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クラシック音楽への愛と悲しみの日々
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その138

b0083728_2241949.jpg個人的経験:
前回、ケッケルト四重奏団の
レーガーを聞いたが、
実のところ、
ケッケルトのヴァイオリンは、
私が昔から聞いていた音とも言える。
というのは、
私の最古のコレクションの一つに、
ケッケルトの弾くシューベルトが
あったからである。
とはいえ、わずか8分の小品である。


シューベルトは晩年になって2曲の大規模な、
ピアノ三重奏曲を書いたが、
同時期、さらに、もう一曲の断章を残した。
「ノットゥルノ」と知られる変ホ長調の緩徐楽章である。

これを、エッシェンバッハのピアノに、
ケッケルトのヴァイオリンとメルツのチェロが絡む。
当時、エッシェンバッハは、シューベルトのソナタの録音などで、
売り出し中だったから、私は、これが小品とも知らずに買い求めた。

が、この曲、エッシェンバッハの芸術がどうだ、
などと語るには、あまりに短く、あまりに叙情的である。
テクニックがどうだ、などと語る前に、
ひたすら、美しい時だけが流れていくような音楽である。

例えば、完成された二曲のピアノ三重奏曲の緩徐楽章が、
各々、アンダンテで9分を越え、かつ、
何やら深刻な内面の声を響かせたり、
劇的緊張感をはらんでいたりするのに対し、
この曲は、なだらかなアダージョ。
少し異質な感じがする。

はたして、この曲は未知のピアノ三重奏曲の断片なのだろうか。
あるいは、何か独立した音楽なのだろうか。

勝手な想像を膨らませると、誰か去っていく友人か恋人に、
別れを告げるような、胸を締め付ける親密感、
メッセージの直裁性を感じてしまう。

むしろ、同じことを何度も音色を変えながら強調しているような曲である。
確かに、中間部では、少し音楽が急を告げるが、その後現れる、
ため息のような曲想がまた、何か喪失感のようなものを感じさせ、
どこか遠くに消えて行ってしまう。

が、この「ノットゥルノ」、
私は、そんな小品だとは知らずにミュージックテープを購入した。

(本当なら、ケッケルト四重奏団について、
書き続けるつもりだったが、
この演奏やテープには非常にお世話になったので、
軽視して続けるわけにはいかなくなって来た。)

表紙には、
BRAHMS
Clarinet Quintet
SCHUBERT
Notturno
とあるだけである。

前者が大曲で、後者がおまけである、
というインフォーメーションは何もなかった。

まだ、シューベルトの音楽をひたすら聴きたいと念じていた時期。
まったく予備知識なく、レコード屋に行っては、
シューベルトの名前を探していた時代の事である。

これは知られざる傑作かもしれない、
が、知られていないので、
もっと知られている曲を買う方が良いかなあ、
という二つの感情が交錯する。

その下に、細い字で、
Christoph Eschenbach
Members of Koeckert Quratet
とあるが、読みようによっては、
ピアノ五重奏曲とも読める。
それならば、「ます」と並ぶべき作品でなくてはなるまい。

前述のように、エッシェンバッハという名前は知られていたので、
購入して帰った。

Notturnoとは何か、まずは、それを調べるところから始まる。
が、そんな言葉は載っていない。
ノクターンに似ているから、そんな感じのものかと思った。

中には、A面にブラームスの五重奏曲の前半、
B面に、その後半があるので、これは、どうやらおまけだな、
とようやく察知したので、それ以上は深追いしていなかった。

しかも、ブラームスの芸術の集大成とも言うべき、
クラリネット五重奏曲の印象は強烈、
さらに言えば、ブラームスを奏でるライスターのクラリネット、
アマデウス四重奏団の立体的な音楽作りが絶妙、
ブレイニンのヴァイオリンの音色の濃厚さも胸に響き、
いよいよ、ノットゥルノの印象、
さらには、このケッケルトの名前は、
隅に追いやられてしまった。

その後、ケッケルトとエッシェンバッハが演奏する、
「ます」の五重奏曲が、廉価盤で再発売されるに及び、
ようやく、この「ノットゥルノ」が、そのレコードの余白から、
切り取られて、ここに収録されたのだ、
と得心したのであった。

もともと、ピアノ三重奏なので、
ピアニスト+弦楽四重奏団の2名での演奏、
というのは異質なのだが、こういった経緯で録音されたものであった。
改めて聞き直して見ると、
メロディを滔々と歌うような場所はなく、
ピッチカートだったり、動機を繰り返すだけだったり、
控えめにピアノと唱和するだけだったりと、
そもそもケッケルトほどのヴァイオリン奏者がいても、
ほとんど腕を見せる場所がない音楽になっている。

恐らく、演奏している方は、あまり面白くないのではないだろうか。
禁欲、とまでは言わないが、なにがしかの節制を要求する音楽。
その押し殺したような中から、滲み出て来るものがある。
それを聞け、という感じの音楽であろう。

別に、ケッケルトがそう言いながら演奏しているわけではない。
むしろ、ケッケルトは仕方なく付き合っているようにも感じる。

実は、私は、この時代、すぐに、
もう一種の「ノットゥルノ」を入手している。
先のケッケルト盤は、本来、「ます」の余白に入っていたものを、
ミュージックテープに商品化する時に、
ブラームスに紛れ込ませたものだった、
という事はすでに述べた。

実は、私は、この頃、高音質のメタルテープに録音された「ます」が、
どうしても欲しくなって、BASFから出ていた、
コレギウム・アウレウム合奏団による演奏を入手した。
(これについては、この欄でも書いた。)

そこにもまた、この「ノットゥルノ」が入っていたのである。

今回、こちらも聞き直してみたが、
あっけに取られた。
演奏時間が9分35秒と、エッシェンバッハらの演奏より、
一分半も長いのである。
しかも、たっぷりと表情を付けて、上述の押し殺したような中から、
しみ出して来る樹液が濃厚である。
私は、この曲をこんな風に聞き比べることは、
当時はまったくしていなかった。

コレギウム・アウレウムとは言うが、
たった3人で奏でる音楽になると、
そんなひとくくりにすると、
かえって、おかしくなる。

ピアノ、イエルク・デムス、
ヴァイオリン、フランツヨーゼフ・マイアー、
チェロ、ルドルフ・マンダルカ

といった、ソリストの集団である。

特に、ハルモニア・ムンディの録音では、
協奏曲の独奏をしていたような猛者たちである。

この演奏時間や、
思い切った表情付けからして、
ある意味、恣意的な演奏とも言えようが、
この短い小品の中から、何とかシューベルトを、
くみ取ろうとしている演奏だ。

これを聞いてしまうと、そもそも、
ケッケルトは、この曲には関心がなかったのではないか、
と思わずにはいられない。

ちなみに、このテープ、ブラームスは、
素晴らしい名演で、冒頭から、
ブレイニンの特徴的なビロードの音色が、
チェロのロヴェットのがっしりとしたチェロの上に、
鳴り響き、まさしく、このコローの絵画に彩られた、
暮色の幻想を描き出して余すことない。

ここから、ケッケルト四重奏団から脱線するが、
前述のように、この演奏を流して通り過ぎるわけにはいかない。

ブラームス晩年の幽玄な世界を描くのに、
各弦楽奏者が、まったく、ライスターの表現力豊かな、
クラリネットと一体になりきっている。
これは、表記にあるような、ライスター+アマデウス四重奏団ではない。
ライスター+ブレイニン+ニッセル+シドロフ+ロヴェットの仕事になっている。
完全な五重奏曲の美学が、ここでは達成されている。

b0083728_22414623.jpg最近、この演奏は、
このコローのジャケットが復活して、
CDで再発売された。
この演奏とこの絵画は、
私の中では、
ほとんど完全にマッチして
インプットされているので、
絶対にこうでなければと思った。
カップリングは、
モーツァルトになってしまったが。
一応は、賢明な措置であろう。


ただし、このモーツァルトは、
ライスターと、アマデウス四重奏団の演奏はないので、
注意が必要であろう。
ライスターと、ベルリン・フィルハーモニー・ゾリステンの演奏。
名手ブランディス率いる団体なので、
特に悪いわけではない。

そうは言っても、私の頭の中では、このジャケットは、
アマデウス四重奏団の第一ヴァイオリン、
ブレイニンの音色と一体化されているので、
ちょっと違和感がないわけではない。

ややこしいことに、アマデウス四重奏団は、
モーツァルトのクラリネット五重奏曲を録音していないわけではなく、
ペイエと録音したものがある。
確か、これもCD化されていた。

ややこしいというのは、
ライスター+アマデウスのブラームスをCDで求める場合、
アマデウスに合わせて、ペイエとのモーツァルトが付いて来る場合と、
ライスターに合わせて、ベルリンとのモーツァルトが付いて来る場合がある、
ということ。

また、一方、ライスターの方は、
このどちらの曲も、その後、録音し直している。

しかし、ブラームスに関しては、
私は、全くその必要を感じないし、むしろがっかりする事もある。

特に、録音が良いので知られた、オルフェオレーベルにある、
フェルメール四重奏団とのCDは、この曲最低の演奏と呼んでも
良いかもしれないと思っている。四重奏団にまるで存在感がない。

ライスター主演、背景の遠くに四重奏団、
といった演奏で、各奏者の顔はまるで見えない。
意味不明なジャケットデザインも、許し難い。

この四重奏団、アメリカの団体で先年、高齢で解散したので、
それなりの歴史のある団体であるはずだが、いったい、
これはどうしたことだろうか。

が、「死と乙女」を演奏したCDなどを聴いて見ると、
ヴィオラとチェロがやはり弱いような気がする。
それなりに鳴っているのだが、どうも爽やかすぎて、
息づかいが感じられない。

とはいえ、私の感覚はおかしいのかもしれない。

このライスター、アマデウスのブラームスは、
「求心的ではなく、どのパートも存分に表情で訴える。
ほかにこういうスタイルの演奏がないだけに目立つ」
と大木正興氏などには書かれていた。

「素晴らしい」ではなく、「目立つ」である。

さて、ブラームスの五重奏曲に比べると、
同じテープに録音されたケッケルトの演奏は、何となく、
エッシェンバッハ+ケッケルト四重奏団員の仕事ではなかろうか。
ケッケルトの顔もメルツの顔も、
エッシェンバッハの向こうで良く見えない。

もちろん、音楽の大きさの違いもあるが、
先の、デムスたちの録音では、各奏者の息吹が感じられた。
このテープを聴くだけで、
この後、ケッケルト四重奏団が、
アマデウス四重奏団に破れるような形で、
グラモフォンでの地位を失わなければならなかった理由が、
見えるような気がしてきた。

