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クラシック音楽への愛と悲しみの日々
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その116

b0083728_10573878.jpg個人的経験:
1819年の
シューベルトの仕事から、
前回は、ナクソスのCDで、
「風が吹くとき」と「星の夜」
を聴いたが、
同じナクソスのシリーズの、
「マイヤーホーファー歌曲集」
第一集には、さらに2曲、
つまり、「友に」D654と、
「なぐさめ」D671がある。

今回は、これを聴いてみよう。
残念ながら、連作の「夜曲」D672は、どちらの盤にも入っていないようだ。

この「第一集」、「第二集」のメゾとは異なり、
歌い手はバスのハウプトマン。
ピアノもケーリングではなく、ラウクスが務めている。
解説には、ナクソスには珍しく演奏風景の写真が付いているが、
かなり感情移入しているのか、ふくよかなハウプトマンは、
両手を大きく動かして、髭面のラウクスは、
目をむいて首を傾けて演奏に没入している。

バスというが、まったく重々しさはなく、
むしろ爽やかに、ごく自然に自分の声域で歌ったという感じで、
かしこまって威厳を感じさせるような類でないのが助かった。
時として、バスの低音域を強調しすぎて、気が滅入るような歌唱もあるが、
その心配は全くなかった。

曲目としては、以下の25曲が含まれており、
5分を超える大曲がないゆえに、収録曲数が多い。

1. 勝利 D805
2. はなだいこん D752
3. 冥府への旅立ち D526
4. 友に D654
5. ヘリオポリス その1
6. ヘリオポリス その2
7. 歌の終わり D473
8. ポンス酒に D492
9. すべての魔力にまさる恋 D682
10. アルプスの狩人 D524 作品13-3
11. 羊飼い D490
12. 帰り道 D476
13. なぐさめ D671
14. ウルフルの魚釣り D525 作品21-3
15. ドナウ川の上で D553 作品21-1
16. 船人 D536 作品21-2
17. メムノン D541 作品6-1
18. アイスキュロスからの断章 D450
19. 自らの意志で沈みゆく D700
20. 罪を清められたオレステス D699
21. タウリスのオレステス D548
22. フィロクテート D540
23. 昔の恋は決して朽ちない D477
24. 双子座に寄せる舟人の歌 D360 作品61-5
25. ゴンドラの漕ぎ手 D808

ところで、第2曲の「はなだいこん」は、
通常、「夜咲きスミレ」として知られるもの。
これはよく知られた名曲であろう。

表紙デザインは、「第二集」よりは大分マシで、
同じく、Benjamin Chaiが描いたマイヤーホーファー像であるが、
何となく好青年に見える。繊細そうな雰囲気もよく出している。
「第二集」では、単なる変なオヤジみたいな肖像だったが、
これなら購入意欲が削がれることはないかもしれない。

が、もちろん、現代人のChaiがマイヤーホーファーを、
実際に見て書いたものではない。
このシリーズの肖像画は、まず元の絵があって、
それを彩色したようなものが多いが、このようなマイヤーホーファー像が、
どこかにあるのだろうか。

さて、解説はMichael Kubeが書いていて、
前半は、前回紹介したものとあまり変わらない。
後半のみを訳出してみよう。
「シューベルトは、彼の身近な友人たちの詩を扱うとき、
シラーやゲーテとは違って、明らかにしばしば、あるいは、
時として挑戦的な変更を行っている。
マイヤーホーファーもそれには意義を唱えなかったようだ。
彼は文学と同様、音楽にも情熱を注ぎ、プライヴェートな夜会で、
自身の伴奏が出来るように、ギターを習ってもいた。
このことからもいくつかの詩作は、最初からとは言えないまでも、
シューベルトの音楽を念頭において、作られたものであると考えられる。
マイヤーホーファーは、『メムノン』(D541)を、
『シューベルトの音楽を通じてのみ理解できる』とコメントしたが、
これもこのことを実証している。
テキストは、古典的な伝説『メムノン』に、
詩人の美学のコンセプトや個人的な苦しみを表現させている。
アウローラ(曙の女神)の息子、メムノンは、
トロイ戦争の折、アキレスに殺される。
彼の魂は、いつも夜明けに悲しげな『歌』を発する、
エジプトのテーベの巨像の中に閉じ込められているという。
『私の苦しみは歌で表現するために、
詩の形式の角を丸く磨きくが、
人はそれを祝福された才能だと思う』という詩句に、
マイヤーホーファー自身の言葉が、明らかに、聴き取れる。
そして、彼のこの地上からの存在からの逃避への憧れは、
『虚しい喧騒を遠く離れ、
高貴な自由、純粋な愛情の世界から遠く離れ、
静かな青ざめた星として、地上を照らす』。」

この詩の、恐ろしい厭世観や怒りの表現の割には、
シューベルトは、割と呑気な牧歌的なピアノ部をつけている。
前奏の朗らかなピアノは、あるいは暁を告げて鳴り響く鐘の象徴であろうか。

「シューベルトは、これを叙情的なドラマに置き換えて、
自由な転調、深さと高さを明らかに表す声のラインを駆使している。
この歌曲は、古典に題材をとった短い物語シリーズの一つである。
マイヤーホーファーは、自身が、
古代ギリシアの文学に親しんでいたという理由ばかりではなく、
さもなくば、破壊活動と思われたであろう、政治の理想や個人の経験の、
言及をカモフラージュするという理由ゆえに選択した。
古典は、オペラやその他舞台作品の材料として許容されており、
したがって、革命的な思想を広げる疑いはないと考えられた。
1821年、ショーバーに、『ヘリオポリス』というタイトルの、
詩集を献呈した。
太陽の都市、ヘリオポリスは、著者にとっては、
啓蒙の理想や芸術が最高位で統治する場所を意味していた。
その歌曲に、テキストのタイトルとナンバーを書き込んでいることから、
恐らく、シューベルトは、最初は、
『ヘリオポリス歌曲集』を作ることを考えていたと思われる。
1822年4月、最終的に、
そのうち3つが作曲されたのみで(D752-754)、
もう一曲の『双子座によせる船人の歌』は、
すでに1816年に作曲されていた。」

このヘリオポリス歌曲集、私は、太陽の都市を想起して、
恐ろしいぎらぎら歌曲集を想像していたが、
『寒い荒れ果てた北国で、私は耳にした、
ある町のこと、太陽の都のことを』と歌われて、
前奏からして、めちゃくちゃに寒々とした音楽で、
まるで、プチ『冬の旅』である。
第2曲も、岩や滝、吹きすさぶ嵐を描くので、
ヘリオポリスの眺望は結局、開けることはないのである。
しかし、D752-754がヘリオポリス歌曲集とするならば、
あの「夜咲きスミレ」もヘリオポリスなのだろうか。
「双子座によせる船乗りの歌」は、ヒュッシュなども愛唱したもので、
「夜空に並ぶ双子座の星よ、
御身らは私の舟を照らしてくれる」という感謝の歌。
非常に印象的なピアノ序奏は、ベートーヴェンのアダージョを思わせる。

「『勝利』には、マイヤーホーファーのテーマ、
『魂はそのくびきを打破し、
肉体の鉛の錘を、
そして、気高い自由が統治する』が、
いかなる古典のカモフラージュを抜きにして語られ、
シューベルトはホモフォニーのような作曲スタイルに似せて、
それをストレートに強調している。」
とはいえ、ややこしいことに、
エデンの園よか、ミューズの神々、スフィンクスなどが、
小道具として詩の中に現れる。
最後は、このように歌われ、
まったくこの世ならぬ夢のたわごとを歌い上げている。
「おお曇りなき生命よ!
実に清く深く澄んでいる。
大昔の夢が花の上に
不思議な漂いを見せている。」
シューベルトも、この曲には、
古い時代のカンタータ風の音楽をつけるしか、
なかったのかもしれない。
ディースカウは、ここにマイヤーホーファーの自殺が、
読み取れるという。

「古典的な詩に曲をつけるにおいて、
シューベルトの音楽の着想は新鮮で、
それは彼だけの問題だけでなく、
リートの歴史にとってもそうであった。
彼は、丸みのあるメロディーフレーズと、
つりあいの取れた形式を持つ、
叙情的で物語的なアプローチから離れ、
その代わりに、主要な着想やムードの反映を分解し、
全体としてアリアやレチタティーボの性格を取るようにした。
『タウリスのオレステス』の例にとると、
マイヤーホーファーが、
タウリスに到着したギリシアの英雄が、
考えたことや希望をもっともらしく描いた詩に対し、
シューベルトは、ハ短調から変ホ短調に、
さらに、関連調であるロ短調とニ長調に移行する、
4つの全く異なる部分に分解して作曲している。
この歌曲は1820年の9月、3年後に作曲された、
『罪を清められたオレステス』と対をなし、
こちらは、ミケーネの王座に近づくオレステスの幸福な帰還を描く。
ここでも、作曲は四つの部分に分けた形で行われており、
それぞれが特別な形と伴奏を有している。
古代の神話と当時の自然の対比が著しい。」
後者の方が、平穏な感情ゆえに美しく、
最初は生き生きと波打つ海辺、
次に、意気揚々としたミケーネでのビジョンから、
後半に向かうが、後半もその前半分は、
この土地の美しい情景を描いて叙情的な明るい広がりがあり、
最後には、やはり英雄的な祈りとなって二分割されて対称をなす。

確かに、これらの英雄の業績を語る詩を、
抒情詩と同じ感覚で歌うことは不可能だ。
自然、音楽もごつごつとして、朗唱風になるだろう。
が、このCDで聴くオレステスシリーズ、
物語と作曲の前後関係が逆になっているのはいかなる理由であろうか。
劇的な方を後半に持ってきたのだろうか。

この「罪を清められた」がD699で、それと作曲された時期が近いせいか、
D700についての説明が続く。
これは、通常、「みずから沈み行く」と訳されるもの。
「『自らの意志で沈みゆく』は、
それとコントラストをなし、日没から想起される、
非常にドラマティックな音楽的感興を描き、
マイヤーホーファーは、ここで芸術家の役割の解釈が、
下記のように要約されている。
『私は何も受け取りはせず、
ただ、与えるだけなのだ。』」
これは太陽が自分を語る曲で、
シューベルトが夕暮れの描写に使う、
あのドロドロのトリルが最初から登場。
「俺が力強く動いている限り、
何と月は青白く、星は弱々しいことだろう!」
と、燃え盛る命を消耗させながら動く、
太陽の別れを「金色の壮麗さ」で描こうとしたもの。

このように、この解説は、作曲順や収録順とは無関係な説明が、
だらだらと続く形式で他山の石とすべし。
「『フィロクテート』は、従来の歌曲形式からは大きく逸脱し、
抒情劇の1シーンのようだ。
マイヤーホーファーはピロクテテスの物語の一節を紹介し、
彼が完全に絶望した時を取り上げた。
オデッセウスが、フィロクテートの最も大事にしていた持ち物で、
生き残るための手段でもある、ヘラクレスの矢と弓を取ってしまった所で、
ここには彼が助かって勝利を得ることは全く暗示されていない。」
これでは、何のことやら分からないが、
トロイ戦争の逸話で、この人は毒蛇にかまれた傷が悪化したため、
小島に置き去りにされた。
これはオデッセウスの謀略であったわけだ。

昨日、電車の中で、岩波文庫の「オデッセウス」を読んでいる人を、
珍しく見かけたので、この件について聞いてみればよかった。

「『アイスキュロスからの断片』は、同様のテクニックが使われ、
シューベルトとマイヤーホーファーは、
テキストの、ある特定視座に集中している。
有徳の人のことなどは考慮せず、
音楽も詩も、悪人の運命を描き、
『救いがたい時の流れに沈み』、
『嘆かれることもなく沈んで行く』。」
これまた、何のことやら分からないが、
一応、このCD解説には英語の対訳詩がついているので、
それを読めばよいということか。
が、そこには、単に、
悪人が辿る運命を語る言葉があるだけである。
シューベルトもまた、変な曲を作ったものである。
フィッシャー=ディースカウによると、
1816年にシューベルトが集中的に取り組んだ、
マイヤーホーファーの詩の第一作で、
マイヤーホーファーの翻訳による「エウメニーデ」の、
コロスの部分からの引用だという。
マイヤーホーファーの業績恐るべし。

