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クラシック音楽への愛と悲しみの日々
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その383

b0083728_141830100.jpg個人的経験:
亡くなる5年前、
1965年のバルビローリが振った
マーラーの第2交響曲「復活」は、
その前年の有名なスタジオ録音、
マーラーの「第9」などより、
遥かに燃焼度の高い演奏であった。
オーケストラは同じベルリン・フィル。
そもそも気迫とか、
曲に迫る鬼気迫る雰囲気や、
めりはりのようなものがまるで違う。
では、同様に、表紙写真がかっこいい、
ライブでのブラームスはどうなのだ。


実は、私が生まれて初めて、
ブラームスの「第2」を聴いたのは、
東芝EMIから出ていた、
廉価盤シリーズにあった、
ウィーン・フィルの演奏のものであった。
もちろん、指揮はバルビローリである。

が、この有名なオーケストラを振った演奏は、
まったく私には合っていなかったようで、
ブラームスの交響曲の中で、私が、この曲を、
最低ランクに評価していた時代は長かった。

その後、私は、ブラームスの「第2」を、
日本のオーケストラの実演で聴いて感銘を受け、
バルビローリって駄目だったのだな、
と痛感させられたのであった。

この発見はショックだった。
なぜなら、バルビローリのエルガーやディーリアスは、
私の記憶に刻印された名レコードだったからで、
また、バルビローリ、ウィーン・フィルのブラームス全集は、
泣ける演奏として、多くの人に語られて来た、
いわゆる「決定盤」の一つだったからである。

その後も、この演奏は高い評価がなされ、
音楽之友社のONTOMO MOOK、
クラシック不滅の名盤800
「20世紀を感動させた21世紀への遺産800タイトル」
にも取り上げられている。

ベルリン・フィルを感動させて録音した、
とされて、これまた、巷では評価の高い
マーラーの「第9」も同様の印象で、
(これも先のMOOKで取り上げられている)
作品の本質にむしゃぶりつくような表現が見当たらず、
えぐるような情感に不足する。

したがって、このバイエルンの演奏を集めた、
オルフェオのライブ・シリーズが20年前に出た時、
ケンペやクーベリックは聞きたいと思ったが、
バルビローリは聞きたいと思わなかった。

それは、何と言っても、
因縁のブラームスの「第2」が、
バーンとメインに据えられていたからである。

しかし、改めてこのCDを手に取ってみると、
1970年4月10日の収録と、
まさしくバルビローリの亡くなる3か月ほど前の演奏で、
しかも、マーラーのCDとは違って、
ステレオ録音とされている。

マーラーのドラマティックなライブを聴いた後、
あるいは、ライブのバルビローリは違うのではないか、
という期待が頭をもたげた。

私は、わくわくしながら、これを入手、
期待の中で、この演奏を聴き始めた。

解説のゴットフリート・クラウスも、
「20世紀の偉大な指揮者の中で、
イギリス人のサー・ジョン・バルビローリは、
与えられるべき評価に対して、
名声を得るのが比較的遅かった」
と書いているから、晩年になっての客演は、
さぞかし、期待の中で執り行われたのであろう、
と推察した。

Track1.
第1楽章:
冒頭の序奏の深々とした低音も、
スタジオ録音では感じられなかったもので、
続く主題ののびのびとした広がりも素晴らしい。
第2主題の楽器の受け渡しの分離なども、
かつて聞いたウィーン・フィルとの録音より美しい。

また、刻印していくようなリズムが特徴的で、
平明になりがちな作品に劇的なスパイスを与えている。
中間部の寂寥感も空気の香りを伝えるようだ。

展開部は遅く、先のリズムががりがり来て面白い。
とにかく、この曲には、豊かな広がりがないと、
まるで意味がないと思うのである。

第1交響曲の緊張からの解放、
「第1」で、ベートーヴェンを意識したブラームスは、
この「第2」では、シューベルトの傑作、
「大ハ長調」の広がりを意識していたとも言われる。

解説には、むしろ、ベートーヴェンが取り上げられているが。

「ヨハネス・ブラームスの『第2交響曲』は、
しばしばベートーヴェンの『田園』と関連付けて語られ、
『第1』のドラマティックな構成と比べ、
その牧歌的な性格と明るさが強調される。」

また、もう一つのこの曲の性格は、
第1楽章でも、田園に雲が流れるように、
時折、深い憂愁の影が差すのも事実。

「しかし、1877年に出版社に語った、
『スコアには暗い歎きが見え、
あまりに憂鬱にも思えるでしょう。』
このセンテンスは、主に、皮肉と見られ、
意識的に誤解を招くコメントと考えられてきた。
しかし、ブラームスのすべての音楽の、
暗い側面を言い当てている。」

バルビローリは、このあたりの表現も、
一面的ではなく、多層的な表現で聞かせる。
寂しげな木管の色彩に、明るい弦楽が交錯し、
コーダの何とも言えぬ、胸につかえたような
ホルンの呼び声の憧れとも諦観とも取れるため息の美しさ。

私は、この部分の情感を無視した演奏を聴きたくはない。
が、このCDでは、期待は十分に満たされる。
ウィーン・フィルとのスタジオ録音がどうだったか忘れてしまった。

Track2.
第2楽章:
この楽章の最初の重苦しい感じだけを取り上げれば、
「あまりにメランコリック」と自虐気味に書いた、
ブラームスの言葉は、まさしくその通りに思える。

青空は見えそうで見えない。
暗い雲は動きそうで動かない。
が、しかし、壮大な地平線の眺望には、
胸に迫る広がりが感じられる。

バルビローリの指揮は、小さな楽句ひとつひとつの、
躊躇いがちな表情を大事にしたもので、
めまぐるしくテンポも陰影も変化して、
耳を澄ますほどに、引き込まれるような音楽である。

長く長く引き伸ばされた歌もあり、
強烈にパンチの効いた慟哭あり、
この指揮者がマーラーの「第9」を得意にしていた事を思い出す。

バイエルン放送交響楽団の、応答性のよい機能性や、
バランスの良い色彩感が、バルビローリの思惑を、
適確に表現しているものと見た。

Track3.
第3楽章:
解説には、
「第3楽章は舞曲風の優しい形式をとっているが、
緩徐楽章の劇的展開が表面に現れたものだ」とある。
このシリーズの解説は、
指揮者の特徴とその聴きどころなどお構いなしのものが多いが、
これもそうである。

第3楽章をバルビローリがどう解釈したかなどはお構いなし。
単に、この楽章のリズミックな点と、
第2楽章との対比を書いただけだ。

が、第2楽章はなだらかではあるが、
充分に劇的だと思う。

この第3楽章は、かなり力技で聞かせる部分で、
舞曲ながら野暮になってはならないが、
バルビローリは、リズミックな部分と、
なだらかな部分の対比をたっぷりと取って、
ノーブルな味わい、というか、
やはり、多面性を生かしている。
ポルタメント風な処理も交え、
感情たっぷりである。

Track4.
第4楽章:
解説には、下記のようにあるが、
これでは、まるで、これまでの陰影豊かな、
抒情と侘しさの入り混じったような、
愛おしい音楽を否定しているような感じがしないか。

「最初の2つの楽章の、
柔らかく消えるような終わり方の鋭い対比が、
フィナーレとなっている。
それはしかし、節度を持って始まり、
突如として威勢のいい快活な、万全の輝きに移行する。
まるで、これまでの素材は、
この効果のためのようでもある。」

この「効果のためのよう」かもしれないが、
それだけではない。
バルビローリは、この威勢の良い楽章も、
単に突進したりはしていない。

さすが、バイエルンのオーケストラ、
金管を鮮やかに、しかも清潔に強奏させ、
推進力のある歓喜はあるが、
沈潜するような部分の表情をおろそかにしていない。
停滞寸前の内省的とも言える対位法進行には、
バルビローリの激しい身振りが垣間見えるようである。

この陽とも陰とも言えぬ複雑な自問自答を、
バルビローリは、実に大切に、割れ物を扱うように、
きめ細かくドライブして行く。

弦楽の刻み、ティンパニのさく裂、金管の興奮など、
実演ならではの生々しさがあって、
古いながらも、それを十分に捉えた録音が嬉しい。
音に広がりとジューシーな豊かさが感じられれば、
多少のデッドさはやむをえまい。

コーダも、節度を持ってコントロールされており、
オーケストラのためのショーピースとなることが防がれているが、
最後の音を引き延ばす長さの長いこと。
サー・ジョンは、この瞬間だけは、すべての音を、
これまでの入念なコントロールから解放してやったかのようである。

我々の心も、びゅーんと遠くに飛んでいきそうな、
聴いたこともない引き伸ばしに、
あるいは、オーケストラも、この指揮者とのひと時を、
終わらせたくない、といった意識があったのではないか、
などと考えてしまった。

ずっと聴かずにいたが、聴いてよかった名演奏であった。

では、バルビローリについて書かれた、
このCDの解説を読んで見よう。

「フランス人の母親と、
イタリア生まれの英国の音楽家の父親の息子、
1899年ロンドンに生まれた、
ジョバンニ・バティスタ・バルビローリは、
11歳の時、チェロの神童として世に出た。
バルビローリは、様々なオーケストラのチェロ奏者として
プロフェッショナルのキャリアをはじめ、
1925年に室内管弦楽団を創設、
後に、イングランドやスコットランドの
様々なオーケストラを指揮した。
1937年、ニューヨーク・フィルが、
彼をトスカニーニの後継者として選んだ。」

このあたり、多くのファンが知っていることが書かれているだけ。
が、確かに、ニューヨーク・フィルが、
どうして、こんな若造を選んだのか、
実は気になってきているのだが、
この解説には、その辺の事を期待してはならない。

「しかし、バルビローリは、特に、
マンチェスターのハレ管弦楽団の首席指揮者として、
その世界的名声を高めたことで知られる。
バルビローリは1968年までマンチェスターにいたが、
当時のレコードは、いまだ、
コレクターに高く評価されている。
1949年にナイトに叙され、
彼は1970年に亡くなったが、
晩年はたびたびゲストとして、
大陸の有名なオーケストラを指揮した。
ウィーン・フィルとはブラームスとマーラーの
スタジオ・レコーディングを残し、
ベルリンでは、熱狂的に迎えられた。」

