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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その436

b0083728_16483338.jpg個人的経験:
はからずも、
スペイン古楽の大御所たち、
サヴァールとモレーノ
のアンソロジーのCDを
続けて聴いてしまったが、
残念ながら、
いずれも寄せ集め的で、
スペイン音楽に対する解説は、
十分とは言えなかった。
これらの元になった、
CDも聴いてみたいものだ。


前回聴いた、グロッサ・レーベルの、
ホセ・ミゲル・モレーノの演奏、
ヌリア・リアルの歌ったCDでは、
「Jacaras」や、
チャコーナ「素敵な人生」が
いかにもスペインのエネルギーという感じだった。

私が不案内だっただけのようで、
この業界では、これらの曲は有名な模様。

「Jacaras」は、
サヴァールのアンソロジーのCDでも、
収録されていて、
「素敵な人生」も、サヴァールは、
「セルバンテス時代の歌と踊り」という、
大昔の録音(1977、EMIエレクトローラ)で、
締めくくりの楽曲として使っていた。

今回取り上げたCD、
「チャコーナ」や「ヤカラス」とは、
いったい何なのだ、
ということが取り上げられているのもうれしい。

さて、前述のように「ドン・キホーテ」という
世界文学の傑作で知られるセルバンテスだが、
「レパントの海戦」に従軍しているから、
フェリペ二世の時代の人で
1547年生まれなので、
マルガリータ王女より100年前の人である。

フェリペ二世といえば、
「黄金時代」を築いた苛烈な君主というイメージで、
このセルバンテスをタイトルに飾るCDに、
この「素敵な人生」が入っているのは、
少々、違和感を感じないでもない。

が、確かに、「ドン・キホーテ」も、
フェリペ二世とのつながりなどが、
あるようにも見えないのだが。

このCD解説、
そのあたりの事から書き起こしているのも、
歴史観を検証する上でも、
音楽史を概観する上でもありがたい。
マルガリータ王女が生まれ育った国を、
少し前の時代から俯瞰しても良いだろう。

表紙はヒエロニムス・ボス風。
割れた卵が意味深で、真珠がこぼれ落ちている。
これがスペインやセルバンテスと、
どう関係するのかは不明。

前回聴いたリアルが歌う、
ホセ・ミゲル・モレーノのCDは、
アンソロジーもので、
元の企画が、
「《ドン=キホーテ》のための音楽」
(ロマンス・歌曲・器楽による小品集)
というものだったから、
セルバンテスのCDと重なりある収録となっても
おかしくはないのであろう。

このCDは、「歌と踊り」という事で、
いわば、「歌」を担当するサヴァールの
演奏家としての立ち位置とは別の観点で、
このCDには、さらなる解説がある。
それは、Ursula Vencesという人が書いたもので、
いわば、「踊り」の方を担当した解説のようだ。

「スペインでおそらく最も有名な詩人、
不滅の『ドン・キホーテ』の作者、
ミゲル・デ・セルバンテスの時代は、
文化的にも政治的にもスペインの黄金時代であった。
厳格で禁欲的なハプスブルクの王様、
フェリペ2世の治世で、
欧州では宗教戦争、
特にトルコなどでは異教との戦いに明け暮れた。
スペインに、再度、地中海支配を保証した、
有名なレパントの海戦(1571)によって、
詩人で兵士であったセルバンテスは左手を失う。」

このように、このCDは、
言い換えると、
セルバンテスの名を借りた、
「スペイン黄金時代の歌と踊り」
という内容になることが分かる。

「宗教上の論争では、
スペインは異端裁判で対応し、
信仰や文学に厳しく目を光らせていた。
この時期、サンタ・テレサ・デ・ヘススや、
サン・フアン・デ・ラ・クルスなど、
深い宗教的信仰の欠如した
有名なスペイン神秘文学が現れた。」

さすが、絶頂期ということで、
セルバンテスのような普遍的なものも現れた一方で、
日本では知られていないような、
独特のものも多数花開いたことが分かる。

「この時代は、同時にスペインが領土を大きく拡張し、
巨大な富が海外植民地から流入、
しかし、一部の豪華だが無駄な装飾の多い、
壮麗なカテドラルや宮廷以外は、
下層階級のみならず、
(ピカレスク小説にあるように)
手仕事を見下すがゆえに、
生活を擦切らしていた
ジェントリー階級にも
非常な貧困がはびこっていた。」