アマデウス恐るべし。
私は、まさしくこの録音や、
シューベルトの「ロザムンデ」の四重奏曲によって、
弦楽四重奏なら、アマデウスだなあ、と納得しながら育ったようなものだ。

また、エッシェンバッハは、この後、
ブラームスの室内楽録音をいろいろ行ったが、
例えば、このクラリネット五重奏曲と対をなす、
クラリネット三重奏曲は、
メルツではなく、ドンデラーのチェロ、
ホルン三重奏曲では、
ケッケルトではなく、ドロルツのヴァイオリンと、
何と、ドロルツ四重奏団のメンバーとの録音に切り換えている。
有名なピアノ五重奏曲は、アマデウスと一緒に録音した。

このように、アマデウス四重奏団が伸びる中、
グラモフォンには、消え入るような、
旧世代の四重奏団があった。
それが、ケッケルトとドロルツである。

さて、このミュージックテープを改めて見て見よう。
中には、しっかり解説も載っている。
ドイツ製だが、最初に英語解説が来ている。
もう何十年も前のものだが、
当時は当然、見ても分からなかったので、
目を通しもしていないだろう。
あるいは、ノットゥルノとは何ぞやと、
覗くくらいはしたかもしれない。

が、ちゃんと何が書いてあるかと、
意を決し、まともに、中を開いたのは、
今回が初めてである。

いったい、そこには、何が書かれていたのだろうか。

この時代なので、無記名であるが、ブラームスの音楽については、
比較的、よく書いてある。

「1890年、弦楽五重奏曲ト長調作品111を書き上げてすぐ、
ヨハネス・ブラームスは、残りの人生は作曲の筆を置くことを、
真剣に考えていた。
見るからに、彼は老け込み、友人にはこう語っていた。
私は、もう十分に成し遂げた。
もう若い連中に道を譲るときだ。
この宣言は、1891年5月7日に、
バート・イシュルでの58歳の誕生日の折りにも、
聞くことができた。
しかし、幸いなことに、運命は、あるタイムリーな機会を導き、
ブラームスは突然、新しい創造の熱狂の波に捕らわれた。
特に、クラリネット奏者の
リヒャルト・ミュールフェルト(1856-1907)
との友情の結果として。
この卓越した音楽家は、もともとヴァイオリニストだったが、
クラリネットを自分で勉強し、20歳の時には、
有名なマイニンゲンの管弦楽団の第一奏者となった。」

ということで、ミュールフェルトが、
後にレーガーが音楽監督となる、
オーケストラで演奏していたことを知った。
しかし、どうやら50歳を過ぎたくらいで亡くなっており、
時代的に、レーガーの名作は、この奏者とは、直接的な関係はないようだ。

あと驚いたのは、当時のミュールフェルトが、
若いということだ。
クラリネットの大家というから、
今のライスターとは言わないが、
もう少し年配を想像していた。

もっと言うなら、この渋く、人生の味を噛みしめるような、
クラリネット五重奏曲は、
40歳前の人のための音楽にも思えなかった。
が、考えてみれば、ライスターは1937年生まれ、
この録音は、1967年の録音という事なので、
30歳になるかならないかの頃の演奏だった。

「1884年から1896年まで、
バイロイト音楽祭に参加してもいた。
ブラームスは、その愛らしい響きゆえに、
クラリネット嬢などと、ふざけてミュールフェルトを呼んでいたが、
彼は、ブラームスの最も美しい数曲に霊感を与えた。
『このクラリネット奏者を聞いてみたら、
ちょっとした値モノですよ、気晴らしになる。
あなたはきっと有頂天になり、
きっと私の音楽も、
それを邪魔することはないでしょう。」
マイニンゲンから、ブラームスは、
こんな手紙をクララ・シューマンに出している。
この時まで、ブラームスの室内楽には、
ホルン三重奏曲を除いて、管楽器が登場することはなかった。
しかし、当然、彼は、オーケストラ曲からして、
管楽器の音色や技術的な特色を知っており、
新しいクラリネットの作品も、
この楽器の特色を引き出している。
1891年の7月、彼の若い友人で、
援護者である、「マンディ」こと、
エウゼビウス・マルチュセンスキーに、
(この人は後に高名な音楽学者となる)
ピアノ、クラリネット、チェロのための
イ短調のトリオ作品114を送り、
『馬鹿げて比較的大規模な双生児の作品』を、
『目下、進行中』と書いている。
これこそはクラリネット五重奏曲ロ短調のことで、
モーツァルトのイ長調に続き、
同時にレーガーの五重奏曲146に連なる名作であり、
この言葉はブラームスらしい謙遜である。
ただし、モーツァルト作品とは、
終楽章に変奏曲形式をもって来た事以外、
構成的な類似点はない。」

ということで、
何と、この段階の解説には、
レーガーが早くも言及されていたので、
私は驚いてしまった。
が、実際、レーガーの五重奏曲を聴けたのは、
私にとって、ずっと後の事だった。

「一貫してロ短調が支配的な、
すっきりとした、調性の構成、
全体は、バロックの変奏組曲と、
微妙な内部構成原理の融合型である。
この強さは、終楽章に基づいており、
弦楽四重奏曲変ロ短調作品67のように、
すべての楽章に、終楽章の変奏や変容が含まれている。」

このあたり、少々わかりにくいが、
門馬直美氏は、「名曲解説全集」の中で、
こう書いてくれており、非常に分かりやすい。
「この曲の調は、全体のロ短調の他に、
おもにロ長調とニ長調に動いている。
つまり主要調が狭い範囲に限られている。
これはこの曲が古い組曲の様式に
近づいていることを示すのだが、
また主題の関連にも役立ち、
そのために、曲が昔の変奏組曲のスタイルに
接近していることを見せている。
短調の本質は短三和音と短三度だが、
これが実は全曲のモットーとなっている。」

さらに、このように書かれると、
ゾクゾクするくらい、この曲の構想の緻密さを知るのである。
「たとえば、第一楽章ではあまり目立っていないが、
第三小節に下降三度にもとづく動機が出る。
そしてそういうものがすべて凝縮して
第四楽章の主題となったと見ることも出来る。
すると、ますます、この曲が、
十七、八世紀の変奏組曲へ類似していると考えられる。
すなわち、当時の変奏組曲は、
最初に変奏主題を出すのではなく、
中間楽章でしばしばそれを変形しながら示し、
最後の楽章でそれを完全な形で出すという方法を
採っていたことが少なくなかったからだ。」
と言い切っている。

ドイツ・グラモフォンのミュージック・テープの解説は、
このようなことをはしょって書いていたものと思われる。

あと、今回、この門馬氏の解説を取り出して見て、
驚愕したことがある。
ブラームスは、マイニンゲンの公爵夫人に宛てた手紙で、
おそらく、ミュールフェルトがいるということで、
マイニンゲン以外に、この曲を演奏できる場所はない、
と書いているという。

ここまでは良い。
彼は続けて、ベルリンのハウスマンというチェリストを、
呼んで欲しいと書いたらしいのである。
それだけ、チェロが重要な曲だと認識できた。
少なくとも作曲家はそう考えていた。
ミュールフェルトだけが重要なのではなかった。

だから、フェルメール四重奏団のような演奏では、
物足りないのであろう。
と、勝手にこじつける。

ちなみにハウスマンは、ブラームスの、
チェロ・ソナタなど、多くの作品を初演した、
ブラームスの友人である。

あと、下記は、あのテープについていた解説の、
ブラームスの曲に関する最後の部分。
「ロ長調のアダージョの中間部では、
第三楽章のプレストでは、彼の音楽でしばしば見られる、
ジプシー音楽のラプソディックなスタイルに戻っている。
このように、この後期の作品において、
再び、彼の創造力はその初期の要素を取り戻させ、
それは、さらに円熟を加えて、新しい作風となった。」
という具合で、簡単ながら、音楽の特徴を表わしている。

私の持っているものは、Pマークに1968とある。
もう40年も昔の遺物であるが、
いいことが書いてあったものである。

さて、続きは、シューベルトの「ノットゥルノ」の解説となっているが、
10行に満たない短文である。
「フランツ・シューベルトによる、
いわゆる『ノットゥルノ(D897)』は、
1845年に出版された時、
いささか紛らわしいタイトルをつけられたものである。
実際のところ、それは計画されながら完成されなかった
ピアノ三重奏曲の緩徐楽章“Adagio,alla breve”
なのである。
歌うようなメロディと、ほとんど印象派風の効果が、
この断章を個性的な楽曲にしている。」

この曲は、しかし、ピアノ三重奏曲第一番の、
採用されなかった緩徐楽章という見解もあるようだ。
また、面白い事に、この曲の自筆楽譜から、
その紙の年代が1827年と特定されたとのことを読んだことがある。

さて、この解説の「ほとんど印象派風」という表現、なかなか、
この曲の特徴を捉えている。
が、そうした美しい表現だけでは語り尽くせぬ、
曰く言い難い惜別の年が、ここにはないだろうか。

得られた事:
シューベルト:「ノットゥルノのようなシンプルな曲にこそ、思い入れが必要。」
ブラームス:「クラリネット五重奏曲では、チェロ奏者は指定するくらい重要。」
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by franz310 | 2008-08-30 22:46 | シューベルト | Comments(0)

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その137

b0083728_23501920.jpg個人的経験:
10年ほど前に、新星堂から出ていた、
ドイツ・オーストリアの弦楽四重奏団の
CDシリーズは、
多くがSPからの復刻ものゆえか、
レーガーの弦楽四重奏曲第四番が、
3つの団体で聞き比べすることが出来る。
日本盤で発売されて入手しやすい
レーガーの弦楽四重奏曲は、
ここまで古いものしかない、
という言い方も出来るだろう。


レーガーは、死後、何年かは名声を維持していたが、
その後、第二次大戦復興期になると消え失せてしまった作曲家、
と言ってもいいかもしれない。

しかし、オルフェオのCDでは、
1974年1月に、ケッケルト弦楽四重奏団が作品121、
つまりレーガー最後の弦楽四重奏曲を演奏したものが聴ける。

バイエルン放送局の録音とあるが、放送用の録音であろうか。
ハイドン、シューベルトが共に収録されているが、
ハイドンは1972年、シューベルトは1969年とあって、
いったいどういった経緯で録音され、集められたものであろうか。

収録の限界があるとは言え、
シューベルトは「四重奏断章」ですぐに終わってしまうし、
ハイドンはあまり演奏されることのない作品74からNo.1が
収められている。
最後がレーガーなので、ここまで渋くできることが出来るか、
と言えそうな選曲である。
室内楽が好きな人でも、よほどのことがないと、
欲しいとは思わないはずである。

