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クラシック音楽への愛と悲しみの日々
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その291

b0083728_2382248.jpg個人的経験:
ヴィヴァルディのオペラ、
「オルランド」関係がもう1曲。
こちらも、OPUS111レーベルから、
妖艶な表紙写真のものが出ている。
3枚組でひるんだが、前に聴いた、
「オルランド・フリオーソ」と
一緒に注文して入手した。
しかし、演奏者は違っていて、
スピノージの指揮ではなく、
こちらは、デ・マルキによるもの。


楽団も、アカデミア・モンティス・レガリスという団体。
歌手には、スピノージの指揮で、
ロッシーニの「試金石」でヒロインを歌った、
ソーニャ・プリーナが登場する。

こちらのオペラは、ややこしいことに、
「狂人を装ったオルランド」というもの。
「オルランド・フリオーソ」が、
「狂気のオルランド」と訳されるので、
この世界の素人は、完全に混乱してしまう。

が、こちらの作品は、ずっと初期の作品のようだ。
「オルランド・フリオーソ」は、1727年の作品であったが、
この「狂人を装ったオルランド」は、1714年の作品だからである。
この二つの年代は、シューベルトきちがいには、非常に覚えやすい。

100年を足した1814年と言えば、
ドイツ・リートの最初の傑作とされる「糸を紡ぐグレートヒェン」の年、
1827年と言えば、ドイツ歌曲の最高峰とされる「冬の旅」なのだから。

これらの作品に差異があるのと同じ理由かは分からないが、
このヴィヴァルディの2曲のオペラの印象もかなり違う。
あるいは、演奏者の趣向のせいかもしれないが。

ヴィヴァルディのオペラなど初めて聴く私には、
はるかに、「狂人を装ったオルランド」の方が楽しめた。
色彩が豊かで変化に富み、
ロッシーニのように、シャンパンが泡立つような趣きがある。

そのあたりの差異については、解説から読み取れないが、
この初期の作品が、かなり重要な作品であることは、
この解説を飛ばし読みしてもよく分かる。

3枚組の高価なCDにふさわしく、解説も立派である。
「ヴェネチア・オペラの最後の春」という題のものは、
5ページもある。

「1714年は、ヴィヴァルディにとって大きな転機の年だった。
3月4日、まさしく36歳になった日には、
満足すべき得票を得て、
ピエタ慈善院付属音楽院の協奏曲長の職を更新し、
最初のオラトリオ『ファラオの神モイゼ』が、
生徒たちによって演奏された。
1714年は、第2協奏曲集、
『ラ・ストラヴァガンツァ』が、
アムステルダムで出版されている。
そして、今や、彼の欧州での名声が高まる気配があり、
ピルナのクヴァンツなどはこの作曲家の協奏曲を発見、
その基本要素を、自身の作品の参考にしたほどであった。
ロンドンでは、パスティッチョ『アルミニオ』に挿入された、
ヴィヴァルディの最初のオペラ・アリアが、
キングス・シアターで、聴衆の前にヴェールを脱いだ。
そして最後に、ご当地ヴェネチアでは、
著名なドイツの作曲家シュティルツェルが、
マルチェッロ、ポラローロに会いに来て、
最近売り出し中の赤毛の司祭にも急いで賛辞を送って行った。
それに加えてその年の終わりに、
1714年の出来事の中で、最も重要なイベントがあった。
サンタンジェロ劇場における、
『狂人を装ったオルランド』の初演である。
ヴィヴァルディの最初のヴェネチア・オペラであった。
この音楽のための劇によって、
作曲家とセレニッシマ(ヴェネチア)の劇場は四半世紀の、
芸術的な恋愛関係で結ばれるのである。」

ものすごく高揚した文章で、
この部分を読んだだけで、この作品への興味が高まって来る。
ただ、これだけでは、このオペラがなんたるかが、
まだまだ分からない。

「この時点まで、ヴィヴァルディは、
ヴェネチアの公衆には、ヴァイオリン教師、
器楽曲の作曲家としてもっぱら知られていた。
彼はさらにヴァイオリンとヴィオラ・ダモーレの演奏で、
名手としても知られていた。
彼の遅すぎた劇場への登場は、
慎重に構築された型破りなキャリアの、
四方向作戦の最後のステージであった。
まず最初に、彼は、
作曲家でヴァイオリニストであった父親の隣で、
ヴェネチアの劇場のオーケストラ・ピットで経験を積んだ。
そしておそらく、彼は、ヴェネチア・オペラに君臨していた、
フランチェスコ・ガスパリーニの庇護を受けていた。
地道に何年か精を出して働いた後、
ヴェネト州で最初の控えめな光が射したのは、
1713年5月、ヴィチェンツァでの、
彼のオペラで知られているものの最初のもの、
『ヴィラにおけるオットーネ』の初演においてであった。
この通過儀礼の後、1713年の秋のシーズンから、
ヴェネチアの公衆の前に、サンタンジェロ劇場の、
慎ましい服を着た楽長として現れた。
オルガナイザー、プログラム・プランナー、
アレンジャー、作曲家として、
この困難な状況の中、仮面を被ったように振る舞った。
一年後、彼は、『狂人を装ったオルランド』で、
彼の戦略はまばゆいクライマックスを迎えた。」

彼の四方向作戦とは、
1.楽団員になった。
2.「オットーネ」を作曲し、初演した。
3.目立たない監督になった。
4.「オルランド」を作曲した。
ということであろうか。

父親も作曲家というのは知らなかったが、
ややこしい劇場での状況を熟知した彼が、
ヴィヴァルディのプロモーターだったのだろうか。

「最初のソナタ、作品1(1703/05)と、作品2(1709)から、
さらに明確には、革命的な協奏曲集『調和の霊感』(1711)から、
ヴィヴァルディは並外れた劇的センスを見せ、
各楽章は明らかに、オペラの1シーンのようであった。
彼の改革と挑戦によって、
作曲家は、舞台、情景、声を求める新しい表現の地平を拓いた。
これまで声のない劇場に閉じこもっていたこのオペラの天才は、
ヴェネチア・オペラに、『狂人を装ったオルランド』で花開いた。
この重要な作品は、やがて、急激な衰退を見せる、
ヴェネチア・オペラに新しい息吹を与えた。
何年も、ヴェネチア・オペラは混乱期にあった。
ヴェネチアの劇場に財産をもたらした、
前の世紀の古い劇のモデルは、
空疎化やバランスの喪失の中、
復活を求めてもがいていた。
音楽的に見ても、20年続いた、
栄光の三位一体、ポラローロ、ロッティ、ガスパリーニなど、
今となっては、時代遅れの基準からのみ、
識別できるような作曲家たちに対し、
新しい血を入れられるクリエイティブな芸術家はいなかった。
ただ、素人作曲家のトマゾ・アルビノーニだけが、
二つの世代の間にあったが、
アカデミックでなかったがゆえに、
このジャンルに近代性を注入したが、
しかし、なおそれは伝統に縛られていた。
この非凡な二人、ヴィヴァルディとその父親こそが、
まさにその時、
サンタンジェロ劇場をコントロールしえたのである。
そして、ここは、壮大なサンジョヴァンニ・グリソストモ劇場の、
唯一の競合となった。」

このサンジョヴァンニ劇場は、ヘンデルの「アグリッピナ」が、
演奏された劇場である。
やはり、ヴィヴァルディのパパは、ただものではなかったようだ。

下記の件も、パパが絡んだ作戦なのだろうか。

「ヴィヴァルディのヴェネチアにおけるオペラ作曲家としての、
最初の一歩は、注意深く計画されたものであった。
芸術的にも財政的にも、劇場に対し、完全なコントロールを行い、
特に1714年から15年のシーズンに巧妙な策略を、
作曲家は自由に行うことが出来た。
それに加え、前のシーズンの、
ジョヴァンニ・マリア・リストーリによるとされる、
『オルランド・フリオーソ』の成功が、
予想外に劇場の資金を予想外に豊かにしたので、
作曲家であり音楽監督であったヴィヴァルディは、
最初のヴェネチア・オペラに最高の条件で取り組むことが出来た。」

前回の解説にも、
1713年に、ヴィヴァルディが、
オペラの監督として登場した時、
彼は、もう一つのオルランドをひっさげていた。
その最初のオルランドは、
グラツィオ・ブラッキオーリのリブレットへの作曲で、
ジョヴァンニ・アルベルト・リストーリという作曲家名で出たが、
1713年秋の50回以上の上演、
そして1714年の秋、多くの改作を得て再上演もあり、
勝利を確立した。」
という一節があったが、
1713年に、リストーリ作曲の「オルランド・フリオーソ」、
1714年に、ヴィヴァルディ作曲の「狂人を装ったオルランド」、
という順番でヴェネチアの人たちは、
オルランドシリーズを楽しんだのであろう。

「事実、そのイベントのための資金は、
前のシーズンの利益と、
1715年の謝肉祭シーズンにおける出し物を、
再演にしたりパスティッチョにしたりして、
ドラスティックに削減した将来計画によって増加していた。
従って、投資はすべて、『狂人を装ったオルランド』に集中できた。
これは、この時のために書かれたオリジナルのリブレット、
特別に集められたコーラス、
高名なカナレットの父親、ベルナルト・カナルによる舞台デザイン、
ヴェネチアで高名だったメンバーや、
注目の若手を集めたトップ・キャストによって、
サンタンジェロ劇場でかつて上演された、
最もまばゆいオペラであった。」

