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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その433

b0083728_22371544.jpg個人的経験:
カミロ・シェーファー著、
早崎えりな・西谷頼子訳の
「ハプスブルクの音楽家たち」
(音楽之友社)は、
このタイトルから
安直な予想をすると、
かなり期待はずれな、
奇妙な偏重がある書物である。
確かに第1章、
「ハプスブルク家とその文化遺産」は、
このヨーロッパの名門と
音楽の関係を概観してはいる。


しかし、最終章の第9章まで、
ベートーヴェンは登場しないし、
それに先立つ、第7章、第8章は、
グルック、モーツァルトに
フォーカスが当てられているとはいえ、
年代順にハプスブルク家の、
音楽家たちとの関わりが書かれているかというと、
すこし、一般の読者が期待するであろう
時間推移とは異なるような気がしている。

というのは、第2章で、15世紀後半の
マキシミリアン帝の宮廷の話が出て来るが、
この章の最後では、もう、17世紀中葉の話が出て、
主役は、フェルディナント3世になっているからである。

確かに、マキシミリアン帝こそは、
世界帝国を築くスペイン系と
オーストリア系ハプスブルクの始祖とも
言える人物だが、
この本で、スペイン系の話はほとんどない。

オーストリア系も、
フェルディナント1世、マキシミリアン2世、
ルドルフ2世、マティアス、
フェルディナント2世などと続き、
先に述べたフェルディナント3世までは、
2世紀が経過しなければならない。

この間、何よりも、全ドイツを荒廃させたという、
30年戦争に到る、宗教戦争が勃発しているから、
そのあたりが書かれているかと言われると、
これが、まったく触れられていない。

おそらくは、「レーオポルド1世の音楽」
というタイトルこそが、
(レーオポルドの約300年後に生まれた)
この1943年生まれのオーストリアの著者が、
書きたかった内容だったのであろう。

見出しを見れば、一目瞭然であるが、
第1章で、ハプスブルク家が
スペインの影響を受けた儀礼ゆえに、
礼節正しい皇帝であった例として、
レーオポルド1世は取り上げられ、
第2章では、作曲の才能がある一族の例として、
モーツァルトやバッハの家系と共に、
皇帝一族が紹介されているが、
その絶頂がレーオポルド1世だと書かれている。

第3章では、レーオポルド1世の壮麗な
婚礼の儀式について書かれ、
第4章では、いよいよ、
レーオポルド1世作曲の宗教曲などが取り上げられ、
その宮廷楽団や、3度の結婚の相手についても詳述される。
他の皇帝の場合は、ここまで書かれてはいない。

第5章では、もうレーオポルド1世の話は終わった、
と思いきや、
レーオポルド1世が招聘したドラーギの話や、
レーオポルド1世の恩寵で宮廷作曲家になった、
フックスの話が出て来る。
何と、ヘンデルと同時代の
ボノンチーニさえも、
レーオポルド1世に音楽を捧げた、
という感じで登場する。

第6章になってからも、
ヨーゼフ1世、カール6世に関して、
その父、レーオポルド1世の話題が挿入される。

したがって、読者としては、
時代順に読んでいるつもりではあっても、
常に、レーオポルド1世の話に戻って、
絶えず、同じ事を聴かされているような、
奇妙な錯覚に囚われるのである。

では、このレーオポルド1世は、
音楽を離れて、どれくらい、
君主として仕事をしたのか、
いったい、彼は、どんな時代を生きたのか、
という疑問が出て来るのだが、
残念ながら、そのあたりの事情は、
この著作から読み解く事は困難である。

新人物往来社ビジュアル選書、
「ハプスブルク帝国」という本を読めば、
研究家の関田淳子という人が、
(日本オーストリア食文化協会顧問ともある)
第2部「世界帝国への飛翔」で、
これらの皇帝が、30年戦争や、
対トルコ、対フランスとの確執に悩まされた経緯を、
肖像画入り、挿絵豊富に、
簡潔に説明してくれており、
大変、分かりやすい。

