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クラシック音楽への愛と悲しみの日々
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その146

b0083728_083766.jpg個人的経験:
先に取り上げたように、ケンペは、
バイエルン放送交響楽団とも、
「ドン・キホーテ」の
ライブ録音を残しているが、
ベルリン・フィル、
ドレスデン・シュターツカペレとは、
正規のスタジオ録音を残している。
ことに前者は、ステレオ初の
同曲のレコードだったこともあって、
大変、長い間、この曲の
代表的な演奏として知られていた。

バイエルンのケンペ、ベルリンのケンペ、
カラヤンのベルリン・フィル、ケンペのベルリン・フィル、
という点でも興味深いので、
ついつい、この復刻CDを購入してしまった。

表紙写真のケンペもトルトゥリエも若い。
しかし、このような笑顔で指揮している指揮者のジャケットというのは、
あまり見たことがないような気がする。
それにしても、満面の笑みである。
こういう点が、オーケストラの団員に愛された指揮者、
という彼の形容を思い出させるのと同時に、
カリスマ性が欠けるような感じを与えて、
少なくとも日本では、損した部分もありそうだ。

それはさておき、このCD、解説がとても面白い。
Alan Sandersという人が書いているが、
下記のように、「ドン・キホーテ」受容史のような観を呈しているのだ。

「シュトラウスほど初期のレコードの恩恵に預った作曲家はいない。
まだ電気録音が導入される前の1925年にも、
多くの歌曲、オペラからの抜粋がレコード化されており、
交響詩を録音するために、30人ばかりの音楽家が、
ホーンを取り囲んだ。
『ティル』の最初の録音は、シュトラウス自身の指揮で、
1917年に行われ、続く8年間、
この曲や別のシュトラウス作品が、
争うようにアコースティック録音された。
同名の偉大な詩人の甥の子供、エドワルト・メーリケは、
『マクベス』、『ティル』、『ドン・ファン』、
『死と変容』、さらには、『英雄の生涯』までを、
パルロフォンに録音しており、
オスカー・フリートは、アコースティックプロセスの、
原始的技術にもかかわらず、
『アルプス交響曲』で音の魔術をグラモフォンに刻み込んだ。
1920年台、彼の成熟した交響作品の中では、
『家庭交響曲』、『ドン・キホーテ』だけが録音されなかった。
1938年に、ユージン・オーマンディが録音するのを、
待たねばならなかった前者については人気のせいだろう。
一方、『ドン・キホーテ』は、独奏チェロのみならず、
オーケストラで最も控えめな楽器の一つ、ヴィオラもまた、
独奏者が必要だったからではないだろうか。
最も野心的なアコースティックの録音エンジニアですら、
このバランスの問題には二の足を踏んだのであろう。」

それもあろうが、「ドン・キホーテ」とて、
それほど、人気作とは思えない。
チェロのための曲が少ないから、
仕方なく演奏しているのではないか、
と感じることすらある。

また、かなり困難な曲であるにもかかわらず、
チェロが始終活躍するわけでもなく、
指揮者としては、自分のコントロール下に置けない楽器が、
2つも3つもあったら、さぞかし、やりにくいだろうとも推測できる。

「1897年作曲の『ドン・キホーテ』は、
『騎士的な主題に基づく幻想的変奏曲』と題され、
セルバンテスの小説のエピソードに基づいている。
それは序奏に続く10の変奏、そして終曲からなる。
ドン・キホーテは独奏チェロで表され、
従者サンチョ・パンサはヴィオラ、
愛するドゥルチネアはオーボエで演奏される。
この作品の最初の録音は、1932年4月に、
アメリカン・ビクターのためにビーチャムが行った。
彼は、後に有名な指揮者としての道を歩む
アルフレッド・ウォーレンスタインのチェロの他、
ソロパートは、オーケストラの主席を起用、
ニューヨーク・フィルを指揮した。
この優れた演奏は、続くいくつかの演奏の規範となった。」
何と、英国人、ビーチャムの指揮が最古の録音とは知らなかった。

「シュトラウス自身、自作に対しては卓越した指揮者で、
1933年にグラモフォンにベルリン国立歌劇場管弦楽団と、
『ドン・キホーテ』を録音している。
彼は通常、オーケストラの主席奏者を独奏者としたが、
独奏楽器にはコンチェルタンテな強調効果があり、
特に多くの独奏パートを有するチェロについては、
協奏曲の独奏者のようにオーケストラを支配するべきではないとして、
主席奏者を登用していた。
しかし、1933年のシュトラウス盤の独奏者は、
有名なイタリアのエンリコ・マイナルディだった。
このパターンが、78回転時代の他の三つの演奏でも採用された。
1941年のシュトラウスの2回目の録音が、
バイエルン国立歌劇場の主席奏者を使ったとはいえ、
ビクターによる1941年のオーマンディ指揮の
フィラデルフィア盤では、エマニュエル・フォイアマンが起用され、
同じく1941年のUSコロンビアへの、
ライナー指揮のピッツバーク交響楽団の盤は、
グレゴール・ピアティゴルスキーが独奏チェロを務め、
1947年のビーチャムによるこの作品の二度目の録音では、
英国へのデビュー時のポール・トルトゥリエが独奏者であった。」

このレコードが、トルトゥリエの名声を確固たるものにしたことは、
ユリウス・ベッキ著の「世界の名チェリストたち」でも、
こう書かれている。
「第二次大戦中、占領下のフランスでその活躍を阻まれていた
この天分豊かなチェリストは、
1947年になり、ようやくソロイストとして、
国際的な活動を始めることが出来た。
サー・トマス・ビーチャム指揮による、
リヒャルト・シュトラウスの≪ドン・キホーテ≫の名演奏が、
彼の音楽界へのデビューを決定的なものとした。
これは彼の初めての、
また、大いに注目を浴びたレコード録音となったのである。」
(三木敬之、芹沢ユリア共訳)
よほど、印象的な独奏を聴かせたのであろう。

私は、最初にこの曲を漫然と聴いていた時は、
独奏チェロが大物の割には、何だか出番の少ない曲だな、
と感じたことがあり、フルニエのここが素晴らしい、
などと、感じたことはなかった。

さて、CDの解説であるが、下記のように続く。
「レコード会社は、このような有名チェロ奏者の起用が、
レコーディングの注意を引くことに気づき、
その他の独奏パートは、オーケストラの主席が受け持つようになった。」
微妙な表現である。
レコードを売る策略のように、聞こえるではないか。
が、コンサートでも、名手が現れた方が、聴衆は喜ぶであろうから、
レコード会社のせいだけではないだろう。

「1953年まで、次の『ドン・キホーテ』の録音はなかったが、
ピアティゴルスキーが第二回の録音を行った。
この時は、ミュンシュ指揮のボストン交響楽団と、
RCAビクターのためだった。
また、デッカには、フルニエが、
クラウス指揮ヴィーン・フィルと録音している。
トスカニーニの1953年ライブは、
USコロンビアへのオーマンディの録音同様、
後にRCAから50年台に発売された。
しかし、この曲の最初のステレオ録音は、
ケンペとベルリン・フィルによって、
1958年6月にようやく行われた。
ケンペはEMIの専属だったので、同様にEMIのトルトゥリエと、
彼の二度目の録音を行った。」
この表現も微妙。
お互いの資質を認め合ったから共演したわけではなさそうだ。
が、この後、まだ、このコンビの関係は継続するので、
たまたまかもしれないが、意気投合したのであろう。

「いくつかの知られざる理由によって、この録音は1960年の年初まで、
発売が延期され、しかもモノラルで出された。
英国でその年の9月にステレオ版が出たが、それは、
ヤニグロを独奏者としたライナー指揮のシカゴ交響楽団の競合盤が出る、
わずか4ヶ月前のことだった。」
まるで、ライナー盤が出る情報を聞きつけて、
出鼻をくじいてやろうという作戦にも聞こえる。
それはそれで面白い。

「LPの収録時間は、それを腕時計や時計で計るしかなく、
批評家やユーザーから、現在のように調べられたりしなかった。
1960年代には、通して1時間くらい収録可能であったが、
いくつかのLPは、30分少ししか収録されていなかった。
『ドン・キホーテ』は、40分少しの作品であるが、
いつもこれだけでLP1枚を占めることが多かった。
しかし、ここで初めて、新設のHMVレコードは、
残り15分を使って、『ティル・オイレンシュピーゲル』を併録した。
これは非常な人気作で、
シュトラウス自身の1917年の最初の録音から、
すでに、40種もの録音があったので、
おそらく思いがけない選択だった。
ケンペの録音が出た時、英国でも11の競合盤があった。」
人気がある作品と、それほどでもない作品を組み合わせるのは、
よくあることだと思うが。

しかし、下記の記述、非常に嬉しくなるものである。
いかにも、ケンペのシュトラウスが聴き応えがあるかを、
端的に言い表している。
「この時起こったのは、演奏が良いという以上のことだった。
1960年3月、ウィリアム・マンは、
グラモフォンのレビューで、
ケンペの『ドン・キホーテ』を、
『これからも長く満足させてくれるもの』と評し、
ケンペの『ティル』を、
『きびきびと活気あり、ドン・キホーテ同様傑出したもの』と書いた。
ステレオバージョンが登場した時も、同様の讃辞が繰り返された。
これを数回繰り返して聴いた後、息づくような対位法をステレオは再現し、
各楽器の特性も高められた、と書いた。
ケンペの『ティル』は、彼の最高の愛聴盤となった。
このような意見は他の場所でも聞かれ、
1961年のステレオ・ガイドでは、
ケンペの『ドン・キホーテ』は、
『気持ちの良い明るいタッチで、
指揮者のみならず、各奏者の共感を感じさせるもの』と書き、
20年以上経った後、ケンペがシュターツカペレ・ドレスデンと、
EMIに二回目の録音(チェロはやはりトルトゥリエ)を出した時にも、
EMIのクラシック・フォア・プレジャー・シリーズで残っており、
新ペンギン・ステレオ・レコード&カセット・ガイドで、
『クラシック・レコードの中で最高のものの一つ』と評された。」
だんだん、早く聴きたい、どんな演奏なんだ?
という好奇心がわき起こってくる、憎い解説である。