「狂人を装ったオルランド」は、
ヴァリアント的なもので、
オルランドが愛するアンジェリカが出て来ないので、
物語としては、やはり物足りない感じ。
本家本元の「オルランド・フリオーソ」の、
後日談の感じのみたいな二番煎じ風なので、
1727年、ヴィヴァルディは改めて、
もっと有名なアリオストの原作に即した、
「オルランド・フリオーソ」を、
手がけたくなったというわけだろう。

この「狂人を装ったオルランド」のことは、
以下のように書かれている。

「この豊かに色彩的なドラマの叙事的なリブレットは、
フェラーラ出身の弁護士で、この二年、
活動的にヴェネチアの劇場生活を送っていた、
グラツィオ・バッチョーリ作である。
彼は、前年の『オルランド・フリオーソ』を含む、
いくつかの成功作の作者でもあった。
バッチョーリとヴィヴァルディのコラボレーションは、
非常に実り豊かで、
この度は、アリオストのオルランドではなく、
ボイアルトの『恋するオルランド』の中の話を採用した。」

ボイアルトの「恋するオルランド」は、
改めて検索してみると、
ウィキペディアにも出ていた。
1495年に出版された叙事詩とある。

ルネサンス期の傑作とされる、
アリオストの「オルランド・フリオーソ」は、
1516年の作品なので、
実は、ボイアルトの方がオリジナルなのであろうか。

私は、かなり間違った類推をしていた。
いずれも、当時はよく知られた作品だったのであろう。
とはいえ、何度も書くが、オルランドと言えばアンジェリカであるのに、
こちらのオペラにアンジェリカはエピソードとしてしか登場しない。

「考えられうる限りの堂々とした形で、
彼は、この作品を叙事的以上に絵画的に描き、
魔法、ドラマ、喜劇的要素を混ぜ合わせ、
この狂人に扮したオルランドの主題に、
スペクタクルなスコープを提供している。」

この調子で解説を読んでいくと何日もかかってしまうので、
早く音楽を聴いてみよう。

プロットは非常にややこしい。
魔女が出て来て、それを何だか分からないオルランドが、
訳も分からず倒してしまう、という筋は、
「オルランド・フリオーソ」と共通だ。
ただし、魔女は、今回はアルチーナではない。
いたるところに魔女がいた時代と見える。

「オルガナ王国の中心に、
魔女エルジラが魔法をかけた城と庭園がある。
シャルルマーニュの勇士オルランドは、
エルジラの王国を終わらせるよう、
アンジェリカに委ねられている。」

ということで、あくまで、アンジェリカは、
オルランドが愛する女性の名前で不動。
アリオストの作品で描かれたように、
悪い女であるかは不明。

「エルジラの領土に入った時、
そこにはすでに、彼の師ブランディマルテ、
彼の同志グリフォン、この人の以前の女主人オリジレらは、
すでにそこにいる。
オリジレは、いまだ、グリフォンを愛しているが、
このグリフォンは、今や、
エルジラの抱える女司祭、ティグリンダを愛している。
ティグリンダはしかし、
エルジラを愛し警護する隊長アルジラーノに心奪われている。」

ややこしい。

ここでもまた、オルランドだけは、
このややこしい何角関係かに入っていないのがミソか。
部外者としてやって来て、気が狂って、
めちゃくちゃにするのがオルランドの常である。
アンジェリカを熱愛しているから、
そのほかの事はどうでもいい感じである。

ここまで書かれたことを図示すると、

                  ブランディマルテ(師)
                         ↓
オリジレ(女主人)→グリフォン(友)→オルランド
              ↓
         ティグリンダ(女司祭)
              ↓
         アルジリアーノ(隊長)
              ↓
         エルジラ(魔女)

となる。しかし、エルジラとか、オリジレとか、
ややこしいので止めて欲しい。
ここにはオルランドからの矢印を書かなかったが、
あくまで、オルランドはアンジェリカしか見ていない模様。

Track1~3.
序曲は、前の「オルランド・フリオーソ」同様、
弦楽とチェンバロの協奏曲が使われている。
前回はRV116というものであったが、
今回は、RV112というもので、
劇的にハープ(チェンバロ?)が煌めき、
怪しい感じも濃厚である。

いかにもヴィヴァルディの音楽だが、
このようにオペラの序曲として聴くと、
非常に表情豊かで絵画的であることが改めて認識される。

第1幕:
Track4~6.
「夕暮れ時、ブランディマルテ、グリフォン、
オリジレは、エルジラの領地を目指している。」

ブランディマルテを歌っている人を見ると、
メゾ・ソプラノのマリアンナ・ピッツォラートとある。
写真を見ても優しそうな美人である。

ややこしい。オルランドの師というから、
てっきりおっさんかと思っていた。

この人がいきなりTrack5でアリアを歌う。
「心を強くすれば、怖いものはない」という勇ましいもの。

ここからは、グリフォンとオリジレの二人となるが、
グリフォンはカウンターテナーのマーティン・オーロ、
オリジレはコントラルトのソーニャ・プリーナである。
あの「試金石」で、クラリーチェを歌った人。
復讐の場所が近づいた、とか言っているが、
魔女エルジラをやっつけるつもりらしい。

どうやら、ティグリンダ救出を狙っている様子。
ティグリンダは、魔界の隊長を愛しているのだっけ。

Track7~10.
「魔女は、アルジラーノ、ティグリンダと共に、
プルートの寺院の聖職者たちと、
ヘカテの女聖職者たちに囲まれて、
デモゴルゴンとプルートの寺院に入っていく。
エルジラは、オルランドを倒す力を、
魔法の剣に注入し、アルジラーノに委ね、
彼を、彼女を護るための騎士に任ずる。」

いかにも怪しい合唱でこのシーンは始まるが、
「オルランド・フリオーソ」では、あまり合唱が出なかったので、
これだけでゴージャスな感じだ。

「冥界の神、エレボスの娘よ」という歌詞もそれらしい。

エルジラは、ベルタノーリというソプラノである。
ティグリンダはメゾのマリア・コンパラート。
この二人の写真は、前者はいかにも性格女優風で、
後者はおすましである。

Track10のエルジラのアリアは、
さすが魔女だけあって、コケティッシュな節回しが魅力的だ。
和声も凝っている。
「あなたのかわいい瞳を和らげて、
心と魂を落ち着けるのです」とティグリンダに言い、
「希望の甘さが、皆の心をなだめます」と、
アルジリアーノに言う。

アルジリアーノは、地獄の隊長で、
いかついおっさんのはずだが、
メゾ・ソプラノってどういうこと?

Track11~18.
「儀式が終わると、陰謀と恋人たちの誤解が始まる。
この時点で嫉妬深いオリジレは、
グリフォンを妹のレオディラだと言って騙す。」

Track12で、ティグリンダのアリア。
これまた伸び伸びと美しく、
声域も広く跳躍してめまぐるしい。
「恐れの毒と愛への希望は、
魂の戦いの二つの翼で、
私たちの心を傷つける」。

Track14は、先の隊長、アルジリアーノのアリアで、
写真ではキュートな感じのマヌエラ・カスターの歌が聴ける。
かなり伴奏が協奏曲的な感じだが、
カスターは少しこの名技性の前に苦しげだ。
後半は、ヴァイオリン独奏のカデンツァが出る。
強烈なパッセージの連続だが、
ヴィヴァルディがこのパートを弾いたのだろうか。

「もしあなたが、ちらりと見るたびに矢を射たら、
その目で千ものハートを傷つけるでしょう。
でも、美女よ、剣を怒りで振り回して、
相手を傷つけようとしても、
それは無駄というもの。」

女と偽ったグリフォンはそれほど美しいのであろうか。

Track16では、そのグリフォンのアリア。
ピッチカートに乗った小唄的なもので、
爽やかな感じ。
「蜂は蜜を求めて、
赤いバラ、白い花、すみれと飛びかいます。
ああ、美しい人よ、蜂に聴いてください。
一途な愛は苦いもの。」

Track18では、オリジレのアリア。
「試金石」以来、久々に聴く、プリーナの歌である。
これはしかし、かなり内省的なものである。
「あなたの胸で心臓が弾むのを感じ、
あなたの愛する人には、慈悲がないのを感じるわ。」

Track19~23.
「岩に門が掘られ、金の枝の木々で護られた、
山頂にあるエルジラの城の夜明け。
アルジラーノが邪魔をしたにも関わらず、
これらの魔法の木を壊し、
いきなり、木立の木陰も深い、
斜面の魔法庭園のシーンとなる。」

隊長アルジリアーノが独り、
夜明けを賛美するシーン。
Track20では、しみじみとしたアリア。
「すべての神々のうち、最も輝かしいもの。」

Track21で主人公オルランド登場。
このオペラでは、この豪傑はバス。
アントニオ・アベーテという人が歌っている。
写真を見ると、恐ろしげな風貌。これは怖い。

彼等が戦う時には、痛快なファンファーレが鳴る。

Track22では、再び、アルジリアーノのアリア。
深々としたガンバのオブリガードを伴い、
「死は、ただ一つの望み、
ただ一つの幸福、
忌まわしい運命から、
それらが私を救いますように」という瞑想的なもの。

オルランドが最後に黄金の枝を引くと、
森は沈んで地下になる。
ごごごというオーケストラの効果もすごい。

こういうアクセント風のものは、
前の「オルランド・フリオーソ」より、
こちらの方が面白い感じがする。

Track24~27.
オルランドとブランディマルテは、暗い洞窟の中。
「木に覆われた丘の上から、
ニンフと牧神が、田舎の楽器に合わせて、
歌いながら降りてくる。
エルジラが現れる。
出くわしたのがオルランドとは知らずに、
彼女は侵入者を魔法のまどろみに誘う。」

ひなびた響きの爽やかな合唱も、
このオペラに変化をつけて楽しい。
「この喜びの天国で、
愛を讃える歌を歌いましょう」
と、さすが、愛欲の魔女の領地である。
それは素晴らしい天国だ。