「レオポルド1世」に関しては、
太陽王ルイ14世のライヴァルとして、
オスマン帝国による「第2次ウィーン包囲」などを例に、
「次々に勃発する戦争で心休まる日々を送ることなかった」
と書かれながら、
「そんな皇帝の最大の慰めとなったのが、
父帝と同様に音楽だった」という記述があるのが嬉しい。

見出しに、
「思いがけず帝位についたレオポルドに
平和と音楽を楽しむ時間はない。
治世の大半をルイ14世、
オスマン帝国との死闘に謀殺されてしまった」
とあるが、こちらの顔を補正して、
考慮に入れ込まなければ、
シェーファーの本の知識だけでは不十分であろう。

また、父、フェルディナント3世が亡くなって、
兄、フェルディナント4世が即位するところが逝去、
聖職者だったのに、
好むと好まざるとに関わらず、政治のひのき舞台に、
引きずり出された皇帝でもあることも書かれている。

あと追記するなら、
全欧をペストが猛威を振るったのも、
この皇帝の時代の事であった。

さて、この皇帝を中心にした音楽を集めた録音で、
日本でも最もよく知られたものは、
おそらく、エラートの企画した一大偉業である、
「空想の音楽会」シリーズ全30巻の第25巻、
「ウィーンの王宮における皇帝の音楽会」であろう。

1997年にCD化されたシリーズであるが、
原盤はLPで、1960年代に録音がなされている。

まだ、古い時代の音楽のレコードが
あまりなかった時期には、
このボリューム感あるアンソロジーは、
おそらく重宝されたであろう、
かなりエポックメーキングなものであったはずだが、
どんどん、歴史研究や発掘がなされた今となってみれば、
雑多な曲目を集めただけみたいな様相なので、
私も、つまみ食い的にしか知らない。

一般愛好家のリスニングルームというより、
図書館に置けば相応しいものという感じであるが、
レオポルド2世自身の作曲した音楽が聴けるのは、
今でも、珍しい。

しかも、ウィーン古典派の演奏で、
日本でも人気のあった、
テオドール・グシュルバウアーが指揮している。

そして、解説もなんと、グシュルバウアー自身が担当。
録音当時はこの人も25歳くらいである。

「このジャケット表に見える建物は、
ウィーンの皇宮(ホフブルク)である」と書きだされ、
CDがトータル・コーディネイトされているのを感じさせる。

「(ウィーンで)重要な役割を果たしていた音楽は、
バロック期に至り格段に人気高い芸術になった。
歴代の皇帝たち自らも、大いに音楽にあずかった。
じつにつづけて四代の君主たち
フェルディナント3世からカルル4世まで
が、彼らの宮廷に当時の最もすぐれた音楽家たちを
呼び集めたばかりか、
彼ら自身が特筆に値する作曲家として知られた。」

このように、このCDの意義が語られているが、
シュメルツァーやムファートの器楽曲に加え、
レオポルド1世の書いたアリアや、
ヨーゼフ1世の書いた「レジナ・チェリ(天の元后)」で、
美しい声で歌われる声楽曲が現れる。

これらの声楽をひとり受け持っている、
ロートラウト・ハウスマンの声が、
まさしく綺麗である。
この人、まだ24歳くらいだったようで、
その若さゆえか、まさしく無垢とも言える、
澄んだ声が非常に魅力的である。

最後に、レオポルド1世の宮廷を語る時、
必ず語られるチェスティの「黄金の林檎」から、
4曲の器楽曲が演奏されているのもありがたい。
このオペラは、レオポルド1世とマルガリータ妃の、
結婚式におけるどんちゃん騒ぎの好例なのだ。

が、グシュルバウアーの手腕によるのだろうか、
どの曲も高雅で神聖な雰囲気すら感じさせ、
音楽史の本の中でのみ有名なこの曲が、
現代でも十分楽しめるものであることを確認できる。
ヘンデルのような幅の広い抒情性は、
1960年代風の解釈なのかもしれないが。

演奏は、ウィーン・バロック合奏団で、
この団体については良く知らない。
ウィーンとかバロックとか、
一般に音楽を連想する単語が並んだだけの、
録音用臨時編成オーケストラではなかろうか。