ただし、曲に関しては触れられていないので、
初めて聴く人はとまどうだろう。
しかし、そういうたぐいの商品でもなさそうだ。

「それには理由があった。
ケンペはビーチャム、ライナー、セル、とりわけベーム、クラウスのように、
個人的親交をシュトラウスと結んでいたわけではないが、
18歳でライプチヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の
主席オーボエ奏者になったとき、
作曲者自身の棒で演奏した経験があるのだった。
数年前に、彼は最初の『薔薇の騎士』の録音を行っていて、
コンサートだけでなくオペラにおいても、
シュトラウス解釈の第一人者とされていた。
44歳だったトルトゥリエは、最高のチェロ奏者の一人で、
やはりシュトラウスの指揮で、
モンテカルロで『ドン・キホーテ』を演奏した経験があった。
ベルリン・フィルは、カラヤンの下で再生され、
すぐれた楽団となっており、
EMIの技術者が、精密なステレオ録音によって、
暖かくすばらしいバランスでこれを捉えた。
この芸術と技術の融合によって、
この演奏と録音は当時最高のクラシックとなった。
1950年代に録音技術は長足の進歩を見せたが、
この年代の終わりには、初めて、生演奏と比較しうる、
妥協なく、リスナーによる補足なしの音質になったのである。」
という具合に、
読む者の期待を一気に高める効果を有する。

このCD、録音の鮮度の高さにまず驚く。
ステレオ初期というと、どうも薄っぺらな、
音しか出なかったような感じがするが、これはそうではない。

また、確かに、「ティル」が驚愕するような演奏である。
「ドン・キホーテ」もいいのだろうが、
この「ティル」は、あまりにも眼が覚めるような表現で、
私は、初めて、この曲を楽しんだような気がした。

楽団員が共感しているという表現に納得。
全員が、まさしく一丸となって、炸裂するような感じ。
あちこちに活き活きとした即興的表現がきらめき、
ぴちぴちと音が跳ねている感じである。

ここには、団員の微笑みがある。
カラヤンのどのレコードからも、
絶対に感じられないものが、
きっと、この、演奏者の微笑みの感覚であろう。

が、逆に言うと、カラヤンは素晴らしく統率し、
ケンペの統率がどう活きているのかは、
よく分からない、ということにもなろう。

とにかく、このCDの演奏、
すでにカラヤンの手兵であった時期だが、
帝王が強烈にドライブしている訳ではないのに、
何故か、全体が火照って、自らの力に煽られている。
摩訶不思議な演奏である。

「ドン・キホーテ」は、曲がもう少し多層的なので、
こう簡単には表現できないが、
その多層的な内容をうまく捉えている。
例えば、第1変奏で、ドン・キホーテが地面に叩きつけられる時の、
どすん、という音は、非常にリアルで、聴いているだけで痛みを感じる。

こうした、もっともらしさは、美しい第3変奏にも言え、
非常に真摯な憧れを表出、
その後、一点して第4変奏では、あの「ティル」と同様、
きびきびとした、躍動感の対比で聴かせる。

ドイツのカペルマイスターの伝統を受け継ぐ、
とされるケンペの指揮の魅力は、こうした厳めしい枕詞より、
こうした柔軟、機敏な表現力の幅にあるようだ。
トルトゥリエの演奏にも、こうした事は言えよう。

b0083728_091965.jpgさて、ケンペは、
シュトラウスの全集LPを、
完成するや、
まだ働き盛りに急逝したが、
この全集における
「ドン・キホーテ」は、
1973年の録音。
チェロはトルトゥリエだが、
何と、ヴィオラ独奏には、
これまた、
ビッグネームが入っている。


マックス・ロスタル。
アマデウス四重奏団の師匠として知られる大家ではないか。
この人については、ここでも、以前、取り上げたが、
非常に陰影の濃い、表情の豊かなヴァイオリンを聴かせていた。

またまた、「ます」からかけ離れて、
困っていたが、こんなところで、
シューベルトの名演を残してくれた人と出会うとは思わなかった。

1905年生まれのはずなので、73年の録音時には、
68歳の高齢ということになる。

略伝によると、この翌年、ロスタルは、
ヨーロッパ弦楽指導者協会の設立に寄与して、
会長も務めたという。
この人は、戦争で大陸を逃れ、イギリスで後進を指導したのみならず、
大陸に復帰して、第2、第3の人生を歩んだという訳だ。
どえらい共演者を呼んできたものである。

実際に、彼の少しくせのある苦いような甘いような音色を、
ここでは要所要所で、楽しむことが出来る。
トルトゥリエ59歳、ロスタル68歳、ケンペは63歳。
ドン・キホーテの夕映えを、それぞれ、どのように捉えたのか。

終曲など、トルトゥリエの独奏チェロは自由闊達、
「天馬空を行く」、フォイアマンではないが、
妙に突き抜けた境地のようなものを感じる。

これはまた、第3変奏における、ロスタルの妙技にも感じることであるが。

さらに書くと、ドレスデンのオーケストラも、同様に、
夕映えに相応しい色彩である。
それもあろうか、標題をも超えた純音楽的な充実を感じる。

それが関係しているだろうか。
この演奏は、これまた、自発性に富んだ演奏ながら、
先のベルリン・フィル盤より、恰幅というか、広がりのある演奏に聞こえる。

しかも、柔らかく木目の細かいオーケストラの音色に、
身を委ねていると、あっと言う間に曲が進んでいくような感じがする。
特に、序奏で、主人公が錯乱していく様子は、
この演奏に、一番、説得力を感じた。
息遣いというか、オーケストラが呼吸しながら進んでいく。

EMIのオランダ製のCDの解説では、
ケンペについて、こんな風に書いている。
「彼は、偉大な伝統の継承者であり、決して、
それ自身の目的のために音響効果に堕することのない指揮者であった。
彼は、良い音楽を作り出すこと以外を考えなかった。」
「ケンペと一緒なら、オーケストラもオペラのアンサンブルも、
幸福を感じた。彼は、歌手や奏者がどうするべきかを心得た、
指揮棒のジェントルマンであった。」

このような解説からも、
あのテスタメント盤の写真の笑顔の意味が感じ取れる。

「彼は、生涯に亘って、ドレスデン州立歌劇場と結ばれており、
継続的に指揮台に立ち、沢山の録音も行った。
EMIへの彼のシュトラウス・アルバムは、
シュトラウスのきらびやかで、心温まる語法の解釈者として、
彼の名声を決定づけた。
彼は長い間、健康上の問題を抱えていたのに、多忙なスケジュールを、
こなし続けていた。
この感受性豊かなサウンドと、活き活きとしたリズムの巨匠は、
何者も代わることが出来ない。」

シュターツカペレ・ドレスデンとの、R・シュトラウスの管弦楽全集は、
1970年から1976年にかけて録音されたものである。

ここまで、シュトラウスの曲に対して、
ここまでまとまったものを残す指揮者が現れず、
このケンペの演奏は、何度もLP化、CD化される名盤となった。

私の場合もそうだが、特に、単売されていた「アルプス交響曲」は、
その素晴らしい録音と、充実した演奏で圧倒的なものであった。
この演奏は、この不思議な大曲の決定盤となり、
この指揮者の多くのファンを作ったのではないだろうか。

さて、この全集(オランダ盤)における、
「ドン・キホーテ」の解説は、
上記58年盤(テスタメント)の解説の足りないところは、
全部、補ってくれるような解説だが、おもしろさで言えば、
先のものに叶わない。

まず、曲については、なかなか興味深い切り込み方である。

「ドン・キホーテの悲劇的な狂気と、
世才に長けた皮肉、主人公の性格に潜む矛盾などが、
シュトラウスの陽気なメンタリティを捉え、
スペインの16世紀封建制度における、
騎士道の衰退の時代は、
彼の創造力を刺激した。
『ツァラトゥストラ』の作曲で、
神話的深淵を探求したばかりのシュトラウスは、
幻覚を掴むことに人生を賭けるような人すべての象徴である、
空想の中にしか存在しないということを理解せず、
空中の楼閣を築くような天才を創造することによって、
新しい領域に踏み込むことになった。」

また、ここでも、その主人公は、
作曲家自身の戯画であると明快に書かれている。
「ドン・キホーテの無駄な努力は、
社会風刺以上に、作曲家自身に向けられた風刺であった。
(作曲家は、『これは高度なまでに独創的、
完全なまでに、色彩的にも新しく、
訳も分からず、笑うであろう間抜けな連中のための、
最も愉快な展示会なのです』と1898年に母親に書いている。)
長い間、認められ、賞賛もされ、
エネルギーも充満し、経験も積んだ上、
『英雄の生涯』、『家庭交響曲』、
台風のような『サロメ』といった作品を集中砲火した時期にあって、
シュトラウスは、今、実際、哲学者
(笑いの哲学者であろうとも)になった。」

「『騎士的な主題による幻想的変奏曲』が、この作品の副題で、
数年前の『ティル』では、ロンドという古典形式を守ったが、
彼はここでも変奏曲形式を採用した。
しかし、これは、主題に密に即した、
厳密な変奏曲と考えるべきではない。
事実、シュトラウスは主題、いや、むしろ、
ドン・キホーテと従者のサンチョ・パンサの2つの主題だが、
これをもとに変奏を行ったわけではなく、
これらの主題が目立つように視点を変えていったにすぎなかった。
グロテスクな騎士を表すメロディは独奏チェロに委ねられ、
巧妙に表された田舎風の音が、彼の従者を表し、
これはバス・クラリネットとテノール・チューバ、
さらに後ではヴィオラによって主に表される。
巧まずしてスコアは、気の利いた、ほのめかしや、
豪放な高笑いから、痛々しい断念まで、
声部やムードのぎらぎらしたコントラストによって特徴づけられる。
あざけりの立場にあったシュトラウスは、
絶え間なく疾走する機知、色彩的な変容の後で屈服し、
騒々しく、風変わりなものから離れ、
我々を、甘くで叙情的、癒されるような、
疑いなく和解するようなエピローグに導いていく。
独奏チェロのカンティレーナによって、
シュトラウスは彼の主人公を感動的な最期を歌い上げる。
失敗を通じ、破天荒な冒険家は一人の人間に帰って行く。
セルバンテスを音楽化した『ドン・キホーテ』で、
シュトラウスは、彼の持つ絵画的音楽語法を総動員し、
このスペインの古典を余すことなく描き尽くした。」

「またも、彼は、新作の交響詩の内容について、
1898年3月8日のケルンにおける初演の後まで、
何も知らせることはなかった。
もし、シュトラウスが音楽に移し替えた、
冒険すべての詳細を味わおうとしたら、
リスナーは、ある程度まで原作のストーリーを知る必要がある。」

