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クラシック音楽への愛と悲しみの日々
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その125

b0083728_1448955.jpg個人的経験:
前回は、レーガーが、
シューベルト歌曲の伴奏を
管弦楽に編曲したものを聞いたが、
このCDの解説はまだ残っている。
どのような経緯で、
これらの作品が生まれたのか、
そのあたりが、
レーガー自身の作品との関連で
書かれている。
なるほどと納得した次第。

しかも、文中で出てくる、『希望に寄せる』作品124も、
『愛の賛歌』作品136も、フィッシャー=ディースカウが、
レコーディングしてくれており、日本でも発売されていたので、
大変、助かった。
2曲とも、オーケストラ伴奏の歌曲である。

このCDは、1989年の録音のオルフェオ盤。
日本でもおなじみの、ゲルト・アルブレヒトの指揮で、
ハンブルク国立フィルという、
あまりなじみのないオーケストラが演奏している。

購入当初から意味深な印象的な表紙だと思っていたが、
今回、良く見ると、ラフマニノフの「死の島」でおなじみの、
ベックリンのものであった。
また、レーガーにも、
「ベックリンによる4つの絵画」作品128という作品がある。

ちなみにこの作品も、コッホ・シュヴァンのレーベルに、
同じアルブレヒトの指揮で録音されており、
(ちなみに表紙は当然、ベックリン)
日本盤には、宮澤淳一という人の訳で、こうした解説が載せられていた。
(おっと、書いたのはスザンヌ・ポップとある。
今回紹介中のシューベルト歌曲の編曲と同じ解説者。
レーガーを語る時、スザンヌ・ポップを忘れてはならぬ。)


「1913年にはベックリンはすでに時代遅れだったが、
それまでの20年間、彼の複製画はドイツ中流家庭の食卓の上に、
必ずかかっていた。」
などと書かれている。
改めて調べると、ベックリンは1827年生まれ、
1901年には亡くなっているから、
シューベルトの死の前年の生まれということ。

レーガーは1913年、三十代後半の時期に、
「ヴァイオリンを弾く隠者」、「波の戯れ」、
「死の島」、「バッカナール」からなる、
先の「4つの音詩」作品128を書いたが、
これから語られるシューベルト歌曲の編曲や、
「希望に寄せる」作品124も同時期の仕事である。

ちなみに、ディースカウのCDの表紙には、
「Meeresbrandung」という題があるようだが、
海の波といった意味か。
別にこの絵画が収録作品と関係しているわけではないようだ。
が、これらオーケストラ歌曲を書いた頃、
レーガーがベックリンの事を考えていたことは確かである。

あと、このディースカウのCDには、作品144の2曲の合唱曲、
アイヒェンドルフの詩による「世捨てびと」と、
ヘッベルの詩による「レクイエム」が収録されている。
作品番号からして、こっちはさらに晩年の作である。

「希望に寄せる」がヘルダーリンの詩によっており、
どの曲もドイツ文学全集みたいな布陣である。
ただし、「愛の賛歌」の詩人、ヤコボウスキーというのは、
初めて見た名前である。

さて、頭を切替えて、前回、取り上げたシューベルト歌曲を、
何故、レーガーが管弦楽化したのかを読んでみよう。

「レーガーは、シューベルトからヴォルフに至る、
ロマン派の伝統に沿った300曲以上のピアノ歌曲を残しているが、
はじめのうちは、オリジナルであれ、
ピアノ伴奏からの編曲であれ、
オーケストラ歌曲に興味は持っていなかった。
これは1900年頃、フランスからドイツに導入されたものだ。
リヒャルト・ヴァーグナーの、
次元を超えたオーケストラを伴う、
楽劇における偉大な終結のモノローグをモデルに、
同時代人がこのジャンルを確立した。
レーガーは、1911年の12月に、
マイニンゲンの宮廷音楽監督に就任し、
彼のオーケストラにじかに接して、
管弦楽法の秘密を探る機会を持つまで、
こうした傾向を変えなかった。
初期の管弦楽曲に見られた巨大な塊のような楽器法は、
なりをひそめ、『すべての音符がサウンドのために計算された』
スコアを作り上げた。」

1911年も12月といえば、レーガー36歳だが、
もはや、これは彼の晩年である。
亡くなったのが1916年5月なので、残された年月は4年そこそこ。
しかも、下記の文に読めるように1914年には辞職したようなので、
1912年と1913年のわずか2年が、
音楽監督として活躍できた時期だったわけだ。
第一次大戦を前にした、短い夢のような時期に、
ここに書かれているようなことがあった。

b0083728_1450043.jpg確かに、前述の「音詩」のCDに、
収められた2曲、
「ロマンティック組曲」作品125が、
ちょうど1912年7月、
「ベックリンの絵による4つの音詩」
作品128が、
翌1913年7月の仕事。
束の間の夢のひと時の結晶なのであろう。
音楽監督として冬のシーズンは忙しく、
夏に翌シーズンを想定して、
作曲がなされたものと思われる。
もちろん、自分のオーケストラを念頭に。

そのせいがあるかないか、これらは、
レーガーの名前から想像できる、
恐ろしいぐちゃぐちゃ音楽ではなく、
ドビュッシーかディーリアスみたいな、
あっさりした思わせぶりな音楽。
スパイスは弱い。

このCDの解説にもこうあった。
「あたまのなかで作品の構想ができあがったのは、
多忙をきわめるコンサート期間中のことである。
『ロマンティック組曲』は、彼の語るところによると、
列車に揺られながら一晩のうちに想を練った。
だが実際に楽譜に書きとめるのはコンサートのない
ほんの数ヶ月のあいだであった。
じきに40歳をむかえようという当時のレーガーは、
すでに100以上の作品を出版していたが、
自分を批判的にみる態度はより強くなっていた。」

さて、シューベルト編曲のCDの解説に戻ると、
「宮廷音楽監督として、演奏会のプログラム構成にも責任を持った。
彼の初期の室内楽演奏会でも、
いくつかは自身の作曲により、
他はロマン派のレパートリーよる、
各種楽器の室内楽と、二部からなる歌曲集、
といった好みを示していた。
しかし、この声楽と器楽の理想的な組み合わせは、
規模が大きくなって交響曲演奏会になると問題を生じた。
すでに、作曲過程における影響やアイデアを得るような、
様々な事柄があったので、音楽監督としての最初のシーズンに、
レーガーが管弦楽化するに、
ふさわしい作品を持っていなかったとは思えないが。」

このように、演奏会の企画を行う立場から、
プログラムの設計上、各種レパートリーが必要だったようだ。
室内楽と歌曲の組み合わせというのは、
しかし、最近の傾向としても一般的なものではなかろう。

ということで、この趣向が延長されて、
オーケストラ演奏会では、オーケストラ伴奏歌曲が必要、
といった流れになったのだという。
別に協奏曲でも良いような気もするが、
ある種、人工的な楽器集団の空間の中に、
人の声を加えてみたい要望はわかるような気もする。

「しかし、レーガーのこの分野における最初の貢献は、
ヘルダーリンの詩による『希望に寄せる』作品124で、
1912年10月に、
彼のマイニンゲンでの二回目のシーズンに間に合い、
レーガー自身の指揮、
献呈されたAnna Erler-Schnaudtによって初演された。
その時になって、どうすれば良いプログラム構成になるかという、
ジレンマが強烈に沸き起こってきた。
この初演を前にして、レーガーは歌手に、
アドヴァイスを求めた。
『あなたは二曲歌いますが、
1.レーガーの作品124
2.???
二番目に何を歌いますか。
できるだけ早く教えて下さい。
20分ありますが。』(1912年7月13日)
彼女の提案によって、
モットルとブライルによるオーケストレーションによる、
シューベルト歌曲、『ガニュメード』、『全能の神』、
『死と乙女』が歌われた。
続く何ヶ月かは、レーガーは相応しいプログラム配置の検討を行い、
『希望に寄せる』は数回は、器楽曲の中で唯一の声楽作品として演奏され、
ある機会では、レーガーの5つのピアノ伴奏歌曲と組み合わされ、
新音楽時報が、かつてない辛らつさで、
『人は自分の得意とすることをしたがるものだが、
それは交響曲演奏会の第二部で、
歌曲を素晴らしい作品のように披露することではないだろう』
と書いたように、不満足な結果となった。」

オーケストラ演奏の間に、ピアノ伴奏歌曲というのは、
確かに、バランスが悪かろう。
が、そんなことは、実際にやってみたレーガー自身が、
一番分かっていたことだったようだ。

「この文脈で、レーガーは晩年に、
ピアノ歌曲を管弦楽化することに、
いつもの彼特有の激しいエネルギーで取り組むこととなった。
最後の3年間、彼は40曲もの歌曲を管弦楽化した。
15曲もあるシューベルトは、
スタート点でもあり重要なポイントであって、
12曲の自身の歌曲の編曲、ブラームスの7曲、
ヴォルフの4曲、グリーグの2曲が続いた。
1913年4月15日、シーズン終わりの前に、
レーガーは、彼の判断で、
出版者のブライトコップッフ&ヘルテルに、
このように報告している。
『私は最もよく歌われるシューベルト歌曲を、
何年かかけてオーケストレーションしようと考えています。
それは使いやすい最小編成のオーケストラのためのものです。
このオーケストレーションは、
男性歌手、女性歌手の声が、決してかきけされないものです。
私はしばしば歌曲のリサイタルを経験していますが、
交響曲の演奏会には辟易します。
というのも、指揮者というものは、最高の伴奏者ではないからです。
こうした劣悪な状況は、このオーケストレーションで改善されます。
もう、グランドピアノをステージに引っ張り上げなくてもいいのです。
毎年2,3曲ずつ作曲したいのですが、
シューベルトでは何が良いと思われますか。
もちろん、すでにモットルが素晴らしく行ったのと、
同じ曲は考えておりません。』
それから三日後に、彼は追加してこう書いた。
『私の耳には、巨大な会場で、オーケストラ曲の後、
女性歌手が、しょぼいピアノ伴奏で歌うのを聴くのは耐え難いことです。』
(1914年11月2日出版者ジムロック宛)
レーガーは彼の演奏会経験と実際的見地から、
伴奏者や重たいピアノも考慮して、
出版者にアドバイスを乞い、
ポピュラーさと管弦楽化への相応しさによって、
曲を選択することを考えていた。
彼の最初の手紙(1913年4月15日)には、
『メムノン』の楽譜が同封されていて、
『音楽に寄せる』、『月に寄せる』、『君こそが憩い』が、
1913年9月に続いた。
1914年2月にはこの4曲が、
『4つの選ばれた歌曲』として出版された。」

モットルの管弦楽バージョンを、レーガーはすでに知っていて、
それでも、彼にはこの仕事が重要に思えたようだ。
下記の記載などは、それを物語って忘れがたいエピソードである。

「1913年から14年のコンサートシーズンでは、
レーガーは疲れ果て、衰弱して、遂にはマイニンゲンのポストを、
退くこととなった。
彼は病床でも、医師の禁止にもかかわらず、彼は楽譜を求めた。
続く何ヶ月かに行われた編曲は、ほとんど治癒力に似た効果を発揮した。
4週間のサナトリウムでの日々の後、
自身の3つの作品のアレンジとシューベルトの3曲のアレンジを、
マイニンゲンでの2、3日で仕上げてしまった。
5月のはじめ、サナトリウムでの日々の直後、
これらに4つめが加わり、
『連祷』、『老人の歌』、『夜と夢』、『夕映えの中で』が同じ年に作曲された。
彼は、1914年6月2日のバッハの忠実な編曲を示しながら、
ブライトコップフ&ヘルテルに、こう言った。
『こうして、私の今年の、編曲熱は満たされました』。
この出版社だけではなく、彼はさらなる編曲を、
4社に向かって送っていたのである。」

「シューベルトによる『8つの選ばれた歌曲』の作曲の歴史は、
こんな風に明快だが、『7つの名歌集』、つまり、
『グレートヒェン』、『魔王』、『タルタルス』、
『3つの竪琴弾きの歌』、『プロメテウス』
が作曲された経緯はよく分からない。
手紙には述べられておらず、彼の未亡人エルザ・レーガーは、
彼の死後になって手稿をユニバーサル・エディションに渡している。
私たちは、レーガーの編曲熱が、1914年の秋に起こり、
世界大戦ゆえに出版を見合わせたと推測するのみである。
彼の恐るべき創作欲は、1915年、11月6日に、
ジムロックに対して、
『私は、あなたがブラームスの管弦楽編曲に不満を持っていると思って』
などと書いたように、時として出版者を怒らせた。」
これを見ると、レーガーは、尊敬するブラームスの編曲より、
自分の編曲の方が優れていると考えていたようだ。

「メムノン」は、ブラームス版とレーガー版で聞ける。
この作品は、すでに、マイヤーホーファー歌曲の時に、
取り上げてみたが、非常に特異な内容の作品である。

ディースカウの本にも、この曲は特筆されている。
まず、この歌曲が、若き日のシューベルトが歌手フォーグルと、
歴史的な出会いをしたときに、彼に見せた曲の中の一曲だったこと。
そして、その作品の素晴らしさは、ディースカウによってもこう表現された。