ただ、若き日(24歳)のトーマス・カクシュカ
(アルバン・ベルク四重奏団の名手)が
ヴァイオリンを弾いているのも嬉しいし、
何よりも、録音が非常に美しいことを特筆したい。

実は、私は、このシリーズの
「マリー・アントワネット王妃のための音楽会」
の録音にはがっかりした記憶がある。
出来不出来がある可能性があり、
それ以上の探求はしていない。

一曲目は、シュメルツァーの
「弦楽オーケストラのためのセレナータ」で、
現代演奏されるような先鋭さはないが、
グシュルバウアーらしい、
すっきりした、繊細な表現で一気に聴かせる。

シュメルツァーは、
オーストリアの音楽家として初めて
ハプスブルク家の楽長となった人物と紹介され、
ヴァイオリンの名手、
「生国の歌謡から影響を受けた新しい様式」
で、優勢なイタリア人作曲家たちに対抗したとある。

この曲、CPOで出ていた
「フェルディナント3世の死によせる哀歌」にも、
しみじみとした情感が良く似ているが、
分厚い弦楽合奏で嫋々と演奏されて、
妙にロマンティックである。

チャイコフスキーやグリーグ、
あるいはレスピーギなどが書いた、
古典の模倣曲といって、
オーケストラのコンサートでやっても、
まったく違和感がないかもしれない。

今日、これら皇帝たちが書いた、
宗教曲のCDなどを聴いた後だと、
こんな豊穣な音が宮廷に流れた、
などとはとても想像が出来ない。

が、私はグシュルバウアーのこの演奏を、
存分に楽しんでいる。
現代のオーケストラが定期公演でやっても、
十分楽しめるはずである。

グシュルバウアーが「特筆に値する」と書いた、
「鐘」と題された部分は、
単調な音形をくり返すだけの部分で、
きわめて不気味である。

次に、レオポルド1世が書いた、
アリアが2曲あるが、
残念ながら、このCDには歌詞対訳はない。
「アデライデ」という歌劇から、
「返して、私に心を返して」と、
「意のままに生きよ、美しき信仰よ」だが、
民謡のように楽しく甘く、しかも、
コロラトゥーラの部分もあって聴きごたえがある。

皇帝の書いた悲しい宗教曲しか知らなかったら、
非常に残念だ、ということを実感できる、
美しいアリアである。
オーケストラの伴奏が、これまた、
込み上げるように、切実なメロディを、
大きく繰り返す。

2曲目は気まぐれで、爽快、
ヴァイオリンの助奏も手伝って、
ヴィヴァルディの音楽のように、
陰影もあって明るい。
ハンスマンのソプラノの澄み切った感じも、
青空に吸い込まれるようである。

「アデライデ」というオペラなら、
ヴィヴァルディにもあったはずだが、
同じ台本かは分からない。

次にムファートの「甘き夢」という、
協奏曲が来るが、
これまた、1960年代の
バロック解釈に違和感が湧き上がりつつも、
曲想の物憂げな感じも手伝って、
非常にロマンチックな名品とここでは言っておこう。

最後のアレグロや舞曲の部分などは、
完全にボイド・ニールなどが演奏した、
ヘンデルを想起させる。

また、続く、レオポルド1世の息子で、
若くして亡くなった
ヨーゼフ1世の「天の元后」は、
CPOのハーゼルベックの
CDにも入っていたものだが、
こちらの方が、
オーケストラが格段に増強されていて、
なおかつ、ハンスマンの声が澄み渡って、
空に向かって駆けあがり、
ずっとゴージャスな響き。
それゆえに、別の曲を聴いたような感じすらする。

ハーゼルベック盤のリンダ・ペリロも、
聴き直すと同様に澄んだ声ではあるが、
少し線が細く中性的かもしれない。

今回のグシュルバウアー盤の方が、
時代考証を無視すれば、
華やかさが格別でずっと名曲のように感じる。
各曲がハレルヤで締めくくられる組曲状だが、
このハレルヤ部のコロラトゥーラも、
若々しさが新鮮であるし、
ヴァイオリンが絡むところも華美ですらあり、
血なまぐさい「スペイン継承戦争」の時代を
忘れさせる。

