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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その326

b0083728_22405794.jpg個人的経験:
ヘンデルのオペラ、
「オルランド」は、
ヴィヴァルディの同名作と
原作は同じながら、
魔法的要素が極めて少ない。
が、魔法オペラと
分類されるように、
ヘンデルの場合も、
超自然的な要素が、
そこここに散りばめられていた。


それは、前回見た、クリスティ指揮のDVDの、
ヘルツォークのような斬新な演出をしていない、
古くからある名盤、ホグウッド指揮のCDの
解説などを読んで分かったことである。

このCD、89年から90年の1年半がかりで、
当時、油が乗りきっていたホグウッドが、
カークビー、オージェ、ボウマンといった
名歌手を揃えて録音したもので、
そのせいか、妙に説得力が豊かな、
風格のある音楽となっている。

合奏協奏曲作品6などにも共通する、
華麗で充実した、しかも格調の高い音楽が、
終始鳴り響き、全く、オペラだと、
構えずとも、ゴージャスな音響に浸ることが出来る。

表紙絵画もまた、非常に参考になるもので、
女々しいまでに、左側の女性に入れ込んでいる、
騎士オルランドの無様な言い寄りの様子が図示されている。
イスラム風の男が、仲裁するようなポーズを取っていて、
左の男女が、オルランドから逃げ回る、
メドーロとアンジェリカだということが分かる。

子供までが指を指して嘲笑する
村人の前で恥ずかしい限りであるが、
狂乱のオルランドには、そんな事は、
まったく眼中にない。

恐るべきは恋わずらいであろう。
ヘンデルとほぼ同時代、1694年から1752年を生きた、
シャルル・アントワーヌ・コワペルという人が描いたもの。
劇的で大げさな姿態を描くので有名なフランス人らしい。

さて、CDの解説に戻ろう。
Anthony Hicksという人が書いたSynopsisを読むと、
謎のおっさん、ザラストロが、
いきなり、空を見上げていて、
占星術のようなことを行っている。

駆け足で、このあらすじを見ていくと、こんな感じ。
また、この人の書いた解説も面白いので、
ところどころ、そこで出ていた事を挿入してみよう。

いきなり、シューベルトの「白鳥の歌」の、
アトラスがちょい役で登場している。
(が、背景に過ぎず、それで終わりだが。)
第1幕:
「田舎の夜。山が見え、その上では、
アトラスがその肩に天を担っている。
ゾロアストロは、死すべき人間には分からない事を、
星座を見ながら読み取っている。
オルランドは、きっと、栄光への道に戻って来るはずだ。
オルランド自身がやって来るが、
愛と栄光への望みに引き裂かれている。
ゾロアストロは、愛への執着に小言を言って、
魔法の杖を振るい、
山の景観を、愛の宮殿に変える。
そこには、古代の英雄たちが、
キューピッドの足下で眠っている。」

こんな風に、クリスティのDVDでは、
単なる医者として扱われたゾロアストロは、
本来、魔法の杖を操って幻影を駆使する、
魔法使いであったことが分かる。

「彼は、オルランドに愛を放棄し、
戦いの神マルスに従うように促す。
オルランドは当初、その光景に恥じらうが、
愛の追求の後でも栄光は手に出来ると考える。
ヘラクレスは、オンファールとの情事があっても、
英雄として名を残したと言う。
また、ペーレイデースもそうだと言う。」
以上までが、CD1のTrack8までに入っている。
ゾロアストロは、デイヴィッド・トーマスが、
格好良い声を聴かせている。

「羊飼いの小屋がある小さな木立。
羊飼いの少女、ドリンダは、
自然の美しさを思い、
ある時は喜びが与えられるが、
今は嘆きに満ちている。
それは、おそらく、彼女が恋をしているから。」

と言う風に、情景が変わる。
この音楽も、爽やかな風が吹き渡る様を表して美しい。

ドリンダは、エンマ・カークビーが担当。
澄んだ美声を聴かせている。

この役柄が、確かに、このオペラでは、
最も表現力の幅を求められ、
大御所を持って来た事も納得である。

解説によると、この役柄は、ヘンデルは、
セレステ・ジスモンティという新進の歌手を想定したという。
この人は、ナポリで活躍していたセレステ・レッセと、
同じ人かもしれないという。

「オルランドが、救出したばかりの王女を連れて、
(これは、後でイザベッラだと分かる)
走って通り過ぎる。
彼もまた、恋に落ちているとドリンダは考える。
しかし、彼女は、自分が何を考えているのか分からない。」

Track12から。
「アンジェリカが現れ、
オルランドが彼女を好きなのは分かるが、
ドリンダが世話している時に、
彼女が傷を治してあげた、
メドーロと恋に落ちていることを認める。」

ベテランのアーリーン・オージェが
アンジェリカを受け持ち、
これまた、透明感のある声を聴かせる。

ヘンデルは、この役柄を信頼すべき、
アンナ・ストラーダ・デル・ポーを想定して書いた。

Track15。
「メドーロがこの告白を聞きつけ、近寄り、
アンジェリカに自分も愛していると告げる。
彼は、彼女の前で価値がない人間だと感じるが、
彼女は、彼女の心を掴み、王様の価値があるという。」

写真で見る限り、キュートな、
キャサリン・ロビンが男性役を受け持っている。
Track16は、厳粛な古風な舞曲調である。
切々とした情感。

ヘンデルは、この役柄を、男性役に優れた、
フランチェスカ・ベルトリを想定した。

「アンジェリカが去ると、ドリンダが戻ってきて、
彼女が愛しているのはメドーロだということが明らかになる。
彼女を傷つけたくないメドーロは、
アンジェリカは親戚だということにして、
ドリンダに優しくする。
ドリンダは、彼が本当のことを
言っていないことを知っているが、
嘘であるにも関わらず、
彼の言葉は、彼女をうっとりさせる。」

Track18で、ゾロアストロ登場。
「ゾロアストロは、アンジェリカに、
彼女がメドーロを愛していることを知っているという。
そして、オルランドが復讐するかもしれないという。
オルランドが現れるが、アンジェリカは、
何が起こったかを言えず、
彼がイザベッラを助けたことを挙げ、
嫉妬したりなじったりして見せる。
ゾロアストロは、折悪しく登場したメドーロを、
噴水で隠すと、情景は明るい庭園に変わる。」

これまた、ものすごい魔法があったものである。
このあたりも、是非、実演でトライして欲しいものだ。

「アンジェリカは、オルランドに、
もう王女を見ないように約束させ、
彼女の心に疑惑ある限り、
アンジェリカの愛を得ることは出来ないという。
オルランドは従うことを誓い、
最も恐ろしい怪物を倒し、
その愛の強さを見せつけるという。」

Track19のアンジェリカのアリア、
「あなたが誠実であることを」は、
通奏低音の音色と調和し、とても美しい。

この意地の悪い美女の下心を感じさせるには、
かなり真面目な表現で、オージェの性格を感じる。

Track20のオルランドの勇ましいアリア
「戦場に駆り立てよ」も聞き応えがある。

Track21.
「メドーロはアンジェリカを見つけ、
誰と話をしていたかを知りたがる。
彼女は、それはオルランドだと言い、
そんな恋敵を相手にしてはいけないと言う。
彼等はまた会うことにする。
彼等の別れの抱擁はドリンダに見つかり、
彼女は、アンジェリカに、
メドーロとは婚約中であることを白状させる。
彼女は、ドリンダに、親切にして貰った事を感謝し、
宝石を手渡す。
ドリンダは、すぐにメドーロが贈り物をくれると言うが、
メドーロは許してくれと頼むが、
彼女は、メドーロが分からない程、
傷ついているという。」

ここで、非常に美しい二重唱が来る。
第1幕を終わらせる、素晴らしい音楽である。
Track23.
「アンジェリカとメドーロはドリンダを慰めようとするが、
彼女は悲嘆に暮れたままである。」
ロビンとオージェの声の絡み合いに陶酔する。

第2幕:
ここからもまた、聴き所が続く。
ナイチンゲールと一緒に嘆く、
ドリンダのアリアが、精妙な夜気を含んだ、
オーケストラの序奏と共に始まる。

「ドリンダは、彼女の寂しさにふさわしい、
夜鶯の声にメランコリーを感じる。」

鳥の声を表すヴァイオリンも、
夜更けを思わせる低音の響きも魅惑的だ。

「オルランドが現れ、
王女イザベッラを愛しているなどと、
考えたかと、ドリンダに尋ねる。
混乱したドリンダは、
アンジェリカとその新しい恋人、
メドーロについて語りながら、
誤解したのだと言う。
そして、オルランドに貰った宝石を見せ、
メドーロからのものだと言う。
オルランドはすぐに、それが、かつて、
自分がアンジェリカに上げた、
ツィランテのブレスレットであることを見抜く。
彼女は裏切った、と彼は言う。きっと、
彼女は彼の多くのライヴァルのものになった。
いいえ、とドリンダは言って、
彼女が全ての花にその顔を見、
川の流れや森のざわめきにその声を聴く、
メドーロという若い男は、
まだ、彼女を待っていると考える。」

Track3.でも、彼女の、
メドーロを思う、メランコリックなアリアがある。
まこと、このオペラは、ドリンダが重要な役柄である。

「オルランドは怒りをぶちまけ、
自らを殺し、アンジェリカを地獄に道連れにするという。」

Track4.のオルランドの、
心臓の高鳴りを思わせるアリアは激烈で、
ボウマンのような、
柔らかいカウンターテナーではなく、
もっと、強い声で聴きたいものだ。

「月桂樹の木立、洞穴の入り口が見える。」
というシーンに変わる。
「ゾロアストロは、アンジェリカとメドーロに、
オルランドの怒りを高めないように言い、
唯一の道は逃げることだと言う。
愛の盲目の神に導かれていると、
人間は暗闇に彷徨うのみと警告する。」
Track5のゾロアストロのアリアは、
このように、有難い教訓である。

「恋人たちは立ち去ることを悲しむ。
メドーロは、月桂樹の木に、
彼等の名前を刻み、世界に、
彼等の愛を知らせようとする。」
Track8で、
「平原に木がある限り」という、
しみじみとしたメドーロのアリアがあるが、
どうも、彼等のする事は、オルランドを、
むかつかせることばかりである。

ロビンの歌唱は、いささか声量が足りず、
男性役としては、ちょっとリアリティに欠ける。

「アンジェリカはメドーロとキャセイに帰ることを決心する。
オルランドには、命を助けて貰ったことを感謝し、
愛は感謝や理屈ではないことが、
彼にも分かる時が来ると信じる。」
Track9が、そのアリアであるが、
オージェの生真面目さも感じさせる声が、
ひたむきさを表している。