「この二十歳の青年シューベルトが『メムノン』に作曲した音楽は、
その間に達せられた巨匠の高みというものを示している。」

ここにはわざわざ歌詞も書き出されている。
「1.一日を通じてただ一度だけ口を開こう、
私はいつも沈黙して悲しむことになれている。
夜に生まれた霧のあつみを通して
オーロラの紫光がやさしく輝きはじめるとき。

2.それは人間の耳にはハーモニーである。
何故なら、私は嘆きを旋律にして告げ、
詩の炎によって粗野をみがく、
人々は私に至福の開花を想うのだ。

3.死のかいなが私にむかって伸び、
私の心の奥深くに蛇が巣食っている。
それは私の苦しみの感情を餌とし、
満たされない情欲に怒りたけっている。

4.その情欲とは、おまえ、朝の女神と結ばれること。
この無益な営みから逃れて、
高貴な自由の世界、純愛の世界から、
青い星となって静かにこの世を照らすことである。」

恐ろしく鮮烈なイメージの、
芸術家の心の代弁とも思える心情告白である。
シューベルトもブラームスも、また、レーガーも、
この、「人間の耳にはハーモニー」だが、
しかし、私には「嘆き」というテーマを、幾度もかみ締めたに違いない。
事実、シューベルトは同様の事を言っている。
さらに、ディースカウは、著書の中でこう続ける。

「このもの言う柱は人間の心をもち、
悲劇は、それが語っているとき、
内に感じているものを知らないことにある。
変ニ長調でのただようような前奏曲はオーケストラ的で、
ブラームスはこれをバリトン歌手、
ユーリウス・シュトックハウゼンのために管弦楽曲に編曲している。
これに続くレチタティーボはあたかも無からのように始まり、
やがて長調から短調への移行とともに暗くなり、
悲痛に張り詰めた劇的感興へ高まり、
『おまえ、朝の女神と結ばれること』のところで頂点に達する。
レチタティーボ的なとぎれとぎれの感じは、
憂愁の詩人マイヤーホーファーの念頭にあった
あの理想像に向かって輝き、結尾のアリオーソに至る。
ピアノはなごやかな明るさをもつ後奏を崇高に終わらせる。」

この詩を改めて味わうと、本当に沢山のことが、
わずか4分ほどで歌われる中に詰め込まれていると思う。
メムノンの歌が人間に聞こえる時の神秘。
そのメムノンの心の中に住む蛇。
蛇が食らうメムノンの苦悩。
そしてメムノンが求める暁の女神の美しさ。
それとの合一の夢。
これらすべてにシューベルトは対応して、
的確な音楽をつけ、作品の価値を増幅した。

では、ブラームス版をプライのCDで聞くと、
1. 木管合奏の豊かな色彩感の序奏に続いて、あとは弦で控えめ。
オーロラの光が差し込む木管の描写はさすが。
2. ぽぽぽぽーと木管主体だが、要所要所でハーモニーが厚くなる。
3. ホルンの警告音。弦がざわめく。
4. 幸福そうに木管が歌い交わす。崇高な後奏は、弦と木管が掛け合い、
木管が美しい余韻を残す。

レーガー版はヘンシェルで聞こう。
1. どーんと、深い弦楽のため息のピッチカートに、ぷかぷか言う木管の伴奏。
オーロラの光は、弦楽の広がり。
2. 弦楽主体に、立ち上る蜃気楼のように木管がブレンドされる。
木管はときおり、声楽部の音形を模倣。
3. 弦のざわめき、吹き鳴らされる管楽器群。このあたりはレーガーらしい。
4.ホルンが高貴な世界に導く。後奏は弦楽主体。
レーガーが好きな、声楽部を他の楽器で強調することはあまりやっていない。

蛇がうごめくという苦しみの部分が、
レーガーには、もっと重要に思えたのであろう。

「『7つの名歌集』で使われている楽器は、
レーガーがよく使っていたものとは違う。
彼はその編成を、第二のオーケストラ歌曲、
『愛の賛歌』作品136でも使用し、
それは1914年の秋の作とされる。
さらなる確認として、
1914年10月28日、
ペータース社のオーナーであるHenri Hinrichsenに宛てたものがある。
『私はすでに、ブライトコップフ&ヘルテルのために、
シューベルトの管弦楽化に相応しい歌曲の編曲を終えています。
いくつかはすでに出版されており、
残りは戦争終結後に出版を予定しています』。」

前々回読んだYouensの解説によると、
この歌曲集が出版されたのは1926年だという。
第一次大戦が終わって10年、レーガーが死んで10年、
もう、シューベルトの死後100年が経つという時期である。

「レーガーのシューベルト歌曲の選曲の基準は、
ポピュラーさとオーケストラ化の相応しさが大きな関心事となっている。
いくつかの作品が、確かによく知られているのみである。
シューベルトは公式デビューとして1815年の『魔王』で果たしたが、
これはリストやベルリオーズの管弦楽化を含んで沢山の編曲を生み、
高い販売量がその人気の証拠となっている。
1814年の『糸を紡ぐグレートヒェン』は、
若いシューベルトとして天才の火花を灯し、
ロマン派歌曲の誕生とみなされている。
ここでシューベルトは、伴奏を新しく、感情的で表現力豊かな内容とし、
恐ろしい不安と緊張感溢れる興奮をオスティナートの動きで表現した。
すでにシューベルトの生前からこの2曲は、
彼の最もポピュラーな歌として数えられている。
また、『音楽に寄せる』の4つの写しは、この曲の人気を語るものだが、
『君こそは憩い』もまた、早くから人気作であった。
しかし、この曲集は、そんなに普及していなかった歌曲、
『老人の歌』、『メムノン』、『夜と夢』のような例も含んでいる。」

このような編曲と同時期に書かれたレーガー自身の管弦楽歌曲が、
どのようなものかと言うと、ともに13分程度のもの。
なだらかな曲想で、スクリャービンのような感触。
どこがメロディーだかわからないが、盛り上がったり、
沈静化したりでうねうねと繋がっていく感じで歯切れの良いものではない。
レーガーの常として、いろんな楽器が重なって、
ほの暗く玄妙な色合いである。
時折、そこに精妙な和声で美しい瞬間が立ち上る。
そういう意味では、ベックリンの絵画のような感じでもある。

ディースカウ盤のCDの解説は、
ハンス・G・シュールマンで西野茂雄訳となっている。
この人も、レーガーがこの分野に参入したのは、
後年になってからであると強調。
「彼のオーケストラ書法の
いわば擬古典的な洗練の後に
ようやく彼はオーケストラ歌曲の想念に
歩み寄ることが出来たのである」と書いている。

「1912年に、ヘルダーリンのテキストに基づく
作品124の『希望に寄せる』が出来上がり、
1914年に、ルートヴィヒ・ヤコボヴスキーのテキストによる
『愛の賛歌』が書き上げられた。」
以下、日本語で書いてあっても難解な解説が続くが、
作品124に関しては、ヴァーグナーの「トリスタン」と、
ヘルダーリンの悲劇的理想世界の融合のようなことが書かれている。

このCD、このように作品ばかりか、
解説までも難解なのが難点。

では、実際にこの「希望に寄せる」とは、どんな作品か。

不吉なティンパニが静かに轟く中、
静かな弦楽の闇が広がり、
一筋の光のように木管が立ち上る序奏。
確かに、トリスタンとイゾルデのいる神秘の森の中の空気のようだ。

歌詞はこんなものらしい。
「おお、希望よ!やさしいものよ!
善意あるはたらきにいそしむものよ!
悲しむ者の家をもさげすむことなく、
高貴なものよ!
死すべき者と天上の諸力との中間にあって、
進んで奉仕しつつ支配するものよ。
おん身はいずこに?
わずかの間私は生き、
しかも私の夕暮れはすでにひえびえと息づいている。
この世では私はすでに影のように静かだ。
そして身ぶるいする心臓が胸の中で、
もはや歌うことなくまどろんでいる。」
このように、トリスタンの森の感覚も、
あながち間違っていたわけではなさそうだ。
夕暮れの気配を漲らせていたわけである。
ここまでは、のっぺりとして難解。というか変化に乏しい。

そして、後半は、ホルンやオーボエが牧歌的な音色を奏で、
日の光のような弦楽が開放的な視界を開いていく。
管弦楽がざわめきだし、非常に朗らかな楽想も明滅し、
不思議な幸福感が満ち溢れてくる。
歌詞もまた、このようにビジュアルで印象的なもの。

「あの緑の谷に、あそこ、さわやかな泉が
日夜せせらいで山から流れ下り、
秋には愛らしいイヌサフランが私のために花咲くところ、
あそこ、あの静寂の中に、やさしいものよ。」

さらに、この自然の中での感興が高まり、法悦へと至るのが次の部分。
「私はおん身をたずねよう、それとも真夜中に
雑木林の中で目に見えぬ生きものがざわめき、
私の頭上で、常に喜びに満ちた花たち、
あの咲きこぼれる星たちが輝く時に。」
「花」や「星」で、声楽も絶唱となる。

この後は、この絶唱の余韻が静まっていくような部分。
不思議な幸福感と希望を感じさせて音楽は消えていく。
「おお、エーテルの娘よ!
その時はおん身の父の
花園から姿を現し、私に死すべき者の幸福を
約束することが許されないなら、
いとせめて別の約束で、私の心を驚かせておくれ。
おお、希望よ、希望よ、やさしい希望よ。」

狂気に至った詩人、厭世的なヘルダーリンの作品を、
音楽化するとこうしたものになるであろうか。
こうした作品を書きながら、レーガーは病気になり、
ドイツは戦争へと突入していったという点が皮肉である。

「愛の賛歌」作品136も、基本的に同じような音楽。
重苦しい雰囲気がベースで、
時々、浄化されたような音楽に満たされる。
詩の内容も、「神々しい愛の消え行く火花」を、
もう一度、取り戻したいと、「永遠のもの」に語りかける、
長大な法悦のモノローグである。

レーガーが「メムノン」のような曲に取り組みながら、
それが簡潔な構成で、様々なことを言い尽くしているのを見て、
晦渋な表現を長々とやることの意味を問い直したとしても不思議はない。

得られた事:「過労でぶっ倒れたレーガーを救ったのは、シューベルトの作品であった。」
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by franz310 | 2008-05-31 14:59 | 音楽

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その124

b0083728_2374870.jpg個人的経験:
ドイツ後期ロマン派の
これまた最後を飾る
巨匠と呼べるのが、
マックス・レーガー
であろうか。
フィッツナーのように、
もっと後までロマン派を
していた人もいるが、
影響力という点では、
レーガーには及ぶまい。

そのレーガーが、沢山のシューベルト歌曲を、
オーケストラ伴奏用に編曲しているのに、
まとまった情報がなかったのは気持ち悪かった。

前々回取り上げたアバドのCDでも、
ブラームスやベルリオーズの場合、
誰を想定して編曲が行われたか明記されていたが、
レーガーに関しては、ろくな知識が得られなかった。

そこで、某輸入CD取り扱い店に出かけたところ、
うまい具合に、レーガー編曲のシューベルト歌曲集のCDを発見。

これまたうまい具合に、解説も概要が展望できる出来。
Susanne Poppという人が書いて、英訳しているのは、
紛らわしいが、Susan Marie Preaderという人である。
スザンヌとスーザンなので、日本語訳もすさんでしまいそう。

そもそも私はレーガーが嫌いではなく、
むしろ興味を持っている作曲家と言える。

しかし、これまで聞いてきたように、
シューベルトに関しては、
あまりにおとなしい編曲と思える。

その怪人ぶりが発揮されていないように不満を持っていたが、
この解説を読み解くと、そこそこ興味が出てくるのを感じた。

一聴して、即座に思ったことだが、
ひょっとすると、演奏もこちらの方がいいのかもしれない。
シュトゥットガルトの室内管弦楽団を、ジュリアード出身の、
デニス・ラッセル・デイヴィスが振っている。
声楽家はヘンシェルとStachelhausが男女の声を受け持っている。

ジャケットデザインは、さすがMDGレーベルだけあって、
絵画をあしらって格調高い。
ただし、この絵画から、シューベルトやレーガーを想像するのは困難。
CorinthのWelchanseeという題名の油彩である。
表現主義的な筆致なので、レーガーには年代的に近いかもしれない。
が、そうしたインフォーメーションはない。

1997年の録音。
シューベルトは生誕200年。
よく、私が買うのを待っていてくれた!

