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クラシック音楽への愛と悲しみの日々
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その379

b0083728_1145589.jpg個人的経験:
エルガーが書いた、
合唱付き交響詩のような、
「ミュージック・メイカーズ」という
不思議な作品(作品69)を聴いたが、
これは、第2交響曲作品63や、
ヴァイオリン協奏曲作品61という、
円熟期の絶対音楽と三部作をなす、
これまた、へんてこな位置づけであり、
共感して良いような悪いような、
悩ましい内容の作品でもあった。
音楽家であることの誇りと疎外感が、
ごちゃ混ぜになった歌詞である。


ヒコックスのCDの解説者はシュトラウスの
「アルプス交響曲」になぞらえていたしが、
多くの人は、自作引用の自画自賛に見えるのか、
「英雄の生涯」と比較したりもする。

が、聴いた感じのとりとめのなさでは、
アンチ「ツァラトゥストラ」みたいに聞こえる。

エルガーはシュトラウスの技法に憧れていたというが、
出来上がったものは、
ニーチェ、シュトラウス連合なら、
鼻で笑って一蹴するような、
めそめそ音楽になってしまっている。

EMIから出ていたヒコックス指揮のCDでは、
この40分ほどの作品に、
逆に、作品番号の若い、作品37の、
「海の絵」という20分ほどの歌曲集が、
併録されていた。

一つ前の作品36が、出世作の
「エニグマ変奏曲」であるから、
その位置づけは、私の中では、
「若書き」という感じである。

「ミュージック・メイカーズ」は、
どうもつかみどころのない作品で、
終わり方も消えるような感じであったが、
この「海の絵」の方も、
大オーケストラを駆使して、
あちこちで盛り上がるのだが、
どうも、散漫な印象を感じる。

ヒコックスのCDでは、
「ミュージック・メイカーズ」が、
消えるように終わると、
「海の絵」の、センチメンタルで
静かな序奏が始まるので、
前の曲がいつ終わって、
後の曲がいつ始まったか、
分からない感じであった。

この曲は、古くから、バルビローリのレコードで、
広く知られていたが、他に、どんな歌手が歌っているか、
考えても、まるで思い出すことが出来ない。

そもそも、自作の録音を多く残したエルガー自身、
この曲を録音していないのではないか。

さらに書くと、バルビローリが指揮した録音でも、
この曲は、ひどい紹介のされ方になっている。

私はずっと昔から、バルビローリが指揮し、
悲劇の女流チェリスト、
ジャックリーヌ・デュプレが独奏を務めた
エルガーのチェロ協奏曲のLPは持っていたが、
それはディーリアスのチェロ協奏曲が入っていて、
「海の絵」が併録されたものではなかった。

改めて購入したのは、
先ごろ、やたら安売りしていた、
EMIマスターズの、
Great Classical Recordingsシリーズのものである。

安いが、ちゃんと解説もあって、
オリジナル・テープからリマスタリングしたという、
何となくお買い得感のあるものだが、
表紙写真がデュプレの大写しというのは、
いかがなものだろうか。

演奏者名もデュプレだけが大きく赤字で、
エルガーに迫っており、
「海の絵」を歌うジャネット・ベイカーも、
バルビローリのロンドン交響楽団も、
みな、デュプレの文字の半分以下の黒字なのである。

1965年録音の「チェロ協奏曲」や、
ベイカー独唱による「海の絵」だけでなく、
表紙には書かれていない、
演奏会用序曲「コケイン」が、
(オーケストラはフィルハーモニア)
最初に収められているので、
むしろ、バルビローリが主役のようなCDである。

こんなCDを聴きながら「海の絵」を語ろうというのも、
多少、気が引ける感じがする。
が、マスターテープからのリマスタリングのせいか、
1962年録音の「コケイン」序曲も、
けっこう、豪壮な鳴りっぷりで、
EMIの録音で感じがちだった、
もこもこ感が解消されてうれしい。

