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クラシック音楽への愛と悲しみの日々
by franz310
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クロメダカちゃん、驚愕の事実を聴く

b0083728_2222393.jpg聖なるベアトリーチェは、
僕のそばでずっと見守ってくれていたようだ。
彼女の膝枕で目を覚ますと、
そこに高貴なるベアトリーチェの御姿が、
まぶしい後光に包まれていた。



僕が、ようやくにして意識を取り戻し、
胸の鼓動も治まってくると、
彼女は優しく微笑みながらこういった。
「彼は、職務をまっとうしたのです。」
と、噛み砕かれていたヒメダカの功績をたたえるのだった。

「彼の活躍によって、
恐ろしいメダカ・シンジケートの実態が、
白日のもと、この水槽の中の清らかな水のごとく、
すっきりと、明らかになったのです。」

「でっでも、もう、一週間くらい、この水は替えられてないのでは?」
僕は、思ったとおりのことを言った。
ベアトリーチェは、すっとヒレを伸ばし、
「昔は、あのろ過フィルターもなかったのです。」
と、教え諭すのだった。

「シンジケート?憎むべき金魚のネットワークではないのですか?」
彼女は、首を振って、こう言った。
「それよりも、もっと恐ろしいモバイル・メダカ計画のことを言っているのです。」
「モバイル・メダカ?何ですかそれは?」
「金魚のブロードバンド化計画に失敗した、屋上総務庁の、
起死回生の次世代ネットワークのことです。」

「金魚のブロード・バンド?屋上総務庁?ああ、僕は頭が痛くなってきた。」
僕が頭を抱えると、彼女は、順を追って整理してくれるのだった。

「金魚の名産地が、なぜ、大和郡山にあるか、ご存知ですか?」
「太閤殿下の弟君の城下町ですよね。」
「そのとおりです。秀吉は、天下統一を前に、全国に諜報網を張り巡らせたのです。」
「しかし、それが何だと言うのです?」
「つまり、金魚売りが、全国津々浦々を歩き回り、畿内に情報を収集するという、
革命的なシステムを構築したのです。」
「ええっ、金魚売りが、諜報員だったということですかっ?」
僕は、悠久の歴史の波に翻弄されていくようだった。

「それだけではありません。
彼らが持ち歩く金魚鉢には、高性能フイッシュメモリが搭載されており、
諸大名の動向が、逐次記録されるようになっていたのです。」
「フラッシュメモリですって?400年も前から、秀吉はそんなものを?」
「フイッシュです。当時の微細化技術の限界から、たいしたものではなかったようですが。」
「・・・。」

このように最近まで、各地の情報を、水も漏らさぬ体制で結んでいた金魚たちではあったが、
近年になって、いくつかの問題がクローズアップされてきていた。
つまり、阪神大震災の教訓として、金魚鉢が割れやすく地震の時に役立たない、
と識者の間で囁かれていた事が、新潟地震で、遂にその脆弱さが一般に証明されてしまった。

ある半導体工場などは、非常時には、金魚がなまずと連携を取って、
システムを守る工夫がなされていたが、結局、休業に追い込まれた。
金魚鉢が飛び散って、復旧がさらに手間取ったということは、
業界の噂として、ままたく間に広がった。

さらに、福知山線の事故により、
金魚鉢の設置場所が固定的で、移動時や乗り物の中で、
通信が途切れるということが、急速に問題としてクローズアップされてきた。

それに追い討ちをかけたのが、「少子化問題」である。
昔は、どんなに格式の高い大名屋敷でも、子どもさえいれば、
金魚が2、3匹、入り込む隙間があった。
ところが、近年は、情報漏えいに対し、人々の意識が高まるばかりで、
そんなものはおかまいなしだった小僧の存在が、
これまた急速に街中から姿を消しているのである。

昔の金魚売りは、金魚すくいの腕を見て、後継者にめぼしをつけていたともいう。
祭りともなれば、酒や雰囲気に酔った連中が、
大きな声で、企業秘密をしゃべりちらし、それを、何百という金魚が、
そのメモリに逐次書き込んで、しかるべきルートで報告を行っていた。

このような社会状況の変遷により、金魚のブロードバンド化計画は頓挫する。
韓国の第七世代のガラス工場で、大型金魚鉢を作り、
情報量を数百倍に増強する計画だったが、その金魚鉢を持ち運ぶ、
諜報員が高齢化しており、その重さに耐え切れなかったのである。
(多くの優秀な金魚売りは、その技術を海外で切り売りしているという。)

試作品が壊れた時、何千臆もの血税が無駄になり、
中に入っていた数万匹もの金魚が失業し、路頭に迷うこととなった。

政府によって、町を見渡せるデパート屋上に設置が義務付けられていた、
屋上総務庁は、ここに来て存亡の危機に迫られる。
地方都市の大規模量販店の興隆によって、設置場所を追われて行くうちに、
民営化に対する世論までが高まってきたのである。

彼らが考えた起死回生の秘密兵器。
それが、「モバイル・メダカ計画」だというのである。

僕は、そんな最先端の国家戦略に、自分が加担していることなど、
今の今まで知らなかったのである。

その話がこのあたりまで来ると、もうすっかり、満腹になったぐにゃぐにゃが、
のそのそと移動を開始していた。
b0083728_2346984.jpg
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by franz310 | 2006-05-31 23:22 | どじょうちゃん | Comments(0)