逆に言うと、ハーゼルベック盤の、
密室の秘儀のような雰囲気の方が、
歴史を扱った書物から受ける、
その時代のイメージに近いのかもしれない。

ただし、ヨーゼフ1世と言えば、
もう、ヴィヴァルディと同時代なのである。

すでに書いたが、最後に収められたのは、
そんな盛期バロックからは遡る、
シュメルツァーの同時代人、
1623年生まれのチェスティの作品。

重厚な弦楽合奏で神妙に、
また、ある時には情緒的に、
4つの器楽曲が組曲風に演奏されている。

レオポルド帝は、このオペラ「黄金の林檎」のために、
通常の5倍の費用をかけたとされ、解説には、
「チェスティはその2年後に早世し、
皇妃マルガリータ・テレサも4年後に
うら若い身で没した」とある。

レオポルド1世は、
ルイ14世と覇権を争った皇帝でもあったので、
太陽王に張り合うようなイベントで
威信を高める必要があっただろう。

しかし、姻戚関係で言えば、
レオポルドが結婚するはずの
スペイン国王フェリペ4世の長女が、
他でもないこのフランス王に取られてしまった、
という経緯があった。

そのため、レオポルド1世は、その異母妹、
マルガリータ・テレサと結婚したのだという。

このマルガリータ・テレサについては、
シェーファーの本が大活躍する。
「生涯にわたって明らかに
彼女の血筋からきている
スペイン音楽を好んだ」とあり、
皇帝が公使にスペイン音楽の楽譜を依頼し、
「妻が望んでいるから」と催促した様子も書かれている。

かつては、「日没なき大帝国」と呼ばれた、
このスペイン系ハプスブルクは日没間近であった。

最後の王様、カルロス2世の父親が、
フェリペ4世であるが、
この人も芸術愛好家で、
ベラスケスの「宮廷の女官たち」は、
この人の娘、後に、レーオポルド1世の妻となる、
5歳のマルガリータ王女が中央に描かれた名画である。

このような実家を持つマルガリータと、
レーオポルドの結婚式こそが、
シェーファーの著書で、
「1666年ウィーンで、
皇帝レーオポルド1世と
スペイン王女マルガリータ・テレーサとの
婚礼が計画されたのである。
祝典は1年もの間続き、
初期バロックオペラ精神の頂点となり、
まさしく世界劇場となった」
と評されたイベントだったのである。

レーオポルド1世は26歳、
マルガリータ妃は15歳。
フェリペ4世はすでに前年に亡くなっていた。
「画家のなかの画家」
ベラスケスも死んでいる。

ちなみにマルガリータの母親は、
フェルディナント3世の娘、
レーオポルド1世の姉ということなので、
新郎新婦は叔父姪の関係だったということか。
かなり、血が煮詰まっている感じがするが、
マルガリータ妃は22歳で亡くなって、
レーオポルド1世は「怒りの日」を作曲したとされる。

シェーファーの本では、
「彼自身の従姉妹であり姪でもあった最初の婦人で、
夫を尊敬して『叔父さん』と呼んでいた
『グレートル(マルガリータの愛称)』のための
壮大なレクイエム」と評されたものだ。

従姉妹でもあったというのは、
マルガリータの母親が、ややこしい事に、
フェリペ4世の妹がフェルディナント3世と嫁いで
生まれた娘だったからである。
関係を図示するとこうなる。

フェリペ4世
|   ↓ 妹
|  マリア・アナ― 結婚 ―フェルディナント3世
|          |
結婚  ――  マリアナ   レーオポルド1世
     |                |
  マルガリータ ――――――― 結婚
       

