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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その94

b0083728_1851868.jpg個人的経験:
リストの膨大な
ピアノ曲を、
包括的に集大成した
ハワードの偉業
(ハイペリオンのCD)
を前々回取り上げたが、
ここでは、
シューベルトは、
どのように
扱われて
いるだろうか。

Karl Friedrich Schinkelという人が描いた、
「Bank of the River Spree at Stralau」という1817年の絵画が、
いかにもロマンティックな内容を伝える第一巻をはじめ、
「The Schubert Transcriptions」というシリーズ全三巻が、
各3枚組で発売されているが、ここでも、この人の方針に貫かれて、
いろいろなヴァージョンを網羅して録音しているところが、
有無を言わさぬ迫力をもって迫る。

しかし、解説中で断られているように、
あまりに小さい変更の異稿までを含めるのは、
不可能であったとのことである。

とはいえ、さすが、「リスト・ピアノ独奏曲全集」の、
CDシリーズ完成という偉業を成し遂げたハワードである。
同じ曲の編曲でも、明らかに別の機会に編曲しなおされたものは、
きちんと分けて録音している。
何度も同じ曲が登場するので、シューベルトのファンでなければ、
うんざりするかもしれないが、
やはりここまで徹底して欲しいという気もする。

何しろ、リストの作品の分類は、
非常に混乱しているのにもかかわらず、
多くのCDは、どの版を使って録音しているのか、
さっぱり明記していないのが一般的だからである。

良心的なものでは、リストが編曲したシューベルト歌曲について、
第一版とか第二版とか、明記しているものもある一方で、
何も書いていないものも沢山発売されているので、
私も混乱していたのだが、ハワードの体系的録音によって、
ようやく、それが少し整理された。

恥ずかしながら、かなり、このブログでも、
推測だけで、間違った事を書いていたことも分かった。
例えば、「水車屋の娘」のピアノ編曲も、
実際に二度なされていたのである。

とにかく、このCDの解説を読めば、
リストの編曲した、シューベルト作品の一覧が出ている。
まず、ここでは、リストとシューベルトの関係が概観されている。
これを見ていくことが重要であろう。

「1820年代初期に、リストはヴィーンを訪れ、
ベートーヴェンに会って激励されたものの、
彼の音楽スタイルに最大の影響を与えたもう一人の巨匠には、
遭遇することはなかったようだ。」

「the greatest influence upon his musical style」というから、
文字通り最大級の賛辞である。リストにとってのシューベルトが、
そういう存在であったことが、改めて読み取れる。

「シューベルトとリスト、そしてベートーヴェンも含め、
ヴィーンでのただ一つのコネクションはディアベリによるもので、
彼が、当時の可能な限りの名手による変奏曲を出版しようとして、
この人の『不器用なつぎはぎ』のワルツに変奏曲を書くということに、
彼ら皆が参加したことである。
しかし、リストはピアニストとして直ちに、
作曲家シューベルトを取り上げており、
シューベルト自身弾きこなせなかった『さすらい人』幻想曲を、
他のピアノ曲や室内楽と一緒に取り上げている。
彼のシューベルトに対する信奉は変わることなく、
ほぼ50年にわたって、その編曲は続けられた。
リストはさらに、シューベルトのオペラ
『アルフォンゾとエストレッラ』を初演し、
シューマンですら必要としたカットなしに、
『大ハ長調交響曲』を指揮し、
結局完成させることは出来なかったが、
シューベルトの評伝のための材料を集めたりもした。
リストはシューベルトのソナタ、幻想曲、即興曲、楽興の時、
舞曲、ピアノ連弾曲の有益な校訂を出版し、
ピアノと管弦楽のために、『さすらい人幻想曲』を生み出し、
これは、非常に受け入れられた。
歌曲『全能』の独唱、合唱と管弦楽やピアノ伴奏版を作成、
『若い尼僧』、『糸を紡ぐグレートヒェン』、『ミニヨンの歌』や、
『魔王』を管弦楽伴奏にした。
(彼はさらに『影法師』と『別れ』の管弦楽版の出版を予告していたが、
今のところ、前者の手稿しか見つかっていない。)」

このような状況までを聞かされると、
その手稿からでも、「影法師」の管弦楽伴奏版なるものが、
聴きたくなるではないか。

「さらに、彼は管弦楽やピアノ・デュオのために、
すばらしい四つの行進曲のセットを作り、
これらはすべてシューベルトのいろいろなピアノ連弾曲の、
再構成、再結合で作られている。
しかし、リストによるシューベルトの莫大なカタログの、
最大の証言は歌曲と連弾曲の、ピアノ独奏への編曲であろう。」
さすが、リストの第一人者ハワード、
リストのシューベルトへの貢献をこうしてまとめてくれている。

「こんなにも愛されたシューベルトのような作曲家が、
その生前には評価を確立することが出来ず、
死後も長い間、多くの一般聴衆からは名声が保障されていなかったということは、
ほとんど信じられないことである。
例えば、『Musical Thought and Afterthought』誌で、
ブレンデルは、シューベルトがピアノ・ソナタを書いたことを、
本当であれば驚くべきだが、
ラフマニノフが知らなかったという証言をレポートしている。
(とはいえ、彼はクライスラーと偉大な二重奏を録音している。)
19世紀初頭には『歌曲(リート)』は、本質的に家庭の必需品であった。
リストの編曲は、何よりも、これらをコンサートホールに紹介し、
そこから不可分なものにした。
フィッシャー=ディースカウが書いたように、
『評判の悪い彼の多くのピアノ編曲によって、
ドイツ歌曲のプロパガンダを行ったのはリストその人である』。
20世紀のシューベルトのリヴァイヴァル、
特に歌曲全体のリヴァイヴァルに貢献したのはピアニスト、
特にムーア、パーソンズ、ジョンソンのように、
声楽家に優しくレパートリーを広げ、歌曲作曲家の理解を深めさせた、
伴奏スペシャリストによるものである。
現在、シューベルトのオリジナルが忘れ去られることはないが、
シューベルトの音楽をもとにした、
リストの、愛情をこめて作られた膨大でバラエティに満ちたピアノ曲は、
それを補完して喜びや啓発をもたらしてくれる。」


ここから、先に書いた、やたら細かい変更は割愛したことが述べられる。
「リストによるシューベルトの編曲の最新の調査の結果を、
3枚3組の9枚のCDにまとめ、
作曲した時期の知られた、すべてのバージョンや異稿を収めた。
ただし、パッセージの簡単化などの小変更などのいくつかは割愛した。
出版されたリストのカタログから学ぶものには明らかだが、
いくつかのものはカタログ作者にも知られておらず、
いくつかの作品において、様々な版や手稿の違いも不明確である。
ただ2、3小節の変奏の変更なども含め、
リストの全作品の別の読み方をカバーしようとすると、
このレコーディングプロジェクトは限界を超えたものになるだろう。
シューベルトの編曲に対するリストの並々ならぬ熱意が、
この例外を価値あるものとする。」

「このアンソロジーを、リストの出版された作品カタログと、
対照したい方々のためには、下記のような表
(シャロン・ウィンクホーファーによって改訂され、
さらにマイケル・ショートとレスリー・ハワードによって改訂された、
グローブにおけるサールのカタログナンバーの順に、
リストの題名とそれを収めたこのシリーズの巻を表記)
が補助になろう。」

恐ろしいことに、下記のような表が掲載され、
このすべてが録音されているのである。

「サール(S)ナンバーとタイトル
S425      ハンガリーのメロディー
S425a     ハンガリー風メロディー(S425の改訂版)
S425/2ii  ハンガリー行進曲(ルッカ版)
S425/2iii ハンガリー行進曲(Richault版)
S425/2iv  ハンガリー行進曲(ゾフィー・メンター版)
S425/2v   ハンガリー行進曲(トロイジミー版)
S425/2vi  ハンガリー行進曲(上記の異稿)」
これだけ書き出すだけで疲れてくる。
これらは、シューベルトのピアノ連弾曲「ハンガリー風喜遊曲」の、
ピアノ独奏用編曲であるが、20数分の原曲が、
何と、S425などでは、47分の大曲に様変わりしている。
「ハンガリー行進曲」は、その第2楽章で、上述のとおり、数回にわたって、
書き直されている。

リストは、ハンガリー出身でもあったので、
この作品には並々ならぬ共感を覚えていたようである。
もう、おどろおどろしいまでの音の洪水が、
悲壮な感情をこれでもかこれでもかと、積上げて行く。

行進曲だけでも、まだある。
「S426      シューベルト行進曲
S426a      軍隊行進曲」
S426もまたまた、45分もかかる大曲である。
ちなみに、このシューベルト行進曲に、上記、ハンガリー行進曲を合わせて、
4手用ピアノバージョンも作っており、管弦楽化もしているので、
いかに、リストがこの行進曲に思い入れを持っていたかが分かる。

次は、ホロヴィッツなども愛奏した、
ワルツの編曲、「ヴィーンの夜会」のシリーズ。
これらが、このCDシリーズの冒頭を飾る。
「S427      ヴィーンの夜会-9つのヴァルス・カプリス
S427/6ii   上記の第六番 (ゾフィー・メンター版)
S427/6iii  上記の第六番 (第二版)」
S427は、9曲セットなので、76分もかかり、CDまる一枚を要する。
リストは第六番が好きだったようである。
メンターは、リストの女弟子で、解説でも出てくる。

以下、歌曲の編曲が続くが、膨大なリストになる。
サールの番号も500番台となる。
「S556i     ばら(第一版)
S556i      ばら(第二版)
S557       涙の賛美
S557a      魔王(第一版)
S557b      海の静けさ(第一版)
S557b/bis  海の静けさ(第一版オッシア(書換え))
S557c      春の想い(第一版)
S557d      アヴェ・マリア(第一版)」
このように、S557にも何種類もの歌曲があって、
複数曲を表わしているところがややこしい。

「S558      12の歌曲
S558/5bis  海の静けさ(第二版オッシア)
S558bis    12の歌曲(6曲に改定有り)
S559       ゴンドラの船頭
S559a      セレナーデ(第一版)
S560       白鳥の歌
S560/7a    セレナード(リナ・ラーマン版)
S560bis    白鳥の歌(S560のalternative版)
S561       冬の旅から12曲
S561/2a    幻の太陽-アルバム・ブレット
S561bis    冬の旅(S561の6曲のalternative版)
S562       宗教的な歌
S562/3bis  星たち(alternative版)
S563       6つの歌曲
S563/6bis  ます(第一版alternative版)
S564       ます(第二版)
S565       水車屋の歌曲
S565bis    S565の改訂版」

