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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その163

b0083728_0313582.jpg個人的経験:
ハイドンが晩年に、
集中して作曲した
ピアノ三重奏曲は、
3曲セットで
出版されたものが多いが、
2曲だけが、
各々、単独で出た。
そのうちの一曲、
HobⅩⅤ:30は、
前回のCDに収録済み。


ということで、今回のCDは、もう1曲、HobⅩⅤ:31を含むものだ。
何だかわからないが、一応、ハイドンのピアノ・トリオは、
後期の18曲を、いろいろなCDでかき集めることが出来た。

さすがに、HobⅩⅤ:31だけではCDが埋まらないので、
このCDには、作品75から、HobⅩⅤ:27、29が収録されている。
また、冒頭には、あの「ジプシー・ロンド」の、
HobⅩⅤ:25が収められている。

何故、作品75のHobⅩⅤ:28を仲間はずれにしたのかは分からない。
演奏しているアベック・トリオ(Abegg Trio)は、どうやら常設の3重奏団なので、
ハイドンの名作は、このあたり、と取捨選択したのだろうか。
確かに、代表作のような作品75を中心に、有名なHobⅩⅤ:25を加え、
さらに、不思議なタイトルを持った、HobⅩⅤ:31を加えたと、
考えることも出来よう。

このCD、TACETレーベルというドイツのもので、
目の赤い気持ち悪いハイドンの肖像画が表紙になっているが、
CDのケースを開くと、チェロのBirgit Erichsonが美人で許す、
という感じである。

ピアノは、Zitterbartという、小太り&ロン毛。
ヴァイオリンはBeetzという無精髭。
いずれも変なおっさんたちで、にやけている。
ただし、彼らが、使う楽器は現代のもので、ピアノは、
ベーゼンドルファー・インペリアルとある。

ちなみに、カバー・ペインティングは、
ホルスト・ヤンセンという人が書いたようだ。
スケッチで、紙の質感が独特だが、
この人は、ハイドンをどう思っているのだろうか。
見た感じ、とにかく、怖い。
我々が、シュレーター夫人との密会の場に、
突然、踏み込んでしまった時のハイドン、
といった感じだろうか。

この表紙にも増して、解説が独特である。

例えば、先のHobⅩⅤ:25に関して言えば、
こんな感じなのである。

「ト長調のトリオは、活発なハンガリー風ロンドと、
いつも併せて語られているのは、理解できないことではないが、
コントラストをつけるための中間部を持たないかわりに、
それにもかかわらず、いや、おそらくそれゆえに、
終わることないような緩徐楽章(slow movement)については、
どこかで、もっと適切に語られたであろうか。
ありがたくも、これは、ハイドンの最も美しい
カンティレーナの一つではないだろうか。
(恐らく、このことは、チェロを細心の考慮で演奏した、
この録音を通じて、初めて正しく評価されることであろう。)」

といった具合に、
このCDは、自分たちの解釈が最高であると、
決めつけてくれている。
確かに、この曲は対抗馬が多く、
新しい録音を放つサイドには、
これくらいの乗りを期待したいものだ。

オリジナル楽器ではなく、現代の楽器で弾いているせいか、
響きがたっぷりとして、非常に豊かな印象。
ピアノは輝かしく、
ヴァイオリンも、鈴のように鮮やか、かつ愛らしく響く。
チェロは滑らかなビロードの質感をキープして、
不思議に心地よい音響空間を形成している。
この解説者が言うことも分からなくはない。

柔らかな敷物の上に置かれた、上等の調度品のようである。
なるほど、ハイドンは、こうした構成感を重視していたのか、
という感じ。

ベートーヴェン以降のトリオでは、何となく、
3つの楽器がタッグを組んだ、
トライアングルのような構図が目に浮かぶが、
ハイドンの美学では、おそらく、それはお下劣。
母なる大地のチェロの上に、ピアノの小川が流れ、
その水面には、ヴァイオリンの花が咲いている、
そんな風景である。

緩徐楽章も、夢見るように美しい。
終楽章も非常に冴えた音楽。
かつて取り上げた、
ロンドン・フォルテピアノ・トリオの演奏は、
ここが全く面白くなかったが、
アベッグ・トリオで聴くと爽快である。

それにしても、この解説者は、アベッグ・トリオの、
アドバイザーか何かなのだろうか。

「1795年、ハイドンは、
他の二つと一緒にこの三重奏曲を、
レベッカ・シュレーターという、
1792年の最初のロンドン訪問で知り合った、
美しい未亡人に捧げている。」

ついに、「60歳を越える」と書かれていた婦人は、
「the beautiful widow」にまで格上げされた!

「『私は、本当にあなたにお会いしたく、
耐えきれずにいます。
そして、私はもっともっと出来るだけ、
あなたの近くにいたい。
事実、愛しいH様、人として可能な限り、
あなたに、最も深い、最も優しい愛情を感じております。』
このような手紙に対するハイドンの答えを、
1795年の日付を持つこのトリオのポコ・アダージョに聴くのは、
それほど的外れではないだろう。」
これは、第二楽章のことである。

「彼にはこうした方法で感情を伝えることを、
確かによく行っており、貴族の友人、
ゲンツィンガー夫人に敬意を表して書いた、
ソナタのアンダンテについて、
『はっきりと、その重大さを、あなたにお伝えします。
機会があれば、あなたに言葉でお話ししますが。』
彼は年を取っても人を魅了するほど賢明で、
特に婦人に対してそうであった。
そして、そのことを一番驚いていたのは、
彼自身で、それが、彼にこうした皮肉な言葉を吐かせた。
『私の外見の美しさによるものではありえない。』
それは、事実ではなかっただろうが、
その音楽そのものにも言えることかもしれない。」

このような解説を書いているのは、いったい誰かと、
見ると、Jan Reichowとある。

何故か、この曲は冒頭に収録されているのに、
解説では最後に登場する。

今回、特に聴きたいと思った、HobⅩⅤ:31は、
このHobⅩⅤ:25の次に収録されているが、
以下のような解説で紹介されている。

この曲は、たった二つの楽章しかなく、
第二楽章に、「ヤコブの夢」という、妙な標題がついている。
それが何であるかが、ここには明快に書いてある。

E flat minor Trio
「ハイドンは1795年に作曲されていた、
表出力豊かな変ホ短調のアンダンテ・カンタービレの楽章を、
前年に書かれていたアレグロ(ベン・マルカート)と一緒にして、
後の楽章に書かれていた、
『ヤコブの夢のソナタ』というタイトルを消去した。
このほのめかしは、最初の演奏者であった
アマチュア・ヴァイオリニストが、
楽器の高音を響かせることを好んでいたことを、
ヤコブが夢の中の天国に続く梯子になぞらえたものである。
ハイドンは、恐ろしい高音で、また、
最も困難なところが終わったと思った所で、
ヴィルトゥオーゾですらマスター困難な、
高音の6連符を繰り出して、彼を驚かせた。」

確かに、リズムが、よっこらせ、よっこらせ、
といった感じで、梯子を登って行くような感じがするし、
高音で意味不明の囀りを繰り返すヴァイオリンの効果も面白い。

このように、絵画的に特徴的な第二楽章から、
先に記述されているが、その3倍近い長さを持つ、
第一楽章がより重要である。
非常に意味深な、ニヒルなメロディで始まるもので、
それについては書かれていないが、
そこから派生し、展開されて行く音楽については、
うまいこと書いてある。

「こんな機知に富んだ伝記的詳細も、
この楽章が、巨大な第一楽章と同様、質的に重要な、
『精巧で洗練されたスタイルのドイツ舞曲』(ローゼン)
であることを無視させることは出来ない。
ハ長調のトリオの第一楽章にも似て、
『連続したダンスの軽快さが常にあるものの、
メロディも何もない、断片から、
組み立てられているように見え、
長い経験からしか考えつくことが出来ないもの』(ローゼン)
となっている。」
まったく、何も起こっていないような音楽でありながら、
気がつくと、このCDの中でも最大の規模の楽章に発展されている。
独白のような内省的な音楽で、続く楽章の華やかさとは、
好一対となっている。

以上、見てきたように、このCDの解説は、非常に凝ったもの。
全5ページ以上あり、最初の1ページあまりを使って、
「鑑定、偏見」という題名で、
後期ピアノ・トリオに対する彼の見識を披露している。
が、非常に饒舌かつ衒学的であり、難解。
しかし、何となく主張は分かる。
これまで、何度か出て来たが、
チャールズ・ローゼンという音楽学者
(ピアニストでもあった)の、
「The Classical Style」という著作を正々堂々と参考文献に上げている。

「音楽の鑑定と偏見は演奏会の合間の会話を活気付け、
他の分野の鑑定と偏見より根強いものである。
『アルバート・アインシュタインは誰か』という問に対し、
誰も2流のヴァイオリニストという答えを受け入れはしまい。
また、『フリードリヒ・ニーチェは誰か』という問に、
『平凡な作曲家』という答えも受け入れがたい。
しかし、ハイドンのピアノ三重奏曲に対し、
『かわいそうなチェロ!』と言っても、
すべての人がそれを受け入れるであろう。
ほとんど知られていないがゆえに、
音楽そのものが到達した高さについては何も語られておらず、
実際の、または想像上の弱さだけが、一人歩きしているのである。
ハイドンのトリオのチェロは、
いつも、単にピアノの低音の補強にすぎないと言いながら、
しかも、誰も、それがどんなに魅力的に響くかを聴いた事もない。
当時、それは、単に愛らしく響いたのみならず、
実用にも適っていて、ハンマークラヴィーアだけの低音は、
全く弱すぎたのである。
アーヘンから来た素晴らしい女流ピアニスト、
テレーゼ・ヤンセン、彼女の結婚の際には、ハイドンは証人になった。
それから、彼のために写譜をした若い未亡人レベッカ・シュレーター、
彼女の誠実な愛情に彼は確かに報いた。
彼女らのために書いたロンドン・トリオを、
ハイドン自身は、実際のところは『ソナタ』と呼んでいた。
すでに60歳を越えていた、作曲家の人生に、
想像力の跳躍をもたらしたのは、
ロンドンの街の文化的背景だけがあったわけではなかったのだ。
現代に到るまで、これらのトリオに対する最も的確な評価は、
英語圏から発信されている。
『バランスよく、形式的にも磨かれ、
アイデアと情熱、独創に溢れ、
これまで書かれた最も完璧な三重奏曲。』(William Klenz,1966)
『これまで書かれた最も偉大な音楽を、
弁護しなければならないとは、
何と奇妙なことであろか。』(Charles Rosen,1983)
これは誇張された事に聞こえるが、
チャールズ・ローゼンによって表明された意見は、
彼の重要な著作、『The classical style』に出ていることから、
非常に重要である。
これは、音楽学の偏狭な視野から離れて、
いかに素晴らしい音楽に正確に、かつ、分析的に接するかを、
教えてくれる本なのである。
ローゼンの評価は、ピアニストであれば無理もない、
いっときの思いつきから来たものではない。」