「しかるに、古典をテーマにしたほとんど全ての歌曲は、
正しく解釈するのは困難である。例えば、マイヤーホーファーは、
『歌の終わり』が、音楽の癒しの力とその限界の比喩が、
分かるように書いている。
『この凍った心から、
音楽の魅力は今、死に絶えた』。
詩を待つものには、鳥の歌も響かず、慰めも与えない。
ここで聴く人は、竪琴の壊れる音、
『空中を振るわせた』そのままの音を聴くことが出来る。」
この解説も謎であるが、表現は細部不詳ながら、
詩の筋はいたって平明なもの。
無感動な王様を感動させようと、
歌びとは様々な演奏を試みるが、
王様は何の変化も示さない。
最後に竪琴を叩き割った時、
初めて、王様は反応するというもの。
死期が近づいた身には、歌の力は無力だったという。

最後に2曲が紹介されるが、今回聞きたかった、
「なぐさめ」をはじめ、多くの曲には何の説明もない。

「すべての魔力にまさる恋」などは演奏者による完成版とあるが、
これなど、とても気になる。
曲想も愛らしく、忘れがたい音楽になっているのに。
このCDの中では、最も明るい日差しを感じさせるもので、
歌詞を見ると、春の賛歌、そして、それを超える愛の賛歌。
が、こうした音楽が完成できないところに、
マイヤーホーファーの自殺の原因があったと言ってもよさそうだ。
太陽の都ですら、彼の詩では陰気になってしまう。
私は、マイヤーホーファーの気質に合っていなかったから、
その陰気な部屋ではこれを完成する気にはならなかったのではないか、
などと空想をたくましくした。

さて、解説の続きを見よう。
「『友に』では、シューベルトは、
対位法的なアプローチを行い、
モーツァルトの『魔笛』の鳥刺しの歌を思い出させる。」
これだけではよく分からないので、後で補足しよう。

「『ゴンドラ漕ぎ』は、1828年3月に書かれた、
マイヤーホーファーの最後の4つの歌曲の一つで、
ムードはずっと軽い。
通常は行われない転調ニ長調から変イ短調を伴い、
真夜中の12の鐘撞きはまず前奏で暗示される。
曲中で、伴奏に、まるで金管のために書かれたように再度現れる。」
この「ゴンドラ漕ぎ」は、いろいろ書きたいことがある曲だが、
また改めよう。
ただし、これが1828年、シューベルト死の年の作品というのはおかしい。
1824年が正しい。

さて、残念ながらナクソス盤、
今回の主眼である、「ます」の五重奏曲が書かれたとされる
1819年に書かれたマイヤーホーファー歌曲のうち、
「慰め」D671については何も書かれていない。
(英訳された歌詞はあるが。)

なお、歌詞は、石井不二雄訳によれば、
「角笛の響きが嘆くように
森の緑の中から呼びかける。
愛の国へ誘うように
その魔法の力は働く。
幸いなるかな、愛情をこめて
身をゆだねてくれる心を感じたものは。
私からはどんな幸福も消えてしまった。
いとしい人は墓の下に入っているのだ。

森の奥から角笛の響きが
私の耳に聞こえてくると、
彼女がまた見つかるように思い、
彼女の方に引かれていく。
あの世で私のもとに現れて、
愛情をこめて身をゆだねることだろう、
なお、何と幸福な合一か!
墓など少しも恐くはない。」

奇妙な詩で、アインシュタインも、角笛と恋人の死の言葉遊びだと断じ、
それ以上の言及はない。
また、残念ながら、ディースカウの本にも、この曲は登場しない。
果たして、これは、言葉遊びにすぎず、
つまらない小品にすぎないのだろうか。
では、ハイペリオンのCDから、
グレアム・ジョンソンの解説で見てみよう。

「これは小さな歌だが、しかし楽しいもの。
1819年のマイヤーホーファー歌曲のうち、
もっとも小さく、巨大な『孤独』とは著しい対照をなしている。
この曲とオペラアリア的な作品を分ける年に、
シューベルトは、もっと単純なもっと典型的な曲付けのアプローチに、
先祖返りしたように見える。
特徴的な3度、6度の変ホ長調のホルン信号の音をベースにした伴奏は、
もう一つの素晴らしいマイヤーホーファー歌曲、
1816年の『別れ、巡礼の歌による』のアルペンホルンを想起させる。
ジョン・リードは優しく瞑想的なショーバーの詩による歌曲、
『歌の中にある慰め』との類似性を指摘している。
序奏の5小節めに加えられたDflatが未解決で、
新ロマン主義の近代的底流に共鳴する憧れの感情が加わる。
これは、断章やアクロスティック、御伽噺や民謡、
夢と悪夢の研究によって活発になったもの。
このDflatが変イ長調の暗い領域に音楽を沈め、
全曲に重要な役割を果たす。
シューマンはこの曲を1844年以前に、
知っていたわけではないだろうが、
驚くべきことに、これはその音楽世界に最も接近したものの一つである。
私たちは、ここに、多くのシューマン歌曲の多くを占める、
森や木々の魔法への愛着と同様のものを発見する。
(例えば、ホルン信号のファンファーレで始まる、
作品39のリーダークライスの『森の中で』や、『森の対話』など。)
シューベルトは、オーセンティックな民謡に、
興味を持った世代には属していないが、あと20年生きていれば、
明らかにそれに魅了されていたであろう。
その代わり、ラヴェルがプーランクの曲をそう呼んだように、
彼は自分自身の民謡を書き、
ここには、私たちが、シューマンのケルナーやアイヒェンドルフ歌曲において、
何度も何度も登場するのを見る、森や川の喚起による、
神秘的なメランコリーの気分と結合した、単純さと直接さがある。
この歌曲は私たちを不安にさせるが、
それは、おそらく、主題提示のたびに、
カデンツの軽い終了が連続するからであるが、
しかし、それも和声の未解決によって次第に消えていく。
これもまた、シューベルトというよりも、
シューマンの時代に典型的に見られるものである。
最後のカデンツ『いとしい人は墓の下に入っているのだ』は、
下降するバスラインを伴い、これは、シューマンの『森の中で』の、
『僕は心の底でぞっとする』を強烈に想起させる。
ただ、二つの連節のみが、オリジナルの自筆譜には書かれているが、
これで全曲は出来ていて、リピートマークが、
さらなる詩の続きを歌わせようとする、
シューベルトの意図を表している。
これによって、これを聴く者は、
この稀有な歌曲をもう一度味わえるのである。」

このように、ジョンソンの見解は、シューマンを30年先取りした、
恐ろしく前衛的な小品ということになっている。
そういえば、民謡などは訳の分からぬ言葉遊びのような面もあるので、
ジョンソン流に聞けば、非常に興味深い作品と思えてきた。
シューマンの歌曲を例に取っているが、いちいちごもっともである。
とはいえ、いったいマイヤーホーファーは、
角笛の音で、何故、恋人の死を思い出したのであろうか。

ちなみにシューマンの作品39は、アイヒェンドルフの詩により、
「森の対話」は、森の中で出会ったローレライの話、
「森の中で」は、夜の森の静寂にぞっとするという内容。
いずれも気味の悪いものである。
さて、このCDには、「友に」という曲が、
1819年の歌曲から選ばれている。
これは、以下のような縁起の悪い詩で、
石井不二雄訳では、「友人たちに」となっている。

「森に、森に私を埋めて欲しい、
ひっそりと、十字架も石も立てずに。
なぜなら君たちの立ててくれたものも、
冬になれば雪に覆われて消えてしまうからだ。

そして大地が若がえり、
花を私の丘に咲かせれば、
君たち、善良な君たちはうれしいだろうが、
それもみな、死んだ者にはどうでもいい。

だがそうではない、何故なら君たちの愛情は
枝を霊界にひろく伸ばし、
君たちが私の墓にやってくるその愛情が
私を更に力強く引き下ろしてくれるからだ。」

ディースカウは、「慎ましい敬虔さにあふれ」、
バロック的で、「抽象的な直線性が帰依を表す」と書いており、
マイヤーホーファーの自殺の意図が明らかにされた作品としている。
アインシュタインは、「死後にも友情を忘れずに、
生のことに思いを寄せようという自戒」があると書きながら、
「思想としては不明瞭」としている。
とすると、最後の詩句は、友情がさらに、
自分を死にやすくしてくれるという意味?
アインシュタインはなおも、
「形式の点では単純で美しく、スタッカートとレガートが合っている」
と書いている。

最初はぶつぶつとつぶやくように始まるが、
確かに古色蒼然とした堅苦しさがあるものの、
これは雪に覆われた森を想起させるものだ。
が、「そして大地が若がえり」という第2節になるや、
明るい音色がきらきらと散りばめられ、
見事な視界の転換が行われる。
最後には、遥か冥界からの呼びかけのような、
不思議なリフレインで終わって、独自の世界を垣間見せる作品だ。

この曲は、ハイペリオン盤では、第三巻に早くも登場。
アン・マレーがメゾ・ソプラノで歌っている。
ハウプトマンが2分41秒で歌っていたところを、
4分もかけて歌っていて、スローモーションのように聞こえる。
マイヤーホーファーの肉声を聞くなら、バスであろう。
解説には、
「このリートが作曲された当時、
詩人と作曲家はきわめて親しい関係にあった。
シューベルトは出来上がったばかりの
マイヤーホーファーの詩にすぐさま付曲したに違いない。」
と書かれており、詩の内容は、
モーツァルトの「夕べの想い」のテキストに似ているとある。

これは、カンペの詩によるもので、
迫る黄昏に寄せて、死期を語る内容。
モーツァルトの歌曲としては最高のものの一つ。

さて、ジョンソンが書いたシューベルトの解説に戻ると、
「楽譜を一見したところ葬送行進曲に見えるが、
死の歌ではなく、死後の生を描写したもの」としている。
「このリートは調整の変化による、
光のきらめきの微妙な色合いにも欠けてはいない。
イ長調のカンティレーナは不意に素気ない低音の上で花咲き、
オーボエのメロディがピチカートの弦の上で歌う。
しだいに聴き手の心に浸透しはじめる声の線も、
細いつるから硬い枝へと成長して友情の絆が根を張り、天に伸びる」とあり、
素晴らしい解釈である。
そうやって聞くと、このマレーの歌声も、
遥かな広がりに向かって祈るような聖歌のように聞き取れる。
「調性、テクスチュア、情感の対位法の習作」とあるが、
これまた、見失うわけにはいかない逸品と見た。
が、こうして、死んだ後の歌やら、死んだ恋人を思う歌ばかり書いていたら、
シューベルトの気も滅入って来たことだろう。

得られた事:「もし、『ますの五重奏曲』の作曲が1819年の作曲であったとしたら、マイヤーホーファーとの生活からの解放感が、そこに表れているのかもしれない。」
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by franz310 | 2008-03-30 11:10 | シューベルト

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その115

b0083728_926596.jpg個人的経験:
前回、得られた事に、
「ます」の五重奏曲の年、
「1819年に、
シューベルトは、
沢山の歌曲を書いた」、
と結論したが、
あまりにも
それでは抽象的なので、
今回は、
そのいくつかを
見て行きたい。

この年の秋に、彼はマイヤーホーファーの詩によって、
4つの歌曲を書いたとあったが、そのうちの二つが、
ナクソスから出ている「シューベルト・ドイツ語歌曲全集 第12集」
の「マイヤーホーファー歌曲集 第2集」に収められている。
「風が吹くとき」D669と、「星の夜」D670である。
(この二曲は、ハイペリオンの全集では、
フェリシティ・ロットが第19巻で歌っている。)

ドイッチュ番号順に並べられ、この二曲は、最後の方に登場する。
以下の曲目が、クリスティアーネ・イヴェンのメゾ・ソプラノ、
ブルクハルト・ケーリングのピアノで収められている。
Michael Kubeという人が解説を書き、Keith Andersonが英訳している。
プロデューサーとして、BeaujeanとHeisterの名前が並ぶ。
Benjamin Chaiという人が書いたイラストが表紙を飾っているが、
マイヤーホーファーのよく見る肖像をもとにしたものである。
この人の分裂症気味な性格は出ているが、
このシリーズの多くのものと同様、説明的ではあっても、
購買意欲を駆り立てるようなデザインではない。

しかし、印税まで削って運営している廉価シリーズの会社に、
これ以上を望むのは酷であろう。
私にも、これ以上のアイデアはない。

1. 湖のほとりで(第二作)D124
2. 眼の歌 D297
3. リアーネ D298
4. 女王の夕べの歌 D495
5. あこがれ D516
6. 子守歌(第一作)D527
7. 流れのほとりで D539
8. ウラニアの逃亡 D554
9. イフェゲニア(第二作)D573
10. アテュス D585
11. エルラフ湖 D586
12. 風が吹くとき D669
13. 星の夜 D670
14. 夕べの星 D806
15. 消滅 D807

この中では、「あこがれ」、「エルラフ湖」、「流れのほとりで」が、
作品8として出版されているから、比較的知られるものであろうが、
多くはそれほど知られたものではない。
このブログでも取り上げた、「孤独」や、「ドナウの上で」、
「舟人」、「ウルフルーの魚釣り」などは含まれていない。
(これらのいくつかは「第一集」で聞ける。)