以上である。リナ・ラーマンは、リストの伝記を残したことでも有名。
私は、同じ曲集をまさかまるまる二度も編曲しているとは思わず、
水車屋の歌曲集の第二版というのを取り上げたCDでは、
一部のみ改定されたと思ったりもしたが、こう見ると、
この曲のみならず、「白鳥の歌」なども、2バージョンあるようだ。
ドリヨンや、チュウのCDには、そんな事は書いていなかった。

また、このブログの主題である「ます」の原曲の歌曲にしても、
これまで、2種あるだけのよう記していたが、実際には、
このように、3回編曲されていることが分かる。
つまり、まず、S563の第六曲として、次に、そのalternative版、
さらに、S564として分類される、第二版が作られている。

「行進曲」は、4手のピアノ用作品で、「ハンガリー喜遊曲」も、
そうした曲であるので、
リストが手がけたのは、主に「連弾曲」、「舞曲」、「歌曲」であって、
当然のことながら、すべて、すでに出版された家庭用音楽とも言いなおせる。
この時期、まだ、交響曲や室内楽など大規模な器楽曲は、
知られていなかったのであろう。

このCDでは、まず、舞曲(ワルツ)の編曲集から、
扱われている。これは、「ヴィーンの夜会」というシリーズにまとめられて、
比較的すっきりしているが、これがまた奇妙な難物であることは確か。

「『ヴィーンの夜会』は、その実際の必要性や、
明らかな難局に対し、取り組んだもので、
無視されているのは不当である。
シューベルトは数百のピアノ用舞曲を生み出したが、
それらの多くは、おそらく、ダンスの連なりや、
家庭内の娯楽用にセットになっていて、
個々の簡潔さや長さの均一性や調性の単一性によって、
コンサートに相応しいものとは言いがたい。
同様の理由で、演奏会では無視されて、
モーツァルトやベートーヴェンの舞曲も、
限られた曲しか生き残っていない。
しかし、これらの舞曲には楽しい音楽の価値が含まれており、
リストは、早い時期からそれに気づき、
いつものように気を利かせ、控えめな処理を施して、
公的な機会のために、これらを並べ替えて、救い出した。
リストはいくつかの舞曲を選び出して、連続した組曲を作り、
調性のコントラストを付加し、
事あるごとに序奏、変奏、間奏、コーダを加え、
オリジナルでシューベルトがしたような飾り気のないものより、
良いものにしようとしている。
シューベルトが十分に開発しなかったピアノ書法を、
19世紀のワルツがしばしば陥ったような、
喝采を集めるようないかさまトリックを用いることなく、
豊かに、感動的に纏め上げた。
このように上品なワルツの流れは、
最も記憶に残るシュトラウスのワルツの構成の元となって、
その木霊は後のプロコフィエフにまで影響を及ぼす。
いろいろなワルツの様々な展開は、簡単に追うことが出来、
それらの原曲を知りたい人のために、リストが書いた各曲ごとに、
シューベルトのオリジナルテーマを示して行こう。
ここでリストは全部で35曲の舞曲をいくつかのセットから利用している。」

このように、「ヴィーンの夜会」全9曲の解説が始まる。
後で、見直しやすいように、勝手に箇条書きにしてみる。

「第一番:3曲利用。
第二番:6曲利用。シューベルト風のコーダ(リスト作)付き。
第三番:7曲利用。(第五のものは結合されて二つのワルツが一つになっている。)
第四番、第五番:2曲利用。
第六番、第七番:3曲利用。
第八番、7曲利用。
第九番、1曲利用。
これは、シューベルトの『悲しみのワルツ作品9』に、
序奏とコーダをつけたもので、リストが編曲したと言わなかったら、
オリジナルだと思える出来。」
このように、リストの編曲は多様な方法を模索した形跡がある。

「全体は、3曲ずつからなる二つのグループで始まり、
序奏を有する、より社交的な曲で、
優しく叙情的に仕上げられた親密な二曲にコーダが続く。
次の2曲は、対照的なペアで、
この2番目のものは、全曲で最も長大。
最後の第九曲は変奏曲でペンダントをなしている。
(ヴィーンの夜会の)第四番の第二主題は、
リストの『まぼろし』の第三番にすでに現れていたもので、
1834にはすでにリストは、これを知っていたと思われ、
この曲の第一主題は、ベートーヴェンの作品31の3との関係を、
明らかに示唆したものである。」
(確かに、ベートーヴェンのこのソナタの開始部にそっくりである。)
「『ヴィーンの夜会』第六番はリストの時代から非常に好評を博し、
20世紀初頭には沢山録音された。
さらにリストは2つのバージョンを作ったが、
これについては後に論ずる。」

ここで、親切なことに、リストが採用したシューベルトの曲集の一覧がある。
「リストは以下のシューベルトの曲集から主題を選んだ。
作品18/D145、作品9/D365、作品67/D734、
作品50/D779、作品33/D783、作品77/D969。
九つのヴァルス-カプリスは、以下の主題を利用した。
No.1:D783、D365、D734。
No.2:D365、D145。
No.3:D145、D783、D365。
No.4:D365。
No.5:D365、D969。
No.6:D969、D779。
No.7:D783
No.8:D783、D779。
No.9:D365。
(曲集の何曲目かも書いてあるが、省略。)」
しかし、どんな機会に、どんな目的で書かれたかを、
是非とも明記して欲しかった。

b0083728_1855076.jpgさて、前述のように、
ホロヴィッツは、
晩年残したCDで、
印象的な演奏を、
この曲集の「第六」、
「第七」で聞かせたが、
彼は、そのCDで、
「セレナード」も
演奏していて、
丁寧に解説も書いている。

「セレナード」について、
「この曲はわたしのお気に入りのシューベルト=リスト編曲のひとつである。」
(故・三浦淳史氏訳)と書いた後で、
「わたしは同様に弾いていてとても楽しいこれらの曲が好きである。」
「これらの小品たちはウィーン的な魅力、華麗さおよび
ノルタルジアのエッセンスをしたたらせているのである。」
などと書いている。

(ちなみにこのホロヴィッツ自身の解説は、
音楽様式のレッテルより、ハートが重要だと力説しているもので、
非常に多弁で、自己弁護じみていて面白い。
とても、80歳を超えた巨匠によって録音されたCDの解説とは思えない。
演奏は、確かに、粋なハートが滴るような表現が散りばめられている。)

これらの作品や、「第二番」、「第五番」の原曲は、
時折、耳にするが、なかなか、こうして全曲を集めて聴く機会はなく、
全曲通じて演奏する意味があるものなのかは、よく分からない。
シューベルトの原曲では、家庭用、実用的ダンスの域を出ていないとの事だが、
演奏会で、76分にもわたって聞かされるのと比較すると、
むしろ、原曲D365の「36の第一ワルツ集作品9」を、
25分かけて聴いた方が良い。
こちらの方がずっと、ヴィーンの魅力が滴っているように思える。
改めて、有名な「第六番」の原曲である、
「12の高雅なワルツ作品77、D969」でもいいような気がする。

b0083728_18689.jpgたまたま、
すぐに見つかったのが、
廉価レーベル、
ARTSから出ている、
「99のワルツ」
というCDであるが、
ここで、
D365、D779、
D924、D969、
D973、D974の、
6つの曲集が聴ける。

Muntoniという人が弾いているが、リストが使った6つの曲集のうち、
D145、D734、D783以外の3つは間に合う。
これまた76分のCDだが、確かに全部聞きとおすのは大変。
しかし、「ヴィーンの夜会」よりは、気楽に楽しめるような気がする。

まるで、メリーゴーランドのように、美しく輝いては消えていく、
憂いや儚さを秘めた印象的な楽想たち。単調と呼べば良い。
しかし、リストが複雑な思索の中に塗りつぶしてしまった、
単純な生活の幸福なひと時が、ここにはごく普通に鳴り響いている。

確かに、これらの作品集、そのオルゴールのようなシンプルさゆえか、
これまでLPの時代などには、取り上げられることも少なく、
CD時代になって、体系的な把握が始まったとも言える。

リストは、その200年近く前から彼らしいやり方で、
警鐘を鳴らしていたわけである。

次に、CDの2枚目から収められた、「連弾曲」のシリーズの解説が始まる。
「作曲、さらに演奏の芸術としても、ピアノ連弾曲は、
そこに素晴らしい多くの作品があるにもかかわらず、
おそらく、アマチュア用が演奏する機会が多いことから、
音楽の重要性からすると、常に周辺に追いやられている。
歌曲のように、連弾は家庭用のものと考えられ、
モーツァルトがK497のような素晴らしいソナタを、
また、シューベルトがD940のへ短調の幻想曲を、
書いて、コンサートホールでも必ず、注意を喚起するにもかかわらず。
リストも相当量のデュエット作品を残しているが、
多くは、自身の管弦楽曲、ピアノ曲を、
プライヴェートの勉強用や、演奏用に編曲したものである。
シューベルトの連弾曲のリストの独奏用編曲は、
連弾曲の演奏はしばしば行われないことから、
シューベルトのオリジナルにいかなる害を及ぼすことなく、
多くの聴衆に受け入れられるように、
シューベルトのイマジネーションの異常な広がりを、
相応しい外観とし、強調しようと決意したものと思われる。」
ということで、多くの聴衆に相応しい外観(garb)というのが、
オリジナルを二倍近くの長さに拡大するということなのだろうか。

もともと、私は、「ハンガリー風喜遊曲」が好きで、
リストがどのように、この曲を把握しているのかを知りたくて、
このCDを購入したのである。
しかし、やたらにくどく、必要以上に細部を強調した音楽になっていて、
それほど、聴く機会は多くない。
はたして、ハワードは、解説で何と書いているだろうか。