Track10.
「オルランドが木立に来て、
木にアンジェリカとメドーロの名前を見つける。
彼は、洞穴に駆け込み、アンジェリカを追跡する。
しかし、彼女は木立の反対側から現れ、
木々や流れに別れの挨拶をする。」
Track10後半で、
笛の序奏のある、悲嘆に暮れた、
広い風景を思わせるアリアが聴ける。
一幅の音画になっている。

「洞穴から、強烈な怒りで出て来たオルランドは、
アンジェリカを木立の中に追跡する。
メドーロも出て来て、彼等を追う。
アンジェリカもオルランドに追いかけられている。
ゾロアストロの魔法が仲裁に入り、
アンジェリカを雲で包んで、
4人の魔神のいる場所に、運んでしまう。」
Track11.
このあたりは嵐の効果音も入って活発な情景。

Track12.
「オルランドは遂に、正気を失う。」
とあるが、「ステュクス川の怪物たちめ」
と、ギリシア神話の地獄の魔物たちをあげつらって、
罵りまくっている。
この調子で、Track13、14と、
第2幕の最後まで、夢とうつつを行き来して発狂する。
解説者は、このあたりを、バロックオペラの中でも屈指の
驚嘆すべき音楽と書いている。

「彼は、地底からの影が、アンジェリカを取り上げたと考える。
彼は、自分も影となって、後を追おうとする。
カローンの船に乗って、スチュクス川を渡り、
プルートの王国の煙を出す塔を発見する。
ケルペウスが吠えかかり、フリアエが襲う。
最大のものはメドーロの姿をしていて、
プルートの妃の腕に逃げ込む。
彼女が泣くと、オルランドは、
地獄でも泣くことがあるのかと、
怒りが弱まる。
彼は、もう分かったから、
泣くのを止めよと乞う。」
このあたりが、Track14。

「しかし、彼の怒りは再び込み上げ、
いかなる涙も彼の硬い心を変えることが出来ない。」

かなり激烈な内容だが、ボウマンの歌唱は、
何だか、オルフェウスみたいに弱々しい。

Track14では、「ああ、愛らしい目はもはや」という
部分では、アンジェリカを夢見てかわいらしいメロディとなる。

ヘンデルの音楽は変幻自在で、妙に前衛的ですらある。
最後は雷鳴が轟いて、オルランドは連れ去られる。
「彼が洞穴に駆け込むと、ゾロアストロの戦闘馬車が現れ、
魔術師は、オルランドを抱えて飛び去る。」

第3幕:
「シュロの木立」という注釈がある。
Track1.素晴らしく幽玄な雰囲気の前奏曲がついている。
「メドーロは、ドリンダに、
アンジェリカが、彼を匿うように送られて来たと言う。
ドリンダは、彼が、
彼女を慕って来たのではないと知って、ぞっとする。
彼は、もはや心を上げるわけにはいかない、
と釈明する。」

Track3.では、メドーロが、
「私は心を上げたいが、今はそれが出来ない」
という、切実な歌を歌う。

「ドリンダは、彼が、もう彼女を騙していないと喜ぶ。
オルランドが現れ、ドリンダに愛を告白する。」

いったい、ゾロアストロって何?という感じ。
格好良く、情景を変えたり、戦闘馬車で現れたりするだけで、
まるで、何も変わっていない感じである。

「最初、ドリンダは、こうした得難い好機を喜ぶが、
激しくオルランドが、女神ヴィーナス相手のように、
求愛するに連れ、それがうわごとであることは、
明白になる。」

この、Track5の、
ドリンダとオルランドのやりとりの音楽は、
非常に冴えた感じがする。
はっと、気がついたドリンダの歌は、素晴らしい瞬間である。

「突然、ドリンダは、オルランドが、
その宿敵の一人、フェラウに殺された、
アンジェリカの兄、
アルガリアの心になっていることを知る。」

Track6.
「彼は、剣やヘルメットを投げ捨て、
素手でフェラウと戦おうと立ち去る。」

勇ましい歌に、気の抜けた歌が交錯する。
完全にうわごとのアリアである。

Track7.
「ドリンダはアンジェリカにオルランドの狂気を伝える。」
Track8.
「アンジェリカは同情し、彼が治ることを祈る。」
まさしく、そんな情緒のあるアリア。

Track9.
「ドリンダは彼女の最後の愛に対する考えを述べる。
それは、脳みそをくるくる回す風であって、
喜びと同様に痛みをもたらす。」
これは、コケティッシュな小唄という感じ。
世間擦れした小間使いの歌という感じ。

Track10、11.
「ゾロアストロが魔神を連れて現れ、
恐ろしい洞窟のシーンに変えさせる。
彼は、オルランドがまた、
以前の名声を取り戻すよう約束する。
嵐が明るい空に戻るように、
おかしくなった者も、気がつく時が来る。」
勝手に出て来て、勝手に歌って、勝手にいなくなる感じ。
この登場人物は浮いている。
音楽は、様々な楽器が鳴り響き、
交響的に充実したもので、迫力がある。

Track12.レチタティーボである。
「涙にくれたドリンダが、
オルランドが、彼女の家を壊し、
そこにメドーロを葬ったと告げる。
オルランドが現れ、アンジェリカを、
魔女ファレリーナだと言って、殺そうと脅す。」
Track13.は二重唱。
「しかし、彼女は、メドーロの死の報に触れて、
嘆き悲しみ、オルランドを無視する。」

この押し問答のような歌唱に続き、
何と、オルランドは、彼女に狼藉を働く。
歌手たちがテンポを変えて歌う、この曲を、
解説者は特筆している。

Track14.
「オルランドが、彼女を洞窟に投げ込むと、
それは美しいマルスの寺院となる。
オルランドは、世界中から、
恐ろしい怪物を一掃してやると宣言する。」

威勢の良いオーケストラが彼の勇猛を告げるが、
たちまち、その力は弱まってしまう。

Track15.
「すると、まどろみが彼を襲い、
彼は、三途の川の水を飲んだと錯覚し、
眠りについてしまう。」

これはまた、繊細なオーケストレーションである。
完全に、ロッシーニの「タンクレーディ」の、
死のシーンを先取りしたような神秘的な音楽。

ここで登場するのが、共鳴弦付きの不思議なヴィオラ、
ヴィオレット・マリーンである。
ヘンデルは、これをカストルッチ兄弟のための二重奏とした。

Track16.
「ゾロアストロが現れ、オルランドが、
正気を取り戻す時が来たと告げる。
彼は、ジュピターの鷲を使わし、
魔神にそれは案内され、
くちばしで金色の容器を運ばせる。
この中の液体をゾロアストロは、
オルランドに振りかける。」

失恋で大騒ぎする男を、なだめるために、
すごい仕掛けが必要なものである。

Track17.シンフォニアとある。
精妙な音楽が、その効き目を現している。

Track18.
「彼は目覚め、正気が戻っている。
ドリンダは、彼に、彼が逆上して、
メドーロを殺したと告げる。」

Track20.
「彼は深く後悔し、自殺しようとする。
しかし、アンジェリカはこれを制し、
生きるように言う。
「彼の嘆きによって、オルランドは死ぬ」と、
激烈なリズムが弾むが、
優しいアンジェリカの声が響くのが印象的。
この部分の強烈な効果は、解説でも、
関係長調で急上昇するものと、特筆されていた。

Track21.
「メドーロは実は、ゾロアストロによって救われ、
オルランドに、アンジェリカとメドーロの婚約を、
受け入れるように言う。」
物語を終わらせるために、いろいろ起こり、
レチタティーボで説明調である。

ようやく、ゾロアストロが魔術師であって良かった、
と納得できるシーンとなった。
最初からそうしろよ、という気もしなくもないが。

Track22.
「祭壇が焼け焦げたマルスの彫像の前で
オルランドは自身に打ち勝ち、
アンジェリカとメドーロの手を繋がせる。
彼は、彼等の喜びを願い、アンジェリカとメドーロは、
そうすることを互いに誓う。
そして、ドリンダは悲しみを忘れ、
その小屋に皆を招く。」

オルランドの英雄的な宣誓に、合唱が応える。

Track23.
「全員が愛と栄光を賛美する」という、
はればれとした合唱である。

このCDは、さらに様々な情報を与えてくれる、
有難いもので、最後のページには、
手前に木管と第1ヴァイオリン、
奥にヴィオラと第2ヴァイオリン、
その間にチェロをサンドウィッチして、
左右に一対のチェンバロを配置した、
録音時の楽器レイアウトも図示されている。

「この録音がなされる前に、『オルランド』は、
アメリカツアーを行って、
18世紀の典型的なオーケストラ・レイアウトで、
セミ・ステージ形式で演奏した。
図のようなレイアウトは、この録音でも採用された。
風や雷の音響効果は、ドロットニンゲンホルム劇場の
オリジナルマシーンで、18世紀当時の状態が保たれた、
唯一のものである」という、コメントあって、
効果音すら聴きものであることが分かった。

その他、このCD解説には、こんな事も書かれている。
1729年12月から1734年6月までの、
5シーズン、ヘンデルは、ロンドンのハイマーケットの、
キングスシアターのオペラ責任者をしていた。

「オルランド」は、この第4シーズン、
1732年から33年用のもの。
何と、私がこの記事を書いているのは、
5月の連休前であるが、
オルランドもまた、5月5日まで演奏されたらしい。

そして、ヘンデルが信頼を寄せていた、
カストラート歌手のセネジーノが一ヶ月もせず、
辞めてしまうという事件が発生した。

さらに、このCD解説では、
セネジーノが、この「オルランド」で仲違いしたのは、
納得できるとしている。
作品が、伝統的なオペラ・セリアとは異なり、
実験的であったことが問題であった。

全オペラを通じ、3つしかダカーポアリアがないこと。
しかも、最終幕には1つもない。

さらに、伴奏付きレチタティーボが大がかりで、
アリアが短いこと、アンサンブルを重視していること、
異なる拍子で歌われるデュエットがあることなど。
後は、リズムや楽器の効果の多様性などが解説で強調されていた。

主人公と主役級ソプラノとの二重唱も短く、
オルランドは第1幕の最後の三重唱など、
重要なシーンで登場しない。

第2幕最後の10分もの「狂乱の場」という見せ場があるが、
装飾音を振りかざす音楽ではない。
そもそも、この役柄は英雄なのか、
微妙な喜劇役者か分からず、
もし、後者なら、歌手を馬鹿にしていないか?