また、解説はかなり読み応えがあり、
「エルガーの生涯」(2004)とか、
「桂冠指揮者バルビローリ」(1971、改訂増補版2003)
といった、かなりディープな書物の著者、
マイケル・ケネディという人が書いている。

ただし、「海の絵」に関しては、
いかに、この筋の専門家の筆であろうとも、
聴き始めるに当たって、気分が高ぶらない内容。

「作品へのその愛情と比べると、
バルビローリは演奏会で、
これをあまり取り上げなかった。
彼は、この作品を好きではなかった、
キャスリーン・フェリアと、
不幸な経験を持っていた。」

なんなんだ。いったい、何があったのだ。
が、それに関しては、それ以上は書かれていない。
文脈からして、想像できるのは、
コンサートで失敗したのであろうということ。
が、まったくの妄想かもしれない。

ウィキペディアによると、
何と、この曲で、名歌手フェリアは、
この指揮者のバルビローリと出会ったとある。
1944年12月の事である。

フェリアは、1912年生まれであるから32歳、
バルビローリは、1899年生まれなので45歳である。
この二人が親密な関係であったのは良く知られた所であるが、
フェリアは1953年にわずか41歳で亡くなっているから、
そうした事いっさいを含めて、
この解説者は、「不幸な体験」と書いたのだろうか。

「しかし、バルビローリは、1964年に、
『ゲロンティアスの夢』の録音で共演して、
ジャネット・ベイカーに、
この曲が合っていることを知っており、
特に、『珊瑚礁のある所』の
彼女の魅力的な歌唱は彼にそれを確信させた。」

ベイカーは1933年生まれなので、
64年と言えば、フェリアが現れた年に近い。
さすが碩学、フェリアの話から、
いきなりベイカーに話が移っている。

が、せっかく出て来た、
このCDでの独唱者であるが、
下記にあるように、
ベイカーもまた、この曲が好きではないという。

「彼女は最近のインタビューで、
この曲をお気に入りだったことはない、
と認めているのだが。
『<珊瑚礁>と<海の安息日の朝>は、
美しいと思います。
でも、JBの天才は、それを確信させました。
あなたもそう信じるでしょう。
私は録音の間、そう信じました。
みんなそう思い、私も歌って嬉しかった。』
私は、サー・ジョンがまさしく、
その録音セッションの合間に、
電話をかけてきて、
いかに興奮しているかを伝えてきたことを覚えている。」

いったい、この解説者は、何歳なのだろう、
と調べてみると、1926年生まれで、
ヴォーン=ウィリアムズの晩年の友人でもあったらしい。

1965年の時点では32歳である。
66歳のバルビローリが、
自分の半分の年にも満たない小僧に、
わざわざ電話をかけて来たのだろうか。

「『彼は、砂浜に打ち寄せる波を、
(海の安息日)あなたの前に描きだし、
あなたは潮の満ち干を感じることが出来るだろう。
そう思わないかい、ディア・ボーイ?』
そういって、実際、彼は実際、そうしていて、
オーケストレーションは、
前年の『エニグマ変奏曲』同様、
生き生きとして、それでいて、
透明感のある質感を保っている。」

ここでの「彼」は、エルガーということであろうか。
碩学が書くと、いろんな人がいっぺんに出てきて、
絶え間なき頭の切り替えが重要となる。

「クララ・バットが、
その年のNorwich Festivalで歌うために、
1899年に書かれた『海の絵』は、
オーケストラ歌曲集の初期の一例である。
エルガーは、ロデン・ノエル、エリザベス・バレット、
リチャード・ガーネット、
アダム・リンゼイ・ゴードンによる、
様々な愛に関する5つの詩を選び、
第2曲『港にて(カプリ島)』は、
作曲家の妻、アリスによるものである。」