「D818のシューベルトの連弾曲『ハンガリー風喜遊曲』は、
最後のピアノ・ソナタ集や、弦楽五重奏曲、
最後の交響曲の雄大な構想にも比肩しうる巨大な広がりを持った、
後期の作品である。
タイトルがそのシリアスな内容を隠しているが、
特に行進曲において、
さらに両端楽章においても非常にデリケートに、物思いに沈んで、
ハンガリーの語法は随所に認められる。
特に民謡が使われているわけではないが、
ジプシー風の即興のスタイルが活かされており、
長大な作品をしっかりと引き締めている。
シューベルトおたくとしての陶酔と共に、
ハンガリー風のクオリティにも、
リストは明らかに魅了されている。
リストは気晴らしの音楽を書くことがまれで、
シューベルトの作品の題名には抵抗を覚えたか、
これら3曲をまとめて、簡単に『ハンガリーのメロディー』と呼んで、
別々に演奏してもよいようにした。
結局、リストによる丁寧で、カラフルなアレンジによって、
全曲を通して演奏すると50分近くになる作品になってしまった。」

確かに、10分、4分、12分程度で演奏される3曲が、
リストのバージョンでは、17分、6分、23分となっていて、
どの曲も同様に拡張されて、
リストがこの作品にずっと浸っていたかった心情が察知できる。

「外側の楽章はト短調で、各々、三つの主題提示があり、
反復をともなう変奏、二つの違った部分を挿入され、
ほとんどすべての装飾の変奏には、複雑な調性の変化が現れる。
これを図式にすると、簡単には、A-BCB-A-DED-A-コーダとなる。
行進曲は、ここで非常に目立つ扱いとなって、独立して有名になった。
リストは何度も出版して形式や効果を変更して拡大した。
これらについても、後述する。」

解説はまだ続くが、制限文字数が来たので、この後は次回とする。

得られたこと;「リストが編曲したシューベルト作品は、舞曲、連弾曲、歌曲の分野のもの。その時期も、異稿も様々で、ハワードのような仕事がないと、概観すら不能であった。」
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by franz310 | 2007-10-28 18:11 | シューベルト

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その93

b0083728_19355178.jpg個人的経験:
「ピアノの鬼神」として、
19世紀最大の
ピアニストとして鳴らし、
95枚のCDの分量の、
ピアノ曲を生涯に残した
リストであるが、
はたして、
室内楽の分野では、
どのような業績を
遺しているか。

リストのお膝元のハンガリー、
その国有レーベルのようだった、
「フンガロトン」から、そのタイトルも、
「リスト、室内楽」と題されたCDが出ているが、
多くは、晩年の小品である。

前回のレスリー・ハワードによる、
リストのピアノ曲全集の最後の章は、
「預言者としてのリスト」と題されていたが、
まず、その解説をここで引用して、まず、リストの晩年を概観する。

前回は文字数オーバーで掲載できなかった部分である。
番号は、前回取り上げたCDのトラックナンバーである。

********************
預言者としてのリスト
リストの「第三期」はワイマールからの出立から始まると見るべきであろう。
特に、1860年代の初めに、ローマにリタイアした時である。
この時点から、彼の死まで、その音楽は多くの内省や、
多くの作品の運命を無視したような傾向が見られる。
限られた数曲が、生前に演奏され、出版された。
管弦楽曲はまれであり、合唱曲も「キリスト」完成後は、
小規模かつ、オーケストラ伴奏なしのものとなる。
歌曲やピアノ曲はますます殺風景となり、
公式な作品である後期のメフィスト・ワルツやラプソディーであれ、
テクスチャーは痩せている。
後期作品は、ベートーヴェンの後期の四重奏曲や、
バッハのフーガの技法のように、疲れを知らぬ想像力から、
すっかり突出した内容を有する。
精神医学者アンソニー・スコットは、その著作、「天才の学校」の中で、
老人は、しばしば対人関係の興味を失い、一人でいることに満足し、
内面の関心に夢中になる傾向があるとし、これによって、
関心のない状態に留まった作品が、明らかに目立つようになると書いた。
スコットは、芸術家の最初の段階は学習期間とし、
精通と独自性を示す第二期は、しばしば広い公共性を必要とし、
第三期では他社との交流よりも孤独な瞑想に置き換わられるとした。
長い間、リストの最後の年月は、未来の音楽が取るであろう可能性のアイデアを、
沢山、掴んでいたと主張されてきた。
これは彼が多くを演じたロマン主義の破壊行為であり、
ドビュッシーやスクリャービン、シェーンベルク、バルトークを先取りし、
これは動機や和声の技術における年下のワーグナーと同様の先駆者であった。
いかに多くの注釈者が示唆しようとも、ここには実験的なものはなく、
調性の崩壊、形式の解放、前衛的な和声法、居心地のよいカデンツの放棄、
静寂への消失などは、感情の産物なのである。
小さな断片であろうとも、新しい音楽思考の特徴を示し、
雰囲気がノスタルジックで、みすぼらしく、
超自然的、エレジー風、愛国的であろうと、
もはや過去の語法は使われない。
昔の名技性はなく、純粋に技術的なものははるかに超越してしまっている。

13.調性のないバガデル
これは第四のメフィスト・ワルツの様相を示すが、
他の作品がそう称せられるので、副題には第五メフィスト・ワルツとある。
決して、無調ではないが、固定された調性がないのは事実。

14.灰色の雲
その単純な完成度において、
ドビュッシーやストラヴィンスキーから賞賛されたもの。
表向きのト単調は、不協和音にねじられ、まずうなり、
リリカルになり、謎のカデンツによっても解決はされない。

15.不眠!問いと答え(1883)
すでに見てきたように、1902年になくなった、
リストの弟子、アントニア・ラーべと、
この曲に霊感を与えた彼女の詩は、よく分からない。
しかし、この小品の背後にあるものを想像することはたやすい。
かき乱し、回転する単純な主題の変容で解決され、
休息を運ぶ音色が到来する。
リストが与えた、夜想曲という副題は、アイロニックなものだ。

16.ノクターン、夢の中で(1885)
この曲はその題名に相応しい。
若い弟子、オーガスト・ストラダールのために書かれ、
誠実なメロディは霊妙な変容を遂げて、
「灰色の雲」と同様、完全な二部形式となる。

17.トッカータ
次の作品同様、1865年から1881年の作。
異常に短い練習曲で、晩年には珍しくプレスティッシモの指示がある。
交差するパッセージの半音階的な動きの前に、
あいまいな「ホワイトノート」のフレイバーの和声。

18.回転木馬
少なくともスケルツァンドやメフィストの音楽では、
リストの音楽における、ユーモアのセンスは明らかだが、
本当の冗談音楽はリストにはほとんどない。
ただ、オルガ・フォン・マイエンドルフの友人である、
太った不幸なMadame Pelet-Narbonneが、回転木馬に乗った様子に、
霊感を得たこの作品は、それに相当する。
これを目撃したリストは親切のかけらもなく、いさましいアレグロと書いた。
バルトークのアレグロ・バルバロから、そう響き的には遠くない。

19.小さなワルツ-三つの忘れられたワルツのペンダント
未出版の小ワルツは、三つのワルツのペンダントとあるから、
三番目と四番目の忘れられたワルツの間に書かれたものと思われる。
ゲーテ・シラー図書館の手稿はひどい状態で、
ある部分は上下左右にちぎれてばらばらである。
自己懐疑のリストがそれをやったのでないなら、単に残念である。
この断片は、別世界に憧れるような美しさが独特で、
リスト晩年の作にはめずらしく穏やかなもの。
101小節からなり、最後は前に戻る指示がある。
今回、25小節を追加、20はリストのもので、
最後の5小節は、忘れられたワルツのまねをして、
前のフレーズを消えるように補った。
忘れるには惜しい小品である。

20.死の舞踏
リストの音楽に対する先見の明は、早くから顕著であった。
「顕現」、「Lyon」、「旅人のアルバム」、「Paralipomenes a la Divina Comedia」
または、「Litanies de Marie」などは、ヴァイマール時代のオーケストラ曲同様、
当時から十分時代の先頭を行っていた。
この時代、ピアノと管弦楽のためにも、最も独創的な構想の「死の舞踏」がある。
この作品はこの地で最終バージョンが演奏された。
(「死の舞踏」、「ディエス・イレに基づくパラフレーズ」)

この単旋律聖歌のテーマは、信仰の上からも、
内在する音楽的価値からもリストには重要で、
予想されるとおり、1860年代の彼のローマ時代には顕著だが、
それのみならず、彼の音楽的生涯の全域に影響を及ぼしている。
「幻想交響曲」で、すでにこの主題を使っていたベルリオーズとは違って、
リストの「死の舞踏」は、テーマの第一節をすべて用い、
この三つのフレーズは、レクイエムの有名なテキストに似ている。

「怒りの日、その日、
世界は灰となって消える。
ダビデや巫女が予言したように。」

リストは材料をドラマティックに導入し、
最初の2フレーズは、
低音管楽器をピアノとティンパニが支えて、
続いて金管と弦楽が奏し、
一連の暴発的なカデンツァが最高潮に達して、
再び繰り返されてから、三つ目のフレーズが三回奏される。
それから、ピアノ独奏が最初の2フレーズを繰り返す。
「変奏1」は、二重変奏曲で、バスーンとヴィオラが、
新しいリズミカルな対旋律を、低音弦の最初の2フレーズの上で歌い、
これはピアノがリピート、次に、クラリネットとバスーンが
第三節の弦楽と共に、対旋律を奏でる。
これもピアノが繰り返し、「変奏2」に続けるが、
これは、ホルンと独奏者によるマルチ・グリッサンドによる、
さらなる対旋律からなる。
オーボエとクラリネットが「変奏3」でさらに対旋律を加え、
「変奏4」では、ピアノソロが自由に振る舞い、
ここで各フレーズは4声のカノンとして導かれる。
これまで、作品はニ長調を守ってきたが、
しかし、ピアノはやさしくデリケートなカデンツァでロ長調を導き、
そこから、ト短調となる。
ニ短調になる前の10小節、孤独なクラリネットが参加し、
突然、「変奏5」に華麗に移行する。
このフガートは、最初の2フレーズのみを主題とし、
発展の中で、管弦楽の各楽器を呼び起こし、展開されていく。
この部分は、嬰へ長調の短い脱線を伴う大きなカデンツァによって、
ニ短調による終結部を導く。
「変奏6」は、やはりニ短調の、
新しい主題と6つのヴァリエーションからなり、
この主題も「ディエス・イレ」から来ているが、
かなり違った形で、リストがよく知っている葬送用のもの。
最後の小さな変奏は最終カデンツァに導き、
それがオリジナルテーマに回帰する。
コーダは、ピアノのグリッサンドから開始され、このあと、
リストのスコアの独奏パートは、
最初の2フレーズの指示のあとは白紙となっていて、
独奏者は、最後まで即興演奏をしなければならない。
伝統的に、最後の7小節は、リスト生前の伝統に則り、
管弦楽の対旋律をオクターブで奏するが、
あまり信用できないまでも、弟子のシロティの校訂版でもそうなっている。

