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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その363

b0083728_2102292.jpg個人的経験:
シューベルトが、
ペルゴレージの傑作を
知っていて、
「スターバト・マーテル」
という野心作を書いた、
という学説には、
妙に心をそそるものがある。
シューベルト関係の文献で、
こうした古い音楽の話は、
あまり見たことがないからだ。


が、バッハやヴィヴァルディが、
死後忘れられたからといって、
バロック時代のすべての作曲家が、
同様の目にあったわけではなさそうだ。

そういえば、友人、シュパウンや、
ヒュッテンブレンナーの回想には、
ヘンデルに対する彼の絶賛の言葉が連ねられている。

ヘンデルとペルゴレージでは、
ペルゴレージの方が若く、
ヘンデルが「オルランド」(1733)、
「アリオダンテ」、「アルチーナ」(1735)といった、
変幻自在の円熟期のオペラを書き、
最高に有名な「水上の音楽」(1736)を書いた頃まで、
夭折の作曲家、ペルゴレージも生きていたのである。

ペルゴレージの遺作とされる
「スターバト・マーテル」(1736)は、
ソプラノとアルトの二重唱で演奏される音楽だが、
古くは、それに合唱を加えて演奏していた事もあった。

たとえば、イタリアの指揮者で、
オペラを得意にするガルデルリが、
ハンガリーのオーケストラ、
F・リスト室内管弦楽団を振った盤などは、
その形で録音されている。

ソプラノは、マグダ・カルマール、
アルトは、ユリア・ハマリである。
ハンガリー放送合唱団女声部が一緒に歌う。

このように独唱者たちと合唱と、
オーケストラのための音楽にしてみると、
ソプラノ、テノール、バスの独唱者と、
合唱とオーケストラのために書かれた、
シューベルトの作品とも、
風情が似てくるというものである。

このCD、ハンガリーの誇る、
フンガロトン・レーベルによるもので、
エラート・レーベルのシューベルトのCD表紙に、
フランスの画家が使われていたのと同様、
ハンガリーのカトリックの総本山エステルゴムにある、
キリスト教ミュージアムにある絵を表紙にした。
中世画家による「磔刑図」である。

このCDは1981年のもののようだが、
日本版もアルファエンタープライズから出ていて、
日本語解説がかなり充実している。
今は亡き、人気評論家の黒田恭一氏の語り口もなつかしく、
その後の楽曲解説も丁寧である。

黒田氏の書いている部分では、
「この演奏は、ヨーロッパの天井の高い、
したがって空気もひんやりしている建物の中の、
充分には光のさしこまないところに飾られている
古い宗教画を見た時に感じる、
あの気分を思い出させなくもいない」
という部分が圧巻である。

私は、雪が降った後の一月の週末、
かなりひんやりした部屋でこれを書いているので、
「あの気分」と言われても、
ちょっと腹立たしい感じもするのだが、
基本的にこういったおしゃれさが、
この人の身上であったので、
これを否定してはいけない。

また、後半には、キリスト教音楽の、
第一人者であった、野村良雄氏の「楽曲解説」がある。
この人は94年に亡くなっているので、
87年のこの解説は、かなり晩年のものである。

この解説では、ペルゴレージの生涯と、
まとまった研究は、イタリアの
Giuseppe Radiciotti(1858-1931)によって行われ、
それによるスイス人Cherbuliez(1888-1864)の編著、
「Pergolesi, Leben und Werk」(1954)が、
理解が促進された、などと書き出され、
恐ろしく専門的である。

スターバト・マーテルの作者でされる、
ヤコポーネについても、
法律家であったが、
妻の死をきっかけに修道士になった、
などと詳しい紹介をしながら、
彼が書いた確証はない、と、
さすが学究的な立場を取っている。

この解説によると、
「スターバト・マーテル」は、
以下のような機会に歌われたものだとある。

1.「十字架につけられた御子を前にしての
聖母を記念する日」の聖務日課

2.「『十字架の道行』と呼ばれる四旬節中の信心業」
(復活祭前の厳粛な40日間)

3.ご受難の週間の金曜日の「聖マリアの七つの御苦しみ」

4.9月15日の「聖マリアの七つの御苦しみ」のミサ

これらが何時であるかは、なかなか難しい問題である。
ここまで書いて、なぜ、4のように、
何月何日と書いてくれないのだろうか。
キリスト教の暦は、時として月の満ち欠けを利用し、
宗派によっても暦が異なるらしいので、
簡単には説明できないのかもしれないが。

ややこしいのはキリストが、受難したのが曜日で考えられたり、
さっさと生き返ったりした事に端を発するような気がする。

今年は、西方教会の暦では、
キリストが受難した聖金曜日が、3月29日、
キリストが復活したイースターが3月31日、
去年はこれらが、4月6日と4月8日で、
これでは、やばい日と目出度い日が、
ほとんど同じ時期ということになる。

そのため、というわけではあるまいが、
ヤバい日の前の方が、キリスト受難に、
じっくり思いを馳せるようにとってあり、
これがまたまた、キリストの断食の逸話から40日とされ、
レント(四旬節)という期間が設けられている。

ということで、上記1の「十字架に思いを馳せる」のは、
このあたりの事であろうと推察される。

が、2が、あえて四旬節(今年は2月13~3月30日)
と書かれているので、もっと別の日があるのであろうか。

3は、読んで字のごとく、受難関係であるから、
3月から4月の聖金曜日あたりを想像すればよいのだろうか。

ということで何月何日が、
分かりにくいとはいえ、ここまで詳しい
スターバト・マーテルの解説は、
これまで見たことがなく、
今日まで、この貴重な解説を読み飛ばして来たことを
反省することしきりである。

このCDの横文字解説などは、
「ラテン語で中世に書かれた最も美しい宗教詩の一つで、
ヤコポーネ・ダ・トーディは、受難の最もショッキングな
エピソードを題材にした」などと、
書き飛ばしているだけである。

私は、これまで多くの日本語解説にがっかりしてきたが、
このような力作解説も、バブル期にはあったのである。
88年発売のこのCDも、もう、四半世紀も前のものではないか。

失われた10年、20年、と言われているが、
その長さを実感できるCDでもある。

では、シューベルトの「スターバト・マーテル」が書かれたのは、
いつだったかと振り返ると、コルボ盤解説では、
2月28日だったと書かれていた。
ばっちり、これは、レント期間に相当しそうだ。

ついでに、「聖マリアの七つの御苦しみ」とは何かは、
○老シメオンがイエスの受難を預言。
生後40日のイエスが抱かれて、シメオンという人
2月3日あたりが記念日らしい。
これが、先の1かもしれない。
○ヘロデ王の「幼児皆殺し令」対策でエジプト逃避。
○12歳になったイエスをイェルサレムで3日間見失った。
○イエスが十字架を背負いゴルゴダの丘へ連れられていくのを見た。
○十字架上のイエスの足元に立ったとき。
○十字架から降ろされたとき。
○イエスの埋葬。

しかし、この野村良雄氏の解説を読めば読むほど、
教会も流動的であることが分かって、
われわれの無知をあざけるようである。

1960年代(1690年ではない)になっても、
「第2バチカン公会議」とやらが実施されており、
典礼について議論されているというのである。
1967年の「グレゴリオ聖歌集」では、
「スターバト・マーテル」は除外されたとある。

「もっとも伝統的・保守的とされてきた
カトリックのローマ典礼さえも、
まったく変貌しつつあるのが現代である。」
などという感嘆すら書き込まれている。

さすがに、音楽学者らしく、
スターバト・マーテルについては、
1918年シュミッツ著、
「音芸術における聖母の理想」とか、
1967年ロバートスン著、
「レクイエム、嘆きと慰めの音楽」を読めとある。

そして、音楽作品では、以下をあげている。
ジョスカン・デ・プレ、パレストリーナ、
A.スカルラッティ、カルダーラ、
ハイドン、ロッシーニ、ドヴォルザーク。

ペルゴレージの作品は、多感様式にぴったりで、
クロプシュトック(この人の作品はシューベルトが作曲した)、
ヴィーラント、ティーク、ガイベルが賞賛したとある。
唐突ながら、特にドイツで、ということであろうか。

この解説は、さらにペルゴレージの遺言ともされる、
大傑作「スターバト・マーテル」は、
実は、彼が5年前に書いた、
大カンタータ「怒りの日」の改作である、
という説も、きちんと紹介しており、
両曲とも13の部分に分かれ、
新作されたのは第1曲、第10曲だけだという。

歌詞を入れ替えるだけで、
これだけの傑作が出来ているのが驚き、
という妙な賞賛も書かれている。

改作方法としては、
「怒りの日」     「スターバト・マーテル」
合唱部          合唱および二重唱
アルトのアリア      アルトのアリア
ソプラノのアリア     ソプラノのアリア
合唱付きの二重唱     二重唱
四重唱          二重唱
となっているらしい。

このようなすぐれた解説ながら、
不満点があるとすれば、
一曲ごとの説明がない点であろうか。

また、この解説は、おそらく野村良雄氏の責任ではないが、
画竜点睛に欠くところがある。

歌詞対訳にバチカン版ミサ聖歌本を持ってきて、
原詩から改変されているところは、
「()内にペルゴレージと記した」とあるのだが、
私は何度見ても、この()を見つけられない。
印刷時のミスであろうか。

また、歌詞にトラック・ナンバーがないのが不親切だ。

以下、各曲につけられた、
このCDにおける、
文語調による格調高い訳による、
歌詞の冒頭部を、
シューベルトのものと比較してみよう。
下記、No.とあるのは、
シューベルトの曲のCDに従った。

Track1.
「悲しみに沈める御母は」(合唱曲)
No.1:「イエス・キリストは十字架にかけられ」
(シューベルトでは、ラルゴの合唱曲。)

シューベルトの音楽は、ものものしく、
いかにもオラトリオのような外面性がある。

精妙な合唱の入り方といい、
ペルゴレージの音楽には、
降霊術のような神秘性を一番に感じていたが、
ここまで描写的であると、
かえって、同様に、
演劇的要素もあるのではないか、
などと思ってしまった。