1974年の時点では、
日本ではアマデウスやジュリアード、ラ・サール、
あるいは、イタリア、スメタナ四重奏団などだけが、
継続的なレコーディングで商業的に成功していたのみ。
あとは、東欧やフランスにそれぞれの本場物に強みを持っている団体がある、
というのが私の世界観であった。

そもそも、東独の団体は素晴らしいが、
西独には、メロス弦楽四重奏団しかない、といった印象すらあった。

ドイツが誇るイエロー・レーベルでも、
ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、ブラームスはアマデウス、
シューベルト、メンデルスゾーンはメロスに任せ、
ケッケルト四重奏団の出る幕はなかったのである。

ケッケルト四重奏団は、かろうじて、
エッシェンバッハの伴奏をしている、
無名の団体といった印象しか、私にはなかった。
何となく、エッシェンバッハが若かったこともあり、
若い団体かと思っていた。

が、このCDの解説を読むと、
この四重奏団が、ドイツの室内楽の基準となるような、
しかも長い伝統を持った団体である旨が、書かれていて驚いた。
Karl Schumannという人が書いている。

「室内楽愛好家が、旧ケッケルト四重奏団を思い出す時、
他の場合にはそんなことはないのに、その瞳は輝き出し、
有頂天となって、最上の言葉を並べずにはいられなくなる。
室内楽の伝統である厳粛さと、
ボヘミア風の音楽作りによるバイタリティに満ちた楽しさを融合させ、
40年以上の長きにわたって、ケッケルト四重奏団は、
室内楽の基準であった。
それは、深みに潜り込み、そして、高みに駆け上がる。」

こうあるように、ケッケルト四重奏団は、
エッシェンバッハの世代などではなく、
さらに古い世代の古豪だったわけである。
確かに、このオルフェオのCDでも、
第1ヴァイオリンに座っているのは、
かなりの老人に見える。

第2ヴァイオリンが、かなり若く、
エッシェンバッハの世代であろうか。
ケッケルトの息子のルドルフ・ヨアヒムである。
あとの二人は、リーデル、メルツで、
老ケッケルトと同世代である。

それにしても、いきなりボヘミア風の音楽作りとは、
どういう事だろうか。
そのあたりのことも、このCDの解説を読めば分かる。

「ケッケルト四重奏団の成功の秘密は単純だが、
まねの出来るものではなかった。
まだ、フランツ=ヨーゼフ帝の治世下の一地方であった、
ボヘミアに生まれた4人の仲間が、一緒になって、
プラハ音楽院に学び、
1938年、ヨーゼフ・カイルベルトによって創設された、
プラハのドイツ・フィルの弦楽器の第1奏者を占めた。
そして一年後、1939年には、
若い四重奏団は最初のコンサートを行った。
故国を離れ、1945年、46年のシーズンからは、
ボヘミアやシュレジエンからの亡命者によって構成され、
すぐに有名になった、バンベルク交響楽団で新しい出発をした。
さらに南に移動し、1949年にはさらに南に移動、
ミュンヘンにオイゲン・ヨッフムが創設した、
バイエルン放送交響楽団でも、彼らは第1奏者を務めた。
ルドルフ・ケッケルトは、主要なヴァイオリン協奏曲を演奏し、
ピアノのパートナーのマグダ・ルイとソナタのリサイタルを開き、
アウグスブルクのレオポルド・モーツァルト音楽院で、
教授として長い間、指導に当たった。
第2ヴァイオリンのヴィリー・ブーフナーの死によって、
四重奏団は危機を迎えたが、ケッケルトの息子で弟子でもあった、
ルドルフ・ヨアヒムがその空席を埋めた。」

このように、ケッケルトは、どうやら、
現在のチェコ領内に生まれながら、
大戦の混乱によって、亡命を余儀なくされた人と言うことが分かる。
プラハ音楽院の同級生が、
ラファエル・クーベリックということで、
どんな世代の人かは分かる。
クーベリックは、1914年生まれなので、
前に取り上げたシュトループより一回りほど若い。

が、1939年に創設したということなので、
1936年創設のシュトループ四重奏団と、
同時代の団体と考える事も出来る。

このバイエルン放送交響楽団は、1965年に来日して、
クーベリックが指揮、ブルックナーの「第8」を皮切りに、
ベートーヴェンの「田園」、バルトークの「管弦楽のための協奏曲」、
モーツァルトの「ハフナー」、ヒンデミットの「交響的変容」、
フランクの「交響曲」、
さらに、シューベルトの「未完成」、
ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」から、「前奏曲と愛の死」、
ドヴォルザークの「新世界交響曲」、
といった魅力的な曲目を披露したようである。

しかし、クーベリックのような、
作曲、指揮、ヴァイオリンにも才能があった同窓生というのは、
困ったものだ。
父親からして世界的ヴァイオリニストという名門。

さて、その来日時のメンバー表を見ると、
各セクションのトップに、
先に出て来たメンバーの名前が見える。
「第1バイオリン ルドルフ・ケッケルト
 ビオラ     オスカー・リードル
 チェロ     ヨーゼフ・メルツ」

第2ヴァイオリンのブーフナーの名前は見えないが、
まさしく、こうした形でも、彼らは来日していたようだ。

しかし、ケッケルト四重奏団が日本で広く知られることはなかったようだ。
この四重奏団、それからも活躍していたようなのだが。

「1982年まで、それほどの疲れは見えなかったものの、
旧ケッケルト四重奏団はリタイアし、ルドルフ・ヨアヒムが、
後を継いで、新ケッケルト四重奏団となった。
その40年の間、彼らは5大陸を演奏旅行し、
王侯貴族の前でも、若い人たちの立ち席の前でも演奏した。
ビュルツブルクのモーツァルト・フェスティバルや、
ザルツブルク、ルツェルンのフェスティバルに参加して、
ベートーヴェンを輝かしく全曲演奏し、録音活動をし続けた。
20世紀中盤には、ケッケルト四重奏団は、
ドイツを代表する四重奏団となっていた。」

ということで、一般的評価は、日本での扱いと雲泥の差であった模様。

「そのレパートリーはヴィーンの3大家に19世紀ドイツもの、
さらに、隣国チェコのスメタナ、ドヴォルザークなどが占めた。
また、調性の残る音楽とはいえ、
ヒンデミット、クルシェネク、Zillig、Holler、Bialas、
アルベルト・ヒナステラの近代物の初演も行っている。
音色には活力があり、豊かで感覚的、いささか大げさだが、
弱くはなく、凝りすぎたものでも気取った正確さを狙ったものでもない。
リーダーであるルドルフ・ケッケルトのレガート奏法には華と説得力がある。
Eger地方の村の鍛冶屋の息子であるヨーゼフ・メルツは、
逞しい低音の基礎を築き、ソロでは自然に力強い音楽を奏でる。
当然のことながら、正確さが基本にあって、
集中の不足やのんびりしたところは許されていない。
チームワークやバランス感覚が、ほとんど即興的な自由さで、
各演奏会で音楽をすることの喜びを引き出して行く。
ケッケルト四重奏団は、
ことさら内省的でも知的でもなければ、
唯美主義でもなく、
彼らはただ、弦を使って、
人生を表明している。」

すごい表現である。人生を表明する四重奏団。

また、ここで、彼らの出自、ボヘミアのことが出てくる。
そういえば、レーガーを驚かせたのも、ボヘミア四重奏団だった。
このCDにも入っている弦楽四重奏曲嬰へ短調作品121は、
「心からの友情を込めて、ボヘミア四重奏団へ』と書かれて、
彼らに献呈されたものである。
はたして、ケッケルトらは、
こうした経緯をどのように捉えていたのだろうか。
意識した選曲か否か。

「彼らのボヘミア出自は、その演奏を特徴付け、
その自発的なスタイルで知られることになる。」

ということは、当時のドイツの四重奏団は、
何か四角四面の計算されたスタイルだったように感じられるが、
確かに、シュトループ四重奏団などのスタイルは、
自発性ではあろうが、妙にかっちりかっちりしたものだった。
同時期に創設されながら、
戦後長く命脈を保ったのは、そうしたスタイルが受け入れられたから、
という感じの記述が続く。

「音楽の美しさと気品に対し、楽観的に身を委ねた彼らの演奏は、
戦後早い時期にどこででも受け入れられた。
旧ケッケルト四重奏団は、直感のマジックの大家であり、
室内楽が高尚に過ぎると思っている人以外、
ベートーヴェンの作品74に始まり、
バルトーク直後に終焉した王国を信じる者は誰も、
その音楽作りに抗しきれなかった。
ケッケルトのドヴォルザークやスメタナを別にしても、
それはおそらく、弦楽四重奏のえり抜きの芸術であり、
その基本とでも言えるものであろう。
ケッケルト四重奏団の録音に触れることによって、
20世紀中盤における音楽イベントを確認し、
味わうことが出来るのである。」

このように、ケッケルト四重奏団のような、
より自由で伸びやかなスタイルの演奏が、
戦後の音楽嗜好に受け入れられて行ったことが書かれている。

が、一方で、この筆者は、ケッケルトの演奏は自由気ままなものではなく、
芸術におぼれたものでもなく、ひたすらに人生を表出したものだと書く。
しかし、内省的というよりは楽天的であるとも書く。

このCDのデザインは、いかにもそうした団体の面影を伝えるものであろう。
単なる演奏風景でありながら、幾分下向きのケッケルトの面持ちが、
音楽に何かを託している感じである。

とにかく、選曲が渋いので、いったいどこで、
何に耳を澄ませればいいのか悩ましい選曲であるから、
演奏の少ないレーガーで比較してみよう。
この欄でも、この弦楽四重奏曲第五番は、
ベルン四重奏団や、マンハイム四重奏団で聞いて来た。
演奏時間を比較すると、

       ベルン   マンハイム  ケッケルト
第一楽章   12.04  11.41  11.59
第二楽章    4.55   4.12   5.14
第三楽章   11.16  11.37  10.05
第四楽章    9.47   8.47   9.20

という風に、両端楽章はベルンとマンハイムの中間で、
第二楽章と第三楽章は、差がつかない方向にシフトしている。

弦楽四重奏曲第四番の比較時は、
新星堂のモノラルの演奏を行ったが、
さすがに1974年のステレオ録音ともなると、
ベルン、マンハイムのデジタル録音と比べても、
音質故に不利ということはない。

