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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その91

b0083728_154725.jpg個人的体験:
リストがピアノ独奏用に、
編曲したシューベルトの歌曲に、
しばらくはまってしまった。
さらに、そこに、ヴィオラを追加して、
歌わせた作品のCDも聞いた。

またまた脱線気味ではあるが、
では、果たしてリスト自身は、
ヴィオラに対して、
どのような音楽を、
書いていたかと考えた。


そこに、「フェレンツ・リストとヴィオラ」という、
そのものずばりのタイトルのCDがあって、さっそく聞いてみた。
ハンガリーのフンガロトン・レーベル。
リストなら任せてくれ、といわんばかりの会社だが、
ピアニストはイギリス出身、アメリカで活躍する技巧派イアン・ホブソンで、
ヴィオリストがハンガリーの名匠、ERDELYIである。
アメリカ、イリノイ州の録音というのも、ちょっと、ハンガリーらしくないような。

が、表紙には、古風なコモ湖の風景画があしらわれて、とてもよい雰囲気。
作者は、G.A.Mullerとある。
ミュラーとは、「水車屋の娘」や、「冬の旅」を書いた、
W・ミュラーとは関係ないのかあるのか。
この前、ヘルトリングが朗読していたミュラーの略伝では、
「父は仕立て屋で気ままな性格のために、
貧しい生活を送らなければならず、
ヴィルヘルムの兄弟姉妹で、
成人しえたものは一人もなく、
彼は唯一の生き残りだった」とあったので、
兄弟ではなかろう。

また、そのエッセイでは、ミュラーは、子供たちが増えて、
金を稼がなければならなかった、とあるが、
この絵(版画?)は、シューベルトやミュラーの死後すぐの、
1834年の作とあるから、作者は、彼の子供の世代ではなかろう。

収録曲の内容は何のことはない。
ベルリオーズが書いた、ヴィオラと管弦楽のための交響曲、
「イタリアのハロルド」のオーケストラ部をピアノに編曲した作品が、
大部分を占めていて、小品が5曲収められている。
この小品が、ではヴィオラ用の作品かというと、
多くはヴァイオリン用、チェロ用であって、これを、
ヴィオラに編曲したものである。

だから、表紙の肖像画もリストと並んで、
ベルリオーズが出ている。
このリスト、晩年のもので、畏友ベルリオーズより、
年寄り扱いはないだろうというような感じもする。

これで、本当に、「リストとヴィオラ」という題名に相応しいかと、
いぶかってしまうが、私は、この「ハロルド」もベルリオーズも好きなので、
ついつい入手。

前回、タベア・ツィンマーマンの演奏でシューベルトを聞いたが、
まさしく、私は、タベアの弾く、ハロルドを実演で耳にした。
この交響曲、夢想派の主人公ハロルドは、ヴィオラで表わされるが、
終楽章では山賊にぼこぼこにされて、息絶える。
従って、終楽章ではほとんどヴィオラが登場しないのが、
いかにもアンバランスなのだが、そこがベルリオーズらしくて面白い。
今井信子などは、ステージ上で、ただ、立ち尽くしていた。
タベアは退場したが、終わりの方で、追想されるように登場する時には、
なんと、客席、というかバルコニーに現れてこの部分を弾いたので、
びっくりしたものである。

この部分、このCDでも、
舞台裏から?響いて来る効果が入っていて、
それが、この世の音ならぬ冴え冴えとした音色で演奏されていて、
どこか、遠くに連れ去られるような趣き。
一瞬であるが、それだけでも心震える。

そもそも、ベルリオーズ特有のカラフルで奇抜な管弦楽を、
ピアノ一台で弾いてしまおうという発想からして、
正気の沙汰ではないのだが、
そうした破天荒あってこそのロマン主義。

リストの常軌を逸したピアノなら、ほとんど不満は感じない。
終楽章など、ホブソンは、各音を明晰に響かせながら、
危なっかしい所すれすれを、気が狂ったように弾いている。
さすがにリスト、腕が何本あるか分からない。
この効果で、輝きのある色彩感、
分厚い管弦楽の重量感を見事に再現した。

反対に、繊細な部分もうまくやっている。
この曲で、印象的に、ハープがぽろろんと鳴る部分も、
ピアノの音色なら違和感もない。
背景が管弦楽でなく、ピアノ一台となったお陰で、
いっそう目立つようになったヴィオラも、暗い色調を生かし、
そこに情熱を秘めた存在感の際立ったもので、
聴き応えがある。

また、このCD、解説には、
期待にたがわず、ヴィオラのことが沢山書かれている。
筆者を見ると、何と、Csaba Erdelyiとあるではないか。
演奏しているヴィオラ奏者自身が解説を書いていた!
さすが、「リストとヴィオラ」!

