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クラシック音楽への愛と悲しみの日々
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その412

b0083728_2137479.jpg個人的経験:
トスカニーニが演奏する
NBC交響楽団は、
放送局用のオーケストラである。
当然、放送用の演奏を
くり返していた。
ところが、あくまで、
放送を聴かなかった
我々にとっては、
特に、戦後にこの巨匠が、
大量のLP録音に使い、
そして、すぐに解散した、
管弦楽団でしかなかった。


このLPの録音をしたのが、RCAビクターであるが、
RCAとはRadio Corporation of Americaという、
これまた、ラジオが名前の最初に付く、
巨大なエレクトロニクス企業であり、
この傘下に、放送会社の
NBC(National Broadcasting Company)と、
RCAレコード(RCAビクター)があった。

前者は、アメリカの三大ネットワークの一つであり、
後者は、1960年代まで、コロムビアと並ぶ、
アメリカの二大レコード会社である。
共に名門企業であった。

(こうした当時の世界企業も、
1986年にRCAがGEに買収されるや、
哀れな事に、翌年には、
RCAにおける家電部門はトムソンに、
RCAレコードは、ドイツのBMGに売却されて、
その華麗な歴史に終止符を打っている。)

ということで、NBCで放送された、
トスカニーニの演奏は、時として、
兄弟企業であるRCAレコードからレコードが出ることがあり、
1939年の放送の交響曲の中では、
第3「英雄」が、
唯一、トスカニーニの眼鏡にかなったとして、
レコードとしても発売されていた。

が、ここでややこしいのが、
RCAレコードになったものと、
NBCで放送されたものは、
はたして、親会社が同じだからといって、
同じ音質と言えるか、という点である。

スイスのレリーフ・レーベルから出ていた、
トスカニーニのベートーヴェン録音、
「ライブ・シリーズ」の解説を読むと、
そのあたりの事が少し垣間見える。

このレリーフ・レーベルのCDは、
巨匠の行った、1939年のチクルスから、
一夜ごとにまとめるのではなく、
たとえば、「第1夜」のメインであった「英雄」を、
チクルス後半の「第5夜」の
始まりと締めくくりを担当した、
「レオノーレ序曲」の第1と第2と組み合わせる、
といったように、
かなり変則的な編集をしていた。

このような具合に、このCDには、
RCAから出ていた「英雄」が収められていることから、
うまい具合に、RCA盤との聴き比べが可能となるのだが、
聴いた印象は、曲の冒頭から、かなり違う感じである。

いずれも、元は同じなのかもしれないが、
80年近い歳月の中で、様々な事があったのであろう、
とにかく違う。
あるいは、録音の最初から違うのかもしれない。

このCDの解説は、こんな感じである。

「1939年の秋、50年以上にわたる
ベートーヴェンの交響作品への芸術的な取り組みを経て、
アルトゥーロ・トスカニーニは、
彼のNBCラジオの聴衆に、
全ベートーヴェン・チクルスを披露した。
これは、彼の生涯で4度目の取り組みであった。
全6回の演奏のうち、最初の演奏会は、
ラジオ・シティの8-Hスタジオで、
10月28日に行われた。
『フィデリオ』序曲と第1交響曲に、
1926年以来、トスカニーニが50回以上演奏してきた、
『英雄交響曲』の演奏が続いた。
『マイスタージンガー』序曲や、
ドビュッシーの『海』に続き、
マエストロがもっともよく取り上げた曲目であった。
1938年3月の
トスカニーニのセッション録音開始以来、
(その間、ベートーヴェンの
『第5』と『第8』が作られている。)
これらは8-Hスタジオで行われてきたが、
聴衆がいる中、『英雄』を、
初めて、RCAビクターは、
『ライブ』でテープ録音することを決めた。」

この記述に、私は、一瞬、何がなんだか分からなくなった。
確か、少し前までのトスカニーニのライブ録音と言えば、
ディスクをとっかえひっかえのアセテート盤録音だったはずである。

ドイツで磁気録音が開発されたのが、
トスカニーニの演奏会の前年の1938年で、
戦時中のドイツの録音は、
切れ目がないということで、
連合国が驚き、戦後になって、
テープ録音が広まった、というのが、
これまでの大筋理解であったが、
トスカニーニのい1939年録音は、
テープ録音が試みられたのだろうか。

あるいは、磁気テープではなく、
異なる種類のものなのだろうか。

「技術的には、不幸なことに、
結果として、
『ビクターによるトスカニーニ録音の最低のもの』
(R.C.Marsh『トスカニーニとオーケストラ演奏の芸術』
となってしまった。
聴衆の存在が、残響の最後を弱め、
また、マーシュがまさしく『虐殺』と呼んだ、
深刻な音響上の不純さが、
シェラック録音には残された。」

テープ録音の話の直後に出てくる、
このシェラック録音というのが難解である。
これは、とっかえひかえのシェラック盤の事だと思う。
テープ録音とシェラック録音が、
同時に行われていたと言うことなのだろうか。

「明らかに、『ライブ録音』のプレッシャーによって、
ビクターの技術者たちは、
音楽のフレーズのいくつかや、何小節をも台無しにした。
これは、ディスクのある面の真ん中で、
音楽が欠落するような事になった。
それにもかかわらず、RCAビクターの委員会は、
指揮者不在の中、この録音(M-765)を、
修正して発表することを決定した。」

この部分、「指揮者不在で」と勝手に書き換えたが、
英語では、「作曲家不在で」と書いてある。
それでは意味が分からなくならないだろうか。

ちなみに、M-765は、SPの番号である。

「ワルター・トスカニーニが、
コンサートのラジオ放送のテープを持っていたが、
これはシェラック盤より音質が良いもので、
シェラック盤の技術的失敗が、
明らかに改善された後でも、
この『英雄』は、RCAがLPとして、
米国でも欧州でも発売することのなかった、
権威的バージョンの一つとなっている。」

ここでも、私には、かなりの混乱があって、
「コンサートのラジオ放送のテープ」が、
エアチェックしたものなのか、
先に出て来たテープ録音のことなのか、
あるいは、それをダビングしたものなのか良くわからない。

