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クラシック音楽への愛と悲しみの日々
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その372

b0083728_211831.jpg個人的経験:
2013年の聖週間である。
前回は、「枝の主日」のミサなる
グレゴリオ聖歌集を聴いた。
今回は、「過越の三日間」に
突入していることから、
かなり途方に暮れている。
最後の晩餐の聖木曜日、
イエスが十字架にかけられるのは、
翌日の聖金曜日、
そして墓の中での聖土曜日が続く。


とにかく、復活祭前に慌ただしく受難が起こるのである。
復活するためには、死ななければならぬ、
という、当然でありながら、恐るべきパラドックスが、
凝縮された一週間になっている。

金澤正剛著の「キリスト教と音楽」
(音楽之友社)にも、
「この三日間はキリスト教にとって
もっとも重要な行事が続く期間で、
音楽においてもさまざまな名曲が生みだされています」
とあるように、
まじめに、この時期にのみ、
この時期用の音楽を聴いていたら、
身が持たなくなってしまう。

キリストが受難した時なので、
受難曲が演奏されるのをはじめ、
シュッツやハイドンなどが書いた、
「十字架上の七つの言葉」などがある。
「聖週間のレスポンソリウム」などもある。

さらには、なぜ、それが関係するのか、
門外漢には、ちんぷんかんぷんとなる、
「エレミアの哀歌」なども、
この時期用の作品だということである。

前に紹介したルーラント指揮の
「グレゴリオ聖歌」でも、
この哀歌は、聖週間のための音楽に分類されていたから、
(ルーラントが勝手に分類しただけであろうか)
エレミアの哀歌が重要な礼拝用の作品であった事は、
事実のようである。

それにしても、
旧約聖書に分類される
この「エレミアの哀歌」が、
何故、新約聖書の主人公たる
イエスの受難と関係するのだろう。

旧約聖書を信じつつ、
イエスをキリストと認めない
たとえば、ユダヤ教のような宗教の方々は、
いったい、この一方的な侵害を、
どう受け止めるのか、
心配になったりするほどである。

「エレミアの哀歌」といえば、
イギリスのタリスが作曲したものを、
録音したCDが話題になった事もあったから、
多くの音楽愛好家が知っている名前であるが、
まさか、このイースターに先立つ、
聖週間に聴かれるべき音楽だなどと、
ちゃんと認識した人は、
日本では一握りの人だったのではないか。

たとえば、1992年に音楽之友社から出た、
皆川達夫著「ルネサンス・バロック名曲名盤100」には、
ヒリヤード・アンサンブルのこの名CDが取り上げられ、
「磨き抜かれたアンサンブル」と書かれているが、
「旧約聖書にしるされた予言者エレミアのい言葉によって
イェルサレムの荒廃を嘆き、
神を信じる人々が正しい信仰に
たち戻るようにすすめる作品です」と書かれているのみ。

もちろん、英国国教会では、
聖週間にこれを歌う風習はなかったという説や、
反対に、劣勢になった少数のカトリックの人たちが、
これを歌ったのではないか、という説もあるようなので、
ややこしいキリスト教教会歴の話は、
あえて書かなかったのかもしれない。

あと、ややこしいのが、
フランスで大発展することになる、
「テネブレ」という、
完全に「聖週間」用の音楽が、
これまた、内容が「エレミアの哀歌」であることだ。

「テネブレ」とは、暗闇の事で、
聖書朗読を意味する「ルソン」と組み合わせた、
「ルソン・ド・テネブレ(暗闇の中の聖書朗読)」
の略語である。

キリストの受難が、
だんだん暗くなる儀式となり、
暗闇の朗読となった模様。

ここで朗読されるものが、
聖書の中から、特に、「嘆き」に満ちた、
「エレミアの哀歌」であったということである。

日本聖書協会の「聖書」をひもとくと、
「エレミア書」に続いて、
「哀歌」全5章が収められている。

聖書という大著の中で、この部分は、
それほど長くなく、全5章。
第1章は22節(2.5ページ)
第2章は22節(2.0ページ)
第3章は66節(2.5ページ)
第4章は22節(1.5ページ)
第5章は22節(1.0ページ)
と、かなり長さが不均一である。

これを「過越の3日間」で歌うので、
かなり難しい配分だと思っていたが、
そのあたりは現実的な解決で対策されていた。

1日目は、第1章第1節から第14節、
(したがって、第1章第15節以下は省略)。

2日目は、第2章第8節から第15節と、
(したがって、第2章も第16節以下は省略)
第3章第1節から第9節で途中まで。

3日目は、第3章第22節から第30節と、
(第3章も第10節から21節、30節以降省略)
第4章第1節から第6節と、
(第4章は第7節から第22節なし)
第5章第1節から第11節が歌われる。
(したがって、第5章は後半ばっさりなし)。

1日目、2日目、と書いたのは、
事情が込み入るからで、
本来は「過越の3日」に相当するのだが、
朝早すぎるお祈りが、
前の日にまでさかのぼり、
1日繰り上がって、
水曜日から始まるようになっている。

よって、本来は木、金、土のためのものが、
水、木、金曜のためになっている。

この歌詞に対して、大量のフランスの作曲家が、
独唱による「ルソン・ド・テネブレ」を書いた。
それを利用して、日本の演奏家たちが、
1990年代に美しい3枚のCDを残している。

第1日(聖水曜日)用:
グレゴリオ聖歌(CD第1集)
クープランの第1(CD第1集)
グフェの第1(CD第2集)
ランベールの第2(CD第1集)
クープランの第2(CD第1集)
フィオッコの第2(CD第3集)
ドラランドの第3(CD第1集)
フィオッコの第3(CD第3集)

第2日(聖木曜日)用:
グフェの第1(CD第3集)
ローゼンミュラーの第2(CD第3集)
フィオッコの第3(CD第3集)

第3日(聖金曜日)用:
ニヴェールの第1(CD第2集)
グフェの第1(CD第2集)
ランベールの第2(CD第2集)
グフェの第2(CD第2集)
ニヴェールの第3(CD第2集)

ということで、朗読されるべき、
9つの「ルソン・ド・テネブレ」は、
すべてそろっているということだ。

第2集(1992年秋川キララホール録音)の方が、
先に、3日目を押さえているのは、
何だか変な感じもするが。
(第3集は、1993年松本ハーモニーホール。)

たとえば、クープランなどは、
第1日の第3テネブレも書いているが、
それは2重唱用なので、ここでは取り上げられていない。

何故、かくも美しい、すぐれた録音が、
この、日本で生まれていたのだろうか。
そんな事を考えてしまう力作ぞろいである。

悪い言い方をすれば、
バブル期の申し子のようなもの、
かもしれぬ。

そもそも、「ミサワホーム総合研究所」が、
何故、CDを出すの?
「MISAWA Classics」って何?
という感じだが、経済に余裕があれば、
こうした文化貢献も出来たのだろう。

そもそも、表紙からして二枚重ねで、
一枚目の絵画の上に半透明の紙が敷かれ、
そこに演奏者名やタイトルが印刷されている。

日本の古楽界の草分けともされる、
故大橋敏成氏が監修し、ヴィオラ・ダ・ガンバを担当。
どの選曲も「解説」も、最高級のこだわりを感じる。

1枚目のもの(1989年石橋メモリアルホール)
を取り上げると、
今井奈緒子のポジティブ・オルガン、
芝崎久美子のハープシコードを背景に、
新久美という人がソプラノを担当。

空間を生かした素晴らしい録音で、
「Stereo」誌付録の
「コンパクト・ディスク・カタログ ’91」
では、「新久美のデビュー盤」とあり、
CD録音評9.0点で「BR」マークがついている。

寸評は、「わが国におけるバロック歌唱法の
第一人者として活躍が期待されている
新久美の美しい歌唱を収めた一枚。
その透明でまっすぐにのびる歌声は、
官能的な香気を放つ音色の魅力をそなえて、
聴くものを魅了する」と書かれて、
推薦盤となっている。

「レコード芸術」でも準特選盤の栄誉を得ている。
私も、実は、このCDを聴いて、
この「ルソン・ド・テネブレ」に陶酔した一人である。

が、先の寸評の最後にある、
「『エレミア哀歌』集という
プログラム選定も成功している。」
という一言に関しては、
少し、悩ましい事を感じている。

先ほどから書いているように、
この「エレミアの哀歌」は、
栄光の都、エルサレム陥落の後、
そこに広がる光景を嘆くものなのだ。

様々な作曲家が書いた、
「テネブレ」のアンソロジーとしての
「選曲」は素晴らしいが、
何と、美しすぎる歌唱であろう。

この「エレミアの哀歌」、手を変え、品を変え、
かつては栄えた都を嘆くばかりなので、
どこを取っても同じような感情の歌となる。

したがって、これらの作品からは、
痛切な悔恨とか痛みとか、
もっと言えば慟哭とか悲哀を
聞き取りたいような気もするが、
この演奏は超俗的で、それを突き抜けたところにある。

では、内容を見て行こう。

Track1.グレゴリオ聖歌より第1ルソン。
これは、ルーラントのCDでも男声合唱で歌われていたが、
ここでは、ソプラノの一本の声だけで歌い継がれる。
まったく異なる清澄な音楽である。

「やもめになってしまったのか
多くの民の女王であったこの都が」
とか、
「夜もすがら泣き、頬に涙が流れる」
とか、
「友は皆、彼女を欺き、ことごとく敵となった」
などなど、気が滅入る内容。

このような内容が、このような声で歌われると、
天上からの啓示のような効果となる。

後半には、こうした惨状も、
自分たちの行いのせいだと歌われる。

「主は懲らしめようと、
敵がはびこることを許し、
苦しめるものらを頭とされた。」

Track2.
クープランの作品で、先の聖歌と同じ歌詞。
「神秘的な啓示」とは、まさしく、
こんな助奏を差して言うべきであろう。
オルガンとガンバが、舞い降りる天使の光となる。

「エレミアの哀歌ここに始まる」という、
新久美の声も同様に天上の使者である。

「人に溢れていたこの都が」の、
エルサレム荒廃の部分も、
清澄な天使の声で解説される。

伴奏の超俗的な雰囲気がまた、
天上からの鳥瞰図のようなイメージを与える。

この「エレミアの哀歌」には、
その1、その2みたいな、
「アレフ」、「ベート」という部分も歌われるのだが、
ここには装飾が施されていて、
これがまた、天上的で、
この部分が来るごとに天使は旋回し、
その住処にいったん戻る感じである。

「夜もすがら泣き、頬に涙が流れる」
という所では、さすがに悲痛な響きを聴かせ、
「友は皆、彼女を欺き、ことごとく敵となった」
では、さらっと説明している感じ。

「捕囚となって異国の民の中に座る」という部分も、
むかし、むかし、こんな事があったようです、
と報告されているだけに聞こえ、
まったく、慟哭の音楽ではない。

「シオンの城門は荒廃し、乙女らは嘆く」
の部分は、切迫感を増し、
喘ぐような気配を見せるが、
踏みとどまって、地上の少し上を旋回して上って行く。

「主は懲らしめようと、
敵がはびこることを許し」の部分は、
いくぶん、厳粛に受け止める感じ。
「彼女らの子はとりことなり
苦しめる者らの前を、
引かれていった」の部分は、
さすがに胸を打つ。

最後は、「エルサレムよ、立ち帰れ、
あなたの神、主のもとへ」の歌詞で結ばれる。
この部分は、長く長く引き伸ばされ、
神妙かつ、教訓的なものが、
ある種の無常感と共に胸に浸透してくる。