この後に、前に、ブラームス・トリオの解説に出ていたのと、
同様の言葉が出て来る。さては、あの唐突な言葉は、
ここからの引用だったのだろうか。

「『これらのトリオは、実際、モーツァルトの協奏曲と並んで、
ベートーヴェン以前に書かれた、最も華麗なピアノ曲集なのだ。』」

「このようにローゼンは書き、ハイドンの交響曲、四重奏曲といった、
巨大な作品群と同等、
むしろ、ハイドンの作品群の中では、特に類例を見ない、
そして、実際、古典の三巨匠の作品の中においても希有な、
『即興性』という点において、それ以上と評価しているのである。
ハイドンは作曲時にピアノを必要とする作曲家であったが、
これらの三重奏曲は、仕事中のハイドンを見るようである。
この作曲家にはあまり見られない、自由な質感があり、
これらの霊感は、四重奏曲や交響曲と比べると、
時として、ほとんどまとまりがないほどで、
リラックスしていて何の強要もされていない。」

ということで、ほとんど、手放しの評価である。
即興的な感興に溢れた、ピアノの古典の至宝、
そう言っているわけである。

この論調の流れから、作品75の1の長大な解説が始まるが、
曲の詳細な分析を割愛すると、だいたい、こんなことが書いてある。
前回のビルスマたちのCDの解説が手抜きだったので、
非常に参考になるが、5ページの解説のうち、
2.5ページをこの曲に費やすバランス感覚はいかがなものか。
とはいえ、この曲の演奏は、この解説ゆえか、
非常に輝かしいものに聞こえているのは確か。

まるで、水しぶきを上げるような音楽である。

C major Trio
「ローゼンの論旨は、非常に鋭く、
まばゆいハ長調トリオ(HobⅩⅤ:27)を語る時には、
そのまま当てはまる。
火花を散らす第一楽章の高揚した精神が始まる時に、
感じられることである。
行儀の良いメイン主題はともかく、
あり余る着想があまりにも圧倒的。
すべてがばらばらのようにも思え、
特別なプランに従っていないようにも見えるが、
開始部の衝撃、たくさんの経過句、
終結部の装飾楽句、解決など、その他が、
まるで時計仕掛けのような、
16分音符と6連符の推進力によって、
結びつけられているが、時計仕掛けなどではない。」
とにかく、いっぱいのものが詰まった音楽で、
素晴らしい推進力の中に、様々な要素が現れては消えて行く。
7分半という、このCDでは、2番目に長い楽章。

「ハ長調の第二楽章は、変ホ長調の三重奏の第二楽章と同様に、
『無邪気な』という指示以外の何ものも必要でない。
この楽章の中間部では、即興の精神が前面に解放され、
モーツァルトのヘ長調のピアノ・ソナタ(K332)からの着想か、
執拗なリズムによって、すべてがメロディの完結を拒もうとする。」
穏やかだった音楽が、人を苛立たせる音の繰り返しによって、
いきなりかき乱されて行くが、再び、美しいメロディが戻って来る。

「ドラマティックな和声の終楽章が始まると、
外側楽章のハ長調の輝きが、いっとき、放たれる。
手に負えない短調部分の動機によって、
ハイドンが改めて作り直し、
再解釈しようとした優美さの効果。
ついでながら、このリズムは、
緩徐楽章の中間部から来ていて、
終楽章のつむじ風のような名人芸に溶け込んでいる。」
最初は、軽妙なリズムで始まるので、
ドラマティックかどうかはよく分からないが、
確かに次第に速度が増し、圧倒的な終曲となる。
短調楽節の挿入は、それほど大規模ではないが、
シューベルトを先取りして印象的。

アベッグ・トリオの演奏は、音色に切れ味があって、
非常に冴えた感じがする。
こうした推進力のある音楽にはぴったりである。
感性もみずみずしい。

E flat major Trio:
「チャールズ・ローゼンが、
『ハイドンがその生涯の最後において、
単純なABAの形式に与えた個人的な見解』
と表現したようなものが、
変ホ長調トリオ(HobⅩⅤ:29)の初めの楽章には見られる。
ハイドンにはまだ14年の人生が残っていたではないか、
などとあえて反論も出来ようが、
チャールズ・ローゼンによると、
『BはAの主題材料のドラマティックな展開であり、
Aが二度目に現れる時、Aは変奏となり、
長めのコーダでは材料はさらにドラマティックに変容する。
このように、変奏曲の装飾は、
ハイドンのスタイルを踏襲しながら、
劇的な枠組みを得る。』
これと同様な手順(材料のドラマティックな変容)の反対が、
ローゼンが何故か、額面通りにロ長調と受け取った、
緩徐楽章に見られる。
素朴なバグパイプ風の低音、
忘我的なメロディの繰り返し、
『mezza di voce』や、
『無邪気に』といった指示に見られる、
故意なる『やましい』表現への自制は、
あらゆる所に見られるが、
『無邪気』は、少なくとも、
モーツァルトの『ハフナーセレナード』の
アンダンテの『センプリーチェ』の主題と、
全く同じように見えるメロディの、
最初の16小節の後で終わる。
その類似というのも、
童謡の韻律そのものというよりは、
楽しみと同様に苦しみも知った大人を満たす、
童謡の韻律の回想である。
最終楽章について、ローゼンは、
『村の楽隊の下卑た喜劇を再現した、
田舎風のドイツ舞曲であって、これは、
交響曲よりは親密で、弦楽四重奏よりは気取らない
三重奏曲にとっても低級コメディの表現が難しく、
名人芸という意味ではピアノにとっても難しい』と書いた。
低級コメディ?
彼は、それの華やかなパロディと言いたかったのであろう。」

この曲の解説も難解ながら味わい深い。
個々の楽章のすみずみまで、味わい尽くそうと思わなければ、
書けるような解説ではない。
特に、第二楽章の子守歌風の音楽については、
演奏も非常に繊細で、感動的。
終曲の鮮やかさも、この団体ならではの、
躍動感、爽快感が素晴らしい。


得られた事:「チェロの緑の絨毯の上に流れるピアノの小川、ヴァイオリンが影を映す構図。」
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by franz310 | 2009-02-28 00:32 | 音楽

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その162

b0083728_22401341.jpg個人的経験:
ハイドンが書いたもう一つの重要ジャンル、
ピアノ三重奏曲を、
作品59、70、71、73と
聴いて来た。
これらは全て、3曲からなる曲集であった。

やはり3曲からなるピアノ三重奏の曲集に、
あと一つ、作品75が残っている。
これらは、Hobナンバーでは、
HobⅩⅤ:27~29となる。

以前の作品が、すべて、素人の音楽愛好家の、
女性に関係して献呈がなされていることは既に述べた。
最後の曲集になると、このあたりが、少し、変わって来て、
ハイドンから、この曲集を受け取ったのは、
同様に女性ながら、プロの音楽家である。

大宮真琴氏の著書によれば、
この女性、テレーズ・ジャンセンは、
「クレメンティに学んだピアニストで、
1795年5月16日にハイドンが立会人となって、
銅板製作者フランチェスコ・バルトロッツィの息子、
ガエターノと結婚した」とある。
生年は1770年頃とあるから、25歳という妙齢である。

この時期、ハイドンはイギリス滞在中であり、
忙しく演奏会に飛び回っていたはずだが、
こうした一こまもあったと見える。

いずれにせよ、このようなプロの音楽家に献呈されたものであるから、
その人が演奏することを想定していたと考えられよう。

この曲集あたりになると、
大手レコード会社も触手をのばし、
日本でも著名な演奏家たちが取り上げており、
ここでは、チェロの世界的名手、ビルスマたちの演奏が聴ける。
(ソニー・クラシカル、ピアノはレヴィン、ヴァイオリンはヴェス。)
また、このCD、解説を見ると、書いているのが、
何と、ロビンス・ランドンであった。
1993年の執筆。

題して、「ハイドンの最後の4つのピアノ・トリオ」とある。
「1795年の晩夏、彼は、その2度めの、
素晴らしく成功した英国楽旅から戻って来た。
この2回の滞在で、彼は24000フローリンという、
1790年に、彼がニコラウス・エステルハーツィから貰った
年金の24年分に相当する金額を得た。
ロンドンでは、出版社は、ピアノ三重奏の新作を求めてせき立て、
ハイドンは多忙のスケジュールを縫って、時間を見つけて、
1792年から1795年にかけて、11の作品を作曲した。
素晴らしい一連の作品を締めくくる、
ここに録音された、残りの4作品は、
大陸の出版社に売却されているものの、
ハイドンがイギリスの出版社を念頭においていたという、
明らかな証拠がある。」
とあって、これらの「最後の4つのトリオ」が、
あのロンドンを意識しながら、ロンドンから帰った後、
書かれたような記載である。
しかし、11の作品とは、上記作品70、71、73の9曲と、
あと2曲という計算になるが、
私にはHobⅩⅤ:31の1曲しか思い浮かばない。

また、気になるのは、ジャンセン嬢から、
バルトロッツィ夫人となったテレーズが、イギリスの人なので、
彼女がこれらを弾くところを、ハイドン自身、聴いたのかどうかということ。

さて、ロビンス・ランドンは、どうやら、
HobⅩⅤ:27~29の作品75に触れる前に、
HobⅩⅤ:30の作品を何とかしたいようだ。

が、CDの収録順は、ホーボーケン番号順になっているので、
注意を要する。
ちなみに、ロビンス・ランドンが付けたナンバリングでは、
この作品を42番として、作品75を、続く43番から45番と、
番号を振っているので、彼の中では、こちらの作品の方が、
作曲が早いと考えていたと思われる。

「トリオ変ホ長調(HobⅩⅤ:30)は、
ロンドンのCorri&Dussekと、ライツィッヒの、
ブライトコップフ&ヘルテル社が版権を買った。
ハイドンがロンドンを去るに当たって、
そこで出版する作品を引き続き送ることを約束していて、
この作品は、ハイドンの友人に送られた。
Corri&Dussekは、1793年の『ザロモン四重奏曲』
(1795年と96年に出版された作品71と74)の他、
有名なハイドンの英国歌曲(1794、95)を
出版していた。」