*****************************

晩年の諸作品の後に、「死の舞踏」が収められているのは、
CDを華やかに締めくくるために仕方のない処置か。
以上が、前回取り上げたCDの解説の続きの部分である。


さて、華麗なロマン派のピアノの大スターとして、
シューベルトの簡潔な歌曲や小品に、
いろいろな装飾を振り撒いて拡大し、
聴衆を圧倒したリストであったが、
先のCDにもあったように、
後半生は、凝集した音楽への志向を深め、
言いたいことだけ言う、終わり、といった作風になってしまった。

この室内楽のCDでも、
その傾向を読み取ることが出来る。

このCD、表紙はリスト晩年を表わす石像の写真だが、
これを見るだけで、多くの人は、これらの曲の内容を、
類推することが可能かもしれない。
Alajos Stroblの作だという。
この石材の感触むき出しの彫像のごとく、
これらの音楽も、厳しく、芳醇な潤いはない。
あったとしても揮発性が高く、すぐに消えてしまう。

解説は、下記のように、
ざっくりとしたことしか書かれてなくて、
ちょっと物足りない。
Boronkay Antalという人が書いている。

「リストの室内楽作品は、
彼の巨大な生涯の作品群の中では、
むしろ小さな役割しか担っていなかった。
その数はかろうじて20曲程度で、
前に書いた作品からの編曲を含む。
少ない数とはいえ、
しかし、これらの作品は重要で、
興味深い異様な特徴を示して、
リストの作曲家としてのポートレートを
補完するものである。
多くのものは、作曲家の生涯の最後の15年間、
もっとも先鋭な時代のものである。
ピアノ、オルガン、声楽、管弦楽に、
可能性を限界まで追求したリストであるから、
彼の模索していた音楽表現の最も純粋な形として、
室内楽に至ったことは自然なことに思える。
彼の後期のスタイルで、
リストは名技性、華麗な色彩、感覚的な美しさを放棄、
その音楽は凝縮したものとなった。
それは贅肉を落とし、
使われる楽器と、
これまでにない音の可能性を
利用する権利をかろうじて主張する。

これは、非常に少ない作品が、
異なった楽器での演奏を想定した、
異なるバージョンで演奏可能な事実を、
裏付けるものであろう。

リストの内向的で禁欲的なスタイルの、
音楽構成の重要な要素の一つが、
メロディラインであって、
弦楽器、つまり、メロディックな楽器が、
これら室内楽をリードする理由になっている。」

「『巡礼の年第三巻』の、
最初に置かれた『アンジェルス』のオリジナルは、
ピアノかハーモニウムのために書かれた(1877)。
今回のCDでは、弦楽四重奏バージョンを、
室内オーケストラで演奏している。
宗教的な主題にマッチして、癒しのムードを持っている。」

この解説の物足りないところはこんなところ。
これだけでは、何のことか分からない。
ということで、ピアノ曲の「アンジェルス」を調べると、
受胎告知の祈りだという。
ちなみに、この弦楽四重奏曲版は、1882年の作とされる。
リストが死ぬのは、86年なので、最晩年である。
演奏は、V・タートライ指揮のハンガリー室内オーケストラの演奏。
演奏は、雰囲気豊かだが、何となくのんびり聞こえ、
せっかくなら、よりスリリングに四重奏で聴きたいものだ。
タートライが、あの有名なタートライ四重奏団の
タートライなのかどうかなどは不明。
1975年頃の録音らしいので、その可能性は高いが、
何も書いていないのである。

「『ハンガリー戴冠ミサ』からの、
『オッフェルトリウム』、『ベネディクトス』は、
おそらく、有名なヴァイオリニスト、エデ・レメーニの為のもので、
彼は何度もこれを演奏している。」
なぜ、この曲の解説が、ここにあるか不明。
なぜなら、この2曲は、最後に収められている。
注記していないが、伴奏は何とオルガンである。
清澄に、時に、かなり壮麗にこの巨大楽器が鳴り響く。
これは1869年の作。
いきなり、最後に収められた作品の解説になるのもびっくりする。
Andras Kissのヴァイオリン、
オルガンは、ピアノも弾く、イシュトヴァーン・ラントシュ。

「婚礼の音楽と題された、『Epithalam』は、
やはりレメーニ関係の曲で、
リストは、1872年に、この友人の結婚に際して作曲した。
当時の室内楽批評家は、その優雅さ、軽いリリカルな抑揚を、
賞賛している。」
リストは1811年生まれなので、69年、72年といえば、
58、61歳で、晩年の作と呼んで良いのだろう。
これは実際には3曲目に収録。演奏は同上。
まったく穏やかな作品であるが、美しく高揚する。

「『忘れられたロマンス』は、
1848年の作曲したピアノ作品からの編曲。
したがって、これは後期の作品ではない。
その和声や、憂愁なメロディ、
ノスタルジックな香りといった、
この作品のスタイルからも分かる。」
これは1880年の編曲なので、晩年の作である。
確かに、他の作品よりは、甘いメロディで、サロン的である。
この前のベルリオーズの盤で出ていた、ハロルド技法が聴き取れる。
これは実際には5曲目であり、演奏はZoltan Tothのヴィオラ。
ピアノはラントシュ。
この前のErdelyiの方が深い音で、積極的な音楽。
今回のものは、TemesvaryとBalassaの校訂とある。
中間部で盛り上がっていくところが、妙におとなしく、
やたら引き伸ばされた演奏であるが。

次に、いきなり7曲目の解説となる。
「三種の弦楽器(弓式、鍵盤式、爪弾き型)と、
管楽器が互いに寄り添う、
『悲歌Ⅰ』は、20世紀初頭の室内アンサンブルの
思い切った精神を先取りすることに成功した。
楽器法の斬新さに加え、パステル調の音色もまた、
ドビュッシーなど、未来に続いている。」
これは、1874年頃の作品とされ、
この前、ヴィオラ版を紹介したが、ここでは、
嬉しいことに、チェロ、ピアノ、ハープとハーモニウムという、
通常、聞けないオリジナル版での演奏。
上記、管楽器(wind)とは、ハーモニウムのこと?
恐らく、鍵盤楽器の弦楽器とはピアノを指す。

この曲は、そのような希少性や、
クライマックスで鳴り響く、玄妙なハーモニウムの色調や、
幽玄なハープの断片からして、最大の聴き物と見た。
チェロがふかぶかと低音を響かせるあたり、
前回のヴィオラ版では感じなかった闇の深さを実感した。
演奏は、名手ペレーニのチェロ、ピアノはラントシュ、
ハープはHedi Lubikで、ハーモニウムはSandor Margittay。

「『悲歌Ⅱ』には、典型的な後期スタイルの特徴、
ぴんと張られて、拡大された音の技法、
調律されていないような和声、
単一主題から発展する変奏の原理などが聴き取れる。」
これは、1878年の作品とされる。
なぜか「悲歌Ⅰ」の前、6曲めに入っている。
Kissのヴァイオリン、ラントシュのピアノ。
これは反対にヴァイオリン版で、前回のヴィオラ版より、
響きは明るめであるが、演奏者が地味なのか、
晩年のリストらしく枯れた響きなのか、
楽器の違いがあまり感じられなかった。

「多くのリストの不安定な悲しげな作品は、
死への想いを深めたものだが、
『悲しみのゴンドラ』や、『リヒャルト・ワーグナーの墓に』は、
そうした作品である。
ワーグナーの死にちなんだ、苦みばしった哀歌であり、
リストはきっぱりと装飾のパートを拒絶し、
骸骨のようなリアリティを持つ、純粋な音楽思考として残した。」
「悲しみのゴンドラ」は、2曲目、ラントシュのピアノだが、
チェロはペレーニではなく、Ede Bandaという人。

「墓に」は、4曲目で、新ブタペスト四重奏団と、Lubikのハープでの演奏。

b0083728_1937333.jpgこれは、クロノス・カルテットが、
ノンサッチのCDで演奏していたが、
その時は、高橋アキが
ピアノで参加していた。
ハープはDeCrayだった。
わずか3分にも満たない小品で、
まとまった印象を得る前に
終わってしまう。
改めて比較視聴してみたが、
ピアノはハープの
補強をしているだけに聞こえる。

ここでも、解説は、あまり満足できない。
曲頭の上行の4音はヴァーグナーの「パルシファル」の引用であるというだけ、
これは、リストがもっと前に書いた
「シュトラスブルクの大聖堂の鐘」で使ったものだともあるが、
そのあと、ぶあつい弦で繰り返されるオスティナートや、
さらに続く、きらきらとした天上的な部分は何なのか?
非常に暗示的で、思わせぶりな作品である。

こちらのCDには、ベルクとウェーベルンの作品が続くが、
それぞれ、20分、10分で終わるので、ミニアルバムと注記がある。
気になるのはジャケット写真。
いろいろ見たが、何だか気持ち悪いだけで詳細不明。
前述のように、リスト作品は、清澄な天上に消えていく作品。
ベルクは愛の音楽、ウェーベルンはデリケートに明滅する音楽であるから、
この悪魔的な浮き彫りは、あまり、内容を表わしたものとは思えない。

得られた事:「リストの室内楽は、シューベルトの『ます』の五重奏曲のような、親密な調和の世界とはまったく異なる孤独な独白である。」
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by franz310 | 2007-10-20 19:39 | 音楽

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その92

b0083728_18461747.jpg個人的経験:
リストの業績を語る時、
そのピアノ曲の全貌を
明らかにすべく、
その独奏曲全集を
95枚のCDにまとめた、
オーストラリア
のピアニスト、作曲家、
レスリー・ハワード氏の
業績を抜きにすることは出来ない。


しかし、いくらなんでも、
95枚もリストのピアノ曲ばかりを聴きたい人は、
限られていると考えたのであろう、そのダイジェスト版のCDが、
「全集録音へのイントロダクション」という題名で出されている。
(Hyperion)