Track3.
ランベールの作品で、第2ルソン。

ランベールは、クープランより、2世代ほど前の人。
「宮廷歌謡作曲家」だと書かれている。
ルイ14世の楽長だという。
グレゴリオ聖歌を装飾した作風だという。

ここから2曲は、オルガンに代わって、
チェンバロが入って、少し、人間的になるが、
やはり、この世ならぬ世界に導きいれられる。

「栄光はことごとく
おとめシオン(エルサレムの歴史的地名)を去り」
とあるように、
エルサレムが寂れてしまった事を歌う。

「苦しめる者らの手に落ちた彼女の民を
助ける者はない。」
と、かつての住民の苦難を歌うが、
「絶えゆくさまを見て、彼らは笑っている」と、
怒りをぶちまけたくなるような内容ながら、
さわやかに説明されている。

ランベールも、クープラン同様、
あくまで、上品な説明である。

「エルサレムは罪に罪を重ね、
笑いものになった」とか、
「重んじてくれた者にも軽んじられる」とか、
自虐的この上ない。
人間不信になりそうな内容ながら、
それを表に出すことはない。

最後は、やはり、反省の言葉が続く。
「彼女は行く末を心に留めなかったのだ」
とか、
「ご覧ください、主よ、
わたしの惨めさを、敵の驕りを」
と、自ら歌いあげて、
深く内省を促している。

最後の「エルサレムよ」は、
つわものどもは夢のあと、
みたいな虚脱感で終わる。

Track4.
クープランの「第2ルソン」。
「その6」を表す「Vau(ヴァブ)」が歌われるが、
これまた、長く引き伸ばされて装飾され、
恐ろしい美しさである。

「栄光はことごとく去り」という言葉を導き、
はるか、昔を思い起こすような天空を滑るような
無重力感で、我々を、遠くに連れ去ってしまう。

「疲れ果てても追い立てられる」の部分は、
その流れで、昔の話の説明調。

「彼女の民を助ける者はない。」
の部分は、助けの手を差し延ばすような、
同情の念や悲痛さをにじませ、泣ける。

「絶えゆくさまを見て、彼らは笑っている」
のレチタティーボは、感情移入はない。

「罪に罪を重ね、笑いものになった」
は、レチタティーボで、反省を強いるような、
厳しめの声が聴ける。

「彼女は行く末を心に留めなかったのだ」
の部分は、なんて事をしてしまったのでしょう、
といった、痛恨の情をにじませており、
「ご覧ください、主よ、
わたしの惨めさを、敵の驕りを」
の部分は、独白調となっている。

エンディングの「エルサレムよ」には、
神に対する懇願のような切実さがある。
クープランであるが、第1ルソンと異なり、
チェンバロが入っている。

Track5.
ドラランドの第3ルソン。
ここでは、オルガンとガンバになる。
ドラランドは、ルイ14世治世後半の最大の
王室音楽家だという。

わたしは、この人の音楽は、
この太陽王の時代を反映して、
じゃんじゃか風だと思っていたが、
娘のためのこの作品は、
インティメートな雰囲気が強い。

「宝物すべてに敵は手を伸ばした。」
「異国の民が聖所を侵すのを見た。」
といった内容。

ふと、イエスがエルサレムの神殿で、
怒り狂ったシーンを思い出した。
彼の怒りは、こうした過去を知る男の、
相も変らぬ人々に対する怒りであったかもしれぬ。

されるがままの無力さが、
このふわふわした伴奏にも感じられる。

ソプラノも、力なく、漂うばかりで、
なすすべがない感じが良く出ている。
さすが、第一人者で、きめ細かい配慮がなされている。

「民はパンを求めて呻く」という、
惨めさが出た音楽で、
「主がついに怒って私を懲らしめる痛みを見よ」
と、またまた自虐的な言葉が後半に出る。

「エレミアの哀歌」は、前半は苦々しい現実描写、
後半は、「ああ、これも自分たちのせいだ」という自虐、
というパターンが繰り返されている。

次に、序奏があって、神秘的な啓示が来る。
「わたしを引き倒し、病み衰えさせる」と歌われるが、
比較的わかりやすい民謡のようなメロディで描かれる。

最後の節(その14、Nun(ヌン))も、
「わたしの罪は御手に束ねられ、くびきとされる」
と、
ぼこぼこにばかりされる様が、
さらに増していくが、
同情の影を滲ませつつも、
比較的、淡々と歌われている。
「刃向うこともできない敵の手に引き渡された」
という部分など、完全におとぎ話風で、他人事になっている。

解説によると、前半はガヴォット、
後半はメヌエットとある。なるほど。

最後の「エルサレムよ、立ち帰れ」の部分では、
オルガンの浮遊感の中に、
内省的な声楽が戻って来る。
この部分は、まことに神妙な音楽となる。
半音階のシャコンヌだという。

ということで、このCDは、
第1印象のように、蒸留水的なものではなく、
歌詞を聴きながら、耳を澄ませると、
曲や歌詞ごとに、細かい配慮がなされた、
すぐれた模範を聞き取ることが出来る。

それが教科書的にならず、
天上の憧れに昇華されている点が、
稀有のものを感じる。

さらに、この「エレミアの哀歌」の、
「彼女」という主人公は、
エルサレムそのものなのであった。

つまり、枝の主日を境に、
この町に踏み込んだイエスは、
彼女を救出する使命を帯びていたとも言える。

繰り返し歌詞に見られたように、
一度は蹂躙されつくした、
エルサレムの街に、
イエスは踏み込んで行ったのだが、
もちろん、時代的には隔たりがある。

エレミアが嘆いたのは、紀元前598年の、
第一回バビロニア捕囚のあたりであろうから、
ローマに支配されたイエスの時代とは、
600年の隔たりがある。

21世紀の日本人が戦国時代を回顧し、
かつての名城に思いを馳せるようなものである。

このエレミアの時代、
隣国の大国であった、
バビロニアのネブカドネザル王は、
エジプトを破った余勢を駆って、
ユダ国に攻め入り、
神殿や宮殿の財宝すべてを奪い去り、
王族、貴族、すぐれた労働者を、
バビロニアに連れ去ったので、
貧しいものだけが残されたという。

エレミアの「哀歌」のうらぶれた情景は、
このような背景を想定すればよいのだろう。

また、このような大国に挟まれた、
狭い国土の栄枯盛衰は、
現代の我々にも何らかの感慨を与えずにはおかない。

中公新書の「聖書」(赤司道雄著)に、
エレミアのような預言者の活動を、
こう総括された一文がある。

「預言者の思想の第一の基本的特色は、
この選民信仰にたいする
アンティ・テーゼということである。
選ばれた民の信仰は、
神ヤハウェよりの助けをつねに期待する。
これにたいして預言者は、
イスラエルの滅亡を説いている。」

旧約聖書の全編を覆う選民思想は、
最後に並べられた預言者の言葉で覆される形である。
おそらく、これらの預言者の章がなければ、
聖書は、我々とは無関係の
民族史になっていたかもしれない。
あるいは、イエスも登場しなかったかもしれない。
少なくとも、世界宗教にはならなかったであろう。

先の「聖書」には、こうある。

「アモス以降、ホセア、イザヤ、
ミカ、エレミア、エゼキエルなどによって、
預言者のイスラエル、ユダへの批判は
受け継がれていくが、
当然預言者の苦言は、
施政者および一般の民衆の反発を買う。」

施政者のみならず、民衆まで怒るのは、
一般民衆の腐敗した、
神に背く生活をも批判したからである。

この後、エレミアの悲痛な言葉として、
下記の部分(エレミア書)が引用されている。

「主よ、汝が私を欺かれたので、
私はその欺きに従いました。
・・・私は一日中もの笑いとなり、
人は皆私をあざけります。
それは、私が語り呼ばわるごとに
『暴虐、滅亡』と叫ぶからです。
主の言葉が一日中わが身のはずかしめと
あざけりになるのです。」

神に対して恨み言の言葉を連ね、
「滅亡」を語るエレミアの言葉を、
キリスト受難の前後に読みふけるというのは、
「復活祭」のためのジャンピング・ボードなのだろうか。


また、「奴隷となってしまった」、
エルサレムを救おうとし、
再び、受難に遭遇したイエスを、
こうした歌で「過越の3日」に偲ぶのは、
確かに意味のあることにも思えて来た。

20年前に素晴らしいCDを残し、
大橋敏成氏は、10年ほど前に亡くなったとあるが、
ハープシコードの芝崎久美子という人も、
わたしと同世代だったようだが、
今年のはじめに亡くなっていた。
新久美という歌手は、いったいどうなったのだろう。

得られた事:「エレミアの哀歌は、エルサレムの街を擬人化し、主人公とした物語となっており、エルサレムに入城後に受難するイエスを偲ぶのにふさわしい。」
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by franz310 | 2013-03-30 21:02 | 古典

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その371

b0083728_102111.jpg個人的経験:
いつもより早い、
桜の開花宣言があって、
鳥の鳴き声も楽しげな、
暖かい気候が続いている。
今年は、まだ四月まで、
一週間もあるというのに、
関東ではあちこちで
花見が始まっている。
ひのきの花粉も始まる
というから微妙な季節。


やはり早い春というのは感慨が薄いのか、
どうも、待ちわびた感がなく、
あるいは心の準備が出来ていない感じ。
桜の花が雲のようになっているのを見ても、
今年は、例年ほど、
感慨が沸かないのはいかなることだろう。

とはいえ、春分は過ぎている。
キリスト教の教会歴では、
ややこしいことに、ここに月の要素が入って来て、
満月を越えれば、イースターとなる。

今年は次の満月が、3月27日の水曜日であるから、
その次の日曜日、3月末日が復活祭(イースター)である。

その一週間前に、イエスは、エルサレムの街に入り、
様々な強引な行為や説教を行って、
十字架にかけられる。
このエルサレム入城の日が「枝の主日」である。

今回、聴きたいのは、
プロポーショナル・リズムを主張する、
スコラ・アンティクァの、
「枝の主日のためのグレゴリオ聖歌」
というCDである。
オワゾリールのレーベルが付いているが、
96年に英デッカが出した再発盤である。
何故かドイツ製。

このCDは、彼らの「聖週間の音楽」に、
続けて出されたものであるが、
キリスト教会歴では、順番が逆で、
枝の主日に続くのが聖週間である。

この録音、我が国の音楽史研究で、
指導的な役割を果たした、
皆川達夫氏に、実は、
「まったくのイカサマ」と一蹴されたものなので、
歴史的信憑性を考えながら聴かなければならない。

「枝の主日」にフォーカスしたCDとして、
珍しいので取り上げる。

さて、イエスの最後になだれ込む聖週間であるが、
八木谷涼子著「キリスト教歳時記」には、
「聖週間は、十字架に磔にされた
イエス・キリストの受難と死を悼み、
その喪に服し、悔恨するための一週間である。」
と書かれている。

「西方教会では、イースターの七日前に当たる
枝の主日から始まる。」とある。

さて、そうした信者の行動とは別に、
イエスが迎えたこの日は、
こんな感じであった。

山室静著の「聖書物語」(現代教養文庫)の
「エルサレム入城」の冒頭は、
「ガラリアやエルサレムの野にも、
白いオリーブのかおりがたちこめてきた。」
という簡潔で魅力的な一文から始まっている。
「春がやって来たのだ。」
まさしく、この季節に相応しい。

しかし、マルコ福音書第11章、
マタイ福音書第21章、
ルカ福音書第19章、
ヨハネ福音書第12章を飛ばし読みしたが、
オリーブの香りについては書かれていない。

が、ネットで調べると、
オリーブの花はキンモクセイのような小さな花で、
確かに良い香りがするようである。

このような花が付いた木の枝を、振って、
子供たちはイエスのエルサレム入城を、
歓迎した、というのが、
これまでの私のイメージであった。

が、改めて詳細に見てみると、
「花が付いた木の枝」を振ったわけでもなく、
子供たちが喜んだわけでもなさそうだ。

何故、私が誤解したかというと、
シューベルトの合唱曲に、
「枝の主日の6つのアンティフォナ」
D696というのがあり、
ここに、
「ヘブライの子供たちは
オリーブの枝を振りかざしながら叫ぶ、
『ホザンナ!』」という歌詞が出てくるからである。

