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クラシック音楽への愛と悲しみの日々
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その409

b0083728_1939451.jpg個人的経験:
戦争の年、1939年の
ベートーヴェン。
トスカニーニのチクルスの記録を
最初から聴き進めて、
ようやく「第5」を越えた。
この「第5」は「第6」と
同じ演奏会で演奏され、
実は、後半が「第5」、
第6「田園」は前半だった。
これは、曲の盛り上がりから、
多くの演奏会で、
よく取られる措置である。


日本の音楽好きには、カール・ベームが、
ウィーン・フィルを連れて来た時の事などが、
すぐに印象深く思い出されよう。

トスカニーニの39年の録音は、
著作権が切れているせいか、
いろんな会社がCD化したが、
ここで聴くのは、
Music&Artsなどが、
ヨーロッパの泥棒レーベルと呼ぶ、
LYSから出ているものである。

1996年に出た商品であるが、
当時の一つの試みとして、
プラスチック・ケースの回りを覆う、
厚紙ケースが付いている。
コンパクトさを損なう、
大げさな迷惑仕様である。

が、こうした歴史的録音を、
大切な宝物のように扱う姿勢には、
文句を言いたくはない。
が、宝物にするなら、
もっと気合いを入れて欲しいものだ。

デザインとしては、トスカニーニの白黒写真を中央に、
回りはオレンジ色で田園風景の絵画があしらわれている。
が、この絵画の正体が何であるかは分からない。

何となく、トスカニーニも年寄り臭くて、
田園風景も妙に感傷的で、
あまりスタイリッシュなものではない。

私は、LYSの出したトスカニーニは、
これしか持っていないが、
「トスカニーニの遺産」と書かれ、
「ベートーヴェン・チクルス Vol.3」
とあるので、このレーベルも、
包括的にトスカニーニの録音を発売したのかもしれない。

合わせて収められているのが、
「エグモント序曲」、「コリオラン序曲」、「フィデリオ序曲」と、
といった序曲集なので、
まるでLP時代の乗りである。

昔、私が持っていたクレンペラーの「田園」は、
確か、「フィデリオ序曲」が合わせて収録されていた。

マスタリングは、Studio DANTEの、
Christophe Henaultという人が担当。

解説は、Jean Charles Hoffeleとある。
ネット検索すると、ファリャの本などが出てくる。
ファリャとトスカニーニと何か関係があるのだろうか。

ブックレット3ページにわたって解説があるが、
内容は、トスカニーニの簡単な評伝である。

かいつまんで、この録音の頃を抜き出すと、
「戦時中、アメリカでの活動を拡大した。
1938年には、
デヴィッド・サーノフ、サミュエル・チョジノフが、
彼のために特に創設した交響楽団の指揮を依頼した。
有名なNBC交響楽団である。
約10年の間に、
彼は、ほとんどの彼の交響曲のレパートリーや、
オペラのレパートリーの多くを取り上げた。
1946年、彼はミラノに帰り、
再建されたスカラ座を指揮し、
1954年4月4日、
NBC交響楽団と、
ワーグナーに捧げたコンサートで、
お別れ演奏会を行った。
灼熱のトスカニーニの芸術は、
ヴィーン古典派や、
ベートーヴェンの交響曲に大改革をもたらした。」

私は、ここまで読んで、
具体性のない、ありきたりな表現に、
飽き飽きして訳出するのをやめようかと思った。

しかし、続く一節などは、まさしく、
この1939年のベートーヴェンに、
相応しい表現かもしれない。

「彼の切れの良い、断固たる指揮は、
音色に集中することなく、
むしろ彼の解釈の白黒の様相によって、
その芸術にある力の印象を強調する」

同じトスカニーニの指揮でも、
BBC交響楽団では、
名手ぞろいの管楽器奏者たちが、
伝統と個性で楽曲を彩ったが、
NBC交響楽団の演奏では、
確かに、まったく色彩が感じられない。

以下の部分はこの解説の締めくくりであるが、
トスカニーニによって多くの才能が、
霞んでしまった、というような、
苦言とも見える内容になっている。

「トスカニーニの全世界に及ぶ名声は、
完全に評価されているとはいえ、
ベルナルディーノ・モリターリ、ジーノ・マリヌッツィ、
ウィリー・フェレーノ、ヴィクトール・デ・サバータ、
アントニオ・グアルニエリといった、
セルジョ・フェイローニからフランコ・フェラーラに至る、
多くのイタリアの指揮者の才能をかき消してしまった。
トスカニーニは公式に、
若い指揮者のグイド・カンテッリを、
その後継者として指名し、
指導したこともあったが、
この人も37歳で亡くなり、
20世紀後半の最高の指揮者となりえた人は、
我々から失われてしまった。」