「槍を突きつける風車や、
メイメイ鳴く羊の群れ、
空中を行く飛行などを行う騎士の姿、
こうした絵画的な音響効果が、
以前の標題的な作品より重要な役割を演じている。
しかし、シュトラウスの、赤裸々な自然主義、
この種の標題音楽の概念の曲解などを非難するのは
『ドン・キホーテ』に関しては間違っている。
シュトラウスは、きらびやかな擬音効果を楽しみ、
文学的傑作をきらめくような楽器で装飾しても、
スコアから知的な豊かさを失うことはなかった。
シュトラウスは、後期ロマン派のオーケストラの、
すべての音の兵器庫を使い尽くしながら、
特に、『ドン・キホーテ』にあっては特に、
音響はしなやかで、弾力に富み、開放的である。
特に、序奏、主題と変奏、終曲といった全編を通じ、
我々はあちこちで、最も独創的なオーケストラ利用による、
室内楽的な透明さを感じる。
主題材料の多面的な変容に加え、内的発展の手綱さばきが、
この豊かで創造力に富んだ作品を、
芸術と名人芸の境界にまで押し上げている。」

この全集盤、アール・ヌヴォー風に処理した、
シュトラウス像も、なかなか素敵だと思う。

得られた事:
「ツァラトゥストラの語る超人思想が、シュトラウスに自己探索の道に向かわせた。」
「ケンペは、オーケストラを幸福に、自発的に息づかせる不思議な指揮者であった。」
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by franz310 | 2008-10-26 00:17 | 音楽

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その145

b0083728_08589.jpg個人的経験:
前回、カラヤンが、
フルニエと録音した、
シュトラウスの
「ドン・キホーテ」
について取り上げた。
このカラヤン、
この曲への傾倒を
口にしているとおり、
さらに、2回の録音を
残している。

本来の「ます」に関するテーマからも、
ケッケルト四重奏団の話題からも、
かなり離れてしまったが、
せっかく、この指揮者は音声のみならず、
画像も残してくれているので、これを見ない手はないような気もする。

カラヤンの残したLDでは、
チャイコフスキーのピアノ協奏曲を、
ワイセンベルクと残したものが、強烈に問題作である。

ワイセンベルクが一人で弾いているような映像が登場し、
完全に録音と録画が別の機会のものであることが見え見え。
つまり、これは演奏の記録ではなく、演奏の映像脚色なのである。
もし、そんなものであれば、まったく見たくないのだが、
これは幸い、演奏会の拍手から収録されているようだ。
前回のものから10年、75年1月とある。

ちなみに表面には、やはり、ワイセンベルクの共演の記録、
ラフマニノフの「第二ピアノ協奏曲」が収められたお得盤である。
これは、73年9月の録音とある。
確かに、カラヤンのラフマニノフの「第二協奏曲」と、
ロストロポーヴィッチとの「ドン・キホーテ」は、
この時代、相次いでEMIから洒落たジャケットで発売されたのを思い出す。

しかし、かつて、東芝EMIからLPが出ていた音源が、
こうして、イエローレーベルから出て来ると、
非常に不思議な気持ちになる。
何だか節操のない世の中になったような気がしたものだ。

LDの発売は88年。
もう20年も経ってしまい、LDからDVD、
さらに新世代DVDの時代になりつつある。

偶然ながら、ちょうど、最近、
中川右介著「カラヤン帝国興亡史」(幻冬社新書)を読んだ。

その終わりの方に、「映像」という一章があるので、
これを見て見ると、カラヤンの晩年のレコードの多くは、
映像の企画があって、それに便乗したものである、
と書かれている。

また、カラヤンはTV放送を想定して65年から、
このような映像作品を手がけていたともある。
が、これが花開くのはLDの時代になってからであった。
彼は、20年も待ったのである。

また、この本には、ありがたいことに、
この70年代のカラヤンの、
グラモフォン、EMIとの関係についても書いてある。

グラモフォンだけでは、自分の帝国の拡大には限界を感じ、
レパートリーの制約も多かったので帝王は不満だったとある。

が、ベルリン・フィルはグラモフォンと契約していたので、
その束縛を離れるべく、何と、ミュンシュが亡くなって困っていた、
パリ管弦楽団に近づいて、まず、そこの音楽顧問となったようだ。

パリ管と、69年にフランクの交響曲をEMIに録音、
翌年に、ワイセンベルクとチャイコフスキーのピアノ協奏曲を、
やはり、EMIに録音して、EMIへの再進出を果たす。

これによって、何と、グラモフォンは、
レパートリーの一任という好条件に転じたとあるので、
したたかな戦略は、みごとに成功したのである。
このように、パリ管は、すでに十分利用できたので、
2年で契約は終了。

それにくわえて、
グラモフォン録音時は、
ベルリン・フィルの時給も4割UP、
さらに、ここの専属から離れての録音も、
可能になったというのだから、
やりたい放題だったと言える。

73年にはベルリン市から名誉市民の称号も得た。
ということで、このLDの映像は、
このような絶頂期の記録とも言える。

さて、ラフマニノフと、シュトラウス。
ほとんど同時代を生きた作曲家ながら、
まったく異質な組合わせとしか言いようがない。

単に、二人の独奏者との共演風景を撮影しただけの
表紙デザインも、適当にならざるを得ない、
ということを如実に示している。

ロストロの方が大きいのは格の違いということか。
ソリストは、眼を開いてがんばっているのに、
カラヤンはおなじみの目瞑り指揮で、
アイコンタクトは拒否。

下の方に映った、ベルリンの楽員も呆れている。

一方、解説を書いた、Wolfgang Domlingという人も、
このカップリングには、さぞかし困ったのではなかろうか。

そのためか、非常に難解な書き出しに苦渋をにじませている。

「多くの人々に何かを語りかける音楽を書いた、
成功した作曲家の成功は
(The success enjoyed by successful composers)」、
という、奇妙奇天烈な書き出し、
このこんがらがる主語に続いて、
「しばしば、芸術の『純粋さ』を掲げる者によって、
多くの聴衆を責め立てるために使われてきた。」

成功した作品が分からない奴はダメだ、ということか?

「新しく、また、同時に、
多くの人々に聴かれるような音楽を書くことの問題は、
ベートーヴェンの時代から存在し、
作曲家たちは、それぞれの方法で対処しなければならなかった。
中傷と非難はしばしば一緒になるがゆえに、
成功した作曲家を、時代の『前衛』ではないからと責めるのは、
歴史的にも、人間的にも不当であるし、
成功は理想への裏切りを伴うという連想は、
一般にまったく根拠のないことなのである。」

以上の文章は、英訳者のMarry Whittallも、
正しく訳せているのだろうか。

とにかく、ラフマニノフとシュトラウスは、
共に成功した作曲家であったということが共通点だ、
ということを導くための枕詞を考えるようにしたい。

「セルゲイ・ラフマニノフとリヒャルト・シュトラウスは、
彼らの世代の最も成功した作曲家であったことに、
疑問の余地はないが、
彼らはどちらも、イージーな道を歩まなかったし、
また、大衆を喜ばせようと慎重に作品発表を行ったわけでもなかった。」

確かに、そうかもしれないが、
共に作曲家でありながら、指揮者やピアニストなど、
演奏家として活躍でき、なおかつ、長寿を授かったこともあって、
自作自演によるコマーシャルもうまくいった人たちとも言えよう。

レーガーなどが前衛のチャンピオンだったはずだが、
この人はまともな録音技術が出来る前に亡くなってしまっている。
マーラーなどもそうかもしれない。

さて、ここから前半のラフマニノフの話になるが、
こんな事が書いてある。
ざっと読み飛ばす。
「ラフマニノフの音楽が分かりやすいのは、
その音楽が自発的な即興の結果だからではなく、
注意深い推敲の結果だからである。
良心や憂鬱と戦いながらの、
ラフマニノフの作曲のスピードはいつもゆっくりで、
自身の技術や超絶技巧を完成させるべく、よく改訂を行った。
彼の大規模の作品は、できあいの設計に乗るものではなく、
むしろ、形式のいずれもが新しい着想に満ちていた。
彼の『第二ピアノ協奏曲』においても、交響的な着想
(ここに独奏楽器が特別な音色を添えるような)と、
伝統的な協奏曲(オーケストラと独奏楽器の交錯が素晴らしい)
の圧倒的な総合を目指していた。
また、テーマの結合も独創的で、例えば、
第一楽章の再現部では、第一主題が展開された形で、堂々と現れる。
この作品は冒頭から非凡なもので、
独奏者のための8小節は、和音の繰り返しで聴衆を魔法にかけながら、
ピアニッシモからフォルテッシモに変化し、
ヘ短調から始まるのに、ハ短調のカンタービレの主題を準備する。
第二ピアノ協奏曲は、ラフマニノフの伝記において、
特別な場所に位置し、1897年初演の第一交響曲の失敗による、
鬱病の危機から創造力を取り戻しての解放を意味する。
この鬱状態は、精神科医のダール博士の催眠療法が、
作曲家の創造力を復活させるまで、2年の長きに及んだ。
1900年の夏に彼は、この作品の第二、第三楽章を書き、
その年の12月に初演した。
曲は翌年、全曲が完成され、モスクワにおける、
1901年11月のジロティ指揮の初演によって一気に名声を確立した。
これは同時にラフマニノフが、
国際的なヴィルトゥオーゾとしてのキャリアを踏むための一歩となり、
彼自身、この作品や後に出来た協奏曲を演奏することを好んだ。
1904年、彼は、この作品によってグリンカ賞を得ている。」

今回のテーマはシュトラウスなので、
個人的にはラフマニノフの方が好きだが、
これはこれで紹介するにとどめ、
後半に書いてあることを詳細に見て見よう。

だから、ラフマニノフとシュトラウスとは、こうである、
といった話は、もうおしまい。まったく何も書いていない。
先の難しい前置きの後は、完全に別個のことが書かれている。