では、解説を見てみよう。
「新しい装いのシューベルト」と題されている。
いきなり、非常に興味深い考察から入っているが、
シューベルトの方は、実際に見た人のスケッチではないので、
話半分の話題づくりと考えて読んだ。

b0083728_2393157.jpg「作曲にかまけてる、
フランツ・シューベルトと
マックス・レーガーの、
二つの肖像画
(1913年、
C.BacchiとFranz Nolken)
があるんだけど、
これは、まじやばで似てる。
楽譜の上にかがみこんじゃって、
ちょー近眼だしい、
それに、
かーっ、たまんねえよお、
それしか頭にねー!って感じでえ、
音楽のことしか
ちょー眼中にないしい。」
てな具合である。
図示まで交えての解説で、とても面白い。


「これら二つのかすかな関連性から、
そんなことを感じるばかりではなく、レーガーが、
バッハやブラームスへの賞賛ばかり口にしているのに、
シューベルトへの賛嘆を書いたことがないことに、
不思議さ以上のものを感じてしまう。
しかしながら、20歳のレーガーの初期の歌曲集作品12の、
大胆な献辞『フランツ・シューベルトの霊に』こそは、
彼を深く尊敬していたことを表している。」
以下、レーガーが、このような尊敬もあって、
シューベルト歌曲をオーケストラ伴奏に編曲した、
興味深いいきさつが書かれているが、
ここでは、話の流れから、まず、そこを飛ばして、
レーガーによって成立した各曲について、
書かれた部分を先に読んでみよう。
「レーガーは、歌曲について、
『純粋にピアノに適応』(1914年11月7日ペータース宛)
したものとは考えておらず、
『静かなピアノ伴奏』は管弦楽化に相応しく、
『ほとんどアルペッジョだけからなる伴奏の歌曲など考えられない』
(1914年4月4日ジムロック宛)と書いた。
この意見は、雰囲気に富み、ゆっくりとした、
叙情的な表現で、テキスト解釈も微妙な
最初の8つの歌曲に対しては対応しているが、
後から書かれた7つの歌曲について言えることではない。」
ちなみに、最初の8つ、後の7つとは、
レーガーが編曲したシューベルト歌曲のことで、
今回のCDではすべてが聞ける。

この解説に沿って、各曲に出版時期をつけて収録曲を書き出すと、
1. 音楽に寄せる D547(ショーバー詩) 1914
2. 魔王 D328(ゲーテ詩) 1926
3. 糸を紡ぐグレートヒェン D118(ゲーテ詩) 1926
竪琴弾きの歌 (ゲーテ詩) 1926
4.孤独を求めるものは D478
5.涙もてパンをとらざりし者は D480
6.戸口に立って D479
7.老人の歌 D778(リュッケルト詩) 1914
8.月に寄せる D296(ゲーテ詩) 1914
9.夜と夢 D827(コリーン詩) 1914
10.プロメテウス D674(ゲーテ詩) 1926
11.メムノン D541(マイヤーホーファー詩) 1914
12.君こそが憩い D776(リュッケルト詩) 1914
13.夕映えの中で D799(ラッペ詩) 1914
14.タルタルスの群れ D583 1926
15.連祷 D343(ヤコービ詩) 1914

ということで、このCDでは、一緒くたにされている。
分かりやすく聴くには、ゲーテ、シラーといった大物詩人の詩が、
後半のものに多く、美しいメロディーの有名曲は前半に多い、
といった分類が出来る。
ゲーテの「月に寄せる」が、この例外であるが。

「レーガーは彼の主たる選曲尺度については書き残していない。
シューベルトが歌曲の分野に何か新しいものを導き、
発展させ、彼を夢中にさせた歌曲を選んでいる。
シューベルトの初期の『魔王』や『グレートヒェン』は、
こうした作品に含まれる。」
今回の「魔王」を聞いて、いきなりのけぞってしまった。
前回の分析では、あまり特徴がないような感想を書いたが、
冒頭から、金管楽器が最後の審判のような、どす黒い強奏で吹き鳴らし、
まったく別の曲となっている。
弦楽もダイナミックに波打って、次々に浮かび上がる木管も、
くっきりと個性的である。

魔王の声のところでは、木霊が木霊を呼び、
いかにもどっかに連れ去られそうな趣き。

このように、アバド盤よりはるかにエキサイティングで、
ようやく、レーガーを堪能したような感じ。
歌手も緊迫感を第一にした表現で迫力がある。
アバドのクヴァストホフは、不気味な感じを出そうとして、
かえって軟弱な感じに陥っていると感じた。
これでは御伽噺的で、
ヘンシェルのような真摯に我が身に迫り来る感じはしない。
ただし、ヘンシェル、最後の一節は弱すぎるか。

「グレートヒェン」も、あの手この手で切なさを盛り上げてくれて、
非常に聴きごたえがある。
が、紡ぎ車の前に座って、一人寂しく歌っている感じではない。
両手を嵐の空に差し伸べて、天空を仰ぎ、糸巻きなんかやってられるか、
といわんばかりの絶唱である。
もちろん、私は満足である。
神妙な表現でいいのなら、ピアノの原曲を聴けばよい。

「『音楽に寄せる』は別の例の代表で、シューベルトは、
声楽パートの言葉を予想させ、言葉をリピートするような、
『話すような』伴奏音形を開発した。
レーガーがこれを『話すような』バスーンに受け持たせたのは、
明らかに偶然ではない。」

この曲は、最初に置かれただけあって、
レーガー版の特徴が出まくった編曲である。
特徴的な音形は、これでもかこれでもかと、
木霊のように響き、歌手を包み込み、
どこを見てもレーガー、レーガー、レーガー。
真ん中にかろうじてシューベルトの当惑した顔が見える。
非常に気恥ずかしい表現であるが、大賛成。

「シューベルトの主題による管弦楽のための協奏曲」みたいな感じ。
せっかくオーケストラを使ったのであるから、その表現力は、
使えるだけ使ってもらわないと。
オケのギャラがもったいなかろう。
しかし、すべての曲が、ここまでやってくれているわけではない。

が、何故、アバド盤でもプライ版でもこの曲は演奏されていたのに、
ここまで強烈な印象を受けなかったのだろう。
アバド盤を聞きなおす。
声楽が前に出て、オーケストラはややひっこんだ感じ、
かつ、楽器の分離が不十分で、独創的な立ち上がりが悪い。
アバドは、上品にまとめたようだ。

また、プライ盤のベルティーニに到っては、
木管はほとんど強調されておらず、弦楽ばかりが聞こえる。
もっと太い輪郭で描き出してくれないと、
この協奏曲的とも言える、レーガーの工夫や名人芸が分からない。
録音の差異もあろうが、どうやら、前に聞いた二人は、
レーガーに焦点が当たっていない。
あくまで、オーケストラでシューベルトを歌うとどうなるか、
といった点に興味が集中しているようだ。

「レーガーはさらにその興味をシューベルトが、
厳格な形式を用いず、テキストの求めるままに、
新しい形式を生み出した歌曲に特に興味を移し、
『君こそが憩い』などでは、その形式を強化することを好み、
声楽パートはオーボエ、クラリネット、フルートに支持されて、
放射するイ長調の和音の高みに、法悦的な音の展開を高めていく。」

確かにこの曲も、レーガーの特質が浮き出す形となっている。
声楽部は執拗に管楽器でなぞられ、そこから得られた音形のリピートや、
木霊が、うねうねと流線型のアールヌボー的な装飾を凝らし、
くどくない程度で抑えていて、「音楽に寄せる」よりは上品。
むしろ、微光を放つ、楽器の重なりの美観を堪能すべきなのだろう。
が、もう少しやって欲しい。
この曲では、弦楽を前面に出したベルティーニ、プライ盤も、
深々とした質感が好ましい。
アバド盤は、あまりオーケストラが聞こえない。
もう失格。

「レーガーのシューベルトの和声の拡大への賞賛は、
『プロメテウス』、『タルタルスの群れ』を、
選んでいることに反映されている。
レーガーの同時代者は、しばしば、自由な調性や、
耳障りな転調について文句を言ったが、
彼は地獄での永遠の苦痛や、プロメテウスの挑戦的反抗、
グレートヒェンの激情的な不安感を
音楽化したときの相応しい手段として、
これらに熱中していた。」

そもそも、今回の脱線のきっかけになった「プロメテウス」も、
今回の演奏は非常な説得力を感じる。
序奏から速いテンポで緊迫感が漲り、エッジの立った弦の動きや、
轟くティンパニの強調も、この曲には相応しい。
聞きなおしてみると、アバド盤はずっと上品で、
なだらかな曲、ナイスガイの歌う曲になっている。
今回のラッセル・デイヴィス盤は、もっとごつごつして、
プロメテウスの鋼鉄の意志を感じる。
ヘンシェルの歌は、ここでも非常に真摯。
プロメテウスの怒りは、ダイレクトな心の叫びとなっている。
こう聴くとクヴァストホフの歌は、透明だが、妙に客観的なものと思える。

「古風なコラール風の和声と、ポリフォニー的な声楽が導く、
『戸口に立って』や『老人の歌』は、恐らく直接的にレーガーに訴え、
対照的な『夕映えの中で』も、
音節の朗読と単純な和声による素朴な祈りが、
レーガーには同様に魅力的であった。」
「戸口に立って」は、アバド盤にはなく、
プライ盤にはあったが、楽器の分離が良くなく、
後奏のポリフォニックな展開まで、レーガーらしさはゼロ。
今回の盤になって、ようやくレーガーの意図が見えた感じ。
ゲーテの詩で、不思議な老人がこう歌う。
「戸口にしのんでいって、
静かに慎み深くそこに立とう。
敬虔な手が食物をめぐんでくれて、
そして、私は歩き続けるだろう。
さらに歩き続けるだろう。
誰だって、私の姿を見れば、
自分が幸福だと思うだろう。
そのひとは涙を流すだろうが、
私にはその涙がなにゆえのものか分からない。」

「老人の歌」は、いきなりやたら厳かな序奏で、
カンタータか何かが始まったような感じ。
「老人になって、頭は白くなり、
頬のつやもなくなったが、
胸の中には花が咲いている」
と歌われるもの。

ところどころ、ばーん、じゃーんと、
オーケストラの合いの手が入って、とても老人が歌っている感じではない。
トロイの英雄が、戦勝時に歌いそうな歌になってしまった。
が、心の中に、小川が流れ、鳥が鳴き、夢の香りを保持する人は、
確かに英雄的な人なのかもしれない。
ここまで来ると、独白のように内省的な、
原曲のイメージを振り返ることも出来ない。
ちなみに、続く、「月に寄せる」も同様。
オペラのアリアの乗り。
ゲーテの詩は諦念を含んでいるが、レーガー版では、
情念の方が強い。

「幸いなるかな、憎しみを持たず
世の中から離れ、
一人の友を胸に抱き、
その友と一緒に楽しむものは」
と月に話しかける人物が、
こんなに大騒ぎしてくれたら、さぞかしうるさい夜。
ホタルなぞも舞って、賑やかな夜。

が、せっかく通常の演奏とは異なるものを求めてCDを買ったのだから、
どんどん、その調子でお願いしたい。

「夕映えの中で」は、繊細な和声で木管がからむところ、
あるいは、残光を放射するような弦楽の響きが印象的だが、
さすがのデイヴィス盤も、それほどレーガー的にはなっていない。

解説では出てこないが、「夜と夢」は、
ふわふわとした浮遊感で、
R・シュトラウスの「四つの最後の歌」みたいな風情。

「熱狂や強い興味が、レーガーに7つの歌曲を選ばせた主たる要因に見え、
すぐに出版しようと意図したものではなかった。
これらのテキストはすべてドイツ古典期のゲーテ、シラーによるものである。
これはほとんど自然に、レーガーの好み、
シューベルトが同時代の詩への付曲を好んだのと同様、
同時代の詩人に対する嗜好を思い起こさせる。
『テキスト選択の失敗はしばしば私にもありますが、
しかし、すでに作曲されていないゲーテの詩はないのです。
シューベルトの場合は、音楽的な特質によって、
まだ、ゲーテに付曲することができました。
彼は繊細にテキストを捉え、作曲している間、
すべてのものをあるべき形にするという、
天才的な着想を持っていたのです。』
偉大な詩は、すでに満足すべき中古品であることに、
後世の作曲家は思いをめぐらしている。
芸術家にとって、神に対して挑戦的反抗をする『プロメテウス』の主題や、
孤独をテーマとしたミステリアスな『竪琴弾きの歌』、
死をテーマにした『メムノン』などは、
彼の芸術的、個人的な中心テーマに触れたものであった。」

「レーガーは、彼の音楽における新しい表現を、
巨大な意志を持って推し進め、
『可能な限り、洗練され演奏可能であると共に、
すべてのスタイルの相応しさを超えて』
(1913年12月19日ジムロック宛)、
新しいものを作り出そうとしていたのは事実である。
レーガーの時代の巨大なオーケストラとは対照的に、
シューベルトの時代の編成を超えての管弦楽化はなされていない、
フルート、オーボエ、クラリネット、バスーンといった木管は独奏用で、
ホルンが唯一、金管として参加するのが基本で、
二つのティンパニと弦五部からなる。」
前回、「魔王」で、ハープの伴奏があるように思ったが、
どうやら、単に弦楽のピッチカートだったようだ。

