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クラシック音楽への愛と悲しみの日々
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その111

個人的経験:
b0083728_13473361.jpgシラーのバラードの、
大作二篇を収めた
CDとして、
スウェーデンの
人気レーベル、
BISから出ている
ものを発見した。
ここでも伴奏には、
古い時代の
フォルテピアノが
使われている。

このCD、しかし、シラーで集めたものではなく、
意表をついて、「Water in songs by Franz Schubert」と題され、
水の主題にテーマを当てたものとなっている。
「潜水者」はともかく、友情を主題とした「人質」が、
いくら河を泳ぎ渡るシーンがあるからと言って、
このタイトルでまとめられると、ちょっと首を傾げたくなる。

そもそも、解説を読んでも、
この作品における、水の役割などについては、
ほとんど書かれていない。

が、この2大作を並べて聞けるCDとして、
私はかなり聞き込んだ。演奏も、このレーベル特有の録音もよい。
1999年の録音で、ドイツの教会での収録。

バリトンのKooijも、ピアノのDoeselaarも、
発音すら分からないが、アムステルダムで勉強した人のようで、
私の「ます」体験が、アムステルダム五重奏団から、
始まったことからしても、実はポイントが高いのであった。
(写真を見ると、かなりのベテランに見える。)

オランダは古楽復興の地であるが、ここでも、
1835年のグラーフピアノが使われている。
前回のシュタイアーのピアノが1815年のものだったので、
20年の差異ゆえか、響きが豊かなのも嬉しい。
が、シューベルト死後の年代ゆえ、歴史考証はシュタイアーの方が上か。

表紙デザインは、爽やかな水の流れと水草の写真で、
五重奏曲「ます」のデザインにした方がよいような感じ。
S.Jonssonによる、Svagt strommande vattenとあるが、
何のことやらわからん。
いずれにせよ、このCDの収録曲にこうした感じのものはない。

嘘だと思われたら、以下の曲目を見て頂きたい。

1. 海の静寂 D216(ゲーテ)→死んだような海
2. 潜水者 D111(シラー)→ひきずりこんでおぼれさせる海
3. 水の上で歌う D774(シュトルベルク)→夕暮れの湖
4. 海辺にて D957-12(ハイネ)→不気味な海
5. 舟人 D536b(マイヤーホーファー)→恐ろしい川
6. ドナウ川の上で D553(マイヤーホーファー)→大きな川
7. 湖上にて D543b(ゲーテ)→山に囲まれた風光明媚な湖
8. 人質 D246(シラー)→洪水の川

プロデューサーが、シューベルトと水をテーマにするから、
と、適当にデザインに発注したという感じである。
デザインは、そういわれても困るなあ、と、
「ます」のレコードでも買ってきて、真似して作ったのではあるまいか。

あるいは、BISで、「ます」のCDを作る時の候補のあまりがあったから、
それを流用したのかもしれない。
最悪の空想は、会社に転がっていた、
この写真をプロデューサーが見て、そうだ、水にちなんだ曲で行こう、
と、本末転倒企画が出来たというもの。

いずれにせよ、このジャケットで、気に入って買った人は、
かわいそう。まったく、こんな感じの曲は出てこないのだから。

そんないきさつとは関係なかろうが、
このCD、シューベルトの曲集には珍しく、
ドイッチュ番号は全く書かれていない。

リストじゃあるまいし、実はこれまた、ふざけるなの世界。
上の一覧は私が調べて書いたものだ。

が、それ以外は、満足度は低くない。
そもそも、「潜水者」で、壮絶なピアノ間奏曲が現れて、
のけぞってしまった次第。いったいこれは何だ?
とにかく、渾身の雄弁な音楽である。

ということで、解説には何が書いてあるかを見てみよう。

以下のように各曲概観方式で、
前回のハルモニア・ムンディ盤と同様。

書いているのは、Lodewijk Meeuwsenという人で、
これまた発音も想像できない。

「シューベルトにとって、
音楽を補足するような言葉に対してであれ、
または補足しない言葉に対してであれ、
その作曲の領域をラディカルに押し広げた時期は、
1815年頃のことであった。
それと同じ年のこと、
ずっと、いかに音楽と言葉を結合させるかを語り合って来た、
ベルリン出身の作曲家ツェルターに対し、
ゲーテは、二つの要素の完璧な結合、つまり、
『身体(詩)に、立派なコート(音楽)をフィットさせる』こと、
について書き送っている。
ほとんど同時期にシューベルトにとっても、
このコートが、すでに小さすぎるようになっていたという事実は、
彼の音楽的、文学的天才の爆発的な拡大や、
まさしくそのゲーテと、
また、同じワイマールの仲間、シラーによる
疾風怒濤期の詩作における、
ものすごい感情の増幅によっても、
説明できるものだ。
このCDにおける『水の歌』の選曲は、
このような文脈から見るとき非常に興味深いものになる。」
「このような文脈」とは、詩に相応しい、
音楽の関係ということであろう。

「シューベルトが、
ゲーテやシラーの偉大なバラードを歌曲の素材に選んだことは、
ゲーテが好んでいた民謡という音楽形式を破壊するという、
彼の意図を明らかにするものだ。
『糸を紡ぐグレートヒェン』の伴奏に登場する糸車は、
一度だけよろめくが、古くからの伝統の和声の土台に則っており、
音楽形式の上でのみ革命的と言える。
有節形式は放棄され、曲は通して作曲されている。
ゲーテにもこれは受け入れられず、
『私の歌から、彼は新しい歌を作った』と言った。
『海の静寂』では、シューベルトはゲーテの原則に忠実であるように見え、
まばらなアルペッジョの和音が、『死の恐ろしい静寂』という歌詞の、
抑制された雰囲気を強調している。
最もデリケートな和声の変化は、次第に大胆になり、
『恐るべく広大な場所で』における、
ニ長調への転調においても、
このムードが解決されることはない。
このたった1ページ、32小節の中で、
シューベルトは完全なる不動の状態に献身し、
特に自然の恐るべきイメージを展開してみせる。
それと対をなす『楽しき航海』によって、
ゲーテは、『アイオロスは、恐ろしい足かせを緩める』
ことによって、我々を鬱陶しさから解き放つはずだったが、
シューベルトはこれには音楽を付けなかった。
詩人はこれらの2つの詩が、
必ずセットになるように願っていたのにもかかわらず。
しかし、ベートーヴェンは、
合唱曲『静かな海と楽しい航海』によって、
ゲーテの要求を満たした。」

この「海の静寂」は、フィッシャー=ディースカウも、
「天才的な作品」と書いており、
1815年のゲーテ歌曲の最も注目すべき歌曲としている。

伴奏や転調に対しても、「詩との完全な一致」があるとし、
「風の静けさと重苦しい気分がこれほど明快で、
自然な効果をもたらしながら表現されたことは、
これからのちの作品にもない」と激賞している。
シューベルトは18歳。恐るべき18歳である。

「シューベルトが、この『海の静寂』と比べると、
巨大な、シラーのバラード『潜水者』と『人質』を、
ほとんど同時に取り組んでいた事実には、
驚かされずにはいられない。
これらは、ゲーテとシラーが、バラードを競い合うことによって、
わだかまりを棄てたバラードの年、1797年に書かれたが、
1814年に、17歳のシューベルトは、『潜水者』に取り組んだ。
この詩を逐次的に音の絵画を、想像を絶する統一性で仕上げたが、
この27節は、生き生きとした効果の百科全書的な要約で、
多様性と独自性において空前のものである。
この莫大な分量にもかかわらず、質を損なうことなく、
シューベルトは使い古した装飾に埋没することはなかった。
この年、シューベルトは、ピアノ独奏曲を書かなかったが、
この『潜水者』の伴奏ピアノ部は、標題音楽的にも単純な仕事ではなかった。
例えば、文脈からは不自然だが、
ピアノの間奏曲における下降するため息の音形の上に現れる、
『哀れむように』と書かれた部分は、並外れており、
ほとんど内容は交響的でさえある
テンポ変化の非常に細かい支配や、
レチタティーボとアリオーソの交代によって、
シューベルトはこの巨大な作品をセグメントに分割し、
それによって構成感を与えている。」
ということで、ここで「交響的」と書かれているのが、
私が驚いたピアノ間奏曲のことか?

次が、これまで二度、取り上げた「人質」について。
メロスという固有名詞すら出てこない内容。
水のテーマはどうなったのだ?
「『人質』からの20節への付曲においても、
シューベルトは、レチタティーボやアリオーソといった、
カンタータの様式を借りている。
30にも及ぶ記号は、物語の叙事詩的な全域を設計し、強固にしている。
友情や忠節、死などが、その重要なテーマとして登場するが、
これらがシューベルトを、この詩に惹き付けさせたものだったに違いない。
1814年から1815年にシューベルトに現れた創造力の爆発は、
単純な有節歌曲の後任としてのドイツ歌曲の創作の新時代をもたらした。」
シラーの大曲2曲に関しては、あまり情報量のない解説である。
演奏も18分54秒もかけて、この曲の壮大な構想を描き出している。
バリトンとあるが、録音がクリアなせいか、
アレンほど、重々しいもこもこした感じはない。

それからマイヤーホーファーの2曲。
「同じ家を5年もシェアしていた、親密な友人、マイヤーホーファーについては、
シューベルトは、その陰気で秘密主義の性格をよく知っていた。
彼は古典主義者として一般には評判が高く、
彼の詩において、たびたび古典時代のメランコリックな憧れを吐露した。
自由な思想家としての民主主義的な詩人であるとともに、
国家の監査役、検閲官であった彼の矛盾に満ちた人生は、
最終的に彼を自殺に追い込んだ(二度目の試みで)。
一見、いくぶんありふれた『死の象徴』である、
『ドナウの上で』の詩の背景に反して、
その儚さの主題を超える側面を獲得した。
この作品を作曲するにあたり、
詩の感情や情緒を虫眼鏡で検査せよ、
しかるのちに声のイメージを膨らませよ、という、
E.T.A.ホフマンの歌曲作曲家の勧告を、
シューベルトは、ひどく気にしていたようだ。
劇的要素を盛り上げる繰り返し、
あらゆる不幸を背負ったモチーフなど、
個人的な拡張を伴う、
豊かなディテールの音楽語法を駆使して、
シューベルトは、この作品に黙示録的な世界を与えた。
マイヤーホーファーは実際、
彼もしばしば、シューベルトの解釈や付曲によって、
自身の詩をより良く理解するようになった、とも言及している。」
この詩は、ドナウ川に揺られているというよりも、
静かな湖面に漂うような優雅さで始まる。
しだいに、テンポが速くなるが、これは、
急流下りになるわけではなく、
感情の高ぶりによるものと思われる。
実際、「波の鏡に小舟が浮かんでいる」という描写であり、
波立つのは、「森は妖怪のごとくざわめき」という部分である。
このあと、対岸だかに見える古城の歴史に思いを馳せる部分があるが、
最後の節では、
「悲しくも草やぶがはびこって、
信仰の伝説も力を失った」と歌われる部分では、
冒頭のメロディがしみじみと儚さを歌い、
最後に、
「時代と同じく、波が没落をうながしている」
と唐突なこじつけ的な結論となる。
枯葉が散って行くような音形が、虚無の中に消えていく。
「つわものどもが夢のあと」と同様の情感が、
一気に退廃的な人生観に雪崩落ちていく。
「それは人間の業がすべて沈んでゆくからだ。」
という見方で一貫している詩なのである。