さて、トスカニーニの「田園」では、
この1939年の録音は、
どんな位置づけになるのであろうか。

GRAMMOFONO2000では、
「第5」の解説の後に、
こんな解説が続くが、
ここでも即物的で色のない世界が語られているようだ。

「よりトスカニーニが愛した交響曲、
『第6』は、
決して終末論的な高揚もなく、
あくまで現実の世界のもので、
湿った地球の香りが漂い、
夜の香気がある、
さっと描かれ、さっぱりした田園風景の再発見で、
時として、ほとんどコミカルで無邪気である。」

また、Music&Artsの解説には、
もっと、精密な分析があり、
「『田園交響曲』を取り上げた、
トスカニーニのプログラムは、
1897年から1954年の間、
『英雄』以外のどの交響曲よりも多い。
しかし、『第5』とは違って、
この曲の録音は、
この演奏から、たった2年しか遡れず、
1937年6月と10月のBBC交響楽団とのもので、
1938年2月にはNBCでの演奏がある。
これら三つは、細部しか異ならず、
好みによっては、この演奏は、
HMVの録音では省かれた、
第1楽章のリピートがあるゆえに重要である。
トスカニーニとしては、このチクルスでは、
最大限のリピートを実施すると決めていたようで、
彼が常に履行していたとはいえない、
第1楽章では、『英雄』と『第7』以外で、
(これらを彼が反復した例は知られていない)
これが行われている。
因習にとらわれず、
ここで見られる彼の純粋に音楽的、
直観的なアプローチは、
バーナード・ショーが、『16曲の交響曲(1951)』
で紹介した、
トスカニーニが1937年のコンサートのために、
BBC交響楽団と『田園』をリハーサルした時に関する、
首席ヴィオラ奏者による、
あまり知られていないが印象的な証言、
をよく表している。
『あの時、トスカニーニは決められなかった。
“どうしよう、私は、
これまでいつもダ・カーポしていたが、
どうも、間違っていたようだ。
この楽章のバランスを考えると、
こうする方が良さそうだ。
よし、戻ろう。“
リピート以外では、
これらの3つの演奏は、
いずれも、その抑揚に愛情が溢れ、
特にアンダンテがそうだ。
BBC盤がその自発性や、
無比の木管群で輝くとすれば、
この録音に聴く統合力、コントロール、
そして明晰さもまた、同様に満足すべきもので、
これら3つは、これらの観点で、
いずれも1952年の、
RCAレコーディングより優れている。」

ということで、
私が聴いたことのない、
1938年のものがベスト、
などという結果にならずに済んでよかった。

ただし、RCAのレコーディングを、
一聴すると、実は、この最晩年の演奏も、
伸びやかさがあって悪くないことが分かる。

モーティマー・H・フランクという人は、
「年を取るにつれて、演奏のテンポが速くなり、
リズムもいっそう堅くなっていったという定説」
が間違っているという証拠がここにある、
と強調している。

「こと、この交響曲に関して言えば、
よりテンポが速いのは初期の演奏で、
リズムやフレージングが素晴らしく柔軟なのは
後期のものなのだ」。

なお、「田園」からは話が逸れるが、
1938年という年の録音では、
R・シュトラウスの「ドン・キホーテ」
(何と、チェロはフォイアマン)と同日に演奏された、
10月22日の「第5」はGuildレーベルのCDで聴ける。

これは、東京エムプラスから出た時に、
山崎浩太郎氏が、コメントを書いていて、
「初期のNBCの『運命』では、
『これがベスト』」という評価を書いており、
「田園」も出ていたら聴きたいものだ。

この1938年の「運命」は、
マエストロが後で聞き直してみたい、
という要求に応えるために
保存されていたものらしいが、
翌年の演奏よりも、録音が良いように思えるのはなぜか。

この1938年の「運命」に関して言えば、
第1楽章提示部の繰り返しを行っているし、
1939年のものよりもテンポが速く、
全ての楽章の演奏時間が短く、
ちょっとあっさりと小ぶりか。

