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クラシック音楽への愛と悲しみの日々
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その306

b0083728_14555170.jpg個人的経験:
18世紀イタリアで書かれた、
聖母への祈りの独唱曲、
「サルヴェ・レジーナ」。
これまで、レオ、ペルゴレージ、
大物、A・スカルラッティと
聴いて来たが、
今回は、その息子、
ドメニコ・スカルラッティと、
ドイツ人ながらナポリ派の代表格、
ハッセの同曲を集めたCDを聴いてみたい。


このCDは、ハイペリオン・レーベルのもので、
クリスマスも近づくこの時期、
この表紙デザインはあんまりな感じもする。

この前聴いたペルゴレージ、レオらのCDが、
「受胎告知」の表紙だったのに対し、
こちらのCDは、ヴェロネーゼの絵画、
「十字架の重さに崩れるイエス」なのである。

色調も暗いし、テーマも最悪だ。
何だか、助けてくれている人がいるようなので、
救いはあるのかもしれないが。

が、今回のCDは、「サルヴェ・レジーナ」を
聞き比べるには、おあつらえ向きのもので、
美しい鍵盤楽器のためのソナタを残した、
ドメニコ・スカルラッティや、
ドイツ人ながら、こてこてのナポリ派とされる、
アドルフ・ハッセの「サルヴェ・レジーナ」を、
聴くことが出来る。

D.スカルラッティの偉大な父親、
アレッサンドロ・スカルラッティの、
カンタータまでも入って、
ソプラノやカウンターテナーなども交代で出て来て、
変化という意味では、
至れり尽くせりの内容である。

ジェームズ・ボウマンのカウンターテナー、
デボラ・ヨークがソプラノを受け持っているが、
二人で歌う曲はない。

2曲の「サルヴェ・レジーナ」は、
いずれもカウンターテナーが歌っていて、
3曲のカンタータのうち、最初と最後をソプラノが、
真ん中のものをカウンターテナーが担当。

クリスピアン・スティール=パーキンスのトランペットが、
時折、花を添える、ロバート・キング指揮の、
キングズ・コンソートの演奏。

ドメニコ・スカルラッティについては、
ピアノ音楽愛好家なら、知らない人のいない、
鍵盤音楽の大家であるが、
ここに聴くような作品においても、
どうやら実力者であったようだ。

そもそも、この人が、鍵盤音楽のソナタを作曲し始めたのは、
確か、ポルトガルに行ってからだったような気がする。
しかし、後半生を彼の地で過ごしたのは確かなようだが、
どのような理由で、王女の音楽教師になったのかは、
どうやら、よく分からないらしい。

1720年代には、イタリアを去っていたようなので、
ひょっとしたら、ペルゴレージなどの活動は、
知らなかったかもしれない。

「アレッサンドロ・スカルラッティの10人の子供たちの
6番目のドメニコ・スカルラッティの今日における名声は、
主に550曲に及ぶソナタなど、
鍵盤音楽の膨大な作品群によるものである。
オラトリオやカンタータの多くと同様、
彼の15曲のオペラの大部分は失われ、
残っているものも、ほとんど演奏されることはない。
ドメニコの初期の作品、
そして、32歳までの人生は、
大きな影響を与えたその父親に、
多大な制約を受けていた。
横暴な父親から引き離す、
1717年の法的記録からもそれは分かる。
1713年から1719年にかけての、
ドメニコのほとんどの宗教曲は、
ローマのジューリア聖堂の
合唱長であったとはいえ、
父親の監督下にあった時期のものである。」

私も、ケフェレックの弾く、
素晴らしいピアノ・ソナタ群によって、
D.スカルラッティの魔力を垣間見た立場ではあるが、
頭の中には、イベリア半島の王宮で、
王女に指導する威厳に満ちた肖像をイメージしていたから、
ここまで、父親に管理されていたというのは意外であった。

「その宗教曲の中で、ドメニコは、
和声の豊かさ、メロディの独自性は、
彼の後年の鍵盤作品の要素を示しているが、
感情豊かな宗教的テキストへの
彼の曲付けの主な特徴は、
折々のオペラの要素と宗教的敬意をミックスした、
美しいメロディにある。
音を構成する高度な技術が、
打ち込まれているにもかかわらず、
それは心地よく耳に響く。」

Track1からして、雰囲気たっぷりのこの曲は、
私たちに、信仰の世界の安らぎを感じさせてくれる。
ずーんと来る深い低音に抱かれて、
聖母への懐に抱かれるようである。