しかし、先に、テープ録音した、
とあるので、それそのもの、あるいは、その複製、
と考えるのが自然であろう。

このスイス・レリーフ盤は、
このテープに基づいての復刻なのだろうか。
肝心の事をびしっと書かずして、
下記のような、どうでもよい事が続く。

以下は、おなじみのトスカニーニの、
演奏解釈の変遷の話である。

「トスカニーニは、この作品を、
1949年にカーネギーホールで録音しており、
RCAは、1953年12月6日に行われた
演奏会の録音も発売している。」

ちなみに、日本で多く聴かれているのは、
このうちの後者で、
1949年盤が忘れられているのは残念である。

「この指揮者の、この作品の解釈上の見方は、
年々、進化しており、
B.H.ハギンズは、『トスカニーニとの会話』で、
1944年のマエストロとの会話について触れている。
トスカニーニは、11月5日の『英雄』の放送を準備していたが、
1939年の録音を聴いて恥じらったという。
『40年前、私が『英雄』を最初に演奏する際、
ドイツの指揮者の演奏を聴きました。
リヒターも聴いたし。
そして、私は同じように演奏しないと
いけないと考えたのです。』
それから、77歳の指揮者はピアノの前に座り、
ゆっくりとしたテンポで第1楽章の、
『アレグロ・コン・ブリオ』を演奏した。
『しかし、その後、私は、
この作品を信じるように演奏するにつれ、
今や、遂に正しいテンポに自信を持ちました。
簡単なことです。
ドイツ人はすべてを遅くし過ぎて演奏します。』
しかし、1930年代初期までは、
トスカニーニは『英雄』で、
フルトヴェングラーよりもさらに、
幅広いテンポを取っていた。
1930年のNYPとのベルリン公演の後、
ドイツの指揮者たちは、『葬送行進曲』の、
有機的でないリズム構成や、
引き伸ばされた大げさで感傷的な解釈を批判している。
残っている最も初期の音の記録である、
1934年12月のストックホルムのものは、
『葬送行進曲』が1939年のものよりも、
1分半も長くかかっていて、
スコアにあるメトロノーム指示より明らかに遅い。
しかし、その後の15年に記録されたり、
発売されたりした、
トスカニーニとNBC交響楽団との
『英雄』の演奏時間は、全曲でも、
70秒くらいの違いしかない。
広く考えられているのとは反対に、
彼の後年の演奏は基本的に、
前のものより速くはない。
一例を上げれば、
『葬送行進曲』の基本テンポは、
1949年のものや1953年のものの方が、
1939年のものより堂々としている。
しかし、フィナーレではそうではない。」

ということで、テンポの話は、
これまでも読んできたとおりのもので、
特に新しい知識にはならない。

以下、少し、目新しい事が書かれている。

「スタイル上、基本的な違いは、
テンポではなく、陰影法(shading)にある。」

音楽における「陰影法」とは何だろうか。

「年を重ねたトスカニーニは、
書かれていないテンポの変化を許さず、
しばしば、ほとんど知覚できないような様式で、
各々の基本テンポからの
わずかな絶え間ない速度変化を行い、
ダイナミクスやフレージングを洗練させており、
彼の初期のNBCとの解釈は、
時として劇場的なしぐさで
際立って伸縮自在、効果的である。
これこそが、ハギンズが1939年版を、
『トスカニーニの最大傑作のひとつ』と、
呼んだ所以である。」

さきほど、ハギンズに向かって、
「お恥ずかしい」と言ったとあったから、
トスカニーニ自身は、
この録音を認めていなかったのかと思ったが、
「お恥ずかしいが、それこそが、
現在の私の解釈です」という事なのであろうか。

さきほど、この録音をこき下ろした、
マーシュの意見は異なるようである。

「対称的にマーシュは、
ここにはまだまだイタリア的な要素があって、
『フーガは、ロッシーニの序曲の
長い加速するクライマックスようであり、
和音は崩れ、膨らんで暴力的に、
フレーズは予期せず伸縮する』。
あらゆる面で、マエストロの変遷するスタイルと、
『正しい』解釈に対する絶え間ない探求の、
貴重なドキュメントである。」

これは前にも読んだことであるが、
このロッシーニ風の歌心がまた、
トスカニーニの魅力であるに違いない。

特に、一緒に収めらた『レオノーレ』からの
序曲では、実にロッシーニ的な痛快さが聞き取れる。

このCDの解説の最後は、
この序曲に当てられていて、
ようやく、第5夜の話になる。

「この演奏会シリーズの
最後から二番目のコンサート
(1939年11月25日)のハイライトは、
『第8交響曲』だったが、これは、
『レオノーレ』序曲、第1番と第2番に挟まれて演奏された。
RCAビクターは、スタジオ8-Hで、
序曲第2番のライブをテープ録音したが、
『正規盤』であるにもかかわらず、
米国で発売することはなかった。
シェラック盤はHMVで出たことがある。」

最後に、今回のCDが、
テープからのものであることが書かれているが、
いきなり「放送用のアセテート・テープ」とあって、
混乱は極みに達する。

が、アセテートとは、合成繊維の一種で、
アセテート盤に使われるのみならず、
磁気テープの基材のような感じでもあるようなので、
そこを混乱しないように読めばよさそうだ。

「我々は、よく保存された
ラジオ放送のアセテート・テープを、
この録音に利用した。
レコーディング・スタジオの音響的な問題にかかわらず、
我々は、慎重なデジタル・リマスタリングによって、
オーケストラのサウンドを出来るだけ忠実に再現しようとした。」

なお、この解説は、
Peter Aistleitner
という人が書いている。

このように、レリーフ社は、テープ録音の良さを強調しているが、
同じ時の録音でも、例えば、NAXOSの録音の方が、
ずっと聴きやすい。
ただ、ナクソスが、テープから持ってきたのか、
シェラック盤から持って来たのかわからないが、
こちらは、RCAビクターのサウンド・エンジニアであった、
リチャード・ガードナーが関わっているので、
シェラックを修復して出した「英雄」と同じプロセスなのか、
あるいは、放送時のコメントも入っているから、
それこそテープ録音なのか。

良くわからないが、
やたら出ている、このトスカニーニ録音、
とにかく、生まれながらにして、
異なる方式で録音されていたものがあった、
という事は理解できた。

私は、レオノーレ序曲の第1を、
トスカニーニが指揮した、
BBC交響楽団との録音を聴いてから、
すっかり好きになってしまったが、
この曲の解説は、
ナクソス盤から持って来よう。

「ベートーヴェンは、たった一曲のオペラ、
『フィデリオ、夫婦の愛の勝利』を書いたが、
1805年11月にウィーンで初演された時には、
フランス軍によって首都が落ちた後で、
わずかな成功しか収めなかった。
1806年3月に第2版がウィーンで上演されたが、
最終版は1814年5月の上演であった。
オペラはオリジナルは、『レオノーレ』として知られ、
政治囚フロレスタンが、
忠実な妻、レオノーレによって救出されるもので、
彼女は、少年フィデリオに変装し、
看守のロッコに仕える。
彼女は、牢を担当する役人、
宿敵ドン・ピザーロが、
夫を殺そうとするのを防ぎ、
その邪悪が明らかになるや、
うまく、これを懲らしめる。
ベートーヴェンは、このオペラのために、
4つの異なる序曲を書いた。
このうち、『レオノーレ』第1番
として知られているものは、
1807年にプラハでの上演を想定して書かれた。
これは1828年にウィーンでのコンサートで、
初めて演奏された。
『レオノーレ』第2番として知られている序曲は、
1805年のウィーンでのオペラ初演のために書かれた。
これに続いて、1806年にウィーンでの上演のために書かれ、
最後の『フィデリオ』序曲は1814年の舞台用であった。
当初、『レオノーレ』第1は、初演用に書かれたが、
軽すぎるとして、取り下げられたと考えられていた。
しかし、手稿から、
この良く知られた話は間違いであると分かる。
ハ長調で書かれた『レオノーレ』第1は、
オペラや続く部分に関係しない、
ヴァイオリンの主題で始まる。
これが、作品の主部『アレグロ・コン・ブリオ』を導き、
一般的な調性の構成ではないものの、
ソナタ形式の二つの主題を予期させる。
作品の中心は、しかし、
展開がアダージョ・ノン・トロッポに入れ替わり、
彼がその運命を嘆く、
フロレスタンの地下牢のシーンを予告する。
すでに出て来たテーマが再現部で現れ、
強勢された主音の和音で終結する前に、
音楽を鎮める。」