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その20

b0083728_2282138.jpg個人的経験、演奏、デザイン、解説比較:
ギレリスやタッシのレコードの翌年、
「ます」のレコードの、歴史を画する録音が現れる。

長らく等閑視されていた、
シューベルトのピアノ・ソナタを体系的に録音し、
本までを執筆して、この作曲家を精力的に紹介していた、
ブレンデルの演奏によるものである。


批評家はこぞって褒めたし、
もちろん、レコード芸術誌は、
「シューベルトの音楽そのものの純粋性を表出した、
稀有の一例である」と推薦盤にした。

だが、このレコードは、私の中に最悪の印象を刻み込むのに十分であった。
まず、ジャケットの印象が悪い。

クラシックのレコードには、
演奏家が写っている写真をあしらっただけのものが多いが、
にやけたおっさんたちが、わけも分からずにやにやしている写真は、
まったくもって、何のありがたみもない。

この演奏家を、親しく良く知っている人になら、
意味もあろうが、会ったこともない人の写真を見せられても、
途方に暮れるだけである。楽器でも弾いていれば、
それなりにありがたみもあろうが、このジャケットの写真では、
誰が何の楽器を弾くのかすら分からない。
服装もラフで、キャンプにでも来たような表情である。

とても、これから演奏を聴いてもらうという態度ではないだろう。

次に演奏家であるが、なぜに、ヨーロッパの誇るフィリップス・レーベルが、
クリーブランド四重奏団を使う必要があったのだろう。
もう、この時点で、もうちぐはぐな印象でいっぱいである。

こんな演奏の商品化は、RCAあたりに任せておけば良いのである。
RCAから出たライブ録音盤だったら、これは珍しいと、私も珍重していたかもしれない。

フィリップスはやがて、ヨーロッパに根ざしたアイデンティティを失っていくが、
このレコードは、その崩壊の始まりを象徴する歴史的録音だと思うのである。

演奏がまた、まったくこのジャケットにそぐわない。
さらに恐ろしいことに、シューベルトにもそぐわない。
先にレコード芸術が、「純粋性を表出した稀有な一例」と書いていたが、
これはつまり、シューベルトとも、シュタイアーの自然とも、
すっかり手が切れた、少なくとも私にとっては、
まったく無意味な演奏であることを、的確に見抜いた批評だったのかもしれない。

ブレンデルのピアノは断定的であり、
シューベルトの青春の初々しさからかけ離れている。
弦楽も、ほとんど鳴っているだけである。
恐ろしいことに、この後、この曲のレコードを語るときに、
必ず筆頭に掲げられたのがこのレコードであった。
そして、実際、このレコードはよく売れたし、CDにもなって、
これまた良く売れた。

そして、多くのファンを裏切って行ったのである。
おそらく、この曲の価値を1ランク下げた歴史的録音と言えよう。

なぜ、そんなことが分かるかと言うと、
今でも、中古屋に行くと、必ず、このレコードやCDが置いてあるからである。

これを聞いて、この曲を知った人は、
もう、これ以上の興味を持たないのではないだろうか。

解説者も、この演奏には戸惑っていた節が感じられる。
回りくどい言い方で、結論を慎重に避けているからである。
「毛筋ほどの曖昧も残さぬ断固たる表現」、
「一種の非娯楽的な厳粛さをも身につけている」、
と、このピアノ演奏を表現した後、
「弦部はこのピアノ表現の徹底的な内面追究のゆき方には少し驚いたであろう」、
などと書いてもいる。

そもそも、ピアノは、弦は、などと個別に語られるような、
接着タイプの演奏は、まったくこの曲にはふさわしくないものなのだ。

このリラックスして、微笑み合っているレコード表のジャケットのイメージと、
中に収められた円盤に刻まれた演奏の内容は、まったくもって、違っていますと、
レコードの裏の解説で言っているのであるから、ますます、わけの分からぬ名盤である。

私は、いったい何時買ったのだろうか。
恐らく何かの機会に安く出た時、これだけ評判が良いのだから、
と思って、腹立たしいジャケットを手にしたのであるが、
もう、演奏が始まるや否や苦痛に苛まれた。
ほとんど聞いていないので、どこで買ったかも思い出せない。
こうしたケースは稀である。

導かれる事:「良く売れたレコードは、よく中古屋でも手に入る。」
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by franz310 | 2006-05-30 22:46 | 音楽 | Comments(0)

クロメダカちゃん、ベアトリーチェとの邂逅

b0083728_2140375.jpg友の変わり果てた姿を目にし、
これまで、想像もしたこともない、
奇怪な怪物たちの姿に胸を抉られ、
呪われた我が身を嘆きつつ、
僕はふらふらと水面を漂っていた。

もう、ピラニアに噛みつかれようと、
蛇に巻きつかれようと、僕はどうにでもなれ、
という心境だった。



こんなに必死に泳いでいても、
最後は、あのぬめぬめに抱きかかえられ、
あの気持ちの悪い管のような口で溶かされてしまうのか。
なんと虚しいメダカの人生。

しかし、最後の最後で、僕を踏みとどまらせたのは、
友の言葉、世界の平和を守るため、
僕は特別に養成された特殊部隊の一員なのだ、
という意識である。
あのデパートの屋上での、汗と涙の訓練の日々を思うと、
こんなことくらいで、負けてはなるものかと思った。