この、エルサレムに入るに際し、
イエスは、救い主に相応しく、
ロバに乗って入城したという。
これは、旧約聖書のゼカリア書第九章の、
「託宣」にあやかったものである。

「シオンの娘よ、大いに喜べ、
エルサレムの娘よ、呼ばわれ。」
という詩句に、
「柔和であって、ろばに乗る」王が来る、
と書かれているのである。

さて、このエルサレム入城を、
各福音書ごとに見て行くとしよう。

岩波文庫の「福音書」では、
マルコ福音書では、
「大勢の者は着物を道に敷いた。
野原から小枝を切ってきて敷いた者もあった。」
とあって、
「“ホサナ!
主の御名にて来られる方に祝福あれ。“
来たるわれらの父ダビデの国に祝福あれ。
いと高きところに“ホサナ!”」
と群衆が出迎えた様子が描かれている。

マタイ福音書では、
「木の枝を切ってきて道に敷くものもあった。」
とあり、
「ダビデの子に“ホサナ!
主の御名にて来られる方に祝福あれ。“
いと高きところに“ホサナ!”」
と歌われたとある。

枝の主日の枝は、オリーブなのかどうか分からない。
そもそも、ここには敷かれたとある。
私は、枝は振られたのかと思っていた。

まあ、この二つは大方同じである。
面白いのは、後の二つの比較で、
ルカ福音書では、枝に関する記載すらない。

「“主の御名にて来られる”王に、
“祝福あれ。”
天には平安、
いと高き所には栄光あれ!」
という歌は、
弟子たちが歌ったとあるのに対し、
ヨハネ福音書では、下記のように。
わざわざ民衆が町から出迎えに来て、
叫んだとされているのである。

「祭に来ていた大勢の群衆は、
イエスがエルサレムに来られると聞くと、
手に手に棗椰子の枝を持って、
町から迎えに出てきた。彼らは叫んだ。
“ホサナ!
主の御名にて来られる方に祝福あれ、“
イスラエルの王に!」

何と、椰子だというからびっくりである。
椰子に枝などあるのだろうか。

確かに、道に敷くには、椰子の大きな葉の方が良かろう。
が、どこからオリーブの話が出て来たのだろうか。

先の「キリスト教歳時記」には、
枝の主日の解説で、
「英語ではパーム・サンデーというが、
パームとは手のひらのことで、
葉の形が開いた手に似たヤシ科の植物の総称でもある。」
と書かれていた。

このCDの表紙を見ても、
その葉の形は明らかで、
ヤツデの葉っぱみたいなものが振られている。
フランスのシャンティィ城にある、
コンティ美術館の持つ、
1210年の詩篇歌集の細部である。

ということで、いろいろ調べてみたが、
2013年は3月24日の日曜日が、
この「枝の主日」であるが、
枝が何であれ、何に使われたのか、
などはともかくとして、
二千年前にイエスがエルサレム入城し、
民衆が、これに期待して出迎えた日なのであった。

が、イエスには敵も多く、
結局、なだれこむように、
十字架にかけられることとなる。

山室静著「聖書物語」では、
「たぶん、わたしは、祭司やパリサイ派の人たちの手にかかって、
命を失うことになるであろう。」
とイエスは語っていたとされる。

そんな事を考えながら、
今回のCDを聴けば良い。
CD1から、マタイによる福音書21の9、
「ホザンナ」が聴ける。
これは、このまま、
シューベルトのアンティフォナ第1曲と同じ歌詞である。

なお、アルヒーフ・レーベルから出ていた、
「グレゴリオ聖歌―その伝統の地をたずねて」
というシリーズにも、
「枝の主日のための聖歌集」というのが含まれており、
その冒頭もこの曲であった。
(CD2のTrack1)

これは、ドイツのベネディクト派の修道院が歌ったもので、
残響の豊かな教会で、ゆったりと分厚い合唱で歌われている。
(ミュンスターシュヴァルツァハ修道院聖歌隊。)

それに比べ、スコラ・アンティクァ盤は、
ソロ(アレキサンダー・ブラッキレイ)が、
独唱で、言葉の一つ一つを強調するように、
さらにゆっくりと、かみしめるように歌っている。

特に、ホザンナの後の「ベネディクトゥス」まで、
急発進、急ブレーキというか、
頻繁なギアチェンジというか、
一瞬たりとも注意を散漫にしない歌いぶりは面白い。

「イカサマ」とされたCDであるが、
1000年にもわたって、
各地に発散していった聖歌であるから、
このような解釈が、遠い新大陸で発生しても、
許容してしまうような感じがしなくもない。

シャンティクリア盤では、
詩篇24(23)と共に歌われていた。

この詩篇は、入城を表すもので、
「枝の主日」に歌われることが多かったようだ。

シューベルトの合唱曲は、
サヴァリッシュ盤で聴く限り、
堂々たるもので、
このような歴史的瞬間に思いを馳せた
作曲家の思いが偲ばれる。

うねるような高揚感があって、
声高らかに、歓迎する様子が目に浮かぶ。

シューベルトのアンティフォナ第2曲は、
「オリーブ山でイエスは神に祈った」というものだが、
これは、少なくとも、このグレゴリオ聖歌集には、
見つけることはできなかった。

イエスは、「最後の晩餐」の後、
オリーブ山のゲッセマネの園で、
「父よ、もし出来る事なら、
この時を過ぎ去らしてください。」
と祈ったとされるから、
これは「聖木曜日」のイベントであろう。

シューベルトのアンティフォナに、
この内容の詩が入ったのは、
ちょっと不思議である。

しかし、オリーブつながりで、
この話に飛んだのかもしれない。

この曲は、イエスの入城を寿ぐものではなく、
その胸中の複雑な感情を静かに、
その葛藤を吐露するように描いたもの。

シューベルトがこれらの作品を書いたのは、
兄フェルディナントが、
アルトレンフェルト教会で合唱指揮をしていたからとされ、
さすがに、この時期の作品のようだ。
ドイッチュ番号676とあるから、
1819年頃かとは思っていたが、
年が明けて、1820年のもの。

このような曲が混入したことは、
今回のスコラ・アンティクァ盤を聴き進めることで、
次第に理解が深まったことは、
後で記載することになるだろう。

シューベルトの第3曲は、
「サンクトゥス」で、このCDでは、
Track15に、
「枝の主日のミサ」(Track10-17)
の中の一曲として収められている。

シューベルトの音楽は、
「聖なるかな」の部分は、
「主の栄光は天地に満つ」の部分での、
盛り上がり前に、嵐の前の静けさ的表現。

「ホザンナ」が、決然と歌われる。

スコラ・アンティクァ盤は、
「聖なるかな」の部分は、
シューベルト同様、静かに盛り上がって行く感じ。

不思議な揺れを伴いながら、
ひしひしと盛り上がって行き、
そして、最後の「ホザンナ」のところで、
合唱がわずかな音程ずらしの効果で、
控えめながら頂点を築く。

シューベルトの第4曲では、
例のヘブライの子供たちが出てくる。
「ヘブライの子供たちは
オリーブの枝を手に持ち、主を迎える」
という内容のもの。

今回のスコラ・アンティクァ盤のTrack3が、
まさしく同じ歌詞で、
「グレゴリオ聖歌」からして、
聖書とはちょっと違う内容を歌っていたことが分かる。

これも、独唱。エリック・メンツェルという人が歌っているが、
かなり楷書風の、かくかくした音楽で、
キレ味が良い感じ。

が、説明しているだけであって、
子供らの歓迎の様子が音で描かれているわけではない。

なお、Track4も、同様の歌詞で、
最後に、「平和に向かってわれらを導きたまえ」
といった詩篇部が挟まる。

シューベルトの音楽も、
「主を迎え、喜びの声をあげる」などと言う感じではなく、
終始弱音で、神妙に説明している感じの音楽である。
さすがに、シューベルトは、
古来の作法を尊重したとも考えられる。

キリストの入城であるから、
子供時代、合唱団に属していたシューベルトにも、
グレゴリオ聖歌が印象に残るものだった、
などと考えることはできないだろうか。

シューベルトのアンティフォナ第5番は、
「天使と子供たちとともに」という内容で、
これまた、かなり喜びの感情を押し殺したもの。
天使の参加で、かなり晴れやかなトーン。
ただし、ホザンナでは堰を切って感情が飛び出す。

これは、前回聴いた、ルーラント盤に、
やはり、詩篇24(23)と合わせて収録されていたもの。
ルーラント盤で聴くこの曲も、
微笑みをたたえた音楽に聞こえる。

このスコラ・アンティクァのCDには入っていないが、
アルヒーフ・レーベルの
「グレゴリオ聖歌―その伝統の地をたずねて」
というシリーズには入っていた。

これも、分厚い合唱を教会で聴くようなものであるが、
基本的に、祈りの中にも、愛らしいものへの眼差しを感じる。
ルーラントで聴いていたので、この表現は、
すこし、軽やかさがほしくなる。

シューベルトのアンティフォナ第6番は、
「主が聖なる町に入られたとき」
というもので、この枕詞の後は、
「ヘブライの子供たちはオリーブの枝を」
と、第4曲と同様の歌詞が続く。

これと同じ歌詞のものは、
アルヒーフ・レーベルから出ていた、
「グレゴリオ聖歌―その伝統の地をたずねて」
に入っていて、ヨッピヒ神父が指揮を担当。

ただし、一分未満で歌われるアンティフォナではなく、
3分かかるレスポンソリウムとなっている。
これも、単に、状況を厳かに説明するだけのもので、
この音楽自体で、その時の様子を、描写するものではない。

シューベルトの作品はアンティフォナで、
59秒で終わってしまうが、
これも、単に静かに、主が入ってきた時は、
こんなでしたーっという感じで、
尻切れトンボ的でさえある。

が、これは、アンティフォナの本来の機能、
つまり、藤本一子氏が解説に書いているように、
「テキストを明確に語ることが意図されている」
ことが重要なのであろう。

ということで、シューベルトの理解が、
グレゴリオ聖歌をもとに進んだと期待したいが、
これでは、今回のこのCDを鑑賞し、
それが、いかに受容されたかの説明が、
なされているとは言い難い。

R.ジョン・ブラックレイの書いた解説は、
前に、スコラ・アンティクァのCDを紹介した時に、
書いたものと同様の記述で、
あまり、枝の主日については触れられていない。

「この録音における枝の主日のための音楽は、
詩篇のためのアンティフォンやレスポンソリウムを続け、
イムヌス、「グローリア、賛美」と、
最後に、典礼文(通常文)と、
特定の祭日用の部分(固有文)からなるミサで閉じた。
プロポーショナル・リズムによる聖歌は、
キリエとサンクトゥス、アニュス・デイは、
リズムを再構成したが、
主に、930年のLaon239という
写本をもとにしている。」
という感じで、まったく、枝の主日そのものの説明はない。

ただ、有名な「ダビデの子にホザンナ」も、
この写本に普通に載っているのか、という感慨はある。

Track1と3、4は聞いたが、
残っているTrack2のレスポンソリウムは、
イエスの敵の様子を描いたもので、
何となく、裏声みたいな絶叫まで使って、
宗教劇みたいな感じがしなくもない。

「祭司やパリサイ派の人々は、評議に集まり、
『あの多くの奇跡を起こした男をどうするか』
と語らった。
我らが彼を行かせれば、
みなが彼を信じるであろう。」

最初のCollegeruntという言葉だけでも、
ものすごい長さに引き延ばされて、
ひとりは歌い、次の単語を合唱でつなぐ。
5分かかる長編。

Track5はアンティフォン。
まさしく、マタイ伝21章で、
イエスが弟子たちにロバを借りてくるよう命じ、
それに乗って行くと、ホザンナの叫びが起こる。
4分半の長編。

