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クラシック音楽への愛と悲しみの日々
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その85

b0083728_15245285.jpg個人的経験:
前回取り上げたCDの、
芸術監督は、
Rene Koering
という人だったが、
彼の解説は、
リストの伝記にも
出ていないような、
面白いエピソードを
次々と紹介してくれて、
私を驚かせた。

ベートーヴェンやマーラーなどは、非常に多くの評伝があって、
何となく、その生涯のイメージや、どんなことを言ったかまで、
広く知られているところだが、リストに関しては如何だろうか。

シューベルトも、多くの書簡や関係者の回想が残っていて、
その短い生涯ゆえか、比較的多くの具体像を想起することが出来る。
「ます」の五重奏曲の関係で言っても、着想の地、シュタイアーに対して、
「言語に絶する美しい地」と手紙に書いてみたり、
そこで受けた歓待なども、直接的な証言によって、
広く知られるものである。

考えてみれば、まだ、生存中だった、シューベルトの関係者に接触して、
その思い出を書き留めるよう促した最初の人がリストであった。

例えば、シューベルトの不朽の傑作、「未完成交響曲」を所持していた、
アンゼルム・ヒュッテンブレンナーなどは、
1858年にこう書いている。
「5年ほど前に私は求められて
『作曲家フランツ・シューベルトの生涯からの断片』を書き、
この小文をラトカースブルクからヴァイマルのリストのところに送りました。」
5年前といえば、1853年。
リストが、シューベルトの大作、歌劇「アルフォンソとエストレッラ」を初演する、
前年のことになる。

(ちなみに、ヒュッテンブレンナーは、「未完成」以外に、
歌曲「ます」の自筆譜も所有していたらしく、
繰り返し、そのことを自慢している。)

この時期、リストの、シューベルトに関する関心が高まっていた理由は、
シューベルトの友人で、この歌劇の台本を書いたショーバーが、
リストの秘書をしていたからである。

が、リストは、こうして集めた資料を有効利用できなかったようだ。
このヒュッテンブレンナーも、
「今日に至るまでリストから私の書き物を
受け取ったという知らせを受けておりません。」
と書き、これ以上、リストに手紙を書く気はないと怒っているし、
シューベルトの兄、フェルディナントから受け取った手記も、
入手しながら紛失し、1857年には、
リストは、この伝記の計画を放棄しているからである。

リストが何人の関係者に、手紙を送ったかはわからないが、
先のショーバーは、どういった役回りを演じていたのだろうか。

友人たちの回想を見ていると、
シューベルトに、しばしば悪影響を与えた人物として、
この人は記述されているから、
もし、リストのバックにショーバーがいて、
こういった記述や、自分を無視したような記載を、
送られて来た文章に見出したとしたら、
即座にそれを破り捨てたはずである。

そもそも、このケンナーなどは、
リストのことを、「音楽詐欺師」とまで呼んでいるのである。
この詐欺行為は、シューベルトの歌曲を改編したことを言っていて、
こう書いている。
「オーストリアがほんの部分的に
彼の作曲したワルツを誉めそやしている間に、
パリから彼のリートに対する喝采の声が響いてきた時、
そしてある音楽詐欺師がシューベルトのリートを
自分自身の名声のために利用して、
それで大衆に受けた時にも、同様の気分を感じたものです。」

「同様の気分」というのは、生前評価されなかったシューベルトのことで、
一世代が経過してから栄誉が与えられるということに、
ケンナーは、「納得の出来ない苦しさ」を感じたというのである。

また、ラッハナーのような人の回想には、このような部分があって、
ケンナーの憤りを数値化してくれている。
つまり、シューベルトの生前、出版社は、
シューベルトの歌曲は売れないとして、一束につき、
15グルデンしか払わなかった。

しかし、同じ出版社は、シューベルトの死後15年経って、
しゃあしゃあとこう言ったという。
「ピアノ用に作られたこのシューベルトのリート集が
どんなによく売れるか、あなたには想像もおつきにならないでしょう。」
「しかし私はリストにもその代価として500グルデン、
銀貨で払わなければならなかったのですよ。」

このような悪人、リストに関しては、残念ながら、
あまり多くの資料が日本で紹介されることはなかったが、
ヨーロッパなら、シューベルトの友人たちが残したような、
興味深い逸話がまとめられているのかもしれない。
何しろ、多くの弟子を持ち、家庭も持ち、
シューベルトの倍以上の人生を生きたリストである。
残された資料は、シューベルトの比ではなかろう。

こうした資料をどこからか探して来て、
それらを駆使して、シューベルト/リストのCDの解説を書いた、
このケーリング?という人は、いったい何者なのだろうか。

そう思っていると、なんと、そのCDと同じ、EUTERPレーベルから、
彼の作曲した、交響曲第三番「Jonas」と、
「ヴァイオリン協奏曲」などをカップリングしたCDがあることが分かった。

しかも、出来すぎた話で、嘘のように思われるかもしれないが、
それがCDセールで安くなっていたので、思わず購入してしまった。
ヴァイオリン独奏が、美音で知られるアモワイヤルであることも、
それを促す要因となった。

ということで、シューベルトの「ます」の五重奏曲から、大きな脱線である。

さっそく、解説をむさぼるように読んでみた。
さすがに、現代の作曲界の生々しいニュースであるだけに、
理解に苦しむものだが、その多彩な活躍は伺えるものだ。

「作曲家Rene Koeringは、1940年、アルザスに生まれ、
ストラスブール音楽院で音楽を学び、
作曲のみならずピアノとオーボエを専攻した。
1960年にダルムシュタットで
ブルーノ・マデルナについて学ぶよう勧めたのは、
ピエール・ブーレーズであった。
1965年からは、まさしくストラスブール音楽祭を手始めに、
ヨーロッパの主要な音楽祭で、作品の発表を続けている。
彼は、1970年代初頭の音楽語法やアプローチを精錬させ、
前衛と呼ばれる以前のユートピア様式を拒絶し、
聴衆に対し、音楽をそのまま聞かせることを好む。
その頃から、今日の個人と芸術の役割と位置づけなど、
これらの間に必要な関係を築くための、永続する繋がりを模索している。
彼の音楽語法は、過去のそれを破壊するようなものではなく、
それをむしろ評価し、当然、独自の方法ではあるが、
過去の様式を利用している。」
ということで、「交響曲」とか、「協奏曲」といった、
古典的形式を遵守しているのであろう。

「こうしたスタイルは、彼の著述にも反映されており、
『ベッリーニからプッチーニのベル・カント』や、
『リスト、ザ ヴィルトゥオーソ』や、
『ポスト・ロマン派とその結果としてのウィーン学派』などがある。
ケーリングは貪欲な好奇心によってむさぼり、
主要な音楽ジャンルに手を伸ばしてきた。
室内楽、協奏曲に交響曲、オペラ、
それに電子音楽、テクノミュージックと交響楽団との融合など。」
このような人ならではの解説だったわけだ。

「ケーリングにとって、音楽活動は、作曲に限ったものではなく、
1974年にはラジオ局のプロデューサー、
81年から85年は、ラジオ局の部長を務め、
モンテペリエのラジオ・フランス・フェスティバルを創設し、
1990年からはモンテペリエ国立管弦楽団の指揮者も務めている。」
ということで、この演奏も、この楽団。指揮はLAYERという人。

「芸術プロデューサーとして、ケーリングは、めったに聞けない作品を、
再発見することに情熱を傾けることで有名であるが、
それも、最大限に芸術領域を拡張したいという、
彼の豊かな音楽的才能の一部でしかない。」
こんな人がプロデュースしたのが、
前回のコズミンのシューベルト-リスト作品であったということだ。

貪欲な好奇心を持った「リストおたく」だったのだ。

交響曲「Jonas」は、グワーン、ジャーンと金管が咆哮し、
打楽器が炸裂すると、静かに、低音でブー、高音でシャーンと言っている、
いかにも元気のいい1970年代を思わせる作品で、1999年に作曲され、
2000年に改訂されている。
辞書で調べると、「Jonas」は、ヘブライの預言者「Jonah」とされ、
「不吉をもたらす人」という意味も見えて、今回はちょっとパス。