こんな風に、一部、公私混同があったりするから、
この曲は、なんだか散漫な印象があるのだろうか。
それにしても、1899年といえば、
バルビローリが生まれた年で、
こんな事からも、
彼のこの曲への愛着があったのかもしれない。

「この曲をエルガーは1897年に、
ピアノ伴奏歌曲として書き、
後に歌曲集に入れ込むために、
改訂してオーケストレーションした。
この曲と、1880年代のカドリール舞曲から発展した、
『珊瑚礁のあるところ』は、軽い編成であるが、
『安息日の朝の海』の宗教的、官能的な情熱や、
『泳ぐ人』のワーグナー的な嵐には大編成を使った。」

このように、「海の絵」の解説は、
最初に書かれているが、収録は最後である。

なお、このCDには、この手の廉価盤の常として、
歌詞はついていない。
幸い、ヒコックスのCDには、歌詞があったので、
これを参考にすることが出来た。

Track6.「海の子守唄」(ロデン・ノエル詩)
1834年に生まれ、
エルガーが、この曲を書く頃まで生きていた詩人。

この曲のセンチメンタルな導入が、
どうも、なよなよしていて、私は苦手である。
エルガーは、もっと剛毅であって欲しい。

「海鳥たちは眠り、世界は悲しむことを忘れ」
と歌いだされるもので、
時折、扇情的な盛り上げや、
ハープや木管楽器による装飾的な音形なども、
何となく安っぽい広告のようだ。

歌詞も、どうもぴんと来ない。
「私は心優しき母。
心落ち着けてわが子よ、
荒々しい声は忘れて。」
と、メルヘンチックである。

エルフィン・ランドでの光景のようだが、
これは、「妖精の島」とでも訳すのだろうか。
どしんどしんと打ち付ける波の描写は、
だとしたら、大げさにすぎないだろうか。

どうも、クラシック音楽というより、
童話の挿入歌みたいな感じがする。
「ヴァイオリンのような海の音。
悲しみ、おののき、罪は忘れなさい。
おやすみ、おやすみ。」

しかし、味わうべきは、
ジャネット・ベイカーの、
いくぶん陰りのある、しかし、
冴え冴えとした格調の高い歌いぶりで、
非常に、情感を込めながら、
安っぽくなっていないのがすごい。

ヒコックス盤では、フェリシティ・パーマーが、
いくぶん、成熟した強靭な声を聴かせ、
オーケストラもよく反応している。

Track2.「港にて(カプリ)」(C.アリス・エルガー詩)
これも、In Havenという題名に、(Capri)と、
わざわざ断っているのが、意味深で嫌味な感じ。

なぜなら、下記のような情熱的な歌詞は、
別に、カプリ島である必要はないと思われるからである。
軽妙な小曲で、曲想は、まさしく童謡みたいだ。

「わたしの唇にキスして、やさしく言って。
『喜びは、波で洗われ、今日、消えるかもしれない。
でも、愛だけは残るだろう』。」

ヴァイオリン群がヴィヴラートで伴奏する部分など、
ムード音楽的発想である。

Track8.「海の安息日の朝」
(エリザベス・バレット・ブラウニング詩)
この人は、19世紀初頭に生まれた女流。
肖像画で見る限り、かなりロマン派的な、
やばそうな感じの風貌。

これは、ベイカーも美しいと書いた曲だが、
解説者も官能的、宗教的と書いた。
そんな感じの序奏から期待が高まる。

かなり、前の2曲とは異なり、
この魔性の瞳の詩人のせいか、
レチタティーボ調で、エルガーらしい、
剛毅と感傷の交錯が成功している。

ベイカーが、このほとんどメロディを歌わない、
禁欲的な歌を「美しい」と書いたのには、
何故か、嬉しくなってしまった。

「厳粛に船首を向けて船は進んだ、
深い闇を見つけるために、
厳かに、船は行く。
私は力なくうなだれ、
別れの涙と眠気によって、
瞼が重みで下がって来る。」

安息日の朝とあるが、
とても朝とは思えない。
また、女流とは思えない、
妙なイケイケ感が漂っている。

「新しい光景、新しい不思議な光景、
回りの海は、荒れ狂い、
空は、私の上で、
月も太陽もなく穏やか。
ただ、その日の輝かしさを讃えよう。」

ここで、交響曲のような、
壮大な楽想が現れるのは、少々、安っぽいが、
いかにもエルガーらしい、
いや、ワーグナーみたいだが、
居丈高な様子が、何となく許せてしまう。

