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クラシック音楽への愛と悲しみの日々
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その375

b0083728_23405880.jpg個人的経験:
クープランの「テネブレ」の
古典的名盤とも言うべき、
ロランス・ブレーのCDを聴いて、
私は、二十世紀の真ん中あたりで、
フランスの人たちが夢見ていた、
天上的に美しい静謐なる楽土を、
何となく、妄想してしまった。
演奏されているのは、
18世紀初頭の音楽なのだが、
極めて同時代的な音楽とも思えた。


というのも、もっぱら日本では、
高名なクラブサン奏者としてのみ知られた
この女性音楽学者が、デュリュフレに学んだ、
という記事を読んだことによる、
単純な思い込みによるものなのかもしれないが。

このCDは、ナクソスから出ている、
1994年、パリにおける録音で、
「ヨーロッパ録音」と強調されている。
サン=アントワーヌ・デ・カンズヴァン教会でのもの。

「デュリュフレ、宗教合唱曲&オルガン作品」第2集で、
「鳥と影」と題された、Francis Montanierという画家の、
洒落た絵画が表紙に使われていて気に入った。

デュリュフレという作曲家に関して言えば、
このジャンルの名作とされる「レクイエム」が有名だが、
ここには含まれていない。

昔、アンドリュー・デイヴィスが指揮したものが、
CBSソニーから出て話題になったことがあった。
ジャケットも上品なものであった。

私は、それを購入、何度も聴いていたので、
何となく、デュリュフレという作曲家が、
二十世紀の同時代人でありながら、
はるかかなた昔の音楽に、
どっぷりと浸かった美学を持った人という印象を持った。

フォーレの名作の二番煎じとも言われながら、
さらに平明な作品とも思え、
美しいのだが、とりとめのない音楽という感じが強かった。

まだ、ペルトだとか、グレツキだとか、
そうした作曲家を知る前、
ほとんど刺激も盛り上がりもない音楽に、
懐古趣味の人という印象が強く植え付けられてしまった。

そのレコードは確かに何度も聞いたのだが、
彼の音楽は、私にとって、
それほど重要なものとならないまま、
おそらく30年以上の月日が流れている。

が、最近、グレゴリオ聖歌の聴き比べなどを通じて、
我々が求めるべき安息について考えると、
彼の存在が、再び、地平線のかなたから、
現れて来たような感じを受けている。

「文庫クセジュ」にある、
ヴァロワ著「グレゴリオ聖歌」を訳した水嶋良雄氏は、
その本のあとがきで、
「第二次世界大戦の傷痕が癒えようとしていた一九五八年に、
グレゴリオ聖歌の研究で留学した訳者にとって、
その頃のフランスはグレゴリオ聖歌研究の最盛期であった。」
と書いている。

高度成長で知られる1950年代から60年代とは、
そういう過去に目を向けた時代でもあったわけだ。

この著書のあとがきでは、さらに、
「戦後五年目の一九五〇年にローマで始まった
宗教音楽世界大会が、五七年にパリで開催されており、
その時に演奏されたデュリュフレのレクィエムが
グレゴリオ聖歌のパラフレーズとささやかれたほど、
グレゴリオ聖歌は人の心を奪っていたのである。」
と、当時のグレゴリオ聖歌研究ブームの一つの象徴として、
デュリュフレを引き合いに出している。

だとすれば、ロランス・ブレーが、
1954年に録音したクープランの宗教曲や、
あるいは、1959年にフィリップスが録音した、
グレゴリオ聖歌集(これはルクセンブルクのもの)も、
これまた、1947年に作曲された、
デュリュフレの「レクイエム」の延長線上の美学にある、
などと考えてしまっても許されるのではないか。

この「グレゴリオ聖歌」という本(白水社)によると、
1789年の大革命による修道会の必要性の議論が、
聖歌の復興のきっかけとなった、
というような事が書いてあったようで、
シューベルトの時代は、その復興が始まった頃、
と読むことが出来る。

1950年代に再度、復興の活動があって、
1990年代にEMIが出した
「グレゴリオ聖歌」(シロス修道院)が、
大ヒットするまで、40年かかっている。
シューベルトは、グレゴリオ聖歌復興運動は、
知っていただろうか。
あるいは、合唱隊の一員として、
普通にこれらに接していたのだろうか。