このCD解説のこの部分もなかなか味わい深い。
いわば、文化的な労働観などが、
なんと、セルバンテスや、
その時代の音楽と関連付けて語られるなど、
あまりにも思いがけない展開ではないか。

「これが、セルバンテス時代の
公式のスペインである。
マドリッドに対して、
不毛の高地に設けられた、
フェリペ2世が創建して住んだ、
宮廷兼修道院、
エスコリアルの建設に、
こうした事は反映されている。
しかし、こうした、いささか厳しい
スペイン描写に対し、
もう一つの快活で
人懐っこいスペインを、
その様式や習慣、
その踊りや歌と共に忘れるのは
不完全なことである。
セルバンテスは、かつて、
『踊り手になるべくして生まれない
スペイン女はいない』と言った。
そして、ドン・キホーテの第2巻でも、
宮廷の女性たちのダンス狂いについて、
明確なイメージを与えてくれている。
彼女らは、騎士がホールの真ん中で、
座り込むまで、その回りを回り、
疲れ切って忘れがたいため息を残す。
『Fugite,partes adversae』」

これは、「聖アントニオの要約」とされるもので、
邪悪な誘惑から逃れる
「敵どもよ、去れ」という意味の
お呪いらしい。

どうやら、この舞踏は、
恐ろしい誘惑の悪魔が宿るようだ。

確かに、「フォリア」などは、
「狂気の」「ばかげた」
という意味から来た舞曲だと言われている。

サンチョ・パンサが言った言葉とは異なり、
実際、悪魔が宿るような音楽もあったはずであり、
岩波文庫にある、セルバンテスの「短編」でも、
音楽は、むしろ、悪用されていたりする。

「貴族の間での最も人気あるダンスは、
アルマーナとガラルダで、
ダンスというより、
気品あるステップで、
器楽の音色に合わせ、
紳士は手袋やハンカチで淑女を誘う。
人気のあったダンスでは、
カスタネットで伴奏される
生き生きとしたbaileが流行り、
比喩的な厳かなダンスにどんどん置き換わっていった。
最も典型的なダンスは、
一人で踊るカポニアや、
狂ったようなテンポと
生き生きとした身振りが特徴的な
ラストレアドがあった。」

後述のサヴァールの解説も、
楽器名で頭がくらくらするのだが、
ウルズラ・ベンチェスの解説でも、
踊りの名前の列挙が頭の思考を停止せしめる。

このような解説が、はたして、
このCDの鑑賞に意味があるのか、
だんだん分からなくなってきたが、
ヤカラスやチャコーナも、
セルバンテスの小説を読む以上に、
詳しく出てくるのだろうか。

さて、CD解説を読み解くと、
「セルバンテスの小説、
『やきもちやきのエストレマドゥーラ人』
にあるように、
サラバンドの『悪魔的な響き』は、
何か新しいとあるように、
最新の流行についての記述に、
多くのインクが使われている。」
と続くが、
確かに、「聖なる主題を扱ったサラバンダ」
という記述がある。

サラバンドは、野卑にすぎるということで、
16世紀末にスペインでは禁止になったとも聞く。
セルバンテス一流の皮肉かもしれない。

「他のレポートによると、
これは、1588年に、
悪名高いセビーリャの女性が発明したらしい。
ザラバンダは一般には、愛と風刺の滑稽な歌を伴奏に、
婚礼や同様の儀式で踊られるものであった。
カスタネット、ギター、タンバリン、
タンブラン、バグパイプが、
最も重要な伴奏楽器であった。」

このような解説からも、
おそらく、この演奏もまた、
こうした資料を根拠に編成されて、
演奏されているものであると類推できる。

「danza de cascabeles(鈴の踊り)
は、くるぶしに小さな鈴が付けられた。
他のダンス、例えば遍歴の学生によって、
フォリアが踊られ、
『セギュディーリャ』や『セラニラス』は、
同名の歌詞によるものである。
これらの踊りの他に、
無数の形式のダンスが記録されているが、
これらは、おそらく流行による
自発的な変形例だったと思われる。」