「私を愛せ、友よ、この安息の日に。
回りの海は歌う、君たちの歌う讃美歌に合わせ。
私が跪いた所で、祈ってほしい。
君たちの声は、届かないのだから。」

こうなって来ると、もう、歌詞の内容は理解困難。
いったい、この人は、どうなっているのだ。
ナルシスムと、意味不明な高揚感で、
確かに、官能と宗教の交錯だ。

「わたしのこの安息日には、会衆の賛歌はないが、
神の精霊が慰めを与えてくれる。」

この人はイタリアに駆け落ちをしたというが、
その時の歌であろうか。

以下の部分は、まるで、マイスタージンガーのような、
英雄的な歌となって高まって行く。
波が打っては返し、すごい高揚感である。

「私を助け、高いところを見せてくれます。
聖者がハープと歌で。
終わりなき安息日の朝。」

Track9.「珊瑚礁のある所」(リチャード・ガーネット詩)
エルガーがこの曲を書いた時、
まだ存命であった1935年生まれの詩人。

軽い編成で、ベイカーも好きな曲だとある。
ヘンテコなリズムで、
エキゾチックな南国への憧憬。

ベルリオーズの「夏の夜」みたいな感じである。

「深い所に優しく静かな音楽がある。
風がしぶきを優しく誘うと、
僕に行こうと誘う、
珊瑚礁のある場所を見に。」
という感じの軽めのソネット風。

Track10.「泳ぐ人」(A.リンゼイ・ゴードン詩)
1833年生まれ、1870年に早世した、
オーストラリアに渡った詩人。

この曲は、編成の大きさで知られる。

この詩は、長いし、ごちゃごちゃしている。
結局は、目を凝らして眺める海の嵐になぞらえた愛の歌。

エルガーの音楽は、風雲告げる序奏から、
雄大な楽想の断片が見えて、
レチタティーボ風の歌唱が始まる。

何となく、シューベルトのバラード風の緊迫もある。

「短く鋭い激しい閃光で見える
南の方に、見える限りに見えるのは、
渦巻く大波、
海は盛り上がり、波頭が砕け散る。」
などと、恐ろしい描写のたびに、
音楽は素晴らしい高揚を見せ、
これまた、ワーグナーのような 絶唱となる。

こんな所で、いつ泳ぐのかと思うのだが、
長い長い詩を読み飛ばして行くと、
「血塗られた刃のような一筋の光が、
水平線を泳ぐ。緑の湾を赤く染めて。
虚ろな太陽の死の一撃で、嵐の絡まりを打ち破る。」
などと後半になって出てくるから、
「泳ぐ人」とは、こうした嵐が終わる光景を、
見ている人か、嵐の中の太陽の光を指すのだろうか。

愛の歌だと思えるのは、
何だかよく分からないなりにも、
最後がこんな風になっているから。

「集まり、跳ねた、勇敢な白馬たちよ。
嵐の精は吹きすさぶ手綱を緩めた。
今や、もろい小舟もがっしりとした船だ。
そのへこんだ背中に、その高く弧を描くたてがみに。
誰も乗ったこともないような乗り方で、
眠たげな、隠された渦巻く大波の中、
禁じられた衝突を越え、予告された湾に向かう。
光が弱まることなく、愛も衰えない所へ。」

