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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その118

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その118_b0083728_9295550.jpg個人的経験:
シューベルトが、
「ます」の五重奏曲を書いた年、
1819年の業績を、
歌曲の分野で振り返っている。
マイヤーホーファーによる
4曲の後、この年の秋、
シューベルトが手がけたのは、
ゲーテの詩による
「恋人が書いた」(恋する女の手紙)
D673であったようだ。

この作品は、名作の多いゲーテ歌曲の中では、
あまり知られているものではなく、
シューベルト「ゲーテ歌曲集」と銘打たれたレコードの多くは、
女声によるものでは、「野ばら」や「グレートヒェン」や
「ズライカ」、「ミニヨン」でいっぱいになって、
男声によるものでは、「魔王」、「竪琴弾き」やもろもろで、
CD2枚くらいはいっぱいになってしまう。
つまり、通常、まったくお出ましになるチャンスがない曲で、
演奏時間も3分もかからない。

何しろ、シューベルトはゲーテによって育てられたようなもので、
70もの詩に曲をつけて、なおかつ、献辞をつけて、
詩人に楽譜を送ったくらいである。

前回取り上げた、プレガルティエンのCD、
シューベルトが書いた日記にも、
ゲーテの詩につけた作品が好評で、
特に大きな喝采を受けた件が記されていた。

これからも、ゲーテ・シューベルトのコンビは、
作曲家の生前から人気のコンビであったことが分かった。
もちろんゲーテは大政治家であって大詩人、
我らがシューベルトは、そこらの兄ちゃん、
せいぜい作曲オタクとしか思われていなかっただろうが。

それだけ名作が多いと、こんな小品まで気を回す暇はないような気がするが、
恐ろしいことに、この曲の解説にも、
グレアム・ジョンソンは2ページ使っていた。
(ハイペリオンの歌曲全集のCDにて。)
それを、ざっと見てみよう。
さすがに、最初からあまり知られていないことを断っている。

「これはゲーテの詩によるシューベルト歌曲の中では、
最も知られていないものの一つである。
他のゲーテ歌曲と比べると、リサイタルで取り上げられることも稀である。
これは二つの4行連と二つの3行連からなるソネット形式であって、
あまりこの形式で書かなかったゲーテには珍しいものだ。
この詩は1807年のもので、イエナの出版商フロマンによれば、
当時、詩人は58歳であったが、
18歳のミンナ・ヘルツリープにのぼせ上がっていた。
ペトラルカのソネットの新しいドイツ語訳が出たばかりで、
それが報われたか、関係が成り立ったのかは定かではないが、
ミンナは、短い期間、ゲーテにおけるラウラとなった。
どこか絵葉書じみた乙女チックなこの音楽は、
偶然かもしれないが、1815年の優美な『愛しいミンナ』を想起させる。」

何と、これでは、ゲーテのミンナに対する愛情をシューベルトが、
知っていたかのような展開。
「恋する女の手紙」には、ミンナという言葉は、まったく出てこない。

また、この、シュタッドラーの詩におけるミンナ(D222)は、
しかし、あまりにも悲しくも不気味なミンナの物語であって、
死んでしまった恋人にひたすら呼びかける内容となっている。

「ああ、いとしいヴィルヘルム、どこにいるの。」
そんなミンナの問いかけから始まる。

最後は、苔の下から戦場で死んだ恋人が答えると、
無数の花々が墓の中から首を伸ばし、
花の中にミンナが横たわるとヴィルヘルムがいた、
という落ちになっている。

たぶん、後を追って死んじゃった、ということなのだろうが、
妙にオカルトチックな内容である。

曲は、ヤバい内容に相応しく、夢遊病のような、
けだるい物憂い気分に満ちている。
どうも若い頃のシューベルトはこういう傾向がお好き。
誰しも、こういうものには、若い頃ほど感受性が鋭いものだが。

一方、このミンナに触発されたゲーテの『恋する女』は、
こんな風に、遠く離れた恋人に呼びかけるだけで、
状況がよく分からなくてじれったい。
あまり、若い頃には分かりにくいものであろう。
はるかに大人の詩であり、大人の関係の物語であろう。
22歳のシューベルトは、
どこまで実感を持って対応したのだろうか。

