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クラシック音楽への愛と悲しみの日々
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その215

b0083728_21581735.jpg個人的経験:
前回聴いたオワゾリールの
古楽器による「ます」の解説に、
興味深い考察があった。
シューベルトにこの曲を依頼した、
パウムガルトナー氏は、
フンメルの五重奏曲の編成を
指定したとされるが、
楽章構成も、この曲に一部倣って、
シューベルトは五重奏曲を
作曲したのではないかという。


何度も、フンメルの五重奏曲と、
シューベルトの「ます」の五重奏曲との関係は、
論じられて来たが、
まず、この話の元の話は、
ドイッチュ編の「シューベルト友人たちの回想」に出ていて、
友人のシュタッドラーが、1858年に書いた回想に基づいている。

白水社から出ている本によると、
この学校友達は、
何と、シューベルトより3歳年長ながら、
1888年まで生きていたらしく、
オーストリア各州の官吏をしていたという。

石井不二雄訳によると、彼は、
「ます」の五重奏曲について、
こう書いているらしい。
「彼はこの曲を、・・パウムガルトナーの
特別の懇望によって書いたのでした。」

よく見ると、「懇望」とある。
ものすごく熱心にお願いした感じが出ている。
私は、こんな言葉はこれまで使ったことがなかった。

また、このように続いている。
「この五重奏曲は彼の希望によれば、
当時まだ新しかったフンメルの五重奏曲、
正確ニハ七重奏曲の構成と楽器編成を
備えるべきことになっていました。」

この「正確ニハ」には点がついて強調されている。
これが、非常に来歴を訳の分からない状態にしていたのだが、
注釈も混乱しているように見受けられる。

「フンメルのピアノ五重奏曲変ホ短調は彼の作品87、
ピアノ七重奏曲ニ短調は作品74であるが、
七重奏曲が1816年頃の作曲であるのに対し、
五重奏曲のほうは1820年頃になってから
作曲されたものである。」

とあるように、五重奏「ます」の作曲の年、
1819年には、七重奏曲しか、
知られていなかったようなことが書いてある。

しかし、その後、
実は五重奏の方が先に書かれていたということになり、
単に出版されていなかったのが、
実際はそれが流布していた説とか、
七重奏には、実は五重奏に編曲されたものもある、
という説が飛び交って、
訳の分からない状況になっていた。

始末が悪かったのは、コントラバスを含むという、
妙な編成のシューベルトの五重奏曲と、
フンメルの五重奏作品87が同一の編成であったことである。

七重奏曲作品74の編曲というのが、
本当に実在するのか、まったく分からなかったのがいけなかった。

「ます」と、フンメルの五重奏曲作品87を、
一緒に収めたCDもいくつか出た。
このブログでも、かつて、その趣向の、
シューベルト・アンサンブル・オブ・ロンドンのCDを取り上げた。

しかし、今回のCDの出現によって、
フンメルの七重奏作品74を編曲したものこそが、
若きシューベルトが手本にした作品として、
納得することが出来た。

シュタッドラーの奇妙な言い回しとも合っている。
また、編成が全く同じ、
ピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、
そしてコントラバスの五重奏である。
これもシュタッドラーの証言通りである。

前回のCDの解説にあったように、
第2楽章以外は、フンメルの七重奏の楽章構成も、
ほぼ同じであることを見れば、
シュタッドラーの言った、「構成と楽器編成」の二点に、
ちょうど当てはまるではないか。

つまり、フンメルの作品74(元は七重奏曲)は、
アレグロ、スケルツォ、変奏曲、終曲の4楽章構成であるが、
パウムガルトナー氏は、この五重奏曲版を持っていて、
「これと同じようなのを作ってね。
もちろん、変奏曲の主題は、『ます』でお願いするよ」
と言ったということなのだろう。

いや、「懇望した」というのだから、
この曲の美しさを、様々な角度から賞賛しつつ、
シューベルトを説得しようとしたに違いない。
「この素晴らしい作品以上のものを、
君なら書けるはずだ」とか何とか言って。
ほら、このピアノの使い方、そして、チェロのメロディ、
などなど、気に入っている点を、
パウムガルトナー氏は、
シューベルトに向かって、
具体的に列挙したはずである。

シューベルトが途中から乗って来て、
「しめしめ、変奏曲には、彼の好きな『ます』の主題を入れて、
びっくりさせてやろう」と考えたと考えてもよいだろう。

いずれにせよ、こうしたコラボレーションのなかで、
このフンメルの作品の美点が十分吟味されたであろうことは、
想像に難くない。

このようにして、シューベルトは、
フンメルの名作の楽章構成に沿って作曲したが、
アレグロとスケルツォの間に、
つい、内省的な緩徐楽章を挟んでしまった。

それが、前回の解説のClive Brown氏の言葉であった。

フンメルのこの作品74は、
ずっと前に、ハイペリオンのCDも紹介したが、
その時は、そのような聴き方をしていなかった。

改めて、このような見地からの鑑賞をしてみたい。

フンメルの七重奏曲を、
ピアノ五重奏曲に編曲したもののCDをGETしたのは、
あれからしばらくしてからのことであった。
「ピアノ五重奏曲 ニ短調」(原曲:七重奏曲 作品74)
と書かれているのを見て仰天した。

日本でフンメルの作品が発売されること自体が珍しいので、
レコード屋の室内楽の棚に、「フンメル」という日本語を見つけ、
さらに曲名を見て驚倒した次第。

やはりあったのか、
という感慨がこみ上げた。

よく、日本のカメラータ・レーベルは、
この作品を録音して、また、発売してくれたものである。
2004年5月の録音で、その年の秋には発売されている。
ウィーン・ピアノ五重奏団の演奏による、

しかし、解説を見て、さらに驚いた。
どうやら、プロデューサーの書き方を見る限り、
CDを作るために、
作品87に組み合わせる作品を捜していたら、
たまたま紹介された、という感じである。

いろんな事を一編に書いていて、
よく分からないが、「ます」を録音する場合、
LPなら一曲でも良かったが、
CDでは、もう一曲必要である。

フンメルでは長すぎる。
シューベルトの他の室内楽やピアノ作品で埋めればよい。

こんな事が、「プロデューサー・ノート」に書かれていて、
最初はシューベルトの余白を捜していたのが、
フンメルに脱線したような書きぶりである。

「その編成で他の曲を探すとなると、
フンメルの五重奏曲以外に、
それこそロンバーグ等2~3曲を見つけるだけで、
意外にこの編成で作品は書かれた形跡は少ない」
とある。
「この編成で書かれた作品の形跡は少ない」
ということであろう。

「今回のプロジェクトはフンメルのピアノ五重奏曲を
収録するのが目的なので困ってしまった」
とあって、一曲だけでは、
短くてCDが作れない事が書かれている。

「フンメルの作品リストを調べてみると、
ピアノ・トリオから七重奏曲という大きな編成まで
数曲存在するから、
それでも加えて1枚にしようかと
悩んでいた時」と、
かなり投げやりな様子が醸し出された後、
「朗報はウィーン楽友協会のアーカイヴのボスである、
オットー・ビーバ博士からもたらされた。」

七重奏曲の五重奏編曲版が、
「楽友協会に保存されているということを
ビーバ氏から教えてもらった」のだという。

なお、このビーバ氏は、雑誌「レコード芸術」でも、
「ウィーン楽友協会のアルヒーフより」という連載を、
数年にわたって行っているので知っている人も多かろう。

さて、井阪プロデューサーは、
「従ってニ短調作品74のピアノ五重奏版は
世界初録音となった」と書いているだけなので、
長年、「ます」の愛好家が嘱望していた作品を、
見事に復活させたという意識はないようなのである。

また、「ます」の録音が終わって、
フンメルも録音したくなったような印象を持ったが、
このウィーン・ピアノ五重奏団は、
これがデビュー録音とあるので、
これまた混乱している。

もっとも、何とヴィオラには、
ヴェラー四重奏団のヘルムート・ヴァイスが入っていて、
写真で見ても、結構、ベテランの団体である。

チェロとピアノが夫妻で創設者だというので、
まさしく、パウムガルトナー氏とシューベルトの立場で、
この録音に立ち会ったことになる。

ピアノは日本の浦田陽子、
チェロはコペンハーゲン出身のユルゲン・フォグ、
以下、ヴァイオリンのヴェヒター、コントラバスのヘッキングとも、
ヴィーン・フィルのメンバーとある。
さすがに豊かなこくのある響きで、
この大曲を40分かけて、たっぷりと堪能させてくれる。

J・A・フィリップス(訳=魚水憲)の「曲目解説」は、
フンメルの略伝に終始していて、シューベルトは登場しない。
以下のようなことが書かれている。

フンメルは、1778年にプレスブルクに生まれた。
父親はヴィーンの劇場の音楽監督で、
10歳の頃から父と一緒にヨーロッパ中に
コンサート・ツアーに出て、
1804年にハイドンの後任として、
エステルハーツィの音楽監督になり、
1811年にはヴィーンに戻って、
フリーの作曲家となったが、
ヴィーン会議中はピアニストとしても賞賛を受け、
シュットゥットガルト、1818年からは、
ヴァイマールの宮廷楽長を務めた。

1830年のパリ、ロンドン・ツアーが最盛期で、
それからは名声に陰りが出て、
1837年にヴァイマールで亡くなった。

このように、シューベルト存命中は、
飛ぶ鳥を落とす勢いのピアニストだったように思える。
従って、シューベルトは、最後のピアノ・ソナタを、
フンメルに捧げようと思ったのだろう。

さて、作曲家として、フンメルは、
ライヴァル、ベートーヴェンを意識して、
交響曲は一曲も書かず、交響曲様式の厳格さも避け、
「叙情的な旋律の響きをモザイクのように
つなぎ合わせることを好んだ」とあり、
「アルペジオと音階の流れるような動きをふんだんに取り入れ、
金細工のような繊細な装飾は、
しばしばピアノの持続する和音の連続をともなっている」。

また、各曲の解説もあるが、ここにも、
シューベルトの話は一切出てこない。
売りの機会を逃す解説ではなかろうか。

まず「七重奏曲 ニ短調 作品74」である。
1816年にヴィーンで出版されている。

これはシューベルトの友人が、
「当時まだ新しかった」と書いた記述と合っている。
「このCDにある五重奏版は初録音で、
ウィーンのムジークフェライン・アルヒーフで
見つかったものである」とある。

そのため、このCDには、
「Special thanks to Prof.Dr.Otto Biba」と、
英語とドイツ語で書かれている。

「ウィーンでは、室内楽の演奏にずっと大きな編成が使えたので、
出版意欲がわいたものと推測される」とあるが、
ベートーヴェンの七重奏曲の乗りであろうか。

ちなみにベートーヴェンの七重奏曲は、
管楽器はクラリネット、ホルン、ファゴットに、
シューベルトの「ます」の弦楽部という編成、
フンメルの作品74は、
ピアノ、フルート、オーボエがあって、
ヴァイオリンはなく、クラリネット、ファゴットもない。

