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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その223

b0083728_1071664.jpg個人的経験:
前回、1817年の
ソナタということで、
それを銘打ったタイトルを持つ、
ヴァイヒェルトのCDを聴いたが、
3曲しか収録されていなかった。
実際にはこの年、
シューベルトは、
もっと沢山のソナタを書いているが、
カプリッチョ・レーベルのCDによって、
うまく残りも補助して聴けた。


ピアノは、ミヒャエル・エンドレスという人が弾いている。

この人はヘルマン・プライの伴奏をしていた事があり、
1993年には、この大歌手と日本にツアーしたと、
解説にも特筆されている。

ミュンヘンに学び、ニューヨークのジュリアード楽院で、
マスターの学位を取ったらしいが、
何故、わざわざ、本場を離れ、
アメリカに行く必要があったのかは分からない。
Jacob Lateinerという人が名教師なのだろうか。

この間、1985年のゲザ・アンダ・コンクールで3位、
1986年、ニューヨークの
国際芸術コンクールで1位を取ったとある。

さらに19カ国70人が参加した独シューベルト・コンクールで、
首位と特別賞を得て、シューベルト解釈の第一人者となった。

ソナタの全曲を弾いて成功し、
アメリカデビューも1990年に行った。
チューリヒ・トーンハレ管弦楽団と国連で共演、
ベルリンやカーネギーホールでリサイタルを行った、
とのことである。

おそらく、ヘルマン・プライとは親子のような年齢差であろう。
これは、フォーグルとシューベルトの関係を思い出させる。
このような大芸術家の伴奏を務め、
歌曲の伴奏も経験豊富という事は、
この録音でも、大きな強みになっていると予想される。

さて、今回のこのCD、
これはソナタ全集の一部だが、
CD1にD557、D566、D575の
3曲が入っていて都合が良い。

朝日選書、喜多尾道冬著「シューベルト」の中にあった、
シューベルトのピアノ・ソナタの一覧表で、
前回、ヴァイヒェルトが演奏していたものを、
○で示したが、今回、新たに、このCDで、
エンドレスが演奏しているものを◎で示した。

1817年
第4番(D537)○
第5番(D557)◎
第6番(D566)◎
第7番(D568)○
スケルツォとアレグロ(D570)○
第8番(D571)○
第9番(D575)◎

ということで、1817年のソナタを、
だぶることなく聴き通すことが出来る。
CD二枚で、この時期のソナタを聴き通せるのは、
かなり効率が良い。

なお、このエンドレス盤のCD1には、D664も入っている。
この有名曲の美しい第2楽章を聴いても分かるが、
エンドレスは非常にシューベルトに寄り添っている。
まるで、生まれたばかりの幼子を取り上げるかのようである。

それは、夢の中の花が、
次第に花びらを開いていくのを見るような、
優しいまなざしを感じさせた。

ただし、第1楽章などで感じたことだが、
強奏が、少し無骨すぎるかもしれない。

表紙のパステル画調のシューベルトは、
ちょっと乙女チックであるが、
いかにも、シューベルトのピアノソナタでござる、
という風なシンプルさでまとめてあって良い。
クロスするベージュの色調も上品である。

また、CD3には、前回聴いた、
D537と、D568が、収められている。

こちらのCD解説が、
ちょうど、1817年のソナタを概観した形になっている。

CD3の解説冒頭:
「1816年12月に、シューベルトは、
学校教師のくびきを初めてふるい落とし、
彼が新たに勝ち得た自由の意識は、
そのペンの流れを以前よりなめらかなものとした。」
と、かっこよく、
Hans Christoph Worbsは書き出している。

しかし、前回も聴いたように、
シューベルトのペンの流れは、
このソナタ群において、
時として苦渋に満ちた感じもある。

「『死と乙女』、『月に寄せる』、『ガニュメート』、
『マホメットの歌』などの歌曲が、
1817年の最初の何週間かで作曲された収穫に含まれ、
遂に、20歳の作曲家は、
ピアノ・ソナタによって、
新しい音楽領域を制服した。
イ短調ソナタ(D537、作品164)は、1817年の3月に、
変イ(D557)、ホ(D566)、変ホ(D568)、
それにロ(D575)に先立って書かれた。」

という風に、この時期が概観されている。

一方、CD1の方の解説は、こんな書き出しである。
ちょっと変奏されている感じが面白い。

CD1の解説冒頭:
「1816年、シューベルトは、
遂に、憎むべき学校での授業から解放された。
自由を得たという自覚は、かつてより軽やかに、
ペンを走らせた。
『死と乙女』、『音楽に寄す』、『ガニュメート』などが、
1817年の最初の何週かで作曲された。
そしてようやく、ピアノ・ソナタを持って、
20歳の作曲家は明らかに新しい音楽領域に入った。
イ短調ソナタ(D537)の後、
変イ長調ソナタ(D577)が、
1817年5月に書かれた。」

このように、比較的有名なイ短調に続いて、
あまり知られていない変イ長調が、
すぐに書かれたように見えるが、
CD3の解説には、
実は、イ短調と変ホ長調が、
続けて書かれたようにも書かれている。

ちょっと、前回聴いた2曲を振り返る形で、
これらの作品も復習しておこう。

第4番とされるイ短調D537の解説はこうだ。
(CD3にある。)
「まず、彼がこれを手がけた時、
旺盛な創作力を感じていたことは疑いない。
この曲には後のイ短調ソナタのような宿命的な響きはない。
最初の楽章では、異名同音的転換、ペダル指示、
ゲネラルパウゼが顕著で、展開部では、
若い作曲家はすでに出ている材料の処理より、
新しい着想の披露に重きを置いており、
再現部は、サブドミナントの弱音で開始される。
中間楽章のアレグレット、クワジ・アンダンティーノでは、
『無言歌』を聞き取るだろう。
16小節の単純な民謡のような主部に、
シューマンを思わせるハ長調の第2の部分が来る。
ロマン派の音楽がそうであるように、
ここでも三度の関係が採用されている。
終曲は、自由な二部形式の、
3/8拍子アレグロ・ヴィヴァーチェ。」

復習の結果、出てきたキーワードは、
第2楽章の「無言歌」と「シューマン」。
しかし、何故、どの解説も、
第20番のソナタの終楽章のテーマだと、
書いてないのだろう。

エンドレスの演奏は、
しっとりと落ち着いていて、
神経が行き届いている。
シューマンを思わせるというのも、
分からなくもない。

神秘の森に分け入るような、
神妙なまなざしを感じる歌わせ方である。

さて、先に書いたように、
この解説では、「第7番」D568のソナタの方が、
「第4」に続いて書かれたように紹介してある。

「シューベルトは、D568のソナタを、
イ短調のたった1週後に作曲している。
その最初のバージョン(D567)がその時書かれ、
作品は、ベートーヴェン風に、
ロマンティックな変ニ長調であった。
ブラームスのようなシューベルト通は、
明らかに元の版を好んでいる。
変ホ長調の決定稿では、演奏が容易で、
シューベルトは明らかに出版社の意向をくんだと思われる。
しかし、決してこれは、機械的な移調ではなく、
新版では、第1楽章の展開部や終曲は改訂されていて、
メヌエットは完全な新作であった。
変ホ長調のピアノソナタは、
ベートーヴェンのピアノ作品の集中的な研究の成果で、
主題の結合は細部に至るまで、
ベートーヴェンとの関連がある。
一方、シューベルト特有の語法が、
すでにこのソナタには聴かれ、
歌曲のような構成の第1楽章の第2主題は、
ヴィーン風の愛嬌がある。
メヌエットのレントラー風のトリオは、
クラリネットのメロディを持ち、
シューベルト個人のブレークスルーを示している。」

ここでの復習のキーワードは、
第1楽章の第2主題がヴィーン風であるかであるが、
改めて聴きなおすと、
エンドレスも、ここでは、
心持ち楽しげにステップを軽くして、
いかにもという風情である。

また、メヌエットが、
クラリネットかも聴いて見たいところだ。
この演奏で聴くと、音域や装飾の入れ方、
その憂いを秘めた風情からして、
なるほどを感じ入った。

私は、この変ホ長調のソナタの、
こうした佇まいゆえか、
実は、前回から、離れがたくて仕方がない。

ただし、このカプリッチョ盤の解説は、
終楽章の魅力に触れていないのが残念。

さて、今回聴く、エンドレスのシューベルト、
ピアノソナタ全集のCD1であるが、
解説はどうなっているだろうか。

まず、「第5番」変イ長調D557である。
1817年5月の作品とある。

「これは旧シューベルト全集で、
1888年で出版されるまで、
出版されなかった。
この特別なソナタでは、青年期のシューベルトは、
ベートーヴェンの影響を廃している。
幾分、控えめな特徴を持ち、
ハイドンの精神が息づいている。
その比較的単純なスタイルにもかかわらず、
シューベルトはそのアイデンティティを犠牲にしておらず、
それは、変ホ長調のアンダンテに見える、
短調のエピソードにも明らかである。
アルフレッド・アインシュタインによると、
この楽章を、彼は即興曲や楽興の時に含むことを、
ためらう必要もなかっただろうと書いている。
この変ホ長調のアンダンテに続くであろう、
メヌエットは残っていない。
そして、この緩徐楽章に、
変ホ長調で、慣習的な調性のスキームから逸脱し、
目を引くものの、伝統的なソナタ形式に沿った、
6/8拍子の典型的ロンドが続く。」

この曲、「第5番」は、
名手ルプーなどが録音したことによって、
日本でも知られるようになったものだ。

このルプーの演奏は、
非常に軽やかで、このピアニストらしい、
透明感に溢れたもので楽しい。

エンドレスの解説のように、
メヌエットがない、という以外にも、
終曲がない、という説もあるようで、
ルプー盤の日本語解説では、
「フィナーレを欠いた未完成のもの」と断定されている。

このCDの第3楽章の解説では、
「ソナタ形式で書かれているが、
スケルツォ的な性格も持っている」とあって、
確かに、めまぐるしい指遣いが敏捷で、
スケルツォ的とも言えそうだ。

