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クラシック音楽への愛と悲しみの日々
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その413

b0083728_21483048.jpg個人的経験:
スイスのレリーフ・レーベルが、
トスカニーニの「英雄」を
CD化した時の解説には、
RCAの技術者が試みた、
テープ録音が残っていたので、
それを使って復刻した、とあった。
しかし、日本クラウンが
同じ、レリーフ音源によって、
国内発売した「第9」には、
「アセテート・ディスクに起因する
ノイズ、音揺れの発生する
箇所があります」という記載がある。


きわめて混乱した状況だが、
それ以上の探求をここではしていない。
このCDは1990年代初頭に出たものである。

日本クラウンは、1963年に創業したようだが、
クラシックのレーベルとしては印象がまるでなく、
演歌や歌謡曲、J-POPで有名である。
が、調べると、英国のASVなどのCDを
出していたこともあるようだ。

このCDは、表紙のトスカニーニが、
芸術的なまでに完成度の高い白黒写真で、
決定的瞬間を捉えながら、左手のぶれも生々しく、
その峻厳な芸風を表していて良い。
解説には、歌詞対訳までついていて、
とても親切なものだ。

気になる音源についてであるが、
解説にも、
「スイス、レリーフ社が行った、
オリジナル・アセテート・ディスクからのマスタリングは、
かつてない鮮明なサウンド・クオリティを誇るものとなっており」
と書かれていて、テープ録音などではなさそうだ。

矛盾をあえて好意的に解釈すれば、
1939年のベートーヴェン・チクルスは、
初日の「英雄」は当時最新のテープ録音に挑戦したが、
うまく行かなかったので、
RCAは実験はやめてしまったのかもしれない。

そして、RCAビクターは、
シェラック盤に刻む方にしたのかもしれないし、
そもそも録音はNBCに任せてしまったとも考えられる。

さらに言うと、
チクルス最終日の「第9」は、
演奏会場が、8Hホールから変わって、
カーネギーホールでの演奏だったこともあり、
技術が確立していた方にしたのかもしれない。

今回、レリーフ・レーベル音源のものは、
NAXOSよりもエネルギー感が足りない分、
ぎらぎら感が押さえれれていて、
ある意味、聴きやすいような気もする。

本家本元を標榜する、
Music&Artsのものは、
すこしやかましい程で、
隙間がなく分離が悪いような気がする。
しかも、この「全集」は、
あくまで「交響曲全集」であって、
同じ日に演奏された、
「合唱幻想曲」が収められていない。

GRAMMOFONO2000のものは、
レリーフ社のものや、NAXOSのもの同様、
「合唱幻想曲」まで入れて77分に迫る長時間だが、
実際に演奏された順とは反対で、
後が「幻想曲」になっている。

全体的にもっさりした印象だが、
ホルンの深々とした感じや、ティンパニの迫力など、
情報量が詰まっているような気がする。

ちなみに多く出回ったはずのNAXOSのものは、
放送時のアナウンサーの声もあるので、
80分と、最も収録時間が長く、
その意味ではお買い得感を感じる。

以上、説明した、
この事実からも分かるように、
合唱幻想曲まで一緒に入ってしまうので、
この演奏の特徴は、演奏時間の短さであろう。

噂のレベルかもしれないが、
CDの収録時間は、カラヤンの「第9」が入る、
という時間に合わせたとも言われており、
それなりの大作である「合唱幻想曲」と、
「第9」が一枚に入るなどと、
私は想像できず、ナクソスのものなど、
最初は二枚組かと思っていた。

トスカニーニならではの、
そうした凝縮感がエネルギーとなって、
放射しているような演奏である。

さて、この日本クラウンのものは、
かなり解説も力作で、
この伝説のライブが、
日本で発売された事を心から喜んでいる。

これは、とても共感できる。
90年代初頭では、まだNAXOSのものは出ておらず、
Music&Artsなど、
多くの日本人が、イタリアのメロドラムなどと同列の、
アメリカの粗悪レーベルだと思っていたはずだ。

また、この解説には、トスカニーニが、
この曲をいかに大切に扱っていたかを、
その演奏史、共演者、リハーサルの回想まで交えて、
よく書きこんである。
こうした解説に出会えた愛好家は幸いである。

