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クラシック音楽への愛と悲しみの日々
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その83

b0083728_844395.jpg個人的経験:
リストが編曲した
管弦楽伴奏付きの
「さすらい人幻想曲」。
私が、これを
最初に聴いたのは、
かつて、
一世を風靡した、
人気?ピアニスト、
ボレットの演奏による
ものであった。

ボレットは、キューバに生まれ、アメリカで学んだピアニストで、
1914年の生まれとあるから、1980年代に有名になった頃、
すでに、かなりの老人という感じがした。

この人は若い頃から神童として知られ、
ホルヘ・ボレーとか、ジョルジュ・ボレーと呼ばれて、
リストのレコードも出していたが、
その経歴から、名前の響きからか、
単にテクニックに走る人という印象しか持たれていなかった。

しかし、レコード会社を移籍し、老舗ロンドン・レーベルから、
大々的にボレットとしてプロデュースされるようになってから、
ラフマニノフやホフマン、果ては、
リストにまで繋がる巨匠ということになってしまった。
ロマンティックなグランドマナーという言葉が、
よく使われたが、実は、何がそう思わせるのかは、
よく分からなかった。

ただ、時代錯誤的な口ひげを蓄えた老人だったから、
みんな、そうかもしれないと思った。
少なくとも、異質な世界の人ではないかという印象は、
リストの肖像画と同様、強烈なものであった。

確かに、リストをバリバリ弾きそうな感じではあっても、
まったく、モーツァルトやバッハを弾くような容貌ではない。
事実、ロマン派以外の曲のレコードは記憶にない。

ところが、いろいろ調べても、
彼がどのような流派に属しているのかについては、よく分からない。
一説によると、ゴドフスキーの弟子についたとあるから、
やはり、スラブ系なのだろうか。
記憶によると、スタインウェイやベーゼンドルファーではなく、
ドイツのベヒシュタインの楽器を愛奏していたのではなかったか。

それがまた、味わいはあるが、切れ味のある楽器ではないがゆえに、
印象として、リストの超絶技巧感を弱めているような気がした。

いずれにせよ、このピアニストは、
ぬくもりのあるおおらかな音楽性で聞かせ、
集中的にリストを録音して亡くなった。

そんな彼の、「ベスト盤」みたいなCDがこれであるが、
「JORGE BOLET PLAYS LISZT」とあるのに、
有名なリストのピアノ協奏曲ではなく、
シューベルトの作品を、リストが編曲したものを、
いきなり弾いているところが仰天である。

この演奏では、伴奏しているオーケストラが、
ショルティ指揮の、ロンドン・フィルであり、
非常に機能的で、各楽器の音色も、新しい録音で美しく捉えられている。

ショルティにとっては、リストといえば、
お国ものであり、たくさんの録音を残しているが、
一度も感心したことはない。
そこに書いてある音符を正しく鳴らせました、
という以上の解釈があるとは思えない。

それぞれの音が繋がりなく鳴っていて、
それがどうした?という風に聞こえるのが難点である。

今回も、この演奏を聴いてみると、
シューベルトの作品に手を入れてまで、
新しい地平を夢見たリストの野心のようなものは、
あまり感じられない。

意欲的な問題作が、ゴージャスな珍曲で終わってしまっているような気がする。

これを聴いてがっかりした愛好家も多いのではなかろうか。

ブレンデル盤の方が、正面から問題を見つめている感じで、
妙に説得力や切迫感がある。
改めて聴くと、ステレオ初期の実験か、
ピアノがやたら左より、右奥から奇妙な金管が炸裂するなど、
録音上も、何やら怪しげな工夫がなされていて、
これがまた、常軌を逸してでも、何かを掴もうとしていた、
リストの姿勢にぴったりである。

必要以上に知性派のピアニストと、
現代音楽の紹介者、作曲家としても知られるギーレンが相手では、
グランドマナーや、正確な譜読みでこうした意識のなさそうな二人では、
懐古趣味の再現以上とは思えず、それでいて、
中心となる第二部の味わいも、ブレンデルの方に詩を感じる。

