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クラシック音楽への愛と悲しみの日々
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その376

b0083728_221345.jpg個人的経験:
ここのところ、
近現代フランスの作曲家、
モーリス・デュリュフレの音楽の、
中毒状態に陥っていると言っても、
決して言い過ぎではない。
そのきっかけとなった一枚が、
このCDである。
オルガンを伴奏にしたもので、
チェロが女声に絡む部分もある。
何となく、クープランみたいだ。


それに、何と言っても、表紙デザインが美しくないだろうか。
1998年3月21日から23日に、
そして7月に最後の一曲だけ、
ケンブリッジの教会で録音されたものであるが、
ベルリンのカイザー・ヴィルヘルム教会の
ステンドグラス「ダル・ド・ヴェール」のレプリカらしい。

フランス、シャルトルの
ガブリエル・ロワール(1904-96)
の作の一部らしいが、
カイザー・ヴィルヘルム教会といえば、
広島の原爆ドーム同様、
空爆の象徴のような建物が知られるが、
このステンドグラスは、ロワールの代表作ということで、
1960年のものらしい。
ベルリン復興の象徴のようなものだろうか。

ロワールの生年は、デュリュフレの1902年に近い。
また、1960年と言えば、ここに収められた、
4つのモテットが作曲された年でもある。

この4つのモテットがまさしく、作品10の
「グレゴリオ聖歌の主題による4つのモテット」
と呼ばれるもので、
グレゴリオ聖歌に聞き親しんだ者を、
引き寄せずには
いられないようなタイトルとなっている。

前回も書いたが、デュリュフレの「レクイエム」に関しては、
私は昔から知っていたが、
このCDで聞き直すまでは、そんなに好きな曲ではなかった。
平板で、起伏のない軟弱派といった感じ。

が、このCDで、Track1の冒頭で、
恩寵に満ちたエーテルの中に浮遊するような、
あるいは、しずかにさざ波を寄せる、
地中海の青さのような、
オルガンの響きに耳を澄ませていると、
羊水に浮かぶ胎児のような気持になって、
不思議な平安を感じずにはいられなくなってしまった。

この曲には、私が聴き親しんできた、
管弦楽伴奏のものの他、
オルガン伴奏版もあったのである。

クリストファー・ロビンソンが指揮する、
ケンブリッジ・セント・ジョンズカレッジ聖歌隊 の演奏で、
そのオルガンは、イアン・ファンリントンが弾いている。
イギリスのピアニスト、オルガニストで1977年生まれ。

合唱は、キングズ・カレッジと並んで有名な、
伝統的な英国聖歌隊で、
ソプラノはセント・ジョンズ・カレッジ小学校の生徒、
アルト(カウンターテノール)、テノール、バスは男子学生とある。

ロビンソンは有名な合唱指揮者ジョージ・ゲストの後任で、
1964年からバーミンガム市合唱団の指揮者をしていた、
とあるから、かなりの年配の人であろう。
ナクソスに大量のCD録音がある。
2011年に75歳の誕生日を祝うコンサートをした、
という記事があるので、1936年の生まれか。

ちなみに、この人の後は、
1957年生まれのデヴィッド・ヒルが務めており、
St John’s Collegeのホームページを見ると、
17世紀まで、歴代合唱指揮者が出ていてびっくりした。
ゲストの前には、オルガン奏者として、
英国を代表する作曲家としても有名な、
ハーバート・ハウウェルズの名前があった。

録音もここのチャペルで、とあり、
ゴシック風の素晴らしい写真を眺めると、
これまた、空想のイギリス旅行が出来る。

しかし、結局、カレッジの合唱団なので、
時折、破たんをきたしそうな部分があるのは仕方ない。

解説は、Nicholas Kayeという人が書いている。
「デュリュフレは、20世紀フランス音楽に、
特別な地位を占めている。
少ない作品しか残さなかった完璧主義者で、
深くグレゴリオ聖歌と典礼に傾倒し、
第二ヴァチカン会議での見直しによる、
その事実上の終焉に苦しんだ。
それらは、彼の彼のほとんど全作品の生ける血潮であり、
音楽的、精神的な霊感の源泉であった。」

先ほど、デュリュフレの「4つのモテット」作品10は、
1960年の作曲だと書いたが、
ヴァチカン公会議は、1962年から65年に開催されており、
以来、各国の国語が重視されるようになったとあるから、
デュリュフレの作品は、嵐の前の静けさのようなものになった。

そして、彼は、音楽が書けなくなってしまったのかもしれない。
次の作品番号を持つ、
ミサ曲「クム・ユビロ」作品11が書かれるのは、
ヴァチカン公会議の後、1966年である。

「デュリュフレはヴェイエルネのすぐれた弟子であったが、
彼のやはり師であった、シャルル・トゥルヌミールは、
グレゴリオ聖歌の可能性や、
旋法による感情やムードの広いレンジを彼に示唆した。
デュリュフレにとって、
グレゴリオ聖歌の構成は、明らかに、
観照、静謐の永遠の雰囲気であって、
または絶え間ない情熱の力であった。
デュカスはかれの今ひとりの教師であったが、
音楽のテクスチャーへの洞察、自覚を受け継ぎ、
合唱曲を伴奏するオルガン、
またはオーケストラ版の伴奏などで明らかなように、
デュリュフレの器楽の色調も受け継いでいる。」

デュカスは確かに、イメージとしてはすっきりしていて、
もっと異教的な題材をもとにした音楽を書いたりして、
教会の音楽とは関係なさそうだが、
神秘的なオルガン曲を書いた、
トゥルヌミールなどとミックスすると、
デュリュフレのような音楽になりそうである。

デュリュフレの音楽を平板と書いたのは、
ちょっと間違っていたかもしれない。
平明というより、不思議に明晰なのである。

「レクイエム(1947)は、
フォーレ以来のレクイエムの傑作として傑出しており、
これらはしばしば比較される。
これらの作品の唯一の類似点は典礼的な事を想定し、
19世紀のオペラ風の語法を取っていないことである。
デュリュフレのレクイエムでは、
グレゴリオ聖歌の流れやリズムが、
常に音楽の表面下に底流している。
それは霊感であり、
けっして独自のスタイルや、
創造的なアイデアの代用ではない。
ここまでレクイエム・ミサのテキストを熟考し、
個人的に考えた作曲家はいない。」

完全にオタクだということであろう。
この解説も、デュリュフレが何者か、
というよりも、
いかにグレゴリオ聖歌に没入した作曲家がいたか、
みたいな内容となっている。

以下、改めて各曲を聴いてみよう。
「」内は、解説からの言葉である。

Track1.
入祭唱であるが、
この、あまりにも美しい部分の解説はない。

助奏からして、
「彼らに永遠の安息を、与えてください」
という雰囲気もいっぱいで、
「そして絶え間なく光が、彼らに届きますように」
という歌詞を見て涙が出そうになる。
助奏からの、この絶え間ざる脈動は、
この絶え間ない光の象徴であったのか。

痛切な男声合唱に、
天空から天使のような少年合唱が重なり、
穏やかなオルガンの伴奏がすべてを包み込む。
「あなたのもとへ、全てものが至るでしょう」。

Track2.
続けざまに入る「キリエ」。
「主よあわれみたまえ」という言葉を、
無垢な子供たちの声で発せられ、
ゆっくりとゆっくりと、
それは空に向かって登って行くようである。
その最後の一押しを、男声合唱が補助するので、
本当に、みんなで助け合って、
祈っているような感じがしてくる。

Track3.
不安に満ちたオルガンの苦しげな助奏に続き、
レスピーギの「ローマの松」に出て来たような、
聖歌のリズムが刻まれ、遂に、合唱が登場。

「おお、主よ、イエス・キリストよ、栄光の王よ、
解き放ってください、死せる者の魂を、
下界の苦難、そして深い淵から。」
と歌われる部分。

「『キリエ』の対位法は、勢いと自信をもって、
『おお、主よ、イエス・キリストよ』の突然のリズム変化をもたらし、
自由を求め、それだけいっそう痛々しい。
『リベラ・メ』(リベラ・アニマスの誤りか?)
のようなクライマックスでは、
この曲のテキストにありがちなお決まりの、
思いつき風の劇場風効果などまったくない。」

そうは言っても、めくるめくようなオルガンと、
合唱の渦巻きである。
音楽は起伏に富み、8分40秒と長く、
リズムも変幻する。
ウィリアム・クレメンツのバリトン独唱も真摯である。

Track4.サンクトゥス。
これまた恩寵を感じさせるオルガンの揺蕩いが美しい。
「聖なるかな」と、少年合唱が繰り返し、
「ホザンナ」の喜びで、男声合唱が男らしく、
オルガンはトランペットの音色をさく裂させる。
このあたり、少年合唱は厳しそうだ。

Track5.
「フォーレ以来、『慈悲深いイエスよ』を、
かくも効果的に書けた作曲家はおらず、
デュリュフレはメロディの簡潔さを受け継ぎ、
この作品の最も深い楽曲の一つとした。
卓越した書法の和声と感動的なチェロの助奏が、
この祈りを疑いなく精巧なものにして、
人間の境遇の苦しみの自覚としている。」

