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クラシック音楽への愛と悲しみの日々
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その42

b0083728_2015403.jpg個人的経験:
ジュリアード四重奏団は、
現代音楽の大家であり、
特に、バルトークの演奏では、
必ず引き合いに出される、
古典的名盤を残していた。

ベルクの「叙情組曲」なども、
古い録音ながら有名であった。


だが、それゆえに、通常の古典を弾く演奏家とは、
思われていなかったかもしれない。
この前紹介したCDで、ブタペスト四重奏団が、
指揮者として有名なセルを、ピアニストにして協演したのと同様、
ジュリアードは、
バーンスタインとの協演でシューマンを録音したりしていた。
奇人として知られていたG・グールドとも協演していた。

何故、普通のピアニストとやらないの?という感じがまた、
ちょっと変わったことをやる、
特殊な連中という先入観を、
少なくとも私には植えつけていた。

実際、彼らの結成50周年のアルバムを見てみると、
こんな解説が出ている。
「バーンスタインが指揮でやったこと、グールドがピアノで、
あるいは、カザルスがチェロでやったことを、
ジュリアードは果たしたのである」、と。
それは、
マンやアダム、ローズといったメンバーが作曲もするからだ、
と書かれており、
正確に作曲家の気持ちになっての解釈が出来るのだ、ともある。

とはいえ、私が音楽を聴き始めた70年代ころには、むしろ、
ラサール四重奏団や、アルバン・ベルク四重奏団が台頭して、
現代作品でも、
ついに、ジュリアードを越えたといった紹介が目立った。

ここで、改めてレコード芸術の推薦の目録を見ていると、
当時でも、ベートーヴェンやモーツァルトの後期の四重奏曲、
シューベルトの五重奏曲など、ジュリアードのレコードは、
しっかり推薦されていた。
だが、記憶によると、
どうしてもファースト・チョイスではなかったと思う。

しかし、彼らは、
シューベルトの最後の弦楽四重奏曲を録音したあたりから、
明確に、
現代を代表する名四重奏団として、私の脳裏にもしっかり焼きついた。

そもそも、この謎に満ちた長大な四重奏曲には、
シューベルトがその生涯でただ一度開いた自作発表会で、
重要な役割を果たしたはずなのに、これといった名演がなかった。

ブッシュの古い演奏はあったが、
ブタペストも、スメタナも録音をしなかった。
コンツェルトハウスのものを私も持っていたが、
なんとなく、全集録音の一環として、
という感じが強く、モノラル録音であったからか、
決定盤とは思えなかった。
(ただ、アマデウス四重奏団が名演を残していたようだが、
当時は廃盤であった。)

シューベルトの音楽としても、この最後の四重奏曲は、
すこし、屈折した受容史を体験したのではなかろうか。

その前の前の四重奏曲(イ短調)は、
すごい顔ぶれで初演されて、生前に出版もされた。

前作の「死と乙女」は、
その激しい表出力で恐ろしいポピュラリティを獲得した。
しかし、この最後の作品は、
立派な完成品、初演の経緯も公知のはずなのに、
幻想的な楽想が錯綜して、長大な音楽が果てしもなく、
敬して遠ざけられるような面があった。

この作品の後、シューベルトは、
弦楽五重奏というさらに巨大な、未曾有の作品を書き、
これが広く知られたがゆえに、
最後の四重奏は、宙ぶらりんになった格好だった。

そこに登場したのが、ジュリアードの79年の録音であった。
これには、非常に感銘を受けた。
非常に、見通しが良く、立体的な構成感も心地よく、
素晴らしい推進力で、
私を、この音楽が持つ火照りの中に投げ込んだのである。

エネルギーを放射して突き進むごとに、
シューベルトが四重奏曲で到達した、
かけがえのない境地が、ようやく明らかにされていく、という感じであった。

ジュリアードのアプローチは、余韻を残す、というようなものではない。
シューベルトの創作の余韻のように弾かれて来た、この音楽の、
実体がこのスタイルによって、明確にされたという感じであった。

そのような耳で、今回の「ます」を聴くと、
やはり、特徴的なのは、めりはりの効いた推進力であり、
序奏からして決然としている。
明確に、各声部が動き回り、それらがいずれも、
神経質なまでの火照りを持っている。
ユニゾンで弾くときも、
複数の音が鉄条網のようにからまっているのが分かる。

考えすぎかもしれないが、
共演者のピアノのアラウは、あおられてもいるようにも聞こえる。
そもそも、アラウは、バッハからベートーヴェン、ブラームスと続く、
重厚なるドイツの本流を得意とした本格派の巨匠であり、
シューベルトは晩年にまとまった録音を残したが、
この2枚組CDに収められた、フランスの作曲家フランクや、
チェコの作曲家ドヴォルザークなどが、
そのレパートリーに入っているなど、想像したこともなかった。

さらに言えば、アラウには、室内楽のレコードというものがほとんどなかった。
あっても二重奏までであり、こんな俊敏な若造ども4人に追い立てられて、
ストレスが溜まったのではなかろうか。

ジュリアードの最盛期は、ここで聴く、
ハイラー、アダム体制までだったという人が多いが、
その黄金時代のメンバーで、「ます」の録音が残されたのは、
まことに奇跡的とも思え、非常に喜ばしい。

