奏曲の作風にも現れている。」
「『劇場用協奏曲』。ヴィヴァルディは、オペラ興行の盛り上げ役として、自らの超絶技巧を劇場でも披露した。」
「トスカニーニが70年前にアメリカ初演したヴァイオリン協奏曲は、最新の演奏と比較しても遜色のない、現代にも通用する出来栄えであった。」
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by franz310 | 2014-10-27 22:44 | 古典

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その418

b0083728_16472993.jpg個人的経験:
トスカニーニは、
1867年3月25日、
北イタリアの
パルマに生まれたが、
その約200年前の3月、
(紛らわしい1678年)
やはり北イタリアの
ヴェネチアに生まれた
作曲家にヴィヴァルディがいる。
ただし、トスカニーニの時代、
ヴィヴァルディは、
まだ、人気の作曲家ではなかった。


同じイタリアの人とはいえ、
ベートーヴェンやワーグナーを得意とした、
20世紀前半を代表する指揮者トスカニーニが
20世紀も後半になってヒットした
ヴィヴァルディと関係があるようにも思えないが、
意外に関係があることが分かり驚いている。

フルトヴェングラーやワルターの演奏で、
ヴィヴァルディがぴんと来ないのと同じである。

まず、1937年に、
トスカニーニのために創設された
(と言われている)
NBC交響楽団を指揮した、
記念すべきお披露目演奏会で、
最初に鳴り響いた曲目が、
ヴィヴァルディであった事は、
あまり語られることはない。

交響楽とラジオ放送とを
クロスオーバーさせる試みの第一歩となる
この華々しい演奏会に選ばれたのは、
かつて、大バッハがオルガン曲に
編曲した事でも有名な、
「調和の霊感」作品3の11であった。

バッハを得意としたストコフスキーも、
この曲は同時期に録音しているから、
トスカニーニだけが慧眼を持っていた、
と書くと書き過ぎになるだろう。

が、ヴィヴァルディの代表作「四季」の、
世界初録音が1947年と言われており、
トスカニーニの録音は、
それに先立つこと10年も前なので、
やはり特筆すべき選曲であったはずだ。

「四季」なくして、この作曲家が語られた、
というのは、私には想像すらできない。
(なお、先の「作品3」に関しては、
トスカニーニは1954年にも、
録音を行っている。)

くだんの世界初「四季」の録音は、
12月に行われたそうだが、
同年1947年11月には、
トスカニーニもまた、
別のヴィヴァルディの曲を演奏している。

苛烈なまでのトスカニーニの情熱を
一途なまでに受け止めた、
NBC交響楽団は、
かなり若い楽員を集めた集団で、
特に弦は、有望な若手によって、
あのスリリングなテンポを可能にした、
と言われたりするが、
コンサートマスターは、
かなりのベテランであった。

この前聴いたシューベルトのCDの解説は、
「トスカニーニ、NBCイヤーズ」の著者、
モティマー・H.フランク(Frank)
によるものだったが、
NBC交響楽団の創設について、
こう書いていた。

「トスカニーニが、この提案
(放送用オーケストラの指揮)を受け入れるや、
ものすごいスピードでオーケストラが組織された。
他のアンサンブルで首席についていた、
21人が楽員として採用され、
何人かはNBCでも同様のポストに就いた。
その中には、コンサートマスターの
ミッシャ・ミシャコフ、
ヴィオラのカールトン・クーリー、
オーボエのロバート・ブルーム
がそうだった。
他のメンバーは、才能ある若手から選ばれた。」
と書かれていた。

このミッシャ・ミシャコフが独奏し、
華々しい活躍を見せているのが、
1947年に録音された、
ヴィヴァルディの協奏曲変ロ長調である。

ナクソス特有の、何じゃそりゃ風の、
スナップ写真があしらわれたCDで、
練習中のトスカニーニらしい。
ここに、青と茶色系の文字が並んで、
いかにもセピアに色あせた印象のデザイン。

一言で書くと、目立たない、
印象に残らない商品であるが、
他に類例がない内容を誇っている。

聞いて見ると、バロック時代の音楽を
優雅に演奏しています、という感じではまるでない。
まさしく、鬼神パガニーニの音楽に取り組むが如き、
恐ろしい気迫で演奏されているのである。