まさしく、このオペラとは無関係に見える、
不思議な序奏部の色彩が、私には魅力的である。

この部分、ナクソスの録音は、
ほとんど何も気にせず聴けるが、
このレリーフ・レーベルのものは、
パチパチ音が目立ち、
ダイナミック・レンジ的にもひしゃげ気味に思える。

また、演奏そのものも、
BBC交響楽団とのスタジオ録音が、
伸びやかであり、高雅な楽器の音色が美しい。
指揮者もオーケストラもないような一体感がある。
わずかにかかっているポルタメントも、
妙にぞくぞくする。
ホールの遠近感も美しい。

演奏時間は、こちらの方が短いが、
NBCのものより、余裕があるように聞こえる。

それはさておき、この緊張感を盛り上げていく、
序奏部は、他の序曲にはない、
幻想的な趣きがある。

主部のメロディも勇ましいが、
影が差して、様々な感情が込み上げては消える感じも良い。
しかし、この前に前に推進する音楽づくりには、
確かに歌があり、ロッシーニがあるように思える。
コーダに向かっての爆発などは、
ロッシーニ以外の何ものでもない。

しかし、ロッシーニが現れるのは、
この序曲が書かれてから、
数年以上後の事になる。

ベートーヴェンに、
すでにロッシーニ的なものがあったようだ。

「『レオノーレ』第2は、
三つの下降音形からなるユニゾンで始まり、
GからFシャープに繰り返し下降して、
フロレスタンのAフラットの牢獄のアリアを
このオープニングの『アダージョ』は、
チェロのテーマの『アレグロ』を導き、
フル・オーケストラがこれを引き継ぎ、
アリアからの第2グループを導くが、
これは展開部を締めくくる
トランペットのファンファーレの後で再現し、
急速なコーダが続く。」

私は、この曲にあまり親しんだ記憶がない。
最初に書かれたということだろうか、
ちょっとくどい感じがしなくもない。

が、トランペットが出てくる前後の、
ヤバい感じはよく予告されている。
レリーフのものは、音が荒れていて、
あまり浸ることはできない。

GRAMMOFONO2000の全集では、
この曲は省略されている。
Music&Artsの全集では、
なかなか深い響きを聞かせている。
しかし、主部はやたらやかましい。

なお、このMusic&Artsの解説では、
トスカニーニのこれらの曲の他の演奏と比較があり、
「著者の見方では、1939年の6月1日に、
HMVによって録音された、
BBC交響楽団との『第1』が、
その自発性と抒情性で賞賛に値し、
数か月の間にマエストロの演奏が
変わったかを知ることができる。
1946年のルツェルンにおける
スカラ座管弦楽団との『第2』が、
その幅広さと力で、この演奏を上回る。」
としている。

1946年と言えば、
トスカニーニは、もう80歳になる。
これは戦後のものであるし、
音質の向上を期待したいところでもある。
(ダイナミックレンジを圧縮した感じで、
格段に良いわけではない。)
演奏時間は1分ほど長くなって、
序奏部のものものしさ、
各声部の粒立ちなどは、
大伽藍を前にしたような印象を受ける。
ティンパニの迫力が効いている。
ブラームスの「第1交響曲」の序奏の予兆すらある。

戦争が終わった解放感をも想起させる、
主要主題の輝かしさなども特筆すべきであろう。
コーダの直前ではつんのめったような感じもあるが、
これがこれですごい興奮を伝えてくる。

ついでに、チクルス「第2夜」で演奏された、
「レオノーレ」第3のナクソスの解説も読んでおく。
「ゆっくりした序奏で序曲は始まるが、
Gから低いFシャープの柔らかい下降があり、
牢獄でのフロレスタンの音楽を導く。
第1ヴァイオリンとチェロに、
続くアレグロの主要主題が委ねられ、
フロレスタンのアリアが、第2主題群を形成する。
『レオノーレ』第2同様、ドラマティックな、
舞台裏のトランペットが響き、
ここで2回目の繰り返しが救援の合図となって、
序曲は拡張された急速なコーダに続く。」

これについては、
Music&Artsの解説では、
Musical Americaのダウンズの、
「荒々しく劇的」という言葉を紹介、
「バランス、明晰さ、音の磨き上げ、構成の結合の驚異、
活力と魅力的なリズム」を賞賛しており、
1951年2月の演奏まで、
トスカニーニ自身、このレベルの演奏はできなかった、
と書いている。

改めてNAXOSのCDで、
この1939年の演奏を聴いてみると、
「レオノーレ」第2より聴きなれているせいか、
清潔で、見通しの良い演奏にも、
いっそうの説得力が感じられる。

ナクソスの場合、
テープをオリジナル・ソースとしているのではなく、
NBCのTranscription discs(1935-1943)を、
プリズムサウンドというシステムで、
CD化したように書かれている。

これは、本放送の終了後も、
再放送や他の地域での放送ができるようにした
放送用原盤なので、放送局内のオリジナルか、
そのコピーくらいであろう。
ディスクというだけあって、
へなへなになりそうなテープよりは、
保存が効きそうな気がする。

しかし、さすがのRCAグループにとっても、
聴衆入りライブの録音は、
こうしたどえらい機会でもないと、
ふんぎりがつかなかったのだろうなあ、
と妙に感じ入ってしまった。

コーダの推進力もたくましく、
安定感があって危なげなく爆発に至る。
ただし、最後の一音は弱くないか?

喜んで聴衆も興奮しているし、いいか。

なお、この曲の場合、RCAレーベルからも、
「英雄」と組み合わされて、CD化されている。

これは当然、シェラック盤のものであろう。

気になるのは音質であるが、
最初聴いた時には、
このレーベルに対する先入観からか、
堅いイメージがあったが、
むしろ、4分をすぎて主題が爆発するあたりの、
天井に張り付いたような、
ダイナミックレンジの苦しさが難点かもしれない。

GRAMMOFONO盤などでは、
このあたりの高まりもうまい具合に補正されているようだ。

「フィデリオ」関係4序曲の最終作、
「フィデリオ」序曲は、このチクルスの初日の冒頭に演奏されている。

4曲の中で、私が、最初に聞いたのは、
この序曲なので、最も、長い付き合いであるが、
序奏が昔から、軽薄ではないか、と思っていた。

これも、ナクソスの解説で読んでおこう。
「ベートーヴェンの唯一のオペラを聴く聴衆には、
現在、この序曲が最初に演奏されている。
一般的には、『レオノーレ』第3が、
フロレスタンの拘束からの解放の前から、
最後のシーンの間に現れる。
愛情、葛藤、恐れとレオノーレと、
その夫、フロレスタンの喜び、
これらが、最終的な全ドラマの要約であるが、
フロレスタンは、無実の罪で牢獄におり、
我々は、音楽の始まりと共に、
フォルテッシモの和音が9つの音で下降して、
彼の牢獄の深さに下ろされ、
恐ろしい光景を心に浮かべる。
そこに弦と木管に助けられ、
荘厳で、惨めなパッセージが続き、
愛するものと切り離された、
彼の悲しみや歎きがさっと描かれ、
次第に、力と自責が込み上げてくる。」