この黄金のメンバーであるが、
創立50年の記念に出たCDの写真などを見ると、
新人類のヤンキーたちが、一発かましてくれるぜ、
という感じがダイレクトに伝わってくる。
バックが飛行機なのも、新時代に突入した感じを出していた。

このソニーのCDには、「ます」はないが、
フランクやドヴォルザークの録音が収められていて、
今回、国会図書館の録音から発掘されたものと比較することが出来る。
前者のピアノはボレット、後者のピアノはフィルクスニーという大家を迎え、
巨匠アラウにまったくひけをとらない。
カルテットのメンバーは、第一ヴァイオリンを除いて入れ替わっている。

得られること:「現代からのアプローチがシューベルトの細胞を活性化させる。」
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by franz310 | 2006-10-29 20:38 | 音楽

どじょうちゃん、カクテルに酔う。

b0083728_22503119.jpg「これまでの
お話から
察するニ、
トテモ意識の
高い
選ばれしい、
どじょうちゃん
ですねえ。」

お姉さんは、ようやく、話が分かる客が来て嬉しいようだった。
「デスカラ、今日はあ、特別にい、深い思想から、
お教えいたしまショウ。」

お姉さんが、
意味ありげな視線を寄越すので、
うれしいような、恥ずかしいような、
くすぐったいような感じがした。

どじょうちゃんは、
ごくりと固唾を飲んで、身を乗り出した。
すると、お姉さんは、人差し指を、
ぴしりと立てて、こう語りだした。

「そもそもですよお、
あなたも、共感していたヨウニ、
この地球は、みんなのものなんですう。
美しい緑、清らかな水の流れ、そして、豊かに広がる耕地、
これらは、互いにフカイ関連で、結ばれていて、
ドノ一つが欠けてモ、美しい祖国は、
ありえないのデスねえ。」
金髪のお姉さんは、ウォッカを飲んだみたいに赤くなって、
熱弁をふるいだしていた。

「ところがあ、
資本主義の豚どもがあ、
この大地を、かってきままに、
これは、おれのものだとお、
切り刻んでしまったのですう。」

どじょうちゃんは、
何故、こんな話を聴かないといけないかと、
ふと、疑問に思った。
もう、通信と放送の問題、
田畑と、どじょうの問題も解決方向、
それなら、長居は無用だと考えていた。

ただ、漠然と、自分がここにいる理由を、
必死で思い出そうとしていた。
ふと、「euショップ」の壁に、
「レスモ」という、ポスターが、
目に止まった。

「ところで、あの、
レスモというのは、何でしょうか。」
お姉さんは、ここで、遂に、
お姉さんが、こうした場合によく見せる、
軽蔑に満ちた微笑を、遂に見せた。

「えっつ、『レスモ』も知らないのですか。
あなたは、非常に聡明なあ、
どじょうちゃんだと思いましたが、
やはり、歴史認識ニツイテは、
ちょと勉強シナオス必要ありますね。
いいですカア、
レは、レー○ンの『レ』、
スは、ス○ーリンの『ス』、
モは、モバイルの『モ』ではないですかあ。
この、音楽機能を使いますとお、
腐敗シタ、形式主義の退廃音楽ではなくう、
組織に忠誠を尽くしたくなる、
革命歌が、通勤や通学の途中でも聴けるのですう。」


どじょうちゃんは、
何だかよく分からないので、
話題を移そうと、壁のポスターを、
いろいろ見たが、
ついに、「モバイルめだか」の広告を見つけた。
「そうだ、これを調べに来たのだった。」

どじょうちゃんは、本来の目的を思い出し、
今度こそは、馬鹿にされないように、
言葉を選んで、虚勢を張った。

「うむ、私に『レスモ』は、必要ないが、
時に、あのモバイルめだかとは、
最新の機能なのかねえ。」

「あ、あの機能は、我々の、キラーコンテンツですう。」
「キラーとは、物騒ですな。
そうした、キラー行為が行なわれていることが、そもそも信じがたい。
クロメダカちゃんも、そうやって、テロの標的にされたのである。」
どじょうちゃんが、嘆息すると、金髪お姉さんの目が、きらりと光った。
「いま、クロメダカちゃんと言いましたか。」

どじょうちゃんは、お姉さんの表情から、
すでに営業スマイルが消えていることに気付き、
ヒゲつきの口をぱくぱくさせた。
「あなたはあ、クロメダカちゃんの関係者ですねえ。」
その恐ろしい目を見ていると、どじょうちゃんは、
否定しようとしても、ぱくぱくするだけで、
何も出来ないのであった。

すると、お姉さんは、にこりと眩しい笑顔を見せると、
機嫌がなおったかのように、このように言った。
「まあ、私たちはあ、あまりにもお、親密なお話で、
ちょっとお、お話し疲れましたですう。」
お姉さんは、胸元から携帯電話を取り出して、二次元コードをぱちりと撮影した。
「こうするだけでえ、注文がデキルのですよお。」
どじょうちゃんが、目をぱちくりさせていると、
背後から、屈強な黒服の男たちが現れ、二人の向かい合う
カウンターの前に、きれいなグラスに入った、カクテルを置いて立ち去った。

「どじょうちゃん、今日は、ようこそ、
いらっしゃいましたですねえ。
とりあえず、ポータビリティ制度を前に、乾杯致しましょうかあ。」
どじょうちゃんは、頬を赤らめて、カクテルをちびりちびり飲んだ。
お姉さんは、がぶがぶ飲んだ。