このCDは、トスカニーニのコンサートでは、
すこし、変わった趣向のものではなかろうか。
そもそも、トスカニーニは、
バッハの録音が少ないことで有名であるが、
最初に「管弦楽組曲第3番」が演奏されている。

例えば、諸石幸生著「トスカニーニ」でも、
「大変幅広いレパートリーを誇っていた
トスカニーニではあるが、
不思議なことにバッハは、
どうも苦手というか敬遠していた様子がある」
などと書かれている。

ここには、トスカニーニは、
フーガが嫌いだったから、
などとも書かれている。

とはいえ、
ここで演奏されている「管弦楽組曲」は、
バッハでも別扱いだったようで、
トスカニーニは、曲の始まりから、
精神を音楽に織り込んでいくかのように、
朗々と、歌声を響かせている。

この壮麗な序曲を、
せわしないほどのテンポで疾走させながら、
オーケストラは、各楽器のブレンドが、
むちゃくちゃになるのを押さえつつ、
スリリングかつひたむきな演奏を繰り広げている。

思わず、会場から拍手が湧き起こりそうになるほどの、
渾身の序曲の終結部で、
確かに、かなりの満足となる。

その後のアリアの澄んだ美しさが、
それゆえに余計に胸を打つではないか。
ここでは、巨匠の歌は聞こえないが、
かなり心をこめていることは明らかだ。

ガヴォットの爆発するようなリズムでは、
再び、トスカニーニは、
強烈な気合いを入れまくっていて、
ラジオ体操のように、音楽に合わせて、
屈伸でもしているのではないか、
とでも思えてしまうほどだ。

こんなに全編にわたって、
精神注入していたら、
身が持たないのではないか、
などと思えて、心配になってくる。

ブレーは、少し、疲れたのか、
声が聞こえにくいが、
確かに、とたんにオーケストラは、
行き先表示板を見失ったような
気配を見せるのが興味深い。

終曲のジーグもまた、興奮しまくった演奏で、
アリアに続く3曲は、どれも、
強烈に推進されるリズムの塊のような扱い。
恐ろしく凝縮された演奏で、
20世紀のバロック演奏は荘重に過ぎた、
などと総括されるのに疑問が浮かぶほどである。

トスカニーニは、こんなに興奮して演奏したバッハを、
本当に敬遠していたのだろうか、
などと考えてしまった。

なお、バッハでは、ブランデンブルク協奏曲第2番を、
1938年の10月29日に演奏したものが、
Guildレーベルなどでも聴くことが出来る。

ただし、この時のコンサートのメインは、
チャイコフスキーの「悲愴」であって、
諸石氏の本の巻末のディスコグラフィを見ても、
1947年のコンサートのように、
すべてバロック期の作品で敷き詰めた演奏会が
他にあったとは読み取れない。

ヴィヴァルディが1741年に亡くなり、
バッハも1750年に亡くなっていて、
ヘンデルの没年が1759年であることから、
平均を取れば、1750年になるので、
200年記念が近づくに当たって、
急きょ、その気になったのだろうか。

この動機がよく分からない演奏会、
二曲めが、ヴィヴァルディの
先に書いた変ロ長調の協奏曲。

そして、ヘンデルの合奏協奏曲作品6の12があって、
最後に、最後にバッハ(レスピーギ編曲)の
パッサカリアとフーガが来る。

ヘンデルも、今でこそ有名曲となったが、
トスカニーニが、この手の音楽を演奏した、
ということには、私は少し意外な感じを受けた。

ヘンデルは、合奏協奏曲で、
ミシャコフの第1ヴァイオリンの他、
エドウィン・バックマンの第2ヴァイオリン、
そして、主席チェロの
フランク・ミラーの独奏が聴ける。

ミシャコフのヴァイオリンは、
NBC交響楽団という事で思い出される、
乾いた無機質なものではなく、
適度なふくらみと味わいを持ったもので、
好感を持った。

この時代のヴァイオリニストは、
現代の有名どころとは違う、
隠し味みたいなもので勝負していたようだが、
そうしたものが、脇役的ではあれ、
こうした形で聴くことが出来るのは、
かなり貴重なことではなかろうか。