「ごくたまに、特徴的な音響がこの範囲を超え、
ドラマティックな『タルタルス』ではトランペットが追加され、
『戸口にて』では、ベルリオーズの管弦楽法では、
特に、過去のイメージやフィーリングを、
魔法で呼び出すような効果に特に相応しいとされる、
イングリッシュホルンが要求され、
『不在、忘却、孤独、この世からの隠退』を表現している。」

この曲、序奏では弦楽が美しいメロディを奏でるが、
声楽には、確かに、この楽器がくすんだ独特の色合いを絡めていく。
ただし、このように書いてあっても、ベルティーニ版などでは、
ほとんどオーボエくらいにしか聞こえない。

「声楽パートに変更はないが、
オーケストラに移し変えられた伴奏は、
声楽パートをサポートすると共に、
隠れた美しい要素を引き出すことを目的とされている。
声楽パートはいつも器楽で強調され、
そのメロディは、レーガーによって、異なる楽器で動機的に処理される。
輝かしいフルート、嘆きのオーボエ、暖かみのあるヴィオラが、
交互にその役割を活かし、歌曲のメロディを特徴付けていく。
モデルとなる一例は『魔王』であって、
異なる語り手やその特性を、音の絵として、入念に描いている。
あらゆるところで、レーガーが、単なる和声的な伴奏や、
ピアノ的なアルペッジョから動機を取り出し、
オーケストラをポリフォニーで彩るのを見ることが出来る。
ここで、彼は模倣を強調し、オリジナルから異なるリズム層を取り出し、
クリアに分離して第一と第二のラインを形作ったりしている。
三つの例外を別にして、彼が足りずに加えた模倣は、
すでにオリジナルに存在するものである。」
この曲に関しては、すでに説明したとおりだが、
金管咆哮版が正しいのかどうか分からない。

「レーガーは演奏時に特別な注意を払っている。
彼自身の作品に見られたような、
ダイナミクス、テンポ、フレージング、アーティキュレーションといった、
音響像は、非常な細部まで規定され、
一小節、一小節までが彼の理想に沿って置き換えられている。
彼は色彩的に明滅する音の織物を、
詳細なダイナミクスの調節と楽器法による色合いによって作り上げた。
彼の手本に対する際立った尊敬は、
彼が、シューベルトが嫌った気ままなテンポ変化、
意味のないルバートなどを知っていたことから推測可能である。
彼はシューベルトのテンポの指示は、
たとえ、『いくらか節度を持って』といった曖昧なものも、
そのまま採用して、彼が好んだアッチェレランド(だんだん速く)や、
リタルダンド(だんだん遅く)を使うことはなかった。
そうして、シューベルトが理想としたむらなく、なだらかな演奏に、
近づけている。
長年にわたって、作曲の異常な速さやオリジナルへのロマンチックな崇拝、
原典主義の理想化された忠誠によって、レーガーのオーケストレーションは、
無視されてきた。
学者がレーガーの作曲技法を多く研究し、
聴衆がこれらの新しい外観に慣れ親しみ、
歌手が繊細な伴奏による演奏を経験し、
こうしたシューベルト作品を扱った編曲も、
興味がかきたてられるようになったのは、
ごく近年になってからである。」

得られた事:「レーガーのシューベルト歌曲の編曲は、各楽器を独奏的に際立たせないと、その繊細かつ大胆な味わいを堪能することは出来ない。」
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by franz310 | 2008-05-24 23:12 | シューベルト

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その123

b0083728_1011593.jpg個人的経験:
前回は、シューベルトの
歌曲のピアノ部を、
多くの作曲家たちが、
管弦楽化した作品を録音した、
2002年録音の、
アバドのCDを紹介したが、
解説の途中で息切れしてしまった。
今回、その解説の、
リストの部分以降を見て行きたい。
また、リストといえば、プライが、
その編曲による「魔王」を録音している。

まず、Youensの解説にはこうある。
「フランツ・リストの人生には、生涯を貫く、
2つの重要なライトモティーフがあって、
それはシューベルト擁護活動と、宗教的没頭であるが、
1860年、これらが一緒になって、
『若い尼僧』のオーケストレーションに繋がった。
旅するヴィルトゥオーゾの時代、
リストは沢山のシューベルト歌曲をピアノ独奏曲に編曲したばかりでなく、
偉大なテノール、Adolphe Nourritのリサイタルで伴奏をして、
フランスの聴衆の関心を、シューベルトの歌曲に向けさせた。」
ここで出てきた歌手の「Nourrut」は、
ディースカウの本などでも特筆されている。
(大概のリストの伝記にはこんなことは書かれていない。
ひたすら個人芸を追及して、女性関係で悩んだり、
宗教に走ったりしている彼の姿ばかりである。)

ディースカウの本には、
「ドイツ以外の国で最初にシューベルト歌曲のために
尽くした人たちの中では、
アドルフ・ヌリ(1802-1839)
の名前をあげておこう」とある。
が、この生年没年を見て、改めて驚いた、
生まれたのは、わずか5年しかシューベルトと違わず、
亡くなったのも、シューベルトの死後、10年ほどしか経っていない。
こんな短期間に、この人はシューベルトを普及させたということか。
しかも、その生涯が簡潔に記されていて、
これまた興味深いではないか。
「十二年間にわたり聴衆の寵児であったが、
そのかたわらコンセルヴァトワールで教えていた。
この憂鬱症で神経質な芸術家は、1837年、
競争相手が契約されたという理由で辞表を提出し、
不規則な旅行の生活を始めた。」
かくして各地で成功を収めながらも、
最終的に鬱病ゆえに投身自殺したという。

再び、Youensの解説に戻ると、
何故、「若い尼僧」が選ばれたかが書かれている。
「1863年、ローマの僧院、
Maddona del Rosario on Monte Marioに住んでいた頃、
リストはローマ教皇を個人的に音楽を聴かせ、
オラトリオ、『キリスト』の作曲など、
様々なことを論じ合った。
こうした時代にあって、彼が尼僧を主人公とした、
この歌曲に目をつけたことは不思議ではない。
ずばぬけた名人芸のためのきらびやかなパッセージをちりばめた、
歌曲の編曲とは異なり、このオーケストレーションは、
注意深くオリジナルに寄り添って、
嵐の中から聞こえる鐘の響きは特に忘れがたい。」

「忘れがたい」とある鐘の音とは何だろうか。
低音の弦がざわめくのに、ぷかぷかと木管が、高音で呼応する。
このぷかぷかが鐘だとすると、ちょっとかっこ悪い。
実際に打楽器でじゃんじゃんやるべきだ。
全体的に、たいそうな編曲ではないように見えるが、
後半、ようやく騒がしくなって、オーケストラ曲らしくなる。
鐘もハープになって、救済の予感が出てくる。
ここまでやってくれないとリスト版を聴く意味がない。

ちなみに、リストはこの曲のピアノ独奏用アレンジも残している。
1838年の「12のリーダー」であるが、こちらの方が、
一台のピアノで嵐も鐘も、尼僧の絶叫もすべてやっていて面白い。
特に後半になると、打鍵も強烈になって管弦楽並みの迫力だが、
光明が差してくるような効果も、ピアノの高音のきらめきで再現されている。

法王の話以降を読むと、まるで、リストはこの曲のみを編曲したみたいだが、
実際には、「糸を紡ぐグレートヒェン」や「魔王」などの超有名曲も、
オーケストレーションしている。
が、こうしたオーケストラ歌曲は、作曲時期からして、
どうやら、ヌリのためではなかったようだ。

フィッシャー=ディースカウの本には、
ヌリが歌った「魔王」の話が出てくる。
「フランツ・リストがフランスのシューベルト擁護者ヌリの伴奏をしたとき、
左手の動きをもオクターブでとどろくように響かせたという話がある」。

したがって、リストが「魔王」の管弦楽伴奏編曲を作った時には、
ひょっとしたこうした競演の記憶が反映されているかもしれない。

このリスト編曲の「魔王」は、
ヘルマン・プライが録音しているが、
これは冒頭の収録ということもあってか、
非常に印象に残るものであった。

「魔王」は、日本では中学で習って、
けっこう多くの生徒がショックを受ける曲であるから、
内容は皆、ご存知であろうが、
8つの詩節から成っている。
序奏も含めると、こんな感じ。
1.序奏
2. 状況の説明。夜更けに馬を走らせる父子。
3. 父子の対話1
4. 魔王のお誘い1(お花版)
5. 父子の対話2
6. 魔王のお誘い2(娘版)
7. 父子の対話3
8. 魔王のお誘い3(強行版)と子の絶叫
9. 状況の説明。父の恐怖と子の最期

これらをリストは、こう料理した。

1. 弦のざわめきに金管が呼応して不気味な感じが出ている。
2. 弦楽がざわざわしているだけ。
3. 父の声にピッチカートが重なって、言って含めるような感じ。
4. フルートとハープの響きがまさしくお花畑に誘う感じ。
5. 弦楽のざわざわに金管のぱっぱーが不気味さを盛り上げる。
6. ここもまたフルートと木管だが、4よりふわふわして蜃気楼のよう。
7. 5と同様だが、低音で弦楽が活発に動いて不気味さはいや増す。
8. 木管がさらに魅惑的な音色となった後、弦も騒ぎ、管も吹き鳴らされる。
9. ついにティンパニも轟いて終結部へ。

という感じで、特に、「魔王」の部分の音色の効果が最高である。
プライもすばらしい。

このCD(もとはLPだったが)、
レーガーはないものの、
ベルリオーズの「魔王」が最後の12曲目に来て、
最初と最後が「魔王」という、にやりとさせられる企画であった。
アバド盤は、各歌手が終わり近くに持ってきている。

このベルリオーズのものも、ここで聞いておくと、
上に倣った書き方で行くと、次のような感じ。

1. 弦楽がざわざわだが、金管のぱっぱーはなく、ティンパニが轟く。
また、歌が入る前に、ベルリオーズ得意の木管の警告音が出る。
2. ティンパニがうつろな響きで叩かれ、木管の補助が入る。
3. 父子の対話には、父にはオーボエの補助、子にはフルートのあどけなさ。
4. 木管のぱぱぱぱぱの上を、弦がうねうねと対旋律。ティンパニが句読点。
5. ティンパニの小刻みな連打。金管が目立ち出す。
6. 特徴がない。
7. またまた、連打と金管(トロンボーン?)の吹奏。
8. 玄妙な弦楽のうねうねが面白く、ティンパニ連打、弦も管も大騒ぎ。
9. 執拗にクラリネット?が動機を繰り返して、各楽器大騒ぎ。

という感じで、それぞれの作曲家の特徴が出ている。
忘れないうちに、アバド盤で聴くと、
ありがたいことに、こちらはオッターが女声で歌っていて、
差異を楽しむことが出来る。

やはり、木管特有のひなびた、パルス音の効果、
時折、連打されるティンパニの切迫感、
弦楽の不思議なうねうねなど、さすが管弦楽法の大家である。
オッターは、持ち前の澄んだ声の格調高さだけでなく、
子供を連れて行くところや息絶えるところで、
残忍な地声を出したりして、気味の悪い効果もベルリオーズにぴったり。
この聴き比べは面白い。

ただし、やはり、上記6の部分、何も起こらないので、
ここでは、リストの媚態を含んだハープのぽろろんを待ち構えてしまう。
オッターは、この曲の後に、
例の「若い尼僧」を歌って、前半を歌い終えている。

では、アバド盤に含まれるレーガーの編曲も見てみよう。
1. 弦楽がざわざわしているだけ
2. オーボエだかクラリネットだかが、声楽を補助する
3. 同上
4. 木管が吹き交わすところがある
5. やはり弦楽の上を
6. 装飾的な木管合奏がある。よく聞こえないが、ハープなども加わる。
7. 5と同様弦の上を木管が補助する感じ
8. ティンパニが轟くが、基本は同じ
9. いろんな楽器が大騒ぎ。弦楽だけで締めくくる
ベルリオーズやリストの匂いが強すぎたところを、
是正したような編曲で、基本は弦楽で木管が声楽を補助、
時折、その旋律を装飾するような音形が現れるだけ?