「キラーコンテンツもですねえ、
高い理想のためには、時として、やむを得ませんねえ。
あの、モバイルめだかには、大衆の私財を、納める機能が、
含まれていますう。まずはあ、グランドすら無計画の前にい、
この私有財産とイウものを、整理する必要ありますねえ。」
どじょうちゃんは、頭がふらふらして来たが、
必死で、お姉さんの言うことを聴こうとした。

「ソモソモ、これは、私の曾祖母があ、
私財を投げ打ってえ、達成しヨウとしたあ、
悲願なのですう。」
どじょうちゃんは、何だか、聴いた話だと思ったが、
肝心な話を聴きそびれた。
そして、何だか、悪酔いしたようなので、
水槽に帰ることにした。
どじょうちゃんは、ふらふらになって、
水槽に戻って来たが、翌朝には、
冷たい骸となっていた。
b0083728_2250723.jpg
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by franz310 | 2006-10-25 22:55 | どじょうちゃん

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その41

b0083728_2011234.jpg個人的経験:
1962年に、
ブタペスト四重奏団が
「ます」のスタジオ録音を
行った翌年、
ジュリアード四重奏団が、
「ます」を録音したCDもある。

これまた、
ソニーが大事にしていた
アーティストである。

とはいえ、ソニーへのこの曲の録音は
ないのではなかろうか。

今回のものは、DOREMIという、
カナダのレーベルが見つけた録音で、
「Live at the Library of Congress」
とあるように、この前紹介した、
米国会図書館でのライブの記録である。

46年のブタペスト四重奏団の
記録のCD(ブリッジ・レーベル)では、
もっぱら、この演奏家たちの紹介に、
解説が割かれていたが、
今回は、ありがたいことに、
この国会図書館の演奏会についての
記述があって嬉しい。

「ジュリアード四重奏団によって行われた、
国会図書館での記念すべき演奏の
歴史的録音である」と書いてある。

国会図書館が、何故、室内楽のコンサートを催し、
それが、何故、ブタペスト、ジュリアードと、
受け継がれてきたかを、知ることも、この解説によって、
私は初めて知ることが出来たのである。

このコンサートシリーズは、
CoolidgeとWhittall両夫人の寛大なる慈善事業による設立で、
1924年にCoolidge夫人が、音楽堂の建設資金を提供、
さらに、得た手稿や委託作品、音楽祭を組織するための基金を設立した。

さらに、12年後には、今度はWhittall夫人が、
貴重な5つのストラディバリウスの楽器を寄付し、
彼女は、この図書館で演奏する四重奏団のみが、
この楽器を使用して良いという規定したという。

最初のうちは、招かれた四重奏団が、これを使って演奏したが、
常設のレジデンスカルテットを置くことにして、
1940年からはブタペスト四重奏団が、
そして、1962年からはジュリアード四重奏団が、
この任に当たっていると言うのである。

この人たちは、大恐慌や、第二次大戦前の影響を何も受けなかったのだろうか。

ブタペスト四重奏団は、第二ヴァイオリンが風来坊で、
出たり入ったりしたが、ジュリアード四重奏団は、
よくメンバーが変わった。
創立50年で出された記念CDには、
次のような表が付いている。

第一ヴァイオリンの名手、ロバート・マンは1946から50年後まで。
第二ヴァイオリンは、コフ(46-58)、コーエン(58-66)、
カリス(66-86)、スミルノフ(86-)
ヴィオラは、ハイラー(46-69)、ローズ(69-)
チェロは、ウィノグラド(46-55)、アダム(55-74)、クロスニック(74-)

従って、この国会図書館録音では、マン、コーエン、ハイラー、アダム体制である。
よく、ジュリアード以前、以降という表現を聴くが、
このメンバーで録音したバルトークの演奏などが、正確無比な鋭い表現力で、
愛好家を圧倒し、新時代の幕開けを告げたのである。

私は、かつて、香港に仕事で立ち寄った時、マンのお別れ演奏会が、
前日にあったのを知って、臍を噛んで悔しがった。
ニューヨークで、聴いた時には、マンが引退した後で、
もはや、強烈な個性の「ジュリアード」という感じはしなかったが、
素晴らしいアンサンブルは、健在だった。

偉大なるヴァイオリン製作者ストラディバリは、
1737年の12月18日に亡くなったということで、
この「ます」の演奏も、12月の18日と19日に行われており、
放送もされたということである。CD化されたのは19日の演奏。
非常に凝った企画である。

解説に添付された演奏会プログラムには、
J・F・ケネディ大統領の思い出に、ベートーヴェンの作品127から、
アダージョが演奏されたとある。
ケネディの死は、前の月に暗殺されている。

いろいろなものを背負ったこの演奏会の記録が、
こうした形で、私たちに届けられるというのも、
感慨深いものがある。

まさか、有名なケネディと、
シューベルトの「ます」が、こんな形で関係した瞬間が、
あったなどとは、こうした記録が発掘されない限り、
想像だにしないことだろう。

ちなみに、このプログラムには、ご丁寧にも、
Mrs.Gertrude Clarke Whittallによって、
国会図書館に寄贈された、
4つのストラディバリの楽器で、
メンバーは演奏します、という注釈もある。