マーラーのスタジオ・レコーディングは、
ベルリンの間違いであろう。

極めて客観的な事実が述べられているが、
この演奏が、だからどうなのか、
が購入者の知りたいところではある。

とはいえ、最後の2行は、
あまり知られていないことであろう。

「バイエルン放送交響楽団には2回招かれ、
モーツァルトやブラームスの他、
郷土の音楽家ウォルトンやヴォーン=ウィリアムズの
作品を演奏した。」

ここでは、ブラームスの2番の他、
ヴォーン=ウィリアムズの「第6」が収録されているので、
もう一つの演奏会は、モーツァルトとウォルトンだったのだろう。

ウォルトンと言えば、乾いた音楽を書く感じがあり、
しっとり系のバルビローリが録音したとは、
にわかには信じられない感じもする。

一方、バルビローリには、
モーツァルトについては、いくつかCDがある。

このCDの後半には、ヴォーン=ウィリアムズの、
「第6交響曲」が収録されているが、
この演奏は、私には、少々、違和感が残った。

田園情緒の感じられる「第5」と異なり、
この「第6」は、ベートーヴェンを逆にしたように、
緊張感漂う交響曲である。
一説によると、戦時下にあって書かれた、
戦争交響曲だという。
が、このCDの解説では、それを否定するような内容である。

「1872年英国に生まれた、
ラルフ・ヴォーン=ウィリアムズの4曲の交響曲には、
表題的な副題があり、『海の交響曲』、『ロンドン交響曲』、
『田園交響曲』、『南極交響曲』とされる。
1944年から47年に作曲された、
彼の6つめの交響曲は、
しかし、戦争交響曲でもなく、
終楽章が核戦争後の世界のヴィジョンを、
表しているわけでもない。」

と書かれていて、
「a war symphony」ではない、
と、どういう根拠からか断言されているのである。

「1956年に作曲家は、『簡素なピアニッシモ』が、
シェークスピアの『テンペスト』からの、
プロスペローの有名な言葉、
『我々は夢と同じようなものでできていて、
ちっぽけな人生は、夢の中のことなのだ。』
を使った。
事実、これは、この瞑想的な終曲に対するコメントで、
絶対的静寂に導き、
作品は、劇的で、すべての楽章が虹色で彩られている。」

根拠が、作曲されて10年も経ったときの、
作曲家の、このコメントだとしたら、
いささか心もとない。

「戦争交響曲」が夢のように終わっても、
別に矛盾はないからである。
そもそも、この演奏は、重苦しく、
解説の内容と一致していない感じもする。

Track5.アレグロ:
「第1楽章はジャズを暗示して、
両端のセクションの強調と対比される。」

ものすごく、力瘤の入った、
怒りに満ちた序奏から、
恐ろしい感情表現だと思う。

ドイツのオーケストラだからであろうか、
プレヴィンなどの演奏で聴くと、
管弦楽のための協奏曲のような、
愉悦的な雰囲気や、軽快な推進力さえあるものが、
リズムもぎくしゃくとして、
曲想の晦渋さを増幅している。

途中で現れる、田園情緒を感じさせる、
なだらかな主題も、閉塞感を感じさせるのはなぜだ。
ティンパニの連打もおどろおどろしく、
多彩な管弦楽を操りながら、
ものすごくモノクロームの表現である。
リズムが粘るので、ものすごく長い曲に聞こえる。

最後に流れ出す美しい田園情緒を、
冒頭の破壊的な主題が容赦なく押しつぶす様は、
戦争交響曲的としか言いようがない。

Track6.モデラート:
このあたりになって来ると、
不安をかきたてる執拗なリズムが、
なんとなく、ショスタコーヴィチみたいな感じ。
それが、やはり「戦争交響曲」というニックネームを想起させる。

バルビローリの指揮は、本場モノのはずだが、
やたら黒々と渦巻いて、
日本人が妄想するエルガーやディーリアスの世界から遠く、
まるでイギリス的に聞こえない。

しかも、まったく流れない停滞する音楽で、
バルトークの「弦楽器と打楽器とチェレスタの音楽」みたいだ。
くどいようだが、プレヴィンの振るこの曲とは、
まるで別の音楽である。
この曲から、生々しい作曲家の肉声を伝えるのは、
ひょっとすると、バルビローリの方かもしれないが。

シンバルが打ち鳴らされるクレッシェンドも、
やたら興奮していて、ど迫力であろうが、
おそらく9割がた、初めてこの曲を聴いたであろう、
ミュンヘンの聴衆は、さぞかし途方にくれたことであろう。

Track7.スケルツォ、アレグロ・ヴィヴァーチェ。
「飛び跳ねるようなリズムの第3楽章は、
軽音楽の影響があり、サクソフォンのソロがある。」

ようやく、前に進み始めたような、
リズム感に満ちた音楽であるが、
縦横というか、ななめ左右にというか、
様々な楽器が錯綜して、極めて息苦しい。

これがまた、ショスタコーヴィチ的と書けば、
あまりにボキャブラリーが乏しいだろうか。

粋なサクソフォン独奏が出るが、
日本のお祭りのような大騒ぎがかき消して行き、
破れかぶれのようでもある。
バルビローリの指揮は、各楽器を興奮させすぎで、
すべての音に思い入れが籠るが、
確かに、これでは命を縮めそうな感じ。

この曲を良く知った人が、
これを目の前で奏でられるのを聴いたなら、
感極まるかもしれない。

もし、続く終曲が核戦争の後の光景だとしたら、
この楽章では、原子爆弾が落ちていることになる。

Track8.エピローグ、モデラート。
「一つのテーマをひたすら変容させる終曲は、
これに対する完全なアンチテーゼで、
人生の戦いの音楽で描かれたものは、
静かなあきらめで終わる。」

この楽章も、ショスタコーヴィチの「戦争交響曲」、
「第8」のような音楽のようである。

沈鬱な音楽。
廃墟のような空白感、虚脱感。
何と、この楽章が一番長い。
延々と、きゅるきゅると鳴らされる静かな弦楽の上を、
モノローグのような楽器のソロが浮かんでは消える。
が、意外にも、この楽章が一番、すんなりと通り過ぎる。

一切は夢であった、というには、
あまりにも重苦しい音楽である。

この楽章が、消えるように終わった時、
いったい、聴衆はどんな反応をしたのだろうか。
残念ながら、拍手までは収められていない。

得られた事:「バルビローリのブラームスもまた、ライブで聴くべし。」
「妄想。バルビローリは日本公演を前に、被爆国に思いを馳せ、同様の敗戦国であったドイツにて痛ましさを追体験した・・のかもしれない。」
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by franz310 | 2013-06-29 14:18 | 現・近代

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その382

b0083728_14264059.jpg個人的経験:
これまで多くの
日本の音楽ファンが、
バルビローリの指揮する音楽に、
非常な信頼感を持って、
接し続けて来た事は、
私も良く知っているつもりであった。
1970年の万博の際、
待ち望まれていた名指揮者のうち、
ジョージ・セルは来日して亡くなり、
バルビローリは来日を前に亡くなった。
このCDの表紙の写真に捉えられた、
白黒報道写真風の
情熱的な指揮ぶりも素晴らしい。


確かに、こうした演奏を聴くことができたなら、
などと、妙な感慨が湧き起って来た。

しかし、調べてみると、この二人の亡くなったのは、
同じ1970年の7月29日と30日だった。
セルは5月の来日でセーフだったのであり、
セルの死後も万博は続いていたという構図である。

万博は半年もやっていたのだから、
バルビローリ指揮のフィルハーモニア管の公演は、
秋に予定されていたのだろうか。

写真に見るバルビローリの目が良い。
楽員を優しく見つめながら、
何か、遠いものを見ているような、
不思議な目つきである。

このような激しい身振りや、表情も、
何となく、ライブならではないか、
という気がしなくもない。

バルビローリは、多くの近代英国音楽を紹介し、
エルガーやディーリアスに、
素晴らしい録音を残してくれており、
私も、バルビローリがいなかったら、
これらの音楽に親しむ事はなかったかもしれない。

が、バルビローリはまた、
30代でニューヨーク・フィルの
首席指揮者を務めた本格派でもあって、
ブラームスやマーラーの演奏も名演奏とされていた。

しかし、実は残念なことに、私の経験の中で、
バルビローリのブラームスやマーラーで、
感動した経験は一度もないのである。
一言で言うと、ハートのある指揮者ではあるが、
締まりのない、立体感に不足する演奏をする人、
というレッテルをいつしか貼ってしまっていた。

が、今回、改めて、
ジャネット・ベイカーを独唱者にして演奏した、
ベルリオーズの「夏の夜」などを聴くと、
何だか印象が大きく違う。
細部を彫琢しつつ、
ドラマティックな起伏にも欠けてはいない。

そして、そのジャネット・ベイカーつながりで、
いろいろ物色していて、
巡り合ったのが、
今回聴いた、
マーラー「第2(復活)」のライブである。

一聴して感じるのは、やはり、1音1音の勢いというか、
気迫のようなものである。
すごい推進力で、ぐいぐいと聞かされてしまう。
ベルリン・フィルの重心の低い、
パンチの利いた音の立ち上がりが、
この演奏の説得力を高めている。

マッシブな量感が、
バルビローリの、情に流されて、
うすっぺらになりがちな音楽に、
立体感を与えることに役だっているような気がする。

ベルリン・フィルは、先に書いたように、
バルビローリが振るマーラーの「第9」を聴いて(弾いて)、
感動した楽団だが、バルビローリは、そのほかにも、
ベルリンでマーラーを演奏していて、
聴衆に深い感銘を与えていたようだ。

今回のCD解説には、そのあたりの事を、
アラン・サンダース(Alan Sanders)という人が、
非常に詳しく、よく書いてくれていて、
ものすごく勉強になった。

「ジョン・バルビローリが、
最初にマーラーの音楽に遭遇したのは、
1930年4月、
彼が第4交響曲のリハーサルに参加した時だった。」
と、
何と、バルビローリのマーラー受容史から、
説き起こされているところが素晴らしいではないか。

「指揮者はオスカー・フリート(1871-1941)という、
マーラーの取り巻きの一人であった。
フリートの1924年の『復活交響曲』の録音は、
マーラーのすべての交響曲の初録音であり、
この作曲家の音楽に対する素晴らしい解釈を、
垣間見せたに違いない。
しかし、バルビローリは感動せず、
友人にこう書いた。
『楽想はうすっぺらで、
オーケストラの音響に関して言えば、
ベルリオーズやワーグナーの方が、
ずっとうまくやるだろう』。
しかし、わずか9か月後、
ロイヤル・フィルハーモニック・コンサートで、
偉大なリート歌手、
エレーナ・ゲルハルト(1883-1961)
のために、
『子供の死の歌』を指揮し、
初めて、バルビローリは、
マーラーの音楽との直接的な遭遇をする。、
1930年代、まだ、英国では、
マーラーはめったに演奏されなかった。」