何と、へんてこな序奏だと思っていたが、
こんなものがいっぱい詰まっていたのか。

「そこから希望を新たにし、
序曲の主要主題が飛び上がって、
より良きものへの希望に確信が生まれる。」

ここからは、単に、興奮が続く音楽だと思っていた。

「全オーケストラはしっかりとクレッシェンドで鳴り、
熱狂したパッセージワークが熱狂の頂点まで続く。
突然、調性が変わって、
遠くでトランペットが響き、
レオノーレの感謝の歌も交えて、
解放の内務大臣が到着する。」

このけたたましい楽想の奔流の中で、
いろいろなことが暗示されていたようである。

「前に出た主題が興奮した終結部で繰り返され、
歓声と結果としての幸福が続く。」

私は、「フィデリオ」序曲を今回ほど真面目に聴いた事はなかった。
トスカニーニの興奮も尋常ではない。
ちなみに、Music&ArtsのCDでは、
この序曲は切り捨てられており、
GRAMMOFONOとNAXOSとLYSで聴ける。

得られた事:「トスカニーニの1939年のベートーヴェン・チクルスは、テープ録音とシェラック盤の二つの方式が試されていた模様。レリーフ・レーベルは、オーセンティックなテープを採用した、とあるが、明らかに経年劣化が痛ましい。NAXOSは、トランスクリプション・ディスクを使用とあり、こちらの方が聴きやすい。」
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by franz310 | 2014-06-28 21:36 | 古典

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その411

b0083728_1946599.jpg個人的経験:
トスカニーニが挙行した、
1939年秋の意欲的な
ベートーヴェン・チクルス。
第4夜「第7」は、七重奏と
組み合わされるなど、
少し変わった
プログラムの夜もあり、
「第5」、「第6」といった
誰もが聴きたくなるような
第3夜とのギャップが甚だしい。
中でも、もっとも奇妙なものが、
第5夜のものであろう。


交響曲全曲演奏会である以上、
最後は、ばーんと大交響曲で閉めるイメージだが、
何と、この日のメインは、最も軽量級の「第8」のみ。
最後は、「レオノーレ序曲」第2番で閉めているし、
その前に置かれているのは、
「プロメテウスの創造物」からの抜粋と、
弦楽四重奏からの断章である。

つまり、交響曲は、決してメインではなく、
最初の「レオノーレ序曲」第1番と共に、
前半に演奏されたものと思われる。

極めて興味深い内容であるとはいえ、
トスカニーニは「第8」が得意という感じもないし、
同じ「レオノーレ」なら、
何故、最も有名な「第3」をやらないか、
(これは、「第2」、「第4」交響曲と共に、
すでに第2夜で演奏されていた。)
などと考えると、
まるで落穂拾いみたいな印象である。

1939年11月25日、
NBCの8Hスタジオで行われた、
この不思議な一夜の演奏全部も、
ナクソスは、CD一枚に収めてくれていて、
非常にありがたい。

何となく、肩の凝らない印象の、
この演奏会に相応しく、
ベージュ基調の地味な表紙デザインであり、
トスカニーニの写真も、背景の黒ばかりが目立って、
一連のヒストリカル・シリーズの中でも、
最も印象の薄いものとなっている。

ただし、トスカニーニにとっては、
ここでの曲目には、こだわりがあったはずで、
「弦楽四重奏曲」も、「レオノーレ第1」も、
非常に愛着のある曲目のようでもある。

この四重奏曲の断章は、
前の年の1938年の元旦から演奏していて、
その時の録音も、Music&ArtsのCDで、
聴くことが出来るからである。

また、「レオノーレ序曲」第1番は、
わざわざイギリスのBBC交響楽団とも、
録音を残した、思い出の序曲である。

先に述べたMusic&ArtsのCD
(1938年の「第九」と「四重奏の断章」が収められている)
には、
Christopher Dymentの、
「Toscanini and Late Beethoven」
という、非常に参考になる解説がついている。

「多くの音楽家と同様、トスカニーニは、
この作曲家の最も偉大な作品だと考えていた。
しかし、それは、トスカニーニが、
60代前半に、ブッシュ四重奏団を聴いて、
その価値を見出した時からであった。」

このような記述に、私は驚嘆したことがある。
ドイツ音楽の権化のようなブッシュ四重奏団と、
トスカニーニの間に、関係があるなどと、
これを読むまでは、想像すらしたことがなかった。

「彼は、この四重奏団に1920年代初期に
スカラ座で遭遇、(彼は、この時、交響楽団と
米国楽旅の途上で、1921年の1月に、
かの地に初めて登場した。)
そこで、彼らの演奏を聴いて以来、
出来る限りそれを鑑賞し、
常に、いささか威圧するかのように、
最前列に席を取った。」

ブッシュ四重奏団の演奏会で、
最前列で聞き入るトスカニーニ、
これは想像するだに恐ろしい構図である。

なお、1921年の楽旅は、
スカラ座の管弦楽団とのもので、
米国楽旅の途上で、
イタリア楽旅も行ったようである。

「トスカニーニとブッシュ一家、
特にアドルフと間で長く続いた友情は、
この頃から始まり、
四重奏団はしばしば、彼のミラノの家でも弾いた。
賞賛と影響は疑うべきもなく相互的で、
アドルフは、兄弟のフリッツ同様、
彼を高潔な、より高い情熱的な指揮者と見做していた。
1931年にトスカニーニと共演した後、
『彼は基本的なテンポについて、
私以上に厳格でありながら、
細部においては最高の自由さを持っていた』
と語った。
このような親密さの中で、
トスカニーニは四重奏のリハーサルに立ち会える、
わずかな人に選ばれた。
1930年の10月には、
チューリヒで二日にわたって特権を満喫し、
四重奏団の英国デビューに先立つ、
後期四重奏曲の何曲かの準備を見ることができた。
このすぐれた鑑賞者は、
作品130のカヴァティーナに涙し、
弦楽四重奏曲が正しく演奏されるのを初めて聴いた、
と賛嘆したばかりでなく、
この二日間を、生涯で最も美しい日々だったと語った。
この『クエスト・アダージョ』の思い出は、
(トスカニーニは繰り返し、うっとりとして、
このことを、語っている)
1944年のNBC交響楽団との、
カヴァティーナの演奏にも影響を与えている。」

こう書かれてはいるが、
このカヴァティーナの演奏が、
この解説を載せたCDで聴けるわけではない。

また、今回、1939年のチクルスで演奏されたのは、
ここで述べられている作品130ではなく、
ベートーヴェン最後の四重奏、
作品135からの2つの楽章である。

とにかく、前回聴いた
ベートーヴェンの七重奏曲もそうであったが、
トスカニーニは、意外に室内楽とは、
深いかかわりがあったようである。

Music&Artsにある解説の先を読むと、
いよいよ、今回聴く、作品135の話が出てくる。

「それにもかかわらず、
ブッシュ四重奏団ですら、
トスカニーニを満足させなかったものがあり、
それが、『恐ろしく難しく』、しかし、『神々しい』
作品135からの『レント・アッサイ』であった。
(1939年11月28日の手紙でそう述べている。)」