「ドイツ語圏にて、19世紀終わりの10年、
その中心に二人の作曲家があった。
1860年生まれのマーラーと4歳年少のシュトラウスである。
彼らは早くから互いをライヴァルと意識し、
一般的に、彼らは同じように高く評価されながらも異質、
という風な位置づけとなっている。
マーラーは交響曲に優れ、シュトラウスはオペラに優れる。
しかし、シュトラウスもまた、
交響的な作品の作曲家としてデビューしており、
最初の交響詩『ドン・ファン』は、マーラーの『第一交響曲』と同時期、
1888年から89年にかけて書かれている。
(シュトラウスのオペラ作曲家としてのキャリアは、
8つめの音詩『家庭交響曲』の後、2年した、
1905年の『サロメ』まで離陸しなかった。)
シュトラウスもマーラーも、非常に色彩的な音楽を書いたし、
文学との結合も中心的要素として作品の中に持っており、
この観点からすると、二人とも、
リスト風の交響詩のコンセプトの後継者と言える。」
このあたり、だいぶ分かりやすいが、
マーラーとの関連をここまで長々と書く理由は不明である。

「『ドン・キホーテは、彼の音詩の第六番であって、
1897年のものである。
風刺の効いたセルバンテスの騎士ロマンス、
『ラマンチャの男、ドン・キホーテ』(1605、1615)に
基づいているが、タイトルだけ拝借したものではなく、
シュトラウスは材料として、いくつかの章を選び、
明白な内容のリストを作ってもいる。
スコアにある言葉の引用としては、しかし、
これら2人のキャラクターを表す、
主題が最初に出て来る時の、
『ドン・キホーテ』と『サンチョ・パンサ』の名前があるのみである。
騎士は独奏チェロで表され、恐らく、
シュトラウスは、ベルリオーズの、特異な協奏曲風交響曲、
『イタリアのハロルド』(1834)を踏襲したものと思われる。」

「イタリアのハロルド」については、このブログでも取り上げたので、
何らかの関連性が出来てよかった。
このところ、シューベルトから大きく離れてしまったので、
少々、心配であったのだが。
ちょっと、前の文章とのつながりが出来た。

「『ドン・キホーテ』の形式は、よくある1楽章形式の交響曲ではなく、
エキセントリックな英雄の個々のアドヴェンチャーの主題に相応しく、
序奏部と終曲に挟まれた10の変奏曲からなる。
シュトラウスは後に『ドン・キホーテ』の中に、
当時流行の騎士道に強烈な風刺を効かせた、
セルバンテスの精神に基づいて、
『へんてこな変奏曲の形に悲喜劇的な冗談を振りかけた』と書いている。
古くさい仰々しいフル・タイトル、
『序奏と主題と変奏と終曲。騎士的な性格の主題による幻想変奏曲』は、
作曲家の伝統からのアイロニカルな距離の取り方を示し、
1912年の『ナクソスのアリアドネ』では、
音楽そのものに、より明確に、
そうした、彼の距離の取り方が反映されている。」

アリアドネといえば、劇中劇のような、
二重構造の構成を持つことで知られているが、
「ドン・キホーテ」にもそうした要素があるのだろうか。

実は、この解説、ここから最後にかけての記述が嬉しかった。
「『英雄の業績』と題された部分において、
作曲家自身の以前の作品が引用される点が重要な役割を演ずる、
どこか尊大な音詩『英雄の生涯』にも劣らず、
『ドン・キホーテ』の風刺的視点は、
シュトラウス自身にも向けられている。」
私は、こうした事実を単刀直入に聞きたかった。

「『英雄の生涯』は、
1898年まで完成しなかったとはいえ、
『ドン・キホーテ』と共に着想され、
同時期に描き始められたものである。
1897年4月の彼の日記には、
『交響詩“英雄と世界”は、形をなし始めている。
まるでパンの笛が、“ドン・キホーテ”を伴奏するかのように。』
彼は常々、これら二作品は一緒にプログラムに載せることを主張していた。
『ドン・キホーテ』と『英雄の生涯』は、一対の作品と考えられ、
特に、『ドン・キホーテ』は『英雄の生涯』と並べられて、
初めて完全に理解できるのである。」
このように、この解説では、
これまで見てきた解説のどれよりも、
この作品の作曲家の内面における位置づけに、
言及したものとなっているのだ。

つまり、単なる、セルバンテスの文学作品の描写、
とは完全に別次元の側面を有していたわけである。
反対にこれまでのCDにあったような、
描写の内容などには一切触れていない。

とはいえ、これまで、
マーラーとは違って、外面的なことばかりに、
労力を割いていたとされるシュトラウスの、
違う一面を見たような気がした。

マーラーは、美しい自然の中で、
「ここにあるものは、すべて作曲してしまった」
と言ったが、やがて、「アルプス交響曲」を書く、
シュトラウスもまた、見た物、聴いた者、
すべてを作曲していたことでは変わりない。

さて、貴公子フルニエとは異なり、
カラヤンの言うことをまったく聴かずに、
自由自在に演奏していたという、
ロストロポーヴィッチの解釈も聴きものである。

このLD、映像付で楽しんでいるうちに、
あっと言う間に終わってしまった。
とても美しい演奏で、
これを買って、有り難い気持ちになって、
満足するのではなかろうかと思った。

私には、しかし、基本的に65年の、
フルニエ盤との大きな差異は感じられなかった。
あいかわらず、流麗な演奏であるが、
カラヤン流に料理され尽くしたシュトラウスで、
先の解説にあった、シュトラウスがアイロニーの中に込めた、
二重三重の意味のようなものは、
ほとんど滲み出て来ない。
この作品に対する愛着を語ったとおり、
カラヤンは、冒頭から、非常に満足そうな表情である。
もう一人の主役のロストロポーヴィッチは、
彼の独奏が始まるまで、まったく姿を現わさない演出もすごい。

演奏会とは別に、
わざわざ、この部分は、ロストロ抜きで撮り直したとしか思えない。

おそらく、この巨匠は、
まさか、極東のリスナーごときに、
そんな風に取られるとは思わなかっただろうが、
この映像が、余計に、彼の解釈の平板さを剥き出しにしてしまった。

どこまでカラヤンの息がかかっているかは分からないが、
Artistic SupervisionにHerbert von Karajanとあるから、
彼の責任の範疇に数えてよいかと思うが、
まず、絵作りが常套的である。
この時点で、平面的にしか、音楽を見ていないことが明々白々。

映像編集は、時間ばかりかかって、
労多くして、というような単調な苦行であるが、
おそらく、こうした労力に専念しているうちに、
それ自体が目的になってしまったのかもしれない。

そうした落とし穴があれば、
作品数を落とすべきであるが、
彼は、その落とし穴にすら気づかなかったのであろうか。
大量に録音するスター指揮者とは、
実は、そうした宿命を背負うものなのかもしれない。

晩年のバーンスタインが、ライブ録音という形を好んだのも、
おそらく、そうしたルーチンに流れるのを、
聴衆の力で引き離す効果を求めたものに相違ない。

今回のLD、具体的に書き出すと、
とにかく、光で滲んだような楽器の光沢を背景に、
眼を瞑った指揮者の大写しばかりが映るものと思って頂ければよい。

そして、音楽が強奏になると、力一杯に力んで見せ、
流麗な部分では、なだらかな動作を見せる。
曲想が激しくなると、楽器のコラージュが始まる。
このような演出のルーチンワークの中に、
いったいどんな創造性があるのか理解できない。

とはいえ、確かに、これはこれで、
かつては、かっこよく見えたかもしれない。
眼を瞑った彼は、まるで、念ずるだけで、
魔法を繰り出すことの出来る超能力者に見えるではないか。
高度成長期のお父さんなら、
こんな風に、自由自在に部下を操ってみたいと、
憧れたとしても不思議はない。

我々の時代、多くの力を合わせて、
個々の力を超えようとする、
オープン・イノヴェーションが主流となりつつあるなか、
これは、完全に時代遅れの町工場の発想である。
(もちろん、今でも、こうしたスタイルが好きな、
中間管理職は多いものだが。)

つまり、ここでの楽団は、
遠隔操作で操られるロボット集団なのである。
ロボット集団などを率いて嬉しい価値観は、
北朝鮮を想起させる。

これは、団員の顔は写さないで良い、
音楽は俺様が奏でているのだ、と言ったという、
彼の言葉からもすでに分かっていたことだが、
第四変奏などで、カラヤンの手のひらが大写しになって、
そこに楽器が重ねられていくような編集までを見せられると、
もう、ほとんど、ギャグではないかと思ってしまう。

この後、ぺろっと舌を出して、
いかがでしたか?というような、やらせでもあった方が、
ずっと芸術として深いものになりそうだ。

シュトラウスは、自画自賛の「英雄の生涯」の毒消しのように、
「ドン・キホーテ」を書いたに相違ない。
が、カラヤンは、この作品までも、
自らの「英雄の生涯」にしてしまっている。

例えば、第三変奏の後半で、
騎士は崇高な理想に向かって、
素晴らしく美しい間奏曲のような音楽を奏でるが、
ここでは、カラヤン一人が、この世界で俺様を発揮して、
流麗に弧を描きながら陶酔している。

まるで、「英雄の完成」のような表現である。

シュトラウスが補完が必要だと思ったものに、
同じものを当てはめて、
それは、果たして、意味のあることなのだろうか。

また、前回の演奏でも気になった点だが、
序奏で、ドン・キホーテが、妄想の世界に突入する様子は、
音として、美しく磨き上げられているだけで、
あまり説得力を感じないし、
主人公が死んだ後の余韻も物足りない。

が、多くの人がすでに書き連ねたことを、
真似したように、ケチばかりを書いても仕方がない。
これはこれで完成した商品であることは間違いない。

先ほど、書いたように、あっと言う間に時間が流れ、
快適なひとときは約束されているのである。

コンサートマスターのシュヴァルベの活躍もそこそこ見られるし、
ヴィオラ独奏のコッホの登場もかっこよい。
ロストロポーヴィッチも、体当たりの熱演だが、
その力演以上に音が出ていないような気がする。
おそらく、音はレコード用に撮って、後から、
演奏会の絵を継ぎ接ぎしたのではないだろうか。
実演は、もっとホットな部分があったと想像した。

第三変奏で、ロストロポーヴィッチがコッホと、
アイコンタクトをしながら、シュヴァルベも絡んで来る三重奏は、
まことに美しい。これは、やはり、三人の個性がぶつかるからであろう。

双方向性といった特徴を有するweb2.0時代には、
このようなひとときに至福がある。

もちろん、眼を瞑って他人の介入を拒絶し続けるカラヤンには、
こうした喜びは無縁であろうが。

ハープの弦の向こうに時折見えるハーピストの女性も、
良く見えないがロマンティックである。
第五変奏で、夜風が主人公に襲いかかる時に、
眼があってはっとする。
シュトラウスの方は、こんな楽しみもある。
でも、何故、ウィンドマシーンは、画像に出て来ないのであろうか。
あまりにも、へんてこなので、失望させないようにだろうか。