なるほど、ハイドンのピアノ三重奏曲が、
他の出版社で当たったら、当然、他の出版社も、
競い合って、作曲依頼して来たという感じであろうか。
こうなると、出版社が多く、市場も大きい土地というのは、
作曲家にとっては、恐ろしく魅力的な場所である。

「Corri&Dussekの一家は、ハイドン=ザロモン演奏会の出演者でもあった。
(Sophia Corriはソプラノで、
彼女は作曲家でピアニストのドゥセックと結婚した。)
ハイドンはライプツィッヒの大出版社、ブライトコプッフ&ヘルテル社と、
長い交友関係を結んでいた。
1786年、この会社のメンバーである、
ヨハン・ゴットローブ・イマニュエル・ブライトコプッフが、
エステルハーザにハイドンを訪れたが、
今や、副社長になっていた、彼の息子のクリストフ・ゴットローブに対し、
ハイドンはヴィーンから1796年4月16日付けの手紙を出し、
ブライトコプッフからの手紙に返信が遅れた事をわび、
大ピアノ三重奏曲変ホ長調となる新曲と、
ハイドンが注文していた英国製版の代金を送る旨を約束している。
ハイドンは彼の名付け子で、
作曲家のヨーゼフ・ヴァイグル・ジュニアに、
1796年11月9日付けの手紙と、
現金15フローリンを持って、ライプツィッヒに赴かせた。
ブライトコプッフ&ヘルテルは作品を1798年11月に出版したが、
その間、ハイドンは、それをヴィーンのアルタリア社にも売りつけており、
1797年にそれは世に出ていた。」
何だか、最近、自分の作曲した歌の著作権を巡って、
詐欺問題が発覚して、大問題となったが、
ハイドンがやったことは、それと違うとは思えない。

さて、この解説は2ページしかないので、
最初のページが終わろうというのに、
まだ、あのジャンセン嬢についての話は出て来ないのが気になる。
まだ、HobⅩⅤ:30の作品にかかり切りだからである。

とにかく、この曲は、3曲セットにしなかっただけあって、
余程の自信作であったということか。
確かに、他の3曲が8分前後の第一楽章を持つのに対し、
この作品のそれは、提示部の繰り返しがあるとはいえ、13分にも及ぶ。
こんな長大な第一楽章は、ハイドンの場合、交響曲でもないだろう。

「この作曲家の三重奏曲の中で、最大の規模を誇る、
この変ホ長調の作品は、その豊富な和声的語法と、
転調の大胆な使用によって、常に賞賛されてきたものだ。
(最初の楽章の中間部のC flat majorの楽節は、
1795年『太鼓連打交響曲』(103番)の
メヌエットにも現れる。)」

「太鼓連打」のメヌエットといえば、
幾分、つっけんどんなスケルツォ風の音楽で、
幾分、破壊的な武骨そのものの主題に、
ホルンや木管が、合いの手を入れながら進むが、
トリオには、ヨーデル風と評される、
不思議な旋回するような音形を含むもの。

交響曲に思いを馳せる程、
この曲は、楽想も非常に雄大なもので、
まるで、ベートーヴェンの「英雄」のように、
どこからどこまで主題か分からないような、
一息で際限なく広がっていく、
力強い歩みを始めるようなメロディで始まる。
そこに、ヴァイオリンの美しい夢想の音楽、
ピアノによる内省的な経過句などが混ざり合って、
一筋縄ではいかない曲調である。
曲の進み具合も緩急の変化が激しく、
大きく息づいている。

そう考えると、個人の室内から放って、
これは交響曲にしてしまいたいような、
音楽となっている。
その変転の中に、確かに、室内楽ならではの、
親密な瞬間もあるが、ヴァイオリンもチェロも、
響きがたっぷりとしていて、
ピアノも、それ自体の音色や技巧を聴かせるというより、
各楽器が、渾然一体となって、
渦を巻いて突き進んでいるように見える。

この曲が、誰にも献呈されなかったというのも、
何となく、理解できるような気がした。
そう考えると、この曲あたりになると、
チェロの目立つ場面もかなり増えて来ている。

「ハ長調の第二楽章の三度の関係にあり、その第一主題は、
前の楽章のオープニングテーマのメロディラインを巧妙に引用している。」
確かに、この楽章は、
第一楽章をふぬけにしたような曲想である。
ここでも、チェロはぶんぶん響いており、
ようやく、チェロが独り立ちする瞬間に立ち会うような感じ。
アンダンテ・コン・モートとあるが、
何だか、よれよれ歩いているような感じで、
中間部になると、夢の中に駆けだして行くようにテンポが速まる。
ただし、それは長くは続かず、少しくたびれた感じである。
コーダになると、ため息をつくような感じだが、
終楽章に流れ込んで、ベートーヴェンのピアノ・ソナタのように、
力強く立ち上がって行く。

「終楽章は、早い3/4拍子であって、
主題が反転するような、目も眩むような対位法が駆使され、
和声的な大胆さは、今日であっても息を飲むようなものだ。
ここでハイドンは、彼の高度な知性を開示し、
その天才を大きなスケールで見せつけている。」

途中、ヴァイオリンが飛翔するや、チェロもピアノも、
それを追いかけるように羽ばたき始める。
これはすごい効果である。
さらに、対位法的なモニュメントが打ち立てられて、
この素晴らしいが、短いプレストは全曲を閉じる。

ここで、全4曲の1曲の解説が終わったところで、
すでにCDの解説の半分は経過。

幸いなことに、このHobⅩⅤ:30は、
高名なハイドン研究家のロビンス・ランドンも、
激賞するような傑作だったと分かった。

そのような音楽を含むCDであるにもかかわらず、
この表紙のデザインは、ゲオルグ・ダヴィッド・マティウの、
「シュヴェリーンのルートヴィッヒ王子の音楽の楽しみ」
などと言う、王侯貴族登場の風俗画などというもので、
的外れも良いところである。
このような一こまとは、まったく、
無関係な世界を確立したものと言えよう。

作曲家自身が、ロンドン、ライプツィッヒ、ヴィーンで、
出版したくなるのも分かるような野心作である。
言うなれば、これは、ハイドンが、
誰にもこびへつらう事なく書けた、
自身の声の三重奏曲だと言うことも出来るだろう。

「最後の三つのトリオは、イギリスの華麗なピアノ奏者、
バルトロッツィ夫人(旧姓ではテレーズ・ジャンセン)用のもので、
1794年、ハイドンは彼女のために、
最後の3つのピアノ・ソナタを作曲していた。
彼は、1795年、ロンドンで、
ガエターニ・バルトロッツィ
(1791年にハイドンのポートレートを掘った、
有名な版画家フランチェスコの息子)と、
彼女との結婚の立会人を務めており、
新しい3曲のピアノ三重奏曲を、
彼女のために作曲することを約束していた。」

この場合、ハイドンの方が調子に乗って、
若い美人に酔いしれて、言い出したのか、
彼女が甘えて、それを依頼したのか。

それはともかくとして、私は、まずピアノ・ソナタが書かれ、
その後、ピアノ三重奏曲が書かれた事に着目したい。
彼女は、この有名なピアノ・ソナタだけでは満足しなかった、
あるいは、ハイドンもそれだけだと不十分だと考えた、
などと考えることも出来よう。
ピアノ三重奏曲は、ピアノ・ソナタより格上、
と、この二人は考えていたと、
想定してもよいかもしれない。

あるいは、ソナタは、未婚の女性用、
三重奏曲は既婚の三重奏曲用、などと考えていた、
などと想定するのも楽しい。

既婚女性は、こうした三重奏曲のパートナーを探して、
新しい家族と仲良くなったり、友達と合奏したりした、
などという妄想も膨らむ。

あるいは、ピアノを中心に、周りが盛り上げていく、
協奏曲のようなカテゴリーとして、考えていたかもしれない。

「この3曲の最後の作品(HobⅩⅤ;27-29)は、
おそらく1796年に作曲されており、翌年に、
ハイドンの一番重要な英国での出版社、
Longman&Broderipから出版され、テレーズに献呈されている。
このセットは常に愛され、賞賛されてきた。」

ロビンス・ランドンは、always been admiredばかりである。

解説には特筆されていないので、
仕方なく補足すると、作品75の第一番(HobⅩⅤ:27)は、
ハ長調、激しく、全楽器が主題を打ち付けると、
ピアノがその続きの楽句をつぶやくような始まり方が、
いかにも、華やかなひとときの始まりという感じで、
忙しく、ピアノが名人芸を繰り広げ、
完全にシューベルトの「ます」の世界と言ってよい。

まさしく楽興の時、という感じである。
しかも、ピアノ独りが楽しんでいるのではなく、
すべての楽器が寄り添って、楽しげに語らう様子も微笑ましい。
笑みを浮かべながら、ピアノを披露する、
テレーズの顔までが想像できるようである。

第二楽章は、静かなアンダンテ。
ピアノのモノローグに、弦楽が答えて、
遂には、中間部で、ヴァイオリンの美しい声が響くが、
急に雲行きが怪しくなり、暗雲が立ちこめる。
が、それも、印象的にチェロが刻むリズムの中に収まって、
ピアノもヴァイオリンも優美な歌を奏で、しっとりと平和が訪れる。
結婚生活にはこうした一幕もある、
といった感じであろうか。

第三楽章は、プレストで駆け抜け、
第二楽章での赤裸々な内情をごまかすような感じで、
ラヴェルのピアノ協奏曲の大先輩となっている。
が、かなりの大曲で、7分近くを要し、
中間部では、テンションが上がって熱狂的になったりもして、
その気分のまま最後になだれ込み、
演奏会でも聴き映えするような変化が付けられている。

これは、完全にヴィルトゥオーゾのための作品である。

最初の曲については、ロビンス・ランドンは、
あまり語っていないが、以下のような感じで、
2曲目については、かなり良く解説してくれている。

「ピアノ書法のヴィルトゥオーゾ的性格は特異であって、
HobⅩⅤⅠ:52のピアノ・ソナタ変ホ長調を想起させる。
前に書かれた作品同様、和声のパノラマはエンドレスで、
驚くべき様々な効果はエキセントリックなまでのもので、
特に、第二番の三重奏曲のホ長調のオープニングで、
弦楽のピッチカートを伴奏とした、ピアノの右手は、
素早い前打音と、長いレガートとが組み合わされている。
HobⅩⅤ:30がそうであるように、
緩徐楽章は、たびたび、三度の関係の調である。
(HobⅩⅤ:27はハ長調で、緩徐楽章はイ長調、
HobⅩⅤ:29は変ホ長調で、緩徐楽章はロ長調だが、
D-sharp minor=変ホなので、
異名同音にあるということになる。)」