このように、「未完成」という説があるせいか、
舘野泉の「初期ピアノ・ソナタ作品集」でも、
この小さな曲は、取り上げられていない。

アインシュタインの本を見ると、
未完成説の理由となった説が述べられている。

「5月には変イ長調ソナタがあって、
これはフィナーレを欠くが、
むしろシューベルトが、
変ホ長調になっている終楽章を
主調に移調することを
忘れてしまったにすぎないと思われる」

せっかく急緩急の三つ楽章があるのに、
メヌエットがないと言われたり、
終曲がないと言われたりして散々な作品である。

聴いた感じでは、それほど未完成感はないのだが。

それにしても、この曲、
ルプーが救ってくれてよかった。
そうでなければ、若書きの習作として、
聴き飛ばすところであった。

アインシュタインの本を読んでみると、
さらに、ひどい評価が続く。

「変イ長調ソナタは全く未成熟なもので、
ハイドンのピアノ・ソナタの規模で
満足しているばかりでなく、
その精神をも呼吸している。
シューベルトはさしあたり
ベートーヴェンとの競争を避ける。
この曲はハイドンの作品の演奏後か、
その印象のもとに
書き下ろされたものだといいたい。」
(白水社 浅井真男訳)
と、ハイドンはダメ、と言い張っている。

確かに、第1楽章は、ロマンティックな要素は少なく、
第4番より前の作品のようにも聞こえる。

例えば、曲の構想一つとっても、
先立つ、第4番イ短調が、
(あるいは、変ホ長調D568が)
第1楽章からして10分という規模なのに、
この曲は、1/4~1/3の長さしかない。
非常にシンプルなものである。

アインシュタインは、第2楽章も、
ハイドンの交響曲の楽想だと書いているが、
確かに、ぽつぽつとした感じは、
「時計交響曲」みたいである。

しかし、そこに、
「純粋にシューベルト的な刻印のある
短調の中間部をつけ加える」として、
「きわめて完成している」と書き、
先の解説が書いていたことを記している。

エンドレスの演奏で聴くと、
この楽章は、非常にゆっくり弾かれているせいか、
妙に寂しい感じが出ていて、味わい深く感じた。

ルプーの演奏は、明るさを志向して、
雨上がりの景色のような一瞬を感じる。

中間部は、焦燥感のようなものがあふれ出し、
ロマンティックな色彩を放ち、
その後に、再び、時計のような主部が現れると、
何か世界が変わってしまったかのような、
喪失感のようなものがある。

ひょっとすると、ぼくとつとしたエンドレスの方が、
流麗に七色の光を放つルプーより、
シューベルトの魂に触れているかもしれない。

このあたり、エンドレスの演奏、
一幅の絵画、一編の詩を味わうようだ。
後付理論のようだが、プライの歌う歌曲にも、
こうした情景変化のあるものがあったに相違ない。

また、こうした聴き方をすると、
アインシュタインが、「きわめて完成している」、
と書いたこともよく分かる。

また、終楽章は「典型的にシューベルト的なロンド」とし、
「ソナタ形式をとっているという点ではなはだ特異である」
と特筆している。

こう見て来ると、
どの解説もアインシュタインの本の、
孫引きみたいで物足りない。

エンドレスの演奏は、いくぶん鈍重で、
ルプーのような、ひらめきや、
透明なしなやかさを持ったものではないが、
あえて、作品の魂を引きだそうと、
没入して対話している演奏とも思える。

シューベルトはきっとこんな演奏をしていたに相違ない。

さて、次に、ホ短調ソナタ(D566)の話が来る。
これは、「第6番」と呼ばれるもので、
下記のような事情を、アインシュタインも特筆している。

アインシュタインは、即物的に、こう書いている。

「全集版のなかにはその第1楽章しか入っていず、
第2楽章はエーリヒ・プリーガーによって出版され、
スケルツォ(変イ長調)として『音楽誌』に
収録されている。」

アインシュタインの著作より、
CD解説は、よりドラマティックな報告になっている。

「何十年もの間、シューベルトのピアノ・ソナタの
原点版は惨めな状況下にあった。
ホ長調ソナタ(D566)は、1817年6月に作曲され、
旧全集版はその第1楽章しかプリントしていない。
ベートーヴェンの作品90の終楽章に似た、
ホ長調のアレグレットの第2楽章は、
1907年まで出版されず、
1928年には個人所蔵の変イ長調のスケルツォが、
和声の絶妙さの鉱脈のような、
変ニ長調のトリオと共に発見された。
1928年10月、ミュンヘンでの、
ヨーゼフ・ペムバウアによる初演は、
3楽章の作品として紹介したものであった。
D506の変ホ長調のロンドは、
明らかにこのソナタの終楽章とは言えない。」

このように、このソナタは、
ばらばら事件の被害者になっていたようだが、
果たして、終楽章はどうなったのだろうか。
未完成なのか、未発見なのか微妙な記述である。

しかし、第5も第6も、
しっかり3つも楽章が揃っているので、
これで完成している、と言い切っても良さそうだ。
そうでなければ、ルプーのような、
録音にうるさい名手が取り上げたりしないだろう。

ところで、解説に唐突に登場したD506とは何なのか。
アインシュタインによれば、
作品145として出版された、
成立時期不明の「アダージョとロンド」という作品の、
後半の曲のことらしい。

このCDで聴けるわけではない。

さて、このような発見史からだけ、
このソナタ「第6番」を味わえというのも、
かなり無茶な話ではなかろうか。

一応、トリオ部は、かなり精妙な和声が聴けるようだが。

エンドレスの演奏で聴く限り、
この曲は、先の「第5」より、
メランコリックな叙情が冒頭から溢れ、
分かりやすいメロディに彩られて歌謡的、
どの楽章も規模が大きい。
第1楽章は、晴朗な曲想に転じ、
気分を変えながら様々な色合いの中に夢想する。

第2楽章は、8分近い規模を持ち、
まるでシューマンのおとぎの国に彷徨い入るような感じで、
とてもロマンティックである。
この曲などは、もっと知られて良いものであろう。

第3楽章は、スケルツォで、
いかにもという風に飛び跳ねるものだ。
トリオは、確かにオルゴールのような不思議な色彩を持つ。

「第6」は、かなり様々な魅力を秘めた作品に見える。

次に、「第9」D575という、かなり知られた作品が来る。
かなり知られたと書いたのは、
リヒテルや内田光子も、
この曲を録音しているからである。

CD解説には、こうある。
「1817年8月、ロ長調ソナタ(D575)は、
作曲、または少なくともスケッチされ、
作品147として、1846年に出版された。」

かなり早い時期から知られていたようで、
ばらばら事件に至っていなかったせいだろうか。
4楽章形式で、「第4」や「第7」ほどではないが、
第1楽章は「第5」、「第6」より規模が大きい。

「1992年のアンドレアス・クラウゼの評価では、
クリスチャン・ダニエル・シューバルトの調性の性格が、
論じられている。
シューバルトはロ長調を、
『強い色調で、荒々しい情熱を公言する』ものとし、
『憤怒』や『激怒』と結びつけて考えており、
このロ長調ソナタの冒頭にも、それは当てはまる。
この作品は、第1楽章同様、例えば、
ホ長調のアンダンテの終結部直前も、
フランツ・シューベルトは三度の関係を、
その音楽の性格として多用している。
一般に、和声家とされるシューベルトは、
この作品の中で、個性的に自身を表現しており、
あちこちに謎が満ちている。
第1楽章の第2主題では、ロッシーニの余韻がある
(1816年、タンクレディで、
ヴィーンもまたロッシーニ旋風を食らった)のが、
見つけられるだろう。
ト長調のスケルツォは、
弦楽四重奏の楽章のようなものを書いていて、
終楽章は、三分形式の歌曲形式で、
すさまじい終結部を有する。」

クリスチャン・フリードリヒ・ダニエル・シューバルト
(Christian Friedrich Daniel Schubart )は、
1739年生まれの詩人で、
シューベルトが作曲した歌曲「ます」の作詞者だが、
音楽家でもあったようで、
『音芸術美学試論』を書いたとも言われている。

何だか、この人物もただ者ではなさそうだ。

シューベルトの「ます」をテーマにしたブログで、
脱線しておきながら、こんなところで、
関係者が絡んでくれるとは、非常に心強い。

さて、このソナタは、機嫌が悪いソナタで、
冒頭から和音の強打のファンファーレと、
怪しげで、表情豊かな第1主題などが繰り返され、
謎に満ちたものである。

第2主題は、ロッシーニ風と書かれた軽妙なもので、
先ほどまでの厳粛な雰囲気が破られる。

「第6交響曲」も、ロッシーニの影響で、
幾分、情緒より、乾いた明るさが前面に出たが、
このソナタも、第1楽章はかっちりと硬質で、
シューベルトらしさはその隙間からにじみ出るだけの感じ。

第2楽章は、夕べの祈りといった風情で、
敬虔な雰囲気に満ちたアンダンテ。
このような曲想になると、エンドレスの滋味が生きる。
中間部では、シューベルト特有の、
切迫感に満ちた混乱が聞こえる。

第3楽章は、弦楽四重奏風と書かれていたが、
森に角笛が木霊する、神秘のひととき。
浮遊感のあるスケルツォで、時間的な停滞感を感じる。
トリオは、ぐるぐる旋回して、これまた、
人をからかっている精霊のようだ。

第4楽章は、牧歌的なギャロップになって、
ようやく推進力を得て、音楽がさらさらと流れ始める。
しかし、荒々しい動機も出て、単に開放的になるのを戒める。
一癖も二癖もあるソナタである。
中間部では、再び音楽が迷路に彷徨いこむ。

終わり方も強引である。

8月の作曲とあったが、1817年のソナタとしては、
これが打ち止めのようだ。
シューベルトは、秋以降は何をしていたのだろうか。
12月あたりから、父親の手伝いのため、
再び、教職に連れ戻されるわけだが。

