excitemusic

クラシック音楽への愛と悲しみの日々
by franz310
ICELANDia
カテゴリ
全体
シューベルト
音楽
現・近代
古典
オンスロウ
レーガー
ロッシーニ
歌曲
フンメル
どじょうちゃん
未分類
以前の記事
2017年 01月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 09月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
お気に入りブログ
最新のコメント
新さん大橋先生の活躍した..
by ナカガワ at 11:05
実はブログが出来てからお..
by skuna@docomo.ne.jp at 23:55
はじめまして。 レクイ..
by KawazuKiyoshi at 13:28
切り口の面白い記事でした..
by フンメルノート at 11:49
気づきませんでした。どこ..
by franz310 at 11:27
まったく気づきませんでした。
by franz310 at 15:43
すみません、紛らわしい文..
by franz310 at 08:07
ワルターはベルリン生まれ..
by walter fan at 17:36
kawazukiyosh..
by franz310 at 19:48
すごい博識な記事に驚いて..
by kawazukiyoshi at 15:44
メモ帳
最新のトラックバック
http://venus..
from http://venuspo..
http://while..
from http://whileli..
http://while..
from http://whileli..
http://www.v..
from http://www.val..
バッハが人類に残したメッ..
from dezire_photo &..
ミュージカルかファンタジ..
from dezire_photo &..
バッハが『ロ短調ミサ曲』..
from dezire_photo &..
ルター派のプロテスタント..
from dezire_photo &..
ダンテの『神曲』 ”地獄..
from dezire_photo &..
バッハとヘンデルの音楽性..
from dezire_photo &..
ライフログ
検索
タグ
人気ジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


<   2006年 06月 ( 10 )   > この月の画像一覧

クロメダカちゃん、再生音声に聞き入る

b0083728_238555.jpg僕が、自分の体に埋め込まれていた
ハードディスクの事を思うと、
そこに記録されていた、
ベアトリーチェの声が再生された。
僕は、ベアトリーチェの姿を追ったが、
彼女は、体を軽快にくねらせて泳ぎ、
遠く光の中にかき消えるようであった。

「もう少し、お話しましょう。
じじじ、じじじ。重大な秘密が、ぶくぶくぶく。
というのは、じじじ。びちゃびちゃ。
ぶくぶくぶく。
じじじ、大手電気メーカー、びちゃびちゃ、
ということです。
びちゃびちゃびちゃ。じじじじ。」


えっ、何だって??ベアトリーチェの後姿に気を取られていたせいか、
ボリュームが小さくて、肝心のところが聞き取れない。

ハードディスクにアクセスする音が邪魔である。
びちゃびちゃ言う浄水フィルターの水音もまた、
耳障りである。

僕は、こういったアクシデントで、
TOTOICというサカナ語検定を落としたことがある。
リスニングも出題するのであれば、
センター試験の時には、
もっといい再生機を用意して欲しいものだ。

僕は、再生音量を大きくするべく、
ムナビレで鱗のダイヤルを回した。
もういちど、再開だ。

じじじっと音がしたが、
すぐに明瞭な音声となった。
びちゃびちゃぶくぶくという音で、とてもうるさい環境にもかかわらず、
何とか、その声を聞き取ることが出来た。

「この恐ろしい計画について、
もう少しお話しましょう。
びちゃびちゃびちゃ。

東京のとある下町の街角に、
一軒の駄菓子屋があったのですが、
そのお店に重大な秘密があるということは、
ごく限られた人たちにしか知られていません。
ぶくぶくぶく。じじじじじ。」

何だ何だ、どうして駄菓子屋の話になるの。
僕は、聴こえてくるベアトリーチェの声に向かって、
質問したいぐらいだった。
僕は、念のため、もう少し音量を上げた。
じじじっ。

「一見、何の変哲もない駄菓子屋ですが、
よく見ると、柱も床も、すべて大理石で出来ています。
床に敷かれた真紅のカーペットはペルシャ製で、
あまり目立たないのですが、天井のランプも、実はシャンデリアなのです。
というのは、その駄菓子屋は、さる富豪の未亡人が道楽でやっているもので、
その店の地下には、大陸横断鉄道の極東終着駅が、
隠されているという噂すらありました。ぶくぶくぶく。」

それが本当だとすると、僕は、日本海の海底トンネルを越えて、
その列車で、モスクワやペテルブルクまで乗って行きたいなあと思った。
きっと、ロシア革命の動乱の時に、急遽竣工されたものに違いないと思った。

「そんな店に入って来ては、悪ガキどもが小銭を転がす、
アイスキャンデーを、絨毯の上にこぼす。
あるときなどは、十円玉が転がって、
地下の総檜造りの極東ステーションにまで、
転がり落ちるところでした。びちゃびちゃびちゃ。
そこに、こっそり掛けてあったイコンに、悪ガキがいたずら書きをした時、
ついに、彼女は行動を起こすことを決意したのです。
その未亡人は、何とか、小銭なしで駄菓子を買えるシステムが出来ないものかと、
大手麩菓子メーカーに相談を持ちかけたのでした。じじじじ。
そもそも、富豪というものは、小銭の計算や管理が苦手なもので、
いちいちお釣りがないときは、子どもたちに小切手を切って与えていたくらいですから。」

僕は、今度、ここを出たら、絶対にその駄菓子屋に行ってみたいと思った。

「六本木に本社を持つ、世界最大の麩菓子メーカーが、立ち上がりました。
『JR麩菓子日本』は、系列会社の『JR倒壊』と共に、
大陸横断鉄道を営む富豪の未亡人から手渡された研究資金をもとに、
研究に着手しました。ぶくぶくぶく。
彼らは、大手電気メーカーからも、大量に人材を買いあさって、
ようやくにして、その技術を開発したということです。じじじじ。
その成功が伝えられるや、駄菓子屋の屋根に吊り下げられた鐘が、
がらんごろんと、壮大な響きで鳴り始めたと聞いています。ぶくぶくぶく。」