第4楽章が来る前の、きらきら感も、
1939年の演奏の方が見事である。

この調子の「田園」であれば、
ちょっと即物的にすぎ、
楽しめないかもしれない。

いずれにせよ、1939年の「田園」が、
様々なレーベルから簡単に入手できることはありがたい。

ただし、何度も書いたが、
実況放送のコメントまで入って、
当時にタイムスリップできるのは、
NAXOS盤のみである。

「ベートーヴェンの
全交響曲のプログラムは、
第6交響曲ヘ長調
『田園交響曲』へと続きます。
これは、最初のアレグロに、
『小川のほとりの情景』
と名付けられた緩徐楽章、
『村人たちの楽しい集い』のタイトルのスケルツォ、
『嵐と雷雨』を表す楽章と、
フィナーレの『嵐の後の祈りの感情』からなります。」
と、ジーン・ハミルトンが、
テキパキと手際よくしゃべっている。

トスカニーニが演奏する前に終わらないといけないので、
かなりのドキドキであったと思われる。

ナクソスのCDは「運命」と、
「コリオラン序曲」が入って、
1枚で済みお得であるが、
1999年に出たもので、
24ビットのプリズム・サウンドの技術を使い、
音質的にも満足の行くものである。

したがって、私がLYSのCDを持っている意味は、
ほとんどない。

「田園」は、出だしから自信なさそうで、
第1楽章で活躍する木管楽器などは、
弦に埋もれがちで、よく聞こえない。

第2楽章の水墨画的な陰影も、
悪いわけでもないが、何となくふらついて、
心もとない感じが無きにしもあらずである。

第3楽章も録音が少し遠い感じか。
第4楽章は、じゃーんと来るところであるが、
金管楽器が割れたりせず、
ティンパニのごろごろが、
ずしんと来るかがポイントであろう。

特に過不足はないが、
ナクソスでは、始まって
咳払いなどがリアルに聞こえて、
うれしくなってしまう。
悪名高いホール8Hとは、
こんな感じなんだろう、
と思わせるきちっとした音。

ただし、ナクソスのものは、
放送した音源を使っているせいがあるのか、
かなり、パチパチノイズが他のものより目立つ。
特に気になるのが、第2楽章の第2主題前からのもの。
逆に言うと、よけいな処理が入っていないようで、
それなりに貴重で、弦楽の表情は分離度がよく繊細さがある。

しかも、当時の聴衆が、楽章と楽章の間に、
拍手をしているのまでが収録されていて、
記録として非常に興味深い。

Music&Arts盤はその点、
ノイズがあまり気にならない。
咳はなまなましく、
切れがあって迫力がある。
このCDは全集だが、「第5」との組み合わせ。

LYSも時々パチパチ音があるが、
それ以前に、音が歪み気味。
戦前の録音を、まともに聴かせるには、
やはり、いろいろやらないとだめだ、
と考えさせられる部分もある。

ヴァイオリンは優美で悪くないが、
ナクソスほど、低音弦の迫力はない。
終楽章の最後の高揚感も輝かしい。
私は、トスカニーニが感興に乗っている声を、
そこそこ再現している点に関しては、
ついつい高く評価したくなる。

が、曲が終わっての拍手が収録されていないのは、
少しずる賢い感じがする。
「田園」に序曲を組み合わせた
CD化における曲の組み合わせからしても、
ライブ録音である点をごまかしているのではないか、
などという意地悪な見方もできる。

一番、色彩的に聞こえるのは、
GRAMMOFONO2000ではなかろうか。
弦のざわざわ感も良く、
ティンパニに重量感があるせいか、
リズムの粘りさえ感じられる。
あるいは、いくぶん、残響を付加しているのかもしれない。
第2楽章のぱちぱちノイズもナクソスよりは抑えられている。

ヴァイオリンの明るい響きは、
このCD特有のもので、
音に密度があるので、
押しつけがましい点もあるかもしれない。

トスカニーニの唸り声が、
同様に、存在感を持って聞こえている。

終楽章の感謝の歌では、
トスカニーニの声があることによって、
私もまた、そこに参加できる感じ。
音質で文句がない分、
ホルンがつっかえたり、
オーケストラの破たんが気になる場合もある。

ちなみに、このGRAMMOFONO2000のCDは、
意表をついて、「第7」との組み合わせ。
「第6」と「第7」を抱き合わせたCDなんか、
これまであっただろうか。