こう見ると、ピアノソナタ群は、
一時の休息を利用して書かれた、
貴重な作品群に見えて来る。

エンドレスのピアノは、表情と音色に、
濃やかな工夫を凝らしたものだが、
こうした脈絡のなさを切り開くようなものではない。
若いシューベルトに付き合って、
あちこちに回り道する。

このように聴いて来たように、
エンドレスのピアノは、ある時は繊細で、
ある時は無骨であり、変幻自在である。
さすがに歌曲伴奏の状況描写で鍛えられた人、
という感じがしないでもない。
共通するのは、シューベルトに対する、
優しい心遣いといった点で、
作曲家の声を極力活かしたものと言える。

そんな行き方からすると、
ルプーの音楽作りは、
あまりにピアニストの個性が
前面に出たものに聞こえる、
とも言えるのかもしれない。

得られた事:「シューベルトの作品は、時として分解されて持ち去られ、未完成の習作なのか、個性的な形式にチャレンジしたものか判然としないものがある。1817年のソナタは、第4、第7、第9は少なくとも完成しており、第5、第6は微妙、第8はつぎはぎになっている可能性有り。」
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by franz310 | 2010-04-25 10:07 | シューベルト

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その222

b0083728_18415885.jpg個人的経験:
週末にかけて、
九州の方に出張していたが、
長崎空港で流れているのが、
「蝶々夫人」のメロディで、
なるほど、と思った。
しかし、その後走った高速道路の、
あるパーキング・エリアで、
流れていたのが、
シューベルトだった理由は、
さっぱり理由が分からなかった。


長崎空港のものは、
オルゴール調で、いかにも空港デザインの一部だったが、
パーキング・エリアの方は、ちゃんとしたピアノ演奏で、
地元の有線放送か何かを、
垂れ流ししているだけだったのかも知れない。

この部分だけ抜き出して、
次には別の曲になってしまった。

最初、何の曲か戸惑ったりもしたが、
あの美しい4楽章のテーマに続く、
ピアノ・ソナタ第20番のスケルツォであることが、
分かって、ますます、奇異な感じを覚えた。

ただし、それが何故か、
とかを語るのがここでの目的ではない。
さらに言えば、ピアノ・ソナタ第20番D959が、
ここで取り上げられるわけではない。

日常に垂れ流される音楽に、
シューベルトはどうもそぐわないような気はする。
語られる音楽なので、
よその人の独り言を、
聴いているような感じになる。

とはいえ、ピアノソナタ20番。
その第4楽章のテーマの元は、
シューベルト20歳の若書き、
1817年のイ短調D537は、
前回、デーラーの演奏で取り上げたところである。

そして、この1817年のソナタ群というのも、
妙に気になっていたところである。

というのは、この年、7曲もの、
断片を含む、ピアノソナタを、
シューベルトが書いていて、
これが、かなり特別なグループであることを、
妙に意識してしまったからである。

今回、取り上げるCDは、その名もずばり、
1817年の3つのソナタというもので、
私は、これをずっと前に買って以来、
この年にはこの3曲が書かれたものと考えていた。

しかし、実際は、
1817年のピアノソナタとするには、
曲が足りず、このテーマで行くなら、
2枚組のセットにするべきであった。

このあたりのソナタは、有名なところでは、
ミケランジェリやリヒテルが時折、
紹介してくれていたが、
ここでのピアニスト、WEICHERT、
ヴァイヒェルトと仮に呼ぶとして、
この人のものくらいしか、
こんな形でCDのテーマとして強調したものは、
知らなかった。

クロード・ロランの絵画「ニンフのいる風景」を、
あしらったデザインは、時代錯誤も甚だしいが、
いかにもヨーロッパの風情を感じさせるもので、
私は好感を覚えている。

ただし、これらの曲と、この絵画には、
何ら関係があるとは思えない。

1984年の録音で、ACCORDレーベルのもの。
アコードかと思っていたが、
フランスのレーベルで、アコールと呼ぶようだ。
このレーベルは、珍しい作曲家の作品を多く収録していて、
時々、お世話になっている。

ピアニストのGregor Weichertは、
大きな眼鏡をかけ、ヨン様のように髪を垂らした、
(当時の)若手のようで、
解像度の低い白黒写真は出ているが、
何者かは解説に書かれていない。
若いのに、パイプを咥えているのが不思議な印象である。

おそらく、全集の1枚。
私は、他にも持っている。
有名な後期作品を聴いた感じでは、
ものすごくピュアな感じの演奏をする人だ。
クリアで透明、よどみなく流れる。
残念ながら、使用楽器は明記されていないが、
他のCDには、スタインウェイとある。

前回まで、歴史的楽器にこだわっていたが、
今回は、新しい楽器のものである。
このピアニストの、美しい粒立ちの演奏は、
こうした現代のピアノの美質を、
突き詰めたところにあるようにも思える。

このCD、解説は、
このタイトルにふさわしく、
1817年のシューベルトについて、
下記のように書き出されている。

「シューベルト20歳の1817年は、
彼にとって非常に重要な年であった」と書き出されていて、
かなりいい感じである。

Marc Vignalという人が書いている。

「彼は、最終的にではなかったが、
教職の義務から何とか抜け出し、
9月まで、父とではなく、
ヴィーンの中心部で友人と暮らした。
創造的な見地では、非常に多産の年であり、
他の曲種に加え、沢山の歌曲と、
いくつかは未完成だが、7曲のピアノソナタを作曲した。
シューベルトが、こんなに沢山のピアノソナタを
手がけた年は、後にも先にもなかった。
彼は3曲手がけたが、
かろうじて1曲を完成させる感じだった。
先駆者たるハイドン、モーツァルト、
ベートーヴェンが優れた仕事をした分野に対する、
1817年のシューベルトの体系的探求は、
ソナタの数のみならず、
通常聴かれることのない調性、
嬰へ短調、変イ長調、変ニ長調、
ロ長調(D567、D575)の選択からも分かる。
それらに、1818年には、
D625の未完成のヘ短調ソナタが続いた。」

シューベルトも20歳の節目の年、
何か、体系的なチャレンジをしようとしたのであろう。
非常に共感できる前向き発想である。
早くプロになりたくて、がんばった感じであろうか。

しかも、調性の選択でもオリジナリティを追求している、
というのは非常に面白い。
後年、シューベルトは、「ます」の五重奏曲のようなイ長調や、
大交響曲や、幻想曲、弦楽五重奏曲のようなハ長調、
さらには、最後のピアノソナタやトリオのような変ロ長調、
といった調性を愛好するが、
こうした経験の末に行き着いた世界だと思うと、
味わいもひとしおになる。

なお、この時期、ベートーヴェンは、
スランプのさなかにあるが、
ピアノソナタでは、「ハンマークラヴィーア・ソナタ」という、
俗称を持つ、第29番の構想が進んでいた頃であろう。
前年に「28番」が書かれ、翌年にこの29番が現れる。
そして、1822年にかけて、後期3大ソナタが現れて来る。
そんな時期である。

ベートーヴェンとシューベルトが、
二人して、ソナタと取っ組み合いを演じていたのは、
何か、理由でもあるのだろうか。

「1817年のソナタは、
どれも生前に出版される事はなかった。
最初のD537は、3月に書かれたが、
1852年頃に出版された。
これは、彼の3曲のイ短調ソナタの最初のもので、
3つの楽章しかない。
後の2曲のような悲劇的な感覚はなく、
むしろ、もっぱらエネルギーを表出している。
最初の楽章は、凶暴にストレスがかかった主題群による、
6/8拍子のアレグロ・マ・ノン・トロッポである。
1小節の沈黙の後、ヘ長調の主題群が導かれる。」

ヴァイヒャルトのピアノは、
時として、弱さを見せるが、しなやかで、
後期作品の時以上に、愛情を持って音楽を歌わせている。
この若書きの意欲作を、慈しむような風情で、
表情豊かに、しかも、神秘的に楽器を鳴り響かせている。

ブラームスあたりが20歳頃に書いたのも、
こんな曲だったなあ、などと感じ入った次第。

「第2楽章は、ゆっくりした行進曲に、
シューベルト独自の詩情を持った、
素晴らしいアレグレット・クワジ・アンダンティーノである。」

素っ気なく弾いているが、時折、テンポを落としたりして、
シューベルトに対する愛情が、どうしても出てきてしまう、
といった風情がたまらない。

「ロンド形式によるアレグロ・ヴィヴァーチェの終曲では、
短調と長調の主題が交錯し、イ長調で結ばれる。」

不機嫌な動機に、安らぎのメロディが、
対比されるばかりで解決のない終曲であるが、
終結部も、投げやりで不思議である。

「このソナタは、シューベルトのこの難しい形式における、
正真正銘の傑作である。」

前回はそうは思わなかったが、
今回は、素晴らしい作品だと得心した。
ヴァイヒャルトの共感豊かな演奏、
しかも、透明感溢れる詩情が、この曲を、
ぐっと、こちら側に引き寄せてくれた感じである。

今回、アインシュタインの著作を見たが、
彼は、この曲は、メヌエット(D334)を持っていたが、
完成度を高めるために、シューベルトが取り外した、
と書いていて興味深かった。

それが本当なら、シューベルトが、
構成感なく書き飛ばしていた、
という俗説が、この早い時期から、
修正されなければなるまい。

「1817年の6月は、
もっぱらピアノ曲が集中して書かれ、
特に、変ニ長調(D567)の3楽章のソナタに、
シューベルトは専念した。
この年、その後で、恐らく11月以前に、
彼はこの3つの楽章を移調して改訂、
メヌエットとトリオを加え、
4楽章のソナタ変ホ長調D568に作り替えた。
これは、1829年、作品122として出版されている。」

私も混乱して来た。


ということは、D567と568は、
同じ曲なのか、別の曲なのか。

私は、今回、第20番のソナタから書き出したが、
そもそも、この1817年のソナタは、
何番と呼べば良いのだろうか。
ミケランジェリのCDでは、イ短調D537は、
「第4番」となっていたが。