「『サルヴェ・レジーナ』の見事な曲付けは、
実にこのような豊かな和声と優雅な流れで始まる。」

Track2は、下記解説にあるように、
「続いて、トランペットが鳴り響くような効果の
劇的な部分『Ad te clamemus』と、
より緊迫したグラーヴェの部分『eules filii Hevae』が来る。」
という部分。

まずは、ぱっぱぱぱぱぱぱという、
「我らは叫ぶ(クラマムス)」という部分に対し、
沈鬱な、「追放されしエヴァの子(イクセルス)」
という部分は、悶々として、
「エヴァの子が叫ぶ」という、
一続きの詩句のはずだが、
思い切ったやり方である。

この部分は、さらに、「クラマムス」や、
「イクセルス」を繰り返し、
悲痛なレチタティーボのような、
「涙の谷」などの部分にも続く。

ちゃっちゃちゃちゃーららららと喜ばしいのは、
「あわれみの目を向けたまえ」の部分。
解説にも、
「高音の弦楽が互いに模倣して楽しげな中、
声楽部はさらに叙情的な書法を見せる
『Eia ergo』に回帰する。」とある。

Track3は、区切りがついたかのように、
「この追放の後、我らに示したまえ(ノービス)」と、
朗らかな歌が歌われる。

テキストに沿って、『Nobis post hoc exilium』では、
自信を持って始まるが、『ostende』では、ムードは静まる。」

Track4は、「オ・クレメンス」と、
神妙な声で歌い出され、
マリアへの嘆願の部分が始まる。

「最も感情に訴え、そして個性的な書法は、
『O clemens, o pia』で現れ、
ここでスカルラッティは、
特徴的に不協和音やほろ苦いメロディを用いて、
最後の、宗教的に抑制された『アーメン』が現れる前に、
素晴らしい美しさに音楽を高める。」

この楽章は、清らかな魂の救済のような部分を経て、
吹っ切れた終結部を有するが、
確かに、それに先だって、
深く沈潜するような、
自らの罪を自覚するような表現が素晴らしい。

本当の意味での宗教の力を感じさせる、
自らの戒めまでを思い出させる名品であった。
D.スカルラッティとは、こんな人だっただろうか。
今回、聴き進んでいる「サルヴェ・レジーナ」の中でも、
作曲家の精神の深さまでを感じさせる点では、
屈指の作品であった。

さて、このような楽曲の後、
ハッセの「サルヴェ・レジーナ」を聴くと、
同じカテゴリーにしてはいけないような気がして来た。

このCDのTrack13~16は、
ハッセの同曲が収まっている。
ハッセは、少年モーツァルトに粉砕されるまで、
大変な権勢を誇っていた人で、
下記のような解説から、元は歌手だったことを知った。

「ハッセのオペラ・セリアの作曲家としての、
イタリア(彼はここで、A・スカルラッティにしばらく学んだ)と、
ドイツにおける傑出した人気は、
彼の死後にそれが瞬く間に失われたとはいえ、
18世紀において無比のものであった。
フェティスは有名であったのに、
たちまち忘れられた作曲家の数少ない一人に、
ハッセを数えている。
ハッセの初期のキャリアは、
ハンブルク・オペラのテノールであって、
この役割のために叙情的なスタイルのものを作曲した。
イタリアを旅行した1730年頃、
彼は歌手から作曲家に転向、
ナポリで6年を過ごすことになる。
そのアリアが、声を披露するのに、
素晴らしい効果を発揮するとして、
彼のオペラはイタリアで大評判となった。
彼のオペラはドレスデンにおいても順風満帆で、
やがてヴィーンでも同様の賞賛を得た。
ヘンデルもハッセの音楽を賞揚し、
ロンドンのコンサートでは、
それが演奏されるように計らった。」

このような経歴の人であるから、
出自からして劇場の人で、
宗教との関わりは不明。

「膨大な作曲の仕事の中で、
少なくとも13曲の『サルヴェ・レジーナ』が、
ハッセのものとされている。
1740年にロンドンで出版されたイ長調のものは、
最も有名なものであるが、
ここでは、1744年の日付を持つ、
未出版のバージョンを収めている。
そのスタイルは極めてオペラ的で、
華美な器楽のメロディの魅力的な単純さと、
声に極めてふさわしいヴォーカル・ラインの混合である。
ジェスチャーもしばしば目立ち、
スコアはダイナミックスの変化もふんだんで、
突然のフォルテやピアノが散りばめられている。」

