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クラシック音楽への愛と悲しみの日々
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その283

b0083728_9135961.jpg個人的経験:
ロッシーニ初期の
成功作、
「試金石」には、
スピノージ指揮の、
素晴らしい
DVDがあるが、
ロッシーニの
音楽以上に、
見る者を
楽しませる、
さまざまな
舞台上の工夫が、
忘れがたい。


ここに見せる、ブックレット見開き写真でも明らかだが、
舞台の上で演じられる光景は、
舞台上のスクリーン上で合成され、拡大され、
極めて強烈な表現力を獲得した。

このようなトリックを駆使した映像空間を考案したのは、
映像作家のピエリック・ソランの力が大きく、
これについては、最後に触れることになろう。

この舞台写真に見られるように、
歌手たちの容姿は見栄えよく、
出で立ちもオシャレで、
いつまでも見ていたくなるようなしろものだ。

そうした商品の性格上、
このDVDの表紙には、指揮者と楽団の名前以外に、
演出家たち(監督、デザイン&ビデオとある)
バルベリオ・コルゼッティとソランの名前が書き込まれている。

また、歌手を引き立てるコスチュームは、
クリスチャン・タラボレッリというこの筋の大物、
照明はジャンルカ・カペレッリという、
1974年生まれのホープが採用されていることが、
特記されているのも書き添えておこう。

また、この上演を記録して、
DVD用の映像を作った人の手腕も素晴らしく、
各場面の切り取り方などに巧妙な計算を感じた。

最後に、フィルム・ディレクターとして、
BEZIATという人の名前が書き込まれているのも理由があるわけだ。

この人も、ブックレットには一文を寄せているので、
これも書き出しておこう。

「バルベリオ・コルゼッティとソランによる、
『試金石』は、私が長い間見てきた、
どのオペラの舞台より個性的なものである。」

このビジーとかいうDVD作成の専門家が、
その経験に照らし合わせて、
最もオリジナリティのある舞台だった、
と断言していることも嬉しい。

「ビデオは、デザイン・コンセプトの単なる一部ではなく、
物語を進行させる主要な媒体となっている。
ステージ上に見られるテレビ・スタジオは、
歌手が演じるための背景であるばかりか、
リアルタイムに映画が作られるセットとなっている。
スクリーン上が最も雄弁であるが、
舞台上では、作品制作時の状況を語る上で雄弁だ。」

このあたりのことは前回紹介した。

「こうした上演の記録は挑戦的なことだ。
すでに、映画が出来ているというのに、
フィルム製作者は、
オーディオヴィジュアル・メディアのために、
独自の作品を作るという大きな決断をした。」

確かにそうであろう。
我々がここに見る映像は、
ひょっとすると、舞台をそのまま見る以上に、
リッチな体験となっているのである。
こうしたDVDは、記録というか、
もう一つの作品だということなのだなあ、
などと感じ入ってしまった。

私は、「上演の記録」と書いたりしたが、
「上演をもとにした映像作品」と書くべきだった。

おそらく、渾身の舞台に引き込まれ、
この人も、インスピレーションが迸ったのであろう。

「我々が作り出した作品は、
二つのレベルのバランスを取ることと、
相互作用を探すことにエッセンスがある。
一つは、他のビデオ制作と同様、
舞台の空間内のステージレイアウトを反映させること、
もう一つは、ソランによって作られた、
ビデオをそのまま取り入れることである。
まず最初の映像群では、
モデルもカメラも舞台上のコンテクストも、
すでにあるものであったが、
次の映像群に関しては、
合成画像のイリュージョンにすぎず、
いかなるコンテクストの範囲外にあるものだ。」

コンテクストを文脈と訳しては、
意味不明なので、いかなる経験の範囲外とか、
慣習の範囲外とか理解するべきであろうか。

「我々は、劇場では上下に配置された
こうした二つのレベルを、
フィルム上では、並べて配置するようにした。
また、我々は、目と心を楽しませるために、
すでにあった、舞台とスクリーンの、
コントラストを取り払ったり、
残像を付与たりする試みも行った。
何故なら、
『木霊は、いつも私たちをからかうことを忘れないように』。」

ここにあるように、時として、
これは、どうやって撮影したんだろう、
というシーンが出て来るが、
この複合的な舞台を、さらにこの人は、
切り出して再構成するような工夫を行っているのである。

