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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その189

b0083728_2335331.jpg個人的経験:
ボーザール・トリオの、
モーツァルトの三重奏曲、
例えば、若い世代の、
トリオ・フォントネなどと比べると、
当然ながら、ぴちぴちした作品の
躍動感や色彩感より、
円熟した作品の、
寂しさや虚無感などに、
何か親和性があると
感じられた。


これは、ピアノのプレスラーが、
かなり主導的な役割を演じる中、
他の弦楽奏者が従者的で、
何やら、ピアノに付随しているように思えるからで、
ピアノ三重奏曲の起源とされる、
ピアノ・ソナタの延長としては、
正しいあり方とも思える。

従って、ピアノがきらめきながら進む中、
弦楽群が、それを虹色の帯状に彩るように聞こえ、
何となく、オーロラのリボンのようなものが、
時間軸に沿って繋がって行くような印象となる。

そのため、立体的な構成感のようなものは意識されず、
そのリボンが伸びたり縮んだりして、
あるいは、帯の方向に広がったり波打ったりしながら、
続いて行くようなイメージである。

ピアノ三重奏曲を、ピアノ協奏曲の小型版と捉えると、
どうも、このあたりは物足りなくなり、
ピアノとその他の楽器の色彩感の対比や、
コンチェルタンテな華やぎは犠牲になることになる。

協奏曲の延長としても、
そこにモーツァルトの協奏曲のような、
侘びしさ、虚無感が表れて来ると、
この団体の演奏の、立体感重視より、
語り口重視の行き方が生きて来るようなのだ。

モーツァルトの三重奏曲の前半のものは、
純粋な輝かしさで勝負する協奏曲的なもので、
後半のものになると、内省的な側面が強くなる。

そのため、後半のもの程、ボーザール・トリオの演奏は、
説得力を増したものと思われる。

あるいは、シューベルトの
「ます」の録音などにおいても、
このことは言えるような気がする。

この曲をどのように捉えるかによって、
どの演奏が好ましいかなどは変って来るのかもしれないが、
私のように、青春の記念碑のようなもの、
シュタイアーの自然が様々な声で語りかけて来るようなもの、
として捉える時、ボーザール・トリオの演奏は、
少なくとも、まるで川の流れ、水しぶき、
差し込んで来る木漏れ日、清冽な空気感といった、
縦横斜めの線の交錯が楽しめるものとは言い難い。

しかし、ボーザール・トリオ風の美学で言うならば、
そんな訳の分からないイマジネーションよりも、
多彩なスペクトルを放つ虹色の帯の流れの方が重要なのだろう。

まさしく、そのような美学の延長にある演奏になっていて、
時間軸に沿っての流れに身を委ねながら、
様々な色彩が浮かんでは消え、
色彩が交わっては微妙な陰影を施す、
といった、上述のイメージ通りの演奏となっている。

一番有名な第4楽章でも、
ピアノのプレスラーのみが強烈な流れを形成し、
他の楽器は、それをオーラのように包みながら進行していく。
チェロもコントラバスも、せっかくの見せ場を与えられながら、
どこか影のような印象で、虹の帯が中央を離れるにつれ、
色彩が薄れて行くような感じなのである。

おそらく、彼らの演奏では、時間の流れ、
あるいはリズムの小刻みな変化によって、
味わいを変えるものこそが、
勝負のしどころなのであろう。

一見、淀みなく流れる音楽に、
小粋な歌い回しなどが出て来る時、
あるいは、アンサンブルが一体となって、
推進力をもって進むところ、
アクセントを付けるところなどは、
一糸乱れぬ高次の達成がなされていると言えよう。

あるいは、色彩もパステル調の幻想に霞む時などは、
醸熟の味わいを示す。

従って、そういった聴き方で、
第4楽章の緩急自在な変奏曲を聴く時、
刻々と変る表情などは、見事なものと言える。

こうした美点を求めたくなるのは、
「ます」の五重奏曲の場合、
むしろ、第2楽章と第5楽章であるが、
第2楽章では、確かに、弦楽主体の部分など、
森の中、霧に迷ったような表現が卓抜である。

ヴァイオリンもヴィオラも、
非常に印象的な色彩を放っている。

第5楽章では、確かに推進力のある音楽だが、
力ずくのような感じがしないでもない。
むしろ、モーツァルトのピアノ三重奏曲の、
コンチェルタンテな色彩感が、
活かされなかった時のような不満を感じた。

ちなみに、このボーザール・トリオは、
ヴァイオリンがイシドア・コーエンになってからのもの。

ヴィオラはサミュエル・ローズで、
これまた、ジュリアード四重奏団のメンバーである。
つまり、強烈なリーダー、ロバート・マンが抜けた、
ジュリアード四重奏団のようなものである。

そのせいか、時折、
この曲のロマンティックな夢想を吹き飛ばす、
激烈な表現も聴かれ、フィリップスではなく、
CBSソニーから出されるべき演奏ではないか、
などという気にもなってくる。

コーエンが、どちらかと言うと味わいで聴かせる派なのに、
ジュリアード組は、線が細く、音色そのものには魅力がないのに、
やたらとメリハリを付けたがっているようにも聞こえる。

なお、コントラバスは、私が常々、存在感のなさを気にしている、
ヘルトナーゲルである。

このCD、ボーザール・トリオのモーツァルトの旧盤が、
フィリップスの「DUO」シリーズだったのに対し、
「SOLO」シリーズのものとなっている。
1970年代中頃の演奏で、安く入手可能。

この「SOLO」シリーズ、「DUO」シリーズが、
これでもかこれでもかと、
二枚組を主張するデザインだったのに対し、
一枚物であることを強調することもないので、
右端に、「75min+」と収録時間を強調している。

この収録時間達成のため、イタリア四重奏団の、
「死と乙女」を併録している。
ちなみに、日本盤では別のデザインで出た。

デザインはHelmut Ebnetで、「DUO」と揃えてある。
しかし、このデザイン、微妙と言えば微妙。

「死と乙女」と「ます」を収録したのを表わすとして、
ものすごく無理をしている。

もともとまったく違う曲想のものを、
単にシューベルトの室内楽、
という点のみに頼って括っている点に無理があり、
物憂げな「少女」の白黒のイラストに、
カラーでやけに生々しい図鑑調の「ます」のイラストが、
無理矢理組み合わされている。

前者は死の予感で、後者は水の中で、
どっちもブルーということで、
水色の背景の中に、強制的に配置された。
この「少女」、単にお腹が痛いだけのように見え、
非常に出展が気になる。

ちなみに「ます」の方も、目が恐くて、
図鑑に採用されていたとしても、
買いたくなくなる感じ。

全体は、エンジ系のフィリップス・カラーで、
これは何となく、私は弱い。

果たして、こんなデザインでいいかどうか、
ものすごく悩んでしまうような出来である。
「少女」の症状が気になる点のみがプラス採点。

解説は、Peter Branscombeという人が書いている。
この選曲ゆえ、仕方ないことだが、シューベルトの室内楽、
という大きなテーマから入っている。

「シューベルトの室内楽曲の輝きは、
彼が歌曲、交響曲、そしてピアノで到達した境地から比べると、
少々地味であるかもしれないが、それらと同様の価値を持つ。
数の上では、弦楽四重奏曲は、彼の他の小編成合奏曲にまさり、
15曲が数えられる。
彼はさらに少なくとも12曲の作品をさらに書こうとし、
実際書き始められたものもあった。
それに加え、二つの気高いピアノ三重奏曲があり、
初期には興味深い2曲の弦楽三重奏やピアノ四重奏があり、
華麗な八重奏曲、最後のただ一つの弦楽五重奏曲や、
見事に凝集された『死と乙女』と、
並び称される、ここに収めた、広く愛されたピアノ五重奏曲がある。
それらの親しまれた名称の如く、
これらの2作品からも明らかなように、
メロディの材料の再利用や、
楽曲ジャンルを超えての転用、
といった事をよくやった。
シューベルトは歌曲の再生に立ち戻り、
それを変奏曲形式で一つの楽章の基礎にする。」

以下、「死と乙女」の解説が、こんな風に始まる。
「弦楽四重奏曲ニ短調D810は、
1824年3月のもので、
おそらく、1826年の初頭、
私的に演奏されている。
しかし、演奏者たちがあまりにも難しすぎると言ったので、
棚上げにされてしまった。
ヴィーンのヨーゼフ・チェルニーによって、
出版のアナウンスがされたのは、
1831年の2月になってからであった。
その調性から予想できるように、
そのムードは劇的で悲劇的ですらあり、
長調への移行は時折、束の間に起こるだけで、
1817年2月の、歌曲『死と乙女』からの借用が、
死のテーマを、悲劇というより慰めのように運び込まれる。
(シューベルト四重奏と同じ調であった歌曲を、
室内楽において、より悲痛なト短調に移調している。)」

以下、楽曲の詳細が説明されるが、今回は、
テーマが「ます」ということで、最後のみを訳出する。

「この曲の第1楽章は、1828年3月26日の、
自作コンサートで演奏された可能性もある。
全曲の初演は5年後、ベルリンにおいてであった。」

さて、問題の「ます」の方は、こう書かれている。

「ピアノ五重奏曲イ長調D667はそれに対し、
シューベルトのもっとも陽気な作品の一つである。
自筆稿がないので、他の状況証拠から、
この『鱒』の四重奏曲は1819年に作曲されたと考えられる。
権威あるパート譜から、
上部オーストリア、シュタイアーのシューベルトの友人、
ジルヴェスター・パウムガルトナーが依頼し、
献呈を受けていることが分かるが、
この人のもとで、作曲家は、
1819年と1823年、そして1825年に、
幸福な夏の休暇をすごしたとされる。
アルベルト・シュタッドラーによるシューベルトの回想には、
パウムガルトナーは、数年前にフンメルが作品87の、
大五重奏曲で採用した、ピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラ、
チェロ、ダブル・ベースの通常とは異なる編成と、
変奏曲の主題として、
彼がとても愛していた歌曲『鱒』を用いることを求めたとある。
ニ短調の四重奏曲と同様、チェルニーからパート譜が出され、
作曲家の死後、ほんの数ヶ月後、
1829年5月に作品114としてアナウンスされた。
1824年の『八重奏曲』と同様、
シューベルトは通常の室内楽の4楽章形式から離れている。
二つの低音楽器の重厚さを埋め合わせるために、
シューベルトは鍵盤楽器を高く舞い上がらせ、
左手すら、しばしば、高音記号で書かれている。
付点リズムの多用、遠い調への出入りなど、
典型的なシューベルトらしさが見受けられる。」

このように、モーツァルト以前のピアノ三重奏曲が、
ピアノの非力さを補うために、
チェロが左手パートをなぞって弾いた、
などという時代が過去のものであることが分かる。

シューベルトはパウムガルトナーさんの弾くチェロが、
低音で活躍できるように、ピアノの活躍を、
高音域にシフトさせたというのである。

とすると、ボーザール・トリオのような、
ピアノ主導型の古典的三重奏曲の美学では、
カバーできない領域に来ているとも考えられる。

チェロとコントラバスが、独立した楽器として、
十分に歌う事が出来るようにと、
ピアノが席を譲ったのであるから、
譲られたその席で、
各楽器がそれぞれの特質を主張して欲しいものだ。

これ以降、ざっと、以下のような楽曲分析的な解説が続く。

「オープニングの『アレグロ・ヴィヴァーチェ』で、
シューベルトは、快活で開放的、
新鮮なスタンスを保ちながら、
技術的にも解釈の上でも挑戦的に、
楽章を構成している。」

核心がなんだかわかりにくいが、
「快活で開放的」なのは明白なので、
「挑戦的」という点に意味があるのだろう。

こうした挑戦的な作品に対し、
ボーザール・トリオは、
どのようなアプローチをしているだろうか。

冒頭、弦楽に続いて、ピアノが鳴り響く所からして、
どうも弦楽に開放的な色彩感が乏しいのが気になる。
ピアノは、純白の光をふりまきながら活躍するのに、
どうも、ヴァイオリンがくすんだ、線の細い音で気になる。
対応するヴィオラもいかにも渋く、
どうした、ジュリアード、と声をかけたくなる。

挑戦的という意味では、
様々な楽器の組合せによる色調の変化や、
音色の対比による音楽の前進などもあろうが、
それを味わうには、
チェロは遠くて聞こえず、
コントラバスは不在と言って良いくらいである。
録音のせいだろうか、
低音2楽器の存在感のなさが致命的である。

「第2楽章では、3/4拍子のヘ長調の透明な瞑想、
嬰へ短調とニ長調による嵐の部分、
この楽章の基本の調の穏やかさに戻る前に、
ト長調、変イ長調、イ短調への逸脱がある。」