「『舟人』こそは、シューベルトによって、
同じ年である1817年、『ドナウの上で』の後に書かれたということは、
とても想像できない。
ここでは、人生の難関をシューベルトもマイヤーホーファーも、
ものともしておらず、16分音符の音形は、
じめじめした惨めさを振り払い、
向こう見ずな自信で、人生と格闘するよう導いている。」
確かに、この曲の詩は、
とても自殺するような人の言葉とは思えない。
石井不二雄訳では、
「風の中、嵐の中で川を行く、
降りそそぐ雨で衣服はぐしょぬれだ。」
という、気が滅入るような言葉で始まり、
第二節では、
「渦が岩がボートをおびやかす。
石塊が岩壁から転げ落ち、
樫の木の溜息が幽霊のうめき声のようだ。」
ともう、むちゃくちゃ、
さっさと陸に上がれと言いたくなる。
いったい、マイヤーホーファーは、
どんな経験からこの詩を構想したのだろうか。
もっぱら、シューベルトの友人という形でしか知られていない、
この詩人にも、きっと、様々なドラマがあったのだろう。
次の節がまたすごい。
「私の望んでいたことなのだ。
私は快適に過ぎていく人生を憎むのだ。」
とある。
最後は、「嵐に立ちむかう至上の喜びよ!」と、
叫ばれ、まったく、憂鬱な詩人の姿はない。
音楽も民謡のような朴訥な単純さを貴重とし、
妙にあっけらかんとした歌い口と、
執拗なリズム反復が格闘というより、
能天気の領域にまで踏み込んでいる。
シューベルトの中では異質な曲と見た。
同じ、「舟人」でも、シュレーゲルの詩につけたものとは、
かなり趣きが異なる。
このシュレーゲルの「舟人」についても、
今後、触れる機会があるだろう。

さて、これら二曲のマイヤーホーファー歌曲は、
作品21-1と21-2という対をなして出版されたようだ。
ゲーテが、「海の静寂」と「楽しい航海」を書いたのと、
張り合った結果の陰画なのであろうか。

このCDでは、あえて、この1と2の順番を入れ替え、
単純な「舟人」を先に持って来て、
より深い意味を感じさせる「ドナウの上で」を、
ぶち壊さないようにしたものと思われる。
ちなみに、フィッシャー=ディースカウは、これら2曲を、
「彼の技術のすべてを注ぎ込んだ」、「大胆な生の力が独創的」と、
好意的に表現している。

気になるので、改めて、ゲーテの詩を持ち出してみよう。
「楽しい航海」はシューベルトが曲をつけていないので、
新潮文庫の高橋健二訳で見てみよう。
ここでは、「海の静けさ」と「幸ある航路」とされていて、
格調高く文語調、シューベルトの歌詞対訳にこれがついていたら、
どんな感じになるだろう。石井不二雄訳と並べてみよう。
「海の静けさ」は、こんな感じ。
高橋訳:
「深き静けさ、水にあり、
なぎて動かず、わたつうみ。
あまりになげる海づらを
ながむる舟人の憂い顔。
風の来たらん方もなく、
死にもや絶えし静けさよ!
果てしも知らぬ海原に
立つ波もなし見る限り。」

石井訳:
「深い静寂が水を支配し、
海は動きなく安らいでいる。
そして船頭は心配そうに
鏡のような水面を見回している。」
という感じ。

「幸ある航路」は、高橋訳では、
「霧裂けて
空あかるみ
風の神、
障りの結ぼれを解く。
風そよぎ出で
舟人は勇み立つ。
急げ、いざ急げ!
波は分かたれ、
近づくや遠方、
早や陸の身ゆるよ!」
となっている。
先の解説で、「アイオロスは、」とあったが、
これは三行目に相当するのだろう。

確かに、静と動、対をなすべき詩となっている。
マイヤーホーファーやシューベルトは、
おそらく海を見たことがなく、
ホームグランドのドナウ河にて、
同様の一対を構想したのかもしれない。
それは、ゲーテの古典性から逸脱しているが、
妙に身近な感情吐露にも見える。
フィッシャーディースカウによると、
さらに、「ウルフルの魚釣り」という作品がまとめられ、
マイヤーホーファーに捧げられているとある。
この「ウルフル」とは、有名な「ます」と同様、
漁師と、水中で自由に泳ぎまわる魚(鱒)の駆け引きを歌ったが、
陸地に縛り付けられた人間の悲しさを強調したもの。
残念ながら、このCDでは聞かれない。
フィッシャー=ディースカウも、この曲には冷淡である。

さて、このCDにはあと3曲、名作が収録されている。
それを解説に見ていこう。
「シューベルトは1817年には、
ゲーテが、1775年、チューリッヒ湖で、
シュトルベルク伯爵と一緒に、
舟遊びをしたことを知っていたに違いない。
ベルリン社交界の花形、リリー・シェーネマンに魅せられ、
彼女から離れるためのスイス旅行であった。
最初の節からして、湖面を浮かぶ舟歌で漂い、
ゲーテは断固として彼の夢を追い払おうとする。
『消えろ、夢よ、どんなに輝かしくとも』。
6/8拍子は2/4拍子に即座に変わり、
シューベルトはゲーテを地上に戻す。
最後の節でも彼は詩人に警告を続けようとするかのようだ。」

曲調は明るく開放的で、遠く逃げ出した旅人の、
高揚した気分を余すことなく描きだしている。
波間に漂う小舟のリズムに、
「雲をかぶり空にそびえる山々」、
「波の上の無数の光が星のように漂う」と歌われ、
とても気持ちが良い。
「ここにも愛と生活はある」という絶唱では、
親密な曲想が愛らしい。
が、この後、音楽は緊迫感をまして終わるので、
先の解説者は、「警告を続ける」と書いたのだろうか。

ところで、先の高橋健二訳の「ゲーテ詩集」でも、
「リリー・シェーネマンに」という詩が収められている。
「やさしい谷間に、雪におおわれた丘に、
あなたの面影はいつも私の身近にありました。」
と直裁に歌われるもの。
しかし、この本、詩の背景がほとんど書かれていないので、
このCDの方が、ずっとゲーテ理解に近づけるような気がする。

CDの解説は、それから、
リストのピアノ編曲でも知られる「水の上で歌う」に移る。
演奏、収録順とまるで違うのが気になる。
「彼が作った、『水の上で歌う』と同様、
いささか訳の分からない詩人がシュトルベルクである。
シューベルトは、音楽素材とそれとぴったり合った形式を選び、
このそれほど優れているとは思えない詩に、
いつも以上の力を入れており、
結果として天才的な最高傑作が生まれた。
ピアノの波立つ動機、長調から短調へのシフト、
原調である変イの選択などすべてが、
すべての作品の中で、
絶対的な叙情性という意味で、
最高点を形成することとなった。」
この詩は、小舟の上で夕日を眺め、
自然観照しているようなものなのだが、
最後に、「私自身も光の翼に乗って、
移り行く時から去って行こう」と歌われたりするので、
Puzzling(わけのわからない)というのも分かる。
先ほどまでの作品は、1815年とか17年の作品だったが、
この曲は1823年の作品。

「このプログラムで、各曲は、水の動きの動機を含んでいるが、
ハイネの詩による1828年の『海辺で』では、
オープニング・バーにおいて、
シューベルトは波の音を完璧に捉えることに成功している。
彼は、詩人の効果的な言葉遣いを、
美しく刻まれたメロディラインに移し変え、
レチタティーボでドラマ性を強調している。
ハイネの隠された皮肉は音楽には現れず、
『涙』という言葉には、時代遅れの装飾すら見つけられる。
シューベルトの死後、相続人は、
ハイネやレルシュタープの詩による未出版の作品を、
『白鳥の歌』として出版した。
『海辺にて』を含む14の歌曲は、それぞれの関連性はなく、
歌曲集として捉えることは出来ない。」
この最後の一節は、「白鳥の歌」を分解して、
ここに取り上げた釈明だろうか。
みんな知っているので、書く必要はない内容。
むしろ、最晩年のシューベルトが、18歳のシューベルトと、
水の捉え方がどうなったかを書かないと、
この文章は解決しないと思うのだが、いかがだろうか。

得られた事:「『ます』の歌曲や五重奏曲を書く、何年も前から、シューベルトにとって水は重要な主題であった。」
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by franz310 | 2008-02-24 13:55 | シューベルト

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その110

b0083728_13323363.jpg個人的経験:
前回取り上げた、
シューベルトの
大歌曲「人質」は、
以前、日本盤として、
プレガルディエンが
テノールで歌った盤が
発売されていたと記憶する。

伴奏はフォルテピアノの
シュタイアーであった。

特に雑誌でも注目されていなかったので、
購入していなかったのだが、
この美しい装丁の独ハルモニア・ムンディの輸入盤は、
まだ売られるのを発見したので、早速、入手してみた。
「シラー歌曲集」として、以下のような曲目が収められている。

「人質」 D246
「希望」 D637
「ヘクトールの別れ」 D312b
「エマに」 D113
「乙女の嘆き」 D191
「タルタルスの群れ」 D583
「巡礼者」 D794
「アルプスの狩人」 D588
「弔いの幻想」 D7
「ギリシアの神々」 D677b
「憧れ」 D636

したがって、前回のシラー歌曲集とは、
「人質」、「弔いの幻想」という大曲2曲と、
「エマに」、「憧れ」という2曲の計4曲が重なっているが、
私の好きな「ヘクトールの別れ」と、「乙女の嘆き」に加え、
名作とされる「タルタルスの群れ」や「ギリシアの神々」が収められている分、
こちらの評価は高くなるが、当然、ハイペリオンは全集を狙ったもので、
同じ土俵で評価するわけにはいかない。