リストの若い頃から晩年の肖像を、
4つ集めたジャケットのデザインも渋く、
壮年期のリストには後光すら漂っている。

シューベルトの最初の紹介者であった、
リストの業績を、このようなCDを聞くことで、
概観してみようというのが、今回の試みであるが、
ダイジェスト版ながら、解説が非常に丁寧で、
読み応えがあり、これを読みながら聞くことで、
大きな助けとなった。

読まないで聞くと、有名作、無名作をいっしょくたにした、
ゴミ箱にしか見えないかもしれないが、
ハワード自身の解説ゆえ、どの仕事もおろそかにしない、
熱意のようなものが感じられ、
リストを理解しない奴は、まず、これを読め!
といった、これでもかこれでもかの迫力がある。

さらに素晴らしいことには、有名な独奏曲、
「ため息」や、「コンソレーション」、「ハンガリー狂詩曲第二番」、
「半音階的大ギャロップ」、「愛の夢」といったものが
一通り網羅されている点。
(一部の日本人が大好きな「ラ・カンパネッラ」はないが。)
そこに、通好みの、「灰色の雲」や、「調性のないバガデル」もあり、
リストで避けることの出来ない編曲モノ、
「リゴレットパラフレーズ」や、「清教徒」からのもの、
ベートーヴェン、シューベルト、シューマン、
そして自作歌曲の編曲もあって、
こりゃ、盛りだくさん。
最後は、強烈な「死の舞踏」で、
じゃんじゃか閉めるといった大サービスである。

個人的には、前回も紹介した、
「ノンネンヴェルトの僧院にて」が、
ピアノ版で収められているのも嬉しい。

1分にも満たない無名曲の切れ端なども多いが、
ハワードの解説を読むと、出会えてよかったという気持ちになる。

われらがシューベルトの歌曲編曲からも、「連祷」が選ばれている。
シューベルトの曲によるリストの編曲集は、全集では、
3枚組のものが1セットで、3セットからなるから、リストの業績の、
1割くらいが、シューベルトに起因するものである。
さすがに、シューベルト普及の立役者とも、
シューベルトに便乗した詐欺師とも、
呼ばれる所以であろう。

今回は、もう、内容の概観のみでつべこべ言わず、
ハワード様に従う。

シューベルトのピアノ五重奏曲「ます」とは関係のない内容だが、
シューベルトの時代から、バルトークを予告したような作品まで、
ほぼ、一世紀の間に何があったかを、何となく体験することが出来る。

ハワードの解説には、以下のようなことが書いてある。

*******************************
フランツ・リストのピアノ曲を、
2枚のCDのスペースで外観しようというのは、
ほとんど不可能である。
彼は多産であったし、音楽的興味も広く、
11歳の終わりから最初の努力を行い、
75歳の誕生日の直前の死の数日前までと、
その作曲人生も長かったので、
いくつかの重要な特徴から彼を捉え、
その実例となる作品を提示するのが最良の方法であろう。
熟考の末、彼の仕事を6つの視点で捉え、
2時間程度に抑えるために、
これらを最も良く例証する39の作品を選んだ。
自然と長い作品は収められなかったが、
何とかオーケストラ伴奏の大曲を一曲含めることが出来た。

コンパクトディスク1
詩人としてのリスト:
勝るものなきリストのピアノテクニックの、過剰な伝説の前に、
この第一の重要なる事実は忘れられがちであるが、
彼の芸術は詩であり、その目的は美であった。

この美は、彼の作品に取り組むピアニストが
第一に考えるべき基準である。
いかに多くの自己陶酔の醜い演奏が、
リストを卑しく見せてきただろうか。

1.「ため息」は、三つの演奏会用練習曲の
第二版では、三つの詩的奇想曲とも呼ばれるものの、
第三のもので、最も愛されているものである。
この相応しいタイトルは、
作曲家ではなく、出版者によってつけられた。
この作品で、彼はタールベルクが得意とした、
鍵盤上の三つ目の手があるように印象付ける、
メロディをサポートし、
彩るアルペッジョのテクニックを適切に用いて、
結果として、彼の最高の旋律の霊感を気高く彩り、
この作品を常に人気作としている。
ここでは、小さなエキストラのパッセージを含むが、
これはリストが、その生涯最後の年に、
弟子のために書き加えたものである。

2.「エクローグ」
リストは数多くの旅先の自然や文学に触発されたピアノ小品を残したが、
有名な「巡礼の年」、その最初の巻、1848年から54年に書かれた、
「スイス」からのもの。
この曲は、バイロンの「チャイルド・ハロルド」の一節から始まる。
『花の芳香と共に、
露のごとく爽やかな朝が巡り来て、
陽気な笑いで雲を吹き飛ばし、
死のない世界を生きるように・・。』
リストからは思いもよらぬ、さっぱりした誠実な小品。

3.「ベネチアのレガッタ」
12曲からなるロッシーニの「音楽の夜会」、
原曲はピアノ伴奏の独唱や二重唱である。
この小品は、想像のとおり、リストは、
途方もないアルペッジョによる沸き立つようなボンボンの中に、
歌とピアノの細部をすべて溶け込ませることに全力を尽くしている。
(副題の「ノットゥルノ」は夜想曲とは無関係で、
単に夜会での歌といったものである。)

4.「アルバムリーフス」
複数形のタイトルが紛らわしいが、
この時代好まれた、チャーミングなサロンのワルツである。
トランスクリプションでは制限されていた、
飾り気のない小品で、リストにしては珍しい。

5.「コンソレーション第五番」
それほどのテクニックが要求されないので、
アマチュアには好まれ、
人気の高いコンソレーションの最終稿は1849/50の作曲。
(この曲はそうなりやすいが、
ひどく思い入れたっぷりなスタイルの演奏を要求してはいない。)
元のタイトルは1830年のサント・ブーヴの詩集によるが、
この詩人の作品についてリストは特に言及していない。
手稿では、第五番はマドリガルとされていた。

6.「ローレライ」
リストは100以上ある自身の歌曲からも、多くの編曲を行ったが、
編曲の解釈のために、その詩を掲載している。
ハイネの有名な「ローレライ」は、ライン川の岩に現れる、
水の精のようなものの有名な物語を語る。
ドラマティックな曲付けで、アマチュアの子供の合唱が好んで歌う、
ジルヒャーのものより、はるかに優れている。
しかし、ここでの改訂版では、複雑で難解な改訂が施され、
故意にであろうが、
トリスタンの前奏曲のヒントのような序奏が置かれている。

愛国者としてのリスト:
リストは、ソプロン(現オーストリア)に近いハンガリーの町、
ライディングに生まれた。
ここでは、ドイツ語とハンガリー語が話されたが、
母親がドイツ人だったので、
以後、ハンガリーの出自と育ちを誇示するようになるが、
リストが最初に喋ったのはドイツ語であって、フランツィ、プッチィといった、
家族内のニックネームもドイツ風であった。
数ヶ月のパリ滞在で、
リストは流暢にきれいなフランス語を話すようになったので、
残りの人生ではフランス語を好んで使った。
彼の作品は
フランシスとかフランツといったクリスチャンネームで出版された。
当然、洗礼名は、後の1860年代、
ローマ時代に愛用するフランシスクスであった。
イタリアではフランチェスコと名乗り、
生涯の終わりには、ハンガリー語を話すのに、
非常な努力をし、ハンガリー風にリスト・フェレンツとして出版をした。
少年時代にジプシーの音楽に魅了され、
この時代の多くの音楽家と同様、
ハンガリー民謡と、ダンス音楽のためのジプシーの即興を混同した。
彼の最も有名なハンガリーを表わす音楽の力作は、
19のハンガリー狂詩曲の集大成であるが、他にも多く、
ハンガリーとの関係の強い作品がある。

7.「プスター憂愁(草原の想い)」
Puszta Whemutは、オリジナルの出版時には言及はないものの、
明らかに
ルドミュラ・ジチカ・ザモイスカヤ侯爵夫人の作品をベースにしており、
それはまた、レーナウの詩によるものであった。
作品は小さな狂詩曲で、ゆっくりとしたラッサンと、
速いフリスのセクションからなる単純なもので、
最後はオープニングテーマが活躍する。

8.「ハンガリー民族旋律第二番」
狂詩曲の前兆として、ハンガリー民族旋律、
ハンガリーラプソディーと題された、
22曲からなるセットがあって、リストは恐らく、
最初は1839/40と6年後に行った2度のハンガリーの旅で、
この最初の方のシリーズのメロディを集めたものと思われる。
それ以前から親しんでいたものがあったかは分からない。
第二番はオリジナル不詳の単純な踊りの歌である。

9.「Ungarisch」
フェルディナンド・ダヴィッドが全ての調のために、
ヴァイオリンとピアノのために作曲し、「雑記帳」と題したものを、
リストは和声や技巧的推敲なしに忠実に編曲した。
唯一の例外は、Ungarischの第二稿で、
アレグロ・モデラートからアレグロ・マルチアーレという、
新しいテンポが採用され、
新しい序奏が加えられ、ダヴィッドの開始音は、
まったく違うラインとなって、原作の中間部は完全に放棄され、
熱狂した終結部で締めくくっている。

10.「テレキ・ラースロー」
後期のコレクションである「ハンガリーの歴史的肖像」は、
19世紀ハンガリーの7人の政治家や芸術家の墓碑銘である。
ラースローは有名な政治家で、作家でもあり、
4つの音のオスティナートによる活発な行進曲の形式である。

11.「ハンガリーの歌曲集第10番」
異常なことに、リストには未出版の作品が多数あり、
中に、ハンガリーのメロディに基づく、
「ハンガリアン・ソングブック」と呼ばれる18の小品、
というものがある。いくつかは完成されているが、
いくつかはスケッチである。
第10番は、典型的な遅い部分と
速い部分からなる小さな狂詩曲で、
最初の部分は、
Beni Egressyの「コルネリアのために」に基づき、
第二の部分は、特定できない主題による「アレグロ・guerriero」である。
速記で書かれた部分が多いが、これは完成されていて、
アレグロから続く陽気なコーダで終わる。