ただし、「エルラフ湖」は有名で、
「静かなエルラフ湖のほとりで、
僕は楽しく、また悲しい」と歌われるもので、
静かな風景。青い湖水、白い雲が流れる。
後半、風の流れや太陽のきらめきを描いた部分は、
何だかヨーデルのような感じが面白い。

また、最初の「湖畔にて」は、
マイヤーホーファーとシューベルトが出会うきっかけになったもの。
湖畔での思いが、洪水で人々を救おうとして英雄的な死をとげた、
レーオポルド公への賛歌になるのが類例がない。

見えることへの感謝、「目の歌」というのも面白いが、
続くドイッチュ番号を有し、恋にときめく女性を描いた「リアーネ」とともに、
甘美な曲想、単純な詩の内容が、あまりマイヤーホーファー的ではない。

が、特に、「目の歌」は、シューベルトが最初にフォーグルに見せた曲。

これを見て、大歌手は、口ずさんでみて、「悪くない」と言ったのであった。
この時点からシューベルトの人生にはいろいろなことが起こり、
オペラ上演にまで行ったことはこれまで書いてきたとおりである。

ということで、シューベルトの生涯の転機となった歌曲、
しかし、あまり知られていないものが多く含まれている。
最後には、マイヤーホーファーとの別れを綴った二曲が続く。

一方、ここでは、真ん中に、悪名高い
「ウラニアの逃亡」が18分半かけて演奏されているのが目に付く。
これは、フィッシャー=ディースカウが、
「なにかわれわれを魅了するものに欠けている」と評したもの。

さて、このCD、解説を概観すると、
マイヤーホーファーの人となりが、
紹介されていて参考になった。
こんな風に始まる。

「ゲーテやシラーに続いて、比較的知名度では劣る、
ヨーハン・マイヤーホーファーの詩が、
他の多くのシューベルトの同時代のものより、
この作曲家の歌曲の中で、
ずっと重要なポジションを占めている。
シューベルトは11年の間に、
少なくとも47曲の歌曲に加えて、
ヴォーカル・カルテットの「ゴンドラ漕ぎ」(D809)や、
オペラの断章「アドラスト」(D137)や、
完成された2幕のジングシュピール「ザラマンカの友人たち」(D326)を、
マイヤーホーファーの作品から生み出している。
マイヤーホーファーの広い文学的素養が、
シューベルトに影響を及ぼしたことは無視できることではない。
彼らは、共通の友人、ヨーゼフ・フォン・シュパウンを通じて知り合い、
1814年12月の初めに、『湖のほとりで』(D124)の霊感を得ている。
1816年の九月から、文化的共生とも言える4年間の、
広範囲なコラボレーションを行った。
シューベルトがマイヤーホーファーの詩で作曲すると、
今度はそれがマイヤーホーファーに霊感を与えた。
1818年の11月に、
シューベルトが、エステルハーツィ家の娘たちの
家庭教師として過ごした最初の夏のあと、
ジェリズから戻ると、彼は最終的に両親の家を出て、
マイヤーホーファーとの共同生活を始めた。」
この後、この家の様子が書かれているが、
前に紹介したのと同じ描写である。

「一緒に過ごしたのは、そこそこの長さで2年近くに及んだ。
この間、マイヤーホーファーは、
啓蒙思想期の着想に止まっていたが、
シューベルトはより新しいロマン派の詩人の方に向いてしまった。
1820年頃、この新しい方向ゆえに、
創造活動の危機に瀕し、偉大な作品を一つも完成できず、
すべてが断片状態として残されることとなった。
この時期、マイヤーホーファーの詩には、
8曲しか曲をつけていないことからも、
二人の危機関係の進行がわかる。
しかも、『夕べの星』(D806)まで、
何故か間隔があいている。
この曲では、向かい合った人に、
『私は愛に誠実な星です、
他の星たちは愛から離れています』
と星が語る。
1824年の3月に書かれた『消滅(解消)』(D807)では、
詩人その人に向け、計画された言葉、
『消えて、私を一人にしておくれ』を返している。
マイヤーホーファーは、この冷却を、
そのメモリー(1829)に報告している。
『環境と社会によって、
病気と人生の見方の違いが、我々を引き離すことになった。
一度起こってしまったことは、もう二度と起こることはない。』」

さりげなく、彼らの別離の歌曲2曲が紹介されたが、
これらは、このCDの最後を飾る、非常に表出力の強い、
印象に残るものである。
「夕星」の控えめながら切羽詰ったような表現、
ぐるぐると渦巻くような強烈なピアノ伴奏による「消滅」。
「滅び去れ、世界よ、そして二度と
この世のものならぬ甘美な合唱を妨げるな」という言葉に向かって、
叩きつけられるようなピアノが強調する。

ここからは、マイヤーホーファーの略伝がある。
「マイヤーホーファーは1797年の11月3日、
上部オーストリアのシュタイヤーに生まれ、
異常な才能と文学的関心をすでに学校時代から表していた。」
シューベルトより10歳年長のはずなので、
1787年の間違いであると考えられる。

「彼は、シュパウンによると、
『常に学校では一番』で、
『特に、ラテンとギリシア、そして古典の優れた知識』
によって眼を引いたという。
彼の父親の早い死からまもなく、
1806年にマイヤーホーファーは、
後にブルックナーとの関係で有名になるリンツの
聖フローリアンのアウグスティノ修道会の施設に入ったが、
4年して、そこを最後の誓いの直前にして去った。
彼は法律の勉強のためにヴィーンに移り、
困窮に苦しみながらそれを終えた。
彼のすぐれた文学知識によって、
彼はすぐに帝国皇室文書検閲室で検閲官の地位を手にし、
厳しさゆえに、著者や本屋に怖れられるようになった。
実に自由への戦いについてはよく知っていたので、
彼自身は高まる自由主義、民主的思想に対しては、
熱狂的な支持者だった。
この繊細な人物のいろいろな死亡記事によると、
彼はこれまでになく自身の地位にストレスを感じていたに違いない。
自身の義務の厳密な遂行によって、
マイヤーホーファーは明らかに、
彼の生活に危機をもたらす、
この避けられないコンフリクトに直面した。
シュパウンは、反対にこの問題に対しては、
遠まわしにこう言っている。
『私の意見は一つだが、私の義務は別にあった』。
マイヤーホーファーは、1830年のポーランド動乱を、
喜びを持って眺めていたが、それが失敗して深く落胆した。
そして、ドナウ川に身投げしようとした。
彼の感受性と心気症が彼の6年後の最後を導き、
1836年2月5日、彼は再び流行していた、
コレラにかかったと勘違いして、
オフィスのビルの3階から飛び降りて、
自らの命を絶った。」
ここまでが彼の略伝で、この職業がどのように影響したかが続く。

「多かれ少なかれ、どのようにマイヤーホーファーが、
彼の本当の検閲に対する意見を隠していたかは、
おそらく、1824年に友人たちに薦められて出版した詩集で、
古代世界の思想やコンセプトを基にして、
自身には分かるような、ほのめかしが使っていることからも分かる。
秋には少しの数量が刷られたが、
10月20日、彼はゲーテに献辞をつけてこれを送った。
このことは、他の友人たちとは違って、
シューベルトが、予約購読者にならなかったのは、
5月の終わりから、彼はジェリズにいて、
1824年の10月17日までヴィーンに戻らなかったからであろう。
おそらく、シュヴィントが、彼のために二部、注文していたと思われる。
しかし、すでに曲がついていた詩が、
出版されたものに含まれていなかったのは驚きであった。
あちこちに施されたマイヤーホーファー自身による、
詩の変更は、必ずしも良くなっていたわけではなく、
シューベルトの歌曲は当然、オリジナルで歌われる。
マイヤーホーファーは、おそらく、あまりに危険な部分は、
変更したものと思われる。
彼の死の数日後には、フェウターシュレーベンは、
マイヤーホーファーは、未出版の詩のことを心配していたと語り、
ショーバーが残っていた詩を、
警察の手の届かないところに隠したと考えられている。
マイヤーホーファーの詩は、
社交的な酒席の歌を除いて、
自然の描写が多く、スタイルが普通ではない。
直接的な表現ではなく、意味を隠した言葉遣いがまごつかせる。
ヒューマニズムの理想、愛国心の発露などがあり、
ほとんど近代的に自伝的要素を含むので、
ここから、伝記的、個人的事柄も読み取れる。
こうした観点から、出版された詩集に対する、
グリルパルツァーの厳しい指摘も一理あるわけである。
『作者は作品を語り、作品は作者を語る。
彼の友人なら、それをいかようにでも楽しめようが、
他の者には解くのが難しいパズルのようだ。
しかも、その解き方に解くだけの意味がないことも多い。』
ギリシアの神話に基づくグループにもそのことは言える。
これらは19世紀初頭のヴィーンにおける、
古典古代熱の生き生きとした証拠であり、
ここには、自由に対するロマン的な理想が隠されている。」

ここから、各曲の説明が始まるようだが、
特に、今回、注目したい1819年の作品についての記述はないので、
これらの曲の解説は、ハイペリオン盤から拝借しよう。

この時代、マイヤーホーファーとシューベルトの関係は、
同居して1年くらいで、一緒にオペラを書いたりもして、
まだ、決定的な危機にはなかっただろう。

D669の「風が吹くとき」は、約4分の歌曲。
石井不二雄訳では、こんな詩である。
「雲が夢みている、
星と月、
木々と鳥、
花と川も夢みている。

からだを揺すり、
からだをひそめる、
深く深く、
静かな場所へ、
露に濡れたところへ、
ひそかな幸せへと。」

このあたり、確かに、よく分からない。
露に濡れた静かなところとは何なのか。

「だが木の葉のざわめきと
波のせせらぎが
目覚めを告げる。
絶えず動きまわる
落ち着かない風が、
うなり、吹くからだ。

はじめはこびるようなそよぎなのが、
やがて荒々しい動きに変わる、
そしてふくれ上がるあたりの様子が
夢を飲み込んでしまうのだ。」
ここも、ふくれ上がるあたりとは何ぞや。

「清らかな胸の中に
お前の大切なものをしまっておけ、
おまえの血の流れによって、
荒れ狂う嵐に対して
聖なる炎を
気をつけて守るのだ。」
この後、再度、冒頭に戻って歌われて、
穏やかな祈り「ひそかな幸せ」を繰り返して終わる。

グリルパルツァーに賛成。
シューベルトの曲がなければ、何のことやら訳がわからず、
見向きもされないかもしれない。
自殺願望と性的倒錯が子守歌になったという感じだろうか。

では、グレアム・ジョンソンの解説にはどうあるか。
「安定や幸福を分裂させ、破壊する可能性のある嵐は、
ここでは復讐と関連付けられている。
Capellは、この作品に対して手厳しく、
マイヤーホーファーの弱い霊感を非難している。
実際には、『風吹くとき』は、親密に感情移入されたコラボレーションで、
沢山の注目すべき要素を含むものだ。」
と、意外にも、remarkableと褒められている。

「二人の芸術家が独自に作り上げた、特別で不思議な世界で、
ここでマイヤーホーファーは、オーストリアの表現主義の詩人の先駆と見え、
シューベルトはそれを受けて前衛芸術にチャレンジを開始している。
シューベルトはマイヤーホーファーの作品に魅了されている。
彼はその人柄のみならず、不器用ながら予見力にも魅了されていたが、
彼には、それが未来に向かって手探りで進んでいるように見えた。
どちらの芸術家も、それぞれの領域における、
チャペルの職人になるようなタイプではなかった。」

ここからは詩に付けられた曲想の変遷について語られ、
最初はミュラーの詩による「水車屋の娘」を想起させ、さらに、
もう一つのミュラーの詩による傑作、
「冬の旅」までを予見した音楽だとしている。
ここから、こうした結論が導かれている。
「1819年より早い時期に、シューベルトの音の類似や反応語法は、
ミュラーの詩句に挑めるほどの地点に来ていた。」

悲しいようなわびしいような序奏から、
少し希望を抱かせるような「静かな場所、ひそかな幸せ」のメロディが現れ、
切迫した「木の葉のざわめき」から、
少し無力感さえ感じさせる最終句が導かれる。
最後に、「ひそかな幸せ」の安らぎに満ちた部分が再現する。
確かに、いろんな要素が詰まった、
ある意味、前衛的、実験的な作品かもしれないが、
歌のたたずまいとしては温厚な感じである。