まさしく、このように書かれた通りで、
いかさま宗教の雰囲気がぷんぷんしている。
D.スカルラッティは、一緒にするな、と言いそうだ。
ドメニコは1685年生まれ、ハッセは1699年生まれ、
ちょっと世代も違うから仕方ないのであろうか。

Track13で始まる導入部のオーケストラは、
素晴らしい色彩感、神秘的な魅力に満ちているが、
「サルヴェ・レジーナ」の「サ」が、
「サーーーーーーーーーー」と入って来ると、
むかむかしてしまう。
それを装飾する楽器の軽妙な響きはどうだろう。

最初の1音から、声の展示会にしようとしている意図は見え見え。
宗教はまるで、うわべの言い訳だけで、
精神は完全に、それらしいジェスチャーをすることに、
集中しているように見えるではないか。

Track13.
「最初の楽章は、ペルゴレージを思わせる、
魅力的なオーケストラを背景に、
表現力豊かで、装飾に満ちた声のフレーズが、
優美にメロディアスである。」
と解説にあるとおりだが、
これは完全にコンサート・アリアではなかろうか。

Track14.も私は、何故か、むかついてしまう。
高音で魅惑的な弦楽が囀る中、
意味ありげな低音音型が気障である。

「『Ad te clamamus』は同様に効果的で、
細かい弦楽の指遣いが輝かしい声楽部に満ち渡る。」

まったく追放された身とも思えず、
左うちわで扇いでいるようなリズムのせいか、
優雅で豪勢な暮らしをしている感じがする。

アレッサンドロ・スカルラッティの言葉へこだわりや、
ドメニコ・スカルラッティの高邁な精神の時代は、
すっかり終わりを告げてしまったようだ。

ロンドンでの作品より、さらにオペラ的とあり、
さもありなんという感じもする。

Track15.
「『Eia ergo advocata』は、より直裁なアレグロで、
急速なパッセージで独唱者に試練を与える。」
とあるように、聖母をからかって、
こっちを見てみてというような情感。

軽妙な市井の情景のスケッチみたいな感じ。
とても日常的で、その意味では新しい。

Track16.
「最終楽章『Et Jesum, benedictum』は、
再び声楽のカンタービレが戻り、
日記作者のバーニーが、何故、ハッセを、
『最も自然で、優美、そして思慮深い
声楽曲の作曲家』と呼んだかが分かる。」

ここでは、イエスへの期待から、
敬虔なるマリア様への信仰までが歌われるが、
明らかにハッセの興味は、
そんなところにはない。

通りがかりのマリアちゃんに、
甘い声をかけているだけの音楽。
あるいは、自分の美声に酔いしれているだけ、
というような風情かも。

このように、18世紀を風靡した、
大作曲家ハッセの「サルヴェ・レジーナ」は、
それらしい効果に満ちた俗臭ぷんぷんの
美しい宗教音楽風アリアであった。

さて、これら2曲の『サルヴェ・レジーナ』の他、
このCDには3曲のカンタータが収録されている。
何故、すべて、『サルヴェ・レジーナ』で、
統一しなかったのかは不明。

エクゼクティブ・プロデューサーには、
ジョアンナ・ギャンブルとニック・フラワーの名がある。
二人の企画を無理矢理、がちんこしたのであろうか。

アレッサンドロのカンタータ、
特に最初の2曲は、単なる愛の歌で、
マリア信仰やキリスト教と関係しているとも思えない。

まず1曲目は、「テブロ川のほとりで」。
これは、ソプラノのためのカンタータながら、
トランペットの助奏がつく。

この曲の解説には、まず、
当時のカンタータの位置づけが、
明記されているので、注意深く読んでみたい。

「近年、カンタータはオペラに次ぐジャンルと考えられているが、
18世紀においては、作曲家の最高の芸術性を示すジャンルだと、
一般に考えられていた。
明らかにアレッサンドロ・スカルラッティ作とされる
カンタータは600曲を越え、
疑わしいながら、彼の作とされるものも、
100曲ばかりあって、スカルラッティは、
彼の時代の最も専門的なカンタータ作曲家となった。
スカルラッティのカンタータの大部分は、
コンティヌオを伴奏とする独唱用の曲である。
しかし、時代の流れは、器楽伴奏を付ける傾向にあって、
60曲ばかりのスカルラッティのカンタータも、
特別な器楽伴奏を有する。
ここに収録された3曲も伴奏を伴う。
一般に器楽の伴奏は弦楽器であるが、
時に、彼の作品ではリコーダやトランペットを伴う。」