この解説者は、踊りの専門家なのであろうか。
まだまだ、ダンスの話は続く。

「すべての教会でのお祭りでもまた、
ダンスをする機会があった。
人々は教会内でも踊り、
祭壇の前でも踊った。
このように、祝祭は、
その祝典性、幸福な性格を帯びて行った。
例えば、セルバンテスの
同名の短編に出てくる
『小さなジプシー娘』のように、
神聖なビリャンシーコ、
聖なる舞踏の歌を、
聖アンの絵の前で、
カスタネットや鈴をつけて
踊らなければならなかった。
さらに、数え切れないほどの、
守護聖人を讃える
列聖式、列福式や、
聖遺物の遷移や修道院や教会の叙階式、
特に毎年の聖体祝日のお祭りは、
しばしば熱狂的な踊りで中断され、
祝砲やファンファーレがあって、
器楽と聖歌が繰り返された。」

かなり、宗教行事としては俗っぽいが、
そうでもしないと、
こうした異教も混ざり合う地域では、
信徒を集める事が出来なかったのかもしれない。

「これらのソロのダンスの他、
同業組合の群舞や職業群舞もあった。
絹織物職人は『danza de los palillos』を踊り、
それは、色のリボンが付いた、
小さな棒を持つものだった。
『danza del cordon』では、
各16人の踊り手が、
17番目の踊り手が持つ、
中央を花で飾ったロッドに繋いだ
色のリボンで円形をなして踊るものだった。
戦いの真似を含む剣舞、
『danza de las espedas』もあった。」

どんちゃん騒ぎの描写ばかりが続くようだが、
これがまた、色鮮やかな情景が、
目の前に展開されるような感じもする。

それにしても、人間本来の表現手段の一つとして、
これほどまでに踊りが重要であったのか、
という事実までを考えさせられる。
限りなく完全に、
現代では失われてしまった文化かもしれない。

「装飾的な衣装による踊りも人気があった。
ムーア人支配からの解放などの、
国のイベントでは、そうした振り付けもあった。
最後に大事な事を述べると、
群舞の中には、単に楽しいものだけではなく、
教訓的な寓意ダンスもあった。
ハプスブルク王朝時代の
舞踊での中世スペイン芸術は、
まだ、この地域が発展途上でもあり、
アラブの習慣や伝統に影響を受けていたに違いない。
それにしても、イギリスのモリス・ダンスは、
いかにスペインのムーア人の踊りが、
はるか北に伝わり、
発展したかを示している。」

なるほど、スペインの特殊性が、
こうしたムーア人からの政治的独立と、
文化的癒着の狭間で育まれた、
というのも、妙に納得できるではないか。

このようにして、
教会でさえ演じられる、
スペイン舞曲の多様性、特殊性が語られたが、
それだけで終わるものではない。

「スペインのコメディアは」とはじまる部分が続くのである。
「黄金時代、人気のあった劇場は、
ダンスが挟まっていた。」

当然、神聖な場所でも踊られるのであるから、
こうした楽しい場所でも、
ダンスは盛んであったと想像できる。

「ある種の専門家の意見によると、
スペインの演劇のアトラクションの中心で、
民族舞踊が実際に使われた。
これらの舞曲の騒がしさ熱狂性は事実、
劇場をめちゃくちゃにするほどで、
こうした事が禁止される理由にもなった。
最後に、コメディアからのダンスは、
バレに発展し、
独立した劇的な舞踊演目となった。
これは、一種の幕間劇で、
一部または、全部に歌があった。
ダンスは、歌や音響と離れることはなく、
民族音楽はほとんどが歌と踊りが一緒のものである。
ギターは最もポピュラーな国民楽器、
民族楽器で、沢山の短い詩歌に作曲された。
ギターの他に、ハープ、マンドリン、
タンバリン、バグパイプが
もっとも人気のある楽器であった。
作曲家は、教会の歌手であったり、
合唱長であったり、
宮廷の室内楽演奏家であったりしたが、
とりわけ、ゴゴラ、ローペ・デ・ベーガ、
クエヴェド、フィグエロアなど
有名な詩人や無名の詩人の詩に、
ロマンセ、セギュディーリャ、ノヴェナス、
セスティーネ、カンショネス、デシマスなどの
音楽をつけた。」