オルランドも感じ入っている。
この神秘の合唱は、どうやら催眠作用があるようで、
師匠ブランディマルテは、必死で魔法の紙で、
この魔術をふせいでいる。
オルランドはハープの響きに包まれて、
これは気持ちよさそうだ。

Track28~29.
「この状況を見ていたブランディマルテは、
エルジラの前に現れる。
魔女は、すぐに彼に惹かれ、
未知の囚人を解放して、
彼を仲間にしようとする。」

ブランディマルテは、オルランドの師匠だが、
何と、同時にイケメンだったということになる。
ブランディマルテ自身、それには戸惑っている様子。

Track29でブランディマルテのアリア。
「愛は愛する人を苦しめることを望まない。」
と、しみじみと歌う。

Track30~31.
「独り残って、彼女は新しい愛を噛みしめ、
望みが取り戻されたと喜ぶ。」

愛する人の瞳は二つの星のよう、とか言って浮かれている。
Track31でアリア。
「喜びに打ち震え、花咲く希望」と、
いかにもヴィヴァルディの協奏曲風の明るいもの。

このように、頻繁にアリアが入り、
それらがまた多彩なので、とても親しみやすいオペラに思える。

CD1の最後に、第2幕の冒頭が入っている。
第2幕:
「オリジレは、今や、男のふりをしてオルダウロと名乗り、
女装男装の倒錯の中、好色な密通が続く。」
などと、いきなり解説に出て来たが、
トリスタン並みにヤバい第2幕なのだろうか。

確かにヤバい。
歌詞対訳に、
「ギャラリーは、さまざまな部屋に案内される」とあり、
シーン1(Track32)は、
「女装したグリフォンに、後からティグリンダ登場」とある。
グリフォンはティグリンダを愛するがゆえに、
この魔の城にやって来た男。
カウンターテノールで姦しく歌って、
まさしくオカマの風情である。
女中になりますわ、とかやっている。

さらにシーン2(Track33)では、
男装したオリジレまでが現れる。
オリジレは変奏したグリフォンに気づき、
暴露してやろうと考える。
何しろ、オリジレはグリフォンが好きで、
グリフォンはティグリンダが好きという関係である。

「しかし、それは彼の死を意味するわ」などと言っている。
そして、私はオルダウロだぞ、と言うと、
グリフォンは、この男はオリジレの双子の兄弟に違いない、
などと言っている。
何だか、ロッシーニの「試金石」みたいな設定である。
そういえば、シューベルトにも、「双子の兄弟」というオペラがあった。

Track34はグリフォンのアリア。
カウンターテナーらしく、切々とした感じ。
「私は女、それは、あなたの胸に愛を呼び起こす私の望み」
とかいって、ティグリンダの近くにいるための歌であろうか。

以上でCD1は終わる。

得られた事:「『オルランド』には、ボイアルト作(1495年出版)とアリオスト作(1516年)があるが、いずれも愛するのはアンジェリカ。」
「ヴィヴァルディの場合、劇場に入り込むために、親子二代で周到な用意を行った。父親を味方に出来なかったシューベルトには出来なかった裏技。」
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by franz310 | 2011-08-27 23:11 | 古典

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その290

b0083728_22264931.jpg個人的経験:
ヴィヴァルディのオペラ作品など、
どれだけの人が聴いているのだろうか。
昭和58年7月に、
「音楽の友」の付録として出た、
作品小辞典「バロック」(上)
「モンテヴェルディからヴィヴァルディまで」
には、1曲もヴィヴァルディのオペラは
紹介されておらず、
声楽曲としては、室内カンタータや、
モテット、詩篇などが出ているのみ。


ところが、同じ音楽之友社から翌年発行された、
ON BOOKS SPECIAL 13「歌劇」(上)
「ヴァイル→プッチーニ」には、
ヴァイルの「三文オペラ」に続いて、
ヴィヴァルディの「オルランド・フリオーソ」が登場する。
ここでは、2ページにわたってあらすじが紹介されており、
かなり参考になる。

実は、たまたま、この本をめくっていて、
アンジェリカとメドーロが、この曲に登場するのを知った次第。

しかし、真面目にこのあらすじを捉えると、
狂えるオルランド同様、頭がおかしくなりそうである。
オルランドは勝手に嫉妬して彷徨し、
魔女アルチーナは、次々に男を虜にしていく。

面白いのは、オルランドとアルチーナは、
特に関係があるとも思えず劇が進行し、
単に、オルランドが狂乱して、
アルチーナの魔宮で狼藉してしまって、
彼女が魔法にかけた魔の島が崩壊してしまうのである。

昭和59年は、1984年であるから、
それから8年後、1992年に、
皆川達夫著の「ルネサンス・バロック名曲名盤100」
が出るが、この間にLP時代は終焉して、
CD時代になる。

傷が付きにくいメリットゆえか、
海外盤のCDが大量に日本にも流れ込んだため、
多くの日本人が、これまでの主要レパートリーとは、
無関係の音楽と向き合うことが出来た。

したがって、この著作にも、
多くの輸入代理店が扱うCDが登場している。
さすがヴィヴァルディは4曲が選ばれているが、
「四季」、「調和の幻想」、「フルート協奏曲」、「忠実な羊飼い」と、
すべて器楽曲である。

ただ、同じ年に、相澤啓三著の、
「オペラの快楽」(JICC出版社)が出るが、
ここには、かなりの情報が入っている。

まず、原作となったアリオストの騎士道叙事詩、
「オルランド・フリオーソ」が、
創作10年、遂行彫琢16年を要した、
16世紀のベストセラーであること。

美女アンジェリカに熱中した、
不敗の騎士オルランドが、
アンジェリカがメドーロを愛したことから狂乱する話に、
「大筋に無数の魔術的、空想的エピソードが自由奔放にからまり」
と、うまく内容を大づかみにしている。

シモーネ指揮のレコードが、
昭和53年(1978)度文化庁芸術祭、
参加レコードとして発売された事、
主演のマリリン・ホーンが熱演していることが記述され、
サンフランシスコ公演のビデオが出ていることまで書かれている。

こんな映像があるなら、是非、DVD化して欲しいものだ。
また、当時、ヴィヴァルディのオペラの全曲盤CDは、
「ダーリョの戴冠」しかないことも書かれている。

とはいえ、これらのレコードなりCDなりについては、
私は、全く店頭で見かけた記憶がない。
話題になったことがあったのだろうか。

とにかく、バロック音楽の宝庫のようなレーベル、
エラートから女性プロデューサー、
ヨランタ・スクラが独立して作ったという、
OPUS111(naive)レーベルには、
感謝しなければなるまい。

体系的にヴィヴァルディの作品を紹介してくれている。
さて、今回は、スピノージ指揮(写真)の
「オルランド・フリオーソ」の第3幕(CD3)を聴いてしまおう。
写真はCDの解説書の表紙裏のもの。
スピノージの情熱的な指揮姿がうかがえる。

第3幕:
ここでは、遂に、魔女、アルチーナの島が、
壊滅する様が描かれるが、
妙な物語だと思う。
主人公オルランドは、別に、
アルチーナを憎んだわけではなさそうなのが面白い。

「ルッジェーロ、ブラダマンテとアストルフォらは、
オルランドは死んだものと確信し、
彼の復讐のため、アルチーナを探しに出かける。」
と解説にある部分から始まる。

復習すると、我らが英雄オルランドは、
情けないことに、アンジェリカにそそのかされ、
ほいほいと魔の山に薬草を採りに行かされ、
そのまま、魔女アルチーナの洞窟に閉じ込められてしまっている。

Track1.アストルフォとルッジェーロのレチタティーボ。
しかし、オルランドの配下たちは、
オルランドが魔女にやられたと信じ、
怒り狂っている。

アストルフォが、ここでは急に存在感を増し、
亡骸を見つけて、ちゃんと埋葬するのだ、
と興奮している。

Track2.アストルフォのアリア。
これまた、すごいアタックに満ちた音楽で、
「勇気の前には地獄は無力」などと勇ましい。

Track3.ルッジェーロとブラダマンテのレチタティーボ。
もう一方の家臣、ルッジェーロは、
女声によって歌われるので、
急に迫力がなくなるが、
その妻のブラダマンテも男装の戦士となり、
「復讐だ」、「邪悪な女の力の源をやっちゃいましょう」と、
ここでも意気盛んである。

Track4.アルチーナのアリア。
が、彼等のアリアはなく、アルチーナが歌う。
「残酷で暴君の愛の神、
私の弓が打ち砕き、
私の松明があなたをかき消す」
と言っているので、
彼女は、ルッジェーロへの愛を歌っているのであろうか。

Track5.レチタティーボ。
アルチーナ、ルッジェーロ、ブラダマンテ。
「でも、愛に強迫は無用。
彼は私の怒りを笑うだけ。
あなたをものにできないのなら、
神に打ち勝とう」と、
オルランド・フリオーソならぬ、
アルチーナ・フリオーソである。

その間、ルッジェーロとブラダマンテは、
メリッサの指輪の力で、先に進もうとする。

Track6.アルチーナのレチタティーボ。
アルチーナは、ルッジェーロをものにするか、
地獄に連れて行く、とかけあっている。

アルチーナの声で、鉄の壁が開き、
ヘカテの寺院が現れる。
ルッジェーロもブラダマンテも仰天している。

「彼女が地獄のヘカテの寺院を護る鉄の壁の前に現れた時、
彼女に出くわす。
彼女の呪文はメリッサの指輪に阻まれるが、
彼女は何とか鉄の壁を開け、
寺院の門を明らかにする。」
と解説にある部分である。

