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クラシック音楽への愛と悲しみの日々
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その193

b0083728_23484589.jpg個人的経験:
私が30年ほど前に、
ヴィーンで聴いた演奏会で、
シューベルトを奏でたのは、
当時、すでに、15年の歴史を誇っていた
ウィーン・ハイドン・トリオであった。
確か、前半は、ツェムリンスキーを演奏し、
後半にシューベルトの「2番」をやった。
彼らが演奏したシューベルトの
ピアノ三重奏のCDは、第1番、第2番共に、
テルデックで聴くことが出来る。


第1番は、「ノットゥルノ」と、
第2番は、「ソナタ楽章」とカップリングされている。
これらの曲目では、テルデック・レーベルは、
もっと若い世代のトリオ・フォントネの演奏(1994)や、
もっと独奏者としても有名な、
シフ、塩川、ペレーニ盤(1995)を次々と出した。

「ます」が廉価盤として長命を保ったのに対し、
これらのCDは、完全にお払い箱状態かもしれない。
それにしても、このレーベルは、よほどこの曲が好きなのであろう。

しかし、このCDのデザインは、
何だか、類例を見ないものだ。
ピアノの鍵盤が写真でドアップ。
そこに、意味不明な三日月の線画が重ねられている。

「ます」の五重奏曲に関しては、
私は、ハイドン・トリオの演奏の方が、
トリオ・フォントネより良いように感じた。
したがって、これらのピアノ三重奏曲も、
きっと味わい深いものに相違ない。

また、解説を読んでみると、
かなり興味深い事実を指摘していて、
大変、興味深い。
前回、日本の音楽評論家による、
「妄想」と、戦前から変り映えしない一般論を交えた解説に、
うんざりしていた私には、心ときめくものであった。

第1番の方の解説は、この曲の謎に満ちた、
作曲時期について踏み込んだものだ。
Uwe Schweikertという人が書いている。

「シューベルトの、ピアノ、ヴァイオリン、チェロのための
三重奏曲変ロ長調作品99(遺作)(D898)は、
もっと有名な兄弟分、三重奏曲変ホ長調作品100(D929)の、
陰にあって、何となく継子扱いを受けている。」

これは、カザルス・トリオ、オイストラフ・トリオ、
ハイフェッツらのトリオによるレコードで、
変ロ長調を親しんで来た日本人には、
実感の湧かない記述ではあるが、
確かに、この曲に関しては、「ます」の五重奏曲同様、
成立の由来に関して、よく分からない点が多いのは事実である。

昭和50年の「レコード芸術」付録の、
最新レコード名鑑「室内楽曲編」(大木正興著)でも、
「第2番」の項で、「この曲は変ロ長調の曲と違って
生まれ出たときから目立つところの出ていた曲であった」
と書かれていた。
「変ロ長調のほうが素朴、流麗、
そして概して屈託のない明るさを
曲の基調としているのに対し、
これは、不安、不満、憧憬の色がきわめて濃く、
喜遊的なピアノ三重奏曲の伝統から離れて、
彼自身の内なる声をこの曲種に乗せた天才的な作品である」
と比較、断言がなされている。

このように、変ロ長調の方は、
昔から、「屈託のない明るい曲」だから、
変ホ長調より前の作品に違いないと思われていた。

このテルデックのCDでは、そのことについて、
がっぷりと取り組んだ解説になっている。

決して、志鳥氏のように、(以下創作であるが、)
「私は、この曲を聴くと、いつも、貧しかったけれど、
心は豊かだった青年シューベルトの短い人生を想うのである」
などという月並みな感想で解説を終えるのを潔しとしない。

「自筆譜はとうに失われており、
シューベルトの生涯に関するものにも、
彼の友人たちの無数の回想の中にも、
この曲に関するドキュメントはない。
この曲が彼の生前に演奏されたかという、
答えられない問題も残っている。
ヴィーンのディアベリによって、
『第1大三重奏曲』というタイトルで、
1836年で初めて出版された。」

このあたりからして、非常にわかりにくい。
ディアベリが「第1」と勝手につけたのだろうか。
あるいは、ディアベリから出された「第1」ということだろうか。

しかし、ピアノ・ソナタ第18番として知られる、
ト長調の「幻想ソナタ」などの自筆譜には、
「第4ソナタ」と明記されているとあるので、
失われた自筆譜にそう書かれていたのかもしれない。

「この作品を受け取ったロベルト・シューマンは、
『新音楽時報』にて、その時、こう書いている。
『新しく出版されたものは、恐らく古い作品であろう。
もっと前の作風を示しているし、
変ホ長調のものの少し前に作曲されたに違いない。
しかし、これらの作品の内容は大きく異なっている。』
作品番号が若い事と、最初に出版された時の名称もあって、
古い時代にはこの作品はこの作品を作品100の前に位置づけた。」

これも極めてややこしい話で、
作品番号はシューベルト自身が決めたのだろうか。
変ホ長調のトリオの作品番号100に関しては、
シューベルトはかなりこだわったようだが、
(これは出版社とのやりとりが残っていて確実)、
実は、この変ロ長調にも同様のこだわりを持っていたのだろうか。
ディアベリの証言が欲しいところである。

「正確な作曲時期は確定できないが、
今日では一般にこの作品の作曲は、
1827年11月に作曲が開始され、
12月16日に初演された変ホ長調のトリオの、
完成前ではないと見なされている。
シューベルトの新作品全集(SeriesⅥ,vol.7)の序文で、
アーノルド・ファイル(Feil)は、この作品が、
1828年4月か5月に書かれたという証拠となる議論を提示した。」

実は、このCDの解説にはないが、
この推論に対する反論もあり、
前述のように、作品99としたのは、
シューベルト自身だという論法もあるようで、
まことにややこしいが、ここでは、一応、
このファイル説に従っての解説が試みられている。

「このことは、変ロ長調をシューベルトの死に先立つ、
半年内に作曲されたものに含めることになる。
差し迫った焦燥はなく、むしろ、
受動的に安らかに消えゆくような、
この作品の静かに旋回するような外観
(例えば、第1楽章の展開部や、緩徐楽章、
スケルツォのトリオ)から、
これを弦楽五重奏曲ハ長調(D956)や、
最後の三つのピアノ・ソナタ
(D958-960)のような作品に、
近いものと考えたくなってしまうが、
これも推測に過ぎない。」

しかし、このような妄想は少し歓迎である。
確かに、言われてみれば、より諦念に近づいた作品と見えなくもない。

「すでに述べたシューマンの記述によれば、
『もっと活発で男性的で劇的』な変ホ長調よりも、
変ロ長調は、『受動的、女性的で叙情的』である。
性別の表現で述べられた対立は、
二作品の性格のみならず、
変ロ長調の作品理解にも示唆するものがある。
変ホ長調が決然と切り詰められていて、
ベートーヴェンの作品97のように、
古典的だと見なされるとしたら、
変ロ長調の、より明快で叙事的な形式の扱いや、
幅広い衝動的な反復は、
一般的にロマン的な音楽と言われるもののエッセンスだ。
一方でシューベルトはベートーヴェンの例のように、
4楽章構成を取り、ピアノに技術上、表現上の支配権を持たせ、
交響的な要求を課した。
ベートーヴェンの作品が、
社交的なものと、形式的なものの間を浮遊するのに対し、
シューベルトの作品は、主題やコントラストにおいて、
社交的なものと名技的なもの、
または、ブルジョワの名士と、
そして、孤独な空想とを結びつける。
こうした外観は、
変ロ長調トリオの最初の3楽章のみならず、
お開きのダンスを想起させるロンドに顕著に特徴付ける。
2/4拍子から3/2拍子への変化は、
興奮して速い行進曲が、同じ拍子を保ちながら、
揺れるようなダンスのリズムとなり、
時空が魔法のように分解していく。」

以前、アベッグ・トリオの解説のライカウ氏が、
シューベルトの音楽には、時間の概念の崩壊があるように書いてあったが、
同様の事を、このシュヴァイカート氏も言っているようだ。

b0083728_23504057.jpgこのように、この解説では、
このトリオにおける、
シューベルトの晩年様式を、
さらに強調し、
もっとロマンティックに
解釈しているようだが、
このウィーン・ハイドン・トリオの演奏は、
どのように聞こえるだろうか。

私は、トリオ・フォントネなどの演奏に比べて、
かなり細かい表現を追求した演奏だと思った。


あるいは、ヴァイオリンやチェロの音色が美しいが、
線が細めで、興奮しているように聞こえるから、
そう思えるのだろうか。


第1楽章が、単に楽しげな音楽であるという印象が強いが、
第1主題から第2主題に到る過程では、
ピアノがどんどこ打ち鳴らされて集中力が高く、
何かがひたすらに追求されていく感じ。
歌謡的な第2主題がチェロで現れると、
その緊張が、ほっとほどけて行く。
ピアノが心を込めて、この歌を続けるところも美しい。

展開部でも、この高い集中力、ひたむきさが、
目の詰んだ響きで追求されていると同時に、
第2主題が現れるところでは、柔らかく優美に歌われる。
こうした曲想の変化で、少しずつテンポを揺らして、
シューベルトの声に丁寧に耳を澄まそうという姿勢が伺える。
それが、何やらやるせない情緒を醸し出して行く。

そういった意味では、さらに晩年様式を強調して、
諦観しようという演奏ではない。

第2楽章の美しいチェロに、
ヴァイオリンが重なっていくあたりも、
焦燥感が高まるかのようにテンポを揺らし、
何かを思索しているようである。
この楽章も、弦楽五重奏のような雄渾な感じはなく、
もっとナイーブで、そういった意味では、
解説にあるような内容を表わした演奏ではない。