12.「執拗なチャルダーッシュ」
リストの晩年の前衛的なピアノ用舞曲で、バルトークを予告する、
大胆な転調に満ち、タイトルの「執拗な」は、左手の反復による。

13.「ハンガリー狂詩曲第二番」
1851年に出版され、弟子のアントニア・ラーブのために、
1885年には、終結に向かうカデンツァが追加された。
この高名なセカンド・ハンガリアン・ラプソディは、
当初から重要なレパートリーの武器庫であって、
Bugs Bunnyから「トムとジェリー」にまで利用された。

魔術師としてのリスト:
「どうやってるんだ」という言葉が、
リストが新作をピアノで発表するたびに、
多くの唇から漏れた。
彼のピアノ奏法のマジックは、
作曲家としての音楽スタイルの完全な独自性と結びつき、
リスト自身の手にかからずとも、鍵盤上で再現可能で、
音楽に含まれる魔術的要素が今でも我々を魅了する。

14.「12の大練習曲第2番」
14歳というスタート時点から書かれていた習作を利用して、
驚くべき12の大練習曲が書かれた。
モルト・ヴィヴァーチェ・ア・カプリッチョと題された第2番は、
人差し指と親指で打ち付けられる反復する音符と、
小指がそのオクターブで伴奏するもので、
いくつかのリストの作品でしか見られないもので、
重たいアクションのメカニズムの現代の楽器より、
1830年代の楽器に相応しいものである。

15.「清教徒の序奏とポロネーズ」
リストは60曲以上のオペラのパラフレーズ、
トランスクリプション、ファンタジーを作ったが、
その中で、彼は、いくつかのことを試みている。
価値があるのに知られていないものの宣伝、
その素材で、聴衆が、
劇場に行く前や後でも楽しめるようにする、
変奏曲以上の変容への挑戦、
声とオーケストラを鍵盤上で良質に模造する、
大きな作品のドラマティックな部分を、比較的小さく要約する。
清教徒の序奏とポロネーズは、
素晴らしく効果的な演奏会用小品で、
ベルリーニのオペラのダンスの精を魔法で完全に蘇らせている。

16.「4つの忘れられたワルツ第4番」
彼の生涯の終わりにかけて、
リストは、ノスタルジックな、過去の時間や舞踏会を思い出させる、
四つのワルツを作曲した。
第4番は、1954年に手稿が発見され、続いて出版されるまで、
あやうく永遠に忘れられるところであった。
リストの晩年の幻想的な多くの小品と同様、終結部が謎である。
一つの音符に美しくためらいがちに、属七音が抗争する。

17.「半音階的大ギャロップ」
常にリストのリサイタルを飾ったもので、
恐ろしく人気があったことが、簡易バージョンやデュオ版が、
すぐに出版されていることからも分かる。
しかし、リストは数年にわたり、いくつかの機会に手をいれ、
オシアのパッセージを追加し、全体を拡張した。
今回の版は、オリジナルで最大に拡張したものである。
分かりやすく軽い性格が、簡単に聴衆を楽しませるが、
全ての音の驚くべき進行や、
コーダの未解決の半音階など想像力がつぎ込まれている。

18.「小人の踊り」
1863年にリストが出版した、
二つの演奏会用練習曲の一つであり、
非常に速く、さらに速くといった指示はシューマンを思い出させる。
そして、シューマンと同様、あまり文学的に解釈してはならない。
この非常にポピュラーな練習曲は、
密やかに演奏されるプレスト・スケルツァンドと、
隠れていた精が姿を現すようなウン・ポコ・ピウ・アニマートの、
ブリリアントなトッカータの、二つのテーマの繰り返しからなる。
これは、善良な「メフィスト・ワルツ」であろう。
この小人は良い精であろう。
リストがいつも人生の喜びを表わすときに取っておいた調性、
嬰ヘ長調で導かれるから。

19.「リゴレット 演奏会用パラフレーズ」
ヴェルディのオペラの第四幕で、
リゴレット、ジルダ、大公、マッダレーナが歌う四重唱の、
驚くべき再創造が、この有名な演奏会用パラフレーズである。
ヴェルディは、リストのメロディ修正も、
手稿からして最後に付け加えられた、
天才的な火花を散らす序奏を気にしなかった。


コンパクトディスク2
フランシスコ派聖職者としてのリスト:
聖職者リストは、常に話題の多い人物であった。
リストは、1864年に下四位を得たのみで、神父にはなれなかったが、
信仰への没頭は、彼の十代、パリ時代に遡り、
当時の重要な宗教的作家との交遊へと繋がった。
リストの知られているライフスタイルと、敬虔な態度との矛盾は、
推測や嘲笑の的となったが、リストの生涯や書簡を調査すると、
宗教的な感性は恐ろしくシリアスな、
思慮深く、複雑な人物像が明らかになる。
教会音楽への新しい活力のある語法開拓の努力は、
音楽劇の書法と組み合わされて、
賛同者の数と同様、多くの敵を作った。
しかし、その実際の宗教音楽のスタイルの幅は、
ドラマティックなジェスチャーから、
さらに古い時代の簡素な様式の模倣までを取り込んでいる。
宗教的なピアノ曲も、同様のバラエティを示し、
相当数のものは、彼の合唱曲の編曲となっている。

1.波の上を渡るパオラの聖フランシスコ
パオラの聖フランシスコは、リストの守護聖人の一人であり、
彼の伝説曲の第二番は、
波の上を歩くパオラの聖フランシスコで、
水の上を歩く聖人が描かれている。
渡し舟が無償で運ぶことを拒んだので、
聖人はメッシーナの流れをマントと杖だけで渡らざるを得なかった。
これは、特に、聖フランシスを巻き込む嵐を描写して巨大な音楽である。

2.ノンネンヴェルトの僧房
1880年代に作られた「ノンネンヴェルトの僧房」は、
リストの脅迫観念か何かである。
1841年ころ始まり、彼の最後の年月までに書いた
リヒノフスキーの詩への歌曲の三つのバージョンのうち最後のものは,
同じメロディにエレジーが書かれ、
さらに、4つの版がピアノ独奏用に作られ、
その第二版からはピアノデュオ、
さらにヴァイオリンやチェロ用の編曲も作られた。
このピアノバージョンは、その最後のもので、シンプルな歌が、
幸福な日々をノスタルジックに反映され、
ブランディーヌ、コージマ、ダニエルといった三人の子供と、
ダグー伯爵夫人と、1841年から3年の夏を過ごした、
この極めて異常な一家が一緒に体験できた数少ない幸福な日々、
ライン川のノンネンヴェルト島での日々に思いを寄せている。

3.自然の中の神の祝福
リストは生涯、ベートーヴェンを崇拝したが、
11歳の時には、彼に謁見しており、
誰よりもベートーヴェンに帰依した。
交響曲や多くの歌曲を含む、ベートーヴェンのトランスクリプションのうち、
「自然の中の神の賛美」は、ベートーヴェンが作品48として出版した、
ゲレルトの詩による6つの聖なる歌曲の一つである。
リストはこの曲集の順序を愛情をこめて変更し、装飾し、
この聖歌をセットの最後に置いた。

4、連祷
「全ての霊のための連祷」は、
シューベルトの最も美しい歌曲の一つの編曲で、
鎮魂の祈りであり、第2節をオクターブで強調しているものの、
美しい単純さで仕上げている。

5.おお、悲しみ
生涯の最後に、リストは多くの沢山の宗教的小品を残しており、
それらをピアノ独奏曲にした。
1878/9の合唱曲「聖金曜日」S506a/8は、
合唱曲のピアノバージョン群のひとつで、
「十字架への道」の中の、十字架上のイエスの言葉の驚くべき描写。
これらは明らかにプライヴェートな機会用のもので、
リストのペンによる最も簡素な曲となっている。

6.法王の賛美歌
1864年の「法王の賛美歌」S530は、
ピアノ版とオルガン版があり、
ピアノデュオと管弦楽のバージョンもあり、
オラトリオ「キリスト」の巨大な「Tu es Petrus」の楽章となった。
声楽とオルガンのバージョンは、「Dall’alma Roma」と題され、
ここで演奏されているものと同様、ピウス9世の賛歌であるが、
手稿はかなり混乱している。
イタリアの現在の国家は世界でももっとも目立たないものであるから、
もし、ちゃんと書かれていたら、それに代わるものになったであろう。

ロマン主義者としてのリスト:
ロマン主義の時代の精神を具現化した人として、
同時代の音楽家の中で、誰よりも、リストを抜かして語るわけには行かない。
その長寿のみならず、嗜好の包容力と、芸術も政治も歴史も把握する、
ルネサンスの天才のような把握力によって、
リストの生涯と芸術は、この時代を完璧なまでに体現したものである。

7.献呈-愛の歌
1848年、愛の歌「献呈」S566は、リュッケルトの詩による、
シューマンの歌曲「ミルテ」作品25の第一曲からの編曲。
世界中の人が、シューマンがクララに送った作品だと知っているが、
リストが、この偉大な歌曲をもっと広く知られるように広めたことは、
非難されるべきではない。
また、シューマンの歌曲は近年なら簡単に触れられるので、
リストのいつもの編曲のような巨大な拡張は必要ではなくなった。

8.即興曲
彼らの交流は、1861年から86年までの大量の書簡が伝えるのみだが、
マイエンドルフ男爵夫人は、いくつかの優しい小品の受取人として知られる。
そんな中の一つ、「即興曲」S191は、
リストの最後の前衛時代の幕開けの作品。
嬰へ長調ながら和声の変化が曖昧な色彩を与えている。

9.バッハラン
1878/9の「Bechlarn」S496/2は、吟遊詩人が、
ゴーテリンドを賛美するセレナードを歌った地名である。
ワイマールの楽長の後任、ラッセンの音楽に基づく。
この人は、ヘッベルの「ニーベルンゲン」と、ゲーテの「ファウスト」に、
付随音楽を書いていて、リストの素晴らしい幻想曲セットの霊感となった。
このセレナーデは、リストの手によって、
感動的でナイーブな単純さを与えられた。

10.「私のいとしい人」
ショパンとリストの関係は時として、ただならぬ事情に発展したが、
お互いの尊敬は固く、それはリストがショパンの最初の伝記を書こうとし、
ショパンの6つの「ポーランド語の歌」を編曲したことでも分かる。
多くの歌手がポーランド語に親しくないがために、
これらの歌はショパンの作品では軽視されていて、
ここでもリストは一級のものと確信して普及に努めている。
リストは、ショパンの歌曲の拡張されたムードと、
オペラ的な壮大さに迫る詩の内容を捉えている。
1860年以降に改訂された版の、ショパンの歌によるノクチュルヌ
「私のいとしい人」S480/5iiには、
少しの推敲と、終曲部に16小節の追加がある。