解説にも、ミシャコフだけは、
特別扱いで、一項を設けられている。

「1896年、ウクライナで生まれた、
ミッシャ・ミシャコフは、サンクト・ペテルブルクで学び、
1921年に米国に移住した。
彼は、1937年に、
トスカニーニのNBC交響楽団のリーダーとなる前に、
ワルター・ダムロッシュの下の、
ニューヨーク交響楽団、
また、レオポルド・ストコフスキーの、
フィラデルフィア交響楽団、
フレデリック・ストック指揮の
シカゴ交響楽団でコンサートマスターを務めている。」

まったくもって、この時代を代表する名手ではないか。

「彼は、1952年まで、
デトロイト交響楽団の同様の地位に移るまで、
このオーケストラに在籍した。
彼は同時に、独奏者、室内楽の奏者でもあり、
ジュリアード音楽院やアメリカ各地で教鞭をとった。」

トスカニーニが任期を終える前に、
NBCを去っているのは意外だったが、
フィラデルフィアとデトロイトでは、
かなり、違うイメージがあるが、
あちこちにその足跡は残っていたようだ。

こうした、普通の定期演奏会のような機会に、
ぽつんと出て来た独奏者としての、
コンサートマスターの仕事というのも、
こうした機会でしか、聴くことが出来ないだろう。

トスカニーニとの共演だからと言って、
ハイフェッツやホロヴィッツが出て来ると、
曲目よりも、奇矯な独奏者の方に関心が行ってしまう。

さて、このミシャコフらが独奏を務める、
ヘンデルの合奏協奏曲は、
このCDの中では、
最も、普遍性の高い演奏に
なっているのではないだろうか。

アレグロのきりりとしたテンポに、
ラルゲットの、高雅な憂愁の陰影。
感極まったマエストロの歌が、これまた、胸に迫る。
まるで、ヘンデルのオペラ、「アルチーナ」で、
運命を受け入れるヒロインのようでもある。
終楽章のアレグロの、愚直なまでに四角四面な表現も、
最後は、トスカニーニの唸り声と共に高まっていく。

最後に演奏される、レスピーギ編曲の、
バッハの「パッサカリアとフーガ」は、
トスカニーニがしばしば演奏するもので、
1939年の演奏会のものは前に聴いた。

しかし、今回の演奏は、
妙に、パッサカリアでの
独奏楽器のひなびた響きが、哀切を極めており、
そこから錯綜して立ち上がって来る主題に、
トスカニーニが遮二無二になって一体化している様子が、
ありありと記録されており、私は、圧倒された。

フーガの絶頂は、激しい痛みまで伴う、
壮絶な表現になっており、
聴いていた聴衆の熱狂は、
録音でも十分分かるほど、すさまじいものである。
いくつかのトスカニーニのライブを聴いて来たが、
ここまで、爆発的な拍手は初めて聴いた。

1947年、長い戦争が終わってすぐの時期、
あたかも、ヴォーン=ウィリアムズの、
第6交響曲のような、破壊的なメッセージが、
ここに秘められているような気もしないでもない。
バッハの限界を超えた、情念に満ちた終結である。

恐らく、これは、トスカニーニが演奏した
バロック音楽の中で、
最も物議を呼ぶものとなるに相違ない。

チャイコフスキーなどでも、
決してこうなることのなかった世界が、
ふとバッハで起きてしまった感じでなのである。

とはいえ、何故に、
バロック音楽が集められた演奏会が開かれたかは、
このCD解説から読み取ることはできない。
作曲家は、いずれも、17世紀の後半に生を受け、
18世紀前半に輝かしい業績を残した3人ではある。

同時代の大家にテレマンや
スカルラッティがいるとはいえ、
やはり、今日でもこの三人を抜かして、
この時代が語れるとは思えない。

このCD解説は、
Keith Anderson
という人が書いている。
同姓同名のカントリーミュージックの音楽家が
検索するとヒットするが、
ナクソスのアノテーター(注釈者)の
重鎮であるとのこと。