「麩菓子と言えば、鯉の餌としても有名。
鯉の世界の大物政治家が、その技術を、
デパ屋総務庁に持ち込みました。びちゃびちゃびちゃ。
総務庁にとっては渡りに船です。
麩菓子なら、デパート屋上のペット売り場にもあります。
ここでも、麩菓子を小銭なしで買えるようにしましょう、
などと、総務庁の役人と、大物政治家の間で執り行われた密談は、
とんとん拍子に進んで行ったのです。ぶくぶくぶく。」

「その時からです。
その電子マネーのカードを表わす『CA』が、
モバイル・メダカ計画の一部に組み込まれました。じじじじじ。
『モバイル・メダCA』計画という新しいプロジェクトが離陸したのです。
しかし、これでは、書きにくいし、呼びにくいので、『モバイル・めだカ』と、
CARDのCAはカタカナで表記されるようになりました。ぶくべちゃぶく。」

ええっ、あのカードには、てっきりペンギンが入っていると思ってた。
なんと、あのカードに入っているのは、われらが同胞だったのである。
[PR]
by franz310 | 2006-06-26 23:29 | どじょうちゃん | Comments(0)

クロメダカちゃん、呆然となる

b0083728_23405268.jpgベアトリーチェはその後も、
何かをしゃべり続けていたが、
僕の耳には、何を言っているか、
さっぱり分からないのであった。

僕は、大きく目を見開いていたが、
何も見えてはいなかった。
ただ、水面を漂い、ただ、これは夢だと、
自分に言い聞かせるのだった。

だって、想像もしてみて欲しい。
自分の体そのものが、耐震偽装されているとしたら。
そして、それが、恐ろしい振動試験を受けた後で、
いつ、いかれるか分からない状況だとしたら。

実際、もう、僕の仲間たちは、すべて死に絶えていたのである。

世界を一望する、
駅前のデパートの屋上から、
人々の平等、そして平和を守るために、
さっそうとこの大地の上に降り立った、
7人、500円の勇士たち。
それが、こんなにも短い間に、
尊い命を散らしてしまうとは。

そして、私を救ってくれ、
この恐ろしい状況から救ってくれるはずの、
聖なるベアトリーチェ自身が、なんと、
偽装設計の被害者だったのである。

「ところで、あの、オスヒメダカさんは、
どうして、この大海原に沈んでしまったのですか。」

ベアトリーチェは、
涙をムナビレでぬぐうと、
こんな風に語り始めた。

「私と、オスヒメダカは、
実は去年の製造なのです。
そして、その時はまだ、
カメラ付き携帯の計画こそあったものの、
メダカの体に発信機をレイアウトする計画は、
なかったのです。」

「えっ、発信機?」
私は、またまた絶句した。
「日本の携帯メーカーは、海外ではすっかり存在感がないのです。」
「知っています。ノキアとかモトローラとかしか、
私も留学していた時には見たことがなかったですから。
でも、それがいったい・・。」

「デパ屋総務庁には、それが危機に思えたのです。
このままでは、メダカ市場が飽和してしまう。」
「それで。」
「彼らが目をつけたのが、電子マネーの世界です。
メダカの小型軽量を活かして、カードの中に入れてしまおうという計画が、
急遽、持ち上がりました。
それには、どうしても、外部とのワイヤレス通信の技術が必要になりますね。」

「まさか、あの『JR倒壊』の改札機の技術ですか。」
「そうです。その時から、モバイル・メダカ計画は、
モバイル・めだカ計画へとステップアップしたのです。」
「そ、それのいったい、どこが違うのですか。」
「聞いていなかったのですね。それを、さっき、説明したじゃないですか。
ハードディスクにアクセスして、私が言ったことを思い出しなさい。」

おお、私が、ハードディスクの事を思い出すと、
驚くべし、ハイテク技術。背中の方から、
じじじと機械音がしたと思うと、音声再生が開始された。
タイムシフト録画という家電の技術が活かされている。

先ほど上の空で聞いていた、ベアトリーチェの言葉が、
WMA形式で記録されていたと見え、
いま、まさに、すぐそこで、彼女がにささやくかのように、
高音質で、その声が再生開始されたのである。
[PR]
by franz310 | 2006-06-20 23:51 | どじょうちゃん | Comments(0)

名曲名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その24

b0083728_2057406.jpg個人的経験、演奏、デザイン、解説比較:
アマデウス四重奏団は、
58年にイギリスの女流H.メニューヒンと、
また、それから十数年後75年に、
ソ連の巨匠ギレリスと「ます」を録音した後、
なんと、77年には、映像でこの曲の演奏を、
記録している。ああ、よくぞ記録してくれたものだ。
これは、最近、テスタメントというレーベルから、
DVDで発売された。


とはいえ、
最初、私は、それがカーゾンとの競演とあるのを見て、
実は、あまり触手を動かされなかった。

クリフォード・カーゾンは、1907年生まれ、
このとき70歳の高齢である。
録音嫌いとして知られ、仮に録音したとしても、
気に入らない場合は、レコード発売を許さないという、
恐ろしく厳格なピアニストという印象があった。

カーゾンより、10歳若いギレリスとの録音ですら、
何だか精彩がなかった楽団が、こんな長老と録音したら、
もっと硬直してしまうのではないかと思ったのである。

しかし、いくつかのレコード屋を見たが、
このDVDが並んでいる店は少なかった。
輸入盤なので、なくなると入手が面倒そうである。
そもそも、室内楽という分野は、派手なシーンもなく、
ただ、演奏しているところを撮影しているだけなので、
あまり売れないせいか、映像作品に恵まれない。

何日か考えた後、今度見つけたら購入しかないと決めていた。

DVDだと、CDと違って、さっと聞けるようなものではなく、
それなりの心構えが必要である。
少し放置していて、休みの日に見ることにした。

77年の収録なので、さすがに音もよく、かつカラーである。
ジャケット写真が白黒なので、白黒かと思っていた。
カラーとはいえ、舞台の雰囲気はモノトーンで、落ち着いている。
カメラワークも良く、ありありと演奏者の気持ちが伝わってくる。