この1939年11月28日というのは、
今回聴くCDの演奏の3日後にあたる。

「ブッシュ四重奏団の演奏の、
どこがトスカニーニに不満だったかは、
推論することが出来る。
1933年の彼らの録音を聴く限り、
それは10分半を越えており、
(私の持っているDUTTONのCDでは、
11分31秒となっているが。)
非常にたっぷりしたものになっていて、
その異常な長さは、
マエストロにとっては、
不要なほど前進の阻止に見えたようだ。
四重奏団のヴィヴラートや、
(彼らは制約していたにもかかわらず)
わずかなポルタメントが、
完全には、深さと、厳格さとの融合という
トスカニーニの望みと一致しなかった。
このように、彼は、経験上、
ブッシュ四重奏団、
フロンザリー四重奏団を含む、
いかなる四重奏団の演奏からも、
それが良く演奏されたのを
聴いた事がなかったのである。」

ということで、ようやく、
ここまで書かれたことが、
このトスカニーニ版四重奏曲の説明に繋がる。

「彼が、この曲の弦楽オーケストラ版を
1934年1月のニューヨーク・フィルの演奏会に、
初めてプログラムしようと決心したのは、
明らかにこのことによる。
1939年のBBC交響楽団との演奏で、
一回だけは省略したが、
彼は、演奏会を締めくくれるように、
レントに続くヴィヴァーチェも付けて完成させた。
トスカニーニのアプローチは、
ブッシュ四重奏団の演奏のような、
四重奏的なものではない。
彼は、これを愉悦的なものとせず、
『第九』の厳しいスケルツォ以上のもの
としていたことからも明らかで、
後にブタペスト四重奏団は反対に、
トスカニーニから影響を受けて、
同様の見方をした。」

ということで、
ベートーヴェン演奏の本流とも言うべき、
(というか、言われて来た)
ブッシュ、ブタペスト四重奏団が、
まさか、トスカニーニと関係しているなどと、
ほとんどの日本人は考えたこともなかっただろう。

そもそも、日本では、ブッシュ、ブタペストは、
EMI、CBS系で、RCAのトスカニーニからは、
まったく連想できない位置に配置されていた。

「トスカニーニにとって、
『レント』が重要かつ魅惑的であったことは、
1937年のクリスマスに行われたデビュー公演に続く、
第2のNBC交響楽団との演奏会で
取り上げたことからも分かる。
この演奏は、第1ヴァイオリンの名手の一人、
ヨーゼフ・ギンゴールドが覚えており、
『素晴らしい体験だった。
いかなる四重奏団も彼に匹敵するものはなかった。
ラルゴの細部に全身全霊を込め、
スケルツォの燃焼。
そして、第1ヴァイオリンに委ねた、
複雑な弦の交錯。
私は、彼にベートーヴェンの四重奏曲の
全曲を取り上げて欲しかった。』
二か月後の3月8日に、これを再録音して、
彼は拒絶、のちになって発売を認め、
やはりそれを後悔したように、
この機会のレントの演奏には、
トスカニーニは満足していなかった。
1939年11月25日まで、
彼はこの曲をプログラムに入れなかったが、
彼は、初めて、そこそこできたと思った。」

このように、このナクソス盤の演奏が紹介されている。
CD番号まで、81101813と書かれているが、
まさしく今回のCDである。

「トスカニーニが、何故、
初期のレント演奏に満足しなかったのか、
今日、これを類推することは困難である。
1938年3月の録音は、
1分ほど長く、テンポが最も遅く、
暗く内向的である。
1938年1月の録音と、
1939年の録音は、
2秒ほどしか違わない結果となった。
可能性があるのは、
後の演奏は、連続性とフレーズの息遣い、
そして強弱の凝縮で他のものを凌いでいる。
しかし、これらのものは些細な違いである。
一方で、ここでのヴィヴァーチェは、
ギンゴールドが書いていた、
新鮮な準備の効果が出ている。
もう一度書くと、1938年から1939年の、
三つの演奏はすべて、テンポは似ているが、
この演奏がもっともリラックスしている。
もっとも素早く、スフォルツァンドや
フォルテピアノの記号に反応しており、
『第9』のスケルツォに近づいている。」

ということで、今回の演奏は、
二回の駄目だしの後の三度目の正直をかけた演奏のようだ。

が、それほど大きな違いはないともある。

放送録音を使った、
このシリーズのナクソスのCD、
トラック8はラジオ放送時の、
第8交響曲終了時のアナウンサーのコメントで、
拍手も一緒に収められている。
そのくせ、CD9の
この曲のはじめの拍手もコメントもないのは、
ちょっと不自然で、最初聴いた時には、
この演奏は、別の機会のものかと勘違いしたほどである。

さて、今回、これを聴いてブッシュ四重奏団の、
この曲を聴き直してみたが、
トスカニーニと似たところはまるでなく、
深く沈潜して、確かに遅すぎるような気もした。

しかし、これは、古くから、
ロマン派の伝統を伝える滋味豊かなものとされて、
大木正興氏などは、「優麗玄妙」という、
日常では聞けない言葉を使って表現していた歴史的名演。

まるで、黄泉の国に下降していくような音楽で、
非常に超俗的なビジョンを音にしている。
各楽器は、それに忠実な友として寄り添い、
気高く、劇的ですらある。
昔のドイツの巨匠が振るベートーヴェンは、
ワーグナーのようだ、と書いていた人がいたが、
これはまさしくワーグナー的な音楽と言える。

アドルフ・ブッシュのヴァイオリンと、
ヘルマン・ブッシュのチェロが、
あたかも、オルフェウスと
エウリディーチェの嘆きのように、
情感のこもった会話をしていて、
これはかなり危ない世界に接近している。

冥界における別れの音楽とも言える。
没落の歌とも聞こえる。

こんなにもややこしい背景を背負った音楽は、
明晰で張り詰めたスタイルの
トスカニーニを聴いた直後であっては、
単に晦渋と感じても無理はないだろう。

トスカニーニの「レント」は、
7分半から8分半くらいで演奏されており、
まず、弦楽群の立体感によって、
ブッシュ四重奏団で聴くより、
見通しのよさを感じる。

分厚い弦の響きが、
弦楽四重奏の抽象的な世界から、
一歩、人間的なものに近づいて感じられ、
諦念と希望が交錯する音楽になっている。

1938年1月の録音は、
Music&ArtsのCD復刻がうまく行っていて、
非常に深々とした印象を与えるが、
初めての演奏ということで、
とても慎重に演奏している、という感じがする。

また、別のナクソスのCD(8110895)で、
ハイドンやモーツァルトの交響曲と一緒に、
1938年3月8日(ハイドンの「V字」と同じ日)
の第2回録音も聴くことが出来る。

これは、演奏時間が最長とされたものだが、
ためらいがちなもので、息を潜めるように、
深く沈潜する感じは、ブッシュの演奏にも近い。
とても心をこめて演奏している様子が聞き取れて、
この内省的な情感は、私は好きである。

さすがスタジオ録音、
慎重に慎重に、という感じだろうか。
なるほど、密室での作業、
グールドの自問自答の世界かもしれない。
後半の清らかな歌も、
昔を回想しているかのように響く。

自己愛的にセンチメンタルで、
トスカニーニが後悔した理由もよく分かる。

再びライブである1939年のチクルス版は、
もっと、ストレートに歎きの歌になっている。
そして、慰めのような清らかな歌が、
素直に救いの音楽として感じられる。
ただし、録音は少し平板に聞こえる。

