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クラシック音楽への愛と悲しみの日々
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その133

b0083728_848359.jpg個人的経験:
レーガーの生涯の概略を追うべく、
弦楽四重奏曲を聴き進めてみたが、
レーガーを体系的に録音している
cpoもMDGも、
どうやら解説者が賢すぎるようで、
まったくレーガーの生涯を、
把握できないでいる。
ところが、NAXOSは、
割とシンプルにうまく情報を
出してくれていた。

この会社は香港で設立された廉価盤の会社であるが、
あらゆる作曲家のあらゆる作品を、
百科全書的に網羅しようとするスタンスが素晴らしい。
最初のうちは、アーティストが限定的だったり、
不満もあったが、この1999年のレーガーなどは、
フィルハーモニア・カルテット・ベルリンを起用している。

レーガーの野心作、「弦楽四重奏曲第三番」の演奏で、
名を馳せたという団体である。
ベルリン・フィルの奏者たちの名アンサンブルで、
選曲も、最高傑作の呼び声高い「クラリネット五重奏曲」に、
弦楽四重奏曲のもう一つの頂点とも呼ぶべき、
「第四番作品109」がカップリングされているところも素晴らしい。

しかも、クラリネットには、ヴィーンやベルリンで鳴らした名手、
フックスが登場する。
廉価盤ゆえ、紙質などに重厚感がないが、
カバーの絵画、Walter Leistikow作、Grunewald Lake(1895)も、
レーガー晩年の夕暮れのような情感にマッチしている。
ベルリンの国立美術館にある絵画ということだが、
自由ベルリン放送のホールでの録音だったり、
ベルリンづくめの企画となっている。

プロデューサーの欄には、Dorothea Diekmannとあり、
エンジニアも、Julia Sikovaと女性名だが、
レーガーが好きな女性は多いのだろうか。
ブルックナーが好きな女性が想像しにくいように、
どうもぴんと来ない。

解説はKeith Andersonという人が書いている。
これだけはベルリンっぽくない名前で、英語が原文。
ドイツ語訳には別の人の名前がある。

この解説は、結構重宝した。
まず、レーガーの人生の概略が半分くらいのスペースで、
書かれていて、ここしばらくの懸案項目が少し整理できた。

「レーガーは幼い頃から、
教師でありアマチュア音楽家であった父親の、
音楽好きに影響され、初期の音楽教育は、
ワイデンのオルガン奏者であった、
アーダルベルト・リントナーによって行われた。
レーガーは1873年、バヴァリアの上部プファルツの、
ブラントに生まれ、翌年、彼が幼少時代と思春期を過ごす、
ワイデンに一家は移った。
リントナーは、レーガーの初期作品を、
フーゴー・リーマンに送っており、
彼はまずゾンダーズハウゼンで生徒として受け入れ、
さらにウィスバーデンで、彼を助手とした。
軍務に服して、心身を病み、ワイデンの両親のもとに戻り、
特にオルガン曲の作曲を続けた。
これらはモニュメンタルなコラール幻想曲のシリーズ、その他からなり、
レーガーのオルガン曲演奏で著名な友人、
カール。シュトラウベの演奏技術への挑戦のようにも見える。」

ということで、レーガーの生涯を語る時、
必ず訳も分からず登場する、リーマンと、シュトラウベが現れる。
ベートーヴェンの伝記に、ネーフェが、
シューベルトの伝記に、サリエリが登場するより、
遙かに高い頻度で、この二人はレーガーの伝記につきまとって出てくる。
非常に癒着した人たちである。
これまで読んできた限りでは、レーガーは我、関せずなのに、
この二人が寄生しているようにも見える。

しかし、ヴィスバーデン時代、ワイデン時代が何時のことかは分からない。
が、ここで、ようやく、具体的な年代がでる。
「1901年、レーガーは、以後6年を過ごすミュンヘンに移った。
この頃、彼は、リストやワーグナーの後継者など、
標題音楽の対抗者として、絶対音楽のチャンピオンとして知られたので、
音楽家としてのキャリアも容易なものではなかった。
しかし、彼は次第にピアニストとして成功し、
作曲したものの聴衆も、少しずつ、見いだし始めた。
このミュンヘン時代に、「シンフォニエッタ」や、
重要な、ピアノのための「バッハの主題による変奏曲とフーガ」
後に管弦楽化される「ベートーヴェンの主題による変奏曲とフーガ」を
作曲した。」
どうやら、このあたりまでがミュンヘン時代のようだ。

「1907年、ライプツィッヒ音楽院の、
作曲家の教授に任命された。
彼は独特の演奏家として、ロンドンやペテルスブルク、
オランダやオーストリア、全ドイツを演奏旅行して、
彼の音楽は、さらに広く国際的な聴衆を得た。」

「1911年には、ビューローによって設立された、
マイニンゲンの宮廷管弦楽団の指揮者として、
マイニンゲン公から招聘を受けた。
レーガーは、大公の死まで、この地位に留まったが、
数日後、1914年7月1日、辞職した。
大戦の勃発でオーケストラは解散し、
彼は最後の日々はイエナで過ごしたが、
コンサート活動や作曲家としての活動は継続した。
彼は、1916年5月、オランダでの演奏会の帰りに、
ライプツィッヒにて亡くなった。」

このように、彼の生涯は、
以下の5つに分類できるかもしれない。
これまで、ここで聞いて来た作品も書き並べてみよう。
1.~1901年のワイデン、ヴィスバーデン時代(徒弟時代)
  1889年のニ短調四重奏曲
  1890年のヴァイオリン・ソナタ 作品1
  1900年と1901年の弦楽四重奏曲第一番、第二番 作品54

2.~1907年のミュンヘン時代(新進作曲家&ピアニスト時代)
  1903年の弦楽四重奏曲第三番 作品74
  1904年のヴァイオリン・ソナタ第五番 作品84

3.~1911年のライプツィッヒ時代(教授&国際活動時代)
  1909年の弦楽四重奏曲第四番 作品109

4.~1914年のマイニンゲン時代(音楽監督時代)
  1911年の弦楽四重奏曲第五番 作品121
  1912年の歌曲「希望に寄せる」 作品124
  1912年の「ベックリンによる音詩」 作品128
  1913年~14年のシューベルト歌曲の管弦楽編曲

5.~1916年のイエナ時代
  1915年のクラリネット五重奏曲 作品146
と分類できるのだろうか。

「レーガーは、バッハ、モーツァルト、
19世紀の偉大なドイツ作曲家の伝統に連なる、
多作な作曲家であり、技術に熟練し、和声や対位法を操り、
半音階の実験で調性の限界を拡大した。
特にオルガン作品はこの楽器に多くをもたらし、
同様に巨大な室内楽、歌曲、合唱曲、管弦楽曲を残した。」

ということで、名作として、
レーガーの作品の中ではとりわけ演奏頻度も多く、
レコードも多数に上る「クラリネット五重奏曲」の解説に突入する。
この曲、モーツァルト、ブラームスが晩年に名作を残しており、
ブラームスの後継者たるレーガーとしても、
是非、残したかった曲種だったに違いない。

これが最後の作品となったということも、妙に因縁めいている。

この作品は、LP時代から非常に高名であったが、
CD時代になってライスター、マイヤーといったドイツの名手が、
相次いで録音して身近になった。
冒頭から彼岸を垣間見るような不思議な曲想で、
平明さと、奇抜さが同居している。

40分近い大曲だと思っていたら、
マイヤーは大きな六重奏曲とカップリングし、
このフックス盤は第四弦楽四重奏曲とカップリングされて、
CD時代の便利さが痛感される。

「クラリネット五重奏曲イ長調 作品146」は、
1915年に書かれたレーガーの最後の完成作品であり、
カール・ヴェンドリングへの献辞とともに出版された。
半音階的な要素を展開して、緻密に織り上げた作品。
モデラート・エト・アマービレと題されたソナタ形式の第一楽章は、
第一主題から開始され、トランクイロと題された、
ヴァイオリンによる、ホ長調の第二主題が続く。
この主題提示部の要素は、第二主題が最初の調で帰って来るまで、
展開部で展開され、再現部では第一主題と、
移調された第二主題が続いて現れる。」
第一主題はまどろむような主題で白日夢のようにはっきりしないが、
この世の声とも思えぬクラリネットがそこに微妙な彩りを加える。
第二主題は、トランクイロ(静かに)と題されるだけあって、
非常に美しいものである。
クラリネットの音色の生かし方が格別である。