1930年4月の9か月後ということは、
1931年の初頭のことであろう。
ゲルハルトは、大昔の歌手という感じがするが、
当時は、まだ、48歳くらいであったということか。
ちなみにバルビローリは1899年生まれなので、
まだ、31か32といった若造であった。

「国内の、ハミルトン・ハーティや、ヘンリー・ウッド、
エイドリアン・ボールトといった国内の音楽家によって、
たまたまやって来た外国の音楽家が、
ほとんど忠実で、しかし、理解していない演奏に
突っ込まれることはよくあることだった。
マーラーが生きて仕事をしていたヴィーンでのみ、
あるいは、強力な支持者メンゲルベルクのいたアムステルダム、
ニューヨークといったある土地でのみ、
彼の音楽に対する信奉が残っていた。
そして、ヨーロッパでは、
ナチスの台頭とともに、それは後退が見られた。
まず、ドイツでマーラーの音楽は禁じられ、
そしてオーストリア、それから、
第2次大戦中の占領地で禁じられた。
1930年代にバルビローリは、
第5交響曲のアダージェットを2回演奏したが、
彼が、ハレ管弦楽団の音楽監督になって2年後、
マンチェスターにおける1945年から6年のシーズンで、
『大地の歌』を取り上げるまでそれが全てであった。」

これは、バルビローリのこと、
イギリス楽壇のことを越え、
そのままマーラー受容史とでも言える内容になっている。

「大地の歌」はなかなか初演されなかったりして、
不遇の交響曲だと思っていたが、
どうやら、バルビローリが指揮した最初のマーラーは、
「大地の歌」だったようだ。
あとから出てくるカラヤンも、
「大地の歌」だけは早くから振っていたようである。

「1952年にマンチェスター・ガーディアンの
音楽評論家でマーラー擁護者であった、
ネヴィル・カーダス(Cardus)(1889-1975)が、
1930年、ハーティがハレ管弦楽団を振って行った、
マーラーの『第9』の演奏の回想を記事にした。
『この作品はバルビローリにこそふさわしいものだ。
彼はなぜ、ここ数年、それに惹かれないのだろう。』
プライヴェートな会話で、カーダスは、
この問題をサー・ジョンと語り合い、
マーラーの交響曲は、あなたのための音楽で、
あなたのオーケストラは、それにぴったりの音が出せる、
英国で唯一のオーケストラだ、と言った。
バルビローリは後に、
マーラーの音楽に魅了され、
研究するようになったのは、
カーダスの影響だ、と認めている。
そして、最初にアプローチしたのが、
『第9』であった。
彼は1943年、アメリカから英国に戻って以来、
偉大な同時代の英国音楽を入念に研究し、
演奏するようになった。
そして、未だ知られざる、
偉大な音楽に、もっと注意を向けるべきだと感じた。」

バルビローリがベルリンの聴衆を、
『第9交響曲』で熱狂させたのも、
かなりの歴史があったのである。
1930年、ハーティが演奏した事実までを、
彼は背負い込んだ形である。

「すべての新作に対してするように、
彼は時間をかけて『自分の血肉になるまで』
スコアを勉強した。
彼は、マーラーの音楽が浸透しないのは、
常にムードが変化し、すべてのものを、
大きな統一の中に導く必要があるからだと考えた。
1954年2月、50時間近くのリハーサルを経て、
彼は『第9交響曲』をブラッドフォード、
そして、マンチェスター、その他で初めて演奏した。
翌年、彼は『第1』に注意を向け、
この作曲家に対するリアクションが無関心で、
ある時は冷淡ですらある環境下、
すぐに英国における指導的なマーラー支持者となった。
不屈のバルビローリは、着実にマーラーのスコアを、
自身のレパートリーに加え、
次第に、『第8』を除く、全交響曲を指揮するようになった。
1966年4月、彼はマンチェスターとロンドンで、
サー・ネヴィル・カーダスのジャーナリズム50年を祝い、
演奏会を指揮した。
マーラーの『第5交響曲』を含むプログラムだった。」

「第9」の後、「第1」というのは意外であるが、
「第5」となると、今でも愛聴されている録音がある。

「おそらく、この頃、マーラーの演奏会は、
ベルリンよりマンチェスターの方が多かっただろう。
1920年代、30年代初めには、
フルトヴェングラーがベルリン・フィルで、
『第1』、『第3』、そして『第4』を振っているが、
戦後の時代になると、彼は実質的にマーラーの全作品を無視した。
彼の後任のカラヤンは、
1960年から『大地の歌』を取り上げていた他は、
比較的キャリアの後期になるまで、
同様にマーラーに無関心であった。
バルビローリがベルリン・フィルと、
最初に契約したのは1949年で、
エディンバラ音楽祭の一部として、
3つのコンサートでこのオーケストラを振った。
指揮者と楽壇員との親密さは強烈かつ瞬時であった。
8か月後、1950年4月、
バルビローリはベルリンに飛び、
ロッシーニ、ディーリアス、ルーセル、
ブラームスの『第4』といった多彩なプログラムを指揮した。
ベルリン・フィルは、その時、
ルーマニアの指揮者チェリビダッケが、
ナチスの時代に縮小されたレパートリーを
拡大しようというポリシーを持っていたので、
慣れていない作品への適応力があった。」

このような文章を読むと、
ベルリン・フィルって世界最高のオーケストラ、
というより田舎の最高のオーケストラじゃないの?
などと皮肉な感想を持ってしまう。

「ベルリンっ子たちは、バルビローリの再演を望んだ。
しかし、様々な理由から1961年までは、
それが妨げられた。
それ以来、オーケストラは、
再び伝統的なドイツ音楽偏重へと変えられていた。
1952年にチェリビダッケは去り、
1954年にフルトヴェングラーが亡くなり、
アンサンブルは、1955年に音楽監督となった、
カラヤンによって改造されていた。
彼らの総支配人、ヴォルフガング・シュトレーゼマンは、
すぐれた管理者で外交官であるばかりか、
洗練された音楽家であった。
1937年から43年に、
バルビローリがニューヨーク・フィルの首席だった時、
彼はアメリカにいて、
それがサー・ジョン招聘にも働いた。」

こういう話を読むと、人生は、度重なる努力の上にあるのだ、
ということが妙に実感される。

「1961年の最初のコンサートでは、
バルビローリはシベリウスの第7、
バックハウスを独奏者にしての、
ベートーヴェンの第3ピアノ協奏曲、
ブラームスの『第2』を指揮した。」

ここまで読んで、サー・ジョンが、
若い頃、伴奏指揮者的な扱いを受けていたことを
ふと、思い出した。

確か、名手クライスラーや、
ハイフェッツの協奏曲の伴奏をして、
バルビローリの指揮が残念、
と書かれるのが、落ちであったと記憶する。

しかし、そんな苦労も報われてか、
1949年には叙勲されて、
サー・ジョン・バルビローリとなっていた。
したがって、最初に、ベルリン・フィルと仕事をした時は、
ちょうど、叙勲の頃だったわけだ。

「彼は初歩的なドイツ語しかできなかったが、
サー・ジョンとオーケストラは、
親密な理解に至り、何人かの楽員が、
シュトレーゼマンに英国の指揮者の再度の招聘を願い出た。
次の10年は、バルビローリはBPOにレギュラー出演し、
オーケストラ、聴衆、批評家から愛された。
彼の暖かい、コミュニケーティブな
感情豊かなスタイルの指揮は、
明らかに、卓越しているがコントロールされた、
一段構えたカラヤンの音楽づくりと、
際立った対照を示した。」

カラヤンがどう思ったかも、
何か情報が欲しくなってしまう。
同様にマーラーを得意にした
バーンスタインに対しては、
並々ならぬ敵意を見せたとされる人である。

「1963年1月、サー・ジョンは、
ベルリンで初めてマーラーを指揮した。
『第9』である。
ベルリンではめったにマーラーは演奏されなかったし、
嫌われてもいたので、
BPOがこの曲を一緒に録音したい、と言うほど、
オーケストラと聴衆に大きな印象を残した事は、
バルビローリにとって、特別な勝利であった。
1964年1月、これは実現した。
これは、彼らが録音した最初のマーラーの交響曲であり、
英国の指揮者によってのセッションも、
1937年のビーチャム指揮のモーツァルト、
『魔笛』のHMVへの録音以来であった。」

このように、バルビローリ指揮のマーラーの『第9』は、
単に名演というばかりでなく、
ベルリンにおいて、ようやくマーラーが需要されたという、
記念碑的なものであったことが理解できた。

当然、今回のこのCDも、
このような大きな流れの中に位置するものだということだ。
実演の記録ゆえ、第9のスタジオ録音より、
生々しく伝えるものがあるだろう。

いや、実際、あるのである。

私は、そもそもマーラーの『第2』を、
進んで聴きたい方ではなかった。

パリ万博で、この曲をマーラーが自作自演した時、
当時のフランスの作曲家たちは、
第1楽章で帰ってしまったというが、
私も、おそらく一緒に帰る口だったかもしれない。

やたら長い第1楽章は、このCDでも1枚目に単独で入れられ、
残りの4つの楽章がCDの2枚目に入っている。
そして、CDの裏面には、
「マーラーのスコアには、第1楽章演奏後、
少なくとも5分の中断を入れろ、と書いてある」
と注釈がある。
これは事実だが、いちいち、裏表紙に、
こんな事を書いたCDは初めて見た。

おそらく、この5分を使って、
フランス人たちは、あほらし、と帰ったのであろう。

が、彼らが言ったとされる、
「シューベルトみたいなものだから関係ない」
とかいう一言には疑問を呈したくなる。

まず、どこがシューベルトみたいなものなのか、
すぐには分からない。

仮に、オーストリアの民謡風なものを基調としていて、
その意味でマーラーは、
シューベルトみたいなものかもしれないが、
だからと言って、
「関係ない」というコメントはないだろう。

どちらもワーグナーを信奉し、
その体験を経て出て来た世代ではないか、
などという感じがしなくはない。

が、第1楽章で、もうたくさん、となる気持ちは良くわかる。
この演奏でも22分もかかる長い楽章で、
何だか、騒いだり、沈黙したりして、
むやみにやかましく退屈な印象である。

CD1のTrack1.
しかも、最初から出る弦の思わせぶりな大言壮語が、
うすっぺらで、月並みで青臭い。
ラッパが重なって来るのも、
妙に悲愴味を掻き立てる伴奏音楽のようである。