第3楽章のように小刻みな展開では、
この団体の弦楽部の線の細さが強調され、
メンデルスゾーンのスケルツォのような、
妖精の踊りのような揺らめきが感じられる。

ただ、トリオに入る前の強奏時に、
一瞬、音合わせのような間が置かれるのは何故か。
彼ら特有のアクセントだろうか。
少し、流れが止まったような感じを受ける。

解説に、特に後期様式が感じられるとあったトリオ部は、
この演奏では特に幻想的で、
解説にあったとおりの色調を滲ませる。
丁寧に表情を変えて聴かせ、
ヴァイオリンとチェロが不思議な無重力感を持って浮かび上がる。

第4楽章、解説で難しいことが書いてあった楽章であるが、
力任せに盛り上げるのではなく、
錯綜した楽想を踏みしめるように踏破していく趣である。
このあたりを勢いで行ってしまうと、
シューベルトの魅力は半減してしまうかもしれない。
緊張と弛緩を繰り返しながら、
解説にあったような、行進曲から舞踏への変容を描き出す。

「今回のハイドン・トリオの変ロ長調の録音には、
切り離された形で残されている、
作品148(遺作)(D897)の
三重奏楽章変ホ長調が収められている。
1846年、『ノットゥルノ』の名称で最初に出版されたが、
これはシューベルトのオリジナルではない。
最初、変ロ長調トリオの中間楽章として作曲されながら、
アンダンテに差し替えられたのかどうかは推測の域を出ない。
繰り返させるメロディー、伴奏の音型、月並みなリズムは、
アルフレッド・アインシュタインをして、
『奇妙にうつろなアダージョ』と呼ばせしめた。
波の上を滑るようでありながら、
表記上は、『情熱的に』と書かれた、
この音楽は、ノヴァーリスが作ろうとした、
ロマンティックな『魂を震わせる芸術』の如く、
感覚的な魅惑に対する内面の争いの一例である。」

この団体の丁寧に表情をつけて行くやり方は、
こうしたシンプルな曲では、最大限に効果が発揮される。
ただし、ノヴァーリスまでを引合いに出した、
この解説の意味するところはよく分からない。


b0083728_23512012.jpgさて、ウィーン・ハイドン・トリオによる
シューベルトのピアノ三重奏曲第2番こそ、
私がウィーンで聴いた貴重な音楽である。
彼らは、確か、演奏が終った後、
いろいろ解説をしていたが、
第2楽章のメロディーのようなものを、
演奏してみたりしたような記憶がある。
このメロディーはスウェーデンの民謡の引用
という説があるので、きっとその話を
しているのだろうと推測した。


第1番が87年9月に対し、それより早い6月の録音。
ディレクターは、二曲ともウォルフガング・モーアとある。
ヴィーンの団体ながら、ベルリンのテルデック・スタジオでの録音である。
7年後に、ここで、トリオ・フォントネが同じ曲を録音するが、
さすがに、レコーディング・プロデューサー、
トーンマイスターは同じ人、エバーハルト・セングピールとある。
何と、この人は97年録音のトリオ・フォントネの「ます」でも、
同職を務めていた。

81年のハイドン・トリオの「ます」も、
同じテルデック・スタジオの録音なので、きっと、
セングピールさんの録音だろう。

しかし、この二枚のCD、
一方の製品番号は、8.43682とあり、
もう一方は、8.43683なので、
一連の企画と思われるが、
背表紙は、前者には、「TRIO NR.1」とあって、
後者には、「TRIO OP.100」とあり、
統一感ないこと甚だしい。

Printed in West(!) Germanyとあるが、
ドイツ人は気にならないのだろうか。

ちなみに、後者のデザインはピアノの鍵盤の大写しに、
ヴァイオリンとチェロの線描が重なっている。
ますます、さっきの三日月の意味が気になる。

このCDでも解説は、第2楽章のところでそれを述べている。
ただし、解説者の名前がないのは残念。
こんな不統一も私には気になるが。

「膨大な量の歌曲や、
ほとんどない成功しなかったオペラを除いて、
シューベルトの作品は、もっとも内輪の友人たちのサークル、
『シューベルティアーデ』で演奏された。
出版社に促され、
彼自身の作品による公開演奏会は一度だけ、
すでに死の年になる1828年3月26日に、
ヴィーンのムジークフェラインで催された。」

公開演奏会は、友人たちに促されたのではなかったか。

「いくつかの歌曲、ニ長調四重奏曲『死と乙女』の変奏曲、
アルト独唱と男性合唱による『セレナード』に加え、
変ホ長調のピアノ三重奏曲もまたプログラムに載った。」

ここで演奏されたのは、「新作の四重奏曲」とあり、
一般には、最後のト長調とされる事が多いが、
何と、この解説では変奏曲とまで明記されていて驚いた。
これが、何か、研究成果に基づくものであるかは分からない。

「ホールは満員になり、すべての作品が喝采され、
この一夜は財政的にも芸術的にも素晴らしい成功となった。
しかし、こうした俗世的成功にもかかわらず、
11月にチフスに倒れるまで、
作曲家は、さらなる燃えさかる創作意欲に身を献じた。
長い宿痾に弱められていた彼の健康は、
急激に衰え、運命の皮肉か、ようやく出版社に受け入れられ、
首を長くして待っていたこの三重奏曲の印刷譜を受け取る直前に、
作曲家は、1828年11月19日、
32歳(原文のまま)で亡くなったのである。
作品は印刷譜となったのはわずか一ヶ月後のことだった。
8月1日になってようやく、シューベルトは、
ライプツィッヒの出版社プロープストに書き送っている。
『トリオの作品番号は100です。
この作品は誰にも捧げませんが、
気に入ってくれた人のためのものです。』」

シューベルトは、ここで何を言おうとしたのだろうか。
誰か、適当な人がいれば、献呈を適当に入れてもらっても良い、
などという意思表示にも見えたりもする。
それとも、自分は、何者にも束縛されない、
という気概の現れであろうか。

しかし、ベートーヴェンの「大公トリオ」などは、
ルドルフ大公に献呈されたが故に、
人口に膾炙するニックネームを得たわけで、
献呈の有り無しがその音楽の運命を決する場合もあるだろう。

「古典的なソナタ形式から離れ、
作品99からさらに厳格で思索的なこの作品は、
最初の楽章では、4つのテーマのうち、最後のものが発展して、
広く広がって荘厳な展開部を支配する。」

主題が四つもあるのかと思うが、
音楽之友社の作曲家別名曲解説ライブラリーにも、
このようにある。
「多くの主題をブロック的に連ねたような構成を取る」、
「ユニゾンの力強い第1主題で始まる」
「スタッカートの第2主題が現れる」
「チェロとヴァイオリンが歌い交わす
変ロ長調の第3主題が優美に現れる」
「続けて小結尾主題がppで奏された後、
輝かしさを増して呈示部を締めくくる。
展開部はもっぱらこの小結尾主題が
様々な調を巡りながら扱われる。」

ということで、あまり意識した事はなかったが、
やはり主題が四つあるようだ。

ブルックナーの交響曲を語る時に第3主題まであることが、
よく巨大化の例として引合いに出されるが、
それより前にこうした例があったということか。

ハイドン・トリオの演奏は、
曲想に合わせてか、かなりの切れ味を披露している。
音色に豊饒さがいくぶん不足するせいか、鋭角も目立ち、
彼らの気合いが目に浮かぶようである。

しかも、各楽器が浮かび上がるように表現する繊細さは幻想的、
線が絡み合うところはまことに優美である。
そうした表現上の工夫をちりばめながら、
音楽は抜き差しならない緊張感に高められ、
遂には、壮大なクライマックスが形成される。
この時の、踏みしめるような表現の真摯さも良い。

最後に音が消える一瞬まで神経が通っている。

「第2楽章は北方のバラードによる憂鬱な歌が基調となる。
その主題でシューベルトは、
ヴィーンでの私的な演奏会で、
ストックホルム出身のテノール、
イサーク・アルバート・ベルクが歌った、
スウェーデン民謡『日は沈み』を引用したと言われる。」

ここでも、第1番と同様、チェロの魅力的な歌が聴かれる。
このようなのを聴いて、このチェロ奏者は、
かなりの歌心を持った人という感じを受けた。
やや足取りが速い中、
時折、火花を散らすような表現をまき散らしながら、
このニヒルな歌が紡がれて行くが、
ヴァイオリンもピアノも興奮して震えながら、
作曲家との語らいを続けていく。

「スケルツォは、『レントラー』のテーマが、
巧みなカノンで注意深く使われ、
憂鬱なムードを散らす。
トリオ部のワルツは、和声的にリズム的に凝集して錯綜する。」

焦燥感を感じさせ、この楽章も速めである。
ここでも、やはり、浮遊するような軽やかさがあって、
トリオでは、炸裂と自制の間で悩ましい感じ。

「終楽章は、ソナタとロンドを奇妙に浮遊し、
賑やかな要素のバランスを取ろうと試み、
北方の主題が苦い回想を持って二度再現される。
コーダになるまで、輝かしい長調の終結への変容は訪れない。」

このような複雑かつ長大な楽章では、
この団体特有の、細かい表情変化で、
興奮と沈潜を繰り返していくやり方は効果的である。
ピアノの分散和音の中から、
あの第2楽章の美しい主題が立ち上がり、
チェロで歌われる時の深々とした息遣い、
ヴァイオリンが小刻みな短調主題を奏でる時の
震えるような表情。

ただし、終り方はたいそう素っ気ない。
こうした錯綜の中から、
次第に解決の糸口が見えて来て、
まるで、最初からそこに落ち着くことが、
最初から決まっていたかのように、曲が閉じられる。
何だか、肩すかしをくらわされたような印象すら残る。