「第二楽章はロ短調のスケルツォで、
弱音の弦楽とクラリネットが、
リズムのコントラストを見せ、
弱音ではないヴィオラがクラリネットと対位法を奏でる。
ト長調のトリオ部では、リズムの交錯はなく、
テクスチャーは単純化され、ムードはリラックスする。
スケルツォが戻ってこの楽章は終わる。」
このトリオの部分は、花園のように美しく、聞き所の一つと言えよう。
しかし、ロ短調とは、ブラームスの名作と同じ調ではないか。

「ホ長調の緩徐楽章は、よく書き込まれた中間部分を有し、
第一楽章の第二主題が消え入るように回想される部分がある。
この五重奏曲は主題と変奏で終わる。」
この「主題と変奏」の終曲という構成もまた、ブラームスから借用したものだ。

「グラツィオーソと題された主題は、弦楽に現れ、
最初の変奏ではクラリネットが、リズムを交錯させ、
さらに重要な役割を演じる。
第二変奏曲は短いが、速いヴィヴァーチェ。
主題は優しい短調となって、次のヴィヴァーチェと、
ゆっくりした変奏に続く。
さらにヴィヴァーチェがあって、最後のゆっくりしたソステヌート、
主題の断片がオリジナルな形で再現する。」
これらのヴィヴァーチェ部を聞くと、
細かい音符をこね回す、時として人をいらだたせる、
レーガー特有の個性が滲み出ているが、
同時に、ブラームスの遠い木霊を聞くような感慨におそわれる。
そして、曲は息も絶え絶えになって、消えていく。

私は、この曲は良い曲だとは思うが、
どうも、弦楽の色彩感、立体感が弱いような感じがしていた。
しかし、弱音指示のところがあったとは知らなかった。
もっと、強烈な個性の四重奏団の演奏で聴いて見たいと思っていた。
しかし、ライスターと共演していたのも、
今回と同じ、フィルハーモニアではなかったか。

以上が、最後の作品、
傑作とされる「クラリネット五重奏曲」の解説で、
またまた、あの問題作、「弦楽四重奏曲第四番」の解説である。
「レーガーは変ホ長調作品109の弦楽四重奏曲を1909年に書き、
アドルフ・ヴァックに捧げた。
この人はメンデルスゾーンの末娘、リリーの夫でもあった。」
と、この前、読んだようなことがでているが、
ここからは、曲の分析となっている。

まずは第一楽章で、
前回の、マンハイム四重奏団の解説では、
「カンタービレの第一主題が、突然のいらだちのような、
アジタートの一声で遮られ、
いくぶん遅く登場する第二主題に先だっては、
大きなリタルダンドがある。提示部は、二つのフレーズの、
コンビネーションによって主題が回想されて終わる。」
とあったが、今回はどうなっているか。

「第一楽章は、典型的なソナタ・アレグロ形式。
第一主題で始まり、調を変えていく。
ここには沢山のトランジションの材料があり、
がっちりしたアウトラインを構成し、
Chordalな第二主題が規則通りに登場する。」
このように、第二主題が、「和音による」と書かれていて、
私が、分厚い和音の総奏と感じたものが、第二主題であることが分かった。
その前に訳の分からん遷移部が挿入されていることを示唆しているが、
このように、非常に、難しい構成であることが分かる。

「中央の主題や動機の展開部では、これらは対位法的に扱われ、
チェロがこれら二つの主題の再現部を導く。
最後のコーダは第一主題の回想である。」
このように書いてもらえると、
レーガーの迷宮における羅針盤のようで、
非常にありがたい。
フィルハーモニア・カルテット・ベルリンの演奏も、
クラリネット五重奏の時とは打って変わって、
積極的で立体的に聞こえる。

演奏時間を見ると、マンハイム盤より、
第三楽章以外はすべて長い。
それだけ、克明に描いているという感じもある。
従って、第二楽章は、浮遊感に欠ける。
レーガーが書いた、「重力からの解放」とはちょっと違う。
しかし、第三楽章は9分ジャストと、
これまた不思議なことに、これまで聞いた盤のどれよりも短い。

「ト短調の第二楽章は、クワジ・プレストと表記され、
急激に下降する短調の音階と、
チェロからの緊急のリズム音型によって導かれ、
メインテーマの上昇バージョンが対比され、
さらに展開される。」

さて、今回、他のどの演奏よりも短い時間で演奏された、
第三楽章の解説はこうなっている。
演奏はそれなりに荘重で、そんなに速い印象はない。
ヴァイオリンの絶叫も差し挟みながら、
この模糊とした楽章に対処している。

主題が美しいし、ベートーヴェン、ブルックナー譲りの、
長大かつ崇高な楽章ではあるが、安易に、美しいと書くには、
この楽章はあまりにも難物である。
「表出力の強い、変イ長調の緩徐楽章は、6/8拍子。
和音で伴奏されたメロディで、中間部分では第一楽章の第二主題の引用がある。」

この第二主題の引用というのは、今回、
Cordalなというヒントから聞き取ることが出来た。

解説も簡潔であるが、もっと沢山、書くことがあろう。
この解説と同様、例えば、マンハイム四重奏団の演奏などと比べても、
ちょっと薄味の印象は否めない。
もっともっと言いたいことがある、あるいは、言わずにはいられない、
そんな雰囲気が希薄なのが残念だ。
ベルン四重奏団なども、この楽章では、
非常に神秘的な感覚の表出に成功している。
マンハイムなどは、切なくて仕方がないという風情だ。

この長大な歌の、個々の繋がりの意味も、
十分捉えられているとは思えない。
何だか断片の集積をつなげているような印象である。
あのピッチカート伴奏で歌われる美しい聞き所も、
さっと通り過ぎてしまう。
これは大きな減点である。
これまで聞いて来たどの団体も、
ここは、大事に大事に弾いていたではないか。

さて、あの面白いフーガの終楽章はどうだろうか。
ここの聞き所は、冒頭と、後半の盛り上がりである。
「この四重奏曲はエネルギーに満ちたフーガで終わる。
第一ヴァイオリンでアナウンスされた広がった主題は、
センプレ・グラチオーソと表記され、第二ヴァイオリンに受け継がれ、
ヴィオラ、チェロに引き継がれる。
この元気のよい楽章は途中でアダージョと表記された、
派生した第二主題で中断され、次第にフーガの主題とコンバインされ、
集結部に向けて力強さを増して行く。」

最後に白熱したコーダが来るが、
ここでの、第一ヴァイオリンの熱演は特筆に値する。
ひょっとすると、この四重奏団の弱さは、
伴奏の域を出ない、中、低音部にあるのかもしれない。
だから、クラリネット五重奏曲も、何だかのっぺりした印象ばかりが、
残る結果となったのかもしれない。
よく言われることだが、こうしたトップオーケストラの奏者による、
室内楽というのは、平板になりがちなのか。
指揮者に慣れた彼らには、自発性がないというのは本当なのか。

第三番では、各国の聴衆を興奮させたというが、
それは偶然だったのだろうか。

ベルン四重奏団などは、何だかせき立てられて行くような焦燥感が、
独特の効果を上げている。
それは、雄弁な低音の鼓動によるものであることは、今回、一聴瞭然。
響き渡るこのチェロに倣って、
全員がまったく同じ高みを目指して駆け上がって行く様は、
ものすごく感動的である。

マンハイムの連中は、この終楽章、
最初から渾然一体となって燃え尽きようとしている。
最後の盛り上がりでは、我も我もと、歌い尽くそうとしている。
が、今回聞いた感じでは、中低音は、ベルンの方が立体的。


得られた事:「表現意欲、自発性のないメンバーの混入は致命傷。」
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by franz310 | 2008-07-27 08:48 | 音楽

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その132

b0083728_1235097.jpg個人的体験:
レーガーの弦楽四重奏曲を、
順次、聴き進めているが、
前回、「第4番作品109」を聴いて、
今回は、遂に、最後の作品。
「弦楽四重奏曲第5番作品121」。

ボヘミア四重奏団との出会いが、
「第4」を書く契機になったが、
この「第5」は、その名四重奏団に、
捧げられているという。
それは、どのCD解説にも出ている。

私は、cpoレーベルの、レーガーの「弦楽四重奏曲全集」は、
演奏はともかく、解説の点では、どうも、物足りなくて、
結局、名作の「第4」と「第5」については、
新たな解説を求めて、MDGレーベルのものを買い求めてしまった。