Track6もアンティフォン。
ここでは、出典が明らかでないが、
エルサレム入城のイエスに、
人々がパルムの枝を振り、
子供たちが「救世主が来てくれた」と叫ぶシーン。
これも4分を越える。

Track7も同様に出典不明な歌詞のアンティフォン。
受難の6日前、主がエルサレムの街に入った時、
子供たちはパルムの枝を振り、
「ホザンナ」と叫んだ、という内容。

何だか、同じシーンがいろんな方法で、
繰り返し、歌われている感じ。

Track8も同様のアンティフォン。
ここでは、子供たちではなく、
群衆が喜んで、
声を限りに神を讃えながら集まってくる。

Track9は、イムヌスで、
グローリア、ラウス(賛美)。
4分半、「救い主、王、子供らの唇から、
ホザンナの輪が連なる」という内容から始まり、
天使も集まってきて寿ぐ、という感じ。
これは、ほとんどお経的。

ということで、前半は、ほとんど、
エルサレムの救世主歓迎のテイスト。

が、CD後半の内容は、
そうしたお気楽路線ではないことが分かった。

Track10からは最後のTrack17まで、
「枝の主日のミサ」と題された音楽が続く。

ミサには、年間を通じて使われる通常文と、
その日だけの固有文があるから、
ここでは、「枝の主日」用の固有文が、
どんなものであるかが気になる。

この固有文を見て行くことで、
この日が、どのような意味を持つかが分かるわけだ。

Track10は、入祭の儀。
まず、この部分で、「枝の主日」の意味が表明されるはず。

3分半かかるものだが、
あまり、エルサレム入城を寿ぐ固有文的とは言えず、
主よ、私の近くで、ライオンの牙、
一角獣の角からお守り下さい、
と言っている。

詩篇21(22)の20、22、2句と書かれている。

私の「聖書」では、ししの口、
野牛の角から助けて、とある。
いずれにせよ、自分の弱さをさらけ出し、
神頼みで何とかしようとする音楽。

ということで、いきなり冒頭から、
ハッピーな内容ではなく、厳しく戒めを求められる内容。
「キリスト教歳時記」でも、
「レントの最終週に当たり、この時期の節制が、
歴史的にもっとも古くから守られてきた。」
とあるから、あくまで、
「受難週間」の最初の日という位置づけなのであろう。

Track11は、「キリエ」。
これは、さんざん出てくる通常文だが、
キリエとエレイゾンの間の
「エ」が、えええええと延ばされて、
この部分だけで音楽になっているような音楽。
主よ、あわれみたまえ、という感じは出ている。

金澤正剛著「キリスト教と音楽」の、
「ミサについて」によれば、
以上が、「入祭の儀」であるということだ。

次に、聖書朗読がなされる
「ことばの祭儀」になる。

Track12は、グラデュアル(昇階唱)。
聖書朗読の間に歌われるもの。
詩篇72(73)、24と1-3
これはまた、自分の弱さばかりを数え上げるもの。
歌は地味で、のたうち回っているだけのような感じだが、
実際、自分が躓くばかりであったり、
ねたんでばかりであったりと、
情けないことを告白している。

この詩篇は、
「いつの世にも栄える者は悪人であり、
苦しむものは義人である」と歌う、
ちょっと変わり種として知られるもの。
(浅野順一著『詩篇』より)

枝の主日には、こうして、神様に、
恨みつらみをするのもOKなのだろうか。

Track13は、詠唱。長大で11分近くかかる。
再び詩篇21(22)から、今度は、
2-9、18、19、22、24、32の詩句。

この聖歌の歌詞には出てこないが、
この詩篇は、
「わが神、わが神、なにゆえわたしを捨てられるのですか」
という冒頭から、
イエスの最後の恨み節のように語られる部分が出てくる。

岩波新書の「詩篇」(浅野順一著)によれば、
この詩篇21(22)は、
「忘れんとしても忘れ得ざる痛ましい詩」ということになる。

この聖歌も、もう嘆き節以外の何ものでもない。
低音から、おおおおおと慟哭のような音楽が、
低周波で脈動する。

「わが神よ、昼に呼ばわっても、答えられず、
夜に呼ばわっても、平安を得ません」という内容。

このような内容の詩篇が固有文として選ばれることは、
実は、この日のミサは、ますます、
かなりキリストの胸中を考えるべき機会として、
捉えないといけない感じがしてきた。

Track14は、「オッフェルトリウム」
とあるから、ここからが「感謝の祭儀」。
奉納唱、奉献唱と言われるだけあって、
教会に対する献金タイムの音楽だという。

これは固有文で、ここでは、詩篇68(69)が、
選ばれて音楽になっている。
21-22、2、13-14という詩句が採られている。

これまた、おどろおどろしい内容で、
惨めに落ちぶれた者への、
いじめがねちねちと列挙されている。

「彼らはわたしの食物に毒を入れ、
わたしのかわいた時に酢を飲ませました」とか、
「わたしは門に座する者の話題となり、
酔いどれの歌となりました」とか。

音楽も、哀願するような痛切な調べに満ちており、
ニーチェが、キリスト教を、
「ルサンチマンの宗教」ととらえたことが、
実態としてわかる感じ。

Track15の「サンクトゥス」は、
通常文としておなじみのもの。先に聞いたもの。

次に、これまた、通常文、
「アニュス・デイ」が収められているが、
このTrack16からは、「交わりの儀」であるという。
ここで、キリストの肉体の象徴であるパンが裂かれる。
この部分の音楽も、神妙な儀式を想起させる。

Track17は、「コムニオ(聖体拝領唱)」。
ここで、聖体であるパンを信者が受けとるのである。
これは固有文で、マタイ伝から26の42が取られている。
これは、ゲッセマネのシーンで、
かなり感動的なクライマックス。
音楽は簡素なものだが。

「お父様、出来ることなら、
どうかこの杯がわたしの前を通り過ぎますように。
しかし、わたしの願いどおりではなく、
お心の通りになればよいのです。」(塚本虎二訳)

どうやら、「枝の主日」は、こうした、
イエスの逡巡もまた、重要なテーマなのであろう。

最後に「閉祭の儀」があるようだが、
司祭の挨拶だけらしく、ここでは、演奏はない。

こうした、「枝の主日」の性格を考えると、
シューベルトの「枝の主日のアンティフォナ」の表現は、
きわめて教会の目的に合致した内容であったと断言可能である。

得られた事:「シューベルトのアンティフォナの歌詞は、グレゴリオ聖歌とほぼ変わらず、その控えめな表現も、『枝の主日』に相応しい。」
「枝の主日は、イエスのエルサレム入城という点ではなく、理不尽に向けて歩み出す、イエスの心のベクトルでこそ捉えられるべき『受難の主日』であった。」
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by franz310 | 2013-03-24 10:03 | 古典

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その370

b0083728_1959983.jpg個人的経験:
シャンティクリアの
グレゴリオ聖歌のCDには、
MYSTERIAという
タイトルが付いていたが、
このCDの表紙にも、
「PASCHALE
MYSTERIUM」という、
似たようなタイトルが、
キリストの磔刑図の上に、
ばばーんと出ている。


しかし、このCDの場合、下に、
「Holy Week」と書かれているし、
ドイツ語で「Die Heilige Woche」
ともあるので、明らかに「聖週間」である。

では、「PASCHALE」は「週間」、
「MYSTERIUM」は、「聖」
ではないか、などと思ってしまうのだが、
ネット上で調べると、
「Pascha(パスカ)」は、
「復活祭、イースター、過越」
と出て来るし、「Mysterium」は「謎」と出てくる。
「過越の謎」という意味なのだろうか。

この「過越」と言う言葉は、
聖書関連理解に重要な単語で、
災禍を逃れるために戸口に印をつけるように言われ、
イスラエルの民は、この印ゆえに災いが通り過ぎた、
という言い伝えによるものだ。

この災いをイエスの受難に重ね、
キリスト教では、最後の晩餐から磔刑、
イエスが墓に入って過ごすまでの日々を、
「過越の3日間」と呼んで、
特別視する。

確かに、この後、イエスは復活するので、
災禍は過ぎ去ったと言えるのかもしれない。

一方、聖週間は受難週とも呼ばれ、
イエスが、みすみす、あるいはのこのこと、
エルサレムに入城してからの1週間を差し、
パスカは、その最後の3日ということになる。

ということで、このCDの表題は、
「過越の謎」か「聖週間」なのか、
良くわからない。

これ以上、深追いすると、ラテン語勉強会になるので、
もうやめておくが、どうも、グレゴリオ聖歌のCDには、
やたら「ミステリー」関係のタイトルが多い。

今回のCDは、古楽で鳴らした
セオン・レーベルから出ていたもので、
指揮はコンラート・ルーラントが受け持っている。
録音は1976年の1月である。

セオンは、レオンハルトのブランデンブルク協奏曲、
ブリュッヘンのヘンデルのソナタなど、
バロック期名曲の決定盤とされる名盤を数多く出していたが、
プロデューサーのヴォルフ・エリクソンは、
ソニーにヴィヴァルテ・レーベルを興したので、
消滅したのではなかろうか。

このCDは、BMGビクターが、
1994年に出た日本盤だが、
LP時代のセオンはポリドールから出ていたと思う。

さて、このCDが、聖週間の音楽なのか、
過越の謎なのかが気になるが、
収録されているのは、以下の15曲である。

解説は吉村恒という人が書いている。
このCDは、「聖週間のさまざまな聖歌が
ほぼ典礼の順を追って収められています」とある。

Track1.「されど我ら誇るべし」(入祭文)
は例外らしく、本来は聖木曜日のもので、
Track2.の
「天使と子供らに声を合わせ/詩篇第24(23)篇(交誦)」
からは、「枝の主日」のためらしいので、
一応、「過越」の3日のみならず、
「聖週間の音楽」となっているようだ。

Track1は、
「十字架によって、われわれは救われた」
という内容の歌であるから、
まさしく、この受難こそが、
身を潜めて過越を待つのと同様の事件であったことが、
この短い入祭文からも象徴的に伝えられる。

なおこの曲は、大ヒットを記録した、
シロス修道院の
「グレゴリアン・チャント」第2集の冒頭を飾ったもの。
シロス盤は、ずっと合唱が分厚い。

以下、枝の主日の音楽。
Track2は、アンティフォナと詩篇で、
アンティフォナの本来の役割がよくわかる収録となっている。

本体の詩篇23(24)は、「主の聖殿への入堂」で、
「門よかしらを上げよ、古き扉よ、あがれ」
という、シャンティクリア盤(Track4)でも歌われていた。

この詩篇の前に、補足するような、アンティフォナがあって、
「天使と子供らに声を合わせ、ホザンナ」
という呼びかけのような部分が30数秒、
その後、詩篇が歌われる。
詩篇の後もアンティフォナ。

シャンティクリア盤とは、
アンティフォナが異なる。

改めて見ると、シャンティクリア盤は、
「ダヴィデの子にホザンナ」が、
アンティフォナとして歌われているが、
これは、何と、シューベルトの、
「枝の主日の6つのアンティフォナ」D696の、
第1曲ではないか。

ということは、シューベルトのアンティフォナは、
これ独立で歌われるよりも、
詩篇23(24)と一緒に歌われるべきものなのだろう。

そもそも、アンティフォナは、そうした機能を持つもののはず、
改めて、サヴァリッシュ指揮の宗教曲集から、
この「ダヴィデの子にホザンナ」(約44秒)を聴いて、
さっと、シャンティグリア盤のTrack4を聴いてみると、
共に斉唱で歌われる無伴奏合唱曲だし、
何となく、雰囲気が合っているような気もしなくはない。