が、そうした中、ドイッチュ番号で、なんと7番、
1811年、シューベルトのローティーン時代のものとされる、
「弔いの幻想」が収められているのが、興味をそそる。
単発で出しても、価値ある歌曲だと、
プレガルディエンか、シュタイアーがみなしたのであろう。
このあたりのことが、解説にないのが残念。
しかし、非常に説得力のある演奏、
変幻自在のピアノ伴奏からして、ひょっとして、
シュタイアーからの提案かもしれないなどと考えてしまった。

さて、このCD、手に取ったときの第一印象が非常に爽やか。
独ハルモニア・ムンディのCDでおなじみの、
大理石調の額縁に囲まれた表紙には、
Jakob Philipp Hackert(1737-1807)
という画家のItalienische See-Landschaft(Lago d’Averno)、1794
という絵画があしらわれており、シューベルトよりは前の世代とはいえ、
ゲーテ、シラーの時代をしのぶには適切なものと見た。

青空写る透明な湖が大変美しい。
収穫の季節だろうか、前景の植物は茶色くなっており、
ロバに農作物を乗せていく人の姿、
その前には犬の姿も見える。
いろいろなことを想像させ、
よき世界に思いを巡らせることのできる絵画である。

ただし、このような絵画に相応しい曲がここにあるかと言うと、
「世界は古くなり、また若返る」と歌われる、
「希望」くらいであろうか。
他の歌は、どちらかというと、もっと厳しいものばかりである。

例えば、可憐な乙女が出てくる、「乙女の嘆き」にせよ、
「樫の森がどよめき、
雲が流れる、
乙女は岸辺の芝生に座っている、
波が轟々と、轟々と砕ける」
という感じで、嵐の予兆に満ちている。

「タルタルスの群れ」に至っては、冥界の底の光景。
厳しいという以上に凄惨な光景である。
亡者たちは、永遠の苦痛にもだえておる。

「巡礼者」は、まだ、温厚な歌だが、
「目的地には少しも近づかない」
「ああ、どの道も通じていない」
「そしてかの地は、この地上には決してない」
という、絶望的な結末に向かっていく。

プレガルディエンの歌は、ナイーブな若者の心情を歌って透明であり、
木の響きのする1815年のピアノフォルテのレプリカを弾く、
アンドレアス・シュタイアーの素朴な音色も忘れがたい。

気になる「人質」は、冒頭に置かれ、力の入った演奏である。
演奏時間は17分を要しており、前回のアレンの演奏よりも長い。
例えば、あの清水が流れて来る部分の描写など、
だんだん、水が流れ始めるような風情で、
ゆっくりゆっくり演奏されており、
シュタイアーのこだわりが感じられる。
結婚式の描写も、古雅な趣きが生きている。

強奏においては、あるいは、急速にかき鳴らされる部分では、
楽器の限界に挑戦するような迫力が、
若いシューベルトの野心的な書法を浮き立たせている。

しかし、やはり、フォルテピアノの音色の制約であろうか、
見方によっては、アレン、ジョンソン版よりも、
あっさり終わっているようにも感じられる。
もちろん、それだけ、凝集された演奏、シャープな表現とも言えよう。
アレンの重々しいバリトンのメロスより、
テノールのメロスの方が若々しいが、
アレンの方が劇的で聴き映えがするとも言えるし、
どちらが良いかはわからない。

が、こうした特徴が、「弔いの幻想」では、
14歳のシューベルトの、
熱にうなされたような、
あまりにも先走った幻想に、
そこそこの統一感のようなものを与えているような気もする。

アレン盤では、この曲は前座的にも思えたが、
こちらのものでは、クライマックスを形成するかのように、
最後から3番めに置かれている。
演奏に19分22分をかけて、
これはアレン盤より4秒長いが、
これまた、すぐに聴きとおせるような感じがする。
アレンよりも粘らず先に進む工夫に重点を置いたのかもしれない。

この詩はシラーも21歳くらいの時に書いたもので、
青年期特有の事大主義が見受けられるが、
中学生と同じような年のシューベルトもまた、
それに感応して、幻想の限りを尽くしている。
それに応えるように、どちらの演奏も、
趣向を凝らして、不気味な雰囲気を高めている。
「ため息をついて夜の霊が空中をよぎる」
というところでは、奇妙な声を出して、
いかにも墓場の空気に気持ち悪い感触を伝えようとしている。

19歳で死んだ、シラーの友人の葬式を描いたものだが、
彼が生きていたら、父親にはどんな希望や夢があったか、
それを克明に描いた上で、それを残酷にも拒絶するといった、
描写の羅列が続き、あえて、音楽にして歌う必要があるか疑われるが、
状況の変化に即応して、シューベルトは、多様な音楽、
しかも、非常に魅力的な楽節を含む野心的な音楽をつけている。

アレンの声は非常に重々しく、こうした、
過多な情感描写に対して、それを助長しているが、
プレガルティエンの方は、こうした問題を感じさせず、
素直に音楽に浸ることが出来る。
シュタイアーのピアノも、共感に打ち震えている。
それは、序奏の最初からして、没入ぶりが伝わってくるほど。
様々に音色を変えて、強弱やテンポの調整など表現力の幅も大きい。
私は、これを耳にして、この若書きが、
けっこう、聞かせる曲であると確信した。
それに比べると、ジョンソンのピアノは、
何だか大きな構想力を放棄しているように聞こえる。

このプレガルティエン盤、名曲が多いこともあろうが、
こうした共感に裏付けられた凝集性もあって、
感73分32秒という総演奏時間が、
あっという間に感じられる。

ということで、デザイン良し、演奏良しで、
解説はどうだろう。
ここでの解説には、何が書いてあるだろうか、

(この解説、見開きの左3/4は歌詞で、
右1/4だけに解説があるので、非常に読みにくい。)

Thomas Seedorfという人が書いた
「フランツ・シューベルト:
フリードリヒ・シラーによる詩への歌曲」というもの。

「フリードリヒ・シラーは、自身、
生まれながらの詩人とは思っておらず、
偉大な同時代者ゲーテと比較すると、
単なる『詩的詐欺師』にしか、
すぎないとさえ感じていた。
作家自身の寂しい自己評価は、しかし、
彼の生きた時代、そして、その後の世代にまで、
無視できぬポピュラリティを持つに至ったその詩によって、
書き替えられてしまった。
多くのマイナーな詩が消えていく中で、
シラーの『潜水者』や、『Die Kraniche des Ibykus』や、
特に知られた『Das Lied von der Glocke』のようなバラードは、
国民的な文学運動において確固たる地位を占めた。」

このような詩は知らなかったので、
調べてみたが、伝記を見ると、
「1797年、『バラード年鑑』発行し、
シラーの詩としては、『潜水者』、『イビクスの鶴』など」
とあり、
「1799年に田園を逍遥したとき、『鐘の歌』の着想を得る」
などと書かれている。
いずれにせよ、日本では『群盗』のような戯曲が知られているのみ、
こうした長編詩はほとんど知られていないのではないだろうか。
「潜水者」などが知られているのは、シューベルトのおかげであろう。

「第一級の抒情詩(作者の懐疑とは裏腹に、
シラーの詩やバラードは、まさしく、
というカテゴリーに入るものであろう)は、
1810年にシラー抒情詩全集というものを
作曲し出版したのが、ただ、
ライヒャルトだけだったとはいえ、
いつも作曲家たちには魅力的であった。
シラーの多くの詩は、曲を付けにくいので、
この実に広範囲な業績には、
驚かずにはいられない。
詩人が自ら語るように、
『哲学的な精神』があまりにもしばしば、
彼を捉えるので、その詩は、
一般の芸術詩のような叙情的な感情表出にはならず、
あまりにも知的な内容で占められてしまう。
明確な一例として、『理想』という詩があるが、
Johann Gottlieb Naumanという人が作曲したとき、
シラーはこれを拒絶した。
しかし、シラーによる理想主義的な詩の観念だけが、
シューベルトを引き寄せたのではなかった。
シューベルトは、このワイマールの作家の、
力強い、生き生きとした言葉のみならず、
詩のなかに現れる劇的要素、
さらに、多くのシラーの詩に見られる、
理想郷の主題に強く惹かれていた。
ゲーテについで、シラーは、
シューベルトによって、最も頻繁に作曲された詩人であった。」
実際は、マイヤーホーファーの詩が多いはずだが、
彼は素人なので、解説者はカウントしなかったのだろうか。
あるいは、下記改作を含めると、そうなるのであろうか。

「1811年から1823年の間、
若い作曲家は、32のシラーの詩に作曲し、
それらのうち13は、一度ならず手がけ、
いろいろな異稿をカウントしなくとも、
いくつかの詩は3つ、
または4つの異なる音楽が付けられている。」
32-13+(13-5)×2+5×3=60となるから、
マイヤーホーファーの46曲を越すという計算にはなる。