例えば、朝日新聞社から出ている、
朝日選書、喜多尾道冬著「シューベルト」を見ると、
前期のソナタとして、
こんな風にまとめられている。

これに○で、今回、このCDで、
ヴァイヒェルトが演奏しているものを示した。

1815年
ホ長調(D154)未完
第1番(D157)未完
第2番(D279)
1816年
第3番(D459)未完?
1817年
第4番(D537)○
第5番(D557)未完
第6番(D566)未完
第7番(D568)未完?○
スケルツォとアレグロ(D570)未完○
第8番(D571)未完○
第9番(D575)
1818年
第10番(D612)未完
第11番(D625)未完
1819年
嬰ハ短調(D655)未完
第13番(D664)

ここで、(?)マークは、喜多尾氏の本に「未完」、
と書かれていながら、完成作と見なす人がいるものを、
あえて書き出した結果である。

総力を挙げて、混乱させようとしている文献類である。
喜多尾氏は、何故、調性を書かなかったのか。
また、第12番というのはなかったのか。
ないなら、「ない」、と書いて欲しいものだ。

また、ヴァイヒェルトは、
1817年の3つのソナタといいながら、
完成されているD575は収録していない。

逆に、未完成の、
第7番D568や、第8番D571+570を、
あたかも、完成作品のように演奏している。

さらに解説にあるD567は、
喜多尾氏の本では触れられておらず、
カウントもされていない。

このように、この1817年のソナタというのは、
様々な混乱の中で、一つ一つを整理して聴かないと、
立ちどころに居場所が分からなくなってしまう類の曲集。
疾風怒濤の青年期のシューベルトも、
おそらく、様々な混乱の中であがいていたものと思われる。

いずれにせよ、このCD解説では、
さらに第7番D568の原曲となったD567を、
下記のように、まだ、比較検討しようとしているが、
何となく、我々にとって、確認しようのない内容である。

混乱するので、D番号を付記した。

「これら二つのバージョンの比較をする場所ではないが、
変ニ長調のバージョン(D567)の、
嬰ハ短調の素晴らしいアンダンテ・モルトは、
エンハーモニックの関係であるが、
変ホ長調のバージョン(D568)では、
三度の関係にあるト短調となっていることは興味深い。」

私には、まったく興味深くない。

しかし、アインシュタインの、
「シューベルト音楽的肖像」では、
この曲の移調問題を論じており、
何故、変ニ長調から変ホ長調に、
移調したのか説明し難い、
として、さらに、
アンダンテをひとたび嬰ハ短調で演奏したことがある人は、
それをト長調で演奏するのは、「好むまい」と、
最終的な作品を否定しているように見える。

このCD解説では、以下のように、
意味不明なフレーズが続くのも困った点だ。

「変ホ長調(D568)は、
シューベルトの最も魅力的なソナタで
イ短調のソナタに対し、
価値あるペンダントとなっている。」

何だか、訳が分からないので、
ドイツ語の解説を当たると、
「イ長調」となっている。
ますます、訳が分からなくて、
フランス語の原文は「イ短調」となっている。
先のD537に、うまく対比された作品で、
合わせて聴くと良い、ということだろうか。

ということで、第7番変ホ長調の解説は終わるが、
各楽章についての詳細はないし、
この曲のどこが未完成かは書かれていない。

本当に未完成なのだろうか。

前田昭夫氏の「シューベルト」では、
この曲は1817年の最も重要なソナタに上げられており、
「古典的なフォルムの回帰する流麗な舞曲様式の『変ホ長調』」
と書かれている。

アインシュタインは、
「1817年夏の4曲の完成したソナタ」として、
イ短調(D537)、ホ長調(D459)、
ロ長調(D575)に、変ホ長調(D568)を論じている。

従って、前の表に、「未完」と書かれながら、
「?」マークがついているものは、
アインシュタインは完成作と考えていた。

ということで、この第7番D568であるが、
どこが、「流麗な舞曲形式」なのだろう、
と考えつつ聴くことになる。

この曲はCDでは最後に収められていて、
このCDでは、前に収められた、
イ短調の不機嫌さや、
嬰ヘ短調の悲愴美とは違って、
非常に古典的で端正なたたずまいを感じさせる。

第2主題であろうか、ワルツ風に楽しく、
流麗な舞曲形式とは、このあたりに聴くべきなのだろうか。
ヴァイヒェルトも、このあたり、
スイングして楽しげである。

さざ波のように続くピアノの左手は、
後年の変ロ長調の先取りのように聞こえる事がある。
確かに、イ短調とは全く異なる世界である。

あるいは、シューベルトは、3曲セットの作品を考えていて、
イ短調に対比できる楽曲を模索していたのかもしれない。

第2楽章は、独白調のアンダンテ・モルト。
とてもロマンティックな曲調が続いて、
何か、緊張感をはらんだ情景を表しているようだ。
打ち震えるような切分音が、特にそれを感じさせるが、
時として、スカルラッティを聴いているような、
静謐で古典的な美学を感じる瞬間もある。

このCDの表紙のロランの絵画を思い出すとしたら、
この楽章、トラック9しかあるまい。

第3楽章は、「楽興の時」を思わせる、
夕暮れ時の情景を思わせるメヌエット。
愛らしく、繊細で、ショパンを思わせる陰影が深い。

第4楽章は、前の楽章から間髪入れず始まり、
幾分、その雰囲気を引きずって、
何となく、ぐずぐずしているが、
次第にエネルギーを増して、
シューベルトらしい寄り道も楽しみながら、
様々な風景を回想しながら、
確かに円舞曲のように旋回して、
今回の3曲の中では、
最も温厚なロマンに満ちたソナタをまとめ上げている。

ヴァイヒェルトの演奏も、このあたりの、
メリーゴーランドのような趣きを活かし、
軽やかなリズムと明滅するきらめきを強調して爽やかだ。
もう少し速いテンポでもよかったような気もするが。

この人は、おそらくナイーブな演奏家なのだろう。
曲想の変わり目も折り目正しく、
丁寧につなげるせいか、時として、流れが停滞する。
こうした、喜遊に満ちた終楽章を鮮やかに書き飛ばすことを、
潔しとしなかったのかもしれない。

それにしても、感興に飛んだ終楽章で、
もっと弾かれないのが不思議な気がする。

アインシュタインは終楽章の展開部のはじめを、
ヴァイオリンとチェロの会話となぞらえ、
ウェーバーを先取りした楽曲と書いたが、
確かに、サロン風の優美さが現れるところなど微笑ましい。
それにしても一筋縄ではいかない音楽である。

が、ここでも、ヴァイヒェルトの演奏は、
共感という意味では、かなりのものを示し、
めまぐるしく変転する楽想すべてに、
手を差し伸べて、慈しんでいるようである。

今回、私は、この曲も好きになった。

「1817年7月、
シューベルトは、嬰ヘ短調のアレグロ(D571)を作曲、
1897年に出版されたが、未完の作品である。
これは長らく孤立した作品と考えられていたが、
1905年、D571のニ長調のスケルツォと、
嬰ヘ短調のアレグロ(D570)とひっつけられて、
3楽章のソナタとされた。
これらの原曲の研究では、
シューベルトは、実際、こうした計画を、
持っていたように見える。
イ長調のアンダンテD604は、
同じ作品の一部かもしれない。
この仮説ではあるが、説得力ある、
4楽章版ソナタ嬰ヘ短調としてここに録音した。
最初の楽章と終楽章は、
バドゥラ=スコダによって完成されたが、
グレゴール・ヴァイヒャルトが、
少し手を入れている。」

つまり、ここでは、
「第4」、「第7」、「第8」の3曲が演奏されているが、
1817年の7曲のソナタのうち、
2曲は合体されて1曲になったので、
この年の半数のソナタは収録されていることになる。

この「第8」については、アインシュタインは、
ソナタとしては触れていない。
断片としては、後述のように好意的である。

チャールズ・オズボーンなどは、
「1817年の一連のソナタの中で1番面白いのは、
おそらく「第8番嬰ヘ短調」だろう。」
と断定している。

反対に、彼は、「第4番イ短調」(D537)は、
「素敵な緩徐楽章をもつ内省的で地味な作品」と、
あまり高い評価をしていない模様である。

「第7番変ホ長調」(D568)は、
「情熱的な第1楽章で名高く」、「長大で」、
「説得力のある構成を見せている」と書いているので、
それよりは良いという感じだろうか。

私は、何となく、その反対の評価をしたくなる。

さて、このオズボーンが高く評価した曲は、
このCDでは2曲目に収録され、
確かに、メランコリックな第1楽章からして、
大変な魅力を放っている。

どこへとも分からずさすらって行く感じの主題に、
これまた慰めのような主題が語りかける。
しかし、単にそれだけのような音楽で、
5分しかなく、あまり歯ごたえがない。

第2楽章は、D604のアンダンテで、
これも、また、不思議に内省的な色彩に満ち、
ほっておくには惜しい楽想である。
アインシュタインは、この曲が、
後年のニ長調ソナタのための作品である説を紹介しながら、
「極度の繊細さと敏感さを併せ持つ楽曲」
と書いて、
「短すぎる終結によって台無しになっている」と書いているが、
ここでの演奏では、終結部も不自然ではない。

解説にもあるように、第3楽章、第4楽章は、
D571の、「スケルツォとアレグロ」で、
スケルツォは、鮮やかで軽やか。
終曲になったアレグロは、アインシュタインも、
「完成したら極めて立派な作になったと思われるもの」
と書いていて、スケルツォと共に、
「心を奪うような美しさと愛らしさに満ちている」と、
絶賛している。

私の中では、この曲のそれぞれの美しさは分かるが、
本当に本来の作品なのだろうか、
という疑念が離れない。

それは、恐らくヴァイヒェルトの演奏自身が、
そんな感じで、自信なさげに聞こえるからのような気がする。
終楽章の終わり方も、非常に控えめで、微妙。

得られた事:「1817年のソナタは、研究者の評価もまちまちだが、『習作』と切り捨てた評価はない。好みが分かれるのは、シューベルトが、あえて様々な曲想のものを求め、多様性を模索したからにも見える。」
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by franz310 | 2010-04-18 18:42 | シューベルト