Track7.レチタティーボ。
アルチーナ、ルッジェーロ、ブラダマンテ。
ブラダマンテは、自ら、アルダリーコという騎士だと名乗り、
「ルッジェーロは、あなたの愛と、
私の愛から、翼のある馬に乗って逃げ出した」
とアルチーナに話しかける。

そして、二心あるルッジェーロは、
私の妹の心をたぶらかして逃げたので、
彼を捜している、と嘘をつく。

Track8.レチタティーボ。
オルランド、アルチーナ、ルッジェーロ、ブラダマンテ。

「今や、オルランドは、なおも取り乱しつつ現れ、
その錯乱をぶちまける」と、解説にある部分。

オルランドが現れ、ブラダマンテやルッジェーロは目を疑う。
オルランドは、アルチーナに対し、
「あなたにとっては悪いニュースがある。
物事を良く収めない限り、すべては廃墟となるだろう」
と、妙にかっこいい台詞を吐く。

しかし、彼は狂っていて、意味不明のことを騒いでおり、
急に、「フォリア」のメロディまで口ずさみ始める始末。

みんなは当惑する。
ルッジェーロなどは、
「偉大なる英雄が、何故、こんなになってしまったのか」
と、我々と同様の疑問を呈している。

Track9.レチタティーボ。
アンジェリカ、オルランド、アルチーナ、ルッジェーロ、ブラダマンテ。
悪いアンジェリカが、「鋤がそれを切り取ると、
深紅の花が萎れて死ぬように、
胸のなかの愛する心も、
愛する人から離れていると萎れてしまう」
などと歌っているのが聞こえてくる。

Track10.レチタティーボ。
アンジェリカ、オルランド、アルチーナ、ルッジェーロ、ブラダマンテ。

「残酷な女だ」と、ルッジェーロが言い、
オルランドは、「私の不実な前の恋人、
アムピオンの家系を鼻にかけ、
楽しげに歌を歌っている。
上手に歌って下さいな」などと、
言っている。

この最後の「歌って下さい」は、
アルチーナに向けられた言葉であろうか。

Track11.アルチーナのアリア。
短いが悲痛な悲恋のアリアである。
「愛する人といる以上に、
幸福で幸せな人生などあり得ようか。」

Track12.レチタティーボ。
アンジェリカ、オルランド、アルチーナ、ルッジェーロ、ブラダマンテ。

何と、オルランドはアンジェリカに掴みかかる。
完全にストーカーで痴漢である。
現代では、警察が来て終わりの状況。

Track13.アンジェリカのアリア。
4分半にわたって歌われるが、
「可愛そうな人、あなたは知らない。
恐ろしい影を投げるその誠実さが罪なのよ」てな感じ。

だんだん、微妙な言い回しで、愛が哲学的になっていく。

Track14.レチタティーボ。
オルランド、アルチーナ、ルッジェーロ、ブラダマンテ。

オルランドは、「彼女は行ってしまった」と言っているので、
アンジェリカは逃げたのであろう。
「いかに彼女が不実かが分かっただろう」と言って、
オルランドは興奮している。
「何と恐ろしい怪物!
バジリスクだ、邪悪な蛇、ドラゴンだ、
こいつらを一つ退治してやろう」
と、消えてしまう。

これらはアルチーナの城から出て来たものであろうか。
とにかく、さすが英雄、
この手のものには、妙に強いようだ。

ブラダマンテは、アルチーナに、
この怖い怪物は何?と聴き、
アルチーナは、呑気に、
その拳につち矛が握られている限り、
不死身でやっかいな戦士、アロンテだよん、
などと弱点を言っている。
ブラダマンテは、鉄の鎖を右手に巻いている、
と描写しているから、かなりヤバい外見と見た。

が、ブラダマンテは、かしこくも、
「少しずつ、秘密を漏らしているわ」と抜け目ない。
なるほど、ブラダマンテは男装しているので、
アルチーナは、気を良くして、
何でもしゃべってしまうようだ。

しかし、アルチーナは、ルッジェーロに裏切られており、
奴を見たらぶっ殺すとか言っているので、
かなり危険な状況である。

Track15.ブラダマンテのアリア。
明るく快活なヴィヴァルディの協奏曲のような音楽。
ルッジェーロを思って、ブラダマンテが、
「私はあなたのものよ、私は行くけど私の希望はあなたなのよ」
と歌うものである。
ブラダマンテも、魔宮破壊に参加するのであろうか。

Track16.レチタティーボ。
アルチーナ、ルッジェーロ。
ルッジェーロは、「愛する人が行っちゃうよ」とうろたえ、
アルチーナは、「憎たらしいルッジェーロより素敵な、
新しい恋人がやって来た」と無邪気である。

Track17.ルッジェーロとメドーロのレチタティーボ。
ルッジェーロは独り残され、
途方に暮れており、
メドーロは、「おお、ルッジェーロ、
君が移り気というのは嘘だったのかい」
などと言って現れる。
「不実な口づけから逃れ、不純な情熱を消し去った」
とか言ってルッジェーロは答える。

解説によると、このあたりは、
「ブラダマンテ、アルチーナ、ルッジェーロとメドーロは、
愛の悲しみについて沈思する」とある。

Track18.レチタティーボ。
アンジェリカ、ルッジェーロ、メドーロ。

ルッジェーロは、
「もし、あなたの罪を懲らしめなければ、
私は罪をおかしたことになる」
と、剣に手をかけるが、何とかそれを抑える。

オルランドを追い詰めたのは、
こいつらだと怒っているのであろう。

「あなたの柔らかな胸に剣を振るっても、
何になろうか。」

すると、「剣を取れ、ルッジェーロ」と、
メドーロも応じる。
アンジェリカが現れ、
「復讐したいなら、私の胸に」という。

Track19.ルッジェーロのアリア。
無窮動風のめまぐるしい弦の動きに、
「恐ろしい深い渦巻きの波のように、
風と嵐に激しくもまれ、
びゅーびゅー、ぴゅーぴゅー、
深い海に沈み行く」。

Track20.メドーロのレチタティーボ。
愛の苦しみを嘆いている。

Track21.メドーロのアリア。
これは3幕で一番長いアリアで、
4分半ほど、切々と歌われる。
「愛の中に安らぎと平和があるが、
愛は常に私を恐れさせる。
それでも私は、きっといつか、
心満たされることを願っている」
というもので、まるで筋書きはどうでも良いもの。

愛が引き起こすさまざまな感情を歌い上げるために、
筋書きは、適当な状況を作り出しているだけ、
みたいな感じすらして来た。

Track22.オルランドのレチタティーボ。
オルランド独り。
「暗い不気味な影よ、私を恐れさせたいのか、
ネロが黄泉の世界から私を歌わせる。
不埒な奴め。
彼女は死んでいない。
だから、私の心は苦しい。
ええい、どこかに失せろ」と狂乱である。

Track23.オルランドのアリア。
わずか4行のアリア。30秒に満たない。
「地獄に降りて、
あのきれいな女に、
復讐だ。
冷酷な女め。」

Track24.オルランドのレチタティーボ。

解説で、「オルランドは、彼女はメーリンの立像を見て、
アンジェリカだと思い込む。
番をしていたアロンテを打ち負かし、
その恐るべきつち矛を打ち壊し、
立像を掴んで動かしてしまう。
すると、アルチーナの島の魔法は、
たちどころに解けてしまう」と書かれたところ。

「美しく嫌な女、冷酷な。醜い女は嫌なものだが、
アンジェリカ嫌な女で、そして美しい。」

そんな事を言って、メーリンの彫像を見て、
アンジェリカだと勘違いする。
さらに、例のアロンテを見ても、
「私の悪党、愛するアンジェリカ」などと言っている。

アンジェリカ、アンジェリカと連呼するところが痛ましい。

彼が柵を粉々にすると、
アロンテは戦闘ポジションに入る。
彼等は戦うが、アロンテは、
ヒュドラ(9つの頭のウミヘビ)の皮をまとっていて、
アロンテを傷つけることは出来ない。
「おお、冷酷な男、この怒りの前に、
立ち尽くすことはできんぞ。」
さらに彼は戦い、アロンテの鎖を斬り、
つち矛を奪い取って戦い続ける。
「ほら、武装解除だ」と言って、簡単に戦士を倒してしまう。

何だか津軽三味線みたいにじゃんじゃかやっている。

さらにこの狂人英雄は、
「何と固いんだ」とか言って、
彫像を持ち上げて動かしてしまう。
ついに、アルチーナの島は崩壊する。

Track25.オルランドのレチタティーボ。
ヴィヴァルディらしい、急速なパッセージの連続、
緊急度を増した情景、
寺院が崩れ落ちる様が描かれる。
何と、英雄オルランドは、眠くなったといって、
眠り込んでしまう。なんじゃこりゃ?