「透明な、澄んだ瞑想」を表わすのに、
線が細いが精緻な弦楽群の美感が出ており、
ピアノの歌い口も控えめながら美しい。

「嵐の」というか、悲歌的な部分では、
グリーンハウスのチェロの美しい独白が聴ける。

次々と転調されるところでは、
小刻みにリズムを変えて切迫感を出して、
おそらくこのあたりに、彼らの美質が現れている。
ヴィオラの切々たる歌にも注意が行く。

「イ長調のスケルツォとニ長調のトリオには、
テンポの変化がないが、そこにはフレージング、
テクスチャー、ムードのかすかな変化がある。」

この解説も困ったものだ、変化の事ばかり書いてあって、
変化の前後がどんな音楽であるかよく分からない。
こうした、ちょこまかと楽器が動き回り、
繊細かつ剛胆な表現が必要とされる部分は、
さすが、機能美を誇るジュリアード組の美質が出ている。
だが、低音がよく聞こえず、立体感が乏しい。

第4楽章のテーマ『アンダンティーノ』は、
歌曲『ます』に基づき、
オリジナルの離れた調、変ニ長調ではなく、
ニ長調で単純化され、よりポピュラーな姿となり、
すべてのシューベルトのメロディの中で、
おそらく最も広く知られたものである。
6つの変奏曲の効果と魅惑については、
疑う余地はない。
メロディはまず弦楽のみで開始されるが、
その後、ピアノはほぼ休み無く奏される。」

この弦楽のみのメロディ部も、
70年代半ばの録音としては、
分離が悪く、ぼそぼそと言っている感じ。
このあたりでは、コントラバスが、
もっとびんびんと響いて欲しいものだ。

ピアノが入ると、ぱっと目覚ましく視野が開けるが、
ピアノの回りを彩るのは、
線が細くて針金細工を思わせるヴァイオリンばかりで、
あとの楽器は団子状態なのが困ったものだ。

「第4変奏は、付点のコントラストが付けられた、
同主短調で、変ロ長調の五度で、
特に記載されもせず、分割されてもいないが、
歌曲のピアノ伴奏で知られる、
きびきびとしたアレグレットに続く。」

推進力、力で押すところなど、
おお、さすがジュリアードという感じもするが、
どうしても音色に芳醇さがもう少し欲しい。

ヴィオラやチェロが悲しげな声を上げる所なども、
何と言うのか、しっかりとした骨格が欲しい。
やはり録音のせいだろうか。

「最後の第5楽章は、
2/4拍子のアレグロ・ジェスト。
大胆な実験と、十分な叙情性が盛り込まれている。」

「大胆な実験」と書かれると、
多少の事は許したくなった。

このCDにおけるこの楽章の表現は、
急に音を大きくしたりして、半ば強引かもしれないが、
ここは、彼らが、若きシューベルトの「実験」に応えたもの、
と解釈することにした。

むしろ、何とも言えぬ憧れに向かって進む点にも、
もっと耳を澄ませる必要を感じた。
ピアノの軽妙な語り口には微笑みが溢れているのが嬉しく、
テンポをうまく変えながら、素晴らしい推進力を生み出している点、
さすがベテランの技と評したい。

解説には「叙情性」と書かれているが、
ここで明るく明滅する希望のようなものを、
この演奏は、うまく捉えているかもしれない。

「表面的な単純さの中、
演奏者と聴衆にかすかな挑戦を提示する、
この作品がシューベルトの最も愛された
作品の一つであることは、疑うべくもない。」

このような「挑戦」を、最後まで語るCDであるならば、
いまいち解像度の低い録音が不満である。

私はフィリップスの録音は好きなので、
本来、こんなことは書きたくないのだが、
ジュリアード四重奏団ゆかりのメンバーであれば、
あるいは、ソニーで録音していれば、
もっと、印象が変わったものになったかもしれない。

得られた事:「ボーザール・トリオ(ボザール・トリオ)らの『ます』。あるいは、古典期のピアノ三重奏的美学なのか、ピアノ主導で弦楽は虹色の影のごとし。」
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by franz310 | 2009-08-29 23:36 | シューベルト

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その188

b0083728_23165348.jpg個人的経験:
モーツァルトのピアノ三重奏曲、
昔から、いろいろ不評だったが、
このように体系的に聞き直してみると、
他のジャンルに対して、
遜色ある分野とも思えなくなってきた。
何故、ずっとしっくり来なかったのか、
かえって不思議な感じさえする。
私自身、LP時代には入手した記憶にない。
そんな観点から不思議に思い、
昔のカタログを見ると、やはり載っていない。


例えば、作曲家別廉価盤クラシック・レコード総目録
(レコード芸術1975年12月号付録)を眺めてみても、
モーツァルトのピアノ三重奏曲は、1曲もないのである。
同じ6曲からなるジャンルでも弦楽五重奏になると、
第2番がバリリSQに録音があり、
第3番がヴィーン室内合奏団とバリリに、
第4番はブタペストSQとアマデウスSQ、第5はバリリ、
第6はコンツェルトハウスに録音があったことが分かる。

(この総目録を見ていて懐かしいのは、
パスキエ三重奏団による
弦楽三重奏のディヴェルティメント
が載っている点であったりする。
これになると、ものすごく聞き込んだ。)

ハイドンには、何とか、1曲、
オイストラフ・トリオの演奏による、
「ピアノ三重奏曲第4番」が出ているが、
これは、ホーボーケン番号で言えば28番、
立派な最盛期の作品である。

学生の身分で、名作とも言われないものは、
廉価盤にでもなっていなければ、
購入の機会は皆無であろう。

では、CDの時代になって、
どんな状況であったかと言えば、
6曲のピアノ三重奏曲のうち、
どの曲が重要なのかも分からないので、
一度に沢山聴けるのがよかろうと、
TRIO FONTENAY(トリオ・フォントネ)の
テルデック盤を入手。

CD1には、まずディヴェルティメント変ロ長調 K.254
ピアノ三重奏曲第1番K.496、
第2番K.502が、順番通りに、
CD2には、第3番K.542、
第4番K.548、第5番K.564が、
やはり順番通りに入っているのが分かりやすい。

アベック・トリオやボーザール・トリオの新盤のように、
3枚組でないのもありがたかった。

しかし、まじめに聞いていなかった。
それは何故か。

今回、このように系統的に聴いて来ると、
別に、この演奏が悪いわけではない。

そもそも演奏しているメンバーはイケメンなのだ。
それだけで推薦盤にする必要がある。

実際、音色もみずみずしく、
1990年、ベルリンで行われた録音も鮮明。

ピアノのヴォルフ・ハルデンと、
ヴァイオリンのミヒャエル・ミュッケは、
共に、1962年生まれなので、
当時、28歳のぴちぴちである。

チェロは、年長のニクラス・シュミットであるが、
彼とて、4歳年上にすぎない。

かなり人気者だったと見え、
このCDのブックレットの最終ページには、
ずらりとその当時、すでに録音していたと思われる、
録音がずらりと載っている。

インバルの指揮での、ベートーヴェンの三重協奏曲をはじめ、
ブラームスの全曲、ドヴォルザーク、メンデルスゾーンの2曲、
ショパン、シューマン、スメタナ、アイヴスなども録音している。

解説にはドビュッシーやラヴェルも録音済とある。
早すぎる成功が心配になってくる。

こうした人気アーティストのCDのデザインは、
是非、こうあって欲しい感じで、ブロマイド風である。
この中の、どの人が誰で、何を弾くのかさえ分からないが、
きっと、ファンには言う必要がないのであろう。

ポケットに手をつっこんで不遜とも言えるが、
イケメンなら許されるのである。
いや、むしろ、そうすることによって、
そのステータスは高まるとも言える。

また、背景に無造作に置かれた意味不明な絵画、
奇妙な壁に、彼らのシルエットが照らし出されている所も、
決して見逃してはならない。
イケメンにはやはり影の部分がなくてはならぬ。

いいぞ、何かかましてくれや。

このように、何となく、
クールな演奏で痺れさせてくれそうな予感がある。
実際、非常に切れの良い演奏を聴かせてくれている。

特に、前半の彫りの深い、明確な表現で聴いていて、
とても気持ちが良い。
が、あまりにフォーカスされすぎていて、
ボーザール・トリオのような、
腑抜けなのか、夢遊病なのか、枯淡なのか、
何だかよく分からない境地にはない。

が、端正であって、華美ではない。
また、音色は明るく、リズムも軽やかであって、
ドイツの団体だからといって、ずっしりと重いという感じではない。

さすがにイケメンには隙はないのである。
おお、見ると、アマデウス四重奏団と、
ボーザール・トリオに学んだとある。
これは、もはや、サラブレッドとも言える。
アマデウスの豊饒さに、ボーザールの自然体を学べば、
もはや敵無しとも言える。

で、この団体の名称、FONTENAYとは何かというと、
ハンブルク音楽大学の近くのストリートの名前だと言う。
ここで、彼らは最初の練習をしたのだという。

確かに、「放射線通り」とか「落第横町」とか、
「環八通り」という、道そのもの名前はあるが、
日本の住所では、通りでの呼び方はしないので、
最初に練習したのが、「環八通り」でね、
という表現はなさそうだ。

そんな事で、「環八トリオ」は生まれないと思うし、
道の真ん中で練習した迷惑な連中という感じが先に来る。

が、結成が1980年で、
このモーツァルトの録音からも、
当然、もう20年が経とうとしていて、
彼らも、もうおっさんで、
ちょい悪オヤジになっているのだろうか。

さて、前回、ボーザール・トリオの新盤で、
キングさんの書いた解説にはこうあった。
「ピアノ三重奏曲のルーツは、
バロック期の弦楽トリオにあって、
そこで、ヴァイオリンはメロディラインを受け持ち、
それを支える低音は、一般に、
ハープシコードによっていた。」

今回、このトリオ・フォントネのモーツァルトのCDの解説は、
あのアベッグ・トリオの解説のライカウの回りくどい言い方より、
もっとシンプルに分かりやすく書いてくれているのが嬉しい。

つまり、この解説者Uwe Schweikertは、
ピアノ協奏曲の起源について、
「おそらく、初期古典期のピアノ・ソナタに、
むしろ、その起源を求めることが出来る」と書き、
ウィリアム・クレンツという評論家の、
『ピアノ協奏曲とオペラ・アンサンブルの結合』
という言葉に要約している。

さて、このような事が書かれている。
「モーツァルト自身の手による、
『全作品カタログ』には、
1786年7月8日に、
まず書かれたK.496から、
1788年10月27日に、
最後に書かれたK.564にいたる
彼がピアノ三重奏曲を呼んだ時に使う、
『テルツェット』5曲含まれている。
それに加え、モーツァルトのピアノ三重奏の作品には、
『ディヴェルティメントK.254』が先立ってあり、
ピアノ、ヴァイオリン、チェロのために書かれているが、
これは1776年8月にザルツブルクにて書かれたものである。

交響曲、ピアノ協奏曲、弦楽四重奏などの古典の形式と比べ、
ピアノとヴァイオリンのソナタと同様、
ピアノ三重奏曲のジャンルは、モーツァルトの視野には、
かなり遅れて入って来た。

ハイドンの作品においても、ピアノ三重奏曲は、
1784年まで重要度を持っていない。
このように、ピアノ三重奏曲は、
ヴィーン古典派において、
最後に自由を獲得した分野であると言うことが出来る。

これは、バロックの伝統で、あちこちで見られる、
トリオ・ソナタの作品が良く知られていることを思い起こすと、
非常に驚くべきことである。
また、ハイドンやモーツァルト、
そして若き日のベートーヴェンの作品が、
コンサート・ホール向けのものではなく、
アマチュア奏者が家庭で演奏することを
想定して書かれたということもまた、
我々をさらに驚かせる。
例えば、モーツァルトの三重奏曲ホ長調K.542は、
おそらく、彼の友人でヴィーンの融資者、
ミヒャエル・プフベルクのために作曲されており、
モーツァルトは彼に、1788年6月、こう書いている。
『あなたの所で、また、小演奏会を開くのは何時になりますか。
私は新しいトリオを作曲しましたよ。』
この作品はまた、モーツァルトの最後のピアノ作品の一つで、
8月2日に彼の姉の『名の日』に彼女に送っている。

不思議なことに、古典期のピアノ三重奏曲は、
まったくもってバロック期のトリオ・ソナタの後継者ではない。
その起源はおそらく、初期古典期のピアノ・ソナタに、
むしろ、その起源を求めることが出来るようなものだ。
家庭内でこれを演奏する時、ヴァイオリンとチェロ、
または、フルートとチェロをアドリブで追加した。
若い日のモーツァルトが書いた、K.10-15の、
『クラブサンのための6つのソナタ』が、この考え方の例証となる。