確かに、そこらのNAXOSのCDを取り上げて、
無作為に見てみると、
やはり、このアンダーソン氏が解説を書いていた。

幅広く、曲目解説を扱っているようで、
ここでも、記載されているのは、
もっぱら作品についての解説であって、
トスカニーニとの関係は読んでも虚しい。

例えば、一番、知名度の低い、
ヴィヴァルディの変ロ長調協奏曲の解説は、
私にとっては、最も興味をそそるものだが、
どのようになっているだろうか。

「イタリアのヴァイオリニストで作曲家の、
アントニオ・ヴィヴァルディは、
バッハにごく近い同時代者であり、
バッハは、新しく開発された、
イタリアのソロ協奏曲の形式の規範として、
彼の作品を編曲している。
ヴィヴァルディは、その生涯の多くを、
故郷のヴェネチアで過ごし、
断続的ではあるが、何年も、
音楽的な名声の高かった、
孤児や私生児や、
経済的に恵まれない少女を集めて世話していた、
ピエタ慈善院で教えた。」

と、通り一遍の作曲家に関する情報をだし、
近年、注目されている、
オペラの作曲家としての側面も忘れずに、
こう書いている。

「同時に、彼は、オペラハウスにおいても、
作曲家、指揮者、超絶技巧の演奏家としても、
アクティブな働きを見せた。」

実は、この2、3行には、
かなり重要なキーワードが含まれている。

「叙階された司祭でありながら、
健康上の理由からミサを行わなかったが、
音楽活動が多岐にわたることを、
ほとんど阻むものではなかった。
彼の作品は、様々な楽器のための
約500曲が現存するという、
膨大な数の協奏曲を含む。
その約半数が、彼自身の楽器、
ヴァイオリンと、弦楽とコンティヌオ
のためのものである。」

と、このように、ほとんど、
どこかで聴いたような話なのが残念であるが、
最後に、この協奏曲についての説明が出る。

「ヴァイオリン協奏曲変ロ長調RV370は、
通常の3楽章形式で書かれた、
同じ調の27曲のうちの一つである。」

ここで、少し、不安がよぎる。
まさか、これで終わるわけではなかろうな。

が、実際、それに近い感じである。
続く、各楽章についての説明も、
それが、特に鑑賞に役立つような内容ではない。

「オープニングのアレグロは、
これが、続くソロのエピソードを囲む、
合奏のリトルネッロの宣言で始まる。
緩徐楽章は、独奏ヴァイオリンのアリアで、
終曲は、第1楽章と同様の形式で、
活気にあふれたものとなっている。」

ということで、あってもなくても良いような、
ヴィヴァルディの楽曲では、数百回、
このまま使えるような代物である。

しかし、本当に、この曲は、
それだけで済まされる内容だろうか。
ミシャコフ(とトスカニーニ)
の演奏を聴いて、そう思った。

第1楽章は、まるで、
ハイドンの最後の交響曲のように、
威厳に満ちた序奏で始まる。
これは、リトルネッロの開始なのだろうか。
ベートーヴェンのように、
思弁的な問答や、
断定的な否定の楽句さえ響かせながら、
序奏部は一区切りつけられる。

「ヴィヴァルディの協奏曲」
という言葉で想像されるような、
快活で、フレッシュな感じのものではない。

あるいは、これは、トスカニーニという、
ベートーヴェン演奏家の思考パターンが、
無理やりに投影された、
歪められたヴィヴァルディなのだろうか。

この後で、主部に入るが、
むしろ、これは、パガニーニのような、
独奏曲的な協奏曲になっていて驚く。

さすがの名手、ミシャコフも、
この内省的で、謎に満ちた音楽の展開には、
全身全霊を傾けて、火花を散らしながら、
集中しなければ対処しきれないようだ。

めくるめく興奮を持って、
次々と強烈に打ち付けられるパッセージや、
まるで、自然さなどを無視した、
技巧の上に技巧が重なって来るような、
高度な抽象性。

引き裂かれた歌のようにも聞こえ、
歌自体が傷だらけになったというか、
行き場のない迷路に、
悲壮感すら湛えている。

独奏がない部分では、
トスカニーニが、これまた、
うっ、うっ、と唸りながら、
ここぞと、合いの手を突っ込んでくる。

第2楽章は、確かに、何か、
切々たる訴えを、そのまま、
声から移し替えたような、
歎きのモノローグと言っても良い。
伴奏部の悲壮感も美しい。

終楽章は、お開きのフィナーレで、
この部分が第1楽章であれば、
ああ、確かにヴィヴァルディだ、
とみんなが得心するような開始部。

しかし、ヴァイオリン独奏が支配的なところは、
第1楽章と同様で、
これまた、様々な秘技が次々と、
それ自体が自己増殖するように
開陳されていくような趣きがある。

私は、この音楽が、本当にヴィヴァルディなのだろうか、
ひょっとしたら、後世の人が、彼の名前を語って作った、
技巧派ヴァイオリニストのための曲芸協奏曲なのではないか、
などと考えてしまった程である。