このように、途中から脱線するが、
第2曲のピッチカートとピアノを重ねる、
不思議な効果については、特筆されているようだ。
この曲(HobⅩⅤ:28)は、ホ長調。
単に、出だしが面白いだけでなく、
この調性に相応しく、ほがらかな主題、
屈託のない曲想が素晴らしい。
アルペッジョを全編に響かせるピアノも、
まさしく、ピアノ的美観で終始、美しい音色を訴えかけている。

が、この曲の特徴は、次に来る第二楽章。
全3曲のど真ん中を占めるこの音楽は、
一体、何なのだろう。
「再度、HobⅩⅤ:28に戻り、
その緩徐楽章を見ると、
バロック風の、3つの楽器のリトルネルロのように始まり、
そこからピアノが、高音と低音の間に大きなギャップで、
二つの声部を奏でる悪夢のようなホ短調の音楽。
これはあまりにも、まったくもって薄気味悪いもので、
マントヴァのゴンザーガ王宮の廃墟、
Faustino Bocchiやベルガマスク派が描いた、
こびとの絵画のようだ。
このぞっとする楽章の終わりに、
聴いて見ないと分からないような、
大きく異常なカデンツァが来る。」

ロビンス・ランドンが、何故、ハイドンが行ったり、
見たりしたことがなさそうなものを例に上げて、
我々を幻惑しようとする意味がよく分からないが、
それほどまでに独特ということであろう。

いったい、ゴンザーガ王宮には何があるのか、
そんなに怖いものなのか。
ぜひ、教えて欲しい。
ただ、ゴンザーガ公は、芸術の愛好家で、
居城には様々な、絵画が飾られているようだ。

ロビンス・ランドンは、
きっと、モーツァルトも訪れたこの街に行ったことがあって、
その思い出が、忘れられないのであろう。
極東の音楽愛好家には迷惑な話である。

また、ファウスティーノ・ボッチは、
日本語ではネット検索不能。
アルファベットで入れると、不気味な絵画が拝見できる。
これまた、ロビンス・ランドンは、どこで見てきたのか。

それにしても、何故、テレーズへの結婚祝いに、このような、
不気味な音楽を混ぜ合わせたのか、非常に気になるが、
とにかく、ここで、突然、何だか変なことが始まったぞ、
という感じで、極めて異例の音楽である。

聴いてみないと分からないというのは、
マーラーの第六交響曲のエンディングのような、
強烈なインパクトを持つからであろう。

テレーゼとの会話の中で、こんな怪奇体験などがあったのかもしれない。
もう、これは、彼ら二人の秘密の領域なのかもしれない。

この曲、しかし、終楽章も、なかなか聴かせる。
先ほどの怪しすぎる墓場の一人歩きのような中間楽章に続き、
まるで、自由に空を羽ばたいていくかのような、
素晴らしい飛翔である。

さて、第3曲は、ややこしいことに、
またまた変ホ長調である。
HobⅩⅤ:29だが、冒頭紹介のHobⅩⅤ:30と、
連続で同じ調だと非常に紛らわしい。
ただでさえ、ハイドンのピアノ三重奏曲は、
番号からして混乱しやすいのである。

この曲は、ハイドンの、このジャンルに対する別れであるが、
そのせいか、第一楽章からして、妙に心うつろな曲の運びである。
途中、ヴァイオリンが印象的な歌を歌うが、
あとは、ぽつりぽつり消えていくようなピアノの動きばかりが、
印象に残る。
終わり近くでは、ピアノが独り、沈潜していくような楽節もある。
心、ここにあらずか、あるいは、別れの寂しさが、
この曲になって、ようやく実感されて来たのか。
しかし、この楽章も、最後はスパートをかけて、
空元気で盛り上がる。

第二楽章は、まさしく嘆きの歌と言ってもいいかもしれない。
が、次の終楽章の解説を見て欲しい。

「これらの終曲の中では、HobⅩⅤ:29のものを選ぼう。
これは、『ドイツ風のフィナーレ』または、
大陸版では、『アルマンド』と表記されており、
ドイツ舞曲を純化したもので、
ラヴェルの『ラ・ヴァルス』のように、
正真正銘のヴィーン産の作品とは異なり、
不自然で、気まぐれなものである。」

何だかよく分からないかもしれないが、
かなり誇張された、ワルツ風に聞こえるのである。
ラヴェルの、「ラ・ヴァルス」もまた、ヴィンナ・ワルツへの、
追想の賛歌であった。

もちろん、ハイドンの時代、そんなものはまだない。
が、そんな時代の訪れを、
ロンドンの街の活気から予想したかのように、
極めて大げさで、ピアノの活躍も大仰な大円舞曲として、
この様々な曲調に富む曲集を締めくくっている。
テレーズもまた、ドイツへの思いを、
ひいてはハイドンの元への思いを巡らせたものと思われる。

ということで、このCDの解説、
テレーズのための素晴らしい3曲を収録しながら、
そのうちの2曲の、しかも一部だけ、
つまりHobⅩⅤ:28の緩徐楽章、
HobⅩⅤ:29の終楽章しか、
詳しく書いていないのが残念である。

「全作品を通じて華麗で、機知に富み、
このジャンルへの感動的な別れは、
最も冒険を犯した筆法への挑戦を、
ハイドンにさせているように見える。
ハイドンはこれらの後期のピアノ・トリオを、
『ヴァイオリンとチェロを伴奏にするピアノ・ソナタ』
であると考え、そう題したが、それはおそらく、
強調する必要はないだろう。
弦楽器は明らかに、ハイアマチュア用、
しかし、ピアノの書法は高度なプロ用になっている。」

このように締めくくられると、途中、このCDを聴きつつ、
解説も読みながら考えたことが、一層、確信も深まり、
ピアノ三重奏曲は、ピアニストを最大に引き立てるための室内楽として、
いわば、協奏曲の代用として、発展したような感じがしてきた。

それにしても、こうした傑作群を無視して、
長い間、ハイドンのピアノ三重奏曲が、
「傍流的」、「大きな成果がない」などと考えられていたことが、
不思議でならない。
こうした、室内楽的な内省と、演奏会向けの華やかさが、
結実したものとして、ハイドンのピアノ曲集に、
まず、指を屈するべきなのかもしれない。

得られた事:「ハイドンは、ピアノ三重奏曲の可能性を開拓しつくして、この曲集に別れを告げたが、それは、オーケストラ的な広がりまでを志向していた。」
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by franz310 | 2009-02-21 22:46 | 音楽

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その161

b0083728_12155541.jpg個人的経験:
ハイドンが、ロンドンで、
生涯の総決算をしたころの
ピアノ三重奏曲を
聴き進めているが、
雇い主であるハンガリーの領主、
エステルハーツィ家、
特に奥方に捧げた曲集が多い。
ロンドンとは無関係に思えるが、
そんな中で、今回のものは、
正真正銘の英国用と言える。

この作品73の解説を読めば明らかだが、
献呈した相手に、
さらに個人的な繋がりが興味深い曲集である。

そもそも、このCDは、
表紙を飾るハイドンの肖像画によっても、
妙に印象的なもので、
見ると、これまで発表されていなかった
「ミニチュア・ポートレート」とある。

さらに怪しいことには、ここには、
彼の髪の毛も収められていたとある。
何じゃこりゃ。

それだけのハイドンの人気を物語るものか、
あるいは、もっとプライヴェートなものか。

日本でも人気を誇った、イギリスの、
ハイペリオン・レーベルの一枚。

さらにこの解説を読むと、
ロンドンにおける彼の私生活の一端に触れるようで、
妙に生々しい感じを受ける。
ミニチュア・ポートレートを持っていたのが、
もしかして、さる婦人であったとしたら、
などと考えるのも愉しい。

解説は、NICOLAS ROBERTSONという人が、
1989年に書いている。

「1790年代に行われた
ハイドンの二度にわたる英国滞在によって、
彼は、この国と人々に対する
恒久的な愛情を育んだ。
そして、その愛情は、
十分に報われたと言える。
多くの人々に
賛嘆の目を持って受け入れられた傑作群は、
60代の人とは思えぬエネルギーに満ち、
音楽などはヘンデルで十分、
などと思っていた、
ジョージ三世をも巻き込むもので、
国王は、
『ハイドン博士、
あなたは沢山のものを残された』と語りかけ、
ハイドンは控えめに、
こう答えた程であった。
『いかにも閣下、良いというのも度を越しました。』」

こんな一こまがあったとは知らなかった。
が、それは公式の話で、それほど面白いものではない。

ハイドンも、もう、憔悴した感じである。
60歳の年齢に相応しい分別をもったコメントにも聞こえよう。

問題は次である。
還暦とは思えない、若々しいハイドンの姿が思い浮かばれる。

「あるケースなどには、少なくとも、
単に打ち解けたというものを超えた関係の暖かみがあった。
ハイドンの最初期の伝記作者で画家のアルベルト・クリストフ・ディースは、
ハイドンが長い生涯の最後の時期をどのように過ごしたかを記述したが、
ハイドンは、ノートブックに書き写した書簡の揃いを見せてくれたという。」

ハイドンも生涯も終わり近くになって、
いよいよ、秘められた過去を語り出したわけである。

「『これらは私を愛してくれた、ロンドンの英国未亡人からの手紙です。
彼女は60歳でしたが、いまだ愛らしく、愛嬌があり、
私が独身であったなら、彼女と結婚していたでしょう。』
ハイドンかディースか、どちらかの記憶は正確ではない。
レベッカ・シュレーターは、1782年の夏にシャルロット王妃の、
音楽教師に任じられ、1788年にわずか38歳で亡くなった、
彼女の夫ヨハン・サミュエルより若かったと考えられる。」

ここで、相手の婦人も60歳だったという、
旧来からの通説に疑問が投げかけられている。

前回、紹介したブラームス・トリオのCDには、
やはり作品73からの2曲が含まれている。

ここでの解説では、ハイドン、ディースの証言のまま、
「これらの3曲は、ハイドンの第1回イギリス滞在中の弟子で、
既に60才を越えるシュレーター夫人に献呈された」
と記載されている。
ちなみに、こう書き添えられている。
「彼女はハイドンのロマンスの対象ともなった女性である。」