差がないと書かれていたが、
演奏状況や楽員の関わり合いなど、
かなり環境に差異があって、
それがそのまま音になっていると思う。

あと、ブタペスト四重奏団(旧全集)の
この楽章の演奏を聴いたが、
さすがに、弦楽四重奏曲だけあって、
鋭い鉛筆でのデッサンのように響きが固く堅固、
トスカニーニほど豊潤に明快なものではない。
演奏時間は、トスカニーニの最長と最短の間を取った感じ。

さて、トスカニーニの編曲であるが、
本来の第2、第3楽章を反転させ、
まずは優麗玄妙な方の第3楽章を聴かせ、
第2楽章のスケルツォで活気を付けて終わる、
という構成になっていて、
原典に帰るを良しとした、
トスカニーニらしからぬ仕事である。

が、不自然さはあまり感じない。
よくできていると思う。

このスケルツォも、
今回、ブッシュ四重奏団で聴くと、
録音のせいもあるのだろうが、
どうも切れが悪く、ごにょごにょしている。

ブタペスト四重奏団のものは、
さすがにトスカニーニ風と言えるかもしれない。

トスカニーニの演奏で聴くと、
明るいヴァイオリンのきらきら感と、
低音弦の機動性で、
そのあたりの歯切れを良くして、
コンサート・ピースのエンディングとして、
爽快な感じをうまく出している。

この四重奏曲の演奏の後には、
ベートーヴェンには珍しいバレエ音楽、
「プロメテウスの創造物」から、
「アダージョとアレグレット」で、
ハープとフルートの響きが可愛らしいアダージョは、
第2幕のパルナッソスの情景の第2曲にあたり、
石をも動かしたとされる、
竪琴の名手アムピーオーンと、
抒情詩の女神エウテルペーの合奏に、
楽人アリオン(バスーン)や、
オルフェウス(クラリネット)が唱和するという部分。

前半は、様々な楽器の妙技が聴ける、
穏やかな音楽で、
後半の強烈なチェロの独奏は、
アポロの参入を表すという。
ここに来て、トスカニーニの、
強靭な意志を感じさせる。

ちなみに、ナクソスのCD解説は、
「プロメテウスの創造物」の序曲の解説になっているが、
CDには、序曲は収められておらず、
この曲では、このバレエ音楽の一曲が、
ぽつんと収められているだけである。

アナウンサーの解説も、
単に、アダージョとアレグレットと言っているだけ。
ラジオの番組としては、かなり、不親切である。

ただ、とても美しく楽しい音楽で、
ベートーヴェンの違う側面が聴けるという意味で、
この夜のコンサートは、
他のプログラムとは違った幸福感に、
彩られていたはずである。

そもそも、「第8交響曲」は、
ベートーヴェンの中では、
異質とも言える幸福感が味わえる交響曲である。

これを爆発するような表現で、
トスカニーニは聴かせ、
RCAからも古いスタジオ録音が出ていた。

日本のBMGファンハウスから出ていた
「赤盤復刻」シリーズでも、
この曲はCD化されていて、
モーティマー・H・フランクの解説(許光俊訳)で、
「響きが粗く、テンポが速いという点で、
トスカニーニの第8解釈の典型とは言えない」とあるように、
実は、このよく出回った演奏は、
聴いていて疲れるものであった。

第1楽章の再現部の冒頭で、
第1主題をティンパニで補強しているとあるが、
これがまた、ややくどく、やかましい感じを増幅していた。

つまり、同じ1939年のスタジオ録音の「第8」は、
典型的な、「嫌なトスカニーニ」だったわけだ。
つまり、音が硬直していて、広がりがなく、
押しつけがましく、何がいいのか分からない歴史的録音。

「第8」については、
Music&Artsの全集盤CD集の解説で、
やはり、DYMENT氏が演奏比較を行ってくれている。

「『第8』は、1897年という早い時期から、
彼のレパートリーに含まれていたが、
アメリカ時代には、それほど多く演奏されていない。
4回の機会にニューヨーク・フィルとは11回、
NBCとは6回の演奏が、RCAの録音後につづいた。
1936年3月のニューヨーク・フィルとのエアチェックは、
それほど統率は効かせておらず、
曲に相応しい気楽さで、
古典的に構成されているが、弛緩があり、
例えば、トリオのルバートは危なっかしく、
しかし、曲の様々な局面に合わせた、
力強い主張は完璧である。
今回の演奏(1939年のチクルスのもの)は、
それと対照的に、トスカニーニの決めたムードによる
効果が強烈に反映されていて、
速く、容赦ないテンポ、
突然のアクセントが、
温和さが不気味なユーモアに変化させ、
歯を食いしばった笑いといった
この後録音される演奏群の青写真となっている。
唯一、1952年11月のRCA録音のみが、
ニューヨーク時代の
好ましいユーモアを取り戻しているが、
NBC響は初期の、
きっちりとしたアンサンブルを発揮できずにいる。
この録音のクリアさによって、
トスカニーニが追加した、
第1楽章の再現部のティンパニが聞き取れる。
明らかに、ここにはこの指揮者のジレンマがあり、
ベートーヴェンでは珍しい
フォルテッテシモがあるにも関わらず、
低音での主要主題は、
上声部の強弱を押さえないと聞き取れない。
ここでトスカニーニは、
ティンパニでメロディ・ラインを強調する
ワインガルトナーの勧めにしたがっている。
これは、その唯一の例ではなく、
エグモント序曲の勝利のエンディング、
334小節から336小節にも見られ、
これもまた、後年の演奏からは見られなくなる。」

今回、後年のものも聴き比べてみたが、
ユニークなのは、やはり1939年のライブであろう。

恐ろしいエネルギーが冒頭から放射され、
さすがにライブならではの熱気がある。
スタジオ録音における、
行き場のない苛立ちのようなものは感じられず、
第1楽章の細かいリズムの刻みが、
聴衆の心の動きと共に高まり、
この貴重な一夜の時間が、
濃密に流れていく事が感じられる。

それは、親密な情感を第1とする、
「第8交響曲」にはなくてはならぬものだと思う。

それにしても、再現部主題を補強するティンパニが、
何と、胸の高鳴りを煽り立ててくれることであろうか。
ライブの興奮の最中、ティンパニなしでも、
この瞬間、聴衆の心には、
こうしたスイングが生まれていたに相違ない。
私は、この瞬間を聴くだけでも、この録音には価値があると思った。

解説にあったように、
歯を食いしばった笑み、といった要素が、
この大戦前夜の録音にはあるかもしれないが、
それはそれで必然とも思え、
その他の楽章で、かき鳴らされる、
突然の音楽の変化もまた、
推進力となって、
この平易な交響曲の演奏でありがちな、
無風地帯を感じることがない。

独奏で浮かび上がる楽器の響きも楽しめる。

得られた事:「トスカニーニは、ブッシュ四重奏団を最前列で聴くほど愛好し、ドイツの本流を受け継ぐ彼らと、ブタペスト四重奏団の架け橋でもあった。」
「スタジオ録音のすぐあとで行われた『第8』演奏会のライブ録音は、居合わせた聴衆の胸の高鳴りのように、第1楽章再現部のティンパニがスイングする。」
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by franz310 | 2014-06-15 19:47 | 古典