トスカニーニは「第9」で、
エリザベート・シューマンや、
ルイーズ・ホーマーなどと共演した事もあるらしい。
これらの歌手は、どちらかと言うと、
第九で声を張り上げるイメージではないが、
解説には、マエストロは、
「女声には清楚で輝くような気品」を求めた、
と書かれている。

それから、トスカニーニは、「第9」を、
ミラノ、ニューヨーク、トリノ、
ウィーン、ブタペスト、パリ、ロンドン、
ブエノスアイレスで演奏したそうである。
解説には、
「他のベートーヴェンの交響曲と
同じウェイトをおいて取り上げた」
と書かれている。

この「同じウェイト」というのは、
何とも、すわり心地が悪い表現なのであるが、
実は、この演奏の本質を、
捉えているかもしれないと思った。

CD1枚に「合唱幻想曲」と一緒に収められる、
かなりコンパクトにまとめられた「第9」は、
突然変異で現れた、
ドイツ音楽の至高の逸品というよりも、
ベートーヴェンが今まで書いて来た交響曲の、
正しい継承者で、また終着点、という、
ごく当然の解釈となっているわけだ。

それは、神がかり的に有難いといった、
ものものしさではなく、
ひたむきな求道心と情熱が強調されたものとなった。

また、日本クラウンのCDの解説に戻って、
もう一つ、是非とも強調しておきたいのが、
この「第9」のリハーサル時における、
ヴァイオリン奏者(サミュエル・アンテク)
の回想について触れている点である。

演奏側にとっては、
身の毛もよだつ話であろうが、
聴き手にとっては、ただただ興味深い逸話である。

そこには、第1楽章のある部分のフレーズを、
「無神経に弾いた」ということで、
チェロのセクションを罵倒して、
トスカニーニは怒り狂って出て行った、書かれている。

「無神経に弾く」というのは、
心をこめて弾かなかったということであろうか。
適当に流していたのだろうか。
リハーサルなので、
本盤まで、心をこめるのは取っておこう、
と考えたりしたのがいけなかったのだろうか。

いずれにせよ、
トスカニーニは、こうした事に激怒する人だった、
ということであろう。

が、このような逸話は、
リハーサルからして入念に仕上げられた、
この演奏を聴く者に幸福感を与える。
そのような入魂の演奏を、
これから聴くことが出来るわけだ。

「第9を汚そうとでもいうのか!」
とトスカニーニは怒ったらしい。
ますますもって、
信頼感が増すばかりである。

この日本クラウン盤は、
この解説があるので、
かなり価値が出ていると思う。
早く聞いてみたい、という気持ちを、
高ぶらせるものだからである。

Music&Arts盤の解説は、
このチクルスを味わうのに、
非常に参考になるものだが、
この逸話は初めて見るものであった。

が、Music&Arts盤は、
本場のものならではの確実性がある。

たとえば、クラウン盤には、
「ここに収められた演奏は、
1939年のベートーヴェン・チクルス最終日、
12月2日の演奏会のライブである。
従来この日の演奏会は、
8Hスタジオかどうか疑問視されていたが、
原盤データはカーネギー・ホールということになっており、
ここでもそれに従っている。」
とあるが、Music&Artsには、
何の迷いもなく、こうある。

クリストファー・ディメントが書いたものだ。

「1939年12月2日の第6回で最後のコンサートでは、
楽団はカーネギーホールに移り、
『第9』の前に、トスカニーニの唯一の演奏である、
『合唱幻想曲』が置かれていた。」

また、トスカニーニが、
いかに多くの「第9」演奏を行ったかは、
先に書かれていた事と同じように紹介されている。

「それとは違って、
『第9』は、ザックスの見積もりでは、
いつも彼の活動の中心としており、
ミラノ、ニューヨークに加え、
トリノ、ウィーン、ブタペスト、パリ、
ロンドン、ブエノスアイレスと51回も演奏した。」