舞台に現れたアマデウスの面々は、
予想以上にしゃれた紳士たちである。
しかも、驚嘆したのは、老齢のカーゾンのピアノ。

イギリス・ジェントルマンの、格調高い演奏を予想していたのだが、
格調が高いというだけでなく、生き生きと幸福感をみなぎらせた演奏なのである。
老眼鏡をかけて、あまりぱっとしない登場であったが、
ピアノの上の指遣いが鮮やかで、なんとおしゃれなこと。
体中から、喜びが発散している。これは、あまりにも、見ごたえのある演奏である。

私は、長らく、この人を誤解していたようだ。
協奏曲でも、クナッパーツブシュとか、ボールトとかいった、
何だか、妖怪のような古色蒼然たる指揮者との競演が多かった。
そんなことが、このピアニストのイメージを固定していたようである。

アマデウス四重奏団も、意外なほど、音色がマッチして、
渾然一体となって幸福な響きを奏でている。
彼らは確か、ナチスを逃れてロンドンで学んだので、
イギリスとの相性も良いのであろう。
解説によると、この楽団のお気に入りのピアニストの一人が、このカーゾンであるという。
共に、シューベルトを得意とする音楽家たちである。

特に、シドロフのヴィオラと、ロヴェットのチェロが、二つアップで写されるところなど、
素晴らしい力強さ、中低音軍団の充実が味わえる。
もちろん、ブレイニンのヴァイオリンも冴えている。
ロヴェットなどは、中に収められた写真では、パイプまで銜えて、
ワルオヤジが、完全にさまになっている。渋い。
ブレイニンもよく書くと、ヨン様が扮装し、演じた初老の音楽家のようにも見える。

全員が眼鏡をかけたジジイ軍団なのだが、
そこに、えもいわれぬ艶っぽさが、豊かな空間の中に醸し出されている。
映像は見ないで、聞くだけでもいいかと思っていたが、
見出したら目が離せなくなってしまった。
まさしく、こうしたものが、アマデウス四重奏団の魅力なのであろう。
精気にあふれ、ダイナミックで色っぽいおっさんの音楽。

このDVD、解説を読むと、この77年の秋の室内楽フェスティバルには、
恐ろしく豪華な演奏家が集まったことが書かれてあって、
垂涎ものであったことが書かれている。
この音楽フェスティバルが、
シューベルトに捧げられたということが、これまた、心をときめかせる。

表紙写真のカーゾンの扱いは、まるで、集合写真の日に休んだ学生のようで、
少々、情けない。
また、コントラバスのスラットフォードは無視されて、どんな人か分からない。
こんな風に、あまり、工夫されたジャケットでもなく、手抜きとすら言えるもので、
期待されるものは皆無の、事務的な製品ではあるが、内容は上述した通りである。
そもそも、テスタメントというレーベルは、良いものを、分かっている人にだけ届けます、
といった風の、好事家向けのレーベルなので、これ以上は期待しても無理なのである。

得られること:共演者によって、演奏家のイメージが決まってしまうことがあるが、それは間違ったものかもしれない。
[PR]
by franz310 | 2006-06-17 21:39 | 音楽 | Comments(0)

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その23

b0083728_21421333.jpg個人的経験、演奏、デザイン、解説比較:
私がレコードを聴き始めた頃、
果たして、世界中では、
どのようなレコードが
聞かれていたのであろうか。

ということで、
当時、アメリカで出ていたレコードを、
「Schuwann」のカタログで眺めてみた。


73年の「Record&Tape Guide」の、
シューベルトの「ます」の項で調べると、
14種類の演奏が見つかる。
(弦楽四重奏団=SQで表示。)
1.ボストン室内管弦楽団
2.カーゾン/ウィーン八重奏団
3.デムス/シューベルトSQ
4.エッシェンバッハ/ケッケルトSQ
5.フェスティバルSQ
6.ホルショフスキ/ブタペストSQ
7.ケントナー/ハンガリーSQ
8.マシュー/ウィーン・コンツェルトハウスSQ
9.メロス・アンサンブル
10.H.メニューイン/アマデウスSQ
11.ペルルミュテール/パスカルSQ
12.ラインハルト/エンドレスSQ
13.P・ゼルキン、シュナイダー他
14.R・ゼルキン/ラレード他

このように見ると、75年の調査だが、廉価盤だけで、
11種類も「ます」のレコードが出ていた日本という国は、
恐ろしいクラシック大国である。
(さらに調べると、廉価盤だけで、日本では、26種類も「運命」が出ていたのに対し、
アメリカでは、廉価、レギュラーあわせても、20種類に満たない。)

とはいえ、H.メニューインとアマデウス四重奏団のレコードは、
日米とも、この時代はカタログに健在である。
私も、中古で、この頃のLPを入手した。

このレコード、1曲をたっぷり両面にとって、
音が比較的たっぷりしているので良かったが、
それにもまして、解説がとてもよい。

シューベルトが早くから、
父親や兄たちと合奏を楽しみ、
室内楽に親しんだという逸話に始まり、
彼が、大量の名作を残した事に筆を進め、
まず、その後で、この曲は、
「彼の室内楽の中では最初の本当にすぐれた作品」と、
端的に、作品の本質を衝いている。

また、「信じられないほど美しい」、シュタイアーの町との出会いが、
この素晴らしい音楽を生み出したことに触れ、
「きっと山の渓谷を散策した時、彼の脳裏には、
新しい作品の楽想が泉のように湧き出したに違いありません。」
と、空想を膨らませているのも大歓迎である。

「アルプスの清流を思わせる、明るくさわやかで清純なリリシスムをたたえた作品」
と書いて、うまく要約したあとは、各楽章についても、簡略な概観を示しているのがよい。
第二楽章を、「静かなアルプスの夏の夜を思わせる夜曲」と評しているのも興味深い。