これらの楽器すべてを使ってピアノを除くと、
4+3+3-1=9となるが、
これはシュポアの九重奏曲の編成である。
確かに、ヴィーンでは、大きな編成の室内楽があったようだ。

従って、七重奏を五重奏にする際にも、
管楽器を省いたという事以上に、
主力級のヴァイオリンを投入した事が大きい。

さて、この曲のどのような点が、
パウムガルトナー氏を引きつけ、
シューベルトをそそのかすことに結びついたのだろうか。

最初に書いているが、私は、この七重奏曲は、
大変、魅力的な作品であると考えている。

「曲の性格からすると、
作品74はモーツァルトのニ短調の使い方を思い出させる」
とあって、第1楽章開始直後には、
K.466の引用があるらしい。

ただし、私には、それが、どの部分のことか分からない。

冒頭のぶーんぶーんといった伴奏音型であろうか。
同じニ短調なので、そこここに似たような雰囲気はある。
ただ、モーツァルトの協奏曲の場合、
こんなにピアノがぴちぴちと跳ね回る感じはしない。
このぴちぴち感は、確かに「ます」の五重奏曲に近いものがある。

Track1:
「壮大な和音で始まる」とある通り、
大仰な開始部である。
このCDは、録音に深みがあり、
部屋全体の空気が変わるような広がりも豊かである。

「第1主題のグループでは不安と不吉な予感の劇的な雰囲気」
とあるが、これは、ウェーバーの、
「コンチェルトシュティック」みたいな感じである。
舞台上の情景が思い描かれる。

「第2のグループは希望に満ちた雰囲気」というのは、
非常に分かりやすい。
霧が晴れるような展開のあと、
朗らかな歌が始まるが、
まず、弦楽のアンサンブルで、
さらに、ピアノによってしなやかに繰り返される。

このあたり、原曲では、管楽器が高らかに鳴り響くのを、
楽器を重ねて、中間色の音色を紡ぎ出しているのが美しい。
ただし、原曲の華やかな色彩感が恋しくなる事もある。

「繊細に装飾が施された伴奏を伴って転調する和音の連続」
とあるのは、先の「金細工のような繊細な装飾は、
しばしばピアノの持続する和音の連続をともなっている」
と書かれた部分に相当するのであろうが、
確かに、ピアノはひっきりなしにメロディでも装飾でもないような、
ぴちぴち感を纏綿と続けている。

繊細な装飾とあるが、各楽器もまた、
メロディの断片のようなものを少し口ずさんでは、
消えて行くような感じである。
また、時折、たっぷりと独奏で歌う場面にも欠けていない。

これらが強烈な推進力を作り出しており、
未聞の新鮮さを放つこととなった。

「ニ短調で終わるような流れになっているが、
最後で冒頭の和音に戻ってくる時に、
いきなりニ長調になって劇的に終わる」

先に、交響曲様式の厳格さも避け、
「叙情的な旋律の響きをモザイクのように
つなぎ合わせることを好んだ」という解説があったが、
確かに、こうした構成は、
シューベルトの「ます」にも見られる特色であろう。

Track2:
第2楽章は、解説では、
「明らかに、ベートーヴェンの影響を受けている」とあり、
トリオが特に繊細な響きだという。

この楽章も、不思議な浮遊感と緊張感を持っており、
各楽器が短い音型をぶつけ合う効果が、
幻想的な魔女のダンスを響かせる。
「メヌエット・オ・スケルツォ」という表記が、
いかにも人をなめている。

コントラバスの低音がぼんぼんと不気味で、
こんな曲でメヌエットを踊るのは嫌であろう。

トリオは、ピアノがぴちぴちと弾け、
チェロが魅力的な音色を響かせるが、
これはつかの間の憩いの音楽となっている。
パウムガルトナー氏も、おそらく、
ここぞと表情たっぷりと演奏したに違いない。

Track3:
アンダンテ・コン・ヴァリアツィオーネには、
「フンメルは変奏曲形式を好んで用いている」とあり、
後半のピアノ装飾が聴きものとある。

とても穏やかな民謡のような主題が、
ピアノでゆっくりと歌われ、
変奏が進むに連れ、弦楽器も羽を広げるが、
基本はピアノの多彩な響きに焦点が当たっているようである。

後半になると、だんだん、穏やかな主題よりも、
不気味さや、幻想性が増して来るが、
これもまた、シューベルトの「ます」を想起させるものである。
鮮やかな転調に続く、合奏による主題再現の瞬間も美しい。

Track4:
終楽章は効果的なフーガ書法が特徴で、
「フンメルは、フーガの即興演奏で名高かった」
とも書かれているが、だだだだだだだだとたたみかける、
リズムのおもしろさが一番の魅力であろう。

もちろん、これまた、シューベルトの作品にも引き継がれている。
力ずくで

フーガはヴィオラで始められるが、
そんなに長いものではないし、
この曲の本質をなすものでもなく、
何となく、起伏をつけるための飾りのようなものである。

そして、最後に、チェロが朗々と晴れやかな主題を歌うが、
ここもまた、パウムガルトナー氏が嬉しかった部分ではなかろうか。

また、併録されている、
というか、プロデューサーは、
本来はこちらを紹介したかったようだが、
作品87は、1802年に書かれ、
出版が20年後だったとある。
冒頭モチーフを一貫して使って、
循環性のある統一感のある作品になっているという。

Track5:
私は、この冒頭モチーフの単刀直入さと、
ピアノのこれ見よがしのきらきら感が苦手であるが、
第1楽章第2主題などは、大変優美に歌われていて、
この団体の演奏、なかなかやるな、と感じた次第。

Track6:
第2楽章のメヌエットも、
落ち着いた色調の中に明滅する幻想性が美しい。

Track7:
第3楽章が変奏曲なら、
やはり、こちらが「ます」のモデルだろうか、
などと考えるところだが「ラルゴ」。
2分49秒の演奏時間が短すぎる、
非常に叙情的な美しい楽章である。

プロデューサーが紹介したかったのが、
この曲だったというのも肯ける。

Track8:
第4楽章は、悲愴なメロディが駆け巡るアレグロの終曲。
これもまた、ニヒルで聴き応えがある。

ただし、この変ホ短調作品87は20分程度の作品で、
かつ、各楽器の独立性が高くない。
パウムガルトナー氏が喜びそうな、
チェロの独奏もない。

チェロは、冒頭動機を「たーららら」と、
繰り返すくらいで面白くなさそう。
主役はあくまでピアノで、
次はヴァイオリンとヴィオラが時折顔を出すが、
他の弦楽は、じゃーんとか、ぼーんとか、
ちゃーらっらっらと、繰り返しているのみである。

5楽章まで規模がふくらんで、
各楽器が輝いて喜びさざめく、
「ます」の五重奏のモデルとは到底考えにくい。

ということで、もはや、作品74しか、
シューベルトの規範はあり得ないというのが、
聴いた後の感想。

ところで、このCD、表紙の絵画は、
いったい、何なのだろうか。

日本語では何の注記もないが、
Karl Friedrich Goser作、
「Selbstbildnis im Atelier」(1835)とある。

「アトリエの自画像」ということだろうが、
日曜画家とおぼしきおじさんが、
妙な帽子を被り、パレットと筆を持って、
イーゼルに向かっている。

実は、この絵画の解釈について、
私の見方は二転三転した。

私は、この題名を見るまで、てっきり、
後ろ向きだが、
手前で着飾った女の人を描いているものと思っていた。
しかし、この題名を見ると、
画家が見てるのは、女性ではなく、
イーゼルに立てかけられたキャンバスかもしれない、
などと思うようになった。

この画の作者は、もっと良い題材があるでしょ、
と言いたいのだろうか、などと考えた。

ナルシストのように自画像を描く画家が、
部屋のあちこちに用意した鏡に映っているのは、
画家の顔ではなく、いみじくも、
手前の女性や子供の顔だし。

女性と子供は、この日曜画家の妻子かもしれない。
そんな風にも考えてしまった。

いかにも、ビーダーマイヤー調の絵画で、
窓辺のキューピッドや馬の絵には、
何か寓意があるものと思われる。

馬がユニコーンなら、自制知らずである。

隣近所というか、向かいの建物の住人も、
また始まったよ、という感じで、
この家の住人を見つめているように見える。

鏡に映る女性の顔も、この服装からすると、
ちょっと地味な感じだが、これもまた、
この作家が意図したところだろうか。

だとすると、身の程知らずという暗喩があるかもしれない。

しかし、そこまで勝手な解釈をした後で、
別の見方が出来るように思えて来た。
やはり、女性がモデルなのである。

そう、もう一つの可能性として、
画面右にあるのが、この絵の題名の、
「アトリエの自画像」の由来だとも思えて来たのだ。

とすると、画家はやはり、
この手前の女性を、
ぎょろっとした目で見つめているということになる。

ポーズを取っているので、
そう考えるのがやはり自然ではなかろうか。
とすると、この女性は、家族でも何でもなく、
お客である。
画家はやり手のプロである。

この画家は、いつも悪い事をしているので、
近隣住民が何が起こるかを見ているのかもしれない。

それに加えて、まるで、右側の子供は、
警備員のようなまなざしである。

もし、この娘に、子供が付いて来ていなかったら、
と考えるのが、正しい鑑賞法なのかもしれない。
鏡に映った女の顔は、地味に見えると書いたが、
これは純朴に見える、と書くべきだったかもしれない。

とすると、「アトリエの自画像」などという題名を、
どうして付けたのかという疑問がわき上がって来る。

いかにも高潔な表情をした自画像と、
目をぎらぎらさせた実際の画家との対比を、
よく味わえということだろうか。

確かに、フンメルの時代を忍ばせる風俗画であろうが、
このCDに収められた音楽は、もっと高潔な感じがする。

見れば見る程、奇妙な絵画だが、
妙な事に気づいて、
にやりとしてしまった。

この部屋を、向こうの住人から遮る、
大きなカーテンを閉じるとどうなるだろうか。

右側の高潔な自画像は、
何故かカーテンの向こうに隠れ、
部屋は暗くなるに違いない。

そして、左側のキューピッドの絵画は、
何と、カーテンのこちら側にかかっているではないか。

得られた事:「フンメルの七重奏曲は、確かにピアノと弦楽によるバージョンが存在した。そのあちこちで、シューベルトとパウムガルトナー氏の語らいの余韻が聞こえる。」
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by franz310 | 2010-02-27 21:58 | フンメル

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その214

b0083728_23451533.jpg個人的経験:
前回、ヴァイオリンのスタンティジら、
ザロモン四重奏団のメンバーによる、
「アイネ・クライネ」を聴いたが、
この人が中心となって、
シューベルトの「ます」を録音したものも、
同じく、オワゾリール・レーベルから出ている。
ただし、ここでは、
ザロモン四重奏団ではなく、
「アカデミー・オブ・エンシェント・ミュージック
室内合奏団」という名称になっている。
ヴァイオリンとヴィオラは同じメンバーだが。