さて、一方で、デュリュフレ自身は、
おそらく、水嶋氏の解説にあるとおりの位置づけで、
かなり、このグレゴリオ聖歌復興運動に、
非常に多くを負っていると思われる。

彼が生まれた1902年前後に、
アカデミーが創設されたり、
典礼聖歌集が出版されたりしたことが、
先の本に書かれているからである。

代表作「レクイエム」に続き、
そのタイトルもそのものずばりの、
「グレゴリオ聖歌による4つのモテット」 作品10を、
1960年に作曲しているし、
ほとんど、同じような小規模のミサ曲、
「クム・ユビロ」作品11を1966年に書いている。

これらは、奇しくも、というか、
オルガンの名手であった作曲家であるから、
当然なのだろうが、管弦楽伴奏の他、
すべてオルガン伴奏のバージョンもあり、
先の、ブレーのテネブレや、
ベネディクト派修道院のグレゴリオ聖歌が、
これまた、すべてオルガン伴奏になっているのと合わせ、
妙に味わい深いものがある。

戦火に塗れた大規模なオルガンが、
再びその音色を響かせるということは、
おそらく祖国復興の象徴でもあったに相違ない。
これは勝手な推測にすぎないのだが、
そんな事まで考えてしまった次第である。

この一連の作曲は、デュリュフレと、
その夫人との関係を色濃く感じさせるもので、
レクイエム作曲の年に、彼らは出会い、
1953年に結婚して、
ミサ曲、「クム・ユビロ」は、夫人に捧げられている。

夫人はデュリュフレ同様、オルガニストであり、
私は、デュリュフレのCDを買ったつもりが、
奥さんの演奏だった、という事があったので、
この二人については、妙に印象に残っている。

この20歳くらい年少の女性は、
結婚時32歳だった計算になるが、
写真で見る限り、厳格なオルガン奏者、
という感じがして、
あまり親しみやすい感じの人には見えない。

1999年まで存命だったようだが、
おそらく、何となく内気そうなデュリュフレには、
こうした、しっかり者が必要だったのだろう。

さて、このミサ曲が収められたナクソスのCDは、
うまい具合にオルガン曲も併録されており、
この作曲家の宗教音楽作曲家である一面と、
オルガン奏者かつオルガン曲作曲家である一面を、
同時に楽しむことが出来る。

しかし、不思議な事に、ミサ曲は、オルガン伴奏版ではなく、
オリジナルのオーケストラ版で演奏されている。
が、結局は、この企画は成功したようで、
私は、かなりの満足度をもって、
これを聴くことが出来た。

また、オルガン曲の方も、1930年の
「前奏曲、アダージョと
『来たれ創り主なる聖霊』によるコラール変奏曲」作品4
というのが入っているが、
これまた、男声合唱が入った作品で、
グレゴリオ聖歌が入っている。
これは、ルイ・ヴィエルヌに捧げられている。

また。最後は、オルガンのための「組曲」作品5(1933)が
収められており、これは、何とポール・デュカスに捧げられている。

このCDの解説は、Alain Cochardという人が書いており、
要領よく、デュリュフレの事がまとめられている。

「1902年3月11日にルーヴィエールに生まれた
モーリス・デュリュフレの音楽教育は、ルーアンで始まった。
1912年から1918年は聖堂の聖歌隊を務め、
アレクサンドル・ギルマン(1837-1911)の弟子で、
大聖堂のオルガニストであったJules Haellingに
同時にピアノ、オルガン、音楽理論を学んだ。
先生の勧めで若い音楽家はその音楽教育の仕上げをしに
1919年にパリに出た。
そこで彼は最初、オルガンをシャルル・トゥルヌミールに学び、
聖クロティルデ教会でアシスタントを務め、
続いて、ルイ・ヴィエルネに学び、
二人の代表的なフランス・オルガン音楽の
代表的巨匠から多くを受け継いだ。」

ということで、デュリュフレの生涯は、
最初から順風満帆で、エリート中のエリートだったように見える。
そのせいか、その音楽も、何となく上品さが漂っている。

が、実は、シューベルトなども、
音楽教育としてはエリートのそれであって、
当代きっての名教師、サリエーリに、
無料の個人レッスンまで受けているのであるから、
このあたりまでは、100年の時を隔て、
パリとヴィーンの違いはあれど、
同様の経歴と言っても差しつかない。