石井不二雄は、こう訳している。

『わたしの眼をのぞきこむあなたの眼差し、
わたしの口に寄せるあなたのくちづけ、
その味をわたしのように少しでも知ったものには、
ほかのなにが心をときめかすことができましょう。

あなたに去られ、親兄弟たちとも心が通わなくなり、
いつもひとりあてどない想いにとらわれてばかり。
そしていつもあのときのことに想いを馳せるのです、
あのかけがえのないときを想うと思わず涙がこぼれるのです。

でも涙がまたいつの間にかかわいてしまうのも、
あの方の愛がわたしひそやかな心にとどくと思うから、
遠くのあの方に愛の心をとどかせずにはいられない!

愛するあまりに苦しむこのささやきを聞いてくださいな!
この世でわたしの幸せはあなたに愛されることだけ、
わたしを愛する、とやさしいひとことを書いて送ってくださいな!」

去られたのか、去られてないのか、離れているだけなのか、
引き裂かれたのか、別れたのか、親兄弟との間に何かあったのか、
どうも、それをどう捉えるかによって、曲の付け方も変わってきそうである。

「1」か「0」かはっきりしろ、と思うのが人情だが、
恋愛の達人、ゲーテは違う。

さて、ジョンソンの解説に戻ろう。先を急ごう。
何しろ、これを読むと、この3分ばかりの小品から、
あまりにも沢山を聞き取らなければならない。

「ジョン・リードは同様に、シラーの『ラウラに感ずる恍惚』第一作と、
3連音の伴奏などで、この曲との類似性を指摘している。」
これは、D390のことで、これまた、
熱に浮かされたように、まさしく恍惚状態の曲想。
「ラウラよ、この世の中から抜け出して、
天国の五月の光の中に身を置くような気がする」と、
完全に恋は盲目を通り越して麻薬中毒みたいになっている。

私が聞いた感じでは、「恋する女の手紙」は、この法悦境には至っていない。
到れないがゆえに切ない。

「前年のペトラルカのソネットの独語訳へのシューベルトの付曲は、
中ほどにおける、その韻律や押韻から、
おそらくソネット形式が作曲家を魅了し、
特別なチャレンジとなっていた。
恋人へのメッセージとしては、この曲は、
同じように離れたところにいる恋人に呼びかける、
東洋的なズライカのほの暗い情熱と比べると、
何だか青白い。」

この対比は面白く、「ズライカ」は、後にブラームスが激賞した作品。
このことを脳裏に置きつつ、続きを読むと面白い。

「心をかき立てるこのそよぎは何でしょう。
東風がうれしい便りを伝えてくれるのでしょうか。
涼しく吹いてくるこの気持ちよい風は、
私の心の深い傷をいやしてくれるのです。」
という詩句で始まる「ズライカ」は、
確かにほの暗い焦燥感のようなものに包まれ、
独自の色調を誇っている。
「そよぎは暑い陽射しをおだやかに鎮めてくれたり、
わたしの熱くほてった頬をさませてもくれるのです」
と、非常に官能的ですらある。

この詩、実は、ゲーテが1815年頃、女友達、
マリアンネ・ヴィレマーが作った詩を改作したとされる。

そして驚くべき歴史の事実として、
この曲自体、後に(といっても作曲されて何年かしてだが)、
マリアンネ自身の知るところとなり、
彼女は、著作権侵害だっ!と騒いだりせず、
きれいな曲になっている!と喜んで、
ゲーテに書き送っているのである。
この女性が作曲家について興味を覚えたかどうかまでは不明。

ゲーテ自身は、シューベルトの「魔王」などを理解できなかったようだが、
とはいえ、ずっと若い世代には、はるかにストレートに、
シューベルトの音楽が染みこんだということか。