ちなみに、ルーラント盤のアンティフォナの、
「天使らと子供らに声を合わせ」という歌詞に、
シューベルトのアンティフォナの第5番が似ている。
「死をも治める方にホザンナ」と、
「死に勝ちたもうた御方に呼ばわらん」は、
同じと考えてもよいだろう。

Track3.「めでたし我らの王(交誦)」は、
アンティフォナでありながら、
間に挟まれる聖書の一節部(ヴェルスス)は、
ここでは、なしで、これだけで2分半。
何と、こちらのアンティフォナの後半が、
「ダヴィデの子にホザンナ」という歌詞になっている。

前半は、「預言者が犠牲としての救い主を告げ、
みな、それを待っていた」という、
かなり説明的なもの。

10世紀からのものとあるが、
大きく伸ばして歌いだされるメロディは、
いかにも古風で、遠くに思いを馳せるような感じになる。

以下、まさしく過越の三日の音楽となる。
「パスカ」の音楽である。
聖木曜日。最後の晩餐に関係するものが3曲。
なお、同趣向のシャンティクリア盤では1曲、
スコラ・アンティクァ盤では5曲歌われていた。

Track4.「これは汝らのための我が身体(聖体拝領誦)」

まさにそのままである。
最後の晩餐で、イエスは、
「食すごとに、
わが記念としてこれをおこなえ」と、
パンやブドウ酒を差して言ったのである。

短い音楽で、言い聞かせるような感じで、
あまり、メロディ的ではないが、
神妙な感じである。

Track5.「慈しみと愛情のある所(交誦)」
「いつくしみと愛情のあるところ、
それは聖なるものの集い」という、
心温まる歌詞に相応しく、
包み込むような音楽である。

「弟子らに範を示し給う、
かれら互いに足洗わんがため」という、
これまた、最後の晩餐の一コマで、
シャンティクリア盤では、
別の歌詞によって、別の音楽(アンティフォナ)であった。

ルーラント盤のものは、
アンティフォナともイムヌスとも考えられるようだ。

Track6.
「我らを一つに集め給えり/詩篇第133(132)篇(交誦)」
もまた、アンティフォナとヴェルススの形だが、
一分ちょっとの小品。

「キリストの愛はわれらを一つに集め・・
いつくしみと愛のある所、
そこに神は在す」というアンティフォナに、
詩篇は、「むつましさ」を歌ったものの、
2行ばかりを使っている。

「されどそは、いかによく、美しきことかな、
はらからたちの親しみ睦み合いてともに住むは」
という、武者小路実篤みたいな内容。

この部分は特に美しく、心にしみるメロディである。

詩篇132(133)の残りは、
「かしらに注ぐ価い高き香油のごとく」
といった、難しい比喩になるので、省略は正解。

以下の3曲は、聖金曜日の音楽。

シャンティクリア盤では、3曲、
スコラ・アンティクァ盤では、7曲が、
この日の音楽として取り上げられていた。

解説にも、「聖なる三日間のなかでも
ひときわ荘厳なのが聖金曜日です」とあるとおり、
聖木曜日は、弟子たちとのかりそめながら、
仲睦まじいひと時や絆が切り取られていたが、
ここは、受難当日で、厳しい内容のものが増える。

解説にも、この日にはミサは行われず、とあるが、
これは私の肉である、という聖体拝領すべき本尊が、
十字架上なので、その余裕はあるまい。

「午後には。9世紀以来の古い儀式
『主の受難の祭儀』が行われる」とある。
Track7.「ヨハネによる我らの主イエス・キリストの受難」は、
そのクライマックスらしい。

それぞれの歌手に「配役」があり、演劇的、
と解説にあるとおり、
「ピラト官邸に入り、イエスを呼んで言う、
『汝はユダヤ人の王なるか?』
イエズス答え給う、
『我が国はこの世のものならず』」という、
緊迫した劇的な情景が描かれる。3分40秒。

ピラト(ピラトゥス)は、ローマの総督で、
イエスをさばいた人である。

曲は、最初、「ヨハネによるイエスの受難」と、
いうタイトルも歌われる。

ピラト役は甲高い宦官みたいなイメージ。
対するイエスは、深々と、威厳あるメリスマを聴かせながら、
落ち着き払って、しかし、悲しみの色もたたえて答えている。
「すべての真理に属する者は我が声を聴く」。

不遜な態度にピラトは鞭打ち、祭司長も、
「十字架につけよ」と叫ぶ。

いうまでもなく、福音書の引用であるが、
かなり簡略化もされている。
福音書では、ピラトは、「何の罪も認められない」、
と言ったりもしているが、後戻りできないほど、
ユダヤ人たちが興奮してしまったのである。

このドラマティックなシーンを描いた、
この音楽、先の二つの盤には収められておらず、
「グレゴリオ聖歌」というイメージを越えている、
この受難曲が収録されているのが、
このCDの最大のメリットかもしれない。

Track8.「見よ十字架を(賛同)」
「世の救いは十字架にある」という、十字架賛歌。

独白のように始まるが、
これは有名なもので、
スコラ・アンティクァ盤にも収められていた。

最後には、さえざえと、
「えっけええええ、りいいいぐぬむ」という、
特徴的なメロディが流れる。
プロポーショナル・リズムを売りにする、
スコラ・アンティクァ盤(Track8)では、
「エッケえりいいいいぐううぬむ」と、
単語を明確にしようという努力が見える。

解説によると、「十字架開帳、奉挙」の時の聖歌らしい。

Track9.「インプロペリア;我が民よ/汝の十字架を」
これも、有名なもののようで、
シャンティクリア盤(Track8)や、
スコラ・アンティクァ盤(Track9)
と聞き比べが出来る。

8分にわたる長大な音楽で、
「わが民よ、われ汝に何をなせしや?」
という問いかけや、
「おお聖なる神よ・・・我らを憐みたまえ」
という民衆の祈りが交錯する。

何とこの部分は、「トラスハギオン(三聖唱)」と呼ばれ、
ギリシア語とラテン語で交互に歌われているらしい。

解説によると、これは、
司祭が3度ひざまずきつつ、
口づけするために十字架に近づくときの歌らしい。

このような状況下だとすると、
静かな伴奏音楽であるべきだが、
スコラ・アンティクァは、
アジテートが気になるし、メリスマが強烈だ。
ただし、トラスハギオンの緊迫感はすごい。
さすが、言葉本来の力を信じる連中、
いや、方々である。

シャンティクリアは、持続音まで出て、
完全にムード音楽になっている。

そんな中で、ルーラント盤は、
最も、それらしく普通に聞ける。

インプロペリアは、
「不信の民に対するキリストの『とがめ』」だという。
その意味では、ルーラント盤は、「とがめ」より、
悲しい色合いが強いかもしれない。

なお、最後に短いアンティフォナがあるが、
続けて、切れ目は分からない。

Track9.「予言者エレミアの嘆きが始まる(読誦1,聖木曜日)」
ここで、私は大いに混乱する。
もう、聖金曜日まで来ていたはずなのに、
何故か、聖木曜日の音楽になっている。

そして、解説には、
「聖土曜日は『大安息日』とされ、
やはりミサが挙げられません。
聖なる三日間では、
夜中に行われる聖務日課、
朝課(読書)はさらに3つの宵課に分かれていて、
詩篇、レクツィオ、それにこたえるレスポンソリウム
各9編などが唱え、あるいは歌われ、
音楽的にも充実していました。」
と、急に、朝課の話になっているのである。

よく分からないのだが、
おそらく、この部分も、最初のトラック同様、
曜日ごとの「まとめ」から切り離された部分で、
朝課としてひとまとめにしたのであろう。

これには、それなりのメリットはあり、
先に説明があった「レクツィオ」(聖書朗読)は、
異常繁殖をして、様々な名曲を生み出すことになる。

それの先駆けとしての、
グレゴリオ聖歌を、ここでは、
クローズアップしたかったのであろう。

たとえば、Track10を聴くと、
2分ちょっとの独唱で、
「預言者エレミアの嘆きが始まる」というところや、
1、2、3という、アレフ、ベート、ギメルと、
章番号までも歌われているが、
これは、伝統として引き継がれることになる。

クープランなど、のちのフランスの作曲家が、
大好きになるジャンル「テネブレ」である。

かつての栄光のエルサレムの廃墟を嘆く歌が悲しい。
第1宵課で、こうした「読書」をするのは、
悲しい事が起こることに、
心の準備をするためななのだろうか。

Track11.「我らが牧者は去り給えり(応唱4)」
第2宵課でのレスポンソリウム。
分厚い合唱で歌われ、
金曜日に対応するのか、
前半は、「太陽、光を陰らせり」と寂しい歌詞。

「今日、死の門とかんぬきを
われらが救い主はともども打ち砕く」
と、後半は復活を予告し、
独唱者はさえざえと、
「主は冥府の防塁をこわし」と、声を上げる。

Track12.「予言者エレミアの祈り(読誦9,聖土曜日)」
これは、ようやく聖土曜日の音楽。
9分半に及ぶ、このCDの最大作品。
独唱が、残響ゆたかに響かせながら、
エレミアの哀歌の第5章(最後)を、
歌い継ぐが、これまた悲しい内容で、
エルサレムの荒廃を訴えて行く。

タリスやゼレンカは、「エレミアの哀歌」を書いたから、
その大元のような音楽。

「われわれの嗣業は他国の人に移り」
と、まるで家電大敗の我が国の現状を嘆くかのよう。

まだ、「家は異邦人のものとなった」
という事態にはなっていないが、
津波のものになった家は多い。

「何とてかくも永くわれらを忘れ
われらをかく久しく捨ておき給うや」
という歌詞が泣ける。

Track13.「主よ憐れみ給え/主よ願わくば顧み給え」
などと書かれると、何かと思われるが、
歌詞の冒頭は、ミサ曲に採用される「キリエ」である。

これは、ものすごく単純ながら、
エモーショナルなメロディで、
有無を言わさぬ力を感じる。

シャンティクリア盤やスコラ・アンティクァ盤にも、
「キリエ」は収録されていたが、
これらとは違うメロディである。

が、このギリシア語の歌詞が繰り返される中、
いろいろラテン語でも歌われている。

ドミニコ会の典礼では、これが朝課を閉じる曲だという。
キリエの間に「信徒への手紙」から、
の一節が挟まれているという。

最後は、「キリストは・・十字架の苦しみを受けるを
いとい給わざりき」という朗読がある。

Track14.「この日/讃句;主なるキリストは甦り給えり」
何と、キリストの蘇りが、朗読され、
「神に感謝し奉る」という、
強烈なメロディが、
独唱と合唱で叩きつけられて終わる。

これともう一曲は復活祭の聖歌だという。

Track15.「アレルヤ/詩篇第117(116)篇/栄誦」
は、喜ばしい「アレルヤ」の中に、
詩篇の「主のまことはとこしえに留まりしゆえ」が、
ありがたく挟まれる。

この詩篇116(117)は、「讃美歌」とされ、
4行しかない。
前半は、「もろもろの民よ、主をたたえまつれ」で、
後半に上記詩句が出る。
エンデルレ書店版では、
「そのおん慈しみはわれらの上に固く、
そのまことはとこしえに及べばなり」と、
まことにありがたいものである。

復活祭に相応しいものだが、
これは、聖週間というより、パスカの軌跡、
というような内容に収束しているようだ。

このCDの歌詞対訳は磯山雅氏が担当していていて、
参照して、歌われている内容がよくわかった。

得られた事:「ルーラントのグレゴリオ聖歌のこのCDは、同様のタイトルのシャンティクリア盤、スコラ・アンティクァ盤よりも、聖週間の儀式を想起させる選曲で、受難曲から、インプロペリア、さらには朝課でのレクツィオ(聖書朗読)まで扱っている。」
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by franz310 | 2013-03-16 20:00 | 古典