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その410

b0083728_23102522.jpg個人的経験:
トスカニーニ指揮の
「第7」と言えば、
戦前から、NYフィルのものが
決定盤とされるほど有名で、
戦後に録音したものも、
JVCがXRCDで復刻した程、
名盤とされていた。
これらは、カーネギーホールでの
収録ということもあって有利。
逆に、いわば、戦時中に、
8Hスタジオで録音されたものは、
あまり知られていなかったはずだ。


トスカニーニが亡くなってから、
むしろ、最近になってから、
こうした貴重な音源が、
数多く出て来た背後には、
アルトゥーロ・トスカニーニ協会なる団体があって、
そこが、収集していた音源が出所になっているらしい。
今回のCDには、少し、そのあたりことが書かれていた。

1939年の年末と言う、
この緊迫した状況下で録音された、
一連のトスカニーニ録音は、
これまでも聴いて来たとおり、
一種、独特な世界を作り上げていて、
多くの聴衆を魅了してやまないが、
私は、いったい、どこからこれらが出て来たのか、
ちょっと悩ましく思っていた。

本当に多くのレコード会社が、
同じ音源から製品を出しては、
不慣れな我々に混乱をきたしている。

これまでも、有名なNAXOSや、
Music&Artsの他、
かなりいかがわしいが音は聴きやすい
GRAMMOFONO2000、
いかがわしいだけに見える
LYSなどのCDを聴いて来たが、
今回のものは、かなり、日本では、
日本クラウンが90年代に広く頒布したので有名な、
スイス、レリーフ・レーベルのものである。
(ただし、これは日本盤ではない。)

このCDのデザインは白黒写真を基調として、
日本で出されたトスカニーニのスケッチ仕様より、
私にとっては好ましいものだ。

このレリーフ社の「全集」は、
「第1」と「第4」、「第2」と「第5」といった
実際の演奏会の曲目とは異なっていて、
GRAMMOFONO盤なみにめちゃくちゃだが、
幸い、この「第7」は、
「七重奏曲」や「エグモント」序曲と組み合わされ、
演奏順も、11月18日演奏会の完全収録となっている。

なお、ナクソスのものも、
同じようにこの3曲が一枚のCDに収められているが、
ナクソスにある、ハミルトンによる放送用解説は、
このレリーフ盤では省かれている。

ナクソス盤の弱点は、
演奏の質感を大切にしたのか、
若干、ノイズが目立つことだが、
このレリーフのものは、
そのあたりは、条件が良いよいように思われる。

音楽之友社から出ていた、
「輸入盤CD読本」には、
GRAMMOFONOやLYSといった、
謎のイタリア系復刻レーベルは出ていないが、
この、RELIEFは出ていて、
「スイスの歴史的録音のリリースを専門にしているレーベル」
ろある。

日本語のあいまいさで、
「スイスの歴史的録音」か、
「スイスのレーベル」か分からないが、
トスカニーニのニューヨークでの演奏を出しているので、
後者と考えるべきであろう。

このレーベルの実体はよく分からないが、
CDの作り自体は、イタリア系のものより、
しっかり、かっちりしている感じはする。

ブックレットの最後のカタログには、
トスカニーニの他、フルニエとヘスのリサイタルや、
ホルショフスキのベートーヴェンなどがあり、
YUVAL TRIOなる団体のディジタル録音もあるので、
単に、著作権切れビジネスをやっているわけではなさそうだ。

このユーバル・トリオは、
グラモフォンからもレコード、CDが出ていた、
それなりに高名な団体である。

また、LISA DELLA CASA
Ricital Tokyo 1970というのがある。
何なんだこれは。

このトスカニーニのCDに関して言えば、
Disco Tradingのライセンスを受けている、
とあるが、これがまた、何のことだか良く分からない。
プロデューサー名は、Rico Leitnerとある。
この名前をネット検索すると、
スイスのマジシャンだとある。

ということで、意味不明であることにかけては、
少なくとも現状は、このレーベルも、
他のイタリア系レーベルと何ら変わることはない。

解説は、Peter Aistleitner
という人が書いていて、
これもネット検索してみたが、
何者か、該当する人物はヒットしなかった。

解説者がはっきりしている点では、
LYSの方がマシではないか。
GRAMMOFONO2000の解説者も、
特定不可能であったが、
内容はディープで面白かった。

これはどうか。

「19歳のアルトゥーロ・トスカニーニ(1867-1957)の
リオ・デ・ジャネイロにおける指揮者としての
目を見張るような成功は、
指揮棒を下して、再びチェロ奏者に戻ることを許さなかった。
1886年12月、トリノのオーケストラのチェリストは、
非常に評判の高かったジョバンニ・ボルツォーニの指揮で、
初めて、ベートーヴェンの交響曲(第2)を演奏した。
トスカニーニがベートーヴェン(第1)を
指揮するまでには10年を要した。
1896年5月3日、ミラノ・スカラ座での
デビュー・コンサートの一環であった。
同時代の批評家は、これを、
『un grande successo di cassetta:
ma un successo artistico ancora superiore』
だと書き、
聴衆も、終楽章のアンコールを、
『con insistenza eccessiva』に求めたが、
トスカニーニの後のキャリアでもそうだったように、
これは拒絶された。」

このように、この解説は、
ところどころ、イタリア語になっていて、
スイスのレリーフ社が、どの程度のものか、
推察できる内容になっている。

「ベートーヴェン没後100年記念に、
1926年10月、一週間かけて、
スカラ座のオーケストラと200人の合唱団で、
全9曲の演奏を行った。
これは、マエストロの最初の全曲演奏であったのみならず、
ミラノでも初めての試みであった。
父親のリハーサルを録音するために、
ワルター・トスカニーニは、
スカラ座に機材を送り込んだが、
残念ながら、結果は失敗に終わった。
トスカニーニは、あと4回の全曲チクルスを行っている。
そのうち二回は1934年と42年の、
ニューヨーク・フィルハーモニック交響楽団とのもので、
放送や私家録音はあるものの、
発売されたものはない。
1933年から1936年の記事では、
よく計算されたルバートと、
よく伸縮するスタイルが賞賛されており、
ハーヴェイ・ザックスは、
これがこの時期のマエストロの特徴だと、
RELIEF821の解説に書いている。」

RELIEF821は、
ブックレット最後のカタログに出ていないので、
何のことやらわからない。

「1939年、72歳の年に、
トスカニーニは全曲チクルスを二回も行っている。
5月には、ロンドンのクイーンズ・ホールで、
BBC交響楽団と、
10月28日から12月2日には、
6週間にわたり、スタジオ8Hで、
NBC交響楽団と演奏している。」

このあたりの事は、
Music&Arts盤に、
ばっちり書かれているので、
あまり貴重なものではない。

「B.H.ハギンズの証言、
『トスカニーニとの会話』(1979年第2版)
によれば、
このNBCの放送は、
『最初の何年かの、
トスカニーニが、
沢山の若い弦楽の名手の応答性や、
卓越した能力に触発され、
また、彼らもまた、彼のすさまじいパワー、
カリスマ性、献身性に発奮された、
異常なエネルギーと熱気を孕んだ演奏』
の証拠である。
この演奏会シリーズの第4演奏会
(1939年11月18日)
は、『エグモント』序曲で始まったが、
これは、HMVからシェラック盤で出ていたものだ。
1953年のRCA盤の発売後も、
これに先立ったライブ演奏が、
『トスカニーニの最高のもの』(ハギンズ)
とされていた。」