が、これは、いったいなんだろうか。
困難な愛に向かって突進していく男の美学なのか。
あるいは、嵐が収まったところで、
改めて、愛情を再確認しているのだろうか。

何となく、しょぼい感じで始まった歌曲集だが、
演奏会で、この大言壮語の美辞麗句と大音響で、
これだけ盛り上げれば、聴衆も喜ぶかもしれない。

が、この曲にエルガーの好みと、私の拒絶反応の、
エッセンスのようなものが同居していることが分かる。

過剰なレトリックで、言葉が濫用され、
その一つ一つに過剰に感情を膨らませ、
何だか、結果として、聴くものが興味のない世界にまで、
むりやり誘おうとしている。
これでは、ついて行けない。

ひょっとして、これは、何の象徴、みたいな解説があれば、
もう少し楽しめるのだろうか。

さて、「海の絵」の解説の後、
エルガーの「チェロ協奏曲」の解説になるが、
この文章を書きながら、これを流していても、
リマスタリングの効果が素晴らしいことが分かる。
生々しいチェロの音色は、
その弦の震えまで見えるようである。

それに加えて、当然語るべきは、
デュプレの演奏、その気迫のすさまじさだが、
解説に面白いエピソードがある。

先の解説の引用は、「海の絵」に関するところから、
抜き出して始めたが、
冒頭は、こんな感じで、この録音の意義から、
書き出されている。

「1965年の8月に、
サー・ジョン・バルビローリが、
エルガーの『チェロ協奏曲』と、
『海の絵』を録音した時、
彼は、アーティストとして多大な賞賛をし、
個人としても大きな愛情を持っていた、
チェリストのジャックリーヌ・デュプレと、
メゾ・ソプラノのジャネット・ベイカーという、
二人の若手を起用した。
1956年に彼は、
ジャックリーヌ・デュプレが、
11歳の時に、スッジア賞を受賞した時の、
コンクールの審査員であった。
彼は、興味をもって、
彼女のキャリア発展を見ており、
1965年、ハレ管弦楽団に彼女を、
エルガーの演奏に招いた。
彼女は作品に自由奔放に接し、
バルビローリは、彼女の解釈を、少し落ち着かせ、
常に気持ちを途切れさせることのないように説得した。
しかし、彼は彼女のテンペラメントを賞賛し、
『若い時にやり過ぎなくて、
後で何を切り詰めるんだい』と語った。
生粋のエルガー信者の中には、
彼らの解釈はもっと平静を保つべきだ、
という人がいるかもしれないが、
エルガー自身はそうは言わなかったかもしれない。
1932年、少年だったユーディ・メニューインが、
『ヴァイオリン協奏曲』を演奏して、
その厳格さを奪ったとして、
やり玉に上げられた時、
作曲家は、こう言い返した。
『厳格さなどどうでもよい。
私自身、厳格な人間ではない。』
経済的理由から、EMIは、
これらの録音に際して、
バルビローリの愛したハレ管弦楽団ではなく、
ロンドン交響楽団(LSO)を起用した。
若い頃、バルビローリは、LSOのチェロセクションで、
エルガーのチェロ協奏曲の初演でリハーサルを経験し、
1927年には、エルガーの『第2交響曲』を、
24時間以内に勉強して演奏するという機会に、
このオーケストラを初めて指揮した。」

これは、ビーチャムの代役として登場したのである。
さすがバルビローリ研究家である。
すごい薀蓄だが、あまりこのCD鑑賞とは関係ない。
むしろ、コケイン序曲が、
何故、フィルハーモニア管との録音か、
などを知りたくなるのだが。

「1965年8月19日、
彼らは協奏曲の第1楽章とスケルツォを、
ほとんど一回のテイクで録音し、
オーケストラから自然に、
ジャックリーヌ・デュプレに拍手が沸き起こった。」

スケルツォとは、
第2楽章の「レント―アレグロ・モルト」のことで、
前半2楽章がぶっとおしで演奏された結果が、
ここに収録されている、ということである。
自然に拍手が起こるというのも、
分からなくない演奏の勢いである。