「プロメテウス」同様、あるいはブラームス同様、
あくまで、オーケストラの演奏会で取り上げる時の、
暫定措置で、本当はピアノで十分と考えている人の考え方か。
ドイツの良識派ならこうなるのだろうか。
考えてみれば、シューベルトの「ロザムンデのロマンス」も、
木管の歌が絡むのが一番の聴きどころであった。

クヴァストホフの歌唱は、最初から不気味な感じを出そうとし、
父は自信満々で、子供はおどおどと、魔王はナイス・ガイと、
いろいろと変化を持たせているようだが、基本に忠実で、
レーガーの路線にある感じ。

そういえば、レーガーの編曲は、アバドの盤でも7曲、
プライ盤でも9曲も取り上げられており、
両者ともリストの編曲が一曲しか取り上げていないのとえらい違いである。

では、この二つの編曲について、
Youensは何と書いてあるか。

「この録音では、シューベルトの最初の出版作品である、
『魔王』の二つの異なったアレンジが聞けるが、
一つはレーガーのもの、もう一つは、
ヘクトール・ベルリオーズのものである。
このゲーテのバラードにおける原初的な死への恐れは、
シューベルトの歌曲において、
激しい音響や斬新な不協和音の扱い、絶え間ない運動によって、
忘れがたい効果を上げているが、
本質的に劇的であるがゆえに、後世の作曲家は、
管弦楽という手段によって、さらにドラマを盛り上げようと、
自然に引き付けられる。
ベルリオーズの1860年のアレンジは、その晩年のもので、
1858年の『トロイ人』に続くもので、
『ベアトリスとベネディクト』を書き始めた年であった。
この作品は、Gustave-Hippolyte Roger(1815-1879)という、
フランスのテノールのために書かれたが、
この人は、『ファウストの劫罰』の初演者であった。
つい先立って『トロイ人』のディードとアエネアスのエピソードから、
嵐の音楽を書いたばかりの作曲家は、
このシューベルトの死に取り付かれた嵐の音響の編曲を、
楽しんでこなしたようである。
恐怖におののく子供を死に誘い、
最終的には実力行使する魔王の、
おだて、すかし、甘言など、
想像力豊かなフルート音形追加などが興味深い。」
ということで、レーガーについては何も書いていないに等しい。
レーガーは何のために編曲したのだろうか。
また、ここで出てきたRogerは、ヌリとは違って、
ディースカウの本には出てこない。

いずれにせよ、超有名曲「魔王」なら、
これらの時代、十分に普及していたと思うのだが、
この曲ばかり、3種類も違った編曲が聴けるのは、
シューベルトを広めようというより、
この曲の多彩な色彩感やドラマに触発されるものが多かったとか、
歌手の要望とか、実際の演奏会の都合などの方が、
理由として正しいような気もする。

さて、このアバドのCDの解説から引用を続けよう。
プライのCDを聞くにも参考になるが、
あと、ウェーベルンとオッフェンバックの分が残っている。

「アントン・ウェーベルンのシューベルト歌曲5曲の編曲は、
1903年のもので、当時、彼はヴィーン大学の、
グイド・アドラーのもとで音楽学を学ぶ20歳であった。
ここには彼の後の点描法の楽器法や、
音色旋律の前兆のヒントはない。
これらは伝統的なオーケストレーションの練習であるが、
しばしば愛すべき効果を有する。
『涙の雨』の後奏が2分割され、前半は木管のみ、
後半は、美しく物思いに沈んだ弦楽で書かれていることに注意したい。
何となくシューベルトも同意しそうな感じである。」

「水車屋の娘」の中でも、とりわけ印象的な音画的情景、
「涙の雨」をウェーベルンが選んでいるのは嬉しい。
美しい娘と主人公の若者とのすれちがいのようなデートの一こまで、
「僕たちは仲良く並んで、
涼しいはんの木の陰に坐っていた。
僕たちは仲良く一緒に、
せせらぐ小川を見下ろしていた」
と、歌われるもの。

このような情景は多くの人が容易に想像でき、
共感できるものと思う。
が、彼女のことばかり気になって夢想する彼に対し、
彼女の方はずっと現実的である。
「彼女が言った。『雨だわ、さよなら、帰るわ』」
というのがこの曲の終わりである。

20曲の曲集の10曲目、ここからは悲しいばかりである。
涙の雨の眼では、若者には、すべてが悪く捉えられる。
いや、雨が涙で眼を覚ましてくれたのか。

しかし、この葛藤のドラマのあとの数秒ずつに耳を澄ませというのは、
Youens恐るべし。こんなところまで注意していなかった。

が、ウェーベルンの編曲、三大歌曲集から、
ちゃんと選んでいるところが面白い。
「冬の旅」からは「道しるべ」、「白鳥の歌」からは、「彼女の絵姿」。
前者は24曲中の第20曲、「他の旅人が通う道を、何故僕は避けるのか」
と歌い出されるが、これまた、最後が強烈だ。
「一つの道しるべが目の前に、
じっと動かずに見えている。
いまだかつて戻って来たもののない
道を僕は行かなければならないのだ。」

また、後者は、全14曲の9曲目。
これまた、小さな音楽に大きなドラマが隠されている。
「僕はもの思いにふけりながら、
彼女の肖像をじっと見つめた。」
ここまでは良い。
が、その肖像は、生気を帯びて不思議な微笑が漂い出すのである。
さすが、ハイネの詩である。
不気味すぎる。ウェーベルンも、見事にそれに感応している。
生気が帯び始めたところで、虚無的な木管を響かせ、
後奏では、弦楽が不気味に盛り上がる。

1903年の時点だから問題なかったが、
30年後のウェーベルンは、ユダヤのハイネの詩は、
選ばなかったかもしれない。
この人は親ナチではなかったか。

他に、アバド盤では、リュッケルトの詩による、
「君こそが憩い」が聞けるが、プライ盤では3曲のみ。
これら3曲のほか、2曲の編曲があるということだが、
二つのCDでも、あと一曲が何であるかが分からない。
両盤とも中途半端である。

この曲は、木管と弦楽のブレンドがうねうねと、
何だかユーゲントシュティール風で、
マーラーの交響曲の緩徐楽章の一節にも聞こえ、
ウェーベルンが、ここに触手を動かした気持ちも分からないではない。
とはいえ、1903年の時点では、一世代前のマーラーも、
まだ、そんなに交響曲を書いていたわけではないが。

同じようにアダージョ風の音楽といえば、
ヴァインガルトナー編曲の「夜と夢」があるが、
夜光虫のような微光を放つ管楽器が神秘的。
アバド盤で聴けるレーガー編曲のものは、
これよりすっきりした編曲だが、あまり特徴はない。

「また来ておくれ、神聖な夜よ!
やさしい夢よ、また来ておくれ!」

プライがこの曲を最後においたのは、
こうした祈りの感情で、この録音と終えようと考えたからであろう。
実際、プライは最晩年になって、何と日本の岩城の指揮で、
同様のアルバムを残すことが出来た。

一方、アバド盤は、もっと軽い曲で、アルバムを終えている。
(アンコール扱いだそうだが。)
解説にこうあるが、プライ盤では5曲目に現れるもの。
「激しい音楽のあとで、このCDは、
ずっと軽いボンボンのような一曲で終わる。
『白鳥の歌』でとても愛好されている
『セレナード』のオーケストレーションで、
ジャック・オッフェンバックは、
セレナードのギターかリュートを模したピッチカートの弦楽を用い、
トリルやエコーやひだ飾りのついた装飾を追加して、
美しくチャーミングなフランス風シューベルトとしている。」
木管のからみによって色彩豊かに、この装飾音形が奏でられるが、
クライマックスで、弦楽がざわめくところも気が利いている。

このように、今回は、プライがずっと前に録音したものと比べてみたが、
廉価盤で出たものなので、ジャケットなどは、アバド盤のように、
しゃれたものではない。
単に、CD二枚組だということと、プライが歌ったということを、
説明しただけの、ほとんど最低のデザインである。
LPで出ていた時は、もっと良かったと思うが、
学生時代、こんな珍盤に手を出す余裕はなく未入手。
今でこそ、ゲテモノではないと言えるが、
こうした録音は、ライヴァルのフィッシャー=ディースカウは残していない。
逆に、そのせいか、プライは水を得た魚のように、
オーケストラという大きな器を渡され、自由を満喫しているようだ。

また、指揮は、後年、日本でも人気の出たベルティーニであるが、
当時は、ほとんど無名であった。
LPが2枚、別の機会に発売されたが、
最初のものが評判で追加されたのか、オーケストラは別々。
1枚目はミュンヘン・フィルで、2枚目はヴィーン響である。

まず、1枚目は、
1. 魔王 (リスト編)
2. 馭者クロノスに
3. メムノン
4. ひめごと (以上、ブラームス編)
5. セレナード (オッフェンバック編)
6. 夕映えに
7. 孤独を求めるものは
8. 涙もてパンをとらざりし者は
9. 戸口にて
10. タルタルスの群れ
11. プロメテウス (以上、レーガー編)
12. 魔王 (ベルリオーズ編)
このように、同じ作曲家のものはまとめてある、
という特徴がある。

このことは、2枚目になると、ちょっと乱れてくるが、
ウェーベルンなどはまとまっていて良い。
1. 全能の神
2. 無限なる者に (以上、モットル編)
3. 老人の歌
4. 音楽に寄す
5. 君こそは憩い (以上、レーガー編)
6. ます (ブリテン編)
7. 死と乙女 (モットル編)
8. 道しるべ
9. 彼女の絵姿
10. 涙の雨 (以上、ウェーベルン編)
11. 夜と夢 (ヴァインガルトナー編)

考えてみると、レーガーさまさまである。
ブリテンとウェーベルンだけだと、
モットル、ヴァインガルトナーの指揮者コンビに負けそうだ。
レーガーが2枚目も3曲分援軍に来て、ようやく、
「大作曲家編曲による」という売り文句になった格好だ。
弦楽の補助が、「音楽に寄す」、「君こそは憩い」などで、
非常に効果的な色調を出している。

解説は、あれこれ書いてあるが、
結局、これらの曲には、
各作曲家のそれぞれのシューベルト解釈が現れているということ。
言い方を変えて、何度も強調しているだけでくどい。

しかし、そんなに大きな違いがあるかと言うと、
今回、聞き比べてみた結果のように、
ちょっとずつ違いがあるだけで、リストはこう聴いた、
ベルリオーズはこう解釈した、と言っても、
だからこいつらはこうだ、と断定できる程の大変更があるわけではない。

こうした古典作品なら、オッターが、魔王の声で地声を響かせたように、
歌手の歌い方、ピアニストの弾き方の違いでも、
かなり大きな解釈の差異は許容されるだろう。

得られた事:「リスト、ベルリオーズが管弦楽化した、比較的遅い時期には、シューベルトの普及はかなり進んでいて、我々が期待するような、勝手気ままなむちゃくちゃ大変更は許容されない時期にあったのかもしれない。」
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by franz310 | 2008-05-18 10:13 | シューベルト

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その122

b0083728_11564471.jpg個人的経験:
1819年という年に、
シューベルトが、
歌曲「プロメテウス」を書いた時、
彼はマイヤーホーファーと住んでおり、
教員を続けるよう要求していた、
父親との関係に加え、
仕事の上でも悪戦苦闘が続き、
この年上の友人との関係なども、
いろいろ悩ましいところが、
あったのではないだろうか。


が、詩を書いた方のゲーテはどうだったのか。
木村謹治という人の書いた戦前の「若きゲーテの研究」には、
このような記述があって、同様に危機の時代にあったことが分かる。

「頌歌Prometheusは1774年の秋の作である。・・
頌歌Prometheusは天才の賛歌である。
創造する者の喜びの声である。
自我の絶対的主張である。
ゲーテは『詩と真実』のうちに、
如何にして彼が此の神話上の人物に思い至ったかを語って、
自己が最も孤独の境地に置かれて、
たよるべき何ものもなくなった時であることを告白している。」

ゲーテ25歳の作品。
ちょうどウェルテルが出版された頃である。
宿命のロッテと別れ、激しい「生の倦怠」に襲われた時代を経て、
「ゲーテの青年期における最後にして最も長期にわたる試練の時代」
の作ということになるらしい。

シューベルトも作品を作っては中断し、ということを繰り返すが、
ゲーテもまたそうした時期にあったようで、
「プロメテウス」にしても、劇を構想しながら中断した経緯があった。

先の本でも、
「所謂『日の要求』に従って、
一歩一歩踏み固めて健実なる達成の道を進む底のことは、
天才時代のゲーテの芸術性ではなかった。
感激と熱情とは彼を駆って直に最後の結実をもぎとるために、
突撃を試みしむるに急であるに反して、
その階梯をなす技術の力はその意企に照応しない恨があった。」
とあって、「ファウスト」、「プロメテウス」、「マホメット」、
「ツェーザル」、「永遠のユダヤ人」などが、
未完成に終わっていることが記されている。

いずれにせよ、ゲーテといえば、
古い時代に属するがゆえに、
ベートーヴェンやシューベルトを、
理解することなかった、悠々自適の文豪、
また、作曲家たちが得ることの出来なかった、
地位や健康で、80歳を超える長寿を全うした、
低回趣味の人、という感じが付き纏うが、
少なくとも、そんな余裕のある時代の作ではない。

22歳のシューベルトが、
25歳のゲーテの激しい魂の叫びに
共感して書いた作品ということであれば、
その内側からあふれ出すエネルギーにも、
素直に身を委ねることが出来る。
歌曲「プロメテウス」への親近感も増すというものだろう。