ただ、このCDには、リストの諸作品の他、
シューベルトの歌曲を、リストが編曲したものも、2曲、含まれている。
リストの紹介CDで、それまで出たたくさんの録音から10曲を選び、
あえて、3曲がシューベルト原曲というのも不思議である。
幻想曲は大曲なので、74分中、30分はシューベルト作品。
奇奇怪怪なリスト名曲集である。

そもそも、このピアニストがロンドンから現れた時、
この二曲を含む、リスト編曲のシューベルト歌曲集のレコードが、
デビュー盤のようになったのではなかったか。

実は、それ以前は、リストが編曲したシューベルトの歌曲などは、
アンコールにはなっても、それだけを集めてレコードになるような代物とは、
まったく考えられていなかった。

これ以前、大家と呼ばれる人で、こうした曲を弾いた人が、
どれくらいいただろうか。
(時を接して、確か、ホロヴィッツが、
ぽつりと、「セレナード」を録音したが、
これは、大変、話題になった。)

冷静に考えると、シューベルトの歌曲が芸術として完成されているのに、
何ゆえに、
ピアノの技巧をひけらかすような目的で書かれたと思われるものを、
芸術として味わう気になるだろうか。
「さすらい人幻想曲」もまた、同じであるが。

ということで、実は、このCD、
私も、怖いもの見たさのような感じで購入したもの。
ボレットというピアニストも、完全に変り種という扱いで、私は聞いた。
1989年の商品なので、もう彼の最晩年である。
ボレットは、この翌年、死去。
ロンドン・レーベルで活躍したのは最後の10年程であった。

では、このCDでは、リスト編曲のシューベルトは、
いったい、どのように解説されているだろうか。
「リストにとって、シューベルトは、全ての作曲家の中で、
最も詩的な存在であった。
そして、彼のアレンジによる『さすらい人幻想曲』(1851)は、
慎重かつ大胆なもので、それでいて、
その創意工夫は、シューベルトへの変わることない敬意によって、
十分に制約されている。
同じことは、56曲にも及ぶ、
シューベルト歌曲の編曲に対しても言える。」

さすらい人幻想曲の解説はこれだけ。
さすが、廉価盤で売られていただけのことはある。
このCD、そもそも、ボレットのカタログみたいな扱いなので、
ボレットのカラー写真などはたくさんあしらわれていて、
彼のCDの一覧も写真付きで美しいものの、
解説は、全曲分で、2ページしかない。

カタログを見ていて思い出したが、
ブラームスの「ヘンデル変奏曲」などは、かなり愛聴した記憶がある。
当時としては、珍しかったレーガーの「テレマン変奏曲」が聴きたくて、
いそいそと購入したものである。

このリストの名曲集、表紙デザインはそれほど悪くはあるまい。
老年期のリストのプロフィールと楽譜をバックにして、
ボレットのシルエットが、組み合わされているものだ。

「さすらい人幻想曲」以外、
シューベルトの歌曲二曲の編曲では、
「ます」と、「水の上で歌える」が聴ける。

この「水の上で歌える」などを、聴くと、
なるほど、美しいメロディの要所要所に、
こぶしを効かせるような表現があって、
なるほど、グランドマナーとは、
こうしたことであろうかと納得した。

水の流れが、少しよどんでは、
また流れを速めていくようなテンポの揺れである。
それが、たっぷりとした、まろやかなこくのようなものを感じさせ、
さらにその感興が高まり、恐ろしく荒れ狂う鍵盤の技が、
押し寄せてくる。なるほど、現代風ではない。
が、もともとリストの編曲であれば、こうならざるを得まい。

この曲の原曲は、1823年作曲の、
シュトルベルク伯爵の詩による歌曲である。
「白鳥のように小船がすべり、輝く波の上を私の心もすべっていく。」
と歌いだされるもので、第二節では、
「林の梢で夕日が輝き、菖蒲がそよいでいる」と続き、
「心は夕映えの静けさを受ける」と、自然観照の詩である。
最後の節は、時の移ろいに思いを馳せ、
その中にいる自分の存在に戻ってくる。
「私もまたこの輝く翼に乗って移り行く時から去っていくのだ。」