ただし、デュリュフレはオルガン演奏家としての、
より現実路線を歩んだのに対し、
シューベルトは、友人たちがほめそやす、
よりリスクの高い作曲の道を選んだということであろうか。

「パリについて1年して、彼は音楽院に入り、
そこでウジューヌ・ジグーにオルガンを学び、
ジャン・ガロンに和声学の指導を受け、
対位法とフーガをGeoreges Caussadeに、
作曲をポール・デュカスに学んだ。
1921年にpremier accessitを、
22年には一等を取っていて、
オルガニストとしての卓越した能力を示した。
1929年に『オルガンの友』会のコンクールで、
モーリス・デュリュフレは、解釈と即興で受賞、
翌年には、同じコンクールで作品4で作曲賞を取っている。
その時から、彼は、
サンテティエンヌ=デュ=モン教会のオルガニストになり、
1953年からは、その地位を、
妻のマリー=マドレーネ・デュリュフレ=シュバリエと分担した。
1943年にはパリ音楽院の和声の教授を、
R.Pechから引き継ぎ、1969年まで、その地位にあった。
モーリス・デュリュフレは、オルガンの名手として、
急速に名声を高めたので、プーランクがオルガン協奏曲を書いた時、
彼に相談したのは偶然ではなく、
1939年にはSalle Gaveauで初演している。
彼の実力は広く国境を越えて知られ、
全欧、ソ連、北アメリカに繰り返し演奏旅行をした。
1964年にはアメリカで暖かく迎えられ、
アメリカには繰り返し訪れたが、
1975年の自動車事故で、そのキャリアは絶たれた。
1986年6月11日に亡くなった。」

この自動車事故で、妻も負傷したようだが、
彼の方は、もう70を過ぎた老人だったため、
「キャリアが絶たれた」というような印象はなく、
隠居の老人に起きた事故という感じがしなくもない。

よく言われる事だが、フランスの作曲家は、
教会や音楽院に務めるサラリーマンであることが多く、
クープランの人生とデュリュフレの人生も、
まるで250年の隔たりを感じさせない。
ひたすらオルガンを弾いて生活をして、
時々、作曲している印象である。

シューベルトなどは、作曲マシーンのようになって、
めちゃくちゃに自分の中からあふれ出るものを、
紙に書き写すのに必死だったのに、
彼らは長寿の中、悠然と、
数曲の名作を残せば良いと考えている。

「モーリス・デュリュフレは、その師である、
ポール・デュカスと作曲の面で比較される。
デュカスのように恐ろしく完璧主義で、
深い美学に裏付けられた、
少しの作品しか残していない。
レクイエム作品9と同様、
ミサ曲『クム・ユビロ』作品11は、
デュリュフレの宗教曲のもう一つの重要作である。
この素晴らしい音楽は、しかし、あまり知られていない。
そこにはいくつかの重要な特徴があり、特に独創的である。
バリトン独唱、バリトン合唱、
オーケストラとオルガン用のもので、
伴奏をオルガンだけにしたバージョンもある。
『レクイエム』や『4つのモテット』作品10同様、
デュリュフレのグレゴリオ聖歌への興味が、
このミサ曲にも表明されていて、
聖処女賛美の聖歌が元になっている。
音楽学者のNorbert Dufonrcqは、
作曲家の手法をうまく表現している。
『デュリュフレは、グレゴリオ聖歌のテキストを、
2つの方法で増幅している。
オーケストラは背景の旋法を豊かにするにとどめ、
バリトンの合唱に委ね、
オーケストラはプレインチャントを強調し、
聖歌の材料を声楽が展開する。
これらすべてが、旋法を雰囲気の中、
和声の語法を無比のものとして表現している。』」

まったく、「aptly discribed」ではないが、
恐らく、オーケストラの働きが、
グレゴリオ聖歌の特性を生かしつつ強調すべく、
洗練された手法を取っている、
と考えてみた。

「5つの楽章の簡潔さがこの作品のキーワードである。」
として各曲の解説が始まるが、
その前に、この意味不明の「Cum Jubilo」であるが、
「聖母マリアの祝日のミサ曲」だということである。