聴衆は、どんな音が聞こえるのだろうと、
さぞかし、わくわくしたことだろう。

演奏会の前半は、フランクのピアノ五重奏曲で、
後半がシューベルト。ピアノは、アラウである。
コントラバスは、またや、ジュリウス・レヴィンで、
忙しい人である。

前年のブタペスト四重奏団の「ます」、同じ63年のシュナイダーの「ます」に続き、
ここでも低音を引き締めている。
また、67年にはゼルキンとの「ます」という風に、アメリカでの「ます」の、
コントラバス業界の独禁法に触れる勢いなのである。
83年には、グァルネリ四重奏団とも、この曲を録音する。

シューベルトは、この大きな作品の揃ったコンサートを、
堂々と終えるためでもあろうか、最終楽章の繰り返しが行われ、
何と、通常6-7分で終わるフィナーレが11分近くかけられている。

得られること:「ライブ録音のCD解説からは、音楽を超えた知識が得られることがある。」
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by franz310 | 2006-10-21 20:26 | 音楽

どじょうちゃん、実行に移す。携帯電話のeuへ。

b0083728_22573459.jpgどじょうちゃんは、
モバイルめだか
計画とやらの
実態を
調査すべく、
「eu」という
携帯電話を、
牛耳っている、
「KGB愛」という会社に、
当たってみることにした。


どじょうちゃんは、
そうと決めたら、
さっそうと行動を起こした。

その雄姿を、きっと、みんなが忘れることはあるまい。

まずは、手近な所からと、
最寄のeuショップに立ち寄ったところ、
またまた、お姉さんの登場である。
しかも、すらりと背が高く、
色白で金髪のお姉さんである。
どじょうちゃんは、嫌な予感を感じた。
「いらっしゃいませえ。
お客様あ、こちらで、伺い致しますがあ。」
少々、訛りがあるようだ。

どじょうちゃんは、
ヒゲをいくぶん上向きにして、
厳かに尋ねた。

どじょうちゃんは、
この種のお姉さんが
実は苦手である。
たいがい、お姉さんというものは、
こちらが偉そうにしていると、
偉い人として扱ってくれるが、
偉くないふりをして、
能ある鷹が爪を隠すと、
調子に乗って、
バカ扱いも、度を越して、
たちまち下郎扱いを始めるものだからだ。

「通信と放送の融合について伺いたいのだが。」
どじょうちゃんは、
NTT麩菓子日本の刹那的な生き様の福助を、
この技で撃退したので、
ここでも、同じ手を使って試して見ることにした。

意外や意外。
お姉さんは、こともなげに答えるではないか。
どじょうちゃんは、この時、身の危険を察するべきだったのだ。

「それでしたらあ、安心してっ、頂けますう。
KGB愛ではあ、資本主義諸国におけるう、諜報業務やあ、
破壊活動お、 民族分子のお、敵対活動対策のノウハウでえ、
通信もお、放送もお、最終的にはあ、党の管轄下に置かれる予定ですう。」

どじょうちゃんは、2011年とか、
どじょうだ、穴蔵だと、わけの分からない話が出るかと思いきや、
そべてを総括して解決してくれる会社、
しかも、明快な思想、雄大なビジョンを、
ユートピアの如き世界観のもと、
一言で表現できる会社があると知って驚嘆した。
このような見目麗しいエキゾチックなお姉さんが、
それを、すらすらとそらんじるのである。

「では、どじょう波デジタルはどうですかな。」
「どじょう波もお、うなぎ派もお、グランドスラムの世界ではあ、
関係なくなりますう。」
「グランドスラム?」
「はい、私たちはあ、単にケーブルでのお、
トリプルプレーだけでなくう、電波も有効にい、活用致しますのですう。」

どじょうちゃんは、かくのごとき、
崇高な構想を、いまだ聞いたことはなかった。
「今だけ」とか、「そのうち廃止になる」とか、
「Ver1.0」とか、次期ウィンドウズとか、
最新のアイポッドとか、DLNAの拡張だとか、
当面のスタンダードとか、
賽の河原の石積みのような世界、
まったく、一寸先は闇のごとき、世界に嫌気がさしていたのである。

「おおお、ここでは、その、田畑も、有効に活用してくれるのですか。」
「その、とおりでございますう。
田畑もお工場もお、すべてが、有効にい、かつ、有機的にい、
全て一元化でございますう。
つまりい、組織の方で、最適、最善の形でえ、管理致しますう。
従いましてえ、お客様の方にはあ、ただただ、安心してえ、
そのシステムに乗ってえ、頂ければあ、
よろしいのですう。」

「ふむ、トリプルプレーと言いましたね。
トリプルという以上、3つですな。
通信と放送と、もう一つは、
ほう、分かった。水産業ですな。
水産業を重視すれば、どじょうとネットの共存も、
ありえない話ではない。」

トリプルプレーのケーブル!
どじょうちゃんが目をつぶると、とおく、ふるさとの風の音、
水の流れを聴くような感覚を覚えた。
どじょうと、田んぼと、ネットが、
みごとに調和した、美しい国、日本の原点を垣間見たような気がしたのである。
その美しい水田の中を、どじょうちゃんたちが連なって、
ブロードバンドを形成し、みんなのもとに、素晴らしい放送を届けるのだ。