全編、水の波を表わすピアノ伴奏が素晴らしく、
これは大変、心に迫る美しい歌曲であるが、
荒れ狂う大波が押し寄せる音楽ではない。

また、ピアノ五重奏曲「ます」の原曲の歌曲である、
「ます」を編曲した作品が収録されているのも嬉しい。
まぎらわしい名前のシューバルトという詩人の詩、
「清い小川を矢のように泳ぐます。
それを快く眺めていると、悪い釣り人が、
その水を濁らせて、ますを釣ってしまった。」
という内容のもの。

シューベルトは、この、自由への憧れを、
清らかな水に遊ぶますの姿に託して歌った詩に、
快活で明るく、心浮き立つ不滅のメロディをつけた。
そして、時折影の差す、陰影の豊かさ。

リストは、ますの敏捷な動きを、
ぴちぴちとしたピアノの伴奏に折込みながら、
このメロディを大きく歌い上げていく。

が、いかにも気障な前奏や、大げさな音程の飛躍や転調、
意味のない装飾のアルペッジョによる終結部など、
ますの泳ぐ姿に自由への憧れを思う詩の精神も、
または、シューベルトの重視した素朴な自然賛歌も、
好き勝手なつぎはぎ細工と、無制限の技巧の開陳の前に、
何だか無視された形になっているように思える。

とはいえ、リストなのだから、ここまでやってくれないと、
彼のファンは許さないだろう。

解説の続きには、このように書かれている。
「1833年から1846年にかけて作られ、
生地以外では十分に理解されていなかったシューベルトのための、
伝道師としてのミッションと、リスト本人の個人的な興味と利益の結合で、
自由なパラフレーズと単純なレプリカの中間に位置し、
特異性と洗練といった特別な要素を加味しているものの、
オリジナルの持つ新鮮さや、無垢な部分には、
厳しい忠実さを保っている。」

この「自由なパラフレーズ(分かりやすい言い換え)と、
単純なレプリカ(複製)の中間」という表現は、
これらの作品の正体をうまく言っているようだ。
しかも、完全に別の曲にしてしまったりもしていない。
「厳しく忠実」と言い表した所以であろう。

「『ます』と『水の上にて歌える』は、
牧歌的な音楽の休養で、後者に底流する不安を、
かき乱された大騒ぎや、弧を描く『ます』の動きに、
華美なピアノ奏法の装飾で飾ることに、
リストは耐えられなかったとしても、
『水の上』の水の流れや、『ます』の鰭の最後の一跳ねに到るまで、
そこに隠された詩的感興には驚くべき感応を見せている。」
この部分の前半は、私が思ったとおりのことが、
そのまま言葉になって印刷されている。

シュトルベルク伯爵は、夕暮れの舟遊びに酔いしれているうちに、
激流下りを体験する羽目になってしまうようだが、
シューベルトの音楽が、最後まで鳴り響いているのは事実なのだ。
ただし、詩人のシューバルトは、
全く、ここに自分の詩を見つけることは出来ないだろう。

ここで、20世紀の誇る名バリトン、
フィッシャー=ディースカウの本、
「シューベルトの歌曲をたどって」を開いてみると、
リストの編曲についても、こんな風に書いてあった。
「ヴィーンでは、1838年の春、
シューベルトの歌曲にとって大きな意味をもつ出来事があった。
フランツ・リストがはじめて、
シューベルトのリートをピアノ曲に編曲したものを
たずさえて公開の席に登場したのである。
それ以来、この編曲は一般に冒涜として悪評高く、
しばしば非難の的になっている。」