一方、ラフマニノフの演奏は、どうも楽しめない。
音が硬いのか、音楽が堅苦しくてぎこちない。
曲想のせいか、画質も暗い感じがするし、
(よく見ると、ピアノが黒、ワイセンベルクの服も黒、
カラヤンの服も黒。オーケストラもみんな黒。
聴衆も黒くて、9月の録音とは思えない。)

ワイセンベルクは髪型も表情も兵隊のようで、気が滅入る。
それぞれが、それぞれの仕事をして帰って行きました、
という感じ。

このコンビによるラフマニノフの2番のLPは、
教会のステンドグラスのデザインで、
とても素敵だった印象があるが、
あの時のイメージはたぶん、ぶち壊しになる。


あまりにもカラヤンが映る比率が高く、
主役のはずのワイセンベルクですら居場所がなさそうなので、
我々聴衆の居場所などあるわけがない。

得られた事:「『ドン・キホーテ』+『英雄の生涯』≒シュトラウスの自画像」
カラヤンの場合:「『ドン・キホーテ』=『英雄の生涯』=俺様」
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by franz310 | 2008-10-19 00:27 | 音楽

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その144

b0083728_1193067.jpg個人的経験:
前回書いたように、
私が最初に出会った
「ドン・キホーテ」
は、カラヤンが、
フルニエを招いて
演奏したものだったが、
改めてこの解説を
読み直すと、
なるほど、
と思うところも多い。


30年以上も放置していたお詫びに、
まず、ここに、内容を訳出してみよう。
ハインツ・ベッカーという人が書いているが、
シュトラウス作品の初期の受容について、
なるほどと思う所があった。

まさしく、最初の聴衆は、
私と全く同じ反応をしていたということだ。

「彼の『ツァラトゥストラ』の神秘的な混沌に対し、
まだ大いなる物議が続いていた時に、
リヒャルト・シュトラウスは、『ドン・キホーテ』によって、
再び、聴衆に当惑と誤解のもとを提供した。」

まさしく、この二作品こそが私自身が耳にした最初のシュトラウス作品であり、
内容に関しては、何だかさっぱり分からなかった。
独グラモフォンの英文解説を読み解いてまで、
知りたいという気持ちはあったかもしれないが、
中学生にはなかなか難しい難問だった。

当時、この解説のこうした冒頭を読んだとしたら、
どのように感じただろうか。

しかし、すでにシュトラウスはレコードでは人気の作曲家であり、
ポリドールなどは、「管弦楽を聴くならリヒャルト・シュトラウス」
などといった宣伝を打って、純真な思春期の心を幻惑したものである。

そもそも、「管弦楽を聴く」とは何ぞや、
と当時から、この宣伝には反感を感じていた。

シューベルトやベートーヴェンの交響曲は管弦楽ではないのか。
仮に、これらは「交響曲」であって、「管弦楽」でないとして、
例えば、チャイコフスキーやリムスキー=コルサコフらの管弦楽曲は、
管弦楽を聴いたことにならないのか。
こちらの方が、はるかに甘味で分かりやすいのに。

が、確かに、オーケストラを勝手気ままにちょん切って、
まるで、それ自体が目的であるごとく、
寄せ木細工のように継ぎ接ぎしたのは、
いかにも、シュトラウス的であると思った。

音楽を聴くより、各楽器を聴け、と言わんばかりの細部が目立つ。

例えば、「ツァラトゥストラ」にしても、冒頭部が終わって、
しばらく、オルガンが持続する意味は何なのか。
これがないと伝わらないものがあるのかないのか。

だいたい、この曲など、うるさい所と聞こえない所の対比が大きすぎて、
聞こえないところでは、何が起こって、どの楽器が鳴っているのかすら、
よく分からない。

これで、「管弦楽を聴くなら」などと、よく言えたものである。
「管弦楽の鳴ってない所を聴くならリヒャルト・シュトラウス」
というキャッチ・コピーにして欲しい。

やはり、何だかぼそぼそと鳴っているだけのオーケストラというのは、
まことに気持ち悪い。何が言いたいんだ、と叫びたくもなる。
あまり良いオーディオ装置も持っていなかった時代、
これは致命的な欠陥と思えた。
作曲家は手練手管を繰り出して、びっくりさせようとしているようだが、
それがどうした、となるわけである。

おそらく、このコピーを作った人も、
会社の宣伝上、仕方なく、
シュトラウスは、「管弦楽法の大家」と言われている、
その事実からだけ書いているだけではないか、
などと考えていた。(今も考えている。)

このような、曲の作りに加えて、
内容は意味不明と来ているものだから、
「ふざけるな」と言いたい所だが、
変な楽器が出て来たり(「ツァラ」のオルガン、
「ドン・キホーテ」のウィンドマシーンなど)、
いろいろな音色が面白い部分もあり、
時折、非常に甘味な音楽が出てくる
(「ツァラ」の「現世に背を向ける人々について」の後半や、
「ドン・キホーテ」の「第3変奏の後半」など)
ものだから、
まあ、仕方ない、となるわけである。
そうしているうちに、ちょっと慣れて来る、
といったたぐいの音楽であった。

「ふざけるな」の頂点に立ったのは、それから、
セル指揮の「ドン・ファン」、「ティル」、
裏面に「死と変容」の入ったレコードを買った時で、
どの作品もまったく面白くなかった。
今でも、ほとんど面白いと思わない。

独りよがりもここまで来たら、犯罪だと思った。
しかし、この組み合わせのレコードは非常に多く、
フルトヴェングラーのような神様のような指揮者ですら、
「ツァラトゥストラ」や「ドン・キホーテ」は録音していないのに、
何故か、これらの曲は馬鹿みたいにたくさん録音している。
恐らく、私の理解がまるでできていないものと思われる。

このカラヤンの「ドン・キホーテ」の解説にも、
やはり、「ティル」と「ドン・キホーテ」は違う、
というようなことが描かれてあった。

「1898年3月8日にケルンのギュルツニッヒ演奏会で、
フランツ・ヴュルナーの指揮で初演されたこの交響詩において、
シュトラウスは、初期の作品との違いを狙って、
古典文学に則して書かないというルールを破っている。
しかし、初期作品は単にアイデアを拝借したものだったのに対し、
ここで、彼はセルバンテスの細かい音楽的描写を行っている。
『ティル』は、もし必要とあらば、
音詩のタイトルが十分な手がかりとなって、
標題なしにも理解可能であろうが、
『ドン・キホーテ』に至っては、
この捉えがたい音楽語法を完全に解釈するには、
セルバンテスを読む必要がある。」

私にはどっちもどっちである。
だいたい、「ドン・キホーテ」も、名場面集にしかすぎないではないか。
(・・と、今回、聞きなおすまでは思っていた。)

また、むしろ、前述のように、「ティル」の方がつまらない。
マーラーなどが、長大な交響曲で試行錯誤している時に、
一丁上がり、とばかりに15分程度の技巧誇示音楽をひけらかした感じである。

恐らく、シュトラウスは楽想を展開させるには、
何やら具体的なイメージが一番、信じられるものだったのだろう。
現代人の煩悩、物質至上主義が分かりやすくて良い。

「最初、シュトラウスは、この作品に標題なしに出版したが、
おそらくこれがまず、聴衆に広く受け入れられず、
広く論争された原因である。」

解説にここまで書いてある曲を、
よくも私は、一所懸命に聴いていたものだなあ、
と感嘆もし、自分をほめてあげたくなった。

「そのため、シュトラウスは、後付けのように、
作品の内容の概要を加えたのであった。」

とんでもない経緯である。
ひょっとしたら、シュトラウスが、
勝手に変えた内容もあるのではないかなどと、
いぶかってしまうような書きぶりではないか。

以下にプログラムが続く。
しかし、この解説では、あらすじが書いてあるというより、
二言三言書いてあるメモに過ぎず、全体的に何だかよく分からない。
が、何もないよりは助かる。

「The programme:
序奏:騎士の武者修行の読書が過ぎて、
ドン・キホーテの脳みそが混乱してくる。」

この序奏はかなり難物である。
前半は妄想、後半は主人公二人の主題提示である。
幸い、カラヤンの66年盤のCDでは、
「導入」と「主題」として、トラックが分けられている。
(ケンペのライブ盤もそうだった。)

まず、とにかく混乱した脳みその中味を表す部分なので、
音楽も様々な楽想が錯綜し、弦楽が動き回って、もやもやが増し、
様々な楽器がパッセージの切れ端を投げつけて、
妄想も発散しながら増大化というか肥大化してくる過程が描かれる。

ここでは、ハープの伴奏に導かれ、
美しいオーボエで、ドゥルチネア姫の主題が出ること、
ファンファーレが鳴って、主人公の頭に騎士道の憧れが、
こみ上げて来ることにも、注意が必要であろう。

続いて、ヴァイオリン独奏が、かなり長い間、
混沌の中を歌い継ぐが、これはドゥルネシア姫への、
空想のセレナードであろうか。

が、この強烈な吸引力は、ドン・キホーテが、
本の世界の中に没入していく様子が、
憎いほど見事に表現されている。

カラヤン&フルニエ盤では、ねっとりと媚びるような、
粘着型の美音が多く、みょうにおおらかに、
この対位法の部分を演奏しているので、
例えば、ケンペの演奏に比べると、
本の中に強引に吸い込まれる感じのリアリティに欠ける。

これが、今回、かなり気になった部分である。

しかし、改めて聞き直してみると、
この序奏の前半が最難関である。
理解されない所以でもあろう。

この後は、ドン・キホーテを表す鷹揚なテーマが、
独奏チェロによって、歌い出される。
たしかに田舎の親分といった風情がよく出ている。
何かに憧れる様子が独奏ヴァイオリンに伴われつつ醸し出され、
クラリネットを伴って、憎めない様子も暗示される。

続く、何だか呑気な、
木管楽器のもこもこした音型がサンチョ・パンサである。
この音楽は、後半、ちょこまか動き回る独奏ヴィオラとなって、
このキャラクターのちゃめっけや、おしゃべりを暗示する。
木管の剽軽な様子は抜け目なさを示すものだろか。