この両義性こそが、「オルランド」を、
ヘンデル作曲のオペラの中で、
特殊なものに位置づけているという。
が、人気歌手は、これに付いて行けなかった。

なお、ヘンデルが、このオペラで、
へんてこなキャラクター、ゾロアストロを導入したのは、
当時の偉大なバス、アントニオ・モンタニャーナを
呼びたいがための措置だった模様。

ヘンデルは反対に、王女イザベッラ、
スコットランド王子ゼルビーノはリブレットから削除した。

得られた事:「ヘンデルのオペラ『オルランド』は、実験的作品の頂点。が、主役に慣習的な見せ場が乏しく、スター歌手に見限られた。」
[PR]
by franz310 | 2012-04-28 22:42 | 古典

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その325

b0083728_1948351.jpg個人的経験:
前回、ヘンデルの
「オルランド」の第1、第2幕を
クリスティの指揮、
チューリッヒ・オペラの映像で鑑賞。
物語が、ヴィヴァルディのような、
魔女や魔界が絡むものでなく、
人間本来の力を礼賛したような、
ごく道徳的、倫理教本的な内容に
なっていることを知った。

しかし、このART HAUSのDVD、
演出は斬新で、
20世紀初頭風のコスチューム、
オルランドは殺戮線を好む、
ブラック将校として描かれていた。


したがって、
前回は、まだ見ていなかった第3幕では、
主人公オルランドが、
これまで戦場で行って来た事に、
悩まされるようなシーンがある。
映画「ライアンの娘」に出て来る、
精神を病んだ将校を思い出した。

ということで、今回は、
この続きを見てしまいたいが、
このオペラの特徴が、
まさしく、この未聴の第3幕に、
如実に語られていることを、
解説に書いてあることを発見した。

なお、ここに示したのは、その裏表紙で、
あしらわれているのは、
メドーロを思いながら洗濯物を干しているドリンダと、
ヒロイン、アンジェリカとメドーロの写真で、
ミヤノヴィッチの演じるタイトルロールの写真は、
表にしかないようである。

これらの写真を見るだけで、
ヘンデルが思いもしなかったような、
演出がなされていることは、
容易に想像できよう。

さて、今回は、まず、
このDVDの解説をざっと読んで見よう。
ステファン・ロッシという、
チューリヒ・オペラの、
ドラマチック・アドバイザーが書いたもの。

題して、
「オルランド、実験的アレンジ」とある。
「『愛はしばしば、道理を失う原因となる、
ということをオルランドは、
我々みんなに教えてくれている』
という一節が第3幕にあるが、
これは穏当なモラルで、
おそらく聴く人は、
オルランドにヘンデルが付けた音楽の、
劇的な手際よさや音楽的多様性には、
努力を必要としないだろうが、
オペラの問題の複雑さは、それよりも難しいものだ。」

という感じである。
「オペラの問題の複雑さ」が、ここに描かれた、
「愛」というものの難しさという事なのか、
これだけでは、ちょっと分かりにくいが、
これに続く解説部は、
このオペラ成立時の悪戦苦闘の様が読み取れる。

「1733年、1月27日、ロンドンにおける、
ヘンデルの『オルランド』の初演は、
キングズシアターのチラシより数日遅れてなされた。
これは、予想よりオペラ化時に問題があった、
ということだけではない。
ヘンデルのスコアの表紙には、
ヘンデルのオペラ、11月20日完成とある。
これは、メインの声楽パートの事であり、
オーケストレーションはまだで、
修正も残っていた。
舞台にかけるには、さらに膨大な時間をかけ、
当時の標準からしても、極めて華やかなものに、
いかに多くのものを要するかを聴衆は感じていた。
それに加え、ヘンデルは、その初演に、
タイトルロールを担当した、
著名なカストラート、セネジーノ率いる、
選りすぐりの歌手たちを集めた。」

ということで、
このヘンデルのオペラ「オルランド」は、
ヘンデルが準備万端にして、
万全の布陣で臨んだ意欲作だったわけである。

が、以下に不穏な記述が始まる。

「これは、この歌手にとって、
ライバルのオペラ座に引き抜かれる、
ヘンデルとの最後の仕事となった。
このような約束された将来にも関わらず、
オルランドは、普通の成功の
ちょっとマシ程度のものになった。
次の作品もなしに、作品は、
急速にかき消され、1920年代の、
ヘンデル・ルネサンスまで、
オペラ・ハウスの演目に上ることはなかった。」

ということで、1733年のこの作品、
代表作「水上の音楽」の十数年後、
有名な「メサイア」の10年前に当たり、
ヘンデル48歳という壮年期の作となるが、
この作曲家の生涯でよく語られる、
「1718年イギリスに定住するようになってからも、
やはりオペラで成功しました。
しかし、そのうちに
ヘンデルのオペラ運動の邪魔をする人たちもあらわれ、
それによる経営の困難から心身をすりへらし、
脳溢血になり、一時静養の止むなきに至りました。」
(現代教養文庫、野呂信次郎著「名曲物語」)
といったエピソードのまっただ中の作品のようである。

さて、DVDの解説に戻ろう。

「しかし、この何世紀にもわたる無視は、
このオペラのどこにも異議のない出来映えに、
ふさわしいものではない。
ヘンデル専門家のウィントン・ディーンは、
『すべてのヘンデルのオペラで、最も豊かな音楽かもしれない』
と言っている。」

ここまで書かれるまでに、この作品は、
今回の演出はへんてこながら、
専門家も瞠目している作品であるということだ。

以下、リブレットの原作になった、
アリオストが、ひっぱって来た、
もともとの伝説にまで遡った解説を読んで、
私は、かなり驚いてしまった。

「アルチーナや、アリオダンテ同様、
イタリア・ルネサンス期の詩人、
ルドヴィコ・アリオスト(1474-1533)の
華やかな騎士道の叙事詩、
『オルランド・フリオーソ』からの三部作最初のものである。
これは歴史と神話がごっちゃになって発展した、
長い前史を持つものであった。
物語は778年のもので、
シャルルマーニュの撤退中の後衛軍隊が、
ピレネー山中で壊滅的打撃を受けた時で、
この時、フルオドランドゥス(Hruodlandus)が命を失ったとされる。」

フルオドランドゥスは、最初に「Hru」がついているから、
どうも別人に見えるが、これを外すと、
ほとんど、オルランドである。
「H」だけを取ると、「ルオランド」みたいになって、
「ローラン」とか、「ローラント」になると言うわけである。

「事実、『ロランの歌』のロラン伝説の誕生や、
異教徒と戦ったキリスト教徒の戦士、
ロランの冒険物語の伝承は、
1100年頃からの事である。
それから、15世紀になって、
ロランがイタリア詩人によって扱われるようになると、
オルランドと変更され、以降、そう呼ばれるようになった。
アリオストは彼のオルランド伝説を、
対抗作品、ボイアルドの『恋するオルランド』の続編として書いた。
そちらの方は、次第にアリオストの、
ずっと詩的に豊かな作品の名声にかき消された。」

何と、ここでも「ロランの歌」であった。
これは、シューベルトのオペラの下敷きになったものである。

シャルルマーニュの騎士ロランは、
イタリアでオルランドとなって、
ヴィヴァルディやヘンデルの作品となり、
独墺圏では、ローラントとなって、
シューベルトのオペラ『フィエラブラス』の、
重要な登場人物となっていた、
ということだ。

「ヘンデルの時代、これは良く知られていて、
それゆえに、リブレットの序文への記載を、
彼は簡単なアリオストの引用で済ませ、
さらなる説明を省くことが出来た。
オルランドの伝説は、オペラの素材として長く好まれ、
ヘンデルばかりか、リュリやヴィヴァルディ、
そしてスカルラッティによって取り上げられた。
アリオストのテキストを直接、ベースにするよりも、
ヘンデルと、今では名前不詳のリブレット作者は、
むしろ、カルロ・シジスモンド・カペースのリブレットを使い、
これはもともと、スカルラッティのために書かれたものだった。
レチタティーボは大胆に刈り込まれ、
カペースの詩句の半分程度がかろうじて残った感じ。
賛否両論の活発な議論にも関わらず、
ヘンデルは音楽そのものの表現伝達力を信じた。
一方で、重要な追加については、
書いて置く価値がある。
最も目立つ登場人物は、ゾロアストロで、
これはカペースにもアリオストにも出て来ない人物で、
ここでは、このオペラの重要な、
倫理メッセージを吐く役を担っている。
これは、時代精神を反映し、
感情の自己鍛錬に対し、強い賛意を投じる役柄である。
愛に打ちひしがれた男は、
理性や自己修養、社会的な目的を再発見できるよう、
自制するという男らしさに従うべきである。
しかし、ゾロアストロの役は、
オペラの要ともなり、
事の始まりを司ってもいる。」

やはり、このゾロアストロという登場人物は、
とって付けたように異質すぎる。

「一見して、オルランドのプロットは、
5人の登場人物からなる単純なものである。
エキゾチックな王女、アンジェリカと、
その恋人、メドーロは、幸福なカップルなのに、
望みない恋するライヴァルに追われている。
いまだ、そうした経験はしていないにもかかわらず、
ドリンダもまたメドーロを愛し、
オペラは自然な結果を辿る。
彼女の成熟は結局、立派に自己克服を見せる。」

このドリンダこそが、主人公と思われるくらいに、
印象的に、いたいけな役である。

「この物語の主人公、
騎士オルランドが巻き込まれる情事には、
そんな単刀直入さはない。
彼の誠実さは、最初から危険にさらされ、
矛盾した愛への望みと、
より永続的な戦場での栄誉によって、
彼は引き裂かれ、彼の内面のバランスが失われ、
次第に理性を失い、
彼の戦場での能力を買って、名声を護ろうとする
ゾロアストロによって、最終的に癒されるまで、
狂気に屈してしまう。」

そんな物語だったっけ?
彼は、別に名声に引き裂かれたわけでなく、
メドーロが木に、アンジェリカ&メドーロ、
ラブラブ、などと書き付けたから、
狂気に陥ったものと思っていた。

少なくとも、ヴィヴァルディでは、
そんな展開であったはずである。

「事実、ゾロアストロだけが、
少なくともオペラの表面的な構成上は、
そのような感情を克服することができ、
状況管理をうまく行うように見え、
最終的にオペラ・セリアでは必須の、
よくあるハッピーエンドを守っている。」