1838年といえば、ちょうど、シューベルトの死後10年、
記念の年であるだけに、31歳で亡くなったシューベルトの思い出も、
まだまだ生々しい時に、あんな「ます」を聞かされたら、
「どこがシューベルトだ」と叫んだ人がいたとしてもおかしくはない。

フィッシャー=ディースカウは、しかし、このような経験を経て、
ようやく、シューベルトの芸術は、多くの人に公開されていったのだと書く。
「リストは、パリ、ジュネーブ、ノーハンでリートの編曲を続け、
旅行中でも楽譜に推敲を加えていた。
・・リストはシューベルトのリートの持つ諸特性を忠実に残し、
付け足しや変更は行っていない。
・・ここでのリストは、奔放さや華麗な技術を使いながらも、
いつもなら惜しみなく使うヴィルトゥオーゾ的効果に頼らず、
また変更も芸術的に有益なものにのみ限っている。」
このように、大歌手の目から見ても、
若くして亡くなり、国際的な知名度も低かったシューベルトの音楽に対し、
リストの行った貢献は絶大に見えるようだ。

「これらによってリストはシューベルトに現実に大きく貢献したのである。
リストはシューベルトを『最も詩的な』音楽家と呼んだが、
それによって、様式の研究がさかんでなかった当時には
稀にしか存在しなかったような判断能力を示している。」(原田茂生訳)

さて、例のCDに戻ると、
リストのピアノ名曲集としてなら、
そこそこ期待にたがわぬものがある。
それだけに、冒頭に、例の珍品が入っているのが、
非常にアンバランスである。
つまり、このCDを手に取るときの気分が一定しない。

ただし、これをスキップすると、
「愛の夢第三番」、「ペトラルカのソネット104番」、
「ため息」(三つの演奏会用練習曲第三番)、
といった、思いっきり甘味な歌から、
「泉のほとりで」とか、「エステ荘の噴水」といった、
水のきらめきの美しい印象派の絵画のような名品、
さらに、「小人の踊り」(二つの演奏会用練習曲第二番)、
「タランテラ」といった舞曲調のものもあって、
これ見よがしに技巧をひけらかす名技的な大曲は、
ここには含まれていないので、BGMとしてもぴったりだ。
(「タランテラ」が幾分、そんな気配だが、
最後に景気づけを持って来たのであろう。)

「オーベルマンの谷」とか、「ダンテを読みて」のような、
壮大な作品も聴いてみたいものだが、
ロマンティックなひと時を彩るに相応しい内容と言えよう。
フレッシュな快演ではないものの、
サンプル盤のような位置づけだけに、
終わっていないのはさすがである。

それにしても、こうして並べて聴いてみると、
シューベルト作品は、何もせずとも抜群に詩的な雰囲気で、
リストがどうしても到達できなかった、シンプルな規範としての価値が、
妙に強調された形となる。

このCDの発売から、十何年も経ったが、
ロンドンのイメージ戦略によって、うまい具合に十枚近く遺された、
ボレットによるリストのCD、これらの曲集では、
相変わらず、スタンダードなものであろう。

この、ピアニストのお陰かどうかは分からないが、その死後、
レコード産業において、リストの音楽は、
急激に開拓されているようにも思える。
あるいは、ほぼ同時期、カツァリスのようなピアニストが、
ベートーヴェンの交響曲の、リスト編曲ピアノ版を録音し、
これがまた、単に、交響曲のピアノ編曲版ではなく、
ピアノのための、「スーパー・ソナタ」である、
などと言われたりしたがゆえ、ということもあろう。

ボレット盤の登場以来、
シューベルトの歌曲をリストがピアノ用に編曲したものは、
ごく普通に聴けるようになった。
冒涜を別の見方で見られる余裕が出てきたのかもしれない。

今回、改めて取り出して見たが、そんな事がいろいろと思い出された。

得られこと:「名ピアニストでもあった作曲家リストは、シューベルトの名歌曲を彼の楽器に移し変えて世に広めたが、歌詞の内容までは留意できなかったと思われる。」
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by franz310 | 2007-08-12 08:51 | シューベルト
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