つまり、スタンティジのヴァイオリン、
トレヴァー・ジョーンズのヴィオラまでが、
ザロモン四重奏団と同じで、
チェロ、コントラバスに変更があり、
ワトキン、マクナマラになっている。
ピアノはスティーブン・ルービンである。

表紙のデザインはいささか殺風景で、
川辺で釣られる魚の苦しみのようなものが描かれた、
古風な絵画があしらわれている。
ただし、改めて見ると、口を開けているのが、
釣られているのかどうかは確信が持てない。
竿も糸も見えない。

また、その隣で、もう一匹が、
尻尾を水面から突きだしているのは、
いったい、何を意味しているのだろうか。
こちらの方は、何となく、糸を引っ張っているようである。

こうやって釣るのですよ、という説明用だろうか。
さっぱり分からない絵画であるが、
みずみずしい緑の草が目を妙に引く。
遠景の建物もロマンティックな空想をかき立てる。

しかし、川も一緒に緑色なのは少々いただけない。
これではまるで、アオコが発生した諏訪湖みたいである。

「ウィンチェスターの鱒(部分)」と題されており、
ヴァレンティン・トマス・ガーランド作とあるが、
私はこの人を知らない。

とはいえ、さすが古楽の名門オワゾリールだけあって、
解説も面白い。
Clive Brownという人が書いている。
「シューベルトは、1819年の夏の休暇を、
上部オーストリアの魅力的な街、
シュタイアーで、
以前の学校友達アルベルト・シュタッドラーと、
シューベルトの歌曲普及に貢献した、
いくぶん年上だが、高名な歌手、
ミヒャエル・フォーグルと一緒に過ごした。
シュタッドラーもフォーグルも、
この地方の生まれで、この地域社会と繋がりを持っていた。
彼らは即座に、シュタイアーの鉱山の副監督で、
すぐれたアマチュアのチェリストであった、
ジルヴェスター・パウムガルトナーに紹介した。
この人のサロンはこの街の音楽中心であった。
シューベルトと仲間たちは、
パウムガルトナーの仲間たちと、
楽しい時間を飽くことなく過ごし、
8月10日には、フォーグルの誕生日を、
シューベルトがこの機会を捉えて作曲したカンタータで祝い、
おそらく、楽しく田園的な、イ長調ソナタ(D664)も、
パウムガルトナーのサロンで披露されたのだろう。
シュタイアーでの滞在は明らかに彼らの健康と精神に、
利をもたらしたのでろう、シュタッドラーの友人、
アントン・ホルツアプフェルは、シュタッドラーに対し、
1819年11月、
『君の顔を見れば、君がシューベルトやフォーグル、
パウムガルトナーたちと、どんなに楽しい時を過ごしたか分かるよ』
と手紙を書いている程である。」

「ピアノ五重奏曲イ長調のアイデアは、
パウムガルトナーから出たもので、
通常とは異なる楽器編成や、
歌曲『ます』の変奏曲を含む構成も、
この人の要望に添ったものと思われる。
何年かしたあと、シュタッドラーは、
シューベルトが五重奏曲を書いた時を回想している。
『友人、ジルヴェスター・パウムガルトナーは、
この素晴らしい小さな歌を愛していて、
そのリクエストによっている。
彼の要求は、五重奏曲は、
構成や楽器編成を、最新の、
フンメルの五重奏曲、または七重奏曲に
合わせて欲しいということだった。
シューベルトはそれをすぐに完成し、
スコアは、彼自身が持っている。』
シュタッドラーは、それに加え、
五重奏曲が完成すると、
ヴィーンからパウムガルトナーに、
パート譜が送られたが、
彼は後にそれらを無くしてしまい、
それから長い年月が過ぎて、
シュタッドラーはもはや思い出すことが出来ず、
それに関する事に関して口を閉ざしてしまった。
しかし、彼の最初の回想はおそらく正しく、
シュタッドラーの手書きによるパート譜のセットが、
最近、上部オーストリアの
聖フローリアンの修道院で発見された。」

いきなり、どひゃーっという記述。
1991年6月20日から23日の録音というから、
もう、20年も昔に、そんな発見がなされていたのである。

「シューベルトはこの五重奏曲の作曲を、
シュタイアーにおける休日に始めており、
ヴィーンに帰ってから、その秋に完成させたようである。
手稿は残っておらず、
シュタッドラーのコピーによるパート譜と、
最初の版(作曲家の死の翌年まで出版されなかった)
の比較からして、後年、シューベルトは少なからず、
小さな修正を楽譜に施した。
この変更は、シューベルトのヴィーンにおける、
仲間達との演奏体験を反映したものと思われる。
ヴィーンの音楽サークルは、
その出版前からこの作品を知っており、
玄人筋はすでにこれを傑作と認めていて、
商業上の鑑定から、
最初の出版がアナウンスされたと考えられる。」

「『ます』の五重奏曲は、
シューベルトの明るい側面を見せるもので、
彼は明らかに、
作曲上の技法の巧妙さで、
聴衆を感心させる気はなく、
むしろ、魅力を増幅し、
聴衆を魅了することに成功している。
時折、深い瞬間があるが、
5つの楽章のうち4つまでは、
上部オーストリアでの休暇中の、
寛いだ雰囲気を反映しており、
第2楽章のみが、内省的なムードを持っている。
シュタッドラーの証言にある、
シューベルトの五重奏が、
フンメルの五重奏、または七重奏曲
ベースにしているということは、
学者を悩ませてきた。
1816年にヴィーンのアルタリア社から出版された、
ピアノ、管楽器、弦楽器のための
フンメルのニ短調の七重奏曲を、
明らかにシューベルトは知っていただろうが、
1820年に作曲され、1822年に出版された、
シューベルトと同じ編成による、
フンメルの五重奏曲変ホ長調は、
『ます』の五重奏曲の後にならないと、
知られるようにならなかった。
事実、シュタッドラーのコメントの意味は、
極めて明確で、それは七重奏曲ということではなくて、
パウムガルトナーとその友人たちが、
たぶん、楽しんでいた、
アルタリアがオリジナルと同時に出版した、
ピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラ、
チェロ、コントラバスのための、
編曲版を指していたのである。
シューベルトはパウムガルトナーの指針に、
編成の上では従っていたが、
構成としてはそこから離れている。
フンメルの七重奏曲は、
第2、第3楽章がシューベルトの第3、第4楽章と同様、
スケルツォと変奏曲で、
シューベルトの第1、第3、第4、第5に相当する、
4楽章しかない。
しかし、シューベルトの第2楽章は、
フンメルの作品に相当する楽章がなく、
5楽章形式は、非常に有名であった、
ベートーヴェンの七重奏曲に近い。」


「シューベルトが知っていたものとは、
楽器や演奏のテクニックは大きく変わってしまった。
見たところ、弦楽器はピアノと比べて、
あまり変わっていないようだが、
最も特筆すべきは、ガット弦からメタル弦になった点であり、
いくつかの重要な観点で、演奏方法も大きく変わっている。
ヴィブラートは控えめにしか使われず、
アクセントや、フレーズ中の重要な音を、
強調するためのものと思われていた。
ポルタメントは、きれいな表現豊かなカンタービレには、
必須のものと見なされ、もっと頻繁に使われた。
当時の弦楽器奏者は、弓遣いが全く違っており、
広く賞賛されたヴィオッティ楽派の影響で、
幅広く、歌うような演奏スタイルを開拓し、
近年の奏者が好むような弓を跳ねさせる動作も少なかった。
シューベルトの演奏上のマーキング、音楽内部の必然から、
どのような技法が使われるべきかの手がかりが得られる。
この演奏では、当時の演奏に極力近づくように、
あらゆる努力が払われている。」

さて、各楽章を聴いてみよう。
Track1:アレグロ・ヴィヴァーチェ、12分30秒。
この演奏時間を見て分かるとおり、
ホグウッドが時折聴かせるような、
恣意的な強引さはなく、この曲の解放感にふさわしく、
かなり、大きな広がりを持った表現である。

しかし、前回、「アイネ・クライネ」で感じたように、
非常に強靱な意志を感じさせるもので、
一点一画をゆるがせにしない集中力を感じさせる。

各楽器が鳴りきり、録音のせいか分離もよい。
フォルテピアノの音色も豊かである。
見ると、1824年のコンラート・グラーフの写真も出ていて、
シューベルトが「ます」の五重奏曲を作曲したのより、
数年後のものである。

私は時々、シュタイアーのような地方都市に、
当時、どんなピアノがあったのだろう、
などと考えることがあるが、
この楽器は、シューベルトが想定した響きより、
少し豪華かもしれない。

さすがオリジナル楽器らしく、
ヴァイオリンは、ガット弦かつノンヴィヴラートで、
澄んだようなくすんだような響きが独特だ。
これをスタンティジが、すごい迫力で操っていく。
若干、ヴィオラが弱いか。
チェロもコントラバスもよく聞こえるので、
そう感じるだけかもしれないが。

Track2:アンダンテ、6分55秒。
解説者が言っている、フンメルにない、
あるいは、シュタイアーの自然から離れた、
内省的な楽章。
しかし、私は、この楽章にも、
シュタイアーの澄んだ空気が流れていると信じたい。

ここでは、フォルテピアノの落ち着いた響きが、
その内省的な情感を盛り上げる。
優しいヴェールのような弦楽が、
この孤独を天使のように見守っている。

ヴィオラとチェロが歌い交わす美しいメロディーは、
あるいは、現代奏法による豊饒な音で聴きたいような気もするが。

Track3:スケルツォ-トリオ:プレスト、3分50秒。
再び、強烈な豪腕でヴァイオリンが鋭いアタックを入れ、
この奏者ならではの、音楽のドライブが始まる。
よどみなく流れるピアノと弦楽の、
息をつかさぬバランスにも感服した。

トリオでは、力を抜いて寛いだ表現を聴かせるが、
ちょっと素っ気なさすぎるかもしれない。
ピアノの聞き慣れない節回しは、即興か、それとも異稿か。

Track4:主題と変奏、アンダンティーノ。
ピアノなしの主題提示で、
この弦楽部隊の美しいハーモニーが味わえ、
波打つヴィオラに乗ってピアノが入って来るが、
ここでも、伴奏が少々弱く、ピアノには、
即興的とも言える節回しが混入する。

スタンティジのヴァイオリンが歌い始めると、
この人の表現意欲が強烈なことを改めて感じる。
コントラバス独奏の部分では、
この楽器ならではの音色が聴けるが、
やはり、もっと強烈な存在感が欲しいと思った。

ピアノとヴァイオリンが火花を散らしているせいか、
音に込められた情念の薄さが、ちょっと気になる。
そんな風に聴くと、チェロの独奏も、
さらにたっぷりと夢を歌って欲しい。

その一方で、ヴァイオリンは、音色も自在に変容させて、
すごいサービスである。

Track5:アレグロ・ジェスト、9分29秒。
少し肩の力を抜いた終楽章である。
最初の音がとーんと軽く長い。
しかし、次第に集中力を増していき、
だんだん白熱して来て、
その構成力は期待通りである。