この登場人物自体が、
そもそも取ってつけたみたいな存在であるが、
ハッピーエンドもありきたりな感じはするが。

これが、先にあった、時代精神という奴であろうか。

下記には、ヘンデルの書いた音楽のすばらしさが、
列挙された部分が続く。

「巧緻に編まれた登場人物や価値観の織物の下、
自発的で活気あるスコアによって、
オルランドは、ヘンデルの作品の中でも、
実際、一般のオペラ文献の中でも、
特別な位置を占める。
カペースの版とは対比的に、
アリア、アリオーソ、器楽が優位にあり、
ヘンデルのものはいくつかのアンサンブルもある。
オルランドにおいて、音楽は、こうした独立性や多様性を持ち、
音楽学者は、理由を持って、
『第6の登場人物』と呼んでいる。
スコアは、アクションを描写し、サポートするだけでなく、
コメントを差し挟み、出来事を和らげ、
テキストと音楽の中に内的な緊張を作り出している。
そして最終的に、独白とは、別のロジックを開発している。
オーケストレーションも多彩で、
例えば、共鳴弦付きのヴィオール、
『ヴィオレット・マリーン』を使い、
当時の聴衆を興奮させた。」

こんな変わった名前の楽器があるとは知らなかった。
画像検索しても出て来ない。

オーケストラの雄弁さのみならず、
感情表現の幅についても、
下記のように書かれており、
まるで、シューベルトの歌曲の解説を
読んでいるような錯覚に襲われる。

「そして舞台上の演技を常に反映した。
沈着から内面の狂乱、
美しい静けさから、絶望的なヒステリーまで、
音楽は感情の全域を描いている。
例えば、オルランド狂乱のシーンでは、
レチタティーボとアリアの慣習的な区別も完全に放棄されている。」

そして、このいっぷう変わったリブレットによって、
ヘンデルの妄想が爆発したという結論になっている。

「このように、思考過程の一般的な発生を阻止するリブレットによって、
オルランドの『狂気』にインスパイアされ、
ヘンデルは、当時のオペラ・セリアの慣習から、
最大限の逸脱を試みた。
それは、特別な音楽的先入観や予測を持っていた聴衆にも、
聞き取れたに違いない逸脱であった。」

では、前回、聴けなかった、第3幕を見ていこう。

第3幕:
DVDの2枚目である。
また、管弦楽の序曲演奏から始まる。
クリスティのスタイリッシュな指揮が見られる。
オーケストラピットから浮かび上がる、
白髪がまぶしい。

舞台は病室である。
右半分はドリンダが机仕事をしていて、
左半分にはベットがいくつか並べられ、
そこでオルランドが寝ている。

つかつかとメドーロが入って来て、
枕をオルランドの顔に押しつけ、
窒息させようとする。

序曲がここで終わり、
気づいたドリンダが、メドーロが、
何故、ここにいるかと問い詰める。

アンジェリカに言われて戻ったというメドーロに、
それでもいいから家に来てというドリンダ。
愛してくれなくても、かけがえがない人よ、
と健気なことを言う。

すると、二人は互いの服を脱がし合って、
ドリンダは彼にしがみつく。
かなり、きわどい演出である。
お子様同伴では、見に行かない方が良い。

が、メドーロは、心が自分のものでないことを、
短いアリアで、ドリンダに説明して去って行く。

解説に、
「メドーロは、ドリンダに彼の振るまいについて、
彼の心は、アンジェリカのものであるがゆえに、
ドリンダを愛することは出来ない、と弁明する。」
とある部分であろう。

病室のベッドの中で、オルランドは、
いきなり、ドリンダに声をかける。
「狂乱の中、オルランドは、
驚き、仰天するドリンダに愛を告白する。」

何と、ここではすっかり英雄が、
メドーロのような色男になって、
ドリンダを愛撫し始める。
ここでアリア。

すごい展開だ。

ドリンダもまんざらではなく、
羊飼いの女に英雄の血を混ぜるの、
などと戯れている。
快活な歌唱で合いの手を入れ、
まったりとしたオルランドのアリアに変化を与える。

アリアの中に合いの手を入れるのは、
ベッリーニなどの発明みたいに書く人もあるが、
ここでは、それと同様の効果が得られている。

何だか、オルランドは狂っているのである。
狂うのが彼のアイデンティティなので、
狂って貰わないと困るのだが、
ベッドに起き上がって騒いでいるだけなので、
単なる幻覚にも思える。

「オルランドは今や、錯乱し、
過去の戦いにおいて出て来た人物、
そして殺した人物が心に現れ、幻覚に苦しむ。」
とあるように、
彼は遂にベッドの上に立ち上がり、
受けて立つとか、私は死んだ、とか、
感情の振幅の激しい躁鬱状態の、
奇妙なアリアを歌い続ける。

そのうちに医師か看護士の一団が現れると、
オルランドは逃げてしまう。
代わりに入って来るのはアンジェリカ。

「アンジェリカはオルランドに哀れみを感じ、
再び、彼が良くなることのみを望む。」
と、解説にあるのは、彼がヤバいことを、
ドリンダが説明したからである。

愛と嫉妬で錯乱した、
と説明すると、愛は意志ではなく、
運命だと説明するアンジェリカ。

ドリンダは、思わず、アンジェリカを引っぱたいている。
何と、鼻血がだらだらとアンジェリカの手から滴る。
その状態で、アンジェリカのアリア。
こんなオペラ見た事ない。
が、感情が高ぶって歌い出されるのがアリアだとすれば、
これは、きわめてオペラの基本に忠実な演出だと、
言うことになる。

恐怖に打ち勝ち、魂を自由にして、
そう願うのは当然です、と真摯な感情が歌われるが、
ドリンダは、机での執務に戻り、無視している。

「オルランドの狂気の沙汰を聴くうちに、
ドリンダは、愛のエッセンスが分かるようになる。
それは混沌であり、幸福より苦しみを運ぶものである。」

ドリンダは机の所を離れ、
そうした事を語った後、
総括するような生き生きとしたアリア。
愛は心地よいが、短い快楽の後で、長い苦悩が始まる、
と、深い内容の歌を歌われる。


ドリンダの歌は長く、コロラトゥーラも軽快な、
ヴィヴァルディ風の爽やかな曲想ながら、
嫉妬や怒りが歌われている。

ベッドの1つに横たわってしまった、
アンジェリカを追い出したり、
布団を投げたり、
枕で戦ったりして大忙しだ。

すると、ザラストロが、
オルランドの教訓は、
「愛は理性を忘れさせることもある」ということだ、
などと、一人、超越者のように部下を引き連れ現れる。

「ザラストロは、オルランドの狂気を、
きっぱりと治す実験を執り行おうと考える。」

看護婦や看護士は、アンジェリカやドリンダを、
立ち上がらせる。
ドリンダは退場となる。

そして、怪しいベッドの準備がなされ、
ザラストロがアリアを歌う中、
アンジェリカはそこに縛り付けられる。
ナイフまで取り出して物騒である。
しかし、アリアはものすごく技巧的なもの。

そして、そのナイフはベッドの上にのこし、
アンジェリカを放置して去ってしまう。

「オルランドが入って来て、
アンジェリカを殺そうと決意している。」
とあるように、オルランドはそのナイフを手にする。

アンジェリカとオルランドの二重唱である。
「彼女はメドーロを失ったと信じ、
アンジェリカは生きる望みを失い、
あまり抵抗しない。」
狂気のオルランドは、おののいてはいるが、
しかし、無抵抗なアンジェリカを抱きかかえ、
遂には、彼女の腹部にナイフを突き立てるが、
そのナイフはザラストロの用意した、
刺すと引っ込むナイフである。

オルランドは怪物を退治したと満悦であるが、
だんだん、表情が変わり、
私は忘却の飲み物を味わう、とか言いながら、
力を失って行く。

「彼がアンジェリカへの復讐を遂げたと考えた後、
疲れ果てたオルランドを麻痺が襲い、
彼は深い眠りに陥る。」

気を失ったアンジェリカの顔を撫でながら、
室内楽的な、繊細な伴奏をバックに、
鬼気迫る形相で、息の長い祈りのようなアリアが歌われる。
そして、そのまま、同じベッドに倒れ込んでしまう。

「ザラストロと彼の助手たちが到着し、
彼を正気に返らせようとする。」
まずは、気付け薬で、アンジェリカを運び去り、
その後の部屋はオルランドを手術するための部屋となる。
ザラストロのアリアは、
天にオルランドが正気になることを祈るものだが、
マスクや手袋をして、施術する模様。
手術室は幕で隠されている。

その間、音楽は、天の恩寵のような音楽が奏でられている。
パストラル調で、ひなびた響きが美しい。

「オルランドは目を覚まし、
正気に返っていることを自覚し、
これまで犯しそうになった恐ろしい事柄に対し、
償いをするべく自殺しようとする。」

しかし、どんな手術をしたのか不明で、
単に、軍服を着せられている。
勲章もいっぱい付いて、さすが英雄である。
が、しみじみとレチタティーボを歌っている。

愛する人への復讐にオルランドは死ぬ、
というアリアが歌われる。
すると、アンジェリカが、死んではいけません、
という声を上げる。
これは美しい瞬間である。

「アンジェリカは、彼を止め、ザラストロと、
今や、メドーロへの思いを断ち切ったドリンダは、
オルランドに、アンジェリカとメドーロを祝福するよう頼む。」

オルランドは魔女と魔物に打ち勝った。
今度は自分と愛に打ち勝った、と声を上げる。

「最終的に、彼の狂気は治り、
オルランドは自らを律したことを言祝ぐ。
最後、彼はアンジェリカなしに生きることが出来るようになり、
名声と愛を讃える賛歌が全員によって歌われる。」

美しい朝から美しい日が訪れる、
と歌い出される、合唱の音楽。
「英雄オルランド」と書かれた台の上にオルランド。
左右にメドーロとアンジェリカと、
ザラストロとドリンダが配置されて、
シンメトリカルな調和の中で全曲が閉じられる。

カーテンコールでは、意外にザラストロへの拍手が多い。
クリスティも上がって来て、大歓声に包まれている。


得られた事:「シューベルトの『フィエラブラス』の名将ローラントと、オルランドは、同じ、Hruodlandusを起源としていた。」
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by franz310 | 2012-04-22 19:53 | 古典

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その324

b0083728_16514389.jpg個人的経験:
ヴィヴァルディの他にも、
オルランドの物語に、
音楽をつけて、
オペラにした人は多い。
特に、ほぼ同時代に書かれた、
大家ヘンデルの作品は、
それなりに有名なものらしい。
今回のDVDも、
大家クリスティが
指揮をしている。