「いやあ、それにしても、
『ひれッツ』とか言うサービスとは、大違いだ。
あれは、『放送のこた、おら知らん』という立場ですからね。」
お姉さんは、にやりと笑って、大きく肯いた。
「それはあ、まさしくう、『卑劣っつ』という奴ですわねえ。おーほほほほほ。」

どじょうちゃんは、すっかり、
グランドスラムというサービスが、気に入ってしまった。
グランドという部分から想像するに、
おそらく、土地を大事にして、水産業、農業、
おそらくは、林業のようなものまでを、
復活させる構想ではないかと思った。

しかし、まさか、スラム街を作る計画であっては、恐ろしいので、
一応、にこにこと、人当たりというか、魚あたりのいい、
お腹をこわしそうなお姉さんに聞いてみた。

「ところで、グランドスラムとは?」
「はい、『グランド』はあ、地面のコトですねえ。
それすらあ、『無』に帰する、ということですう。」
「ううむ、『グランドすら無』ですか。何となく、物騒な感じがしますな。
グランドゼロを思い出す。」
どじょうちゃんは、背筋に冷たいものが走るのを感じて、ぶるぶるっと震えた。
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by franz310 | 2006-10-18 23:00 | どじょうちゃん

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その40

b0083728_2149312.jpg個人的経験:
改めて、ここで、
1962年に、
スタジオ録音された、
ブタペスト四重奏団の、
「ます」のCDを
聴きなおして
みたくなった。



前回は、
Made in USAのEssential Classicsのシリーズだったが、
今回は、日本盤で、10年ほど前、廉価盤で発売されたもの。

音源は同じで、わざわざ持っている必要もなさそうだが、
併録されているのが、モーツァルトの名作、クラリネット五重奏曲で、
かつ、こちらを演奏しているのが、アレクサンダー・シュナイダーたち、
というところが興味深くて入手してしまった。

何故かと言うと、シュナイダーは、すでに、書いたように、
ブタペスト四重奏団の第二ヴァイオリンを離れても、
精力的に活動した音楽家であるし、
第2ヴァイオリンは、ジュリアード四重奏団や、
ボーザール・トリオで活躍した名手、イシドア・コーエンで、
ヴィオラも、ジュリアードに在籍したサミュエル・ローズ。
チェロは、R・ゼルキンの「ます」で活躍していた
レスリー・パルナスという、
興味深い顔ぶれが集まっているのである。

「ます」とは、直接関係ないが、このCDでは、
こちらの方の演奏家たちにも、また、興味をそそられる。
つまり、1960年代に、アメリカの二大四重奏団の、
混成チームみたいなのが、弦楽部を占めているのである。
録音は1968年とあるので、
ブタペスト四重奏団の方は、解散した年である。
ジュリアード四重奏団の二人については、
この年、コーエンはそこから抜けたばかり、
ローズは入団の前の年にあたり、
一瞬の空白を突いた組合せでの演奏と言えよう。

「ます」の方は、ブタペスト四重奏団が弦楽部を占めているが、
この曲では、ヴァイオリンは1人で良いので、
アレキサンダー・シュナイダーは仲間はずれにされた形。
一方の曲では、このシュナイダーが第一ヴァイオリンに座り、
ここに納められた2曲に、ブタペスト四重奏団は、分散している形となる。

このシュナイダーについては、先のBRIDGEレーベルのCDに、
このような記載がある。

true, upon Sasha’s return in 1954,
the Budapest’s style evolved into
something more genial and rhapsodic.

Sashaは、アレキサンダーの愛称である。
つまり、彼が戻って参加してから、ブタペスト四重奏団のスタイルは、
genial(気楽?)で、ラプソディック(奔放?)なものに、
進化したということだ。

確かに、この新しく見つかった1946年の演奏を聴いたあと、
1962年の録音に聴く、ブタペストの音は、良く言えば、のびやか。
悪く言えば弛緩している。

ピアノを受け持つのが、温厚なホルショフスキーと、
暴君のセルとでは、同じ演奏になるわけもないのだが、
やはり、16年もの歳月が、いろいろな意味での円熟があったことが如実に分かる。

この「ます」の演奏、
非常にひたむきなもので、
CD化されて再発売された時に、
新鮮さがないと評されて終わったのはもったいない事だ。

アレクサンダーの兄のミッシャ・シュナイダーが弾くチェロの、
感慨深げな表情がたまらない。
旧盤では、なだらかな流線形で走り抜けた変奏曲も、
ひとつひとつ味わって弾かれている。

ジャケット写真、「ます」とはまるで関係ないが、
遠いヨーロッパに思いを馳せるにはいいかもしれない。
亡命したブタペスト四重奏団もまた、
そうした思いは、いっそう強かったはずだ。
モーツァルトの晩年の雰囲気にも、合っているかもしれない。

廉価盤なので、解説は簡潔だが、曲に対するポイントは押さえてある。

演奏家に関しては、ホルショフスキー、ブタペスト四重奏団に関しては記述があり、
これも、一通りのことは書いてある。
クラリネットのライトは、ボストン交響楽団の主席のはずだが、
彼を始め、モーツァルトの演奏家に関しては、完全に解説は省略されている。