「有名な『糸を紡ぐグレートヒェン』や、
『恋人の近く』とともに、
若き日のシューベルトは、
ゲーテの抒情詩によって、
シューベルトらしい詩の作曲法を模索していた。
しかし、シューベルトが最初の歌曲を作曲しはじめた時、
シラーこそが最も重要な霊感の源であった。
最初期の『ハガールの嘆き』につづいて、
『乙女の嘆き』の最初の作曲や、『弔いの幻想』の作曲が行われた。
これら二つの壮大な歌曲は、
将来の歌曲の傑作の予告は少ししかしていないが。
全453小節からなる『弔いの幻想』は、
明らかに歌曲のジャンルの限界を超えたもので、
歌曲よりもオペラの形式に似たものである。
このオペラの訓練場から、
『乙女の嘆き』の最初のアイデアを、
シューベルトが引き出したゆえに、
4つの節はすべて異なる音楽が付けられ、
個々のイメージやシーンを、その過程の中で見失う危険を、
回避しようと常にコントロールしているわけではない。
『弔いの幻想』は、学校友達の死に霊感を得て、
若いシラーが書いた葬式の情景だが、
期の熟した作曲家は、さらにそこにある何かに感応している。
この巨大な『弔いの幻想』は、一度しか手がけられていないが、
シューベルトは、さらに2度、『乙女の嘆き』に立ち返り、
この詩を、歌曲作曲の基本とした。
今回は、もはや前景には嵐や暴風雨の個々の描写はなく、
四つの節すべてを音の調子が一貫する。
シラーが、マティソンの詩に対して、
細かい表面を描きながら、魂の画家になっていると、
書いたとおりの精神に合致したものとなっている。
歌曲の限界を拡張し、それを超えて多くの方向を示唆した、
『乙女の嘆き』のような有節歌曲は、
シューベルトの作品の中に見られる。
この後者の作品は、シューベルトの同時代者には、
理解されることがなく、
1824年、ライプチヒの批評家は、
『シューベルト氏はいかなる意味でも真の歌曲をかかず、
そんなものを書きたいとも思っていないのだ。
彼が書いたのは、自由な歌であって、
時としてあまりにも自由で奇想曲とか、
幻想曲と呼んだ方がぴったりくる。』
例えば、『アルプスの狩人』のような曲で、
シューベルトが使ったリート分野での、
慣習的方法について見てみよう。
曲は、家に留まるように息子を説得する母親と、
山に狩りに出かけたい息子との会話で始まるが、
3つの節によるこれらの会話に続いて、
また3つの節でカモシカを追う狩人を描くが、
この情景の転換は、この3つの節の間、奏される、
新しい音楽に反映されている。
まるで、最初の3節が一つの歌であり、
続くもうひとつが独立した歌のようである。
第七節は、『狩の音楽』で始まるが、
狩りする人がかわいそうなけものを殺すのを止めさせる、
山の精の急な登場によって、中断される。
変ト長調からト長調への急なシフト、
そして、ムードの急変によって、
シューベルトは、別世界を魔法のように作り出して見せた。
単純な歌のように始まったものが、
ドラマのシーンに向かって広げられているのである。
シューベルトは虚しくも、
オペラの作曲家として成功しようと、
生涯にわたって努力した。
彼のオペラに対する努力は失敗したが、
ドラマに対する嗜好は、リートや多くの声楽曲に見られ、
いくつかのそれらは小さなオペラの情景である。
こうしたものの一例として、
『ヘクトールの別れ』があり、
これは、アキレスと戦う準備をする
ギリシア時代の英雄ヘクトールと、
その妻、アンドロマケの会話である。」

ここから、気になる「人質」の解説になる。

「いかにも通して劇的なのは、
シラーの有名なバラード『人質』に、
1815年に作曲したものである。
失敗した暗殺、自然の猛威、盗人、絶望の炸裂、
何よりも、凶暴な暴君の改心など、
ロマンティックなオペラの要素が満載である。
このバラードの作曲のまさに1年後に、
オペラを作るためにこの主題を利用した。
ただし、特に、予測された検閲のために、
この作品は未完成のまま残された。
メッテルニッヒ体勢下のヴィーンでは、
劇場で支配者の殺人の試みを見せることはご法度であった。
この物語のバラードバージョンは、しかし、
シューベルトのオペラ作曲家としてのポテンシャルを、
明らかに示している。
この455小節の『人質』は、
シューベルトの最初期の作品への回帰を思わせる。
しかし、後者では、個々のセクションはバラバラに見えるのに対し、
『人質』では、最初から最後まで首尾一貫しており、
一つのステップごとが論理的に繋がって、
ドラマティックな興奮に高まっていく。」
こんな感じで要点は押さえているが、
やはり、ジョンソンが書いた壮大なものとは比較にならぬ。
どんな音楽であるか、これだけで、
あの大作を表現するのは無理である。
ということで、解説はハイペリオン盤の圧勝。
さすが全集の企画は違う。

こうして、この独ハルモニア・ムンディ盤、
各曲の概観はそこそこなされているが、
後半は、シラーと古典との関係を軸に、3曲が取り上げられる。
いくつかの曲は解説なしということになるが、
これは少し不親切であろう。

先を続けると、
「友人のマイヤーホーファーやフォーグルが、
古典的な文脈にて、シラーの詩句に対して、
シューベルトを目覚めさせた張本人である。
シラー自身同様、シューベルトもまた、
古典古代を忘却の淵に沈む理想郷と見ていた。
その詩、『ギリシアの神々』において、
シラーは理想の、理想化された、
そして永久に失われた古代の世界の国家への
悲しみを素晴らしい言葉で表明した。
16節の詩から、シューベルトは、
第12節の一節のみを選んで音楽にした。
しかし、この一節は全作品の精髄を含み、
『美しい世界よどこにある?帰ってきてくれ、
自然の花咲いた素晴らしい時代よ』と歌われる。
短調と長調の交錯は彼の典型的なスタイルで、
このテキストの喪失感や憧れを、比類なく、
適切に音楽化している。
古代の世界を描いたもう一つの作品に、
あらゆるリートの慣習を打破した、
『タルタルスの群れ』がある。
シラーは、苦痛の終わりに希望をつなぐ、
冥界の地獄の人々を描くが、
しかし、『永遠が彼らの頭上に輪を描き、
サトゥルヌスの大鎌(時間の象徴)をばらばらに砕く』。
シューベルトは、時間から離れたところにいて、
その結果不安定な地獄の人々を描くために、
野心的な手法を使い、詩への作曲は、
音楽を支持する和声の中心を持たず、
そのかわり半音階的に広く変化して、
タルタルスの人々にふりかかる運命の象徴とした。
『憧れ』は、こうしたシューベルトの古典世界から、
あまり遠くないところにあって、
シューベルトが幾度となく使った小舟のモチーフなどが、
ここでも現われる。
もう一度、理想郷の姿、
作家が行きたいと願った、
美しい未知の国を、詩は描いている。
シューベルトは、この詩にまず1813年に付曲し、
約8年の後、最後の形に仕上げた。
これは、まったく従来のリートとは異なるもので、
最も人気のある作品の一つとなった。」

このように、シラーは、古典古代に理想を見る、
非常に高い理想に燃えた詩人であって、その心象に、
シューベルトは同調して、様々な新境地を切り開いたわけである。

得られた事:「もともとシューベルトは歌曲作曲家というより、劇的作曲家であった。」
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by franz310 | 2008-02-17 13:39 | シューベルト

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その109

b0083728_13233195.jpg個人的経験:
五重奏曲「ます」とは、
水の描写でしか、
関係のあるものではないが、
シラーのバラードによる
「人質」について、
さらに書き進めてみたい。
前回は、オペラ版だったが、
シラーの詩をそのまま音楽にした
歌曲版にふれないのは、
片手落ちのようにも思える。

「シューベルトはまず、
彼の歌の年である1816年の中ごろ、
オペラを作曲する2、3週間前に、
声とピアノのバラード版を作曲した。」
と、前回のオペラの解説にあったが、
ハイペリオンのシューベルト歌曲全集、
16巻の「シラー歌曲集」にも、
「人質」D246が含まれている。

バリトンのトーマス・アレンが歌っており、
グレアム・ジョンソンがピアノ、そして、
この詳細な解説も受け持っているのは、毎度のとおり。
トーマス・アレンといえば、コヴェントガーデンの人気者で、
ブリテンのオペラやイギリス歌曲で知られ、
グルックのオペラでも高名であった。

長身のスターに相応しく、
古代の彫像や、
シラーの肖像に囲まれたジャケットも、
堂に行った感じを与える。

CDには、以下の曲が収められている。
弔いの幻想 D7
ピアノを弾くラウラ D388
ラウラへの熱愛 D390
ラウラへの熱愛(ホリックスによって完成) D577
歓喜に寄せて D189
エマに D113
異国から来た娘 D117
秘密 D793
人質 D246
小川のほとりの若者 D638
四つの時代 D391
憧れ D52
巡礼 D794

「歓喜に寄せて」は、ベートーヴェンの「第九」の合唱と同じ内容。
シューベルトの作品は2分に満たないが、
簡潔なメロディーの中から、ベートーヴェンで親しい歌詞が聞こえてくる。

ちなみに、「弔いの幻想」は、
フィッシャー=ディースカウが、
シューベルトの歌曲全集を作った時に、最初に置いたもので、
シューベルト10代の前半に書かれた最初期の作品。
演奏に19分を要して、「人質」より長大なもの。

このように、シューベルトは、初めから、
こうした長い詩に対応した歌曲を得意としたことが分かる。

フィッシャー=ディースカウは、このように書いている。

「『人質』は『潜水者』よりももっとひきしまっていて、
感動的な作品である。
突然の豪雨、森の泉、夕焼けなどの具象的な自然描写にも事欠かず、
聴き手を圧倒するばかりである。」原田茂生訳)

では、ジョンソンの解説で、この「人質」はどう書かれているか。

「これはシラーのバラードの中で最も有名なものの一つである。
ドイツ語圏の人で以前の世代の人たちは、学校でこれを暗記し、
彼らの終わりの日まで、ここぞというときには暗誦したものである。
『潜水者』がフランソワ一世の統治のエピソードであるのと同様に、
シラーは、ここでも既存の物語を焼きなおしている。
原典は、Fabulaeの『2世紀のラテンの物語と逸話』のコレクションで、
ヒギニュスの名のもとに1670年にアムステルダムで出版されている。
257章に見られる物語で、次のような見出しがついている。
『友情によって最もしっかりと結び付けられたものたち』。
バラードは、注目すべき速さで書かれ、
1798年の8月27日から30日にかけて3日で書かれた。
詩人はおそらく、ゲーテとの友情や、
カール・オイゲン公の暴政の思い出によって、
個人的にインスパイアされたものと思われる。
シラーは、ゲーテに、古典古代の物語を扱っていると、
そこがまるで自分のホームグラウンドのように感じる、
と書き送っている。」

「シラーの初期の劇作や反独裁の態度が、
この大激変に影響を加速させたと言われているがゆえに、
このバラードが、詩人を驚かせ悲しませた、
フランスの恐怖時代の後に書かれたことは重要である。
事実、シラーは、『歓喜に寄せる』において、
万人への祈りを書いたが、大衆に同意したわけではなかった。
詩は最初に、自らの命をかけて暴君を殺そうとした刺客に、
同情を与えるように始まる。
ここまでは、作品は完全に革命に対する信任を書いているように見えるが、
物語は、急転回して、個人主義的な物語となる。
暗殺が失敗し、暴君殺しの計画者は、即座の処刑に代わって、
結婚式への参加が許され、信頼する人質として友人を残して去る。
ベルトルト・ブレヒトが、彼のソネット、
『シラーの詩 人質 について』で皮肉っぽく指摘したように、
仕返しを延期する忍耐力があるのは、真の暴君ではない。
もし、そんな時代が、実際にあったのだとしたら、
それは、自分の言葉に責任を持つ時代のことで、
勇気や誠実が賞賛された時代のことであり、
支配者のやり方が悪から神に変わりうる時代のことであった。」