さて、ここからは変奏曲になるが、
多くの変奏は、2、3分のものが多く、
短いものは、比較的理解が容易である。
第3変奏はやたら長く、第7、第10変奏は倍くらい長い。

「第1変奏:馬に乗って騎士はさっそうと出かけ、
風車と格闘する。」
ここでは、前半は出発の出で立ちが描かれるが、
もちろん、馬はやせ馬のロシナンテである。
が、夜空に浮かび上がる、思い姫、ドゥルチネアの主題は、
非常に美しい。

後半、騎士は、風車を巨人と間違って突撃するも、
羽根の回転で、地面に叩きつけられる。
勝負はすぐにつき、この時、
突撃や叩きつけられる様子が眼に見えるようである。
独奏チェロのたどたどしい様子からして、
何とか、地面から立ち上がる様子を聞き取ることもできる。

「第2変奏:アリファンフォロン皇帝との軍勢への勝利。
ここで、弦楽のトレモロや弱音器のブラスが、
羊のメエメエ鳴く様を描写する。」
これでは何のことか分からないが、
ドン・キホーテは、羊の群れを上記皇帝軍と勘違いしたのである。
ドン・キホーテの突進は、3本のチェロのユニゾンで強烈。
逃げ惑う羊の様子がありありと描かれる。

「第3変奏:騎士と従者の対話。」
これだけで表すにはこの変奏曲は長大で、9分近くかかる。
ここでは、チェロよりも、独奏ヴィオラのおしゃべりに、
独奏ヴァイオリンが受け答えするような感じで始まる。
いかにも室内楽的なオーケストレーションである。

「第4変奏:行列との遭遇と敗北。」
これだけでは、何のことやらわからないが、
慈雨の恵みを求める、祈りの行進に突撃する狂人騎士の描写である。
従って、聖歌調のメロディに怪しげな呟きが混じる。
ここでも彼は誘拐犯だと思って、反対にぼこぼこにされる。
チェロは息絶え絶えである。

「第5変奏:騎士の寝ずの番。ドゥルチネアの夢。」
長いチェロの独奏が悶々として、ハープの彩りを伴って、
ドゥルネシアの主題を歌うが、時々、夜風が舞い上がる。
地味な部分であるが、音楽も中盤まで来て、
間奏曲のような意味合いを持つ。
何故、寝ずの番をしているかと言うと、
それが騎士になるための風習だからである。
もちろん、ドン・キホーテの場合、勝手にやっているのである。

「第6変奏:偽りのドゥルネシア。(ボレロのリズム、タンバリン)。」
えっ、これだけ?と思うが、CDと違って、
レコードやテープなど曲の切れ目が分からない時代、
このリズムや楽器の指示はありがたかったに違いない。
ドゥルチネア姫に会いに行くが、誰だか分からないので、
(実在もしないし)、勝手に農民の娘を姫だと思い込む、
というだけの話。1分ちょいで終わる。

「第7変奏:空中騎行。(半音階のフルートのフラッタリングのパッセージ、
ハープのグリッサンド、ウィンドマシーン、オーケストラの持続音。)」
これまた、何だか分からないが、
ドン・キホーテは空を飛んでいるのである。
単に、目隠しされて、風を吹き付けられているだけであるが、
そう信じ込まされている。
これまた1分ちょい。

「第8変奏:ボートの旅、故障と浸水。(バルカロール)」
空の次は水である。
ボートに乗っての冒険も、浸水して終わり。
二人の体から落ちる水滴が独奏楽器のピッチカートで表される。
これも2分弱。


「第9変奏:実際は貧乏な坊さんである二人の魔術師との戦い。
(2つのバスーンによるコラール風テーマ)。」
これも1分ほどの変奏で、大騒ぎのキホーテと、
とぼけたバスーンの響きの対比のみ。
続けざまに第10変奏に突入するが、
第6から第9までの変奏は、破れかぶれで、
エピソードのコラージュみたいになっている。
姫、空中、川と坊さんで、その間の関係は、
まったく無視されて繋がっている。

このようにめまぐるしい展開は、
おそらく、交響曲におけるスケルツォ的発想であろう。
このように考えることで、シュトラウスが、
当初、標題を付けなかった理由が分かるのである。

おそらく、彼は、通常の交響曲の変形として考えれば、
純音楽的に楽しめるはずだと考えたものであろう。

「第10変奏:青月の騎士との一騎打ちと帰郷。」
この展開はうまい。勇敢な楽想がトランペットで盛り上がり、
引き延ばされたチェロの絶唱に、ティンパニの連打が絡み、
悲痛に金管楽器が吹き鳴らされる。
完全に失意の男の足取りである。
羊飼いになると言う夢も見て、混乱は絶頂に達するが、
次第に、妄想が晴れていく。

「終曲:断念とドン・キホーテの死。」
ここは、以上の説明で十分であろう。
独奏チェロによって、完全に演じきられなければならない。
ドン・キホーテの冒険は、単なる変人の迷惑行為でしかなかったのか、
それとも、理想を追い求めるものの、止むにやまれぬ情熱の形だったのか。

さて、この解説は、通常のものと違って、
曲の内容を細かく列挙した後、かなり重要なことが書いてある。

「この作品にシュトラウスがつけた副題、
『騎士の性格を持つ主題による幻想変奏曲』
は、通常の二人劇のなかで扱われるような、
2つの主題を使っているように誤解を招きやすいが、
これら2つの主題は、性格によって違いが与えられているだけでなく、
音色によってもコントラストが付けられている。
痛ましい姿の騎士のメロディはチェロが担当し、
サンチョ・パンサのお茶目な田舎者の動機は、
バス・クラリネットとテナー・チューバによって、
そして後にはヴィオラが受け持つことになる。」
サンチョ・パンサは単に、ヴィオラで表されると書かれている解説が多い中、
これは親切である。実際、ヴィオラ独奏はすぐには登場しない。

以下の文章を読むと、この作品が、下手物、まがい物ではなく、
鑑賞に足る芸術作品である旨がにじみ出して来て、
ようやく安心する。

「シュトラウスはセルバンテスの物語から、
社会風刺の部分は取り上げずに、
その内容を普遍的な人間性の問題に翻案した。
自分が、騎士道時代の華麗な騎士であるという、
主人公の滑稽な妄想をアイロニカルに意訳しているものの
彼は変奏曲形式に悲喜劇的なニュアンスを盛り込んだ。
2つの主題は慣習的なマナーでは変奏されず、
変わり続ける状況の中で、異なった視点で描かれていく。」

確かに、変奏曲というのは、
主題そのものが変わって行くが、
ドン・キホーテの場合、主題を取り囲む環境が変わるのであって、
主題があまり変わりすぎると、主人公がどこにいるのか、
分からなくなってしまう。

「標題楽的なベースに相応しく、
シュトラウスは主人公の性格や、
様々な空想上のシチュエーションにおける、
彼の行動を調べ、自身になぞらえた。
シュトラウスは後期ロマン派の大オーケストラを使いながら、
膨れあがった鈍重さに縛られることなく、
常に柔軟なテクスチュアを見せている。
彼はニーチェから音楽は苦労であってはならないと学んでいた。
このように、オーケストレーションの複雑さにもかかわらず、
室内楽的な繊細さを持って考慮されてスコアリングされた部分が多い。
羊の鳴く声や、実際は主人公が地上にいることを表す、
低音持続音を伴う空中騎行のウィンドマシーンの使用など、
リアルな管弦楽の効果にもかかわらず、
シュトラウスは小手先におぼれたりしておらず、
主人公の性格の深みを強調している。」

深みまでを表しているかは疑問であろう、
下記の結論には納得できるものがある。
「終末にかけて、華やかなチェロのカンティレーナは、
ドン・キホーテの死のシーンに導いていくにつれ、
この男は馬鹿だったのか、それとも、
不滅の価値を持つ賢者だったのかという、
疑問が頭をもたげてくるのである。」

ちなみに、この録音はもちろん、CD化もされていて、
オリジナルズのシリーズで発売された。
これは、オリジナルのデザインが踏襲されていて、
非常に好ましいシリーズだ。

ただし、ここでは、以上のような詳細な解説はなく、
リチャード・オズボーンが、
「シュトラウスの天才にとって、
セルバンテスの『ドン・キホーテ』以上に、
相応しい小説はないだろう。
素晴らしく描かれたキャラクターたち、
楽しいこといっぱいの物語、
高尚なロマンスから地に足付いたリアリズムまで、
きらびやかなスタイル。
そこには、彼の求めていた全てがあった」
と書き始められる、概要的な文章が載っている。

ただし、彼は、ハインツ・ベッカーのような、
問題提起風の書き方ではなく、
「シュトラウスの交響詩の中で、もっとも高みにあって、
間違いなく最も洗練されたもの」、と言い切ってくれている。
初心者には、このような解説の方が安心できる。
ベッカーの解説では、いきなり不安になってしまうのである。
中学生が月1枚程度、ようやくレコードが買えたような時代、
これは、傑作だ、聴かないとダメだ、と言ってくれる解説の方が、
ありがたかったであろう。
読めなくてよかった。

また、このオリジナルズの解説では、
「シュトラウス自身の指揮で、
1933年に録音したチェリストのマイナルディが、
カラヤンがこの作品を1939年1月4日に、
最初に、アーヘンで演奏した時のチェリストだったこと」、
「『騎士道的で華麗に』始まる音楽が、
貴族的なビーチャムやクラウス同様、カラヤンに相応しい」
などと書いて、この演奏に対する期待を高めてくれている。

また、ドゥルチネア姫を示すオーボエが、
名手、ローター・コッホによって優美に演奏されており、
カラヤンとフルニエは騎士道風の理想に即しているとも書いている。

そして、カラヤンが年を追うごとに、この曲を愛し、
ドン・キホーテの終曲が、シュトラウスの書いた終曲では最高だ、
と語ったことに触れている。
「私は戦い、間違いも犯した。
しかし、私は私が可能だった、世界で最高の人生を生きた。
そして今・・。」
カラヤンは、これに激しく動かされたのだという。

「この録音は1966年になされ、
カラヤンとフルニエはコーダを気高く演奏している。
そこには偉大な気品と静けさがあり、
ドン・キホーテの少し錯乱した心の最後の高まりの中で、
悲劇の苦痛が突き刺さる。
この演奏によって、喜劇の主人公ではなく、
ドン・キホーテは、聖なる愚者、
理想への殉教者と考えられるのである。」