それにしても、
GRAMMOFONO2000の
CD解説に書かれていた、
「終末論的な高揚もなく、
あくまで現実の世界のもの」
という表現は、どう捉えたら良いのだろう。

戦争が始まった年の記録で、
夢物語を語らなかったというのであれば、
確かに、そういった感じがないわけではない。

「湿った地球の香りが漂い、夜の香気がある、
さっと描かれ、さっぱりした田園風景の再発見」
という表現も悩ましい。
これなどは、ファリャの専門家が書いた、
LYSの解説に載せて欲しい名文句である。

ちなみに、GRAMMOFONO2000の音質は、
確かに、そんな感じの音質で、
最後の「感謝と喜び」も、
しめやかに夜の気配が偲びこんで来る感じがする。

そう聞いてから、ナクソスなどで聴いても、
やはり、昼日中の輝かしい光景というより、
コンサート会場での儀式のような感じすらある。

したがって、
このような聴き方になってしまうと、
「時として、ほとんどコミカルで無邪気である。」
などと書かれた部分も分からなくもない。

これまで私は、嵐の後、青空が見えて、
村人たちが、それを見上げている感じの音楽
だと思っていたのが、
ここでは、海の向こうでは戦争、
ここでだけは、慎ましく平和を享受しましょう、
みたいな表現に矮小化されているのだろうか。

LYSのCD解説で、ファリャが専門の、
Jean Charles Hoffeleが、
「白黒の田園」と評したように、
この田園は「夜の田園」なのだろうか。
ファリャの夜は、しかし、神秘の夜である。

ついつい比較したくなる、
BBC交響楽団との演奏(スタジオ録音)は、
その意味で、もう少し開放的な広がりがある。
オーケストラが、飛び出してきて、
乗りに乗っている感じがする。

テンポが上がって行く第3楽章から、
各奏者のでしゃばり方は微笑ましく、
様々な光が明滅していて、
この流れは、第4楽章に突入していくが、
弦楽の軽快さ、金管のさく裂、
まことに神業のような輝きである。
惜しむらくは、ティンパニが良く聞こえない点だが、
終楽章の清らかな調べで、
そのあたりの不満は消し飛んでしまう。

ポルタメントをかけた弦楽群の押しの強さや、
晴れやかなホルンが印象的で、
楽器の遠近感が広がりを感じさせ、
刻むリズムも息づいている感じ。

1937年という古い録音ながら、
決して白黒写真にはなっておらず、
これは明らかに日の光の下の音楽だ。
トスカニーニもためらう事なく、
気合いの入った声を響かせ、
オーケストラをどんどん高揚させていく。

一方、NBCの39年の演奏は、
各フレーズが、かちっ、かちっと決められていて、
輪郭が濃く描かれている感じが強い。
特に、ナクソス盤で聴くと、
妙に、低音弦のごうごうした感じがよく再現されており、
これがまた、すごい影を宿すことになっている。

得られた事:「トスカニーニの1939年の『田園』は、克明に描かれた輪郭が濃く、ニューヨークの狭い空間に描かれた束の間のユートピア、『夜の田園』と書く人もいる。」
「LYSのCDは、少し歪が気になるが、音質としては平均的。トスカニーニの唸り声は、そこそこ再現されていて引き込まれる。」
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by franz310 | 2014-05-25 19:41 | 古典

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その408

b0083728_235562.jpg個人的経験:
1939年という、
物騒な時代に、
トスカニーニが、
あえて全曲演奏した
ベートーヴェンの交響曲。
その異常な時代の
異常なテンションの演奏に、
多くの人が惹かれるようで、
Music&Artsや
NAXOSなど、
複数のレコード会社が、
これをCD化している。


NAXOSのものは、トスカニーニが開いた、
演奏会ごとの編集となっていて、
非常に資料的にも価値が高いと思われる。

「第5」は、初演時と同様、
「田園」と同じ日に演奏されたが、
こんな演奏会は、
特別なファンならずとも、
垂涎のものと言わざるを得ない。

いや、少し前の私であれば、
あるいは、トスカニーニのベートーヴェンなどは、
干からびたシシャモのようなイメージばかりがあって、
いくら当時のニューヨークにいたとしても、
聴きに行きたいと思わなかった
可能性がないとは言えない。