書き忘れていたが、このCDには
演奏会が放送された時の、
アナウンスも入っていて貴重なのだが、
ここで、
「新しく発見された、
アントニオ・ヴィヴァルディの
ヴァイオリン協奏曲のアメリカ初演で、
ヴィヴァルディの自筆譜から、
アンジェロ・フリッケンの校正によるものです」
などと、妙に生々しい報告がなされているので、
私は、さらに興味を引き付けられた次第。

これは、アルメニア系のイタリアの音楽学者
Angelo EPHRIKIAN
(1913-1982)
が関与したことを示唆しており、
この人は、ヴィヴァルディの再発見に貢献した人で、
そのオペラの蘇演も手掛けた先駆的な研究者だった
ということが、検索してみるとわかった。

ここまで書かれているのであれば、
偽作などではないのかもしれない。

ということで、私は、
NAXOSのCD表記にある、
RV370という協奏曲の、他のCDを探してみた。

まず、アマゾンで検索すると、
この曲を録音した商品が、あまりにも少ないのに驚いた。
が、それでも聴いてみたいので、
在庫のあるものを選び、手続きを済ませて、
翌日には送金、その翌日くらいには、
うまく手に入れることが出来た。

が、結論からすると、
まったく異なる音楽であった。

実は、このヴィヴァルディが、
アンジェロ・エフリキアンによる
監修のものであることは、
先の諸石氏の本でも注記されていて、
パンシェルル番号405番ではないか、
と書かれている。

RVはリオム番号であって、
パンシェルル番号はPで表される。

この作曲家のややこしい整理状況の変換表は、
音楽の友社の名曲解説ライブラリーなどで、
確認が可能である。

これを見ると、NAXOSが記載している、
RV370は、P349である。
が、諸石氏の書いているP405は、
リオム番号では、RV367である。

そして、今度は慎重を期して、
このRV367をネット検索すると、
YouTubeなどで曲を聴くことが出来、
まさしく、トスカニーニが取り上げたのが、
NAXOSのCD表記にあるRV370ではなく。
RV367だったことが分かった。

とはいえ、ミシャコフの演奏は、
このようなネットで流れている演奏とは、
かなり違ったものである。

新発見の音楽を初演する立場のせいか、
すごい集中力を感じさせて、
音楽の怪しさが倍増され、
とんでもないものまでを見つけ出されてしまった、
という感じが込み上げてくる。

あるいは、ロシアを源とする彼の伝統には、
こうした音楽を演奏する下地がなく、
19世紀風のヴィルトゥオーゾの流儀でやってしまった、
ということだけなのかもしれない。

ただ、トスカニーニという人は、
納得しないで演奏をする人ではない。
そのせいか、図らずも、ダイレクトに、
この曲の本質を暴き出してしまった、
という感じがしなくもない。

この曲は、昭和58年に出た、
「音楽の友」の付録の
「作品小辞典、バロック[上]」にも掲載されている。

まさしく小辞典で、主に、
作品番号付の楽曲のみ記載されているが、
ニックネーム付のものなど、
十数曲のヴァイオリン協奏曲については、
二百数十曲から選ばれて、
短いコメントが出ている。

このRV367については、
「規模も大きく円熟した作風。
抒情性やリズムの魅力にも富んでいる。
高音域のソロは、
高音の弦楽器のみに支えられて軽快に活躍する」
と簡単な記載がある。

そして、1730年頃の作品ではないか、
などと書かれている。

得られた事:「トスカニーニがアメリカ初演したヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲変ロ長調は、NAXOSのCD表記のリオム番号が間違っている。」
「ヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲RV367は、円熟期の作品とされ、独奏楽器の技巧が技巧を産み、抽象的な音楽語法が謎めいた境地にまで到達している。」
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by franz310 | 2014-10-12 16:49 | 古典