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その221

b0083728_234171.jpg個人的経験:
オランダのピアニスト、
オールト先生のご指導を賜り、
前回まで、
ヴィーン式、英国式や、
プレイエル、エラールなど、
フランスのピアノについて、
学ばせてもらったが、
こうした歴史的楽器の蘊蓄は、
例えば、1970年代の、
デーラーのCDでも読むことが出来る。


スイスのクラーヴェス・レーベルのもの。
1988年の初期のCDゆえ、
何と、Manufactured by SANYO。
つまり、浪速のGE、三洋製と書かれている。

いまや、パナソニックと名を変えた松下と、
この三洋は経営統合に近い状況だが、
このCDが作られた80年代は、
まだ、日本の製造業は強かったなあ、
などと感慨に耽る奥付である。

私は中学生の頃、実は、
三洋のラジカセを買ってもらって、
大変、お世話になった経験がある。

何だか針式のメーターが付いていたが、
思い出すだけで昔の話。
AM、FM2バンドのチューナー付きで、
それ以上のスペックが思い出せない。
ドルビーなどは付いてなかったはずだ。

視聴用に短い録音時間のカセットテープが付いていて、
妙にさわやかな軽音楽が収録されていた。
あんなにお世話になったのに、
枝葉末節しか思い出せないのは残念だ。

今回のこのCDに使われたピアノも、
写真で見る限り、装飾が古めかしく、
私が、昔のラジカセのデザインに、
思いを馳せる延長に、
何となく見え隠れするアナログの世界である。

三洋はオーディオメーカーとして、
ブランドを確立していたとは思えないが、
このように、個人的には、
三洋のオーディオとは懐かしい。

ここに聴く、ブロードマンのピアノも、
どれほどのブランド力があったのだろうか。

渡邊順生氏著の大著、
「チェンバロ・フォルテピアノ」は、
主に、ベートーヴェンの時代で記述を終えているせいか、
ブロードマンにはページが割かれておらず、
こうした歴史的鍵盤楽器を取り上げた、
専門の著書をひもといても、よく分からない。

ちなみに、当時、私が通っていた、
学校の音楽室にあったのは、
ダイヤトーンのステレオであった。
学校帰りに、アカイとかサンスイとかの、
ブランド品のオーディオ機器を、
ショーウィンドウごしに見ていた時代である。

前回聴いた、プレイエルやエラールのピアノは、
これ以上のブランドは確立していたであろう。
先の著作にも、ベートーヴェンが、
エラールを所有していた事が記されている。

19世紀初頭に様々な楽器製作者が、
ピアノ製作でしのぎを削っていたように、
日本の電機各社は、
それぞれコンポ・ステレオで、
しのぎを削っていたわけだが、
日立などが、カセットデッキを作っていたなんて、
今となっては、どうも信じがたい。
(3ヘッドのものを私は購入して、
得意になった時期もあった。)

いったい、あのような文化は、
どこに消えて行ったのだろう。
今や、アメリカの愛好家が、
アメリカ人はiPodの音質に満足してしまった、
と嘆く時代である。

あるいは、ウォークマンなどが、
重厚なオーディオ文化を壊滅させたようにも思える。
そのソニーも、かなり迷走気味の昨今。

ちなみに三洋は、日本の電機メーカーでは、
早くからリストラに成功し、
電池関係も含め、現在もかなり業績が良いので、
ここでは改めて、断っておく必要があろう。

日本だけではない。
BASFやフィリップスも、
レコードやオーディオから、
撤退してしまったが、
いろいろ考えさせる事は多い。

往年のフィリップスの録音が、
デッカ・レーベルで出るようになって、
非常に悩ましい昨今である。

レーベルと演奏家、そして行われた録音は、
いずれもそれぞれに依拠しており、
不可分なようにも思えるのだが。

そう考えると、作曲家が想定していた楽器も、
楽曲と不可分と考えることが出来そうだ。
先に紹介した本では、
エラールが送ってきたピアノを、
ベートーヴェンが改造して、
ヴィーン風にアレンジしようとしていた、
という逸話が思い出される。

著者は、ベートーヴェンは、
エラールのように進化した楽器を、
受け入れなかった、として、
現代の楽器で弾かれるベートーヴェン演奏に、
疑問を投げかけているのである。

さて、このCDに戻ると、
先ほど、少し書いたように、
表紙写真からして、
ピアノの鍵盤と装飾部のドアップで、
いかにも、このCDはこの楽器で聴かせるぜ、
という主張がストレートに出ている。

セピア調に仕上げてあって、唐草模様の装飾が、
何とも言えぬ典雅な味を出している。

そもそも、解説にも、楽器に関する一章が設けられており、
下記のような事が書かれている。
1970年代の録音なので、これだけ大風呂敷も、
広げられたのであろう。

読んで分かるように、
この楽器が、シューベルトと、
どんな関係があったかは、
さっぱり分からない。

「このイエルク・エヴァルト・デーラーによる録音は、
歴史的な正確さで、強烈な強みを持っている。」
と、書き出してはいるものの、
単に同時代のもの、という空想の域を、
出ないのが、今回のCDなのである。

「ハンマークラヴィーアによる、
新しい音色の可能性の開発において、
シューベルトに並ぶ作曲家はいなかった。
デーラーは1820年に、
フランツ・ブロードマンによって作られた楽器を演奏している。」

てな具合である。

ただし、私は、この解説にある通り、
フランツ・ブロードマンで正しいのかどうか自信がない。
ジョセフ・ブロードマンなら、
名ブランド、ベーゼンドルファーの師匠で、
先の本にも登場したピアノ製作者であるが。

また、オールト先生の解説は、一言に、
「プレイエルは」、「エラールは」、という、
メーカーごとの分類だったが、
この解説は、下記のように、
まさにこの一台の個体の話に、
突き進んでいくところがすごい点である。

「この楽器は、多くの人の手を渡り、
前のオーナー、モントルー旅行の、
ランバート婦人の話によると、
1919年、カール皇帝の追放の際、
スイスのプランギンス城に到着した。」

とあり、ハプスブルク最後の皇帝の所有だということになる。
皇帝の持ち物とすれば、やはりブランド品なのだろうか。

「ここからランバート婦人はモントルーのカジノに運び、
この楽器は主に劇中で使われ、シューベルト役の役者が、
弾いたりしていた。
1964年、ペーター・クリストフェルの手に入り、
バーゼルの歴史鍵盤楽器工房Music Hugに送られ、
マルティン・ショルツによって修復された。
イエルク・エヴァルト・デーラーは、
これを数年来所有し、
シューベルトの即興曲や『楽興の時』で、
一般聴衆にお披露目した。」

このあたり、クリストフェルとか、ショルツとか、
重要人物かどうか全くインフォメーションがないので困る。

ただ、この数奇な運命の楽器で弾く、
シューベルトが、
何か、有無を言わさぬ吸引力を持つことは、
否定しきれないのは人間の性。

そもそも、ランバート婦人も何者だ?
と文句を言ったせいか、
ブロードマンについては解説がある。

「フランツ・ブロードマンはプロイセンに生まれ、
1796年、ヴィーン市民となった。」

時代的にもジョセフ・ブロードマンに近い。
この楽器はベーゼンドルファーの紀元前モデルなのか、
それとも、まったく関係がないのか。
どっちなんだ。

「彼の楽器は作曲家たちに愛好され、
ベルリン州立楽器博物館には、
1813年に、
カール・マリア・フォン・ウェーバーが所有した、
ブロードマン・ピアノがある。
ウェーバーはこの楽器を愛好し、
その他では、ナネッテ・シュトライヒャー(旧姓シュタイン)を好み、
その他のヴィーン製のものは価値がないと考えていた。」

いきなり、ウェーバーの話になったが、
ウェーバー愛用の楽器の製作者は、
やはり、ヨーゼフ・ブロードマンであると、
先の「チェンバロ・フォルテピアノ」にはある。
なお、シューベルトとの関係は不明なままである。

ともあれ、デーラーは、
きっとこの楽器が大好きなのだろう。
あるいは、ピアニストが自分で所有しないと、
こんな珍しい歴史的楽器による録音は
あり得なかった時代だったような気がする。

オールトやシュタイヤーなどが、
様々な楽器を弾き分ける時代より、
20年ほど前の録音なので、
1世代ほど古い。

見ると、デーラーは1933年の生まれ。
やはり、オールト先生の父親の世代である。

「1933年、ベルンに生まれ、
ベルンの教師養成校に学び、
Sava Savoffにベルン音楽院で、
ピアノ教師の学位を取る。
フリッツ・ノルマイヤー教授に、
フライブルクで学び、
1964年、ミュンヘンも国際コンクールで、
ハープシコードの賞を受賞。
1962年から、ベルン音楽院で、
ハープシコードと、通奏低音のクラスを持ち、
62年から67年まではバーゼルでも教えた。
1974年からはベルン室内合唱団の指揮者である。」

このように、ハープシコードを、
もっぱら演奏してきた経歴の人。
古楽器へのアプローチは、
こうした経歴の人が始めるようだ。

さて、ピアノの具体的スペックの話もある。

「デーラーのブロードマンのハンマークラヴィーアは、
F1からf4の6オクターブの音域で、
ハンマーはレザーで覆われ、典型的ヴィーン式アクションである。
この楽器は以下の4つのペダルがある。
1.ソフト・ペダル(現代の楽器と同様、鍵盤とハンマーがずれる。)
2.バスーン・ストップ(紙ロールで叩く。)
3.ミュート(ハンマーと弦の間に布を挟む。)
4.サステイン・ペダル。
弦の上の共鳴板を外すと、これまた音色が微妙に変化する。」