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その369

b0083728_13431511.jpg個人的経験:
グレゴリオ聖歌は、
何しろ千年に及ぶ、
キリスト教礼拝の
歴史の集成でもある。
前回まで、
そこで歌われる曲種に加え、
教会歴で歌われる機会や、
それらの音楽が何時出来たか、
出展の多様性を教えられた。
鑑賞の切り口は山とある。


グレゴリオ聖歌を語る時、
それらに加え、言葉と音楽に関わる、
音符解釈の問題が突きつけられる。

日本基督教団出版局の
「キリスト教音楽名曲CD100選」
にも、このCDは出ていて、
「グレゴリオ聖歌、演奏法の再発見」という項で、
特別に紹介されている。

多くの修道院が実践している
「ソレーム式」または、
「等価リズム式」と呼ばれる、
ロマンティックな表現に対し、
「定量リズム式」と呼ばれる歌い方が、
音楽学者には支持されているとある。

「活発なリズム感が印象的であろう」とあるが、
ソレーム式ののっぺり唱法ではなく、
ちゃんちゃか歌唱になっているというわけだ。

一聴して、このような差異があるのは、
分からなくもないが、
発売当時のレコード評では、
録音が良いと書かれただけであった。

シューベルトの音楽を聴きたいブログゆえ、
あまり、深追いもしたくないのだが、
乗りかかった船状態である。

今回聴くCDは、前回同様、
教会歴による分類がなされて、
「聖週間の音楽」と題されているが、
あまり、それについての解説はない。

むしろ、徹頭徹尾、理詰めの演奏解釈解説で、
はっきり言って、私の力の及ぶところではない。

Dom A Gregory Murrayという人が、
いきなり、このようにまくし立てている。

「西方教会の伝統的聖歌のこの録音は、
これらの聖歌の絶頂期に書かれた手稿によって、
リズムを解釈したものである。
これらの解釈は、当時の音楽論文の詳細な研究による。」

ということで、the best manuscriptとか、
Preciselyとか、権威主義的な単語が並び、
有無を言わさぬ高飛車な調子が、
読むものの反感を買う。

「これまで、これらの聖歌の近代的解釈のほとんどは、
すべての音符が基本的に同じ長さだという原理、
つまり、楽譜に内在する証拠と、
中世の古い書式の矛盾を孕んだままのものに、
基礎をおいていた。
私たちは、今や、まさしく権威的な様式によって、
これらの由緒あるメロディが歌われるのを、
聴くことが出来るようになったのである。」

てな具合で、この録音(1985年)
の前のものは全否定されている感じなのだ。

そして、この後の解説を書いているのが、
R.John Blackleyという人で、
with Barbara Katherine Jones
と書いているから、ブラックレイさんとジョーンズさんが、
一緒に書いたということらしい。

この人たちは、こうした研究家であると同時に、
指揮者でもあるらしく、
この二人が指揮者としても書き出されている。

指揮者が二人いるなんて、まるで、
アイブスの大交響曲みたいだが、
歌っているのは、スコラ・アンティクァという、
4人の男性だけからなるヴォーカル・グループである。

ニューヨークのAmerican Academiy of Arts and Letters
(アメリカ芸術書簡アカデミー)
という研究機関で録音されたという点からして、
これははたして観賞用のCDなのだろうか、
という疑問がわく。

が、解説書裏に、この二人の指揮者と、
歌い手たちがにこやかに笑っている写真があって、
きっと、彼らも、満足しているようだから、
楽しませてくれるものと期待しよう。

「Proportional Rhythmによる
聖週間の音楽」というタイトルの解説があるが、
このProportionalという言葉が、
「定量」と訳されていることもわかった。

そもそも、ソレーム唱法の等価リズムは、
各音符を等価に扱う、ということであろうから、
読んで字のごとしであるが、
「定量リズム」というのは、
日本語としていかがなものだろうか。

「プロポーションのよい」リズムだとしたら、
「均衡リズム」とか、「調和リズム」というべきではないのか。
「定量リズム」で歌いました、と言われて、
はあ、それは結構ですな、という答えが出るのだろうか。

この録音が行われて約30年、
すきなくとも私は、
「定量リズム」などに興味を持つことはなかった。

しかし、内容をかいつまんで読んでみると、
「杓子定規」はダメで、
「均衡のとれた」リズムが良いのだ、
という論旨に見える。
「定量」だから良いのだ、
という内容には見えない。

そもそも、「等価」と「定量」は、
どっちも値が等しいように見え、
門外漢からすると、どっちも、
「杓子定規に解釈しました」と、
同じように見えるではないか。

「頭ごなしに言ってもいいし、
言うべきかもしれない。
西洋の典礼用聖歌の実体は、
自由にアレンジされた、
2対1の長さを持つメロディからなる、
9世紀から10世紀の音楽記載がある
最初期で最良の手稿にこそある。
手稿のネウマ譜にも証拠があり、
同時代の理論家の証言も証拠があり、
明快に表現することが出来る。
音符を基本的に同じ長さに扱う、
聖歌歌唱が行われたのは、
比較的遅く、11世紀になってからのことである。」

私は、これを読んで、かなりがっかりした。
等価リズムは、てっきり、
近年になってからの悪習かと思っていたら、
11世紀から行われていたのである。

9世紀と11世紀の差異をあぶりだすのが、
このCDの趣旨であれば、
11世紀から現代まで受け継がれてきた唱法に、
肩を持ちたくならないか。

ジョスカンもパレストリーナも、
モンテヴェルディも、バッハも、
そしてシューベルトの時代にも、
このプロポーショナル・リズムは、
なかった、ということになるではないか。

「それは、この世のものならぬ音楽で、
そびえたつ、高揚感に満ちたゴシック風の、
当時の建築に相応しい表現であった。」

という風に、ソレーム唱法風の表現に対して、
この書き手も、独特の効果を認めているようではないか。

「この等価リズム派の伝統は、
特にソレームの修道院で、
過去100年あまり、録音で広く広められ、
事実、韻文であろが散文であろうが、
アクセントの無視や、異なるアクセントによって、
テキストのアクセントに多大な被害をもたらした。
もっと初期のプロポーショナルなリズムでの演奏の復活は、
いかなる場合も、
テキストのアクセントに
注意を払うという基本原理によって、
どう歌われるべきかを示すもので、
もっと地に足がついた、
情熱的でロマネスク建築に相応しい、
当時の芸術的価値観に近いものである。
これら二つの唱法を比べると、
等価リズム派は、持続の理由の道理にかなっておらず、
遅れてあらわれた、実際とは異なる伝統であることが分かる。
今や、まさしくその本来の姿で、
それがテキストに則ったものであることを知り、
その美しさが現代においても力強く響くことを知る時である。」

といった具合に、この解説は教条主義に満ち満ちた解説が続く。

以下、ずっと楽譜の記載による説明が続くが、
これはすっとばして、彼らの歴史的根拠を聴いてみよう。

「聖歌が彼の名前を持っているとはいえ、
グレゴリウス一世(the Great、590-604)
は、これらの聖歌を書いたわけでも、
編纂したわけでもないと言われている。
12世紀、13世紀の三つの楽譜が、
『古ローマ風』とされる聖歌を含み、
彼の時代の痕跡をとどめている可能性はある。
しかし、7世紀にわたって、
当時、どのようにメロディが歌われていたかや、
どのようなリズムで歌われていたかを示すものは、
伝えられていなかった。
典礼学者のステファン・ヴァン・ダイクは、
典礼や聖歌の整理は、
ビザンツの大司教、
ウィタリアヌス(657-72)
によってはじめられ、
グレゴリウス二世(715-31)
によって仕上げられたとされ、
それがグレゴリオ聖歌であって、
ローマ教皇の許から、
まずはピピン(751-68)、
それからシャルルマーニュ(768-814)
によって、ガリア全体に広まった。
シャルルマーニュのもと、
メルツの主教(742-766)は、
音楽学校をその教会に作ったので、
メルツの名は、そこで使われた記譜法を示すようになり、
それはフランス北部のランのグラデュアーレに見られる。
アルクィンの友人の英国人、
シグルフは、775年に、
メルツに聖歌を学びに行ったことを記録しており、
そこでは、ガーフリッド司教が、
カロリング王朝風の改良を行っていた。
ピピンとシャルルマーニュによる、
メルツの役割と名声、
聖歌保存の度重なる配慮によって、
9世紀から10世紀のネウマ譜の
プロポーショナル・リズム聖歌は、
ウィタリアヌス大司教と、
7世紀後半のその学校が始めた伝統を、
深く、きわめて全般的に伝えているものと思われる。」

もともと、9世紀から10世紀の唱法だと言いながら、
何と、それは7世紀にまでさかのぼるというのである。
何とも、気の遠くなるような、
100年スパンの話の列挙にくらくらしそうである。

「10世紀の終わりにかけて、
様々な理由から、
プロポーショナリズムは崩壊をはじめる。
明らかな修道士の訓練や技術不足、
見やすいがリズムや装飾に不適な
徐々に太くなるネウマ譜、
詩篇歌唱を急ぐ傾向、
オルガヌムのような複雑な音楽が、
縦のラインを複雑にして、
リズムの変化を困難にしたことなど。
11世紀に書かれた手紙で、
アリボは、こう書いている。
『古い時代には聖歌の作曲家によってだけでなく、
歌手がもっと注意を払っていた。
しかし、そんな時代はすでに過ぎ去り、
葬り去られてしまった』。」

ということで、何と、新しい音楽、
オルガヌムまでが正統的な聖歌崩壊に一役買ったとある。
また、のんびりした時代ではなくなった、
とも読める。

これは、ピアノが出来たから、
チェンバロがすたれてしまった、
というロジックにも良く似ている。

「11世紀から現在まで、等価リズムが支配的となり、
聖歌の正統的リズムを破壊してしまった。
12世紀になると、聖歌のメロディは勝手に変えられ、
16世紀のはじめには、メロディの切り貼りが容赦なく行われ、
恥じらいもなく変更された。
19世紀の終わりには、ソレームの修道院の学者が、
典礼聖歌のメロディを大規模に回復させ始めた。」

このあたりの記述、11世紀から19世紀まで、
数行で来てしまったが、
この間に、我々のよく知っている、
多くの大作曲家が生まれたり死んだりした。

「音楽のリズムは言葉のアクセントに調和すべきことが、
ソレームの学者には分からなかった。
彼らはフランス語圏の人で、
この言葉はアクセントよりも語尾の長さが重要で、
彼らのラテン語のアプローチも、
そうした理解でなされた。
10世紀の手稿以前、または、
ウィタリアヌスの時代にも、
ラテン語はアクセントが重要であり、
我々は、プロポーショナル・リズムが
言葉のアクセントを、
音楽の強弱パターンに合わせる、
ということを見て来たが、
等価リズムは、これらを分離してしまうものである。」

もう分かった、という感じだが、
この著者は、執拗に、ソレーム式を糾弾する。

「それに気づきもせず、
等価リズムのソレーム派は、
11世紀以来のリズムを使い続け、
ネウマ譜には、リズムのニュアンスが少ないとする。
メロディは直しても、正しいリズムは回復しなかった。」

この後は、1920年代中盤に、
Vollaertsという人が、
9世紀、10世紀のネウマ譜を研究し、
死の床で、定量リズムでの聖歌の本を完成し、
このCD冒頭で出て来たMurray師が、
その後継者である点が説明されている。

ということで、
今回のCDから得られるインフォーメーションは、
ものすごく大量だが、
結局、ラテン語のリズムに合わせて歌ったのが、
この定量リズム(プロポーショナル・リズム)
なのだ、ということであろう。

何と難しい問題を突きつけるのであろうか。
11世紀から歌い継がれてきたとしたら、
それはそれで立派な伝統のように思えるし、
もっとオリジナルな9世紀の歌い方が正当だ、
と言われれば、そうかもしれませんね、
というしかない。