が、行かなくても、多くの人は楽しめた。
この歴史的演奏会は、
ラジオの電波にのって放送されたからである。

この日の演奏会の演目に、
このラジオのコメンタリーまでを収めた
NAXOSのCDは、
表紙のトスカニーニも朗らかで、
この指揮者の暑苦しい雰囲気を払しょくして好感が持てる。

実際、このCDのTrack1は、
アナウンサー、ジーン・ハミルトンの
ブロードキャスト・コメンタリーとなっており、
「再び、トスカニーニがベートーヴェン演奏会のために、
指揮台に戻ってきました」みたいなアナウンスがあって、
そこに、聴衆の拍手が重なって、
Track2のコリオラン序曲に繋がって行く。

ただし、このNAXOSのCD解説は、
この特別な機会のトスカニーニの演奏のことではなく、
楽曲解説に重点が置かれている。

「ベートーヴェンは1808年の夏、
『田園交響曲』を完成した。
この頃、ヴィーンを囲む森は今日よりずっと緑濃く、
それゆえ、ベートーヴェンは、
簡単に一人静かな散歩を楽しめた。」
といった感じである。

トスカニーニについては、
「1867年にパルマに生まれたトスカニーニは、
1876年にその地の音楽院に入り、
チェロとピアノと作曲を学んだ」とはじまる、
一般的な略歴があるだけ。

つまり、マエストロ72歳の時に行われた、
1939年のこのチクルスについての解説はなく、
「1937年にNBCにオーケストラを創設したから、
指揮をして欲しいという要請を受けて、
ニューヨークに戻ってきた」みたいな一節で終わっている。
(しかし、この1937年という年を覚えておこう。)

音源は同じながら、各レコード会社で、
音質は大きく異なり、装丁や解説などに、
各社のポリシーや色合いが出るようだ。

トスカニーニの演奏比較なら、
Music&Artsの解説がよい。

そこには、前の「第2」、「第4」の演奏会に続いて、
「11月11日に行われた
このチクルスの次のプログラムは、
最もトスカニーニが愛したと思われる『田園』と、
『第9』と共に最も彼が問題視していた『第5』が、
この順番で演奏された。」
と書きだされており、
「第5」は、1931年と33年の
ニューヨーク・フィルとのものがあって、
これらと比較でき、
その解釈の変容が分かることで重要だとある。

これらはRCAが商業的に発売は失敗したものだが、
より幅広いテンポとこの時代ならではの伸縮自在が見られ、
第1楽章のコーダでの加速が、
トスカニーニが気に入らなかったため、
発売を許さなかったのではないか、
などと、クリストファー・ディメントは書いている。

RCAへの録音を含め、
1938-39年の初期のNBCとの演奏を見ると、
彼は、この楽章をもっとタイトにして、
もっと推進力を与えて統一したかったようだ。
後の1945年5月の欧州終戦記念日(VEデー)の演奏も、
ピッチは興奮気味であるが、
1952年の彼の最後の記録では、
再びリラックスを見せているという。

ここに書かれているうち、
1939年のRCAへの商業録音は国内盤でも、
VEデーの演奏記録もMusic&Artsで、
聴くことが出来るが、
このうち、1939年の録音について、
特に、下記のような解説が続いている。

「トスカニーニは、このコンサートの、
わずか数か月前に『第5』の録音を丹念に行っていた。
彼が満足するために、
それは2月27日、3月1日、29日の3セッションを要した。
明らかにこの特別な経験によって、
この演奏会での演奏で、彼は、
このスコアでの満足すべき主張が出来、
NBC時代における、
トスカニーニの最も満足できるものが出来たことが聞き取れる。
それは適度に激しく、たっぷりしているが、
劇的で、抒情的な要素を与えており、
アンダンテの終わりに向けて小さな混乱や、
フィナーレでホルンが外すことはあるものの、
のちに、ここまで達することが出来なかった程に、
オーケストラは指揮者の激しい要求に呼応している。」

また、この演奏会シリーズの歴史的意義のようなものなら、
GRAMMOFONO2000の解説に見ることが出来る。

ただし、GRAMMOFONOの解説は、
Alessandro Navaという、
イタリア人が書いた文章を、
Timothy Alan Shawという人が、
英訳したもので、
どっちが悪いのか分からないが、
おそらく両方悪いのだろうが、
非常に高踏的で難解である。