演奏しているのは、マンハイム四重奏団。
何しろ、前回、超横綱級の、ブッシュ四重奏団を聴いた後である。
第一印象は、何だか、弱々しい団体に思えたが、
何度も聞いていると、これはこれで、共感に満ちた演奏のように思えて来た。
cpoのベルン四重奏団も透明感のある、過不足ない演奏であるが、
こちらは少し荒削りながらも推進力があるような気がする。

ベルン四重奏団は、1971年に創設され、
1940年代生まれの奏者からなり、
現代の作品を得意としている。

一方、マンハイム四重奏団も、1975年創設で、
同時期結成のベテラン団体である。アマデウス、ラサール、メロスといった、
名四重奏団に学んでいて、モーツァルトゆかりの街を名前に戴きながら、
古典から現代まで幅広いレパートリーに定評があるようだ。
各奏者の経歴はないが、写真から見ると、
ベルン四重奏団より一回りくらい若いかもしれない。
が、ベルンよりは扇情的な音色も響かせ、古風な面もある。

こうした傾向は、演奏時間にも表れていて、
「第4」の例で言うと、
叙情的な第3楽章以外は、すべて、マンハイム盤の方が速い。

一方、緩徐楽章は、マンハイム盤は11分24秒をかけ、
ベルンの9分40秒より長く、全体としては20秒ほど早く終わっている。
が、改めて見ると、前回聞いたブッシュ盤は、
このマンハイムのどの楽章よりも、
ゆっくりと演奏している。ブッシュがこれら二曲を演奏したら、
一枚のCDに入らないかもしれない。

このマンハイム盤、ただし、
CDのデザインはちょっとレーガーのイメージではない。
画家シュミット・ロットルフの、DangastのGutshof(農園)とある。
Dangastは地名だろうか。

確かにカラフルなジャケットは悪くなく、
ブッシュのCDの、古色蒼然よりお洒落ではあり、
見ていて嬉しくなるが、ちょっと違うでしょ、
という気持ちがわき起こって来る。
このCDのプロデューサーは、レーガーをこんな風に
捉えているのだろうか。

この画家は1884年生まれなので、レーガーより一回り若い。
私のイメージは、レーガーの音楽には、
こうしたフォービズムみたいな感じはない。
一部のオルガン曲などには、こうした感じがあるかもしれないが、
特に、この四重奏曲集については、古典の精神が満ちあふれていて、
もう少し、平明なものを指向した作品と思える。

しかし、「恐るべき子供」だったはずのレーガーが、
何故、そうしたものを指向したのかは、
よく分からない。

このMDG盤の解説は、Michael Kubeが書いている。
ところが、英訳はまたまたスーザン。
これは、cpo盤と同じ、Susan Marie Praeder。
レーガーといえば、この3人の名前ばかり見るような気がする。
日本で、歌曲の解説を見ると、
喜多尾道冬ばかり出てくるようなものか?
これだと、その人以外の見方が出来なくなるではないか。

ところで、この翻訳家は両方のCDを聴いたか?
どっちが良かったのか?
ちなみに、cpo盤は92年から94年の録音。
MDG盤は、98年の録音。もう10年も経っている。

解説は、CDを買って開けてみないと分からないが、
少しは期待に応えてくれている。
まず、レーガーが病的とも言える、
脅迫的な作曲衝動をいつも感じていたことが記され、
それが、彼をついには死に追いやったことが書かれている。

「『作曲!神様、それを考えると時間がない。
時間、時間。しかし、待てよ。
私は休暇には、対位法地獄のような四重奏曲を書かなくては。』
1890年7月6日、レーガーはすでにアーダルベルト・リントナーに、
慢性的時間不足、その後、彼の全生涯を決定し、
次第に肉体的に蝕むものについて嘆いている。
レーガーの制御不能の創造力の噴出、
芸術家としての使命による、
ほとんど度を越した異常な内的テンションの高さは、
数え切れないほどの、ほとんど毎日の演奏会出演にも反映されている。
彼はそれと同じ衝動で、
彼をへとへとにした、演奏旅行中に用意したスケッチから、
一年の残りの二、三週間で、毎年、作品を作り上げた。
1890年にはレーガーは四重奏曲を完遂できなかったが、
1909年、作品109の四重奏曲を書くときには、
同様な衝動に駆られることとなった。」
このように、レーガーの日常というか、気質が説明される。
読んでいるだけで、消耗してしまいそうな、病的なまでの活動力が、
思い描かれる。が、こういった情報は、私は欲しい。

こうして、「第4」についての解説が始まる。
前回、cpo盤の解説が不満だったので、これも読んでみよう。
ここで、著者は、この作品が約30分と見積もられた事を特筆している。
数ヶ月前に出版された、
作品101のヴァイオリン協奏曲が約1時間、
作品108の「交響的プロローグ」も壮大であって、
作品106の詩編100がモニュメンタルな作品であるのに対し、
作品107の「クラリネット・ソナタ」と、
この作品109の弦楽四重奏曲が、伝統に回帰しているというのである。
しかし、野心的な作品74の「第三弦楽四重奏曲」と同時期に、
セレナードとトリオ作品77が書かれていることを思い出している。
作品109も、批評家には、『変異』が生じていると言われたという。

「古典的抑制」とか、
「フレキシブルで豊かに展開されたアイデア、
奇抜な音のコンビネーション」とシュトゥツガルトでは、
好意的に評価されたらしい。
Susanne Poppの解説と違って、
以下の記述があるのが嬉しい。
細かい分析ゆえ、完全には追い切れないが、
何となく、曲を聴く時の注力ポイントは分かる。

「第一楽章は、明快な形式感と、
個々のセグメントの明確さによって、
クリアな楽章」と書き、
「カンタービレの第一主題が、突然のいらだちのような、
アジタートの一声で遮られる」とあるので、
懐かしさに満ちた、冒頭のメロディが、
第一主題だと説明してくれている。

「いくぶん遅く登場する第二主題に先だっては、
大きなリタルダンドがある。提示部は、二つのフレーズの、
コンビネーションによって主題が回想されて終わる。」
このように、複雑な音楽を、
何とか可視化してくれようとしてくれているのはありがたい。
しかし、どう聴いても、あのアジタートの主題の方が、
やたらと活躍しているように聞こえる。

ここで、「各主題が、明快なアウトラインの上で、
伝統的な位置にあるにもかかわらず、
よく見ると、厳格な主題発展と和声の変化の中で、
まるで、離れ小島のように見える」と書かれている。
この表現は微妙。とにかくうねうねと動き回っている中、
どれが主題かよく分からないというのが率直な感想。

「拡張された変形の中で、展開可能な素材から、
その推進力を得ている」というのも、
直訳では何のことかよくわからない。

「これと同様なことが、
より拡張された3部分からなる緩徐楽章についても言える。
この楽章の中間部では、第一楽章の第二主題が、
第一ヴァイオリンの反進行に伴われながら現れる。」
しかし、これは「第二主題」なのか?
第一主題の後半ではないのか?

この楽章では、さらにこのあと、ピッチカートにのって、
先の主題が歌われるところも美しい。
このように、あそこがよい、ここが聴き所、
と分からないうちは、どうも入り口に立ったような気がしない。

「これに先だって、スケルツォ形式の、
もっと自由に作られた間奏曲があって、
レーガーは、『すべての重力から解放された、
空気のような。ただひらひら舞うだけの』と表現した。」
この記述などは、私の印象に一致。うれしいではないか。
Susanneの解説は、こうした具体性を欠くので不満なのだ。

「対位法による終楽章は、
リラックスして緩んだ主題であり、
アダージョの第二主題が出てからは、
素晴らしい最後の盛り上がりに入る。」
こうした説明だけでも、大づかみにするにはありがたい。
このあたりを意識していないと、
ブッシュの演奏が盛り上がって来るときに、
それを待ち構えることが出来ないではないか。

しかし、「第3」から、「第4弦楽四重奏曲」への、古典的回帰については、
もっと説明が欲しいところだ。
が、cpo盤の、引用だらけの解説よりは、百倍ありがたい。

さて、続いて、レーガー作曲、
「弦楽四重奏曲第5番嬰へ短調作品121」の解説だが、
まず、ここでは、cpoの全集版の解説に戻って、
こちらを先に読んでみよう。
これまで、ずっと読み続けて来たので、最後の曲だけ、
とばすのも気持ち悪い。