この楽章は曲の作りがそうであるせいか、
ピアノ対弦楽の質量合戦みたいな感じで、
個々の楽器がどうじゃ、というのが言いにくい。
しかし、チェロはもっとぼわんぼわんと鳴って欲しいところだ。
むしろ、何だか蜂が飛ぶようなぶんぶん音がするが、
これは古い楽器や奏法と関係あるのだろうか。

通常は二回の繰り返しを三回やっており、
全曲が40分30秒という大作となった。
このすばしっこい終楽章にも、何だか悠然と構えたところがあり、
仰ぎ見るような建築物が、みるみる組み立てられて行く。

シューベルトの思惑と一致するかは分からないが、
畏怖すべき大曲として再現されているのは見事と言うしかない。

効果的で華やかな現代の楽器に背を向けた人たちは、
やはり並々ならぬ意志を持った人たちの集まりであると見え、
時として、こうした、作品のスケールを超え、
巨大化した表現を聴かせる。

さて、歌曲をもとにした楽曲であったこともあって、
この後、そのもとの歌曲も含め、7曲の歌曲が収められている。

テノールのアインシュレーが、
気持ちの良い好感度の高い、
のびやかな歌を聴かせてくれる。

「テノールとピアノのための歌曲集。」
「ここに収められた歌曲はすべて、
『ます』の五重奏曲の作曲以前に書かれており、
すべて水と関連のあるものである。
五重奏の第4楽章の主題となった歌曲を書くまでに、
シューベルトはすでに、
様々な作者の詩による350曲以上の歌曲作曲を行っていた。
彼の霊感は、偉大なゲーテやシラーの詩と共に、
もう一人のシュタイアー出身の人で、
病的なまでに感受性豊かな、
マイヤーホーファーの詩や、
控えめながら誠実なクラウディウス、
それに、感傷的なクリスチャン・シューバルトの詩にも
同じように触発されたように見える。」

ということで、「水」に関わる歌曲集である。
同様の試みは、ハイペリオンの「歌曲全集」でも、
もっと大がかりに行われていたが、
7曲くらいというのも、全20分で、
ちょうど良いような気もする。

しかし、よほどこうした主題のものは多いと見え、
ハイペリオンの「シューベルト歌曲全集」
第2巻(水にちなむ歌曲集)に収められたものと、
重なっているのは何と1曲のみ。

ハイペリオンでは、D111の「潜水者」のような、
初期の怪物のような大作から、
後期のD881の「猟師の歌」まで、
バリトンのヴァーコーが歌っていた曲目は、
作曲年代がかなり分散していたが、
今回はD番号500番代でほぼ占められ、
歌曲「ます」の周辺事情の探求が深まる。
これは大変、ありがたいことである。

Track6:
「『ます』D550は、初期の歌曲の中で、
愛好されたものの一つで、
1817年から1821年までに、
5つの手稿が残されている。
第3版は、誠実な友情の印として、
ヨーゼフ・ヒュッテンブレンナーに献じられ、
1818年2月22日『深夜』の日付がある。
完成させた後、シューベルトは眠気に襲われ、
うっかりして砂の代わりに、
インクを手稿の上にまいてしまった。
この歌曲はわずかに変形された有節歌曲で、
第3節の前半で、予想されるパターンから、
ますを捉える描写に移って、
しかし、最後はもとのメロディーに戻っている。
『ます』は、1820年に、
『芸術、文学、劇場と流行の季刊誌』の付録として、
最初に出版され、その人気によって、
ディアベリの「フィロメル」シリーズの152番として、
5年後に再版されている。」

Track7:
「『ます』や、シューベルトの生涯における、
この時期の多くの歌曲と同様、『流れのほとりで』D539は、
感情的に工夫された有節形式で書かれており、
中間部では、より扇動的な感情を描写する。
1817年3月に書かれ、1822年に、
初めて出版された。」

落ち着いた叙情的な歌曲で、この歌手の誠実な歌い口が映える。
「私の人生は美しい川と
結びついているような気がする」(石井不二雄訳)と、
妙に直接的な切り出し方であるが、
「楽しいことも悲しいこともこの川辺で
私は感じたのではなかったろうか」と歌われると、
それはいったいどんな川なのだろうか、
などと妙に想像力がくすぐられる。

懐かしい単純な唱歌のように、
自らの来し方を回想させられる歌曲である。
そんな風情にぴったりの歌い口の歌手である。
自然に私の心を音楽にしてくれているような感じがする。

さて、マイヤーホーファーは、シュタイアーの人で、
「ます」の五重奏曲もシュタイアーで作られたとすると、
この歌曲にひそむものと五重奏を育んだものが、
きっと、何か共通のものなのだろうと思えて来た。

詩人は川を見て、そこに、
緑色のなめらかな姿や猛り狂ったりして、
自分の心と重ね合わせる。

そして、最後の段落では、
「さすらい人」の基本主題のような言葉が出る。
川は海に行っても落ち着くことは出来ない。
自分もまた、「地上で幸福を見いだすことはない」というのである。

Track8:
「シューベルトは1817年3月、
少しずつ違った二つのヴァージョンの『湖上にて』を書いた。
彼の多くの歌曲と同様、ピアノ伴奏は素晴らしく簡潔に、
テキストのムードを助けている。
少し長めの第2版が、
作品92の2として出版された彼の死の年まで、
この作品は出版されずにあった。」

ここではD543が歌われている。
素晴らしい感興に満ちたゲーテ歌曲。

「波が私たちの小舟を
櫂の動きに合わせ揺り上げて、
雲をかぶり空にそびえる山々は」と、
何と開放的な光景であろうか。

この胸の高鳴りに合わせて、
ピアノ伴奏も朗らかである。

一瞬の陰りの後、
「消えろ、夢よ!」というゲーテらしい、
俺様表現が聴ける中間部からさらに勢いを増し、
もはや感動の連鎖のような興奮ばかりが続く。

それにしても、薄倖だった
シューベルトもまた、
こうした光景を夢見た時期もあったのだ。

シュタイアーの自然の前で、
圧倒されたシューベルトの心を、
この歌は先取りしているように思われる選曲。
この歌手の大げさでない表現が、
この歌曲の真実らしさを伝える。

Track9:
「マイヤーホーファーの『エルラフ湖』D586への
シューベルトの田園情緒溢れる付曲は、
優しいメランコリーで性格付けされており、
『作品1』としてではないが、
(この光栄を担ったのは1821年の『魔王』である)
彼の最初の出版された歌曲となった。
『エルラフ湖』は、1818年、
『オーストリアの自然、芸術愛好家の絵入りポケットブック』の
第6巻の付録として、ひっそりと世に出た。」

「静かなエルラフ湖のほとりにいて
僕は楽しく、また悲しい」と歌われ、
水とマイヤーホーファーの相性の良さを感じさせる。
木々のそよぎはなく、
ただ、湖面を雲だけが流れる。

「魔王」などと比べると、
ものすごく控えめで目立たないデビュー作であるが、
耳を澄ますと、七色の色調がちりばめられている。
中間部は、いくぶん波立つが、
それも実は詩の通りで、
風が流れ、湖が日の光を反射する様子が描かれる。

しかし、それも、冒頭の静けさに戻って行く。

Track10:
「クラウディウスの控えめな田園詩にふさわしく、
シンプルな曲付けをされた『泉に』D530は、
1817年2月に作曲されたのに、
シューベルトの死後まで出版されなかった。
多くのシューベルト歌曲同様、
単純さと微妙さが手を取り合って、
詩の中に流れる深い感情を描写している。」

ダフネ(ニンフ)になぞらえて、
泉のほとりで会った少女への思慕を、
明るく単純に歌ったもの。

ナイーブである。
この叙情的な声を持つ歌手の
得意とするところだろう。
ここに来て気づいたが、
この歌手を始め、演奏家に対する解説は、
一切ないようである。

Track11:
「シューベルトは『小川のほとりの若者』に、
3度、異なる付曲を行った。
今回、ここに録音されたのは、
その2番目のもので、
シラーの悲劇的な詩に迫っている。
1812年の最初のものは、
彼の現存する最初の歌曲の一つで、
3度目のものは、1819年に、
『ます』の直後に作曲されている。
2番目のもの(D192)は、1815年に書かれ、
失意の若い恋の自己陶酔的な憂愁を、
強調した曲想である。」

この曲のみが何故かD番号で500番代ではないが、
「美しい春が喜びを与えてくれたとて、
それが僕の何の役に立つというのか」という、
屈折した、シラー&シューベルト的なものであるが、
「僕の求めるのはただ一人のひと、
そのひとは近くにいながら永遠の彼方に離れている」
と歌われると、のっぴきならない状況と分かる。

その悲劇性にふさわしく、ピアノも歌も、
にび色の光沢を備えている。

Track12:
「『舟人』D536は、おそらく、
マイヤーホーファーのその他の数曲と一緒に
1817年3月に書かれた。
絵画的な無窮動の伴奏に彩られた、
活気ある力強い付曲の最初の版は、
1823年に出版された。」

「ます」の五重奏曲の爽快なエンディングの後で、
おそらく、この曲は最後に置かれるのにふさわしかろう。
一説によると、シューベルトの歌曲の中で、
唯一、悲しみがないものとも言う。
この曲のみ、ハイペリオンの歌曲集で、
水にちなむ歌曲集として収められていた。

得られた事:「シュタイアーは、マイヤーホーファーの故郷でもあり、シューベルトはこの盟友から、その地の自然への感受性の準備をたたき込まれていたのかもしれない。」
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by franz310 | 2010-02-20 23:45 | シューベルト

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その213

b0083728_2127743.jpg個人的経験:
これは全くもって個人的経験になるが、
今回のCDは、思い出に残るもの。
ただし、実際に聴いたのは、
今回が初めてである。
かれこれ30年くらい昔、
ホグウッドがモーツァルトを、
体系的に録音していた頃の録音で、
CD時代初期でもありかなり話題になった。
当時の私は、この録音にまったく
興味を全く感じなかったが、今回は違う。


そもそも、ホグウッドのモーツァルトというのは、
尊敬に値する交響曲の全曲録音というのは理解していたが、
大部の輸入盤で学生には縁遠かった。

長らく、実際に耳にしたことはなく、
ようやくLP時代の最後の方で、
三大交響曲を集めた廉価盤を入手して、
いきなりのけ反った。

三十九番の序奏で、怒り狂った人も多いのではないか。
私も、モーツァルトが嫌いになりそうになった。

例えば、出谷啓という評論家などは、
クラシック不滅の名盤800で、この盤を推薦し、
「この全集は、モーツァルトの交響曲に対するイメージを
根本的に修正させるに足る優れた演奏だと思う」と書いているが、
修正して欲しくない点まで修正されてしまった感じがした。

作曲当時の本来の姿はこうである、
と化粧をはがして行って、素顔が好きかどうか、
という感じの試みであったが、私は素顔は見たくなかった。

これがしかし、時代の潮流となって、
マリナーや、コレギウム・アウレウムといった、
モーツァルトを豊かに鳴らしていた演奏家は、
完全に歴史の波に消えてしまった。

私は、コレギウム・アウレウムの演奏する、
「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」など、
何度聞いたか分からないくらい愛聴していたので、
憎し、ホグウッド!という感じがしないでもない。