ヴァイオリン協奏曲の方は、まだ、親近感が持てる。
「1992年にアモワイヤルのヴァイオリンとリヨンのオーケストラで初演された
最初のバージョンは、「Alegria-Kochanski」という二重の献辞を持つが、
Alegriaは有名なパトロン、マダム・Beracasaのファーストネームで、
Kochanskiは、有名なヴァイオリニストで、アモワイヤルが所持している、
ストラディバリウスを所有したことで楽器の名前にもなっている。
ケーリングは1996年にスコアをモディファイ(修正)して、
第二版を作ったが、主要な変更は、ピアノを打楽器とティンパニにした点で、
第三のもので最終バージョンは、
2000年にアモワイヤルとモンテペリエのオーケストラで初演されている。
管楽器が主体のオーケストラサウンドとなっており、
特に金管の小さな音響群がブルックナーの余韻を形成している。」

ということで、フランスの作曲家ながら、ブルックナー志向である点、
非常に興味深い。曲調も、ばりばり系の交響曲より、瞑想的な雰囲気が好ましい。
特に、暑い時期には、こちらの方が癒される。
このCDは、初演時の記録のようだ。

「独奏はシェーンベルクやベルクの協奏曲のスタイルで、全編を通じて奏され、
ダブル、トリプル、クアドロプルのストップの技法が駆使され、
楽器の中音域を使わずに、高音や最高音が最低音のメロディと急激に行きかって、
広いレンジを使って緊張を高めるが、
ヴァイオリニストが天空の高さと、奈落の底を通って一体化する。
音楽は明瞭なエリアに分けられ、
短い技巧的なアラベスクと変則的なリズムによる散発的な音符を含む、
長い先細のメロディまたは音列と、
独奏ヴァイオリンが、規則的なリズムで質量を感じさせる
打楽器的なスタイルでの速いセクションから成っている。」
ヴァイオリン独奏によって、とてもなだらかな曲想がうねうねと歌われ、
キーン、たらららー、ぱぱぱぱー、どしゃん、キーンという感じ。
が、何やら、神聖で敬虔な感情が、非常に強い緊張感で張り詰めている。
聴いていて、味わいある作品である。

「第一楽章は、ケーリングが下記のように記述したテーマによっている。
『悲歌的なソロヴァイオリンと、ばらばらの破片のようなオーケストラ伴奏によって、
特徴づけられ、そのサウンドは、学校で百回以上も聴いたであろう、
“アヴェ・マリア”の記憶によって支配されている。
私は、その全フレーズを思い出すことが出来るし、作曲家についても思いを馳せた。
その50年もの間、私の中にあった、その聖歌のおぼろげな記憶を、
私は、この協奏曲の中に入れ込んだ。』」
この「アヴェ・マリア」とその作曲家とは、何なのだろうか。
無数にあるこの曲で、有名なのは、シューベルトとグノーであるが、
最初に奏されるヴァイオリンの断片的メロディは、
どうやら、グノーのもののように聞こえる。
戦争直後のフランスであれば、ドイツ系のシューベルトではなく、
フランス学派のグノーを取り上げていたとしてもおかしくはない。
リストなども同名の作品は残しているし、聖歌とあるので、
まったく別の作曲家であるかもしれない。

「第二楽章もまた、幼い頃に刻印された音楽の記憶を残しており、
『短い行進曲やブラスバンドの炸裂が聞こえるが、
これは明らかに小さな軍隊行進に関連し、占領された村のメインストリートを行く、
こうした軍楽隊を私は楽しんだものである。戦争の悲劇を知ったのは、
もっと後のことだった。』」
が、雰囲気は第一楽章と大差ない。
ひたすらに独奏ヴァイオリンが、時空を超えて飛行していく雰囲気である。
ようやく、後半になって、どこどこどこどこと太鼓が鳴らされ、
遊園地まがいのブラスの炸裂が気分を妨げるが、それも一過性のものだ。
ライブ録音で拍手で終わるが、盛大なものではない。
ヴァイオリンが消えるように終わるので、仕方あるまい。

このように、この協奏曲は、この知識欲、創作欲旺盛で、活動的な音楽家が、
もっとも純真だった時代に対する自らの追想に捧げた感じの曲想で、
そのピュアさが、私には妙に神聖に響く。

続いて演奏される「Aigaion」という曲は、
クセナキスに捧げた15分ほどの曲だが、
テクノサウンドと、オーケストラの競演が面白く聞ける。
この曲だけは指揮がBoscという人である。

さて、このCDの解説は、作曲家自身が芸術監督として、
監修したものだけに、最適なものと思われるが、
下敷きになっている「アヴェ・マリア」が、どの曲かわからないのがもどかしい。

ベルクの協奏曲のヒロイン、マノンの正体が分からないような感じだ。

また、現代音楽の常として、技法の能書きの把握が難しい。
料理人が、いろいろと下ごしらえや、使った調味料を長々と語って、
肝心の味が分からない、という領域の寸前まで行きそうである。

また、ジャケットはEUTERPらしくないのは如何なものか。
好感度UPしていた、このレーベルのイメージはぶち壊されている。

まるで、共産主義国家の遺品のごとく、小船の上に、労働者風の男が、
わんさかと乗り合わせている。何だこりゃのモノクロ写真。
これを見て、この曲の内容を図り知るのは不可能であるばかりか、
買わない人を増やす要因になっているような気がする。

b0083728_15253156.jpg幸いそのお陰で
売れ残って、バーゲン品となり、
私が入手できたという形であろうか。

Design&Photoには、
noir&blancとあるが、
これまた何のこっちゃ。
デザイングループであろうか。

前回も書いたが、大丈夫か、
Rene Koering!
画竜点睛を欠いているぞ。

得られた事:「ケーリングは、音楽プロデューサーであると共に、大曲を聞かせる作曲家でもあって、極めて有能な音楽家であるが、彼の監修のCD全てに、その神経を行き届かせているとは思えない。同様に、ケーリングが好きなリストもまた、シューベルト作品の普及に対しては、後ろ指を刺されるシーンも多く、『音楽詐欺師』とまで呼ばれた。」
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by franz310 | 2007-08-26 15:26 | 音楽

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その84

b0083728_20221768.jpg個人的経験:
ロマン派の
ピアノの巨匠、
フランツ・リストは、
同じファーストネームの
先輩、シューベルトの
歌曲をピアノ独奏曲に、
また、ピアノ独奏曲は、
ピアノ協奏曲風にと、
様々な工夫を行って、
その紹介に貢献した。

今回のCDは、その延長で取り上げて見たが、
非常に紛らわしい内容表記と収録曲で、
多少、悩ましいものである。

まず、内容表記であるが、
題名には、SHUBERT/LISZT Melodiesとある。
Leonid KUZMIN, piano
とあり、クズミン?という人がピアノを弾いているようだ。

Melodies(transcription pour piano de Liszt)とあって、
1. Die Schone Mullerin
2. Der Muller und der Bach
・ ・と続き、
7.Auf dem Wasser zu singen
とあるので、歌曲集「水車屋の娘」からの歌曲の編曲から始まり、
前回、ボレットのピアノで弾かれていた「水の上で歌える」も、
取り上げられていて、前回取り上げたものとも、
演奏比較も出来ることが分かる。

しかし、最後に、
10.Fantaisie Opus 103 D940
とあるのは、いかがなものか。
これは、前々回、管弦楽化されたものを紹介した、
「4手ピアノのための幻想曲」であるが、
通し番号で、10と書かれると、
リスト編曲のものだと、誤解するではないか。

これまで、いろいろ調べてみたが、
この曲をリストが編曲したという話はない。
確かに、(version pour deux mains-L.Kuzmin)とあるので、
このCDのピアニスト、クズミンが2手のため、
つまりピアノ独奏用に編曲したもののようだが、
さっきは、transcription pour piano de Lisztとあり、
今回はversion pourとあるから、リストの編曲があって、
さらにクズミンがそれを下敷きに別バージョンを作ったとも読める。