ここまでのどれもが、シューベルト的ではない。

そこでそのまま、一度、頂点を築いて、
今度は、いかにも憧れに満ちた弦楽のメロディがあふれ出す。
あるいは、ここはシューベルト的であろうか。

これだけ書いただけで、
うんざりするような交響曲であるが、
バルビローリの指揮で聴くと、
この安っぽさに、妙なリアリティと、
心からこみ上げる情念が加わる。

カラヤンの指揮の下、
こうした安手の普請に対して、
覚めた美学で付き合っていたベルリン・フィルも、
明らかに、そう来たか、そうだよな、
と納得して演奏している感じがする。

第6交響曲のカウ・ベルも出て来そうな、
高原の情景のような部分では、
心から打ち震えて、
新鮮な大気を吸い込んでいるような感じがする。

弦のトレモロ一つとっても、
入魂の演奏であり、感情の裏打ちがあることが、
生々しく伝わってくる。

すべてのフレーズの立ち上がりが、
思い入れたっぷりであって、
それが、ばねのように弾けながら、
前へ前へと突き動かしてゆく。

こうした、ある意味、人工的な力学も、
あまり、シューベルト的ではないが、
あるいは、弦楽に木管が重なって鳴り響く、
その色調自体が、シューベルト的な匂いを発しているのか。

フランスのオーケストラ曲は、
確かに、色彩的には、ここで繰り広げられる、
内向きで粘着質のブレンドよりも、
外向的で発散するような美観を重んじているようであるが。

マーラー自身、第2交響曲以降は、
このぐじゃぐじゃ感を整理して、
もっと伸びやかな、
個々の楽器の主義主張を生かす作風に
変わっていったような気がする。
特に、展開部以降、本当に、この曲には、
マーラーの多くの交響曲の
萌芽のようなものが感じられる。

それだけ内容充実とも言えるが、
未整理の習作といった風情もある。
そして、確かに、シューベルト的に長大である。

しかし、重厚で長大は、ダンディの「第2」、
デュカスの「ハ長調」とて同様である。
が、マーラーの曲は、同じ調子で長く、
第1楽章の終わりも、作為的で低俗である。

ということで、このように私は、
この交響曲は第1楽章からして苦手だったのだが、
この演奏に漲る熱気にほだされて、
かなり聞かされてしまった感じがある。

以下、解説はほとんど終わりである。
バルビローリのマーラーのレコードが、
振り返られ、この演奏の記録が、
いかに重要かということが描き出されている。

「バルビローリは1957年6月に、
パイにハレ管弦楽団と『第1』を録音しており、
今や、『第2』をベルリンで録音すべき時だと思われた。
しかし、この提案はEMIによって蹴られた。
すでに、クレンペラーが指揮したものが、
コロンビア・レーベルで入手可能であったからである。
そして、1965年には『第7』の、
ベルリンでのレコーディングが提案されたが、
これも実現しなかった。
バルビローリはさらに2つのマーラーの交響曲を、
商業録音している。
1967年8月の『第6』、
1969年7月の『第5』であるが、
しかし、2つとも、
フィルハーモニア・オーケストラの共演であった。
1960年にカラヤンがEMIから去ったので、
この会社は、バルビローリが、
自身のオーケストラにこだわらなかったら、
彼を誘ったのではないかと思われる。
幸いなことに、サー・ジョンが振った、
すべてのマーラーの交響曲は、
ライブ録音があって、
そこには、ベルリン・フィルとの、
『第2』、『第3』、『第6』が含まれる。」

ここにあるように、このCDと同じレーベル、
TESTAMENTから、
「第3」も「第6」も入手できるようだ。

「最終的に1965年にBPOとスケジュールを組まれたのは、
『第2』で、6月の初めに3回演奏された。」

ここでの録音は6月3日とされ、
独唱者はジャネット・ベイカーであるが、
約3か月後、8月30日には、バルビローリとベイカーは、
ロンドンで、エルガーの『海の絵』を録音するという流れである。

「1966年1月13日、14日には、
モーツァルトの『34番』と共に、
『第6』を指揮しており、
1969年3月8日と9日に、『第3』を指揮している。
彼は、ベルリンで多くの作曲家の作品を取り上げたが、
そのいくつかはBPOにとって初めての作品であった。
しかし、最大のインパクトはマーラーの交響曲紹介であり、
それゆえにベルリンでは長く記憶された。
カラヤンがバルビローリの死後2年たって、
1972年に『第5』を演奏するまで、
マーラーを演奏しなかったのはその証拠に見える。」

CD2のTrack2.
これまた、私の苦手とする楽章で、
勝手に付き合わされた、
第1楽章の阿鼻叫喚のジェットコースターの後、
緊張感をほぐしてくださいと用意された、
甘ったるい甘味どころである。

私は、この楽章がなくても、
マーラーの重要性はまるで変わらないのだが、
これが好きな人もいるらしいので、
あまり書かないようにしたい。

バルビローリの指揮で嬉しいのは、
強力な低音部隊で、
この豊かなずずんずずんに浸っているだけで、
不思議な充足感を感じてしまう。
しかみ、バルビローリならではの、
入魂の彫琢が加わり、
この平明な音楽が息づいている。

後半に現れる弦のピッチカートの部分のみ取っても、
驚くべき表情の豊かさであり、
交錯する弦楽の綾を愛でているうちに、
かなり充足したひと時を味わった事に感謝してしまった。

CD2のTrack2.
第2楽章を「繋ぎ」として、
ここからが、この交響曲のもう一つの目的が現れる。
これは、もっと素朴で、
民謡に眠る太古からの感情の呼び起こしみたいなもの。

フランスの作曲家たちは、ここまで聞いた場合は、
もっと怒って帰ったかもしれない。

作曲家で評論家の柴田南雄氏は、
これは舞踏会の情景であると解釈しているが、
確かにそんな音楽でもある。
シューマンに倣った、
失恋した相手の舞踏会の情景という説も面白い。

確かに、この無限に旋回するような広がりは、
名作、第5交響曲のひな形みたいに、
聴こえないこともない。

しかし、途中、拍子木みたいなのが入ったり、
最後に爆裂したり、呼び起こされる感情は、
それよりは原始的で破天荒である。
このあたりの生き生きとした生命力に、
バルビローリならではの美質を聴いた。

この楽章はしかし、放っておいても楽しいので、
バルビローリは緊張をいくぶん緩めているような気がする。
それでも、ベルリン・フィルの重戦車風の機動力に圧倒される。

CD2のTrack3.
「子供の魔法の角笛」の「原光」から取られた、
へんてこな割り込み楽章。
完全に歌曲であり、5分程度の短編である。

「おお、深紅の愛らしい薔薇よ」と、
いきなり、歌いだされるので、
かなり感動的な部分であるが、
「薔薇」は、ここで出てくるだけで、
尻切れトンボ風の要素を持っている。

「人間は大きな苦悩に閉ざされ、
むしろ、私は天国にいたいと思う 」
と言って、後半は、
「天使がそうさせないようにしたが、
私は、神のもとに行って、
永遠の喜びの生命で照らしてもらう」
といった感じの内容をしみじみと歌う。

ここでベイカーが登場するが、
もっと聴いていたいくらいに、
味わいのある声を聴かせ、
すぐに終わってしまう。

CD2のTrack4.
これまた、第1楽章の「大げさ編」再開といった音楽で、
太鼓連打あり、金管の爆発あり、鐘ががらんがらん鳴り、
ぶった切れた楽想の羅列。
合唱あり、オルガンも出て、疲れ切ってしまう部分。

フランスの作曲家たちは、最後までいなくて良かった。
この独りよがりの音楽に、最後まで付き合わされたら、
途中で、もっとひどい妨害工作にでも出たかもしれない。

が、この演奏は凄い。
解説にもあったように、
マーラーの弱点も知り尽くしたバルビローリならではの、
交通整理が周到にされていて、
バルビローリが唸りまくって、
オーケストラをドライブする様は、
手に汗握るものがある。

マーラーが最後の審判を表現しつくそうと空回りして、
長すぎてうんざりした頃、
ようやく平穏な楽想が広がるが、
ここからも長い。
楽章が始まってから20分も経過して、
ようやく、この交響曲が「復活」と題された理由である、
「お前は蘇るだろう」と、
クロプシュトゥックの賛歌が歌われるのだが、
チョイ役ながら、往年の名ソプラノ、
マリア・シュターダーが出ていて、
美声を聞かせているのが嬉しい。

バルビローリが操るベルリン・フィルの音色も、
水も滴るように美しい。
ベイカーが出ると、バルビローリは、
愛娘が心配でならないのだろうか、
唸り声が止まらなくなっている。

バルビローリが導く、強引とも言える、
気持ちの良いドライブ感と、
ベイカーとシュターダーの声の綾が美しい二重唱を経て、
オーケストラと合唱がさく裂する最終局面に移って行く。

「私は生きるために死のう!」とあるように、
これは、結局、キリストの復活にあやかった、
換骨奪胎の個人的音楽であり、
俺は関係ない、と帰るのもありかもしれない。

ベルリンの聴衆の拍手が収録されているが、
半分は戸惑いがあったようだ。

得られた事:「有名なバルビローリとベルリン・フィルの伝説を実感できる貴重な白熱の記録で、『復活』アレルギー患者対策効果あり。」
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by franz310 | 2013-06-16 14:33 | 現・近代

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その381

b0083728_1641329.jpg個人的経験:
エルガーのオーケストラ歌曲、
「海の絵」を聴いて、
同様の題名を持つ
ショーソンの傑作を、
同じベイカーの歌唱で
聴きたくなった。
1965年録音のエルガーは、
若い頃(32歳)のスタジオ録音で、
少々、硬い感じがあったが、
この75年のライブはどうか。
エルガーこそ収録されていないが、
うまい具合に、このCD、
こんな風に解説が始まっている。


「BBCのアーカイブからの録音シリーズは、
メジャー・アーティストの例外的な演奏を多く発掘してきたが、
とりわけ重要なのは、ジャネット・ベイカーのもので、
彼女がスタジオ録音よりも、
ライブでとりわけ発信力のある歌手だったということを、
確信させるものである。」

これは、ここにあるとおり、
イギリス放送協会BBCが、
恐らく、放送に使った昔の音源を発掘して、
20ビット・リマスタリングでCD化した、
BBCレジェンド・シリーズの1枚で、
伴奏が、英国人でもなく、かといって、
ショーソンと同じフランス人でもない、
ロシアの巨匠、スヴェトラーノフが、
「愛と海の詩」を振ったことでも話題になったもの。