廉価盤の悲しさであるが、どうして、このようなメンバーが集まって、
どんな思いで、この曲を演奏したかを、是非とも知りたいところである。

68年と言えば、マールボロ音楽祭で、ゼルキンが「ます」を録音した翌年。
シュナイダー以外のメンバーは、67年にカザルスの指揮するオーケストラで、
弾いていた面々である。
このモーツァルト、カザルスの薫陶の影響はあるのかないのか、
そんなことも考えながら聞き込むと、忘れがたい演奏になってしまった。
晴れて、第一ヴァイオリンを弾いているシュナイダーは、
気楽で奔放に弾いているか?
むしろ、このジャケット写真のように、はるか遠く、ヨーロッパの残照を、
見つめているような弾きぶりにも思えてくる。

得られること:演奏家の生き様に想いを馳せると、ついつい収蔵品が増えてしまう。
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by franz310 | 2006-10-14 21:56 | 音楽

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その39

b0083728_2053394.jpg個人的経験:
実は、このCD、
セルのスピーチが、
シューベルトの
「ます」に先立って、
録音されていて、
ここから、
いろいろと、
面白い情報を
得ることが出来た。

CD裏にも写真が出ているように、
ここで、ピアノを受け持っているセルは、
指揮者として高名だっただけに、
初期のレコーディングに関して、
実際に経験した人でなければ語れないような、
興味深い体験や、
若い頃の音楽の勉強などについて、
4分ほど語っている。

最初に、レコード録音した頃、
おそらく
1925年くらいのようだが、
まだ、電気式の録音が未開発で、
アコースティック式の機械録音だった
というのである。

音の力だけで、レコードの溝を、
作りこむのであるから、
いろいろな工夫や苦労があったようだ。

増幅のきくマイクではなく、
じょうごのような機械に、
うまく音が入っていくように、
楽団は、狭い部屋に入って、
ぎゅうぎゅう詰めになって演奏したという。

また、低音を増強するためか、モーツァルトでは、
本来登場しないはずの、チューバが使われたというし、
R・シュトラウスでは、弦と管のバランスを、
あえて崩して録音しなければならなかったという。

(ちなみに、このCDそのものは、
そんなに古い時代の録音でなく、戦後すぐのもので、
歪みがない点など、非常にありがたい。)

また、彼の修行時代のエピソードがスピーチの後半を占める。

彼は、若い頃、ドイツ近代の巨匠、マックス・レーガーに作曲を学び、
ブラームスの親友からも教えを受けた。

ピアノは、非常にうまかったらしく、
何と、あのゼルキンと、同門だと語っている。
ブタペスト四重奏団は、しばしば、ゼルキンと協演して、
レコードを残しているが、こんな所でも、繋がりがあったのだ。

このCDで協演している、ブタペスト四重奏団については、
何一つ語っていないが、解説の方には、この四重奏団について、
非常に興味深い記述がある。

私たちは、この四重奏団が、ベートーヴェンや、ブラームスを得意とした、
ドイツ音楽の守護神のようにも考え勝ちであるが、
この解説を読むと、また、違った切り口で、
この団体を捉えないといけないことが分かる。

解説者は、セルもそうだが、この団体の演奏スタイルを、
イタリアの大指揮者トスカニーニになぞらえているのである。
つまり、たくましい運動性や贅肉を落とした感覚的な音作り、
流線型のフレージングで、推進力のある無駄のない音楽を
響かせていく点を、彼らの共通点として上げている。

これは、名ヴァイオリニストのハイフェッツや
ミルステインと同じ流儀だという。

また、この「ます」の演奏については、
前述のトスカニーニのスタイルが、特に、よく出ていると書いている。
セルの言葉を聞き、そういった事にも思いを馳せながらこの演奏を聴いていると、
確かに、先に触れたとおりの特色が出た演奏であることが分かる。

流動性が高く、磨き抜かれていて、
夾雑物のない、純度の高い音楽なのだ。
この演奏の演奏時間が短いことはすでに述べたが、
トスカニーニの演奏も、そういえば、その引き締まった響きと、
必要なことだけを語って走り抜けていく所が、大変、フレッシュだった。

やはり、解説は、よく読んでみるものである。

得られる事:「しっかり書かれた解説は、何十年もの思い込みを覆す。」
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by franz310 | 2006-10-07 20:25 | 音楽

どじょうちゃんに突然の電話

b0083728_22413422.jpgどじょうちゃんが、
その巨悪の核心に、
まさに触れたと思った
その時に、
いきなりじりじりと
電話が鳴ったので、
どじょうちゃんは、
部屋に戻って、
受話器を取った。

明るい声が響き渡る。

「もしもし~っ。
NTT麩菓子日本、
担当、福助ですが、
どじょうちゃん様は、
ご在宅でしょうか~っ。」

どじょうちゃんは、
麩菓子日本という言葉に、
ぴくりと反応した。
どこかで聞いたその社名。

そう、あれは、JR麩菓子日本。
あの耐震偽装の、クロメダカちゃんの魚体実験に関わった、
謎の黒幕カンパニー。
鯉の餌にもなる麩菓子の運送で、ひとやま当てた会社である。
全国津々浦々まで、麩菓子街道を開通させて、情報化社会を、
先取りしたことでも知られる。