そう、来る日も来る日も、あのおっさん教官には、
しごきまくられたものだった。
あの白い網を使った特訓で、多くの仲間が、
選考から漏れていったのだ。
最後の最後に、僕たちが残った。
教官は、僕たちに特別な名誉ある名前を付けてくれた。
「デパート屋上七士」。

だから、例え、一人ぼっちになってしまおうとも、
僕は戦う。自由、博愛、平等のために。

その時だった。
眩しい光の渦に包まれながら、
水草の向こうから、一匹の輝くような乙女が近づいて来た。
「私はベアトリーチェ。悩めるクロメダカよ。元気を出しなさい。」

「おーっ、永遠の恋人、ベアトリーチェ。ヒメダカというのは、あなたでしたか。」
僕は感動に打ち震えながら、両手を聖なる乙女に差し伸べた。
「しかし、ヒメダカは2匹と聞いておりましたが。」

ベアトリーチェの顔に影が差した。
そして、その美しい白魚のような指で水底を指差した。
ああ、私は、その哀れなる末路に、あっと、声を出してその場に倒れ伏した。

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by franz310 | 2006-05-28 21:49 | どじょうちゃん | Comments(0)

クロメダカちゃん、慟哭の永訣

b0083728_21154355.jpg僕たちのエースであったヘクトールが、
水底で変わり果てた姿になってしまってからは、
精神的な支柱を失って、アキレウスも、オデッセウスも、
すっかり頬がこけ落ちてしまった。



その変わりようといえば、
縮小版のししゃもや目刺しやらを想像していただければ、
あながち大きな違いはない。

「どうやら、僕たちは、すっかり罠にはめられてしまったようだ。」
仲間の中で、一番の知恵者のオデッセウスが、
一回焼いた後、冷めてしまったししゃものような顔つきで、そう呟いた。

「いったい、どういうことなんだ。」
僕が尋ねると、これまた、目もとをげっそりと落ち窪ませて、
ほとんど目刺しのような風貌になってしまったアキレウスが答えた。
「君には言っていなかったが、
我々は、さる重大な使命を帯びて、
この家に送り込まれたのだ。」

僕は、その話に耳を疑った。
「えっ、僕たちが秘密部隊だって?」
僕は、その真実を知らせれて、思わず叫んでしまった。

彼が言うことには、あのデパート屋上のペットショップのおっさんは、
実は、名のある特殊工作員であって、
全国に張り巡らされたメダカのネットワークを駆使して、
光ファイバーなみのブロードバンド情報網を構築し、
これから増加すると思われるIT難民を救うという、
壮大な超国家プロジェクトを推進しているのだという。

彼は、時折、デパートの屋上から、
地平線に沈む夕陽を眺めながら、
さっさと帰りたそうにしていたが、
実は、あの眠そうな目は、この世から不正と不平等をなくした、
美しい未来を夢見ていた眼差しだったのかもしれない。

「しかし、これは、当然、所定の既得権所有者にとっては、
面白くない活動だからね。」
オデッセウスが、訳知り顔で言った。

「まさか、グーグルとかヤフーとか、あるいは、エキサイト?」
僕が叫ぶと、アキレウスは首を振った。
「やつらは、まだ、そのことに気づいていない。
彼らの興味は、当面はマイクロソフトの邪魔をすることなのだ。
それよりも、我々の活動を目の上のたんこぶと考えているのが・・・。」

僕は、ごくりと唾を飲み込んだ。
アキレウスが、痛むアキレス腱をさすっているうちに、オデッセウスが続けた。
「金魚さ。」
「きっ、金魚?」
「そうだ。金魚こそは、印象派の画家やら作曲家までを、
すっかり抱き込んで、一躍、世界ブランドとしてネットワークを確立した、
巨大シンジケートなのだ。」

納得すると同時に、僕のような有能なメダカが、
たった500円玉一枚で、売りさばかれて来た事実の意味が、
ようやくにして分かったような気がした。

「とにかく、こうして集まっているだけで、我々の身は危険にさらされているというわけさ。」

このようないきさつから、デパート屋上出身のクロメダカ七士は、
離れ離れになって地下に潜伏することになった。

僕はようやくにして、
水草の間に、わずかばかりのスペースを見つけ、
何とか活動の拠点を得た。

時々、漂って来る食べ物で飢えをしのぎ、
草の葉っぱを枕とし、
ぶくぶくポンプの水流で、口を漱いだ。
暇になると、一句ひねったりもした。

そんなときに限って、
下の方から、時折、大きな魔物が急上昇してくることがある。
だから、いつも、最後の5文字を考える前に、僕の名句は泡と消える。

あいかわらず、あの不気味なピラニア魚や、ぐにゃぐにゃ魚が、
我が物顔で水槽を回遊していたが、ちょうどこの場所は、
彼らの死角になっていた。

そして、しばらくは、売り場のおっさんに習ったモールス信号と、
ディジタル著作権保護の暗号化手段で、
お互いの消息をやり取りしていた。

やがて、その頻度も減ってきて、遂にはアキレウスからのコメントすらなくなってしまった・・。

僕は恐る恐る水底が見えるところまで、
水草を掻き分けていった。ひょっとすると、あの髭のやからに・・・。

すると、なんと言うことであろうか、
あの勇者アキレウスのアキレス腱が、すっかり血の気も失って、
おぞましい黒色の軟体から、空に向かってにょっきりと突き出しているではないか。