Track1.「キリエ」
いきなり、豊かな大海原にたゆたうような、
オーケストラの序奏からして、
魂が遊離してしまいそうに美しい。

ミシェル・ピクマルという指揮者が、
シテ島管弦楽団という楽団を振ったものだが、
期待を大きく上回る美しさである。

合唱はグレゴリオ聖歌そのままで、
オルガンやハープが、虹色の架け橋で、
聖歌の間を埋めて行くような感じ。

「キリエは、書法の簡潔さと、
メロディのしなやかさで始まる」。

Track2.「グローリア」
いきなり活発な音楽で、合唱も情熱的で、
デュリュフレらしからぬ羽目の外し方であるが、
激しいリズムを強調してからは静まり、
いつものしなやかさに戻る。

「グローリアは、デュリュフレらしからぬ情熱で輝かしく始まる」
と解説にあるが、私が、さっき書いた事と同じではないか。

「しかし、そこには静かな部分もあって、
バリトン独唱が、『主、ただ一人神の子』という部分である。」

最後も壮大に盛り上がるが、この5分の楽章が、
最も変化に富んでいて長い。

独唱のディデイエール・アンリも聴かせる。

Track3.「サンクトゥス」は、
神秘的に沈潜した音楽で、
オルガンの伴奏に導かれて、
合唱は、深い湖の中に沈み込むようである。

「サンクトゥスは、オスティナート・バスに乗って流れ、
最後の『高き所にホザンナ』のクライマックスを築く。」

Track4.「ベネディクトゥス」は、
非常に控えめな伴奏によるバリトン独唱曲。
間奏曲のように入る、
星のきらめきにも聞こえる澄んだオルガンが、
その天上的な世界に誘う。

Track5.「アニュス・デイ」。
これも、ちょろちょろと控えめなオルガンの序奏の後、
合唱は、夜の海のような静けさの中に浮遊しているようだ。

「ミサ曲は『アニュス・デイ』で終わるが、
デリケートな陰影が信頼と平和のムードを導く。」

祈りのようなオルガンの後奏も味わい深い。

次に、オルガン曲が2曲続くが、
もう合唱曲が終わったと思ったら、
大間違いであった。

オルガン演奏は、エーリク・ルブラン。
ネットで見ると、かっこいいお兄さんである。

Track6.
「1930年に完成された、
『プレリュード、アダージョとコラール変奏曲』作品4は、
すでに述べたように。
『オルガンの友』によって運営されたコンクールで、
第1席を取ったものである。
この大規模の三部の作品は、
組曲作品5を書いた頃の教師、
ルイ・ヴィエルネへの愛情のこもった感謝である。
『アレグロ・マ・ノン・トロッポ』2拍子
と書かれたレリュードは、
ピアニッシモで始まり、最初の3拍子の開始部分が、
全曲の性格を決めている。」

まことに不思議な音楽で、
とにかく良く聞こえない音楽で、
何やら駆け巡る動機やら、
コラール風の楽句などが、
ぼそぼそ言っては消えて行く。

「その楽章は、『ピウ・レント』と書かれた、
それぞれの音符が長いパッセージで終わる。」

Track7.アダージョ。
これまた、ぼそぼそ言っているだけの音楽で、
まるで、とりとめがない。
「短い『レント、クワジ・レチタティーボ』が、
3/4拍子『ドルチッシモ・エ・ソステヌート』と書かれた、
アダージョに導く。
この部分は、『アスプレッシーヴォ、コン・カロレ』とか、
『コン・モルト・エスプレッショーネ』とか、
指示が頻繁に変わる。」

途中、明るい日が差し込むような部分、
不協和音で何やら苦しむような部分など、
確かにアダージョと言いながら、
やたら雄弁である。

「この部分の最後の何小節かは、
最後の2小節の『ラレンタンド・モルト・リテヌート』
という指示の部分まで、
動きやダイナミクスが変化する。」

Track8.
「作品4の最初の楽章では、
『来れ創り主なる聖霊』の主題は、
一部しか現れないが、
コラール変奏曲がアダージョから続く。
グレゴリオ聖歌の主題は、4/4拍子の
『アンダンテ・レリジョーソ』で、
強烈に表明されるが、
4つの変奏曲の材料を用意する。」

これは、最初の1分くらいの
堂々たる導入部の事であろう。
このCDでは、何と、この後、
「来たれ創造主なる聖霊よ」の
グレゴリオ聖歌が、合唱によって歌われる。
(ミシェル・ピクマル・ヴォーカル・アンサンブル。)