しかし、等価リズムはゴシック風、
定量リズムがロマネスク風だとすれば、
これらの両方を楽しめる方が良いに決まっている。

門外漢としては、二者択一でない方が、
多彩に楽しめて良いではないか。

さて、共に、聖週間の音楽ということで、
このCDに収められるいくつかの音楽が、前回聴いた、
シャンティクリア盤と比較することが出来る。

たとえば、シャンティクリア盤の
Track10として入っていた、
イムヌス「Vexilla Regis」
(見よ、主の御旗は進む)が、
Track1にいきなり入っている。

シャンティクリア盤では、
滑らかに斉唱で歌われ、
その均一な質感の、豊かな響きは、
ロマンティックそのものである。

しかし、このスコラ・アンティクァ盤は、
まずは、独唱者が、アジテーションするように、
くっきりと言葉を際立たせながら歌い始め、
その後に、合唱が続くと言う、
いかにも修道士たちの様式。

まったく同じメロディであるが、
素朴かつ強硬で、いかにも、
イスラム教徒に向かう十字軍の心意気のようだ。

シャンティクリア盤は、洗練されている分、
ムード音楽のようにも聞こえる。

が、シャンティクリア盤で、
耳を慣らしてから聞いた方が良い感じもする。
実は、私は、最初、このスコラ・アンティクァ盤で、
この曲が始まった時、あまりよく分からなかったのだが、
シャンティクリア盤を聴いてから聞くと、
彼らのやりたかったことが分かったのか、
あるいは、美意識に波長が合ったのか、
これは、これでなかなか良い音楽だと、
思えるようになってしまった。

スコラ・アンティクァのCD、
Track2から「聖木曜日」の音楽が始まる。
シャンティクリアは、聖週間と書きながら、
「聖木曜日」は、アンティフォン一曲しかなかった。

Track2は、イントロイトゥス(入祭唱)とキリエで、
シャンティクリアのTrack2にも「キリエ」があるが、
これとは違う感じ。

というか、十字架に思いを馳せる入祭唱が、
大部分を占め、キリエはおまけみたいである。

Track3は、グラデュアルで、
私たちのために十字架につかれた、
みたいな歌詞を、
イスラム風にも聞こえるメリスマを伴って歌う。
極めて異教風である。

Track4は、オフェッルトリーで、
主の御技は強い、みたいな歌詞。
これも、途中で、かなり技巧を凝らして、
独唱者が、自由なリズムで飛翔するので、
かなり原始的な感じがする。

Track5は、サンクトゥス。
これは、シューベルトのミサ曲で、
第4楽章、第5楽章で10分弱で歌われる歌詞そのまま。
1回、通しで歌うだけなので54秒で終わっている。
しかし、さすが、この唱法では、
一語一語が良く聞き取れる。

そういえば、多くのグレゴリオ聖歌のCDは、
歌詞が追えなくなって困る経験があったが、
なるほど、それは、等価リズムの定めであったわけだ。

Track6は、コミュニオンとある。
イエスが弟子たちの足を洗ったという部分。
シャンティクリア盤のTrack5に相当。
これまた、同じメロディでありながら、
はっきりと言葉が聞き取れるリズム感。

Track7からは、聖金曜日の音楽。
シャンティクリアでは、
「地は暗くなり」の、
十字架でのイエスの、
絶命の場面が取り上げられていたが、
ここでは、異なるレスポンソリウムが2曲。

最初のは、聖書のハバクク書第3章から、
「主よ、私はあなたのことを聴き、恐れました」
という部分。
かなり、メリスマの効いた音楽で、
6分近くかけて歌われる。

Track8の第2レスポンソリウムは、
詩篇140から、「私を悪しき人々から助け出してください」
という部分。

これまた、声が小刻みに震える不思議な唱法を駆使して、
アラブ風の感じさえする。
かなり精妙な音楽で、デリケートな装飾が施され、
なおかつ、8分半もかかる大曲。

Track9はImproperiaと題され、
「民よ、私が何をしたか」というもので、
聖金曜日に相応しく、嘆き節で悲しい感じの音楽である。
これも、内省的な趣きに、
時折挟まれる不思議な揺らぎ効果が独特だ。

Track10から12は、
アンティフォンが3つ並ぶ。
いずれも、シンプルなもので、
演奏も穏当なものである。

このCD、歌詞にトラックナンバーが振られておらず、
これが非常に不便である。

Track10は、「十字架を見よ」というもので、
いかにも聖金曜日の音楽。2分弱。
が、悲愴なものではなく、淡々と歌われている。

Track11もまた、「十字架を崇めます」。
独唱だけで、空間の広がりを感じさせる録音も味わえて良い。
1分に満たないが。

Track12は、4分半の大アンティフォン。
これは、表情豊かな独唱が延々と続く。
「今や、世界の創造主は十字架につけられた」という感じ。

Track13は、最後のトラックで、
これまで最長、13分に及ぶ、レスポンソリアル聖歌とされ、
シャンティクリア(Track7)でも取り上げられた、
「真なる十字架、舌を讃えよ」が歌われているが、
シャンティクリア盤は、8分42秒しかかかっていなかった。

最初の方の歌詞を比べると、シャンティクリアは、
「真なる十字架」の節と、「舌を讃えよ」の節と、
「創造主は深く嘆かれた」の節にすぐ入るが、
スコラ・アンティクァ盤では、
「真なる十字架」の節の途中、
「十字架の木よ、鉄釘よ」という部分を、
くり返したりしている。

それ以上に、スコラ・アンティクァは、
一語一語をかみしめるように歌っており、
テンポがずっと遅く、まったく別の音楽に聞こえる。
シャンティクリアは合唱で、
有名な「パンジェ・リングァ」の部分(57秒)になって、
(シャンティクリアは、32秒)
ひょっとして同じ曲かな、と感じられる程度。

恐らく、スコラ・アンティクァのように歌われると、
ラテン語を使っていた人には、
説き聞かせられるような感じに、
聞こえたであろうことは想像に難くない。
が、こんなに長く聞かされていると、
だんだん、飽きてくる可能性もあり、
シャンティクリア盤の方が音楽的に気楽に聞けるとも言える。

音楽と言葉の問題は、
シューベルトの歌曲でも発生しうるもので、
フィッシャー=ディースカウなどは、
この言葉の意味合いをあまりにも追及しすぎて、
かえって雰囲気を犠牲にしていた場合もあった。

得られた事:「グレゴリオ聖歌の定量リズムは、言葉のアクセントを生かしたもので、むしろ、調和リズムとでも呼ぶべきもの。9-10世紀の本来の聖歌の形だとされる。」
「ソレーム唱法(等価リズム)は、言葉が聞き取れない傾向があるが、それが超俗的な感覚でゴシック的な空間を満たす。そうは言っても、11世紀からの伝統を誇る。」
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by franz310 | 2013-03-10 13:44 | 古典

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その368

b0083728_134968.jpg個人的経験:
シャンティクリアという、
奇妙な名称の
ヴォーカル・アンサンブル。
一見すると、
アイドル・グループのような
イケメンたちである。
もう20年も前の録音で、
今はどうなっているかと、
ネット検索すると、
創立35周年を今月祝うとあった。


ここに挙げたのは、
WARNERから出ていた、
DAS ALTE WERKシリーズのもの。
解説書裏に出ている写真である。
日本盤も同仕様かはわからない。

この団体は、
An Orchestra of Voices
と自らを定義しているようだが、
実に多彩な響きで、
直截的、即物的になりがちなグレゴリオ聖歌を、
柔らかな声の織物に仕立て上げて、
非常に聞きやすい音楽になっている。

上品で嫌味がなく、
飽きが来ないのはさすがである。
ただし、これはグレゴリオ聖歌なのか、
グレゴリオ聖歌をテーマにしたムード音楽なのか、
私にはよく分からない。

ただし、1996年に出た、
国書刊行会の「古楽CD100ガイド」には、
「グレゴリオ聖歌」の入門盤みたいな扱いで、
このCDが推薦されている。

「多少うそっぽい」と注意書きがあるが、
まったく同感である。

ベースに見えるものが、
とても修道僧のような質素さではないからである。
木の寝台に寝ているようには思えず、
高級羽根布団かエアコン使用で寝ている感じ。
しかも、背景に持続音のようなものが、
鳴っている場合や、
様々な音域で彩を添えるものもあり、
とても「プレインチャント」とは思えない。

とはいえ、様々な音域の声や、
質感の声が交互に補助したりする様は、
確かに交響的であると言えよう。

ただし、このCDの選曲は、
非常にありがたく、
前回は、「聖週間」について学びながら、
心地よく、各曲を鑑賞することが出来た。
しかし、その路線だけで何曲か聞いて、
時間切れになってしまった。

さらに、このCDには隠し味が二つある。
その一つが、前回、紹介した、
以下の三つの音楽ステージに分けられる、
という聖歌の分類である。
(1)いわゆるグレゴリオ聖歌(だいたい700-850)
(2)カロリング王朝期(850-1000)
(3)中世(1000-1300)

ただし、どこに分類していいか、
分からないものも当然あるようで、
「聖金曜日のための特別な交唱、
Reproachesも変わっていて、
このオリジンは非常に漠然としている。」
などと書かれている。

これらは、Track4と、Track8で、
アンティフォナ「ダヴィデの子にホザンナ」
インプロペリア「わが民よ」である。

前者は、前回、すでに聞いたが、
こだまの効果のようなものも利用して、
とても分かりやすいメロディが繰り返される。

後者は、キリスト受難の聖金曜日に分類され、
初期のものではあるが、歌詞も音楽も詳細不明とある。

7分半もあって、十字架への崇拝の歌唱。
古代ギリシアの「聖なる神」をラテン語にしたものを、
リフレインで利用したとある。

前述の持続音のようなものを背景に、
様々な声の質の歌が湧き出ては消えて行く。
まことに幻想的な音楽。
これを聴くだけでうっとりのCDである。

ここまで聞いて、
ようやく、二番目の時期の解説まで来た。

上記分類の(2)である。
「カロリング朝の時期(850-1000)の
音楽スタイルは、新しいスタイルと、レパートリーを、
オリジナルのグレゴリオ聖歌に付け加えた。
二つのイムヌス、
リフレインCrux fidelis付の
Pange lingua(Track7)と、
Vexilla Regis(Track10)に、
この新奇性は現れている。
これらのイムヌスの言葉は、
詩篇やほかの聖書からではなく、
新たに作られたものである。
それは散文ではなく韻文で、
メロディの繰り返しを伴い、
連接になっている。」

なるほど、これはわかりやすい話である。
何百年も同じ言葉でしか作曲できないのだとしたら、
非常につまらない音楽しかできなくなる。
何だかそれのパロディのようなものが
出てきてもおかしくはない。

Track7は、演奏時間9分に迫る。
このパロディは、
妄想も発展したのであろう。
リフレインも伴いながら、
演奏時間も、二、三分で終わるような、
ほかの聖歌を圧している。

韻文によるイムヌス、とある。
歌詞は、600年頃のもので、
フランス、ポワティエの宮廷詩人、
Venantius Fortunatusの、
よく知られたもの。
音楽は紀元800年頃のものらしい。

言われてみなければそんな感じ。
韻を踏む以上、リズムが出来、
たたたた、たたたーというメロディが、
クルス、フィデリス、インター、オムネス
(何ものより尊い信頼の十字架よ)
という言葉を刻んでいく。

ジョスカン・デプレが、
ミサ・パンジェ・リングァ
(いざ歌え我が舌よ)という名品を、
グレゴリオ聖歌のメロディから生んでいるが、
その原曲であろうか。

Track10は、聖土曜日のイムヌス。
演奏時間は3分半。
「ヴェキシイラ、レエジス、プロウデント」
(王家の旗が行く)
という冒頭の一節のリズムが、
これまた、どんどん広がって行く。
聖十字架の遺物が運ばれた時の、
十字架賛歌である。