ヴィーンでのあの夜もこんな風だったのだろうか。

このCDでは、ピアノ、ヴァイオリン、チェロのためのソナタ、
変ロ長調(1812)が余白に収められている。

私は、今回、解説を読んでいて、
最も、驚いたのが、この部分である。

「複数楽章の楽曲となる構想がありながら、
断片に終ったこの作品は、ヴィーンの音楽学者、
アルフレッド・オーレルによって、
1922年に初めて発見された。
知られているシューベルト最初期の室内楽作品の一つで、
メロディー創出の素晴らしい才能の他に、
前期古典派のロマンティックでないスタイルが見られる。
当時の若い作曲家は、ヴィーンで活躍していた、
ボヘミアの作曲家コジェルフ(1748-1818)に傾倒し、
音楽の本質は軽いながらも、
時として、目覚ましい和声進行によって、
少年を夢中にさせていた。
彼自身の初期のソナタ楽章も、テーマを発展させるより、
動機で遊ぶことを元にしている。
楽章の形式的な繋がりを生み出しつつ、
主要動機の順番を変えたりして、注意深く考えられており、
この少年の審美眼の驚くべき確かさを示している。
シューベルト自筆のノートによると、
この楽章は1812年7月27日に書き始められ、
同年8月28日に完成された。」

何と、こんな風にコジェルフが出て来るのである。

モーツァルトのライヴァルとして、
ようやく、音楽史に名を残すコジェルフ。

しかし、少年時代のシューベルトは、
コジェルフの作品など、時代遅れで古くさい、
という仲間たちに向かって、
そんなことはない、というニュアンスで言い放ったという。

実際に、コジェルフに影響を受けた作品があるとは、
今まで、私は、考えたこともなかった。
が、このように書かれると、確かに、このような、
凝集よりも発散の中に、止めどもなく流れて行く音楽は、
コジェルフ、と言われれば、最もしっくり来るではないか。

私は、これまで、この音楽を真面目に聞いたことがなかったが、
ここで、取り上げて来たように、
コジェルフのような作曲家の作品に耳を澄ませた後では、
シューベルトのこの音楽は、妙に親しく耳に響くのでびっくりした。

ヴァイオリンが高音で典雅に曲を主導する曲想や、
感覚的なものに身を委ねて進行する曲の構成は、
トリオ・フォントネのようなグループにはぴったりであった。

もちろん、ハイドン・トリオの、
作曲家の心に触れようとする丁寧な音楽作りで、
この曲を味わうと、中学生くらいの小僧シューベルトの、
自分が生み出す音楽の一音一音に、
ときめいている心の動きまでが垣間見えるようで、
実に微笑ましい。

得られた事:「シューベルトはコジェルフを擁護したばかりか、実際にコジェルフ風の音楽を書いて、ときめいてもいた。」
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by franz310 | 2009-09-26 23:54 | シューベルト | Comments(0)

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その192

b0083728_23564292.jpg個人的経験:
ピアノ三重奏団の演奏した、
シューベルトの「ます」で、
CD時代以降、最も、
日本で流通したのは、
ウィーン・ハイドン・トリオの
ものかもしれない。
ワーナーの、クラシック・ベスト100
という廉価盤シリーズに、
「死と乙女」との抱き合せで、
組み込まれたからである。


しかし、この再発売盤のCDは、
これらの曲の組み合わせもさることながら、
ウィーンの団体と、アメリカのフェルメール四重奏団の演奏を、
組み合わせたことにも、妙な違和感を残すものだった。

私は、むしろ、生々しい魚の写真をあしらった、
「ます」だけを収めた、オリジナルのLPや、
CDの方に魅力を感じる。

このピアノ三重奏団、
実は、私は、もっと高く評価すべきなのである。
私は、この団体をヴィーンで聴く機会があり、
彼らが、忘れがたい印象を残しているからである。

「ます」ではなかったが、シューベルトの作品であった。
ピアノは、ハインツ・メジモレツ、
ヴァイオリンはミヒャエル・シュニッツラー、
チェロはヴァルター・シュルツ。

このシュルツは、何と、アルバン・ベルク四重奏団の、
第2ヴァイオリンのゲルハルト・シュルツの兄弟らしい。

私は最近、それを知って驚倒した。
(78年から、第2ヴァイオリンはシュルツが受け持っている。)

というのは、私は、期日を接してザルツブルクで、
このアルバン・ベルク四重奏団をも、
偶然、聴いていたからである。
同じ家族の兄弟の演奏を堪能していたということだ。

余談になるが、さらに、シュルツ兄弟と言えば、
ベーム指揮の「フルートとハープのための協奏曲」で、
独奏を務めた、フルートのヴォルフガングがいる。

フルート、ヴァイオリン、チェロとは、
恐るべき音楽一家である。

このウィーン・ハイドン・トリオの名前にある、
ハイドンのCDを聞いたことはないが、
ハイドンの三重奏曲の研究、普及のために、
創設されたトリオとも聞く。

ちなみに、ウィーン・ベートーヴェン・トリオや、
ウィーン・シューベルト・トリオというのもある。
ザルツブルク・モーツァルト・トリオや、
ロンドン・モーツァルト・トリオはあったが、
ウィーン・モーツァルト・トリオもあるのだろうか。

さて、ハイドン・トリオであるが、
わたしが、ヴィーンで、このトリオを聴いて来た、
という話をしながら、その団体を知っているか、と尋ねた時、
大学の先輩は、もちろん知っている、
と言っていたから、確かに当時から名の知れた団体だったはずである。

1965年創設という話もある。
当時ですら、15年の歴史を誇っていたわけだ。

ただし、今はどうなっているのだろうか。
テルデックから出ていたこの団体、
イケメンのトリオ・フォントネにその座を奪われた形であろう。

ヴィーンに行って、たまたまその時取得できたチケットが、
偶然、この団体のコンサートだったというだけだが、
そうは言っても、忘れがたい一夜であった。

力演であったこと以外、思い出せないのは事実であるが、
このような体験を持つ私は、この「ます」の演奏を、
誰よりも、堪能しなければならない。

聴き比べにも力が入るというものだ。

とはいえ、その前に、
このウィーン・ハイドン・トリオの演奏を聴いて、
同様の体験をした人がいることに、
触れなければならない。

音楽評論家の大御所だった志鳥栄八郎氏である。
このことは、この演奏のCDをキング・レコードが出した時、
解説に書かれている。

私の体験や「ます」の録音時期を遡ること2年、
1979年の事であるらしい。

このような書き出しの「ひとこと」が、
CD解説に含まれているのである。

「1979年の夏にウィーンを訪れたとき、
わたしは、ある人につれられて、
ウィーン・ハイドン・トリオの連中の練習を
聴きにいったことがある。」

いきなり、「連中」というところがすごい。
「ウィーン・ハイドン・トリオの練習」ではいけないのか。

「彼らが、懸命になって、
ベートーヴェンの『太公トリオ』を練習していたのを
鮮明におぼえている。」

「大公」ではなく、「太公」と書くところも、
「太閤殿下」みたいで不思議な印象がある。

そして、さらに、彼らがカセット・テープをくれて、
「日本でもどしどしレコードを出して下さい」
と頼まれたとも書かれている。

氏は、「ウィーンではそうとう名の売れたトリオである」
などと書いているが、
ピアノ・トリオの中で最も有名な「大公」トリオを、
いまさらのように練習していたというのも、
何となくかっこ悪いし、
さらに、自分たちでカセットを渡して頼んだ、
というエピソードもちょっと冴えない。

「どしどし出して下さい」というのも、
妙に気さくな下町のおっさん風で、
ありがたみに欠ける。

連中と書きたくなったのはこのせいか、
あるいは、連中という先入観があったから、
こんな風に聞こえたのか。

実際は、もっと紳士的に、
「このテープを聴いていただければ、
私たちの仕事の価値がわかっていただけるはずです。」
といった口調だったかもしれない。

それから、志鳥氏は、
「そうした彼らの夢が、いま、
こうして実現しつつあるのはうれしいことだ」と書いているが、
自ら、助力したのか、たまたまそうなったのかは不明である。

ここから、志鳥氏お得意の、
「どこそこに行って、これこれを思い出した」
というエピソードが始まる。

ちなみに、氏は、ハイリゲンシュタッドの散歩や、
ケルンの大聖堂訪問、アルルの闘牛場見物、
テムズ下りなどの体験談で、
当時の少年の心に、異郷への憧れと共に、
羨望の念を植え付けることで高名であった。

「ます」については、
先のウィーン・ハイドン・トリオのエピソードに続いて、
このように書いている。

「シュタイヤーは小さな鉱山町で、
町の中心を清流が走っていた。
その夜、わたしは、この土地の名物の鱒のバタ焼きを食べた。
そのとき、ふっと思い出したのは、
シューベルトの『ピアノ五重奏曲』(鱒)であった。」

私は、このエピソードが大嫌いで、
清流を見たとたんに、
この曲を思い出さなかった志鳥氏の感性を疑った。

「そうである、シューベルトは、かつてこの町で、
この名曲を書いたのだった。」
とだめ押しする点も耐え難いが、
最後の締めくくりにこうあると、
ほとんど絶望的な諦念へと誘われてしまう。

「よくできた話のようではあるが、
これは本当の話である。」

私は自分の体験の意味の中に、
音楽の神秘を位置づけるのは好きであるが、
このように、音楽の価値を高めもせず、
単に、自慢話のようなのはどうかと思う。

実は、この解説を1980年代前半に書き、
志鳥氏は、同様のエピソードを、
「名曲ガイド101」という著書でも著述している。

「この川でとれるマスがおいしいと聞いていたので、
わたしはその夜、食事の時、特にマスの料理を注文した。
・・・日本なら当然塩焼にするところだが、
ヨーロッパでは煙の出る調理法は嫌われている。」
などと音楽を離れ、さらに口調は饒舌である。