もう一つ、大宮真琴氏の著作「新版ハイドン」でも、
「この婦人は当時すでに60歳をこえた未亡人で、
夫のヨハン・サミュエル・シュレーターは1782年に、
クリスチャン・バッハの後任として
シャルロット王妃の音楽教師をつとめた人物であった」
と書かれている。

したがって、これまでの多くの人は、
ハイドンは60歳になって、同年代の婦人と、
年相応の仲良しになった、という感じで理解していたはずである。

しかし、今回のCDの解説のとおり、
仮に、夫人が、その亡き夫と同じ年だったとしたら、
ハイドンが第1回ロンドン滞在時は、夫の死から3年後なので、
41歳くらいということになる。

ハイドン自身が60歳だったのだから、
別に相手が同じような年齢でもよいような気もするが、
やはり、我々としては、この曲集を聴く際に、
心に思い描く女性像をこの20年で変える必要はある。

そのような事を考えながら、今回のCDの解説に戻ろう。
「ある研究家によると、夫のシュレーターは、
英国における最初のピアノフォルテ紹介者で、
卓越した技量を持っていたということである。
レベッカも明らかに才能ある奏者ではあったが、名人ではなかった。
そこで、ハイドンの最初の訪英時、1791年の夏から、
レッスンを受け始めたと思われる。しかし、それは直に形式的なものとなった。」

形式的な弟子であって、実際は、恋人同士であったということだ。

「ハイドンは1792年の夏にオーストリアに戻り、
1794年の2月にロンドンに戻ったが、
彼女は2年間、ハイドンに対し、
魅力的にのびのびとした言葉で頻繁に手紙を書いている。
『あなた様に感じる愛情、
親愛の念の半分ほども、
表現できる言葉はありません。』
ハイドンの第2回訪英の際の手紙は残っていない。
それは完成されなかった4冊めのノートに、
書かれるはずのものだったかもしれないし、
住居が近くてその必要がなかったのかもしれない。」

現代の研究の恐ろしいことに、
彼らの住居までが解説には書かれて、
暴かれている。

「レベッカはバッキンガムゲートのジェームス道6、
ハイドンはおそらくレベッカによって探してもらい、
セント・ジェームズ公園を越えたところにある、
セント・ジェームズのバリー道1
(だいたい、現在のキング道の
シェリスティーズ付近)に、
部屋を見つけていた。
レベッカが1796年に出版契約書の連署人となっており、
6年後の『天地創造』の出版の予約にサインしていることから、
ロマンスが冷めたということはなかったようだ。
そして、1795年8月、
ハイドンの2度目で最後となる出立の後、
ピアノ三重奏曲集が、彼女に捧げられ、
ロングマン&ビショップから
8月の終わりに出版されている。」

以下、レベッカからは離れ、
音楽そのものの話となる。
「この最初の版は、
『ヴァイオリンとチェロの伴奏を持つ
ピアノフォルテのための三つのソナタ』と題されたが、
こうした記述は、それに先立つ40年以来のピアノ三重奏曲の、
ハイドンのラディカルな開発経過を思うと、
いささか時代錯誤めいている。
1755年から1760年の彼の記述からすると、
これらのジャンルは、
ハープシコード、ヴァイオリンとバスのためのもので、
2楽章の作品。
何だかよくわからない、
パルティータ、喜遊曲、カプリッチョなどと、
題されたものを指すものであった。
しかし、1780年代に、
ピアノ三重奏曲の作曲が再開された時には、
鍵盤楽器としてはピアノフォルテを想定、
バスはチェロとして、音色に暖かさを増し、
鍵盤楽器の音域が重要なものとなった。」

このあたりは、以前から書かれていたものである。

「彼の手になる弦楽四重奏曲が、
その頃までに、完全に古典形式になっていることに比較すると、
これらのピアノ三重奏曲は、気分によって、
2楽章になったり、3楽章になったりして、
各楽章のスタイルは未だ折衷的で、
その音楽も多かれ少なかれ2次的であるが、
1781年に『ロシア四重奏曲』の出版に際し、
彼が宣言して、これにモーツァルトが影響を受け、
ハイドンに捧げる四重奏曲を書いたような、
『まったく新しく特別な様式』が、
これら1790年代のピアノ三重奏曲にも結実している。
主題の扱いの継続性、主要主題から発展した、
メロディや対位法的な展開が見られる。」

これまでも聴いて来たように、
確かに、これらの作品は、弦楽四重奏や交響曲以上に、
身近な奏者を想定したゆえか、
より実験的とも言える側面が目立つ。
この後、個々の曲の解説でも、それは垣間見えよう。

「四重奏曲ほどには、三重奏曲では、
各楽器の使用法に関しては開発されていない。
しかし、リズムや転調など、突然の変化による展開と、
最も親密な室内楽のスタイルがミックスされ、
三重奏に素晴らしい魅惑を添えられることになった。
HobⅩⅤ:26の第一楽章で、まず嬰へ短調に始まり、
変ホ短調への移行などは、当時の聴衆を驚かせたものと思われる。」

ちょっと、ここで、楽曲に耳を澄ませてみよう。
このHobⅩⅤ:26は、この作品73の3曲では唯一、
前回のブラームス・トリオのCDには収録されなかったもの。

ということで、あまり良く聞いていなかったのだが、
確かに、非常に微妙な陰影の織物で、悲しい不思議な色調のものである。
当時の聴衆がどう思ったかはともかく、妙に訴えるもののある、
押し殺したような感情が秘められているような感じ。
そんな技法よりも、何だか深刻な音楽だなあ、という感じがする。
シュレーター夫人との別れは影響しているのだろうか。

この嬰へ短調の曲に関しては、
解説の最後に再度、取り上げられる。

ここでは、チェロの役割について、
おそらく3曲共通の話になっている。
「ヴァイオリンは、ここではピアノと対等なパートナーとなっている。
ベートーヴェンが最終的に解放するチェロは、
未だ、バスパートにとどまっているように見えるが、
それは想像力の不足というより、鍵盤楽器と弦楽器の協調による、
音響上の必要性として理解する方が適当であろう。
(ベートーヴェンのピアノ三重奏曲作品1すら、
ハイドンの行った、深くシリアスな冒険の高みと、
果たしてどれほど差異があろうか。)
後にもっと強力なピアノがこれを不要にするが、
このことこそが、こうした高度に洗練された音楽を、
元来想定された楽器に近いもので演奏されるのを、
鑑賞することの重要な意味となる。」

わかりにくいが、ピアノが非力だった時代、ピアノの下支えとして、
バスは必要不可欠だったということだろう。

が、改めて、シューベルトの五重奏曲「ます」の、
成立ストーリーを思い出した。

シューベルトはチェロ奏者でもあった、
パウムガルトナー氏に依頼されて、この五重奏曲を書いたが、
その時、はたして、どのようなピアノが想定されていたのだろうか。

1819年のオーストリアの片田舎のピアノと、
1795年頃の最新鋭のイギリスのピアノと。
もしも、低音に不足のあるピアノであった場合、
ハイドンと同様、低音をチェロで補足する必要があっただろう。

が、そのチェロは、補足以外にも、活躍の場面を求めたとしたら、
そこを支える楽器として、もう一つの低音楽器、
コントラバスが求められたとしても不思議ではない。

例えば、「ます」の解説には、
低音が充実したことによって、ピアノが高音で活躍することが出来た、
といった内容のものも見かけるが、
ピアノが性能不足で、低音を補足せざるを得なかった、
という時代背景はなかったのか。

ここで、もとのハイドンに戻ろう。

「選ばれた楽器の限界を考慮することによって、
この録音での三つのトリオは、驚くほど異なる性格を露わにする。
これらは等しく3楽章からなり、
どの楽章も拡張されたソナタ形式や変奏曲、三部形式を基にしている。」

以下、各楽曲の解説に入る。
「ト長調のトリオは、二つの外側楽章がロンド形式で書かれていて、
ユニークである。しかし、最初の二楽章は終楽章への序奏にも見える。
最初のものはゆっくりとしており、
第2のものは、愛らしい二重変奏曲であり、
やはりゆっくりしたもので、
向こう見ずな終楽章を強調するかのようである。
これは様々な編曲でも有名なジプシーロンドである。」

この曲は、恐らく、今では、
ハイドンの代表的三重奏曲とされているもの。

前回聴いた、ブラームス・トリオの解説には、
何故、この曲のみがとりわけ有名なのかが、
このように詳細に書かれていた。
「・・この曲だけが有名になった。
・・ペータース版の第一番に置かれたことにより、
更に一層演奏回数を増したと言われる。」

まじっすか、という感じである。

楽譜屋が、どんな基準で曲順を決めたかは知らないが、
そんなことで、有名になり方が変わるの?という感じ。

一方で、有名になりそうだから、
ペータースが一番に持って来たはず、
とも考えられないのか。

「とりわけジプシー・ロンドで有名なこの曲は、
2/4拍子の愛らしい主題とその変奏による緩徐楽章で始まる。」

どうもこの著者のこのような文章構成は気になる。
ジプシー・ロンドは第三楽章のことなのに、
第一楽章の変奏曲と1センテンスの中で同居させたりして、
非常にわかりにくい。

例えば、こんな文もある。
「ホ短調で終わった第一楽章は更にゆったりした
ポコ・アダージョ、ホ長調、3/4拍子の第二楽章へ進む。」
どうして、箇条書きにしないのか。
二つの楽章を、何故、一文にするのか。
・第一楽章はホ短調で終わる。
・それに対し、第二楽章はホ長調となって、さらにゆっくりとした、
3/4拍子である。
主語の前の修飾が多すぎて、わかりにくいという見方もあろう。

一文の表わす色調が統一されていないのである。
また、字が小さいので、よけい読みにくく、
読み飛ばすと、ジプシー・ロンドが愛らしいのかと、
勘違いしてしまう。

馬鹿を言うな、と思って読む気をなくしてしまうような感じ。
が、良く読むと、非常に参考になる情報満載なのだが。

箇条書きにすると、こうなる。
・ 第一楽章:愛らしい主題のゆっくりとした変奏曲。
長調、短調の対比が美しい。
ピアノの上を歌うヴァイオリンが印象的。
・ 第二楽章:旋律豊かでさらにゆったりしている。
中間部で魅惑的なヴァイオリンの旋律。
ピアノは、当時の楽器の最低音まで駆使。
以上の2楽章は、プレストの終曲の効果を引き出すべく、
ゆっくりした楽章配置になっている。
・ 第三楽章:「ジプシー様式のロンド」。
リズミカルで素朴かつ、色彩的に洗練。
ハイドンの仕えたエステルハーツィ家がハンガリーの血を引くせいか、
ハイドンは、こうしたジプシー音楽を好んだ。