「しかも、ここでシラーが言いたかったのは、
国家が個人からなっているということで、
国家全体が良いかは、個々の市民の誠実な関係に、
依存していることである。
シラーはルイ16世やフランス貴族の陣営にいたことはなかったが、
テロリズムの大規模虐殺にはショックを受けた。
彼がメロスに出会い、キャラクターを作り直したとき、
マラーを暗殺した、シャルロッテ・コルデーや、
『自由の名において何が犯罪か』と叫んだ、
マダム・ロランドのことを考えた。
Der Zeitpunktに書いたように、シラーは、
新しい世紀に、偉大なエポックが生まれると信じていたが、
実際には小人たちの競争が生まれただけだった。
彼自身のモラルは、多くのヨーロッパの世代と同様、
『ペンは剣よりも強し』で、これはシューベルトも同じだった。
物語の最後で、独裁者は、
彼のこれまでの経験を超えた振る舞いを見て感動し、
愛の実在に救われる。
シラーは報酬を超えた例外的な振る舞いの素晴らしさや、
それぞれの人々がその誠実さに気をつかうとき、
それを構成する個々のメンバー同様、
国家は啓蒙されるに違いないと信じていた。」

「シューベルトがこの詩を気に入ったに違いないことは、
同じタイトルで同じ主題のオペラを書いたのは、
これだけだということからも分かる。
この1816年5月のオペラ(D435、16のオペラ断章)
のリブレットを書いたのが誰かはわかっていないが、
古典主題との関連からして、1814年の終わりに作曲家と会った)
マイヤーホーファーが、シューベルトにこの作品の興味を抱かせ、
何らかの役割を演じたと推測するのも理由がないわけではない。
マイヤーホーファーは、古典古代の崇拝者で、
密かにメッテルニヒ体制の批判者で、
詩の持つ政府転覆的な潜在要素を見抜いていた。
とりわけ、この同性愛の詩人は、このバラードが、
古典時代の男性同士の高尚な友情の賛歌であるとも、
読めることに気付いていた。
ここには、こうした要素はないのだが、メロスにとって、
人質の死は、帰って来るという自分の言葉のみならず、
いわば、自分よりも素晴らしい友を愛するがゆえに、
ありえないことなのであった。
シラーによりながら、シラーの詩句は使わなかったこの作品のリブレットは、
作曲家が取り上げた最悪のテキストの一つと考えられている。
1822年、ベートーヴェンがワイグルとともに、
この主題によるオペラを書くことが議題に上がり、
これは実を結ばなかったが、6年後にシューベルトの友人の、
フランツ・ラッハナーが、この台本をうまく引き継いでいる。
ペストにおけるこの作品の初演は、
この機会にハンガリーに行きたいと考えていた、
シューベルトの死の3週間前であった。」

ここからが、いよいよ、シューベルトの歌曲の内容となる。
「シューベルトのバラードの音楽は、何人かの批評家には、
他の巨大なシラーの作品よりは下位にあると言われることがあった。
深い『潜水者』における超自然の恐怖が、
しかし、『潜水者』より、『人質』を、
その切り詰められた形式感ゆえに高く買う人もいる。
ここで、演奏者は、単に歌い手として詩句を楽しむのではなく、
私たちに対し、興奮したバラードの語り手とならなければいけないという、
音楽進行に対する驚くべき感覚がある。
その時、我々は音楽を意識せず、
物語に何が起きるかのみに集中することになる。
つまり、この音楽に漲る単純性は、意図的なものであり、
物語を語るための邪魔をしないように計算されたものだと言えよう。
そうだとすると、シューベルトは、ゲーテによって賛意を表され、
ライヒャルトやツームシュテークによって推進された、
バラードの伝統に忠実に倣ってベストを尽くしたということになる。
耳の肥えた聴衆には、ベートーヴェンの第五交響曲からの『運命』主題が、
いろいろな場面で出てくることに気付くであろうことを書いておこう。」
ということで、だんだん、期待も高まってくる。

以下、CD解説の3ページ分、
各節の進行に従って、詳細な解説が続く。

「1:陰謀者は侵入するが、あっという間に掴まってしまう。
『schnell(急速に)』という言葉が冒頭に記されており、
序奏での半音階の上昇はなかなかうまく行かない。
音楽的には発展することない一撃で、放たれるのみである。
開始すぐに、メロスは捕らわれ、暴君から短い尋問を受ける。
これはシンプルで分かりやすい彼の答えと、
音楽的に素晴らしいコントラストをなす。
単純な四分休止のあと、即座に十字架にかけられるよう宣告される。」
このあたり、さすがアレン、役者ぶりを発揮して、
何となく皮肉な暴君の様子を、さりげなく描きだして憎い。
いきなり、山場に持って行かれる。

以下2節は、それほど特徴がない部分も続くが、
ピアノ伴奏の単調な繰り返しのせいか。
しかし、メロスの潔癖で高潔な人柄を伝え、
王の人間不信をみごとに表現した部分になっている。
「2、3:ここでは拍子の変化はなく、
音符の拡張があるのみで、
この状況ながら、筋の通ったメロスのアリアが、
王に対して歌われる。
彼は評決を冷静な勇気で受け入れ、
礼儀正しく、もちろん、あつかましくなく、
慇懃に妹の結婚式に出席するための時間をくれるように願う。
彼の歌の確固たる長いラインと信頼に満ちた和声が、
ディオニソスのひねくれた半音階の返答とコントラストをなす。」
王の言葉に先立つピアノの装飾からして、
メロスを舐めた感じを出している。

「暴君はサディスティックで、
ほとんど実行不可能に見える契約から得られるものを見るのを楽しみ、
ほとんど、他人の苦しむのを見て喜ぶ変態のようでもある。
彼は横柄に返答するが、彼の王国における権力とは裏腹に、
シューベルトの音楽では、何だかすねた、軽めの人物に見える。」
アレンは、メロスの率直な声と、王のひねくれた声で、
じわりとこの2節に変化をつける。

以下、友に会うときの敬虔な感情か、
非常に美しい前奏が、美しい粒立ちのピアノで柔和に歌われる。
歌自身は、とても切迫した状況を伝えたものではない。
それが、二人の信頼を表しているのだろう。
「4:このニ長調のセクションでは、『Ruhig(静かに)』と書かれ、
メロスは友人に聞きもしないで、彼を不快な取引に巻き込んでしまう。
お互いパニックの兆候はない。
これはシラーがPosaとドン・カルロスの関係で描いたような友情で、
ヴェルディは、これをバリトンとテノールの高貴な二重唱で描き出した。
シューベルトは、メロスが友人に状況をモノローグで説明する部分の音楽を、
異常な静けさと柔らかさで描いている。
この詩の進行は、人質が自分を語る余裕を与えていない。
黙って受け入れるので十分なのであろう。
シューベルトはおそらく、全音符の和音の連続でアリアを支え、
シラーのペンのスピードのせいで黙っている、
強く、物静かで協力的なこのキャラクターを、
単純で絶対的に表そうとしており、
背景にある、彼の忠実さこそが、この作品での行動の主動力になる。」
確かに、メロスが自分勝手な状況を、一方的に説明しているのみ。
が、この部分は、非常に温和な優しさに満ちている。
ピアノのタッチが精妙だ。
王の前ではあんなに勇ましかったメロスが、
妙にはにかんでいる点が、まるで初々しい恋人同士を見るようだ。

次の第5節の2行で、友人の行動が描かれる。
「すると誠実な友は無言で彼を抱擁し、
自ら暴君に身柄を預けた。」という部分である。

「5:婚礼。この節の最初の2行はレチタティーボで、
さっさと流され、シューベルトは、『Lieblich(愛らしく)』と書かれた、
変ロ長調の古めかしい宮廷の婚礼の間奏曲で妹を嫁にやる。
ベートーヴェンの『運命』のモチーフが、
ピアノの優しい音楽に控えめに表れ、
浮かれ騒ぐうちにメロスに自身の運命を思い出させる。」
ここのピアノのモチーフは、確かに控えめでとってつけたように、
メロスにささやく。どうも、ジョンソンが説明的に強調しているようだ。

「ここには、王がメロスが自身の用向きを済ませるようにと、
猶予を与えた三日のうちの二日の時間差があって、
さらなるレチタティーボが家に向かった旅人に、
判決文を突きつける。」
このように、5節は、三つの部分が詰め込まれていて、
友人が王に捕縛される部分から、結婚式を経て、
出立までが語られる。
それだけ言葉を切り詰めた結果であろう。
音楽は、そのため、とても変化に富んで楽しい。
さらに、雨が降り始める部分になだれ込んでいく。

「6-9:洪水。
この四節は、繋げられて大きな一つの音楽を構成し、
大部分はニ短調で書かれている。
ピアノの右手では、ぱたぱたと弾かれるノンストップの16分音符が、
(左手の激しい8分音符がオクターブで弾かれる)
第六節から第七節で絶え間ない雨を描く。
これは最初のうちは、比較的やさしいが、たちまち力を集める。
英雄の苦境への嘆きが、長いDsのラインで共鳴し、
メロディは叫びを表すために抑圧され、
不規則で耳障りなスフォルツァンドの和音がそれを支える。
ベートーヴェンの『運命』の動機がピアニストの左手に、
第六節の『川も水かさを増す』の後で、
そして、第七節の後の小さな間奏曲の後で再度、現れる。
第八節は、同様に道を急ぐが、ムードは、
『ゼウスに両手を上げて』のところで変化して、
神への祈りのレチタティーボとなる。
ヴォーカルラインの形が天に向かって嘆願する上昇が、最も痛ましい部分。
雨は洪水になる。
激しく増水した8分音符の和音が水を流し、
軽い16分音符による、前の節の落ちてくる水音と対照をなす。
川が溢れるように、バスのオクターブが半音でさらに持ち上がる。」
このあたり、ピアノの描写力を聴くべき部分。

「命がけで泳ぐ恐ろしい努力は、ヴォーカルラインに反映されており、
これもまた、『神様』という言葉の高いGフラットの土手に至るまで高まる。
メロスは筋肉を酷使し、ゴールに至るまで座ることは適わぬ。
『憐れみを示し給う』という言葉で、彼は一時のリラックスを許され、
Gフラットのキーに感謝して身をかがめる。
さらなるトラブルのため、そこにとどまることは出来ないのである。」
以上、雨の描写や、増水の様子はリアルだが、
あのオペラを聴いた後では、橋の崩壊に関しては、やり過ごされた感じ。
運命の動機が鳴り響き、その後のメロスの足掻きに焦点が当てられる。