しかも、文中に出てくる、リストの言葉(ドイツ語)、
ベルリオーズの言葉(フランス語)は、
すべてこの人が訳したと、わざわざ注記されており、
さりげなく博学をひけらかしているところが何とも。

「エクトール・ベルリオーズ、この19世紀の、
オーケストラ音楽の革命的巨匠は、
彼の革新的な標題交響曲、『イタリアのハロルド』において、
音楽史上初めて、オーケストラの前にヴィオラを立たせて、
主役として、ある個人(ハロルド)を表現した。
ヴィオラはまさしく、弦楽器ファミリーの中央に位置し、
人の声に近い音域と音色を有している。
これは、心から直接響いてくるような、典型的な人間の象徴である。
ベルリオーズもリストも、ヴィオラについて、
特に、音楽の中で、詩的で内省的な性格を表わすのに相応しい楽器としている。
ベルリオーズ自身の言葉では、以下のようなものがある。
『すべての楽器の中で、
その優れたクオリティが、長い間、
認められていなかった楽器がヴィオラであって、
ヴァイオリンと同様、機敏であり、
高音は、憂いを秘め、情熱的に輝くにもかかわらず、
低音には特徴的なハスキーな音色がある。
この高貴な楽器は、魅惑的でうっとりとさせ、
確実なる表現力を有する。』
(Treatise on Orchestration, 1844)
『独奏ヴィオラは一人の人間のようであり、
ある種のメランコリーに満ちた夢想家で、
自身の人格を立派に持っている。』
(on ”Harold”,Memoirs,1854)
いかにベルリオーズが、彼の創作活動の上で、
ヴィオラの素性や可能性を深く知り尽くしていたかは、
『幻想交響曲』や、『ロメオとジュリエット』、
『ファウストの劫罰』のような管弦楽の大作の中で、
特徴的で重要なヴィオラパートを書いていることを、
思い浮かべるだけで十分である。
ここに、上述の作品を書いている間に、
彼が、この高貴な楽器を表わすのに使った言葉のコレクションがある。

『居心地よく、暖かく、親密で、何かを想起させ、
愛らしく、素晴らしく、ロマンティックで、高尚、
陽気で、楽しく、人間的、現実的、暗い、魔力のある、
独立した、積極的で、英雄的、子供じみて、無垢、
聖なる知識で霊感に満ちている』。」

これでは、ほとんど「ベルリオーズとヴィオラ」という題名の方が、
相応しいような内容ではないか。
著述家でもあり、管弦楽法の大家であるベルリオーズであるから、
これくらいの事は書くであろう。
いよいよ、「リストとヴィオラ」についての記述が始まる。

「音楽上の盟友とみなしたベルリオーズを擁護し、
献身的な活動を行ったリストの言葉を読んでみよう。
『ヴィオラは、ハロルドの声の象徴であり、
ヴェールがかかり、隠された彼の深い思想を表わし、
自然界をあてもなく彷徨う、感受性豊かな人間の、
呼吸のようにオーケストラの中を進む。
神秘的な風景に囲まれた彼は、
まるで、遠洋のイルカのごとく、
無限のエーテルの中に沈み、
休むことなく、世界の究極の境界を求め、
畏敬に満ち、子供じみた単純さで、
彼の思考はなだれ落ちる滝のようにあわ立ち、
火山の底の溶岩のように渦巻いている。」
(ベルリオーズと、彼の『ハロルド交響曲』分析 1855)」

うーむ、これは、ベルリオーズの交響曲の分析にすぎず、
リストのヴィオラ観とは言いがたい。

「リストの書簡からも、
ベルリオーズと親交を深める上で、
『ハロルド』への興味と傾倒は、
重要な部分を占めたということがわかる。
彼らの友情は1830年、パリでの、
『幻想交響曲』の演奏会に始まり、
これが、リストが編曲した最初のベルリオーズの大作の、
ピアノ編曲(1833)へと繋がった。
ベルリオーズが『ハロルド交響曲』のスコアを、
『ヴィオラ協奏曲』を依頼してきたパガニーニの示唆によって、
1834年に書き上げた。
しかし、パガニーニは、そのスコアを見て、
『単にハロルド』になることを拒絶した。
彼はもっと、『自分自身』を誇示したかったのだ。
2年後(1936)、リストは独創的な、
ヴィオラ-ピアノ編曲を作り、友人の音楽が、
さらに多くの聴衆に届くようにした。
たった一つのピアノが、
オーケストラの全ての錯綜と輝きを受け持ち、
演奏を成功させるには、超人的なパワーと、
想像力がピアニストに求められる。
この曲は、原作と同様の素晴らしい経験を、
リサイタルホールに持ち込むことが出来るものだ。」