ということで、様々な隠し味が楽しめるピアノのようだ。

いったい、どうやって、弦とハンマーの間に、
布や紙が挟まれるメカニズムが出来ているのであろう。

私は、デーラーのピアノでは、
1979年録音の「ドイツ舞曲集」を持っていたが、
ここでは、その様々な音色の変化を繰り広げていた。

今回の、このソナタ集では、そのあたりの変化球はなさそうだ。
また、「ドイツ舞曲集」では、かなり、変な音の楽器だと思ったが、
今回、いろんな歴史的楽器を聴いて耳が慣れて来たせいか、
そうした感想はなくなってしまった。
不思議なものである。

エラールやブロードウッドのような近代性はないが、
プレイエル並には豊かな音がしている。
あるいは、デーラーの典雅な演奏のせいかもしれない。

特に、ここに収められたイ長調ソナタなどは、
流れるように流麗でありながら、こくもあり、
非常に愛らしく、心を込めて弾かれているようだ。

場末の娯楽施設に転がっていたという、
楽器の経歴を見ると、
よくここまできれいに響くものだと、
ちょっと感じ入る部分もある。

さて、曲目解説は、こうなっていて、
かなり、よくまとめて書かれている。

オールト先生は、楽器に偏重していたが、
この解説はバランスが取れている。
ちなみに、デーラー先生が自ら書いている訳ではない。
ゴットフリート・クレーン(Klohn)という人の文章である。

「1816年の12月から、
翌年の夏まで、シューベルトは、
友人フランツ・フォン・ショーバーの家に住み、
教職を捨てることが出来た。
シューバーの裕福な母親の家での、
この作曲家の豊かで想像力に富んだ作品は、
シューベルトにとって、自由と経済的独立が、
いかに大事であったかを示している。
ここで、彼は数曲のピアノ・ソナタ、
ポスト・クラシカルとプレ・ロマンティックの
ソナタのスタイルの融合を見せるもの、
を作曲した。
その半分は決して完成されることはなかったが、
ホ長調(D568)、ロ長調(D575)と、
この録音のイ短調は、
ソナタ形式と主題の弁証法の関係における、
シューベルト独自の熟達の、
生き生きとした証言である。」

前田昭夫氏の「シューベルト」においても、
「一八一七年の音楽的発展はピアノ・ソナタに代表される」
とあり、「未完成スケッチも含めると七曲がこの年に書かれている」
とある。
1.D537:イ短調
2.D557:変イ長調
3.D556:ホ短調
4.D568:変ホ長調
5.D571:嬰へ短調
6.D575:ロ長調
と、D506のロンドであろうか。

「1817年3月に作曲されたイ短調ソナタは、
この時期のソナタの幕開けである。」

前田先生の本では、「若い情熱のほとばしる」
と形容されている作品だ。
確かにそうだが、かなり、ぶつりぶつりと切れる、
ぶっきらぼうな作品という印象が強い。

この作品は、録音の少ないミケランジェリが、
数少ない正規録音で残したシューベルト作品だった。
第2楽章が、最後の遺作ソナタの、
イ長調の終楽章主題と同じもので、
びっくりした記憶がある。

それにしても、下記のような楽曲分析的な解説は、
楽譜を見ながらでないときつい。
「その統一は、まず、バランスの取れた調性システム
(終楽章は第一楽章と同じ調性)であり、
一方で、楽章間の構成の類似にある。
例えば、外側の楽章は、
まず、伴奏部でありながら不可欠な、
反復される音符、反復される和音の動機で、
関係づけられている。
こうした反復は、いくぶん速いテンポながら、
『魔王』の伴奏部にて親しんだものである。」

ひたすら、「魔王」の伴奏部の、
ゆっくりした版を探して耳を傾ける必要がある。

神秘的な美しさを秘めた、
第2主題の伴奏が、まさしくそれに違いない。
と思うと、下記のように書かれていた。
かなり控えめなものだ。

「このソナタにおいては、
第1楽章第2主題の開始部で、
のちに、この楽章で、複雑な和音の繰り返しで現れ、
終楽章を通して見ても、
最初のイ長調部分の9小節目伴奏部に見られる。」

この終楽章は、極めて気まぐれなもので、
ぶっきらぼうな出だしに比べ、
急に、ひょうきんな動きを見せるが、
終楽章の「イ長調部分」とは、
この部分のことである。

なるほど、と思うような統一感だが、
20歳のシューベルトが、
ひたすら工夫を凝らしていることはよく分かった。

「51小節から57小節の繰り返しの和音は、
例えば、第1楽章の48小節から49小節に対応する。」

これは、終楽章のひょうきんな部分が終わり、
ドルチェの美しいメロディが出る直前の、
無機質な、たんたんたんたんという、
経過句のようなリズムである。

第1楽章では、明るい感じなので、
ちょっと気づかなかった。

「第2楽章のニ短調部分のゆっくりとしたスタッカートは、
ソナタ全体を特徴付けるリズム動機の統一感を強調している。」

確かに、ごつごつした質感が、
まったく、前述の遺作ソナタとは異なり、
これが作品の統一性のためだとは、
何となく分からなくもない。

今回、初めて、楽譜を見ながら聞いたが、
非常に趣向を凝らしきった楽曲と理解できた。

第2楽章の主題は、開放的で分かりやすいが、
両端楽章に現れる美しさの瞬間は、
岸壁に咲く山野草のような感じで、
手にとって愛でるには、あまりにも儚げである。
おそらく、そのあたりに魅力があるのだろう。

また、かなり力強く、変幻自在のエネルギーに、
満ちあふれて、立体的な楽曲である。
同時代のピアノの巨匠フンメルなどが、
流麗だが、平板な作品を書いていた事と比べると、
驚くべき事である。

しかし、そうやって聴いたせいか、
まったく、ブロードマンで弾いているという事は、
忘れてしまった。
それほどまでに、無理なく、デーラーは、
この楽器に語らせているということか。

曲想が急変する作品ゆえ、
ペダルの使い分けも楽しそうである。

「イ短調ソナタから、
1819年のイ長調ソナタ(D664)までは、
ほぼ2年が経過している。
この間、シューベルトは両親の家に戻り、
教職を再開し、それから1818年の夏、
彼はエステルハーツィ候の領地ツェリスに行き、
その娘たち、マリーとカロリーネに音楽を教えた。」

と、一瞬、永遠の恋人の話題が出るが、
それでおしまい。
また、マイヤーホーファーも、
何のために出てきたか分からない感じだが、
こう続く。

「その年の11月、ヴィーンのウィップリンガー通りに引っ越し、
友人、ヨハン・マイヤーホーファーと暮らし始めた。
シューベルトの最も重要な友人の一人、
高名な歌手ヨハン・ミヒャエル・フォーグルは、
自身、シューベルトの声楽作品の
非常に熱狂的な演奏家であった。
1819年の6月、シューベルトとフォーグルは、
フォーグルの故郷、上部オーストリアのシュタイアーに旅した。
ここで、シューベルトはコラー氏と、
その娘のジョセフィーネと親しくなり、
シューベルトは彼女を才能あるピアニストだと考え、
彼の言葉では、彼女は、
『とても魅力的に上手に』演奏した。
献呈の印はないが、彼は、
彼女のために、イ長調ソナタを書いたのだろう。」

このあたりは、この曲を解説する時に、
必ず触れられる、楽しいエピソードである。
が、続く仮説は、初めて読んだ。

「シューベルトの死後、
フォーグルは同時期に書かれた、
『ます』の五重奏曲の自筆譜と共に、
ソナタを取り戻し、
ヴィーンに持ち帰ったと考えられている。」

これはあり得るだろうか。
いくら何でも、もらった人から取り上げるのは、
ひどい話ではなかろうか。
フォーグルは、それで何をしようとしたのだろうか。

「このソナタの第1楽章は、
民謡風の『リート』形式で書かれている。
提示部のの開始部の
短い『ABA』の三分形式のリート形式と、
第1主題の歌のような主題が、
このスタイルを強調している。」

この部分は、非常に分かりやすい。
イ短調D537と、まさしく対照的な部分が、
この歌謡性だからである。

「三連音符の1小節が、
第2主題への経過句を形成する。
この主題はしかし、属音ではなく主音であり、
2小節後に主音短調で繰り返される。
古典的なソナタの構成なのに、
このパッセージは単に経過句と考えられ、
まず経過句と思われた25小節から28小節の主題を、
属音ゆえに、第2主題と考えるべきである。」

これも、楽譜を眺めなければ、悩ましい。
だが、三連符というのは、「さすらい人」にも出てくる、
あの独特の音型であろう。

経過句のようなものが、
第2主題だったというのは分かったが、
形式の自由な解釈、翻案を駆使して、
シューベルトが、一見シンプルな作品を、
巧みに構成していることを、
ようやく認識した次第。

「シューベルトが経過句を、いかにして、
第2主題の域にまで高めているかは、
驚くべき点である。
こうした主題操作のエッセンスは、非常に重要で、
21小節の主題とリズムの構成の間や、
『ロザムンデ』の音楽の一部、
作品29のイ短調弦楽四重奏曲、
それに遺作の即興曲作品142の3にも、
類似点が見られるものである。」

なるほど、と書くしかない。

「アンダンテは、
すっきりした三分形式を取っていると見えるが、
実際は、3/4拍子の単純なテーマによる、
魅力的で、喜びに満ちた変奏曲が隠されている。
シューベルトの天才はしばしば、
イ短調ソナタの楽しげな、
『アレグレット・クワジ・アンダンティーノ』
に明らかなように、
最もシンプルなアイデアにおいて、
最高点が見られる。」

魅力的で喜びに満ちた、とは、
よく書いたものだ。
というのは、主題そのものは、
何か秘めた想いのようなもので、
魅力的かもしれないが、
決して、喜びに満ちてはいないが、
変奏が進むに連れ、期待が膨らみ、
どんどん、喜びに満ちて来るのであるから。