ここで登場するのは、オルガンだけでなく、
ジョン・トッドのチェロに伴奏された、
メゾ・ソプラノのキャスリーン・ターピンが、
深く思慮深い美声を聴かせる。

ネットで見ると、ウェールズ出身とあって、
濃い色の髪の美人である。

Track7.アニュス・デイ。
「神の小羊、世の過ちを取り去る方、
彼らに安息を与えて下さい」と歌われる部分。
ここに来て、再び波立つようなオルガン伴奏が現れるが、
明るい色調で、水面にはきらきらと輝きが見えるようだ。
カウンター・テナーの合唱も、澄んだ感じ。

繰り返し歌われる間に、
オルガンに登場するメロディも絶美だ。

Track7.
「『永遠の光が』は純粋で切りつめた表現で、
永遠の命という主題と、これ以降のこの曲への希望に相応しい。」

確かに、一息ついた感じの音楽で、
「永遠の光が、主よ彼らに輝きますように。
あなたの聖人たちとともに」と、
少年合唱を中心に懸命に歌われる。

Track8.リベラ・メ。
重苦しいオルガンで始まり、沈鬱な歌。
「永遠の死から解き放ってください」とは、
かなり無茶な要求である。

いったい、主体は誰なのか。
死者を送った我々のことか?
あるいは、天国以外のところに行くのは嫌だ、
という表現だろうか。

かっこいいバリトン独唱あり、
かなり声部が交錯して、緊張感が高い。
グレゴリオ聖歌よりポリフォニーである。

「『解き放ってください』では、フォーレの余韻かもしれず、
その背景の考えはそれほど違っていない。
フォーレは最後の審判の結果を反映させず天国に行ったが、
デュリュフレは、短いながら、
『怒りの日』に触れており、血気盛んな表現を取った。」

オルガンも怒りの表現で鳴り響く。
デュリュフレ自身の葛藤が見えるようで、
全曲の中で、もっとも、恩寵から遠い。

Track9.
「『楽園にて』とそこでの純粋なグレゴリオ聖歌が、
子供たちの声で歌われることによって、
この作品は閉じられ、合唱は微妙な和声で応答する。
デュリュフレは最終的にこの作品を、
死を越えて生きるためのものにした。」

先ほどの曲が、かなり錯綜していたので、
作曲家も息苦しさから解放されたがったみたいな感じ。
かなり、シンプルに、天上の浮遊感に揺蕩う音楽。

オルガン伴奏もきらきらするばかりで、
「天使たちが楽園へと導きますように」と、
時間が静止したような音楽が消えて行く。

以上で、名作「レクイエム」のオルガン伴奏版は終わり。
後、デュリュフレの主要な合唱曲も収録されているのがありがたい。

「四つのモテット(1960)は、
グレゴリオ聖歌による霊感の強調と、
ポリフォニーの精巧なブレンドである。
ここでもみられるのは、デュリュフレの感性と、
言葉の背後の霊的な主題への個人的な反応である。
モテットは、神の存在で始まり、神の存在で終わる。」

Track10.
「『慈愛のあるところに神あり』では、
人間の寛大の中にある神の心が、
音楽の暖かさに反映されている。」

無伴奏の合唱曲で、
「レクイエム」や「クム・ユビロ」が、
合唱部に対して、精緻な器楽部を挟んで行ったのとは、
やり方が異なる。
きわめてシンプルなもので、3分かからない。

Track11.
「これら二つ(第一曲と第四曲)の間で、
『あなたはすべての美しさ』という、
聖母に捧げられた、女性的な明るさが対照される。」

この曲は、浮き立つようなリズムで、
いくぶんエキゾチックである。

Track12.
「『ペテロよあなたは』では、
男性的なものが、断固としたカデンツに至る。」

最初は、少年の声で始まるが、
合唱となり、対位法的に進行して、
「教会を作るぞーっ」と、ばーんと終わる。
1分に満たない小品。

Track13.
「『タントゥム・エルゴ』では、秘跡の中にある、
神の存在に相応しい神秘的な雰囲気がある。」

これは、三位一体の秘跡を讃えたもので、
シューベルトが書いた同名の音楽と同じ歌詞である。

極めてグレゴリオ聖歌風に始まるが、
ポリフォニー的な表現も目立つ。
神秘的な雰囲気がこみ上げるもので、
かなりの凝縮感もある。

きわめて清澄なもので、
デュリュフレの作品は、
シューベルト初期の二曲の祝典的な、
D460、D461などとは全く違う世界。

シューベルト中期の二曲の、
崇高で壮大なD739、D750も、
デュリュフレと比べると、
きわめて外向きの音楽に聞こえる。

しかし、このシューベルトの二曲は、
かなり聴きごたえのある音楽で、
もっと知られて良いような気がする。

シューベルト後期のD962は、
これらの作品に比べて、かなり内面に向かう音楽で、
これらの5曲の「タントゥム・エルゴ」を聴き比べるだけで、
シューベルトの音楽の変遷を聞き取ることが出来る。

さて、デュリュフレの作品10に戻ると、
これらの「モテット」は、グレゴリオ聖歌風というが、
導入部が独唱で始まる以外は、
かなりハーモニーが凝っており、
プレインチャントという感じではない。

さて、「レクイエム」と並ぶ、
デュリュフレの合唱作品の大作、
「ミサ曲」が始まる。

この曲が出るまで、新作を待ちわびた人も多いだろう。
レクイエムから、20年近くが経っている。

Track14.
「『ミサ・クム・ユビロ』(1966)の
キリエのオープニングでは、
ちょっと繊細に伴奏されたグレゴリオ聖歌、
といったものを聴き始めるといった印象があるかもしれない。
事実、各楽章のスピリチュアルな主題は、
個人的なムードを持ち、
また、デュリュフレが書いたどれよりも変化に富む。
バリトンの声を使って、幅広い音域のアリアは、
高度な表現力を持ち、
和声的に冒険的なオルガンパートに対応する。」

前回、この曲はオーケストラ版で聴いたが、
このオルガン伴奏バージョンも美しい。
冒頭から、群青の大海に揺蕩うような感じ。
まさしく、このCDの表紙デザインそのままでもある。

が、フィリップスのグレゴリオ聖歌のCDのように、
オルガン伴奏付のグレゴリオ聖歌にも聞こえる。
ただし、その器楽部分は、素晴らしく彫琢されている。

Track15.
「『グローリア』の喜ばしい感情の爆発は、
本当の信頼の疑いない声明である。」

オルガンがじゃーんじゃーんと鳴り響き、
しかも、きらきらとした不思議な装飾音も聞こえる。
ショーソンの「愛と海の歌」のような、
激しくも美しい情念の音楽をも想起してしまう。

Track16.
「『サンクトゥス』の開始部では、
ほろ苦いクオリティがあり、
これはこのミサ曲を通じて現れるもので、
我々に、疑いや絶望との戦いのない誠実さは、
本物でもなく、長続きもしない、と思い出させる。」

この部分、この解説の白眉であろう。
確かに、「聖なるかな、聖なるかな」と歌われるにしては、
妙に懐疑的な曲想で、オルガンの伴奏もひねくれている。

この解説者の言っていることは、
後付け理論に思えるが、
こんなヘンテコなサンクトゥスは聞いたことがない。
「ホザンナ」にしても、
のたうち回るように進行する。

デュリュフレは、本当に、
何を考えてこんな音楽を作ったのだろうか。
懐疑の中の真実?

Track17.
「ためらいがちで、神秘的な『ベネディクトゥス』は、
暗闇から明滅する光に向かっての旅のようである。」

これまた、オルガン伴奏版のせいであろうか、
妙に晦渋で沈鬱な音楽に聞こえる。
クレメンツのバリトン独唱である。

Track18.
「『アニュス・デイ』は、
グレゴリオ聖歌の主題のムードで始まり、
遂には安息を保証する。」

何だか、黙示録的な超越ムードが漂う。
確かに、これは現代の音楽、
原爆が落ちてから書かれたような、
廃墟の中からの祈りにも聞こえる。

最後になって、少しずつ見えてくる、
ほのかな微睡のような夜明け。
何だか、背筋が寒くなる。
オルガンの後奏も、
天体の運行のような神秘を感じた。

私は、前回、オーケストラ版で、
この曲を聴いて、ものすごく美しいミサ曲だと思ったが、
この演奏で聴くと、何ともやりきれない、
ショスタコーヴィチ風の音楽に聞こえて仕方がなかった。

ここで、思い出したのは、ヴァチカン公会議の事。
デュリュフレは、完全に、
拠り所を失ってしまったかのようである。

それにしても、作品9の「レクイエム」から、
作品11のミサ曲「クム・ユビロ」に至る約20年は、
シューベルトが1000曲もの音楽を書いた時間より長い。

さて、このCD最後の曲は、
しかし、この不気味な緊張感を、
解きほぐしてくれるような小品で助かった。

Track19.
「1977年の『天にまします我らが父よ』(作品14)
の作曲には、痛々しい背景がある。
モーリス・デュリュフレはこれに先立って、
自動車事故で苦しめられ、これによって、
オルガニスト、作曲家としてのキャリアが閉じられた。
ラテン語ミサの放棄は、
『主の祈り』に相応しいフランス語への付曲に向かわせ、
同様にすぐれたオルガン奏者であった、
作曲家の妻は、この曲を書き始めていたことを思い出させ、
これを完成させることを促した。
それにふさわしく、この曲は彼女に捧げられている。」