が、表紙写真を見る限り、
ヤバい感じぷんぷんで、
見たいような、見たくないような、
二律背反の感情に襲われる。

黒板の前で白衣を着た男?が、
荷物の上に乗っている。
虚空を睨む表情が危険な感じでしょ。

が、序曲からして、クリスティの格調高い、
鋭敏かつ潤いにも欠けない音楽が始まる。

暗い舞台を向こうに、上品な白髪頭が、
マッチ棒のように浮かび上がる演奏風景も、
流麗で、心ときめくものを感じさせる。

演奏はチューリッヒ・オペラの、
「La Scintilla」オーケストラとある。
へんてこな演出をしたのは、
ドイツの有名な映画監督とは別人の、
イェンス=ダニエル・ヘルツォークという人だ。

さて、何よりも雄弁なのはヘンデルの音楽かもしれない。
荘重な部分の深み、軽快な部分の浮き立つ感じも、
この作曲家の器楽曲を
愛好してきた人々を満足させるものだ。

とはいえ、現代の表現で、昔、
サーストン・ダートなどの演奏の、
分厚い弦楽の海に浸った人は、
時代を感じるであろう。

しかし、ほとんど同じ時代の産物でありながら、
ヘンデルからは「水上の音楽」の響きが感じられ、
ヴィヴァルディからは、「四季」の余韻が感じられ、
同じバロック・オペラと言えども、
聴かれた環境や作曲家の個性は明瞭である。

このDVDは、ARTHAUSのもので、
2007年にチューリッヒのオペラ・ハウスで
上演されたもののライブ記録のようである。
二枚組で、一枚目には第2幕までの108分、
二枚目には第3幕の47分が収められている。

ただし、解説を見ると、
TVレコーディングチーム、
とか書かれているので、
この舞台は、テレビで放送することを、
かなり想定したものだったのだろう。

DVDパッケージには、
イタリア語、英語、ドイツ語、フランス語、
スペイン語のサブタイトルしか、
ないような書かれ方がされている。
が、何故か、メニューを開けてみると、
ちゃんと「日本語」があって、
選択すれば日本語字幕が出る。

それにしても、この「オルランド」、
主人公こそ、ヴィヴァルディの
「オルランド・フリオーソ」同様、
騎士オルランドであるが、
他の登場人物がかなり圧縮されている。

アンジェリカとメドーロのカップルは、
かろうじて登場するが、後の二人が、
ゾロアストロとドリンダって何?
という感じである。
5人しか登場しないという。
これは、解説にも書いてあるが、
理解するのが容易になって助かる。

しかし、魔女アルチーナはどうした。
オルランドの失恋狂気で、この不死の怪物を、
なぎ倒すのが、オルランドの醍醐味かと思っていた。

これだけ見ると、このオペラは、
単に、オルランドが、すでに恋人同士である、
アンジェリカとメドーロのお邪魔虫である、
というだけの話になっているように見える。

ただし、さすがオルランド、
理不尽とも言える狂気の物語であることは、
このDVDの表紙に見られるとおりである。

ということで、気になるプロットを、
先に読んでしまおう。
以下、括弧でくくったところは、
書かれている内容。

第1幕:
いきなり、白衣のおっさんが、
黒板に図や字を書きながら、
人の心の不可解さを歌う。

「ゾロアストロは、偉大な兵士、
オルランドが恋わずらいになり、
かつての輝かしい英雄的な行いを取り戻すことに、
上の空になっていることを心配している。」

いきなり、何だこりゃ、という感じ。
そもそも、オルランドは、
シャルルマーニュの騎士だったのでは?
何故、拝火教の親分が出て来るのだ。

このようにあるので、
先のおっさんが、問題のゾロアストロであることが分かる。
バスのコンスタンティン・ヴォルフである。

何と、明かりが点くと、看護婦たちが多数いて、
将校姿の男(男装した女性)を迎え入れる。

「オルランドが入って来ると、
名声への愛と、アンジェリカへの愛に、
引き裂かれた男であるとわかる。」

軍服を着た将校が、オルランドであろう。
アルトのマリヤーナ・ミヤノヴィッチである。
迷う心を歌い上げている。

表紙写真を信じてはいけない。
もっと、カッコ良いイケメン将校になっている。

その間、医者はX線写真などを見ながら、
看護婦とやりとりしている。
おそらく、オルランドは病気なのである。

「ゾロアストロは、アンジェリカを
忘れるように説得するが、
オルランドは納得せず、
業績の栄光と私的な愛の調和の道を模索する。」

白衣のおっさんは、診察をしながら、
大きな功績に心をかき立てろ、と忠告している。
恋い焦がれて死ぬとオルランド。

このレチタティーボのやりとりの中、
リコーダーなどの優しい音色が響き、
愛は消えるが名声は永遠だと、
ゾロアストロの力強いアドバイスのアリアが舞い上がる。

介護人みたいなのが、オルランドを椅子に押しつけ、
かなり乱暴な扱いをする医者である。
謎の注射まで打たれてしまう。

オルランドは呆然となって、
みんなは出て行った後も、
なおも、めそめそとしているが、
所々で、勇気を出せ、と自らを戒めている。
水上の音楽のようなホルンが勇壮で、
ヘラクレスの例えの歌が始まる。
彼は勇敢で、愛もしたと歌い上げる。
ミヤノヴィッチは、背も高く、
すらりと均衡が取れて、
青年将校の役柄にぴったりである。
音楽は、同じモチーフを繰り返して、
平明かつ豊かである。

「ドリンダは沈んでいて、
彼女の心はメドーロとの出会いによって、
かき乱されている。
彼女はこれは真の愛かと自問する。」

ヤギやシカが休んでいて、鳥の声、そよ風と、
黒人の看護婦さんが、明るい声を上げるが、
後半、急に影が差し、全てが曇ってしまったと嘆く。

そもそも羊飼いか何かの役柄だが、
ここでは、洗濯物を干しているようである。

クリスティーナ・クラーク(ソプラノ)である。
彼女は気づいていないが、背後では、
彼女にちょっかいを出そうと、
パナマ帽の男がうろついている。

すると、オルランドが実際にちょっかいを出し、
妙な挨拶をして去ると、ドリンダは、
あれが名高いオルランド?などと言う。
それから、アリア。
切迫感があって、やや暗い色調のもの。
洗濯物を片付けながら悶々としている。

「アンジェリカの登場。
オルランドと前に約束していたのに、
彼女は怪我を介抱して治したメドーロを、
今は愛している。」

暗がりのベッドで、このような状況説明を行い、
ややこしい恋の煩いを、
ソプラノのマルティナ・ヤンコーヴァが、
黒電話をかけながら、なまめかしく歌っている。
伴奏のヴァイオリン独奏が美しい。
すると、メドーロ登場。例のパナマ帽である。
カタリーナ・ピーツは、メゾ・ソプラノで、
このカップルは、実際は女性同士が演じている。

いきなり、無邪気にいちゃつき合って、
舞台上で絡まり合って歌っている。

「メドーロはアンジェリカの愛を取り戻したのに、
彼は、ドリンダを愛していると言うことを、
止められずにいる。」

とあるように、アンジェリカが出て行くと、
ドリンダが来て、なかなか会えないと、
メドーロに愚痴を言う。
信頼したいけど、心が嘘という、
などと叫ぶ。

「ドリンダはメドーロを信じたいが、
彼女は直感的に彼の嘘をかんじる。」

メドーロは色男なので、ワインを注ぎながら、
それは嘘だ、と言い返せ、などとうまいことを言いながら、
看護婦の帽子もエプロンも取ってしまう。
そして、取り出した口紅を、ドリンダの唇に塗りつけ、
ダンスを踊りながら、荘重な歌を歌い、
彼女をベッドに押し倒してしまう。

ここでも、なまめかしいヴァイオリン独奏が美しい。

何故か、メドーロはそのまま行ってしまい、
ドリンダは、嘘でも心が躍ると言って、
嘘と分かっても信じたいという、
明るいアリアを歌い出す。

これで5人の登場人物が、みな、登場したが、
この状況、非常にややこしい。
が、図示すると単純である。

ゾロアストロ
  ↓(忠告)
オルランド →アンジェリカ←→メドーロ ←ドリンダ
     

場面が変わって、ゾロアストロが、
アンジェリカに忠告するシーンとなる。

「ゾロアストロはアンジェリカに、
オルランドの復讐を警告する。
彼女は彼に対して不実であった。」

彼女は、英雄には感謝する、と言っている。
そこに、アンジェリカの消息は、
などと言いながらオルランド登場。
いきなり酒をあおり出す。

「アンジェリカがオルランドと出会うと、
彼女は、用心深く自分を、
オルランドが愛と栄光の渦巻きの中、
救ったと思われる王女と比較する。」

どうやら、英雄はイザベラという王女を助けたらしく、
アンジェリカは、飛び込んで来るや、
そのことを取り上げて、
ドリンダには、恋人に見えたそうよ、
などと非難。何だか、企んでいる様子。
あなたが助けた王女をすぐに追いやって、
などと無理な注文をつける作戦に出たようだ。

信頼を得たいなら、忠誠心を見せて、
という憎たらしいアリア。
典雅で、しみじみとした情緒、
テオルボやガンバの響きの簡素さも美しいもの。

抱きついたり、指を絡めたりで歌っているが、
こんな作戦で、オルランドから逃げられるのだろうか。
無理を言えば、嫌われると考えたのかもしれない。

この間、メドーロが入って来ようとするが、
ゾロアストロに止められている。
アンジェリカは最後にキスをして去る。

オルランドは言うとおりにしよう、という。
そして、何とでも戦う、というアリアを歌う。
勇ましいもので、装飾音が強烈に散りばめてある。

「オルランドは、アンジェリカに、
戦争に行くと言って、
自分の愛を証明しようとする。」

とあるから、アンジェリカは、
オルランドをたきつけて、
どっかにやろうとしたようだ。

このアリア、強烈な拍手が起こる。
オルランドが去ると、
先ほどのやりとりを見ていたメドーロを、
アンジェリカに言い訳しなければならない。

そこで、ベッドが現れ、彼等はそこに飛び乗る。
大胆な演出である。

「その間、メドーロとアンジェリカは、
アンジェリカの母国に逃避して、
邪魔されないで、
愛に生きることの実現を希望する。」

が、その瞬間、ドリンダが入って来て目撃。

「ドリンダはカップルに知らずに出くわすが、
彼等は、いつか、彼女も真の愛を見つけるだろうと言う。」

つまり、彼等は開き直り、泣き崩れるドリンダに対し、
美しい羊飼い元気を出して、などと、
美しく調和する女声二重唱で慰める。
だめよ、などと、ドリンダも唱和するので三重唱となる。