こうした、語るような表現は、
決して、桟敷席の角にまで響かせる類のものではない。
まさしく、シューベルトの時代の楽器で、
聴きたくなるような音楽と言えよう。

ショパンもまた、求めたような、
多彩な陰影に満ちたニュアンスが、
ブロードマンのピアノでは、
繊細に奏でられる感じはする。

「イ長調ソナタの核心は、第3楽章にある。
ここでシューベルトは、
彼らしい音色と和声によって、
伝統的な調性から離れ、
この作品の名技性と優美さは、
リストやショパンによって、
もたらされる世界を暗示している。
シューベルトは、
古典のバランスの取れた均整と、
ロマン派の過多を結合し、
両時代の巨匠であった。」

こうした名技的な部分ですら、
シューベルトは、決して、
ばりばりと弾いて欲しかったのではないことが、
この録音ではよく分かる。
デーラーの演奏は、噛んで含むようなもので、
要所要所に影を施し、
まったく鮮やかなものではない。

しかし、作曲家の心には近づいたような気がする。
前回、パリのサロンを例に、
例えられたショパンの夜想曲では、
ぴんと来なかった事が、
今回のような、コラーさんの家での団欒を想定すると、
妙に、得心できたりする。

ただし、コラーさんが、どんなピアノを持っていたかは、
よく分からない。

得られた事:「1819年のシューベルトの明るさと単純さは、1817年の悪戦苦闘を乗り越えた結果に得られた、巧緻を尽くしたものであった。」
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by franz310 | 2010-04-10 23:41 | シューベルト

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その220

b0083728_0255371.jpg個人的経験:
歴史的ピアノおたくの
オールト先生のCD、
由緒正しい楽器で演奏しただけ、
と思ったら大間違い。
ショパンの作品に至っては、
何と、フランスのプレイエルと、
エラールのピアノで、
弾きわけられている。
やはり、これを聴いてからでないと、
このセットを扱ったことにはなるまい。


作品9と作品15と作品32と作品62と72は、
CD1で、ショパンが好きだったプレイエル(1842)で弾かれ、
作品27、作品37、作品48と作品55は、
CD2で、よりパワフルなエラール(1837)で弾かれている。

何故、このように分けたかは、
曲想によるものらしく、
後で、少し、その辺りの解説がある。

このブログでは、シューベルトの事を書きたいのに、
今回、ショパンまで暴走してしまうが、
このCDセットの解説には、
フンメルの事も出て来たので、
脱線も、
何とか許容範囲に収まるとしよう。

ショパンの音楽は、
もうずっと昔から愛聴していたものだが、
シューマンやリストとの交流の中で、
一人だけ、熱くロマン派してる感じがせず、
気取った俺様のようなパーソナリティがちらついて、
どうも素直になることが出来ない。

また、ショパンの作品は、
表層的な表現で聞かされる事が多いのも問題だ。

近年では、妙に弱音に終始したり、
やたらテンポを遅くしたりして、
新機軸を狙った演奏も増えているが、
本当に、ショパンとはそんな音楽か?
などと首を傾げて退屈したりする場合があったりする。

往年のショパン弾きしか、
ショパンの様式は再現できない、
などと言う人に、
私も時々賛成したくなることがある。

最近、感動したのショパンは、
ルービンシュタインが復刻されて、
音が良くなったCDだったりもする。

とはいえ、乗りかかったCDボックスである。

そもそも、ヴィーン式と英国式のピアノについて、
なんだかんだと考えながら読んで聴いておいて、
プレイエル、エラールといったフランス式について、
全く読まず聴かずにいるのは、どうも座り心地が悪い。

今年はショパンの生誕200年でもあるし、
いっそ、それにちなむのも良いだろう。

このCDセット、外箱は白鳥デザインだが、
各CDは紙ジャケットに収められている。
これらは全て花を描いた油彩の写真でまとめられている。
どれも古い静物画の一部を拡大したもので、
非常に大味だが、花の香りがむせかえるようである。

これがパリのサロンの香りと言われれば、
ちょっと違うような気もするが。

このブリリアントのCD、
非常に廉価ながら、解説が手抜きでないのが嬉しい。

では、ショパンについて書かれた部分を読んで見よう。

「ショパン:
(1842年のプレイエルと1837年のエラール、
エドウィン・ベウンクのコレクション)
その生涯の終わりにかけて、
ショパンはいくつかの楽器を自由にできた。
『私はピアノを3台持っています。
私のプレイエルに加え、
ブロードウッドとエラールを持っていますが、
ここのところ、自分の楽器しか弾けないでいます。』
(1848年5月13日の手紙より)
ショパンの何人かの生徒や同時代者は、
ショパンのプレイエルへの偏愛を証言している。
ピアニストで教師、音楽ライターでもあった
マーモンテル(1816-1898)は、
ショパン自身の言葉を引用している。
『私が最高の状態にない場合、
指もしなやかにすばやくは動かない。
鍵盤を自由に意志のとおりに出来ず、
キーのアクションやハンマーを思い通りに制御できない時、
私は、エラールの明解で明るく、出来合いの音色を好む。
しかし、私が疲労無く、ここぞという時には、プレイエルが良い。
心の内奥の考えや感情の表現が、より直接的に出来、
よりパーソナルな感じで出来る。
私の指が、そのままハンマーにつながって、
私自身の感覚や目的とする効果を、
正確に、信頼厚く翻訳してくれる。』
現代のピアノに慣れた21世紀の聴衆には、
二つの楽器の特徴的な音質は、
どちらも同様に変わったものに思えるが、
ショパンの時代には全く異なるものと考えられていた。
同時代のピアノ技術者モンタールは、
プレイエルについて、こう書いている。
『ハンマーの衝突は、
音響が純粋、明解に、
激しくさえ感じられるように計算されており、
中心は非常に固く、
柔らかく弾性のある皮でハンマーは注意深く包まれ、
柔らかくビロードのような音を生み、
鍵盤への圧力によっては、
重量感や輝かしさが得られる。』
リストもまた、
ショパンが、『その銀色の少し曖昧な音色や、
タッチの軽さゆえに』、
特にプレイエルを好んだと書いている。」

どうやらプレイエルという楽器は、
非常に繊細なもので、
ちょっとしたニュアンスの違いが表現しやすいもの、
エラールはもう少し、八方美人的で、
現代的なものだったものと思える。

このCDでプレイエルを聴くと、
何となく、響きの浅い、
うすっぺらな板を叩いているような感じがする。

エラールは、残響が豊かで、
一聴すると、現代のピアノと変わらない。
どう考えても、エラールが進化形、
と思えるのだが、そうとも言い切れないようだ。

「ショパンがプレイエルを好んだことは、
彼の弟子、ウィルヘルム・フォン・レンツが、
後年書いた事によっても知ることが出来、
彼は、1872年に、
『ショパンは他の楽器は弾かないと言われていた。
フランス製の中では、それは最もタッチが軽かった。
私のエラールより、楽器がはるかに良く反応した。』
と書き、それに加え、レンツは、
セバスチャン・エラール製のピアノは、
リスト、ヘルツ、ベルティーニに最も合い、
プレイエル製のピアノは、
ショパン、カルクブレンナー、ヒラーの理想であった』、
フィールドのロマンスを歌わせたり、
ショパンのマズルカを快く響かせるにはプレイエルが必要で、
大演奏会にはエラールが必要である、
と言っている。
『このリストとショパンのスタイルの違いは、
演奏における、内向的なスタイルと、
外向的なスタイルの違いや、
フランスのサロンと、コンサートホールの違いと、
言えるかもしれない。
ショパンはエラールについて、端的に言っている。
『殴ってもぶつけても、全く違いはない。
音は常に美しく、その豊かに共鳴する音響によって、
耳はそれ以上のものを捉えることが出来ない。』」

ということで、エラールの豊かな響きでは、
表現しつくせないものを、
ショパンは望んでいたということだ。

それにしても、オールト教授は、
これでもかこれでもかと、楽器の違いを書いてくれる。
ショパンはブロードウッドも持っていたはずだが、
これは何が違うのかも知りたいところだ。
ところが、これについては、
すでにフィールドで使ったせいか、
もう、ショパンでは出てこないので、
期待してはいけない。

「エドウィン・ベウンクのコレクションから、
美しい1837年製のプレイエルと、
1842年製のエラールを使って演奏してみて、
以上述べたこれらのことは全て正しいと感じた。
この録音を始めるに当たって、ショパンが、
『敏感に、疲れさせずに指を動かす準備をして』弾くべし、
と言ったように、ピアノを語らせ、歌わせるために、
プレイエルを美しく響かせるためのあらゆる努力をした。
1770年から1850年の
ヴィーン製ピアノを弾くのに慣れた人は、
プレイエルはエラールより理解しやすいだろう。」

ここで、何と、プレイエルはフランスの楽器ながら、
むしろ、ヴィーンの伝統を保っているような言葉が出てくる。

とすると、ショパンの好みは、
ヴィーン式に近いということになる。
シューベルトとショパンは、
意外に近いところにいるのだろうか。

「この驚くべき特徴について、
ショパンの弟子の、エミーリエ・フォン・グレッチェは、
こうコメントしている。
『ショパンが彼の美しいピアノで弾くのを聴くと、
ヴィーンの楽器に似たニュアンスになりました。
私の豊かでかっちりとしたエラールで出来ることが、
ショパンのピアノではぶっきらぼうで、
醜くなりました。』」

恐ろしく手間のかかる楽器のようだ。
オールトが4枚組CDのうち、
プレイエルで弾いたのは1枚だけなのは、
こうした理由もあるのだろうか。

何しろ、プレイエル作曲の「夜想曲」も、
前回、紹介したように、エラールで弾いているのである。
やはり、華奢な印象だけあって、
簡単にバランスが破綻するのだろう。

「しかし、リストが言った、
プレイエルのヴェールのかかった響きは、
ヴィーンのピアノフォルテとも、
異なるスタイルで弾かないと、
姿を現すことはない。
多くの報告と共に、ショパンの弟子の
アドルフ・グートマン(1819-1882)
による、こんな記述もある。
『ショパンは基本、非常に静かに演奏し、
たまにしかフォルテッシモを出さなかった。』
そして、騒々しく弾いたり、
リストのように、『桟敷席に向かって弾く』と、
音のしなやかさは簡単に損なわれてしまう。」