が、おそらく、リストの曲集で人集めをして、
最後に、ピアニストが自分の才能誇示のために、
この編曲版を添付したものと思われる。

CDの解説を読むと、1964年生まれ、ベラルーシ出身の人だという。
またまた、ボレットよろしく、こんな紹介である。
「19世紀のヴィルトゥオーゾの伝統を受け継いで、
流星のように登場した。」

こうした肩書きは、ベルマン、ニエルハージ、ボレットで、散々聞かされ、
いずれも、リストを弾いて消えていった方々である。
今回は、かなり若い世代であるのが違うが。
20世紀も後半に生まれた人が19世紀の伝統を受け継ぐ、
というのも無茶な話ではなかろうか。

まあ、旧共産圏から出てきたら、何でもありという気もするが。
ニエルハージは、貧民窟かなにかに隠れていたという、
すごい紹介のされ方だったので、大抵のことなら、
多くのファンは驚かなくなってしまい、本当にそうかという、
詮索すら面倒になってしまった。

選曲は確かに、19世紀風かもしれないが、
ボレットと比べると、線もシャープで、細く、
そのせいか、「水の上で歌える」の終曲部など、
何だか渓流くだりのような感じになっている。

このCDの解説によると、
クズミンはまだヨーロッパでは有名ではないとある。
が、以下の経歴を見ると、何故、有名でないのか不思議なくらいである。

1984年のアメリカの国際コンクールでファースト・プライズを受賞、
ニューヨークでは、first-class Pianistと呼ばれ、
1989年には、ニコライ・マガロフの指導を受け、
1991年には、ブタペストのフランツ・リスト・コンクールで優勝した。

それよりも、
もともと四手のために書かれたピアノ曲を、
管弦楽のために編曲したもの(モットル編曲)を聞いた後で、
それをピアノ独奏曲(クズミン編曲)にすると、どうなるか、
非常に興味深いところである。

このCD、非常にお洒落な表紙が印象的である。
EUTERPというレーベルで、並んでACCORDの文字もあるので、
このフランスの名門の関係であろう。
ACCORDは、どちらかといえば、渋くて重厚なデザインであったが、
それのライト版と捉えればいいのだろうか。

しかし、その前に解説を見ていて、それだけで、
実は、かなりびっくりした。
この解説は面白い。

前回、紹介したフィッシャー=ディースカウの言葉に代表されるように、
近年は、シューベルトの音楽の誠実な紹介者としてのリスト像が、
確立しつつあるというのに、こんな具合なのである。

「Schubert/Liszt per Leonid Kuzmin」
と題されている。著者は、Rene Koeringという人。

「おおよそ56曲ものシューベルトの歌曲を、
ピアノ独奏曲に編曲したフランツ・リストの目的は、
少なくとも三重の目的があった。
何よりもまず、リストがヴィーンに1838年に来たとき、
まだまだ無名であったシューベルトの紹介に尽力したこと。」

ここまでは、先回の紹介と同じであるが、
さらに二つ以上の下心?(goal)があったとは、
どういうことであろうか。

「第二に、彼は前代未聞の奇抜さで、
難技巧をひけらかしたということで、
同じ職業の仲間たちを激怒させた。
一例として、異常な『魔王』では、
弁解ができないほどの厚かましさで、
勝手で自由な編曲を見せ、
モシュレスやカルクブレンナーなど、
同時代の巨匠たちを大いに挑発した。
小指を五重に反復させる八分音符を付加し、
『これでどうか』と、異常な速さで弾ききった。
もう一つの派手な例としては、
シューベルトの原作でも十分に困難な、
伴奏パターンに、シューベルトの神聖なメロディを織り込むことで、
アルペッジョの塊の中で、交互に親指での歌を入れ、
驚異的な効果を出している。」

このような、曲芸の材料として、シューベルトが使われたというのが、
この解説者の説明であるが、さらなるリストの目的は、
いよいよ低次元の話、より現実的な話になっていく。

「三つ目の理由は金銭面である。
この小さな作業は、非常に効率的であった。そう、たいへん効率的だったのだ。
1828年10月、彼は実際、こう書いているのである。
『善良なる老ハスリンガー(出版社)は、私をシューベルトで攻め立てる。
私はいま、また24の新しい歌曲を送ったところだが、
今はすっかり、この仕事で疲れ果てている。』
そして、さらに、
『この七曲のシューベルトの歌を、彼にプレゼントする気はありません。
私は少なくとも300フランは受け取れるはずです。
間違いなく、この非常に注意深く編曲された曲集は、
成功を収めるでしょうし、よく売れるはずです。』」

このように、リストの下心を、一つずつ暴いていくのが、
このCDの解説の面白いところだが、それがどうした、
という感じがしないわけではない。
タイトルに、コズミンによるシューベルト/リストとあるが、
コズミンは全く出てこないからである。

その代わりに、リストのゴシップが次々と紹介されていく。
「一方、さらにもう一つの最後の理由、さらに親密な動機を、
加えることも出来るだろう。
これは、彼が手放したくない女性に対して、非常に有効な誘惑になったのだ。
私たちは、マリー・ダグーが好きだったのが、
『花の散った菩提樹』だったことを知っているが、
一つの恋愛ゲームとして、リストは彼女のクリスチャンネームにあやかって、
『アヴェ・マリア』を捧げ、この楽曲は、その破局後も、
二人の痛々しい関係のサインとなった。」
ここでは、収録曲である「アヴェ・マリア」が紹介されているが、
次のセンテンスでは、収録曲以外の紹介に及び、
この解説者が、本当に、このCDの解説を書きたいと思っているかが疑われる。

「同様に、『君こそが憩い』では、
リストはヴィットゲンシュタイン夫人に、
『シューベルトの歌曲を覚えていますか。
私は、あなたのためだけに、この曲を弾くことが出来るのです。』
フランシスコ派の神と、若い色男に感謝。」
フランシスコ派とは、アッシジの聖フランシスを祖とする宗派で、
貧困と謙遜を重んじた神秘主義的な傾向を特徴とする。
皮肉であろう。

ここでの、「君こそが憩い」も、このCDには収録されていない。
先に、不満点が二つあると書いたが、このように、
解説と内容の不一致を感じる商品となっている。

ちなみに、収録曲は、先にも少し触れたが、
歌曲集「美しい水車屋の娘」から2曲、
これと、三大歌曲集をなす、「冬の旅」と「白鳥の歌」から、
1曲ずつの2曲(「菩提樹」と、「鳩の使い」)、
これらが両端に置かれ、
「聞け、聞け、ひばり」、「魔王」、「アヴェ・マリア」、
「乙女の嘆き」、「水の上で歌える」といった、
有名な歌曲5曲が並んでいる。

その後に、例の幻想曲が来て、トータル56分程度。
何となく、曲数が少ないような気もするし、
内容に不統一を感じたりもする。

そもそもこのシリーズの主題であるピアノ五重奏曲「ます」の主題となった、
歌曲「ます」の編曲版が収められていないのが不満である。
この「ます」については、後述のように、
解説で触れられているのにもかかわらず。

リストは、それぞれ20曲、24曲の歌からなる、
「美しい水車屋の乙女」や、「冬の旅」から、
限られた曲しか編曲していないが、そこから、あえて、
さらに曲数を絞った理由などが知りたいが、その理由は書かれていない。

これらの中では、「水車職人と小川」は、なかなか泣かせる編曲であり、演奏。
「鳩の便り」も素晴らしい。
ここに収められた作品は、大筋、素直な編曲だが、
「菩提樹」や「アヴェ・マリア」などは、装飾過剰で、
装飾音の塊のような感じがしないでもない。