おまけに、「味は残念ながらもうひとつであった。」
とも書いている。

そんな時に、この曲を思い出したというのだから、
ひどい話ではないだろうか。

さらに推薦CDとしては、
ブレンデル、ハーラ、レオンスカヤ盤が上げられていて、
ウィーン・ハイドン・トリオの名前はない。

レオンスカヤ盤はハイドン・トリオより後の録音ゆえ、
志鳥氏は、このハイドン・トリオ盤を、
はなから推薦する気はなかったものと思われる。

ブレンデル、ハーラについては、
かつて、ここで酷評した記憶があるので、
繰り返さないが、志鳥氏とわたしは、
何となく、感性の隔たりを感じずにはいられない。

かなりピアノ主導型の演奏がお好みなようだ。

しかし、脱線するが、この人は、
フルトヴェングラー、カラヤン、アンセルメ、ワルター、
ルービンシュタインといった演奏家が好きなようで、
いま一つ、どのような基準で話をしているのか、
混乱してしまうことも多々ある。

さて、このCDにおいて、
ウィーン・ハイドン・トリオと共演しているのは、
ヴィオラが、アタール・アラッド(またはアラード)、
クリーブランド四重奏団のメンバーで、ソロのディスクもあるようだ。
それから、コントラバスがルートヴィヒ・シュトライヒャーである。
この人は、有名な人だと思うが、
どんな録音を出していたか思い出せない。

さて、トリオ・フォントネのCDの表紙が、
生々しい魚の写真であったことは、
以前、ここでも触れたが、
同じテルデックのハイドン・トリオでも、
表紙写真は、生々しい魚体である。

しかし、背景の水色のグラデュエーションは、
魚体の動きを表わすブレ具合と相まって妙に美しい。
遠くから見ると、非常に鮮烈な印象がある。

文字の色調も好ましく、
ドイツ語だけで押し切っている点も爽快だ。

ただし、魚の口から音符が出ているのだけは、
意味不明を珍妙だ。

残念ながら、わたしが持っているキング・レコード盤では、
デザイナー名が書かれていない。

前半、志鳥栄八郎氏の解説の、「ひとこと」に、
いろいろ文句を書いたが、肝心の解説の方は、
5ページあまりを使って、そこそこ親切なものだ。
最後に、
「この曲の最大の特徴は何か・・・、
それは、シューベルトの若さを象徴するかのように、
全体に生気溌剌として、
しかも田園的な詩情にあふれていることであろう。」
と書いてあるのは同感である。

しかし、この後、志鳥節が炸裂し、
ベートーヴェンが、ハイリゲンシュタッドで
「田園交響曲」が生んだように、
「シューベルトは、風光明媚な北オーストリアの感動を
そのままこの曲に託したのであった。」
と結んでいる。

さて、実際に演奏を聴いてみよう。
わたしは、最初、この演奏を聴いた時、
序奏が短すぎるかと思ったが、
今回、聞き直してみて、そんなことはないように感じている。

ただし、かなり強烈な開始かもしれない。

やはり、聞き流していたのと、
じっくり聞くのでは差異があるようだ。

第1楽章冒頭から、前述のように溢れかえるような所があり、
演奏には、何とも言えない一途な魅力がある。
それでいて、余裕がないわけではなく、
ピアノもヴァイオリンも音色を終始美しく響かせており、
しかも、非常に、低音が豊かであるのが魅力である。

シュトライヒャーのコントラバスは、しっかり存在感があり、
多くの演奏での物足りなさは、
ここで何とか満足させることが出来る。

その分、ヴィオラとチェロの分離がもう少しあればと思うが、
第2楽章で、これらの楽器が歌う場面では、
それぞれの音色の特色を聞き分けることも出来る。

その第2楽章でも、演奏は真摯で、かつひたむきなものである。
幻想的、あるいは内向的な表情も良い。
ただし、先を急いで、少しテンポが速いような気もする。
その分、清潔な感じもあるが。

ここでのシューベルトは、初夏の早朝にまどろむことはなく、
何か、鋭敏に神経を高ぶらせて、
何か来るべきものを待っているようである。
私の原点にあるこの曲のイメージとは異なるが、
これはこれであり得る解釈であろう。

第3楽章もまた、切迫感に満ちたもので、
曲想ゆえか、多少、ヴァイオリンとピアノだけが、
主導権を持っているように思える。
私には、このトリオのチェロは、雄弁なような印象があったが、
ここでは、少し影が薄い。

有名な第4楽章でも、最初の弦楽だけの主題提示部からして、
ヴァイオリンだけが興奮しているように聞こえるのは、
いったいどうしたことであろうか。
録音のせいかもしれないが、
ヴィオラとチェロが引っ張られている感じである。

あるいは、こうした状況では組織活動ではあり得そうな話である。
一人、ばりばりやる気があるメンバーがいると、
それは基本的に良いことなので、
止めるわけにはいかなくなる。

さらに、自ら範を示そうとして、
あえて、冷静な態度で応じる場合がある。

じゃあ、勝手にやって貰おうと思ったり、
ひどい場合には、あえて暴走させて自己崩壊を待つ、
という関係にもなりうる。

もちろん、ここでは、
ヴィオラもチェロも、明快な出番があると、
きちんとその役割を果たしている。
しかし、ヴァイオリンのような興奮がなく、


終楽章は、苦み走った曲想もあったりするせいか、
特に、ヴァイオリンの興奮が聞かれるわけではなく、
むしろ、第1楽章の気迫も戻った感じで、
きりっとした感触で、古典的にまとまって美しい。

さすがに高名な団体だけあって、
どの部分でも音色が均一に美しく、
コントロールされたテンポと音量で、
次第に音楽を盛り上げていく様は見事である。

おそらく、実演では、これだけで感動してしまうだろう。

志鳥氏の解説では、
第1楽章では「喪朗」という初めて読む表現に、
目を見晴らされた。

第2楽章は「幻想的」と一般的な表現で、
第3楽章は、「シューベルトの若さが溢れている」とあって、
第4楽章は、「変奏曲の模範的な例」とあるが、
第5楽章では、遂に、伝家の宝刀が一閃する。

「この楽章を聴いていると、
北オーストリアの美景に陶酔している
青年シューベルトの姿がほうふつとしてくる。」

その直前に、「ハンガリー的」といった形容もあるので、
どうも、文章の前後関係が怪しいし、
いくらでも取って付けられるような安直さを感じてしまう。
第1楽章から第4楽章でも、同じ文言が使えると思うからだ。

なお、先の著書は、
「この曲を贈られたシュタイアーの人たちは、
きっと大喜びだったに違いない。」
と書いて、「ます」の解説を終えている。

これも、風景や地方から連想される勝手な妄想を、
さらりと書いて、結論にしてしまうという、
水戸黄門の印籠のようなものの代表例かもしれない。

私は、こうした妄想から研究が発展することが重要だと思うが、
そこから、本当にそうだったのか、
いっこうに調査が始まる気配がないところに、
歯がゆさを覚える。

特に、後者の「大喜び」は、何か証拠が欲しいものである。
「ハイリゲンシュタッドの人たちは、『田園』が書かれて、
大喜びしたに違いない」というのは無理だとしても、
作曲家がどこかの誰かに何か書けば、
常に同様の締めくくりが出来るではないか。

どうも海外のCD解説が、
最新の研究結果を反映しようとしているのに対し、
「おい、本当かよ」と、頼りない感じがしてしまう。

なお、CDではシュタイヤーとなり、
本ではシュタイアーとなるのも面白かった。
私も、この街の名前には混乱してばかりである。
シュタイルなどと書かれたりすると、
普通、同じ街とは思えないだろう。

このように混乱した側面もあったとしたら、
本当に、氏は、シュタイアーに連れられて行ってから、
ああ、これは「ます」が書かれた街ではないか、
と間が抜けたような気付きをしたのかもしれない。

いや、それでも、マスの料理が有名と言われて気づくであろう。

そこを、
「料理を口にしながら思い出したのは」などと書くから、
おかしな話になってしまうのである。

得られた事:「妄想と研究の関係の重要性と危険性。」
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by franz310 | 2009-09-20 00:16 | シューベルト | Comments(0)

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その191

b0083728_23483753.jpg個人的経験:
ピアノ三重奏団に、
ヴィオラとコントラバスを加えた、
編成に相当するということで、
ピアノ三重奏団が、
シューベルトの「ます」を
録音する場合があるが、
ミュンヘン・ピアノ三重奏団も、
同様の措置を伴って、
アルテ・ノヴァ・レーベルで、
CDを出している。


ちなみに、私は初めて聴く団体である。

「ミュンヘン・ピアノトリオ(ピアノ三重奏団)は、
同じような資質の、3人の音楽家から構成され、
全員が、その天性や楽器奏法の高い質によって、
様々な内外の賞や、勲功などの栄誉を得ている。
各人のテクニックの正確さが、
非常に生き生きとした表現を与え、
プレスからも評価されている。
これらの全ての要素が、
多くの契約や音楽祭への招待、
マスタークラスでの教授活動、ラジオ、テレビのための録音、
CDの作成など、彼らの成功の理由となっている。」
とあるが、具体的なことは何もない。

「ミュンヘン・ピアノトリオは、」という所を変えれば、
どの団体にも応用できそうな話である。
そもそも、この3人の具体的経歴が分からないという点が、
大いに不満である。