まさしく、このように解釈されてこそ、
リヒャルト・シュトラウスは真価を発揮するのであろう。

いくら、カラヤンがこの曲を愛していたと言っても、
前回取り上げたケンペだって、その後じんを拝するものではなかろう。
カラヤンがベルリン・フィルを演奏して録音する前から、
ケンペはこの作品をいち早く録音しているのだから。

しかし、改めて演奏時間を眺めて見て驚いた。
カラヤンが録音したのと同時期(カラヤンは65年12月)、
ケンペのバイエルンのライブ盤(66年12月)は、
35分で終わっているが、カラヤンは44分もかかっている。
そもそも、序奏からして、めまぐるしく変転する楽想が、
ケンペの場合、めくるめく変転していく。

35÷44=80%
何と、2割も時間が違う!
カラヤン盤は、なんだかぬめぬめした感じに聞こえる。
一瞬の間とか、音符ののばし方など、すべてが思わせぶりに長い。
その分、ケンペが、せかせかしているとも言える。
第1変奏など、ちょっと早すぎる。
ライブということなので、早く終わらせたくて、
急いだのだろうか。

前回、コンサートマスターを比べたが、
カラヤン盤は有利である。弾き終わるときの音ののばし方で、
美音をアピールできるからである。
第3変奏の大きなうねりの中では、
こうした要素を全開にしてムードを高めている。
すばらしく雰囲気豊かな録音が、これをかなり助けてもいる。

ケッケルトは、せかされて、余韻に浸る暇はない。
が、これまで聴いて来たように、硬派のケッケルトは、
ケンペの指示なくとも、このように弾いたような気がする。
あと、ずどんと来る低音などは、ケンペは荒々しいが、
カラヤンは妙に丸まって角が落とされている。
ケンペの方が、肺腑を突くような音だ。

このように書いただけで、これらの演奏の違いは明らかであろう。
オーボエがいくらコッホであろうとも、
ケンペの盤はカルムスだ。(明記していないが。)
演奏者の質の高さは、互角と考えてよかろう。

はたして、フルニエに対するトルトゥリエはどうか。
何と、終曲の聴かせどころでは、トルトゥリエの方が、
急にテンポを落として、大見得を切っているではないか。
あるいは、ケンペのテンポは、この最後を生かすために、
取っておいたと言わんばかりである。

「ドン・キホーテ」と言えば、トルトゥリエのデビュー曲である。
この時、彼は52歳、対する、チェロのプリンスは59歳。
いずれも大ベテランである。

それぞれの素晴らしい夕暮れが広がっていく。

しかし、改めて、この曲の最後は難しいと思った。
単に死ぬのか、満足して死ぬのか。あるいは後悔して死ぬのか。
明らかに、若きシュトラウスは、そこにまで思いを馳せている。

これらのCDでは、
フルニエの方がすうっとうまく息を引き取っていて、
カラヤンはその延長で終わっているが、
トルトゥリエは、ぽっくり逝っていて、
ケンペはそれを悼むような表情を見せているように聞こえた。

得られた事:「『ドン・キホーテ』の難しさは、冒頭からの野心的なスーパー対位法、戯画的な中間部を経て、最後には、それぞれの人生を如何に総括するか、という事にある。」
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by franz310 | 2008-10-12 11:15 | 音楽

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その143

b0083728_01023.jpg個人的経験:
1989年に、
バイエルン放送交響楽団の
創立40周年の
記念のように
出したディスクが
好評だったからだろうか、
1992年にも、
同様のライブ録音が、
多数、オルフェオレーベルから
CD化された。

前の一連のCDは、
ヴァイオリン独奏者が不明確なものばかりだったが、
今回のものには、ありがたいことに、
我らがコンサートマスター、ケッケルトの名前が、
明快にクレジットされているものがある。

が、表紙のテイストは同じ。
赤のフレームに白黒の指揮者が浮かび上がるもの。
あまり飾りたくなるようなものではないが、
強烈な視覚効果で、背表紙も赤。
捜し物のとき、これほど判りやすいレーベルもないだろう。
ということで、奇妙な存在感と個性を誇るデザインになっている。

ケッケルトが登場するもの。
例えば、1966年、12月19日、
ヘラクレス・ザールでのライブ録音とされる、
ルドルフ・ケンペの指揮による「ドン・キホーテ」などがそれだ。

このCD、前半にハイドンの協奏交響曲が収録されており、
独奏者の名前がずらりと列挙されている。

ヴァイオリン:エーリヒ・ケラー
チェロ:ワルター・ノータス
オーボエ:クルト・カルムス
ファゴット:カール・コルビンガー
とある。

前回のCDの解説によると、このオーケストラの創設時に、
ヨッフムが連れてきた名手に、ケッケルト四重奏団の他、
オーボエのクルト・カルムス、バスーンのカール・コルビンガー、
ヴァイオリンに、エーリヒ・ケラーとゲルハルト・ザイツがいた、
とあったが、まさしくこの4人のうちの3人までが聴けるのである。

今回、ケッケルトの音を求めているので、
このハイドンでもヴァイオリンがケッケルトだったら良かったのに、
と思えなくもないが、ケラーはケラーで、
四重奏団を率いていた名手ということなので、
聞き比べを楽しむのも良いだろう。
私が聴いた感じでは、ケラーの方が、
線は細いが、澄んだ音のようだ。

このように聞き比べると、
ケッケルトの音は少し濁っているが押しが強い感じだろうか。

しかし、チェロのノータスとは誰であろうか。
1965年来日時のパンフレットには、この人の名前はない。
ケッケルト四重奏団のヨーゼフ・メルツ、
または、ケラー四重奏団のマックス・ブラウンなら、
奏者一覧の1番目と2番目に載っているのだが。

または、この人が新しく入団したので、
その歓迎も含めての演目だろうか。

重ねて書くが、1966年のライブなので、
先の来日の翌年の記録なのである。

それにしても、このハイドンの作品は、
いつ聞いても、非常に美しい作品だと思う。
屈託なく典雅であると共に、しみじみとした情感に溢れ、
最後には晴れやかさを解き放ち、
人生のわびさびまでを表現した名品である。

各独奏者も、それぞれにオーケストラとの協奏での腕の見せ所があり、
なおかつ、楽器同士の掛け合いの親密さもあって、
演奏が楽しそうである。

この録音では、新米のノータスの方が余裕を持って演奏しており、
ケラーのヴァイオリンはひたむきながら、少し神経質に聞こえる。
あるいは楽器の音域によるものか。
少し、この演奏に伸びやかさが足りないとしたら、
このケラーの芸風によるところが多そうだ。

管楽器のベテランたちも、古典に相応しい端正な響きを聴かせ、
さすがの絡み合いを見せる。

この演奏に接した当時の聴衆は、心から満足して、至福の時を味わい、
耳をそばだてたに違いない。
このCDも、彼らの美音と、
オーケストラのふっくらとした響きを捉えて言うことなし。
ノイズもなく、本当にライブなのか。
が、「Live Recording」とある。

それにしても、ケンペのレパートリーで、
ハイドンというのは珍しくないだろうか。
ベートーヴェン、ブラームスの交響曲の全集や、
リヒャルト・シュトラウスの管弦楽曲全集で名を馳せた人だが、
ハイドン、モーツァルトにはあまり印象がない。
グルダの弾いたピアノ協奏曲はあったが。

ただし、後半の「ドン・キホーテ」は、得意中の得意の演目。
待ってました、といった組み合わせ。
チェロには、盟友のトルトゥリエを据え、
独奏ヴィオラには、ゲオルグ・シュミット。

ここも、ケッケルト四重奏団の
リードルで聴きたかった所だが、
例のメンバー表では、
リードルの下に名前が見えるのがシュミット。

何故か、来日時のパンフレットにも、
ティンパニのハンス・ヘルツル、
フルートのカール・ボブツィーン、
トランペットのウィリ・バウアーと共に、
このヴィオラ奏者は顔写真入りで紹介されている。
ケッケルト四重奏団、ケラー四重奏団は、
演奏風景の写真があって顔はよく分からない。

この顔入りで紹介された人たちは、
よほど、有名なのか人気があるのであろう。
ただし写真と名前だけで説明はないが。

そして、独奏ヴァイオリンには、ルドルフ・ケッケルト登場である。
しかし、普通、シュトラウスの交響詩で、
独奏ヴァイオリンが特記されるのは、
「ツァラトゥストラ」か、「英雄の生涯」ではないか。
「ドン・キホーテ」の場合、チェロ協奏曲のように、
チェロの名前が特別記載されることが多く、
時にサンチョ・パンサ役のヴィオラの名前も出ることがあるが、
ヴァイオリンが記載されているのは珍しい。

やはり、ケッケルト、すごいぞ、ケッケルト、と言いたくなる。

さて、この「ドン・キホーテ」も、とてもライブとは思えない、
音質で、楽器の難しいバランスをよく捉えた録音となっている。

実直な指揮者の印象を受けるケンペは、
何故かシュトラウスの豪華華麗な管弦楽曲を得意とし、
そんな彼の演奏は、ドレスデン・シュターツカペレという、
東ドイツ最高と思えるオーケストラで全曲が聴けるが、
それよりも10年近く前の記録となる。
さらにさかのぼるとベルリン・フィルともこの曲を録音している。
だからこそ、待ってました、なのである。

この前のミトロプーロス盤とは違って、
どこにも傷がない演奏で、
それでいてライブ特有の火照りもあり、
まさしく、このシリーズ中、お奨めの一枚となる。

いつものように、ここで、このCDの解説の出来映えを見てみよう。

前回のものと同様の企画ながら、
創立40周年のオーケストラの記念盤とは、趣きを異にしている。
前回のものは、指揮者についてと、オーケストラの歴史しかなかったが、
今回のものは、ちゃんと楽曲解説から入っている。
ただし、前回の解説が、二十数ページからなる立派な冊子だったのに、
今回のものは4つ折りの一枚紙がブックレットということになっている。
これは少し寂しい感じであることは言うまでもない。
したがって、そんなに沢山書いてあるわけではない。

Gottfried Krausという人が書いている。

「ヨーゼフ・ハイドンは、1792年に協奏交響曲を書いたが、
同じ年に、彼は二曲のロンドン交響曲、第97番と98番を書いている。
有名な興行主ザロモンに付き添われ、
ヴィーンからロンドンにやってきた60歳の作曲家は、
ロンドンにおいて、まさしく生涯最高の体験をした。
彼の英国における、財政上、芸術上の成功は空前のもので、
その高揚とした気分が、この時期の作品にも写されているようである。」
これは面白い褒め方である。
カネががっぽり入ったから、高揚した作品が出来たということ。
が、判らなくもない。
現代においても、月末の金穴状態では、
多くのサラリーマンは元気がなさそうである。