これは、このような状況下で、
書かれたことを感じさせない、
清純な音楽であるが、わずか1分半の音楽。

ポリフォニー的なところはなく、
民謡のように親しみやすい、
陰影豊かなメロディに、
無伴奏合唱の無垢な味わいが凝縮されている。

「天にましますわれらの父よ」という、
イエスが弟子たちに教えたと聖書にもある、
かなり基本的な祈祷文であり、
わたしの知人が、
最近、お祈りでも口語体になって、
カトリックの魂が奪われた、
と言っていたそのものであった。

文語体では、
「天にまします我らの父よ
願わくは み名の尊まれんことを」
み国の来たらんことを」
が、口語訳で、
「天におられるわたしたちの父よ、
み名が聖とされますように。
み国が来ますように。 」
となっているらしい。

確かに、
「わたしたちを誘惑におちいらせず、
悪からお救いください。」
の方が、
「我らを試みにひきたまわざれ
我らを惡より救い給え」
よりわかりやすいが、

「我らが人に許す如く我らの罪を許し給え 」は、
「わたしたちの罪をおゆるしください。
わたしたちも人をゆるします。」
だと、
なんだか小学校の教科書の
朗読みたいになるのかもしれない。

デュリュフレの歌は、
どちらかと言えばシンプルで、
格調より親しみやすさを優先し、
口語訳風である。

日本のカトリック教会と日本聖公会は、
2000年に共通口語訳を制定したと言うが、
デュリュフレが、
第二次ヴァチカン公会議で体験した事と、
同様のことが日本でも起こったのだろうか。

得られた事:「デュリュフレの『ミサ・クム・ユビロ』には、第二次ヴァチカン公会議で転換したグレゴリオ聖歌のあり方に対する危機感が反映されているようである。」
「そのオルガン版終曲の不気味な虚無感はなんだろう。」
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by franz310 | 2013-04-27 22:01 | 現・近代

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その375

b0083728_23405880.jpg個人的経験:
クープランの「テネブレ」の
古典的名盤とも言うべき、
ロランス・ブレーのCDを聴いて、
私は、二十世紀の真ん中あたりで、
フランスの人たちが夢見ていた、
天上的に美しい静謐なる楽土を、
何となく、妄想してしまった。
演奏されているのは、
18世紀初頭の音楽なのだが、
極めて同時代的な音楽とも思えた。


というのも、もっぱら日本では、
高名なクラブサン奏者としてのみ知られた
この女性音楽学者が、デュリュフレに学んだ、
という記事を読んだことによる、
単純な思い込みによるものなのかもしれないが。

このCDは、ナクソスから出ている、
1994年、パリにおける録音で、
「ヨーロッパ録音」と強調されている。
サン=アントワーヌ・デ・カンズヴァン教会でのもの。

「デュリュフレ、宗教合唱曲&オルガン作品」第2集で、
「鳥と影」と題された、Francis Montanierという画家の、
洒落た絵画が表紙に使われていて気に入った。

デュリュフレという作曲家に関して言えば、
このジャンルの名作とされる「レクイエム」が有名だが、
ここには含まれていない。

昔、アンドリュー・デイヴィスが指揮したものが、
CBSソニーから出て話題になったことがあった。
ジャケットも上品なものであった。

私は、それを購入、何度も聴いていたので、
何となく、デュリュフレという作曲家が、
二十世紀の同時代人でありながら、
はるかかなた昔の音楽に、
どっぷりと浸かった美学を持った人という印象を持った。

フォーレの名作の二番煎じとも言われながら、
さらに平明な作品とも思え、
美しいのだが、とりとめのない音楽という感じが強かった。

まだ、ペルトだとか、グレツキだとか、
そうした作曲家を知る前、
ほとんど刺激も盛り上がりもない音楽に、
懐古趣味の人という印象が強く植え付けられてしまった。

そのレコードは確かに何度も聞いたのだが、
彼の音楽は、私にとって、
それほど重要なものとならないまま、
おそらく30年以上の月日が流れている。

が、最近、グレゴリオ聖歌の聴き比べなどを通じて、
我々が求めるべき安息について考えると、
彼の存在が、再び、地平線のかなたから、
現れて来たような感じを受けている。

「文庫クセジュ」にある、
ヴァロワ著「グレゴリオ聖歌」を訳した水嶋良雄氏は、
その本のあとがきで、
「第二次世界大戦の傷痕が癒えようとしていた一九五八年に、
グレゴリオ聖歌の研究で留学した訳者にとって、
その頃のフランスはグレゴリオ聖歌研究の最盛期であった。」
と書いている。

高度成長で知られる1950年代から60年代とは、
そういう過去に目を向けた時代でもあったわけだ。

この著書のあとがきでは、さらに、
「戦後五年目の一九五〇年にローマで始まった
宗教音楽世界大会が、五七年にパリで開催されており、
その時に演奏されたデュリュフレのレクィエムが
グレゴリオ聖歌のパラフレーズとささやかれたほど、
グレゴリオ聖歌は人の心を奪っていたのである。」
と、当時のグレゴリオ聖歌研究ブームの一つの象徴として、
デュリュフレを引き合いに出している。

だとすれば、ロランス・ブレーが、
1954年に録音したクープランの宗教曲や、
あるいは、1959年にフィリップスが録音した、
グレゴリオ聖歌集(これはルクセンブルクのもの)も、
これまた、1947年に作曲された、
デュリュフレの「レクイエム」の延長線上の美学にある、
などと考えてしまっても許されるのではないか。

この「グレゴリオ聖歌」という本(白水社)によると、
1789年の大革命による修道会の必要性の議論が、
聖歌の復興のきっかけとなった、
というような事が書いてあったようで、
シューベルトの時代は、その復興が始まった頃、
と読むことが出来る。

1950年代に再度、復興の活動があって、
1990年代にEMIが出した
「グレゴリオ聖歌」(シロス修道院)が、
大ヒットするまで、40年かかっている。
シューベルトは、グレゴリオ聖歌復興運動は、
知っていただろうか。
あるいは、合唱隊の一員として、
普通にこれらに接していたのだろうか。

さて、一方で、デュリュフレ自身は、
おそらく、水嶋氏の解説にあるとおりの位置づけで、
かなり、このグレゴリオ聖歌復興運動に、
非常に多くを負っていると思われる。

彼が生まれた1902年前後に、
アカデミーが創設されたり、
典礼聖歌集が出版されたりしたことが、
先の本に書かれているからである。

代表作「レクイエム」に続き、
そのタイトルもそのものずばりの、
「グレゴリオ聖歌による4つのモテット」 作品10を、
1960年に作曲しているし、
ほとんど、同じような小規模のミサ曲、
「クム・ユビロ」作品11を1966年に書いている。

これらは、奇しくも、というか、
オルガンの名手であった作曲家であるから、
当然なのだろうが、管弦楽伴奏の他、
すべてオルガン伴奏のバージョンもあり、
先の、ブレーのテネブレや、
ベネディクト派修道院のグレゴリオ聖歌が、
これまた、すべてオルガン伴奏になっているのと合わせ、
妙に味わい深いものがある。

戦火に塗れた大規模なオルガンが、
再びその音色を響かせるということは、
おそらく祖国復興の象徴でもあったに相違ない。
これは勝手な推測にすぎないのだが、
そんな事まで考えてしまった次第である。

この一連の作曲は、デュリュフレと、
その夫人との関係を色濃く感じさせるもので、
レクイエム作曲の年に、彼らは出会い、
1953年に結婚して、
ミサ曲、「クム・ユビロ」は、夫人に捧げられている。

夫人はデュリュフレ同様、オルガニストであり、
私は、デュリュフレのCDを買ったつもりが、
奥さんの演奏だった、という事があったので、
この二人については、妙に印象に残っている。

この20歳くらい年少の女性は、
結婚時32歳だった計算になるが、
写真で見る限り、厳格なオルガン奏者、
という感じがして、
あまり親しみやすい感じの人には見えない。

1999年まで存命だったようだが、
おそらく、何となく内気そうなデュリュフレには、
こうした、しっかり者が必要だったのだろう。

さて、このミサ曲が収められたナクソスのCDは、
うまい具合にオルガン曲も併録されており、
この作曲家の宗教音楽作曲家である一面と、
オルガン奏者かつオルガン曲作曲家である一面を、
同時に楽しむことが出来る。

しかし、不思議な事に、ミサ曲は、オルガン伴奏版ではなく、
オリジナルのオーケストラ版で演奏されている。
が、結局は、この企画は成功したようで、
私は、かなりの満足度をもって、
これを聴くことが出来た。

また、オルガン曲の方も、1930年の
「前奏曲、アダージョと
『来たれ創り主なる聖霊』によるコラール変奏曲」作品4
というのが入っているが、
これまた、男声合唱が入った作品で、
グレゴリオ聖歌が入っている。
これは、ルイ・ヴィエルヌに捧げられている。

また。最後は、オルガンのための「組曲」作品5(1933)が
収められており、これは、何とポール・デュカスに捧げられている。

このCDの解説は、Alain Cochardという人が書いており、
要領よく、デュリュフレの事がまとめられている。

「1902年3月11日にルーヴィエールに生まれた
モーリス・デュリュフレの音楽教育は、ルーアンで始まった。
1912年から1918年は聖堂の聖歌隊を務め、
アレクサンドル・ギルマン(1837-1911)の弟子で、
大聖堂のオルガニストであったJules Haellingに
同時にピアノ、オルガン、音楽理論を学んだ。
先生の勧めで若い音楽家はその音楽教育の仕上げをしに
1919年にパリに出た。
そこで彼は最初、オルガンをシャルル・トゥルヌミールに学び、
聖クロティルデ教会でアシスタントを務め、
続いて、ルイ・ヴィエルネに学び、
二人の代表的なフランス・オルガン音楽の
代表的巨匠から多くを受け継いだ。」