マルガリータ王女は、あどけない童女の姿で、
ベラスケスの絵画で永遠化されたが、
このような時代背景において、
ある一定の役割を演じた政治の道具であった。

今後、スペインの至宝のような
あの絵画を見るつどに、
オーストリアのレオポルド1世を
同時に思い起こす事になろう。

結婚生活はわずか7年ほどしか続かなかったが、
すぐに再婚したクラウディアもまた、
3年の結婚生活しかできなかった。
こうして、家庭の悲運を嘆いたのか、
1676年の彼女の死に際しては、
「3つも葬送読誦」が書かれ、
「この曲では悲しみが溢れ出し、
ふだんは悠然とかまえている皇帝も、
深い悲しみに身をまかせ、
その哀悼歌に我を忘れるのであった」と、
シェーファーの著作にもある。

ハンガリーの反乱やペストの流行が、
この後に起こっているから、
束の間の平和なひと時に起こった悲劇だったのだろうか。

前回取り上げた、CPOから出ているCD
「レオポルド1世宗教曲集」のCD
(マーティン・ハーゼルベック指揮)の解説には、
以下のような事が書いてある。

「ある外交官はレオポルドはとりわけ、
悲しいメロディで曲付をするのにすぐれていた、
と証言している。
この事は、彼の姪で最初の妻であった

マルガリータ・テレサが、
結婚して5年で、
1673年に亡くなった時に書いた、
美しいレクイエムについても、
2人めの妻、
インスブルックのハプスブルク家の、
クラウディア・フェリチタスが、
1676年、結婚3年半で亡くなった時の
夜の礼拝用に書かれた、
『3つの葬送読誦』にも言える。
この作品は、1705年、
彼自身の葬儀でも演奏され、
5月5日の彼の命日には毎年演奏された。」

この作品自身の解説は、
以下のような「晩課のためのテキストは、
ヨブ記から取られ、
レクイエムの入祭唱と同様の、
『Requiem aeternam dona eis Domine』
(主よ、永遠の安息を彼らにお与えください)
『Et lux perpetua luceat eis』
(そして永久の光が彼らを照らしますように)
で閉じられる。
声楽部は、2つのソプラノを含む5部、
器楽伴奏は、葬送哀歌に相応しく、
当時慣習であった弱音器付で登場する。
ソプラノ、アルト、テノールの音域のヴィオール、
ヴィオロン1、2つの弱音器付コルネット、
アルト・トロンボーン1、テノール・トロンボーン1、
声楽パート補助のバスーン1、
そして当然、通奏低音用オルガンである。
ここでも皇帝は主音にハ短調を選んでおり、
ヨハン・ヨーゼフ・フックスの読誦にもあるように
これは18世紀にも好まれたものであった。
3つの読誦はそれぞれ、
ヴィオールとコルネットによる
短いソナタで始まり、
模倣した形の2つか3つの合唱部で、
各読誦は結ばれる。
声楽部と器楽部のグループは、
この時代のコンチェルタント形式の理想として、
独唱同士、アンサンブル、合唱と、
常に変化する。
独唱部はほとんど常に
オブリガードの器楽を伴った
レチタティーボかアリオーソである。
半音階的なアクセントや下降は、
テキストが
『Quia peccavi nimis』(私はあまりに罪深いゆえに)、
で罪を語る時に使われている。」

この曲の正式のタイトルは、
「身まかりし愛しの
クラウディア・フェリチタス葬儀のために
芸術の守護者、
深い歎きのレオポルドが作曲した、
最初の晩課の3つの読誦」とものものしい。

第1レッスンは、
「主よ、私を見逃してください、
私の日々には何もないのです。
あなたが高く評価する男が何だというのです。
なぜ、彼に心を砕くのでしょうか。
あなたは、夜明けに訪れて、
突然、彼を試す。」

という感じの始まりなので、
「ヨブ記」第7章あたりの詩句であろう。

音楽は、もの悲しい、虚無的な器楽合奏で始まり、
皇后を失った皇帝の心の隙間風を伝える。

ヨブ記と言えば、
ゲーテが参考にして「ファウスト」を書いた、
と言われるように、
悪魔がいかにヨブが神を敬っているか、
試してみる、という、
めちゃくちゃな内容のものである。