オーケストラは、ロンドン交響楽団で、
バルビローリが「海の絵」を振った時と、
同じオーケストラである。

なお、このCD、ジャネット・ベイカーの
スナップ・ショット的な写真も、
好感が持てるものである。

紫を基調にして、微妙な色合いが上品だが、
この色調は、「夏の夜」的ではあっても、
「愛と海の詩」的ではないような気がする。

シューベルトの時代のサロンとは異なり、
19世紀後半の後期ロマン派の作曲家たちは、
コンサートを前提として、
伴奏をオーケストラにして歌曲を書いたが、
私は、この「愛と海の歌」あたりが、
一番の傑作ではないかと思っている。

このCD、かなりお買い得感があり、
ベルリオーズの歌曲集、「夏の夜」とか、
シェーンベルクの「グレの歌」から、
「森鳩の歌」なども収録されている。
収録時間が75分もある。

驚いた事に、この「夏の夜」の録音は、
伴奏がジュリーニ指揮のロンドン・フィルなのに、
ショーソンと同じ1975年、
いちおう一か月ずれて4月と5月にだが、
同じロイヤル・フェスティバル・ホールで行われており、
当然、どちらもベイカーが歌っている。

これら大曲を一か月の間をあけただけで、
ロンドンの聴衆にお披露目するとは、
彼女はすごい人気者だったということか。

その時、ロンドンにいて、
どちらかを選べと言われたら、
どっちを聴くだろう、
そんなわくわく感を、
この事実だけから感じてしまうではないか。

2001年にAlan Blythという人が書いた
解説を見てみると、最初にベルリオーズが語られている。

「このディスクでは、主に、
彼女のフランスのレパートリーを収めている。
これらは、彼女のリサイタルや録音での、
ドイツ歌曲、英国歌曲が重要視されるのに対し、
時に忘れられているもので、
彼女は、すぐれたフランス歌曲、
フランス・オペラの解釈者なのである。
事実、それらのうち、うまい具合に、
スコティッシュ・オペラや、
コヴェントガーデンでの「トロイ人」における、
忘れがたい彼女のディドを、
聴くことが出来た幸せな人が証言するように、
彼女のベルリオーズの歌唱は別格であった。
ここに書いたように、
それは、音楽を手中にする完全な献身や、
歎きから喜びの間に、
瞬間的にムードを変えられる天性の技術を示している。
これらの才能を証明するものに、
ベルリオーズが同時代人、
ゴーティエの6つの愛の詩を作曲した、
歌曲集『夏の夜』をおいて他にない。」

このように、ベイカーのベルリオーズとの
親近性から、解説が始まっている。

ショーソンを聴く前に、
このベルリオーズを聴くことに、
私は、まったく違和感を感じない。

むしろ、エルガーの「海の絵」に近いのは、
こちらであり、各曲は独立していて、
しかも、「入り江」や「島」が出てきて、
海を感じさせる曲集であることでも類似性がある。

しかも、歌われているのは、
「海」ではなく「愛」である。

ゴーティエは、1811年生まれだから、
シューベルトなどより若いばかりか、
ベルリオーズよりも若い。

エルガーが、時代遅れの詩を選んだと揶揄されるのに対し、
または、シューベルトが、音楽の可能性を広げるために、
意識して前衛的な詩を選ぶようになったのに対し、
ベルリオーズは作品7にして、
自分より若い詩人を選んでいる。

とはいえ、1803年生まれのベルリオーズは、
これらの歌曲を、
1834年くらいから作曲を始めたというから、
シューベルトが同時代人ハイネの詩に
作曲を始めたくらいの年と変わらないとも言える。

テオフィル・ゴーティエと言えば、
岩波文庫に「死霊の恋」とか「ポンペイ夜話」などがあり、
幻想的な小説を書く人としても知られている。

さて、このベイカーのBBCのライブ録音には、
このように書かれた部分がある。

「デイム・ジャネット・ベイカーは、
この歌曲集を、8年前に、
やはり深いロマンティックな心情の持ち主であった、
バルビローリの指揮で録音している。
ジュリーニの指揮は、いくぶん気だるく、
彼のゆっくりとしたテンポは、
歌手の難しいブレス・コントロールの限界に近い。
しかし、ベイカーは、指揮者と一体化し、
歌曲集に底流する感情を探ろうとする読みを聴かせる。
バルビローリ指揮の同様に魅力的なアプローチに対し、
この演奏は価値ある補足であり、コントラストをなしている。」

ということで、私が持っている
EMIのICONシリーズが出番となる。

この5枚組二千円程度の超廉価盤、
イコン(アイコン?)シリーズの、
「Janet Baker」の解説を読むと、
John Steaneという人が、
「愛されたメゾ」というタイトルで書いていて、
やはり、このCDボックスにおいても、
この曲が聴きものの一つであることが確認できる。

そもそも、このICONシリーズは、
EMIがブリリアント・レーベルの向こうを張って、
特定のテーマで、出ているCDをいっさい合切、
同じボックスに入れたもの、と感じていたが、
必ずしもそうではないようである。

ベイカーのボックスには、
一枚目にブラームスやワーグナー(指揮はボールト)、
二枚目にベルリオーズやショーソン(バルビローリとプレヴィン)、
三枚目にマーラー(バルビローリ)、
四枚目にバッハやヘンデル(指揮者いろいろ)
五枚目にシューベルトやシューマン(ピアノはムーアやバレンボイム)
が入っていて、
多彩な演目が、特定のテーマで選ばれている感じ。

このボックスの解説には、
「ある人は、ソプラノのような高い声を好む人もいて、
これは少なくとも3人の歌手が歌う、
単独の声部のための作品ではないという人もいるが、
ベルリオーズの『夏の夜』の録音は、
古典的なステータスを持つものとして賞賛されている。
ベイカーとバルビローリの盤では、
最初の曲の鋭いリズムと、
最後の曲『未知の島』の微笑ましい魅惑が、
特に我々をひきつける。
人は、これこそ、実際の現実に誘う、
真のパートナーだと感じる。
間に挟まった歌曲は、
事実、内的な感情のもので、
『君なくて』の不在感の暗い声色、
抑制された情熱を感じさせる『墓地にて』では、
声とオーケストラと指揮者が一体となって、
これを表現している。」
と書かれている。

日本では、バルビローリは、
マーラーやディーリアスの専門家として親しまれたから、
ベルリオーズに期待した人はいなかったのではないか。

私は、これまで、ベイカーの歌ったもので、
バルビローリが指揮したものは、
「海の絵」かマーラーくらいしか
意識したことがなかった。

そもそも、「夏の夜」が、
まともに鑑賞され始めたのは最近のことではないか。
しかし、確か、ハロルド・ショーンバークだかが、
ベルリオーズのメロディはしょぼい、
と言われる意見に反対して、
この歌曲集を聴け、とか書いていたはずで、
これらの曲は、知る人ぞ知る名品なのである。

だが、LP時代には、
デイヴィスのものやアンセルメといった、
その道のスペシャリストと言われた指揮者が、
細々と録音していたイメージである。

ラプラントが男声で歌ったものもあったが、
あれなどはまさに、フランス歌曲集の流れで、
取り上げられた印象が強烈であった。

ベイカーは、コンサートでも、
レコードでも、実は、こうして、
ベルリオーズに傾倒していたようだ。

そもそも、「トロイ人」のディドで鳴らした、
というのが、かなり例外的ではなかろうか。

では、BBCレジェンズの解説を見ながら、
各曲を聴いてみよう。
残念ながら、歌詞はついていないのだが。

「これらの最初と最後は、明るく外交的であるが、
他の四つは凝集していて激しい。
デイム・ジャネットは、『ヴィラネル』の単純な陽気さを、
それに相応しい新鮮で開放的な色調で捉えている。」
Track4.
「新しい季節が来たら、ふたりで森へ行こう」
みたいな内容の詩で、
中間部では、
「この苔の長椅子で君の声を聴かせておくれ」
とあって、
最後は、
「帰ろうよ、苺を持って森から」とあるので、
恋人たちは、一応、全行程を踏破した模様。

これは、67年8月23日、まさに夏に、
バルビローリ指揮ニュー・フィルハーモニア管と
録音したものの方が、春のときめきは良く現れている。
「ベイカーとバルビローリの盤では、
最初の曲の鋭いリズム」が良い、
と書いてあったが、
バルビローリは、ファゴットなど木管の音形を際立たせ、
いかにもマーラーの自然描写みたいに聴かせる。

ジュリーニは、重心が重い指揮ぶりで、
ベイカーは、小粋な感じを出すのに、
時折、スナップを効かせるように苦労している。
これは、2分半ほどの小品だが、
一応、一枚で完成した絵になっている。

が、私は、この曲の情景描写は、
シューベルトの粋には達していないように思う。
言葉に鋭敏に反応しているようにも思えない。

それにしても、いきなり春の歌で、
まったく、「夏の夜」というタイトルに相応しいとは思えない。

「より音色の暗めな『ばらの精』は、
ベルリオーズの主観性を要約した、
歌の中の音楽と言葉の情熱的な壮大さを放射している。」
Track5.
これは、かなり緩やかな音楽であるが、
詩情漲る序奏から、強烈な音楽で、
バルビローリは、なんだか唸り声を上げながら、
情念を注ぎ込んでいる。
ベイカーも、その表現力豊かなオーケストラの色彩の中、
神々しいまでの歌唱を聴かせる。

ジュリーニは停止寸前の音楽である。
8分程度を要し、かなりの大曲。
解説の人が「情熱の壮大さ」と書いたゆえんであろう。

「私は、あなたが舞踏会でつけていた
ばらの精」だと言って、乙女の夢に現れる。
モノローグの音楽。

このばらの精の性別は分からないが、
「私に死をもたらしたあなた」とか恨み言を言いながら、
「この香りこそ私の魂」、
「天国から私はやってくる」と言って、
(このあたりのオーケストラの色彩感は目くるめくものがある)
夢枕で踊るので、女性なのだろうか。

この精は、「あなたの純白の胸で死ぬ」とか言っている。
そして、「あらゆる王を嫉妬させた一輪のばら」という
宣言のような一節で終わる。
バルビローリは一瞬、一瞬に魂を埋め込んでいくような、
血管が膨れ上がったような集中力を見せる。
先に触れたオーケストラの色彩も、
魔法のように素晴らしい。

ジュリーニ指揮の方は、
より脱力感のあるののであるが、
のびやかな詩情がある。
「星がきらめく宴会で、あなたは私を連れ歩いた」
という部分の憧れの念。
ただし、放送録音のせいか、
オーケストラの楽器の分離は、それほどでもない。