あと、この解説で興味深いのは、
シューベルトが、禁則を犯しているという部分だ。
「シューベルトは、互いに関連した二つの言葉を分解して、
作曲のルールを破っている。
『besonnen』は『zu schirmen』と中断なくして繋がるべきところだが、
これは作曲家の計算されたリスクである。」
つまり、ここで音楽の感じから、詩に直すと、
「荒れ狂う嵐に対して気をつけて、
まもるのだ聖なる炎を」となる。

最後に興味深いことが書いてある。
「研究によると、マイヤーホーファーの最後の言葉、『聖なる炎』は、
反抗的に、いわば勝ち誇ったようなものだったようだ。
しかし、マイヤーホーファーを良く知るシューベルトのこと、
私たちは、音楽における声の調子で確かめることが出来る。
か弱さと苦悩による表現は、作曲家だけによるものではなく、
正確にその導き手(詩人)の複雑なパーソナリティを、
そして、マイヤーホーファーが、
どのように自身の詩句を読み上げたかを正確に伝えるものに違いない。」

次に、D670の「星の夜」。約2分半の歌曲。
まず、詩はこんな感じ。素晴らしく壮大な発想である。

「月の明るい夜に
運命相手に戦うことを
この胸は忘れてしまった。
星の降るような大空が、
私をやすらかに覆っている。
すると私は、この地上にも
沢山の花が咲いていると思う。
そして一層溌剌と、無言の
いつもは暗い眼差しが、
永遠に星の動く空を見上げる。」
この「いつもは暗い眼差し」もまた、
何かの比喩かと疑ってしまうが、
マイヤーホーファー自身とも読める。

後半、
「星の上でも胸が血を流し、
星の上でも苦しみがうめいているのに
星は明るく輝いているのだ。
そして私は幸福な気持ちで結論する。
我々の小さな地球にも
不調和や危険は数々あるが、
地球も明るい光となって
星々の列に加わっているのだ、
星は、こんな遠くを通ってくる。」

至純な序奏、歌である。
「そして一層溌剌と」では、
一瞬、テンポが速まるが、
基本的に単純で清澄な響きに満ちている。

ハイペリオン盤の解説にはなんとあるか。
何と、グレアム・ジョンソンの結論はこうだ。
「おそらく、難しさゆえに演奏されることが、
異常に少ないにもかかわらず、この曲は、
マイヤーホーファー歌曲の中でも最高のものの一つである。」
「シューベルト・ファンの貴重な発見の中でも、
特別で、独立した宝石箱から出てきた、
天使のような月光に、全体が包まれている。」
これは、ハイペリオン盤、ロットのソプラノで聞くと、
メゾのナクソス盤より強調されて感じられる。
また、「風が吹くとき」も、ロットはゆっくりとしたテンポで、
(5分以上かけて)風格のようなものを見せ付けている。
とはいえ、シューベルトの生涯を語る時、欠かせない曲目を多く含み、
素直なメゾ・ソプラノの声も聞きやすく、
これは、なかなか貴重なCDだと思った。
作曲順の配置もありがたく、前半の屈託のなさ、
後半曲目の問題意識の浮き彫りが対比されて体感できる。

この解説、最初から読むと、こんなことが書いてある。
「この曲はシンプルすぎると言われてきたが、
もっと大きな視野で見ると、そんな議論は退けられる。
マイヤーホーファーは彼らしい奇妙な方法で、
宇宙旅行や宇宙飛行士の鳥瞰図を予測し、
遠く離れた星から私たちの惑星を見れば、
いかに美しく、親しみやすく瞬いているかを想像した。
そこにはさらに少しばかりの真剣な謙遜の声があり、
人生の大きな真実に出くわしているが、
作曲家はこれを完全に捉えきっている。
ここで我々は、確かにマイヤーホーファーの、
内省的なペシミズムを聞くが、
同時に、彼って奴は、なんていい奴なんだろうと思う。
そして、シューベルトにとっても。
また、彼が良くない手札しかないのに、
どんなに良く生きようとしたかを聞き取る。
素晴らしい『夜咲きスミレ』の演奏を聴いた時も、
同様の感情にとらわれる。
この曲は半分は賛歌であり、半分は嘆きである。
そして、これは詩人と作曲家が一緒に統治する薄明の世界への没入である。
和音の傾向からも、声が入って来る前に、
ピアノの素晴らしいトリルが置かれていることからも、
音楽的にもすべてが超自然の完成の中にある。
声のラインが入ってくると、銀の糸が伸ばされ、月光の上での、
綱渡りのような感じがする。
第二節は、音楽は地上に降り立ち、詩人の現世の悩みを聞く。
『星の上でも胸が血を流し』以降では、悲痛な半音階が聞かれ、
その軌道にアクシデントの流星などを寄せ付けない、
永遠の幸福に満ち、上機嫌な星たちを表す、
幸福な全音階のスケールとのみごとな対照を見せる。
緊迫した単純さを伴って反復し、月光をもう一度踏みにじる。
『星はこんな遠くを通って来る』の後奏は、
詩人や詩句がやや冗長なのに、詩的で簡潔で素晴らしく、
その控えめな言葉や自然の奇跡のつつましい受け入れの簡潔さは、
シューベルトの全歌曲の中でも最も感動的なコーダとなっている。
最後の小節のピアノ書法が、この全ての意味や雄弁さに、
耐え切れないように見えるとしても。」

得られた事:「同じ詩人の詩で、ドイッチュ番号が並んでいても、内容はまったく異なり、音楽も実験的であったり、至純な幸福感を描いたりしている。」
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by franz310 | 2008-03-23 09:27 | シューベルト

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その114

b0083728_1914490.jpg個人的経験:
1819年は、
シューベルトが、
「ます」の五重奏曲を
書いたとされる年で
この年のこの作曲家の生活を、
ハイペリオンのCDに、
グレアム・ジョンソンが
書いた解説をもとに、
読み解いて来た。


しかし、単に「ます」の年と言うより、
オペラの年でもあって、「双子の兄弟」や、
「アドラスト」などが、この年を彩っていた。
このブログでは、それを読んで、そこから舞台作品へと脱線し、
舞台作品のもとになったシラーのバラードにも触れた。

また、1819年は、マイヤーホーファーとの関係が深まった年であったが、
前回は、このマイヤーホーファーに捧げられた歌曲集についても取り上げた。

が、この献呈の時、実は、この二人、
一度すでに決別を経験していた。
そのあたりのところは、すっとばした形になっている。

今回は、そうした、前回までの脱線を反省し、
シューベルトの1819年の仕事の、
まだ触れていなかった部分を、
ハイペリオンのシューベルト歌曲全集第29巻の解説に沿って、
読み終えてしまおう。たいした量ではない。

「オペラを別にしても、1819年の残りに、
7つの歌曲が残された。
これは多くの数ではないが、
ここにはいくつかの傑作が含まれている。
重要なプロメテウスを含む2つのゲーテ歌曲の他、
4つのマイヤーホーファー歌曲、
それから、この作曲家の随一の、
恐らく最も美しいシラー歌曲、『ギリシアの神々』。
これら二つの古典的主題は、
明らかにマイヤーホーファーの影響の続きが見て取れる。
1819年後半の歌曲は以下のようなものである。

D669 風に
D670 星の夜
D671 慰め
D672 夜の曲(以上、マイヤーホーファー詩)
D673 恋人が書いた
D674 プロメテウス(以上2曲ゲーテ詩)
D677 ギリシアの神々(シラー詩)

「シューベルトはマイヤーホーファーに台本を書かせると、
いつも、この詩人の歌詞への作曲もおこなった。
1821年から22年の歌劇『アルフォンゾとエストレッラ』
の場合も同様で、これを書いている時には、
その台本を書いたショーバーの詩による歌曲をいくつも書いている。」
と、ここまでで、シューベルトの1819年の軌跡の記述は終了する。

この時期の歌曲を比較的よく集めてくれているのが、
このアーメリングのCDで、
シラーの「ギリシアの神々」や、
翌年のシュレーゲルの「夕映え」や「舟人」が聴ける。

この時期のものだけでなく、
有名な「ます」や「水の上にて歌う」に加え、
さらにゲーテ、シラーの歌曲も収められていて、
意欲的、かつ多彩な構成で好ましい。

ということで、このCDは、
これまで、それほど重要だとは考えていなかったが、
あまり知られていないものの、
興味をそそる作品をさりげなく取り上げていて、
実は、非常に興味深いものであることが再確認できた。

そもそも、名歌手アーメリングが歌い、
名門フィリップスの制作であるわりには、
ジャケットデザインは、あまりいただけない。
ルドルフ・ヤンセンが二重あごになっているし、
オランダの名花の姿も何だか黒ずんでいる。
あまり、しゃれたデザインではなく、工夫もない。
かろうじて、アーメリングの衣装が目を引く程度である。
というような要因が、どうもこのCDに先入観として滑り込み、
評価を下げていたような気がする。

ちなみに、このブログの主題である「ます」の、
歌曲が取り上げられているのには助かった。
脱線の許容範囲に含まれよう。

曲目としては、
1. ガニュメード D.544(ゲーテ詩)
2. ギリシアの神々 D.677(シラー詩)
3. ミューズの子 D.764(ゲーテ詩)
4. 愛の充溢 D.854(F.シュレーゲル詩)
5. 愛の言葉 D.410(W.シュレーゲル詩)
6. 白鳥の歌 D.744(ゼン詩)
7. 死に寄せて D.518(シューバルト詩)
8. ます D.550(シューバルト詩)
9. 春の小川で D.361(ショーバー詩)
10.水の上にて歌う D.774(シュトルベルク詩)
11.舟人 D.694(F.シュレーゲル詩)
12.遠く離れた人に D.765(ゲーテ詩)
13.沈みゆく太陽に D.457(コーゼガルテン詩)
14.夕映え D.960(F.シュレーゲル詩)

このアーメリングは、LP時代から数多くの、
シューベルト歌曲の録音を行って、
私は、大学時代から、それらのお世話になっているが、
これまで、各盤がどのようなテーマで選曲されているのかを、
あまり考えたことはなかった。
(「歌曲集2」と題されたものは、
グレートヒェン、ズライカ、エレンといった、
女主人公が出てくる作品でまとめられていたが。)
何となく、有名な歌曲を集めて歌っている感じで、
そういった学究的な姿勢はなかったような気がする。

しかし、珍しいシュレーゲルが3曲入ったとしたら、
何らかの意図があったと考えた方がいいだろう。
とはいえ、そうしたテーマが、
日本盤の解説などで言及されているわけでもない。

日本盤解説では、
「神話とそれを生んだ世界への憧憬、
愛や死にかかわるもの、水や夕日の歌などが、
微妙な照応を保ちながら小さなグループを形づくっている」
とある。

この理屈から言えば、
1-3の3曲がひとまとめになり、
4-7の4曲が次のまとまりで、
8-15の8曲が、最後の大きな集合ということになる。
が、こんなに沢山のテーマがあると、
完全に焦点がぼやけてしまう。
神話と愛と夕日と言われると、
結局、「雑多」と同義ではなかろうか。

輸入盤の解説には何と書いてあるだろうか。
書いているのは、Karl Schumannという人である。

ああ、「BASIC THEMES OF ROMANTICISM」と題され、
ロマン主義に明らかに焦点を合わせた企画であると明示されていた。
このような企画であったからこそ、
シュレーゲルや友人たちが登場したわけである。

と同時に、ゲーテやシラーもあるからなあ、と考え出すと、
どうも説得力に欠けるような気もする。
プロデューサーの意志がどれほど反映されているのか。
アーメリングに適当に歌ってもらって録音できたから、
じゃあ、適当に解説を書く人を、さがして来ようか、
みたいな乗りではなかろうか。
何だか、ハイペリオンの仕事と比べると、そんな感じがしないでもない。
こうした視点で見てみると、どこにもプロデューサーの名前はない。

とにかく、解説にはどうあるか。
「1816年から1825年の日付を有する、
シューベルトの歌曲の宇宙から選ばれた15曲は、
言うなれば、一般的な歌曲の概念を押し広げた、
初期のゲーテ歌曲と、『美しい水車屋の娘』完成の、
2、3年後までのものと言える。
これらはロマン主義の基本テーマ、
『自然、愛、死』を取り巻くものである。
ただし、これらの境界は、外的にも内的にもあいまいなものであって、
牧歌的なものとして現れたものは、同時に人間の内面の絵画となる。
そうすることで、人は自然の中で、
自分が何によって動かされているかを見るのである。
古代の伝説、『ガニュメード』は、理想郷での夏の朝に置き換えられ、
ゼウスは少年給仕係を天上界に引き上げてしまう。
この初期の歌曲は、
二つのメロディが、次々に、
ほとんど階層的に展開するという伝統的な形式を破壊し、
常に変化する調性を発展させている。」
この解説、題名と内容が一致していないように見え、
テーマの話から、急に音楽語法の話に飛んでいるが、
こうした形式破壊がロマン主義の一つの方向だったということか。