この奇妙な慣行は、18世紀終盤のアマチュア音楽家が、
好んだ楽器について、私たちの興味を引く。
近代のグランド・ピアノの先祖は、機構上、
二つの固有の弱点を持っていた。
それは不十分な低音の音域と、
高音域の音がすぐに減衰してしまうという点であった。
これらの短所は、低音の補強や、
メロディ・パートを補うことで是正された。
チェロはピアノの左手の低音に重ね、
ヴァイオリンはピアノの高音のメロディラインを、
高音パートの演奏で補助した。
このような楽器音域の本来の混合が、
三重奏の起源であって、モーツァルトの
ディヴェルティメントK.254でもそれを確認することが出来る。
演奏して楽しく、音色はセンチメンタルであるこの作品は、
チェロは通奏低音であって、
ヴァイオリンには、魅力的な独奏パッセージが盛り込まれ、
拡張されたピアノ・ソナタの原理に基づいたものである。」

「K.496に始まる作品群は、あらゆる意味で、
軽量のディヴェルティメントより、
要求の高い作品となっている。
チェロは独立したパートとなって解放され、
ヴァイオリンと共に、ピアノと対峙する。
この曲集が進行するにつれ、
ピアノがいまだメロディの主唱者として、
同輩中首位であるとはいえ、
三つの楽器が対等な立場となって、
音楽的な対話を行うようになることに気づく。」

「K.496の第1楽章では、
まさに冒頭から、ヴァイオリンとピアノの、
コンチェルタンテな対話が見られ、
K.502では、初めてチェロが主題の音楽的展開に参加している。
この三重奏曲は、雄大で華麗なハ長調協奏曲K.503に隣接し、
同様に1786年の冬に書かれ、素晴らしい隠されたドラマを持つ。」

意欲的でありながら、チャーミングな、
この曲などは、トリオ・フォントネの気質に、
とても合っているような気がする。

第1楽章の出だしから、この曲は、新鮮さを振りまくが、
このあたりは若い感性に期待したいところと一致する。
ボーザール・トリオでは、やや線が細く感じられた弦楽部隊も、
ここでは豊かな響きを響かせている。

夕暮れの情感に満ちた、
ロマンティックな第2楽章なども、非常に美しい。

終曲も愉悦感に溢れているし、
アベッグ・トリオよりも直裁的、あるいは自然体である。

しかし、解説者の言う素晴らしい隠されたドラマとは何だろうか。
確かに、ピアノ協奏曲で、
あれだけいろんな事を語っていたモーツァルトである。
何か、そこでは出来なかったことを、
このジャンルでやりたかったはず。

「ハイドンのピアノ三重奏曲と違って、
モーツァルトのものは非常に成熟しているのみならず、
もっとコンチェルタンテな性格を有している。
ウィリアム・クレンツという評論家は、
そこに、『ピアノ協奏曲とオペラ・アンサンブルの結合』を見た。
まさに彼がピアニストとしての公式な成功を収めた時、
ピアノ三重奏という親密なジャンルに対する
モーツァルトの関心が高まった事、
そして、1784年以来の矢継ぎ早のピアノ協奏曲の連作が、
衰えだした事に注目すべきである。」

この主張も意味深である。
ピアノ協奏曲に飽きて、三重奏に来たというべきか、
ピアノ協奏曲でやることがなくなったと読むべきか、
あるいは、虚しい公の成功に疲れ、
ふと、内面の声を響かせたくなったということか。

「形式の点では、モーツァルトのピアノ三重奏曲は、
伝統的な3楽章形式で、
導入のソナタ楽章と、気の利いた終曲のロンドが、
感傷的で美しいメロディによる中間の緩徐楽章を挟んでいる。
それは、一方でモーツァルトの形式感のバランスを、
他方では、各楽章の組合わせのみならず、
個々の構成や磨き上げられた細部に至るまで、
彼は同じことを繰り返さなかったことをも示すものである。」

これは完全に、コジェルフと違う戦い方である。
コジェルフは、売れ筋のものを大量に製造して成功したが、
モーツァルトは投機的とも言える程に、
新ジャンルを開拓していったということであろう。

「これらの最も早い作品、ト長調K.496は、
終楽章に変奏曲を持って来て慣習を打ち破っている。
第4変奏では、表情豊かな憂愁で、チェロがメロディを奏でる。
名技的な二重変奏曲のコーダがこの曲を締めくくる。」

「モーツァルトの権威、アルフレッド・アインシュタインにとって、
1788年6月、三大交響曲の直前に書かれた、
三重奏曲ホ長調K.542は、モーツァルトがこのジャンルで極めた、
頂点を代表するものであった。
半音階的な特徴を持つピアノによるメロディの導入は、
『暗い色調で光を放つ転調で』(アインシュタイン)
聴衆に何か異常な事が起こった事をはっきりと感じさせる。
巧妙な和声を持って、歌謡的なアンダンテ・グラツィオーソは、
ほとんどシューベルト的なメランコリーを歌う。」

私は、前にこの楽章の童謡のような甘さが不自然だと書いたが、
この解説者には、シューベルト的と評されているのを見て驚いた。

聴いていて慣れたせいか、あるいは、シューベルト的と書かれたせいか、
はたまた、トリオ・フォントネのあっさりした歌い口がマッチしたのか、
このCDでは、この歌謡性も悪くない。

「終楽章は、卓抜な技法で愛らしいロンドで、
重力を失って行き、霊妙である。」
Etherealと書かれると、
確かに、ゲーテのファウストにでもマッチしそうな、
何だか神秘的な霊の音楽のようにも思えて来た。
空中を漂うような不思議な世界である。

「姉妹作、ハ長調K.548は、わずか三週間後に生まれたが、
ここで、モーツァルトは前の作品のレベルを保っているとは言い難い。
K.548は、その作曲時期や調性だけでなく、
『ジュピター交響曲』との関係が強い。
つまり、
第1楽章の主要主題の強烈さ、
異常にシリアスで厳格な展開は、
まるで、オーケストラを
室内楽にスケッチしたような印象を与える。」

しかし、こんな壮大な構想の作品ながら、
少し落ちる、などと書かれるのもあんまりではないか、
というような気がする。

とはいえ、盛夏を過ぎた、この作品あたりになると、
この壮大さの中に、何か寂しさのようなものが欲しく、
まさに、交響的な世界を繰り広げる、トリオ・フォントネよりは、
虚無的な瞬間を垣間見せる、ボーザール・トリオに魅力を感じる。

ロマンティックなアベッグ・トリオよりは、
トリオ・フォントネは、ひょっとしたら、
立体的な表現力である。

同じドイツのアベッグ・トリオは、85年の録音なので、
あるいは、これも研究しての挑戦だったかもしれない。

アベッグ・トリオは教会での録音のせいか、
残響が多く、トリオ・フォントネの方が透明感を感じる。
そんな差異もある。

「アインシュタインが、『柔らかな宗教性』と呼んだ、
精神的なアンダンテ・カンタービレは、死の年、1791年の、
この作曲家の最後期の作品の諦観のムードを予告している。」

私は、この楽章がある限り、
この曲が前の作品より劣るとは思いたくない。
トリオ・フォントネは、アベッグ・トリオ同様、
非常に繊細であるがゆえに、虚無的な感じはあまりしない。
単なるきれいな回想の音楽に留まる。

ボーザール・トリオのものを改めて聴いて見ると、
線が細いと思われた弦楽部も、
妙な切迫感で迫るものがあり、
さすが、この曲を日本公演でも取り上げた団体である、
などと感じ入った。

あるいは、細かいテンポの動きが、
そうした焦燥感を生み出しているとも思える。
そうしたスタイルは、ひょっとしたら古いのだろうか。

「終曲のロンドにおける短調部分の、
痛みの感情の集中は、我々の神経を集中させずにいられない。」

この楽しげな牧歌風のロンドに、
そんな集中させる部分があるかと改めて聴いて見たが、
良く分からなかった。

「このジャンルへのモーツァルトの最後の貢献は、
三重奏曲ト長調K.564で、彼の作品目録に、
1788年10月27日のものとして追加されたが、
これは、他の曲に対して、
『哀れな従兄弟』のように見なされて来た。
ここでの簡素な音楽材料から、K.564は、
ピアノ三重奏に編曲されたピアノ・ソナタだと、
長い間、音楽学者に信じられて来た。
その磨かれた芸術的な単純さは、
ピアノのための『簡素なソナタ』K.545の残照である。」

この曲の欠点を隠そうとするかのように、
トリオ・フォントネの演奏は、
立体的、交響的とも言える闊達な表現で押す。

さすが、イケメン集団。
弱みを見せるを潔しとしなかったようだ。

第1楽章は、やけに元気が良いと思ったが、
CDの時間表示は、ボーザール・トリオ、
アベッグ・トリオの中で最速である。

このように聴いて見て、このCDを聴いて、
モーツァルトのトリオの魅力が、
伝わらなかった理由が分かるような気がした。

つまり、トリオ・フォントネは、
イケメンゆえに、弱さを許さない。
そのため、曲ごとの性格付けが弱まって、
6曲を連続して聴いても、
曲の切れ目が聞き流されてしまうのである。

たぶん、1曲だけ、おそらく、K.502あたりを聴くと、
とても感動させられるのではないだろうか。

これはモーツァルトにも責任があって、
ト長調が2曲あったり、短調のものがないなど、
そうした解釈を許す温床を作っている。

ということで、残念なのは、K.442とされる、
ニ短調のトリオが完成されなかったことだ。

アベッグ・トリオや、ボーザール・トリオの新盤とは違い、
このCDは、この断章は収められていないが、
面白い事に、解説では、この曲についても触れている。

「マキシミリアン・シュタードラー神父は、
本来、同じ曲になるものではない、
三つの別々の断片を組み合わせて、
三重奏曲(K.442)として出版した。
(このピアノ三重奏曲全集には含まれていない)。
機知に富み、活気ある最後の楽章は、
特に、1790年から91年に書かれたと思われ、
何度も下書きが書き直されている。
これは『コシ・ファン・トゥッテ』の余韻を残し、
1788年以降、彼がトリオを残さなかった事が悔やまれる。」

この書き方を見れば、何となく、この解説者は、
もっとすごい曲が出て来た可能性がある、
あるいは、もっと言うと、
まだ、この6曲では、モーツァルトのベストではない、
まだまだ満足できない、
と言いたいのかもしれない。

私は、ジュピター交響曲に迫る三重奏曲があるだけで、
これはこれで、至高の作品と思わざるを得ないのだが。

さて、これまで真面目に聞いて来なかった、
このK.442の終楽章もこの機会に聴いて見た。

確かに、自由闊達にピアノが駆け巡り、
オペラの世界を彷彿とさせる。
これがモーツァルトの死の年の作品だとしたら、
非常に興味深いと言わざるを得ない。

ところで、ふと思ったのだが、
この曲を補筆した、マキシミリアン・シュタードラー神父は、
シューベルトの「ます」の成立に立ち会った、
アルベルト・シュタッドラーと関係ないのだろうか。

この神父は1833年まで生きていたようなので、
頼んだら、「未完成交響曲」も完成させてくれたかもしれない。

トリオ・フォントネの演奏に戻ると、
ハ長調の壮大さなど、
まさしく、「ジュピター三重奏曲」。

おそらく、実演で聞くと圧倒されるに違いない。
改めて言うが、完成度の高い演奏だと思う。

得られた事:「ピアノ三重奏曲はピアノ・ソナタの派生品であるという歴史観。」
「イケメン集団、立体感、迫力に過不足なし。ただし、無敵のイケメンのままでは、広い共感は得られず。」
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by franz310 | 2009-08-22 23:23 | 音楽

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その187

b0083728_13373012.jpg個人的経験:
前回、ボーザール・トリオで、
モーツァルトのピアノ三重奏曲を
通して聴いてみたが、
涸れた表情の作品ほど、
説得力を感じる、
不思議な団体であった。
実は、このトリオ、
1968年にヴァイオリンが
交代して、この新メンバーでも
同じモーツァルトを録音している。


1987年5月のデジタル録音で、
スイスでの収録とあり、
何となく、この暑い時期には、
その録音場所の爽やかな雰囲気に、
是非とも、あやかりたくもなる。

フィリップス・レーベルによる、
モーツァルトの没後200年の、
コンプリート・モーツァルト・エディションにも、
この演奏は採用されている。
私が持っているのは、単独発売のものではなく、こちらである。

この5枚組には、ブレンデルによるピアノ五重奏曲や、
同じ、ボーザール・トリオによるピアノ四重奏曲、
グラスハーモニカによる「アダージョとロンド」が含まれている。
残念なことに、「ケーゲルシュタット・トリオ」は、
ブライマーの録音なので、これだけは、前回の盤に収録が重なる。

また、あの偽作というか、ややこしい曰く付きの、
K.442のピアノ三重奏曲も含まれている。

こういう寄せ集めCDの常として、
デザインは意味不明であるのが残念だ。
おそらく、何に焦点を合わせていいのか、
分からなくなるのであろう。
その結果、可もなく不可もない、
よく分からないものが出来上がる。

カバー・デザインに、Pet Halmanとあり、
カバー・デザイン・フォトグラフィーに、
Cristine Woidichとあり、
アート・ディレクションに、Estelle Kercherとある。
いったい、誰が何をするか分からない大企業病である。