この曲のこの録音は、RCAからも、
「第5」、「第8」のスタジオ録音との
組み合わせで出されていた。

「プログラムは、
トスカニーニ自身の編曲による、
ベートーヴェン『七重奏曲 作品20』
のアメリカ初演が続く。
これは、トスカニーニが若い頃から、
特別に愛着を持っていた曲である。
ある逸話によると、
パルマ音楽院にいた時、
この曲のスコアを買って、
級友たちと演奏するために、
何日も肉料理を我慢したと言われている。」

この曲が、RCAからも出ているのは、
このような背景があるからで、
この逸話は、ぜひ、載せて欲しかったが、
これはかなえられた。
ナクソスのCDの解説は、
曲の解説だけで、こうした内容はない。

七重奏曲は、シューベルトの「八重奏曲」との関係が
語られる曲であるだけに、
トスカニーニのこうした趣向は、
是非とも知りたくなる。

「1970年代中盤には、
ごく限られた時期のみ、
全曲演奏の一部だけが、
アルトゥーロ・トスカニーニ協会が、
オリンピック・レコードと共同で、
LPで発売していた。
CR1861、CR1871から、
レリーフ社は、
この有名な演奏会シリーズを、
デジタルリマスターしてCD化して
発売し続けている。」

このCR1861は、前述の「第1」と「第4」で、
CR1871は、「第2」と「第5」である。

これを見ると、
レリーフ・レーベルは、
トスカニーニ協会の正統な後継者だ
と言っているように見える。

ただし、このトスカニーニ協会というのは、
非常にややこしく、
諸石幸生著の「トスカニーニ、その生涯と芸術」
によれば、
1969年に活動を開始した、
テキサスの団体があり、
70枚ものLPを出し、
一部はオリンピック・レーベルからも出されたが、
これは、1973年に活動を休止したという。

何と、トスカニーニ家とのトラブルのため、
とあるので、
これは、正統性を疑われた形となっているわけだ。

また、ロンドンにもトスカニーニ協会があるという。

レリーフ・レーベルのものが、
初代とも言えるテキサスの団体が
持っていた記録を使っているとすれば、
あるいは、もっとも最も状態のよいものと
考えることもできるかもしれないが、
必ずしも、そうではないようにも思える。

さて、この1939年のチクルスでは、
Music&ArtsのCDの解説が、
大変、読み応えがあるが、
ここには、この「第7」を含む演奏会について、
このような文章が載せられている。


「(第6、第5の)一週間後の11月18日の、
第4回演奏会は、
トスカニーニによるオーケストラ版の
『七重奏曲』の初演に加え、
『エグモント』序曲、『第7交響曲』が含まれていた。」

ちなみに、「七重奏曲」は、交響曲全集には関係ないので、
Music&Artsの5枚組にも、
GRAMMOFONO2000の5枚組にも含まれていない。

このレリーフ盤、それから入手しやすいナクソス盤は、
これを含んでいて貴重である。

「『レオノーレ第3』と共に、
『エグモント』はトスカニーニの最も好んだ序曲で、
テープ録音が可能になった後、
スタジオで録音した唯一のものである。
しかし、後年のものは素晴らしい事は確かだが、
この録音の思い悩むような力に比べると、
音もきんきんして、幅広さに欠ける。
約4年前、アーネスト・ニューマンは、
1936年1月1日の演奏会の前に、
現地のオーケストラに対し、
この序曲のリハーサルをするトスカニーニを、
モンテカルロで聴いている。
彼は、自分が求めていたことができるまで、
オーケストラをどうして良いか分からず、
153小節のフレーズを10回も繰り返した。
『書かれたものの向こうにある、
曲線や密度の最もかすかなニュアンスによって、
トスカニーニが表したかったことなどは、
原則、演奏においてはどうでもよく、
ベートーヴェンが意図したものが何であるか、
まさしくそれが何であるかを彼は我々に感じさせた。』
こうした体験が、この後のもの同様、
この演奏にも反映されているはずである。」

トスカニーニのような指揮の達人でも、
どうやって、それを表現してよいか分からず、
オーケストラと共に試行錯誤しているかのようで、
非常に考えさせられる一節である。

「『田園』同様、『第7』は、1897年という早い時期から、
トリノでレパートリーに入っていたが、
『英雄』や『田園』に比べると、
少ない回数しか演奏していなかった。
しかし、1930年のニューヨーク・フィルとの欧州公演、
1940年のNBC響との南米ツアーでは、
お気に入りの演目となって、
1936年のRCAへの録音の結果か、
他の何よりも、トスカニーニの交響曲指揮者としての
全世界的な名声の確立に寄与したものとなった。
今回の演奏は、よく統制され統合されたという意味で、
トスカニーニは、早くもNBC響によって、
ニューヨーク・フィルの驚異的アンサンブルを再現し、
それに近づけたものだ。
全チクルスを通じ、ここでの演奏は、
最も磨き上げられ、統合されている。」

この「第7」は、
ニューヨーク・フィルのものではどうしても聞き取れなかった、
低音弦の存在感が圧倒的な分が効くのか、
ものすごく中身が詰まった、雄渾な演奏に聞こえる。

名盤とされるニューヨーク盤の音質が、
どうしても弱々しい以上、
三年しか録音年が違わない、
こちらの演奏で、トスカニーニの「第7」を、
代表したくなってしまう。

このように、Music&Artsの解説は、
ニューヨーク・フィルほどに、
まだ、新星NBCは、到達していない、
ということが前提になった文章だが、
今回は、先に、B.H.ハギンズの
NBCは、ニューヨーク・フィルとは、
別の可能性を持ったオーケストラであった、
という解釈も目新しかった。

「解釈の点でも、1936年のものよりも、
広がりはないものの、
(戦後の彼の録音よりも)すばらしく制御されていて、
その結合部で、
ニューヨーク・フィル時代の特徴である柔軟性は残し、
第1楽章の再現部では、強調された表現が見られ、
第1主題の木管による優しい語りが続く。」

自然に燃え上がった演奏で、
冷徹なものが多い1939年のチクルスでは、
異質な感じかもしれない。

第2楽章なども、
素晴らしい緊張感が持続して、
強烈な牽引力を感じる。
ここでは、透徹したトスカニーニの本領も聞き取れる。

「全体として、効果は適度に圧倒的で、
ダウンズが、今度ばかりは言葉を失って、
満足してこう述べたとおりである。
『大騒ぎの終曲にも、
何かを読み取ろうとするわけでもなく』
『これ以上になく心からの、
効果狙いの効果がまったくない』。
今日、これを聴いてもわかるが、
このようなスリリングな再創造に対して、
批評家も反応を抑制できなかったことが
明らかに見てとれる。」

第3楽章も、興奮しながらも抑制されていて、
この執拗な楽章がまったく嫌味に感じられない。
トリオの簡素さも好感が持てる。

終楽章も、ダウンズが圧倒されたのも当然だと思える。
まったくこれ見よがしなことがなく、
普通の事が行われているだけなのに、
呼吸するように前進し、
音楽は内部から膨れ上がる感じである。
非常に充実した音楽だと感心する以外ない。

得られた事:「トスカニーニの解釈は、NBC交響楽団の名技性を獲得したことによって深化した。」
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by franz310 | 2014-06-07 23:11 | 古典