CD時代の波をうまく捉えて、
売り上げを伸ばした印象もある。

しかし、ホグウッドのアプローチでも、
その後出た、ハイドンなどは悪くなかった。
というか、ホグウッドのハイドンは、かなり好きだった。

さて、今回、メヌエットに挟まれた、
緩徐楽章の問題を考えていて、
ホグウッドと近い目線で、ようやく問題を直視することとなった。

ホグウッドは、この曲を、本来のセレナードにふさわしく、
5楽章形式の曲として演奏しているのである。

そもそも、私が興味を抱かなかったのは、
すでに完成された形であると思われた、
「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」に、
ホグウッドが、余計な楽章を追加して演奏している、
という感じで捉えたからである。

モーツァルト自身の目録では、
この曲は、5楽章からなるとあるらしい。
これが、何故か、第2楽章のメヌエットが欠落した形で、
今日に伝えられているのは、
何らかのアクシデントによる、という考え方をすると、
現在の4楽章での演奏は、作曲家の意図と違う、
という考えに行き着く。

これまで、私は、モーツァルト自身が、
この形(4楽章)で最終的に納得したのではないか、
などと考えて、深く考える事はなかった。
この4楽章というのが上手い具合に、
二つあったメヌエットが抜けて、
交響曲風に、急・緩・舞曲・終曲という感じでまとまっている。
何故、第2のメヌエットが必要だというのだろうか。

しかし、ここでこれまで聴いて来たように、
モーツァルト晩年の盟友であったアイブラーの室内楽が、
緩徐楽章を二つのメヌエットで挟む形に
こだわっているのを見てくると、
モーツァルト自身もまた、
この5楽章形式を、かなり前提にして、
このセレナードを作曲した可能性が
高いように思えて来たのである。

ホグウッドのモーツァルトに対するアレルギーも、
ようやく切れて来たので、
録音(1983年10月)から30年近く経ったが、
これを聴いて見ることにした。
しかし、よく見ると、ホグウッドが演奏に対して、
どう関与したのかは明らかではない。
というのは、この「アイネ・クライネ」は、
室内楽として、ザロモン四重奏団が演奏しているからである。

当時は、これにホグウッド指揮の
「ノットゥルノ」などが併録されていた。
今回は、もっと大規模なセレナーデ第三番(1984年録音)が、
併録されている。

先鋭な雰囲気の白いジャケットが印象的だった古い規格の盤に対し、
今回のものは、表紙からしてしっとりしていて、
かなり雰囲気が変わった。
ワトーの絵画があしらわれ、情緒的な感じになった。

やせぎすの骨の浮き出た裸は見たくないので、
こうしたデザインで、多少、先入観を改めてみたい。
オワゾリール・レーベルのもので、
1994年に再発売された折のもの。

ちなみに、ホグウッドだけをどうこう言っていいのかどうか、
少々、気をつけないといけない。
オランダの名ヴァイオリニスト、ヤープ・シュレーダーが、
交響曲全集でも、コンサートマスターとして以上に、
関与していたとされ、今回のCDでも、その名前が見える。
恐ろしい事?に、ザロモン四重奏団という名称は、
少なくとも表紙からは読み取れない。

エンシェント室内管弦楽団(The Academy of Ancient Music)に、
ザロモン四重奏団は、すっぽりはまってしまうということなのだろう。

このCD、「アイネ・クライネ」に関しては、
Neal Zaslawという人が、解説を書いている。
「この録音に聴く二つの作品は、
オーストリア特有のジャンルである、
セレナーデの代表作である。
本来、ギター、マンドリン、リュートなどの伴奏で、
紳士が淑女の窓の下で歌う愛の歌がセレナーデだが、
18世紀オーストリアでは、
完全な器楽曲である社交的な音楽の一種が、
セレナーデ、パルティータ、ディヴェルティメント、
カッサシオン、ノットゥルノ等々と呼ばれるようになった。
こうした作品を演奏する機会は沢山あって、
誕生日、名の日、婚約、結婚、貴族、聖職者、役人の昇進、
大学の期の終わり、謝肉祭、その他お祝いなどがあった。
演奏は、今日では、交通の雑音や、
飛行機によって聞こえなくなるような、
屋外の場所でしばしばなされた。」

この記述は面白い。
おそらく街中で行われたということだろうが、
さぞかし、当時の往来は静かだったものだったのだろう、
などと空想が羽ばたいた。

今日でも、駅前で歌を歌っている若者がいるので、
現代でも、やろうと思えば、出来ないこともなさそうだ。

「セレナーデが独奏弦楽器で演奏される時、
二つのヴァイオリン、ヴィオラ、コントラバスからなる、
それは特徴的な合奏となり、本来の四重奏曲と区別して、
『セレナーデ四重奏』と呼ばれる。
モーツァルトはいくつかの作品を、
セレナーデ四重奏曲のために書き、
他の曲は、よくわからないがおそらくそれを想定している。
18世紀、作品の最低音域を、
『バッソ』と書いた習慣によって曖昧さが生じ、
それが一つの楽器によるものか、複数か、
チェロを含むのか、コントラバスか、バスーンか、
通奏低音かも分からなくしている。
それゆえに、『アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク』も、
コントラバス付きの弦楽四重奏曲か、
チェロ付きのセレナーデ四重奏曲かはっきりしない。」

ということで、格調の高い弦楽四重奏曲の、
2ヴァイオリン、1ヴィオラ、1チェロという編成に対し、
2ヴァイオリン、1ヴィオラ、1コントラバスという編成が、
第2の四重奏としてオーソライズされていたということだ。
シューベルトの「ます」の五重奏曲は、
チェロとコントラバスを登場させ、
これらの混合形態ということになる。

「モーツァルトは、この『K.525』を、
1787年8月10日にカタログに書き入れた。
彼は『音楽の冗談』を書いたばかりで、
『ドン・ジョヴァンニ』に取りかかっていた。
そのカタログによると、
『アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク』は、
『アレグロ、メヌエットとトリオ、ロマンス、
メヌエットとトリオ、終曲』からなるとされている。
スイスにあるプライヴェートなコピー譜には、
最初のメヌエットとトリオがなく、
それらが、作品の初期の歴史において、
すでに消失していることが分かる。
今回の録音では、クリストファー・ホグウッドが、
これを埋め合わせ、1785年から86年に、
モーツァルトが、英国人の弟子トーマス・アットウッドと、
書簡による作曲レッスンによって共作した、
メヌエットとトリオを利用した。
これによって、K.525は、本来のプロポーションを取り戻した。
この不滅の作品が、精巧な完璧さについては語り尽くされているが、
何か語るべきものは残されているだろう。」

何と、作曲レッスンの課題曲ごときを、
この世紀の大傑作に当てはめているというのだから驚きだ。
よくもそんなものを見つけて来たな、
という感じもする。

しかし、このアットウッド、そこらの物好きではなく、
ちくま新書の「モーツァルト・ガイドブック」(井上太郎著)にも、
「モーツァルトと同時代の作曲家群像」にも取り上げられている。

「トーマス・アットウッド(1765-1838)、
イギリスからウィーンに来てモーツァルトに師事した
作曲家でオルガニスト。
師弟の関係は良く、作曲法を習った時の練習帳が残っている。」

先の、書簡による作曲レッスンと、
この練習帳の関係はいかに。

しかし、それはさほど重要ではない。
続いて、こうあるのが重要。
「彼は後にイギリス楽団の重鎮となるが、
CDで聴ける作品は短い声楽曲など数曲のみだが、
手元にあるハ長調のトリオは、おだやかな曲想が美しい。」

ということで、馬の骨の作品の断片でなくてよかった。
それなりに名をなした人なら、少し聴いて見ようか、
という気持ちもわき起こって来るというものである。

やはり、不滅の傑作に手を入れたものを聴くならば、
それなりの権威にすがりたくなる。

では、問題の曲を聴いてみよう。

Track1.アレグロ。8分24秒。
かなり鋭いアタックで開始され、
あまり、ヴィーンの典雅な趣きなどには左右されない様子。
するどく切り込んで来るが、
楽器の音色そのものはそこそこ芳醇で、
ぎすぎすしているということはない。

本質に迫ろうとした、きまじめな室内楽であるが、
かなり透徹な意志を感じさせ、
窓辺に婦人を呼び寄せる下心の入り込む余地はない。
各楽器ともアタックから一体となって、
立体的な造形を目指している。

立派な演奏と言える。

Track2.メヌエットとトリオ。4分1秒。
ここで、伸びやかなメヌエットが入ると、
確かに、セレナード風の一息がつけるのは確かだ。
メロディは、そこそこ美しく、
凝縮されたこの作品に、一陣の風を吹かせている。
ただし、トリオとの対比が、あまりない感じなのは、
メヌエット、トリオとも、何だか幽霊のように現れた、
気の抜けたサイダーみたいな感じだからかもしれない。

別にCD解説に同調するつもりはないが、
確かに、本来のプロポーションとは、
こんな感じだったかもしれない。

Track3.ロマンツェ。5分52秒。
ロマンツェと言いながら、妙にねっとりした、
凝集された音楽で、さわやかさがない。
美しいとはいえ、窓辺の恋人も、
思わず引いてしまうような濃厚表現。
弦楽五重奏で演奏しているとは思えない程、
音の密度が高い。

中間部の節回しが、なめらかなアクセントなしになっているのが、
これまた、ねっとり感を高めて不気味である。
このような側面を持っていればこそ、
さっきのメヌエットは貴重である。
第1楽章から、続けてこれが演奏されると、
くそまじめなストーカーに狙われているような感じになる。

Track4.メヌエットとトリオ。2分19秒。
このメヌエットも、克明に楷書で書いたような表現だが、
曲想に屈託がないので救われている。

トリオは、かなり肩の力が抜けており、
これを聴いて、窓辺の女性が、
うっとりと舞曲に夢を馳せることもあるかもしれない。

Track5.ロンド、アレグロ。5分35秒。
ザロモン四重奏団のきっちりとしたスタイルが生きた楽章で、
推進力と同様、広がりもあって、これまた立派な音楽である。

この曲が時として感じさせる甘ったるさがなく、
これはこれで悪くないと思う。

ホグウッドの指導か、
音楽を力強くひたむきに牽引している、
ヴァイオリンのスタンティジの趣味かは分からないが、
残された4つの楽章とも、窓辺のセレナーデというよりも、
本格的なコンサート音楽の風格を感じさせ、
モーツァルトも、最終的には、
愉悦的なメヌエットは一つで良いと、
考えたと考えたとしても不思議はない。