「10、11:盗賊。
第9節の最後の言葉が終わるや否や、
二拍子のあと、第10節が始まる。
旅人の試練はひっきりなしである。
自然の災害の方が、シューベルトには気分が乗るようである。
このエピソードは、細部描写をするほどには、
彼の関心を引かなかったようだ。
3人の悪党が打ち倒されたところは、
声楽的にもピアノ的にも努力を要さない。
とにかく物語は手短に語られ、敗れたならず者たちの撤退は、
『散り散りに逃げる』の後、ピアノによって面白くコメントされる。
作曲家はここで効果を出す機会を逃がしたように見えるが、
全体のペースからして先を急いだものに相違ない。」
確かに、この部分、逃げ去るところは軽妙だが、
印象に残らない部分かもしれない。

「12:太陽。
雨と川でずぶ濡れになった英雄が、
2、3時間後に喉の渇きで死にそうになるのはおかしいとして、
ゲーテすら、この節は賢明ではないと考えた。
最初の3行は熱にぼうっとなって疲れたレチタティーボで、
ぼやけて朦朧としたトレモロが伴奏する。
この節の第四行、『おお御身は盗賊の手から』という部分で、
ホ短調の謙遜したアリオーソの祈りがあり、
『親愛なる』友人の姿を垣間見る。
大騒ぎの音楽の後、軽い休息の楽章とも見える。」
蜃気楼のような描写も、ふらふらと行く様子も、
まるで、映画を見ているように、克明に描写されている。

さて、ここからは、トラックを変えてくれているので、
検索が簡単である。この部分、とても印象的なので、
トラックがなくとも聞き逃すことはないだろう。

曲は二分され、トラック10から11になる。
できれば、もっとトラックを振って欲しかった。
「13:小川。
この場面の音楽は、シューベルトが、
1年後に同じ題名のオペラで利用したもの。
『人質』のNo.14、ポコ・アンダンテの部分では、
このアリアの一音符ごとの再現を見るが、
弦楽はピアノ伴奏による水の流れを織り込み、
オーボエは、『すると聴け、銀の明るい音を』
の部分の美しいメロディを奏でる。
オペラでは、バリトンは、
あまり心地よいとはいえない高音域で歌われる、
このニ長調のメロディそのものに委ねるのではなく、
その対旋律を歌うようになっているのが興味深い。
おそらく、1816年までに作曲家は、声楽と器楽の、
音域の違いということにさらに関心を持つようになっていたのだろう。
それにもかかわらず、このバラードの短い休息部は、
『美しい水車屋の娘』からの、『知りたがる男』の中の、
『おお、僕の愛の小川よ』という作曲家最高の愛の賛歌の、
最も明白な、前触れの一つとなっている。
この歌曲集で、そしてオペラ、バラードにおいて、
この川の流れは、命を救い、魔法の力を持つほどに重要である。
その泡立ちは聖水のようであり、
少なくともシューベルト愛好家にとっては聖なるものなのである。」
わずか1分に満たない部分に、これだけの賛美、
こんなに解説があるのもすごい。

「14-17:Langsam(ゆっくりと)と記された、
変ロのセクション、『太陽が覗き』の部分は、
何としても先を急ぐべきだと思っている人には、
あまりにも呑気な部分と思われよう。」
荘厳なピアノ・ソナタの一節を聴くように、この部分は、
味わい深いので、私には、もっとやってもらってもよい。

「しかし、自然の美しさを記録した荘厳な瞬間はすぐに終わりを告げる。
(この物語ほど、一日の間、何マイルかの間に、
こうも気候が急変するものがあるだろうか。
シシリー島の変化しやすい天候を経験したのは、
シラーではなく、ゲーテだったのだが。)
『二人の旅人が』の部分から、Geschwind(迅速に)と記された、
前半の嵐の部分とのバランスをとった、基本的に速い部分に戻る。
ここでは、伴奏音形が、後の『ヴィオラ』の第6節、
『ヴィオラと、かよわい子よ』の音楽を、先取りしている。
メロスは二人の旅人の会話から、友人の差し迫った磔を聞き知り、
テンション高まると、我々を、最後の疾走へと誘い、
急を告げる伴奏のトリルが、前へ前へと駆り立てる。
執事フィロストラトスとの短いシーンの中で、
16節の『一刻も』の心に触れるメロディが現れるが、
この時になると、この老人がゆっくり詳しく話そうとするのを、
急かしたくなる。もう一刻も猶予はない。
しかし、この部分、『一歩下がって好機を待つ』部分。
英雄が、たとえ遅くなったとしても、結果がどうなったとしても、
先へ急ぐことを決めたことを示すかのように、
テンポはさらにかき乱される。
17節の宣言は、誠実な友情の究極の言葉である。
『愛と誠を信じさせよう』の後の、ピアノの間奏曲は、
ベートーヴェン風の嵐の音楽となる。
見物人を脇に押しやり、市街への狭い道に導くように、
変ホのキーを制圧し、音楽は推進力を高める。」
確かに、まさしく「走れメロス」の部分であるが、
ジョンソンは、ベートーヴェン風と書いたが、
よくもこのような表現を考え付いたものだと思わせる、
変幻自在なピアノ伴奏が、我々の耳を釘付けにする。
執事が立派な友の様子を説明する部分も気高く美しい。

次は、いよいよクライマックスへと高まっていく部分。
そして、後半は、友人との再会を静謐な絵画として描き出した部分。
「18、19:
エネルギーの最後の燃焼、メロスは恐ろしい処刑場所にたどり着く。
当然、ちょうどその時である。
シューベルトは、この曲の最も力強い瞬間、
心を打つ、『刑吏よ、私を』、そして、『殺せ』と叫ぶ部分を、
あえて抑えている。
嘆きと勇敢な自己犠牲に対して、みごとな扱いである。
彼の叫びの後の静かなピアノ間奏曲は、非常にシンプルなものだが、
19節の、驚きに言葉を失った群衆の様子を効果的に導く。
友情の三度が、この部分、特に、『これを見て涙を流さない眼はなく』
では鳴り響き、心の傷を和音で慰めてくれる。
そして、明らかにそれは和解を予告する。」

「20:
この作品の最後のページのために、
シューベルトは見事な腕前を取っておいた。
4つの和音の塊が、休止を伴いながら打ち鳴らされて、
暴君を改心させる。
フォルティッシモの和音は、かつては盲目だった人に、
何か異常なものを見せるという奇跡や、
いぶかるような不信感を反映したものだ。
ジョン・リードは、ここに、トスカのスカルピアのコードが、
予告されていることを発見した。
もし、ここに改宗したスカルピアや、
さらには、ダマスクスへの道の、聖パウロを見る人がいるとすれば、
そういった理由によるものなのである。
最後のディオニソスのアリアは、
暖かく温和で、突然、慈悲深いものとなる。
フィッシャー=ディースカウは、
『あまりにもヴィーン的で、全体の効果を弱めた』と書いたが、
ここで、暴君は、奇跡的に、また、瞬く間に教化されたのであり、
若いシューベルトにとっては、
彼はここで魅力的で、垢抜け、寛大になるという、
新しい力量を持ったことを表すものだった。
シューベルトにとっては、暴君にヴィーン風の衣装を着せる以上の、
賛辞はなかったのである。
『アーデルヴォルトとエマ』といった最長のものを含め、
多くのほかのバラード同様、その前の長さには相応しくない、
短い後奏曲で曲は結ばれる。
(シューベルトがリートの多くの発明貢献をしたが、
この後奏曲の発展については、大作曲家ではシューマンが最初となる。)
シューベルトは、これら2小節に、
ベートーヴェンの『運命』動機が、
予期せず暖かく、好ましく変形されて最後に登場することが、
重要であると考えたに違いない。」

全曲を通じて、とにかく詩の本来の味わいを重視した設計。
ピアノの美観を簡潔に利用し、素朴とも言える表現で、
現代よりも純朴であったであろう古典古代に思いを馳せ、
質実剛健なシラーの文体を大切にした作品と考えれば、
非常に得がたい傑作と考えられる。

得られた事:「原作の翻案が矮小化に繋がることもある。走れメロスの原作は、単に稀有な友情の物語で終わるものではなく、さらにそれが国家と個人との関係にまで拡張されるという夢を背負ったものであったようだ。」
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by franz310 | 2008-02-10 13:37 | シューベルト

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その108

b0083728_13295290.jpg個人的経験:
前回と前々回、
取り上げた、
シューベルトの二つの
オペラ・アリア集。
フィリップス盤とハイペリオン盤に、
共に収められているオペラ作品に、
日本でもおなじみ、太宰治の
「走れメロス」と同じ
作品を下敷きにした、
「人質」というものがある。
シューベルト19歳の作品。

これを機会に太宰治の作品も、教科書以来、
読み直してみたが、この物語を覚えていれば、
このオペラは大筋での把握は可能であるようだ。

太宰の作品の最後には、
(古伝説と、シルレルの詩から)と書かれているように、
このシラーの詩がもとになっていて、
太宰はそれなりの創作を追加したし、
シューベルトサイドも、シラーを原作としながら、
オペラ化するための工夫を凝らしている。

また、ややこしいことに、シラーは詩を改作して、
「ダーモンとピンチアース」と、
この友人たちの名前を変えているし、
シューベルト版では、モエロスとテアゲスだし、
太宰は、メロスとセリヌンティウスという名前にしている。

こんな具合に、もとは一緒のシラーでも、
シューベルトのオペラも、太宰治も、それぞれに、
良かれと思って、つけたしや変更をしているので、
「シューベルトのオペラ『走れメロス』(邦訳)」
などとは、素直に書けなくなっている。

そう考えながらも、ハイペリオンのCDの、
TILL GERRIT WAIDELICHの解説を読んでいると、
太宰の作品が日本の教科書にあるように、
シラーの詩は、ドイツ人は、学校で暗記しているとあって、
どうも、これらの作品を、もう少し比較したくなってしまった。

このハイペリオン盤の解説から、「人質」の部分を概観してみよう。
すべてにファースト・レコーディングとある。
このCDを持って、この作品を取り上げなければ、
再度、これを賞味する機会はありそうにない。