一方、ハイペリオン盤では、
以下のようなもっともらしい逸話が付いている。
「ハイドンには、オーストリア政府が、
占領地から取り立てた兵士たちの士気を高めるために、
無理矢理利用していた、流しの楽団の香りの思い出があって、
これらを有効に活用した。
1791年、エステルハーツィの領地にあったハイドンの旧居で、
こうした楽団が演奏したことは、深く胸に刻まれていた。
彼は、特に短調の部分で、ぎすぎすした音や、
かき鳴らしの伴奏の効果を取り入れている。」

ということで、この「ジプシーロンド」を持つ、
HobⅩⅤ:25は、特にこの3曲でも有名であることから、
最初に特筆されている。

しかし、ここで演奏している団体、
有名なモニカ・ハジェットのヴァイオリンによる、
ロンドン・ピアノフォルテ・トリオのこの曲は、
どうも楽しめない。
特に、この「ジプシーロンド」が全く面白くない。

前回紹介のブラームス・トリオ(現代楽器利用)と、
この古楽器利用の2組を比較すると、こんな感じ。
第一楽章:
ハジェットのヴァイオリンは、耽美的に美しい。
ブラームス・トリオのホフマンのヴァイオリンは、
それに比べると、音色的に平凡である。
ただし、愛らしく無垢な感じはよく出ている。
シュレーター夫人は、おそらくこんな人だったのだろう。

第二楽章:
ロンドン・トリオの演奏は、古楽器の繊細な音色、
控えめな表現ゆえに、少し、地味な感じがする。
三つの楽器が混色して、その陰影を失いがちで、
ハジェットのヴァイオリンは瞑想的。

ブラームス・トリオの深々とした、
現代のピアノに、音の余裕があって、
音域的には安心して聴ける。
中間部のヴァイオリンも憧れに満ち、
それを導くチェロの音色も美しい。

この楽章に期待するものが、全く異なった演奏である。
前者はあくまで、内省的、後者は、いくぶん夢想的。

終楽章:
ロンドン・フォルテピアノ・トリオの演奏は、
前の楽章の沈思黙考からの弾け方が唐突である。
せかせかして、余裕がない感じ。

ハジェットのヴァイオリンには、はったりが欠ける。
ピアノも木を打つような響きで、きらきら感に欠ける。
あるいはオリジナル楽器の限界であろうか。
この曲が名作であるという実感を伴わずに聞き終えた。

ブラームス・トリオも演奏時間はほぼ同じながら、
間の取り方がうまいという感じであろうか。
まるで遊園地に迷い込んだような楽しさがある。
ホフマンのヴァイオリンは、良い意味で俗っぽく、
ヨハン・シュトラウスの時代までぶっ飛んだ感じ。
が、非常に楽しい。
ピアノの響きもまるで、クライスラーみたいな感じ。
演奏会でこれを聞かせたら、拍手喝采となるだろう。

私の中では、このように、ロンドンのメンバーのものは、
尻すぼみに評価が下がる形となった。
2007年のハイペリオンのカタログにこの盤が出ていないのは、
こうした経緯からだろうか。

次に、この曲集の1曲目の解説となる。
「ニ長調のトリオ(HobⅩⅤ:24)は、同様に個性的である。
最初の楽章の、誇張されてドラマティックな休止は、
単一のテーマから発展させるという、
ハイドンの『新しく特別な様式』の完璧な例と組み合わされており、
附点リズムを持ち、
バロック風の第二楽章とコントラストをなす。
第二楽章は不気味にも墓場に導くようで、
終曲の舞曲に続く。」
と簡単に書かれていて、第一楽章が休止を使いまくって、
第二楽章が、不気味であるということくらいしか分からない。

前回聞いた、ブラームス・トリオの解説では、
もっと明快に魅力が書かれている。
第一楽章:休止とフェルマータでドラマティック。
単一テーマから曲をまとめ上げようとしている。
大胆で力強く、火花を散らす。

ロンドン・トリオの演奏は、冒頭から気迫十分で、
まさしく火花を散らすような効果に迫力がある。
古楽器特有の余裕のない中で、
その機能の限界を行くような感じの迫力は、
ブラームス・トリオ以上かもしれない。

ピアノの音色など、ブラームス・トリオも、
きらきら感が美しい。

ハイドンが誇る新様式も、
出し惜しみ様式というか、
なかなか、主題が全貌を現わさないで、
最後の最後で、雄大なメロディーとなって、鳴り響く様や、
一部だけが、微分されるように展開されていく緊張感が素晴らしい。
まるで、無限の地平を広がっていくような感じ。
いずれにせよ、この3曲の中で、もっとも野心的、冒険的な楽章であろう。

第二楽章:バロック特有の附点リズムが特徴。
アタッカで終楽章に入る。
墓場の不気味さは書かれていない。

いずれにせよ、嘆息に満ちた、切羽詰まった音楽。
劇的緊張感が大げさであるが、二人の離別は、
こんな感じだったかもしれない。
ここでは、音楽を構成する各楽器の使い方にも、
精妙な設計を感じて、ついつい、感心してしまうような部分も多い。

第三楽章:ドイツ舞曲楽章。
素材は同じながら、ABA三部形式で、
Aは長調のドルチェで静か、Bは短調で立体的。

確かに第二楽章の、逃げ道の無いような絶望感から、
この軽やかなドルチェに流れ込むと、
かなり心は安らぐ。

ハイドンが戻って来た、という感じがする。
が、先の一悶着の中間部を経て、何だか、
未解決な感じで終わる。

「最後のトリオの調性(嬰へ短調)は、
1770年代、ハイドンの『疾風怒濤』時代の、
余韻のようだが、ムードや熟達は、全く異なったものとなっている。
行きすぎた個人主義は、エネルギーを無駄にすることなく、
張り詰めたメランコリーに道を渡す。」
この作品の解説の一部は、すでにあったとおり。
以下、その続きのようなものが、このCDの解説を締めくくっている。
残念ながら、この曲は、ブラームス・トリオには収録されていない。
したがって、解説の比較も演奏の比較も出来ない。

「緩徐楽章はおそらく改訂されて、
1795年2月の初演にて、モーニング・クロニクルによって、
『崇高な魔法』と賞賛された交響曲第102番の同じヘ長調の楽章と、
何の目的で作曲されたか分からないが、同等のもので、
これを改訂したものである。」
交響曲第102番の第二楽章は、荘重にティンパニが鳴り響き、
終始、オブリガードのチェロが低音を装飾するといった、
非常に印象深いものである。

これを聴いたシュレーター夫人が、
私、これが好きだわ、と呟けば、おそらく、
ハイドンは、すぐに、このようなものを用意したとは思う。

ただし、交響曲の方は、
この三重奏曲の第二楽章の2倍の6分もかけて演奏され、
演奏によっては、英雄のための葬送行進曲のようにも聞こえる。
あまり室内楽と直結するものではない。

が、あの印象的なチェロのオブリガードは、
ここでは、ピアノの左手に現れて、
可能な限り、交響曲の魅力は圧縮されているようだ。

この後で、交響曲も三重奏曲も、
メヌエットになるので、この部分も交響曲の編曲を、
持って来れば良さそうなものだが、
ハイドンは、何故か、虚無的な終楽章を用意した。

「深く、ぴんと張った終曲は、
おそらくハイドンが最終的に英国を去るに際して、
他のものと合わせて出版社に渡したもので、
作曲家としての人生で、最も多産であった日々から、
こうした作品を捧げ、それを誇りとした英国を去るにあたっての、
ハイドン自身の心情を、最もありありと、
思い出させるものであろう。」

と書かれており、解説を書いたROBERTSONは、
ハイドン帰国の心情を、この、いささか途方に暮れたような、
投げやりにも聞こえる虚無的な楽曲から聞き取れという。

ピアノは、まるで、ツインバロンのようにかき鳴らされ、
情熱の切れ端のようだ。

翻って、シュトレーダー夫人の立場からすると、
確かに、こうした喪失感があったことと思う。
最後は、何だか怒ってる女性のような感じもする。

このように、まったく性格の異なる3曲ながら、
ハイドンの第1回訪英後の離別からの再会、
そして第2回訪英と、最終的な別れといった、
シュレーター夫人との日々が刻まれているとも思え、
その意味でも、真ん中の曲が、一番、憂い無いものであることも、
妙に納得できてしまうのである。
もちろん、ハイドンの最前衛とも思える冒険がちりばめられており、
決して、枯淡にあった人が書いたり、弾いたりできるようなものではない。

得られた事:「ハイドン時代のピアノは、低音の音域または深みが不十分で、その延長のようにチェロの音色の豊かさが不可欠であった。」
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by franz310 | 2009-02-15 12:20 | 音楽

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その160

b0083728_23121375.jpg個人的経験:
ハイドンがロンドンで作曲した、
ピアノ三重奏曲には、
いくつかの曲集があって、
前回は、HobⅩⅤ番号で、
21番から23番を取り上げたが、
これは、ハイドンが仕官していた、
エステルハーツィ家の
当主ニコラウス2世の奥方、
マリア・ヨゼファ妃のために
書かれたものであった。

しかし、先代のアントン公の后も存命で、
ハイドンは、ちゃんとマリア・ヨゼファ妃の作品71に先駆けて、
姑を立てて、ピアノ三重奏曲を作曲、献呈している。

ややこしいことにもうひとりのマリア妃である、
このマリア・テレーゼ・エステルハーツィ侯爵夫人は、
アントン公の2度目の夫人であったらしく、
後に、シュヴァルツェンベルク侯爵と再婚したという。
それ以前であろう、ハイドンが献呈した作品は、
作品ナンバーで70番。HobⅩⅤ番号では、
18番から20番に相当するものだ。

和宮に捧げる前に、しっかり天璋院にも捧げて、
筋を通しているという感じであろうか。
アントン公は、音楽に興味がない人物だったとされるが、
アントン公の父、ニコラウス1世候は、
ピアノ三重奏曲HobⅩⅤ:15~17によって、
愛妻(これまた、マリア妃、マリア・エリザベス妃)の死から、
立ち直ろうとしたとされるので、
ピアノ・トリオの連作9曲は、歴代エステルハーツィ家の、
3人のマリア妃にからんで作曲されたことになる。