「1911年の2月、レーガーは、
その年の12月からの、
マイニンゲンの宮廷管弦楽団監督の就任の依頼を引き受けた。
ハンス・フォン・ビューロー、フリッツ・シュタインバッハ、
リヒャルト・シュトラウスがこのオーケストラを指導し、
長く、豊かな伝統を持っていた。
以来、レーガーの興味はオーケストラ曲に移るのだが、
その前に、ボヘミア四重奏団との友情をより緊密にするような、
最後の四重奏曲を作曲する時間を見つけた。
『心からの友情を込めて、ボヘミア四重奏団へ』
献呈された、『弦楽四重奏曲嬰へ短調作品121』は、
その証として残された。
新しいポストへの期待に胸を膨らませつつ、
作曲と推敲は3月から7月の初めまで行われた。
夏に印刷され、献呈されたメンバーによって、
1911年の10月11日、
コンサートシーズンの最初に初演された。」

このような背景の解説はありがたい。
新しい、しかも責任感を感じる仕事への期待は、
想像するだけで、心躍らせるものだっただろう。

が、冒頭に紹介した、レーガーのキチガイ強迫観念からして、
こんな大役は、最初から無茶だった可能性がある。

ということで、このマイニンゲンでの激務から、
レーガーが体をこわし、そこからの復活のために、
シューベルトの歌曲の編曲が行われたことは、
以前、このブログでも紹介したとおりである。

復習すると、オーケストラの指揮者になって、
オーケストラの伴奏で歌える声楽曲が必要となった。
彼は、その実用的な意味から、シューベルト歌曲を取り上げ、
激務にぶっ倒れてからもそれを継続したのであった。

「レーガーがこの曲を四重奏団の友人に献呈したのは、
彼がアンサンブルに捧げた唯一の曲であることを思うと、
特別の意味を感じる。
彼は、以前の四重奏曲を、出版者(No.1をSpitzwegに)、
ジャーナリスト(No.2をSeidleに)、彫刻家(No.3をGosenに)、
法律家(No.4をWachに)に捧げている。
この四重奏曲は、弦楽四重奏曲の最高の規範となっており、
特に第1楽章には修正が散見され、自己批判の証拠を物語っている。
この四重奏曲の形式は、外観上、明確であるが、
動機の扱いは曖昧で素描風である。
この曲はより穏和な前作の変ホ長調より、
全体的に、表現が大胆である。」

このように、この曲は、曲の長さも構成も、
前作と類似点が多いのは確か。
マンハイムの演奏では、前者が36分6秒なのに対し、
後者は36分29秒と、30秒も違わない。
しかも、各楽章も、順に、
約12分、約4分、約11分半、約8分半と、
ほとんど差異がない。
「第3」のような英雄的性格というより、
「第4」のような、平明かつ深淵路線である。

が、類似点より、違いも見なければレーガーに失礼だ。
「小節ごとに変化する和声、半音階を超え、調性の限界寸前まで行っている。
主調はたびたび曖昧になり印象主義風の色調の魔法を思い出させる。
たびたび、どっちつかずの調性になるのと同様、
非対称の構成が強調点をヴェールに覆っている。
終楽章の『アレグロ・コン・スピリート』は、
レーガーの対位法の手際の良さを示し、
輝かしい作曲技法を例証している。」

という風に、この曲は印象派風の、
模糊とした作品のように書かれているが、
具体的な話が出てこないところが歯がゆい解説だ。

その傾向は、こんな感じで延々と続く。
そもそも、終楽章で対位法のどの部分が輝かしくて、
手際が良いのか?
全体的に、歯切れが悪い。

「この四重奏曲の、曖昧で霞んだ、
批評家が言ったような、『最も独特な創造力の霧』によって、
同時代者には理解困難なものであった。
彼らは、色彩的な混合を進歩的とも思わず、
適切な統合の欠如と見なした。
『レーガーは議会の評議員になったのだ。
それこそがこの四重奏の背景にあるに違いない。
評議員はせわしい名声の渦巻きに捉えられている。
我々は、新作の四重奏曲や彼の最近の大部分の作品に、
それを感じずにはいられない。
急場しのぎで性急で、ごちゃごちゃの生煮えのものが、
前面に押し出されている。
新しい四重奏曲もたいした努力もなされてなく、
対立する調がぶつかり合って、時折、二三の断片が、
一つの楽器の独奏で、完全に離れた二つの調性の間に、
橋を架けるみたいに奏される。(ドレスデン初演のレビュー)』」

こうした当時の人々の言葉の引用が、この解説のあちこちに、
ちりばめられているが、そうした悪意ある解説にも、
一理あるという考えだろうか。
それだけ誤解されたものでも、自分は正しく理解しているという、
自己顕示であろうか。
いっこうにこの作品が何なのかが見えて来ない。
ここからラストスパートのようになるが、
いよいよ訳が分からなくなる。

「ここで改めて、リーマンの音楽観を。
作曲とは、有機的な成長を伴うイデーであり、
展開の進行が不可避である。
これは多くの音楽学者の信ずるところであり、
おそらく音楽というものがある限り、
語られることであろう。
レーガーはしかし、そうした学者に敬意を持つことはなかった。
『私はまだ、私の嬰へ短調の四重奏を聴いていないのだが、
とても素晴らしい音楽家を含め、
すでに聴いた人によると、確かに素敵に響いたらしい。
ドレスデンから来たうすら馬鹿は、
その欠点をあげつらい、
いかにもドイツ的な偏見を断言した。
しかも、終楽章をフーガと言いやがった。
私の生徒たちは、それを聴いて笑い転げたよ。
(1911年11月4日、出版社のC.F.Peters宛)』」

この言葉を引用したということは、虚心に聴けばよい、
ということなのであろう。

最後に、唐突に、このSusanne Popp女史は、
全四重奏曲の解説をこう締めくくっている。
もう、第5四重奏曲の解説は終わり?

「音楽環境の説明による作品評価は、
多くの場合、偏見となりがちで、我々を笑わせたり嘆かせたりする。
レーガーの弦楽四重奏曲群は、
決して偶然の産物ではなく、
激しい、あふれ出るような創造力のたまものである。
表現力の増大こそが、彼の作曲の不文律であり、
これが伝統的な主題労作を超える原動力となった。
作曲家のニュアンスに富む指示に従った、
霊感に満ちた解釈なくしては、
レーガーの四重奏曲の真価を発揮することは出来ない。」

Susanne女史には悪いが、私は、音楽環境の説明からの、
作品評価をもっと聴きたいと思うし、
どうも、この解説は、具体性を欠き、
この意欲的なアルバムの重責を満たしていない。
特に、日本では、これらの曲のまともな解説を見たことがないのである。

では、MDG盤の解説には何が書いてあるだろうか。
ここでは、「第4」の成功によって、
昔の野心作、「第3四重奏曲作品74」も、
演奏されるようになったことも書かれている。
もちろん、ボヘミア四重奏団のエピソードも。
「1910年2月5日、出版者の
Henri Hinrichsenにレーガーはこう書き送った。
『ヨーゼフ・スークは、今、作品74を、
夢中になって研究していると言って来た。』」
このスークこそが、現代の名ヴァイオリニストで、
スーク・トリオのヴァイオリニストである人の、
祖父で作曲家、
ボヘミア四重奏団の第二ヴァイオリン奏者を務めた人である。
こうした流れもあって、翌年の弦楽四重奏曲第5番の献呈に到る。

余談かもしれないが、
この解説では、ライヴァルのフィッツナーの、
「弦楽四重奏曲ニ長調作品13」の
地位を奪ったようなことも書かれていて面白い。
どうも、「第4」の前までは、「第3」は、
フィッツナーのこの作があるゆえに拒絶されていたようである。

また、壮絶な推敲の後が多いことについても書かれている。
しかし、ここで、友人のシュトラウベがちゃちゃを入れて、
レーガーはスランプになったようなことが書かれている。

この後、曲の分析に入る。
cpo盤には決定的に欠けていたものである。
「作品121の第一楽章は、作品109のそれと同様、
重々しいが、明快な構成で、
しかもさらに複雑に織り込まれたテクスチュア、
解釈者を苦しめる4部分からなる。
三つも主題があって、明快に組み立てられ、
著しく表現の性格が異なる。
しかし、動機的、リズム的に、
徹底的な展開がなされるというより、
内部に向かう凝集力を高めて行く。
拡張され三つの部分からなる展開部は、
テーマ材料から全力を尽くそうとする、
レーガーの意志が感じられる。
ワルツ風のテーマが何度か中断する以外は、
厳粛なトーンが一貫して、それは全曲に渡って、
全曲を感情的に統一している。」

第一楽章は、このように複雑に入り組んでいるが、
何となく、身を委ねていればいいような気もする。
「作品109」のような、強引な中断がないし、
変化に富むので聞きやすい。
ただし、どこにドラマの頂点があるかはわかりにくい。
まさしく、迷子になるような音楽だが、
迷いながらも周りの風景には、暖かな日差しが満ちあふれている。