「麩菓子日本?JRなら知ってるんですが、NTTって何ですか。」
福助氏は、あっけにとられたようでもあったが、
一呼吸置いて、てきぱきと答えだした。

「ああ、よく聞かれるご質問ですねえ。
JRさんは、その名のとおり、じゃーんと連結ですが、
NTTはですね、もうすこし、ねちっこく、当然のように、
とんでもないサービスを、させていただきますので、はい。」

「ほう、例えば?」
どじょうちゃんは、ねちっこくという語感に好感を持って、質問した。

「例えばですね、加入権請求とかあったんですね。
導入の際に、支払うその権利の代金をですね、
施設設置負担金と言ってですね、
お客様から当然のように巻き上げてはですね、
他社の参入を、ねちっこく妨げていた時代もありましたねー。
ところで、お客様、
どじょうちゃん様、ご本人様でございますでしょうかあ。」

どじょうちゃんは、ひげをぴくぴくさせて、
威厳を持って答えた。「いかにも、どじょうちゃんである。」
「ああ、ありがとうございますう。
ところで、お持ちのパソコンは、XPでしょうかあ。」
「いかにも、WindojousXPである。」

「ありがとうございますう。今ならですね、
ヒレっつ光の回線工事を無料で承っておりますがあ。
これによってですね、お客様ご利用の、ネット環境もですね、
かなり改善されるのですがあ。」

どじょうちゃんは、つい今しがた、今ならトップシークレットが、
セクレタリーという話を、Jo:COMから聞いたばかりだったので、
かなり、頭の中が混乱した。

何でも、「今なら」といえば、いいものと考えておる。
そう思えば、この世の全てははかなきもの。
今ならこうして生きてはいるが、
明日の我が身は、どうなることやら。

クロメダカちゃんは、どうだった。
ベアトリーチェも天に召された。

そこで、自分が、現代社会の病巣とも言うべき、
恐るべきIT技術を前にして、
どのような修羅場を見てきたか、
いかに困難な問題に直面して、
頭を悩ませているかを、
さりげなく、相手に伝えようとした。
それには、最先端の技術用語で応酬するのが一番だ。

「実は、私は、今、どじょう波デジタルを検討中でしてね。」

さすがに、この攻撃は効いたと見える。
福助氏は、よろよろと、倒れそうになった(ように思えた)。

「あっ、ありがとうございますう。
まことに申し訳ありませんが、今回はですね、
どじょう波のお話ではなくてですね。」

「それがいかんと言っておる。何故、今回、今回と言うて、
刹那的なことに惑わされておるかっ!
もっと、高きを見よ。全体を見よ、この社会を概観してから、
何故、それを総括、包含する世界観を持ってまい進せんのかっ!」

「あっ、ありがとうごさいますう。そうは言ってもですね、
インターネット環境のですね・・・。ええっと、
やはり、最終形態はですね、光回線になろうかと・・・。
2011年でしたか、どじょう波よりもでうね、まず、ネット環境がですね・・。」

どじょうちゃんは、
ぴくぴくぷるぷるのケーブルTVが、
田んぼという職場を奪われた、どじょうちゃんたちの、
最後の住環境だとも考えていたので、
「どじょうなどより、ネットだ」と言われてかっとした。

どじょうちゃんは、このIT社会の持つ、恐ろしい欺瞞やぺてんが、
彼の言葉のひとつひとつから、見え隠れするのを感じていた。

「あなたは、ネット、ネット、二言目には、IN・田・ネットと言っておられるが、
田んぼで、ネットですくわれて行くどじょうの苦しみを、
ほんの少しでもいい、あなたは、考えたことがありますか。
まず、どじょう。
どじょうがあってこそ、ネットですくう意味があろうというもの。
ネットだけ売りさばいても、すくうものがないと、いったい、何のための、
ああ、ネット産業と言えるでしょうか。」

ここで、どじょうちゃんは一呼吸置くと、やはり、最新の技術課題を、
例示しながら、論点を詰めて行った。
「いわば、通信と放送の融合はですね、
どじょうとネットの健全なる相互関係あってこそ、
成り立ちうるものではないかと思うのですよ。」

「ああ、あっ、ありがとうございますう。
あの、お客様の言われている、ケーブルTVよりですね。
そうは言っても、ヒレっつ光は、3倍くらい、アップロードが
速く快適になるのですが。」

「先程から伺っていると、死の間際のゲーテじゃあるまいし、
光、光とばかり言われているが、ひれに光があたるより、
暗い穴蔵の方が、どじょうちゃんには快適なのでしてね。
『アップでどーぞ』と言われても、こちとら恥ずかしがり屋の性分でしてね、
ヒレに光も、ヒゲだらけの顔のアップも、まっぴらごめんだってんだっ。」

先程、お姉さんに電話を切られたどじょうちゃんは、今度は、
こちらから受話器を下ろした。
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by franz310 | 2006-10-04 00:05 | どじょうちゃん

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その38

b0083728_1953257.jpg個人的経験:
アレクサンダー・シュナイダー
の演奏を聴いていると、
いろいろな事が、思い浮かぶ。
そもそも、このヴァイオリニストは、
いろいろな顔を持つ。