僕は、新しい怪物の姿を、まじまじと見た。
それは、いやらしい吸盤のような体を、わが友の体に巻きつかせ、
管のような口を、突き出して、アキレウスの皮も、肉も、骨すらも、
ちろりちろりと、しゃぶりとっているのであった。b0083728_2116268.jpg
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by franz310 | 2006-05-27 21:48 | どじょうちゃん | Comments(0)

クロメダカちゃん、戦慄の夜

b0083728_21374713.jpg僕は、急上昇して、
水草の間を夢中になってかいくぐり、
水の上に口をつき出した。

そして、いつまでもいつまでも、
水面すれすれに泳ぎ続けた。

幸い、300円の水草と、
僕たちと一緒に入っていた、切れ端で水増しの水草と、
この呪われた水槽に前からあったと思われるくず水草が、
分厚い密林の鉄条網となっていた。


巨大な連中は、そのはるか下の方にいた。
水草の中に紛れていれば、その悪魔たちは、
僕の存在には気づかないはずだ。

だが、その水草の絡まった間に、
わが友の変わり果てた姿を発見した時の驚きを想像して欲しい。

茨に絡みつかれたその姿は、水中に繋ぎ止められ、
まるで、エル・グレコの磔刑図を連想させた。

息も絶え絶えの彼は、最後に言った。
「一足先に行かせてもらうよ。この世には、僕の生きる場所はなかったようだ。」

僕は、そんな声が、下のほうの連中に聞かれたら大変だと思った。
でも、そんな事は言えないから、こう言ったんだ。
「しゃべっちゃいけない。無駄に体力を消耗するから。」

すると、彼は、最後の息でこう叫んだ。
「デパートの屋上に帰りたいよ。」
それは、僕の心の声を代弁していた。

幸い、彼の叫びは、空気を送り込むぶくぶくポンプの音の中に、
虚しく消えていった。

デパートのおっさん、そうは言っても、いい人だった。

お客に売れ残りを売りつけたり、
お客の言うことをろくろく聞かず、愛想も悪く、
面倒なことは、全部、アルバイトの姉ちゃんにやらせていたけれど、
お客ってやつが、こんな悪い奴だと知っていたら、
ねぎらいの言葉ひとつもかけてやればよかったな。

時折、こちらの方に、大きな波のうねりが来る。
そのたびに、僕は身をすくめた。

下を見ると、大きな口をぱくぱくした連中が、
荒々しい鼻息を立てながら、落ちてくる罪人を、
しとめてやろうと、気味の悪いうめき声を上げていた。

「ここに来るやつには、明日はないぞーう。
地獄の番犬ケルペルス様の、獰猛な牙にかかるがいいわあ。」

やつらが下のほうを旋回し、その声を聴くたびに、
僕は命が削り取られて行くかと思った。
僕は必死で下を見ないように、水面すれすれを泳ぎ続けた。

下を見てはいけないと思ったのだ。

しかし、だんだん回りが暗くなってくると、
心細くなって、回りを見回したくもなる。
仲間の何人かも、声を出す力も失って、
顔面蒼白になって泳いでいた。

そして、疲れ果てて、もう駄目だと、
下の方に目をやると、ああ、恐ろしい。
神の御技によりて、その姿を蛇に変えられた罪人が、
水底にのたうちまわっているではないか。

僕は、わが身を振り返った。
どんな恐ろしい罪を犯せば、
かくのごとき醜悪な姿と成りさらばえるのであろうか。
審判によって、背骨を砕かれ、ぐにゃぐにゃとはいずり回り、
口の周りには、その貪欲と、破廉恥とを絵に描いたように、
いやらしい髭が生えているではないか。

ああ、恐ろしい。
僕は、思わず声を上げるところだった。

なんと、その髭の間から見えていたのは、誰あろう。
哀れ、力尽きて、沈んでいったわれら殉教七士の1人。
かつては、屋上のヘクトールとも呼ばれた男の亡骸であった。

その憎むべきへび魚は、そのにょろにょろとした髭を、わが同胞にこすりつけて、
「ほら、いいもんみっけー」と、水底を引きずり回し始めた。

ああ、わがトロイも陥落か。
あのような勇士が、城壁の周囲を引きずられるとは。
せめてもの慰めは、プリアモスの嘆きを聞かずにすんだことだ。
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by franz310 | 2006-05-24 21:38 | どじょうちゃん | Comments(0)