なお、最後の引用は、第1幕6場の伯爵の言葉である。
この文章自体にも、この言葉が使われている。

このように、このDVDは、映像方面ばかりが気になるが、
音楽としてはどうなのか。

ボーナスDVDに、
指揮者のスピノージのインタビューがあるので、
これを見てみよう。

すでに最初に書いたことだが、
このDVDは豪華仕様で、
100ページを越えるブックレットに、
このボーナスDVDまで付いている。

今回は、このDVDの内容を紹介して、
せっかく払った金額の元を取ることにしたい。

さて、指揮者のスピノージは、痩身で若く、
エネルギッシュな指揮をするが、
繊細なインテリ風で、オタクの一種と見た。

「この作品はロッシーニの最も知られざるオペラで、
『理髪師』、『シンデレラ』、『泥棒かささぎ』は知っていても、
『試金石』は知られていません。
パリでは上演された事がなく、されたとしてもずっと昔でしょう。
技術的なトラップが随所にあって、上演が困難なものです。
予測できないテンポの急変、
これらのリズム変化や繊細なアンサンブルはたいへん難しいのです。
それでいて、単純で自然に響く必要があるのです。
まったく技術上の困難がないように見せる必要があります。
ロッシーニにおいてはこうしたことはよくあるのです。
特にこの作品ではそうです。
これを演奏する音楽家たちは、
非常な喜びを感じるでしょう。
これに心酔せずにはいられません。」
等々、演奏の困難さと、
それに見合う以上の喜びを語っている。

確かに、このDVDを見ていて、
この部分は、演奏が難しそうだ、
などと考える暇もなく、
聞かされてしまった感じ。

また、聴衆にとっても、
「いったん、その渦に巻き込まれると、
それを無視することは出来なくなるのです」と書いている。
まさしくそんな感じだ。

この後、舞台の様子が出るが、
確かに歌手の喜ばしげな表情が、
私を嬉しくさせた。

どうやら、これはスピノージにとってもそうらしく、
「その活気が、朝、目覚める元気を与えるのです」
などと書いている。
そして、
「これに取り組むと、スコアが知りたくなり、
どうやって演奏しようかと考えてしまう」
と夢中になった様子である。

「肉体と頭脳がぶっとんでしまう」と言うと、
序曲のリハーサルが始まる。
「何だか寝ぼけているぞ」と言ってセーターを脱ぐスピノージ。

この一こまからも、その音楽が、
フレッシュで、エネルギッシュであるべきだという主張が見える。

「ロッシーニの音楽については、
オーケストラがうるさすぎると言われます。
オーケストラは歌手と同様に重要で、
聴衆もそれを楽しんでいるのに、
昔の楽派の人はそう言いました。」
と言いながら、
1810年とか12年の、
オーケストラサイズでの演奏の重要さを語っている。
ロッシーニが聴いて、
これで良いと思ったバランスが得られるという。

「ピリオド楽器の管楽器の多彩な色彩、
それが各楽器の違いを際だたせると共に、
それらの間に十分な隙間を作るのです。
ロッシーニの声楽パートは最も困難なのものなのに、
オーケストラはそれをぐちゃぐちゃにするわけにはいきません。
モダン楽器ではうるさすぎるのです。」
と、当時の楽器の重要性を説き、
ロッシーニにおいて、チェロをコンティヌオとして使い、
コントラバスをバスパートとして使うことの重要さも説いている。

これによって、
何かが爆発するという準備が出来、
効果的なロッシーニ・クレッシェンドが得られるという。

これまで、「ます」の五重奏曲でも、
常々、話題になるのが、このコントラバスの役割であった。
多くの人は、この楽器が室内楽に加わるがゆえに、
シューベルトの五重奏曲は、破格のものと書いて来た。