「絶望するドリンダに別れを告げる時、
アンジェリカは、彼女に宝石をプレゼントする。」
と解説にある。

その間、メドーロは、慰めるふりをして、
ドリンダを愛撫し続け、最後はカップルだけが、
ベッドにしけ込むというトンデモ演出。

このメドーロ役のカタリーナ・ピーツ、
女性でありながら、ちょびひげをはやし、
見事に色男をいやらしく演じている。

ネットで調べると、いけいけ感のある、
なかなかいけてる女性である。

このあたり、一幕を終わらせるのにふさわしい、
たいへん、充実した味わい深い音楽を味わうことが出来る。

第2幕:
「ドリンダは、メランコリックなムードの中、
ナイチンゲールの歌を聴いている。」

先ほども、ドリンダは嘆いていたので、
前のシーンが続いているような感じであるが、
ここでは、暗い闇の中で、一人内省的に歌われる。
ナイチンゲールの声を、ちょんちょんちょんと、
ヴァイオリンの高音が暗示する、澄んだ感じの音楽。
彼女もまた、このナイチンゲールの声を聴いて、
悲しみを共有している。

クリスティーナ・クラークという、黒人の歌手。
声も美しく安定していて、主役並みの大活躍である。
ネットで見ると、ウェブサイト準備中と出た。

そんな彼女に、テーブルに座っていたオルランドが問いかける。
何故、イザベッラのことを言いふらすのか、
などと聴いている。
「オルランドは、彼女に、
アンジェリカに不実である、と言われた、
と訴える。」と解説にあるシーン。

ドリンダは、そんな事は言っていない、と言い、
私も、愛するメドーロがブレスレットをくれて、
去って行った、などと言う。

「ドリンダは、理解できないものが、
あるに違いないと言う。」


「しかし、オルランドは、
ドリンダがアンジェリカから貰った宝石を見つけると、
それは、かつて、自分が、
アンジェリカに上げたものであるようだと気づく。
その瞬間、彼は、自分が愛した女に裏切られたと気づく。」

オルランドが、テーブルに座って、
頭を抱えると、ドリンダは、またまた、
美しく憂いに満ちたアリアを歌う。
全く持って、ドリンダが主役である。

「ドリンダが、失恋の歌を歌い、彼女には、
回りにあるものが、すべてメドーロの顔に見える。」
とあるが、木のそよぎなどが、
メドロはここだ、と言ってるように聞こえる、
という、切ない切ない歌である。

このとき、オルランドは、真剣な表情で虚空を睨み、
時折、酒をあおっていて、かなり危険。
「オルランドは深い絶望に沈み、復讐を誓う。」

きりりとして精悍な、ミヤノヴィッチは、
この神経質な役柄にぴったりだ。

切迫感のある音楽がわき起こり、
一人になったオルランドは斧を取り出して、
道中を狙う、と物騒な歌を歌い上げる。
制止にに来た警官も追い払い、
剣のひと突きが私を癒すなど、と言い、
顔に墨を塗りたくったりする。大拍手。

ゾロアストロは、そんな様子を見ていて、
アンジェリカとメドーロを追いだそうとする。
「ゾロアストロは、アンジェリカとメドーロに、
すぐに出立するよう説得し、
道理と感情の自己修練の美徳を讃える。」
後半はアリアで、黒板の前、怪しげな講義をしながら、
数式がどんどん、「ORLANDO」とか
「AMOR」とかになっていく。

「恋人たちは、彼等の差し迫った出立を悲しみ、
メドーロは、二人の名前の入った刻印を刻み、
それを見た人が、彼等の愛を思い出せるようにした。」
と解説にあるが、見慣れた森と別れるのは辛い、
などとアンジェリカは歌っている。

舞台は病院の中みたいな設定だが、
ドリンダは羊飼いだし、
実際は、もっと牧歌的な情景なのであろう。
馬を用意して、などとアンジェリカは言うし、
草原よさようなら、井戸よさようならとメドーロも歌う。

上記、解説にある刻印は、月桂樹にするようだ。

メドーロが歌いながら、そう言っている。
彼は黒板の「ORLANDO」を消し、
「AMOR」のA(アンジェリカ)と、
M(メドーロ)だけにする。
この間、メドーロは、ずっと、しみじみとした、
住み慣れた土地への別れを歌っている。

「アンジェリカは、オルランドに対する忘恩を気にするが、
愛のより高い力のせいにする。」
恩知らずとは言わせない、というアリアを歌う。
病院関係者は、服を着せたり、鞄を持ってきたりして、
アンジェリカを去らせようとする。
ヤンコーヴァという歌手がアンジェリカ役であるが、
チェコの歌手だとある。いくぶん、線が細い感じか。

「オルランドはメドーロの刻印を見つけると、
苦悩から精神病の兆候を見せる。」
オルランドは、誰もいない黒板の前に来て、
これを刻んだ手はどこだ、とお怒りである。
「その間、悲しげに別れを告げているアンジェリカを、
彼は追うことを誓う。」
緑の森やせせらぎ、秘密の洞窟、さようなら、
と旅装束のアンジェリカが歌う。
この出で立ちは、20世紀初頭風という感じだろうか。
タイタニックな感じで、自然のかけらもない舞台であるが。

切々たる感情を歌う、
ヤンコーヴァの声を支えてリコーダの音が、
儚い響きを浮かび上がらせる。

18世紀の英国で演奏されたというこのオペラ、
そうした自然回帰への憧憬があったのだろうか。
はらはらと花吹雪が舞う中、
病院のみんなが別れを告げに来る。

歌が終わると、何と、白衣の中の一人は、
顔に墨を入れたオルランドになっている。
恐ろしい演出である。斧を持っている。
これは怖い。

「オルランドはアンジェリカを見つけ、
狂乱の最中、アンジェリカを掴まえる、
神秘の領域にいると信じている。」

斧を振り回して、邪悪な悪魔め、
惨めな私、私は幽霊だ、影だ、と
黄泉への船だとアンジェリカのトランクに乗る。
これが、表紙写真に使われたシーンだ。

これで、表紙シーンのオルランドが、
何故、白衣を着て、顔がへんてこかが分かった。
ここでは、顔に墨が塗ってあるので、
狂気が強調されているのである。

「狂気の中、彼は、その涙が彼の心を癒す、
プロセルピナの姿を見る。」
ゾロアストロを見て、メドーロだ、
プロセルピナだと大騒ぎして、脱力し、
これまた、悲嘆にかきむしられたようなアリアとなる。
その間、アンジェリカは逃げてしまう。

すると、私の心はダイヤのように硬く、
怒りは柔らがない、という、
技巧的なアリア後半となる。

「しかし、再度、凶暴な狂気に陥ると、
ゾロアストロと副官たちの仲裁によってしか、
最悪の事態は避けられなくなる。」

ゾロアストロと部下に向かって斧を振り回すが、
力尽きて幕となる。

以上が、このDVDの1枚目である。

ここまで見てきたように、
ヴィヴァルディの「オルランド・フリオーソ」より、
ずっと整理さえた筋書きとなっている。

すべてを超越した仲裁者、ゾロアストロなどが居る点からも、
合理主義的な気配濃厚。
21世紀の先の見えない時代には、ヴィヴァルディの方が面白い。

DVDの2枚目は、次回、聴くとして、
今回の内容だけでも、ヴィヴァルディのものとは、
かなり内容の異なる「オルランド」であることが分かった。

基本の性格は、愛ゆえに狂気に陥る英雄ということで変わりない。
また、メドーロを愛しているアンジェリカを愛し、
アンジェリカは、その思いから逃げるために、
様々な手段を講じるという点が共通である。

ヴィヴァルディのアンジェリカは、
オルランドに、不老の薬を取りに行かせ、
ヘンデルのアンジェリカも、
難題を上げて、戦地に送り出している感じであろうか。

違うところの方が多い。
ここでは、オルランドの仲間の騎士は誰もおらず、
前述のように魔法の島の魔女もない。
この作品は、「魔法オペラ」と呼ぶには、
あまりに合理的な感じがするが、いかがであろうか。

音楽も、そうした行き方に従って、
おおむね堅実で美しく、
ヴィヴァルディのようなカプリシャスな感じは少ない。

台本では、ゾロアストロという、謎の男が現れ、
力があるのかないのか、ほとんど主役級の活躍を見せる。

得られた事:「ヘンデルの『オルランド』は、ヴィヴァルディのものとは異なり、魔女の出て来ない現実路線。」
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by franz310 | 2012-04-15 16:52 | 古典

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その323

b0083728_22402590.jpg個人的経験:
メトロポリタン・オペラの
有名なメゾ・ソプラノ、
マリリン・ホーンは、
ロッシーニの英雄役でも
名を馳せる録音を残したが、
ヴィヴァルディのオペラでも、
先駆的な役割を果たし、
「オルランド・フリオーソ」
では、全曲をレコード録音し、
画像でも舞台上演を記録した。

私が持っているDVDは、
中国語の簡体字、繁体字の字幕があり、
台湾製か香港製かという感じ。
あるいはチャイナタウン仕様か。


なかなか洒落たデザインの表紙で、
立派な兜をかぶり、金色に輝く盾を持った、
英雄オルランドに扮するホーンが、
赤と黒の背景に、すっくと立って、
前をしっかりと見つめている。

この映像記録については、
相澤啓三著「オペラの快楽」(JICC出版局)でも、
紹介されている。

「舞台は童話的で、三度狂乱の場をつとめる
マリリン・ホーンは、初演の技巧的な
ドラマティック・アルト歌手、
ルチア・ランチェッリをあてこんで書かれた
名人芸をたっぷり聴かせ、
あれよあれよとばかり演じて見せます」
とかなり魅力的な言葉を連ねている。