11.昔
1874-6の「昔」S185/10は、
ザイン・ヴィットゲンシュタイン侯爵夫人との最初の出会いの、
物思いに沈んだ、熱烈な、ノスタルジックな回想で、
10の小品からなる「クリスマスツリー」に含まれている。
侯爵夫人は1847年の終わりからリストのパートナーであり、
61年には結婚する直前まで行ったが、
家庭の、また宗教的な障害があった。

12.夜想曲第3番
「夜想曲No.3、おお愛せるだけ愛せよ」(S541)は、
言うまでもなく、「愛の夢たち」の三番目のもので、
しばしば誤って「愛の夢第三番」と呼ばれる。
愛の夢の夢たちという複数形は、すべての作につくべきものである。
西洋音楽史上最高の編曲として、最も知られているものであるが、
幸い、原曲も彼自身のもので、むしろ編曲の方が知られ、
世界の宝とするメロディであるが、
同様に広く知られたオリジナルの歌曲より、
愛にまつわる音楽の最も短い一覧にも不動の地位を占めるであろう。
オリジナルの歌曲は、フライグラフの詩への付曲。
愛の喪失は惨めなので、愛せる時には愛せと繰り返す。


・・・・・・・
文字数が多すぎて怒られたので、
この続きは、次回に回す。

*********************

1985年から98年の録音が収められ、十数年の重みがここにあり、
豊富な図版、新たに書き下ろされた詳細な解説など、
ダイジェスト版ながら、まったく手抜きが感じられない。
むしろ、各巻の解説より、ちゃんと書いてある曲さえもある。

ハイペリオンは、畏敬すべきレーベルである。

得られた事:「体系的な視野をもった製作者の熱意しだいで、ダイジェスト盤でも、立派な名盤となりうる。」
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by franz310 | 2007-10-13 18:56 | 音楽

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その91

b0083728_154725.jpg個人的体験:
リストがピアノ独奏用に、
編曲したシューベルトの歌曲に、
しばらくはまってしまった。
さらに、そこに、ヴィオラを追加して、
歌わせた作品のCDも聞いた。

またまた脱線気味ではあるが、
では、果たしてリスト自身は、
ヴィオラに対して、
どのような音楽を、
書いていたかと考えた。


そこに、「フェレンツ・リストとヴィオラ」という、
そのものずばりのタイトルのCDがあって、さっそく聞いてみた。
ハンガリーのフンガロトン・レーベル。
リストなら任せてくれ、といわんばかりの会社だが、
ピアニストはイギリス出身、アメリカで活躍する技巧派イアン・ホブソンで、
ヴィオリストがハンガリーの名匠、ERDELYIである。
アメリカ、イリノイ州の録音というのも、ちょっと、ハンガリーらしくないような。

が、表紙には、古風なコモ湖の風景画があしらわれて、とてもよい雰囲気。
作者は、G.A.Mullerとある。
ミュラーとは、「水車屋の娘」や、「冬の旅」を書いた、
W・ミュラーとは関係ないのかあるのか。
この前、ヘルトリングが朗読していたミュラーの略伝では、
「父は仕立て屋で気ままな性格のために、
貧しい生活を送らなければならず、
ヴィルヘルムの兄弟姉妹で、
成人しえたものは一人もなく、
彼は唯一の生き残りだった」とあったので、
兄弟ではなかろう。

また、そのエッセイでは、ミュラーは、子供たちが増えて、
金を稼がなければならなかった、とあるが、
この絵(版画?)は、シューベルトやミュラーの死後すぐの、
1834年の作とあるから、作者は、彼の子供の世代ではなかろう。

収録曲の内容は何のことはない。
ベルリオーズが書いた、ヴィオラと管弦楽のための交響曲、
「イタリアのハロルド」のオーケストラ部をピアノに編曲した作品が、
大部分を占めていて、小品が5曲収められている。
この小品が、ではヴィオラ用の作品かというと、
多くはヴァイオリン用、チェロ用であって、これを、
ヴィオラに編曲したものである。

だから、表紙の肖像画もリストと並んで、
ベルリオーズが出ている。
このリスト、晩年のもので、畏友ベルリオーズより、
年寄り扱いはないだろうというような感じもする。

これで、本当に、「リストとヴィオラ」という題名に相応しいかと、
いぶかってしまうが、私は、この「ハロルド」もベルリオーズも好きなので、
ついつい入手。

前回、タベア・ツィンマーマンの演奏でシューベルトを聞いたが、
まさしく、私は、タベアの弾く、ハロルドを実演で耳にした。
この交響曲、夢想派の主人公ハロルドは、ヴィオラで表わされるが、
終楽章では山賊にぼこぼこにされて、息絶える。
従って、終楽章ではほとんどヴィオラが登場しないのが、
いかにもアンバランスなのだが、そこがベルリオーズらしくて面白い。
今井信子などは、ステージ上で、ただ、立ち尽くしていた。
タベアは退場したが、終わりの方で、追想されるように登場する時には、
なんと、客席、というかバルコニーに現れてこの部分を弾いたので、
びっくりしたものである。

この部分、このCDでも、
舞台裏から?響いて来る効果が入っていて、
それが、この世の音ならぬ冴え冴えとした音色で演奏されていて、
どこか、遠くに連れ去られるような趣き。
一瞬であるが、それだけでも心震える。

そもそも、ベルリオーズ特有のカラフルで奇抜な管弦楽を、
ピアノ一台で弾いてしまおうという発想からして、
正気の沙汰ではないのだが、
そうした破天荒あってこそのロマン主義。

リストの常軌を逸したピアノなら、ほとんど不満は感じない。
終楽章など、ホブソンは、各音を明晰に響かせながら、
危なっかしい所すれすれを、気が狂ったように弾いている。
さすがにリスト、腕が何本あるか分からない。
この効果で、輝きのある色彩感、
分厚い管弦楽の重量感を見事に再現した。

反対に、繊細な部分もうまくやっている。
この曲で、印象的に、ハープがぽろろんと鳴る部分も、
ピアノの音色なら違和感もない。
背景が管弦楽でなく、ピアノ一台となったお陰で、
いっそう目立つようになったヴィオラも、暗い色調を生かし、
そこに情熱を秘めた存在感の際立ったもので、
聴き応えがある。

また、このCD、解説には、
期待にたがわず、ヴィオラのことが沢山書かれている。
筆者を見ると、何と、Csaba Erdelyiとあるではないか。
演奏しているヴィオラ奏者自身が解説を書いていた!
さすが、「リストとヴィオラ」!

しかも、文中に出てくる、リストの言葉(ドイツ語)、
ベルリオーズの言葉(フランス語)は、
すべてこの人が訳したと、わざわざ注記されており、
さりげなく博学をひけらかしているところが何とも。

「エクトール・ベルリオーズ、この19世紀の、
オーケストラ音楽の革命的巨匠は、
彼の革新的な標題交響曲、『イタリアのハロルド』において、
音楽史上初めて、オーケストラの前にヴィオラを立たせて、
主役として、ある個人(ハロルド)を表現した。
ヴィオラはまさしく、弦楽器ファミリーの中央に位置し、
人の声に近い音域と音色を有している。
これは、心から直接響いてくるような、典型的な人間の象徴である。
ベルリオーズもリストも、ヴィオラについて、
特に、音楽の中で、詩的で内省的な性格を表わすのに相応しい楽器としている。
ベルリオーズ自身の言葉では、以下のようなものがある。
『すべての楽器の中で、
その優れたクオリティが、長い間、
認められていなかった楽器がヴィオラであって、
ヴァイオリンと同様、機敏であり、
高音は、憂いを秘め、情熱的に輝くにもかかわらず、
低音には特徴的なハスキーな音色がある。
この高貴な楽器は、魅惑的でうっとりとさせ、
確実なる表現力を有する。』
(Treatise on Orchestration, 1844)
『独奏ヴィオラは一人の人間のようであり、
ある種のメランコリーに満ちた夢想家で、
自身の人格を立派に持っている。』
(on ”Harold”,Memoirs,1854)
いかにベルリオーズが、彼の創作活動の上で、
ヴィオラの素性や可能性を深く知り尽くしていたかは、
『幻想交響曲』や、『ロメオとジュリエット』、
『ファウストの劫罰』のような管弦楽の大作の中で、
特徴的で重要なヴィオラパートを書いていることを、
思い浮かべるだけで十分である。
ここに、上述の作品を書いている間に、
彼が、この高貴な楽器を表わすのに使った言葉のコレクションがある。

『居心地よく、暖かく、親密で、何かを想起させ、
愛らしく、素晴らしく、ロマンティックで、高尚、
陽気で、楽しく、人間的、現実的、暗い、魔力のある、
独立した、積極的で、英雄的、子供じみて、無垢、
聖なる知識で霊感に満ちている』。」

これでは、ほとんど「ベルリオーズとヴィオラ」という題名の方が、
相応しいような内容ではないか。
著述家でもあり、管弦楽法の大家であるベルリオーズであるから、
これくらいの事は書くであろう。
いよいよ、「リストとヴィオラ」についての記述が始まる。

「音楽上の盟友とみなしたベルリオーズを擁護し、
献身的な活動を行ったリストの言葉を読んでみよう。
『ヴィオラは、ハロルドの声の象徴であり、
ヴェールがかかり、隠された彼の深い思想を表わし、
自然界をあてもなく彷徨う、感受性豊かな人間の、
呼吸のようにオーケストラの中を進む。
神秘的な風景に囲まれた彼は、
まるで、遠洋のイルカのごとく、
無限のエーテルの中に沈み、
休むことなく、世界の究極の境界を求め、
畏敬に満ち、子供じみた単純さで、
彼の思考はなだれ落ちる滝のようにあわ立ち、
火山の底の溶岩のように渦巻いている。」
(ベルリオーズと、彼の『ハロルド交響曲』分析 1855)」