「ニ短調のスケルツォは、半音階の前奏曲が付き、
楽しい雰囲気さえあって、中間部はコントラストあるトリオではなく、
展開部の性格を持つ。」
この楽章の執拗な跳躍などは、まさしく、
ショスタコーヴィッチそのものである。

「続く楽章は、アダージョで、
やっかいな重量感を持っており、
この曲の実質、中心であることが分かる。
強く引っ張られた、音楽的描写と、
スローモーションのようなテンポは、
レーガーがスコアに、
沢山のアゴーギグ指示を書き込んでいなければ、
拡張された表出力のあるルバートを使いたくなる部分。」
この楽章は、「作品109」と違って、苦み走っている。
解説のように、終始、抑制された表情が、深いというより妙に不気味。

次の終楽章が始まるとほっとする。
「フガートで始まるフィナーレは、
楽しげなピッチカートやスタッカートの指示があって、
気楽な軽さを出さなければならない。」

この困難な曲は作曲上の厳格さゆえに、
レパートリーに取り入れられ、ヒンデミットが属していた、
アマール四重奏団などが取り上げたようだ。
この曲については、レーガーの批判者であった、
ワルター・ニーマンのような批評家も、
真価を認め、「ドイツのというだけでなく、最高の四重奏曲」
と表現した模様。

得られた事:「Kubeの解釈では、レーガーは壮大なものと簡素なものを、同時に志向する傾向があった。」
その2:「レーガーはフィッツナーに敵対心を持っていた。」
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by franz310 | 2008-07-20 12:02 | 音楽

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その131

b0083728_2257377.jpg個人的体験:
シューベルトの歌曲を
大量に管弦楽編曲した
作曲家ということで、
レーガーに脱線している。
あまり日本では
知られていない作曲家ゆえ、
その正体や魅力を探るべく、
彼の弦楽四重奏曲を、
順番に聴き進めているが、
いよいよ全5曲のうち、
第四番を取り上げる。


「いよいよ」と書いたのは、
レーガーの「弦楽四重奏曲第4番」は、
名作の誉れが高いからである。

「弦楽四重奏曲第3番」は、
希有壮大な英雄的四重奏曲であったが、
第四、第五は、少し小ぶりとなって、
例えば、ベルン四重奏団の「全集」では、
1CDに2曲が入っている。
「第三」で、20分もあった奇数楽章が縮小しているからであるが、
偶数楽章に比べると、これらはやはり長く、
「第一」 から続く、レーガー得意のバランスや構成が、
ここでも、繰り返されている感じである。

また、「第三」に比べると、すぐに気づくことだが、
第一楽章の雄渾な性格が、すっかり影を潜め、
全体としても、非常に穏やかなものに代わっている。

先に、「名作」と書いたが、
そういった事も手伝ってか、
レーガーの代表作として広く認知されているようで、
古くから、「第四」には、レコードも多い。

この前、この欄でも取り上げた、ドイツ往年の名手、
ブッシュらによる演奏も残されている。
素晴らしい事に、日本の新星堂の企画。
この録音は、非常に貴重なものらしく、
それについては、CD解説に詳しく情熱を持って語られている。

いや、しかし、読めば読むほど、貴重な録音である。
まず、ナチスに妥協して、ドイツを離れていた、
名手アドルフ・ブッシュが、
1951年、戦後初めて、祖国に戻った時の録音であるということ。
この年の末に、ブッシュ四重奏団は解散、
翌年、ブッシュはアメリカで亡くなったので、
まさに遺品のようなものである。

しかも、レコード用ではなく、放送用の音源だということで、
これを管理している「ブッシュ協会」との交渉の上、
ようやくCD化されたものだという。
しかし、
「著作権交渉にこれほどコストとお金がかかるとは」
とか、
「手数とお金がかかっている点だけをとっても、
もっとも贅沢なのがこのCDだ」
とか書いている解説も珍しい。

どんどん書いて頂きたい。
ありがたさが増すのは、ユーザーにとって、
望むところであろう!

そもそも、そんなにも企画担当者、
渉外担当者を苦しめた、「ブッシュ協会」とは何ぞや、
と考え込んでしまう。
実は、それについても、「ブッシュ協会について」という一文が、
何と5ページにわたって掲載されている。

ブッシュは、ヴァイオリンのアドルフの他、
指揮者の長兄フリッツ、この四重奏曲の演奏にも参加している、
チェロのヘルマンが有名だが、3人ではなく8人兄弟で、
音楽教育や演劇にも秀でた弟たちがいるという。
こうした、彼らの、芸術遺産を、
将来に残そうという理念で設立されたものらしい。

会員の年度寄付金で運営されているというが、
「ナショナリズムや人種差別の、
如何なる傾向にも反対して戦った兄弟の理念に従う」とあるらしいので、
忌まわしき時代を思い出す時の、一閃の光とも言える役割がありそうだ。

この部分は、岡堂勝行氏という会員の方が書いている。
が、一番、ブッシュのレコードが聴かれているのが日本だというのは、
喜んでいいのか、あるいは、世界標準から我々はずれているのか。

さて、このような協会ゆえ、ブッシュ関係の様々な記録が残されているが、
20回ものコンサートを催したとはいえ、
この訪独の際の記録が大量にあるわけではなさそうだ。

演奏会の記録としては、1番、9番、13番の、
ベートーヴェンの四重奏の録音がある。
幸い、これも一緒に別売りでCD化された。
そのほかに、バイエルン放送局に残されたのが、
このCDに収められたたった一曲+断章だったという。

それにしても、その貴重な一曲に、
このレーガーの「第四」が選ばれている点、
ブッシュとレーガーの関係が偲ばれるではないか。

この「偲ばれる」という感情に、音楽も相応しく、
冒頭からして、懐かしさをいっぱいにたたえた情緒である。
ただし、さすがにレーガー、そこに、
そうした情感を打ち破る荒々しい動機が乱入してくる。
レーガーのよく分からない点は、この荒々しい動機が、
どのような感情からのものなのかが不明確なところだ。

シューベルトの「未完成交響曲」の美しいメロディが中断されたり、
チャイコフスキーの第五交響曲の夢見るような緩徐楽章に、
非情な運命のテーマが轟きわたったり、といった感じともちょっと違う。
何故だ。

これがまた、切迫した低音での総奏による楽節でなだめられて、
神妙な雰囲気が充ち満ちたりしつつ、曲は立体的に進むが、
この変化をつけるという目的だけに、先の絶叫があるような感じもする。

前回、当時の批評家たちが、レーガーの音楽には、
何か隠されたテーマがあるのではないかといぶかったのも、
分かるような気がする。

とにかく、このCDの解説、ブッシュについてはたくさん書いてあるが、
レーガーについては、手抜きに近い。
私は、このような商品を企画し発売する難しさも、
なんとなく分かっているつもりだが、
また、このCD制作の努力には、心から感謝もしているのだが、
レーガー理解の上では、この解説では、いかんともしがたい。

「転調の手法を極度に拡大し、対位法的な音構造をあまりに複雑化したため、
晦渋で近づきがたい」とあるが、ほとんど、恣意的な作曲家としか読めない。
一応、この曲については、
「彼の作品の中では最も魅惑的で美しい一曲」
と書いてはいるが、先の第一楽章については、
「粘着質な二つの主題によるソナタ形式」とあるだけ。
あのしんみりとした感情については、何も書かれていない。
我々は、さあ、粘着質な主題はどれだ?
と考えながら聴くべきなのだろうか。

うむ、なるほど、あのしみじみした歌は序奏であって、
その後、現れる荒々しい動機が、第一主題ということか。
第二主題はどれだ。

この解説、弦楽四重奏曲の神様のような、
幸松肇氏の書いたものなので、敬意を持ちながらも困っている。

とはいえ、ブッシュについては、もう、満足するしかない解説。
何と、7ページもある。
そもそも、ドイツ精神の権化のようなこの四重奏団の母体が、
1913年の「ウィーン・コンツェルトフェライン四重奏団」という、
ヴィーンにあったオーケストラの四重奏団だったというのも初めて知った。
第一次大戦後、ベルリンで再結成したのがブッシュ四重奏団だという。
しかし、その後、チェロがナチ信者だったりと曲折があり、
このチェロの席に弟ヘルマンがついて、
イギリスデビュー、その後の活動が、我々にも親しい、
多くのレコードとなったのだという。
日本で、あらえびすが、これらのレコードに感涙したことは、
この前、紹介したとおりである。