クロメダカちゃん最初の次と次の受難

b0083728_22104498.jpg
それにしてもひどいよなあ。
金で何でも買えると思っているんだ。

金って言ったって、500円玉一枚だよ。
他の店では、レジでもっと出していたぞ。
500円玉なんて、お釣り相当だと知って、
その時ばかりは、僕って何?と思ったね。

そうなんですよ。
すぐには帰らないわけ。この人。


ビニール袋の中で、
息も苦しいし、むしむし湿度が上がっているというのに。
そんな他人を思いやる気持ちがないっすよ、実際。

へろへろになっている僕たちを、
よろよろよろよろ、
変な乗り物に乗せて、
連れまわすんだもんなあ。
仲間の1人が車酔い止めを持っていなかったら、
おそらく、お腹が上を向いていただろうね。

がちゃがちゃうるさい音の店やら、
じゃんじゃかうるさい音の店まで、
あらゆる騒音で満たされた世界。
今にもお陀仏という間際に、
もう、この世の全ての地獄を、
見せられるかと思いましたよ。

そして、家に帰ったと思ったら、
じゃばっと狭い水槽にぼくたちを放り込むわけ。
水草にからまって、苦しんでいる仲間もいるのに、
その上から、300円で買った水草の束を投げ込むんだよ。

倒壊した家屋に雪崩が襲い掛かる勢いだ。

水槽中を追い回して、狭いビニール袋に閉じ込めたおっさんも、
鬼か悪魔かと思ったけど、
水草同様の値段で叩き売られてやった僕たちに、
あまりにも失礼な振る舞いじゃないか。

お茶も座布団も出す前に、
この扱いとは、人の道に反してないか?
そして、自分ばかり、あの変な店で買った袋をぶら下げて、
部屋に入ったと思ったら、また、あの地獄の音響がそこから鳴り響いてきた。
何の儀式だかしらないが、神をも恐れぬ異教徒だ。

しかし、そんなことに気を捕らわれている余裕なんかないんだから。

ヒメダカとやらが寂しがっているとか言ってたけど、何が寂しいだ。
その水槽には、ピラニアのように獰猛かつ乱暴ものが、
幅を利かせていたんだな。これが。
ほっとする間もありはしない。
寂しがっているんじゃなくて、きょーふで、口をぱくぱくさせていただけなんだ。
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by franz310 | 2006-05-22 22:14 | どじょうちゃん | Comments(0)

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その19

b0083728_20471037.jpg個人的経験、演奏、デザイン、解説比較:
七不思議の推薦盤、
「オルベルツ+ベルリン四重奏団」盤のあと、
3年した1977年は、
「ます」のレコードの当たり年である。

レコード芸術2月号では、
ギレリス+アマデウス四重奏団盤が、
6月号では、「タッシ」盤が、推薦盤となった。

ギレリスの演奏については、すでに述べた。
しかし、これまでの推薦盤、すごい面々でした。
ウィーン・コンツェルトハウス、スメタナ、ブタペスト、アマデウス。
どの四重奏団も、モーツァルトやベートーヴェンや、シューベルトの、
弦楽四重奏曲全集を作っていますねえ。
特に、スメタナやブタペストは、2度もベートーヴェンの全集を作っている。
「ます」は余技ですよ、と言われても、言い返せないような猛者連である。

では、「タッシ」の演奏は?
そもそも「タッシ」とは何者なのか?
それにしても、このジャケット、これでいいのか?
「ます」のジャケットが「鯉」?

鯉のぼりなどを親しむ日本人としては、
どこかの城下町だか武家屋敷だかの水路を連想したりして、
ちょっと、屋根瓦や白壁が思い描かれ、フレッシュな感じがしないのだが。

それにしても、「タッシ」という演奏家たち。
もう30年も前の結成ながら、○○四重奏団とか、
△△トリオといった室内楽の先達たちの名称に親しんだ者には、
なんじゃそれ?という感じが今でもする。
(今、こんな命名をした団体がいるか、思い出せない。)

何でも、ピアニストのP・ゼルキンがつけた名前らしく、
チベット語で、「幸運」を意味する言葉だという。
これまた、いかにも、70年代という感じ。

とにかく、いかれた兄ちゃんたち(姉ちゃんも1人)が、
勢い良く集まって、妙な名前の団体にしてしまった、
というのが、登場時の第一印象であった。

この「ます」の録音、しかし、聞いてみると、
とても、デリケートかつ、自発性にとんだ演奏で好感が持てる。
ただし、LP初出時には、欲しいと思わなかった。
みんながCDに乗り換えた時、いっせいにLPを叩き売った際、
ちゃっかり廉価で買ったのを聴いている。

そもそも、現代音楽を演奏するために結成されたような、
活力のあるアメリカの集団である。
これも猛者といえば、猛者。
メシアンやウェーベルン、ストラヴィンスキーで鳴らした連中である。

そのせいか、ヴィオラもチェロも、よく主張してくれて嬉しい。
単に、リズムを刻んでいるだけの所でも、
生き生きと息づいて、生命力がある。

メロディの歌わせ方も丁寧で、シューベルトにはぴったりである。
ただし、ジャケットのデザインにも見るように、
あまりにも純粋にぶっ飛んでいる所が、
判断の難しいところであろうか。

考えようによっては、シューベルトらしくはあっても、
シュタイアーの自然からは隔絶されて、
チベットの大自然に放り投げられた感じがしないでもない。
もちろん、これは、いろいろな情報をもとにした、
先入観にすぎないのかも知れないが。
どうしても、最初の一枚に、これを推薦するのは、ちょっとためらわれるのである。