ケッケルト四重奏団の演奏、第一ヴァイオリン主導型と思えるが、
老ケッケルトが、しなやかな歌いぶりで、無理な楽想の変転を強いずに、
じわじわと曲想を盛り上げて行くところが見事である。
レーガーと同じ時代から生きている演奏家の、
老巧な音楽作りであろうか。

マンハイム、ベルンは、おそらく40歳代後半か50代はじめの録音。
したがって、と言うべきかどうか分からないが、
マンハイム盤などは、少々、聞いていて疲れる感じ。
第二、第三楽章の緩急の対比を一番、際だたせているのもここ。
第二楽章など、めまぐるしく飛ばしまくる上、音量変化も大きい。
いろんな楽器の掛け合いも挑発的。
第三楽章では、失速寸前まで引き延ばしている。

ベルンは最初に聞いた演奏ゆえに、私には、基準のような感じ。
豊かな低音に支えられ、立体的に構成した空間の印象が新鮮であるものの、
第一楽章展開部で騒然として、絶叫が入る場合もある。

ケッケルト盤には、そうした要素はなくて、
ある意味、穏やかに流れていくような感じ。
しかし、逆の見方をすると、覇気に不足し、
ケッケルトに依存して、空間的な広がりより、
時間を紡ぎ出すのに専念した演奏に聞こえる。

問題の第一楽章展開部でも、ケッケルト一人が興奮し、
みんなが一斉に騒然していないので、煩さが少ない。
これは、自発性がない、という言い方も出来ようが、
音楽をエンジョイしようとしている感じはある。

興奮はケッケルトに任せて、
その効果はしっかりバックでフォローします、
という美学とも思える。
従って、ソロで歌う所では、しっかり各奏者の音色が堪能できる。

そうした行き方ゆえか、このレーガーは、
非常に分かりやすい。
第一ヴァイオリンだけを聞いていればいいので、
心強い道標があるような印象だ。

が、動きの速い第二楽章などは、中庸化されて、
幾分、ショスタコーヴィチ的な動きのおもしろさに欠ける。
こうしたひねくれた楽章では、
ベルン四重奏団の抽象絵画のような構造感が威力を発揮し、
弱音時の神秘的な雰囲気などは、
ケッケルトからは絶対に聴けないような気もする。

第三楽章でも、ベルン盤は張り詰めた空気の温度が冷たい。
ケッケルト盤は、ケッケルトが一人、
かっかしてリードしている分、歌が熱い。
とはいえ、これはこれでストレートに胸に響く音楽になっている。
前述のように、マンハイム盤のようにまで引き延ばされると、
歌の感覚は希薄になる。

第四楽章は、マンハイム盤もここでは、前の楽章から一転して、
ちょこまかと動き回っているが、これがややうるさく感じられる。
この楽団の演奏、あまり不満はなかったが、
老巧なケッケルトの後で聞くと、妙に騒がしい印象が残る。
楽器の交錯も、とって付けたような無駄な動きに思えて来る。

一方、ベルン盤は線が細いが、
そのあたりは、一つの楽器のようになって、
例の卓越した幾何学的バランス感覚で面白く聞かせている。

この第四楽章、軽妙な弓裁きから始まる音楽ゆえ、
冒頭から、真意がどこにあるか計りかねる。
ケッケルト式の自由に歌い継ぐスタイルは、
安心して水先案内人に身を委ねておればよい。

いったい、レーガーは、どのような演奏を想定していたのだろうか。
これら三つの演奏を聴いていると、
ベルン盤が一番、四つの楽器の可能性を追求しているような気がするが、
人生を語っているのは、おそらくケッケルトだろう。

しかし、レーガーがこの曲を書きながら、
何を思っていたかはよく分からない。

このCDでも、レーガーの曲そのものの解説は、
作曲の時期が下記のように記してあるだけで、
特に見るべき物はない。
「1911年、『薔薇の騎士』初演の年、
これがなくとも、すでに過負荷の状態であった。
マイニンゲンの高名な宮廷オーケストラを監督することになり、
作曲の時間はほとんど残されていなかった。
そこで唯一、生まれたのが、
彼の5番目の、そして最後の四重奏曲、
作品121嬰へ短調である。
構成では、作品109に類似のものだが、
絶え間なく転調される材料で、
複雑な対位法を開拓している。
特に第一楽章やアダージョでは、調性の限界まで行っている。
しかし、すでに当時はシェーンベルクはこれを超えていた。
レーガーの好んだ嬰へ短調で書かれたスコアでは、
人に媚びを売るものは拒絶され、
ベートーヴェンやブラームスの機能和音を超えて、
四つの楽器による音楽作りがどこまで拡張できるかの、
探索が行われている。」

マイニンゲンの監督就任前の、その期待と不安が交錯する時期だが、
そんなものが音楽になるとは思えない。

さて、ケッケルト盤、レーガーでは、
いくぶん、昭和の演歌風であったが、
ハイドンの四重奏曲などを聞くと、
各楽器の歌の受け渡しが精妙で、
決して、ケッケルトが一人で泣き叫ぶ団体ではないことが分かる。
暖かなヴィオラの音色にも、豊かなチェロの響きにも、
ケッケルト同様の、生き生きとした血の流れが感じられる。

この作品は、ハイドン晩年らしく、完成度の高い力作ながら、
あまり演奏されないものである。

それは、交響曲的な構想の広がりゆえ、
とのことだが、ケッケルトのような演奏で聞くと、
この雄大な構想の中で、各奏者が十分に羽を広げて羽ばたき、
さすが円熟期の作品と思える。

シューベルトの演奏でも、
ケッケルトが歌いまくる感じで、
美しいヴァイオリンの音色が冴えるが、
危機の時代の作品であるゆえに、
これはもう少し、低音の不気味さや主張が必要のような気がした。

が、音楽としては、非常に美しい仕上がりになっている。
ここでは、シュトループが聞かせたような、
かちっ、かちっと止めて行くような演奏方法はない。
むしろ、ブタペスト四重奏団の1934年の録音などで、
ロイスマンが悠々と歌い継いでいるのに近い。

1934年といえば、ケッケルトが四重奏団を結成する少し前である。
このあたりの音楽美学が、ケッケルトの基本にあったとしてもおかしくはない。

得られた事:「戦後ドイツの気分は、ケッケルト四重奏団のひたむきな歌に共感した。」
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by franz310 | 2008-08-23 23:52 | 音楽 | Comments(2)

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その136

b0083728_23323362.jpg個人的経験:
戦中から戦後にかけ活躍した、
シュトループ弦楽四重奏団の、
錚々たるメンバーについて
前回触れたが、
第二ヴァイオリンの
フーブルという人は、
ヴェンドリンク四重奏団でも、
第二ヴァイオリンを務めていた人で、
新星堂のCDでは、
この両楽団の演奏が並んでいる。


もちろん、下記、両演奏に同じ人の名前が登場。

シュトループらの演奏するシューベルトの「死と乙女」が、
1940年の録音。

同じCDのヴェンドリンク弦楽四重奏団の演奏では、
1934年の録音で、何と、レーガーの弦楽四重奏曲第四番から、
あの不思議な第二楽章が取り上げられている。

また、シューベルト晩年の傑作、弦楽五重奏曲の第二楽章も、
同じCDで聞くことが出来る。
これも、1934年3月の録音とある。

シュトループの厳格な音楽作りが、
戦争や国家体制の影響を受けているかどうか、
少し気になっていたので、
このヴェンドリンクらの演奏もそんな耳で聞いてしまった。

このシューベルトの五重奏曲、
シュトループの「死と乙女」と比べると、
やはり、ずっと息づかいが自然なような気がする。
このCDのトラックでは最長の12分を歌っているが、
ヴァイオリンもチェロも、表情豊かな陰影を見せて素晴らしい。

私は、この大曲は、1935年に、
プロ・アルテ四重奏団が録音するまで、
知られていなかったものと、漠然と思っていた。

あらえびすも、他に比較するレコードもない、
などと書いていた。

また、確か、プロ・アルテのメンバー自身も、
曲のことはよく知らずに録音したという、
逸話があったのではなかったか。

が、近衛秀麿は、この曲を稀代の傑作と信じて、
交響曲への編曲までしているので、
こうした録音があったとしても不思議はない。

このヴェンドリンクらの録音も、
ポルタメントも交え、気持ちよく自然に歌ってはいるが、
とても格調の高いものである。

また、この新星堂のシリーズの特徴とする、
充実した解説を読むと、
このあと、レーガーの四重奏曲が続くのにも、
非常に納得が出来る。

つまり、ヴェンドリンクは1875年生まれ、
ほとんどレーガーと同年代のヴァイオリニストであり、
親交もあって、なおかつ、その作品のスペシャリストとして、
知られていたというのである。

マイニンゲンのコンサート・マスターだったこともあり、
音楽大学で教授、学長まで務め、レーガーと経歴も似ている。

そのせいか、非常に自信にあふれた演奏で、
各楽器の充実も特筆に値する。

シュトループより一世代前の人で、
メロディラインをずり上げるようにする場面に、
それを感じさせはするが、
アンサンブルは情緒におぼれてはおらず、
シュトループ四重奏団のきっちりとしたスタイルは、
この四重奏団の延長として捉えることが出来る。

レーガーはいろいろな四重奏団に霊感を受けて作曲をしたが、
このヴェンドリングらの演奏は、レーガーの死後、
20年を経てからのものであるとはいえ、
その時代を映すものと言えるのであろう。
レーガーの四重奏曲の奇妙な楽想に、
まったく普通に、共感を持って取り組んでいる様を感じた。

このCD、シュトループ四重奏団の「死と乙女」に加え、
このヴェンドリンク四重奏団の2曲が聴けるだけで、
非常に価値のあるものと思える。

ただし、表紙デザインは、シュトループが大写しとなっているだけで、
ここから、以上、説明して来たような伝統や来歴を語るには、
ちょっと苦しい。

また、同じ、1930年代の録音ということからか、
このCDには、リーレ・クェリング四重奏団の、
ハイドンの「ひばり」全曲も納められている。
これは、非常にさわやかで清潔な名演とは思うが、
先の、武骨な四重奏団と同列に扱って良いものかは、
少し疑問も残る。

シューベルト、レーガーといった、
何やら背負っているものが大きそうな作曲家に先だって、
ハイドンが舞い上がるのは、ちょっとCD全体の印象を弱めている。
とはいえ、このレコード、昭和10年に、日本でベストセラーになったとある。
決して、軽んじてよいものではない。
リーレは1897年生まれとあるから、シュトループと同世代である。