しかし、経済効果を考えたモーツァルトが、
せっかく作曲したメヌエットを捨ててしまったり、
作曲の練習に回してしまう、なんて事があるだろうか。

きっと、他の曲に転用したはずで、
この曲の後に書かれた曲のどこかに紛れ込んでいる、
と考える方が普通ではなかろうか。

いずれにせよ、セレナーデだとすると、
いきなりロマンツェはないだろう、という感じはした。

さて、後半だが、Stanley Sadieという人が、
続く、K.185について書いている。
「K.185は、ミヒャエル・ハイドン、モーツァルト父子らによる、
7~9楽章の、しばしば、ミニ協奏曲を含む、
伝統的なザルツブルクの祝祭的なセレナードの形に倣っている。
このジャンルで、モーツァルトが作曲をしたのは、
1769年の2曲のカッサシオンで、
最後に作曲したのは、
10年後の『ポストホルン』セレナーデK.320であった。
そのほとんどはニ長調で、
屋外用の音楽で最も効果の上がるものであった。
(また、私たちは、1782年に、モーツァルトが父親に書いた手紙で、
レオポルドが、この調を使うように薦めたことも知っている)。」

この年、モーツァルトが、父親に書いた手紙では、
7月27日のものが、
ハフナー交響曲の成立を伝えるものとして有名で、
ここには、「これは、お父さんの好きなニ長調で書きました」
という一節がある。

「K.185は、続く2曲のセレナード、
K.203と204や、これらの中で最も有名な、
1776年の『ハフナー・セレナード』に似て、
交響曲の中に、ヴァイオリン協奏曲を入れ込んだ効果のもので、
これらの前か後に、行進曲が演奏された。
この時期のモーツァルトの他のセレナード同様、
二つのオーボエ(フルート持ち替え)、二つのホルン、
二つのトランペット(自筆譜によると、『ロング・トランペット』)
と弦楽合奏のために書かれている。」

おいおい、この曲自体がいつ作曲されたかや、
「ロング・トランペット」が何なのかを、
解説してくれないのかよ、
と突っ込みたくなる内容だ。

また、下記のような部分は、実はあまり必要ではない。

「行進曲の調子に合わせて、楽団が到着することが思い描かれる。
リズムにはかすかにフランス風の香りがあり、
ダブル・リード楽器であるオーボエよりも、
行進にふさわしいフルートを、木管奏者は演奏する。」

と、行進曲についての解説があるが、
おそらく、このCDの編集に当たり、
この行進曲は外されてしまったのだろう。
『アイネ・クライネ』が5楽章になって26分の大作となり、
この巨大な47分のセレナードが合わさって、
73分の収録時間となったので仕方がないのかもしれない。

しかし、行進の時にフルートの方が、
ふさわしいとは知らなかった。

このセレナードは、モーツァルト17歳の作品とされ、
7楽章からなる大作であるが、
いかなる経緯で書かれたものかの解説がないのは困りものである。

とにかく、順次、聴き進める。
各曲の解説は、「アイネ・クライネ」よりは親切である。

Track6.アレグロ・アッサイ。8分29秒。
「セレナーデは、冒頭からホルンと低音弦で奏される、
アップ・ダウンの主題に満ちた、アレグロ・アッサイで、
活発に開始し、第2主題は叙情的。
2回目のトゥッティの後は、
ヴァイオリンが楽しいパッセージを十度で奏で、
再びアップ・ダウンのテーマが回帰して提示部を締めくくるが、
この時はアップとダウンが同時に聞こえる。
トゥッティにおいて、そもそも主題の性格からして、
モーツァルトが帰ったばかりのイタリア旅行の影響を、
感じることが出来るかもしれない。
明るい織り目、単純な主題、
弦楽の指遣いのある部分など、
イタリアで好まれたオーケストラのスタイルの典型で、
モーツァルトも、彼の地で書いた交響曲でこれに倣った。
このことはさらに、展開部にも見られ、
それは実際には展開ではなく、新しい叙情的な主題と、
性格的な弦楽の動きの間奏曲となっている。
オーソドックスな主題再現部はなく、
第1主題の強調された回帰である短いコーダとなっている。」

確かに、モーツァルトの初期の交響曲に見られる直截さが、
同様に、何だか硬直した感じを与えるが、
これがイタリア風と言われれば、そうか、という気にもなる。
ハイドンには、こうした強情な楽想はあまりないから。

シューベルトも「第六交響曲」でイタリア風、
というかロッシーニ風を追求したが、
この曲もまた、他の曲に比べると、
妙にかっちりした風情を持っていた。

第2主題は、叙情的というか、爽快なという感じ。
第1主題とは異なり、流麗で美しい。
展開部は短い。

Track7.アンダンテ。9分24秒。
「ここで、2楽章からなる『ヴァイオリン協奏曲』が始まり、
この曲のもう一つの調性であるヘ長調である。
この曲はモーツァルトの最初のヴァイオリン協奏曲で、
実際、編曲ものや、
失われた幼少期のトランペット協奏曲を別にすれば、
彼の最初の協奏曲となったものである。
アンダンテで始まり、短く形式的にも単純である。
二つのメインのアイデアがまずオーケストラで奏でられ、
ヴァイオリンが登場し、まず、その最初のアイデアを変奏し、
ドミナントのハ長調に進み、ここに来て、
第2のアイデアが再び聴かれ、
ヘ長調で小さな展開部と再現部が続き、
最後にカデンツァがある。」

最初のアイデアというのは、なだらかな夢想的なもの、
第2のアイデアというのは、
リズミカルなものでパントマイムのような感じで愉悦的。
ヴァイオリンが入って来ると、
ベートーヴェンの「ロマンス」のように美しい。
リズミカルなテーマも、わくわくするような、
青春の胸のときめきを秘めて美しい。

さすがに協奏曲の重要部分を占めるだけあって、
10分近い大曲になっているが、続く楽章はその反動か短い。

Track8.アレグロ。2分54秒。
「続くアレグロは、A-B-A-C-A-D-Aのロンド形式で、
Bは生き生きとしたヴァイオリン独奏の三連符、
Cは短調のエピソードで、
Dは三連符で始まり、16分音符に分解されて、
メインテーマからの楽想に合体する。」

この楽章は、オーケストラがかなり長いAの部分を担当するので、
あまり、ヴァイオリン協奏曲風ではない。

初めての協奏曲というが、
オーケストラとの対等な関係という意味では、
かなり面白い掛け合いを見せてくれる。

ちなみにここでのソロは、オランダの名手、
というか大御所だったヤープ・シュレーダーである。
端正で、自在な表情を見せて微笑ましい。

Track9.メヌエットとトリオ。3分50秒。
「第4楽章は、メヌエットで、
オーボエ奏者はフルートに持ち替える。
トリオ部分では、二つのヴィオラとバスに、
デリケートに伴奏されたフルート独奏となる。」

このメヌエット楽章が、どんどんどんと始まると、
今まで、繊細なヴァイオリンの妙技に聞き入っていた聴衆が、
今度は自分たちが主役になって、
思い切ってダンスを始めるかのような開放感を感じる。

やはり、こうした朗らかな情感は、
この種の曲種ならではである。

木管アンサンブルの音色も大変美しい。
トリオの音色も独特で、耳をそばだたせる。
若い男女が楽しくなりそうな音楽で、
これぞ、セレナードと言いたくなる。

Track10.アンダンテ・グラツィオーソ。7分33秒。
「続くアンダンテ・グラツィオーソは、
フルートと高音で奏されるホルンの温かい響きと、
第2主題は半音階的な抑揚を持つ表現力豊かなもので、
この作品の核心となっている。」

独特の色調のしっとりした情感と、
生き生きとしたリズムが交錯する不思議な音楽で、
「この曲のハート」と書かれるだけあって、
非常に魅力的である。

木管の和声がとても印象に残る楽章で、
かなり執拗に、刻まれるリズム共々、
耳に残る響きを頭の中にしみこませてくれる。

前の楽章に続き、モーツァルトは、
夢の中のような、捕らえ所のない、
独特の色調を追求しているようだ。

Track11.メヌエット、トリオⅠ&Ⅱ。6分16秒。
「もう一つメヌエットがあるが、二つのトリオを持つ。
最初のものは、ニ短調で、独奏ヴァイオリンが再び現れ、
(トリオに前に登場した独奏者が現れるのは通例であった)
第2のものは、管楽器の書法に軍隊の足取りが感じられる。」

これはメヌエットというよりも、
軍隊行進曲のように勇ましいもので、
ハイドン時代の優雅な立ち居振る舞いは、
繊細で、物憂い第1トリオになるまで感じられない。

ひょっとすると、モーツァルトは、
この時代から第2メヌエットは、
男女の戯れの舞曲というよりも、
交響曲風に、推進力を持たせるように、
設計しようとしていたのかもしれない。

トリオにおける、物憂げなヴァイオリンがたまらない。

Track12.アダージョ-アレグロ・アッサイ。8分18秒。
「11小節のアダージョが、終楽章の壮大さ、荘厳さを予告するが、
実際には、アレグロ・アッサイは、ジーグのリズムによる、
明るくふさわしい音楽で、魂のこもったもので、
機知を感じさせ、さらに、よく考えられた展開部と、
お決まりの再現部の前に嵐のようなニ短調の一瞬があり、
最後に、マンハイム風の巨大なクレッシェンドのコーダが来て、
全曲を締めくくる。」

確かに、このアダージョの序奏は、
妙にものものしく、
リズムからも、管楽器の咆哮、複雑な弦の動きからも、
凝ったものを感じさせ、聴くものの期待を高めるものである。

非常に精緻に書き込まれていて、
この部分だけでもいろいろ起こって面白い。

ジーグの部分は、晴れやかな音楽で、祝祭にふさわしく、
大空を仰ぎ見るような壮麗さを感じさせる。

もはや、ロマン派の大交響曲の終楽章にしてもおかしくはない。
「ザ・グレート」の若々しい先駆者と呼びたくなった。

得られた事:「セレナーデであれば、濃厚な緩徐楽章の前に、軽いメヌエットがあるべきである。」
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by franz310 | 2010-02-13 21:27 | 古典

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その212

b0083728_2147374.jpg個人的経験:
前回、「緩徐楽章を、
メヌエットで挟む構成は、
当時の楽曲では、
もう1つの正当派であった」
などと書いたが、
これは今回聴くCDによって、
経験則としては納得できる。
このCDの解説は、
痒いところに、
ちょっと届きそうな解説付き。


というのは、ヨーゼフ・ハイドンが、
若い頃書いた、カッサシオとか、ディヴェルティメントを、
そこそこまとまった形で4曲聴くことが出来、
そのうち2曲が、上述の構成を取っているし、
解説にもこのあたりのことは、少しだけだが、
触れられているのである。

Ulrich Tankという人の書いた、
このCDの解説は、実に、これらの怪しい曲種について、
歴史的資料も用いて解説してくれているのである点が嬉しい。
私は、セレナードとかディヴェルティメントは、
シューベルトやモーツァルトの名品があるので、
身近に感じられるが、カッサシオンになると自信がない。

「ヨーゼフ・ハイドン:ディヴェルティメント集。
カッサシオン、ディヴェルティメント、ノットゥルノ、
これらの言葉は、18世紀には一般的であったが、
それが実際に何を意味して、
このように指定されたものには、
どんな違いがあったのだろうか。」