このCDのデザインを見ると、
どこかの劇場にピアノが置かれていて、
ピアノの上の楽譜はぐちゃぐちゃ、
後ろ姿の人物は、当時の装束であるが、
何故か一人は犬を連れている。

そのような上に、月桂冠の写真が重ねられている。
前述のように、どこまでが、誰の分担か分からないが、
人物や背景は手書きにも見え、
まさか、フォトグラファーは、
月桂冠とピアノの写真を撮っただけではないだろうな。

何だか分からない点が、
おしゃれなのかもしれないが、
それがかえって、ありきたりとも言える。
こうしたシリーズの一貫なので、
全体の統一も必要であろうから、
こうした無難な路線に落ち着いたものと思われる。

ブレンデルの五重奏も、ジェランナを交えた四重奏も、
以前、聞いたことがあるので、
今回は、ここに含まれるピアノ三重奏を聴いて見た。

前回の演奏でも主役を務めていた、
ピアノのプレスラーは同じなので、
基本的に大きな違いはないと思われる。

しかし、ヴァイオリンがイシドーア・コーエンに代わり、
チェロがグリーンハウスと来れば、
弦楽部隊は、何だか、ジュリアード四重奏団の
別動隊みたいな感じである。

この人たちは、この四重奏団の一員として、
また、共演者として知られていた人たちである。

ボーザール・トリオというと、謙虚な人たちの集まり、
というイメージが強いが、
ジュリアード四重奏団となると、
アメリカの先鋭的で精緻な団体という感じで、
かなり変ったイメージになる。

前のヴァイオリンは、ティボーの弟子のギレーであったが、
まさしく、ジュリアード音楽院でガラミアンに学んだ人。
ヨーロッパの香りは、少し遠のいたのだろうか。

これは単に頭の中で感じることであって、
演奏を聴いていて、それを実感したわけではない。

むしろ、この録音を聴いて感じたのは、
基本的にスタイルは変らず、さらに恰幅が良い演奏、
という第一印象であった。

もちろん、録音が新しいだけに、音もみずみずしいのが有り難い。
あるいは、その録音ゆえに、
ホールの広がりが感じられるのかもしれない。
そのために、演奏が大きく感じられるのかもしれない。

あるいは、前回の二枚組に対し、
6曲を3枚に収めているので、
そう思えるのだろうか。
特に、K.502とK.542の二曲しか入っていない、
CD4などは、収録時間が42分しかない。
前のCDは、さらにK.564とK.548が入って、
75分も入っていたのである。

K.542は、前のものより少し長めの演奏時間だが、
K.502などは、かなりすっとばし気味で、
前の演奏より、1分近く、早く終わってしまう。

嬉しいのはK.548ハ長調の繰り返しによって、
曲が2割程度増量されている点か。

やはり、この団体は、後半の曲の方が自信を持っていて、
落ち着いた表現が出来るのかもしれない。
最後のK.564も、いくぶん、演奏時間が延びている。

さて、演奏から離れると、
このCDの解説は、極めて不思議である、
と言わざるを得ない。

英語の部分には、
Alec Hyatt Kingという人が、
「親密な協奏スタイル、モーツァルトのピアノ付き室内楽」
という一文を寄せているが、
独語の部分には、
Dietrich Berkeという人が、
「ピアノといくつかの楽器の作品、
グラスハーモニカを用いた作品」という題で、
まったく異なる文章を書いているのである。

こちらの方は、曲ごとにタイトルを設けて、
各曲解説が詳しそうである。
この調子で、他の、仏伊語も別解説である。

いつも、こうしたメジャー・レーベルは、
数ヶ国語に対応しないといけないので、
大変だと思っていたが、このスタイルは初めて見た。
さすが、一大事業で力が入っているということだろうか。

キングさんの書いた、ピアノ三重奏の部分を見てみると、
いきなり冒頭から、えっ?そうだっけ?
と言いたくなるような内容もあるので、
引用してみよう。

「ピアノ三重奏曲のルーツは、
バロック期の弦楽トリオにあって、
そこで、ヴァイオリンはメロディラインを受け持ち、
それを支える低音は、一般に、
ハープシコードによっていた。」

ということで、アベック・トリオの解説のライカウ氏が、
そりゃ危険なこじつけよ、と書いたことがそのまま書かれている。

「18世紀の中葉にかけて、
急速に、まったく違ったバランスのものに進化した。
ヴァイオリンは、鍵盤楽器の高音と交互に、
または、和声を奏で、
なお、大いに装飾的な役割を担っているが、
鍵盤楽器が音楽の重心に来て、
チェロはその低音を補助している。
この特筆すべき変容、強調へのシフトは、
1750年ごろまでに確立され、
1770年代までには、
全欧州でピアノ三重奏曲は普及した。
腕に自信ある鍵盤楽器奏者と、
熟練のヴァイオリン奏者がいれば、
チェロはそこそこの腕でもよいため、
数え切れない家庭の合奏において、
理想的な曲種といえた。」

どうやら、ピアノ三重奏曲の起源にも、諸説あると考えた方が良さそうだ。
というか、様々な解釈は出来るのかもしれない。
しかし、弦楽器のソナタが起源というのは、ちょっと説得力に欠ける。

「こうした質感と限界は、
1776年8月に作曲された、
モーツァルトの最初の三重奏曲
K.254に明らかに見て取れ、
彼はスコアの最初に、
『ディヴェルティメント a3.』
と書いた。
彼がディヴェルティメントという言葉を使ったのは、
このチャーミングな作品が、家庭内の娯楽用であるとともに、
チェロの扱いはバロック期のものと同種であることを示している。
しかし、モーツァルト自身、
1777年10月の手紙で、これを三重奏曲と呼んでおり、
楽しく、娯楽向きで、1770年代の中ごろ書かれた、
ザルツブルク時代のベストといえる性格を持ち、
変ロ長調という調性が、暖かさと親密さを保障している。」

ここまで書いてくれると心強いではないか。
後半5曲とスタイルが違うというだけで、
軽視されるには、この三重奏曲は、あまりにも愛らしい。

演奏は旧盤の方がストレートな表現で、
曲が甘味なので、これはこれでちょうどよい感じがする。
新盤は味付けが少々強いが誤差範囲で、
やはり、どちらも同じ団体の演奏。

このディヴェルティメントより、やはり、
後年の五曲が気になるので、それを読んでみると、
「モーツァルトの成熟した5曲のトリオは、
二つのグループに分けられる。
ト長調K.496は、1786年7月8日に作曲され、
変ロ長調K.502は1786年11月17日に書かれている。
最後の3曲は、すべて1788年の作で、
2曲は夏に、1曲は秋に書かれている。
変ロ長調(?ホ長調の間違い)K.542は6月22日、
ハ長調K.548は7月14日に、
ト長調K.564は10月27日に書き上げている。」

このような分類は、実は混乱を招くような気がしている。
後半5曲に関して言うと、彼は、ここでは、
No.1とNo.2が仲間。
No.3、4、5が仲間。あえて言うと、No.3と4が仲間、
と言っているようである。
しかし、解説を読んでいくと、
むしろ、No.2と3が仲間、また、No.4と5が仲間、
といった風に記載されているのである。

つまり作曲時期と、スタイルが一致していないということであろう。
この解説者のみならず、
モーツァルト自身にも責任があるかもしれないが、
ことほど左様に分類は難しい。

と、いいながら、この解説者は、共通した特徴も語りだす。
「これらはすべていくつかの特異な特徴を共通して持っている。
まず、他の形式の彼の室内楽に比べ、これらは比較的短い。
10の速い楽章のうち、200小節を超えるものは5つしかなく、
さらに驚くべきは、すべての遅い楽章は、アンバランスに長く、
かなりのウェイトを占めている。
また、音楽の構成は、直線的で、伝統に従っているが、
誰にも献呈されていない。
この単純さも合わせて考えると、
モーツァルトは公衆やヴィーンの出版者を喜ばせるように、
金儲けのために書いたように思われる。」

また、このような発言が出るのは困ったものだ。
私は最初、そうかと思っていて、
ようやく偏見から解放されつつあるのに。

しかし、著者も混乱しているのか、
あるいは自信がないのか、
これらの曲も、他のジャンル同様の高みに達したと、
後で書いている。

「特に、『ヴァイオリンとチェロを伴う
チェンバロまたはピアノフォルテのための3つのソナタ』
というタイトルで、
K.502、542、548を同時に出版した、
アルタリア社などを想定しており、これは、
1803年までに、ヴィーンで二回、
マンハイム、ベルリン、アムステルダム、
ブルンスヴィック、ロンドン、ボンの、
計8回再版されている。」

この時代、ピアノ三重奏の王者は、コジェルフで、
「このジャンルと作曲家の人気は、
似たようなものばかり作っていた類似性や、
これらの曲集が、数年して、欧州主要出版社から、
再版されたことからも明らかである」などと書かれていたが、
さすがモーツァルト、同等の人気ではないか。

なお、第二楽章が、一点豪華主義的に甘味なのは、
コジェルフの影響かもしれない、などと妄想してしまった。
両端楽章もあまり複雑にすると、
コジェルフに勝てなくなってしまう。

さて、ヴィーンでの第一作について。

「K.496の手稿を通じて、モーツァルトは、
赤いインクと黒いインクを使っている。
『フィガロ』を書いてすぐの数ヶ月をかけた、
自信と活力に満ちた素晴らしい音楽の価値が、
各パートの正しい配分によって保障されることを意識した、
その努力の結果にも見える。
ヴァイオリンはピアノとの応答で活躍し、
チェロも次第に主張を始める。
モーツァルトが、三重奏の音色を開拓しはじめたのは、
まさに、この曲の第一楽章展開部においてであった。
ピアノ協奏曲ト長調K.453と同様、終曲は、
しなやかなテーマによる生き生きとした、
6つの変奏曲からなっている。」

このように読んでみても、
このヴィーンでの第一作、
さすがに、ライヴァルひしめく中、
念には念を入れての挑戦だったように思える。

この5曲の中では、もっとも苦労したものかもしれない。
この曲だけが、単独出版されていることからも、
その自信が感じられる。
出版したのは、あのホフマイスターである。
この人はモーツァルトの弦楽四重奏曲第20番や、
ピアノ四重奏曲第1番を、ぽつんぽつんと出版したことで知られ、
そのおかげか、前者は、「ホフマイスター四重奏曲」などと、
呼ばれていたりする。

さて、この曲の演奏も、新旧の聞き比べで、
少し新盤の方が華やかな印象がある。
しかし、テンポなどは、寸分違わない演奏なので、
録音による鮮度の影響かもしれない。

あるいは旧盤のギレーのヴァイオリンは、
切れ味よりも、いくぶん、典雅さに
重点を置いているのかもしれない。
コーエンのヴァイオリンは、さすがにアタックなど、
思い切りがよく、それが演奏に推進力を与えている。

つまり、強奏の時の思い切りのよさも、新盤に分があるが、
これとても、録音技術によるものかもしれない。

第三楽章は新盤の方が変奏を克明に描き分けて行く感じ。

「K.502とK.542は18ヶ月も離れているとはいえ、
同じ文脈で捉えられ、K.496の優れた点をも越えて、
モーツァルトが高い霊感を得て、
他の室内楽と同様の傑作に並んだ。
K.542の作曲は、交響曲変ホ長調、
K.543の構想中のことゆえ、
まさに驚くべきことである。
K.502の第1楽章はスタイルの点でも、
メロディラインの点でも、
このロマンティックな調特有の暖かさと浮揚性において、
1784年の最初の変ロ長調のピアノ協奏曲、
K.450(第15番)の縮約された鏡像のようである。
変ホ長調のラルゲットの精緻さは、
名残惜しげに、豊かに装飾された音形に満たされている。
小銭からも奇跡を鋳造してしまう、
モーツァルトの天分のパラダイムに従い、
この111小節は、シンプルなフレーズを通じて、
メロディの優美さを花咲かせていく。
こうした深い親密さの後で、締めのアレグロは、
人工的に見えるかもしれないが、同じように素晴らしい。
多くの要素、強さとデリカシー、
豊富なメロディ、巧みな対位法が、ほのかに混合され、
協奏曲のスタイルが詰め込まれ、
3人の奏者は等しくモーツァルトの豊かな創意に遊ぶのである。」

前述のように、この曲は、ボーザール・トリオの新盤は、
かなり飛ばしている印象を受ける。
旧盤のテンポの方が私には快い。
が、逆に、旧盤で、いくぶん流され気味だったのが、
意欲的な演奏になっていると、言えなくもない。
難しいものである。