この時期にして、すでに結成から約20年が経過している。
それから、アメリカ亡命、メンバーの多くが、
健康上の問題もあって入れ替わり、
1945年に一旦解散、さらにブッシュ妻の死があった。

そこから、ブッシュの最後期の活躍が始まったようだ。
すでに、ブッシュ自身も心臓に宿痾を抱えている。
さらにメンバーが替わり、最後の第二ヴァイオリンは、
弟子のシュトラウマンになったとある。
ということで、このジャケットを見ると、
第二ヴァイオリンがやたら若い。

ここまで詳しく書いてあるのに、
この写真の出所が明記されていないのは、
少々、残念である。
(テープ提供:ブッシュ協会/バイエルン放送局録音、とは書いてあるが。)
この訪独の際の写真だとして、
翌年に亡くなるというブッシュの眼差しも尋常ではない。
満身創痍の老将である。

第一楽章も中間部に到ると聴かれる、
鋭い慟哭もここから絞り出されているのだろうか。
そして、あの冒頭の穏和に回想するような主題が、
時折、現れては、彼岸の調和を指向する。
このメロディの扱いについても、
「特に冒頭のテーマにはブッシュのこの曲に対する
限りない愛情が滲み出ている」と解説でも特筆されているのだが。

さて、この曲が穏和な性格を持つ理由については、
先般から紹介している、CPOレーベルの「全集」の解説に詳しい。

「有名な四重奏団が、新作を解釈し、
浸透させるという難しい課題に、
少しずつ向き始め、レーガーの夢の四重奏団であった、
ボヘミア四重奏団にも、遂にその役割が回って来た。
この四重奏団は、ブラームスが参加した1893年、
ヴィーンの演奏会で国際的キャリアを開始し、
四重奏の歴史に革命を起こしていた。
ヴァイオリニストのカール・フレッシュは、
その回想録で、
『その登場は、四重奏の歴史における、
ターニングポイントだったと評価されよう。
その頃までは、
トップクラスのヴァイオリニストの、
挫折のようなアンサンブルが見られ、
とりわけ、ヨアヒム四重奏団にそうした例が見られた。
1890年代の始めに、3人の若い音楽家と、
少し年配の一人の音楽家が、プラハから来て、
ヴィーンのステージに立ったが、
彼らは、4人が一体となって、前代未聞の強烈さ、
新鮮さ、生まれる前から天国で決まっていたような、
技術的な完成度の高さでの演奏を披露した。
四人の均等の技量の器楽奏者が、
同じ感情の深さになって、同じ技術の高さにあって、
素晴らしい演奏を繰り広げるのを、私たちは初めて体験したのである。』
(チューリヒ 1960年、P121)」

これまで、ヨアヒムだ、ロゼーだ、ブッシュだと、
独墺系の四重奏団ばかりが意識されていたが、
どうやら、こんなすごい団体もあったようだ。

「レーガーはボヘミア四重奏団と組んで、
ブラームスのピアノ五重奏曲を演奏し、
これが数年の空白のあと、1909年3月に、
彼に弦楽四重奏曲を書かせる霊感となった。
彼は第四弦楽四重奏曲変ホ長調作品109を、
同じ年の5月に完成させた。
出版してすぐ、1909年、9月30日に、
フランクフルトでミュージアム四重奏団によって初演された。
すぐその後、ボヘミア四重奏団が、ベルリン、プラハ、
ミュンヘン、ライプツィッヒで、凱旋公演を行い、
この曲を世に広めた。
『これ以上、何を賞賛すればいいだろう。
プレストの妖精のような動き、それとも、
オルガンのような第三楽章の導入部?
フーガの演奏は途方もなく輝かしく、
それが透明で明確に演奏される様には度肝を抜かれた。』
(1910年5月10日、ドルトムント時報)」

ここで、さらりと書かれている、
プレスト(第二楽章)=妖精
第三楽章=オルガン
第四楽章=輝かしく透明なフーガ
というキーワード、記憶にとどめるに値する。
が、あの懐かしいテーマの第一楽章については何か言ってくれないか。

「レーガーは、この変ホ長調四重奏曲を、
メンデルスゾーンの義理の息子である、アドルフ・ワッハに捧げた。
二年前、この高名な法律家で、ゲヴァントハウス議会の議長は、
このカトリック音楽の改革者を、
保守的なルター派のライプツィッヒに移り住むように勧めた人の一人であった。
レーガーは、この人と個人的にも深い親交を深め、
マイニンゲン、イエナに移ってからもそれは続いた。
この被献呈者と、メンデルスゾーンへの尊敬から、
この曲はレーガーの作品の中では、穏和なものとなっている。
野性的な前の作品に比べて、より中庸でカンタービレに満ち、
ハーモニーも安定している。
ここだけではないが、特にフィナーレでは、
四人の奏者の緊密な連携や、
四重奏における奥義の縮図を披露する素晴らしい見せ場がある。」

ということで、古典的なメンデルスゾーンへの敬愛などが、
この曲の平明さに繋がっているのだという。
それにしても、ブッシュのCDに併録されているのが、
メンデルスゾーンの小品、カプリッチョである。
何と味わい深い。
ブッシュはそこまで考えて曲を選んだのだろうか。

この「カプリッチョ」(作品81より)は、
題名こそ軽いが、
これまた、渋いテーマで、フーガも出て来て、
完全にレーガー的な音楽である。
これまで見落としていた名品だと思う。

一方、私には、このCDのメインとなる、
レーガーの四重奏曲がそんなに素晴らしいものだとは、
最初は、まったく思えなかった。
が、この解説の最後にある、「弦楽四重奏の奥義の縮図」というのは、
大変、気になった。

そこで、この楽章を改めて聴いてみた。
で、ぐわっと、度肝を抜かれた。
ただし、このとき聴いていたのは、ブッシュのものではなく、
「全集」のベルン四重奏団のものである。
ブッシュは、濃厚な味わいながら、こうした点では多少、
透明感に不足する。

私が、この「奥義」の楽章を聴きながら思い出したのは、
まるで、渦を巻くように描かれた、カラフルな現代絵画である。
「オルフィスム」とでも言おうか。
ひょっとしたら、レーガーは、何か視覚的な幻影を見て、
それを表現するような音楽を書いたのかもしれない。

そう考えると、第二楽章なども、
妙に視覚に訴えるような音楽だと思えて来た。
先に、妖精のような、とあったが、
確かに、これは独楽のような形状の音楽である。
細い軸棒を中心に、妖精だか妖怪だかが、
くるくる回っているような感じがする。
そういえば、メンデルスゾーンは、妖精のスケルツォの作曲家であった。

ブッシュ盤の解説には、
「ブッシュの固く短いスタッカートは第二楽章や、
フィナーレのフーガで生き生きとした輝きを放つ」
とあるが、浮遊感には不足する。
ベルン四重奏団は、ブッシュの後では、どうも淡泊で、
軽量級ながら、こうした立体的な視覚的効果に関しては、
思いもよらなかった効果を発揮する。

最初、この第二楽章は、
悪しきレーガーの典型だと思えてならなかった。
軽妙というより軽薄、アイロニカルというより自画自賛、
ぽこぽこと鳴るチェロの音が、どうも、
聴衆をからかっているようにも思えた。
が、何か視覚的なものがあるのではないかと、
音の流れを立体的な線として聴いていると、
何だか、非情に興味深い音楽に思えて来た。

新星堂盤の解説は、
「機知に富んだト短調のスケルツォ」と素っ気ない。

ひょっとして、レーガーは、楽譜に音楽を書き込みながら、
音符の並びに視覚的な霊感を得て、法悦郷に到りながら、
フーガを書き進めていたのではないだろうか。

さて、前回、紹介したように、
「ブラームスが不滅なのは、
古いものを受け継いだからだけではなく、
新しく、想像も出来なかったような、
感情表現を醸し出すことができたからです。」
と、レーガーは書いたというが、
第一楽章や第三楽章の、レーガー特有の夕暮れのようなメロディは、
まさしくそうした微妙な感情を想起させる。

このあたりは、ブッシュの強烈な郷愁が、
曲想と完全にシンクロしている。

幸松氏も、
「かつて耳にできなかったような、
太く逞しいヴィブラートをかけて、
この息の長いカンタービレ楽章に独自の性格を与えている」
とあるが、もう、この楽章は、説得力の前に平伏するしかあるまい。