このような書き始めで、
大いに興味をそそってくれる。

ディヴェルティメントといえば、
モーツァルトが大きな管弦楽曲を多数残しているが、
ハイドンのものは微妙で、多いのか少ないのか、
実は、私もよく分かっていない。

大宮真琴著の新版「ハイドン」でも、
【管弦合奏曲】としては、
「管弦合奏用ディヴェルティメント(11-6声部)」
として、12曲(消失曲1曲)となっていて、
「9声部」が、Ⅱ:9、17、20、G1の4曲とされ、
「6声部」が、Ⅱ:1、11、21、22、10となっていて、
10は消失曲となっていたり、21、22は、
弦楽四重奏曲(作品2の3と作品2の5)に混入、
などと、複雑な事態になっていることが分かる。

とにかく、このうちの20,G1、1、11が、
このCDで聞けるので、以上の9声部、6声部ものの半数が、
上手い具合に収められているということになる。

さらに、「その他の声部数のディヴェルティメント」として、
Ⅱ:24(11声部)、Ⅱ:16(8声部)、
Ⅱ:8、Ⅱ:D22(7声部)の三曲があるらしい。

さらに、【管楽合奏曲】としては、
「管楽合奏用ディヴェルティメント」として、
「7曲;消失曲5曲;真偽不明曲1曲」とされている。
また、【弦楽合奏曲】としては、バリトンという謎の楽器のものが、
うじゃうじゃある。

弦楽四重奏曲のところを見ると、先に出てきた、
「作品2の3」と「作品2の5」は、
含まれていない形でナンバリングされている。
頭の中での整理は不可能に近い。

また、このCDでも、二曲が、
「カッサシオ(ディヴェルティメント)」と題されているように、
どちらにカウントして良いのか分からない状況のものは、
他にもいろいろあろう。

ホーボーケン番号も、
ここにある三曲目などは、
「Hob.Ⅱ:G1」となっていて混乱気味で、
番号ではなくアルファベットになっていたりする。
ちなみに、他の三曲は、Hob.Ⅱ以下が、
20番、11番、1番である。

「以下の定義は、当時権威のあった基本文献、
1802年オッフェンバッハで出版され、
『音楽理論、実践、古代、近代の技術用語の定義、
古代と近代の楽器に関する百科全書的網羅』を含む、
ハインリッヒ・クリストフ・コッホの『音楽事典』
から取って来たものである。」

ということで、ハイドン存命中、
われらがシューベルトは5歳の頃、
出版されたものすごい書籍のお出ましである。

私は、このコッホ氏に、
是非、ハイドンに直接、この曲は、
カッサシオですか、ディヴェルティメントですか、
と聴いて欲しかったと思うくらいだ。

なぜなら、下記にあるように、
どの曲種の解説も、まことに、心許ないからである。

とはいえ、カッサシオの解説を読むと、
『カッサシオしよう』などという言葉さえあったというのだから、
驚倒ものである。

「カッサシオ、イタリア語でカッサツィオーネは、
言葉上では解放するとか、解散するとか言う意味で、
実際には器楽曲のプログラムの終わりに演奏される楽曲を意味した。
しかるに、これは一般には、特にイタリアでは、
屋外や街路で夕方演奏される楽曲として知られている。
4つ以上の楽器のために書かれ、
どのパートもソロで演奏されるもので、
個々の楽章に決まった性格はない。」

ということで、いきなり、今回の主題である、
メヌエットが緩徐楽章を挟んだ形式というのは偶然、
という結論が出された感じがする。

「これらの作品は、
夜、美しい若い女性を窓辺に呼び寄せ、
恋愛のきっかけを作るために利用されたので、
恋愛アドヴェンチャーを捜すことを指す、
『カッサシオンしよう』という表現が生まれた程である。」

ちなみに、このCDの3曲に、
このカッサシオという名称が使われている。
カッサシオンするための楽曲集というわけだ。

「ディベルティメントは、2つ、3つ、
または、4つ以上の楽器のため、
また、それらが、それぞれ一人のプレイヤーのために
書かれた楽曲のジャンルの名前である。」

と続いて、何が、カッサシオンと違うんだ?
という感じがする。

違いが分からないから、このCDでも、
二つの名前が並記されているのであろうが。

「ポリフォニックでもなく、
ソナタのように、大きく展開されてはいない、
沢山の楽章からなる。
大部分、決まった性格はなく、単に音の絵画であり、
特別な感情や感覚を表現したものでもなく、
耳の楽しみに重点を置いたものである
ディヴェルティメントは、
先に人気のあったパルティーの人気が下降してから、
前世紀後半の初めに一般に流布した。
ハイドンやモーツァルトによって、
ソナタ形式が、入念に開発され、完成され、
長い年月を経て、いまや、四重奏や五重奏の土台となった。」

以上の説明で、もうここに収められた作品の作品名は、
すべて取り上げられたはずだが、
解説者は、「ノットゥルノ」についても書いている。
実は、シューベルトのピアノ三重奏の
小品の名前にも使われたノットゥルノという名称は、
このCDの曲目一覧にはでていないももの、
解説の中では、Hob.Ⅱ:20はノットゥルノだ、
と書いているので、非常にややこしい。

「ノットゥルノは、屋外、室内問わず
夜に演奏されることを想定された一般的名称である。」

ショパンやフォーレ、ドビュッシーの
ノクターンだかノクチュルヌが「夜想曲」と題されるように、
これくらいなら、想像はつく。
が、これが、19世紀初頭の権威的書物の解説だ、
という点を、じっくり味わうべきであろう。

「ソナタと同様、各パートは独奏で、
三つ、四つか、それ以上の楽器のために書かれたものを指すが、
特定に定まった性格は持たず、音の絵画で、
想像力や耳を楽しませるものである。」

ラフマニノフには、「音の絵」という、奇妙な作品があるが、
この1802年の時点で、そうした概念があったということになる。
決して、ベルリオーズが「幻想交響曲」まで、
こうした分野がなかった訳ではなかったということだ。

「これらの定義から、二つの基本的性格が明らかになる。
1.最も顕著な違いは演奏場所にある。
カッサシオンはもっぱら屋外の演奏用であり、
ディヴェルティメントは特に室内用であるにも関わらず、
ノットゥルノは、どちらでもよい。
2.これら三つの言葉は、偶然ながら、
特に、『決まった性格』のない複数楽章を、
複数の独奏楽器で演奏するもので、
まず第1に、『音の絵画』と、
『耳の楽しみ』のために意図されたものである。
これら三つの言葉は、『軽い』作品を指す言葉として、
カテゴライズすることも可能で、
ディヴェルティメントは、コッホが強調しているように、
より高尚なジャンル、弦楽四重奏曲の基礎として
位置づけられていた。」

このように、古い権威的な書物からの引用を含む、
曲種の解説は終わったが、以下、ハイドンにおける、
上記音楽の作曲に関する解説が続く。
しかし、成立に関しては、よく分からん、とのこと。

「ハイドンのこれらの、
管楽の、あるいは管楽と他の楽器との、
アンサンブルのために書かれたディヴェルティメントの、
明確な日付入りの手稿はほとんど残っていないが、
これらを彼の創作活動の初期のものと仮定と考えて差し支えない。
この想定は、ゲオルグ・アウグスト・グリージンガーの、
『ハイドンの年代ノート』(1810年、ヴィーン)によっても支持され、
ここでは、1750年代、若い作曲家が、
ヴィーンに住んでいた頃を述べた一節で、
『夕方になるとハイドンは、友人の音楽家を連れて、
通りに演奏に出かけたものだが、
彼らが演奏したものは彼が作曲したものであった』
と書いている。
(H.C.コッホに敬意を表するものの、
『カサッシオンしよう』というのは、
むしろ、めちゃくちゃなラテン語で、
『通り(Gassen)で演奏する』を意味するのに、
グリージンガーが使っている『cassaten gehen』に、
由来するのではなかろうか。)
初期作品だという他の糸口としては、
ハイドンが約一年(1759-60)、
ボヘミアのカール・ヨーゼフ・フランツ・モルティン伯の
宮廷楽長として働いていた時、
ピルゼン近郊のLukavecの城で夏を過ごし、
屋外でも室内でも、
こうした軽い音楽が奏でられたという事実がある。
また、1760年代中頃からの、
エステルハーツィ公への伺候の初期に、
こうした作品に集中していた事も知られている。」

このあたりのことは、大宮真琴氏の著書にも書かれていて、
「モルツィン家の楽団のおもな仕事は、
セレナーデや食卓音楽を演奏すること」とか、
「ハイドンが副楽長になって以来、
エステルハージ家の音楽家の職務は、
従前の教会音楽や食卓音楽および野外奏楽という仕事の他に、
大規模な管弦楽演奏や、弦楽四重奏などによる室内楽演奏が
活発におこなわれるようになった」
とか書かれている。

以下、CD解説は、各曲の解説となる。
「この録音にある4曲は、
とりわけ編成から、しかしそれだけではなく、
二つのペアからなる。
カッサシオンHob.Ⅱ:1とディヴェルティメントHob.Ⅱ:11は、
ノットゥルノHob.Ⅱ:20とカッサシオンHob.Ⅱ:G1がそうであるように、
作曲時期も近く(1765年頃)、
フレームワークや内部の詳細などの構成も類似である。
ト長調のカッサシオンHob.Ⅱ:1と、
ハ長調のディヴェルティメントHob.Ⅱ:11は、
6重奏曲であり、フルート、オーボエ、2つのヴァイオリン、
チェロとヴィオローネにより、
類似の4楽章構成:
1.ソナタ形式の速い楽章(アレグロ/プレスト)、
2.緩徐楽章(アンダンテ)、
3.メヌエット、
4.変奏曲(モデラート)、
である。
この型にはまった形式に、
息を吹き込まれた生命は、彼の熟達を証言するものだ。
ヴィオローネ以外の全ての楽器は、
その独奏や、様々な組み合わせでパッセージを強調する場面がある。
いくつかの例を挙げると、
フルート、オーボエ、第1ヴァイオリンが、
カッサシオン(Hob.Ⅱ:1)の第2楽章で、カデンツァのような、
コンチェルタンテなパッセージを見せ、
二曲ともトリオでは、
ピッチカート伴奏によるチェロ独奏があり、
二曲とも終楽章で、バスの通奏を背景に、
各楽器が独奏曲のように振る舞う。
両曲の特徴で、特別なのは、
いくつかの標題的な書き付けがあることで、
カッサシオンの終楽章は、『幻想曲』とされ、
ディヴェルティメントの第2楽章は、『夫婦』とされ、
ディヴェルティメントの全体は『誕生日』と書かれている。
これらの由来や意味は分かってないが、
ハイドン自身の創案でないことだけは確かである。」

このように、このCDに含まれる、
2曲目と4曲目の解説が先になっている。
ヴィオローネというのはあまり聴かない楽器であるが、
ヴィオラ・ダ・ガンバ属の最低音楽器なので、
コントラバス相当と考えればよさそうだ。
これは独奏がなくても仕方がない。