シューベルトが歌曲を600曲残したように、
アレッサンドロは600曲のカンタータを残したらしい。
しかも、この形式のものは、当時は高く評価されていた、
芸術ジャンルだという。
シューベルトの歌曲にも、時折、
オブリガードの器楽部を持つものがある。
こじつけて見れば、似たような状況である。

「『テブロ川のほとりで』は、
高音域を演奏する難しいオブリガードのトランペット付きで、
ソプラノのパートナーとして演奏できる、
素晴らしいスタミナのプレーヤーがいたと、
推測することができる。
報いのない愛に失望した古典的なストーリーで、
形式も一般的なアリアとレチタティーボの交代で、
短いシンフォニアが前に付いている。」

Track5.は、繊細な序奏に、
トランペットが鳴り響き、
オルガンの響きも神秘的なシンフォニア。
霊妙な空気が漂っているが、
宗教的なものではない。

Track6.
ここで、テオルボがちゃらちゃらと鳴り、
オルガンの持続音の上をソプラノが輝く。

テブロの川辺の情景が広がるようである。

Track7.
シンフォニアとアリアで、
活発にトランペットと声楽が渡り合い、
「忠実な考えをしっかりと持ち、
悲しみや不安に悩む我が心に、
守護神を保て。
力強い戦士を率いるのは痛み」
といった歌詞を高らかに歌う。

Track8.
内省的なレチタティーボで、
「悲しみ、疲弊、嘆きのため息、
それらが彼を虐げ、
彼の目に語りかける」

Track9.
ペルゴレージの「サルヴェ」の先駆のような、
素晴らしく神秘的な序奏を持つアリア。
「不幸な眼よ、
我々は一人っきりだ。
涙を流す門を開けよう。」

Track10.
へんてこな意味ありげなバスに導かれ、
ソプラノが途方に暮れたような歌を歌う。

「少なくとも、凶星たちよ、
我が心がなんじらを思う時、
嘆きでそれを満たすだろうか。
愛の殉教者よ、
真実の涙に希望を見いだせ。」
解説にはこうある。
「このトランペット付きのアリアは、
その感傷性にぴったりで、
『少なくとも、凶星たちよ』では、
興味深い低音が響くような試みが見られ、
とろけるように美しいアリア
『不幸な眼よ』の不協和音など、
スカルラッティの最高のものが聴ける。」

スカルラッティの最高のもの、
とあるが、心情が豊かに伝わる作品だ。
ヴァイオリンの後奏も美しい。

Track11.
レチタティーボである。
「空を見て空や風に向かい、
優しい羊飼いは言いました。
・・・
この幻滅の恋人は、その心に言いました。」

Track12.
晴れやかにトランペットも歌うアリア。
「泣くのを止めよう。可愛そうな心よ・・
何も残りはしないが、不実なものの残酷さを、
ただ悲しもう。」

次のアリアは、Track17~22で、
「傷つけられて、おお貧しき者はいかに幸いか」は、
ジェイムズ・ボウマンがカウンターテナーで歌っている。

「『テブロ川のほとりで』と同様、このカンタータは、
報われない愛に関する、
一般的なテーマのテキストを中心としている。
スカルラッティの手稿は、
1702年10月のものである。」

1702年と言えば、まだ、ヴィヴァルディの活躍も、
本格化していない頃ではないか。

Track17.
この作品は、シンフォニアなく、
いきなりアリアで開始する。

「無垢な愛を求め、
弱り、傷つき、愛の痛みで、心が溶ける。
我が幸福は消え去った。」

解説にはこうある。
「二つのヴァイオリンが伴奏し、
冒頭から嘆きの方向に向かう。
進行バスの上で歌われる最初のアリアでは、
声のパートはめったに絶望から立ち上がらないのに、
会話のような対話と悲しみを交錯させる。」

Track18.
レチタティーボで、切々たるもの。
「甘く、貴重な愛、
何故、お前はこうも残酷に変わってしまった。
以前は、裏切ることなどなかったのに。」

Track19.
控えめなアリアで、シャコンヌのような、
暗く嘆きを繰り返して、伴奏も深く沈潜する。
「打撃を与えよ、我が心を突き刺せ、
苦しみの渦も私をたじろがせたりはしない。」