ということで、デュリュフレの生涯は、
最初から順風満帆で、エリート中のエリートだったように見える。
そのせいか、その音楽も、何となく上品さが漂っている。

が、実は、シューベルトなども、
音楽教育としてはエリートのそれであって、
当代きっての名教師、サリエーリに、
無料の個人レッスンまで受けているのであるから、
このあたりまでは、100年の時を隔て、
パリとヴィーンの違いはあれど、
同様の経歴と言っても差しつかない。

ただし、デュリュフレはオルガン演奏家としての、
より現実路線を歩んだのに対し、
シューベルトは、友人たちがほめそやす、
よりリスクの高い作曲の道を選んだということであろうか。

「パリについて1年して、彼は音楽院に入り、
そこでウジューヌ・ジグーにオルガンを学び、
ジャン・ガロンに和声学の指導を受け、
対位法とフーガをGeoreges Caussadeに、
作曲をポール・デュカスに学んだ。
1921年にpremier accessitを、
22年には一等を取っていて、
オルガニストとしての卓越した能力を示した。
1929年に『オルガンの友』会のコンクールで、
モーリス・デュリュフレは、解釈と即興で受賞、
翌年には、同じコンクールで作品4で作曲賞を取っている。
その時から、彼は、
サンテティエンヌ=デュ=モン教会のオルガニストになり、
1953年からは、その地位を、
妻のマリー=マドレーネ・デュリュフレ=シュバリエと分担した。
1943年にはパリ音楽院の和声の教授を、
R.Pechから引き継ぎ、1969年まで、その地位にあった。
モーリス・デュリュフレは、オルガンの名手として、
急速に名声を高めたので、プーランクがオルガン協奏曲を書いた時、
彼に相談したのは偶然ではなく、
1939年にはSalle Gaveauで初演している。
彼の実力は広く国境を越えて知られ、
全欧、ソ連、北アメリカに繰り返し演奏旅行をした。
1964年にはアメリカで暖かく迎えられ、
アメリカには繰り返し訪れたが、
1975年の自動車事故で、そのキャリアは絶たれた。
1986年6月11日に亡くなった。」

この自動車事故で、妻も負傷したようだが、
彼の方は、もう70を過ぎた老人だったため、
「キャリアが絶たれた」というような印象はなく、
隠居の老人に起きた事故という感じがしなくもない。

よく言われる事だが、フランスの作曲家は、
教会や音楽院に務めるサラリーマンであることが多く、
クープランの人生とデュリュフレの人生も、
まるで250年の隔たりを感じさせない。
ひたすらオルガンを弾いて生活をして、
時々、作曲している印象である。

シューベルトなどは、作曲マシーンのようになって、
めちゃくちゃに自分の中からあふれ出るものを、
紙に書き写すのに必死だったのに、
彼らは長寿の中、悠然と、
数曲の名作を残せば良いと考えている。

「モーリス・デュリュフレは、その師である、
ポール・デュカスと作曲の面で比較される。
デュカスのように恐ろしく完璧主義で、
深い美学に裏付けられた、
少しの作品しか残していない。
レクイエム作品9と同様、
ミサ曲『クム・ユビロ』作品11は、
デュリュフレの宗教曲のもう一つの重要作である。
この素晴らしい音楽は、しかし、あまり知られていない。
そこにはいくつかの重要な特徴があり、特に独創的である。
バリトン独唱、バリトン合唱、
オーケストラとオルガン用のもので、
伴奏をオルガンだけにしたバージョンもある。
『レクイエム』や『4つのモテット』作品10同様、
デュリュフレのグレゴリオ聖歌への興味が、
このミサ曲にも表明されていて、
聖処女賛美の聖歌が元になっている。
音楽学者のNorbert Dufonrcqは、
作曲家の手法をうまく表現している。
『デュリュフレは、グレゴリオ聖歌のテキストを、
2つの方法で増幅している。
オーケストラは背景の旋法を豊かにするにとどめ、
バリトンの合唱に委ね、
オーケストラはプレインチャントを強調し、
聖歌の材料を声楽が展開する。
これらすべてが、旋法を雰囲気の中、
和声の語法を無比のものとして表現している。』」

まったく、「aptly discribed」ではないが、
恐らく、オーケストラの働きが、
グレゴリオ聖歌の特性を生かしつつ強調すべく、
洗練された手法を取っている、
と考えてみた。

「5つの楽章の簡潔さがこの作品のキーワードである。」
として各曲の解説が始まるが、
その前に、この意味不明の「Cum Jubilo」であるが、
「聖母マリアの祝日のミサ曲」だということである。

Track1.「キリエ」
いきなり、豊かな大海原にたゆたうような、
オーケストラの序奏からして、
魂が遊離してしまいそうに美しい。

ミシェル・ピクマルという指揮者が、
シテ島管弦楽団という楽団を振ったものだが、
期待を大きく上回る美しさである。

合唱はグレゴリオ聖歌そのままで、
オルガンやハープが、虹色の架け橋で、
聖歌の間を埋めて行くような感じ。

「キリエは、書法の簡潔さと、
メロディのしなやかさで始まる」。

Track2.「グローリア」
いきなり活発な音楽で、合唱も情熱的で、
デュリュフレらしからぬ羽目の外し方であるが、
激しいリズムを強調してからは静まり、
いつものしなやかさに戻る。

「グローリアは、デュリュフレらしからぬ情熱で輝かしく始まる」
と解説にあるが、私が、さっき書いた事と同じではないか。

「しかし、そこには静かな部分もあって、
バリトン独唱が、『主、ただ一人神の子』という部分である。」

最後も壮大に盛り上がるが、この5分の楽章が、
最も変化に富んでいて長い。

独唱のディデイエール・アンリも聴かせる。

Track3.「サンクトゥス」は、
神秘的に沈潜した音楽で、
オルガンの伴奏に導かれて、
合唱は、深い湖の中に沈み込むようである。

「サンクトゥスは、オスティナート・バスに乗って流れ、
最後の『高き所にホザンナ』のクライマックスを築く。」

Track4.「ベネディクトゥス」は、
非常に控えめな伴奏によるバリトン独唱曲。
間奏曲のように入る、
星のきらめきにも聞こえる澄んだオルガンが、
その天上的な世界に誘う。

Track5.「アニュス・デイ」。
これも、ちょろちょろと控えめなオルガンの序奏の後、
合唱は、夜の海のような静けさの中に浮遊しているようだ。

「ミサ曲は『アニュス・デイ』で終わるが、
デリケートな陰影が信頼と平和のムードを導く。」

祈りのようなオルガンの後奏も味わい深い。

次に、オルガン曲が2曲続くが、
もう合唱曲が終わったと思ったら、
大間違いであった。

オルガン演奏は、エーリク・ルブラン。
ネットで見ると、かっこいいお兄さんである。

Track6.
「1930年に完成された、
『プレリュード、アダージョとコラール変奏曲』作品4は、
すでに述べたように。
『オルガンの友』によって運営されたコンクールで、
第1席を取ったものである。
この大規模の三部の作品は、
組曲作品5を書いた頃の教師、
ルイ・ヴィエルネへの愛情のこもった感謝である。
『アレグロ・マ・ノン・トロッポ』2拍子
と書かれたレリュードは、
ピアニッシモで始まり、最初の3拍子の開始部分が、
全曲の性格を決めている。」

まことに不思議な音楽で、
とにかく良く聞こえない音楽で、
何やら駆け巡る動機やら、
コラール風の楽句などが、
ぼそぼそ言っては消えて行く。

「その楽章は、『ピウ・レント』と書かれた、
それぞれの音符が長いパッセージで終わる。」

Track7.アダージョ。
これまた、ぼそぼそ言っているだけの音楽で、
まるで、とりとめがない。
「短い『レント、クワジ・レチタティーボ』が、
3/4拍子『ドルチッシモ・エ・ソステヌート』と書かれた、
アダージョに導く。
この部分は、『アスプレッシーヴォ、コン・カロレ』とか、
『コン・モルト・エスプレッショーネ』とか、
指示が頻繁に変わる。」

途中、明るい日が差し込むような部分、
不協和音で何やら苦しむような部分など、
確かにアダージョと言いながら、
やたら雄弁である。

「この部分の最後の何小節かは、
最後の2小節の『ラレンタンド・モルト・リテヌート』
という指示の部分まで、
動きやダイナミクスが変化する。」

Track8.
「作品4の最初の楽章では、
『来れ創り主なる聖霊』の主題は、
一部しか現れないが、
コラール変奏曲がアダージョから続く。
グレゴリオ聖歌の主題は、4/4拍子の
『アンダンテ・レリジョーソ』で、
強烈に表明されるが、
4つの変奏曲の材料を用意する。」

これは、最初の1分くらいの
堂々たる導入部の事であろう。
このCDでは、何と、この後、
「来たれ創造主なる聖霊よ」の
グレゴリオ聖歌が、合唱によって歌われる。
(ミシェル・ピクマル・ヴォーカル・アンサンブル。)