第2楽章は、主題をぽろぽろ、
ピッチカートでチェロがかき鳴らして始まる。

豪壮な悲哀のメロディを挟んで、
めまぐるしい軽妙な部分が続く。
ここでも、大きく、デュプレは、
出て来たメロディを、これ以上ないほどに、
共感を込めて歌いながら、
集中力を切らさず、細かいパッセージを散りばめていく。

オーケストラが薄いのに対し、
チェロは、すごい技巧を畳み掛けなければならない。

確かに、緊張感からしても、
これを弾ききった時には、
拍手が起こってもおかしくはない。

が、この録音の説明の最後には、
意外な事が書かれている。

「このレコーディングのリリースは、
予想どおりの成功だった。
彼女が、最初にこのディスクを聴いた時、
『私がやりたかったことと全然違う』と、
大泣きしたにもかかわらず。」

しかし、
This is not at all what I meant!
と演奏者自身が言ったという録音が、
我々の心を打つとしたら、
彼女が満足した演奏は、
我々の心をもっと打つのか、
打たないのか。
悩ましい言葉である。

この曲は、この演奏と共に語られて来たような、
幾度も語り尽された世紀の名演奏であるから、
私が、それに付け加えるべきはない。

LPでも買ったし、CD化されてからも買った。
そして、このリマスタリング盤も購入した。

解説には、まだ、この曲についての説明がある。
「1918年から19年に書かれたチェロ協奏曲は、
彼が毎年、訪れていた、
最後の3曲の室内楽曲を書いた、
サセックスのコテージで書かれた。
彼は病気がちで第1次大戦の殺戮に絶望し、
協奏曲は悲劇的で秋の気配が濃厚なものになった。
ある世界への郷愁が消え去ってしまった。
作品はなおも精力的で、
最後の楽章のある部分は、
1914年以前の作品の持つ
ある種の居丈高や興奮があるが。
彼は、この作品を、
『真の意味の大作で、
良い作品で生命ある作品だと思う』
と書いた。
聴衆の脳裏に残る
アダージョでの寂しい晴朗さや、
フィナーレの最後に爆発的な怒りがあるが、
この録音では、それが痛切に描かれている。」

デュプレは、おそらく、こうした要素を、
直観的に嗅ぎ当て、
共感を増幅させ、感情を没入させて、
チェロをうならせていったのだろう。

19歳の青白い炎が、
エルガーが晩年まで持っていた、
鬱屈した情念に見事に引火した感じであろうか。

第3楽章のアダージョ。
諦念に満ち、苦み走った美しいメロディを、
ひとり任されたチェロ独奏は、
恐ろしいほどの感情移入で、
オーケストラを圧倒している。

というか、バルビローリといえども、
これを邪魔するようなノイズを入れるわけにはいかない、
などと思ったはずである。

終楽章冒頭は、みごとに、
チェロの没入に見合った迫力で、
びしっと決めているが、
楽団員は、目の前で神がかり状態になって、
興奮と沈潜を大きく行き来する、
巫女的な演奏者を見ないように、
ただ、バルビローリにすがり付いている感じ。

このCDで聴くと、何やら唸り声が聞こえるようだが、
バルビローリの叱咤激励であろうか。
確かに、このような独奏を前に、
自分たちは何をして良いのか、
茫然自失となってもおかしくはない。

「海の絵」が盛り上がるにつれ、
私の頭が真っ白になるのと同様の作用が、
この場合、スタジオ内で起こって行ったに相違ない。

得られた事:「エルガーの歌曲集『海の絵』は、ワーグナーの壮大さと、メルヘン・ワールドの混合体で、修辞的表現満載。」
「安っぽさと熱気が同居しながら、最後は盛り上げ、無理やり一つの曲集になっている。」
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by franz310 | 2013-05-26 11:47 | 現・近代
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