Track26.レチタティーボ。
オルランド、アルチーナ、ルッジェーロ、ブラダマンテ。
アルチーナは当然のことながら怒り狂う。
「ええい、どこに逃げようか」と叫び、
オルランドに近づくが、
ルッジェーロもブラダマンテも、それを阻止する。
アルチーナは、かつて愛した者たちに、
「我々はあなたの敵だ」と言われ、
何となく哀れである。

Track27.レチタティーボ。
アンジェリカ、メドーロ、アルチーナ、ブラダマンテ。
アンジェリカとメドーロも逃げようとするが、
ブラダマンテに阻止される。
オルランドを魔の壁に行かせた犯人だ、
と怒っている。

Track28.レチタティーボ。
アストルフォ、アルチーナ、ルッジェーロ、ブラダマンテ、オルランド。
ここから最終シーンである。

「寺院は崩壊し、彼女の王国は再び砂漠の島となる。
打ち負かされたアルチーナは、
恐ろしい復讐を罵りながら逃げたが、
その間、オルランドは正気を取り戻し、
アンジェリカに許しを乞い、
メドーロとの結婚を祝福する」
と解説に書かれた部分だが、その前に、
まだ、いろいろあるようだ。

ここでようやく、男声のアストルフォが、
格好良く登場するが、
兵士を引き連れており、
アンジェリカを捕まえ、
アルチーナを亡き者にしようとしている。

ルッジェーロは、アストルフォが、
生きていたことを喜ぶ。
オルランドも目覚める。

Track29.アルチーナのレチタティーボ。
アルチーナは、可愛そうである。
腹の底から絞り出すような怨嗟の声である。

日本でも人気の高いジェニファー・ラーモアの声である。

「不公平な神様、不実なルッジェーロを失い、
愛するアルダリコは、敵になっています。
オルランドは正気になって、
私の魔法だけが効力をなくしてしまった。」

Track30.アルチーナのアリア。
すごいアタックの弦楽の前奏に乗って、
アルチーナの呪いのアリアが吹き荒れる。

Track31.レチタティーボ。
アストルフォ、オルランド、アルチーナ、ルッジェーロ、ブラダマンテ。
ブラダマンテは、オルランドに、
邪悪な女に打ち勝ちました、
と言うが、
何と、オルランドは、心の師匠にこう言っている。
「マラギギ師匠、アルチーナが滅びた後、
私の愛の運勢が上向くというあなたの言葉を思い出しました。」

マラギギ師匠は、アルチーナこそが、
オルランドの運命を狂わせていると予言していたのだろうか。
相澤啓三氏が、
「オペラはこの全体がわかっている人たちに向けて」
と解説しているように、
オルランドの物語を知っている人が、
鑑賞することを前提としているようだ。

とにかく、オルランドは、
そう言って、彼はアンジェリカとメドーロを祝福する。
祝福すると言っても、一言である。

Track32.合唱。
喜びの合唱である。

この3枚組、全部でトラックが94もあるのに、
合唱は4個所、二重唱が2個所と、
ロッシーニで聴いていたバランスとはかなり違う。

ヴィヴァルディの時代のオペラは、
かなり古典期以降のものとは様式が異なるようだ。
が、勧善懲悪のようでいて、
妙に悪い奴らにも深い心情があって悩ましい。

それにしても、1992年頃までは、
ほとんど知られていなかった作品の録音が、
ネット注文ですぐに手に入るようになっているのは喜ばしい。

1978年の芸術祭参加の結果はどうなったのだろうか。

今回のスピノージ盤は2004年の録音。
シモーネから数えると、三十年近くが経過している。
シューベルトが生きた時間を考えると、
この時間は、決して短いものではなさそうだ。

得られた事:「『四季』で見せた描写の冴えが、オペラにおいても効果を発揮。やはり、これらの業績を考慮して、ヴィヴァルディは評価されるべきなのだろう。」
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by franz310 | 2011-08-20 22:29 | 古典

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その289

b0083728_1705878.jpg個人的経験:
ロッシーニのオペラで、
エピソードのように出て来た、
オルランドの物語は、
ヴィヴァルディが、
オペラの題材にしているが、
何と、これらロッシーニも、
ヴィヴァルディも、
録音している指揮者がいた。
スピノージというフランスの指揮者で、
前回、その洒落たCD表紙も紹介した。


ヴィヴァルディとロッシーニは、
共にイタリアの作曲家とはいえ、
バロックと古典で、年代は100年を超えて異なる。

しかも、いずれもメジャーな作品とは言い難い。
「知られざる傑作」とでも言うべき、
秘曲のレベルのものとも言える。

スピノージは、これらの作品、
ロッシーニのオペラ「試金石」でも、
情熱的な指揮姿をDVDに記録したが、
このヴィヴァルディ作品、
「オルランド・フリオーソ」でも、
激しい活力に満ちた音楽を聴かせている。

この録音は、
歌手にもラーモアなどを揃えていて嬉しい。
ラーモアは、妖艶な魔女の役目である。

このCDは3枚もの組み物であり、
この前、第1幕(CD1)を聴いて力尽きたので、
今回は、第2幕以下を聴いて理解を深めたい。

この「狂えるオルランド」とも呼ばれるオペラは、
カール大帝の勇敢な騎士が主人公なのだが、
困ったことに、この英雄は、
異国の王女、アンジェリカに横恋慕している。

そのすさまじいエネルギーは、
アンジェリカの恋人、メドーロを、
心から恐れさせるものだが、
これは、なかなか近代の物語では扱われていないものだ。

希代の英雄が、そんなことに血道を上げているのは、
いかにもしょぼいではないか。

そうはいっても、私は、
このような不思議な物語、
つまり、横恋慕するような、
情けない感じの男が英雄でもある、
という設定に、多少、感じるものがある。

まず、当時は、こうした状況が、
頻繁にあっただろう、ということである。

つまり、歴史的な背景、
高位の身分の女性でありながら、
意味不明な相手を好きになる状況。
そして、貴族の男が格下の男の恋人を、
奪いたくなるような状況。

もっとも、これは形を変えて、
現代でもありそうな話ではあるが、
どう考えても、この場合、
オルランドは同情の対照にはなり得まい。

また、そうした、身分制度下でのトラブルを越えて、
考えさせられるものもある。

それは、オルランドがドン・キホーテ同様、
憧れに対して、かなう事なき願望を抱きながら、
情熱を噴出させていくような状況である。

これは、極めて悩ましいテーマでもあろう。
いや、むしろ、こうした一途さへの畏怖が、
おそらく当時の人々にはあったに相違ない。
そうでなかったら、このような人物が、
主人公にはなり得ないのである。

傷つきやすく、
すべてが理路整然と整理されたような現代では、
とてもスマートには思えない生き様であるが、
何だか迫力があるのも事実だ。

この満たされない欲求のテーマは、
シューベルトの「さすらい人」のように、
「自分のいない所に幸福がある」という、
より、自滅的な形となって、
ロマンティックなものの中に消えていった感じであろうか。

第1幕から、このオルランドは、
異国(中国とも言われる)の王女、
アンジェリカに対し、直球勝負である。

ただし、不思議なことに、
魔女、アルチーナの島にて、
アンジェリカは匿われている。

そこに、恐るべきオルランドも、
そして、情けないメドーロも、
何故か辿り着き、
鉢合わせになるところが描かれる。

アンジェリカは、咄嗟に、オルランドに優しい言葉を投げかけ、
オルランドはほくほくとなるが、
メドーロはショックを受けている。

また、オルランドの手勢のアストルフォ、ルッジェーロもまた、
この魔女の島に集合し、アルチーナに見初められたが故に、
次々とその愛の魔法に籠絡させられていく。

ややこしい事に、ルッジェーロの妻、
女戦士のブラダマンテもやって来て、
旦那がメロメロになっているのを目撃して、
これまた、嫉妬に狂ってしまう。

ヴィヴァルディの音楽は、
このような荒唐無稽の物語に、
陽気なリズムと、悩ましい色彩で、
真実味を与えている。

解説によると、第2幕の筋はこんな感じである。
「」内に歌詞や、解説にあるあらすじを書いてみた。

第2幕:
CD2のTrack1.
幕が変わっても、ロッシーニのように、
じゃーんもなく、いきなりレチタティーボである。
アルチーナとアストルフォの会話。
明るい木立、人目に付かない陰がある場所。
いきなりアルチーナは、
「対照を変えると、愛の喜びはさらに甘い」
などと言っている。
「アルチーナは、アストルフォを使って、
魔女への仕返しだと言ってブラダマンテの方に追いやり、
邪悪な誘惑ゲームを続ける。」

Track2.アルチーナのアリア。
これまた、「四季」の「春」を思わせる、
快活でリズミックなアリアで、
「あなたは愛が欲しいの。
あなたはきっとそれを手にするでしょう。
でも、私の心がずっと燃えることを願ってはいけません。
あなたの熱い眼差しだけで。
そう願うなら、あなたの勘違い。
私がたった一つの愛で満足しないことが、
見えないとするならば。」

Track3.アストルフォとブラダマンテのレチタティーボ。
アストルフォが、移ろいやすい女の愛を嘆くと、
何故か、不実な女にかまけて、
といさめたり、慰めたりする。
彼女の夫のルッジェーロも、
策略で籠絡されているので、
めちゃくちゃも言えないものと思われる。

Track4.アストルフォのアリア。
このアリアは、勇壮な序奏を持ち、
するどいアタックで歌われるが、
内容は、アルチーナへの恨み辛みの歌。

Track5.レチタティーボ。
ブラダマンテ、ルッジェーロ、オルランド。
「魔法の指輪の効力で呪縛を解かれたルッジェーロは、
妻を裏切った事に気づき、許しを乞う。」
と解説にあるように、
ルッジェーロは、「私の美しい人」などと呼びかけるのに、
ブラダマンテは、「言わないで」と取り合わない。
オルランドが、指輪の効能を語り、
ルッジェーロの魔法が解ける。

前にも書いたように、この3人は、
みんな女声なので、誰が誰だかすぐに分からなくなる。

Track6.ブラダマンテのアリア。
「黙って、嘆かないで。」
と、厳しく、ルッジェーロを拒絶するアリア。
「しかし、彼女は絶望から彼を見捨てる。」
と解説にあるように。