その後、そのメロディがオルガンに受け継がれ、
下記のような解説にある、ぽこぽこ感のある、
宙に漂うような音楽となる。

「『ポコ・メノ・レント』と記された、
最初の変奏は、その三連音符で特徴づけられる。」

ここで、また、グレゴリオ聖歌が挿入される。
そして、次の変奏。
これまた、神秘的にぽわぽわしている。

「第2変装は、アレグレットの4/4拍子、
三連音符と8分音符が挟み込まれている。」

ここで、またまた、グレゴリオ聖歌挿入。
非常に澄んだ声で、オルガンの渋い響きとの対称が美しい。
次の変奏もまた、妙に充足感に満ちたもので、
あまり盛り上がらない音楽である。

「第3変奏は、アンダンテ・エスプレッシーヴォで、
五度のカノン。」

またまた、グレゴリオ聖歌。
最後の変奏になって、ようやく、音楽の増殖が始まる。
これまでは、聖歌の方を邪魔しないように、
雰囲気のみを補助して響いているような音楽だった。

「作品は、輝かしい第4変奏のトッカータが始まって終わる。
トリプル・フォルテとラルガメンテと記された、
最後の14小節のクライマックスへアレグロは続く。」

この変奏は、華麗なパッセージを含み、
複雑で、主題を聞き取るのは難解なので、
このCDのように、グレゴリオ聖歌を挟んで、
原点を補助してもらうのは、実に助かる。

なお、このグレゴリオ聖歌は、
前に取り上げた聖モーリス及び聖モール修道院
ベネディクト派修道士聖歌隊(フィリップス)
のCDの最後に入っていたものである。

最後に「組曲」作品5が収録されている。
「20世紀のもう一つの
フランス・オルガン音楽の偉大な一例として、
『組曲』作品5が1933年に完成され、
ポール・デュカスに捧げられた。
3楽章からなる作品で、レントと書かれた、
プレリュードで始まる。」

デュカスは、どんな反応をしたのか、
聴いてみたいものである。
デュカスの場合、批判精神にあふれた
すぐれた作曲家でもあったから、
献呈する方も、かなりの度胸が必要だっただろう。

Track9.プレリュード
序奏部は、何か苦しげな喘鳴のようなものがあるが、
1933年という戦争の前の足音を、
我々は、ここに聞き取るべきであろうか。

が、そこから、澄んだ主題が舞い降りてきて、
不安と緊張感が交錯する中、
かなり自信満々な歩みを進めるオルガン。
が、様々な光が投げかけられ、
それが渦巻いて、ぐるぐるするような感じから、
静けさに戻って行く。
それが、解決なのか宙ぶらりんなのか、
よく分からない所が、
妙に意味深なプレリュードである。
何だか、ショスタコーヴィチみたいに痛い。

「長い音符で始まるが、
16分音符や32分音符で動きを増して成長し、
最初の楽章は、拍子の記号が頻繁に変わる。」

Track10.
「6/8拍子のアレグロ・モデラートの
流れるようなシチリアーノが続く。」
と、解説はそっけないが、
これは、懐かしい感じの歌が回想されるもので、
後半には沈鬱と憧れが交錯するような中間部を挟んで、
美しい聞きごたえがある音楽である。
デュカスは喜んだに違いない。

Track11.
「最後のトッカータは、難易度が高く、
デュリュフレの演奏者としての力量を想起させる。
終楽章、8/12拍子のアレグロ・マ・ノントロッポは、
16分音符の動きを続けながら、輝かしい終結に至る。」

英雄的でもあり、断末魔の音楽とも見え、
極めてドラマティックな葛藤のある音楽で、
フランクのオルガン曲などを思い出す。

最後は、もうやけっぱちの連続みたいな絶叫があり、
凱歌なのか、悶絶なのか分からない。
音楽としては、無理やりの終結感はあるのだが。

混沌のようなものの中にある、
不思議な流動感に、原初的な力のようなものを感じたりもする。
これもまた、信仰の形なのだろうか。

得られた事:「デュリュフレは『レクイエム』で有名だが、ミサ曲『クム・ユビロ』では、さらなる境地を聴くことが出来る。」
「デュリュフレは、フランス大革命以来のグレゴリオ聖歌復興活動の到達点のような作曲家であった。」
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by franz310 | 2013-04-20 23:41 | 現・近代
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