しかし、レコ芸推薦の要点は、私の印象とよく似ている。
・強い共感を持っている演奏。
・自己を主張しながら、他とも調和。
・既成概念にとらわれず。(ここだけは、抽象的であるが。)

それにしても、通俗名曲と思われがちなこの曲を、
よくぞ先鋭な集団が、びしっと取り上げてくれた。
何かの全集の余技ではなーい。

こうした演奏を通じて、
単なる感傷的な作曲家と思われていたシューベルトが、
実は、現代に通じる何かを抱えた音楽家であったことが、
しだいに、多くの人々に認識されるようになったとも言える。
ゼルキンは、父ルドルフの息子だが、東洋哲学にも傾倒する異色の音楽家。
この人が、「ます」は大好きみたいで、ほかにも録音がある。

さて、解説の方は、タッシの創設の話から始まって、
その意欲的な活動についてが、半分以上のスペースを使っている。
しかし、後半は、この曲の成立由来や、各楽章の解説まで、わりと丁寧である。

「はつらつとした青春の音楽として完成し、我々に残してくれたのである。」
と、作曲家への敬意で締めくくられているのも、私には重要な事のような気がする。

ただし、初演のいきさつ不明のこの曲が、
シューベルトのピアノによって、シュタイアーで初演された、
と書いてあるのは空想の勢いであろうか。

私としては、作曲家を歓迎した美しい娘たちの1人、ヨゼフィーネが初演した、
という空想も捨てがたい。シューベルトは、ヴィオラを担当して、
高音と低音を見守っていたという設定はいかがだろうか。

導かれる事:「音楽に地域のアイデンティティがある以上、本場ものという魔力から解放されるのは困難である。」
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by franz310 | 2006-05-21 20:57 | 音楽 | Comments(0)

クロメダカちゃん

b0083728_17441125.jpgぼくはデパートの屋上出身のクロメダカちゃんだ。

先々週の日曜日、デパートのおっさんは、
売れ残りのぼくたち7人を袋に入れて、
「最後の7匹、500円でいいよ」と客に売りつけた。

去年から飼っていて、
冬を越したヒメダカが、二匹だけだとかわいそうだと、
このお客は、1人夕方のデパートに現れ、
寂しそうにヒメダカの水槽を覗いていた。
ヒメダカは売り切れで、がっかりしていた様子。

肩を落とした様子が哀れである。

ついでにクロメダカも売り切れ寸前だった。
最後に残っていたのが我々だったということだ。

さて、そのお客、
例のヒメダカのための水草が300円もして、
少々予算が狂っていた矢先、
水草と、クロメダカも入ったビニール袋を見せ付けられ、
最後だよ、特別価格500円と言われ、
何を買いに来たのかという目的も忘れて、
ぼくたちを連れ帰った。

寂しさが、これで紛らわせるという興奮ぶりだ。
でも、いいのかなあ?
水草、たくさん入っているように見えるけど、
みんな切れ端なんだよね。

あと、僕の仲間も大丈夫かなあ。
売れ残りなんですけど。
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by franz310 | 2006-05-21 17:45 | どじょうちゃん | Comments(0)

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その18

b0083728_23503548.jpg個人的体験、演奏、デザイン、解説比較:
もしも、このレコードがなかったら、
と考えるレコードがある。

当時の私の頭の中で、
6大レコード会社と認識されていたのが、
ドイツのグラモフォン、イギリスのデッカとEMI、
オランダのフィリップス、アメリカのRCAとCBS、
という感じであった。


これら各社は、豊富な音源を元手にして、
2200円以上の価格をつけられたレギュラー盤と、
1200~1500円程度の廉価盤とを、常時有していたところが別格だった。
(さらに、他社を圧倒するのは、歴史的録音を保持していた点かもしれない。)

最初に購入した「ます」の録音がそうだったせいか、
私は、この中でもっともフィリップスが好きであった。

そのフィリップスが、60年代に出していた
廉価盤(グロリアシリーズ)の「ます」が、
アムステルダム五重奏団の盤だったのだが、
70年代に、「クラシックの文庫盤」として刷新された「グロリア200シリーズ」では、
まさしく70年に録音されたベルリン弦楽四重奏団盤に置き換えられてしまった。

つまり、この録音がなければ、アムステルダム盤は、
さらに命脈を保っていた可能性がなくもない。
このベルリン盤の登場によって、アムステルダム盤は、
歴史の霧の向こうに消えてしまった。
一方、ベルリン盤は、CDの時代になっても、繰り返し発売された。

それにしても、このベルリン盤、不思議なレコードだと思う。
不思議だらけちゃんと言ってもよいかもしれない。

ベルリンの「ます」七不思議:

不思議1.ベルリン四重奏団は、東ドイツの誇る団体で、
エテルナというレーベルから出ていた。
何故、フィリップスからこの録音が発売されたのか?

不思議2.70年の新録音が、何故、いきなり廉価盤で発売されたか?