「シューベルトは、シュヴァーベンの作家の教訓的な詩を変容させ、
魚を描いた特徴的、現実的な絵画を作り上げた。
『ます』は、何よりも愛らしい有節歌曲であって、
次第にどんよりと曇り、思慮深い結尾で結ばれる。」
と、いきなり、「ます」の話になってくれたのは嬉しいが、
先ほどの、牧歌的なものが絵画になる、という一節に対応しているのか。
ここで、アーメリングの歌い口は、自然で好ましい。
「僕は岸辺でのんびり見てた、元気な魚がきれいな水に泳ぐのを」
の、「のんびり見てた」のところで、
少し、テンポを落として変化をつけているのも悪くはない。
事態はこの後、悪い方向に動き出し、
鱒は釣られてしまうので、一服するならここしかないだろう。

「『春の小川で』は、優しく波立つ水と詩人の悲しげな感情が、
メランコリックなコントラストをなす。」
この歌曲は、有名なもので、前回のヴァーコー盤にも登場した。
春の小川は楽しげだが、自分の心は悲しいという。

「風はふたたびそよそよと吹き、
苔も草も新しい青々とした色になる」という風景が、
物憂い美しいメロディで描かれるのに対し、
私の心に入ってくる希望は、
想い出に咲いている青い花を見つけることだけ、
と心中を語る部分は、激しいレチタティーボとなる。
ピアノが一閃し、時間が止ったように痛切である。
冒頭のメロディが戻って来て、ようやく緊張が解ける。

単純な詩なのだが、これは、多くの人が共感できる内容であり、
メロディであり続けるはずである。
ちなみに、ヴァーコー盤の解説では、
「水の流れや、小川に沿って花咲く野花の、
自然さや描写によって、最もシューベルト的な霊感に満ちたもの」
という風に表現されていた。

では、フィリップス盤解説の続き。
「流れは静かな8分音符の三連音で描かれる。
波の動きは絶え間なく、
シューベルトの音楽では、人生の象徴であって、
シュトルベルクの『水の上にて歌う』と同様である。
ここで、伴奏は声のラインと平行三度で結合され、
絶え間なく続く16分音符は、
シューベルトのピアノ曲の基本リズムとして繰り返される。
『夕映え』は、
『すべてのものが、詩人に語りかけるように見える』
自然は一体となれるものに語りかけるという詩句に、
支配されている。
ピアノの精彩ある音形によって、銀色の川が彫琢される。
ピアノのぎざぎざした低音ラインは、山々の頂きを明瞭に暗示する。」
「夕映え」がもっと語るべき内容を持った逸品と学んだ我々には、
どうも、これだけだと寂しい。

「同様の雰囲気は、『沈みゆく太陽に』にも反映されている。
モーツァルト風の影響が、二つのエピソードを有する、
ロンド形式に見られる。」
確かに、ロココ風の優雅さを持って始まり、ピアノ装飾も愛らしいが、
詩を書いたコーゼガルテンは、まさしくモーツァルトの時代の人だった。

バルト海のリューゲン島の神父だったらしいが、
そこからの日没を歌ったものだろうか。
そんなことを考えると、妙に、その詩句にも共感が芽生えるというもの。

「太陽よ、お前は沈む、安らかに沈め、おお太陽よ!」
という最初の一行が引き伸ばされて美しいメロディとなり、
「お前の別れの沈黙は感動的で荘重だ」といったところは、
多少テンポが速まる。

第二節にも冒頭のメロディがあるが、
続くのはギャロップのような曲想で、
「野に立ち上る霞」や風や波を歌う。
全曲は6分もかかる。
それにしても、CDの最後に収められた二曲を、
この段階で解説するのはやめて欲しい。

「よりよき失われた世界への憧れが初期のシラー歌曲、
『ギリシアの神々』に聞かれる。」
とあるが、D677の「ギリシアの神々」は、
「early setting of Schiller’s」と言えるのだろうか。
これまで、もっと若い頃のシューベルトが、
シラーに熱を上げていたことを学んできた。

また、シラーの歌曲で一番美しいといった特筆表現はない。

「シューベルトの歌曲4曲が、
『憧れ』というタイトルを持つが、その一曲は、
友人のマイヤーホーファーの詩への作曲である。
複雑な詩は豊かなコントラストを付けられて作曲されている。
最初に、イタリア風のロマンスでもの思い、
次に突然の和声変化で、無情な現実を表わし、
苦い諦めが、繰り返される音符で表現され、
最後に慰めの感情が歌われる。」

親友マイヤーホーファーの詩、
「憧れ」への付曲も、最初は美しい春の情景を歌って、
先のショーバーの詩と好一対である。
つまり、最初はひばりの声、新緑のビロードの春の賛美。
が、結局は、そこに自分の居場所はない、という結論に至る。

「理想なき大地から望むものは生まれない」といった、
失恋や疎外感から突き抜けた、はるかに強烈な怒りの表現が聞かれる。
最後は、春の情景は歌われず、諦めに似た風情となる。
「死にゆく鶴の仲間になって、穏やかな国に行く」とある。
さすがに、マイヤーホーファーは陰気である。

「『遠く離れた人に』は、新しい朗唱風で描かれた、
憧れの絵画である。
『愛の言葉』は、興奮した和声を付けられた、
あからさまな情熱のセレナードで、
『愛の充溢』は、冷酷な運命を思わせる、
一つの上昇リズムに基づき、これが全曲を支配する。」
これらは、小粋な小品。
ただし、W・シュレーゲルの詩による、
「愛の充溢」は、
「たとえ僕の心が張り裂けても、
僕はこの苦しみを神聖なものとして保とう」と、
失恋の悲しみを、理屈を並べて克服するような内容で、
6分半もかかる意志的な音楽にしている。

「重要な一致が、叙情的小品の『白鳥の歌』と、
静かで、大またで歩くような『死に寄せて』の間にはある。」

輸入盤CD解説の壮大なタイトルには感心して、
ざっとここまで見て来たが、
結局、各曲を単に、概観していくだけのような文章には飽きてきた。
また、この解説のタイトルにこだわって考えてみたが、
どこがロマンティシズムの説明なのか、よく分からない。

「『ミューズの子』の絶え間ない6/8のリズムには、
歌い手の生活の喜びや、誇らしげな自信が脈打っており、
これは若いゲーテの自画像となっている。
シューベルトは『舟人』において、
うだるような夏の暑さに寝転ぶ怠惰な舟人を、
リアリスティックに描いたが、
その無気力を何者も邪魔はしない。
エンディングにはハミングがあるが、
これはシューベルト歌曲の中でも、無比の効果を有する。」

このシュレーゲルの「舟人」は、1820年の作。
マイヤーホーファーの、同じ題名の曲と比べると、はるかに呑気。
舟人は、月光の下、のんびりと櫂を操りながら、金髪の少女を夢見る。

が、無比の効果を有するなどと書いてもらうと、
じっくり耳を傾けたくなって良い。
が、これはやはり、男声の方がいいかなあと思う。

さて、このアーメリング盤の解説は、これで終わり。

フィリップスのようなメジャーレーベルになると、
英独仏伊の多言語対応が大変で、
結局、解説もこの程度になってしまう。
何だかよくわからない解説である。
これでは各曲について、じっくり耳をすますまでには至らない。

が、このアルバム、各曲とも聴けば聴くほど、
味わいの出るものである。
一曲、一曲が妙に問題を秘めており、アーメリングも、
それを十分理解して、共感した歌いぶりで、
かつてのような無理に声を張り上げるようなことがなくなっている。
年齢的な問題もあろうが、声の質も、落ち着いたものに変わっている。

ただし、終曲に持ってきた、あの「夕映え」などは、
その壮大な景観を完全に表現するには、声の質が軽い、
といった感じは受ける。ここでは、ピアノのヤンセンも、
もっと主張するべきであろう。

だが、「美しい世界よ、帰って来ておくれ」と、
古代世界への憧れを歌い上げる、
「ギリシアの神々」などは、遠い世界への憧憬が、
蜃気楼のように立ち上って美しい。

このように聴いて来ると、アーメリングが、
優れて特徴的な歌曲を集めて、
巧妙な選曲をしていることは明らかであるが、
日本盤解説のように、
「神話とそれを生んだ世界への憧憬、
愛や死にかかわるもの、水や夕日の歌などが、
微妙な照応を保ちながら小さなグループを形づくっている」
と考えた方が妥当のような気がしてきた。

さて、最後に、例のグレアム・ジョンソンの解説から、
1820年初頭のシューベルトの活動を概観して終わろう。

「1820年の初めに、何らかの理由で『アドラスト』を、
脇においたシューベルトは、彼の最も革命的、実験的な作品に取り掛かった。
これは、カンタータ『ラザロ』で、3幕からなるはずのもので、
(2幕の終わりは無くなってしまったが、)2幕だけが完成された。
この驚くべき作品の真価が理解されるようになったのは最近になってからで、
静かな威厳、堂々とした壮大さにおいて、
40年後のワーグナーのアリオーソ利用のみが、
それに比肩しうるようなものである。」

「レチタティーボとメロディの境界線が流動的で、
語りのリズムがいつしか、いつの間にか、
最も美しいシューベルトらしいメロディになっており、
また、伴奏付きのレチタティーボになっているといった風である。
アドラストと同様、管弦楽の利用は特に刷新的である。
1778年にアウグスト・ハーマンが書いた詩に付曲され、
1820年のイースターのために、
兄のフェルディナンドが音楽監督をしていた教会を想定して書かれた。
しかし、この時は、
シューベルトの驚嘆すべきスピードの作曲能力を持ってしても、
作品を期日に間に合わせることが出来なかった。
ラザロも放置され、二度と復活しなかった。」

得られた事:「『ます』の五重奏曲を書いたとされる、1819年のシューベルトは、オペラ『双子の兄弟』を書き上げ、野心的なオペラ『アドラスト』を書き進めつつ、大量の歌曲を書いていたが、翌年には『アドラスト』は中断し、宗教劇『ラザロ』に取り掛かった。が、これも未完成に終わった。」
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by franz310 | 2008-03-15 19:02 | シューベルト

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その113

b0083728_836636.jpg個人的経験:
ヴァーコーの歌った、
シューベルトの歌曲集、
「水にちなむリート集」では、
BIS盤でKooijiが歌わなかった、
マイヤーホーファーの
「ウルフルーの魚釣り」が聴ける。

この曲は、「ドナウの上で」と、「舟人」と共に、
作品21を構成するものである。


フィッシャー=ディースカウなども、
この二曲はセットでよく歌ったようだが、
「ウルフルーの魚釣り」は外している。
そうなると、少し、この曲が気になってきた。

ヴァーコーのCD、日本でも90年に発売されている。
ハイペリオンのシューベルト歌曲全集は、
非常に素晴らしいシリーズであったが、
40巻にも及ぶ大作のうち、半分にも行かないうちに、
日本盤発売は中断してしまった。
これは、ひょっとしたら、このヴァーコー盤あたりで、
多くの日本の聴衆は途方に暮れたからではなかろうか。

というのも、第一巻が、ジャネット・ベイカーという大物で、
ゲーテとシラーによる歌曲集という売れ筋を収めたのに対し、
第二巻がこのヴァーコー。
歌い手の知名度でも、曲目のマイナーさでもかなりの落差があった。
さらに、詩人別のシリーズかと思ったら、主題別という切り口で出た。

が、歌い口は甘くて自然、とても素直に楽しめる演奏。
ジャケットも、新緑が眩しくて点在する岸辺の花も美しい。
ナイーブな情感は、多くの曲目にぴったりの雰囲気である。

ちなみに曲目は、以下の13曲である。

1. 漁夫の歌 D351(ザーリス-ゼーヴィス詩)
「漁師の仕事は不屈の勇気、財産は水の幸」と、
ごく当たり前のことを民謡調でシンプルに歌うもの。

2. 同上 D562(第三作)
これは、少し叙情的になっている。
あらくれ男の感じは薄まっている。
子守歌になった感じ。
ザーリスーゼーヴィスは、ゲーテとも交流があった、
フランスの将校であったそうだが、シューベルトより、
6年長生きしている。

3. 漁師の歌 D881(シュレヒタ詩)
「漁師は心配や悲しみに煩わされない、
夜も明けぬうちに心も軽く舟を出す」
と爽快なものだが、
ドイッチュ番号からも円熟の作であると分かる。
この曲は作曲当時から人気のあるもので、
すぐにフォーグルが広め、プライなども愛称した有名な曲。
詩人のシュレヒタ男爵は、作曲家の幼馴染みだったらしい。