さらに、レーガーの後には、
やはり、女流が率いる、グレーテ・エヴェラー弦楽四重奏団の2曲が、
アンコールのように収められている。
これは1922年から24年の録音ということで、
無理にここに入れる必要もないものであろうが、
リーレにつられてやってきたのだろうか。

ブラームスの弦楽四重奏曲の楽章の中では、
最も美しいと思われる、第三番のアンダンテが、
優しい風情で演奏されているのが嬉しいが、
さらに、人気作、ドヴォルザークの「アメリカ」の、
第二楽章「レント」が最後に収められている。

このあたりになると、ヴァイオリン主導型の、
オールドスタイルで、先の三団体と、同列ではないような気もする。

ということで、資料的には非常に貴重なのだが、
全体の印象が漠然としているのは、
こうした理由によるものと思われる。

かく言う私も、レーガーの四重奏が何故、ここに断片で、
納められているのか、という疑問を持たなければ、
改めて、このCDを手にすることはなかったであろう。

また、最初にCDを入手した時には、
耳に心地よい、リーレ・クェリングの「ひばり」ばかりが気になったものだ。
今回、第二ヴァイオリンのフーブルの存在によって、
ヴェンドリンク・シュトループ・ラインが明示され、
ようやく、このCDの何たるかが分かって来た次第である。

何しろ、79分も入っているのである。

さて、こうした隠れた名演、または歴史的演奏が多数含まれた、
「ドイツ、オーストリアの弦楽四重奏団」と題された、
20枚からなるCDシリーズは、実は、
全体の半分以上がブッシュ四重奏団のものだった。
これがまた、偉大なるブッシュ+αのシリーズという感じを醸し出していた。
なかなか難しいものである。
(シュトループのものは、第8集、第9集。「死と乙女」は8集。)

そのほかに、マーラーの義弟、ロゼーによる四重奏団のものが二枚、
クリングラーが二枚あり、存在感を示していたが、
先のシュトループも二枚とはいえ、ここには、
前述の如くヴェンドリンクが割り込んでいたりする。

また、SP時代の復刻ということから、
多くは、作品の一部の抜粋が、多くの四重奏団によって、
雑多に集められている感じである。

b0083728_2333873.jpg特に、第5集は強烈で、
ポスト兄弟弦楽四重奏団、
プリスカ弦楽四重奏団、
昔のグァルネリ弦楽四重奏団、
作曲家のヒンデミットが
参加していることで有名な、
アマール弦楽四重奏団という4団体が、
2、3曲から数曲を受け持って、
ハイドン、モーツァルト、
ベートーヴェン、シューベルトらの
作品の切れ端を演奏している。


このCDは、すべて1920年代の演奏である。
従って、ヴェンドリンクの世代、あるいは、
シュトループの先達の記録と考えても良かろう。

しかし、このCDなどは、CD感覚で聞くと、
何だか分からないまま終わってしまう。
一曲ずつ、一回停止させるように聞かないと、
どの団体がどうだ、というのが分からなくなってしまうのである。

何しろ、モーツァルトの「プロシャ王1番」などは、
第二楽章がポスト兄弟と、アマール~ヒンデミットの、
2団体のものが収められており、
第三楽章はポスト兄弟が録音しているかと思えば、
モーツァルトの第十五番ニ短調の四重奏曲は、
第三楽章が、やはりヒンデミットらによって、
また、終楽章がグァルネリ四重奏団によって、
演奏されているといった風に、
本当にややこしい寄せ集めになっているのである。

ここからも、モーツァルトの人気の高さは伺われるが、
しかし、我らがシューベルトも、晴れて、「ロザムンデ」の第二楽章と、
何と、D46の第四番の四重奏曲のメヌエットが収録されており、
意外にも、古くから愛奏されていたことが分かる。
特に、後者にはびっくりした。

前者はポスト兄弟が、ノスタルジックなポルタメントを聞かせるが、
残念ながら3分47秒に短縮されて演奏されている。
後者はプリスカ四重奏団が演奏しており、
こちらは、何だかすごい迫力のある演奏で特筆に値する。

ダイナミックの変化の幅や、激しい切り込みが生々しく、
団員には、何と、後のブタペスト四重奏団のチェリスト、
ミッシャ・シュナイダーが含まれている。

この団体は、あとハイドンの「皇帝変奏曲」と、
「騎士」の終楽章を演奏しているが、
これらは、ちょっと引き崩しが目立つ。
とはいえ、恣意的ながら、現代的な感じがしないでもない。
音が生々しく生きている感じがする。
シュナイダーのチェロも格調高い。

解説によると、プリスカは、
1880年生まれのヴァイオリニストらしく、
10代の頃からアメリカに渡り、
シカゴのオーケストラで弾いていた事もあるという、
変わり種である。
ロンドンでアウアーに師事したとあるが、
ケルン歌劇場管弦楽団の団員としてカルテットを組んだともある。
何だか正体不明の団体である。
第二ヴァイオリンはミンナ・プリスカで奥さんであるという。

ただ、この団体はあらえびすの「名曲決定盤」にも、
ポリドール系四重奏団として紹介されている。
しかし、「近頃はプリスカ四重奏団が活躍して」いる、
程度の記述しかない。
これは、後にメンバーが入れ替わった後の話の模様。
この時は、ミンナは団を離れていたようだ。

このような忘れられた団体の演奏を探し出して来て、
復刻し、詳細な解説をつけて、
全力を傾けて資料化しようとしている試みには、
畏敬の念を感じずにはいられない。

ただし、ポスト兄弟については、
「クリングラーと並んで、
今日音が残っているドイツの四重奏団の中では
最も古い団体」
と書かれているのみで、さらに、
「経歴はほとんど分かっていない」と書かれている。

その割には6曲も受け持っていて、
ハイドンの「セレナード」やボッケリーニの「メヌエット」等、
いかにも、という名曲を、
またまた、いかにも時代を感じさせる、
という鄙びた音色で聞かせる。
テンポの変化も大きく、これもいかにも、
という感じだが、それなりに素直に聞かせてくれる。

ポスト、プリスカという家族経営的団体に続き、
グァルネリ弦楽四重奏団が来るが3曲を演奏するのみ。
この第一ヴァイオリンのカルピロフスキーは、
1895年生まれ。ウクライナの出身だという。
やはりアウアー門下で、あらえびすの本にも出てくる、
ロート弦楽四重奏団のロートがフランスに去って、抜けた後に、
この人が入って出来たのだという。

言うなれば、ロート四重奏団の第一ヴァイオリン変更版である。

あらえびすの本によれば、ロートはブタペスト生まれで、
通俗な小曲を入れていたが、アメリカでは大曲で大成功した、
とあるが、それが、「最近のことである」とあるから、
ロートはこの後も、別の四重奏団を組織したのであろう。

それにしても、何と、当時ロシアで有名だった、
ストラディヴァリウス四重奏団に対抗して、
ヴァイオリンの名器であるグァルネリを団体名にした、
という裏話が時代を感じさせる。

また、最近まで活躍していたアメリカの同名の団体も、
さすがに、この戦前の団体の演奏は聴いたことがないようだ、
というコメントも、このシリーズの解説ならであろう。

この団体が、一番、めんめんと歌うスタイルだが、
想像していたより、べたつきはない。
チャイコフスキーの「アンダンテ・カンタービレ」、
も美しいし、
珍しい、イッポリトフ=イヴァノフの「間奏曲」も、
非常に幻想味豊かなものを表出しながら、
早めのテンポが、これを隙のないひとときにしている。

最後のアマール~ヒンデミット四重奏団は、
ヴィオラの名手でもあった、
作曲家のヒンデミットが加わっていたということで、
有名な団体だが、当初はチェロもヒンデミット、
つまり、ヴィオラの弟だったとは知らなかった。
(この録音の頃は、フランクに代わっている。)

また、アマールは、レーガーの盟友、マルトーに師事、
しかも、その四重奏団の第二ヴァイオリンも務めた、
とあるのには驚いた。
さすが、現代の作曲家が加わった団体だけに、
とてもきちっとした演奏を聴かせてくれる。
1928年の録音。

ただし、ここでは、モーツァルトを二曲演奏しているだけなので、
その全貌が理解できたようには思えない。
また、この二曲しか録音していないアマール四重奏団が、
表紙写真を彩っているのも、ちょっと惜しい。
が、これくらい有名な団体でないと、
写真は残っていないかもしれない。
というか、経歴も不詳の人が多いので、
簡単に手に入るものではないだろう。

アマールはトルコ系ということだが、
この写真も独特の風貌である。
1891年生まれで、
やはり、レーガーゆかりのマルトーを師とするらしい。

ヒンデミットは右下で窮屈そうだ。

ところで、このCD、14トラックもあるが、
トータル、60分で終わってしまう。
何故、同じ20年代録音の、グレーテ・エヴェラー四重奏団を、
ここに入れなかったのかは不思議である。

そうすることによって、1920年代の録音集として、
まとまった印象が出来たはずである。
先の、ヴェンドリンク、シュトループのCDも、
もう少しすっきりした印象になったはずだ。

それにしても、SP時代の人は、
こんな断片のような録音から、沢山を語っていたのであろうが。

また、今回の2枚を聞き比べると、
1920年から30年代にかけて、
何やら、録音の鮮度のみならず、
演奏スタイルにも差異を生じて来ているような気がした。

得られた事:「歴史的資料価値と、商業的訴求、並びに分類のバランスの難しさ。」
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by franz310 | 2008-08-16 23:44 | 音楽 | Comments(0)

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その135

b0083728_2383087.jpg個人的経験:
以前、ここで、
日本の指揮界の先達である近衛秀麿が、
シューベルト晩年の傑作、弦楽五重奏曲を、
管弦楽曲化した事について触れた。
近衛は、1930年頃、「終生の師となる」、
エーリヒ・クライバーと会っている。
この時、このドイツの大指揮者は、
すでに、レコードでも高名だった。
ベートーヴェンの没後100年を記念して、
「第二交響曲」などを録音していたからである。

おさらいすると、1890年生まれのクライバーは、
1923年、弱冠33歳の若さで、
ベルリン国立歌劇場の音楽監督になって、
ナチスを嫌って1835年にその職を離れるまで、
12年にわたって黄金時代を築いた。

この頃、このオーケストラの
コンサート・マスターを務めていたのが、
マックス・シュトループであった。
1928年から34年にかけて、その任に当たり、
32年から45年までベルリン音楽院の教授、
36年からは、シュトループ四重奏団を組織したと、
幸松肇氏は書いている。