こうして生まれた激烈な作品は、
歌曲というものの限界を超えたところがあって、
クセジュ文庫の「フランス歌曲とドイツ歌曲」という本でも、
1818年から1822年の間に書かれた、
シューベルト作品の代表として特筆されており、
譚歌風な性格をもった大壁画、神話の力強い人物像を描く際に、
シューベルトが、通作歌曲の手法を取ったと書くときも、
「プロメテウス」が例示されている。

このような作品であるがゆえに、
当然、オーケストラのパワーを背景に、
歌いたい人も出てくるであろう。

ドイツロマン派も行き詰った頃、現れた風変わりな巨匠、
マックス・レーガーが、それを実行してくれており、
これは、CDで聴くことも出来る。

前回取り上げたプライもそれを歌っているが、
ここでは、ドイツのバリトン、クヴァストホフが、
アバドの指揮するヨーロッパ室内管弦楽団を背景に歌った、
「Schubert LIEDER with orchestra」と題された、
グラモフォン・レーベルのものを見てみよう。
メゾのオッターが、21曲中11曲を受けもち、
クヴァストホフは10曲を歌っているが、
72分という収録時間も嬉しい。

前半は、オッターが歌っており、
1. ロザムンデのロマンス D797-3
2. ます D550(ブリテン編)
3. エレンの歌第二 D838 (ブラームス編)
4. 糸を紡ぐグレートヒェン D118 (レーガー編)
5. シルヴィアに D891 (編曲者不明) 
6. 夕映えの中で D799
7. 夜と夢 D827
8. タルタルスの群れ D583 (以上、レーガー編)
9. 魔王 D328 (ベルリオーズ編)
10. 若い尼僧 D828 (リスト編)

後半は選手交代でクヴァストホフ。
11. 涙の雨 D795-10
12. 道しるべ D911-20
13. 君こそは憩い D776
14. 彼女の肖像 D957-9 (以上、ウェーベルン編)
15. プロメテウス D674 (レーガー編)
16. メムノン D541
17. 馭者クロノスに D369 (以上、ブラームス編)
18. 音楽に寄せて D547
19. 魔王 D328 (以上、レーガー編)

ここで、またオッターの声で、
20. ひめごと D719 (ブラームス編)
最後に、クヴァストホフで、
21. セレナード D957-4 (オッフェンバック編)
という構成である。

さて、今回のジャケットであるが、
二人の歌い手の写真を上下に並べた、
シンプルかつ上品なもの。
こちらを見つめるオッターの表情(北欧の青い瞳の美しいこと)、
虚空を見やるクヴァストホフの眼差し(まるでプロメテウスのように)、
いずれも魅力的でわくわく感があるが、巨匠アバドは無視か?
(裏にはしっかり写っているのだが。)

あと、Recorded live at Cite de la musique, Paris in May 2002とあり、
せっかく一同に会した感じがあるのに、
この二人が一緒に歌うものはないのは、少し残念である。
最近では、スター歌手は日程調整が困難ということで、
別々に録音したものを繋ぎ合わせたようなレコーディングもあるらしいが、
今回はそうしたペテンはないようである。

また当然、プライ盤のようにすべて同じ人が歌うよりは、
変化があってよいだろう。

さらに、解説を見て、著者がSusan Youensとあるので、
嬉しくなってしまった。
この人は、たびたび、ハイペリオンのシューベルト歌曲全集で、
解説しているジョンソンが、その研究成果を讃えている人で、
最新のシューベルト研究学者の書いた文章に触れることが出来るということだ。

その解説は、以下のようなもの。
「フランツ・シューベルトの、
マンモスのような歌曲のレパートリーの豊かさは、
多くの作曲家を、蜜に集まる蜂のように引き寄せた。
その編曲は、彼の死のすぐ後から現れ、
それはフランツ・リストのピアノ独奏用編曲が、
シューベルトの音楽を広めるのに、
果たした役割を思い起こせばよい。
シューベルト歌曲の音楽的着想、
その展開の豊かさや、ある種の歌における
ドラマティックな本質、
それらが示唆する異なった音響世界など、
こうした全ての視点から、
オーケストラ伴奏歌曲が演奏会で地位を確立した、
19世紀後半から20世紀初頭の作曲家たちは、
シューベルトのピアノ伴奏に、
オーケストラの衣装をまとわせることとなった。」
と、このように、こうした編曲が、生まれて来た背景を簡潔に述べる。

「シューベルト自身は、こうした路線の出発点として、
1823年のヘルミーナ・フォン・シェジーによる、
『キプロスの女王、ロザムンデ』の付随音楽において、
チャーミングな詩、『ロマンツェ』で、
オーケストレーションを行っている。
特に、詩句の間の間奏曲における、
木管の使用が印象深く、リフレインにおいて、
キーワードを強調する時に盛り上がる弦楽の使用に注意するべきであろう。」
と、まず、作曲家自身のオーケストラ歌曲。

最近、たまたま、「ロザムンデ」の全曲を聴く機会があり、
この解説についても、十分、参考にした。
(5月5日のラ・フォル・ジュルネ2008にて。)

フランスのオーケストラによる、この曲の、
木管合奏の美しさは、筆舌に尽くしがたい魅力だった。
このCDのヨーロッパ室内管も、そこそこ聞かせるが、
あの時の、なんとも言えない柔らかな音の立ち上る感触は忘れがたい。
生で聞いたせいだろうか。

あの時の歌手も美しい声を響かせたが、
オッターの澄んだ声も同様の路線。

ここで、ちょっと話題を変えると、
このお祭り公演には、腹立たしいこともあった。

チラシには、「陰謀からハッピーエンドへという劇の音楽、
語りが加わり、音楽物語のような演出で楽しめる」とあったが、
語りなど出演者になく、まったくノー演出。

完全に、だまされたような感じである。
そもそも1時間5分という演奏時間からして、
そんな演出が入るような入らないような微妙さ。
もともとの音楽は1時間弱くらいなので、
5分で何か出来るかと言うと出来ないと読むべきだったか。

また、曲順は何か考えた形跡があった。
これまた、何かやりたくて諦めたようにも見える。
パンフレットに、※印で、「本公演での演奏順が異なる場合があります。」
というのも、意味深である。いいかげんにしろ。何がやりたい。

あと、私はこれと合わせていろいろ調べていて、
初めて知ったのだが、何と、この「ロマンス」は、
主人公のロザムンデが歌うものではなかったようだ。
なんと、その育ての親が歌うのだというので、
グリーグの「ソルヴェイクの歌」+「オーゼの死」のようなものである。
何しろ、これを歌うアクサを「年老いた保護者」と書く解説もある。

改めて歌詞を見てみると、
「満月が山頂に輝いている。
恋人よ、私はお前にあこがれている。
やさしい心の貞節な人よ、
まことを誓う接吻はなんと美しい・・」

これまた、何のことやら良く分かりません。
何故、養女を偲ぶのに、恋人を思って、
接吻を送る歌を歌う必要があるのか。

が、原詩を見ると、恋人よ、のところは、
スイートハートに相当する独語、Susses Herzがある。
また、憧れているというより、vermisstは、「いなくて寂しい」だ。
ひょっとすると、こう書くべきなのか。

「満月が出ると思い出す、
お前がいなくて寂しいよ、
かわいい子、とってもきれいな、
心からもういちどキスをしたいよ。」

こう考えると、続く詩句もわかりやすくなる。
「五月の美しさなんか何になろう、
お前が五月の光だったよ、
私の夜を照らす光よ、
死ぬ前にもう一度、微笑んでおくれ。」

なるほどなるほど、
この勢いで行くと、最後の詩句は、
こんな風にしてしまおう。
「満月の光の中にあの子は現れ、
天を見上げて言った。
『この世で遠く離れていても、
あそこでは一緒だわ』
その時、心が張り裂けそうだったよ。」

だいたいの場合、先の公演でもそうだったし、
このCDのオッターもそうであるが、
LP時代から、キレイな人気歌手が歌うから、
そんな風に誤解してしまうのである。

ここは一つ、漁師の妻であるから、汚いかっこうで、
曲がった?腰を伸ばしながら、よっこらしょと歌うべきなのである。
が、そんな舞台を見たい人はいないかもしれない。

さて、この調子で、全10曲からなる、
「ロザムンデ」の音楽の探訪を始めたら切りがない。

しかし、シューベルトのオーケストレーションは、
さすがにオリジナルの作曲家で、やりたいことは出来たせいか、
主張すべきところは主張し、
他の作曲家よりも精彩を放っているかもしれない。

では、このCDの解説を読み進めよう。
「ヨハネス・ブラームスは一度、
『シューベルトの歌曲はどの曲を取っても、
我々に、何かを教えてくれる。』
と語ったが、彼は生涯にわたって、
その偉大な先駆者の熱狂的な擁護者であった。
彼はシューベルトの作品全集の最初の編集者の一人であり、
その音楽を演奏し、指揮し、編曲し、
自身の歌曲にシューベルトを引用すらした。
有名なバリトンの、
ユリウス・シュトックハウゼン(1826-1906)との間で
結ばれた友情のために、
我々にはブラームス編曲による、
5曲のシューベルト歌曲が残されているが、
この人は1856年5月に『水車屋の娘』の、
完全全曲公演を開いた人であった。
これは、1861年のハンブルクでの、
リサイタルシリーズへと続き、
先の管弦楽編曲はその翌年に依頼されたものであった。
『馭者クロノスに』、『メムノン』の手稿には、
ブラームス自身の筆跡で『62年4月』とある。
『エレンの歌Ⅱ』と、『ひめごと』もまた、
ほぼ同時期のものと考えることができる。
シュトックハウゼンが最初にこの編曲を、
1863年(『メムノン』と『ひめごと』)と、
1867年(『馭者クロノスに』)に初演しており、
その後も何度か歌っており、
一方、1884年3月7日、ライプツィッヒでの
第16回のゲヴァントハウス演奏会で、
ブラームスが指揮したとき、
コントラルトのヘルミーネ・シュピースが、
『メムノン』と『ひめごと』を歌っている。」
シュトックハウゼンも、ヘルミーネも、
ブラームスの伝記ではおなじみの人たち。
こうした人たちがシューベルトを慈しんできたのだなあ、
と妙なことに想いを馳せてしまった。

特に、シュピースは、ブラームスが愛した女性の中でも、
特にチャーミングな人であったようだ。

「シューベルトに対するブラームスの敬愛を考えると、
その編曲が原曲に忠実であることは不思議ではない。
『メムノン』の第三節では、『静めることの出来ぬ欲望』の部分で、
シューベルトの原曲にはない木管の短い音形をいれているが、
こうした追加も極めて控えめなものである。
さらに楽器法も軽くなりがちで、透明ですらあり、
例えば、ゲーテの『ひめごと』でも、
ダブルベースを除いた弦楽と、
ホルンパート一つによって管弦楽化がなされている。
日の出の時に、母なる女神エオス、またはアウローラに、
声を発するとされるテーベの巨像を扱った、
ヨーハン・マイヤーホーファーの詩、『メムノン』でも、
開始部には弦楽は使わず、木管とホルンだけを使用している。」
「ひめごと」は、伴奏はぷかぷか言ってるだけの印象。
生真面目なブラームスが、困っているようにも思える。
「メムノン」も、確かに、木管独特の響きは素朴だが、
もっぱら和声を補助しているだけの印象を受ける。

私は以前、サバリッシュの指揮するN響を背景に、
ハンプソンが歌ったのを聞いたことがあるが、
どれも、たいした印象を受けなかった。
そもそも、後述のように、ブラームスの編曲は控えめなのである。
そうした友人たちの晴れ舞台がなければ、
別に原曲でいいじゃないかという気持ちもあっただろう。

最近の歌手の傾向か、クヴァストホフもハンプソンも、
とても嫌味のない声で、ごく自然な無理のない美しさを、
曲から引き出しているが、せっかくオーケストラ伴奏になっているのだから、
ちょっと、他のアプローチを加えたらどうか、
というような気もしないではない。

オッターもそうで、数分の曲ゆえ、
すべて、するすると通り過ぎていくような感じ。

「『エレンの歌Ⅱ』では、ブラームスは、テキストからヒントを得て、
狩のホルンの効果をスコアに加えたが、ここでも弦楽は一切使われておらず、
4つのホルンと三つのバスーンのパートからなり、
シュトルクによってドイツ語に訳された、
ウォルター・スコットの『湖上の美人』からのテキストを、
ユニークに仕立てている。」
これは、活発に動くホルンの響きが印象的で、
オーケストラ化の効果が出ている。