うーむ、この文章も、リストの素晴らしいピアノについては分かるが、
ヴィオラとは関係なさそうである。
が、編曲されたのが1836年、このCDの表紙の絵と同じ時期。
こうした統一感は好きだなあ。

以下の熱に浮かされたような文章も、
いったい、何のことだかよく分からない。
おそらく、リストの「ハロルド論」の引用なのであろうが、
長々と続く割には、ヴィオラのことからは、
いつの間にか遊離してしまっている。

このだらだらとした文章から、「イタリアのハロルド」が、
元来、バイロンの詩に触発された作品であって、
その主人公がロマンティックな想像力の産物であることを、
読み取らなければならない。
初めて、この曲の事を知るのは、ちょっと無理ではなかろうか。
「何故ハロルドで、何故、イタリアかと、
リストは問いかけ、オリジナルのインスピレーションの源泉、
バイロンによる『チャイルド・ハロルド』を引用する。
『永遠のさすらい人は、安定から逃れて、
駆り立てられる。私は、私自身ではなく、
私を取り巻くものの一部、高い山々には愛情を覚えるが、
町の喧騒は私にとっては拷問なのだ。』
リストはさらに問う。
『ハロルド』の第四楽章のように、良きにつけ悪しきにつけ、
これは、絶え間なく、山賊に襲われる、
創造力豊かな芸術家のポートレートなのか。
いつまでも失恋の失望を引きずって、
どんな類の環境にあっても、自身から逃避できない、
高貴で情熱的な、追放された巡礼のポートレートなのか。
殉教者を賛美しつつ、
人類のことを案じ、歓喜に至る戦いに疲れ果て、
彼は、言葉にならない魔法、生ける幻なのだ。
ハロルドとは、ベルリオーズのことであり、
リスト自身のことであると、リストは認識するに至る。
では、何故、イタリアなのか。
この曲を書くことを勧めたパガニーニがイタリア人だから。
しかし、リストによると、さらに深い理由がある。
イギリスのバイロン、フランスのベルリオーズ、
ハンガリーのリスト自身も含め、
地中海の、新鮮さ、地上の自然、永遠の美に、
癒しを見出したのである。」
ふざけるな、と言いたくなる解釈である。
ハロルドの物語をイタリアに持って行ったのは、
ベルリオーズの創作であり、バイロンは知らないことであり、
リストはその編曲者にすぎないではないか。

「彼らのパーソナリティは一つになって、ハロルドとして歌われる。
『ハロルドを乗せるに、ヴィオラは、ヴァイオリンより相応しい。』」
ちょっとまて、これが結論ですか。
これでは、ベルリオーズの提案に乗っかっただけではないのか。
とにかく、ベルリオーズの提案に服従して、さすがのリストも、
ヴィオラパートは、この曲の魂と考えたようである。

ベートーヴェンの「第九」の編曲では、
合唱のパートまでピアノに移し変えてしまったリストであるが、
このヴィオラパートには手を出せなかったということであろうか。
これはこれで、よく吟味すべき命題ではあろう。

この後は、残りの小品の解説が続く。

「ハロルドの編曲に先立って収められた5曲のリスト晩年の作は、
すべて、音楽的な幻視に基づく、強烈に個人的な声明で、
彼の時代の理解をはるかに超えるものであった。
それらは天上の事象が、地上のはかない命に和解を申し入れるもの。
これらをリストは繰り返し、異なるバージョンに改作し、
これらの曲を『絶対音楽』として、
様々な楽器表現で演奏可能だと考えていた。
これらのオリジナルは、ピアノ曲であったり、
ハーモニウム、ハープ、弦楽、声楽であったりする。」

「忘れられたロマンス(S.132)
声楽とピアノのための曲がオリジナルで、
『O pourquoi donc』(1843)というタイトルであった。
1848年にピアノ版を作り、
1880年にヴィオラとピアノ用に改作した。
ヘルマン・リッターという、ワーグナーの、
バイロイトにおける主席ヴィオラ奏者に献呈された。
ここで、リストは新しいコーダを追加し、これは、
イタリアのハロルドの第2楽章の『巡礼の行進』からの、
有名なヴィオラ・アルペッジョを思い出させる。」
この「O pourquoi」何とか、という歌曲は、
何なのだろうか。
ものの本には、「ああ、いったいなぜに(女の涙)」だとあるが、
内容不明。
しかし、解説で書かれて気が付いたが、確かにこのコーダは、
ハロルドにそっくりである。
ベルリオーズとリストは、後に決裂したようだが、
1880年といえば、ベルリオーズの死後、10年も経っている。