この楽章の解説は、
「ベートーヴェンの緩徐楽章にも匹敵する深い感動を秘めた歌謡形式」
と一行でシンプル。

ブッシュで、第三楽章、ベルンで第二楽章を味わえば、
きっとこの作品は傑作なのだろうと納得するしかなくなる。
第四楽章の冒頭はベルンの視覚的効果に目を見張り、
最後の強烈な盛り上がりは、ブッシュ大将と一緒に泣くしかなかろう。
新星堂盤の解説は、
「フーガ。後半で交響的な二重フーガとなる」
とあって、投げやりである。

曲のエンディングは、この2団体では、
まったく別の曲のような様相を帯びている。
ブッシュが望郷の絶唱であるのに対し、
ベルンは、あくまで微笑みを失っていない。

問題は第一楽章であるが、
あの唐突な混乱で、美しい情緒をぶちこわすのが、
意志的な第一主題と考えてみれば、何やら分かりやすくなるだろうか。
「粘着質な主題」などと、マイナスイメージはちょっと待って。
これは、懐古調を戒め、意志的に推進していくレーガーの自画像なのだ。
そう考えると、ちょっとは頭の整理もついて安心できる。

文学趣味になって申し訳ないが、
やはり単に、「ボヘミア四重奏団に霊感を受けて作曲された」
だけでは、痒いところに手が届かない。
ブラームスが、クラリネットのミュールフェルトの演奏に、
霊感を受けたというのも、
ブラームスが最晩年の寂寞の中に、
一筋の光明のようにこの巨匠の笛の音が輝き渡ったという、
お話の中でしか意味をなさないのではないか。

ラヴェルもプロコフィエフも、
右手を失ったピアニストのために、
協奏曲を書いたが、その印象が強すぎて、
結局、音楽は、何やら謎を含んだままで、
放置されているような気もする。

いったい、レーガーは、この時、どんな状況にあったのだろう。
作曲家直伝の演奏に間違いはなかろうが、
ブッシュのような望郷の念がこみ上げていた時期なのだろうか。

得られた事:「視覚的幻想を音楽化したような趣きに、レーガーの音楽の魅力の一端がある。」
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by franz310 | 2008-07-12 22:58 | 音楽

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その130

b0083728_23175199.jpg 個人的経験:
レーガーの室内楽を
代表する形で、
弦楽四重奏曲を
聴き始め、
前回は、未出版のニ短調と、
初めての出版作、
作品54の二曲を聴いた。
今回聴くのは、最大規模を持つ、
「第三番、ニ短調作品74」
である。CD一枚を占める。

前回、ベルン四重奏団の「全集」に頼ったが、
この曲になると単品売りが可能なようで、
フィルハーモニア・カルテット・ベルリンの演奏を、
1991年にドイツのTHOROFONレーベルが、
録音したものを持っている。
これも手強い作品ゆえ、まともに聴いたことはなく、
長らく放置していた。

このCDは表紙からして強烈。
黒字にいきなり赤文字で、
「MAX REGER」の文字が飛び込んで来る。
いかにも、ヤバい音楽をやっちゃいました、
という意気込みが伝わって来る。

また、その下に、
ヴァイオリンの胴体中央のみの写真、
というのもインパクトがあるが、
ちょっと意味不明な感じがなきにしもあらず。
まるで、パガニーニのカプリースの乗りである。

その下にPhilharmonia Quartette Berlinとあるが、
筆記体風で、これもフィレンツェの教会に落書きした、
恥ずかしい日本人を思わせて、ちょっと困る感じ。
何となく、イレギュラーな雰囲気を高めている。

それに加えて、曲名はどこかというと、
これまた、赤いたすきの斜め帯に書かれているという、
危険臭漂うレイアウトである。
まさしく端から端まで、レーガーは危険でっせ、
要注意でっせ、と宣言しつくしている趣きである。

同じレーベルで、
1920年代のドイツ音楽を集めたCDも持っているが、
このようなレパートリーを見ても、
そもそも、このレーベル自体が、かなりいかれている感じを受ける。
レーベルデザインも奇抜である。
が、演奏団体自体は、ベルリン・フィルを母体とする名手たちで、
日本のカメラータ・レーベルからも録音が発売されていて、
有名な人たちである。

このCDで、改めて曲を眺めてみると、
トータル55分32秒。
第一楽章が21分、第三楽章が18分で、これだけで40分。
第四楽章が11分なので、第二楽章は4分しかない。
第一楽章の1/5の規模である。
このアンバランスさは、ショスタコの四番を思い出させる。
第三楽章は緩徐楽章で変奏曲。
短い第二楽章はスケルツォである。
こう書くと、完全にベートーヴェンの様式で、
かつ、レーガー自身の第一弦楽四重奏曲の、
異常増殖版のようにも思える。

前回の「第一」ト短調の解説には、各楽章を、
1.嵐のようなアレグロ・アジタートのソナタ形式、
2.短い3つの部分からなるヴィヴァーチェ・アッサイのスケルツォ、
3.アレグロ・メストの緩徐楽章は憂鬱なモノローグ、
4.カプリシャスなプレスティッシーモ・アッサイの終曲フーガ
とまとめていたが、この「第三」も、同じ構図と性格を感じる。

解説には、以下のようなことが書いてある。
「『レーガーの出版された三番目の四重奏曲は、
1903年に完成され、翌年に世界初演がなされた。」

私は、これを読んで絶句した。
前回、第二四重奏曲の作曲を1910年と書いたが、
どうやら、あれはミスプリントをそのまま鵜呑みにしたようだ。
おそらく、1901年なのであろう。

「これはすぐに、彼のパターンとなり、
作曲すると即座に出版し、また演奏されるようになった。
30歳になるまでに名声を獲得していた彼が、
『自らをむち打つように』(フリッツ・シュタイン)、
さらにものすごい仕事ぶりを発揮していたことを示すものである。
残念ながら、彼の語法には付いて行けないと言われ続け、
当時の聴衆や演奏者の時代から、もう何十年も経過した。
この『ニ短調四重奏曲』は、
文献の上では傑作と言われていながら、
演奏されることは滅多にない。
いずれにせよ、彼の音楽がドイツ以外で、
広く知られることもなかった。
しかし、今、フィルハーモニア・カルテットが、
ドイツやアムステルダムのコンセルトヘボウのみならず、
ロンドンのウィグモア・ホール、パリですら、
この四重奏曲で、聴衆を熱狂させており、
さらにこの道が舗装されて広がることを期待させるものである。」

ということで、この四重奏団が、
特にこの曲を得意としていることが読み取れる。
しかし、レーガーの四重奏曲を解説している時に、
急に、このCDの演奏団体の紹介が始まるとは、
これまたびっくりする展開である。

すくなくとも、これまでこの欄で読んできた解説には、
このパターンはなかったような気がする。
それだけ、誰も演奏してこなかったということであろうか。
また、それだけレーガーで、聴衆をうならせるのは、
難しいということであろうか。

また、この後、私が気づいた、楽章のアンバランスについて書かれている。
「この四重奏曲の4つの楽章は、長さの点でばらばらである。
第一と第三が重く、他の二つはバランスの上で矛盾するかのようである。」

ここから、各楽章の解説が始まるが、要約すると、
1. エネルギーに満ちたユニゾンのテーマで始まる。
対照的な、静かで、しかし駆り立てられるような主題が続く。
これらの断章のような連なりが、スリリングに活躍する。
2. 2/4拍子ながらスケルツォ。
第一楽章と、同様に長大な第三楽章の間の楽しい緩衝材。
3. 民謡のような単純なメロディによる、11の変奏曲。
4. 小規模で雑多なものが集まった快活な楽章。
どの楽章も緊密に主題の相関があり、最後は消え入るように終わる。
といった感じ。
冒頭主題から力強く明快で、非常に魅力的。
第一楽章の、あらゆる可能性を展開しつくすような、
迷宮のごとき複雑さも、何やら突き動かされているものが明確で、
前へ前へと進むので、説得力を感じる。
第二楽章は、まさしくストラヴィンスキーとか、
ショスタコーヴィッチのような、遊園地のような音楽。
ここまで、前衛的な作風に対し、第三楽章の平易なメロディが始まると、
ちょっと、緊張感が途絶えるような気がする。
が、これについては、後述する。
第四楽章は、いかにもレーガー風の、
くるくると同じ所を旋回して、枝葉末節がこねくり回されるような赴き。
が、そこに、鮮烈に叙情的なもの、
または突発的に激しいものが適宜侵入してきて、
前に音楽を進めていく。
確かに、じゃじゃんと鳴って、すうっと消えていく、
謎の終曲である。