さらに、トスカニーニは、
名指揮者としても知られた、
マーラーの演奏をも凌駕していたというのである。

「プレス・レビューによると、
彼が全曲を演奏したスカラ座以来、11年経った、
1913年4月のメトロポリタンでの演奏で、
彼は交響曲指揮者として成熟した姿を見せた。
多くの人が1909年と10年のマーラーを凌ぎ、
ニューヨークの聴衆が聴いた最良の演奏と考えた。
さらに、当時のニューヨークの批評家、
リチャード・アルドリヒによると、
『トスカニーニは偉大な交響曲指揮者として、
完全に成熟させた姿を見せた』とあり、
その長いレビューの中に、
ほんの些細な意義しか書かれていなかった。
『アダージョはもう少しゆっくりである方が、
良いという人もいるかもしれない』。
後のニューヨークの批評家も、
全体的にこの演奏を越えるものはない、
と繰り返している。」

演奏回数のみならず、
トスカニーニが残した
「第9」の録音についても書かれている。
このあたりが、ディメントの解説の魅力である。

「1927年から1952年の進化に先立つ、
スカラ座での演奏の他に、
ニューヨーク・フィルとは13回、
NBCとは5回プラス、レコーディング
といった演奏があった。」

さらに、トスカニーニの「第9」観も、
下記のように象徴的に表されている。

「トスカニーニの書簡には、
この作品が彼に与えていた深い効力が読み取れる。
第1楽章のコーダが、いかに、彼に、
ダンテの地獄門の描写を思わせたか、
アダージョのあるパッセージでは、
高い所から楽園の光が下りてくるか、など。」

このイメージは、我々にも伝わりやすいものだ。
が、この演奏には、「地獄門」を思わせる、
ほら、ここから地獄に入りますよ、
といった描写的なものは何もない。

あえて言えば、第1楽章のコーダで、
そんな感じがあるかもしれない。

それまでは、
ただただ、奔流のように、音があふれ出し、
異常な焦燥感というか使命感で、
あらゆるパッセージが生まれては消えて行く。

「彼は、そのキャリアの終盤でも、
第1楽章の解釈に自信がないことを漏らしているが、
ある人は、それはある一部に関してだろうと考えている。
一方で、彼は、この作品が、
どのように演奏されてはならないかを確信しており、
1937年にヘンリー・ウッドが指揮したものが、
ロンドンからラジオで届られたのを聴いて、
第1楽章と第3楽章はのろのろして飽きるし、
第2楽章は、まさに正しい、
ベートーヴェンのメトロノーム記号より早すぎるとし、
終楽章は支離滅裂だと怒りだした。」

このように、ここでも、「第9」の演奏で、
トスカニーニが怒った逸話がある。
決して満足することのないこの指揮者の、
人間性が、これらの逸話には色濃く表れている。

以下、この著者が得意とする、
トスカニーニの演奏変遷論が登場する。

「1937年に、トスカニーニは、
ここでの演奏を直前にして、
ベートーヴェンのメトロノーム記号を、
正に正しい、と考え、
考え方を変えたはずだが、
スケルツォの一部などを含め、
いくつかの部分で彼は記号より速くしている。
これは全体として、残された録音の中で、
最も猪突猛進で、
最もタイトで、圧縮された演奏である。
特に最初の2楽章がそうで、
このチクルスを通してのアプローチとして言える、
彼の心にあったプレッシャーの好例となっている。
それは、解釈上の変遷のカーブの頂点であり、
1936年3月のニューヨーク・フィル、
1937年11月のBBC、
1938年2月のNBCと、
比較的幅広く、リラックスしたスタイルからの、
各楽章の圧縮の進展が見て取れ、
この録音の怒りに満ちた凝集となる。
この後、1941年7月のコロンのもの、
1952年のNBCの演奏、RCA録音は、
テンポはどんどん1936年のものに近づいている。
テンポの問題は全体像の一部で、
切り立ったインパクト、
恐ろしい力の火山のような爆発で、
ブエノスアイレスの演奏は個性的である。」

私も、このブエノスアイレス盤は、
驚愕すべき記録だと思っているので、
これに対して、いったい、
この盤がどのような扱いを受けているのか、
気になって仕方がない。

「しかし、それに先立つNBCの演奏のものは、
よりよく訓練されたオーケストラと言う点で有利であり、
この演奏は、
マエストロの18か月ものトレーニングを経た優位性があり、
1952年の演奏や録音と比べても、
指揮者が無比の力を誇っていたことが分かる。
聴く人の中には、最初のアレグロ・ノン・トロッポが、
アレグロにしか聞こえないかもしれないが、
疑うことなく、オーケストラは、
指揮者の高度な要求に応えており、
正確さは無比、驚くほど明晰で、
オーケストラを通じて放射される
トスカニーニのイマジネーションは絶対的である。」