不思議3.レコードのジャケット前面に能書きが書かれているが、
(これは、このシリーズすべての特徴で、評判がよろしくない。)
それは、
「いままであまり親しみのなかった
東ドイツの演奏家がレコードに登場し、
私たちは新しい発見の喜びにひたっています。」
と書き出されている。
この「私たち」とは、果たして誰なのか?
(勝手にひたってください、と言いたくなる。)

注:ジャケットのデザインに関しては、
私は、学生時代に、レコード屋でこのシリーズを死ぬほど見たので、
ノスタルジーがじゃまになって、それ程、悪く評価できない。
ただし、「ます」のジャケットとして、私がこだわってきた、
美しい風景という意味では、まったく問題外で、
作曲家の肖像画のみというのは、あまりに夢がないことは確かだ。
とても、人にプレゼントできるような代物ではない。

不思議4.通常、「ます」一曲では、第三楽章以降がB面になるが、
このレコードでは、第三楽章までA面に入っていて、
片面の録音時間が、20分対13分というアンバランスになっている。
これは何故か?

不思議5.録音のせいか、弦楽があまりにも精彩がないのは何故か?
ただし、オルベルツのピアノのみずみずしさなど、録音の鮮度は悪くない。
名手ズスケのヴァイオリンもせせこましく、ヴィオラ以下、ほとんど存在感がない。
(ちなみに、私は大学の頃、友人とズスケを横浜だったかに聴きに行って感動した。)

不思議6.不思議5にも関係するが、ピアノは左右のスピーカーから聴こえるが、
弦楽器は、右の遠くの方から聞こえる。いったい、どんな配置で演奏されたのか?

不思議7.なかなか推薦盤を出さない、「レコード芸術」誌が、
8年ぶりに、この曲を推薦している。そんなに良いか不思議だ。
確かに、誠実な演奏だと思うし、ピアノはぴちぴちと輝いている。
それにしても、弦楽器は、楷書風に過ぎないか?

しかも、ここで書かれているのは、まったく、私が感じるのと同じことなのだ。
つまり、まとめると、
・響きが透明で表情がきりりと引き締まっている。
・緻密で洗練された表現。
・楽想の瑞々しさと内部に秘められた孤独に通じる寂しさまでを表現。
ということが推薦の理由らしい。

しかし、ヴィオラもチェロも、コントラバスも存在感がないなんて、
ちょっと基本が押さえられてないんじゃないの?という感じ。
テンポも速めで、きりりかもしれないが、豊かさや、
シューベルト特有の恥じらいやはにかみに欠ける。

ということで、私は、この曲が、「推薦盤」のお墨付きを貰って、
有無を言わさず、アムステルダム盤を駆逐したのが、
どうも強引なような気がする。
7つも不思議があるように、唐突ではないか。

アムステルダムをベルリンがやっつけるなんて、
何か、政治的な裏工作が働いていたのではあるまいな。

とはいえ、このレコードの「解説」に関しては、かなり、理想に近いものだ。
作曲の経緯も、曲の情感もよく書かれていて、各楽章についても、
第四楽章の各変奏曲についても、丁寧な説明がある。
演奏者についても、「東ドイツ最高のアンサンブル」と表現され、
まあ、買った人はがっかりしないであろう。
具体的ではないが。

また、特筆すべきは、シューベルトについて、
もう一歩、踏み込んで書いてあることである。
通常、
「友人と旅に出たシューベルトが、美しい土地で歓迎を受け」、
と始まるところ、
何故、旅に出たか、というところから書き始められている。

「飲み、騒ぎ、音楽や踊りや詩の朗読や議論が果てしなく続いた」
と、彼らの青春をデッサンした後、
しかし、シューベルトは貧乏で、
冬の間は、暖房のない部屋で、震えながら作曲をしていた、
というエピソードをも紹介している。

それを見かねた友人が、次の年の春、彼を旅に連れ出したというのである。
美しい話ではなかろうか。
19世紀初頭の、青年たちの心温まる交流が、また、
この曲の背景にあったことを思い出させる、よい解説である。
(シューベルトを連れ出したフォーグルは、かなり年配であったが。)
これは、皆にお勧めできる解説である。

導かれること:「時代とともに、古いものは忘れ去られる。たとえ、それが、新しいものより、良いものだとしても。」
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by franz310 | 2006-05-21 00:16 | 音楽 | Comments(0)

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その17

b0083728_204198.jpg個人的経験、演奏、デザイン、解説比較:
さて、「レコード芸術」誌において推薦された、
スメタナ四重奏団盤は、CD化された際に、
かなり安くなったので購入しやすかったが、
似たような例は、
新しいメディアに乗り換えさせたいという、
メーカーの思惑もあってか、多く見受けられた。


たとえば、スメタナ盤に続いて、翌66年に推薦盤となっているのは、
ホルショフスキーのピアノにブタペスト四重奏団の団員が合わせたもの。
これも、LP時には、絶対に廉価盤にはしてくれなかったものである。

ブタペスト弦楽四重奏団といえば、泣く子も黙る名四重奏団で、
例えば、当時の解説などを読むと、このような表現がなされている。
「ブタペスト弦楽四重奏団は室内楽演奏史に名をとどめる数少ない名団体のひとつである。
その名はたぶん、シュパンツィヒ、ヘルメスベルガー、ヨアヒム、カペー、ブッシュなどの四重奏団と同じ資格で、後世に名をのこすことになるであろう。」