この曲のみ、「バラ」という季語もあるし、
眠りもテーマで、「夏の夜」というタイトルに相応しい。

『入り江のほとり』は、
茫然とした歎きの感情を表し、
正確にそれがベイカーによって伝えられている。」
Track6.
これは、いかにも海鳴りを感じさせる、
「海の絵」になっている。

が、詩を見ると、まったく入り江の事は出てこず、
先に死んでしまった美しい恋人への思いが嘆かれて
爆発するように繰り返される、
「ああ、愛もなく海へ船出していくとは」
という言葉が入り江を暗示するだけである。

この歌曲は、歌曲というよりも、
発想としてはオペラ的で、
伴奏がぼわーっと盛り上がって、
「ああ、なんとあの人は美しかったか」
などと、類型的な激情が重視、強調されている。

「白い体が棺桶に横たわっている」の所で、
楽想が変わるが、これは、特に言葉に反応したわけではなく、
むしろ、音楽に変化をつけたためと思われる。

ただし、
「私の上には巨大な闇が死衣のように広がる」
の所では、歌手には低い声が要求されており、
バルビローリの指揮では、
さらにわかるが、
「置き去りにされた鳩は泣き」のような部分には、
ものすごく雄弁なオーケストラが付けられている。

『君なくて』にかけて、
ジュリーニの非常に遅いテンポを楽しむように、
ベイカーはすべての陰影と表現の幅をつぎ込み、
憧れという最大限の感情を歌い上げる。」
Track7.
これは、夢から覚めたような前奏があり、
バルビローリの指揮では、
唸り声が入りっぱなしである。

極めて緊張感の必要とされる、
「かえっておいで」の部分の切望感を、
切実に感じさせる。
この歌曲は、もう、喘ぐように、
歌われては静まり、歌われては静まりの繰り返し。
後奏などでも聞かれる木管のメロディは、
痛切な美しさを感じさせる。

三節でわかるのだが、
恋人は何らかの事情で、遠くにいるみたいである。
ベルリオーズは、イタリア留学で、
恋人と離れていた経験があるから、
こうした感情には親しかったはずである。

バルビローリ盤では5分半程度の歌曲が、
ジュリーニ盤では6分20秒もかけられていて、
ジュリーニの唸り声からしても、
これは、心の痛みを、傷口をいたわるように、
それでも歌い上げようとしている。
この曲あたりになると、
ベイカーの優等生的な側面に加え、
深々とした表出力を、
強靭に感じさせる声の魅力が分かるような気がする。

ほとんど失速寸前の中、
表現力の幅を広げ尽そうとしている。

これらの曲は、「夏の夜」というが、
夏でも夜でもなさそうである。

「この二人のアーティストは、
墓地を訪れた時に起こる宿命感を歌った詩につけた、
暗い色の『墓地で』の音楽で要求される、
予感のような感情をすべて生み出している。」
Track8.
この曲は、もっとも、陰惨なイメージのタイトルであるが、
最も鮮やかな一瞬を持つ歌曲である。
ほとんどモノローグ調であるが、
「白い墓のところで歌っている鳩の歌を知っていますか。
病的なほど甘く、抗しがたく、
愛の天使が天国で嘆息しているような」
といった、妄想の前半。

中間部では、大地の下では、魂が目覚めて、
涙を流しているとある。

ここまでは良いが、
後半は、かなりやばい感じである。
「その調べの翼にのって
思い出がゆっくり戻って来る」
というところまでは良い。

実際、ジュリーニ盤では、
弾けるように、木管が美しく歌いだし、
思い出が回想される効果が素晴らしい。

が、
「天使の形の影が白いヴェールを覆って、
光線の中を通り過ぎる」とは何か。
バルビローリ盤では、この部分の、
亡霊のような影が現れる様を、
妙にリアルに可視化している。

ジュリーニ盤では、こうした小細工はない。

また、最後は、幻影は、
「あなたは戻ってくるだろう」と話かける。
それを聴いて、もう、私は、
鳩の歌を聴きに行ったりはしない、
と言うのである。

おそらく、死の国からの使者に、
魂を持って行かれそうになるのを、
すんでの所で自制した、という内容なのであろう。

私は、この光景には、秋の虚ろな心情が重なり、
夏のイメージは受けなかった。

「特にベイカーの解釈によると、
『未知の島』は、主人公が、永遠の愛のある、
未知の場所へのに思いを巡らすかのように、
暗さを晴らしていく。」
Track9.
確かに、この中間の4曲は、暗かった。

「美しい乙女よ、言ってください。
どこに行こうとしているのですか。
そよ風が吹き始めます」という、
歌詞が前後にあって、中間部に妄想満載である。

が、「夏の夜」というには、一曲目同様、
「春風の到来」みたいなのを感じさせる音楽だ。

「ここはバルト海か、ジャワか」
などと、主人公はかなり混乱しているが、
レチタティーボ調で、
オペラの軽妙な一幕を思わせる。

喜ばしげな浮き立つような音楽が、
全編を支配して、
「美しい人」が、
「いつも愛し合える真実の岸辺に連れて行って」
などと言いだすに至る。

その混乱の喜びを正当化する音楽の推進力は、
どちらの盤も同じだが、
ベイカーの声は、さすがにライブの方に、
勢いと自信が感じられる。
ジュリーニの指揮も、海原の高鳴りを強調して、
より劇的かもしれない。

このように聴いて行くと、ベイカーは、
34歳と42歳の時の録音なので、
さすがに成熟と一発勝負的な勢いで、
BBCの記録が貴重なのはよく分かった。

ただし、バルビローリ指揮の伴奏は、
ものすごく緻密な計算を感じさせ、
指揮者の思いが溢れかえっているという意味で、
スタジオ録音とは言え、
一期一会的な緊張感を感じさせるのも事実。

どちらかと言われれば、録音の優位さもあって、
私は、バルビローリ指揮のスタジオ録音を取るであろう。

バルビローリといい、ジュリーニといい、
マーラーの演奏で鳴らした指揮者が、
ベルリオーズを取り上げ、それぞれの見方から、
料理する様が味わえたことも収穫であった。

マーラーとベルリオーズを繋げるのは、
インバルなども強調していたことである。

ジュリーニはブルックナーなども得意とするだけあって、
悠然とした純音楽的な表現で聞かせ、
バルビローリはディーリアスなどが得意であるだけ、
細部の配慮や強調に特色があり、
非常に細密な曲作りをしている。
それゆえに、マーラーなどでは、
時に線の細い、たくましさに欠ける演奏があった。

それにしても、ベルリオーズは、
1860年に、シューベルトの「魔王」を、
オーケストラ伴奏版に編曲している
ことからも類推できるとおり、
言葉の描写においては、
怪奇方面の妄想に敏感で、
シューベルトならもっと反応したであろう、
「星」とか「天国」という言葉には、
まるで無頓着であることもわかった。

今回は、このCDのショーソンまでは、
手が回らなかった。

得られた事:「ベイカーの聴き比べをしようとして、指揮者の個性が比較できたという貴重な体験。」
「ベルリオーズの『夏の夜』は、むしろ春の芽吹きを感じさせる2曲の間に、季節感のない情念と幻想の4曲が挟まれた歌曲集。」
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by franz310 | 2013-06-09 16:42 | 現・近代

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その380

b0083728_23341927.jpg個人的経験:
フェリアーや、ベイカーといった、
英国の名歌手でさえ難色を示す
エルガーの歌曲集「海の絵」は、
録音が多い作品ではないが、
英国音楽ファンには忘れがたい、
ヴァ―ノン・ハンドリーの指揮で、
アイルランドのコントラルト、
ベルナデット・グリーヴィイが
歌ったCDがEMIにある。
ロンドン・フィルの演奏。


これは、廉価で鳴らした、
「clessics for pleasure」シリーズのもの。
が、表紙の美しい絵画(ジョン・モグフォード作の、
『ティンタジェルの日没』)も含めて魅力的だ。
同じくエルガーの「交響曲第2番」が収録され、
カップリングとしても優れている。

交響曲の方は、1980年のアナログ録音である。
この交響曲のこの演奏を聴くのは、
このCDが初めてではない。

実は、私は、学生旅行でイギリスに行った時、
この同じ録音を、カセット・テープで売られていたのを、
おそらく、ロイヤル・フェスティバル・ホールの売店で
売られているのを発見し、安かったので買って帰って、
数少ない自分へのお土産としていた。

このテープを私は愛聴し、
当時、それほど知られていなかった、
この大作が、素晴らしく魅力的な
大交響曲であることを、
この演奏から叩き込まれてしまった。

よって、私は、CDが出始めた頃、
バルビローリやボールトの録音が、
復刻されたのを見つけては狂喜したものである。

ということで、ハンドリーは、
私の恩人のような指揮者であり、
実は、ボールトやバルビローリといった、
エルガー教の教祖的な指揮者の演奏を聴いても、
どうしてもこのフレッシュで滋味あふれる演奏に、
まず、指を屈したくなるのである。

解説は、ANDREW ACHENBACHという人が書いていて、
何だか、「ヴェニスに死す」の主人公みたいな感じだが、
簡潔に参考になることを書いている。

「海の絵」は後回しにして、この「第2交響曲」が、
いかに素晴らしいかを、この解説で読んでみよう。

「『彼らに何が起こったんだ、ビリー。
まるで、ぬいぐるみのブタみたいに座ってるが。』
終演後、エルガーの苛立った観察は、
(彼の親友で、1911年5月初演の、
クイーンズ・ホール管弦楽団のリーダー、
W.H.リードによると)
確かに初演時の聴衆の判断は間違っていた。
『第1交響曲』が熱狂的に迎えられたのと同様の熱狂からは、
『第2交響曲』は程遠く、期待外れに終わったが、
これは、この曲が、前者より、感情的に複雑で、
和声的にも進化させたものであったからに相違ない。
事実、『ヴァイオリン協奏曲』と同様、
『第2交響曲』は、エルガーの最も個人的に深い発言であり、
スコアに書かれた、非常に公的な献辞、
『亡き国王陛下エドワード7世への思い出に』を、
信じてはならず、これは、自伝的な霊感を隠ぺいしている。
例えば、長らく亡くなった国王へのラメントと思われていた、
悲歌風のラルゲット、緩徐楽章は、事実、
1903年の11月という早い時期に、
親友のアルフレッド・ローデワルトが亡くなった時に、
エルガーが打ちのめされた時のものに遡ることができる。」