CDなどで一人聴く「夜想曲」は、
別に、桟敷席に届く音量である必要はない。
プレイエルの響きを、もっと味わってみないといけない。

「それゆえに、プレイエルは、
楽器が歌うことも、
楽器が息を接ぐことも出来ない、
ドラマティックな領域に、
楽器を駆り立てないようにするべきで、
楽器自身を語らせれば、
『夜想曲』にぴったりな楽器なのである。」

このように、プレイエルという楽器を、
何とか使いこなして、その美感を表現しつくそうとした、
努力の結晶のような録音ということで、
このCDは、大変、貴重なものと思えて来た。

最初、何となく気になったぺらぺら感も、
こんな解説を読みつつ鑑賞していると、
それがそれで得難い特質と思えて来る。
音響を聴いてはならない。
何か、語られていることを聞き取る、
というのも、なかなか努力がいる聴き方である。

甘美なことで有名な「作品9の2」で、
オールト先生の自由な装飾や、
思い切ったテンポ・ルバートにうっとりとして、
美女と口ずさむ睦言などを妄想してみた。
確かに、人の声というものは、
エラールのように響き渡るものではない。
そんな感じがして来た。

そう言えば、シューベルトも、
楽器を人の声のように歌わせるのが好きだった。

同じような乗りで、
作品15の3(トラック7)や作品32の1(トラック8)など、
内省的な音楽に耳を澄ませると、
非常に、心落ち着くことは確か。

という事を勝手に考えて、
次の一節を読むと、
どうして良いか分からなくなるではないか。

何と、今度は、エラールこそが、
夜想曲を弾くべき楽器と書かれているではないか。
いったい、どっちなんだ。

「私がショパンの二枚目の夜想曲と、
彼の同時代者の夜想曲の録音に使った、
1837年のエラールが難なく出せる美しさは、
夜想曲を歌わせるのに必要なものに他ならない
その優美でメランコリック、
温かくロマン的な音色ゆえに、
まずは容易に夜想曲を奏でることが出来る。」

慌ててCDを取り替える。
こちらにも、夢見るように美しく、
有名な「作品27の2」が入っている。
これを聴いていると、人の声が、
どうこうというより、リッチな雰囲気だな、
などと考えてしまう。

が、次を読むと、オールト先生は、
ここでも大変な努力をしていることが分かり、
非常に恐縮してしまった。

「事実、ショパンは、エラールについて、
『音響は常に美しく、
たっぷりとした響きである。
それゆえに、
耳はそれ以上のものを求めない』
と書いている。
しかし、美しい音色以外に関しては、
実際、ショパンが要求した、
異なる色彩、ムードの変化を作り出すには、
非常な努力を要する。
ショパンの何人かの弟子が証言したように、
まず第1に、プレイエルと比べ、
エラールのタッチは重く、柔軟性に欠ける。
ウィルヘルム・フォン・レンツは、
1872年に、再度、
『プレイエルは私のエラールよりすぐに反応する』
と書いている。
しかし、エラールにはある質感がある。
それは現代の演奏家に親しい楽器と同じものであり、
それゆえに、現代の音楽生活にフィットするものである。
エラールのピアノは、非常に外向的で、
レンツの言葉では、
『エラールのピアノの明るい音色には限界がなく、
プレイエルのメロウな音色と比べ、
明解で鋭敏、異なるもので、
大ホールの端までその音色は減衰しない』。」

どうやら、オールト教授は、ここでは、
今度は、油絵の具で山水画を描くような、
細心の努力をしているようなのだ。

「夜想曲作品32の2、48の1、55の1は、
特に、美しい1837年のエラールによって、
プレイエルでは到達不能な、
ある種の壮大さを獲得する。」

ということで、作品32や48、55は、
エラールで弾かれているのかな、
と思うと大間違い。
作品32はプレイエルで弾かれている。

とにかく、作品48の1は、聴いて見よう。
CD3のトラック5に入っている。

これは、もはやバラードとでも呼びたくなる、
低音を響かせてニヒルに歌う、重厚な作品である。
これは、中間部で静かな、押し殺したような表現から、
階段を駆け上るような劇的表現に続く作品で、
確かに桟敷席を意識した作品であろう。
この後、テンポが速まって、
胸をかきむしるメロディが切れ切れに歌われるが、
もうこれなどはメロドラマの場面。
確かに、この曲は、エラールで聴くべしである。

では、作品55の1はどうか。
これは同じCDのトラック7である。
この作品は、内省的な、うらぶれたような、
ちょっとグレたような、斜に構えた放浪の主題ゆえに、
いくぶん地味な作品と思っていた。

何故、この作品がエラールにふさわしいのか。

などと思って聴いていると、
中間部で、これまた階段駆け下り状の、
狂乱の場が現れるのだった。
コーダも、何だか技巧見せつけ系である。

こうした劇的対比が出ると、
確かにプレイエルよりエラールだ、
という感じもする。

では、ここで、エラールで聴くべしとされながら、
何故か、プレイエルで弾かれている、
作品32の2を聴いて見よう。
これはショパンの1枚目
(この4枚組のCD2)のトラック9である。

なお、同じ作品32でも作品32の1は、
前述のように、睦言のようにも聴けるので、
プレイエルがよい。

牧歌的に野山を明るく駆け巡る感じの楽想で、
別に、タイトルが「夜想曲」でなくても良い感じだが、
だんだん今日の午前中の空模様のように、
陰りも見えて来たりして、どうも、
追い立てられているような気分になってくる、
まったく落ち着かない夜の調べである。

オールト先生のつけた装飾がまた、
様々なとりとめのない印象を振りまいて行く。

無理矢理、最後は、眠るように終わるが、
確かに指の動きをデモンストレーションする、
ショウピースのような感じの曲。
そう考えると、当然、エラールの方が良いのだろうか。

この後、晩年の境地を感じさせる、
「作品62」が収録されている。
これなどは、いかにも、語りかけるようなメロディが、
心に染みるものであるから、
プレイエルで聴きたいものだ。

響きが浅いので、
かなり微妙なニュアンスで勝負しないとダメで、
確かに、オールト先生も苦心惨憺、
というか、細心の注意で神経を使っているのがよく分かる。
それだけ、ダイレクトに訴える楽器と言うべきなのだろう。
確かに、ショパンという作曲家の魅力は、
こうした、ちょっとした語り口の中に、
そっと心情を垣間見せるようなところに魅力がある。

最後に、オールト先生は、
これらの録音で、楽譜通りではない弾き方をした事について、
弁明を試みている。
これは大変参考になる。

「私がフィールドの夜想曲を録音した時、
ショパンがフィールドの作品を演奏した時に行ったように、
いくつかの曲は自由に装飾してよいと感じ、
繰り返しの変奏も行った。
このことは、弟子のカロル・ムクーリ(1821-1897)が、
『ショパンは、
フィールドの夜想曲を弾く時、
最も美しい装飾を即興的につけるのを、
ことさら好んだ』と言っていることから分かる。
さらに、レンツもミクーリも、
ショパンは自身の作品にも装飾をつけたと言っている。
(作品9も1、2、作品15の2などは記譜されている)
また、あるときは、彼の弟子によって、
異なるフィオリトゥーラが加えられているし、
(夜想曲作品9の2では、それらの二つを採用した)
私もまた動機の再現時には、
いくつかの夜想曲で小さなフィオリトゥーラを加えた。
(作品9の2、作品32の2、嬰ハ短調遺作)」

こうした事は、ちゃんと書いてもらわないと、
なかなか素人には分からずに、
何だか違うぞ、という事になりがちである。

解釈の違い、などと、仰々しく考えると間違いで、
単に楽譜の違いということかもしれないのである。

「死後に発表された嬰ハ短調は、
手稿からの版で録音したが、
ここでは、主部が2/2拍子に対し、中間部が、
ポリメトリカル(右手は3/4拍子で、左手は2/2拍子)で記譜されている。
この夜想曲はすべて4/4拍子で記譜された版もある。
私はこのポリメトリカルなパッセージを、
ショパンが、夜想曲を演奏する時には、
間違いなく使ったはずのルバートに、
似ているものと考えた。
この精神にて、私は他の夜想曲でも、
私がリズミカルな伴奏の上で、
メロディが自由に歌うべきだと感じた時、
ルバートを使った。」

この嬰ハ短調は、ショパンの1枚目、
つまりCD3の最後に入っている(Track12)。
これは先年、某局のTVドラマ、
「風のガーデン」の主題歌になって有名になったものだが、
この解説には、緒形拳や平原綾香は当然出てこない。

この曲は「遺作」とされているが、
1830年の作品とされ、
ショパンの夜想曲としては最初期の作品である。

主題歌となるくらいなので、
非常に歌謡的であるが、
中間部では変化がついて、
一転、ピアニスティックな表現が
見られると思っていた。

しかし、この演奏では、
ポリメトリックにこだわったのか、
不思議な浮遊感はあるとは言え、
中間部の表現はかなり素朴。
ショパンの肉声には、こうした解釈が近いのかもしれない。

逆に、シンプルすぎるので、
あるいはプライベートにすぎるので、
ショパンは、出版を見合わせていたのだろうか。

ショパンの姉のルドヴィカが、
持っていたのを、ショパンの死後、
出版したものという。

先の中間部は、ピアノ協奏曲第2番の一節に似ており、
自作の使い回しと言われたくなかったので、
あえて、出版しなかったのかもしれない。

それにしても、こうした学究的アプローチは、
何だか、ショパンを身近にするな、
と考えたりした。

得られた事:「プレイエルで聴いた後、モダン楽器で聴くショパンは、ヴィブラートがかかりっぱなしの声のような違和感があった。」
「睦言を妄想するには、ヴィーン式に近いプレイエルである。」
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by franz310 | 2010-04-04 00:26 | 音楽