独唱者二人で歌う、最近の傾向とは違うが、
ハンガリー放送合唱団の女声部の声は、
非常にシルキーな感じで心地よい。

「涙にむせてたたずみ給えり」という、
シンプルな内容で、クロプシュトックが、
「血まみれの頭を垂れ、死の闇のなかへ下りていかれた」
と意訳?したのはやりすぎである。

が、ペルゴレージを聴いて、
「闇の中に下りる」感じを聴きとったのは、
分からんでもない。

このこの世ならぬ世界の空気感は、
地獄に下るオルフェウスの歌、
と聞こえてもおかしくはない。

Track2.
「歎き憂い悲しめるそのおん魂は」(ソプラノのアリア)
No.2:「キリストの十字架の傍らに
キリストの御母マリアと御友ヨハネは」
(シューベルトでは、アンダンティーノのソプラノのアリア)

アリアがソプラノであるのは同じ、
この題名比較からして、私は声を失った。
御友ヨハネを連れて来たのはクロプシュトックであった。
ペルゴレージの方は、
御母は単に嘆いている。

なだらかな歌曲といった感じは、
ペルゴレージも共通だが、
フレーズの終わりのアクセントが、
切迫感を高めている。

「御母の悲しい胸のうちを
一本の剣が刺し貫いた」という歌詞は、
妙に安っぽいと思ったが、
これは、ペルゴレージにも出てくる。

したがって、この曲では、
よく、オペラ的に歌われて、
ちょっと違和感を感じることがあるが、
ここで歌っているマグダ・カルマールの声は、
ボーイソプラノのような無垢な感じで、
非常に好感が持てる。

Magda Kalmarで検索すると、
容姿も美しく、これまた好感が持てる。
1944年生まれなので、この録音の時、
30代後半のはずだが、
解説に出ている写真はあまり良くない。

Track3.
「いかばかり憂い悲しみ給いしぞ」
No.3:「するとキリストは愛に満ちた顔をあげて」
(シューベルトでは、アンダンテの合唱曲。)

このガルデルリ盤では、清純な合唱曲である。
ふんわり、私を抱きとめてくれる。

「天主の御独り子の尊き御母は」
とあるだけで、いつまでも何も起こらないのが、
もとのスターバト・マーテルであった。

しかし、クロプシュトックは、
これでは満足しなかったようだ。

シューベルトが、書いた曲も至純な合唱だが、
死んでいくはずのキリストが、
御母と御友に挨拶を交わす。

Track4.
「尊き御子の苦しみを」
No.4:「死にゆくキリストが、
その御母と御友に与えた至福の喜び」
(シューベルトでは、アレグレット、ソプラノとテノールの二重唱。)

ペルゴレージでは、
御母が、御子の苦しみを見て、悲しむというだけ。
ユリア・ハマリの優しいアルトの声が、
控えめな伴奏に乗って揺れる。

ユリア・ハマリは、1942年生まれ、
ハンガリーの名歌手として有名で、
リヒターのカンタータなどでも活躍していた。

クロプシュトックは、この曲を、
「天使たちもその言葉に酔いしれ、
御母も御友の涙もかわく」と聞いた方が、
みんなの共感を得ると考えたようだ。

メロディの美しさではシューベルトも負けておらず、
天才的な色調のパレットの背景に、
二重唱が明るい歌を歌う。

Track5.
「たれか涙を注がざる者あらん」
No.5:「主イエスよ、あなたの死を見て
悲しみの涙を流さぬものがいるだろうか」
(シューベルトでは、ラルゲットの合唱曲。)

シューベルトでは、
いよいよイエスが身まかるので、
「涙をながさないものがいるだろうか」
「天の素晴らしさを聴いて喜ばないものがあろうか」
などと厳粛な教訓的な合唱を響かせる。

ペルゴレージの場合も、
「たれか涙を注がざる者あらん」
と歌われるから、シューベルトの歌詞と同様。
前半はほとんど独唱曲で、シューベルトとは異なる。

後半に合唱が登場するが、
すこし勢いを増しているのは、
次の節、「人々の罪のためイエズスが責められるのを御母は見た」
と言う風に別の部分を歌うからである。

Track6.
「聖母はまた眺め給えり」
No.6:「救世主の犠牲の祭壇を見て」
(シューベルトでは、アダージョ、テノールのアリア。

ペルゴレージは、ソプラノのアリア。
虚無的な楽想は、シューベルトと同様だが、
「苦しみのうちに息絶えるのを御母は見た」と、
歌詞としては執拗な感じである。

シューベルトも、虚無のオーボエが悲しい歌曲で、
「われらは何と深い感動を覚えたか」などと歌われ、
クロプシュトックは、
カメラの視線切り替えで変化をつけた。

が、クロプシュトックの妄想詩は、
確かにペルゴレージの解説としても使えるようだ。

Track7.
「慈しみの泉なる御母よ」
No.7:「天の恵みを授けられた御母」
(シューベルトでは、アレグレット・マエストーソの合唱フーガ。)

この部分は、タイトルを見るからに、
同じような内容になりそうだ。

が、ペルゴレージは、
ここをほの暗いアルトのアリアにして、
「われをして御悲しみのほどを感ぜしめ、
ともに涙を流さしめ給え」と、
しみじみと歌わせている。

シューベルト、クロプシュトックは、
「天の至福の玉座にあり、王冠が輝く」
と、教訓的な内容であって、
もっとけばけばしく盛り上げた。

恐らく、クロプシュトックの詩は、
下記の部分につけられたのかもしれない。
ペルゴレージの方も、実は、
Track8.に同様の部分が来るからである。

「わが心をして天主なる」は、
フーガ的な合唱曲で、
「キリストを愛する火に燃えしめ、
一にその御心に適わせしめ給え」と、
教訓的に盛り上がっている。
シューベルトのNo.8、
「神の御子よ、あなたの僕は」
(アンダンティーノのバスのアリア。)
は、
Track9.
「ああ聖母よ、十字架に」の後半に相当しそうである。
ここは、二重唱とコーラスで、
いかにもギャラント様式風。

歌唱もメリスマが入って、アリア風である。

「くぎ付けにせられ給える御子の傷を、
わが心に深く印し給え」
「御子の苦痛をわれに分かち給え」と、
かなりサディスティック、マゾヒスティックな内容。
こうした要素は、キリスト教美術では、
よくある例であろう。

やがて音楽は、奇妙なオーケストラの色調の中、
天使が歌いかわすような感じになる。

さらに、合唱の中から浮かび上がる独唱者の声が、
天上的に美しい部分が来る。

シューベルト、クロプシュトックは、
「天の玉座に行くまで、苦しい人生も耐えましょう」
と、賢者が歌い上げるようなもの。
内容としては、それほど違いはない。

Track10.
「我にキリストの死を負わしめ」は、
決然とした、というか、慄然としたような楽想。
これも、クロプシュトックやシューベルトにも、
いくばくかの影響を与えたはずである。

だから、
No.9:「素晴らしき主は、
そのくびきや重荷をひとりで担い」
(シューベルトはマエストーソで合唱曲にした。)
は、非常に力強い音楽になっているのであろうか。

「主が重荷を背負ってくれるから、
私の苦しみは軽くなる」という広々とした部分、
「あの世から、御子は私に声高く呼びかける
地上から天に向かえ」という、力強い部分が来る。

Track11.
「われの地獄の父に焼かれざらんため」
は、歌詞が強烈な割に、
愛らしい二重唱になっているが、
これは、聖母マリアにおねだりしているのである。
「われを守りたまえ、審判の日に」
「御母によりて勝利の報いを得しめ給え」
となる。

シューベルトでは、
No.10:「地上の喜びも悲しみも、
永遠の平安に向かう」
(アレグロ・モデラートの三重唱)で、
この悲痛な宗教曲には唐突とも言える、
これまた愛らしいアンサンブルが聴ける。

クロプシュトックの詩は妄想に妄想を重ね、
「喜びも悲しみも足元の塵」という詩句まで作り出している。

センチメンタルとも言える、
「鷲の翼で天の高みに急ぎたい」という詩句、
「天の恵みを授けられた仲間が、
私を導いてくれるだろう」という詩句は、
単に聖母にすがるのではなく、
啓蒙主義的な空気が感じられる。

Track12.
「肉親は死して朽つるとも」
は、
シューベルトの、
No.11:「いつかわれらが死の床で」
(アンダンテ・ソステヌート)
合唱を伴う、三重唱に相当するだろう。

クロプシュトックは、
「我々もいつか天で同胞に会うだろう」
などと、ベートーヴェンの「第九」みたいな詩句で、
シューベルトの崇高な楽想を引き出している。

しかし、ペルゴレージの方は、
非常に単純な詩句であって、
「霊魂には天国の栄福をこうむらしめたまえ」
と言っているだけ。

女声によって、高く上っていく効果は、
シューベルトのような同胞の力によるものではない。
神様が作用して、徐々に徐々に上っていく感じ。

が、クロプシュトックが、
ここに、よき同胞の力を借りたかった気持ちもわかる。
後半は、力強い「アーメン」の合唱で、
旋回していくような感じだが。
何か、他力本願的なのは時代の精神だろうか。

シューベルトも、最後は、
No.12、アレグロ・マエストーソの合唱フーガ。
「アーメン」であるが、ずっと晴れやかで、
もっと人間の力で、強引に這い上がって行く感じ、
とも聞こえなくはない。

友人たちに囲まれて育った、
シューベルトには、
もちろん、クロプシュトック版の方がふさわしい。

確かに、「シューベルト、友人たちの回想」でも、
この曲は、シンドラーの項で、
「クロプシュトックによる『スターバト・マーテル』」
と書かれ、「オラトリオ」とも書かれていた。

私は、ずっと、クロプシュトックは、
もっと忠実にラテン語をドイツ語に訳しているのかと思っていた。

得られた事:「若いころ、シューベルトは聖母を主題にした宗教曲を、シリーズで作曲していたが、どうも、この『スターバト・マーテル』は、典礼的ではなく、オラトリオ的な発想になっている。少年らしい擬古典的発想であろうか。」
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by franz310 | 2013-01-26 21:01 | 古典