4. 水鏡 D639(同上)
「漁師が橋の上で恋人が来ないでいらいらしている」
という漁師らしからぬ風情。
が、まるで、漢詩のように鮮やかな情景。
「彼女はライラックの影で覗き、
彼女のリボンが水鏡に映った」という内容。
シューベルトの曲は、非常に簡潔なもの。

5. 冥界への旅 D526(マイヤーホーファー詩)
これは、マイヤーホーファーの合作に相応しい、
「忘却とは二重の死ということだ」という、
冥府の岸辺での絶唱。
第二節、「ここでは太陽も星も輝かず」という詩句では、
少々、中だるみの感があるが、
「いつこの苦しみは果てるのか、いつ?」
という絶望の後で、冒頭の素晴らしいメロディが戻って来る。

6. 至福の国 D743(ゼン詩)
ゼンは、危険人物として官憲に捉えられた、
シューベルトの学友として有名。
「私は人生の大海を進んで行く」という、
いかにもこの詩人らしい勇壮な行進曲である。
「水が大地に砕ける場所なら、
どこにでも降り立ってやる」と、勇ましいが、
1分程度の小品である。
が、シューベルトはこの人の詩には、
2曲しか曲を付けていないので、
二人の関係を探るときには貴重なものである。

7. 春の小川で D361(ショーバー詩)
「春の小川は楽しそうに流れるが、私の心は悲しい」
と歌われる感傷的なもの。
ショーバーは、マイヤーホーファーに続いて、
シューべルトが同居した友人。

8. 流れのほとりで D766(ゲーテ詩)
これも短く、新潮文庫には、
ゲーテ20歳の詩として紹介され、
そこでの訳詩「川辺にて」は、このようになっている。
「流れ行け、いとしく懐かしき歌よ、
忘却の海原へ流れ行け!
心を空になれを歌うわらべもなし、
花の盛りのおとめにも歌われじ。
なれはわが恋人をのみ歌いき。
されど今かの人はわが真心を嘲る。
わが歌は流るる水に記されぬ。
さらば水と共にぞ流れ行く。」

不実な女性への報われぬ恋の思いから、
さっさと逃れ去ってしまいたいのだろう。

音楽は、単純ながら気が利いている感じ。
粋な曲想の一筆書きという感じ。
ピアノの後奏がしゃれている。
フィッシャー=ディースカウも、
この曲は、終末的な気分が濃厚な、
円熟期におけるもっとも素朴なリート、
と評している。

9. 河 D565(作詞者不詳)
「しかし求めるものは決して見出せず、
いつも憧れを抱いて猛り下る」と、
自分の生命を川の流れになぞらえている。
この詩は、シュタッドラー作とも、
シューベルト自身の作とも言われるらしい。
石井不二雄訳では、このようになっている。
「僕の生命がうめきながら流れてゆく、
渦巻く波に高まり沈み、
荒々しく高い弓なりに
ここで飛出すと思えば、かしこで深く落込む。

静かな谷間を、緑の野を
かすかに震えながらざわめき流れる。
やすらぎと静かな世の中を求めながら、
静かな生活の喜びを覚える。

しかし求めるものは決して見出せず、
いつも憧れを抱いて猛り下り、
不機嫌に絶え間なく流れてゆく。
楽しく快活になることは決してない。」

このような苛烈な内容ゆえ、
当然ながらかなり火急を告げる曲想である。
激しい欲求不満をそのままぶつけた感じ。

学友、シュタッドラーとの別れに際して、
この曲が1817年の夏に成立したとしているが、
シュタッドラーは、後に、「ます」の成立に大きく関わる人。

しかし、詩を読むと、友人の旅立ちへのはなむけには、
「楽しく快活にはなれない」と予言するあたり、
あまりにも相応しくない内容ではあるまいか。
これは、詩を書いたのが、シュタッドラー自身でなければ、
許されないような気がするが、いかがだろうか。

この落ち着きのない曲は、短いが、斬新な作品は、
グレアム・ジョンソンの解説でも、下記のように書かれている。
「知らなければ、この曲を聴いて最初に心に浮かぶ作曲家は、
シューベルトではない。
嵐のような動きは、シューマンやブラームスの、
もっとロマンティックな幻想を想起させる。
興味深いことに、この曲の手稿はブラームスが所持しており、
1876年に出版を進めた。
その現代性は、まるで、その年に書かれたようにも思える程だ。
(偶然ながら、和声の圧縮と密度と、
絶え間ない16分音符の点では類似していながら、
別の土壌から、もう一つの歌曲が同時期に現れている。
フォーレの『ネル』である。)」

このように、極めて前衛的な曲として、ジョンソンは捉えている。
ちなみに、「ネル」は、ド・リールの詩で、
フォーレの歌曲では有名なもの。
同名の女性に愛を求める歌である。

この詩人の詩では、「イスファハーンのばら」なども有名だが、
さすがに、詩を見ると、シューベルトの時代より難解。
粟津則雄訳で、第一節では、こんな感じ。
「明るい陽の光を受けた、おまえのの真紅のばら、
おお六月、酔いしれたきらめきよ、
私にもかたむけておくれ、お前の黄金の盃を、
私の心も似ているのだ、おまえのばらに。」

それから、今回は、下記の3曲の、ジョンソンの解説を読んでみたい。

10.ドナウの上で D553(マイヤーホーファー詩)
この曲の内容は、すでにこのブログで説明したが、
ドナウ川から見える廃墟に、諸行無常を見るもの。
ジョンソンの解説は、こうある。

「詩人マイヤーホーファーは、ここで、
典型的なペシミスティックなムードである。
最初は、日没迫る雰囲気を持った単純な舟歌と思える。
ピアノの動きも、同様に浮世のはかなさを歌った、
モーツァルトの『夕べの想い』を思い起こさせる。
松の不気味な茂みに言及するや、水の音楽は左手に託され、
右手のトレモロは、優しくミステリアスに、
さらさらと音を立て始める。
真ん中の節では、歴史的な情景を描き、
シューマンのアイヒェンドルフのリーダークライスのいくつか、
そして同じ作曲家のハイネの詩による『山々や城が』を想起させる。
これは、ドナウの川旅と好一対のラインを題材としている。」

この「山々や城が」は、シューマン作曲の、
作品24の「リーダークライス」第七曲で、
「鏡のように澄んだラインをぼくの船は帆をかけて行く」
と歌われるから、まさしく、
「ドナウの上で」と同様の状況。

「でも僕は知っている。うわべは晴れやかでも、
その底には死の暗黒を秘めていることを」
という詩句は、まさしくマイヤーホーファーに通じるもの。
ただし、それを恋人になぞらえるあたりがハイネ風か。
シューマンの音楽は、帆をかけて進む感じより、
ボートを漕いでいる感じで、「ドナウの上で」にも、
確かに似ている。

しかし、ジョンソンのこの解説、
一曲聴くだけでも、モーツァルトから、シューマンまでを、
想起しなければならないので、大変な作業となる。
詩人もアイヒェンドルフやハイネを連想しなければならぬ。

さて、曲の解説に戻ると、
「死に絶えた英雄たちの偉業は、
左手のトリルで遠い昔の栄光の余韻を、
水中で響かせる。
同じ月に書かれた『羊飼いと馬上の男』(D517)と同様、
シューベルトは、これをこうしたトリルを歴史的な様式として用いている。
これは、いにしえの吟遊詩人にちなんだものだ。
こうした轟きについて、ジョン・リードは、
D960のピアノソナタの第一楽章の左手のトリルの
前触れのように思われることを指摘している。」

最後のソナタまで取り出されると、
ううむ、そうかなあ、という感じがしないでもない。

「この歌曲が、他の曲からの多くの引用に満ちているように、
その詩句から多くのほのめかしを感じ、
このドナウの旅のイメージや光景はすべて崩壊と死を表している。
曲の終わりは、まったく寂しく、人間の営みや運命の脆さの如く、
日没のように声は落ち込んでいく。
後奏の和声の変化は、『夜と夢』の後奏の短調バージョンのようで、
ここでは、悪夢や目が覚めてしまうようなうなされ方を表している。
マイヤーホーファーは、しばしば、古代の杖を使って、
自分の生きた時代を打ち据えたが、
ここでは、オーストリアの、日の光の下に、広く寓話を展開してみせた。
シューベルトは詩人の波長に感応し、認識し、
別の名では三途の川と呼ばれる川の色で彩った。
この歌曲は、1817年のマイヤーホーファー歌曲の傑作、
『冥府への旅』と対を成すものである。」
「冥府への旅」については、このCDでも聴けるのでありがたい。

11.舟人 D536(同上)
「この曲をシューベルトは1817年初頭に書いていたが、
後に、マイヤーホーファーが編集していた、
英国の少年雑誌風の、青年教養寄稿誌の中で発表された。
ヴィクトリア朝の価値観にマッチした、
ビーダーマイヤー期のモラルに基づく、
男らしい行動を取ることによって、
この歌の舟人は、勇気ある若者を演じている。
英国の少年誌の英雄は、シューベルトの時代の、
ドイツの高まるナショナリズムにマッチしていた。
Wyndham Lewisは、それを、
『人跡未踏の森、死の沼地を行き、
ラテン系の悪者を撃退する
経験と思想がぎゅうぎゅう詰まった、
屈強な北方人』と、表現した。」
このような時代背景や当時の雰囲気の説明は、
なかなか東洋にいると情報も少なく、
ほほう、と関心させられる。

確かに、この曲は、こうした詩の内容である。
「風の中、嵐の中で川を行く。
降りそそぐ雨で衣服はぐしょぬれだ。
私は力強く波に櫂の鞭を当て、
晴れた日の来ることを願う。

波浪があえぐボートを押し流し、
渦が、岩がボートをおびやかす。
石塊が岩壁から転げ落ち、
樅の木のため息が幽霊のうめき声のようだ。

こうなることになっていたのだ、
私の望んだことなのだ。
私は快適に過ぎてゆく人生を憎むのだ。
そしてたとえ波浪があえぐボートを呑み込んでも、
それでも私は自分の道を讃え続けることだろう。

だから、水の無力な怒りよ、猛れ、
胸からは幸せの泉が湧き出でて、
身体中をさわやかにする、おお男らしい胸板を持って
嵐に立ち向かう至上の喜びよ!」

こんな詩を書いたにもかかわらず、
マイヤーホーファーは自殺した。
逆に、こうした生き方をしたからとも言える。
とにかく、異常な高ぶりである。
解説はこう続く。
「人生の嵐をコントロールするのに、
この情景は、勇敢な英雄的側面、大胆でかっこ良いもの、
つまり、この詩人も作曲家も持てなかったもの、
しかし、かくありたいと願ったものを描写している。
マイヤーホーファーが願ったセルフイメージ、
ギリシア古代に対する熱狂的偏愛が、
もう一つの手がかりとなっている。
彼は、詩の中で、聖なるベルトをはめるに相応しい英雄として、
自身を描いた。
この詩において、望みが達成される幻想は、
シューベルトなら、もっと傷つきやすい主人公を描くであろうと、
詩を読んだ時に感じる、我々の予想を裏切っている。
しかし、これはこれで、疑いなく立派な効果的楽曲であり、
アインシュタインが言うように、一瞬にして、
よく作曲された歌である。
同じ年の『河』で、詩人の人生は、気まぐれにふらつく、
水に対比されるようなものだったが、『舟人』の中では、
暴れて力強いにもかかわらず、舟人の進路を変えるには至らない。
人は従順な自然の上に立っている。」
ここの部分、「河」は、マイヤーホーファーの作ではないので、
ちょっと、混乱している感じを受ける。
両方とも、1817年の作曲ではあるが。

「『櫂の鞭を当て』のあたりでの、
和声の粉砕は、特別に素晴らしく、
水を表すもう一つのピアノ音形が現れ、
このとき、人間の意思の力が、荒業で力強く制御する。
シューベルトは、この曲の作曲に非常な努力をしており、
この有名なマイヤーホーファー歌曲では、
その作曲過程において、単純な描写を越えた何か、
開発と挑戦が行われたとみるべきである。
これらの詩句が彼らに意味のあるものだったとしたら、
それは、彼が軽蔑していた社会の構成に関し、
マイヤーホーファーが戦っていたからである、というのは、
Walter Mittyの空想であるが、
マイヤーホーファーは大胆な舟人などではなく、
その衣装を着ていただけである。
彼はあえて、彼の時代の不条理や偏狭に対して、
オープンな立場に立っていたのではなく、
帝国検閲署の役人という最も権威的な勤めに、
のちには注力した。
革命的な気質を持ったマイヤーホーファーのフラストレーションは、
現代の我々には明確だが、彼の心を蝕んだ憤りは、
同時代人には隠されていた。
この詩のような破壊的な詩を書くことは、
逃避であり解放を意味していた。」