ということは、高名な、
ポリドールの交響曲全集の「第二交響曲」
の録音(1929年)などは、シュトループが、
ヴァイオリンの最前列に座っていたのであろうか。

この録音は、今世紀になってからも、
ダットン・レーベルがきれいな復刻で、
CD化してくれている。
私は、息子のカルロスなどより、
父クライバーの、柔軟な音楽作りが好きなのだが、
そのCDで、もう80年も昔に録音された、
この交響曲の演奏を聴いても、
颯爽とした音楽の流れが心地よい。

この交響曲全集は、クライバー一人が全曲を振ったのではなく、
大作曲家のリヒャルト・シュトラウスや、
フィッツナーまでが登用されており、
音楽王国の底力を見せつけるような内容となっている。
フィッツナーは「田園」を振って、宮澤賢治の愛聴するところとなった。
このあたりのことは、この欄でも以前書いた。

そういえば、この録音は1930年。
あるいは、ここでのヴァイオリンにも、
シュトループの音は聞こえるのだろうか。
賢治が聞いた音ということだ。

フィッツナーは「英雄」も振っているが、
こちらは、ベルリン・フィルの演奏であった。
このように、当時から、ベルリンの二つのオーケストラは、
2大オーケストラの様相を呈していた。

戦後は、東西ドイツを代表する団体となった。

後者、ベルリン・フィルの小型バージョンである、
ベルリン・フィルハーモニー八重奏団については、
前回、フィルハーモニア・カルテット・ベルリンの時代まで概観した。

b0083728_23154542.jpg一方、前者、国立歌劇場管弦楽団を
ルーツとする四重奏団は、
先の幸松肇氏や新星堂のおかげで、
シュトループの時代から
確認することが出来る。

その録音の中でも一番古いのが、
1935年5月、38年6月という
奇妙な録音データを持つ、
レーガーの
弦楽四重奏曲第4番作品109である。


これは、クライバーの「第二」からは、
10年を経ようとする録音である。

また、この時代、ナチスの気配濃色となってクライバーが、
任を離れた時期にもあたる。
シュトループも、もうベルリン国立歌劇場からは離れている。
しかし、このメンバーがすごい。

第一ヴァイオリン マックス・シュトループ
第二ヴァイオリン ヨスト・ラーバ
ヴィオラ ワルター・トランプラー
チェロ ルートヴィヒ・ヘルシャー
とある。

トランプラーは、後に、アメリカに渡って、
ブタペスト四重奏団と、弦楽五重奏曲の名盤を多く残し、
日本でも非常な知名度を誇ったヴィオラ奏者であり、
ヘルシャーは、ソリストとしても多くのCDが入手できる。
日本を訪れ、東京芸大から名誉教授の称号を得ているらしい。

幸松肇氏の解説は非常に興味深く、こんな風に書いている。
「当時としては第一級の実力を持つ
プレーヤーを結集したものクァルテットは、
ブッシュ弦楽四重奏団が国外での演奏を中心にしていたため、
ドイツを代表する地位にのし上がった。」

ブッシュの演奏した、まったく同じ、
このレーガーの第4四重奏曲に関しては、
この前、この欄でも紹介した。

あの演奏は、強烈な哀惜・望郷の念を歌い上げた、
素晴らしいものであったが、
このシュトループの演奏には、あんな思い入れはないものの、
クライバーの演奏にも比肩すべき、きりりとした息づかい、
闊達な音楽作りを聞き取ることが出来る。

ものすごいちりちりノイズではあるが、
各楽器は1970年代のベルリン・フィルハーモニー八重奏団より、
10倍も明瞭に聞き取れる。
特に、ヘルシャーのチェロの雄渾さが嬉しい。
トランプラーの独奏部分も泣かせる。

一匹狼集団のなせる技と考えるべきか、
それとも、昔の人はすごかったと考えるべきか、
あるいは、フィルハーモニーと国立歌劇場の差異か。
いろんな事を空想してしまう。
あるいは、70年代のベルリン・フィルは、
完全にカラヤンの飼い犬と化していたということか。

このレーガー、幸松肇氏は、
「やや灰汁の強いシュトループの音は、
同様に灰汁の強いレーガーの音楽にぴったりで、
重厚なサウンドでフォローする低音部とうまくフィットしている」
と書いているが、決してフォローのみではない。
各自が十分に歌っている。

「灰汁が強い」という表現はよく分からないが、
甘い美音ではないということだろうか。
しかし、おそらく、彼らの音楽作りは、
感覚的に人を陶酔させようというものではなく、
理路整然と音響の魔法を繰り出して、
説得していくようなものだったとも言えるかもしれない。
したがって、終楽章のフーガなどは、どの楽器も明晰に鳴り響き、
まるで音の設計図が眼前に描き出されていくような、
精緻さに息を飲んでしまう。

このあと、1939年にはトランプラーはこの団体を離れ、
メンバーも、フーブル、ヒルシフェルダー、ミュンヒ=ホランドに変更して、
1940年、戦争の最中に録音された、
「ラズモフスキー第三番」や「死と乙女」といった、
弦楽四重奏曲の名作を録音しているが、これらも新星堂のシリーズで聴ける。

「死と乙女」などは、ロマン派の弦楽四重奏曲の代表と呼べそうな気もするが、
彼らの演奏で聞いていると、ロマンティックな憧憬などには、
まったく関心がないようにも思える。
すべての音が明晰に鳴り響き、新古典主義とでも呼べる演奏ぶりである。
甘味な音の海に酔わせてしまおうという気持ちはほとんど感じられない。
ひたすらに、書かれた音楽に切り込んでいくようなスタイルである。

かといって、無味乾燥かというと、
そんなことはなく、硬質の彫琢を感じさせるものがある。
ルオーの絵画でも、ジャケットにするというアイデアが浮かぶ。

実は、この団体、
トランプラーが去る前に、ピアニストのエリー・ナイを迎えて、
シューベルトの「ます」を録音しているのであった。

このCDは、同じく新星堂から出ていて、かつてこの欄でも取り上げたが、
その頃は、シュトループにもそれほど興味を持っていなかった。

その後、マイケル・H・ケイター著、
「第三帝国と音楽家たち」という本で、
こんな一節を見つけて驚いた。

「ヒトラーがユダヤ人を主要な地位から追い出しはじめると、
ナイは歓迎の意を露わにし、『あの人はゆっくりとだが、
過激に事を進めていく』と書いた。
もちろん、こうした処置のおかげで、
彼女自身が益を得ることもわかっていた。
ナイはシューベルトの五重奏曲『鱒』をエレクトローラに録音したとき、
『ユダヤ盤』の不在に大いなる満足を示し、
同時にカール・フレッシュ、ヤッシャ・ハイフェッツ、あるいは、
ヴラディーミル・ホロヴィッツといった国外のユダヤ人演奏家にはもう、
『出る幕がなくなった』ことを喜んだ。」(明石政紀訳)

この本には、エリー・ナイが、ヒトラーに接近することに腐心し、
1937年には、その甲斐あって、名誉教授の称号を贈られ、
1938年夏には公式晩餐の席を共にしたことが書かれている。
また、ヒトラーの前で、御前演奏を望んでいたのに叶わず、
バックハウスがすでにそれをやっていた事を知って逆恨みではないが、
「嫉妬のあまり逆上した」という記述も恐ろしい。

私が恐ろしいと思ったのは、
このバックハウスは、10年も前に、
「ます」の録音を行っているからでもある。
ナイは、それを知っていたのだろうか。

知っていたがゆえに、
お怒りも激しかったと考えてもよかろう。

バックハウスは、我々にとっては、
いきなり長老ピアニストのような印象だが、
ナイにとっては2歳年少の若輩である。
1933年といえば、ナイは51歳、
バックハウスは49歳。

1933年には、ルドルフ・ゼルキンの代役で演奏を頼まれた際、
ユダヤ人の代役と考えただけで身の毛がよだつ、と書き送ったとされる。
ゼルキンは言わずと知れた、
ブッシュの娘婿であり、ブッシュが国外活動せざるを得なかった事情が、
こんな逸話からも迫真に迫る。
そういえば、ブッシュ四重奏団も、団員にナチ信者がいて、
困ったという話もあった。

また、この本では、
ナイと並んで、熱狂的なナチ信者であったとされる、
リー・シュターデルマン(チェンバロ奏者)のエピソードが興味深い。
彼女は、ユダヤ系ヴァイオリニストのヴァイスゲルバーと共演した際、
彼の「ドイツ古典の多感な解釈」に、
聴衆が熱狂したと言って激怒した、
と書かれているのだ。

ひょっとすると、シュトループらの感情を廃したような演奏様式には、
こうした時代背景があったと考えるのは考えすぎであろうか。
ドイツ音楽はあくまで、粛々と演奏されるべきなのだ。

かくのごとき環境下で、1938年5月に、
「ます」の五重奏曲の録音がなされる。

エリー・ナイ(ピアノ)
マックス・シュトループ(ヴァイオリン)
ワルター・トランプラー(ヴィオラ)
ルートヴィヒ・ヘルシャー(チェロ)
ヘルマン・シューベルト(コントラバス)
シュトループ四重奏団のメンバーが3人も入っている。
(幸松氏の文章は、このトランプラーが正式メンバーであったか、
少し、怪しいという面が垣間見える。)

すごい布陣である。
エリー・ナイが喜んだのもうなずける。

さて、改めて演奏を聴き直すと、
冒頭からして、ナイのピアノが異様である。
すべての音をぽつぽつと切って、
まるで蒸留水のように響かせている。

当時、ナイの演奏の繊細さの欠如を書いた人がいたようだが、
ものすごい意志で、不純なものを締めだそうとしているような解釈だ。
粘ったものはすべて、ユダヤ的と考えていたのかもしれない。

が、それはおかしく、
そもそもヒトラーは、どろどろしたヴァーグナーを崇拝し、
レハールの「メリー・ウィドウ」のような、
流麗な音楽を好んでいた。

その真偽はともかくとして、
こうしたピアニストの姿勢が、
彼女より十何歳も若い弦楽器奏者にも影響を与えたと思われ、
彼らの演奏もまた、かっちりと清潔で、
一つの音の余韻に浸らせる暇なく、
先へ先へと音楽が推進されていく。

ただし、あのレーガーの演奏同様、
各奏者の音の魅力は、決してナイに遅れをとっていない。
自発性の高い演奏として、気持ちがよい。

有名な第四楽章でも、すべての音に余韻はないのが独特である。
乾いた早めのテンポで、軽快なピアノが飛び跳ねながら、
弦楽器も、きりりと引き締まった弓さばきを見せる。