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その362

b0083728_21172593.jpg個人的経験:
御多分に漏れず、
私の場合も、コルボといえば、
フォーレのレクイエムで、
その後、モンテヴェルディの
「聖母マリアの夕べの祈り」等、
一連の録音でもお世話になった。
彼の方もよく来日してくれ、
私は、モーツァルトの
レクイエムの実演を
聴いたことがある。


このスイスの指揮者は録音歴が長いため、
もう、音質的に古くなってしまったものも多く、
特に、バロック音楽などでは、
新しい潮流の中に埋没してしまった感じがあるが、
ここに聞く、1978年録音のエラート盤、
シューベルトの「スターバト・マーテル」
を録音したころは、まだ40代、
この写真を見ても、
まさしく「合唱音楽の神様」であった。

何と、今回のレコード・アカデミー賞は、
このコルボ指揮の、新しいほうの録音で、
モーツァルトとフォーレの「レクイエム」が、
声楽曲部門で受賞していた。

しかし、このヴァージン・レーベルのCDは、
20年も前の録音で、ずっと前から、
輸入盤の廉価盤として市場には出回っていて、
私などは中古で入手していたので、
不思議な感じがしないでもない。
それだけ、日本のレコード業界も疲弊しているのであろう。

それらは、コルボ60代前後の録音だが、
彼ももうすぐ80歳である。

さて、シューベルトの
「スターバト・マーテル」の話に戻ろう。

この作曲家が19歳の時に書かれた若書きであるが、
解説にもあるように、大変な規模を持ったもので、
野心作かつ、知られざる逸品である。

前回、このCDに収められた、
他の2曲、「マニフィカト D486」と、
「オッフェルトリウム D963」を聴いたので、
今回は、メインの大作をよく聴こうと思う。

解説は、ハリー・ハルブライヒという人が書いている。

「1815年の4月、彼は『スターバト・マーテル』の
最初の作曲(ト短調、D175)を試みているが、
音楽的には完成しているとは言え、
彼は、ヤコポーネ・ダ・トディのラテン詩の
最初の4節しか作曲していない。
これは合唱と控えめなサイズのオーケストラのために、
通作で作曲されている。」

この、いわば、「スターバト・マーテル」第1番は、
7分弱の作品であるが、今回、ここに聞くものは、
40分を越える大作で、比較することはできない。

「彼の第2の試みは、ここに録音されたもので、
ずっと野心的なもので、
1816年の宗教曲では最大規模、
実際、彼の宗教曲ではミサを除く作品では、
1820年の未完のオラトリオ、
『ラザロ』を唯一の例外として、
最大のものである。
彼は、オリジナルのラテン語より、
さらに自由なクロプシュトックの詩を選んだ。
ヤコポーネの詩作は、とにかく、
従来の厳格な教会の伝統からは、
少し離れたもので、
常に、それは擬似典礼的なテキストと考えられ、
もっと一般的な、あるいは私的な礼拝に、
合ったものであった。
これは主観的表現に向いたものとされ、
初期ルネサンスの巨匠たちのポリフォニックな作品すら、
(ジョスカン・デ・プレの名作のように)
彼らのより厳格な典礼用のものより、
個人的な雰囲気で書かれている。
この熱烈な主観性は、
残念ながら、参考にされながら、
有名なペルゴレージの音楽的遺言の影に隠れている
アレッサンドロ・スカルラッティの素晴らしい作品など、
ナポリ楽派のコンチェルタンテな作品によって、
クライマックスに至った。
1767年、ヨーゼフ・ハイドンは、
ペルゴレージの危機的主観性に、
彼自身のモニュメンタルな交響的着想を統合し、
巨大な作品を作曲した。」

このように書かれているので、
私は、ヴィヴァルディのものが含まれていないことに、
不満を感じた次第である。

が、この解説、もっと根本的な問題があるようだ。

というのは、私は、白水社から出ている、
アインシュタインの「シューベルト、音楽的肖像」
を読んでいて、こんな記載を発見したからである。

ここでは、「スターバト・マーテル」は、
「聖母立チ給エリ」と書かれている。

「『聖母立チ給エリ』というものは、
ラテン語による作品の場合にも典礼用楽曲ではなく、
教会の小礼拝堂か個人の家での礼拝用の
『祈誓用』楽曲にすぎなかった。
こうして『聖母立チ給エリ』は
アゴスティーノ・ステファーニ、
エマヌエーレ・アストルガ、
なかんずくG・B・ペルゴレージ以来、
聖楽の他の形式が許容する以上に、
主観的な感情の流露の機会となったのである。」

完全に、アインシュタインの説を、
生煮えのまま引用したような解説だったのだ。

また、エラートのCD解説に戻ろう。
「まさしく、同じ年に、
全ドイツの詩人の大御所とも言える、
『メシアーデ』の作家、クロプシュトックが、
ヤコポーネの詩のドイツ語版を書き、
1771年に出版された。
シューベルトが唯一、作曲したのであって、
ロッシーニ、ドヴォルザーク、ヴェルディ、
プーランク、バークレイらは、
オリジナルのラテン語のものに作曲しているのだが、
それは明らかに、作曲されるのに向いていた。」

これに対して、アインシュタインは、
「すべてのドイツ詩人のうちで
最も『多情多感な』(エムプフイントザーム)詩人
『メシアーデ』の作者がこのテクストを
自分のものにしたのは、何の不思議もない。
・・・印刷されたのは一七七一年だが、
すでに一七六七年に成立した
クロプシュトックのパラフレーズは、
はじめから作曲されるように作られていて、
しばしばペルゴレージの『聖母立チ給エリ』の
演奏の説明用テキストとして印刷された。」
と書いているのである。

CD解説には、
「クロプシュトックは、
ヤコポーネの規則的な連句を、
3行から7行の不規則な長さの自由な節にした。
シューベルトは、終わり近くで省略した、
2つの4行連を除き、この分割を尊重した。」
とあるが、
アインシュタインも解説には、
「クロプシュトックはラテン原文の四行一節の形を、
三行から七行までの長さの不同な自由詩節に変えたが、
シューベルトはこの詩人の段落をだいたい守り、
ただ、終わりに近いところで、
四行の詩節二つを省略している」
と、判で押されたような記載がある。

こんな比較をしていても、
何にもならないが、1948年に出された、
アインシュタインの本からの内容を、
半世紀以上も経った今、
一所懸命に読んでいるというのもなさけない。

もっと、すごい発見はないものか。

アインシュタインが、シューベルトが、
ペルゴレージの作品を知っていただろう、
と書いていたり、
シューベルトの楽曲そのものを、
賞賛したりしているが、
これもまた、このCDの解説者は、
そのままに近い形で解説に書いている。

こうなると、本当に、この曲を、
この解説者が聴いて書いたかすら、
怪しい、などと考えてしまう。

が、ここまで読んできたので、
まあ、解説を読み続けよう。

「この作品はレント(四旬節)から、
聖週間の時期近くに書かれていること以外、
この大作が書きすすめられたきっかけは定かではない。
また、生前に演奏された記録も残されていない。
シンドラーは、このスコアの巨大さと性格から、
これをオラトリオと呼んだが、
そのとおりと言える。」

なお、アインシュタインは、この曲を、
「聖金曜日の演奏を見込んでいた」と類推している。

「スコアは、ソプラノ、テノール、バスの3人の独唱者、
混成合唱、各一対のフルート、オーボエ、バスーン、
ホルンに、バスのアリアNo.8のみで使われる、
ダブル・バスーンに、三つのトロンボーンと、
弦楽合奏を必要とする。
すべて簡潔な12の楽章からなり、
最も効果的に、合唱、アリア、
アンサンブルが現れる。
各曲は、独自の編成、拍子、調性を持つが、
ある曲(No.1-2、6-7、11-12)は、
続けて演奏される。
比較できないほど自由で、多彩だが、
ヘ短調からヘ長調の調性体系は、
ペルゴレージのものを必然的に想起させる。」

このあたりは、アインシュタインの記載から、
多少変えてあるようだ。

「この作品は、分かりやすく、
No.1-7とNo.8-12の、
二つの部分に分けられ、
それぞれが、モダンなコンチェルタンテなスタイルと、
効果的なコントラストをなす、
厳格でアルカイックな、
シューベルトの書法は定格ではないが、
フーガを持つ。
こうしたコントラストは、
あまり目立たないが、ペルゴレージの作品にも見られ、
明らかにシューベルトは、これをモデルにしている。」

このあたりは、アインシュタインよりも、
少し、突っ込んだ記載になっている。

しかし、続いて、
「19歳の作曲家が、
青春のパワーの絶頂で書いた、
これらの12の楽章から、
一つを選ぶのは困難である。」
と書いてあるのは、
アインシュタインが、
「十二曲のうちどれが特に傑出しているか、
われわれには決められない」
と書いているのと、実質同じで、
こうなると、ほとんど盗作の域に達していないだろうか。

アインシュタインは、以下の四つを候補とした。
・ト短調の二重唱曲(No.4)
・ハ短調のテノール・アリア(No.6)
・ト長調のバス・アリア(No.8)
・ホ長調の合唱曲(No.9)
そして、最後のフーガのみは、
「あまりにお義理」として、「アーメン・フーガ」は、
候補からはずすとした。

では、CD解説を読んでみよう。
「唯一の例外は、最後のアーメン・フーガで、
これはいささか、わざとらしい。
しかし、このことは、ペルゴレージの、
対応する部分にも言えることだ。
これらはすべて、霊感に満ち、
心に訴える力、魅力的な新鮮さは、
なぜ、この傑作が、これまで、
こんなにも長く忘れられていたかと、
われわれを戸惑わせる。」

アインシュタインは、この曲の魅力を、
「簡潔さ、単純さ、メロディの花の美しさ、
音響の良さの点で、まったく人の心を奪う」
(浅井真男訳)と書いたので、
少し、違う意見のようである。