ヴァイオリンは、アドリアン・ラザール、
チェロは、ゲルハルト・ツァンク、
ピアノは、ヘルマン・レッヘラーとある。

ミュンヘンと言えば、ケンペのミュンヘン・フィル、
クーベリックのバイエルン放送響といった、
私の学生時代を美しく彩った音楽家たちの街である。

いかにも音楽が盛んな印象で、
ラジオやテレビでも活躍というのは、
バイエルン放送響設立の経緯からしても、
妙に納得できる。
そうした活動も、盛んな街なのだろう。

これらのメンバーの師匠の名前が、
バイエルンのコンサート・マスター、
ケッケルトだったりしないかなあ、
などと空想してしまう。
この室内楽の名手の系譜なら聴いて見たい。

あるいは、ミュンヘン・バッハ管弦楽団の、
ビュヒナーといった名前も思い浮かぶではないか。
この人もまた、ミュンヘン弦楽四重奏団を率いていた。

フランスの名クラリネット奏者、ランスロが録音した、
ブラームスのクラリネット五重奏曲は、
この団体が伴奏していた。

そんな勝手な先入観で聴くと、
このヴァイオリンは、いくぶんくすんでいながら、力強い。

例えば、併録されている
D487の「アダージョとロンド」なども、
弦楽部が本来そうであったと言われている、
オーケストラのように響いている。
それで、またまた、そんな妄想が広がってしまう。

ちなみに、共演した二人の方が、親切な扱いを受けており、
ヴィオラは、Tilo Widenmeyerで、
1966年のハイルブロン生まれ。
Madeline Pragerとメロス四重奏団に学び、
バイエルン州立オーケストラのメンバーとある。

また、コントラバスは1964年、トロジンゲン生まれ、
彼は、MassmannとHermannに学んだとあるが、
誰だこりゃ。同じオケの奏者ということなので、
ピアノ三重奏の弦楽部も、同じ母体の人かもしれない。

いずれにせよ、トリオ・フォントネと同世代ながら、
少し若いのではないか。
ただ、おっさんになってからデビューしたら、
何となく若手の団体には見えないのが悲しいところだ。

ここでは、先のD487以外に、弦楽三重奏曲の断章、
D471(よく第1番と呼ばれるもの)が収録されており、
この曲などでも、三人の弦楽奏者の均質性に全く違和感がなく、
ミュンヘン弦楽三重奏団と呼んでもよさそうである。

さて、アルテ・ノヴァであるが、
香港のナクソスに対抗して作られた、
本場ドイツの廉価盤レーベルという感じである。

当初、様々な画期的な企画で登場したが、
社内の内紛もあったようで、私の中では、
現状がよく分かっていない会社になっている。

この録音は、1997年12月、
PullachのBurgerhausという所でなされている。
よく見ると、アルテ・ノヴァは、ミュンヘンの会社のようで、
かなりローカル性の強い活動をしているようだ。

録音年からして、
シューベルト生誕200年記念の企画と思われる。

カバーアートは、
DeggendorfのHermann Elerとあるが、
印象派と表現主義の中間のような感じで、
このCDのための新作なのだろうか。

日の出だか、夕日だか分からないが、
川面にオレンジ色の太陽が反射している。
空には、雲が広がっていて、青空は少し見えるだけである。

めでたい年の企画にしては、
あまりめでたい感じはしない。
地味すぎるほどに地味である。

私としては、この曲には、
もっと澄み切った空のイメージがある。

そもそも、この絵はモノクローム調で、
地味である以上に、あまり楽しくないが、
このCDのプロデューサーは、
こうしたイメージで、この録音を行ったのだろうか。

もっと言うと、シューベルトがこの作品を書いた、
上部オーストリアのイメージからすると、
この絵の川幅は広すぎないだろうか。
こんなところで勢いよく鱒が泳いだとしても、
よく見えないのではないかと思われる水量を感じさせる。

実は、この絵がそうだからかどうか分からないが、
この演奏も、トリオ・フォントネなどの演奏からすると、
少々、各奏者の均質性ゆえか、
その音色の暖かさゆえか、
あるいは録音の具合のせいかは分からないが、
特に、「アダージョとロンド」などは、
多少、ぼってりとしているような気がする。
(「ます」の印象は少し違う。)

では、解説を見てみよう。

「小規模のヴァイオリン・ソナタの一群を完成させた後、
フランツ・シューベルトは、今度は、1816年の夏、
弦楽三重奏に目を向けた。
このジャンルにおける彼の最初の試みは、
当初、三重奏として構想されたと考えられる、
『弦楽四重奏曲ロ長調D112』である。
一ヶ月後に現れたピアノ四重奏のための、
『アダージョとロンド』ヘ長調D487と同様、
弦楽三重奏曲D471は、
家庭での合奏用に作られたようだ。
残念ながらこの美しい作品は完成されることはなかった。
一見、苦労なくして生まれた音楽の楽しさの効果に関わらず、
この三重奏曲は、彼の本質とは異なる主題発展において、
特に明らかな作曲上の措置が特徴的に施されている。
展開部では、古典形式のように、
第1主題には焦点は合わせず、
むしろ提示部の最後の小節が音楽の本質的な推進力となり、
次のセクションにおいて、メロディーの自由な潤色を施していく。」

私は、何となくこの曲は、
家庭向けの気楽な作品として、
あまり重要視していなかったが、
このように書かれると、
ちょっと誤解していたと反省せざるを得ない。

確かにドイッチュ番号で、471番と言えば、
すでにシューベルトは、交響曲を4曲まで書いている。
何らかのチャレンジをして、
第1楽章までしか完成できなかったのかもしれない。

冒頭から歌い出される爽やかな美しいメロディーに、
続いて、いきなり動機風の音楽進行が介入する点が、
どうも消化が悪く、ぎくしゃくとした、
奇妙な曲だとは思っていたのだが、
ひょっとしたら、シューベルトは、
何か革新的なことを企んでいたのかもしれない。

演奏は、弦楽の音色が暖かさを持っているのが良い。
何となく、心が落ち着く響きである。

「『アダージョとロンド』は単なるロンドというよりも、
三部からなるアダージョの序奏を持つ、
熟達した書法の創造的な作品である。
1817年から1822年の間に、
シューベルトは、ちょっと前までは、
歌曲作曲に熱中していたのに、
特に、ピアノ曲にフォーカスしていた。
この6年の間に、彼は新しい方向に進み出し、
ピアノのみならず、大オーケストラにも興味の対象とした。
個人的な理由で、彼は父親の家を出て、
もはや家庭用音楽に参加することがなくなり、
作曲について見直す機会となった。」

面白い事に、この英文解説は、
「1817年から22年の間」という部分以降、
同じ事が繰り返されている。
しかも、単純な印刷ミスではなく、
それぞれ同じ事を違う英語表現で書き直されている。
「父の家」が、「両親の家」となっていたり、
どうやら下書きと修正版を混在させてしまった模様。
ドイツの会社なので、英語部分のチェックが、
十分には出来なかったのだろうか。

この「アダージョとロンド」についての解説は、
ほとんどないようなものだが、
この家庭での演奏から解放された、という着眼点は、
非常に面白かった。

彼ほどの力量で、一般的な音楽を弾いていたなら、
練習にそんなに時間をかけていたとは思えないが、
確かに、家庭音楽の発想からは解放されたかもしれない。

このCDの演奏は、かなり意欲的なもので、
曲に、何となく演奏を楽しむ人たち特有の推進力があり、
ついつい、聞き入ってしまう。

ピアノのタッチも美しく、ヴァイオリンの音色もたっぷりとして、
音色の上でも、非常に楽しめるものだ。
ちょっとオン気味で、録音に雰囲気が足りないような気もするが、
完全に音楽を手中に収めたような自信が漲っている。

「むしろ『ますの五重奏曲』として知られる、
ピアノ五重奏曲イ長調D667は、
シューベルトの最も知られた、
そして最も愛された室内楽の一つで、
この時代に書かれた純粋なピアノ曲以外の作品の、
数少ないものの一つである。
同名の歌曲に似て、愛らしい楽しさが吹出している。
この曲を委嘱した、
ジルヴェスター・パウムガルトナーの求めに応じ、
弦楽四重奏がヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスという、
通常とは異なる編成でシューベルトは書いている。
1819年の夏に作曲家が過ごした、
上部オーストリアに家があった、
パウムガルトナーはフンメルの作品74の七重奏
(実際はこの曲の五重奏曲版編曲による)
にインスパイアされた。
この曲のような、本来の不安定な編成ならではの障害を、
シューベルトは、むしろそのメリットとして、
コントラバスで低音を支え、
チェロをメロディー楽器として利用した。
この種の曲は通常4楽章形式であるが、
五番目の楽章として、主題と変奏を挿入した。
釣り人が、運命のメタファーのようなに、
謎の神格化をされている、
歌曲『ます』(D550)が、変奏曲の主題となっている。」

このように、Daniel Brandenburgという、
バッハの解説でも書きそうな人による解説は、
非常にシンプルなものであるが、
歌曲の愛らしい喜びの感覚が噴出している、
と書いてくれて、最も重要な点を押えている。

最後に、それこそ何が言いたいのか、
謎のような一節を追加してくれたのも、
何だか、非常に印象的である。

釣り人が謎の神格化(enigmatic apotheosis)
されているとは、初めて聴いた。

かといって、どんな聴き方をすればいいのだろうか。
そもそも、この釣り人は、娘をたぶらかす悪い男の象徴だったはず。
それが何時しか、運命にまでなっていたとは。
あるいは、歌曲の中や、この楽曲の中に、
「釣り人」の主題のようなものがあって、
それが活躍するとでも言うのだろうか。

この人の解説で、全楽章の分析を読んで見たいような気がする。

さて、このCDの「ます」を聴いて見よう。
表紙の絵画のような、鈍重なものでないことを、
ただ、祈るばかりである。

第1楽章の序奏も適切な長さで、
そこから立ち上がって来る主題までの、
各楽器のやり取りもはっきりと聴き取れる。
しかも、神経が行き通っていて、
曖昧さが感じられないのが良い。