「他のハイドンの協奏曲とは異なり、この「協奏交響曲」は、
根本から、バロック期のコンチェルト・グロッソのモデルから離れている。
独奏楽器は、コンチェルティーノのグループを常に構成しているとはいえ、
全てのサウンドを統合した形で、オーケストラと融合もしている。
ヴァイオリンとチェロという二つの弦楽器、
そしてオーボエとバスーンという木管楽器の対照は、
喜ばしげな音の調和となり、
混合の効果や、対称的な効果を呼び起こしている。
色彩的に書かれた管弦楽は、コンチェルティーノの木霊となり、
より大きなスケールでの相互作用を及ぼす。」
各楽章の説明まではない。
が、晴れやかな作品であることは読み取れるし、
聴きたくなるような解説であろう。

「ある意味、リヒャルト・シュトラウスの、
『ドン・キホーテ』もまた、協奏交響曲の伝統に基づいている。」
この解説での一番の発見は、この記載である。

この曲を、「交響詩」とか、「協奏曲的」、あるいは、「変奏曲」と、
呼ぶ人は知っているが、協奏交響曲になぞらえるのは初めてである。
ケンペが、これをしくんだのか、
あるいは、この演目から勝手に解説者が考えたのか、
確かにそう考えるとそう思える節がなくはない。
例えば、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロと管弦楽のための、
協奏交響曲と考えれば、非常に納得できる点がある。
例えば、第1変奏の前の主題提示部でも、確かに、
主人公のようにチェロが歌い出すが、それに唱和しているのは、
「表情豊かに」と記載されたヴァイオリン独奏なのである。
また、第3変奏の冒頭では、ヴィオラとヴァイオリンのソロがやりとりをし、
たびたび、ヴィオラとチェロの掛け合いがある。

もちろん、チェロ協奏曲的にチェロが長々と受け持つことも多いが、
第3変奏でソロ・ヴァイオリンが消えてからは、
サンチョ・パンサ役のヴィオラが延々とおしゃべりをする。
序奏や第8変奏のようにヴァイオリン独奏の見せ場も多い。
ケッケルトの名前が書かれるに相応しい働きが要求されるのである。

「32歳のシュトラウスはコンチェルタンテな効果や、
この形態そのものに惹かれたわけではなく、
純粋にその力強さに惹かれたのであった。
音楽的神秘主義の領域を、交響詩『ツァラトゥストラ』で探求した後、
シュトラウスは、今度は、まったく違うものに注意を向けた。
作曲家のドラマティックな音楽に対する天分は、
17世紀初期にセルバンテスが書いた、
騎士道の理想を幻想の中に追い求めながら、
虚しさと無駄な骨折りに終わる、
『憂い顔の騎士』に同質性や新しい楽しみを見いだした。」
このあたり抽象的で何となくしか分からない。

「先に、『ティル』をロンド形式でまとめたように、
主題から多彩な色彩や可能な限りの効果を引き出すために、
シュトラウスは今度は、変奏曲形式を用いた。
ドン・キホーテは、格調高く、かつ、グロテスクな表現が可能な、
チェロによって描かれ、彼の忠僕サンチョ・パンサは、
より慎み深いヴィオラによって性格付けされている。
彼らは、シュトラウスがこの作品35について語ったように、
『騎士的な性格』による『幻想的変奏曲』の中心なのである。
彼の主人公は、セルバンテスの小説からより抜かれた。
多くの冒険を体験したとはいえ、
単なる描写の危険に陥らせず、
シュトラウスは常に音楽家として振る舞っている。」
要するに、音で小説を描いたのではなく、
小説に触発された純粋音楽だということか。

また、ケンペについては、こんなことが、
略歴として書かれている。
「1910年、ドレスデンに生まれた、
ルドルフ・ケンペは、戦争によって、その学業やキャリアのための、
重要な時期を奪われた世代の一人である。
ドレスデンで学んだ後、1935年に指揮者に転身するまで、
ケンペはドルトムントやライプチッヒで、オーボエ奏者をしていた。
しかし、戦争がその前途有望な状況を断ち切ってしまった。
1945年以降、ケンペはほとんど最初からやりなおさねばならなかった。
東ドイツでチェムニッツからヴァイマール国立劇場に移り、
1950年に、ドレスデン州立オペラで音楽監督になった。」
戦争で失われた時代があった割には、非常に早い挽回である。
しかし、同世代のエリート、カラヤンやクーベリックと比べると、
出遅れた感は否めない。
東側にいたという事情はどう影響したのだろうか。

「2年後、彼は、ミュンヘンのバイエルン州立歌劇場の同ポストを得て、
同時に、西側への足がかりを得た。
1955年からこの指揮者は、
世界中のオーケストラとオペラハウスの両方で活躍した。
ロンドンでも、チューリッヒでも、
ミュンヘン・フィル(1967-1976)でも、
彼はオーケストラから愛された指揮者であった。
おそらく、それは彼が、音楽の化身であったからで、
自身を偉く見せようとすることには無関心であったからである。
その仕事の中心は、ヴァーグナーとシュトラウスのオペラ、
コンサートでは、偉大な古典の交響作品、シュトラウスの交響作品であった。
1976年、ミュンヘンでの演奏会のライブ録音によって、
ここに、注目に値する録音伝説がまた一つ追加された。
ケンペは1976年にチューリッヒで深刻な病気の末、死去した。」
この、オーケストラから愛された、
というのは、録音からも聞き取れそうな気がする。

しかし、同じミュンヘンの街にある、もう一つのオーケストラのボスが、
ライヴァルのような放送交響楽団に客演して指揮をするというのは、
いったい、どんな感じなのであろうか。
クーベリックはケンペをどう見ていたのか。
ケンペはまた、クーベリックをどう見ていたのか。
クーベリックがシュトラウスを振ったレコードも記憶にないが、
そこに何かあるのかないのか。

ケンペもクーベリックもベートーヴェンやブラームスはもちろんのこと、
ドヴォルザークやチャイコフスキーも得意としていたが、
ケンペはクーベリックの得意としたモーツァルトは敬遠していたように見え、
クーベリックはケンペの得意としたシュトラウスを敬遠していたように見える。
そういえば、このモーツァルトとシュトラウスを、
神様のように崇拝していたのが、カール・ベームであった。

そんなことを考え出すと、興味が発散して仕方がない。

さて、ケッケルトのヴァイオリンが、
いかなるものであったか、耳を澄ませてみよう。

b0083728_00297.jpgこの録音のちょうど一年前に、
カラヤンがベルリン・フィルと、
「ドン・キホーテ」を録音している。
ここには、
ピエール・フルニエ(チェロ)
ジェスト・カッポーネ(ヴィオラ)
と書かれているが、
ヴァイオリン独奏の名前はない。
おそらく、
ミシェル・シュヴァルベ
ではないかと思うが。

私は、この録音のテープを、学生の頃、友人に貰ったが、
彼は、確か、何か上げるけど何がいいか、
と、前もって私に確認してきたような記憶がある。

休みの都度、彼を連れて、レコード屋巡りをしたので、
そのお礼のようなことを言っていたような気がする。
何か返したかは忘れてしまった。

私は、ちょうど「ツァラトゥストラ」を聴いていたので、
何となく、シュトラウスの作品がいいと言ったのであって、
特に、カラヤンを指定したわけではなかった。
「ドン・キホーテ」とは言ったかもしれない。

というのも、他の友人が、「英雄の生涯」を、
メータの指揮で買って聴いたら、何だか変な曲だった、
とか言っていたからかもしれない。
チェロ協奏曲のような作品と聴き、興味を持ったのだと思う。

確かに、シュトラウスの作品、どれもこれも変な曲である。
私は、この後、セルの指揮による「ティル」と「ドン・ファン」、
そして「死と変容」の入ったレコードも入手したが、
何が面白いのか、未だ、よく判っていないところがある。
結局は、単なるパズル遊びのような気がする。

その中で、「ドン・キホーテ」は、まだ、何となく愛着がある。
変奏曲形式ゆえ、ぶつ切りで理解しやすいのかもしれない。

とにかく、このカラヤン盤が、私の原点なので、
名手とされるシュヴァルベ?対ケッケルトということで聴いてみたい。
ヴァイオリン・ソロの腕の見せ所は、
冒頭部から(ここは弱音器付きだが)沢山あるが、
前述のように、目立つのは、
第1変奏の前の主題提示部の「表情豊かに」と記載された部分、
第3変奏の冒頭でのヴィオラとの掛け合い、第8変奏あたりであろうか。

先入観かもしれないが、ケッケルトのヴァイオリンは武骨。
素っ気なく、単刀直入な感じがする。
シュヴァルベ?は、「表情豊かに」の指示に敏感に反応して、
艶めかしいしなを作っているような感じがする。
が、これは、常に、カラヤンが言われて来たことだ。
そのせいで、そう聞こえるのだろうか。

このドイツ・グラモフォンによるカラヤンの「ドン・キホーテ」、
表紙デザインも洒落ていて、誰にでもお勧めできるものだ。
Johann Georg Geygerによるものという。

一方、バイエルンのオルフェオのシリーズなどは、
普通の人なら欲しくならないだろう。
ケンペの顔も影の具合が異常に不気味である。
小さめの目がかろうじてケンペの特徴を残しているが、
これがないと誰だかわかりもしない。

カラヤンのものは、解説も丁寧で、
この作品がフランツ・ヴュルナーによる、
1898年3月8日のケルンにおける、
ギュルツニッヒ・コンサートのために書かれたことから、
各変奏曲の内容まで説明している。
Heinz Beckerという人が書いている。

最初、シュトラウスは、この曲の内容を説明していなかったが、
後知恵のように説明を付け加えて行った、とあるのが興味深かった。

が、ベッカーは、「ティル」は、
タイトルだけで内容を示唆しているが、
「ドン・キホーテ」はセルバンテスを読まないと理解不能だと書いている。

得られた事:「ドン・キホーテ=交響詩=変奏曲≒協奏交響曲&独奏ヴァイオリンも重要。」
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by franz310 | 2008-10-05 00:13 | 音楽