その後、そのメロディがオルガンに受け継がれ、
下記のような解説にある、ぽこぽこ感のある、
宙に漂うような音楽となる。

「『ポコ・メノ・レント』と記された、
最初の変奏は、その三連音符で特徴づけられる。」

ここで、また、グレゴリオ聖歌が挿入される。
そして、次の変奏。
これまた、神秘的にぽわぽわしている。

「第2変装は、アレグレットの4/4拍子、
三連音符と8分音符が挟み込まれている。」

ここで、またまた、グレゴリオ聖歌挿入。
非常に澄んだ声で、オルガンの渋い響きとの対称が美しい。
次の変奏もまた、妙に充足感に満ちたもので、
あまり盛り上がらない音楽である。

「第3変奏は、アンダンテ・エスプレッシーヴォで、
五度のカノン。」

またまた、グレゴリオ聖歌。
最後の変奏になって、ようやく、音楽の増殖が始まる。
これまでは、聖歌の方を邪魔しないように、
雰囲気のみを補助して響いているような音楽だった。

「作品は、輝かしい第4変奏のトッカータが始まって終わる。
トリプル・フォルテとラルガメンテと記された、
最後の14小節のクライマックスへアレグロは続く。」

この変奏は、華麗なパッセージを含み、
複雑で、主題を聞き取るのは難解なので、
このCDのように、グレゴリオ聖歌を挟んで、
原点を補助してもらうのは、実に助かる。

なお、このグレゴリオ聖歌は、
前に取り上げた聖モーリス及び聖モール修道院
ベネディクト派修道士聖歌隊(フィリップス)
のCDの最後に入っていたものである。

最後に「組曲」作品5が収録されている。
「20世紀のもう一つの
フランス・オルガン音楽の偉大な一例として、
『組曲』作品5が1933年に完成され、
ポール・デュカスに捧げられた。
3楽章からなる作品で、レントと書かれた、
プレリュードで始まる。」

デュカスは、どんな反応をしたのか、
聴いてみたいものである。
デュカスの場合、批判精神にあふれた
すぐれた作曲家でもあったから、
献呈する方も、かなりの度胸が必要だっただろう。

Track9.プレリュード
序奏部は、何か苦しげな喘鳴のようなものがあるが、
1933年という戦争の前の足音を、
我々は、ここに聞き取るべきであろうか。

が、そこから、澄んだ主題が舞い降りてきて、
不安と緊張感が交錯する中、
かなり自信満々な歩みを進めるオルガン。
が、様々な光が投げかけられ、
それが渦巻いて、ぐるぐるするような感じから、
静けさに戻って行く。
それが、解決なのか宙ぶらりんなのか、
よく分からない所が、
妙に意味深なプレリュードである。
何だか、ショスタコーヴィチみたいに痛い。

「長い音符で始まるが、
16分音符や32分音符で動きを増して成長し、
最初の楽章は、拍子の記号が頻繁に変わる。」

Track10.
「6/8拍子のアレグロ・モデラートの
流れるようなシチリアーノが続く。」
と、解説はそっけないが、
これは、懐かしい感じの歌が回想されるもので、
後半には沈鬱と憧れが交錯するような中間部を挟んで、
美しい聞きごたえがある音楽である。
デュカスは喜んだに違いない。

Track11.
「最後のトッカータは、難易度が高く、
デュリュフレの演奏者としての力量を想起させる。
終楽章、8/12拍子のアレグロ・マ・ノントロッポは、
16分音符の動きを続けながら、輝かしい終結に至る。」

英雄的でもあり、断末魔の音楽とも見え、
極めてドラマティックな葛藤のある音楽で、
フランクのオルガン曲などを思い出す。

最後は、もうやけっぱちの連続みたいな絶叫があり、
凱歌なのか、悶絶なのか分からない。
音楽としては、無理やりの終結感はあるのだが。

混沌のようなものの中にある、
不思議な流動感に、原初的な力のようなものを感じたりもする。
これもまた、信仰の形なのだろうか。

得られた事:「デュリュフレは『レクイエム』で有名だが、ミサ曲『クム・ユビロ』では、さらなる境地を聴くことが出来る。」
「デュリュフレは、フランス大革命以来のグレゴリオ聖歌復興活動の到達点のような作曲家であった。」
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by franz310 | 2013-04-20 23:41 | 現・近代

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その374

b0083728_23205584.jpg個人的経験:
もう、復活祭も過ぎてしまい、
花もすっかり散ってしまったが、
低気圧の影響とかで、
まだ、3月並みの冷え込みである。
朝夕の冷え込みは
マフラーがほしいほどである。
そんな具合なので、
復活祭前の聖週間に歌われる、
テネブレの鑑賞をしていても、
別に許されるような気がする。


今日なども、夜になると、床が冷たくて、
足がどんどん冷えてくる感じである。
イースターの気分ではまったくない。

さて、ここのところ、
こうした冷たい空気に相応しい、
復活祭前の音楽として、
クープランの美しい
「ルソン・ド・テネブレ」
に耳を澄ませて来た。

日本の古楽唱法の期待の星、
新久美(指揮、大橋敏成)のものや、
クリスティが監修したものを聴いたが、
清潔に歌いきるか、
エレミアの嘆きの感情を込めるかで、
かなり曲のイメージも変わるものだと認識した。

これらは、20世紀末、
日本からの解釈提案に対し、
欧米の第一人者クリスティが、
返歌を返したような一対となっていて、
非常に興味深い比較が出来た。

今回聴くテネブレは、
それらより40年ほど前の、
古典的録音と言えるかもしれない。

前回聴いたクリスティ盤同様、
フランスの誇るエラート・レーベルのもの、
ローランス・ブーレイ指揮とあるが、
ロランス・ブレーと書く人もあるようだ。

ステレオ芸術別冊、
「クラシック廉価盤全カタログ’82」
にも、この演奏は取り上げられていて、
少なくとも、LP時代から、
この美しい音楽は、
日本で聴かれていた事がわかる。

しかし、
「曲も珍しく、聴く機会の少ないものだけに
ファンには喜ばれるであろう」
などと書かれている事からして、
つい、30年前までは、
知られざる名曲みたいな感じだったと、
考えても良いのかもしれない。

表紙には、二人の尼僧が向かい合っている、
奇妙な絵が採用されているが、
これは、よくCDの表紙には現れるもので、
海外では有名な作品のようである。

このCDでは、左の年配の尼僧の左横に、
年号「1662」とか、
「CATHARINA」とか、
何やら怪しげに書き込まれた
謎の文章の単語が何とか読み取れ、
これで検索すると、今回、ようやく、
絵の出典を突き止めることが出来た。

ルーヴル美術館にある、
バロック期フランスの画家、
フィリップ・ド・シャンパーニュ
(1602-1674)の、
『1662年の奉納画』というものだそうだ。

年配の婦人は、ポール・ロワイヤル修道院の、
カトリーヌ=アニェス・アルノー院長らしい。

ここで、右側の女性、
つまり、シャンパーニュの娘の病気が、
奇跡的に治ったということで、
この絵が描かれたのである。

正式名称は、
「女子修道院長アトリーヌ・アニュス・アルノーと
画家の娘の修道女カトリーヌ・ド・サント・スザンヌ」
というものだそうで、
確かに、娘の表情は穏やかであるが、うつろで、
足も硬直しているのか、台座の上に乗せられており、
病気の重さが、読み取れるようである。

クープランは、1668年の生まれであるから、
この1662年の奇跡の後に生まれている。

時代的には、すこしずれているが、
クープランのテネブレが歌われたような、
当時のフランスの修道院の雰囲気を示して、
貴重な作品なのであろう。

なお、このCDで指揮を受け持っている、
ブーレイ(ブレー)と言えば、
鍵盤楽器奏者として、
仏エラート・レーベルでよく見る名前であった。

一番、日本で売れたCDは、
エラートから出ていた、
「鍵盤楽器の歴史的名器」というレコードであろう。

上記雑誌別冊の解説にも、
「クープランの器楽作品の演奏、
研究にかけては世界的権威である
ブーレイが、楽譜のリアリゼーションをし、
指揮したもので、
この曲の模範的なものと言える」
と書かれている。

なお、ブーレイは1988年に、
この曲集を再録音しているようだが、
私は聞いたことがない。

この旧盤は、モノラル録音のようだが、
鑑賞に差し障るような事はなく、
1950年代という時代にも、
何やら今はなき魅力を感じるので、
私は、特に新盤を聴きたいとは思わない。

改めて検索すると、
このブーレイという人は1925年生まれ。
パリ音楽院で学んだ女性音楽学者で、
クラブサン奏者。
2007年に亡くなっているようだ。

これまで聞いたCDは、
すべて、オリジナル通り、
ソプラノによる歌唱であったが、
クリスティ盤の解説に、この曲は、
クープラン自身、どの音域で歌っても良い、
まえがきにと書いているとあった。

この古典的名盤においては、
何と、ジャニーヌ・コラールというアルトが
第1ルソンと、第2ルソンを歌っている。

二重唱の第3ルソンでは、
ナディーヌ・ソートゥローというソプラノが入る。
この二人の歌手が何者かはよく分からない。
クリスティ盤のダヌマンなどが、
ヴィヴラートで激しい感情の揺れを描いていたほどには、
声を震わせず、すっきりと歌っている。

さらに、大橋盤では、ポジティブ・オルガンと、
ガンバの伴奏だったのに対し、
クリスティ盤はチェンバロとガンバだったが、
ここでは、大オルガンが、
伴奏(ノエリー・ピエロン)を務めている。