「三重奏曲K.542は、同様の完全な熟達にあるが、
ホ長調という調性ゆえ、異なった気質を持つ。
モーツァルトはめったにこの調を使わなかったが、
悔悟が入り混じる明るさ、無垢の喪失感など、
常にそれは怪しい輝きを伴っている。
第1楽章の著しく顕著な転調は、
こうした揺れるムードを強調する。
この凝集に対照させるように、
モーツァルトは、緩徐楽章を、
『アンダンテ・グラツィオーソ』と名づけて、
イ長調の叙情的な暖かさに転じさせ、
115小節という異常な長さをとった。
『田園詩』、『子守歌』とでも呼べる、
幸福な、長く引き伸ばされたメロディが、
彼の和声と対位法の妙技によって強められていく。
終曲のアレグロの名技性は並外れており、
半音階的な輝きのパッセージで増幅されている。
第1楽章に似て、いくつかの休止と、
転調以外は、滑らかな進行で輝く。」

この曲の第一楽章では、逆に旧盤の方が、さくさく進んで速く感じられる。
また、この曲の特徴となる、三つの楽器が、
華やかに、ばーんと弾ける部分では、
ヴァイオリンが扇情的になるのが、新盤の特徴であろう。

第二楽章では、シンプルすぎる主題が、
私には物足りなかったが、録音によって音色が美しく、
チェロなどの音に深みが感じられる分だけ、
新盤の方が好ましく感じた。

第三楽章などは余り変らないが、
ピアノのプレスラー自身、表情が大きくなっているようだ。
いずれにせよ、高度なアンサンブルであることは確か。

「K.564は二番目のト長調トリオであったが、
K.548はモーツァルトの唯一のハ長調のトリオであり、
いずれも磨きぬかれ、蜜をしたたらせつつ、
高度な楽しみもある。
しかし、これらには前の二作品にあった、
高貴な凝集がなく、心ここにあらずといった印象もある。
K.548の場合、二つの大交響曲(ト短調とハ長調『ジュピター』)の、
差し迫った完成によって乱された可能性がある。
また、おそらく、3曲セットで出版したかった、
アルタリアからのプレッシャーがあったかもしれない。
すでに書いたように、結局、1788年11月に出版している。
しかし、技法的には、K.548もK.564も優れており、
特にヴァイオリンとチェロの重要性は進化している。
両曲とも終曲に楽しげなパッセージを持つ。」

素晴らしい第二楽章については、
何も触れられていないのが残念だ。

この曲はボーザール・トリオの新旧比較で、
最も大きな差異が出たもので、
旧盤が繰り返しなしで、16分で演奏していたのに対し、
新盤は21分くらいをかけている。

旧盤はLP時代のもので、
LP二枚に6曲を収めていたので、
収録時間への配慮があったのかもしれない。

また、演奏も、それに合わせてか、いくぶん大柄になっている。

この曲に関しては、少し寂しげで切迫感を湛えた、
旧盤のギレーのヴァイオリンの音色に、
惹かれるものを感じる。

それでも、やはり、この曲は、
このボーザール・トリオの演奏は良いような気がする。
プレスラーのピアノがよく合っているような気がする。

「K.564において、少なくとも、モーツァルトは、
プロポーションの実験を行っており、
第1楽章はたった117小節しかなく、第2楽章も119小節しかない。
明らかに後者の後者は主題と拡張された変奏曲であり、
他の後期の曲種同様、彼は、バランス上の、
新しい着想を持っていたと思われる。
さらにK.564においては、歴史的に興味深い点がある。
この曲はモーツァルトの作品で唯一、
大陸よりも先に英国で出版されている。
1789年7月23日、作曲家のステファン・ストレースは、
ロンドンのStationer Hallに、
このK.564を含む、
『オリジナルのハープシコード曲集』第二巻を提出したが、
アルタリアは、1790年の8月まで出版していない。
ストレースは、妹のナンシーや、トーマス・アットウッドと共に、
1786年、モーツァルトの知己を得ている。
アットウッドは作曲を学んでもいる。
このことによって、ストレースは、
このトリオの初期の手稿を入手したに違いない。
こうしたことは、モーツァルトの承認なしに
なされうることではない。」

このあたりの解説は、余談のようなものだが、
あまり、指摘する人がいない事を、
改めて、詳しく教えて貰えるのはありがたい。

この曲は、新旧両盤で、あまり差異を感じることはなかった。
第二楽章は旧盤の方が淡々としていて、
ここでもギレーのややくすんだ色調に、
何となく懐かしさを感じた。

私としては、新旧両盤とも大切な感じがする。

なお、新盤では、問題視されるK.442が最後に収められている。
解説には、モーツァルトの未亡人が、
シュタッドラーに依頼して書き上げて貰ったとある。
この前のライカウの解説では、
この男が、勝手にモーツァルトの遺品を整理した、
といったような内容であったが、
どうやら、コンスタンツェの差し金であったようだ。

第一楽章は憂いを秘めたメロディでかなり楽しめる。
何となく尻切れトンボみたいな感じで終るが。

第二楽章は何だかシューベルト的な楽想である。
この部分だけは良いという人もいるが、
それも分からなくはない。
しかし、だんだんつまらなくなる。

第三楽章は、シンプルな狩りの主題の曲想ながら、
ピアノが縦横無尽に駆け巡る楽しげな音楽。

「モーツァルトはアレグロヘ長調(?)と
アンダンティーノト長調を1785-6年以前に書き始め、
アレグロニ短調は、手稿やスタイルから、
1788年の夏かそれ以降の作であろう。
最初の二つの断片は平均的な出来で、
何か不満があってモーツァルトが放棄したと思われるが、
アレグロは、創意に満ち、グランドマナーで書かれ、
モーツァルトの状態はベストである。
何らかの邪魔が入って完成されなかったのは残念でならない。」

狩りの主題の曲想は、コジェルフが好きなものなので、
あえて、真似しそうになる前に放棄したのかもしれない。

こうした曰く付きの作品であろうとも、
一部、 モーツァルトの曲想なのであれば、
こんな形で聴かせてもらえるのもありがたいことである。

概してボーザール・トリオの演奏は、
さすがこの道に注力した名手たちの安定した力を感じさせるもので、
旧盤と同様、後半の作品は素晴らしく、
前半の作品には、さらに華やぎを加えて、
言うことのない仕上がりと言える。

得られた事:「ボーザール・トリオによるモーツァルトの新盤の弦楽部隊は、ジュリアード四重奏団と所縁も深く、旧盤より表現の幅を広げている。」
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by franz310 | 2009-08-16 13:39 | 音楽

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その186

b0083728_21441112.jpg個人的経験:
古典時代の音楽を分類する際、
ピアノ三重奏もピアノ協奏曲も、
「室内楽」には分類せず、
「ピアノ曲」として分類する例があるが、
前回のライカウの解説を読むと、
なるほど、という感じがする。
もともと、ピアノを弾く女性がいて、
パートナーが、時折、唱和する、
という感じで発達したものだという。


確かに、モーツァルトが最初に書いた、
ピアノ、ヴァイオリン、チェロのための三重奏曲(K.254)は、
書いた本人も、ピアノ三重奏だという感覚はなかったようで、
「ディヴェルティメント(喜遊曲)」などと題されているらしい。

この題名が、実はかなり、
話をややこしくしている。

この曲に第1番とつけるかどうかで、
後の番号が全部ずれるからである。

そんな事態を恐れたのか、
前回聴いたアベッグ・トリオのCDでは、
番号の記載はなく、
単に、その後の完成作も、
ト長調K.496、変ロ長調K.502、ホ長調K.542、
ハ長調K.548、ト長調K.564と、
極めて素っ気ない呼び方をしている。

この5曲に第1番から第5番の番号付けをした例もあるが、
その場合、「ディヴェルティメント」変ロ長調K.254は、
別ジャンルという扱いとなる。

ケッヒェル番号からも明らかに、
この曲のみが200番台で、
他のはだいたいが500番台であるから、
これはこれで、筋が通っている。

一方で調性で呼ぶにも問題がある。
どの曲かと指定するときに、
「ト長調」のものが、と書くと、
候補が二曲になってしまうのである。

3桁のK番号まで覚えるのは大変なので、
やはり「第1番」と呼んだりしたくなる。
実際、トリオ・フォントネのCDなどでは、そうなっている。

私の頭の中では、
この英雄的な曲想を持つ作品(ト長調K.496)は、
明らかに前作とは別格の趣きを湛えており、
「第1番」と呼びたいところなのだが、
話は単純ではない。

一方で、老舗ボーザール・トリオなどのCDでは、
何のためらいもなく、
K.254もまた、「ピアノ・トリオ」と記載されている。
この場合は、「ト長調K.496」は、
当然、「第2番」となってしまう。

さらに書くと、成熟期の5曲についても、
モーツァルト自身は、「ピアノ三重奏」とは思っておらず、
「テルツェット」という名称を使ったらしい。

長々と書いたが、このような理由もあって、
モーツァルトのピアノ三重奏曲は混乱しがち、
頭の中での整理が難しく、
なかなか人気が出ないのではなかろうか、
などと考えた次第である。

そう思っていると、
このボーザール・トリオのCDでは、
なかなか興味深い指摘によって、
これらの作品の性格をうまく表わしていた。

なお、このCDは、かつてフィリップスが、
「DUO」シリーズとして出していたもので、
廉価盤であるがゆえに、シンプルなジャケット。
デザインの絵は、「Helmut Ebnet,Milan」とあるが、
そこそこ優美で、上品でもあって悪くない。

ただし、よく見ると、
左上にCDの絵が二つ、
左下に「2CD」とあり、
右上には、「140min+」とあって、
右下には「DUO」とあるのは、いかがなものか。
割安であることを、ここまで訴える必要があるのだろうか。

さて、このモーツァルトの解説は、
ベルナルト・ヤコブソンという人が書いている。
題して、「ピアノ三重奏曲の成熟」。

多くの日本人の理解では、
成熟するのはベートーヴェンになってから、
という認識であろうが、是非、こうした論点で、
おそらく100年以上変わっていない認識を改めて頂きたい。

「ピアノ三重奏曲がその成熟に到ったのは、
モーツァルトと年長の友人ハイドンの作品においてであった。」

確かにそう書くのは簡単だが、
彼らの成熟期の作品の作曲年代を、
ここで整理してみると、下記のように、
必ずしも同時期のものではない。
(ちなみにハイドンのものも、
私の頭の中では番号の混乱がある。)

1786年:モーツァルト、2曲作曲
1788年:モーツァルト、3曲作曲

1794年:ハイドンの三曲出版
(M・T・エステルハーツィ夫人用)
1795年:ハイドンの六曲出版
(M・J・エステルハーツィ夫人、シュレーター夫人用)
1797年:ハイドンの三曲出版。
(バルトロツィ夫人用)

このように、ハイドンの成熟はモーツァルトの、
1791年の死後になってからであった。

ということで先を読むと、
「モーツァルトは8歳の時、
鍵盤と二つのメロディのために6曲を作曲したが、
これらは基本的にヴァイオリンかフルート、チェロの、
随意の伴奏を伴ったハープシコード・ソナタと言えよう」
とある。

普通、これは、モーツァルトが子供だったから、
未熟な作品を書いたと考えてしまうところだが、
どうも、そうした様式の時代だったと読むべきなのだろう。
何ともおそるべき小童である。

「ディヴェルティメント変ロ長調K.254は、
12年後の1776年に書かれたが、
このパターンを受け継いでいる。
厳粛で印象的な中心のアダージョでは、
ヴァイオリンが独立して、翼を広げるのが聴かれる。
しかし、第一楽章やメヌエットのテンポの、
フランス風ロンドの終曲を通して、
逆にヴァイオリンはピアノを伴奏するばかりで、
チェロはほとんど常にピアノの左手を補強しているだけである。」

プレスラーのピアノ、ギーレのヴァイオリン、
グリーンハウスのチェロからなる、
ボーザール・トリオの、この曲の演奏は、
ピアノの愛らしい響きと、
比較的控えめな弦楽の響きがマッチするのか、
落ち着いて楽しめる。

こんな感じで、さっと終っているが、
この「ディベルティメント」は、楽しい音楽であることは、
もっと強調されて良いような気がする。

しかし、アベック・トリオの推進力と、
表現意欲のある演奏に比べると、
ボーザール・トリオの演奏は、
あまりに典雅にすぎ、
前回、まるで英雄のように舞い上がった、
私の頭の中での「第1番」ト長調K.496などは、
少女の弾く、ピアノ・ソナタにすぎないような感じがして、
少々、ものたりない。

1967年とか70年の録音のようなので、
当時のモーツァルト観はこんな感じかもしれない、
などと納得できたりする。

これまで、このCDを聴くことがなかったわけではないが、
この曲あたりが最も印象が薄かったような気がする。
淡々としたボーザール・トリオのスタイルでは、
魅力を発掘され尽くしていないのだろう。