ボーザール・トリオよりも各楽器の自発性があり、
音の分解能も高く、
トリオ・フォントネのように、
ヴァイオリンが美音に走ることもなく、
テンポが速すぎることもなく、
私にとっては、かなり好感度が高い。

トゥッティの前で、少し力をためるような、
あるいは息を合わせるような瞬間があるが、
これも、この種の音楽では、
何らか親密な語らいの象徴にも聞こえて微笑ましい。

展開部におけるナイーブな感性も良く、
ここで入って来るコントラバスも的確な音量。

私がよく気になるのが、
このコントラバス奏者の主体性のなさだが、
これも合格であろう。

また、ピアノ三重奏団主体では、
気にもしたくなる、ヴィオラ奏者の調和であるが、
これについては、弦楽三重奏でも没問題だったので、
この曲で問題があるわけがない。

欲を言えば、パウムガルトナーが弾いたチェロ・パートは、
もう少し朗々と弾いてもいいような気がする。

このように第1楽章には、ほとんど文句がない。
大手レーベルばかりが良い演奏を出しているのではなく、
大手レーベルは有名な人の演奏を出しているのだ、
という事を痛感した。

第2楽章では、朝靄の中にまどろみながら、
何か、不安と希望が交錯するような一瞬が聴ければ満足である。

この楽章のABCからなる前半のB。
ヴィオラとチェロの対話を聴くと、
二つの楽器が寄り添うように語らい、
いかにも青春の一こまという感じがする。

とはいえ、先の、チェロのせいか、
もう少し楽器の差異が出ればよかったか。
ひょっとすると、有名楽団ほどには、
良い楽器を使っていない可能性はある。

第3楽章は少しテンポが速く、
ちょっと忙しい感じであろうか。
もう少しゆとりがあった方が、
このパルスをきらめかせる楽章の、
幻想の余韻が味わえるだろう。

しかし、トリオは悪くない。
鈴を振るようなヴァイオリンとピアノも美しく、
チェロの響きも分離がよい。

第4楽章、弦楽だけの主題提示からして、
コントラバスが存在感を持って参加しているのが嬉しい。
しかも、しっとりとした感じも出ている。
ただし、楽器の限界なのか、変奏の興が乗って来るにつれ、
ヴァイオリンが少し、痩せた感じの音になるのは気のせいだろうか。
そう言えば、どの楽器も音色は暖かいのだが、
幾分、豊饒さがないという感じ。

第5楽章も、第3楽章と同様、
テンポが速過ぎるように感じる。
トリオ・フォントネが6分34秒、
ボーザール・トリオが6分37秒のところを、
6分7秒で進んで行く。
この興奮は青春の香り高いこの曲では重要であるが、
主題がぶっきらぼうなので、
それが強調されて聞こえるのは残念である。

ここでも気になるのは、チェロの歌が、
もう少し、心の底から響き渡って欲しいところだろうか。
ちょっと薄味な気がする。

このようなテンポの演奏であろうとも、
チェロあたりが、深い歌を朗々と聴かせてくれれば、
かなり印象が違って来るのではないだろうか。

ひょっとして、この楽団、張り切りすぎて、
脱線転覆した形かもしれない。
他の曲を聴く限り、十分に自分たちも楽しんで、
音を味わいながら慈しんでいるように聞こえていた。

ということで、この演奏、第2楽章あたりまでは、
久しぶりに満足した演奏であった。
第1楽章の演奏時間は、見ると13分12秒とあり、
トリオ・フォントネの12分43秒よりはたっぷり、
しかし、ボーザール・トリオの13分53秒よりは、
きびきびと演奏していることが分かった。

このあたりのテンポが私には心地よいのだろうか。
各楽器の自発性も良かった。

ただし、第2楽章は、6分55秒と、
先の先輩の三重奏団よりも長い時間をかけている。
(トリオ・フォントネが6分48秒、
ボーザール・トリオが6分43秒。)

しかし、この楽章は何だか、
すぐに終ってしまったような気がした。
うまく聴かされたということだろうか。

それにしても、このCD、
同じ演奏家が演奏していながら、
収録の3曲の演奏が、それぞれ違う印象であった。

最初に入っているのがメインの「ます」であるが、
これは、先に詳述したように、
ある意味、中庸を得た中に、
速い楽章では少し乗りすぎ傾向があって、
音色が時として犠牲になる瞬間があった。

続く「弦楽三重奏曲第1番」は、
曲が未完成で、歌謡性に満ちた第1楽章しかないせいか、
あるいは、ピアノの音色がないせいか、
その暖色系の肌触りが心地よく、
むしろ音色に惹かれるものを感じた。

最後に「アダージョとロンド」が収められているが、
ここでは、再び入って来たピアノが、
妙にクローズアップされた録音となっていて、
この曲ならではの協奏曲的な側面をうまく捉えている。

それに応じて、各弦楽器も、
一回り大きな楽器のような感じがして、
ここでは、むしろ速いロンド部の合奏が芳醇である。
曲想からして気にならないだけかもしれない。

しかし、どの曲も、完全に自己のものとして、
咀嚼されている点が素晴らしい。
特にあまり演奏されない後の2作は、
妙に説得力を感じた。

トリオ・フォントネの「アダージョとロンド」を聞き返すと、
ちまちまして、神経質な演奏に聞こえてしまう。
瞬発力はあるのかもしれないが、
自信なさげな演奏とも言える。

どこで自分が出るべきなのか、気配りの演奏で、
こうした比較的明朗な作品では、
ミュンヘン・ピアノトリオのような、
演奏に興ずるタイプの演奏の方が、
遥かに楽しいものとなるのは自明かもしれない。

もう一つの可能性としては、
こうした放送を主体とした楽団では、
様々な要望をかなえる必要があって、
若くしてスターになって、
毎年アメリカ・ツアーをやっているような、
トリオ・フォントネのような団体にはない、
適応力の高さがあるのかもしれない。

あるいは、人生をもっと楽しんでいる可能性もある。

得られた事:「演奏をする喜びの滲み出た演奏は、妙に説得力が高い。」
「シューベルトは実家を出てから、家庭用音楽を卒業した。」
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by franz310 | 2009-09-12 23:49 | シューベルト | Comments(0)

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その190

b0083728_15363441.jpg個人的経験:
ピアノとヴァイオリン、
チェロからなる
ピアノ三重奏団が、
二人メンバーを加えて、
ピアノ五重奏曲を
演奏することがある。
前回、ボーザール・トリオが、
そうした形態で
演奏したものを聴いたが、
今回はトリオ・フォントネである。


すでにモーツァルトのピアノ三重奏曲で、
これらの世代も異なる団体(師弟関係もある)を聴いたが、
「ます」の五重奏曲では、どのような聴き比べが出来るだろうか。

解説には、演奏者について、
下記のようなことが書かれている。

この団体は1980年に、
ハーデン、ミュッケ、シュミットによって創設され、
彼らが会ってリハーサルしたストリートの名称から、
この名前を採用した。

二人の弦楽奏者の楽器は、
18世紀の指導的な製作者によるもので、
ミュッケのヴァイオリンは、
1780年Piacenzaのガスパール・ロレンツィーニ作、
シュミットのチェロは、
1752年ミラノのバプティスタ・グァダニーニのものである。

このCDの共演者の今井信子は、
彼女の故郷東京の桐朋音楽大学を出て、
イエール大、ニューヨークのジュリアード音楽院で学んだ。
彼女はフェルメール四重奏団と長年共演し、
ベルリン・フィル、コンセルトヘボウなど、
著名なオーケストラと共演し、
ヴィオラ協奏曲を献呈した武満徹ら、
多くの作曲家が彼女のために音楽を書いている。

特にヒンデミットの音楽に傾倒して、
それを紹介、1995年には作曲家の生誕100年を記念して、
ロンドンのウィグモア・ホール、ニューヨークのコロンビア大学、
東京のカザルス・ホールの3ヶ所で、
ヒンデミット音楽祭を主催した。
デトモルトの高等音楽院で長年教え、
カザルス・ホールの芸術アドヴァイザーを務め、
1996年にはサントリー音楽賞を受賞している。

Chi-chi Nwanokuは、アイルランド人の母と、
ナイジェリア人の父を持ち、
膝の怪我をするまでは、
英国屈指の陸上競技選手として知られていた。
18歳の時、ダブル・ベースをはじめ、
ロイヤルアカデミーで学び、
ローマではフランコ・ペトラッチに学び、
ロンドン・モーツァルト・プレーヤーズの
主席ベーシストとなった。
彼女は同様の地位をイングリッシュ・バロック・ソロイスツ、
エイジ・オブ・エンライトメント、
アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズでも、
同様の地位にあって、独奏者としても活躍している。
彼女はリンゼイ、ブロツキー、エンドリオン四重奏団と共演し、
バロックから現代に到るレパートリーを誇っている。
トリニティ・カレッジの教授でもある。

何だか、すごい経歴の人である。
が、今回の演奏では、
それほど存在感があるとも思えなかった。

b0083728_154036.jpgということで、演奏風景の写真には、
トリオの男性と交互に女性が入って、
一人はアジア系、
もう一人はアフリカ系で、
非常に多彩な
顔ぶれという感じがする。

それにしても、私は、
魚の背びれではなく、
こちらの写真が表紙なら、
もっと欲しくなったかもしれない。


私は当初、こうした写真ゆえか、
単なる思い込みからか、
ピアノ三重奏部とその他二人が、
出自や性別の差異ゆえに、
分離しているのではないかと思っていた。。

イケメン軍団と共演しているのが、
どう考えても、従来、別のジャンルの人として、
ずっと私の頭の中では分類されて来た今井信子である。
このような大家であれば、何の問題もないのだろうが、
出来れば、何かとんでもないことが起こって、
発見があって欲しいものだ、などと思ったりした。