ただし、ここで紹介されているのは、
この著書が20年前のものということもあって、
米HomeVision製のビデオ・テープである。

私の手元にあるのは、中国で好まれた、
マグネット式の開閉部のついた箱入りDVDで、
Prosuced by RM ARTS
と書かれている。

箱の裏には、うまく、内容がまとめられた紹介文がある。

「アントニオ・ヴィヴァルディのオペラは、
魔女、アルチーナに魔法をかけられた島での出来事。
年を取って醜いにもかかわらず、
アルチーナは、魔法の力で、自らを美貌に変え、
島に流れ着く廷臣たちを魅惑する魔法を使っていた。
彼女は、地獄のヘカテ寺院の魔界像を、
無敵の番人アロンテに護らせて、
その力を永遠のものとしていた。
運命の導きによって、他の重要登場人物が、
この島に導かれる。
つまり、美しいアンジェリカと、
彼女の若い恋人でサラセン人のメドーロ、
そして嫉妬深いオルランドである。
彼はキリスト教国の騎士、
シャルルマーニュの甥であって、
アンジェリカを愛している。
彼等は狂おしい情熱と絶望の
計略的な愛の物語にからんでいく。
サンフランシスコ・オペラによる
この『オルランド・フリオーソ』は、
そのベルカント歌唱の揺るぎない卓抜さによって、
今日の傑出したパフォーマーとなっている、
アメリカのメゾ・ソプラノ、
マリリン・ホーンをはじめとする
スターキャストを誇っている。」

どうやら、「タンクレーディ」などの演出をしていた、
ピッツィによる演出で、この演出家が、
名作ながら忘れられたオペラの発掘に、
かなり力を入れている人であることが分かった。
登場人物を鮮やかな色彩の衣装で切り分けるのも、
この演出家の特色であろうか。
今回の舞台もカラフルで分かりやすい。

ランドール・ベーアという人が指揮する、
サンフランシスコ歌劇場管弦楽団&合唱団のもの。
マリリン・ホーンの他、ウィリアム・マッテウッツィ
スーザン・パターソン、キャスリーン・クールマン
サンドラ・ウォーカー、ジェフリー・ゴール
ケヴィン・ランガンらが登場。

では聴いて行こう。

Track1の序曲からして、
現代のオーケストラのゴージャスな音響。
が、短く、すぐ終わる。

いきなりTrack2で、
オルランド扮するホーンが、
「暗い世界から」とか、「愛は征服する」とか、
歌い上げている。
愛するアンジェリカを探しているのである。
ホーンの声をいきなり聴けるのは豪華であるが、
「タンクレーディ」でも書いたように、
狭い気道から絞り出されるような独特な声である。
もうすこし、輝かしさが欲しいところだ。

オルランドが退場すると、船に乗った
アンジェリカが現れ、
遭難して死にそうになっている騎士メドーロを見つける。
彼は、彼女の恋人である。
その後から、もっと大きな船に乗った、
魔女アルチーナが現れ、騎士は息を吹き返す。

このあたり、やたら笑い声が上がる。
装置が安っぽいせいと、おとぎばなしめいた、
あるいは学芸会的な演出にせいか。

アンジェリカがメドーロと抱き合うと、
それを見ていたオルランドが現れる。
アンジェリカのアリア。
嫉妬の恐ろしさで知られたオルランドである。
アンジェリカは、メドーロは兄弟であることにしてしまう。
ここでのアリアは、美しいコロラトゥーラを伴う、
音楽的なものである。

そんな事を言いながら、二人は行ってしまうので、
オルランドは嫉妬のアリアを歌う。
これも活発な伴奏を伴うもので、
ホーンの個性的な歌唱が楽しめる。

アルチーナが一人残ると、
彼女は永遠の命を持っているので、
男を次々変える必要があることを説く。

そこに、ピンクの騎士ルッジェーロが、
金色のペガサスに乗って現れ、
お互いに眼差しを交わす。
アルチーナの両脇には、
魔法によって石に変えられた、
ハンサムボーイが彫像のようになっている。

ルッジェーロは、
恋人のブラダマンテを思いながらも、
彫像からの怪しい泉の水を飲んでしまい、
少しずつ、アルチーナに惹かれ始める。

このあたりでも聴衆はゲラゲラ笑っている。
彫像が、時折、形を変えるからである。

Track3.
フルートの前奏を伴う、カウンターテナーの
ルッジェーロ(ジェフリー・ゴール)のアリア。
このメロディは、限りない憧憬を表して、
きわめて官能的に美しい。
「あなただけが私を満足させる」などと、
完全に術中にはまっている。
フルート奏者は、18世紀風の出で立ちで、
舞台の上で吹いている。

「あなたの目は私の港」などと魔法で見つめ合う二人。
18世紀版「トリスタンとイゾルデ」である。

陶然と歌っているところに、緑色の騎士の出で立ちで、
元々の恋人のブラダマンテが出くわす。
「私は不幸な女」とか言っていても、
ルッジェーロは彼女を知らないという。
会場からは笑い声。
ブラダマンテはビレーノと名乗ることに決める。

Track4.典雅な舞曲風の前奏に乗って、
紫色のドレス、黄色いマントのアルチーナ
(カスリーン・カールマン)が、
きわめて扇情的な影を宿したアリアを歌う。
メゾ・ソプラノで、深い声だが、
少々デッドな録音が、その良さを引き立てきれていない。

アルチーナが去ると、ブラダマンテに対して、
ルッジェーロが、「何だか見た事が」とか言って、
記憶が曖昧な事をばらすと、
「何と不実な心」などと、ブラダマンテはお怒り。
最後は、ルッジェーロがくれた指輪を見せると、
何とか、彼は恋人を思い出す。
が、ブラダマンテはすねている。
どうせ、アルチーナが来たら、また、恋に落ちるという。

そこにオルランド登場。
「嵐の後に星は輝く」などと、慰めている。
Track5.激烈なリズムを持つ、
オルランドの有名なアリア。怒りを海の嵐に例えたもの。
黒ずくめに金色の飾りと兜をつけて格好良い。
これは有名なアリアで大拍手が起こっている。

次は、アルチーナの寝室のシーンである。
青い服を着た、騎士アストルフォ
(バスのケヴィン・ランガン)
が悶々としている。

Track6、「四季」の「春」のような、
明るい色調のアルチーナの親しみやすいアリア。
1つの愛では足りないと歌うもの。

まだ、ルッジェーロとブラダマンテが喧嘩しているが、
やがて仲直り。
Track7で、ルッジェーロがかわいらしいアリアを歌う。
Track8では、ブラダマンテもお返しのアリア。
込み上げる感じのもの。

もう一組のカップル、黄色い騎士メドーロと、
アンジェリカがオルランドを恐れている。
Track9.メドーロのアリア。
これも切々として悩ましい。
弦楽器奏者が舞台に上がってオブリガードを奏でている。
ヴィオラだろうか。画面の隅で小さくて見えない。
このオペラ、全体として奇妙な作品だと思っていたが、
次々に、特徴的なアリアが出て来て飽きさせない。

Track10は、純白に赤いマントのアンジェリカのアリア。
「星のように輝き」。
これは、明解ながら影も深く、
ヘンデルの作品のような、骨太の進行が爽快である。

オルランドが現れると、アンジェリカは、
扉の向こうの岩を指さし、
永遠の若さを保つ花を持って来て欲しいという。
オルランドは、モンスターがいるという岩の中に、
戦いを挑んで入って行くと、岩の一部が柵となって、
閉じ込めてしまう。
オルランドの呪詛に満ちたレチタティーボが、
ど迫力である。
が、学芸会的に、簡単に岩もどけてしまうので、
会場からは笑い声が起こっている。
が、アンジェリカへの怒りが込み上げていて怖い。

Track11は、メドーロとアンジェリカが、
乾杯をして結婚式を挙げていて、
喜びの合唱がわき起こる。

その一方で、アルチーナがルッジェーロを失って嘆いている。
Track12では、彼女のアリア。
切ないもので、古雅な舞曲調が旋回する。
「不誠実な星に支配され、愛の神は私には苦しみしかくれない。」
何だか、魔女の運命がかわいそうになってくる。
ルッジェーロもそう言っている。
しかし、その後は、恋人同士の世界に入って、
木にアンジェリカとメドーロの愛の落書きをしたりする。

「何ということ」とオルランドは、その書き込みを見て、
狂気に陥って行く。
「オルランドは死んだ」とか叫びだし、
「復讐だ」と声高に歌い、
ヘルメットを投げ捨て、剣を抜いて振り回している。
すると、急に泣き出し、かわいい顔をして見せる。
マリリン・ホーンは34年生まれなので、
このとき、もう50代のはずだが。

第3幕:アストルフォとルッジェーロが、オルランドを案じ、
Track13では、アストルフォの勇ましいアリア。
これも推進力があって、リズムも面白く、聴き応えあり。

ルッジェーロとブラダマンテが武装してアルチーナを待つ。
魔女は、天に頼んで無理と知り、
怪しい寺院で祈り始める。
オルガンの音などが効果的に使われている。
ブラダマンテは騎士アルダリコだと名乗り、
アルチーナに近づく。

そこにオルランドが現れ、狂気に駆られて、
身の上話を始め、運命を呪ったりする。
声色も変え、踊ったり、迫真のレチタティーボである。

そこに呑気にも明るいアンジェリカの声が響いて来る。
オルランドは乱暴につかみかかり、
訳の分からないことをまくし立てる。

Track14はアンジェリカが、
「あなたは無実、でも影がある。あなたの誠実は不公平」と、
優美なアリアを歌う。弦楽の伴奏が精妙だ。

Track15は、オルランドが一人、
暗いところで、深々と嘆息するようなアリア。
悲しいガンバだかの伴奏が付く。

しかし後半は、また狂気に駆られたようなレチタティーボとなる。
「アンジェリカは悪女だが、美しい」とか言いだし、
地獄の寺院の守番を打ち倒し、そこの神像を抱きかかえ、
アルチーナの神殿を破壊してしまう。
そして、眠くなったと言って眠ってしまう。
このあたり、すごいスペクタクルを期待していたが、
ままごとレベルで、迫力はホーンの熱唱にかかっている。
しかも、狂乱のアリアはない。

アルチーナが怒ってオルランドを殺そうとすると、
ルッジェーロが制する。
アストルフォがオルランドを起こす。
アルチーナは、「オルランドは正気に戻ったが、私は、」
と、半狂乱のアリアを歌う。

Track16では、アルチーナが去り、
オルランドは、急に、アンジェリカとメドーロを祝福する。
アストルフォが、「かしこい男は失敗から学ぶもの」と語ると、
喜びの重唱となって幕となる。

カーテンコールでは、オルランド、ルッジェーロ、
アルチーナの拍手が多く、アンジェリカ役は貰う花束が多い。

このオペラは、ヴィヴァルディのオペラの中では、
何故か、早くから知られており、
マリリン・ホーンのものも、このDVDとは別に、
指揮者のシモーネらと録音した、
1977年のLPがある。