ぶんぶん唸る低音弦が不気味な効果を上げる。

Track7.ルッジェーロ、オルランドのレチタティーボ。
「オルランドが慰めようと試みるが、無駄に終わる。」
と解説にある。

Track8.オルランドのアリア。
「怒りの雲が巻き起こると・・、
空も海も混沌に陥る」
という、抽象的な歌。

後半は、「恐ろしい敵意の雲が去ると・・、
明るい空が戻るでしょう」とあるから、
時間が解決してくれると、呑気な事を言っているように聞こえる。
かなり、白熱した曲想だが、騒々しく、
この場面では、ちょっと説得力に欠ける。

Track9.ルッジェーロのレチタティーボ。
ぽろろんと、ギターだかテオルボだかがかき鳴らされ、
ルジェーロは、あなただって、同じ目に会えば、
心安らかにはいられません、と言う。
ごもっともである。
ヴィヴァルディ自身、先のアリアで、
オルランドの脳天気さを表したようだ。

Track10.アンジェリカとメドーロのレチタティーボ。
いきなりシーンが変わっている。
解説にある、
「アンジェリカはメドーロと再び会い、
すぐに結婚すると約束、
もうオルランドを恐れることはない、
と彼を安心させる。」
というシーンである。

二人の女声による沈鬱な声で、妙になまめかしい。

Track11.メドーロのアリア。
呑気に喜ぶメドーロの歌だが、
かなり高い声まで要求されるメゾで、
いかにも情けない恋人である。

Track12.アンジェリカとオルランドのレチタティーボ。
ここでも、シーンが変わり、
オルランドをアンジェリカが待っている。
そして、下記のように解説にあるシーンが続く。

「アルチーナの助けによって、
彼女は、若さの霊薬が欲しいと言って、
わざとオルランドを追うふりをして、
彼を魔法の崖に登らせる。」

アンジェリカの捨て身の作戦だとは言え、
あんまりだ、と当時の人も感じたに違いない。
何故、主人公のオルランドが、こんなにまで、
ひどい目に会う必要があるのだろう。

Track13.アンジェリカのアリア。
これがまた、優美で気品に満ちた、
美しいアリアで、
「星の輝きのように、
あなたの無垢の忠節が輝き、
私の心に安堵を約束するのです」と、
どっかに去るふりまでして、
オルランドを籠絡させるもの。

このアリアがまた長い。
7分半も、ヴェロニカ・カンガミの美声が聴ける。

それにしても、とんでもない食わせ物である。
メドーロが情けないから仕方ないのだろうか。

Track14.アンジェリカとオルランドのレチタティーボ。
当然、オルランドは崖に挑む決意をする。

Track15.レチタティーボ。
アストルフォ、アンジェリカ、オルランド。

かっこいいチェンバロの序奏が風雲急を告げ、
下記のようなシーンが以下に続く。
アストルフォだけが、男声なので、妙に目立つ。

「アストルフォの渾身の警告にも関わらず、
彼は簡単に説得され、
出口のない洞窟に閉じ込められることとなる。」

Track16.オルランドとアンジェリカのレチタティーボ。
オルランドは、いきなり崖を登り始める。
が、崖は崩れ落ちて、出口の見えない洞窟となる。

Track17.オルランドのレチタティーボ。
ここでも、弦楽の不気味な序奏があり、
オルランドの恐怖が迫真的に語られる。

「お前はアルチーナの囚人だ」と、
途中、番人の声が響き、
さらに、オルランドはびびるが、
奮起してアンジェリカを呪ったりしている。

Track18.ブラダマンテとルッジェーロのレチタティーボ。
「その間、ブラダマンテとルッジェーロは、
偶然出会って仲直りをする」と、
解説にあるように、シーンが変わって、
彼等はばったり会って、
「あなたのためなら死んでも幸せ」などと、
ルッジェーロが言うので、
ブラダマンテは、
「残酷な人ね、抱きしめるわ」とメロメロである。

Track19.ルッジェーロのアリア。
抱きしめられたら、浮き浮きで、
このアリアは、軽やかなリズムが美しい。

Track20.ブラダマンテのレチタティーボ。
もういちゃいちゃなので、
ルッジェーロが戻って来た、
と大騒ぎである。

Track21.ブラダマンテのアリア。
このアリアも、はしゃいでいるだけの内容だが、
音楽的には推進力があり、
妙に立体的な構成美と迫力がある。

Track22.合唱。
「また、アンジェリカとメドーロは、
広い林の空き地で豪華な華燭の典を上げる」
と解説にあるが、
何と、ここに来て、いきなり合唱が登場。
アンジェリカとメドーロの婚礼を祝う。

Track23.レチタティーボ。
アンジェリカ、メドーロ、アルチーナ。
アルチーナは、ルッジェーロがいないことを案じながらも。
アンジェリカとメドーロの婚礼を執り行う。

Track24.メドーロのレチタティーボ。
何だか三三九度みたいなことをやっている。

Track25.合唱。
これは勇壮な狩りの角笛を伴う合唱曲。
神々を讃える。

Track26.アルチーナとアンジェリカのレチタティーボ。
婚礼のさなか、アルチーナは、
ルッジェーロの事を思って、
哀れな嘆きの歌を歌っていて、
これがまた深い情感を感じさせる。

ヴィヴァルディもまた、不思議な書き方をしたものである。
この邪悪な魔女の方が、アンジェリカよりずっと純粋に思えて来る。

Track27.合唱。
Track25と同様。
が、チェンバロだかテオルボだかの、
ぱらぱら音が入ってかっこいい。

Track28.アルチーナのレチタティーボ。
ここでも、アルチーナは情けない声を出して、
ルッジェーロを思っている。
妙に、考えさせられる音楽である。

Track29.アルチーナのアリア。
ついに、その感情はアリアとなって流れ出す。
「私が愛する人と、一緒に楽しめないとしたら、
私の心は決して平安を見つけることが出来ないでしょう。」
と、妙に純情な、敬虔とも言える音楽である。

「不実や裏切りばかりを、私の運命と結び合わせ、
愛の神様は、苦痛ばかりでおびえさせる」と、
何だか、アルチーナが可愛そうになってくる。

このアリアは、やたら長い。
7分46分もあり、ヴィヴァルディも、
この曲で、第2幕の最後を盛り上げようと考えたに相違ない。

Track30.アンジェリカとメドーロのレチタティーボ。
メドーロも、彼女が可愛そうだ、と言いだすが、
アンジェリカは、そんな事はいいから、楽しみましょう、
という乗りで、二人して、木に自分たちの名前を刻んでいく。

Track31.アンジェリカとメドーロのデュエット。
何と、これまで、二重唱はなかったが、
ここに来て、魅惑的ながら短い二重唱が登場する。
当然、浮かれた二人の歌である。

Track32.アンジェリカとメドーロのレチタティーボ。
彼等は書いたことを読み上げる。
「アンジェリカはここでメドーロと婚礼を挙げる。」
「メドーロはここでアンジェリカと婚礼を挙げる。」

修学旅行の中学生並みのはしゃぎっぷりである。
当時の事ゆえ、実際、それくらいの年齢だったかもしれないが。

Track33.アンジェリカとメドーロのデュエット。
当然、続くデュエットもその延長。
「あなたは私の情熱、愛、太陽、心」などと、
無邪気この上ない。

この裏で、オルランドが苦しんでいると思うと、
むかついて来るが、
きっと、ヴィヴァルディも、そんな風に音楽を書いたのだろう。

Track34.オルランドのレチタティーボ。
「彼等が月桂樹とギンバイカの木の幹に、
愛の誓いを刻んで、その場から去ると、
何とか魔法の洞窟から抜けだしたオルランドが、
ちょうど森に現れる。
新婚の二人と木々に書かれた碑銘を見て、
彼は錯乱する」と、解説にある部分。

彼は、二人が立ち去るのを見て、
「私の愛する彼女はメドーロのものなのか」と、
噴水のような涙を流す。
これはおどろおどろしいレチタティーボである。

アンジェリカとメドーロはバカップルであり、
オルランドやアルチーナの愛の方が深い、
そんなことすら感じさせる。

Track35.オルランドのレチタティーボ。
恐ろしく活発な伴奏付きの狂乱の歌である。
そのせいか、
「recitativo accompagnato」とある。

ヴィヴァルディの器楽曲作曲家としての、
技量を発揮した音楽で、
メロドラマのようでもある。

ここで、第2幕もCD2も終わり。

得られた事:「狂っている方が純粋で、真実味がなく、正常な方が残酷であることについて、妙に考えさせられるテーマ、オルランド。」
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by franz310 | 2011-08-15 17:06 | 古典

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その288

b0083728_01657.jpg個人的経験:
ロッシーニのオペラ、
「試金石」の第1幕、
フィナーレの直前で、
恋人のクラリーチェが、
伯爵の友人ジョコンドと、
仲良く語り合うシーンがある。
これは、シャトレ座の演出では、
プールのシーンだし、
マドリッド王立劇場では、
二人は庭でダンスをしている。


ここでのややこしい脇役は、
新聞記者のマクロビオで、
彼等の様子を見て、
アンジェリカとメドーロを思い出す。
そして、可愛そうな伯爵、オルランド公のように、
などと歌っている。

シャトレ座のDVDでは、
何と、マクロビオは、プールの上を浮き輪で漂っており、
マドリッドの方は、ギターをかき鳴らしている。
このアンジェリカとメドーロとは何なのだ?
そして、オルランドとは?