こうした研究は、
いかにも見てきたように語られているが、
それが、どういう根拠かを教えてくれるのが、
以下の記載で、なるほどと思わせる。

「現在、ミュンヘンの州立図書館にある、
ドイツの王子がスペインから故郷に持ち帰った
1624年10月から1625年3月に
クラウディオ・デ・ラ・サブノナーラ
によって、
ウォルフガング・ウィルヘルム・フォン・ノイブルク
のために編纂された高価な楽譜によると、
良く知られたコミック・ソングやラブ・ソングは、
宮廷や中流階級の家庭のみならず、
路上でも歌われ、演奏された。」

当時の地域を超えた交流の中で、
各地域の特性というものが紹介され、
伝わっていったのだろうが、
こうしたドキュメント類は、
現代に向けた重要レポートにもなっている、
ということであろう。

「一般的なダンス・ソング形式は、
16世紀初期から用いられていることが記録され、
その人気の高まりが分かる。
セルバンテスの短編、
『麗しき皿洗いの娘』は完璧な例であって、
ここでは古典的なソネットが、
ハープ、ビウエラの伴奏で歌われ、
典型的な歌による表現である、
バラードのスペイン系であるロマンセを、
プロの音楽家が歌い、
自発的にダンスが起こっている。
当時の宮廷音楽と同様、
ダンスと歌と器楽が一緒になって、
相互作用として理解することが出来るのである。」

さて、このCDの解説の半分は、
演奏、指揮しているサヴァール自身が、
自ら認めている部分であって、
これがまた、恐ろしい博学ぶりを披歴したもの。
音楽と文学をクロスオーバーして、
非常にスリリングである。

「16世紀、17世紀のスペイン音楽では、
ミゲル・デ・セルバンテスは、
スペイン人の音楽嗜好、生活を考察するのに、
無尽蔵な源泉となっている。
ドン・キホーテのみならず、
「やきもち焼きのエストレマドゥーラ人」、
「ジプシー娘」、「麗しき皿洗い娘」など、
彼の作品の多くにおいて、
音楽が基本的な要素となっていて、
とりわけ、喜劇や幕間劇において、
各要素が異なるシーンと関連付けられている。
セルバンテスは、音楽で多くの部分を際立たせている。」

「ドン・キホーテ」しか知られていない
セルバンテスであるが、
これらのいくつかは岩波文庫で読める。

さて、このCDの内容であるが、
Track1.に収録された、
「La perra mora」
からして、
実は、どう解釈してよいかわからない、
悩ましい表題のものだ。

CDの曲目別解説部によると、
「このダンスは、彼の小説『麗しき皿洗い娘』で、
チャコーナ、サラバンダ、ペサメ・デーロと一緒に
セルバンテスによって述べられているものである」
とあるから、
岩波文庫を見てみると、
若者が歌う歌に、こんな風に出てきていた。

「やんごとなきあの婦人も
心浮き立つサラバンダ踊り、
さらに、流行りのペサメ踊りや
ペーラ・モーラ踊りに誘われて」

ということで、
サラバンダ、サラバンド並みにやばい踊りだったと、
推測することができる。

翻訳した牛島信明氏も、
「La perra mora」
をそのまま、カタカナにしただけであった。

さらに、曲目解説では、
マドリッドの北東の街にある、
「メディナセリ図書館に手稿として所蔵の
ペドロ・ゲレーロによるバージョンで、
5/2拍子、複雑な四声のリズミカルな構造のもの。
テキストは不完全で以下の部分のみが残っている。」
とされている。

「Di perra mora
di, matadora
por que me matas
y, siendo tuyo
tan mal me tratas?」

そもそも、このCDでも歌はないようで、
異教的な太鼓のリズムに、
弦楽やら撥弦楽器が絡まり合って、
エキゾチックな雰囲気を漂わせていく。

サヴァールの解説にも、
「セルバンテスは当時流行した、
フォークダンスや宮廷舞踏も
よく記載しており、
それらの中でも、
『folia』、『canarie』、『chacona』、
『gallarda』、『jacara』、『moresca』、
『seguidella』、『villano』、『zarabanda』、
そして、『perra mora』など。」
とセルバンテスが、
様々な踊りを取り上げたことを力説し、
最後にこの「ペーラ・モーラ」を持ってきて、
「『Perra mora』は舞曲名で、
最初に踊られた時のテキストの
最初の言葉から取られ、
後の変形判で使われた。」
と結んでいる。