HobⅩⅤ:15~17(作品59)は、
フルートを伴うものであったが、
18番以降はヴァイオリンを伴うものに統一され、
近代的なピアノ三重奏曲の範疇に入って来るせいか、
オリジナル楽器を使ったものではない演奏も入手できるようになる。

例えば、この天璋院、ではなく、マリア・テレーゼ妃のための、
作品70に関しては、3曲とも、何故か、モダン楽器の演奏で、
揃えることが可能である。

まず、1980年3月に録音された、HobⅩⅤ:19と20が、
ヴァイマール・ブラームス・トリオの演奏で、
ドイツ・シャルプラッテン・レーベルのCDで入手できる。

表紙デザインは、作曲家所縁の何かでも、演奏家に関するものでもなく、
クレーを思わせる色彩。現代アートのような感覚の塗り絵みたいな感じ。
これに関してのインフォーメーションはない。
したがって、可もなく不可もない。

この解説は、村原京子という人が書いているが、
ハイドンの研究家なのであろう、
ハイドンの作品目録作成の苦労が書いてあるのが面白い。

「作品数が膨大な事、多くの学説による作曲年、
作品番号の不一致等々」で、音楽史研究の基本、かつ重要な、
作品目録の完成が、ハイドンの場合、恐ろしく困難で、
日進月歩で変化している状態だというのである。

「ホーボーケン(Hob)番号に依るのが、
今日の正統と言えようが、通称作品番号、
或いはブライトコプフ版、ペータース版等の
実用楽譜の番号が横行しているジャンルもある。
ピアノ・トリオもそうしたまぎらわしいものの代表であり、
様々な番号を持っている。」
と、私が、かつて苦言を呈したことがまとめられている。

「当ディスクの頭に記されている番号は、
ロビンス・ランドンに依るものであり、
更にHob番号が加えられている。」
とあって、第38番(HobⅩⅤ:24)、
第39番(HobⅩⅤ:25)、第33番(HobⅩⅤ:19)、
第34番(HobⅩⅤ:20)が収められている。
先のマリア・テレーゼ妃のためのものは、後半の2曲である。

何と、これら後期作品は、この解説が書かれた当時、
まだ、ハイドン全集には未収状態であったという。
第3巻までは刊行されていたが、
そこには32番までしか含まれてなかったという。

新しいピアノ・フォルテとの遭遇が、
ハイドンの創作意欲を揺さぶって、
これらの三重奏曲群が生まれたとあり、
「イギリスのピアノは全体の構造がはるかに逞しく、
機構上も優れていたし、そのアクションははるかに重く、
弱音ペダルもつけられ始めた」と具体的である。

これらの作品を、
「モーツァルトのピアノ協奏曲と共に、
ベートーヴェンへの重要なステップを形成している」
と総括しているのが心強い。
バッハの息子たちの線上で聴く時、
「汲めども尽きぬ彼の創意が溢れ伝わってくる」ともある。

さて、前回、オリジナル楽器で、
ハルモニア・ムンディから出ている、
コーエンらのCDも紹介したが、
はたして、ここでは、この作品70は、
どのように書かれているだろうか。

「『ヴァイオリンとチェロの伴奏を伴う
ピアノ・フォルテのための3つのソナタ。
ハイドンによって、旧姓ホーエンフェルト、
エステルハーツィ妃のために作曲され、
捧げられた作品70。
ロングマン&ブレーデリップNo.26で印刷』
1794年11月15日のオリジナル版に、
このように書かれたタイトルページは、
後に、世紀の終わりに、
パリ(プレイエル、Imbault、Naderman、Sieber)、
オッフェンバッハ・アン・マイン(Andre)、
ヴィーン(アルタリア)、ライプツィッヒ(ブライトコプフ)
などで出版されたものにも印刷されている。
これは、まだ、ハイドンがトリオと呼ばなかった
これらのソナタが成功作だったという証拠である。」
これだけ、たくさん印刷されたら、確かに、
番号の混乱などは容易に起こるだろう。
また、出版されたのは1794年だろうが、
何時作曲されたかなどは、ここからは読み取れないだろう。

「最終的に英国を離れる前に、
1971年1月から1795年8月まで、
英国のために、または、英国において作曲された作品を、
ハイドンは数え上げて目録にしたが、
ここにも、『ブローデリップのための三つのソナタ』、
と書いてあるように、
二つの高音声部が、バスにサポートされたハープシコードによる、
装飾された低音に伴奏される、バロック時代のトリオ・ソナタのような、
古風なものとして扱うことにする。
装飾低音の役割を終えるにつれ、
鍵盤楽器は次第に支配的になり、
パートナーの弦楽器を時に、伴奏のような付属に追いやった。
ハイドンは、この鍵盤楽器解放に大きな貢献をしており、
これら英国の三重奏曲は、明白な証拠となっている。」
ということで、ピアノにあまりに魅了されたがゆえに、
ハイドンは、その左手をも駆使して、独自の美学を探究したのであろう。

しかし、ロンドン以前のトリオでは、
ピアノがプアで、左手が単に、
たららたららと装飾しているだけなのだろうか。
改めて、Badinageの演奏したHobⅩⅤ:15などを聞き直して見た。
確かに、右手は左手と明確に役割分担していて、
右手は活発に動き回るが、左手は、ちょん、ちょん、
ぱっぱっぱっぱ、たらたらたらと、
単にやっているだけのように聞こえる。
が、この演奏、悪くない。

とすると、この頃亡くなった、モーツァルトなどは、
こうしたピアノ書法に留まっていて、その革新的な発展を、
最後まで見届けることが出来なかったということだろうか。

「アントン侯の未亡人、
マリア・アンナ??(テレーゼじゃないのか?)・エステルハーツィ夫人
への献呈は、1793年にヴィーンで書き始められたとも思わせるが、
手稿が失われているので、確かなことは分からない。
3曲のスコアには、まったく類似点がないにもかかわらず、
ハイドンはさらに3回も
(HobⅩⅤ21~23、24~26、27~29)、
3曲のトリオをまとめて出版したのは注目に値する。」

これが何を意味するのかや、何ゆえに、
夫人に献呈したかが書かれていないので、
非常に後味の悪い解説である。

以下、各曲の解説が始まる。
ここでも、ロビンス・ランドンの番号で書かれているのが、
混乱を招くので、ここでは、ホーボーケン番号で押し通す。
ちなみに、大宮真琴氏の本では、すべてホーボーケン番号を使っているが、
同僚ロビンス・ランドンの意見には納得していなかったのだろうか。

まず、18番、先のブラームス・トリオのCDでは、
取り上げられなかったものである。

コーエン盤は、解説は番号順ながら、
収録は違っているので、要注意。
確認してよかった。
やはり、この曲は最後に入っていて、
トラック8から聴かないといかん。

「HobⅩⅤ:18。
三つの力強い和音に導かれるイ長調のアレグロ・モデラートは、
非常にしなやかなカンタービレのメイン・テーマと、
付点リズムのモチーフと組み合わされる。
これらの二つの要素はかなり短い展開で、
いわば、再現部からの新しい要素で、拡張されている。」

イ長調と言えば、シューベルトの「ます」の五重奏曲と同じ、
調性であるが、じゃんと始まるところも、「ます」に似ている。
ピアノの喜ばしげな、活発に動き回る活躍も、
それを想像させるものがある。

このような類似を感じるのは、やはり、ピアノが、
通奏低音の役割という負担を逃れて、
両手が渾然一体となっての美学を模索しているからであろう。
ヴァイオリンの澄んだ響き、
チェロも、ばあんと、独特の音色を聴かせて印象的。

10分30秒もかかって、作品70、71を通して最大の楽章であるが、
確かに、4分くらいの所で、気味悪い感じになって、
何だか違った方向に展開されていく。
こうした、さまようような転調も、
シューベルトの世代への遺産であろうか。

「短調のアンダンテは、特にその中間部の、
長調によるヴィーン的な魅惑によって驚かされるが、
再現部の装飾によって、終曲のアレグロに導かれる。」
何だか、気が滅入るようなメロディの第2楽章。
物憂い感じだが、まるで救いがないと思いきや、
確かに、それを慰めてくれるような天上の声が聞こえてくる。
ひょっとして、亡くなったアントン侯を思う、
奥方の気持ちに応えたのだろうか。
とすると、上記解説のように、
93年、ヴィーンで書き始められた、
というのはおかしい。
アントン侯は、第2回ロンドン行きのためのハイドン出立の直後、
94年に亡くなっているからである。

しかし、第1回出発は、先代の死によって挙行され、
ハイドンとロンドンの関係は、完全にエステルハーツィ家の、
悲嘆のネガのような感じの成功であった。

この慰めの後は、再び、物憂いメロディが始まるが、
それは、上述の突然の変化で楽しいアレグロが始まる。
「ここでのハンガリー風ロンドは、10年前の、
ピアノ協奏曲ニ長調HobⅩⅦ:11を締めくくったものに似ており、
また、これは、翌年のHobⅩⅤ:39(おそらく25の間違い)
の終曲にも類似のものが現れる。」
これは、非常に心浮き立つもので、エキゾチックでもあって、
楽器の扱いも多彩である。
全体に、聴き応えのある音楽。

さて、次の曲はトラック4から7を占めるが、
どういうことであろうか。4楽章形式?