しかし、これまで聞いて来たとおり、
古典派において、ピアノ付き室内楽と、
弦楽四重奏曲では、どうやら発想の根幹が異なる模様。

そもそも、ピアノ三重奏のようなものから発展した発想で、
この五重奏曲が書かれているのか、
はたまた、弦楽四重奏にピアノを加えた発想で書かれているのか、
などと考えて見ると、
どうも後者ではなさそうという感じがして来ている。

弦楽四重奏のような均質な楽器が織りなす、
緊密な世界の発想からは、
この曲のような解放感は生まれにくいように思える。

しかし、実際のところは、有名なレコードは、
弦楽四重奏曲を核とする組み合わせにて成り立っていて、
プロ・アルテ、コンツェルトハウス、
ブタペスト、スメタナ、アマデウス、
アルバン・ベルクといった大物合奏団が、
巨匠ピアニストと一緒になって録音するといったパターンが多い。

ピアノ三重奏のさらに豪勢なバージョンとして、
ボーザール・トリオのような老舗や、
次の世代の雄たるトリオ・フォントネなどが、
「ます」を録音するという考え方も不思議ではなかったのである。

さて、このテルデックのCD、
1997年にベルリンで録音が行われている。

Teldec Digital Audioとして、
20/24-bitレコーディング採用。
録音の上でも楽しみである。

カバー・デザインはBettina Huchtemannとあるが、
これはかた、生々しい魚体である。
魚の特徴であるヒレの大写しで、
顔も写っていないというのは見たことがない。
赤いぽつぽつ斑点が彩りを加えているが、
こんな模様、本当にあるのだろうか。

このようなデザインは斬新ではあるが、
非常に即物的であって、何の夢も呼び覚まさないので、
私はあまり欲しいと思わなかったのは事実。
まだ、前回のフィリップスの廉価盤の方が好きである。

解説は、Annette Oppermannという人が書いてある。
「何と引き替えても失いたくない音楽」という、
ものすごい題名で、私のこのブログの趣旨にあっていて、
大変、嬉しい。

どんな事が書いてあるのだろうか。

「過去の大作曲家は誰も、
一つのジャンルのみに専念したい
などとは考えなかったのに、
19世紀は、各ジャンルにチャンピオンを作り、
時として、一人の作曲家に一方的な見方を押しつけた。
このようにハイドンは弦楽四重奏曲の父となり、
モーツァルトは近代オペラの創始者となり、
ベートーヴェンは交響曲をその絶頂に導いた巨人と見なされた。
そして、シューベルトは芸術歌曲と同義語になってしまった。
これはもちろん600曲以上の歌曲の作曲家に対して、
十分に正当なことであるが。
しかし、こうしたレッテルは、シューベルトの器楽曲の、
公平な評価を妨げ、シューベルトを時として、
間違って捉えてしまうこととなる。
つまり、大きな交響曲形式への、
沢山の障害を克服しなければならなかった、
小さな形式の巨匠は、素晴らしいメロディは書けても、
ソナタ楽章を正しく書くことは出来なかった、というような。」

このようなレッテルを貼りたがった19世紀の風潮が、
どんな背景から出て来たのかが、
知りたくなるような書き出しであるが、
ただ、そういった事があった、という内容に留まる。
シューベルトの器楽曲はなかなかポピュラーにならなかった、
ということが書かれているのみ。

「こうした間違った認識は、今日、
大幅に修正されている。
シューベルトはすでに交響曲作曲家として名誉を回復し、
室内楽も古典的名作として歓迎されている。
しかし、ここに来て再び、
背後から『歌曲作曲家』という先入観が忍び寄り、
彼の最も愛されている作品は、
未だに、歌曲に関係した、
『死と乙女』四重奏曲、『さすらい人』幻想曲、
『ます』の五重奏曲なのである。
この室内楽と歌曲の内的な関係が、
この家庭的な場で演奏される二つのジャンルを、
シューベルトの時代にそこから解放し、
公開演奏に相応しい形式へと発展させた。」

この指摘は、解釈が難しいが、
私は勝手に、きれいなメロディを口ずさみながら
公会堂から立ち去っていく新興階級の男女を想像した。

ここから、「ます」の話が続くものと普通期待するだろうが、
いきなり、歌曲の話とは無関係な、
「アダージョとロンド・コンツェルタンテ D487」の話となる。
CDのトラック6以降、この曲が併録されているからであろう。

「それにひきかえ、1816年の
ピアノ四重奏曲D487のような初期作品は、
その最も良い意味において機会音楽である。
これらはシューベルトが家族と、
友人を交えて演奏するために書かれたものだ。
実際、これらの音楽は、
直接、パート譜として書かれており、
インクが全部乾く前に演奏されたかもしれない。
四重奏曲D487の自筆譜には、フランス語で、
『グロープさんのために作曲、シューベルトより』
と書かれており、その献呈相手のみならず、
作曲の経緯までが分かる。
シューベルトは、『若いテレーゼの愛らしい声と、
ピアノを特によくした彼女の弟の、
ハインリヒの音楽的才能に惹かれていた。』
グロープ家によく通ったシューベルトは、
テレーゼについては、声だけに興味を持っていたわけではない。
しかし、彼女は若い作曲家ではなく、
お堅いパン屋の親方と結婚した。
この一家と一緒に、たくさんの音楽を演奏することは、
自然なことであった。
そして、この『アダージョとロンド』の初演時、
ピアノの前には、ハインリヒ・グロープが座っていただろう。
ここで言う『ロンド』は、
形式的な側面から言うと、
このアレグロ楽章の一部にのみ当てはまり、
第1主題で始まり、和声的にだけ変化がつけられた、
二つの似たようなセクションからなる。
『リフレイン』はこのように一度きりで、
これでは、正確にはロンドとは言えない。
シューベルトはここでは、
『ロンド』を単に、協奏曲的な意味で使っており、
『アダージョとロンド』は、当時、
短い協奏曲に慣用的に使われる指定であった。
ピアノパートは、名技的な要素に満ちていて、
このタイトルに則している。
四重奏の各パート譜の導入部は、
この曲が本来、より編成の大きな弦楽群のために
書かれていたことを示唆している。」

このように、さりげなく、
シューベルトの初恋のエピソードを交え、
従来、特に印象を残さなかったこの曲に、
最高のスポットライトを当てている。

是非とも、その音楽会に招かれて、
シューベルトが、どんな顔でテレーゼを見ていたかを、
見て見たいものだ。

この曲は、かつてバドゥラ=スコダのCDでも聴いたが、
やはり、ピアノ以外の楽器の出番がなく、
単に伴奏に終始していて、こうした猛者の演奏で聴くと、
彼らに申し訳ないような気もしてくる。

どこのどの音が今井信子らしいかなど、
とても書き出せるようなものではない。

最初のアダージョの部分、
ジャーンと弦楽器の合図に続いて、
ピアノがぽろぽろんと出て来て、
だんだん、主題を形成していくあたり、
「ます」のひな形のような一面も垣間見える。

その時、もっぱら、ピアノと唱和するのは、
ヴァイオリンのみで、他の楽器は、
ぶんぶんぶんぶんとやったり、
じゃん、じゃん、じゃんとやったりしているだけ。
しかし、その音の重なりには、確かに、
シューベルトならではの繊細さを感じる。

重々しい幻想を奏でるアダージョの後の、
ロンドの部分は、明朗すぎる主題を元に、
ピアノが名技的な楽節を聴かせながら、
時折内省的な色調となる。

ピアノ独奏時の寂しげな風情なども愛らしい。

1816年、
中間部で、だんだん演奏が白熱して来て、
交響的な広がりを呈して行くところなどは、
ふと、後年の「大ハ長調交響曲」の終楽章の、
推進力を思い出してしまった。

こうした効果的な盛り上がりは、
シューベルトの音楽の中でも、
なかなか類例がないものかもしれない。
音楽の友社の作曲家別名曲解説ライブラリーでも、
この曲については一項を割いていない。
15分程度の作品で、ソナタ楽章がないなど、
本格的室内楽と呼ぶには抵抗もあろうが、
19歳のシューベルトが、
あの美しい「第5交響曲D485」のあと、
すぐに着手した作品と思えば、
さらに味わいを増すものと思われる。

後にシューベルトがどんどん発展させる事になる、
様々な要素の萌芽を感じる作品である。

ただし、今回の演奏、室内楽としては素晴らしいが、
ピアノ小協奏曲と考えるには、弦が先鋭で立派すぎると、
書いてもいいかもしれない。

バドゥラ=スコダのCDを出して来て、
1965年に、彼がAngelicum Orchestraを振りながら、
ピアノを受け持った演奏を聴いてみると、
弦楽は合奏になっていて、その色調の差異からしても、
ピアノをしっとりと包み込んで引き立てる感じ。