このオルガン、あたかも盛期ロマン派、
サン=サーンスのオルガン交響曲のように、
時に華やかに、時に壮大に鳴り響き、
ものすごい迫力である。

第3テネブレに至っては、
ヴァーグナー並みの陶酔の二重唱として高まって行く。
それでなくても、この第3テネブレでは、
音域も異なる女声が濃密な対話を交わし、
かすかに、ヴァイオリンが、
オブリガードのように鳴り響いているようだ。

これは、まだ30歳を前にした、
ローランス・ブーレイが幻視の中で見た神秘体験を、
法悦の中で具現化した大フレスコ画、
と言っても良いかもしれない。

このように見て来ると、
この録音は、気鋭の女性音楽学者の、
若さのすべてをぶつけて世に問うた、
稀有な記録として、
聴くべきもののような気がしてきた。
妙に愛着が沸いて来るではないか。

解説は、村原京子という人が書いているが、
検索すると、鹿児島の方にある大学の教授で、
ヘンデルの研究家のようである。

これが、よく書かれていて、
小さい字でびっしり3ページ、
クープランの略歴(0.7ページ)から
この「3つのルソン・ド・テネブレ」の解説が、
約2ページ続き、
最後に付録として収録されている、
モテット2曲の解説がある。

日本盤なので、当然のことながら、
歌詞対訳も万全で、
聖書の詩句が分かりやすく書かれている。

このテネブレが、
ロンシャン尼僧院のために書かれたことは、
クリスティ盤にも書かれていたが、
このブーレイ盤の解説には、
「当時有名な歌手が引退してこの尼僧院に入ったために
オペラ座の常連達は尼僧院に押しかけた」
などと書かれているではないか。

という事で、前回、尼僧院風の表現なら新久美、
オペラ風の表現ならダヌマンがそれらしい、
などと考えたが、
これまた振りだしに戻って、
ややこしいことになってしまった。

オペラ歌手の入った修道院は、
はたして、オペラ風か、宗教音楽風か。
どちらであるべきなのだろうか。

この解説では、
「エレミアの哀歌を作曲する場合、
何らかの形でグレゴリオ聖歌を
土台にして作られるのが常套であったが、
クープランはグレゴリオ聖歌の旋律を
そのまま使っているわけではない」
としながら、
「骨組みとしてはそれらを想定しながら、
巧妙な装飾的パラフレーズ、
コロラトゥーラ装飾が加えられ、
それは筆舌に表し難い程の
苦痛の情に溢れている」と書いてあるから、
きっと、大げさな表現が正解なのだろう。

何と、
「これを聴いた当時の人々は、
ことごとく涙を流した」とも書かれているのである。

このような証言を実感するためには、
先に書いた第3テネブレのような、
ヴァーグナー的絶唱となってもおかしくはない。

この演奏をここで改めて聞き直してみよう。

Track1.
第1テネブレは、
まことに瞑想的に深々と響く、
大オルガンの響きが非常に印象的である。
演奏会場などが明記されていないのが残念である。

オルガンがまた、人の声のように、
独唱者以上に表情たっぷりに、
天上の歌、地上の嘆きを聴かせ、
さらに独唱者にぴったり寄り添う様は、
実に、この演奏の第1の聴きものと言えよう。

そういえば、このブーレイは、
「レクイエム」の作曲や、
オルガン演奏で有名な、
デュリュフレの弟子だとあった。

アルトが歌っているので、
ソプラノが歌っているより落ち着いた感じを受けていたが、
何となく、英雄的な表現とも思えて来た。
それをオルガンの響きが、
後光のように、あるいは、
エーテルのように包み込んでいる。

エルサレムの街の荒廃を歌い、
「汝、主に立ち戻れ」と歌いあげる、
預言者エレミアの肉声としては、
このような表現は大いにあり得るものである。

Track2.
第2テネブレもまた、
「エルサレムは罪に罪を重ね、
汚らわしいものとなった、
彼女を尊んだ者たちもみな、
その肌を見て卑しんだ」という、
糾弾調の歌詞を含むので、
この毅然とした歌いぶりには、
共感を感じたりする。

とりわけ美声というわけではないのだろうが、
芯のある、格調高い声は、
若いブーレイの理想主義的な側面を
伝えるものに聞こえる。

解説にあるような、
「威厳と瞑想が見事に調和した、
まさにフランス・バロック宗教音楽の完成を示す作品」
という表現は、この演奏をもって、
妙に納得させられるものであろう。

聴くものがことごとく涙を流したとすれば、
荒廃したエルサレムに対してではなく、
きっと、これから主の元に帰るであろう、
復活したエルサレムを期待して涙したのではないか、
などと考えたほどである。

「エルサレムよ、エルサレムよ、」と歌われる、
最後の部分では、
オルガンが小刻みなパッセージを散りばめ、
独唱も一緒になって高まって行く。

Track3.
第3テネブレこそ、この録音の随一の聴きもので、
二つの女声が、堂々たるオルガンと、
ヴァイオリンのオブリガードの中から、
唱和しながら現れるところからして、
この世のものとは思えない神秘性を発散している。

女声の合唱も、
いったい、どのような絡まり方をしているのか、
影になり表になり、不思議な色調を放ち続ける。

「その民はみな、食べ物を求めうめき」の部分では、
これまた、オルガンが、状況描写をおどろおどろしいまでに、
掻き立てて響きわたる。

これは、声楽に通奏低音を施した、

「アテンディテ」で始まる、
「主が激しい怒りの日に私を悩まし、
私にくだされた苦しみのような痛みが
他にあるだろうか」という部分の高まりは、
すでに書いた事だが、
オルガンともども、ものすごい迫力である。

これは、同じフランス音楽でも、
しゃれたドビュッシーや、
豪壮なリュリでもなく、
ショーソンの「愛と海の歌」のような、
ロマンティックな絶唱にも聞こえる。

そして、音楽は瞑想の谷間に落ちて行き、
「私はもう立ち上がれない」という
最後の詩句に行きつく。

そして、廃墟から立ち上がるかのように、
「エルサレムよ、エルサレムよ、
汝、主に立ち戻れ」という、
これまた、光輝あふれる終結部が誘われる。

第二次大戦からの復興の音楽にも聞こえて仕方がない。

Track4.
ここからは、モテット「聴け、すべてに耳を傾けよ」
が始まるが、これは、前の曲以上に、
華やかに、しかし、心優しく、
ヴァイオリンが寄り添って活躍する。

ソプラノ独唱曲であるが、
これまた、毅然とした音楽で、
「罪ある人が受けるべきことを主は忍び、
罪ある人が犯したものに主は耐えられた」という、
キリストへの感謝の歌である。

9分ほどの音楽で、
有名な「テネブレ」と並べて聴いても、
規模においても、内容においても、
何ら遜色のない音楽で、
様々な表情で音楽は変遷する。

ただ、テネブレでは、
ヘブライ語のアルファベット部がないので、
優美な装飾部を欠き、緊張を強いるので、
ちょっと堅苦しい感じはする。

Track5.
「勝ち誇れ、キリストは復活し」という、
復活祭用のモテット。

さすがに復活祭で、喜ばしげなデュエットで、
「アレルヤ」が何度も繰り返される、
7分程度の音楽。

資料によると、この曲は、
ブーレイの「ルソン」の、
ディジタルの再録音でも、
演奏され、併録されたようである。

歌手たちの節度と緊張感を持った表現も、
襟を正させるものがある。

ここでも、オルガンが過剰なまでに、
背景で、ゴージャスなタペストリーを織り上げ続けている。

オルガンのPierrontという人は、
ネット検索すると、大量に楽譜が出てくる。
その道では高名な人なのだろう。

なお、この文章を書き終わって、
発見した事を追記しておく。

このCDは、もう13年も前、
2000年に音楽の友社から出ていた、
ONTOMO MOOKの「クラシック名盤大全」、
「オペラ・声楽曲篇」で、
藤野竣介氏が取り上げていたのである。

「この半世紀近く前の名録音こそ、
おそらく、ことによったら日本に限らず世界中で、
作品の美しさを最も多くの人々に
伝えてきたのではないだろうか。」
とあり、
「古楽の分野での歴史的名盤」と断言されていた。

そうだったのか。

得られた事:「ローランス・ブーレイ(ブレー)のモノラル盤の『テネブレ』、廃墟から立ち上がる絶唱に感涙。29歳の新進女性学者の青春の結晶か。」
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by franz310 | 2013-04-13 23:21 | 古典

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その373

b0083728_13282683.jpg個人的経験:
クープランといえば、
フランス・バロックの華
と言いたくなるような
イメージの作曲家。
「葦」とか、
「恋の夜うぐいす」とか、
しゃれた題名の
クラブサンの小品で知られ、
ラヴェルなども、
オマージュの作品を書いた。


1668年生まれなので、
ヴィヴァルディより10歳年配、
バッハ、ヘンデルの一世代前で、
シャルパンティエより一世代若い位置づけである。

この人は、バッハ、ヘンデル、
ヴィヴァルディなどと違って、
声楽作品で有名ではなく、
チェンバロの作品や室内楽で有名で、
器楽の作曲家というイメージが強い。

しかし、経歴を見ると、
サン=ジェルヴェ教会や、
ヴェルサイユ宮殿礼拝堂のオルガニストとあって、
決して、そうした世俗的な感じでもない。

したがって、今回、新久美という人の歌で聴いた、
「ルソン・ド・テネブレ」という曲集は、
まったく、視野に入っていなかった。

だが、これは、そのまま通り過ぎるには、
美しすぎる曲集である。
第3集まであるのだが、
これはデュエットの作品なので、
新久美の盤では聴くことが出来なかった。
今回は、第1から第3まで録音した、
クリスティ指揮の盤(ERATO)を聴いてみたい。