さらに、演奏者についても、ピアニストは、
「すみずみまで神経のゆきとどいた高雅な演奏を聞かせる」とあり、
四重奏団についても、「現代世界最高という呼び声の高い弦楽四重奏団です」、
と、激賞で、「この録音は躊躇なく”鱒”の決定盤に推すことの出来るものです。」
と締めくくって、さすがである。

ここまで書かれて、よし、どれどれ、聞いてみようか、と思わない人がいるとは、
とても思えないのである。

b0083728_21455642.jpg
しかし、このジャケットの写真には、どうも複雑な気持ちがよぎる。
きれいな緑の水辺の写真であることは認めるが、
よく見ると、鉄道が通っているようで、ちょっと現実離れする力が弱い。
ひょっとすると、中央本線か飯田線じゃないの?などと考え出すと、
躊躇なく決定盤にするには、迫力不足のような気がする。

シャッタースピードを遅くして、水面が糸みたいに引いているのもいかがだろうか。
爽やかさに欠けるのは、このあたりにも原因がありそうである。
解説がいくらアルプスの清流を暗示しても、
何となく近くに田んぼが広がっているような雰囲気である。
田んぼの風景は好きだが、この曲と田んぼは、ちょっと違うのではないか。
何か、超俗的な力が、欲しいのである。

ということで、廉価盤であるとはいえ、
ジャケットに関しては、もう少し工夫が欲しいような気がする。

導かれる事:「シャッタースピードを遅くした写真では、ますの敏捷な動きや、アルプスの清流の躍動感を表現することは難しい。」
[PR]
by franz310 | 2006-06-11 21:48 | 音楽 | Comments(0)

クロメダカちゃん、構造計算書を見る

b0083728_232588.jpg「耐震偽装なら可能性がありますね。」
僕には思いつく事があった。

「僕たちと一緒に入っていた水草は、
あっと言う間に、
こなごなになってしまいましたから。」


ベアトリーチェは、僕の顔をまじまじと見つめた。
僕は、得意になって、知っている事をしゃべり続けた。
「あのおっさんは、千切れかけた、水草のかけらを集めて、
お客に、売りつけたんですよ。とんでもない詐欺ですよ。」

僕は、きっと、「なんて賢い魚だろう」と、思ってもらえたに違いない。
「なんと、僕たち、500円だったんですよ。」
僕は、正確に金額を覚えていた。

すると、ベアトリーチェは、こちらに腕を差し伸ばすと、
僕をひきよせ、ひっしと抱きしめた。
「くっくるしいよ、ベアトリーチェ・・」
が、見ると、その神聖なる両の瞳からは、
止め処もなく熱い涙が零れ落ちているのであった。

「クロメダカちゃん、まだ、分かっていないのですね。」
僕は、きょとんとして、首を傾げた。
「ここに、構造計算書があります。」
そう言うと、彼女は、エラブタから小さなポーチを引き出し、
そこから、分厚い書類を取り出して、僕に差し出した。

僕は、それを受け取り、ムナビレを大きく広げて、中を開いた。
そして、いきなり絶句した。
そこには、水草ではなく、サカナの形が書き込まれていた。
なんとそれは、メダカそのものの設計図で、各パーツのレイアウトが、記されていた。

目立つのは、体の中心を大きく占める、0.1インチのハードディスクドライブで、
それを配置するために、本来、背骨があるべき位置にまで、その巨大部品が侵入していた。

そして、背骨は、本来のものよりも、かなり細いもので繋がっているのであった。
計算してみるまでもなく、これはむちゃくちゃな設計である。
これでは、基準の20%くらいしか、強度を満たしていないであろう。

「何ですか、これは?イーホームズは、いったい、何をやっていたんです?」
ベアトリーチェは、ポーチから出した小さなハンカチで、
目の下をぬぐいながら、こう答えた。
「これが、あなた方の体なのです。金魚並みの大容量メモリを搭載するには、
ここまで、無理をした設計が必要だったのです。
そのハードディスクは、垂直磁気書き込みの最新型です。」

僕は、いままで、生きて来られたのが信じられなくなってきた。
どうも、背骨の辺りがむずむずする。
時折、じーっと、ハードディスクが回っている音がした。

「ウソでしょう。何だか、自分の体が、自分の体ではないような気がしてきました。」
聖なるヒメダカは、目を伏せながら、
「きょう、たくさんの仲間たちがどうなったか、
そして、何がそうさせたかを、思い出してごらんなさい」と言った。

僕は、いろんな事を思い出した。

みんな死んでしまった。
水草の重みで息絶えたもの、何もないのに、水底に沈んだもの。
背中で、機械が回転するような音がして、次々と、記憶が蘇ってきた。

袋に入れられて、振動テストにかけられたこと、
そして、奇妙な音波にさらされた事など。
すべては、耐震強度の不足にあったのだ。

「うわーっ、それでみんな死んだのですか?
当然ですよ、こんな設計だとしたら。えっ、僕も同じなの?ぎゃーっ!」
僕のムナビレの間から、滑り落ちた構造計算書は、ゆっくりと水底に沈んでいった。

そして、僕は、気を失いそうになって、水面で、何度も口をぱくぱくさせた。
ろ過フィルターから流れ落ちる水のしぶきが、僕の顔をぴちゃぴちゃと打った。

ようやく、気を取り戻すと、僕は息も絶え絶えになって、こう言った。
「でも、僕は、まだ大丈夫ですよ。」
「運が良かっただけです。水草のクッションもあったし、
酔い止めの薬を飲んで、ハードディスクの破損もなかったのです。」

えっ、まさか、あの薬が、ハードディスクの回転を止めるものだったとは。

「なぜ、ここまでして。」
「メダカ本来の記憶容量では、三歩歩くと忘れてしまうからです。」
「そのほうが、嫌なことも忘れられるから、いいじゃないですか。」
「そんな阿呆の脳みそでは、非情な携帯メーカーは採用してくれないのです。」

僕は、阿呆は採用されないという、デジタルディバイドに絶句した。
僕たちは、人類の平等と平和を守る計画に一役買っていると思ったのに、
なんと、自分たち自身が、「阿呆」と「かしこ」で、厳しく選別されていたのである。