とにかく、どの文章もカンマが多く、
単語もやたら難しく、様々な比喩と、
あまり馴染みのない固有名詞が頻出する。
もう少し、普通に書けないのか、
と文句を言いたくなるが、
上記人名の人は沢山いるようで、
何者なのかよく分からない。

この胡散臭さが、ますますもって、
読むべきか、読まざるべきか、
悩ましい状況に追い込んでくれる。

そもそも題名からして、
「The Scream and the frenzy」。
「叫びと狂気」とでも訳すのだろうか、
非常に物騒なものである。

果たして、このトスカニーニのベートーヴェンは、
金切声を上げて、狂乱したものなのであろうか。

「1939年の秋、ヨーロッパは、
まだ、出入港禁止にはなっておらず、
まだ、東欧の街や平原での無差別の殺人の愚かさに、
憤る感情を持つことが出来た。
ツヴァイク、マン、クローチェ、
ブルム、エリオットの欧州は、
は二重の運命に苦しんでいた。」

ということで、第二次大戦勃発時の、
きな臭い話から、このCD解説は始まっている。
あまり読んだことのない内容である。

トーマス・マン、シュテファン・ツヴァイクは、
日本でも有名な小説家で、
ヨーロッパから亡命している。

トーマス・マンは、
裏切り者扱いされたので、
つらい立場に引き裂かれたのは分かる。

しかし、改めて調べると、
ツヴァイクの方がめちゃくちゃで、
ブラジルまで行って、
戦争に悲観して自殺までしている。

ベネデット・クローチェは反ムッソリーニのイタリアの思想家、
ブルムはフランスの政治家で、国内にとどまった。
T.S.エリオットはアメリカ生まれで英国に帰化した詩人。

では、彼らの二重の運命とは何か。

「一方で、
西洋の精神の衰退の最終衰退のごとき、
恐ろしい戦争の恐怖を知りながら、
自身に蓋をして、
もう一方では、まだ生き残っている
古い啓蒙的、リベラルな精神を守るための
生きるための浄化作用として、
個人の逃亡を捉えた。
しかし、すぐに、旧世界の運命は、
力ずくで決められることになる。」

内容がまことに難しいが、
見て見ぬふりをしたり、
亡命をしたということであろう。

「多くの独伊の亡命者の中でも、
トスカニーニは、世界的な名士として特権を持ち、
その断固とした伝説的なイメージは、
米国のマスメディアでも有名であった。
NBCの重役の一人、
デヴィッド・サルノフのはからいによって、
ここ2年は、彼は新設されたばかりの
NBC交響楽団を指揮していた。
彼は歴史上初めて世界中に聴衆を持った指揮者であり、
生ける伝説であった。
彼は、アインシュタインやルーズヴェルト、
ツヴァイクからも手紙を受け取っていた。
ヒトラーやフルトヴェングラーからは憎まれたが、
フルトヴェングラーは、ドイツとイギリスの一部だけでしか、
トスカニーニ並みの名声は得てはいなかった。」

先に特記しておいたように、
1937年に彼はすでに、
NBCに来ていたわけで、
この1939年といえば、
それから2年が経っていたわけである。

ということで、すでに2年の実績があり、
ニューヨーク・フィル時代もあったので、
祖国から離れたと言っても、
トスカニーニの個人的、物質的な境遇は、
まったくもって、多くの人がうらやむようなものであった。

「しかし、この国際的名声とは別に、
マエストロは深い苦悩の時期に入りつつあった。
ヨーロッパでの戦争の勃発は、
まったく心の準備の出来ていないものであったし、
自分が恐らく、二度とイタリアや
ヨーロッパを見ることのできない、
米国で一生を終える単なる流刑者にすぎず、
これがドイツの兵力に、
屈した都市だけの問題ではないこと、
結局、屈するのは、ヨーロッパ文明そのものの、
最高かつ一級のものであろうことを、
今や、彼は気づいていた。」

ということで、このチクルスが決行されたのは、
トスカニーニがまさしく、ヨーロッパと決別した年、
のっぴきならない状況下の記録
としてこれらの演奏を捉えることが出来るようなのだ。

「ドイツがポーランドに侵攻した50日後に、
トスカニーニがニューヨークで、
ベートーヴェンに捧げた、
大きな交響楽チクルスを行ったのは、
おそらく偶然のことではない。
短波ラジオに乗せて、
彼の反抗の叫びが、ここに託された。」