なお、このトロフォンのCDの解説は、
Hans Peter Simoneitという人が書いていて、
この曲に触れる前に、レーガーの人となりが書かれている。
「口先だけの意味のない行動は嫌いなのです。
建築的な美しさ、メロディ、反復の魔法のようなものが、
どうしても必要なのです」という、
17歳の時の作曲家の言葉に続いて、
伝統的なソナタ形式の愛好、強い表出力を持つメロディが、
その特徴であると補足している。
「反復の魔法」とは、晩年まで続いた対位法へのこだわりで、
ベートーヴェン、ブラームスに続く、
ソナタだけではなく、バッハに倣って、
トッカータやプレリュード、フーガなども書いているとある。

楽譜上には、「エスプレッシーヴォ」や「アジタート」という言葉が目立ち、
「センプレ(絶えず)」、「モルト(非常に)」などが強調される。
ブラームスについても、彼は、こう書いたそうである。
「ブラームスが不滅なのは、
古いものを受け継いだからだけではなく、
新しく、想像も出来なかったような、
感情表現を醸し出すことができたからです。」

という風に、このCDは、ジャケットも個性的で、
解説もよく書いてあり、録音も優秀ということで、
総合点は高そうである。
演奏も立体的で押しが強い。
全集を作ったベルン四重奏団は、もう少し落ち着いた表現である。
こちらは残響も豊かで、疲れないのはベルン盤か。
ベルン盤は、少し克明さより幻想性を重んじているような感じ。
玄妙な美しさはこちらにあるが、ちょっと、重心が軽いような気もする。

「フィルハーモニア」では、シューベルトなら「15番」が聴きたい。
「ベルン」では、シューベルトなら「13番」が聴きたい。

実は、このベルン四重奏団の全集版の解説には、
レーガー研究者の面目躍如というべきか、
この曲の成立にまつわるエピソードなどが書かれていて、
合わせて読むと参考になる。

「前の四重奏曲から何年かして、
室内楽演奏復活の機運も盛り上がってきた頃、
レーガーは再び弦楽四重奏曲の作曲に駆り立てられた。
1903年3月、コンサートの折に着想された。
『今夜のブリュッセル四重奏団は見事の一言に尽きる。
すぐに四重奏曲が書きたくなった。
こんな思いが心の中を行き来する(1903年3月29日出版者宛)。』
しかし、まずやるべき仕事があって、
最初の大規模なオーケストラ付き合唱作品、
『Gesang der Verklarten』作品71、
ヴァイオリン・ソナタハ長調作品72、
オルガン変奏曲作品73などが書かれた。
当時、亡くなったばかりのフーゴー・ヴォルフの遺品の整理も、
彼の時間とエネルギーを消費した。
このような理由で、レーガーが、
次の四重奏曲に着手できたのは、
1903年10月1日になってからであった。
彼はこれに専念、11月には手稿を提出している。」
レーガーとヴォルフがこんな関係であったとは知らなかった。
確かに、ヴォルフの死は1903年のことである。

「この四重奏曲の交響的な側面は、
シェーンベルクが調性を破壊し、
従来の四重奏曲の殻を破って、
さらに刺激的な効果をもたらすのに先立つ、
もっとも前衛的なものであった。
一般の期待に対して対立する、
名高い二つの要素が、
再度、現れる。
深い興奮の表現、
すべての音楽パラメーターの絶え間ない変容による、
カオスのような効果。
初演は、当時の最も重要な近代音楽のフォーラム、
フランクフルトのトーンキュンストラー祭で予定されていたが、
メンバーの一人が急に病気になったので、
突然、キャンセルとなった。
それに代わって演奏されたのが、
悪名高い作品72のヴァイオリン・ソナタであった。
この作品は主音を避け続け、
俗物批評家の羊と猿が討論している様を、
『schefe』と『affe』という音の対立で表現した。
この曲の初演は非常な関心を呼び、
レーガーはドイツ室内楽における恐るべき子供と見なされ、
ドイツのどこの町でも、彼の登場はセンセーションとなった。
弦楽四重奏曲はキャンセルされたにもかかわらず、
新聞が痛烈な批判を書いたという奇妙な現象が起こった。
ここでは、レーガーが音楽祭に際して書いた作品分析が、
悪意をもって利用された。」
この、羊と猿の主題で評論家をからかったソナタの話は、
どこかで読んだことがあったが、
代わって演奏されたということは、
別の機会を想定して書いた作品だったのだろうか。

「レーガーが書いたことはこんなことであった。
彼はこの四重奏曲の表現力、情熱的な効果、突然で鋭い不協和音、
それから第一楽章の嵐のような興奮。
『不思議な第二楽章』は、『楽しげな古風な主題』で、
『アイロニックに見えるかもしれず』、短い間奏曲である。」

『』の引用が多すぎて非常に読みにくい解説だが、
ここが研究者のこだわりであろう。

「『単純な主題による変奏曲』の第三楽章については、
ほとんど触れておらず、
ロンドの終曲は、
『見せかけのフガート』で、
『禁じられた小径を元気よく彷徨う』感じ。」
この感じは私には良く分からないのだが、
音楽からは、かなり混乱した印象を受けた。
しかし、それをレーガー自身も気にしていたのか、
以下のような解説が続いている。
「『ひねくれた音楽』だと考え、
そこに何か隠されたプログラムがあると考えがちな、
俗物を先制するように、
『これは純粋な音楽表現であって、
そこにどんな隠された何かがあるかどうかは、
個々の聴衆の自由に委ねる。』」
彼の出版社への手紙からは、『活発な音楽形式』以上のものが、
そこに含まれているとも書いている。」
ますます、訳の分からない解説だが、
とにかく、問題の多い楽章であろう。

さらにレーガーはこう書いたともある。
「『作品74は、技術的には難しくありませんが、
音楽的、超心理的には困難なもので、
第一楽章から悲劇的なものを引き出す必要があり、
第三楽章(変奏曲楽章、ベックリンの“ヴァイオリンを弾く隠者”みたいな)は、
音楽的に難しく、第四楽章の開放的なユーモアは、
そんなに難しくないでしょう。
スケルツォは剽軽に聞こえるかもしれません(1904年12月30日)。』」
レーガーは年がら年中、手紙を書いていたというが、
こんな手紙を全部集めれば、それだけで、
全作品解説全集が出来そうなものだ。

しかし、こんなところでベックリンが出てくるとは思わなかった。
解説者も同様の反応をしている。

「ここでアーノルト・ベックリンについて触れているが、
これは、レーガーの『ベックリンの絵画による四つの音詩』のテーマの一つが、
この『隠者』であったことを思い出させる。
レーガーの作品には、この自ら俗世間から追放され、
モノローグに没頭するヴァイオリン弾きのポートレートが、
たびたび登場し、私たちは、深い息づかい、意味深い瞑想を感じる。」

と、まさか、以前、この欄でベックリンについて書いたことが、
まるで、この曲を予告していたかのような感じである。

ということで、シンプルな主題による第三楽章が、
世捨て人になりたいレーガーの願望を現しているとすれば、
また、違った聴き方も出来るというものであろう。

この曲を聴いた私の感じは、
第一楽章、第二楽章は、実験音楽の極地として成功しており、
特に第一楽章は冒頭から魅力的で力強く、
何やら深い感情に満ちている。
第三楽章は、方向を見失って脱線し、平明を通り越して平凡となり、
第四楽章は支離滅裂、といった感じであったが、
どうやら、レーガーは、後半2楽章にも何やら、
深い意図を込めていたようである。

しかし、その生涯を概観するつもりで、
聞き続けてきた曲集であるが、
今回は、どこに住んでいたかという情報がなかった。

前回、第二番の解説には、ワイデン時代の最後の作品とあったので、
この第三番は、次の時代に属するはずだが、何時代の作品かは分からない。
とにかく、旺盛な作曲意欲に満ちあふれていた時期だということは分かった。

今回も、まったく「ます」と関係ない作品になってしまったが、
ブリュッセル四重奏団のような団体があって、
独墺系の文化の権化のような四重奏曲、室内楽の歴史を、
側面から支えていたことに、感じ入ることがあった。

というのも、極めて個人的なことながら、
私が「ます」の五重奏曲に感銘を受けたのも、
ドイツやオーストリアのアンサンブルの演奏ではなく、
オランダの団体の演奏によってであったからである。

そんなことにも、ふと、思いを馳せた次第である。

得られた事:「レーガーは批評家をからかった曲を書く一方で、俗世からの逃避を夢見た、矛盾した側面を持つ作曲家であった。」
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by franz310 | 2008-07-05 23:20 | 音楽