さて、解説に戻ると、ここからが、
この一文の中でも、特に重要な一節と思われる。
「これらのシューベルト歌曲のトランスクリプションに関して言えば、
リストの姿勢は明快であり、改作(アレンジ)ではなく、
写し代え(トランスクリプション)で、
1837年には冗談ではなく、彼はこうも書いている。
”『ます』について言えば、そのままでも十分おいしく、
新鮮で、品も良いとも、あなたは言うことが出来ましょう。
しかし、私はそれを、決してアレンジしたのではありません。
これはあくまで、私の責任において料理したのです。”」

幾度となく、アレンジとトランスクリプションの違いについて、
考えさせられて来たが、この一節は、その答ともなっている。
つまり、トランスクリプションは、楽器変更に伴う、
最小限の適応化処理みたいなニュアンスを感じる。

では、五重奏曲「ます」は、歌曲「ます」のアレンジなのか、
トランスクリプションなのか。その楽器の特性を生かしきったという意味では、
トランスクリプションだろうが、その変形の大きさでは、アレンジとも思える。
が、原曲の精神を残しているという意味では、アレンジではないかもしれない。
是非とも、リストの言葉で、五重奏曲「ます」について、聴いてみたい。
「決してアレンジではなく、五重奏曲という形に相応しく料理したのです。」
とでも言うかもしれない。
そもそも、リストは、この五重奏曲を演奏したのだろうか。
また、同じ質問を、「さすらい人」に関してもしてみたい。

解説を見てみると、さらに「ます」について書いてある。
返す返すも、収録曲に含まれていないのが不思議である。

「この小さくかわいそうな創造物の主題に関して言えば、
マルセイユでのリサイタルの折、リストは、シューベルトの『ます』の
トランスクリプションを演奏することになっていた。
しかし、主催者は“Truite”と書くべきところを、
プログラムに“Trinite(三位一体)”と書いてしまった。
この印刷ミスによって、思慮深い聴衆は、
山の魚の気まぐれな身のこなしの中に、
聖家族の後光や神聖なる精霊の飛翔を聞き取ろうとした。
そこで、演奏の後、リストはその間違いに気づき、
シューベルトについてのスピーチを、シーザーに関するそれに変えた。」

この逸話は大変、面白いが、リストのいい加減さを読み取るべきか、
その時代のシューベルト紹介の中途半端さを読み取るべきか。
いずれにせよ、このCDを買った人は、「ます」を聞きたいのではないか。
だが、何度も書くが、ここに、それは含まれていない。

よく見ると、裏面には、Rene Koeringの名前は、
Direction artistiqueとあり、単なる解説者ではないようだ。
一体、どうしたことであろうか。
この立場であれば、せめてあと二曲を追加できなかったのか。
「君こそが憩い」と、「ます」を入れても、計60分ちょっとで済むだろう。

このCDの解説は、次のようにリストの成功の日々について語って、
かろうじて、収録されている「魔王」について触れてはいるが、
解説に出てくる多くの楽曲は演奏されず、
演奏されている楽曲の大部分は解説がないという、
まことにフラストレーションの溜まる状況なのだ。

「しかし、これらの輝かしいトランスクリプションのための、
一連の演奏会において、最大の、最も決定的な成功は、
傑作『魔王』で、聴衆の度肝を抜いて、
1841年のクリスマスに、ベルリンで始まった。
ロンドンでは、そこそこの成功しか収められなかったが、
皇室の前でのベルリンでは一つの勝利だった。
(彼が、10週ちょっとの間に、21のリサイタルを開き、
記憶の上では80の作品を演奏した、ということも考慮すべきであろう。)
前人未到の記録である。」

シューベルトの歌曲が、こうした勝利に寄与していたことは、
確かにあまり語られることはなかった。

リストが献身的にシューベルトを紹介したのは事実であろうが、
これが、自分にも益をもたらすものであったということが、
この解説者(それよりも芸術監督)の言いたいポイントなのかもしれない。

「当然、彼は身体を壊し、たくさんの女性ファンが、彼を甘やかせた。
ハイネが、『リストマニア』という言葉を使ったのもこの頃のことで、
伝染病のように、マニアはベルリンに現れ、
最も顕著な症状はヒステリーであった。」

ハイネは、シューベルトと同年代のはずで、
シューベルトは歌曲集「白鳥の歌」の半分を、
この見知らぬ詩人の詩で埋めたが、
ハイネは、自作の詩に作曲され、
さらにそれが改編されて演奏されるのを、
どう思って聴いたのだろうか。

「何人かの女性は、アクセサリーを作るために、
ピアノの弦を盗むのを目撃され、
他の女性は、巨匠の吸いかけのタバコを拾って、
官能的に胸の間に滑り込ませ、
また、彼のコーヒーカップの飲み残しを、
小瓶に集める人までが現れた。
結局、エルビスやビートルズのファンは、何も発明はしていない。
この狂人少女たちには、祖母たちがいたのである。」

このあたりの記述は、解説者の筆が乗りに乗っていることを伺わせる。

「シューベルトに対するリストの賞賛の証は、
ソナタや室内楽の演奏や出版にも見られ、
ヴァイマールにおける、愛すべきオペラ、
『アルフォンゾとエストレッラ』の指揮にも見ることが出来る。
しかし、この作曲家の、特に歌曲に対する愛情は、
彼の開いたリサイタルにおける、
これらの素晴らしいトランスクリプションの、
成功を伴っての紹介によって、高らかに宣言されている。」

ということで、クズミンが一番披露したかったと思われる、
「幻想曲」(ピアノ独奏版)については、一切、触れられていない。
残念なことだが、聴いてみて、私としても何を書いていいか分からない。
確かに二人で弾く曲を、よく一人で弾ききっているが、
アンサンブルならではの丁々発止の掛け合いの妙などを、
当然、ここからは聞き取ることは出来ず、
せっかくの愛の会話を、一人でつぶやいているような感じが、何だか虚しい。

得られた事:「リストは、シューベルトの最初の紹介者であったが、それは、彼自身にも有益な活動であった。」
その2、「解説記載の曲目と収録曲目の不一致には、限りない欲求不満を覚える。」
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by franz310 | 2007-08-18 20:28 | シューベルト

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その83

b0083728_844395.jpg個人的経験:
リストが編曲した
管弦楽伴奏付きの
「さすらい人幻想曲」。
私が、これを
最初に聴いたのは、
かつて、
一世を風靡した、
人気?ピアニスト、
ボレットの演奏による
ものであった。

ボレットは、キューバに生まれ、アメリカで学んだピアニストで、
1914年の生まれとあるから、1980年代に有名になった頃、
すでに、かなりの老人という感じがした。

この人は若い頃から神童として知られ、
ホルヘ・ボレーとか、ジョルジュ・ボレーと呼ばれて、
リストのレコードも出していたが、
その経歴から、名前の響きからか、
単にテクニックに走る人という印象しか持たれていなかった。

しかし、レコード会社を移籍し、老舗ロンドン・レーベルから、
大々的にボレットとしてプロデュースされるようになってから、
ラフマニノフやホフマン、果ては、
リストにまで繋がる巨匠ということになってしまった。
ロマンティックなグランドマナーという言葉が、
よく使われたが、実は、何がそう思わせるのかは、
よく分からなかった。

ただ、時代錯誤的な口ひげを蓄えた老人だったから、
みんな、そうかもしれないと思った。
少なくとも、異質な世界の人ではないかという印象は、
リストの肖像画と同様、強烈なものであった。

確かに、リストをバリバリ弾きそうな感じではあっても、
まったく、モーツァルトやバッハを弾くような容貌ではない。
事実、ロマン派以外の曲のレコードは記憶にない。

ところが、いろいろ調べても、
彼がどのような流派に属しているのかについては、よく分からない。
一説によると、ゴドフスキーの弟子についたとあるから、
やはり、スラブ系なのだろうか。
記憶によると、スタインウェイやベーゼンドルファーではなく、
ドイツのベヒシュタインの楽器を愛奏していたのではなかったか。