うーむ、これは、ベルリオーズの交響曲の分析にすぎず、
リストのヴィオラ観とは言いがたい。

「リストの書簡からも、
ベルリオーズと親交を深める上で、
『ハロルド』への興味と傾倒は、
重要な部分を占めたということがわかる。
彼らの友情は1830年、パリでの、
『幻想交響曲』の演奏会に始まり、
これが、リストが編曲した最初のベルリオーズの大作の、
ピアノ編曲(1833)へと繋がった。
ベルリオーズが『ハロルド交響曲』のスコアを、
『ヴィオラ協奏曲』を依頼してきたパガニーニの示唆によって、
1834年に書き上げた。
しかし、パガニーニは、そのスコアを見て、
『単にハロルド』になることを拒絶した。
彼はもっと、『自分自身』を誇示したかったのだ。
2年後(1936)、リストは独創的な、
ヴィオラ-ピアノ編曲を作り、友人の音楽が、
さらに多くの聴衆に届くようにした。
たった一つのピアノが、
オーケストラの全ての錯綜と輝きを受け持ち、
演奏を成功させるには、超人的なパワーと、
想像力がピアニストに求められる。
この曲は、原作と同様の素晴らしい経験を、
リサイタルホールに持ち込むことが出来るものだ。」

うーむ、この文章も、リストの素晴らしいピアノについては分かるが、
ヴィオラとは関係なさそうである。
が、編曲されたのが1836年、このCDの表紙の絵と同じ時期。
こうした統一感は好きだなあ。

以下の熱に浮かされたような文章も、
いったい、何のことだかよく分からない。
おそらく、リストの「ハロルド論」の引用なのであろうが、
長々と続く割には、ヴィオラのことからは、
いつの間にか遊離してしまっている。

このだらだらとした文章から、「イタリアのハロルド」が、
元来、バイロンの詩に触発された作品であって、
その主人公がロマンティックな想像力の産物であることを、
読み取らなければならない。
初めて、この曲の事を知るのは、ちょっと無理ではなかろうか。
「何故ハロルドで、何故、イタリアかと、
リストは問いかけ、オリジナルのインスピレーションの源泉、
バイロンによる『チャイルド・ハロルド』を引用する。
『永遠のさすらい人は、安定から逃れて、
駆り立てられる。私は、私自身ではなく、
私を取り巻くものの一部、高い山々には愛情を覚えるが、
町の喧騒は私にとっては拷問なのだ。』
リストはさらに問う。
『ハロルド』の第四楽章のように、良きにつけ悪しきにつけ、
これは、絶え間なく、山賊に襲われる、
創造力豊かな芸術家のポートレートなのか。
いつまでも失恋の失望を引きずって、
どんな類の環境にあっても、自身から逃避できない、
高貴で情熱的な、追放された巡礼のポートレートなのか。
殉教者を賛美しつつ、
人類のことを案じ、歓喜に至る戦いに疲れ果て、
彼は、言葉にならない魔法、生ける幻なのだ。
ハロルドとは、ベルリオーズのことであり、
リスト自身のことであると、リストは認識するに至る。
では、何故、イタリアなのか。
この曲を書くことを勧めたパガニーニがイタリア人だから。
しかし、リストによると、さらに深い理由がある。
イギリスのバイロン、フランスのベルリオーズ、
ハンガリーのリスト自身も含め、
地中海の、新鮮さ、地上の自然、永遠の美に、
癒しを見出したのである。」
ふざけるな、と言いたくなる解釈である。
ハロルドの物語をイタリアに持って行ったのは、
ベルリオーズの創作であり、バイロンは知らないことであり、
リストはその編曲者にすぎないではないか。

「彼らのパーソナリティは一つになって、ハロルドとして歌われる。
『ハロルドを乗せるに、ヴィオラは、ヴァイオリンより相応しい。』」
ちょっとまて、これが結論ですか。
これでは、ベルリオーズの提案に乗っかっただけではないのか。
とにかく、ベルリオーズの提案に服従して、さすがのリストも、
ヴィオラパートは、この曲の魂と考えたようである。

ベートーヴェンの「第九」の編曲では、
合唱のパートまでピアノに移し変えてしまったリストであるが、
このヴィオラパートには手を出せなかったということであろうか。
これはこれで、よく吟味すべき命題ではあろう。

この後は、残りの小品の解説が続く。

「ハロルドの編曲に先立って収められた5曲のリスト晩年の作は、
すべて、音楽的な幻視に基づく、強烈に個人的な声明で、
彼の時代の理解をはるかに超えるものであった。
それらは天上の事象が、地上のはかない命に和解を申し入れるもの。
これらをリストは繰り返し、異なるバージョンに改作し、
これらの曲を『絶対音楽』として、
様々な楽器表現で演奏可能だと考えていた。
これらのオリジナルは、ピアノ曲であったり、
ハーモニウム、ハープ、弦楽、声楽であったりする。」

「忘れられたロマンス(S.132)
声楽とピアノのための曲がオリジナルで、
『O pourquoi donc』(1843)というタイトルであった。
1848年にピアノ版を作り、
1880年にヴィオラとピアノ用に改作した。
ヘルマン・リッターという、ワーグナーの、
バイロイトにおける主席ヴィオラ奏者に献呈された。
ここで、リストは新しいコーダを追加し、これは、
イタリアのハロルドの第2楽章の『巡礼の行進』からの、
有名なヴィオラ・アルペッジョを思い出させる。」
この「O pourquoi」何とか、という歌曲は、
何なのだろうか。
ものの本には、「ああ、いったいなぜに(女の涙)」だとあるが、
内容不明。
しかし、解説で書かれて気が付いたが、確かにこのコーダは、
ハロルドにそっくりである。
ベルリオーズとリストは、後に決裂したようだが、
1880年といえば、ベルリオーズの死後、10年も経っている。

「エレジー第1番(S.130)
リストとワーグナーの熱狂的パトロンであった、
Marie Moukhanoff-Kalergisの思い出のため書かれ、
1874年の作だが、5つの版がある。
独奏ピアノ、チェロ-ピアノ-ハープ-ハーモニウム、
ヴァイオリン-ピアノ、チェロ-ピアノ、ピアノデュオ。
(ここでは、ヴァイオリンやチェロの版に準拠。)」
これまた、それがどうしたという解説。
曲は、ひたむきで情熱的な曲想であるが、4分程度で終わる。
なぜ、ハーモニウムなどを使った、幻想的な演奏で聞かせてくれないか、
という気持ちが強くなる。

「エレジー第2番(S.131)
前曲の3年後の作品で、その最後の音から続けられて始まる。
リストの最初の伝記を書いた人で、第一エレジーへの共感に感謝して、
Lina Ramannに捧げられた。
3つの版があって、ピアノ独奏、ヴァイオリン-ピアノ、
チェロ-ピアノで、この二つのピアノ伴奏は同一。
(これらを合わせてヴィオラ版として演奏。)」
曲想も前曲と似ていて、何か激しい印象を与えるやいなや終わってしまう。

「悲しみのゴンドラ(S.134)
1882年12月、リストはヴェニスに滞在し、
ワーグナーの客となった。
ここで、あたかも予言の告知であるように、
彼はこのタイトルでピアノ独奏曲を作曲した。
1883年3月にワーグナーは死去、
彼の亡骸はバイロイトに運ぶ汽車までの間、
葬送のゴンドラで運ばれた。
1885年、リストは、オリジナルの6/8拍子を、
4/4拍子にして独奏ピアノ用に改作、
まだ満足せずに、ピアノと様々な弦楽器のために改作したが、
この音符はヴィオラの音域に完全にフィットしている。
この最後のバージョンは、17小節の薄気味悪いコーダで拡張されたが、
これは、ショスタコーヴィッチのヴィオラ・ソナタ(1975)の、
最後の別れに直結している。
不思議なことに、偶然ながら、この悲しみのゴンドラの最終バージョンが、
最初に出版されたのが1974年であった。」
この曲は、有名なものであるが、
ヴィオラで演奏できるとは知らなかった。
非常に気味の悪い作品で、
昔、クリダがリストのピアノ曲を体系的に録音したときも、
妙に印象に残った作品である。
しかし、尻切れトンボのような曲で物足りなかったが、
ここにあるように、妙なコーダによって、その不満はぬぐわれた。
何か、永遠の問いかけのような趣きがあって、泣ける。

ピアノだけでも十分、おどろおどろしい作品ながら、
リストは、さらに弦楽によって、
悲痛な歌を強調せずにはいられなかったようだ。
小曲集の中では一番長く、悲痛で、最も聴き応えがするが、
しょっちゅう聞いていると気が滅入りそうである。

「ノンネンヴェルトの僧院にて
ノンネンヴェルトとはライン川に浮かぶ美しい島で、
有名なベネディクト派の修道院がある。
1841から3年間、リストは、夏休みをダグー伯爵夫人と、
二人の間の3人の子供と、ここで夏休みを過ごした。
1841年、『ノンネンヴェルト』という歌曲が書かれ、
このメロディを好んだリストは、何度か歌曲やピアノバージョンに使った。
1880年、最後のピアノ独奏版は、回想の気配がにじみ出て、
さらに弦楽とピアノ用に拡大された。
ヴァイオリンやチェロがメロディを歌う。
この二重奏バージョンは手稿のままで、出版もされていない。
(このヴィオラ-ピアノ版は、手稿によっており、すぐに印刷される予定。)」

この作品は美しい。このエピソードも心を打つ。
ただし、先ほどのロマンスと同様、
元の歌曲が、どんな内容だったのか分からない。
それはいつも気になる。

ダグー伯爵夫人も亡くなっており、リストの長すぎた生涯の晩年は、
様々な知人との死別で満ちていて悲しい。

そもそも、リストの作品は未整理のものが多すぎて、
録音も体系だったものが困難なのである。
シューベルトの作品が、ドイッチュ番号で統一されているのは、
非常に有難い。

このように、ヴィオラの持つ人間の声を思わせる音色は、
ベルリオーズによって開拓されたが、リストもそれに便乗し、
晩年の作品をこの音域の弦楽で彩った。

シューベルトの五重奏曲「ます」からは大きく脱線したが、
この楽器の魅力が、どのあたりにあるかを、
かなり良く味わうことのできるCDであった。

得られたこと:「ピアノの神様のようなリストですら、晩年には、人声にも似た弦楽の音色での心の叫びを必要とした。」
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by franz310 | 2007-10-07 15:50 | 音楽