12.ウルフルーの魚釣り D525(同上)
これが、大いに気になる一曲。
何故、Kooijiは、この曲を取り上げなかったのか。
ウルフルーとはいったい何か。

詩を見てみると、あの有名な歌曲「ます」と、
同様のシチュエーションである。
第二の「ます」とでも呼んでよいものだ。
作曲された年からすると、「ます」前夜の「第ゼロのます」。

しかし、マイヤーホーファーの詩は、
むしろ、人間界との対比を強調し、シューベルトの曲想も、
爽快感はまるでなく、何か焦燥感に溢れ、不安定である。
したがって、ここから、あの名作が湧き出てきたものではない。

詩は、こういったもの。(石井不二雄訳)
「針が引き、竿がしなう、
だが簡単に飛び出してしまう。
わがままなおまえたち水の精は、
漁師にごちそうを与えない。
彼の利口な頭も何の役に立とう、
魚たちは跳ねまわり馬鹿にする。
彼は岸辺にじっと立ったまま、
水の中へは入れない、土が彼を引き留める。」

このような第一節は、「ます」の第二節、
「漁師が一人釣竿を手に、
岸のそばにやってきて、
冷たいまなこで
魚の泳ぎを見守った。
水がこんなに澄んでれば、
と僕は心に考えた、
よもやますも釣針に
かかることはあるまいな。」
と、ほとんど同じ情景である。

この前に、「ます」には、
元気な魚がきれいな水に泳ぐ情景が、
この後には、釣り人が水を濁らせて、
ますを釣り上げて、見ていた「僕」は、
むかっ腹を立てて、その漁師を睨んだ、
という節が来て終わる。

ところが、このマイヤーホーファーの詩では、
以下が続いて、まったく人間は無力なのである。
「滑らかな水面が渦を巻き、
鱗の連中が動き回る、
彼らは身体を喜ばしげに
安全な水の中で動かす。
マスはあちこち動き回るが、
漁師の釣針は空のままだ、
マスは自由の意味を感じており、
漁師の昔ながらの策略は実らない。」

おっと、この最後の2行は、この時代、
イエローカードに近い表現。
マスは自由の意味を感じている!
とはいえ、書いてあることは、
まるで、「ます」の第一節そのままのようだ。

最後の節は、次のようなもの。

ここで、私は、美しい自然を表現した、
広々とした音楽を期待したいが、
何だかルーチンで、前節と同じメロディが繰り返されるのみ。
少しがっかりである。
というか、有節歌曲なのである。
何ゆえに、この曲を、さっきの名作2曲と抱き合わせたのかは、
分からないが、3曲束にして、
(つまり、一曲、どうしようもないものを滑り込ませて、)
出版社にふっかけたということはなかろうか。

「大地はすばらしく美しい、
だが、そこは安全ではない。
氷った山々が嵐を送り出し、
雹や霜が襲って
一撃で、また一押しで、
黄金に実る穀物も満開の薔薇も駄目にする。
柔らかな屋根の下にいる魚たちには、
陸の嵐も追っては来ない。」

完全に人間と魚は分断されたままである。
ウルフルーが何かは、詩からは読み取れない。

では、ジョンソンの解説には、どうあるか。
「『ドナウ河の上にて』、『舟人』、『ウルフルーの魚釣り』は、
作品21として、1823年に一緒に出版された。
この頃までに、シューベルトのマイヤーホーファーの詩への付曲は、
ほとんど終わっており、実際、1820年の終わりには、
詩人と作曲家は不仲になっていたらしい。
したがって、この、一緒に暮らしていた頃の歌曲集の、
マイヤーホーファーへの献呈は、
シューベルトからの仲直りの贈り物だったのかもしれない。」

実は、このブログ、迷走気味で、
マイヤーホーファーとの共同生活については、
とちゅうまで書いたところで、脱線している。
「ます」の五重奏曲が書かれた頃のことを調べるためだったのだが、
そろそろ、もとに戻さなければなるまい。

「1823年の夏、作曲家は友人を必要としていた。
彼は病魔の犠牲となり、のちに病院で過ごすことになる。
彼は昔の歌を見直して、出版するために選定を行ううちに、
6年前に作曲した『ドナウ河の上で』に、死の運命の予兆を見た。
1823年5月には、シューベルトは、こんな一節を含む、
マイヤーホーファー風の詩を書いている。
『我が命を取れ、肉を血を、
全てをレーテーの流れに投げ込め』
この作品21の三曲は、その詩人や声の音域のみならず、
水に関して統一されており、当然、このディスクのテーマに合致する。
これらは、『低音のためのマイヤーホーファーによる三つの漁師の歌』
と題されている。
『ウルフルー』をオーデンの詩『穏やかな湖沼の魚』を予言しており、
ここでは、人間は獣や鳥など生き物に羨望の目を向ける。
この地上では人間には安らぎはなく、マイヤーホーファーの釣り人は、
魚たちの水中での安全に憧れる。
あまりにもヴィーン的な魅惑と悲哀の混合であるこの音楽は、
少し肩をすくめ、ため息をついて、苦笑いをするようなもので、
マイヤーホーファーの詩で唯一、田舎の労働者を描いたものだ。」

このように、ちょっと、この曲は、
理由有りのような扱いである。
やはり、少し単調な繰り返しの多い歌という感じだからか。

さて、下記のように、ウルフルーは漁師の名前であるらしい。
「ウルフルーは、『漁夫の歌』や、『漁師の歌』の、
名もなき同僚よりは明快なキャラクターを持つ。
英雄でも有能な漁師でもないが、自意識を持ち困難を切り抜ける人で、
愉快なマイナス思考のシェークスピア風の道化である。
もっと歌い手に賞賛されるのは、バイロン風の『舟人』で、
ここには、1817年のシューベルトの、音楽的自信が表明されている。
しかし、『ウルフルーの魚釣り』の黙想は、
1823年夏のシューベルトの、打ちひしがれた世界観の、
ほろ苦いパラドックスを反映しているようだ。」

が、作曲は、1823年ではなく、1817年なのである。
このように、この歌曲、何だかよく分からない問題作として、
宙ぶらりんな感じ。さすがのジョンソンも、これ以上、言えなかったか。

このCD、最後に、前回取り上げた、
13.潜水者 D111(シラー詩)が来る。
前回取り上げた、この大曲だけは、大海原を舞台にしているので、
このCDの表紙写真から想像されるものとは違う。

得られた事:「水中で『ます』の泳ぐ様は、複数の詩人にとって、生き生きとした自由な世界の象徴であった。」
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by franz310 | 2008-03-09 08:36 | シューベルト

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その112

b0083728_8112249.jpg個人的経験:
日本で売れた、
シューベルトの
シラー歌曲集といえば、
ヘルマン・プライが、
フィリップスに
録音したものの
右に出るものはあるまい。

ピアノはカール・エンゲルで、
70年代前半の録音。

このレコードは、いきなりLPのA面全てを占める、
幻の大曲、「潜水者」(D77)で始まるが、
16歳の若書きながら、激烈な表現力で、
当時、多くの愛好家を圧倒した。
プライのアップで、背景に何もないジャケットも印象的だった。

この録音は、同じデザインで、後に廉価盤LPでも出て、
貧乏学生の私にも入手できるようになり、
やはりデザインを変えずにCD化もされている。

一点、 少し物足りないのは、収録時間であろうか。
長いのは「潜水者」の22分のみで、
後は、B面に6曲、たった44分で終わってしまう。

その6曲とは、
「巡礼者」 D794
「アルプスの狩人」 D588b
「タルタルスの群れ」 D583
「春に寄せて」 D245
「憧れ」 D636
「希望」 D637

というものであって、このB面に関しては、
プレガルティエン盤にほとんどそっくり含まれてしまう。
なかったのは「春に寄せて」のみ。
これは、アレンの歌うハイペリオン盤にもなかったものだ。

プライといえば、その暖かな語り口で、
シューベルト歌曲の魅力を、
早くから私に教えてくれた歌い手であって、
多くのゲーテの歌曲などで、魅了したが、
このシラーの録音も忘れがたい。

改めて解説を読み直すと、
詩人シラーについての説明から、
シューベルトのシラーに対する取り組みの話を経て、
(ここでは、「シラーは、彼の青春時代の守護神と
いってもよいのかもしれない」という端的な指摘を含む)
最後には、「潜水者」に対して言及、
このようにスポットライトを当てているのが良かった。
「普通はその演奏時間の長大さ、
歌唱の難しさからめったにきく機会のない、
しかし、シラーの代表作であり、
シューベルトのリートの中でも異彩を放つ
初期の記念的な作品『潜水者』が収められているのは、
リート・ファンにとって大きな喜びといってよいだろう。」

「潜水者」は、演奏時間にして20分を越す大曲であって、
その規模は、同じシラーの「人質」を凌ぐが、
内容は、それほど複雑ではない。
つまり、気まぐれな王様の言いつけで、
海の底に落とされた金の杯を、潜水して取りに行く若者の物語である。
海に潜って取りに行くから、「潜水者」なのだが、
この虚飾ない色気もない題名が、これまたシラー的と言えるだろうか。
前回の「人質」もそうだったが。

さて、この潜水者たる若者は、
無事、この難題に成功するが(第一節~第十四節)、
深海の恐ろしい生き物のことを話し(第十五節~第二十二節)、
王様は、それを聞いてさらに興奮する。

今度は指輪を放り込んで、
これを拾って来たら姫をやる、という。
姫は反対するが、若者は飛び込む。
そしてそれっきり、という残酷なもの(第二十三節~二十七節)。

冒険ロマンで姫様も美しいと来ては、
若き日のシューベルトが震撼して作曲に勤しんだというのも、
何となく分かるではないか。

さて、このプライのレコードの「潜水者」は、
第一稿のドイッチュ番号77のものであったが、
この録音でこの曲に親しんだものにとって、
シューベルトが改作したD111を初めて聞くと、
何だか、要所要所ですわり心地が異なる。
前回のBISのKooij版で、私はそれに気付き、
慌てて、ハイペリオン盤の、詳しい解説を取り出してみた。
前回、Kooiji盤を見てみたが、まるで、解説になってなかった。
困った時のハイペリオンである。

ここでの、おなじみグレアム・ジョンソンの解説は、
この作を、スティーブン。スピルバーグの、
「インディアナ・ジョーンズ」になぞらえたりして、
いつも以上に筆が冴えている。
暴君、プリンセス、渦巻き、怪物に、
スーパーマンのようなヒーローが出てくるから、
と言うのである。

以下、真面目な部分にはこうある。
「シューベルトはこの作品を書いたり、
書き直したりして、2年以上にわたって格闘した。
その死後、ディアベリによる出版では、
第一版(D77)をもとにしながら、
第二版(D111)の大きなピアノ間奏曲が接木された。
この折衷物は、ペーターズ版でも採用され、
フィッシャー=ディースカウとムーアによって、
録音されている。
シューベルトの第二案(D111)は、多くの点で優れているが、
とりわけ、ドラマティックな点の静けさや、
ダイナミックスの拡大によって優れている。
シューベルトは、さらに、
第一版の古めかしいマニエリスムを放棄し、
冗漫なアリオーソにして手間取っていた、
パッセージをレチタティーボに圧縮した。」
伴奏ピアニストの立場からして、
さすがに多くを読み取っている。

また、この詩の出典については、
「シラーの27節からなる叙事詩は、
恐らく、初期のベーオウルフ神話に基づき、
作曲家の生まれた年に作られている。」
とある。

ここでは、どう考えても第二版の方がよい、
という書きかたであるが、
ディースカウ、プライといった、
20世紀後半を代表する大御所が、
みな、D77をベースにした理由は書かれていない。
が、下記のように、素晴らしい詳説が付いているのが嬉しいではないか。

ちなみに、このハイペリオン盤は、
シューベルト歌曲全集の第二巻、
前回のBIS盤と同様、水をテーマにした作品を集めている。
バリトンのヴァーコーが13曲を歌っている。
このCDは日本盤も出たが、私は買いそびれた。
輸入盤は今でも店頭にある。

この歌手、ナイーブな歌い口に好感が持てる。
それが、「潜水者」の勇ましい冒険者には、
少々、線が細いような気もするが。

下記に解説を記すが、
数字に続く()内には、歌われる内容を補ってみた。
数字は、詩の節を示すものだ。

「1、 2:(誰かこの淵の底に潜らないか。)
王様は、堂々としたレチタティーボで、
のしのしと登場、ピアノのなだれ落ちる動機に、
反対方向に反転する音楽が続き、
この作品の、モノを取りに行くゲームのアウトラインが描かれる。」
ピアノはアクロバットのように、
王様の声の間を駆け巡るが、
ヴァーコーは、王様の猛々しい声と、
ナレーターの部分をうまく歌い分けている。
老練なプライは、そこまで偉そうではなく、
王様は、ちょっとずる賢い感じ。
この淵は、カリュブディスというらしい。
どこだ。