そして、この解説を書いた人は、以下の部分を、
アインシュタインに倣って列挙している。

・No.5.「主イエスよ、あなたの死を見て」
二部合唱、管楽器伴奏。
(前半はト短調、フルート、オーボエ、
バスーンとトロンボーン。
後半はト長調、ホルンのみ。)
・No.6.「救世主の犠牲の祭壇を見て」
(華麗なオーボエ独奏のあるテノールのアリア。)
・No.8「神の御子よ、あなたの僕は」
(アインシュタインにザラストロのアリアを想起させた、
ト長調のバスのアリア。)
・No.9「素晴らしき主は」
(壮麗な合唱曲、同様に「魔笛」の壮麗さの余韻)。

以下、各曲の解説が続く。
Track1.
No.1:「イエス・キリストは十字架にかけられ」
(ラルゴ、4/4拍子、ヘ短調)
二つのオーボエと三つのトロンボーンと、
弦楽合奏を伴う合唱。

じゃーんという序奏に続き、
物語が始まるにふさわしい、
荘厳な弦楽のメロディが流れ、
重々しい和音を奏でると、
神妙に合唱が湧き起って来る。
最初は女声が主体で、
「血まみれの頭を垂れ、
死の闇のなかへ下りていかれた」
と通して歌い、
それが、男声主体で盛り上がる、
という感じ。

この生々しい感じからして、
この種の音楽が、教会で禁止された時期があったのも、
肯けるのである。

Track2.
No.2:「キリストの十字架の傍らに
キリストの御母マリアと御友ヨハネは」
(アンダンティーノ、3/8拍子、変ロ短調)
二つのオーボエ、二つのバスーン、
弦楽合奏を伴うソプラノのアリア。

この曲は、オーボエ助奏を伴う、
シューベルトらしい陰影に富んだ、
なだらかな歌曲といった感じである。
「悲嘆にくれつつ佇んでいた」までで、
主部が終わり、
じゃじゃじゃとリズムが刻まれ、
「御母の悲しい胸のうちを
一本の剣が刺し貫いた」という、
やすっぽい中間部が対比される。

この詩はしかし、13世紀に生まれたとされ、
しかも、当時の信者を狙って書かれたものだから、
やすっぽいという表現は正しくないかもしれない。

Track3.
No.3:「するとキリストは愛に満ちた顔をあげて」
(アンダンテ、2/2拍子、変ホ長調)
二つのオーボエ、二つのバスーン、
二つのホルン、弦楽合奏を伴う合唱。

これまた、妙に説明的な部分で、
死んでいくはずのキリストが、
マリア様を見て「あなたこそは母」、
ヨハネを見て「あなたこそはこの母の息子です」
などと、御涙ちょうだいの言葉を吐く。

が、若いシューベルトは、
すっきりと素直で清純な合唱曲にしている。
キリストの言葉のところでは、
溢れだすような情感も込めている。

Track4.
No.4:「死にゆくキリストが、
その御母と御友に与えた至福の喜び」
(アレグレット、2/4拍子、変ロ長調)
二つのオーボエ、二つのバスーン、
弦楽合奏を伴うソプラノとテノールの二重唱。

この状況下ではふさわしくなさそうな、
オペラのような元気のよい二重唱であるが、
「天使たちもその言葉に酔いしれ、
御母も御友の涙もかわく」とあるのだから、
これでよいのかもしれない。

このあたりで雰囲気を明るくしておかないと、
続く部分が生きないということもあろう。

この部分はアインシュタインが褒めている。

Track5.
No.5:「主イエスよ、あなたの死を見て
悲しみの涙を流さぬものがいるだろうか」
(ラルゲット、3/4拍子、ト短調からト長調)
二つのフルート、二つのオーボエ、バスーン、
三つのトロンボーン(前半)。
二つのホルンのみ(後半)。弦楽はない。

解説者が賞賛する部分で、
いよいよイエスが身まかるので、
厳粛な合唱が静かに、押し殺すような声で、
「涙をながさないものがいるだろうか」
などという部分を歌って行く。

ホルンが高らかに、
救世主の声を伝える感じであろうか。
「天の素晴らしさを聴いて喜ばないものがあろうか」
という歌詞が続く。

Track6.
No.6:「救世主の犠牲の祭壇を見て」
(アダージョ、4/4拍子、ハ短調)
オーボエ独奏と弦楽を伴うテノールのアリア。

まるで冬の旅の一節のような、
虚脱感に満ちた歌曲で、沈鬱な弦楽に、
虚無感をたたえたオーボエが情感を盛り上げる。

この部分は、これらの光景を目の当たりにした、
われわれの心情を歌った部分で、テノールによって、
「われらは何と深い感動を覚えたか」などと歌われ、
「あの方々はまだ祈っておられる」と、
カメラを切り替えての情景描写も効果的である。

解説者もアインシュタインもそろって、
この音楽を賞賛するのは、理由があったのである。

Track7.
No.7:「天の恵みを授けられた御母」
(アレグレット・マエストーソ、4/4拍子、ハ長調)
複数のオーボエとバスーン、トロンボーン(声部に従って)、
弦楽合奏を伴う、合唱フーガ。

解説者もアインシュタインも、
言葉を濁した合唱フーガであるが、
それなりに緊迫感を作り上げ、
前半を盛り上げるのに成功している。

「天の至福の玉座にあり、王冠が輝く」
と、むしろ、歌詞の方がお座なりなのである。

Track8.
No.8:「神の御子よ、あなたの僕は」
(アンダンティーノ、3/8拍子、ト長調)
二つのオーボエ、二つのバスーン、二つのホルン、
ダブル・バスーンと弦楽合奏を伴うバスのアリア。

このアリアなども、美しい木管の色調で、
パステル色に染められたデリケートなもので、
「アルフォンソとエストレッラ」などを想起した。
もっと、オペラティックでも良いが、
歌詞は、かなり説教くさいので、
これぐらいが良いのであろう。

「天の玉座に行くまで、苦しい人生も耐えましょう」
みたいな内容。

「この世のすべての苦しみは、
あなたに仕える者にとっては、
優しいくびき」だと言って、
まさしくキリスト教の中でも、
本質的なものが歌われている。

こういった考えが怖くて、
秀吉や家康も、キリシタン禁令とした。

この楽章は、アインシュタインも解説者も、
そろって賞賛した部分である。

Track9.
No.9:「素晴らしき主は、
そのくびきや重荷をひとりで担い」
(マエストーソ、2/2拍子、ホ長調)
二つのフルート、二つのオーボエ、二つのホルン、
三つのトロンボーンと弦楽合奏を伴う合唱。

「主が重荷を背負ってくれるから、
私の苦しみは軽くなる」という内容にふさわしく、
晴れやかな雰囲気もある、広がりのある合唱。

途中からテンポが速くなり、
急き立てられるようになるのは、
「あの世から、御子は私に声高く呼びかける
地上から天に向かえ」
という部分で、実によくできている。

確かに精神が高揚する感じだ。

「死の丘の上で御子から学ぶ」というのも、
非常に効果的な詩句だと思う。

さすがに、アインシュタインも解説者も、
口をそろえて褒めている楽章だ。

Track10.
No.10:「地上の喜びも悲しみも、
永遠の平安に向かう」
(アレグロ・モデラート、2/2拍子、イ長調。
それからイ短調)
二つのフルート、二つのオーボエ、弦楽合奏、
イ短調部分では、二つのバスーンを伴う、
三重唱(ソプラノ、テノール、バス)。

いかにも、シューベルトらしい、
愛らしい木管のメロディで始まる
バスとソプラノの二重唱は、
「喜びも悲しみも足元の塵」だと説くのである。

テノールが入っての三重唱部は、
「束の間の喜びや悲しみは足元の塵」
と繰り返す。
そして、バスとソプラノのデュエット、
そして三重唱部が繰り返される。

その後、短調になっての、
「鷲の翼で天の高みに急ぎたい」という、
後半のテノール独唱部は、
木管楽器の面白い効果を伴う、
充実した音楽であるが、
何故か、特に褒められていない。

「天の恵みを授けられた仲間が、
私を導いてくれるだろう」という展開も、
妙に友愛精神をくすぐって感動的。

Track11.
No.11:「いつかわれらが死の床で」
(アンダンテ・ソステヌート、3/4拍子、ヘ長調)
二つのフルート、二つのオーボエ、二つのバスーン、
二つのホルンと弦楽合奏と合唱を伴う、三重唱。

主にソプラノの清澄さで聞かせる部分、
その他の独唱者も合唱も、
それを、見事に引き立てて、
精妙な効果をあげている。

「我々もいつか天で同胞に会うだろう」
という感動的な音楽で、
天上に誘われていくような、
超絶の効果を持っている。
シューベルトが操るオーケストラも、
冴えに冴えている。

Track12.
No.12:「アーメン」
(アレグロ・マエストーソ、2/2拍子、ヘ長調)
オーボエ、バスーン、トロンボーン(コッラ・パルテ)、
弦楽合奏を伴う合唱フーガ。

これまた、評判が悪いシューベルトのフーガであるが、
晴れやかな情感を広げて行き、
見事に、この大作を締めくくっている、
と書いても嘘にはなるまい。
が、コルボの美意識は、こうした部分でも、
自制心を持って、いたずらな盛り上げをやっていない。

得られた事:「シューベルト若書きの『スターバト・マーテル』は、彼の後年の名作群の予兆が聞き取れる野心作。ペルゴレージの名作を、彼は参考にしていたとされ、同じ調性で始まり、終わる。」
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by franz310 | 2013-01-18 21:18 | シューベルト

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その361

b0083728_2171459.jpg個人的経験:
シューベルト作曲の、
「マニフィカト」は、
この作曲家の
埋もれた傑作とされるが、
ミシェル・コルボのような、
宗教音楽の大家は
ちゃんと録音していたりする。
これは、アナログ録音の、
最盛期くらいに出たもので、
私はCDで買いなおした。