チェロの神様、
カザルスと共演したレコードも有名だし、
スターンやランパルと、四重奏した時には、
ヴィオラを弾いて登場する。

何よりも、名門、ブタペスト四重奏団の、第二ヴァイオリンとして、
レコード愛好家の中では、有名であろう。

かつて、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲といえば、
ブタペスト四重奏団という時代があり、
レコード屋で、LPをあさっていると、必ず、彼らの顔が、
ジャケットの写真に飛び込んできたものである。
その中でも、シュナイダーは、一番高い位置にいることもあってか、
妙に目を引く風貌である。

この四重奏団のチェロ奏者は、アレクサンダーの兄、ミッシャである。
もともと、メンバー交代につれ、ブタペストとは無関係な団体に、
なっていたわけだから、この兄弟の名前をとって、
シュナイダー四重奏団という命名も可能だっただろう。

もちらん、第一ヴァイオリンのロイスマンを差し置くわけにはいかないだろうが。

また、不思議なことに、アレクサンダーは、この四重奏団から、
10年だけ姿を消している。1945年から54年の間は、カザルスと、
プラード音楽祭を主催していたりして、自分の可能性を模索していたようだ。

弦楽四重奏団の第二ヴァイオリンといった、
立場に収まりきらない人物だったのだろう。
1908年の生まれというから、
三十代の後半から四十代の後半までの壮年期、
束縛から離れ、思いっきり羽を広げてみたわけだ。

このようなパーソナリティの人が録音したレコードは、
いろいろな問題を孕んでいるのではないだろうか。

まず、ブタペスト四重奏団員として出来なかったことが、そこには、
込められているはずである。

シュナイダーが抜けていた、1946年の実況録音で、
ブタペスト四重奏団による「ます」のCDが発売されている。
アメリカのレーベル、ブリッジが発掘したもので、
驚いたことに、ピアノは指揮者として有名なジョージ・セル。

この四重奏団は、ワシントンの国会図書館付きの四重奏団だったので、
「Great Performances from The Library of Congress」
というシリーズにある。マイナーレーベルながら、面白いものを発見したものである。
ソニーは、大量のブタペスト四重奏団の録音を持っているはずだが、
ほとんど、有効活用せず再発売しないので、非常に嬉しい企画である。

M・キャンベル著「名ヴァイオリニストたち」には、
第一ヴァイオリンの、ロイスマンを評して、
「信じられないほど優雅な演奏家」と書いてある文が出てくるが、
この演奏などを聴いても、かつて、日本で信じられていたほど、
この四重奏団は四角四面の演奏家たちではないことが分かる。

ただし、断わっておくべきは、
意外に聴きやすい録音だが、変なノイズが乗っているところもあるということ。
何といっても、60年も前の実況録音である。

演奏時間は、どの楽章も、シュナイダーの盤よりも短いことが興味深い。
しかし、決してせかせかした演奏ではなく、小粋で内省的な演奏である。
のちに、この四重奏団は、ホルショフスキーのピアノで、この曲を再録音するが、
この時の演奏も、少しゆったりとしたものになっているので、
あるいは、暴君として知られたセルの息がかかっているのかもしれない。

冗談として描けば、セルは、実際に、ブタペスト生まれなので、
まったくブタペストとは、無関係だった、この四重奏団員だけの演奏より、
「ブタペスト」らしい演奏になっていると思われる。

このセルとの演奏と、ホルショフスキーとの演奏では、
録音のこともあり、後者の方が優れていると思うが、
セルのピアノがきれいなのと、このきびきびとしたテンポの中で明滅する、
各声部の立体的な美感は、得がたい魅力となっている。

シュナイダーの「ます」などは、この演奏から、
さらに20年を経たものであり、もちろん、単純な比較など出来ないが、
こうした。いわば「小粋な」シューベルトではなく、
雄大な、推進力に富むシューベルトを、彼は夢見ていたのではないかと、
ふと、考えた。
思い切って違う世界に、羽ばたいていたシュナイダーにとって、
これはこれで、自らの音楽を託しきった音楽になっていたのかもしれぬ。

ブタペストの演奏を聞きながら、別の演奏のことに、なぜか心が行ってしまう。

枠の中から飛び出して行って、やりたいことをやった姿には、
やはり、何か敬意を表したくなるのである。

それに加え、このCDの後で聞けば、少し硬いように思われた音質だと思ったが、
シュナイダーの盤は、文句のつけようもなく、美しい音で聞こえる。

とはいうものの、このブタペスト盤の陰影の深い、ためらいがちな演奏の方が、
シューベルトの心に近いような気がするのも確か。
こくとか、深みとかは、さすがに、
国会図書館付きの権威ある団体のものと得心させられる。

さらに言えば、最年長のセルですら、四十代の録音である。
この稀代の名団体の、若き日の息遣いを聞くには、かけがえのない記録であろう。
白黒で、ピシッとコントラストの高いジャケットの写真も渋く、
解説も、この四重奏団に興味のある人には、興味深いものである。
もう、このような骨董品的価値の録音は、愛好家であれば、
いかような角度からも、鑑賞が可能で、味わうことが可能である。

格調高いジャケットに往時を思い、少しノイズがある中にさえ、当時の空気をかぎ取り、
改めて、解説をめくって、彼らの業績をしのぶ。
それが、また、他の演奏家たちの生き様などにまで、思いを馳せるきっかけとなる。

これまた、レコード芸術の至福であろう。

得られる事:「地元マイナーレーベルに、知られざる音源発掘の勝機あり。」
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by franz310 | 2006-10-01 19:59 | 音楽