「死と乙女」のCDの解説では、幸松肇氏は、
「第二次大戦中、ナチス支配下のドイツに残り、
ドイツ・エレクトローラ社に積極的に録音活動を行った。
ベートーヴェンの『ラズモフスキー第三番』と、
この『死と乙女』が代表的名盤で、
テンポ設定のユニークさと重厚なサウンドが聞きものといえよう」
と書いている。

テンポ設定のユニークさは、「ます」にも言えることであろう。
何だか、バッハの平均率のような感じを受けなくもない。

さて、シュトループの功績は、ドイツ室内楽の活性化、
と、幸松氏は要約しているが、
ナイの喜びを例に上げるまでもなく、
それは時代の要請でもあっただろう。

晩年はデトモルトの教授となり、
1966年に亡くなったと書かれている。
が、彼が、ナチスに協力的であったかどうかは分からない。
ナチ狂のナイと楽団を組んでいたのである。

幸松氏の解説のこの部分だけは、
理解不能な一節である。
「裁判の日、彼はストラディバリで演奏して、
身の潔白を証明するしかなかった。」

さて、このシュトループ、
BERTELSMANNというレーベルで、
シューベルトの「ます」を、
もう一種、聞くことが出来る。
これは戦後の演奏とされる。

ヴィオラはワルター・ミュラー、
チェロはイレーネ・ギューデル、
とあるから、
戦時中、「死と乙女」を録音した、
フーブル、ヒルシフェルダー、
ミュンヒ=ホランドといった仲間は、
ばらばらになったと見える。
コントラバスは、ロルフ・ハイスターとある。

また、ピアノは、エリー・ナイではなく、
コンラート・ハンゼンが受け持っている。
この人は、フルトヴェングラーとの共演で名高いが、
非常にロマンティックな気質の人と聞く。

1906年生まれなので、
同世代のシュトループは気楽だったのではなかろうか。

そんなこともあってか、この「ます」の演奏は、
ナイとの共演とは打って変わって、
ある意味、余韻を大切にしたような、
自然な演奏となっている。

が、シュトループのヴァイオリンは、
あくまで、きちっとして、相変わらず色気のあるものではない。
テンポも厳正で格調高く感じさせる。
ただし、息づかいは幾分、リラックスしている。
これは、神官、ナイの不在もあるだろうが、
もちろん、戦争終結後の空気も伝えているものであろう。

しかし、決してダルな演奏になったわけではなく、
ナイ盤で、7分33秒かけていた変奏曲楽章も、7分20秒。

ハンゼンのピアノは大変、ニュアンスに富んだもので、
非常に繊細な色遣いを見せる。
ただし、弦楽群は幾分、弱いだろうか。

録音もあってか、特に、コントラバスは伴奏に徹しているようだ。
チェロは、有名な変奏曲では、感情豊かな歌を歌っており、
ヴィオラも時折、独特の音色を響かせているが、
心なしか浮き立ったようなシュトループの音色が印象に残る。

解説はドイツ語のみだが、
22歳のシューベルトが、
歌手のフォーグルに連れられて、
シュタイヤーの街で
幸福なひとときを過ごした、ということから、
定石通りに書き始められているようだ。
歌曲「ます」のメロディが出てくることも。

b0083728_23302389.jpgまた、
「ます」が書かれるきっかけとなった、
シュタイヤーの写真が出ている。
日本で言えば、
昔の熱海とか湯河原といった、
温泉やら観光地の
絵葉書を想起させる、
昭和期を感じさせる白黒写真で、
全然、自然豊かには見えないが、
由緒正しき気配は濃厚。

ジャケットは、黄色と黒だけの抽象的なもので、非常に斬新。
が、左上に、「2」と書いてあるのは何だろうか。
何かのシリーズ2枚目ということか。

b0083728_23255922.jpgこれが、小さめのLPなので、
ひょっとしたら、
コントラバスの聞こえないのは、
このせいではなかろうかと、
もう一枚、30cmのLPで、
同じ演奏を探してきた。
レーベルは「fono-ring」とある。
しかし、印象はそれほど変わらず。
が、盤に余裕がある分、
なんとなく、より伸びやかな印象。

先のレーベルと何が違うかは不明。
どっちが先に出たものかもヒントがない。

こちらは、裏面にシュタイヤーの写真はないが、
青地に丸枠で「ますの五重奏曲」とあり、
盤全体が、レトロ風味である。

この演奏、シュトループへの敬意を抜きにしても、
非常に魅力的。コントラバスの弱さがいかにも残念。


得られた事:「環境の変遷と演奏の変遷の関係は分析困難。」
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by franz310 | 2008-08-09 23:37 | シューベルト | Comments(0)

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その134

b0083728_21404192.jpg個人的経験:
恐れ多くも、音楽王国ドイツの首都が誇る、
フィルハーモニア・カルテット・ベルリン
の演奏について不満を書いてしまった。
私の印象では、ベルリンの名前の割に、
甘味なヴァイオリンに対し、
主体性の乏しいヴィオラとチェロが、
くっついた団体ということだった。
しかし、かつて、この団体のヴィオラには、
我が国を代表しているかのように、
土屋邦雄という人が入っていた。

この人は、フィリップスのLPでは、
美しい王宮の一室で、宮廷風のいでたちで、
白人の方々と並んでいた印象が強烈だった。

1968年4月録音の、「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」
のレコードでは、
アルフレッド・マレチェック(ヴァイオリン)
ルドルフ・ハルトマン(ヴァイオリン)
土屋邦雄(ヴィオラ)
ハインリヒ・マヨフスキ(チェロ)
ライナー・ツェペリッツ(コントラバス)
というメンバーで弾いている。

何と、ツェペリッツ!
あのアマデウス四重奏団と、
「ます」を録音していたのは、
この人だったのか、と頭の中でようやく一致。
ジャケットで見ると、ちょびひげのおじさん。
このモーツァルト録音ではあまり存在感がない。

解説には、
「ベルリン・フィルのアンサンブルの有機性、
安定した低音による重み」
といったことが特徴と書かれているが、
私の偏見に満ちた耳では、
このツェペリッツを別にしても、
この時代から、
目立つヴァイオリン+従属する中低音の団体、
という感じがする。

確かに、聞きようによっては、
すばらしい一体感であるが、
それは、統率された一体感で、
各人が自由に呼吸するような趣きではない。

ちなみにこの盤、ディベルティメント第十五番が一緒に入っていて、
選曲はなかなかだが、この曲には、弦楽五重奏+ホルン2つという編成ながら、
ジャケットではホルンは一つしかなく、
しかも奏者は寝ており、
登場しないクラリネットとファゴットが出ているのが、
大きな違和感を感じさせる。

b0083728_21412269.jpgこの編成は、おそらく、
ベルリン八重奏団の最大編成での撮影で、
本来なら、シューベルトの、
八重奏曲を演奏する時のものであろう。
が、この団体が1971年4月に録音した、
シューベルトのこの曲のLPには、
マレチェク、土屋、
ツェペリッツは同じであるが、
すでに二人の弦楽奏者の
名前が代わっている。
つまり、第二ヴァイオリンはメツガーであり、
チェロは、シュタイナーとなっている。

クラリネットはシュテール、バスーンはレムケ、ホルンはザイフェルト。
先のモーツァルトのLPのジャケットの奏者は、
いったい誰が誰なのか。ちょっと気になる。

なお、こちらのLPジャケットは、非常に愛らしい風俗画であり、
これがシューベルトのこの曲を表わしているかは疑問とはいえ、
宝物にしたいような趣きがある。

ベルリンのJohannesstiftでの録音とあるが、
(先のモーツァルトには場所記載なし)
これは、あのモーツァルトのLPの部屋なのか?

この問題は、非常に悩ましい。
というのは、シューベルトの音楽を、
あのようなギャラントな部屋、
端正な出で立ちでの演奏を想定して聴くのと、
このジャケットのようなもっと自然な雰囲気を想定するのでは、
かなり味わいが異なって来るような気がするのである。

すくなくとも、「ます」の五重奏曲は、
市井の音楽家によって、それも、美しい田舎町の庶民に、
委託された作品であるがゆえに、後者に近いだろうが、
八重奏曲は、貴族の依頼で書かれているので、
あるいは、あのモーツァルトのLPのような雰囲気での演奏も、
あり得たかもしれないではないか。

ただ、このシューベルトのLPは、
先のモーツァルトより録音が3年ほど新しいせいか、
演奏も音質も格段に鮮度が高いように感じられる。
コントラバスの表情も豊かであり、弦の掛け合いも精妙である。
シュテールのクラリネット以下管楽も息づいている。
奏者刷新の影響であろうか。

かつて、ヴィーンの団体について書いた時、
確かウラッハらの管楽器奏者らから、弦楽四重奏団に、
働きかけがあったような事を読んだような気がするが、
いったい、このベルリン八重奏団の場合は、
誰が発起人なのであろうか。

解説には、このヴィーンの団体と、
このベルリン八重奏団とは、
双璧であるような事が書かれているだけである。
本当にそうだろうか。録音のためにかり出された団体ではないのか。
ちょっと、そんなことも脳裏をよぎった。

シューベルトの曲については、この曲の成立の由来では、
いつも、述べられる、ベートーヴェンの七重奏曲のことを軸に、
シューベルトとベートーヴェンの関係について書いてある。
そして、ベートーヴェンを範にしつつ、
シューベルトならではの魅力に満ちた曲であることを力説している。

b0083728_21421729.jpgこの団体は、何と、
このシューベルトの翌年、
同じ4月に、同じ場所で、
今度はブラームス晩年の名作、
「クラリネット五重奏曲」と、
ドヴォルザークの「バガデル」を、
カップリングした盤を残している。
同じフィリップスレーベルながら、
このLPは、またまた、デザインを一新し、
抽象的で色彩もお洒落、
これまた新しい味わいを出している。


これも誰の作品かは書かれていない。

メンバーは、シュテールのクラリネット、
弦楽四重奏部は、マレチェック、メツガー、土屋、シュタイナーと、
代わっていないようである。

ここでは、コントラバスがない分、
低音の広がりは少し不利ながら、
立体感のある、豊かな音楽を聴かせている。
しかし、欲を言えば、もう少し低音には、
エッジのようなものが欲しい。
何だか、最初から最後までメロウな感じで、
良い人で終わってしまっている。
クラリネットと第一ヴァイオリンが、
かなりテンションを上げているのに、
その間、傍観者になってはいないだろうか。

この盤の解説、この曲の場合、当然かもしれないが、
時代の流れ、受け継がれる伝統のようなものを感じてしまった。
単に、魅力的なクラリネット奏者に会って、
ブラームスはこの曲を書いた、という事に加え、
ミュールフェルトというこの稀代の奏者が、
シューベルトと同時代のウェーバーの生誕100年祭で、
ウェーバーの曲を演奏して名声を確立したことや、
マイニンゲンに、ブラームスが滞在した時に、
この奏者に魅了され、この地で試演されたとある。