オルランドと見て、
音楽が好きな人が、すぐに思い出すのは、
オルランド・ラッソという作曲家であるが、
協奏曲「四季」で有名なヴィヴァルディに、
「オルランド・フリオーソ」RV728という作品もある。

この筋書きを見てみると、確かに、
メドーロとアンジェリカという登場人物がある。
これは、アリオストという、16世紀に活躍した、
イタリア詩人の詩劇「狂乱のオルランド」によるものだという。

あらゆる世界文学に音楽を付けたシューベルトにとっても、
こんな時期のイタリアの文学は盲点のように見え、
シューベルトと、この作品に接点があるとも思えない。

また、ヴィヴァルディは、
やたら器楽曲のCDばかりが出ているが、
一説によると90曲ものオペラがあると言うが本当だろうか。

そんな泥沼に足を踏み入れるのは危険極まりないので、
ここでは、軽く聞き流すだけのつもりで、
ネット検索して驚いた。

この作品の録音では、何と、ロッシーニの「試金石」に、
ユニークな記録を残した、
指揮者スピノージと、その手兵、アンサンブル・マテウスが、
まさしくこのオペラをも録音しているではないか。

これは、非常に斬新な、
かつ挑発的なジャケットで話題を集めた、
naiveレーベルのもので、
このCDの場合、青い目の美人スイマーが、
こちらを睨み付けている感じ。
よく見ると、衣装は金属リングで出来ていて、
まさしくヘビメタだ。

このジャケットと内容の関係が全く意味不明なのが、
このシリーズの特徴であり、弱点でもあるのだが、
芸術性が感じられ、飾っておきたくなるようなもの。

3枚組で高いし、かなり躊躇したが、
こうした機会でないと、
永久に聴きそうにない分野だったので、
思い切ってネット注文したら、すぐに手に入った。

2004年6月の録音だから、
スピノージは、2007年に、
「試金石」のフィナーレ直前を指揮しつつ、
このヴィヴァルディの内容を反芻していたかもしれない。

ちなみに、ヴィヴァルディは、
「狂気を装ったオルランド」RV727という、
非常に紛らわしい題名のオペラも書いていて、
こちらもこのnaiveレーベルから出ているが、
これは何と、ナクソスに「試金石」を録音していた、
マルキの指揮ではないか。

ヴィヴァルディを録音した人は、
必ず、オルランドのように狂気に駆られて、
「試金石」に行き当たるのであろうか。

さて、急場しのぎの、
にわかヴィヴァルディ・ファンで申し訳ないが、
とにかく聴いてみたいと思う。

我々はすでに、
さまざまな指揮者やヴァイオリニストが挑戦した「四季」や、
映画などに使われて有名になった諸作品などで、
ヴィヴァルディは嫌いではない。

また、ヴィヴァルディの作品ではないとも言われる、
フルート用の「忠実な羊飼い」も典雅な情緒に優れ、
ブリュッヘンがリコーダーで吹いていた作品などにも、
優れて心に残るものがあったのではないか。

バッハが多数のヴィヴァルディの楽曲を、
オルガン曲に編曲して参考にしていることも、
よく知られていることである。

このオペラを聴いていると、まさしく、このように、
我々の前に現れては消えていた、
この作曲家の姿が、あちこちに見え隠れする。

CD1のTrack24での
美しい木管の序奏と、そこに満ちあふれる詩情は、
まさしく、我々が愛して来た器楽曲の王様のもの。
あの大バッハだって、参考にしたのだから、
こう書いても良いだろう。

CD2のTrack2などは、
「四季」の「春」みたいな躍動感で耳をそばだてる。

ただ、皆川達夫という評論家などは、やたら嫌っていたし、
シェーンベルクはヴィヴァルディのことを、
確か、600回?だったか、同じ協奏曲を書いた人、
などと評していたから、
日本では、ヴィヴァルディのことはけなす方が簡単である。

さて、この「オルランド・フリオーソ」は、
ヴィヴァルディのオペラの中では、とりわけ知られ、
いくつかのオペラの解説書に登場するものである。

このCDの、
「赤毛の司祭の劇的信条告白」というタイトルの解説でも、
下記のように書いて、
この作品の重要性を強調している。

「1727年の秋、
ヴェニスのサンタンジェロ劇場で演奏された、
『オルランド・フリオーソ、英雄魔法劇』は、
ヴィヴァルディのオペラ作曲家としてのキャリアの、
まさに折り返しポイントにある。
14年前の1713年、赤毛の司祭は、
知られているもので彼の最も早い時期のもの『離宮のオットーネ』を、
ヴィツェンツァ(ビチェンツァ)で上演し、
14年後、彼の最後のオペラ『メッセニアの予言者』を、
ヴィーンで上演しようと、空しい試みをして、
人知れず亡くなった。」

ビチェンツァってどこだろうと地図を見ると、
北イタリア、ヴェニスの西である。

そもそも、ヴィヴァルディは、バッハより古い人で、
音楽史に沿ったクラシック音楽の入門書では、
最初に出て来るのであるが、
いったい何時の時代を生きた人だったのだろうか。

1678年の生まれとあるから、
何と、ベートーヴェンより100年しか離れてなかった。
1741年に亡くなったとあるので、
定年まで働けた計算になり、
ベートーヴェンなどと比べると、かなりの長寿である。
シューベルトの倍くらい生きている。

1713年のオペラでデビューと言えば、
1812年のロッシーニ初期の成功作「試金石」の100年前、
この「オルランド・フリオーソ」が1727年とあれば、
シューベルト晩年の高まりの時期の100年前と考えられる。

さて、このCDの解説によると、
この主題は、ヴィヴァルディお気に入りのものであり、
生前から何度も上演されて、
成功したものであることが分かる。

彼は、1725年以前の5年ほど、
ヴェニスの劇場から追放状態にあったらしく、
ミラノやローマに現れ成功を収めていたが、
1726年の秋のシーズンから、
再び、ヴェニスの劇場と契約することになった。

再起をかけて、ナポリ風の作風をヴェニスに持ち込み、
野心的な作品として、これを書いたようである。

「このような観点からすると、
アリオストのヒーローを扱ったオペラを、
作曲するということは、いささか戦略的行動だったように見える。
1713年に戻ると、
単なるヴァイオリンの名手であったヴィヴァルディが、
ヴェニスの聴衆の前に、オペラの監督として登場した時、
彼は、もう一つのオルランドをひっさげていた。
その最初のオルランドは、
グラツィオ・ブラッキオーリのリブレットへの作曲で、
ジョヴァンニ・アルベルト・リストーリという作曲家名で出たが、
1713年秋の50回以上の上演、
そして1714年の秋、多くの改作を得て、
特にブルンスウィック、クックス、プラハでの再上演もあり、
勝利を確立した。
1727年、三度目のオルランドは、
オリジナル版のプロットを再使用しながら、
それまでの作曲家の豊富な劇場経験を活かした、
完全な新作の音楽を採用、ヴェニスでのデビューで、
輝かしい成功をもくろんだものであった。」

この後、このオルランドの原作が、
いったい、どのような文学的価値を持つものか、
そして、ヴィヴァルディのオペラが、
それをいかに活かしているか、
が書かれている。

「台本作者ブラッチョリは、改作に際して、
ヴォルテールが、『ドン・キホーテ』以上の『傑作』として、
『イリアス』や『オデッセイア』と比肩するとした、
アリオストの原作に対し、
詩的な要素のみならず、ヒューマニスティックな側面を残した。」

ということで、日本では、あるいは現在では、
あまり知られていないことだが、
この「オルランド・フリオーソ」は、
西欧文学史上、ホメロスと並ぶ傑作とされていた時代があったようだ。

これは巨大な作品だったようだが、
このオペラは、原作をそこねず、
うまく、劇場用作品に落とし込んでいるとある。

「アリオストのものにおける会話と同様、
ブラッチョリのものは、
叙事詩的であり、ユーモア、道徳性を融合、
歴史と超自然の壁を取り払って、
その登場人物からは、人間性の儚さを示している。
その天才は、アンジェリカとメドーロの
相愛によって引き起こされた、
オルランドの狂気という劇的な主題から、
アストルフォ、そしてルッジェーロへの、
アルチーナの悲愴な愛情ゆえの彼女の破滅を、
うまくからめこみ、溶け込ませた。
こうして、初めて、オペラのリブレットが、
アリオストの詩劇の心髄を、
一つの作品の中に据えられることとなった。
一方でドラマ、もう一方で悲劇、
これらの並列が、
驚くほど生き生きとした状況に配置され、
個々の登場人物が、アクションにおいて、
息もつかさぬリズムで印象づけ、
傑作オペラの誕生となった。」

ということで、この幻の西欧文学の傑作が、
その神髄を損なうことなく再現されたオペラが、
円熟期のヴィヴァルディによって完成されたのである。

プロットとして、各幕に先立って、
下記のような事が書かれている。
これを見るだけで、ドン・キホーテとはまた違った、
近代以前の西洋文学の典型のような世界を垣間見ることが出来よう。
そう、アーサー王のような世界。
下記に出て来るマーリンも、
アーサー王伝説に登場する魔法使いと同じ名前である。

「マーリンの灰を盗用した魔女、アルチーナによって、
魔法がかけられた島において、物語は進行する。
この灰は、地獄のヘカテの寺院によって守られた壺の中にあって、
不死身のアロンテによって油断なく監視されている。」

アロンテは番犬か何かか?それとも戦士か?