「エレジー第1番(S.130)
リストとワーグナーの熱狂的パトロンであった、
Marie Moukhanoff-Kalergisの思い出のため書かれ、
1874年の作だが、5つの版がある。
独奏ピアノ、チェロ-ピアノ-ハープ-ハーモニウム、
ヴァイオリン-ピアノ、チェロ-ピアノ、ピアノデュオ。
(ここでは、ヴァイオリンやチェロの版に準拠。)」
これまた、それがどうしたという解説。
曲は、ひたむきで情熱的な曲想であるが、4分程度で終わる。
なぜ、ハーモニウムなどを使った、幻想的な演奏で聞かせてくれないか、
という気持ちが強くなる。

「エレジー第2番(S.131)
前曲の3年後の作品で、その最後の音から続けられて始まる。
リストの最初の伝記を書いた人で、第一エレジーへの共感に感謝して、
Lina Ramannに捧げられた。
3つの版があって、ピアノ独奏、ヴァイオリン-ピアノ、
チェロ-ピアノで、この二つのピアノ伴奏は同一。
(これらを合わせてヴィオラ版として演奏。)」
曲想も前曲と似ていて、何か激しい印象を与えるやいなや終わってしまう。

「悲しみのゴンドラ(S.134)
1882年12月、リストはヴェニスに滞在し、
ワーグナーの客となった。
ここで、あたかも予言の告知であるように、
彼はこのタイトルでピアノ独奏曲を作曲した。
1883年3月にワーグナーは死去、
彼の亡骸はバイロイトに運ぶ汽車までの間、
葬送のゴンドラで運ばれた。
1885年、リストは、オリジナルの6/8拍子を、
4/4拍子にして独奏ピアノ用に改作、
まだ満足せずに、ピアノと様々な弦楽器のために改作したが、
この音符はヴィオラの音域に完全にフィットしている。
この最後のバージョンは、17小節の薄気味悪いコーダで拡張されたが、
これは、ショスタコーヴィッチのヴィオラ・ソナタ(1975)の、
最後の別れに直結している。
不思議なことに、偶然ながら、この悲しみのゴンドラの最終バージョンが、
最初に出版されたのが1974年であった。」
この曲は、有名なものであるが、
ヴィオラで演奏できるとは知らなかった。
非常に気味の悪い作品で、
昔、クリダがリストのピアノ曲を体系的に録音したときも、
妙に印象に残った作品である。
しかし、尻切れトンボのような曲で物足りなかったが、
ここにあるように、妙なコーダによって、その不満はぬぐわれた。
何か、永遠の問いかけのような趣きがあって、泣ける。

ピアノだけでも十分、おどろおどろしい作品ながら、
リストは、さらに弦楽によって、
悲痛な歌を強調せずにはいられなかったようだ。
小曲集の中では一番長く、悲痛で、最も聴き応えがするが、
しょっちゅう聞いていると気が滅入りそうである。

「ノンネンヴェルトの僧院にて
ノンネンヴェルトとはライン川に浮かぶ美しい島で、
有名なベネディクト派の修道院がある。
1841から3年間、リストは、夏休みをダグー伯爵夫人と、
二人の間の3人の子供と、ここで夏休みを過ごした。
1841年、『ノンネンヴェルト』という歌曲が書かれ、
このメロディを好んだリストは、何度か歌曲やピアノバージョンに使った。
1880年、最後のピアノ独奏版は、回想の気配がにじみ出て、
さらに弦楽とピアノ用に拡大された。
ヴァイオリンやチェロがメロディを歌う。
この二重奏バージョンは手稿のままで、出版もされていない。
(このヴィオラ-ピアノ版は、手稿によっており、すぐに印刷される予定。)」

この作品は美しい。このエピソードも心を打つ。
ただし、先ほどのロマンスと同様、
元の歌曲が、どんな内容だったのか分からない。
それはいつも気になる。

ダグー伯爵夫人も亡くなっており、リストの長すぎた生涯の晩年は、
様々な知人との死別で満ちていて悲しい。

そもそも、リストの作品は未整理のものが多すぎて、
録音も体系だったものが困難なのである。
シューベルトの作品が、ドイッチュ番号で統一されているのは、
非常に有難い。

このように、ヴィオラの持つ人間の声を思わせる音色は、
ベルリオーズによって開拓されたが、リストもそれに便乗し、
晩年の作品をこの音域の弦楽で彩った。

シューベルトの五重奏曲「ます」からは大きく脱線したが、
この楽器の魅力が、どのあたりにあるかを、
かなり良く味わうことのできるCDであった。

得られたこと:「ピアノの神様のようなリストですら、晩年には、人声にも似た弦楽の音色での心の叫びを必要とした。」
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by franz310 | 2007-10-07 15:50 | 音楽
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