「ベンジャミン・ブリテンの場合は、
幼少時からシューベルトに傾倒していたが、
彼の母親は、歌が好きなアマチュアの歌手だった。
1942年の手紙の中で、ブリテンは友人に、
『そこではシューベルトすら知られておらず、
ブリテンとピーター・ピアーズについてはもっと知られておらず』
と思われた、イギリスの小さな街で開いた、
リサイタルのシリーズについての逸話について詳しく書いているが、
彼によれば、シューベルトを知らないということは、
本当の無知だということになる。
ブリテンは、特に盟友ピーター・ピアーズとの競演によって、
また、ブラームスと同様の楽器法による、
オリジナルを尊重した『ます』のオーケストレーションによって、
20世紀有数の歌曲伴奏者であった。
数多くのシューベルトらしい水の音楽の中でも、
とりわけ素晴らしい例である、
この曲をまさしく有名にした、
泡立ち、渦巻く、繰り返されるピアノ音形が、
ここでは木管に置き換えられ、
常に歌手を支えて前に運び、
スタンザの間の間奏曲では弦楽部の中にかき消える。」
この編曲は微妙。歯切れの良い水しぶきは、
クリスタルなピアノの音の方がそれらしく、
ぬるぬるした木管の流線型は、少なくとも私には違和感がある。
が、編曲の仕事としては、ブリテンはシューベルトと語らうかのようで、
ブラームスよりは楽しんでいる風情を感じる。

さて、「プロメテウス」を編曲したレーガーの話となる。

「モーツァルトの主題による変奏曲」をはじめ、
古典形式を、いじくり回して巨大化させ、
様々な色合い、あの手此の手で変容させつくしたような、
独特の作風が強烈である。しかも作品数も膨大。
人物としても怪人に属する。

が、ここでは虚心に聞く。

「マックス・レーガーは、他の作曲家の大量の作品を、
校訂し、アレンジしたが、そこにはブラームスやヴォルフ、
アドルフ・ヤンセン、グリーグ、シューマン、シューベルトの
歌曲などが含まれる。
彼の15曲のシューベルト歌曲のアレンジの出版は、
1914年、彼の死の2年前と、
死後の1926年になされている。
この後期ロマン派の作曲家から、多くの人は、
豪勢で豊かな管弦楽法を予想するように、
自然美の賛歌、カール・ラッペの詩による『夕映えの中で』や、
静かな法悦郷を行く、夜と夢に対する
マティアス・フォン・コリンの、
ロマンティックな讃辞『夜と夢』などに顕著である。
もう一つの例としては、
ゲーテの『ファウスト第一部』の忘れがたい登場人物が、
最初から不幸な恋愛を感じさせるように、
『糸を紡ぐグレートヒェン』の最初で、
ピアノの左手が奏でる、糸巻き車の踏み板を打ち鳴らす音が、
ティンパニによって、さらに運命的な音を立て、
レーガーの傾向である、
ヴォーカルラインを補強する様々な楽器が、
全体的に派手な効果を加えている。」

さすがに、特筆しているだけあって、「グレートヒェン」は、
すごい演出だ。ここまでやってくれないと、と思うが、
それでも、あの軟体動物のごとき巨大変奏曲で有名な、
レーガーとしては控えめな方だ。

が、特に解説では、何も書かれていないが、
「プロメテウス」もまた、オーケストラの咆哮を生かして、
なかなかの迫力を出している。

クヴァストホフは、デビュー当時に、ピアノ伴奏でも、
この曲を歌っているから、お手のものであろう。

だが、ここで、前回のジョンソンの解説を概略振り返ると、
この7つの部分からなる歌曲は、下記のような、
厳しいチェックポイントがあることになる。

1. 危なっかしく落ち着かない主人公が、
秘かに抱えている、怒り、軽蔑が、暗示されているか。
  音の中心のシフトは、攻撃の足場固めを、
和声のねじれの繰り返しは、勇気を奮い起こすことの比喩を示唆しているか。
 
レーガーの編曲の最大の不満は、この部分の序奏が、
弦楽で呑気に始まるところであろうか。
やはり、冒頭から戦闘体勢で望んで欲しいもの。
もちろん、声が入ってからは、ティンパニが炸裂したりして、
神の怒りを暗示?しているが、
プロメテウスはさらに怒っているので、
もっともっとめちゃくちゃやって欲しい。
チェックリストは、冒頭の呑気さゆえに、×である。

2.アイロニーと風刺に満ちているか。
オルガンのために書かれたような4声の音楽で伴奏され、
少しずつ進行する半音階的な動きは、教会音楽で使われる、
オールド・スタイルに学んだ精巧なパロディーであって、
ひざまずいた隷属状態を示唆しているか。

弦楽が静謐に嵐の前の静けさらしくやっているが、
せっかくなのだから、レーガーが得意とする、
オルガン風の効果に期待したかった。
ヘッセの小説にも出てくるように、
オルガン曲でも膨大な曲数を誇るのがレーガーなのだから。
チェックリストは×。

3.プロメテウスが実は傷つきやすい部分を持っているように聞こえるか。
伴奏が非常に単純で、まるで子供の奏でる音楽のようになっているか。

ファゴットだかオーボエだかがぶかぶかメロディーラインを補助する。
確かに子供時代を回想する鄙びた感じが出ている。
そういう意味では、このチェックリストは○になる。

4.『心』という言葉で、哀れみを意味する経過句が現れ、
この曲で最も高い音になって、悲痛な効果を加えているか。
自分の救済は自分にしか出来ないことに気付く。
ピアノは、この曲で最も壮大な和音を奏でる。

「心」の部分では、確かに高らかに歌われているが、
さっと通り過ぎている感じ。
さらなる絶叫があってもよい。
壮大な和音はオーケストラの総奏でクリアされているが、


5.最もエキサイティングなパッセージで、
こぶしを空中に上げての身体的な挑戦行動を示唆しているか。
『お前を崇めよというのか』の繰り返しで、
ボクサーの神経質なフットワークのような動きが聞かれるか。
最も困難な声楽パート、非常に困難なメッザ・ボーチェで、
慰めの音楽が聞こえるか。

言葉のめまぐるしい交代、楽器も効果的にエネルギー感を出している。
最後にホルンの補助が入るのは効果的。
判定は○。

6.戦闘開始前の小休止で、葬送行進曲のような、
かすかな太鼓を思わせるバスラインが聞こえるか。
『華々しい夢がすべて実ったわけではないからといって』
の部分の甘ったるさは、極めて皮肉なフレーズになっているか。

ここは、短いので、ピアノ版、オーケストラ版の差異より、
歌手の表現が気になるが、まあ、そこそこの線で△。

7.量感ある全音階の和音を叩きつけ、ベートーヴェンを想起させるか。
  巨人は作業場に坐っており、人間のもとをこしらえている感じが出ているか。
騒がしく駆け上がる和音と、間歇的な不気味な沈黙の交代とが、
強力なエネルギー場を織り成しているか。

勝利の音楽になっていて、最後もじゃじゃーんとやって、
盛り上げているが、特に霊感は感じられない。
レーガーでなくとも、こんな感じになりそうである。
もっと鍛冶場のどんちゃんをやって欲しかった。
まあ、ピアノよりは音量と色彩がある分、効果は出ているが、△であろうか。

しかし、クヴァストホフ、ピアノ伴奏で歌った時の方が、
演奏時間がながい。容器が大きくなった分、
壮大な歌唱が聞かれるかと思ったがそうではなかった。

が、ピアノ伴奏による1993年のCDは、
ピアノは壮大な序奏を打ち立てているのに、
歌手の方は、あまり怒り狂っていない。
第五部の、ゼウスに対する舌戦も、ちょっと表現力不足か。
前の世代の挑戦者としての位置づけから、
どうも一歩下がった世代という印象を受けた。
叙情的にすぎる。

以下、リスト、ウェーベルンやベルリオーズに触れられているが、
これは次回以降に回そう。

得られた事:「歌曲における歌詞の内容理解や伴奏の表現は、解釈によって、全く違うものになりうる。」
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by franz310 | 2008-05-11 12:04 | シューベルト

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その121

b0083728_22364185.jpg個人的経験:
フィッシャー=ディースカウと、
当時、人気を二分したバリトンは、
ヘルマン・プライであったが、
比較的早く亡くなってしまった。
この人のフィリップスへの録音、
1971年の「ゲーテ歌曲集」には、
「プロメテウス」はなかった。
が、後にインターコードに録音した、
1982年の「ゲーテ歌曲集」には、
これが収録されている。

インターコードというレーベル、
王冠マークで安物ブランドという感じがするだけで、
あまりなじみはないのだが、日本盤はテイチクから出ていた。

テイチクは、ハルモニア・ムンディなども扱っていたので、
このレーベルとも、ドイツ繋がりで関係していたのだろうか。

曲目は、
1. 歌びと D149
2. 憩いなき愛 D138
3. 漁夫 D225
4. トゥーレの王 D367
5. 魔王 D328
6. プロメテウス D674
7. ガニュメート D544
8. 馭者クロノスに D369
9. ひめごと D719
10. ミューズの子 D764
11. 野ばら D257
12. 最初の喪失 D226
13. 川のほとりで D160
14. 月に寄せる D259
15. さすらい人の夜の歌Ⅰ D224
16. さすらい人の夜の歌Ⅱ D768

となっており、フィリップス盤と同様、
有名な「野ばら」と「魔王」を収めているが、
「ガニュメート」や「ミューズの子」などの人気曲、
「憩いなき愛」、「歌びと」、「クロノス」、「漁夫」、
「最初の喪失」「月に寄せて」なども含め、
かなりの重複がある。

一方、フィリップス盤で聞けた、「竪琴弾き」の3曲はあきらめた形。
私は、フィリップス盤では、「千変万化の恋する男」が好きだったが、
これも収められていない。

プライは、本当に楽しい歌が上手な人だと思っていたが、
それは、この曲のこの録音から来た印象のような気がしている。
この曲は、大変軽妙な内容で、君に釣られる魚になりたい、
君に使われるお金になりたい、と恋人に訴える若者の歌。

また、フィリップス盤にある「鼠取り」も民謡風で、
内容も、諸国を巡る鼠退治の男が、
子供も娘も女房も、みんなわしの力にはかなわないと歌うもの。
これらがプライを、明るく屈託のない歌手として、
強烈に印象付けている。

さらに、それほど多く歌われるのではないと思われる、
初期の「歌びと」が、新旧両盤に収められているのが、
これまたプライらしいような気がする。
この曲は、非情にすわり心地の悪いもので、
中世の吟遊詩人をテーマにしたものであるが、
その主人公が何を歌ったかが書かれておらず、
フィッシャー=ディースカウもこの点を取り上げている。

つまり、7分もかかる曲ながら、
王に呼ばれて吟遊詩人がみごとな歌を歌うが、
褒美は受け取らない。

金の鎖のような宝物は騎士にこそ与えて欲しい、
自分には重荷になるばかり、ワインで結構、
皆様は神様にこそ感謝するように、と言い残して去る、
という詩人の心意気を示しているだけのもの。

レーヴェ、シューマン、ヴォルフも曲をつけたが、
成功していないとディースカウは書いている。
また、比較的保守的な歌曲とシューベルト作品を評している。

が、むしろ、こうした、
「むかしむかしある所に」といった感じの、
シンプルで明るい音楽が、
プライの性には合っていたのではなかろうか。

新盤では、これを先頭に持って来て、楽しく歌っていて微笑ましい。

今回の盤には、「トゥーレの王」や
「さすらい人の夜の歌」など、ほの暗い曲も含まれ、
「プロメテウス」と共に、彼の違った面の聞かせどころとなっている。

このようなプライの二つの「ゲーテ歌曲集」については、
宇野功芳氏がインターコード盤の解説に書いていて、
「新盤の方がずっと美しい」と総括、
「発声だけが一人歩きすることがなくなった」としている。
特筆すべきは「野ばら」だとあり、
本来の天衣無縫のプライになっていると書いている。
「プロメテウス」についても、
「ほとばしるような真情も強く印象に残った」としている。
とにかく、フィッシャー=ディースカウとは対極にあって、
「自然で素朴な歌そのもの」であると書いている。

このように、演奏家のプロフィールをよく書いており、
この評論家の常として、具体的な別の演奏との比較がありがたい。
が、恐らく初心者にはこれは煩わしかろう。
今回は褒めているので良いが、第一楽章のここは旧盤の方が良い、
第二楽章のここは、だれそれの演奏に適わない、などと始まると、
買って失敗した、と思うではないか。
今回の場合、「月に寄す」は旧盤が良いそうである。

ゲーテとシューベルトとの関係に触れ、各曲の概略説明がある。
「プロメテウス」については、こうある。
「1819年の作。自ら創造した人類のため、
神に反抗するプロメテウスの怒りを表しており、
レシタティーヴをはさみつつ激しいテンポの動きや
転調を伴うドラマティックな歌である。
ピアノ伴奏も十二分にものを言っている。」