「そんなことまでして、何になるんです。」
「何にもなりはしません。再現のない、コスト競争、小型競争、性能競争が、
繰り返され、綿綿と連鎖していくだけなのです。」
「それが、モバイル・メダカ計画なのですか?」

ベアトリーチェは、大きく首を振った。金色の巻き毛が、ふわりと肩に揺れた。
「いいえ、そこまでなら、あなた方が来る前から、分かっていたのです。
ほら、私の体にも、ハードディスクが透けて見えているでしょう?」

僕が、息を呑んで、彼女のハラビレのあたりを見ると、
そこには、悪魔の歯車のようなメカニズムが、きちきちと回転していた。
「今回、オスヒメダカちゃんが、突き止めたのは、さらなる偽装なのです。」

僕は、しばらく声も出なかったが、ようやく、彼女の言葉に、反応することが出来た。
「さらなる偽装?」
[PR]
by franz310 | 2006-06-09 00:09 | どじょうちゃん | Comments(0)

クロメダカちゃん、亡霊の声を聴く

b0083728_06281.jpgその時、まるで、地底の底から、
水槽全体に響き渡るが如き声が、
どこからともなく聞こえてきた。

「我らに、平安を与えたまえ。」

次に、何だか、のんびりとした声が続いた。

「ああ、やっぱり、そうだったんだな。
悪いことが、行われていたんだな。」

いったい、何事かと、僕が振り返ってみると、
あの、恐ろしい、人喰いのぬめぬめが、
不気味な渦巻きの甲羅を背負って、
にゅるにゅると、水槽を這い上がって来るところだった。

ゆっくりとした動作ではあったが、
僕は、あのメダカの仲間たちのように、
その恐ろしい管の口先で溶かされて、
骨の髄まで、しゃぶりつくされてしまうのではないかと身構えていた。

「検死官が来たようですね。」
「そうなんだな。解ったんだな。」
驚いたことに、ベアトリーチェは、
そのぬめぬめにゅるにゅると、
当たり前のように、会話しているではないか。

「あとは、この亡霊に語らせるんだな。」
すると、検死官と呼ばれたぬめぬめの、その甲羅が光り始め、
ああ、なんと言うことだろう、その中から、さきほど平らげられてしまった、
オスヒメダカの姿が、浮かび上がって来たではないか。

ベアトリーチェは、それを指差して、こう告げた。
「彼の肉体は滅びましたが、
あの検死官の貝殻の中に、霊がしばし宿り、
最後の言葉を聴くことが出来ます。
クロメダカちゃんも、心して聞いてください。」

私は、耳を澄ませた。
やがて、先ほどの地底からの声が、
厳かに響き渡った。

「北極星が北の空に光る頃、
南半球では、サザンクロスが、
大海原の上に浮かぶであろう。」

僕は、霊界を越え行く者の、
自由になった霊魂が、空を飛翔し、
この世の全ての苦しみから解放された様子を思い描いた。
そして、彼の善良なる魂が、天上において、祝福されることを心から願った。

「冬の天上を大きく彩るオリオンのごとく、
また、夏の夜空に輝く白鳥座のごとく。」

いよいよ、モバイル・メダカ計画という、
メダカ史上最悪のスキャンダルの実態が、
今、ここに明らかにされるのである。
果たして、メダカの運命に未来はあるのか、
その審判が、今、下されようとしていた。

「夏の大三角には、アルタイルあり、
冬の大三角にはおおいぬ座に、シリウスが光るが如く。」

如く、何なのだ、と思ったのだが、
死してなお、使命をまっとうしようとする英雄の言葉に、
何ら口を差し挟めるものではない。
ひたすらに、その荘厳なパイプオルガンの響きに、耳を傾けるばかりである。
余計な事を思案していて、肝心なところを見逃してしまうのが、
サッカーの試合の嫌なところだ。

「夕暮れの渚にあっては、夜光虫の如く、
初夏の清流にあっては、舞い踊る蛍の如く。」

だんだん、集中力も限界になりそうだった。
一度、肉体を失ったものは、すっかり、この世の時間感覚から貝抱、
いや、解放されてしまうのかもしれない。

「かくのごとく、明らかであったああああああああ。」
おお、「その時、宇宙の天体が鳴り響くのです」と、マーラーが語ったように、
オスヒメダカの声には、大きなクレッシェンドの記号がついていた。

僕はその音響の渦に、思わず、耳をふさぎたくなったほどだ。
でも、耳がどこにあるかも分からないし、
ふさぐにも、ヒレでは、ちょっと役不足ではなかろうか。
ひときわ高く、その声が響き渡ったかと思うと、長い長い余韻を残して沈黙が訪れた。
ただ、水槽の中には、ぶくぶくポンプの音が鳴り響くだけである。

「オスヒメダカは、やむなく、敵の凶刃に倒れましたが、
やつらの耐震偽装については、突き止めることが出来たようです。
捜査官として、本当によくやりました。」
ベアトリーチェの長い睫毛の間から、止め処もなく、涙が流れ出していた。
「耐震偽装・・。」
僕も、よくわからなかったが、
どう考えても、偽装はまずいだろうと思って、一緒になって泣いた。

見ると、貝ちゃん検死官の貝殻は元に戻り、
そこに、ヒメダカの姿はすでになかった。
彼の魂が祝福されようがされまいが、どうでもいいような気持ちだった。
シリウスの輝きの前では、そんな事は、小さなことのようにも思えてきたのである。

ずずずっ、ずずずっと、検死官は、水槽に付着した汚れの掃除に余念がなかった。
「この辺が、ちょっと汚れているんだな。」
[PR]
by franz310 | 2006-06-07 00:23 | どじょうちゃん | Comments(0)