それがまた、味わいはあるが、切れ味のある楽器ではないがゆえに、
印象として、リストの超絶技巧感を弱めているような気がした。

いずれにせよ、このピアニストは、
ぬくもりのあるおおらかな音楽性で聞かせ、
集中的にリストを録音して亡くなった。

そんな彼の、「ベスト盤」みたいなCDがこれであるが、
「JORGE BOLET PLAYS LISZT」とあるのに、
有名なリストのピアノ協奏曲ではなく、
シューベルトの作品を、リストが編曲したものを、
いきなり弾いているところが仰天である。

この演奏では、伴奏しているオーケストラが、
ショルティ指揮の、ロンドン・フィルであり、
非常に機能的で、各楽器の音色も、新しい録音で美しく捉えられている。

ショルティにとっては、リストといえば、
お国ものであり、たくさんの録音を残しているが、
一度も感心したことはない。
そこに書いてある音符を正しく鳴らせました、
という以上の解釈があるとは思えない。

それぞれの音が繋がりなく鳴っていて、
それがどうした?という風に聞こえるのが難点である。

今回も、この演奏を聴いてみると、
シューベルトの作品に手を入れてまで、
新しい地平を夢見たリストの野心のようなものは、
あまり感じられない。

意欲的な問題作が、ゴージャスな珍曲で終わってしまっているような気がする。

これを聴いてがっかりした愛好家も多いのではなかろうか。

ブレンデル盤の方が、正面から問題を見つめている感じで、
妙に説得力や切迫感がある。
改めて聴くと、ステレオ初期の実験か、
ピアノがやたら左より、右奥から奇妙な金管が炸裂するなど、
録音上も、何やら怪しげな工夫がなされていて、
これがまた、常軌を逸してでも、何かを掴もうとしていた、
リストの姿勢にぴったりである。

必要以上に知性派のピアニストと、
現代音楽の紹介者、作曲家としても知られるギーレンが相手では、
グランドマナーや、正確な譜読みでこうした意識のなさそうな二人では、
懐古趣味の再現以上とは思えず、それでいて、
中心となる第二部の味わいも、ブレンデルの方に詩を感じる。

ただ、このCDには、リストの諸作品の他、
シューベルトの歌曲を、リストが編曲したものも、2曲、含まれている。
リストの紹介CDで、それまで出たたくさんの録音から10曲を選び、
あえて、3曲がシューベルト原曲というのも不思議である。
幻想曲は大曲なので、74分中、30分はシューベルト作品。
奇奇怪怪なリスト名曲集である。

そもそも、このピアニストがロンドンから現れた時、
この二曲を含む、リスト編曲のシューベルト歌曲集のレコードが、
デビュー盤のようになったのではなかったか。

実は、それ以前は、リストが編曲したシューベルトの歌曲などは、
アンコールにはなっても、それだけを集めてレコードになるような代物とは、
まったく考えられていなかった。

これ以前、大家と呼ばれる人で、こうした曲を弾いた人が、
どれくらいいただろうか。
(時を接して、確か、ホロヴィッツが、
ぽつりと、「セレナード」を録音したが、
これは、大変、話題になった。)

冷静に考えると、シューベルトの歌曲が芸術として完成されているのに、
何ゆえに、
ピアノの技巧をひけらかすような目的で書かれたと思われるものを、
芸術として味わう気になるだろうか。
「さすらい人幻想曲」もまた、同じであるが。

ということで、実は、このCD、
私も、怖いもの見たさのような感じで購入したもの。
ボレットというピアニストも、完全に変り種という扱いで、私は聞いた。
1989年の商品なので、もう彼の最晩年である。
ボレットは、この翌年、死去。
ロンドン・レーベルで活躍したのは最後の10年程であった。

では、このCDでは、リスト編曲のシューベルトは、
いったい、どのように解説されているだろうか。
「リストにとって、シューベルトは、全ての作曲家の中で、
最も詩的な存在であった。
そして、彼のアレンジによる『さすらい人幻想曲』(1851)は、
慎重かつ大胆なもので、それでいて、
その創意工夫は、シューベルトへの変わることない敬意によって、
十分に制約されている。
同じことは、56曲にも及ぶ、
シューベルト歌曲の編曲に対しても言える。」

さすらい人幻想曲の解説はこれだけ。
さすが、廉価盤で売られていただけのことはある。
このCD、そもそも、ボレットのカタログみたいな扱いなので、
ボレットのカラー写真などはたくさんあしらわれていて、
彼のCDの一覧も写真付きで美しいものの、
解説は、全曲分で、2ページしかない。

カタログを見ていて思い出したが、
ブラームスの「ヘンデル変奏曲」などは、かなり愛聴した記憶がある。
当時としては、珍しかったレーガーの「テレマン変奏曲」が聴きたくて、
いそいそと購入したものである。

このリストの名曲集、表紙デザインはそれほど悪くはあるまい。
老年期のリストのプロフィールと楽譜をバックにして、
ボレットのシルエットが、組み合わされているものだ。

「さすらい人幻想曲」以外、
シューベルトの歌曲二曲の編曲では、
「ます」と、「水の上で歌える」が聴ける。

この「水の上で歌える」などを、聴くと、
なるほど、美しいメロディの要所要所に、
こぶしを効かせるような表現があって、
なるほど、グランドマナーとは、
こうしたことであろうかと納得した。

水の流れが、少しよどんでは、
また流れを速めていくようなテンポの揺れである。
それが、たっぷりとした、まろやかなこくのようなものを感じさせ、
さらにその感興が高まり、恐ろしく荒れ狂う鍵盤の技が、
押し寄せてくる。なるほど、現代風ではない。
が、もともとリストの編曲であれば、こうならざるを得まい。

この曲の原曲は、1823年作曲の、
シュトルベルク伯爵の詩による歌曲である。
「白鳥のように小船がすべり、輝く波の上を私の心もすべっていく。」
と歌いだされるもので、第二節では、
「林の梢で夕日が輝き、菖蒲がそよいでいる」と続き、
「心は夕映えの静けさを受ける」と、自然観照の詩である。
最後の節は、時の移ろいに思いを馳せ、
その中にいる自分の存在に戻ってくる。
「私もまたこの輝く翼に乗って移り行く時から去っていくのだ。」

全編、水の波を表わすピアノ伴奏が素晴らしく、
これは大変、心に迫る美しい歌曲であるが、
荒れ狂う大波が押し寄せる音楽ではない。

また、ピアノ五重奏曲「ます」の原曲の歌曲である、
「ます」を編曲した作品が収録されているのも嬉しい。
まぎらわしい名前のシューバルトという詩人の詩、
「清い小川を矢のように泳ぐます。
それを快く眺めていると、悪い釣り人が、
その水を濁らせて、ますを釣ってしまった。」
という内容のもの。

シューベルトは、この、自由への憧れを、
清らかな水に遊ぶますの姿に託して歌った詩に、
快活で明るく、心浮き立つ不滅のメロディをつけた。
そして、時折影の差す、陰影の豊かさ。

リストは、ますの敏捷な動きを、
ぴちぴちとしたピアノの伴奏に折込みながら、
このメロディを大きく歌い上げていく。

が、いかにも気障な前奏や、大げさな音程の飛躍や転調、
意味のない装飾のアルペッジョによる終結部など、
ますの泳ぐ姿に自由への憧れを思う詩の精神も、
または、シューベルトの重視した素朴な自然賛歌も、
好き勝手なつぎはぎ細工と、無制限の技巧の開陳の前に、
何だか無視された形になっているように思える。

とはいえ、リストなのだから、ここまでやってくれないと、
彼のファンは許さないだろう。

解説の続きには、このように書かれている。
「1833年から1846年にかけて作られ、
生地以外では十分に理解されていなかったシューベルトのための、
伝道師としてのミッションと、リスト本人の個人的な興味と利益の結合で、
自由なパラフレーズと単純なレプリカの中間に位置し、
特異性と洗練といった特別な要素を加味しているものの、
オリジナルの持つ新鮮さや、無垢な部分には、
厳しい忠実さを保っている。」

この「自由なパラフレーズ(分かりやすい言い換え)と、
単純なレプリカ(複製)の中間」という表現は、
これらの作品の正体をうまく言っているようだ。
しかも、完全に別の曲にしてしまったりもしていない。
「厳しく忠実」と言い表した所以であろう。