以下、トスカニーニがベートーヴェンを選んだ理由、
選ばずにはいられなかった状況が語られるが、
文章は難解を極めていて困った。

「他ならぬベートーヴェンこそ、
ワーグナー以上に、
ナチスのイデオロギーに閉じ込められた芸術家で、
さらに悪い事に、
恐ろしく、暗く、脅迫的な記念碑に変えられて、
彼の音楽は、ドイツの民衆の前途たる
血の海を指し示すための準備がなされていた。
私たちは、単に公平な目をもって眺め、
ただ、遅れて来た後期ロマン派の堕落が、
ベートーヴェンの解釈を
推し進めていたことを知るべきである。」

後期ロマン派の解釈で、
ベートーヴェンが演奏されてきた事は、
後期ロマン派の権化のごとき、
マーラーのような指揮者が指揮してきたので、
それはまず良いとして、
そのままナチスに繋がるという所に、
ロジックの飛躍がある。

また、後期ロマン派は血の海を志向するのだろうか。

とにかく、原点に戻ることで、
トスカニーニは、下記のような、
健全なベートーヴェン像を打ち立てたかった事は
わからないこともない。

「軽快でくっきりと眩く、
実験精神と誌的な光で湯あみした、
啓蒙思想下の初期ロマン派の作曲家が、
ドイツ楽界の指揮者たちによって
重々しく荘厳な顔を一方に持ち、
大げさで常に威圧的な顔を一方に持つ、
二つの顔を持つ怪物に変容させられてしまった。
つまり、
いつものように一本調子の司祭が、
ワーグナー風の神のために、
あるいは、あたかも、
作品が似つかわしくない
婦女子は飲み込んでしまうような
ダッハウ強制収容所の煙突のために、
芸術の領域での儀式を取り仕切っている。
『全世界の愛の賛歌』たる『第九』を書いた
まさにこのベートーヴェンは、
主治医モレルによって処方された薬で、
おかしくなったヒトラーの如く、
すさまじい壮大さで傷つけられ、毒され、
ヴァルハラの巨人のように巨大化され、
1942年という時期には、
フルトヴェングラーが総統の誕生日に、
何ら罪の意識もなく指揮した作曲家となった。」

ここで、出てくるテオドール・モレル博士は、
かなりイカサマ師風の医者だったようで、
ヒトラーの主治医で、彼をヘンテコな薬漬けにした。

「半世紀にわたる旅行やキャリアを経て、
トスカニーニがこうしたタイプの人物に、
たくさん会ったであろうことは想像に難くない。
言葉では言い表せない行為で、
6000万人を死に至らしめることを、
今や準備しながら、
交響曲を身請けしようとする人たちを。
少し努力して、
偉大な音楽家が、
修辞学で侮辱されつくし、
ニーベルンゲンの人物のように、
カリカチュア化された、
感傷的なベートーヴェンが、
どのように彼に見えたかを想像してみよう。
こうして、もう一度、恐ろしく精力的に、
マエストロは
ドイツ文化が全欧で消滅させようとしていた、
理性の光をかきたてようと決心した。」

実は、このような文章は、
それほど大げさなものではないように思える。
たとえば、今回、「第5」などを聴いていると、
特にそう思えてしょうがない。

トスカニーニ72歳。
老骨と言って良い。
その人が、原点を求め、語るべきは語り、
無駄はざっくり切り捨てて、
改めて提示したベートーヴェンの真実。

ざっくり切り捨てたのは、
終楽章などのコーダなどに明らかで、
芝居がかったところが皆無で、
拍子抜けするくらいである。

この後、この解説者は、
フランス革命の精神をまさに受け継いだ、
20世紀に刻印を残す
ベートーヴェン全曲演奏として、
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮の1962年のもの、
そして、
1965年にイタリア-スイス放送の、
ルガーノのオーケストラを振った、
ヘルマン・シェルヘンのチクルスがあると書いている。
そして、それらはすべて、
この1939年のトスカニーニのものを
モデルにしているとある。