クロメダカちゃん、桃源郷の夢破られる。

b0083728_23412066.jpg僕は、国内産業の空洞化に関しては、
常々、大きな憂いを感じていたが、
そんな短気な金魚売りが、
シリコンバレーで一旗上げた話などには、
まったく興味が沸いてこなかった。
金魚の口にミニジャックを差し込んだとすれば、
そのうち、メダカの口に、USB端子を設けろ、
という話にもなりかねない。
なんだか、むかむかする話ではないか。
冗談じゃない、と思った。

むしろ、インドネシアの被災地にでも行って、
その悲惨な状況を、金魚の内臓、
もとい、内蔵メモリに記録して、首相官邸の池の中にでも、
放ってやればよかったんだ。

いやいや、そんな事よりも、
モバイル・メダカ計画とやらの実体が、
気になって仕方がなかった。
僕は、はやく聞かせて欲しいと、
ベアトリーチェにお願いをした。

「そう、16世紀に作られた金魚のネットワークは、
そろそろ、システム上の限界の時期に達していたのです。
ほら、織田が突き、羽柴が捏ねし、金魚売り、と言うでしょう。」
「聴いたことはありませんが。」
「ときかく、20世紀までなら、問題にならなかった、
致命的な欠陥が、そこには厳然としてありました。
いいですか、そんものはなかった、と言ってみても仕方がないのです。
つまり、金魚鉢のある場所、いわゆる、ポット・スポットでしか、
アクセスが出来ないという点、これはもう、致命的としか言いようがなかったのです。」

「ああっ、そう言われてみると、確かに。金魚鉢か池があるところでしか、
金魚にはアクセスできませんね。」
「そうなのです。今度は、妙に聞き分けがいいですね。
よござんすか、80年代までは、そこにも希望が残されていたのですよ。
ある科学者は、池の金魚に向かって話しかけるだけで、
金魚が、その人の人生を回想するというシステムを構想しておりました。」

「すっ、素晴らしい。金魚が、その人の記憶の補助をするのですね。
そんなシステムが本当に出来ていたら、カメラもビデオも、録音機もいらない、
そこには、ただ、美しい水面に金魚が浮かんでいるだけの世界。
いやいや、可憐な蓮の花が、その水面には揺れている。
まるで、山水画の世界に遊ぶようです。
ああ、きっと、遠くに連なる山々には、きれいな雲がかかっているのでしょうね。
私には分かりますよ。夢のような世界が到来しそうですね。」

僕は、醜い人間社会から隔絶された、
ただ、金魚と向かい合い、語り合って生きていく、
桃源郷の如き未来像に陶然としていた。

「ああ、あなたは、ついに尊い真理に到達することが出来たようですね。
もう、私の役割は、終わったと言ってもいいでしょう。」

その言葉を聴いて、私は、電撃に打たれた。
また、ベアトリーチェが、あの光の中に包まれて、
消えて行ってしまうのではないかと、恐れおののいた。
「ああ、しかし、ベアトリーチェ。行ってしまう前に、もう一言、
たった一言でいいから教えてください。
なぜ、その素晴らしい世界が消えてしまったのかを。」
「本当に、素晴らしい未来像でした。
魚眼レンズの金魚の目で、その人の一生分の画像が記録されているのですからね。」
私のエラの奥底から、出てきたため息は深かった。
「ああ、なぜ、私たちは、そのようなビジョンを失ってしまったのでしょうか。」

ベアトリーチェの答えは、しかし、驚くべき事実を告げるものだった。
彼女は、こともなげにこう言ったのである。
「それは、簡単なことです。
携帯電話の中に内蔵するには、金魚の体は大きすぎたのです。」
僕は、耳を疑うところであった。そもそも、メダカのどこに耳があるのだろうか。
「まっ、まさか。」
クロメダカなのに、僕は、顔を真っ青にして、
持っていたワイングラスを床に落とし、真紅のカーペットの上で粉々にしてしまった。

その恐ろしい構想の全貌が、まるで手に取るように理解できたからである。
USBケーブルの方が、まだましであった。
茫然自失となった僕の存在など、気に留めもせず、ベアトリーチェは、こう続けた。
「そのとおりです。デパート屋上総務庁が着目したのは、
金魚に比べ、はるかに小型軽量の、メダカちゃんの存在だったのです。」

僕は、自分が、これから携帯電話に内蔵されてしまうのではないかと思い、
身震いをした。右目が通常撮影用、左目が自分撮り用として利用されている、
自分の姿がありありと思い浮かんで来るのであった。

水槽の水が、僕の身震いで、大きな波となって、
堤防に向かって打ち寄せていった。
このときの津波による被害は、
ニューオーリンズを襲ったハリケーン10個分を超えていたと思われる。
[PR]
by franz310 | 2006-06-06 00:06 | どじょうちゃん | Comments(0)

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その22

b0083728_22383836.jpg個人的経験、演奏、デザイン、解説比較:
アマデウス四重奏団。
私の心に、暖かい灯をともすのは、
畏敬すべきブタペストでも、
本場もののバリリでも、
コンツェルトハウスでもない。


この団体の演奏した「ロザムンデ」の四重奏曲や、
ブラームスの「クラリネット五重奏曲」がなければ、
中学生だった私のコレクションは、とても寂しいものになっていただろう。

シューベルトの四重奏曲、「ロザムンデ」の裏面は、
同じ作曲家の第九番、ト短調だった。
この曲の終楽章が持つ、疾駆していくような焦燥感は、
聞くたびに、懐かしいあの頃を思い出させる。
これを聴いていた私は14歳であったし、
作曲家は、この曲を作った時、まだ17歳か18歳だったはずだ。
しかし、この団体は、決して若書きとしては扱わず、
作曲家の青春のエネルギーを汲み取り、
立派なモニュメントとして描き上げていた。

この作品はレコードが少ないにもかかわらず、
アマデウス四重奏団の演奏は、あれ以来、日本では復刻されていないのではないか。
非常に色彩的で、推進力に富むものだったのに。