「『人質』
シラーのバラード「人質」の成立については、
よく記録が残されている。
1798年の夏のこと、
シラーはゲーテに良い主題がないことを嘆いており、
その結果、ゲーテは、Hyginusの名で集められ、
1670年にアムステルダムで出版された、
ラテンの物語や逸話をシラーに贈った。
このアンソロジーから、シラーは文学でもよく取り上げられる、
その忠誠を壊す様々な試みや、痛々しい誘惑に抵抗した、
シラクスの二人の男の無条件の友情による名高いテーマを選んだ。
このテーマは古典期から何度も取り上げられ、
主人公の名前や細部の変更など、
いろいろなバリエーションが生まれたもの。
例えば、フランツ・フォン・ホルバインの、
『人質』による劇、『シラクスの暴君』が、
1806年にブルグ劇場の公演があった。
シューベルトがまさにこのオペラを作曲しているときも、
雑誌にはエリーゼ・ブリューガーの、
『シラクスの友人たち』と題された5幕の劇がレビューされ、
メロスとフィロスのシーンが出版されている。」

「シラーは原作を読むやすぐにバラードを書いてみて、
重要なテーマがすべて盛り込まれているかをゲーテに尋ねた。
ゲーテはシラーの到達した高みを賞賛したが、
人質にした友人を救うべきメロスが、
波や死にそうな喉の渇きに、
メロスが早く苦しまない点にやきもきしたと述べた。
しかし、シラーはその詩に何の変更も加えなかったが、
友人、クリスチャン・ゴットフリート・ケルナーなどは、
賞賛以外は見出さず、筋の緊張感と、
弱強弱弱強のリズムを特に褒めた。
すぐに詩は出版され、迅速に普及して、
多くの世代で学校の生徒がこれを暗記するまで学び、
恐ろしい人気を博した。」

「彼の前後の多くの他の作曲と同様、
シューベルトはまず、彼の歌の年である1816年の中ごろ、
オペラを作曲する2、3週間前に、
声とピアノのバラード版を作曲した。
同時代人は、シラーのバラードに対し、
これを劇にしたり、音楽をつけたり、
リブレットを作ったりすることの賛否を論じていたが、
概ね、好意的なものは多くなかった。
一般に詩人が選んだ独白形式が、
最も相応しいというのが大多数の意見であった。
ドラマやリブレットは、違うアプローチが必要なのに、
シラーのテキストに対する極端な尊重によって、
多くの批評家は、適切な逸脱であっても否定した。」

「オペラにおいては、しかし、特に、
その時代ポピュラーであったフランスの救済オペラにおいて、
非常に悲劇的な対立から、
意志の力、英雄的な行為遂行の能力、寛大さと、
センセーショナルな救済などは、すべて広く賞賛された。
それゆえに、『フィデリオ』に類似点を持つ、
『人質』のような主題が、
こうした特別な友情や忠誠に興味を持つと思われた、
ベートーヴェンに1823年に提案されているのは、
別に不思議なことではない。
ベートーヴェンがこれを受けなかったのは、
単に、中間に牧歌的な結婚式のシーンがあったからだと言われている。」

「このバラードの重要点は、以下のポイントである。

○シラーにとっては当然のことながら、
友人が彼の保証人になってくれることのメロスの確信。
この友人は、回想の中でしか登場しないが。

○ ディオニソスのずるさが、
時刻どおりに帰って来なかったら友人を殺すという条件で、
メロスに自由を約束したりして、有徳の士を誘惑する。

○改心した暴君が、彼らの友情に加えてもらうという要望を出す。

暴君がその友人として受け入れられたかは、
バラードはそれが明らかになる前に終わっているので、
シラーは答を出していないが、リブレット作者は、
これに答えないでいるのは困難である。
バラードの作者なら、熱烈な無条件の友情、
忠誠への賛歌、暴君の赦免に対する、
今更ながらの祝福を書かなくてもよいが、
リブレット作者は、そうもいくまい。
これらすべてを音楽形式に当てはめていかなければならない。
ディオニソスの異例の豹変という単純な着想も、
他の『人質』オペラの問題点になっているが、
これはシューベルト作品では起こっていない。
第三幕が断片でしか残っていないからで、
リブレットも独白も失われてしまっているのである。」

「シューベルトがこれを作曲しようと思ったのは、
オペラの材料で、効果的な作品を本当に書きたかったからで、
友人たちを用立てるという気持ちもあったに違いない。
リブレットは、シューベルトの友人たちの一人が書いたと思われるが、
彼の親密な上部オーストリアのサークルによる文学年鑑、
『Beytrage zur Bildung fur Jungjinge』に寄稿していた、
シュパウン、オッテンヴァルト、クライル、マイヤーホーファー
といったメンバーではないものと思われる。
現存するリブレットを見る限り、彼らの書簡に見られるような、
友情の喜びに対する、熱烈な賛歌は見受けられず、
また、こうした若い詩人たちが、
こんな無味乾燥の詩句を作ったとは思えない。
シラーの複雑なリズム構成(ABBAACC)は、
オペラに見られないばかりか、それは、時として、
洗練されているというより、むしろ粗野である。
しかし、それは、最悪のリブレットのような曖昧さや、
ぎこちなさがあるわけではなく、文体上のミスもないが、
むしろ、シーンのつながりが書かれていないことが問題である。
リブレットの作者は、ある種の一貫性をもって、
オリジナルのシラーの詩の引用を拒んでいるが、
これは、当時の『人質』のリブレットとは異なるアプローチである。
特にベートーヴェンのために書かれ、
後にラッハナーとリンドペイントナーによって、
付曲されたリブレットでは、シラーの詩作品から、
うまく引用されたパッセージが登場する。」

「あるいは、この作者は、こうした古典的な主題を扱うのに、
かつてのギリシャ劇での合唱の機能を使わずに、
重要な情報を伝えるために合唱を、頻繁に利用しようという、
大きな野望を持っていたのかもしれない。
事実、作者は、同時代のオペラのコーラスのような、
典型的な合唱の役割を制限している。
それにもかかわらず、シラクスの民を悩ませた、
政治の専制、エトナ山の爆発のような自然災害の脅威など、
大きな受難については、我々は合唱によって知るのである。
断章から推察するに、
このオペラにおけるメロスの音楽は、
シューベルトの他の作品の主人公とは違う。
彼はソロのナンバーしかもたず、
異常な感情の高ぶりと共に、憂鬱で思慮深い。
当時の『人質』のオペラでは、暴君殺害の試みを、
オープニングか、最初の大詰めで描くのに対し、
シューベルトのにはそれがなく、何時、いかにして、
ディオニソスを殺害しようとしたか、正確にはわからない。
彼は、それにもかかわらず、絶望と憤りを、
ヘ短調のアジテートのアリアでぶちまけ、
これはレチタティーボで中断される(トラック10)。
メロスの歌のほとんどすべてどこにも、
歌曲の作曲家としての、
シューベルトらしさを感じることが出来ないが、
同時代の英雄オペラのこうした性格付けは、
『悪魔の別荘』にも見ることができる。
典型的な指使いの弦楽や、陰鬱なトロンボーンの炸裂の、
劇場での効果的な利用によるオーケストラもまた、
簡単にピアノに置き換えることが出来ないものである。
変イ長調で始まって終わる、メロスが神に祈る、
どこかしらコラール風の中間セクションも、
音楽は三和音を鳴らし、時にあいまいな半音階を利用、
最後の少し前で、音階的パッセージを導き、
ピッツァーロの復讐のアリアを思わせる。
中間のレチタティーボで、
メロスは、共謀者に呼びかけているのか、
すべてが独白なのか、定かではない。
テキストの詳細は筋が通っていないが、
シューベルトは、効果的なメロディを着想しており、
意図的に古いダカーポ・アリアに似せてはいるが、
繰り返しは巧妙に変化させられており、高まっていく。」

このように、シューベルトのメロスは、
極めて思慮深く、太宰のメロスが、単純直情型に対し、
まったく別人物となっている。
この復讐のアリアを、「走れメロス」を読みながら聴いても、
違和感だらけである。
何となく、私憤のようなものも感じられる。

こんな内容が歌われている。
「アリア:
心の奥底で感じよ。
深い苦痛を不面目。
そして、この復讐の喜びを。
私は小さく、弱い存在だ。
神よ、私から五感を奪い、
墓穴に深く沈めたまえ。
そこは私が平安と休息を見出すところ。
忘却の場所。

レチタティーボ:
今日こそは、王の宮廷での祝賀の日、
上機嫌で淫らな歌が歌われ、
酔っ払いが酒をあおる。
ここでは、罪が肥え太り、
暗い力が私を苦しめる。
嵐を呼ぶ夏の夜。
私の胸に、暗雲が垂れ込め、雷鳴が轟く。」

「メロスの次のアリア(トラック11)は、
穏やかで単純なトーンが、
人質に取られた友人テアゲスに、
感謝の言葉をかけているようにも見えるが、
誰に向けた言葉なのか定かではない。
一時的に、あるいは、
恒久的な赦免を行うことが出来るのは、
ディオニソスだけであるし、
『Gnade』(許してください)という言葉は、
暴君に慈悲の期間を聞き入れられたメロスの感謝を、
表わしているようにも見える。
真実の友情に対する情熱が欠けるとはいえ、
前者の可能性の方がより高い。
優しく流れるようなメロディや装飾音は、
シューベルトがグルックやサリエリのことを、
思い描いていたように見える。」

このような内容が歌われる。
「アリア:
あなたの慈悲に感謝します。
あなたのことを常に思い、
私はここから喜んで急ぎます。
私の務めを果たすために。
私が明日戻る時、
私は自分の罪を償います。
この慈悲が私の運命を和らげます。
私の最後の日々の間。
あなたの慈悲に感謝します。」

ここでのメロスも、妙に優男で、
太宰のメロスが、こうした敬虔な感情で歌うとも思えない。

「暴君のアリア(トラック12)は、
モーツァルトの最初のジングシュピール『ツァイーデ』の、
バッソブッフォ役、オズミンの音楽の様式を想起させる。
ディオニソスの悪は、この唯一残された音楽ナンバーによって、
実際、シニシズムであったことが分かる。
『フィデリオ』のピッツァーロや、
『魔弾の射手』のカスパールとは少し違って、
彼の自信のある言葉には、いささかの罪の意識もない。
我々はこの劇的な状況は、
メロスやテアゲスが来て、
前者は戻ることを約束し、
後者が無条件の信頼を述べて去った直後、
たぶん、暴君一人の時ではないかと推測する。
このあざけりのアリアは、
他の高貴、正直、忠実な登場人物たちが、
清廉を表明するのとは、全く異なる。
メロスを後で待ち伏せする危険な強盗たちによる、
ヴェルディの有名な共謀者のアリアのサウンドにも似た、
四重唱と対をなすものだ。」