そして、今回の演奏をこう書いている。

「タイトなリズムの韻律、
きっちりとして透明な
オーケストラの織り上げ方、
容赦ないアゴーギグ、
これらが30年代のライブ、
40年代後半から50年代初頭の
スタジオ録音を支配する要素となっている。
もっとも、後者は本質的に騒々しくなっているが。
1939年10月28日から、
12月2日に行われたライブの録音、
そして、全世界に放送された、
交響曲と序曲からなる大きなチクルスには、
こうしたベートーヴェン経験の核心がある。
この巨匠の重要な研究家たちが、
その長いキャリアの頂点であるとした時期。
2年前、最後のザルツブルク公演で、
オペラの世界と決別して、
トスカニーニは、今や、ベートーヴェンのスコアに、
ヴォルテールのような見方で向き合った。
ウィルヘルミーネ文化による地層の上に乗って、
石膏のようになった、
恐るべき硬化した堆積物が完全に消し去られた、
きれいな黒板の前に立っていたようなものだ。」

この一文はかなり難解だが、
ウィルヘルミーネとは、
ブランデンブルク=バイロイト辺境伯
フリードリヒ3世の妃で、
フリードリヒ大王の姉であった、
ヴィルヘルミーネ・フォン・プロイセンの事だと思われる。

ヴォルテールを庇護し、
文化にも通じていたので、
この人が作った層とは、
ロマン主義以前の古典的な啓蒙主義の事だと思われる。

それで、ようやく下記の文章が分かるのである。

「ワーグナーの救済やドイツ哲学は、
このラテン的な啓蒙主義の中にはある場所がなく、
まず何より、ベートーヴェンの楽譜や音符を見れば、
それらは明らかなのである。
それは絶対的に明晰で精緻である。
彼は、一種、ソクラテス的なあり方で、
勇敢な放棄をもって、
反抗と忍従の混合した精神を想起させようとしていた。」

この最後の部分は難解であり、
ベートーヴェンとソクラテスの関係も知らないが、
とにかく、こうした所からは、
自信満々のワーグナーのオレ様思想は出てこないととは分かる。

では、この解説で、トスカニーニが振った、
「運命」として知られる「第5」は、
どのように記載されているだろうか。

「『第5』では、トスカニーニは、
きっぱりと汎ドイツ的な大言壮語に対して、
きっぱりと答えを出している。
恐ろしい韻律による最初の部分は、
あたかも、ベートーヴェン流の
『そうでなくてはならぬ』が、
要塞のような堅固な信念には
屈することになる
甲高い凶暴な力に抗っているように見える。」

このように、このベートーヴェン・チクルスの、
「第5」は、トスカニーニの明らかな変化を語る上で、
聞き逃すことが出来ないもののようである。

つまり、1930年代前半のややロマンティックなものと、
最晩年のリラックスした表現の間にあって、
緊張感が高く、研ぎ澄まされた表現の極致となっている。

指揮者とオーケストラは、
レコード録音のためのリハーサルをした後でもあって、
技術的にもこなれており、
そこにライブならではの高揚感が加わって
いかにも戦争への挑戦といった具合に、
時代の証言が鳴り響く感じなのだ。

先に「研ぎ澄まされた」と書いたが、
「ドライ」という感じではない。
この39年ライブでは、
トスカニーニは、唸り声も激しく、
感興のままにふるまっている感じもする。
が、第2楽章などは、まったくもって、
休息の音楽などではない。

第3楽章も、1点1画もゆるがせない、
雄渾な表情に決然としたものが感じられる。

そのせいか、この文章を書きながら、
遠くから、きらきらと、
希望の光がやってくるような瞬間を経て、
終楽章の高揚が来た時には、
GRAMMOFONO2000の解説にあったような、
ヨーロッパ文明破壊への抗議以上に、
最後には、こうしてそれは復興するであろう、
といった祈りと確信表明の音楽にも聞こえて胸が震えた。

私は、33年のニューヨーク・フィルの、
何となく高雅な表現も好きであるが、
そこでは省略されていた、
第1楽章提示部の繰り返しが、
しっかりと行われていることからも、
妥協のない、確固たるものを
残そうという意気込みが伝わってくる。

また、日本では、同じ39年のスタジオ録音が有名であるが、
これは、まったく感興の起こらない、硬い音楽で、
聴いていて疲れる感じの音質もその印象に輪をかけている。
3回ものセッションを持ったということなので、
こねくり回してすぎたのか、
音楽の息吹が打ち消されてしまった。

得られた事:「トスカニーニは、ヒトラーを生み出したドイツ・ロマン派的英雄主義によって、捻じ曲げられたベートーヴェン像を見直すことで、ナチズムに挑戦した。」
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by franz310 | 2014-05-10 23:06 | 古典