DVDも、今回紹介したものの他に、
最近、スピノジの指揮したものが発売された。

このDVDの解説は、豪華ブックレット仕様なので、
このオペラについての情報が多く載せられている。
スピノジとフレデリック・デラメアという人が、
6つの部分からなる文章を掲載している。

「メタモルフォーゼズ オブ オルランド」
「ヴェネチアでの論戦」
「最初のオルランド」
「ヴィヴァルディの錬金術」
「騎士ランチェッティ」
(これは、相澤啓三氏がランチェッリと
書いていた歌手の事である。)
「7年間の反映」
(スピノジは7年前に、
同じオペラをCD録音していた。)

ということで、まず、
「オルランド変容」という部分を読んで見よう。

「1727年11月9日に、検閲も済んで、
アントニオ・ヴィヴァルディの
『オルランド・フリオーソ』は、
同じ月の15日、
ヴェネチアのサンタンジェロ劇場で初演された。
赤毛の司祭の新しいオペラの公演期間は短いものだった。
12月10日からは、
同じ年の2月、同じ劇場で公演して成功を収めた、
『ファルナーチェ』の再演に置き換えられた。
秋のシーズンには普通、1演目しかなく、
2つめのオペラが演じられたことは、
最初のものが失敗だったということだ。
『オルランド』の初演から2、3日して、
ヴェネチアから出された手紙の中で、
コンティ神父は、友人のクリュス伯爵夫人に、
『我々のオペラが始まりましたが、
特に書くことはありません』と報告している。
この年のはじめに『ファルナーチェ』や、
その音楽について、
『崇高さと優美さにおいて、素晴らしく多彩な音色だった』
と書いて情熱を持って熱狂していた、
このオペラおたくの意見であるから、
ヴィヴァルディの挫折を意味するものであろう。
確かに、コンティのこの文章は、
ヴィヴァルディの『オルランド』ではなく、
10月25日から、
サン・カッシアーノ劇場で演じられれていた、
ジョゼッペ・ボンニヴェンティの『バルタリド』か、
あるいは、11月8日から、
サン・モイーゼ劇場で演じられていた、
ヴァイオリニスト、ジョヴァンニ・リアリの、
『勇敢な王国』のことを言っているのかもしれない。
ひょっとしたら、サンタンジェロでのオペラを、
彼は、まだ、観に行ってなかったかもしれない。
これらの仮説もありうるが、
サン・ジョヴァンニ・グリソストモ劇場での、
ニコラ・ポルポラの『アリアンナとテーセウス』を
賞賛しているにもかかわらず、
神父の手紙に、その後も、
『オルランド』に対する言及がないことから、
信憑性は低いと考えられる。
多くのヴェネチアの聴衆と同様に、
神父は、ヴィヴァルディのペンから生まれた、
最も型破りなオペラ作品に困惑したと、
考えたほうが良いように思われる。
台本には『オルランド』とあり、
自筆譜では、『オルランド・フリオーソ』と書かれた、
この作品は、『四季』の作曲家の、
劇場音楽の傑作として認識されるのに、
250年も待たなければならなかった。」

以上、どこが、メタモルフォーゼズなのか、
よく分からなかった。
とにかく、この作品はうまく行かなかったようなのである。

そして、この作品が、ヴィヴァルディのオペラ中の、
単なる1つである、という見方が出来ないことを、
下記文章が補足する感じになっている。

次に来る、「ヴェネチアでの論争」という部分にこうある。
「ヴィヴァルディにとって、1727年という年は、
2年前からのヴェネチアでの劇場界再征服の絶頂期であった。
保守的な環境との衝突の後、
4年間の芸術的亡命を経て、
作曲家は、周到に1725年秋以降の再起を準備した。
作曲家と興行師の機能をまとめて、
オペラの音楽監督というタイトルを誇示し、
彼は再び、自らがオペラのキャリアを始めた、
サンタンジェロ劇場の棟梁となった。
ジョヴァンニ・ポルタや
トマゾ・アルビノーニの勢力を飛び越えて、
『赤毛の司祭』は、彼の不在中に、
保守派が連合させることができなかった
ヴェネチア・オペラ派を組織化した。
このように、彼の責務は、
彼がヴェネチアを離れていた間に押し寄せた
外国勢との新しい競争になった。
ヨーロッパの音楽シーンを総なめにしつつあった、
ナポリ音楽がヴェネチアを征服し始めており、
ヴィンチやポルポラの作品は、
すでに、街の主要な劇場、
サン・ジョヴァンニ・グリソストーモの演目を占拠していた。
ナポリはまさにヴェネチアを征服する過程にあった。
1727年の秋、このナポリの波頭はいっそう高まり、
『オルランド・フリオーソ』は、それゆえに、
これらのスタイルの衝突の仕返しの兵器として、
作曲家は考えていた。」

ということで、この作品が、
ヴェネチア楽派の起死回生の一撃になるはずであったようだ。

ここからが少し、ややこしくなる。
ヴィヴァルディには、
「オルランド・フリオーソ」という作品が、
実は、もう1つあったようなのである。

「最初のオルランド」という文章が来る。
「彼が採用した作戦は、ヴェネチア音楽の基本要素を、
新しい観点で賛美することであった。
かつて書かれた、14年前にサンタンジェロの聴衆に披露し、
40回以上も繰り返されて記憶すべき成功を収めた、
いわゆる最初の『オルランド・フリオーソ』に立ち返り、
その大胆で個性的な表現に根ざした。
それは、1713年秋に最初のオルランドが、
ヴェネチアにおける、
サンタンジェロでの作曲家、興行師として
ヴィヴァルディが、オペラ・キャリアを
公式に開始した時点を記すものであるゆえに、
象徴的なものでもあった。
フェラーラの詩人、
グラツィオ・ブラッチョリの台本による
このオリジナルの作品は、当時、
若いボローニャの作曲家、
ジョヴァンニ・アルベルト・リストリの作品とされていた。
しかし、現在では、
単独の仕事ではないかもしれないが、
ヴィヴァルディのものとされ、
いずれにせよ、
サンタンジェロで翌年改訂上演された時には、
彼が全面的な責任を負っていた。
リストリのものとされる音楽と、
同時代者ヴィヴァルディの作品の、
スタイルの上で酷似は、
『赤毛の司祭』とその父親の筆跡が、
オリジナル原稿の推敲のところで見られることと共に、
これらの観点で、明解な理由を提供する。
これらはさらに2つの基本的考え方によっても支持される。
まず第1に、ヴィヴァルディが、無名の若輩に、
こんな重要なシーズンを任せ、
責任を放棄するとは思えないし、
さらに、とりわけ、リストリが、
操り人形でなく、いくらかの部分を担当した協業者とすれば、
戦略的な理由から、絶対に、実はそれが父親だったなどと、
推測させるわけにはいかなかった。
この1713年から14年の謎の『オルランド・フリオーソ』は、
最初の二幕しか残っておらず、
そもそも、ヴェネチアの劇場の伝統と、
当時流行していた最新のヴィジョンの融合で、
ヴィヴァルディはこの分野の最も大胆な代表であった。
劇場キャリアに進出する時点での、
この作曲家特有の実験精神は、
ブラッチョリの見事な台本の非常に劇的に豊かさに
刺激され促進されて、
音楽劇の慣習的な体系を文字通り打ち砕いた。
カヴァティーナ、アリオーソ、登場アリアを復活させ、
ダカーポアリアの総合のような音楽形式は、
すこしずつ省かれ、
特に騎士の狂気の部分で、
モノローグシーンの拡張してレチタティーボとし、
作曲家と台本作者は、かつての音楽劇の姿を再現している。
交互に現れるレチタティーボとアリアは、
様々な形のかすかに流動的なモノクロームとなり、
ここでアクションが展開され、
登場人物を駆り立てる心情が、
声と通奏低音の錬金術によって探究される。
17世紀の劇場への賛嘆であり、
大胆で、時代遅れではなく、
アリアとオーケストレーションのスタイルとしては
まさしくヴィヴァルディが
18世紀初頭のヴェネチアに吹き込んだ新風を表していた。
1714年の再演の後、この作品は中欧でも成功を収めた。」

このように、「オルランド・フリオーソ」には、
2つ以上の版があって、その最初の版は、
ヴィヴァルディのもくろみ通り、新風を孕み、
快進撃を遂げたということである。

しかも、それは、ヴェネチアの伝統に、
深く根ざすものであったと考えられる。

次いで、「ヴィヴァルディの錬金術」という部分には、
この作曲家が、この作品に盛り込んだ工夫が書かれている。

「14年後、昔のモデルから新しいスコアを仕上げた。
1727年版は、フレームワークや大きな劇的シーンを保ち、
広く1714年版を基にしているが、
元の作品と混同することは困難である。
むしろ、新作は、広範囲の改作を示し、
結果として作品に力強いオリジナリティを与えた。
ここに、誰もが真似できないような、
作曲家本人でさえ、この後の作品では
出来なかったような独自の配合で、
2世紀にわたるヴェネチアの劇場が、
混ぜ合わされている。
1727年の改訂は何よりも、
全てのアリアの置き換えによって、
気概を示している。
声の音域の新しい配分によって、
この決定はなされているが、
何よりも、最初のオルランドから、
ヴィヴァルディの声楽の書法は進化している。
最初のものの、
短い導入のリトルネッロと控えめな技巧を持った、
簡潔なアリアとは、
成熟したヴィヴァルディ・オペラの充実を示すものとなり、
そのメロディの魅力、そのきらきらした器楽の色彩、
豊かな弦楽の伴奏を伴う、
躍動するリズムのヴァイタリティは、
しばしば1713年版より複雑で変化に富み、
とりわけ、輝かしい声楽の技巧は、
決して、それに服従することなく、
花火のような効果で重要な側面を見せる。
しかし、改作は、
特にオルランドの狂気を示す、
偉大な独白シーンの堂々たる書き直しによって、
ドラマの核心にも迫っている。
改作は、タイトルロールの声域の変更
(1713-4年版はバス、1727年版コントラルト)
によって、無理になされたものではなく、
ヴィヴァルディのパートに対する
特定の創造的願望を示すものである。」

いかに、最初のオルランドから変わっているかが分かったが、
まさか、主人公の声域まで変わっているとは知らなかった。

今回は、ここまでで字数オーバーとなった。

得られた事:「ヴィヴァルディのオペラでも早くから知られた『オルランド・フリオーソ』は、作曲家自身、何度も改作したヴェネチア・オペラのクライマックスであった。」
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by franz310 | 2012-04-07 22:45 | 古典