「『ます』と『水の上にて歌える』は、
牧歌的な音楽の休養で、後者に底流する不安を、
かき乱された大騒ぎや、弧を描く『ます』の動きに、
華美なピアノ奏法の装飾で飾ることに、
リストは耐えられなかったとしても、
『水の上』の水の流れや、『ます』の鰭の最後の一跳ねに到るまで、
そこに隠された詩的感興には驚くべき感応を見せている。」
この部分の前半は、私が思ったとおりのことが、
そのまま言葉になって印刷されている。

シュトルベルク伯爵は、夕暮れの舟遊びに酔いしれているうちに、
激流下りを体験する羽目になってしまうようだが、
シューベルトの音楽が、最後まで鳴り響いているのは事実なのだ。
ただし、詩人のシューバルトは、
全く、ここに自分の詩を見つけることは出来ないだろう。

ここで、20世紀の誇る名バリトン、
フィッシャー=ディースカウの本、
「シューベルトの歌曲をたどって」を開いてみると、
リストの編曲についても、こんな風に書いてあった。
「ヴィーンでは、1838年の春、
シューベルトの歌曲にとって大きな意味をもつ出来事があった。
フランツ・リストがはじめて、
シューベルトのリートをピアノ曲に編曲したものを
たずさえて公開の席に登場したのである。
それ以来、この編曲は一般に冒涜として悪評高く、
しばしば非難の的になっている。」

1838年といえば、ちょうど、シューベルトの死後10年、
記念の年であるだけに、31歳で亡くなったシューベルトの思い出も、
まだまだ生々しい時に、あんな「ます」を聞かされたら、
「どこがシューベルトだ」と叫んだ人がいたとしてもおかしくはない。

フィッシャー=ディースカウは、しかし、このような経験を経て、
ようやく、シューベルトの芸術は、多くの人に公開されていったのだと書く。
「リストは、パリ、ジュネーブ、ノーハンでリートの編曲を続け、
旅行中でも楽譜に推敲を加えていた。
・・リストはシューベルトのリートの持つ諸特性を忠実に残し、
付け足しや変更は行っていない。
・・ここでのリストは、奔放さや華麗な技術を使いながらも、
いつもなら惜しみなく使うヴィルトゥオーゾ的効果に頼らず、
また変更も芸術的に有益なものにのみ限っている。」
このように、大歌手の目から見ても、
若くして亡くなり、国際的な知名度も低かったシューベルトの音楽に対し、
リストの行った貢献は絶大に見えるようだ。

「これらによってリストはシューベルトに現実に大きく貢献したのである。
リストはシューベルトを『最も詩的な』音楽家と呼んだが、
それによって、様式の研究がさかんでなかった当時には
稀にしか存在しなかったような判断能力を示している。」(原田茂生訳)

さて、例のCDに戻ると、
リストのピアノ名曲集としてなら、
そこそこ期待にたがわぬものがある。
それだけに、冒頭に、例の珍品が入っているのが、
非常にアンバランスである。
つまり、このCDを手に取るときの気分が一定しない。

ただし、これをスキップすると、
「愛の夢第三番」、「ペトラルカのソネット104番」、
「ため息」(三つの演奏会用練習曲第三番)、
といった、思いっきり甘味な歌から、
「泉のほとりで」とか、「エステ荘の噴水」といった、
水のきらめきの美しい印象派の絵画のような名品、
さらに、「小人の踊り」(二つの演奏会用練習曲第二番)、
「タランテラ」といった舞曲調のものもあって、
これ見よがしに技巧をひけらかす名技的な大曲は、
ここには含まれていないので、BGMとしてもぴったりだ。
(「タランテラ」が幾分、そんな気配だが、
最後に景気づけを持って来たのであろう。)

「オーベルマンの谷」とか、「ダンテを読みて」のような、
壮大な作品も聴いてみたいものだが、
ロマンティックなひと時を彩るに相応しい内容と言えよう。
フレッシュな快演ではないものの、
サンプル盤のような位置づけだけに、
終わっていないのはさすがである。

それにしても、こうして並べて聴いてみると、
シューベルト作品は、何もせずとも抜群に詩的な雰囲気で、
リストがどうしても到達できなかった、シンプルな規範としての価値が、
妙に強調された形となる。

このCDの発売から、十何年も経ったが、
ロンドンのイメージ戦略によって、うまい具合に十枚近く遺された、
ボレットによるリストのCD、これらの曲集では、
相変わらず、スタンダードなものであろう。

この、ピアニストのお陰かどうかは分からないが、その死後、
レコード産業において、リストの音楽は、
急激に開拓されているようにも思える。
あるいは、ほぼ同時期、カツァリスのようなピアニストが、
ベートーヴェンの交響曲の、リスト編曲ピアノ版を録音し、
これがまた、単に、交響曲のピアノ編曲版ではなく、
ピアノのための、「スーパー・ソナタ」である、
などと言われたりしたがゆえ、ということもあろう。

ボレット盤の登場以来、
シューベルトの歌曲をリストがピアノ用に編曲したものは、
ごく普通に聴けるようになった。
冒涜を別の見方で見られる余裕が出てきたのかもしれない。

今回、改めて取り出して見たが、そんな事がいろいろと思い出された。

得られこと:「名ピアニストでもあった作曲家リストは、シューベルトの名歌曲を彼の楽器に移し変えて世に広めたが、歌詞の内容までは留意できなかったと思われる。」
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by franz310 | 2007-08-12 08:51 | シューベルト

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その82

b0083728_23234694.jpg個人的経験:
前々回、ヨアヒム編曲の、
「交響曲ハ長調」について、
書いてみたが、
最初の入手したのが、
この管弦楽版だったのに、
その後、しばらくして、
ブレンデルの廉価盤LPが出て、
むしろ、ピアノ連弾版の方を、
よく聴くようになった。

このブレンデル盤、
廉価で充実した商品ラインナップで有名な、
VOXから入手可能で、VOXBOXという、
3枚組CDで出ている。
ここには、うまい具合に、
これまで、何度か話題にしてきた、
リスト編曲の「さすらい人幻想曲」も入っている。

ちなみに、3枚の中には、代表的な連弾曲が三曲収められており、
前回、管弦楽版を紹介した、最高傑作とされる幻想曲へ短調も、
「人生の嵐」と題されたアレグロ(D.947)も2枚目にある。

3枚目の最後に、例のリスト版の「さすらい人幻想曲」があり、
あとは、原曲の「さすらい人幻想曲」や「即興曲」や「楽興の時」など、
ソナタ以外のシューベルトのピアノ名曲集といった趣きである。

CDケースのデザインも、シューベルトの顔がどーんと載せられて、
いかにも、シューベルトの音楽を聴く人ならこれを買えっという、
直接的なものになっている。
ブレンデルの顔が大写しになっているものよりずっと良い。

このピアノ連弾曲集と、リスト版の「さすらい人幻想曲」の解説が、
収録順とは異なり、都合よく続けて書かれているので、
今回は、それを見ていくことにしよう。

まずは、「幻想曲へ短調 作品103(D.940)」から、
「四手ピアノのためにこれまで書かれた最高の作品は、
おそらくシューベルトによって作曲されたものであろう。
コンサートホールの要求に沿った厳格な作品以上に、
家庭における親密な音楽演奏の喜びに相応しいこの種の音楽に、
愛情を持って手を尽くした作曲家は他にいない。
幻想曲へ短調は1828年の4月に書かれ、
1824年の、ジェリズでの楽しい日々の思い出のために、
エステルハージの令嬢、
後のクレンヌヴィル伯爵夫人に献呈された。」

この記述には、補足はいらないだろうか。
シューベルトが1824年に、エステルハージ家の、
ピアノ教師として、夏の別荘のあるジェリズに招かれ、
二人の令嬢を教えたが、カロリーネを思慕したとされる事。
また、カロリーネが結婚してクレンヌヴィル婦人となったのは、
シューベルトの死後16年もたった1844年のことであった。
従って、後のクレンヌヴィル伯爵夫人に献呈されたというより、
独身のカロリーネ・エステルハージに献呈されたのである。