レーガーが、後にこのマイニンゲンの音楽監督となり、
やはり、クラリネット五重奏曲を晩年に書いたという巡り合わせ。
いろいろ考えさせられた。

あと、このLPには、珍しい、ドヴォルザークの作品が入っている。
「スラブ舞曲第一集」の時代の作品ということで、
民族色豊かなメロディも懐かしさに満ち、とても愛らしい佳曲である。
これはしかし、土屋の出番はなく、
ヴァイオリン二つにチェロだけの弦楽に、
リード・オルガン(ハルモニウム)の鄙びた響きが交錯する。
この曲を注文した人の家に、この楽器があったから、
という編成の由来が面白い。

あるいは、前にも書いたが、
シューベルトの「ます」の珍しい編成も、
それらの楽器の演奏家がいたから、
という単純な理由もあったかもしれない。

3、4分の曲5曲からなるが、
懐かしいメロディが、
あるいは、オルガンの独特の音色が、繰り返し登場し、
聞き惚れているうちに、あっという間に終わってしまう。
演奏家も楽しんで演奏している。

このLP、これらの曲の組み合わせの妙だけでも、
十分、特筆すべきものであろう。

あと、この八重奏団は、
このドヴォルザークの、
名作「ピアノ五重奏曲」を、
同じ年の秋に録音している。
ピアノとの組み合わせになって、
新進のスティーヴァン・ビショップを起用。
この録音は、CDになってからも、
日本盤が発売された。
ただし、デザインは意味不明のシャガール。
LPの時は、若々しいビショップとの、
スタジオ風景がかっこよかった。


また、カップリングも変更されている。
なお、弦楽四重奏にメンバーの変更はない。
このCDで、組み合わせが、名門イタリア四重奏団の、
「アメリカ」になったせいで、よけいに、
弦楽部の弱さが露呈されることになってしまった。
弦楽四重奏団とピアノのための音楽みたいな感じで、
冒頭のチェロからして、この曲の神秘感や奥行き感に、
不足するような気がする。
私は、かつて、この曲を実演で聞いて、
その中・低音部の響きに浸って、
ようやく、魅力を堪能したような気になった。

さて、以上が、フィリップスでの土屋邦雄の日々の片鱗。
以下、日本コロンビアのCDで、この人はお目見えする。
この間、何があったのかは不明。

b0083728_2143466.jpgデンオンから出ていた、
ハイドンの「セレナード」のCDには、
「1977年にベルリン・フィルの
メンバーによって結成された、
ベルリン・フィル五重奏団が
発展的に解消して、
新たに第一ヴァイオリンに
同団の新鋭ジェンコフスキーが
入って結成されたものである」とある。
曲目に変化を付けるため、このCDは、
3団体が登場するという珍しいもの。

この解説に、「デビューは、1980年」とあるから、
70年代後半は、いろいろあったようだ。
八重奏団と五重奏団も、あるいは、
ほとんどのメンバーは別かもしれない。
メンバーは不詳だが、写真には土屋の顔がある。
この人の顔があると、応援しないといかん、
という気持ちになる。

このハイドンは、ご存じのとおり、
第一ヴァイオリン主導型なので、彼らの伴奏型低音部でも、
あまり問題は感じず、音色や録音の魅力から言って、
非常に楽しめるものとなっている。
きちっとした音楽作りがハイドンらしいとも言える。

続いて、紛らわしいが、ベルリン四重奏団(こちらは、東独由来の名団体)
のハイドンの「ひばり」や、
チェコのパノハ四重奏団による、モーツァルト「狩り」が入っている。
ベルリンのズスケのヴァイオリンの音色も忘れがたく、
パノハも各奏者の一体感が素晴らしい。

最大の問題は、録音データが載っていないこと。

表紙は、チャーミングな絵画があしらわれ、
Edward Killing WORTHの「Lady playing a mandoline」とある。

b0083728_21434969.jpgこのデンオン・レーベルでは、
この団体はチェロに、
やはり、ベルリン・フィルのフィンケを迎え、
1984年、シューベルトの晩年の名作、
「弦楽五重奏曲」を録音している。
何と、メンバーは、
ジェンコフスキーに代わって、
スタブラーヴァになったとあり、
土屋以外のメンバーも、
「八重奏団」時代からは
大違いになっている。


私は、土屋がいるから、同じ団体と勝手に信じていたが、
あるいは、1977年の段階で、
八重奏団とは別組織として五重奏団が出来たのかもしれない。

b0083728_2145114.jpg第二ヴァイオリンはショーレフィールド、
チェロは、ディーセルホルストとある。
メツガーやシュタイナーではない。
それにしても、この五重奏曲の演奏も、
チェロが二堤になりながらも、
低音の響きが弱いような気がする。


ベルリン風の美学では、低音を響かせすぎるのは、
下品だとか、何か理由があるのだろうか。
シューベルトが特異な編成をとってまで、
味わいつくそうとしたチェロの声が、
何だか遠い木霊のようである。

そんな演奏に相応しく、
表紙はターナーの絵画で、
霧のヴェールに覆われて、細部がよく見えない。

解説には、
「都会的センスと現代感覚を身につけた
ベルリン・フィルの新進気鋭と中堅とヴェテランからなる
この五重奏曲は見事な演奏を聴かせてくれる」
とあるが、確かに全体の調和は見事かもしれないが、
あまりにも呑気なシューベルトとも聞こえる。
めくるめく陶酔を伴って現れる音楽に勢いがない。

この解説、短くてあまり読み応えはないが、
シューベルトは新しい編成で、
新しい世界を開こうとしている、とある。
確かに、この説もありそうだが、
これまで、ここでも見てきたように、
「ます」にしてもフンメルという先例があり、
チェロ二本の五重奏曲も、オンスロウのような例があった。


さて、それから、わずか4年後、1988年の、
カメラータのCDでは、メンバー表を見ると、
スタブラーヴァは健在であるが、
土屋の名前がなくなっている。
ヴィオラは、レーザという名前になっていて、
第二ヴァイオリンも、
シュターデルマンに代わっている。
この3枚組CDでは、
ライスターが主役であった。
レーガーのクラリネット作品集の1枚。

プロデューサーの井阪紘氏が、
「レーガーという作曲家を私たち日本人はいかに知らなかったか、
恥じ入る思いでもあった」と解説に書いているが、
実に、このCDこそ、私にレーガーを近づけてくれた名品。

ここでは、こんな書き方がされている。
「以前、ジェンコフスキー、ショーレフィールド、
土屋邦雄、ディーセルホルストによって、
組織していたグループとは別の物で、
そのグループが解散したあと1986年に、
ベルリン・フィルのコンサート・マスターに就任した
シュタブラーヴァを中心によって組織された
ベルリン・フィルの中で唯一の弦楽四重奏団である。」

が、それでは、1984年に、スタブラーヴァ、土屋で録音した、
シューベルトの「五重奏曲」が何だか分からなくなる。
まあ、スタブラーヴァとしては、そうしておきたかったであろう。

いずれにせよ、欧州の伝統色濃い、
フィリップス・レーベルから、
さっそうと登場した土屋邦雄は、
20年の長きにわたって、日本のレコード愛好家に、
ベルリンを代表する顔として、印象を残したと言うわけである。

さて、このレーガーのCD。
土屋は抜けてしまったが、
何と言ってもライスターの恰幅のよい演奏に、
ついつい引き込まれてしまう。
この人の素晴らしい感情移入が、
フィルハーモニア・カルテット・ベルリンにも伝染しているのか、
あるいは、ライスターが取ったテンポが、
何か超越したものを指向し、有無を言わさず、
カルテットを同化していくのか。
第三楽章など、この世のものとも思えない美しさで、
私に突き刺さって来る。

正確には不明ながら、この組み合わせは、
親子ほどの年齢差があるだろう。
デビューしたてのカルテットと、
オーケストラを隠退した管楽器奏者である。
ライスターの影響力か、世代間の葛藤か。

ということで、今回、一通り聞いた中で、
これはやはり出色のものであった。
ただし、ライスターを聞いたというべきかもしれない。

さて、それからはメンバーは安定したのだろう。
この前の1999年のレーガーの録音でも、
各奏者は、同じメンバーだった。


b0083728_21454922.jpgこの時、感じた、この団体の不満が、
聞き間違いではなかろうかと、
このように、ついつい、
いろいろ聞き比べたが、
ライブ録音で、ブラームスの
「クラリネット五重奏」も発見した。

前回取り上げたレーガーと同様、
フックスのクラリネットが参加している。
最初に同じ作曲家の「第二弦楽四重奏曲」
が収録されている。


1997年11月29日、
「ブラームス・マラソン」というシリーズの、
カンマ-ムジークザールのライブ録音というが、
会場のノイズはほとんど気にならず、
非常にクリアな録音である。
IPPNW-CONCERTSのシリーズ。

録音のせいか、あるいは、
ディーセルホルストの演奏が変わったのか、
チェロの音がかなり明瞭に聴き取れる。
ライブということで、熱気や勢いもあろうと期待したが、
やはり、クラリネットと、
ヴァイオリンの表情ばかりが目立つような気がする。
どうも、この団体の伝統として、
チェロはしっかりした後見人みたいな感じで、
燃えない主義なのだろうか。
特にラプソディックな第二楽章。
要所、要所でソロを聴かせるべきヴィオラにしても、
どうも、はっと息を飲む美しさに欠ける。
非常に、等質な音楽作りで、
「有機的」であることは理解できるが、
私はないものねだりをしているのだろうか。

多少危なっかしい、線の細いヴァイオリンを聞いていると、
ひょっとしたら、ヴァイオリンにしても、
前のジェンコフスキーの方が意欲的だったのではないか、
などとも思えて来た。

b0083728_21462078.jpgこのCDの解説は、全部ドイツ語。
ただし、フィルハーモニアの
顔ぶれはやたらかっこよい。

とはいえ、
表紙の絵画については、
何も書いていない。
ここから、
ブラームスを
読み取るのは不可能。



こんなデザインからも、
1968年録音のモーツァルトのLPを飾っていた、
あの時代から、急速に世界が均質化され、
当時覆っていた神秘のヴェールが薄くなってきた事を痛感する。

得られた事:「今さらながら、『室内楽の妙味』は時折出る、独奏部分の個性。」
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by franz310 | 2008-08-02 21:50 | 音楽 | Comments(0)