特に、グリーンハウスの表現意欲は、
あまり高くないような気がする。

解説も、下記のようなもので、
ピアノ・ソナタとの折衷的な作品という感じで、
改めて、この曲種に賭けるモーツァルトの心意気は、
どこからも感じられない。

「常に参加する、
重要な二つの弦楽パートを持つ、
本格的な室内楽スタイルへのシフトは、
10年後、1786年7月から
1788年10月の間に書かれた、
モーツァルトの最後の5つの三重奏に始まる。
K.496、ト長調のトリオは、
実際、作曲家は、手稿に『ソナタ』と書いているが、
ピアノ・ソナタのように開始する。
しかし、すぐにヴァイオリンもチェロも参加して、
より拡張された役割を演じ出す。
流れるような6/8拍子のアンダンテでも、
これらは対話を続けるが、終曲においては、
6つの変奏とコーダを伴う元気のよい主題が、
チェロは、モーツァルトのトリオで初めて、
強烈な個性を発揮しはじめ、
第4変奏では、他の楽器には真似できない、
力強く表現力豊かなメロディ・ラインで、
短調のテクスチュアを下支えしている。」

しかし、終曲に、変化に富む、
長大な変奏曲を持って来た、
この曲の特異な構成は、
ピアノ・ソナタの概念を遥かに超えており、
もっと、特筆されてもよさそうなものだ。

第一楽章のピアノの歌い出しばかり強調されている限り、
この曲の真の理解は深まらないような気がしている。

さて、次が、K.502の解説で、
アインシュタインなどはこの曲を最高傑作と考えた。

私も、実は、この曲の冒頭から聴かれる、
夢見がちな側面も併せ持つ、
わくわくするような楽想を聴いて、
そんな気がしていた。

しかも、妙にがっしりした構成感も持っていて、
各楽器が妙技を繰り広げる。
チェロの瞑想的な色調もばっちり活かされている。

しかし、モーツァルトのピアノ三重奏曲のややこしい点は、
このあと、三曲も続くところで、最高傑作に到達したら、
それで良いという世界でない点である。

解説にはこうある。
「チェロが古くからの従属的な役割から
解放されることはないのだが、
残りの四つのトリオは、ほぼ全体を通して、
真の楽器のコラボレーションとなっている。
1786年11月に完成された、
変ロ長調K.502のトリオは、
有機的形式構造の熟達の証で、
豊かな創意の好例となっている。
同じ6つの音符からなる、小さな音型が多用された、
第一楽章も、再びガヴォットの終曲も
協奏曲風の華麗さと、強烈に活動的な感覚を呼び覚ます。
華麗に装飾された中央のラルゲットもまた、
さらに壮大なモーツァルトの協奏曲の緩徐楽章に似ている。」

第二楽章もまた、歌謡性に満ちていて親しみやすい。
儚いような懐かしいような感じが漲っていて美しい。
第三楽章の弾むようなリズムも、
ぴちぴちしたピアノの流れも愛らしく、
まさしくピアノ協奏曲の小型版という感じである。

古くから名曲として認められていたのであろう、
ボーザール・トリオの演奏でも楽しめるのだが、
アベッグ・トリオのように浮き立つようなところがない。

が、しっとりとした味わいは、こちらでも良い。

私がかつて、古本屋で見つけたものに、
このボーザール・トリオが、
1969年に大阪で開いたコンサートのパンフレットがあるが、
当時は、「ニューヨーク・ボーザール・トリオ」
と呼ばれていたようだ。

「ボーザール(BEAUX ARTS)」が、
何のことかも書いてないが、
「1955年、ピアニストのメナヘム・プレスラー、
バイオリニストのダニエル・ギーレ、
チェリストのバーナード・グリーンハウスによって結成され、
『新鮮な肌触り』『一糸乱れぬアンサンブル』
『個人の謙虚な人格の反映』など、共通の好評を得ている、
アメリカの名ピアノ三重奏団」
とあり、最後の『謙虚な人格』というのが、
非常に印象に残る。

謙虚な人格が必ずしもモーツァルトの作品を演奏するのに、
相応しいとも思えないが、この演奏を聴いていると、
そんなものかもしれないと思う。

彼らについては、
「結成以降、北アメリカ、ヨーロッパ、イスラエル、
アフリカ、中近東等で約2000回の公演記録を樹立」と続く。

巨匠たちの讃辞に、
「感動の演奏、完全無欠のアンサンブル」
(トスカニーニ)
「久しく聴けなかったピアノ三重奏曲の醍醐味。
これこそカザルス、コルトー、ティボーの
ゴールデン・トリオの後継者だ」
(シャルル・ミュンシュ)
とある。

しかし、
「アメリカで聴いた最高のトリオ」
(ロベール・カザドシュ)
というのは、完全にルービンシュタインや、
ハイフェッツらへの当てこすりにも思え、
「恐くなるほど完全な芸術性」
(ジノ・フランチェスカッティ)ともなると、
ちょっと大げさにすぎるような気もする。

ちなみに、写真ではプレスラーがいちばん若く見え、
禿げたギーレは年配に見える。
しかも、ギーレはフランス生まれで、
エネスコやティボーに師事したとある。

トスカニーニが絶賛した理由もあるようで、
彼が結成したNBC交響楽団のコンサートマスターだという。

グリーンハウスはアメリカ生まれのようで、
奨学金を得て渡欧してカザルスの弟子になったとある。
これら二人の弦楽奏者は、共にストラディバリウスを使っているとある。

このモーツァルトを聴きながら、
そこまで聴き通せれば、かなり楽しいだろう。

このようなアメリカの星であるから、
当時からベートーヴェンやシューベルトの全集を作っていたとある。

さて、このモーツァルトのCDに戻ると、
実は、ここからが、この解説の面白い所なのである。

これらの三重奏曲をモーツァルトの大名曲、
三大交響曲になぞらえて、示唆される事が多い。

「次の二つのトリオで、最後の三大交響曲の時代に入る。
ケッヒェッルのモーツァルトのカタログで、
ホ長調のK.542は、交響曲第39番(K.543)の前に位置し、
ハ長調のK.548は、この曲と、
交響曲第40番(K.550)、
交響曲第41番(K.551)の中間に、
一つ違いの番号で位置する。
そして、ハ長調の三重奏曲は、
同じ調性の交響曲第41番『ジュピター』になぞらえられる。」

と、続く二曲は概観され、各曲の解説が始まる。

まさか、ピアノ三重奏が、
交響曲と一緒に論じられるとは思わなかったので、
この切り口は大変、新鮮である。
特に、私としては、39番の交響曲は、
本当に昔から聞いて来たものなので、
こうしたアプローチには胸の高鳴りを禁じ得ない。

さて、このK.542の三重奏である。
「1788年6月のホ長調のトリオと、
同時期の交響曲(39番)は、共に、
ゆっくりとしたアレグロの第1主題が、
3度にわたって、急速に上昇する音階によって変化し、
付随の主題は、優しくスラーで減衰する二音に消えていく。」

確かに、その格調の高さにおいて、
あの交響曲を思わせ、
激しく上下に駆け巡るピアノの音階や、
優美な第2主題などもどこか、
交響曲の第一楽章を思い出させる。

ボーザール・トリオのCDでは、
この曲が冒頭に収められるので、
関係者は、この曲、または演奏に自信があったと思われる。

「続く、アンダンテ・グラツィオーソは、
交響曲におけるアンダンテ・コン・モートの、
付点リズムで構成されている。」
何だか子守歌みたいな音楽だと思っていたが、
そう言われると、あの交響曲もそんな風に聞こえなくもない。

「三重奏曲は伝統に従って、
メヌエットを持たない点は、
これらの二曲の違いになっているが、
終曲のアレグロは機知に富むとはいえ、
交響曲の移り気なフィナーレよりも、
がっちりとしたものである。」

6分に満たない長さで、
急速に走り去る、あの魅惑の交響曲の楽想より、
確かに、7分近くかかるこの曲の終曲は、
虹色の色彩を放射しつつ、
途中、運命の動機まで登場させたりもして、
よりまじめで、腰を落ち着けたような感じがする。

確かにこの曲のように、かなりの出来映えでありながら、
不当にも無視された作品の場合、
こうした紹介のされ方は有効であろう。
交響曲第39番のファンは、ひょっとするとこの曲のファンに、
取り込めるかもしれないからである。

しかし、繰り返しになるが、
個人的には、この第二楽章は、
あまりに呑気な楽想に聞こえる。
第一楽章でかなりの高みにまで登った後ゆえ、
急に童謡みたいになるのが不自然である。
アベッグ・トリオは、そのあたりを心得てか、
少し、辛口のアプローチである。
そっけなく弾いて、中間部の激しい所に重心を移している。

「1788年7月14日に完成された、
ハ長調のK.548は、同様に、
二つの楽章に関して、対応する交響曲に類似している。」

これまた、すごいことである。
39番よりもずっと知名度の高い「ジュピター」に類似だと言う。

「大きな演奏会場では当然かもしれないが、
室内楽においては珍しい、注意を喚起するような、
序奏で、これらの作品は共に始まる。
共に、小さな半音階的楽節に満ち、
入り組んだ対位法が駆使されている。」

確かに、聴衆の注意を向ける、
狩りの角笛のような呼び声から始まるが、
これは、「ジュピター交響曲」を思い出すのは困難である。
その後の幽霊のような不思議なパッセージの連続もまた、
高度な技法と緊張感を湛えて独自の美感を持つが、
壮麗な交響曲とは別種の感じ。

急にスピードを上げて駆け出すあたりは、
一瞬、同様の雄大さを獲得するが、
すぐに、悲しげな断片的な音楽に入り込んでしまう。

「ジュピター」に似ているかどうかは別にして、
これはこれで、独自で孤高の音楽のようだ。

「そして、両作品とも、
幅広い、3/4拍子による、
アンダンテ・カンタービレの緩徐楽章を持つ。」

この第二楽章は、前の曲よりは私の心を打つ。
モノローグ風の楽想は沈鬱で、
作曲家の心に直に触れるような気がする。

途中で、絶叫するような楽想が乱入するのは、
いったい何事であろうか。

非常に清らかな境地に立ち入って行く様子が素晴らしい。
モーツァルトの三重奏曲の白眉と言えよう。

「ここでまた、三重奏曲の第三楽章、
つまり終楽章は、交響曲とは別の道を行くが、
かすかに狩りのロンドの雰囲気を持ち、
誇張ではなく、内的な類似性として、
下降するファンファーレは、
この曲の冒頭の上昇モチーフと対応している。」

ここに書かれているとおり、軽快な狩りの音楽。
先ほどの悲しみはどこに行ったのかという感じで曲を終える。

これはかなりの問題作である。

なお、この曲は、1969年の
ボーザール・トリオの来日公演でも演奏されたようだ。

彼らは、二つのプログラムを用意していて、
二番目のものに、モーツァルトも取り上げられているのである。
「第6番ハ長調K.548」とあり、
かなり混乱する。
偽作のK.442をカウントしたナンバリングになっている。

寺西春雄氏の解説によれば、モーツァルトのヴィーン進出から、
ピアノの発展史の後、ようやく曲に関する記述があり、
9行しか割かれていない。

当時のモーツァルト受容からして、
これが限界であったのだろうか。

「ハ長調K.548は、1788年7月に完成したもので、
経済的な苦境のさなか、
驚くべき多作ぶりをみせていたころの所産である。
明快簡潔、モーツァルトのみずみずしい音楽性は、
家庭的な演奏の喜びと共に、
この曲に寛いだ楽しさをもたらしている。
晴朗率直な第1楽章、
流暢に歌う叙情的な第2楽章、
軽快でロココ風の優雅さを示す第3楽章」。

別にこの曲でなくても成り立ちそうな解説で、
今日では何の役にも立たないが、
おそらくこうした解説は、
今でも、巷にあふれかえっていると思われる。

それはともかく、ボーザール・トリオが、
この曲を、モーツァルトの代表作の一つとして、
ベートーヴェンの「幽霊」や、
メンデルスゾーンの「第1」に先立って
演奏したことが分かる。

ベートーヴェンもメンデルスゾーンも、
彼らの代表作として長らくレコードでも聴かれてきたものである。

ちなみにもう一晩の方は、
ベートーヴェンの「作品1の3」、何と、ラヴェルのトリオ、
そしてシューベルトの作品99が演奏された模様。
曲目だけなら、迷わず、こちらに行くだろう。

しかし、プレスラーの清らかな軽めのタッチからすると、
この曲やメンデルスゾーンの方が向いているかもしれない。

なお、このCDでは、この曲は、一枚目の最後に収められている。
この曲の場合、アベッグ・トリオよりも、
ボーザール・トリオの演奏に惹かれるものを感じた。
アベッグ・トリオは、流麗なのだが、
何だか回想の音楽になっていて、
切迫するような寂しさが感じられなかった。

ボーザール・トリオの場合、
プレスラーが、噛みしめるような歩みを見せ、
ヴァイオリンもチェロも、何だかこらえきれないような表情で、
感情を押し殺した響きで、この曲を彩っている。

このCDの、「三大交響曲」との対比の解説によって、
グレート5曲のうちの「第3」、「第4」
(こう書くと、弦楽五重奏の名作のようだ)
の性格が明らかになったので感謝している。