下記、ジョンソンの解説の()内は、唐突であるがこういうこと。
「(シューベルトは、マリアンネ・フォン・ヴィレマーの詩に、
ほんの2、3年後に付曲する。)
ズライカが文字通り風に向かって、慎みをかなぐり捨てているのに対し、
厳格なソネットの文体上の境界の中にあるこの曲が、
淑女らしい上品さがあるのは不思議なことではない。
特に、男性作家の理想とする女性の行動の上品さであって、
これがこの詩の内容であり、音楽的な語法を制約している。
この詩が、メンデルスゾーンを魅了し、
入れ込んだ彼が作曲したもの(作品86の3(1831))は、
おそらく、その誠実さや美しさの点でシューベルトより優れている。」
ということで、今度はメンデルスゾーンを聞かなければならない。

大変なことになってきた。メンデルスゾーンを聞かないと。

が、この曲は、バーバラ・ボニーのCDで簡単に聞けた。
彼女は、ジェフリー・パーソンズのピアノで、
最初の曲、超有名な「歌の翼に」の次に歌われている。

これは、まるでシューマンを思わせるような、
ロマンティックな思い入れたっぷりの曲で、
こみ上げるものがいっぱいである。
確かに、シューベルトの場合より切実で、最後の、
「やさしいひとことを書いて送ってくださいな」の要望に答えないと、
ヒステリーに怒り狂いそうな女性像である。

だが、この最後のひとことに関して言えば、しかし、くどすぎる。
このような聞き方をした後、シューベルトの歌曲を聞きなおすと、
この直訳では、「合図を送ってください」の一言の、
恐ろしい密度の濃さに、妙に感嘆してしまった。
気を失わんばかりの絶唱である。

さて、ジョンソンの要求はさらに続く。
「あのブラームスも作品47の5として、同じ詩に作曲しており、
このことは、彼がシューベルトの作品を怖れていなかったことが分かる。」

ということで、メンデルスゾーンはゲーテと親しく、
その詩に触れる機会は存分にあったとはいえ、
シューベルトは知らなかったかもしれないが
ブラームスはシューベルトの楽譜の校訂者でもあるから、完全な挑戦。

しかし、挑戦した割には、録音が多くないようだ。
しかたないから大部の資料を取り出そう。

フィッシャー=ディースカウが企んだ、
ブラームス歌曲全集に収録されているジェシー・ノーマンの歌唱。

確かにこれは、素晴らしく彫琢された作品で、
詩が単に読み上げられているだけみたいな感じだが、
ピアノ伴奏と声が一体となって、硬質なきらめきを誇っている。
詩の朗読をそのまま聴くような感じであるが、
何故か音楽になっているという、素敵な作品であることは確か。
が、特にメンデルスゾーンで聞いたような、
恋する人の感情の増幅はない。1分45秒で終わる。

グレアム・ジョンソンは、この3作を、こう書く。

「控えめなところや、礼儀に適った少女のたしなみは、
シューベルトよりずっと高い社会的地位にあった家庭人としての、
メンデルスゾーンのヴィクトリア朝風の価値観に調和しており、
ブラームスはさらに後の時代の半音階的な音楽処理を交え、
ずっと大胆な感情吐露に、シンプルに置き換えている。」

ということで、この曲、かなりの曲者で、いろいろ考えなければ鑑賞不能。
が、ジョンソンの博覧強記はこれで終わったわけではない。
「また、チャイコフスキーの『オネーギン』の、
手紙のアリアを想起するかもしれない。
が、ゲーテによるミンナの品行は、タチアーナのテンペラメントや、
音楽語法にはかなわない。
我々はむしろ、『フィガロ』において、同じく変ロ長調による、
伯爵を罠にかけるスザンナと伯爵夫人の手紙の二重唱の、
モーツァルトの世界を見るべきであろう。」

「手紙」だからと言って、ここまで連想ゲームを繰り広げる必要があろうか。

「序奏は、『手紙を書きましょうか』、『書きましょう』といった、
2つのフレーズからなる4小節を提示、
この質問と答えが音楽の構想の大きな部分を占める。
モーツァルトに倣って、フレーズ間の休止は、
華々しい効果を奏するが、次の行への移行には少しためらいがある。
『私の目を覗き込むあなたの眼差し』の後に、
テノールの男らしいチェロのようなエコー効果があって、
無言の眼差しの交差のようなアイデアがある。
この優しい小さな返答モチーフは、この曲の最初の部分、
つまりソネットの8行の特徴をなしている。」