この録音のメインは、
大作「スターバト・マーテル」で、
これまた、名作ながら録音が少ないので、
まことに貴重なものと言える。

フランスの誇るエラート・レーベルのもので、
いかにも、「悲しみの聖母」を描いた、
絵画「キリスト降架」による表紙も、
ニコラ・トゥルニエ(1590-1639)
というフランスの画家によるものである。

時代的にはヴィヴァルディやペルゴレージより、
古い人であるから、当然、この絵から、
シューベルトの音楽を空想することは難しい。
が、後述するように、
ここでの音楽は、意外に過去と結びついているようなのだ。

ローザンヌ・ヴォーカル・アンサンブルに、
ローザンヌ室内管弦楽団が共演している。
ソプラノはシーラ・アームストロング、
アルトにハンナ・シェーアを採用、
テノール、アレジャンドロ・ラミレッツ、
バリトンはフィリップ・ヒュッテンロッヒャーである。

この変わった名前のバリトンは、
コルボの名作、
フォーレのレクイエムに出ていた人ではないか。

解説は、Harry Halbreich(ハリー・ハルブライヒ?)
という人が、かなり丁寧に書いている。

「シューベルトの作品の中で、
オペラですら、次第に忘却から救われている現在、
宗教曲は、知られざる領域のひとつとして残されている。
6曲のラテン語ミサ曲、ことに、
変イ長調、変ホ長調の2曲の成熟した作品が、
比較的、人気作である中で、
他の宗教曲で有名になってきているものは少ない。
少なくともドイッチュ番号で、
43曲を数えるものが宗教曲でもある。
さらに言えば、シューベルトは、教会音楽を、
その生涯を通じて作曲しており、
15歳という早い時期の、
7曲ある『サルヴェ・レジーナ』の最初のもの、
(1812年6月28日作曲のヘ長調D27)に、
『キリエ ニ短調D31』がその3か月後に続いた。」

私は、ここで、あっと、息を飲んだ。
サヴァリッシュの「宗教合唱曲全集」と題されたものにも、
この2曲は収録されておらず、
(音楽之友社、作曲家、人と作品シリーズ
「シューベルト」にも、
『最近、サヴァリッシュの指揮による宗教音楽集の
CDがリリースされ、多くの曲を耳にできるようにはなったが、
それでもまだ『全集録音』ではない』という記載があった。)
私も、これまで、これらの曲を意識せずにいたからである。
前回、サルヴェ・レジーナが7曲と書いたが、
D223の改訂版を一曲とするのかと思っていた。

「応答頌歌『私の王』は、彼の死の何週間か前の、
1828年10月の終わりに完成されており、
それに続くのは、最後の歌曲『岩の上の羊飼い』や、
最後のオペラで完成されなかった、
『グライヒェン伯爵』だけである。
彼の宗教曲の大部分は、
ラテン語の典礼用のテキストに基づき、
しかし、いくつかのドイツ語のものも作曲している。
それらの中には、
『ドイツ・ミサ曲』(D872)が最も有名だが、
『スターバト・マーテル』が最も重要なものである。
また、シューベルトは『詩篇92』(D953)を、
ヴィーンのシナゴーグのカントールの依頼で、
ヘブライ語で書いている。
シューベルトの信仰心には、
通常以上に深く熱いものがあったが、
彼の学校の仲間と同様、
当時のカトリック教会には、
強い反感を持っていた。
したがって、彼のミサ曲において、
『使徒継承の教会を』という言葉は、
省いて作曲していて、
オーストリアやバイエルンの教会の、
権威主義的なところ以外の典礼で使われた。
彼の生涯の何年か、ますます、
彼の信仰心は汎神的、個人的なものとなり、
絶望の向こうの晴朗さに達し、
遂には希望をも超越してしまった。」

さらりと書いているが、
何と言う恐ろしさであろう。
希望をも超越した信仰の中に、
晩年のシューベルトはいた。

「彼が最後のミサで、
『よみがえりを待ち望む』という文言を削除したのは、
何の見返りもないローマ教会への忠誠の反発より、
確かに深い意味のあることであった。
しかるに、シューベルトの宗教曲の多くは、
機会音楽(または変イ長調ミサのように、
就職を想定したもの)であって、
いくつかの少しの作品が、
スターバト・マーテルがそうだが、
内的な衝動から作曲されたように見える。
それがオーソドックスかどうかは別にして、
シューベルトのものは信仰心の発露であって、
それは多くの器楽曲にも聞き取れ、
『水の上で歌える』のような、
擬似的な宗教作品からもそれはうかがえる。」

ということで、サヴァリッシュの、
シューベルトの宗教曲のCD解説が、
シューベルトの信仰心を疑ったものだったのに対し、
こちらは、その違う形の信仰を強調している。

「ここに録音されたものの2つは、
1816年のものであって、
彼の生涯でも実り多き時期のものであった。
1815年の終わりにかけて、
彼は第3ミサ曲(変ロ長調、D324)を書いており、
おそらくクリスマスに歌われたものと思われる。
1816年からの彼の9曲の宗教曲シリーズは、
2月21日から、『サルヴェ・レジーナ』の
第4番(D379)から始まった。
2月28日にはこの大作のスコアを完成するので、
彼は、おそらくすでに、同時に、
ドイツ語による『スターバト・マーテル』の
作曲に取り掛かっていたに違いない。
もう一曲の『サルヴェ・レジーナ』(D386)が、
3月に作曲され、
7月に、新しい第4ミサ曲
(ハ長調、D452)を完成させている。
計画された『レクイエム』(D453)は断片に終わったが、
8月には、D460とD461の、
2つの『タントゥム・エルゴ』が、
9月には唯一の作品である
『マニフィカト』(D486)が書かれた。
10月に、二重唱『天国にいるアウグストゥスよ』(D488)
が完成され、
1818年夏まで、宗教曲が書かれることはなかった。」

ちなみに、ここでは、妙にすっきりと、
「マニフィカト」は1816年の作曲とされているが、
他の文献では、この曲は1815年の作曲とされている。

「ドイッチュ番号がこの視点をよく表しているが、
同時にシューベルトは、100曲以上の新作歌曲をはじめ、
2つの交響曲(第4と第5)、四重奏曲、
ソナタ、オペラなど、ほかの作品も、
大量に書いていることを忘れてはならない。」

以下、「スターバト・マーテル」の解説が始まるが、
ここでは、前回の続きで、気になっている、
「マニフィカト」を聴くことにしよう。

が、1815年の作曲か、1816年の作曲か、
私には、非常に気になる。

もし、1815年に「マニフィカト」を書いた後、
1816年の「スターバト・マーテル」が書かれたのであれば、
キリストが生まれる前と、死んだ後を時系列に書いたことになる。
しかし、「スターバト・マーテル」を書いた後、
「マニフィカト」を書いたのだとしたら、
キリストを殺してから、お告げの話を持ってくる感じで、
むしろ、復活を描いたような順番となる。

解説には、別に、そんなことは書いていないのだが。

だが、この解説では、以下のように、かなり自信ありげに、
この「マニフィカト」の成立年代を決定している。

「『マニフィカト ハ長調(D486)は、
1816年9月15日から25日の間に書かれ、
おそらく、同じ調性のミサ曲(第4)と
一緒に、同じ典礼の時に演奏しようとしたのだろう。
作曲家の兄のフェルディナントは、
『大マニフィカト』と呼んでいるが、
シューベルトは一曲しか書かなかった。」

ディアベリが調べた、作品一覧には、
「大マニフィカト」と書かれているが、
これはフェルディナンドの報告によるものと言うことか。

「この作品は手頃な大きさのもので、
通作形式で書かれ、輝かしさと力は、
三部の構成と共に、同じ調性の、
ハイドンの大きな『テ・デウム』を想起させる。
これは1800年に、皇女マリア・テレサのために
書かれたものである。
オーケストラは、オーボエ、バスーン、トランペットを複数、
ティンパニと弦楽からなり、
ミサ曲とは異なり、ヴィオラ・パートもある。」

ミサ曲第4番が、ヴィオラなしの
オーケストラのために書かれていることを
補足する必要があろう。

また、オルガンを伴うことは記載されていない。

Track14.
「開始部は、アレグロ・モデラートで、
4小節の短い付点リズムの序奏があり、
溢れんばかりのオーケストラの装飾を伴う、
白熱した合唱を導く。」

じゃじゃじゃじゃーという、目くるめく、
交響曲的な序奏を、ここでは付点リズムと書いている。
そこからは、確かにあふれんばかりで、
ヴァイオリンは細かい音形を刻み、
ティンパニが鳴り響き、
チェロなどもざざざざと音を上げ、
ラッパは吹き鳴らされている。
木管群も色彩を放つ。

この雄大なメロディも、
シューベルトならではの精妙さを併せ持つ。

しかし、ラテン語のポリフォニックな歌唱による、
「いつの代の人もわたしを幸せな人と呼ぶ」
の部分などは、ほとんど歌詞が聞き取れない。

「この目もくらむような壮麗さは、
3/4拍子のヘ長調のアンダンテの、
控えめで親密な中間部とコントラストをなし、
『Deposuit potentes』
(神は権力をふるう者を、その座から下ろし)
という言葉から始まり、
4人の独唱者と、オーボエと弦楽という、
限定されたオーケストラが支える。
ソロのオーボエが美しいソプラノのメロディを予告する。」

弦楽とオーボエの序奏は、
情感に富むもので、
独唱が始まってからも、
オーケストラの抒情的な間奏曲は、
かなり魅力的なもので、
陶酔的なまでに心にしみる。

それにしても、シューベルトが採用した、
この分け方については、筆者は異論はないのだろうか。
つまり、壮麗な第1部で、
「わたしは神をあがめ」はふさわしかろうが、
「卑しいはしためを顧みられ」の部分こそ、
控えめな親密な言葉で聞きたかったのだが。

やはり、本来のマニフィカトとは違って、
シューベルトは、
「力の強いお方がわたしに大きなことをしてくださった」
とか、
「高ぶるものを追い散らし」
とか言った部分には作曲していないようだ。