が、室内楽奏者でもあったスピノージは、
この楽器なくしては、
ロッシーニ・クレッシェンドのような、
爆発的な効果が出せないと言っている。

ちょっと立ち止まって、よく聴いてみよう。

「ロッシーニのレシピを大切にするなら、
私たちが、多くのコントラバスを使うべきです。
例えば、チェロよりも。
何故なら、ロッシーニは、
チェロはコンティヌオ用で、
オペラのバスパートとしては、
コントラバスが必要と考えていました。
そこで、私たちはチェロ以上の数の、
コントラバスを使うことにしたのです。
それは、私たちに、オーケストラに、
有名なロッシーニ・クレッシェンドを、
作り上げる助けになりました。
それによって、私たちは、
何か爆発に備えることができるようになったのです。
これこそがロッシーニ・クレッシェンドのキーポイントです。
もしあなたがお好みなら、
それを、圧力鍋内で高まる圧力とも感じられるでしょう。
蒸気が噴き出します。
そして、蓋が突然吹き飛びます。
これこそが、ロッシーニが、
スコアに明瞭に書き込んだことなのです。」

このとき、序曲のロッシーニ・クレッシェンドの、
リハーサル風景が出るのも有難い。

料理中に調理器具に蒸気が充満して、
ぷしゅーとなる感じだと言っているが、
確かに、ずんずんずんずん言っているコントラバスが、
爆発を予告して、ずっと鳴り響いている。
なるほど。

ピリオド楽器はデリケートで使いにくいが、
表現上や、フォルテ、リズムなどで、
その魅力を発揮すると言っている。

ロッシーニの時代のイタリアオペラにおける、
リズムの重要性が語られ、
各主題におけるリズムの独自性に言及すると、
伯爵の台所で、クラリーチェが歌うシーンが出て来る。
確かに、きめ細かい声の震わせを含め、
独特の繊細さをもって歌われている。

さらにスピノージは、歌手の表情の移り変わりを強調し、
やはり、台所のシーンでの伯爵とクラリーチェのデュオを、
サンプル画像としている。

表情と音楽の表情が見事なまでに一致しているのが分かる。

また、豪華ブックレットをひもとくと、
ダミアン・コーラという人が、
「演奏の実際」について書いていた。

これを読んでみると、先のコントラバスについて、
もっと詳しく書いてあるではないか。

「ロッシーニの音楽は、
彼の音楽の洗練されたヴォーカル・ラインに、
道理にかなって適応している。
しかし、彼の、同時代者に、
強烈な印象を与えたオーケストラ書法は、
長らく無視されて来た。
しかし、ピリオド楽器を利用し、
19世紀初頭のイタリアにおける楽器編成を再現すると、
彼の音楽の独特の特徴が見えて来る。
シャトレ座における『試金石』の上演は、
おそらく、このような試みの最初のもので、
ロッシーニのオーケストラに、
本来の輝かしい色彩を再現するものである。」

このような時代考証に続いて、
驚くべきことが書かれていた。

「1810年代、ミラノのスカラ座のオーケストラは、
24人のヴァイオリン、6人のヴィオラ、
3人のチェロ、9人のダブルベースからなる、
弦楽セクションを有していた。」

チェロに比べ3倍の数の、
コントラバスのオーケストラなんて、
私は、いまだ見たことがなかった。
当然、想像もしたことがなかった。

「このダブルベースの強固な基盤による、
オーケストラのメリットとして、
チェロは少ない数ながら、
レチタティーボを伴奏する、
コンティヌオの役割を割り当てられていた。
この構成は、めざましく強烈なアタックを可能とし、
この作曲家のスフォルツァンドの記号を強調可能とし、
歌手達を、エネルギーをもってサポートするリズム、
多くのパッセージの、舞曲風の性格を、
鋭く際だたせることを可能とした。
今日、我々は、こうしたリズミックな書法を、
『スイング』と呼ぶことも出来よう。
それに加えて、このぶんぶん言う、
低音弦の恐るべきパワーは、
特に序曲や第2幕の嵐のシーンにおいて顕著な、
クレッシェンドが作られる土台となる。」