「アルチーナは自身の宮殿に、
キャセイの王女、美女アンジェリカを歓待している。
彼女は、パラディンのオルランドによって、
追われているメドーロを愛しており、
彼女は、オルランドの熱愛から逃げ、
同時にメドーロを連絡できなくなってしまった。」

この一節によって、
ロッシーニの「試金石」において、
マクロビオが、ジョコンドとクラリーチェを冷やかして歌う歌に、
メドーロとアンジェリカが登場する理由がおわかりであろう。
彼等は、オルランドがいると愛し合うことが出来ないのである。

パラディンとは、カール大帝の騎士の事で、
何と、オルランドとは、ローラントとも呼ばれるという。

カール大帝の騎士ローラントの物語は、
シューベルトのオペラ「フィエラブラス」の重要な主人公である。
確かに、あのオペラでも、異国の王女を愛する設定であったが、
ローラント、あるいは、そうした困難な目標に向かって、
猪突盲信で進むキャラの象徴なのだろうか。

しかし、今回の異国は、キャセイであるから、
中国である。アンジェリカは中国人なのである。

「ドラマが開始は、
師匠マラギギによって、
アルチーナの力を封じるには、
マーリンの灰を手に入れることだと、
指導されたオルランドが、
魔法にかけられた島に到着したところである。
オルランドの親友アストルフォは、
すでにそこにいて、魔女の邪悪な愛の犠牲者となっている。
オルランドの従者のルッジェーロと、
その妻、ブラダマンテも島に到着しようとしている。」

いろんな人が出て来るが、ここまでは、図示が可能。

オルランド(カール大帝の騎士) ← ルッジェーロ ← ブラダマンテ

アンジェリカ(中国の王女) → メドーロ

魔女アルチーナ → アストルフォ

第1幕のあらすじも書かれているので、
ここでは、勝手にトラックに「」で追加してみよう。
では、CD1をセットする。

Track1~3.序曲としては、
弦楽のための協奏曲RV116が使われている。

「弦楽のための協奏曲集」というCDが良く出ているが、
まさか、オペラの序曲になるとは思っていなかった。

スピノージの軽快かつエネルギッシュな推進力が小気味良い。
第2楽章では、物憂げな詩情が悩ましく、
第3楽章では、再び噴出するような鋭角的な表現。
流れ出るカンタービレが美しい。

Track4.アンジェリカとアルチーナのレチタティーボ。
アルチーナはいきなり、
「インドのみならず、全世界があなたの統治の力、
美しさを讃えております」などと言う。
アンジェリカは、早くも「ああ、神様、メドーロ」などと言っている。

「アンジェリカはメドーロを失ったことを、
アルチーナに打ち明ける。
魔女は彼が戻って来る、
オルランドのパッションからも守ってあげる、
と彼女を慰める。」

Track5.アンジェリカのアリア。
「希望が私の心の拠り所」みたいなの。
ため息まじりの情感豊かなもの。

Track6.アルチーナ、オルランド、
アストルフォのレチタティーボ。
アルチーナが、アンジェリカに同情していると、
オルランドがいきなり、アストルフォに話しかけ、
アルチーナは、オルランドを落ち着かせようとする。
何と、オルランドは女声であり、
ここでは、ニコール・ルミューが歌っている。

アンバランスなことに、アストルフォは、
バリトンのレガッツォ。

ちなみに、アルチーナは豪華なことに、
ジェニファー・ラーモアである。

Track7.アルチーナのアリア。
ラーモアの声が堪能できる。
アルチーナはアストルフォを愛しているので、
「彼の目には愛と恐れがある」と、
そのもやもやを歌っている。
ヴィヴァルディらしい快活なリズム。

Track8.オルランドとアストルフォのレチタティーボ。
アストルフォは、彼女がアルチーナだと説明する。
地獄の力を使う女か、などと、オルランドは知っており、
有名人でセレブな模様。

Track9.アストルフォのアリア。
これは、バリトンが太い声だが、
伴奏は典雅で夢のように美しい協奏曲。
アストルフォは、オルランドに安心するよう言われ、
それに感極まって応えている。
ここで、オルランドは宮殿の外に出たのであろうか。

解説に、「アルチーナとアストルフォと会った後、
オルランドはルッジェーロを探しているブラダマンテに遭遇」とある。

Track10.オルランドとブラダマンテのレチタティーボ。
アンジェリカの事を考えて、
ぶつぶつ言っているオルランドと、
夫のルッジェーロを探しているブラダマンテが出会う。
何で、ここにいるの、などと聴いている。

「この誇り高い女戦士は、ルッジェーロは、
魔女の呪文で島に引き寄せられたと聴き、
妖精メリッサに貰った指輪で魔女に対抗すると言う。」

Track11.ブラダマンテのアリア。
アン・ハレンベルクというメゾである。
このアリアも協奏曲風に華麗な装飾付き。
「私は怒りを隠そう、私の夫がここに帰ってくるまで」と、
ルッジェーロを思う。

Track12.オルランドのレチタティーボ。
いきなり、マラギギの話が出て来る。
アルチーナの魔法に対抗する策を思い出している。

「オルランド独り。自分の使命を熟考し、
その決意を宣言する。」

Track13.オルランドのアリア。
深く暗い世界に、と自分を勇気付けるもので、
力強いと共に激烈。オルランドの性格が出ている。
かなり大胆な展開を見せる音楽。

Track14.アンジェリカとメドーロのレチタティーボ。
おどろおどろしい低音が不気味な効果。
アンジェリカは、海を見ているらしい。
その嵐の様子を見て、自分の恋心と比べている。
メドーロは倒れているのである。

「その頃、傷ついたメドーロは、
難破して浜辺で傷ついているが、
アルチーナによって蘇生術を受ける。」

Track15.アルチーナも加わってのレチタティーボ。
アルチーナがメドーロの傷を治す。
前のレチタティーボと雰囲気は連続。
スカスキエヴィッツというメゾがメドーロなので、
女声ばかりで、姦しい。

Track16.オルランド、アンジェリカ、メドーロのレチタティーボ。
これは、問題のシーンであろう。
狂信的なオルランドの登場に、
メドーロはびびっている。
アンジェリカは、メドーロのことを弟だとか言って、
ごまかそうとしている。

「オルランドはアンジェリカとメドーロが一緒にいるのを発見、
しかし、その嫉妬心は、魔女の助けで、たちまち褪せる。
アンジェリカは、オルランドを愛しているふりをして、
代わりにメドーロが嫉妬する。」

Track17.アンジェリカのアリア。
切羽詰まった感じの音楽で、かなり劇的。
アンジェリカは、メドーロに、
ここは一つ我慢して、みたいな嘆願をしている。

アンジェリカは、ヴェロニカ・カンゲミというソプラノ。
このオペラでソプラノはこの役のみ。
しかし、このアリアは華やかなものではなく悲痛なもの。

Track18.オルランドのレチタティーボ。
オルランドは、嫉妬に葛藤している。
メドーロに、許せ、友よ。
恋はいつも盲目なのだ、と言っている。
割と、細かい心理を扱っている。
まるで、男の声のようになって押し殺した感情が怖い。

Track19.オルランドのアリア。
当然、この前の感情はアリアで噴火である。
非常に奇妙な装飾の中、歌の線が縦横に紡がれる。

Track20.アルチーナとメドーロのレチタティーボ。
アルチーナが、メドーロを優しく慰める。

Track21.メドーロのアリア。
これは軽妙なもので、恋のもやもやを歌う。
私は、一度、くびきから離れたが、
彼女の眼差しで、再び動けなくなった。

スカスキーヴィッツという清楚なメゾだが、
ちょっと苦しい高音が出る。

Track22.アルチーナとルッジェーロのレチタティーボ。

「舞台で独り、アルチーナは、
騎士ルッジェーロが乗って来た、
翼竜ヒッポグリフが空から下降してくるのを見る。」

こんな怪獣まで出て来るとは思わなかった。

アルチーナは、ルッジェーロがハンサムであることに気づき、
あなたは誰?とか言っている。
ルッジェーロは罠にはまっていく。
しっとりしたレチタティーボ。

「新参者に魅了され、彼女は、愛の秘薬で彼を誘惑する。」

Track23.ブラダマンテ、アルチーナ、ルッジェーロのレチタティーボ。
ブラダマンテはこのいちゃいちゃを目撃、
嫉妬を感じるが、ルッジェーロはメロメロになっている。

「ブラダマンテは、その後、すぐ来るが、
魔法にかかったルッジェーロは、彼女のことが分からない。」

Track24.ルッジェーロのアリア。
これはバッハのカンタータにでも出て来そうな、
美しいフルートの独奏を伴う、
美しくも情感豊かなアリアで、
第1幕の終盤を忘れがたいものにする。
ジャロウスキーというカウンターテナーだという。
これは美しい。

Track25.アルチーナ、ブラダマンテのレチタティーボ。
ブラダマンテが嫉妬に狂うのに対し、
アルチーナは、あなたの見間違いよ、
などと適当な事を言うが、
ブラダマンテは怒って出て行く。

「彼女は悲嘆に暮れて出て行くが、
アルチーナは、最後の獲物を捕らえて堪能する。」

Track26.アルチーナのレチタティーボ。
魔女、一人である。
ルッジェーロは私のものよ、と呟いている。

Track27.アルチーナのアリア。
「バラのスミレも、
自分たちを萎れさせることの出来る太陽を愛する。
新しい情熱の目覚め」とか言って、
恋愛の力が、彼女を生かしていることを、
割と切実に歌い上げている。
全然、魔女らしくない。
そこが良いところか。

オルランド(カール大帝の騎士) ← ルッジェーロ ← ブラダマンテ
↓                          ↑
アンジェリカ(中国の王女) → メドーロ 
↑                          ↑
魔女アルチーナ → → → → → → →
                → アストルフォ ×

てな感じになった。

以上、70分で第1幕は終わる。
もう、字数も尽きたので、残りは次回にする。

得られた事:「オルランドは、ドン・キホーテと並ぶ西欧古典の重要人物。シューベルトのオペラにおけるローラントの原型とも言える。」
「ロッシーニの『試金石』に出て来るアンジェリカとメドーロは、『オルランド・フリオーソ』の登場人物。」
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by franz310 | 2011-08-07 00:09 | 古典