さて、ここで、各曲を聴くと、
まず、「誕生日」のディヴェルティメント(Hob.Ⅱ:11)
これは、ハ長調ということで平明でありながら、
非常に快活で楽しいもので、他の演奏を聴いたこともある。
さしずめ、ハイドンのディヴェルティメントの代表曲と考えてよさそうだ。
題名の由来は分からんとあったが、いかにも、そんな雰囲気の音楽。

Track6:プレスト(2分37秒)
非常に楽しげなお祝いの音楽に聞こえなくもない。
ヴァイオリンとフルートが活発にかけ合って、
ほほえみがもれて来る感じ。

Track7:アンダンテ「夫婦」(3分22秒)
ここでは、ヴィオローネの低い音と、
ヴァイオリンの高い音が並行して穏和なメロディを奏で、
これまた、年配の夫婦の落ち着いた会話を思わせ、
ハイドンもそんな風景を想像して作曲したのではないか、
などと自然に思える。

Track8:メヌエットとトリオ(3分4秒)。
典雅で上品なメヌエットである。
いくぶん取り澄ました感じも、何となく初々しく、
トリオのチェロ独奏も、ここぞと威厳を見せているようで楽しい。

Track9:終曲、主題と変奏、モデラート(9分36秒)。
主題は第2楽章に似て、ヴァイオリンとバスが、
並んで進んでいくような感じ。
チェンバロの音色も美しく、
モデラートというだけあって、
後のソナタの主流となるような快活さはないが、
とても心温まる終曲である。
チェロ独奏、フルート独奏、ヴァイオリン独奏、
オーボエ独奏と、各奏者が楽しげに出番を待ち、
このゆっくりとしたテーマを繰り返していくので、
10分近くかかるのである。

ベートーヴェンが「英雄交響曲」で、終曲を変奏曲としたのは、
こうした前例を見ると、別に新機軸でもなさそうだ。
モーツァルトのクラリネット五重奏曲もそうだった。

次に、カッサシオン ト長調 Hob.Ⅱ:1。
これは、晴れてホーボーケン番号1に分類されているもの。
Track15:アレグロ(3分27秒)。
出だしから弦楽と管楽の対比が美しく、
特に、フルートとオーボエの管の重なりが、
夢のような色彩を醸し出して美しい。
楽想も、緊張感をはらむ一瞬もあって、
前の曲より立体的である。

Track16:アンダンテ・モデラート(6分47秒)。
これは、内省的なヴァイオリンの歌に、
木霊のような木管の和声が唱和する音楽で、
叙情的で、エマーヌエル・バッハを思い出したり、
もっと後のロマンティックな音楽を思い出したりした。

Track17:メヌエットとトリオ(1分57秒)。
無骨なメヌエットである。
性格的には曖昧でもよいというカッサシオンながら、
完全に交響曲などの原型になている。
トリオのチェロも雄弁で短い楽章ながら、
印象的な効果を持つ。

Track18:幻想曲。モデラート(7分48秒)。
広がりのあるメロディーで、
大きくバスが波打って、
CD解説にあったように、
その上を各楽器が活躍し、
パッサカリアみたいに荘厳である。
あるいは、パヴァーヌのように優雅と、
言っても良いかもしれない。

ハイドン研究の権威、
故大宮真琴氏は、これらの作品に対しては、
いたって冷淡で、「両曲とも1750年代の作曲と考えられている」
と書いているだけであるが、
とても聴き甲斐のある音楽である。
どの曲、どの楽章も、何よりもメロディーが美しいし、
楽器の魅力を、前面に引き出している。

しかし、古典期の弦楽四重奏曲が、第1ヴァイオリン主導型というので、
てっきり古い音楽は、みなそうかと思っていたが、
意外にソロイスティックなものも多く、
シューベルトの「ます」などは、
そうした原点に戻ったという側面がありそうである。

また、ハイドンの初期作品が、
あまり演奏されないのは、詰まらないから、
というのもウソのようだ。

では、残りの9声部のものも、CD解説を見てみよう。
「他のペアをなす二曲、
Hob.Ⅱ:20とG1は、もっと大規模なもので、
二曲同様に9つの楽器、
2つのオーボエ、2つのホルン、2つのヴァイオリン、
2つのヴィオラ、バスによるもので、
同様に5つの楽章、アレグロ、メヌエットⅠ、
アダージョ、メヌエットⅡ、終曲(プレスト)からなる。
その機知と若々しいひらめきは、
先の二曲と同様である。
性格的には、それほどコンチェルタンテではなく、
おそらく、それが、この曲らが、
もっと早い時期のものであるという証拠になろう。
ハイドンの伝記を書いたC.F.パウルが、
『庭園の音楽』と書いたような性格を持つこれらの二曲は、
1757年以前のものであろう。
カッサシオン ト長調 Hob.Ⅱ:G1は、
絶対にハイドン作品であるかどうかは分からない。
彼を作者とする直接的な証拠はまだ見つかっていない。」

ということで、後にアイブラーが採用する、
緩徐楽章をメヌエットが挟んだ形式の原型の一つを、
ここに聞き取ることが出来る。

しかも、二曲あって、いずれも同じである。
今回聴いた4曲のうちの2曲が、
交響曲やソナタの原型のような4楽章であるのに対し、
他の2曲が、この形の5楽章構成なので、
昔は5割の確率で、こうした、
メヌエットサンドウィッチがあったと考えても良さそうだ。

カッサシオン(ノットゥルノ) ヘ長調 Hob.Ⅱ:20。
この曲は、一連のHob.Ⅱのものでは、大きめの数字を持っているが、
どういった順番なのだろうか。

カッサシオンは、窓辺に女性を呼び出す音楽とあったが、
そんな感じはせず、室内の祝典のための音楽に聞こえる。
宮殿の室内調度の、品の高さを感じさせる。
編成が大きいことも、それを助長する。

しかし、チェンバロが入っていないので、
屋外用とされているのだろう。
解説では、「ノットゥルノ」と呼ばれていたが、
「夜曲」として聴いてもいいかもしれない。

Track1:アレグロ(モルト)(4分7秒)。
総奏で始まる力強い音楽である。
ホルンの豪壮な響きも野趣を感じさせ、
ヴァイオリン主導的に、ぐいぐい進んでいく感じ。

Track2:メヌエットとトリオ(4分3秒)。
この楽章も、シンプルながら、
響きが厚く、メヌエットと言っても、
もっと雄大な感じがする。
トリオは、ヴァイオリンの掛け合いに、
木管が応えて、幻想的である。

Track3:アダージョ(5分47秒)。
物憂げで、楽器の綾も美しい緩徐楽章である。

Track4:メヌエットとトリオ(2分54秒)。
のんびりと間延びしたような、
いかにもハイドン的なユーモアを感じさせるメヌエット。
トリオも、何だかおどけたようなもので、
ホルンが響き渡って、オーボエの強い音色が華を添える。

Track5:終曲(プレスト) (2分7秒)。
この楽章は、ゆっくりとしたメロディーに、
急速なパッセージが絡まって、とても、変化に富む、
スリリングなものである。

あと、真作か分からない「G1」という謎のナンバリングのものがある。
しかし、聴くと分かるが、最も変化に富み、
充実した楽曲だと分かる。
この曲には活発にチェンバロが入る。
屋外音楽として演奏してはいない模様。

カッサシオン ト長調 Hob.Ⅱ:G1。
Track10:アレグロ・モルト (1分58秒)。
力強く推進力があり交響曲風の迫力がある。
しかし、2分に満たないというのが面白い。
中間部で木管が影を差す情緒も美しい。
ハイドンの真作として認定したい作品である。

戸外でこんな楽しげで魅惑の音楽が鳴り始めたら、
どんなにお高く止まったお嬢さんでも、
顔は出さずとも、窓辺で聞き惚れること請け合いである。

Track11:メヌエットとトリオ (3分41秒)。
楽器の音色の重なりも重厚なメヌエット。
荘厳で、しっかりしたメロディーも美しく、聴き応えがある。
トリオも、瀬戸物細工のように愛らしい。

Track12:アダージョ (3分24秒)。
繊細なヴァイオリン独奏が滑り込んできて、
夜の庭園のかぐわしい空気を感じさせる、
ロマンティックな音楽。バスの動きが、情感を盛り上げる。
この曲がハイドンの目録から外れたら、
かなり寂しく思えることだろう。

しかし、これら9声部の管弦楽アンサンブル曲を、
大宮真琴氏は、1760年前後の作曲と考えられる、
と書いているのみ。

Track13:メヌエットとトリオ (3分34秒)。
楽しげな楽想で、屈託なく、独奏的な装飾も美しい。
トリオでは弦楽のピッチカートを背景に、
ホルンとオーボエが天空に舞う。

Track14:終曲(プレスト) (1分58秒)。
つま弾きのような開始部から、
何かわくわくさせる雰囲気で期待を高める。
非常に魅力的なプレストである。

カッサシオンが、通りの音楽だろうと、
恋愛の音楽だろうと、女性を窓辺に呼び寄せるものに相違なく、
一緒に遊ぶ感じを出すにはメヌエットが一番だったかもしれない。
しかも、その間に、アダージョという叙情的な部分を入れる。
もちろん、男性の心理描写であろう。

このト長調のカッサシオンを見ると、両端楽章は、
共に2分に満たない。
つまり、初めは女性を呼び寄せるもの、
終わりは立ち去るか連れ去るためのもので、
アバンチュールの交渉用としては、
本質的ではないので短いのかもしれない、
などと勝手な空想をしてしまった。

これを読んで信じないように。

そう考えると、このメヌエットサンドウィッチ構成は、
とても合理的な楽章配置ではないか。

演奏は、以前、ハイドンの交響曲の室内楽バージョンで取り上げた、
リンデ・コンソートのもので、自信に満ち、
楽器の音色も輝かしく、傾聴せざるを得ない名演奏である。
録音もしっとりとして美しい(1986年、教会内の録音)。

表紙デザインは、エステルハーツィの宮殿の風景画であるが、
人も閑散として、庭園もよく見えず、砂地が殺風景である。
まさか、こんな所まで、若き日のハイドンが引き連れたような、
流しの楽隊は来たのだろうか。

ということで、デザインは格調高いが、少々、物足りない。
これまで読んできたように、カッサシオンは、
限りなくパッショネートな側面があったはず。

しかも、作曲したのは若き日のハイドンである。
1750年代、60年代といえば、32年生まれのハイドンは、
まだ20代だったかもしれない。

もっとギャラントできらびやかなデザインがよい。
夜中にぎらぎらする下品なものでもよい。
そうしないと、先入観で、
いつまでもハイドンは、パパ・ハイドンで、
死後200年を超えても復活しないかもしれない。

まあ、この絵画のような宮殿に、
お抱えになった後で書いた音楽は、
そんな下心はないのかもしれないが、
それだと誰にも無関係な飾り物になってしまう。

ハイドンの機知は、本来の意図を封じ込めているに相違ない。

得られた事:「カッサシオンは、ナンパ活動に重要で、かつ、需要ある音楽。二人で戯れるメヌエットに、心情告白のアダージョが挟まる。」
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by franz310 | 2010-02-06 21:33 | 古典