しっとりとした空気感があって、
バドゥラ=スコダはカデンツァなども入れて、
ピアノの名技性を強調し、
協奏曲としての体裁を整えている。

スコダもかっこいいし、
こうして演奏されると、ピアニストが目立てる曲、
であるということがよく分かる。
フンメルとかウェーバーのピアノ曲を思わせる。

おそらく、グロープ家の音楽会では、
こんな風に演奏されたのではないかと思った。
グロープの兄貴を持ち上げておけば、
テレーゼも胸を打たれたことであろう。

さらに、このクライマックスは、
演奏者の力量のみならず、
作曲家自身の、素晴らしい前途を、
この上ない効果でプレゼンテーションできたはずである。

低音の楽器が、強烈なドライブをかけて素晴らしい。

では、メインの曲の解説に移ろう。

「それから何年かして、『ます』の五重奏曲D667が書かれ、
これもまた、中産階級の家庭向きの音楽として現れた。
シューベルトの友人アントン・シュタッドラーによれば、
1819年に作曲家はシュタイアーで夏の休暇を過ごし、
音楽サロンを開き、かなりの腕でチェロを弾いた、
街の官吏で尊敬されていた人物、
ジルヴェスター・パウムガルトナーと出会った。
パウムガルトナーは、シューベルトの歌曲『ます』を好み、
この『愛らしい小さな歌』をもとに、
五重奏曲を作曲してくれるよう頼んだ。
この作品はピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラ、
チェロとダブル・ベースのために書かれたが、
ダブル・ベースの利用は珍しく、
チェロが、低音保持の役割から離れ、
高音域でメロディを奏でることを可能としている。
チェロ奏者のパトロンが確実に喜ぶように、
最初の楽章の第2主題、
アンダンティーノの第5変奏において、
これを広い音域で使用している。」

前の曲では、ピアノを弾く人のために書いて、
協奏曲のようになってしまったが、
この時は、チェロの人が依頼してくれて良かった。

また、街の有力者のために書いた、というのもミソであろう。
有力者は、自分だけが目立つような頼み方をしたであろう。
私は、ここまで想像して、背筋が寒くなった。
まさしく、民主的な精神が、この曲には宿っていると思われた。
王侯貴族なら、自分の関係者だけが目立てば良い、
と言った考えをしそうである。

シューベルトのこの作品は、
パウムガルトナー氏が、こんなアドバイスをしたかもしれない。

ピアノは、ヨゼフィーネが楽しめるように、
ヴァイオリンは、シュタッドラー君の見せ場も頼む、
そうだ、コントラバスは、わざわざ何々某にお願いするから。
もちろん、ヴィオラのパートでは、
シューベルトさんの美音を聞かせてくれよ、
などと。

貧乏だった晩年のモーツァルトが、
ピアノ三重奏の名品を残せたのも、
プフベルクという商人相手に、
個人的な交流を念頭においたからかもしれない。

ハイドンが女性のパトロンのために、
最後まで三重奏を書き続けたのとは、
少々、成立事情が異なるようである。

「この作品の特異な点は、
楽器編成に留まらない。
作品はドラマティックに始まるが、
当時の聴衆の期待の裏をかいて、
ソナタ形式の第1主題は、楽器の対話の中で、
次第に導き出される、
その最後の形を取るまでに20小節以上を要する。」

このCDの序奏は、じゃん、が少し長めで、
さすが押しが強い感じを与える。
さらに、演奏のテンポが飛ばし気味で、
第1主題が出て来るまでのわくわく感を、
十分堪能できずに、さっと先に進んでしまうのが残念だ。

第2主題のチェロも、非常に明瞭に聞こえるが、
ちょっと口当たりはあっさりしたものである。
ヴァイオリンは、やたら伸びやかで、
室内楽らしからぬ、即興性で、明るい歌を歌う。

私が注意して聴いた女性二人も、
まったく音が調和していて、
一群となって、邁進していく感じである。
反対に異種混合のスリルはない。
さすがベテランと書いては単純化しすぎであろうか。

ソナタ楽章の起承転結も素晴らしい。
構成的には強固で、説得力ある演奏であるが、
情緒的には、少し、私の心象風景から外れるものもある。

「第2楽章は、D487と同様、二つの部分から作られている。
ここで興味深いのは、第1の部分で、
まったくの自然さを持って、最も離れた調で、
次々に連続して現れる旋律的な要素が、
第2の部分で、異なる和声で繰り返されるという事実である。
一見、単純で形式的なレイアウトが、
後にシューベルトを有名にする、
こうした創意溢れる和声を気づきにくくしている。」

こうして書かれるとよく分からないが、
先に触れた名曲解説ライブラリーには、
前半部(A(ヘ長調)-B(嬰ヘ長調)
-C(ニ長調)-結尾(ト長調))
-後半部(A(変イ長調)-B(イ長調)
-C(ヘ長調)-結尾(ト長調))という2部分からなり、
後半部は結尾を除いて前半部を
短三度上に移調したものとなっている」
とあって、具体化されている。

単純な繰り返しではなく、繊細な計算がなされていて、
この解説を読んで、この楽章の味わい方を、
少し変えてしまった。

同じメロディーを繰り返すにせよ、
僅かに変化を生じている。

精妙な弦楽器たちが紡ぎ出す和声の綾が、
どのように色調を変えるのかと耳を澄ませ、
何故、シューベルトが本当に歌いたかった歌は、
前半と後半のどちらの歌だったのだろう、
などと考えてしまった。

後半が先で、前半が後である場合は、
あり得たのかどうか。

私は、最初にシューベルトが、
着想したのは前半のものであって、
それが単純に繰り返されないことで、
むしろ救われているような感じを受けた。

前半で、思い詰めた内容は、
実は夢だったのだ、というような、
安堵感を持って後半は始まるからである。

しかし、それは、実は夢などではなく、
もっと切実な問題だったのだ、という、
認識の変化までもが、
ここには語られているように思えた。

これは恐ろしくシリアスな音楽である。

また、この前半、後半の各三つの部分は、
それぞれ、何を意味しているのか。
一つ欠けたりすることは可能だったのか、
不可能だったのか。

最初のもの(A)は、まどろみのようなもの、
その子守歌の中に、憩いがある。
この演奏におけるヴァイオリンは無邪気なまでに、
美しく無垢に響く。

が、次の部分(B)では、何か、
そこでは安住できないような不安感、予感が高まる。
それは、半分は憧れによって突き動かされる

最後の部分(c)は、優柔不断に、
どうしてよいか分からぬままに、
時だけが過ぎていくような鼓動の音が目立つ。

結尾は、高じきった切迫感が、
すこし、収まっていくような感じであろうか。

上記Bの部分では、
チェロとヴィオラが素晴らしい調和で歌を歌うが、
この時にも、完全に一体となった演奏が楽しめた。

第3楽章については、解説には何もないが、
トリオ・フォントネの演奏は、一糸乱れぬアンサンブルで、
録音もあってか、個々の奏者の音が明快で、
非常にスケールの大きな音の構築が出来ている。

ピアノのきらめきも特筆に値する。

ただし、かなり力学的な演奏で、
音の立ち上がりや、終止のさせ方に、
少々、神経質なものを感じた。

あるいは、出自や、
バックグラウンドの異なるメンバーが集まれば、
こうした所に演奏の重点が落ち着くのかもしれない。
余白の部分をそぎ落とせば、
共通認識が可能になるからである。

「第4楽章の変奏曲の主題展開も突飛なものであり、
歌曲を特徴づけるピアノ伴奏の『小川』音型により、
『ます』のメロディは最後になってようやく姿を現わす。」

この指摘は、すでに他の解説でも読んだことがある。
しかし、この演奏、ここでも素晴らしい美音で、
推進力を持って進んで行くが、
各変奏の間の余韻もなく、
ここから、清らかな流れに遊ぶ、
美しい魚の姿を探すのは容易ではない。

非常にメリハリがあって、ダイナミックレンジも広い。
すべての瞬間は、明瞭に聴き取れる各楽器のバランスによって、
満足させられるが、かなり機能的な側面が目立つ。

第4変奏で、パウムガルトナー氏が聴かせた、
美しいチェロも、しっかりとその存在感を示しつつも、
「ます」のメロディを愛したという、
パウムガルトナー氏のような、愛おしむような弾き方ではない。

この美しい楽章が終る名残惜しさなどは微塵もないが、
こうした演奏であっては、当然なのかもしれない。

なお、ボーザール・トリオの演奏が8分以上を要したのに、
この演奏では7分半未満で演奏を終えている。

「『ます』の五重奏曲は、形式的には慣習から逸脱しているが、
巨匠の筆致であって、
シューベルトの作曲技法成熟過程の一里塚と考えられる
たくさんの理由を有する。
最初の公開演奏においてすら、
すでに臨席した通人によって『傑作』と宣言されていた。
後の世代の音楽愛好家も、形式的な逸脱に気付きながらも、
それを認めざるを得なかった。
『この作品は何ものにも代え難く、
いくつかの形式的な問題にも関わらず、
音楽の魔法がすべての不満を吹き飛ばしてしまう。』」

このように、終楽章の解説はないが、
この演奏は、こうしたリズムが明快な楽章では、
それを強調しすぎてしまう嫌いがある。

バーンという総奏や、ばばばっと言う合いの手が、
強烈で、最後の盛り上げも壮絶だ。
演奏会で聴けば、物凄い巨大な効果を発揮しようが、
家で、青春の響きに思いを馳せようとすると、
ちょっと強引な演奏に聞こえる。

前回のボーザール・トリオの演奏は、
これに比べると、非常に呑気なもので、
まるで夢遊病のような演奏にも聞こえる。

トリオ・フォントネの演奏では、
各楽器が神経を尖らせており、
全てのことが明々白々に覚醒している。

各部分が精密に設計されており、
歌うべきところは歌い、
盛り上げるべきところは盛り上げて、
決して見通しをあいまいにすることはない。
さすがと思わせる。

あるいは、こんなところにも、
カザルスホールの芸術アドバイザーの意見が、
反映されているかもしれない。

この終楽章が、この演奏では、
もっとも私に合っている。

主要主題が模倣されていくところでは、
しっかりと、我らが今井信子が内声部から、
浮かび上がって来るのが聴きものである。


得られた事:「異なる文化のメンバーが集まったアンサンブルは、共通理解可能な、正確さや力強さ、美音や推進力などによってのみ成り立つ演奏に行き着く恐れがある。」
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by franz310 | 2009-09-06 15:44 | シューベルト | Comments(0)