また、こんなことも思い出す。

グラモフォンが出していた、
この団体のモーツァルトとベートーヴェンの弦楽四重奏曲全集。
この分厚い、高価なセットが、レコード屋に並べられているのを見ると、
高嶺の花を仰ぎ見るような、厳かな気持ちに打たれたものである。
その格調高い装丁で、ひときわ目を引くものであった。

だから、この、モーツァルトの名前を冠した四重奏団が、
ヴィオラのシドロフの死去に伴い、87年に、
40年もの長きにわたる活動に終止符を打った時、
私は、大きな喪失感を感じずにはいられなかった。

そして、シドロフ以外のメンバーが、その後、来日し、
日本の四重奏団との混成でコンサートを開いた時、
私は、有無を言わさずチケットを入手した。

そんなこともあって、この団体の名前がついていれば、
かなり許容範囲が広がってしまう。

「ます」の五重奏曲の演奏、欧米では、
このアマデウス+メニューインのレコードが、
かなり愛好され、普及しているのではないだろうか。

というのは、この「死と乙女」以外にも、いろいろな曲と組み合わされて、
いくつかのCDが、すでに出回っているからである。

たとえば、メニューイン女史が、
今度は、このアマデウス四重奏団ではなく、
兄のユーディや、名チェリスト、ジャンドロンと組んで録音した、
シューベルトの「ピアノ三重奏曲集」と一緒にした二枚組のCDもフランス盤で安く出た。

これは、あのオランダ製のものよりも、はるかに魅力的な商品となっている。
そもそも、あの激しい緊張感に支配された「死と乙女」との組合せでないのがよい。

シューベルト晩年の2曲の三重奏曲は、いずれも大作で、
素晴らしい叙情と、深い感情の発露によって、必聴の名品である。
より伸びやかで、叙情的な第一番。
そして、作曲家が、壮大な構想の中に、
孤独な心情吐露を織り込んだ第二番。
演奏も共感に満ちていて、どちらも第二楽章では涙が誘われる。
「死と乙女」のような、凝集とは別の、もっと多様な感情が聞き取れる点で、
「ます」のカップリングには、よりふさわしいと思われる。

さらに、ジャケットのデザインがしゃれているのもよい。
シューベルトの音楽に比べると、おそらく時代も国も少し違って、
格段に軽薄なものではあるが、ひょっとすると、
このような雰囲気で演奏されたこともあるかもしれない。
きれいな演奏家が持っているのがギターではなく、ヴァイオリンならよかったのに。

解説もあり、録音時のデータもちゃんとついているのはありがたい。

導かれること:「同じ団体の、全く同じ演奏であっても、組み合わせの曲目次第で、また買ってしまうことがあるが、これを無駄とは思わずに、ぜひとも、それを機会に、デザインや解説の違いを吟味して差異を楽しむべし。」
[PR]
by franz310 | 2006-06-05 22:55 | 音楽 | Comments(0)

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その21

b0083728_013337.jpg個人的経験、演奏、デザイン、解説比較:
ハンガリー弦楽四重奏団と言えば、
バルトーク絶頂期の名作、
ヴァイオリン協奏曲の作曲を依頼し、また、初演した、
ハンガリーの名ヴァイオリニスト、
セーケイの率いる団体である。

とはいえ、今回の話は、そのセーケイとは全く関係がない。

彼らの名演とされる「死と乙女」が聴きたくて、
CDを見つけて買ったのだが、
そこに併録されていたのも、「ます」だったということ。

このCDはイギリスのEMI系廉価盤レーベル、セラフィムから出たものだが、
何と、それは、ドイツ・グラモフォンの看板アーティストであった、
アマデウス四重奏団の団員が、中心となったアンサンブルによるものであった。
(ちなみに、CDには、オランダ製とある。)

アマデウス四重奏団は、あのギレリスのピアノで、
グラモフォンに、「ます」を再録音したが、
これが、きれいなジャケットの割に期待はずれでがっかりしたことは、
先に書いたとおりである。

ただし、あの演奏は、まじめ人間ギレリス(ソ連の鋼鉄のピアニスト)が、
全体の雰囲気を作ってしまった傾向がある。
よくロシア系のピアニストは、「鋼鉄の」という形容詞が使われるが、
ギレリスは、顔つきも鋼鉄であった。
今回のピアノは女流のメニューインである。より、しなやかな演奏であって欲しい。

予想にたがわず、名ヴァイオリニスト、メニューインの妹、
ヘフツィバーのピアノには、好感が持てた。
シューベルトに関しては、一家言持つあのブレンデルの演奏で特に感じたのだが、
この曲を演奏するのに、鋼鉄やらメタル合金やら、能書き付きのピアニストは必要なかろう。

ここでのピアノは、輝かしかったり、華やかだったり、といった類いのものではないが、
音の粒立ちもよく、表現に節度があって清潔である。

それに加え、さすが、というべきか、
アマデウス弦楽四重奏団のメンバーの存在感が素晴らしい。
まるで、お姫様を取り巻く、頼もしい騎士たちのようだ。

ヴァイオリンのブレイニンの扇情的な音色も身に染みるが、
シドロフのヴィオラ、ロヴェットのチェロが浮かび上がって来るところなど、
ぞくぞくするほど美しい瞬間がある。
テンポはいくぶん速めではあるものの、
十分、心はこもっているし、各楽器のバランスも良い。

今回、改めて、録音時の彼らの年齢を調べてみると、
1958年の録音なので、1920年生まれのメニューイン女史は38歳、
ヴァイオリニスト以下は、1922~27年生まれで、30歳そこそこのメンバーもいる。

何故、こういった録音こそ、ジャケットが、彼らの若々しい勇姿を伝えてくらないのだろう。

終楽章など、彼らの若い魅力が全開したようにテンポを上げていくところが胸を高鳴らせる。

メニューイン兄妹は、天才少年少女として、早くから活動しており、
古い写真レコードは、美男美女の映画スターのような写真があしらわれていた。
また、アマデウス四重奏団の方も、
のちに、モーツァルトやベートーヴェンの全集を作った時にも、
かっこいい紳士たちに見えたものだった。