「HobⅩⅤ:19は、気まぐれなリズムを持つ、
何だかひねくれた主題による変奏曲で始まる。」
私は、このsinuousという言葉をイメージできず、
音楽を聴きながらでは、「しなやかな」と、「気まぐれな」では、
後者だと思えた。

このような摩訶不思議なピアノ三重奏曲は、
というか、ソナタ形式の楽曲は、聴いたことがない、
といった感じである。
音も小さく、ちまちましていて、これまた物憂さを感じさせ、
いじいじ、うねうねと、続いて行く感じである。
スカルラッティのソナタにありそうな、
非常に繊細な感情表現である。
そういった意味では、弦楽器はなくてもよさそうだ。
こんな楽曲をアントン侯が生きている間に考えていたとしたら、
いくら相性が悪かったからと言っても、悪すぎハイドンであろう。
ロンドンで、侯の死を知り、妃を慰めるべく書いた、
と考えて初めて、共感を覚えるような音楽である。

変奏が進むと、活気が戻って来る。
が、その時にトラックナンバーが変わっており、
第1楽章を二つに分けているので、
トラックが4つあるのであって、4楽章形式ではない。

さて、この曲は、ブラームス・トリオで聴けるので、
先のCDの解説をひもといて見る。
ややこしいナンバリングがすべて書いてあって、
感動する。さすが。
「HobⅩⅤ:19、作品70-2、
ペータース版第Ⅱ巻第12番」とある。

「1794~5年のトリオ・セットの中で唯一の短調の作品。
アンダンテ、2/4拍子の第1楽章はピアノ・ソロで開始される
二重変奏楽曲である。第1グループは短調で、フランス序曲風の
附点リズムは精神的にはバロックを思わせるが、
第2グループはカンタービレな長調で、附点リズムを用いず、
いかにも古典派楽曲の風格をみせ、第2変奏はそのまま6/8拍子の
プレストへ移行する。」
このように書いてくれた方が、ずっと、わかりやすい。

次に第2楽章の解説を、コーエン盤で見てみよう。
「しかし、変ホ長調のアダージョ・ノン・トロッポは、
その素晴らしいメロディで、我々を魅了せずにはいない。」
このHoweverの感じは、第1楽章は、
あまりにも奇異ということだろうか。
確かに、この第2楽章、完全にベートーヴェンを先取りして、
心に直接染みこむようなものである。
ピアノ協奏曲「皇帝」の第2楽章を思い出した。

何と、村原京子氏の解説では、こう書かれている。
「変ホ長調の第2楽章はアダージョ、
ハイドンお気に入りの3/4拍子で、
ピアノの右手は入り組んだ装飾的な旋律を歌い、
弦楽器がピアノ協奏曲のオーケストラを思わせる、
晴朗で美しい楽章。」

第3楽章もまた、妙に暗い情念を感じさせる。

また、コーエン盤の解説から見よう。
「ソナタ形式によるプレストの終曲は、
三つの楽器の目も眩む掛け合いが効果を生む。」

ブラームス・トリオ盤解説は、
「終楽章は第1楽章の終わりの部分と同じ6/8拍子の
威嚇的なプレスト。ピアノ・パートは、
エチュード的とさえ感じられるが、
華やかに響くフィナーレである。」

このあたりになると、ヴァイオリンの音、
チェロの音が立体的に響く中、
ピアノが水しぶきを上げて駆け巡り、
名人芸を際だたせるようになって来ている。
果たして、エステルハーツィのご婦人は、
こんなものまで弾きこなしたのだろうか。

さすがハイドン。第1楽章の、ピアノだけのぼそぼそは、
こんな感じを際だたせるための布石だったのかもしれない。

しかし、日本盤の解説の質の高さに感動した。
コーエン盤のJean-Yves Bras氏のものより情報量が多い。
ただし、事実が書いてあるだけなので、
良い曲かどうか、もっと言うと、
この曲を著者が好きなのかどうかが良く分からない。
私が解説を書くならば、もっと、この曲の特異な点を際だたせたい。

そして、これは注目すべき問題作だと言うだろう。
ハイドン恐るべしを痛感したのが、この曲であった。

さて、ブラームス・トリオの演奏で聴くと、
第1楽章のぼそぼそ言うような、不思議な繊細さが、
やはり現代の楽器による限界を感じさせ、
せかせかテンポも早く、
バロックからの延長としてのハイドンは見えにくい。

しかし、第2楽章は、非常に美しく、
ロマンティックですらある。テンポもたっぷりとって、
詩情豊かで泣きたくなる程である。
ピアノの硬質の輝きも素晴らしい。

しかし、ブラームス・トリオの録音を出した、
徳間ジャパンの解説、文句を言いたいことも多い。

文字が小さく、1ページに、30行以上が2列もあるので、
読みにくいこと限りない。

また、解説者の文章もまったく段落が変わらないのは、
いったいどういうことか?

レコード会社がケチをしたせいかもしれない。
これはあまりにもひどい。
四角四面の文章が4ページに詰め込まれている。
が、自社のカタログは8ページにもわたって列挙されている。
ふざけるな、と声を上げるべきであった。

なぜなら、このCDはずっと前に入手していたのだが、
まるで、読みたくなかった理由が、きっとこれが原因だったと、
思い至ったからである。

ハルモニア・ムンディ盤の解説ブックレットの格調高さは貴重極まりない。

さて、マリア・テレーゼ妃のためのピアノ・トリオ、
もう1曲残っている。
3曲目はどうか。
まず、コーエン盤の解説。
「HobⅩⅤ:20は、ブリリアントな変ホ長調で終わる。
アレグロのテーマは、高度に創意に富み、感情豊かな展開を前に、
数回の変奏を行う。」

これだと何だか分からないが、
村原氏の解説もまた、途中、
音楽史の解説が混入して共感しにくい。
ハイドン不在である。

「輝かしいアレグロの第1楽章は
後期18世紀のピアノの最高音から開始され、
レガートとスタッカートの交錯する書法を見せている。
それに続く第5小節の迅速な上昇パッセージは、
いかにも当時のロンドンの聴衆の求めに応えるものであったろう。」

これらの曲は、前述のように、エステルハーツィの王女様に捧げられたもので、
ロンドンの聴衆と言われると、抵抗を覚える。
ロンドンのピアノ製作者の求めとかなら、まだ分かる。
高貴な奥方が、聴衆の前に姿を現わすという発想が、私には付いて行けない。

「新しいピアノ・フォルテは」と始まる部分も、
非常に示唆には富むのだが、
音楽に浸るのを許してくれない感じ。
「従来のスピネットやチェンバロと違い、
素晴らしいレガート奏法が可能となった。」

これは何を書いているのかな、と考えながら、
読んでいる間に音楽が終わってしまうではないか。
曲の解説ではなく、その前に書いて欲しかった。
どの楽章の解説を読んでいるのだったっけ。

「新しいピアノと優れたピアニストたちとの出会いという
イギリス旅行の成果は、ここにレガートとスタッカート、
小節を挟んでのカンタービレ奏法という結実を見せているのである。」
何だか、ハイドンがピアノ会社の営業マンに思えて来た。
そんな人の音楽はあまり聴きたくない。

第1楽章は、独特のリズム、剽軽な楽想で、
スケルツォ風。軽やかなようで、人を小馬鹿にしたような感じもある。
この解説にあるように、機械的な音楽なのかもしれない。
それが、だんだん凝集していき、
緊張感溢れる展開部に到るので、コーエンは、
エクスプレシッブと表現したのだろうか。
展開部を聴くと、何か、強烈な情念を秘めた、
謎の楽曲という感じがしなくもない。

特に、オリジナル楽器で聴くと、まるで、
ピアノがツィンバロンをかき鳴らすように、
独特な効果を生み出して強烈である。

では、2楽章以下、コーエン盤とブラームス・トリオ盤の解説を見てみよう。
「アンダンテ・カンタービレは、ピアニストの左手独奏で始まり、
次第に音楽を豊かにして、輝かしい終わり方をする三つの変奏曲になる。」

「ト長調、アンダンテ・カンタービレ、2/4拍子の第2楽章は、
ピアノ・ソロで開始される。
初版楽譜に“左手だけで”と記された20小節の厳格な2声対位法パッセージは、
やがて変奏、装飾され、8分音符から16分音符へそして32分音符へと音価、
テンポを増していく典型的な変奏技法に依っている。」

どれもこれも、とんでもなく面白くない解説である。
音楽は、ここから感じられるのとは大違いで、
暖かい血が流れ、胸を打つ、情緒豊かなもの。

ちなみに、終楽章も、美しい。
第1楽章の、諧謔調の奔放さのバランスを取るかのように、
続く2楽章は格調高く、気品をもって優雅である。
ただ、終曲中間部で、ヴァイオリンがほの暗く蠱惑的な歌を歌う。

ベートーヴェンのチェロ・ソナタ第四番が、
こんな感じの異形のソナタではなかったっけ。

コーエン盤解説は短い。
「フィナーレのアレグロは、ヴァイオリンの独奏のトリオを持つ、
メヌエットである。」

ブラームス・トリオ盤は、メヌエットではないと書いている。
「続く最終楽章は、ドイツ舞曲を思わせる3/4拍子のアレグロ楽章。
ハイドンは晩年のトリオに於て、テンポ・ディ・メヌエットよりも、
逞しいこうした楽章で曲を閉じることを好んだようである。」

この楽章のヴァイオリン独奏は、印象に残るようで、
「ヴァイオリン・ソロによる変ロ短調の中間部の後、
動き廻るパッセージが続き、音型を6回繰り返し、
ffにのしあげて曲を閉じる」とあるが、残念ながら、
これを読んで、この音楽を聴きたくなることはないだろう。

6回の繰り返しは、そこから聖なる数字の神秘とか、
そういったお話が続けば面白いだろうが、
数える必要があるのだろうか。

失礼なことを列挙してしまったが、
CDの解説というものが、いったい何のためにあるのか、
今回は、妙に考えさせられた。
ヴァイオリンは、終曲のトリオで、魅力的な音を振りまいているので、
いちいちそれを説明しなくても、聴けば分かるという考え方もあろうが、
私のような聴衆は、それほど賢くはない。

どれどれ、と興味を持って耳を澄ませなければ、
ほとんどCDも出ていないような楽曲は、
聞き流して終わりであろう。

そこを、「ちょっと待って、一緒に聴きましょう」、
とするのが、よき解説のような気がする。

私は、最初、そんな風に聞き流すように、
ブラームス・トリオを聴いていて、
ふと、トラック8(HobⅩⅤ:19の2楽章)にさしかかり、
何と美しい音楽、これは、古楽器は不利だな、
と思ったりもした。

しかし、丹念に聞き直すと、ニュアンスの点で、
現代の楽器は大味、古楽器の音色の多彩さに舌を巻いた。
特に、同じ楽曲の第1楽章の変奏曲の孤独感など、
現代の楽器では、ニュアンスが出ないこと、甚だしい。
とはいえ、ブラームス・トリオの演奏で聴いても、
ハイドンのトリオの面白さはよく分かる。
特に、先の楽章のクリスタルな感じ、
弦楽のふっくらとした暖かみは、
こちらの方が強烈かもしれない。
ここまで耳を澄ますのに、解説に助けられた点も少なくない。

ベートーヴェンの作品70もピアノ三重奏曲であったと思うが、
師匠の作品70の方が、私にははるかに創意と躍動に富んだ、
すぐれた楽曲に思われた。

あと、このCDには、作品73からの2曲も収められているが、
これまた、興味深い事例なので、次回、改めて触れてみたい。

得られた事:「ハイドンのピアノ三重奏曲は、まずHobⅩⅤ:19の第2楽章を聴け。」
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by franz310 | 2009-02-07 23:12 | 音楽