「拡大された第3部は、頌栄部で、
3/4拍子の白熱したアレグロ・ヴィヴァーチェで、
独唱者と合唱が歌いかわす。
このあまり知られていない作品は、
(これは史上2回目の録音となる)
もっと頻繁に演奏されてもよい価値がある。」

たびたび触れている、サヴァリッシュの録音は、
1980年代のものと思われ、
1978年に録音されたこのコルボ盤の前に、
誰が録音していたのだろうか。

第3部は、オーケストラが主動的な役割で、
素晴らしいエネルギーを放ちながら進み、
ばーん、ばーんと花火をさく裂させながら、
アーメンの大合唱の晴朗なメロディを輝かせる。

わたしは、サヴァリッシュ盤、
そして前回聴いた、ディスカバーの盤の後、
このコルボ指揮の演奏を聴いて、
ようやく、この曲は、確かに傑作ではないか、
と思えてきた。

これまで、力任せとか、
無茶な圧縮と聞こえていた部分が、
この演奏だと、構成が分かりやすく、
それなりの広がり感を持って味わえた。

さて、この曲の他に、晩年の作品も入っている。

「シューベルトは、1824年の4月から、
ドイツ・ミサ曲D872を書く1827年の夏まで、
宗教曲の作曲をしていない。」

唐突な話で、さきほどの話、
宗教曲を連作した1816年から、
1824年までの事は書かれていない。

が、あんなにたくさん書いていたのが、
3年のブランクがあるのは不思議であるし、
ドイツ・ミサ曲というのも、
こう見ると、かなり晩年の作品だと思えてくる。

「しかし、シューベルトの最後の数か月は、
1828年の6月と7月に作曲された、
彼の最後の、そして最高のミサ曲
(第6番変ホ長調、D950)から幕開けする、
最後の収穫期であった。
確かに、スケールは小さいが、
もっと注目に値するほかの宗教曲を
かすませてしまっている。
そこには、ヘブライ語への付曲、
『詩篇92』(D953、7月)、
混成合唱と管楽オーケストラのための、
『精霊への賛歌』(D954、8月)、
同じ楽譜に書き込まれた、
最後の3つの作品、
初期、1816年のハ長調ミサへの、
新しいベネディクトゥス(D961)、
変ホの『タントゥム・エルゴ』(D962)、
『オッフェルトリウム』(D963)である。
これらは1828年の8月に、
恐らく、ヴィーン郊外の孤児院の
教師とオルガニストをしていた、
シューベルトの兄フェルディナントのために書かれ、
それから二、三週間、シューベルトはそこに滞在した。」

先に引用した音楽之友社の本(村田千尋著)には、
「9月1日、兄フェルディナントがウィーン郊外の
新しく拓けた住宅街にある『ツア・シュタット・ロンベルク館』
に引っ越すと・・・兄の家に居候することになった。」
と書かれているが、これは、最後の家になるそうなので、
その前にフェルディナントが住んでいた家のことであろうか。

Track13.
「変ロ長調の『オッフェルトリウム 私の王』は、
テノール独唱と合唱、大オーケストラ
(オーボエ、2つのクラリネット、
2つのバスーン、2つのホルン、
3つのトロンボーンと弦楽合奏)のためのもので、
現在まで長い忘却の中に取り残されているものの、
シューベルト最後の宗教曲で、
最後から二番目の完成作品である。
これは、詩篇5の
『私の祈りの声を聴いてください。
我が王、我が神、あなたに祈るがゆえに』
という、ラテン語2、3行に作曲されたもので、
2/2拍子、アレグロ・コン・モートの
合唱付きアリアに拡大されている。」

ということで、そこそこ編成も大規模、
演奏時間も11分近く、
「マニフィカト」より長い。
3曲が同じ楽譜に書かれていたとしたら、
広告の裏みたいなのを想像してはならない。

詩篇第5編は、エンデルレ書店から出ていた、
アブリ著の「聖書の讃美歌」によれば、
「教会の朝の祈である」とのことだが、
シューベルトが作曲したところだけでは、
どうも、それが分からない。

しかし、彼が作曲した部分の、次には、
「おんみは朝ごとに、わが声におん耳を傾けたもう」
という詩句が続く。

それから、詩はまだまだ続き、
自分が捧げものをして神を待つこと、
神が不義を嫌うこと、
たくらんだり、へつらったりする、
自分の敵をやっつけてくれることを願っている。

「おんみに拠り所を求るものは、
すべて常に喜ぶべし」と、
かなり自分勝手なことを、
言っているような感じがしないでもない。

確かに歌詞がこれだけだと、
10分以上、手をかえ品をかえ、
同じ事を言っているだけと言える。

「インテンデ・ヴォチ・オラティオニス・メアエ」
(助けを求めて叫ぶ声を聴いてください)
を、ひたすら言い続ける音楽だと考えればよい。

が、音楽の質を考えれば、
この曲には、もっと注目すべきであろう。

下記にあるように、
まず、オーボエ協奏曲の第2楽章のような、
比較的、長く、しかも情感に富んだ序奏が美しい。

「オーボエ独奏が目立つ、
幅広いオーケストラの序奏があり、
テノールの登場を待つ。
30小節ばかりの独唱のあと、
合唱が入ってきて、独唱者と歌いかわす。」

ここでのオーボエは、
ジャン・パウル・ゴイという人が吹いている。

テノールが、歌いだした後も、
オーボエやほかの楽器は、
玄妙な渦を巻いて取り囲み、
実に天上的とも言える。

合唱の登場も凝った感じで、
トロンボーンだかホルンだかが、
暗い影を投げかけると、
そこから湧き上がる感じである。

晴朗でのびやかに音楽は進んでいくが、
恐ろしい事に、例の影が差すと、
展開部的に緊張感を増して、
ポリフォニックに錯綜、
合唱は絶叫に近くなる。

その中から、独唱者が、
さっそうと光を受けて出てくる感じも良い。

歌詞は、前述のように、
詩篇の断片のようなものなので、
「わたしの王、わたしの神よ。
助けを求めて叫ぶ声を聴いてください。
あなたに向かって祈ります。」
というのがすべてである。

しかし、不思議な陰影を交錯させて、
オーケストラの音色も幽玄の極みを見せ、
無重力感に満ち、
天に昇っていくような音楽になっている。

「自由で、いくらか長くされた、
ソロと合唱のための再現部(要約部?)があり、
短い結尾部が、
この忘れがたい別れの美しさに満ちた作品を終わらせる。
これは、ブルックナーの先駆となる、
シューベルトの晩年の作品特有の、
時間と空間の幻視を加えている。
モーツァルトの最後の作品のように、
地上の苦しみを越えた、
究極の技法と晴朗さを語り、
最近発見された、同時期の作品、
永遠に完成することのない、
偉大なニ長調交響曲の、
よく書かれたスケッチが我々に示唆するような、
新しい章を開いている。」

確かに、この「オッフェルトリウム」、
最後の方は、完全に天上に行ってしまっており、
どんどん、音楽は大気圏を去って希薄になって、
不思議な天空の輝きを感じさせる。
何とも玄妙な音楽なのである。

これはまた、どえらい音楽が隠れていたものである。
「交響曲第10番」などとも言われる、
「ニ長調交響曲」を例に出すあたり、
わたしには、完全に納得してしまわずにいられなかった。

そういわれると、冒頭のオーボエの独奏からして、
あの交響曲の不思議なエンドレス感を醸し出している。

そもそも、この曲は、青春期に書かれた、
「スターバト・マーテル」の付録のように、
収められるべき音楽ではなく、
シューベルト、最晩年の音楽集、
みたいに、先の交響曲と一緒に、
アルバムを作るような類である。

このCDは、本来、「スターバト・マーテル」を聴くべきだが、
今回は、先の「マニフィカト」と、
この「オッフェルトリウム」を味わって、
かなりの充実感を味わったので、
「スターバト・マーテル」は次回に回したい。

得られた事:「シューベルトの最後から2番目の作品とされる、『オッフェルトリウム』D963は、彼の『第10交響曲』に連なる幽玄な無重力世界に我々を導く。」
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by franz310 | 2013-01-13 21:10 | シューベルト

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その360

b0083728_2264970.jpg個人的経験:
2013年になった。
昨年の年末には、
様々な、ヴィヴァルディの
宗教曲を聴いたが、
年初は、再び原点に戻って、
シューベルトの音楽を聴く。

シューベルトには、
数多くの教会の
典礼用の音楽があり、
そうした音楽の
古典の傑作を知らないと、
この貴重な作品群の価値を、
量りかねるような気もしていた。


シューベルトの宗教曲は、
彼の大規模作品の中では、
比較的早い段階、
作曲家の生前から公開演奏され、
すぐれた内容のものも多いが、
日本人には敷居の高いものも多い。

古くはモンテヴェルディが名曲を書き、
ヴィヴァルディやバッハの作品でも有名な、
「マグニーフィカト(マニフィカト)」なども、
それが何だかよくわからないという意味で、
非常に縁遠いものだ。

モンテヴェルディの例からも明らかなように、
この曲は、聖母を礼賛するお務めの最後を飾る、
さく裂するようなマリア賛歌である。
したがって、それを聴いただけで、
遠慮しておく聴き手がいてもおかしくはない。

「マニフィカト」は、「ルカによる福音書」の第1章の
46節から55節にかけての詩句によるものとされ、
岩波文庫の塚本虎二訳の「福音書」でも、
これを読むことが出来る。

「イエス・キリストの福音の発端から、
それがローマにまで伸びていったことの顛末を」、
書いたもの、と書き出されているように、
「はしがき」とされる、この第1章には、
「洗礼者ヨハネの誕生のお告げ」から、
「イエスの誕生のお告げ」といった物語が続く。

ヨハネの母親がエリザベツで、
受胎告知を受けたマリアは、
いそいそと、同様に神の力で子を授かったとされる、
この親戚のエリザベツを訪問することになる。

エリザベツが、マリアの挨拶を聴いて祝福し、
「あなたは女の中で一番祝福された方」などと寿ぐと、
「マリアが神々を賛美して言った-」
として、「マニフィカト」の歌詞が始まる。