シュパンツィヒ四重奏団は、ベートーヴェンやシューベルトの四重奏曲を初演した、
名ヴァイオリニストが率いていた団体で、このようにこの系譜に連ねられてしまうと、
ベートーヴェンやシューベルトの直系を否定するか、と言われそうな気迫である。
これ以外の正統はありえないという趣きすら醸し出されてくる。

この団体は、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲全集を二度も録音していて、
もはや、バイブルのような扱いを受けていた。
音の良いステレオ盤は、決して廉価にはならず、お金のない方はモノラルの方をどうぞ、
という分かりやすい売りわけがなされていた。
(私は、むしろ古いモノラルの響きの方が好きだったが。)
LP10枚の全集を2回である。
スコダが、モノラルとステレオで2回、「ます」を録音しました、
それを一枚のCDで聞けるようにしました、という世界とは違うのである。

彼らの創立は1920年頃で、メンバーを適宜変えながら68年まで続いた。
約半世紀の重みを背負って、CBSソニーが奉っていた団体である。
幻のレーベルが、レコード会社を転々としているのとは異なる、
恐ろしい敷居の高さを感じていた。

立派なお家には、必ず、
この団体のベートーヴェン後期の四重奏曲のレコードが置いてあるものだ、
という説があった。

こんな神聖なる司祭のような団体が、
シューベルトの若書きを演奏していいのだろうか、
という気持ちがしないではない。
それを廉価盤などで、しかも銀色のCDなどで気軽に聴いてしまって良いのだろうか。
これは、立派な紙ジャケットから、心して、
黒い30cmのLPを取り出して聞く世界ではなかろうか。

幸い、アメリカ盤のデザインは、テオドール・ルソーの風景画をあしらって、
それ程安っぽいものではない。
しかし、この絵は、ブタペストの美術館にあると書かれてあるが、
あえて、ブタペスト四重奏団だから、そこから持ってきたのだろうか。

ブタペスト四重奏団は、当初はブタペストの歌劇場の団員からなっていたが、
最終的にロシア人の集まりみたいになってしまったし、
戦前から本拠地はアメリカになっていて、
ワシントンの国会図書館付の四重奏団として演奏していたはずだ。
(こう書くと、急に格が落ちるような感じがする。)

さて、この演奏。序奏から非常に落ち着いたもので、楽器のバランスも良く、
ホルショフスキーのピアノの粒立ちが美しい。
このピアニストは100歳まで現役でいて、
ようやく晩年になって日本でも人気が出た人である。

LP時代のブタペスト四重奏団のレコードは、音質の乾いた硬さが気になったが、
このCDでは、伸びやかな空間が感じられる。
かれらの音のイメージが少し変わった。

シューベルトが意図したかどうかはともかく、
私には、この曲において、しだいに広い世界に舞い上がろうとする、
朝の目覚めのような情感を大事にしたい。
したがって、まどろみのようなものも欲しいし、
あちこちで芽吹きの音がするような演奏が好ましい。
コントラバスの充実した低音の鼓動の上に、
各楽器が、新しい世界に憧れ、それぞれの夢を語るような演奏が好ましい。

さすが、この演奏では、名手の協演である。このあたりのポイントが押さえられている。
低音に存在感があり、要所要所で、ヴィオラやチェロが夢を語って浮かび上がる。
第二楽章など、美しい夢想に酔いしれることが出来る。
名手ロイスマンの練り絹の如きヴァイオリンも、けばけばしくなくて好感が持てる。
まったく、権威を振りかざしたような演奏ではなく、非常にナイーブなスタイルである。
ただ、時折、臆病さと惰性の限界あたりに差し掛かるところがあるのが惜しい。
この人は1900年、つまり19世紀の生まれである。
活動も後期にあって、こうした面もあったのかも知れない。

やはり、この曲は、シューベルトが新しい世界に飛び出た時の音楽であるから、
これくらいのためらいがあっても良いし、羽ばたくと言っても、
その羽は、まだ朝露に濡れているのである。
すべてが快適走行だと、違うような気がしてしまう。

「シュタイアーの回りの美しさは書き表すことが出来ません」
というシューベルトの言葉から始まるアメリカ盤の解説は、
多くの人に迎えられた若い作曲家が、求めに応じて、
彼らの好きな歌曲のメロディを使った楽章を入れたこの曲を作ったことに加え、
アマチュアの奏者にとっては、難しすぎるのではないか、などとも書いている。

さらに、この曲が、ピアノのファンファーレと、
弦楽の滑らかな音楽の対比という新機軸で始まることなど、
各楽章の解説もあって親切である。
とはいえ、演奏者については何も書いてない。

ただし、同じシューベルト作曲というだけで、このCDの場合、
「死と乙女」が併録というのはどうだろうか。(よくある例だが。)
これだと、せっかくの目覚めの音楽が、いきなり悪夢にうなされるような感じになる。
私は、最初にこの曲を聴く人が、このような組合せのCDを選ばないことを祈りたい。

得られること:「レコード会社のプロモーションが過ぎると、演奏家に対して偏見を持ってしまうことがありうる。」
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by franz310 | 2006-05-14 20:05 | 音楽 | Comments(0)