さて、イムヌスの他のカロリング朝の聖歌も見てみよう。

「韻文の強い束縛から、
メロディはより規則的な形をとる。
これは、韻文ではない、
メリスマティックなキリエ(Track2)
セクエンツ(Track13)にさえ、
見られる特徴で、
これらのジャンルは、カロリング王朝期の、
最も重要な二つのジャンルである。」

ミサ曲の冒頭を飾る「キリエ」を、
こんな切り口で紹介した文章は初めて読んだ。
Track2.キリエは、
Track1が内省的な地味系だったのに、
このシンプルな明快性が嬉しい選曲である。

さっと明るさが増す。

ミサ曲を聴くとすぐに分かるが、
このキリエは、「キリエ・エリクソン」をくり返すだけ。
韻文も散文もあったものではない。

「古代ギリシアの歓呼、ミサの開始」とあり、
「中世的な繰り返し」、「最後に自由に浮遊するメリスマ」
とあるが、ものすごく長いええええええええのメリスマ。

が、古代ギリシアが、何故、カロリング朝につながるのかは、
非常に不思議な感じがする。
が、カロリング朝ルネサンスという言葉もあるから、
ギリシア文化の見直しがあったのかもしれない。

「キリエ」は、のちにミサ曲の最初の楽章になるため、
かなりの気合いを必要とするのであろうか。
シューベルトは、未完成のミサ曲の一部としてや、
あるいは独立した楽曲として、
完成したミサ曲の「キリエ」とは別に、
多くの「キリエ」を残している。

それも、少年期に、D31(1812)をはじめ、
D45、D49、D66(1813)と、
集中して作曲しており、
なおかつ、どれもが恐ろしく充実していて、
とても15歳や16歳の作品とは思えない。

激烈な楽句、悲壮感漲るメロディが使われ、
極めて緊張感の高い作品となっている。
多くは、力作のオーケストラ伴奏を伴うが、
1813年3月1日に書かれた
(ちょうど、私が書いているのから200年前に)
D45のみは、無伴奏4部合唱のために書かれている。

一か月後のD49は、5分半の演奏時間を要し、
独唱者4人、トランペットやティンパニを伴う、
強烈な表現力を伴うものであるのに対し、
かなり簡素な感じを受ける。

かといって、その準備というわけではなく、
実際、前年秋のD31が、すでに大規模で、
かなりの完成度を示した作品となっている。
このD31、D49は、神にあわれみを乞う状況が、
かなり危機的状況であるのか、
かなり急き立てるような曲想である。

なお、翌年の初夏に出て来た、
最初の完成版ミサ曲第1番D105では、
D31やD49のような、激情的なキリエではなく、
より柔和で包み込むような美しさのキリエとなっている。
ものすごくロマンティックに感じる。

さて、無伴奏つながりで、このD45を聴いてみると、
この「主よあわれみたまえ」という、
素朴な感情が素直に表出されたという感じ。
日常の、地区教会で、そっと歌われるのにふさわしい佇まい。
2分半という演奏時間もグレゴリオ聖歌的に簡素で、
「シューベルトのキリエ」としては、
最も規模が小さい。

が、アインシュタインは、その著書で、
「短い無伴奏の小楽曲であるが、
あらゆる声楽の手段、声楽的緊張と摩擦、
強弱法のコントラストと変化を
十分に支配して書かれている」
(白水社、浅井真男訳)と書いている。

中間部の「キリスト、あわれみたまえ」のみ、
さっと影が差して押し殺したような情感が漲るが、
最初と最後は、日曜日の教会から漏れ聞こえて来そうな、
ある種の爽やかさがある。

再び、シャンティクリアの「グレゴリオ聖歌」に戻ると、
歌詞に関しては、カロリング朝も19世紀初頭もまったく同じ。

だが、「キリエ」という言葉だけでも、
いや、その「エ」という言葉だけでも、
執拗に装飾が変えられて延々と延ばされ、
まさしく聖遺物を発掘し、
その破片だけでも教会に安置しようという、
当時の人々の狂信的な熱狂のほてりが聞き取れるかのようだ。

いずれにせよ、これは、レントの期間内に歌われるようで、
シューベルトが、3月に「キリエ」を書いたのにも意味がありそうだ。

春先の40日間、キリストの受難に思いを馳せ、
悔い改めをする期間なので、
あれやこれや思い出して、
神よあわれみたまえ、と祈らずにはいられなくなるのだろう。

Track13は、セクエンツィアで、
イースターの時期のものだからか、
これまた、美しいメロディが分かりやすい。
カロリング朝特有なのか、
節回しがあるので、現代でも工夫して歌えそうである。

「850年以降の新しい聖歌」と書かれている。
メロディでも規模でも控えめなもの、
とあるが、十分に古い聖歌との差異は感じられる。

辞書にも、
「ヴィクティマエ・パスカリ・ラウデス
(Victimae Paschali Laudes)
『復活のいけにえに』は、
キリスト教カトリック教会の聖歌の一つ」とある。

以下、上記分類の(3)である。

「西暦1000年以降、
より親しみやすい歌謡的なフレーズが、
グレゴリオ聖歌の神秘的な不規則性にとってかわり、
多くは韻文、一種のメロディのようなものが支配的になり、
これを続けた形式の音楽が生まれた。
『グローリア』(Track11)や、
『アニュス・デイ』(Track15)の言葉は、
韻文ではなく散文だが、
それでもこれらのメロディはこの様式を反映している。」

Track11は、イースター用。
12世紀から13世紀に成立したもので、
多くの作品のもとになったもので、
ヴィヴァルディやヘンデルに、
巨大な「グローリア」がある。

「天のいと高きところに神の栄光」と歌われ、
「ミサ曲」の第2楽章として、
無数の名作の温床となった。

が、ここでの「グローリア」は、わずか2分46秒。
何となく明るく、喜ばしい賛歌であろうが、
かなり地味な音楽ではなかろうか。

Track15は、「アニュス・デイ」。
これまた、のちのミサ曲の第6楽章として、
大発展する音楽の原型がある。

「神の子羊、世の罪を除きたもう主よ、
われらに平安を与え給え」と歌われ、
これは、北方の曲付のものを歌っているらしいが、
安息に向かう雰囲気で、
ミゼレーレの悩ましいメリスマが心を打つ。

このCDのメリットとして、
「キリエ」、「グローリア」、「アニュス・デイ」など、
こうした基本的な宗教曲のエッセンスが、
含まれている点も強調しておきたい。

最後にお待ちかね、聖週間とは異なる、
マリア信仰の歌が四曲、
最後(Track16-19)が
CDにも収められているが、

これが、この企画の隠し味の3つ目で、
このようにいろんな角度から楽しめるCDであれば、
ゆっくりと味わいたいものだ。

いずれも短いものだが、
これらについても一言が添えられている。

「聖処女を讃える4つのアンティフォンは、
1100年以降発生した、マリア信仰の反映で、
数百のアンティフォンやほかの音楽を生み出した。
この4つのマリアのアンティフォンは、
その中で最も有名になったもので、
聖務日課の最後の終課で歌われるようになった。
これは大流行し、特に英国では、大きな祝祭で歌われた。
これらのアンティフォンは、これまた散文だが、
韻文的な散文で、抒情的なメロディに向いている。」

音楽の友社「キリスト教と音楽」(金澤正剛著)には、
「聖務日課のひとつに就寝前に行われる終課がありますが、
その終課のあとで聖母に祈りを捧げるという習慣が、m
中世の昔から定着するようになりました」とある。

これには4種あって、以下のように、
季節ごとに歌われるとある。
(ここに、聴いた感じと、フィリップスの、
ベネディクト派修道院版との相違を書いてみよう。)

・待降節直前の土曜日の日没から二月二日の日没まで
「アルマ・レデンプトリス・マーテル」
(贖い主の恵み深い母)
Track16で、独唱が先導し、
合唱が導かれて、心からこみ上げる憧れに満ちたもの。
「天の門に導く海の星」という、
眺望の開けた描写が、いかにも、
クリスマスを待つ心情に響くのだろうか。

ベネディクト修道会のものも、
特に、「版」を断るほどの差異は感じられなかった。
同様に、独唱者が、空に向かって、
祈りの声を届かせようという風情から始まる。

・二月二日の晩から聖水曜日の晩まで
「アヴェ・レジナ・チェルロム」
(アヴェ、天の女王よ)
これは聴き比べできない。

Track17で、独唱の先導はなく、
合唱で、これもまた、ロマンティックに、
胸を膨らませて歌うような感じ。
「何よりも美しき方」と書かれた歌詞もすごい。

最後に独唱が、
「さようなら、もっとも恵み深い方、
キリストによろしく」みたいな、
メールでのP.S.風の詩句も出てくる。

・復活祭の晩から聖霊降誕祭後の金曜日まで
「レジナ・チェリ」
(天の女王)
Track18は、天の女王よ、
とかなり、先の二曲よりも、
決然とした調子である。

神に向かい、私のために祈って下さい、
アレルヤ、と、全体的に喜ばしい。
復活祭の後だからであろうか。

これも、ベネディクト派のものと、
冒頭は、あまり変わらない感じだが、
ベネディクト派の方が、
憧れに満ちたふくらみが感じられた。
情感が込められ、もっとゆっくりな感じ。

・それ以降、降誕説の直前まで
「サルヴェ・レジナ」
(幸あれ、女王よ)
Track19で、女声とも見まがう、
澄んだ高音から歌いだされ、
他のアンティフォンの
倍相当の規模(3分)を持つ、
この変化に富む聖歌が始まる。

ベネディクト会修道士の方は、
そんな小細工なく、
朴訥な素朴な声で、
一心に祈っている感じである。

いかにも有節歌曲風に進行するが、
私たちに、慈悲の目を向けてください、
のところと、
最後の「慈悲深きマリアよ」には、
呼びかけるような雰囲気の変化がある。

シャンティクリア盤では、この最後でも、
天上的な高音が変化をつけてあざとい。

このCDの解説には、
「言葉が詩篇風散文と、
中世聖歌の韻文スタイルの中間点であるように、
洗練されたローマ聖歌と身近な北方風メロディの
中間点に音楽もあるようだ」
などと書かれている。

「ちなみに聖木曜日から復活祭までは
徹夜の行事が続くこともあって、
聖母の交唱は歌われません」と、
前述の「キリスト教と音楽」には書いてある。

アヴェ・レジナ・チェルロムは、
聖水曜日の晩まで、とあるが、
聖水曜日から聖木曜日までは、いったい、
どうしていたのであろうか。

ということで、原則的には、
これらの聖母用交唱(アンティフォナ)は、
このCDのように連続で、
歌われることはなかったということだ。

ということで、これまで聞いて来たCDで読んだ、
これまでの解説から一歩踏み出し、
このCDでは、これらの音楽形式が、
どのタイミングで出て来たかが語られている。

これによって、ギリシア伝来の「キリエ」や、
その他、中世になって出て来た「グローリア」や、
「アニュス・デイ」など、聖書の変則形のような、
「ミサ曲」のエッセンスが形作られて来たこともわかった。

まさに、詩句の変容とメロディの発展が、
相携えて起こった現場を鳥瞰できるわけだ。

得られた事:「シャンティクリアの『グレゴリオ聖歌集』は様々な角度から楽しめ、あざとさすら感じさせる工夫が随所に盛り込まれている。」
「シューベルトの無伴奏合唱の『キリエ』D45が、四旬節を前にして作曲された事は、シューベルトの初期の宗教曲が教会歴に密接に結びついていたことを感じさせた。」
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by franz310 | 2013-03-03 13:53 | 古典