以下、今回取り上げる、
ディスカバー・レーベルのCDの
Track8.を同時に聞きながら、
聖書の一節を味わってみよう。

まず、このCD、「マニフィカト」については、
下記のような解説がある。

「ハ長調の『マニフィカト』D486は、
1815年の9月15日、
1日で作曲された。
これはシューベルトが書いた
唯一のマニフィカトである。
1815年はこの若い天才にとって、
とりわけ多産の年であった。
彼は140曲もの歌曲を、
この愛らしい『マニフィカト』を含む、
他の作品とともに一遍に書いた。
この曲は、ソプラノ、アルト、テノール、
そしてバスという4人の独唱者、
オーケストラとオルガンを利用して、
贅沢に彩られている。
(オルガン抜きのオーケストラ版もある。)
しかし、この曲はシューベルトの死から、
ずっと経った1888年まで出版されなかった。」

じゃんじゃじゃじゃーんという、
交響曲(特に1818年の第6、
D589の先取りに聞こえる)
のように壮大な序奏を持ち、
合唱が始まると、
確かにオルガンの音が聞こえている。

「わたしの心は主をあがめ、
わたしの霊は救い主なる神を喜びたたえる、」
という内容で始まるが、
それにふさわしい、爆発するような合唱である。

「マーニフィカート、マーニフィカート」と、
繰り返されて始まる、
オーケストラだけの部分も、
天駆けるように、エネルギッシュな運動を見せ、
まことに喜ばしく神を讃えている。

「この卑しい召使にまで目をかけてくださったからです」
と、歌われる部分は、
おそらく、マリアの心情を表した重要な部分だと思うが、
フーガ風に扱われている部分がそうなのだろうか。
このあたり、音楽が縦横に錯綜し、
まるで、歌詞が聞き取れない。

また、マリアの心情に沿った、
「力の強いお方がわたしに大きなことをしてくださった」
という部分に関しては、
明らかにシューベルトは作曲していないようだ。

この「マニフィカト」という種の楽曲(聖書の部分)は、
最初は自分(マリア)のことに対する感謝の言葉だが、
だんだん、神の一般的な偉大さに傾いて行き、
「権力者を位から引き下ろし。
低いものを高うし」とか、
「飢えた者を宝で満たし、
富める者を空手で追い返されましょう」
といった後半は、
マリアと関係あるようなないような内容。

シューベルトには、
そっちの方が興味あったと見え、
このあたりはしっかり作曲されている。

ここは、2分過ぎに現れる。
わざわざ曲調が変わり、
オーボエであろうか、ひなびた木管楽器に導かれ、
独唱者たちが歌いかわす部分となる。

主にソプラノがメロディを受け持ち、
他の独唱者はハモる感じである。

3分15秒くらいからは、
速度を落とし、優しい曲調になって、
美しいオーボエのソロが空気感を変えて行く。
独唱者たちのポリフォニックに、
最後の、
「永遠にその憐みを忘れず、
その僕イスラエルの民を助けてくださるでしょう」
といった聖書におけるマリアの賛美の歌の結尾部に続く。
最後も、ここは、美しいオーボエ・ソロである。

「ルカによる福音書」は、この後、
「マリアは三か月ほどエリザベツと一しょにいて、
家に帰った」とあるが、
当然、それは音楽化されてはいない。

音楽の方は、宗教音楽でお決まりの頌栄部に入って、
「父と子と聖霊に栄光がありますように」の、
「グローリア」の部分に入る。

これは、どんどんどんと勇ましい部分で、
CDでは、5分8秒くらいから始まる。
ヴァイオリン群もうねるように進み、
すごい迫力に高まって行く。

6分を過ぎると、「アーメ、アーメ、アーアアメン」
(と聞こえる)の大合唱となり、
明快なメロディ・ラインがこの時代の空気を感じさせる。

6分50秒あたりからは、
「グローリア」の部分がポリフォニックになって、
再開され、残り二分を、
もうぐじゃぐじゃな感じに盛り上げていく。
何を歌っているかよりも、
ヴァイオリンがうねり、ラッパが鳴り、
オルガンにティンパニがさく裂していることしか分からない。

オーケストラにも合唱にも全力投球が要求される
この曲は実演で聞いたら、
かなり聴きごたえがするのではないだろうか。

が、極彩色のパレットを使いながら、
シューベルトの気持ちは、
それを塗りたくり勝ちで、
ド派手な演出優先の音楽にも聞こえる。

聖母マリアの質素な心情からは、
かなりぶっ飛んだ音楽である。

が、ヴィヴァルディもバッハも、
そうした音楽で、「マニフィカト」を満たした。
まことに不思議なことである。

今回のプラハの団体を中心としたメンバーの録音は、
前に聞いたサヴァリッシュの全集より、
録音も新しいし、すっきりした演奏に聞こえる。

さて、いま一つ、聖母の賛美の歌として、
古くから知られるものには、
「サルヴェ・レジーナ」があって、
シューベルトは、この詩によって、
7曲もの音楽を残している。

D106(1814)
D223(1815/第2稿1823)
D379(ドイツ語)(1816)
D386(1816)
D676(1819)
D811(1824)

このCDには、うまい具合に、
サルヴェ・レジーナのD676と、
先に紹介した、マニフィカトD486という、
マリア賛歌が、
ミサ曲第1番に続けて入っている。

これらの曲は、
滅多に単独のCDでは見つからないので、
非常に貴重なものなのである。

特に、「ます」の五重奏曲が好きなら、
同時期に書かれた、
「サルヴェ・レジーナ」D676は、
気になるのではなかろうか。

このディスカバー(DISCOVER)という、
ベルギーのレーベル、
廉価ながら、ほかでは見つからないものを、
多く取り揃えて、実にありがたい。
何でも、NAXOSを参考に、
NAXOSで活躍していた指揮者のラハバリが、
創設したレーベルだという。

この96年の録音自体は、
ブリリアントの、ミサ曲全集に吸収されて、
再発売されてしまっているので、
この古雅な絵画をあしらった表紙デザインの商品は、
なかなか見つからないかもしれない。

この絵画は、中世風のもので、
右端の建物などに素朴な遠近法が見られるが、
その手前にいる、何やら聖人のような人を、
王冠を被った高貴な女性が訪ねて来ている。

この絵画についての説明がないのが残念だが、
アッシジの聖フランシスコであろうか。

廉価ゆえに、
ビッグネームの演奏家を期待するものではないが、
ヴィルトゥオージ・ディ・プラハ、
プラハ室内合唱団という、東欧の団体の演奏は悪くない。
シュトゥットガルトの聖歌隊出身の指揮者、
アンドレアス・ワイザーの指揮は手堅く、
録音もくせがない。

ソプラノのZDENA KLOUBOVA
(ズデーニャ・クロウボヴァ)という人は、
ミサ曲では、かなり無理をして歌っているようだが、
画像検索すると、ショートカットの魅力的な女性である。
チェコ出身で、プラハに学んで1986年に卒業したとある。

そもそも、素人の歌い手であった、
シューベルトの初恋の女性、
テレーゼ・グローブを想定して書かれた曲であるから、
それを思えば許せてしまったりする。

彼女の名誉のために書いておくと、
Track7.の「サルヴェ・レジーナ」D676などでは、
非常に澄んだ、透明度の高い歌唱を聞かせてくれている。
この曲は、前回、バンゼのソプラノで聞いたが、
バンゼのような物憂げな陰影勝負ではなく、
清楚真剣系の直線勝負である。
指揮についても同様のことが言える。

この曲はイ長調という調性からして、
「ます」の五重奏曲D667や、
ピアノ・ソナタD664と一緒で、
シュタイアを連想させる。

シューベルトによる、
この土地の自然描写からすると、
この清冽な歌唱は悪くない。
シューベルトは、なぜ、この曲を、
これらの名品と同じ時期に書いたのだろうか。

夏の夕暮れのように、
優しく忍び寄るような序奏で始まり、
「われらの命、喜び、希望」と、
聖母に歌いかけ、
そっと、雲がかかって暗くなったように、
「涙の谷にあなたを慕う」と続くが、
「旅路からあなたに叫ぶ」というのが、
いかにも、山間の地において、
旅路にあったシューベルトにふさわしい。
この部分は、短いメロディアスな序奏に導かれる。
また、「涙の谷」の部分には、
弦が黒々とざわめいて、
ぎくっと生々しい危機感がこみ上げるのを、
聞き逃してはならない。

また、「われらをとりなすかた」という、
呼びかけが切実な緊張感を生んでいるのも、
妙に考えさせられる。

「旅路の果てに、
とうとい、あなたの子イエズスを、
示してください」とあるから、
先の旅路は、シュタイアへの旅路ではなく、
人生の旅路と解釈すべきなのだろうが、
実際に旅路にあってこそ、
その実感も沸いたのかもしれない。

そして、以下の部分が、
こみあげるような感慨を伴奏に乗せ、
軽くマリイイアと、
装飾風に延ばされて歌われる。
「おお、いつくしみ、
恵みあふれる、
喜びのおとめマリア!」

再び、最初の「サルヴェ」の部分から繰り返され、
最後に、「アーメン」が歌われて終わる。

この演奏は、バンゼの盤では7分23秒で歌われたのに対し、
9分40秒もかけて、たっぷりと祈りに浸れる。
ちなみに、サヴァリッシュの宗教音楽全集では、
ヘレン・ドナートが表情たっぷりで、
格調高い歌唱を聞かせている。
これも9分を越える演奏。

バイエルン放送交響楽団の演奏であるためか、
この演奏はオーケストラも分厚い感じ。

この曲が、本当に、
ドイッチュ番号の示すような時期に
書かれているのだとしたら、
シュタイアで、美しい声を持っていた、
ヨゼフィーネ・コラーのために書かれた、
などと考えてしまうのだが、
藤本一子氏は、テレーゼのため、
と書いている。