しかし、とんでもない曲ではなかろうか。
遠くの恋人を思うのに、手紙を書きながら、
彼からの幻の返答を空想、反芻することで音楽が構想されているとは。

最も知られていない曲というが、ブラームスの巧緻にも、
勝るとも劣らないイマジネーションではなかろうか。
さすが、1819年の作、大胆な実験の痕跡がある。
しかも、最後は、あの絶唱である。
「どうかやさしい便りを送ってください。」
前半、空想の声に励まされて書き綴ったこの手紙が。

「『他に何が心をときめかせましょう』の部分、
楽しみに何かを探しても無駄で、中音へ、の束の間の転調を試みるが、
現在、恋人に夢中であること以外には満足できないので、
ほかの現実をちらりと見ただけで、
ヴォーカルラインはすぐにもとの調に戻ってしまう。
『涙が流れる』のところで、大きな転調があって、
通常とは異なるものの、巧妙に工夫された転調によって、
涙が湧き出て、表面に流れ出る音が聞こえる。
これが第二部への経過となるが、楽譜には、
『いくらか動きをもって』の指示がある。
ソネットの最後の6行のために、シューベルトはテンポを変え、
デリケートで脆い少女の幻想のときめきのムードにする。
ここで私たちはカヴァティーナがカヴァレッタになるオペラの音楽を想起する。
五線譜の高音と低音の間の三連音が、ここからは、
伴奏としては特異なたった二つの音符になっている。
これは1818年のペトラルカのソネットⅡに見られるもので、
ここで詩人は、ラウラへの惨めな憧れを語り、
愛の見返りが足りず、自分が何か不完全なものに思えるという。
最後の『ひとことを下さい』の部分は、もっとも心を打つところだが、
フィッシャー=ディースカウが『これ以上情熱的にはなれない』と言うのは、
おそらく誇張であって、特にここはメンデルスゾーンが優れているように見える。」

これについては、私は完全に疑問を呈する。
少なくとも、このオジェー盤で聴く限り、
素晴らしい効果を実感した。
メンデルスゾーンは確かに情熱的だが、
華美で様式を逸脱しているようにも思える。

ちなみに、フィッシャー=ディースカウは、
「パステル画のスケッチのような趣きを持つこの小品」と書き、
ピアノパートに、「流れ落ちずに頬の上で乾いてしまった涙」の暗示を聞き、
上述のように、最後の言葉を賞賛している。

最終的にジョンソンの結論は、このようになる。
「この曲にシューベルトが、
完全に満足していたかどうかは疑問の余地がある。
この詩人に対しては何よりも重視して、
優先的に印刷に回すことを計画していた
この作曲家が生前に出版したものには含まれない。」

ハイペリオンの全集では、リポブシェックが担当しているが、
ジョンソンの解釈を受けてか、どうも、凝縮度が足りない。
今回、紹介したオジェーが素晴らしい。

実は、この曲。
上述のように大作曲家が3人も曲を付けたのが珍しいのか、
ヴァルター・デュルの「19世紀のドイツ・リート」にも、
詳細な比較が出ている。(喜多尾道冬訳、音楽の友社)

ここでは、やはり、詩の内容の曖昧さが取り上げられており、
この詩における恋人たちには、果たして希望があるかどうか、
という点で、最後の言葉、
「心の証、愛のひとことを送ってください」を大変重視している。

そして、メンデルスゾーンは、この部分を独立させ、
アリアのように3回も反復して、モティーフや表記の点でも、
「恋人同士の結びつきが確かめられて終わる」としている。

「シューベルトの場合には何か祈りのようなもの、
力のないものを思わせる。距離は幻想の中だけで克服され、
愛の証しを彼女は得ることが出来ない」
と書かれている。

そして、ここでは、こうも書かれていて、私を深く納得させた。

「このリートは、ゲーテにおけると同じく、
だが、メンデルスゾーンの場合とは違って、もっと高度な意味で、
ロマン的な方法で開かれているといえるのかもしれない。」

さらに、ここでは、メンデルスゾーンこそ、
この曲に自信を持つことが出来ず、
「思い込みの方が強すぎて、
内容はそれほどでもないように思えるのです」と、
家族に書き送っているとのこと。