これまでジョンソンの解説で読んできたように、
プロメテウスは、必ずしも人類のために、
怒っているのではないような気もするが、

ピアノはフィリップス盤がエンゲルで、
インターコード盤はヘルムート・ドイッチュである。
(プライもドイッチュも、日本のDENONレーベルとの繋がりが強いが、
インターコードとDENONには何らかの関係があるのだろうか。)
しかし、この両「ゲーテ歌曲集」、
いずれの盤にもプライの写真しか載っていない。

b0083728_22392172.jpgジャケットに関しては、
私はフィリップス盤のファンである。
窓辺の机で読書をするプライの姿。
しゃれたいでたちといい、
カーテンから差し込む
日の光の陰影といい、
いかにも、
我々が憧れるヨーロッパの風情である。
ひょっとしたら、
シューベルトの時代、
ビーダーマイヤー風もイメージしたか。

一方、インターコード盤は、プライの舞台姿。
ただいるだけで、ピアニストは歌手の影になっている。

舞台の色調がシックで救われているが、
何となく、「ナポリ民謡を歌う」とか、
「愛唱曲集」とか、題名が付きそうな感じがするのは何故か。
やはり、ピアニストを軽視したことによるのではないか。

しかし、今回、このCDを聞いていて、妙に感心したのは、
他ならぬピアニストの柔軟なピアニズムであった。
響きの美しさに、音量や音色の細部にこだわった彫琢に、
ついつい聞きほれた形である。

が、「プロメテウス」には、ちょっと違和感を覚えた。
前回、ジョンソンが書いたのを紹介したように、
「この曲は、両手間のオクターブによる、
残忍にも勝ち誇ったファンファーレのような、
フレーズを伴う、嵐のような音楽で始まる」はずだが、
妙にゆっくりともったいぶって弾きだしており、
まったく、風雲急を告げる感じがしない。
「音の中心のシフトは、攻撃の足場固めを、
和声のねじれの繰り返しは、
勇気を奮い起こすことの比喩を示唆する」とあったが、
あまりに朗々と歌っていて、どうも、緊迫感がない。

前半はこんな感じだが、後半はどうだろうか。

たかだか5分とはいえ、7つの部分からなる複雑な作品であるゆえ、
「プロメテウス」に寄せた、グレアム・ジョンソンの解説は、
CDブックレットの6ページを占める。
今回は、その最後の部分に沿って見て行きたい。

前回取り上げた前半部は、
プロメテウスが、子供の頃は神を信じたが、
結局、自分を助けたのは自分の力だったではないか、
と問いかけたところまでであった。
以下は、何のために神ゼウスを崇める必要があるのか?
と挑戦的な部分から、自分は神を恐れることなどなく、
自分に似た種族を作るのだ、と人類創生の話に繋げて終わる3節を扱う。

まず、次のような部分。
神様に対する罰当たりな暴言、かなりきわまっている。
石井不二雄訳ではこうなっている。

「俺がおまえを尊敬すると?何のために?
おまえはかつて苦しめる者の
苦痛を癒したことがあったのか?
おまえはかつて虐げられた者の
涙を静めたことがあったのか?
俺を男にしてくれたのは、
俺の主でありおまえの主でもある
全能の時間と
永遠の運命ではなかったのか?」

しかし、この訳、分かりやすいが、
下記のような解説と照らし合わせながら読むと、
いささか、問題を生じる。
何故なら、解説は一行ごとに、逐一、音の効果を書き連ねているが、
この訳では分かりやすく、行の入れ替えを行っているからである。

そこで、プライ盤を見ると、
佐々木庸一という人が訳していて、例えば、
「おまえはかつて苦しめる者の
苦痛を癒したことがあったのか?」の部分、
歌われる時間軸に沿って、
「お前はかつて苦しみを和らげたことがあるか
重荷をになっている者の。」
となっていて、この2行の前半の不安定が後半で和らぐ、
という解説にすんなりと当てはまることとなる。

しかし、この節の最後は、佐々木氏も、
「私を男に鍛えたのは
私の主でありお前の主でもある
全能の時と
そして永遠の運命ではなかったか」
と訳しているが、
ジョンソンの解説は最後の一句を、
ゲーテのとおりに、「私の主でありお前の」として書いているから、
正確さを期しても限界もあったようだ。

ゲーテの行を変えないで訳すと、
「私を男に鍛えたのは、
全能の時と、
永遠の運命だった、
私の主でありお前のでもある」となって、
非常にややこしい日本語となる。

「5.変ホ短調の属和音は解決されることなく、
『速く』と記された、
この曲のおそらく最もエキサイティングなパッセージで、
大演説は、変ロの低音を中心とした減七和音の連打の上に続けられる。
この部分のリズムの効果は、『お前を崇めよというのか』という、
こぶしを空中に上げての身体的な挑戦行動を示唆する。
ここで自己中心的で破壊的な神を表す減七和音は、
人間性の完全さや健全性を示す長調と対比されている。
『おまえはかつて苦しみを和らげたことがあったか』
という部分では、嬰ハ長調で書かれ、
『重荷をになっているものの』
という部分は、同名異音のロ長調で、
状態の変化と、和らいだ苦痛を象徴させている。
次の4小節は、すでに聞いたものの反復進行であるが、
わずかに半音高い。
『お前を崇めよというのか』の繰り返しでは、
減七の和音が、まるでボクサーの神経質なフットワークのように、
前後に揺れて、ロ音の基音に打ち立てられる。
このような文脈で、
最も困難な声楽パート、
非常に困難なメッザ・ボーチェのコントロールを要する、
『お前はかつて涙をしずめたことがあるのか、
不安に怯える者の』
の慰めのハ長調が聞こえると、
それは、危険に満ちた深い森から、
光差す場所に出て救われたような感じがする。
シューベルトはプロメテウスが人間の憐れみの感情を持ち、
妬み深い神を何かしら越えているように描いた、
ゲーテの視点を強調している。」
このように、この解説の超越的な部分は、
ほとんど全ての詩句について触れているところで、
ここまでで、ようやく、5行が終わったのみ。
これだけでも、十分、教えられることは多いが、
本当にシューベルトがそこまで書き込んだのか、
という問いも生じるし、もっと簡単な書き方も出来そうな気も、
難しい音楽専門用語の羅列を睨みつけながら沸き起こって来る。
この節だけでもあと半分ある。
しかも、読むには大変な解説だが、音楽の方は、
あっという間に終わってしまう。
以上の部分は、3分45秒から、4分09秒までの、
20秒そこらの話なのである。
ことほどさようにシューベルトの音楽が変転するのも確か。

「『私を男に鍛えたのは』で始まる部分で、
強打される和音は、下降する半音階の反復進行で、
変ロで始まり全音、半音で進む左手のオクターブ。
このパターンは、ロ音で始まる次の小節では、ハ、嬰ハと進む。
これらの低音は力強い和音の配列と調和し、
論理的でありながら大胆であって、反復の中で、
フラットはシャープに、シャープはナチュラルに変わっていく。」
何だか、新ヴィーン楽派のアナリーゼみたいになってきた。

「ここで我々は、『人類創生』の鍛冶場で、
まさしく人間が鍛造されていく過程を聞く。
ギリシャ人がクロノスやモイラ(運命の女神)を、
最高の神々だと考えたように、
『全能の時』、『永遠の運命』と歌う、
歌い手の毒舌から火花が撒き散らされる。
嬰ト長調の和音による『そしてお前の』における、
意味ありげなカデンツの延長は、ゼウスに、
シニカルな敬意を表しながら、
ゼウスもまた自然法則の支配下にあることを思い出させる。」
確かに、見過ごしていたが、この一句、意味深である。
「私の主でありお前の主である全能の時」と、
全能のゼウスに対して言い放っているのである。

さて、この歌曲、次にこのような詩句があって、最終の節に続く。
「華々しい夢がすべて
実ったわけではなかったからといって、
俺が人生を憎悪し、
砂漠に逃れるはずだなどと、
お前は思い込んでいるのか?」

この部分の解説はこうなっている。
「6.まだ重々しい苦しみをアイロニーと共に有しているが、
最後の猛攻撃を前にした小休止の一こまである。
このセクションの始めの嬰ト短調に滑り込むと、
5小節の後にいつしかト長調となっていることに気付く。
これらの言葉は歌い手の立場から、勝利の笑みを浮かべての、
ゼウスに対するつぶやきのように見える。」
歌い手「Singer」とあるが、詩人とも作曲家とも読める。
確かに、巨人神プロメテウスが、
華々しい夢の人生などを語るとは思えない。

「これらの詩句は神にまだ仕事が残っていることを知らせる。
神はプロメテウスがこの地上での人生を憎み、
人間が耐えている辛い体験に対処することが出来ないであろうと考えている。
同様に、多くの不満を持つ親たちは、
放蕩息子には、あえて辛い目に合わせようとする。
この音楽のトーンは、葬送行進曲のかすかな太鼓を思わせるバスラインを、
細切れの四分音符が区切り、礼儀正しさを湛えている。
『華々しい夢がすべて実ったわけではないからといって』
の部分の甘ったるさは、シューベルトが書いたことのないような、
極めて皮肉なフレーズであろう。」
が、プライの歌唱は、こうした皮肉とは縁遠いかもしれない。
さすがに、ジョンソンが伴奏を受け持つ、
ハイペリオンの盤では、このあたりのスパイスが感じられるが。
SIMON KEENLYSIDEというバリトンが担当している。

ジョンソンはさらにこう書いて、
シューベルトの人生を思い起こさせて憎い。
「ここで、彼は父親に向かって、こう言っているようである。
『すぐに成功しなかったからといって、
また、いくつかの失敗に傷ついたからといって、
私が、音楽生活を諦めると思いましたか。』」

確かに、シューベルトには、このような思いがあって、
それがこの音楽に説得力を与えたということは、十分想像できる。

最後の節は、以下の内容。
「ここに俺は坐り、人間を
俺の姿に似せて作る、
俺と同じような種族をだ。
苦しみ、泣き、
楽しみ、喜び、
そしておまえを敬わないのだ、
俺と同じに!」

ジョンソンの解説はこうだ。すばらしく高揚した論調である。
「7.この曲の最高の輝きは、
初めて、しっかりした調となることによってもたらされる。
これはハ長調をおいてないだろう。
音楽は、『力強く』と記され、
量感を持ち、前の部分の半音階とコントラストをなす、
全音階の和音を叩きつけるが、これは最もプロメテウス的な芸術家、
ベートーヴェンを想起させる。
ベートーヴェンは、難聴という非情な運命ゆえに神を呪い、
創造主に逆らっても許されたかもしれない作曲家であった。
シューベルトがこの曲を書いた頃、
ベートーヴェンが直近で、ヴィーンで出版したのは、
1819年9月の、『ハンマークラヴィーア・ソナタ』作品106であった。
この作品は低音から高音に駆け上がり、
堂々と武装したような量感ある和音に、
叩きつけ、つかみかかる容赦ないアレグロで開始する。
この曲で、私たちは同様の効果を見る。
シューベルトは、恐ろしくめちゃくちゃな巨人の言葉を表すのに、
同様に掴んで投げるような和音の間に静寂を設けた。
そして、プロメテウスが仕事をしているこの部分こそが、
作曲家にとっての曲の核心であったのだということを思い出す。
巨人は作業場に坐っており、人間のもとを作っているが、
それは、新しい音楽を日々こしらえていたシューベルトにそっくりだ。
単に叫ぶだけが挑戦ではない。何かちがった挑戦がある。
この騒がしい駆け上がる和音と、
間歇的な不気味な沈黙の交代とが、織り成すエネルギー場は強力だ。」
だだん、だん。だだん、だん。
こんな感じで、仕事場の様子やプロメテウスの信念や、
ベートーヴェンとの関係など、なるほどなるほど、という感じ。

こうして長大なジョンソンの解説は以下のように結ばれる。
「人間が何で出来ているかを、次々に陶工のろくろに投げつけるように、
時間と労をいとわず、悲しみに満ちた、
『苦しみ、泣き』の二つの動詞には間隔を持たせ、
まるで、プロメテウスは、ゼウスに、
この感情的な言葉を教え込もうとしているかのようだ。
急にピアノがダイナミックになる最初の『俺と同じに』では、
プロメテウスが自らの不遜に気付いて懲罰の予感を感じる、
身震いするような暗示がある。
しかし、当然、そこに罰などありはしない。
それこそがゲーテの詩のメッセージだった。
神の報復など御伽噺であって、我々はみな、自身の行く末を、
自分で責任持つ必要がある。
二度目の『俺と同じに』にはこれが明確で、
トからハへの5度のジャンプは、我々が望むものを保障するように明確だ。
これまでのページのすべての半音階的未解決は解決され、
啓蒙的な合理主義に収束する。
ピアノの雷鳴のような二つのハ長調の和音は、
この作品の最も特筆すべき作品のひとつを決定づける。
我々はすべてみなプロメテウスの粘土から作られたとはいえ、
このように超越し精彩ある作品を作り出すことが出来るのは天才だけであろう。」
私は、この終結部があまりにも唐突だと思うことがあるが、
他にどうしようとしても冗長になってしまうような気もする。

得られた事:「歌曲の分析と、分かりやすい日本語の語順の間に、矛盾が生じることがある。」
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by franz310 | 2008-05-03 22:39 | シューベルト