「先に書かれた『さすらい人幻想曲』と同様、
ソナタの4つのパートが一つにまとめられ、
シューベルトが書いた最も悲愴な語法を含み、
近づいてくる死期の予感が感情の力を打ち砕く。
ショパンを予告する、忘れがたい悲歌風の第一主題に、
より断定的な主題が続く。
壮大なレチタティーボの形の緩徐楽章は、
ほとんどイタリア風メロディの優美さで、愛を告白する。
たくましいスケルツォの後、開始のテーマが再現し、
力強い主題は今回はパワフルなフガートに展開され、
胸を引き裂くような終結部を導く。」

こうした野心的な傑作が、死の年に突然出現し、
4年前の日々を追想して、カロリーネに捧げられたというのも、
様々な推測を呼んで仕方がない。

この20分ほどの曲も、
かつて、「グラン・デュオ」と同じLPに入っていたもので、
久しぶりの再会となった。

CDでは、さらに収録が可能ということであろう、
同じ2枚目のCDに、
「人生の嵐」というアレグロの断章が入っている。
この奇妙な題名ゆえか、この曲もよく演奏される部類である。

「アレグロ イ短調、作品144(D.947)『人生の嵐』」
と書かれているが、Dナンバーで明らかなように、
これまた最晩年の作品である。

「この曲はシューベルトの死のわずか半年前に書かれ、
ハ長調の『大交響曲』と、変ホ長調ミサ曲にはさまれた時期である。」
これまで、最初、ディアベリ社から作品144として出版され、
仮に『人生の嵐、性格的アレグロ』と題された。」

ちょっと、待った、そうは言っても、
演奏に11分もかかるこの曲の解説がこれだけ?
アインシュタインなどの本を読んでも、この曲は、少し空疎で、
何か続く楽章の構想の萌芽を暗示するものがある
と書いてあるだけである。
たまたま、アインシュタインの本を見ると、
先の「幻想曲」の解説も同じようなことが書かれており、
解説者は、この有名な著作をぱくったものと思われた。

さて、我らが「グラン・デュオ」であるが、
「ソナタ ハ長調 作品140(D.812)『グラン・デュオ』」
と題されており、解説の書き出しには、「グラン・デュオ」ソナタと書かれている。
LPでは、正直な直訳で「大二重奏曲」と書かれていたと思うが、
「大二重奏曲」ソナタと書くと、少し座り心地が悪いので、この路線で続ける。

「この『グラン・デュオ』ソナタは、1824年、ジェリズで書かれ、
大きな構想で書かれた4楽章のソナタで、
シューベルトの野心作の一つである。」
エステルハージも困った場所に別荘を持ったもので、
「ジェリズ」と訳す人もいれば、
アインシュタインの訳書では、「ゼレチュ」と書かれ、
私などは、何かで読んで「ツェリス」と書いていたし、
他の本では「ジェリッツ」とされている。
したがって、どう書いていいか分からないが、ここでは、
「友人たちの回想」に合わせた。

「この構想があまりに印象的で、書法も力強く、
多くのシューベルトの研究家が、
翌年ガシュタインでシューベルトが書いたとされる、
最新の交響曲のピアノアレンジでないかと考えて来た。
しかし、シューベルトはこれまで交響曲を、
ピアノ四手のためにスケッチしたことは一度とてなく、
多くの部分が非常にピアニスティックな書法で、
オーケストラで演奏するとやっかいな問題となる。
多くの論議があったが、ヨアヒムは、
いささか退屈でシューマン的なオーケストレーションを行い、
『ガシュタイン交響曲』とタイトルをつけた。」

この一節は、なかなか悩ましい。
これまでスケッチしたことはない、とあるが、
この曲は、スケッチではないし、ジェリズにいて、
ピアノ四手作品を書く立場にいたことが無視されている。
さらに、シューベルトは、序曲などでは、
管弦楽版以外に四手ピアノ版を残しており、
ヨアヒム編曲に「ガシュタイン交響曲」と書いたというのも初耳である。
ヨアヒムがこれを編曲したのと、
シューベルトの幻の交響曲の研究が始まったのは、
時期がこの記述とは反対で、ヨアヒム編曲が先なのである。
あるいは、そうした楽譜も出たかもしれないが、この書き方だと、
ヨアヒムが詐欺師に見えるではないか。
さらに、名手が編曲すると、
あたかもその楽器のために書かれたかのように響くのは周知のとおりで、
連弾バージョンのピアノ的な書法ゆえに、
交響曲の構想がないとは言い切れないのではないか。

ブラームスなどは交響曲のピアノバージョンを残したが、
こちらの方がすっきりして、よく分かるという人もいる。

が、先のアインシュタインなどは、
この曲に交響曲の構想を聞くことは、
もっての他であると、その著書の中で連呼しており、
シューベルトが書きたかったのは、
厳粛な音楽のピアノ編曲ではなく、
大規模でまじめな娯楽音楽であると言い切っている。

そのあたりをいろいろ空想しながら聴ける我々は、
幸福なのかもしれない。

「それはともかく、
シューベルトが到達した高いランクの作品である。
最初の楽章は、似通った二つの主題から、非常に叙情的で、
イ長調の緩徐楽章は、
時に、ベートーヴェンの第二交響曲のラルゲットを想起させるが、
この作品はシューベルトが好んでいた作品であると同時に、
ベートーヴェンの中では最もシューベルト的な作品である。」
これはよく書かれることだが、そうであろうか。
シューベルトの緩徐楽章に現れる何かを宣告するような、
激しい楽想はベートーヴェンにはない。

「男っぽく、たくましいスケルツォは、健康的で明るいが、
最もロマンティックなシューマンを思わせるトリオを有する。」
この部分は、前回説明したとおりである。
「終楽章は楽想が爆発し、
ドラマとコメディが比類なき手法で織り込まれ、
この偉大な作品の有終の美を飾る。」

シューベルトの作品のうち、高いランクを占めるということは、
ここにも明らかであるが、
常に、ベートーヴェンやシューマンと比較されて、
かえって損しているのではなかろうか。
非常に独創的な大曲であるにもかかわらず。

改めて、この「グラン・デュオ」を聞いてみたが、
ブレンデルとクローシェの演奏で、記憶の中の演奏以上に、
素晴らしく聞き入ってしまった。
シュナーベルやカーゾンを思わせる、
禁欲的なまでにきれいなピアノの音が印象的で、
他の多くのライヴァルの演奏が、
何だかふやけた演奏に聞こえるほどである。

b0083728_232649.jpgただし、管弦楽版で、
丁寧で陰影に富む演奏を
聞かせたエッシェンバッハは、
ドイツの誇る
新星ピアニストとしても
鳴らしただけあって、
連弾版でもフランツと一緒に
この曲を録音している。
これまた、最近では
廉価盤で出ているのが嬉しい。
解説は適当でジャケットはそこそこ。

驚いたのは、管弦楽版と同様、細部まで表情にこだわった、
非常に複雑な味わいの演奏になっていることである。
これはこれで、管弦楽にまで拡大したくなる演奏だ。
4枚組で、まだまだ清聴すべきだが、
ブレンデルのCDに戻ろう。

次に、珍曲の部類になるであろうか、
シューベルトより十何歳か若いリストが、
憧れの先輩の作品に、オーケストラ伴奏をつけた、
「さすらい人幻想曲」、これは、解説が少し凝っていて、
これを読めば、この編作の魅力も分かるというものだ。

「シューベルト-リスト:さすらい人幻想曲。
シューマンと共に、フランツ・リストは、
ロマン派の時代の音楽人に、シューベルトの天才を喚起したことで、
最も貢献があった人である。
シューマンは、亡くなったばかりの作曲家の『天国的な長さ』を、
彼の雑誌、『新音楽時報』で擁護したが、リストは、
超絶技巧の演奏家として、
また編曲者としての総ての能力を振り絞って、
シューベルトを広く知らしめた。」