さて、最後の作品は、K.564で再びト長調となる。
グレート5曲の「第1」と「第5」は同じ調性となった。

解説にはこうある。
「評論家は時折、このシリーズの最後の作品、
ト長調K.564が、前の作品群に比べ、
質的に落ちて来ていると言うが、こうした評価は、
モーツァルトのような巨匠に関しては、
少し危険である。
終楽章同士、6/8拍子の、
軽やかな狩りのリズムが似ている、
最後のピアノ協奏曲のように、
外見上は野心的な前の作品群に対し、
この素晴らしい一群を慎み深く締めくくる、
魅力に溢れた無垢な作品と見なすほうが賢明と言える。」

確かに、3年後の死の年、1791年作曲の
最後のピアノ協奏曲(K.595)の終楽章と、
この曲の終楽章はそっくりである。

ピアノ協奏曲は1月の作品で、
この曲は10月の作品なので、
2年ちょっとしか時期の差異はない。

「第1楽章は、牧歌的なミュゼット舞曲の効果を有し、
中間楽章は、巧妙な3/8拍子の主題と6つの変奏で、
5番目の変奏は短調である。」

第1楽章からして、まったく力の抜けきった音楽で、
緑なす田園風景の単純さに悲しみが交錯し、
不思議な魅力を湛えている。
このあたりになると、私の興味も、
どの楽器がどのように動いているかなどは、
もう、どうでも良くなってきている。

第2楽章は、厳かなメロディーによる変奏曲で、
ハイドンの「皇帝賛歌」に似ているが、
ハイドンの方が、10年近く後の作品である。

何だか、白昼夢のような感じで、生気がなく、
ボーザール・トリオの演奏も、操り人形のように、
力が抜けきっている。

しかし、この解説、もはや神品とも思える、
最後のピアノ協奏曲と比べるとは、憎い技である。
そんな作品だと思うと、
何だか、ものすごい名作なのではないだろうか、
と思えて来るではないか。

しかし、この曲は、単に以前の作品の編曲だと言う説もあるらしい。
ちなみに、この曲もボーザール・トリオは悪くない。
例のパンフレットによると、ピアノのプレスラーは、
モーツァルトのピアノ協奏曲第17番や、
第24番のレコードも出していたようで、
このあたりの様式は得意にしていたのだろうか。

逆にアベッグ・トリオの場合、
その持てる表現力を、最後の二曲ではどうしていいか分からん、
という感じになっている。

このように聴き進むと、
後期の5大トリオは、私の頭の中で、
1.聴きようによっては「英雄」風。終楽章は変奏曲。
2.ピアノ協奏曲風で最も、最も夢見がちなモーツァルト。
3.「交響曲第39番」風。第2楽章が子守歌風で残念。
4.「ジュピター」風。第2楽章は不思議な寂しさで白眉。
5.「ピアノ協奏曲第27番」風。第2楽章は「皇帝賛歌」風変奏曲。
という感じで整理された。

なお、この二枚組CDには、
クラリネット三重奏曲K.498も最後に収められている。
これはブライマーらの演奏で、
ボーザール・トリオとは関係がないので省略。

得られた事:「モーツァルトのピアノ三重奏曲の大部分はケッヒェル500番代で、最後の3曲は最後の交響曲や最後のピアノ協奏曲らと関連を持つ不思議な境地。」
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by franz310 | 2009-08-09 21:55 | 音楽

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その185

b0083728_23241676.jpg個人的経験:
モーツァルトの十倍もの
ピアノ三重奏曲を残した、
当時の人気作曲家、コジェルフに対し、
モーツァルトもまた、一矢報いた、
という説があるようだ。
かつて、ハイドンの三重奏で、
興味深い解説を書いていた、
Jan Reichowが担当している、
ABEGG TRIOのモーツァルトのCDに、
そのように書いてあるのを発見した。


ABEGG TRIOのCD解説は、
ほとんどこのReichowが書いているようだが、
私は、この人の博覧強記的解説が好きである。

このモーツァルトも気になっていたのだが、
3枚組というのでひるんでいた。

もっと言うと、この表紙デザインもあんまりではないか。
有名なモーツァルトの未完成のポートレート(ランゲ作)だが、
それがどうしたという、何の工夫もないデザイン。

アベッグ・トリオなら、お抱えの線描画家がいるであろうに。

このデザインでは、ピアノ三重奏曲というジャンルが持つであろう、
何か楽しげで、開放的な感じがまるで伝わって来ない。

しかし、購入して良かった。
やはり、示唆されるものが多い。

たとえば、私は、ピアノ三重奏曲は、
「室内ピアノ協奏曲」という理解をしていたが、
この人に言わせると、モーツァルトらのものは違うようだ。

それを、歴史的な例証から始めてくれるので、
反論することなど、できようはずがない。

この解説、いきなり、コジェルフが登場していて、
前回の繋がり上、都合良く有り難い。
ただし、このライカウの解説は、長大かつ難解なので、
かいつまんで行く。

はっきり言って迷惑な文章なのだ。
面白いが、翻訳されることを無視し、
もっと言えば、正しく理解されることを拒んでいる。
衒学的と言うべきであろう。

何度かここでも、彼の解説に取組んだが、
もっと簡単に書けばよいことを、
奇妙奇天烈な引用や挿入、目を眩ませる文法で、
あくまでも、極東の島国の住人を小馬鹿にしてくれている。
ちなみに、日本語解説もあるが、嘘ばかり書いていて、
あまり役に立たないのは、このライカウのせいである。

が、我慢して、彼の言わんとすることを読解する。

「本当のモーツァルト通なら、
『ドン・ジョヴァンニ』、ト長調の交響曲や、弦楽五重奏、
またはベートーヴェンに近いかどうかではなく、
むしろ、あまり知られなくなった、
コジェルフ、ショーベルト、ヴァーゲンザイル、
フォーグルに代表される、
より伝統的な作曲家との違いによって、
モーツァルトの本質を見いだすであろう。
伝えられるところによれば、すでに彼は、
それによって同時代者を驚嘆させ、
一頭抜きん出た存在であった。」

ということで、
いきなり冒頭から、「コンヴェンショナルで、
忘れられた同時代者」の代表として、
コジェルフの名前が挙がっている。
かわいそうなコジェルフ。

先にライカウの文章の悪口を書いたが、
日本で書かれた解説で、
こんな記述で始まるものがあるだろうか。
そもそも、詳細なモーツァルトの伝記ですら、
コジェルフの名前は出て来ない。
シューベルトが、コジェルフの事を語ってくれなかったら、
私も興味を持ちようがなかったはずである。

「ウルリッヒ・ディベリウスは、このような記述から、
後で述べるような結論を導いた。
『モーツァルトのサウンドは、
ハイドンに献呈された6曲の四重奏曲について、
同時代の批評家が、
『スパイス効き過ぎで味わえない』と評したということから、
無邪気に分かりやすく演奏すべきではないということ。
さらには、彼は、『伝統を破壊するためではなく、
それを完成させるために現れた』ということ。
しかし、これはいったいどんな伝統であろうか。」

ピアノ三重奏曲の解説を書き始めるに当たって、
最初にこのように書かなくてはならないのは、
この曲種の成り立ちを、これからつべこべ例証するためである。

所々に脱線の入る、ライカウの語法に惑わされず、
何が書かれているかというと、
「ザクセン出身のシュースターという楽長の、
『チェンバロとヴァイオリンのための6つのデュエット』を、
1777年、ミュンヘンで知ったモーツァルトは、
10月6日に父親に当てて、
『これはかなり受けているので、
同様のものを書いてみたいと思う』と書き送っている。
彼は、『私自身が気に入ったので』とは書いていない。
彼はゲームのルールを書き換えたりせず、
そのルールに従って、誰以上にも、それ以上の事をした。」

つまり、この解説者は、モーツァルトの歴史的位置づけを、
ベートーヴェンのような変革者の前例としてではなく、
当時の人気作曲家のスーパー・ヴァージョンとして、
考え直すべし、と書いているようだ。

このように、作曲上の様式や作法について、
ゲームとかルールとか書き出すのがライカウ流である。

ちなみに、この1777年はモーツァルトの、
「マンハイム・パリ楽旅」の途上である。

次に、問題作、K.422について書かれている。
このピアノ三重奏曲は、まったく無関係の作品の断片を、
当時の音楽学者、
マキシミリアン・シュタッドラー(1748-1833)が、
補筆して、ひっつけて、無理矢理完成させた、
3楽章のピアノ三重奏曲で、
このCDでは、坊主憎けりゃ、袈裟まで憎い、
(一応、シュタードラーは聖職者のようだ)とばかりに、
三つの楽章を三つのCDにバラバラに収録する、
という念の入れようである。

シュタードラーというと、
クラリネット協奏曲をモーツァルトに依頼した、
アントン・シュタードラー(1753-1812)
を思い出すが別人である。
1833年まで生きていたので、
シューベルトが亡くなった後まで生きていた模様。

このシュタードラーが、モーツァルトの人生?に、
どのように関わったかが、この解説に書かれているのは、
まことに興味深い。
何故、そんな話になるかというと、
これもライカウ流だが、モーツァルトの歴史的位置づけを、
まったく意識してなかった(から、勝手に補作できた)例として、
この僧侶が登場するのである。

この部分は、印象深い。
「当時、最も有名な作曲家でピアニストで、
音楽学者の一人であった、
アッベ・マキシミリアン・シュタードラー
(後に、最初のオーストリア音楽史を書く)は、
モーツァルトの死後、その未亡人の遺産整理で助けた。
完成されたものは分類し、
完成できそうなものはより分け、
どうしようもないものは焼却した。
1968年、モーツァルト研究家の、
K・Marguerreは、『未亡人も助言者も、
後世に対して罪を犯している意識は皆無であった』
と嘆き、モーツァルトの草稿を完成させるに当たり、
シュタードラーが、
各曲のモーツァルトの意図を、
見つける苦労すらしていないと批判している。
『彼にとって、モーツァルトも、
その同時代者も、一緒くたになっていた』。
自筆譜に、直接書き込む勇気がよくあったものだ。」

ということで、何だか、ライカウが知っているエピソードを、
無理矢理付け加えたような解説で、
モーツァルトのピアノ三重奏が何たるかを語るには、
何となく、どうでもいいことだが、
一応、そのMarguerreが、
書き直した断章も収録されているのは前述の通り。

この断章の解説は省く。
何でもいいが、マキシミリアン・シュタードラーの、
肖像画をでかでかと1ページ使って掲載するのもやめて欲しい。
1818年の肖像とあるから、70歳の老人である。

このような解説の後、ようやく、
ライカウの、モーツァルトの三重奏曲観が登場する。
おそらく、この部分が一番重要であると思われる。
たぶん、私は、これが読みたくて、
この解説に付き合って来たのであある。

「実際、モーツァルトのピアノ三重奏曲は、
他の室内楽ほどのポピュラリティを持つことがなかったが、
それは、それらの質が低いからではなくて、
注目すべき、歴史的な出発点の問題に巻き込まれたからである。」

ということで、ライカウは、これらの作品は、
ダメダメ音楽ではない、と明記してくれた。
ようやく聴き進める勇気が持てた次第である。

こういった事を言ってくれるから、
ライカウは好きなのだ。
ハイドンのピアノ三重奏曲を、
モーツァルトのピアノ協奏曲と並ぶ偉業、
と言ってくれたのも、
シューベルトが生きていれば、
ロマン派の音楽は、もっとまじめな方向に進化しただろう、
などと書いて、私の口をぽかんと開けてくれたのが、
この人なのである。

一度、お会いして、日本語の難しさを伝授したいものだ。

などと、ライカウを持ち上げると、
今度は、こちらの足元が掬われる。

以下のような論理展開がこれまたライカウ流。
唐突で、何が起こったかわからなくなる。

「ヴァイオリン・ソナタと、ピアノ三重奏曲は、
共にピアノの精から生まれた双生児なのである。
1740年から1790年にかけて、
音楽愛好家(ディレッタント)が、
絶対権力を持って、彼らの名付け親であった。」

だからどうした、と言いたいが、
次に音楽学者の話が唐突に始まるところからすると、
これらは、その時代の特殊例として、
それなりの鑑賞の仕方をせよ、
ということなのであろう。

この後、バッハのヴァイオリン・ソナタを、
モーツァルト、ベートーヴェンの作品の源流として扱ってはならない、
ということが力説されている。

バッハもまた、特殊例であって、その特殊例同士を、
無理矢理、関連付けて理解しようとすると間違う、
てなことが書いてある。

バッハがいかに特殊であるかが力説されているが、ここは、
よく分からないので無視する。
ジャック・ハンチン(1886-1955)
という人の説の引用らしい。

また、むしろ、フランスの、
ショーベルト(シューベルトではない)の方が、
この時代は知られていたと書かれるが、
ついでに、こんな事が書かれているが、
文脈的には極めて唐突である。
面白いので訳出する。