各楽器が一体感を持って突き進み、
著者が、オーケストラの技量の差異を語りたくなったのは、
分からなくもない。

「彼が作曲家の心を満たしたかどうかは、
ずっと議論されるかもしれないが、
批評家たちは疑うことなく彼を支持した。
翌日、ダウンズは、こう書いた。
『彼は、この偉大な音の詩に、
これまでになく、激しくノミを入れた。
結果として、
さらなる発展が芸術家にもたらされ、
その洞察力と誠実さは、
彼をベートーヴェンの思想の中心に運び去った。
確かに終楽章は、
この指揮者のどの演奏をもしのぎ、
その法悦は宇宙的でもあった。』
さらに3週間後、『Musical America』は、
『とてつもないもの―
トスカニーニ氏が、
我々にもたらしたものは、
おそらくその力と輝きとで、
最も圧倒的なものであった』と書いた。」

私は、この演奏を聴いていて、
いったい、今、どこを聴いているのだろう、
と、聴きなれた演奏では、
まったくありえないような、
体験をしたりする。

第2楽章などは、
無機的とも言えるような非情さで、
疾風のように吹き過ぎてゆく。

続く第3楽章も、
ひたすら純粋なものが追及された結果でもあろうか、
弦楽のピッチカートの脈動は、
人間存在のない太古からの律動にも聞こえ、
あたかも、原初の生命が、
有機物として生み出されて行く瞬間を眺めるがごときである。

「楽園からの光」を、
彼が、ここに感じたとしても、
様々な欲望が渦巻き、戦争を突き進んでいた当時の、
人間世界に差し込むものではない。

1939年12月2日と言えば、
ソ連が、フィンランドに侵攻した事が、
生々しい時期でもあった。

そんな人間行為の下卑た出来事など、
まるで意に介さぬように、超然と、
天体が運行しているような趣きの第9である。

欧州情勢に対し、
誰よりも心を痛めていたはずの彼ではあるが、
一方で、なるべく、ニュースは見ようとしなかった、
という逸話もあったと思う。

トスカニーニ自らが、
現実世界から目を背けすぎ、
異常な世界に突入してしまったのかもしれない。

トスカニーニがアメリカにわたって、
2年が経過していた。
欧州の実感は、かなり薄れていたかもしれない。

「第9は、それまで録音されたものの中で、
最も明快、劇的で集中力のある、
このベートーヴェン・チクルスを、
みごとに締めくくっている。
多くの人たちが、これこそ、
作曲家の広範なヴィジョンとして捉え、
他に並ぶものなきものと証言するだろう。」

まさしく異常な状況下で行われた、
ベートーヴェン・チクルスであった。

締めくくりに呼ばれたのは、
女声としては、我々にも親しい歌手たちである。
ソプラノには、チェコ出身で美貌で知られたノヴォトナ、
メゾ・ソプラノには、ワルターとの「大地の歌」で知られる
トルボルクが起用されている。

男声はテノールに、
トスカニーニのお気に入りのジャン・ピアーズ、
バスには、ギリシア生まれとされる、
ニコル・モスコーナという名前が出ている。
合唱団は、ウェストミンスター合唱団である。

「これで、トスカニーニは、
NBCとの3期目の第一部が締めくくられた。
ひと月後、彼はチャリティー・コンサートを開いたが、
イタリアは、彼に門戸を閉じた。」

という感じで、
この解説は締めくくられているが、
実際に門戸を閉じていたのは、
トスカニーニの方であった。

「彼は、休息でグランド・キャニオンを訪れ、
さらに西に向かって、相応の休暇を取った。」

という、意味深長な一言が添えられているのは、
そういう状況を表しているように思われる。

「合唱幻想曲」のピアノは、
トスカニーニお気に入りの女流、
ドルフマンで、この曲もまた、
「第9」の延長上の透徹した表現である。

得られた事:「戦争開始と共に、トスカニーニは世間から隔絶して人間世界から目を閉じて、無機質から有機物が生成されて行くような独特の『第9』を作り上げるに至った。」
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by franz310 | 2014-07-19 21:50 | 古典