恐るべし、時代考証。

さらに続きも読んでおこう。
「ロッシーニは生涯にわたって、
木管楽器の書法を改革していった。
初期のものは、前の世紀の遺産に準じていた。
18世紀も後期から、
数多くの改良が加えられていたが、
1810年頃の木管楽器はまだ、
個性的な音色ではあったとはいえ、
同質の弦楽器ファミリーとは違って、
比較的狭いダイナミックレンジしかなかった。
これが、ロッシーニに多くのソロを書かせ、
重要なナンバーに色彩的な効果を添えた。
『試金石』においても、二つのめざましいソロがある。
ナチュラル・ホルンによって、
クラリーチェのアリア(No.3)が導かれ、
前のシーンのコミカルな雰囲気とコントラストをなし、
その音色は感傷的なムードを作り出す。
嬰への表現力豊かな利用は、
変ホのホルンの口を手で押さえるもので、
主人公のいささかおどおどしたため息を作り出す。
第2幕では、モーツァルトからベルリオーズで使われる、
伝統的に、愛情豊かな雰囲気を醸し出す、
クラリネット・ソロがある。
これはジョコンドのアンダンティーノを導く。
1810年頃の10キーのクラリネットは、
音質にさまざまな幅を持ち、
A管はやわらかく、
その相棒のB管はオーボエやフルートと調和し、
C管は切れ味が良かった。
第2幕では、このスタイルに典型的な、
カンタービレ・レジスターや、
テンポ・ルバートの利用によって、
いかに、声にこの楽器が、
よく調和するかを聴くことが出来る。
序曲では、クラリネットは第1ヴァイオリンと、
下降するグリッサンドの装飾からなる、
古い歌唱、ストリチアッタを模倣する。
この序曲は続いて、『タンクレーディ』で、
再利用されるので、今日でも多くの演奏機会があるが、
下手に見えるのを恐れて、
多くの奏者が、これを明瞭に吹くのを、
びびっていることに注意されたし。
今回の演奏では、
ロッシーニの野心的な書法を際だたせるべく、
反対の道を選んでいる。」

なるほど。

「このオペラの全ての役柄で、
最も名技的なのは、
コントラルトのマリエッタ・マルコリーニのために書いた、
クラリーチェのパートである。
このプロダクションでは、このスタイルの創始者を真似た、
装飾は行っていない。
誠実にロッシーニのメロディの書法に敬意を表し、
ソーニャ・プリーナの独特な個性のショーケースとした。
彼女のアクロバティックな変奏は、
ハイGからローEに至る最後のアリアで聴ける。
コロラトゥーラの比類なき鋭さは、
このアーティストの特徴でもあり、
終曲のドラマ性に活かした。
彼女の最初のアリアで、エコーが他ならぬ、
知覚に隠れている伯爵だと推測する。
それゆえ、彼女は彼の正体を暴くべく、
彼が、それに追従しようとすると、
高音が難しく、
非常に難しい装飾に彼を引き入れる。」

成る程、恐ろしい表情で歌う歌手ではあるが、
かなり一目を置かれた存在であるようだ。

略歴を見ると、ミラノで学んだ俊英らしく、
まさしく、「試金石」を復活させるために、
イタリアが送り込んだ逸材という感じである。

モンテヴェルディ、ヴィヴァルディ、スカルラッティ、
モーツァルトを、ロッシーニと共に得意としているとある。

さらに、音楽とは無関係だが、
このDVDの二枚目、ボーナスDVDには、
映像作家としてのピエリック・ソランの仕事を紹介するトラックがあり、
彼が作ったショート・フィルムが紹介されている。

これは、かなり前衛的な代物で、
鍵をなくしてうろたえる若者や、
胎児のホルマリン漬けみたいなイメージのアニメ、
金魚鉢の中で踊るソランなど、
幻想的、幻影的な映像群である。

これらの映像は、
ソラン自身が自作自演していることもあり、
(彼はやたら裸になる)
自身、「セルフ・ポートレート」と呼んでいるように、
原初的、夢幻的なものを感じさせる。
しかし、使われている技術はかなり前衛的で、
電子的な小道具が駆使されているのが興味深い。

これは大分前に収録されたもののようで、
インタビューする方のソランはおっさんだが、
インタビューを受ける方のソランは、
妙にシャイな若者である。
映像の中で2001と出ているから、
10年前のものであろう。

このフィルムなどを見ていると、
ロッシーニもスピノージも吹っ飛んでしまう。

どえらいオタクたちの、
奇蹟のようなコラボレーションの結果が、
このDVDだということが痛感された。

得られた事:「補強されたコントラバス・パートの効用、強烈なアタック、スフォルツァンド強調、エネルギーを持ったリズム、舞曲風の性格を際だたせ、『スイング』する。そして、ロッシーニのクレッシェンドの予告と爆発には、コントラバスの低音が重要。」
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by franz310 | 2011-07-03 09:15 | ロッシーニ
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