完全にいかれた歌である。
「レチタティーボ:
彼が帰って来るなんて疑わしいね。
とてもそんなことは信じられんな。
聴いたこともない申し出だ。
まったく信じることは出来ないね。
アリア:
ない、ない、夢想家の見る夢だ。
愛する友人、信頼と認可、
忠誠心に、それにすべてだと。
だましあいと馬鹿げた振る舞い。
何という壮大な戯言。
お前は友のところに急ぐがいい。
が、彼は、すでにこの世にはいないだろう。」

実に、軽妙な音作りで、とても、暴君の声とは思えない。

「シラクスに無理やり残された、
人質のテアゲスに立ちはだかる問題は、
第一幕のほかのいくつかのナンバーで描かれる。
シラーのバラードにはない部分だが、
彼の悲劇的な葛藤を発展させるべく、
テアゲスは社会的重責のある人物として描かれ、
妻と子供たちがいて、彼女らに対し、
友人に代わって牢に入ることを告げなければならない。」
この妻、アンナについての話は、
前回、アーメリング盤で紹介したとおりである。

さて、文中に注記はないが、以下が、トラック13の解説となる。
「第二幕は、メロスが歌う、
大きな、ドラマティックなシーンで始まり、そして終わる。
これらに挟まれて、フィロストゥラトスが絶望のアンナを、
メロスが、彼女の夫に抱く、
愛情と忠誠に頼るしかないことを聞かせて、
慰めるシーンがある。
テキストも音楽も、メロスが、
友人を救うために、恐怖に打ち勝つところを描く。
第二幕への序曲は、オープニングシーンを導き、
魅力的なメヌエットで始まる。
いくぶん、文脈的に奇抜だが、
すぐに、この牧歌的光景は中断される。
しかし、メロスがこの冒険の旅に出た第一の理由は、
彼が、妹の結婚式をアレンジするためであって、
このメヌエットなくしては、音楽的にも、
残されたリブレットを見ても、
それについては述べていないのである。
つまり、プロットを考慮すると、このメヌエットは、
的確な配置となっている。」

「走れメロス」では、
長々と結婚式の描写がなされているが、
シラーのバラードでも、
「三日目の朝が明ける前に、
彼は大急ぎで妹を結婚させ、
期限に遅れることのないようにと、
心配しながら帰路を急ぐ」
とあるだけ。
シューベルトは、
この簡潔性にならったものと思われる。

が、このトラックに収められた音楽は、これまでで最長(6分)で、
極めて美しい。典雅なメヌエットから、悲劇的な旅立ちが痛々しい。
メヌエットの部分だけでも、レスピーギの名曲、
「古代の舞曲」を思わせるが、たった一分で終わって、
ティンパニが轟く、壮絶な嵐の音楽となる。
その後の、焦燥感に溢れた部分の壮絶な響きは、
完全にベルリオーズの「ファウスト」の音楽を先取りしている。

「続いて、メロスを取り巻く状況が描かれ、
後で明らかになるが、洪水との格闘、
当時のメロドラマや、映画音楽にも相応しい標題音楽になっている。
パワフルなオーケストラの『アレグロ・アジタート』は、
感情的な緊張を高め、絶え間ないスフォルツァンドの唸りが、
カーテンが開くまで続き、この後、音楽的なクライマックスでは、
嵐の中で、橋が崩れ落ちるのを聴く。
シューベルトのこの部分の音楽は、
シラーの第三者のナレーションに相当する。
もう一つの音楽遷移の後で、リブレット作者は、
メロスが彼を救ってくれた感謝を心から神に表明する時、
彼が体験したすべてが聴く者に分かるように、
その言葉の中に含めて説明させるという仕掛けを用いているのである。
そして、メロスは、導入部のテーマやモティーフを、
改めてアリアで再現させて、再び心理的恐怖を表現する、
彼の友人に感謝を述べ、短い空白があるが、
彼もオーケストラも、強奏と急速な音階で競うようになり、
出来るだけ早く戻る望みが、その言葉と、走る行為によって描き出される。」

この部分、実は、いろいろなことを考えさせられた。
つまり、「走れメロス」の中で、執拗に描写されていた、
結婚式の様子や、氾濫した川の様子が、前奏曲のような部分で表され、
体験談がアリアの形で歌われる。
太宰治が、これでもか、これでもか、と書いた部分は、
力作ながらも、序奏で片付けられてしまっている形である。
そう、舞台上で、結婚式を再現するのは、
あるいはコスト的に合わないと判断された結果もあるだろうし、
濁流渦巻く川を再現させるのも、この時代は大変だったであろう。

音楽は、想像力で、これらを眼前に繰り広げるための幻燈だったともいえる。

歌われている内容は、こんな感じ。
「導入とアリア:
神よ、感謝します。
天国に至るまで感謝します。
あなたの永遠の王国でも!
すべては決定され、戦い、
救われ、成し遂げられました。
天上の力に感謝します。
神の言葉に従って、
私はここまで来ました。
おどおどと見てみると、
橋は崩れ、
水の墓標に落ち込みました。
私は叫び、もがきました。
狂乱と絶望で駆け出しました。
帆船を探しました、
私を目的地まで乗せてくれるような。
しかし、何も見えません。
私は向こう見ずにも、
水に飛び込み、
何とか救われました。
半狂乱で腕を振り回し、
この苦難は去りました。
崩壊した川もなくなり、
私は走れます。
彼を救うために。
愛する我が友。
呪われたくび木から、
その死から、
早く、早く、
私は彼を救うために走ります。」

この部分は、「走れメロス」と呼んでもよい内容である。
具体的な文言も、太宰の作品と変わらない。

さて、以下が、このハイペリオンのCDの最後、
トラック14の解説となる。

「メロスの第二の大きなシーンは、
彼が人質を救うための旅における、
さらなる痛々しい障害を描写しており、
これは、第二幕のフィナーレを形成している。
グリルパルツァーが呼んだところの、様々な『音楽的散文』、
特に、シラーのバラード『人質』や、『潜水者』のような、
バラード風のものより、シューベルトはここでは、
ずっと感情の表現を抑えている。
これは、オペラにおいては場違いなのであろう。
盗賊との格闘における熱狂シーンの交錯ではなく、
彼の勝利を歌うことにして、さらに、砂漠でのこの主人公の感情を歌わせ、
すっきりしないながらも、効果と意図をバランスよくして、
シューベルトは音楽的な統一感を出そうとしている。
すべての危険を克服したメロス。
かれの成功裏での課題遂行を告げるように、
この幕の最初がそうであったように、
オーケストラは、エネルギッシュな爆発的進行で、
この幕を閉じる。
音楽的にも、この交響的な部分は、
オペラに登場した他の動機や、終曲の動機を引用して大きく広がる。」
まことに力づよい音楽で、この録音が、
初録音というのは信じがたいほどの充実感である。

饒舌な太宰の文章に、
この表現力豊かな音楽を響かせるのは面白いかもしれない。

「これらはライトモティーフではないが、
我々には、すでに親しいものとして響く。
冒頭で、例えば、盗賊との戦いの間、
第二幕の序奏の激しい雨の引用があり、
これがまた、暴君のあざけりや笑いを想起させる。
もうひとつのメヌエットのメロディが、
イ長調で2、3小節引用されるが、
これは一転して、結婚式のまぼろしとなる。
さらに、同じ調、同じ楽器によって、
ほとんどそのまま引用される音楽を使って、
メロスが、無事に川を渡り終えた時に、
発した喜びの叫びが回想される。
それから、メロスの最初のアリアで、
不幸に苦しんだときの、
打ち付けるようなテーマの反復が続くが、
今やこれは、草木を打ち枯らすような酷暑を表し、
さらに展開され、変形され、もう一つのシューベルト作品、
つまり、シラーのバラードによる歌曲の引用が導かれる。
この歌で、ナレーターは、銀色に輝く、
彼の命を救った泉の水のかすかな音を表現したが、
これはピアノ伴奏に反映され、オペラでは、
ほとんどそのまま、ヴァイオリンとオーボエの、
ささやきに置き換えられている。
こうした音楽と劇の結合のテクニックによって、
シューベルトは、当時の通常語法に従いながら、
我々が偉大なロマン派オペラやワーグナーで出会うような、
ライトモティーフと見まがう技術を習得した。」

曲は激烈なオーケストラの描写の後、
バリトンが、比較的穏やかな歌が続く。
ここでの歌の内容は、
「情景とアリア:
おお、天国の静けさ、祝福された平和。
この一日、いかに恐ろしい夢だっただろう。
次々に起こる脅威が私をつぶそうとしたが、
何とかそれに打ち勝った。
神を祝福せよ、私はまだ立っている。
征服され、救われ、敵は倒れた。
恐ろしい戦いの中、征服され、救われた。
感謝します、おお、無限なるものに感謝します。
私の心の、すべての愛の力に。」

ここから、蜃気楼を見ながら彷徨うような、
朦朧とした曲想となる。
「それにしても、この暑さが私を焼き尽くす。
何という消耗、戦いの憤怒が私を焼く。
愛する神よ、私は死にます。
ああ、あなたは私を助け、救ったが、
何という苦痛、何という。
私はこの渇きの中、ここで死ぬのでしょうか。
愛する神よ、私は死にます。
私はここで朽ち果てるのでしょうか。
同時に我が友も死ぬ。
ああ、何という暑さが私を焼くのか。」

すると、解説にもあったように、
ヴァイオリンの漣に乗って、
オーボエが湧き水を描写する。
「おお、創造主よ。全能の者よ。
波打つ川があるのですか。
その川面には生命が宿る。
私を消耗させた火を消して下さい。」

いきなり元気になったメロスは、
ここで飛び起きたのか、
胸が詰まるような切迫感で、
元気いっぱいの歌を歌う。
「すぐに今、すぐにあそこに。
愛の力が私を引き寄せる。
不安な気持ち。
私が遅れると、
ああ、慈悲深い神様、
彼は無慈悲にも死ぬのです。
ゴールが手招きするのが見えます。
神聖なる献身の、驚くべき感情よ。
すぐに今、すぐにあそこへ。」
オーケストラの後奏も、メロスが駆け出す様を表現して爽快だ。
あるいは、この部分も、また、「走れメロス」に転用可能な、
歌詞内容と言えるだろう。

得られた事:「当時、音楽はスペクタクルの描写には、欠かせない大道具であった。」
その2:「シューベルトの『人質』は、太宰治の『走れメロス』と同じ内容ながら、主人公は性格からしてまるで違っているのには、ちょっと違和感。」
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by franz310 | 2008-02-03 13:44 | シューベルト