「ヨハン・ショーベルトは、
彼が採ってきた毒キノコの料理によって、
妻、子供(単数)、女中、四人の友人と一緒に、
1767年、パリで死んだ。」

私は、ショーベルトの死因は知っていたが、
こんなに道連れにしたとは知らなかった。
誰か生き残った人がいて、ショーベルト自身が採ってきた、
と証言したのだろうか。
そうでもなければ、四人の友人が、お土産に持って来た、
と考えるのが普通であろう。
しかし、こんな場合、女中まで死ぬだろうか。

このように、私自身、ライカウ流で脱線を楽しんでしまったが、
では、ヴァイオリン・ソナタやピアノ三重奏曲が、
どのような経歴のものかが、沢山の例証をもって書かれている。

まだまだ、個々の作品の解説は始まらない。

1745年、Nichelmannの作品、(女性用の)
1757年、Paganelliの作品、(女性用の)
1770年、Rutiniの作品、(10歳の少女でも弾ける)
1743年、Guillemainの作品、(楽しい会話)
などと例証されているように、
多くの作品は女性のアマチュア・ピアニスト用で、
任意参加(アド・リブ)で、その他の楽器が、
入ってくることを想定したものであるという。

1760年に英国の作曲家、Charles Avisonが、
「6つのソナタ」で書いた前書きには、こうあるらしい。
「公的な楽しみのためではなく、
むしろ個人的な楽しみのためのもので、
心一つにした友人たちとの語らいにも似て、
情緒の交流、楽しい時のため、
仲間たちを活気づけるものである。」

このように、これらの作品は、
最初は、ピアノが弾く後ろで、
ヴァイオリンがその肩越しに楽譜を見て、
任意に参加するといった、
パリの作曲家、ショーベルトの他、
Mondonville、Guillemain、Clementらの、
「ヴァイオリン伴奏を持つクラブサン・ソナタ」を、
起源として、この頃は、伴奏付きが当然、
といった流れになっていったようである。

従って、出版社は、ピアノ用楽譜とは別に、
伴奏用楽譜を出版したという。

まことにややこしい話である。
そのうち、ヴァイオリン伴奏付きバージョンと、
ピアノまたはクラブサン独奏バージョンの、
二つを聞き比べられるCDなどが登場しそうである。

このシューベルトの五重奏曲「ます」を主題としたブログで、
モーツァルトのピアノ三重奏曲にまで手を広げることが、
意味があるかどうかは自信がないが、
こうした、ピアノ入り室内楽の歴史を学ぶことは、
非常に意味深いことのように思える。

弦楽伴奏付きのピアノ曲という捉え方が、
ある意味重要だということだろうか。

私はこれまで、ブレンデルの演奏のような、
ピアニストが大きな顔をした演奏を否定してきたが、
あるいは、さすが博学、ブレンデルの解釈は正しかったということか、
などと考えたりもしてしまうのである。

さて、このような、ピアノが主、
弦楽は適当に入れや、という状況下で書かれたのが、
モーツァルト20歳にして書いたのが、
最初のピアノ三重奏曲(K.254)だ、
という流れで、ようやくモーツァルトの作品の話となる。

つまり、それゆえ、なのか、
この曲はまだ、「ディベルティメント」と題されており、
娯楽のための音楽ゆえ、プリティなものが求められた、とある。
筆者は、「チャーミング」と「プリティ」を使い分けている。

辞書に、Prettyは、かわいらしい、お上品な、とあり、
Charmingは、魅力的とある。
もともとドイツ語を英訳しているので、正しいかどうか分からない。
ドイツ語版も出ているので、見ると、reizvollと、gefalligとあり、
「魅力的」と「感じの良い」の違いのようだ。難しい。

「一月前に書かれた、天上的に美しいハフナー・セレナーデや、
他の三重奏のチャーミングさを求める者はおらず、
おそらく、正しくそれを理解できる者もなかったと思われる。
1777年10月4日の音楽の夜会で、
モーツァルトは、ヴァイオリンを受け持ち、
宿屋のフランツ・アルベルトは、
素晴らしいフォルテピアノを持っていて、
(1777年、4月27日のショーベルトの言葉によると)
彼のミュンヘンの家で、この作品は演奏された。」

この曲は、CDの最初に収められているが、
噴出するようなピアノが主体であって、
確かに、ヴァイオリンもチェロも、
そこに彩りを加えているだけのように聞こえる。

しかし、プリティであって、チャーミングでない、
という感じかどうかは分からない。

確かに、一緒に弾くことが楽しみの中心であって、
俊敏な応答が要求されて、三人のバトル・ゲームのようにも聞こえる。

3楽章あって、どれも6分程度だが、
真ん中のアダージョが、最長で6分半。

このあたりになると、美しいメロディーが愛らしく、
チャーミングな感じがしないでもない。
ヴァイオリンがそっと舞い上がる所なども美しい。
が、聴きようによっては、優雅な対話はあっても、
詩的な情感の創出という意味で、
天上的とは言えないのかもしれない。

第三楽章も軽妙なメロディーで、何だか、ダンスの伴奏曲みたい。

そんな親密さのせいか、確かに、
気のあった仲間たちの交流の音楽という感じはする。
ということは、モノローグではつまらないということで、
先に列挙された先人の作品のように、
アド・リブなしの演奏があり得るかどうかの想像は困難である。

この三重奏団、アベック・トリオは、
個々の音色の芯がしっかりした感じで、
こうした演奏でも、各楽器の特色の交錯が美しい。

それから10年、モーツァルトはピアノ三重奏を書かず、
しかし、その時には、これらの編成では、
音楽史上のクライマックスを形成する。
そのさらに10年後にベートーヴェンが、
作品1のピアノ三重奏を書いて、異なるアプローチで、
別のクライマックスを築くことになる、とある。

では、その10年後の三重奏曲とは、どんな作品だろうか。

このCDでは、しかし、すぐにそれを聴かせてくれない。
先のアッベの所で出て来た、
K.422の1のニ短調のフラグメントが、
トラック4で演奏されている。
7分半のかなりの規模のもの。
最初は短調で渋いが、途中からは楽しい。

CD1のトラック5以降に、K.496が聴ける。
「K.496とK.502の二曲のピアノ三重奏曲
(それから、その間に書かれた、
ピアノ、クラリネットとヴィオラのための、
K.498の『ケーゲルシュタット・トリオ』は、
二曲のピアノ四重奏曲(K.478、493)に続いて書かれた。
音楽的にはともかく、
演奏上の困難さの異なる、これらの作品が同じ、
アマチュア・グループを想定して書かれたことを信じるのは難しい。
モーツァルトは、父親のいつもの忠告に従って、
彼は、依頼主の期待に添うよう心がけている。」

ここで、ようやく、私が知りたかった、
コジェルフ対モーツァルトの話が登場する。

「大衆にはコジェルフの作品が浸透していたと言われるが、
音楽愛好家たちは、いろんな作品の演奏に情熱を傾け、
1787年か1788年の冬には、
モーツァルトが流行したことが知られている。
このような流れの中で、
遂に音楽はファッショナブルとされるようになり、
『豪華流行ジャーナル』でも取り上げられた。
(モーツァルトの新しい三重奏曲変ロ長調(K.502)が、
対位法的になっているのは偶然だろうか。)」

このように、このCDの解説においても、
コジェルフが当時、最も人気のある
ピアノ三重奏曲の作曲家であったことが読み取れた。
しかし、モーツァルトも、しばしば人気をさらったということであろう。
基本はコジェルフなのだ。

何と言っても、モーツァルトの10倍の作曲をしたのだから。
1887年といえば、シューベルトの父親が学校経営を始めた翌年。

あるいは、その学校の子女が弾くために、
コジェルフの楽譜も用意したかもしれない。

あるいは、「豪華流行ジャーナル」を見て、
30を過ぎたばかりのシューベルトの母親が、
モーツァルトの楽譜をねだったかもしれない。

「このように、この『豪華流行ジャーナル』は、
モーツァルトのピアノ四重奏曲の一曲の場合を取り上げ、
『この議論の多い芸術作品は、
よく作品を通して研究した、
非常に腕の良い四人の音楽家によって、
全ての和声が聴き取れる静かな部屋で、
2、3人を前にして、
正しく正確に弾かれるべきである』と書いている。」

ものすごく、贅沢な状況である。
腕の立つ4人が、2、3人を相手に弾くのである。
この場合、当然、演奏者も聴衆であろうが、
現代の室内楽の概念の延長にあるようでもあり、
違うようでもある。

が、少なくとも、ショーベルトたち、パリの作曲家の、
子供用作品のレベルから、はるか遠いところにまで来た感じはある。
さすが『豪華流行ジャーナル』である。
ハイソな雰囲気が確かに伝わって来る。
あるいは、現代でも、これはスーパー豪華である。
いろんな楽しみが増えすぎて、流行にならないだけのこと。

しかし、ここがライカウ流、いつの間にか、
ピアノ四重奏曲の話にすり替わっているのが、
ちょっと疑問。

とはいえ、シューベルトの五重奏曲の先祖は、
あるいは、こっちの方が近いとも言える。
とすると、「腕の立つ四人」とあるところから見ても、
この時代、すでにピアノ主導という感覚はなかったような感じがする。

また、シューベルトの五重奏曲が初演された環境も、
ひょっとすると、演奏者+2、3人だったかもしれない。
依頼主が、そもそもチェロを弾く人なのだから。

シューベルトの五重奏曲の演奏は、
あるいは、モーツァルトの四重奏が受けた扱いより、
遥かに幸福であったかもしれない。
解説は以下のように続く。

「が、実際には違ったようだ。
『二流の腕で、様式を無視されて、
このモーツァルト作品が弾かれるのは耐え難い。
前の冬、こうしたことは数知れず起きた。
私が出かけたほとんど全ての場所で、
若い淑女や出しゃばり乙女、厚かましい素人が、
気取ってこの作品を楽しんでいるふりをしていた。
彼らはこれが好きなわけではない。
ちゃんと4小節も合わせられず、
まったく揃った感じのしない騒音を立てる
4つの楽器からの、理解できない騒音の退屈さに、
みんながあくびしていた。
それは喜ばしく、素晴らしい音楽なのに。』」

ということで、こんな感じで、脇道に逸れ、
結局、各曲の解説は出て来ない。

この後の、ライカウの解説は、
1800年のロホリッツの言葉、
1859年のヤーンの言葉、
さらに、20世紀になってからの、
1915年のアウグスト・ヘルムのエッセイ、
1966年のヒルデスハイマーの研究、
1972年のディベリウスの言葉を紹介しているが、
寝る時間を遅くしてまで、
今、これ以上、解読する必要があるとも思えない。

このCDの1枚目の最後に収められた、
第二番のピアノ三重奏あたりが、
まず、コジェルフの対抗馬として出て来たということから、
今回は、これを聴いてみよう。

第一楽章、いきなりピアノが英雄的な主題を奏でて素晴らしい。
続いて、ヴァイオリンがそれを歌い、ピアノも唱和する。
かなり力の入った音楽という気がする。

展開部では、活発にチェロが動き出し、
妙に不安感を煽る、ドラマティックな、
異様とも思える雰囲気を醸し出しているのが注意を引く。

ひょっとして、モーツァルトは、かなり全力投球かも。

このように、8分以上かかる第一楽章、
終楽章は10分、中間楽章も8分近くかかり、
ほぼ30分の大曲といえる。
モーツァルトのトリオでは最大規模である。

第二楽章は、アンダンテで、これまたジャーンと豪華。
厳かと言ってもよい、神妙な曲想。
これは、かなり通好みの甘さ控えめの音楽ではないか。
これまた、チェロが、深々と歌うところが印象的。
何だか、意味深の展開で、完全にK.254の甘口音楽とは別格。
はっきり言って、対位法的進行が不気味。
ベートーヴェンに倣って、「幽霊」などと名付けたくなる瞬間がある。
さらに、後半に入って、ピアノのきらめきを中心に、
チェロ、ヴァイオリンが歌い交わしながら進行していくところなどは、
完全に何か新しい領域に入り込んでいくような感じがする。

終楽章は、このような意味深音楽を吹き飛ばす、
ラヴェルのピアノ協奏曲のような、お開きの音楽。
アレグレットの変奏曲であるが、ヴァイオリンの明るい音色が、
素晴らしい輝きの装飾となり、ピアノが喜んで駆け回る。
さらに、チェロが不気味な歌を歌い出すなど、
各楽器の動きの妙が味わい深い。
ようやく最後になって、楽しげな主題が戻ってくるが、
おおむね、初見では4小節も合わせられないであろうし、
どこが良いのか分からないのではなかろうか。

それにしても、こんな音楽を、
喜んで演奏したアマチュアがいたとは、
にわかには信じがたい。

得られた事:「ピアノを伴う室内楽は、当初、ピアノのみ主役で、その他楽器は、勝手にそれに唱和するだけの役割(暇つぶし?)であったが、各楽器の語らいが深まるにつれ、遂には時代の流行の先端とみなされるに到った。」
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by franz310 | 2009-08-01 23:29 | シューベルト