唯一の難点は、コントラバスのメレットに、自発性というか、
いまひとつ存在感が欠ける点であろうか。録音のせいかもしれないが。

安い買い物ではあったが、このジャケットは、どうにかならないものであろうか。
単に、シューベルトの肖像があしらわれているだけで、
解説すらない、超どスーパー手抜きCDである。
(とはいえ、オランダ製なので、仮に解説があっても、
読める内容が書いてあるかどうかは不明。)

前にも書いたが、「死と乙女」との組み合わせだということも、
どうしても人に勧めにくい。
まったく、性格の違う二曲なので。

導かれる事:「安すぎるCDには、解説すらないことがある。よく、CDケースの上から、すかして紙の厚みをチェックすることが重要である。」
[PR]
by franz310 | 2006-06-04 00:28 | 音楽 | Comments(0)

クロメダカちゃんが聞いた国内空洞化の一例

b0083728_22522733.jpg僕が聞いてもいないのに、
ベアトリーチェは、
こんなことも教えてくれた。

日本で、活躍の場を失った、
金魚売りの一団は、夢を求めて、
はるばる海外に雄飛したということ。

ハワイへ、ブラジルへ、金魚売りは、
新天地を求めて旅立ったのだ。


国内の金魚売り産業は、急速に空洞化していった。
政府が支援策として、デパートの屋上に、
屋上総務庁を新設したのも、こうした空洞化対策を兼ねていたのである。

そして、この大きな流れが、こんな出会いをもたらしたことを、
クロメダカちゃんは、初めて知った。

ある金魚売りは、金魚の桶を担いで、
いや、それ以上に大きな夢を抱いて、
アメリカンドリーム渦巻くシリコンバレーで、
大きな声を張り上げた。

「きんぎょーえっつ、金魚っ!」

そこに通りかかった、ある巨漢が、
その声を聞いて振り返り、
きりりと鉢巻を巻いた金魚売りの粋ないでたちと、
エキゾチックなヒノキ作りの桶と天秤棒を見て、
そして、その桶の中に、目の覚めるような色彩で、
数知れぬ、金魚が泳いでいる美しさに、ただただ驚嘆した。

その時、思わず、頬張っていたホットドッグのケチャップを、
白いTシャツの上に滴り落としてしまったほどである。

「ヘイ、ユウ。ジャップ。アナタハナニモノナノデッカ。」
「やいやいやい、誰がジャップだ。」
金魚売りは、相手がお客かもしれないということも忘れて、
振り返りざまにどやしつけた。

「ハイ、ワタシガ、ジャップデス。スティーブン・ジャップトイウネン。」
「どこがジャップだ。どこから見ても、いかれたヤンキーじゃねえか。
そんなでかいコーラの紙コップを持ったおっさんが、
何でジャップであろうものかってんだっ!」

「アナタハ、コノ、チイサナサカナタチデ、ナニヲタクランデオルノデッカ?」
金魚売りは、相手が何も知らないトウシロのおっさんだと見て取るや、
ここで一発、日本の伝統技術を見せびらかせてやろうと考えた。
「ただの魚に見えるだろうが、これはな、フィッシュ・メモリーというものだ。」
「ドコガ、メモリデンネン?」
金魚売りは、にやりと笑みを浮かべると、桶の中の、
一番、容量の大きなものを掬い取ると、おっさんの耳にあててやった。
おっさんは、そのひんやりとした感触に、「クール!」とつぶやくと、
うっとりとして、そのハイテク感あふれる音響に我を忘れていた。
なんと、そこからは、さまざまな町の音が流れ出していたのである。

見ると、金魚のムナビレの横には、「2G」と書いてあった。
おっさんは、しばらく金魚の口がぱくぱくしているのを見つめていたが、
何を思ったか、持っていたCDウォークマンのイヤホンを、
機械から引き抜いて、そのプラグを金魚の口に差し込んでみた。

すると、5,1チャンネルのサラウンド効果で、
彼は異次元の音質に酔いしれたのである。

Tシャツを金魚のように、ケチャップで赤く染めた巨漢が、
陶酔して体を揺らしているのを眺めていた金魚売りに、
その時、ふつふつと、仕事に対する誇りや情熱が蘇ってきていた。
彼の脳裏に、後にした日本で味わった数々の屈辱が蘇ってきた。
それを払いのけるように、声をあらげ、
「いいか、わかったかってんだ。もう、俺の邪魔をするんじゃないぞ。」
と言い放つと、金魚を桶に放り込んで、再び、竿をかついで持ち上げようとした。

「ホンマニ、ヨウ、ワカリマシタワ。デハ、1.5Gノヲ、ヒトツクラハイ。」
「そうかい、じゃあ、特別だあ、金魚鉢もつけておくぜ。」

ヤンキーのおっさんは、それを手で目の高さにかざし、
透き通った丸い金魚鉢の中に、
1.5Gのメモリー搭載の真っ赤な金魚が、
元気良く泳ぎ回るのを見て、その東洋の神秘に打たれた。
自分が、500mlも入るコーラの紙コップを持っているのが恥ずかしくなってしまった。

「ジャップノPOTハ、ワタシノココロヲミリョウシマシタ!
ソシテ、イマ、イイカンガエガ、ヒラメキマシタ。
ジャップノポット、ツマリ、j・potヲ、
ヒトツ、ビジネスニ、クワエテミトーナッテキタワ。」

「きんぎょーえっつ、金魚っ!」
そういって遠ざかっていく、金魚売りのいなせな姿に目を細めつつ、
「キンギョヘ、キンギョデハ、アリマセンネ。
キンギョヘハ、モット、イイモノヲ、メモリーサセントアキマヘン。」

金魚売りは、眩しい日の光の中、蜃気楼のゆらぐビル群の中に消えていった。
まさか、このおっさんが、あのマイ・クロメダカ社と並び称される、
IT企業の雄、Appare社のCEOだったとは、知る由もなかったということだ。
[PR]
by franz310 | 2006-06-02 00:03 | どじょうちゃん | Comments(0)