ここでも、高踏的な言い回しが気になるが、シューマンは、
優れたシューベルト論を書き連ねたものの、必ずしも、
その長さだけを擁護したわけではない。

「私たちは19世紀が、作品への忠実さなどからは離れ、
もっと異質の演奏が好まれた時代であったことを思い出す必要があろう。
パガニーニに代表される魔性のヴィルトゥオーソが、作品や聴衆を、
自分の好みや人を魅了する才能に従わせた。
今日、こうした作品を過小評価するのは残念なことである。
シューベルト自身、パガニーニのアダージョの演奏を聞いた後で、
『天使が歌っているのを聴いた』と言ったことを思い出そう。
この時代、華麗な演奏を通じて、音楽を知ったのである。
今日、しばしば、音楽の名のもとに、
技巧的な完璧さを偏重するのとは違って。
リストによる、シューベルト歌曲の無数の編曲によって、
シューベルトの名前は、広く知られ、正しく理解されるようになった。」

これは事実で、リストはシューベルトの伝記の編纂まで手がけたのであるから、
非常に真剣なシューベルトの信奉者であったことはいくら強調しても、
しすぎることにはなるまい。

「そんなリストが『さすらい人幻想曲』に非常な関心を持ったことは、
驚くには当たらない。
ピアノの書法からも、作品の形式からも、
彼の作品の目標に強い類似性を持ち、
Sir Donald Toveyに到っては、『すべての交響詩に先立ち、
そのいずれよりも優れた作品』と称揚しており、
『シューベルトはまったく交響詩を書いている自覚はなかったが、
リストが試みた総ての点に到達しており、全編を通じた変容においても、
それは言える』と書いた。」
Toveyは、以前、ヨアヒムの「グラン・デュオ」を賞賛した人ではなかったか。
この人は、シューベルトの管弦楽化賛成派ということであろう。

「リスト編曲の『さすらい人幻想曲』は、二曲知られている。
このピアノとオーケストラのもののほかに、
彼は演奏困難ではない変容を含むピアノソロ版も出版している。」
リストのような超絶技巧の持ち主が、
困難ではない変容を書いたとも思えないが、
そう書いてある。

「第一版で『シンフォニック・トランスクリプション』と題された、
オーケストラ付きのこのヴァージョンは1851年頃のものである。」
先に、すべての交響詩に先立ち、という一節があったが、
1951年であれば、すでに何曲か交響詩を手がけていそうな次代である。
とはいえ、交響詩に熱中し出した頃と考えて良いだろう。
ヨアヒムの編曲が出るわすか4年前、リストは40歳なので、
決して、ヨアヒムの作品のような若気の到りではないようだ。

「ここでのリストの仕事は、『さすらい人幻想曲』本来の、
オーケストラ的な響きを白日のもとにさらしたものにすぎない。
もちろん、ピアノ・パートは、価値あるものであるとはいえ。
オリジナルの構成は、第二部へ移行する際のカデンツァの増幅以外は、
原作通りである。」
確かに、ほとんど原作通りにしてあるという点からも、リストとしては、
シューベルトが、すべてをやりつくしていると思ったということであろう。
とすると、さっきのピアノ・ソロ版の難しくない変容とは、
蛇足のような変奏をつけた、と読むべきなのだろうか。

「しかし、リストのイマジネーションがこのモデルの上で炸裂し、
リスト的なパトスで覆われた編曲を見ることは、何と興味深いことであろうか。」
この一節に、興味は尽きると言っても良いだろう。
リストは、完全にこの作品と同化し、
酔いしれ、気も狂わんばかりに興奮している。
ヨアヒムの作品が、むしろ、シューベルトを前に出そうとしているのに対し、
このリストの作品は、
できれば、この曲を書いたのは、自分であればよかったのに、
そう言い出しそうな勢いですらある。

「このヴァージョンは、シューベルトの傑作を改良したものと、
考えるわけにはいかないが、二つの時代と二つのスタイルの、
刺激的な対面であると考えることは出来よう。
もしその本質的な価値について、証明が必要とあれば、
チェルニーが巨匠の作品と賛嘆し、ビューローやブゾーニも、
熱狂的に演奏したという事実がある。」
チェルニーが、何時、そう言ったのかは未確認だが、
ベートーヴェンの最高の協奏曲「皇帝」を初演した人である。
それと等価の判断を下したのだろうか。
ビューローもブゾーニも、ピアノの名匠である。

確かに珍品だが、古くは、カーゾン、ブレンデルの後では、
ボレットなどが録音しており、リストを好きなピアニストは、
手を出したくなるもののようだ。

曲頭の序奏がオーケストラでじゃんじゃかと始まると、
いかにもキワモノの印象が頭をかすめるが、
シューベルトは、これを否定しないかもしれない。
何故なら、確かに、そうした効果を響かせる名人芸が、
この作曲家には珍しく追求されているからである。
第三部の最初も同様。

第二部の「さすらい人」のテーマがしみじみと流れるところなど、
リストは、何も手を下せないでいる。
やがて、チェロの独奏や、
ホルンの独奏が、美しいテーマを彩るが、
ピアノは、その花園の中で冴え冴えと音色をきらめかせ、
完全に、このピアノの大家が、
陶酔して弾いている様子が目に見えるようだ。

この名技的な作品は、原曲からして、多くの人が多くの事を言っている。
例えば、シューベルトには珍しく演奏会用を意識した、
内容の薄い作品であるとか、
(アインシュタインなどは、これをシューベルト自身が反省して、
次のソナタに着手したという説まで書いた)
「未完成交響曲」が放棄されたのは、
金になるこの作品を優先させたからだとか、
いかにも、拝金主義の産物という風に取られた傾向が強い。
私も、何となくそう思っていた。

現代でも、ウゴルスキのようなピアニストは、
この曲は客受けが良いから演奏してきたが、
もう弾かない、などと発言したりしている。

しかし、今回、このリストの熱狂を改めて味わうに及び、
何か、この曲には、そんな風に片付けるわけには行かない、
何かがあるような気がしてきた。
それを聞き取るべく、私は、何度もこのリスト版を繰り返して聴いたが、
聞き飽きないということだけでも収穫であった。

そもそも、この「さすらい人幻想曲」そのものが、
「ます」の五重奏曲と同様、自身の歌曲の変容の姿なのである。
歌曲で掘り当てた鉱石を、磨き上げたシューベルトならではの器楽曲。
これをよく聴くことによっても、この作曲家の世界観が見えるはずだ。
あの五重奏でも、歌曲「ます」からの変奏こそが、
その全体の精神となっていたように、
この幻想曲でも、この歌曲のメロディこそが魂であって、
第二部の長大なアダージョで、私たちは、完全に開かれた、
この歌曲の地平を見るのである。

ブレンデルのピアノもこの時代(1950年代)は、
爽やかに聞こえる。
オーケストラは、ギーレン指揮のウィーン・フォルクスオパー。
ブレンデルはこの後、飛躍して大ピアニストに列せられたが、
難しいことを書いたり言ったりして、こういった曲は弾かなくなった。

大成したブレンデルの弾く「ます」のピアノ五重奏曲が、
私には、まったく楽しめないことは、すでに書いたとおりである。

ただ、十年くらい前であろうか、
シェーンベルクの協奏曲を録音した際、
30-40年ぶりに、このギーレンと競演していたことを思い出した。
この「さすらい人幻想曲」での競演を、彼らは思い出したであろうか。

それにしても、19世紀の名技性は、こうした技巧曲を歓迎したが、
前述の「グラン・デュオ」のような、二人がかりのピアノ曲などは、
一気に吹き飛ばしてしまったであろう。
二人でやることを、超人的な一人がやってしまう世界であっただろうから。
いかにも、「功罪」という言葉を思い出させるCDであった。

得られたこと:「リストの『さすらい人幻想曲』の編曲は、その芸術の頂点の一つであって、この編曲から、原曲の意味を改めて聴きとることが出来る。」
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by franz310 | 2007-08-04 23:36 | シューベルト