次は、ピアノ伴奏も控えめになり、
静かな音楽となる。
「3、 4:(居並ぶ騎士と従者たちは、しり込みするが、
若者が、さっそうと前に出る。)
ナレーターが引き継ぎ、我々は、王様の取り巻きが、
動き回ったり、深海に投げ入れられる杯に驚嘆したりするのを、
見聞きするよう。
彼の課題には、脅しによる沈黙の一小節が待っており、
(最初のアイデアから修正がある。)
そこに、驚いた側近たちのためらうような音楽が続く。
控えめな清らかな和音でヒーローが現れる。
半音階的な上昇する間奏曲が、従者の驚きを表す。」
たしかに、おどおど、はらはらの部分。
しかし、「姿やさしくも心りりしい」とか、「この立派な」とか、
すごいヒーロー登場である。

めまぐるしいパッセージや、
轟くような音の塊が、恐ろしい海原を表し、
そこから、若者の勇ましいメロディが顔を出す。
息を凝らしたような表現が続く。
「5-7:(淵を見下ろすと、波が打ちつけ、
沸きたぎり、唸り鳴る。ふと静まると、淵は地獄の入り口のよう。)
挑戦への恐怖は、一世紀以上後のサイレント映画の伴奏のように、
メロドラマの発端を扱った音楽の如く気味悪く描かれる。
6節めから現れる激しいハ短調の渦巻くような音楽が、
この曲の重要な構成力となる。
音楽が凪ぎ、しばし水位が下がった後で、Cフラットの、
大きく広がった全音符がうつろな音で和音を響かせて大きく盛り上がる。」

「8、9:(驚愕の声の中、若者は飛び込んで姿を消す。
海鳴りがするだけ。)
レチタティーボが急を告げ、若者が飛び込むと、
まるでご婦人たちの悲鳴のような予期せぬ減和音が高音部で響く。
はらはらどきどきの時間。32分音符がいくつかの低音の上を、
おどおどと浮遊する。」
緊迫した朗唱とゆらゆらとした海原の描写。
悲鳴とされる和音は、一回、鳴らされるだけであるが、
おどおど浮遊は、若者の潜水時間を表して長い間続く。

以下の部分、第一版と第二版の違いなどが語られる。
こんな解説は他にはなかろう。
「10-12:(教訓的なナレーション。
吠え猛る海底が秘め隠しているものを、
人間が物語ってはいけない、
波また波が果てしなく寄せるばかり。)
語り手は、ヒーローの試みが無益であると評する。
(D77では、シューベルトは、このシーンを
ドラマ性を押さえアリオーソで叙情的に扱った。)
徐々に半音階的なスパイラルを伴い、水は荒立ち始め、
第6節の再現部を導く。」
この叙情的な表現は、確かに緊張感を止めるかもしれないが、
非常に甘味な一時で、これはこれで美しい。
また、あの英雄の挑戦を表すような主題が始まって、
音楽は再び活気付いて来る。

「13:白い手が見え、少しずつ、ダイバーが近づくところは、
この上なくドラマティックである。
シューマンはこのパッセージを知っていたに相違ない。
『ベルシャザール』の(『Und sieh(あそこに)』の部分の最初)、
手が現れる、不吉な前兆において同様の半音階上昇の表現が見られる。
そして、『彼だ!』と、衆人が返って来るヒーローを
迎えるような勝利の音楽。」
ここでは、若者の泳ぎの手の動きまでが見えるようである。
だんだん、近づいて来る様子にはらはらする。

続いて、たんたたん、たんたたんとピアノが打ち鳴らされて、
拍手喝采である。が、これは、D77の方で、D111では、
下記のように控えめな表現。
こうしたところが、前述のダイナミクスの変化の妙ということか。
「14:(若者は感謝し、群集が、あそこだ、生きてる、と叫ぶ場面。)
若者にとって、神聖な瞬間である。
彼の生への感謝をこめて、ハーモニーは深く、長く呼吸する。
ここの音楽はD77ではフォルテになっている。
しかし、ここでは、このバラードの大騒ぎの小休止のように、
静かな輝きで彩られている。」
ここまででプライは11分、ヴァーコーで12分。
ようやく半分来た。

「15、16:(若者は王の足元に倒れ、王女はぶどう酒を注ぐ。
海底は恐ろしく、人間は神々を試みてはいけない、と若者は言う。)
レチタティーボが若者を王のところに導き、美しい王女の姿が見える。
疲れ果てた若者は、有り得ない形式的なアリアを何とか歌う、
D77とは違って、ここでは自由なレチタティーボが物語を先に進める。」
こうは言うものの、形式的かもしれないが、
この部分のアリアは雄々しく勇ましく美しい。
これを歌いたいがゆえに、旧世代の巨匠たちが、
D77の方を愛唱したと考えてもよいだろう。

「17-20:(二つの水流にもみくちゃにされ、
神様に助けを求めると、珊瑚に引っかかった杯が見えて、
何とか助かったが、その下には、
エイ、シュモクザメ、恐るべきサメたちがうようよしていた、
という若者の報告の部分。)
物語は熱を帯び、この部分がこの曲の魂。
珊瑚礁に揺れる杯を表すように、
演奏家がそうしなくともそうなってしまうように、
ヴォーカルラインは不安定になる。
下で彼を待つ深海の怪物たちの不吉な音楽は、
ここでは、活発な16分音符はなく、
2小節にわたる芋虫状の記譜のみ、
ぬるぬるした経過句で表されている。
この音楽の不気味さはシュモクザメ(ハンマーヘッドシャーク)の、
ピアノ左手パートのハンマーブローで頂点に達する。」
すさまじいピアノの渦巻きによる水の中に引き込まれる様子、
(プライ盤のエンゲルは少しおとなしいか?)
深海のぬめるような不思議な皮膚感覚、
みごとな描写であるが、シュモクザメのところではなく、
海のハイエナのところの方が感情が盛り上がっている。

残念ながら、海の中の話なので、このブログの主題である、
愛らしい「ます」の姿は登場しない。

こうした深海魚は、オランダ絵画などで見かける主題。
オランダの歴史を記したりもした、シラーならではの着眼点か。
勝手にそう推察した。

「21、22:(若者は珊瑚にしがみついて、
びびるとともに孤独を感じ、何かが近づいて来て、
渦に巻き込まれ水面に上がってきた。)
命大事で彼はしがみつき(トレモロを使わないで、
シューベルトは危機を孕ませる)、
若者の孤独は虚空に反響する静かな音楽で表される。
緩やかなバスに乗ってアダージョの16分音符が揺らぎ、
時は静かに過ぎ行く。嵐の前の静けさ。
この曲で最もヴォーカルが興奮する部分、
さらに恐ろしい一節のカタルシスは、波頭に乗って、
いかにして彼が人々のもとに戻って来たかを要求する。
宮廷の人々は驚きで声を失っている。
この部分の抑制は、D77の大言壮語より特に優れている。」
息もせずに、水中に孤独に浸っていたとは、
想像するだに息苦しくなってくる。
プライは落ち着き払って、そんなことはものともしない。
また、ここで書かれているほどの差異を聞き取るのは難しい。
沈黙の時が来る。
が、王様は、ふと、何かを思いついた模様。
ピアノが、ぽつぽつと弾き始めるので、それが分かる。
「23、24:(王様はもっと深海のことを聞きたくなって、
指輪を投げ込むと言い出す。王女は、もうおやめ下さいとすがる。)
若者の述懐は不幸なことに、魅惑的だった。
王様はもっと深海の情報を知ろうと、ゲームは一か八かの挑戦になる。
暴君の袖に王女はすがって、若者に哀れみをかけるよう、音楽は優しく語る。
ウォルフの歌曲『さあ、仲直りしよういとしい人よ』(イタリア歌曲集)の、
親密な嘆願が思い出される。」
姫様の典雅な音楽は、「人質」の友人のテーマを思い出させる。
ヴァーコーは、女形のようにしなを作って歌っているので、
状況が手に取るようにわかるが、プライは、二枚目の声である。

「25:(王様はよけいに調子にのって、投げ入れ、
ついでに姫もやると挑発する。)
第2節の音楽が戻ってくる。
王様のレチタティーボの最後の行にシューベルトは苦労した。
前の版では、王様の言葉の最後は優しく歌わせた。
ここでは、より残忍にして軽蔑したような皮肉をこめた。
ここで我々は、父の嫉妬が暴挙を生んだのを知るのである。」
これを読んで、そうかとも思うが、
何となく、声の質の違いの方が大きい。
ヴァーコーはテノールで、いかにもヒステリックな王様。
バリトンのプライは、もっと大人の王様。
いずれにせよ、シューベルトは、これを作曲したとき16歳。
こんなポイントにまで思いを馳せていたということに驚愕する。
ここで、音楽は、冒頭部のファンファーレを再現するような形。
循環させて、まとまりをうまくつけてあることも特筆すべきか。

「26:(若者の目から光が出て、劇画のような世界。
王女の気絶で、海に身を投じる。)
彼女の美しさと卒倒に炊きつけられて、
若者は再度深海に身を投じる。
プレスティッシモの量感のあるピアノ間奏曲は、
『タルタルスの群れ』の残忍なエネルギーを呼び起こす。
もし、シューベルトがここまで素晴らしい男性的な音楽を書かず、
反対に女性的な王女の悲嘆の音楽を書いていれば、
おそらく、アインシュタインが、トリスタンやリングを想起しつつ、
シューベルトの先取的な、和声についての記述をした時に相応しい、
本当に悲しい音楽となったことであろう。」
さすがジョンソンはこう書くだけあって、
この悲嘆を深めるために、
長大な間奏曲(21:20~22:27の1分7秒)を、
次第にフェードアウトしていき、
永遠の静寂の中に若者が消えて行ったような表現。
が、それなら、D77の間奏曲でもよさそうなもの。
プライ盤のエンゲルは、ちょっと迫力不足なのは、
(19:24~20:27の1分3秒)
彼の解釈か力の限界か、あるいは、版の違いか。
ここは、前回のKooiji盤のDoeselaarのピアノ(20:59~22:06)
がすごい迫力であった。
改めて聴きなおすと、待ってましたとばかりに飛び出して、
がんがんピアノの限界を攻めている。
その後の、孤独なピアノ独奏(~23:14)も古楽器の響きが印象的だ。

「27:(若者を連れ帰る波はもはやない。)
第6節と12節の厳しい音楽が、
死で終わるシューベルトの危険な旅を経て、
ニ短調に変わって現れる。
水の音楽の伴奏によって、避けられない結果が述べられ、
鎮魂の後奏曲の背後で鳴り響く。
ここでもD77より優れており、
16分音符の上に、オーボエの音色でエレジーが、
海の墓場に投げられた花輪のように漂う。」
確かに、D111のこの終結部は魅力的である。
また、この部分では、D77、111にかかわらず、
「波は次々に打ち寄せ打ち寄せ」という歌詞が、
繰り返されて歌われるところが悲しい。
美しい王女は、それをじっと見つめているのである。
ここをプライはあっさりと通過、
ヴァーコーの歌の方が哀れを誘った。
Kooijiも、歌いきったという感じで哀れさは、
あえて表出していない。余韻を味わえという勢いである。

が、聴き終わって気付いたのだが、
プライ盤の解説には、
「最終節の、浮かびあがることのない若者への
やさしい思いをこめた表現などは、
まさにプライならではの歌」とある。

が、今回、いろいろ聞き比べてみて、
私には、プライには、そんな器用なことが出来ないように思えた。
やさしい思いをこめているのは、全曲にわたってであって、
最終節のみに、違う感情をこめるような歌い方は、
むしろ、フィッシャー=ディースカウ風の技ではあるまいか。
したがって、一節ごとに状況が一変するようなシラー歌曲が、
はたしてプライに向いていたかどうかは疑問もある。
むしろ、奇抜な部分も、全体の調和の中にあるゲーテ歌曲の方に、
プライ的アプローチは生きるのだと思う。

この「潜水者」、こう聴いてくると、
D77とされた、プライの盤にも、大きな間奏曲は入っており、
むしろ、大きな違いは、メロディアスな第十六節、
あるいは曲の終わりのピアノの長い後奏曲にあったようだ。

得られた事:「シューベルトは、適切な表現のためには、美しいメロディーを削るようなことをして、2年間も格闘するような推敲の人でもあった。」
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by franz310 | 2008-03-02 08:23 | シューベルト