さらには、そのせいか、彼はこれを生前には出版していないのだという。
こうなると、グレアム・ジョンソンの結論は、再考を要するのではないか。

そもそも、高い地位にあった家庭人とジョンソンは、
メンデルスゾーンを評したが、この曲を書いたとき、
メンデルスゾーンだって、22歳の若僧だったのである。
くしくも、シューベルトと同年代だ。

が、エリック・ワーナーという人は、これを、
メンデルスゾーンの「最も美しいリート」とし、
ルイーゼ・レーフェンという人が、この詩の付曲で、
「最も成功したもの」と言っている点も紹介している。

さて、この本では、ブラームスの曲についても、
最後の一句の扱いに注目しており、これは「切願」であって、
シューベルトの場合同様、未解決に終わるとある。
メンデルスゾーンが情緒のみを再現したのに、
ブラームスは詩の韻律を重視したというのも見て来たとおり。

また私は、この曲が、1858年、
何と、あのアガーデのために書いたとあるのでびっくり。
もっとも即物的であると思ったブラームスが、
実はもっとも恋をしていたようなのである。
有名な破局は翌年のことである。
これからすると、ブラームスが作曲したのも25歳かそこら、
ということになる。

58歳のゲーテの心情を語るには、3巨匠とも、あまりにも若く見える。

とにかく強調されているのは、ソネットという形式が、
歌曲に不向きだという点で、メンデルスゾーンも、
「これに付曲するのはきちがい沙汰です」と書き、
ブラームスも、友人たちが、こぞって、ソネットの難しさを列挙、
みんなが苦労を打ち明けているようである。

小さな一編に見えるが、シューベルトは、何も言い残していないが、
見て来たように、かなりの実験と、
考えうる限りのイマジネーションを盛込んだようである。

さて、シューベルトの「恋する女の手紙」、
ここまで書き綴ると、非常に切ない、
しかし、けなげな愛すべき作品と思われてきた。
しかも、他の誰よりも、優美でありながら恐ろしい緊張をはらんでいる。

うまい具合に、アーリーン・オジェーが歌った、
ドイツ・シャルプラッテン・レーベルのシューベルト歌曲集は、
日本でも廉価盤で出て、多くの人が持っているはずである。
ここに入っている。

ピアノは、シュライヤーなどの共演で知られる名手、オルベルツである。
1976年の録音。1944年生まれのはずなので、
32歳という若さが眩しい。

グレートヒェン歌曲が2曲、ミニヨン歌曲が7曲、ズライカ2曲と、
主なゲーテ歌曲の女主人公の歌がほとんど聴ける。

ミニヨンの歌は、同じ詩によるものを、
シューベルトが別の時期に書きなおしたものも収録しているからである。
ゲーテの詩としては4編分に相当する。
さすがに、「憧れを知っている人だけが」の、
「第七作」と書かれたものは秀逸である。

最初と中間に有名な「糸を紡ぐグレートヒェン」と「野ばら」を配置、
食傷するようなことがないようになっている。
(90年録音の盤では、この二曲が冒頭から並べて歌われて、
私は飛ばして聞いたりしている。)

ただし、93年時点でのケチケチ商法のおかげで、
解説も歌詞もない。まったく、誰かにプレゼントなど不可能な未完成商品。
こんなものを作っていたら、データ配信に負けてしまうという感じ。
その反省もあったか、最近、このレーベルのシリーズは、
音質もよくして再発売が始まった。
が、この録音は未発売。
オジェーのシューマンは出ていた。

演奏自体は文句なく、表紙デザインは好感が持てる。
野ばら?をシンプルにあしらった非常にしゃれたものである。

先立ってコメントした、ブラームスも賞賛したという、
「ズライカ」の歌曲が、「恋する女の手紙」の後に収録されているのも良い。
オジェーは、確か53歳で早世したから貴重な記録である。
宗教曲やオペラも得意としたようだが、透明度の高い歌唱が持ち味であった。

得られた事:「ささいな小品の中にも、劇的な緊張感を張り巡らせ、存在の危機までを内包させることが出来たのが1819年のシューベルトであった。」
by franz310 | 2008-04-13 10:08 | シューベルト
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