「エルガーの管弦楽法の想像力は、
この交響曲以上に豊かに働いたことがあっただろうか。
第1楽章の中間部での不吉なエピソード、
情熱的なチェロの憧れにみちたメロディによる、
神秘的な美しさを思い出すかもしれない。
(『私は夏の夜、庭でさまよい歩いた時の、
奇妙な体験の影響で、異常なパッセージを書きこんでしまった。』
(明記されていないが、エルガーの言葉であろう。))
または、同じメロディが、ロンドの第3楽章の中間で、
うなされるように蘇ってくる。
(『熱を出した時に、恐ろしくずきずきと頭の中が痛むような、
がんがん叩く感じを、想像してほしい』と、
エルガーはリハーサルの時に言ったものである。)
さらに、すべての英国の音楽の中に、
複雑なハープの刺繍を伴う、
慰めに満ちた弦楽の音色での、
この交響曲の魔法のようなエピローグのような、
華やかなページがあるだろうか。」

このように、この解説を書いた人は、
本当に、この曲が好きなのであろう、
交響曲の魅力を具体的に描き出してくれて、
大変、ありがたい。

「この大建造物のエモーショナルな要求と、
構成的な要求のバランスをとることは、
いかなる指揮者をも怯ませる仕事である。
この1980年、ロンドン・フィルとの、
力強い記録で、ヴァ―ノン・ハンドリーは、
彼の信頼していた師匠、サー・エイドリアン・ボールトをも、
喜ばせるような正統的な解釈を聴かせる。
他のどの指揮者よりも、
この傑作の評価を定めたのは、ボールトであって、
1920年3月のロンドン交響楽団との、
クイーンズ・ホールでの公演は、
ボールト自身の運命と共に、
この作品の運命のターニング・ポイントとなった。
『第二次大戦の終わり頃、
私はコンサートを聴きに行きました』と、
ハンドリーは回想する。
『自己流の音楽家だった私は、
指揮者がしていることを見て愕然としました。
なぜなら、私が机上の空論で考えていた作品に対し、
こんなにいろんな事が出来るとは思っていなかったからです。
私が最初にボールトを見た時、
私は、むしろ、すべてのアクションが、
音に作用していくところを見たのです。
近年、芸術の華やかな視点に集中した指揮が横行し、
本当の音楽に損失を与えています。
エキサイティングな指揮者とは、
目を閉じて、彼を見ずとも、
興奮させてくれる指揮者であるべきです。
最も色彩的で、官能的なレパートリーでも、
いわゆる、飾り立てた部分は、
主要設計に従うもので、
指揮者の最も重大な仕事は、
これらの最も特別な瞬間も、それ自体ではなく、
もっと重要なものを彩るために取っておくことです。」

このように、ここで演奏している、
ハンドリー自身の真摯な言葉がさしはさまれることで、
この録音を聴きたい気持ちが高まることは言うまでもない。
しかも、下記のように、その言葉を反映して、
紡ぎだされる音楽をこう要約している。

「事実、魅力的な厳格さと、長大な形式論理のセンスが、
ハンドリーの最良の仕事を特徴づけており、
このきりっとした演奏で、
(フィナーレの、素敵な、そして真実味ある、
ソステヌートの弦楽の音色を見れば明らかだ)
正確なペースを刻むエルガーの2番も、その例外ではない。
最後に一言。
最後の楽章の最後のクライマックスで、
(fig.165の後の8小節)
低音のオルガン・ペダルを付加するハンドリーの決定は、
ボールトの回想に従ったものである。
(王室オルガン・カレッジでの1947年の公演より)
『エルガーは、32か64フットのオルガン・ペダルを、
可能なら加えただろう。』」

Track6.
堰を切って流れ出すような、
勇壮な楽想だが、妙に苦み走って、
輝かしさの中に、苦しさがある。

この解説にある、魅力的な厳格さ(compelling rigour)
というものを実感させる、
きりりとした推進力が魅力的な指揮ぶりである。

ホルンの強奏も豪快で、この極めて複雑な構成の大作を、
迷いなくさばく様子、その自信が心地よい。

第2主題は、何となく、亡霊のようなもので、
茫然自失して、内省を通りこして、
人を戸惑わせるものがある。

回想しているような趣きにもなり、
焦燥感に駆られているような趣きにもなる。

たびたび、興奮から一転、高度低下する。
ぶつぶつと途切れながら進行し、
迷路に入ってしまったような音楽だが、
勢いのある楽想が湧き上がって、
各楽器のきらめくような効果のおかげもあって、
何とか進んでいく。

6分5秒くらいから、
夕闇が迫って、不思議な霊がちらつきはじめる。
ハープの微睡と独奏ヴァイオリンの不思議な音色が重なり、
いかにも夢遊病の体験ができる。

8分59秒くらいでは、
この不気味なメロディが本格的に出て、
夏の夜、子鬼たちに取り囲まれるエルガーの姿がある。

解説者が、「第1楽章の中間部で現れる、
情熱的なチェロの憧れにみちたメロディによる、
不吉なエピソードの神秘的な美しさ」と書き、
エルガー自身、「私は夏の夜、庭でさまよい歩いた時の奇妙な体験」
と語った部分で、かなり長い。

金管の強奏、ぱちぱちと弾けるような木管の効果で、
鞭がしなるようにクライマックスが導かれて行くが、
それも、すぐにむにゃむにゃと、言葉足らずに消えたりする。
第1楽章最後は、超人的なエネルギーで終結させているが。

このような音楽で、聴衆が戸惑わないと思う、
エルガーもエルガーである。
ハンドリーの、見通しのよい棒さばきがあって、
何とか導かれて来た感じ。

Track7.
極めて痛切なメロディや、葬送の太鼓が交錯する、
悲しく暗い、しかし、非常に感動的に美しい第2楽章も、
基本的には、テンポも厳格に進行する。

これも管弦楽の音色の魅力が満載で、
エルガーらしい工夫、彫琢のほどこされた、
楽器のコンビネーションやテンポ設計によって、
目くるめく陶酔を伴いながら、
我々を浸らせてくれる。

途中、これまた、喪失感満載の葬送行進曲の楽想が出るが、
ここでひらひら舞う弦楽と木管の装飾に、
まるでゴルゴダの道行くような、
引き摺るような歩みの表現は、
極彩色で彩られた宗教画のように印象的だ。

それでも、音楽は希求しては、諦観するような、
身もだえをくり返して進行して、
痛々しいほどの説得力が生まれていく。
そして、10分50秒くらいで、
決然としたメロディがあふれ出し、
感極まって砕け散る。

再び現れる、抒情的なメロディにも、
ハープや唐草模様の音形の弦楽群が絡み付いて、
マーラーの「第九」のアダージョの進化型みたいな様相さえ呈する。

12分40秒くらいで、音楽は一線を越えてしまう。
このあたり、ブルックナー的なイメージと重なる。
が、ちょっと違う虚無的な終わり方。

ハンドリーの指揮では、この感傷的とも言える楽章を、
みずみずしく、風通し良くまとめている。

Track8.
第3楽章は、急速なパッセージが縦横無尽に交錯する、
軽妙な開始ながら、エネルギッシュな音楽で、
だんだん、戦闘シーンのように、
妙に生々しくスペクタクルなものになっていく。

楽器による主題変容の妙も聞きどころであろう。

だが、妙に他人事で、
心ここにあらず、みたいな、
虚しさ付きまとっている。

風に吹かれてきりきり舞いするような、
楽想も出て、まるで、フランチェスカ・ダ・リミニである。

木管による優美な、しかし、経過句的なメロディが、
遥か遠くを思いやる時に、ようやく真実味が出る。
が、この間も、時々、音楽が空中分解しそうな瞬間は、
多々あって、何とか、それを紡いでいくのが大変である。

このような時に、ハンドリーの指揮は、
小気味よい推進力で、見通し良く進行するので、
安心して身をゆだねることが出来る。

それから、またまた盛り上がって、
タンバリンまで打ち鳴らされて、
戦闘シーンも華やかになる。

第1楽章でさまよっていた子鬼が、
ちらちらと現れ出し、
4分45秒くらいから姿ははっきりするばかりか、
5分を過ぎると、モンスターのように襲いかかってくる。

エルガーが、「熱を出した時に、ずきずきと頭の中が痛むような」
と表現したような、がんがん感である。

6分3秒くらいから、
再び、このロンドを特徴づける、
風に揉まれるような楽句が出る。

最後の盛り上げも、エッジを立てた、
鮮やかなオーケストラ・ドライブが爽快である。

Track9.
終楽章は、これまでのもやもや感を払しょくしてくれそうな、
晴朗な主題が、粛々と現れる。
これが対位法的に立体的に膨らむと、
勇壮な第2主題が出て、
まず、一里塚を形成しながら、管弦楽がさく裂していく。

ハンドリーは、かなりブレーキをかけながら、
このあたりをまとめて行くが、
その後どうなるのだという、
緊張感が高まって、壮大な平原にたどり着く感じ。

ここからは、めまぐるしく楽想が錯綜するところだが、
ハンドリーは、それらを丁寧にあるべき場所に配置する感じ。

トランペットの甲高いファンファーレがあるかと思うと、
なよなよと弦楽が失速して行くなど、
まったく方向の定まらぬ作品で、
奮い立つようにティンパニがリズムを刻んで、
ようやく空中分解を免れている。

改めて、朗らかな主題が出ると、
興奮と高揚、内省などが交錯して進むが、
爆発しても、けっして先を急がない。
その都度、ブレーキをかけながら、
出てくるやんちゃ坊主を次々に、
整列させて行くように、
ハンドリーは振る舞っている。

この過程の中で、充足したクライマックスが築かれており、
そこに、静かに、荘厳なオルガンの音が添えられる。
11分15秒くらいから、11分35秒くらいにかけてである。

高音の清純さにハープがきらめき、
まるで、マーラーの「大地の歌」の最後のように、
人跡未踏の彼方を志向する部分が高まって音楽が終わる。

なるほど、この部分を解説者は、
「複雑なハープの刺繍を伴う、
慰めに満ちた弦楽の音色での、
この交響曲の魔法のようなエピローグ」
と表現したようだ。

また、この録音では、解説にあるように、
この諦観のエピローグの前に、
しめやかにオルガンのペダル音が添えられているが、
私は、このオルガンがあることによって、
この作品の魅力が倍加したことを認めずにはいられない。