ヨブは、悪魔によって家族、家財をことごく失い、
皮膚病にまでなるが、神への問いかけによって、
意地の悪い友人たちの問答に対処していく。

音楽は神への問いかけで、
小さな高揚を繰り返しながら進行するが、

聖書の持つ状況描写そのままの音楽で、
独唱者が高揚して合唱になったり、
からみあったりして進行、
神様に向かって、何故、あなたは、
私を気にかけ、私を重荷と考えるのか、
「なにゆえ、わたしのとがをゆるさず、
わたしの不義を除かれないのか」
と、仕打ちばかりが厳しい神に向かって、
自問自答している。
途中、「ヨブ記」の詩句から離れ、
「救い主を信じ、最後の日には、
大地から起き上がるだろう」と信仰告白となる。

第2レッスンは、いくぶん、
緊張が取り除かれた感じの音楽。

しかし、歌詞は、決して明るくなく、
理不尽に責めさいなまれた境遇を経て、
神様に対して、言いたい事を言っているので、
少し、さばさばしたのであろうか。

ヨブ記第10章の詩句が扱われる。
「私は人生に疲れ、私の言葉が私を苦しめる。
魂の苦々しさを語り、神に告げる。」

アルトが冴え冴えとした声で、
至極まっとうな申し立てをする。
「私を咎めないでください、
何故、こんな風に私をさばくのか。」

バスは、「なぜ、あなたは悪の計画に手を貸すのか」
と真摯に告げ、
二重唱が切実な声で訴えるのは、
「あなたの眼は単なる肉なのか、
そうでなければ、
その男を正しく見るだろうに」という部分。

この曲の後半は、シューベルトも題材にした、
ラザロの逸話が引用されるのが興味深い。
「あなたは、私が何もできないのを知っておられる、
あなたの手から逃れられるものなどいないのだから。」
ここは、二重唱、合唱、フーガと、
すごい強調である。

ソプラノは口上を述べるように歌う。
「土くれの墓からラザロを蘇らせた方、
主よ、彼らを、安息の地に休ませたまえ。」

「ヨブ記」そのものが、
全体を自問自答と
理不尽な神との問答で出来ているような内容ゆえ、
激しい葛藤と発露がうまく音楽で表されている。

第3レッスンは、
ヨブ記第10章の続きの部分である。

この部分の冒頭は平安な日々の追想ゆえに、
曲も、最初は、ゆらゆらと蜃気楼に包まれて、
柔和な雰囲気を醸し出しているのだろうか。

「あなたの手が、主よ、私を造ったのです。
そして、平和な世界に住んでいたのに。
なのに、何故、あなたは突然、
眼をそらしてしまったのですか。」

ここでも合唱のフーガ風の強調。

そこに、テノールやアルトが、
「あなたが土くれから
私を造ったのを思い出してほしい」
「乳を注ぎ、チーズのように固めた」
などと、何となく素朴な内容を歌い継ぐ。

しかし、後半は、いきなり罪と向き合う形となり、
音楽は対位法的に錯綜し、
どんどん沈み込むような表現を見せる。
「あなたが世界を裁きに来るとき、
あなたの怒りから逃れる場所などあるだろうか。
私はあまりにも罪深いのだから。」

このあたり、
「ヨブ記」そのままではないような感じがするが、
それほどまでに、
レオポルド帝は罪の意識を背負って、
妻の棺に寄り添ったのだろうか。

この2番目の妻は20歳で輿入れして、
22かそこらで世を去ったようであるが。

最後の「レクイエム」の部分で、
かろうじて、その下降状態から踏みとどまって、
浮遊するような感じで、
まことに神秘的な終曲となっている。

得られた事:得られた事:「レオポルド1世が作曲した華やかなアリアをハンスマンのソプラノで聴くと、政略結婚とはいえ、はるばる輿入れしてきたうら若き王妃の姿が偲ばれる。」
「ベラスケスの名画で知られるマルガリータ王女は、夫となったレオポルド1世に、故郷スペインの音楽を所望した薄倖の王妃に成長した。」
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by franz310 | 2016-02-06 22:29 | 古典
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