Track2.
ピサドール作曲「アビンダラーエスのロマンセ」
もまた、この岩波文庫の短編で、
色男の兄ちゃんが、
「なにしろおいらは、
モーロ人アビンダラーエスと
美姫ハリーファの恋を歌ったやつや、
アレクサンドリアの名将
トムンベーヨの偉業を称えたものなら
ひとつ残らず知ってる」
と言っているもののひとつであろう。

しばらく前に亡くなった、
フィゲーラスの声が聴けるが、
かなり、朴訥なもので素朴な民謡風。
どんぶらこどんぶらこ、
どっこいしょどこいしょと、
とても、美しい姫が出てくる歌とは思えない。

曲目別解説では、
「アビンダラーエスとハリーファのロマンスは、
広く知られていて、1ダース以上の版が残っている。
あるものは史実に基づき、あるものは小説由来である。
ここでは、1552年のディエゴ・ピサドールのもの」
とある。

Track3.
ムダーラのファンタジアとガリャルド。
素朴でスペイン的なビウエラの独奏。

Track4.
バスケスの「モーロの王のロマンセ」。
もの悲しい、フィゲーラスの歌。
急襲を受け、グラナダの領地を失った王様の悲歌。

Track5.
フォルクローレ風に笛が吹かれる、
「Cancionero de Palacio」
に基づく器楽曲。

以上は、セルバンテスとの関係は不明。

Track6.
ムダーラのロマンセ、「クラーロス伯爵」。
ビウエラ独奏曲。
ドン・キホーテで、
この歌の最初のフレーズが出てくるらしいが、
「クラーロス伯爵」の歌が収められているわけではない。
ムダーラが有名すぎて、元が何なのか分からない。

ヒスパ・ヴォックスから出ていた、
スペイン古楽集成の「ビウエラの音楽家たち」
のCDにも、ムダーラ作曲のものと、
ナルバエスのものが、
「クラーロス伯爵、ディフェレンシアス」として、
収録されていた。

ここの解説でも、「よく知られていたロマンセ」の主題、
とあるだけで、それ以上の情報はない。

Track7.バスケス作曲の
「ドン・ベルトランのロマンセ」は、
このドン・キホーテに関係するものらしい。

これは、778年のロンスヴァルの戦いに関するもので、
16世紀には、非常に知られていたものだ、
という理由で、ここに収められた模様。
「死が私を捉える」という、フィゲーラスの悲しげな歌。

しかし、ドン・キホーテが、昔の騎士の時代に憧れ、
時代錯誤に陥っていたという状況設定は、
こうしたシャルルマーニュ時代の物語が、
親しまれていた、ということであろうか。

Track8.
Track9.
これらはヴィオラ・ダ・ガンバの合奏曲で、
深々とした響きが、悲しげな雰囲気である。
ルイ・ヴェネガスが書いた変奏曲。
ロマンセによる。
これも、ドン・キホーテが、
高尚な気分に浸りたくなるような音楽かもしれぬ。

Track10.
ゲレーロのマドリガル、「Dexo la venda」
田園詩で、恋愛を歌ったものらしいが、
とても簡素ですがすがしいもの。
詩と器楽の発展が、微妙な調和を育んだ、
初期の例として、サヴァールは取り上げた模様。
清潔感のある器楽伴奏もフィゲーラスの声も小粋である。

この曲もセルバンテスとの関係は不明であるが、
こうした曲も入れないと、
セルバンテスの時代は、どんちゃん騒ぎか、
悲痛な音楽ばかりだと錯覚してしまうところだった。

歌詞は、Balthasar de Alcazarによるとあるが、
これも何者か、私にはわからない。
ゲレーロはむしろ宗教曲で有名な作曲家だが、
シューベルトの死の年のちょうど300年前に生まれている。

このCD、まだまだ、続きがあるが、
今回は、このくらいで終わりにする。

得られた事:
「スペインのダンスは、ムーア人支配からの解放の祝典などで発展し、宗教的な場でありながら、どんちゃん騒ぎを伴うという奇抜な独自性を誇った。」
「シューベルトの300年前の作曲家ゲレーロは、早くも歌と器楽部展開の調和を模索した歌曲(マドリガル)を書いている。」
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by franz310 | 2016-04-16 16:50 | 古典
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