しかも、最後は、「アーメン」ではなく、
「サールヴェ」(めでたし?)と歌っているように聞こえる。
聴きなおすと、バンゼもそうで、
今回のクロウボヴァのみが、
きれいに突き抜けるように、
「アーメン」と言っているのが分かる。

このCD解説には、この曲は、
下記のように書かれている。

「イ長調の『サルヴェ・レジーナ』D676は、
シューベルトが書いた、
7曲のサルヴェ・レジーナの最後から2番目の作品で、
1819年の11月に、
ソプラノと弦楽オーケストラのために書かれた。
全曲を通じて歌われるソプラノのラインは、
クライマックスでのみ前面に出る、
小さなオーケストラと共に、
特によく書きこまれている。」

ここらで、今回のCDの話題に戻ろう。

テノールはワルター・コッポラ、
メゾにマルタ・ベナコーヴァ、
バリトンにユーリ・クルーロフという陣容。
この人たちは、チェコを代表する、
そこそこのベテランのようだ。

録音年月日からして、
シューベルトの生誕200年を、
記念する事業であった可能性が高い。

解説は、ジョン・フィールドという人が書いている。
残念ながら、これらの作品の新情報を載せたものではなく。
シューベルトの一般的な解説が以下のように書かれている。

「フランツ・ペーター・シューベルトは、
14人兄弟の4番目の子供として、
1797年、ヴィーンに生まれたが、
未来の作曲家は、
そのうち成人した5人の一人であった。」

1ページあまりしかない解説ゆえ、
この段階で、各曲の細かい内容については、
あまり書かれていないことは予想でき、
ほぼあきらめなければならない。

私なら、こう書き出したいところだ。
「モンテヴェルディ以来、
カトリック圏における偉大な作曲家たちは、
巨大なマリア賛歌を書き上げることに、
重要な一里塚を見出していた。
シューベルトは、その最後の末裔であった。」

しかし、このCD解説の書き出しだと、
以下のように続くしかないだろう。

「シューベルトの父親はモラヴィア出身の学校長で、
母親は、シレジアの錠前工の娘であった。
したがって、ヴィーン生まれであったとはいえ、
シューベルトの音楽にはオーストリアの首都よりも、
両親のバックグラウンドに負うところが大きい。」

さすが、チェコのオーケストラや独唱者を
起用した録音の解説である。

「早熟な音楽の才能から、
高名な帝室礼拝堂の合唱団に入ることが出来、
彼はそこから帝室、王室の神学校、
コンヴィクトに進んだ。
これは、彼の一般的な教育がしっかりしていて、
しかも、最高の音楽教育を受けたことを意味した。」

このあたりのところは、読み直してよかった点だ。
シューベルトというと、風来坊の代表みたいな見方がされるが、
インテリ崩れという見方が正しいのであろう。

「十代の中ごろまでに、
主席ヴァイオリニストとしてだけでなく、
最初の作曲、歌曲などが書かれたと言われ、
才能が花咲いた。
彼は学校長の父のところに働きに出たが、
しかし、心定まらず、
生徒たちをしつけることも困難で、
彼が名教師になることはなかった。
1816年には、両親のもとを離れ、
友人の部屋に転がり込んだ。
生涯最後の12年は、彼は少ししか教えることをせず、
作曲三昧に暮らし、その日暮らしをした。
ある意味、彼は、屋根裏に住み、
食うことにも事欠きながら、
しかし、作曲することに飽き足りない
ロマン派の作曲家の原型となった。
これはロマン的な幻想であるが、
そこに事実もあった。」

ということで、先ほど、私が書いた、
風来坊みたいな表現が、
結局、この解説でも繰り返されている。

それが、この宗教曲と関係ない、
エピソードで終わるのは、かなり辛い。

「彼の才能を必要とするパトロンを見つけられず、
彼が自作だけのコンサートを開くのも、
死の年の1828年まで待たなければならなかった。
彼は31歳で、表向きは腸チフス、
おそらくは5年前に罹患した、
梅毒の第三期の始まりによる合併症で亡くなった。
シューベルトが、
自作の多くの演奏を聴くことなく亡くなったのは、
言い表せないほど悲しい事で、
クラシック音楽の中で、
最も愛されたメロディの世界を打ち立てたことを、
知らずに死んだ。
天才、しかし、31歳で亡くなった、
究極のロマンティックな英雄だろうか。
おそらくそうだ。
しかし、それは、決して、彼が求めた道ではなかった。」

いわく言い難い、自問自答調の解説である。
以下、ようやく、このCDの楽曲の解説となる。

「シューベルトの宗教曲は、
あまりにも長らく、評論家や批評家に顧みられずにいた。
宗教曲に、シューベルトは多くの
音楽的アイデアや、
他のドイツの作曲家に感じられるような、
重苦しい雰囲気や不安などから、
この上なく解放され、
清らかで、新鮮で、胸が張り裂けるような憧れから
生まれてきたようなものを盛り込んでいるので、
これは残念なことである。」

シューベルトの宗教曲にも、
重苦しいものはあると思っていたのだが、
「ミサ・ソレムニス」や
「ドイツ・レクイエム」などを想起すると、
確かに、それとは違う清澄さがあるだろう。

さて、残り半ページほどが、収録曲の解説だが、
たいした話は書かれていない。

「彼のミサ曲第1番ヘ長調は、
彼が17歳の時、
リヒテンタールの教区教会の100周年を祝って、
1814年の5月から7月に書かれた。
シューベルトは初演を指揮し、
若く素晴らしいリリック・ソプラノの、
テレーゼ・グローブが歌った。
シューベルトはグローブ嬢にぞっこんであり、
それはさらに続いた。
このミサ曲は、好評を持って迎えられ、
2週間後には、同じヴィーンの聖オーガスティン教会
(アウクスティン教会)で、再演され、これまた好評だった。」

何と、17歳の若者の作品が、
2週間のうちに、2回も演奏されているとは知らなかった。
しかも、アウクスティン教会といえば、
郊外のリヒテンタールとは違い、
首都のど真ん中である。
この教会で、シューベルトの追悼ミサが行われることになる。

いかにも、インテリ崩れの末路みたいな話で、
この事実だけでも、小説の題材になりそうだ。

「一度だけ、この作品の一部は改作に着手され、
それは完成されている。
翌年に作曲されて、独立してD185とされる、
『ドナ・ノーヴィス・パーチェム』である。
ミサ曲は全体として、先人作曲家の作品からの模倣であり、
ハイドンやモーツァルトの影響を聞き取ることが出来、
一方で、シューベルト独自の声も聴くことができる。」

このD185を含む版はサヴァリッシュの指揮で聞ける。

ということで、この40分近い大ミサ曲にしては、
いたって簡単な解説。

Track1.
合唱が主体で、慎ましく静かに歌いだされるキリエで、
処女作ながら非常に格調の高い音楽作りである。
始まって一分もしないうちに、
テレーゼが歌ったと言われるソプラノ・パートが浮かび上がる。
この部分は、後半にも出てくるが、非常に印象的な陰影である。
が、前にも書いたように、
一分半をすぎてからの独唱者が主になるところでは、
このソプラノは苦しそうに聞こえる。

Track2.
キリエとは対照的に、どかーんと歌いだされるグローリア。
12分を超す大曲で、「天の、いと高きところには神の栄光」
という部分の迫力に対し、

2分くらいから始まる「主の大いなる栄光ゆえに感謝し奉る」
の部分は、優しいソプラノが歌い始める独唱部で抒情的。
オーケストラも精妙な動きを見せて美しい。
「神なる主、天の王」と呼びかけるところは、
合唱に金管楽器が咆哮し、
「神の子羊」の部分では、独唱者のアンサンブルが透明感を出す。
伴奏のホルンや金管楽器も色とりどりの色彩を放つ。
本当に、こんな夢のような色彩の音楽を書いた前任者がいるのだろうか。

最後の「主のみ聖なり」の部分は、
清澄な合唱から派生してフーガ的な動きの中、
ヴァイオリン群もじゃかじゃかとかき鳴らされ、
音楽は力を増して盛り上がる。

Track3.
木管楽器が、敬虔な心情を吐露して美しく、
極めて深い信仰すら感じさせる合唱が歌いだされる
「クレド」(われは信す、唯一の神)。
もう、この曲あたりになると、
後年のミサ曲にも聞き取れる崇高な雰囲気も充満している。

2分半くらいからの「よろず世の先に」から、
「マリアより御からだをうけ」のあたり、
この信仰告白の物語部分は、
歌曲王にふさわしい技量で歌詞に鋭敏に反応し、
バリトンと合唱が交錯し複雑な動きを見せる。

Track4.
これまた、色彩豊かな冴えを見せる、
木管の序奏に導かれ、
打ち寄せる「サンクトゥス」。
後半、木管楽器が行進曲調の彩りを添える。
2分に満たない楽章。

Track5.
独唱者のアンサンブルが、
オーケストラの芳香に包まれて、
無重力に浮かぶ美しいベネディクトゥス。
ここでも、すっと浮かび上がるソプラノが美しい。
4分ほどの楽曲だが、
合唱で締めくくる前に、
美しいオーケストラのメロディがある。

Track6.
アニュス・デイ(神の子羊)は、
いかにも「われらをあわれみたまえ」にふさわしく、
ひれ伏すような音楽で、
バリトンに女声を中心とする合唱が重なって来る。
しかし、希望の光が満ちていくような表現となって、
音楽がひたひたと押し寄せて来る効果もある。
7分ほどの音楽だが、4分あたりで、
木管の助奏に合唱に陰りが出て、
さらに進むと、ソプラノが清澄な表現で音楽を明るくする。
再び、希望が満ちるような合唱が戻って来る。
オーケストラの色彩には素晴らしいものがあり、
木管も金管も、弦楽も神の祝福のように光を放って消えて行く。

得られた事:「シューベルトの『マニフィカト』は、マリアの身の上話は飛ばして、単に神の賛歌にしてしまった感がある。」
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by franz310 | 2013-01-05 22:11 | シューベルト