どうしてもハンドリーの録音を聴いて、
充実感を感じてしまうのは、
このわずか8小節、20秒だかの、
充足感あってのことのように思えてならない。

奥付には、聖オーガスティンのキルバーンという、
ロンドン北部の教会のオルガンが使われた、
と書かれている。
ウィキペディアには、「北ロンドンの大聖堂」とある。

なお、オーケストラ演奏そのものの録音は、
ワットフォード・タウン・ホールとある。

何と、このオルガン(演奏はデイヴィット・ベル)は、
もう一つの収録曲、
「海の絵」の第3曲「安息日の海の朝」と、
第5曲「スイマー」にも使われているらしい。

では、ハンドリー指揮のCDの解説で、
「海の絵」についても見てみよう。

「エルガーはいまだ、一般聴衆にも批評家にも、
名作『エニグマ変奏曲』によって賞賛に酔っている頃、
1899年7月、『海の絵』に最後の筆を入れていた。
これはコントラルトとオーケストラのための
歌曲集で、3か月後には26歳のクララ・バットが、
(作曲者の回想のように、人魚のような衣装で)
たいへんな成功を収めた
Norwich音楽祭での初演で独唱者を務めた。」

この人魚の服のぴちぴち歌手が、
成功した主要因なのではないか、
などと勘ぐってしまう。

「全部で5つの歌からなり、
おそらく、もっとも霊感を感じて書いたのは、
ロデン・ノエルの詩による、
重苦しく印象的な海景を描いた、
最初の『海の子守唄』と、
第4曲、この上なく感動的な、
リチャード・ガーネットの詩による、
『珊瑚礁のあるところ』
(ハープと木管の楽しげな色彩の断片で終わる)
であろう。」

この解説を書いた人は、
かなり、この作品を評価しているようで、
少しうれしい。

Track1.「海の子守唄」。
びっくりするのは、
心を込めきったオーケストラの繊細な音色である。
グレーヴィイの声は、暗いが格調高く、
内省的な感じすらして好ましい。

オーケストラが風のように舞う中、
決然と進んで行くので、
エルガーの書いたわずらわしい装飾が、
あまり気にならない。

途中で「妖精の光」のあたりで、
軽やかに舞い上がる声楽部を、
エルガーの音符の多いオーケストラが、
邪魔している所も、
そこそこカバーした演奏である。

バルビローリの演奏を聴くと、
録音のせいか、いくぶん、音が籠っている感じ。
若いベイカーも、少し硬くなっている。

ヒコックスの演奏では、
フェリシティ・パーマーもオーケストラも、
すべてが地味な感じである。
楽器の分離も良くない。

今回のCDの解説の後では、
この歌曲が、妙に美しく聞こえるが、
実際、演奏も優れている。

Track4.「珊瑚礁のある所」。
やはり、ハンドリー盤は、
オーケストラと声のバランスが良い。
グレービイの声の美しさが、まず堪能でき、
背景のオーケストラの粋な色彩が、
従の関係で、この声を引き立てている。
この曲の軽やかで、エキゾチックな感じに合っている。

名手ベイカーも若かったのであろう、
歌いだしからして、遠慮のようなものがある。
が、このバルビローリ盤の録音は、
1965年という、半世紀も前のものなのに、
かなり優れものである。
ベイカーもだんだん乗ってきて、
その澄んだ声を味わえる。

ヒコックス、パーマー盤は、
ディジタル録音初期というハンディか、
いかにもEMIから連想される、
模糊とした録音となっていて、
楽器の個性が味わえない。
パーマーの声は風格があるが、
みずみずしさに不足するのは、
おそらく録音のせいであろう。
独奏ヴァイオリンなど、全然、フレッシュに聞こえない。

また、解説にもあった、最後の木管とハープが彩る色彩も、
バルビローリ盤などの方が、粒が立って聞こえる。

「『海の安息日の朝』と、『スイマー』
(それぞれ、エリザベス・バレット・ブラウンと、
アダム・リンゼイ・ゴードンの詩による)
は、大オーケストラで素晴らしく
(印象的なオルガンも聴かれる)鳴らしているが、
魅力的で単純な第2曲
(作曲家の妻、アリスの筆による『港にて』)で、
エルガーはオーケストラを切り詰めている。
さらに言うと、これらのスリリングで豪華な付曲は、
最初の曲の材料を活用して、
うまい具合に全曲を有機的に結合している。」

まず、あまり問題のない、第2曲から聞いて見よう。

Track2.「港にて」。
この軽妙な小唄のような小品を聴くには、
ぜひ、この3種の録音では、
ハンドリー、グリーヴィイ盤で聴きたいものだ。
歌いだしから、かつて、ダブラツが歌った、
「オーヴェルニュの歌」を想起した。

私はここに来て、なるほど、
エルガーの「海の絵」とは、
そういう文脈上で語るべき歌曲かと納得した。

オペラでもなく、歌曲でもなく、
進化した民謡としての側面からして、
歌い崩しても良いと思うくらい、
歌手に大きな自発性がないと、
歯が立たないのではなかろうか。

歌のお姉さん的な魅力が欲しいのである。
ベイカーの歌などは、まるで、しゃれっ気がなく、
パーマーの歌は、見せ場がなく、途方に暮れている感じ。

グリーヴィイの歌では、しっかりと歌手が、
すべてを受け持っているので、
伴奏に小うるさい弦楽が重なってきても、
それが華を添える感じで微笑ましいが、
パーマーでは、伴奏に存在感がなく、
ベイカーでは、安っぽく聞こえた。

さて、大オーケストラを駆使した問題の2曲。
まず、「安息日」から。

Track3.「安息日の海の朝」
もう、ここまで来ると、あばたもえくぼ状態かもしれない。
ハンドリー盤のすべてが好ましく思える。
舞い上がるグレーヴィイの声のハンサムさ。

伴奏の立体感の広がり、出たり入ったりする楽器、
そのすべてが嬉しくなってしまう。
2分10秒あたりの、「この日を讃えよ」では、
オルガンがばっちり充足の伴奏をする。

4分45秒あたり、
フレッシュなヴァイオリン独奏を伴う、
素晴らしい高揚感を、うまく、オルガンが支えている。
5分半過ぎでも、オルガンの存在感は絶大だ。
グレーヴィイの歌唱は、メリハリがあって、
主体的にこの曲を背負って立っている。

ベイカーの声は、
解釈の多くを指揮者に任せたのであろうか、
小技を出しているが平板に聞こえる。

この喜びと期待に満ちた、
夢想家の女流詩人の妄想の爆発と、
完全にはシンクロしていないようだ。

ヒコックス盤には、どーんとオルガンも加わり、
管弦楽も縦横無尽に動き、歌手の興奮も感じられ、
今まで聞いた中では、突出して良い演奏を繰り広げている。

Track5.「スイマー」
ハンドリーの指揮は、かなり引き締まったもので、
楽器もすっきりと清潔に響き、
そんな中、グリーヴィイが、
「愛よ、愛よ、私たちがここにさまよった時、
手に手を取って、輝かしい天候の中、
高みから、シダやヒース生い茂るくぼみに。
神は確かに私たちを少しだけ愛していた。」
というフレーズを歌う時のぞくぞく感。

5分50秒あたりから、オルガンを交え、
声が裏返るかと思うほどに、音楽をさく裂させて圧巻だ。

フェリシティ・パーマーは、ここでも、
かなり圧巻の演奏を聴かせている。
このような複雑な音響の塊をさばくのは、
ヒコックスも得意とするところで、
ヒコックス盤は、CDの最後のこの曲に至って、
妙に、共感豊かな演奏を聴かせる。

「勇敢な白い馬たちよ」のところで聴かせる、
はったり感満点のオーケストラのドライブも、
私には、とても素晴らしく思えた。

が、いずれにせよ、最初に書いたことだが、
このややこしい状況(稲妻が走り、大波が寄せるのを、
遠くから見て、自分の愛を回想する)の主人公は、
本当に泳いでいるのだろうか。

このパーマーが歌う、
ヒコックス盤の解説(バーネット・ジェイムズ)も、
実は、「海の絵」に関する情報はかなりのもので、
「エルガーの声楽曲の中で、
もっとも永続的に人気を得ているもののひとつ」と書いて、
各曲にそれぞれ、そこそこ言及している。

(が、「最初から時代遅れの詩に作曲していて、
もはや、我々には訴えることのない詩だが、
エルガーにはぴったり当てはまったようだ」
などという批判めいた一言もある。)

「第1曲、『海の子守唄』は、
上がったり下がったりする弦楽で表される、
ひたひた波がやさしく寄せる海の夜想曲。
第2曲、『港にて』は、作曲家の妻で、
慎ましい詩的才能があったアリスの詩により、
エルガーは他に1、2曲、彼女の詩に作曲している。
この曲には特別な歴史があり、
最初は1896年『愛だけ』という題で出された。
『海の絵』では、『カプリ』という副題を持って登場、
海の嵐を見ている二人が、お互いに、何があっても、
『愛だけはそのまま』と安心させる。・・
第3曲『海の安息日の朝』は、
フル・エルガーらしい(full Elgarian)
音楽的発案の豊かさとエネルギーを持つ
2曲の1曲である。
ここでのエルガーは自然に力と雄弁さを発揮した、
交響曲やオラトリオの作曲家である。
最後の節で、最初の曲の引用がある。
全曲は、直接の引用はないものの、
すべての船乗りが知っている聖歌、
『海での危機にある人たちに』の雰囲気が底流している。
第4曲は、全曲で最も有名な『珊瑚礁のある所』で、
覚えやすいメロディとリズム構成、
ハープが目立つ相違豊かな楽器法で知られる。
第5曲で、曲集の最後の曲『スイマー』は、
オーストリアの詩人、アダム・リンゼイ・ゴードンの詩による。
全曲の中で、もっとも力に溢れたもので、
嵐の力に逆らって泳ぐ男が描かれ、
世界の敵意に立ち向かうエルガー自身のように、
たくましく、自信にあふれ、
彼は、それを自身のもがきや野望に見立て、
思想と、被害を受けながら恐れ知らずの精神の、
寄港地のような愛の追憶でそれを強化している。」

では、最後に、ハンドリー盤の解説を見てみよう。

「ヴァ―ノン・ハンドリーが、
1981年にコントラルトの
ベルナデッテ・グレーヴィイと、
素晴らしい共感をもってコラボしたこの演奏は、
最初にリリースされた時から、
国際的な熱狂を持って迎えられ、
(グラモフォン誌は、
『この素晴らしい録音は、我々の世代を代表する、
エルガーの解釈者だと確信させた』と述べた)
今でも、いかなる競合盤にも比肩しうる。」

ということで、私は、まったくこの意見に同意する。

得られた事:「エルガーは、歌曲であろうと交響曲であろうと、ここぞという時には、オルガンの低音のパワーを欲した。」
「主体的かつ個性的な歌唱力と、すっきりした録音なくしては、エルガーのごちゃごちゃしたスコアの中で、スイマーのような歌手は溺死する。」
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by franz310 | 2013-06-01 23:22 | 現・近代