歌詞の内容と一致して、
強い信念を感じさせる名品である。

「『打撃を与えよ』では、感傷性が渦巻き、
和声もたっぷりとしており、
器楽群はのたうつ」とあるように、
強い感情表現で心を捉える。

Track20.
へんてこな低音音型にかき回される。
「何故、何故、そうも残酷なのだ。過酷にも。
私は忠実なまま、優しくして欲しい。」

Track21.
レチタティーボ、
「勝利はお前のものだ、愛。
私の心は屈してしまった。」
発作に駆られて叫ぶ感じ。

Track22.
明るい楽器群が歌いだし、
「私はお前を永遠に愛するだろう」
と歌手も最後に宣言する。

解説には、こうある。
「最後のアリアでは、
歌手と楽器奏者の間の短いフレーズでテンポを上げ、
この恋人は勝利を夢見る。」

このCDの最後に収録されているのは、
「おおベツレヘム、あなたの誇るべき貧しさに幸いあれ」
というもので、この時期にぴったりの内容のもの。
ただし、表紙デザインとは一致しない。

「アレッサンドロ・スカルラッティの、
この優れたクリスマス・カンタータは、
教皇によって、
『音楽の様々な楽しみで、
幼子イエスの降誕に関するイタリア語カンタータを』
聖職者の家族は注文すべしとされた当時の習慣に倣い、
イタリアの貴族からの委嘱によりものと思われる。
この作品は、降誕祭の晩梼から、
クリスマスイブの深夜のミサにかけての、
『一番豊かな夕食』に先だつ前奏として、
演奏されたものと思われる。」

Track23.
極めてアルカディア的な情感の序曲。
これから始まることに、
ついつい、心がときめく。

「スカルラッティの典雅なカンタータは、
伝統的な優美な序曲で始まるが、
その第2部には、
牧歌的なクリスマスのバグパイプのドローンを導く。
これは、コレッリの『クリスマス協奏曲』や、
ヘンデルの『メサイア』の『pifa』、
バッハの『クリスマス・オラトリオ』の第2部でも、
有名なものである。」

このように、クリスマスの清らかな空気が、
スピーカーからあふれ出す感じ。

Track24.
レチタティーボでは、
彼の産声があなたを照らす、といった内容。

Track25.
「序奏のようなレチタティーボの後、
さっそうとしたアリア『星々の美しい乳から』が始まり、
ダカーポにおいて、独唱者は装飾音の技術を開陳できる。」

「星々の乳から、われらのため太陽が昇る。」という内容。

Track26.
レチタティーボで、「無罪な赤子の情熱の愛こそが我らが盾」
と歌われ、
Track27.
では、
「豊かさの源泉は、産着に包まれ、
我が束縛を解いてくれる」
という繊細な部分。

「第2のアリア、『私たちの豊かさの源泉は』は、
微光を思わせるヴァイオリン独奏と、
高音でのチェロ、リュート、ヴィオラを伴って、
陽気なメロディを雰囲気豊かに伴奏して輝かしい。」

とあるように、繊細で愛情に満ちた
オーケストラが聴きものである。

Track28.
レチタティーボで、
「このこよなき生誕を祝福するべく急げ」、
とシンプルなもの。

Track24.
「心を揺りかごに寄せ、
この幼子の美しさを見よ」という、
心のこもった感動的なアリア。
澄んだ声と濃やかな色彩で曲を彩る
楽器の見事な調和が素晴らしい。

「最終楽章は、喜ばしい田園風景で、
抑揚のあるメロディがオーケストラのドローンで伴奏される。
ここには、幼子イエスを賛美する飼い葉桶の羊飼いを表す、
全バロック音楽における最も魅惑的なものがある。」

私はこのCD最後のこのトラックを聴きながら、
しばし、至福のひとときに酔いしれた。
こうした世俗的とも教会的とも言える作品では、
作曲家の敬虔な人間性が問われそうな気がするが、
スカルラッティ父子には、その気配が濃厚。
そんな親子ゆえに、最初の紹介したような、
確執が生じたものとも思われる。

解説の最後には、キングス・コンソートについて書かれているが、
ハイペリオンに当時、60もの録音を行っていたらしく、
パーセルのアンセムやオードの全集など、
さすがお国柄といった内容のものから、
ヘンデルの大作の録音群があったらしい。

得られた事:「スカルラッティ父子の音楽に見える敬虔な人物像と、ハッセの世俗的な音楽の俗臭が、生々しく対比できる録音。」
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by franz310 | 2011-12-11 14:56 | 古典 | Comments(0)
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