1996年10月、パリでの録音で、
テネブレという聖週間の音楽ながら、
フランスの大家であろうとも、
別に時期にこだわりはないようだ。

歌手は二人必要だが、これはすごい。
写真を見ると、アンニュイな妙齢の美女たちで、
ソフィー・ダヌマンと、
現在、人気絶頂のパトリシア・プティボンである。

実は、この聖週間を無視した録音時期が、
この演奏のすべてを表しているような気もしなくもない。

表紙は、シンプルな尼僧の横顔で、
文字が書かれた方は黒くなっているが、
うっすらと、これまた尼僧のうつむき加減の顔が見える。
ただし、これは19世紀ドイツのもので、
「ベネディクト会の見習い尼僧」と題されている。

1714年に現れたこれらの名曲とは、
時代が1世紀単位でずれていて、
場所もかなりずれているが、
何となく、雰囲気はぴったりと合っている。

解説は、Orhan Memedという人が書いている。
この1966年生まれの音楽学者は、
プロデューサーでもあり、
ハープシコード奏者でもあるらしい。

だが、今回の録音は、
大御所のクリスティ自身がハープシコードを受け持っており、
プロデューサーは、Jean-Pierre Loisilという人である。

「序文:
2、3年前に、私は聖金曜日のためのテネブレ晩課を、
L修道院のために書き、
そこで歌われて好評であった。
そこで、ここ2、3か月、私は、
聖水曜日と聖木曜日のお務めのためのものも
書くことになった。
しかし、レント(四旬節)までの時間も取れず、
私は、とりあえず最初の日のものだけを作った。
それぞれの日の最初と2番目のお務めは、
独唱のものであり、3番目のお務めは二重唱用なので、
歌手が二人いれば演奏可能である。
高音域用に声楽パートは書かれているが、
最近では多くの人が移調して歌えるので、
他の音域でも歌うことはできる。
皆様がお望みなら、他の6曲も、
3曲ずつお届けしたい。
もし、オルガンまたはハープシコードに、
ヴィオールやヴァイオリン族の低音を加えられれば、
申し分ありません。」

ということで、3番目のお務め用は、デュエットなので、
新久美の独唱をクローズアップしたCDでは、
これを収めることが出来なかったようだ。

が、今回のCDは、最初のお務め用はダヌマン、
2番目のお務め用はプティボンが独唱を受け持ち、
3番目のものは二人勢揃いで歌うようになっている。

「1714年の『ルソン・ド・テネブレ』へのこの序文で、
クープランは、彼の声楽作品の作曲と演奏に関し、
短いながら、正確な情報を伝えている。
多くのオルガン曲、声楽曲をすでに出版していた、
Chapelle du Royのオルガニストは、
ロンシャン尼僧院のための
これらの自信を持った新作について述べる時、
控えめには書けなかった。
残りの6曲のテネブレは、
何年か後にもまだ、
クラブサンの組曲第2集と格闘しながらも、
彼には、書く気があったにも関わらず、
結局、印刷されることなかった
(さらには、残念ながら、自筆譜も見つかっていない)。」

ということで、この作品は、
爆発的に売れたわけではない、
と考えるべきなのだろうか。

それとも、それどころではない、
という事態に陥ったのだろうか。
解説を書いた人は、2、3年後にも、
クープランが気にしていた、
と書いているから、そこそこに、
この第1作は受け入れられたということであろう。

「これらの残された
3曲のルソン・ド・テネブレは、
ミシェル・ランベールや、
マルカントワーヌ・シャルパンティエといった、
先人同様、しばしば、
フランス・バロック期の
このジャンルの頂点とされる。
事実、聖木曜日から聖土曜日までの間に歌われる
『エレミアの哀歌』に曲をつける習慣は、
もっと古くからあった。
トレント公会議(1545-63)が、
その順番を決め、
旧約聖書から、どの詩句を歌うべきかを細かく規定し、
tonus lamentationumについても規定している。」

このtonus lamentationumとは何だろうか。
歌い方であろうか。

「最初のお務めは
『このように預言者エレミアの哀歌は始まる』
と歌いだされ、各お務めの最後は、
『エルサレムよ、エルサレムよ、
主のもとへ帰れ』と結ばれる。
オリジナルのヘブライ語では、
それぞれ5行からなる
各詩節の最初の単語の最初の文字は、
ヘブライ文字のアルファベットで書かれていた。
(第3章は各文字に3行が続く。)
これらのヘブライ文字は、
ヘブライ語のテキストが消失するにつれ、
取り残され、新しいラテン語テキストの、
詩節の最初を表す記号となった。
装飾された飾り文字のイメージは、
パレストリーナの時代以来、
高度に装飾されたパッセージで、
この文字を歌うようになった。」

ということで、音楽としてのテネブレの
楽章の最初には、
このヘブライのアルファベットの読み上げが、
精妙な序奏のように置かれる形となっている。

「最初の3つのテネブレのお務めのテキストは、
エルサレムの寺院破壊の直後の様子を生々しく描き、
『哀歌』の第1章の最初の14の詩節から採られた。
お務めは、枝付燭台の15本のろうそくが、
一本ずつ消され、特に暗いものである。
結果としての暗さ、闇は、非常に印象的なものだっただろう。
朝早く行われる朝課の不便さが、
この儀式が前日の午後に回された理由と考えられ、
木曜日のお務めは、この作品のタイトルに明らかだが、
水曜日に行われた。」

このように、暗闇を意味する「テネブレ」は、
だんだん暗くなっていく中で歌われた祈りなのである。

私は、このような曲種であれば、
春まだ早い時期、冷え切った修道院で、
簡素な衣服や食事をしていたであろう、
修道女たちが、寒さに震えながら、
簡素な聖務を行っていた情景が脳裏に浮かぶ。

したがって、天啓が下るような趣きの、
MISAWA盤の大橋敏成と今井奈緒子の序奏こそ、
その雰囲気にぴったりのような気がしている。

伴奏については、このMISAWAレーベルの
新久美の歌唱する盤では、
曲によってオルガンになったり、
ハープシコードになったりしていたが、
このクリスティ盤では、鍵盤楽器については、
ハープシコードに統一されている。

では、前回聴いたMISAWA盤と、このエラート盤、
伴奏の違いが楽しめるだけかと思ったら、
これは大間違いでなのである。

天空から舞い降りるような、
オルガンの音色が素敵なMISAWAの盤と違って、
チェンバロのきらめきと、
ガンバ(Anne-Marie Lasla)の深々とした呼吸の
対比の妙は別の感興を掻き立てる。

ガンバのLaslaは、
クリスティ率いるレザール・フロリサンの、
女性ヴィオール奏者である。
彼女のみならず、このCDには、
歌手の紹介なども一切ないのが残念だ。

ともあれ、CDをかけてすぐに入って来る、
ダヌマンのヴィヴラートをこまめにかけた
非常に装飾的な声を聴いて、
MISAWA盤になじんでいた私はのけぞった。

第一印象としては、けばけばしく、
同じ白い簡素な尼僧の服かもしれないが、
余計なフリルやレースの入った服で、
これは、きわめて強烈な自我の音楽だと思えた。

それに比べ、新久美の澄み切った声の調子は、
まさしく日本の豆腐とか、障子とかの、
シンプルな美学に基づくものであるような気がした。

そもそも、MISAWA盤は、1989年の録音。
解説には、音楽監修を行った大橋敏成に対し、
「近年はバロック時代の歌唱法に多大な関心をよせている。
・・・当時の発声法や歌い方を、
その頃の歌唱法の書物はもちろん、
絵に描かれた歌手の表情からも読み取ろうとする」
とあるから、単に、
日本的美学ではないのかもしれないが。

新久美との出会いによって、彼の研究は新段階となり、
「両者は上野学園大学の
古楽研究室を中心として
バロック時代の歌唱法、
特に装飾法の解読と演奏法について
歴史的事実をさぐる研究を進め」た、
ともある。(内野允子著)

それに続いて、新久美は、
このERATO盤で恐らく音楽監修をしている、
クリスティにも認められている、
と書かれているのが、極めて象徴的である。

新久美は、自分のCD(1989年録音)を、
果たして、クリスティに聴かせたのであろうか。
そして、このクリスティのCDは、
その返答のように、1992年の録音である。

どうせ出すのなら、と違う解釈をしたのか、
あるいは、極東の研究などは、
否定するつもりで録音したのだろうか。

もちろん、ヴィヴラートを聴かせた、
極彩色を感じさせるこのCDの歌唱だけで、
それが断定できるものではないが。

神に向かって、修道院の冷たい空気の中から、
ひとり無垢の声を聴かせる新久美に対し、
このクリスティ盤のダヌマンの歌唱は、
エレミアの嘆きそのままに、
ドラマティックなものなのかもしれない。

そんな事を考えながら聞くと、
最初の「エレミアの哀歌ここに始まる」
という部分だけでも、
ダヌマンの方が、哀れな感じがして、
神に助けを求めているような感じはする。

故郷の廃墟を前にした人は、
このような、震えるような声に、
ならざるを得ないかもしれない、
そんな事まで考えてしまった。
これは、極めてリアリスティックな解釈にも思える。

慟哭であり、怒りであり、
やるせなさであり、茫然自失であって、
聴いている方も、力瘤が入る
アジテート風とも言える。

が、聖なる場所、聖なる機会に、
ここまで、感情を露わにして良いのだろうか、
という疑問もあったりする。
難しいものである。

さて、クリスティ盤の解説に戻ろう。
「この高度に洗練され、
一見、強固な構成の中でありながら、
クープランは、この作品に、
個人的な声を織り込むことに成功した。
フランス様式とイタリア様式を統合する
クープランの努力は明らかで、
さまざまな面で、これらは、
彼の他の声楽曲とは異なる。」

この「他の声楽曲」というものが、
どのようなものか分からないが、
下記の文章から察するに、
もっとイタリア的なものだったのかもしれない。

あるいは、イタリア的をベルカント的、
オペラ的と言うのであれば、
ここに聞く、ダヌマンの歌唱法は、
そんなものかな、などとも思える。

「彼は独唱のための最初のテネブレを、
オープニングの『エレミアの哀歌ここに始まる』
を装飾された歌唱で開始する。
最初の文字『アレフ』と、その後のヘブライ文字は、
拡張されたメリスマで彩られ、
tonus lamentationumの歌唱を要約する。
自由にレチタティーボとアリオーソを使って
詩句は非常に柔軟に対処されている。
テキストに描かれた事実のドラマは、
非常に繊細に扱われている。
初期のクープランのモテットに見られた
イタリア風朗読法は、
これらの作品が想定した嘆きの場には
相応しくなかった。」

ということで、過度にイタリア的であってもいかん、
と、このエラートのCDにも書かれているではないか。

このエラート盤でうれしいのは、
各曲が細かくトラックで分類されている点で、
ちゃんと、ヘブライ文字のところで切られている。

「『夜もすがら泣き』の部分は、
ロンド形式を変形した珍しい例である。」
と解説にあるのは、

これは、第2節BETH(ベート)の部分であるから、
Track3を聴けば良い。
BETHの部分は、明るくなる感じであるが、
その後の主部では、ガンバが慟哭し、
本当に、涙が流れ続けるような表現。
もう、心の中が煮えたぎっている感じが出ていて、
新久美の取り澄ました感じではない。

「友は皆、彼女を欺きことごとく敵となった」
という恐ろしい歌詞の部分は、
感情表現はなく、報告で終わっていて、
ダヌマンの小刻みな表情推移も素晴らしい。

エレミアの嘆きの情念を抽出し、
それを素直にぶつけるような解釈は、
他の部分でも率直である。
ガンバなども、唸るように苦悩を伝える。

「真のラメント・スタイルによる
これらの作品を通じ、
表現力豊かなレチタティーボが、
ヘブライ文字の装飾で中断され、
小休止がしばしば現れるという特徴がある。
拡大された器楽の間奏曲は、
『プレリュード』とされ、
『Tendrement, et proprement』(優しく清らかに)
と指示され、2つの目的を持つ。
それは『哀歌』の終わりを示し、
結尾の『エルサレムよ』を導く。」

これは、Track6から7への移行部を聴けば良い。
非常に情けない感じの、
人の声とも見まがうような、
表情豊かなガンバの節回しが聴ける。

Track6では、ガンバの特徴的な音形が繰り返され、
敵がはびこる様子が象徴的である。

「第2のお務め(第2課)は、やはり独唱用で、
『Vav』という言葉をメリスマで始める。
ここでクープランは、最初で唯一の例であるが、
ヴィオラ・ダ・ガンバのための独立したパートを書き、
デュエットのための第3のお務め(第3課)の
デリケートなメロディの交錯を予告する。」
第2課は、プティボンが歌っており、
先の部分はTrack8で聴くことが出来る。
ガンバと声の寄り添う様子は、
繊細で、優美である。

プティボンは、ダヌマンほどヴィヴラートをかけず、
比較的ストレートな声を出していて透明感がある。

Track9の部分は、解説にはこうある。
「『エルサレムは覚えているか』の詩句は、
8小節の通奏低音に支えられ、これは6回現れる。
この厳格な和声進行の中に、
クープランはテキストと、
メロディのフレージングを自由に入れ込み、
グランド・バスの2回の宣言に跨る
『助ける者』のパッセージを豊かに装飾する。」

荘重なシャコンヌみたいな感じ。
「ZEIN」の部分は、この重さに先立って、
箸休めみたいな明るさがある。

突き抜けて行く声が、
聴くものをはるかな昔の回想に誘う感じが、
新久美の表現に似ているが、
水墨画と油絵の違いがある。

色彩に陰影が細かくつけられており、
聴きようによっては、
ものすごく、演劇的な歌である。

Track11で、
エルサレムを落ちぶれた女性になぞらえる部分など、
いかにも、ああ、なんて事、といった、
情景描写がなまなましい。

以下、ダヌマンとプティボンによる二重唱である。
クープランのテネブレ、第3課。
ヴィヴラートの強いダヌマンと、
ストレートなプティボンであるから、
聞き分けやすくできているのだろう。

Track13.
「哀歌の第10節で、伴奏を伴う
メリスマのパッセージ『Yod』と共に、
デュエットのために書かれた
第3の、そして最後のお務めが始まる。」

この段階から、女声の絡まりが、
音色と音量に豊かさを倍加させ、急に華やかになる。

解説にはこのようにある。
「実際、この最後のお務めで、
クープランは、第2、第3、第4の、
すべてのヘブライ文字を、
2つの声のユニゾンではなく、
カノンで提示している。
一般に、この方法は4小節以上に及ぶことはなく、
この後、何らかの模倣は残しつつ、
カノンの模倣は放棄される。」

Track14の「CAPH」でも、
ものすごい華やぎで、
その後、
「パンを求めて呻く」などと、
悲惨さを歌い嘆くのが嘘のようである。

このヘブライの頭文字は、
文字通り飾り文字で、
クープランはここぞと、
女声ならではの香気を解放して、
あたかも、額縁のように、
あるいは、「展覧会の絵」のプロムナードのような、
印象的な効果を上げている。
Track15.
「『目をとどめ、よく見よ』の節では、
詩句の悲しみの深さを表す、
特別な呼びかけの強調がある。」

ラメッドと飾り文字があるが、
ここでの木霊効果みたいなのも面白い。
その後に、上述の部分があるが、
戦禍にあって、残された女たちが、
切迫感を持って物乞いするような劇的表現である。

Track16.
「主はわたしを引き倒し」の部分であるが、
華やかなので悲惨さを感じない。

Track17.
ついに、「わたし」も、
敵に引き立てられていくのだが、
女声が掛け合いをするので、
心浮き立って、喜んで、
連れていかれるような感じになっている。

Track18.
「そして、結尾の
『エルサレムよ、神の元に帰れ』
で、感動的な深さで、この曲集とお勤めを終えている。」

このように解説にはあるが、
個性的な女声の饗宴となっていて、
ただただ美しい歌という感じが強い。
「立ち帰れ、神のもとへ」というのが、
信仰が、決然とした意志となって、
希望を持って歌われているかのようだ。

この「テネブレ」の後に、
「王の命令により作曲されたモテットの4つの詩句」
という曲が収められている。
教条主義的な小品を集めた小唄の組曲風。
というか、モテットから気の利いたところを、
寄せ集めした感じだろうか。

「クープランは、『ルソン』に先立ち、
どんな声でも歌えます、
と、商業的なプレッシャーに屈したが、
1703年に出版したモテットでは、
特に二人の女声歌手の名前が名指しされている。
Ballardによって、
『王を讃えて』出版された、
『四つの詩句』は、
1705年まで毎年出された、
三つの曲集の第一作である。」
と解説にあるから、
最初から、このような、
寄せ集め感のある曲集だったのであろう。

「作曲家の姪である
マルガリート・ルイーズと、
王室音楽家のマリー・カペが、
1703年3月にヴェルサイユにて、
最初の曲集を披露した。」

このように、王室ゆかりの作品ではあるが、
かなり広く親しまれ、
作曲家の死の5年前の1728年にも
コンセール・スピリチュアルで、
演奏された記録があるという。

Track19.二重唱で、伴奏はない。
うらぶれた感じで、女性たちは、
神の言葉を忘れてしまい、へとへとになっている。

Track20.ヴァイオリン二挺が掛け合い、
さすがクープランといった趣きの、
繊細で憂愁の情感を漲らせる。

ダヌマンが切迫感をもって、
その中に入って行く。
あなたのお言葉は最高のもので、
僕は、それを愛します、というもの。

Track21.フルートの合奏は田園的で、
澄んだプティボンの声が入って行って、
極楽楽土のような色彩に満ちている。
「私は小さくて何の名声もないけれど、
あなたの戒めは忘れたことなどないわ」
という感じだろうか。

Track22.再び二重唱。
ここでは、簡単な伴奏がつく。
あなたの光は永遠で、あなたの法は真実です。
ちょっと熱狂的な弾むような楽しい曲。

全曲で、8分ばかりの小品集であるが、
非常に粋で、フランス音楽のエッセンス、
という感じがしなくもない。

得られた事:「クープランの『テネブレ』では、各節冒頭のヘブライ文字アルファベットが、各楽章を飾る明るいプレリュードとなって、深刻な内容に浮遊感を与えている。」
「修道院で独白するように祈るか、ヘブライの民が慟哭するように祈るかで、ヴィヴラートの有り無しは好悪が分かれる。」
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by franz310 | 2013-04-07 13:29 | 古典